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戦争と性−進駐軍慰安婦より
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>>876 大神さん
阿羅健一著『「南京事件」日本人48人の証言』は、文庫化される際に改題していまして、元版は、『聞き書南京事件──日本人の見た南京虐殺事件』(図書出版社、一九八七)でした。『正論』に掲載され、その後『昭和史の謎を追う(上)』に収録された秦郁彦氏の同書に対する意見を引用します。文中で「クロ」と言うのは、南京大虐殺があったとする立場で、「シロ」は無かったとする立場を指しています。
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問題の本の構成も、それ以上に奇々怪々である。「十二年十二月と十三年一月に南京にいた人に聞けば本当のことがわかるのではなかろうかと考え」(あとがき)て、軍の幹部一五○人、報道関係者三○○人、外交関係者二○人ぐらいを探し、うち六六人をヒアリングの対象者にしたとある。
その精力的な東奔西走ぶりは敬服するが、「数千人の生存者がいると思われる」兵士たちの証言は「すべてを集めることは不可能だし、その一部だけにすると恣意的になりがちだ。そのため残念ながらそれらは最初からカットした」という釈明には仰天した。
筆者の経験では、将校は概して口が堅く、報道、外交関係者は現場に立ち会う例は稀で、クロの情況を語ったり、日記やメモを提供するのは、応召の兵士が大多数である。その兵士も郷土の戦友会組織に属し口止め指令が行きわたっている場合は、言いよどむ傾向があった。
昭和十二年十二月十五、十六日に実施された有名な難民区の便衣狩り作戦(第九師団の戦闘詳報には「七千余ノ敗残兵ヲ殲滅セリ」とある)を調査するため、実行に当った金沢歩兵第七連隊の生存者に当ったときも、戦友会経由だったせいか、なかなか率直な証言がとれず困惑した。しかし、その一人がこっそり筆者に教えてくれた他県在住の兵士二人と会え、虐殺の生々しい光景を記した日記と証言を得ることができた。
同じような手法を応用してクロを立証する相当数の日記、写真、戦闘詳報などを収集した成果は、拙著の『南京事件』に活用しているが、阿羅は最初から兵士にアプローチするつもりはなかった、と宣言しているのだ。
その結果、阿羅の本は「虐殺というようなことはなかったと思います」、「見たことはない。聞いたこともなかった」、「聞いたことがないので答えようもない」式の証言ばかりがずらりと並ぶ奇観を呈している。ここまで徹底すると、クロを証言する人は避け、シロを主張している人だけをまわって、「全体としてシロ」と結論づける戦術がまる見えで、喜劇じみてくる。
秦郁彦著『昭和史の謎を追う(上)』(文藝春秋)より。
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