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【ザ・問答】 KK「おしえて、そもさん!!」「説破!」【Q&A】

14日本ソード:2005/10/05(水) 03:45:24 ID:J5disbVA
【質問】縁起と因果について(続き)
【属性】一般
【内容】

前世での業により、現世で良いことが起きたり、苦しみを味わったりする、というのがあります。因果には、そのような意味も含めて語られることが多いように思います。この考えは、ブッダ以前のインド宗教からあったものだと思います。そのころの宗教では、生き物は死んだらすぐに生まれ変わって、まさに車輪のように輪廻転生していると考えられていたのではないでしょうか。その価値観の中では、前世の業という考え方は、自然だと思います。しかし、幸福の科学のように、あの世にしばらくとどまってから生まれてくる、そしてむしろ、あの世の方がメインでありあの世のシステムも確立しているという価値観においては、すこし疑問を感じます。この世での魂と因果が、あの世にも引き継がれるならば、なぜあの世で悪業の報いを受けなかったのか。前世で人を殺した人間が現世で同じような苦しみを受けるのなら、地獄の意味は何なのか。人生の中でしか、悪業の報いを消化できないのなら、地獄で与える苦しみに何の意味があるのか、あの世とは何をする場所なのか、という疑問です。

僕は、前世の業によって苦しむという考えを否定したのがブッダだと考えています。人生における苦しみを、無理な理由をつけることなく、正しく観た。人生は「苦」であるという真理。人生は思いどおりにならないのだという真理を、ブッダは見つけたのだと思います。そこからスタートするのが仏教ではないでしょうか。普通の人間は、前世での業など、知ることはできないし、過去を変えることもできません。生まれたときから体が虚弱な人が、自分は前世で、どんな悪いことをしたのかと考えることには、なんの意味もないと思います。ブッダの言った苦しみの原因と、それを取り除くということは、もっと現実的で、実践的なものだったのではないでしょうか。相手と会話をし、その人の苦しみを聞き、原因を見つける。対機説法というのは、その人のレベルに合わせて教えを説くというより、なにを言えばその人が救われるか、ということを1番に考えた結果だと思います。


人生計画の疑問からは、ずいぶん離れた考察になってしまいました。その疑問について、次回書き込もうと思います。

今回の縁起などの考えは、僕が今思うことを書いたもので、無明な部分も多々あると思います。そのような点に、ツッコミを頂けたらうれしいです。


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