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戦争と性−進駐軍慰安婦より
このスレッドは、立てようか立てまいか、迷ったのですが。
別の掲示板でこんな話が出ました。
終戦直後(これは、日本の戦後です)米軍が日本に駐留し、その際に、治安悪化、特に、基地周辺での女性に対する性的暴力が頻発しました。
この対策として、当時のお偉いさん達が、そういう商売を生業としていた女性たちを集めて、基地周辺に米兵の為の慰安所を作りました。
それによって、といえるかどうかは、断言できませんが、一般女性への性暴力は減り、敗戦国としては、かなり治安は守られた。
また、それによって日本に流れたドルは、戦後復興の一助にもなったかもしれません。
マクロでみればそうかもしれませんが、実際にそれ(米軍相手の慰安婦)に従事した女性たちの中には、性病を煩ったり、望まぬ子供を身ごもった女性も少なくないでしょう。
数々の悲劇はあったと思います。
けれど、この方法によって、多くの女性が守られた、ということも事実でしょう。
こういった内容でした。
私は、当時としては、そうするしかなかったと思います。
軍隊において、特に戦時に於いて、こういった問題は、おこりがちです。
従軍慰安婦問題をそうですし、ベトナム戦争の時にも、米兵とベトナム女性との間での問題がありました。
戦争ではないですが、カンボジアでのPKOでも、同種の問題がありました。
戦争と性、答えの出る問題ではありませんが、これについて、考えたいと思います。
いろいろなご意見、お願いします。
>>836
??
犯罪告発から言って、中田さんに挙証責任があるので、
二万二千人登録の経緯などは中田さんが先ずははっきり示すんですよ?
何か勘違いしていませんか?
悪魔の証明じゃないんですよ?
>>796
> 大神さんは、慰安所は遊廓であると考えられているのですか?
> それとも別のものであると思われているのでしょうか。
> まず、この点をお聞きします。
この質問のご返答をお願いします。
>>838 大神さん
> 犯罪告発から言って、中田さんに挙証責任があるので、
この点も何度も言ってきてますように、犯罪告発をするつもりなど
ありません。事実は何であるかを調べたいだけです。
> 二万二千人登録の経緯などは中田さんが先ずははっきり示すんですよ?
> 何か勘違いしていませんか?
>>832
> >>822 大神さん
>
> > 平成5年に東京のT弁護士ら3人の弁護士が
> > 「保障のために慰安婦は名乗り出て欲しい」と新聞に広告を出して、
> > 兵補協会のラハルジョ会長が保障要求のやり方の指示を受けたのが始まりで
> > すね。その際に慰安婦一人頭200万円(日本だと2億円に相当)と喧伝して
> > たので2万2千人が「私は元慰安婦」と殺到しました。
> >
> > 相違ありませんね?
>
> 不承諾です。そのように主張される根拠を示して下さい。
>>822 で「相違ありませんね?」と私に問うておられるので、
「不承諾」であり、「そのように主張される根拠を示して下
さい」とレスしました。
大神さんのことですから、資料を慎重の上にも念を入れて検証・
吟味して投稿されたはずです。上記のような事実経過を書かれた
のですから、それを参照してみたいと思います。
その資料をお教え下さいませ。
>>839
遊郭は民間人が入れる民間が経営する淫売屋で、慰安所は軍人・軍属
しか入れない施設です。この点から見ると同じじゃないですね。
ですが、金をもらって性サービスを行う所は同じです。
>犯罪告発をするつもりなどありません。事実は何であるかを調べたいだけです。
貴方が犯罪告発をするかどうかに挙証責任の有無があるのではなくて、
貴方の主張から中国や南方では数多く拉致したとの貴方の主張から挙証責任が
貴方にあります。
「事実を知りたいだけ」と言ったからと言ってそれを免れ得ぬものでは
ありません。
>>>822 で「相違ありませんね?」と私に問うておられるので、
>「不承諾」であり、「そのように主張される根拠を示して下
>さい」とレスしました。
不承諾は分かりましたから、どこが不承諾なのかを問うています。
私のレスは自然ですね。ですがそこには中田さんは回答なさっていませんね。
>大神さんのことですから、資料を慎重の上にも念を入れて検証・
>吟味して投稿されたはずです。上記のような事実経過を書かれた
>のですから、それを参照してみたいと思います。
>その資料をお教え下さいませ。
中田さんは兵補協会からの登録と時期を御存知(だったけど書かなかった
ことは前後のレスで容易に推察され得る)ですが、中田さん自身はどういった
根拠で兵補強会が登録したと言われているのでしょうか
そ の 資 料 を お 教 え 下 さ い ま せ 。
どうも、中田さんは人に自分の宿題を押し付けるのが好きみたいですね。
ついでにもう一つ検証
>>808
フィリピン防衛の第14方面軍は19年末ごろには13師5旅団を
擁していました。山下閣下はルソン決戦のために兵力をルソン島に
集中配備するつもりでしたし、それは最初は中央でも了解を取っていました。
ですが、米軍はレイテに10月に上陸したので、第一師団以下ニ師一旅団が
派遣されました。では他の部隊はどうだったのでしょうか?
>>808 を見ますとイロイロ島でのことですが、ミンダナオ島には第百師団が
いますが、他はルソン島に配備されています。つまり旅団単位以上で
イロイロ島には部隊は配置されていませんでした。
こうなると、この話が仮に真でも単なる現地部隊の犯罪でしょう。
ただ、銃剣で刺されたのですから当然手当てをされないと死にますが
そこら辺の話はありません。また収穫期と時期をボカしていますが
レイテに米軍が上陸した10月以降は遊んでいる暇はありません。
それにどうやって解放されたのかも書いていません。
中田さん、ちょっと読んだだけでも摩訶不思議ですね
それとふと思ったのですが、慰安所でも遊郭でも今の風俗でも女性に
直接お金を手渡ししないで入り口でお金を払うでしょう。
業者が浚ってきて全くのピンはねならそれは業者が悪いのであって軍とは
関係ありませんね。
中田さんはご自身で引用していて
・何故妊娠しなかったのか?
・何故刺されて、死ななかったのか?
・それは軍の慰安所なのか?
ということを一度でも考えたことはあるのでしょうか?熱帯で怪我をすると
熱帯性の潰瘍になってしまいます。中田さんがそういった事を注意書きでも
された所をいまだ一度も見たことがありません。そうすれば何でもかんでも
書いてしまうよりも、時間も効率に使えると思います。
訂正部分と追加
イロイロ島ではなくパナイ島でした。
ざっと調べただけで第14方面軍には19年8月以降だけで5個師団が台湾や
満州から来てますね。
それと、第100師団の他にミンダナオ島には第30師団と第54独立
混成旅団が守備についてますね。
あと第102師団の場合は一部をレイテに出して主力はセブ島となってい
ますね。
パナイ島
独立工兵第二連隊がいましたが、19年2月に海上機動第一旅団輸送隊になって
いますね。そして海上機動第一旅団本隊に追求しようとしていましたが、
旅団主力がマーシャルで玉砕したために、第14師団とともにパラオ方面の
任務についています。
恐らく、パナイ島には歩兵一個中隊か一個大隊基幹の守備隊がいたのでは
ないかと考えます。
島の面積が明らかに違うのですが、ルパング島の場合は歩兵一小隊に飛行場
大隊一小隊、他の部隊や海軍部隊を合わせても約200名。
ルソン集中を考えていたのであまり大部隊は置けなかったと思われます。
前にも述べましたが旅団単位以上の部隊はいませんでしたし、上述のように
19年2月には独立工兵一個連隊も別の場所に移っています。これは山下閣下が
来る前ですが。
そしてパナイ島では視察に来た将官をゲリラが襲撃する事件が1943年の
段階で起きており、数名だけで女を攫いにくるとは考えられません。危険
ですから。それに製氷工場を屯所とするかどうかも考えてみると不思議
です。空襲の的になりやすい工場をパナイ島の守備隊が駐屯所にはしない
でしょう。もう少しマシな場所を選び、またゲリラの攻撃を警戒して
最低限の陣地を作るでしょう。そして上述のように一中隊基幹か、一大隊基幹
としたら、将校の数はそんなに多くないですから、分哨程度には使いそうな
工場には下士官だけ置いておけばいいので、わざわざ将校がそんな所に
いたとは考えられません。
>>845
つまり、
レイプの被害者でなく慰安婦問題として扱ってもらうには
ィ) 無理矢理連れ去られた
ロ) 逃げ出せなかった
ハ) 軍人の個人犯罪ではなく組織的犯罪であった
ということを訴えないと訴訟団体でも見向きもしませんし、裁判で同情を
買えません。ですが、ロ)を示すために銃剣で太ももを刺されたというのは
普通に考えて怪しいです。理由は前にも書きましたが。
これは中田さんは書いていませんが、他のフィリピン人慰安婦の話でもそう
ですが、「腕を捻じ曲げられて骨折して逃げ出せなく、(略)2週間で骨折
が直った」などいくら逃げ出せなかったということを訴えたくてもこれでは
普通に見れば嘘臭い話です。
またハ)ですが、必ず何故か将校が出てきます。恐らく下士官兵だけなら
ただのレイプ事件と取られてしまうので将校を出すのが良いと考えたの
でしょう。そしてィ)攫われる時は小人数です。
確かに中田さんが言うようにパターンがありますね。真似したのでは無いかと
思うくらいパターンがありますね。
ただ、いつも不思議なのは解放された時が不自然です。一年間ゴム無しで
妊娠すらしなかった女性の場合は、一度の空襲でみんな逃げ出したとあり
ますし、あの人は1ヶ月で何故か終わっていますし、解放の経緯が書いて
いません。
パナイ島に米軍が上陸したのが45年の3月18日ですので、44年の収穫期に
攫われたのなら1ヶ月というのは時期的に見てあいません。
失礼ですが、中田さんは掲載する前にこういう事まで考えましたか?
慰安婦の証言パターン
ついでにいうと北朝鮮の慰安婦の証言も独自のパターンがあります。
ィ)必ず犯される前に「お前に犯されるくらいなら死んだ方がましだ」と
日本兵を罵る。これは北朝鮮によく見られる精一杯の抵抗を見せる仕種
ですね。
ロ)言う事を聞かなかった同僚が必ず惨たらしく殺される。場合によっては
日本兵が鍋に入れて食べてます。
ハ)やっぱり傷つけられます。ですが、妊娠したから腹を剣で裂かれて中の
胎児を取り出された。今でもその時の傷が残っているなんてのは
「お前は不死身か!」と突っ込みたくなります。
つまり、言葉の問題があるでしょうが、同じ日本兵なのに訴えている国の
女性によってベースパターンがあると思えます。
北朝鮮の場合は別として、他の国の女性の場合は記憶のスリカエが起き
ているのでは無いかと思います。生涯の中で経験した別のことを他の女性が
言った言葉を見て、その女性と同じような経験をしたかのように自分でも
思いこんでしまう。それが戦後50年近く経ったのなら余計に尚更だと
思います。しかも慰安婦問題で女性から名乗り出たのは80年代後半。
そして、よく証言をコロコロ変える有名な韓国人慰安婦の人の場合は
一種の心の病気では無いかと思います。
もっとも、フィリピンでも韓国でも北朝鮮でも元慰安婦だと名乗り出て、
しかも無理矢理させられたと訴える人はそれぞれの国で多くて100人程度
しかいません。慰安婦の数が数万〜数十万と言われるわりにはこれは
少ない。ですから前にも書きましたが、私はわざとやっている場合は別として
他の人は記憶のすり替えが起きているのではないかと思います。
それゆえにインドネシアの2万2千人の登録が抜きんでているために
目立つのですが。
また体験した事が本当でも、それを検証していくと軍や国が組織的にやった
ことかどうかはまた別の話でしょう。
大神さんは「思います。思えます。突っ込みたくなります。考えられません。考えます。」が好きですね。
>>845 大神さん
パナイ島への日本軍の最初の侵攻は、第二次バターン戦終了間もない
一九四二年四月一六日のことでした。主力が南のイロイロに、一部が
北のロハスに上陸しました。当初の上陸予定には無かった西のサンホ
セ近郊への上陸は、護衛艦の出動が間に合わず、一日遅れて翌一七日
になったようです。
> そしてパナイ島では視察に来た将官をゲリラが襲撃する事件が1943年の
> 段階で起きており、数名だけで女を攫いにくるとは考えられません。危険
> ですから。それに製氷工場を屯所とするかどうかも考えてみると不思議
> です。
1943年2月下旬視察に来島した田中静壱第一四軍司令官はゲリラの
襲撃によって生命の危険にさらされました。それ故に、日本軍によるパ
ナイ島統一討伐を行なっています。
フィリピンの人々には、フクバラハップの抗日ゲリラとこのパナイ島の
ゲリラは侵略軍への頑強な抵抗として誇りとなっているようです。>>808
の事例は、おそらくゲリラ討伐部隊によるものでしょう。
製氷工場を駐屯所にしていた件は、地形的にどのようになっているのか
分かりませんし、接収した建物として適していたのかもしれません。
>>842
> こうなると、この話が仮に真でも単なる現地部隊の犯罪でしょう。
> ただ、銃剣で刺されたのですから当然手当てをされないと死にますが
> そこら辺の話はありません。また収穫期と時期をボカしていますが
> レイテに米軍が上陸した10月以降は遊んでいる暇はありません。
> それにどうやって解放されたのかも書いていません。
銃剣で刺された後の治療方法が述べられていないからといって
別に不思議ではありません。たとえば交通事故に遭遇したとし
て全ての事柄を過不足なく正確に状況説明することは難しいこ
とです。
>>837 大神さん
> 結局、その種の犯罪を犯す人は自決する事すらしない人であったということ
> でしょう。それと閉鎖かしばらくすると本土は捷号作戦、決号作戦準備で
> 南方総軍はビルマ方面関係で火がついていました。別に破綻も何も、ただ
> その人はその程度の人物で自決しなかったということでしょう。
>>805
> 日本軍の場合は士官の場合は軍法会議にかかるよりも潔く自決を求める
> 不文律がありました。前は陸軍の法律にも書かれていたのですが、これは早い
> 段階で削除されましたが。ですから、自決を期待していたとも考えられます。
「自決を期待していた」と考えているのは大神さんが考えていることです。
今度は、「その人はその程度の人物で自決しなかったということでしょう」
とこれまた大神さんがそう判断したに過ぎません。
>>825 大神さん
> そもそも法解釈にしてもあれだけ時間が経っているのにまだ調査中なら
> ある種中途半端なものを出して、人から突っ込まれると慌てて時間稼ぎ
> しているようにしか見えません。それに上杉氏のどこを参考にしたのかも
> 未だに書いていません。
>>768
> 公娼制度・私娼を法律面を含めて調べていました。一方、従軍慰安婦との
> 比較検証も進めていましたら、『歴史地理教育』1997年1、2月号に
> この問題に関して論考が掲載されていることも分かりました。
>
> 同誌を繙きますと、上杉聰氏が著述していました。同論文を参考にしつつ、
> 条文を追いながらまとめたのが私の意見です。
この論考を該当する箇所だけでも入力するのは、時間が掛かりますし、
たいへんだなと思っていました。でも一安心しました。ネットでその
論文が上がっていたのです。
http://www.jca.ax.apc.org/JWRC/center/library/uesugi01.htm
>>713 私が要約したものです。これと上記の「公娼制の延長か?」
の箇所を以下に転載しましたので比べて下さい。逐条的照合を希望
されるのでしたら、レスをして下さい。
一度、投稿したのですが、本文が長すぎると警告がでましたので、
以下に分割して投稿します。
http://www.jca.ax.apc.org/JWRC/center/library/uesugi01.htm
たしかに、戦前、売春は公然と行われていた。これが公娼制度と呼ばれるものだ。しかし、そこにはいくつかの原則があったことが意外と知られていない。一つは、許可を受けた特定の場所と特定の人にしかこれが許されなかったことだ。つまり、誰でもどこでも自由に売春が公認されたというものでなく、貸座敷と呼ばれる定められた屋内で、警察署が所持する娼妓名簿に登録されている女性だけに許されたのである(娼妓取締規則二、八条)。もしそれに違反すれば、拘留または科料に処せられた(同一三条)。第二には、強制をともなう売春は、当然にも許されない建前だったことである。したがって、強制売春を排除するために、当事者本人が自ら警察署に出頭して娼妓名簿への登録を申請しなければならず、また娼妓をやめたいと本人が思うときは、口頭または書面で申し出ることを「何人と雖も妨害をなすことを得ず」(同六条)とされていた。
これらの規定は、彼女たちの人権を擁護しようとする当時の活発な廃娼運動に押されて制定されたものであり、内務大臣は右の娼妓取締規則を公布する際、その目的の一つが「娼妓を保護して体質に耐えざる苦行を為し、若しくは他人の虐待を受くるに至らざらしむる」(1900年内務省令第四四号)ことにあるとしたことからも明白である。したがって、もし「慰安婦」とされた女性が、どこかの警察に出頭して娼妓名簿に登録し、軍隊内にある「貸座敷」で売春していたというのであれば、藤岡氏などの言うように、それは公娼制度の枠内の出来事であり、当時、少なくとも国内法では違法とは言えなかった。しかし、だまして連れてこられたような女性が娼妓の申請をするはずがないばかりか、軍隊内に貸座敷があろうはずもない。貸座敷とは、「貸座敷、引手茶屋、娼妓取締規則」によって警察の許可を受けた建物であり、あえてさらに付言すれば、他に「芸娼妓口入業者取締規則」というものもあって、娼妓への紹介業者も取り締まられていたのである。だから、もしこれらの法令に基づいていない娼妓がいて、あるいは許可を得ていない貸座敷や斡旋業者があれば、それらは公娼でなく私娼、貸座敷でなく私娼窟であり、口入れ業者でなくヤミ・ブローカーなのであった。だとすれば、当時の日本軍は、自ら私娼窟をその体内に持ち、そこで法的に私娼に位置づけられる人々を監禁し、強姦したことになる。藤岡氏のたとえを借りるならば、文部省の建物に私娼窟や賭博場が開設されたに等しいのである。
http://www.jca.ax.apc.org/JWRC/center/library/uesugi01.htm
このようなとき、軍や文部省に責任はないのであろうか。誰でも直感的にそうでないことに気づくはずだ。まず、慰安所の経営を藤岡氏は一律に「民間業者」としているが、正確には資料が少なくて不明だが、かなりの数が軍による直接経営であった。それ以外を民間業者が経営していたのである。だがその場合でも設置の要請は、あくまで軍が行なったものであり、業者は軍の意向を受けて慰安所を開設し、女性たちを集めた。したがって、その場合、最終責任者は軍であった(前掲吉見資料集「セレベス民生部第二復員班員復員に関する件報告」)。軍が経営を民間に委託する場合があったにすぎない。
こうして、慰安所の設置は、軍自らが行なうか、民間業者に設置を要請するとともに、その開設許可を軍が与えたのである。ならば軍は、警察つまり当時の内務省に対して貸座敷を開設する許可を自ら得るか、そのように業者を指導する義務があった。もし許可を得ることができなければ、あるいは許可を得ていない業者であれば、設置を中止し、業者への経営委託も取り消す必要があった。また、そこで「働く」女性や、彼女たちを斡旋する口入れ業者についても、警察に登録した公娼や正式な斡旋業者を使う必要があった。だが当然にも軍はそうしなかったし、指導した形跡などない。
もう一つの方法として、少なくとも公娼制度に抵触・矛盾しない「軍用娼妓取締規則」とか「軍用貸座敷規則」、「軍用口入業者取締規則」などの法律を新たにを陸海軍省が主導して作り、そのもとで慰安所を開設するという選択が有り得た(その場合、もともと民間人である「慰安婦」を、軍の要員とするか否かがあらためて問われることになる)。しかし、そのようなことが行なわれた形跡はない。
とすると軍は、当時の公娼制度に違反して慰安所を作り、犯罪を行ったことになる。「慰安所が公娼制度の延長」というのは真っ赤な嘘なのである。そして、これら軍政全般を処置する役割をもっていた陸海軍省と内閣は、違法なことが行われていることを知りながら(法律を無視、あるいは新しく作らなかったことだけでなく、強制連行などの違法行為の事実も数多くつかんでいた)、新しい法律を作ることなく放置し、その結果膨大な被害者を出したのであるから、やはり大きな責任を問われることになる。軍は女性たちを強制することで、強姦など様々な犯罪を犯した。これを「作為」の罪というならば、当時軍政全般をあずかっていた陸海軍省とそれを含む内閣全体(とりわけ内務・外務省)とその責任者は、公娼制度に従うか、あるいは公娼制に準拠する軍法などを新しく制定すべき義務がありながら、それを怠ったのである。これを「不作為」の罪という。HIVウィルスをばらまいて発病させたのはミドリ十字であるけれども、それを止める義務と権限を持っていたにもかかわらず放置した厚生省は不作為の罪を犯したのである。どちらも刑事罰が科せられる。
>>841 大神さん
> >大神さんのことですから、資料を慎重の上にも念を入れて検証・
> >吟味して投稿されたはずです。上記のような事実経過を書かれた
> >のですから、それを参照してみたいと思います。
> >その資料をお教え下さいませ。
結局、>>822 にて書いた根拠を示すことができない訳です。
意見を述べるには、、その出典元を丹念に調べてみること
も必要となります。
雑誌でも書籍からでもいいです。雑誌ですとバックナンバーを調べますし
書籍ですと図書館で閲覧します。教えてください。
>>825
> 少し前に中田さんは私に「誤りですね?」といわれていたのですが、
> 実質的命令はいい加減誤りじゃないんですか?
>>597 が元文です。
> 当時、陸軍省からの出頭命令を無視したり、出掛けて話を聞きな
> がら要請を拒否することは出来なかった事情を考慮するべきです。
> 実質的には、陸軍省による業者への命令でした。
では、陸軍省からの出頭命令に従わないで、無視することは
できたと大神さんはお考えでしょうか?
フィリピン慰安婦の証言
ルシア・ミサ
一九四四年十月のある日、朝九時ごろ、家族と朝食をとっていたところ、突然銃剣を持った軍服姿の日本兵五人が家のなかに物も言わずに押し入って来ました。そして日本兵は私と姉の身体を捕まえ戸外に連れ出そうとしたのです。父は、私と姉を日本兵から引き離そうとして抵抗しました。一人の日本兵がその父の首を銃剣で刺しました。母が倒れた父のもとに駆け寄ると、その日本兵は母の腹を銃剣で刺しました。さらにこの日本兵は抵抗しつづける姉の首と腹を銃剣で刺し、乳房を切りました。私はその一部始終を見ていました。日本兵を見たのはこれが最初でした。
私は戸外に連れ出されました。日本兵一人が私の前、別の日本兵二人がうしろ、さらに別の日本兵二人が両横という位置関係を保ちながら、コンクリートの道や畑のなかの道を歩かされました。朝から昼までは特に暑い日でした。途中井戸があって水を飲んだものの食事はなく、歩きどおしで夕方五時ころ日本軍の駐屯地に到着しました。
日本軍の駐屯地は、ノルサガライの郊外のビクティと呼ばれるところにありました。そこは山がちであり、また洞窟がたくさんあるところでした。日本軍は、その洞窟の一つとそこから約十メートル離れたところにあった高床式の家に駐屯していました。家には将校クラスの日本兵が約二十人いました。洞窟には兵卒が約百人いました。
私は、駐屯所に着くと、すぐこの大部屋に入れられました。そこには十四人のフィリピン人女性が詰めこまれていて、私は十五人目でした。私が大部屋に入るとすぐ、私を連行して来た日本兵のうちの一人が大部屋に入ってきて、部屋の隅のほうで私を強姦しました。その日の朝、日本兵が両親と姉を殺害しているところを見ているので、恐くて抵抗することはできませんでした。最初の日本兵が終わると、やはり私を連行してきた日本兵が大部屋のなかに入ってきて強姦しました。こうして私を連行してきた五人の日本兵がつぎつぎと強姦しました。この五人の日本兵は、終わると洞窟に帰っていきました。その日はさらに、三人の日本兵が強姦しました。この三人の日本兵も終わると洞窟に帰って行きました。八人目が終わったころ鶏の鳴く声が聞こえました。私が強姦されているあいだ、他の十四人の女性はそれを見ているだけでした。八人目の日本兵は終わると、毎日水浴びをするように言って帰っていきました。その後私は眠りましたが、約二時間ほどした後、朝食を作るためほかの女性に起こされました。
ほかの女性とともに三度の食事を作りましたが、これは自分たちが食べるためのものでした。しかし日本兵の衣類を洗濯しなければなりませんでした。洗濯は近くの泉で朝八時ころから二時間かけてしました。このあいだに水浴びをしました。昼食が終わると午後は大部屋にいるだけでした。私語は禁止されていました。日本兵の見張りは特にいなかったのですが、大部屋の上には将校クラスの日本兵、十メートル離れた洞窟にも日本兵がいて、しかも洞窟の入口の前には日本兵がいつも立っていました。ですから逃げることはできず、逃げようとした女性もいなかったのです。
二日目は午後八時ころ、日本兵が大部屋にやってきました。私に対しては、まず三人の日本兵が来て順番に強姦しました。続いて別の三人、さらに別の三人の日本兵が来て強姦しました。この日は九人の日本兵が私を強姦しました。九人目の日本兵が帰るとすぐ朝食の準備がはじまりました。
こうして私は、一九四四年十月から一九四五年一月までの三カ月、日本軍が駐屯所にしていた家の床下に閉じ込められて、日本兵に強姦されつづけました。一九四五年一月のある日、日本兵がザワザワしているのがわかりました。女性たちは、アメリカ軍が来たものと期待しました。翌日の午前十時ごろ、大部屋にいた女性のうちの誰かが、家のなかや洞窟に日本兵がいるかどうか確かめました。日本兵はいませんでした。それで誰かがまず逃げました。それから私と同年齢くらいで話を交わしたことのあるワニタ・カルバケルという女性が逃げました。私も後につづきました。私ははだしで、走ったり歩いたりして家に着いたのは暗くなるころでした。家はもとのままでしたが、両親と姉の死体はありませんでした。
私は、近所のアニタ・レイエスという人の家で約二カ月間お世話になりました。日本兵に最初に強姦されてからずっと性器に痛みと痒みがあったので、アニタにグアバの葉とハーブの葉による治療を受けました。一、二カ月で治りました。
フィリピン慰安婦の証言
オルテンシア・マルティネス
父はサツマイモ、バナナ、トウモロコシなどを作っており、食物が豊富にあってお腹がへるということはありませんでした。
一九四三年十一月頃、十六歳のとき、日本軍が軍艦でマスバテにやってきました。そして、マスバテの町のタバコの乾燥工場(それは、セブ島のトテイング氏の所有)に駐屯所を設置し、アメリカ軍の潜水艦を監視するようになりました。
ある日の午前十時ごろ、日本兵が私の家があるパビコンプスにゲリラ掃討のためやってきました。パビコンプスは、マスバテの駐屯地から車で二時間ほどのところにありました。そして、日本兵は鍵をかけてあった戸をこじ開け、父と私を連れだしました。母と他のきょうだいは家に残りました。私は、「コラコラ」と言いながら銃剣を突きつける日本兵に殺されるのではないかという恐怖で一杯だったので、抵抗することなどできず、兵士の一人に服をつかまれて駐屯所まで歩いて連行されました。
近所の人もゲリラと疑われて連行されました。
父は一日で返されましたが、私は駐屯所で他の四人の女性(初めて会った女性で名前は知りません。私とだいたい同じ年齢にみえました)とともにタバコ乾燥倉庫の一部屋に押し込められました。他の部屋もほかに十人ほどの女性が閉じ込められていたようです。
その部屋は、木でできた建物の中の二メートル・四メートル四方のサワリ竹で仕切った部屋で、窓がなく、戸は一つありましたが、内側から鍵をするように命じられていました。部屋の外ではたくさんの日本兵が歩きまわっていました。
最初の夜、四人の日本兵が部屋に入ってきて、私たち五人は横に並ぶように命令され、そして、押し倒され、次から次へと強姦されました。私は二度強姦されました。強姦されていないときは部屋の隅で恐怖におののきながら見ているだけでした。
その部屋には約1カ月のあいだ監禁されていましたが、一日おきぐらいに、一晩二、三人に強姦されつづけました。私は恐怖にかられて目をつむっていたので、詳しくは覚えていませんが、強姦していたのはちがう人ばかりだったようです。
駐屯地は木の柵(木の先は尖っていた)に囲まれていて、私たちは、その部屋から七、八メートル離れた洗濯場で水を浴び、トイレにも行くことができましたが、駐屯所には多くの日本兵がいて逃げられる状態ではありませんでした。
慰安所の開設は、上海から南京への侵攻途上および南京での強姦の多発に起因していました。もう少し、この状況を笠原十九司著『南京事件』(岩波新書)などによって補足します。(一部割愛しています)。
(南京への)入城式がおこなわれた一七日前後から城内の強姦が激増したことを、フィッチは日記に記している。
十二月一七日、金曜日。略奪・殺人・強姦はおとろえる様子もなく続きます。ざっと計算してみても、昨夜から今日の昼にかけて一○○○人の婦人が強姦されました。ある気の毒な婦人は三七回も強姦されたのです。別の婦人は五ヶ月の赤ん坊を故意に窒息死させられました。野獣のような男が、彼女を強姦する間、赤ん坊が泣くのをやめさせようとしたのです。抵抗すれば銃剣に見舞われるのです。(『英文資料編』)
一二月一六日には、「敗残兵狩り」のため民家や難民収容所に捜索に入った日本兵が、婦女子を見つけて凌辱する事件が多発した。「敗残兵狩り」は、兵隊がグループに分かれて中国人の民家に一軒一軒侵入し、徹底的に捜査するかたちをとったため、押し入った部屋の奥に隠れている婦女子を発見すると、強姦や輪姦行為におよぶことになった。そのため自宅にいて恐怖にかられた婦人が何百人と街頭に逃げ出し、安全な場所を求めて彷徨した。婦女子だけを収容した金陵女子文理学院のキャンパスは、すでに一万人近い難民で、渡り廊下まであふれ、足の踏み場もないほどにふくれ上がっていた。
翌一七日、金陵女子文理学院の婦女難民キャンパスの開設責任者のミニー・ヴォートリンは、街頭に出て、それらの女性避難民を集め、あらたに婦女、子ども専用の難民収容所に設置した金陵大学寮へと引き連れていった。日本兵の凌辱から女性をまもるためのヴォートリンらの闘いがいよいよ正念場をむかえることになった。
一二月一六日までに難民は四千人以上にふくれあがり、もう収容限度を超えていると思われました。
しかし、私たちは収容を四千人でストップしませんでした。それは私たちが、女性が家に残っていることが大変危険であることを知っていたからです。日本兵たちは若い女性を探しては野蛮にふるまっていました。そこで私たちは大学の門を開けて婦女子の難民の流入を受入れたのです。その後数日間、状況はますます悪くなり、女性の避難民は夜明けとともに流れこんできました。(中略)
最高時には、わたしたちのキャンパスに一万人の婦女子を受入れなければなりませんでした。避難民たちはキャンパス内に入れてさえもらえれば、室内に宿泊することを求めず、室外でも満足していました。市内では、一二歳の少女も、五○歳さらには六○歳の老女でも日本兵の凌辱から逃れられなかったのです。
一七日も城内で一千件を超える強姦事件が発生したため、一八日も恐怖にかられた婦人が助けを求めて街頭にあふれた。ヴォートリンは彼女らを集め、午後になっておよそ五○○人を金陵大学の構内に連れてきた。その日彼女らは露天で一夜をすごさねばならなかった。それでも、民家にいて凌辱されるよりは、安全なだけまだましだったのである。
しかし、日本兵は金陵女子文理学院に避難している女性もねらってくるので、夜は安全区国際委員会のメンバーが入り口で眠って、日本軍の強制侵入を防がねばならなかった。
鼓楼病院には、臨時に養成されて看護婦がわりに活躍している十数人の少女たちがいた。一八日の夜、日本兵は病院に侵入し、看護婦まで強姦したのである。現場に踏みこんだウィルソン医師は、その日本兵を蹴りだしたが、その兵士に銃口を向けられるという恐怖も体験した。ウィルソンは翌日、南京日本大使館宛に抗議と善処を求める文書を提出した。
入城式以後のマギー牧師の日記には、強姦された一一歳の少女を病院に連れていく話、「少女狩り」の現場へ行って一八人の少女を救急車に乗せて鼓楼病院に保護する話、等々、まさに強姦、強姦また強姦の話で埋められ「まるでホラーの夢でも見ているようだが、目が覚めるとそれが現実だった」と記している。
酒に酔っぱらって、凶暴化した兵士が強姦や殺傷をおこなう場合が多く、彼らの残虐行為を止めにいくのは、命の危険がともなった。安全区国際委員たちは一人で二役も三役もこなしながら、日本兵と「たたかい」続けた。日本軍の入城式前後から急増した強姦事件が、一日千件以上も発生し、最初の一週間で八○○○人以上の女性が犠牲にされるなかで、彼らは婦女凌辱にたいする闘いに大変な時間を費やした。
被害の多さを考えればイタチごっこの観もあるが、通報され救助を求められた現場へ駆けつけて、強姦行為を阻止すること、強姦により傷害を負った女性を病院に運び治療させること、そしてもっとも多かったのは、強姦された女性を早く病院へ連れて行き、妊娠しないように膣の洗浄をさせること、などであった。夜は夜で婦女の難民の近くで警備しながら眠る必要があった。
「クリスマスがきた。街には、いぜんとして殺戮、強姦、略奪、放火がつづき、恐怖が吹き荒れている。ある宣教師は”地獄の中のクリスマスだ”と言った」とヴォートリンは日記に書いた。
-------------------------------------------------------------------
南京戦に参加した第三十三聯隊第一大隊に所属していた皇軍兵士の証言です。
「中国では、女の人を何度も強姦しました。南京では女性をやりたり放題だった。寝台の下とかカーテンの裏に隠れていても女はどこにでもいるので強姦は何度もやった。自分らは第一線なので憲兵に怒られたり止められることはなかった。南京に入った自分の部隊の兵隊は、誰もが強姦を目当てにしていた」
>>852 ,853
慰安婦は警察署に届出を行うようになっていたのですが、上杉氏はそれについては述べていません。これだけでこの人の論文の意味は大幅にカットされます。
ついでに言えば植民地除外規定についても無視しています。これは悪質でしょう。
戦地において軍が警察権や行政権を持つことについての考察が一つもありません。
また領事警察のりの字も出てきません。警察権や行政権を持つことは既に中田さんも分かっていることでしょうが、既存の法律で手続きが行えるのならば新たに法律を制定する必要はありません。ちなみに先に述べたとおり中央から達や規則が示されています。
上杉氏はそれについての考察がありません。
それと中田さんが示した「占領地において全てのものに日本の法律が適用される」
という法律が戦地において軍が警察権や行政権を公娼関係において行使するのに
違法かどうかについて述べていません。
ついでに言えば中田さんが挙げた法律は占領下の人間を裁く際の法的根拠には
なるのであって、それが軍が警察権や行政権を持つことを制限することを意味する
ことは述べていませんが。もし中田さんが言うとおりなら軍は平時における業務以外
他省庁の管轄などは行えなくなります。意味分かりますよね?中田さん。
>>854
結局、兵補協会が登録先や時期的なことの根拠を示せないわけです。スライムベス君が
わざわざ立てたスレッドに書いていますが
http://jbbs.shitaraba.com/bbs/read.cgi/study/2500/1088845452/18
人に聞く前に先ずはご自身が示されては如何でしょうか?
>では、陸軍省からの出頭命令に従わないで、無視することは
>できたと大神さんはお考えでしょうか?
??
実質的な命令なら全てに従わないといけないでしょう。
そもそも。中田さんが言うところの実質的な命令とは電報で来られたしということ
を意味することではなかったのはつい最近までの遣り取りを見ればわかりますが。
いくら反論不可だからといって、話をスリカエるのは感心しませんな。中田さん。
潔くないよ。
>>855 ,856
私がやったように中田さんもご自身で検証されるが宜しいでしょう
>>857 ,858
印象操作でしょうか?中田さん。南京を絡めるなら別スレでやった方が
いいでしょう。
失礼ながら中田さんには手におえないと思いますので。
>>861
>南京を絡めるなら
南京の時に日本軍で強姦が多発し,それによって性病が蔓延したので,その抑制の為に慰安所を作った。
という話は聞くのですが,違うのですか?
(以前,他の掲示板で売春は性犯罪の抑制になるんじゃないか。といい意見を言ったら,軍隊の発想ですね,と反論されたのですが。
どうなのでしょうか?)
>>862
南京戦では難民区には一般の兵士の立ち入りは制限されており、また南京戦
のような数個師団の軍単位の戦闘後では軍規は保たれていました。
寧ろ小部隊になった時に憲兵や上官の目の届かない所で犯罪が起きることの
方が多かったと言えます。あと強いて言えば現役兵は色気より食い気で、
応召兵の方が女の味を知っているのでこの手の犯罪を犯す傾向が高かったと
あります。
ただ、強姦が日本軍の所業によるものとは限らず、
敗走した国民党軍や匪賊によるものもあります。
また南京戦後にラーベが匿った中国人の高級士官二名は、難民区から少女を
攫って強姦してそれを日本軍の仕業に見せかけたことを告白しています。
また南京戦について延々と極東裁判で証言したマギー神父などは
弁護側から「実際に貴方が見た事件は何ですか?」と尋ねられ
「二件です。誰何された男が逃げたのを撃たれたのと、
女が日本兵と二人で建物に入っていくのを見ました」と答えて検察側、傍聴席の
人間を呆れさせたことがあります。また、ティンバリーなどは国民党軍の
情報戦の一端として日本軍の悪行を捏造するように配信していました。
ですから、ティンバリーやティンバリーからの配信を受けての記事はあて
になるものではありません。これは当然強姦、虐殺に関してそうですが。
安全区委員会などは便衣兵が難民区に入りこむのを阻止できなかった
ばかりか、難民区と他の区域に策を設ける事すらせずに、
「日本軍兵士の悪行」を実地に行って検分する事すらせずに伝聞をタイプして
記録に残していたような団体でしたのでこれまたあてになりません。
例えば米国所有の物資を日本兵が勝手に運び出しているという情報を
実地で検分したら全くのデタラメだった、というのは安全区委員会について
調べたらすぐ判ることです、こういった事からも安全区委員会の性質、
記録の信憑性について容易に理解できます。
マギー神父の話を載せている事からわかるように、南京関係を絡めるのは
彼の手に負えることではないので忠告しました。
証言を検証しましたか?と尋ねたら私と同じことを意味無く詳細に書い
ていて、また関係無い攻略時の話を記載するなど負けず嫌いな性格から
無意味なことをしています。
今あることすら満足に出来ない人が南京戦まで絡めるのはよほど自分の
能力を客観視できないか、話を拡散させてウヤムヤにするのが目的かの
どちらかでしょうから、後者で無いならそれには手を出さない方がいいと
忠告しました。また、自分で出している事すら検証せずに新しいところ
を始めるのは相手に対して失礼でしょう。
中田さんはかつて私に再三印象操作と言っておられていましたが、
「事実を知りたいだけ」というなら自分で出したものの詳細な検証に入るのが
当然であり、それもせずに検証をせずにただ羅列している今の中田さんは、
紛れも無い事実だと言わんばかりに
中 田 さ ん の 方 が 印 象 操 作 の 手 法
を取っていると言われても仕方ないでしょう。
このように中田さんが南京のことに手を出すのは今まで出したことの検証が
終わってからの方が良いと思いますが、イカフライさんはどう思いますか?
主義主張に関係無く、今あることですら検証を全くやってないのに
新しいことを始めるのは適当でないと思われませんか?
「大神と中田」ではなく「AとB」と見て考えてみてください。
>>859 大神さん
> 慰安婦は警察署に届出を行うようになっていたのですが、上杉氏はそれについては述べてい
> ません。これだけでこの人の論文の意味は大幅にカットされます。
>>852
> 貸座敷と呼ばれる定められた屋内で、警察署が所持する娼妓名簿に登録
> されている女性だけに許されたのである
> したがって、強制売春を排除するために、当事者本人が自ら警察署に出
> 頭して娼妓名簿への登録を申請しなければならず、
大神さんは、「上杉氏はそれについては述べていません」と書かれている
のですが、上記のように「慰安婦は警察署に届出を行うようになっていた」
ことを述べています。
> ついでに言えば植民地除外規定についても無視しています。これは悪質でしょう。
「植民地除外規定」とは何を指しているのでしょうか?
「これは悪質でしょう。」といきなり結論だけを書かれていますが、
もう少し具体的に説明されなければ、意味が分からないです。
> ちなみに先に述べたとおり中央から達や規則が示されています。
おそらく中央からの通達や規則でしょうが、何が示されたのですか。
「先に述べたとおり」も具体的に教えて下さい。
> ついでに言えば中田さんが挙げた法律は占領下の人間を裁く際の法的根拠には
> なるのであって、それが軍が警察権や行政権を持つことを制限することを意味する
> ことは述べていませんが。もし中田さんが言うとおりなら軍は平時における業務以外
> 他省庁の管轄などは行えなくなります。意味分かりますよね?中田さん。
>>713
「占領地に於いて法令の罪を犯した時は、国内に於いて犯したものと
見なす」という条文が引用文の前段と対応するものです。そうします
と、公娼制度の枠内に於いてのみ、軍政なり憲兵の警察権が存在する
はずです。
娼妓稼業をする意志を確認する手続きとして警察署への自らの出頭が
条文化されています。遠隔地のために、警察署に出頭できない場合、
法律を新たに成文化することで、この問題に対処でき合法化できまし
た。しかし、おそらく軍は体面を考慮してでしょう、そのような動き
をしませんでした。
また、軍なり憲兵が、これを行政として代行したとするならば、売春
をする意志の無かった女性が、慰安婦とされた事例に対して、きちん
と意志確認を行なっていなかったことに繋がっていきます。
他のレスは、次回にします。
>>866
>中田さん
>大神さんは、「上杉氏はそれについては述べていません」と書かれている
>のですが、上記のように「慰安婦は警察署に届出を行うようになっていた」
>ことを述べています。
これは見落としていました。有り難う御座います。私の誤りですね。
>植民地除外規定
>「植民地除外規定」とは何を指しているのでしょうか?
>「これは悪質でしょう。」といきなり結論だけを書かれていますが、
>もう少し具体的に説明されなければ、意味が分からないです。
http://www.jca.ax.apc.org/JWRC/center/library/uesugi01.htm
>それは未成年者について言えることである。先ほど紹介し、日本も加盟していた
>「婦女売買に関する国際条約」の1910年締結条約
未成年の売春は禁止されていましたが、植民地については除外されていました。
吉見教授がテレビでそれを解説し、そこをわざわざ隠していたため相手から
突っ込まれて恥かきました。上杉氏は吉見教授関連から引用しているなら、また
慰安婦関連を扱っているなら「未成年で違法性」は言いません。
>おそらく中央からの通達や規則でしょうが、何が示されたのですか。
>「先に述べたとおり」も具体的に教えて下さい。
遣り取りから前の方に出ていたことと普通に分かるかと思ったのですが?
>娼妓稼業をする意志を確認する手続きとして警察署への自らの出頭が
>条文化されています。遠隔地のために、警察署に出頭できない場合、
>法律を新たに成文化することで、この問題に対処でき合法化できまし
>た。しかし、おそらく軍は体面を考慮してでしょう、そのような動き
>をしませんでした。
それは中田さんの主張で、それが正しいが示されていません。
中田さんの言うとおりなら「平時業務」以外出来ません。
既存の法律の枠内でどう具体的に対処できないか上杉氏は書いていません。
主張の繰り返しとは別の方法でご自身の主張が正しいことを示してください
>売春をする意志の無かった女性が、慰安婦とされた事例に対して、きちん
>と意志確認を行なっていなかったことに繋がっていきます。
先ず、その根拠が証言というのもさることながら、軍としては
「軍の名を騙る誘拐まがいの業者、悪質業者に注意せよ」としています。
軍としては。
個別である地域、ある時期の担当者があるケースにおいて職務において
不適切なことがあったとしても、それを持って軍や国の責任になりません。
中田さんに要望ですが、
a 人に聞く前に自分がするべきことはして下さい。「事実を知りたいだけ」
と仰っている貴方が、何故証言の検証をしないのですか?私がするのは
アベコベでしょう。
b 結構飛ばされている箇所がありますが、飛ばしてしまえば終わりではないので、
プライオリティもあるでしょうが、きちんとした形で書いて下さい。
c 意味のないことはしないで下さい。「将官視察中に襲撃」と私が書いて、中田さんに
「中田さんはこのような検証をしましたか?」と尋ねたら、意味無く詳しく書かれ
ていますが、そういったことでお茶を濁すことをしないで下さい。
>中田さんへ
オランダ人女性の慰安婦の場合はスマラン市事件以外の女性は意思確認して
免許を与えていますね。それ故にオランダ政府は戦後の調査においてこの
スマラン市事件以外については通常の売春と変わらないと特に問題とは
していませんね。これは中田さんは御存知だと思いますので余計でしたね。
>>860 大神さん
> >>854
>
> 結局、兵補協会が登録先や時期的なことの根拠を示せないわけです。スライムベス君が
> わざわざ立てたスレッドに書いていますが
>>822 での下記の根拠、若しくは出典を示して下さいと言ったのは私です。
> 平成5年に東京のT弁護士ら3人の弁護士が
> 「保障のために慰安婦は名乗り出て欲しい」と新聞に広告を出して、
> 兵補協会のラハルジョ会長が保障要求のやり方の指示を受けたのが始まりで
> すね。その際に慰安婦一人頭200万円(日本だと2億円に相当)と喧伝して
> たので2万2千人が「私は元慰安婦」と殺到しました。
この文章を書くには、何かを参照しているはずです。雑誌・書籍の出典
元を教えて頂ければ、図書館で調べてみますとも書きました。ところが、
私からの要望に対してお返事がありませんでした。雑誌ですと発行年月・
号数、書籍ですと著者・書名・出版社を提示することぐらい簡単なこと
です。そうしますと、文献ではなくネットから拾い集めたのだろうと推
測できます。
このところ、検証をキーワードとしているご本人が、検証も無くネット
情報を鵜呑みにして上記の文章を投稿したので、出典元を示せないのだ
と思われます。
相違ありませんね?
ネットからの情報を下敷きにしているらしいので、私も検索エンジンを
活用してこの問題を検証してみました。結局、同じことが繰り返しカキ
コされていまして、以下の文章が元になっているようです。
> 日韓関係と同様、インドネシアとの間でも、慰安婦問題が焚き
> つけられた。平成5年に高木健一氏(金学順さんらの日本政府に
> 対する訴訟の主任)ら、日本の弁護士3人がインドネシアにやっ
> てきて、地元紙に「補償のために日本からやってきた。元慰安婦
> は名乗り出て欲しい」という内容の広告を出した。[5]
>
> 兵補協会のラハルジョ会長は、「補償要求のやり方は、東京の
> 高木健一弁護士の指示を受け」、慰安婦登録を始めた。会長は取
> 材した中嶋慎三郎ASEANセンター代表に対して、「慰安婦に2百
> 万円払え」と怒号したというから、名乗りでれば、2百万円もら
> えると宣伝している模様であった、と言う。
>5. 「日本人が捏造したインドネシア慰安婦」、中嶋慎三郎、
> 祖国と青年、H8.12
雑誌『祖国と青年』で中嶋慎三郎氏が「日本人が捏造したインドネ
シア慰安婦」と題した論考が元になってネットで流布しています。
疑問点は多々あるのですが、新聞広告を出したのは、高木氏なのか
他の団体名なのか不明なのです。高木氏である根拠は、どこにある
のでしょうか。この雑誌であるなんて冗談は止めて下さい。その広
告の文面も「補償のために日本からやってきた。元慰安婦は名乗り
出て欲しい」という内容だったのですか? この証拠も提出してく
ださい。
中嶋慎三郎氏に対してラハルジョ会長が「慰安婦に2百万円払え」
と怒号したのは事実だとしましょう。そこから、「名乗りでれば、
2百万円もらえると宣伝している」と導き出せるものですか。しか
も「模様であった」と憶測・推測しています。実際の問い合わせに
対して即座に200万円貰えると喋っていた場面に遭遇した訳でも
ありません。
>>860 大神さん
> >では、陸軍省からの出頭命令に従わないで、無視することは
> >できたと大神さんはお考えでしょうか?
> ??
> 実質的な命令なら全てに従わないといけないでしょう。
> そもそも。中田さんが言うところの実質的な命令とは電報で来られたしということ
> を意味することではなかったのはつい最近までの遣り取りを見ればわかりますが。
>
> いくら反論不可だからといって、話をスリカエるのは感心しませんな。中田さん。
> 潔くないよ。
>>597
> 当時、陸軍省からの出頭命令を無視したり、出掛けて話を聞きな
> がら要請を拒否することは出来なかった事情を考慮するべきです。
> 実質的には、陸軍省による業者への命令でした。
元々の出発点を検証してみただけです。文章の大意を把握することなく、最
後の言葉を「実質的命令」「実質的な命令」と略称して、ここまで引っ張っ
てきたのは大神さんの方でした。忘却とは忘れ去ることなりですか。
>>790
> で、中田さんは実質的命令の話に関してはあれはどうなったんですか(笑)?
>>804
> 現地人とのトラブルの元であると認識していているだけでしょう。あまり
> 突飛な表現を使うと実質的命令の時のようにまたおかしなことになりますよ。
>
> で、実質的な命令の部分はどうなったんですか(笑)?
>>805
> 実質的な命令なら誰一人断れないでしょう
>>806
> それが「実質的命令」とかいう言葉だったり、ショッキングな一例だけで
> 語ろうとするところでしょう。
>>809
> 「軍事力で威嚇しての交渉だった」と書かれていますが、中田さんはそれに
> ついては根拠を示されません。また「中田イメージ」で
>
> 実質的命令
>
> と同じで貴方の根拠の無い推測、思いこみなんですね。よく分かりました。
>>820
> 実質的命令はどうなったんですか(笑)?
>>825
> 少し前に中田さんは私に「誤りですね?」といわれていたのですが、
> 実質的命令はいい加減誤りじゃないんですか?
>>861 大神さん
> 印象操作でしょうか?中田さん。南京を絡めるなら別スレでやった方が
> いいでしょう。
「印象操作」の概念が私と大神さんとでは違っているようです。
>>731
> 大神さんは、印象操作を行うのがお好きで、議論する相手をある型に嵌
> める事に執着されておられます。
議論している相手をこういう風な人物である、このような傾向を有している、
このような弱点がある等、一定の枠組みに嵌める傾向を印象操作していると
私は考えています。
別に南京事件を扱うつもりはありません。強姦と慰安所設置との関連性を
再確認しただけです。
>>862 イカフライさん
>>857
> 慰安所の開設は、上海から南京への侵攻途上および南京での強姦の多発に起因していました。
少し訂正します。
> 慰安所の大量設置は、上海から南京への侵攻途上および南京での強姦の多発に起因していました。
> 南京の時に日本軍で強姦が多発し,それによって性病が蔓延したので,その抑制の為に慰安所を作った。
> という話は聞くのですが,違うのですか?
強姦事件が頻繁に起こったので慰安所を設置したのですが、慰安所がある
ために強姦事件も止まなかったのです。相互補完的な関係にあります。中
国やフィリピンの事例は、軍の駐屯地には慰安所があるのが当然視される
中で、無ければ地元の女性を拉致して駐屯所(及びその近場)に監禁する
方策が生みだされました。日本軍の構造的特質としてまとめてみたいと考
えています。
>>863-865 大神さん
以下、イカフライさんへのレスともなっています。
南京の日本軍の軍紀頽廃問題は、陸軍中央でも密かに問題にするようになった。そのころ予備役になっていた元教育総監真崎甚三郎大将は、上海派遣軍を視察してきた衆議院議員の江藤源九郎予備役少将の報告を聞いて、「軍紀風紀頽廃し、これを建て直さざれば真面目の戦闘に耐えずということに帰着せり。強盗、強姦、掠奪、聞くに忍びざるものありたり」と日記(一月二八日)に記している(『南京戦史資料集ii』)。
笠原十九司著『南京事件』(岩波新書)から引用
-----------------------------------------------------------
「第四編 武漢攻略前後」より
上海に上陸して、一、二日の間に、このことに関して先遣の宮崎周一参謀、中支派遣軍特務部長原田少将、抗州特務機関長萩原中佐等から聴取したところを総合すれば次のとおりであった。
一、南京攻略時、数万の市民に対する掠奪強姦等の大暴行があったことは事実である。
一、第一線部隊は給養困難を名として俘虜を殺してしまう弊がある。
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/8503/okamura.html
-----------------------------------------------------------
強姦についても、「部隊長は兵の元気をつくるに却って必要とし、見て見ぬ振りに過ごしたのさえあったほどである」と述べ、むしろ奨励するような姿勢でした。
「日本の軍人は何故に此の様に、性欲の上に理性が保てないかと、私は大陸上陸と共に、直ちに痛嘆し、戦場生活一ヶ年を通じて終始痛感した。然し、軍当局は敢えて是を不思議とせず、更に此の方面に対する訓戒は耳にしたことがない」
「軍経営の慰安所を盛んに設けて軍人の為に賤業婦を提供した」「然し強姦は甚だ旺んに行われて、支那良民は日本軍人を見れば必ず是を怖れた」慰安所設置により強姦を減らすことはありませんでした。
http://www31.ocn.ne.jp/~hinode_kogei/DATA02.html #sex_slave
>>865
> 証言を検証しましたか?と尋ねたら私と同じことを意味無く詳細に書い
> ていて、また関係無い攻略時の話を記載するなど負けず嫌いな性格から
> 無意味なことをしています。
大神さんが関係無いと判断されておられるだけです。
> 今あることすら満足に出来ない人が南京戦まで絡めるのはよほど自分の
> 能力を客観視できないか、話を拡散させてウヤムヤにするのが目的かの
> どちらかでしょうから、後者で無いならそれには手を出さない方がいいと
> 忠告しました。また、自分で出している事すら検証せずに新しいところ
> を始めるのは相手に対して失礼でしょう。
>>857 を投稿したのは、>>786 の補足とともに中国・フィリピンの
事例をまとめる為の前段としてです。南京事件のうち、強姦に限定
しています。
「話を拡散させてウヤムヤにするのが目的」のような卑劣なことは
考えていません。
> 主義主張に関係無く、今あることですら検証を全くやってないのに
> 新しいことを始めるのは適当でないと思われませんか?
> 「大神と中田」ではなく「AとB」と見て考えてみてください。
大神さんのレスは、私の投稿に対していつも限定していますか?
新たな問題点を指摘したり、新たに議題を広げたことはありませ
んか? 別にこの点を難詰しているのではありません。掲示板と
いう性格上、新たな要素を抱えながら展開していくのは避けられ
ないと思います。
>>869
あのう、中田さん。少し頭冷やして書いて下さい。
どこが「不同意」なのか書いていませんし、先ず貴方自身が出典を書いて
いないでしょう?自分が先にすることしないで、出典明らかにすれば自分は
するんだと、さも誠実ぶるのではなくて、どこが「不承諾」なのか書くのが
先じゃないのですが?それとも私には重複したところでも書かせる労は
惜しませても良いとの考えと取っていいのですね?
相違無いですね?
>870
>元々の出発点を検証してみただけです。文章の大意を把握することなく、最
>後の言葉を「実質的命令」「実質的な命令」と略称して、ここまで引っ張っ
>てきたのは大神さんの方でした。忘却とは忘れ去ることなりですか。
高校生程度の読解力があれば、慰安所設置の方が大分を占めることと読み
取れますが?それに中田さん自身も「組長が動いた」と発言されていますが。
それに陸軍省に出てくるだけを中田さんが「実質的命令」の主要部分で
あったと主張するなら、それはあまり慰安所設置、慰安婦問題に関係あり
ません。「忘却とは忘れ去る事ですか」と言ってそういうなら、
一 体 貴 方 何 書 い て い る ん で す か ?
と言えますが。最初に遡って開き直りの材料見つけたつもりでも、やり取り
から実際そうでないですし、もともとそのつもりだったというなら
意味無いことを強調して刷り込み、あるいは先鋭化の手法を取っているだけで
余り感心しませんね。控えめに表しても。普通の人なら、不見識も甚だしい
と言うでしょうが。
>>871
>別に南京事件を扱うつもりはありません。強姦と慰安所設置との関連性を
>再確認しただけです。
南京事件には虐殺もさる事ながら強姦が多数起きた、例えば女子校の生徒が
多数強姦されたなんてのも話の的になっています。
貴 方 は そ の つ も り で は な く て も
(つもりで無いと言えばいいと思っているのかも)
知 れ ま せ ん が
や っ て い る こ と は
絡 め て い る 事 で す
>強姦事件が頻繁に起こったので慰安所を設置したのですが、慰安所がある
>ために強姦事件も止まなかったのです
警察があっても犯罪は起きる。だからといって警察があるから犯罪が起きる
のではない。少し論理的に物事を考えてみましょう(笑)。
>>873
>岡村閣下
噂を総合ですね。伝聞は意味無しですね。
>略奪強姦
第十軍参謀吉永少佐:十二月十三日入場「中国人家族が普通に歩ける
位安全でした。場内に入れる兵隊は制限されていました」
上海派遣軍特務部員岡田少佐:十三日入場「城外で(中国人の)泥棒市が
あった。四日間南京にいたが治安は一応落ち付いていた」
上海派遣軍大西大尉「強姦は何件かあった。自分も一件見たが、第十六師団
の兵士だったので、直ぐに捕らえて第十六師団に渡した。(その他)強姦、
略奪は見ていない」
東京日々新聞佐藤カメラマン:十三日早朝入場「十三日はまだ戦闘があって危険
だった。14日には難民区の近くの通りでラーメン屋が開いており、日本兵が
10銭払って食べていた。14日頃は中国人の略奪が続いていた」
「南京事件」日本人48人の証言より
他にも色々ありますが略奪、強姦の大部分は中国人や中国敗走兵で、
それも件数数万は多すぎるでしょう。
>大神さんが関係無いと判断されておられるだけです。
どのように関係があるのでしょうか?しかも既に書いていることを中田
さんは名前を書いたり余分な付け足しをしただけです。攻略しても他の島を
占領しないといけないので部隊は他に転用されます。特に攻勢期は。
こういう事を書く暇があったら他のことをしたら如何でしょうか?中田さん。
貴方は相当に飛ばしていますから。この程度お茶を濁しても仕方ないでしょう。
>別にこの点を難詰しているのではありません。掲示板と
>いう性格上、新たな要素を抱えながら展開していくのは避けられ
>ないと思います。
一般論で誤魔化さないで、「事実を知りたい」と仰った当の貴方が
実際に証言の検証をしていないでしょう?逆にアベコベに私がしている
でしょう。小さな枠内で広がる事と、南京事件も絡む大きなことを絡めることは
同じでは無く、また収拾を図ろうとするのが建設的な方向でしょう。
ですが、貴方自身は
証言の検証一つも満足にしていません。
それについて言われるのは仕方のない事でしょう。
>印象操作
>議論している相手をこういう風な人物である、このような傾向を有している、
>このような弱点がある等、一定の枠組みに嵌める傾向を印象操作していると
>私は考えています。
別に印象操作はしていませんよ。実際に貴方が軍事について疎いのは
事実でしょう。マギー神父の話を掲載していることからも軍事以外についても
疎いのも事実でしょう。そして、「慰安所があるから強姦が起きる」と
「警察があるから犯罪が起きる」と言わんばかりの非論理的な主張をするのも
事実でしょう。県庁食堂の時のように繰り返し同じことを言っても理解でき
ない中田さんの理解力に問題があるのも事実でしょう。着眼点がズレていたり、
必要条件と十分条件の違い、次元の違いが認識できないのも事実でしょう。
直接的に善意で忠告したこともありますし、間接的にそれらが指摘されてし
まうこともあるでしょうが、中田さんがそう言ったことが恥ずかしいからと
「大神が印象操作している」とは情けなくないですか?
端を発しているのは貴方自身ですよ。
と言いますか、中田さんは
「ゴム無しで一年間やってたのに妊娠、性病の話が出ない」と言っても
無視なんですね。自分でおかしいと思わなかったのですか?そう言うところ
を私が指摘しても、パナイ島の攻略時の話を書いて、
「意味無いでしょう」と私が言うと「大神さんが判断しているだけです」
と返されていますが、そんなことを調べる暇があるなら、どうやったら
ゴム無しで一年間やって妊娠しないか書いたらどうですか?
それを無視して、攻略時の話を書いていても単なる知識面で負けず嫌い
を発揮しているだけにしか見えませんよ。しかもパナイ島もあれで終わり。
で、また証言の羅列。「事実を知りたい」と仰った中田さん。
ご自身で私がした程度の検証したらどうですか?竹下って将校は実在する
んですか?それになんで軍曹がファーストネームで呼ばれるのですか?
それにどうやって階級の区別がついたんですか?サージェントとかルテナント
とか言うんですか(笑)?数人から攫われて恐怖に震えている人が階級章
まで見ているんですか、そしてそれが理解できるのですか(笑)?
おかしな事だらけでしょう?
>中田さん
>>873 を再度見て思ったのですが、
以前中田さんは人の褌で相撲は取らないと言われていましたが、
どう見ても人の褌で・・・・してません?
先ず、インドネシア人の女性がどうやって日本人と会話が出来るのですか?
それと日本軍にジープはありましたか?しかも六人ほど乗っているという。
それに女を足すと7人になりますな。これだけ見てもおかしい。
それに、強姦事件の数の数的根拠が不明ですし、陸軍軍医中尉が強姦事件に
ついて報告していますが、どうやって相手の女性の年齢が分かったのでしょ
うか?さらにどうやってこれらの事件が露見して、この軍医中尉が知り得た
のか。摩訶不思議ですね。
それと、捕虜に関する取り扱いは国際法関係と、状況により負担が大きい
場合はやむを得ないので
>一、第一線部隊は給養困難を名として俘虜を殺してしまう弊がある。
と書くと南京に絡めていると取られても仕方ありません。
それと、第一線の一部以外は食料の補給を現地調達にはしていません。
そんな状態なら進撃が滞ります。「中田イメージ」の
「日本軍は補給は現地調達」を裏付けると思っているのかも知れませんが、
再三書いた通りそれは間違っていますよ。ご忠告までに
>>876 大神さん
阿羅健一著『「南京事件」日本人48人の証言』は、文庫化される際に改題していまして、元版は、『聞き書南京事件──日本人の見た南京虐殺事件』(図書出版社、一九八七)でした。『正論』に掲載され、その後『昭和史の謎を追う(上)』に収録された秦郁彦氏の同書に対する意見を引用します。文中で「クロ」と言うのは、南京大虐殺があったとする立場で、「シロ」は無かったとする立場を指しています。
-----------------------------------------------------------
問題の本の構成も、それ以上に奇々怪々である。「十二年十二月と十三年一月に南京にいた人に聞けば本当のことがわかるのではなかろうかと考え」(あとがき)て、軍の幹部一五○人、報道関係者三○○人、外交関係者二○人ぐらいを探し、うち六六人をヒアリングの対象者にしたとある。
その精力的な東奔西走ぶりは敬服するが、「数千人の生存者がいると思われる」兵士たちの証言は「すべてを集めることは不可能だし、その一部だけにすると恣意的になりがちだ。そのため残念ながらそれらは最初からカットした」という釈明には仰天した。
筆者の経験では、将校は概して口が堅く、報道、外交関係者は現場に立ち会う例は稀で、クロの情況を語ったり、日記やメモを提供するのは、応召の兵士が大多数である。その兵士も郷土の戦友会組織に属し口止め指令が行きわたっている場合は、言いよどむ傾向があった。
昭和十二年十二月十五、十六日に実施された有名な難民区の便衣狩り作戦(第九師団の戦闘詳報には「七千余ノ敗残兵ヲ殲滅セリ」とある)を調査するため、実行に当った金沢歩兵第七連隊の生存者に当ったときも、戦友会経由だったせいか、なかなか率直な証言がとれず困惑した。しかし、その一人がこっそり筆者に教えてくれた他県在住の兵士二人と会え、虐殺の生々しい光景を記した日記と証言を得ることができた。
同じような手法を応用してクロを立証する相当数の日記、写真、戦闘詳報などを収集した成果は、拙著の『南京事件』に活用しているが、阿羅は最初から兵士にアプローチするつもりはなかった、と宣言しているのだ。
その結果、阿羅の本は「虐殺というようなことはなかったと思います」、「見たことはない。聞いたこともなかった」、「聞いたことがないので答えようもない」式の証言ばかりがずらりと並ぶ奇観を呈している。ここまで徹底すると、クロを証言する人は避け、シロを主張している人だけをまわって、「全体としてシロ」と結論づける戦術がまる見えで、喜劇じみてくる。
秦郁彦著『昭和史の謎を追う(上)』(文藝春秋)より。
>>757 大神さん
> 本人の意思がどうとか言っていますが、最初は誰でも客を取るのは嫌な
> もんです。そりゃ当然です。ですが一月もすると慣れますし、腰の使い方を
> 覚えれば3分とかからずに終わらせる事が出来ます。それで高収入。
> 最初はビックリや嫌々でも、時間が経てば普通に仕事としてしています。
> 人間そんなもんで、60年近く経って最初の時の記憶を持ち出されて
>
> 「私はいやいやだったと」言われでも、それは都合が良すぎだよ
>
> としか言えませんね。
日本人の元従軍慰安婦だった女性が、ラジオと手記で当時のことを回想しています。大神さんの個人的な思いとは全く違う体験者の声に耳を澄ましてみましょう。
日本人「慰安婦」はその姿が見えないことは事実だが、しかし、公的に名乗り出た日本人「慰安婦」が一人もいなかったということではない。戦後四○年を経た一九八五年、自らの「慰安婦」体験をラジオを通して語った日本人女性がいた。
城田すず子(仮名)さんがその人である。城田さんは当時の過酷な「慰安婦」体験や、パラオから引き揚げる時、「こんな体で祖国に帰ることはできない」と最後の引き揚げ船に乗ることを拒絶して残った女性がいたこと、「慰安婦」生活に耐えられずに自殺したり空襲で亡くなった「慰安婦」のことなど、当時の悪夢が頭から離れず眠れぬ日々を送っていた。その思いを、彼女はラジオを通して日本人に訴えたのだった。
「若い人で従軍慰安婦を知らない人は幸福よ。ほんと幸福。従軍慰安婦の女の子たちのこと、いっぺんも、一言も、どこでも言ったことはないのよ。終戦から四○年にもなるのに、兵隊さんや民間の人のこと、原爆のこととかは、みんな言ってるよ。だけど慰安婦だとか性の提供者だとか、その人たちが大勢死んでいるってこと、いっぺんの慰めもないし……。四○年経った今、バカヤローって言いたくなっちゃう。ほんとに……」。
番組は、城田さんのこの言葉で始まった。
城田さんは、手記にこんなことを書き記していた。
「……中国、東南アジア、アリューシャン列島で性の提供をさせられた女性たちは、さんざん弄ばれて、足手纏いになったらおっぽり出され、荒野をさ迷い、凍てつく山野で食もなく、野犬か狼の餌食になり、骨はさらされ、土になった。兵隊さんは一回五○銭か一円で列を作り、私たちは洗う暇もなく相手をさせられる。地獄の苦しみ……。
何度、兵隊の首を絞めようと思ったか。半狂乱だった。死ねば、ジャングルの穴の中に捨てられ、親元に知らせる術もない有様だった。それを、私は見たのです。この目で。女の地獄を……」。
引用者注:澎湖島馬公の「海軍御用」という看板がかけられた常盤楼という慰安所に入った。
「軍艦が入るたびに海軍の兵隊さんがやってくるのよ。次々に……。びっくりして泣いてばかりいたわよ」。
「兵隊さんたちは列を作って待っているんだからね。梅毒で目が見えなくなっても、ヨロヨロしていてもお客をとらされるのよ。私なんかも手当たり次第にやられたから、これじゃ体がもたない、東京に帰りたいと、ある男性を騙して逃げ帰ったのよ」。
引用者注:パラオからの「特要隊」の募集に応じた彼女の回想。海軍の従軍慰安婦は、特要員と呼称されていた。
回りを駆逐艦に守られた船は、南洋群島パラオ諸島のコロールの港に横づけされた。
「着いた途端に、兵隊さんたちがガーッと押しかけてくるでしょう。上へ下への大騒ぎよ。元いた女の子と特要隊の女の子と合わせたって間に合わないわけよ。慰安所といっても掘っ建て小屋で、ベニア板一枚で仕切ってあるだけ。三畳ぐらいのところに畳みが一枚敷いてあり、入り口はカーテン一枚が下げてあるの。一人が済むのを待って一人が入る。みんなたらいみたいなのを部屋に置いておくの。それで洗うのよ。でも、顔を洗う暇はなかったね」。
城田さんは海軍慰安所で帳場を任されることになった。そこにいた「海軍特要隊」の「慰安婦」は、朝鮮と沖縄の女性だった。
一九四四年、南洋省のあるパラオも空襲が始まった。コロールの町は火の海になった。慰安所は部隊と共にジャングルに移された。
「椰子の木なんか集めて慰安所を作ったのよ。女の人はみじめだったわよ。ほんとにみじめだった。水平さんだって痩せっこけて骨と皮ばっかりになってうろちょろうろちょろしているのに、それでも女の所に来るのよ。耐えきれなくて自殺しちゃった女の子も一杯いたわよ。死体はジャングルの中にほっぽり投げておくの。そうすると野良犬だとか見たことのない動物が来て死体を食べるんだから。それで骨ばっか散らばっているのよ」。
>>881
『日本軍性奴隷制を裁く──2000年女性国際戦犯法廷の記録 第3巻
「慰安婦」・戦時性暴力の実態Iー日本・台湾・朝鮮編』(緑風出版)より
引用
>>880
結局南京を絡めてるね。
秦氏の場合は主張が数万の虐殺があったとするものでそれに則って話を進めている。
そしてその主張の根拠に対して犬飼氏などは反論しており、また阿羅氏の場合は
山本七平氏と論戦を交わした鈴木氏との聞き取り調査を行っている。
そして、虐殺があったと主張する人にも聞き取り調査を行ぅている。
であるから、秦氏が言うように不公平であったとは言えない。
「見ていない」、「聞いた事がない」というのは別に奇怪な証言ではない
見ていないもの、聞いたことが無いものはそうとしか答えようが無いからだ。
また死体があったというのはそれは虐殺を意味するものではない。
中田さんは人の褌は前に嫌だって言っていましたけど相変わらずですね(笑)。
>>880 続き
それとあの本は軍人だけでなく、領事館員、新聞記者などに聞き込みを行っ
ています。軍人だけでなく第三者から多くの証言を取ってきていますが秦氏は
それについては述べずに、自説が兵からの話に依ったことを誇示していますが、
例の本が将校だけならまだしも、新聞記者というのは多いに参考になるところ
大でしょう。もし中田さんが人の褌を外す事が出来たら御覧になると宜しい
でしょうね。秦氏の批判が少しズレているというのが分かりますから。
>>881
>大神さんの個人的な思いとは全く違う体験者の声に耳を澄ましてみましょう。
別に私の個人的な思いではないのだが。中村氏の著書からの話なんですが。
当然中田さんは御存知だと思いましたが(笑)。
で、また証言で検証は無しですか。中田さんはご自身の
理性の声に耳を傾けられたら如何かと思います。
中田さんは、検証すると都合の悪い証言は無視しまくりですよ。
>>809 大神さん
> そして、中田さんの主張、中国大陸では女性を拉致してきてにあうように
> 「軍事力で威嚇しての交渉だった」と書かれていますが、中田さんはそれに
> ついては根拠を示されません。また「中田イメージ」で
>
> 実質的命令
>
> と同じで貴方の根拠の無い推測、思いこみなんですね。よく分かりました。
最初の文章は、意味が判読不可です。「軍事力で威嚇しての交渉だった」
というのは、>>771 を指しているのだと思います。
>>771
> 現地軍が慰安婦を集めた中には、軍事力を背景に地域の住民に依頼して
> 慰安婦を現地調達した事例から、もっと直接的に拉致した事例まであり
> ます。何もことさらに強制連行のみを問題視しようと考えている訳では
> ありません。そのような事実があった事を踏まえて、従軍慰安婦を検証
> しなくてはいけないと思うのです。
その事例と根拠は、>>736 で示してあります。
>>818
> それは戦後に収容されてた人数であり、戦時中の配備数ではありません。
> 私がお尋ねしたのは戦時中の配備数です。慰安婦が必要なのは戦時中なのは
> 当たり前でしょう。お分かりですか?
『アジアの声 第13集 インドネシア 侵略と独立』(東方出版)
討論に於ける龍谷大学名誉教授木坂順一郎氏の発言から引用します。
インドネシアへどのぐらいの日本軍が行っていたかについてですが、開戦時の日本軍の兵力は五十一個師団、そのうちの十一個師団を南方作戦に使いました。しかし、いつの時点でどのくらいの兵力がそこに常駐していたのかを確定することは困難です。たとえば、一九四二年三月にジャワ島へ上陸した仙台の第二師団は、後にガダルカナル島への移動を命じられて全滅します。第二師団がジャワ島から抜けた後、補充の部隊はどうなったのかという話になってくると、実際いくらの人員が常駐していたかを判断するのはたいへん難しいことで、私もはっきり答えられません。
それからもう一つ申し上げておきたいことは、五十一個師団中十一個師団と言うのですが、平時編制の一個師団はだいたい一万人ちょっとぐらいなのに、戦時編制で一個師団というと、二万人前後、あるいはもっといろいろな部隊をつけると三万人にもなりかねないのです。したがって、一個師団といっても、その人数を正確に確定することは極めて困難だというのが実状なのです。また、インドネシアといっても、ボルネオ、セレベス、スマトラ、ジャワと、たくさんの島があり、正確な数字はわからないのが実状です。
>830 大神さん
> ちなみに「インドネシア・タイムス」のジャマル・アリ会長は
> 当時ジャワ島にいた日本兵が約二万である事から
>
> 「ばかばかしい。針小棒大である。一人の兵隊に一人の慰安婦がいたとい
> うのか」と述べています。
「当時」というのは、一体何年を指していることなのでしょうか。
日本軍が占領していた期間を通してということですか。
そうしますと、占領時から終戦時まで2万人の日本軍が駐留して一切移
動が無いことを前提としませんと、後段の発言が意味を有しません。
ところが、大神さんは >>822 で次のように投稿されています。
> 誤読を誘いそうなので、ジャワを占領した第十五軍は当初約五万人ほど
> でしたが、その後別の戦線に兵力を転用されたので1/3ほどに兵力は
> 減少しました。
ジャワ島に占領当初に約5万人いたのでしたら、当時2万人いたという
事との整合性はどのようになるのでしょう。
> それと中田さんにお尋ねしたいのですが、インドネシア人の二万二千人の
> 元慰安婦と称する人達はインドネシア全土から集まった人達でしょうか?
> それともジャワ島かどこかだけでしょうか?もし知っていたら教えて下さい。
兵補協会会員は遺族もふくめて七万六○○○人、インドネシアに一三四の
支部があります。ジャワ島だけでなくインドネシアの各支部を含めての登
録です。
川田文子著『インドネシアの「慰安婦」』(明石書店)
>>827 大神さん
> 突撃一番をつけない猛者は少ないと言えます。特に監禁して不特定多数と
> した女を相手にする場合なら。それと、サックをつけないといい加減
> 妊娠するものですが、妊娠、中絶の話はありませんね。それとマニラが
> 空襲されたぐらいで日本軍は撤退していません。
>> 妊娠、中絶の話はありませんね。
流産、妊娠した女性もいましたし、性病にも感染しています。
日本軍性奴隷制を裁く二○○○年女性国際戦犯法廷の各国起訴状からフィリピンを一部抜粋
一週間から三年に及ぶ期間、日常茶飯事のように体験した多数の強姦のために、彼女たちの多くは、フィリピンの慰安所医療報告書に述べられている梅毒や淋病といった感染性の性病を患った。流産、膣の出血や炎症、子宮の摘出や不妊に苦しむ者もいた。劣悪な栄養状態や不健康な状況のみならず、繰り返される強姦や暴力行為にたえまなくさらされることは、多くの女性たちを病気がちにし、肺炎やマラリア、その他の病気に罹らせた。強姦の結果、最後には妊娠した犠牲者たちもいた。戦後結婚した女性のうち二人は妊娠することができなかったことが分かっている。
>> それとマニラが空襲されたぐらいで日本軍は撤退していません。
>>816 の最後の文に対応しているのだと思います。
> 一九四四年十一月ごろ、私たちは解放されました。米軍がマニラに進駐する前に爆撃があり、皆いなくなったのです。
1944年9月中旬に米軍はマニラへの爆撃を開始しています。監禁されていた慰安所からの解放は、それから二カ月後のことです。ここでの「皆」というのは、当事者にとっては、大神さんが考えられたように日本軍全体という意味では無く、慰安所で彼女を監禁していた人びと及び強姦を行なっていた日本軍将兵を指していると考える方が妥当です。
>>827 大神さん
> 慰安所にしろ別のの淫売屋にしろサックをつけないと、処罰の対象に
> なります。バレたら初年兵なら半殺しでしょう。また病気をもらうと営倉
> 行きでしょう。そして当分は外出止めになるでしょう。ですから制裁も
> さることながら、本人自身も病気をもらうのが嫌でしょうから
> 突撃一番をつけない猛者は少ないと言えます。
ここで性病と慰安所制度に触れておきます。
慰安所の設置の目的の一つに、性病予防対策もありました。
>> 而も軍経営の慰安所を盛んに設けて軍人の為に賤業婦を提供した。そして娼婦から性病を軍人間に蔓延せしめた。そして遂に其れのみを収容する兵站病院を作る必要を生じた。尚性病のある間は(内地への)帰還を停止した。兵にのみかく厳にしながら、将校間に却って性病が多かった。若い将校どころか上長官の間にも患者はあり、軍医に秘密治療を受けて居る。性病を支那人から得ぬ様に慰安所を設け内地、内戦人を娼妓として使用しながら、皮肉にも彼女らが性病を広げた。然し強姦は甚だ旺んに行われて、支那良民は日本軍人を見れば必ず是を怖れた。
http://plaza25.mbn.or.jp/~hinode_kogei/DATA02.html
性病は、軍人から慰安婦に移されて、それが再び軍人への性病蔓延への温床となっていきました。サック使用を厳守していたならば、性病患者向けの兵站病院を設営することも無かったはずです。以下は、吉見義明著『従軍慰安婦』(岩波新書)を参照・引用しました。
1940年2月14日、東京で開かれた軍医部長会議での北支那方面軍の軍医部長は、次のように述べています。
特種治療を要するものは努めて特種治療衛生機関に集めて収療す。……性病は太原、済南、保定、大同の病院を指定し集結治療を行う。内地における特種治療を必要とするものは天津に集めて還送す。六ヶ月間に二六○○名の患者を収容す。(「金原摘録」)
その後、アジア太平洋戦争期の状況をみると、陸軍の戦地での性病の新規感染者は四二年には一万一九八三人、四三年には一万二五五七人、四四年には一万二五八七人であった(陸上自衛隊衛生学校編『大東亜戦争陸軍衛生史』第一巻)。軍が把握した限りでも性病感染者数は、増加していったのです。
>>885
普通の国語力があれば分かりますよ。先ず、現地部隊が独断でやったことと軍が
組織としてやったことは違います。軍が組織だってするようにしたかということを
中田さんは示されていませんね。
>武器・弾薬を携えた侵略軍から要請されて地元の住民が拒否できるもので
>しょうか。合意とは対等な関係にある人・組織間に於いて有効
>だと思います。
「中田イメージ」で話されても意味ありません。それが帝国憲法を持ってきての
「実質的命令」というミスを生んだのですが、いい加減気づきませんかね?
>>885
また人の褌で・・・、それしてるから私が貴方が引用した文に対して誤りを
指摘すると貴方情け無いことに何も言えなくなるでしょう?
この教授は間違えていますね。平時においては4単位師団で、歩兵連隊二個
で一個旅団となし、二個旅団で一個師団となります。戦時においてはそれが
維持できなくなったので歩兵連隊三個の三単位師団となります。
それゆえに従来の旅団に変わり歩兵団をつくるなどしています。
戦時中には逆に師団の人数は少なくなります。師団数個で軍を作り、そこに
独立部隊を配することはあるでしょうが、戦時中に師団が三万なんて何考え
ているんでしょうか。この教授は。
>>886
第十五軍は約五万。そのうち兵力転用をされて1/3に減少。約二万になりません?
少し自分で調べてみるといいですよ。ネット掲示板からの孫引きだけではなくて。
>ジャワ島に占領当初に約5万人いたのでしたら、当時2万人いたという
>事との整合性はどのようになるのでしょう。
ちゃんと人の発言見てればこんなこと書かないだろうな。
>兵補協会会員は遺族もふくめて七万六○○○人、インドネシアに一三四の
>支部があります。ジャワ島だけでなくインドネシアの各支部を含めての登
>録です
兵補の会員ではなくて、慰安婦の数を聞いているのは普通に読めば
分かるよね?法律の話の時のようにまた時間稼ぎ(笑)?
>>887
>流産、妊娠した女性もいましたし、性病にも感染しています。
あのさぁ、中田さん。くだんの女性について話をしているのにそうやって
誤魔化しても仕方ないでしょう?プライドばっかり高くて人の褌ばっかり
するのも考えものだよ。
>書き方の問題です
とか強がった言葉ばかり目立つけど
>1944年9月中旬に米軍はマニラへの爆撃を開始しています。
>監禁されていた慰安所からの解放は、それから二カ月後のことです。
>ここでの「皆」というのは、当事者にとっては、大神さんが考えられたよう
>に日本軍全体という意味では無く、慰安所で彼女を監禁していた人びと
>及び強姦を行なっていた日本軍将兵を指している
>と考える方が妥当です。
それは中田さんにとってあくまで妥当な話。
レイテも落としていない、ルソンにも上陸していない艦載機は数回程度の
攻撃しか出来ない。新鋭の四式戦を駆る第百戦隊、新藤部隊もいる。
「ゴキブリが出た」と言って学校の生徒全員が逃げ出すなんてないで
しょう(笑)?
それと同じことを中田さんは言っているのよ。
特に第十四方面軍、航空軍、海軍部隊とお客さんがいるのに閉めるわけ(笑)?
「私はそう信じる」で誤魔化さなくて少しは自分の頭でも考えたら(笑)
将校でも性病はうつるよ。平時から。
「パインに行って、ハートナイスなエスがいたのでエスプレイしたら
アール持ちだった」なんて話がある。
それに外出の際に必ず突撃一番を携帯させられるし、病気を持ったのが
分かると外出点検した当直士官まで叱られる。
それと中国人が避難したのは日本軍人からの強姦を恐れてと言うよりも、
普通に戦災に巻き込まれたなくなければ皆逃げる。国民党軍も匪賊も共産党軍
にも住民は怖がって逃げる。
兵隊作家の棟田博氏なんかの話を見ればよくわかるよ。
それと吉見教授が戦争に行ったか、甲幹なのか乙幹なのか知らんがこの人の
文にはこじ付けがよく目立つ。中田さんはもう少しマシな褌を選んだ方が
いいですよ。
>軍が把握した限りでも性病感染者数は、増加していったのです
母数が大きくなればそりゃ数は多くなる。こういうところにも数学的思考
は中田さんは必要なんじゃないかな?
中田さんへ
中田さんのために追加で。
先ず性病。一年間での数だから同一人物が複数回とかの可能性もあるけ
どな〜。それと、童貞でも性病は移るよ。ホワイトチイチイ。
つまり毛じらみ。風呂場で移る。だからもう少し考えましょう。
>ジャワ、第十六軍
第十六軍は第十四軍から抽出された第四十八師団を加え三個師団基幹
となり攻略を行った。その後、17年の9月17日には在ジャワの一個師団
を南太平洋方面に移され、第2師団はガ島に行った。
>>833 大神さん
> 中田さんは軍が慰安婦を集めたとありますが、交渉形態、営業形態が
> 不明ですので私はどうとでも取れますよという意味で書きました。
>
> 引 用 者 の 中 田 さ ん に
>
> 意味判ります?
では、大神さんはどのように取れるのでしょうか?
『季刊 戦争責任研究』第五号に、この事例を取り上げているようなの
で少し調べてみます。
> とてもではないですが慰安所どころではないと思いますが如何でしょうか?
戦闘行為の終了した後ですので、慰安所設営に取り掛かることは
有り得ます。
>>867 大神さん
> 未成年の売春は禁止されていましたが、植民地については除外されていました。
> 吉見教授がテレビでそれを解説し、そこをわざわざ隠していたため相手から
> 突っ込まれて恥かきました。上杉氏は吉見教授関連から引用しているなら、また
> 慰安婦関連を扱っているなら「未成年で違法性」は言いません。
植民地除外規定に就いては、意味が分かりました。
> >おそらく中央からの通達や規則でしょうが、何が示されたのですか。
> >「先に述べたとおり」も具体的に教えて下さい。
> 遣り取りから前の方に出ていたことと普通に分かるかと思ったのですが?
中央からの規則というのは、何の事を指しているのは、分からないです。
> それは中田さんの主張で、それが正しいが示されていません。
> 中田さんの言うとおりなら「平時業務」以外出来ません。
問題が有るが故に、法律で明文化するべきだったのに、それをしなかった
点を指摘しているのです。論点が逆転しています。
> 既存の法律の枠内でどう具体的に対処できないか上杉氏は書いていません。
上杉氏は、次のように書いています。
>> こうして、慰安所の設置は、軍自らが行なうか、民間業者に設置を要請するとともに、その開設許可を軍が与えたのである。ならば軍は、警察つまり当時の内務省に対して貸座敷を開設する許可を自ら得るか、そのように業者を指導する義務があった。もし許可を得ることができなければ、あるいは許可を得ていない業者であれば、設置を中止し、業者への経営委託も取り消す必要があった。
> 先ず、その根拠が証言というのもさることながら、軍としては
> 「軍の名を騙る誘拐まがいの業者、悪質業者に注意せよ」としています。
> 軍としては。
> 個別である地域、ある時期の担当者があるケースにおいて職務において
> 不適切なことがあったとしても、それを持って軍や国の責任になりません。
証言以外にも、軍人の手記・回想録の中にも書かれています。
この通達というのは、以下を指しているのだと思います。
「軍慰安所従業婦等募集に関する件」
陸軍省兵務局兵務課起案
1938年3月4日
「支那事変地に於ける慰安所設置の為、内地に於て之が従業婦等を募集するに当たり、故らに軍部了解等の名義を利用し、為に軍の威信を傷つけ、且つ一般民の誤解を招く虞あるもの、或いは従軍記者、慰問者等を介して不統制に募集し、社会問題を惹起する虞あるもの、或は募集に任ずる者の人選適切を欠き、為に募集の方法、誘拐に類し、警察当局に検挙取調を受くるものある等、注意を要する者少なからざるに、就いては将来是等の募集等に当りては派遣軍に於て統制し、是に任ずる人物の選定を周到適切にし、其実施に当りては関係地方の憲兵及警察当局との連繋を密にし、以て軍の威信保持上並に社会問題上遺漏なき様、配慮相成度依命通牒す。」
解釈に違いがありそうなのと重要なので別項で取り扱いたいと思います。
> 中田さんに要望ですが、
> a 人に聞く前に自分がするべきことはして下さい。「事実を知りたいだけ」
> と仰っている貴方が、何故証言の検証をしないのですか?私がするのは
> アベコベでしょう。
投稿する前に検証をしています。その方法が大神さんとは
違うだけです。
> b 結構飛ばされている箇所がありますが、飛ばしてしまえば終わりではないので、
> プライオリティもあるでしょうが、きちんとした形で書いて下さい。
この点も何度も書いていますが、即レスできる事と調査しなければ
回答できない事とがあります。>>887-888 のように書かなくて、単
に妊娠がありましたとか性病患者は多くいましたとレスしましても
意味がないでしょう。
> c 意味のないことはしないで下さい。「将官視察中に襲撃」と私が書いて、中田さんに
> 「中田さんはこのような検証をしましたか?」と尋ねたら、意味無く詳しく書かれ
> ていますが、そういったことでお茶を濁すことをしないで下さい。
大神さんが意味がないと判断されているだけです。
> 日本軍によるパナイ島統一討伐を行なっています。
中国での事例と併せて侵略軍に抵抗する(ゲリラ)勢力への報復として
関連があるのです。
>>874 大神さん
>>597
> 当時、陸軍省からの出頭命令を無視したり、出掛けて話を聞きな
> がら要請を拒否することは出来なかった事情を考慮するべきです。
> 実質的には、陸軍省による業者への命令でした。
> と言えますが。最初に遡って開き直りの材料見つけたつもりでも、やり取り
> から実際そうでないですし、もともとそのつもりだったというなら
> 意味無いことを強調して刷り込み、あるいは先鋭化の手法を取っているだけで
> 余り感心しませんね。控えめに表しても。普通の人なら、不見識も甚だしい
> と言うでしょうが。
別に開き直りの材料を見つけたつもりなどさらさらありませんし、
もともとそのつもりなど決してありません。ここまで、「実質的
な命令」というお題目だけで引っ張ってきているのはどうしてだ
ろうと思って、最初の出発点に戻ってみただけです。
出頭命令は従わなければならないとお答えされました。それでは、
命令を履行して陸軍省に出掛けて話を聞いておきながら、要請を
拒否できたと尚もお考えなのですか?
>>878
> 「ゴム無しで一年間やってたのに妊娠、性病の話が出ない」と言っても
> 無視なんですね。自分でおかしいと思わなかったのですか?そう言うところ
> を私が指摘しても、パナイ島の攻略時の話を書いて、
> 「意味無いでしょう」と私が言うと「大神さんが判断しているだけです」
> と返されていますが、そんなことを調べる暇があるなら、どうやったら
> ゴム無しで一年間やって妊娠しないか書いたらどうですか?
同じ事を何度も繰り返し質問されてますが、>>887 でレスして
おきました。パナイ島は、抗日ゲリラという問題として拉致と
関連しているのです。別に、これで終わりではありません。
> それを無視して、攻略時の話を書いていても単なる知識面で負けず嫌い
> を発揮しているだけにしか見えませんよ。しかもパナイ島もあれで終わり。
大神さんは、勝手に断定するのがお好きなようです。しかし、終わり
ではありません。インドネシア・中国・フィリピン・公娼制度・南京・
通達・その他が同時並行して話題となっていますので、きちんとした
レスを投稿する為に準備しています。
> 竹下って将校は実在するんですか?
これはどれに対するレスでしょうか?
> それになんで軍曹がファーストネームで呼ばれるのですか?
>>808 の事だと思います。「タカシ」では無くて「タカハシ」だったの
かもしれません。
> それにどうやって階級の区別がついたんですか?
> そしてそれが理解できるのですか(笑)?
軍服の違い、刀・拳銃の違い、それに襟章が分かりやすい面もあります。
軍曹と呼ばれていたことなどが考えられます。フィリピンで日本語教育
を行なった事情もあります。
>>893
>どうとれますか?
どうとでも取れます。
>戦闘終了後
捕獲武器、消耗物資の補給、主計科は大忙し。また
次にいつ別の作戦(一号作戦)が開始されるかなどなど。また兵力が転用される
など慰安所どころじゃないね。先ずは戦場掃除に負傷者、捕虜の処置、
逆襲の警戒。
>894
>植民地除外規定に就いては、意味が分かりました。
言う事はそれだけなのかな?
>中央からの規則というのは、何の事を指しているのは、分からないです。
普通に読めば貴方が引用した中央からの達、規則などと分かると思うが。
>解釈に違いがありそうなのと重要なので別項で取り扱いたいと思います。
西野留美子氏など、「悪いように悪いように取らないと駄目」とテレビで断言
していたが、別に普通に読めば「悪質業者に注意せよ」でしかないので、
中田さんが何故、「解釈が分かれそう」と言っているのか分かりません。
>投稿する前に検証をしています。その方法が大神さんとは違うだけです。
検証してたら私にあれだけ指摘されない(笑)。
「私はしているつもりです」と下手な言い訳はゼミの時に大学4年生が院生に
ボコボコにされている時に、苦し紛れに言うセリフだけどそれと似てますね。
>894
>大神さんが意味がないと判断されているだけです。
これも同じだね。「私にとっては・・・」で逃げてたら駄目だよ。
コロンブスの卵じゃないが中田さんのあれにどんな意味があるの(笑)?
他の事で私が触れていないことに言うならまだしも、同じところを
意味無く深くしても仕方ないでしょうが(笑)。
>問題が有るが故に、法律で明文化するべきだったのに、それをしなかった
>点を指摘しているのです。論点が逆転しています。
だから(笑)、その問題があったという事を具体的に示して下さいと言っ
ているんですよ。何度もいっているのに、まだ主張を繰り返せばそれで良いと
思っているんですか(笑)?
論点が逆になっているのではなくて、貴方が上杉氏の褌はいて誤魔化して
いるだけでしょう?
>上杉氏は、次のように書いています。
私娼窟はどこに行っても存在するし、風紀が乱れると慰安所地区を指定
したりとしているでしょう?軍は。この上杉氏は「些細な現地のミス」を
「中央の、日本の大きな悪」にスリカエる手法取っているだけでしょうが。
>即レスできる事と調査しなければ回答できない事とがあります
それを踏まえて聞いていて、貴方の場合は不都合な所は無視しているように
取られますよとだけ指摘しておきましょう。
>中国での事例と併せて侵略軍に抵抗する(ゲリラ)勢力への報復として
>関連があるのです。
意味が判りません。関与のとこと同じように次は「関連」ですか(笑)?
掃蕩戦は随所で展開されることです。こう言う事を書くこと自体中田さんは
軍事について苦手ですね私に言われているのですよ。中田さんが好きな
印象操作という言葉ではなくてね
>895
>、「実質的な命令」というお題目だけで引っ張ってきているのはどうしてだ
>ろうと思って
簡単。貴方は「中田イメージ」で話をしているから。それについて貴方が
注意しないといつまでもそれで話をしてしまう。
だから「浅薄なイメージを学校で刷りこまされたんだろうな」と同情しま
した。
そして正規の命令ではないので電報。はい、出頭命令という言葉もフライング
ですね(笑)。それと繰り返しになるが一人しか応じていません。
尚も、中田さんは「実質的命令」といわれるのですか(笑)
>同じ事を何度も繰り返し質問されてますが、>>887 でレスして
>おきました。パナイ島は、抗日ゲリラという問題として拉致と
>関連しているのです。別に、これで終わりではありません。
ちゃんとレスしていないよ(笑)。他の人の話を持ってきて誤魔化している
だけでしょうが(笑)。それにパナイ島には慰安所が1942年に既にあるで
しょう?イロイロ市に。中田さんの言葉通りだと慰安所が無いから拉致が起こる
と言っているけど、これはどうなるの(笑)?可能性の一つを示せばそれで
終わりじゃないよ(笑)。それに将官襲撃は43年の事でしょうが。一年後に
報復するわけ(笑)?
>その他が同時並行して話題となっていますので、きちんとしたレスを投稿する
>為に準備しています。
貴方が話を拡散しているのであって最初から並行していない。強いていえば
拡散して逃げているだけにしか見えない。それにレスが疎かになるほど
手におえなくなるなら新たに拡散するのは止めましょうよ(笑)。
当然催促が起きるでしょう?貴方が拡散したことで招いた事だから、
人に文句を言うなら少しは反省してね(笑)。
>>竹下
>これはどれに対するレスでしょうか?
証言。貴方は検証しているんでしょう?だったら竹下なる将校がいたか当然
調べていますよね(笑)。検証しているなら。訴訟団体からの文を
ただ記載しただけは、検証とは言わないんですよ(笑)。
>>>808 の事だと思います。「タカシ」では無くて「タカハシ」だったの
>かもしれません。
変なこじ付けだけ(笑)。「かもしれません」だけなので貴方のこのレスは
意味無しですな(笑)。
>軍服の違い、刀・拳銃の違い、それに襟章が分かりやすい面もあります。
>軍曹と呼ばれていたことなどが考えられます。フィリピンで日本語教育
>を行なった事情もあります。
下士官も刀を持つ場合もあるし、田舎の農村の女性が拳銃持ってれば
将校と判断できるほどの知識をもっていると中田さんは言われるのです
か(笑)。襟章の金筋の数をレイプされながら確認できるのですか(笑)。
軍曹と呼ばれていたとあるけど、それが階級を意味する言葉と理解
できるんですか(笑)?日本語教育をこんな農村の娘にまでして、そして
それが階級の判別ができるまで出来るのですか(笑)?
中田さん。貴方さっきから可能性を列挙しているだけじゃない。しかもその
可能性の高さ、低さも問題にもせずに。それだったら私が
「全て嘘話かもしれません」で貴方の可能性を相殺できるよ(笑)。
>>896 大神さん
> 解釈に違いがありそうなのと重要なので別項で取り扱いたいと思います。
> 別に普通に読めば「悪質業者に注意せよ」でしかないので、
「軍慰安所従業婦等募集に関する件」
陸軍省兵務局兵務課起案
1938年3月4日
「支那事変地に於ける慰安所設置の為、内地に於て之が従業婦等を募集するに当たり、故らに軍部了解等の名義を利用し、為に軍の威信を傷つけ、且つ一般民の誤解を招く虞あるもの、或いは従軍記者、慰問者等を介して不統制に募集し、社会問題を惹起する虞あるもの、或は募集に任ずる者の人選適切を欠き、為に募集の方法、誘拐に類し、警察当局に検挙取調を受くるものある等、注意を要する者少なからざるに、就いては将来是等の募集等に当りては派遣軍に於て統制し、是に任ずる人物の選定を周到適切にし、其実施に当りては関係地方の憲兵及警察当局との連繋を密にし、以て軍の威信保持上並に社会問題上遺漏なき様、配慮相成度依命通牒す。」
この文章を解読します。まず、大意から始めます。
支那事変地に於ける慰安所設置の為
内地に於て之が従業婦等を募集するに当たり
1.ことさらに軍部了解等の名義を利用し、為に軍の威信を傷つけ、且つ一般民の誤解を招く虞あるもの
2.従軍記者、慰問者等を介して不統制に募集し、社会問題を惹起する虞あるもの
3.募集に任ずる者の人選適切を欠き、為に募集の方法、誘拐に類し、警察当局に検挙取調を受くるもの
これらの問題点を列挙して
注意を要する者少なからざるに
4.就いては将来是等の募集等に当りては派遣軍に於て統制し
5.是に任ずる人物の選定を周到適切にし
6.其実施に当りては関係地方の憲兵及警察当局との連繋を密にし
以て軍の威信保持上並に社会問題上遺漏なき様
配慮相成度依命通牒す
ここで注目すべきは、慰安婦を徴募するのに、3の誘拐に類する犯罪が行なわれていた事です。国内での悪質な拉致・連行は、無かったとされているのですけど、この文面からは誘拐に類する事例があったこと、及びそれを軍が認知していた事を示しています。
1937年12月上海から南京への進軍途上及び南京での強姦事件多発を要因として、慰安所の本格的設置が始まります。陸軍省が玉の井銘酒屋組合に慰安婦派遣を要請した事例は提示した通りです。これだけでなく、現地軍の御用商人(便利屋とも呼称)の手を介して慰安婦を徴集していきました。
現地軍・陸軍省などが中国に慰安婦を大量に徴集する動きを始めた為に、上記123のような事態を招来したのです。この対象となっているものは、慰安婦募集の任に当たった者です。軍の要請に応じてかなり無理な徴集を行なった結果でした。
ことさらに軍部了解等の名義を利用したと述べていますが、元々が軍が要請した訳ですから自らが発注者であった事実を隠蔽しています。おそらく徴集者は軍が後ろ盾に就いているとか軍の依頼であるとか、軍を前面に掲げて慰安婦を徴集したので、どうして軍がそのような女性を集めるのだろうと疑問を抱き問い合わせ・照会などがあり1のように一般民の誤解を招くおそれがあると記さざるを得ませんでした。
123の問題を提示して、今後の対応として挙げられているのが、456です。
4.就いては将来是等の募集等に当りては派遣軍に於て統制し
5.是に任ずる人物の選定を周到適切にし
6.其実施に当りては関係地方の憲兵及警察当局との連繋を密にし
慰安婦募集には、派遣軍にて統制し、軍からの徴集依頼人を適切に選び、憲兵及び警察との連繋を密にするように指示を出しています。「悪質業者に注意せよ」という業者は、この文面では出てきていません。補って読むにしても、「注意せよ」という指示も記されていません。慰安所での慰安婦募集には、主体である派遣軍が統制を行ない、軍からの慰安婦募集に任ずる人選を適切に行ない、憲兵及び警察との連繋を密にすることを指示しているのです。
「法廷」では、二人の元日本軍兵士が証言を行なった。金子安次さんは前線に朝鮮人「慰安婦」を連れていく「巡回慰安婦」移送の護衛を体験していた。彼はトラックで運ばれた「慰安婦」に群がる軍人たちの様子や自らが通った慰安所の体験、くじ引きで順番を決めて六人で一人の中国人の女性を強姦したことなどを告白した。さらに、慰安所は強姦防止策として効果的であったかという検事の質問に対して、彼はこう証言した。
「役に立っていたとは思いません。慰安所で一円五○銭払うんだったら作戦に行って強姦すればただでできる。そういう考えを持っていました」、「女は子どもを生むから殺せ、子供は大きくなったら我々に反抗するから殺せと命令され、どうせ殺すんだったら強姦した方がいいという気持ちで強姦しました」と。現在もなお慰安所設置を必要悪だったとして正当化する声があるが、証言は強姦の常態化が実は日本軍の体質であったことを暴くものであった。
一方、鈴木良雄さんは部下が慰安所に行くよう取り計らったことや、婚約者がいたためしばらくは慰安所に行かなかったものの、戦況が悪化してくると「どうせ生きて帰れないのだから、男として生まれたからには一通り女遊びもやっておこうという考えになり慰安所に行くようになった」と語った。そして彼もまた、「軍隊に強姦はつきもので、日常茶飯事だった」、「兵隊たちは女を見つければ強姦した」と証言した。
(中略)
二人は、なぜ、このような場に出てきて証言するのかという検事の問いに、きっぱりと応えた。
「性暴力についてはなかなか話しにくいことで、証言する人も非常に少ない。しかし、この問題を抜きにしたら戦争の実態は出てこないのです。本当の戦争はこうなんだということがはっきりしない。それで恥をしのんで証言しているのです」
VAWW-NETジャパン編『裁かれた戦時性暴力──「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」とは何であったか』(現代書館)
>>879 大神さん
> >>873 を再度見て思ったのですが、
> 以前中田さんは人の褌で相撲は取らないと言われていましたが、
> どう見ても人の褌で・・・・してません?
どこがですか?
> 先ず、インドネシア人の女性がどうやって日本人と会話が出来るのですか?
軍用車両に乗れ、嫌だというやり取りは、ジェスチャーで十分
可能です。
> それと日本軍にジープはありましたか?しかも六人ほど乗っているという。
> それに女を足すと7人になりますな。これだけ見てもおかしい。
ジープと呼称された日本製はありませんでした。よく似たスタイル
の車両では、軍用貨物自動車がありました。
> それに、強姦事件の数の数的根拠が不明ですし、陸軍軍医中尉が強姦事件に
> ついて報告していますが、どうやって相手の女性の年齢が分かったのでしょ
> うか?さらにどうやってこれらの事件が露見して、この軍医中尉が知り得た
> のか。摩訶不思議ですね。
軍の法務部及び憲兵隊と連絡を取って、それらの調書、司法書類、被告人等
の調査に基づいて作成されています。
強姦と慰安所を混同している訳ではありません。女性を拉致・連行した要因に日本軍の構造的特質があり、それを説明しておかなければ中国・フィリピンの事例を単なる現地軍の犯罪と見なしてお仕舞いになりそうだからです。
高級将校は、将校クラブで女を独占して囲っているケースもありました。一方、兵士は、安い給与で月一回の慰安所通いしかできませんでしたし、侵略軍に抵抗する地域では明日の命が保証されない状況の中に放り込まれていました。
しかも前線では、慰安所設営など出来ません。高度分散配置(今後、説明します)により、小部隊でしかも長期に駐屯せざるを得なかった中で、拉致・強姦などの性犯罪が多かったのは、日本軍の作戦そのものにも原因がありました。以下は中国での事例ですが、フィリピンの抗日ゲリラが強かった地区と類似した要素があります。
------------------------------------------------------------
日本兵の性犯罪の心理
それでは、日本兵になぜこのような性犯罪ができたのか、岩田さん(仮名)に聞いてみた。
第一は、日本軍の燼滅掃蕩作戦では、敵性地区(抗日根拠地またはゲリラ地区)の民衆までも燼滅、すなわち皆殺しの対象としたことである。敵性地区の女性は子どもを産むから、子どもは大きくなったら日本に抵抗するから、そして老人はどうせ先が短いのだから、殺してもかまわないといわれた。現に強姦して、抵抗されて殺害しても罰せられなかった。
一方、治安地区においては、日本兵は強姦しなかった。同地区は宣撫地区とも呼ばれ、日本軍の占領地で日本の支配の意図を正しく理解させて、人心を安定させる地区の意味を持ち、そこでは、憲兵が日本兵の陸軍刑法に違反する強姦行為も取り締まっていたからである。
第二は、部隊のなかに古年兵の特権、役得として強姦ができるという不文律が確立し、岩田さんの分隊では三年兵になるとほとんどが強姦をした。兵営でも「今日は何人やった」「二人やった」という会話が日常的に交わされていた。
将校の小隊長や中隊長は、強姦は陸軍刑法で禁止されているから、掃蕩作戦に出勤する前に口頭では「強姦をしてはいかん」と一応注意するが、実際は黙認していた。掃蕩作戦中、古年兵が女性を拉致してきて営舎に軟禁し、夜になると五、六人の兵隊で輪姦しても、小隊長は狸寝入りをして知らぬふりをしていた。
将校は強姦することはなかったが、そのかわり、慰安所に通うのは将校のほうが多かった。兵士が慰安所に行けるのは、給料からいってせいぜい一月に一度だった。岩田さんは戦地で八円八○銭の月給を支給されたが五円近くを天引き貯金として差し引かれ、手元に残るのは三円八○銭にしかすぎず、慰安所は一回で一円五○銭をとられた。だから兵士たちは、慰安所に行かなくても、掃蕩作戦に行けばただで強姦できると考えていた。ちなみに、当時月給は初年兵が八円八○銭、上等兵は一一円余、将校はだいたい一○○円以上だったという。
さらに兵士が慰安所に行くのには外出許可が必要で、厳格な時間制限があったため、五時前には兵営に戻らなければならなかった。将校は給料もよく、夜間自由に外出できたので、女性を囲っている人も多かった。小隊長や中隊長は女性にかんして特権を享受していたから、そのかわりに、古年兵たちの強姦を黙認して、彼らの不満の爆発を防いでいたといえる。
もし、厳格に強姦を処罰すれば、「将校だけがいい思いをしてなんだ」「将校連中だけが好きなことをやって」と恨みをつのらせた古年兵から、戦闘のさいに「背後からの一撃」を受ける恐れもあった。それに、もし中隊長が大隊にたいして部下の兵が強姦したと報告すれば、自分の部隊の軍紀弛緩の責任、監督指導不行き届きの責任を追及されることが目に見えていた。結局は黙認がいちばん無難ということになった。
慰安所は兵士の強姦を防止するために設置されたといわれている。たしかに強姦を厳禁した治安地区では、その効果はあったかもしれないが、慰安所があったために兵士の性欲はかえって刺激され、自由にならないだけに欲求不満が生じ、それが敵性地区の掃蕩作戦において日本兵の強姦行為を誘発、助長した側面が強い、と岩田さんは述べる。
(中略)
岩田さんが強姦をやるようになった心理には、一つには、平時の兵役は二年から三年で、ふつうなら満期が過ぎたので招集解除退役になるはずであったが、四年たっても帰還できないことへの絶望感のようなものがあった。「自分は死ぬかどうかわからない、それならば、やりたいことをやっておこう。相手だって強姦されて減るものではないし、現に財産を奪われるよりはましと、あまり抵抗しないではないか(実際は抵抗すれば殺害される危険があった)」と罪悪感をもたなかった。
また一つには、四年も経過すれば、階級歴がものをいう軍隊生活にあって、学歴のために自分の限界がわかって昇級をあきらめた結果、それならば要領よく好き勝手なことをやろう、という心境になる、そう思うと上官に評価されるように勤務に精励する必要もなく、古年兵のだれもがやっているように、強姦をして憂さ晴らしをしたほうが得だという気持ちになったのだという。
中国戦線において日本軍は、他の多くの事例からも明らかのように、のべつまくなしに性犯罪を犯したというわけではない。強姦が処罰されず黙認される地区=抗日根拠地・ゲリラ地区と、強姦が処罰され、厳禁されている地区=日本軍占領地区とをはっきり区別していた。つまり強姦をやってもかまわない所とやってはいけない所とをわきまえていたのである。日本兵はやってはいけない場所・社会では「理性的」に強姦行為を抑制できたのである。日本兵はこのようにコントロールができたから、日本に戻れば日本社会に適応して、強姦などはまったくしないでいられたのである。
この使いわけを知らないと、「家庭でやさしい父や兄だった日本兵が強姦などできるはずがない」、あるいは逆に、「日本兵が強姦したというのは、日本人を野蛮で好色な民族だと貶めようという自虐的な人たちだ」と単純な否定論に陥ることになる。
笠原十九司著『南京事件と三光作戦──未来に生かす戦争の記憶』(大月書店)
>これだけでなく、現地軍の御用商人(便利屋とも呼称)の手を介して慰安婦
>を徴集していきました。
それを示しましょう。
>、「注意せよ」という指示も記されていません。慰安所での慰安婦募集には
>、主体である派遣軍が統制を行ない、軍からの慰安婦募集に任ずる人選を
>適切に行ない、憲兵及び警察との連繋を密にすることを指示しているのです
慰安婦を引率する人間について注意せよと読めますが。慰安婦募集には派遣軍が統制を
行うのではなくて、慰安婦を募集する人間について、悪質業者などに許可しないように
(前科などの情報)を憲兵や警察と連携するように書いているだけで、文意から
やはり「悪質業者に注意せよ」となります。
>900
また、変なのを持ってきて・・・。これはなんの裁判なのかも書いていない。
中田さん変なもの引っ張ってきて貼り付けるの、そろそろやめません(笑)?
>901
>どこがですか?
最近とみにひどいですね。参考程度どころかネットで探してきて引っ張ってきて
はりつける。そんなに人の褌が好きですか(笑)?
>軍用車両に乗れ、嫌だというやり取りは、ジェスチャーで十分可能です。
質問の答えになっていません。あの会話が出来るかどうかを聞いているのです。
これが法廷なら当然聞かれます。もっとも流石の中田さんも、あの会話には
擁護しきれなかったみたいですね(笑)。
>ジープと呼称された日本製はありませんでした。よく似たスタイル
>の車両では、軍用貨物自動車がありました。
それを示しましょう。そして六人乗りが出来るかどうかも。
>軍の法務部及び憲兵隊と連絡を取って、それらの調書、司法書類、被告人等
>の調査に基づいて作成されています。
どこに書いています?
>>902 ,903
また、人の褌だね・・・・・・。
>女性を拉致・連行した要因に日本軍の構造的特質があり、それを説明しておか
>なければ中国・フィリピンの事例を単なる現地軍の犯罪と見なしてお仕舞い
>になりそうだからです。
特質が日本軍によるものか軍隊によるものかの考察も無い。笠原氏にそれを
求めるのは酷だけど何も貴方までそうする必要は無い。そして、貴方の文には
結論が先に示されているように見えるが?「現地部隊の犯罪」で片付け
られないようにするためと。
それと三光作戦って誰が作った言葉か知っている?
>>884 大神さん
> >>881
> >大神さんの個人的な思いとは全く違う体験者の声に耳を澄ましてみましょう。
> 別に私の個人的な思いではないのだが。中村氏の著書からの話なんですが。
> 当然中田さんは御存知だと思いましたが(笑)。
知らないです。読んでみますので、著者名と書名を教えて頂けますか。
>>889
> >>885
> 普通の国語力があれば分かりますよ。
> そして、中田さんの主張、中国大陸では女性を拉致してきてにあうように
この文章が普通の国語力があれば分かるのですか。
なるほど素晴らしい名文でした。
> 先ず、現地部隊が独断でやったことと軍が
> 組織としてやったことは違います。軍が組織だってするようにしたかということを
> 中田さんは示されていませんね。
まず、歴史では何があったのかが第一義的に重要な事です。
> >武器・弾薬を携えた侵略軍から要請されて地元の住民が拒否できるもので
> >しょうか。合意とは対等な関係にある人・組織間に於いて有効
> >だと思います。
> 「中田イメージ」で話されても意味ありません。それが帝国憲法を持ってきての
> 「実質的命令」というミスを生んだのですが、いい加減気づきませんかね?
全然、反論になっていません。
> >>885
> また人の褌で・・・、それしてるから私が貴方が引用した文に対して誤りを
> 指摘すると貴方情け無いことに何も言えなくなるでしょう?
「中田イメージ」とか「人の褌で」でのように短いフレーズを多用
する事で、反論したつもりになっているのでしたら、全くのお門違
いです。もっと実りのある議論をする気はないのでしょうか。
>>890 大神さん
> >>886
> 第十五軍は約五万。そのうち兵力転用をされて1/3に減少。約二万になりません?
> 少し自分で調べてみるといいですよ。ネット掲示板からの孫引きだけではなくて。
ネット掲示板からの孫引きというのは、どれを指しているのですか?
> 「当時」というのは、一体何年を指していることなのでしょうか。
> 日本軍が占領していた期間を通してということですか。
> そうしますと、占領時から終戦時まで2万人の日本軍が駐留して一切移
> 動が無いことを前提としませんと、後段の発言が意味を有しません。
私の意見にきちんと答えていますか?
もう一度質問します。
「当時」というのは、一体何年を指していることなのでしょうか。
日本軍が占領していた期間を通してということですか。
> >ジャワ島に占領当初に約5万人いたのでしたら、当時2万人いたという
> >事との整合性はどのようになるのでしょう。
> ちゃんと人の発言見てればこんなこと書かないだろうな。
これも反論になっていません。
-----------------------------------------------------------
大神さんの元の質問はこうでした。
> > それと中田さんにお尋ねしたいのですが、インドネシア人の二万二千人の
> > 元慰安婦と称する人達はインドネシア全土から集まった人達でしょうか?
> > それともジャワ島かどこかだけでしょうか?もし知っていたら教えて下さい。
それに対して、私は次のように回答しました。
> 兵補協会会員は遺族もふくめて七万六○○○人、インドネシアに一三四の
> 支部があります。ジャワ島だけでなくインドネシアの各支部を含めての登
> 録です。
これに対する大神さんのレスです。
>兵補の会員ではなくて、慰安婦の数を聞いているのは普通に読めば
>分かるよね?法律の話の時のようにまた時間稼ぎ(笑)?
> インドネシアに一三四の
> 支部があります。ジャワ島だけでなくインドネシアの各支部を含めての登
> 録です。
ジャワ島かどこかだけでなく、インドネシアの一三四の支部を含めています
と書いています。
-----------------------------------------------------------
> >>887
> >流産、妊娠した女性もいましたし、性病にも感染しています。
> あのさぁ、中田さん。くだんの女性について話をしているのにそうやって
> 誤魔化しても仕方ないでしょう?プライドばっかり高くて人の褌ばっかり
> するのも考えものだよ。
>>827 の大神さんの次の文章にレスしました。
> 慰安所にしろ別のの淫売屋にしろサックをつけないと、処罰の対象に
> なります。バレたら初年兵なら半殺しでしょう。また病気をもらうと営倉
> 行きでしょう。そして当分は外出止めになるでしょう。ですから制裁も
> さることながら、本人自身も病気をもらうのが嫌でしょうから
> 突撃一番をつけない猛者は少ないと言えます。特に監禁して不特定多数と
> した女を相手にする場合なら。それと、サックをつけないといい加減
> 妊娠するものですが、妊娠、中絶の話はありませんね。それとマニラが
> 空襲されたぐらいで日本軍は撤退していません。
どこが誤魔化しなのでしょうか。
-----------------------------------------------------------
> それは中田さんにとってあくまで妥当な話。
>>816 の最後の「皆」とは、マニラ駐留の日本軍全部を指すのではなく、
当事者に取っては慰安所関係者を意味する事を指摘しました。その要因
が1944年9月中旬に始まった米軍によるマニラへの爆撃だとするの
が不十分でしたら、10月のレイテ決戦での敗北であったとしておきま
す。
>>874 大神さん
>>869
このままでは、議論が進みませんので、私が調べた結果を報告します。
> 平成5年に東京のT弁護士ら3人の弁護士が
> 「保障のために慰安婦は名乗り出て欲しい」と新聞に広告を出して、
> 兵補協会のラハルジョ会長が保障要求のやり方の指示を受けたのが始まりで
> すね。その際に慰安婦一人頭200万円(日本だと2億円に相当)と喧伝して
> たので2万2千人が「私は元慰安婦」と殺到しました。
インドネシアでこの問題がマスコミを賑わせるようになったのは、1992年7月以降です。7月6日付けの全国紙「コンパス」が、読売新聞の記事を紹介して「日本軍が第二次大戦中、アジア諸国の女性を慰安婦として募集するにあたって、軍が関与していたという事実を証明する文書127点が発見された」と伝えました。
翌7月7日の各紙に、「日本政府が6日、朝鮮半島、中国、台湾、フィリピン、インドネシア出身の元慰安婦に対する謝罪の意を表明した」と報道しました。その頃は、社説も含めて各紙が、慰安婦問題を取り上げ、インドネシア人も慰安婦問題の犠牲者になっていたと名乗り出る人びとの報道もなされたのです。
7月12日に、「コンパス」紙に「インドネシアにもあった従軍慰安婦問題」として二人の男性の証言、17日には、元慰安婦の記事も載り、インドネシアの雑誌『テンポ』8月8日号でも12頁もの慰安婦問題の特集を組み、ジャカルタ、トラジャ、ウジュンパンダン、スマラン、バルカ島で慰安婦にさせられた女性の体験を紹介しました。
これらのマスコミ報道により、人権問題に取り組んで法律相談などの援助活動を行なう法律援護協会(LBH)が関心を示してきました。
1993年4月に村山氏を団長とする日弁連の弁護士5名が朝日新聞の大村氏(個人資格)の案内で「ロウムシャ」及び慰安婦の調査に法律援護協会と連絡を取りインドネシアを訪問しました。この6名にはイニシャルがTである氏名の人は含まれていません。
この調査はあくまでも、同年10月に東京で開催予定であった戦後補償に関するセミナーのための事実関係調査を目的としたものであり、弁護士個人の資格で行なわれたものでした。
ところが、インドネシアのマスコミは、日本政府が慰安婦の補償問題に乗り出したというニュアンスで報道したり、日本の弁護士が元慰安婦の訴訟を援護するために来たという書き方をするのもあったようです。当事者からの確認を取らずに、法律援護協会関係者からの情報だけに基づいて記事にしたため誤解を生むことになりました。
4月20日、ムルデカ新聞に「日本軍政下の日本軍による被害実態を明らかにしなければならない」という内容の社会大臣のコメントが掲載されると、その直後から「ロームシャ」や「イアンフ」にされた人びとが事務所に押しかけてきました。一部の人とは日弁連の弁護士が直接面談しましたが、総数が多いために全員に面談できませんでした。新聞紙上で被害者に呼びかけたのは、法律援護協会でした。
そこで法律援護協会では、名乗り出てきた人たちに取り敢えず名前、住所、日本時代の体験等を簡単に書いて貰い、これがいわゆる「登録」作業の始まりでした。
マスコミによって登録にくる女性の取材合戦が始まり1993年度を通じて新聞紙上で女性たちの体験紹介が相次いで行われました。ここでは、慰安婦だけでなく日本軍将兵に強姦された女性、将校専用の性奴隷にされた女性など幅広く日本軍による性暴力被害者の登録がなされ、約420名に達しています。
一方、兵補協会の方でも1995年8月から登録を始めました。協会側の説明では、この問題に理解を示していた高木弁護士が、この協会を訪れた時、「慰安婦の実態調査をしてみたらどうですか」と持ちかけたのがきっかけだったようです。ここでも法律援護協会と同じく、日本軍将兵に強姦された女性、将校専用の性奴隷にされた女性を含む日本軍による性暴力被害者の登録がなされ約2万2千人となっています。
参考文献
『「慰安婦」問題調査報告・1999』
『インドネシア従軍慰安婦の記録 現地からのメッセージ』
『インドネシア 侵略と独立』
フィリピンの事例
年齢層
年齢的には、十歳から三十歳まで分布している。とくに十代の若い女性が多い。
場所
日本兵に拉致された被害女性が連れ込まれる先はほとんど軍の駐屯所である。当時さまざまな建物が駐屯所として徴用されていた。証言に出てきた例としては、病院、小学校、教会、市庁舎、精米所、製氷工場、キャンディ工場、公営市場、写真館、住宅、公務員宿舎、たばこ乾燥倉庫などがあった。
駐屯地内に張られたテントに監禁される場合もあれば、ニッパハウス、竹小屋(カマリグ)に女性たちのみが集められ監禁される場合もあった。防空壕のトンネルとか地下の洞窟の例もあった。
状況
駐屯所に連行されるときからすでに数人から十人くらいのフィリピン女性といっしょだったケースが少なからずあるが、女性が一人で連行される場合でも駐屯所には複数のフィリピン女性がいた。
侵略軍に抵抗する抗日ゲリラを掃討すると称して、山中に逃げ込んでいた避難民のうち、何の根拠もなく怪しいと見なした住民を拉致・虐殺し、若い女性を駐屯所に連行して慰安行為=性的奉仕を行なっていた。
暴力性
被害者と軍とのあいだに民間業者などが介在する余地はまったくなかった。軍の移動中における偶然の遭遇、計画的と思われる女性の自宅への襲撃、作戦行動中の強制連行など、軍事力を背景にして有無をいわせず暴力的に女性を拉致している。
理由
日本軍は開戦初期のパナイ島攻略の際、イロイロのほかロハス市およびアンティケ州サンホセにもほとんど同時に上陸している。ところが、「正規」の「慰安所」はイロイロ市にしか設けられず、ロハス、アンティケ、イロイロ州郡部などに展開する諸部隊はそれぞれの駐屯地に自前の「慰安所」を設けた。
こうしたことを必然としたのは以下の理由によるものと思われる。すなわち日本軍が設置した「慰安所」制度は女性に対する軍事・経済を含めた体制的強制による継続的強姦の公然化であり、性差別・民族差別イデオロギーの公認にほかならなかった。当時の軍隊にとっては、「慰安所」が各地で部隊独自に女性を拉致・監禁する口実になった。たとえば、イロイロ市に「慰安所」が公設されて「慰安」が公認されている以上、それ以外の駐屯地でそれぞれの「才覚」による「慰安所」類似施設を設けてはいけない理由はないではないか、というわけである。
フィリピン「従軍慰安婦」補償請求裁判弁護団編
『フィリピンの日本軍「慰安婦」──性的暴力の被害者たち』
明石書店
この掲示板にやって来た頃に、軍属の定義及び従軍慰安婦が軍属だったのかどうかで少し議論したことがありました。ある本を探していたのですけど、漸く入手できたので、参考までに引用します。
上海に海軍特別陸戦隊が指定していた慰安所「海乃家」がありました。本書は、そこの息子さんからの聞き書きから構成されています。これによりますと、慰安所の家族だけで無く、日本から来た慰安婦及び朝鮮からの慰安婦に軍属の証明書を発給していた事が明らかにされています。
-----------------------------------------------------------
一種の官僚機構で、その末端だったんですね。
だから、海軍特別陸戦隊から、私たちにも、軍属の証明書をくれたんですよ。
私も、楼主の家族ということで、軍属の身分でしたから、証明書を持っていました。
慰安婦たちも軍属で、みんな、軍属の身分証明書を持っていました。
しかし、確か、中国人には、軍属の証明書を発行することはなかったですね。
華公平著『従軍慰安所〔海乃家〕の伝言』(日本機関紙出版センター)
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8)慰安婦の輸送等
慰安婦の輸送に関しては、業者が慰安婦等の婦女子を船舶等で輸送するに際し、旧日本軍は彼女らを特別に軍属に準じた扱いにするなどしてその渡航申請に許可を与え、また日本政府は身分証明書等の発給を行うなどした。また、軍の船舶や車輌によって戦地に運ばれたケースも少なからずあった他、敗走という混乱した状況下で現地に置き去りにされた事例もあった。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/im_050804.html
外務省のサイトにも、慰安婦を軍属に準じた扱いを行ない身分証明書等の発給を行なった事が記されています。
>>906
>教えて下さい
分かりました。
>この文章が普通の国語力があれば分かるのですか。
>なるほど素晴らしい名文でした。
普通の国語力があれば理解できるのが、中田さんの主張に対する根拠が
「軍事力で威嚇して」も仮定であり、その根拠も特殊例か全体例かも示して
いないと言うことです。ここまで言わないと分かりませんかね?
>全然、反論になっていません。
「中田イメージ」では合意の条件が厳しく決まっているのかも知れない
けど、それはあくまで中田さんの頭の中でのことでしょう?と言うことですよ。
恥ずかしいでしょうからみなまで言いませんでしたが、お分かりになられて
いないので書きますが、中田さんの基準とは徴発も略奪になるようなもの
なので、そのような基準で合意が有効か無効か論じても意味無いんですよ。
それと短く言いきりで言えば言い返したってことにはならないんですよ。
>906
>「中田イメージ」とか「人の褌で」でのように短いフレーズを多用
>する事で、反論したつもりになっているのでしたら、全くのお門違
>いです。もっと実りのある議論をする気はないのでしょうか。
実りのある議論をしたいですけど、貴方の場合は自分の基準とか、人の
意見をそのまま貼ってきたりとかで、貴方自身全然実りある議論をしようと
していませんよ。事実貴方自身人の意見を引っ張ってきて反論して、それに
私が異を唱えた場合、もともと貴方の意見ではないので直ぐに流して対応不可
になっているでしょう?違いますか?
>ネット掲示板からの孫引きというのは、どれを指しているのですか?
インドネシアの日本軍兵士数。
>私の意見にきちんと答えていますか?
>もう一度質問します。
>「当時」というのは、一体何年を指していることなのでしょうか。
>日本軍が占領していた期間を通してということですか。
ちゃんと全体を読んでいますか?三個師団基幹の内二個師団が17年中頃に
転用。兵力が1/3になったためにPETAというインドネシア人からなる部隊を
作る。同時に兵補も募集する。ここまで書いているから普通は私の意見が
17年中頃以降を指していると理解しませんか?
>ジャワ島かどこかだけでなく、インドネシアの一三四の支部を含めています
>と書いています。
「兵補協会の会員」を聞いているのでは無く、そこに登録された慰安婦が
ジャワ島だけなのかを聞いているのだが。頭冷やしてもう一度読んでみま
しょう。
>どこが誤魔化しなのでしょうか。
くだんの女性の話を指摘しているのは文脈から分かるのに、「他の女性では
きちんとありましたよ」と言っている所。
>中田さん
>>816 の最後の「皆」とは、マニラ駐留の日本軍全部を指すのではなく、
>当事者に取っては慰安所関係者を意味する事を指摘しました。その要因
>が1944年9月中旬に始まった米軍によるマニラへの爆撃だとするの
>が不十分でしたら、10月のレイテ決戦での敗北であったとしておきま
>す。
「指摘しました」ではなくて、事実関係ではそうしないと歴史的事実と
整合性が合わないから中田さんがそう言ったのでしょう?それに対して
私が異を唱えているのでしょう?
「ゴキブリが出たからと学校の生徒全員が居なくなるようなもの」と。
つまり馬鹿らしい。
そしてまたなんで10月のレイテ戦の戦況で居なくなるの?
中田さんの話はその女性の話が100%正しいと前提において進めている
ようだけど、それに対しておかしいと言っているんだよ。意味判っています?
>908
は複数の本を参考にして書いているので、これに対する反論はまた纏めて
するとしましょう。しかしながらこれも後述する問題点を抱えていますが。
中田さんは
>909のように、反日的な団体が書いた著書を纏めているだけだと、当然
その団体に都合の良い部分と、悪い部分が捨拾選択されていると考えたことは
ありませんか?
同様に笠原氏の文を持って来たりとしていますが、
「私と貴方」の議論なので「反日的な団体」と「それに異を唱える団体」との
代理議論でもないので、否定的、肯定的な意見や著書を披露しても仕方ない
でしょう?それが貴方が「人の褌で相撲を取っている」というところなの
ですよ。
>910
>上海の場合
先ずそれが全体例か一部の例か分からないので、また真か偽かも分からない
のでまた羅列的手法ですね。
>身分証
軍属の身分証ではないでしょう?
まぁ、私が判っている事を書きますと、最前線の慰安所の場合においては
軍が時に軍属扱いする場合があったようです。そして、亡くなった場合は
日赤看護婦か慰安婦かどちらか書かずに単に「軍属」として靖国神社に
奉られます。ですから、このよう場合は別としてそれ以外の場合は慰安婦は
軍属とは見なされません
>中田さんへ
>>885
それとインドネシアの話ですけど中田さんが引用した話の中でもありますが
>また、インドネシアといっても、ボルネオ、セレベス、スマトラ、ジャワと、
>たくさんの島があり、正確な数字はわからないのが実状です。
と、あるように引揚げ時の人数を中田さんが孫引きで書いていましたが、
ジャワと言っても、ジャワ本島だけではないでしょう?
スマトラと言ってもスマトラ本島だけではないでしょう?
無人島のような所や小島に配された部隊も近くの大きな島で「ジャワ」
とかなったりしますよね?そして、終戦時の数という事ですが、下部(特に
州単位)行政指導、技術指導などで来た日本人もいますよね。軍人以外でも。
そして、ニューギニアは中田さん自身が少し調べれば分かりますが当時大変な
未開の地で原住民も少ないような島で、射精する元気のあるような兵士なんて
果たしていたの少しニューギニア方面の戦場について調べれば分かりますよ。
ですから、ニューギニアにいた日本兵がインドネシアの慰安婦問題の頭数に
捉えて考えられません。
>>インドネシア続き
更に兵力の話になりますとフィリピンとかニューギニア、ラバウル方面の
ように戦場になりそうなところ、あるいは戦場になっている所に対して、
増援は概して平穏な満州、ジャワ方面など、あるいは師団数が多い支邦方面
から引きぬかれて上述の地域に充てていました。
師団を一から作るの、兵士を一から育てるのも、各部隊で合同演習をする
のも大変な作業なんですよ。ですから既存の部隊をスライドさせて移動
させたり、既存の小部隊を集成して旅団を作ったり、師団に拡大させています。
そして、インドネシア方面の場合は上述のように引きぬかれる方であり、
ゲリラもなく親日的だったのでジャワの場合は兵力が増やされたりはして
いません。
そして、インドネシアと言ってもニューギニアやスマトラの場合のように
島によって状況を考慮しないといけないので、慰安婦問題に関する場合に
おいて単純計算で20万とはなりません。ついでに言えばこれは軍属も含む数
ですが。
>慰安婦とインドネシアと数
そして慰安婦の数について考える場合、果たして慰安婦の総数はどうだっ
たのか?という方面からも考えられます。
具体的に言いますと、
・余り根拠の無い、兵士30人に対して慰安婦一人とした説。
・兵士60人から70人に対して慰安婦一人として説。
・借金返済と交代の人数を考慮に入れた兵士100人に対して慰安婦一人とした説。
・総兵士数から計算した兵士150人に対して慰安婦一人とした説。
それぞれ慰安婦の数は20数万から約10万、6万、4万となります。
これをインドネシアの日本軍を慰安婦の数から逆算すると、
インドネシア人の慰安婦二万二千人だけでも、60万から300万の日本兵が
いたことになります。更に、既に死亡している元慰安婦の人、名乗り出なかった
人がいると仮定して、この二万二千だけでも100%ではないとするなら、
日本軍の兵士数はさらに多くなります。こういう面から考えてみても
この二万二千という数は相当に胡散臭いものになります。
>>917 の続き
>兵士数
さらに引揚げ時の20万は、軍人、軍属を含んだ数なので、インドネシアの
資源を開発するための人達、さらにそれを内地に送る船員の人達、そして
港湾関係などの人達、そして前述のように軍人では無く下級行政指導、民政、
技術などのために来た人達も含まれます。ですから、実兵力は実際は
少ないために、戦力の面からも兵補や現地人による軍隊を作るようになった
のです。
>慰安婦の数
そして、目立つのが慰安婦の数の多さです。各政府が発表している数字は
別として、実際に名乗り出て登録されたのが2万2千人ということです。
これは他の国では類を見ない事です。
被害究明をしないといけないなどといったことはどこの国でも言われ
ています。ですが、何故に2万2千人も名乗り出たのでしょうか?
そこには何らかの理由が無いと本当に摩訶不思議な事です。
それに対して中田さんは「金に釣られたかどうかは不明です」
とさらっと流しています。
実 り あ る 議 論 を す る な ら
そ う い う 所 を
流 し て も い い も の な の で し ょ う か ?
確かに分からないことは「不明です」としか言いようの無いのは
仕方の無いことでしょう。
ですが分からないままにしてはいけないでしょう。特に中田さんは熱心に
色んな著書を引っ張ってきています。
あれだけの熱意があるなら、このところの問題をそのまま放置していいもの
なのでしょうか?
中田さんにお尋ねしたいのですが、慰安婦の総数からの逆算といった数的考察、
さらに他の場合とは違い明らかに多い自称していることについての考察。
高木弁護士などが来だしてから急に増えた二万二千人に対する考察。
それらについて中田さん自身は考察しましたでしょうか?
中田さんは色んな著書を引っ張ってきていますが、それらは概して
「慰安婦は悲惨だった、慰安婦は強制された、慰安婦に保障せねばならない」
といった主張を持つ団体からのものがほとんどです。
そういった団体が自分達の主張に都合の悪いような上述の疑問点について
触れるわけないのは当然ですから、中田さんは「実りある議論をしたい」と
仰っていますが、残念ながらやっている事は「紹介」だけで終わっています。
中田さん、いい加減そこの所を改めませんか?
>>914 大神さん
> 「私と貴方」の議論なので「反日的な団体」と「それに異を唱える団体」との
> 代理議論でもないので、否定的、肯定的な意見や著書を披露しても仕方ない
> でしょう?それが貴方が「人の褌で相撲を取っている」というところなの
> ですよ。
「人の褌で相撲を取っている」
>>757
> 本人の意思がどうとか言っていますが、最初は誰でも客を取るのは嫌な
> もんです。そりゃ当然です。ですが一月もすると慣れますし、腰の使い方を
> 覚えれば3分とかからずに終わらせる事が出来ます。それで高収入。
> 最初はビックリや嫌々でも、時間が経てば普通に仕事としてしています。
> 人間そんなもんで、60年近く経って最初の時の記憶を持ち出されて
>
> 「私はいやいやだったと」言われでも、それは都合が良すぎだよ
>
> としか言えませんね。
>>884 で大神さんは、これは中村氏の著書からの話であると書かれています。
この場合は、「人の褌で相撲を取っている」とは言わないのでしょうか。
------------------------------------------------------------
>>914
> まぁ、私が判っている事を書きますと、最前線の慰安所の場合においては
> 軍が時に軍属扱いする場合があったようです。そして、亡くなった場合は
> 日赤看護婦か慰安婦かどちらか書かずに単に「軍属」として靖国神社に
> 奉られます。ですから、このよう場合は別としてそれ以外の場合は慰安婦は
> 軍属とは見なされません
この文章と次の文章を比較してみましょう。
一体、慰安婦は靖国神社に祀られてゐるのかどうか、私はさる靖国神社の方に確かめたのですが、慰安婦でも祀られてゐるさうです。慰安所が最前線になつた時は軍の方で軍属にしてあつたさうですね。
(中略)
慰安婦といふのはあくまで民間の業者に率ゐられたものでありますから軍属ではない。然し、危険の迫つた時に軍の方で軍属に入れる。かういふことはあつたやうであります。軍属に入れて亡くなつた方は靖国神社に祀られてあるさうです。しかしそれは名簿をみましても誰が看護婦であり誰が慰安婦であるのかは全く判らないさうです。ただ軍属として祀られてゐる筈だといふことであります。
後者は、中村粲著『國民會館叢書5 慰安婦問題の虚像と実像』(社団法人國民會館)からの引用です。
「まぁ、私が判っている事を書きますと」で文章を始めるのではなく、「中村粲氏によると」うんぬんとすべきです。この問題はさて置いて、これも「人の褌で相撲を取っている」ことにならないのでしょうか?
>>920
>中田さん
議論をするのに参考にするのは普通です。しかしながら中田さんの場合は
文献紹介のように著書や、他人のネットでの意見を引っ張ってきてベタと
張り付けています。
これだと誰と議論しているのか分かりませんし、繰り返し指摘しています
が、私がその著書の誤りを指摘しても中田さんはその著者がどうやってその文
を書いたのか、何を参考にして書いたのか分からないからそれについて反論
できなくなるでしょう?
それに中田さんの場合はご自身の考察が見えなくて、その引っ張ってきて
ベタと貼り付けたものを置いているだけでしょう?
試しに他のスレッドを見て他の人の発言などを下さい。参考にする場合
でも丸呑みではなくて咀嚼して自分の意見にしています。中には違う人も
いますが。
何が「人の褌で相撲を取っていること」か。
「この場合はどうなんですか?」と一々聞くのではなくて自身で考えて
みませんか?人に言われる場合の十分条件はどうなのかと。
>>921 大神さん
> 試しに他のスレッドを見て他の人の発言などを下さい。参考にする場合
> でも丸呑みではなくて咀嚼して自分の意見にしています。中には違う人も
> いますが。
>>920 で書きましたように、>>914 は、大神さんが咀嚼して自分の
意見にしていることになりそうです。しかしながら、中村粲氏が靖国
神社に問い合わせた文章を元に「私が判っている事を書きます」とす
るのは、剽窃といいます。
>>757 に於いても、自分の意見のように読めます。しかし、中村氏
の著書からの話でした。大神さんが考える「咀嚼して自分の意見に」
するというのは、他人の著述した文章を下敷きにしながら、それを明
らかにせずに、自分の文章のように書くことです。
>>911
> >>906
> >教えて下さい
> 分かりました。
著者名と書名を書くのに時間が掛かるものでしょうか。
>>911 大神さん
> >この文章が普通の国語力があれば分かるのですか。
> >なるほど素晴らしい名文でした。
> 普通の国語力があれば理解できるのが、中田さんの主張に対する根拠が
> 「軍事力で威嚇して」も仮定であり、その根拠も特殊例か全体例かも示して
> いないと言うことです。ここまで言わないと分かりませんかね?
> その根拠も特殊例か全体例かも示していないと言うことです。
> まず、歴史では何があったのかが第一義的に重要な事です。
特殊例も件数が多くなりますと、特殊でなく普遍性を保つようになります。
「軍事力で威嚇して」と私が書いたかのようになっています。
どこでしょうか。大神さんは、巧妙に元の文章を変容するケースがあります。
>>885
> その事例と根拠は、>>736 で示してあります。
これ以外の事例を紹介しておきます。
軍律厳しき中にも粋な計らいと言いましょうか、慰安所が開設されることになりました。我が隊からは私が開設委員として派遣されることになり、慰安所は緑揚旅舎という四階建の木造家屋を使用することになりました。建物は中央が四階まで八角の吹き抜きになっており、各階の手摺り付き廊下からは中庭が一目で見えるようになっており、廊下の奥が各部屋になっていました。
その日から自治委員会の人と一諸(ママ)にクーニャン探しに歩き回りました。四十七士になぞらえて、四十七人を求めることにしました。委員会の人はどこにどんな娘が居るかよく知っていました。顔にススを塗って天井裏から降りてくる娘もおりました。昔から美人と言えば、小野の小町か照る手の姫か支那の楊貴妃かと言われたその楊貴妃の生れ故郷の揚州ですから、美麗な子が多かった。
第三師団衛生隊回顧録編集委員会編『第三師団衛生隊回顧録』
ここでも軍が業者の介在無しに慰安婦を徴集し慰安所を設営しています。
-----------------------------------------------------------
聯隊段列長が両市塘に着任したとき、治安維持会長余光南氏が、前の警備隊長の治安維持会に要求した事項の筆頭に姑娘があったように、小さな警備隊では自らの力で慰安所を経営する能力がないので、中国側の協力に期待することになっており、ある場合には強制という形になっていたのかもしれない。
平原一男『山砲の止作戦』私家版(「止」にくさかんむり)
上記二つの事例は、峯岸賢太郎著『皇軍慰安所とおんなたち』(吉川弘文館)より引用
>>912 大神さん
> 実りのある議論をしたいですけど、貴方の場合は自分の基準とか、人の
> 意見をそのまま貼ってきたりとかで、貴方自身全然実りある議論をしようと
> していませんよ。事実貴方自身人の意見を引っ張ってきて反論して、それに
> 私が異を唱えた場合、もともと貴方の意見ではないので直ぐに流して対応不可
> になっているでしょう?違いますか?
どの箇所を言っているのですか。
> >ネット掲示板からの孫引きというのは、どれを指しているのですか?
> インドネシアの日本軍兵士数。
笑ってしまいます。その根拠はどこにあるのですか?
>>812 のように書いてある掲示板を教えてください。
おそらく、大神さんご本人がいつもネット掲示板での情報を利用してい
るのでしょう。だから、他の者も同じだろうと考えるのが大間違いです。
それに私はネットから引用する時は、参照の便宜を考慮してサイトを示
しています。
> ちゃんと全体を読んでいますか?三個師団基幹の内二個師団が17年中頃に
> 転用。兵力が1/3になったためにPETAというインドネシア人からなる部隊を
> 作る。同時に兵補も募集する。ここまで書いているから普通は私の意見が
> 17年中頃以降を指していると理解しませんか?
>>886
ジャワ島に占領当初に約5万人いたのが当時に含まれないとしましょう。
そうしますと、1942年中頃以降終戦まで兵力に移動が無かったという
事を前提としませんと、後段が意味を有しません。それに以下の問題も絡
んできます。
> >ジャワ島かどこかだけでなく、インドネシアの一三四の支部を含めています
> >と書いています。
> 「兵補協会の会員」を聞いているのでは無く、そこに登録された慰安婦が
> ジャワ島だけなのかを聞いているのだが。頭冷やしてもう一度読んでみま
> しょう。
>>907 に書いてあるのですけど、誤読もここまで極まるとどう返事すれば
いいのか分からないです。
> 大神さんの元の質問はこうでした。
>> > それと中田さんにお尋ねしたいのですが、インドネシア人の二万二千人の
>> > 元慰安婦と称する人達はインドネシア全土から集まった人達でしょうか?
>> > それともジャワ島かどこかだけでしょうか?もし知っていたら教えて下さい。
この質問に対して私が回答しているのです。
>> インドネシアに一三四の
>> 支部があります。ジャワ島だけでなくインドネシアの各支部を含めての登
>> 録です。
>
> ジャワ島かどこかだけでなく、インドネシアの一三四の支部を含めています
> と書いています。
丁寧に表現を言い換えて二回書いてあるのですけど、「兵補協会の会員」
の登録を問題にしているのではないでしょう。当然、元慰安婦の登録を
行なった規模を述べています。
この文章だけを悪意を持って使われないように、予めお断りしておきま
すが、>>908 で調査結果を記しましたように、日本軍将兵に強姦された
女性、将校専用の性奴隷にされた女性を含む日本軍による性暴力被害者
の登録数が約2万2千人ということです。
>>912 大神さん
> >どこが誤魔化しなのでしょうか。
>
> くだんの女性の話を指摘しているのは文脈から分かるのに、「他の女性では
> きちんとありましたよ」と言っている所。
>>907 をもう一度読んでみましょう。
>>913
> 「指摘しました」ではなくて、事実関係ではそうしないと歴史的事実と
> 整合性が合わないから中田さんがそう言ったのでしょう?それに対して
> 私が異を唱えているのでしょう?
>>827
> それとマニラが空襲されたぐらいで日本軍は撤退していません。
> 確かに山下閣下は米軍上陸後にマニラから撤退するように命令していますが、
> 一部の陸軍部隊は無視し、それと海軍部隊は留まり続けたために米軍と戦闘を
> 起こしています。そのために戦後山下閣下は処刑されました。
大神さんは、>>816 の「皆」をマニラ駐留の日本軍全体を指している
ように解釈されているので、>>827 に対する反論として、当事者に取
っては、慰安所関係者でしか無いことを指摘したのです。
> そしてまたなんで10月のレイテ戦の戦況で居なくなるの?
1944年10月に捷一号作戦を発令しまして、フィリピンへの米
軍上陸を総戦力を挙げて撃滅する作戦でした。ところが、レイテ沖
海戦では、武蔵をはじめ軍艦が撃沈、撃破される損害となり日本の
連合艦隊は壊滅しました。続々と前線に投入された輸送船も米軍の
爆撃を受け海没しました。
>>922
中田さん
私が分かっている事として書いていますが、あの場合にあの書き方で
特に問題がありますか?また他の文献なりでは軍属の話は少ないのですが。
それに中村氏が靖国神社関係者に直接尋ねた事実であるので、
中田さんが「そのソースは何処からでしょうか?」と尋ねられたなら
それは答えますが上述のような「嘘の可能性が甚だしく低い情報」の場合には
それはあの書き方で問題無いのでは?
それにもう一つも腰の使い方以外は風俗の一般論ですが。中田さんは
一体何に噛みついているんですか?
>大神さんが考える「咀嚼して自分の意見に」
>するというのは、他人の著述した文章を下敷きにしながら、それを明
>らかにせずに、自分の文章のように書くことです。
ソースを尋ねてもいない中田さんが、そしてそれを私が明言を避けている
のではないのでそう決め付ける事ではないでしょう。中田さんが言っている事は
母親が「丸呑み」する子供に「よく噛んで食べなさい」と言ったら、
「母さんだって噛んでも最後は飲みこむじゃないか」と言っているような
ものですよ。
>923 中田さん
>特殊例も件数が多くなりますと、特殊でなく普遍性を保つようになります。
でもね、中田さん。中田さんがいくら数学が苦手と明言されていましたが、
0.000000000001を100個集めても1にはならないんですよ。これぐらい分かり
ますよね。で、中田さんの場合はそれが一般例か特殊例かも示していないの
ですよ。
>「軍事力で威嚇して」と私が書いたかのようになっています。
>どこでしょうか。大神さんは、巧妙に元の文章を変容するケースがあります
交渉のところ。
>それ以外の事例
第三師団がいつどこでと言うのも書いていないですし、営業形態も分かり
ません。だから中田さんには「検証しましょうね」と言っているのですが
それは改善されませんね・・・・。
もう一つは、「かも知れない」で結んでありしかも、クーニャンをどうした
かが書いていないでしょう?
>924
>どの箇所を言っているのですか。
師団の兵員数、タカシ、将校の有無、阿羅氏の著書に対する批判を秦氏から
引用していてそれについてのやりとり、インドネシア人の女性と日本人兵士の
会話のところ・・・etc.
他にもありますけど、流すか、「かもしれません」でしょう?貴方の反論は。
>924
>笑ってしまいます。その根拠はどこにあるのですか?
推測です。確信の高い。
笑える神経がいつも面白いなと思っているのですが、中田さんはこの場合は
孫引きとしていました。他の場合とは別に。そうじゃないと言われるなら、
中田さんなら紹介先を書きますが、一々孫引きとして、そしてどこからの孫引き
かが書いていませんでした。それに、私が書いた時点でそうではない事を
示せば済むのですがそれはありませんでしたね。
> 兵補協会会員は遺族もふくめて七万六○○○人、インドネシアに一三四の
> 支部があります。ジャワ島だけでなくインドネシアの各支部を含めての登
> 録です。
中田さんの書き方だと兵補協会会員の登録に見えます。
登録の主語が兵補協会会員に。
それは私の質問に対して「兵補協会会員は遺族を含めての七万六千人」という
のが関係無いからです。
>>924 中田さん
>日本軍将兵に強姦された
>女性、将校専用の性奴隷にされた女性を含む日本軍による性暴力被害者
>の登録数が約2万2千人ということです。
で、どこが、どれが、いくらなんですか?
50%を慰安婦としても一万一千人。
ただ、1995年ということですので既に亡くなられて登録されなかった人も
いますね。また、登録しなかった人もいますね。そうなると慰安婦の数は
どうなるでしょう?考えたことあります?
それに将校と言っても将官、佐官の何割かだと千人も超えないでしょう?
普通に考えて。
>大神さんは、>>816 の「皆」をマニラ駐留の日本軍全体を指している
>ように解釈されているので、>>827 に対する反論として、当事者に取
>っては、慰安所関係者でしか無いことを指摘したのです。
いやだから、皆をどっちにとってもいいのだけど、だから何で居なくなるの?
って聞いているんですよ。整合性から中田さんにとっても皆がそうならざるを
得ないのは分かりますけど、だから何でですか?って聞いているんですよ。
そして、下のように書いているけど、
>1944年10月に捷一号作戦を発令しまして、フィリピンへの米
>軍上陸を総戦力を挙げて撃滅する作戦でした。ところが、レイテ沖
>海戦では、武蔵をはじめ軍艦が撃沈、撃破される損害となり日本の
>連合艦隊は壊滅しました。続々と前線に投入された輸送船も米軍の
>爆撃を受け海没しました。
だから、何で居なくなるの?関連性がどこですか?って聞いているんですよ。
ゴキブリが出て、クモが出たからといって全校生徒居なくなることないでしょう?
「風が吹いたら遅刻して、雨が降ったらお休みだ〜♪」みたいなもんなんですよ。
貴方の言っていることは。
だから、何でですか?
ルソンに上陸したのではないのにと。
中田さん
先に書いた考察について触れていませんが、これについては今まで何も
考えなかったのでしょうか?
それに営業形態も分からないようなのをまた載せていますが、同じことを
反論されるでしょう?
中田さん。実りある議論のためには同じ過ちは繰り返さない事は大事なの
ではないでしょうか?
>>914 大神さん
> >910
> >上海の場合
> 先ずそれが全体例か一部の例か分からないので、また真か偽かも分からない
> のでまた羅列的手法ですね。
>>395
> 失礼ながら、そうなるとそれこそ軍属でないといけなくなりますよ?
> 当然軍人でもない、戦闘員でもないですから。軍属だと、今度は慰安婦
> が軍属であったと言う事を証明しないといけなくりますが、流石に
> 慰安婦を軍属とはしていないでしょう。
> 慰安婦たちも軍属で、みんな、軍属の身分証明書を持っていました。
軍属であり、その身分証明書を持っていたとする文献があったのです。
全体例とか一部の例とか書いていますけど、歴史に於いては、そのよ
うな事例があったという事実が重みを持つのです。さらに、中村粲氏
は、最前線の慰安所では軍の方で軍属にしてあったそうだと述べてい
ます。
そうしますと、慰安婦は軍属だったのか否かという答えには、政府の
見解と共に「上海海軍特別陸戦隊が指定していた慰安所「海乃家」の
慰安婦は軍属であり、その身分証明書を持っており、最前線の慰安所
でも慰安婦を軍の方で軍属にしてあった」と記さなければなりません。
真贋の判断は、今後の研究に委ねるしかないでしょう。
> >身分証
> 軍属の身分証ではないでしょう?
>>910
> 慰安婦たちも軍属で、みんな、軍属の身分証明書を持っていました。
このように書いてあります。読めないのですか、それとも読もうとしないのですか。
>>915
> と、あるように引揚げ時の人数を中田さんが孫引きで書いていましたが、
> ジャワと言っても、ジャワ本島だけではないでしょう?
> スマトラと言ってもスマトラ本島だけではないでしょう?
> 無人島のような所や小島に配された部隊も近くの大きな島で「ジャワ」
> とかなったりしますよね?
そうだと思います。
> そして、ニューギニアは中田さん自身が少し調べれば分かりますが当時大変な
> 未開の地で原住民も少ないような島で、射精する元気のあるような兵士なんて
> 果たしていたの少しニューギニア方面の戦場について調べれば分かりますよ。
> ですから、ニューギニアにいた日本兵がインドネシアの慰安婦問題の頭数に
> 捉えて考えられません。
>>812
> ニューギニアは一部だけがインドネシア
元々、計算からかなりの数が除外されています。
総数を算出しますと、291,300です。
従いまして、概数で二十数万人となります。
>>916 大神さん
> そして、インドネシアと言ってもニューギニアやスマトラの場合のように
> 島によって状況を考慮しないといけないので、慰安婦問題に関する場合に
> おいて単純計算で20万とはなりません。ついでに言えばこれは軍属も含む数
> ですが。
スマトラの場合の状況を考慮するというのは、どのような意味でしょうか。
慰安所を利用できるのは、軍人軍属に限りますので、軍属を
含んでいて問題はありません。
>>917
> 日本軍の兵士数はさらに多くなります。こういう面から考えてみても
> この二万二千という数は相当に胡散臭いものになります。
>>908
> 日本軍将兵に強姦された女性、将校専用の性奴隷にされた女性を含む
> 日本軍による性暴力被害者の登録がなされ約2万2千人となっています。
>>918
> 被害究明をしないといけないなどといったことはどこの国でも言われ
> ています。ですが、何故に2万2千人も名乗り出たのでしょうか?
> そこには何らかの理由が無いと本当に摩訶不思議な事です。
> それに対して中田さんは「金に釣られたかどうかは不明です」
> とさらっと流しています。
>>908 を投稿した後に、このような事を繰り返し書くのはどうして
でしょうか。同じ事を何度も書くのは、大神さんの芸風としても、少
し度が過ぎると逆効果になりますよ。
>>919
> 中田さんにお尋ねしたいのですが、慰安婦の総数からの逆算といった数的考察、
> さらに他の場合とは違い明らかに多い自称していることについての考察。
> 高木弁護士などが来だしてから急に増えた二万二千人に対する考察。
> それらについて中田さん自身は考察しましたでしょうか?
どうしてなのか考えましたし、参照すべき文献も読みました。
>>869 で明らかにしたように、大神さんはネットで流布している
情報を鵜呑みにして、それを元に私に質問してきました。
検証をキーワードとしていながら、その中身を調べることもなく
まだ高木弁護士の名前を持ちだしてくるのは、政治的な意図があ
るとしか思えないです。
事 実 は ど う だ っ た の か を
き ち ん と 見 極 め ま し ょ う。
>>931 中田さん
重みを持っても、それが全体か一部かは別の次元のことです。
それとその文献一つだけでしょう?上海の場合でも。
それに、軍も前線の慰安婦の「全部」を軍属にしたわけではないでしょう?
>このように書いてあります。読めないのですか、それとも読もうとしない
>のですか。
中田さん。少し頭を冷やしましょう。これは上海の時の場合だけでしょう?
読めないのですか?
>>932
>スマトラの場合の状況を考慮するというのは、どのような意味でしょうか。
各島において人口など状況が均一ではないという事ですよ。
>数
第十六軍の軍人の数の話をしていたのは話の流れから明らかですが。
それに慰安婦問題で確かに軍属も含みますがそれでも上述のように慰安婦の
数がはるかに多いのですが。
>同じ事を何度も書くのは、大神さんの芸風としても、少し度が過ぎると
>逆効果になりますよ。
大事なことは繰り返し書くのは当然ですが、別段効果を狙ったのではなくて、
中田さんがそれについて
今 ま で 流 し て い た か ら で す
ちなみに私の芸風はこれです。
>>932 中田さん
>どうしてなのか考えましたし、参照すべき文献も読みました。
でも、それについて貴方は述べていません。
私と同じ答えが出たのであえて書かなかったのでしょうか?
それとあの情報は元はネットからではなく、失念しましたが前に読んだので
高木弁護士らの話は知っていました。ネットから書く場合はありますが、それは
相手がすぐに調べやすいようにする場合です。それとあれはネットで流布とは
言いません。ネットで流布だと書籍も雑誌も記載されていません。
それと高木弁護士はサハリン問題で吉田氏を証言に連れてきて裁判したりと
いろいろ過去にあります。むしろ中田さんがそこの所を流して、前述のように
問題点に触れないものばかり参考にしていることに問題を感じますが。
それと
政 治 的 意 図 と は 何 で し ょ う か (笑)?
>中田さん
で、怒気を含まれた文を書かれているのですが(怒りながら笑っていたら
気持ちが悪いですが)、で結局考察は流されたままですね。現段階で考えた
ことすら書いていないのですが。
中田さん
事 実 を 見 極 め ま し ょ う
と私の芸風を真似されているのですが、上述の考察や私が指摘したおかしな点
は流したり、これらの考察に触れたがらない団体の文献ばかり参考にして
流していますが、その割には慰安婦の証言の場合は100%信用していますね。
いかにも慎重なのが大事ですと言っているようですが、慰安婦の証言は100%
信用したりと
言 っ て い る 事 と や っ て い る 事 が
違 っ て い ま す が
大 丈 夫 で す か ( 笑 ) ?
>>904 大神さん
> >軍の法務部及び憲兵隊と連絡を取って、それらの調書、司法書類、被告人等
> >の調査に基づいて作成されています。
> どこに書いています?
戦場に於ける特殊現象と其対策
支那事変応召中提出せる論文
(自昭和十二年十一月至同十四年十一月)
一〜六 軍軍医部依嘱
一、戦場心理の研究総論
二、戦場に於ける特殊現象と其対策(右各論)
三、戦場に於ける神経病並精神病(総論)
四、同右 (各論)
五、戦場に於ける自殺企図に就て
六、中支にありし支那人精神病院に於ける調査書
七〜九 軍法務部委嘱
七、戦場に於ける犯罪に就て(総論)
八、同右 (各論)
九、戦場に於ける精神鑑定例
全体の構成は、このようになっています。
http://www31.ocn.ne.jp/~hinode_kogei/DATA02.html #sex_slave
こちらのサイトは、「強姦」の箇所を引用したものです。
軍から委嘱された報告論文「戦場神経症並に犯罪に就て」が
復刻版として刊行されています。そこに明記されています。
『十五年戦争重要文献シリーズ』第一集 軍医官の戦場報告意見集
編・解説者 高崎隆治
不二出版
>>904 大神さん
> >これだけでなく、現地軍の御用商人(便利屋とも呼称)の手を介して慰安婦
> >を徴集していきました。
> それを示しましょう。
やがて「ここだけのことぞ」と前置きしてはじめたその男の話によると、彼の名前は石橋徳太郎、福岡の飯塚の生まれで福岡商業学校を卒業するとすぐ上海に渡り、イギリス人が経営する貿易会社へ勤めた。中国で貿易商になるのが夢だったという。ところが就職して四年目に、今度の戦争となった。上海で戦闘のはじまったのは八月十三日夕刻だが、その六日前から上海・杭州間を走る滬杭甬鉄道の終点杭州へ竹製品の買いつけで出張を命じられていた。
情報をきいて直ちに上海へもどろうとしたが、十四日朝、杭州駅で中国憲兵に逮捕され、そのまま蒋介石総統直轄の中国国民政府軍第百七師団司令部に抑留されてしまった。以後、十一月二十五日までそこで塩汁にまんとうの食事で過ごすのだが、その二十五日、縄で縛られどこかへ連れていかれようとする寸前を突入してきた日本軍部隊に救出された。
この部隊が歩兵第百二十四聯隊で「お前も博多っ児か」ということになり「上海に戻ってイギリス人に使われるより聯隊の御用商人になれ」とすすめられた。「部隊はいま、必要な食糧品から牛馬、軍需品運搬用の人夫まで火急に集めなければならない。それには四年も支那にいて支那語が喋れ事情にもくわしいお前がうってつけだ」半ば強制だった。
資格は聯隊採用の軍属ということにされ階級章こそないが軍服をあたえられた。十二月になると新たに設立され、上海・南京戦線にいる全部隊への補給を担当する第十一兵站司令部付と兼務するよう命じられた。いらい十二月二十一日まで上海・杭州付近を走りまわり主として米、麦、野菜、豚肉の徴発をやらされてきた。
「銃剣つきつけ泣いてすがる百姓を蹴とばし、ただで召し上げてきた牛や豚を”これこれで買い上げてきました”と兵站司令部から代金をせしめる経理部将校がいたり、羊羹のあまっている部隊から安くそれを集め、甘い物に飢えている部隊に売りつける兵站下士官がいたり、一枚皮はげば軍隊なんてそんなものだということが本当にわかった」
と言うのだが、十二月二十三日とつぜん上海の第十一兵站司令部へ集められた。顔をだすと、上海の南京戦線の各聯隊各師団で彼と同じ仕事をさせられている軍属がそこに、十二、三人首をそろえていた。半分はやくざ者まがいの顔をした連中だった。
「ここで命じられたのが、”今夜上海発長崎行きの輸送船に便乗し日本内地におもむき兵員慰安用の女を集め、十二月三十一日まで、おそくも来年正月三日まで本司令部へもどれ”というものだった。つづいて担当の主計大尉とかいう若い将校が募集条件を説明しはじめた」
年齢おおむね三十五歳以下で、現在性病にかかっていない女であること、契約は前渡金として各人千円ずつを渡し軍の直営する”娯楽所”で接客勤務し、その代金でちくじ返済、全額を返済したら以後の行動は自由とすること、接客勤務の代金は未定なるもおおむね一人一回一円五十銭ないし二円前後を予定する。ただし軍がこの種の”作業”にかかわっていること、すなわち女に渡す前渡金が軍からでていることは極秘とする。他言した場合においては軍はそれ相応の処置をするから覚悟しておけ、なお、集める人員は各自十五名ずつとする、というものだったが、説明する本人もまだよく事情がのみこめないようだった。
「とにかく急いで内地にもどって女を集めてこいということさ」
と言うのだった。その命をうけたとき石橋徳太郎は目をシロクロさせたという。これまでまったく経験したことのない仕事だったからである。だが軍命令とあっては断ることもできない。兵站司令部で渡されたピカピカの日本銀行券一万五千円を鞄につめこみ内地へもどってきた。
千田夏光『従軍慰安婦・慶子』(恒友出版株式会社)
小説仕立てとなっています。恒友出版版から引用しましたが、初版は1981年ですから、当然「軍慰安所従業婦等募集に関する件」の文書が発見される前のことです。
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