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【ザ・問答】 KK「おしえて、そもさん!!」「説破!」【Q&A】
2
:
片山第弐BBSイケイケ共同管理隊(*^o^)/\(^-^)/\(`д`)★
:2005/09/24(土) 21:22:45 ID:Pe0Ja0rU
Q&Aの例示として、Yから日本ソードさんの質問と回答群を抄録し例示します。ヴァイオラさんが誘導してくれていますが、そのまま継続して戴いてもOKです。
【質問】『nihon sword』さんの質問
【属性】一般(家族母が信者で被伝道中)
【内容】
うちの母と、その友人たちが会員で、いろいろと話を聞かされり議論したりしました。勧められたこともあり、何冊か本も読みました。勉強会や支部についてはあまり詳しくは知りませんが、彼女らが実践していることを見ると、尊敬さえすることがあります。
しかし、教義の基本的な部分である、この世とあの世の仕組み、生まれ変わりのシステム、次元構造などは、どうも理解できないのです。会員の人に訊いても、なぜそんなシステムを信じることができるのかわかりません。ですが、彼らはそのシステムが正しいと思っているわけだし、皆を幸せにするために、その教えを広めようとしているわけです。
それなら、会員の中にはそのシステムについて論理的に矛盾なく、一般の人間にでも無理なく理解できるような説明や資料を作っている方もいるのではないかと思ったのです。それは教団に大きなプラスになりますから。
そのような資料を知っている方や、教義に詳しい方がいましたら、教えていただけないでしょうか?
僕は宗教には入っていません。ですが最近宗教に興味があって、いろんな宗教の方に話を聞かせてもらったりしています。会員の方々は、実感しないとわからない、入信して徐々にわかっていくのだ、とおっしゃるのですが…。真理ならば、実感することはできなくても、もうすこし納得できるのではないかと思うのですが…。虫のいい願いなのでしょうか。
教えてもらったHPから、少し調べてみました。なるほど、教団の姿勢としては、わからないことは精舎や支部で訊いてくれ、ということみたいですね。
実はすこし前、精舎(?)に行ったことがあるのです。会員に誘われて。なんだか大きくてきらびやかなところでした。
仏教を基本とした教義なんだそうですが、僕の考えているブッダの思想からみると少しおかしいなと感じるところがあったので、講師の方に自分の考えを言ってみました。しかし、「いろいろな考えがあっておもしろいですね。私たちは、このような世界観でやっているが、あなたの世界観もおもしろい。入信していろいろな人と話していくうちに、さらに良い考えや、方向性が見つかるのではないでしょうか」という感じで、質問をかわされた上に、入信を勧められてしまいました。そして、ちょっと気まずいくらいに誘われはじめたので、帰ってきてしまいました。準備不足と、会話の腕の無さを後悔しましたが、また行って勧誘されるのもいやだし。それに講師の方は給料もらっているのだから、信者でもない僕が行って話しをしてくださいって言うのも悪いかと思って。
勉強不足を怒られるかもしれませんが、質問させてください。
3
:
片山第弐BBSイケイケ共同管理隊(*^o^)/\(^-^)/\(`д`)★
:2005/09/24(土) 21:25:27 ID:Pe0Ja0rU
【質問】『nihon sword』さんの質問2
【属性】一般(家族母が信者で被伝道中)
【内容】仏陀の縁起の法?
ブッダの、縁起という考えが好きです。僕はそれを、「たくさんのものが相互作用すること」という風にとらえています。縁起はブッダの最大の悟りではないでしょうか。今まで出会った人たちに、感謝しています。彼らの中の誰か一人にでも出会わなかったら、僕は今の僕ではなかったのではないかと思います。僕が出会うあらゆる人や物が、僕に影響を与えていくのだと思います。だから僕は、僕のまわりの世界に感謝しています。そして人生がこの先どうなるかは、だれにもわからないし、それがこの世のおもしろいところだと思います。
幸福の科学には、生まれる前に親や妻を決めたり、自ら苦難を設定して、人生の計画を立てる、というのがありますね。縁起の理法が、真理であるならば、縁を決めておくという人生計画は、その真理を歪めようとするものではないでしょうか。また、人生計画が真理であるならば、縁起という考えは、計画の不確定要素にしかならないのではないでしょうか。
母に聞きましたが、子育ては本当に手探りだったそうです。人生のあるとき、子どもが何を本当に必要としているか、それはとても難しいことだそうです。自分の人生とはいえ、たくさんの人と出会う人生の中で、節目となる時期や、そのイベントを決めることができるのでしょうか。
僕がブッダの考えを好きなのは、自然の流れに沿っているように感じるからです。自然に対しては、善も悪も感じず、偉大なものだという思いです。自然に畏怖するというのは、信仰として考えるならば、原始的なのかもしれませんね。しかし、植物や動物には、人間ほど悩みが無いと思うので、比較的真理に近いのではないでしょうか。
僕は、人生の計画をしてから生まれる、ということに、不自然さを感じてしまいます。
皆さんは、どうお考えですか?
4
:
irh_hikarinotenshi(転記)
:2005/09/24(土) 21:32:57 ID:Pe0Ja0rU
【回答】
>>2-3
【属性】信者 (光の天使 ヴァイオラ)
【お答え】
その質問にちゃんと答えられる信者はそう多くはいないと思います。
多くの信者は、結構素直に受け入れてきただろうから、ここに引っかかるという人が理解出来ないのが実際のところだろうと思います。
精舎の講師の答え方も当然のことで、質問されたからといって、その場で目一杯説明したとしても、おそらく、納得出来るところまで理解することは不可能です。ですから、学習していくなかで少しづつ理解を深めていくことをお勧めされたわけです。講師というのは、優秀な人ほど、相手の状態に合わせて話をされますから、知っていることを全部話してはくれないものです。
それでも、この質問に答えてみようという人がいるならば、『腰をすえて1ヶ月くらいかけてキッチリ説明し切るだけの覚悟とスキルが要求される、ある意味相当困難な課題である』との認識を持って当たっていただきたいです。
事の重要さが判らない人は、下手にコメントしない方が宜しいかもしれません。
これまでの投稿からいっても、ヤフー掲示板でこの問題を扱うには、ちょっと荷が重いように感じます。私も、幾つかの予定がこなし切れずに大幅に遅れている状況なので、受けて立てるかどうか。他の人の様子をみたい。
いずれにしても、非常に興味深い素朴な疑問を提示していただいて、勉強になります。
この休み中に幾つかの予定がこなせたなら、取り組んでみたいテーマですね。
もし、今回出来なくても、何時か自分のホームページ上で扱うことを前提に検討したいと思います。
それから、「ヒョウゴ」さんには申し訳ないけれど、しかるべき場所で固定して聞かれた方が、他の人のためにも良いと思います。
今のところ、一番良いと思うのは、片山実験場で、Q&Aのスレッドを立ててもらうことです。依頼してみます。
5
:
kokoro_no_chikara(転記)
:2005/09/24(土) 21:38:03 ID:Pe0Ja0rU
【回答】
>>2-3
【属性】信者
【お答え】 縁と計画
心の力と申します。まず熱心な会員さんは現実世界での活動を大切にしていますので、ほとんどの活動している会員さんはここを見ていないということをお伝えしておきます。ですので本当の姿を知りたいのであれば、支部などで、できれば支部長さんとお話いただくのがいいと思いますね。
しかしここで出会ったのも何かの縁だと思いますので、満足いただけるかどうかわかりませんが一個人として書いてみたいと思います。
まず縁起の理法ですが、これは原因があって結果があるという考え方ですね。
日本ソードさんがおっしゃる縁ということについては、袖摺りあうも他生の縁、という言葉がありますが、大切なことは今ある縁は偶然ではないのだから、一期一会を大切にしていきましょう、ということだと思います。
また、今の接し方が後生にも影響を及ぼしますから、誠実に接することが大切である、ということでしょう。
縁起という言葉には偶然はない、という考え方も含まれています。
計画については目標があって初めて成り立つものですが、あの世での価値観とこの世での価値観はまったく違うようで、あの世では魂の価値観に基づいて目標を立て計画を作るのだと思います。
魂の欠点を修正したり、人々を救おうとしたりするために、縁のある人とその目的が達成されるように、”計画”してくると思うのですね。
新しい世界を獲得するということも含まれると思います。
ですので計画の立て方はひとそれぞれでヘレンケラーとアニーサリバンのコンビくらいだとまず間違いなく計画でしょうが、私などは仏法真理をとにかく学ばせていただき転生のサイクルを上向きにしたいという計画しか立てていない可能性もあると思います。
どんな計画を立てるかも人それぞれだと思うのです。
この世での計画もそうですが不確定要素の介入で、方針を変更したり挫折したりすることもありますから、肉体に入ったとたんに価値観が変わり計画もわからなくなってしまうこの世ではもっと達成は難しいでしょう。
この世ではあの世の計画を達成するには仏法真理を知って努力し続けることでやっと何割か達成できるのではないかと思います。
あの世の計画とは宿命でも運命でもなく目標をうちに含むものですから、縁起の理法を踏まえて達成させるのが人生の本当の目的なのです。
そのために仏法真理は必要なのです。
多くの出会いでたくさんの人から学んだというのは、ひとつの計画であり、また間違いなく日本ソードさんの努力が導いたものです。
計画即ち努力目標ということだと思います。それが真の魂の願いであり達成したときに真の幸福が訪れるのだと思います。
話はどのくらい的を得ていますでしょうか。
6
:
hirofumi1945(転記)
:2005/09/24(土) 21:40:29 ID:Pe0Ja0rU
【回答】
>>2-3
【属性】信者
【お答え】 計画と実現は必ずしも一致しない
どうもhiroです。初めまして
日本ソード?日本刀ですか(笑)
さて、貴方も過去の私同様に日本教とも言える「アニミズム信仰観」に陥っていると考察されます。
確かに仏陀の説かれた「縁起」には自然科学的なる原因結果の連鎖の一面の側面はあります。
されども、ある意味では貴方の縁起論は仏陀の謂う縁起では無く、自然発生的なる原因結果での関係学なっており、仏教的なる本質とは違います。
貴方は自然、所謂「偶然論」的なる発想であると理解できますね。
それは、結果的には「仏も神も無い」物と物とが出会い、影響を与え(直接・間接的)結果を出していく…結論的には唯物的なる仏教哲学(アニミズムもそう)になっていくだけであり、信仰も修行も必要ない「自然のまま、あるがままの世界」=唯物論の発想であります。
仏陀の説かれた「縁起」は別名で言えば、「良き種を蒔けば、良き結果が育つ」理想社会実現の修行論なのです。
俗的なる言葉を使えば、例えば貴方が妻を娶り子供を授かる行為をせねば結果的には子供は生まれません。
縁起は簡単な様で、深い深い真理と繋がるものであり、別の真なる意味で信仰と起源が始まるものでもあります。
仏神が無ければ、この世界は始まらなかったという縁起もある筈です。
結果我々が存在し続けれるのも、仏神が「存在せよ」との意思があるからなのです。
これを「無」と言います。
これも縁起論の一つであり、「縁起を見るものは法(存在)を見る」の言葉通り深遠なるものがあるので、一言での説明は難しいですね。
長い長い期間において、説明を聞ける忍耐力があるのであるならば、質問を続けて下さい。
必ずや有志の方々が答えて下さると私は信じます!
7
:
diamond_love_fight(転記)
:2005/09/24(土) 21:43:42 ID:Pe0Ja0rU
【回答】
>>2-3
【属性】信者 (ひかりもの)
【お答え】 はじめまして。
ダイヤといいます。
宗教は嫌でしたー。
幸福の科学に入ったら、それから宗教法人になりました。
もしあのときに入ってなかったら、今頃ここでアンチやってたかもー。
だからアンチの人たちって、
超・値上がり前の株が目の前にあるのに、それの価値を見抜けないでいるのよねー。って見方してます。
かれらはある意味ぎりぎりの「チャンス」を逃すかどうかの人たちだなーと見ています。
さて、次元構造ですが、そんなん、すっぱりわかったら、ある意味、どこかで開祖になってるかも。
人間が知り得ることではありません。
だからこそ、これほど明確に解明していることが、「人間ではない存在」の存在証明であると思います。
確か…リバティの何月号かに、とてもわかりやすいイラストの「霊界マップ」が載っていたと思います。
ダイヤは怠け者ですから、ちやんと調べてお話するわけではありません。
支部のリバティ担当の方か、リバティ大好きな会員さんに、聞いてみてください。
…わかったら、教えてくださいね(*^_^*)
8
:
toehkjtkss(転記)
:2005/09/24(土) 21:50:11 ID:Pe0Ja0rU
【回答】
>>2-3
【属性】信者 (toehkjtkss たまご)
【お答え】>人生計画?
はじめまして(^-^)会員です。
縁起の理法は、確かに真理中の真理ですし、縁起といいましても、大きくは時間縁起・空間縁起と分けて考えていくと理解が早いかも知れません。
時間縁起は、転生輪廻の思想をもとに、時間の流れにおいて、原因・結果の連鎖によって個人においてもマクロの世界においても進歩の原理となっていくというもの。
空間縁起は依他起生といって、この世の存在が、お互いに関連し影響しあい、助け合って成り立っているのだという真理です。ここから全体の調和という考えがでてきます。
人生計画については、個々の魂の段階に応じて幅があるようです。
リーダー的存在即ち、他の多くの人を導きまた人生に少なからず影響を与える存在ほど、綿密な計画が成されているとか。
ただし、この世という三次元の世界では個々が小さな神様であり、独立した考えのもとに行動できるため、100%計画通りということには、どの段階の方でもいかないようです。
その都度本人にとって良いと思われる方向へと修正をする手伝いとして、各人に守護霊がいらっしゃいますが、指導、インスピレーションを送ろうとしても、当人の認識力、心境の高下でままならないときもあるそうな。
そのために、よりよい生き方を選び取っていくため、日々心の針を天上界に向け、内省しつつも利他行をすることが、幸福の科学での修行目的の一つであるかと…
日々善き種を蒔いていける人生こそ、この世に生きる意味でしょうし、自分を高めつつ他の人の幸福に繋がる生き方を、それぞれが模索しつつ学ばせていただいています。
ある霊言集のなかでは、人生計画はたいていの場合半々位であると。
それは、大きく生まれる地域、家族、また伴侶などはだいたい決めてくるらしいです。(赤い糸とか…)
中には、前世のカルマ(業)を刈り取るために、今世厳しい環境を自ら選び頑張ると誓って生まれてくる方もいらっしゃるそうです。
長くなりますので、これくらいで… 一言に縁起といっても深遠なる真理ですから、学んでみると心が深く耕されます。ただし、この世的な自己確立の部分が若い方にとっては欠かせないので、そこは注意が必要なところだと思います。
付け足しです。自己確立のところ。この世からの逃避として真理の世界に参入してしまうと、幸福の科学の場合は行き詰まるのが早いかも知れません。
私たちが目指している「悟り」の世界は、愛他利他の世界なので、仕事能力の部分がどうしても必要になってくるようです。
無我の修行に入っていくにあたり、この世的と思われる仕事能力であれ、充分な自己確立であれ欠かせないとのこと。
その下支え無しに、いきなり己を虚しくしていくといっても、クラゲのように漂うだけで、核心から遠ざかるばかりか、極端な場合は、この世的にも生活が成り立たなくなるような危うさも出てくることがあります。
ゆえに『世間解(せけんげ)』という悟りの一面が大切とされています。霊的世界を受け入れ、瞑想などで参求しつつも、この世での生活もあるわけですから、時間仕事力をあげることで修行の質を広く高くしていけるのでは。
そして、『中道』というこの世での修行を貫く指針が説かれています。宗教的修行の方に傾きすぎると、この世的には非常に生きにくくなり、逆にこの世が全てになってしまうと、自我を主張し、いかに自己拡大して幸せになるかだけになってきます。それを勝ち抜いた人だけが幸福というエゴイスティックな傾きです。
やがて赴くあの世を知りつつも、この世的なドラスティックな幸福も肯定して、利自即利他を目指すのですが、自己確立を通して忍耐という特質を身につけることが、その後の悟りに大きく関わってくるようです。
9
:
ethanol9999(転記)
:2005/09/24(土) 22:00:56 ID:Pe0Ja0rU
【物言い】
>>2
【属性】アンチ
【内容】初めまして
ethanol9999と申します。以後よろしくお願いします。属性は「アンチ」です。(笑)
ここで信者さんに質問をしても、「支部・精舎に行け」「本を読め(買え!)」という回答で終わるのがパターンです。(笑)
また自己の投稿に関して、一切責任を持たないと公言されている信者さんもいらっしゃるのでご注意を。
で、ネット上で入手できる情報については、片山さんのHPがリンクなんかも充実してるのでよろしいかと思います。
○ネットKK信者像を考える〔仮称〕
http://happiness.lib.net/limited/index.html
#contents
10
:
nihon_sword(転記)
:2005/09/24(土) 22:08:21 ID:Pe0Ja0rU
【お礼】
>>4-8
【属性】一般 (日本ソード 23歳/男性)
【内容】ありがとうございます!
皆さん、親切な回答、どうもありがとうございます!
ためになる意見をたくさんいただきました。皆さんの意見をもとに、もう一度、自分の考えや、縁起について見直してみようと思います。
明日から5日間の旅行に出てしまうので、すぐに書き込むことはできないのですが、考えて、わかったことや、新たに疑問に思ったことなどを、また書き込ませてください!
11
:
i_am_out_of_kk(転記)
:2005/09/24(土) 22:10:23 ID:Pe0Ja0rU
【便乗】
>>4
【属性】退会者 (片山第2BBS 主管理人)
【内容】主管理人の黒田 KKQ&A 誘導と営業
>今のところ、一番良いと思うのは、片山実験場で、Q&Aのスレッドを立ててもらうことです。依頼してみます。
ただ今建設工事中。近日にスレ立てとなります。
12
:
irh_vaiora(転記)
:2005/09/24(土) 22:12:39 ID:Pe0Ja0rU
【継続】
>>11
【属性】信者 (光の天使 ヴァイオラ)
【お答え】片山実験場第二掲示板に
片山実験場・第二掲示板にQ&A専用スレッドを作ってもらいました。
ヤフーでは、一件づつ開いて読まなければならないので、他者の意見を比較しにくいと思います。
あちらに引っ越していただけると有難いです。
(仮建立Q&Aスレにて)本人の了解は得ていませんが、本人が旅行で不在なのと、質問提起のために、代理で提示させていただきました。
13
:
日本ソード
:2005/10/05(水) 01:15:21 ID:J5disbVA
【質問】縁起と因果について
【属性】一般
【内容】
皆さんからの回答を頂き、僕は、縁起についての考えが浅かったと感じました。そこで、縁起について、もっと深く考えてみようと思いました。僕の考え方は、自分の理解できる範囲からしか結論を出さない、という傾向があるように思います。宗教に対するスタンスとしては良いのか悪いのかと思いますが、そのスタンスで考えてみました。
「誰かが(何かが)、あることをした」ということのすべてが、縁になる。その縁によって、多くのものが、時間的、空間的に相互作用している。つまり物事は、縁によって起きる。これが、今僕が考えている縁起です。これをもとに、いくつかのことを考えてみました。
「運命」について。
僕が次になにを思うのか、ということも、何かの縁(生まれてから今までの無数の縁)から起きている、と考えることができます。この考え方でいくと、世界が生まれてから今までのすべての(それこそ無数の)縁を把握していれば、次の瞬間世界がどうなるのかが解かるということになります。人間には知る由も無いが、自分が次に何をするか、世界がどうなるかが、すでに確定している。縁起の法が、数学のようなものであるならば、そう考えることができます。しかし僕は、運命は確定しないと考えます。僕は「偶然」も真理だと考えるからです。量子力学などを勉強していて、そう思いました。高い確率で実現することでも絶対ということはありません。生まれた縁はもう消すことはできないが、それでなにが起こるかは、絶対ではない。つまり、人は、縁起というものに大いに支配されているが、運命は確定しない。偶然論でも運命論でもない位置です。
「因果、業」について。
因果、業という考え方も、縁起から来ていると思います。僕の印象ですが、縁起よりも因果の方が、善悪の色が強いと感じます。因果応報。良い種をまけば、良い結果が訪れる。悪い種をまけば、悪い結果が訪れる。そして、種をまくこと、また、まいた種が持つ力のことを「業」と呼んでいるようです。しかし因果応報がシステムだとは考えにくいと思います。100に値する悪いことをしたら、それがどこかに記録されていて、いつか100に値する悲劇が起こるというのは、ちがうと思います。やはり、因果応報も縁起によっていると思います。ならば、その人を取り巻く状況によって、結果も変わってくると考えるのが自然です。しかしもちろん、良い種をまけば良い結果を呼ぼうとする縁が生まれるのには違いないと思います。
14
:
日本ソード
:2005/10/05(水) 03:45:24 ID:J5disbVA
【質問】縁起と因果について(続き)
【属性】一般
【内容】
前世での業により、現世で良いことが起きたり、苦しみを味わったりする、というのがあります。因果には、そのような意味も含めて語られることが多いように思います。この考えは、ブッダ以前のインド宗教からあったものだと思います。そのころの宗教では、生き物は死んだらすぐに生まれ変わって、まさに車輪のように輪廻転生していると考えられていたのではないでしょうか。その価値観の中では、前世の業という考え方は、自然だと思います。しかし、幸福の科学のように、あの世にしばらくとどまってから生まれてくる、そしてむしろ、あの世の方がメインでありあの世のシステムも確立しているという価値観においては、すこし疑問を感じます。この世での魂と因果が、あの世にも引き継がれるならば、なぜあの世で悪業の報いを受けなかったのか。前世で人を殺した人間が現世で同じような苦しみを受けるのなら、地獄の意味は何なのか。人生の中でしか、悪業の報いを消化できないのなら、地獄で与える苦しみに何の意味があるのか、あの世とは何をする場所なのか、という疑問です。
僕は、前世の業によって苦しむという考えを否定したのがブッダだと考えています。人生における苦しみを、無理な理由をつけることなく、正しく観た。人生は「苦」であるという真理。人生は思いどおりにならないのだという真理を、ブッダは見つけたのだと思います。そこからスタートするのが仏教ではないでしょうか。普通の人間は、前世での業など、知ることはできないし、過去を変えることもできません。生まれたときから体が虚弱な人が、自分は前世で、どんな悪いことをしたのかと考えることには、なんの意味もないと思います。ブッダの言った苦しみの原因と、それを取り除くということは、もっと現実的で、実践的なものだったのではないでしょうか。相手と会話をし、その人の苦しみを聞き、原因を見つける。対機説法というのは、その人のレベルに合わせて教えを説くというより、なにを言えばその人が救われるか、ということを1番に考えた結果だと思います。
人生計画の疑問からは、ずいぶん離れた考察になってしまいました。その疑問について、次回書き込もうと思います。
今回の縁起などの考えは、僕が今思うことを書いたもので、無明な部分も多々あると思います。そのような点に、ツッコミを頂けたらうれしいです。
15
:
日本ソード
:2005/10/05(水) 05:16:58 ID:J5disbVA
>>8
【自己確立について】
>>私たちが目指している「悟り」の世界は、愛他利他の世界なので、仕事能力の部分がどうしても必要になってくるようです。無我の修行に入っていくにあたり、この世的と思われる仕事能力であれ、充分な自己確立であれ欠かせないとのこと。その下支え無しに、いきなり己を虚しくしていくといっても、クラゲのように漂うだけで、核心から遠ざかるばかりか、極端な場合は、この世的にも生活が成り立たなくなるような危うさも出てくることがあります。
僕が目指していることも、自分と他人の幸せです。自分が感謝している多くの人、自分の好きな人に、幸せになってもらうには、現実的な力や行動指針が不可欠だと考えます。
力の使い方や、行動指針、日々の選択というものは、もちろん頭でも考えて行っていることでもありますが、感情はそれよりも早く、結論を出しています。
感情は、今までの自分の経験や知識、体調や本能など、自分のあらゆるものを総合して結論を出しているのだと考えています。なので、感情というのは、自分が1番したいことに比較的近い結論を出すと思います。しかし、人間の性質上、その結論が非常に反社会的な場合や正しくない場合もあるでしょう。
感情の出した答えが正しいのか、正しくないのかは、すぐにはわかりませんが、感情の出した結論は、時として、逆らいがたいほどの力で自分を動かします。それほどではなくても、理性と感情が違っていると、バランスが取れていない状態です。
自分の行うすべての行動を、吟味してから行うこともできません。僕は、人を不幸にしてしまうかもしれません。それでなくても不完全な自分は、考えたとしても過ちを犯すでしょう。
それなので僕は、真理を求めます。真理というのは、自分のものにしたならば、揺らぐことのないものだからです。それは感情に対して揺らがぬ指針を与えるでしょう。
自分と人をより幸せにするような感情を持って生きてゆきたい。自分のしたいことをすると、みんな幸せになる、というのが、僕の人生の最終目標です。大それた夢です。
そのためには、心を耕すこと、現実的な能力を磨くこと、両方同じくらいに大切ですね。『中道』という言葉を聴き、改めてそう感じました。ありがとうございます。
僕がこのような夢を持ったり、宗教的な真理を人生の指針にしようと思い始めたのは、ごく最近のことです。いろいろなきっかけがありました。
それまでの僕は、宗教に否定的でした。というのは、いくつもの宗教を渡り歩いた母と、特定の宗教を持たない父の間で、僕も家族も幸せでない時期があったからです。
そのせいか僕は、信仰という面で、拒絶的なところがあります。盲目に信仰してしまう母を見て、宗教に対して厳密な論理性を求めるようになったように思います。
なので僕は、あの世のことなどの、僕が把握できない部分に対しては、アンチっぽい質問になってしまうかもしれません。
もちろん真理というものに対しての好奇心も大いにあります。真理を知ることは喜びですよね。
初心者ですが、どうかよろしくお願いします。
16
:
たまご
:2005/10/05(水) 07:17:27 ID:erffCev2
>僕は、前世の業によって苦しむという考えを否定したのがブッダだと考えています。人生における苦しみを、無理な理由をつけることなく、正しく観た。人生は「苦」であるという真理。人生は思いどおりにならないのだという真理を、ブッダは見つけたのだと思います。
おはようございます、深く考えておられるのですね。業のところ、『平等知』と『差別知』から、否定できないものであるとしています。
感情のコントロールは次第にできるようになるものではないでしょうか。本能に基づく快・不快に左右される赤子から、次第に精神性がそれを凌駕していくことが、人格の形成につながっていくのでは?
もしかしたら、ソードさんの言われている感情には動機など違う意味も含まれているのでしょうか…。
芸術家など繊細な感性、感情表現が、多くの人の感動をうむこともありますが、結構本人は苦しかったりしていませんか?
喜怒哀楽はついてまわるものですが、実はそれを超えた世界の静寂なる境地、悟りの世界の至福を味わってご覧なさいと、釈迦は説かれたのだと思います。
わー、もうこんな時間、ではまた(^_^)/~
17
:
主管理人の黒田★
:2005/10/05(水) 08:21:01 ID:ntly.q5A
>>16
【物言い】【苦情】 テンプレ活用の勧告など
【属性】 管理者
【内容】 このスレはテンプレ活用スレです。
Q&A形式なので質問者と回答者は論文調を心がけ、内容をまとめて、文中にむやみな質問、問いかけ、反問、避けるように。また、挨拶もそこそこに簡潔にお願いします。
はっきり答えられないものには解答しないか、解答不能の旨をはっきり伝えること。仏法真理検定試験のココロで。
一問一答を心がけましょう。
無量法門誓願学! 信者さんの学習の質・思慧の姿勢が問われます!!w(ゼロ氏風)
18
:
たまご
:2005/10/05(水) 09:19:15 ID:erffCev2
>>17
【お詫び】
【属性】信者
【内容】
了解です。論文調の旨、努めます。
勉強になり、ありがたく思います。
19
:
IAOO_KK
◆ZKLVh/2jGY
:2005/10/05(水) 09:33:42 ID:ntly.q5A
【質問】どうして地獄で苦しんだのにこの世で前世の報いを受けるの?
>>14
【回答】神智学厨密教科学仮説
【属性】退会者
【内容】
前世でなした行為の報いをうけるのは因果の理法の当然の働き。磁化の原理。
地獄の苦しみは何であったのか。
この苦しみは当人の地獄波動の再同調とその後の霊体内の低級波動質量の除去過程にともなう苦しみであってカルマの解消なのではないということ。
本人の魂の力が前世と大差なければ転生の過程又は再誕後にで再び除去した質量が本人の引力に引きつけられて戻ってきて、再び本人の霊体の構成粒子として取り込まれてしまう。
本人は再びこの質量に対処しなければならない。本人はこの質量を変質させるか再び除去する必要がある。
付け加えると、霊界原子質量粒子やエレメンタル・エッセンスにとって人間の地獄波動は彼らの逆進化にとっては有益である。
人間にとって地獄の意味は低級非物質質量の分離・除去。あの世もこの世も人間においては人間・人類の意識の進化の促進、霊界環境の建設・整備・改善の場である。
この世も霊界の階層の一つであるという視点を忘れてはなるまい。
物質界は意識の最終的決定的安定性を得る階層のように思われる。
20
:
日本ソード
:2005/10/05(水) 10:47:43 ID:J5disbVA
>>17
【お詫び】
【属性】一般
【内容】
今眺めてみると、とんでもない長文でした!
次回からは、もっとコンパクトにまとめたいと思います。
どうもすみません。
21
:
日本ソード
:2005/10/05(水) 12:03:35 ID:J5disbVA
>>19
【質問】
【属性】一般
【内容】
回答ありがとうございます。語句(磁化の原理、波動質量など)に関して僕の勉強不足により、誤解があるかもしれませんが、次のように理解してよいのでしょうか?
死んで再び天上界に戻るには、きれいな魂でなければならない。この世で魂が汚れてしまった者は、地獄で魂の汚れを落とさなければならない。地獄での苦しみは、魂の浄化に伴う苦しみである。その苦しみは、前世でのカルマの解消とは関係ない。
これはつまり、自分の魂を汚してしまったという業に関しては、地獄で解消されるけれども、他人を傷つけたとか、他人に善行を行ったという
業については、来世まで持ち越されるということなのでしょうか?
他人を傷つけた報いを、天上界で受けることはないのでしょうか?
また、最後の行の
>>物質界は意識の最終的決定的安定性を得る階層のように思われる。
これは、この世が最も魂の安定を得られる場所だ、ということなのでしょうか。それはなぜなのですか?
22
:
IAOO_KK
◆ZKLVh/2jGY
:2005/10/05(水) 17:34:26 ID:8BDQ0jFE
【回答】
>>21
この世が最も魂の安定を得られる場所であるのはそれはなぜなのですか?
【属性】 退会者
【お答え】
>>21
におけるすべての質問に答えることはしません。KKはソフトオカルト〜カルトの部類に入ると思われますので、本格的に密教科学を扱うことはありません。
私の回答完全でないのです。KK信者さんが回答を修正もしくは訂正したものを提供してくれるかもしれません。
A2:人間存在の役割は惑星下の人間界から鉱物界まで神のフォースを仲介することで、部分的にでもこれを果たすことは目的の達成であり存在をより完成させることであるから。
23
:
青の青
:2005/10/05(水) 20:13:01 ID:wtwGpado
【回答】どうして地獄で苦しんだのにこの世で前世の報いを受けるの?
>>14
【属性】信者
【お答え】
地獄は基本的に反省をすれば抜けられます。反省とは自らの間違いを知り、正しい有るべき姿を見出す事です。
しかし、正しい姿を見出しただけでは足りないのです。魂の傾向性を修正しなければなりません。魂の傾向性とは、性格あるいは性根という様なものです。
例えば、人殺しを犯していた場合、怒りを抑えられず殺したとしましょうか、怒りっぽいのは間違いだと知っただけでは、傾向性までは変わらない訳です。
ですから、穏やかさ、我慢強さを獲得していく為の修行が始まっていくのです。霊界でも修行、指導はあるのでしょう、その成果を試す為、あるいは更なる修行の為に、人生の計画を立てて、穏やかさ、我慢強さを鍛えられる環境を求めて、生まれてくるのです。
地上での修行は天上界での10倍の効果が有ると言われています。
無明の中、成否が分からない中で、修行を成功させるのは、それだけ凄いことであるわけです。この実績が、魂の安定性を高めていくわけですね。
業(カルマ)とは、幸福の科学では魂の傾向性を指している訳です。
魂の傾向性があって、行為、業が出てくる訳です。
24
:
たまご
:2005/10/05(水) 20:14:54 ID:erffCev2
【追加】
【属性】信者
【内容】業、そのほか
実はソードさんの思索の過程そのものが、出ている経典があります。
『釈迦の本心』(第5章)、参考のため各節テーマを書きます。
1.縁の思想 2.因果の理法 3.業とは何か
4.運命論について 5.自由意志の本質 6.地獄の思想
7.地獄の実体 8.天国の思想 9.天国の実体 10.仏国土建設の本義 以上が第5章の各節テーマです。
ソードさんの流れと一致していて面白いので書きました。
≫14“前世の業によって苦しむという考えを否定したのが仏陀”とありますが、
平等知…全ての人は仏性を持ち等しく尊い価値を秘めたる存在である。
差別知…転生輪廻を繰り返し、積み重なった業があるゆえに、個々の魂としての違いが現出してくる。
業を否定的な面からとらえるのではなく、業=魂の傾向性として解説いただいています。善なる面も修正が必要な面も含まれての傾向性が、転生の過程において形作られていて、人生のさまざまな場面での選択において、その傾向性に基づき判断が成されていく。それによって、また新たな苦となる場合あり、功徳となって善なる業としてつみかさなる場合あり、ということです。
確かに、現在の苦しみの原因を過去世に遡って探ることは普通はしないでしょうし、過去世自体考えも及ばない人もいると思います。
しかし、自己判断の傾向性とその過ちを探り出し、それを改めていくことによって、今世の魂の修行を一段と進めていこうという意図を持ったときに、“業(魂の傾向性)での苦しみ”を悟りという幸福に変化させる機会となるのでは。
生まれつきの肉体のことについて、過去世から原因を引っ張ってくるのは厳しい面ではあります。肉体的ハンディのある方をそのような目で見たら、とても失礼なことです。ですから、人は全て忘れて生まれてくるのでしょう。
同じくゼロからスタートはするけれど、過去から積み上げている努力の過程、質は一律ではないので、差別知としての魂の段階差、もしくは認識力の差が生じ、それは即ち、縁起の理法、因果の理法による“公平なる姿”となるのです。
ですから、この世とあの世、死後の生命についての正しい見解が無ければ、業も縁起もそもそも成立しない思想だと考えられます。
25
:
たまご
:2005/10/05(水) 23:10:23 ID:erffCev2
縁起、業、因果いずれも、世界認識と個々の現状分析のために必要ですが、悟りの道に入るための根本前提であって、
実践的真理の命題としては、苦・集・滅・道から八正道の実践による中道なる生き方(中道=仏神からみた正しさ)と、そこからの発展を目指すことがメインです。
「愛」と「悟り」と「ユートピア建設」が目標です。
自由意志でさまざまな登り道を選び人生を歩んでいく訳ですし、ストレートに宗教ではなく、職業を通じて、家族との絆を通じて、また専門分野の深い探求によって、真理はその一端を見せてくれるでしょう。
“信じる”ということは“知る”ということを包含する世界なのだそうです。対立関係にある概念ではない、と教えていただいています。
哲学的考察からの実践による自己確立と同時に、五感を超えた世界からの導きを信じることで、「愛」「慈悲」「智慧」「悟り」といった言葉が単なる概念を表す言葉でなく、魂の質量として、実体あるものとして光を放つのではないでしょうか。
感情に振り回されるのは心の実体ではないですし、平静なる心、涅槃寂静の境地から、今世は光明荘厳の法門へと心の修行を進めてくのが、
幸福の科学における学びの醍醐味です。
26
:
AHW
:2005/10/06(木) 02:32:51 ID:wXHI7XT.
【回答】【便乗】
>>13-15
【属性】アンチ
【内容】仏陀思想継承というよりエルカンターレ教
>この考えは、ブッダ以前のインド宗教からあったものだと思います。そのころの宗教では、生き物は死んだらすぐに生まれ変わって、まさに車輪のように輪廻転生していると考えられていたのではないでしょうか。
その通り。仏陀は原始経典によれば、輪廻の主体たる核の存在については無記をつらぬき、kkのような「バラエティに富む霊界(実在界?)と輪廻する永遠の魂こそが真実」という教説はまったくとっていない。
kkの教えの柱は、たくさんの著作にそうあるように「あの世・霊界こそが真実の魂の棲家であり、この世は仮の世だ」という点にある。
これはむしろ、仏教以前のインド宗教に共通していた常識であり主張だろう。仏陀はこれらを否定しさり、カウンターとして独自の修行論と認識論を成立させた。不勉強文化なのかkk経典内箱庭主義なのか知らんが、kk信者はこういうことすら知らない香具師もけっこう多い。
エルカンターレ教といえばちょとはすっきりするのだが、仏教の○○!!ととにかく言うから伝統仏教界から相手にされなくなっちゃった訳だ。
27
:
光の天使
:2005/10/06(木) 07:39:32 ID:jr0XXWts
【前置き】話が複雑に入り組んでしまって、答えにくくなっているので、基本から説明することにします。
【質問】幸福の科学の教義を解かりやすく教えて
①釈迦仏教と幸福の科学の違い
【回答者属性】仏弟子(会員)
【回答】まず、釈迦仏教と幸福の科学の違いについて説明します。
釈迦仏教の特徴は、「この世には様々な苦しみがあるが、その苦しみを和らげ、あるいは解消し、心の安らぎを得るための方法を示している」というところにあります。釈尊は、あの世を否定する立場ではありませんが、あの世の事よりも、まず、この世の人の心を救う事に重点が置かれました。その弊害として、唯物論的解釈をする愚か者を生み出してしまいましたが、釈尊の教えを本当に理解したならば、あの世の存在なくして理論が成り立たないということが判ります。
一方の幸福の科学では、唯物論の弊害を嫌って、まず、あの世があるということを大前提として論を展開しています。
その方法として、まず、【霊言集】の発刊から始め、各霊人の個性をそのまま出し、これをもって、霊的な存在があるということを示しました。
あの世の存在を前提にした上で仏教理論を提示したという点において、同じ仏教理論を使っていながら、微妙に違った印象を与えることになります。
また、苦を【マイナス】とすると、釈迦仏教では、心をコントロールすることによって、【マイナス】を【ゼロ】に、そうして【プラス】に変えていこうとしますが、幸福の科学においては、これに加えて【発展】の教えを追加して、単なる【プラス】ではなく、周りの人をも【プラス】に導いていくほどの大きな力を持とうとする意図があります。
釈迦仏教と幸福の科学では、あの世の存在を前面に出した論を展開しているか否か、より発展していくような方向付けが成されているかどうか、また、個人の幸福に留まらず、社会の幸福(ユートピア)への積極的な働きかけがあるかどうかが違います。
28
:
光の天使
:2005/10/06(木) 13:16:32 ID:jr0XXWts
【質問】幸福の科学の教義を解かりやすく教えて
【テーマ】②他の宗教と幸福の科学の関係
【回答者属性】仏弟子
【内容】
幸福の科学の信仰の対象は主エル・カンターレです。
エル・カンターレは、大乗仏教では、毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ=大仏)として表されている存在とされ、法を統べる仏陀としての存在と、救世主としての存在の両面を持っているとされています。
これはどういうことかというと、根本仏であるということ、人類の親であるということ、いろいろな宗教家の口を通して説かれた(仏法)真理は、このエル・カンターレの法の断片であったということを意味します。つまり、イエスの説いた教えも、釈尊の説いた教えも、天台智顕(てんだいちぎ)の説いた教えも、全てエル・カンターレの法の断片であるということです。
そうして、様々な時代に、様々な地域で説かれた、様々な教えを総括し、伝わり方が不充分であったところを補完すると共に、これらの教えを統合することによって、それぞれが断片であった教えの全体像が示されることとなるわけです。
これをうがった見方をすれば、いろんな宗教の寄せ集め、あるいは、コピー宗教と見えるかもしれません。しかし、発信元はエル・カンターレであったということなのです。
29
:
光の天使
:2005/10/06(木) 14:24:55 ID:jr0XXWts
質問】幸福の科学の教義を解かりやすく教えて
【テーマ】②幸福の科学的【縁起の理法】
【回答者属性】仏弟子
【内容】
仏教理論の中心的考え方として、【縁起の理法】があります。
【縁起の理法】には、【空間縁起】と【時間縁起】があります。
【空間縁起】は、同じ時間を共有するものに対する考え方です。
所謂「縁がある」というものですが、これについては、書籍「神秘の法」等にもあるように、単に、顔を知っている、名前を知っている、その人の書いた書籍を読んだことがある、という場合でも、それなりの縁が付いたということになります。ましてや、付き合いがある、一緒に何かをした、親族であるという場合には、それだけ強い縁があるということになります。これらの縁に対して、どう接するかということが、縁が縁を呼ぶという事に繋がっていきます。
ですから、【時間縁起】的にも大きく影響してくることになります。
【時間縁起】は、時間の経過と共に現れてくる【原因結果の法則】のことです。今現在、このような状況にあるのは、過去に原因があるということであり、また、この状況は未来に起こることの原因にもなってくるという法則を表す言葉です。これを一言で【原因結果の連鎖】と云います。
【原因結果の連鎖】と云うからには、延々と続くということで、ここに、この世で終わらない、「この世とあの世の生活を繰り返す」という転生輪廻(一般では輪廻転生と云う)の思想が関ってきます。
ですから、釈尊が【縁起の理法】を説いた時点で、あの世の存在の肯定が前提となっているわけです。(①で釈尊があの世を否定していないとした根拠)
また、【縁起の理法】は個人にも、社会・国家にも当てはまることから、それらが複雑に絡み合って歴史を織り成している事を認識しておく必要があります。
30
:
光の天使
:2005/10/06(木) 15:40:00 ID:jr0XXWts
【質問】幸福の科学の教義を解かりやすく教えて
【テーマ】④業(カルマ)と人生計画
【回答者属性】仏弟子
【内容】
先の【縁起の理法】を元に、【因果応報】という考え方があります。善因善果、悪因悪果という考え方ですが、私はこの言葉を使う事を善しとしません。何故ならば、善因、悪因の厳密な判断は大変難しく、一見悪因と思えるようなことが、善因を呼び込む誘い水になることもあるからです。所謂「回り道する」ということです。それが悪いことなのか、必要悪なのかという論点もあり、軽はずみに使えないのです。
また、この言葉には、「様を見ろ!罰が当たったのだ!」という念いが出る時に使われるケースが多いので、そういったマイナスな心にならないためにも、普段から使わない方が良いと思います。
その代わりにつかわれるのが、【業】(ごう=かるま)という言葉です。
これは、当会においては、【魂の傾向性】と云っております。
この【業】も、「業な人」「業が溜まっている」と、「過去のマイナス要因」として使われることが多いですが、本来の意味は、善業・悪業をひっくるめた傾向性のことを指します。
【縁起の理法】からいっても、善業は伸ばし、悪業は無くしていくよう努力しなければなりません。
その際、上手く一回の転生の内に全てが完了できれば問題ないのですが、そんな事が出来るのなら誰も苦労しません。当然、やり切れずにこの世の人生を終わることになります。
あの世では、その人の心境に応じた世界で生活するので、問題が露わになり難いのです。また、同じような心境の人ばかりの集団なので、実際問題、理屈は解かっていても、実践による習得ができない状況なのです。そこで、一定期間を置いて地上に降り、いろんな心境の人たちにもまれながら、実践を通して習得していくことになるわけです。
その際に、人生計画を立てるといわれています。当然のことながら、各人によって、習得しなければならない課題は違いますから、それぞれに応じた生活環境がありますし、課題も一つではないので、どのタイミングで課題が提示されるかなど、ある程度の人生計画を立ててから生まれることになります。
つまり、ここでいう人生計画とは、どの様なタイミングで、どの様な環境設定で、どのような課題をクリアするつもりなのかという計画を立てるということなのです。
【業】を【運命】と捉えると、これは罰ゲームの様な考え方になってしまい、改善の余地が無くなってしまいます。それでは、人生は苦しみでしかないのか?ということになり、何のために生まれてくるのか虚しくなってしまいます。
【業】は【宿命】と捉えて、「解決しなければならない課題があるのだ」と考えると、努力次第で如何様にも好転できることになります。
人生計画を立てて生まれるというのは、こうした、【宿命】という考え方が真理なのだということを示しているのです。
余談ですが、あの世には地獄があるといわれています。
あの世に還ると、閻魔大王が居て、過去帳を調べて、悪人と認定した者を地獄に落すとされていますが、本当は、同じような心境の人が集まるのがあの世の世界なので、地獄に落ちる人は、そういう心境だから落ちるのであって、この世の悪業の報いを受けているわけではないのです。ですから、ちゃんと反省の心が起きれば、直ちに地獄から抜け出せるのですが、人間の傾向性はなかなか変われないので、抜け出すのは至難のわざです。ですから、宗教においては、この世にいる内に傾向性の修正をし、心を正しなさいと教えているわけです。
ここまで読めばお解かりかと思いますが、傾向性の修正は、いろんな心境の人がいて、思うようにならない、ある意味最悪の環境であるこの世においてのみ可能なことなのです。
31
:
光の天使
:2005/10/06(木) 15:48:44 ID:jr0XXWts
【上記投稿追記】
以上の理由から、偶然というものは無いと云っておきます。
つまり、「縁起の理法」は偶然性を否定する立場にある真理でもあるのです。
32
:
光の天使
:2005/10/06(木) 16:30:49 ID:jr0XXWts
【質問】幸福の科学の教義を解かりやすく教えて
【テーマ】⑤業(カルマ)と人生計画
【回答者属性】仏弟子
【内容】
>>14
>この世での魂と因果が、あの世にも引き継がれるならば、なぜあの世で悪業の報いを受けなかったのか。前世で人を殺した人間が現世で同じような苦しみを受けるのなら、地獄の意味は何なのか。人生の中でしか、悪業の報いを消化できないのなら、地獄で与える苦しみに何の意味があるのか、あの世とは何をする場所なのか、という疑問です。
@説明したので、ある程度は解かったと思いますが、疑問に沿って答えます。
あの世は、罰を受けるところではなく、いわゆる学校という風にイメージしてください。
優秀な人は優秀なクラス、言葉が悪いですが、落ちこぼれは落ちこぼれのクラスに住み分けが出来ているのです。落ちこぼれのクラスでは、学級崩壊状態で、非常に荒れています。そういう状態が虚しいと感じ、真っ当な人間になろうと反省した人から、もう少しマシなクラスにクラス替えするわけです。つまり、住み分けの問題であって、仏には、罰を与えるという考え方はないのです。もう、自ら苦しみの世界に飛び込んで、散々苦しんだわけですから、責めるわけでもなく、ただ黙って各人が自分の力で這い上がって来るのを待っておられるのです。この忍耐力は物凄く慈悲深い仏ならではのことです。もちろん、天上界には地獄から這い出す者を手助ける天使たちもいます。しかし、最後は本人の反省次第なのです。
では、地獄以外の天上界では、何をしているのかというと、少しでも仏に近づくための真理の学習をしているわけです。地上生活を振り返って反省をし、計画の実行できた事と、出来なかったことを点検して、足りない部分を復習しつつ、今より上の世界に上がるための学習をするのです。
この世は、云ってみれば、進級試験のようなものです。試験問題は、各人それぞれが自分で課題を設定して、ある程度以上クリアすれば、この世に還ってきた時に進級できるわけです。
殆どの人は、前世でクリア出来なかった課題に再挑戦することになるし、新たに課題を作ってしまった場合には、それも加えることになります。
総裁先生の説明では、前世で人を殺した場合、今世でもう一度同じ状況を作って、やっぱり殺したら失格。殺さずに解決できればクリア、というパターンと、殺す側と殺される側で立場を入れ替えてやってみるパターンなど、いろんなシチュエーションの課題を作って、傾向性を修正しようとする試みが成されているということです。
33
:
光の天使
:2005/10/07(金) 06:51:14 ID:0USjJdNM
>>32
【訂正】
>この世に還ってきた時に進級できるわけです。
@この世からあの世に還った時に進級できるわけです。
34
:
エートス_アテンド★
:2005/10/09(日) 01:43:32 ID:dvS9EI5E
【ご挨拶】【便乗】
>>21
日本ソード氏
【属性】一般 (知人に会員)
【内容】初めまして
Y掲示板からのお引っ越し恐れ入ります。属性としましては、日本ソード氏にもっとも近い立場で、ここに参加しているエートスと申します。何の因果か現在、このBBSのサブ管理人もしています。よろしくお願いしますネ。
さて、あなたのご質問への諸氏からの回答、納得いかれてるでしょうか。
>宗教に対して厳密な論理性を求めるようになったように思います。
>なので僕は、あの世のことなどの、僕が把握できない部分に対しては、アンチっぽい質問になってしまうかも
しれません。もちろん真理というものに対しての好奇心も大いにあります。
私自身の立場からも、あなたのこのスタンスはとっても良く理解できますネ。宗教的な真理なるものが果たして
「厳密な論理性」を備えているものなのか、さらに備えるべきなのかは・・・、私にもまだ分かりません。
ただやや不具合な展開になると、これが神秘性なのだーという方向に逃げてしまわれたり、あるいは逆に論理を
詰めて教条主義的なったり、あるいは感情を剥き出しにされたりという傾向が、信者さんにあることはこれまで
対話や観察をしてきて、おおいに感じているところですネ。
35
:
ザぼ〜ん
:ザぼ〜ん
ザぼ〜ん
36
:
ザぼ〜ん
:ザぼ〜ん
ザぼ〜ん
37
:
エートス_アテンド★
:2005/10/09(日) 22:16:14 ID:5IXG1/VE
【物言い】
【属性】サブ管理人
【内容】削除の対象になります
そこの
>>35
と
>>36
のヒロ&ゼロ氏
>>1
と
>>17
を読んでくれたかな。
ここはテンプレ仕様のスレッドなのよ。面倒かもしれないけどQ&Aという性格上、混乱を避けるためで、誰が誰に質問したか回答したかわかんなくなっちゃうでしょ。そのあたりご理解よろしくネ。
それで、こちらとしては、現在のお二人の投稿は削除対象にしてるんだけれども、テンプレ仕様で書き直して頂けるかな。いつ削除するかは決めてないけど警告しときますわ。
38
:
ザぼ〜ん
:ザぼ〜ん
ザぼ〜ん
39
:
ヒロ
:2005/10/09(日) 23:10:21 ID:yY5Npe8M
>>37
サブ管理人エートス氏へ
「申し訳ない!スレに合わないレスを失礼しました。削除をお願いします」
40
:
片山第弐BBSイケイケ共同管理隊(*^o^)/\(^-^)/\(`д`)★
:2005/10/09(日) 23:45:40 ID:HwQvbyQs
【警告】
>>34-39
ヒロ、ゼロ、エートスの諸氏達へ
【属性】Q&Aスレッド主 共同管理者
【内容】レス削除・移動の通知
>>35-39
の諸氏の投稿は、
>ただやや不具合な展開になると、これが神秘性なのだーという方向に逃げてしまわれたり、あるいは逆に論理を詰めて教条主義的なったり、あるいは感情を剥き出しにされたりという傾向が、信者さんにあることはこれまで対話や観察をしてきて、おおいに感じているところですネ。
という上記の、エートス氏→日本ソード氏への【回答】
>>34
中の最終節、感想に反応したやりとりですが、『ネット上での痛い系信者への考察なり評論』は、激しくスレ違いですので、あらためて以下の警告と通知をします。
●
>>34
後半含む
>>35-39
の間のスレ違い投稿は、痛い系を論じるためのスレ「ヒカリモノスレ」に移送します。
●
>>36
>>38
ゼロ氏投稿は、重複内容のため
>>36
側を削除とします。
今回警告されたことは二段階あると理解してください。
(1)Q&Aスレのルール(テンプレ)を故意ともみえるほどに無視した投稿であったこと〔形式〕
(2)内容が完全なスレ違いで他に適切なスレが設けられていること〔内容〕
実験的ですが、第2BBSではいろいろなことを試しています。第2は無法地帯ではありませんから、参加者の皆様にはどうかご協力をお願いします。
41
:
エートス
:2005/10/11(火) 08:48:34 ID:0ULGqIKo
【便乗】
>>26
仏陀思想継承というよりエルカンターレ教
【属性】一般
【内容】というより大乗仏教のバラモン教化?
例えば密儀の門外不出だとか、なんとかファイト!という呪文とかですが、とってもバラモン教っぽいよネ。この最終的な形態が教祖の世襲だろうと思う。バラモン教は世襲制だったからね。
原始仏教から最も離れたところにある後期仏教が密教と言われるわけだが、KK教義の霊人の多様性とは、仏教がヒンズー教の神々を取り入れ、仏や明王に仕立てていったのとよく似ているね。それをヒンズー(バラモン)教を上回る世界に拡大しようとしているのだろう。
エルカンターレは大毘廬遮那であるという記述が「太陽の法」という書籍にあるが、この仏は密教の中で発展したものですネ。仏教がヒンズー(バラモン)教化したものが密教といえるなら、これも整合性があります。
>仏陀は原始経典によれば、輪廻の主体たる核の存在については無記をつらぬき、kkのような「バラエティに富む霊界(実在界?)と輪廻する永遠の魂こそが真実」という教説はまったくとっていない。
『中観』が「一切は空である」という点を堅持していますが、『唯識』は「輪廻の核となりうる実体の存在」についてある程度認めているように思うよ。というか、大乗の仏典『涅槃教』に代表される「一切衆生、悉有仏性」という見地から認めないわけにはいかないんだろうと思う。
著者が法相宗(唯識学派)の僧侶だといわれている『日本霊異記』には輪廻転生の話はよくでてくるが、これは唯識と輪廻転生の親和性を示すものだろうネ。
まあエルカンターレ教は仏教というよりは、大乗仏教の新たなバラモン教化、あるいは密教の拡大化という感じがするね。
42
:
たまご
:2005/10/24(月) 04:06:02 ID:YL6d0gcE
【質問】『神秘主義の影に隠れて蔓延する欺瞞〈AHW氏言)』
は具体的にはどのようなことですか?
【属性】信者
【内容】
雑談スレにて青の青さんからいただいた問いですが、場所を移動してきました。みなさまの考察お願いします。
43
:
中学生です
:2005/10/24(月) 14:59:01 ID:QP18OkAY
【質問】漫画「黄金の法」について
【属性】一般
【内容】著書の冒頭でアカーシャレコードの説明があり、エル・カンターレ(大川隆法氏)は、過去の全ての事柄について分かるはずなのに、過去の偉人の生没年に〜年頃だとか?がついているはなぜですか?
仏陀についても正確な生没年が書かれていないのはなぜですか?
とくに仏陀は、エル・カンターレご自身の魂の一部であるはずです。自分自身のことも忘れてしまったのでしょうか。そして天界から見守る過去の偉人達の高級神霊も自分の生没年に?とか付けられたら、いい気はしないとおもいますが、信者の方々はどう思いますか?
44
:
中学生です
:2005/10/24(月) 17:22:40 ID:QP18OkAY
【質問】漫画「黄金の法」について(2)
【属性】一般
【内容】あらすじの根幹としては、エル・カンターレ(大川隆法氏)が地球創生から現在まで人類を指導し、高級神霊を転生させたり、自らが転生したりして人類を導くというお話だと思います。
まずこれを読んで思ったのが、例えばプロ野球の監督が、味方が不利だからといって、先々のことを考えず代打やリリーフを投入し、成功したり、失敗したりという事が良くありますが、それに似た印象を受けました。
エル・カンターレ(大川隆法氏)は、案外先が見えず、あまり計画性もなく人類を指導しているのでは?と思いましたが、信者の方々は、この点どう思いますか?
次に思ったのが、エル・カンターレ(大川隆法氏)は、現在の地球の状況に関して指導監督責任があるのでは?ということです。エル・カンターレ(大川隆法氏)は、現在の地球および人類の状況について、信者の皆さんにどう説明していますか?
また自らの責任についてどう説明していますか?
45
:
100式
:2005/10/24(月) 22:15:32 ID:4Do6DQYg
【回答】
>>43
漫画「黄金の法」について
【属性】信者
【お答え】
>過去の偉人の生没年に〜年頃だとか?がついているはなぜですか?
あえて正確な年号を記載する必然性がないということだと思います。
私達が学ぶべきものはそこに書かれている歴史観であり、年号ではありませんね。
>天界から見守る過去の偉人達の高級神霊も自分の生没年に?とか付けられたら、いい気はしないとおもいますが
一般に、あの世に帰られた方は、そのようなことには無頓着なようです。
自分の生年・没年などには関心がないので、忘れてしまうようですね。
ああいう書き方で全く失礼にはならないようです。
【回答】
>>44
漫画「黄金の法」について(2)
【属性】信者
【お答え】
>プロ野球の監督が、味方が不利だからといって、先々のことを考えず代打やリリーフを投入し、成功したり、失敗したりという事が良くありますが、それに似た印象を受けました。
試合の勝ち負けを競うのではなく、試合を通じて各選手の成長を望んでおられると、
こう考えられたほうがよろしいかと思います。
勝っても負けてもそこから教訓を掴み取り、進歩・向上していきなさいってことだね。
>案外先が見えず、あまり計画性もなく人類を指導しているのでは?と思いましたが・・・
人は自由を与えられています。
これは一切の束縛がないということです。
また、各人の自主性も尊重しておられます。
このような環境の中で、向上していく人、堕落していく人、
発展する国、滅びる国、いろいろ出てきますね。
さて、失敗の責任は誰にあるのでしょうか?
自由を与えた人ですか?自由を行使した人ですか?
自己責任、つまり行使した本人にあるのが筋ですね。
>現在の地球および人類の状況について、
地球はまだ危機的状況から抜けきっておらず、人類破滅のシナリが消えたわけではないとのことです。
伝統宗教は形骸化し唯物論がはびこっている状況です。新しい仏法真理の普及が望まれます。
>また自らの責任についてどう説明していますか?
地上の人60億人を救うとおっしゃられておりますよ。
自業自得だと放置せずに、大真面目で救済に取り組んでおられます。
46
:
エートス
:2005/10/26(水) 00:26:31 ID:ROSfuhcA
【追加】
>>42
『神秘主義の影に隠れて蔓延する欺瞞』は具体的にはどのようなことですか?
【属性】一般
【内容】ここで質問されている神秘主義の定義は?
いわゆる神秘主義とはかなり広範な概念を含むと思われるので
ここで扱われる神秘主義の定義を伺いたい。というか確認したい。
【回答 私の場合】
私の場合、神秘主義に対する定義は、合理的に説明できないものを肯定するということではなくて、「神と自己の内的な関わりを肯定し、それを知る、あるいは知ろうとすること」と考えています。
ある個人の神秘的体験を分かち合うことは宗教的セクトには往々にしてあることで、その中には神秘体験を持たない人が含まれることもあるでしょう。そうした人たちがある個人からの神秘体験の情報を与えられるわけですネ。
その結果、自らが神秘的世界に参入したと信じ込み、それを拡げようとすることが欺瞞に繋がる可能性は大いにあり、と考えています。
47
:
たまご
:2005/10/26(水) 00:50:07 ID:S52LjnAY
【質問】『神秘主義の影に隠れて蔓延する欺瞞〈AHW氏言)』
は具体的にはどのようなことですか?
【属性】信者
【補足】
神秘主義の定義については、国語辞書に掲載されている通りでよいと思われます。
“欺瞞かどうかの客観性が確保できるか”のほうが問題だと考え直しています。
48
:
エートス_アテンド★
:2005/10/26(水) 00:53:38 ID:ROSfuhcA
【挨拶】【便乗】
>>43-44
【属性】サブ管理人
【内容】いらっしゃいませ
中学生です氏、ようこそいらっしゃいませ。
本家・ザ掲示板から移動でお越し戴いたようで、どーもです。(AHW氏も誘導尽力お疲れさまでした)
ところでHNそのままに、「中学生でいらっしゃる」と受け止めて宜しいのですかね?
>偉人の生没年に〜年頃だとか?がついているはなぜですか?
>仏陀についても正確な生没年が書かれていないのはなぜですか?
100式氏の回答
>>45
は、内部論理の見本のようで外部からはよく要領を得ない説明なんですが、普通に考えればこのアンサーは二通りが考えられますネ。
1)総裁氏には(も)、よくわからない。自信がない。
2)絶対の自信をもって検証もしているが、既存の学説などとズレルこともあるので、いわば謙虚さの表明として表現をぼかしている。
>あまり計画性もなく人類を指導しているのでは?と思いましたが、信者の方々は、この点どう思いますか?
100式の回答では、「けっこう計画は場当たり的でもありいい加減」ということについては否定していませんネ。神の計画は適当でいい、まあどんな環境でも人類が何か学べばオーケーだから気にしないで、ということになるのかな・・・?
>次に思ったのが、エル・カンターレ(大川隆法氏)は、現在の地球の状況に関して指導監督責任があるのでは?
言われる立場ならその責任はあるはずですよネ。しかし適当でいい、何か学べばいいんだと・・。これが信者となって信仰を介すると、うまく接続されるようなんだが・・、そのつながり具合が想像しづらいネ。
>>現在の地球および人類の状況について、
>地球はまだ危機的状況から抜けきっておらず、人類破滅のシナリが消えたわけではない (100式氏)
へー、これにはびっくりしましたよ。どの書籍に書いてありますか?それとも内輪限定情報ですか?
過去ログなどを見る限り、KKが世に向けて大宣伝し続けた世紀末危機予言が外れたことについて、信者さんからは、「KK活動によって回避された」、普通の世界史の延長路線に戻ったようだ、と読めるような苦しい?説明がなされていたようなんですが・・・。単に現象化が遅れているということなんですか?
49
:
100式
:2005/10/26(水) 06:45:01 ID:uz0E6ohQ
【追加】
>>48
【属性】信者
【内容】
>100式氏の回答
>>45
は、内部論理の見本のようで外部からはよく要領を得ない説明
ゴメンナサイ
>普通に考えればこのアンサーは二通りが考えられますネ。
どちらかと言うと2)が正解だと思います。
歴史学上の通説をあえて否定することもないですしね。
歴史のテストならば年号を間違えると大変ですが、
この書籍を理解するためには多少ズレても影響は無いと思いますね。
私が言ったのはそういうことです。
>100式の回答では、「けっこう計画は場当たり的でもありいい加減」ということについては否定していませんネ。神の計画は適当でいい、まあどんな環境でも人類が何か学べばオーケーだから気にしないで、ということになるのかな・・・?
一見失敗に見えるもの、マイナスに見えるものもまた意味があるのです。
逆境を経験して成長する人もいますから、そういう逆境を演出する役目を持った人もいるわけです。
つまり、マイナス面の演出もまた、仏神の計画の一部でありましょう。
「仏神の計画が場当たり的でいい加減」なわけではありません。
>言われる立場ならその責任はあるはずですよネ。
もちろんありますよ。
しかし、一切の束縛が無い自由を与えられているということを忘れてはいけない。
人は操り人形ではありません。自由を行使した責任は行使した本人にあります。
もし間違うことがあっても、必ず悟りを得るチャンスは用意されています。
また、来世やり直すチャンスもあります。
こういったチャンスを多数用意してくださっているのがエル・カンターレなのです。
>しかし適当でいい、何か学べばいいんだと・・。これが信者となって信仰を介すると、うまく接続されるようなんだが・・、そのつながり具合が想像しづらいネ。
そういう生き方もあろうかと思いますので否定はしませんが・・・
そんな考え方、行動では進歩・向上はありませぬ。
>へー、これにはびっくりしましたよ。
そうですかね、今まで言ってなかったですかね。
>それとも内輪限定情報ですか?
そう。
>過去ログなどを見る限り、KKが世に向けて大宣伝し続けた世紀末危機予言が外れたことについて、信者さんからは、「KK活動によって回避された」、普通の世界史の延長路線に戻ったようだ、と読めるような苦しい?説明がなされていたようなんですが・・・。単に現象化が遅れているということなんですか?
とりあえず地球規模での天変地異は回避できたけれども、悪想念を一掃したわけではない。
まだまだ危険水準であるという説明になります。
破滅に至るシナリオは何通りかあるようです。
50
:
中学生です
:2005/10/26(水) 13:06:29 ID:LUcImuxQ
【挨拶】【追加】
>>48
>>49
【属性】一般
【内容】
>>48
ご挨拶ありがとうございました。私は、中3男子です。去年から宗教というものに興味をもちはじめ、宗教関係の本を良く読むようになりました。とくに幸福の科学の本は、漫画化されている物が多く、良く読むのですが、考えながら読めば読むほど、腑に落ちない点や疑問が次々と沸いてきたので、こういう書き込みをさせてもらいました。
まずは基本からということで、今回初歩的な質問から入らせてもらったわけです。残念ながら、いまのところ納得がいく答えが返って来ておりません。
幸福の科学とは、このような基本的な質問にまともに答えられないほど脆弱な理論体系を持った宗教なのでしょうか?
>>49
お答えいただいてありがとうございます。
まず年号の問題ですが、なぜ既存の学説を否定しないのでしょうか。真実の年号を明らかにすることによって、後から学説が正しいものへ変わった時に、エル・カンターレ(大川隆法氏)の正しさが立証できると思いますが、どう思いますか?
またイエス・キリストや聖徳太子の生没年は、既存の学説では諸説有り、?がついてもおかしくないのですが、年号をきっちりと書いてしまっています。こういったところは矛盾していると思いますが、どう思いますか。
51
:
ジョンポール
:2005/10/26(水) 22:55:39 ID:vtXOWcV2
中学生ですさんへ
はじめまして、僕は高3、男子、会員です。僕も中学生のとき幸福の科学の書籍を読むようになったので、勝手に親近感わかしてます。
アーカシャを総裁先生はみることができるのに、なぜ生没年に「?」があったり、なっかたりという質問ですが、確かに全ての人物の本当の生没年を知りたいという思いもあります。ですが、どんな意図があってその高級霊を送り、地上にてその人物は何を考えどんな行動をしたのか、さらにその人物への主エルカンターレの評価はどうだったったかということの方が興味のあることです。また悟りの役に立つ気がします。ちなみに孔子と老子が出会ったエピソードは事実だったということを総裁先生はアーカシャをみて、生年月日を明らかにして確認したという記述もあったと思います。
>エル・カンターレ(大川隆法氏)は、案外先が見えず、あまり計画性>もなく人類を指導しているのでは?と思いましたが、信者の方々は、>この点どう思いますか?
計画性がもっとあったら地球に地獄も悪もなく、ユートピアが実現されているということでしょうか?ですが、100式さんもおっしゃてますが、この世に悪や誘惑がなかったら、魂修行になりません。また、主エルカンタンーレは、現代に唯物論や邪宗などの悪があるということは全く予定してなかったわけではないと思います。仏教に末法という言葉があるのは、仏陀は仏教が曲がり、悪い時代が来るということを予測していたからです。ではなぜ仏陀はそのことを予測しているにもかかわらず、それを防ぐことができないかというと、人間には自由意志があり、また人間は不完全な存在であるからです。
>次に思ったのが、エル・カンターレ(大川隆法氏)は、現在の地球の>状況に関して指導監督責任があるのでは?ということです。エル・カ>ンターレ(大川隆法氏)は、現在の地球および人類の状況について、>信者の皆さんにどう説明していますか?
主エルカンターレを中心とする9次元霊には指導監督責任があるというのはそのとおりだと思います。そのため大川総裁先生は地上で法を説かれ、天上界では高級霊が指導をしてくださっています。
現在の地球の状況については、主が降臨する時代は危機の時代であるとともに、新しい価値観を創造・確立する希望の時代であると説明されています。
>また自らの責任についてどう説明していますか?
仏法僧が一体となって使命を果たさなければならない、と説明しています。
52
:
aitohananika7
:2005/10/26(水) 23:16:55 ID:kSxpzH2.
【回答】
>>43
【属性】信者
【お答え】『黄金の法』について
>過去の偉人の生没年に〜年頃だとか?がついているはなぜですか?
まず、漫画「黄金の法」ではなく、経典『黄金の法』に関してであるとお断りしておきます。
経典『黄金の法』においては、?がついているものはありません。〜年頃という表現もほとんどありません。わずかにシヴァ神やクリシュナなど、数千年前の方々であるぐらいです。
>仏陀についても正確な生没年が書かれていないのはなぜですか?
仏陀の正確な生没年は、旧版『黄金の法』には書かれていましたが、改定版では削除されています。ですから生没年がわからないということでも忘れてしまったということでもありません。なぜ改定版で削除されたのかはわかりませんが、おそらく記述することのプラスよりもマイナスのほうが大きいということではないかと思います。
漫画「黄金の法」に関してはいま手元にありませんのでお答えできません。すいません。〜年頃とか?という表現があるのならば、漫画版ではそこまで詳しい表記は必要がないと編集部で思われたのではないかと思います。もし、もう少し詳しく知りたいと思われるならば、ぜひ経典『黄金の法』をお読みになられることをお勧めいたします。中学3年生ならば、ある程度理解できる年齢だと思いますので。
53
:
エートス
:2005/10/27(木) 00:33:31 ID:m07lt36U
【継続】
>>47
神秘主義の定義
【属性】一般
【確認】国語辞典の神秘主義の定義は?
私が神秘主義の定義にこだわったのは、
A)合理的に説明できないものを肯定するイズム
B)神と自己の内的な関わりを肯定し、それを知る、あるいは知ろうとすること
という神秘主義の解釈によって、その欺瞞の内容がかなり異なるんではないかな、と思われたからです。細かくてすまないのだが、たまご氏の国語辞典からの定義ではどうなるのか、ぜひヨロシク。
54
:
エートス
:2005/10/27(木) 00:45:20 ID:m07lt36U
【追加】【お礼】
>>50
中学生です
【属性】一般
【内容】
>ご挨拶ありがとうございました。私は、中3男子です。
そうでしたか。回答ありがとうございます。この掲示板では最年少記録更新になるんじゃないかと思われますネ!
>去年から宗教というものに興味をもちはじめ、宗教関係の本を良く読むようになりました。とくに幸福の科学の本は、漫画化されている物が多く、良く読むのですが、考えながら読めば読むほど、腑に落ちない点や疑問が次々と沸いてきたので、こういう書き込みをさせてもらいました。
エートスはあなたよりずっとおじさんの年齢ですが、あなたに似た立場で参加しています。この部分はよくわかる。まったく同感ですよ。
まずは基本からということで、今回初歩的な質問から入らせてもらったわけです。残念ながら、いまのところ納得がいく答えが返って来ておりません。
これもそうなんですよね。信者諸氏の回答や、その姿勢、そのクオリティーには、???とまいど落胆させられちゃうことが多いんですが・・・、それがKKという集団の現在の実像の一つだとは受け止めています。ジョンポールさんの回答がもっとも頷ける文章ですかネ。
【警告】
>>51
ジョンポール氏
【属性】共同管理者
【内容】テンプレ遵守をどうぞお願いします
今回のは故意とは思われませんし、真剣な回答なので、一応の警告をさせて戴くだけにとどめますが。どうぞ面倒でも、この「Q&Aスレ」ではテンプレ使用というルールをぜひお守りくださいネ。
55
:
たまご
:2005/10/27(木) 01:14:59 ID:KefLTq7I
【語義についての確認】神秘主義
【属性】信者
>>53
>A)合理的に説明できないものを肯定するイズム
追体験、証明、できない側の神秘主義に対する定義…
>B)神と自己の内的な関わりを肯定し、それを知る、あるいは知ろうとすること
神秘体験が実際に体験、もしくは悟得できる側の神秘主義に対する定義…
のようですね。goo→「神秘主義」(国語辞典)の項で見ての、
>>47
>>神秘主義の定義については、国語辞書に掲載されている通りでよいと思われます。…です。
A)B)ですと、B)のほうに重きがある内容でしたが。
あのページを勝手にここにコピーしてよいかわからないので、単に国語辞書といたしました。能動的立場と受動的立場の定義の違いになるのでしょうか。定義特定できず質問自体成立しにくいかもしれません。
56
:
ジョンポール
:2005/10/27(木) 01:57:36 ID:duWstePs
【回答】
>>54
【属性】信者
【内容】デンプレ遵守
エートスさんごめんなさい。今回は大丈夫でしょうか?
57
:
青の青
:2005/10/27(木) 02:07:18 ID:G8pdfadk
【回答】生没年を表記しない、調査しない理由
【属性】信者
【内容】一般に信じられている年数と違うものを挙げれば、それは偽物の証拠として扱われてしまいます。
そして、真実とは異なる年数を示す「誤った証拠」が出てくる可能性もこの世の中には存在する訳です。
他の信者の方も言っているように、生没年は我々の悟りには関係がない。
ですから、生没年の表記はメリットとリスクを比べたとき、リスクの方が多いように思えるのです。
そして、その調査に時間を費やすのも、生産的な活動とは言えません。
58
:
たまご
:2005/10/27(木) 02:10:40 ID:KefLTq7I
【語義】神秘主義
【属性】信者
【考察】
『神秘の法』[第4章パワーとしてのオカルティズム]から引用いたしますと、神秘主義、神秘思想〈オカルティズム〉のもとオカルトとは、もともと隠されたるものという意味なのです…とされています。
「宗教のなかでも秘儀とされている分野」ひろくは「霊的世界観を肯定する立場」です。前者については、世俗には過去、知ることのない部分なのでしょうが。
ただし、幸福の科学では神秘思想と合理性との融合ということ、神秘とされている世界を知りつつもこの世的な合理性も備えることが大事だとされています。神秘主義に偏り、この世の生活に馴染まないものでもなく、合理性が優先されて宗教性を逸脱することなくとの兼ね合いです。
この辺を過去の宗教が確立し得なかったが故に、神秘とされる世界を、科学的進歩優先のもとに無きものとして扱わねばならなかったのではないかと思われます。
しかし、世俗の中で霊能力のある人がポツポツと出ることで、表面的には触れられないけれども、神秘思想は地下水のようにずっと流れてはいた、というところでしょうか。かつて表だった世界ではなかったために、正しい知識もなく欺瞞が生まれる土壌があったのではないか、という質問の捉え方で考えていたのですが。
59
:
100式
:2005/10/27(木) 21:39:13 ID:PcZuwQWM
【回答】【追加】
>>50
中学生ですさんへ
【属性】信者
【お答え】
まず、「黄金の法」とはどのような書籍なのかと、ここからもう一度お話しておきます。
これは、エル・カンターレの歴史観が述べられたものです。
エル・カンターレが立案したところの、地球的仏法真理の鳥瞰図でもあります。
要するに、高次元霊界から、思想的な歴史を眺めてみるとこんな感じだよということです。
ここで大切なのは、どの時代、どの地域において、どんな人が、どう活躍したか、
こんなところでしょう。
つまり、思想的な流れを見ているのであって、年代は大まかでかまわない。
生年没年は必要ないのだけれども、参考として記載している。
こう考えるとよいでしょう。
こういった書籍は先生の霊能力を駆使して書かれているのだけれども、
伝えたい内容は霊界からの理念であって、霊能力の誇示ではないということです。
こういったところが幸福の科学という教団の特徴です。
現在の地上の状況とエル・カンターレの責任についてもうちょっと言っておきます。
地球人類の創造は約4億年前。
他の惑星から何度かの移住があり、現在の地球系霊団が出来上がっております。
地獄界ができはじめたのが1億3千万年前。
その後、滅びた文明は数知れず。
アトランティスやムー大陸の沈没も伝説ではなく事実であったのです。
我々人類は、この間何度も転生輪廻を繰り返しています。
地上で繰り広げられる様々な歴史というものは、仏神が人類を導いてきた道筋であり、
人類が自由を行使した結果であり、また、それ自体が輪廻のための環境でもあります。
以上のような事柄は漫画版「太陽の法」①〜⑥を参照ください。
必要があれば説明します。
このような広い視点を持つことで、「黄金の法」もより深く理解できるとおもいます。
60
:
AHW_( ; ゚Д゚)_sub管★
:2005/10/28(金) 04:53:39 ID:cyREhf1Y
【挨拶】【回答】
>>43-44
>>50
中学生です氏
【属性】アンチ (共同管理者)
【歓迎】
中学生です氏、片山第二BBSへ来訪乙!!! ようこそですた。
あっちでここにお誘いしたAHWです。「中坊です」の方が漏れは好みなw
【回答】
>幸福の科学とは、このような基本的な質問にまともに答えられないほど脆弱な理論体系を持った宗教なのでしょうか?
まさしく、その通りなんだな。
ネトに常駐するkk信者諸氏ってのは、普通にロークオリティーで
どうみても三流以下ばかりなんで、そのせいも大かもしれんがw
kk理論体系ってのはさ、細かくその展開を検討するほどに、カナーリの脆弱さを露呈する。
つまり「風呂敷が大き過ぎる」ので、破綻するのは必至なのかもしれんが。
まあ理念的なとこに限って言えば、けっこう整合してるとも思われなんだが・・・
で、教祖氏が言及してない部分については、勝手にその構築や補完などできないので、
「この教えは尊い、素晴らしいのだよ」ってな、逸らしまじりの回答やら
「質問の意味自体を否定させる方向」での回答になっていく、という構図だわな・・w
または、「内部限定ではちゃんと説明されてるが、外部には出せないのだ!!」という話になってくるか、だな。
61
:
AHW
:2005/10/28(金) 05:01:08 ID:cyREhf1Y
【追加】
>>60
【属性】アンチ
まあ当初は、仏教用語などをkk流にして勝手に読み替えたり、
造語的に扱ったりして、いわば既存学説などは否定しまくっていたのだが、
仏教学会とかから、いちいちそれを批判されると、本をこそーりと改訂して
そっちに修正したりとかもしてきてるようだ。
ちなみに漫画版ってのは漏れも読んだことがないな。普通に面白いのかね?
62
:
ゼロ
:2005/10/28(金) 21:57:27 ID:HjSR7WLk
【回答】
>>44
漫画「黄金の法」について(2)
【属性】信者
【お答え】
>まずこれを読んで思ったのが、例えばプロ野球の監督が、味方が不利だからといって、先々のことを考えず代打やリリーフを投入し、成功したり、失敗したりという事が良くありますが、それに似た印象を受けました。
金本を信じ切って4試合出しても、結果を出せない場合があります。
監督が動いても動かなくても、散々な結果、というのはあり得る話です!!
先陣を切った我々が結果を残す以外に方策はない、と言えます・・・・・
>エル・カンターレ(大川隆法氏)は、案外先が見えず、あまり計画性もなく人類を指導しているのでは?と思いましたが、信者の方々は、この点どう思いますか?
以前、スタートレックという映画で、衝突が避けられない状況に陥った時に、特殊な能力を持った人間が「重力計数を変えれば衝突は回避できるじゃないか、簡単なことだ!!」と言って、特殊な能力を持たない周囲の人間を唖然とさせるシーンがありました。
核問題にしても、我々に「消滅を誘発できるサイコキネシス」があれば、一夜で解決する問題です。
しかし、神はそういった労力を要しないような能力を、我々、人類に与えることをよしとされませんでした。
能力が高くても、社会で影響力を持つというのは至難のわざです。
総裁が先日のご法話でおっしゃった「運・鈍・根」(運がある・鈍重である・根気がある)が出世の条件である、というのがわかるのは、おそらく、あと20年くらい先のことでしょう・・・・・
>次に思ったのが、エル・カンターレ(大川隆法氏)は、現在の地球の状況に関して指導監督責任があるのでは?ということです。エル・カンターレ(大川隆法氏)は、現在の地球および人類の状況について、信者の皆さんにどう説明していますか?また自らの責任についてどう説明していますか?
個性を持った我々には、ある意味、非常に受け入れがたい話かもしれませんが「神の理想を実現するために、我々、人霊の存在がある」という厳然たる事実をまず理解し受け入れるところから始まります。
時間も空間も個の存在も、その為に与えられてます。
「人霊を創造した責任を最後までちゃんととれ!!」と考えるのは、自然といえば自然な感情ではありますが、自由意思が100%保証されている状況下では、総裁の「念い」ひとつではいかんともしがたい部分というのは現実としてあります。
偉人の生涯もさることながら、周囲の失敗した大人の人生を学ぶというのは、それに匹敵するくらいの価値があります。
常に建設的な方向に思いを向ける習慣をつけると、自分たちがこれから何をなすべきなのか??ということが自ずとわかってくることでしょう。
63
:
エートス
:2005/10/31(月) 02:19:59 ID:VwR5hOVU
【反論】
>>58
卵氏
【属性】一般
【内容】神秘性と合理性は対立概念なのか?
>ただし、幸福の科学では神秘思想と合理性との融合ということ、神秘とされている世界を知りつつもこの世的な合理性も備えることが大事だとされています。神秘主義に偏り、この世の生活に馴染まないものでもなく、合理性が優先されて宗教性を逸脱することなくとの兼ね合いです。
例えば啓示とか先祖崇拝とか、もともと神秘性から始まらない宗教はあり得ないのではないかね。しかも世界を説明する原理を世俗が持たなかった時代には、その説明原理を持つ宗教は合理的ですらあった。だからこそ教義は整備されるのであってネ。
歴史的に神秘主義が表面に浮かび上がった一つの代表的な時代として「ルネサンス」が挙げられるが、このときの神秘主義がご存じのとおりニュートンなどの近代科学の基礎を築いた人々を生み出しました。神秘主義が新たな合理性をもたらした例と言えるでしょう。
しかし皮肉なことに近代科学は、プロテスタンティズムや啓蒙思想の手を借りて神秘主義を殲滅しようとしましたネ。
一方、19世紀のオカルティズムの流行は、近代科学のそうした攻撃的合理性への反動であったろうと思われますが、オカルティズムは心霊主義に片寄っていたために、新たな合理性を生み出すには至りませんでした。要するに「霊は存在する、しない」という唯物論的関心がその流れにおいて支配的であったためネ。
結局、「合理性」というのは人間に備わったある種の普遍な態度であって、「神秘性」とはその合理性に働きかけて新たな「次代の合理性」を生み出すという、何というか触媒のような気がするのですよ。KKもこの歴史的な弁証の観点から必然的に生じてきた一つの宗教運動とは理解できます。
64
:
エートス
:2005/10/31(月) 02:29:15 ID:VwR5hOVU
【追加】
>>63
【属性】一般
【内容】次代の新たな合理性とは
私が漠然とえがく新たな合理性とは「徳」かなと思います。
だから神秘主義の定義にこだわったわけでね。
うまく表現はできないが、ルネサンスと19Cオカルティズムのもたらしたもの違いを認識できるならば、です。信者さんがエルカンターレが至高神であることや、霊的世界があると主張しながら、他者へのヒュブリスな攻撃を行えば行うほど、その態度は、神秘性が生み出す新たな合理性から遠ざかるように思えるし、KKの運動は新たな合理性としてのあらたな「徳」を世に生み出すことはないだろうと思うのですよ。
65
:
青の青
:2005/11/01(火) 02:07:32 ID:WzSuH0mo
【回答いや感想】
>>53
神秘主義の定義
【属性】信者
【内容】神秘は全て
『伝道論』の8章「知ることと信ずること」に、
「信ずるという世界は、もともとすべてであったということです」
という言葉がありまして、信ずるが神秘、知るが合理性と置き換えられるのであればですが、全てであるものを定義付けて、狭くしてしまうのはどうか、という感じがします。
A、B、どちらかではなく、どちらもそうなのでは?
信じる世界、信じるべき世界、神秘の世界が既にあり、それを理解するため、知るために、知の世界、合理性の世界が、ものさしがあるわけですね。
合理性が及ばない世界が神秘と呼ばれていますが、新たな合理性が生み出され、神秘の世界は攻略されていくのでしょう。
合理性の新たなものさしとして「徳」も有るでしょうが、それだけでは無いのではないでしょうか。
類型A、B、なら有るでしょうが、Aだけ、Bだけというものでは無い様に思います。
66
:
たまご
:2005/11/01(火) 23:52:49 ID:zS8d16RY
>>63
【未熟な考察】概念の解釈
【属性】信者
【内容】神秘と合理
宗教においての世界観の説明は、人間の五感を超えたものを内包しているので、「合理的ですらあった」というと、理性知性を超えたものを素直に信じていたという見方が過去に対しては正当だと思います。神秘に始まり、その後教義が整備していく段階は正法・像法・末法で考えますとだいたい正法の中間以降の作業であったと思われます。所謂、弟子たちの仕事で、必ずしも神秘を体験できないがために教義をオリジナルから合理でない部分を削ぎ落としていってしまうために、時代の篩によって神秘→理解できない→無きモノにするという作業が進み末法の時代を迎える、ということの繰り返しでしょう。
本来、宗教の中で神秘性と合理性は内在しているはずです。何故なら、宗教の使命は人の心、魂の救済によって人間がコミュニティとして正しく機能し発展していくための指針の提示であり、人間の日々の営みを離れたものではないはずだからです。
しかし、現代この三次元の世界において(特に日本で)は、宗教は非合理な世界の枠に留まり、表向きに信仰を語れば敬遠されるというのが実状です。
伝統的な宗教であっても神秘に対して必ずしも理解があるわけではありません。神秘を合理に合うように削ぎ落としてきた結果であり、その意味では対立概念として捉えるのは間違いではないと思います。
また、ルネサンスにおける神秘主義の源流は古来エジプトで伝わったヘルメス文書によります。霊界を旅することのできたヘルメスによる魂の不滅を説く神秘思想が、ヨーロッパ暗黒の中世の蔭で伝えられ続け花開いたものだそうです。一部の認識可能な人々によりそれが進歩につながったのは、源流となったヘルメスの個性そのものの顕れだと解釈されます。
神秘への参入には、この世離れした瞑想的生活が必要ですし、合理的な生き方をするためには何らかの仕事に従事し社会生活を営み日々の糧を得なければならず、ここでも神秘と合理は対をなすと考えてよいと思われます。
いずれにしても、神秘・合理ともに善なる目的をもてば真理に到達できるのでしょうが、欲望を動機とした場合にはそこに悪が生じるきっかけとなり、欺瞞へとつながるものと思います。
67
:
中坊です
:2005/11/02(水) 13:29:53 ID:oc2zim/U
【挨拶】【追加】>>60
【属性】一般
【内容】ご挨拶および誘導ありがとうございました。受験勉強が忙しく返事が遅れました。申し訳ありませんでした。漫画版には、原典(活字版)ではわかり難い細かい部分までビジュアル的に書き込まれているので、自分の中ではかなり重要視しています。例えば、エルカンターレの服装などつっこみたくなる部分までビジュアル的によくわかります。
まあエルカンターレの服装などは、服装史など調べてからおいおい質問させてもらいますが、漫画版読むのも、この宗教について考えるうえでは重要だと思います。
AWHさんは、なぜアンチとなったのですか?その理由について、できれば教えてください。
68
:
中坊です
:2005/11/02(水) 18:12:33 ID:oc2zim/U
【質問】エルカンターレの転生について
【属性】一般
【内容】今回のエルカンターレの転生についていろいろと考えてみました。
1.自作自演説
エルカンターレ自ら悪想念である唯物論をマルクスに吹き込むなどして、破滅のシナリオが発生するほど地球の状況を悪くしてから、転生し人類を救い自らの偉大さを人類に知らしめるという説である。
この場合エルカンターレは、二十世紀における社会主義の台頭と終焉にともなう多数の犠牲者を作り出したことになります。
2.故意放置説
唯物論が蔓延し、人類が危機的状況に陥ることが事前に分かっていながら放置し、多数の犠牲者が出ても甘受し、破滅のシナリオが出てきたのでようやく重い腰をあげたという説である。
3.過失放置説
エルカンターレが、たまたま百年ほど居眠りをこくなどしているうちに、唯物論が蔓延し人類が危機的状況に陥り、起きてからびっくりして緊急に転生したという説である。
4.無能力救済説
エルカンターレ自らの能力が足りないため、このような事態に陥り、最終手段として転生せざるをえなかったとする説である。
この場合人類の救済は、はなはだ心もとない気がします。
信者の皆さんは、上記4つのうちどれだと思いますか?
69
:
中坊です
:2005/11/03(木) 16:13:41 ID:eNNWdJfk
【質問】人類の起源について
【属性】一般
【内容】1987年DNA研究からでてきたある仮説が発表された。
現在の人類の祖先は、29〜14万年前にアフリカに住んでいた、あるひとりの女性であったというのだ。このアフリカ女性は、旧約聖書に登場する最初の女性にちなんで「ミトコンドリア・イブ」と名付けられた。
この説は、細胞内のミトコンドリアが持つDNAは、ヒトなど高等生物の場合、母親側からしか遺伝しないことが分かっているので、これを調べることで母方の先祖をたどることができたということである。そしてアフリカ人、アジア人、オーストラリア人、ヨーロッパ人、二ューギニア人からとったミトコンドリアDNAを比較して家系図をつくった結果、アフリカ人から他の人種が枝わかれしていったことがわかったのである。
この説によれば、現在の人類は20万年ほど前にアフリカに出現した新人から枝わかれしていったことになる。
もう既出だと思いますが、この説が発表されてからもう18年経ちました。この間否定されるどころかますますしんぴょう性を帯びてきたと思います。
信者の皆さんは、このような科学の学説についてどう思いますか?またこれが真実であると証明されたら、どうしますか?
70
:
ジョンポール
:2005/11/03(木) 20:14:04 ID:waShg.FQ
【回答】
>>68
【属性】信者
【内容】中坊ですさんへの回答
>信者の皆さんは、上記4つのうちどれだと思いますか?
信者の僕は4つのどれだとも思っていません。あえていうなら、4が近いでしょうか。主エルカンターレが無能力であることは断として認めませんが、主エルカンターレ自身がこの世に出なければならないということは、確かに危機迫る時代であると思うからです。しかしその危機を打破し、新たな時代を建設する、という計画を持って生まれてきたと思います。刹那主義や唯物論、邪宗の跋扈などを恐れたり流されたりするのも、 正しいものは正しい間違いは間違いと異議を唱え自分を律して戦っていくのも個人の自由かもしれませんが、幸福な人間になりたいなら、心もとないなどは思わずに戦っていくのがいいと思います。
68の中坊ですさんの疑問は、一言で言うと「全知全能の神が存在するということと、この世に悪や地獄が存在することは矛盾するのではないか」ということのような気がします。それについては「太陽の法」に詳しく書かれているので、受験が一段落ついてからでも読んでみてはいかがでしょうか。
【回答】
>>69
>信者の皆さんは、このような科学の学説についてどう思いますか?
信者の僕は、いずれ「幸福の科学」が示す人類史は科学の学説によって肯定されていくと思っています。
中坊ですさんの質問は68にしても69にしても、「幸福の科学」や新興宗教に対する疑問というよりも宗教そのものに対する疑問ではないかという気がします。(まぁ宗教そのものに対する疑問に答えられるのは「幸福の科学」くらいだからしょうがない気もしますが)幸福の科学の教えの中には人類史など信じがたいものもあるかもしれませんが、「与える愛」とか「風の如くの愛」「人生は一冊の問題集」とか「転生輪廻」「四正道」とか「中道」など普通に考えていいなぁと思える教えもたくさんあると思うので、自分なりに学んで幸せ感じて豊かな人生いきてください。
71
:
エートス
:2005/11/08(火) 09:03:55 ID:hL7NdO66
【継続】【反問】【苦情】
>>66
卵氏
【属性】一般
【内容】この話題を継続するために
>宗教においての世界観の説明は、人間の五感を超えたものを内包しているので、「合理的ですらあった」というと、理性知性を超えたものを素直に信じていたという見方が過去に対しては正当だと思います。
五感を超えるものを内包しているなど当たり前のことではないか。同じ意味になるとは思うのだが、「信じていた」を「説明原理として受け入れていた」というほうが私には馴染みやすいです。どうして、そうステロタイプに概念を対立させようとするのでしょう。
>神秘に始まり、その後教義が整備していく段階は正法・像法・末法で考えますとだいたい正法の中間以降の作業であったと思われます。所謂、弟子たちの仕事で、必ずしも神秘を体験できないがために教義をオリジナルから合理でない部分を削ぎ落としていってしまうために、時代の篩によって神秘→理解できない→無きモノにするという作業が進み末法の時代を迎える、ということの繰り返しでしょう。
正法・像法・末法という分類は仏教についてのみ当てはまる理屈と思っていたが、このように宗教全般に敷衍して述べられるものなのですか?
また、神秘を体験できないから、その部分を無きものにするという行為が宗教全般に於いて繰り返し行われたなどとは私には思えないのだが、この2点について、できれば例を挙げて説明してもらえないでしょうか。できればキリスト教史など例に引いていただけると私には分かり易いです。
>本来、宗教の中で神秘性と合理性は内在しているはずです。何故なら、宗教の使命は人の心、魂の救済によって人間がコミュニティとして正しく機能し発展していくための指針の提示であり、人間の日々の営みを離れたものではないはずだからです。
宗教が扱う一番大きな問題は「死」ではないのか。あなたが言われたような指針の呈示は、哲学や倫理学というカテゴリーでも行われているのだが。
>神秘を合理に合うように削ぎ落としてきた結果であり、その意味では対立概念として捉えるのは間違いではないと思います。
>神秘への参入には、この世離れした瞑想的生活が必要ですし、合理的な生き方をするためには何らかの仕事に従事し社会生活を営み日々の糧を得なければならず、ここでも神秘と合理は対をなすと考えてよいと思われます。
ここでは理論展開に矛盾が見られますよ。対立概念と対をなすとは全く異なった位置付けですね。
72
:
エートス
:2005/11/08(火) 09:11:57 ID:hL7NdO66
【続き】
>>71
卵氏
>また、ルネサンスにおける神秘主義の源流は古来エジプトで伝わったヘルメス文書によります。霊界を旅することのできたヘルメスによる魂の不滅を説く神秘思想が、ヨーロッパ暗黒の中世の蔭で伝えられ続け花開いたものだそうです。
ルネサンス神秘主義は、フィチーノのヘルメス文書訳に触発されたところが大きいのは確かだが、そのエッセンスとしてルネサンスの人文主義者に取り上げられたのはね。グノーシス的あるいはプロティノス的な思想である「ネオプラトニズム」に関連したものと、後の近代科学の基礎となった「錬金術」に関係したものだった。魂の不滅は、もし記述があるとしてもそれほどの影響を与えていないのではないでしょうか。
なお、2種類のヘルメス文書で、魂の不滅に関連した項目を探してみたのだが、この点からヘルメス文書に言及している研究者の記述は見あたりませんでした。
>いずれにしても、神秘・合理ともに善なる目的をもてば真理に到達できるのでしょうが、欲望を動機とした場合にはそこに悪が生じるきっかけとなり、欺瞞へとつながるものと思います。
これはお分かりかと思うが、合理の世界で善とされることが宗教の世界では善とはならないこともあるでしょうに。その逆も然りで。信者さんがさかんに反論していた脱税問題もその1つでしょ。
ということは、善悪の捉え方がすでに異なるのであってね、そこらが欺瞞の温床になるのではないかというのが私の見解です。
AHW氏が書かれているように、どうも全般的に私の言いたいことをご理解いただいていない上にですね、異なったベクトルで話を展開されているようです。もし、この話題を継続するなら、もとの私の疑問にお答えいただくとともに、理解不足の点を自覚されての新たな投稿をお願いしたいところです。
73
:
エートス
:2005/11/08(火) 09:25:02 ID:hL7NdO66
【継続】【反論】【苦情】青氏
>>65
【属性】一般
【内容】この話題を継続するために
青氏
>『伝道論』の8章「知ることと信ずること」に、
「信ずるという世界は、もともとすべてであったということです」
という言葉がありまして、
なるほど、KK教義から引くとそうなるのか。だが、これは私がすでに書いた「もともと神秘性から始まらない宗教はあり得ないのではないか」ということなんじゃないのか。
>信ずるが神秘、知るが合理性と置き換えられるのであればですが、全てであるものを定義付けて、狭くしてしまうのはどうか、という感じがします。
A、B、どちらかではなく、どちらもそうなのでは?
議論をどう進めようかというのと真理を定義するというのは、違うことでしょ。良く読んでいただければ分かると思うのだが、わたしは神秘主義をどちらかに定義しようなどとは考えていない。
どちらも神秘主義と言える、と思っていますよ。もっと極端に言えば、神秘主義者の数だけ神秘があるとまで思っていますね。
ただ、あまりに漠然として広いので、欺瞞性を考察しようという場合、ある程度カテゴリーがないと会話なり考えが整理しづらいということで、2つに分けようかと卵氏に言ってみたのです。表現を換えれば、形而上的神秘主義と、形而下的神秘主義ということね。
>信じる世界、信じるべき世界、神秘の世界が既にあり、それを理解するため、知るために、知の世界、合理性の世界が、ものさしがあるわけですね。
神秘の世界が即ち不合理だとするならば、それを知るための物差しが合理性ということはありえないのではないのか。それはあなたも以下のように書いているではないですか。
>合理性が及ばない世界が神秘と呼ばれていますが、新たな合理性が生み出され、神秘の世界は攻略されていくのでしょう。
また、合理性は神秘の世界を攻略するためにあるのではないでしょう。神秘の世界を攻略するために新たな合理性が生まれるとは思えない。むしろ逆に合理性のパラダイムを変えるものが、言い換えると、この世界に生きている我々の心に変容をもたらすのが、神秘の世界だと思っています。
>合理性の新たなものさしとして「徳」も有るでしょうが、それだけでは無いのではないでしょうか。
「合理性のものさし」として「徳」を提唱しているのではありません。卵氏の言われる合理性と神秘性の融合は、考え得る限りでは徳性の問題になるのではないかということです。
>類型A、B、なら有るでしょうが、Aだけ、Bだけというものでは無い様に思います。
何で先の私の投稿を読んでこうなるのか・・・。もう一度言いますが、2つに1つなどとは考えていませんよ。どうも私の言いたいことをご理解いただいていないようです。もしこの話題を継続するなら理解不足の点を自覚されての新たな投稿をお願いしますネ。
74
:
青の青
:2005/11/09(水) 01:01:29 ID:VkuOI4eA
【回答】
>>73
【属性】信者
【内容】
>>46
>【回答 私の場合】
>私の場合、神秘主義に対する定義は、合理的に説明できないものを肯定するということではなくて、「神と自己の内的な関わりを肯定し、それを知る、あるいは知ろうとすること」と考えています。
この発言で、「Aではなくて、Bだと考えています。」と言っていますよね?
この印象が強かったものですから、Aを否定しているように思ってしまいました。
>>46
>【内容】ここで質問されている神秘主義の定義は?
>いわゆる神秘主義とはかなり広範な概念を含むと思われるので
>ここで扱われる神秘主義の定義を伺いたい。というか確認したい。
この質問には先ず私が答えるべきでしたね、すみません。
私の意図としては、「広範な概念」のままで良いと思っていました。
質問をした時点では、『神秘主義の影に隠れて蔓延する欺瞞』この意味自体が漠然とした印象で、これを理解したいが故に具体例を求めたのです。
ですから、私の質問自体が「定義を知るため」という意味合いを含んでいたので、答えられなかったのです。
>議論をどう進めようか
私には議論をする意図が無かったのです。具体例から、神秘主義と欺瞞を理解しようと思っていた訳で、エートス氏とまるっきり逆のことを考えていたわけですね。
つまり、具体例を並べてもらえれば、私は満足だったんです。
75
:
青の青
:2005/11/09(水) 03:08:17 ID:VkuOI4eA
【回答】
>>73
【属性】信者
【内容】神秘と合理性と新しい次代の合理性
>神秘の世界が即ち不合理だとするならば、それを知るための物差しが合理性ということはありえないのではないのか。
神秘の世界が不合理というのは、「未だものさしを手にして居ない」という事だと考えます。
現在人類が手にしているものさし、定規、温度計、湿度、震度、音、電磁波、重力、圧力、等々
はたまた、IQ、偏差値、といった物まで、色々ありますが、そういった物では測れ無い、認識出来ない、それが神秘の世界なのでしょう。
そして、未だ測れない物が有ることを認識することで、測ろうとする試みが始まり、「新しい次代の合理性」獲得へと進んで行くのでしょうね。
神秘の正、合理性の反、新しい合理性の合、こうやって弁証法でもって神秘が合理性へと変わっていく、これが攻略と言った物です。表現が悪いですかね?
>「合理性のものさし」として「徳」
合理性というのは、別けられる、順序が付けられる、数値化出来るという物のように思えるのです。定義には当たらないのかもしれませんが。
その意味で、次元論や、セミナーでやっているテストなどが徳を数値化する試み、ものさしだと思えます。
神秘でなく、合理性の定義になってきてしまいましたね。欺瞞の定義も必要かも?
追伸、神秘主義の定義
私の辞書だと、神秘では形而下的で、主義が付くと形而上的に説明していますね。
76
:
青の青
:2005/11/09(水) 04:43:17 ID:VkuOI4eA
【回答】【指摘】
>>68
【属性】信者
【内容】自力の視点が抜けていませんか?
>エル・カンターレの転生について
先ず、その4択は侮辱的な内容ですので、信者が選択出来るようなものでは有りません。
この地上世界は修行の場、人生の問題集に取り組む場です。
それは自力無くして、本人の努力無くしては成されないものです。
しかし、中坊です氏の投稿からは悪いことの責任を全て仏神に求めている態度が窺えます。
自分の不幸は仏神がサボったから、企んだからという考えで居ては、修行など成り立ちません。
幸福になるのは権利では無いのです、義務であるのです。
この世界で人は、人生の問題集を解き、幸福になっていく事が求められているのです。
問題集を解く智慧を得なければならないのです。
智慧を得、悟りを得て仏神へと成長していく事、その為の人生です。
成長こそ望まれているのです、自らの力で力強く生きていけるようになる事を望まれているのです。
仏神は人間を教えよう、導こうとしています。しかしその為には教えるだけの教材というもの、実践する為の環境というものも必要だと言う事も事実です。
人間が自力で解決できる問題は、仏神が代わって解決する訳にはいかないのです。それは人間を甘やかし、堕落させることになるからです。
エル・カンターレが唯物論を吹き込んだ訳でも、名誉欲が有る訳でも、サボって放置した訳でも、居眠りした訳でも、無能である訳でも有りません。
大局的な計画と人間の努力の結果で、現在が有るのだと考えます。
77
:
エートス
:2005/11/11(金) 00:45:49 ID:A.57Gamo
【回答】
>>74
青の青氏
【属性】一般
【内容】具体例その他
>この発言で、「Aではなくて、Bだと考えています。」と言っていますよね?この印象が強かったものですから、Aを否定しているように思ってしまいました。
そうか、そういうことだったのネ。それなら無理もない。私の考えは確かにB寄りだから誤解させてしまって申し訳ないです。
この場合は、卵氏とのQ&Aを進める上で、概念が異なればかみ合わない対話になることが予想されたので、それを避けるための意見表明でした。
>質問をした時点では、『神秘主義の影に隠れて蔓延する欺瞞』この意味自体が漠然とした印象で、これを理解したいが故に具体例を求めたのです。
用語を統一しておきましょうか。まずは、実際に神秘体験をもつ場合は神秘体験者、持たない場合は神秘主義者(神秘イスト)でいいかな。
具体例としては、例えばだが大川氏がエルカンターレという架空のスピリットを創作していたとしたら・・・それは欺瞞ですよね。この場合は神秘体験者による欺瞞として、あなたが前に示した宗教詐欺(神霊治療とか御利益信仰とかに並んでかな? )の一つとなります。
一方、神秘主義者な宗教信者の場合は、その欺瞞は詐欺にはならないよね。なぜなら教祖の神秘体験の真贋は直接には分からないわけだから。
それは、リアルの世界でホンモノ共産主義やホンモノ民主主義を見た人はいないが、それぞれ共産主義、自由主義を信じる人はいるのと同じ状況だと思う。
民主主義を例に出すと、ブッシュが「イラクには民主主義はない」という理由で(ついでに神の声に従ってという理由でも)フセイン政権排除に動いたわけだが、その裏には石油なり軍産複合体の利権も絡んでいたのはかなり明らかな訳で。イズムは一方的な侵攻まで正当化してしまう。これがイズムの怖さだが。
同様のことをあなた方の場合で考えてみると、2チャンネルで時々お目にかかる話などで、御本尊を支部長が勧めて買わせた(下賜させた)のは実はノルマ達成への執念が絡んでいたとかね。こうしたダブルスタンダードがいわゆる主義者による欺瞞であろうかと思うのです。
>私には議論をする意図が無かったのです。具体例から、神秘主義と欺瞞を理解しようと思っていた訳で、エートス氏とまるっきり逆のことを考えていたわけですね。つまり、具体例を並べてもらえれば、私は満足だったんです。
あなたは体験者と主義者を分ける必要がないだろう、というお考えのようにも思えるので、その場合の欺瞞の具体例をできれば呈示していただけますか。こんどは私が満足できないので。
78
:
エートス
:2005/11/11(金) 00:48:42 ID:A.57Gamo
【回答】
>>75
青の青氏
【属性】一般
【内容】合理性の定義って
>そういった物では測れ無い、認識出来ない、それが神秘の世界なのでしょう。
これは激同です。
>そして、未だ測れない物が有ることを認識することで、測ろうとする試みが始まり、「新しい次代の合理性」獲得へと進んで行くのでしょうね。
「測れるものは全て測り、測れないものは測れるように変えて測る。」たしかガリレオでしたねー。
>神秘の正、合理性の反、新しい合理性の合、こうやって弁証法でもって神秘が合理性へと変わっていく、これが攻略と言った物です。表現が悪いですかね?
最初からそう説明してもらえれば良かったよw。まあ合理性を主として神秘性を従とすれば「攻略」でもいいのかな。
>合理性というのは、別けられる、順序が付けられる、数値化出来るという物のように思えるのです。定義には当たらないのかもしれませんが。
いやいや、その定義で結構だと思いますよ。
>はたまた、IQ、偏差値、といった物まで、色々ありますが、そういった物では測れ無い、認識出来ない、それが神秘の世界なのでしょう。その意味で、次元論や、セミナーでやっているテストなどが徳を数値化する試み、ものさしだと思えます。
えー、ここは反問させてもらうが、数値化できない神秘の世界を数値化しようとする試みは意味がないのではないか。ってのは変な意見かね。
例えば、CGで、日本人の標準的な顔の計測値を重ね合わせることによって平均的な日本人の顔を作ることができますね。しかし、実際にはこうした顔は存在しない。実体がない。数値化とはそうしたもので、個々の人間を見ようとしないのですよ。
唯物論の怖さもここにあるのであって、個々の人間の個性を置き去りにしてしまう。神秘体験とは、はなはだしく「個人的な経験」であって、そうした唯物論的な平均化・均質化への警鐘の役割をになっているのではないか、とも思われます。
>追伸、神秘主義の定義 私の辞書だと、神秘では形而下的で、主義が付くと形而上的に説明していますね。
形而下的、つまり経験的。形而上的、つまり合理的。ってことでいいのだろうと思いますよ。歴史的に見て、両者は常に緊張をはらんだ関係にありますしネ。
79
:
青の青
:2005/11/11(金) 23:01:39 ID:yIsCSwYc
【回答】
>>77
エートス氏
【属性】信者
【内容】欺瞞の定義
私の欺瞞の定義は、「奇麗事で己の欲望を隠している」と言うことです。
欲望が先か、奇麗事、理念、理想が先かが、欺瞞かそうでないかを別けます。
極めて精神的、形而上で決定される物ですので、外面的に見分けるのは困難ですね。
いわゆる、神のみぞ知るに、なってしまいますが。
具体例をお借りして説明しますと、
エル・カンターレが創作であった場合。
その理由が出世欲、名誉欲であるならば、それは欺瞞ですね。
しかし、法の永続性を高める為に、創作が必要であった、などの理由が有り、その為の創作であれば、それは欺瞞とは違うものだと考えます。
アメリカ、イラクの戦争にしても、民主主義という理念の為であれば、違うけれども、石油、軍産の利権の為であれば欺瞞ですね。
結局、ブッシュの本心がどちらに有るかです。
御本尊の下賜にしても、お勧めが信仰の為であれば良いけれども、ノルマの為、保身の為であれば欺瞞ですね。
辞書には、人の目を欺きだますこと。ごまかすこと。
と、あります。
何をごまかし隠すかと言えば、欲望、煩悩だということです。
80
:
青の青
:2005/11/12(土) 00:21:12 ID:uXxAfu7M
【回答】
>>78
エートス氏
【属性】信者
【内容】
>数値化できない神秘の世界を数値化しようとする試みは意味がないのではないか。
もちろん、神秘の世界を完璧に数値化出来るはずもないですけれど、しかし、数値化されて居ない物は合理的になっていない、つまり人間にとって理解出来ない事を意味する訳です。
ですから、数値化する試みとは、理解を広げる試み、仏を、仏の世界を理解しようという事なのです。
仏を理解する、仏の世界を理解するという重要な意味が有る訳ですが、合理的になると神秘的な雰囲気、高みみたいなものが感じられなくなるという弊害も有りますね。
完璧な数値化というのは出来るものではないということは、理解して居ないと駄目でしょうね。
完璧だと思うからこそ、科学万能主義、唯物論などが出るのでしょうね。
>形而下的、つまり経験的。形而上的、つまり合理的。ってことでいいのだろうと思いますよ。
なんか違う感じが、全部書いてしまいますね。
形而下:1、形あるもの。物質的なもの。有形。2、感覚器官で知覚できるもの。自然現象など時間・空間のうちに形をとってあらわれるもの。
形而上:1、形をもっていないもの。精神的なもの。2、感覚ではとらえられない無形のもの。精神的・抽象的・哲学的・超経験的なもの。
神秘:人間の知恵では理解できないふしぎなさま。また、そのような現象。
ー主義:直感や瞑想によって神秘的な世界に到達しようとする宗教・哲学上の傾向。また、霊的な存在や神秘性を対象とした文芸上の傾向。
81
:
エートス
:2005/11/13(日) 23:03:15 ID:zDggHlhc
【提案】【移動】
>>79-80
青の青氏
【属性】一般
【内容】スレッドを移りましょう
議論が継続して話題が広がり、元の卵氏【質問】についてのQ&Aにはふさわしくなくなってきているようですので、法論スレッドに移りませんか。
つきましては、「ザKK7」に反論を書いておきますのでそちらで宜しくネ。
82
:
あきら
:2005/11/15(火) 19:18:02 ID:Nl2CYxgQ
【質問】信者さんへ(ゼロさん)
【属性】中立
【内容】挨拶と質問、および待機説法を求む。
ゼロさんおひさしぶりです、サンクチュアリ以来ですね。
幸福の科学って「菩薩」は何人ぐらいいるんですか?
83
:
主管理人の黒田★
:2005/11/15(火) 19:47:54 ID:vUKWZyNU
【物言い】【ちょっと待った!】
>>82
【属性】 管理人
【内容】 質問の曖昧さの修正のために
はしめまして。 あきらさん。 共同管理管理人のメンバー 黒田です。
>幸福の科学って「菩薩」は何人ぐらいいるんですか?
ということですが、「現在幸福の科学で「菩薩」は何人いるか」というふうに解釈してもよろしいかとおもいます。
さて、信者、ゼロさんたちはこの質問に答える前に、これをわたくしからの質問とさせていただきます。
【質問】 菩薩とは何か?
【属性】 管理者
【内容】 菩薩の定義
2chアンチからくどいほど蒸し返される「植福菩薩」との違いも明確にし、KKにおける「菩薩」とは何かをまとめて下さい。
84
:
aitohananika7
:2005/11/15(火) 22:01:01 ID:4xDCfTVs
【回答】
>>83
【属性】信者
【お答え】菩薩の定義
個人の修行の完成が「阿羅漢」の境地であり、「菩薩」は阿羅漢の境涯に達していることが前提であり、利他が主たる関心事項となり、心においては「愛」、行ないにおいては「奉仕」に生きている者が向かう、阿羅漢の一段階上の境地。なぜ「植福阿羅漢」という言い方はされないのに「植福菩薩」という言い方がなされることがあるのか?それは愛と奉仕の精神でなされるものであるからである。いわゆる植福菩薩というのは、あくまでも「菩薩に向けての第一歩」という位置づけであり、それでもって菩薩の心境に達したとか菩薩の世界に還れるということではない。
85
:
あきら
:2005/11/21(月) 19:05:32 ID:tfFx3f/.
【質問】信者さんへ
【属性】中立
【内容】菩薩の定義ではなくて数についての質問
すいません、もう一度お伺いしますが、阿羅漢果に達した6次元以上の菩薩は何人いるんですか?
86
:
あきら
:2005/11/21(月) 19:16:43 ID:tfFx3f/.
【質問】信者さんへ
【属性】中立
【内容】現在、幸福の科学内に菩薩の定義ではなくて数について
菩薩が幸福の科学の信者で菩薩の数は何人いるんですか?
菩薩の定義は、aitohananik7さんが言われた様に、八正道は完成の域に
達していて、難行門が終わり、大乗的救済に入る段階でありますが、一体そんな人は何人いるんですか?植福菩薩は阿羅漢向と六波羅蜜多の布施行をやっている段階でしょう。この人たちはまだ、菩薩ではないですね。この人たちの数は知る必要はありません。
87
:
中坊です
:2005/11/23(水) 14:17:45 ID:UvYJ2DCY
【質問】月刊誌「ザ・リバティ」12月号について
【属性】一般
【内容】小泉首相が靖国神社参拝にこだわるのは東条英機の霊が取り憑いているからだという記事を読み、本当に呆れました。小泉首相が靖国参拝にこだわるのは、首相就任時に自民党内の右翼勢力の支持を取り付けるために掲げた公約の為であることは、中学生の私でさえわかっていることです。幸福の科学の信者の方々はこういう記事をどう思いますか?
またこういう記事が出てくるのは、大川隆法氏が軍国主義=東条英機のような一面的なとらえかたしかできていない証拠とも思いました。いま私の手元には、東条英機について調べるため図書館から借りてきた20冊ほどの本があります。これらの本を読んで感じたことは、軍国主義=東条英機では決してないということと、第二次大戦開始の決断も相当追い込まれたすえの状況であったということです。
信者の皆さんはこういう記事の真偽について調べもせず、鵜呑みにして信じているのでしょうか?
88
:
中坊です
:2005/11/23(水) 15:55:45 ID:UvYJ2DCY
【質問】あきら氏へ
【属性】一般
【内容】あなたは本当に大川隆法氏が歴史の教科書に載ると思っているのですか?
私は現状のままでは宗教史の片隅にさえも載らないと思います。以下にいくつかの理由をあげてみました。
1.教団の規模が小さく社会に与える影響が少ないこと。
2.大川隆法氏の活動が信者以外の人々にほとんど認知されていないこと。
3.講談社フライデー事件の影響などにより、世間一般のイメージが良くない事。
4.幸福の科学という宗教自体がまだまだ認められていないこと。
例えば、先頃西東社より「もう一度学びたい世界の宗教」という本が出ましたが、これには創価学会や生長の家、霊友会などが紹介されていますが、幸福の科学についてはまったく掲載されておりません。世間一般の認知度はこの程度なのです。
89
:
aitohananika7
:2005/11/23(水) 20:38:42 ID:FmjDsKYM
【回答】
>>87
【属性】信者
【お答え】月刊誌「ザ・リバティ」12月号について
>小泉首相が靖国神社参拝にこだわるのは東条英機の霊が取り憑いているからいているからだという記事を読み、本当に呆れました。
靖国神社参拝にこだわっているから東条英機の霊が取り憑いているということであり、あなたの読み取り方が違っていると思われます。
>これらの本を読んで感じたことは、軍国主義=東条英機では決してないということと、第二次大戦開始の決断も相当追い込まれたすえの状況であったということです。
東条英機が軍国主義だったということではなく、東条英機を中国や韓国が毛嫌いしているということです。日本陸海軍の霊たちは軍国主義と思われます。
>信者の皆さんはこういう記事の真偽について調べもせず、鵜呑みにして信じているのでしょうか?
東条英機や靖国参拝の是非等については調べられますが、真偽は調べようがないと思います。鵜呑みにして信じているということではなく、リバティの記事自体は検証可能な内容になっていると思います。
90
:
ジョンポール
:2005/11/23(水) 22:29:29 ID:90wgHMjw
【回答】
>>87
中坊です氏へ
【属性】信者
【内容】東条英機
>またこういう記事が出てくるのは、大川隆法氏が軍国主義=東条英機のような一面的なとらえかたしかできていない証拠とも思いました。いま私の手元には、東条英機について調べるため図書館から借りてきた20冊ほどの本があります。これらの本を読んで感じたことは、軍国主義=東条英機では決してないということと、第二次大戦開始の決断も相当追い込まれたすえの状況であったということです。
確かに必ずしも東条英機=軍国主義ではないと思います。また東条英機は政治家としての器はなかったが、事務能力にたけ、まじめで天皇からの信頼も厚かったといわれています。第二次世界大戦もやむおえず開始したというのも当たっていると思います。この辺の知識は東条英機の本を20冊も読むまでのことはなく、常識として知っている人が多いと思います。最近は「新しい歴史教科書を作る会」や右よりの学者の主張、中・韓の反日デモ等の影響で世論が右に流れているように感じられ、「東条英機はかわいそうだった」と思う人は多いのではないでしょうか。その辺の常識を数千の書を読み解き、400冊もの本を書かれている宗教家が知らないわけがないと思ってます。
「東条英機はかわいそうな政治家」「必ずしも東条英機=軍国主義ではない」とはいえ、東条英機は1942年、侵略戦争の完遂を目的とした翼賛選挙を実施し、日本を全体主義に導いたのは事実です。そして翼賛選挙によって日本のよき時代、大正デモクラシーの象徴であった普選法は廃止されたのです。また東条英機は軍人であり、軍の力で国民を抑えよう、軍を拡張することでさらなる領土がほしい、と思っていたでしょう。日本にとって軍事力は非常に重要なものだと思っていたと思います。当時の政治家はほぼ軍国主義者です。「東条英機=軍国主義」といっても決して間違いではありません。また東条英機は反対意見には耳を塞ぎ、敵対者を招集して激戦地に赴任させることもあったそうです。
以上のことも考えてみてください。全く信じられないことではないと思います。それから靖国参拝ですが、右よりの人の賛同を得るため、とか個人的な信仰など理由はあると思います。しかし、外交問題にまで発展させてしまっては意味がありません。参拝することで得られるメリットとデメリットを比べれば、しないほうがいいです。少なくともあそこまでこだわる必要があるのかどうか。リバティーの記事は全く信じられないものではないと思います。
91
:
青の青
:2005/11/24(木) 17:04:13 ID:tBru.5sU
【回答】【質問】
>>87
中坊です氏
【属性】信者
【お答え】東条型ファシズムと書いて有ります。
記事中に軍国主義という言葉は出ていません。
ファシズムをググったところ、「全体主義的・排外的政治理念、またその政治体制と定義されている。」となっているようです。
@はてなダイアリー、ファシズムとは
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D5%A5%A1%A5%B7%A5%BA%A5%E0
つまり、ファシズムという言葉は軍国主義を直接に指す言葉ではないので、あなたの指摘は的外れです。
何故あなたが記事を読んで、
>大川隆法氏が軍国主義=東条英機のような一面的なとらえかたしかできていない証拠とも思いました。<
と思ったのか、もっと詳しく聞きたい。
軍国主義と靖国参拝はイコールなのですか?
>第二次大戦開始の決断も相当追い込まれたすえの状況であったということです。
これは、映画ノストラダムスに、「日本人排斥運動により衝突は避けられない」というような台詞があったりして、むしろ信者にとっては有名な話です。
92
:
主管理人の黒田★
:2005/11/24(木) 19:46:15 ID:hwwWt/WA
【物言い】【ちょっと待った!】
>>91
【属性】 管理人
【内容】 スレット移動のお願い
>>大川隆法氏が軍国主義=東条英機のような一面的なとらえかたしかできていない証拠とも思いました。<
>と思ったのか、もっと詳しく聞きたい。
>軍国主義と靖国参拝はイコールなのですか?
Q&A形式をはずれてきておりますのでみなさん法論スレへ移動お願いします。
m(_ _)m
93
:
主管理人の黒田★
:2005/11/24(木) 22:09:09 ID:hwwWt/WA
【物言い】【ちょっと待った補足】
>>88
【属性】 管理人
【内容】 中坊です氏、反論の場合スレット移動のお願い
中坊です氏からあきら氏への質問ですが、一般属性が中立者に対して質問する形になっております。
中坊です氏があきら氏に対して、この内容について反論される場合には 【ザ】+☆+KKⅦ+☆ 法論スレ(
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/6228/1119480892/
)へ移動願います。
94
:
ヴァイオラ
:2005/12/04(日) 01:16:14 ID:ol/spfRA
>【質問】信者さんへ(ゼロさん)
【属性】中立
【内容】挨拶と質問、および待機説法を求む。
ゼロさんおひさしぶりです、サンクチュアリ以来ですね。
幸福の科学って「菩薩」は何人ぐらいいるんですか?
@【回答】菩薩について
>>82
【属性】信者
【内容】
天上界を含めた人口が約550億人と云われていますが、その内、菩薩界(7次元)の人口は約2万人と云われています。その内、地上で生活している者がどれ程かは明らかではありませんが、割合からいっても、全世界で220人程度、この時代に集中的に投入したとしても、300人程度ではないかと思われます。国内では、50人程度が限度かもしれませんね。その内、会員でない菩薩もいるでしょうから、集中したとしても、会員で菩薩は20人もいないのではないかと思います。私的推測ですが。
殆どが5次元善人界か六次元神界であると思われます。
布教誌菩薩、植福菩薩等の菩薩信者と云われるものと、この菩薩界の本物の菩薩とは、直接的な関係はありません。
簡単に云えば、夏休みにラジオ体操に参加して、スタンプを押してもらうのと同じようなものです。スタンプラリーみたいなもので、沢山集めていくことに喜びを感じるというゲーム感覚を取り入れたものと理解するべきです。
ただし、こうした努力を継続していくなかに、悟りへの課題や悟りのヒントが隠されているということは、永く実際にやっている人は何となく感じているのではないでしょうか。つまり、植福や伝道の実践を通さずして菩薩になることはなく、菩薩になるためにはこうした実践が欠かせないのも事実です。その程度の関係はあると云えます。
95
:
ヴァイオラ
:2005/12/05(月) 14:13:25 ID:i/Fp9uxw
【追加回答】
>>94
の追加
【属性】信者
【内容】
どうやら教団も菩薩(本物)養成に本腰を入れたようですね。
新たに【修行菩薩】なる制度が導入されました。
詳細は控えますが、長期に渡って修行をして、本物の菩薩を誕生させようと考えておられるようです。阿羅漢レベルの信者は結構沢山いると思われるので、100人単位以上の菩薩が誕生することになるかもしれませんね。
そうなると、菩薩の人数はますます判らなくなります。
96
:
ザぼ〜ん
:ザぼ〜ん
ザぼ〜ん
97
:
<font color=#BA55D3>主管理人の黒田★</font>[TRACKBACK]
:2005/12/06(火) 20:52:59 ID:2ZQo9vwQ
【移送】
>>96
【属性】 管理者
【内容】 管理措置
テンプレなし、一問一答の形式にはずれているため移送。アク禁注意。スレルールを確認されたし。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/6228/1119480892/r614
98
:
中坊です
:2005/12/12(月) 17:53:34 ID:YG/B3I5c
【質問】漫画『太陽の法』について
【属性】アンチに近い一般
【内容】ここで聞きたいのは地獄の誕生についてです。この本では地獄ができたのは、エンリルの失策が原因とされています。しかしエル・カンターレにもいくつかの責任があると思います。以下に挙げてみました。
1.黙認したこと。エンリルの政策についてなんの意見も言うこともせず、やらせるまましたことです。
エル・カンターレはこの政策について先がみえず、わからなかったか、事前に失敗することがわかっていながら、やらせたかどちらかでしょう。もし事前にわかっていたなら、エンリルを陥れたことになります。
2.地獄ができるまで、それを食い止める努力をほとんどしなかったこと。
せいぜい堕落した者どもを裏に封じ込めたことぐらいでしょうか。逆に裏に封じ込めたことが地獄界ができた要因のひとつになっていますが。
3.自らの監督責任を棚に上げ、エンリルひとりに責任をとらせたこと。
これなどは、よくサラリーマン社会であるような管理職の責任のがれといえると思いますが、信者の皆さんはどう思いますか?
地獄ができたことは、明らかにエル・カンターレの失敗であると思いますが、信者の皆さんはどう思いますか?
99
:
ザぼ〜ん
:ザぼ〜ん
ザぼ〜ん
100
:
主管理人の黒田★
:2005/12/12(月) 21:34:58 ID:3Le2WWyw
【移送】
>>99
【属性】 管理者
【内容】 管理措置、管理者裁量
掲示板全体利用規則 第七条〔トラブル回避のための警告〕、第八条 〔精神規定・勧告・奨励等〕に抵触。引用内容が不要か、不適切。
101
:
<font color=#BA55D3>主管理人の黒田★</font>[TRACKBACK]
:2005/12/12(月) 21:59:41 ID:3Le2WWyw
【追加】
>>100
【属性】 管理者
【内容】 管理措置
質問者の属性から質問は不要と思われるが、質問者 ジラン氏は措置が不服である場合には
全体利用規則 第八条 〔精神規定・勧告・奨励等〕 礼節の遵守と品位の涵養を奨励する。これに著しく逸脱するものには管理者が管理上の規制措置をとることができる。
に留意し、法論スレで質問の仕方を改め再度投稿するように。アクキンは保留します。
移送。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/6228/1124483290/r10
102
:
AHW
:2005/12/12(月) 22:27:02 ID:9Nh1h3XI
【ものいい】
>>100-101
【属性】一般アンチ
【内容】漏れがちょと不服
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/6228/1124483290/nt12
えー、ゴミ箱にも上のレスしましたが、
ジラン氏はどうかわからんが漏れが不服ですw
そもさんスレの趣旨から厳密に外れてるとも思われないし、
スレ趣旨に外れないよう、ジラン氏はよく考えて書いている罠。
何もないところで単なる仮定からの質問ならちょと悪質かもしれんが、
質問の動機に至るに十分なソースがあるんだから故意に悪質とは思われん。
内容は噂の告発にもとづいたものなんで不確定事項ではあるがね。
ましてやアク禁するかも警告とか、裁量としても一方的すぎだ罠。
まあ「そもさんスレ」にはそぐわん、ということならゴミ箱移送だけじゃなく、
どこで討議するか検討して示さないと。(ゴミ箱でやるのか、特別一時スレでも作るのか、雑談スレでもいいけどね)
シモネタに関係するから品位にかかわるからダメッ!だけじゃあ
すまない話なんじゃまいか、と思われ。(一参加者としての意見ね)
103
:
主管理人の黒田★
:2005/12/12(月) 22:55:55 ID:3Le2WWyw
【追加】
>>101
【属性】 管理者
【内容】 お詫び、誘導など。
>まあ「そもさんスレ」にはそぐわん、ということならゴミ箱移送だけじゃなく、
どこで討議するか検討して示さないと。(ゴミ箱でやるのか、特別一時スレでも作るのか、雑談スレでもいいけどね)
詳細を欠いておりましたので補足します。
ジラン氏、措置が不服である場合、【ザ】+☆+KKⅦ+☆で議論してください。
104
:
vaiora
:2005/12/17(土) 10:46:57 ID:s5G4k6YI
【意見】
>>98
に関連して
【属性】信者・スレ立て依頼者
【内容】
回答する事自体は難しくはないのだけれど、自分の考えを述べて、信者に対して「どう思うか?」と聞くということは、意見の交換になるので、当然ながら議論への誘導と成りかねません。
質問者と回答者が対等な関係になってしまっていますが、質問者は、教えを請うという形を守るべきだと思います。
というのも、この質問自体が、個人的な価値基準を基にした固定観念で語られているために、質問者でありながら、すでに答えを持っている文章になっているからです。そうなったら、当然の事ながら議論となります。しかも、「どう思うか?」という質問ですから、教えを請うのではなく、意見を聞いているに過ぎないのです。
私は管理者に対しても、こういった点について明確な指針を示してもらいたいと、改善依頼をしましたが、具体的な例として管理者の皆さんはどう判断しますかね。
もし、質問形式にするとすれば、
【地獄の誕生について、エンリルの失策が原因であるとされていますが、
①エンリルだけに責任が嫁せられたのはどういった理由からでしょうか?最高大霊として、エル・カンターレの責任はどうなのでしょうか?
②計画段階で失敗を予測して、未然に失敗を防ぐことは出来なかったのでしょうか?
③失策に対して,地獄誕生までに手は打てなかったのでしょうか?
この点を踏まえて教えてください。】
とすべきではないでしょうか?
もし、
>>98
のままの形式でいくのならば、法論板に書くべきだと思います。
この点を明確にしないと、頻繁に法論板に移動することになり、このスレッド自体の存在意義が見出せなくなりますし、第一、スレッドをまたぐと読みづらいです。
105
:
ヴァイオラ
:2005/12/17(土) 11:12:10 ID:s5G4k6YI
【追記】
>>104
【属性】信者
【内容】
私個人の考えですが、このスレッドの本来の目的に使われていないということと、他のBBSでも有り勝ちな、アンチの煽りに対して信者が引っ掻き回されるパターンにはまってしまわないためにも、今の状態のままでは、信者は発言を控えるべきであろうと思います。
まず結論ありきで信者に挑戦するような形式ならば、他でも散々やられていることです。でも、それは労多くして益無しであるのが、これまで散々証明されてきたことではないでしょうか?
106
:
主管理人の黒田★
:2005/12/17(土) 22:39:33 ID:GsMFQ5uI
>105
【解決】
>>105
【属性】 管理者
【内容】 肯定的意見など。
>信者は発言を控えるべきであろうと思います。
なるほどもっともですね。質問者、信者の回答者ともに礼をもって問いを発し、礼に答えて回答すべし。信者側は絶対問に答える義務はないので、無礼と思えば無視すればよいのです。そこで何かいってやらないと気が済まないとして回答すれば信者の人をみられる。授ける資格があるものに授けるは良き導師の印であります。
ここは片山実験場 傘下の掲示板。 そもさん! せっぱ! 禅の精神を忘れずに。言い合いたいなら法論スレ。
107
:
エートス_アテンド★
:2006/01/13(金) 00:26:34 ID:tXNJl7bI
ここしばらく閑散な「Q&Aそもさんスレッド」でしたが、
本格的な道場破りな問答で、年明けより空前の盛況を見せているY語るトピより、
管理人特集シリーズとして、【ソドム氏 VS KK信者氏 そもさんエッセンス】
を抄記していこうと思います。記録に値する問答と判断しました。
門を打ち叩くは、「弱冠19才、若き宗教家志向アンチ!」「東大理三、理論派アンチ!」「引き篭もりアンチ!」「正攻な教義批判を挑めるKK外の阿羅漢というアンチ」sodomu_to_gomoru氏! 通称ソドゴモ氏 ここではソドム氏。(別ハンには便通の祈り)KKは狸にばかされていると持論を真剣に展開中。
発言量は連日膨大な数に昇るため、網羅はできませんのであしからず。
108
:
ソドムKK問答1
:2006/01/13(金) 00:30:37 ID:tXNJl7bI
【質問】ソドムのKK問答その1
【属性】若き宗教家志向アンチ
心の法則の中の、幸福になる心のあり方を「正しき心の探究心」と呼ぶ。この「正しさ」とは「結局、大宇宙を作っている根本仏の理法に添った心のあり方」(幸福の法P236)
「正しき心の探究心」を具体化したものが「幸福の原理」としての四正道。これが幸福の科学の基本教義(幸福の法P286)この四正道を実践し、伝道して世界に広めるのが会員の使命。
最終目標は「人類は今、エル・カンターレを信ずる事によって、最終にして、最高、最大の救いを得られるのです。」(太陽の法P371)とする世界の信仰をKKのみにする事。
第一章の問題提起
KKの於ける「正しさ」とは「結局、大宇宙を作っている根本仏の理法に添った心のあり方」=「エル・カンターレたる大川の価値判断」であることは論を待たない。
ところで文明とは多様な価値観の衝突と融合により変化発展するのが自然かつ健全とする立場からは、大川の価値観によって固定化された文明にはダイナミズムが失われ、人々は究極的には大川の考える社会の一機能と化し、その人間性、人間としての多様性は切り捨てられるのではないか?
大川の価値観で世界が統一されることが本当に人類の救いなのだろうか?かつてのマルクス主義思想において一価値観を絶対化することが社会の停滞を生み、多くの粛清を生み、人間からやる気を奪い、赤い貴族とその奴隷という前近代的階級社会を「科学的」の名の下に復活させた歴史がある。大川の野望は人類にとって危険なものである。
109
:
ソドム問答1回答
:2006/01/13(金) 00:33:46 ID:tXNJl7bI
【回答】
>>108
ソドムのKK問答その1への回答
【属性】信者(toehkjtkss)
>大宇宙を作っている根本仏の理法
縁起の理法です。それに沿った心の在り方を各自が探求しましょうということです。ですから、『=「エル・カンターレたる大川の価値判断」であることは論を待たない。』としてしまうところには、肉の目でしか捉えていない考え方があると思われます。
>大川の価値観で世界が統一されることが本当に人類の救いなのだろうか?かつてのマルクス主義思想において一価値観を絶対化することが社会の停滞を生み、多くの粛清を生み、人間からやる気を奪い、赤い貴族とその奴隷という前近代的階級社会を「科学的」の名の下に復活させた歴史がある。
>大川の野望は人類にとって危険なものである。
国家民族間の多様な価値観の衝突による様々な不幸が現実にあります。お互いが理解できないからです。多様なる価値を真理価値のもとに体系化し、共通理解に向かう基盤としての真理を説いていただいていると考えます。
一個人の野望にこれだけの人々が共感するものでしょうか。
近隣の独裁国家を引き合いに出されているのでしょうが、そのような体制については、1991年「豊かさとは何か」というご講演会において説法いただいています。経典『発展思考』第一章に集録されています。
110
:
ソドム問答1再質問
:2006/01/13(金) 00:36:50 ID:tXNJl7bI
【再質問】ソドムのKK問答その1の信者回答へのソドムの再質問
【属性】理論派アンチ
貴方はいつもなかなか誠実に答えてくれますね。信仰のバランスも己を見失わずに信仰と一体化しようとする姿勢が感じられ、いいセンスしてると拝察しております。
さて、
>縁起の理法です。それに沿った心の在り方を各自が探求しましょうということです。
と、言うことは「善因善果、悪因悪果」と言う事になりますが「善因」とは大川を信じること「悪因」とは信じないことではないのですか?つまり
>=「エル・カンターレたる大川の価値判断」
を受け入れろという事では?
>肉の目でしか捉えていない考え方があると思われます。
そうですかね?
>国家民族間の多様な価値観の衝突による様々な不幸が現実にあります。お互いが理解できないからです。多様なる価値を真理価値のもとに体系化し、共通理解に向かう基盤としての真理を説いていただいていると考えます。
マルクスの唯物史観の限界はこの「国家民族間の多様な価値観の衝突」を射程に入れきらなかった事にあると言われています。
これらの異文化を受け付けない文化圏が何故「大川教」を受け入れるでしょうか?大川同様、「自分達の価値観が絶対」として他を受け付けない、そこに問題があるのにどうやって「大川教」を受け入れさせるのですか?それこそ衝突しておしまいじゃないですか?
>一個人の野望にこれだけの人々が共感するものでしょうか。
マルクスという1人の頭脳に20世紀の人口の半分が共感したのです。
>近隣の独裁国家を引き合いに出されているのでしょうが、そのような体制については、1991年「豊かさとは何か」というご講演会において説法いただいています。経典『発展思考』第一章に集録されています。
国家形態とは権力形態です。どのような形をとるかに関わらず権力が国家統治の根拠です。
その中心に大川が位置する事に違いはないでしょう。そうなってみないと人間はどうなるか解りません。金一族だって独裁体制を敷くまでは愛国者だったし人民に尽くしてました。
111
:
ソドムのKK問答その2
:2006/01/13(金) 00:41:06 ID:tXNJl7bI
【質問】ソドムのKK問答その2
【属性】引き篭もりアンチ
(愛の原理について)
「愛の原理」とは「奪う愛」から「与える愛」の実践(幸福の法P245)与える愛にも発展段階があり、時に相手の堕落や増長を防ぐため智慧も必要しかし、結論としては「当会の愛の教えが世界に広がるだけでも人類はかなり幸福になると思います。」(幸福の法P261)
この「与える愛」の内容とは「いかにKK教義を相手に受け入れさせるか」であろう。信者にとってKK教義は至宝であり、これを与えること以上の愛はないであろう。
然るに、それを受ける側にしてみれば「押し付け」「ありがた迷惑」になるであろう。そこで「智慧も必要」と言っているのであろうが、結論としては大川思想の敷衍であり、人間の魂の救いなどとは根本的に関係がない。
仏教には「抜苦与楽」という菩薩の慈悲の働きが説かれている。
衆生の悩みを抜き、楽を与えるという文字通りの意味である。これは「与える愛」そのものである。
KKの「与える愛」と「抜苦与楽」との根本的な相違は「相手に押し付けるか」「相手が望むものを与えるか」という相違である。
しかし、真の信仰を目覚めさせるのは果たして「与える愛」であるか「抜苦与楽」であるか。KK会員にその価値判断を問うてみたい。
112
:
ソドム問答その2回答
:2006/01/13(金) 00:43:25 ID:tXNJl7bI
【回答】
>>111
ソドムのKK問答その2への回答
【属性】信者(同)
>この「与える愛」の内容とは「いかにKK教義を相手に受け入れさせるか」であろう。
人を思いやり、その存在を愛し慈しみ、人の個性を善き方向に伸ばす教育という愛の面も含み、更に、許す愛と、生きていく上で直面する人間関係の調整原理としての愛の教えです。
智慧が必要であるのは、よかれと思ってしたことが堕落につながる例に対しての智慧です。優しいだけでは人は野放図になります。
人を真に生かす、家庭でも職場でも、生かすということにおいて愛を発揮せよということであり、それは自分の都合のいいようにではない。
相手の才能を最大限引き出し、かつその人が自己学習能力を身につけられれば、生かす愛が循環していくと考えられます。
>仏教には「という菩薩の慈悲の働きが説かれている。衆生の悩みを抜き、楽を与えるという文字通りの意味である。これは「与える愛」そのものである。
抜苦与楽も与える愛の別の切り口としてすでに解説いただき、実際の活動指針として教えていただきました。実践できているかどうかはまた別途の問題であろうと思われます。
仰有るとおり菩薩の慈悲心にて可能なことではありますが、それぞれの境涯における出来うる限りの愛の実践を心がけています。
その第一歩として教えていただいているのが「感謝の心」です。
>KKの「与える愛」と「抜苦与楽」との根本的な相違は「相手に押し付けるか」「相手が望むものを与えるか」という相違である。
これについては、個々反省要の点だと考えます。熱意のあまり押しつけととられてもしょうがないような伝道は多くの信者がしたことがあると思います。
真理の縁に触れていただく機会を持っていただきたいという願いと、
行動との間にもう少し個々の修行なり努力が必要なのだと思います。
伝道する側の悟りの問題でもあろうかと思います。
113
:
ソドム問答2再質問
:2006/01/13(金) 00:48:23 ID:tXNJl7bI
【再質問】
>>112
ソドムのKK問答その2の信者回答へのソドム再質問
【属性】理論派アンチ
「与える愛を実践せよ」と言った瞬間、それは命令であり押し付けである事は自覚出来てますか?
>真理の縁に触れていただく機会を持っていただきたいという願いと、
>行動との間にもう少し個々の修行なり努力が必要なのだと思います。
>伝道する側の悟りの問題でもあろうかと思います。
伝道とは押し付けること。教化とは引寄せること。
この違いがわかりますか?
努力の方向性が間違ってませんか?
それは4正道を通して感じられます。外へ働きかけることばかりのものがあるように感じます。
114
:
ソドムのKK問答その3
:2006/01/13(金) 00:50:04 ID:tXNJl7bI
【質問】ソドムのKK問答その3
【属性】若き宗教家志向アンチ
(知の原理について)
「知の原理」の内容は「仏法真理の知識を学ぶ」「単に知識として得るだけでなくその知識を悟りの実体験や伝道の実体験、あるいは職場での実体験、生活の実体験などを踏まえて、智慧に変えていく」(幸福の法P263)である。
ようするに学習と経験を積み重ねろという事。これが、「与える愛」を行う上で上手に相手にKK教義を受け入れさせることが出来るぞという事。
これでは単なる布教のテクニックでありやはり人間の魂の救済とは根本的に関係がない。
これに対して仏教の智慧とは次のようなものである。
魂の病があるとする。聖者は智慧を以って次の4つを見抜く。
1、病状
2、病気の原因
3、病気の治療方法
4、病気が治って行くプロセス
これがいわゆる四諦である。仏教では智慧を以って魂の病を癒すものでKKの布教のテクニックとしての「知」とは根本的に異なる。
このようにして「苦を抜き楽を与える」。
さて、衆生を真の信仰を目覚めさせるのは果たしてKKの「知」であるか仏教の「智慧」であるか。KK会員にその価値判断を問うてみたい。
115
:
ソドム問答その3回答
:2006/01/13(金) 00:51:28 ID:tXNJl7bI
【回答】ソドムのKK問答その3への回答
【属性】信者(同)
>ようするに学習と経験を積み重ねろという事。これが、「与える愛」を行う上で上手に相手にKK教義を受け入れさせることが出来るぞという事。
そのような動機、心で伝道してよいとは思えません。それでは単なる自団体主義です。
苦・集・滅・道から八正道への反省の教えは、1992年公開セミナー「仏教的精神とは何か」にて説法いただいています。経典『悟りの挑戦〈上巻〉』第一章集録です。
>さて、衆生を真の信仰を目覚めさせるのは果たしてKKの「知」であるか仏教の「智慧」であるか。KK会員にその価値判断を問うてみたい。
前出『悟りの挑戦(上・下 )』の他、『心の挑戦』『沈黙の仏陀』等、仏教理論に沿った経典があります。まだ読まれていないようでしたら、ご一読くださればと思います。
116
:
ソドム問答その3再質問
:2006/01/13(金) 00:53:36 ID:tXNJl7bI
【再質問】
>>115
ソドムのKK問答その3の信者回答へのソドム再質問
【属性】理論派アンチ
>>ようするに学習と経験を積み重ねろという事。これが、「与える愛」を行う上で上手に相手にKK教義を受け入れさせることが出来るぞという事。
>そのような動機、心で伝道してよいとは思えません。それでは単なる自団体主義です。
しかし、目的は伝道でしょう。事実上、自団体主義ではないですか?
何のための「知の原理」の実践なのか?これに簡潔に答えてください。「伝道」以外の答えがあるのなら。
117
:
ソドムのKK問答その4
:2006/01/13(金) 00:55:11 ID:tXNJl7bI
【質問】ソドムのKK問答その4
【属性】理論派アンチ
(反省の原理について)
「反省の原理」の内容は「正しい仏法真理に照らしてきちんと反省し(中略)修正していくことによって想念帯に記された赤字が黒字ならぬ金色の文字に変わっていくのです」「反省修行をして自分自身を改めていき、それが充分なレベルまで行ったならば、その過去が帳消しになるのです」(幸福の法P272)
要するに自分が撒いた悪因縁の種は反省で帳消しに出来るという事。また、反省をすることで悪霊が取れるという事。
これは極めて都合のよい教義である。「打ってさすれば元通り」の世界である。しかし、具体的な反省修行の実践には触れてないので「反省」のつもりが「落ち込み」に陥る可能性も充分ひめており、さらに、「反省すれば許される」という都合の良さから本当の反省が為されず同じ事を繰り返すというのが実情ではないかと思われる。
何せ「想念帯に記された赤字が黒字ならぬ金色の文字に変わっていく」のを確認する術がないのだから。
また、悪因縁が反省によって帳消しにされる例としてアングリマーラの例が挙げられているが、彼は地獄の苦しみをこの世での迫害の苦しみに軽減されただけで罪が無償で帳消しになったわけではない。(幸福の法P273)
これに対して仏教では「懺悔」というものがある。
懺悔とは自らの罪を悔い改めることであるが、これには明確な体験的記述がある。
即ち懺悔とは己の罪を己で知り「こんな自分でも活かされている」という感謝に変わるという境地である。懺悔とは感謝を生み出す元であり、さらに深く仏法にアクセスする行である。
先ほどのアングリマーラの例で言えば、彼は石つぶてで血だらけになり、托鉢に出ても鉢は空っぽであった。それでも彼は修行を続け懺悔に徹した結果「年若き身にて修行の途にあれどみ旨に添わば世をば照らさん」と過去の罪を修行の力に換えて感謝で心を満たし、遂には悟りを得たのである。
さて、衆生を真の信仰を目覚めさせ、幸せに導くのはKKの「消しゴムみたいに罪が消える反省」なのか「罪を前進の力に換える懺悔の力」なのかKK会員にその価値判断を問うてみたい。
118
:
ソドム問答その4回答
:2006/01/13(金) 00:57:01 ID:tXNJl7bI
【回答】
>>117
ソドムのKK問答その4への回答
【属性】信者(同)
>さて、衆生を真の信仰を目覚めさせ、幸せに導くのはKKの「消しゴムみたいに罪が消える反省」なのか「罪を前進の力に換える懺悔の力」なのかKK会員にその価値判断を問うてみたい。
との結びですが、反省法としては八正道に沿ってというのが基本です。
また自分を責めるのが反省ではありませんし、個々の傾向として、自分を責めて反省したつもりになってしまうことの間違いは、繰り返し繰り返し教えていただいています。
真なる反省は罪の悔悟、懺悔に留まるのでなく、仏性の発見とその磨きにまで到ることと理解しています。
アングリマーラについては、1996年ご説法「敵は自分の内にあり」『大悟の法』第一章をご参照くださればありがたいです。信解脱から慧解脱への解説、欲望に振り回される心を統御することについて、アングリマーラを例に解説いただいています。
119
:
ソドム問答その4再質問
:2006/01/13(金) 00:58:45 ID:tXNJl7bI
【再質問】
>>118
ソドムのKK問答その4の信者回答へのソドムの再質問
【属性】理論派アンチ
>反省法としては八正道に沿ってというのが基本です。
八正道は「正しく〜する」というもので、その「正しく」の中身は直接かかれて居ません。従って、大川教では「総裁の言葉に照らして」の反省という形をとることが八正道に沿っての反省と言う事になりましょう。
>真なる反省は罪の悔悟、懺悔に留まるのでなく、仏性の発見とその磨きにまで到ることと理解しています。
この一見美しい言葉の内容は「大川への帰依を深める」という事でしょう?
「こんな自分も大川によって活かされている、故にもっと大川に沿わなくては」という内容ならば、それは己を盲にして大川に染まることであり、個性、人間性の抹殺である事に気がついて欲しいものです。
>信解脱から慧解脱への解説、欲望に振り回される心を統御することについて、アングリマーラを例に解説いただいています。
このような事こそ、祈りの実践という体験で身につけるもので人から話を聞いて身につくものではありません。
120
:
ソドムのKK問答その5
:2006/01/13(金) 01:01:03 ID:tXNJl7bI
【質問】ソドムのKK問答その5
【属性】理論派アンチ
(発展の原理について)
「発展の原理」の内容は「よい念いも悪い念いも実現してくる」(幸福の法P208)で、「この世とあの世を貫く幸福」を(幸福の法P282)というものである。
そこには「真理を学ぶ人たちに成功してほしい」というキーワードがあります。願望型で「ほしい」となっているので「原理」などとは呼べないが一応取り上げる。
(幸福の法P284)には大川の願いが次のように語られている。
「在家の信者には、この世の仕事において、執着したり人を苦しめたりすることなく発展、繁栄をし、それがまた、伝道の新しい力となるようになっていただきたいのです」
ここで語られてるのは要するに願望であり、大川教を世界へひろめて欲しいというだけのことです。
ここから「太陽の時代」という自らの願望を語りだし「何億、何十億の人々が、大きな流れにおいて間違いを犯さないようにするために必要な、根本的なるもの、それが信仰なのです」と言っている(幸福の法P292)。
一体地球上の56億の人間の内、信仰を持たない人間がどれ位すくないかを無視し、自分いう「信仰」だけが真実だと言わんばかりである。イスラム教徒の原理主義と本質的には変わらない。他宗教は認めないのである。
それはともかく「この発展の原理」に似たものに仏教では「祈念」と言うものがある。「念ずれば花開く」と言う言葉に象徴されるように、仏教では人が持つ念と神仏との融合による偉大な力に注目してきた側面がある。
即ち念いを実現させるための法というのは結構ある。しかし、これらは世俗的な成功の為に使われる事が中心ではなく「浄菩提心」と言って信心を清めるために修する法である。
仏教では世俗的、外的なものよりも人間の内的な魂などに重点を置く。従って、魂を曇らす煩悩業苦、悪霊等を浄化するのに「祈念」を用いることがある。これによって信心を高め、結果として物理的な面でも恵まれていくというプロセスをとる。
さて、衆生を真の信仰を目覚めさせ、幸せに導くのはKKの「念は実現する(して欲しい)」というものなのか「念そのものを浄化して物心ともに豊かさを実現する」ものなのかKK会員にその価値判断を問うてみたい。
121
:
ソドム問答その5への回答
:2006/01/13(金) 01:02:43 ID:tXNJl7bI
【回答】ソドムのKK問答その5への回答
【属性】信者(同)
>一体地球上の56億の人間の内、信仰を持たない人間がどれ位すくないかを無視し、自分いう「信仰」だけが真実だと言わんばかりである。イスラム教徒の原理主義と本質的には変わらない。他宗教は認めないのである
どこに認めないと書いてあるのですか。
>さて、衆生を真の信仰を目覚めさせ、幸せに導くのはKKの「念は実現する(して欲しい)」というものなのか「念そのものを浄化して物心ともに豊かさを実現する」ものなのかKK会員にその価値判断を問うてみたい。
後者です。
122
:
ソドム問答その5回答への再質問
:2006/01/13(金) 01:04:03 ID:tXNJl7bI
【再質問】ソドムのKK問答その5の信者回答へのソドム再質問
【属性】若き宗教家志向アンチ
>どこに認めないと書いてあるのですか。
他のレスでも書いてますが、他宗を邪教と断じるのはKKと学会くらいなんですよね。その事実はご存知ですか?他宗を邪教と断じるという事は自分達が正しいという事であり、それは自分達の価値観に合致しないものを「認めない」という発想に理論必然的に結びつきますね。
>>さて、衆生を真の信仰を目覚めさせ、幸せに導くのはKKの「念は実現する(して欲しい)」というものなのか「念そのものを浄化して物心ともに豊かさを実現する」ものなのかKK会員にその価値判断を問うてみたい。
>後者です。
「念そのものを浄化して物心ともに豊かさを実現する」とはKKの書物にはなかったようですが私がいう事が正しく、KKの教義は形にとらわれた間違ったものであると理解して構わないという事ですね?
123
:
ザぼ〜ん
:ザぼ〜ん
ザぼ〜ん
124
:
484
◆MSn1wP2Fug
:2006/08/09(水) 14:18:03 ID:0gYffDtk
【質問】「エル・カンターレ・ファイト」って何ですか?
【属性】アンチ寄り一般人
【内容】質問なので初めてageます
以前から各所で見かける「エル・カンターレ・ファイト」という単語ですが、
これは具体的にどういった活動なのでしょうか?
失礼ながらネーミングが面白過ぎて、ずっと心の片隅に引っ掛かっていました
回答頂ければ幸いです
125
:
RANDY
:2006/08/10(木) 20:11:57 ID:az2qxb9.
【回答】
>>124
「エル・カンターレ・ファイト」って何ですか?
【属性】退会者(アンチ寄り)
【お答え】
484氏、はじめまして。
それは簡単にいえば、仮面ライダーとかの変身ポーズのように腕を動かしつつ、エルカンターレと声を出すわけです。そうすると悪霊、悪魔を退散させる光のビームが放出されるとされてます。
もう一寸詳細に説明すると、まず起立し、両足を少し開き、左腕は腰に手を当てます。次は、
①「ライト!」と叫びつつ、右手を頭上から下方に振り下ろします。
②「クロス!」と叫びつつ、右手を左から右に振ります。(つまり十字を描くわけです)
③①②を繰り返します。
④「エル!」と叫び、右手を頭上から左下方に振り下ろし、右斜め上に勢い欲跳ね上げます。「L」の字を書く感じです。
⑤「カン!」と叫び、右斜め上に跳ね上げた右手を左側に移動させます。
⑥「タァー!」と叫び、右手を右下に粘ったように動かします。
⑦「レッ!」ここで右手を勢いよく、頭上に戻します。
(つまり④〜⑦では、掛け声に併せて、ダビデの星の印みたいなものを描くわけです)
⑧最後は、「ファイト!!」といいつつ、右手を自分の胸から前の方に突き出します。この時、正心宝(ペンダント)から光のビームが放射されます。
言い訳になるかもしれませんが、私はkkから離れて月日が経つもので多少思い違いがあるかもしれませんが、その辺ご了承くださいね。多分、信者の人たちは、スルーするだろうと思ったんで、私が書いちゃいました。
余談ながら、この秘伝が伝授された際、私の支部では会員らが並んで、声を合わせて演習したりしたものです。もちろん苦笑している会員も混じってました。またこれとは別に、エルカンターレ・ヒーリングというものもあります。これについては、私はもう覚えませんでしたので、質問されても一寸答えられないですね。
126
:
IAOO.KK
◆ZKLVh/2jGY
:2006/08/11(金) 03:18:19 ID:1phkIS6.
【追加】【便乗】
>>125
【属性】 退会者
【内容】
信者さんは答えないでしょう。大切な修法ですから、そのへんは配慮してあげてください。
信仰心が強いと目の前で隕石が真っ二つに割れることもあるそうです。これは総裁の直々の言葉です。
でも、エル・カンターレ・ファイトやってるより安全なところまで逃げたほうがいいかもしれません。
私には無理とおもいました。天変地異も考慮にいれられていたんですね。
127
:
RANDY
:2006/08/12(土) 08:39:11 ID:xdteYdL.
【追加】
>>126
【属性】退会者(アンチ寄り)
【内容】
この修法、一般人参加OKの講演会とかで伝授された記憶があったので、大丈夫だろうと考え、記述しました。でも仰る通り、信者さんらからしたら不愉快かもしれません。今後はもっと配慮しますね。
128
:
484
◆MSn1wP2Fug
:2006/08/23(水) 02:25:58 ID:ExHLtU/c
【お礼】エル・カンターレ・ファイトについて
【属性】アンチ寄り一般人
【内容】
早々にお答え頂いたのに、レスが遅くなりまして申し訳ありません
あ…何だか聞いてはいけない事を質問してしまったようですね…_| ̄|○
これが一般人クオリティの最高峰ですw
>>125
>>127
RANDYさん
詳細まで詳しく有難うございました!
「ファイト」と付くので、私はてっきり勧誘関連のものかと思い込んでいたのですが、
実は秘儀だったんですね…びっくりでした
言葉には出さなかったのですが、モニターを見ながら一連の動作をマネしていたら、
同居人に「何やってるの?」と見られてしまい、
思わず「うん…ネット体操…」と答えてしまいましたw
>>126
IAOO.KKさん
これは、信者さんは絶対に答えないですね…
むしろ私みたいな一般人が知ってしまっていいものかとw
でも、おっしゃる通り、大変な事が起きたら、安全な所まで逃げます!
お二方、本当にどうも有難うございました、スッキリしました☆
129
:
484
◆MSn1wP2Fug
:2006/08/26(土) 07:14:59 ID:BPSzsf4E
【追加】【お詫び】エル・カンターレ・ファイトについて
【属性】アンチ寄り一般人
【内容】
前回、お礼の意味を含めてageてしまいましたが、
「エル・カンターレ・ファイト」の内容的にageちゃマズかったな…とずっと思っていました
数日の間に下がっていて良かったです、本当に申し訳ありませんでしたm(_ _)m
130
:
ありす
:2006/11/26(日) 19:52:32 ID:X2hXAJuA
[感謝] 484 ◆MSn1wP2Fug
[属性]一応信者〜♪
〔内容〕
質問してもいいんじゃないかな?
知らないんだもん。教えてくださってうれしいわ。
私、一応信者だけど、勉強になったわ。ありがとう〜♪
この修法を極めたらお山ぷっつんできるんだ〜♪
そういえば、映画「永遠の法」で
ごっといーぐるのおいちゃんと天使軍団が
えるかんたーれ・ふぁいとをしてお山どっかんしていたわ(笑)
131
:
エートス
:2006/12/03(日) 23:46:51 ID:6.CV8Yvk
【便乗】Y語るトピ
>>17175
【属性】 一般人
【内容】2003年2月以前から組織的に「自殺反対キャンペーン」をやっていたか。
ぜひ教えていただきたい。
takofuji氏のYでの信者さんへの質問ですが、わたしも知りたいのでよろしく。
132
:
100式
:2006/12/08(金) 22:58:11 ID:cDYudXYU
【回答】
>>131
エートス氏
【属性】信者
【お答え】
公式HPでは2003年からとありますね。
さて、KKにおける自殺者を減らそうキャンペーンですが、
主に「ザ・リバティ誌」で展開しています。
最初の特集は2003年3月号。発売は1月末ですね。
この特集のために約1万人のアンケートを取っているんですが、
おそらく前年より実施していたものと思われます。
この前年のアンケートから
「自殺者を減らそうキャンペーン」
は始まったと、考えてよいでしょう。
さっぱり覚えていません。
そういう資料がある
133
:
100式
:2006/12/08(金) 22:59:53 ID:cDYudXYU
>>132
最後の2行は削除ねw
実際、さっぱり覚えてなかったんでww
資料があってよかった。
134
:
僧
:2007/03/02(金) 00:18:53 ID:9an4bFpE
幸福の科学信者の「僧」と申します。
質問以来かなりの時間を経過してからの回答で恐縮ですが、私なりのお答えをさせていただきたいと思います。
私たち幸福の科学の会員は「価値観」を学んでいるというよりも、「固定化」することも「非固定化」することもない「真理そのもの」を悟らんとしているのです。すなわち全ての隠れたる真実を照射する仏の悟りを。そして、その為に「仏法真理」に基づき、多くの学び、多くの愛の奉仕、深く謙虚なる反省などを通して「光の源」を探求するのです。また、各文明の価値観の異同について申すならば、そのようなものは当然、真実が究明されるにしたがって収束してゆきます。地動説が真実と認められたことによって、かつてのガリレイと教皇庁との間の意見の対立は解消されました。やがて後世には神秘的存在も科学され、真実が明らかになってゆくのです。しかしそれは決して仏の尊厳が科学力によって剥奪されるということではなく、信仰心に先立つ科学的態度が、悟りの力をもって真実を明らかにし、全地球的文明を築く時代を到来させるということです。そして未来人たちは、はるかに高度な精神性と科学力を有した宇宙時代の文明交流を実現させ、そこにはわれわれが想像できないほどの文明のダイナミズムが展開されることでしょう。
135
:
僧
:2007/03/02(金) 00:27:27 ID:9an4bFpE
かなり古い質問に対する回答でありました。
すでに話題の中心は推移していますので、スルーして下さって結構です。
稚拙ながら、私の感想まで。 拝
136
:
エートス_アテンド★
:2007/03/03(土) 04:57:28 ID:BoqNcYNg
【質問】僧と名乗る方に価値判断についてお聞きしたい
【属性】一般人
【内容】以前100式氏に質問して答えを頂いていない以下の件に付いて
初めましてサブ管理人のエートスです。
ご来訪ありがとう。それで小言を言って申し訳ないのですが、スレッドルールなので次回からは【テンプレ使用】して戴けたらありがたく思います。
さてあなたの回答中に次の記述がありましたので質問させていただきます。
>私たち幸福の科学の会員は「価値観」を学んでいるというよりも、「固定化」することも「非固定化」することもない「真理そのもの」を悟らんとしているのです。
会員である100式氏は「仏神の属性は善で、規範は仏神からきている」とされています。この立場は価値観の固定化と考えられます。
これに対してわたしは「善悪の価値判断は人の意識に属するものであり、それにより諸々の規範は価値中立ではあるのだがTPOにより善悪の両面を持つ」と考えています。
これは非固定化の立場だと思っています。
あなたは「真理そのものという悟りがある」ように書かれていますが、価値判断、あるいは善悪にからめて「真理そのもの」がわかるようにすこしご説明していただけないでしょうか。
唐突で申し訳ないのですが、いつまでもサスペンドされている問題で気になっているので。「ザ・法論スレッド」の397を見ていただけると参考になると思います。
137
:
僧
:2007/03/06(火) 01:50:18 ID:Hpy1NZwE
【回答】136
【属性】信者
【前説】先に私の前言134について少し説明させてください
エートスさん。はじめまして。幸福の科学信者の「僧」と申します。よろしくお願い致します。【テンプレ使用】の件、大変失礼致しました。以後気をつけますので、どうぞお許し下さい。
はじめに、私が唐突に書き込みいたしました134について申し上げます。この文章はかつてのソドム氏の108「ソドムkk問答1」に対する、私なりの回答でした。この問答には既に他の信者さんが立派にお答えなさっているのに、いまさら私が答えを述べるのも蛇足ではないかと思いましたが、信者側からの回答が多ければ、より全体像がつかみやすいのではないかと考え、お答えさせていただきました。
まず私が申し上げました“「固定化」することも「非固定化」することもない”という発言についてご説明いたします。この文は「問答1」にあった「大川(総裁)の価値観によって固定化」という言葉に対して発したものであります。私はソドム氏の言う「固定化」に対して「固定化」ではないと否定し、同時に「非固定化」と結論するのも違うと言いたかったのです。仏の悟りは融通無碍であり、「法(仏法真理)」の観点から真実を明らかにし、各「文明」を収束することができます。つまり真実が明らかになることによって「法」による秩序が復活し、文明間の対立、争いを解決することができるということを申し上げたのです。
次に、“「真理そのもの」を悟らんとしている”についてですが、私自身「真理そのもの」を悟っているわけではなく、「真理そのもの」を提示することは出来ません。私は「真理」とは探究するものであり、「真理探究」の過程にて副次的に「悟り」を高めていくプロセスなのだと考えています。そして「真理探究」の普遍的メソッドこそ「四正道」や「正しき心の探求」であり、それこそがすべての人が「真理」へ向かって正しく歩むことが出来る「大道」であると申し上げたかったわけであります。
【お答え】「善悪の価値判断は人の意識に属するものであり、それにより諸々の規範は価値中立ではあるのだがTPOにより善悪の両面を持つ」について
わたしは百式さんとエートスさんの議論の流れの全体像がつかめていませんので、的確にできる自信はありませんが答えさせて頂きます。
まず“善悪の価値判断は人の意識に属する”についてですが、私は人の意識には「法則性」が働いていると思います。人間が死後どの次元に還り、どういうあり方をするかを決定する「原理」があるということです。そして当会の書籍で様々な著名人の霊界における境涯について学び、堕地獄した方の世間一般の評価との乖離などを見るにつけ、何か奥深いものを感じずにはおれません。それぞれの方達は生前自らの価値判断に則って生き、その結果天国地獄各次元世界に振り分けられたわけですから、法則性の存在は否めないと思います。
つぎに“諸々の規範は価値中立ではあるのだがTPOにより善悪の両面を持つ”というお考えについてですが、大川隆法総裁も「『人・時・所』の三つの視点から他人との衝突が起き、妨害や不愉快、迷惑などを惹起して、そこに悪が生じます。」と言われています。それと同時に、「これはあくまでもこの世的な説明に限った善悪である、という面はいなめないかもしれません。」とも仰っています。結局神の属性としての「善」と、たとえば交通ルールを遵守するといった「善」では文字は等しくても「理念」としては違うものなのではないかと思われます。
【追伸】
わたしには仕事能力と時間の両方が不足しており、お返事が遅れることがありますのでご了承下さいませ。
138
:
僧
:2007/03/06(火) 01:57:14 ID:Hpy1NZwE
前項、改行が不適切で見苦しくなりました。お詫び申し上げます。
139
:
エートス
:2007/03/07(水) 00:09:29 ID:MtanZhaQ
【質問】【継続】
>>137
【属性】 一般人
【内容】 規範の源泉について継続
僧氏、御丁寧なお答えをありがとうございます。
かなり抽象的な話なのでもう少し当方の理解が進むまで質問させて下さい。
>“「真理そのもの」を悟らんとしている”についてですが、私自身「真理そのもの」を悟っているわけではなく、「真理そのもの」を提示することは出来ません。
「エルカンターレは地球の最高位に位置する神であり_人類の生みの親である」というのは信者さんにとっては「真理そのもの」だと思うのですが_これを探究することが悟りを高めることにつながる_とすれば、信仰の形態として「エルカンターレは本当に至高神なのだろうか?」というのもあり得るということですか?
これを信者さんは「疑」といってひどく嫌っているようなんですが。
>それこそがすべての人が「真理」へ向かって正しく歩むことが出来る「大道」であると申し上げたかったわけであります。
それがどんなものであろうと、少なくとも真理に向かうのを「よし」とすることはできますネ。
しかし、真理へと向かって歩む道に「正しい」「正しくない」があるとすればそこにはすでに人間意識の価値判断が入り込んでいるように思えますが。
>結局神の属性としての「善」と、たとえば交通ルールを遵守するといった「善」では文字は等しくても「理念」としては違うものなのではないかと思われます。
わたしは規範そのものが価値中立説なので、逆説的ですが、それを教える時には「ダメなものはダメ」というように理屈抜きでなければ無理だろうと思っています。
「殺してはいけない」といっても特定の社会環境では殺人行為が肯定されたり認められていることもありますから理由を持ち出したらきりがない。
もちろん規範を示す方にも示す責任は伴います。それが大人の責務でしょうね。
神の属性としての「善」と書かれていますが、「真理そのものを提示することはできない」というあなたの立場からだと、これも断言はできないわけですね。
まさに神の属性は神のみぞ知る_ということなんですから。
ただし、理念としての「善」があり得る_というのはよく理解できます。理念は神からもたらされたものと考えてもいい。
理念としては「愛」「秩序」「自由」「平等」「正義」などなどあるわけですが、その理念が善悪どちらに転ぶかはやはり人の領域に属する問題になるだろうと思います。
例えばKKでいえば「奪う愛」、一般的にいわれる「悪平等」などですね。
140
:
僧
:2007/03/10(土) 22:50:32 ID:mzS/6h5c
【回答】139
【属性】信者
【お答え】
>信仰の形態として「エル・カンターレは本当に至高神なのだろうか?」というのもあり得るということですか?
「エル・カンターレは本当に至高神なのだろうか?」という疑問は、信仰に入る以前の方がもつ考えだと思います。「疑」があれば信仰が成立しませんので、信仰形態として「疑」はありえません。
私が「真理探究」と言ったのは、決して「不信」の観点から疑問を追及するようなことではなく、まず「信仰心」をたて、「経験」「気づき」「理解」「悟り」などを通して、仏の限りなき高さ、限りなき広さを探求することであります。
しいて例えるならば、「徒歩で旅をして地球の広さを実感する」ようなものです。
>真理へと向かって歩む道に「正しい」「正しくない」があるとすればそこにはすでに人間意識の価値判断が入り込んでいるように思えますが。
私の「信仰」に限って言えば、信仰の「是非」についての価値判断する余地というものは、すでに私の心の中にはありません。
ただ、日常における「人間意識の価値判断」は当然ございます。
>まさに神の属性は神のみぞ知る
仏神はまったく明らかなる存在です。おそらく誰でも主観的には仏神を知っていると私は思います。ただ、その程度に個人差があるということではないでしょうか。
私たちはやがて霊界へ帰るわけですが、少なくても天国へ帰ることができれば、「仏神の属性」はその人に応じたレベルで正確に知りえると私は思います。
規範は神から来たものか、価値中立なものか、ということに関して私なりの思うところを申します。(あくまでも「僧」の私見としてご理解下さい。)
ユダヤ教の十戒は、ヤハウェからきた規範であるとされています。当然「神聖化」されており、もしこれを「価値中立的なものだ」と言えば、ユダヤ社会では許されないでしょう
十戒は殺人を禁じています。しかし、実際にはイスラエル人は戦争をしましたし、その中で殺人もありました。これは矛盾しているようですが、十戒を授けたのもヤハウェであり、戦争もヤハウェの命令だと考えれば、彼らにとって矛盾はないのです。
なぜなら、「善」とは神が決めるものだからです。
この観点から言えば、神にとって規範は価値中立的なものであります。
ただ、神の言葉を聞く術がもはや無く、明文化された律法を遵守するしか為すすべがないために、現代のユダヤ教徒たちの社会は停滞しているのではないか、と私は思います。
それに比べると、民主主義社会は自分たちでルールを決め自治するために、イノベーションが繰り返し起こりやすく、進歩、発展がめざましいのです。これは停滞した社会と違って人間が幸福を求めやすく、仏の御心にも適っているのです。
ただ、科学万能主義と唯物論、無神論の台頭により、民主主義は愚民制に堕してきています。
それゆえ、現代において宗教界にイノベーションが起こるのは必然の流れと申せましょう。
新しく説かれる「教え」はただ規範をもたらすのではなく、人間が主体的に生き、自らの「愛」と「知」と「反省」によって「発展」していき、その結果として理想のユートピアを築く、そういう教えなのです。
幸福の科学の立脚点はここにあります。
141
:
エートス
:2007/03/21(水) 10:00:48 ID:QXv1COBE
【継続】140
【属性】一般人
【内容】レスが遅くなり申し訳ありませんでした。疑問点を書いたのでよろしくお願いします。
>「エル・カンターレは本当に至高神なのだろうか?」という疑問は、信仰に入る以前の方がもつ考えだと思います。
>「疑」があれば信仰が成立しませんので、信仰形態として「疑」はありえません。
>私が「真理探究」と言ったのは、決して「不信」の観点から疑問を追及するようなことではなく、まず「信仰心」をたて、「経験」「気づき」「理解」「悟り」などを通して、仏の限りなき高さ、限りなき広さを探求することであります。
>しいて例えるならば、「徒歩で旅をして地球の広さを実感する」ようなものです。
わたしは疑問を持つ態度と不信は異なる感覚だろうと思うのです。
神を信じることなしには神を知ることはできないとすれば信仰がない人は永遠に神とは無縁ということになりませんか?
また、もう一点、以下の記述「主観的に仏神を知っている」とは信仰という意味だろうと思うのですが、
「先ず信仰をたててから真理探究が始まる」という上記の記述とは矛盾しませんか?
>仏神はまったく明らかなる存在です。おそらく誰でも主観的には仏神を知っていると私は思います。ただ、その程度に個人差があるということではないでしょうか。
以下はあなたのご意見だということなのでそれを前提に
>ユダヤ教の十戒は、ヤハウェからきた規範であるとされています。当然「神聖化」されており、もしこれを「価値中立的なものだ」と言えば、ユダヤ社会では許されないでしょう
>十戒は殺人を禁じています。しかし、実際にはイスラエル人は戦争をしましたし、その中で殺人もありました。これは矛盾しているようですが、十戒を授けたのもヤハウェであり、戦争もヤハウェの命令だと考えれば、彼らにとって矛盾はないのです。
>なぜなら、「善」とは神が決めるものだからです。
>この観点から言えば、神にとって規範は価値中立的なものであります。
人にとって規範は価値中立ではないが神にとっては価値中立である。そして人は神にとって価値中立であることを認めて受け入れているということですよね。
自分が与えた規範を守ろうと守るまいとそれは神の胸先三寸ということですね。
そうすると100式氏が書かれたように、規範が善であるという前提だとヤハウェは善も悪も併せ持つ存在ということですね。
KKはこのあたりをどう見ているんでしょうか?
>ただ、神の言葉を聞く術がもはや無く、明文化された律法を遵守するしか為すすべがないために、現代のユダヤ教徒たちの社会は停滞しているのではないか、と私は思います。
>それに比べると、民主主義社会は自分たちでルールを決め自治するために、イノベーションが繰り返し起こりやすく、進歩、発展がめざましいのです。これは停滞した社会と違って人間が幸福を求めやすく、仏の御心にも適っているのです。
>ただ、科学万能主義と唯物論、無神論の台頭により、民主主義は愚民制に堕してきています。
ユダヤ教が大きな影響を持つ社会の中で最大のコミュニティーはアメリカだと思うのですが、ここは全く停滞はしていませんよね。
もちろん民主主義社会でもあるわけですが、その民主主義のバックグラウンドはプロテスタンティズムですよね。
そうすると唯物論や無神論が台頭した結果、民主主義が愚民制に堕するという関係は簡単には片付かない。このあたりをもう少し分析していただけますか?
>それゆえ、現代において宗教界にイノベーションが起こるのは必然の流れと申せましょう。
>新しく説かれる「教え」はただ規範をもたらすのではなく、人間が主体的に生き、自らの「愛」と「知」と「反省」によって「発展」していき、その結果として理想のユートピアを築く、そういう教えなのです。
>幸福の科学の立脚点はここにあります。
「それゆえ」というのが前半のどのような内容を示しているかよくわからないので申し訳ありませんがもうすこしご説明いただけますか?
最後に、現代における宗教のイノベーションは、宗教間の対立をどう乗り越えるかが課題であると思います。
つまり、新しく説かれる宗教が必要なのではなく、それぞれの宗教内で、他宗教をどう見るかのイノベーションが先ず必要だろうと思います。
142
:
僧
:2007/04/02(月) 21:21:10 ID:q2wbfmpk
【回答】
>>141
【属性】信者
【お答え】回答が遅くなり申し訳ありません
>神を信じることなしには神を知ることはできないとすれば信仰がない人は永遠に神とは無縁ということになりませんか?
「信仰」をもたなくても人間の魂はある程度まで向上できますが、ある段階からは信仰というものが不可欠となります。「自ら仏神を求める心」が必要になるのです。
「永遠に」「信仰がない人」というのは考えられません。仏神こそが大宇宙を在らしめているのであり、仏神から隔絶した人など存在しないからです。
すべての人が「信仰の道」へ誘われているのです。
>「仏神はまったく明らかなる存在です。おそらく誰でも主観的には仏神を知っていると私は思います。ただ、その程度に個人差があるということではないでしょうか。」
>「先ず信仰をたててから真理探究が始まる」という上記の記述とは矛盾しませんか?
「個人差はあれども、誰でも主観的に仏神を知っている」という言い方は、「仏神を知る」ということをかなり広義的に解釈した表現であり、正確性に欠ける面があったと思います。本来ならば「誰でも仏神を知る可能性をもっている」とするべきでした。
ただ、「仏神を知る」ということを「知る」「知らない」の二通りに単純化して理解することが果たして可能だろうかという思いもあります。むしろ「すべての人類はよりよく仏神を知る為の魂修行の過程にある」と考えるのが妥当なのではないでしょうか。「仏神を知る」ということも終わりなき「探求の道」であると私は思うのです。
>人にとって規範は価値中立ではないが神にとっては価値中立である。そして人は神にとって価値中立であることを認めて受け入れているということですよね。
>自分が与えた規範を守ろうと守るまいとそれは神の胸先三寸ということですね。
そうすると100式氏が書かれたように、規範が善であるという前提だとヤハウェは善も悪も併せ持つ存在ということですね。
>KKはこのあたりをどう見ているんでしょうか?
「ヤハウェ」の話はともかくとして、「規範」とは本来「人間が過ちを犯して不幸になることがないように」という「愛の観点」からつくられたものであります。
そして「規範が善である」ことは「仏法真理」、「仏の御心」に基づいていることをもって「是」とされるのです。
ただ、エートスさんが言われたように「規範を教える時には『ダメなものはダメ』というように理屈抜き」での指導が必要な場合もあります。世の中には善悪の判断が充分に出来ない人も多数おり、そういう方に対しては「規範の理念」を教育すると同時に、強制力をもって行動を規制する必要があるのです。
>ユダヤ教が大きな影響を持つ社会の中で最大のコミュニティーはアメリカだと思うのですが、ここは全く停滞はしていませんよね。
>もちろん民主主義社会でもあるわけですが、その民主主義のバックグラウンドはプロテスタンティズムですよね。
>そうすると唯物論や無神論が台頭した結果、民主主義が愚民制に堕するという関係は簡単には片付かない。このあたりをもう少し分析していただけますか?
「ユダヤ教がアメリカにおいて大きな影響力を持っているのか?」と正直思いますが、この件に関して私も特に詳しいわけではありませんし、ここでのテーマからも外れていますのでこれ以上言及は致しません。
「民主主義の概念」は歴史的に変化し続けており、これからも「民主主義」は論じ続けられてゆくでしょう。「民主主義」のバックグラウンドはプロテスタンティズムでありますが、その一方で「唯物論者」が民主主義者を標榜していることも事実です。
古来より言われているように今なお民主主義は「社会秩序の崩壊」に陥る危険性を内包しており、「仏法真理」に基づいた社会の確立は必須です。
この世の「理想の姿」、「あるべき姿」の原型は既に霊界にあり、私たちはそれを地上世界に実現することによって、ユートピアを築くことができるのです。
>現代における宗教のイノベーションは、宗教間の対立をどう乗り越えるかが課題であると思います。
>つまり、新しく説かれる宗教が必要なのではなく、それぞれの宗教内で、他宗教をどう見るかのイノベーションが先ず必要だろうと思います。
「宗教間の対立」を乗る超えることは宗教界の重要なテーマであります。しかし既存の宗教にはその為の思想的な「原理」がもともとなく、至高神「エル・カンターレ」が説かれる「教え」のみがそれを成し遂げることができるのです。
143
:
僧
:2007/04/02(月) 21:28:54 ID:q2wbfmpk
【お願い】
【属性】信者
【内容】
このところ「仕事」に「信仰」に「家庭」のことに忙殺され続けており、正直なところご質問に誠実にお答えし続けることが困難になってきております。「僧」に対するご質問にお答えしないケースもありえますので、ご了承の程お願い申し上げます。
幸福の科学には「僧」よりも悟りが高い方々が多数居られますし、広く全国書店にて販売されている書籍を紐解いて頂ければ、そこにすべてが書き著されている万人に対して開かれた教えでありますので、ぜひお読みいただき更に深く探求していただければ幸いであります。
144
:
エートス
:2007/04/03(火) 19:57:59 ID:6saAS3Ig
【お礼】
>>142
【属性】一般人
【内容】感想など
>このところ「仕事」に「信仰」に「家庭」のことに忙殺され続けており、正直なところご質>問に誠実にお答えし続けることが困難になってきております。「僧」に対するご質問にお答>えしないケースもありえますので、ご了承の程お願い申し上げます。
いつも誠実に回答していただいてありがとうございます。お答えいただくのは義務でもなんでもありませんので、あまり気になさらないでください。
>>ユダヤ教が大きな影響を持つ社会の中で最大のコミュニティーはアメリカだと思うのですが、ここは全く停滞はしていませんよね。
>「ユダヤ教がアメリカにおいて大きな影響力を持っているのか?」と正直思いますが、この件に関して私も特に詳しいわけではありませんし、ここでのテーマからも外れていますのでこれ以上言及は致しません。
これはわたしの表現が悪かったかもしれません。[ユダヤ人が大きな影響力を持つ社会に中での最大のコミュニティー]ならお分かりになると思います。
>「宗教間の対立」を乗る超えることは宗教界の重要なテーマであります。しかし既存の宗教にはその為の思想的な「原理」がもともとなく、至高神「エル・カンターレ」が説かれる「教え」のみがそれを成し遂げることができるのです。
>幸福の科学には「僧」よりも悟りが高い方々が多数居られますし、広く全国書店にて販売さ>れている書籍を紐解いて頂ければ、そこにすべてが書き著されている万人に対して開かれた>教えでありますので、ぜひお読みいただき更に深く探求していただければ幸いであります。
私見だという断り書きがありましたので、そのつもりで対応しましたが、これへのお答えが書籍を読んでほしいというのはおかしな話ではありませんか。
もちろん書籍が多く出版されているのは存じています。また何冊かは頂戴して読ませていただきました。
内容は霊的な部分を除いては確かに万人向きだと言えなくはありません。
しかし、現在のわたしの理解は、他掲示板などでネットに信者と名乗って書き込まれる方々を見ていて、どのような教えであれ、それを解釈し運用するのはそれぞれの人格次第であり、
けっして教えそのもののすばらしさが悟りへと導くものではないという結論に至るようになりました。
つまり、既存の宗教に対立を乗り越える「原理」がないのではなく、そこまでに至るわれわれの人格に至らざるものがあるのではないかということです。
その意味では、もし信者さんのKKへの認識が、ひたすら人格の向上を目指す教えであるというなら肯定できますが、
他にはない統一原理を持って宗教にイノベーションを起こすということでは既存の宗教の轍を踏むことになるでしょう。
145
:
僧
:2007/04/12(木) 23:41:11 ID:uYWsrMPg
【回答】>> 144
【属性】信者
【お答え】最後にもう一言だけ申し上げます。
ご指摘の通り、教えの素晴らしさを生かすも無駄にするも、学ぶ者の心がけ次第でありましょう。もし私たち信者の行状が一般の方に誤解を与え、幸福の科学に対する評価を落とすようなことがあれば、それは極めて残念なことであります。
しかし信者が精進し続けていることは紛れもない事実です。以前エートスさんは「徳」について発言していらっしゃいましたが、すでに信者の中には偉大な徳を積まれた方々がおられます。それが周知の事実となるまでには時間がかかるかもしれませんが、必ず皆さんに分かっていただける日が来るでしょう。
「他にはない統一原理を持って宗教にイノベーションを起こすということでは既存の宗教の轍を踏むことになるでしょう」というエートスさんの言葉は、歴史経験からいえば当たっているようにも感じられます。しかし「エル・カンターレを頂点として世界は存在し、その世界に集いたる神々のもとで人類が魂修行をしている」という厳然たる「真実」があるのです。神々も人々も動植物もすべて「仏法」によって秩序づけられるべき存在であり、私たちはそれを実現しようとしているだけなのです。
もちろん伝道には困難がともなうでしょうが、困難があるからこそ、伝道に価値があるともいえるのです。仏道修行には無意味なものなどないのです。
「世界平和」や「ひとつの地球」などといったスローガンのもとに、人類の対立を収束させようとする人達がおりますが、「真実」を知らずにやっているのであれば結実はしないでしょう。
「宗教」は画一化されるべきではないし、「思想」や「価値観」が統一されるべきでもありません。そういうものには多様性があったほうが、世界は豊かになるのです。ただ、真実とは何であるか、何が善であって何が悪なのか、それはどうしてなのか、ということは明らかにされなくてはなりません。それが宗教の「責務」というものでありましょう。
「ベールの向こう側の世界」が明かされる、稀有なる時代に生きている私たちは、千載一遇のこの機会を生かし、最大限の学びを得たいものです。神々の素顔、神々の役割の多様性、霊格の違い、霊界の次元構造など、霊界の真実の姿を学ぶのは今だからこそ出来ることなのです。
「規範」について、エートスさんが満足するような回答は出来なかったかもしれませんが、今回をもちまして最後の回答とさせていただきます。
ご質問頂きありがとうございました。またいつか回答者としてこちらでお答えさせていただければ幸いです。
146
:
エートス
:2007/04/13(金) 20:13:01 ID:4BKZR87w
【お礼】>> 145 僧氏
【属性】一般人
お忙しいのにレスいただいて恐縮です。
内容に関しては、いずれ機会ができたときにコメントさせていただきます。
大切なのは、個人の世界観の違いに答えを出すことではなくこうした対話が成立し継続することだと考えていますので、あなたのご回答には感謝しております。
なお、こちらには他にも雑談などの肩のこらないスレッドもありますので、どうぞお気軽に書き込んでいただければと思います。
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