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戦争と性−進駐軍慰安婦より

903中田 </b><font color=#800000>(riQdTYdc)</font><b>:2004/07/16(金) 17:53
 さらに兵士が慰安所に行くのには外出許可が必要で、厳格な時間制限があったため、五時前には兵営に戻らなければならなかった。将校は給料もよく、夜間自由に外出できたので、女性を囲っている人も多かった。小隊長や中隊長は女性にかんして特権を享受していたから、そのかわりに、古年兵たちの強姦を黙認して、彼らの不満の爆発を防いでいたといえる。

もし、厳格に強姦を処罰すれば、「将校だけがいい思いをしてなんだ」「将校連中だけが好きなことをやって」と恨みをつのらせた古年兵から、戦闘のさいに「背後からの一撃」を受ける恐れもあった。それに、もし中隊長が大隊にたいして部下の兵が強姦したと報告すれば、自分の部隊の軍紀弛緩の責任、監督指導不行き届きの責任を追及されることが目に見えていた。結局は黙認がいちばん無難ということになった。

 慰安所は兵士の強姦を防止するために設置されたといわれている。たしかに強姦を厳禁した治安地区では、その効果はあったかもしれないが、慰安所があったために兵士の性欲はかえって刺激され、自由にならないだけに欲求不満が生じ、それが敵性地区の掃蕩作戦において日本兵の強姦行為を誘発、助長した側面が強い、と岩田さんは述べる。

(中略)

 岩田さんが強姦をやるようになった心理には、一つには、平時の兵役は二年から三年で、ふつうなら満期が過ぎたので招集解除退役になるはずであったが、四年たっても帰還できないことへの絶望感のようなものがあった。「自分は死ぬかどうかわからない、それならば、やりたいことをやっておこう。相手だって強姦されて減るものではないし、現に財産を奪われるよりはましと、あまり抵抗しないではないか(実際は抵抗すれば殺害される危険があった)」と罪悪感をもたなかった。

また一つには、四年も経過すれば、階級歴がものをいう軍隊生活にあって、学歴のために自分の限界がわかって昇級をあきらめた結果、それならば要領よく好き勝手なことをやろう、という心境になる、そう思うと上官に評価されるように勤務に精励する必要もなく、古年兵のだれもがやっているように、強姦をして憂さ晴らしをしたほうが得だという気持ちになったのだという。

 中国戦線において日本軍は、他の多くの事例からも明らかのように、のべつまくなしに性犯罪を犯したというわけではない。強姦が処罰されず黙認される地区=抗日根拠地・ゲリラ地区と、強姦が処罰され、厳禁されている地区=日本軍占領地区とをはっきり区別していた。つまり強姦をやってもかまわない所とやってはいけない所とをわきまえていたのである。日本兵はやってはいけない場所・社会では「理性的」に強姦行為を抑制できたのである。日本兵はこのようにコントロールができたから、日本に戻れば日本社会に適応して、強姦などはまったくしないでいられたのである。

 この使いわけを知らないと、「家庭でやさしい父や兄だった日本兵が強姦などできるはずがない」、あるいは逆に、「日本兵が強姦したというのは、日本人を野蛮で好色な民族だと貶めようという自虐的な人たちだ」と単純な否定論に陥ることになる。

笠原十九司著『南京事件と三光作戦──未来に生かす戦争の記憶』(大月書店)




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