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YOU、恥ずかしがってないで小説投下しちゃいなYO!
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どんどんこーい。
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「ここだ」
「もったいぶらずに開けてくれ」
小林を連れて俺は静かにドアを開き、当たり前のようにいた心ちゃんがいつものように俺達を出迎える。
俺にとっては既に当たり前の光景ではあるが小林は・・絶句していた。
「お帰り、十条君〜♪ ・・あれ?」
「西本・・先生?」
「・・こういうことだ」
「え? え? どういうこと・・かな」
とりあえず、このまま玄関先に突っ立っていても仕方がないので落ち着くために俺は2人をリビングへと
案内し、話し合いの席を設ける。そして俺は小林に今までの経緯を隠す事なく説明をした。
「・・というわけだが、納得出来てないな」
「当たり前だ。色々突っ込みたい所は山ほどあるが・・とりあえず、いつまで続けるつもりだ?」
「まぁ・・心ちゃんが新しい住居を探すまでだな」
一応はこの生活も心ちゃんが新しい住居を探すまでということなのだが、今の心ちゃんの様子を考えても俺が新しい所を
探した方が早いような気がする。
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「小林さんもそんな顔せずに・・スマイルスマイル♪」
「元はといえば先生が原因じゃないですか!! まさか十条の家にあなたが転がり込んでいるなんて・・」
「アハハハ! まぁ事の成り行きと言うか・・たまたま十条君の家が思い浮かんだのよね」
「・・もういいです」
こんな状況でよくもまぁ・・いつものテンポを保ちながら豪快に喋れるもんだ、ある意味で見習いたい。
「しかしこんな状況を真理さん達が知れば・・どうなるんだろう?」
「・・恐ろしい事をサラッと言うな」
「真理? もしかして平塚さんのことかな」
「えっ・・心ちゃん、真理さん知ってるのか?」
真理さんの名前を聞いた心ちゃんは何かを思い出しながら語り始める。
「うん♪ 真理ちゃんは私が通っていた大学の後輩。
可愛かったし、なにかと面白い娘だったわよ〜・・それがどうかした?」
「いや・・別に」
まさかこんなところで真理さんと結びつくとは誰が思いつくだろうか?
もし真理さんにこの生活を知られてしまったらかなり複雑な問題に発展するのは目を見るよりも明らか・・
ここはなんとしても小林には黙っててもらわんとまずい!!
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「あの娘はまだ学生だから〜・・そんな後輩の弟のクラスを受け持つとは偶然って怖いよね」
「・・それで西本先生はこれからどうするんですか?」
小林は至って真剣な表情で心ちゃんに問い質す、心ちゃんの方は小林の真顔に押されているのか少し戸惑い気味だ。
「答えてください。あなたはこれから・・」
「ねぇ、小林さん。・・確かにこんな生活はおかしい事だらけだけど、意外に楽しいものよ」
「あなたは何を考えてるんですか?」
「・・そうね、強いて言うなら刺激かな? 勿論アヴァンチュールとかじゃないよ、なんかこうやって一緒に共同生活しているとね・・
楽しいのよ。まるで全てを忘れられるの、自分らしいって言うかね」
理屈は良く解らないが妙に説得力のある言葉だ、小林も表情を変えずに静かに心ちゃんに顔を向けて聞き入れる。
「ま、だけども・・こんな生活はダメだよね♪」
「フフフ、あなたも十条張りによく分からん人だ」
そのまま小林は表情を柔らかくするといつもの微笑を浴びせる、どうやらさっきの会話で2人の間に何か通ずるものが出来たみたいだ。
小林は心ちゃんの方から俺の方へと話を向ける。
「さて十条・・真菜香さんにはこの事を話しているのか?」
「ああ、真菜香にはちゃんと話した。・・生活だけは認めるってな」
「そうか・・」
そのまま小林は立ち上がると俺の前へと歩き出す、なにやら目つきが鋭く表情も先ほどの真剣なものに早変わりだ。
俺は突然の小林の行動に内心戸惑いながらもじっと様子を伺う、何故小林が俺の目の前に立ち真剣で強い意志を持った眼差しで見つめられているのかがよく理解できない。
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「どうした・・?」
「・・・」
パァン――! そんな音が静かに部屋になる、一瞬の出来事だった・・右頬に軽い痛みを感じ、頬を軽く抑えながら俺は全てを理解する。
小林は俺に平手打ちをかましたのだ。
「真菜香さんはお前の生活を認めた時、身が張り裂けんばかりの想いだったはずだ。
・・だけど病弱で優しい真菜香さんはお前にぶつけられない、さっきのは私と真菜香さんの分だ」
「そっか・・そうだよな」
少し呆然となりながらも冷静に場を見返した俺は当然ながら小林を責める理由がないし、むしろ当然の事だ。
まぁ、小林だからいいものの真菜香であれば俺は今頃仲良く病室にいることだろう。
「・・さて、私は帰る」
「おいおい今日は遅いし、せめて飯ぐらい食ってけよ」
「そうそう〜、こう見えても十条君は料理うまいよ。一応教師がいるんだしこの際はみんな許す!!」
「心ちゃんは少し抑えなさい」
「ぶ〜」
時刻は夕方を通り越して既に夜、小林一人帰らすのは心苦しいし最近は物騒にもなって来ているので
ここは万が一を考えた方がいいだろう。
「それじゃ、送っていくよ。最近は物騒だからな、それにもう遅いし・・」
「・・そうだな、じゃ頼む」
「それじゃ、行きましょう!」
この人には自重と言う言葉は皆無のようだ。
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小林に道案内されるまま、俺達は薄暗い夜道をとぼとぼと歩いていた。
「なんか悪いな」
「別にいいさ」
「そうそう、遠慮したら負けだよ」
まぁ、若干一名は常に賑やかなのは仕方がないだろう、それにしても小林は相変わらず無愛想と言うか口数が少ないのがちょっと気まずい。
「そういえば小林さんってさ・・どうして平塚君選んだの?」
「――ッ!!」
突然として彼氏の話題に小林は動揺を顔で表現する、もしかしたら顔に出易い性格なのか・・?
「え、えっと・・」
「もしかして・・一目惚れなのかな」
「――ッ!!!」
本日二回目の動揺、しかしまさか小林も一目惚れだったとは意外な事実だ。
この世に両想いなんてあり得ないのかと思っていたのだが案外そうでもないようである。
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「せ、先生はどうなんです・・恋とかはしたことないんですか?」
「私? そうね・・」
なにやら自分の過去を語り始めようとする心ちゃんではあるが、一瞬だけどこか哀しげな表情を見せつつもすぐにいつものようにあっけらかんと語り出す。
「高校の頃に彼氏がいただけかな。大学では勉強やら遊びで青春してました・・って感じ」
「それじゃ、意味が分からないだろ・・」
「つまり、あなた達2人は青春のど真ん中にいるって事♪」
突っ込んだ俺がバカだった。
「なんかよく解らんが・・説得力があるな」
「今の言葉にか? 小林も物好きだな」
「何よ失礼な!!」
「・・でも私は好きですよ、その言葉」
「さすが小林さん! 真理ちゃんが気に入るのもわかるわ〜♪」
そのまま心ちゃんは喜びに満ち溢れながら小林にじゃれる。
しかし、心ちゃんの言葉に説得力があるのは俺も認める・・普段のギャップなのかそれとも西本 心としての人の本質なのか?
もしかしたら心ちゃんは俺と同じような同類なのかも知れない。
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歩き続けて数分後・・俺達は古いアパートの入り口までたどり着く、どうやらここが小林の家のようだ。
「ここでいい、ありがとう」
「ああ。・・小林、俺達のことはこれからどうするんだ?」
本来は聞いていい事ではない筈、もし小林が全てを喋れば俺達の将来はもはや闇だ。
だけどもそんなものはもうどうだっていい、小林の考えが知りたい・・そんな想いから俺はどうしても小林の意志を確かめておきたかった。
「俺はどうなっても一向に構わない、だけどどうしてもここで確かめておきたいんだ。・・小林、俺達の生活を世間にぶちまけるのか?」
「フフ、どうだろうな? そうするかもしれないし、しないかもしれない・・
だけど、これだけはハッキリ言う。・・私は変わらない!」
「ということは・・」
「黙っておくさ、真菜香さんもそうしてるなら私もそうするまでさ。・・じゃあな」
そう言うと小林は自宅へと帰っていった、どうやら小林も俺達の生活については黙ってくれるようだ。
完璧に理解してくれたとは言い難いが、黙ってくれるならそれで有難い・・心は痛むけど。
「さすが演劇部期待のエースね。あの子の将来はこの国・・いや、全世界では知らぬものなしの大女優になるわね」
「おいおい、小林は演技がうまいと言ってもそこまでは・・それに根拠はなんだよ?」
「そうね・・強いて言うなら女の感かな♪」
何を根拠にそんな事を言えるのだろうか・・だけど小林が協力してくれたのは本当に良かった。
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月日は更に数年単位にまで進み、気がつけば俺も最上級の学年である3年生へと無事に進級を果たす。
心ちゃんも相変わらず俺の家に転がり込んでいる、しかし相変わらずと言うべきか本人は仕事の激務を理由に
自分の部屋を探すのはこれっぽっちもしていない。いつもなら苦言を呈すところなのだが、俺もそろそろ受験に
向けて本腰を入れなければならないので構っている暇など毛頭もない。周囲の状況はと言うと真菜香は入院と
復学を繰り返しつつも真面目に勉学に勤しんでいるし、小林もあれから俺達の事を誰にも話していないようである。
何とかこのまま無事にこの平穏を保って欲しいところではある。
「十条君、君はここの大学に進学するのかい?」
「ええ、家に近いし」
「ここなら君の成績も問題ないな。男は度胸、何でもやってみるものさ!!」
「ハハハ・・」
進路相談、3年になったらこうして担任とこれからの進路先について相談をする。
俺のクラスの担任はこの阿部 高和先生、担当教科は数学。普通に見れば形体の
良い普通の人なのだが、事この先生には妙な噂がある・・“男にしか興味がない”っと。
事実、この先生は男を見ている時どことなく艶があるし見られていると体中から悪寒めいた
震えが少しする。それに俺の周りにはこの先生にやられたと言われる人物がちらほらといる、噂では
男性教師にも手を出しているがあくまでも噂だ。しかしそれを除けばただの気さくな人物でもあるし
紳士のように女性の扱いも長けているようで変な噂とは裏腹に周りの印象は好意的だ。
「さて、進路相談も終わった。・・ここで俺とやらないk」
「謹んで辞退します」
貞操の危機を回避した俺はそのまま生徒指導室を出ようとする、このままこの人といれば俺の貞操は間違いなく奪われるであろう。
「おっと、君にはまだ話があるんだ。・・一緒に暮らしている西本先生についてね」
「えっ・・?」
まさかここで心ちゃんの話題が出ると言うことは・・俺達の生活がばれてしまったのかッッ!!!
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俺の中で広がった微かな鼓動は瞬く間に身体全体を制止する衝撃へと変わり、ただただ阿部先生の話を聞くしかない。
「やっぱりそうか・・最近彼女から君の話題を良く聞くがそんな状況だったのか」
「ま、まさか・・心ちゃんが――」
心ちゃんに限って今の暮らしを誰かに公言するなどあり得ない、何せ俺達の生活が明るみに出れば世間からは非難轟々では
収まりきれないほどの嵐が吹き上げるし、好奇の目線によって生活すら出来なくなるのだ。
「・・」
「おいおい、そんな顔だといい男が台無しだぞ。
・・心配は無用だ、教師として君の未来を預かる担任としてそこら辺は配慮するさ」
このままの流れで行けば最後のオチは想像しなくても分かる、これで俺の男としての人生は終わりを次げるだろう。
せめて真菜香とは最後まで一緒にいたかったなぁ・・
「俺の趣味は人間観察でね、彼女の言葉に端々から察すれば状況など手に取るように解るものさ。
それに俺が話したいのはそんな事じゃない・・西本 心の過去についてだ」
「心ちゃんの・・過去?」
今まで俺が現時点で知ってる心ちゃんの経歴についてついて解っているのは女体化者で真理さんが通っていた大学の先輩ということだけ・・思えば西本 心そのものについては全く謎だった、思えばそのような話をしてもうまくはぐらかされてばっかで
聞いても点で答えてくれない、そんな事があるから俺は心ちゃんの過去を聞くのは諦めたのだが・・まさか阿部先生がこんな事を言ってくるのは寝耳に水にも程がある。
そんな俺の内心を知ってか知らずか・・阿部先生は少し顔つきを険しくすると持っていたカバンから俺にある物を差し出す。
「まずはこれを見てくれ。説明の手間が少しだけ省ける」
「これは・・新聞記事のスクラップか?」
「・・そのページにある記事を見てくれ」
(こ、これは――)
阿部先生のスクラップに乗っていた記事はこれまで共に過ごし、生活して・・そこから自分の頭の中で培ってきた西本 心を根本から変える衝撃的な内容であった。
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記事に書かれたのはとある殺人事件、日付を見ていると俺がまだ生まれて間もない時の頃だ。
事件は日曜の昼・・家族団欒を過ごしていた平穏な家庭にとある女性が業者を装って家に入り、そこからは鋭利な刃物で
そこにいた家族を惨殺。殺害されたのは父親と母親に幼い女の子1人・・読んでいるだけで惨い事件だ。他の記事を見てみると
犯人の裁判に関するものがあり、裁判の判決は死刑。検察側の主張が一方的に認められ、被告はせせら笑うだけ・・弁護側の主張も
あったが、被告が自分の罪状を肯定しているため退けられる。
刑に処された時の被告が残した最後の言葉は“あの世では一緒だよ・・”と記載されている。被告の女性は女体化者のようで被害にあった
家族の父親の幼馴染の間柄のようで、昔から想いを寄せていたようで女になり執拗に被害者に迫っていたのが裁判に出廷した証人の証言で明らかに
なっている、被害者が結婚してからもストーカーまがいの行為が続き・・このような惨劇を起こしてしまったようだ。
もうここまで来ると異常だし、どこか胸糞も悪い・・こんな記事に心ちゃんの過去に何が関係してるんだ。
「先生・・こんな記事、何の関係が――」
「・・この事件は“生き残り”がいたんだ。次のページを見てくれ、詳しい詳細がある」
「“生き残り”って・・」
阿部先生に促されて次のページを開いてみるが・・その内容もまた衝撃的な内容だった。
近所の通報により警察が家に駆け込んだ時は3人の惨殺死体と・・タンスのクローゼットの中にいた1人の男の子が保護される、男の子は精神的な
ショックから意識を失い病院に搬送、犯人の女は警察に自首したと記事は銘記してある。
そして俺がもっとも目を奪われた記事の文章はその男の子の名前・・西本 こころちゃん(4)、後の警察の調べで
この男の子は被害者の家族の子供だと言う事が判明した。
まさかこの男の子が・・心ちゃん!?
「おいおい、そんなことはあるはずが・・」
「彼女・・いや、彼はその後で病院に搬送されたのはいいものの、事件のショックから失語症に陥ったそうだ。
恐らく隙間から全て見たんだろう、事件の内容を・・」
ということは心ちゃんは・・幼いその視線で家族が惨殺されてるところをクローゼット隙間から一部始終を見ていたことになる。
それにこのまま苗字も変えずに下の字を漢字に変換すれば西本 心という名前になる、だけど事件が起きた時期を見ても
心ちゃんの年齢にピッタリと当てはまり辻褄もきちんと合う。
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「嘘・・だろ?」
「全て事実さ。当時の俺は丁度大学生でね、たまたま医者の知り合いがいたんでその伝手を使って彼女に会ったんだ。
・・現状は酷いもんだったけどね」
「・・」
始めて聞く心ちゃんの過去に俺は絶句するほかなかった。だけど阿部先生は俺に構わず話を続ける・・
「だけどその瞳は辛うじて死んではいなかった。・・俺はいつもの公園に行く傍ら病室に通っていろいろしたもんだ、最初は人形のようだったけど
徐々に心を開いてくれて遂には言葉も戻って・・そのまま小学4年の頃に退院もできたな。その後は君も知っての通り俺もいい男が沢山いる教師になったのさ」
「先生と心ちゃんにそんな事があったのか・・」
阿部先生と心ちゃんが意外な形で繋がっていたことにも驚きでもあるが、一番驚いたのは心ちゃんの強さだ。
目の前で突然に家族が惨殺される所を見てしまうと気が狂ってしまうだろう、それも幼い子供の時の話と来たものだ。
今でも心ちゃんはその過去を拭い去ることはできないのだろう、それでも自分なりに家族の死を乗り越え、今こうやって
副担任の西本 心として俺達の前に堂々とした振る舞いでいるのだからすごいものだ。
今になって心ちゃんの言葉に深い深い重みがあるのも用意に頷ける。
「まさか数年経って彼女がこの学校に赴任した時は驚いたさ。
まだあんな小さかった子が立派に成長して俺に会いにきてくれたのだから嬉しかったよ。
女体化したのが残念だが・・」
「・・先生、一つ聞いて良いですか?」
「なんだい?」
「・・先生は一体何者なんですか?」
「俺は・・昔と変わらずいい男を見つける男さ。さ、俺の話はここでおしまいだ・・十条君、改めて俺とやらないか?」
「悪いですけど自分には彼女がいるので・・」
「そうか・・それは残念だ。相手の同意無くしてやるのは俺のポリシーに反するからな」
本当にこの先生は別の意味でよくわからないが・・いい男なのは確かなようだ。
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その日の放課後、俺は心ちゃんと一緒に真菜香の病室へと足を運ぶ。と言っても心ちゃんは俺のクラスの副担任でもあるので
真菜香の進路相談も兼ねている、病室での進路相談も変な話だ・・
「それで真菜香ちゃんは進路どうするの?」
「進路・・ねぇ、そういえば考えてなかったわ」
「一応真菜香ちゃんの成績なら大学にいけれるよ♪」
俺も心ちゃんに書類を見せて貰ったが、真菜香の成績は中の上ぐらいなのでそこそこの大学であれば問題なく進学できるとの事、俺としては
真菜香の意志を尊重はしたいが出来ることなら俺と同じ大学に進んで欲しい。
「ふーん。出来れば沙織さんと一緒が良かったんだけど・・ま、十条君と一緒の大学で我慢してもいいわ」
「おいおい・・」
「それで学部はどこにするの?」
「そうね・・一番無難な国文科にするわ。楽そうだし」
どういった判断基準だ・・大学に進学したら高校とは比べ物にならないぐらいの論文やらをこなしていかないといけないことを果たして理解しているのか?
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「文学部か・・ま、なんとかなるでしょう。私も担当は現文だし」
「あんた、大学卒業してるんだ」
「そりゃ教師の免状取るには大学進学するわよ。でも・・受かっちゃったらこっちのものだしね〜」
「・・不安になりそう」
まぁ、真菜香の気持ちも解らなくもないだけども心ちゃんが大学に出ているのも事実なので致し方ないだろう。
心強い味方と言えば少し疑問文がつくけど・・
「これで進路先も決定ね♪ 心配しなくても私が真菜香ちゃんを合格させて見るわ」
「大丈夫か? 真菜香は文系だし、多分俺よりも・・」
「その油断がダメなんだよ。私のようにセンターで舞い上がって滑り止めを落として本命が残ったなんて状況は絶対に避けなきゃ!!」
「この私がそんな事になるわけないでしょ!! ・・まぁ、一応信頼してあげる。頼んだわよ先生」
「素直でよろしい♪」
まぁ、これで大丈夫なのだろう・・多分。
「そういえば真菜香、最近は小林と会ってるんだって?」
「ええ、やましい事をしている誰かさんと違ってね」
「そりゃないだろ・・」
真菜香は小林の事を気に入っているようで良く話題が出る、俺としては同性の友人が全くいなかった真菜香にそういった人物が
出来て嬉しいし最近は体調もよくなっていると聞く・・本当にいろんな意味で小林には感謝だ。
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「沙織さんといると本当に楽しいのよ。一緒に遊んでくれるし話にも嫌な顔せずに楽しそうに付き合ってくれる・・本当にあのヘタレ弟には勿体無いわ!」
「ハハハ・・あいつだって小林にはいつもぞっこんだからな。だけどあいつ等が結婚したら小林は清楚な女房に収まるだろうぜ」
「あんた全く解ってないわね。ああ見えて沙織さんって結構押しが強いわよ。ヘタレ弟のほうが尻に敷かれるわ」
小林が男を尻に敷く姿などあまり想像できないが・・もしかしたら、裏では小林の方が主導権を握っているのかもしれない。
そんな感じで結婚の話が進んでいると突然心ちゃんがとんでもない発言をする。
「あっ! 真菜香ちゃんの進路先がもうひとつあった!! ・・十条君のお嫁さんになっちゃえば良いじゃん」
「「!!!!!!」」
脈絡もなしになんて事を言い出すのだろうかこの人は・・確かに俺と真菜香は法的には結婚は出来る年代に当たるのだが、俺は大学の進学を視野にいれているし何よりも真菜香を養える力がない。俺だって真菜香とは将来はちゃんと結婚はしたいが、だけどもまずは俺自身が
きちんとしたまっとうな仕事について真菜香を養えるぐらいの力を身につけなければならない。
「ととと・・突然何言いだすのよ!! わ、私が十条君のお嫁さんに・・なれるわけがないじゃないの!!!」
「え〜・・真菜香ちゃんならしっかりしてるし普段から十条君を尻に敷いているんだからなんとかなるよ」
「なんとかなるってレベルじゃないだろ!! 結婚って言えばその・・家族を守らなきゃいけないんだぞ!!」
「でも結婚したら・・あ〜んな事やこ〜んな事も平気で出来ちゃうんだよ♪」
「「・・・」」
俺達は少し赤らめた互いの顔を見つめながら同時に言葉を失う、俺は何とか落ち着けるために深呼吸をして見るが真菜香に
至っては顔を紅潮してしまい身体もふらついている。
「わ、私が・・十条君の・・・お、お嫁さん・・・・」
「おい、しっかりしろ!! 真菜香!!!」
「あらら〜・・ここまでインパクトが凄いなんて」
この後、ナースコールで看護婦を呼んで何とか真菜香を介護してもらったが、この後俺達は婦長さんにたっぷりと叱られる羽目となった・・
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何とか病院から開放されて、家に帰ったが・・心なしか疲れがどっと溜まる、婦長さんに叱られた一件もそうだが一番の要因は・・やはり阿部先生に聞いた心ちゃんの件だろう。
「はぁ〜・・色んな意味で今日は疲れた」
「まさかこの歳で叱られるなんて・・ね」
一体、誰のせいだと思っているのだ・・まぁ、本人はあまりわかっちゃいないだろうな。
「全く、真菜香は最近安定しているとはいえ病人なんだから余計な刺激を与えるなよ」
「でも本人は嬉しそうだったよ。だけどちょっと刺激が強すぎたかな?」
「はぁ〜・・」
タバコを吸いながら疲れた身体に一時の休息を与える。
しかしこうして心ちゃんを見ていると、とてもではないがあんな衝撃的な過去を経験したとは思えない。
だけども心ちゃん自身は自分の過去を決して話したがろうとはしない・・確かに人に自分の過去を進んで
話そうという人はあまりいないし、話しづらいものがあるだろう。だけど早1年以上も共に住んでいるのだから
ちょっとは俺に語ってくれてもいいはずなのだ、もしかしたら奥底では俺の事を信頼していないのか?
「なぁ、心ちゃん」
「ん? どうしたの」
「・・俺の事、どう思っている?」
「あれ〜、彼女がいるのに愛の告白? 冗談よしてよ♪」
いつもならここではぐらかされてお終いなのだが、今の俺は自分のこだわりを捨てて1人の人間としてそのまま心ちゃんの反応を待つ。
暫くの静寂が流れる中・・遂に観念したのか心ちゃんも声のトーンを落としながら静かに答える。
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「・・信頼しているよ。1人の人間としてね」
「そっか」
俺はタバコを消してそのままもう一本のタバコを静かに吸う、このままあの事を切り出そうか切り出すまいかと
悩んでいたが・・遂に決心を固める。
「心ちゃん。・・いや、ここは西本 こころ君と言った方がいいな。
俺の事を信頼してるなら話してくれ・・全てを」
「―――ッ!!!」
そのまま心ちゃんは普段は絶対に見せないであろう、その表情は冷徹に近い・・氷のような顔つきを俺に見せつける、どうやら阿部先生から
聞いた話は本当のようだ。
「阿部さんから聞いたのね・・」
「ああ」
「そう・・」
いつも俺が飽きるほど聞いている明るさに満ち溢れた声は・・鋭利な刃物のみたいな物静かな声へと変化し、まるで人を殺してしまうかのような感じだ。
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「いずれは知られると思ったけど・・まさかこんなに早く知られるなんてね」
「聞かせてくれないか? ・・あなたの過去を」
「・・いいわ、話してあげる。私は西本 こころ、知っての通り数十年前に起きた連続殺人事件の最後の生き残り。そして・・あなたの副担任である西本 心よ」
静かな空気のまま対談は始まる。色々な胸中を孕みながら・・
「あの日は日曜日・・天気も晴れてて姉と遊びながら母はいつものように食事の仕度、父親も仕事が休みで本当に平穏そのものだったわ。
・・そんな時ね、あの女がやってきた」
「・・」
「最初に出たのは父親だった。・・何か口論めいていたようなのは覚えているけど、姉と私はそれが解らずただ遊んでいたわ。
母親はそんな父の様子を見ながら立っていた・・それから数秒も経たなかったわ、父の叫び声が家中に響いた」
心ちゃんの口調は更に重くなり、その1つ1つが俺の心域に響く・・
「そのまま母は血相を変えて姉と私を抱えて・・姉を2階のベッドの下に、そして私をクローゼットの中に身を隠させた。
“決してここから出ないで・・”それが最後に聞いた母の言葉、だってその瞬間に母は私の目の前で悲痛な悲鳴を部屋中に上げながら
女に刺されたの。
あまりの恐怖心に私はもう声を上げる事すらもできなかった・・その後にあの女は移動したわ、わざと私を見逃して居るような
感じでね。クローゼットから必死に気配を殺して女の方に移動したけど・・女はそのまま全てを見透かしているかのように
姉の隠れているベッドの下へと移動して、隠れている姉を引きずり出しながら刃物で手と足を順に刺したわ、次は体中を至る
ところを刺して・・刺して・・刺しまくった。
姉は最後まで声を絞りながら私の名前を言い続けたわ、姉を殺した女は楽しそうな声でこう言ったの。
“お姉さんとかくれんぼしましょう。鬼は私であなたは見つからないように隠れ続けてね”・・って、今考えればあの女にとって
私を一番嬲り殺しにしたかったようね。
私は彼女から逃げるために家中を隠れ回った・・外に逃げようなんて考える余裕もないぐらいにね、そして追い詰められた私は
最初に隠れたクローゼットの中で意識を失って・・気がついた時には病院のベッドだったわ。後は十条君も知っての通りの流れよ」
「それで確かその後は・・」
「ええ、事件の影響で失語症になったわ。そんな時に阿部さんに出会ったの・・
最初は大人なんて信用できなかったけど、あの人はどこか違った。色んな事して遊んでもらったし
面白いお話も聞かせて貰って楽しかったわ」
(・・・)
「そこからは知っての通り・・女体化して大学に出て今に至る。
でもね、女になってこれでお終いってわけじゃないの。高校の時に男の人に騙されて・・捨てられちゃった♪」
やめてくれ・・これ以上話すのは悪戯に自分を追い詰めるだけなのは心ちゃん本人が知っているはずだ。
心ちゃんの過去は俺の想像を遥かに超える壮絶なものでとてもではないが一言では表現出来そうもない。
それに・・これ以上話している心ちゃんの姿がとてもではないが見ているだけで苦しい。
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「無様でしょ。折角こうして復帰したのにまた傷ついて・・」
「・・めろ」
「最初は実家に追い出されたって言ったでしょ?
あれ嘘だったんだよ、本当の家族はみ〜んな私の目の前でいなくなっちゃった♪」
「もうやめろ!!!! 頼むから・・これ以上自分を追い詰めるのは・・やめてくれ・・・」
もう俺は心ちゃんを黙らせることが出来なかった・・それだけ、今の彼女は俺の前で徹底的に自分で自分を自分を追い詰めていた。まるで死にたがっているように・・
「みんな、み〜んなぁ・・私の前からいなくなってしまった。
何で・・私が何かしたの!! お父さんやお母さんやお姉ちゃんを見捨てて生き残ったから!?」
「心ちゃん・・」
「あの人だって!! 最初は私に優しくしてくれたのに――結局は“オ前ミタイナ女ハキモチ悪イ”の一言で終わったのよ――ッ!!
私が・・私が何かしたの!!!」
そのまま心ちゃんは俺の身体を抱き寄せながら、まるで今までの全てをぶちまけるように俺の胸で泣きながら悲痛な叫びを続ける。
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「寂しいよぉ・・怖いよぉ・・ 誰か助けてよ―――」
「・・」
「何で・・何で私の前からみんないなくなるの? 教えてよ!!」
今俺の胸で泣いているのは今まで接して来た副担任の西本 心ではない・・ただ1人の人として全てを曝け出した西本 心だ。
「もう・・私はダメなのかなぁ」
「そんなことはない!! そんなことは・・ないさ」
「うっ・・うわぁぁぁん!!!!!」
心ちゃんはそのまま糸が切れたのか・・俺の胸の中で永遠に泣き続けた。
それまでは誰にも言わずにずっと数十年間をたった1人で溜め込んだ
のだろう、それを俺が受け止めるのは役不足かもしれないが・・今の俺に出来るのはこうやって胸を貸してあげる事ぐらいだ。
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「ねぇ、十条君・・」
「・・どうした?」
「私を・・抱いて」
「え――」
「このまま寂しいままで過ごしたくないの・・」
まさか、心ちゃんからこんな言葉を聞かされるとは思わなかった。
だけども俺には真菜香がいる、このまま心ちゃんに手を出してしまえば俺はもう真菜香とは会う事は出来ない。
しかしこのまま心ちゃんを見捨ててしまえば・・
「ねぇ、十条君・・」
(・・・)
「私って・・魅力ないのかな」
もう心ちゃんは完全に俺を求めて来てる、その目はもう女の瞳だ・・俺は今、人生の分岐点に立っているのだろう。
今までを貫き真菜香を無事に迎えるか・・それとも心ちゃんを慰めてずるずると複雑な関係に進むのか。その選択を俺は今迫られている、再びタバコを
吸いながら俺は少し思考しながら今の自分の気持ちを考える・・きっと心ちゃんは初めて誰かに身を委ねようとしている、それもかなりの覚悟を要したはずだ。
もしこれを断ってしまえば恐らく二度と・・心ちゃんは自分の抱える心の闇から抜け出す事は出来ないだろう、俺が抱いてそれを吹っ切れば安いはずだが、俺にはもう真菜香がいる。
今まで家族から存在を抹消された俺の寂しさを埋めてくれたのは他ならぬ真菜香だ、そんな真菜香を裏切ってしまうのは自分自身を裏切るのと同じ事なのだ。
俺はもしかしたらこの世に存在しているであろう神様に試されているのかも知れない、自分を救ってくれて我が身と同じぐらいの大切な人と俺の救いを待つ抱え切れない程の傷を負った人をどっちを取るか・・
拒否権などは始めから存在しない、こうなれば考えても仕方ないな。
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「心ちゃん。悪いがその役目は俺じゃない、今の俺ができる役目は・・こうして一緒に眠ってあげることだ」
「真菜香ちゃんじゃないけど・・十条君は優しすぎるよぉ」
「ゴメンな。俺には心ちゃんを慰めてはあげれない、だけどこうして本音を聞いて・・少しでも気持ちを共有してあげる事しか出来ないんだ」
「十条ォ・・君・・」
「よくお眠り、そして・・今度は俺以外の人に慰めてもらいな」
泣き疲れて眠る心ちゃんの髪を撫でながら静かにタバコを消して・・眠りについた。
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昔の思い出というものは歳を取るにつれてある日突然にデジャヴのように甦ってしまう、昔の事を思い出すなんて俺もどうやら歳のようだ。
“・・十条、どうした?”
「ああ、すまない。・・急に昔を思い出してな、どうも俺も歳を取ったようだ」
“全く・・ま、お前も体調には気をつけてな”
「そっちこそ、夫婦揃って体調不良で倒れるなよ」
そういって電話を切ると俺は再び仕事に取り掛かる、全く副社長と言うのは疲れる仕事だ。
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イギリス、ロンドン・・数百年にも及ぶ、歴史的な自動車会社の会長との契約を会社の支社で済ませるとそのまま秘書に次の予定を聞く。
「君、次の予定は?」
「日本の大手電気産業である松芝の社長との打ち合わせです」
「そっか・・日本か」
これも何かの縁と思うと思わず苦笑してしまうが、仕事は仕事なので素直に割り切ることにしよう。
そのまま秘書と共に会社の自家用機がある空港へと向こうが用意してくれた車で向かう、思えば日本に
来るのは3ヶ月振りでプライベートで来たのは殆どない。
今回の商談もこちらの優位に進められて巧く言ったのでホッと一安心と言ったところか、次の会社も
こんな感じで巧く言ってくれればいいが・・
「副社長、アメリカ本社の社長からお電話が繋がっておりますが?」
「ん? ・・ちょっと代わってくれ」
おかしい、本社には契約の内容は秘書があいつに報告をしているはずなのだが・・一体何の用なのだろうか?
秘書から電話を受け取った俺はプライベートではなく、仕事用の口調で社長と会話する。
「・・どうされましたか、本社の方で何か動きでも?」
“いや、今の所は何もない。それよりも副社長、この度の契約ご苦労であった・・お陰で自動車シェアも有利に進められる”
「いえいえ。・・社長ともあろう方が私に労いでも?」
こっちも次の契約の内容を組み立てるのに忙しいので少し厭味めいたものを言ってみる、一応表向きは顔を立ててやらないと
他の人間に示しがつかないし他の派閥の人間に横槍を入れられてしまう。こうした電話だってもしかしたら盗聴されている
危険性もあるので外に出たらこうしたやり取りが主だ。
“・・副社長、日本の仕事を片付けたら2日だけ休暇をやる。あまり故郷にも顔を出してないのだろ”
「ほぉ・・珍しいですな。もしかすると“あれ”が動いたのですかな?」
“好きに取ってもらって構わん。ま、折角の休暇を楽しむことだ・・私からはそれだけだ”
そのまま強引に電話を切られると俺は懐からタバコを取り出し一服する、さすがに最新設備の車だけあって換気もバッチリだ。
(休暇ねぇ・・あいつも粋な事をするもんだ)
全く、いつも影で支えてやっているあいつに気を遣われるのは気持ち悪い気もするが・・悪くはないな。
-
「十条副社長。本日は我が社との契約を結んでいただき・・有難うございました。
かの平塚グループとの提携で我が社の利益も鰻登りです」
「いや、こちらとしても松芝との契約は会社の利益に充分に値する。お互いに良い付き合いを・・な」
「ええ、こちらこそ宜しくお願いしますぞ」
日本の大企業を代表する社長自らに見送られながら再び車に乗り込む、今回の松芝との契約は表向き提携という形ではあるが裏では
買収をさせて貰った。本来なら向こうの心情としては他人の会社に膝を付くのは無条件降伏にも等しいので絶対に拒否をするはずなのだが、こうして
提携という形で関係を作ればスムーズに事を進められる。今度行われる松芝の人事発表では会社のトップを全て親平塚側の人間に鞍替えする予定だ、こうすれば松芝は
事実上俺達の傘下に入る事となる。
それに何もこういった話は珍しい事ではない、世界の大企業の中にはこうしたやり方で俺達の傘下に入っている会社が何社かある。
こうした方法を何度か取ればいずれは世界中の市場を支配できるのだが、そこまでしてしまえばパワーバランスを一気に崩してしまうことに
なり色々なところから目をつけられてしまう・・何事も程ほどが一番なのだ。
「副社長、今回もお疲れさまでした」
「全く・・会社を買うにも金が掛かる、今回も双方の国の連中を黙らせるに手間取った」
「いつもながら見事な手腕です。・・ところでこの後のご予定は休暇と入っておりますが?」
「そうだな・・ここら辺は俺の地元だから少し1人で散歩したい、頼めるか?」
「畏まりました。では2日後に迎えを寄こします」
「すまんな」
俺は適当なところで車を止めさせると、そのまま降りて休暇を利用した数年ぶりの地元を目指しながら散策した。
-
昔と変わっているところや変わっていないところ・・色んな意味で俺は当てなく地元を歩き続ける。
俺達の青春が詰まっている母校を皮切りに昔あいつと一緒に場所や小林を送ったアパートを永延と歩き続ける・・思えば
ここら辺は心ちゃんと一緒に住んでいた時いつも歩いていたものだ。
結局心ちゃんとの生活は俺が高校を卒業してからも続き・・大学2年の頃に俺が新たな生活の場所を見つけたことによってピリオドが打たれる。
あの日以来、心ちゃんとも一緒に眠る回数も増えており少しやきもきもしたのだが何もなかったのは本当に良かった。それからは心ちゃんとも
連絡を取り続けていたのだが時が経つに連れてそれもだんだんと曖昧となってしまい、大学を卒業する頃にはもうお互いに連絡を取り合うのも
なくなっていった。
それから俺は心ちゃんの行方は全然知らない、同窓会で出会った小林の話では未だにここら辺に住んでいるらしいのだが・・何だか嫌な予感がする。
「ここって・・俺達が昔住んで居た家か、よく取り壊されなかったな」
気がつけば俺はあの数年間にも及ぶ共同生活を送っていた家の前に立っていた。
当時俺が住んでいた時もそれなりの年数が経っていたのだが、家を出て20年以上
経った今でも未だにあの時のままの外装のままこの地に佇んでいる。
本能的にかつて住んでいた自分の部屋へと足を運び、ドアをノックする。
「ま、住んではいないとは思うが・・」
「はぁ〜い! ・・って十条君!?」
「し、心ちゃん・・」
ドアから出てきたのは俺と共に住み色々かき回してくれたトラブルメーカー・・
だけども青春と言えなくもない青春を共に過ごした相手、西本 心が出迎えてくれた。
まさか、かつて一緒に住んでいた同居人とここで再会するとは・・運命というものは何とも悪戯好きのようだ。
-
心ちゃんに促されて部屋の中に入った俺だが、かつての同居人に昔住んでいた自分の部屋へ入れられるのも
変な気分だ。それにしてもここに心ちゃんがいるということは俺が部屋を出てからずっとここに住んでいると
言うことになる、あの時は家賃も折半だったので普通に暮らせてはいたのだが・・俺が出てしまった今でも
良く暮らせていたもんだ。
「どうしたのよ、久々の再会を喜ぼうよ〜」
「全然変わってないな。今までここに住んでたのか?」
「うん。色々あったけど名残惜しくてそのまま・・住んじゃったかな♪」
なんと言うべきか・・ま、俺が出てから心ちゃんも色々あったみたいだ。
家を見る限り誰かと住んでいる風景がチラホラと見受けられる、だけどもあれからかなりの年数が経ったんだ・・
心ちゃんが結婚して家庭を持つのもおかしくはない。
「なぁ、心ちゃん」
「何?」
「結婚したのか・・?」
俺のとんでもない質問に心ちゃんは少し驚きつつも昔と変わらないいつもの調子で答えてくれる。
「あ、わかっちゃった♪」
「そっか。・・改めておめでとう」
「いやいや、大企業の人に祝って貰えるなんて私も幸せね。ところで久々に会ったんだから何か話してよ」
「そうだな」
それから俺達は共同生活を終えてからの人生を話し続けた、まるであの時の頃のまま・・昔に戻った感じだ。
-
「でもやっぱり小林さんは私の見込んだ通りね。今や世界中で有名な大女優になったんだから・・あの時サイン貰っておけば良かったな」
「ま、卒業後にアメリカに直接留学したんだからな。よくやったと思うよ」
「それにしても十条君は真菜香ちゃんと結婚してたんだから・・あの時決めていた進路先を全て進んだんだよね。真菜香ちゃんは元気してる」
「いや・・子供産んで、2ヵ月後に死んだよ」
「そうなんだ・・」
まぁ、考えて見れば心ちゃんは真菜香の進路先には心血を注いでいたようでよく真菜香の病室に来ては
試験の問題を直接教えていた。今考えると心ちゃんなりの思いやりなのかもしれない、病気のために
彼氏と一緒に住めなかったのにそれい加えて何も関係のない心ちゃんが俺と一緒に住んでいるでいるのだから。
口では生活を認めると言っていたものの心の奥底では認めちゃいなかったのかもな、真菜香は・・
「でも、あの時は色んな事あったけど・・楽しかったね」
「そうだな」
「教師と一緒に住んでるなんて・・幸せものだよ、君?」
「ハハハ、全国の男子に恨まれそうだ」
久しぶりに年甲斐もなく笑ってしまう、本当にあの頃はいろいろな意味で大変だったが・・俺の中で糧になったのは間違いないだろう。
-
「ただいま〜・・あれ、母さん。お客さん?」
「お帰り、兼人」
突如として家に入ってきたのは学生服を着ている男で顔を良く良く見ていると心ちゃんの面影が残っている。
それに俺の下の名前・・と言うことはこの子は心ちゃんの子供と言う事になる。
まさか俺の名前を付けるなんて・・どういう神経してるんだ、今更突っ込む気にもならないが。
「お、おい・・心ちゃん?」
「さっき話してた我が家の長男。西本 兼人で〜す!!」
「・・へっ?」
子供の方は躾が行き届いているのか礼儀正しくぺこりとお辞儀をするが、俺としては何とも複雑だ。
「母さん、この人は?」
「前に言ってた母さんの教え子で・・あんたの名付け元よ」
「ああ! 一時は母がお世話になりました!!」
2人揃ってのこのマイペースというか自由奔放な部分を見ていると嫌でも親子なのかと思いたくなる。
こんな2人と一緒に生活をしている旦那は一体どんな人なのか良く解らんが、それなりに苦労しているのは
間違いないだろう。
-
「で、その子の父親は・・どんな人なんだ?」
「旦那は普通のエリートサラリーマン、阿部さんの紹介で出会ったの。
それに苗字が一緒なんだから色々楽だったわ〜」
「へー・・旦那さんはどんな会社に勤めているんだ?」
「えっと、松芝! 十条君の会社よりかは小さいかもしれないけど日本ではかなり大きいよ♪」
初芝と言えば・・俺がここに来る前に買収した会社だ。
仕事のことは余り考えたくないが多分末端の社員だと思うので今度の組織改変には影響ないだろう。
それにしても家事が全くダメな心ちゃんが良く主婦で収まっているのだから世の中っていうものは
すごいものだ、そう考えると少し笑ってしまう。
「家事が全く出来なかった心ちゃんも子持ちの主婦ね・・あの時は想像すらできなかったな」
「失礼な! 結婚して教師辞めてからも家事は息子と旦那がやってくれるし、こう見えてもちゃんと育てました!」
「育てられました〜」
こんな光景を見ていると心ちゃんもようやく俺以外の人と幸せに暮らせているのが充分に理解できる、それが解った時点でここには俺の居場所はもうない・・
「・・んじゃ、俺は帰るわ」
「え〜、もう帰っちゃうの!? 自分の家に帰ったんだからもう少しゆっくりして行けば良いのに・・」
「ま、暇が出来たらアメリカにいる娘と遊びに行くよ」
ゆっくりと立ち上がると俺はそのまま家を出ようとする、何だか卒業式の時よりも名残惜しい。
「・・そっか。元気でね♪」
「そっちもな、それと・・兼人君」
「はい?」
「・・お母さんを大切にな」
そのまま俺は家を出る、今まで体験し尽くしてきた心ちゃんとの思い出を胸に・・
-
思い出の公園、久々にタバコを吸いながらのんびり空を見つめる・・今回の休暇は実に有意義なものだ。
「まさか・・心ちゃんが結婚してたなんてな。もし俺があの時・・心ちゃんを抱いてしまったらどうなってたんだろうな」
こんな事を考えてしまうとは俺ももう歳だ、今の人生には後悔もしていないが少しばかりのifを考えてしまう。
そのまま静かにタバコを吸っていると再び携帯に電話が掛かる、相手を見てみると以外にも娘の香織だった。
「おおっ! どうしたんだい〜」
“パパ、休暇はどうだったの”
「パパとして見れば自分の事よりも娘の成長が気になるなぁ。慶太君とは仲良くしているかい」
“ちょ・・ちょっと!! なんであいつの事がでるのよ!!!”
やっぱり女の子と言うのは性格は母親に似るものだ、俺として見ればそこが可愛い所でもある。
親バカと言われればそれまでだが、自分の子供と言うのは本当に可愛い・・ま、肝心の子育てが
出来ないのは口惜しい所ではあるけど。
“惚けてもダメ。詳しいことは沙織さんから聞いたわ”
「マジかよ!」
小林の奴・・ま、何を言ったかは容易に予想は付くけど。
“かっての先生はどうだったの? あ、詳しいことは沙織さんから全て聞いているから隠し事は無用よ”
「そんなこと言われたら・・パパ、ちょっと困っちゃうな」
“親子なんだから隠し事は無用! 話して話して〜”
「・・そうだな、まずは」
我が娘に何を話そうか・・頭を少し掻きながら俺はゆっくりと話すのであった。
―fin―
-
どうも・・久々にきちゃいましたwww
最近書く事に離れていたので良いリハビリになったと思います
今回は女体化は薄かったかな?
それに今まで影薄かった人を主人公にしたのは変な感じです。
今日も見てくれてありがとさんでしたwww
もしかしたらちょくちょく来るかもしれません、ではまたww
-
おちゅかれー
長いなwwww
-
長いですね〜
とにかく乙でしたー
-
【目指せ、甲子園―2】
女体化に気付いてから1時間。天と地が逆転しそうな程のショックからなんとか立ち直った俺は、とりあえずシャワーを浴びる事にした。
まずは寝汗を流して、頭を覚まそう。
俺の体に何が起こったのか、それは『女体化症候群』というふざけた病気のせいだ。
『女体化症候群』とは、童貞の男子のみに起こりうる現象で、15歳の誕生日から17歳の誕生日の前日までの間に女の体になってしまうという馬鹿げた病気だ。
しかし、童貞全員がそうとは限らない。
男子は小学生になりたてぐらいの時に『女体化症候群』の予防ワクチンを撃たれる。
これにより、ほとんどの男子は女体化せずに暮らせるが、俺のようにワクチンの効かない人間が毎年10人ほど現れる。そして、その男子が童貞のまま時期を迎えたら、女子となり、女として暮らさなくてはならない。
つまり、それが今の俺の状況だ。
冷静に考えれば考えるほど気が滅入ってくる。今年の甲子園並だ。
しかも、悪い情報はまだある。
女体化した男子が増える事によって、男性と女性の人口バランスは崩れ、女性が圧倒的に多い世の中になった。これは『女体化症候群』の予防接種の始まりと広まりの遅さもその状況を生み出すのに一役かっていた。
そして女性が増えれば増えるほど、各分野への才能を持つ女性は増える。
そして、その才能の進出はプロのスポーツ界にまで及んだ。
野球も例外ではなく『プロになれる資格があるのは男性のみ』という決まりが無くなり、ドラフトでは毎年女性選手も指名される。(それでも男性選手が圧倒的に多いのだが)
そして、アマチュア野球もプロと同様に『男女の差』が無くなり、アマチュアの女性選手も増加した。
しかし、なぜか高校野球においては制約があった。
簡単に言うと『女性選手(女体化含む)は1チームに3人まで』というルールがある。
プロは制限無しなのに、高校野球では制限有り。しかも理不尽な事もあり、ルールの改正を求める声が強い。
……と、話が逸れそうになった。危ない、危ない。
-
つまりはそのルールのせいで部員集めに支障が出るかもしれないのだ。
今、部にいる女性部員はキャプテンとなった坂本先輩のみ。
ここに俺が加われば、女性部員は2人目。あと1人しか入れる事が出来ない。
1人でも多くの人数を獲得したい今の状況では、このルールはかなりキツい。
と、なるとやる事は1つしかないか。
俺はなるべく自分の裸を見ないようにする。
視界に入れてしまうと、照れくささと恥ずかしさの混ざった感情を感じてしまう。女体化して間もないからなのだろうか。
とりあえず、裸を見ないように上を向きながら体を拭き、あらかじめ用意していた男子制服に着替える。
リビングに戻ると、母さんが父さんと兄貴に相談していた。
「とりあえず、学校に連絡をして……」
母さんがそう言い、電話の受話器を取る。まずい、今学校側にバレたら……!
「あっ、ちょ、ちょっと待って! 学校には自分で連絡するよ!」
慌てて母さんのところまで走り、半分ひったくるように受話器を奪った。
俺の存在に気付いた父さんと兄貴は、口をだらしなく半開きにして驚いていた。
「あら、そう?」
母さんはやや不審がりながらも、俺に任せてくれた。
助かった。俺が電話をかけれれば、どうにでもなる。
受話器を握る手に力を込め、学校へ電話をかける。
プルルルル……プルルルル……プルルルル……プルルルル……
なかなか繋がらない事に不安感を抱いた瞬間……
「もしもし、泉原高校です」
繋がった。
電話口からは何度か聞いた事のある事務員さんの声が聞こえてくる。
「1―Bの青山ですけど、高橋先生いますか?」
「いますよ、少し待っててくださいね」
その台詞が終わると同時に受話器の向こうから、どこかで聞いた事のあるようなメロディが流れてきた。
それに耳を傾けつつ、次の事を考える。
これが終わったら、次は陽助に部員の件の事でメール送っておかないと。それから……
「もしもし、お電話変わりました。高橋です」
メロディが突然止み、代わりに聞こえてきたのは、事務員さんよりも聞き慣れた担任教師の声だった。
-
「青山です、おはようごさいます」
「あっ、青山君おはよう」
まず軽い挨拶をして、すぐに本題に入る。
「実は今日、体の調子が悪くて……風邪だと思うんですが休んでもいいでしょうか?」
ただし、女体化の事は伏せなくてはいけないので嘘をつく。
リビングの空気が変わる。あきらかに俺の嘘が原因だ。
「そうかー、確かに声がちょっと変な気もするな」
「はい、喉も痛くて……」
声はやや高くなったので、少し低い声を出すように意識しているが、これが案外難しい。
「わかりました。じゃあ今日はちゃんと病院に行って、ゆっくりと休んでくださいね」
「わかりましたー、それじゃ」
受話器を置き、痛いぐらいの視線を飛ばしてくる家族の方を向く。
父さんが一言だけ喋った。
「嘘の理由を説明しろ」
俺は頷き、まずは高校野球の『女性選手の人数制限』の話をし、その後に現在野球部で起こっている深刻な部員不足の事を話す。
その話を聞き、3人とも多少なりとも俺の狙いに気付いたような顔をしていた。
だから、俺は3人が予想していただろう事を──
「俺は女になった事を隠す!」
力強く宣言した。
-
つまり、俺が女という事を隠す事によって女子部員としてカウントされなければ、その分部員の入る可能性が増える。
例えば、女子2人が「野球部に入りたい」と言ってきたとしても、坂本先輩と俺がいるから片方は諦めてもらわなければならない。なぜなら『女子部員は3人まで』とルールで決まっているからだ。でも俺が女子である事を隠していれば、女子は坂本先輩しかいない事になるので2人とも入部しても大丈夫、という事になる。
俺はシャワーを浴びながら考えた事を実行に移そうとし、そして宣言した。
宣言し、リビングは静まり返ったが、父さんがテーブルを強く叩き「馬鹿な事を言うな!」と怒鳴った。
その声に気圧されそうになったが、こっちだって負けてはいられない。
怒りで赤く染まった父さんの顔を睨むと、父さんも俺を睨み返す。
「…………」
2人の睨み合いが続く。重苦しい空気がリビングを支配していた。
その睨み合いを見ていた母さんが口を挟む。
「翔太、冷静に考えなさい。無理でしょ」
「やってみせる!」
「絶対にバレないっていう根拠は?」
「ない! けど頑張る!」
俺はなんと言われようと考え直す気はなかった。
と、俺の顔を見ていた兄貴が小さく笑った。
「父さん、母さん、無理だぜ。もうコイツは絶対に考えを曲げるつもりはないらしい。言うだけ無駄だ」
兄貴が笑いながら諦めの言葉を口にする。
その言葉を聞いた母さんは諦めたようにため息を吐く。
そして父さんも最終的には折れてくれた。
ただし、条件を出してきた。
1つめは、もし9人以上の部員が集まって女子部員が俺を入れて3人以下だったら即座に女体化した事を学校に報告すること。
2つめは、せめて家にいる間は女の子らしくすること。
という条件だった。
その条件を受け入れるだけで、学校側に黙っててもらえるのだから即座に首を縦に振った。
これでまず1つめの『やるべき事』をやった。
だけど、まだやるべき事はある。そのために仮病という手段を使い、学校を休んだのだから。
でも、まずは最優先でやるべき事がある。それは……
「朝飯まだー? 腹減ったよー」
朝ご飯を食べる事だ。
【目指せ、甲子園―2 おわり】
-
とりあえず、ここまでです
やはり久し振りに書くと、実力が落ちたと痛感
-
すんげー久しぶりにファンタ見たwwwwwwww
-
乙でしたwww
野球の時期だな
-
>>847
半年ぶりに書いたからね
>>848
夏は甲子園の季節!
まあ、作中ではすでに終わってるけどね
-
【目指せ、甲子園―3】
朝ご飯を食べ終わった俺は、まずメール。
陽助に、今日休む事と野球部に入る約束をしてくれた奴の事を伝える。
「『1―Dにいる安川って奴だ。昼休みが放課後にでも、俺の代わりに安川に会いにいってくれ』っと……送信!」
陽助に送信した後、部屋に戻り服を着替える。外に出るつもりだが、制服のまま外をうろついたら警察官に補導されそうなので、適当に半袖のTシャツとジーパンを身に付ける。
出かける準備を済ませ、リビングに戻ると母さんだけしかいなかった。時間的に父さんは会社に、兄貴はバイトに行ったのだろう。
「ねえ、母さん」
母さんは俺の声を聞いて振り返り、俺の服装を見て意外そうな表情になる。
「あら、翔太。どこか行くの?」
「うん。それでちょっとお金欲しくて」
今まで部活一直線なのでバイトをしている暇がなく、当然収入は月一のお小遣い(5000円)だけになる。
なので、趣味以外で四桁以上のお金を使う時だけは、あらかじめ母さんからお金をもらう事ができる。
「何に使うの?」
「髪切って、それから包帯買う」
「あら、髪切っちゃうの?」
「そうじゃないと不自然だろ? 特に部員連中とは先週会ったばっかりなんだし」
ちなみに連中と会った特には首がある程度隠れるくらいの長さだった。それが一夜にして腰のあたりまで伸びるんだから、女体化症候群ってのは怖い。
「あと、包帯なんか買って何に使うのよ。ケガしてないんでしょ?」
「胸を潰すんだよ」
包帯は、胸に巻いて大きさを隠すために使う。まあ、そんな事をしなくても大丈夫だと思うくらい小さなサイズなんだが……念には念を入れておく。
「って訳だから、お金ちょうだい」
「はいはい、ちょっと待ってなさい」
母さんはそう言い、自分の財布を開けて一万円を渡してくれた。
「ちゃんと余った分は返しなさいよ!」
「わかってるって! んじゃ、いってきます」
母さんの言葉を聞き流しながら、日差しがキツい外への扉を開いた。
-
外に出た俺は10分と経たず後悔する。
「あっつい…………」
暦の上では、すでに季節は秋なのに太陽の光は真夏並の厳しい日差しを浴びせてくる。
「せめて……帽子でも被ってくるべきだったな……」
暑さに喘ぎながら前に進んでいき、ようやく1つめの目的地である床屋に着いた。
入り口の扉を開くと、外とは対照的な涼しさが出迎えてくれた。
「う〜っす。今日も暇そうだな、おっちゃん」
ここの店主のおっちゃんは、客がいないので暇そうに新聞を見ている。俺は子供の時からここで髪を切ってもらっているが、客がいるところなんか2、3回程しか見た事がない。
「おう、その言い方は翔太……じゃねえな、誰だ?」
おっちゃんは口調で俺だと断定したようだが、新聞からこっちに視線を移すと眉をひそめた。
まあ、そんな反応をするのはわかりきっていたから、冷静に対応する。
「いや、翔太だよ。正真正銘のな」
おっちゃんは訳がわからないという顔で戸惑っていたが、俺が「とりあえず、髪切ってくれないかな?」と言うと、席に案内してくれた。
そして髪を切ってもらいながら、俺の身に起きた出来事を話した。
「なるほど、女体化か!」
おっちゃんは納得したように頷いた。
「最近じゃ、そんな客来ないからすっかり忘れてたな」
「そうなんだ」
まあ、この客の入りの無さじゃ納得だ。
「あ、そうだ。一応この事は他の人には内緒にしといてくれないかな?」
「ああ、いいぜ」
特に理由も聞かずに了承してくれた。
今朝父さんに怒鳴られたせいでか、自分の考えに少し自信を持てなくなってきたので、理由を話して否定的な意見を返されるよりは心が楽だ。
そして、しばらくして散髪が終わった。
鏡に移った俺の姿は、わずかな違いこそあれど、ほぼ昨日までの姿と変わりはなかった。
「よし、これならバレないかもしれない。ありがとな、おっちゃん」
おっちゃんに代金を渡し、釣りを受け取って、お礼を言ってから店を出た。
-
散髪を終えた俺は、ますます強まる暑さにうなだれつつも包帯を買い、家に戻った。
「ただいまー……」
「おかえりなさい。外は暑かったでしょ」
「うん、なんか冷たい物でも食べたいよ」
「それなら、お昼はそうめんにしようかしら」
「んじゃ出来たら呼んでね」
俺はそう言って、部屋に戻る。
部屋に入ると、手早く服を脱ぎ、胸に新品の包帯を巻きつける。
出来るだけキツく巻きつけていくと、胸に不快な圧迫感を感じるが、無視して巻き続け包帯の端と端をキツく結ぶ。
そして、その状態のまま男子制服を着る。
「……よしっ、バッチリ!」
鏡を見て、思わず笑みがこぼれる。それほど完璧に男に戻れていた。(もちろん『見た目だけ』だけど)
髪は切ったし、胸は潰せたし、顔と身長・体重はたいして変わっていないし、声も少し低くすればバレない。
これで隠し通す準備は全てできた。後は本番を待つのみ、か。
「翔太、ご飯よー」
着替えてから行こうと思ったが、あえてこの姿で行く事にした。無理だと言った母さんにこの姿を見せつけてやり、朝に言った言葉を撤回させてやるぞ。
【目指せ、甲子園―3 おわり】
-
【目指せ、甲子園―4】
ピピピピピ……ピピピピピ……
「うう……うるせえな」
耳元でやかましく鳴り響く目覚まし時計を捕まえて、スイッチを押しながら布団の中に突っ込む。
「…………ぅー」
もう一度寝直したい衝動に駆られたが、今日は平日、つまり学校がある事を思い出し、小さく唸りながらベットから起き上がる。
「…………あ……着替えなきゃ」
パジャマを脱ぎ、男子制服に袖をとお……ん? 制服が無い。いつもはハンガーにかけてクローゼットの中に入れてあるのに、見当たらない。
「うーん…………あ」
寝起き直後のボンヤリした頭で考えて、なんとか思い出す。
昨日お昼食べる時、母さんに見せに行って麺つゆがかかってしまったんだ。
だから、その制服はクリーニングに出して、返ってくるまでタンスに入っている予備の制服を使うように言われたんだった。
タンスを開けると、キレイに畳まれている制服を発見した。
やっと見つけた。いつもより時間ロスしちゃったから早く着替えなきゃ。
そう考えながらシャツに手をかけた時、扉がやや乱暴に開いた。
「おい、翔太!」
扉の開いた先には兄貴が立っていた。
「いいかげん起きないか!
-
【目指せ、甲子園―4】
ピピピピピ……ピピピピピ……
「うう……うるせえな」
耳元でやかましく鳴り響く目覚まし時計を捕まえて、スイッチを押しながら布団の中に突っ込む。
「…………ぅー」
もう一度寝直したい衝動に駆られたが、今日は平日、つまり学校がある事を思い出し、小さく唸りながらベットから起き上がる。
「…………あ……着替えなきゃ」
パジャマを脱ぎ、男子制服に袖をとお……ん? 制服が無い。いつもはハンガーにかけてクローゼットの中に入れてあるのに、見当たらない。
「うーん…………あ」
寝起き直後のボンヤリした頭で考えて、なんとか思い出す。
昨日お昼食べる時、母さんに見せに行って麺つゆがかかってしまったんだ。
だから、その制服はクリーニングに出して、返ってくるまでタンスに入っている予備の制服を使うように言われたんだった。
タンスを開けると、キレイに畳まれている制服を発見した。
やっと見つけた。いつもより時間ロスしちゃったから早く着替えなきゃ。
そう考えながらシャツに手をかけた時、扉がやや乱暴に開いた。
「おい、翔太!」
扉の開いた先には兄貴が立っていた。
「いいかげん起きないか! 今何時だと思って……」
兄貴が怒鳴るのを途中で止め、黙りこんでしまった。
どうして黙ってしまったのか気になったが、これ以上朝っぱらからうるさい怒鳴り声を聞かずに済む。
「うるさいよ、兄貴。俺はご覧の通り、バッチリ起きてるんだから朝から大声出すなよ」
俺はそう言い、兄貴の方に向き直った。
と、同時に兄貴は俺から飛び退き、目を力一杯閉じている。
「バッ、バカ! 早く服を着ろ! つーか隠せ!」
「隠せって、いったい何を隠せと…………!」
そこで俺は、今の俺の状況に気付いた。
さっきパジャマを脱いだのでパンツ一枚。そして、今の俺は女体化してるから……
「あ……あああ…………」
頭の中が真っ白になっていく……いや、訂正。ただ一つのするべき事だけは頭の中に残っている。
そのために大きく息を吸い──
「ま、待てっ! 俺は何も見てない、見てないんだっ!」
慌てる兄貴を無視して──
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
──家中に響きわたる大きく甲高い悲鳴をあげた。
-
「よっ、翔太! 疲れた顔してるな。まだ風邪治ってないのか?」
「……保健室で薬をもらってこい」
高校に着き、自分のクラスで陽助と龍一の2人に会うなり体調を気遣われた。
「いや、風邪はほとんど治ってるよ。薬もいらない」
風邪と言うのは嘘の話なので、別に薬は飲まなくてもいいのだが、2人はやや不満そうな顔をしている。
「だけど、その顔は大丈夫なようには見えないぞ」
「……無理や我慢はするな」
さらに気遣われた。どれだけ疲れた顔をしているんだ、俺は。
「無理なんかしてねえよ。朝にちょっと疲れる事があっただけだ」
そう、朝にほぼ裸の姿をバカ兄貴に見られて、不覚にも女の子みたいな悲鳴をあげてしまった。
しかし、本当に大変なのはこの後だった。
俺の悲鳴を聞いて駆けつけてきた両親は、パンツ一枚の俺と悲鳴に備えて耳を塞いでいた兄貴を交互に見て、父さんは兄貴に強烈な拳骨を食らわせた後説教を始めた。
母さんはしきりに大丈夫か、ケガはないか、と聞いてきた。
俺は「大丈夫」と答え、胸に包帯を巻く。さすがに家にいる時にまで、男でいる理由はないし、女らしくとの条件もあるから外していた。
包帯を巻き終え、制服のズボンに手をかけた時に父さんの説教が耳に入ってきた。
「だいたい、可愛くなったからといって妹を襲うなどと──」
精神衛生上、父さんの説教を意識からシャットアウトした。
まあ、こんな事があって大幅に時間をロスした俺は、大急ぎで洗顔を済ませ、トーストを咥えながら走るという、昔の漫画みたいな体験をして、結果として体力的・精神的に疲労した状態で学校に着いたという訳だ。
もちろん、こんな話は誰にも話せない。
「そうか。でも、それだったら今日も休んでもよかったんじゃないのか? 風邪をぶり返すのも大変だし」
陽助の言葉に龍一が同意の意味を込めて頷く。
「本当にもう大丈夫だって。それに野球部の事も気になるし」
野球部の事は、本当に気になっていた。安川はどうなったのか、他の入部希望者は見つかったのか、など気になる事はたくさんある。
「ああ、野球部か。それなら」
陽助はいったん言葉を切り、ニンマリと笑顔を浮かべた。
「安川を含めて3人が入ったぞ」
「3人!?」
-
俺は思わず聞き返した。
まさか、この中途半端な時期に部活に入部してくれる物好きかいるとは。しかも3人も!
「ああ。もう入部届けも出てるから今日から部活に来るぞ」
俺は、3人の物好きに感謝しながら陽助の話を聞いていた。
が、陽助はまたもや話を途中で切った。
「陽助、どうした?」
「後ろ、危ないぞ」
そう言い、俺の方を指さす。
その言葉の直後、振り返る暇すらないタイミングで重量感を伴う衝撃を感じた。誰かがのしかかってるのか!
「うわっ!」
突然の衝撃に驚くほどあっさりと床に倒れてしまった。しかも、俺にのしかかってきたバカと一緒に。
「いてえ……つーか重い」
「失礼ね!」
「ぐあ!」
「あ、死んだ」
痛いっ! 死んでないけど痛い! あの感覚からして後頭部から感じるこの痛みは……肘打ちか。
こんな事するバカは1人しかいない。
「おい、望」
「なに?」
やっぱり望か。
この女は何が楽しいのか、いつも俺に不意打ちでのしかかってくる。しかも文句や悪口を吐くと、今のように肘や鉄拳、果ては蹴りまで飛んでくる。
まさしく迷惑以外の何者でもないが……一応友達である。
「とりあえず、俺の上からどけ。重たくてしょうがなぎゃあああああっ!」
望は退いてくれた。ただし、俺の背中を思いきり踏みながら。
なんか朝から不幸続きだ。今日は厄日か?
「で、何の話してたの?」
「お前には関係ねえよ」
望は全く悪びれずに質問してきたものだから、俺はぶっきらぼうに答える。
「あたしに言えない話っていったら……ああ」
望の頬が少し赤く染まる。
「何も朝からそんな話しなくたっていいじゃない」
ちょっと反応が変だ。まさか変な風に解釈してないだろうな。
「何の話してると思ったんだ?」
「え、エッチな話でしょ?」
「違うよ!」
やっぱり間違って解釈してやがった。
「違うの?」
「違う。野球部の話してたんだよ」
「へえ、野球部の話だったんだ」
あ、結局何の話してたか言ってしまった。
「それで何の話してたの?」
「部員が足りないんだ」
一瞬、嘘を言おうかと思ったが後が怖いので、本当の事を話す。
「へえ、何人足りないの?」
「今は7人いるから、最低でも2人かな」
「ねえ、それって男子だけ?」
「いや、女子もOKだ。坂本先輩だって女子だし」
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「ふうん、女子が入っても大丈夫なんだ」
「ああ、ただし1チームに3人のみだけどな」
「……よし決めた! あたしも野球部に入る!」
望のこの発言に、俺は自分の耳を疑った。
今、コイツなんて言った? 野球部に入るだって?
「じ、冗談だよな?」
「本気よ」
「な、なんで入る気になったんだよ」
「あんた達が困ってそうだから。別にまだ女子の定員は埋まってないんだから大丈夫でしょ?」
「そりゃ、大丈夫だけどさ……」
「何よ、その嫌そうな顔は。何か文句でもあるの?」
あるよ。さっきみたくのしかかられて、殴られたり蹴られたりする危険が部活でもあるんだぞ? 部活の時間までそんな思いをするのはまっぴらごめんだ。
なんて言える訳がない。なので俺が言う台詞はこれしかない。
「あ、ありません」
「よろしい」
くっ、このままじゃマジで入部してしまう。
そうだ、陽助と龍一なら反対意見を出してくれるかも!
期待を込めて、さっきまで2人がいた方を向くと、そこには誰もいなかった。
「あれ?」
2人はどこにいったのか教室内を見渡す。
「どこだ〜……あ、いた」
2人とも自分の席に座っていた。
「さっきからやけに会話に入ってこないと思ったら……」
しかも、なんか俺と望の方に生暖かい視線を送ってきている。特に陽助の目が『お見合いで当事者2人を残して部屋を去るババア』みたいなまなざしになっている。
猛烈に目潰しを食らわせてやりたい衝動が湧き上がる。
「それじゃそういう事で。あ、部室の場所わかんないから放課後案内してね〜」
そう言い残し、望も自分の席に返っていった。
それと同時にチャイムが鳴り、俺も自分の席に戻る。
程なくして担任が教室に入り、朝のHRが始まった。
【目指せ、甲子園―4 おわり】
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とりあえずここまで
>>853でミスをしましたので、そこは無視して読んでください
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続きwktk
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お久しぶりです。
>>768にミスがありました。自己嫌悪でインフルってました。
初紀はハルさんが生きてること知ってました……。
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〜青色通知13.3(るいの場合)〜
―――私は、"異性化疾患対策委員会"の事務所ビルの一角に通された。
警察の取調室みたいなもの想像していたのだけど、そこは会社の応接室のような場所で何だか拍子抜けしてしまう。
……それからは、ずっと革張りのソファに座っての、床とのにらめっこが続いた。
「なんとか言ったらどうなんだ?」
「…………」
「いつまでこうしてるつもりだ?」
「…………」
「もう、二時間だぞ。そろそろ話してくれてもいいんじゃないか? "AO1617号"」
「…………」
「………はぁ」
光沢ニスがたっぷりと塗りたくられた木目調のテーブルを挟んで真向かいのスーツの男が、小さく溜め息を吐いた。
彼で、一体何人目だろう。
とっかえひっかえ代わる代わる、尋問してくる人達に、私が口を開くことはなかった。
父さんや母さんと国際電話で話せるらしいけど……それにも首を横に振った。
体面だけを気にして、私のことなんか放ったらかしにしてたくせに。
今更電話口で見えないはずの保護者面をされるのも癪だった。
それに、結末は目に見えている。
海外か、独房か。
そんな二者択一を選ばされる自業自得の、ほんの一歩先くらいの未来。
どちらにしても、数年は大好きな友達に会えない、真っ暗な未来。……それだけなら、まだいい。
でも、そうじゃない。
だって――――。
―――ピリリリリッ!
不意に、携帯電話に使われているテンプレート的な電子音が鳴り響く。
……案の定、それは私を尋問していたスーツ姿の男性の携帯が着信したことを報せるものだった。
「どうぞ」
そこで、私は初めて口を開いた。
極めて平坦な口調で私に促されて、尋問者は複雑な面持ちで通話ボタンを押し、それほど広くない応接間の隅っこに移動する。
……こんな目と鼻の先の距離じゃ何のプライバシー保護にもならないと思うんだけどな。
流石に部屋を出るわけにもいかないらしい。
―――オトナって大変なんだな。
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「はい、もしもし。……はい、そうです。
え、いや、その……はい、申し訳ありません……」
多分、電話口で私の尋問が上手くいってないことを詰られているんだろう。
少し可哀想な気もするけど、私には関係の無い。
それ以上は興味すら湧かなくて、聞き耳を立てる気も失せてしまう。
……なんか、ずっと黙って床とにらめっこしてたら、垂れ下がってきた髪が鬱陶しくなってきた。
……どうしよう。
陸の救急車騒ぎのこともあって手ぶらで出てきちゃったから、髪留めのゴムはみんな部屋に置いてきちゃったし……何か代わりになるのってあったかな……?
半ば諦め気味にスカートのポケットを弄る。
――――あ。
手のひらに長細い紐の感触。
それは普段の私がいつもしていた、"あの人"の最後の痕跡。
"ハルさん"から貰った青いリボン。
この際、仕方ない、かな。
口にリボンをくわえ、下ろしてた髪に手を掛ける。
そういえば、今日はシャワーも浴びてないから……髪がちょっとベタついてて気持ち悪いや。……こうやって髪を結うのも、ほんの数年前まで、ちっとも慣れなかった行為なのになぁ。
……よし、いつものポニテの出来上がりっと。
「―――え、あっ、……はい。了解しました。失礼します」
どうやら、向こうさんの通話も丁度良く終わりを迎えたらしい。
テーブルを挟んで向かい側から低い咳払いが一つ聞こえてくる。
視線をそちらに向けると、口惜しそうな顔をした尋問員の姿がそこにあった。
「……どうやら、選手交代みたいですね」
にこやかに放った私の嫌味に返事は無く……無言のまま"尋問員その8くらい"は部屋からすごすごと出て行った。
「………ふぅ」
ほんの数十秒のインターバル。
とは言っても、凝り固まった肩を回したり、深呼吸をしたりする程度。
尋問に使われてるような部屋だと、おちおち独り言も漏らせないしね。
盗聴―――というか、この応接間自体がモニタリングされてる可能性は大いにある。
気をつけなきゃ。
油断したら……初紀ちゃんまで罪に問われてしまうのだから。
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―――コンコン。
不意にノックの音がする。
私が今までこの部屋で出迎えた人の中では一番紳士的な人かもしれないな。
それまでは何の予告も無しに部屋に入ってくる人しかいなかったから。
「―――はい、どうぞ」
私はまるで面接官のような口調で新たな尋問員を招き入れる。
お堅い真面目人間なら、あしらい方もよく分かっているつもりだ。
相手のペースで話をさせたらダメだ。
この相手をバカにした言動も、その布石―――
―――ガチャ。
「こんばんは。"AO1617"号さん?」
「あ……っ!?」
思わず息を飲む。
そして、私は髪を青いリボンで結ったことを後悔する羽目になる……。
―――大きな誤解をしていた。
私が目視で確認した面子だけが、神代先生の部下だと思い込んでいた。
その中に"女性"は居なかった。
勿論、目の前に居る―――私とおんなじ青いリボンを髪に結った人が此処に居る訳もない……。
ありえない……ありえないっ!!
だって、その人は―――!!
「はじめまして。
"異性疾患対策委員会"の委員長を務めています―――
―――有島 美春です」
タイトスカートのスーツに身を包んだ女性が、淡々とした口調と綺麗な笑みで嘘を言う。
もう、二度と会うこともないと思っていたのに……どうして!?
―――なんで、"ハルさん"が……!?
当然の疑問が……ふと、アタマの片隅の小さな違和感を呼び起こす。
―――どうして、ただの資料係に過ぎない筈の神代先生が、"委員会"をまるで手足のように動かしていた?
―――何故、通知受取人を辞めても尚、ハルさんは同じ場所で生活を続けられていた?
―――そして、今、この瞬間、彼女は何て言った……!?。
私の想像の終着点は、あまりにも突拍子もないもの。
けど……辻褄だけは合ってしまう。
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「………はじめ、まして」
私はとっさに嘘を嘘で返して、口を噤む。……というか、頭がグチャグチャで言葉が出てこない。
……落ち着け、落ち着け、私!
意外過ぎる展開の先制パンチを食らってパニクってる場合なんかじゃないっ!
「さて、と」
ハルさんは、ソファに腰掛けた途端に何を思ったのか……私との間にまたがるテーブルの下に手を伸ばした。その仕草に何故かとドキっとしてしまう。
「……よいしょっ」
目当てのモノを見つけたのか、前かがみになっていたハルさんが姿勢を戻す。
その右手には、黒っぽい携帯電話くらいの大きさの精密機器が握られていた。
……盗聴器か。
「……まったく。こーいうコトはやめてね―――って、あんなに言ったのになぁ……」
「―――え……っ?」
ハルさんは、溜め息混じりにその盗聴器らしい黒い機器のカバーを外して、そこから単三か単四の電池を数本抜き取ってみせた。
ゴロゴロとテーブルに転がるオキシライドの乾電池達をしばらく見つめてから……私はハッと我に返る。
「な、なにしてるんですかっ!?」
「"委員会"は通知受取人のプライバシー保護も管轄だから、ね。
それが喩えIDを抹消された違反者であっても例外は無し。
―――そうだったよね? るいちゃん」
そこで初めて私を名前で呼んで、可愛らしくウインクしてみせるハルさんは……私の知っているハルさんだった。
―――でも、ダメだ、信用しちゃいけない。
「……そんなコトで、上手く誤魔化したつもりですか?」
緩みそうになった気と表情を凍らせて、私は彼女を睨みつけた。返ってくるのは、相変わらずの柔らかい表情。
「んーん。るいちゃんが用心深いコトは知ってるよ。
鍵の閉め忘れとか、よく注意されたもんね」
「……そうやって、昔の思い出を引き合いに出しても、喋るコトはありません。委員会にも、神代先生にも、………貴女にも」
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……このまま私が頑なに黙秘権を行使し続けなければ、その被害は初紀ちゃんまで飛び火してしまう。
事情はともあれ、初紀ちゃんが違法に通知受取人になろうとしていたのは、確かな事実。
……それ自体は大した罪に問われることはないとしても―――初紀ちゃん、引いては陸の人生を左右することになりかねない。
………それだけはなんとしても避けなきゃいけなんだから。
「……それは自分自身のタメ?
それとも"ひーちゃん"と"初紀ちゃん"のタメかな?」
「―――っ!!?」
思わず、私は目を見開いてしまっていた。
昨夜、あの場に居合わせた陸がハルさんと面識があるのは理解できる。
―――けど、初紀ちゃんは違う。
あの時、面識どころか話題にすら出なかった筈の彼女のことを……何故ハルさんが知ってるの……?
「可愛い子だよね。
あの黒髪とか、妬いちゃうくらい綺麗だし。トリートメントが良いのかなぁ?
あ、彼女はクラスメートなの? 制服も、るいちゃんの今着てるのと同じみたいだし」
いつ、どこでかは分からないけど……ハルさんは、実際に初紀ちゃんに会っている。
ハッタリや誤魔化しは、多分通用しない……。
―――どうしよう……どうしようっ!? このままじゃ、初紀ちゃんも陸も……!!
「……えーと、るいちゃんは何か勘違いしてるみたいだね」
「え……っ」
「私は、るいちゃんを捕まえるつもりは無いよ。勿論、初紀ちゃんを罪に問うつもりもないしね」
―――そんなの、誰が信じるもんか。
そうやって、また甘い顔をして……また私を裏切るつもりなんでしょう?! ……昔、私の目の前から貴女が消えたように……!!
「……この部屋にはもう、記録の残せる媒体は残ってない。
るいちゃんや初紀ちゃんに不利なコトだって話してくれて大丈夫、私が口を噤めば済む話なんだから」
―――それだって、都合のいい嘘に決まってる。
-
「クチで言っても信じてくれない、か。……そうだよね、うん」
―――……そんな寂しそうな表情をしたって無駄なんだよ、ハルさん。
「………じゃあ、仕方ないね」
………えっ?
何を思ったのかハルさんは、踵を返して出入り口の扉の鍵のツマミを水平に捻る。
そして―――彼女は私の横に腰掛けて、ジッと私を見つめてきた。
ハルさんから目を逸らしていても……艶やかな髪からシャンプーの甘い香りがする。
……って、呑気に感想を述べてる場合じゃなくって!!
「なんのつもり、ですか……!?」
「……この場に記録を残す媒体が無いって言ったよね。それを証明するんだよ」
「証明って―――んぅっ!!?」
―――な、なに……なに、これ……っ!!?
唇と口腔に、熱気と湿り気を帯びた感触と……ミントの味。
背中には革張りのソファ。
視界には、イヤリングを付けた耳元が映り込む。
「ん……んぅっ、ふぅ…っ…んっ!!?」
水音が数秒間、私の鼓膜を犯しているの聞いてから……漸く私はハルさんに無理矢理に唇を重ねられていることに気が付いた。
「んっ、んーっ!? ふ……んぅっ!」
慌てて、覆い被さっているハルさんを押しのけようと両腕に力を込めても、決して重くはない筈のハルさんの身体はビクともしない。
……まるで、唇を介して私の力が吸い取られてるみたいに。
「―――っ!?」
……それだけじゃない。私の内股を擽られるような感触が走る。
その、こそばゆい気持ちよさにカラダは強張ってしまっていて、更に力が抜けていく気がした。
そこで、漸く私の口腔を味わい尽くしたであろうハルさんのピンク色の舌が……唇から離れる。
その余韻を惜しむみたいに、私のハルさんとの舌を結ぶ……透明の粘液。どちらが、名残を惜しんでいるのだろう……? ハルさん? それとも―――。
-
―――違うっ!! 私は、もうハルさんのコトなんか……!!
惚けていた頭を横にぶんぶんと振り、口元に残るハルさんとの"つながり"をブラウスの袖で拭う。
……口紅なんてしてない私の唇を介して、ピンクのルージュがブラウスの袖口にくっついてる。……それだけで身体が熱くなるような気がした。
「っ、はぁ……っはぁ……こん……な事して……何になるん……はぁ……ですかっ!!?」
「……もしも、この部屋をモニタリングしてるなら、今頃私は外のヒト達に取り押さえられてるでしょ?」
要するに、ここは完全に外界から情報を遮断している場所だ。そうハルさんは言いたいらしい。
「―――それに、今のるいちゃんは私を訴えることだって出来るんだよ?
"無理矢理犯された"って、ね」
っ、……訴えるって、そんなの……状況証拠だけで証明出来る訳が―――。
「―――出来るよ。物的証拠だってあるんだもん」
「っ!」
ぼんやりアタマで考えてたことが口から漏れ出てたらしい。慌てて両手で口を押さえる私を、ハルさんはイタズラっぽく笑い―――右手の中指と人差し指をくゆらせる。
そして、ゆっくりと開かれた右手の指の間には……私が快感に耽っていた確かな証である、粘り気を帯びた透明な一本線。
「―――っ!?」
私は……たかだか舌を絡めた強引なキスと内股を触られただけで……あんなに……!
「これには……DNAがつまってるんだよね。
こんなの、フツーにお喋りしてただけじゃ私の指先に付くワケもないもんね?」
「〜〜〜っ!!」
一体ナニがしたいんだ、この人はっ!!?
わざわざ法的に不利になる状況を作り出して、自分の言っているコトに嘘偽りがないと主張したいの!?
それなら、もっとそれっぽい顔してよハルさんっ!!
そんな……真新しい玩具を手に入れたみたいな顔して、私の……その、……それで、遊ばないでよ……。
-
「まだ、話してくれないのかな?」
「………」
「じゃあ、"物的証拠"をもっと作ればいいのかな?」
「………っ」
返事に困った私は、覆い被さっていたハルさんから目を逸らしていた。
……いや、違う。反論の言葉ならいくつも見当たった筈だった。
それなのに、そんな拒絶の言葉を飲み込んだんだ。私自身の意志で。
「ね……興奮してるでしょ?」
「っ、してませんっ!!」
「ふぅん? これでも?」
「ひぅ……んっ!?」
ハルさんの細い手首が、一つだけボタンの外れたブラウスの隙間から侵入してくる。
……彼女の指先が撫でるように私の身体に直接触れただけ。ただ、それだけなのに、私のカラダは私の意志を離れて勝手にみっともない声をあげていて……。
こんなコト、"お仕事"で男の子としてた時だってなかったのに……!
「キモチ……良い?」
―――わかってるくせに……っ!!
イタズラっぽく笑いながら、わざとらしく訊いてくるハルさんを私は弱々しく睨むことしかできない。
初紀ちゃんや陸を蹂躙することに快感を覚えていた私は、一体どこに行ってしまったのだろう……っ!?
「キモチ良くないのかな?」
「……っ………」
意地悪な視線に耐えきれなくて、分かりきった問いかけが悔しくて、もどかしくて……私はソファの背もたれに目を向けていた。
「そーだよね。無理矢理じゃあ、キモチ良い筈ないよね……」
諦観に満ちたハルさんの言葉を、私はどう思って、聴いてたのだろう―――?
「でも、やーめない」
「え………っ」
―――自分の胸中を探る間もないフェイントに、私は知らず知らずの内に彼女に視線を戻してしまった。
そこには……初めて見る、ハルさんの冷たい眼光。
それに気を取られていたせいか、私は……あることに気が付いていなかった。或いは、気付こうとしていなかっただけ……?
―――私とお揃いの青いリボンで結われていた筈のハルさんの髪が下ろされている。
-
「……あ……っ!?」
気付いた時には、もう遅い。
ハルさんのリボンが私の両手首に縛り付けられていた。……私が玩具の手錠で初紀ちゃんを拘束したように。
自由を奪われた両手は、即座に彼女の左手に押さえつけられてしまう。
―――私は、一体何時までこの青いリボンと、その持ち主に身も心も縛られ続ければいいの……?
「ほら、休んじゃダメだよ?」
「や、だ………ぅんっ!」
頭を掠める皮肉をかき消すように、淡々とした言葉と共に胸元を襲う緩い快感の波。
必死に抵抗の言葉を並べ立てようとしても、普段よりもオクターブ高い息混じりの母音に上書きされていく。
「や、っはぁ……うっ、あ、ん……んぅっ!」
「胸、おっきくなったよね。サイズはどれくらいかなぁ? うーん……」
暴力的なまでの快感に声を押し殺そうとする私とは対照的に、ハルさんは日常的な会話を楽しむような口調で、私の乳房の輪郭をなぞるように弄り回してくる。
「……んー……C、うーん……もっと、かな。じゃあDくらいかな? いいなぁ、私よりおっきいかも?」
「っ、ぅ、ん……っんんっ!」
質問の答えなんか初めから気にしていないような、私の弱い所を執拗に攻め続ける愛撫が続く。
それに堪えかねて、反射的にカラダを捩らせると―――内腿から熱と粘り気を帯びた感触が伝わってきた。
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でも、何か違う。
身体に、強制的に与えられる快感に耐える私とは別の―――程遠い位置に居た私がポツリと呟いたような気がした。
「じゃ、そろそろ―――」
―――"私の頭を撫でてくれた人は、こんなに、細い綺麗な指をしていなかった"。
―――"私を想ってくれた人が受けた辱めはこんなものじゃなかった"。
「っ!!」
私の秘部にハルさんの指が伸びる。
その刹那―――まだらな茶髪の男の子と、綺麗な黒髪の女の子の憐れむような視線。
「―――や……だっ!!」
―――誰かが倒れるような鈍い音が響く。
それが誰のものか確かめる為に、私は反射的に瞑っていた両目を恐る恐る開いてみる。
「っ、はぁっ、はぁ……っ」
……私だ。
私が、ハルさんを跳ね退けたんだ。
なんで、そうしたか、それが出来たのかは分からない。
ただ、急に……快感に打ちひしがれ、脱力していたはずの私の身体が―――弾かれたバネみたいに、反射的に動いていた。
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ソファの反対側に倒れたハルさんは、乱れた髪を直しながら上半身を起こす。
「いっ、たたぁ……もう、急にどうしたのかなぁ?」
肘掛けにぶつけた後頭部をさすりながら、ハルさんは首を傾げていた。
意味が分からない。
自分で自分の好きな人から享受出来るはずの快楽を手放してまで―――私は何を言おうしているの?
「……違う」
「……何が、かな?」
自問に自答するよりも先に、口が動いていた。
「あなたは、私に目先だけの希望を与えるような真似だけはしなかった!
私が、大好きだったハルさんは―――!」
――――あ。
「大好き"だった"、かぁ」
言葉を反芻するように、ハルさんは満足そうな、それでいて少し寂しげな笑顔を浮かべて呟く。
「ハルさんっ、今のは……その―――っ!」
「―――ちょっと待っててね」
取り繕う言葉を探していた私を後目に、ハルさんはジャケットの胸ポケットに仕舞ってあった携帯を操作し始めた。
程なくして、それを耳に当て、反対側の人差し指を唇にあてて、"しーっ"のジェスチャーを私に送るハルさんがそこに居た。
-
「あ、もしもし。有島です。
ええ、はい。通知受取人"AO1617号"と御堂 初紀の共犯関係ですが……立証は無理でした。私でも取り付くシマも無い感じで。
……はい、責任は私が持ちます。
あははっ、先生だって元から私には期待してなかったじゃないですか。
そんな大仰な役目を果たせる器じゃなかったんですよ、私は。
―――えぇ、そうですね、尻拭いをお任せするのは忍びないですけど。
え? ……はい、分かりました。
……はい、先生も。
では失礼します」
無機質な電子音、閉じられた携帯、そして……私に向けられる大輪の向日葵のような笑顔。
「おめでとっ。るいちゃんの勝ちだよ」
何を以てして勝ち負けが決まるのか分からないハルさんとの勝負に、私はいつの間にか勝利を収めていた。
……初恋の終わりっていう、鈍い胸の痛みと引き換えに。
「……ごめん、なさい」
頭を下げても、涙は零れない。
昨日までの私なら、多分……ボロボロに泣いていたはずなのに。
「あははっ、なんで謝るかなぁ。むしろ私が責められる立場なんだけどな」
「……くすっ。なんで、でしょうね」
何だか急に可笑しくなって、ハルさんと笑い合う。
それは、昨日の天海駅での出来事からは想像も出来ないくらい穏やかな時間。
自分が女の子で、ハルさんも女性だからこそ生まれる時間。
……でも、それも長くは続かない。
「―――さっき電話で話していた通り、初紀ちゃん……御堂 初紀、何の罪状も問わないようにします。
しかし、元"AO1617号"。貴女には然るべき罰を受けていただきます。
それが、委員会の総意です」
打って変わった凛々しい顔でハルさん―――いや、"異性化疾患対策委員会"の委員長、有島 美春は言う。
……これで、陸と初紀ちゃんは……もう大丈夫なんだよね……。
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それは、私の望んでいた結末。
でも、それは同時に、私がこの街から離れなければならないことを指していた。
「……理解ある裁量に感謝します。委員長さん」
―――これで、いいんだよね。
私が通知受取人の資格を剥奪されても、陸は初紀ちゃんと結ばれる。
陸は、女の子にならずに済むし、初紀ちゃんの想いだって報われる。
今生の別れじゃないんだから。
……また、会える。
……また、会えるんだから……泣くな……私っ。
「残酷なようですが、あなたに猶予は与えられません。ご理解ください」
「……分かっています」
それは、つまり、陸や初紀ちゃんにお別れを言う機会は皆無だということ。
多分、ハルさんは名ばかりの委員長で、それほどの権限が与えられていないのだろう。
委員会の実権を握っているのが、家柄のバックボーンを持った神代先生だとすれば、初紀ちゃんに飛び火しなかっただけでも破格の裁量なんだ。
そう、自分に言い聞かせる。
元はと言えば全部私自身が蒔いた種。その禊ぎを私自身が受けるのは当然なのだから。
……それでもココロが納得出来ないのは私がお子様だから、かな……。
「……行きましょっか、委員長さん?」
そんな甘えを振り切ろうと、私は自ら口火を切った。
……ハルさんは、私に背を向けたまま出入り口の鍵のツマミを垂直に回す。
「……ごめんなさい。私がエスコート出来るのは、ここまで……です」
開け放たれた扉。
「……みんな、ツレないんですね」
ハルさんは、何も答えない。
……大丈夫、いつも通りだ。
もう慣れたんだ。
―――独りぼっちで、大丈夫だ。
ハルさんに会釈して、私は部屋を後にした。
〜青色通知13.3(るいの場合)〜
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ここまでしか書けてない自分に絶望。
何か真面目な話ばっかりで息が詰まりそうです。
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乙です
待ってたよ!
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続き待ってました!
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またしても百合とは
-
〜青色通知14.0(陸の場合)〜
「―――ライっ! オライっ!」
最近あんまし見かけないタンクトップのお笑い芸人達みたいな掛け声で、俺は国産のそこそこ値の張る車を給油スタンドの近くに誘導する。
「ッケーです!」
……昨日までの慌ただしい日々が嘘のような、いつもの日常が戻ってきた。
学校を終えてから、いつもの仕事先であるガソリンスタンドで、いつものように働く。
ガソリン特有の鼻を突くような臭いが懐かしくも思える。
―――以前と違うことと言えば、未だ仕事用の帽子の下にホータイを巻いているせいで頭が蒸れちまうコト。
初紀が学校を休んでいたコト。
と……それと―――。
……止めだ、今更女々しいコト言っても仕様がねぇだろ……。
アイツに会えなくなったっつっても、今生の別れじゃねぇんだから。
いつまでもこんなんじゃ、アイツに笑われるだけじゃねぇか……!
後ろ向きな想いを振り切るために、たった今停車した、ちょいと値の張る国産車の運転席の横までダッシュする……が。
「―――っ、とと……!?」
……くそったれ、まだ頭に血が足りねえってのか? てめぇの体重すら支えきれない軟弱な脚を睨みつける。
……我ながら情けないカラダだな……畜生、言うこと聞けっつってんだろーがっ!!
「……"ひー坊"!」
足に気合いを入れ直そうとアスファルトを踏みつけようとする、……したのだが……その前に、店長が俺に声を掛ける。声を掛けるっつーか、叫び声、怒鳴り声に近かった。
……つーか、いい加減"ひー坊"呼ばわりすンのはやめてくれ。
項垂れた視線の先の灰色を代わりに睨み付けながら店長に念を送る。
「こらぁっ、聞いてンのか"ひー坊"!?」
その、どっかで聞いたような怒鳴り声から分かる。俺の念は残念ながら店長には届いちゃいなかった。
何で俺はテレパシストじゃなかったんだ。
そんな生産性の無いコトを考えてから、頭を横にぶんぶんと振る。……ちっとばかし目眩がした。
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「あい、聞いてますっ!!」
「じゃあ帰れっ!!!」
「あいっ!! ……はい?」
体育会系のノリに乗っちまった俺は勢いで返答してから首を傾げる。
今話題の人件費削減ってヤツか……? そこまで切羽詰まってンのか、ウチのスタンドってのは。
「そんなカラダで働いてても邪魔なんだっつってんだよっ!! とっとと帰れドアホがっ!!!」
「―――っ、ンだとぉ………っ!!?」
「アタマから血をちょこっと零したくれぇでヘコたれる奴なんざ要らねぇんだよッ!! 」
「あぁっ、だぁれがヘコたれてるって!?」
「てめぇだろうがっ!」
「っざけんなっ! 通常の3倍速でやってやらぁっ!!!」
頭に足りなかった血が急速に満ち溢れていく気がした俺は、今し方誘導した車の運転席へオリンピック級の速さで駆け寄る。
背後で店長が"単純な野郎だ"とか何とか他のスタッフと笑っていたような気がするが、気にしたら負けだ。
「らっしゃっせー! 本日は………、っ!?」
「―――レギュラー満タンでお願いしますねっ、陸くん」
―――車窓の強化ガラスを下ろした先に見えた顔は俺の見知った顔だった。
……一見すると、運転席に座っていることにすら違和感を覚えるほどの若い風貌を持った女性。
初葉さん―――初紀のおふくろさんだ。
相変わらず整った顔立ち。とても思春期の子供を持つ母親だなんて思えないほど綺麗だ……。
それがなんであの熊みたいなオヤジさんと結婚したのかは、近所では地域の七不思議の一個に数えられているとかなんとか。
………確かに謎だ。
-
「―――レギュラー満タンですね!! ありがとざいあすっ!!」
背後に刺さる店長の視線で我に返る。
……今日、学校を休んでいた初紀のコトを聞き出したくなる衝動に一瞬駆られたが、今の俺は赤い彗星なのだ。
開かれた給油口にホースを突っ込み、その間に窓ガラスを通常の3倍速で拭いていく。
が。
―――ガコンと、ホースから給油が終わった音がした。
……って、早くね?
まだワイパーの拭き取りも終わってねぇンだけど……。
「どうやら、ひー坊の3倍速はアテにならねーみてぇだなぁ?」
「………っ」
勝ち誇ったように店長が言う。
くそったれが……!
「それ終わったら今日は上がれ、いいな?」
「………」
「返事はッ!!?」
「……あいっ!!!」
悔しさを奥歯でかみ殺しながら、俺は初葉さんの車に背を向けようとした、その時―――。
「―――陸くん。誰だって調子の悪い時はありますよ。あまり気を落とさないで下さいっ」
車窓から手を伸ばし、俺の油まみれの両手を握りしめる初葉さん。
「……ありがとう、ございます」
すっかり勢いを失っちまった俺は、初葉さんの励ましにも虚ろに答えるしか出かった。
心なしか、そこに居たスタッフみんなが笑いを堪えてるように見えたのは……俺の被害妄想なんだろうか……?
-
「さ、行きましょうか」
「……うぃす」
乗り込んだ御堂家の自家用車の助手席は少し足元が窮屈だった。
「陸くんの背丈じゃ、ちょっと狭いでしょう? 少し座席をズラしてください。座席の下にレバーがありますから」
「あ……はい」
いつもはアイツの……初紀の特等席らしく、これがアイツの丁度良い位置なんだとか。
些細なことなんだろうけど、初紀の"女"として部分をもう一つ見つけられて……嬉しいような寂しいような複雑な気分に駆られる。
「……ごめんなさい」
そんな不謹慎なことを考えていたら、急に初葉さんは消沈したような顔をして口を開いていた。
俺、初葉さんに謝られるようなコト……されたっけか?
信号が赤から青に変わる間に記憶を必死に巻き戻す。……いや、思い当たるフシはねぇ。皆無だ。
「……あの、何が……ですか?」
「一昨日、あなたが主人に気絶させられたコトです」
……思い出した。
確か、初紀のオヤジさんにぶっ飛ばされたんだっけか、物理的に。しかも道場の門に体がめり込むくらい。
……今思い返してみれば、よく死ななかったな、俺。
あん時も事故った時も……大した怪我も無かったし、悪運だけは強いのかもな。
「手加減していたとは言え……本当に申し訳ありませんでした……」
前言撤回。
手加減してたんスか、アレで。軽トラに轢かれたような錯覚を覚えた気がするんスけど。
……もしオヤジさんが本気を出したら、俺は間違いなく綺麗な川と花畑が拝めるだろうな。
……今度から気をつけよう、そうしよう。
「別にいいっスよ。現に俺は生きてるし、大した怪我もしてないんスから」
……気にしてないって言えば嘘になる。
けど今、俺の右横で大仰に謝り続ける初葉さんは何も悪くねぇし。
……それに、オヤジさんの気持ちも、ちょびっとは分かる気がするしな。
帰り際に買ったカフェラテを口にしながら、俺は初葉さんから目を逸らした。
-
「……ありがとうございます。でも、あと謝ることが二つあるんです」
「え。な、なんスか? 二つって……」
「あの後、初紀も主人とちょっと喧嘩をしまして……」
「はぁ」
「喧嘩に負けた初紀も気絶して……」
「はぁ」
「部屋がなかったので陸くんと同じく初紀の部屋に寝かせました」
茶色の霧が車窓の外へ消えていく。
「あらあら、お行儀が悪いですよ」
「誰のせいッスかっ!?」
……だからか。目が覚めた時、初紀が横で寝てたのは……!!
「そしたら、……あなた達は私の口からはとても言えないような体勢になって―――」「―――わーっ!! わーっ!!!」
初葉さんに見られてたのかよっ!!?
あの……オトコとして最も恥ずべき瞬間を……!!
……ヤバい、急速に死にたくなってきた。
「まぁ、冗談はさておき」
「冗談だったンスかッ?!!」
「あらあら、まさか心当たりが?」
心当たりどころか大当たりなんですが、その冗談―――とは口が裂けても言えない、言えるわけがない。
間違って初紀のオヤジさんの耳に入ったら、ぶっ飛ばされる。……三途の川の対岸まで。
……血の気が引いた音を初めて聞いた気がした。
そこで、ふと我に返る。
初葉さんのイタズラっぽい笑みに気付く。
「どうしました?」
「めっそーもないっ!!」
俺はバネで弾かれたように無心で首を左右に振る。
……ちっとばかし目眩がした。
「くすっ、そうですか。それは残念ですね」
初葉さん……本当は全部見越して訊いてるんじゃないのか?
……気にはなるけど、聞いちまったらオシマイな気がした。
-
「そ、そう言えば、もう一個の謝りたいことってなんスか?」
俺は半ば強引に話の流れを変える。苦しいかとも思ったが、初葉さんは気にする様子もなく。
「あ、そうですね。……実はさっきの給油なんですが」
「……はい」
……俺が赤い彗星になりそこねた時か。
「あれ、私のせいなんです」
「……はい?」
「私が、店長さんにお願いして、陸くんを連れ出す口実を作ったんです」
どういうこっちゃ?
言ってる意味を咀嚼出来ずに居ると、初葉さんは運転席のドアポケットから何かを取り出して俺に手渡した。
なんだコレ? ……レシート?
「……ガソリン代、372円? 372円ンン!!??」
―――まさか……。
「ごめんなさい、今さっき給油されたのは3リットル前後だったんです」
たった3リットルの給油の間で、手を抜かずに窓を全部拭ける訳がない。
―――店長の野郎ぉ……ッ!
俺が仕事を上がらされた時の、スタッフ達のニヤニヤ笑いの原因はコレか!
ハナっから素直に事情を説明すりゃいいものを、ヒトをコケにしやがってぇ……!!
いつか店長の制服を車用の光沢剤まみれにしてやる……!!
「着きましたよ?」
俺が小さく復讐を誓った時には、既に助手席の窓側から、相変わらず周囲を威圧してるとしか思えない"御堂空手道場"のデカデカとした看板が見えていた。
……なんか流れで来ちまったけど、……その、気まずい。
なんだかんだ言って昨日、初紀に最後に会ったのって……その、……だぁああぁッ!
「陸くん、どうしました? 身悶えてるみたいですけど……」
「なっ、なんでもないッス!!」
……今なら、貧血気味の頭を一瞬にして元通りに出来るような気がした。
〜青色通知14.0(陸の場合)〜
-
とりあえずここまで。
エンディングまで後少し……かも。
-
カーチャンが素敵過ぎて濡れたwwwww
-
わかった!これは婚約を認めてもらう前の男の心境ってやつだな!
-
〜青色通知14.1(初紀の場合)〜
……不覚、としか言い様がない。
宗にいの用意した車でウチに送って貰った後……私は、パジャマに着替えようとして、制服を脱ぎ散らかして―――その後の記憶がない。
"オチる"ってああいうコトを言うのかな……?
兎に角、私はとてつもなくだらしのない格好で眠りについていた。
それがマズかったらしい。
……全身が鉛をくっつけたように重たい。
身体はブラウス一枚で南極に居るみたいにガタガタ震えが止まらないくせに、頭だけは釜茹でにされたように熱い……。
……。
構図を想像しちゃダメだ、私。
―――あの可愛らしい短めのポニーテールをネガティブに真似てから、今日までに溜まりに溜まった疲れに加えて―――昨夜、ブラウス一枚で寝てしまったコトが身体にトドメを刺したらしい。
翌朝、フラフラと起きてきた私の異変をいち早く察知した母さんから、有無を言わさず口に婦人体温計を突っ込まれた。
案の定、水銀は38の数字を通り過ぎた位置で止まり、私はベッドに寝かしつけられる。
"こんなの大したコトない、気合いでどうにかなる"って……陸みたいな精神論で自分を奮い立たせようとしても、身体は誰に似たのか頑として動こうとしない。
……私の身体のくせに。
……。
でも、内心ほっとしてる自分も居たことも確かだ。
もし学校で陸と会っても、どんな顔していいか……わかんないし……。
-
……今思い返してみると、顔面から火を吹きそう。
だって、るいちゃんに身体を弄られて、気持ちよくなっちゃって、頭がほわほわしてたからって……自分から、その、陸に迫るなんて……。
「〜〜〜っ!!!」
頭に浮かんだ恥ずかしい場面を振り払うように掛け布団を頭まで被ってみても、真っ暗な視界に浮かぶのは、私を押し倒した陸の真剣な眼差しと……私が受け入れる筈だった陸の―――
―――って、だ、だから、考えるなっ、私っ!!
「………ぁっ」
掛け布団の中で身を丸めていたら、内股に……湿った感触。
……コレ、まさか。
……や、違うっ、単に寝汗をかいただけ―――!
おそるおそる、そこに手を伸ばす。
指先が、その腿の湿り気触れる。
ぬるりとしていたそれは……寝汗なんかじゃなかった。
「………、ぅ……ん……っ」
無意識の内に、私は下着に触れていた。
……って、何を考えてるんだ私っ!?
これじゃ、単に私が欲求不満みたいじゃないかっ!!
「っ、……や、だぁ……っ」
止まれ……止まってよぉ……っ!!
熱に浮かされたアタマで、必死に身体に懇願しても、私の手先は私の意志に反して、徐々に、熱を帯びた核心へと近付いていく―――。
-
『……初紀ちゃん』
「―――っ」
……なに考えてるんだ私は。
陸やるいちゃんのコトを忘れて、私はまた自分のことばっかり考えて……!
バカだ。変態だ。サイテーだ。このまま熱に浮かされて死んじゃえっ!
るいちゃんだって、陸の事が好きだったのに、それなのに……身を挺して私と陸を守ってくれた。
それに引き換え私は何だッ!?
自分のコトばっかりで、そのくせ人に救ってもらってばっかりで……。
友達としても、異性としても陸の力になれてないじゃないかっ!! るいちゃんの力にもなれなかったじゃないかっ!!
……あまりに無力だったじゃないか。
そんな私が、こんな快感を享受する資格なんて、ない。
それを、るいちゃんに気付かされるなんて……ホント、バカだ。
自分勝手と自己嫌悪の繰り返しばっかり……はぁ。
……学習机に立てかけた時計を見やる。
もう、5時か。
熱も下がってきたし……いつまでもブラウス一枚で寝てるわけにもいかないな……。
-
「パジャマ、パジャマ……」
重たい身体を引き摺ってタンスの中を漁る……けど、目当てのものは見つからなかった。あーもぉっ!
……そうだ、居間のタンスに仕舞いっぱなしだったんだっけ……。母さんはしっかりしてるようでヌケてるとこが多いよね、ホント。
仕方無く、私はパジャマを探しに階段を降りて、居間の引き戸を目指す。
―――っ……こんなに、ウチって広かったかなぁ……?
「―――ッ!」
居間から誰かの声がしたような気がした。
あれ。母さん帰ってきたのかな。
「おかえりーかあさ……」
私が何の気無しに居間への引き戸を開けた瞬間に………時間が凍り付く。
そこには家族以外にも見知った顔があった。
顔を真っ赤にして口をパクパクと動かしている陸と宗にいと父さん。
微笑ましく他人事のように笑う母さん。
そして、ブラウス一枚の私。その下は―――。
「い――――」
私が熱を帯びた回路が解答を導き出した瞬間に、時間は即座に流動する。
「―――いやぁあぁあぁっ!!!!!!」
各々に断末魔をあげて、天井には父さんの、畳には宗にいの、障子には陸の生々しい血痕がバラまかれた瞬間だった。
それが、私の放った拳と蹴りものなのか、はたまた彼等が能動的に出した鼻血なのかは……わからないけど……。
……陸の言葉を借りるなら、"いっそ殺してくれ"と本気で思った瞬間だった。
その前に、今血を流してる人達の方が先に死ぬかもしれない、とは微塵も考えずに。
〜青色通知14.1(初紀の場合)〜
-
とりあえず、短くてごめんなさい。
初紀はホント、色々と不幸です。
誰だっ、メインヒロインをこんな扱いにした奴! 原作者出てこいっ!!
-
はなぢwwwwww
-
ノ
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もう17.5禁でも良いな
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>>893
先生、続き書いてください。
>>894
こんだけエロ書いてるのに合体しないのも珍しい。
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むしろエロで萌えさせるのが女体化ものの醍醐味
エロと女体化はカレーにメシのような関係なのだ
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【目指せ、甲子園―5】
今日もほとんどの授業を寝て過ごしているうちに、帰りのHRの時間になった。
んで、そのHRもすぐに終わり、放課後。
「さっ、早く部活に行きましょ!」
「わかったから腕から手を離してくれないかな。望の握力が強くて右腕が痛いんだけど……」
「やだ♪」
「あっ、本当に冗談抜きで痛くて……せめて左腕にしてえええええええ!」
「龍一……モテる男は辛い、って本当だったんだな」
「翔太に関しては間違ってはいないな……」
俺の悲痛な叫びをBGMに、2人は好き勝手な事を喋っていた。
部室の扉を開くと、すでに3人の男子がユニフォーム姿で談笑していた。
その内の1人は、俺の知っている人物、安川だった。という事は他の2人も……
「お、麻生。もう来てたのか」
「……早かったな、成田」
陽助と龍一の言葉に、麻生と呼ばれた男と成田と呼ばれた男は、返事を返した。
「と言う事は、この3人が今朝言ってた新入部員か?」
3人は同時に頷いた。
「そうか、これからよろしくな」
俺は握手を求め、手を差し出した。
この場にいる7人で自己紹介をして、お互いの事を知った所で練習を始めた。
「よし、まずは準備運動から……って坂本先輩がいないな」
なにか違和感を感じると思ったら、声を張り上げ練習の指示をする坂本先輩がいないせいだった。
「あ、坂本先輩なら今日は来ないって」
陽助が屈伸運動をしながら答えてくれた。
「何か用事でもあるのかな?」
「戦力になりそうな生徒がいるからスカウトしに行くってさ」
「へえ、スカウト成功するといいな」
「ああ、成功すればめでたく9人揃うしな」
「まあ、明日になればわかるか」
しかし、翌日も、そのまた翌日も、坂本先輩は部活に来なかった。
-
そして、さらに翌日の昼休み。
「おい、翔太、龍一。坂本先輩が今日も休むって」
「今日もか!?」
さすがに4日連続ともなるとちょっとおかしい。
「普通、スカウトに4日もかからないよな?」
「うん……多分」
「怪しいな……」
俺達は何も言わなかったが、考える事は同じだった。
『放課後、尾行しよう』
そして、放課後。
「んじゃ行こう」
陽助と龍一にそう言うと、2人は黙って頷く。
坂本先輩の所属する2―Aの前まで来る。
まあ、教室の前にボケッと突っ立っているとバレる危険性が高いのだが、幸いにも他の2年生もHRが終わったらしく廊下には、主に2年生が多数いる。それに紛れて坂本先輩にバレずに尾行する事が出来れば……
「ん? お前達……なんでここにいる?」
一瞬でバレた。
「なるほどね。スカウトに4日もかけるから何事かと思って見に来たって訳か」
坂本先輩の言葉に俺達は頷いた。
結局、坂本先輩に見つかった俺達は何故2年生の教室の前にいるのか問い詰められ、素直に白状した。
「実は、スカウトしようとしてる奴は友達なんだ」
そう前置きして、坂本先輩は喋りだした。
「一年前、まだ私が新入生だった頃、私とアイツは一緒に野球部に入った。だか、アイツは秋の予選が始まる直前に退部した。何故だと思う?」
先輩はわずかに顔をしかめながら、俺達に問いかけた。
理由は色々あるだろう。いじめだったり、家庭の事情だったり、単に面倒になったり、とすぐ考えつく理由だけでもこれだけある。
だが、俺はそんな理由ではないと思った。先輩の表情を見ていると、ある1つの答えが頭の中に浮かぶ。
「もしかして、女体化が理由ですか?」
俺がそう言うと、坂本先輩はさらに顔をしかめて、頷いた。
「当時の部員には私の他に、女子部員が2人いたから、アイツの女体化によって、誰か1人が辞めなくてはいけない状況だった」
「それで先輩の友達は、辞めたんですか」
「ああ……」
「「「「……………………」」」」
しばらくの間、誰も口を開かなかった。
やがて、先輩が口を開いた。
「だが、今は違う。現在、女子は私と明石しかいない。今は大丈夫なんだ、アイツの入る枠があるんだ」
静かな、強い意志を感じさせる口調だった。
-
話が終わった後、俺達は余計な口出しはしない、という条件付きでスカウトの様子を見せてもらう事にした。
邪魔が入りにくいという理由から屋上で話し合う約束をしたらしく、4人で屋上に向かう。
「いいかお前ら、絶対に余計な事は言うなよ」
「「「はい」」」
坂本先輩は、屋上へと続く扉の前で振り返り、念を押してきた。
俺達が返事をすると満足そうに軽く頷き、扉を開いた。
そこは殺風景な場所だった。
それなりに広いその場には何も置かれておらず、ただ転落防止用の金網が設置されているだけの空間だった。
そして、その空間の中心に一人の少女がいた。
「すまない、待ったか?」
その言葉に少女は微笑みを携え振り返る。
「ううん、今来たばかりだよ」
なんかドラマとかでよく見るカップルのようなやり取りしてるな……しかし、そんな事よりも、たった今疑問に思った事が1つある。
坂本先輩の話では、スカウトする生徒は女体化した2年生って事だったんだけども……
この人って本当に元男?
どう見ても元男には見えない。
身に纏っている空気というか雰囲気というものが、女体化後の一年程度で身に着いたものとは到底思えない。元から女じゃなかったのか、と思ってしまう。
だが、当然俺の思考とは関係なく2人の話は始まる。
「みちる、野球部に入って……いや、戻ってきてくれないか?」
「またその話? その話は断ったじゃない」
みちると呼ばれた先輩はちょっと困ったように微笑んだ。
「だが、私はお前と一緒に……」
みちる先輩が断ったのにも関わらず、坂本先輩は諦めず勧誘しようとする。しかし……
「…………ごめん」
その一言で坂本先輩は黙りこんでしまう。
「……それじゃ、また来週ね」
気まずい空気の中、みちる先輩は逃げ出すように屋上から立ち去った。
-
その後、坂本先輩はもの凄く落ちこみ、結局部活を休んだ。
俺達は一応部活には出たが、アレを見た後でやる気が湧くはずもなく、全然練習に身が入らなかった。
なんだか胸の中がモヤモヤするような気持ちを抱えて帰宅した。
帰宅した俺を待ち受けていたのは、妙に機嫌の良い母親だった。
「ただいま」
「あら、おかえりなさい♪」
「ご機嫌だね。何か良い事あったの?」
「ん、ちょっとね〜」
良い事があった事は認めるも、具体的には何なのかを伏せている。
ま、どうせ体重が落ちたとか、へそくりがたくさん溜まったとかその程度だろ。
「さ、着替えてきなさい。すぐに晩ご飯出来るから」
「おう」
自分の部屋に入り、クローゼットを開けると少女趣味全開な空間が目に飛び込んでくる。このクローゼットはここ数日ですっかり内容が変わってしまった。
女体化する前にあった、男性物の服はほとんど無くなり、代わりに女性物の服、しかも少女趣味な服が圧倒的な割合を占めている。
「はあ……」
最近はこのクローゼットを開く度にため息が漏れる。
結局俺は、夕飯を食べた後に少し走ろうと思いジャージに着替え、居間に戻った。
「あら、ジャージにしたの?」
「うん、後で少し走るつもりだから」
「そうなの、せっかく可愛い服をたくさん揃えたのに……」
母さんは不服そうに顔をしかめる。
母さんには悪いが、俺は家の中だろうとあの服を着る気はない。
それに、俺の服を買うのに金を割くよりは自分自身のために使った方がよっぽど有意義だろうよ。
そんな事を考えながら、少し不機嫌になった母さんが運んできた料理を黙々と食べ進めた。
夕食を食い終わった俺は、母さんのしつこい愚痴(もちろん服装関係の)から逃げるように外に出る。少し食休みしてから走ろうと考えていた俺の計画は見事に崩れさった訳だ。家の中では、さらしを巻く必要もなかったから着けてこれなかったし……まあ、あっても無くても、見た目的にはあんまり変わんないけどさ。
「……しょうがない。走るか」
飯を食った後にすぐ走るのはやや体が重く感じるので、あんまりやりたくはなかったが他にする事もないので仕方なく走る。
-
そして30分後
「はぁ、はぁ、はぁ」
俺は息を乱しながら、石段を駆け上がる。
今日は神社を折り返し地点にしたコースでランニングする事にしたのだけど、その神社にはとても長い石段がある。
俺は今、まさにその石段を上っている訳なんだけど……
「や、止めとけば……よかった……」
もう、俺の体力は限界だった。俺は足を止め、その場に座りこむ。
「これ……無駄に長い」
俺は、まだまだ先のある石段を眺め、思った事をそのまま呟く。
ここで一人愚痴を言っていても何にもならないのだが、言わずにはいられない。
そのあまりの長さに目標を下方修正して、すぐさまUターンしたくなるのだが、皆を欺いて甲子園に行く事に比べると、この程度で音をあげてはいられない。
「よし、休憩終わり」
俺は立ち上がり、再び石段を駆け上がった。
それから20分ほど上り続け、ついに神社のある頂上まで辿りついた。
「夜の神社ってなんか妙に不気味だな」
神社はもう少し奥の方にあるが、ここから見える神社は辺りが暗いせいで薄ぼんやりとしか見えなく、さらにボロ……古めかしい外観と相まって少し不気味に見える。
「でもせっかくだから女になったのバレないようにお参りしていこうかな」
そう考え、神社に近づいていった。が、その途中で歩みを止める。
なぜなら、何者かが神社の前に立っていたからだ。いや、何者か、と言うのには間違いがあるな。
その人物は上半身に白衣を、下半身に緋袴を纏っていた。夜の暗さに加え、目の前の人物は俺に背を向けているので断定は出来ないが、その服装はいわゆる巫女装束という物で、それを身に着けているこの人は紛れもなく巫女さんだろう。
-
ただ、その巫女さんは少し様子がおかしかった。
もう夜だというのに箒を持って、掃き掃除をしている。普通そういうのって明るいうちに済ませるものだろう。
少し疑問に思ったが、俺には関係の無い事なので無視して賽銭箱の方に歩きだして、盛大にこけた。
「ぐぁ」
地面に体の前半面を打ちつけ、間抜けな声が俺の意思と無関係に口から漏れる。
こんな無様に転んでしまった原因はわかっている。関係無いと思いつつも、目では巫女さんを見てしまっていた。といっても、妙な違和感を感じたから見ていた訳で、別に変な意味で見ていた訳じゃない。
ちょっと話が逸れたが、原因は余所見して足元不注意状態だというだけに過ぎない。
俺が冷静に自己分析をしながら身を起こすと、前から声が降りてきた。
「大丈夫ですか?」
若い女性の声だ。あの周辺には俺と巫女さんしかいなかったので、多分その巫女さんだろう。
「あ、大丈夫です」
俺は立ち上がり、巫女さんの顔を見て……驚きに思わず目を見開いた。
巫女さんの方も、俺と同じような表情になっていた。
なぜ驚いたのかって?
なぜなら、目の前にいる巫女さんの正体は、つい数時間前に学校の屋上で会った『みちる先輩』だったからだ。
【目指せ、甲子園─5 おわり】
-
とりあえずここまで
前回の投下から一ヵ月も間が空いてしまった……
-
gj!
なんか今までにない感じでwkwkする
-
【目指せ、甲子園─6】
「痛いっ! っていうより染みる!」
今、俺は神社よりさらに奥の方にある、みちる先輩の家にいる。
あの後、互いに驚いた顔のままで見合っていたが、先輩が何かに気づいた表情になり
「あの、怪我しているようなので良かったら私の家で手当てして行きませんか?」
断る理由はなかった。むしろ、この先輩には聞きたい事がある。しかし、夜の神社で立ち話はさすがに……と思っていた所だったので、まさに渡りに船だ。
と、そんな訳で現在居間らしき場所で手当てを受けている。
しかし、まさか転んだ程度で怪我するとは……あんまり痛くなかったのに。
「って痛いいいぃぃ!」
突然、怪我をした頬のあたりに焼けつくような痛みが走った。
「あ、す、すいません」
あまりに唐突かつ強烈な痛みに叫びながら悶えていると、先輩が頭を下げた。
「間違って消毒液を勢いよく出してしまいました」
どこをどう間違えたら、消毒液が傷口目掛けて噴出されるんだ。と言いたい衝動をグッと堪えて、ちょっとビックリしただけですから大丈夫です、と言っておいた。
頬を伝う消毒液をティッシュで拭い、絆創膏を貼ってもらった。
しかし……さっきから気になっていたんだが、妙に静かだな。俺達以外の気配と物音がしない。
「あ、両親は旅行に出かけてるんです。弟達と妹もそれぞれの友達の家に泊まりがけで遊びに行ってますし。ですから今日は私一人なんですよ」
俺の心を読んだかのような台詞が聞こえた。そんなに気にしてるように見えたか、俺。
-
怪我の手当てが終わり、ようやく本題に入る事ができる。
本題。それは野球部の入部を巡っての件についての話だ。
何故、みちる先輩は入部を断り続けるのか。
そもそも、一年前に退部したのが自分の意思なら仕方ないが、その時は女体化したみちる先輩を含めて4人いる女性部員のうち、誰かが辞めなくてはいけない状況に陥ったため、部を辞めなくてはいけなかった。そこに個人の意思はなかったはずだ。それに、坂本先輩の話だと本当は部活を辞めたくなかったらしい。
今は去年と事情が違う。それなのに、何故入部を拒むのか?
心変わりしたという可能性も否めないが……まあ、そこら辺は聞けばわかるか。
今日、坂本先輩の頼みをバッサリと断った光景を見たせいでちょっと聞きにくいが、聞かなきゃ始まらないな……よし、意を決して聞いてみる事にした。
「あの、先輩……」
「なんですか?」
「なんで先輩は……その……」
やっぱり聞きづらい。こういうのって時間を置くほど話しづらいのに、どうしても聞きづらい……!
「?」
みちる先輩は不思議そうな表情で首を傾げている。
ど、どうしよう。
「え、えーと、先輩は、その……」
「…………」
みちる先輩は、黙って俺の言葉に耳を傾けようとしてくれている。
この無言の空気は辛い! とりあえず何か言うんだ、俺!
「せ、先輩は……なんで、さっき巫女さんの格好をしてたんですか!?」
「我が家は代々そういう家系なんですよ」
先輩はやや戸惑いながら答えてくれた。まあ、真面目な話が出てきそうな雰囲気だったのに、実際には『何故巫女服を来ていたのか』って話だったから、戸惑うのも無理もないだろうとは思うけど。
だけど初っ端から本題ってのも性急すぎだよね。まずは他愛も無い話から徐々に本題の話にシフトさせて──
「本当に聞きたいのは、そんな事ではないでしょう?」
──いこうか、と思った矢先にみちる先輩から、そう言われた。
-
俺は少なからず動揺した。
だって、またもや俺の心を読んだかのような台詞を口にしたのだ。
一度ならまぐれ当たりという事もあるだろうが、二度めともなると本当に読んだのかと思って、ちょっと怖くなってくる。
……いや、そんな訳ないよな。冷静に考えて、心を読めるとかそんなのはありえない。たぶん偶然に偶然が重なったとか、そういう類のものだろう。
…………うん。よし、落ち着いた。
さて、落ち着いた所で本題に戻ろう。
先輩は、俺に「本当に聞きたい事はそんな事じゃないだろう」と言ってきた。
この発言の意図が偶然か必然かはともかく、なかなか野球部の話を切り出す事の出来なかった俺にとっては、まさに渡りに船だった。ついでに落ち着いた事で変に度胸が据わった状態になっている。
話を切り出すには今しかない!
「先輩は……どうして野球部に入れるのを拒んでいるんですか?」
この台詞を口にした瞬間、ちょっとした解放感と安堵感の混じった感覚を味わった。さっきまで言いたいけど言い出せなかったから妙にプレッシャーのようなものを感じていたから、それが済んだ事からの感情だろう。
しかし、ここで気を緩める訳にもいかない。むしろ、ここからが本番なんだ。
長く味わっていたい、心地よい感覚を無理矢理引っ剥がし、ついでに座り方もあぐらから正座に変えて、気を引き締める。
「何故入部を拒んでいるかって……そんなの簡単ですよ」
先輩は感情を無理に押し殺した声色で言葉を紡ぐ。
「飽きたからですよ、野球には」
「嘘ですね」
即答した俺を映す先輩の瞳が揺らいだように見えた。
その状態を一言で現すとしたら恐らく『動揺』というのが近いだろう。
「どうしてそう思うんです?」
だが、先輩がそんな状態に陥ったのも束の間。次に言葉を発した時には声、表情、態度、どれにもどこにも動揺のカケラすらなかった。
「白々しいんですよ」
「え……」
「だから、白々しいんですよ。嘘をついている人間からしか感じ取れないような白々しさが、先輩のさっきの台詞から感じたんですよ」
「……っ」
先輩の表情には、完璧に隠れたはずの動揺が現れていた。しかも、さっきのようにすぐには消えそうもなく、先輩の顔にはその表情のみが張りついたままになっている。
-
ちなみに言うと、白々しさを感じたってのは半分本当で半分嘘だ。
厳密には白々しさではなく違和感を感じていた。
先輩が嘘をついた瞬間、何か違和感を感じた。
俺はその違和感の正体に感づく前に先輩の言葉を即答で否定していた。
そして先輩に理由を聞かれて、咄嗟に違和感を『白々しい』という言葉に置き換えた。咄嗟に口にした割には結構しっくりくる表現だった。
現に先輩も自分自身の言葉を『白々しい』と思っていたのか、動揺を隠す事が出来ないようだ。
とりあえず、これで嘘を封じる事が出来た。
嘘を言った直後に見抜かれたのだから、誰だって嘘を言うのは控えるだろう。
「では、野球部への入部拒否の理由を言ってください。今度は嘘をつかないでくださいよ」
「うっ……はい」
念のため、忠告をしておいてから先輩に話すように促す。
「理由は、その……」
「…………」
「えーとですね…………」
「…………」
凄く言い辛そうだ。
さっき自分も味わったからわかるけど、これって結構焦らされるから精神的に疲れるんだよね。
とりあえず、さっきの先輩のように言い出しやすい雰囲気でも作ってみるか。
「先輩、俺は別に先輩を非難する気はありません。どんな理由だろうと、馬鹿にしたりとかはしませんよ」
「……笑いませんか?」
「え?」
「理由聞いても笑わないでくれますか?」
「もちろんですよ」
俺が頷いたのを見て、話す決心がついたのか一つ小さく咳払いをして口を開いた。
「私が野球部を去った経緯は知ってますか?」
「はい、坂本先輩から聞きました。女体化して女性部員の定員がオーバーしたからですよね」
「それなら、話は早いですね」
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