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【失敗】廃棄小説投下スレッド【放棄】
1
:
名無しさん
:2004/11/27(土) 03:12
コソーリ書いてはみたものの、様々な理由により途中放棄された小説を投下するスレ。
ストーリーなどが矛盾してしまった・話が途切れ途切れで繋がらない・
気づけば文が危ない方向へ・もうとにかく続きが書けない…等。
捨ててしまうのはもったいない気がする。しかし本スレに投下するのはチョト気が引ける。
そんな人のためのスレッドです。
・もしかしたら続きを書くかも、修正してうpするかもという人はその旨を
・使いたい!または使えそう!なネタが捨ててあったら交渉してみよう。
・人によって嫌悪感を起こさせるようなものは前もって警告すること。
659
:
◆1IvI9EgBf.
:2010/06/05(土) 20:32:14
お見苦しい点も多々あると思いますが投下します
*
この物語は終盤へ向かっているのか、それとも依然としてプロローグをさまよっているのか。
小林に訪ねると困ったように笑みを浮かべた。
「それは可笑しな質問ですね。この物語に終わりはありませんから」
言葉の意味を問おうとする間もなく、彼は右手のペンを走らせていた。
こうなっては此方の声は届かない。
白と黒の戦いに終わりがないと言ってしまえば確かに否定は出来ないが、終わらせる為の戦いじゃないのか?
石の存在そのものに対してを物語と称して終わりがないと言う意味なのか?
嗚呼、打ち合わせまで後1時間。
煙草に火を点け肺へ煙を送り込む。深く其れを吐き出しているのにこんなにも気持ちが落ち着かないのは焦りか、別の何かか。
「例え話を一つしましょうか」
いつの間にか顔を上げ此方に視線を向けた小林の顔は笑っているのに笑っていない。
例え話?
「例えば…黒を抜け白のユニットに入ると言い出したらどうしますか?」
お前が、か?
「白のユニットは上田さんがトップと言うことになっていますが実質、芸歴上の問題で特に取り仕切っているとも言い難い」
小林が静かに歩み寄ってくる。
「片桐を連れ、白へ移り上に立つのも面白い。そうは思いませんか?」
黒を裏切るのか?
それとも、そうすることで白を乗っ取るのか?
「貴方と知恵比べをしたい、知的欲求を満たしたいだけですが…全ての石を統べるのも面白くはありませんか?」
何を言ってるのか意味が理解できない。
話は見えてこない。
「つまらないんですよ。このままじゃ」
660
:
◆1IvI9EgBf.
:2010/06/05(土) 20:49:55
そうかも知れないな。
「今の貴方じゃ簡単に黒も白も潰せてしまえる」
小林が目の前で立ち止まる。
顔から笑みは消え、ペンを握り直し大きく右腕を振り上げた。
「物語は終わりませんよ」
そのまま右手のペンを俺の首もとに振り下ろした。
「…始まっても、いませんから」
声が遠くなっていく。
今の俺は…つまらない、か。
「っ!!…設楽っ!!」
目の前に気持ち悪…日村の顔がある。
「気持ち悪い顔…」
「やかましいわっ!起きないから焦ったんだぞ…」
「あぁ、わりぃ」
何処だ、此処。
ロケバス…?移動中か。
タバコをポケットから取り出すと一本も入っていなかった。
買い忘れ。しくじった。
「あと10分くらいで着く…って、その首どうしたんだよ?」
日村の顔が青ざめている。
手渡された鏡で首を見ると赤黒い痣があった。
「ぶつけたのか?痛そうだけど」
「…日村さん、俺おもしろくなるよ」
「はぁ!?頭もぶつけたか!?設楽さんは充分おもしろいよ!」
「そっかぁ」
笑って返すと相方はさらに慌てた。
良い天気だからロケも上手く行くだろう。
物語は終わりませんよ…
始まってもいませんから。
声が、聞こえた気がした。
*
以上です。
夢オチで申し訳ない。
661
:
名無しさん
:2010/06/23(水) 19:17:09
>>649
ものすごく今更ですが、サブタイトルでどの芸人が出るか分かり、ニヤリとしました
投下楽しみにしてます
662
:
チラリズム
:2010/07/06(火) 23:35:09
途中まで出来たのでこっそりgdgdだけど投下する
今、隣でアホみたいな顔して寝とるそいつが、ちょっと前までは舞台でドン滑りしてたのかと思うと時間はめっちゃ早い。
今やったら舞台で台詞忘れへんし…あ、違うわ、たまに忘れるか。ほんでめっちゃ噛むし。
こいつと一緒でよかったな、とたまーにやで?たまに思う。
メシ作ってくれるし、朝起こしてくれる。
その頃は、
石とか、不思議な力とか、そんなん全く興味は無いし、そもそも知らんかった。
相方がどうやったかは、知らない。
ただ俺は、
何でそんな訳の分からへん石で死ななアカンねん。
芸人が命懸けで戦ってええのは舞台だけやろー言うて。
俺は少なくとも、そう、思っていた。
663
:
チラリズム
:2010/07/06(火) 23:36:16
かっこつけてみたところで、俺らはまだ若手やった。
個人の芸歴はお互いに長かったけど、コンビ歴ではまだまだ日は浅い。
前に休みたい言うたら、マジでー?っちゅう顔したマネージャーがドン引きしてた。
まだまだそんなとこ。
ラッキーな方やった。
…のかもしれへん。
お母さんは「今までの相方が悪かったんやって」と言うている。
相変わらず息子に甘すぎやねん。
かく言う俺も、そうやろなーなんてどっかで思ってて。
そう考えたらもしかしたら、ラッキーやったのかもしれへん。
一番最初はアカンかった。
それでもライブやったりオーディションやったりしてて、
次第にネタ番組に呼ばれるようになって、ファンや言うてくれはる方が増えて、
特番のメンバーになって、メンバー変わらずレギュラー放送になって、
それがすごい早さでゴールデンになって。
前では考えられへんかった事やった。
お笑いブームとか言う波に乗ったんやろな、とか人事みたいに考える。
こんな波に俺らみたいなのが乗ってええんやろか?
フルポンとか柳原可奈子とか…売れっ子ばっかりやん!
何故そこにロッチなん!?
664
:
チラリズム
:2010/07/06(火) 23:37:14
我が家はまだ分かる。
人気あるし売れてたしおもろいし。
でも俺らは何も無かった。
華も無かった。
金も無かった。
人気も知名度も無かった。
観客席からの歓声も全く無かった。
むしろ相方はちょっと嫌われてるんちゃうか位。
それを、俺らを、選んでくれはった。
それが、きっかけ。
665
:
チラリズム
:2010/07/06(火) 23:37:44
肌寒い季節の事。
夜深い時間やったけど、ネタ作りに決まって使うファミレスに、作家さんと俺と相方でおった。
相方は相変わらずアホみたいな顔して、眼鏡と帽子を机に置いて突っ伏しとって。
しかもこうなる前に勝手な事を30分、えらい勢いでだらだら喋ってから疲れて勝手に寝はじめる。
…俺やなかったらとっくに解散ですよ自分。
一方の俺は作家さんと会話と言う名の打ち合わせ。
俺がおしゃべりが好きやから、まず喋る。そこから色々出て来た案や構成をメモって組み立てる。
あとは軽ーく台詞を文字に起こして、それをこのアホな顔して寝てる相方に伝える。納得してくれない部分は説明、と。
そんな感じで作家さんとの打ち合わせが終わって、どうせ帰ってもおんなじ家に住んでる相方を起こそうとして、
不意にイヤーな感じがした。
…何て言うたらええんやろ。
ゾッ、とした。
666
:
チラリズム
:2010/07/06(火) 23:38:31
作家さんが大丈夫?と言う声が耳に入った。
体が硬直していたらしい。
手を相方の肩に乗せかけて空中に止まった。
ファミレスの中は暖房が入ってるはずやのに、俺の体感温度だけめっちゃ冷たい。
まるでここだけが水風呂みたいやった。
…我に返る。
ガヤガヤしたいつものファミレス。
静かに幸せの睡眠を貪る相方は鳩よりも平和の象徴みたいやった。
結局俺がネタ作ってる間ずっと寝とった。もう慣れたけど。
とりあえずたたき起こす。
相方は寝ぼけながらも、あっけんちゃんネタ出来た?と、一言あっけらかんと聞く。
そのアホさがツボなのか俺はつい笑てまう。
ああ、平和やなぁ。
だから、…だからさっきのは気のせいや。
言い聞かせる。
まだ体感温度が上がり切ってへんのが、厭やった。
667
:
チラリズム
:2010/07/06(火) 23:40:25
何故だかその場におるのが怖くて、少し慌てて会計を済ませ、3人でファミレスを出た。
俺と相方は一緒やけど、作家さんとは家の方向がちゃうので、現地解散。
…と言うのは建前。
本音は作家さんを何かに巻き込んでしまう気がしたから。
モヤモヤ、してた。
はっきりとはせぇへんのにヤバい気がする。
何がヤバいかも分からへん。
空気に殺されそうな、そんな―――
(……………こつ、)
2つしかなかったはずの足音が増えた。
相方とお互い、後ろ向くのが怖くて向けへん。
(………こつ、こつ、こつ)
付いて来とる?
…いやいやいや。
誰が?何のために?
俺らの後なんか着いて来てどうすんねん。
(………こつこつこつこつ)
足を止めた。
(…こつこつこつ)
それを見た相方には不意打ちやったかぴくっ、と眉を吊り上げ慌てて止まる。
言いたい事は見ればわかる、何で止まんねん?やろう。
俺もそう思う。何で止まったんやろ。
きっと、好奇心が恐怖心を上回った瞬間があったんや。
(…こつ、)
でもそれが間違いやった。
668
:
名無しさん
:2010/07/10(土) 07:55:50
ロッチキター!
続き気になります
669
:
名無しさん
:2010/07/24(土) 14:15:24
おお、ロッチだ!
期待して待ってます
670
:
チラリズム
:2010/07/30(金) 01:59:31
gdgdつづき
ちなみに時系列的には08年12月〜09年1月位のイメージです
ゆっくりした動きで振り返ろうとして、いきなり背中を強い力で押された。
「――おわっ」
体が前につんのめる。
横目に映ったのは、隣におったはずの、狼狽する相方が遠ざかってった姿。
…ああ、ちゃうか。
俺が相方から離れてるんや。
妙に冷静やった。
視線から相方がフェードアウトする中で、後から後から疑問が着いてきた。
一体、どうやって俺を突き飛ばしたのか。
その前に、どうして俺らの居場所が分かったのか。
それ以前に、まずこいつはどこの誰なのか。
ゴツン。
疑問が頭に辿り着いた頃には地面にコニチハしていた。
今更現実に戻ってきて、じん、と鈍く額が痛む。
受け身取ろうとして、結局コンクリートに頭から突っ込んでしまいました。
あー。
だっさー。
(ほんまやなぁ、お前めっちゃださいわ)
うっさいわ。お前に言われるのだけはイヤやってん。
…ん?
ハッとする。
今のは中岡…やない。
さっきの男でも、多分…ないやろ。
誰かが話したのならすぐ分かるはずやのに。
今のは…誰や?
ただ、
俺はこの声を、
知っている。
671
:
チラリズム
:2010/07/30(金) 02:01:28
戸惑う中で相方がひ弱に、けんちゃんけんちゃんと慌てて叫んだのがようやく耳に届いた。
お前なぁ…。
アホっぷりがたまに腹立つ。
特にこう言う時は。
まず後ろ見ろや!
何なん?お前何なん?
と言いたかった。
それは、
背後のそいつが話し出したせいで言われへんかった。
「見つけた、危険分子。」
酷く冷たい声がした。
何やろ…、パソコンで読み上げさせましたーみたいな生気の無さ。
さっきの水風呂のような空気が周りに漂う。
キンと氷のごとく張り詰めた緊迫のせいで、地面に追突したまま俺は動けなくなっていた。
俺だけやなく、今度は相方もその空気に飲まれたらしい。
さっきのアホみたいな叫びがぷつりと消えた。
隣で、震えてる?
ん?
何か忘れてるような…
あ!
…いやいやいやいやいや!
待って待って待って!
さっき危険分子って言うてなかった?
…え?ええ?
えええ?!
危険分子ぃ!?
俺がぁ!?
えぇぇーーー!?
672
:
チラリズム
:2010/07/30(金) 02:04:30
驚きが先行して動きが遅れていた。
頭ん中、ぐちゃぐちゃ。
危険分子って何?
何が起きてん?!
けれど誰かが冷たく放った。
(うっさいねん早う立てや)
「分かっとるわ!」
こっちの事も考えてや!
珍しくイラついて声を張り上げる。
普段よりもだいぶでかい声出してもうて、自分の鼓膜がじんっと震えた。
(普段もデカイけどな)
篭った声がどこまで届いたか分からへんけれど。
ゆっくり立ち上がる。
「……ん?」
「…何を言っている?」
俺以外の両方がハテナを浮かべていた。
やっぱり声を出してたのは、こいつらちゃう。
『木を見るな、森を見ろ』
10代の頃の俺の持論やったらしい。
すっかりその事は忘れてたけれど、俯瞰でモノを見なアカンと言うのは大事やと思ってた。
昔から思ってた。
異質な空間で鋭く周りを見た。俺ら以外に人はいてない。
ふたりに固着したせいで周りが見えてへんだけ、というわけでもなさそうで。
ぼけんとした相方の傍らにようやく立ち直って振り返る。
フードを深く被った男が目の前にいてた。
隣の相方はと言うと、僕と男とを繰り返して見比べ空気を探っている。
何で震えてんねん。
女子か。
673
:
チラリズム
:2010/07/30(金) 02:06:20
「危険分子、今のうちに我々の元に来い」
男は感情無い声でさっきと似たような事を繰り返した。
相変わらず冷たっ。
そんで危険分子って何?
(『石』使える人の事ちゃうかな?)
「…いしぃ?」
するりと頭ん中に声が入って来る。
何が何だかサッパリや。
その単語は自分の中で意外やったせいか、ついとぼけた声を出してしまった。
「あ?」
「え?今の創一ちゃうの?」
「何が?」
相方もとぼけている。
けれどよく見れば分かる。
メガネの奥の目ぇがほんまに困っていた。
ああ、ウソはついてへんな。
そしたら今のは誰やねん。
(いやいや、俺やって)
だからお前誰やねん!
(…俺は…)
ん?
…何か…
聞き覚えある声やな。
どっかで会うた?
(…俺は、)
『お前や』
頭に響いていた、聞き覚えがある声。
独特のイントネーション、
やたらでかい音量、
普通の舌の長さやのにやけに悪い滑舌、
そんで篭った声質。
…そうや。
間違いなく『俺』の声や。
次の瞬間、ポケットが今までにないくらいめっちゃ光り出した。
周りは照らされて、まるで昼間みたいで。
しばらくして、それはゆっくりと光量を下げ、最後にはまた夜らしい暗さに戻った。
…一体何が起きてんねん!?
674
:
チラリズム
:2010/07/30(金) 02:09:33
「チッ、『石』が目覚めたか」
男が舌打ちする。
ジャラ、と何かを取り出して右手に握り込んだ。
「お前らが『向こう』に付かれては困る」
男の手が光る。…光る?
って言うか、目覚めた…って言うた?
そこで俺は小さく、あっ、と息を漏らしていた。
何故今までそう気づかなかったのか、そう結論が出なかったのだろう。
まさか、と思った。
俺らには関係ないと。
そんなもの、俺らのところには来ないだろうと。
こんな戦い関係あらへんと。
正直高を括っていた。
これが…い、『石』?
噂レベルでしか知らなかった異常な状況が目の前に。
何か、ぴかーっと光るとか言うとったような違うような…。
思い返す。
そういえばあの男は俺の背後にいてただけで、俺らとは距離があった。
自力で突き飛ばすなら当然、近寄る必要があるやろ。
けれど近寄ったなら足音か、でなければ気配で分かる。
ならどうやって?
疑問は噂を思い出させた。
噂に寄れば、芸人ひとりにひとつ…もしくは複数、石が手元に来る。
拾ったり、ファンからもらったり、ある日いきなり誰かに渡されたり。
出会い方は様々やけど、必ず石は来る。
その石は、持てば人間では考えられへんような事が出来るようになる。
その石には不思議なチカラが宿っとる。
チカラは人それぞれ違う。傷付けたり治したり、光ったり何か出したり色々な種類がある。
今、芸人は密かに様々な派閥に分かれて、石を奪い合いやったか何かしている。
にわかには信じがたい話やったけどそれでしか状況を理解出来へん。
そうでなければ、この距離で突き飛ばすのは不可能やろ。
そうでなければ、頭の中に入って来る声が説明つかへん。
俺は無意識に理解した。
これが、噂で聞いた『石』の世界なんや、と。
675
:
名無しさん
:2011/01/06(木) 20:19:31
某毒舌芸人の話を投下させて頂きます
元の書き手さんに無許可で申し訳ないです
今日も、売れてない若手芸人から石を奪ってくる仕事をやってきた。
正直めんどくさいけど…まあ黒には色々世話になってるから仕方ない。
あいつら、俺が黒だって言ったら妙に納得したような顔しやがって…覚えてろ。
猿岩石でやってたときは…どんな感じだったっけな。
電波少年ブームが去ってからは、とんでもない地獄を見た。
このまま死ぬんじゃないかって思ったときもあったが、先輩たちに助けられてどうにかなった。
昔は、こうして一人でやっていけるなんて思ってもいなかった。…いや、思ってたのか?…分かんねえ。
そういや、石の争いのほうでも地獄を見た気がするが…そっちはどうしても思い出せない。
今じゃ、黒にいることにすっかり馴染んでしまってる。
白側の芸人から言わせると、俺らは悪いヤツだそうだが、そんなんこっちの勝手じゃねーか。
そこそこテレビに出て、黒としての仕事もやって…。こんな感じの日常がずっと続くといいんだけどな。
もしこの先、石の争いで地獄を見るようなことがあっても…また這い上がるだけだ。
石を持った芸人全てが消えるようなことがあっても、しぶとく生き残ってやるよ。
676
:
◆1En86u0G2k
:2011/02/10(木) 14:11:53
潜在異色周辺のごちゃごちゃした話を投下させてください
例によってあまり目立った動きはありません
なお、本編未登場の芸人さんについて独断で状況設定を行っております
基本的に本編やしたらばの投下文・レスを参考にしていますが
細かい部分に独自の解釈・表現が加わっている点を
あらかじめご了承いただければ幸いです
(2009年の末→翌年の春にかけてを想定した色々です)
677
:
◆1En86u0G2k
:2011/02/10(木) 14:13:14
colors:1 『A.』
揚げ足を取らせたらそうとう右端のほうに並ぶ自信はあるわけだった。
「いやだからさ、時期には個人差があるから、やっぱりその時ハネてたネタが鍵になることが多いわけじゃない」
居酒屋の片隅で笑い混じりに自論を展開する赤い眼鏡の男。
相手がむぐむぐと玉子焼きを頬張りながら頷くのを視界の端で確認し、饒舌に言葉を重ねる。
「何て言うのかな、言っちゃ悪いけど旬のネタって変わってくこともあるわけでしょ。
それに合わせて融通利けばいいけどそううまくいかないだろうし。
だからなんだろ、はたから見るとすいません面白さ優勢です、みたいな空気?」
本業に近い勢いの淀みない喋り口、原因は不安と高揚と速いペースの酒。
それにしたって、と南海キャンディーズ・山里はかすかに自省する。
(俺こんな話してていいんだっけ?)
*****
大切に大切に育ててきた企画に新展開が拓けた。
小さな会場を舞台に、どちらかと言えばネガティブな鬱屈を原動力として始まったそのライブは、
着実に規模を広げ、共演者を増やし、ついにテレビという媒体の上で勝負することになる。
根幹から関わってきた者として思い入れも感慨も人一倍どころか三倍は固いはずの山里はしかし、
気合いも新たに迎えたその日の会合を自らの手で大幅に脱線させつつあった。
きっかけはそもそも乾杯の直後、いまや慣習になりつつある身辺の報告会から。
例の石をめぐる小競り合いが、あるネタ中のフレーズ――数年前に全盛期を迎えたもので、
当人が本業で使用する姿をここしばらく見かけていない――を口火に始まったという噂。
奇妙な環境も数年を跨げば恒常化するのだろうか、危機感に負けず劣らずの強さで茶々を入れたい欲が膨らみ、
ツッコミはご法度と思われるポイントに「あえて言わせてもらうと」で切り込んだ結果がこれだ。
目の前の男は適切な相槌とよく通る笑い声のほかには熱心に飲み食いをするばかりで、
いいかげん真面目に話しましょうと制止に回る気配がまるでないから、
酔いとテンションとミートの甘い論舌が好き放題に加速する。
「春日くんだって人事じゃないよ、」
「ワタクシですか」
逸れすぎた会話の編集点代わり、唐突に水を向けてみれば相槌上手は箸を持ったまま目を丸くしている。
軽快なトークの唯一の客であるこのオードリーの春日こそ、
いわゆる『芸人の決まり文句』を発動のキーワードに据えた男だった。
オーケーそれじゃあ想像してみて、グラスの中身を飲み干してから恐怖のもしもを提示する。
678
:
◆1En86u0G2k
:2011/02/10(木) 14:14:04
「言っても流行語候補まで上ったわけでしょ、ある意味時代の象徴じゃない。
どうする、向こう十年こんな調子でさ、仕事上はそんなこと言ってた時期もありましたねえみたいな状況になってて、
それでも不本意なタイミングでトゥースって叫ばなきゃいけなかったら」
考えただけで本来の、芸人的な意味で震えたくなるアウェー感。
春日は頬に手をやり素直にシミュレーションを展開していたようだったが、やがてその目はなにやら楽しげに細められた。
「向こうさんは求めてないんですよね」
「そりゃあもう、」
「状況の深刻さ抜きで今更それ?って空気になるわけですよね」
「そうそうそう」
「最高じゃないですか」
「ええー?」
下ろした前髪と黒縁の眼鏡、ベストを脱いだ胸を張るどころか猫背ぎみに丸め、
おなじみのキャラクターに関する要素の一切抜けた――よく見ればもみあげはやはりないのだが――
今は地味な青年にしか見えない春日の、不遜な笑みだけが舞台で披露するそれと重なっていた。
「生粋かつ深刻なドMじゃない」
どうやらその表情がキャラではなく性癖に起因することを把握した山里が呆れと尊敬を混合して呟けば、
ウフフ、とこれまた図体に似合わない笑みが返ってくる。
「なんだろう、春日くんの真髄を垣間見た思い」
「果てしないでしょ」
「俗に言う突き抜けた変態ね。こういうのを器の大きさだって誤解されて若林くんが怒るわけだ」
烈火のごとく憤る春日の相方を思い浮かべながら、ふと気付かされる。
俯瞰した一連の騒動が、やはり滑稽でしかないということに。
芸人のキャラやお決まりの台詞は観客を笑わせるために生まれ、磨かれるのであって、石を呼び起こすためのものではない。
運動不足の身体に鞭を打ち、必死で尊厳を削り合い、そうして掴めたものは驚くほど少なかった。
やってられねえぜのポーズを維持するだけで一苦労の現状はまるで毒の沼地。
先を争うように疲弊して、足元を掬われた順にいちばん大事なものを取りこぼしていく。
例えば舞台に穴を開けるとか、貴重なテレビ出演で全力を尽くせないとか、――唯一無二のパートナーを傷付けるとか。
679
:
◆1En86u0G2k
:2011/02/10(木) 14:15:04
押し込めた苦い記憶が蘇り、山里は反射的に右目を閉じて顔をしかめる。
身の凍るような過ちを、溺れるほど深い後悔を、もう二度と繰り返すわけにはいかない。
同じ轍を踏んだあかつきにはいよいよ舌を噛んで死ぬべきだろうし、万が一命が惜しくなり躊躇すれば、
本格的なトレーニングを経て数倍の重さとなった誰かの拳が、正確に自分の顎を打ち抜いてくれるだろうと思う。
たとえこの先、大きな波に飲まれ、息を吸うために若干長いものに巻かれることを許したとしても。
本分そっちのけで繰り広げられる不毛な争いを自分ごと小馬鹿にしてみせる、
アイデンティティに似た意地の悪い客観性だけは決して失うまいと誓っていた。
山里の決意を知ってか知らずか、相変わらず春日は何かを見下ろすように笑っている。
「やっぱり笑われてなんぼだと思うんで」
「まあねえ」
腐っても芸人だもんね、短い言葉に凝縮されているかもしれない真理を噛み締め、おや、と思う。
もしかして自分はそこを確認したくてこの男を誘ったのだろうか?
(…さすがにそれは、)
「考えすぎかな」
ひとりごちた山里を春日は愉快そうに眺め、倣うように。
「こんなの、全部、くだらねえんだし」
まるで若林が吐き捨てそうな台詞を、実におだやかに言ってのけた。
680
:
◆1En86u0G2k
:2011/02/10(木) 14:17:18
colors:2 『パステル・カラーと王子様の憂鬱』
真っ当に生きているつもりがどうしていつもこうなるのだろう。
楽屋の片隅で孤独な戦いを続けながら細長い男は途方に暮れていた。
「でも俺タナちゃんで間違いないと思うよ」
「おれもー」
どいつもこいつも自身を過大に、相手を過小に評価しているとしか思えない。
そもそも事前の危機感すら、指摘されてはじめて気付くありさまだというのに。
「だから理由を!理由をちゃんと言ってって言ってるでしょー!」
たまりかねて叫んだはずのアンガールズ・田中の抗議は、やはりなぜか小さな笑いをその場に広げた。
*****
もちろん田中とて己を最強だなどと自負したいわけではない。
むしろその逆、常に襲撃を危惧するぐらいがちょうどよいと思っている。
ただそれは周囲にも――例えば相方である山根にも、こうして集まっている面々にも――該当する危機感だと考えていて、
言ってしまえば(田中の判断基準で)弱い部類に属する芸人が揃っているのだから、
いっそう団結して立ち向かい、なるべくなら先だって回避し、
痛い目に遭わないよう注意していこう、そう呼びかけたいだけだったのだ。
それがどういうわけか『このメンバーの中で誰がいちばん頼りないか』という話から、
『ぶっちゃけ誰が一番弱いか』というテーマへ論点がスライドし、
大変失礼なことにこの場にいる全員が揃って田中を一番弱い、と断じてきたのである。
「だってタナちゃんの石ってまあまあって言うだけでしょ?」
ややポイントのずれた指摘をするのはドランクドラゴンの鈴木で、そちらの石こそ決定力に欠けると言い返してはみたものの、
「最終的に腕でも首でもキメちゃえば大丈夫だもん」と恐ろしい開き直りを見せられてうっかり怯んでしまった。
「それに結構失敗して、反動で落ち込んだりしてるみたいだし…」
見られたくないところをいつのまにかきっちり目撃しているロバートの山本はある程度力押しが効く能力であるし、
本人もボクシングのライセンス持ちときているのでこれまた反論しづらい。
そもそも、上記のふたりより強いと言い張る(別に弱いと主張する気もないのだが)つもりは元々ないのだ。
まだ石の能力が安定していない者も含めて自分が最弱だと定義されることにかなりの抵抗はあったけれど、
とにかく総合力で勝っていても隙を突かれるケースは多々あるわけで、そこを警戒していこうと――
「ていうか一番気持ち悪いのがタナちゃんなんだから、それで決定っちゃ決定でしょ」
やや遠いところから不意に聞こえたデリカシーの欠片もない声。
田中がキッ、と効果音が出そうな勢いで出先を睨めば、
距離を取って三人の論争を眺めていたインパルスの板倉がなんとも意地の悪い顔で笑っている。
「ほらもう気持ち悪ぃもん」
「だからどーしてそーいう人を傷つけるようなこと平気で言うわけ!?」
「だって事実だし」
血相を変えて詰め寄る田中から大袈裟に身体を逸らしてみせながら板倉は飄々と応じる。
「事実じゃなーい!じゃあどこが気持ち悪いかちゃんと言ってみてよ、」
「その何か変な地団駄みたいの踏むとこ、手をやたら振り回すとこ、でっけえ唾飛ばすとこ、それから――」
「あーもうやーめーてー!!」
681
:
◆1En86u0G2k
:2011/02/10(木) 14:18:09
指摘された動作をフル活用して失礼な物言いを強引に止める。
見下ろす板倉はすげえ悲壮感、となにやら意図ありげに呟いていて、
「ほんとだメンバー揃ってる」「えっ何?あっ、」
背後のふたりがなにやら感心しているが反応するゆとりはすでにない。
とにかく一刻も早く一矢報いたい、その一心で田中は捨て鉢にこう言い放った。
「ていうか板さんだってそんなに強いと思えないんですけど!」
虚を付かれたような板倉の表情は、しかしすぐによからぬ企みを思いついた笑みへと変わる。
同時に、やや平静を取り戻した田中の顔色がさっと青ざめた。
以前(悔しいことに)追っ手を振り切れずにいたとき、手を貸してもらったことを思い出したのだ。
記憶に間違いがなければ、随分と乱暴な手を。
「…あ、そう?俺のやつって、タナちゃん見たことなかったっけ」
「…ううん、けっこう前に見てる、」
「それで怒ってたんだ。なーんだ、言ってくれりゃよかったのに」
「あるよお!あるからいいってば!」
「まあまあ、タダにしといてあげるから見てってよ」
「タダなのは当たり前でしょー!!」
身を預けていたソファーから立ち上がると、板倉はさっそく石を握り込んで力を込める。
その独特な圧力に呑まれて硬直する田中の背後、鈴木と山本がとばっちりを喰らわぬようそっと距離を取りはじめた。
卑怯だ、別に卑怯じゃないでしょ、助けてくれたっていいじゃん、痛いの嫌だもん、俺もやだ、この薄情者!云々。
顔だけをなんとか傍観者たちのほうへ向け言い合っていた田中は、
なにやら不穏な気配が満ちるのを感じ、おそるおそる視線を前方へ戻した。
指先で蒼い火花を遊ばせている板倉が軽い調子でそうだ、と呟く。
「今日はあれだ、乾燥注意報出てたよね」
「そ、そうなの?」
そういえばエレベーターのボタンにも楽屋のドアにも、バチリと指をやられたけれども――
「だからさ、」
次第に火花の色が明るく澄んだものに変わっていく。
きれいな色だなあ、現実逃避に走った田中の頭がのんきな感想をドロップした、次の一瞬。
「よく走ると思うよ」
そこらじゅうの静電気をありったけかき集めて叩きつけたような、すさまじい音で楽屋が震えた。
682
:
◆1En86u0G2k
:2011/02/10(木) 14:19:21
「――なんですか今の!大丈夫ですか!?」
炸裂音を聞きつけたらしいスタッフが、慌てた様子でドアを叩いている。
いちばん近くに立っていた板倉がわずかにドアを開け、すいません大丈夫です、ちょっと打ち合わせで、と応じた。
「打ち合わせって言ったって――」
そんな派手な鳴り物使うんですか、若いADは心配そうに楽屋の中を見回し、やがてある一点に視線を止める。
――沈黙。
正確には噴き出しかけるのを寸前で堪えたので、ゴフ、と妙な息遣いが漏れた。
「大丈夫すから」
念を押すように板倉が言い、鈴木や山本が援護の同意をし、やっと異常なしを承認してもらう。
それとも何か別の意図が含まれていたのか、ADはもうすぐ本番ですんでよろしくお願いします、苦しそうに早口で言うが速いか、
一礼してバタバタと走っていってしまった。
残されるのは安堵の息をつく三人と、楽屋の中央で棒立ちの田中。
その頭はみごと、大先輩による往年の雲上コントを思わせる勢いでチリチリに丸まっていた。
当然のごとく収録の開始は遅れ、田中の頭上に起きた惨事を目にした者はもれなく身体を折り曲げて爆笑した。
説明が面倒だと結論付けたらしい鈴木や山本がフォローを放棄したのにはもちろん、
元凶である板倉までがすっかり他人のふりを決め込んでニヤニヤするばかりなのも腹立たしかったが、
気付けばカメラを持ち込んでいるスタッフが、もしかしたらDVD用の特典映像にするかもしれません、などと言い出したので、
いよいよ怒りの矛先は割れに割れて収拾がつかなくなった。
人知れず両の拳を固く握って田中は誓う。
(一刻もはやく俺の尊厳を取り戻さなきゃ)
可及的すみやかに。
――できれば、予定のワンクール分をすべて録り終える前に。
683
:
◆1En86u0G2k
:2011/02/10(木) 14:20:17
colors:3 『P.P.G』
「亮さんは、一番最初のきっかけみたいなのって覚えてます?」
静かな部屋にぽつりと響いた声。
取材待ちをしていたロンドンブーツ1号2号の亮は、手元の携帯電話から顔をあげて視線を回した。
こちらをじっと見つめているのは、先ほどまで新聞に目を落としていたサンドウィッチマンの伊達だ。
「きっかけ、…?」
範囲の広い質問にとまどい、鸚鵡返しぎみに繰り返したところに補足が加わる。
「石のことです、例の」
ああ、亮は納得したように大きく頷き、すぐに難しい顔になって記憶を辿りはじめた。
*****
「どんなんやったっけ…追われてて、行き止まりなって、ほんで追い詰められて…
めっちゃ焦ったのは覚えてるんやけど」
あんまり役に立つことは思い出せんなあ、申し訳なさそうに眉を下げた亮に、
いえこちらこそ変なこと聞いちゃって、伊達は追うように頭を下げる。
それからふと反対側に向け、別の相手に問いを投げた。
「お前のはどうだったっけ」
「???」
「あー、いいわやっぱ答えなくて」
楽屋の隅で大きな目を瞬かせた鳥居みゆきはそれこそ鳥のように大きく左右を見回したかと思うと妙なタイミングで破顔し、
ふたたび謎の一人遊び(に模したコントらしい)に没頭する。
見届けた二人の顔に思わず似通った苦笑が浮かんだ。
「…あっ、鳥居ちゃんも持ってんねや」
「らしいですよ。どんなもんなのか全然教えてくれませんけど」
石の形状や能力、自分の取る立ち位置と思考。
何を聞いても、毎度異なった擬音と問答にしてはハイレベルすぎる反応が返ってくるという。
あいつがどっかに入って何かやるってこともないだろうから放っておいてます、の声に亮は曖昧に頷き、
代わりに左手のブレスレットにそっと意識を集中した。
間を置かず伝わってきたごく小さな波長を返事代わりにして納得する。
「無茶せんかったらええねんけどな」
「まああんまり手は出しにくい奴だとは思うんで。何されるかわかんないっぽいし」
突き放すような物言いの中に心配と気遣いが多分に含まれていた。
しばらく鳥居の動きを眺めていた伊達は、やがて小さくため息をつく。
684
:
◆1En86u0G2k
:2011/02/10(木) 14:21:11
「別にこんなもんいらねえやって、…今も一応そう思ってるんですけどね。
こう物騒な話ばっかり続くと、さすがにちょっと」
困ったように呟いて、首元からなにかを引っぱり出す。
武骨な鎖の先で揺れているのは、確かに例の『石』に見えた。
ただ先ほど鳥居に感じ取ったもの――石同士が共鳴したときに生じる独特の気配が伝わってこない。
覗き込みながら亮が尋ねる。
「いつから持ってんの?」
「大分経ちますよ、去年とか一昨年とかそれくらいは。
でも全然、うんともすんとも言わないんで。来るとこ間違ってんじゃねえかって思うくらい」
石が目覚めるタイミングはそれこそ千差万別――持った瞬間の場合もあれば、数日後、数週間後になることもあると聞く。
けれど年単位でというのはかなり珍しい話だった。
直接打ち明けてくれたのはいつだったろうか、内緒ですよバレたら俺らヤバいんで、そう早口に重ねた伊達は笑っていたが、
とても真剣な目だったのを覚えている。
手ひどく巻き込まれたという話はなかったはずだから、近しい芸人のアシストがあるのか敏感に察知して切り抜けているのか、
とにかく大変な日々であったろうことは容易に想像できた。
「俺のじゃないのかもしれないすねえ…」
石を挟んだ向こう側の曇り笑いを打ち消そうと亮は急いで首を振った。
「なんやろ、でもそれはちゃんと伊達ちゃんのやと思うよ。なんでかってのは、うまく言えへんけど…」
名前が書かれているわけでもこちらが呼んだわけでもない異物は、それでもきちんと持ち主となる芸人のもとへやってくる。
こうして伊達の懐に辿り着き、おとなしく鎖に繋がれているのなら、
きっと『いざという時』に備えてじっと息を潜めているに違いない。
石が目覚めるほどの『いざ』が果たして訪れるべきかといえば難しいところなのだけれど、
それでも、似た色の髪をした男の憂いが、少しでも晴れてほしいと思う。
「そのうち必要になったらちゃんとやってくれる思うよ、な」
沈黙を守る石にも向けた励ましに伊達は、だといいですね、と、
やはり苦く――けれども幾分救われたような表情を浮かべた。
685
:
◆1En86u0G2k
:2011/02/10(木) 14:22:16
ドアの向こうからお待たせしました、と出番を知らせる声が届く。
「よっしゃ、行こか」
「はい」
切り替えるように明るい声をあげて立ち上がる。
と、背後の伊達が動きを止める気配がした。
「へ?」
振り返れば予想外の至近距離に、見開いた双眸。
先ほどから黙々と別世界を築いていた鳥居が、今度は伊達の顔を正面からまじまじと凝視している。
メイク分を引いても強烈すぎる眼力に、思わず亮は半歩ほど距離を取った。
「うわびっくりした…、やめろよ怖えよ」
当の本人は言葉と裏腹にいたって落ち着いた対応である。
「……、……………、………。」
「…なに?どしたん?」
様子がおかしい――ある意味いつも通りとも言えるのだが――とにかく鳥居の意図が読めず首をかしげた亮は、
半拍ののちどうやら彼女が今『音が出せない体』であるらしいことを理解した。
「なんで声出ねえんだよ」
伊達も律儀に小さくツッコミを入れ、けれど唐突な展開を流すわけでなく、素直に口の形に注目してやっている。
遠く離れた相手に届けるがごとく、大きく一言ずつ、ゆっくりと並べられる聞こえない音。
解読が進むにしたがって、寄せていた眉と怪訝な表情が少しずつ穏やかに緩んでいく。
「……、……………、………、」
「おお、うん」
「……、……………、………!」
「そっか」
「うん」
「声出るんじゃねえか」
「あ!」
「気付いてなかったのかよ」
気が済んだらしい鳥居は奇声と嬌声の中間点みたいな声をあげながら、さっさとふたりを置いて駆け出していく。
不思議と息の合った掛け合いを後に、慎重に言語の再構成を試みていた亮がぱっと顔を輝かせた。
「なあ伊達ちゃん、今のって」
「…多分そうなんでしょうね、」
迂回して届けられたのはあまりに真っ当な台詞、だからこそ妙な仕様で釣り合いをとったのかもしれなかった。
やれやれと肩をすくめて笑いながら、さっそくスタッフに急襲を仕掛けている聡明なトリックスターに向けて。
「気にすんなってことでいいのな?」
呼びかけた声にやはり明快な同意は返らない、けれども。
686
:
◆1En86u0G2k
:2011/02/10(木) 14:23:04
colors:4 『もちよりブルー・プリント』
「おつかれさまです、」
昼夜を問わず慌しいテレビ局にも人通りの少ないポイントはいくつか存在する。
できるだけ同業者に遭遇しないように、切実な一念が高じて裏道的な場所にすっかり詳しくなってしまった。
「物品庫」だの「基盤室」だの滅多に開きそうもないドアに囲まれた離れの廊下は上下階の喧騒が嘘のように静かで、
そのまま外に抜けられる道であれば申し分ないのに、今でも少し残念に思えるほど。
惜しくも脱出経路とはならなかったその廊下の突き当たりは、しかし別の目的に役立っていた。
ほどなくやってきたのは上背の待ち人。
見上げて挨拶を交わしてから、オードリー・若林は簡潔に要件を伝えていく。
「えっと、こっちはほぼいつも通りです。山崎さんがポロっとまた俺襲われちゃってえ、って言ってましたけど
あのトーンならたぶん大丈夫で…」
*****
「いっつもそんなトーンやんザキヤマくん」
「それもそうでした」
「こっちもおおむね異常なしやな。ちょっと西の方でなんか起きかけてる、て聞いたけど
東京はたぶん、しばらく落ち着いてると思う」
逃げという名の徹底抗戦を選択した若林にとって、最も欲したものが情報だった。
情勢は流動的だから必ずしもアドバンテージを得られるとは限らないが、初めの一歩をできるだけ速く大きく踏むには、
とにかく可能な限り周辺の意志を知っておくべきだというのが、かつて攻めの要を務めた彼の結論。
そうして、似た体勢で情報を欲する芸人と、ひそかに手持ちのカードを交換しあってきた。
いま目の前に立つ男――よゐこの有野とも同様に、しかも有野からの申し出がきっかけとなってやりとりが始まっている。
立ち位置は中立、姿勢は引き寄り、広い情報網を有する先輩。
願ってもない誘いを二つ返事で承諾しかけ、踏みとどまってひとつ尋ねた。
「どうしてぼくに声かけてくれたんですか」
有野は一度きょとんとしてみせたあと、ある番組の名を挙げた。
彼の相方がピンで出演するバラエティ。その新レギュラーとして、自分たちの加入が決定してまもなくのできごとだった。
「そっち方面で濱口くんに何かあったら、感付いてくれるかなと思って」
「なるほどー…」
向けられたのが曖昧な正義感の類でないことにある種深く安堵した若林は、こちらこそお願いします、改めて頭を下げたのだ。
687
:
◆1En86u0G2k
:2011/02/10(木) 14:24:04
「関西方面…」
「もうちょい詳しく聞くつもりやけど。詳細要る?」
「迷惑じゃなければ」
「ええよ」
じゃあ後々ファックスで、いや向こうから手紙で。いっそ鳩にする?すいません僕生き物はちょっと。
抑えた声量のボケ合いに混じった第三者の気配、察したのはほぼ同時だった。
すぐそばで誰かの靴音。こちらへ近づいているのか、次第にはっきりと聞こえてくる。
袋小路めいたつくりの廊下、従って足音の主とすれ違わずには逃げられない。
すばやく視線を交わし、互いの出方を確認する。
「どうしよか」
「じゃあ僕でます」
「ええの」
頷くと同時に前方へ踏み出す。瞬く石の気配を背に、ポケットの中で拳を握り込んだまま足を速める。
コーナーに差し掛かってすぐ、視界に飛び込んできた人物と正面衝突しかける身体を急速反転。
ごめんなさい危なかった、実情と同義の慌てかたで、どうやらうまく取り繕えたようだった。
「こっちだめみたいっすよ。ぼくも適当に歩いてたら行き止まっちゃって…」
いかにもエンカウントを避けて迷いこんでしまった不幸な人見知りを演じながらさりげなく相手を誘導する。
素直に来た道を引き返してくれる背中を安堵の思いで見送り、踵を返すと、
ちょうどドアと床の隙間から物品庫へ逃れたらしい有野が元の形状を取り戻しているところだった。
「大丈夫でした」
「ありがとう、」
「…大丈夫ですか?」
「すんごい埃っぽかった」
ついでにゴミとか吸ってもうてないかなあ、しかめっ面で上着の裾を払う有野が身を隠す寸前、
自分の足元へ影を重ねたことに若林は気付いていた。
「すいません」
波風を立てず回避するベストの選択肢の中へ自分を招こうとしてくれたこと、それにうまく乗れなかったことを詫びれば、
「多分無理やとは思ったけど」
予想の範疇だったのだろう、埃と格闘を続けながら有野が薄い影へ目線を落とす。
688
:
◆1En86u0G2k
:2011/02/10(木) 14:26:23
影との同化――自らを平面に変えられるその能力はしかし、他者を伴う場合にはある条件をクリアする必要がある。
それは対象が有野の完全な同意者であること。
『同意』がどこまでの範囲を指すのか正確には測りかねたが、この騒動に対する意識や指針はおそらく最も重要なポイントだろう。
有野は穏やかな顔のまま、ひとりごとのように言う。
「やっぱり違うねんな」
「え?」
「俺は全部逃げたらええと思ってるから」
少なくとも濱口くんがわかりやすくピンチになってない時は。
丁寧に前置きを付け足して、ひたりとこちらを見据える。
「でも、若林は、そうやないんやな」
呼び起こすのは数分前、正体不明の誰かに向かって足を進めたときの感情。
有野を守る、という心理こそいくらか含まれてはいたものの、
石を握った右手は間違いなくやってやろうじゃねえか、の意志によって強く握られていた。
どうにも自分は追い詰められるとスマートに身をかわすのでなく、体当たりで道をこじ開ける手段を選んでしまう。
そしてそれは、逃げを望む者が選択する適切な作戦とは言いがたかった。
(もしかしたら本当は――)
続きを明文化しないでくれたのはまさに先輩の配慮というべきほかなく、若林は短い逡巡ののち、
わずかにトーンを変化させてまた謝罪の言葉を口にした。
埃をはたく音がしばらく淡々と廊下に響く。
「ともあれ」
気が済んだのか手を止めた有野はひとつ息を吐き、気を取り直すような調子で続けた。
「これからまたなんかでご一緒するかもわからんし」
「あっ、はい」
「まあ全然ないかもしれへんけど」
「はは、」
「ほんまはそのへんも関わってんのよ」
「そのへん?」
もうちょっとお話できるようになってもええかなと思って。
平坦にならした口ぶり、微妙に逸れた視線の中になにやら身に覚えのある空気が見え隠れしている。
もしかして彼も『人見知り枠』に入るタイプだろうか、察して浮かべた質問はそっと飲み込む。
願わくばそのへんをお互い気楽に話せる日が、この試行錯誤の道中に通じていますように。
あてのない望みを真摯に願いながら、若林は少しだけ笑った。
「そうすね、ちょっとずつ」
689
:
◆1En86u0G2k
:2011/02/10(木) 14:30:11
colors:another『灰と()ダイヤモンド』
種明かしに近い告白に、望みどおりの驚きが返ってきたのでとりあえずは満足した。
声をひそめるのは数日前に似た廊下、その突き当たりになぜか置かれた長椅子に腰掛ける芸人がふたり。
長身のほうであるところの有野はもう一度、なんや、と繰り返し、まじまじと隣の小柄な男を見つめて言った。
「あれ升野くんやったん」
ほんなら慌てる必要なかったなあ、拍子抜けた様子の有野に淡々と、でも若林くんが、と重ねる声。
「なんかすごく一生懸命、僕を追いやろうとしたんで、気の毒になっちゃって」
素直に帰っちゃいました、覗いてやるつもりだったのに。
微弱な石の気配を悟り、明確な意志をもってあの廊下を訪れたと明かしたその男の名は升野英知。
またの名をバカリズム、かつてコンビとして掲げた五文字を引き続き擁するピン芸人だった。
*****
予定を逸らされた不満は滑稽に近い懸命さに触れてある種の共感へと転化していた。
(ぼくも適当に歩いてたら迷っちゃって――)
リアルタイムの迷子を目撃された割には照れたそぶりがなかったし、なにより表情が違った。
同じ枠に括られても易々とセキュリティを外せるわけでないのはお互い様であるとして、
けれどもあの目は偶然を驚くものでなく、確固たる意志を持って他者に対峙するときのそれだ。
判りやすい無表情ってのも変な表現だな、盾のように突き出された顔と声の固さを改めて思い出していると、
有野がふふ、と含み笑いを漏らした。
「なんですか」
「いや、楽しそうにしてるなあと思って」
楽しい、の表現が適切かどうかは測りかねたが、おおむね同義語として位置づけていいのかもしれなかった。
周囲で動くものは操られた無個性な駒であるより、目的と意思を抱えたプレイヤーである方が面白いに決まっている。
肯定とも否定ともつかない表情を浮かべた升野を有野は興味深そうに眺めていたが、やがて言った。
「なんで俺に協力してくれんの?」
「知りたいです?」
「言いたくないならええけど」
ちょっと意外やったから。
動機を気にかけてくる先輩に似たような感想を抱きながら、それでも升野は珍しく素直に応えてみる。
「やっぱり、無力なときの経験って根強いじゃないですか」
690
:
◆1En86u0G2k
:2011/02/10(木) 14:31:00
コンビからピン芸人への転換。
芸人としての岐路は振り返れば空白とも呼ぶべき無防備を生み、その隙を狙われてしまうくらいには周囲に名が知れていた。
いよいよ窮地に陥った状況、追随して落ちる思考。そこを突破するきっかけのひとつが有野の介入だった。
「でもあれただの偶然やし、俺そんなに手ぇ貸してへんで」
ほとんど自分でなんとかしとったやん、当人は呆れたように首を振るけれども、重要なのは支援の加減ではない。
彼の言う偶然がなければ多分もっとみっともない有様を晒していただろうし、
松下が残したあの石を、この手に納めておくことも難しかったはずだ。
なにより、自らの意志で立ち位置を決めるという、升野にとっていちばん肝要な点を守れなかったかもしれない。
そういう意味で確かに彼は恩人であった。
「だからあの時助けてもらった人のことも、僕を襲おうとした奴らのことも、優先して考えるようにしてるんです」
自分の本懐を妨げない程度の恩返しと積極的な報復。
特に後者に関しては多少の遠回りも辞さない――まあ、それは余談として。
「変なとこで義理堅いんやなあ」
「そういうほうがおもしろくないですか?」
「おそろしいよ」
「それに有野さんは安心してなさそうだし」
「安心?」
「僕から情報もらって、これで絶対大丈夫だ、自分は安全だ――そんなふうに思ったことないでしょう」
「うん」
「だから狙ってもつまんないっていうか」
「そういう考え方すんねや」
すくめる肩へわざと満面の笑みを向けてから立ち上がる。
素早い撤収は周囲へも言い含めた鉄則だった。
神出鬼没のテロ集団、命名のセンスはさて置いて、そういうポジションは比較的理想に近い。
誰かの何かを――できれば足元など揺らぐはずがないと思っている相手の思惑を――
横っ面をひっぱたくように台無しにしてやるのが、
ひとつ余計に石を抱え込んだ升野の目指すところであった。
691
:
◆1En86u0G2k
:2011/02/10(木) 14:32:58
「次は?」
見上げてくる長身に標的が集うらしい場所を告げる。
「予定は今度の木曜だそうです」
有野はさほど表情を変えずにそしたらその日は隠れとくわ、まるで通り雨を避けるように言う。
「そうや、あれやって、あれ」
歩きはじめた背で受ける弾んだ声、返事の代わりに意識を集中すれば升野の輪郭がブレたように揺れ、
瞬きも挟まないうちに数秒先で踏むはずの床へと跳躍は完了している。
「やっぱりええなー、それ」
かっこええわあ。特撮ヒーローに向ける少年めいた無邪気な感嘆を耳に拾い、升野は無表情をわずかに弛める。
(そりゃ、かっこいいって言われて気分悪くするやつはいないでしょう)
窓の向こうの曇り空、階下のアスファルト、進む廊下、身にまとうパーカー。
濃淡の異なる灰色が、彼の世界を彩っていた。
*****
升野英知(バカリズム)
石:アメジスト(紫水晶。霊的能力・直観力・芸術性を高める。タロットでは死神にあたる)
能力:時間を飛ばすことができる。何かの目的に達するまでの時間を省く。
(例・ある地点まで行きたい→歩く時間を飛ばし、一瞬にしてその地点に行ける)
飛ばせる時間は1回につき30秒程度。
条件:時間を飛ばせるのは、自分に関わる動作でのみ。
自身が移動する・自分の動作によってものを動かす時間は省けるが、他者の動作には干渉不可能。
また、「時間を掛ければ普通にできる」ことに限る。
(例・ものを敵にぶつけたい→石など持てるものなら、投げる時間を飛ばして一瞬でぶつけられるが
重くて持てないものをぶつけることはできない)
トータルで飛ばすことができるのは1日3分程度。
疲労に伴って思考力や瞬発力・判断力等が低下し、限度を超えると体が硬直し全く身動きが取れなくなる。
松下敏宏(元バカリズム)
石:ハーキマーダイアモンド(霊的な目覚めを促す。平和な生活を保護)
能力:光を使い、刀(形状は日本刀に似る)を作り出す。また腕力・脚力など身体能力を若干強化する。
条件:自然光(日光・月光)がないと使えない。光の強さが刃の強度に比例する。
(快晴時には真剣とほぼ同等の威力を発揮するが、曇っていると切れ味はペーパーナイフ程度になる)
戦闘スキルは上がらないため、ある程度剣術の心得がないと使いこなすのは難しい。
692
:
◆1En86u0G2k
:2011/02/10(木) 14:35:05
※マスノさんの能力・元相方氏に関連する事項は
【提案】新しい石の能力を考えよう【添削】スレより
379さんの案を引用・参考とさせていただきました
久々の投下に緊張してageてしまい申し訳ありません
少しずつスレが伸びていくのをこっそり楽しみにしています
どうもありがとうございました
693
:
名無しさん
:2011/02/12(土) 21:59:19
4話も乙です。
灰色勢の升野キター!
石スレはまだ終わってないんだなーと思いました
自分もごくまれに投下してますが…自分の表現力の無さが恨めしいorz
694
:
名無しさん
:2011/02/17(木) 22:23:54
職人さんキテター!!
オードリー編のときから密かに楽しみにしてました
今後の展開が気になります
695
:
名無しさん
:2012/07/01(日) 11:13:23
ちょっと華丸・大吉編投下してみます
「華丸さんに大吉さん、石をこちらに渡して下さい」
今では、中堅芸人でも石を持っているような時代。
博多華丸・大吉も例外ではなかった。
そして目の前の若手芸人は、二人の石を奪おうとしていた。
「どうすっと?」
大吉が華丸に話しかける。
「そりゃあ、渡す訳にはいかんばい」
そして華丸が石の力を発動させた。
「このまま石を奪わなくていいんですか?いいんです!」
「……」
するとその若手芸人は、背を向け帰って行った。
「でも今日、相当な数使ったんじゃなか?」
「ムムッ?」
「あ、川平さんになっとる…」
「白と黒……絶対に負けられない戦いが、そこにはある!」
「まあ、あながち間違いではないな」
大吉が苦笑しながら言った。
博多華丸
能力:「○○していいんですか?いいんです!」と言うことで、
相手や自分を、その状態にすることが出来る。
条件:川平慈英のモノマネをして言わなければならない。
また、複数の相手に使うほど効果が薄れる。
使いすぎると、川平慈英の口調が抜けなくなる。
以上です。
クオリティー低くてすみませんorz
696
:
瞬きもできない小競り合い
:2012/08/02(木) 22:17:35
ここの色々なスレを見て書きたくなったから書いてみた
色々無理がある話だけどそーっと投下してみる
事務所主催のお笑いライブ。
かなりの大舞台。失敗すればただでは済まない。
だからこそネタの最終チェックは念入りにと、集合時間よりもだいぶ早い時間に相方を呼びつけた。
――ついでに、非常に大事なライブだから、「あやめちゃん」は連れてこない、という約束もさせて。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
三拍子の高倉は、頭の中で今日行うネタの内容を反芻しながら、控え室である大部屋のドアを開けた。
流石に早い時間だから自分達の他には誰もいないだろう……と思っていたら、そうではなく。
そこには、多くの芸人が畏怖する――というと失礼になるだろうが――女芸人、鳥居みゆきが先に来ていた。
鳥居は入ってきた高倉をじっと見つめたかと思うと、すぐにあらぬ方向へ向き直り、今度は広い部屋を縦横無尽に闊歩する。
まるでここは自分の部屋だ、と言わんばかりに。
「……」
久保はまだ来ていなかったので、完全に鳥居と二人っきり。
別に何を話すでもない、というよりも、鳥居と何を話せば良いのか分からないので、高倉は何も言わずにテーブルにつき、ネタ帳を見ながら久保を待つことにした。
697
:
瞬きもできない小競り合い
:2012/08/02(木) 22:19:44
そのまま、しばらくして。
――コツン。
(……?)
不意に大部屋に響く、何か硬質な物が落ちたような音と、自分の足に何かが当たったような感覚。
何だろう。
高倉はネタ帳を捲る手を止め、テーブルの下を覗きこんだ。
「……!」
それを確認するなり、高倉の顔色が変わる。
(これって……)
そこにあったのは、白い床に同化してしまいそうなほど、綺麗な白い「石」。
明らかに異質なその石は、もちろん自分の物ではない。
と、すれば。
自分以外で、今ここにいる――
「……!!」
テーブル越しに鳥居と目が合い、高倉は少し怯んでしまった。
その間に白い石は鳥居の手中に収まり、そのポケットに入れられる。
「……」
鳥居は何事も無かったかのように自分の世界に戻っていくが、高倉は今しがた見た石のことが気になり、ネタどころではなくなってしまった。
698
:
瞬きもできない小競り合い
:2012/08/02(木) 22:22:33
(……やっぱり、持っていたんだ)
芸人の中で広がる、不思議な石の話。
彼女も芸人だから、石を手にしていてもまったく不思議ではない。
だが、高倉が気にしたのはそこではなく。
同じ事務所に居ると、あの先輩の石はあんなんだ、あの後輩がこうやって戦っているのを見てしまった、などという話が嫌でも入ってくる。
しかし鳥居に関しては、石を持っているらしい、という噂だけが独り歩きしていて、どんな石なのかとか、実際に能力を使っている所を見たという話を聞かない。
だから、石を持っているというのはただの噂で、本当は持っていないのだろう、という結論に至っていたのである。
しかし今、彼女の石の存在を確認した。
石はちゃんと持っているのに、能力の噂が伝わってこない。
それはつまり、まだ能力に目覚めていないか――あるいは、目覚めているのに、隠しているか。
おそらく後者だろう、と高倉は踏んだ。
能力が目覚めていなくとも、石の形状の話ぐらいは伝わってくるはずで。
それすらもまったく伝わってこないというのは、意図的に隠しているとしか思えない。
それに何しろ、彼女は相当な秘密主義。
私生活、素性、その他全て謎だらけ。
どこまでが演技で、どこからが素なのか。
――それとも、全て素だというのか。
(……まあ、それはともかくとしても)
そんな彼女だから、自分の能力だって隠すに決まっている。
(……気になるな……あの石の能力)
隠されると暴きたくなるのが人の性、とは言わないが。
(……聞いても素直に教えてくれる訳、ないだろうな)
自分の石の能力が人の秘密を聞き出すとかだったら良かったのに、と心の中で付け加えながら、高倉は溜め息をついた。
699
:
瞬きもできない小競り合い
:2012/08/02(木) 22:24:36
その瞬間。
(……?)
ポケットの中が、急激に熱くなった。
いや正確に言えば、ポケットの中の石が熱くなっているのだろう。
石が熱くなる。
それは大抵、石が何かを伝えたい時。
過去を見るだけの石が、今何を伝えようというのか。
石、過去、石――
(……あ)
思い浮かんだ、一つの考え。
凄く簡単な話。
なぜ早く気付かなかったのだろう。
あの石の過去を辿って、石を使う瞬間を見れば、能力なんて一発で分かる。
(……いや待て)
しかし、仮にも相手は女性の所有物。
勝手に過去を覗けば、とんでもないものが見えてしまう可能性もある。
いくら何でも、それは不味いような。
(でもな……)
だが、やっぱり気になる。
先ほど見た、驚くほど綺麗な白い石が、どんな能力を持っているのか。
しかし。だけど。でも。
高倉の頭の中で、天使と悪魔がせめぎあう。
そして。
――まあいいか。とんでもないものが見えそうになったら、自重すれば――
悪魔が勝ち、否、好奇心に負け、高倉は自分の石に意識を集中させ、遠くをうろつく鳥居の方を見やる。
700
:
瞬きもできない小競り合い
:2012/08/02(木) 22:27:09
――アナログ時計の針が、見たい時刻を刺している。
それ以外は、真っ暗。
いくら集中しても、それ以上は何も見えない。
本人が本気で隠したがっているからか。
あるいは、前みたいに石が邪魔しているのかもしれない。
……?
暗闇の奥から、非常に強い視線を感じる。
気を抜いたら殺されそうな……というのは大袈裟かもしれないが、それほどに強い。
過去の映像?いや、違う――
高倉の集中力は途切れ、意識は現実に戻される。
「……!!!」
目の前には、遠くにいたはずの鳥居の顔。
その両眼はしっかりと高倉を捕らえ、眉はつり上がり、口をわなわなと震わせている。
「……」
高倉は動揺する。
怒っている?まさか、過去を見ようとしていることに気付かれたのか。
今回は何も見えなかったが、とりあえず謝ったほうが良――
「……!?」
高倉の口から謝罪の言葉が出る前に、鳥居のポケットから白い光が溢れた。
普段あまり瞬きをしない高倉が反射的に目を閉じるほど、眩しい光。
彼が目を閉じていたのは、ほぼ一瞬。
しかし目を開けてみると、目の前に鳥居の姿はなく。
そのかわり、というには不釣り合いな「物」が目の前には立っていて。
701
:
瞬きもできない小競り合い
:2012/08/02(木) 22:28:56
大部屋の天井にも届きそうなほど巨大な――くまのぬいぐるみ。
その体には包帯が巻かれ、まったく整えられてない毛並みが痛々しい。
ああそうだ。確か彼の名前は多毛症――
高倉は頭を振る。
そんな悠長なことを考えている場合じゃない。
この状況を、どう対処する?
相手は非常に怒っている。
誰にも見せていなかった能力を、堂々と解放するほどに。
(……謝るしか、ない)
どう考えても、自分の力ではどうしようもできない。
何とか許してもらって、本人に能力を解いてもらうしか――
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「いやー、ごめん!あやめちゃんが駄々こねちゃって、さ……?」
待ち合わせた時刻にだいぶ遅れてきた久保は、大部屋に入るなり異様な光景を目にした。
高倉が、床の上に無造作に置かれた鳥居のくまのぬいぐるみに、謝っている。
鳥居が横からじーっと見ているが、それすらも目に入っていないように、ひたすら謝り続けている。
「……これ、一体どうしたの?」
あまりの異様さに、久保は唯一の傍観者である鳥居に疑問をぶつけるが、
「さあね?」
恐いぐらいの笑顔でそう返され、それ以上聞く気は失せてしまった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
鳥居みゆき
石:アルバイト(視力の回復、精神面の調和などに効果がある。石言葉は冷静な思考)
能力:相手の目を見つめることで、その相手に幻覚を見せることが出来る
条件:相手に対して、マイナスな感情(怒り、憎しみなど)を持った上で、四秒以上見つめること。
見せられる幻覚の強さは、相手に対する感情の度合いやその時の体調などによって変わり、相手がどんな幻覚にかかったかは本人にも分からない。
しかしどんな幻覚だとしても、持続時間は長くて四分程度。
また、目薬があれば少しだけ効果が上がる。
見つめている間や、相手に幻覚がかかっている間にも力を消費。
見つめている間に力が切れた場合、相手には何も起こらず、自分に幻覚がかかる。
能力の使用後しばらくは冷静になり、マイナスの感情が起こらなくなるが、勿論その間は能力を使えない
702
:
名無しさん
:2012/08/02(木) 22:29:30
以上です。
話の内容は新登場芸人スレの262を参考に考えました。
新登場芸人スレの262さんがまだ見ているかは分かりませんが、面白いネタをありがとうございました。
鳥居さんの能力は能力案に出ていたものを使わせて頂きましたが、条件がかなりあやふやだったので、本人のイメージや石言葉から若干変更を加えています。
それでは失礼します
703
:
名無しさん
:2012/08/03(金) 05:17:19
新作乙です
704
:
名無しさん
:2012/08/08(水) 18:36:21
新作乙です
ありそうでなかった組み合わせ、面白かったです
705
:
名無しさん
:2012/08/28(火) 16:54:28
>>702
新登場芸人スレ262です。二人の対決面白かったです!
自分のレスを小説の設定として使っていただけるなんて思いませんでした。ありがとうございます。
くまのぬいぐるみに謝り続ける高倉想像して笑ってしまった。
706
:
起こると怖い小沢さん
:2012/10/10(水) 16:37:45
スピードワゴンの短編です
小沢さんて本気で怒るとたぶん泣きながら怒るんだろうな、と思いつつ書きました
ある春の日の事。
スピードワゴンの二人は、仕事の合間の息抜きにとある公園に散歩に来ていた。
「いやーいい天気だね小沢さん」
「そうだね」
そんな会話を交わしながら歩いていると、不意に犬の鳴き声と男の怒鳴り声とおぼしき声が
聞こえてきて、程なく前方からリードをつけたままの大きな犬−品種はゴールデンレトリーバー
だろうか−が走ってきた。
思わず一歩後ずさる小沢を気にする様子もなく犬は二人の間を抜けていった、と思いきや
振り返って二人の背後に隠れるような行動を取った。
その表情はどこか怯えていて、二人に助けを求めているようにも見える。
「小沢さん、この犬…」
「ひょっとして、どこかから逃げてきた?」
すると犬を追いかけてきたのか、一人の男がその場に走ってきた。
「おい、そこをどけ!」
小沢がその言葉に応じる。
「なんですかあなたは?この犬怯えてますよ?」
「いいからどけ!そいつは俺の犬だ!」
「あなた、この犬に何をしたんですか?犬が逃げたくなるような事をしたから、こいつはこうして逃げてきたんでしょう?」
「どけっつってんたせろ、オラ!」
そう言うなり男は強引に二人の間に割って入り、目の前の犬を思い切り蹴飛ばした。
「あっ!」
「キャイイン!」
さらに男は倒れた犬の頭を踏みつけ、足でグリグリと踏みにじり始めた。犬は男の足の下で悲痛な悲鳴を上げている。
707
:
怒ると怖い小沢さん
:2012/10/10(水) 16:38:39
「キャイン、キャイイイン!」
「飼い主から逃げようとはこの不届き者め!もっと痛い目に遭いたいか、こいつめこいつめ!」
「おいっ!」
見かねた井戸田が男を突き飛ばすようにして犬から引き離し、犬を庇うようにその前に立つ。
「なんて事すんだよ!かわいそうだろ!」
「かわいそうだぁ?こいつはな、何度も飼い主の俺に吠えついたり牙を剥いたり、隙あらば今みたい
に逃げ出そうとするんだよ!だからこうしてお仕置きしてやってんだよ」
「お仕置きって…そうやって痛い思いさせるから、怖がってよけい言う事聞かなくなるんだろうが!」
そんな口論をしていると、足元から低くかすれた声がした。
「許さない…」
声のした方に目を向ける井戸田。そこには、その場にかがみ込んで犬を抱いている小沢の姿が
あった。俯いているので表情はわからないが、両肩が怒りに震えているのが見て取れる。
「小沢さん…?」
「よくもこんなひどい事を…」
そう言って顔を上げる小沢。その両目には今にも溢れんばかりのいっぱいの涙が湛えられている。
だがそれだけではない。涙をいっぱいに湛えたその両目には、同時にこれまでにないような
激しい怒りの色も湛えられていた。
小沢は犬から手を放し、いっぱいの涙と怒りを湛えた視線を男に向けたままおもむろに立ち上がる。
上背はそれなりにあるので、若干男を見下ろすような感じになる。
その様子に、井戸田はただならぬ雰囲気を感じ取っていた。
(うわー…小沢さん本気で怒ってるよこれ…)
708
:
怒ると怖い小沢さん
:2012/10/10(水) 16:39:35
「口のきけない動物をこんな目に遭わせるなんて…絶対許さない!」
激しい怒りの籠もった言葉を、男にぶつける。
「お、やる気か?かかってこいよ、ヒョロヒョロのモヤシ野郎!」
男の方は至って強気だ。「こんな相手に喧嘩で負けるはずがない」とでも思っているのだろう。
確かに小沢は根っからの文化系だし、見た目からして喧嘩が強そうには見えないから無理もないのだが。
小沢はおもむろに右手を男に向けてかざし、指さすような形にする。
「お?なんだ?」
男の方も若干戸惑っているようだ。そして一言−
「ミツバチが、君を花と間違えて集まってきちゃうだろ?」
いささかこの場にはそぐわないその一言と同時に男に向けた右手の指をパチンと鳴らすと、
どこからともなく1000匹は下らないであろうミツバチの大群が飛んできて、男に群がり始めた。
「うわっ !? な、なんだこりゃあ!うわ…うわ…うわ…た、助けてくれえええぇぇぇぇ!誰かあぁぁぁぁ!」
いくら払ってもしつこくまとわりついてくる大量のミツバチに男はすっかりパニックに陥り、右往左往
しつつしまいには助けを求めながらその場から走り去っていった。
そんな様子を冷ややかに眺める小沢と、呆気に取られている井戸田。
「はー…」
「たぶん刺されて痛い思いもするだろうけど…それでもこいつが受けた苦しみのかけらほどでも
ないんだからな」
その時、足元からどこか不安げな鳴き声がした。
709
:
怒ると怖い小沢さん
:2012/10/10(水) 16:43:07
「クゥーン…」
それに応えるように小沢は再びその場にかがみ、片手を犬の首に回すともう片手で頭を撫でつつ、
先ほどとは打って変わって優しい視線と言葉を向ける。
「よしよし、もう大丈夫だからな」
それを見ていた井戸田が、不意に何かに気づいたように言葉を発した。
「あ!小沢さん…犬、嫌いなんじゃ…?」
犬の頭を撫でる手を止める事なく、小沢は答える。
「そうだよ。でもこんな時に好きも嫌いもないだろ?かわいそうな奴は助けてあげなきゃ」
優しく撫でられている犬の方も、安心したような表情になってきている。
そんな様子を半ば呆然と見ていた井戸田が小沢に問う。
「それで、そいつどうするの?」
「取りあえず動物病院に連れてこう。何か大きなケガしてるかも知れないし」
動物病院の診断では、何カ所かの打撲は見られるものの大きなケガはないとの事だった。
だが同時に古い擦り傷や打撲の跡がかなりの数確認され、この犬は以前から繰り返し
飼い主の暴行を受けていた可能性が高いという。その話に、小沢は顔を曇らせた。
「そうですか…かわいそうに…」
「動物愛護法違反の疑いがありますので、この犬は取りあえず当院で保護します。
その上で警察に通報いたしますので」
「わかりました。じゃあ、お願いします」
最後に犬にも軽く挨拶を交わし、二人は動物病院を後にした。
710
:
怒ると怖い小沢さん
:2012/10/10(水) 16:45:19
「ちょっと時間食っちゃったし、こりゃ急がないと」
「うん」
若干早足で、今日の仕事があるテレビ局への道を進んでいく。
「それにしてもさ…もうずいぶん長いつき合いになるけど、小沢さんがあそこまで本気で
怒ったのって、初めて見た気がするなー」
「そう?俺はいつだって本気だよ」
そう言う小沢の顔は、すっかりいつもよく見る、どこか飄々とした涼しげな顔になっていた。
一見どこまでが本気なのか読めない、若干人を食ったようにも見える表情。
(めったに怒らない奴ほど本気で怒ると怖いって言うけど…小沢さんもそういうタイプなのかな…?)
相方の涼しげな横顔を見ながら、井戸田はそんな事を考えていた。
711
:
名無しさん
:2012/10/10(水) 16:47:05
以上です
拙作ですが読んでいただければ幸いです
712
:
名無しさん
:2013/02/02(土) 19:29:58
>>165-169
(Ps/NPPJo)さんの続きであらすじが浮かんだので軽く
誰か清書してくれるとありがたいが…
井戸田、くりぃむの助けで小沢の捜索開始→
現場の倉庫に駆けつけるが、その時相手の衝撃波の影響で倉庫内の段ボールやベニヤ板が
崩れてきて、とっさに井戸田を庇った小沢が巻き込まれる→
井戸田、重傷を負ってしまった小沢を見て何かに導かれるように「あたし認めないよっ!」と
絶叫→力が発動して今の事故が「なかった事」になる
>>3
の内容をちょっと参考にしたけど、こんな感じでまとまりつくかな?
713
:
名無しさん
:2013/02/16(土) 19:17:58
>>712
そこで
「よかった…潤が無事で…」
「よくねえよ、俺だけ無事でも意味ねーよっ!」
てな会話が入るといいな、個人的にはw
あと実質主人公格のスピードワゴンとかホワイトファントムの持ち主が
つぶやきシローだったりと、本編の重要なキャラって
なぜか最大手の吉本でなくホリプロ系が多いような…
これが何を意味するのかちょっと気になる今日この頃
714
:
名無しさん
:2013/02/19(火) 17:15:11
ペナの能力、ちょっと手を加えた方がよくないかなと思いまして
ヒデのはまとめサイトのに加えて
>>54
に出てた
能力:キック力が上がる。蹴った物が狙ったところに必ず当たる。(狙われた相手は
避けることもできるが、難しい)
条件:何回も蹴ると、パワー・命中率ともに落ちてくる。(狙われた相手にとっては避けやすくなる)
ドロップキックにも力は発揮されるが、消耗は激しい。
を追加で、ワッキーは「暴走した石を破壊or浄化する際は自分の持ちギャグを一つやる」ってのは
どうかなと
715
:
名無しさん
:2013/03/08(金) 21:54:44
時間・時期確認スレにあった緊急集会後の白ユニについてほんの短編…
この先何か書きたい人がいたら拝借してっても構わないです
-----------------------------------------------
スピードワゴンが本格的に白ユニットの一員として活動を始めてから、ユニットの雰囲気は
かなり様変わりした。人力舎襲撃事件の事もあって皆の意識が変わったせいもあるのだが、
これまでの白の中心格だった人力舎の面々とは毛色の違うホリプロの者が加わった事も、
大きな要因だったといえるだろう。
特にメンバーの能力の解析と能力を最大限に引き出せる連携や使い道・メンバーの
役割を考案するという、いわば作戦参謀の役割を自ら買って出た小沢の働きは目覚ましく、
多くのメンバーに「これなら充分黒に対抗していける」との自信を植えつけたのだった。
かつて「黒には頭のいい奴が多い」と述懐した上田も小沢の頭脳明晰ぶりはよく知っていたから、
「お前の頭脳なら黒の奴らにも対抗できる」とその申し出をすぐに聞き入れた訳で。
そんないきさつがあったから、ある時上田は思わず「有田や人力の奴らよりずっと役に立つ」と
口に出してしまい、それに人力舎の面々が憤慨してちょっとした揉め事になった事もあった。
いずれにしろ、あの人力舎襲撃事件が白ユニットに取って大きな転機であり反攻のきっかけと
なった事は確かであった。
そんな折、いつものように小林に電話を入れる設楽の姿があった。
「あ、シナリオライター?あいつらの事なんだが…最初はもうちょっと泳がせとくつもりだったが、
どうやらそうも行かなくなってきたようだ。ちょっとばかり、あいつらの事を見くびってたかも知らんな」
716
:
445
:2013/03/19(火) 23:13:36
感想スレの445です。
ちょいと書いてみたヌメロン編です。
とあるテレビ局で。
「あ、おはようございまーす」
千原ジュニアこと千原浩史にそう話しかけたのは、バナナマンの設楽だった。
設楽が黒ユニットの幹部であり、多くの芸人を『説得』して勢力を付けているのは、余りに有名だった。
浩史と設楽は、あまり共演したことがない。
自分の攻撃系の石――チューライトでは、精神攻撃には太刀打ち出来ない。
「えーと…ジュニアさんは『どっち』なんですか?」
『どっち』というのは、白か黒か…というところだろう。
飄々としていたが、ある種の威圧感がこもっていた。
「…どっちでもない」
「そうですか…。
本当ならジュニアさんを『説得』したいところなんですがね…」
「……!」
「出来ないんですよ」
「…は?」
「日村さんがいるんで」
「……。黒って、訳ありの奴が多いんやな」
「まあ、そうですね」
「ところで、靖史は…」
「僕じゃないですよ。土田さん経由です」
「……」
「ま、頑張って下さいね。数字の駆け引きもそうですが…」
「…」
「ユニットとしての駆け引きも」
「…俺は、どっちにも付くつもりはない」
「そうですか…じゃあまた後で」
そして設楽は去って行った。
「………」
浩史は、かなりの疲労に襲われていた。
表面上は普通の会話だったが、これが設楽の力か。
「(予想以上にヤバいな…黒の連中は)」
浩史は楽屋で、椅子に座りながら考え込んでいた。
717
:
445
:2013/03/20(水) 09:49:35
ヌメロン編その2です。すみません、勝手に続けます。
浩史が考え込んでいると、楽屋に博多大吉がやって来た。
「あ、ジュニアさん、おはようございます」
「おう」
芸歴は1年程しか違わないが、浩史にとっては年上の後輩にあたる。
彼とは共演することは少ない。
そのため、白か黒かのどちらかも分からなかった。
するとそこへ、
「石を渡して下さい」
黒であろう若手がやって来た。
「また黒か…」
浩史が戦闘態勢に入ろうとしたが、
「ジュニアさん、ちょっと下がって下さい」
「え?」
そして大吉は、
「灰皿が空を飛んでもよかろうもん!」
と、石の力を発動させるためのフレーズを言った。
するとテーブルに置いてあった灰皿が浮かび上がった。
そしてそれを、黒の若手の額にぶつけたのだった。
「痛ええっ!」
額を抑えながら悶絶する黒の若手。
そしてそのまま逃げ去って行った。
718
:
445
:2013/03/20(水) 09:50:08
「…今の、完全に石の力やな。俺のより派手ちゃうん?」と浩史。
「俺の石、『何々してもよかろうもん!』って言うと、実際その通りになるんです」
「…ところで、華丸の能力は?」
「川平さんみたく『何々してもいいんですか? いいんです!』って言葉で、
自分やその人をその状態にできるみたいなんです。
あと、児玉さんみたく『アタックチャンス!』って言うと、味方の石の能力を上げれるみたいです」
「へー」
「ただ、使いすぎるとモノマネの口調のままになるんですよね」
「おもろい能力やな。ところで大吉は…白と黒、どっちなん?」
「どっちでもなかとです。どっちかって言うと、白を応援したくなるんですがね。ジュニアさんは…?」
「俺もどっちでもないけど…どっちにも興味は無いな」
「そうですか…」
そのような感じで、浩史と大吉は話を続けたのだった。
博多大吉
「〜てもよかろうもん!」と言う事で様々な事を起こす。
例:「犬が空を飛んでもよかろうもん!」で本当に犬が空を飛ぶなど
華丸の「相手や自分の行動」に対しこちらは「外的事象」が対象。
非現実的な事ほど力の消耗が多く、また大地震や大洪水など天災レベルはさすがに不可。
719
:
445
:2013/03/20(水) 20:31:18
ヌメロン編、石スレを完結させるためでなく完全に自己満足で書いてます
何か時系列も無視しちゃってすみませんorz
720
:
名無しさん
:2013/03/20(水) 22:18:23
>>719
元々「芸人たちの間にばら撒かれている石を中心にした話(@日常)」だから別に良いんじゃないかな
最近の話とかも読んでみたいし
721
:
名無しさん
:2013/03/21(木) 11:20:21
>>719-720
まあ本編に組み込みたいなら、時系列くらいはある程度特定した方が
いいかも知れませんね
722
:
445
:2013/03/21(木) 11:37:13
ヌメロン編ですが、完全に番外編として読んでください
ややこしくしてすみません
723
:
名無しさん
:2013/03/21(木) 12:36:41
この流れを見てちょっと思ったんだけどさ
「本編」と「番外編」の違いってなんぞ
核心に迫る話を本編としてそれ以外は全部番外編?
それとも完結時期が明確にあって、それ以降の話は全部番外編なのかな
724
:
名無しさん
:2013/03/21(木) 12:56:25
>>723
うーん…難しいですね
まとめサイトにもバトル関係無しの話がいくつかありますし
725
:
名無しさん
:2013/03/21(木) 13:51:16
進行会議スレ等で話し合われた設定や時系列に合わせて
一つの世界観で動いているのが本編
それとは矛盾が出てくるのが番外編だと思う
726
:
名無しさん
:2013/03/21(木) 16:50:31
番外編つっても本編と設定の重なるスピンオフ的な物とバトロワ風のような
完全独自設定の物があるからねー
その辺の線引きもきっちりした方がよさそうな?
あとピースの過去編だが、石が行き渡ったのは04年ごろとすると線香花火の
解散は03年秋なのでちょっと矛盾が生じるような…
ごく一部だけがそれより早く出てきてたとかなんだろうか?
またその中で原が説得で黒に引き込まれたのが線香花火の解散前だから、
設楽が石を得た時期についても注意が必要かも
あるいは原を説得したのは前のソーダライトの持ち主で、設楽がその話を
何らかの形で聞いたとかなら辻褄が合うと思うが
727
:
723
:2013/03/21(木) 17:36:41
>>724
それだけで完結している短編とかは別にしてってことだ
言葉足らずでごめん
>>725
なるほど。何か最近完結を急く流れが出来てるから質問してみたけど
自分の解釈とほとんど同じでちょっと安心した
>>726
石が行き渡ったのは2004年頃なんて設定あったっけか
最近来てなかったから色々読み返してみるかな
と自分で質問しといてあれだけど廃棄小説スレに書く内容じゃないな
何かすまん
728
:
名無しさん
:2013/03/21(木) 18:52:27
>>727
詳しくは進行会議スレにも出てるけど、一応石が(再度)出回り始めたのはボキャブラブーム終了
から数年後のお笑いブームの頃とあるので、04年ごろという解釈になってるようですね
まあ個人的には、未完の話も多くてあまりにも世界観が半端な形になってしまってるので、
骨組みくらいはある程度築いた方が後から来て話が書きたいと思った人の参考になりやすい
んじゃないかと思いましてね
それでいろいろ草案を各スレに提示してみたり
729
:
名無しさん
:2013/08/29(木) 19:08:25
「太陽のしずく」
2005年4月のある日、スピードワゴンの2人はロケ収録のため車で移動中だった。
その車の中、井戸田潤は自分の首元で揺れる石─シトリンと出会った時の事を思い返していた。
(こいつと出会ってもうすぐ1年になるんだな…あれからホントいろんな事があったっけ)
その日は初夏の日差しが照りつける汗ばむ陽気の日。
仕事に向かう途中だったか、歩いていてふと道ばたに目をやるとキラキラ光る
きれいな石が目に入った。その時、なぜか頭をよぎったのは2週間ほど前だったか、
相方が楽屋で手にしていた青い透き通った石の事。魔法みたいな力を持ったその石と、
今目にした道ばたの石がなぜか重なったのだった。
ただ色は違っていて、今井戸田が目にした石は鮮やかな黄色をしている。まるで、今
さんさんと降り注いでいる太陽の光をそのまま固めたような、鮮やかな透き通った黄色。
なぜだか気になって、その石を拾い上げてみる。
日差しを受けてキラキラ光るその石が、今自分に会うために太陽からこぼれ落ちてきたような、
そんな気がした。
(あの時は、まそかこんな事になるとはこれっぽっちも思わなかったな)
その翌日の事、井戸田の運命を激変させた出来事は、今でも鮮明に思い出せる。
突然楽屋から姿をくらました小沢、その後矢作の手引きで引き合わされたくりぃむしちゅーの
2人の話、そして小沢の居場所を突き止め、駆けつけた倉庫での出来事。
崩れてきた材木から自分を庇って下敷きになり重傷を負ってしまった小沢を、この石の
力が救ったのだ─事故そのものを「否定し、なかった事にする」という形で。
(あの時こいつが呼びかけてきたんだっけ…『早く叫んで、いつもネタで使ってるあの言葉を!
そうすればあんたの相方さんは助かるから!』って)
730
:
名無しさん
:2013/08/29(木) 19:09:39
あの時聞こえた元気な少年の声は、このシトリンの声に間違いないだろう。
あの後、小沢が「潤にはこの事に関わってほしくないの!だからここで石を封印して、今の事は
全部忘れて!」と言いながら駄々をこねる子供のように強引にシトリンを封印しようとした事も、
シトリンがそれを拒むように弾ける光を放って小沢を振り払った事も、さらにその後、今にも
泣きそうな顔で「なんでそーやって、全部一人で抱え込もうとするんだよ !? 」と小沢を叱りつけた事も、
つい今し方の事のように鮮明に思い出せる。
その後も夢の中とかで、幾度となくかの元気な声を聞く機会があった。ちょっとおしゃべりで一言多い
その元気な声とやり取りしていると、なんだか弟分ができたような気がしたものだった。
(あー、なんか眠くなってきたな)
隣の座席に目を向けると、小沢はすっかり寝入っていて気持ちよさげな寝息を立てている。
(着くまではまだ少しかかりそうだし、俺も一眠りすっか)
座る姿勢を少し変えて目を閉じる。次第に遠のく意識の中、例の元気な声が聞こえたような気がした。
”お疲れなの、マスター?ま、仕方ないよね、最近お仕事でもバトルでも忙しいから。
僕の力が必要になったらいつでも呼んでね、僕の持ってる『太陽の光』は黒い力を打ち消す事が
できるんだから…”
薄暗い車の中、井戸田の首元で揺れる石─シトリンだけが明るく輝いているように見えた。
それはまるで小さな太陽のように─
ここのPs/NPPJoさんの話と
>>712
を基にした短編です
参考にした者の場所から、取りあえずここに…
731
:
名無しさん
:2013/09/22(日) 17:08:38
小説練習スレの690です。
ある程度目処が立ったので来たんですが
・本編の完結とは全く関係のない話、どころか広げてしまう可能性がある(時期の想定は2012年1月辺り)
・相談もせずに書いた結果、独断の設定がいくつかある
・グダグダ書いている内に能力スレと色々被った
と問題だらけの代物になってしまったのでこちらに投下させてください。
732
:
名無しさん
:2013/09/22(日) 17:12:06
芸人の間で出回る石。
その裏には黒と白の組織があり、勢力争いは未だ衰えを知らない。
黒白双方に事情があり、双方が自分たちが正しいと思っている。どちらかが退くか、どちらかが駆逐でもされない限り、終わりは見えない。
そんな日々が続くのだから、石を持った者はある問題に陥る。
黒と白、どちらに入るべきなのか。あるいは、どちらにも入らない方がいいのか。
一度方向を決めれば後戻りが利かない。もし間違った方に進んでしまったとしたら。
それならどちらにも付かない方が、却って利口のような気がして。
【灯台下暗し】
大部屋とは違い、個別の楽屋には利用者によって違う空気が流れている。
番組の収録前ともなれば多少は緊張感があるものだが、この楽屋は例外らしい。
せかせかした周りの空気とは無縁の、ある意味では落ち着いた――言ってしまえばグダついている――空間。
無意味に雑談だけが続くこの楽屋の主は、どことなく地味な風体をした、二人の女。
733
:
名無しさん
:2013/09/22(日) 17:15:03
「――最近物騒というか、なんというかねえ……あ、そういえば何か変わったことあった?」
奥に座った三つ編みに眼鏡の女が、不意に問いを投げる。
いつ取り出したのか、手元には琥珀色の何か。窓から入る日の光を浴びて、淡く輝いている。
「変わったこと?……ああ」
主語のない質問に手前の女は一瞬戸惑ったが、目の前にある光から判断し、うっすらと笑みを浮かべた。
「……あれ、昨日からいくら探しても見つからなくてね。財布の中に入れといたはずなのになあとか、色々考えて」
それで思ったんだけど、と一つ言葉を区切り、語調を強める。
「……そういえばこの前の飲み会、割り勘だったなあって。小銭単位で、きっちり割って。
……あれ、小銭とそっくりだし、あれだけの人数がいれば、紛れてても気付かれそうもないし」
先輩と行く飲み会であれば、支払いは先輩が一手に引き受けてくれる場合が多い。
だが同期や後輩と行った場合はそうもいかない。
確かにこの前の飲み会もそういうささやかなものであったし、手前の女が言う通り、確かに「あれ」は小銭と似ているが……
しかしそれはいくらなんでも冗談がキツい。
訥々と並べられる事実と、妙におどろおどろしい語り口が、事の重大さを引き立たせる。
「いやいやいや、大丈夫なのそれ」
「……うん。さっき、自販機でお茶買ったときにお釣りの中から出てきたから」
耐えきれずに問えば、逆に予想だにしない答えが帰ってきた。
訝しげな表情を浮かべる奥の女はよそに、手前の女はポケットを探る。
証拠とばかりに取り出したのは、十円玉……ではない。
それが目に入るなり、奥の女の顔は呆れたものに変わっていく。
「……ねえ、エミコさん……なあんでその話、そのトーンで話すかなあ……」
奥の女――たんぽぽ、白鳥久美子が不服そうに言うと、手前の女――同じくたんぽぽ、川村エミコの笑みはいっそう深くなった。
「確かに『変わったこと』って言ったらそうだけどさあ……他になんかないの?」
「……残念だけど」
川村としてはなくしたはずの物が返ってきただけでも一大事なのだが、白鳥にとってはそうでもないらしい。
まあ期待されているのが他のことなのは重々分かっている。そっちの面での報告は皆無だから、結局何も変わっていないといえる。
川村は一つため息をつくと、はたと顔を上げた。
「あ……そういうそっちはどうなの?何か変わったこと」
「ん、私?私は……」
白鳥は手元の――琥珀色の石をチラリと見やる。
と、石は意思を持ったように輝き出す。
「あ、ほら。ちょっと考えただけでこうだよ。まったくもう……」
瞬く間に、琥珀色の柱がテーブル上に「生えた」。
天井にまで届きそうな柱が突然現れることは、普通ならもちろんあり得ない、のだが。
当の白鳥はおろか、目の前にした川村もまったく動じずに、
「……うん、大体分かった」
傍らの缶に手を伸ばしながら、ボソリと呟いた。
734
:
名無しさん
:2013/09/22(日) 17:17:02
奇妙な状況も、慣れてしまえば普通のこと。
奇妙な状況を作り出すこれまた奇妙な石も、数年間を経て日常にすっかり根付いてしまった。
怪我をして「医者の不養生」と揶揄された座長やら、ネタ中に石を置いてくるのを忘れて変身しそうになったという、座長の相方やら。
先輩たちから聞く数々の武勇伝も、そこまで不思議とは思わなくなってきている。
相方の白鳥が手にした石が相当変わった部類にあることも大きい。
念じたら変な柱が生えた、柱っていっても物を乗っけたりは出来ないみたい、なんとなく石を翳してみたら光った、調べたらこれ電気石らしいから、たぶん電気だと思う。
報告に次ぐ報告。たった数日で変化を繰り返す状況。
いちいち驚いていたらキリがないと、ちょっとのことでは動じなくなってしまった。
「……やっぱり、相変わらずなんだ」
「うーん、まあ」
少なくとも、琥珀色の柱越しに普通に話を出来るぐらいには。
コーヒーやウーロン茶を彷彿とさせる落ち着いた色合いは、見慣れれば綺麗なもので、周囲に落ち着きをもたらす不思議な存在感がある。
「……あ、でも、また少し分かったことがあるんだけど」
「何?」
「たぶんこれ、塔だと思う」
「……塔?」
「見てて」
だが、これを作り出す石自体はやはり落ち着きがないようで。
白鳥が再び石を輝かせると、目の前から柱が消え、別の物が現れる。
複雑に組まれた鉄骨に、ご丁寧にも展望台が二つ。
「……東京タワー?」
「そうそう」
その手のお土産も形無しのつくり。色は違えど、かの有名な電波塔が細部まで精巧に再現されている。
「これだけじゃないよー。話題のスカイツリーから近所の鉄塔まで」
と、いうことは試したのだろうか。
以前から趣味は高圧送電線の観察だと言っていた彼女である。
柱、電気という事柄からそう発想しても不思議ではないが、その練習風景を想像すると少しおかしい。
「……何か、凄いような、凄くないような」
「確かにねえ」
変な石だよまったく、そう言いながら、白鳥は石をじいっと眺めている。
「自分で言うのもあれだけどさ、もっとこう……塔に限らず、想像した物をそのまま出現させる、とかなら素直に凄いって言えそうだよね」
ああ、と気のない返事をしながら、川村はもし白鳥の力がそんなものなら、真っ先に作られるのは「吉田くん」なんだろうなあ、と何となく思った。
それはそれで、と思っても口には出さないが。
白鳥はそんな川村の思いを知ってか知らずか、顎……頬に手をつき、微妙な表情を浮かべる。
「……まあ、別にこのままでもいいんだけど」
「けど?」
「戦うんだよねえ……これで」
そう言って、塔に石を翳すと、塔は意思を持ったかのように輝きだす。
白鳥の心底嫌そうな呟きに、川村は曖昧な笑みを返しすしかできなかった。
735
:
名無しさん
:2013/09/22(日) 17:18:42
戦うことに不安があるのはこっちも同じ、どころか、かなり多く抱えている自信がある。
周囲の目まぐるしさとは裏腹に、こちらは変化が乏しい。
軽く握りしめると、手の内は妙にぬるい。何てことはない、ただ熱伝導率が高いだけの話。
靴に入れると臭いがとれるとか、ぬめらない排水ネットだとか、本当の意味で日常に根付いている鉱物――銅は、相変わらず鈍い色のまま、自分の手元から離れない。
正直な話、石と呼べるかも微妙な物体。
それでも、カテゴリー的には芸人の間で広がる物の一つであることは明らかで。
何らかの力を持っているのも確かなのだが、いかんせんその力を引き出せない。
それも――白鳥とコンビを組む前から。
相方よりも付き合いが長い割に、自分はこの鉱物のことを何も知らない。
それだけでも十分だというのに、不安の種はまだある。
小さなことでは今日もある飲み会での応対、大きなこととなると。
『――だったら、その時は黒に入るから』
だいぶ前の無責任な宣言が脳裏に浮かぶ。
あの口約束はまだ有効なのだろうか。出来れば忘れていて欲しい。それなら悩む必要はない、のだが。
分かっている。
あの口約束がなければ、沈黙を守り続けるこの鉱物と、相方の持つ必要以上に活発な石を、黒が放っておくはずがない。
分かっているだけに、気分は沈むばかり。
……もっとも、ずっと沈みきったまま、しばらく浮いていない可能性も捨てきれないが。
736
:
名無しさん
:2013/09/22(日) 17:19:35
「……どうしたの」
拳を凝視したまま固まった川村を不審に思ったのか、白鳥が声を掛けてくる。
ふと顔を上げれば、ピカピカと光る塔と石が目に入った。
まだ何かを隠し持っているような、嫌な瞬き。
まるでこっちを馬鹿にしているかのような。
「エミコさん?」
「……」
もうそろそろ、しっかり話し合わなければいけない時期、かもしれない。
川村が口を開きかけた、その瞬間。
突如響いたノックの音で、言葉を止める。
ガチャガチャと何度もノブを捻る音も同時に聞こえてくる。
「……な、なになに?」
開かないらしい、がそれもそのはず。
白鳥の石が落ち着かない以上、見られてはマズいと楽屋の鍵は閉めておくことが常となっていたのである。
だからこそこの騒ぎだが、まだ収録が始まるには早い時間。何か用事でもあるのだろうか。
「あ……いいよ。私が出るから」
出ていこうとする白鳥を制し、川村は席を立った。
その間に石と塔片付けておいて、と目線で伝え、ドアへと向かう。
ドンドンとせっかちに叩かれる音に辟易しつつ、鍵を開ける。
737
:
名無しさん
:2013/09/22(日) 17:20:11
まだ何も始まってませんが、心配事項も多々あるのでとりあえずここまでとさせていただきます。
どうも失礼いたしました
738
:
名無しさん
:2013/09/23(月) 14:56:34
おお、パラレル設定のたんぽぽ編だ!
なかなかいい感じですよー
なんか続きが楽しみになってきたなあ
今まとめサイトの管理人さんもどうなってるのかわからないけど、
いろんな形で盛り上げられたらいいなあと思っております
739
:
名無しさん
:2013/09/23(月) 16:34:49
★ここのrossoさんの作品を踏まえて…石は能力スレのこれ↓
ハイパーシーン
持つ者のエネルギーを活性化させ、強い意思と責任感をもたらす真っ黒な石。光の加減で
ピンク色や紫色の美しいシラー効果やキャッツアイ効果が見られる。「欲しい物が手に入る」
という強力なパワーを持つともいわれる。
能力:持ち主を、その欲望の強さに応じた怪物の姿に変身できるようにする。また他者の欲望
の強さを、怪物の形で見る事もできる。周りの者の欲望を取り込む事で強大化する事もできるが、
持ち主自身の欲望が強くなりすぎたりすると欲望に呑まれ、自我を失った暴走状態となり見境なく
暴れ回るおそれがある。
―呑まれし者―
『お前らみんな、食ってやる…』
普段の声とは明らかに違う金属質な声で、芸人だったその化け物は言った。
「ほざくな!くたばりやがれ!」
相手の芸人は石を使おうと構えるが、その化け物は素早く彼の目の前に移動すると
少し高く跳び、彼の顔面に回し蹴りを食らわせた。
「がぁっ!」
悲鳴を上げて体勢を崩した彼の胸倉を、化け物は乱暴にひっつかむと思いきり投げ飛ばした。
投げ飛ばされたその体は整然と並べられたゴミバケツの中に突っ込んでけたたましい音を立て、
ゴミバケツ数個が派手に倒れて転がる。
「なななななんだありゃ…あんなのに敵いっこねえだろ、ここはひとまず逃げ…」
その光景を呆然と見ていた彼の相方は化け物の凄まじい力に恐れをなし逃げようとしたが…
『どこ行くんだよ、逃がさねぇよ?』
「――な… ! ! 」
次の瞬間には目の前に化け物の姿が現れ、彼を思いきり殴り飛ばす。吹っ飛ばされた彼は
相方のすぐ近くに積み上げられた古紙の山に突っ込み、新聞やチラシの切れ端が派手に舞った。
「ぐはぁっ!」
『…弱いよな、お前ら』
そう口にする化け物の顔はギラリと光るガラス玉のような目玉に耳元まで裂けた牙だらけの口と
明らかに人間の物ではないが、ひどく冷酷に笑っているように見えた。
目の前に来たその化け物に、コンビの一方は心臓が凍るほどの恐怖におののきながら言う。
「お、お前の望みはなんだ !? …い、石なら渡すっ ! ! だから命だけは、な、な?ほら、お前も出せっ」
相方に促されてもう一方も一緒に石を差し出そうとするが、化け物は大きく裂けた牙だらけの口を
笑みの形に歪ませて言った。
『…石も欲しいけど…お前らの命も欲しいんだよ。俺って欲張りだからさ』
その言葉と共に猛禽のような鋭い爪を持つ大きな手が二人の手の平にある石を軽く払いのけ、
石は「カラン」と小さく乾いた音を立てて地面に落ちた。
「やめろっ…やめてくれっ!頼むから命だけはああぁぁ ! ! 」
「…ひぃっ… ! ! お願いだ!助けてくれっ ! ! 誰か、誰かあああぁぁぁぁ !!!!! 」
二人は必死に立ち上がりその場から逃げようとするが、恐怖のためか体が言う事を聞かない。
そんな彼らに向けて、化け物は舌なめずりをしつつ嬉しそうに言う。
『さ、お前らの命、いただこうかな?痛くしたらかわいそうだから一撃であの世に送ってやるよ。
これでお前らの石も、欲も、命も、全部俺の物…』
* * *
白の者との戦いで追い詰められた彼の手の中の石が、脈動するようにどす黒く瞬き始め、
やがて黒い光が石全体から湧き出してくる。
「…また…お前か…」
そう返す彼に、光は語りかける。
”ほら、早く俺の力を使え。今追い詰められてるんだろ?”
「嫌だ…またさっきみたいに俺を操って何もかもぶち壊すんだろ?それならこんな力なんか
いらない!さっさと封印してもらった方がましだ!」
”お前がいくら拒んでも無駄だよ、宿主にはできるだけ長持ちしてもらわないと困るんでな。
それに感じたぞ、お前の苦しみから逃れたいという思い、俺を拒絶する思い、その他にも
まだある。それらも元を正せば全部『欲』だ…”
黒い光は一面に広がり、彼に襲いかかる。その光を、彼は必死に拒む。
「嫌だ…嫌だああああ!」
”全ての『欲』は俺の糧となり力となる、お前がいくら拒んでもな。さあ全てを俺に預けるがいい、
いずれお前は俺の思うままに動く、巨大な化け物になるのさ…”
黒い光がどんどん強まり、彼を呑み込んでいく。
「嫌…だ…誰かっ…助け…」
それが最後に発したまともな言葉だった。まるで黒い光に融け込むように意識は遠のき、
彼は自分が自分ではなくなっていく、別の何かが「自分」になっていく感覚を覚えた。
暴走した欲望と石の力は哀れな芸人を深き闇へと連れ去り、その黒い光の中、彼の姿は
人の面影すら微塵も残さない、異形の姿へと変わっていった―。
740
:
名無しさん
:2013/09/23(月) 16:37:13
★各自の石を手に入れたいきさつと力に気づいたいきさつについて話し合った時
井上「俺の石は玄関で履いた新しい靴の中にあってな、準一の方はクリーニングから戻ってきた
ジャンパーのポケットに入っとったん。なんでももともとは黒の奴らのもんで、波田陽区が
これを奪ってきて持ち主にふさわしい奴を捜しとったらしいねんけどな」
小沢「そうなんだ…」
井上「で、石が目覚めたんは東京ダイナマイトに襲われた時やった…いろいろ危ない目に
遭ったけどな、石の力のおかげでなんとか乗り切ったわ」
小沢「え、ちょっと待って!それじゃ彼らは…」
井上「そう、あいつらは黒や。間違いないわ、俺らの石を『取り戻しに来た』言うとったからな」
小沢「そんな…」
井上「お前は今白の、それも中心におるやろ?あいつらがそれを知ったら、間違いなくお前の
事も襲うやろな。悪い事は言わん、あいつらには当面近づかん方がええ。身の安全の
ためにもな」
-------------------------------------------------------------------------------
―綻び―
井戸田「それにしてもひでーなこれ、十数人も一緒になって伸びてっぞ?」
小沢「こうして黒の下っ端たちの間で仲間割れが起こるようになってるという事は、欠片の力
やら何やらを使ったユニット内の統制が崩れ始めてるって事なんだな」
井戸田「それってやっぱ、俺らの反攻が強まったからって事か?」
小沢「そう、黒の上層部は俺たちを叩くために下っ端たちに様々なご褒美をちらつかせてるんだ
と思う。それでメンバー間の手柄争いが激しくなり、『獲物』の奪い合いから仲間割れに
発展したりしてきてるんだろう」
井戸田「それだったら欠片の力で完全に操り人形にしちまえばいいんじゃねーの?」
小沢「そうしちゃうと今度は行動の柔軟性が落ちるんだよ、命令された事しかできなくなるから。
その辺のバランスは変な話だけど、設楽さんもずいぶん頭痛いんじゃない?こういう事が
起きるのは、洗脳とか脅迫で成り立ってる組織の宿命なんだな」
井戸田「皮肉なもんだなそれって。うちの方は最初団結とか目的意識とか薄かったのが、俺ら
が正式に加わった事でみんなの絆と信念でユニットとして一つにまとまってきたってのに」
-------------------------------------------------------------------------------
(黒の若手の誰か)「でも、なぜあなたたちは黒についたんですか?二人とも優しくておとなしい
人たちなのに…」
タカ「ちょっと小耳に挟んだんだよ、自分の能力で片っ端から他の芸人をスケッチブックに閉じ込め
て騒ぎを起こした奴がいたって」
トシ「そう、石を持った奴がその力のために道を踏み外したって話をちょくちょく聞いたんだ。だから、
これ以上石の力で迷惑かける奴が出ないようにこうして石を預かってやってんだよ」
タカ「黒のシステムってそういう過ちが起こらないようにするにはいいと思うんだけどねえ」
トシ「でもどうにもこっちの理屈をわかってくれない頭の固い奴らがいるから、そういう奴は力ずくで
言う事聞かせるか石を取り上げるしかないって事」
741
:
名無しさん
:2013/09/24(火) 16:56:59
―「青」のふたり―
年齢も同じ、事務所も同じ、そして持つ石の色も同じ。片や冷たく澄み渡る海のようなわずかに
緑がかった透き通った青、片や雲がかった濃い空のような、宇宙から見た地球のような深い青。
果たして彼らの立場を分けた物は?
-------------------------------------------------------------------------------
西尾「あいつに…設楽に、『海砂利の過ち』を繰り返させてはいかん。あいつらがあの時、自分の
過ちのためにどれだけ苦しんだか…設楽には同じ苦しみを背負わせたくはないんや…。昔
海砂利は自分の欲望のままに何も疑う事なく石を使った、それがどんな結果を招くとも知らずにな」
-------------------------------------------------------------------------------
―決着―
(墜ちないのか !? これだけ力を使っても !? )
ソーダライトを握り込む手や顔が次第に汗ばみ、設楽の表情は苦悶の色を濃くしていく。
目の前の小沢はゆらゆらと陽炎のようにゆらめく青緑の輝きを纏い、視線をじっとこちらに向けている。
「無駄です、設楽さん。今あなたが何を言おうと、俺の考えは変わりません」
その瞳に宿る力強い輝き―そこには、一片の迷いも曇りもなかった。それを目の当たりにした時、
設楽の脳裏をかつて電話越しに聞いた覚悟と決意の言葉がよぎる。
『周りの人全てを敵に回そうとも、黒の側の石を封印してこの騒ぎを終わらせてみせる』
『自分の石にそう誓ったから、あなたが相手でも屈しない。あなたを止めてみせます』
(そうか、そうだったな…それほどまでにお前は…)
設楽の表情から若干強張りが解け、ほんの少し緊張が緩んだ気がした。
(俺はあの時からずっと、『最悪の事態』を回避するために『黒い力』を味方につけて非道な事
にも手を染めてきた…それで日村さんや、家族や、他の多くの者たちを守れるのなら、そう
信じて。でもこいつらなら大丈夫だ、きっと乗り越えられる、きっとやってくれる…)
とその時、手の中のソーダライトとその発する光がみるみるどす黒く変化し、設楽の表情が
激しい苦痛に歪んでいく。そしてその体からも、どす黒い湯気のような物が立ち上り始めた。
同時に意識がぼやけ始め、強い衝動のような物が自分を支配し始めるのを、設楽は感じた。
742
:
名無しさん
:2013/09/24(火) 16:59:31
「う、ぐうう…っ!」
「お、小沢さん、あれ!」
真っ先にそれに気づいた井戸田が声を上げ、小沢の方もその様子にただならぬ異変を察知した。
「これは…黒い力に呑まれてる !? 」
設楽はどす黒い湯気を立ち上らせつ小沢の方へにじり寄り始めた。いつの間にかその双眸は
白目も黒目も区別なく真っ黒に変わっており、人とは思えない形相を見せている。
「設楽さん、しっかりして!黒い力に呑まれちゃダメ!」
思わず駆け寄ろうとした小沢の喉元めがけてつかみかかろうと片手を伸ばすが、それを必死に
押しとどめているような動きを取りつつ、設楽は残った理性で叫んだ。
「く、来るな…逃げろ… ! ! 」
「小沢さん!」
(このままじゃ設楽さんが…早くなんとかしなきゃ…そうだ、この言霊で…!)
小沢は設楽に向けて右手を突き出すと、これまで幾度となく使った「封印の言霊」を発する。
「もうこんな遊び、終わりにしない?」
指を鳴らす小気味のいい音がしたかと思うと、設楽の体の至る所に青緑の光の鎖が絡みつく。
「ぐああああぁぁぁぁぁっ !!!! 」
鎖を振りほどこうとするかのようにもがき暴れる設楽に、泣き出しそうな顔と声で小沢は叫んだ。
「設楽さん、耐えて!すぐ楽になるから!」
「そうだ、俺も…設楽さん、あんたが黒い力に呑まれるなんてあたし認めないよっ!」
井戸田もそれに続き、放たれたシトリンの山吹色の輝きが設楽の全身を覆った。
そうだ、もう終わりにするんだ、こんなにも辛く、悲しく、苦しい事は―
そんな祈るような想いと共に、小沢はアパタイトに意識を込め続けた。
743
:
名無しさん
:2013/09/25(水) 16:31:54
―黒きつながり―
柴田が吐き出した数個ほどの黒いガラス片のような物体に、小木は見覚えがあった。
半月ほど前だったか、突如自分たちの楽屋を襲った名も知らぬ若手のコンビが、これと似た物を
持っていた。おそらく人を操る力か何かがあると思われる、その黒いガラス片。
今は柴田が吐き出した物は、その時見た奇妙なガラス片と同じ物に間違いないだろう。
おそらく柴田は誰かから騙されるか何かして、この欠片を飲まされていたに違いない。
そしてそれが柴田の異変の原因なのは、ほぼ間違いないだろう。またあの時に聞いた
「黒いユニット」という単語―矢作が狂わされた挙げ句投身自殺を図るまでに追い込まれた
この件にも、今の柴田の異変にも、その「黒いユニット」が関わっているに違いないのだ。
怪訝そうな様子の周囲に、小木は一言告げる。
「わかったよ…柴田がおかしくなった原因が…」
その前日の事、自宅にいた小沢はテーブルに並べられた二つの黒いガラス片のような物体を
じっと眺めていた。先日、赤岡が吐き出したかのガラス片を持ち帰った後、半月ほど前の
おぎやはぎの楽屋で起きた出来事を思い出し、その時に小木から受け取ったガラス片を引っ張り
出してきて照らし合わせて見ていたのだ。
『石を濁らせたり、暴走させるために用いられる物だと聞きました』
『あの子たちのポケットに入ってたの。何にも覚えてないみたいだけどね。人を操る力とかさ、
あるんじゃない?わかんないけど』
赤岡と小木の言葉が脳裏をよぎる。どこか禍々しさを湛えたその二つの欠片は、間違いなく
同じ物だ。あの時―小木から欠片を受け取った時に抱いた何かの前兆のような予感は、
確実に現実となりつつあった。二つの件に共通する「黒いユニット」という単語、そしてそこに
設楽が関わっているという事実―事態は自分が考えていたより遥かに広く、深くなってきて
いる事を、小沢はそれとなく感じ取っていた。
「そういえば…」
ここでふと、井戸田が欠片を手にした時の事を思い出す。彼の首元で急にシトリンが警告を
発するように輝きと熱を持ち始め、井戸田を慌てさせた事。ひょっとしてあれは一種の
拒絶反応なのでは?となれば、この欠片の力を受けつけない石や人間がいるのかも?
欠片の一つをつまみ上げてみる。小沢は今抱いたその仮説を、自分の体で確かめてみようと
考えたのだ。今まで聞いた欠片の力を考えてみれば、それはとてつもなく危険な「実験」なのだが。
小沢はアパタイトを片手に収め、つまみ上げた欠片の一つをおそるおそる口に入れてみた。
口に含んだ途端その欠片はどろりと融けてゼリーのような感触に変わり、同時に猛烈な苦みと
違和感が口内に広がる。さらにその直後、手の中のアパタイトが切れかけの蛍光灯のような
不安定な点滅を始め、同時に胸の奥から突き上げるような、強烈なむかつきと吐き気が起こった。
「ううっ…… ! ! 」
耐えきれず洗面所に駆け込み、洗面台に首を突っ込むようにして激しく咳き込みえずきながら
口内の苦みと違和感の原因を吐き出す。そして肩で息をしながら、洗面台の底でみるみる
ガラス片状に戻っていく得体の知れない物体をぼんやりと眺める。
744
:
名無しさん
:2013/09/25(水) 16:33:01
「ああ…苦しかった…」
手の中のアパタイトを見ると不安定な点滅は収まり、穏やかな淡い光を湛えている。
やはりあの不安定な点滅は、欠片に対する拒絶反応だったのか。これで小沢は確信した―
自分の体も、持つ石も、この欠片の力を受けつけない「免疫」みたいな物を持っていると。
調べた所ではアパタイトは他者を欺く・惑わす石であり、その一方で持つ者を固定概念や周り
からの欺き・惑わしから守る力を持つらしい。ひょっとして黒い欠片に対する免疫も、虫入り琥珀
による「使用者に関する記憶の消失」を免れたのも、それによる物なのか。そしてシトリンは
「太陽の光」を宿す石であり、あらゆる物に光とぬくもりを与える石だという。となればあの時の
拒絶反応は、不浄な物・悪しき物を焼き清める太陽の石ゆえの物に違いないだろう。
なんとなく、わかった気がした。自分たち二人が黒に染まった石を封印する側に立ったのも、
この石を手にした時からの「必然」だったのだ。「黒に染まらぬ石を持つ者」として、小沢は
自分の使命を改めて実感する。そして洗面台の底の欠片を拾い上げると水で洗い、テーブルの
上に残されていた欠片と一緒に小さな紙袋に入れる。
「なんか疲れたから一休みしよ…これは明日でも上田さんあたりに見せようかな」
紙袋をテーブルに置くとタオルケットをかぶりつつソファーに身を横たえ、静かに目を閉じる。
眠りの淵に沈みゆく意識の中で瞼の奥に淡い青緑の光が広がり、優しい声が聞こえた。
”気持ちはわかるけどどうか無茶だけはしないで。私もさっき、とても苦しかったんだから…”
小沢たちが人力舎で起こった一大事件を知ったのは、その翌日の事だった。
-------------------------------------------------------------------------------
―悔恨と贖罪―
ヒデ「普通、黒い力に呑まれてる間の記憶は残らないはず…でも俺はハッキリ覚えてるんだ、
何もかも。雨上がりを黒に引き込もうと襲った事も、一番大切なはずのお前まで黒に
売り渡そうとした事も、そのたびに突きつけられた悪意に満ちた言葉の一つ一つも…!」
ワッキー「ヒデさん…」
ヒデ「これはきっと俺に与えられた『罰』なんだ。自分の中の悪意や黒い感情に溺れて他の
人たちを傷つけ苦しめた事に対する罰なんだ。例えそれが知らずに持たされてたあの
欠片のせいだったとしても」
ワッキー「……」
ヒデ「だから俺は決めた。あの欠片を俺に渡した淳を…いやそれだけじゃない、黒の鎖につながれ
てる人たち全てを、この手で解き放つんだ。それが今までしてきた事の償いになるのなら。
そして俺を見捨てる事なく新しい力をくれたクリソコラの想いに応えられるのなら。…ワッキー、
ついてきてくれるな?」
ワッキー「も、もちろんですとも!俺が今こうしてられるのは全部あんたのおかげなんだから!」
-------------------------------------------------------------------------------
川島「信じてたわ、田村。必ず助けてくれるってな」
田村「当たり前やろ!俺らは二人で『麒麟』なんやから!」
川島「もう大丈夫や、モリオン(黒水晶)の力を完全に制御できる自信がついた。…俺は絶対、
黒の側にはならへん」
-------------------------------------------------------------------------------
745
:
名無しさん
:2013/09/26(木) 16:13:39
★シトリンの、欠片を浄化する力を見た時の爆笑問題
太田「な、なんだあれ…あんなの見た事ねーぞ?」
田中「前に嵯峨根が使ってた時にはあんな力はなかったはず…いや、一度だけあったっけな。
その時は力使った後でぶっ倒れて『体中の力吸い取られた感じ』つってたような」
-------------------------------------------------------------------------------
★ある時の白ユニット集会
「…これで、俺からは以上です。あと皆さんも、引き続き黒のメンバーや能力に関する
情報がありましたら俺やくりぃむまで報告してください。では上田さん、最後お願いします」
白ユニットの各メンバーがそれぞれの状況の報告や今後の方針などについて話し合う集会の
最後、一通り話し終えた「作戦参謀」こと小沢が席に着くと同時に、上田が締めの挨拶にかかる。
「取りあえず今回の集会はこれでお開きだな、後はみんな楽しく飲もうか」
その言葉が終わるや否や集会は親睦の場となり、あちこちから歓声が飛ぶ。
「よっ、待ってましたああ!」
「ヒューヒュー!」
乾杯の合図から程なくして場内には楽しげな声が満ち溢れ、時折怒声や呂律の回らない様子の
声もする。テーブルを埋め尽くす注文した料理や腕に覚えのあるメンバーの手料理に、皆舌鼓を
打った。その様子に感慨深げなのはハイウォー松田だった。
「白の皆さんは本当にいつも和気藹々としてて…これが人間らしい本来の姿ですよね」
「ああそうか、お前黒の集会も見てたんだっけな」
松田の語る所によれば、黒ユニットの集会に来ていた者たちは多くが目は虚ろで本人の
意思が働いているのかさえわからない、ただ命じられる事を淡々とこなす操り人形のような
状態だったり、多少嫌そうな表情を浮かべながらも洗脳された相方や友人の行動に
同調していたりとそれは悲惨な様子だったという。その話を聞いた白のメンバーたちは
皆青くなって震え上がったり今この場にいられる事を安堵したりといった反応を見せた。
「まあ、ここが組織らしくなったのもお前らのおかげだろうな」
小沢と井戸田にそう語るのは劇団ひとりだった。
彼は前に有田の主導で行われた事実上最初の白ユニットの集会に参加していたのだが、
その時は実のある話もほとんどできないまま実質ただの飲み会と化してしまったという。
「まあ中核があんな人たちだし仕方ないかなと思ってたんだけどさ、でもやっぱ緩すぎだよな。
『ここらへんは黒を見習ってほしい』と思ったもん」
小沢と井戸田の表情が若干引きつったように見えたのは気のせいだろうか。
とその時、けたたましい物音と怒声、それに石の能力によると思われる雷の音が聞こえた。
「あーっ、喧嘩はダメっ!」
血相を変えて仲裁にすっ飛んでいく小沢と井戸田の後ろ姿を見ながら、ひとりは思う。
(確かにだいぶ組織らしくなったけど、やっぱ根っこは変わってねーのな…いいんだか悪いんだか)
-------------------------------------------------------------------------------
746
:
low
◆zh23xfyKKs
:2014/05/29(木) 11:22:40
約9年ほど前、こちらに小説を投下させて頂いた者です。
まだ残っていたのが懐かしく時間軸無視の廃棄小説を懲りずに投下させて下さい
湿気が酷くて、髪が思うように収まらない。
そんなことで気分を害すほど髪型に執着は無かった。こんなものは取り敢えずの形だけでも整っていれば気に留めるほどでもない。
そのはずだった。いつも無造作に、メイクさんにでもお任せして、その程度だった。
だけど妙に気になってしまったのは何かを察知していたのかもしれないと、今ならそう思うことが出来る。
『黒』の幹部である設楽は今更だけど、と力なく笑った。
その日は雨が降っていた。朝から振り出した雨は止む事なんて永久に無いかのように降り続けていた。
今週はずっと雨の予報が出ています。そう言った気象予報士の笑顔もその言葉さえも雨が掻き消すかの如く、強く地面に水滴が落ちる音が響いていた。
騒がしいテレビ局内に一人の楽屋は何だか妙にくすぐったくて、いくら売れたと周りに囃し立てられても自分の中で消化できないでいる。
今日、何本目か思い出せない煙草に火を点けながら設楽 統は空に漂う紫煙を目で追っていた。窓から見える空は曇天としか言いようが無く、いつその隙間から雨が降り注いでも可笑しくはない色を見せている。
次の現場に移動する前に降り出しちゃうんだろうな、それも仕方ないか。道が混まなければ良いかな。
愚痴を心の中で煙と共に飲み込んで台本と睨めっこを続ける。しかし、その変化は見逃せないもので突如、目の前の壁に緑のゲートが現れた。そこから白い顔を更に白くした彼が、一人の男に支えられながらも楽屋へ足をゆっくりと運び込む。
彼らの急な来訪には慣れていた。慣れていたがその重々しい空気に異変しか感じ取る事は出来ず、とても騒がしいテレビ局内とは思えないほどに圧迫感を帯びていた。
「ノックも無しに入ってきて悪いな、オサム。緊急事態だ」
白い顔の男をそっと床に下ろしながらゲートの持ち主である土田は目も合わせず、早口に告げた。土田も顔には疲労困憊の文字が透けて見える。
「…何が、あったんだよ?」
恐る恐る聞いてはみるが口の中が嫌に乾いて、しかし手元のコーヒーに口をつけることも叶わず鼓動が早くなっていくのを感じることしか出来なかった。
俯いたまま顔を上げようとしない白い顔の、小林の目には生気がまるで無かった。良い知らせでないことは、この楽屋に連絡もなしに来た事実だけで十分伝わる。それでも、だ。
土田が言葉を選んでいるのか口を開きかけては噤んでを繰り返し、そしてゆっくり息を吐くと目線を合わせてきた。
嗚呼、この人はこんな顔もするんだと、泣きそうな、笑いそうな、溢れかけた感情を抑えた表情に何処か冷静になった気もする。
そんなモノは
「白と全面戦争だ」
この一言で容易に崩れ去ってしまったのだけど。
いつか終わりを迎える日が来たらこんな感じかなと
また以前のように、このスレが盛り上がるのを楽しみに待ってます
747
:
名無しさん
:2014/05/30(金) 17:29:53
おお、おひさです
よかったらここに書かれた短い話や能力などについて感想とかもお願いできます?
748
:
Evie
◆XksB4AwhxU
:2015/04/15(水) 22:44:24
進行スレ
>>338
を参考にした海砂利時代の短編を、
導入部分だけあげてみます。
海砂利時代の能力は、能力スレ
>>779
の予定です。
「解散しようと思うんです」
その発言はあまりに唐突で、自然な響きだった。まるでいつもの世間話と同じように。
「……は?」
向い合って座る上田は、ティースプーンをコーヒーの中に突っ込んだまま、固まってしまう。
話があると言われ呼び出された昼下がりの喫茶店は、サラリーマンで賑わっていて、
彼らの会話に気を払うものはいなかった。鍛冶は、聞き間違いの可能性も考えて、もう一度ゆっくり言葉を紡ぐ。
「だから、俺たち解散しようと思ってるんです」
さくらんぼブービーの二人は顔を見合わせて頷くと、ポケットから石を出して、
喫茶店の磨き上げられたテーブルに転がした。
「なんで、俺に話した」
「くりぃむのお二人にはお世話になったんで。
……鍛冶の石が目覚めた時も、まっさきに駆けつけてくれたから」
上田はカップをどける。テーブルの上で指を組んで、話を聞く体勢をとる。
木村はしばらく逡巡していたが、お前からと鍛冶が促すと、決心したように顔を上げた。
「上田さんなら、この石の行く先が分かるかもしれないと思って」
「てことは……お前、引退するのか?」
木村は紅茶を一口飲んで、また深いため息をついた。
おそらく何日も悩んで、二人で何度も話しあった結果出した答えなのだろうが、
いざ口に出すとなるとその言葉は急激に真実味を帯びる。
「……放送作家に…なろうと思ってます」
「そっか……それで本当に後悔しねえのか?」
「はい」
「じゃあ俺からは何も言うこたねえよ。鍛冶は?」
「俺はピンでやってこうかと」
「こりゃずいぶんデカい賭けに出たな」
「やれるだけやってみますよ。
この石のおかげで、たいていのことは踏ん張れる強さが身につきました」
自信満々、といった面持ちで胸を張る鍛冶に、笑いがこぼれる。
「お前らしいな、ホント」
「いやあ、それほどでも…」
「ちょっとは遠慮しろよ!」
「いって!なんだよ、ちょっとくらいいいじゃんかよ!」
頭をかいて照れる鍛冶を、木村が小突く。
上田を忘れて仲良くじゃれあう二人に、ふと別のコンビの姿が重なった。
お笑い界から消えて随分経つ、昔競いあった友。
「(……もしも……)
片方は劇団で舞台に立っていると風のうわさで聞いたが、もう片方はついぞ消息の知れない、二人。
「(……もしも…俺たちが…こいつらみたいに純粋なままでいられたら……
お前らはまだこの世界にいられたか?)」
テーブルの上に転がった二粒の瑪瑙。赤と黒で対になった石を見ているうち、上田の心はあの夏の日に飛んでいた。
749
:
Evie
◆XksB4AwhxU
:2015/04/16(木) 22:29:02
【199X年 夏】
「だーッ、待った待った!!ストップ、ストーップ!!」
有田が慌てて両手を前に突き出し、降参の意を表す。
恐る恐る目を開けると、加賀谷の拳は有田の顔すれすれで止まっていた。
三人の足元でざあっと砂ぼこりが舞い上がり、消える。
「……し、死ぬかと思ったぁ……」
有田は情けなさ丸出しの気の抜けた表情で、その場にへたりこむ。
「おい、全力でやれ言うたんはそっちやろ」
「だからって真に受ける奴があるかよ!
そこはちゃんと手加減しろよ!!」
「お前の石で武器出せ!」
「いきなりすぎて間に合わなかったんだよ!!攻撃するならするってちゃんと言えよ!!」
勝手なことをほざく有田の肩に、松本の怒りをこめたローキックが決まる。
ぐえっと変な声を上げて地面に転がる有田を見下ろして、唸り声を上げる加賀谷の頭を撫でた。
稽古場で松本の植えたチューリップと戯れていた松本ハウスは、「特訓に付き合って欲しい」とやってきた海砂利を見て、
露骨に嫌そうな顔をした。2週間ぶりの休日を潰したお詫びに焼き肉をおごる約束を交わし、
廃工場で練習を始めたはいいものの…まだ石に慣れていない有田は武器を召喚できず、冒頭の台詞に至る。
「くそ、もう一回!」
「おーおー、ええ度胸や。
あと10分、せいぜい頑張って逃げてみい」
再びうおおお、と拳を握りしめて加賀谷に突っ込んでいく有田を、上田はげんなりした気分で見つめた。
「だいたい、有田さんは言ってることがムチャクチャなんです!」
加賀谷は、動かなくなった体が恨めしいのか、ここぞとばかりに説教モードに入った。
石を使った対価で意識を失った松本を、椅子を並べた上に寝かせると、「そのとおりでございます」と正座する有田。
「やれ手加減しろだの、攻撃する時は先に言えだの…
強盗に向かって“110番するから待ってくれ”って言うようなもんですよ!!」
「はい、おっしゃるとおりです」
上田も隣でひたすら小さくなった。
「……明日も収録なのに」
「はい」
「……ネタ合わせもしてないのに」
「焼き肉食べ放題に生ビールもつけるから……その代わりこれからも特訓付き合ってくれよ」
「え、それホントですか!?やった、やったー!!」
有田はこちらを見て、してやったりという言葉がぴったりの邪悪な笑みを浮かべ親指を立てる。
焼き肉に釣られた加賀谷は、案の定後半部分を聞いていなかったらしく、体が動けば飛び跳ねる勢いで喜んでいた。
そそっかしい相方のおかげでこれからも休日を削られる松本には気の毒だが。
しばらく、3人で何をするでもなく寝転がって体を休める。
「あ、そういえば“これだけは聞いとけ”ってキックさんが」
加賀谷は天井をぼんやりと見つめながら、呟くように聞いた。
「海砂利水魚は、どっちがいいんですか?」
「どっち…って」
「白黒どっちにつくのか、それとも僕たちみたいにどっちも選ばないか」
上田は少し迷ったが、ありのままの気持ちを伝えることにする。
それに、下手に嘘をついてもこの二人には見透かされそうな気もした。
「俺たちは、まあ…自分にとってより都合のいい方につきてえな」
「じゃあ…」
「黒のほうが魅力的なら黒につくってことだよ」
有田も相方に同調して
顔をしかめる加賀谷の隣で体を起こし、タバコに火をつける。
「逆に聞くけどよ。白が俺たちになんかしてくれんのか?
黒の芸人には襲われるし、第一俺はあのうさんくせえ正義感が気に食わねえ」
「……黒がなかったら」
「それは、黒の側から見たって同じだろ。白がなかったら黒が暗躍する必要もねえんだから」
「あ、そっか」
心のどこかにちりっ、と引っかかるものを感じたが、素直な加賀谷はそれ以上考えるのを放棄した。
石の反動で筋肉が硬直していて、正直口を動かすのも億劫なのだ。
「でも」
上田はふうっと煙を吐いて、続けた。
「お前らと戦うのは嫌だな……お前らとはずっと、ただの芸人仲間でいてえから」
その願いが叶わないのは、分かりきっていたけれど。
それでもこの瞬間だけは信じていたかったのかもしれない。
芸を競い合うだけの楽しい日々が、いつまでも続くはずだと。
750
:
Evie
◆XksB4AwhxU
:2015/04/17(金) 20:23:56
今更ながら…長くなりそうなので、
タイトルをつけておきました。
『We fake myself can't run away from there...』
(俺たちは自分自身を騙す。逃げられはしない、この場所から)
【現在】
「…………さん、上田さん?」
鍛冶が呼ぶ声に、はっと顔を上げる。
喫茶店のざわめきが耳に戻ってくる。どうやら回想にふけってしまっていたらしい。
お冷の氷もすっかり溶けて、水になっていた。
「あ、ああ……悪い、ボーッとしてた」
「大丈夫ですか?…あ、すみません。お代わりを」
木村は上田の戸惑う様子を見てとる。ウェイトレスを呼び止めて、コーヒーのお代わりを頼むと、
続きを目線だけで促した。
「この石はちょっと…因縁があってな」
テーブルの上で指を組んで、言葉を選ぶ上田の眼球がせわしなく動く。
やがて、決心がついたように腹から深く息を吐いた。
「お前らの世代では、キャブラー大戦なんて呼んでるらしいな。
…あれはまさしく戦争だった。毎日がめまぐるしく過ぎて、
仕事と石を使った闘いの繰り返し。仲間とか信頼とか、そんなもんはなかった。
ただ、自分の信念と違う奴は敵。相方だろうが同期だろうが、叩き潰す。
たまに仲間を見つける奴もいたけど、たいていはお互い疑心暗鬼になって、
白の芸人同士で闘うなんてバカやってるのもいた。
そもそも、なんとなく黒が気に入らない奴らを白と呼んでいただけで、
実際はたいした違いはなかったんじゃねえかな」
上田がキャブラー大戦時代の話をするのは珍しかった。
石を介した付き合いもだいぶ長くなるが、過去の白黒の抗争については口を閉ざしていたのに。
独白のように紡がれる言葉に、さくらんぼブービーの二人は自然と背筋を伸ばして耳を傾ける。
「そんな中で、俺たち海砂利水魚は……黒のユニットにいた」
二人に衝撃が走った。
今の、中年に差し掛ったくりぃむしちゅ〜の二人は、考えなしにそんな決断をするようには見えない。
ひどく乾いた声が鍛冶の喉から出る。
「……どうして」
「ガキだった。石のことも、お笑いのことも。ほとんど知ったような気になってた。
自分たちが一番望んでいた感情にフタをして、一度は全部なくした」
ウェイトレスがコーヒーを運んでくる。
コーヒーだけで粘る迷惑な客にじろりと睨みをきかせて、ヒールの音を高く響かせ去っていった。
上田は一口飲んで、カップを静かにソーサーに戻す。勢いで黒にいた過去を告白してしまったが、
その先の苛烈な闘いは話す気になれない。しばらく嫌な沈黙が三人の間に流れた。
やがて、耐え切れなくなった木村が身を乗り出す。
「……上田さん。話しづらいならゆっくりで構いません。
石について知ってることを、全部教えて下さい」
「おい、木村……」
鍛冶の制止を振り切って、テーブルに両手をつく。
「いままで俺たちは、石について考えないようにしてた。
…どうせ無駄だと思って。でも上田さんは違う。石についてかなり深い部分まで知ってるはずなんだ。
お願いします。芸人やめる前に、教えてください。
俺、石に振り回されて芸人生活に幕を下ろすなんて嫌なんです」
まっすぐな目に射抜かれて、上田は一瞬狼狽する。
が、すぐに普段の冷静な心を取り戻すと、「分かった」と目を伏せた。
「……すげえ長い話になるぞ」
「あと一時間は粘れますよ」
鍛冶がバックヤードで働く店員の表情を見て笑う。
「そうだな、何から話そうか……」
上田は天井を見上げて、また過去の記憶をゆっくりと辿っていった。
751
:
名無しさん
:2015/04/18(土) 03:39:59
投下乙です。
キャブラー大戦、海砂利水魚、松本ハウス、気になるワードがいっぱいで先が楽しみです。
ぜひ続きもお待ちしています。
752
:
Evie
◆XksB4AwhxU
:2015/04/19(日) 22:13:29
この二組が石を拾ったのはだいたい1995〜6年ごろと仮定して書いていますが、
まだハッキリと設定が出きってない部分なので、90年代後半ごろと曖昧にしてあります。
書き忘れていましたが筆者はバリバリの関東人なので関西弁はかなり曖昧です。ご容赦ください。
土田さんの能力はPortalのようで想像するのが楽しいです。
_____________________________
『We fake myself can't run away from there-2-』
【199X年 春】
稽古場に植えたチューリップのつぼみが、桃色に色づいてきた。
松本は如雨露で水をやりながら、自分の娘を見るような心もちでまだ柔らかいつぼみをつつく。
「あー、もうそろそろ咲くなこれ」
「え?うわ、ホントだ……かわいい!」
放っておくとちぎりそうな勢いでつぼみを触る加賀谷を花壇から引っ剥がし、如雨露を床に置く。
今日はひさしぶりの休日だ。前は一体何日前だったか?(考えるのも恐ろしい)
テーブルの上に広げていたネタ帳を閉じると、鞄に放り込んだ。
「ワンちゃん、今日のネタ合わせやめとこか」
「え?で、でも……ライブ明後日なのに?」
「ここんとこ全然寝とらんしな。稽古場まで来て言うのもアレやけど、
今日はゆっくり昼寝でもしようや」
加賀谷はばんざーいと諸手を挙げて喜ぶ。リュックを枕代わりに床に寝転がると、
あっという間にまぶたが重くなって、心地よい眠気が襲ってくる。
「せや、海砂利は今日何しとんのやろ」
思い出したように松本が呟いた。
やれ特訓に付き合えだの、黒のやつに追われてるから助けに来いだの、無理難題ばかり言ってくる同期のコンビが、
ここ数日、何故か大人しい。
「あの二人も石拾って一年くらい経つから、そろそろ独り立ちってことですよ」
加賀谷の言葉に、少し胸の奥が痛んだ。
「……なーんか、いつもはうっさいって思うとるのに、いざおらんと寂しいなあ」
「……ですねぇ。僕も有田さんがうるさくないと、なんだか調子が狂うんですよ」
「お前よりかはうるさないわ!」
二人であはは、と笑い転げる。
加賀谷はごろん、と寝返りを打って松本に背中を向ける。
「……キックさん」
「ん?」
「……あの二人がどっか遠くに行っちゃっても……それでいいんですよね。
僕たちずっとボキャ天仲間ですもんね」
大きな背中にそっと触れる。温かい体温とかすかな震えが伝わってきた。
「……せやな。白とか黒とか、わけわからん嫌な事ばっか起きとるけど、
俺ら芸人やもんな」
753
:
名無しさん
:2015/04/19(日) 22:27:07
松本ハウスが穏やかな昼下がりの休日を楽しんでいた同時刻。
海砂利水魚の二人は、海辺の倉庫で自分たちを呼び出した男を今か今かと待ち続けていた。
「おっせーな、土田のやつ…自分から呼んどいて遅刻かよ」
上田はくわえていたタバコを地面に落とすと、靴の踵で踏み潰していらだちを紛らわせる。
「お」
隣に立つ有田は、空気が震えるのを感じて顔を上げる。
「なんだよ」
上田も、有田が指さす方向を見た。
空がパリッと引き裂かれ、緑色の丸い大きな穴が生まれる。
両足を揃えて曲げた土田が「よっ」と軽いかけ声と共に飛び出してくるのを、ぽかんと口を開けたまま見つめる。
土田は鮮やかな着地を決めると、海砂利の二人に会釈する。
「すいません、打ち合わせが予想以上に長引いて……待ちました?」
「い、いや…そんなには……あの、今の…お前の能力?」
上田が、風景に溶けて消えていく緑色の穴を指さして聞くと、土田は頷く。
「最初は車で行こうと思ったんですけど、そこの国道で渋滞に巻き込まれたんで。
近くに来たところで降りて、こっちで来たんです」
言うなり土田はくるりと踵を返し、目の前の海へ飛び込む。
「土田!?」
気でも狂ったかと、有田が手を伸ばす。
海面が裂けて生まれた赤い穴に、土田の体は吸い込まれた。
「こっちですよ」
にゅうっ、と上田の背後から現れた土田は、叫び声をあげかけた二人を手で制止して、地面に作った緑の穴を消した。
「お互いの手の内を知らないと、話し合いも何もないでしょう。
こっちはあなた達の能力を知ってるんですから、公平に行かないと」
どうやら土田は黒とはいえ紳士的な対応を心がけているらしい。
左手にはまった指輪を見せる。
「俺の能力は見ての通り、緑のゲートから赤のゲートに移動する能力。
ああ……首を締めたりとかは勘弁してくださいよ、一応ここも武器なんで」
とんとん、と自分の首を指の関節で叩く。
「(言葉を使った攻撃も可能…てことは、俺達の方が分が悪いな)」
思慮を巡らせる上田を見て、土田は肩をすくめる。
「そんな顔しないでくださいよ。
俺の誘いに乗ったってことは、色よい返事を期待してもいいんでしょう?」
「……お前も食えねえ奴だな」
「褒め言葉と受け取っときますよ」
有田の挑発にも動揺しない。
「じゃ、時間もないんでさっさと行きましょう」
黄色い係留用ビットに腰かけた土田の前に、海砂利の二人もあぐらをかいて座る。
754
:
名無しさん
:2015/04/19(日) 22:30:28
「いくつか質問してもいいか」
「ええ、どうぞ」
「俺と有田は、意見が一致してる。
“黒が白より使えるなら黒、そうでないなら中立”だ」
「……白に行かない理由は?」
「単純に、気に食わねえ。
まあ色々思うところがあんだよ、俺達にも」
曖昧に濁した答えに、土田は一瞬考える素振りを見せるが、すぐに「分かりました」と指を一本立てる。
「その一、黒の芸人から襲われる手間が省ける。
白の芸人は闘いを好まないので、仕事が終わればゆっくり休めますよ」
「……続けろ」
有田が先を促すと、中指も立てた。
「その二、人脈。
まあ…黒があなた達の思っている以上に網を張り巡らせてるってことですよ。
望むならレギュラーも、大きな会場での単独ライブも。
まあ、メリットと言えばこれくらいですかね。
後、黒の命令には全面的に従ってもらう…ということくらいです」
最後の一言は、海砂利の二人にとって「息をするな」と言われるに等しい条件だった。
有田が「マジで?」と声に出さずに聞けば、土田は深く頷く。
「当然、黒にいる以上は黒のために働いてもらいます。
どこそこのスタジオのブレーカーを落とせとか、スタッフにメモを渡せとか、
そういう小さな命令がほとんどですけど、
時には白の芸人と闘って石の奪い合いもしてもらいます。
それが面倒ならどうぞ今のままで」
二人は悩んだ。
黒の芸人がやけに統率がとれていることから予想はしていたが、
元々組織だの上下関係だのといった堅苦しい勢力図に巻き込まれるのも気が進まない。
そこで、土田がダメ押しの一言を放った。
「逆の発想をしてみたらどうですか」
「逆…?」
「オセロを思い浮かべてみてください。
今は、白と黒が同じくらいの数ですが、一枚動かしてやれば、局面によっては……全部が黒になる」
土田は人差し指と親指を軽く合わせて、石をひっくり返す仕草をした。
「あなた達二人が、この石の闘いにおける“神の一手”になればいい。
すべてを黒に塗り替える、一手に」
土田の眼の奥がぎらりと光ったような気がして、有田は一歩後ろに下がる。
「(もしかして、俺達…結構やばい方に行っちゃってんじゃねえのか?)」
隣の上田は禍々しい雰囲気に気づかなかったらしく、握っていた拳をそっと開いた。
恐る恐る、もう一度土田の目を見る。いつも通りの茶色い瞳には、さっきのこちらを射抜くような光はなかった。
「(……気のせいだよな?)」
心の中で葛藤する有田に構わず、上田は一歩土田に歩み寄ると、左手でがっちりと握手を交わす。
「よろしく頼む。
……行けるとこまで行ってやるよ。ほら、お前も」
「お、おう…」
有田も、促されるままに握手する。
握りこんだ土田の手は、氷のように冷たかった。
【現在】
「……土田さんは、その頃から黒だったんですか」
話に一区切りついたところで、上田はお冷で喉を潤す。
木村は、なんと言えばいいのか分からないらしく、目を泳がせた。
「あの頃はまだU-turnってコンビだったけどな。
まあとにかく、あの頃は白も派閥として機能してなかったし、
力関係は黒の方に傾いてた。
有田は未練があったらしいが、俺は身の安全と海砂利としての未来を選んだってわけだ。
まあ人間誰だって自分が一番可愛いだろ?それで何が悪い!…って開き直ってたな。
今思うと結構いい性格してたな」
「遅い中二びょ…モゴゴ」
先輩に無礼を働きかけた鍛冶の口を、木村が慌てて塞ぐ。
「ぶははっ、まあ中二病ってのが一番しっくりくるか。
ただ、枕に頭沈めて足バタつかせる程度じゃ済まないレベルの過去だけどな」
「……なーんか、こっから先はちょっと聞きたいような、聞きたくないような…」
木村の手から解放された鍛冶が息を大きく吸う。
「まあ、続き話すより先に…」
上田はしかめっ面でレジに立つウェイトレスをちらっと見て、領収書を引っこ抜いた。
「そろそろ出るか。続きは歩きながらってことで」
ごちになります!と満面の笑みで言い放ったさくらんぼブービーの二人に、軽く怒りを覚えながらも、
先輩としての寛容さで押しとどめ、手早く会計を済ませる。
連れ立って歩き出すと、鍛冶が「あ、この後ちょっと打ち合わせあるんですよ」と思い出したように手を叩いた。
「じゃあ、事務所まで歩くか。
んー…どこまで話したっけ」
「黒に入ったとこまでです」
「じゃあ、そうだな。お前らお待ちかねの…その石の“前任者”との因縁の関係でも話すか」
「盛ってません?」
犬歯を覗かせて笑う木村に、「100パーセントの実話だぞ」と返して、三人はビル街を抜けていった。
755
:
Evie
◆XksB4AwhxU
:2015/04/19(日) 22:39:29
トリップ外れてた…orz
すみません、全部私です。
土田さんについては進行会議スレの
>>72
さんの意見を採用してみました。
このシリーズでは黒ということで進んでいきます。
竹山さんとの短編で「みんなが黒になれば」的なことを言っていますが、
この頃から一貫している感じで。
756
:
名無しさん
:2015/04/22(水) 08:55:24
投下乙でした。
ひとつ気になったんですが
上田が会計前に引っこ抜いた物は「領収書」じゃなくて「伝票」では?
細かいことですみません。
757
:
Evie
◆XksB4AwhxU
:2015/04/22(水) 18:29:44
>>756
ですね…次の文章と混ざってたようです。
すいませんが脳内補完でお願いします。
ここらへんの世代は白黒どちらの所属か決まってない人も多いので
登場人物が絞られてきますね。
758
:
名無しさん
:2015/04/24(金) 17:40:59
おおっ!キャブラー大戦時代の物語が
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