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国際政治・世界事情

1786チバQ:2010/12/19(日) 22:04:35
http://mainichi.jp/select/world/europe/news/20101219k0000m030024000c.html
コートジボワール:大統領退陣要求強まる 各国が制裁警告
 【ブリュッセル福島良典、ヨハネスブルク高尾具成】先月末に実施された西アフリカ・コートジボワールの大統領選決選投票を巡る混乱で、一方的に「再選」を主張するバグボ大統領(65)に対し退陣を求める声が国際社会で強まっている。バグボ大統領は退陣要求を拒否しており、事態収拾のめどは立っていない。

 フランスのサルコジ大統領は17日、ブリュッセルで記者会見し、コートジボワールのバグボ大統領を「民意に反して権力の座にとどまっている。速やかに退陣する以外の可能性はない」と非難した。フランスはコートジボワールの旧宗主国で、同国に平和維持部隊を派遣するなど影響力がある。

 欧州連合(EU)は17日に採択した首脳会議議長総括で、同国治安部隊によるデモ隊への発砲を非難、バグボ大統領陣営に制裁措置を発動する方針を確認した。制裁では陣営幹部への査証(ビザ)発給が停止され、EU域内の資産が凍結される。サルコジ大統領は退陣要求に応じなければバグボ氏自身に制裁が科せられると警告した。

 また、国連の潘基文(バンキムン)事務総長は17日の会見で、権力の座に居座るバグボ大統領の行為を「許されるものではない」と非難し、政権移譲を要求。米国もバグボ大統領が退任しない場合、制裁を科す可能性を示唆した。

 また、アフリカ域内からも非難が強まり、ケニアのオディンガ首相は同日、バグボ大統領を退陣させるべきだとし、アフリカ連合(AU)に積極的対応を求めた。

 一方、バグボ大統領は、国連とフランスに対し、平和維持部隊を国外に退去させるよう命じるなど強硬姿勢を崩していない。

 コートジボワールの選挙管理委員会はいったん、野党指導者ワタラ元首相の当選を発表したが、バグボ大統領寄りの憲法評議会が選挙結果を覆した。16日には最大都市のアビジャンで野党支持者と治安部隊が衝突し、20人が死亡した。

 戦争犯罪や「人道に対する罪」を扱うオランダ・ハーグの国際刑事裁判所(ICC)はコートジボワールの状況を注視し、流血事件の捜査に着手する用意を表明している。

 コートジボワールは、60年の独立後、ウフエボワニ初代大統領が、カカオ農園拡大に向けて移民の受け入れを奨励し、現在は同国人口の3分の1近くをマリやブルキナファソなど周辺国の移民やその子孫が占める。移民の多い北部のイスラム教徒らが土地所有権を剥奪されるなどの差別的扱いが問題になったこともある。

 バグボ大統領は南部を地盤とするキリスト教徒なのに対し、ワタラ氏は北部を地盤とするイスラム教徒で、母はブルキナファソ出身。こうした地域や宗教間の対立が、事態を複雑化している。

1787チバQ:2010/12/19(日) 22:05:20
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/101218/erp1012181745004-n1.htm
繰り返される圧政 反体制派の相次ぐ声 ベラルーシ大統領選 
2010.12.18 17:44
 【ミンスク=佐藤貴生】旧ソ連ベラルーシで15年以上も大統領の座に君臨するルカシェンコ氏(56)については、大規模な選挙違反のほかメディアの弾圧など圧政を繰り返してきたとの批判が絶えない。19日に実施される大統領選を前に、首都ミンスクで反体制派の人々に実情を聞いた。

 「欧米でいう民主的な選挙はベラルーシには存在しない」。こう断言するのは、2006年の前回選に野党統一候補として出馬したミリンケビッチ氏だ。

 自陣営の調査では投票総数の23%を獲得したはずだが、選管当局が発表した得票率は6%だった。「各地の選管はみな権力側の人間が占め、数字の差を検証するすべもない」と同氏は補足する。

 政権側は、海外の選挙監視団の目が届かない事前投票で、不正集計を行っていると疑われている。最近も元警官が「2年前の下院選で、投票終了後に選管関係者が投票箱に多くの不正票を入れるのを目撃した」と暴露した。

 反体制紙を経営していたジャーナリストのマルツェフ氏は、「ロシア製武器を外国に転売して大統領一族が富を得ている」などと紙面で批判を続けた結果、06年の大統領選直前に廃刊を余儀なくされた。

 同氏は「大統領警護隊が君の殺害を計画している」と知人から聞かされ、1999年は数カ月にわたり海外に出国。ルカシェンコ政権に対する野党からの批判が高まり、反体制に転じた元内相ら数人が行方不明になった時期と一致する。

 国内での著書発行が許可されず、海外での出版を強いられている学者も複数いる。その1人で経済学者のザイコ氏は「国民の中には、暮らしは少しずつ良くなっているとしてルカシェンコ氏を支持する人もいる。15年も続いた圧政の結果、人々の感覚がまひしてしまったのだ」と話した。

1788チバQ:2010/12/20(月) 22:42:11
http://www.mbs.jp/news/jnn_4605409_zen.shtml
ベラルーシ大統領選、野党候補 拘束

 19日に行われた旧ソ連・ベラルーシの大統領選挙で現職のルカシェンコ大統領が当選しましたが、野党候補が治安当局に拘束されるなどしていて、今後も混乱が続く恐れがあります。

 ベラルーシの中央選挙管理委員会は「ルカシェンコ大統領が79.67パーセントを得票して4度目の当選を決めた」と発表しました。

 しかし、「政権側に不正があった」と主張する野党候補側は、選挙のやり直しなどを求めて首都・ミンスクで数千人規模の抗議集会を開き、一部が治安部隊と衝突。その後、集会は強制的に排除させられ、インタファクス通信によりますと、集会に参加した野党候補少なくとも2人が拘束されました。また、野党候補のネクリャエフ氏は、選挙事務所前で頭などを殴られ、病院に運ばれましたが、その後、治安当局者に連れ去られたということです。

 ルカシェンコ政権が強権的な対応をとったことで、ベラルーシ情勢は今後も混乱が続く恐れがあります。(20日14:57)

1789チバQ:2010/12/22(水) 00:20:28
http://sankei.jp.msn.com/world/asia/101221/asi1012212154006-n1.htm
トンガ議会、首相初選出 民主化へ向け制度改革
2010.12.21 21:51
 南太平洋のトンガからの報道によると、同国議会は21日、首相を選ぶ投票を行い、訓練・雇用・青年・スポーツ相のトゥイバカノ氏を首相に選出した。以前は国王が首相を指名していたが、民主化を目指し今年に入って実施された選挙・議会制度改革を受け、初めて首相が議会で選ばれた。

 投票ではトゥイバカノ氏が全26議員のうちの14票を獲得、民主化推進を目指すグループ「友情の島」を率いるポヒバ氏の12票を上回った。

 トンガでは2006年に民主化の遅れに反発する暴動が発生し、国王ツポウ5世が民主化の推進を約束。民選議員が全議席の半数以下だった旧制度を改革し、11月に実施された議会選では定数26のうち、過半数の17議員が普通選挙で選ばれた。残り9議席はトゥイバカノ氏を含む貴族議員。(共同)

1790チバQ:2010/12/22(水) 00:21:58
http://mainichi.jp/select/world/europe/news/20101214k0000m030114000c.html
イラン:モッタキ外相を解任

解任されたイランのモッタキ外相=東京都港区で2010年5月31日、西本勝撮影 【テヘラン鵜塚健】イランのメヘル通信は13日、アフマディネジャド大統領がモッタキ外相を解任したと伝えた。外相代理はサレヒ原子力庁長官が務める。モッタキ氏は大統領が就任した05年8月以降、外相を務めていた。同国内では核開発問題での同外相の力量不足を指摘する声もあり、イランが国際的な孤立を深める中、大統領は外相を交代させ外交力を向上させる狙いがあるとみられる。

 大統領は「外相としての働きに感謝する」とした声明を出したが、モッタキ氏は西アフリカ・セネガルを外遊中で、異例の解任といえる。

 核問題については、最近、アフマディネジャド大統領はやや柔軟な姿勢をみせているとされるが、国会が強硬姿勢を崩さず、大統領は欧米に対し妥協できない状況にあるといわれている。

 モッタキ外相は、強硬路線をとる国会のラリジャニ議長に近く、大統領とモッタキ外相には、外交路線にずれが生じているとされていた。核問題については、モッタキ外相にはすでにほとんど権限が与えられておらず、大きな政策転換はないという見方が強い。

 一方、核開発問題で国連安保理が対イラン制裁を次々と科していることにイラン国内には不満が高まっている。AP通信によると、安保理がこれ以上の制裁を科してきた場合、モッタキ外相を解任すべきだとイラン国会が大統領に圧力をかけたという話もある。

 モッタキ氏は95〜99年に駐日大使を務め、親日家としても知られている。

1791チバQ:2010/12/22(水) 00:22:25
http://mainichi.jp/select/world/europe/news/20101222k0000m030052000c.html
イラン:保守派内の対立激化…核問題解決に影響も

イラン政界対立の構図 【テヘラン鵜塚健】イランのアフマディネジャド大統領と、ラリジャニ国会議長ら反大統領勢力との対立が激化し、政権保守派内が揺れている。失政批判の強まりに対し、大統領は外相解任など側近固めを進めて対抗。大統領は強硬イメージの陰で核問題打開の機会を探っているとみられるが、反大統領勢力がこの路線を妨害し核問題の進展も、より遠のく恐れがある。

 「反イスラム的で侮辱的なやり方だ」。アフリカ訪問中の13日、大統領から突然外相を解任されたモッタキ氏は帰国後、不満をぶちまけた。19日にはラリジャニ国会議長も「外相の交代は配慮と敬意をもってやるべきだ」と激しく非難した。

 モッタキ氏は、05年大統領選でアフマディネジャド氏に敗れたラリジャニ氏の選挙を支えた人物。大統領は「政敵の片腕」の外相就任を望まなかったが、保守派内のバランスを考慮した最高指導者ハメネイ師の意向を受けて起用したとされる。

 しかし、大統領は今年8月、13年の大統領選で後任候補と言われる親類のマシャイ大統領府長官ら4人を中東など重要地域の外交特使に任命。ラリジャニ氏との対立を背景に、モッタキ氏の権限剥奪に着手したとささやかれていた。

 大統領とラリジャニ氏は同じ保守派に属する。しかし、昨年後半から対決色が強まり、国会議員(定数290)の7割を占める保守派内で、次第にラリジャニ氏率いる反大統領勢力が増えていった。

 国会内の反大統領派議員は、大統領が提案した国家5カ年計画や補助金改革の審議で反発。11月下旬には外貨不正引き出しなどの疑惑を指摘し、大統領弾劾に向けた署名運動も一時起きた。これに対し、大統領は国会権限軽視の発言をするなど溝が深まっている。

 昨年6月の大統領選以降、アフマディネジャド大統領は開票結果に疑義をとなえたムサビ元首相ら改革派勢力を弾圧。改革派減退でバランスが崩れ、保守派内の反大統領勢力が増し「大統領は自ら首を絞めた」(外交筋)との見方もある。

 絶対的権限を持つハメネイ師は保守派内の対立への言及を避けているが、強引な外相解任などは大統領の独断路線を進めかねず、不満を抱いているとみられる。

 ラリジャニ氏は大統領の「保守強硬派」路線に反発し、07年に政府の核問題交渉責任者を辞任。「保守穏健派」とされたが、最近は米欧諸国への強い批判や国際原子力機関(IAEA)への協力反対に言及する強硬発言が目立つ。一方、大統領は表向きの強硬姿勢とは逆に米欧との接点を探っているとされる。

 イランは核問題で6月に4度目の国連安保理制裁を受け、国内経済が苦境に。大統領は、自身と関係が深い元IAEA大使のサレヒ原子力庁長官を外相代行に起用。来年1月以降に再開する核協議で、事態打開に期待しているとみられる。

 イランの政治家にとって核問題を通じた米欧との「和解」は歴史的な課題だが、テヘラン大のサデグ・ジバカラム教授は「大統領が和解の道を探っても、反対勢力が必ず『手柄』を妨害するだろう」と指摘した。

1792チバQ:2010/12/22(水) 00:24:02
http://mainichi.jp/select/world/news/20101221dde007030026000c.html
ベラルーシ大統領選:野党関係者、逮捕639人に
 【ミンスク大前仁】旧ソ連のベラルーシで、大統領選後の混乱を招いたとして逮捕された野党関係者は20日までに639人に達し、欧米からの非難が強まっている。改善の兆しをみせていた欧米との関係が冷却化するのは避けられない状況だ。

 欧州連合(EU)のアシュトン外務・安全保障政策上級代表は即時釈放を要求。米国務省も選挙が民主的な基準に達していないとの認識を表明した。

 ベラルーシの治安機関は19日に続き20日も、政府庁舎の襲撃にかかわった野党関係者を逮捕した。4選を決めたばかりのルカシェンコ大統領は同日の会見で、厳しく対応する姿勢を示した。


http://mainichi.jp/select/world/europe/news/20101220k0000e030020000c.html
ベラルーシ:現職大統領4選…抗議運動の100人以上逮捕

投票所で、子供連れで投票する男性=ベラルーシ・ジェルジンスク地区で2010年12月19日、大前仁撮影 【ミンスク大前仁】旧ソ連のベラルーシで19日投票された大統領選挙(任期5年)は即日開票の結果、現職のルカシェンコ氏(56)が4選を決めた。一方、治安当局は同日夜、抗議運動をしていた野党候補者を含む100人以上を逮捕、事態は混乱しており、国際社会からの非難の声が上がり始めた。選挙管理委員会によると、開票率99%で、ルカシェンコ氏が79.67%を獲得。野党候補のサニコフ元外務次官(56)が2.56%で、残りの8人は2%以下にとどまった。有権者数は744万人、投票率は90.66%だった。

 野党連合は19日夜の投票終了後、首都ミンスク中心部で集会を開き、1万人以上が集まった。集会ではルカシェンコ陣営の不正行為を批判して、選挙のやり直しを要求。その後3000人以上が政府庁舎前に移動した際、一部参加者が施設を破壊したとされる。治安当局はサニコフ氏ら複数の野党候補を含めた参加者を逮捕。500人近くが逮捕されたとの情報もある。

 現場で取材していた欧米やロシアの報道関係者も暴行を受けて負傷した。同日には野党候補の一人ネクリャエフ元作家連盟会長が治安当局者とみられる男に襲われて、骨折する事件も起きた。

 「欧州最後の独裁国」といわれるベラルーシは、国際社会が注視する状況で、強権的な体質をむき出しにしている。

 ベラルーシ政府は今回の選挙で、全欧安保協力機構(OSCE)など外国の選挙監視団を受け入れた。また欧州連合(EU)もベラルーシとの関係改善を重視して、民主的な選挙が実施されれば、最大30億ユーロ(約3300億円)の支援を約束していた。しかし欧州議会のブゼック議長は、ネクリャエフ氏への暴行に対する非難声明を発表。ベラルーシと欧米の関係が再び冷却化する恐れが出ている。

 ルカシェンコ氏はソ連から独立後に初めて実施された94年の大統領選で初当選した後、01、06年の選挙で続けて当選。本来は憲法で3選を禁止されていたが、04年に禁止条項を撤廃する国民投票を可決させて、4選に挑んでいた。

1793チバQ:2010/12/22(水) 00:24:40
http://mainichi.jp/select/world/from/news/20101206ddm007070098000c.html
From:カザフスタン 11年がかりの迷走
 カザフスタンの首都アスタナは北部のステップ地帯にある。13年前に南部アルマトイから遷都され、近代的なビルが林立する。冬の気候は厳しく、欧米と旧ソ連の56カ国が加盟する全欧安保協力機構(OSCE)の首脳会議が開かれた12月1、2日は、寒波と猛吹雪で気温は氷点下10度を下回った。

 ナザルバエフ大統領は冒頭演説で、セミパラチンスク核実験場を閉鎖し、核弾頭を撤去したことに触れ、「核なき世界」の実現を呼びかけた。だが、20年以上も権力の座にあるナザルバエフ大統領が、人権・民主主義を掲げるOSCEの議長を務めたことには、人権団体から「最大のパラドックス」と批判が出た。

 折しも、内部告発サイト「ウィキリークス」が公表した米外交公電で、大統領の娘婿が誕生日に英歌手エルトン・ジョンさんを招いて私的なコンサートを開くなど、一族の豪勢な生活ぶりも暴露された。

 そのためというわけでもないだろうが、会議には11年ぶりのサミットという高揚感がまったく感じられなかった。グルジア紛争などを巡る対立で予定された行動計画の採択は見送られ、多くの首脳は閉幕を待たずに早々と帰国した。3日未明の総括会見で、「歴史的な成功」を強調するナザルバエフ大統領の言葉がむなしく響いた。

 バンクーバーからウラジオストクまでを網羅するOSCEは冷戦下に発足し、東西間の信頼醸成に一定の役割を果たした。冷戦後は予防外交や選挙監視などを中心に活動を進めているが、旧ユーゴ紛争を最後に大きな火種が消えた欧州ではOSCEへの関心が年々低下しているといわれる。

 一方で旧ソ連地域には未解決の紛争が数多く残る。本来、OSCEが存在意義を見いだすには軸足を東へ移さざるを得ない。カザフが11年ぶりの首脳会議を開催し、キルギスなど不安定要因を抱える中央アジアに欧米の目を向けさせようとしたこと自体は理解できる。

 紛争予防機能の強化を求める意見も出たが、深刻な内部対立のあおりで埋没した。交渉筋は「今回は首脳が久しぶりに集まることに意味がある」と語った。外交・安保分野を強化する欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)とは対照的に、OSCEは方向性を見失っている。

 99年のイスタンブールでの首脳会議も取材したが、ロシアと欧米が当時のチェチェン紛争を巡って激しく対立した。サミットはその後、長らく休眠状態となった。中央アジア地域の安保メカニズムとしては、中露が主導する上海協力機構が存在感を増している。

 結局、カザフの国威発揚の手段としての会議開催という印象が色濃く、後味も悪かった。参加各国は果たして次のサミットを開こうという意欲を共有できるのだろうか。【田中洋之】

1794チバQ:2010/12/22(水) 00:31:20
http://mainichi.jp/select/world/news/20101221ddm007030142000c.html
ベラルーシ大統領選:ルカシェンコ氏4選 農村部支持、原動力に 福祉重視で
 【ミンスク大前仁】旧ソ連のベラルーシでの19日の大統領選挙で4選を決めたルカシェンコ氏は「欧州最後の独裁者」と呼ばれ、強権的な統治を続けながらも、国民の福祉を重視し長期政権を築いている。首都ミンスクでは投票後に大規模な抗議運動が起きたが、農村部ではルカシェンコ氏支持が根強く再選の原動力となった。

 ミンスク南西50キロにあるジェルジンスク地区の農場では、取材した13人のうち、7人がルカシェンコ氏に投票したと明かした。「国をここまで引き上げた、いい男だ」と絶賛する人もいる。

 ソ連時代と似た統治形態が残されている。各地にある地区評議会にはイデオロギー部が設けられており、「愛国」などのスローガンを教え込む。

 ロシアではソ連崩壊後、富裕層と貧困層の所得格差が70〜80倍に広がったが、ベラルーシでは4〜5倍に抑えられ、一定水準の医療施設も維持されている。ルカシェンコ氏は生活必需品の価格統制に熱心で、ミンスクではパンの値段が選挙前3カ月、据え置かれた。

 ルカシェンコ氏は、国営農場(ソフホーズ)の支配人として頭角を現した。ベラルーシ国立大のバナエフ教授(社会学)は、大統領が16年にわたる長期政権で軍、警察、官僚機構を掌握し「100万票以上の集票マシン」を作り上げたと分析。ルカシェンコ氏が約80%を獲得した選挙結果は改ざんされているとの見方が強いが「少なくとも国内の半数の支持を維持している」と話す。

 ルカシェンコ氏は近年、ロシアとの関係を悪化させた。今選挙前には、ロシアが他の候補を支持する、との臆測も流れたが、「野党に人材がいないので見送った模様だ」(外交筋)ともみられている。ルカシェンコ氏は事実上の終身大統領を目指しているとされ、身内や側近で周りを固める。

 一方、地元メディアによると20日までに野党候補9人のうち、7人が逮捕された。選挙監視を行った全欧安保協力機構(OSCE)は20日、選挙集計について「基準に達していない」と批判した。

1795チバQ:2010/12/22(水) 00:37:46
http://news.google.co.jp/news/section?pz=1&cf=all&topic=w&ict=ln
ウクライナ、前首相訴追 排出枠代金流用疑惑
2010年12月21日 夕刊

 【モスクワ=酒井和人】インタファクス通信などによると、日本が京都議定書に基づいてウクライナに昨年支払った温室効果ガスの余剰排出枠購入代金などが同国で不正流用されていた問題で、ウクライナ最高検察庁は二十日、同国のティモシェンコ前首相を職権乱用容疑で刑事訴追した。同日、最高検で聴取を受けたティモシェンコ氏が自ら明らかにした。

 同氏は最高検から首都キエフを出ないよう命じられていることも明かし「(最高検は)私が人々に真実を訴えることまでは邪魔できない」などと徹底抗戦の構えをみせた。

 ウクライナ政府が十月に発表した監査報告によると、不正流用されたのは日本や欧州諸国が排出枠購入のため支払った代金計三億二千万ユーロ(約三百五十億円)。環境投資に充当するとの契約条件に反し、大半が年金基金の穴埋めなどに使われていた。

 今年二月の大統領選決選投票でティモシェンコ氏が敗れた後、同氏の後任のアザロフ首相が特別口座にあるはずの代金が消失していると刑事告発、最高検が捜査を進めていた。

 アザロフ首相はヤヌコビッチ大統領の側近。ティモシェンコ氏を支持する議員らは同大統領による「不当な政治弾圧」と反発しており、今後、与野党の対立が先鋭化する可能性がある。

1796チバQ:2010/12/22(水) 23:58:08
>>1709>>1721-1725
>>1757-1758
http://mainichi.jp/select/world/news/20101222dde007030036000c.html
ギニア:民主選挙で選出、大統領が就任式
 【ヨハネスブルク高尾具成】西アフリカ・ギニアで21日、先月投開票された大統領選で当選した「ギニア人民結集党」のアルファ・コンデ党首(72)の大統領就任式があった。「社会の団結と国家の統一を求める」と決意を語り、1958年の独立後、同国で事実上初の民主的選挙による大統領が誕生した。

毎日新聞 2010年12月22日 東京夕刊

1797チバQ:2010/12/23(木) 10:02:02
http://mainichi.jp/select/world/news/20101223ddm007030051000c.html
ベラルーシ:大統領4選、野党を弾圧 強権、対欧関係に影 じわりロシア回帰
 旧ソ連のベラルーシで19日に実施された大統領選で、現職のルカシェンコ氏(56)が4選を決めた。選挙戦では、伝統的に親密だったロシアと波風が立つ中で、欧州とどのような関係を築くのかも焦点となった。だが、当選したルカシェンコ大統領が投票終了後、野党勢力の大規模な摘発に踏み切ったことに欧米諸国は激しく反発しており、関係の冷却化は避けられなくなっている。【ミンスクで大前仁】

 青地に12個の黄色の星が並んだ欧州連合(EU)旗の中心に「BELARUS」と書かれている。野党有力候補だったサニコフ元外務次官(56)の陣営が、選挙戦のシンボルとした旗だ。サニコフ氏は「旧ソ連諸国が欧州との統合を目指すのは自然な流れ。我々もEUの一員となるべきだ」と訴えてきた。

 ベラルーシでは91年のソ連崩壊後、ロシアに依存する経済構造が続いたが、2000年代前半から欧州資本の進出が増え始めた。「起業家と経営者のミンスク資本協会」によると、ベラルーシに投資する海外資本の内訳は、昨年時点でロシア系が65%、欧州系は35%。同協会のカリャーギン会長(58)は「ロシア企業は汚職など多くの問題を抱えている。今後は欧州志向が強まるだろう」との見通しを示す。

 ロシアとベラルーシは99年に「連邦国家」の結成で合意するなど親密な関係を築いたが、ここ数年は指導者間の不仲が顕著になっていた。ロシアの最高実力者であるプーチン首相(58)が、ベラルーシに安く供給してきたロシア産天然ガスの値上げを提起するなど、ベラルーシの特権的な経済待遇を取り上げようとしたことに対し、ルカシェンコ氏が反発したことが背景にあるとみられている。ルカシェンコ氏は今年8月、ロシア政権の「横暴さ」を公然と批判。これに対し、ロシアのメドベージェフ大統領(45)は10月、自身のブログで激しいルカシェンコ批判を展開した。

 一方でルカシェンコ政権は数年前から、一部政治犯を釈放するなど、欧州との関係改善を意識し始めていた。昨年5月にはEUが呼びかけた「東方パートナーシップ」(旧ソ連諸国との対話の枠組み)に参加。EUもベラルーシ向け経済支援の検討に乗り出していた。

 だが、ベラルーシが欧州との協力関係に比重を移して、対露依存の経済構造から抜け出すことは容易でない。ベラルーシの主要輸出品である機械類はロシアを最大の輸出市場としているが、欧州市場へ参入できる品質には達していない。これまでロシア産のエネルギー資源を安く購入してきたベラルーシがこの恩恵を失えば、財政状況を圧迫する。

 ◇旧ソ連経済圏構想、欧州の支援急がず
 欧州との関係改善へ意欲を示してきたルカシェンコ氏は今回、なぜ反発が予想される野党の弾圧を決心したのか。ロシア、ベラルーシ、カザフスタンが選挙直前の今月9日にまとめた「関税同盟」の合意が背景にあるとの指摘がある。

 ロシアは一時、ベラルーシを排除し、カザフスタンと2国だけで同盟を発足させる案を検討していた模様だ。だが、欧州向け原油輸送の5割をベラルーシ経由パイプラインに依存している重要性を考慮し同国を加えたうえで、将来的に同盟を統一経済圏へ発展させる合意としてまとめた。

 この合意では、ロシア石油製品の輸出取り決めなどでベラルーシ側の言い分がある程度認められ、「欧州の支援をあてにする必要がなくなった」(外交筋)との見方がある。そのため強引に野党の弾圧に踏み切ることができたのかもしれない。ロシアはこれまで欧米と違い、野党弾圧には沈黙を守っている。

 ベラルーシ独立直後の指導者であるシュシケビッチ元最高会議議長(76)は、「ルカシェンコ氏はロシアからの支援が減ったから、欧州から別の支援を引き出す狙いで接近したに過ぎなかった」とみる。4期目のルカシェンコ政権は再びロシアとの「和解」に動く可能性がある。

1798チバQ:2010/12/23(木) 10:04:43
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20101222-OYT1T00881.htm
仏極右政党ルペン氏3女、党首後継有力


. 【パリ=林路郎】フランスの極右政党・国民戦線の後継党首就任が有力視されているマリーヌ・ルペン副党首(42)の人気が急速に高まり、2012年の次期大統領選で台風の目になりそうな勢いだ。

 マリーヌ氏は、1972年に国民戦線を創設し、移民やユダヤ人排斥の主張で政界を揺さぶってきたジャンマリ・ルペン党首(82)の三女。11年1月16日の党員による選挙で後継党首に選出されると見られており、すでに大統領選出馬を公言している。

 「ナチスのユダヤ人迫害否定に固執する守旧派は時代錯誤だ」と言い、イメージ刷新を訴えるマリーヌ氏だが、イスラム教徒に対する強硬な発言も目立つ。

 「モスク(イスラム教礼拝所)建設への国費援助はやめろ」と主張しているほか、国内の一部都市でモスクのスペースが足りないため礼拝者が路上にあふれ出ている様子を、ナチスになぞらえて、「新たな占領」と呼ぶなどの発言が物議を醸している。

 それでも、大衆誌パリマッチの最新調査では、33%がマリーヌ氏に「好感を持つ」と回答。主要メディアの扱いも有力政治家並みだ。

(2010年12月23日00時57分 読売新聞)

1799チバQ:2010/12/23(木) 10:05:26
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/101222/erp1012222202012-n1.htm
大統領選後のベラルーシ 忍び寄る経済危機 独裁者の憂鬱
2010.12.22 22:02
 【モスクワ=佐藤貴生】旧ソ連ベラルーシの大統領選で、ルカシェンコ大統領が4選を果たした。15年以上に及ぶ弾圧で反体制派は弱体化し、強権体制は当面維持される公算が大きい。ただ、安価でエネルギーを供給してきたロシアの出方によっては経済危機が深刻化し、国内情勢が流動化するとの指摘もある。反体制派の抗議デモを強制排除したことへの欧米の批判も強く、「欧州最後の独裁者」の今後の道のりは平坦ではなさそうだ。

 ルカシェンコ政権は19日の選挙後、約600人の反体制派を拘束した。大規模な選挙違反で再選を繰り返してきた疑いがある一方、有権者の約3割は同氏支持で固まっているといわれる。経済活動の7割を国家の関連企業が占め、安定を求める高齢者や公務員が多いことがその一因だ。米国発の金融危機の影響もあまり受けなかったとされる。

 しかし、財政的には危険水域に近づいているとの見方もある。現地外交筋によると、今春までに国際通貨基金(IMF)から総額35億ドル(約2900億円)の融資を受け、対外債務は250億ドル(約2兆900億円)と国内総生産(GDP)の半分にまで拡大。通貨切り下げの憶測が飛び、国民の外貨需要が急増しているとの情報もある。

 こうした経済情勢のカギを握るのがロシアだ。実質的なベラルーシ統合を目指すロシアは今月、ベラルーシに対し、カザフスタンを加えた3カ国による「統一経済圏」の創設に加わることを条件に、石油の輸出関税を撤廃すると表明した。これでベラルーシは来年、40億ドル(約3300億円)前後の支出が削減できる見通しだが、対露依存はさらに進むことになる。

 一方、欧州にとってベラルーシは、ロシア産石油や天然ガスをパイプラインで受け取る中継国という重要な位置にある。国境を接するポーランドなどではロシアの軍事的脅威を弱める上でも、ベラルーシを親欧米寄りの「緩衝地帯」にしたい思惑が強いといわれる。

 こうした経緯から、欧州連合(EU)は今回の大統領選が自由かつ民主的に行われれば、30億ユーロ(約3300億円)を融資するとベラルーシに提示していた。しかし、反体制派の強制排除に反発を強めるEUが、融資を実行するかは極めて不透明になった。

 ミンスクの新聞記者は、「次の焦点は2012年の下院選。経済低迷が深刻化して国民が街頭行動に出るような事態になれば、ルカシェンコ体制が揺らぐ可能性はある」と指摘した。

1800チバQ:2010/12/23(木) 10:20:22
>>178>>531
http://www.asahi.com/international/update/1223/TKY201012230012.html
モンテネグロ首相が辞任、権力の座に20年 疑惑影響か2010年12月23日9時39分
 【ウィーン=玉川透】旧ユーゴスラビアのモンテネグロで20年近く権力の座にいたジュカノビッチ首相(48)が21日、辞任した。

 同氏は1991年、29歳の若さで首相に就任。大統領職を含め、旧ユーゴ解体当初から権力を維持する唯一の指導者として、2006年のセルビアからの独立も主導した。

 一方で、90年代に安いたばこをイタリアなどに密輸する組織に関与していた疑いが浮上、国際社会から批判を浴びた。今月17日、モンテネグロが悲願とするEU加盟の候補国に正式に了承されたことを受け、同氏が加盟交渉の妨げになるとみられる自身の疑惑を考慮し、表舞台から身を引いたとの見方も出ている。

1801チバQ:2010/12/23(木) 10:21:09
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20101217-OYT1T00862.htm
モンテネグロを加盟候補国に、EU首脳会議承認


. 【ブリュッセル=工藤武人】欧州連合(EU)は17日の首脳会議で、旧ユーゴスラビアのモンテネグロをEU加盟交渉開始の前提となる「加盟候補国」とすることを承認した。

 ただ、組織犯罪や汚職の一掃でモンテネグロに「一層の努力」を求め、具体的な交渉開始時期は示さなかった。

 現在、他のEU加盟候補国は、トルコ、クロアチア、マケドニア、アイスランド。

(2010年12月17日20時28分 読売新聞)

1802チバQ:2010/12/23(木) 12:56:01
http://mainichi.jp/select/world/news/20101213dde041030072000c.html
乾きと命:貧困の街で/上 HIV陽性での出産
 ◇感染より生活心配
 急速な経済発展を象徴するように、高層ビルが建ち並ぶ東アフリカ最大の都市ナイロビ(ケニア)。その一角に、土壁のバラックが軒を連ねる地区がある。キベラスラム。ケニアの農村部は干ばつなどの異常気象で打撃を受け、生活できなくなった人々が流入して人口が急増している。水道やガスさえ通らず、路上のごみが異臭を放つ貧困の街で、懸命に生きる人々の姿を報告する。


出産直後のHIV再検査で陽性が出たことを告げられるユニス・アチェンさん=ケニア・ナイロビのキベラスラムで、小松雄介撮影 産院のベッドで体重3200グラムの女児が生まれた。呼吸状態が悪く、スタッフが慌てて処置にあたる。5分後、女児は目と口を大きく開けて「ギャー」と泣き始めた。母親は汚れたTシャツ姿の女性。安心した様子はなく、表情に拭えない影があった。

 ユニス・アチェンさん(24)。スラムで5歳の娘と暮らし、小魚を売る。この日は、市場に仕入れに向かう途中で産気づいて倒れ運び込まれた。2カ月前、エイズウイルス(HIV)感染を宣告された。同居していた女児の父親はそれを聞いて姿を消したという。

 ユニスさんは身の上を語り始めた。ケニア西部生まれ。学校に通えず、子守をしていた15歳の時、気の毒に思った親類の女性が、ユニスさんをナイロビに呼び寄せ、家政婦にした。しかし女性の夫から性的虐待を受け、家を飛び出した。流れ着いたのがキベラスラムだった。

 取材中、産院のスタッフがHIVの再検査に訪れた。結果はやはり陽性。感染した原因は分からないという。眠る女児の顔を見つめ「この子は大丈夫だと信じたい」とつぶやく。ユニスさんにはHIV感染よりも今後の生活が心配だ。日収は20ケニアシリング(日本円で約20円)。半分を使って買うトウモロコシ3本が一日の食事という。「明日にも仕事を始めなければ、子どもに食べさせる物がない」と頭を抱えた。

 国連機関「国連合同エイズ計画」によるとケニアの09年のHIV感染者数は150万人で、新規感染者数は11万人に上る。生活が貧しく治療を受けられない患者が多く、死者は年間に約8万人とされる。【遠藤孝康】

 ◇「難民救援金」協力を
 災害や戦争、貧困などで苦しむ子どもたちを支援する海外難民救援金を募集しています。郵便振替または現金書留で送金いただくか、直接ご持参ください。なお、物資はお受けできません。紙面記載で「匿名希望」の方はその旨を明記してください。〒100−8051 東京都千代田区一ツ橋1の1の1 毎日新聞東京社会事業団「海外難民救援金」係(郵便振替00120・0・76498)

毎日新聞 2010年12月13日 東京夕刊

1803チバQ:2010/12/23(木) 12:56:52
http://mainichi.jp/select/world/news/20101214dde041030007000c.html
乾きと命:貧困の街で/中 途方に暮れる母
 ◇支援、受け方知らず
 3床だけの分娩(ぶんべん)室に次々と妊婦が運ばれ、新生児が生まれる。ケニアの首都ナイロビのキベラスラム内のフレパルス産院は、スラムの人口急増の現場だ。女性スタッフは「今朝は1分ごとに4人が生まれた」と汗を拭った。

 出産を終え、病棟で休む母親たちの表情はさまざまだ。結婚4年目で待望の初子を産んだベルマ・コバさん(23)は「もう(子どもは)あきらめていたから奇跡みたい」と眠る男児を幸せそうに見つめる。双子を産んだアイリーン・ナトゥンゴさん(35)は途方に暮れていた。「4人の息子を残して夫は死に、この子たちの父親とも別れた。私一人で養わなきゃいけないのに双子だなんて……」

 出産の翌日、HIV感染者のユニス・アチェンさん(24)は産院から自宅に戻った。家の外で走り回る娘シェリルちゃん(5)の姿を2日ぶりに見て「昨晩は娘が心配で眠れなかった」とほっとした表情を浮かべた。

 トタンを打ち付けただけの自宅は3畳しかなく隣のごみ捨て場から真っ黒な水が流れ出す。家賃は月1000ケニアシリング(日本円で約1000円)。他の家より高い。家主に足元を見られている可能性もあるという。


アニャンゴちゃんを連れて自宅に戻ったユニス・アチェンさん。5歳の長女シェリルちゃんが迎えた=ケニア・ナイロビのキベラスラムで、小松雄介撮影 スラム内の診療所ではNGO「国境なき医師団」がHIV感染者にエイズ発症を抑える薬を無料で配る。だがユニスさんは診療所に通っていないため薬を処方されていない。長年キベラスラムに通い貧しい子どもを支援する日本人女性、早川千晶さん(44)は「ユニスさんは小学校さえ卒業しておらず、周囲の助けもないため、どうすれば支援を受けられるのか分かっていない。スラムでは教育をまともに受けていない人が多く貧困の悪循環を生んでいる」と話す。

 出産1カ月半後。ユニスさんの生活支援に乗り出した早川さんから悲報が届いた。「アニャンゴちゃん(ユニスさんの赤ちゃん)が昨夜亡くなりました。下痢が続き、本当にあっけなく死んでしまいました」【遠藤孝康】

 ◇「難民救援金」協力を
 災害や戦争、貧困などで苦しむ子どもたちを支援する海外難民救援金を募集しています。郵便振替または現金書留で送金いただくか、直接ご持参ください。なお、物資はお受けできません。紙面記載で「匿名希望」の方はその旨を明記してください。〒100−8051 東京都千代田区一ツ橋1の1の1 毎日新聞東京社会事業団「海外難民救援金」係(郵便振替00120・0・76498)

1804チバQ:2010/12/23(木) 12:57:28
http://mainichi.jp/select/world/news/20101215dde041030004000c.html
乾きと命:貧困の街で/下 ストリートチルドレン
 ◇「学校に行きたい」
 気温10度近くに下がるケニアの首都ナイロビの夜。キベラスラムに隣接する大型スーパーマーケットの駐車場の外には、厚着をした少年数人がたむろする。買い物を終えた客が駐車場に現れると、柵の外から手を差し出して食料品を乞う。ストリートチルドレンたちだ。毛糸の帽子をかぶったギリオン・マカンガ君(13)は言う。「夜は路上で布を敷いて寝る。実は高学年まで小学校に通っていたんだ。親の事情で家から追い出された」。流ちょうな英語で話す。

 キベラスラムには私設学校が複数あるが、学費を払えないストリートチルドレンを受け入れる学校はほとんどない。昼間、スラム周辺の露天市場脇には、学校に通わない少年たちが集まる。

 年上の仲間たちと談笑していたのはモハメッド・ムエッティ君(10)。厚手の上着姿なのに裸足だった。「靴を盗まれた。新しいのが欲しいけど、お金がない」と話す。取材中、突然黒い布を自分の唇に押し当てた。吸っていたのは布に浸したシンナー。すぐに目の焦点が合わなくなり、辺りを歩き始めた。

 スラムで貧しい子どもたちのための学校を運営する早川千晶さん(44)は言う。「シンナーで空腹や寒さ、悲しみさえ分からなくなる。心の苦しさを忘れるためになけなしのお金でシンナーを買ってしまうんでしょう」

 ピーター・ジョン君(12)は市場のごみ捨て場で、ひとり黙々とプラスチックや鉄くずをスーパーの袋に拾い集めていた。1キロ分で10〜12ケニアシリング(約10円)。「1日数回、問屋に持ち込んで、やっと食費を稼げる」と話す。

 父が数年前に病気で亡くなり、母は仕事をせず、昼間から酒に浸るようになったという。将来の夢を尋ねると、「体操選手になりたいんだ」と答え、側転してみせた。ごみ拾いを始めて2年。「もうこんな生活は嫌だ。人生をやり直したい。キベラを抜け出して、ちゃんと学校に行きたい」【遠藤孝康】

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1805チバQ:2010/12/23(木) 13:29:31
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2010/12/post-1866.php
ベルルスコーニに迫る最後の審判
Berlusconi's Waterloo

14日に行われる内閣不信任決議を何とか乗り切ったとしても、政治生命の終わりは近い

2010年12月14日(火)18時24分
バービー・ナドー(ローマ)

 イタリアのシルビオ・ベルルスコーニ首相(74)は今、自らの政治生命に点滅する赤信号を目の当たりにしている。

 イタリア随一のメディア企業を一代で築き上げたベルルスコーニが、政治の世界に足を踏み入れたのは17年前。知名度は低かったが、1994年の抜き打ち選挙で下院議員に当選し、すぐに首相に就任。以来、巨万の富を手に入れ、首相の座に2度返り咲き、汚職やマフィアとの癒着疑惑で数え切れないほどの法廷闘争を戦い抜いてきた。離婚調停中の2番目の妻ベロニカ・ラリオを含む多くの女性から軽蔑されるような言動も数多い。

 ベルルスコーニはイタリアの歴代首相はもちろん、G8(主要8カ国)のどの指導者よりも長い在任期間を誇る。しかも、近年稀にみる「キャラ立ち」した政治家だ。イタリアの民放テレビ局の大半を傘下に収め、国内有数の資産家でもある。常に忠実な友人と若い美女に取り囲まれる様子は、ローマ帝国の皇帝も顔負けだ。
 
 そんな輝かしいキャリアを暗転させかねない審判の日が、ついにやってきた。メディアが「Bデイ」と呼ぶ12月14日、ベルルスコーニ内閣に対する不信任決議案の採決が上下両院で行われる。可決されれば、「テフロン首相」の政治人生に幕が下ろされるかもしれない。

 ベルルスコーニは否決に自信をのぞかせるが、不信任を免れたとしても、政権を維持できるほど多くの否決票が集まる見込みはない。「独演会はおしまいだ」と、フェラーリのルカ・コルデロ・ディ・モンテツェモロ社長が皮肉ったように、退陣の時が迫っているのかもしれない。

かつての盟友が打倒ベルルスコーニの先頭に
 イタリア経済が混迷を深める中、ベルルスコーニはこの2年間を無為に過ごしてきた。業績といえば、訴訟に巻き込まれないよう画策し、ゴミに埋もれたナポリの街を散発的に清掃したことだけ。しかも、国際社会におけるイタリアのイメージをひどく傷つけた。

 内部告発サイト「ウィキリークス」で漏洩された情報をみても、各国の指導者がベルルスコーニをまともに相手にしていないのは明らかだ。ローマ駐在のアメリカ人外交官は本国への公電で、ベルルスコーニは「無責任でうぬぼれが強く」、指導者として「無能」だと伝えていた。

 ロシアのウラジーミル・プーチン首相のようにベルルスコーニのふざけた言動を歓迎する人もいるが、彼らには明白な動機がある。ウィキリークスによれば、2人の「大物独裁者」の間にはビジネス上の密約があり、双方の金銭的利益となるような外交政策を取っているという。

 14日の内閣不信任案決議を切り抜けたとしても、ベルルスコーニが勢いを失うのは間違いない。「もう彼の言葉を信用しない」と言うのは、かつての盟友ジャンフランコ・フィーニ下院議長。「彼は国を治めたいのではない。訴訟を逃れるために権力に留まりたいのだ」
 
 フィーニは不信任投票を実現させた立役者だが、ベルルスコーニを退陣させても自分が得をするわけではない。フィーニは今年7月、35人の仲間を引き連れて、ベルルスコーニ率いる与党「自由国民党」を離脱し、非公式の議員グループ「イタリアの未来と自由」を結成した。フィー二がベルルスコーニに代わって首相の座に就くには中道左派の野党と組む必要があるが、中道右派の出自を裏切るような真似をする可能性は低い。

1806チバQ:2010/12/23(木) 13:29:49
 しかも、フィーニ派も一枚岩ではなさそうだ。不信任決議案の採択日が近づくにつれて、ベルルスコーニ派の議員が「イタリアの未来と自由」所属の議員に接触しているとの噂もある。

 フィーニにできるのは、フィーニ派の議員が約束通り、不信任案に賛成票を投じるよう願うことだけ。だが、たとえ不信任案が可決されても、1〜2票差の僅差であれば、ベルルスコーニを葬り去ることができない可能性もある。不信任案が可決されるとジョルジョ・ナポリターノ大統領はベルルスコーニの辞表を受理するが、野党を中心にした新たな連立が実現しなければ、結局は新政権の組閣をベルルスコーニに頼ることになるからだ。

 大統領が総選挙に踏み切る可能性もあるが、リーダー不在の野党は総選挙を望んでいない。いま総選挙が実施されれば、有力な対抗馬がいないせいでベルルスコーニが勝利すると、あらゆる世論調査が示している。

身内からも「続投は無理」との声
 12月13日の朝、ベルルスコーニは上院で続投支持を訴える演説を行い、自分を引きずりおろせば、イタリアはギリシャやアイルランドの危機と同じような悪循環に陥ると警告した。「今のイタリアにとって最悪なのは政治の危機だ。明白な解決策がないまま危機を引き起こすことの愚かしさを考えてほしい」

 だがイタリア人の多くにとって、ベルルスコーニ政権はすでに茶番だ。11日には何万人ものデモ隊がローマに集まり、「ベルルスコーニが監獄に入らないかぎり、イタリアは変わらない」といったプラカードを掲げて通りを練り歩いた。

 その前日には、不信任案への態度を明らかにしていない議員らにベルルスコーニ陣営が買収工作をした疑惑について、当局が調査を開始した。「恥、恥、恥だ」と、野党民主党のピエル・ルイジ・ベルサニ書記長は集会で語った。「ベルルスコーニは引っ込んでいろ」

 採択の当日に懸念される暴動に備えて、治安部隊がローマ中心部の警備を強めるなか、ベルルスコーニは13日夜に下院でも演説をした。「私は穏やかな気持ちで自信に満ちている。不信任案に賛成する者は有権者からの負託を裏切ることになる。祖国が極めて厳しい状態にある今、我々は一致団結しなければならない」

 だが懐疑的な声は収まりそうにない。ベルルスコーニ陣営に留まっているウンベルト・ボッシ下院議員も、不信任案が否決されたとしても、僅差では続投は無理だとの見解を報道陣に示した。「いい演説だったが、1票差の過半数では政権はもたない」

 13日午後の情勢では、不信任案はまさに1〜2票差で否決される可能性が高い。Bデイを切り抜けたとしても、ベルルスコーニ時代の終焉へのカウントダウンがいよいよ始まりそうだ。

1807チバQ:2010/12/24(金) 23:07:04
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101224-00000011-maiall-soci
<違法テレビ放映>パキスタンで人気 エンタメ侵攻するインド
毎日新聞 12月24日(金)8時21分配信

 パキスタンでインドのテレビ番組の違法放映が問題となっている。パキスタンにとってインドは過去3度も戦火を交えた不倶戴天(ふぐたいてん)の敵だが、映画や音楽の人気は高い。インド番組の“侵攻”を通じて、パキスタン社会の一端を垣間見た。【イスラマバードで岩佐淳士】

 野球帽をかぶった男性が突然歌い出す。アップテンポの曲にあわせ、肌を露出した女性が、男性と一緒に腰をくねらせて踊る。今月中旬、パキスタンの首都イスラマバードのテレビ画面に映っていたのは、数年前に劇場公開されたインドの「ボリウッド」映画。ボリウッドとは、米ハリウッドに対抗した映画文化の呼称だ。

 パキスタン都市部ではケーブルテレビが普及し、50以上のチャンネルが視聴できる。映画以外にも歌番組などインドの娯楽番組が多いが、地元テレビ局によると、違法に放映されているという。パキスタンにおけるインドのテレビ番組放映は、両国関係を示すバロメーターだ。

 01年12月に起きたイスラム過激派によるインド国会襲撃事件で、インドがパキスタンを名指しで非難すると、政府はインドのテレビ番組を「有害」として放映禁止。04年に関係改善すると、政府は違法放映を黙認した。08年11月にインド・ムンバイで起きた同時多発テロで関係が悪化すると、パキスタン最高裁は今年8月、ケーブルテレビ事業者に放映中止を命じた。だが、衛星回線を通じた違法放映だけでなく、インド番組目当てに家庭用の受信機を買う人は後を絶たない。

 「イスラム文化のせいか、娯楽を大切にする感覚が小さい。パキスタン独自の映画や欧米風の芸能は産出する風土がない」とは、イスラマバードに住んで1年半がたつ日本人男性の感想だ。実はパキスタンにも、北東部ラホールを拠点とした「ロリウッド」がある。70年代に黄金期を迎えたが、77年にクーデターで政権を奪ったハク大統領のイスラム化政策で衰退した。両国の主要言語は似ており、最近では多くのパキスタン人俳優や歌手がボリウッドで活躍。イスラム保守層は眉をひそめるが、ムシャラフ政権下の06年には映画館でのインド映画上映も解禁された。

 インド番組の侵攻にボハリ情報相代理は「インドもパキスタンの番組を放映すべきだ」と不満げだ。

 12月上旬、印パ両国軍による国旗降納式が毎日行われている国境ワガを訪れた。双方の旗が立ち、老若男女の見物客が訪れていた。

 パキスタン軍兵士が足を高く上げ、国境越しのインド軍兵士を威嚇すると、客席から「パーキスターン ジンダーバード!(パキスタンよ永遠なれ)」。

 イスラム国家を掲げインドと分離独立したパキスタンだが、近年は過剰な宗教ナショナリズムが生む過激主義にも悩まされている。イスラマバードの30代男性は「政府はジレンマを抱えている。イスラム過激派と戦いながら、過激派が嫌うインド文化を規制し、イスラムを守っていかなければならないからだ」と言った。

1808チバQ:2010/12/26(日) 18:04:08
>>1728
http://sankei.jp.msn.com/world/mideast/101226/mds1012261756003-n1.htm
サウジ王家「老い」との戦い 国王2度手術、後継問題が浮上 (1/2ページ)
2010.12.26 17:52
 【カイロ=大内清】86歳前後とされるサウジアラビアのアブドラ国王が最近、2度の手術を受け、健康状態が不安視されている。順当なら次の国王となる異母弟のスルタン皇太子やほかの兄弟もほとんどが70〜80歳代と「老い」に直面するサウジ王家。世代交代がいつなのか、世界1位の原油埋蔵量を誇る国の後継問題に関心が高まっている。

 国王は11月下旬、椎間板(ついかんばん)ヘルニア治療のためとして渡米、手術を受けた。王室は「手術は成功」と発表したものの、今月3日には再手術が行われた。この間、留守を預かったスルタン皇太子(第1副首相兼国防航空相)は80代半ば。がんを患っているといわれ、健康不安は根強い。

 そんな中、国王や皇太子に不測の事態があった場合の後継者に有力視されるのが、ファハド前国王やスルタン皇太子の実弟で2009年に第2副首相に就いたナエフ王子(内相兼務)だ。国王の渡米前には代理で閣議を仕切った。

 サウジでは1953年のアブドルアジズ初代国王の死後、5代にわたり初代国王の息子(第2世代)が王位を継承してきた。だが、第2世代では比較的若いナエフ王子でも77歳前後に達しており、どの時点で初代国王の孫(第3世代)に王位を引き継ぐかが課題となっている。

 アブドラ国王は渡米前の11月、約50年間務めた国家警備隊司令官ポストを息子のムトイブ王子に譲り、世代交代への布石ではないかとの観測も浮上した。第3世代ではほかに、サウド外相やハリド国防航空次官らが知られる。ただ、初代国王には36人の男子がおり、孫の数は数百人。そこから王位継承者を選ぶプロセスは難航が予想される。

 一方、継承問題は、政策面でも関心を集めている。

 イスラム教スンニ派で最も戒律が厳しいワッハーブ派を奉じるサウジで、アブドラ国王は昨年初めて男女共学の大学を開設するなど、徐々にながらも社会・教育改革を進める「開明派」だ。ナエフ王子は、保守的な宗教指導者との結びつきが強いとされる。

 サウジは70年代末以降、イスラム世界各地へワッハーブ派の教義の“輸出”を積極化、同国の支援で建設されたマドラサ(イスラム神学校)が過激派の苗床になったとの指摘もある。それだけに現国王の路線は国際社会で一定の評価を得ているが、専門家からは、ナエフ王子が実権を握れば改革にブレーキがかかるとの見方も出ている。

1809チバQ:2010/12/26(日) 18:25:22
>>1463-1466>>1571>>1578
http://www.47news.jp/CN/201012/CN2010122501000266.html
ベルギーの政治危機が長期化 正式政府不在195日
 【ブリュッセル共同】今年6月の総選挙以来、北部オランダ語圏と南部フランス語圏の対立で連立交渉が難航しているベルギーで25日、正式な政府の不在が195日に達し、これまで最長だった2007年の194日を上回り過去最悪記録を更新、政治危機が長期化している。

 欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)の本部を抱えるベルギーだが、伝統的な北部と南部の「言語対立」が過去に何度も政治危機を引き起こしてきた。4月に総辞職したルテルム内閣が暫定政権のままの状態で、危機の長期化への懸念から、金融市場ではベルギー国債価格がじわじわと下落。政府の資金調達にも悪影響が出始めている。


2010/12/25 16:31 【共同通信

1810チバQ:2010/12/27(月) 20:50:30
http://sankei.jp.msn.com/world/mideast/101227/mds1012271743003-n1.htm
内戦でチョコ高騰も? 「2人の大統領」に揺れるコートジボワール (1/2ページ)
2010.12.27 17:38

23日、アビジャン市内でバグボ大統領の看板脇を通過する国連部隊の兵士(AP) 【ロンドン=木村正人】大統領選をめぐり混乱が続くアフリカ中西部コートジボワールで、国際社会が当選を支持するワタラ元首相側は、バグボ大統領の退陣を求めて27日から全土でゼネストを実施するよう国民に呼び掛けた。治安部隊を掌握し政権に居座るバグボ氏に対する退陣圧力を強めるのが狙い。訴追を恐れるバグボ氏は譲歩の気配を見せておらず、内戦再燃を懸念する声も強まっている。

 現地からの報道によると、大統領選の決選投票は11月28日に実施され、選挙管理委員会は今月2日、野党・共和連合(RDR)のワタラ元首相が現職のバグボ氏を破って当選したと発表。しかし、選挙結果を確定する憲法評議会は3日、投票の一部は無効としてバグボ氏の当選を宣言した。

 2人とも就任式を行ったが、バグボ氏はそのまま大統領府に居座った。ワタラ氏はアフリカ連合(AU)や国連、米国、フランスの支持を受け、主要都市アビジャンのホテルに暫定政府を構えた。ホテルは国連平和維持活動(PKO)部隊500人が守っている。

 ワタラ氏の当選を支持する北部の旧反政府勢力「新勢力」と、南部に支持基盤を持つバグボ氏側の治安部隊は、2002〜03年の内戦で分断された南北の境界付近で一時、衝突した。07年に南北の和平協定が成立した後、本格的な軍事衝突は初めてとされ、緊迫した状況が続いている。

 アビジャンでもワタラ氏支持のデモ隊とバグボ氏側の治安部隊が衝突。これまでに約200人が死亡、約500人が拘束され、1万4千人以上が避難した。

 バグボ氏は権力維持のため治安部隊に資金を供給しているとして、世界銀行や西アフリカ諸国中央銀行はコートジボワールへの援助を停止。西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)は「バグボ氏がすぐに退陣しない場合は、軍事介入する」と警告するなど、圧力を強めている。一方、バグボ氏側は「内戦が起きる」と反発している。

 同国は世界の生産量の4割を占めるカカオ豆の産地で、今回の混乱で、カカオ豆価格は12・5%も上昇。政情の不安定化でカカオ豆の植え替えが停滞すれば、カカオ豆を原料とするチョコレート価格の高騰を招く恐れもある。

1811チバQ:2010/12/27(月) 20:51:34
http://www.afpbb.com/article/politics/2780712/6611149?utm_source=afpbb&utm_medium=topics&utm_campaign=txt_topics

バグボ大統領の退陣求めゼネスト呼びかけ、コートジボワール
【12月27日 AFP】大統領選の結果をめぐる混乱が続くコートジボワールで、国連(UN)などが正式な当選者として支持するアルサン・ワタラ(Alassane Ouattara)元首相の陣営は26日、ローラン・バグボ(Laurent Gbagbo)大統領が退陣するまで27日からゼネストを行うよう呼びかけた。

 11月末に実施された大統領選をめぐっては、現職のバグボ大統領とワタラ元首相の双方が勝利を主張。選挙管理委員会や国際社会はワタラ氏の当選を認めているが、バグボ氏側は大統領職を譲っていない。

 ワタラ氏が首相に選んだギヨーム・ソロ(Guillaume Soro)氏は先に抗議行動を起こすよう国民に呼びかけた。ワタラ氏を支持する野党連合「ウフェイスト同盟(RHDP)」はこの呼びかけを繰り返している。

 ワタラ氏の支持者らは、全国規模でゼネストが行われればバグボ大統領を退陣に追い込めると期待しているが、同国の経済の中心である南部のアビジャン(Abidjan)でゼネストに呼応する動きはほとんどなく、経済活動は徐々に勢いを取り戻している。(c)AFP

1812チバQ:2010/12/27(月) 22:34:19
http://sankei.jp.msn.com/world/mideast/101227/mds1012272213004-n1.htm
イラン当局、改革派指導者ムサビ元首相らの訴追示唆
2010.12.27 22:11
 テヘランの検察当局者は26日、「(反政府的な)扇動的運動の指導者の審判が近い」と述べ、昨年6月のイラン大統領選で敗退した改革派のムサビ元首相やカルビ元国会議長を訴追する可能性を示唆した。イランメディアが27日、報じた。

 今月19日から、政府は燃料などに支出していた補助金を段階的に廃止。ガソリンやパンなどの値段が上がったことから、両氏の支持者らを中心に抗議行動が起きることを恐れた当局がけん制しているとみられる。

 大統領選をめぐっては、選挙の不正を指摘する両氏の支持者らが連日のように抗議デモを実施、治安部隊との衝突で多数の死傷者が出た。

 同当局者は「選挙を口実に体制を批判する者は裁判に付されるべきだ」と話した。(共同)

1813チバQ:2010/12/27(月) 22:42:58

http://www.yomiuri.co.jp/column/world/20101227-OYT8T00268.htm?from=navlc
投票率10%以下が示すエジプト人の諦め
カイロ支局 田尾茂樹

 「選挙は無効だ」。12月中旬。エジプトの首都カイロ中心部で野党支持者ら数百人が怒りの声を上げた。29年に及ぶムバラク長期政権を支える与党国民民主党が圧勝した人民議会(国会)選挙では、「不正が横行した」と言われていた。

 野党が獲得したのは選挙対象508議席のうち、わずか14議席。選挙前には系列無所属議員88人を抱え、事実上の最大野党だった非合法のイスラム原理主義組織「ムスリム同胞団」に至っては今回、1議席も得られなかった。選挙管理委員会は「公正な選挙だった」と主張するが、取材では何度もあぜんとさせられた。

 投票日の11月28日と12月5日。ある投票所では「記者は入れない」と言われ、取材記者証を示して理由を尋ねても「だめだ」の一点張り。別の投票所では「今は昼飯だ」と拒否された。入場できても写真撮影は一切、認められなかった。しかも、係員がついて回り、「もういいだろう」とわずか数分で追い出された。

 中立団体の選挙監視はほとんど許可されず、野党候補者代理人は、投票に立ち会うことができなかったという。前回選挙までは投票所に配置された判事も、憲法改正でいなくなった。投票水増しなどの不正行為が相次いだとされるのも当然の結果と言える。ネットには投票所の係員が何枚もの投票用紙に記入し、投票箱に入れる映像が出回った。

 「結果は分かっている。投票しても無駄」。取材で聞いたエジプト人のこんなぼやきの理由を実感した。選管は投票率を35%と発表したが、10%以下との指摘もある。事実、周りで投票した知人は皆無だった。

 それでも、冒頭のような抗議行動を起こす人はごく少数。1981年のサダト前大統領暗殺事件以来、今も非常事態令下にあるこの国では、令状なしの逮捕など治安当局には強大な権限が認められているためだ。「食べ物にさえ困らなければ怒らないよ」。会社経営のエジプト人の知人が解説してくれた。パンの価格が高騰した2008年には実際に各地で暴動が起きた。

 露骨な野党排除は、来秋の大統領選を控え、82歳のムバラク大統領が次男に権力を継承する地ならしとも言われる。悠久のナイルの流れのようにこの国は変わらないのだろうか、とも思える。それでも投票にやって来た20歳代の女性はこう話してくれた。「選挙結果は信用できない。でもこの1票は私の権利だから」。こんな意識の広がりが、いつか大きなうねりとなる日が来るのかもしれない。

(2010年12月27日 読売新聞)

1814チバQ:2010/12/28(火) 00:09:59
http://www.asahi.com/international/update/1226/TKY201012250320.html
民族対立、ロシア揺らす サッカー乱闘が市民の不満に火(1/2ページ)2010年12月26日2時16分
モスクワで21日、乱闘で殺されたロシア青年の墓に献花するプーチン首相=ロイター
 【モスクワ=副島英樹】サッカーファンの乱闘による一つの殺人事件が、ロシア全土を揺るがしている。多民族国家に潜在する民族間対立感情を呼び覚ましたからだ。「ロシアはロシア人のために」。そんなスラブ民族主義のスローガンを掲げた若年層のデモまで頻発し、一触即発の緊張を政権側が力で封じ込めている。そこには、汚職体質から抜けきれない官僚国家への市民の不満も影を落とす。

 「民族の多様性こそロシアの大いなる長所であり力だ」

 「過激主義者に利用されないようにしてほしい」

 プーチン首相は21日、中央ロシアと南部・北カフカス地域のサッカーファンクラブ代表らと面会し、そう訴えた。その後、乱闘で殺されたロシア青年の墓を訪れて献花した。国を揺るがす内乱に発展しかねない民族対立を鎮めるための窮余の策ともいえた。

 かつて泥沼の内戦を経験したチェチェン共和国などを含むカフカス地域はイスラム教徒が多い。治安は安定せず、失業率も高い。出稼ぎでモスクワなど主要都市への流入が増加し、風習の違いや相次ぐモスク建設などが、ロシア正教のスラブ系住民との間に摩擦を生んでいる。

 発端は今月6日にモスクワの通りで起きた乱闘だった。プロサッカーチーム「スパルタク」のファンだったスラブ系の青年1人が死亡、カフカス系の6人が拘束された。だが警察は、首謀者以外の5人の拘束を解いた。賄賂が渡されたはずだと、スラブ系が不満を募らせた。クレムリン脇のマネージ広場で11日に開かれた青年の追悼集会には約5千人が集結。過激な民族主義者らが扇動して治安部隊と衝突し、65人が拘束された。

 こうした動きに、カフカス系が15日に抗議集会を開くとの情報がネットで出回り、モスクワなどで民族対立が一触即発状態に。予防介入した警察が全土で1700人を拘束し、ナイフやバット、武器類などを多数押収。18日にも全土で約2千人が拘束されたが、未成年者が多数含まれていたことが衝撃を与えた。

 この日、モスクワのオスタンキノ・テレビセンター付近に集まったのは、日本の中高生にあたる8〜10年生の生徒たちだった。「愛国主義はナチズムではない」との横断幕を掲げて行進したところ、無許可集会を理由に警察に一時拘束された。地元紙によると、生徒の一人は「大学に入れるのはカフカス系だけ。ロシアに将来はない」などと、賄賂が優先される実態を示唆した。

 プーチン首相は「若者が軽はずみに民族主義的スローガンを唱える事実を憂慮すべきだ」と発言。首相が党首を務める最大与党「統一ロシア」は、徳育を充実化させる教育カリキュラムの見直しを提案するまでになっている。

 「若者は革命のバロメーター」(レーニン)とも言われるロシアでは、今回の騒動は社会全体の不満の表れだと指摘する声も目立つ。下院安保委員会のグロフ議員は「汚職や警察・役人の横暴、犯罪検挙の低さ、移民労働者の増加などで不満が充満している」と語る。反政権のノーバヤ・ガゼータ紙も「ロシアの現代化に対するロシア人の反乱」との見出しで「政府の不首尾な財政政策、賄賂の横行、役人の身勝手」を指摘。メドべージェフ政権が進める現代化が、国家の体質改善につながっていないと批判している。

1815チバQ:2010/12/28(火) 22:47:15
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/101228/erp1012282112009-n1.htm
はびこる独裁…旧ソ連圏、民主化の道遠く (1/2ページ)
2010.12.28 21:10

10日、モスクワのクレムリンで開かれたCIS首脳会議でロシアのメドベージェフ大統領(右)と話すカザフスタンのナザルバエフ大統領(左)=AP 【モスクワ=佐藤貴生】旧ソ連圏の国々で、独裁色が濃い長期政権が延命を図る傾向が続いている。今月19日の選挙でベラルーシのルカシェンコ大統領が4選して5年の任期を手に入れたが、大規模な不正集計があったとの憶測が絶えない。これに続きカザフスタンでも、現職大統領の任期を2020年まで延長する動きが表面化。旧ソ連崩壊に伴う独立から約20年をへてなお、民主化への道のりは遠い。

 ロイター通信によると、カザフスタンでは今月23日、農民や学者ら約850人で構成する民間組織が、12年に迫った大統領選に代わり、ナザルバエフ大統領の任期を20年まで延長するかどうかを問う国民投票を提言した。

 組織の代表者は「選挙に使われる余計な支出を国内投資に回せる。80〜90%はナザルバエフ氏に投票するだろう。民主主義への信頼は政府の効率性に比べれば重要ではない」と述べた。

 同国の中央選挙管理委員会はこれを受け27日、20万人以上の賛同者の署名が集まれば国民投票を実施する可能性があると述べた。国民投票は早ければ来年3月にも実施されるとの観測さえ出ている。

 ナザルバエフ氏はソ連崩壊直前の1990年以来、大統領の座にいる。95年の国民投票と98年の憲法改正で任期を相次ぎ延長したほか、07年には議会が3選禁止規定の削除を決め“終身大統領”に道が開かれた。

 カザフスタン南部アルマトイの反体制紙記者(37)は「政治上の競争がまったくなく、15年間も公正な選挙が行われていない。国民投票になれば大規模な違反が行われるのは明らかだ」と話した。

 現職の任期延長や3選禁止規定削除はベラルーシ、ウズベキスタン、タジキスタンでもみられ、なかでも中央アジアでは独裁傾向が顕著だ。トルクメニスタンでは06年にニヤゾフ前大統領が死去するまで肖像画が国中に掲げられ、紙幣にも描かれる強固な個人崇拝体制が築かれた。現体制も大規模な民主化導入には踏み込んでいないようにみえる。

 民主化の兆しがみえるのは、一族支配を軸に強権をふるった前大統領が今春に失脚、国外逃亡したキルギスぐらいなのが実情だ。同国では大統領権限を議会に移管する憲法改正がなされ、議院内閣制に移行する試みが進んでいる。

 莫大(ばくだい)な地下資源が眠るカザフスタンや、地域の盟主を自任するウズベキスタンでは大統領が高齢に達し、次期体制へのスムーズな権力移譲が実現するかが懸念されている。圧政と指導者の高齢化は、中央アジアなど旧ソ連圏を覆う不安定要因としてくすぶり続けそうだ。

1816チバQ:2010/12/28(火) 23:10:21
http://sankei.jp.msn.com/world/mideast/101228/mds1012280943003-n1.htm
ゼネスト呼び掛け失敗 大統領選の結果で混乱続くコートジボワール
2010.12.28 09:41
 大統領選の結果をめぐり混乱が続くコートジボワールからの報道によると、国際社会が当選を支持する元首相ワタラ氏の陣営が26日に呼び掛けたゼネストは27日、最大都市アビジャンなどで大半の人々が通常通り勤務し、失敗に終わった。

 市民からは「働かなければ食べていけない」との声も出た。選挙結果を覆して大統領の座に居座るバグボ氏を退陣に追い込みたいワタラ氏陣営だが、失敗を受けて戦略の見直しを迫られそうだ。

 ワタラ氏が支持基盤を置く北部では一部でストが行われたが、銀行などは営業した。

 一方、ベナンとシエラレオネ、カボベルデの3カ国大統領が28日、コートジボワールを訪問する予定。ワタラ氏に権限移譲しなければ武力行使を含めた対応を取るとの西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)の決定を、バグボ氏に直接伝える見通しだ。(共同)

1817チバQ:2010/12/29(水) 08:38:04
>>1559>>1700
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2010122902000030.html
英連立政権 苦境に 支持率急降下 50%割れ
2010年12月29日 朝刊

 【ロンドン=有賀信彦】英国で5月に誕生した第2次大戦後初の保守党と自由民主党の連立政権の支持率が急降下している。大学授業料大幅値上げなど、キャメロン政権が相次いで打ち出す財政赤字削減策への反発が背景にあり、学生らを主な支持基盤にもつ自民党が大幅に支持率を減らしたのが最大の要因。野党・労働党の支持は回復しつつあり、連立政権は年明けから試練を迎えそうだ。

 二十七日付の英紙ガーディアンの世論調査では、連立政権の支持率は今年五月発足時の59%から43%へと急減し、初めて不支持率(47%)が上回った。連立発足時の調査では、自民党支持者の69%が保守党との連立を支持したが、今回の調査では43%と大幅に下落、46%が「(連立は)誤りだった」と回答。

 落ち込みが最も激しいのは自民党支持率。五月調査の21%から、この五年で最も低い13%まで落ち込んだ。授業料値上げ反対は、緩やかな財政赤字削減を掲げてきた自民党の総選挙での主要公約だったが、連立を組む際の保守党との政策協議では公約を放棄していたことが秋になって発覚。これが十一月十日以降、全国規模で続発した過激な学生デモを誘発する主な要因となった、との見方もある。

 一方、保守党の支持率は五月調査より2ポイント低い37%とほぼ横ばいで、同党支持者の76%は依然として連立政権樹立を肯定。

 自民党の不人気とは対照的に支持を伸ばしているのが労働党。十二月調査で、この三年で最も高い39%の支持率を記録し、保守党の支持率を上回った。連立政権の緊縮政策への反発に加え、ミリバンド新党首への期待が支持率を押し上げた要因とみられ、来年は攻勢を強めそうだ

1818チバQ:2010/12/29(水) 08:46:42
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2010/12/post-1884.php
住民投票で分裂するスーダンの希望
South Sudan's Desperate Hope

民族対立と資源争奪で引き裂かれたスーダン。南部独立の是非を問う投票が国際社会をも揺るがす理由

2010年12月24日(金)12時22分

[2010年12月29日号掲載]

 今も南北内戦の混乱が続き、俳優ジョージ・クルーニーが国連で平和を呼び掛けた破綻国家スーダン。アラブ系イスラム教徒の多い北部から、アフリカ系キリスト教徒の多い南部が独立できるかどうかを問う住民投票が1月9日に始まる。

 ここ数週間で北部に住む南スーダン人5万人が投票のために帰郷し、内戦で国外に避難した難民も在外投票のため有権者登録を行った。なかでも注目されたのが内戦で孤児になり、自力で国外に逃れた「ロストボーイズ」と呼ばれる南スーダン人だ。

 彼らは受け入れ国となったアメリカやヨーロッパ諸国、オーストラリアやエチオピアで在外投票の有権者登録を呼び掛けた(登録者数は数十万人ともいわれる)。自らの手で票を投じるため、子供の頃に離れた南部に帰る者も少なくない。

 長年迫害されてきた南スーダン人の期待は高まっている。投票が公正に行われれば、南部スーダンは独立国家になる可能性が高い。ただしそれは同時に、この地域に不安定な国家がもう1つ生まれることを意味する。...本文続く

──ここから先は22日発売の『ニューズウィーク日本版』 2010年12月29日/1月5日号をご覧ください。


山田敏弘(本誌記者)

1819とはずがたり:2010/12/29(水) 11:55:15
>>1818
南スーダンの独立,昔から期待してますヽ(´ー`)/

1820とはずがたり:2010/12/29(水) 12:11:19
>>1816
>ワタラ氏に権限移譲しなければ武力行使を含めた対応を取るとの西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)の決定
おお,こんな実効能力(?)持った国際統合機関が!?

調べてみた。結構前からある。。

西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/africa/ecowas.html

1.名称(西アフリカ諸国経済共同体)

英:Economic Community of West African States(ECOWAS)
仏:Communaute' Economique des Etats de l'Afrique de l'Ouest(CEDEAO)

2. 設立経緯及び沿革

1963年:「西アフリカ産業協力ラゴス会議」(国連アフリカ経済委員会(ECA)後援)において、西アフリカ地域経済協力のための常設機関設立に向けた、暫定機関設立につき合意。
1968年:共同市場を目指した西アフリカ地域グループ結成(しかし経済共同体設立構想は、その後、ナイジェリア内戦等により進展が遅れた)。
1975年5月28日:西アフリカ諸国経済共同体設立協定正式合意(於:ラゴス)。

3. 設立目的及び任務

1975年(設立当初):西アフリカの域内経済統合を推進する準地域機関
* 持続的経済開発のための基盤整備
* 地域内の関税障壁の撤廃
* 域内・域外貿易の促進等

1981年:「防衛相互援助に関する議定書」調印
* 防衛・紛争解決機能等を備える (経済統合の基盤となる、政治的安定の確保を目指す)

1998年:「紛争予防・管理・解決・平和維持・安全保障メカニズム」規約採択
* 安全保障機能の本格的整備に着手

4. 加盟・脱退
 原加盟国は西アフリカ15ヶ国。現在の加盟国15ヶ国(ベナン、ブルキナファソ、カーボヴェルデ、コートジボワール、ガンビア、ガーナ、ギニア、ギニアビサウ、リベリア、マリ、ニジェール、ナイジェリア、セネガル、シエラレオネ、トーゴ)。
(注)カーボ・ベルデが新規加盟(1977年)。モーリタニアが通貨統合等に反対して脱退(2000年12月)。

5. 組織
(1)委員会(Commission):アブジャ(ナイジェリア)。2007年1月の首脳会合において事務局(Secretariat)から改編。委員長(President)、副委員長(Vice-President)及び7名の委員(Commissioners、行財政担当委員、貿易・関税・産業・人の自由移動担当委員、農業・環境・水資源担当委員、インフラ担当委員、マクロ経済政策担当委員、政治・安全保障担当委員、人間開発・ジェンダー担当委員)からなる。

(2)委員長(Commissioner):ジェームズ・ビクター・ベホ(ガーナ人)(H.E. Ambassador James Victor Gbeho)。2010年2月、第37回ECOWAS首脳年次会議にてECOWAS委員長に選出され、同年3月に就任。

(3)最高意思決定機関:首脳会議。議長は、2009年1月よりナイジェリア大統領が就任(2008年12月の首脳会議で選出、任期2年)。

1821とはずがたり:2010/12/29(水) 12:11:59
(4)その他:
(イ)閣僚会議(年2回)、防衛会議、参謀総長会議、専門家委員会(貿易関税、工業農業天然資源、運輸通信エネルギー、社会文化)。さらに、調停・安全保障理事会及び防衛・安全保障委員会が発足。
(ロ)共同体議会(Community Parliament)(年2回):各加盟国よりの選出議員115名で構成。2000年11月設立(諮問機関として、2001年1月より機能開始)。
(ハ)ECOWAS投資開発銀行(EBID):ECOWAS協力保障開発基金(通称ECOWAS基金。本部:ロメ)より改編。また、下部組織として、投資地域銀行(BRIC)及び開発地域基金(FRDC)の設立が2001年の首脳会議で決定された。
 (注)分割改編は既に1999年12月に決定され、2001年6月より活動開始予定であった。投資開発銀行創設議定書の批准国は、現在12ヶ国。
(ニ)共同体裁判所(Community Court of Justice):1991年に設立が決定され、1993年のECOWAS改定議定書により設置。2005年にECOWAS設立30周年を契機に改編。ECOWAS改定議定書の解釈等にかかる加盟国間の係争に介入。

6. 財政
(1)加盟各国からの拠出金をもとに運営されているが、多額の滞納金あり。右対策として、域外貿易への共同体課徴金を2003年7月より導入開始。
(2)加盟国分担金の他、主要国及び国際機関等による支援(事務局経費、経済開発及び紛争解決・安全保障分野等)。

7. 活動及び事業内容
(1)政治的安定の確保
(イ)停戦監視グループ(ECOMOG:ECOWAS Monitoring Group):
* 1990年より、紛争を抱える域内諸国(リベリア、シエラレオネ、及びギニアビサウ)にて平和維持活動を実施(ナイジェリア軍を中心にアド・ホック・ベースで組織)。国際社会より高い評価を受けてきた。
* 1999年の「紛争予防・管理・解決・平和維持・安全保障メカニズム」(下記参照)議定書採択により、右議定書の下でのECOWAS待機部隊(文民、軍隊、準軍事組織を含む)としての法的立場を確立。国際社会からの支援も受け、関連活動を活発化。

(ロ)紛争予防・管理・解決・平和維持・安全保障メカニズム(Mechanism for Conflict Prevention, Management, Resolution, Peace-keeping and Security):
* 1998年に規約、1999年に議定書を採択、暫定的に発効。現在までの批准国は、マリ、シエラレオネ、ブルキナファソの3ヶ国のみ。未批准諸国に対し早期批准を促している。
* 調停・安全保障理事会(首脳・閣僚・大使級。首脳会議で選ばれる7ヶ国および現議長国および前議長国で構成)の他、補助機関として、(i)防衛・安全保障委員会(各国軍参謀長および外交当局、治安機関代表による合議体で、技術的助言を与える)、(ii)長老会議(2001年1月、32名の域内各国の著名人を得て発足。任期1年。予防外交の実施や選挙監視活動)、(iii)ECOMOG(各国が平和維持活動のために部隊を指定し、各国の責任で所要の訓練を実施し出動に備える待機部隊)により構成。また、紛争監視センターを域内4箇所に設置(早期警戒情報の収集・分析等)。
* 同メカニズム議定書に基づき、2001年の首脳会議では、汚職防止及び民主主義とグッド・ガヴァナンスに関する追加議定書を採択。
* 同メカニズム議定書に基づき、2004年4月に第一回ECOWAS諸国治安関係者会合が開催され、越境犯罪の撲滅に向けた域内協力促進のための地域安全保障情報センターの設置、及び行動計画作成のための小委員会の設置等につき合意。
* 2002年9月に発生したコートジボワールの騒擾については、2003年1月に合意されたマルクーシ協定に基づき、ECOWAS平和維持ミッション(ECOMICI/MICECI)を派遣。2003年4月の調停・安全保障理事会閣僚級会合(我が国拠出金により開催)において、増員承認。2003年 6月末、国連安保理決議1479号に基づく、国連コートジボワール・ミッション(MINUCI)がコートジボワールに到着。2004年4月、国連安保理決議1528号を受けて、国連コートジボワール活動(UNOCI)に権限委譲。
* ECOWASはリベリア国際コンタクト・グループ(ICGL)を結成し、議長国ガーナを中心に、2003年6月のリベリア和平円卓会議の開催(我が国より開催経費一部支援)等、リベリア情勢の打開に向けて積極的に活動。2003年8月、ECOWASを含む多国籍軍の設立や国際安定化部隊の派遣等に関する国連安保理決議1497の採択を受けて、3,500人規模のECOWAS平和維持軍(ECOMIL)の先遣隊として、ナイジェリア兵300人をリベリアへ派遣。また2003年9月の国連リベリア・ミッション(UNMIL)の設立に関する国連安保理決議1509を受けて、同年10月1日以降 ECOMIL軍はUNMIL部隊(国連PKO)に吸収。その他、ECOWAS事務局長特別代表を派遣。
* 現在、紛争予防、調停、平和維持活動、復興支援等、域内の平和構築活動に幅広く対応するための「ECOWAS平和基金(ECOWAS Peace Fund)」の運用モダリティを作成中。

1822とはずがたり:2010/12/29(水) 12:12:27
>>1820-1822
(ハ)ECOWAS待機軍(ECOWAS Standby Force)
* 西アフリカ地域内及び加盟国内でテロ、環境に対する危機を含む平和と安全保障に対する脅威が認められた場合、地域の平和と安定を図るため、加盟国の合意により30日以内に設置、展開することを目的としてECOWAS加盟国から提供された軍、文民部門によって構成される待機部隊。
* 監視、平和維持及び治安の回復、人道支援、制裁発動、汚職等を含む事案に対する警備活動、平和構築及び武装解除、予防措置発動等をミッションとし、緊急展開任務部隊(タスクフォース)1500名及び旅団本隊5000名の合計6500名規模によって設置されることが目指されている。

(ニ)ECOWAS小型武器条約(ECOWAS Convention on Small Arms and Light Weapons, Their Ammunition and Other Related Materials)
* ECOWAS は域内に蔓延する小型武器への取組を進めており、2006年6月の首脳会議では、従来の取組の中心であった「ECOWAS 小型武器製造輸出入モラトリアム」を国際協定化した「ECOWAS 小型武器条約(ECOWAS Convention on Small Arms and Light Weapons, Their Ammunition and Other Related Materials)」が署名された。同条約は2009年9月に発効し、現在は実施に向けた具体的な行動計画を策定中。
* 域内における小型武器問題対策強化のため、UNDP の支援のもと「ECOWAS 小型武器管理プログラム(ECOSAP)」を2006年6月〜2011年5月にかけて実施中。

(2)経済統合の推進

 1999年以降、以下を含む諸プログラムを決定・推進し、活動を再活性化。特にEUが関連諸事業を支援(ロメ協定に基づき、会議・見本市の開催、共通インフラの整備等)。2003年4月には、EU-ECOWAS経済パートナーシップ合意。
(イ)域内統一通貨統合(ECO)の実現(現時点では、2015年までに西アフリカ経済通貨同盟(UEMOA)加盟国を除くと、ECOWAS加盟国においてECOを導入し、2020年までに全加盟国においてECOを導入するという、段階的な導入を計画中。)
(ロ)自由貿易プログラムの推進
(ハ)共同体裁判所や共同体議会の設立
(ニ)共通旅券の発行
(ホ)共同体課徴金の導入

(3)NEPADへの取り組み

 2002年5月、西アフリカにおけるNEPAD(アフリカ開発のための新パートナーシップ)の実施機関としてのマンデートを付与されたため、アフリカ開発銀行との協力の下、域内インフラ整備短期行動計画および事務局キャパシティ・ビルディング短期行動計画を作成し、ドナー諸国に協力を呼びかけている。

1823チバQ:2010/12/29(水) 21:43:52
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2010122900363
非常任理事国、31日任期切れ=存在感低下を懸念−日本政府

 日本政府は31日、国連安全保障理事会非常任理事国の任期切れを迎える。朝鮮半島情勢が緊迫の度を増す中、政府内では「安保理で発言権を失えば、北朝鮮をめぐる対応で国際社会での存在感が薄れる」との懸念が強まっており、早期復帰を模索する動きもある。
 安保理は米国、中国、ロシアなど5常任理事国と10非常任理事国で構成。非常任理事国は任期2年で、毎年半数が選挙で改選される。改選5枠のうちアジアに割り振られるのは1枠。日本は2008年の選挙でイランを下し、10回目の非常任理事国入りを果たした。
 安保理は06年7月、同10月、09年6月と過去3回、対北朝鮮決議を採択した。韓国は1996〜97年を最後に安保理に議席を得ておらず、いずれの決議にも非常任理事国として関わった日本には「韓国に代わって議論の旗振り役を担ってきた」(外務省関係者)との自負がある。
 しかし、安保理で足場を失えば情報収集で他国に後れを取るばかりか、国連での発言力も格段に低くなる。北朝鮮による韓国・延坪島砲撃を受けて日本などが目指した非難声明は中国の反対で頓挫したままだが、年明け以降は「同盟国の米国などに外側から働き掛けるしかなくなる」(政府高官)のが実情だ。 
 政府内には数年以内の再出馬を検討する動きもあるが、過去10回の非常任理事国入りは国連史上最多。加盟国の間には「日本は出馬し過ぎだ」との不満もあり、名乗りを上げるのは容易ではない。このため「常任理事国になるのが一番の解決策」(外務省幹部)と、長年の悲願達成に懸ける声も出ている。(2010/12/29-16:08)

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1824チバQ:2010/12/29(水) 23:37:08
>>1174>>1185-1186>1795
http://mainichi.jp/select/world/news/20101229ddm007030065000c.html
ウクライナ:混迷 前首相派を一斉摘発 路線対立、政権が徹底排除か
 【モスクワ田中洋之】ウクライナでティモシェンコ前首相や前内閣の閣僚らが相次いで逮捕・起訴され、国を揺るがすスキャンダルに発展している。2月の大統領選でティモシェンコ氏に勝利したヤヌコビッチ大統領が、前首相派の徹底排除に乗り出したとの見方が出ており、同派は「政治弾圧だ」と反発を強めている。

 ティモシェンコ氏については、首相時代に京都議定書に基づき温室効果ガスの排出枠を日本に売って得た代金を不正流用した疑いで最高検察庁が4月に捜査を開始。今月20日に正式起訴され、逮捕は免れたものの旅行が禁止され、今も検察の事情聴取が続いている。ティモシェンコ氏は「(容疑は)まったくのナンセンス。主要なライバルに対する大統領の報復だ」と厳しく抗議している。

 26日にはティモシェンコ氏とともに04年の民主化運動「オレンジ革命」を指導したルツェンコ前内相が逮捕された。前内相は息子と犬を連れて散歩中、覆面姿のウクライナ保安庁要員にいきなり車で連行されたという。在任中に自分の運転手に不正な手段で住宅を与えた公金横領の容疑がもたれているが、前内相は否定している。

 また、国際手配されていたダニリシン前経済相が10月に逃亡先のプラハで拘束されたほか、前政府の環境相や第1法務次官、第1国防次官らが今夏以降、さまざまな容疑で逮捕され、トゥルチノフ前第1副首相も旅行禁止措置を受けている。

 ヤヌコビッチ大統領は26日のテレビ番組に出演し、今回の「一斉摘発」が政治的なものであることを否定したうえで、「取り調べや裁判は合法性と透明性が保障される。私はティモシェンコ氏が自分を弁護する機会を見つけることを望む」と語った。

 親欧米派のティモシェンコ氏は、ロシア黒海艦隊の駐留延長に同意するなど親露路線を進めるヤヌコビッチ大統領への批判を強めている。政権側は、根強い人気を持つティモシェンコ氏が「第2のオレンジ革命」につながるような影響力をもつことを警戒しているとされる。政権側の攻勢でティモシェンコ派は窮地に追い込まれつつあり、同派の分裂につながる可能性も指摘されている。

1825チバQ:2010/12/30(木) 00:11:04
>>1552
http://www.47news.jp/CN/201012/CN2010122901000498.html
ロ、自治体に大統領の呼称禁止 法改正し中央集権強化
 【モスクワ共同】ロシアのメドベージェフ大統領は29日、ロシア連邦を構成する地方自治体の首長に「大統領」の呼称使用を禁止する法改正に署名した。大統領府が発表した。クレムリンによる中央集権強化の一環とみられている。

 現在83あるロシアの自治体のうち共和国は21。タス通信によると、このうちタタルスタン、ダゲスタン、イングーシなど12の共和国で行政府のトップが「大統領」の呼称を使っている。

 法改正によると、これらの共和国では2015年1月までに憲法を改正し、大統領の職名を「首長」「政府議長」などに改称する必要がある。

2010/12/29 21:04 【共同通信】

1826チバQ:2010/12/30(木) 09:52:33
http://mainichi.jp/select/world/europe/news/20101230k0000m030090000c.html
スウェーデン:イラク生まれ28歳、第二の故郷で自爆テロ

自爆テロ事件が起きたストックホルム中心街の歩行者天国。大勢の買い物客でにぎわう現場にはパトカーがとめられ、不審者に目を光らせていた=2010年12月18日、樋口直樹撮影 今月11日夕、スウェーデンの首都ストックホルムの歩行者天国で、イスラム教徒の男による自爆テロが起きた。男はイラク系スウェーデン人、タイムル・アブダリ容疑者(28)。10歳で「難民」としてスウェーデンに移住し、「ごく普通の少年」だった男がなぜ第二の故郷を攻撃したのか。容疑者の跡を追うと、大学時代を過ごした英国で過激思想に染まっていった様子が浮かび上がる。【ルートン(英国南部)とストックホルムで樋口直樹】

 ◇英国留学で過激思想に
 自爆テロ発生は華やかなノーベル賞授賞式の翌日だった。ストックホルムの街にはまだ、その余韻が残っていた。死者は自爆犯1人で、負傷者も数人だけだったが、クリスマスムードは一転、悲鳴とサイレンが交錯してパニックになった。

 移民を積極的に受け入れ寛容な社会として知られる北欧が、イスラム過激派の自爆攻撃を受けたのは初めて。「ホームグロウン・テロ」と呼ばれる脅威が拡大していることを示した事件として注目された。

 バグダッド生まれのアブダリ容疑者は湾岸戦争直後の92年、家族と共にスウェーデンに移り、高校卒業まで南部の町トラノスで暮らした。01年の高校卒業後、英国南部ルートンのベッドフォードシャー大学でスポーツ医学を学ぶ傍ら、ルーマニア出身の女性と結婚し2女1男をもうけた。自爆直前、地元通信社などに犯行声明を送りつけ、かつてスウェーデン紙に掲載されたイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画や同国からのアフガニスタン派兵を批判している。

 トラノス時代のアブダリ容疑者について、高校時代の教師は「普通の生徒。宗教や政治の話は聞いたことがない」と述懐する。中東から移住した飲食店経営者も「(イスラムが禁じる)ビールを飲んでいた」と証言する。地元紙によると、イスラエルから来たユダヤ人女子高生と交際していたこともあった。

 しかし、英国に渡ったアブダリ容疑者は次第に過激なイスラム思想を身につけたようだ。06年9月ごろ通っていたルートンのモスク「イスラミック・センター」のラティフ事務局長によると、容疑者は当初、礼儀正しく親切だったが、次第に「危険な自説」を唱え、腐敗したイスラム諸国の政府転覆やアフガニスタンやイラクからの欧米部隊の撤退などを訴えるようになった。

 センターのバクシュ会長は何度か直接アブダリ容疑者を戒め、最後には大勢の参会者を前に「罪のない人々を傷つけかねない考えは間違っている」と指摘した。名指しは避けたが、誰もがアブダリ容疑者への非難だと受け止めた。彼は憤然とモスクを出たまま、戻ってはこなかった。

 そして、英紙によると、07年にスウェーデンに里帰りした時には、アブダリ容疑者はひげをたくわえ、宗教や政治の話に熱中。父親は「息子はルートンで変わってしまった」と嘆いた。イスラムの伝統的一夫多妻の大家族にあこがれ、今年6月に生まれた長男には、国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディン容疑者と同じ「ウサマ」の名を付けた。

 こうした変化について、ロンドンのシンクタンク「社会的結合センター」のアフメド研究員は「英国の大学は過激派組織の草刈り場になってきた。とりわけイスラム教徒の多いルートンはその傾向が強かった」と指摘する。中でも「真のイスラム国家」樹立を訴える原理主義組織「ヒズブ・タハリール」などの活動が盛んだ。アブダリ容疑者も学生時代にこうした組織の影響を受けたとみられている。

 「私が本当はどんな人間だったのか話せなかったことを許してほしい。イスラム聖戦士としての秘密を抱えたこの4年間の生活は困難だった」

 英紙デーリー・メールによると、アブダリ容疑者は自爆直前の「犯行声明」で妻にこんな言葉を残した。4年前といえば、ちょうどルートンのモスクを出た時期と重なる。この間、容疑者は善良な欧州市民の仮面をかぶりテロの機会をうかがってきたことになる。

 ◇ホームグロウン・テロ◇
 欧米で育ち、欧米の「価値観」を知るイスラム過激派が欧米を標的にするテロ。差別や格差から社会に溶け込めず、不満を募らせて過激思想に染まるとされる。米同時多発テロ(01年9月)以降、特に脅威が高まっており、米国内では今年11月までに未遂を含め43件のホームグロウン・テロを摘発。半数以上が09年5月以降の発生だった。

1827チバQ:2010/12/30(木) 09:53:08
http://mainichi.jp/select/world/news/20101230k0000m030093000c.html
スウェーデン:イスラム社会「身内」の攻撃に衝撃
 「爆風で店が揺れた。外を見ると煙の中で人が倒れていた。男があと数メートル近づいていたら、と思うとゾッとする」。スウェーデンの首都ストックホルムで今月11日、イスラム教徒でイラク系スウェーデン人のタイムル・アブダリ容疑者(28)が自爆した現場に居合わせた女性店員(20)は振り返る。現場近くには歩行者天国や大型デパートもあり、状況によっては大惨事も避けられなかった。

 ◇寛容な欧州が危機
 欧米で対策が大きな課題となっている「ホームグロウン・テロ」。民主主義や人権の概念を知った者が何らかのきっかけで過激思想に染まり、自分の育った社会を攻撃する。特にスウェーデンは欧州で最もイラク難民の受け入れに積極的な国の一つで、宗教や人種に寛容でありながら攻撃対象になったことへの衝撃は大きい。

 英南部ルートンのモスク「イスラミック・センター」のラティフ事務局長はこのモスクに通い出したアブダリ容疑者について当初、ラマダン(断食月)の最中、日が暮れると貧しい人々に食べ物を分け与え、食事が終わると率先して掃除を手伝っていたのを思い出す。その後、過激になっていったという。

 スウェーデン国防大学・非対称脅威研究センターのナイキャンダー所長はイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画問題などを挙げ、「(アブダリ容疑者は)預言者への冒とくやイスラム教徒の災難を指摘することで、自分をイスラムの大義に死す殉教者にしたかったのではないか」と動機を分析する。そこには、「言論の自由」の前には預言者であっても風刺の対象とする欧米の価値と、それを許さないイスラム過激派の溝がある。

 イスラム過激派による「寛容な社会」への攻撃は、多くの穏健イスラム教徒にとっても脅威であり、スウェーデンのイスラム社会はテロに猛反発した。「これはムスリム(イスラム教徒)社会に対する攻撃だ」。ストックホルム・イスラム協会のムスタファ会長はこう憤る。スウェーデンのイスラム教徒は45万人で全人口の5%。市民の恐怖がイスラム教徒や難民への偏見や怒りに変わることを危惧するからだ。

 ムスタファ氏の懸念には伏線がある。9月の総選挙(定数349)では、イスラムを「戦後最大の脅威」と位置付ける反移民の極右政党・民主党が、20議席を得て国会に初進出。リベラルで移民に寛容な社会の微妙な右傾化を印象付けた。

 不況と緊縮財政を背景とする右傾化は、欧州全体の流れになりつつある。フランス政府による少数民族ロマの国外送還などは、外国人や少数民族の排斥が国民の不満のはけ口につながりやすいことを改めて示すものだ。

 ◇不況背景に進む右傾化
 事件はまた、イラク難民の子による「第二の故郷」への攻撃としても注目された。イラク軍が隣国クウェートに侵攻した90年から06年の17年間にスウェーデンの居住許可証を得たイラク難民は約4万5000人。旧ユーゴスラビア連邦からの難民に次ぐ多さだ。

 欧州でのホームグロウン・テロは、95年にフランスで起きた仏リヨン郊外出身のイスラム過激派による連続爆弾事件が先駆けとされる。しかし、脅威が顕在化したのは米同時多発テロ(01年9月11日)以降で、オランダ情報当局は02年ごろからと分析している。英ロンドンで05年7月にあった地下鉄・バス同時爆弾テロでは、実行犯4人のうち3人は英国生まれのイスラム教徒で、残る1人はジャマイカから英国に移民し、イスラム教に改宗した若者だった。

 今回の事件を取材してきたスウェーデンの英字紙ザ・ローカルのサベジ記者は「自爆テロを仕組んだ黒幕の本当の狙いは、宗教や民族の違いをことさらあおり立てることで、開かれた西欧社会を憎しみや猜疑(さいぎ)心で分断することだったのではないか」と指摘する。

 ラインフェルト首相は20日の演説で「自由と寛大さこそが彼(自爆犯)の憎しみの対象だった」と指摘。いち早くテロを厳しく非難した国内のイスラム社会をたたえた。スウェーデンは落ち着きを取り戻したように見えるが、ナイキャンダー氏は「もし2度目のテロが起きたなら、世論は全く変わってしまうだろう」と述べ、「自由で寛大な社会」の限界を警告した。【ルートンとストックホルムで樋口直樹】

 ◇ムハンマドの風刺画問題◇
 デンマークの新聞が05年9月、イスラム教の預言者ムハンマドが爆弾形の布を頭に巻いた風刺画を掲載。世界のイスラム教徒が反発する中、欧州の他紙も同様の風刺画を載せ「表現の自由」を主張した。スウェーデン紙には07年8月に載り、イスラム過激派が漫画家殺害に10万ドルの報奨金を出すと発表した。

1828チバQ:2011/01/01(土) 13:13:46
http://mainichi.jp/select/world/news/20110101ddm002030032000c.html
国連安保理:改革、南ア加えて協議 日本、常任理目指し「G4プラス1」案
 日本政府は国連安全保障理事会常任理事国入りに向け、従来のドイツ、インド、ブラジルと組む「G4」に南アフリカを加えた「G4プラス1」の枠組み構築を検討していることが31日分かった。9月の国連総会に向け早ければ1月からG4外相会談を断続的に開き、新改革案を策定する過程で南アに協力を求めていく方針だ。【犬飼直幸】

 国連安保理改革を巡っては、当時のアナン国連事務総長が05年に勧告したのを受け、G4は▽常任6カ国増(G4以外にアフリカ2カ国)▽非常任4カ国増▽新常任理事国の拒否権を15年間凍結との改革案を提出した。

 しかし、常任理事国では米国は日本の常任理事国入りを支持したが、G4案には反対したほか中国も反対、アフリカ連合(AU)もまとまらず、採決に必要な3分の2以上の加盟国の賛成を得られず、断念した。

 ところが、09年2月から国連総会の非公式本会議での政府間交渉が開始。10年9月には日本の呼びかけでG4外相がほぼ5年ぶりに会談し、改革案を提出する目標を確認した。日本政府は11年を安保理常任理事国入りへの「再挑戦の年」と位置付け、1〜2月にG4外相の次回会合を開く。

 政府関係者によると、新改革案は05年案に一部修正を加えた内容となる見通し。アフリカを代表する新興国の南アを「新常任理事国の有資格者」とみて昨年9月の会合でも出席を打診。しかし、南アは非常任理事国入りに向けた選挙活動中(その後当選)だったため、他のアフリカ諸国の反発を警戒し、辞退した。

 政府は南アの協力を得るため新常任理事国の対象となるアフリカ2カ国のうち1カ国を南アとすることを念頭に新改革案の調整を進める。反対派説得のため一定期間後の見直し条項も設ける方向だ。

 G4はアフリカ53カ国一括で賛同を得ようとして失敗した反省から、G4で分担してそれぞれアフリカで関係の良い国を中心に個別に意向を確認している。

1829チバQ:2011/01/01(土) 13:15:31
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2011010102000033.html
ベルギー「政治空白」200日 言語圏、対立根深く
2011年1月1日 朝刊

 【パリ=清水俊郎】六月の総選挙以来、北部オランダ語圏と南部フランス語圏の連立政権交渉が長引いているベルギーで、正式な政府の不在状態が三十日で二百日を超えた。南北言語圏の根深い対立のため総選挙のたびに組閣が難航するが、今回は百九十四日間かかった過去最悪記録を塗り替えた。

 四月に総辞職したルテルム内閣が現在、臨時に政権にとどまっている。政治的な決定権はないため、国内総生産(GDP)比97%に上る公的債務残高の削減に向けた手が打てない状態。政府の資金調達への悪影響を懸念する声も出ている。

 連立交渉のかぎを握るのは、「財政的に豊かなオランダ語圏からの税収がフランス語圏のために使われるのは不当」と主張して、六月の総選挙で大勝したオランダ語圏分離独立派のデウェーフェル党首。連邦制の強化を目指しているが、最近は「この国に未来はない」など挑発的な発言を繰り返している。

 ただ、国の分裂は非現実的との見方が強い。国立社会政治情報研究センターのジャン・ファニエル研究員は「分離独立派も“分裂”でオランダ語圏をまとめる力はないため、交渉のテーブルを蹴ることができない。再総選挙が交渉の落としどころではないか」とみている。

1830チバQ:2011/01/03(月) 14:14:35
>>458
http://www.47news.jp/CN/201101/CN2011010301000083.html
パキスタン連立政権が過半数割れ 第2党離脱
 【イスラマバード共同】パキスタンの連立与党内の第2勢力で昨年12月末に内閣からの離脱を表明した「ムータヒダ民族運動」は2日、政府の燃料値上げ策に反発し、国会で野党に転じることを決めたと明らかにした。連立政権は下院(342議席)で過半数を割ることになり、政権運営の危機に直面した。

 連立の中核、パキスタン人民党(PPP)は多数派工作に動きだすとみられるが、行き詰まれば2013年の任期満了を待たずに下院の解散・総選挙が行われる可能性もある。

 政府は昨年末、原油高騰を理由にガソリン価格を9%引き上げるなどの石油製品値上げを発表し、与野党双方から既に2桁台のインフレをさらに悪化させると抗議の声が上がっている。

2011/01/03 09:33 【共同通信】

1831チバQ:2011/01/03(月) 17:39:16
http://sankei.jp.msn.com/world/asia/101215/asi1012152119005-n1.htm
テロと反テロ国際貢献の間で 苦悩するパキスタン (1/2ページ)
2010.12.15 21:15

このニュースのトピックス:テロ

ラホール市内のバードシャーヒーモスクで列をなす市民ら。テロと反テロのはざまで揺れる=10日、ラホール(名村隆寛撮影) イスラム原理主義勢力タリバンによる攻撃やテロが続くアフガニスタンに隣接するパキスタン。2001年の米中枢同時テロ以降、パキスタンはテロとの戦いを掲げ、米国など多国籍軍によるアフガンでの対テロ戦を後方支援してきた。しかし、国内ではテロが続発。アフガン国境に近い部族地域をタリバンが拠点にしているとの見方も根強い。対テロでの貢献をアピールする一方、テロと反テロ支援のはざまで苦悩する“パキスタンの声”を聞いた。(イスラマバード、ラホール 名村隆寛、写真も)

 

■   ■

 「外国でのわが国に対する見方には誤解が多い。パキスタンでは実際テロは起きている。だが、国民と政府は大きなテロの犠牲者であり、絶対にテロリストではない。テロの世界と闘っているのだ。イスラム教は平和の宗教であり、パキスタンは平和な国だ」

 パキスタン情報放送省のサイエド・ブカリ国務相(副大臣級)は語る。政府関係者の主張は皆同じだ。

 パキスタンは01年9月にムシャラフ大統領(当時)が対テロでの米国への協力を表明。アフガンでのタリバン政権崩壊(同年12月)後、流入する膨大なアフガン難民を抱え続けている。

 同時にアフガン・パキスタン国境地域に潜伏中とされる国際テロ組織アルカーイダの指導者、ウサマ・ビンラーディン容疑者の捕捉に努める米国に引き続き協力。ギラニ首相が今月4日、アフガンを初訪問し、カルザイ大統領に経済協力を約束するなど、テロ対策以外でも貢献している。

 

■   ■

 もちろん、協力、貢献には限度がある。「難民、対テロ。アフガンだけでもわれわれの許容範囲をはるかに超えている」と対テロ機関当局者は語る。米国から非政府機関(NGO)まで、外国からの膨大な支援があっても、パキスタンとしては手いっぱいだ。しかも、資金面などで頭を抱えている間も、国内ではテロが起きている。

 6日、北西部部族地域、モハマンド地区の行政庁舎で自爆テロ。50人あまりが死亡、100人以上負傷。イスラム武装勢力「パキスタンのタリバン運動(TTP)」が犯行声明。

 10日、北西部カイバル・パクトゥンクワ州ハングーでイスラム教シーア派が建てた病院に自動車が突っ込み自爆、15人が死亡。スンニ派過激組織「ラシュカレジャングビ」が犯行声明。

 13日、北西部ペシャワル郊外で道路脇の爆弾が爆発、通学バスの生徒ら2人が死亡、1人が負傷。

 テロが起き、外国メディアで報じられるたび、政府当局者はため息をつく。

 「われわれはテロを支援してはいない」。2番目の都市ラホールを抱えるパンジャブ州のサルマン・タシール知事は外国での“誤解”の解消を訴える。だが、テロ続発の鳴動はやまない。

 

■   ■

 国際社会の評価を受けられる機会が最近あった。北朝鮮による韓国・延坪島砲撃だ。パキスタンは北朝鮮と1970年代から外交関係があり、軍事交流も継続、北朝鮮に挑発をやめさせるのは不可能ではない。パキスタン外務省は砲撃4日後の11月27日、談話を発表した。

 「パキスタンは関係各国に対し、(砲撃に関し)抑制とあらゆる問題の平和的解決を促す」。6カ国協議の首席代表会合開催を提案した中国とほぼ同じ立場だ。外務省のサイエド・ジャビード次官補は「われわれには伝統的関係がある」と北朝鮮への一定の影響力を認める。外交官として中国駐在歴10年のジャビード氏。東アジア問題の専門家として朝鮮半島での出来事は当然、理解している。

 ただ「6カ国協議を支持している」とは言うが、対北非難や制裁には言及しない。「すべて対話を通して解決する。それが外交官の役割だ」とジャビード氏。アフガン、対テロでの国際貢献を強調するパキスタンだが限界もあるようだ。

1832チバQ:2011/01/03(月) 18:33:47
http://www.asahi.com/international/update/1229/TKY201012290001.html
センセイは18歳 スウェーデン史上最年少の国会議員(1/2ページ)2010年12月31日11時1分
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18歳のスウェーデン国会議員、アントン・アベルさん=ストックホルム、橋本写す
 北欧スウェーデンで今年、史上最年少の18歳の国会議員が誕生し、注目されている。大学1年のアントン・アベルさん。彼はいわば、社会活動への参加を奨励する北欧型の教育の申し子ともいえる。

 アベルさんは今年9月の総選挙(比例制)に、与党の穏健党から立候補した。10月に同党議員が1人辞職したのに伴い、くり上げ当選した。

 「大学から帰る途中、携帯電話に知らせが入った。僕が国会議員になるなんて非現実的に思えましたが、いまは毎日が新しい体験です」

 政界入りのきっかけは2007年10月に起きた事件だった。ストックホルムの路上で16歳の少年が若者たちに集団暴行され、死亡した。当時15歳で高校生のアベルさんは、たまたま現場近くのレストランにいて、衝撃を受けた。

 「こんな暴力は許せない。ぼくも同じ世代。自分で何かできないか」。インターネットのフェイスブックで「街頭の暴力を撲滅しよう!」と署名を呼びかけると、1週間で10万人が賛同した。ストックホルムでの集会には1万人が集まり、「行動する若者」の旗手として脚光をあびた。

 アベルさんは反暴力運動のNPOを設立した。ところが、やがて世間の反応が鈍くなった。仲間と相談、「運動を盛り上げるため、国会に出よう」と09年秋に入党した。

 スウェーデンの学校教育は社会活動への積極的な参加をすすめており、その延長線上に若者たちの政治参加がある。高校の学習課程では、選挙が近づくと、各政党の政見を調べて発表する授業がある。アベルさんは、担任の先生から「運動のリーダーになるのはいいことだ」と背中を押されたという。

 秋から通い始めたストックホルム商科大学は当面、休学することに。国会日程の合間に地方を回り、警察や市民から治安の話を聞いている。

 身長195センチの長身だ。「国会で最も若く、最も背が高いのがぼく」と笑いながら語る。「大学と国会、両方をこなすのは大変だろうが、挑戦する」(ストックホルム=橋本聡)

   ◇

 〈スウェーデンの若者と政治進出〉スウェーデン(人口約900万人)は選挙権、被選挙権とも18歳から。今年選ばれた国会議員(定数349)の平均年齢は47歳で、4年前の前回総選挙より、1歳近く若返った。18〜24歳は4人、25〜29歳も13人いる。一方、日本の衆院事務局によると、昨年8月の総選挙で選ばれた衆院議員が同9月16日に初登院した時点での平均年齢は、52歳7カ月。

1833チバQ:2011/01/03(月) 18:35:42
>>1355-1356
http://www.asahi.com/international/update/0102/TKY201101020089.html
ナイジェリアで相次ぐテロ、97人死亡 大統領選関係か2011年1月3日5時0分

 【ナイロビ=古谷祐伸】ナイジェリアで昨年末から、爆弾テロや武装勢力による攻撃が相次ぎ、2日までに少なくとも97人が死亡した。イスラム武装勢力の仕業とされる一方、4月に予定されている大統領選との関係も指摘され、情勢悪化が懸念されている。

 中部の都市ジョスでは12月24日、爆弾が爆発、80人が死亡。同日と29日には別の中部の都市でも、キリスト教会が放火されるなどして、計13人が犠牲になった。さらに、31日夜、首都アブジャの市場で爆発があり、4人が死亡、26人が負傷した。ジョスの事件では、イスラム武装勢力ボコ・ハラムが犯行を認めた。

 ナイジェリアはアフリカ随一の産油国だが、恩恵が国民に行き渡らないことへの不満が強く、イスラム過激派暗躍の背景になっているとされる。

 同国では大統領は南北出身者が2期ごとに交代するしきたり。ところが、北部系の前大統領ヤラドゥア氏が昨年、1期目途中で病死し、南部系のジョナサン氏が後を継いだ。このため北部ではジョナサン氏続投への警戒感が高まっている。

1834チバQ:2011/01/03(月) 18:37:16
http://sankei.jp.msn.com/world/mideast/110103/mds1101031537002-n1.htm
デュマ仏元外相ら2人の著名弁護士、票の数え直し提案 コートジボワール大統領選
2011.1.3 15:36
 【パリ=山口昌子】コートジボワールで昨年11月の大統領選で選挙管理委員会が当選を認めたワタラ元首相と不正投票があったとして再選を主張するバクボ前大統領が対立している問題で、フランスの著名な弁護士2人が2日、会見し「国際的統御の元での票の数え直し」を提案した。

 2人の弁護士は、ミッテラン社会党政権時代の元外相で憲法評議会議長も務めたローラン・デュマ氏と、国際テロリスト「カルロス」ことイリイッチ・ラミレス・サンチェス受刑者や「リヨンの虐殺者」と呼ばれたナチス・ドイツの親衛隊員、クラウス・バルビーの弁護を務めたジャック・ベルジェ氏。

 2人はバクボ氏の依頼を受け、コートジボワールをこのほど3日間訪問し、3回、同氏と会談したという。

 国連や元宗主国のフランスをはじめ国際社会はワタラ氏の当選を認めている。

1835チバQ:2011/01/04(火) 01:29:52
http://www.asahi.com/international/update/0103/TKY201101030195.html
パキスタン与党が過半数割れ 連立第2勢力が離脱2011年1月3日21時27分


 【イスラマバード=五十嵐誠】パキスタン連立与党内の第2勢力・ムータヒダ民族運動(MQM)が3日、政府の燃料価格引き上げ策に問題があるとして、連立与党から離脱した。政権は下院で過半数割れとなり、存亡の危機に陥った。現政権は米国と良好な関係にあり、政治混乱は隣国アフガニスタンを含めた対テロ戦に影響を与えかねない。

 下院事務局によると、定数342の下院で25議席を有するMQMの離脱で、最大与党・人民党率いる連立与党は163議席となり、過半数に満たなくなる。ギラニ首相は多数派工作に強気の姿勢を崩していないが、首相不信任案の可決や、2013年の任期満了前の下院の解散・総選挙につながる可能性が出てきた。

 南部シンド州を拠点とするMQMは人民党所属の同州内相が先月、州都カラチで頻発する抗争事件に「MQMが関与している」と発言したことに反発。閣僚ポストやカラチでの治安維持策に不満を募らせていたこともあり、先週、所属の2閣僚が辞表を提出した。これを受け、人民党側はマリク内相らがMQMに閣内に戻るよう説得していた。

 ただ、多額の対外債務を抱え、国際通貨基金(IMF)からの財政健全化圧力を受ける政府は先月31日、ガソリン公定価格の9%引き上げなどの石油製品値上げを発表。これがインフレをさらに悪化させると与野党双方からの批判にさらされ、MQMの離脱を後押しする形になった。

 MQMの連立離脱で院内多数派となった野党側だが、政党間対立を抱えており、一致した行動をとれるかは不透明だ。最大野党・イスラム教徒連盟シャリフ派を率いるシャリフ元首相は昨年末、「MQMは多くの市民を殺害している」と発言、両党の反目は激化している。

 人民党政権の不人気からシャリフ派は次期総選挙での勝利を確信しており、今の議会勢力での政権奪取に消極的との指摘もある。一方、先月、連立離脱したイスラム急進派のイスラム聖職者協会が政権復帰の条件としてギラニ首相の解任を求めており、首相交代で事態が収拾に動く可能性もある。

1836チバQ:2011/01/04(火) 20:36:00
http://sankei.jp.msn.com/world/asia/110103/asi1101031939001-n1.htm
連立政権が過半数割れ パキスタン、政権に新たな危機 (1/2ページ)
2011.1.3 19:37
 【ニューデリー=田北真樹子】パキスタン連立政権の第2党ムータヒダ民族運動(MQM)は2日、連立政権から離脱し、野党勢力に加わることを明らかにした。MQMの離脱により、第1党のパキスタン人民党(PPP)を中心とする連立政権は下院(定数342)で過半数を割ることになった。対テロ戦や経済の悪化ですでに脆弱(ぜいじゃく)な文民政権は、さらに厳しい状況に追い込まれた。

 MQMが野党に転じたことで、過半数の172議席を超える勢力になった野党陣営がギラニ首相(PPP)への不信任案を提出した場合、成立する環境が整った。また、2013年の下院の任期満了前に解散、総選挙が実施される可能性も出てきた。

 ギラニ首相は2日、「政権は崩壊しない」と強気の姿勢を見せた。PPPは今後、多数派工作に乗り出すとみられる。

 MQMは昨年12月27日に政権運営をめぐる意見対立から、MQMの閣僚2人を内閣から引き揚げた。背景の1つには、MQMが本拠地とする南部シンド州カラチで続く政党対立による殺人事件をめぐり、PPP所属の同州内相が「事件の背後にMQMがいる」などと発言したことにMQMが反発し、内相の辞任を求めていることがある。

 だが、内相はPPP党首のザルダリ大統領に近く、党内での人気も高いとされ、大統領はMQMの要求に抵抗しているようだ。

 こうした中、パキスタン政府は先月31日にガソリン価格や石油製品の値上げを発表。MQMは「国民にとって耐え難い措置」として野党に加わることを表明した。単なる政権揺さぶりとの見方もある。

 連立与党をめぐっては、先月上旬にイスラム急進派の「イスラム聖職者協会(JUI)」が党の閣僚の解任に抗議し、連立政権を離脱したばかり。

1837名無しさん:2011/01/05(水) 20:38:26
http://www.47news.jp/CN/201101/CN2011010501000521.html
日本、非常任理事国に立候補へ 国連安保理の11年選挙
 【ニューヨーク共同】日本政府は5日までに、国連安全保障理事会の次期非常任理事国(2012〜13年任期)選挙に立候補する方針を固めた。一部の友好国には非公式に意向を伝えており、近く正式表明し、今秋に行われる選挙に備えるとみられる。複数の政府関係筋が明らかにした。

 日本は09〜10年末まで非常任理事国を務めており、今秋の選挙で当選すれば、過去最短の1年間隔で安保理に復帰することになる。非常任理事国選出回数も計11回と最多になる。非常任理事国は連続再選が認められていない。

 日本は、長期的には安保理改革による常任理事国入りを目指しているが、当面は非常任理事国を可能な限り短い間隔で続けたい考えだ。

2011/01/05 17:10 【共同通信

1838チバQ:2011/01/05(水) 23:16:11
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2011010502000172.html
大統領、一転協議再開へ コートジボワール
2011年1月5日 夕刊

 【ロンドン=有賀信彦】西アフリカのコートジボワールで、大統領選の結果を無視して大統領の座に居座るバグボ氏は四日、西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)と協議を続けることで同意した。ロイター通信が伝えた。

 バグボ氏は三日、ECOWASなどからの退陣要請を再度拒否しており、一転して態度を軟化させた格好だが、武力行使の可能性をちらつかせて退陣圧力を強めるECOWASの動きをかわし時間稼ぎを狙っているとの見方があり、緊張状態は続きそうだ。

 バグボ氏は協議再開のほかに、選挙管理委員会が当選者と認めるワタラ元首相の臨時執務室があるホテルの治安部隊による包囲を中止することにも応じたが、封鎖解除は確認されていない。

1839チバQ:2011/01/05(水) 23:21:59
http://mainichi.jp/select/world/europe/news/20110105k0000e030021000c.html
イラン:閣僚ら次々解任 大統領が政権基盤強化か
 【テヘラン鵜塚健】イランのアフマディネジャド大統領が政権中枢の閣僚や顧問を次々に解任している。先月にモッタキ外相やバズルパシュ国家青年庁長官を解任したのに続き、今月1日に14人の顧問を解任。背景には、保守派内での対立が進む中、大統領が側近ばかりを集めて政権基盤の強化を図る狙いがあるとみられる。

 イランメディアによると、大統領は約20人の顧問のうちカルホール上級顧問ら14人を解任した。理由は明らかにしていないが、大統領やその側近であるマシャイ大統領府長官との政策面での路線対立もささやかれている。

 イランでは政権を握る保守派内で、大統領と、ラリジャニ国会議長を中心とする反大統領勢力との対立が激化。12年の国会議員選挙や13年の大統領選を前に、同じ保守派内での主導権争いが強まっている。12月にラリジャニ氏と関係の深いモッタキ外相が突然解任された際も、後任には大統領に近く政治色の薄いサレヒ原子力庁長官が指名された。

1840チバQ:2011/01/05(水) 23:26:02
>>1793>>1815
http://www.47news.jp/CN/201101/CN2011010401000772.html
カザフで大統領選中止案 民主主義の後退と米反発

 【モスクワ共同】ナザルバエフ大統領(70)の強権支配が続く中央アジアのカザフスタンで、来年に予定されている大統領選を中止し、国民投票によって同大統領の任期を2020年まで延長するよう一部の勢力が提案。これに対し、在カザフスタン米大使館は4日、「民主主義の後退」だとして反対する声明を出した。

 同大統領は1995年に行った国民投票で任期を2000年まで延ばしたことがあり、今回は今年3月ごろに国民投票を行う可能性が指摘されている。

 国民投票であれば対立候補との選挙戦を避けた上での政権維持が可能。既に国民投票の実施に必要な署名を集めたとされ、議員らも支持。同大統領も反対していないとされる。

1841チバQ:2011/01/06(木) 22:29:14
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110106-OYT1T00198.htm
連立難航、政権なし200日…ベルギーの事情?


 【ブリュッセル=工藤武人】ベルギーで、昨年6月の総選挙後、北部オランダ語圏と南部フランス語圏の各政党による連立交渉が難航し、正式政権が存在しない状態が長期化している。

 5日で正式政権の不在期間は206日となった。2007年の194日間を抜いて過去最長を更新中だ。関係7政党はようやく5日、調停役が作った妥協案への回答を提示するが、政治空白により、欧州を昨年襲った信用不安の波がベルギーにも押し寄せかねないとの懸念が強まっている。

 昨年10月、国王アルベール2世から調停役を任され、今月3日に妥協案を提示したオランダ語圏社会党のヨハン・バンデラノッテ前党首は5日、「明確な反対は示されておらず、希望が持てる」と述べ、事態打開に期待感を示した。

 人口約1000万人のベルギーは、オランダ語を話す北部のフラマン系(人口の約6割、ゲルマン民族)とフランス語を話す南部のワロン系(同約3割、ラテン民族)で、ほぼ二分される。政策が近い政党でも言語圏ごとに存在するため、少数政党が乱立している。

 連立交渉には、総選挙で下院第1党に躍進したオランダ語圏の民族主義政党「新フランドル同盟」や、第2党の南部仏語圏の中道左派「社会党」など計7政党が参加。今回の妥協案を7党が受諾すれば、組閣に向けた具体的交渉が始まる。

 連立交渉が長引く背景には同国ならではの「南北問題」の先鋭化がある。工業化が進んだ北部住民が、農業中心で所得が低い南部住民に税収が配分されることに不満を強め、フラマン系政党は中央から地方への権限と財源の移譲を主張している。北部の分離独立を掲げる同同盟のデウェーバー党首は先月、ワロン系を「補助金中毒」と非難した。

 分裂に危機感を強める国王は先月24日、「今こそ、妥協を図る真の勇気が必要だ」と国民に呼びかけた。

 後継政権ができるまで暫定政権を率いるのは、昨年4月に辞任したルテルム前首相で、昨年後半は欧州連合(EU)議長国も務めた。ベルギーでは地方への権限移譲が進み、連邦政府の役割は限定的で、外交・通商などはEU任せだからこその政治空白とも言える。

 だが、ベルギーの公的債務残高(2009年)の国内総生産(GDP)比率は96・2%とユーロ圏平均(79・2%)を大きく上回り、ユーロ圏17か国中、下から3番目。暫定政権では財政赤字の削減策に取り組めないと、市場は厳しい視線を注ぐ。ベルギー国債の信用引き下げを警告する格付け機関大手も出てきた。

(2011年1月6日09時06分 読売新聞)

1842チバQ:2011/01/07(金) 23:17:52
http://mainichi.jp/select/world/news/20110108k0000m030041000c.html
ハンガリー:メディア法施行 報道の自由でEU各国と摩擦
 【ウィーン樋口直樹】今月から欧州連合(EU、加盟27カ国)議長国になったハンガリーで、政府による報道規制につながりかねないメディア法が施行され、「報道の自由」の阻害を懸念する英独仏など加盟国との間であつれきが生じている。EUの行政府・欧州委員会は、バローゾ委員長が7日にハンガリーのオルバン首相と会談するなど、本格的な対応に乗り出した。

 オルバン首相は6日、「我々はEUの加盟国であり、(外交的な)駆け引きにはルールがある」と外国メディアに述べた。欧州委員会との協議次第でメディア法の見直しもありうると示唆したものだが、他の加盟国の同様の法律と違いがないとも反論しており、行方は流動的だ。

 メディア法は、国会の大多数を占める中道右派の与党フィデス・ハンガリー市民同盟の後押しで先月に可決、年初から施行された。「国家メディア通信委員会」に強力な権限が与えられ、「バランスの取れた」報道や番組制作がなされず、公共の利益やモラルに反すると判断された場合、最高2億フォリント(約8000万円)の罰金が科される。

 同委員会は「国内法にのみ従う独立機関」と位置付けられている。しかし、国会承認を必要とする委員長をはじめ、その他4人の委員はいずれもフィデスと「深いつながりがある」(地元メディア)と指摘されており、政治的中立性が疑問視されている。

 また、「バランスの取れた報道」との定義もあいまいで、「国家安全保障」に関する問題では、ジャーナリストに情報源の開示を求めることもあり得るとされている。

 オルバン政権は「(政府への)反対意見を圧殺するつもりはない。新たな規則はEU基準に合致している」と主張するが、EU加盟国の間からは議長国としての資質を疑問視する声も上がっている。フランス政府は今週に入り、「(メディア法は)報道の自由の理念と相いれない」と厳しく批判した。

 昨年4月の総選挙で大勝し、政権の座に返り咲いたオルバン首相は、緊縮財政の実施を拒否する一方、外資中心の特定業界を対象に新規課税を実施するなど、これまでもEU加盟国と衝突を繰り返してきた。

1843チバQ:2011/01/07(金) 23:18:40
>>1841
http://www.portfolio.nl/article/show/3989
2011/01/07 Fri 09:31 | タグ: ベルギー連立交渉調停役のバンデラノッテ氏辞任し、交渉決裂ベルギーでは昨年6月の総選挙後、北部オランダ語圏と南部フランス語圏の各政党による連立交渉が難航し、正式政権が存在しない状態が長期化している。すでに200日以上が経過しているが、昨日オランダ語圏社会党のヨハン・バンデラノッテ前党首は調停役を下りるとアルベルト国王に申し出た。国王はこの申し出をまだ保留している。

バンデラノッテ氏はすでに数週間にわたり各政党と話し合いを続けてきたが、結局交渉はまとまらず今回の調整役辞退という結果になった。
今回の連立交渉に最も反対の態度をとってきたのが、オランダ語圏の民族主義政党「フランダース・ナショナリスト」とフランダース・キリスト教民主党であった。

1844チバQ:2011/01/07(金) 23:44:29
http://www.47news.jp/CN/201101/CN2011010701000196.html
混乱続くコートジボワール 英、カナダ大使追放と表明
 【ジュバ(スーダン南部)共同】大統領選をめぐり混乱が続くコートジボワールからの報道によると、選挙結果を覆したとの国際社会の批判にかかわらず大統領の座に居座るバグボ氏側は6日、同国駐在のカナダ大使と、コートジボワール担当の英国大使を追放するとの声明を国営テレビで発表した。

 両国がそれぞれ、バグボ氏側のコートジボワール大使を認めないと表明したことへの対抗措置。英BBC放送などによると、英、カナダ両政府は、元首相ワタラ氏を大統領選の当選者と認めているため、バグボ氏側の要請は受け入れないとした。

 欧州連合(EU)各国はワタラ氏が任命したコートジボワール大使を承認することで合意、国連もワタラ氏任命の国連大使を承認した。

2011/01/07 10:27 【共同通信

1845チバQ:2011/01/08(土) 01:18:58
>>1711
http://sankei.jp.msn.com/world/mideast/110107/mds1101072059002-n1.htm
中国の変化で安保理に奇妙な協調 スーダン住民投票 (1/2ページ)
2011.1.7 20:58
 【ニューヨーク=松尾理也】スーダン南部の分離独立の是非を問う住民投票の開始を9日に控え、国連安保理は6日、投票の平和的な実行を求める報道向け声明を出した。南部寄りの欧米と北部に拠点を置く中央政府寄りの中国の対立という構図が消えてしまったかのような声明は、住民投票を前に安保理で生まれた奇妙な協調ムードを象徴している。背景にあるのは、中国の急激な姿勢変化だ。

 昨年10月、安保理の視察団がスーダン南部ジュバを訪れた際、同行記者団からクレームが上がった。ホテルのコンセントの形式が中国式のため、パソコンの電源コードなどが差し込めないというのだ。報道陣が宿泊したのは突貫工事でオープンした中国資本の豪華ホテル。スーダン南部との関係構築に向け大急ぎでかじを切る中国のあわてぶりを示しているようでもある。

 少なくとも昨年初めごろまでは、中国は人権問題などで欧米からの批判を浴びるスーダン中央政府との関係を堅持し、南部独立に懸念を示す姿勢を崩していなかった。台湾、チベットなどの独立を容認しないとの立場を貫く中国は、2008年にジュバに総領事館を開設したものの、控えめな活動にとどまっていた。

だが、独立の動きは止められないとの見方が加速する中で、80%の石油資源が集中するとされる南部との関係構築に失敗すれば、権益を大きく損なう結果にもなりかねない。

 こうした中国の姿勢が、繰り返しスーダン住民投票の平和的な実行と、その有効性を強調してきた欧米諸国と一致。国連安保理には一見奇妙にさえ映る「協調」さえ生まれている。

 ただし、中部の油田地帯アビエの帰属をはじめ、衝突の火種になりかねない難問は軒並み先送りされた。各国の思惑は、むしろ不透明さを増している。

1846チバQ:2011/01/08(土) 01:20:23
http://mainichi.jp/select/world/news/m20110108k0000m030034000c.html
スーダン:大統領「結果受け入れ」確約 南部の独立投票
 【ジュバ(スーダン南部)高尾具成】北部・中央政府からの分離独立を問う住民投票の開始を9日に控えた、スーダン南部の中心都市ジュバに入った。独立の待望機運が現地で高まる中、従来独立に消極的な立場を示していた北部・中央政府のバシル大統領は4日、ジュバ入りして「(投票)結果の受け入れ」を確約。米政府も5日、「(投票が)平和的に実施されると考える」と、投票がスムーズに行われるとの認識を示しており、独立が一層現実味を帯びてきた。

 投票で、有権者は投票用紙に描かれた「片手を広げた」絵(=分離独立支持)か、「両手を重ねた」絵(=統一支持)の二つの絵のどちらかに、親指の指紋を押印する。ジュバの街中は、その投票方法を示すポスターなどが各所に張られ、投票ムードを盛り上げている。記者が前回訪れた昨年3月と比べ、市民の表情は明るく「ウエルカム」と気軽に声をかけてくる人も多い。宿泊施設で働くデビット・バラさん(21)は「生まれてから大半の時間は内戦のさなかだった。南部住民はさすがに疲れたんだ。今は未来への希望を託したい」と語り、分離独立を支持すると告げた。

 昨年11〜12月、スーダン国内や米英など海外8カ国で行われた有権者登録では、18歳以上の約390万人が登録。住民投票は9日から15日まで実施される。独立には、有権者の60%以上が投票した上で投票数の過半数の賛成が必要。新国家誕生の場合、建国は7月に予定される。南部自治政府を主導する与党「スーダン人民解放運動」(SPLM)関係者は、「住民の間では分離独立支持が90%以上との声もあるが、少なくとも70%は堅いと信じている」と話した。

 今回の投票は、83年以降続いた第2次内戦を終結させた05年の「包括和平合意」(CPA)に基づいて実施される。第1次内戦はもともと、アラブ系住民中心の北部とアフリカ系住民の多い南部との間で、独立前年の55年に発生。第2次内戦開始から05年までの約22年間で、推定200万人が死亡、400万人の難民・国内避難民を出した。

 南部はインフラ整備などの途上で、独立への期待から帰還する住民への対応や就業など課題は山積している。5日にバシル大統領が南部からたつのを見ようと空港に行ったというSPLM支持者の男性(48)は、「分離独立のサインでもある片手を広げ、『北部よサヨナラ』との思いも込めて手を振った。分離が決定した後が、(南部)自治政府が真に試される正念場となる」と話した。

1847チバQ:2011/01/08(土) 01:21:52
http://mainichi.jp/select/world/news/20101231k0000m030051000c.html
スーダン:ダルフール緊迫 「南部独立」住民投票に影
 【ヨハネスブルク高尾具成】南部の独立を問う住民投票が来月9日に行われるアフリカ・スーダンで、南北の対立とは別に、西部ダルフール地方の紛争が再燃する兆しを見せており、住民投票への波乱要因になっている。先週にはダルフールで政府軍と反政府勢力による戦闘が発生、反政府側の40人が死亡した。背景には独立を目指す南部との微妙な駆け引きにダルフール紛争が影響を及ぼさないよう、バシル大統領が軍事攻撃を含めた“解決”を目指し、強硬になりつつある事情がある。これを受け、分裂していた反政府勢力は結集しつつあり、情勢は混とんとしつつある。

 アラブ系の中央政府に対し、黒人住民らの反政府勢力が対立していたダルフール紛争は今年2月、政府と主要反政府勢力「正義と平等運動」(JEM)が和平実現に向けた枠組み合意に調印した。しかし、他の反政府勢力などとの足並みがそろわず、断続的な交渉は続くものの最終合意には至っていない。

 24日にダルフールで起きた戦闘では、JEMなど複数の反政府勢力が数年ぶりに結集し、「政府軍に重大な損失を与えた」と発表した。直接的には関係のない南部住民投票を機に、ダルフールの反政府勢力がまとまりを見せ始めている。

 バシル大統領にはダルフール紛争での「戦争犯罪」などの容疑で09年、国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出されている。南部住民投票の結果を認めるよう国際的に圧力を受け、南部と交渉を続けなければならないバシル大統領にとってはダルフール紛争の解決は急務だ。

 バシル大統領は29日、「反政府勢力側が最終合意に至らないなら(中央政府は)和平交渉から退くことになる」と警告した。

 国連によると今月10日以降、西部での戦闘で新たに推定3万2000人が避難民化しており、事態悪化が懸念されている。

 一方、住民投票は来月9〜15日に実施される。AFP通信によるとバシル大統領は29日、「南部の同胞の決定を否定しない」とし、分離・独立が決定した場合でも「新たな同胞国家として最初に承認する」と述べた。21日にはキール南部自治政府大統領を交え、隣国エジプト、リビア両首脳と会談。平和な投票実施を呼び掛ける共同声明も発表した。

 しかし、南北の境界線画定や石油資源の利益配分などを巡り、南北間の対立は解消されていない。住民投票を支援する米国はバシル大統領に対し「予定通りの実施」「結果の受け入れ」を求め、圧力を強めている。

1848チバQ:2011/01/08(土) 01:23:48
http://sankei.jp.msn.com/world/mideast/101230/mds1012301950002-n1.htm
係争地の住民投票絶望的 スーダン内戦再燃に懸念
2010.12.30 19:46

スーダンの係争地アビエイの中心部。内戦終結後も開発は進んでおらず、伝統的な住居が立ち並ぶ。電柱が一部区域に設置されたが、電気はまだ通っていない=26日(共同) スーダン南部の分離独立の是非を問う住民投票が来年1月9日に迫る中、係争地の油田地帯アビエイ地区の帰属を決める同地区の住民投票の同時実施が絶望的となっている。有権者の範囲に関する対立に加え、石油資源をめぐる南部と北部の争いが背景にある。同地区の混乱が内戦再燃の導火線になりかねないとの懸念が高まっている。

 アビエイ地区は約200万人が犠牲になった南北内戦の激戦地の一つ。内戦を終結させた2005年の包括和平合意(CPA)で、帰属先を決める住民投票を、南部住民投票と同時に行うことが規定された。だが投票管理委員会さえ設置されておらず、準備は全く行われていない。

 原因の一つは、同地区の土地をめぐる南部系黒人農耕民族ディンカと、北部のアラブ系遊牧民ミッセリアによる長年の対立。北部側は伝統的に乾期に同地区へ南下し家畜の放牧を行ってきたミッセリアの投票権を主張。「CPAでアビエイはディンカの領域と規定された」とする南部側との溝は埋まっていない。(共同)

1849チバQ:2011/01/08(土) 01:45:22
をいっ
http://sankei.jp.msn.com/world/asia/110107/asi1101072301007-n1.htm
MQM復帰で連立与党が過半数回復 パキスタン
2011.1.7 23:00
 【ニューデリー=田北真樹子】パキスタンの連立与党を離脱し、野党勢力に加わることを表明していたムータヒダ民族運動(MQM)は7日、政府がガソリン価格の値上げ措置を撤回したことを受け、連立与党に戻ることを表明した。これにより、ギラニ政権は下院(定数342)での過半数を取り戻し、政権崩壊の危機をひとまず回避した

1850チバQ:2011/01/10(月) 00:50:29
http://mainichi.jp/select/world/news/20110110k0000m030080000c.html
スーダン:住民投票始まる 米国主導、南部独立確実
 【ジュバ(スーダン南部)高尾具成】アフリカ・スーダン南部の分離独立の是非を問う住民投票が9日始まった。独立支持が過半数に達するのは確実な情勢で、今年7月にもアフリカ大陸で54番目となる新国家が誕生する可能性が高まっている。独立宣言は08年のコソボ以来3年ぶりとなる。独立に現実味があるのは、米国が後ろ盾になり国際社会を主導している影響が大きい。米国には南部の石油資源確保や、スーダンで経済的な存在感を増す中国に対抗する思惑もありそうだ。

 「新たな権利を得た気持ちだ。子どもたちにもこの日を目に焼き付けてほしい」。南部自治政府のあるジュバの投票所で飲食店員の女性、アブックさん(32)は2人の子どもを連れて語った。200万人が死亡したとされる南北内戦で父と兄を失ったアブックさんには分離独立は希望に映る。南部の投票所では9日、投票開始の午前8時前から長い列ができ、歌い踊りながら投票を待つ住民の姿もあった。登録有権者は約390万人で投票は15日まで。1月末にも確定する選挙結果では、分離独立が圧倒的に支持される見込みだ。

 投票所には米民主党の重鎮、ケリー上院外交委員長も姿をみせ「今、南部住民は自身の力で立ち上がった」と述べた。ケリー氏は昨年11月以降、オバマ米大統領の親書を携え、再三スーダンを訪問。分離独立に消極的な姿勢を示す中央政府に対し、住民投票の「結果受け入れ」を条件に「テロ支援国家指定解除の手続きに入る」ことを伝えるなど圧力をかけてきた。8日の会見では「北部の安定も重要」と述べ、住民投票が成功裏に終われば、制裁を科してきたスーダンに対し、新関係に入ることも示唆した。

 83年から続いた内戦の05年の和平合意、11年の南部住民投票というプロセスも米国が主導し描いた。

 米国が熱心に支援するのは、表向きは内戦の最終解決という人道目的がある。西部ダルフール紛争の解決も米国民の関心は高い。しかし、本音の部分では、日量49万バレルにのぼる石油の利権確保があるとの見方がもっぱらだ。元々、米シェブロンが油田を発見したのに内戦や制裁で開発に携われず、「既得権」を回復する意識も働く。

 さらに米国を駆り立てるのは中国への対抗意識だ。油田を採掘しているのは中国などの企業だ。中国が石油利権を手に入れたのは、ダルフール紛争に介入し続け、国際的孤立化が進む北部・中央政府の姿勢を黙認した見返りとされる。武器まで売却した疑いも強い。

 中国は08年にジュバに総領事館を開設。中心部の舗装道路建設や多くの建築を手がけて、南部でも存在感を高めている。

 さらに、南部はキリスト教徒が主体、北部はイスラム教徒主体で、米国の住民投票支援はアフリカで拡大するイスラム社会にくさびを打ち込む狙いもある。

 一方、「和平合意は外圧に押し切られた印象が強い。時間をかけて北部と協力しスーダン人が国内の変革を目指す選択もあった」とアラブ系のイスラム教徒男性(30)は米国主導の和平プロセスに不満を漏らす。

 さらに、南北対立の火種も残る。油田地帯「アビエイ地区」が南北の境目にあり、帰属を問う同地区の住民投票は棚上げされたままだ。南部の「スーダン人民解放軍」(SPLA)に従軍していたルワルディン・ウォルさん(77)は「スーダンは統一などしていない。アラブ勢力が石油資源など豊かな南部を強引に支配しようとしてきた」と北部への敵意をあらわにした。

1851チバQ:2011/01/10(月) 00:50:54
http://mainichi.jp/select/world/europe/news/20110109k0000m030052000c.html
スーダン:油田地帯帰属を決める住民投票棚上げ 南部独立
 【ジュバ(スーダン南部)高尾具成】アフリカのスーダンで、9日行われる南部地域の分離独立の是非を問う住民投票と同時に予定されていた、南北の境界にある油田地帯「アビエイ地区」の帰属を決める住民投票が棚上げ状態となっている。有権者資格の定義で北部・中央政府と南部自治政府が対立。同地区の混乱は内戦の再発につながる可能性もあり、課題となっている。

 同地区には南部系の黒人農耕民ディンカ人の氏族が住むが、北部側のアラブ系遊牧民ミッセリアが乾期に同地区へ南下し、家畜の放牧を行う伝統的習慣を持つ。このため北部・中央政府はミッセリアにも投票権があると主張。一方、南部自治政府を主導するディンカ人主体の「スーダン人民解放運動」は「遊牧民を住民とは規定できない」などの理由で投票権を認めず、議論は平行線のままだ。

 アビエイ地区は南北内戦の激戦地の一つ。05年の包括和平合意は、同地区の帰属を決める住民投票を南部独立を問う住民投票と同時に実施すると規定した。しかし、南北間で境界線画定が難航。石油資源の利益配分などを巡る駆け引きが続いており、支援をする米国も「時間切れ」の見解を示している。

 同地区は現在、北部・中央政府直轄の特別行政区となっている。

1852チバQ:2011/01/10(月) 10:26:55
http://sankei.jp.msn.com/world/mideast/110109/mds1101092147001-n1.htm
スーダン住民投票始まる 中・南部で戦闘、祝賀ムードに影 和平のもろさ浮き彫り (1/2ページ)
2011.1.9 21:41

9日、スーダン南部ジュバで票を投じる男性(大内清撮影) 【ジュバ(スーダン南部)=大内清】スーダン南部の分離独立の是非を問う住民投票が9日、始まった。独立賛成が反対を上回るのは確実で、投票自体に大きな混乱は起きていない。ただ、8日には南北双方が自領組み入れを狙う中部の油田地帯アビエや、南部の一部で戦闘が発生。現在の比較的平穏な情勢が、南北間だけでなく南部内の緊張関係をもはらみながら、かろうじて成り立っていることを改めて浮き彫りにした。

 「南部の人々が待ちに待った歴史的な一瞬だ」

 南部自治政府大統領のキール・スーダン人民解放運動(SPLM)議長は9日朝、南部の中心都市ジュバでこう述べた上で南北の全勢力に共存を呼びかけた。

 2005年の包括和平合意を仲介した米国からは、スーダン問題に熱心な俳優ジョージ・クルーニーさんやケリー上院議員らが駆けつけ祝福。市内の投票所に長蛇の列ができた。

 だが8日に各地で起きた戦闘は、南部の祝賀ムードに暗い影を落としている。

 石油資源が豊富な南部ユニティ州では、SPLMの部隊に対し、同じ南部人勢力による攻撃があり、少なくとも4人が死亡した。

 SPLMを構成する南部の黒人系民族は内戦中、決して一枚岩だったわけではなく、離合集散を繰り返して戦闘を行っており、現在も遺恨を残すとされる。今回攻撃を仕掛けたのもSPLMに反旗を翻した勢力で、「きっかけがあれば南部人同士の対立がエスカレートする可能性がある」と指摘する専門家は多い。

 一方、アビエではSPLMの部隊と、北への残留を主張するアラブ系遊牧部族ミッセリアとの間で銃撃戦があり双方に死者が出たとみられ、南北間の緊張が高まっている。

 住民投票は15日まで続き、独立賛成が過半数に達すれば、約半年の移行期間を経てアフリカで54番目の新国家が誕生する。自治政府は独立後、キール暫定政権を発足させ、2年後に民主的な選挙を行うという。

 キール氏はこの間、アビエの帰属や国境画定をめぐる北部との協議のほか、南部の民族間の利害調整を図る必要があり、微妙なかじ取りを迫られそうだ。




  スーダン アフリカ最大の国土を持つ。英国とエジプトの共同統治を経て1956年に独立した。北部はアラブ系イスラム教徒、南部は黒人系キリスト教徒が多数派で、南部にとり独立は長年の悲願。油田は南部に集中するが、北部にパイプラインなど原油輸出関連施設がある。83年に約200万人の死者を出した南北内戦が勃発し、2005年に米英などの仲介で包括和平合意が結ばれた。これとは別に西部ダルフール地方で03年以降、黒人住民とアラブ系民兵の紛争が起き約30万人が死亡、約270万人が避難民化したとされる。

1853とはずがたり:2011/01/11(火) 11:51:42
アメリカの利権が見え隠れするのはやむを得ないとして南スーダン独立支持者の俺ですが遊牧民は此処に限らず現代的国民国家と馴染まないから色々不利益蒙っている気はしている。

油田地帯の帰属巡り対立、スーダンで33人死亡
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110110-00000572-yom-int
読売新聞 1月10日(月)21時47分配信

 【ハルツーム=田尾茂樹】AFP通信によると、スーダン中部アビエイ地区で、7日から北部系遊牧民と南部系農耕民との衝突が発生。

 10日までに双方で少なくとも計33人が死亡した。大規模な油田を抱えるアビエイ地区は、スーダン北部と南部が帰属を巡って対立。9日から15日まで実施中の南部独立の是非を問う住民投票とは別に、住民投票を行って帰属を決めることになっている。北部帰属を望む遊牧民と南部志向の農耕民の衝突が起きたことで、今後、アビエイ地区を巡る南北間の対立が激化する可能性もある。


最終更新:1月10日(月)21時47分

1854とはずがたり:2011/01/11(火) 18:28:20

米州機構、選管発表覆す ハイチ大統領選
01/11 12:53
http://www.shizushin.com/news/pol_eco/international/2011011101000437.htm

 【ポルトープランス共同】AP通信は10日、大地震から12日で1年を迎えるカリブ海のハイチで昨年11月に行われた大統領選第1回投票の結果の見直し作業を行っている米州機構(OAS)が、ミランド・マニガ氏(70)=民主国家進歩同盟=と人気歌手ミシェル・マルテリー氏(49)が決選投票に進むのが妥当だとする報告書をまとめたと伝えた。
 選管当局は昨年12月、マニガ氏と、プレバル大統領の与党ユニテ(団結)のジュード・セレスタン氏(48)が決選投票に進むとの暫定結果を公表していたが、これを覆した。最終的な判断は選管当局に委ねられるが、OASの判断は一定の重みを持つとみられる。

1855チバQ:2011/01/12(水) 22:02:25
>>1275-1283あたり
http://www.47news.jp/CN/201101/CN2011011201000966.html
パイロットの判断ミスと結論 ポーランド大統領機墜落で
 【モスクワ共同】ロシア西部スモレンスク郊外で昨年4月にカチンスキ・ポーランド大統領(当時)夫妻らを乗せた政府専用機が墜落し96人全員が死亡した事故原因を調べていたロシアの航空委員会は12日、視界不良の空港に着陸を強行したパイロットの判断ミスが事故を招いたとの最終調査結果を発表した。

 委員会は、墜落前に操縦席に入っていたポーランド空軍司令官や、大統領の搭乗自体がパイロットへの心理的圧力となり、他の空港に着陸するよう求めた地上管制官の指示を無視する結果になったと結論付けた。

 政府専用機ツポレフ154は昨年4月10日、霧に包まれたスモレンスク空港に着陸しようとして樹木と接触し墜落、大破した。

2011/01/12 20:29 【共同通信

1856チバQ:2011/01/13(木) 00:06:19
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110112-00000585-san-int
“予防措置”で封じ込め…ロシアで深刻化する民族主義
産経新聞 1月12日(水)20時19分配信

 【モスクワ=佐藤貴生】モスクワ中心部、クレムリン前の広場周辺に11日夜、ロシア民族主義を掲げる若者たちが集まり、治安部隊がもみ合いの末に約50人を拘束した。当局は2000人以上の治安部隊を動員、集会の実施を実力で阻止した。民族対立の先鋭化を懸念する政権側の危機感を示した形だ。

 治安当局は同日夕、集会が行われる予定だったマネージ広場に通じる道を封鎖、周辺の商店街の店舗を閉店させる厳戒態勢をしいた。通行人に身分証明書の提示を求め、民族主義者とみられる若者を力ずくでなぎ倒すなどして拘束した。

 ロシア民族主義の暴走が一層顕著になったのは先月11日。南部・北カフカス地方出身者との乱闘で死亡したサッカーファンを追悼する目的で、マネージ広場に集結した数千人の民族主義者が暴徒化、北カフカス出身者とみられる通行人らを襲撃する騒乱に発展した。

 民族主義者らはこの日にちなんで、「12月11日運動」と名乗る団体の立ち上げをインターネット上で発表。「ロシア人(民族)のためのロシアを」「私たちが祖国を解放しなければ、ロシア民族は徐々に死に絶える」などと訴えている。毎月11日に集会を開くと主張しており、今後も治安当局と衝突する恐れがある。

 騒乱が起きて以来、メドベージェフ大統領やプーチン首相は「人々の生活と安全を脅かす」「秩序は維持されなくてはならない」などと述べ、民族対立の激化に強い懸念を示してきた。

 モスクワを中心とする大都市では、北カフカスや中央アジア諸国から職を求めてやってくる移民が後を絶たず、あつれきは年々、強まっている。人権保護団体ソバ・センターによると、昨年1年間で人種差別や外国人への嫌悪に端を発する事件で約40人が死亡、約370人が負傷したという。

1857チバQ:2011/01/13(木) 00:06:40
http://www.asahi.com/international/update/0112/TKY201101120438.html
キルギスの民族衝突、前大統領派が関与 国家委が結論2011年1月12日19時56分
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. 【モスクワ=星井麻紀】昨年6月、中央アジア・キルギス南部で2千人以上ともされる犠牲者を出した民族衝突で、原因を調査していた同国の国家委員会は11日、バキエフ前大統領派を含む複数の集団が国内情勢の不安定化を狙って引き起こしたとの結論を明らかにした。インタファクス通信などが伝えた。

 また、4月ごろから民族衝突の兆候があったにもかかわらず放置したとして、臨時政府や治安機関の責任を指摘した。

 現地からの報道によると、バキエフ氏が失脚した4月の政変後、キルギス国内のウズベク系住民が権利拡大を求める集会を相次いで開催。キルギス系住民との間で緊張が高まっていた中、ウズベク系リーダー数人が暴力をあおったとしている。

 また、バキエフ氏の息子らが過激派組織に資金供与して戦闘員を雇っていたと断定。臨時政府メンバーの親類も対立に加担するなど、様々な勢力が加わっていたという。

 民族対立には第三国の関与が取りざたされたが、委員会は「確認できなかった」とし、ウズベキスタン、ロシア、タジキスタンも含めた追加的な調査が必要だとした。

 委員会は昨年7月、事件の真相解明のため大統領令で設置されていた。

1858チバQ:2011/01/13(木) 00:07:33
http://mainichi.jp/select/world/news/20110113k0000m030053000c.html
スーダン:南北境界付近で武力衝突 30人以上死亡

スーダン南北境界付近に位置する油田地帯アビエイ地区 【ジュバ(スーダン南部)高尾具成】南部の分離独立を問う住民投票が実施されているアフリカ・スーダンで、南北境界付近に位置する油田地帯アビエイ地区周辺で7日以降、断続的に武力衝突が発生。11日までに30人以上が死亡、一部地域で住民投票が一時中断された。北部のアラブ系遊牧民と南部のアフリカ系農耕民との戦闘とみられる。帰属が未確定の油田地帯を巡り、南北間でなお確執があり、南部独立の足かせになっていることを改めて見せつけた。

 地元メディアなどによると、境界北側にある南コルドファン州と南側にある北バハルアルガザル州の境で10日、南部の住民らが車で投票に向かう途中、アラブ系遊牧民ミッセリアの武装集団に襲撃された。市民10人が死亡、18人が負傷した。

 南部自治政府は武装集団の背後に北部・中央政府軍の支援があるとの見方を示す一方、住民投票を平和裏に履行するため「北部側の挑発に乗らないように」と自制を促した。

 さらに、周辺では7、8日にも衝突が発生。この影響で一部地域で9日の投票が停止された。投票延長も検討されている。

 北部を拠点に同地区に南下し、家畜の放牧を続けてきたミッセリアの投票権を巡り、北部・中央政府は有効と主張。一方、南部自治政府を主導するディンカ人主体の「スーダン人民解放運動」は「和平合意でアビエイはディンカの領域と規定された」「遊牧民を住民とは規定できない」などの理由で投票権を認めず、議論が暗礁に乗り上げている。

 05年の「包括和平合意」では、南部の分離を問う住民投票とは別に、アビエイ地区で、南北いずれかへの帰属を問う住民投票を同時に実施する予定だったが、棚上げ状態だ。

 米国務省高官らは11日、ワシントンで、住民投票の結果を北部が受け入れたうえで、アビエイ地区の帰属問題解決▽テロ支援の停止−−などが満たされれば、テロ支援国家指定解除を行うという従来の方針を強調。北部に圧力をかけた。

 一方、油田とともに懸念として残る380億ドル(約3兆1000億円)の対外債務について、国営スーダン通信は、バシル大統領がカーター元米大統領に債務帳消しを求めたと報じた。バシル大統領は、カーター元大統領に、南部が独立すれば「全債務は北部が負う」と述べたが、南北双方の返済能力のなさを訴え、棒引きへの協力も求めていた。


http://mainichi.jp/select/world/europe/news/20110111k0000e030019000c.html
スーダン:南部独立容易に 大統領「対外債務は北が返済」
 【ジュバ(スーダン南部)高尾具成】スーダン北部・中央政府のバシル大統領は、スーダンが抱える約380億ドル(約3兆1000億円)にのぼる対外債務について、南部が分離独立した場合も「(北部が)引き継ぐ」との考えを示した。15日まで行われている南部の独立を問う住民投票では、石油利益の南北配分などと並び、債務処理が焦点の一つだった。これで、南部独立へのハードルが一段と低くなったと言える。

 スーダンで投票監視活動を行っているカーター元米大統領がバシル大統領と会談、10日にその内容を米CNNに明らかにした。それによると、バシル大統領は「全債務は北部が負うべきもので南部ではない」と述べた。カーター氏は「これで南部は負債のない財務状況でスタートできる」と述べた。

 南部は活発な民間投資で成長をとげているものの、油田は南北境界線上にあって帰属が未確定で、南部自治政府の歳入は潤沢とはいえない。このまま7月に独立が達成されても、巨額の債務があれば国家運営に支障をきたすと懸念されていた。

 中央政府は南部との内戦や反政府勢力との和平協定実現が長引く西部ダルフール紛争で、多額の費用を軍事・治安面に投入。その結果、債務が膨らみ、財政状況が逼迫(ひっぱく)。1月に入り、ガソリンなどの燃料や砂糖の値上げを決定し、閣僚級幹部の給与削減なども発表していた。

 ダルフール紛争を巡り欧米の経済制裁が続く中で、中央政府は国際機関などに援助を求めるのも難しく債務膨張に歯止めをかけられない状況だ。

 バシル大統領側は、米政府が住民投票の実施成功を条件に「南部だけなくスーダン全体を支援する」と北部も支える意向を示していることを重視。米国の意に沿って南部の独立を容認し、負債問題でも柔軟な姿勢を見せることで、債務軽減などで米国の援助を得る狙いもありそうだ。

 国際社会も債務問題を重視しており、日本は05年の南北和平合意の定着・進展を理由に08年3月、対日債務の一部約31億6500万円を免除する方針を発表。09年7月にスーダン政府との間で合意している。

1859チバQ:2011/01/13(木) 00:08:13
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011011200069
「水も電気も教育もない」=独立に希望託す寒村−スーダン南部
 【ニシジュ(スーダン南部)時事】スーダン南部独立の是非を問う15日までの住民投票は、独立支持が大半を占めるもようだ。最大都市ジュバから約20キロ離れたニシジュ村の住民も、独立により南北内戦終結が確実となり、水や電気などの住民サービスの到来を待ち望んでいた。
 「水も電気も十分な教育も、医者もいない」−。村の投票所で独立賛成に投じたアシリア・ムーイさん(50)は、長年の内戦に苦しめられた人生にもついに幸福の時がやってきたと喜びをかみしめた。しかし、積年の生活苦から今や視力をほとんど失い、足取りもおぼつかない。
 ジュバからの道のりは、南部最大の貿易相手国ウガンダとの幹線道路に当たるが、未舗装の悪路が続き、電線や水道施設などの生活基盤もない。村の住民は泥や植物で建てた質素な家に住み、家財道具らしきものはほとんどなく、硬い土の床に寝転がる生活だ。
 村には、わずか1カ所の井戸があるだけ。人々はほそぼそとした農業やまきを路上で売って生計を立てている。肌を焦がすような太陽の下、ある母親は疲れた様子で寝転がり、子供たちは木陰で過ごしていた。(2011/01/12-06:31

1860チバQ:2011/01/13(木) 00:10:31
http://sankei.jp.msn.com/world/mideast/110111/mds1101112223004-n1.htm
スーダン 北部は屈辱・孤立… イスラム法強化宣言で不安定化の懸念 (1/2ページ)
2011.1.11 22:22
 【ハルツーム=大内清】スーダン南部の独立が現実味を増す中、領土維持の失敗という「屈辱」を味わっている同国のバシル大統領が、求心力確保のため、北部のイスラム化を一層推し進める構えをみせている。非イスラム教徒からの反発は大きく、政権の出方次第では北部が再び不安定化する懸念もある。国際社会が今後、どうバシル政権に穏健化を促していくかが、同国安定の鍵を握る。

 バシル氏は昨年12月の演説で、住民投票で南部が独立を選んだ場合、憲法を改正し北部で施行されているイスラム法(シャリーア)を強化する考えを示した。

 イスラム主義勢力「民族イスラム戦線」の支持を受け、1989年のクーデターで政権を奪ったバシル氏は、内戦をスーダン全土の完全なイスラム化のための「ジハード(聖戦)」と規定してきた。

 しかし、長期化した内戦に対する国際社会の非難は激しく、2005年には米英などの仲介を受け入れて包括和平合意に署名。独立に向けた南部の自決権を容認したことは、「南部をイスラム共同体(ウンマ)の一部とみなすイスラム主義者からすれば裏切り行為」(外交筋)とされた。

 バシル氏にとっては大幅な譲歩だったが、米国などによる経済制裁は緩和されず、経済が一向に上向かないことへの国民の不満も強まっている。

 バシル氏の「シャリーア強化」発言からは、北部社会に強い影響力を持つイスラム主義勢力の歓心を買い、権力基盤を盤石にしたいとの焦りがにじむ。

 これに対し周辺諸国は、シャリーア強化が実行に移されれば、紅海に面した戦略的要衝に位置するスーダンの情勢不安を招くと危機感を募らせている。アラブ系イスラム教徒中心の北部にも非イスラム教徒は少なくない上、内戦中にバシル政権側と戦った黒人系民族が多い青ナイル州や南コルドファン州なども抱えるためだ。

 隣国エジプトのスーダン専門家は「こうした地域がイスラム化に反発するのは確実。20年余に及んだ内戦の二の舞にもなりかねない」と指摘する。

 オバマ米大統領は、米紙ニューヨーク・タイムズへの寄稿で、バシル政権に対し、和平合意などの内容を順守するなら、経済制裁の解除も検討するとのメッセージを送った。しかし、米欧には人権問題でスーダンに根強い不信感があることから急速な関係改善は難しい。スーダンを国際社会に取り込んでいく道筋はみえていないのが実情だ。

1861チバQ:2011/01/13(木) 00:12:20
http://sankei.jp.msn.com/world/mideast/110110/mds1101102054003-n1.htm
スーダン南部ルポ 「敵」失い矛盾表面化 平和渇望も行き場のない兵士たち (1/2ページ)
2011.1.10 20:47

9日、SPLMの指導者だったガラン氏の墓前で独立の実現を祈る女性ら(大内清撮影) スーダン南部の独立に向けた住民投票が始まり、南部の中心都市ジュバは早くも祝賀ムードに包まれている。20年以上にわたる内戦では南部が主戦場だっただけに、人々の平和への願いは強い。だが、その熱狂の陰では、北部という南部住民にとっての「共通の敵」を失ったことによる問題も表面化し始めている。(ジュバ 大内清、写真も)

 2005年の包括和平合意後に、ヘリ墜落で死亡したスーダン人民解放運動(SPLM)指導者、ガラン氏の遺体が安置された広場。9日の投票初日には住民数百人が集まり、投票実施を祝う歌や踊りの輪ができた。

 この広場の前に、数百軒のあばら家がひしめくメスアルバイーネ地区が広がる。上下水道の設備もなく、放置されたゴミには大量のハエが群がる。住民の多くはSPLM軍事部門、スーダン人民解放軍(SPLA)の兵士だ。

 そのうちの一人、デビッド・デング少尉(35)は、1998年にSPLAに参加。主に中部の油田地帯アビエ付近で北部軍と戦い、「和平合意を機に、家族とともにジュバに住み着いた」という。

 約820万人の南部住民の大半はごく小規模な農業や牧畜を営んでおり、SPLMが主導する自治政府の歳入のうち9割超は南部に集中する石油頼み。その石油も、輸出は北部のパイプラインや港に依存せざるを得ず、収入の配分に関する協議が難航している。

 そんな中、今後のインフラ整備などに大量の資金が必要となるSPLMにとり、民兵を含むと数十万人とされる兵士の給与は大きな負担だ。雇用がないため復員も難しく、過去には給与への不満から暴動が起きたこともあるという。

 SPLMが抱える問題はこれだけではない。

 南部にはSPLM主流派のディンカ人のほか、ヌエル人、シュルク人など数十の黒人系民族がおり、それぞれに独自の言語や文化を持つ。内戦中は同じSPLMに属しながらも、分裂や衝突を繰り返した。

 スーダン問題に詳しい隣国エジプトのジャーナリストは「SPLMはキール議長の指導力でかろうじてまとまっているだけだ」と指摘。自治政府職員のトーマス・ロロさんも「人々の心には、他民族への憎悪が残っている」と話す。

 北部によるイスラム法(シャリーア)導入への反発を契機に始まった内戦が終結して独立が現実味を帯び、「北部への抵抗」という大義を失った今、SPLMは内なる問題に向き合わざるを得なくなっている。

 昼間から酒を飲んでいたデング少尉は「もう戦争は十分だ」と語り、「でも−」と据わった目つきでこう付け加えた。「戦う必要があれば、誰とでも戦うよ」

     ◇

 【スーダン内戦】1983年にアラブ系イスラム教徒主導の中央政府が全土にイスラム法(シャリーア)を導入。これに、キリスト教徒の南部有力黒人民族ディンカ人らが反発し、スーダン人民解放軍(SPLA)を結成、内戦に突入した。国連安全保障理事会は2004年11月、政府とSPLAに対し和平合意を求める決議を採択。05年1月、双方が包括和平合意に署名し南部の自治政府設立が決定、内戦が終結した。内戦はサハラ砂漠以南のアフリカで最長、最大規模とされ、約200万人が死亡したとみられている。

1862チバQ:2011/01/13(木) 00:13:03
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2011011102000023.html
スーダン「宗教共存」祈る 南部の黒人イスラム教徒
2011年1月11日 朝刊

10日、スーダン南部ジュバのモスクで、礼拝をする黒人イスラム教徒たち=内田康撮影


 【ジュバ(スーダン南部)=内田康】十日もスーダン南部で続いた分離・独立を問う住民投票で、南部の黒人社会では少数派のイスラム教徒も、独立支持の票を投じている。首都ハルツームの政府はアラブ系イスラム教徒が主導するが、南部のイスラム教徒たちは「黒人という理由から政府に差別された」と訴える。

 ジュバ中心部のモスク(イスラム教礼拝所)に隣接する「スーダン南部イスラム教徒協会」の事務所には「分離・独立」を訴える看板が掲げられていた。南部最大の黒人民族ディンカでイスラム教徒でもあるアブードさん(46)は事務所で「イスラム教徒であっても、政府は決して黒人にいい仕事を与えなかった」と嘆いた。

 スーダン南部ではキリスト教や各民族の伝統宗教を信仰する人たちが主流。地元記者によると、イスラム教徒は南部の15〜20%ほどで、ジュバには十三のモスクがある。二〇〇五年まで約二十年続いた南北内戦では黒人イスラム教徒も南部のスーダン人民解放軍(SPLA)に参加した。

 ただ、南部のキリスト教徒らの間でイスラム教といえば、敵対するハルツームの政権のイメージが強いのも事実。イスラム教徒で高校教師のジョゼフさん(56)は「『自爆テロ犯は北へ帰れ』と、ののしられたこともある」と打ち明けた。

 十五日まで続く住民投票は独立支持票が多数を占め、七月にも新国家が誕生する可能性が高い。ジョゼフさんは「各宗教が共存できる国になってほしい」と願っている。

1863チバQ:2011/01/13(木) 00:14:15
http://www.47news.jp/CN/201101/CN2011011001000677.html
男女の握手、会話禁止 ソマリアのイスラム過激派
 【ジュバ(スーダン南部)共同】AP通信などによると、ソマリアのイスラム過激派組織アッシャバーブは10日までに、首都モガディシオ周辺の二つの町で、男女が公共の場でみだりに握手したり、会話したりすることを禁止した。違反した場合は禁錮やむち打ち刑などが科されるという。

 アッシャバーブはモガディシオを含む同国中南部を実効支配し、厳格なシャリア(イスラム法)を適用、暫定政府軍と戦闘を続けている。これまでに映画観賞や音楽、サッカー観戦などを「欧米的」として禁止している。

2011/01/11 02:06 【共同通信】

1864チバQ:2011/01/13(木) 12:26:36
>>993
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101225-00000106-san-int
レバノン元首相暗殺、強まるヒズボラ犯行説
産経新聞 2010年12月25日(土)7時57分配信

 ■特別法廷が訴追なら宗派間の緊張激化も

 【カイロ=大内清】2005年に起きたレバノンのラフィク・ハリリ元首相暗殺事件で、同国のイスラム教シーア派組織ヒズボラのメンバーが容疑者として浮上、事件を調査する特別法廷(オランダ・ハーグ)が訴追に踏み切るとの観測が強まっている。ヒズボラは事件への関与を否定しており、メンバーが訴追されれば、挙国一致の連立内閣を離脱する可能性もある。政権内の微妙な政治バランスが崩れることで、宗派間の緊張激化を懸念する声も出ている。

 事件は当初、05年当時にレバノンに駐留していたシリアの関与が疑われた。元首相が反シリア派とされていたためで、国連の独立調査委員会は一時、シリア情報機関関係者ら4人を拘束(後に釈放)していた。

 ただ、元首相の次男で09年に首相に就任したサアド・ハリリ氏がシリアとの関係改善に動いたことなどもあり国内でのシリア犯行説は後退。シリア関与の可能性は払拭されてはいないものの、今年に入り、シリアと関係が深いヒズボラのメンバーらが特別法廷の事情聴取を受けたことなどからヒズボラ関与がクローズアップされていた。

 特別法廷幹部は今月9日、「捜査対象」の名指しは避けた上で、数週間から数カ月で訴追手続きが始まるとの見通しを示した。

 これに対しヒズボラ最高指導者のナスララ師は「(メンバーの訴追は)容認しない」と繰り返し牽制(けんせい)。スンニ派のハリリ首相には特別法廷の調査を拒否するよう要求し、訴追が実現すれば閣僚の引き揚げも辞さない構えだ。

 ハリリ首相としては、昨年12月に発足させた「挙国一致内閣」を維持したい半面、自身の権威維持のためにもヒズボラの“恫喝(どうかつ)”に安易に屈するわけにはいかず、苦しい状況に追い込まれている。

 シリアや、レバノンのスンニ派に影響力を持つサウジアラビアなどは、緊張緩和に向けヒズボラとハリリ首相支持派への働きかけを強めている。

 ただ、双方の敵対感情は「臨界点に達しつつある」(外交筋)との見方もあり、地域が再び不安定化する可能性もある。

1865チバQ:2011/01/13(木) 12:27:08
http://www.asahi.com/international/update/0113/TKY201101130122.html
レバノン、挙国一致内閣崩壊 ヒズボラ閣僚辞任で
2011年1月13日10時27分

 【カイロ=石合力】レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラは12日、閣僚計11人(ヒズボラ系を含む)が辞任すると発表した。2009年末に発足したハリリ首相率いる挙国一致内閣は、全閣僚の3分の1超を失い、憲法規定により崩壊した。

 ヒズボラ系閣僚の辞任は、首相の父親のラフィク・ハリリ元首相暗殺事件(05年)を裁く国連主導の国際特別法廷(オランダ・ハーグ)で、ヒズボラ党員が起訴されるとの見方が広がったため。ヒズボラは政党として活動する一方で、イスラエルのアラブ占領に抵抗する武力闘争も続けており、同法廷を「抵抗を封じ込めるための米国とイスラエルによる試み」と批判。ハリリ氏に同法廷を認めないよう求めていた。

 スレイマン大統領が近く新たに首相を指名し、新たな組閣を目指すが、欧米諸国の支援を受けるハリリ氏が率いる反シリアのスンニ派と、ヒズボラなど親シリアのシーア派との対立がさらに深まることは必至だ。

 訪米中のハリリ氏はこの日、ホワイトハウスでオバマ米大統領と会談。イラン、シリアの支援を受けるヒズボラを「テロ組織」とみる米国は、今回の閣僚辞任をレバノン情勢を不安定化させる試みとして非難。レバノンの安定化と特別法廷の円滑な実施を目指すことで一致した。ハリリ氏はオバマ氏との会談後、レバノンと関係が深いフランスに向かった。13日中にもサルコジ仏大統領と会談する見込みだ。

1866チバQ:2011/01/14(金) 00:05:07
http://mainichi.jp/select/world/news/20110114k0000m030049000c.html
チュニジア:カシム内相を解任 国内各地で続く暴動を受け
 【カイロ和田浩明】北アフリカのチュニジアで12日、高失業率などへの不満を背景に国内各地で続く暴動を受け、カシム内相が解任された。20人以上が死亡した暴動は首都チュニスにも拡大し、政府は治安維持のため国軍を投入、夜間外出禁止令を敷き、緊張が高まっている。

 現地からの報道によると、チュニスでは12日、若者を中心に数百人が投石するなどし、治安部隊は催涙ガスを発射して応戦した。一方、ガンヌーシ首相は同日に内相解任を発表、政府関係者の腐敗疑惑調査や逮捕されたデモ参加者の釈放を約束し、国民の懐柔も図った。

 チュニジアは強権的なベン・アリ政権が23年にわたり支配、政情は安定していた。しかし、30%とされる若年層の失業率や政治的自由の抑圧などで国民の不満が鬱積している。

1867チバQ:2011/01/14(金) 00:07:44
http://www.asahi.com/international/update/0113/TKY201101130599.html
レバノン内閣崩壊 大統領、ハリリ氏を暫定首相に任命(1/2ページ)2011年1月13日23時12分
  
 【カイロ=貫洞欣寛】イスラム教シーア派組織ヒズボラなど親シリア系閣僚の辞任でサード・ハリリ首相率いる挙国一致内閣が倒れたレバノンで、スレイマン大統領は13日、ハリリ氏を改めて暫定首相に任命した。今後、ハリリ氏を中心に新たな政権協議が行われるが、ハリリ氏ら反シリアのスンニ派と親シリアのシーア派の間で緊張が高まっており、衝突も懸念される。

 ハリリ氏は13日、訪問先の米国からフランスに入り、サルコジ大統領と会談する。同大統領は12日にハリリ氏が会談したオバマ米大統領に続き、ハリリ氏と、ハリリ氏の父親のラフィク・ハリリ元首相暗殺事件をめぐる国際特別法廷への支持を表明するとみられる。

 レバノンでは、首相はスンニ派イスラム教徒から選ばれる取り決めで、ハリリ氏ら反シリア派は、当面はハリリ氏の暫定内閣を維持しつつ、第2次ハリリ政権の樹立を模索する構えだ。一方、ヒズボラのラード議員は13日、AP通信に「次の首相は抵抗勢力から選ばれるべきだ」と述べ、親シリア派から選出するよう求めた。

 レバノン議会は反シリア勢力と親シリア勢力が議席をほぼ二分。双方の協力がなければ政権作りがままならないのも現状だ。両派の緊張が高まるなか、アラブ連盟のムーサ事務局長は同日、「深刻な状況だ。各者が妥協案を見つける必要がある」と述べた。

 ハリリ氏がヒズボラとの再連立を図る場合、最大の焦点となるのが政権崩壊につながった特別法廷への対応だ。ヒズボラなど親シリア派は、特別法廷で月内にもヒズボラ党員が起訴されるとの情報に「ヒズボラは無実」と反発。ハリリ首相に同法廷を認めないよう求めていたためだ。

 元首相暗殺事件では当初、故ハリリ氏と対立していたシリアの関与が疑われた。だが昨夏ごろから、カナダ人の主任検事が率いる現行の国際捜査団がヒズボラ関与説に傾いているとの情報が流れ始めた。昨年11月下旬にはカナダCBC放送が「携帯電話の通話記録などから、ヒズボラの複数の軍事部門幹部が犯行に関与したとして起訴される」と報じた。

 ヒズボラ党首のナスララ師は、幹部らが起訴されても引き渡しを拒否する考えを示している。ヒズボラを支援するイランとシリアも特別法廷への批判を繰り返している。ハリリ氏側が特別法廷への対応をめぐり、何らかの譲歩を迫られる可能性がある。

 対立が解消できなければ、両者の間で武力衝突が起きる恐れもある。

 ヒズボラは政党として活動する一方、「イスラエルへの抵抗」を名目に軍事部門を維持し、レバノン国軍を上回る武力を持っている。08年にはシニョーラ政権(当時)がヒズボラの独自通信網を切断しようとした際、ヒズボラ民兵らがベイルート空港を閉鎖。断念に追い込んでいる。

1868チバQ:2011/01/14(金) 00:08:56
http://mainichi.jp/select/world/news/20110114k0000m030098000c.html
レバノン:閣僚一斉辞任 ヒズボラが再び火種に
 【カイロ和田浩明】レバノンでイスラム教シーア派組織ヒズボラ系などの閣僚11人の一斉辞任により、スンニ派サード・ハリリ首相の連立内閣が崩壊した。スレイマン大統領は13日、残った閣僚に暫定的な職務継続を要請し、新たな「挙国一致内閣」の形成を呼びかけたが、新政権発足には長期間かかる見通しだ。宗派間対立の火種だったヒズボラが、またしても激震を招いた格好となった。

 辞任したのはヒズボラが主軸の反米・親シリア勢力の閣僚10人と大統領指名の閣僚1人。憲法規定で閣僚30人中3分の1以上が辞任すれば内閣総辞職と見なされる。

 辞任閣僚の一人、バシル・エネルギー水資源相は記者会見で「(ハリリ)内閣は機能不全で国民の重荷となった」と述べた。

 一斉辞任の理由は、ハリリ首相の父親、ラフィク・ハリリ元首相の暗殺事件(05年)を審理する国連のレバノン特別法廷に対する不満だ。ヒズボラは自派関係者の起訴を懸念し、同法廷への費用拠出停止やレバノン人判事の引き場げを要求したが、ハリリ首相は受け入れに抵抗してきた。

 この問題では、シリアとサウジアラビアが協調して調停。ハリリ首相が同法廷の起訴内容を支持しないことと引き換えに、国軍を超える武力を持つとされるヒズボラが事態を静観する案が協議されてきたとされる。だが、ヒズボラ系閣僚らは11日、「調停は不調に終わった」と宣言していた。

 内閣崩壊により、ハリリ首相の政治的影響力の大幅な低下は避けられない。また、イランの中東地域での勢力拡大をけん制するためハリリ支援を続けてきた米国にも、大きな痛手となった。

 今後の焦点は新内閣の組閣。スレイマン大統領が改めて国民議会(国会)議員と面会し首班候補を指名する。単独で過半数を保持する会派がないため連立が必要だが、政治力を誇示したヒズボラ陣営は、特別法廷問題などでの要求を強めそうだ。ヒズボラを支援するイランやシリア、ハリリ首相を支えるサウジや米国なども影響力行使を図るとみられる。

 地元政治専門家のイブラヒム・ビラム氏は「ヒズボラ側は政局を混乱させ、親米勢力への国民の支持切り崩しを狙っている」と見る。ヒズボラ系の閣僚は「事態の悪化は望まない。憲法を守る」と発言しているが、レバノンは08年5月にもヒズボラ側と親米・反シリア勢力の衝突で混乱するなど、国内対立の激化を懸念する声は根強い。

1869とはずがたり:2011/01/14(金) 11:02:06
“無法者国家”中国との軋轢回避優先? G20議長国の仏、ルノー事件で苦悩
2011.1.13 20:05
http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/110113/fnc1101132009016-n1.htm

 仏自動車大手ルノーは、日産自動車と共同開発している電気自動車(EV)の情報漏洩(ろうえい)問題で、幹部3人を当初の予定より1日遅れの13日に刑事告訴する。今後、スパイ事件として本格捜査が進む見通しとなったが、仏政府は、国内で高まっている「中国関与説」の火消しに躍起だ。同国にとって、中国は最重要の貿易相手国であるうえ、議長国を務める今年の20カ国・地域(G20)金融サミットで、中国との連携を模索しており、軋轢(あつれき)を避けたいとの思惑が働いているとの見方が出ている。

 ただ、レアアース(希土類)の輸出規制など経済力を武器に恫喝(どうかつ)外交も辞さない中国に対しては、世界的に「無法者国家」との批判が高まっており、仏政府の弱腰姿勢は、国内世論の反発を招く恐れもある。

 ■スパイを正当化?

 フランスでは、中国関与説を裏付ける報道が過熱。一部メディアは、情報漏洩の疑いがもたれている幹部3人のうち2人の銀行口座に国有送電会社の国家電網が送金していたと報じた。

 フランスでは過去にも、中国人研修生が自動車部品メーカーから機密情報を盗み出し摘発される事件が起きており、「中国は信用できない」との市民感情が高まっているという。

 これに対し、中国政府は「全く根拠がなく、受け入れがたい」(外務省の洪磊報道官)と猛反発。

 仏政府もラガルド経済・財務・産業相が「どの国が関与したか臆測すべきではない」と、報道を牽制(けんせい)。捜査段階で真相が解明されていないという事情はあるが、同相は「企業が研究開発に投資する限り、産業スパイは存在する。フランス企業は今回の問題を正しく認識し、対策を講じなければならない」と、スパイを正当化するかのような発言も行っている。

 ■屈辱のトラウマ

 仏政府には、対中外交でトラウマがある。2008年にサルコジ大統領がチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世と会談したのに対し、中国は欧州航空機大手エアバスの納入凍結という報復措置を発動。関係改善を望む経済界の声に押され、サルコジ大統領が中国に内政不干渉を約束するという屈辱を味わった。

 フランスにとって、中国は輸出入とも日本を抜き、アジア最大の貿易相手国となっている。対中輸出では航空機のほか、原子力発電所や鉄道、水処理関連などのインフラに力を入れ、関係強化を進めてきた。

 来年の選挙で再選を目指すサルコジ大統領は支持率低迷にあえいでおり、「9%超で高止まりする失業率を改善するためにも、対中輸出のさらなる拡大が不可欠」(外交筋)という事情がある。

 ■米国包囲網で連携

 さらにサルコジ大統領には、先進国と新興国によるG20を成功させ、支持率回復につなげたいとの思惑もあり、特に米ドル基軸通貨体制の見直しに強い意欲を示している。

 一方の中国も人民元切り上げを迫る米国への対抗措置として欧州との関係を重視しており、中仏の思惑は一致。昨年11月にソウルで開かれたG20では、両国が米国のドル安政策批判で歩調を合わせた。

 サルコジ大統領は今月下旬にもG20に向けた声明を発表する予定で、「米国包囲網を再構築する上で、中国の協力が欠かせない」(同)。

 仏政府が大株主であるルノーにしても、中国は大事なお得意さま。同社は新興国でニーズの高い低価格小型車に強みを持つ。世界最大の自動車市場である中国との関係悪化は大きな痛手となるだけに、「捜査の行方を見守る姿勢に徹し、中国批判は避ける」(自動車大手)との見方が強い。

1870チバQ:2011/01/14(金) 22:05:09
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110114-OYT1T00007.htm
レバノン、親シリア圧力で混乱長期化は必至

 【カイロ=田尾茂樹】レバノンの親米反シリア勢力のハリリ政権崩壊を受け、スレイマン大統領は13日、新政権発足まで、ハリリ首相に暫定首相として政権運営にあたるよう要請した。


 新首相候補が近く指名される見通しだが、連立政権から離脱したイスラム教シーア派組織ヒズボラを中核とする親シリア勢力の協力を再び得るのは困難な情勢で、混乱の長期化は必至だ。

 訪米中に政権が崩壊したハリリ首相は、12日のオバマ大統領との会談後、急きょ、レバノンと関係が深い旧宗主国フランスに向かった。サルコジ大統領と対応を協議する。ハリリ首相の父、ラフィク・ハリリ元首相暗殺事件(2005年)を裁く国際法廷がヒズボラのメンバーを近く起訴するとの観測が広がる中、政権に法廷の判断を否定させるため、連立離脱という強硬手段を取ったことに、欧米からは「正義を覆す試み」と非難の声が上がった。

(2011年1月14日08時52分 読売新聞)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2011011402000039.html
ヒズボラ辞任で連立崩壊 関係者起訴阻止へ圧力
2011年1月14日 朝刊

 【ベイルート=内田康】レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラが関係閣僚十一人の一斉辞任によって、親米派サード・ハリリ首相=イスラム教スンニ派=率いる連立政権を崩壊させた。二〇〇五年に起きた現首相の父親ラフィク・ハリリ元首相暗殺事件で、レバノン国際特別法廷(オランダ・ハーグ)がヒズボラ関係者を今月中にも起訴するとの観測が強まるなか、これを阻止する強い意志を政治力で示した。

 憲法の規定で、全閣僚三十人のうち三分の一を超すポストが空白になれば、政権は退陣に追い込まれる。スレイマン大統領は十三日、ハリリ首相に対し、新政権発足まで暫定的に首相職にとどまるよう求めた。

 ヒズボラは一九八〇年代から独自の軍事組織を維持し、レバノンに侵攻していたイスラエル軍と戦闘。レバノン国軍より強いともいわれる。二〇〇六年夏にもイスラエルと大規模交戦を繰り広げた。

 国連安全保障理事会が武装解除を求めているにもかかわらず国民の支持を集めているのは、「イスラエルへの抵抗組織」として存在意義を認められているためだ。仮に自国の首相暗殺に関与したとなると、国内でのヒズボラへの評価は地に落ちる恐れがある。

 レバノン国際特別法廷は、国連安保理が設置を決めた機関。法廷に協力的な現政権を崩壊させても起訴を阻止できる保証はない。ただ、ヒズボラの「本気度」を国際社会に示し、法廷の支持勢力に動揺を与えることはできると計算したようだ。

 ヒズボラは〇八年にも、当時の政権との対立から首都ベイルートの各所を封鎖。各派支持者の銃撃戦に発展し、八十人以上が死亡した。クリントン米国務長官は国際特別法廷の捜査を支持する考えを示したが、ヒズボラ関係者が実際に起訴されれば、レバノンで再び血が流れる恐れが現実味を帯びる。

1871チバQ:2011/01/14(金) 22:07:14
>>1866
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110113-OYT1T00986.htm
チュニジア抗議デモ、首都にまで拡大

. 【カイロ=長谷川由紀】チュニジアの高失業率や食料価格高騰などに対する抗議デモは首都チュニスに拡大した。


 ベンアリ大統領による事実上の独裁体制に対する不満が背景にあり、事態が悪化する恐れがある。

 チュニスは12日、若者らのデモに治安部隊が催涙弾を発射するなどして一時、混乱状態に陥った。内務省は同日、首都に夜間外出禁止令を出したが、ロイター通信によると、夜間にも衝突が起き、デモ参加者1人が射殺された。AFP通信によると、13日にも警察の発砲で1人が死亡した。12日には他都市でも衝突があり、死傷者が出たという。

 大統領は12日、カシム内相を更迭し、デモで拘束した市民の釈放を始めたが、デモ参加者は圧政批判を強めている。デモは昨年12月以降徐々に拡大し、今月8日から9日にかけて大規模な衝突が発生した。治安当局は計23人が死亡したとしているが、労働組合関係者は50人以上と主張している。

(2011年1月13日22時10分 読売新聞)

http://www.47news.jp/CN/201101/CN2011011401000024.html
大統領、3年後の退任を表明 チュニジア、デモ沈静図る
 【カイロ共同】チュニジアのベンアリ大統領(74)は13日夜のテレビ演説で、2014年の大統領選に出馬せず任期満了で退任する考えを表明した。各地で続くデモや暴動の沈静化を図るため、パンやミルクなど食料品価格の引き下げや、言論の自由拡大を含む民主化を約束。デモ隊に銃を向けないよう治安部隊に命じたとも述べた。

 23年余りにわたって強権的な体制を敷いてきたベンアリ大統領にとっては大幅な譲歩。だが、14日にはゼネストの予定も伝えられており、混乱が終息に向かうかどうか、情勢は重要な局面を迎えた。

 大統領は演説で「国民の要求は理解している」「チュニジア人の血がさらに流れることは受け入れられない」と強調し、デモの沈静化を訴えた。

2011/01/14 09:28 【共同通信

1872チバQ:2011/01/14(金) 22:08:36
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110114-OYT1T00881.htm
英で連立政権発足後初の補選、与党候補大敗

. 【ロンドン=大内佐紀】英国で保守党と自由民主党の連立政権が昨年発足してから初の下院補選が13日、英中部オーダム東・サドルワース選挙区で行われ、与党第2党・自民党の候補が大敗した。


 連立政権が進める緊縮財政の不人気のあおりを受けた格好で、自民党内ではニック・クレッグ党首の責任を問う声が高まりそうだ。

 補選は、昨年5月の総選挙で4選された労働党現職が公選法違反を問われ失職して行われた。

 11月に実施が決まった時点では、自民党のエルウィン・ワトキンズ候補(47)が楽勝すると見られていた。労働党のデビー・アブラハムズ候補(50)は知名度で劣る上、補選実施の経緯から不利と見られていたが、子ども手当の支給制限など連立政権の財政赤字削減策を鋭く批判して支持を拡大。自民党候補に10ポイント差を付けて快勝した。

(2011年1月14日19時38分 読売新聞)

http://sankei.jp.msn.com/world/europe/110114/erp1101141716007-n1.htm
英連立政権に厳しい審判 下院補選で労働党が大勝
2011.1.14 17:14

オールダム東・サドルワース選挙区で勝利した労働党のエイブラハム候補を祝福する支援者ら=14日(AP) 【チューリヒ=木村正人】英中部のオールダム東・サドルワース選挙区で13日、下院の補欠選挙が行われ、中道左派の野党・労働党のエイブラハム候補が2位の自由民主党候補に3558票もの大差をつけて、労働党の議席を維持した。

 昨年5月の総選挙で中道右派の保守党と中道左派の自由民主党が戦後初の連立政権を発足させてから初の国政選挙で、10人が出馬したが保守党は予想以上に得票を減らした。財政再建を主導するキャメロン首相は厳しい政権運営を強いられそうだ。

 同選挙区では、前回総選挙で約100票の小差で当選した労働党下院議員が選挙運動で自由民主党候補者を中傷していたことが発覚し、昨年12月に辞任。労働党は議席を死守するため、新たな候補を立て、約40人の下院議員が応援にかけつけた。その結果、エイブラハム候補の得票率はブレア人気に沸いた1997年の総選挙を上回る42.1%に達した。

 昨年9月に就任した労働党のエド・ミリバンド党首はこれまで労働組合寄りの発言が目立ち、存在感が薄かったが、政権奪還に向けて好スタートを切った。

 連立政権の中で埋没気味だった自由民主党の得票率はわずかに上昇。一方、保守党の得票率は13.6ポイントも下落した。大学授業料値上げに反対して学生の抗議活動が起きるなど財政再建の痛みが出始めている。付加価値税(VAT)増税や歳出削減が本格化し、選挙制度改革の是非を問う国民投票が行われる今年、キャメロン首相の連立政権は正念場を迎えそうだ。

1873チバQ:2011/01/14(金) 22:09:02
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/110114/erp1101141349006-n1.htm
英政権発足後初の補選で野党が勝利 自民党の不人気裏付け
2011.1.14 13:48

14日、オールダム東・サドルワース選挙区で勝利、支援者の前で微笑む労働党のエイブラハム候補(AP) 英中部のオールダム東・サドルワース選挙区で13日、中道右派で議会第1党の保守党と中道左派の自由民主党による昨年5月の連立政権発足後初めての下院補選が行われ、中道左派で議会第2党の野党、労働党のエイブラハム候補が2位の自民党候補に約3500票差をつけ勝利した。

 同選挙区は従来、労働党と自民党が競り合う地域で、昨年5月の総選挙では労働党候補が約100票という小差で自民党候補に勝利。労働党が前回より大きな差をつけて勝利したことで、連立維持のため妥協を迫られる場面が多く支持率急落に悩まされる自民党の不人気ぶりが裏付けられた。

 野党党首として初めて国政選挙に臨んだ労働党のエド・ミリバンド党首にとっては、満足のいく結果となった。(共同)

1874チバQ:2011/01/14(金) 22:17:12
>>1840
http://www.asahi.com/international/update/0113/TKY201101130614.html
カザフスタン、進む大統領崇拝 2020年に任期延長?2011年1月14日9時24分
 【モスクワ=副島英樹】中央アジア随一の経済大国カザフスタンで、ソ連末期の1991年から国を率いてきたナザルバエフ大統領(70)の個人崇拝がさらに進みそうだ。来年の大統領選を中止して、大統領任期を2020年まで延ばす国民投票を実施する案を上院が今月6日、全会一致で可決したからだ。

 この案は「国民主導」という形をとって出された。大統領はこの提案を即日拒否してみせたが、独裁を否定するポーズの可能性があり、結局は議会主導という体裁で国民投票を実現する可能性がある。

 このため、インタファクス通信によると、大統領選に代わる国民投票の動きに、米国は「民主主義の後退だ」と懸念を表明した。

 ナザルバエフ氏は、ソ連崩壊時の1991年に独立宣言したカザフスタンの初代大統領に就任。95年には、国民投票によって任期を2000年まで延長した。さらに07年、ナザルバエフ氏に限り大統領の3選禁止規定を除外する権限を議会が承認。昨年6月には「国民のリーダー」という称号が与えられた。この時も、大統領は表向き拒否したが、議会に差し戻さなかったため、法律は発効した。

 今回、任期延長を求める理由としては、「大統領選への参加は、大統領の仕事の妨げとなる」「建国者で国民のリーダーでもある大統領の歴史的使命実現のための条件づくり」などが挙げられた。

 国民投票実施に必要な20万人を上回る300万人以上の署名が集められた。

 ウランなど天然資源に恵まれたカザフスタンは、昨年は欧州安保協力機構(OSCE)議長国も務めて民主化促進を誇示しているが、他の旧ソ連・中央アジア諸国と同様、長く政権を保持する大統領は強権的な色彩を強めている。

1875チバQ:2011/01/15(土) 15:40:34
http://mainichi.jp/select/world/news/20110115dde035030033000c.html
チュニジア:政権崩壊 独裁23年、不満爆発 大統領出国、市民に軍同調か
 【カイロ和田浩明】23年間にわたって独裁体制を敷いたチュニジアのベンアリ大統領がサウジアラビアに出国し、政権が崩壊した。物価の高騰や汚職などを背景に抗議デモを続けた国民による不満の爆発と、国民の退陣要求を無視できなくなった軍部の介入が、デモ開始から約1カ月での異例の政権崩壊につながったとみられる。

 ベンアリ氏は14日夕に家族と飛行機で出国。旧宗主国フランスへの入国を希望したとされるが、ロイター通信によると、仏政府当局は「(入国を)望まない」と拒否。同氏は15日未明、サウジアラビア南西部のジッダに到着した。

 現地からの報道によると、暫定大統領に就任したガンヌーシ首相はテレビ演説で、「早期に実施される選挙まで大統領代行を務める」と発表。治安回復への協力を国民に呼びかけるとともに、国内各勢力と協議して政治、経済の改革を進める意向を表明した。

 大統領退陣の背景には、デモ隊への発砲など強硬な取り締まりを求めた大統領に反発した国軍幹部の介入があったとの情報がある。

 ベンアリ氏は13日、14年の大統領選不出馬や民主化を約束。14日には内閣総辞職や議会選挙の半年以内の前倒し実施などを決めたが、退陣を求める国民の声は収まらず、非常事態宣言と夜間外出禁止令を出す事態に追い込まれていた。

 これに対し、米国のオバマ大統領は14日の声明で、変革を求めるチュニジア国民の支持と、混乱の平和的解決を呼びかけていた。

 チュニジアの混乱は昨年12月中旬、生活のための野菜販売を摘発された若者が焼身自殺を図ったことをきっかけに地方都市で警察署などの焼き打ちが発生。暴動は1月に入って激化し、首都チュニスでも数千人規模の抗議デモが発生。政府発表では、デモ鎮圧などで市民ら23人が死亡した。14日も内務省周辺に市民約5000人が集まり、大統領退陣を求めた。

1876名無しさん:2011/01/15(土) 15:41:45
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110115-OYT1T00382.htm
チュニジア混乱、日本人多数が現地で足止め

 政権が崩壊し、非常事態宣言が全土に出されたチュニジアには、世界遺産のカルタゴやサハラ砂漠などの観光地があり、日本からも多くの旅行客が訪れている。


 ツアーを主催している旅行会社は15日、安否の確認などに追われた。

 阪急交通社(大阪市)によると、ツアー客と添乗員の計163人が現地にとどまっている。けが人などは確認されていないという。同社では20日まで、日本からチュニジアへ向かうツアーの中止を決定した。

 エス・ティー・ワールド(渋谷区)のツアーでも、4人が地中海に面したハマメットのホテルに足止めされている。エイチ・アイ・エス(新宿区)のツアー客は、14日に出国したという。

 同社によると、チュニジアはカルタゴなどの文化遺産が残っていることに加え、ヨーロッパ経由で交通の便も良いため、日本人旅行客の人気は高いという。

(2011年1月15日14時14分 読売新聞)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2011011502000167.html
デモ、独裁政権倒す チュニジア、高失業で爆発
2011年1月15日 夕刊

 【ベイルート=内田康】事実上の独裁体制で、盤石とみられていたチュニジアのベンアリ政権が十四日、崩壊した。内相更迭や総選挙の前倒しなど、政権は矢継ぎ早に妥協策を示したが、高失業率や物価高などへの市民の怒りは収まらなかった。強権的な体制が多いアラブの国で、街頭デモが政変を招いたのは極めて異例。近隣国は騒乱の自国への波及を懸念している。

 十四日の首都チュニスのデモでは、一部の警察官が制服の勲章を外してデモ隊に賛意を示すなど、ベンアリ体制への不満は治安当局内部にまで広がっていたとみられる。

 カイロのシンクタンク、アルアハラム政治戦略研究所のイマド・ギャド研究員は「大統領を出国させたのは軍だ。ベンアリ体制はもたないと判断した軍が、逮捕か亡命かを迫ったとの情報がある」と話した。

 チュニジアの失業率は約14%。大卒の若者に限れば20%を超える。大統領一族や周辺の人間のみが、富を独占しているとの批判も根強かった。

 首都に抗議デモが波及した一月になると、ベンアリ大統領は内相更迭や拘束したデモ参加者の釈放、三十万人の雇用創出、次期大統領選への不出馬表明などと、譲歩策を次々と示した。だが、逆に弱腰とも映り、デモ隊を勢いづかせた側面も否めない。

 折しも十四日、中東のヨルダンでは物価上昇に抗議するデモが各地で繰り広げられた。最近では、同じ北アフリカのアルジェリアでもデモで死者が出たほか、スーダンの首都ハルツームでは、学生が食品などへの補助金削減に抗議し、治安部隊と衝突した。

 エジプトでは、キリスト教系コプト教会前での爆弾テロを機に、事件を防げなかった政府への不満をコプト教徒が募らせている。各国が、街頭監視を強めるのは必至だ。

1877チバQ:2011/01/16(日) 13:33:16
http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPJAPAN-19034620110116
チュニジア下院議長が暫定大統領に、政権崩壊で混乱広がる
2011年 01月 16日 11:49 JST
 [チュニス 15日 ロイター] 退陣要求デモの拡大を受けてベンアリ大統領が国外に逃れたチュニジアで15日、メバザア下院議長が暫定大統領に就任した。一方、首都チュニスで発砲事件が多発したほか、地方での刑務所で脱獄が起きるなど、政権崩壊による混乱が広がっている。
 暫定大統領のメバザア下院議長は、ガンヌーシ首相に野党との連立政権協議を指示。また、憲法評議会は60日以内に大統領選挙を実施すると発表したが、野党は6─7カ月後に国際的な監視の下で行うべきとの考えを示している。

 こうした中、チュニスでは車中から無差別に発砲する事件が発生。軍幹部はロイターに対し、実行犯は不明だが、サウジアラビアに逃れたベンアリ前大統領の支持者が関与しているとの見方を示した。

 また目撃者によると、中部マハディの刑務所では脱獄を図ろうとした受刑者が警官に撃たれ数十人が死亡。中部モナスティルでも刑務所で火事が発生し、42人が死亡したという。

 23年以上にわたったチュニジアのベンアリ政権崩壊で、専門家からは、反アラブ運動や中東諸国の長期政権に対する市民の反発につながる可能性を指摘する声も聞かれる。

 IHSグローバル・インサイトの中東アナリスト、ガラ・リアニ氏は「チュニジアでは長年にわたる不満があったとはいえ、事態が非常に早く展開したことが印象的だ。(中東の)他国はそれを憂慮しているに違いない」と述べている。

1878チバQ:2011/01/16(日) 13:39:14
>>1798
http://www.asahi.com/international/update/0115/TKY201101150251.html
仏右翼政党、ルペン氏後継に三女選出へ 党首選当選確実2011年1月15日20時39分

 【トゥール(仏中部)=稲田信司】フランスの右翼政党・国民戦線(FN)の次期党首を決める党大会が15日、当地で始まった。AFP通信によると、ジャンマリ・ルペン党首(82)の後継として、同氏の三女で欧州議会議員のマリーヌ・ルペン前副党首(42)が党員投票の結果、約3分の2の支持を集め、当選が確実となった。

 昨年9月に始まった党首選は14日に開票作業を終え、16日に結果が発表される。選挙は同党を批判政党から政権政党への衣替えをめざすマリーヌ氏と、ルペン氏の右腕として旧世代の支持を受ける欧州議会議員、ブルーノ・ゴルニシュ前幹事長(60)の一騎打ちとなった。

 2度の離婚歴があるシングルマザーのマリーヌ氏は選挙戦で国是である政教分離を強調し、「フランスのイスラム化」を印象づけ、宗教離れした支持層を掘り起こした。伝統的カトリック教徒から根強い支持を受けるゴルニシュ氏との違いを浮き立たせ、失業の深刻化や年金の受給年齢の引き上げに不満を募らせる若者や高齢者の支持を引きつけたとみられる。

 ルペン党首は新年のあいさつで、改めてマリーヌ氏への支持を示唆。自身は16日、新設される「名誉党首」に選出される。ただ、2014年まで任期が残る欧州議会議員と仏地域圏議員は続ける意向で、新党首の後見人として挙党一致を図る。

 FNは1972年の結党以来、ルペン氏が一貫して党首を務めた。80年代、保守層が多い東部や南部などで地盤を固め、90年後半から移民排斥を訴えて労働者が多い北部工業地帯で支持を広げた。02年の大統領選で同氏は社会党候補を破り決選投票に進出。昨年の地方選挙で復調するまで党勢は低迷していた。

1879チバQ:2011/01/16(日) 13:43:34
http://www.asahi.com/international/update/0115/TKY201101150204.html
ベルルスコーニ首相に出頭要請 17歳少女買春の疑い2011年1月16日0時9分

 【ローマ=南島信也】イタリアのベルルスコーニ首相(74)が昨年、17歳(当時)のモロッコ人少女と性的関係を持ったなどとして、ミラノ地検は14日、未成年者との買春と警察幹部への汚職の疑いで秘書の事務所などを家宅捜索し、首相に出頭要請した。伊メディアが一斉に伝えた。

 13日に憲法裁判所が、首相と閣僚が在任中は裁判への出廷が免除される「特権法」は無条件に認められないとする違憲判決を下したばかり。地検は起訴に向け今週末にも聴取したいとしており、首相は周囲に「法廷で闘う」と語るなど、起訴されれば出廷する意向を見せているという。

 少女は昨年2〜5月、ミラノ郊外の首相の別荘で開かれたパーティーに複数回招かれた。パーティーには売春婦らが参加していたとされる。少女は5月末に窃盗容疑で逮捕されたが、首相は警察幹部に電話し「少女はエジプトのムバラク大統領の親戚なので、早く釈放するように」と働き掛けたとされる。首相は昨年10月末、記者会見で「私は心優しいので、困っている人を助けただけだ」と語っている。性的関係については首相、少女とも否定している。地検は、便宜供与の見返りに首相から警察幹部に金銭授受があった可能性があるとみている。

http://mainichi.jp/select/world/news/20110115ddm007030116000c.html
イタリア:首相関係先を捜索伊 17歳買春容疑で−−ミラノ地検
 【ローマ藤原章生】イタリアのコリエレ・デラ・セラ紙(電子版)は14日、ミラノ地検がベルルスコーニ首相を未成年者の買春と警察に対する汚職の疑いで捜査し、秘書の事務所2カ所を家宅捜索したと報じた。捜査は先月21日に始まり、首相に出頭命令も出ている。首相はこれまで、要職者のための「免責法」で贈賄などの裁判の出廷を免れてきたが、憲法裁は13日に「無条件の免責は違憲」との判断を下しており、今回の捜査が起訴につながれば、首相は厳しい立場に追い込まれそうだ。

 首相は昨年2月から5月にかけ複数回にわたり、当時17歳のモロッコ人少女らを私邸のパーティーに呼び、買春をした疑いが持たれている。また、その少女が友人らと5月末に盗みの疑いでミラノ警察に拘束された際、首相は警察幹部に自ら電話し、「少女はエジプトのムバラク大統領のめいだ」とかたって釈放させたとされる。

 地元メディアに対し首相も少女も両者の間に性的関係はなかったと弁明。釈放の働きかけについても首相は「自分はいい人間だから、困っている人を助けたかった」と説明していた。検察は、首相が立場を利用して警察に働きかけたのは、少女との関係を隠すためだったとみている。

1880チバQ:2011/01/16(日) 13:45:44
http://www.asahi.com/international/update/0115/TKY201101150357.html
チュニジア、ネット通じデモ拡大 刑務所火災や脱獄も2011年1月16日0時44分
 【カイロ=貫洞欣寛】23年にわたる強権支配を続けた末、民衆デモの高まりでベンアリ大統領が国外脱出したチュニジアの憲法評議会は15日、大統領の空位を正式に宣言し、「大統領権限を暫定的に引き継ぐのはムバッザア下院議長」との見解を発表した。これに従って同日、ムバッザア氏が暫定大統領として就任宣誓した。同氏は与党・立憲民主連合の出身でベンアリ氏と近い関係にあり、市民の反発が続く可能性もある。

 暫定大統領となったムバッザア氏は、ガンヌーシ首相に野党勢力を取り込んだ「挙国一致内閣」の組閣を命じた。 大統領権限をめぐっては、14日にガンヌーシ首相が暫定的に引き継ぐと述べたが、「憲法上、この状況で首相は大統領の職務を代行できない」との批判が出たため、首相が評議会に見解を求めたという。同評議会はまた、60日以内の大統領選を命じた。暫定大統領はこの選挙に立候補できない規定だ。

 強権的な支配が崩壊した今回の政変では、多くの市民がフェイスブックなどインターネットを通じて、デモ開催や警察の取り締まりを巡る情報を共有。デモの参加者は雪だるま式に増えていった。ベンアリ政権を支えていたムバッザア氏やガンヌーシ氏に対し、国民がどう反応するのか注目される。

 チュニス市内では15日、各地に兵士らが動員され、14日にデモが起きた大通りや政府機関周辺には戦車も配置された。夜が明けると各地から黒煙が上がった。夜間のうちに焼き打ちにあった駅や、略奪を受けた商店もある。

 日が昇っても、ほとんどの商店がシャッターを閉めている。大規模なデモは起きていないが、立憲民主連合の本部をはじめ、街に掲げられたベンアリ氏のポスターを外す作業が始まった。

 一方、AFP通信などによると、中部モナスティルの刑務所内で出火し、40人を超える死者が出た。受刑者が脱獄しようとしてマットレスに火をつけたとの情報や、暴動が元で出火したとの情報がある。別の刑務所でも多数の死者が出たとの報道がある。
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1881チバQ:2011/01/16(日) 13:48:40
http://www.asahi.com/international/update/0113/TKY201101130513.html
豪州洪水、第3の都市はゴーストタウン 浸水1.4万棟2011年1月13日21時5分
 【シンガポール=塚本和人】オーストラリア北東部クインズランド州を襲った大雨による洪水の被害はさらに広がり、豪州第3の都市で州都のブリスベンでは13日、市内の多くが浸水するなど市民生活や経済活動に大きな影響が出ている。同州では洪水で多数の住民が行方不明となっており、ギラード首相が被災地入りし、軍が出動するなど救援活動が続いている。

 地元当局によると、一部決壊していたブリスベン市内を流れる川の水位は13日午前をピークに下がり始めているが、市内の住宅と商業施設の計約1万4500棟が完全に浸水するなど都市機能がマヒ。24歳の男性1人の死亡が確認されたほか、ビジネス街や多くの住宅街の一帯が浸水し、郊外も含めた10万世帯以上が停電するなど「ゴーストタウン」(地元メディア)のような状況に陥っている。

 一方、同州南東部で10日に起きた洪水では13日までに死者が計14人に上っており、ほかに60人以上が行方不明となっている。

 同州では年末から記録的な大雨が続き、洪水被害が拡大。州当局はドイツとフランスを合わせた面積よりも広い、州の4分の3にあたる地域を「被災地域」と指定した。主要産業である農業や石炭など資源産業も被害を受け、復興費用も含め、被害は国内総生産(GDP)の1%にあたる130億豪ドル(約1兆740億円)にのぼる可能性も指摘されている。野菜や果物の値段も上昇し、インフレの危機に直面しているとの見方も出ている。

 また、豪州は日本や中国、インドなどアジア向けを中心にした石炭の輸出大国。石炭価格が国際市場で上昇する動きを見せており、国際経済への影響も懸念されている。

 危機管理が専門のシドニー大学のアラン・マッコネル教授は近年、同州は干ばつなど深刻な自然災害の度重なる被害を受けてきたと指摘。「多額の資金が必要な復興計画を立てる際、ギラード政権は難しい政治判断を迫られるだろう」と述べた。

1882チバQ:2011/01/16(日) 13:49:21
http://www.asahi.com/international/update/0115/TKY201101150203.html
ブラジル大雨、死者530人超す 救出はかどらず2011年1月15日18時59分
 【ロサンゼルス=堀内隆】ブラジル南東部で続く大雨による被害は、死者は537人に達した。ブラジルメディアが14日、消防当局などの情報として伝えた。大規模な土砂崩れが起きたリオデジャネイロ郊外テレゾポリスの消防隊員はロイター通信に「まだ生き埋めになっている人が多数いる」と語った。現場は山間地で、救出活動は思うようにはかどっていないという。

 AP通信によると、山の斜面にある多数の家が土砂崩れに巻き込まれたという。リオデジャネイロ州のカブラル知事は14日、現場を視察し、「土砂崩れが起きやすい場所に住宅建設を認めた」と地元市長らを非難した。

1883名無しさん:2011/01/16(日) 22:03:28
http://www.asahi.com/international/update/0116/TKY201101160277.html
チュニジア首都厳戒、混乱続く 暫定政権へ連立協議(1/2ページ)2011年1月16日21時43分
 【カイロ=石合力】大規模な反政府デモで、ベンアリ大統領が国外に脱出したチュニジアで16日、暫定政権樹立に向けたガンヌーシ首相による野党側との連立協議が始まった。憲法規定に基づき、15日に暫定大統領に就任したムバッザア下院議長が首相に指示した。政権参加を認められていなかった野党側は暫定政権への参加に前向きだ。

 暫定大統領の就任でベンアリ氏は大統領としての権限を正式に失った。暫定政権は、憲法規定で60日以内に実施される大統領選に向けて、挙国一致内閣の樹立を目指すものだ。連立協議に参加した主要な野党勢力、民主進歩党のチェビ氏はガンヌーシ氏との協議後、記者団に対し、「国際監視団の下で6〜7カ月以内に(国会の)選挙を実施できるだろう」との見通しを示した。協議の中でガンヌーシ氏は、同党を含む野党3党に対して、政権への参加を要請したという。暫定政権の構成が複数の野党政党を含む連立になるのか、ベンアリ氏の与党立憲民主連合(RCD)主体になるのか、が焦点になる。AP通信によると、チェビ氏は「もし、RCD主体の政権になるならば、我々は危機を脱したとはいえない」と述べた。

 中東の衛星放送アルジャジーラなどによると、首都チュニス市内では16日、大規模デモは起きていない。人影もまばらで、主要道路や政府施設の周辺を中心に戦車や軍兵士が展開している。商店などはここ数日間、閉まったままで、食料品やガソリンなどの入手が難しくなっているという。

 しかし、民兵らによる商品の略奪や放火、車からの無差別乱射などが続いている。民兵らの実態は不明だが、ベンアリ氏の支持派や一部の警官、治安関係者が関与しているとの見方が大勢だ。内務省周辺を警戒している警官に対する銃撃もあったという。

 チュニス市内に住む陶工のワリド・ゴーザフさん(45)は朝日新聞の電話取材に対し「(治安部隊による)暴力は収まったが、略奪などがあり、若者らが自警団を組織して夜間も警戒に当たっている。食料を得るのは難しいが、住民らが助け合っている」と述べた。15日に起きた受刑者の釈放措置や脱獄などに伴う複数の刑務所での混乱では、これまでに57人が死亡、約千人が脱獄したとみられる。

 ベンアリ氏が国外脱出した14日に閉鎖されたチュニス国際空港は15日に再開されたが、再開便は一部に限られ、運航の乱れやキャンセルが続いている。戒厳令に基づく午後5時から午前7時までの夜間外出禁止措置は現在も継続している。

1884名無しさん:2011/01/16(日) 22:06:46
http://mainichi.jp/select/world/news/20110117k0000m030048000c.html
チュニジア:内閣作り協議本格化 主要都市では略奪相次ぐ
 【チュニス和田浩明】23年に及ぶ独裁体制が崩壊したチュニジアの政変で、ガンヌーシ首相は16日、メバザア暫定大統領の指示に基づき、挙国一致内閣の樹立に向けた各党との協議を本格化した。混乱の早期収束を図る政治的な動きが加速する一方で、主要都市では略奪などが相次いでおり、情勢は依然として流動的だ。

 ガンヌーシ首相は15日以降、野党指導者や有力者を相次いで首相府に迎えるなどして、新内閣の構成や今後の選挙について協議を続けている。メバザア暫定大統領は「全国民が例外なく政治に参加できる」と強調。AFP通信によると、ベンアリ前大統領に非合法化されたイスラム系政党の在外指導者は滞在中の英国で「独裁の崩壊で国外にいる理由はなくなった。早急に帰国する」との見通しを示した。ただ実際には、イスラム系と、同じく非合法化されている共産系の両政党は組閣協議から除外された。

 首都チュニスでは商店や住宅を狙った略奪が相次いでいるほか、高級車が破壊されるなど、治安は混とんとしてきた。住民らは自警団を組織して対応している。ベンアリ前大統領の関連資産が狙われているともいわれ、主要な道路には兵士や戦車が展開して厳戒態勢を敷いている。AFP通信は病院関係者の話として、前大統領の妻のおいがナイフによる傷で14日に死亡していたと伝えた。刺殺かどうかなど詳細は不明だ。

 在チュニジア日本大使館は在留邦人175人全員の無事を確認した。夜間外出禁止令は依然続いており、多くの邦人は自宅やホテルに待避している。

 一方、北東部モナスティルの刑務所では15日、政情の混乱に乗じて脱獄しようとした服役囚がマットレスに火をつけ、火災に巻き込まれた42人が死亡した。暴動が起きた別の刑務所では、服役囚1000人が逃走したとの情報もある。

 今回の政変について、一部で「民衆蜂起が独裁を崩壊させた」との声が上がっており、インターネット上ではチュニジアを代表する花のジャスミンにちなみ「ジャスミン革命」と呼ばれ始めた。ベンアリ前大統領を事実上の亡命に追い込んだ一連の反政府デモは、インターネットの交流サイト「フェースブック」や簡易ブログ「ツイッター」などを通じて、若者を中心に拡大した経緯がある。

1885名無しさん:2011/01/16(日) 22:11:18
http://sankei.jp.msn.com/world/mideast/110116/mds1101161925005-n1.htm
チュニジア政変、サウジは政治亡命者に広い門戸
2011.1.16 19:24
 【カイロ=大内清】政治的理由による亡命受け入れを法律で定めるサウジアラビアには、これまでアジアやアフリカなどの有力政治家が多く亡命している。

 1970年代の軍事独裁体制下で反体制派30万人以上を虐殺し、「アフリカの暴君」と呼ばれたウガンダのアミン元大統領は79年にクーデターで失脚し、リビアを経てサウジに亡命。2003年に78歳で死亡するまで亡命生活を送った。パキスタンのシャリフ元首相も、00年にクーデターで国外追放され、サウジに亡命している。サウジは03年のイラク戦争開戦直前には、フセイン元大統領の亡命を提案したと報じられている。

 フランス通信(AFP)によると、サウジは「公共の利益に合致すること」を亡命受け入れの条件としている。ただ、「公共の利益」に明確な規定があるわけではなく、サウジ当局の裁量に委ねられているのが実情だ。

 また亡命者に対しては、メディアへの露出や政治活動を禁ずるなど厳格な条件を課している。

 このほか、チュニジアの隣国、アルジェリアの現大統領のブーテフリカ氏が、1999年の大統領選への出馬前にアラブ首長国連邦(UAE)に亡命していた例が知られる。

http://sankei.jp.msn.com/world/mideast/110116/mds1101161131002-n1.htm
【チュニジア政権崩壊】政変は「ジャスミン革命」 ネットで命名
2011.1.16 11:29

このニュースのトピックス:中東・アフリカ

15日、ベンアリ大統領の肖像が掲げられたチュニスで治安維持に当たる兵士(ロイター) 民衆蜂起により23年間続いた強権的なベンアリ政権が崩壊したチュニジアの政変が、インターネット上で「ジャスミン革命」と呼ばれ始めた。ジャスミンはチュニジアを代表する花。

 呼称が定着するかどうかは不明だが、今回の政変ではツイッターやユーチューブ、フェースブックといったネットメディアがデモ動員に大きな役割を果たしたことが特徴だ。

 レバノンのカーネギー中東センターのアムル・ハムザウィ研究員は「アラブ世界で初めて大統領を追放した大衆蜂起」と指摘している。

 2003年にグルジアで起きた政変は、集会参加者がバラの花を持っていたことから「バラ革命」、04年のウクライナのケースは野党のシンボルカラーにちなみ「オレンジ革命」と呼ばれている。


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