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【失敗】廃棄小説投下スレッド【放棄】

1名無しさん:2004/11/27(土) 03:12
コソーリ書いてはみたものの、様々な理由により途中放棄された小説を投下するスレ。

ストーリーなどが矛盾してしまった・話が途切れ途切れで繋がらない・
気づけば文が危ない方向へ・もうとにかく続きが書けない…等。
捨ててしまうのはもったいない気がする。しかし本スレに投下するのはチョト気が引ける。
そんな人のためのスレッドです。

・もしかしたら続きを書くかも、修正してうpするかもという人はその旨を
・使いたい!または使えそう!なネタが捨ててあったら交渉してみよう。
・人によって嫌悪感を起こさせるようなものは前もって警告すること。

556名無しさん:2008/01/20(日) 06:06:06
少し間が空いてしまいましたが、>>535-537>>541-543の続きです。

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焦点の合わない目で床を睨んでいた。
待ち人はまだ来ない。
男はポケットの中の石を弄びながら、スタジオの喧騒を遠くに聞いていた。
ついさっき交わしたばかりの会話が、頭の中をぐるぐると巡る。










男が石を拾ったのは、五日前か六日前か。とにかくもうすぐ、一週間になろうとしていた。
拾ってから、見も知らない奴に声を掛けられる事が多くなった。危ない目にも遭った。
襲って来る奴は皆自分と同じくらいの若い男。
その男達が口々に言うには、

【石を寄越せ。それさえあれば、この世界で頂点へ行ける】

危険な目に遭い、必死に襲って来る奴等を目の当たりにした男が、その言葉を信じない理由はなかった。
石さえあれば、集めれば、頂点へ行けるんだと。信じた。だから欲した。
石の使い方も把握して、手に馴染んで、慣れて来た。
今初めて『そっち側』の人間になっている男は、緊張を振り払う様に、一度大きくかぶりを振った。

言われるままに連れられた場所はしんと静まり返っていて、いつも慌しいスタジオとは別世界の様に思えた。
足音も、呼吸音さえも、グレーのカーペットに吸い込まれて行く心地がした。確かにここならば、多少の事では人は来ないだろう。
男は、これから起こる筈の戦闘に身を震わせた。
目の前を歩く庄司の背は無防備で、攻撃を仕掛けようと思えばいつでも仕掛けられた。
だがもし、井上の使った石の効果が…何が起こったかは解らないが、それが今出たりしたら? 戦闘経験は相手の方が圧倒的に上だろう。すぐさま反撃され、終わりだ。
下手は打たない方が良いと、男は小さく深呼吸した。

やがてぴたりと足を止め、庄司が振り返る。
男は自分の心臓が、まるで映画のクライマックスの様に徐々に高鳴って行くのを感じた。

「お前、石拾ったのいつ?」

が、開口一番に、これ。
いつ石に手を伸ばそうかばかり考えていた男は、突然の質問に面喰らった。

「結構最近でしょ。三日四日前とか、一週間か。二週間はー…経ってないんじゃないかなあ?」
「そ、そんなのどうだって良いじゃないですか! 石戴けないなら俺………その為にここに来たんじゃないんですか!?」

思わず怒鳴るが、庄司は当たり? と笑うばかり。
こっちは攻撃の意を示しているというのに、この落ち着き様は何だろう。何か勝算でもあるのかと訝ってしまう。
これからの自分達の為に、目の前の男の持つ石が欲しい。だけど、迂闊に動けない。
どうしようかと目を泳がせている男とは対照的に、庄司は飄々と続ける。

「これ欲しいんでしょ? 俺の石、モルダヴァイドって言うんだってさ。俺石の事全然知らないけど、品川が調べて、教えてくれた」

ころんと丸いそれを簡単にポケットから取り出した。
一見するとアメ玉か、ビー玉か。鮮やかだが深い緑が庄司の瞳に映し出される。

「お前さ、俺と井上さんが石持ってるって誰から聞いたの」
「…多分庄司さんの知らない若手の奴です。俺がどうやって知ったかとか、どうでも良いでしょう?」
「そっか。どうでも良い、か」

庄司は目を伏しがちに緩く笑むと、モルダヴァイドをポケットに直した。
暫く、あー、だの、んー、だの唸っていたが、考え込んだ様子で口元に手を当て、男に目を戻した。

「白とか黒とか、まだ知らないんだ?」
「は? 白? 黒って…?」
「最近だもんなー、拾ったの。まだ知らなくて当然だよな。俺も脇田さんに聞いて初めて知ったし…
&nbspじゃあ俺と井上さん所来たのも、誰かに言われて、とかじゃなくて自分で来たんだ」
「そうですよ。だったら何なんですか。何が言いたいんですか」

要領を得ない会話に、男は焦りと苛立ちを覚えた。
だがその焦りも苛立ちも、庄司の一言によって打ち砕かれる。

「あのー、お前には残念なお報せになるけど…言いにくいんだけどね。
&nbspあの、知ってる? 俺とか井上さんとかの石奪ったって、お前が売れる様になるとかそういうの、ないから」

言いにくいと言う割にはあっさりと告げられた言葉に、男の口はあんぐりと開いたままになった。

557BERSERKER of OLIVE ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/20(日) 06:11:40
名前欄にトリップを入れ忘れてしまいましたが、>>556の続きです。

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その口から思わず零れたのは、ウソだ、の三文字。

「ウソじゃないんだよ。お前を諦めさせようとか思って言ってるんでもないし。
&nbspお前さっき、俺と井上さんに『一杯テレビ出てるし』みたいな事言ったよな。だからそーじゃねーかなーと思ったんだよ。
&nbspそういうウワサ真に受ける奴いるけど、ほんと、この石そーゆーんじゃないから。だって俺この石拾ってから別に仕事増えてねーもん」

膝の力が抜ける気がした。
ポケットの中の小さな石が、とてつもなく重く感じた。

「じゃあ何でこんな石を…? 俺が危ない目に遭って来たのは…?」
「危ない目に遭うのは石持ってたらしょうがないんじゃないかな」
「しょうがないって…」
「でも実際、欲しがる人はいるからね。売れる訳じゃなくても、何かすげー力でもあるんでしょ、きっと」

売れる訳でもないのに、自分を危険に晒してまで、他人を危険に巻き込んでまで手に入れたくなる何かがこんな石に詰まってるのだろうか。
男はふと、顔を上げた。
もう笑ってはいない庄司の真っ直ぐな目を見ると、この人も自分を襲って来た奴等と同類なのではと思えて来て、思わずポケットを強く押さえた。
だから、俺が勘違いをしていると気付きながらも、ここに連れて来たんじゃ……?
また心臓が、早鐘を打ち出した。

「庄司さん…も、俺から、石、奪いますか………?」
「お前の?」

庄司の視線が、男のポケットへ。
だがすぐに、んー、と眉根を寄せて男を見た。

「お前がどうしても俺のを欲しいって言うなら、良いよ俺は、戦っても。でも…俺は、ヤかな。
&nbsp面白くなさそーじゃん」




……………は?




「おも、しろく、…ない―――?」

ともすれば聞き流してしまいそうな程自然に紡がれた不自然な言葉。
一瞬、耳がバカになったのかと思った。思わず、庄司の言葉を繰り返していた。
だが庄司は、だってそうでしょ、とあっけらかんと笑ってみせた。

「試しに戦ってみる? お前が良いなら良いけども。悪いけど、後悔すると思うよ。
&nbspお前石見付けてすぐじゃん。白も黒も知らないんでしょ。目的も間違ってたっつって今テンション下がってるし。
&nbspそんな相手とやり合って石奪っても…ねえ、つまんねーでしょ」

何を、言っているんだろう。
難しい単語は一切ない。非常に解り易く単純な筈なのに、何故か頭が付いて行かなかった。
男の口が、再びあんぐりと開けられた。

「テンション下がってんのお前だけじゃないよ。俺だって今低いよ。
&nbspせっかく眠い身体叩き起こしてお前ん所行ったのにさ、何だよこれ。
&nbsp今度こそは絶っっ対面白くなるって俺ん中で決定してたのに。すげー損した気分。寝てれば良かったー」
「ちょっ、ちょっと良いですか」

何、と欠伸しながら庄司が訊ねる。
訊きたい事は沢山あるが、多過ぎて何から訊けば良いのか解らない。
まず、今耳に引っ掛かった単語について、訊く事にした。

「『俺の所に来た』って、どういう事ですか。俺が石持ってる人捜してた事を、知ってたんですか?」
「知ってー…た、訳じゃないけど、」

ニッと、庄司が口を持ち上げる。
一見すれば打算的なイヤらしい笑みなのだろうが、男には単純に、とても楽しそうだと映った。

「解ったよ。誰かが、あの場所で、何て言うかこう、何かをしようとしてるっていうのは」
「それが、庄司さんの石の能力?」
「ううん、俺のは全然違う。何て言うんだろうなこれ。能力っていうか……性格、じゃないかなあ?」

性格、と男が口の中で呟く。庄司はうん、と頷いた。

「聞いた話だけどさ、石にもあるんだって、性格が」

視線を上げた庄司と、目が合う。
真ん丸い瞳に己が映ったその瞬間、ぞくりと全身が粟立った。

「俺の石、そういうの大好きな奴なんだよ。
&nbspお前の石はどうか知らないけど、俺のはそういう性格だから、何か見付けたら訊いてもないのにすぐ俺に教えてくれんの。
&nbsp……あのーほら、何て言うか、同じ石でも持つ人によって、性格とかでさ、使い方とかそういうの、変わって来るでしょ。
&nbspそれと一緒で、同じ人が違う石持ったら、その石によってその人の使い方とかそういうのも変わるんじゃないかな。
&nbspこれは俺が勝手にそう思ってるだけだけど、多分そういう事じゃねーかな」
「い、石に人が、使われるって事ですか?」

558BERSERKER of OLIVE ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/20(日) 06:14:39
「言い方は悪いけど、俺はそうだと思ってる。俺達だって石、使う訳だし」
「じゃあ、庄司さんは石をどう使って…石は、庄司さんを、どう、使ってるんですか?」
「さあ」

言い様のない、得体の知れない気持ち悪さが全身を這い回る。
つ、と背中に冷たいものが伝った。
庄司の口調は優しく、一つ一つの単語もとても柔らかいのに。思わず一歩、退いてしまいそうになる。だけど耳は庄司の言葉を忠実に待った。
そんな男の気持ちなど何処吹く風とばかりに、明るい口調で庄司は続ける。

「お前今までただ石振り回してただけだと思うけど、これからは考えてみて、お前の石の事。
&nbspこいつは何考えてんのかなとか、今何したいのかなとか。その内自分の事考えるみたいに、自然になるから」
「石の事を、自分の事みたいに」
「うん、多分大丈夫。お前の事選んでくれた石なんだから。
&nbspこっちがこいつの気持ち汲んだら、その分こいつもこっちの気持ち汲んでくれるから。ほんとだって。
&nbspこいつと一緒に今まで戦って、乗り越えて来たんだろ? こいつもお前の相方みたいなもんじゃん」
「……………」

いつの間にかポケットから石を取り出し、男は手の中のそれをまじまじと見ていた。
次いで庄司を見ると、な? と柔らかい笑顔を向けられた。
思わずこちらも笑んでしまいそうな表情だが、今はとても笑い返す気になれなかった。
自分の気持ちと、石の気持ちと―――考えた結果が、庄司の今の行動なのだろうか。

「石の気持ちと、庄司さんの気持ちを汲んだ答えが、『俺と今戦うのは面白くない』って事ですか」
「そうなる、かな」
「何か、…変、じゃないですか?」
「何処が」
「だって、俺が石持ってまだ日が浅いとか、俺のテンションが下がってるとか、だから奪ってもつまらないとか。
&nbsp石を奪うのが目的って言うより、ただ戦うのが楽しいって事じゃないですか、それじゃ庄司さんも石も、ただの戦闘―――」

じ、と真っ直ぐ見返す庄司の瞳を見ている内、あれ、と男は思った。
この人の眼、こんなに色素が薄かっただろうか。
黒でもない。茶色でもない。少しくすんだその色は………

「な…!! ……んでも、ない、です」

先に見たアメ玉の様な、ビー玉の様な石ころを思い出して、いよいよ額から汗が滲み出た。
一方の庄司は、途中で言葉を切られて不満そうに眉間に皺を寄せていた。

まるで見えない何かに見られている様な、奇妙で怖ろしい感覚。
その正体が、解った気がした。

庄司は首を捻ったが、まあ良いや、ともう一度欠伸した。

「俺が言えるのはそんくらいかなあ。まあほとんど受売りに近いけど」
「誰の………?」

うーん、と唸って、答えない。
口元は笑っていたが、俯いていた為に表情までは見えなかった。

「あ、後、白と黒の事は知っといた方が良いよ。入る入らないは別にしても、知るだけで相当楽しくなるし」

何が楽しいのか、とはもう訊く気力も起きなかった。
ただ、『入る』『入らない』と言うからには、白と黒は何かの団体の事なんだろうなと思った。

「俺が黒に入ったらどうなるんですか」
「え、どうなんだろ」
「庄司さん、どっちですか」
「俺ー…は、白。けど、ごめん俺実は良く知らないんだよ。黒とか白とか。だから本当は上から言える立場じゃないんだけど」

苦笑する庄司に、男はやっと小さく笑い返す事が出来た。
その瞳はもう黒くころころと動いていて、男の恐怖心も気持ち悪さも、波の様に消えて失せた。同時に堰を切った様に汗が滲み出す。安堵の余りその場にへたり込んでしまいそうだ。
だがやはりそんな男には気付く様子もなく、庄司は携帯で時間を確認した。
本格的に眠そうに欠伸して、男の方へ足を進めて来る。
思わず身構えたが、庄司はそのまま男の横を通り過ぎて行く。この話はこれで終わりという事だろうか。
男は庄司の後ろを付いて歩いた。

「大人しそう、お前の石」

前を向いたまま突然言われ、男は、は、と咽喉から間抜けに空気を漏らした。

「俺の石と逆だ」
「そうなんですか。気性が荒い感じなんですか?」

559BERSERKER of OLIVE ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/20(日) 06:18:19
「うーん。…って言うか、めちゃくちゃなんだよ。寝てても叩き起こすし、すぐはしゃぐし。図体だけでかいガキみたいな感じ」
「はあ」
「何かごめんな、変な話ばっかして。意味解んないでしょ」
「いえ…別に」
「ほんと? 俺ずっと、あー解んねーだろーなーって思いながら喋ってたんだけど、解る?」
「わか…りはしなかったですけど、何となくは」
「何となくでも良いよ。ごめんな」

『戦闘狂』―――と、あの時言い掛けた。
誰もが避けたがる戦いに、楽しいだのつまらないだのそんな価値判断を持ち出すなんて、ただのイカれた戦闘狂だと。
今でもそう思っている。もう汗は流れていないけど、シャツの背中はひんやりと冷たかった。
なのに、今その戦闘狂と横に並んで歩き、交わしているこの会話は何なんだろう。
声も口調も喋り方も全く変わっていないのに、纏う空気一つで、今目の前にいるこの人と、さっき目の前にいたあの人と、同じヒトなのだろうかとさえ思える。
だけど、

「今度また会ったら、そん時は思いっ切り出来たら良いな」

無邪気に弾んだその言葉に、やはり同じヒトなのだと、実感した。










どうしようかと、やはり床を睨みながら男は考えていた。
そこへ、バタバタとガサツな足音が響く。
ごめん遅くなったと頭を掻きながら、待ち人がこちらへやって来た。
待ち人、男の相方はきょろきょろと辺りを窺うと、小声でそっと言う。

「で、どうだった? 行って来たんだろ?」

その目は純粋で、期待に輝いていた。
きっと無事に男が帰って来たから、何か収獲があったと思っているんだろう。
無理もない、この相方はまだ石があれば頂点へ行けると思っている。そして彼は石を持っていない。
男が自分の分の石を奪って来てくれたと思って疑わない。

「俺がさっき聞いた事、そっくり話す。これからどうするかは、お前が決めてくれ」

男の相方はどういう事かとぽかんと口を開けていた。
ああこいつ、何にも知らないんだなあ。そんな相方が少し羨ましくなった。
あんな奇妙な、狂気に近いものを見せられるくらいなら、何も知らないまま、石があれば頂点へ行けると信じていたかった。

そう言えば、と男は自分とは違う男の相方を思い出した。
ついさっきまで喋っていた男の相方。
酷く慌てた様子で、坊主頭のてっぺんまで汗を掻きながら、自分と彼の目の前に現れた。
あの人も彼と同じなのだろうか。それとも自分の相方と同じ様に、何も知らないでいるんだろうか。
知らなければ、その方が良いのかも知れない。
……いや、二人の事を考えるのは止めよう。

男は目の前の相方にどう説明するか。それだけに集中する事にした。

560BERSERKER of OLIVE ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/20(日) 06:21:39
ソファの上で、井上はぶるぶると震えていた。
唇は紫色に染まり、歯はかちかちと鳴っている。
その背を、河本は乾布摩擦の様に激しくさすってやっていた。
それに合わせて井上の全身もガクガク揺れる。

「あいつら何処まで行ったんやろ。これで入れ違いとか面倒臭い事なってなかったらええけど」

心配しているのか文句を言っているのか、微妙なラインの声色で河本は言った。
その河本の目を、井上は見れないでいた。

どういう事なんやろ。井上は揺さ振られながら必死に考えた。
庄司と二人でいた時、現れた男は一人だった。
だから井上は石を使った。相手の石さえ封じてしまえばもう相手は何も出来ない。戦闘終結、ハッピーエンド。
ところが目を覚ましてみれば、一緒にいた筈の庄司はいないし、時計は妙に進んでいた。
敵が複数いたり、石が複数あったのかも知れない。そう考えれば何も不自然な事はない。
だが何より引っ掛かるのは、井上が石を発動させた瞬間だ。
井上は庄司に背を向け、若い男の方へ突進した。
だがマグロとなって床を滑る正にその瞬間、凍り付く直前の井上の足は、進行方向とは逆の床を蹴っていた…気がする。
見てはいない。自信も確証もない。ただこの身体が、足が、逆を蹴ったと言っている。
逆を蹴って行き着く先は、同い歳の後輩の所。
どういう事なんやろ。井上はもう一度心の中で呟いた。

井上の唇にやっと赤みが差して来た頃、井上さん戻ったんすか、と声が聞こえた。
品川と、庄司だ。
二人揃っているのを確認すると、河本は安堵して眉尻を垂れ下げた。
いやー参った、と言いながら品川はソファの背もたれに手を突いた。

「別に何もなかったっすよ。多分井上さんが元に戻るのに時間掛かってただけじゃないですか?」
「…ふーん? まあまだ聡の石よぉ解らん所多いしなあ。何もなかったんならええわ。
&nbspそれにしてもおもろかったでー、俺が庄司何かあるんちゃうかって言った後の品川!
&nbspもうめっちゃ慌てまくって俺に質問攻めでうっっっざいの何の!
&nbspしまいには立ち上がって、『河本さん、井上さん頼みます。俺…』、」
「ちょちょちょ、…それ本気で恥ずかしいんで、止めて貰って良いすか?」

二人のやり取りを見ながら、庄司は手を叩いてケラケラと笑っていた。
が、井上の視線を感じて向き直る。
どうしたんですかと言われても、何と答えて良いか解らなかった。
その井上の肩に掛かってる物を見て、庄司は、あ、と声を上げた。

「良いですよ俺の上着。まだ着てても」
「…え? あ、いや、ええわ、もう大丈夫やから。返すわ。庄司のやったんやな、これ」

羽織っていた上着を脱ぎ、庄司に渡そうと手を伸ばす。

「庄司何ともないん」
「はい全然」
「石も? 普通?」
「はい、何もないですよ」
「あいつどうしたん」
「帰りました」

そう、と井上が言うと、庄司は一瞬不思議そうに瞬いたが、何も言わず井上から上着を受け取った。

「おい庄司、そろそろ」
「あ、もう?」

品川が声を掛けると、庄司は顔を上げて品川の横に立った。
品川が携帯の時計を見せると、ほんとだと言って上着を着た。

「俺らそろそろ打ち合わせあるんで、行きますね」
「そか、じゃあな。お疲れさん」
「はい、お疲れ様です」

会釈して、二人は河本と井上に背を向けた。
無言のまま、それを見送る。

「あの二人…偉いなあ」

はあと息を落として河本は呟いた。

「狙われるん解ってんのに白やてはっきり言い切って、そんで何かでっかい相手と戦ってるんやもんなあ」

俺にはムリや、と河本は井上に言うでもなく一人ごちた。
井上がソファから立ち上がる。
河本の後頭部をじっと見詰めた。
確かに自分達にはムリかも知れない。だけどそれは、偉い…んだろうか。

「俺らは、このままでええんちゃうかな」

いつもはぼんやりと抜けた事ばかり言っている井上にしては珍しい、まともかつ真面目な言葉。
振り向いた河本は、井上の眼が自分の遥か向こうを見据えているのを見て、ただ、そうかな、と返すより外なかった。

仲の良い後輩だけれど、彼等と自分達は酷く遠く、離れてしまったのかも知れない。

561BERSERKER of OLIVE ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/20(日) 06:26:27
仕方がない事だ、と井上は思う。
彼等には彼等の信念が、自分達には自分達のやり方がある。
河本はムリだと、自分にではないが言った。そう思うのなら、ムリに飛び込む必要はない筈だ。
もどかしいな、と河本は思う。
別に正義に目覚めている訳ではない。出来るなら何もなく、平穏に過ごしたい。
だが、黒を許している訳ではないのに、戦うでもなくこそこそと怯える生活を続けていて良いのだろうか。
後輩はあんなにも堂々と立ち向かっているのに。

ただ共通して思うのは、相方に危険な目に遭って欲しくはないという事。
だから井上は飛び込む必要はないと思うし、飛び込んで欲しくないとも思う。
だから河本はもどかしいと感じるし、立ち向かって行く事をしない。
じゃあ、と、疑問が湧いた。じゃあどうしてあの二人はあの派閥に属しているんだろう。
考えても、答えが出るものではない。

「俺らも、戻ろか」
「ん」

もう寒ないん、と河本が訊ねると、へーき、と井上は答えた。
二人並んで、楽屋へ向かう。
井上はポケットに手を入れ、金に触れた。

―――ほんまに俺が元に戻るんが遅かっただけなんやろか。俺が凍らせた石は何やったんやろ。

だがこの石に封じ込められた能力を知る術は、ない。










「すげー、ほんとに凍ってんじゃん」

一人きりの楽屋。
左のポケットから取り出したごつごつと角張った石を目の高さまで掲げ、庄司智春は白く曇ったそれを己の瞳に映していた。
良く見ればその石は、ほのかに黒ずんでいる様に見える。
今朝戦って引っぺがした石。少し物足りない戦闘だったなあと思い出す。奪った相手は、知らない奴だった。

井上の能力は全く知らなかったし、発動した後も解らなかった。
だけど―――『石の凍結とかすげーけど』。この品川の言葉で、井上の能力を知った。直後、ポケットに突っ込んだ左手が触れたひんやりと凍った感触に、その意味を理解した。
ずっと温いポケットに入れていたのに未だ冷凍庫から取り出した直後の様な冷気を放つ石に、普通の方法じゃ溶けないんだろうなと推測する。

凍った石と顎をテーブルに乗せて、じぃっと眺めた。
それと同時に、自分の存在を主張する様に、右のポケットが微かに熱を帯びた。
誰に言ったのか、確かになー、という庄司の声が、彼以外誰もいない筈の楽屋に響く。

井上の能力が石の凍結、封印だという事は解った。
だけど、男の持っていた石と、やんちゃくれの丸っこい石と、奪ったばかりのこの石と。その中でどうしてこの石が選ばれたんだろう。
井上は自分の方に滑って来たんだから、『敵』の石を凍らせる訳じゃなさそうだ。
黒い欠片を見付けてそっちに向かう…とか? うーん、と庄司は頭を捻った。
井上はあの男が黒い欠片の影響を受けているかどうかは知らなかった筈だ。仮に井上の石が黒い欠片を持つ石を凍らせるなら、自分がこの石を持ってない時点で井上の特攻は不発に終わる事となる。
良く、解らない。何に反応するんだろうな、あの石。
暫く考えたけど、もともと頭を使う事が苦手な庄司は、まあでも井上さんの事だし、敵=黒い欠片って思っちゃったのかもなあ、と結論付けた。
しかし別れ際、石は何ともなかったかと井上に問われ、見上げられたのが引っ掛かる。
どういう事なんだろ、と庄司は井上同様心の中で呟いた。
実際は、井上の金が、緊張の余り多少躊躇いを含んだ男の敵意よりも、黒い欠片に冒された石の放つ波動を『害』とみなして向かって行ったというのが真実だが、庄司には知る由もない。
やはり庄司は、まあ良いか、何かあれば向こうから訊いて来るかと、それで済ませただけだった。

「それよりどーしよ、これ」

ほわ、と欠伸する。

「凍っちゃったらもうダメじゃん。使い道ないでしょこれ」

投げて当てるくらいしか、と言いながら、凍った石を手に取り、キャッチボール程度の力で壁に放り投げた。
ゴツ、と鈍い音を響かせて、畳に転がる。
涙が目に浮かんで、石がぼやけた。

「脇田さんなら溶かせるのかなあ。でもそしたら多分脇田さんが処分しちゃうしー。
&nbsp溶けるまで俺が持ってるか、それかこのままいつか溶けますよーっつってもうあげちゃう? それはねーか」

一人でくつくつと声を殺して笑う。
そう言えばこの凍った石、このまま溶けないという事は有り得るのだろうか。だとしたら井上の石はかなり厄介な事になるが。

562BERSERKER of OLIVE ◆NtDx8/Q0Vg:2008/01/20(日) 06:27:49
でもまあ自分の石じゃないし、と、庄司は今度こそ井上の石について考えるのを止めた。元来物事への頓着は薄い方だ。

「まあ良いや。脇田さんでも誰でも、最初に気付いた人にあげるって事で」

立ち上がって石を拾って、左のポケットに戻す。
欠伸の所為で零れる涙をぐいと拭うが、しかしその間も欠伸と涙は止まらない。
あーこの後も仕事あるのになあ。他の人に会って、泣いてたとか思われたら最悪だ。
庄司は楽屋を出てトイレへ向かい、眠気覚ましと涙を洗い流す為に顔を洗った。
少しはすっきりしたかと廊下を歩いてスタジオへ向かう。
その途中、庄司は厳しく眉をひそめ、小さく首を振った。

「…ダメだって今は。行けないって。いや行きたいの解るけどさ、これから仕事なんだから。皆に迷惑掛かるだろ」

そのまま暫く歩いていたが、はあーと溜息をついてポケットに手を突っ込んだ。
ダメだって、と子供に言い聞かせる様な口調で何度も言う。

「大人しくしてろよ」

最後にそう言って、庄司はスタジオに入った。
漏れそうな欠伸を、噛み殺しながら。



------------------------------------------

以上で終わりです。
設定や流れに色々おかしな点があるのではないかと思い、こちらに投下させて戴きました。
問題なければ本スレ投下も考えているのですが、問題あればこのまま廃棄処分という形にしたいと思っています。
なので、矛盾点や何じゃこりゃ等ありましたらば、バシッと言ってやって下さい。
戦闘もなくムダに長い話でしたが、ここまで読んで戴き有難うございました!

563Phantom in August  ◆ekt663D/rE:2008/01/27(日) 01:49:05
本スレ >>469-473 の続き


【@渋谷・センター街】


えっ、と思った瞬間には既に、松丘の体躯は背後へとはじき飛ばされていた。
もうこれで何度目になるかもわからないアスファルトとの衝突とそれに伴う腕の擦り傷よる痛みに松丘の顔が歪む中、
その視界は確かに見覚えのある横顔が佇んでいる姿を捉える。
「何で……」
貴方が『白い悪意』なのですかと続けたい言葉は声にならない。
今まで松丘と平井によって負ったダメージはもちろん、それまで意志を持つ芸人を襲う課程で負ってきたダメージを隠さずに
その人は、つぶやきシローは感情の抜け落ちた表情のままゆっくりと顔を平井と松丘の方へと向け、ぎこちなく唇の端をつり上げた。
『……ヒヤヒヤ、したぞ。 芸人』
発される声は間違いなくつぶやきシローの物。柔道の技を使う点でも間違いはない。
何故気付かへんかったんやろうと松丘は思わず自己嫌悪の想いで唇を噛むけれども
その声は彼が舞台上で笑いを引き起こす要素でもある北関東の訛りを帯びていない、滑らかな標準語。
そんなささやかな違和感が後ろ向きではあるけれども腕は確かなこの先輩の名を松丘の選択肢から除外させていたようで。

「つぶやきさんを、解放してください……今すぐに」
しかし、平井があえぐように発する言葉で松丘はハッと我に返る。
いつまでも悔やんでばかりいても仕方がない。生来の……と言うよりもこれまでの人生で身につけた楽観的な思考を紡いで
胴体の、特に腹部の周りのボリュームの割にはやたらと華奢な四肢に力を込めて松丘は立ち上がった。
「どこに石があるかわかったんや。今回はしくじったけど次かその次には絶対に引き剥がす。
 ……やったらその前に降参した方がエエんちゃうんか?」
石の力の副作用なのか、それとも考えたくはないがそろそろそういう年齢なのか、今までさんざん叩き付けられてきた
以上に身体がへばっているような感覚を味わいながらも敢えて強気に出る松丘だったけれど。

564Phantom in August  ◆ekt663D/rE:2008/01/27(日) 01:52:00
『……構わないよ』
さらりと答える『白い悪意』に、一瞬相手が何を口にしたのか信じられず、その身体の動きは止まった。
その耳に、重ねて発せられる『白い悪意』の言葉が届く。
『そんなにこの芸人が大切なら、この芸人の代わりになる身体と叶えるに値する願いがあるのならば、いつだって替わってやろう』
「っざけんじゃねぇぞ!」
え、どういう事と松丘の頭脳がその言葉の意味を租借して理解しようとするよりも先に、平井が声を荒げ、吠えた。
「つぶやきさんが助かっても次にあんたが誰かを支配しちゃ意味がないでしょうが!」
その支配された人間が第二・第三の『白い悪意』となって他の芸人を襲うだけ。全体で見れば何も変わらない。
『私の存在理由は誰かの願いを叶える事……私はただそれを果たそうとしているだけに過ぎない』
憤慨する平井に対し『白い悪意』は平然と答え、ふと何かを思い出したかのように目を細めた。

『……何なら君達でも構わないのだしね』
「…………っ!」
同時に、ギラリとつぶやきの眉間で石が煌めき、冷ややかかつ全てを見透かすような視線が
二人を順番に射貫いていく。
『どうやらお前ら二人のどちらとも、その歩む道の先は波乱に満ちているようだ。
 私に視えるのは少しの期待と手応えと、けれどその先にある絶望と苦難。……どうだ? 私と手を組まないか?
 そうすれば邪魔な芸人どもを蹴散らし、運命を修正し、順風満帆実に薔薇色の未来を君達に約束しよう』
「……あンなぁ。目の前でつぶやきさんの無惨な姿見せられといて薔薇色の未来もクソもあるか?」
まるでRPGの悪ボスか何かのように言葉を紡ぐ『白い悪意』を睨み付けて松丘はすかさず言い返した。
今まで10年以上も芸人を続けて着々と積み上げてきた全てが去年のあの秋の日の一瞬に打ち崩された、あの虚脱感と絶望が怖くないと言えば嘘になる。
失った物を取り戻し、更にその先に辿り着くために焦りがないと言っても嘘になる。
けれど。
だからといって、それとこれとは別の話。
こうしてその正体と本性を知ってしまった上でじゃあよろしくお願いしますと『白い悪意』に手を差し出せる筈がない。
「そうですよ、僕らは僕らの力で未来をつかみ取って見せますからっ!」
……あんたはおとなしく封印されろっ!
松丘に同調するように平井も吠え、ダルメシアン・ジャスパーが煌めいて空気が熱を帯びていく。

565Phantom in August  ◆ekt663D/rE:2008/01/27(日) 01:56:39
『……愚かな芸人だ』
はあ、と一つ大仰に肩をすくめると『交渉決裂だ』と小さく呟いて『白い悪意』は眉間の石と両手に白い光を輝かせだした。

『               』

ぼそりとその口元で言葉が紡がれ、微かに届く音の不穏な内容に松丘の大粒の双眸がギョッと見開かれた瞬間。
『白い悪意』の両手と眉間から球状の光が周囲へとばらまかれた。
今までは一撃で沈めようという意志が強かったのか一筋の光の帯状だった攻撃が、疲弊しているからかあるいは確実に倒そうという
意志に転向したか、今回放たれた攻撃はハンドボールのボール程度の大きさの光の球。
しかし、その数が半端なかった。ざっと見繕って五十個以上の光の弾は上下左右にまんべんなく散らばっていく。
「……何か昔のバラエティ番組にあった企画みたいやな」
一瞬浮かべた動揺を強引に押し殺し、サーペンティンの楯が使えない以上はとなるべく被弾面積を狭めようと身体を丸めながら
松丘が呟く声が耳に届き、平井は頷く。
しかしマシンによって撃ち出されたバレーボールを狭い足場の上で避けるような懐かしい企画というよりも、
目の前の辺り一面を光の球で覆い尽くすそれは、いつかゲームセンターで見かけたシューティングゲームの画面を連想させた。
「………………」
ゲームならボムを使えば窮地を脱する事も出来ようが、いかんせん自分達の手持ちにボムになりうる物はない。
(冷静に考えれば通常のショットもない体たらくではあるが)
だったら、飛来してくる光の弾玉を直撃にならない程度にかすらせつつ避け続け、勝機を待つしかないだろう。
小刻みに身体を動かして光の弾を除けながら、拓けた空間はないか調べ、見つけ次第恐れることなく踏み込む……文章にすれば簡単だが
途方もない作業である頃は他ならぬ彼自身が一番認識している。
――でも、やるしかないか。
威勢良く啖呵を切ってしまった手前、弱音を吐く訳にも行かず、平井は全身の神経を集中させる。
主の決心を応援するかのように喉元でダルメシアン・ジャスパーが煌めく中。



その覚悟を打ち砕くかのように、平井達の背後から一陣の強烈な突風が路地を吹き抜け、
光の弾幕は風に揺さぶられ、互いに誘爆して白く溶けていった。

566Phantom in August  ◆ekt663D/rE:2008/01/27(日) 02:06:13
舞台になってる2005年からすると未来の話題が出てきて、ちょっとスレのルールの死ネタ禁止に抵触しそうなので
とりあえず今回からはこちらに投下。

567原石  ◆3zNBOPkseQ:2008/01/31(木) 21:54:57
信号が変わり、人々は一斉に各々の目指す方へ歩き出す。
摩天楼は珊瑚、空は水面、まるでここは深い海の底。
人込みはお互いには無関心にそれでも魚の群れのように規則的に流れ交差する。
その中をいつものように仕事場に向かって歩いていた彼女は
その時、何かに気付いたように、ふと立ち止まった。
細い身体はとたんに後ろから流れてくる人々の肩に押され、幾度となく無遠慮に弾かれる。
それはまるで規則的に定められたものからたったひとり外れた逸脱者。
振り返る。
異質なものでも見るかのような一瞥を左右の流れに感じながら、彼女は交差点の真ん中で一人立ち竦んだ。
空を見る。東京の空に濁った夕暮れ。
時計を見る。

・・・・まだわずかに時間がある。

静かに意を決して流れに逆らって歩き出す。
肩までの黒髪が、艶やかに靡いた。

568gemstone  ◆rUbBzpyaD6:2008/01/31(木) 21:56:29
すみませんタイトルとトリップ間違えてしかもあげてしまいました。

569名無しさん:2008/03/15(土) 00:30:47
遅くなりましたが感想を
◆NtDx8/Q0Vgさん
自分の見た限りでは品川庄司、次長課長ともに過去に投下された話と矛盾する点はありませんでした。
本スレ投下で大丈夫だと思います。
庄司は以前はただ石に操られていただけだったのに
今回の話では石を積極的に受けいれるようになっていてますます怖さが増してきたように思います。

◆ekt663D/rEさん
戦闘シーンに迫力があってすごいです。
続きをお待ちしています。

◆rUbBzpyaD6さん=>>567さんでいいのかな?
短い中で描写がとても細かくて頭の中に情景がはっきり浮かんできました。
彼女の正体がとても気になります。

570If,....:2008/03/20(木) 21:11:56
「俺の『シナリオ』は俺自身にしか見えないこと、片桐さんしか知らないんだ。」
片桐仁は動くことも出来ずにただ小林賢太郎を見ていた。

「つまり、ほかの人に『シナリオ』を見せるときはいくらでも中身を替えられた。」
小林はしゃがんで、倒れている設楽の石、更に設楽が集めた石を自らの手に置いた。
「でも、設楽さんにいつ本当のことがばれやしないか心配で、
 彼の近くにいるときは常に緊張したよ。冷静を装うことは何より難しい。」
話し掛けられているのに声が出ない。口がカラカラして喉に言葉がつまってしまう。
片桐は自分の石をギュっと握り、不安を打ち消そうとするが、その顔には戸惑いが張り付いている。
「あと、ひとつで石が全部あつまる。」
独り言めいた呟きの後、スクッと立ち上り、片桐を見据えながら小林は言った。


「俺には最初から目的があった。つまり最初から---------…

 全て、『シナリオ』通りだったんだ。」







*************************************************************
もし、この物語の終わりが来るならばと考えた末の作品です。
この作品の続きを書きたい方、アレンジしたい方がいたらどうぞご自由に。
っといっても先にラーメンズ書いてる方がいらっしゃるのでそこらへんは
書き手さんにご報告お願いします。
最後に、読んで下さり誠にありがとうございます。不満はどうぞ心のうちに
しまっておいていただけると幸いです…。

571 ◆NtDx8/Q0Vg:2008/04/05(土) 23:35:41
>>569
遅くなりましたが、感想まで有難うございます。
それではこれから本スレ投下して来ます。続きなんかがもし出来上がったら、またこちらか添削スレに落とさせて戴きたいと思います。

572名無しさん:2008/04/07(月) 12:08:34
>>570
とりあえず小林が相当好きってことは分かった

573名無しさん:2008/04/07(月) 21:02:27
>>572
もっと言い方あるだろ。気持ち悪いとかさぁ

574名無しさん:2008/07/07(月) 00:57:41
>>570
なんかかっこいいなあ
小林ならそれぐらい考えててもおかしくないかもね
ただ設楽もその魂胆を黙って見過ごしたりはしなさそうな気もするけども
なんかドラマチックな展開でいいなーと思った。こういうの結構好きなんだ

575 ◆NtDx8/Q0Vg:2008/12/14(日) 20:14:47
誰もいなさそうなのでコソーリ投下。


   ------------------------------------------------------------





 彼らが集まったのはただの番組の一企画で、恐らくは偶然だった。
 だけど、その場にいた全員が、「ああ」と思った。
 ああ、全員同類だ、と。
 しかし思ったが、誰もそんな事はおくびにも出さない。
 田中はぶんぶんと手を振り叫び、山根がそれのとばっちりを喰らい、庄司は笑いながら田中の頭をはたき、岡田は一緒に騒ぎながらも場を和ませ、波田は合いの手を挟みながら間を取り持っていた。

 やがて企画に向けての練習も終わり、各々が各々の場所へ散って行く。その道中。
「山根ぇ。気付いたよな?」
 田中卓志の呼び掛けに、山根良顕は口を真一文字に結んで頷いた。
「全員持ってた。これってヤバいかなあ?」
「ヤバいかも知んない。他の人が『どっち』なのかは解んないけどさ…」
 自分以外の三人―――岡田と庄司と波田がどういう考えの基で石を持ち、動いているのか。
「解んないけど、変に警戒するのもダメだと思う。取り敢えず暫くは情報集めたり、様子見た方が良いと思う。油断はしないでさ」
 うん、と田中が頷いた後、話は続かず、移りもせず、二人はただ無言で廊下を歩いた。
 己と相方の身を守るという準備を、心の中でしっかりと進めながら。

 全員持っとったなあ…と、岡田圭右は廊下を歩きながら天井を仰いだ。
 どないしょう、増田に相談した方がええんかなあ。
 いやいや、と首を振る。
 まだ何かあると決まった訳じゃない。ただ一堂に会した芸人達が全員石を持ってたという、それだけだ。更に言えば、実際に「ハイこれです」と石を見せて貰った訳でもない。全員が石を持ってるというそれ自体、岡田の勘違いかも知れないのだ。
 下手な事言うて、あいつに心配掛けたないしなあ。
 岡田が話せば、ますだおかだの頭脳である増田はまず間違いなく動くだろう。いやその前に、あの四人の名前を聞いただけで笑い飛ばすかも知れない。まさか、あの四人が黒かもやって!? って。
 庄司、田中、山根、波田を順々に思い浮かべる。脳裏に浮かぶ四人は四人共、「岡田さん!」と今にも叫んで飛び付いて来そうな笑顔だ。
 そやそや! あの四人やで!? 人の石取る様な子らか!?
 全体的に緩くのほほんとした面子の所為か危機感も薄く、岡田は彼らを信頼するという選択肢を選んだ。

576 ◆NtDx8/Q0Vg:2008/12/14(日) 20:15:22
 一方、庄司智春はポケットに手を突っ込みながら、呑気に廊下を歩いていた。
 全員が石を持ってた。すぐに解った。きっと皆解ってた。だけどその場で誰も何も言い出さなかったから、庄司も何も言わなかった。
 皆持ってんじゃん、と、驚きと同時に連帯感というか、四人に対して仲間意識の様なものを覚えたのだけど、恐らくは他の所有者達と同じ様に彼らもまた『石』という単語を口にしたり耳にしたりしたくないだろうからと、自粛した。
 どうしようとかは思わなかった。相方である所の品川を思い浮かべる事さえなかった。
 岡田も田中も山根も波田も皆優しくて良い人だから、彼らが自分に危害を加えるだとか、そんな事は有り得ない。庄司はそういうものの考え方をする事が往々にしてあった。
 少し嬉しそうに、四人を思い出すかの様に、忍ばせていた石に触れる。
 『疑う』という発想そのものを、庄司は持ち合わせていなかった。だって彼らは自分に優しいから。

 波田陽区は元来た道を振り仰いだ。
 自分を除いた四人に対して、石は五つ。石を二つ持っているのが誰かも、解ってしまった。
 あの人達に限って、とは思う。実際、石を集め、配り歩き、人より多くの所有者に接して来たという自負を持つ波田の、所謂『悪い人達』プロファイリングに、四人は当てはまらなかった。
 だけど些細な言動に気を配り、意識を働かせてしまうのは、この争いに巻き込まれた者の宿命か。
 しかし正直、波田は彼らが黒いユニットかどうかにさしたる興味を抱いてはいなかった。まず第一に疑うべき事ではあるし、もしそうであれば全力で阻止しなければならないとは思っているが、それは波田が四人に気を配っていた最大の理由にはあたらない。
 波田が興味を抱いていたのは、彼らの行動理念だった。
 所有者が石を呼び、石が所有者を呼ぶ。あの四人も恐らくそうして呼ばれ、石を手にしているのだろう。厄介な代物だ。いざこざに巻き込まれる事も、一度や二度ではなかった筈だ。
 なのに彼らは石を捨てず、所持している。それは何故なのか、理由が知りたかった。しかしはっきり口に出して問う訳にも行かなかったので、波田は四人の一挙手一投足、一言一句を逃さず捉える事にしたのだった。
 知ったとして、どうする? それは波田にも解らない。
 ただ、石を持つに相応しくない…さしたる理由も持たずに所有している者がいたとしたら。
 その時は、その人の石を貰うか、さもなくば、奪う、という事になるかも知れない。
 まあこの、石の世界に勝るとも劣らず厳しい世界を生き抜いている人達なんだから、大丈夫だろうとは思うけど。うん、大丈夫だろう、多分。
 波田はそこで思考を終え、漸く足を前に向けた。


 田中と山根は無言で廊下を歩き、
 岡田は一人で頷きながらずんずんと歩みを進め、
 庄司はにこにこと、次また集まる時に思いを馳せ、
 波田は一度ギターを弾く振りをしようとしたが、止め、スティックでドラムを叩く真似をした。





   ------------------------------------------------------------


ヘキサゴンのエアバンド〜ごめんよ金剛地〜でした。続きません。
テレビで見ていて石持ってる人ばっかだなーと思ったので。
警戒したり信頼したり喜んだり興味を持ったり。色々です。
お粗末さまでした。

577If,...2:2008/12/15(月) 23:28:14
570の続きです。
多少おかしなところあるかもしれないけど、
気にしないでくれると嬉しいな。

--------------------------------------------------------------------------
2人の間にある時は、まるで止まっているかのように見える。
片桐はこのまま全てが透明になって、
なにもかも夢であってほしいと、思い始めていた。


「あと、ひとつで石が全部集まるんだ。」
小林は同じことをもう一度言った。
くるっと横を向いて高層ビル30階の1室から外を見る。
部屋の蛍光灯は点いていても、外の色とりどりの光は美しかった。
まるで小林の手の上で輝く石のように。
片桐は手をポケットに出し入れして、まるで落ち着かない。
そして、小林の次の言葉を緊張したような面持ちでまっている。
「ねぇ、片桐さん。」
小林は外を見たままで言う。
片桐はぎゅっと眼を瞑った。手は今もなお、せわしない。
左手はぎゅっとにぎり。右手は落ち着かないように動いている。

「石が1人の持ち主のところに集まると、争いはなくなるんだよ。
だから俺が全部持っておくんだ。」
夢見ごこちで小林は語る。
「ちがう…、」
片桐は上ずった声で応じた。
「賢太郎、石持つようになってから変になっちゃったよ…。」
片桐は両手を力なく下げた。
小林は窓を向いていた体ごと、片桐の方を向く。
「変?なにをいってるんだ?」
片桐は弱弱しい口調で続けた。
「なんか、石の力で書いたシナリオで生きてるみたいなんだ…。
そんなのおかしいじゃん…。だって人生にシナリオなんて無いんだから…」

「そんな事はわかっている…、
けれど、上手くいくように有効に使うことは間違ってはいないだろ?」
小林は少し驚いたように返す。
うつむきながら片桐はなおも続ける。
「わかってない!!石集めるのは、自分の石がなくなるのが怖いんでしょ!!
他の人に石を取られないようにしたいんだ!!
本当は!本当は!!成功しない未来が嫌なんだ!!失敗する未来怖いんだ!!」
急な片桐の勢いに小林は少したじろいだ。
「ねぇ、石になんて頼んなくても今まで以上に面白い舞台できるよ…。
新しい脚本書いて、色んなところで、色んな人に見てもらって、そんでまた新しい脚本書いてさ、
賢太郎ならできるよ!おれだって協力するから、もっと頑張るからさぁ…。
もうやめようよぉ…。」
後半は泣きべそになりながら、片桐は一気にぶちまけた。

小林はその言葉をちゃんと聞いてはいたが、意思の変わることはなかった。
「……残念だな。片桐さんなら俺の言う通りにしてくれる思ったんだけど…
早く終わらせたいのにな。」
片桐の唇をかむ音が聞こえるようだった。本当に残念だというように。
小林はあくまで言った。
「その石、頂戴?」
その時、小林の背後でゴソッと物音がした。
バッと振り向くと設楽が目を覚ましたのか、うめいた。
「うぅ、…ぃってぇっ」

その時、片桐の左手の石が輝き、右手から粘土が飛び出した。
小型の粘土ヘリコプターは猛スピードで駆け抜ける。
それは部屋の電灯のスイッチへ衝突した。
部屋の電気が消える。
その瞬間片桐は目を見開いた。
突然の暗闇で視界が安定しない小林は何が起こったのかわからない。
眼を瞑ることで暗闇になれた片桐は目標をあやまた無かった。
またもや片桐の右手から粘土が飛び出す。
「!?」
小林は驚いて咄嗟に振り向いたせいで、手に置いた無数の石が転がる。
二機目の粘土ヘリコプターは床に落ちた小林の石を奪う。
戻った二機目の粘土ヘリコプターを石ごと握り締め、
片桐は駆け出して、ドアを乱暴に閉めた。

578If,...3:2008/12/15(月) 23:34:09
「あーぁ。」
大きすぎるため息が静か部屋に響く
「やられちまったなぁ。どーすんの?」
設楽はよっこらせと床にあぐらをかいて座った。
「あぁでも、シナリオどうりなんだっけぇ?」
設楽がなぜか気さくに話し掛ける。小林は返事を返さない。
ドアのほうをじっと見つめている。
「これも計算のうちなんでしょ?」
ニヤニヤ笑いながら設楽は小林の表情をうかがう。
小林はゆっくりと重たい口を開く。
「…俺のシナリオでは、片桐さんは粘土を持ってない…------」
「ふーん。そりゃ残念だなぁ。」
おちょくるように設楽は合いの手をはさむ。

「持ち歩かないようにいったんだ…---」
何がおかしいんだ、と小林は呟く。
「事前に舞台は完璧に準備したのに…-----」
「そっかぁ。それにしても痛てぇなぁ、おい。ちょっと強くたたきすぎじゃね?」
設楽は痛そうに首の後ろをさする。
その行動は、まるで敵に示す反応ではない。小林は顔だけ設楽のほうを向いた。
「何か、しましたね。」
設楽の表情は悪戯っぽく笑っている。
「何事もアドリブが無きゃつまんねぇよ。
 俺だってな、のんびり椅子に座ってたわけじゃねぇんだよ。」
調べられることはしらべたんだぜ?設楽は得意げに言う。

「お前のシナリオは、未知の人物が介入したとき崩れだす。」
焦りが表れた、小林はだんだんと口調が荒くなる。
「どうゆうつもりだ!なんであいつなんだ!!」
「おぉー、怖い怖い。考えればわかんだろ。
俺の行動だったら多少バランス崩してもしっかり書いてそうだから動じないだろうし、
でもある程度の中心に近くなくちゃ意味ねぇし。だから片桐。
どうせお前のことだから最後の最後まで
片桐にはこんな計画知られたくなかったんじゃねぇかな?って思うしよ。」
設楽は軽やかに語りだす。
それと反面に小林は厳しい表情で、固く押し黙る一方だ。
「つまり、なんかのイレギュラーが良い方向に転じねぇかなって思ったの。
つまり博打だよ。」
「ちなみにあの粘土は愛しい愛しい娘からのプレゼント。
もじゃもじゃ頭に粘土あげたら喜ぶよっていっといたんだ。」
そういえば一度も会ったこと無かったっけ?おかしそうに設楽はうぇっへっへと笑う。
「あなたの本心はまったく見えませんよ。」
小林は言う。
「おまえは顔に出すぎなんだよ。昔っからの付き合いなんだぜ?
気付くっての。片桐はもっと早く気付いてただろうよ。」
設楽は言う。
「いつから気付いてたんですか?」
小林はまた言う。
「いつからだろうねぇ?」
設楽はカラカラ笑う。
これ以上聞いても何も出ないだろうと捉え、小林は落ちた石を集めた後ドアに向かった
「…多少、予定は狂いましたが、シナリオは完全には壊れていませんからなんとかなるでしょう。
設楽さん、余計なことしないで下さいね?逃げられはしないんだ…。」
そういった後、ぱたんと小林はドアを閉め、あらかじめ持っていた鍵でドアを閉めてしまった。

しばらくたった後、1人残された広いフロアに設楽はゴロンと寝転がった。
「…ふー、疲れた。携帯持ってかれちゃったなぁ…。」
独り言は空しく響く。
「…もーちょい、はやく気付けたらなぁ…
めんどくせぇことになったよ、ほんとに。」
やはり空しく響くだけ。本心は誰の耳にも入ることは無かった。





------------------------------------------------------------
続きの続きです。
呼んでくれてる人いるのかな?
あっ、不満はどうぞ心のうちにお願いします。
この乱長文駄作をここまで読んで下さり、ありがとうございました。

579元書き手:2008/12/17(水) 08:15:35
ケータイで3日ぽちぽち書いてみた髭男爵編途中まで。
あまりにキャラ微妙だったのでコソーリ投下
能力は能力スレ参照。ちなみに所有石は
ひぐち君→クォンタムクワトロシリカ(濃い緑色、7種の石が入り交じった希少な石。過去のトラウマを消し飛ばし、感情と切り離してくれる)
山田ルイ→イエローカルサイト(黄色いカルサイト。繁栄・成功・希望を表す)
敵→ロシアンレムリアン(無色透明なクリスタルの一種で、ブルーエンジェルと呼ばれる場所から取れる物の名称)

580元書き手:2008/12/17(水) 08:16:41
*上流階級*

そこで聞こえるのは爆笑と拍手。
赤い絨毯が駆動して、ネタを終わらせた芸人を袖へ流し込んだ。
スタジオではゲストコメンテーターと司会のやり取りが続いている。
それを尻目に、再登場の予定が無い芸人達は楽屋に戻って、これから家へ帰るためにメイクを落として衣装から着替える。
――平和に帰る事が出来る芸人は、最近少数のようだが。
髭男爵もそうだった。
たった今、着替え終わって身支度を済ませた彼らも、また例外では無い。

闇夜纏う裏路地。怪しい目付きの男達5人に、ひとり大柄な男が絡まれていた。
髭男爵の山田ルイ53世こと、山田順三その人である。
「何でこんな事になったんやろなぁ…」
仕事終わりの困憊した口振りで、山田が呟く。
正直面倒だった。
純粋にただ人を笑わせたくて、芸人になりたくて、頑張って来たのに。
若手だろうが中堅だろうが、近年「石」の被害を受けてテレビや舞台に出られない者が増えたのを、彼は先輩達から聞かされた。
初めて石が見つかってから、もう随分経つのだが、その争いは絶える事が無い。
笑いを作るはずの世界が混沌に満ちていた。
それは、自分が望んだ世界では無い。

石の力でテレビ出演を妨害…なんて野暮な事をされるのは遺憾だった。
しかし相手がこちらの都合を聞き入れてくれるような集団なら、そんな事はしない。
ましてこんな風に対複数で絡んだりはしないだろう。

「山田さん?寄越せよ…石、なぁ」
狂喜に憑かれた目をしたヤツらがこちらに迫り来る。
その様相に思わずジリジリと下がる。
あかん、と山田は思った。
何せ、石は確かに持っている。
が、

彼は自分の石の能力を知らなかった。

581元書き手:2008/12/17(水) 08:17:31
つまり、先輩達が語ってくれたように石が光ったりしないし、能力が発動したりしないのだ。
それまで色々試してみたがダメだった。
なぜ光らないのか分からなくて相方に相談したが、解決策は見つからないままだ。

それを知らずにこちらに殴り込んで来ているなら、彼らはおめでたいなと山田は人知れず思った。

「…って言ったら、」
「あぁ?聞こえねぇなぁ」
「嫌だ、って言ったらどうすんねん?」
「…その時は力づくでも奪い取る」

それでも――芸人に対する強い思いの背景と、石に対する少しの嫌悪感がありながらも――石を投げ出さないのは、あるいは投げ出せないのは、相方のせいだった。

髭男爵の執事のひぐち君こと樋口真一郎は、山田が石を手にする前から不思議な石を手にしていた。
そして、かなり早い段階からその能力を引き出していた。
きっとそれは、彼の趣味が石の収集だった事も関わって来ているのだろう。
山田は自分や周囲が石の争いに巻き込まれ無いのをただ祈り、樋口は石の能力を理解すると同時期から、名前も分からないような若手芸人からの被害を受け始めた。

手の平にそれが乗った時点で戦いは始まってしまう。
望むにせよ、望まぬにせよ。
しかし、戦いに巻き込まれる可能性を考えれば、石を手放すのは更に危険である。

石の力で戦いたくは無い。
だが、石で応戦せざるを得ない。
矛盾に板挟みにされてしまう。

それでも。
「芸人なら見境無く襲われるんだよ。」
サラッと樋口は言う。
「だったら、俺が山田君を守ってやるから」

柄にも無い言葉だ。
…それでも。
確かに自分はまだ何も出来ない。
それを守ると樋口が言ったので、そして石を狙う黒の若手を一手に引き受けていたのを知っていたので、
山田はいつか樋口を助けたいと考えていた。
結果、樋口の事を考えると石を投げ出せなくなったのだ。

582元書き手:2008/12/17(水) 08:18:54
ポケットの中で静まった石を、ズボンの生地の上から触ってみる。
真っ黄色に染まったそれはイエローカルサイトと言うらしい。樋口が調べてくれた。
光らないし、喋らない。
意思疎通が出来ないパートナーは、なぜ自分を選んだのだろうかと思いながらも。

「渡さないなら…行け」

リーダー的な男の言葉に呼応して、下っ端共が襲いかかる。
男達は黒い欠片の力で、通常の人間以上の速度で距離を詰める。
誰もが体格は普通、中肉中背。
…もし山田のような体系の人間が本気を出して体当たりすれば、簡単に吹っ飛ばせるだろうか。
早さが早さだったからか、簡単に組み付かれる。
4人の男に四肢を拘束された状態。
「何すんね……ん!?」
全力で引き剥がそうとして、しかし相手の方が力が強い。
いきなりピンチだ。
ヤバい。
ほんとにヤバいな、と彼は思った。

普通、例えば物語の主人公は、こう言う時何とか出来るものなのだが。
ただ、主人公じゃなかっただけかもしれなかった。

4人の男に束縛された大柄な体はぴくりとも動かない。
恐ろしいまでのパワーで巨体を完全に押さえられてしまう。
「さて、ポケットを探らせてもらいますよ」
ひたひた。
夜の闇に紛れるような足音が静かにこちらにやって来る。
しかし何も出来ない。
山田が悔しさでギリッと歯を食いしばって、石がある右ポケットに男の手が伸び、

「ひぐちカッター!」
ドンッ。
空気の塊が男の背中を打撃したのが分かった。
体勢を崩した男は山田の前で膝を付いて座り、4人の取り巻きは何が起こったのか分からずにきょとんとしている。

…あぁ。
来てくれた。

「やっと先輩らしい事、してくれはった」
「やっと、って何だよやっとってぇー」
「…だけどね、」
「ん、何」
「気合い入って無いから、切れ味悪いカッターになってるで」

そこには、仕事終わりで髪の毛を後ろで束ね地味な私服を着た樋口がいた。
鞄を背負い、左手の内側に石を握り込んで立っている。急いで来たのか、額に汗を軽くかいていた。

不本意な顔をしている樋口を無視して山田は指摘した。
本来なら、この技は簡単に人を傷付けられる危険な技だ。それを加減した事は分かっている。
だからこそ、鈍い打撃音が響いたのだから。

583 ◆1En86u0G2k:2009/01/08(木) 17:01:51
お久しぶりです オードリーでこっそり失礼します
『石を持つ=売れっ子になる』という勘違いを利用された黒側の芸人に
いらん言いがかりをつけられた若林 という体 で以下をお読みください

584とびだせハイウェイ ◆1En86u0G2k:2009/01/08(木) 17:04:02

頭を吹き飛ばされたのかと錯覚した。白い光が脳裏に弾ける。
誰かのせいにしたいわけではないが、ややこしいらしい性分で、人並みかそれ以上に悩んできた。
一面に広がる暗い沼と、見上げる気も起きないくらいにそびえ立つ壁。吹き荒れる嵐に揺さぶられる毎日だった。
それでも一歩ずつ歩いてきたから、こんなふうに光が射すことだって、許されるのかなあ、なんて。
数歩先でまた暗く沈んでも、それはそれだ、なんて。
偽りのない澄んだ気持ちで、心からそう思えていたのに。
それを、こいつ―――今なんて言った?

限界まで熱くなったはずの頭の中が急速に、反転するように冷えてゆく。
「あんた、石のおかげでおれらが今こうなったって思ってんの」
腹立ちが限度を超えたらしい。喚くつもりがずいぶんと穏やかな声が出た。
ざり、と一歩踏み出し、男の顔を見つめる。
「石がなきゃおれたちは今の結果を残せてないって、」
言葉がふいに途切れる。
小さな目を見開き、浮かんだ表情は惚けたようにすら見えた。
信じられないものと、この世に存在しないはずのものと、対峙した時のような色。

585とびだせハイウェイ ◆1En86u0G2k:2009/01/08(木) 17:05:46

(石さえあれば)
(石さえなけりゃ)
(どいつもこいつもそんなつまんねえことばっかりで)
(…そんなふざけた話で俺を、俺らを、)
(……いったい、なんだと、おもって、)

どこか遠くでクラクションが高く響いた。
「………」
その音を合図に感情は切り替わる。再び浮かべたのは全身全霊を賭けた侮蔑と憎悪。
殺意が視線に宿るなら、7回は相手を小間切れにできそうなぐらいの、とびっきりの負の感情だった。
「…おまえ、よくも」
男が気圧されるように後ずさったのは、何も向けられた二人称に驚いたせいではない。
「よくも、そんなこと、言えるな」
体格の差や黒い欠片の効果で、たやすくアドバンテージを取れると、今の今まで確信していた。
それがこの瞬間、通用しないかもしれない、と本能に警告を鳴らされたためだった。
生半可な優位性はいとも簡単に跳ね返されて無に帰る。
それを伝えるに足るほどに、無力なはずの彼は、オードリー・若林正恭は、心の底から怒っていた。

長い時が流れた気もしたが、おそらくたかが数分だろう。真冬という度を超えて、場の空気がかたく凍っているだけだ。
「そんなにたかが石っころがすげえすげえっていうんなら」
やがて若林はぼそりとそう呟くと、傍らに転がっていた小石を拾い上げ、右手にぎゅっと握り込んだ。
「おまえをぶん殴るのに、どれっくらいか貢献してくれんのかよ」
返事は無かった。怯えるような気配だけがかすかに伝わった。
「…まあいいや」
期待していなかったので気にも留めない。異物を握った拳を引いて前方への距離を詰めるイメージ。
「殴ってみれば、わかんだろ」
物騒な呟きは口の中からちゃんと外へ出ただろうか。
そんなのもどうでもいいや、と思った。聞かせるまでもないし、聞いて欲しくもない。
若林は目の前に立つ男をもう同業者だとは思っていなかった。あれはただのくだらない、敵だ。
(ならぶん殴ったっていいじゃねえか)
およそ三十路の入り口に立つものらしくない短絡な思考でもって、ただ眼前の敵を打ち倒すがため、若林の拳はそれなりのスピードで男を――

586とびだせハイウェイ ◆1En86u0G2k:2009/01/08(木) 17:07:17

「ストーップ!!」
捉える前に中空で止まる。拳どころか身体全部が、中途半端な形で止まる。
背後からのホールド。
相手の体格と自信にあふれた張りのある声にピンとくるものがあったのか、若林は振り向く努力もせずにじたばたと暴れる。
「んだよ!離せよ馬鹿!邪魔すんな春日!」
その日は番組でもライブでもなかったから、不自然なまでに綺麗に揃った前髪も、ピンク色のベストもそこにはない。
いつもよりずいぶん普通の成人男性らしい見てくれをした春日―オードリー・春日俊彰は、がっちりと若林を抱えたまま、少しずつ後ろに下がりはじめる。
「離せってんだよバ春日!!聞こえねえのかよ!聞こえてねえわけねえだろ!!」
「いいからいいから」
「よっくねえよバーカ!!ふざけんじゃねえぞこの野郎!!」
機銃掃射よろしく浴びせられる罵声をはいはいと躱しながら、あっけにとられて立ちすくむ男に声を投げる。
「早く、」
「え、」
「そんなに長くは抑えてられないんで」
ほんとは抑えなくてもいいかと思ったんですが、そう続ける前に春日の意図は相手に伝わったらしい。
転げるような走り方で逃げ去っていった。比喩の生まれる瞬間に立ち会った気分だった。
黒いダウンジャケットが夜の闇に消えたころ、暴れていた若林はようやく静かになった。
抑える力をゆるめると、あっという間に振りほどかれる。

「…なんで止めたんだよ」
「あれくらいでいいだろ、もう」
「全っ然よくねえ。なんだあいつ、なんだよ、ほんっと腹立つわ」
「それはわかるけれども」
「わかってねえだろ、お前言われてねえじゃん。言ってやろうか俺何言われたか。すげえぞ、全部否定されたようなもんだぞ」
「いいよ言わなくて」
「じゃあ止めるなよ!」
「お前が腹立ってんのはわかってるし、本当はそうじゃないのも知ってる。いいだろ、それで」
「…なんだそれ」

消化不良の怒りはまだ若林の身体の中で暴れている。ベクトルの先を求めた力が無遠慮に胃に衝突してきて吐きそうだ。
こんなものを抱えて黙って眠れというのか。理不尽だ、と思う。知っていたつもりだったが、理解の範疇を越えていた。
代わりに睨みつけた春日の横顔は相変わらずフラットで、思わず舌打ちが出た。
理不尽はこんなところにも転がっている。
体勢を整えるふりをして春日の足を踏んでやると、踏んでるよ、と言われた。
わざとだよばか、と返した。

587とびだせハイウェイ ◆1En86u0G2k:2009/01/08(木) 17:08:34

「いらねっつの、石なんて。無機物のくせに有機物をコントロールすんなってんだ」
「…石にも有機物はあるんじゃないのか?」
「うるせえよいちいち。例えだよ例え」
「…売れるのかな」
「あぁ?」
「石は、売れるのかな」

一瞬立つべき足場をいっぺんに全部失ったような顔をした若林は、真面目に考え込む春日をじっと見て、ようやく安心したように表情を緩める。

「お前のとこには来ねえだろ、売れるようなのは。ダイヤとかそんなのは」
「じゃあ、不要だな」
「…うん、いらねえわ」

欲しいのは得体の知れない石ではない。ましてや妙な力なんて、全力でごめんこうむる。
1ミリもぶれない心を。深い沼をのろのろと突き進む二本の足を。若林はいつかと同じように強く願う。
月が出ていた。
たくさんのことが変わったような、何も代わり映えしないような、一月の東京の、月だ。

588 ◆1En86u0G2k:2009/01/08(木) 17:12:03

*********

能力が思いつかなかったのもあってこんな形になりました
すさまじい勢いで突き進んでいるので今後も全力で応援したいと思います
キャラクターをうまく掴めていないまま投下してすみません
どうかテクノカットだけはお許しください

589牛蒡の煮付け:2009/01/10(土) 22:39:06
こんばんは。
素晴らしいっす・・。
是非、続きお願いします。

590名無しさん:2009/01/11(日) 00:38:34
これは…wktkせざるをえない…!
続き希望したら駄目ですか

焼きゴテだけは…

591名無しさん:2009/01/11(日) 13:54:00
オードリー編、続編にめちゃめちゃ期待してしまいます…。
彼らにはコンビでバランスの良い能力を持ってほしいなと。

592 ◆1En86u0G2k:2009/01/14(水) 03:08:11
>589-591
ありがとうございます
能力スレにもすごく素敵な案が上がっていて今ちょっと涙目です
嬉しくてつい余分に走ってしまいました
一応前回の続き 数日〜数週間後という体です

593さよならリグレット ◆1En86u0G2k:2009/01/14(水) 03:09:28


後悔してはいないか。問われてすぐに答える自信はない。
小さな失敗から大きな過ちまで、振り返って膝を抱えたくなる思い出なら、脳裏に売るほど積まれている。
堂々と宣言できるのはたったひとつ、この道を選んだこと。
それだけは多分、間違っていない。

594さよならリグレット ◆1En86u0G2k:2009/01/14(水) 03:12:00

ひとまず若林が数年前の自分に教えてやりたいのは、忙しさで眠れないくらいの日々が近い将来やってくるということだ。
おはようございまーす。覇気のかけらもない挨拶を放って楽屋のドアをくぐる。
後ろからやってくる春日は妙にすっきりした顔をしていて、なんだこいつ、と思う。
「…お前、どんくらい寝た?」
尋ねてから自分と同じくらいだよなあと当たり前のことに思い当たる。
案の定春日は大体お前と同じくらいだろうと答えるので、アドリブ効かねえなほんと、適当に切り捨てておく。
ここもボケるべきなのか?驚いているようだったが、もう無視した。

喜びはあるのだ。やりがいだって感じている。
ただ公転するスピードがこうも違うと、ペース配分を掴むどころではなくなる。
余裕なんかずいぶん前に落としたまま、拾ったという知らせも届いていない。
翻弄されているという表現が的確だとして、たぶんそれは美しくないのだが、毎日はおかまいなしに過ぎ去ってゆく。
やれやれと首を振ってみせる相手はいない。取っ組み合うしか術はない。
まだテレビ向けに整えていない相方の髪についた妙な寝癖を横目に、若林はふと口を開いた。
「…なあ、春日」
お前、あれ、来たか?
続けようとしたその問いを咄嗟に飲み込む。
格好よく言えば愕然としたし、正直な言い回しをすれば己にドン引いていた。
ついこの間、求めた否定を肯定されて安心したばかりなのに。
気にしてるのか、馬鹿馬鹿しい。石があったらなんだってんだよ。
「…や、なんでもないわ、」
向けられた視線を感じたまま、目を伏せた。

595さよならリグレット ◆1En86u0G2k:2009/01/14(水) 03:12:59

あのくだらない言いがかりはしぶとく記憶に残り、ふとした隙間に浮き上がっては若林を悩ませた。
もちろん石なんか手にした憶えはなかったし、持っていたところでそんな大それた効果を発揮するわけがない。
(裏表紙の広告かっつうの)
けれど、今まで芸人として日々を過ごしてきた中で、そういう話を全く聞かなかったといえば嘘になる。
いい年した大人にしては綿密すぎる遊びのような、妙なルールに基づいた争いの話。
キーワードはどうやらふしぎな石で、少なくともこれまでの自分たちには縁がなかったから、これ幸いと無視していたのだが。
それが通用しなくなるのだろうか。精一杯の努力が、ようやく実りはじめた途端に?
意味わかんねえ。ひとり吐き捨てて、がしがしと家路を急ぐ。
深夜0時を過ぎた街は斬りつけるような寒さだった。
はやく暖かくなればいい。そうしたら原付に乗って、厄介なことは全部振り切ってしまえる気がする。
まだ遠い春を思って進める歩みが、小さな橋にさしかかったところで止まる。
若林は目の前に立ちふさがる青年にまず怪訝な視線を向け、数秒の間を経てそれをはっきりした敵意に変えた。
細くてひょろ長い身体のくせに、前をきちんと留めないのは奴のこだわりなのだろうか。
黒いダウンジャケットが初めて対峙した時と同じように、北風にばさばさと煽られていた。

596さよならリグレット ◆1En86u0G2k:2009/01/14(水) 03:16:05


「…なんだよ」
先手を取られるのだけは我慢ならない。
プライドに突き動かされて発した硬い声への返答は、信じられないことにまたしても繰り返された。
最近売れてきてるじゃないですか、それって石のおかげでしょう?俺にも貸してくださいよ。
この期に及んでまだ言うかこんちくしょう。
一気に沸点まで昇りつめかけた血が、わずかな違和感をストッパーにして踏みとどまる。
まったく同じ台詞。言い回しも抑揚も、多分一生忘れない。たった今言われた言葉は、あの日の声をもう一度再生したのかと思えるぐらい、ぴたりと一致していた。
そんなことがありえるだろうか。違和感と疑問はすぐにざらついた悪寒に変わる。
普通なら答えはノーだ。ならば何か、普通と呼べない何かが起きていると見た方がいい。
「だから、そんなもん持ってねえっつってんだろ」
怒りより警戒の色を濃くして告げる。相手の目はなんだか不透明に濁っていて、まっすぐ言葉が伝わる気がしなかった。
「諦めろよ。お前こないだ逃げたくせに。…それともあれか、今度はほんとにぶん殴ればいいのか?」
未遂に終わった夜をなぞる。相手の顔を睨みつけたまま、道に転がった石を拾い上げる。
男の動きが少し過去のレールから逸れた。薄く笑って指をさす。

「ほら、持ってるじゃないですか」
「―――は?」

視線と人差し指の届く先にあるのは、どう見ても若林が右手につくった拳だった。


まるで促されるように手を開く。その中にあるものがありふれた石と違う姿をしていることに、はじめて気付く。
というか、ほんの一瞬だが淡く光った。ボタン電池の忍び込む余地すらないのにだ。これはいよいよ普通ではない。
(だけど、こういうのって、道に落ちてるもんなのかよ)
空気を読んだのか、それとも全く読めていないのか。とにかく唐突なタイミングのせいで反応が滞った。気付けば男が距離を詰めてきている。
奪うことしか頭にない、躊躇の削れた動作を受け流すのは難しい。揉み合ううちに緩んだ手の中から、石があっけなく滑り落ちた。
「っ、」
石はころころと呑気に、それでいて意外に速いスピードで道の上を転がっていく。
自分を押しのけ、無遠慮に手を伸ばしながら走り出した男にいっそ殺意すら沸いたのは、断じて石に囚われたせいではない。
くだらない迷信に縋ろうとする相手の存在が、心底許せないと思ったからだ。
俺よりまだ全然若いくせに。面白いことだって、必死になりゃたくさん考えられるくせに。
(ふざけんなよ)
耳の奥、巡る神経が張り詰める。裏返った怒りが高揚感にすり替わってゆく。
若林は男の動作からわずかに遅れ、しかしはるかに鋭角なモーションで、アスファルトの地面を蹴った。

597さよならリグレット ◆1En86u0G2k:2009/01/14(水) 03:17:42

光速のランニングバック。
いつか見た漫画のフレーズを、他人事のように思い出す。
そんな大層な二つ名で呼ばれたことなどないけれど、せめて音速、いや高速―
なんでもいい。この際人並みでかまわない。
目の前の相手よりコンマ1秒でも速ければ、それで十分だ。
同じ標的に向かって走るときのコツは体が覚えていてくれた。肩をねじこんで強引に道を空ける。
わずかに広がった視界、ようやく動きを止めた石を掴もうと、伸ばした無防備な指先が地面に擦れる。
摩擦の痛みに奥歯を噛んで、握りこんだ石をポケットの中へ突っ込む動作、その軌道を塞ぐように腰のあたりを掴まれた。
相手の笑う気配がする。石を守ろうとする本能を読んだとでも言いたげな、腹の立つ笑い方。
若林は小さく息をのみ――けれど男のそれよりも数段、底意地の悪い表情を浮かべた。
どいつもこいつも後生大事にすると思ったら大間違いだ。

「こんなもん…っ、いらねんだよ!バーカ!!」

言い放つなり右手を急角度で振り上げる。
相手の側頭部を殴りつけそうになって(それならそれで構わなかったのだが、とにかく)男が反射的に身を捩った。
振り切った先には静かな夜が広がっている。ここは橋の上、ならば闇の奥には川があるだろうか。
まるで竜巻のようなフォーム。我ながら見事だと思った。もしかしたら描く軌道は美しいフォークですらあったかもしれない。
大の男ふたりがみっともなく争った対象物は、きっちり3秒後、ぱしゃん、と、まるで頼りない水音を夜に響かせた。

598さよならリグレット ◆1En86u0G2k:2009/01/14(水) 03:18:57

沈黙が流れる。
力任せの投球動作からバランスを崩して座り込んだ若林と、呆然と石が消えた先を見つめる男。
なにやってんだよ、掠れた声が聞こえた。投げたんだよ。こちらの声も掠れている。
「何考えてるんですかあんた…!?ええ、何投げちゃってんの!?馬鹿じゃねえの!?」
とうとう敬語が抜け落ちた。先程よりはずいぶんと人間らしい声だ。今時の若者めいた、捲したてる口調に眉をしかめる。
俺年上だぞたぶん。どうでもいいけど。
「お前、あれがほしかったんだろ」
若林は何も考えていなかった。少なくとも石を手にした未来のことは、何も。
ただ自分の元にやってきたあれを、誰かが奪おうというので、その前に捨ててしまおうと思っただけだった。
そっちの方が少しは面白い気がしたから。
とりあえず目を見開いた男の顔は期待通り、ずいぶんと滑稽にみえた。
「欲しけりゃ取りにいけよ」
楽しそうにすら聞こえる煽り。馬鹿正直に反応した男は、素早く若林の胸倉を掴んでねじ伏せてきた。
後頭部に重い衝撃。ギリっと音を鳴らすような圧迫感。気道が塞がれて息苦しい。なにこいつ強えじゃん細いくせに。
(ああ 、やばいなこれ、落ち る、)

―ガッ!

今度は本当に鈍い音がした。
喉を詰めていた力が緩む。白と黒に明滅する視界の上端で、誰かが息を切らしている。
こないだもそんな感じだったよなお前。ほんっとワンパターンだな。
「遅ぇよばか」
切れかけの蛍光灯に似た意識の中、春日であるはずの人影に毒づいて、笑った。

599さよならリグレット ◆1En86u0G2k:2009/01/14(水) 03:19:58

どうして自分の居場所がわかったのか。
問われた春日はきょとんとして、まあ適当に、と泣けるほど実のない返事をよこしてきた。
ハッタリでももう少しうまいことを言ってくれたら、感動してやれたかもしれないのに。まあ、しないけども。
「捨てちゃったのか」
春日は気を失っている男が見ていた方向を見下ろしている。
「捨てちゃったね」
若林は満足げな声で、いい球投げちゃったもん、と続けた。

「野茂を彷彿とさせるくらいすっげえやつ」
「そうか」
「…まああれだろ、どんだけみんな必死なのか知らないけど、さすがに殺されたりはしねえと思うし。
 人死んでたら騒ぎになるし、俺らだってちょっとぐらい噂聞いたりするだろ普通。
 そういうのがねえなら、…まあ、どうにでもなるはずなんだよ」

相槌を待たずにべらべらと喋りつづける自分はひどくみっともないなあと思う。
男がまとっていた異様な気配。石のくせに光ったりなんかして。
確かに若林は怯えていた。色を変え始めた日常はさらに、よからぬ方向へ捻くれようとしている。
捨てなきゃよかったのかな。よぎった弱音は無視した。そんな格好悪い台詞を吐くぐらいなら殺されたほうがましだ。
いや殺すのはさすがに勘弁してください。せっかく楽しくなってきたんだから。妙な騒ぎに巻き込むんじゃねえよ頼むから。

ぐるぐると堂々巡りをはじめる思考の外、声が聞こえて顔を上げた。問い返す先の表情は相変わらず、腹立たしいほどに揺るがない。
「大丈夫だろう」
いったい何の根拠があって。
けれども二度も救われてしまった身だった。言い返さないでおいてやる。

600さよならリグレット ◆1En86u0G2k:2009/01/14(水) 03:22:36

あっという間にまた慌ただしい日々が駆け抜けていった。あれ以降は今のところ、迷惑な襲撃を受けていない。
諦めてくれたのなら幸いだ。お願いだから違うことに脳を使ってほしい。
「さみー…」
長い長い収録を終えた真夜中、ようやく相方の狭い家まで辿り着く。
引越しがネタでなくいよいよ現実になりそうな今だ。次こそ雨戸のある家に住んでいただきたい。
冷え切った室温にダウンを脱ぐ気も起こらないままメモ代わりのノートを開き、並べた文字を追おうとして、目線を止める。
ネタ作りに励む前に、やはり、きちんと言っておかなければならないことがあった。

「なあ」
「ん?」
「…あの、石のことなんだけどさ」
「ああ」
「なんかさ、かなり自分勝手だったかなあっていまさら思ってんだけど。
 そんなつまんない話で面倒な目に遭うのも、遭わすのも、ほんと我慢できねえっていうか…
 だから、しばらくは迷惑かけるかもしれないけど、…その、……、………」

ぐっと口を噤む。言い慣れない類の話をしようとしているのだが、それが原因ではなく。
春日の進行形の動作が全ての元凶だった。次第に若林の眉間の皺が深くなっていく。
『がっしゃがっしゃがっしゃがっしゃ』
水分が力強く撹拌され続ける無遠慮な騒音に、とうとう若林は大声を出した。

「うるっせええ!!お前人が話してんのに飴ジュース作ってんじゃねえよ!!」
「なんだ、パッションフルーツ味じゃ不満か」
「どうでもいんだよ!まずそれを置け、あとにしろ頼むから」
「いや、なんだか溶けるのが遅いんだよこれ。…どこの局の飴だ?」
「知るか!!」

601さよならリグレット ◆1En86u0G2k:2009/01/14(水) 03:25:23

強引にペットボトルをひったくった。ごく薄い色のついた水の底で、確かにふたつ、溶け残った飴が泳いでいる。
…いや、待て。妙な既視感が脳裏を通過した。
これは本当に、飴か?
「…ちょっと待てよ、おい…」
互いにボトルの底を凝視する。にらみ合いの果て、先に結論を発したのは春日だった。

「…石だな、これは」
「……っ!?」

間違いない。若林にうっかり拾われ、男との取り合いの末、遥か彼方へぶん投げられたはずのあの石だ。
なんで、どこから。何経由で。
非常識な事態にまばたきを忘れる若林をよそに、春日がじゃあこれ飲まない方がいいのかな、と残念そうに呟いている。

「川に落ちてた石だもんなあ。腹壊しちゃうか。なあ若林、どう思う?」
「…………」

もうひとつの石が自分の所有すべきものではないかと、悟るより先にこの始末だ。
気に病むポイントがズレすぎていた。光景のあまりの間抜けさに、若林の両肩からすとんと力が抜ける。
意地を張るのもばからしい。
どうせたかが石っころだ。あってもなくても同じだとして、誰かがこれでくだらない何かを企むのだとしたら。
ささやかな抵抗として、阻むためだけに握っておくのは、そんなに悪くないかもしれない。
観念に近いため息をついて、いくらか険しさの抜けた視線を向ける。
(もういいや。投げねえよ、もう)
うす甘い水の中、小さな石がほっと胸を撫で下ろすようにころりと揺れた気がした。

602さよならリグレット ◆1En86u0G2k:2009/01/14(水) 03:26:11

後悔してはいないか?
問われてすぐには答えられない。
悔いるのは大分手遅れな気もするし、ずいぶんと先走った行為にも思えた。
まだ何も始まっていない。大体のことはきっと、これから先で待っている。

(こんなとこで立ち止まるくらいなら、)
(はじめっから歩かねえよばかやろう)

見上げれば春日が不思議そうな顔でこちらを見ている。
気遣っているようにもみえる目線だった。春日のくせに。口の中で呟いて笑いそうになる。
「お前にはわかんねえよ」
わからなくても構わないのだ。自分の中で好き放題拗れて、いつか勝手に解けてゆくから。
ただまっすぐに立っていて欲しい。色々なことを見失わないように。
若林の唐突で抽象的な要求に春日は首をかしげ、それだけでいいのか、と不思議そうに尋ねた。

「立ってるだけでいいのか」
「いんだよ。それくらいなら、できんだろ」
「そうだな。それくらいなら」

あまりにも真面目に頷くので、結局若林は笑ってしまった。
「微動だにすんなよ、ばか」

高らかに宣言できるのは、いつでもひとつかふたつだけ。
この道を進んでいること。
この男と歩んでゆくこと。
そのへんはたぶんきっぱりと、間違っていないと言えるのだ。
まるで春日みたいに、堂々と胸を張って。

603 ◆1En86u0G2k:2009/01/14(水) 03:29:52

*********

思ったより長々としてしまった そのくせ石もあまり出てこない始末
一度でいいから本気で石を捨てるパターンを見てみたかったので
期待を裏切っていそうなのでテクノカットにしてきます
ありがとうございました

604名無しさん:2009/01/15(木) 01:59:02
期待通りどころか、それ以上すぎて言葉にできない…!
あなたの作品をもっと読みたいです!

605名無しさん:2009/01/15(木) 02:09:45
すごく面白かったです!
石が飴ジュースに入っているという発想に脱帽しました。

606名無しさん:2009/01/15(木) 11:22:41
能力スレにオードリーの能力案書き込んだものです。
石があまり出てこないのは、やっぱりあの能力だと、使いにくいのかなと思ってみたり
でも石を捨てちゃうのも彼ららしいなと納得したり。
使いにくければ変更していただいて構いませんからね。

あ、飴ジュースには爆笑しました。

607 ◆1En86u0G2k:2009/01/15(木) 18:32:17
>604-606 コメントありがとうございます 飴ジュースばんざい
能力はキャラに合っていてとても好きです
ただ2本目の話を固めているときに拝見したのでうまく組み込めませんでした
突っ走るにも程がありますが撃てる時に全部撃っちゃいたいのでよろしければ
2本目からさらに10日ほど経過(揃ってターゲットに追加され済)した体でどうぞ

608ずぶぬれスーパースター ◆1En86u0G2k:2009/01/15(木) 18:33:21


なぜだか噴水が待ち受けていたのだ。
時期柄枯れていても困らないはずのそれは、頼んでもいないのになみなみと水をたたえている。
押された痛み自体はささいなものだったが、踏み止まるにはバランスが絶望的に崩れていた。
着水する前の数秒間、視界を通過する若林の硬直した顔と、脳裏を流れていくここ最近の騒動の記憶と。
まさか、走馬灯ではないと思うけれど。

609ずぶぬれスーパースター ◆1En86u0G2k:2009/01/15(木) 18:35:00

「こんなもん持ったって何が変わるってわけじゃねえから」
春日の家である種の決意を固めてからずっとだ。
若林は何度も誰かに言い聞かせるみたいに繰り返す。そりゃそうだ、石が漫才に割り込んでくるわけがない。
噛まなくなる効果でもあれば儲けものだが、その日の収録で可能性はあっさり潰えた。
というわけで春日は基本的に石に対する関心をなくし、雑にリュックのポケットに突っ込んだままにしている。
どちらかと言えば若林の石の方が気になった。あの銀色はたしか白金という名だからだ。
「グラムあたりいくらになるんだったかね」
知らねえよバカ、素早い切り返しで怒られる。てか何勝手に売る気になってんだよ。それよりさっきのお前、噛んでんじゃねえよばかやろう。
不用意な言葉のせいでいくつか余分に反省を促されながら家路を辿る。
さあ、今日こそまっすぐに帰れるだろうか。
新ネタの納得いかない部分にひらめくところがあったらしい若林は、まじ今日は空気読めよ、と早口で呟く。
「一刻も早く詰めてえんだから」
「多分無理だろうな」
「…なんでだよ」
「なんとなく。勘だな」
相変わらず根拠もないくせに自信たっぷりな春日に若林は冷たい視線を向ける。
けれど、春日の勘はこんな時いつも、妙な的中率を誇った。
殺気とまでは呼べずとも、不穏な戦いの気配には敏感なのだ。感じ取っても動じないだけで。
まもなく春日の宣言通り、厭な雰囲気を漂わせた男たちが行く手に姿を現し、お前のせいだからな、と若林が心底うらめしそうに呻いた。

相手は4人。
こちらの倍の人数で挑むとは、それだけ春日の脅威を強く感じているということか。
大変結構。頷いて一歩前に踏み出す。
「3分でケリつけるぞ」
こんなことしてる場合じゃねんだ、若林はやはりどこかの誰かに噛み付くような言い方をする。
「そうですな」
それぞれが思い思いに襲いかかってきた。どこか虚ろな目と素早さのコントラストが奇妙ではある。
一番体格のいい男が春日を、残りは後方の若林を標的としてまずは認識したようだった。
なるほど、そう来ますか。
相手の目論みを鼻先でへし折る時の心地よさは多分相方の専売的な感情だった。なので春日は冷静に、けれど堂々とした声でただ叫ぶ。
「…トゥース!!」
天を指すように立てた指の背後から、なんかそれやっぱり格好悪くねえか、ぼそりとそう漏らす声が聞こえた。

610ずぶぬれスーパースター ◆1En86u0G2k:2009/01/15(木) 18:36:43

自分の石の効果を知ってからそれほど日は長くないが、好ましい能力だと思っている。
若林の指摘は後回しに、右斜め後ろに合わせて素早く右腕を上げた。半拍遅れてそこへ拳が当たる。
最初の攻撃には大概腰が入っていない。春日を攻撃するつもりが、当の本人にないからだ。
若林をまるで無視するような形で半円状に陣形を組み直され、つまりそれが春日の石の力だった。
わずかに気合いを入れ直す。次の手までの時間稼ぎと割り切って、攻撃を捌くことに集中する。
数回の体当たりとパンチを耐え切ったところで、奔る人影が視界の端をよぎった。
初動の瞬発力は相変わらず見事だと思う。若林は注意力を欠いた男たちの背中や肩を、掠めるように触れていく。
奇襲にしては軽すぎる攻めに戸惑いが広がり、けれどそれが終わりの合図だった。
生気を感じさせなかった男たちの表情に次々と浮かんでくる怯えの色。手数の有利さで闇雲に打ちこまれていた手が止まる。

「…よし、走れ!春日!」

隙を作れれば十分だ。恐怖に固まった相手を押しのけ、しかし早くも負荷の影響を受けた若林の動きが鈍り、そこにまだ動けたらしい男が立ち塞がる。
「…っ!」
かける力の方向を速やかに変えてひとつ蹴りを放った。相手の背丈をまったく考慮しないのは、元から威嚇にしか使う気がないからだ。
夜の空気を裂く音が男の頭上で鋭く響く。
上乗せされた危機感にようやく相手がへたり込むのも見届けず、全力でその場を離脱した。


勝つのも負けんのもごめんだね。あくまで若林は主張を貫くつもりなのだった。
必要最低限の睡眠時間やネタ合わせ。およそ芸人に必要な生活を守るために、ほんの少しだけ石の力を借りる。
最後はいつも相手か自分たちが逃げだしてぐだぐだで終わる。明確なオチなんてこれっぽっちも望んでいない。
誰かが欲しがってる光景の、こう、真逆ばっかり打ち込んでやりたいわけ。そのうち全部ひっくり返って、ついでに我に返ってくれたら面白えんだけど。
癖らしい観念的なひとりごとにはいつも、肯定も否定も返さないことにしている。
だからその時は粛々と、最後にハイキックを打たされた事実を悔やんでみたりした。
「春日にあそこまでさせるとは…」
「なんだそのプライドめんどくせえな」
捨ててしまえよ。若林は詠うように言う。その日はほどほどに上機嫌だった。

611ずぶぬれスーパースター ◆1En86u0G2k:2009/01/15(木) 18:39:14

覚悟していたとはいえ、真冬の水温を浴びる衝撃はすさまじいものだった。
巻き戻しと再放送が終わり、頭が諸々の情報処理に手こずっているうちに、いつのまにか日常を邪魔した御一行の姿は綺麗さっぱり消えている。
何やってんだよ。舌打ちされて見上げると、腕組みした相方がとても不快そうに自分を睨んでいた。
目線の薄暗さに事情を悟る。おそらくいつもより“強め”にいったのだろう、人為的な不機嫌さを丸出しにしている。
いやいや春日ともあろう者が、ははは。
悠然と身を起こしたが、下半身まるごと水に浸かっただけあって、たちまち体温を根こそぎ奪われかねない寒さに苛まれた。
体感する冷気と凍り付くような視線を受けながら、春日は自分が春日で本当によかったと思う。常人ならここで心が折れる。
「…怪我は」
「は?」
「怪我してねえかっつってんだよ何度も言わせんな」
「…いや、どこも。少々寒いくらいだな」
「行くぞ、早く」
風邪なんかひいたらまじで許さねえからな。
言い捨ててすたすたと歩き出す若林を追いかける。
そういえば今日演ったネタで水責めを畏れたっけ、と、どうでもいいことを思い出しながら。
確かにこれは忌避すべき状況だ。びしょぬれの中、またひとつ学んだ。


痛いとか痛くないとか、相対的な観念とか。そのあたりのテーマで悩む趣味が春日にはない。
ただ約束は守ろうと思う。まっすぐに立って、まっすぐに笑う。
銭湯の類をきっぱりと固辞し、帰ってからきわめて迅速に着替えたので、風邪は引かずに済んだ。若林は単にばかだからだろ、と主張した。
答えは今も保留中だ。450円を守り抜いた。

「こうして春日は目ざましく成長を遂げてゆくわけでございますな」
「元々が底値じゃねえかお前なんか」

またまたそんなご冗談を。

612ずぶぬれスーパースター ◆1En86u0G2k:2009/01/15(木) 18:42:41

*********

春日俊彰
オレンジッシュ・ブラウン・トパーズ(石言葉は「保護」「包容力」)
敵の注意を引き付け、味方を庇う。
春日が気絶しない限り、他の人間を攻撃することはできない。
ネタ中と同様に、左手の人差し指を立てて「トゥース!」と叫ぶと発動。
一度発動すると、自分が気絶するか戦闘が終了するまで解除できない。
発動中も身体能力や防御力は変わらないので、集中攻撃を受けながらの回避、攻撃は可能。
能力を使ったあとはささいなことで他人に怒られやすくなる。

若林正恭
プラチナ(石言葉は「多感な心」)
相手の中にある恐怖感を増幅し、精神的に屈服させる。
相手に直接触れなければ発動しない。触れる力の強弱である程度送り込む力を調節できる。
(怯えさせる→泣かせる→生まれてきたことを後悔させる)
また、何らかの理由で感情が失われている者や、若林本人が敵わないと思う相手に対しては著しく効果が落ちる。
能力を使ったあとは自分も無力感や苛立ちに囚われるほか、身体能力が全体的に低下し、限界を超えると過呼吸に陥る。
春日に八つ当たると多少早く回復する。

*********

能力スレに上がっていた案をありがたく使わせていただきました
精神攻撃系は他に何人かいるので噂に聞くドS(くじら先輩に対しての色々とか)っぷりを参考に少しだけ変えています
春日さんの能力はものすごく有利っていうわけでもないかと思い 代償はちょっとだけ
本当にありがとうございました 水責めも笑顔で耐えられそうです
銭湯の料金が正しいかどうかが心配です

613名無しさん:2009/01/15(木) 19:59:31
乙です!すごく面白かったです。
それぞれの能力の代償が性格をよく取り入れててすごいです。
自分の読解力不足なのかもしれませんが、春日を噴水に突き落としたのって
能力の代償でイライラしている若林でしょうか…?

能力スレで能力を考えた方も、ご苦労様でした!

614名無しさん:2009/01/16(金) 01:00:10
素晴らしいっす…
身体的に強い春日と能力が強い若林なのに最小限の戦いしかしないってところが
かっこいい!

615名無しさん:2009/01/16(金) 01:11:29
面白かった!乙!

せがむようで申し訳ないが、ぜひとも続きなどお願いできないでしょうか。

616 ◆1En86u0G2k:2009/01/16(金) 22:50:30
>613-615
読んでいただきありがとうございました 一応脳内時系列では
春日うっかり噴水へ → 若林が敵を追っ払う(春日回想中)→ ドボン → お叱り
という流れでした わかりにくくてすみません 
いっそ若林さんに突き落としてもらった方が面白かった気もします

大体書きたいことは書けたので また機会があれば
やっぱり何らかの形でエンディングが見たい企画ですね

617名無しさん:2009/01/16(金) 23:07:33
>>616
説明ありがとうございます!
ちゃんと流れがわかりました。やっぱり自分の読解力不足です。
申し訳ないのでテクノカットにしてきます。

618名無しさん:2009/01/18(日) 19:32:41
本スレ過疎ってるみたいだし、本スレに投下してみてはどうか

619 ◆sKF1GqjZp2:2009/06/30(火) 01:11:02
以前能力スレで狩野と柳原の能力を提案したものです。
こっそり狩野を投下。
もしかしたら本スレに落とすかも

620 ◆sKF1GqjZp2:2009/06/30(火) 01:11:40
「内村さん…あなたはどうして…」



彼、狩野英孝が石を手に入れたのは3年ほど前のことだった。
愛犬とのいつもの散歩の途中に、偶然見つけたもの。
それは輝く星を中央にたたえ、鮮やかな赤い色をした石だった。
見る人が見ればすぐに本物だとわかっただろう。
当時の狩野は宝石とは全くといっていいほど無縁だったため、よくできたイミテーションとしか思えなかったが。
しかし、自分でも何故かはわからなかったが、石を捨てる気にはなれなかった。
綺麗だしお守りにしようと、持っていた実家のお守りに入れて再び散歩コースを歩きだす。

―――その日を境に、狩野の運命は大きく変わることとなる。
レッドカーペットのオーディションに受かったのをきっかけに、狩野の認知度は徐々に増えてゆき、今では昔と比べたら遥に高くなっていた。
「これのおかげなのかな、やっぱり…」事務所にて石を手のひらにのせて一人呟く狩野。
普段は袋の中に入れているが、時々こうして眺めたり磨いたりしている。
「でも何なんだろう」
何か胸騒ぎがする。当初はこんなことは感じなかったのに、最近いつも誰からも注目されすぎているのだ。
ただ単に有名になったからというだけではない。その他人の視線のいくつかには、自分を狙っているものさえ感じる。
「まあファンの子だったらまだいいけど…」
持っていたタバコを消し、帰ろうと立ち上がった時だった。
ドアが開き、誰かが入ってくる。
「なんだ…お前か」
「あ、内村さんお疲れ様です」
狩野の大先輩の内村だった。丁寧なお辞儀のあと、すぐさま帰り支度をする狩野。


「ちょっと待て」
不意に内村に腕を掴まれ、肩がはねてしまった。
「な、なんですか!?」
思わず声が裏がえってしまう。
「今、何をしまった?」
「えっ…」
「見せろ」有無を言わせぬ強い命令口調。よく番組でしている特定人物との冷たい絡みとは明らかに声が違う。
「これなんですが…」
「…!!」おずおずと狩野の手のひらの石を見た途端、はっきりと目を見開いた内村。わずかにその身が震えたのを狩野は見逃さなかった。

しばしの沈黙の後、内村が口を開く。
「…狩野」
「は、はい!!」
「気をつけろ」
「え…?」
内村の言葉の意味が分からず、思わず聞き返してしまう狩野。
「後は自分で考えろ。俺が言えるのはこれだけだ。」
「え、ちょ、ちょっと内村さん!?」
狩野に構わずに部屋を出て行く内村。
残された狩野はしばらく呆然としていた。


程なくして、狩野は内村の番組の一員に誘われることとなる。
それが、『戦い』の始まりだった。

621 ◆sKF1GqjZp2:2009/06/30(火) 01:14:03
狩野の石は能力スレの677さんよりスタールビーを拝借しました。
では、失礼しました。

622名無しさん:2009/07/01(水) 00:03:33
>>619-921
投下乙です。緊張感があってすごくいいです。
ところで本スレ投下を考えていらっしゃるとのことですが
そうなると内村の扱いがちょっと気になります。
今後積極的に戦いに関わっていくポジションになってしまうと
「インフレを防ぐため登場芸人の上限はミドル3ぐらいまで」
という申し合わせ(新登場芸人スレ16-19)に引っかかりそう。
「ちゃんとその辺は考えてる」ということでしたらすみません。

続編楽しみにしています。

623 ◆wftYYG5GqE:2009/07/06(月) 18:02:49
お久し振りです。昔、千原編を書いた者です。
ナベアツの石の能力(提案スレ653)を使って、超短編を書いてみました。
話が始まりそうですが、何も始まりませんw

624名無しさん:2009/07/06(月) 18:03:19
「では今から、僕の声のカッター…『声カッター』で、この風船を割りたいと思います」


世界のナベアツこと渡辺鐘は、ある番組でネタを披露していた。
風船に向かって、甲高い奇声を上げる。もちろん、風船は割れない。そういうネタなのだ。
彼自身このネタはかなり気に入っているのだが、メディアでは「3の倍数」云々のほうがウケるのが、少々複雑だった。
「…失敗したけど、オモロー!!」
その後も、何度も奇声を上げたが、風船は一度も割れずに、ネタは終わった。


(まあ、実際は割れんねんけどなー)
渡辺は、そのような事をぼんやりと考えていた。
最近、芸人の間で流行っている石。渡辺も、だいぶ前に石を手にしていた。
彼の石の能力は、声を刃のように固めて飛ばす――「声カッター」そのものであった。
無論、ネタを披露するときは、石は置いてきている。不用心のようだが、彼には石を奪われる心配が無かった。


「…もしもし、ネタ終わったんで、今から石取りに行きます
……ああ、はい。あ、いつも石預かってくれててありがとうございます」


彼は、信頼できる人物に、自分の石を預けていたのだった。

625 ◆wftYYG5GqE:2009/07/06(月) 18:06:24
すみません、トリップが抜けてましたorz
>>624も私です。

一応ここまでです。ナベアツが白黒中立のどれかは、特に考えていません。
それでは、失礼致しました。

626 ◆1En86u0G2k:2009/07/07(火) 23:53:49
こんばんは プロローグ的な物語がいくつも投下されてwktkしつつ
オードリーを主軸にした話を考えてみたのですが
・長いくせに盛り上がらない
・登場人物の方針・能力について独断でやや拡大的な解釈を行っている
上記の理由から再度こちらに投下させていただきます
時系列は>>608「ずぶぬれスーパースター」後 日常的に戦うはめになってからの色々です

627 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/07(火) 23:58:00


自分と違うところばかりの友人を相方に選んで約10年、
沈んでた時期の方が長いのに振り返って余裕ぶるなんてのはいかがなもんかと思うけど、
ほとんどつまづき続けの日々、向かい風警報出っぱなしの中、どうにか空中分解を免れたのは、芯の部分に貴重な共通項を通していたからではないかと思うのだ。
つまりはどれほど痛い目に遭おうとも、取捨選択は己で決めるという不格好な意地の張り方である。


*********


2月の終わりを迎えた某局の楽屋だった。
桜前線はすでに沖縄でスタートを切ったという。日本中がピンク色に染まる季節がやってくる。
自分たちの生活は先取りした春一番めいた激しさを保ったまま、相変わらずありがたいことに気が抜けない。
ついでに言わせてもらうと、ありがたくない方面でもまったく気が抜けない。
(昔はそこらへんの桜見に行って 1日中ボケーっとしてたっけ…)
思い出にひたるつもりで鼻をすすり、ふとその記憶がほんの数年前でしかないことに気付いて我に返る。
「別に昔ってわけでもねえなあ」
拍子抜けした声が漏れた。2個目の弁当に取りかかっていた春日が顔を上げる。
「なにかね」
「いや?」
ひとりごとです。重ねて呟くと春日は首を傾げ、大きな独り言ねえと笑うだけで特に追求はしてこなかった。
「おれこの後用あっからさ、おまえ帰るんなら車乗ってっちゃっていいから」
「はいはい」
完全に唐揚げの方に集中した生返事。馴染みの無関心を今は心底好都合だと思いながら、若林は深呼吸を繰り返す。
仕事と異なる方面からくる緊張は、決して気取られたくなかったのだ。

628 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/07(火) 23:58:54

芸人の間ではひそかに有名になった不思議な石が、例に漏れず2人の元にやってきてひと月ほど。
くだらねえと呟いたところで結局襲撃は止まなかったし、関心がないと主張しつづけても情報は勝手に飛び込んできた。
白とか黒とか、味方になったとか裏切ったとか。オセロみたいな勢力争いの、板上に乗ること自体を拒否して逃げ回る日々。
悪の帝王めいた噂すら流れるその人から直々に連絡が入ったのは3日前のことだ。
電話番号わかんなくってさあ、の笑い声を耳に、反射的に身構えてしまった自分へ沸々と苛立ちを募らせながら、若林は平たい声で問うた。
「それは僕だけでもいいですか」
なぜあの時はそんなことを聞いたのだろう。少なくとも置いておけば盾にできたろうに、電話を切ったあとでこっそり後悔したのはここだけの話だ。
ともあれあっさり承諾されたのは意外だった。正念場かもしれない対面を春日抜きで切り抜けねばならなくなる。
もっとも、いつものような直接的なドタバタは起きないだろうとも予測していた。帝王の手口は柔らかいのだそうだ。
『肩の力抜くといいよ』
電話の向こうはバナナマンの設楽、やけに楽しげな声が不穏な気配を漂わせていた。

629 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:00:55

考えてみれば中心層からのコンタクトは初めてなのだ。
逃げちゃダメだを早口で3回、繰り返すこと数セット。
おれ追い込まれてるわあと苦笑しながら向かったのは、テレビ局からそう遠くないビルの1階、有名チェーン系列の喫茶店。
テーブルとカウンターを越えて半階分の段差を降りた先、壁際一番奥のソファー席で帝王が眉を下げて笑った。
「ごめんねー忙しいのに」
「いえ、大丈夫です、ぜんぜん」
劇的な変化を遂げたここ数ヶ月は若林の中に、今もって新鮮な驚きと感動を供給し続けていた。
死ぬほど焦がれていたテレビの中、散々憧れていた先輩たちと一緒に番組をつくるという嘘みたいな毎日。
設楽と初めて共演したのは例外的に何年か前になるけれど、今以上に試行錯誤を繰り返す往来で、最初で最後かもしれないと覚悟の緊張の塊を胸に抱えていた。
そのいつかと同じように笑いながら、先日の出演を迎え入れてくれたのだ。面白いんだよ!という褒め言葉付きで。
場を盛り上げるための甘い評価かもしれないが、それでもやはり嬉しかった。
面白い、という単純明快な形容が、どれだけ自分たちの足場を支えてくれるか。
何度となく活躍を目と耳にしてきた先輩からの言葉ならなおのこと、帰路の途中で小さくガッツポーズが出るくらいには。
いっそ前情報がないままならよかったのだ。
そうしたら純粋に感謝していられただろう、例えばいま持ち帰り分の食料を物色しているはずの春日みたいに。
少なくとも“こちらの警戒心を薄めるつもりだったのかもしれない”なんてくだらない詮索を、向けなくても済んだ。
「…どした?」
「や、」
申し訳なさと苛立ちと自嘲。入り乱れた感情が表情に思い切り出ていたらしい。
我ながら呆れるくらい下手な取り繕いに設楽は吹き出し、すっげえ警戒してるね、と言った。

「じゃあ大体わかっちゃってんだ、俺の言いたいこと」
「…予想外れてほしいなーと思ってますけど。切に」
「でもあれでしょ、若林ってそういう勘鋭い方じゃない?」
「嫌な予感ばっかりよく当たります」

次第に本題に近付きつつある場の空気に細心の注意を払ったまま、右手にぎゅっと力を込める。
手の中にこっそり握り込んだ小さな銀色の塊が、じわりと熱を帯びるのを感じながら。

630 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:02:39

設楽の印象ははじめて見たコントの役柄そのものに近い。
自分の主張を、たとえ多少の無茶があろうと飄々とした態度と語り口でゆるゆると押し進め、日村を納得させてしまうキャラクター。
(弁の立つ人だってのを、そんなに感じさせないふうにしてるっぽいのが余計怖いっつうか…)
あれは多少、素が入ってんだろうな、などと感心しつつ、警戒レベルを“高”に固定して耳を傾ける。
とはいえ、彼の言い分はある種真っ当で、非常にわかりやすいものだった。
「利害が一致するんじゃないかなあって」
極力注目されないように行動してきたつもりだったが、おそらくは筒抜けきっているのだろう。
希望するポジションは圏外と同意義の中立。春日がどう考えているかはさておき、若林の第一目標はとにかく厄介事から距離を取ることだ。
襲ってくるのは大概“黒”のほう、降り掛かる火の粉のみを払い続けるから根本的な解決は不可能で、かと言って離脱できない奥底まで立ち入ってしまっては本末転倒になる。
そちら側に協力するというスタンスを示せば、確かに日々の些末な面倒からはおおむね解放されるのかもしれない。悪くない話だと思うけど、設楽はそう言って笑った。
反論する余地をどう切り開こうか思案しながら、間をつなぐためにコーヒーを啜る。

「あの、そうすると逆に、白のみなさんに追っかけられるんじゃないですか」
「んー、まあいい顔はしないかなあ。でも基本的にあの人たちは動きが派手なとこを抑えにくるくらいだから、目立たなきゃ問題ないでしょ」
「目立たないっていうのは」
「ガンガン前に出てかなくていいよってこと」

詳しくは商談成立後にお話しします。芝居がかった口調で情報開示を遮断され、そこまで親切なわけもないかと勝手に納得する。
確かに白の責任感も黒の罪悪感も(正直なところ)さほど抱えていないし、今後抱える予定もない。そこまでご存知なのかは知らないが、把握したから行動に移していると判断する方が自然だった。
カップの中の黒い水面を見詰めたまま若林は黙っていた。
自分にとっては好機と呼んでもいい誘いにさっさと乗らないでいるのには3つほど理由がある。
ひとつ、長年の境遇と生まれついた性格の賜物か、“渡りに船”に対しては厳戒態勢を敷いていること。
ふたつ、右手の白金がチリチリと覚えのある痺れをずっと発していること。
みっつ、若林はどうすべきか悩んでいて、そういう時どちらを選びたがる人間だったか、ということ。
他にもいくつか正なり負なりの感情が交代で浮いては沈みを繰り返したが、最終的に自分ではない声の叱責が朗々と脳に響いた。
『グダグダ考えてんじゃないよ馬鹿馬鹿しい』
聞き覚えのある根拠レスな強さを蹴り出そうとしてやめる。
タイミング的には間違っていないので今だけ同意して指標にする。

「ありがたい話ですけど、お断りします」

結果はどうあれ笑いながら少数派に飛び込む男でありたい、ひとりそう誓ったのはこんな厄介ごとに巻き込まれるよりもっとずっと昔の話だった。

631 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:05:02

さて。
決裂の意を示してからが本番だった。わざわざ声を掛けられている時点で、わかった残念だなーで済まされるとは思えない。
「たぶん、設楽さんの言うこと、正しいと思うんですよ」
思うんですけども、言葉を返される前に言葉を重ねる。語頭が裏返ったのには無視を決め込む。
間を空ける怖さより主導権を簡単に渡してはいけないという焦燥が先に立った。なにしろ2ターン目は永遠に来ない可能性もある。
「でもおれ、そういうの好きじゃないんです」
断る理由はもうひとつ。目線を上げて一息に言い切る。
「ざっくり言うとムカついちゃうので」
「ははっ」
その選択を選びたくなる状況に追い込んでからの条件提示。攻勢としては大正解だが、だからこそ下手な(一応そういう自覚はあるのだ)意地を張りたくもなる。
白黒どうこうを抜いても失礼だったはずの若林の物言いを、設楽は特に気にしてはいないようだった。
ムカついちゃうかあ、笑いながらコーヒーをひとくち、そういうとこ頑固そうだもんね、と呟いてから。

「いんだ別に、ムカついたまんまでも、全然」
「………!」
「“とりあえず言うこと聞いてもらえればなんでもいいから”さ」

―――来た。

ふたつめの懸念、プラチナが微弱な反応を繰り返していたのはなぜか。
若林の石は持ち主の性質に呼応しているのか、味方より敵の石の発動に対して敏感な反応を示す。
設楽が持つソーダなんとかという名の石の効力は『説得力の爆発的な向上』らしい。物理的な物騒さとは無縁のまま畏れられる存在になり得たのなら、きっとそれを最大限に活用してきたのだろう。
元を正せば電話を受けたときから白金は熱を帯びていた。携帯電話の振動Cに似た断続的な痺れは、自身に対して能力が向けられている知らせ。
足した意味は言わずもがな、その熱量と痺れが、設楽の声をきっかけにガツンと膨れ上がった。
(…やば、っ…!)
咄嗟に右手の拳を固く握る。オレンジ色の六角形を重ねて中空に張るイメージを脳内で展開する。
14歳ではないから可視のフィールドは現れないが、こちらの石も似たような効力だ。問答無用の屈服という、まあ、若干乱暴な仕様ではあるけれども。
相手の心の膝を折らせるための力が衝突し、テーブルの上で軋んだ音を立てた、気がした。
拮抗するかと思えたのはたった数秒。
背中を嫌な汗が伝い、設楽が片眉を上げる。

632 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:07:57

「やっぱり若林もこっち系なんだ」
「…みたいですね…」
「うん、だから声かけたんだけどね。“あんまり抵抗しない方がいい”よ?疲れるでしょ」
「……っ、や、だから、お断りします、って、言ったじゃないす、か」
「“頼むってば”。ね?」
「………ぅあ…っ」

慢性的に抱えている偏頭痛を数倍刺々しくしたような痛みだった。熱膨張を起こした右脳、焼けていると錯覚しそうな右手の石。
偏った痛覚につられ、右目だけをきつく閉じて喘ぎに近い呼吸を繰り返す。
攻めるための能力を無理やり防御用に転換しているわけで、しかも自身の能力をほぼ完全に使いこなしている者が相手ともなれば、
(そりゃあ、押されるのは無理もねえ、んだけどっ)
納得はすれど諦めるのは癪だった。目に涙を滲ませながらも必死で見上げれば、設楽は「すっげえつらそうじゃん」などと顔を覗き込んでくる。
この人Sだって話はガチだわ。
内心深く頷いてから、テーブルの上に置かれた手に左手を伸ばそうと試みるも、「あぶねっ」咄嗟に身体を引かれる。
「触られちゃまずいんだったよね?」
大袈裟な首の傾げ方、浮かべた笑みがいつかオンエアで見た春日を追い込む自分と重なる。
―――訂正しよう。この人、ドSだ。
それから設楽はいつもの若干間延びした喋り方で、こちらの気が変わるように色々と優しく働きかけてくれた。もちろん石の力を絡めているので、拒否の意を示すだけでも面白いほど疲弊する。
体感時間にして5時間に及ぶ拷問。実際のところは30分にも満たない会話。
2ストライクから美しくもないスイングでチップし続ける執念に、ピッチャーは仕切り直しの必要有りと判断したらしい。
「そろそろ出よっか」
うつむいて咳き込む若林のつむじを眺めてため息をひとつ。予定より長居しちゃったねえと言いながら設楽が席を立つ。
軽い足取りに倣う。これは屈したせいではない、といいな、ぼんやり思いながら後を追った。

633 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:09:50

夜半はまだ真冬を思い起こす寒さである。春先特有の強い風に煽られて足元がふらつく。
元凶は去らないし抵抗も止めていないので、頭痛は酷くなるばかりだった。
設楽は眉間に深い皺を刻んで横を歩く若林を見やり、頭痛くなんだね、と興味深そうに言った。
「こういうふうに抵抗してくる人っていままであんまりいなかったからさあ」
勉強になります、そううそぶく先輩に、いやおれ経験値積ませに来たわけじゃないんでと相槌を打つ余裕もない。
外に出たからと言って何が好転するでもなかった。がっちり組み合った、いや組まされたまま、じりじりと自陣へ押し込まれている状況。
間を隔てるものがなくなった分相手に触れやすくはなったが、防衛以外の出力をあげれば一気に崩壊しかねない瀬戸際だ。淡々と足場が削られていくのを、先延ばしにするのが精一杯だった。
その果てがどうなるのを極力考えないよう務めて耐える若林に、容赦なく次の一手が打ち込まれる。

「…じゃあさ、春日にもこの話させてくれる?」
「っ!」

今一番聞きたくない名前だった。思わず目を見開いて硬直する若林に、設楽はやっぱりなあと笑みを深くする。
「僕だけでいいっ…て、言っ、」
「んー、あの時はね?でも協力してくれる人が多けりゃ助かるしさ、それに、」
春日連れてこなかったのって、あいつを庇う為でしょ?
指摘されて絶句する。―――庇う?あのポンコツをわざわざ?
てめえは毎回リセットされてんのかってくらい度々ドッキリに引っかかる単純な頭、物事をそのままドーンと受け止めすぎる無駄に広い度量、素直よりバカって表現がふさわしい性格。
(そりゃ確かに設楽さんから石使ってこんな風に声かけられたら、諸々込みであっさりお世話になります!なんつって頭下げちゃいそうだけどさ)
申し出の理由にようやく思い当たり、ぶつけようのない怒りと天井知らずの頭痛に叫びだしそうになる。
ああ、抵抗にこれほどの痛覚が伴うと、わずかでも覚悟できていたら。

「ぃ…ッあ、」
「あーあーあー、ほらもう限界じゃんお前も」

ひときわ鋭い痛みが突き抜ける。たまらずしゃがみこんだ頭上から、別にひどい目に遭わせるつもりじゃないんだって、呆れと困惑を合わせた声が降ってくる。
ちくしょう、仮に百歩譲ってあいつを庇うためにこんな目に遭ってるとしてもだ、そこ読まれてたらなんの意味もねえじゃねえか!
「とりあえず、電話しようよ。春日に」
そっから先はまだわかんないでしょ、電話くらいいいじゃん。ね?
一歩妥協した条件を提示するのは、要求を呑ませるための最後の仕上げ。
その流れを十分すぎるほど理解していながら、若林の手はとうとう勝手に、携帯電話を突っ込んだポケットへ伸びはじめていた。

634 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:11:43

(…くそ、)
(とんだ思い上がりだ)
(なんでちょっとでも、どうにかなるって思ったんだ?)

リダイヤルを辿り、促されるままボタンを押し込む。
活動限界寸前の頭の中、淡々と無機質な呼び出し音が繰り返される。
いっそ留守電に切り替わればいいという願いもむなしく、きっちり3コール目で持ち主が応じてしまった。

『はいはい』
「…………」
『どうした?』
「…………ッ」

どうしたもこうしたも大ピンチです。電話出てどうすんだばかやろう、こっちは頭が割れそうなんだよ。ああ、もう、ほんとに、意味ねえ、全っ然庇えてねえ。
世界の全方位へ向けた腹立たしさと無力感に押さえ込まれて今度は言葉が出ない。若林氏?と繰り返す怪訝な声がふと遠ざかった。設楽が代わりに電話を握ったのだ。
「もしもし春日? あー、俺、設楽です」
『え、 …ああ、はい!お疲れさまです!』
唐突な先輩の登場に、なぜか春日は少しテンションを上げたらしかった。
どうしたんすか?なんて元気よく言っちゃってバカかお前は。おれは一体なんのためにこんな、
「いま若林といっしょなんだけどさぁ、ちょっと春日とも話したいなーっつって、」
『そうなんですか!』
でかい声出すなようるせえな、選択肢なんかねえんだぞ、わかってんのか。わかるわけないか、そういや何にも言ってねえもんな。
食いしばった奥歯にそのまま砕けるのではなかろうかというほどの力を込めた時、春日が不思議なことを口走った。

『すっごいタイミングですね、俺びっくりして』

―――は?
偶然見合わせることになったふたつの表情は、おそらく互いにどういう意味?の疑問符で満ちていただろう。
ぽかんと空いた隙を図らずも突いた恰好になった春日は、ちょうど今話してたんですよ、ほら、とその場にいるらしい誰かに呼びかけている。
バタバタとにぎやかな音が漏れたあと、やがて春日とは別の声が電話から聞こえてきた。

『…おう、設楽?』

聞き覚えのあるその声は確か、まちがいでなければ設楽の相方、バナナマン日村であるはずだった。

635 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:12:56

若林にとってはへえ日村さんと一緒にいたんだ、という、単純な驚きでしかない。
白黒の勢力配置を事細かに覚えているわけではなかったから、もしかして俺たち同時にセッション仕掛けられてたんかい、なんて勘違いが加わるくらいで。
しかし、もうひとりにとっては、そんなフワっとした感想で片付くイレギュラーではなかったらしい。
設楽は日村さん?と戸惑った声で問いかけ、肯定を返されたのだろう、小さく呟いた。
「うそぉ」
その音が若干クリアに耳へ届いて、若林は反射的に顔を上げる。
余裕のある態度は崩れていなかったし、顔色ひとつ変えていなかったけれど、自分の痛覚がなによりの指標だった。見えない鎖で締め付けられるような圧力が、確かに緩んでいる。
それはつまり、不沈たる彼の領域がついに揺らいだという証だ。奇しくも春日の予想外の働きによって。
状況を掌握するには不十分なヒントしか与えられていなかったが、このタイミングがおそらく最初で最後のチャンスなことだけは理解できた。

「…びっくりするでしょ、」
「あ」

意を決して腕を伸ばす。肩を掴む。振り返った設楽がやべ、と、初めて明確に焦りの色を浮かべる。
静電気めいた拒絶反応が指先に走り、それでもそのまま出せるだけの力を込めた。携帯電話が地面に衝突して硬い音をたてる。
ここぞって時にとんでもないことやっちゃうんですよね、フラッシュバックするのはいつか誰かに説明した自分の声や、見当違いに胸を張る相方の姿。

「それがあいつのこわいとこなんです」

慣れない防御から急速反転、残弾をすべて攻撃に充てる。無茶な立ち回りに視界がとうとう白く瞬きだした。
あの気弱な少年ならきっと切羽詰まった顔で叫ぶだろう。
(“フィールド全開ッ”、つって、)
あとはもう、どうにでもなれだ。

636 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:14:23

強烈な光も派手な音もなく、インナー限定の攻防は静かに終わりを迎えた。
拾い上げた電話はすでに切れている。妙な展開でびっくりしたろうな、春日は無視して日村に申し訳なく思う。
「それさあ、若林のって、あんまり光んないんだね」
ガードレールにもたれて座り込んだ設楽が言った。俺のもそんなに光んねえの。地味だよね、お互い、全体的に。
苦笑いを返そうとした世界が歪む。ほとんど崩れ落ちるようにして、彼の隣にしゃがみこむ。
「…大丈夫?」
「…はあ、なんとか」
何度か咳き込み、それから急いで距離を置こうとする若林に、今度は設楽が苦笑した。

「もう弾切れだよ」
「え、」
「お互い様だと思うけど。今んとこ、普通にお話ししかできません」

降参の仕草で両手を上げる彼から、独特の気配は確かに消えていた。もっとも、感知する余力もすでになかった。残っているのは火傷に近い痛みを伴った右手の熱さだけだ。
相打ち、か。判定だったら3ー0で完敗だろうな、投げられたタオルを想像して深めにため息をつく。

「そうでもないかも」
「へ?」
「俺、ちょっとくらいお前の言うこと聞いちゃうと思う」

意味を掴みかねて寄せた眉の裏側を、『屈服:相手の強さ・勢いに負けて従うこと』の辞書的な説明が流れていく。
(…負けたふうには全然見えないんですけどもね)
半信半疑ながら、自分の踏み止まりが少しは報われてもいいなとは思った。言うだけタダだし、駄目でもともとだ。
車が3台通り過ぎるくらいの間をたっぷり空けたあと、じゃあ、と出した声は掠れていた。

「5月になるまで、おれらのことは放っといてもらえますか」
「期限付きでいいの?」
「…永久にって条件、出せりゃ出してますもん」
「………まあねえ」

事実、若林も陥落寸前だったのだ。金輪際関わりたくないです級の担荷を切るには、設楽の能力の影響を受けすぎていた。
つまり石を巡るごたごたの末端に留まることを若林は“説得”され、代わりにささやかな命令を下す権利を得たというわけである。
設楽はしばらく目をつぶって何か思案しているようだったが、やがて「いいよー」と拍子抜けするほど軽い声で応じた。
そこでやっと本当に、強張っていた身体の力が解けた。

637 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:16:11

「でもなんで5月なの」
「ネタ考えて、覚えて、詰めて。あと春日に叩き込んで…ってなると、最低限今くらいから本腰入れないとやばくて」
「…ネタ?」
「単独ライブが」
「ああ、」

年の瀬に果たしたある種誰よりもドラマチックな活躍を決定打に、暴風めいたスケジュールに翻弄されてきた若林と春日。
激動のただ中で待ち受けるのは、3年ぶりに立つふたつの独壇場。
全力を投じても足りないかもしれない時間を、芸事以外で潰す余裕はない。
いいライブにしたいんです。噛みしめるように呟く若林に、設楽は厳粛に頷きながら5月ね、と繰り返した。

「5月までは約束守るよ。少なくとも俺の権限が通るとこに関しては、そっちに迷惑かけないから」
「…設楽さんが全権握ってるんじゃないんですか?」
「はは、さすがにそこまではねぇ」

段々制御きかなくなってきてんだ。愚痴るような声はやかましいエンジン音を鳴らすバイクに重なり、誰の耳にも届かなかった。
それでも黒側の大部分を統制しているらしい彼が言うなら、ずいぶんと平穏な毎日にはなるのだろう。
「じゃあ お願いします」
レールに手をついて若林はふらふらと立ち上がった。
立ちくらみをやり過ごしているのか眉間に皺を寄せ、深呼吸を繰り返してから設楽を見下ろして。

638 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:16:57

「あとひとつ、聞いてもいいですか」
「守秘義務どうこうじゃない範囲なら」
「………こないだ、番組出させてもらった時、僕らのこと面白いっつってくれたじゃないですか、」

あれは。
それきり言いにくそうに視線を彷徨わせた後輩に、設楽はゆっくりと首を振る。
「そういうのはやんない、俺。ほんとに面白えなあと思ってさ、」
だから嘘じゃないよ。
相変わらず人を食ったような笑みを浮かべているから真意を計るのは難しい。
けれども信じようと思った。訝しむばかりでは身が持たない。ノーガードで聞く言葉としても、そもそもそうあるのが普通だったのだ。
ごめんね、の心なしかばつが悪そうなリアクションを、自分自身の判断で全面的に信用する。
それから、
「…もし、設楽さんが、それ使わないで説得してくれたら、」
素直に言うこと聞けたかもわかんないです。
俯いたまま若林はありがとうございましたとすいませんと失礼しますを重ねて、深々と頭を下げた。

639 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:18:38


 「なんだったんだろ」

 はじめに首を傾げたのは、テレビ局の廊下に立つ日村だった。
 若林から設楽に変わった電話は、春日から受け取った途端に切れてしまった。
 それぞれの番組終わりに偶然遭遇した面々。飲みにでもいこうという話になって、せっかくならこの場にいない相方にも声をかけようとしていた、まさに絶好のタイミングだったのに。
 「春日もどっか行っちゃうしさあ」
 のんびりしたはじめの応対はどこへやら、通話が切れた途端に血相を変えて走り出したピンク(既に私服に着替えていたからピンクではなかったが)もすでにこの場にいない。
 「設楽さんは電話出ないの?」
 問うたのは偶然の一員、おぎやはぎの矢作である。
 「あいつ電源切れちゃってんのかな、ずっと留守電なんだよね」
 「そっかあ」
 「じゃあとりあえずいる分で行っちゃおうよ」
 続けたのは相方の小木だ。腹減っちゃったもん、いかにも彼らしい切り替えの早さに笑ってから、設楽が捕まったら合流すればいいか、そう気を取り直す。
 「何食う?俺らの食いたいもんでいいよね、早いもの勝ちってことでさ」
 「いんじゃない、どうしよっか」
 先を歩く日村は気付かなかった。
 路上の設楽が若林と静かな争いの末、ある取り決めを成立させていたことも、小木と矢作が目線を交わし、小さく頷きあっていたことも。
 彼が本格的に石を巡る渦へと巻き込まれる日の訪れは、幾人かの芸人の思惑でもって、また少し先延ばしにされた恰好だった。

640 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:20:07


 「今回は間に合わなかったねえ」

 続いて街灯の下、どこか残念そうに呟いたのは春日だった。
 突然の誘いと電話。重なる偶然に驚きながら日村へと繋ぎ、急な断絶に嫌な予感がして駆け出したものの、さてどこへ向かえばいいかわからんぞと途方に暮れたところで再び鳴った着信音。
 2度目の若林は憔悴しきった声で現在地と目印を告げ、10分で来い、来なけりゃおれは路上でくたばっちゃってるからな、と脅しだか懇願だか判別しかねることを言って一方的に電話を切った。
 そこそこ全力疾走でなければ間に合わない距離をどうにか走り抜け、荒い息で辿りついた駐車場の看板のそば、宣言通りぐったりと座り込んでいる相方の姿。
 とりあえずケータリングから頂戴した水を与え、落ち着くのを待った。すでに何事か起きたあとなのは間違いなさそうだった。
 冒頭の台詞に若林は人の気も知らねえで悠長なこといってんじゃねえ、と薄水色のボトルキャップを投げつけてきたが、こちらの額を狙ういつもの精度がまるでない。
 車道に向けて転がったそれを捕まえて戻ってくれば、夜目にもわかる青白い顔で、ぼそりと呟く。
 「毎回毎回おいしいとこもってけるなんて思うなよ」
 「別においしいとも思ってないがね」
 「…ま、いいや…とにかく単独終わるまでは、芸人に専念できっから…」
 「はて。どういう意味かしら」
 「おれ死ぬ気でネタ作るわ。お前も死ぬ気で覚えろや」
 「おお?」
 「つかお前も作ってみろよ。そろそろ本気出してもいい頃だろ」
 「ぉおお?」
 若林は一体ひとりで何に立ち向かったのだろう。その果てに何を手にしたのだろう。事の顛末も気になったが、今はまずキラーパスをキャラ通り正面から受け止めるかどうかの判断が先だ。
 春日はふむ、と顎に手を当て、しばし思案した。

641 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:21:15


 「やられたなあ」

 最後にひとり、夜道を歩きながら笑ったのは設楽だった。
 途中まではほぼ完璧に計画通り。相方を関わらせないという希望を受けておいて、最終的にそれを取引の題材にさせてもらうのはすでに試したことのあるパターンのひとつだ。
 こちらの能力に近い石を発動させて真正面から抗ってくる展開は初めてだったけれど、自惚れを差し引いても自分と自分の石の相性は相当にいい。
 多分あのままいけば引き込むことができただろう。彼の希望通り春日を登場させなければ、日村がひょっこり出てきて不意を突かれることもなかった。
 シナリオ上はどうするのが正解だったっけな。思い出そうと見上げた先に反射鏡が立っていた。映った自分の顔をしげしげと覗き込み、ひとつ息を吐く。
 「別にすげえ人相悪くなってるってこともない、か」
 随分と暗躍を重ねていた。白だ黒だの争いから意図的に遠ざかろうとする若林にすらあれだけの警戒心を持たれたのだ、さぞかし悪名は広く轟いているのだろう。
 誰に何を言われようと押し通すことを決めた誓いと、時々自分に向けられる日村の物言いたげな眼差しが秤に乗せられてゆらゆらと揺れる。
 「石使わなきゃ言うこと聞いたっつって、…んだよ、普通に行ったってぜったい構えるじゃん、」
 まるで好き好んで言うこと聞かせて回ってるみたいな言い方するよな。腹を立ててみても、俯瞰的に観れば「ですよねー」の大合唱があちこちから聞こえそうで首をすくめる。
 ともかく、彼らの件についてはしばらくの間、凍結を余儀なくされたというわけだ。
 本当は気力が戻れば若林に対する“屈服”も、はねのけてしまえるかもしれないけれど。
 単独ライブを成功させたいという芸人として当たり前の意地を見せられてなお、契約を破棄する気にはなれなかった。
 (そこまでやっちゃうとしたら、…たぶん、ほんとに最後の最後のとこなんだろうな)
 その線を踏み越えてしまった時、自分はまだ芸人と呼べる生き方をしているだろうか。
 ポケットに突っ込んだままの携帯電話が日村からの誘いを録音していることには気付かないまま、設楽はゆっくりと歩みを進めてゆく。

642 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:22:57


3月になった。楽屋で眺めるテレビ、九州からの中継が桜色に染まった並木道を報じている。
春だなあ、の独り言にそうですなあ、の相槌。ふぬけた会話につかの間の穏やかな日々を実感する。
桜前線が北日本まで届くのはゴールデンウィーク頃だと聞く。やるべきこととやれること、いつか成し遂げてやりたいこと。花が咲いているうちがチャンスだ、全体重をもって格闘しようと思う。
約束された平和を裏返せば設楽の影響力の強さに直結するが、そのあたりの現実を直視するのは目の前の山を乗り越えたあとだ。
若林は確認するように小さく頷き、そうだ、と2つめの弁当の蓋を開けた男に声をかける。

「ネタ作りの方はどうなってますか春日さん」
「ふふふ」
「何笑ってんの気持ちわるい」
「聞けば腰を抜かすぞ!」
「まだ全然できてねえからってんじゃないだろうな」
「………」
「図星かよ!」

どついた拍子に割り箸が飛んだ。ああんもう、なんて気色悪い声をあげて慌てる春日を睨む。
窓から覗く景色を強い風が揺らしていた。

あの時独断で掴んだ権利は正解だったのか、それとも悪手だったのか。
単なる先延ばしと言われればそれまでだし、他にやりようがなかったろとも言いたくなる。
けれど次からは一応断りをいれておこう。頼りになるかは度外視で、状況によっては会議もしよう。先回りして先導するつもりのキャパシティは、簡単に容量オーバーすることが身をもって証明されたばかりだ。
上手くまとまらないままもちゃもちゃと自分の考えを説明し、お前はどう思ってるわけ、と尋ねると、彼はまたしても不思議な返答をよこしてきた。

「だからそこんとこは同意見だよって言ったでしょうが」
「はあ?お前とこのへんの話はしてねえだろ」
「したでしょうよ」
「いつ」
「こないだの。設楽さんとなんやかんやあった日。覚えてないの」
「えー………」

明確に思い出せるのはあさっての方向に飛んだペットボトルの蓋と、ネタ作りを承諾させたくだりまで。正直、どうやって自宅まで辿りついたかも曖昧である。
記憶が引き出せないことを察したらしい春日が箸を置いた。こちらへ向き直る。

643 春風はレベル30 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:24:30

「てめえで選べねえ状況の何が自由だっつってあんた随分と怒ってたから。
 その場凌ぎ上等だよ、どうしようもなくなるとこまで逃げ切ってやるっつって。
 お前は好きにしろっつうからじゃあお供しましょうかねっつって。 
 覚えてらっしゃらない?」

全く記憶にございません。よくもまあ、気恥ずかしいことをべらべらと…

「…そうだっけ」
「そうですとも」
「……間違ってますかね、ぼく?」
「間違ってるとか間違ってないとか、んなこたどうでもいいじゃないの」
「………」
「俺らがどうしたいか、どうするかっていう、それだけの話なんだから」

既に着込んだいつものベストの鮮やかな色。
ピンクが過剰なんだよ春だってのに。つけかけたくだらない言い掛かりは取りやめて、代わりに鼻で笑うふりをする。
「よくわかってんじゃねえか」
ええわかってますとも。キャラ半分に堂々と答えるその顔がやはり癇には障ったので、
「太るぞー」
再び割り箸を手に取る背中にはしっかりと釘を刺しておくのだ。



*********



もろもろ真逆で正反対の友人が共闘を承諾して約10年、
行く道は長く険しく果てしないのに総括して余裕ぶるなんて狂気の沙汰だぜと思いつつ、
まだまだつまづき続けの日々、追い風と向かい風に挟まれて、むちゃくちゃなフォームでこの先もきっと走ってゆくのである。
なぜならどれほど痛い目に遭おうとも、芯の部分は愚鈍なまでに似た者同士であるのだからして。

644 ◆1En86u0G2k:2009/07/08(水) 00:25:34

以上です
散々流れて現状維持とはなんというクールポコ状態
ありがとうございました

645名無しさん:2009/07/09(木) 01:23:33
乙でした!
すごく面白かったです
クールポコ状態とは言わず、本スレ投下してもいいのでは

646名無しさん:2009/07/09(木) 23:35:09
おもしろかったです!!
ありがとうございました
こっそり続編を希望しております…

647名無しさん:2009/07/10(金) 12:32:58
面白かったです!
個人的に春日の「つって」がツボでした
ぜひまた書いていただけるとすごくうれしいです

648名無しさん:2010/01/11(月) 16:43:52
乙です。
意外な形で春日が活躍したのも予想外で面白かったです。

649boobeetime:2010/01/14(木) 05:47:45
お久しぶりです。トリップは変わっておりますが、
カンニング編などを書いた元◆8Y〜です。
久しぶりに何か書こうということで、>>529のお話を若干(といっても数箇所ですけど)
改変して第1話とし、ボキャブラ組の日常小話をいくつか書いてみようと思い立ちました。
ということで、挫折防止の為に意思表示でもしておこうということで、投下予定だけですが書かせてもらいます。

○投下予定(サブタイトルのみ。ちなみにサブタイトルは内容とはほとんど関係ありません)
・芸人にとって一番の問題は、自分のネタで笑い転げられないこと(>>529の改訂版)。
・いくら縁起が良くたって、長い名前は色々と困る。
・海の神様だって、時には三叉の銛片手に魚を追っ掛けるんです。
・それは、役者自身も知らない撮り直し。
・働き者がお人よしだったら、能天気なお馬鹿にも食べ物をあげるのに。
・人生は逆戻り禁止、だから難しい。

一応ここまではアイデアを練っているところです。
また本スレの方も活性化してくれるといいのですが……

650 ◆4Jhozrj2us:2010/01/14(木) 06:23:56
あ、間違って別の文字列入れてしまいましたorz
こっちが本当の新しいトリップです。

651 ◆mnuukYXz.2:2010/02/21(日) 00:51:27
◆sKF1GqjZp2さんの話からもやもやと考えたことを書いてみました。
さすがにお粗末すぎるのでこちらに投下します。
このスレにまた活気が戻ることを祈って。

652『石』についての一考察  ◆mnuukYXz.2:2010/02/21(日) 00:52:57
痛っ。
あんま乱暴に扱わないでよ。もうおじさんなんだから。
あ、聞いてないね……。

で、要求はなんなの?
そろそろレッドシアターの打ち合わせ始まるから、早く解放して欲しいんだけど。
そう怖い顔しなくても、お金ぐらいならちゃんと用意するからさ。

……石をよこせ?
結婚指輪しか持ってないけど……。
あ、ごめんごめん。怒らないで。ただの冗談。

不思議な能力を持った『石』のことでしょ?
そんなもん持ってないよ。持ってないって。
嘘じゃないよ。なんなら調べてもらってもいい。
なーんも持ってないよ。

俺襲ったって収穫はないよ。
もしそれが目当てならもうちょっと下の世代の奴らを狙わないと。
……なんで、って?
いたた、だから乱暴に扱わないでって言ってるじゃん。
もう40過ぎてるのに……。

ま、信じようが信じまいが、ないものはないんだけどね。
きっと今からする話も信じてもらえないんだろうなー。
それでも勝手にするけどさ。まだ死にたくないし。娘も生まれたばかりだし――

653『石』についての一考察  ◆mnuukYXz.2:2010/02/21(日) 00:53:38
お笑いブームで、若手芸人が次々売れていった頃の話だよ。
俺らは若手から抜け出して、中堅って呼ばれるようになっていた。
いつもみたいに収録が終わって着替えてたら、若手芸人の私服のポケットに何かが入ってた。
綺麗な、まるで宝石みたいな石だった。
珍しいこともあるもんだな、って二人で話してたんだけどさ。
数日経って、別の収録の時に今度はまた別の若手が石を拾ったんだ。
それからがすごかった。周りの芸人もどんどん石を見つけるんだ。
拾ったり、譲ってもらったり、バッグの中に入っていたり、方法は様々だけど、どれも綺麗な石なんだ。
スタッフの中に宝石商がいて売れない石でもばらまいてるのか、なんていう噂も立ったよ。

しばらくは何にもなかったよ。
でも、そのうち変な話を聞くようになった。
「若手芸人たちが不思議な力を使って戦っていた」
「不思議な力を使うとき、まるで石が光っているように見えた」
「不思議な力で戦って、もし負けてしまったら石を奪われる」
「石を奪われた芸人は全員この世界を辞めていく」

俺、なんだか怖くなっちゃってさ。
最初に石を見つけた若手とロケで一緒になったとき言ったんだよ。
気をつけろ、って。
ロケが終わった後、あいつと俺は三人組に襲われたんだ。
二人ともぐるぐる巻きにされて脅されたんだ。
「石をよこせ。俺たちは売れたいんだ」って。

もちろん俺は石なんか持ってないからただびくびくしてたんだけどさ、
若手は不思議な力で縄をほどいて、三人組に殴りかかったんだ。
あいつ、よく見たらブレスレットにあの石を組み込んでた。
もう火花は散るわ血が飛ぶわで、とうとう若手は石付きのブレスレットを奪われた。
スタッフが俺たちのことを見つけてくれなかったら俺もどうにかなってたかもな。

その何ヶ月か後、その若手は芸人を辞めた。
俺宛に「ごめんなさい」と他の若手から言伝を聞いた。
それから俺は、この戦いには関わらないと決めた。
……。

654『石』についての一考察  ◆mnuukYXz.2:2010/02/21(日) 00:54:24
俺は思うんだ。
『石』は芸人の生存競争のために生まれたんじゃないか、
うじゃうじゃ芸人がいるこの世界で生き残るために生み出された力なんじゃないか、って。

確かに石を持っているのは売れてる芸人ばっかりだよ。
最近出てきた若手の中にも『石』を持ってる奴はいる。
石を奪えば売れるかもしれない。そう思うのも分かるよ。

でもさ、そうやって石を奪って、他の奴らを蹴り落として、そうすることが芸人の仕事か?
コントなり漫才なり、自分の芸を磨いた奴らが、
本当に面白い奴らが売れるんじゃないのか?
ちっぽけな石なんか持ってなくても、さ。

だからさ、お前もこんなことやめろよ。
ネタ作って舞台立った方が何倍もいいよ。
お前だって立派な『芸人』だろ?









「内村さん!大丈夫ですか!」
「……狩野か」
「そんながっかりしなくても……。みんな心配して探してたんですよ!」
「そうか」
「まさか『石』使いに狙われたんじゃないでしょうね?」
「大丈夫。若手芸人に説教してやっただけだから」
「説教?」

「なあ狩野」
「なんですか?」
「これからも頑張れよ。『芸人』として」
「? ……はあ」

655 ◆mnuukYXz.2:2010/02/21(日) 00:55:14
投下終わりです。
失礼しました。


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