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【ザ・問答】 KK「おしえて、そもさん!!」「説破!」【Q&A】

66たまご:2005/11/01(火) 23:52:49 ID:zS8d16RY
>>63
【未熟な考察】概念の解釈
【属性】信者
【内容】神秘と合理
宗教においての世界観の説明は、人間の五感を超えたものを内包しているので、「合理的ですらあった」というと、理性知性を超えたものを素直に信じていたという見方が過去に対しては正当だと思います。神秘に始まり、その後教義が整備していく段階は正法・像法・末法で考えますとだいたい正法の中間以降の作業であったと思われます。所謂、弟子たちの仕事で、必ずしも神秘を体験できないがために教義をオリジナルから合理でない部分を削ぎ落としていってしまうために、時代の篩によって神秘→理解できない→無きモノにするという作業が進み末法の時代を迎える、ということの繰り返しでしょう。

本来、宗教の中で神秘性と合理性は内在しているはずです。何故なら、宗教の使命は人の心、魂の救済によって人間がコミュニティとして正しく機能し発展していくための指針の提示であり、人間の日々の営みを離れたものではないはずだからです。
しかし、現代この三次元の世界において(特に日本で)は、宗教は非合理な世界の枠に留まり、表向きに信仰を語れば敬遠されるというのが実状です。
伝統的な宗教であっても神秘に対して必ずしも理解があるわけではありません。神秘を合理に合うように削ぎ落としてきた結果であり、その意味では対立概念として捉えるのは間違いではないと思います。

また、ルネサンスにおける神秘主義の源流は古来エジプトで伝わったヘルメス文書によります。霊界を旅することのできたヘルメスによる魂の不滅を説く神秘思想が、ヨーロッパ暗黒の中世の蔭で伝えられ続け花開いたものだそうです。一部の認識可能な人々によりそれが進歩につながったのは、源流となったヘルメスの個性そのものの顕れだと解釈されます。
神秘への参入には、この世離れした瞑想的生活が必要ですし、合理的な生き方をするためには何らかの仕事に従事し社会生活を営み日々の糧を得なければならず、ここでも神秘と合理は対をなすと考えてよいと思われます。
いずれにしても、神秘・合理ともに善なる目的をもてば真理に到達できるのでしょうが、欲望を動機とした場合にはそこに悪が生じるきっかけとなり、欺瞞へとつながるものと思います。


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