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井戸端すれっど「山門前」
1
:
バックアップ
:2002/02/19(火) 19:32
1 名前: チョンガー 投稿日: 2001/01/11(木) 01:08
一つのテーマに留まらず、幅広く、流動的な会話を楽しみましょう。
なごやかに、おだやかに雑談しましょう。
黙秘権アリでいきましょう。都合の悪い質問、難しい質問は黙秘自由!
話題反らしてOK!!
横レス歓迎で行きましょう!!!
3
:
バックアップ
:2002/02/19(火) 20:09
110 名前: いちりん 投稿日: 2002/02/17(日) 14:42
息抜きのつぶやき話ですが──。
「経典」って、そんなに大したものなのかどうか。
かつての中国や日本からしてみると、「天竺」というような、神秘な神さまの国のようなイメージで、遠くてエキゾチックで、わけがわからんから。それで、すごいと魅惑されたのかも入れない。
さらには、漢訳化されて来たから、中国コンプレックスの強い当時の日本の知識人は、それだけですごいと思ったのかもしれない。
こんなことも考えたのですが──、
たとえば、日本の民話の「竹取物語」とか「こぶとり爺さん」とか「浦島太郎」みたいなものが、いくつか、すごい教えだとして、どこかの国に行き渡る。そして、ある国で、翻訳されて、またどこかの国に伝わる。
そこの国では、うわあ、これはすごい教えだ。
竹の中の女の子が、月にのぼるなんて、なんてすごい教えなんだ。これは、拝まなくちゃいけない、なあんて、かぐや姫が本尊になって、なむなむと、唱えていたりするかもしれない。
それで、小難しいことを論ずる人たちが、あーだこーだと論争したりして。
竹のなかの姫とは、仏性をあらわす。
竹を割ったのは、九界即仏界をあらわして、これは三重の秘伝があって「翁と姫」との過去世に渡る因縁あかされている。そして、じつは文底には、翁こそが姫の師匠で、それが「殆ど竹膜をへだつ」のであり、どうじゃこうじゃ。。
4
:
バックアップ
:2002/02/19(火) 20:09
111 名前: いちりん 投稿日: 2002/02/17(日) 14:57
天台さんの、文文句苦にわたる、緻密な分析と解釈、それを受けて、日本でえんえんと論議されてきた天台系の論議とか、あるいは日蓮思想〜富士門流の論議とかをみていますとね。
それらは、もともとは、『法華経』というものを土台にして論じているわけですよね。
『法華経』がすごいと。
でも、その『法華経』が、はたして、そんなにすごいものなのかどうか、、ということですよね。
まあ、そんなことをふと思ったものですから。
いや、すごいとは思うけども、じつは、「竹取の物語」みたいなものに近いのかもしれないかなあと。
5
:
バックアップ
:2002/02/19(火) 20:10
112 名前: 依法不依人 投稿日: 2002/02/17(日) 18:51
いちりん様、こんばんは。
>天台さんの、文文句苦にわたる、緻密な分析と解釈、
>それを受けて、日本でえんえんと論議されてきた天台系の論議とか、
>あるいは日蓮思想〜富士門流の論議とかをみていますとね。
このような言い方をするとやや御幣があるかと思いますが、
・釈尊はアビダルマ教学を説いていない
・法華経は天台教学を説いていない
・日蓮聖人は富士門教学を説いていない
このように言えるのではないかと思います。
過去の議論を敷衍しつつ(過去の議論には必ずしも拘泥せず)
釈尊の祖意、法華経の祖意、日蓮聖人の祖意を探ることは
大変有意義ではないでしょうか。
『法華経』は当然ではありますが単なる物語でなく教説であり
何かを後世に伝えようとしたと言えるのではないでしょうか。
また、その祖意が意外とシンプルなものである可能性も
あり得るのではないでしょうか。
6
:
バックアップ
:2002/02/19(火) 20:11
113 名前: いちりん 投稿日: 2002/02/17(日) 20:55
依法不依人さま
そうですよね。きっと、教えというのはもシンプルなものじゃないかと思います。
わたしには、『法華経』は、たしかにすごいのだろうけれども、
なにがどうすごいかが、どうも、よくわかっていません。
いや、理屈では、いくらでも言えることもあるのですが。
やれ、開三顕一だの、一乗思想だの、久遠実成仏だの、一念三千だのと。
しかし、それが、実感がないわけですね。
要するに、理屈で分かっているつもりでいるだけなので、なかなかややこしくなります。
お題目というのは、唱えれば、確実に身体的な手応えがあります。実感がありますね。
また、日蓮さんの御遺文は、音読していくと、どーんと響いてくる手応えがありますね。
ところが、なかなか『法華経』は、身体にそれほど響いてこない、実感が涌いてこないわけです。
まあ、まだ縁がないのかもしれませんが。
7
:
バックアップ
:2002/02/19(火) 20:11
114 名前: いちりん 投稿日: 2002/02/18(月) 11:40
『法華経』のすごいところは、わたしなりに思うのは──、
「一乗」ということ「開会」(かいえ)ということにあるような気がする。
「一乗」とは「一仏乗」ということで、この「一」とは、二や三を否定した「一」ではない、と思う。「ひとつ」である。すべての教えを含んだもの、あるいは教えの器となるもの、源泉となるもの。
つまり、声聞の道(小乗仏教の解脱道)、菩薩の道(大乗仏教の道)があるとしたら、小乗仏教や大乗仏教を「否定ーするのではなく、「それらがそのまま、仏の道」となりうると。
それらがそのまま、というのは語弊があるが、その道を歩んでいけば、やがて仏の道になると。
ただ、その道にとらわれて絶対と思うと、いかんのだよと。
それが「開会」の思想。
あれやこれやといがみ合い、敵対しあい、優劣を競っていた大乗各派や小乗各派が、法華を基軸にすることによって、法華の器のなかにおいて、出会う、融合するということ。
日蓮さんのとらえかたは、他の大乗や小乗を排斥して、超越した一仏乗のほうに力点があるように思う。まあ、そこが独善排他のエネルギーが噴出するところであるし、エネルギー源であるけども。
わたしのとらえる法華は、「なんでもオッケーの法華」である。
なんというか、華厳的な法華というか。いわば「法華厳」(ほっけごん)。
いろんな華が、咲き乱れている。法の華が咲き乱れている。
どんな道でもよい、その道にとらわれないで、そのまま歩めば、それがそのまま仏の道である。
この道しかない、あれは駄目だ、それば地獄だ、けしからんというあり方は、法華ではない。
……などと、考えている。
8
:
バックアップ
:2002/02/19(火) 20:12
115 名前: 独歩 投稿日: 2002/02/18(月) 15:30
最近、梵本直訳の法華経を読みなおしているのですが、これはまったく什漢訳妙法華とはまったく別の物語だと改めて感じます。映画の“吹き替え”なんてレベルではないと。
9
:
バックアップ
:2002/02/19(火) 20:12
116 名前: いちりん 投稿日: 2002/02/18(月) 16:07
『法華経』の肝心は「一念三千」といいましても、原点の梵文の『法華経』(サッダルマ・プンダリーカ・スートラ)には、「一念三千」の基本である「十如是」がありませんですよね。
あれは、クマラジーヴァが、「十如是」にしてしまったわけで。
11
:
板東
:2002/02/20(水) 19:03
ぜんぜん,突然の話題ですんませんが,フェイクってなんですか?
13
:
問答迷人
:2002/02/20(水) 21:45
創価学会による、宗門批判文書です。今は、もう出ていないと思いますが。
http://www.interq.or.jp/gold/ousya/fake/faketb.htm
14
:
いちりん
:2002/02/21(木) 18:49
蓮の話で、息抜きバージョンです。
西インドの、ラージャスタン地方は、砂漠がひろがっいてラクダがゆったりと歩いていて、なかなか風情があります。
ラージャスタン地方に、小高い山と美しい湖のある「プシュカール」という静かな町があります。
プシュカルあるいはプシュカールと言いますが、いい名前だなあと思っていました。
仏教辞典を読んでいたら「青蓮華」のことだったのですね。
日本では、「蓮」という名前でひとくくりですが、インドでは、
白い蓮が、プンダリーカ
赤い蓮が、パドマ
青い蓮が、プシュカール
そのほか、ウトパーラ、ニロトパーラ、クムダなどと、色によって呼び分けるようです。
たくさんの呼び名があるというのは、それだけ愛着があるからなのでしょう。
『法華経』のサンスクリットの原文の名前は、「サッダルマ・プンダリーカ・スートラ」です。
「白い蓮のような正しい(すばらしい、美しい、真実の)教え」という意味ですね。
サッダルマ(サット・ダルマ)が、正しい(すばらしい、美しい、真実の、ありのままの)教え。
プンダリーカが、白い蓮。
スートラが、お経(教え)。
チベット密教で、よし唱えられるマントラは、
オーン・マニ・パメ(パドメ)・フーン
これは、まあ南無妙法蓮華経みたいな意味合いですね。
美しい蓮の教えに帰依します、と。
しかし、この蓮は、プンダリーカではなくて、パドマで赤い蓮です。
ちなみに、『法華経』でシャーリプトラが、未来世において「華光如来」になるという記別を受けますが、その華は、パドマで赤い蓮ですね。
赤い蓮が光り輝くような仏、と。なかなか美しい名前ですね。
16
:
モモ
:2002/03/15(金) 23:06
先ずもって先日は不適切なレスで皆様にご迷惑をおかけしたことを謹んでお詫び
申し上げます。失礼いたしました。
今日は今時点における自分の信仰観を述べようと思います。私はかつては日蓮正宗
が現在における唯一の正法と思っておりました。正宗の三宝義にこそ、その正当性が
あると理解していたのです。しかし昨年の9月にネットで「御法主上人に信伏随従」
ということが誤解を招く不適切な表現であることを知り、非常に驚きました。その後、
某掲示板における日誠さんの一連の投稿において正宗の三宝義は本当は正しいのか、
という疑義が提示されており、はじめ私はどういうことなのかよく理解できません
でした。その後日誠さんはこちらの掲示板にいらして、日蓮本仏論の議論が始まり
ました。その後三宝義に関する議論が続き、どうやら正宗の三宝義は疑わしい、
ということなりました。大石寺で中興の祖と仰がれる,日有上人、日寛上人につい
て、戒壇の大御本尊は日有上人の御作であり、日蓮本仏論は日寛上人が明確な形で
言い出したらしい。二箇相承書は真筆が残っていないし、偽書であるらしい。上代
においては血脈相承はなかったらしい、ということがわかりました。ということは
日蓮正宗とはインチキ宗教だったのでしょうか。私はそうは思いません。私は今で
も朝夕の勤行をしているし、唱題すると確かに功徳を感じます。ます。私はきっと
それは「題目を唱えなさい」といった日蓮大聖人の教えだから功徳があるのだと考
えています。ということは日蓮正宗は唯一正統の日蓮宗、という捉え方よりも、ち
ょっと変わった独特の三宝義を持つ日蓮宗といった捉え方の方が的をえているよう
な気がします。
日蓮正宗が単なる日蓮宗の一派だとすると、なぜ戦後創価学会の出現で大きく広ま
ったのか、という疑問もでてきます。私は今の御宗門と創価学会の問題の根本的理
由は三宝義にあるのでは、とも思っています。
結局、題目を唱えるから功徳があるのであり、殊更に「法体の血脈」を強調する必
要はひょっとしたらないのでは、と感じてます。創価学会だろうと、顕正会だろう
と、正信会だろうと、日蓮宗だろうと「法華経の意に適う題目」なら功徳はあるの
では、というふうにも思うのです。
では逆に正宗の三宝義を否定する明確な証拠はあるのでしょうか。それがなければ
正宗の三宝義が絶対正しいとする可能性もあると思います。
17
:
問答迷人
:2002/03/16(土) 08:38
モモさん
>先ずもって先日は不適切なレスで皆様にご迷惑をおかけしたことを謹んでお詫び申し上げます。失礼いたしました。
とんでもありません。私のほうこそ、いろいろと不手際が重なり、モモさんをはじめ、ご参加の皆さんに御迷惑をお掛け致しました。この場をお借りして、謹んでお詫び申し上げます。
>創価学会だろうと、顕正会だろうと、正信会だろうと、日蓮宗だろうと「法華経の意に適う題目」なら功徳はあるのでは、というふうにも思うのです。
全く同感です。私は、現時点では、モモさんと全く同じ事を考え方をしています。
>では逆に正宗の三宝義を否定する明確な証拠はあるのでしょうか。それがなければ正宗の三宝義が絶対正しいとする可能性もあると思います。
明確な証拠は、現在の、宗門、創価学会、顕正会の三つ巴の混乱の姿であると私は考えています。現証にはしかず、です。
18
:
モモ
:2002/03/31(日) 03:25
今まではネットカフェなどからアクセスしてたのですが、最近自宅のパソコンからアクセス
できるようになったので、じっくり読ませて頂いています。
先日も御登山しました。戒壇の大御本尊は本物とは思えないとのお話ですが、やはり功徳を
感じます。主観的にいうとやはり戒壇の大御本尊には他の御本尊とは違う大きな意義と功徳
があるように感じられます。それともこれはやはり単なる主観だ、というのでしょうか。
あと真筆が大石寺にあるのですが諌暁八幡抄に次のような記述があります。
「天竺国をば月氏国と申す、仏の出現し給ふべき名なり。扶桑国をば日本国と申す、あに聖
人出で給はざらむ。月は西より東に向へり、月氏の仏法、東へ流るべき相なり。日は東より
出づ、日本の仏法、月氏へかへるべき瑞相なり。月は光あきらかならず、在世は但八年なり。
日は光明月に勝れり、五五百歳の長き闇を照らすべき瑞相なり。」
ここでは日本には必ず聖人が出現する。釈尊が月なら日本の仏法は太陽である、日本の聖人
の仏法は五五百歳の長きにわたって効力がある、と明らかに釈尊の仏法より日本に出現する
であろう聖人の仏法の大事を強く主張しているように思えるのですが。ここでいう聖人とは
どう解釈すべきでしょうか。日蓮大聖人が御自身のことを指して「聖人」と仰せなのでしょ
うか。それとも違うのでしょうか。
大石寺では当然、聖人とは日蓮大聖人のことであり、釈尊より日蓮大聖人が本仏であること
の拠り所のひとつと考えていると思います。「聖人」がそのまま本仏としないとしても、少
なくとも釈尊の仏法より日本の聖人の仏法の方が優れている、ということが読み取れます。
それとも、ここでいう聖人とは日蓮大聖人のことではなく釈尊の垂迹としてあらわれる八幡
大菩薩のことをいってるのでしょうか。それなら八幡大菩薩の仏法とはいかなるものでしょ
うか。
あと話は全然違うのですが「仏法対話」という単語に私はうさんくささを感じます。なんで
「仏法」に「対話」という言葉を重ねるのでしょうか。創価学会的だ、というようなことを
私の知人が言ってました。
19
:
宮本
:2002/03/31(日) 22:57
ももさんへ
宮本といいます。よろしく。学会員です。
>結局、題目を唱えるから功徳があるのであり、殊更に「法体の血脈」を強調する必
>要はひょっとしたらないのでは、と感じてます。創価学会だろうと、顕正会だろう
>と、正信会だろうと、日蓮宗だろうと「法華経の意に適う題目」なら功徳はあるの
>では、というふうにも思うのです。
私も同様な考えをもっております。
教学的には、どうなのか知りませんが、現実、こう考えないと
体験上、いろいろなことが、説明できないのです。
モモさんが、御存知かどうか知りませんが、
以前、創価学会を退会すると、
罰があるとかないとか話がありましたが
一般的に言って、そういう事は、全然ありません。
(一般的とは、特に御本尊のとり扱いは、きちっと行ってという意味です)
凡夫の集団の学会に、人を罰する力などあろうはずかありません。
もし、罰的な事があっても、それは、御本人が原因のことです。
また、そう考えると、逆の功徳も同様かと思います。
20
:
モモ
:2002/03/31(日) 23:46
宮本さん
レスありがとうございます。となるとやはり法体の血脈(大石寺に伝わる唯受
一人の血脈)とは後世に作られたカリスマのための教義なのでしょうか。
この掲示板の過去ログを見ながらじっくり勉強しているところですが、本当の
仏教の教えとはなんなのだろうと模索しているところです。
21
:
モモ
:2002/04/01(月) 03:09
最近私が困っていることがあります。それは勤行の御観念がどうも形式的になることです。
「南無本門寿量品の肝心云々」のご観念文がそもそも正しくないわけですからどうしていいか
よくわかりません。三座の御観念もそうです。
それにつけても独歩さんと問答名人さんのやりとりは目からうろこが落ちる思いです。
ここに書かれていることがはやく富士門流の一般的知識になることはとても大事なことだと思います。
22
:
いちりん
:2002/04/01(月) 10:26
モモさん
「諫暁八幡抄」を久々に読み返してみました。
これは「八幡を諫暁する」ということが主旨の書ですよね。
諫暁というのは、ボケーッとしている人に、強烈に一撃をくらわして目を覚まさせる。
ぼわあーっと暗い闇に、明かりをもたらすというような意味だと思います。
八幡神というのは、日蓮さんにおいては、『法華経』守護の諸天善神なんですよね。
まあ、鬼子母神とか、梵天帝釈とか四天王とかの、諸天善神です。
それは、『法華経』の行者を守護するのが役目である。
しかるに、「その役目をきちんとしていないのはけしかん、どうなっておるのだ! サボっていると、あとでヒドい目に遭うぞ」と、八幡さんを脅しているのですね。これが、諫暁。
これは、龍口法難のときに、日蓮さんは、八幡さんを叱りとばしたところと通じますね。
しかし、どうも叱り飛ばしても、八幡さんはしっかり役目を果たしていない。いったいどうなってんの? というところです。
最後のところで、じつはこの八幡さんは、釈迦如来が本地である。釈迦如来の垂迹であると日蓮さんは言います。
ええ!? 守護神じゃなくて、そももそもお釈迦さんだったの? ということになります。
で、八幡が守護しないワケがわかるのです。
八幡は、法華守護の神さまじゃなくて、そもそもお釈迦さんなわけですから、お釈迦さんの教えは、末法になってもはや力がない。(……とまあ、。そんなことはないんだけど、日蓮さんはそう思いこんでいます)
「仏は法華経謗法の者を治し給はず、在世には無きゆえに」とあります。
仏さんが、おられる時代なら、なんとかなるのだろろうけど、もう滅度しちゃったし、しかも末法だし、もうお釈迦さんは、なんにもしてくれないんだよね、というところです。
だから「末法には一乗の強敵充満すべし」と。
もう、謗法の強敵だらけである。仏の力もなければ、その上守護してくれる神さまもいない。だから、もうたいへんなんだ、と。
だからこそ、「不軽菩薩の利益此なり」と。
つまり、頭をはたかれて、悪口を言われて、ぶん殴られて流罪されても、
それで正法を流布するのだ。それが、末法の修行なんだよと。
だから、お前たち、諸天善神の守護なくても、しっかりやりなさい、ということですよね。
で、日蓮さんのなかには、こういう最悪なときにこそ、闇の深いときにこそ、ホンモノの正法があらわれる。その役目担って出現するのは、上行菩薩である。
上行菩薩が流布する正法とは、末法の法華経、すなわち南無妙法蓮華経である。
でもって、日蓮さんは、もしかしたら、わたしこそが、その上行菩薩であるのだろうか、というあたりですよね。ここが、難しいところですよね。
末法の法華経の行者という確信はあっても、上行菩薩の確信があったかどうか。
上行菩薩の先走り、先陣役という自覚であったのかもしれませんよね。
いずれにしても、末法の本仏などということは、到底、考えていなかった思いますね。
23
:
モモ
:2002/04/01(月) 22:15
いちりんさん、レスありがとうございました。
>で、日蓮さんのなかには、こういう最悪なときにこそ、闇の深いときにこそ、ホンモノの正法があらわれる。その役目担って出現するのは、上行菩薩である。
>上行菩薩が流布する正法とは、末法の法華経、すなわち南無妙法蓮華経である。
>でもって、日蓮さんは、もしかしたら、わたしこそが、その上行菩薩であるのだろうか、というあたりですよね。ここが、難しいところですよね。
>末法の法華経の行者という確信はあっても、上行菩薩の確信があったかどうか。
>上行菩薩の先走り、先陣役という自覚であったのかもしれませんよね。
>いずれにしても、末法の本仏などということは、到底、考えていなかった思いますね。
私は今まで大石寺信者としてきたので、大石寺の三宝義を信じていたい、
という気持ちが多少なりとも残っています。その一方でどうやら大石寺の三宝義は
間違っているのかも、という気持ちもあります。そういう意味で諌暁八幡抄の御文
は本仏論を肯定するのでは、と思った次第です。
今までは「御本尊は御戒壇様のお写しであり、日蓮大聖人の御魂である。」と理解
してきたので今後どういう気持ちで御本尊を拝していけばわからないでいるところ
です。
24
:
独歩
:2002/04/01(月) 22:36
モモさん:
横レス、ごめんなさい。
> 最近私が困っている…勤行の御観念がどうも形式的
> 今後どういう気持ちで御本尊を拝していけばわからないでいる
かつて私も通過してきた難問です。たぶん、問答名人さんもそうであったと拝察しています。
釈尊・聖人を拝し、自分の本心から唱えるお題目は純粋な信仰心に基づくものであると感じます。ただ御本尊を聖人と仰ぐというのは違うと思います。ただ、聖人の御意を拝することは違わないのではないでしょうか。むしろ、「お題目とは」「お曼荼羅とは」「御本尊とは」と問いながら、ひたすら唱えるお題目は価値があると思うのです。わかって唱えるというより、わからないから唱えていく、結局、修行というのは浅深の差異はあれ、常にそのようなものではないでしょうか。
25
:
問答迷人
:2002/04/02(火) 09:00
モモさん
私は、現在も、日蓮正宗の信徒です。日蓮正宗の信徒となったのは、そして、信徒であり続けてきたのは、日蓮正宗が、日蓮聖人の教えを寸分たがえず、正しく伝えている宗門であると信じたからです。
しかしながら、今、日蓮正宗の信徒であり続けていることは、全く理由が変わってしまいました。日蓮正宗が、日蓮聖人の教えを大きく捻じ曲げて来た事に気付いたからです。こう言うと、
「根本は大聖人の御在世とと寸分変わっていない。しかしながら、時代と共に、具体的な実践方法や、化儀は変えて行くべきものである。どのように、その時代に合わせて、大聖人の教えを弘めて行くかは、唯授一人の血脈を受け継いだ御歴代上人の権能なのである。」
という、大石寺を擁護する方の御発言が聞こえてきそうです。私は、その方に御質問したい。本当に、唯授一人の血脈相承が日蓮正宗の御歴代上人に受け継がれてきているのですか。それは本当のことなのでしょうか、と。そして、それを証明する証拠を出してくださいとお願いすることになります。恐らく、大石寺を擁護する方は、「身延相承」「池上相承」を提示されるでしょう。また、「日興跡條々事」も示されるかもしれません。
私は重ねて質問する事になります。「それは日蓮聖人、日興上人の御真筆ですか、それは現在何処にありますか。」と。当然、二箇相承は、要法寺日辰師の写本しかありません。また、日興跡條々事は、大石寺が御真筆があると言っていますが、内容的に様々な疑義が掛けられています。
さらに、もっと根本的に訝しいことがあります。二箇相承は、大石寺にはなく、ずっと北山本門寺にあって、武田勝頼によって北山から奪われたとされていることです。それが本当なら、聖人の血脈は、大石寺にはなく、北山本門寺にあることになります。全然、大石寺に聖人の唯授一人の血脈が受け継がれてきた事にはなりません。北山本門寺が、証拠として提示するならまただしも、大石寺が提示しても、何の意味もないではありませんか。第一、大石寺に二箇相承の写本がもたらされたのは、日有上人の時代であり、それ以前は、写本すら、影も形もないのです。勿論、二箇相承について述べた上代の富士門の文献は一つも有りません。
よくもまぁ、唯授一人の血脈が受け継がれてきた、法水写瓶だ、なんて、 ウソ八百を並べ立ててきたものだと思います。
やはり、ヨーロッパにおける宗教改革において、聖書に戻る事が旗印とされたと同じく、私達も、もう一度、聖人の御書に立ち戻るべきだと思います。後世に作られた可能性の有る御書や、後世に付け加えられた解釈は、一旦、横において、御真蹟御書を拝読する事から再出発すべきではないでしょうか。聖人は、どのように教えられたか、と。どういう気持ちで御本尊(御曼荼羅)を拝するべきかについて、聖人は、どう仰せになっておられるか、と。如何でしょうか。
26
:
問答迷人
:2002/04/02(火) 09:15
訂正です。
誤 『二箇相承について述べた上代の富士門の文献は一つも有りません。』
正 『二箇相承について述べたもので、第八世以前であると年代が確定できる富士門の文献は一つも有りません。』
27
:
モモ
:2002/04/02(火) 20:58
独歩さん、問答名人さん、レスありがとうございます。
>釈尊・聖人を拝し、自分の本心から唱えるお題目は純粋な信仰心に基づくものである
>と感じます。ただ御本尊を聖人と仰ぐというのは違うと思います。ただ、聖人の御意
>を拝することは違わないのではないでしょうか。むしろ、「お題目とは」「お曼荼羅
>とは」「御本尊とは」と問いながら、ひたすら唱えるお題目は価値があると思うので
>す。わかって唱えるというより、わからないから唱えていく、結局、修行というのは
>浅深の差異はあれ、常にそのようなものではないでしょうか。
>私達も、もう一度、聖人の御書に立ち戻るべきだと思います。後世に作られた可能性
>の有る御書や、後世に付け加えられた解釈は、一旦、横において、御真蹟御書を拝読
>する事から再出発すべきではないでしょうか。聖人は、どのように教えられたか、と。
>どういう気持ちで御本尊(御曼荼羅)を拝するべきかについて、聖人は、どう仰せにな
>っておられるか、と。如何でしょうか。
結局初心に返って一から信仰をやり直さなければならないと私自身感じております。
私が思うに今の法華講は問題意識が薄いと思います。だから自分で考えようとする
ひとは煙たがられるのでしょう。大石寺信者の人はこの掲示板をよく読むべきだと
思います。本当の意味で立宗750年に御報恩申し上げ、これからの大石寺並びに
枝分かれした団体を導くのはこの掲示板である、といっても言い過ぎではないと思
います。
オフ会も掲示板とはまた違う甚深のお話が頂けることと思い、今からとても楽しみ
にしております。
28
:
問答迷人
:2002/04/28(日) 08:11
みなさま
宗旨建立七百五十年 おめでとうございます。
さらに、聖人の祖道の恢復を目指したいと存じます。よろしくお願い申し上げます。
29
:
モモ
:2002/06/01(土) 04:04
お久しぶりです。あれからいろいろ考えたのですが、やはり大石寺の三宝義
は正しいと思います。日蓮大聖人は仏様か否か、というテーマでしばらく考
えていましたが、私は客観的に見て大聖人は限りなく仏に近い方だと思います。
また日蓮本仏論は大石寺の相伝と一体である、ということも改めて再認識しました。
すると大石寺の相伝とは一体何なのか、と思います。
そして何よりも、本門戒壇の大御本尊様の存在と御内拝の実感です。
空に輝く太陽があります。太陽がなければ地球上の生命はどうなるでしょうか。
またこの世に太陽がない、なんていう人はいません。
戒壇の大御本尊もそれと同じだと思うのです。弘安2年の御本尊のことが
示されている真筆に日興跡条々の事があります。私はそれで十分だと思うのです。
30
:
問答迷人
:2002/06/01(土) 07:43
モモさん
ご存知でしょうか。日興跡條々事には、年号が入っていません。年号を入れずに相伝するなんて事があるでしょうか。日興上人が、そんないい加減なことをされたとは思えません。偽書の疑いが濃厚だと思います。それに、弘安二年の大御本尊が、具体的に、どの本尊をさすのか判りません。日道上人の御伝土代によれば、その弘安二年の御本尊には、「日興に与う」と認められていると書かれていますが、大石寺戒壇板本尊には、弥四郎国重となっていて、誰に与えられたのかが、食い違っています。
日興跡條々事
http://kamakura.cool.ne.jp/gomoyama/new_page_28.htm
31
:
犀角独歩
:2002/06/01(土) 09:23
モモさん:
堂々巡りにはまっていますね。
ここの掲示板は、大石寺法門に戻るようになる“心理的プログラミング”の術中に陥っている人には意味を持ちようがありません。まず、自分が心理操作をされている、また自ら心理操作をしてしまっている点を見極めることが肝要であろうかと思います。
私はモモさんに偏見を持つわけでも、人間性を否定するわけではありません。むしろ、お会いしたことのある親しみのある知人の一人として、友好的に思っています。それを前提として、しかし、以下に、書き込まれた言葉の中の心理操作面を指摘させていただきます。
> 私は客観的に見て大聖人は限りなく仏に近い方だと思います。
この論の展開は客観視による日蓮本仏論の肯定と言うことなのでしょう。
「客観」という言葉によって日蓮本仏論の正当性が鼓舞される形になっています。
しかし、「客観性」といいながら主観的な石山信仰になっています。
つまり、主観を客観と言い換えること(あるいは思いこむことによって)論が成り立っています。残念ながら、まったく客観性はありません。故に、客観性から日蓮本仏論が正しいとは言えません。
> 日蓮本仏論は大石寺の相伝と一体である、ということも改めて再認識しました。
すると大石寺の相伝とは一体何なのか、と思います。
これもまた、「大石寺の相伝」というものを、勝手に実体化することによって成り立っている論の展開でしょう。もし、大石寺の相伝というものがあれば、それがどのようなものであるのかを確証するべきでしょう。
私は過去1年間、石山の相伝は興師の重須における教学展開を基礎に曼陀羅正意論、仙波口伝・禅宗の影響を受けた有師、各所から資料収集をした精師を基礎に、それまでの各山教学を総括・整理し、石山正当論を構築したのが寛師であったと点を種々検討してきました。しかし、それはモモさんの芽には映じないのでしょう。
「詳細な検証よりも、主観的な実感、インスタントな結論を求めてしまう心理構造」とは何であるのかを冷静に考えてみることをお薦めします。
> 何よりも、本門戒壇の大御本尊様の存在と御内拝の実感です。
過日、私のもとにやってきた現役の法華講員の方が「正本堂から移ったので間近に戒壇の御本尊を拝せるようになったので、じっくりと隅から隅まで観た結果、これが750年の歴史を経たものであるとは、どうしても思えなくなった」と感想を述べていました。
「この方の実感が正しい、いやモモさんが正しい」などと二者択一を論じようとするのではありません。所詮、個人的な実感は尺度にならないということです。必要なのは証拠です。
> 空に輝く太陽があります。太陽がなければ地球上の生命はどうなるでしょうか。
またこの世に太陽がない、なんていう人はいません。
戒壇の大御本尊もそれと同じだと思うのです。
二つの異なった文章を一つにつなぐことによって自分の考えを肯定するモンタージュ技法を使用されています。
空に輝く太陽がなければ、地球の生命が成り立たないことは事実です。太陽がないという人もいません。ここまでは合っています。この合っている既成事実を戒壇之本尊と=で結ぶというのはいかがなものでしょうか。私には牽強付会であると言うしかありません。
> 弘安2年の御本尊のことが示されている真筆に日興跡条々の事があります。私はそれで十分だと思うのです。
この点について、かなり詳細に論じてきたようですが、やはり馬耳東風なのでしょうね。また、30に問答名人さんが記しているので、省略します。
冷静に自己分析をされることをお薦めします。
32
:
やーこ。
:2002/06/01(土) 20:01
そう、真の客観性は難しいと思う。
客観的に見たつもりが、まだ主観的に見ていた、ということ、私、多いです。私は今まで、日蓮正宗の信仰を正しいと思ってきましたが、今でもその気持は変わりません。何故なら、お題目を唱えたら死んでいた筈の私が息を吹き返すことが出来たという体験を持っていたから。信によるものだけでありそこには証拠などありません。今の宗門は何かしらくどくを実感できないようなのがある。いろいろな矛盾見えてきて何となく欝になった。でも私は信仰を続けると思う。真面目に励むと成果でたしさぼると悪い事出たから。
33
:
犀角独歩
:2002/06/01(土) 20:51
私は法華講の役員を辞めて、本当に幸せになりました。
石山の言う信心活動を已めて、はじめて聖人の教えの意味がわかったという実感があります。やーこさんとは逆ですね。しかし、両方とも真なのでしょう。ただし両方とも客観的ではありません。
過日、精神科医の方から「科学とは再現性が確立されていることである」と言われました。火をつければ燃える、水は酸素と水素に分解できる。解熱剤を服用すれば、熱が下がると言った具合です。換言すれば、科学とは因果論なのです。ところが組織信仰で言われる個人的な実感・体験はまさに個人的なものであって、当人であっても再現できないことがほとんどでしょう。つまり「原因結果である」と豪語しながら、結局は主観から一歩も出られないものであるわけです。
しかし、皆、一様に言うのは「私たちのが本物である。私たちが正しい」ということ。もちろん正しいというのは勝手です。そう思うのも勝手でしょう。しかし、他人にそのように宣言するのであれば挙証義務は生じることになります。「私が信じているから正しい。私の体験は間違いはない」では、相手は納得しません。「理屈よりは体験だ」、そういうメンバーは多くいます。体験は実際であるというのであれば、目の前で再現してみせなければならないでしょう。
そういうと「たくさんの人に功徳の体験がある」という言葉が返ってきます。けれど、私は、ここ10年、50以上の信仰グループと連絡を持ち、かつ話してきたメンバーは延べ1万人を超えます。その経験から言えることは「宗教の数だけ、功徳の体験も、罰の体験もある」ということです。さらに言えば、奇跡も神秘体験もあります。宗教の是非、正邪に関わりなく、いずこのグループのメンバーも体験を持っているということです。
カルト・マインド・コントロール研究の第一人者・西田希公昭師は『マインド・コントロールとは何か』の中で、個人的リアリティを“体験”させることがカルトの心理技術に含まれていることを指摘しています。そして、
たとえどんなに強い確信であっても、それは個人的な経験や推論によって何となく感じているリアリティ感覚によって支えられているにすぎない。そのことをさして、個人的リアリティという(81頁)
といいます。
果たして、聖人の教えとは、科学的な実証性に耐えられないようなものなのでしょうか。
34
:
モモ
:2002/06/02(日) 03:25
ちょっと誤解があるようです。
私が言いたかったのは「客観的には大聖人が本仏であることを証明できないが、限りなく
仏に近いお方」という意味です。例えばy=1/x という関数ではxをどんなに大きくしても
y=0となることはありえません。
「日蓮が慈悲広大ならば南無妙法蓮華経は万年の外未来までもながるべし」
など仰せの言葉はまさしく仏菩薩の大慈悲のお言葉だと思う、ということです。
そして「日蓮本仏論は『大石寺の相伝』の中でしか論じられない、相伝がなければ本仏論を
示すことはできない」ということを再確認した、ということです。それゆえに大石寺の
相伝とは何なのか、ということを問うてるわけです。独歩さんの言うように実体のないものなのか否か、
はまだわかりません。少なくとも独歩さんには
「日蓮聖人は上行菩薩であり、日蓮聖人の真筆の御本尊は
どれでも結要付嘱の法体である」ということは認めて頂けると思います。
>ご存知でしょうか。日興跡條々事には、年号が入っていません。
>年号を入れずに相伝するなんて事があるでしょうか。
>日興上人が、そんないい加減なことをされたとは思えません。
>偽書の疑いが濃厚だと思います。それに、弘安二年の大御本尊が、
>具体的に、どの本尊をさすのか判りません。日道上人の御伝土代によれば、
>その弘安二年の御本尊には、「日興に与う」と認められていると書かれていますが、
>大石寺戒壇板本尊には、弥四郎国重となっていて、誰に与えられたのかが、食い違っています。
年号云々についてはわかりません。御伝土代については「日蓮正宗聖典」を開いてみましたが、
「日興に与う」については書かれてないようです。
>過日、私のもとにやってきた現役の法華講員の方が
>「正本堂から移ったので間近に戒壇の御本尊を拝せるようになったので、
>じっくりと隅から隅まで観た結果、これが750年の歴史を経たものであるとは、
>どうしても思えなくなった」と感想を述べていました。
私は今の奉安殿の大御本尊がそのまま「弘安2年の大御本尊」だとは思ってません。
ここの掲示板にもありましたようにおそらくは日有上人によるものかも知れません。
しかし、「その意義と功徳はまさしく出世の本懐たる弘安2年の大御本尊そのものだ」と、
主観的に思う、ということです。主観なので当然客観性はありませんが。
>>弘安2年の御本尊のことが示されている真筆に日興跡条々の事があります。
>>私はそれで十分だと思うのです。
>
>この点について、かなり詳細に論じてきたようですが、やはり馬耳東風なのでしょうね。
>また、30に問答名人さんが記しているので、省略します。
この点については私の懈怠であることは認めます。パソコンもしばらく調子が悪かったのです。
35
:
犀角独歩
:2002/06/02(日) 11:22
モモさん:
残念ながら、社会心理学的な側面からの助言は、何ら目に留まるところはなかったようですね。
さて、記されたことを整理すれば、
(1)日蓮は本仏であることは証明できないけれど、限りなく仏に近いと思う
(2)弘安二年の大曼荼羅が究竟である
(3)奉安殿の曼荼羅は弘安二年の大曼荼羅ではない
(4)日蓮は上行菩薩である
(5)日蓮の真筆の曼荼羅は結要の法体である
ということになるのでしょうか。
これはしかし、現大石寺法門からすれば、完全な異流儀です。ただし現石山教学自体、聖人の祖意からすれば異流儀に他ならないわけです。ですから、聖人の祖意に基づく異流儀であれば、結構なことであろうと思います。ただ、モモさんが記されているところは、久保川法章師や、また、かつてこの掲示板で板曼荼羅は身延草庵で刻まれ上野に運ばれたと豪語した鳴瀬氏の考えに近いようにお見受けします。(彼は今では日有彫刻説をnbさんのところで吹聴していると風聞しています)
(1)について「限りなく仏に近い」という感想は個人的な、主観としてはわかります。しかし、こんな仏教のとらえ方は、主観を、やはり一歩も出ないでしょう。
法華経は二十四文字の法華経に収斂されるとおり、一切衆生悉く仏と観ていく教えですから、限りなく仏に近いといえば、皆、すべてそう言えるでしょう。
なお、「本仏」という点については既に何度も記したとおり、この日蓮本仏という用法は天台本仏の焼き直しであり、有師から云われることであって、相伝もなにも上古にみることはできないわけです。しかし、日蓮本仏が興師已来のものであるというのであれば、その確証を出せばよいことになります。
(2)は寛師が言い出す新説ですね。しかし、弘安二年の大曼荼羅は興師が聖人が受けたものなので尊重されたという以上のことは資料からは読みとれません。究竟であるという意味は寛師が言い出したものです。そもそも弘安二年の大曼荼羅が究竟であれば、何故、聖人はそのあと弘安五年に至までに六十体もの曼荼羅は図示されたのでしょうか。究竟を図顕したあとに、さらに曼陀羅を図示し続けるというのはおかしなことです。
また、弘安二年の大曼荼羅については問答名人さんともかなり詳しく論考しましたが、それを整理すると、
・弘安二年の大曼荼羅は御伝土代に見られる
・この曼陀羅には「日興上人」と記されている
・興師の弟子である尊師、順師の資料から見ると「二千二百三十余年」と記されている
という点を確認しました。しかしながら、この記述に該当する曼陀羅は現存していません。そこで思い至ったのが興師寂8年前の盗難事件でした。つまり、この時点で興師授与の弘安二年曼荼羅は紛失したのであろうと思わざるを得なかったわけです。
その後、歴史的推移の中で、万年救護本尊は興師に弘安二年に授与されたといい、これが条々事に云う弘安二年曼荼羅であるというもあり、さらに戒壇堂安置曼荼羅が云われることになり、さらにここで禅師授与の曼荼羅がまた究竟の曼荼羅であるという論が加わり喧噪が増します。
36
:
犀角独歩
:2002/06/02(日) 11:23
―35からつづく―
(3)について。精師・寛師説を援用する現石山では、身延七面山に浮かび光を放った楠(板)に直接、聖人が曼荼羅を図し、それを法師が彫ったといい、その曼荼羅が生身の日蓮であり、戒壇の本尊であり、さらに歴代法主と不二の尊体であるというわけです。
ですから、モモさんが言うように有師が彫刻したとすれば、異説となります。さらに重要な点は、石山は図示の表記その他を以て論じているのではなく、聖人が直接記し法師が彫ったその楠板曼荼羅そのものを以て究竟というのであって、だから、元が紙面であったとしたり、また、本物の板曼荼羅は御宝蔵にあって身代わりを内拝させているとすれば、まったく寛師説とも食い違う欺瞞であることになるということです。
モモさんが言うことに類似した見解を最初に述べだしたのは知る限り久保川法章師であったと記憶します。
(4)の日蓮上行論について、私が是認するかの如く記されていますが、しかし私は日誠さんとの議論の中で慎重にこの点を記しました。むしろ、私は日蓮凡夫論者であって、その中から上行菩薩として有り様を聖人は模索されていたと拝しているわけです。
(5)日蓮の真筆の曼荼羅は結要の法体という点について、このように私はまったく考えていません。
曼荼羅は聖人の言を籍りれば「魂を墨に染め流した」ものであるのでしょう。けれど、紙幅である曼荼羅自体が法体ではなく、その法体に至る標として図示された、文字通り曼荼羅でしょう。
この実在化された実体を直ちに法体という石山義は大乗仏教の空論から逸脱した器物崇拝という小乗仏教にもならない外道義であるというのが私の考えです。
そもそも、法が文字に表せたり、形像に表現できようはずはありません。天台大師の「言語道断・心行処滅」の言を思い合わせるべきでしょう。表すことができない故にそれ覚知するために大師は止観を示し、聖人は唱題を教えたのでしょう。
ただし、聖人が遺されたものはいずれも尊いものです。それらを大切に扱い、未来永劫に保存していくことは当然のことでしょう。
あと、聖人は自分が記された曼荼羅が板に刻まれたり、形木とされるなどと考えていらっしゃったとは思えません。さらに曼荼羅が必要であれば、紙筆を以て図示する手だてを弟子に教え、書写の方途を示されたのにとどまっていたはずです。ですから、戒壇の曼荼羅に限らず、寺院その他に安置の板曼荼羅、印刷(形木)曼荼羅、その他も聖人の祖意とは異なるものであると私は考えています。
なお、上述とは別に
> 「日蓮本仏論は『大石寺の相伝』の中でしか論じられない、
相伝がなければ本仏論を示すことはできない」ということを再確認
この意味は私には取りかねますが、日蓮本仏論の原型は先にも記したとおり、天台本仏論なのであって、また、日蓮本仏義の緒はむしろ、眼師、教師に求められるのではないでしょうか。
それにしても「相伝がなければ本仏論を示すことはできない」とは一体いかなる意味でしょうか。
37
:
犀角独歩
:2002/06/02(日) 14:53
○弘安二年日興授与の曼荼羅を示す御伝土代の文
・熱原の法華宗二人は頚を切れ畢、その時大聖人御感有て日興上人と御本尊に遊ばす
・仏滅後二千二百三十余年が間、一閻浮提の内、未曾有の大曼荼羅なりと図し給ふ御本
38
:
犀角独歩
:2002/06/02(日) 14:55
【37の訂正】
誤)・仏滅後二千二百三十余年が間、一閻浮提の内、未曾有の大曼荼羅なりと図し給ふ御本
正)・仏滅後二千二百三十余年が間、一閻浮提の内、未曾有の大曼荼羅なりと図し給ふ御本尊
39
:
犀角独歩
:2002/06/02(日) 15:21
○弘安二年日興授与の曼荼羅が万年救護
『富士年表』
弘安2年 日興に文永11年12月の本尊〔万年救護本尊〕を賜う(聖613・保田妙本寺蔵)
『日蓮正宗聖典』613頁
弘安二年に三大秘法の口決を記録せり、此の年に大曼荼羅を日興に授与し給ふ万年救護の本尊と云ふは是れなり、日興より又日目に付属して今房州に在り、此西山に移り、うる故今は西山に在るなり
41
:
菊水護国
:2002/06/03(月) 12:07
モモさん
ちょっと言いますね。
当宗においては「戒壇本尊は大聖人真筆であると信じる」「大聖人を仏であると信じる」「宗祖から開山への血脈相承はあったと信じる」等と主張するのが宗義です。
ただし、それを信じれる信じれないは「宿縁」によるのであり、宿縁が無い方に無理に強制すもの者ではありません。
強折と折伏は違います。「宗義を教えて、積極的に是非やってみよう」というのは強折であり「宗義を教えて、消極的に自ら信仰してみたいと言って来るのを待つ」のが折伏です。
宗教は強制するものではありません。信は自ら信じたい気持ちをおこしてから行うものであり、正直法華講にも強折を行う方が多いのは残念ですがね。
ですから『そして何よりも、本門戒壇の大御本尊様の存在と御内拝の実感です。空に輝く太陽があります。太陽がなければ地球上の生命はどうなるでしょうか。またこの世に太陽がない、なんていう人はいません。』
と言ってもそれは宿縁があるか無いかで感じ方は千差万別ですからあまりそれで説得出来ないと考えます。
顕正会では「時を待つべきのみ」を戒壇建立のみで使用しますが、人が富士の義を信じるのも時を待つべきであり、信じれないのは決して怠慢ではなく宿縁がまだ無く、今は信じるときでは無いからと思います。
強折集団から入信した方は時が来てないのに無理に信仰に入ったから、信じられなくなるのは当然です。仏法で機は重要です。機が熟してない方には信仰は出来ないし、強制してもいけないんです。
以上私見申し上げました。
42
:
犀角独歩
:2002/06/03(月) 12:49
菊水護国さん:
横レス気味になると思いますが、失礼します。
> 人が富士の義を信じるのも時を待つべきであり、信じれないのは決して怠慢ではなく宿縁がまだ無く、今は信じるときでは無いからと思います。
私が現在、富士義を信じないのは怠慢でも、宿縁がないからでもありません。信じるに足りる証拠を得ないからです。
強折されるのは御免ですが、しかし、信じる人たちが、わたしに確たる証拠を示してくれればいつでも信じますよ。
しかし、そのような気の利いた説明は過去に一度たりとも聞いたことはないわけです。
キリスト教神学ではあるまいし、「不合理なるが故に我信じる」なんて殊勝な気持ちは私にはありません。
菊水護国さんに限らず、モモさんであれどなたであれ、是非とも富士義の正義を証明する確たる証拠を示してもらいたいものです。
43
:
菊水護国
:2002/06/03(月) 13:25
独歩さん。
決して批判ではありませんが、宿縁とは目に見えるものではありませんよね。
ですから「私が現在、富士義を信じないのは怠慢でも、宿縁がないからでもありません」と断定なさるのは如何なものでしょうか。
怠慢じゃ無いのはそのとおりでしょうが、目に見えない宿縁を「ある・無い」と言い切る事は現在石山に身を置く私ですら恐れ多く出来ません。
また「強折されるのは御免ですが、しかし、信じる人たちが、わたしに確たる証拠を示してくれればいつでも信じますよ。」と言うスタンスが、現今の独歩さんの宿縁なんだろうと考えます。
僕は前にも言いましたが、偽書云々と言うのは好きではありません。700年来伝わった(と称される)物は「何時、誰が、どのような意図を元に、何処でどのように偽書を作成し、証拠はこれである」と言う人証や物証が出ない限り真書と考えております。
ですから、富士の正しい義は他門等で偽書とされる御書や相伝書等で証明したいのですが、それ自体を偽書であると信じる(考える)方には証明できません。
釈尊在世でも釈尊を仏と信じた者もいれば、逆に世間を誑かす者と考えた者もいたでしょう。そこに良いも悪いもありません。現当二世の宿命としか言いようがありません。釈尊を仏であるという文証が釈尊以前の文証であったとは聞いてません。ですが仏様です(もちろんそれを信じない人もおります)。
仏様とは、それを信じる宿縁ある人からは仏であり、信じれない宿縁無き人からは唯の凡夫(又はそれ以下)でしょう。
クドクドとなりました。六根で感じ取る事が出来る方は宿縁あるかたで、出来ない(したくない)方は宿縁無き方であると考えます。
44
:
菊水護国
:2002/06/03(月) 13:34
全ての法華講員への上記結論
そして、それらを強制するのは決してしませんし、したくありません。
昔の堅樹院流・完器講、妙信講、正信会そして創価学会は強折集団の典型です。
また現在の妙観講はじめ各法華講にもそのような方が多いのも事実です。
それは富士700年来「異流儀」となった典型です。法華講でもそれは気をつけなければいけません。
45
:
犀角独歩
:2002/06/03(月) 14:18
菊水護国さん:
まず、宿縁について論が踊っていますよ。
最初に「目に見えない宿縁を「ある・無い」と言い切る事は現在石山に身を置く私ですら恐れ多く出来ません」と言っておきながら、私をして「現今の独歩さんの宿縁」といい、さらに文末に「六根で感じ取る事が出来る方は宿縁あるかたで、出来ない(したくない)方は宿縁無き方であると考えます」というは何でしょうか。宿縁があると言ったりないと言ったり支離滅裂です。
このように宿縁という言葉を使って富士義を信じないものを卑下する言説をすることには私は断固、抗議します。
そもそも証拠主義は、私が言うことではなくて、聖人の基本的な姿勢でしょう。何度も引用していますが、
仏の未来を定めて云はく「法に依って人に依らざれ」と。竜樹菩薩云はく「修多羅に依るは白論なり。修多羅に依らざるは黒論なり」と。天台云はく「復修多羅と合せば録して之を用ひよ。文無く義無きは信受すべからず」と。伝教大師云はく「仏説に依憑して口伝を信ずること莫れ」
ですから、その聖人の規範に基づいて、私は証拠主義を取ると言っているわけです。
> 偽書云々と言うのは好きではありません。700年来伝わった(と称される)物は「何時、誰が、どのような意図を元に、何処でどのように偽書を作成し、証拠はこれである」と言う人証や物証が出ない限り真書と考えております。
要するにこういう逃げ道のある考えでしか証明できないのが富士義であるから情けないと思うわけです。偽書を作成した証拠というのは教学史その他でも論証されることです。また、文献学でも扱われています。それらを見ようとせず、このような発言をすることはいかがなものでしょうか。
> ですから、富士の正しい義は他門等で偽書とされる御書や相伝書等で証明したいのですが、それ自体を偽書であると信じる(考える)方には証明できません。
確たる証拠を以て証明するから確たる証明になるわけです。
「偽書であることを証明せよ」というのではなくて、「偽書であるといわれるものが真書である証拠を示す」ところから始めるべきです。このようなことを少しもせず、「信じないものは謗法だ、地獄に堕ちる、怠慢だ、宿縁がない」などということはすべきではないと申し上げているわけです。著しい場合は自分がわかっていないことを棚上げにして「日蓮本仏論の正しさがわかっていない」などと言い出すわけです。
> 仏様とは、それを信じる宿縁ある人からは仏であり、信じれない宿縁無き人からは唯の凡夫(又はそれ以下)でしょう
これは日蓮本仏論の立場から、私が日蓮凡夫論を言うことが日蓮を仏と見られない宿縁なき人間であるという意味とも取れますが、まあ、そこまで穿ってみるのはよしましょう。「因謗墮惡必由得益」の釈もあります。毒鼓の縁とも言います。信じる人にとって仏であるとかないとかという問題ではないでしょう。信じない人の心の中にも仏を拝するのが二十四文字の法華経の意ではないでしょうか。
また聖人は重須女房に
抑地獄と仏とはいづれの所に候ぞとたづね候へば、或は地の下と申す経もあり、或は西方等と申す経も候。しかれども委細にたづね候へば、我等が五尺の身の内に候とみへて候。さもやをぼへ候事は、我等が心の内に父をあなづり、母ををろかにする人は地獄其の人の心の内に候。譬へば蓮のたねの中に花と菓とのみゆるがごとし。仏と申す事も我等が心の内にをはします。
と仰せられるのです。信不の別によって仏との宿縁を述べるわけではありませんでしょう。
いずれにしても、日蓮本仏論などという中世の捏造を真に受け、聖人御立の本尊・久遠五百塵点劫教主釈尊という“仏”を見られないことに現石山の一切の悲劇があります。富士の異流儀云々することよりも、現石山教学・日蓮本仏論こそ、日蓮聖人の教えからすれば異流儀であることを、まず自覚することから始めなければならないのです。
この日蓮本仏論という異流儀に憑かれたものは、菊水護国さんが言うような他の一切を排斥し、邪宗義といい、同じ曼荼羅、同じ教義を崇めながら、延々と憎悪を煽られて労働力と金銭をつぎ込まされています。この原因は自分たちを唯一絶対であると思い込み、他を軽蔑する浅ましい心によって起こる修羅の争いでしょう。
どうにも菊水護国さんのご発言は宿縁という言葉を使って、反日蓮本仏論者を見下す如き言と取れようかと思え、残念に思います。
46
:
菊水護国
:2002/06/03(月) 14:49
> このように宿縁という言葉を使って富士義を信じないものを卑下する言説をすることには私は断固、抗議します。
まず、この部分に異義をさしはさませてください。私は1度として「卑下するような事」などと言ってません。このように言ってないことを言ったと言うのはあまり言って欲しくありません。
私は他宗の方を卑下したことなど一度もありません。
47
:
菊水護国
:2002/06/03(月) 15:10
> 確たる証拠を以て証明するから確たる証明になるわけです。「偽書であることを証明せよ」というのではなくて、「偽書であるといわれるものが真書である証拠を示す」ところから始めるべきです。このようなことを少しもせず、「信じないものは謗法だ、地獄に堕ちる、怠慢だ、宿縁がない」などということはすべきではないと申し上げているわけです。著しい場合は自分がわかっていないことを棚上げにして「日蓮本仏論の正しさがわかっていない」などと言い出すわけです。
まず、①偽書である確たる証明は出来ないと言う事でしょうか。もしくは、②したくないということでしょうか。または、③出来るがしないという事でしょうか。
私は近代法の常識で言います。たとえば「証書真否確認の訴え」を訴えた場合立証責任は原告にあるでしょうか。被告にあるでしょうか。
偽書と言い出した側が偽書たる事を証明するのが筋ではありませんか。それをしないのを任侠社会では「いんねんをつける」と言います。
自分の偽書たる主張の証明は自分で証明してください。前にも書きましたが推定肯定を持って、論じてください。推定否定から入らないで下さい。
信とは「信じる事」が最初です。「信じない事」が最初ではありません。
最後にもう1度言います。私は全く他宗の人を卑下してません。見下してません。そのように言ってないことを言ったとは言わないで下さい。
48
:
菊水護国
:2002/06/03(月) 15:18
それから私は他人のことまで責任はもてません。
私が日蓮本仏論者だからって、他の日蓮本仏論者が言い出すような事まで責任はもてません。全て自己責任で話し合ってください。
ですから『「信じないものは謗法だ、地獄に堕ちる、怠慢だ、宿縁がない」などということはすべきではないと申し上げているわけです。著しい場合は自分がわかっていないことを棚上げにして「日蓮本仏論の正しさがわかっていない」』
等の論は私の論では無いので関係ありません。なお「私は宿縁が無い」とは言いましたがそれが悪であるとは言ってませんし、それを卑下してはいません。全てを同じ土俵に乗せないで下さい。
49
:
菊水護国
:2002/06/03(月) 15:37
以下は独歩さん宛ですが、ひとりごとに近いです。
私は、宗教上殺伐としたやり取りは好みません。
また富士以外の流儀や念仏に至るまで肯定してから考える主義です(当然創価学会も)。浄土宗や禅宗のお坊さんとも親しくお話願っております。
そういった面では不純な信徒なのかも知れません。ですから他宗の宗義もとりあえず、肯定してから考えます。その辺が、一般的な法華講員とは全く違うんでしょうが。
真書偽書等考えたことは全く無く、それは宗教書のみに関わり無く、歴史書ですらとりあえず真書として読んでおります。この辺がかみ合わない元のような気がしました。
ですから日蓮正宗を信じるのは宿縁ですが、浄土宗を信じるのも宿縁ですし、創価学会を信じるのも同列に宿縁と考えます。そういった意味で独歩さんには宿縁と使ったのです。全く悪気はありません。
50
:
菊水護国
:2002/06/03(月) 15:41
> 私をして「現今の独歩さんの宿縁」といい、さらに文末に「六根で感じ取る事が出来る方は宿縁あるかたで、出来ない(したくない)方は宿縁無き方であると考えます」というは何でしょうか。宿縁があると言ったりないと言ったり支離滅裂です。
ここだけは、仰るとおりと思います。ですから独歩さんについて語った部分は謝罪します。宿縁は見えませんので、自分のことも他人のことも論じないでおきます。
51
:
無徳
:2002/06/03(月) 16:55
独歩さん:
菊水護国さん:
横レス失礼します。
御書の真偽に関して真偽未決とされているものは、その道の専門家と言うべき方々
が研究探査しても現在時点では真偽ともに確たる証拠がない故に未決とされている訳
ですから、我々が真偽を決定することはなかなか出来得ないと思われますが如何なも
のでしょう。
御書の内容から中古天台本覚論的である故を持って偽書と決めつける方もいますが、
日蓮仏法は本覚論的理解なくしては画竜点睛を欠くのではないかと私は思っています。
これらを論じ始めると切りのない論議に陥りがちですので困りますが、どちらにし
ても富士の流儀とも言える「日蓮本仏論」といったあくまで「信」に属する事柄を、
客観的に証拠を持って論ずることは出来得ないのではないかとも思います。
まして、日蓮御坊が直接的に書かれた御書において自らが本仏であるとは申される
はずもありませんでしょうから。したがって、いわゆる相伝書と言われるものは日蓮
御坊直筆のものは無いと思われますが、直筆でないから偽書だとも言えないわけで、
弟子たちが筆記したものであっても日蓮御坊の講説を直接記したものであれば直筆と
同格と考えても差し支えないのではないでしょうか。
しかし、どちらにしても日蓮本仏論が天台本仏論の焼き直しとする独歩さんの理解
には、私としては納得できないものがあります。先にも書きましたが日蓮御坊を本仏
と観る立場はあくまで「信」に属することであり客観的には論じ切れるものとは思わ
れません。
折角ですので、ここに御書の中に御坊自らが末法の正主(本仏)とも取れる言説が
ありますので、それを記して独歩さんのご意見をお聞きしたいと存じます。
法華取要抄に
問て曰く 法華経は誰人の為に之を説くや、
答て曰く 方便品より人記品に至るまでの八品に二意有り、上より下に向ひて次第に之を読めば、第一は菩薩、第二は二乗、第三は凡夫なり、安楽行より勧持・提婆・宝塔・法師と逆次に之を読めば、滅後の衆生を以て本と為す、在世の衆生は傍なり、滅後を以て之を論ずれば、正法一千年・像法一千年は傍なり、末法を以て正と為す。末法の中には日蓮を以て正と為すなり、
問て曰く 其の証拠如何。
答て曰く 況滅度後の文是れなり、
疑て云く 日蓮を正と為す正文如何、
答て云く 「諸の無智の人 悪口罵詈等し 及び刀杖を加うる者あらん」等云云、
問て云く 自讃は如何、
答て曰く 喜び身に余るが故に堪へ難くして自讃するなり
観心本尊抄に
迹門十四品の正宗の八品は、一往之を見るに二乗を以て正と為し、菩薩・凡夫を以て傍と為す。
再往之を勘ふれば凡夫・正像末を以て正と為す。正像末の三時の中にも末法の始を以て正が中の正と為す。
問て曰く、其の証如何ん。答て曰く、法師品に云く「而も此の経は如来の現在すら猶怨嫉多し、況や滅度の後をや」宝塔品に云く「法をして久住せしむ、乃至来れる所の化仏、当に此の意を知るべし」等。勧持・安楽等之を見るべし。迹門是くの如し。
本門を以て之を論ずれば一向に末法の初を以て正機と為す。所謂一往之を見る時は久種を以て下種と為し、大通・前四味・迹門を熟と為して、本門に至て等妙に登らしむ。
再往之を見れば迹門には似ず、本門は序正流通倶に末法の始を以て詮と為す。
在世の本門と末法の始は一同に純円なり。但し彼は脱、此れは種なり。彼は一品二半、此れは但題目の五字なり。
52
:
モモ
:2002/06/04(火) 04:47
独歩さん、投稿ありがとうございます。拝見いたしました。
>カルト・マインド・コントロール研究の第一人者・西田希公昭師は『マインド・コントロールと
>は何か』の中で、個人的リアリティを“体験”させることがカルトの心理技術に含まれているこ
>とを指摘しています。そして、たとえどんなに強い確信であっても、それは個人的な経験や推論
>によって何となく感じているリアリティ感覚によって支えられているにすぎない。そのことをさ
>して、個人的リアリティという(81頁)といいます。
>残念ながら、社会心理学的な側面からの助言は、何ら目に留まるところはなかったようですね。
要するに私の、あるいは正宗信者の「御内拝の実感」とは「個人的な経験や推論によって何となく
感じているリアリティ感覚によって支えられている確信」=「個人的リアリティ」を「体験」して
いるにすぎない。すなわち、ひとつの観点として
「御内拝の実感とはカルトの心理技術だ」
と言いたいということですね。
>果たして、聖人の教えとは、科学的な実証性に耐えられないようなものなのでしょうか。
私は宗教と科学は次元が違うので同列に扱うことはできず、宗教を科学で証明することは
できないと考えます。しかし物理学でいう質量とエネルギーの等価性、粒子の波動性、
量子力学における位置と運動量の関係などは仏教の色心不二の考えに通ずるものがあると
思います。また法界は色心にわたり地水火風空からなる、とする考え方も古代ギリシアの
哲学と通じております。マクロは宇宙の仕組みからミクロは粒子の仕組みまで「地水火風
空」という考えと通じると思います。太陽系から隣の恒星まで数光年、その間はまさしく
「空」ですね。また硬い固体も原子レベルでみれば原子核同士の間の空間は何もない真空
でしょう。そのような実相が不可思議だから妙法というのでしょう。
53
:
モモ
:2002/06/04(火) 04:51
(つづき)
>さて、記されたことを整理すれば、
>(1)日蓮は本仏であることは証明できないけれど、限りなく仏に近いと思う
>(2)弘安二年の大曼荼羅が究竟である
>(3)奉安殿の曼荼羅は弘安二年の大曼荼羅ではない
>(4)日蓮は上行菩薩である
>(5)日蓮の真筆の曼荼羅は結要の法体である
>ということになるのでしょうか。
>(3)について。精師・寛師説を援用する現石山では、身延七面山に浮かび光を放った楠(板)
>に直接、聖人が曼荼羅を図し、それを法師が彫ったといい、その曼荼羅が生身の日蓮であり、
>戒壇の本尊であり、さらに歴代法主と不二の尊体であるというわけです。
>
>ですから、モモさんが言うように有師が彫刻したとすれば、異説となります。
ここの掲示板の書きこみによればなんらかの事情でその可能性がある、と思ったまでです。
あと「不二の尊体」とは能化文書によるやや不適切な表現であると私は考えてます。
>さらに重要な
>点は、石山は図示の表記その他を以て論じているのではなく、聖人が直接記し法師が彫った
>その楠板曼荼羅そのものを以て究竟というのであって、だから、元が紙面であったとしたり、
>また、本物の板曼荼羅は御宝蔵にあって身代わりを内拝させているとすれば、まったく寛師
>説とも食い違う欺瞞であることになるということです。
この点についてはわからないのでノーコメントですが、なにか重大な指摘であるように感じます。
>(4)の日蓮上行論について、私が是認するかの如く記されていますが、しかし私は日誠さんと
>の議論の中で慎重にこの点を記しました。むしろ、私は日蓮凡夫論者であって、その中から
>上行菩薩として有り様を聖人は模索されていたと拝しているわけです。
そうなのですか。それは失礼しました。しかし日蓮聖人が上行菩薩である文証として次の
ように挙げられると思います。
「此の三大秘法は二千余年の当初(そのかみ)、地涌千界の上首として、日蓮慥かに教主大覚
世尊より口決(くけつ)せし相承(そうじょう)なり。今日蓮が所行は霊鷲山(りょうじゅせ
ん)の稟承に介爾(けに)計りの相違なき、色も替はらぬ寿量品の事の三大事なり。」
(三大秘法抄)
「後五百歳の時、上行菩薩、世に出現して始めて之を弘宣す」(立正安国会「御本尊集」第十
六番・文永十一年十二月・通称「万年救護御本尊」の讃文)
「日蓮聖人は御経にとかれてましますが如くば、久成如来の御使、上行菩薩の垂迹、法華本門
の行者、五五百歳の大導師にて御座候聖人を、」(頼基陳状・建治三年六月)
(「本尊と曼荼羅」34 名前: 川蝉 投稿日: 2002/04/09(火) 16:55 より)
54
:
モモ
:2002/06/04(火) 04:52
(つづき)
>(5)日蓮の真筆の曼荼羅は結要の法体という点について、このように私はまったく考えていません。
これも失礼しました。ただ日蓮本仏論を表に出さないで御本尊が妙法蓮華経の法体である、と考える
ことはできないであろうか、と考えたまでです。結要付嘱の意義は釈尊から大聖人に妙法の法体を還
している、と大石寺は教えていると思います。
>曼荼羅は聖人の言を籍りれば「魂を墨に染め流した」ものであるのでしょう。けれど、紙幅である
>曼荼羅自体が法体ではなく、その法体に至る標として図示された、文字通り曼荼羅でしょう。
>この実在化された実体を直ちに法体という石山義は大乗仏教の空論から逸脱した器物崇拝という小
>乗仏教にもならない外道義であるというのが私の考えです。
>そもそも、法が文字に表せたり、形像に表現できようはずはありません。天台大師の「言語道断・
>心行処滅」の言を思い合わせるべきでしょう。表すことができない故にそれ覚知するために大師
>は止観を示し、聖人は唱題を教えたのでしょう。
私は御本尊は色心不二の法体というイメージを持つことができると考えます。一生成仏抄に
「夫(それ)無始の生死を留めて、此の度(たび)決定(けつじょう)して無上菩提(ぼだい)
を証せんと思はゞ、すべからく衆生本有(ほんぬ)の妙理を観ずべし。衆生本有の妙理とは
妙法蓮華経是なり。故に妙法蓮華経と唱へたてまつれば、衆生本有の妙理を観ずるにてある
なり。文理(もんり)真正の経王なれば文字即実相なり、実相即妙法なり。唯所詮一心法界
の旨を説き顕はすを妙法と名づく、故に此の経を諸仏の智慧とは云ふなり。」
とあります。文字即実相、実相即妙法というのですから御本尊の主題の御文字を法体と拝す
ことができると考えられます。
あと「文字通り曼荼羅」とはどういう意味でしょうか。そもそも曼荼羅とはいかなる意味で
しょうか。
>なお、上述とは別に
>
>> 「日蓮本仏論は『大石寺の相伝』の中でしか論じられない、
>>相伝がなければ本仏論を示すことはできない」ということを再確認
>
>この意味は私には取りかねますが、日蓮本仏論の原型は先にも記したとおり、
>天台本仏論なのであって、また、日蓮本仏義の緒はむしろ、眼師、教師に求め
>られるのではないでしょうか。
>
>それにしても「相伝がなければ本仏論を示すことはできない」とは一体いかなる意味でしょうか。
独歩さんの立場でいえば
「もし現在の大石寺に相伝があると仮定して、その相伝があってこそ本仏論が示すことができる」
という程の意味です。だからこそ相伝とはなにか、と問うているわけです。唯受一人の相伝がな
ければ誰が御本尊を書写するのでしょう。相伝を認めないということであればだれでも御本尊を
顕わしていいのでしょうか。
そういえば宮沢賢治氏の「雨にも負けず」の手帳の中に曼荼羅がありました。私は何かで見たこ
とがあり、「謗法だ!」とそのときは思ったのですが、きっと法華経への信仰の発露として書か
ずにはいられなかったのでしょうと今では思っています。
55
:
犀角独歩
:2002/06/04(火) 07:16
菊水護国さん:
まず、「卑下ではない」「他宗とも等しく付き合う」とのこと。立派なお考えであり、わたしのほうに誤解がありました。この点はお詫び申し上げます。
次に「偽書」について。
> 、①偽書である確たる証明は出来ないと言う事でしょうか。もしくは、②したくないということでしょうか。または、③出来るがしないという事でしょうか。
などと問われていますが、そもそも石山発行の御書においても真書・真偽未決書・偽書が掲載されていることは石山自体が認めていることです。
先に宗門より発刊された昭和新訂日蓮大聖人御書は、日朗譲状一篇のみを除き、他は古来よりのありとあらゆる初伝御書に一切を網羅されたために、偽書と真書が玉石混淆する菽麦不弁の体裁となり、初学者の信頼性と活用性にやや適切さを欠く感が存した。
また御書全集は、信徒を中心とする研鑽の状況を慮られてか、大聖人の御法門の基礎的な分野をなす初期の御書を排除され、特に戒に関する重要な二書、その中にも本門戒体抄が除かれている…(5頁)
ところが、たとえば寛師の諸説などにおいては、この点が必ずしも徹底されていません。むしろ、御書の真偽については、現段階でも研究途上であるわけでしょう。
菊水護国さんと私の考えの根本的な違いは、御書を信条面から見ようとしているのか、証拠としてみようとしているのか、差にあるのであろうと思います。
私も信条面からすれば、たとえば諸法実相抄、生死一大事血脈抄などを心肝に染めてきたのです。それは「信」の側面からすれば否定されることではないでしょう。ただ、私が真偽を論ずるのは、たとえば日蓮聖人の教えを人に説明しようとするとき、自己の責任において、真筆を存しないもの、すなわち完璧に聖人の遺文であると言い切れないものを使用する蛮勇は起きないからです。ただこのような私の考え方は、個人の特別なものではなく、祖書学をはじめ、いわば常識的判断であると私は思っています。
日蓮本仏論、戒壇の曼荼羅、御肉牙に否定的な立場がある人は、もとより信の面から、これらをとらえようとしません。そこで信仰を強調ことは一つの方法でしょう。しかし、確たる証拠を示せれば万人は納得することになります。しかし、その確たる証拠がなく、偽書・真偽未決と言われるもの真書として扱って説明されても、説得力はないというのが私が言うべきことです。
56
:
犀角独歩
:2002/06/04(火) 11:13
無徳さん:
31に記されることは既に過去に論じ合い結論が出なかったことですね。
また、これを議論すると長くなるでしょう。
ただ、少し私の考えを整理して書いておきます。
> 御書の真偽に関して真偽未決とされているものは、その道の専門家と言うべき方々
が研究探査しても現在時点では真偽ともに確たる証拠がない故に未決
まったく、これは仰るとおりでしょう。
ただ、本仏論者と私が違うのはその偽書・未決書の扱い方です。
本仏論者は未決書を真書として論の中に組み込む、私は組み込まない差です。どちらが誠実であるのか、私は組み込まないことが誠実であると考えるので、その方法を採ります。また、日蓮の祖書研究において基準とするべきは現存真筆なのであって、それ以外に基準とするべきものは何もないと私は考えます。
無徳さんをはじめ、本仏論者の論法というのは、「歴史を逆読みしている」と思うのです。
まずはじめに日蓮本仏という大前提が植えられ、そこから、逆に日蓮に戻って考えていくというやり方です。ですから、当初に日蓮本仏が、いわば固定観念として植わった段階ですべて読もうとするので、すべてその説明であると感じ取ってしまうのではないでしょうか。
私は歴史は正方向に読まないと取り違えると思うわけです。
聖人の確実な真筆というもの、また、その後の資料を、成立年代を加味して読み進めていくと、実際には日蓮本仏という考えはなかなか出てこないわけです。ようやくとその片鱗が滅後100年ぐらいに見られ、確定化されるのは450年後となります。
また、日蓮本仏という考えは本仏・迹仏論と言うより、祖師信仰に分類される一面があります。しかし、この傾向は聖人に見られません。祖師信仰の濫觴は確かに興師に見られますが、しかし、興師はあくまで本師釈迦如来という聖人の説を踏襲していました。やはり、明確になるのは有師であり、確定は寛師でしょう。過去から順番に資料を読んでいくと、このようになります。
> 御書の内容から中古天台本覚論的である故を持って偽書と決めつける方もいますが、
日蓮仏法は本覚論的理解なくしては画竜点睛を欠く
これは二つの考えが立て分けられていませんでしょう。本覚論と中古天台本覚思想(恵心流口伝法門)とは鎌倉期辺りを境にして別のものと考えるべきではないでしょうか。さらにまた、私は天台大師と妙楽大師の相違をも加味すべきであると考えています。
聖人に本覚思想の影響がないわけはなく、また、密教、念仏の影響もあると私は思っています。ただ、聖人の思想的な系譜は晩年になればなるほど、それらの影響から脱化され、純天台的な傾向を示すようになっていったと私は考えています。
ただ、これと中古天台の影響とは別のことです。簡略に申し上げれば、聖人在世に成立していないものが入り交じった文書が真書として扱われて入れば疑義を挟むと言うことではないでしょうか。このなかで私は聖人在世に『秘密荘厳論』は成立していなかったのではないのか、あるいは成立していても聖人はご存じなかったのではないのか、またご存じであっても依用されなかったのではないのか、と考えるわけです。理由は真筆御書に同書の引用も、思想的影響も見られないからです。久遠元初自受用報身如来、無作三身、一身即三身というタームがまったく聖人の真筆に見られないわけです。
> 「日蓮本仏論」といったあくまで「信」に属する事柄を、客観的に証拠を持って論ずることは出来得ない
信の領域のことであれば、それは何でもありでしょうし、個人的な考えですから、言ってみれば「勝手」であると私も思います。「鰯の頭も信心」でしょう。
ただ、日蓮本仏を無徳さんにしろ、あるいは菊水護国さんも信の領域でとらえようとすることは、私は善意的であると思います。
しかし、石山における日蓮本仏論は、はたして信の領域でしょうか。それを唯授一人の相伝と鼓舞し、教理的に組み立てていませんか。その代表が寛師です。私がここの掲示板で論じているのは、その教理面です。日蓮本仏以外を認めず、日蓮を菩薩と見做しても堕獄の業であるとまで豪語するわけです。
組み立てられた教理から「信」を進めている以上、その教理の是非を問わざるを得ないことになるということです。
57
:
犀角独歩
:2002/06/04(火) 11:14
―56からつづく―
> 日蓮本仏論が天台本仏論の焼き直しとする独歩さんの理解には、私としては納得できないものがあります。先にも書きましたが日蓮御坊を本仏と観る立場はあくまで「信」に属することであり客観的には論じ切れるものとは思われません。
信の面については前項に記したとおりです。
なお、「日蓮本仏論が天台本仏論の焼き直し」と論じたのは、私ではありません。唯早坂鳳城師です
日蓮本仏論が信の領域であるといえばそれまでですが、早坂師が指摘しているような類似性を寛師教学がもっている以上、これはもはや信の領域とは言えず教理的側面に踏み込んでいるでしょう。
すでに御覧いただいていると思いますが、私のサイトにアップしてある同師の文章は非常に説得性のあるものです。
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/hayasaka_001.html
> 御坊自らが末法の正主(本仏)とも取れる言説…法華取要抄
私はこの文が日蓮本仏を示すものであるとはまったく思えません。記されている字句どおりではないでしょうか。
法華経の地涌菩薩への結要付属は滅後末法の弘教を勧めるものであり、故に本仏久遠五百塵点成道の釈尊を本尊と立て、法華経を弘宣することを説いているわけです。また、神力品の末尾には
日月の光明の 能く諸の幽冥を除くが如く
斯の人世間に行じて 能く衆生の闇を滅し
無量の菩薩をして 畢竟して一乗に住せしめん
是の故に智あらん者 此の功徳の利を聞いて
我が滅度の後に於て 斯の経を受持すべし
是の人仏道に於て 決定して疑あることなけん
と地涌菩薩の弘教を宣べる段で、「人」と記される以上、この弘教と受持の対象は人、すなわち菩薩・凡夫であることは明確ですから、同抄の記述となるわけでしょう。そして、その法華経を身読し説の如く弘めているのは、自分日蓮しかいないという自負の宣言ではないでしょうか。これしかし、本仏としての宣言であるわけはありません。なぜならば、法華経は久遠釈尊を中心に据えた教典であって、その初発心の弟子を地涌菩薩とし、その弟子が滅後・末の世に法華経を弘めることを記した教典であるからです。地涌菩薩が本仏というわけでも、のちに出現する人を仏であるという趣旨でもありません。
なぜ、この記述が日蓮本仏を示す文などといえるのでしょうか。
これはつまり、日蓮本仏論という思想的系譜に身を置くために、それが固定観念になって、そのようにしか映じないものと思えるわけです。正方向の歴史読み、留意されてください。
あと数点。
まず、弟子の相伝書を真書と見るか否かという点ですが、私はその書が記された背景を加味すべきであると思います。殊に江戸時代は寺檀制度が確立され、天奏どころか、他宗折伏すら覚束ないご時世であったわけですね。このような状況下、自山顕彰のための教学を横行したわけです。檀林教学も勃興するわけで、時代性を帯びた天台学の影響を各山、大いに受けることになります。これしかし、直接、聖人に由来することではありません。けれど、貫主が語ることであれば聖人の言も同じという風潮が時代は許したいたわけです。このようなものを真筆と見做して良いか、私は賛成しかねるわけです。
血脉両抄の講義などで言われるところですが、石山本には歴代の書き込みが多くあるといいます。そして、「歴代の書き込みも聖人の言として扱う」という説明を石山僧から受けたとき、私は奇異なことと感じたわけです。この根拠は言わずと知れた「代々の聖人悉く日蓮」という相伝に依るわけでした。しかし、石山歴代の書物には他山の影響を少なからず看取できる以上、直ちに聖人の言として扱えないではないか、というのが私の意見です。
もう一点。無徳さんは「聖人が仮に仏であっても、自らを仏というわけがない」と記していますが、果たしてそうでしょうか。仏は常に自らの劫国名号を宣べ覚りを開いたことを宣言するのではありませんか。また、八相を以て仏であることを示すのではないでしょうか。
以上、長くなりました。しかし、やはり、語り尽くせません。
58
:
犀角独歩
:2002/06/04(火) 12:28
モモさん:
> 「御内拝の実感とはカルトの心理技術だ」
これはまったく違います。個人的リアリティと事実は別であると言いたいのです。
どんなに感動・感激を与えるものであっても、その個人的な心理は、事実を説明することにはならないということです。
残念ながら、人間は偽物であっても、虚構であっても感動を得るものです。そのもっとも顕著な例が小説であり、テレビであり、映画でしょう。
板曼荼羅、あるいは日蓮本仏論の真偽を論ずるのに個人的リアリティは尺度にならないと言う意味です。
> 私は宗教と科学は次元が違うので同列に扱うことはできず、宗教を科学で証明することはできないと考えます。
これも私の言葉を取り違えています。
私がここで科学というのは事実認定の方法を言っているわけです。
板曼荼羅が本物であるというのであれば、科学的に計測してみればわかると言った類の話です。
また、祖書学、教学史と言った仏教学も科学ですから、そこに個人的リアリティのような感情論は持ち込まず、厳正な事実の積み重ねで解を求めていくべきであると言っているのです。
> 物理学でいう質量とエネルギーの等価性、粒子の波動性、量子力学における位置と運動量の関係などは仏教の色心不二の考えに通ずるものがあると思います。また法界は色心にわたり地水火風空からなる、とする考え方も古代ギリシアの哲学と通じております。マクロは宇宙の仕組みからミクロは粒子の仕組みまで「地水火風空」という考えと通じると思います。太陽系から隣の恒星まで数光年、その間はまさしく「空」ですね。また硬い固体も原子レベルでみれば原子核同士の間の空間は何もない真空でしょう。そのような実相が不可思議だから妙法というのでしょう。
以上のことはまったく私は賛同しません。これは失礼ながら、池田さんの『科学と宗教』『宇宙と生命を語る』に記された内容と大同小異です。仏教はこのような考えとは無縁のものであると私は考えています。
> 「不二の尊体」とは能化文書によるやや不適切な表現であると私は考えてます。
表現が不適切であると言うより、考えが不適切なのでしょう。
これは現宗門の当然の認識ですから、聖人の祖意に戻って欲しいと切望しているのです。
> 日蓮聖人が上行菩薩である文証として次のように挙げられると思います。
さんざん、論じてきたところです。お馴染みの資料で、既にコメントも記してきましたが、たぶん、お読みになっていないのでしょうから、整理して記します。
> 「此の三大秘法は二千余年の当初(そのかみ)、地涌千界の上首として、日蓮慥かに教主大覚世尊より口決(くけつ)せし相承(そうじょう)なり。今日蓮が所行は霊鷲山(りょうじゅせん)の稟承に介爾(けに)計りの相違なき、色も替はらぬ寿量品の事の三大事なり。」(三大秘法抄)
真偽未決の代表的な一書ですね。伊藤師がコンピュータ解析で真書と断定したことを鬼の首を取ったように論じられますが、私はこの書は偽書であると思います。
近年では正信会の山上師が貴重な発言をし、私はその研究姿勢に頭を下げました。
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/ssk_sandaihiho_001.html
この書が、どうしても真筆といえるのでしょうか。
> 「後五百歳の時、上行菩薩、世に出現して始めて之を弘宣す」(立正安国会「御本尊集」第十六番・文永十一年十二月・通称「万年救護御本尊」の讃文)
この点についても、既に詳細に論じてきたつもりです。
この文中の「上行菩薩」が、どうして聖人を指すと言えるのでしょうか。
> 「日蓮聖人は御経にとかれてましますが如くば、久成如来の御使、上行菩薩の垂迹、法華本門の行者、五五百歳の大導師にて御座候聖人を、」(頼基陳状・建治三年六月)
これは興師の代筆なのであって、聖人の真筆であるとはただちに言えないでしょう。
しかし、興師の考えの中に既に日蓮上行論が澎湃としていたのは事実であろうかと思います。この点は私も認めます。
59
:
犀角独歩
:2002/06/04(火) 12:28
―58からつづく―
> (「本尊と曼荼羅」34 名前: 川蝉 投稿日: 2002/04/09(火) 16:55 より)
この川蝉さんの書き込みを引っ張ってきたスレッドでは私も管見を種々述べています。私の記したところは目にも留まっていないことは残念なことです。こちらのスレッドで私に問いかけている大半はここで既に記していました。
> 結要付嘱の意義は釈尊から大聖人に妙法の法体を還している、と大石寺は教えていると思います。
「還している」?、具体的な資料をお示しください。
> 私は御本尊は色心不二の法体というイメージを持つ
初めて聞く説です。一生成仏抄の引用はこの根拠になり得ていません。
もう少し詳しく説明いただけませんか。
> 文字即実相、実相即妙法というのですから御本尊の主題の御文字を法体と拝すことができると考えられます。
なぜ、こんなことが言えるのでしょうか。該当の御書は文字通り「文字即実相」「実相即妙法」まではわかりますが、なんで、その「文字を法体と拝する」と考えられるのでしょうか。論理が飛躍しています。
また、一生成仏抄は真跡を存しません。真筆のように扱われる根拠は何でしょうか。
さらに、もう一点、一生成仏抄は建長7年34歳の御作であるとされる書です。聖人が曼荼羅を図示されるようになるのは文永9年以降51歳の御時からです。実に17年もあとのことです。17年前の書が、何故、曼荼羅の説明になっているというわけでしょうか。
> あと「文字通り曼荼羅」とはどういう意味でしょうか。
辞典で説明するのは余り好きではありませんが、聖人真跡中に曼荼羅の説明は見いだせないので、まずこれを引きます。
〔仏〕〔梵 maala〕画面に諸仏を描いた図形や象徴的に表した記号を特定の形式で配置し、悟りの世界や仏の教えを示した図絵。
概ね、記されているところは外れていないと思います。しかしながら、聖人は
此の五字の大曼荼羅(まんだら)を身に帯し心に存ぜば、諸王は国を扶(たす)け万民は難をのがれん
と記され、ご自身の曼荼羅を五字の曼荼羅、すなわち妙法蓮華経の曼荼羅であると仰せになられているわけです。つまり、ここでは曼荼羅の原語、マントラの意味である「真言」の意味(真言宗の真言ということではない)で示されておいでなのであろうと拝察します。
> そもそも曼荼羅とはいかなる意味でしょうか。
前項に記す如くであると私は拝察します。少なくても法本尊などという珍妙なお考えは聖人にあるべくもなく、故に「人法一箇で戒壇の大御本尊が生身の日蓮」であるなどという考えは片鱗も窺えない点を論じたかったのです。
> 唯受一人の相伝がなければ誰が御本尊を書写するのでしょう。相伝を認めないということであればだれでも御本尊を顕わしていいのでしょうか。
唯授一人の血脈などということは上古にその確証を見いだせないもので、私はまるで信用しておりません。
第一、唯授一人でなければ御本尊を書写していけないとはいかなる証拠を以て言われるのでしょうか。石山の中古ですら、有師は『化儀抄』に
一、漫荼羅は末寺に於て弟子檀那を持つ人は之を書くべし
と記しております。
> そういえば宮沢賢治氏の「雨にも負けず」の手帳の中に曼荼羅がありました。私は何かで見たことがあり、「謗法だ!」とそのときは思ったのですが、きっと法華経への信仰の発露として書かずにはいられなかったのでしょうと今では思っています。
この点については、私はまったく同意見です。
60
:
川蝉
:2002/06/04(火) 14:44
[53]モモさんへ。
モモさんの53番の発言に於いて、私が「本尊と曼荼羅・34 番」に挙げていたと、「三大秘法抄」「本尊の讃文」「頼基陳状」の三書の文を再掲されてますが、私は、「本尊と曼荼羅・34 番」に於いては、真偽論がある御書なので「三大秘法抄」の文は挙げてないはずですが。
[58]独歩さんへ。
「万年救護御本尊」の讃文に
「後五百歳の時、上行菩薩、世に出現して始めて之を弘宣す」
とあり、かつ、始めて大曼荼羅を図顕されたのが宗祖ですから、「宗祖は上行の御自覚を懐かれていた」と推測出来るのでは。
讃文について、後人の挿入の疑い有りと指摘している学者も居ないようですし、写真を見ても上部の筆跡と同じように、素人目ながら見えます。
「頼基陳状」は、宗祖述作、真蹟無。興師の写本二種が北山本門寺に在りとなっています。
宗祖が四條金吾の為に代作されたものです。興師の述作ではありません。
「霊艮閣版御遺文」編集の稲田海素師が、写本の奥書に
「正治五年閏十月二十日駿河富士上方重須談所にて再治本を以て書写了白蓮七十一歳」
とあると記しています。
独歩さんの真蹟重視の立場には大賛成です。
61
:
犀角独歩
:2002/06/04(火) 23:25
川蝉さん:
お久しぶりという気分です。
60にお記しいただきましたこと、有り難うございます。
ただ、万年救護の記述について、私は聖人がご自身のことを記されたのでのあろうか、と一往、一往なのですが、疑ってみようと思っています。
川蝉さんのご教示にはいつも感謝申し上げております。
62
:
あ
:2002/06/05(水) 03:02
ふう。難しくて読めない。
51について。
>まして、日蓮御坊が直接的に書かれた御書において自らが本仏であるとは申される
はずもありませんでしょうから。したがって、いわゆる相伝書と言われるものは日蓮
御坊直筆のものは無いと思われますが、
わかった。よーくわかった。
52について
>私は宗教と科学は次元が違うので同列に扱うことはできず、宗教を科学で証明することは
できないと考えます。しかし
しかし、何なのだ?
同列に扱うこともできないし、証明もできないのに。
あちきら、頭の悪い不信心者は、これだけわかれば十分だ。
あちきは頭が悪いから、難しい教学はわからない。
わからないものを信じることはできない。
63
:
犀角独歩
:2002/06/05(水) 08:02
川蝉さん:
> 「頼基陳状」は…興師の述作ではありません
そうですね。代作と断定してはいけませんでした。
それにしても、興師の関わるところから日蓮上行論から出ている必然性は気になります。万年救護本尊も、石山の伝承では弘安2年に聖人から興師が賜ったことになっています。
64
:
川蝉
:2002/06/05(水) 14:37
63 犀角独歩: さんへ。
揚げ足取りのようなコメントで失礼しました。
万年救護本尊も、石山の伝承では弘安2年に聖人から興師が賜っ
>たことになっています。
独歩さんの39 番コメンにより、万年救護本尊についての、大石寺の伝承( 『富士年表』と『日蓮正宗聖典・613頁』の説)を知りました。
『日興跡條條事』にある、「日興が身に充て給わる弘安二年の大御本尊」とは板曼荼羅の事であると大石寺系統では主張していると思っていましたが、現在では
「万年救護本尊は興師に弘安二年に授与されたといい、これが条々事に云う弘安二年曼荼羅であるというもあり、」(35番独歩さんの指摘)と云う説明もあるのですか。
その他、戒壇堂安置曼荼羅だとか禅師授与の曼荼羅だとか云う説明も有るのですか。知りませんでした。
さらに独歩さんが35番コメントに
>・弘安二年の大曼荼羅は御伝土代に見られる
>・この曼陀羅には「日興上人」と記されている
>・興師の弟子である尊師、順師の資料から見ると「二千二百三十
>余年」と記されている
と指摘されていましたが、なるほど、「御伝土代」には
「仏滅後二千二百三十余年が間、一閻浮提之内未曾有之大曼荼羅也と図し給御本尊に背意は罪を無間に開く云々」(宗全第二巻256頁)
とあるので、「仏滅後二千二百三十余年」とある御本尊を興師は拝していたようですね。
ところが、ご指摘の通り、板曼荼羅も万年救護本尊も共に「仏滅後二千二百二十余年」となっていますので、興師が拝していた御本尊と違うようですね。
弘安二年に賜ったので、文永十一年十二月に図顕された万年救護本尊であるが「弘安二年の大御本尊」と表現している事になりますが、「弘安二年の大御本尊」と呼称する以上、普通には、弘安二年に図顕された大御本尊のように思われますね。
「日興が身に充て給わる弘安二年の大御本尊」と有る以上、「釈子日興 授与之」と云うような授与書きされている、弘安二年に図顕された御本尊と推測するのが素直であろうと思われますね。
それにしても、よくも、大石寺系統に属しながら、寛師教学の欠陥に気づき、興門の相伝書の真偽を質されて、御書を学ばれているものだなと、感服しています。
65
:
モモ
:2002/06/05(水) 23:10
菊水護国さん、レスありがとうございます。
>当宗においては「戒壇本尊は大聖人真筆であると信じる」「大聖人を仏であると信じる」
>「宗祖から開山への血脈相承はあったと信じる」等と主張するのが宗義です。
やはり正宗の三宝義は信から入るべきだと私も主観的に思います。
御戒壇様を拝し、日蓮大聖人を本仏と仰ぐ人には大聖人は本仏なのでしょう。
上行菩薩だと思う人には上行菩薩なのだろうと思います。
親の仇の虎だと思って弓を射ったらだだの岩だった。虎だと思った時はその岩に矢が刺さったが
岩だとわかって弓を射ってもその岩には矢が刺さらなかった。
という話は日蓮本仏論と通じるものがあると思います。
66
:
モモ
:2002/06/05(水) 23:17
川蝉さん、失礼しました。
>モモさんの53番の発言に於いて、私が「本尊と曼荼羅・34 番」に挙げていた
>と、「三大秘法抄」「本尊の讃文」「頼基陳状」の三書の文を再掲されてます
>が、私は、「本尊と曼荼羅・34 番」に於いては、真偽論がある御書なので「三
>大秘法抄」の文は挙げてないはずですが。
説明が足らなかったと思います。「三大秘法抄」の文はありがたいと思ったので
入れたものです。川蝉さんのご教示としては「本尊の讃文」「頼基陳状」のみで
す。謹んで訂正いたします。
67
:
無徳
:2002/06/06(木) 00:13
独歩さん今晩は:
>無徳さんをはじめ、本仏論者の論法というのは、「歴史を逆読みしている」と
>思うのです。
>まずはじめに日蓮本仏という大前提が植えられ、そこから、逆に日蓮に戻って
>考えていくというやり方です。ですから、当初に日蓮本仏が、いわば固定観念
>として植わった段階ですべて読もうとするので、すべてその説明であると感じ
>取ってしまうのではないでしょうか。
それはどうでしょうか?逆に独歩さんは日蓮本仏否定という固定観念に囚われ
ている可能性はないでしょうか?
おそらく独歩さんは日蓮御坊の真筆とされる御書の内容に照らしてどこから見
ても日蓮本仏とは読む事は出来ないとされるのでしょうが、日蓮正宗内において
は多くの御僧侶や信徒達が日蓮本仏を信じて止まない訳ですがその全てが固定観
念に囚われているせいでしょうか?また歴史を逆さ読みしているのでしょうか?
ここで、以前、ニフティ−の「仏教思想法」フォーラムにおいて論議したもの
の援用ですみませんが、私が日蓮本仏論の立場を採る由縁を若干述べてみたいと
思います。
『道心』と言う小冊子の第4号において花野充道氏が「宗教とは、相対者とし
ての有限性の自覚に立った人間が、「絶対」との関わり合いによって、人間存在を
意義づけようとするものである。その場合「絶対」には、二種の概念を認めるこ
とができる。一つには「絶対者」としての人格的な概念であり、あと一つは「絶
対」としての非人格的な概念である。仏教の用語を借りて言えば、前者は「仏」で
あり、後者は「法」に当たる。」と述べています。
しかし、花野氏とて日蓮御坊を一神教的な意味合いでの絶対者として日蓮御坊を
見ているわけではないと思いますが、花野氏のように「仏」を絶対者としての視点
で論ずることは誤解を生む可能性があります。
ただ、私も信仰とは自己の心的領域(己心)に、ある絶対なるものを措定(定立)
することによって、相対的で有限なる自己を反省するためもものとも言えるのでは
ないかとは思います。
ただし、私が述べた絶対的なるものも一神教的な「神」のように我々から超絶し
た絶対者ではなく、あくまで、相対的で有限なる自己を反省するための対照となり、
衆生が「己心」に「信」を確立するために感応道交すべき対象としての、南無妙法
蓮華経(法)でありそれを「本尊」として顕された日蓮御坊を仏として仰ぐことは
信仰の発露としても、また理路としても自然な事柄と思えるからです。
さらに、日蓮仏法を絶対・相対というような対照的概念で捉えるのでなく、それ
らをも絶した「絶待妙」という規範にのっとて理解し信ずるのであれば、日蓮御坊
を「本仏」と仰ぎ信ずるのもまた不自然なことではないように思われるのですが如
何なものでしょう?。
おそらく独歩さんから見れば勝手なる解釈と思われることでしょうが、所詮「信」
を基とする宗教にあっては客観的真理など在り様が無く、天台本覚論のように常に
「即」や「不二」なる概念に支えられた「信」をメルクマールとしてのみ成立する
のが仏教的真理観とも言える様に思います。
もっとも、独歩さんは仏教においては「真理」というような概念が妥当すること
に否定的でしたよね、真理を真如と捉え返す事が出来得れば許容範囲でしょうか?
長くなりましたので今日はこのくらいにしておきます。 無徳
68
:
無徳
:2002/06/06(木) 00:16
訂正−−−「仏教思想法」フォーラム−−−「仏教思想フォーラム」
69
:
川蝉
:2002/06/06(木) 15:08
66:モモさんへ。
モモさんは、日蓮聖人の本地は上行菩薩であると領解されておられ、53番では、その文証の一つとして「三大秘法抄」の文を挙げられたのですね。
その「三大秘法抄」に
「能居の教主は本有無作の三身なり、所化以て同体なり。かゝる砌なれば久遠称揚の本眷属上行等の四菩薩を寂光の大地の底よりはるばると召し出して付属し給ふ」(学会版1021頁)
と有りますね。
この部分は、虚空会において、宝塔の中に座せられた釈尊を指して「能居の教主は本有無作の三身なり」と云われ、その釈尊が上行菩薩を召し出して、妙法五字を末法の始めに弘めなさいと、付属(命じた)した、と語っている文ですね。
釈尊は師、上行菩薩は弟子、仏使である事が示されていますね。
次ぎに1022頁には
「寿量品に建立する所の本尊は五百塵点の当初より以来此土有縁、深厚本有、無三身の教主釈尊これなり。」
と有りますが、前掲の文から判断すれば、ここに云う「無三身の教主釈尊これなり」とは、宝塔中の釈尊ですね。
もっとも、大石寺教学では日蓮聖人を指していると解釈するようですが、しかし、この文に続いて
天台大師の寿量品説法の釈尊についての説明の文が引かれていますし、私が初めに挙げた「三大秘法抄」の1021頁の文の意から考えれば、日蓮聖人を指しているのではなく、本門を説法しているところの宝塔中の釈尊を指していると解釈すべきであろうと思います。
続いて1023頁には
「此の三大秘法は二千余年の当初地涌千界を上首として、日蓮慥に教主大覚世尊より口決せし相承なり。今日蓮が所行は霊山の禀承に芥爾計りの相違なき、色も替はらぬ寿量品の事の三大事なり。」
と有りますね。
日蓮が弘通する三大秘法は教主大覚世尊より口決(口で直接に言い伝える秘訣)されたもので、寿量品に説かれている三大秘法と全く同じものである、と語っている文ですね。
三大秘法の教主・相承主は釈尊であると云う意が明確に示されていますね。
続いて三行後に
「大覚世尊、久遠実成の当初証得の一念三千なり。今日蓮が時に之を感じて、此の法門広宣流布するなり。」
と有ります。
日蓮が今弘通している法門は、大覚世尊すなわち釈尊が久遠実成の当初に証悟したのもである、と語っている文ですね。
釈尊が証悟した一念三千の法門を日蓮聖人が広宣流布していると云う意味ですね。
釈尊が証悟し、その法門を授けられ弘通していると云う事ですから、釈尊が根本の証悟主・教主・相承主であり、日蓮聖人は弘伝者と云う事を示していますね。
続いてお終いに
「法華経を諸仏出世の一大事と説かせ給ひ候は、此の三大秘法を含みたる経にて渡らせ給へばなり。」
と有ります。
この文には、日蓮聖人が弘通する所の三大秘法は法華経に説き示されている法門であると云う意が示されていますね。
外相承と云う面から云えば、釈尊が法華経本門に説き置かれた法門を読みとり弘通しているのが日蓮聖人であるという事が示されていると思います。
法華経の教主は釈尊、釈尊が説かれた法華経本門の教えを把握したのが日蓮聖人ですから、教主は釈尊、日蓮聖人はその教えを読み理解した弟子と云う事ですね。
以上のように、「三大秘法抄」には、日蓮聖人の本地は上行菩薩であると云う事を語ると同時に、久遠釈尊こそ根本の教主すなわち本仏である事も教示していると、私は領解しています。
で、「三大秘法抄」には、
仏宝は、根本教主の本門教主釈尊。
法宝は、釈尊証悟の妙法五字(三大秘法)。
僧宝は、伝弘者の日蓮聖人。
と云う三宝尊が示されていると、私は領解しています。
以上、ご参考までに。
70
:
犀角独歩
:2002/06/06(木) 17:45
川蝉さん:
いつも誠実なレスをいただき、まことに有り難うございます。
さて、条々事の弘安二年日興授与本尊が万年救護本尊であるというのは、現代の石山義ではありません。私の書き方が悪くて誤解を与えてしまったかもしれません。どこで読んだのか失念してしまいました。
ただ私は条々事が興師の筆によるという点には懐疑的ですが、個人的には弘安2年大御本尊が万年救護本尊を指す余地は少しはあると考えるところもあります。
その理由は「大(御)本尊」という書き方に着目してるからです。“御”の一字は尊ぶ意味でしょうから、これを略すると「大本尊」となるわけです。まさに万年救護本尊の文と一致します。他の曼陀羅が「未曾有之“大曼荼羅”」とされるのに対し、この一幅は「大本尊」となっている点に注目してのことです。
しかし、弘安二年に興師に宛てて図示されたもの、すなわち御伝土代に言うところと見るのが自然であると思います。
> 戒壇堂安置曼荼羅だとか禅師授与の曼荼羅だとか云う説明
これは『誑惑顕本書』に記されるところで、戒壇の本尊とは禅師授与の曼荼羅であるという主張がなされています。これらの諍論が実際に有師に対して北山浄師が言ったかどうかは一考を要しますが、戒壇と安置曼荼羅、平たい言い方をすれば、「どれが一番、すごい曼荼羅か、戒壇の曼荼羅か」と言った類の論争が富士周辺でなされていたことは容易に想像できます。興師授与の曼荼羅、禅師授与の曼荼羅、大石寺自仏堂安置の曼荼羅、万年救護本尊、さらに『誑惑顕本書』では冒頭に「鉄砲曼荼羅を買取候処四天王に大字無きが故に無大字の本尊」が、この諍論に加わっています。さらに、ややこしいことに興師は多くの聖人の真筆曼荼羅に「本門寺安置」と記すことはご承知のとおり、戒壇論争、本門寺の住処の争いで自山顕彰は喧しく、まったく馬鹿げた覇権争いは現在、石山周辺グループに引き継がれていまも賑やかであることを恥ずかしく思います。
やや、横道ですが、最後の鉄砲曼荼羅の説明は四天王がないということですので、特徴としては万年救護本尊であろうと思えるのですが、『富士年表』によれば、天正10年2月「重須再住日出徳川家康甲州攻めの砌聖教曼荼羅を贈る、家康凱旋の時之を返納す(寺誌)」とあり聖教曼荼羅となっており、万年救護本尊とは記さないのです。顕本書ではこの鉄砲曼荼羅を石山が北山から買い取ったという大嘘を吐いているという糾弾から文章が始まります。
ところで、万年救護本尊は現在、石山大講堂に模刻板曼荼羅が安置されています。以上の話を総合して、私は非常に興味深くこの記述を見ています。
> 大石寺系統に属しながら、寛師教学の欠陥に気づき、興門の相伝書の真偽を質…
少し真面目に文献に取り組めば、誰人であれ、容易く到達できる程度の浅学に過ぎません。しかし、証拠を論ずるに「信の領域」などといっている石山人には、理解できないことのようです。残念です。
『三大秘法抄』の適切な解説、私も参考にさせていただきました。
ここのところの流れを見ていると日蓮本仏論は真筆では説明できないが、真偽未決書、偽書を交え、信の領域で見れば理解できると誤解されかねない論調になっていますが、冗談ではありませんね。真偽未決書を交えたところで、説明が着くのは聖人上行論までです。その点を、知る上でもご説明は価値があるものであると拝しました。
また、いくら三大秘法抄をもってしても、富士戒壇論とはまったく無縁、心すべきところである点であると思っております。
71
:
犀角独歩
:2002/06/06(木) 18:36
無徳さん:
記しても、聞き入れていただくこともないでしょうから、無駄とは思いますが、取りあえず、問いかけられたことにはお応えしておきます。
> 逆に独歩さんは日蓮本仏否定という固定観念に囚われている可能性はないでしょうか?
ええ、これはまったくありません。私は40年間、日蓮本仏論者であったのです。それを翻す勇気は並大抵のものではありませんでした。自分で納得いく答えに、自力で到達した結論を記すばかりです。もちろん、信の領域だ、証拠は示せないなどと逃げ口上は一切しない論理の組み立てぐらいは出来ているつもりです。聞く耳を持たない人には伝わらないだけでしょう。
それにしても、私は誠実に記したつもりです。こんな切り返しで応じられることを残念に思います。
> 日蓮正宗内においては多くの御僧侶や信徒達が日蓮本仏を信じて止まない訳ですがその全てが固定観念に囚われているせいでしょうか?また歴史を逆さ読みしているのでしょうか?
そのとおりであると思います。寛師の言に随うばかりのことでしょう。
まして、「多くの」というところでも、顕正会を合わせても数百万のことでしょう。翻って釈迦本仏を信じる人々は幾ばくぞや、まさに井の中の蛙が大海を見ざるという印象しか受けません。
なお、無徳さんは絶待妙の意味を取り違えていませんか。ちゃんと原文から読んでいるのでしょうか。絶待妙は妙を解するものであって、日蓮本仏を論ずるものであるはずはありません。
花野師の言はまるで話になりません。
けれど、無徳さんが「信仰とは自己の心的領域(己心)に、ある絶対なるものを措定(定立)することによって、相対的で有限なる自己を反省するためもものとも言えるのでは
ないかとは思います」と言われる点には、やや賛同します。しかし、結論は違います。この定立するものを聖人は久遠五百塵点成道本門教主釈尊と本尊を取り定められたのでしょう。
> 「真理」というような概念が妥当することに否定的でしたよね、真理を真如と捉え返す事が出来得れば許容範囲でしょうか?
いえ、許容範囲外です。第一、真理と真如はまったく発生も意味も違うでしょう。
現代語の絶対も仏教の絶対と違っているはずです。なにか、67の記述はは西洋思弁と仏教が混濁として区別されていないと感じるものです。
まあ、これ以上、続けても時間の無駄です。今回はこれくらいで終わりにしましょう。
72
:
モモ
:2002/06/06(木) 22:40
独歩さん、レス拝見しました。
>> 「御内拝の実感とはカルトの心理技術だ」
>これはまったく違います。個人的リアリティと事実は別であると言いたいのです。
>どんなに感動・感激を与えるものであっても、その個人的な心理は、事実を説明することにはならないということです。
>
>残念ながら、人間は偽物であっても、虚構であっても感動を得るものです。そのもっとも顕著な例が小説であり、テレビであり、映画でしょう。
>
>板曼荼羅、あるいは日蓮本仏論の真偽を論ずるのに個人的リアリティは尺度にならないと言う意味です。
私も「日蓮本仏論はマインドコントロールを受けているのである。」という独歩さんの立場も
よくよく考えるべきであると思います。しかし「日蓮本仏論を捨てよ」と言われるとやはり
抵抗を感じます。かつては大石寺に参詣されていたのですから独歩さんは「御内拝の実感」
については主観的にはどう思われますか。
>> 私は宗教と科学は次元が違うので同列に扱うことはできず、宗教を科学で証明することはできないと考えます。
>これも私の言葉を取り違えています。
>私がここで科学というのは事実認定の方法を言っているわけです。
>板曼荼羅が本物であるというのであれば、科学的に計測してみればわかると言った類の話です。
>また、祖書学、教学史と言った仏教学も科学ですから、そこに個人的リアリティのような感情論は持ち込まず、厳正な事実の積み重ねで解を求めていくべきであると言っているのです。
>失礼ながら、池田さんの『科学と宗教』『宇宙と生命を語る』に記された内容と大同小異です。仏教はこのような考えとは無縁のものであると私は考えています。
「科学と宗教」「宇宙と生命を語る」は個人的に深い興味を持ちました。なかなか面白い本だと
思います。
(つづく)
73
:
犀角独歩
:2002/06/07(金) 07:11
モモさん:
> 「御内拝の実感」については主観的にはどう思われますか。
すばらしく、そして、感動的です。罪障消滅したという実感がありました。たぶん、自分が参列した宗教典礼のなかで、あれほど、胸に迫るものは他に類例がないでしょう。しかし、感動を与えてくれたものが真であり、正であるというのは短絡です。
感動が教義の是非を定めるものではないはずです。罪障消滅をしに登山をする、しかし、本当に罪障消滅をしているのでしょうか。功徳を積んでいるのでしょうか。そういう実感で“その気になっている”だけではないのかと反省したみたわけです。
広宣流布を祈る、世界平和を祈る、他の人のことを祈る…、しかし、祈るだけです。祈るだけで「世界平和を考え、貢献している」と本気で考えている烏合の集団に成り下がっているのが、今の石山とその周辺グループでしょう。
祈るだけで何ら動かない、富士門信徒は自己陶酔で自己満足しているのに過ぎないと私には映じます。そして、それが過去の自分の姿であったわけです。
聖人は『八風抄』に
賢人は八風と申して八のかぜにをかされぬを賢人と申すなり。利・衰・毀・誉・称・譏・苦・楽なり。をを心は利あるによろこばず、をとろうるになげかず等の事なり。
もちろん、私は賢人ではありませんが、八風の喜怒哀楽に心を揺るがさないように努めることが聖人の教えであると考えています。
モモさんが日蓮本仏、板曼荼羅信仰を容易に捨てられない気持ちは、私にも充分にわかります。しかし、私は、こう考え直してみたのです。
「もし、日蓮本仏論が聖人の教えでなかったとしたら、私は聖人の名の下に聖人に背いているのだ。
もし、聖人の教えが久遠成道の釈尊を本尊とするものであるとすれば、私は聖人の教えに背いているのだ」
そのときに私の脳裏をかすめた御書の一節が
日蓮を用ひぬるともあしくうやま(敬)はヾ国亡ぶべし
でした。
日蓮本仏論は信の領域ではありません。教理の一面です。ですから、その教理の発生が聖人に由来するのであれば、それを採るもよいでしょう。しかし、聖人に由来しないものであるとすれば、それを採るべきではないというのが私の主張です。
残念ながら、明らかに日蓮本仏論は有師に確立され、寛師によって荘厳された後天的な虚構の教理です。それはまじめに資料を読み込んでいけば、容易に理解できることです。
しかし、この容易さを困難にしているのは「疑うことは謗法だ、疑うと地獄に堕ちる」という刷り込まれた恐怖心です。ですから、日蓮本仏論、もっと言えば、自分が所属している団体、指導者を疑おうとするとき、途端にスイッチがオフになるように心理的に制御されている自分自身に先ず気がつかなければ、前に進むことは出来ません。この制御する心理プラグラムを『マインド・コントロールの恐怖』を記したスティーヴン・ハッサン氏は“思考停止の技術”と呼んでいます。
さらに、こうも記しています。
「恐怖症も人々の選択の自由を奪う。メンバーは、グループの安全圏を離れると自分は破滅してしまうのだと本気で信じる。自分が霊的、知的、情緒的に成長する道はほかにないと考える。このマインド・コントロールの手法によって、彼らは事実上奴隷にされてしまっているのである」
「マインドコントロールは、露骨な物理的虐待は、ほとんど、あるいはまったくともなわない。そのかわり催眠作用が、グループ・ダイナミックス(集団力学)と結合して、強力な植え込み効果をつくりだす。本人は、直接おどされるのではないが、だまされ、操作されて、決められたとおりに選択をしてしまう」
特に「決められたとおりに選択をしてしまう」のに、自分で選択したと思い込もうとしている姿を、実は私はモモさんにも見るわけです。
自分が強盛な信心と思っているものの実態が何であるのか、自己弁明、自己陶酔を越えて、その正体を凝視する勇気を持つことが大切であろうかと思います。
74
:
モモ
:2002/06/07(金) 07:58
(つづき)
>> 日蓮聖人が上行菩薩である文証として次のように挙げられると思います。
>さんざん、論じてきたところです。お馴染みの資料で、既にコメントも記し
>てきましたが、たぶん、お読みになっていないのでしょうから、整理して記
>します。
>>「此の三大秘法は二千余年の当初(そのかみ)、地涌千界の上首として、
>>日蓮慥かに教主大覚世尊より口決(くけつ)せし相承(そうじょう)なり。
>>今日蓮が所行は霊鷲山(りょうじゅせん)の稟承に介爾(けに)計りの相
>>違なき、色も替はらぬ寿量品の事の三大事なり。」(三大秘法抄)
>真偽未決の代表的な一書ですね。伊藤師がコンピュータ解析で真書と断定し
>たことを鬼の首を取ったように論じられますが、私はこの書は偽書であると思います。
>近年では正信会の山上師が貴重な発言をし、私はその研究姿勢に頭を下げました。
>この書が、どうしても真筆といえるのでしょうか。
たとえ真偽未決であってもありがたいから挙げた次第です。内容的にはありが
たいでしょう。偽書である証拠はないと思います。逆に偽書である証拠はある
のでしょうか。もし偽書であるなら誰が何のために書いたのでしょうか、とい
うことになると思います。
「偽書である可能性がある」というだけで偽書だと決まったわけではありません。
>> 「後五百歳の時、上行菩薩、世に出現して始めて之を弘宣す」(立正安国会
>>「御本尊集」第十六番・文永十一年十二月・通称「万年救護御本尊」の讃文)
>この点についても、既に詳細に論じてきたつもりです。
>この文中の「上行菩薩」が、どうして聖人を指すと言えるのでしょうか。
これについては川蝉さんの意見として
>「万年救護御本尊」の讃文に
>「後五百歳の時、上行菩薩、世に出現して始めて之を弘宣す」
>とあり、かつ、始めて大曼荼羅を図顕されたのが宗祖ですから、「宗祖は上行
>の御自覚を懐かれていた」と推測出来るのでは。
>讃文について、後人の挿入の疑い有りと指摘している学者も居ないようですし、
>写真を見ても上部の筆跡と同じように、素人目ながら見えます。
との意見をいただいております。だから日蓮聖人は上行菩薩であると断定できると思います。
>> 結要付嘱の意義は釈尊から大聖人に妙法の法体を還している、と大石寺は教えてい
>>ると思います。
>「還している」?、具体的な資料をお示しください。
私が昔、なにかで見た説です。「奉還している」といったような説です。
多分学会版の「教学小事典」で見たような…。多分その説もなにか根拠が
当然あるはずです。手元に資料はありません。
75
:
モモ
:2002/06/07(金) 07:59
>> 私は御本尊は色心不二の法体というイメージを持つ
>初めて聞く説です。一生成仏抄の引用はこの根拠になり得ていません。
>もう少し詳しく説明いただけませんか。
>> 文字即実相、実相即妙法というのですから御本尊の主題の御文字を法体と拝すこと
>>ができると考えられます。
>なぜ、こんなことが言えるのでしょうか。該当の御書は文字通り「文字即実相」「実相
>即妙法」まではわかりますが、なんで、その「文字を法体と拝する」と考えられるので
>しょうか。論理が飛躍しています。
所詮文字と云ふ事は、何なるものと心得此(か)くの如く立てられ候や。文字は是(これ)
一切衆生の心法の顕はれたる質(すがた)なり。されば人のかける物を以て其の人の心根
を知って相(そう)する事あり。凡そ心と色法とは不二の法にて有る間、かきたる物を以
て其の人の貧福をも相するなり。然れば文字は是一切衆生の色心不二の質なり。汝若し文
字を立てざれば汝が色心をも立つべからず。(諸宗問答抄)
「諸宗問答抄」は西山本門寺に写本があります。内容的には偽書とはされるのでしょうか。
「文字とは色心不二」であり、また摩訶止観の口決に「草にも木にも成る仏なり」とあり
ます。御本尊の御文字が色心不二の仏の悟り、即ち法体と成り得るわけです。「魂を墨に
染め流した」とは言え、墨に魂があるのではなく、御文字に魂があるのでしょう。だから
「御文字の墨を削って云々」といった疑難が出てきたのでしょう。
>また、一生成仏抄は真跡を存しません。真筆のように扱われる根拠は何でしょうか。
御指摘の通り、真筆はありません。そういう意味では確かに信憑性は薄いといえます。
>さらに、もう一点、一生成仏抄は建長7年34歳の御作であるとされる書です。聖人が曼
>荼羅を図示されるようになるのは文永9年以降51歳の御時からです。実に17年もあとの
>ことです。17年前の書が、何故、曼荼羅の説明になっているというわけでしょうか。
文字の重要性を示した御書なので挙げた次第です。
76
:
モモ
:2002/06/07(金) 08:03
あと曼荼羅の説明ありがとうございました。
>> 唯受一人の相伝がなければ誰が御本尊を書写するのでしょう。相伝を認めないという
>>ことであればだれでも御本尊を顕わしていいのでしょうか。
>唯授一人の血脈などということは上古にその確証を見いだせないもので、私はまるで信用
>しておりません。
>第一、唯授一人でなければ御本尊を書写していけないとはいかなる証拠を以て言われるの
>でしょうか。石山の中古ですら、有師は『化儀抄』に
>一、漫荼羅は末寺に於て弟子檀那を持つ人は之を書くべし
>と記しております。
このあと「判形はなすべからず」、とあります。だから逆にいえば大石寺の法主にこそ御本
尊書写の権能があるとするのが大石寺の説明ですね。
>>「御内拝の実感」については主観的にはどう思われますか。
>すばらしく、そして、感動的です。罪障消滅したという実感がありました。たぶん、自分
>が参列した宗教典礼のなかで、あれほど、胸に迫るものは他に類例がないでしょう。
そうですよね、私もそう思います。
>しかし、感動を与えてくれたものが真であり、正であるというのは短絡です。
>「恐怖症も人々の選択の自由を奪う。メンバーは、グループの安全圏を離れると自分は破
>滅してしまうのだと本気で信じる。自分が霊的、知的、情緒的に成長する道はほかにない
>と考える。このマインド・コントロールの手法によって、彼らは事実上奴隷にされてしま
>っているのである」
>「マインドコントロールは、露骨な物理的虐待は、ほとんど、あるいはまったくともなわ
>ない。そのかわり催眠作用が、グループ・ダイナミックス(集団力学)と結合して、強力
>な植え込み効果をつくりだす。本人は、直接おどされるのではないが、だまされ、操作さ
>れて、決められたとおりに選択をしてしまう」
>特に「決められたとおりに選択をしてしまう」のに、自分で選択したと思い込もうとして
>いる姿を、実は私はモモさんにも見るわけです。
>自分が強盛な信心と思っているものの実態が何であるのか、自己弁明、自己陶酔を越えて、
>その正体を凝視する勇気を持つことが大切であろうかと思います。
なかなか厳しいご指摘です。と思えるのも少しはマインドコントロールが解け始めているの
かもしれません。私は独歩さんの意見と私の主観による正宗の三宝義が止揚されればいいと
思うのですが。
77
:
モモ
:2002/06/07(金) 08:04
あと真筆が大石寺にあるのですが諌暁八幡抄に次のような記述があります。
「天竺国をば月氏国と申す、仏の出現し給ふべき名なり。扶桑国をば日本国と申す、あに聖
人出で給はざらむ。月は西より東に向へり、月氏の仏法、東へ流るべき相なり。日は東より
出づ、日本の仏法、月氏へかへるべき瑞相なり。月は光あきらかならず、在世は但八年なり。
日は光明月に勝れり、五五百歳の長き闇を照らすべき瑞相なり。」
ここでは日本には必ず聖人が出現する。釈尊が月なら日本の仏法は太陽である、日本の聖人
の仏法は五五百歳の長きにわたって効力がある、と明らかに釈尊の仏法より日本に出現する
であろう聖人の仏法の大事を強く主張しているように思えるのですが。ここでいう聖人とは
どう解釈すべきでしょうか。日蓮大聖人が御自身のことを指して「聖人」と仰せなのでしょ
うか。それとも違うのでしょうか。
大石寺では当然、聖人とは日蓮大聖人のことであり、釈尊より日蓮大聖人が本仏であること
の拠り所のひとつと考えていると思います。「聖人」がそのまま本仏としないとしても、少
なくとも釈尊の仏法より日本の聖人の仏法の方が優れている、ということが読み取れます。
78
:
いちりん
:2002/06/07(金) 09:30
富士門流の人は、自分たちに都合のよい遺文しか読まされていないので、あたかも日興さんが、正当な唯一の継承者と思いこまされています。
しかし、以前にも、書きましたが、日朗譲り状というのがあります。下に引用しました。
これは、「釈尊一代の深理も亦日蓮一期の功徳も残る所無く、悉く日朗に付属する所なり」と書かれています。
「悉く日朗に付属」とあるのです。「ことごとく、日朗に譲る」というのです。
しかも、真筆は、都本圀寺にあるとされています。
わたしは、もちろん偽書と思いますが、日朗門下にしてみたら、これは真筆である。偽書というのなら、その証拠を示せ。というかもしれません。(まあ、彼らは、そんなことはいいませんが。)
人間というものは、自分たちの都合のよいものだけを取り上げて、都合の悪いものは無視してしまう。日蓮さんの真筆であっても、何編かは、無視して御遺文には収録していませんね。
そして、偽書や真偽未決であっても、あたかも真筆のように、堂々と採用しています。
日蓮宗の「昭和定本」などは、日興さんへの譲り状と日朗さんの譲り状は、並べて収録されています。だから、ははーん。これは、どっちかがニセモノか、どちらもニセモノということが、素人でもわかります。
富士門流の御遺文集には、日興さんの譲り状しか収録されていない。日朗さんにも、譲り状があるなどとは、思いもよらない。
信徒は、御遺文集にあるものは、みんな真筆と思いこんでいますから、もう「思いこんでしまう」わけだから、それが何年も何十年もたち、そして多くの人がみんなそのように思いこむから、かなり始末に悪いです。
だから、わたしたちは論じるときには、やはり真筆であるとされるものをもとにして、論じないとワケがわからなくなりますね。
79
:
いちりん
:2002/06/07(金) 09:30
「日朗御譲状」弘安五年十月。六十一歳作。真蹟在京都本圀寺
譲り与ふる
南無妙法蓮華経
末法相応一閻浮提第一の立像釈迦仏一体
立正安国論一巻 御免状
右、妙法流布一切利益の為に、法華経中の一切の功徳に於ては、大国阿闍梨に与ふる所なり。尽末来際に至るまで、仏法の為に身命を捨てゝ、一心に妙法を弘通すべき者なり。
夫れ迹、本広しと雖も妙法の五字を出でず。昔の迹は今の本なり。広、略、要の中に、要が中の要を取りて一閻浮提に弘通せしむべし。肝心の要を撰ぶと雖も豈に広略を捨てんや。迹門実相の説は是れ久成の本なり。寿量の遠本は迹に依りて顕るゝなり。今此迹本二門は共に皆迹仏の説なり。迹に本無くんば本を顕すことを得じ。本に迹無くんば何に依りて迹を垂ん。本迹殊なりと雖も不思議一なり。是れ此経一部の正意なり。亦是れ如来第一の実説なり。
釈尊一代の深理も亦日蓮一期の功徳も残る所無く、悉く日朗に付属する所なり。寿量品に云く「我本立誓願(乃至)皆令入仏道。毎自作是念(乃至)速成就仏身」。
弘安五年十月三日 日蓮花押
80
:
犀角独歩
:2002/06/08(土) 10:54
モモさん:
ここのところ、ちょっと忙しくまとまった書き込みが出来ないのですが、74から77について問題点を指摘しておきます。
(1)文字が色心不二の質である文を引いても曼荼羅が「法体」である説明にはならない
(2)聖人が上行菩薩であると「断定」はできない
(3)日蓮が上行菩薩であることは日蓮本仏の説明にはならない
(4)摩訶止観の口決に「草にも木にも成る仏なり」これはたぶんこれは真偽未決、あるいは偽書と目される『草木成仏口決』の孫引き。このような引用は不誠実(孫引きでなければそのかぎりではありません)引用の「草にも木にも成る仏なり」は止観口決のいずこからの出所であるか示すべき
(5)『諌暁八幡抄』の聖人が日本から出る聖人が「本仏」ということにならない。
81
:
犀角独歩
:2002/06/08(土) 11:08
【80の訂正】
誤)(5)『諌暁八幡抄』の聖人が日本から出る聖人が「本仏」ということにならない。
正)(5)『諌暁八幡抄』の日本から出る聖人が「本仏」ということにならない。
82
:
川蝉
:2002/06/08(土) 11:46
77 : モモ さんへ。
モモ さん、独歩さん横から失礼します。
>諌暁八幡抄に次のような記述があります。・・・聖人とは日蓮大
>聖人のことであり、・・・
>少なくとも釈尊の仏法より日本の聖人の仏法の方が優れている、
>ということが読み取れます。(略掲)
「聖人とは日蓮大聖人のことであり、・・・」
その通りですね、時は末法、天竺より東北の辺土に生まれ、法華経を身験色読した人は日蓮聖人以外にいないので、「日蓮大聖人のこと」と云う事になりますね。ただし、仏使としての聖人ですね。
日蓮聖人の法門と法華経の法門と別の物であると云うように思いこんで「諌暁八幡抄」のこの文を読むと、日蓮本仏論とか釈尊より日蓮聖人の方が偉大な聖人であると主張する根拠になるように見える文ですね。
「諌暁八幡抄」に、
「今日蓮は去る建長五年癸丑四月二十八日より、今弘安三年太歳庚辰十二月にいたるまで二十八年が間又他佗事なし。只妙法蓮華経の七字五字を、日本国の一切衆生のロに入んとはげむ計りなり」
(学会版・585頁)
と有りますね。日蓮聖人が弘通されたその「妙法蓮華経の七字五字」は釈尊が説かれ、上行菩薩に弘めるようにと命じられものです。
日蓮聖人は法華経にに説き留められていた妙法五字を読みとり把握され、弘通されたのですから、釈迦仏法の肝心を弘通しているのだと云う認識を持って居られた筈です。
ですから、釈尊の教えより勝れた所の新しい教えを説き始めたのが自分であるなどと云う意識は微塵も無かったはずです。
「兄弟抄」に
「夫法華経と申は八万法蔵の肝心、十二部経の骨髄也。」(学会版1079頁・真)
とあるように
一代佛教の骨髄が法華経ですね。法華経の肝心・骨髄が妙法五字ですね。一代佛教とは釈迦仏法ですね。故に、妙法五字は釈迦仏法の肝心・骨髄であることがわかりますね。
「法華経を諸仏出世の一大事と説かせ給ひ候は、此の三大秘法を含みたる経にて渡らせ給へばなり。」(三大秘法抄・1023頁)
「此法門は妙経所詮の理にして釈迦如来の御本懐、地涌の大士に付属せる末法に弘通せん経の肝心なり。」(当体義抄送状・519頁)
「仏の滅後に迦葉、阿難、馬鳴、龍樹、無著、天親、乃至天台、伝教のいまだ弘通しましまさぬ最大の深密の正法、経文の面に現前なり。」(撰時抄・272頁)
「迦葉、阿難等、龍樹、天親等、天台、伝教等の諸大聖人知りて、而も未だ弘宣せざる所の肝要の秘法は法華経の文赫赫たり。論釈等に載せざること明明たり。生知は自知るべし。」(曽谷入道等許御書・1037頁)
等の文によれば、日蓮聖人の弘通された三大秘法は法華経二十八品の経典に説き留められていた法門であると云う事ですね。
もちろん、内相承的に云えば、日蓮聖人は本地上行菩薩としては、法華経二十八品の経本がなくとも本門の肝心南無妙法蓮華経を知っておられたと信仰的には考えられます。しかし現実的には、法華経二十八品の経本を通さなかったら(根拠にしなければ)末法の良薬たる妙法五字が説き留められていた事を知る事は出来なかったし、妙法五字が末法の良薬であることも立証出来なかったのです。
ですから、光明勝れた日に喩えられている日本の仏法とは、日本において、日蓮聖人にして始めて、法華経を通して読みとり把握し得た所の、釈迦仏法の精髄・肝心であり、法華経に釈尊が説いて置いた法門と云う事になります。
「諌暁八幡抄」の文には、「釈迦仏法より日蓮仏法の方が勝れている。釈迦仏法は末法に役立たない。末法相応の新仏法の教主日蓮聖人こそ本仏だ」などと云う意などまったく含まれていないと、私は解釈しています。
83
:
一字三礼
:2002/06/08(土) 21:51
横レス、失礼します。
川蝉さん
不躾ですが、少々御教示いただきたいのですが。
私も「××仏法」もしくは「誰々の仏法」と言うような釈尊以外の仏法はありえないと考えています。
では「諫暁八幡抄」の“月は光あきらかならず”の月は何を指すのでしょう。また、“日は光明月に勝れり”の日とは何を指すのでしょうか。
私にも本仏義はともかくとして、やはりこの月と日の比喩は、法門の優劣を聖人が論じておられるように受け取れるのですが。
84
:
モモ
:2002/06/09(日) 06:00
あともうひとつ、日寛上人こそが人法一箇の御本仏である、ということは
考えられないでしょうか。大笑いする人もいるでしょう。「日寛本仏論」
です。日寛上人は本当は御本仏であったが、日蓮聖人の弟子という立場上
日蓮聖人を御本仏と拝し、御自身はその血脈を受けたことにした、とする
考えです。これなら今の大石寺の教学とも整合性がつくわけです。御戒壇
様も「日寛大聖人」が大石寺に伝わっていた御本尊を人法一箇の法体とし、
根源の大御本尊とした、と考えます。すると時代の流れは「釈迦本仏」、
「天台本仏」、「日蓮本仏」、「日寛本仏」となります。いかがでしょうか。
あくまでひとつの仮説です。
85
:
犀角独歩
:2002/06/09(日) 08:03
『諌暁八幡抄』について、私も、川蝉さんが仰るところが、字句どおりであろうと思います。
ここで“仏”と聖“人”という字句の使い分けに、特に意味があるのであろうと思うわけです。聖人が本仏を指す意味は元よりあるわけはありません。いや、むしろ、末法出現を本仏などという仏としてしまえば、法華経の説相と相違してしまいます。聖人とは“人”であるという点が法華経の説相を敷衍している点を読み落としてはいけないと私は思います。すなわち、
日月の光明の 能く諸の幽冥を除くが如く
斯の“人”世間に行じて 能く衆生の闇を滅し
無量の菩薩をして 畢竟して一乗に住せしめん
是の故に智あらん者 此の功徳の利を聞いて
我が滅度の後に於て 斯の経を受持すべし
是の人仏道に於て 決定して疑あることなけん
という先にも引いた一節です。法華経に由れば、滅後弘教は地涌菩薩に付属され、神力品に上記のようにあるわけです。つまり、末法に出現するというのは仏ではなく、人であるわけでしょう。この点で、まさに『諌暁八幡抄』の記述は法華経と一致しています。
あと、一字三礼さんが指摘された日月の譬も、「日月の光明の 能く諸の幽冥を除く」という一節を含むわけでしょう。
果たして、聖人は、日(日本・南無妙法蓮華経)、月(月支・法華経)の対比で喩えられたのか否か、またご自身が唱え始めた南無妙法蓮華経を、法華教典より上に置いたのかどうか、慎重に考えるべきところです。
ただ、法華経の説相を俯瞰するとき、大きなテーマは弟子に対する記別、そして、滅後弘教付属であることはわかります。言ってみれば、釈尊50年の集大成として、もっと言えば三千塵点已来の集大成として、弟子に記別を与えることで成仏の始終の総まとめをする意味合いを法華経はもっているわけです。しかし、その後、末の世は濁劫悪世である、その時に初発心の弟子である地涌菩薩を召し使い弘教をさせる。この人は世の光明となって、人々の闇を消し去ってくれる。すなわち、滅後は仏ではなく、人(菩薩)によって人々は救われていくという意味を法華経は提示しているのであろうと私は思うわけです。
ここで聖人は日月の、日を日本・日蓮という大自覚に立たれ、月を月支・釈尊と解釈されて、ここに日本国の済度は仏の使い(の使い)人・菩薩として、末法万年という、釈尊・法華説法8年より遙かに長い時間の闇を照らすと宣言したのではないでしょうか。しかし、これは法門の優劣を言うものではなく、衆生闇を晴らす時間的長さの差異を、光明の差異を論じられたものであると思うわけです。
しかし、仏について、寿量品に
而も実には滅度せず 常に此に住して法を説く
我常に此に住すれども 諸の神通力を以て
顛倒の衆生をして 近しと雖も而も見ざらしむ
といい、いま、この瞬間にもここに在し、永遠の法を説き続けていらっしゃる。その仏を拝して、弘教するのが地涌菩薩である点も見落としてはならないはずです。
86
:
犀角独歩
:2002/06/09(日) 08:40
寛師本仏論…、いわば派祖本仏論はたしかに石山にあった考えでしょう。
この点を修行海秀師は『初期の興門教学に於ける本尊意識の展開』において
宗祖本仏論の思想はやがて宗祖脱仏論へと展開し得る可能性があったのである。即ち弁阿闍梨の筆録したる「日有御談」には
「上行菩薩の後身日蓮大師は九界の頂上たる本果の仏界と顕れ、無辺行菩薩の再誕日興は本困妙の九界と顕れ畢りぬ」
といって、暗に宗祖脱仏、派祖本仏の思想を洩らしている。なお日要述日我記の「顕仏未来記聞書」によれば、日要上人当時、大石寺には「大聖冥益・当住顕益」の思想があったものゝようである。
と記しています。
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/kaishu_003.html
87
:
川蝉
:2002/06/09(日) 10:25
83 : 一字三礼 さんへ。
一字三礼さん今日は。真摯な横レス大歓迎です。
大石寺系統に属する方に
>私も「××仏法」もしくは「誰々の仏法」と言うような釈尊以外
>の仏法はありえないと考えています。
という意見の人が居られること嬉しく思います。
>やはりこの月と日の比喩は、法門の優劣を聖人が論じておられる
>ように受け取れるのですが。
端的に言えば、私もそのように受け取っています。
大まかに云えば、「月」に喩えられる法門は、迦葉、阿難、龍樹、世親、天台、伝教等が、読みとり把握し弘通した法門を指していると解釈しています。
「日」に喩えられている法門は、宗祖が読みとり把握し弘宣された本門立脚の法門を指すと解釈しています。
信仰的に云えば、仏の付属に随って、正像末に仏使が出現し、そのと時々に応じた法門を経の中かに読みとり把握して、弘通すると云う事になっていますね。
「高橋入道殿御返事」に
「我が滅後の一切衆生は皆我子也。いづれも平等に不便にをもうなり。しかれども医師の習ひ、病に随て薬をさづくる事なれば、我滅後五百年が間は迦葉、阿難等に小乗経の薬をもて一切衆生にあたへよ。次の五百年が間は、文殊師利菩薩、弥勒菩薩、龍樹菩薩、天親菩薩に、華厳経、大日経、般若経等の薬を一切衆生にさづけよ。我滅後一千年すぎて像法の時には薬王菩薩、観世音菩薩、法華経の題目を除いて余の法門の薬を一切衆生にさづけよ。末法に入なば迦葉、阿難等、文殊、弥勒菩薩等、薬王、観音等のゆづられしところの小乗経、大乗経、並に法華経は文字はありとも衆生の病の薬とはなるべからず。所謂病は重し薬はあさし。其時上行菩薩出現して、妙法蓮華経の五字を一閻浮提の一切衆生にさづくべし。」(1458頁)
と、ある通りです。
日に喩えられる所の、日蓮聖人に付属された法華経の法門いわゆる末法相応の妙法五字は末法の衆生の為の特効薬であるが、月に喩えられる所の「迦葉、阿難等、文殊、弥勒菩薩(伝大士)等に付属された小乗経、大乗経に基づいた法門」や、「薬王(天台)観音(南岳恵思)等に付属された法華経の法門」は、その薬効に限りがあると断定されている文ですね。
宗祖の法門は法華経に説かれている法門です。ですから宗祖には、「法華経そのものも末法には薬には成らない」などと、法華経そのものを軽視する思想や、法華経そのものと御自分の弘通している法門との優劣観などは、あり得ないはずです。
ついでに云いますと、
この「高橋入道殿御返事」によれば、仏滅後の弘教は釈尊の差配によると云うわけです。ですから日蓮聖人の妙法五字の弘教も、釈尊の衆生救済活動の一環であり、いわゆる釈尊の未来益物という事ですね。
88
:
犀角独歩
:2002/06/09(日) 16:21
川蝉さん:
恐ろしく緩慢なレスですが、60に
> 「万年救護御本尊」の讃文に
「後五百歳の時、上行菩薩、世に出現して始めて之を弘宣す」
とあり、かつ、始めて大曼荼羅を図顕されたのが宗祖ですから、「宗祖は上行の御自覚を懐かれていた」と推測出来るのでは。
讃文について、後人の挿入の疑い有りと指摘している学者も居ないようですし、写真を見ても上部の筆跡と同じように、素人目ながら見えます。
ということでしたが、まず第一に、以前にも申し上げたと思いますが、「指摘している学者がいない」というのは、まず私にとって、何の判断基準にもなりません(笑)
何度か記してきたのですが、私はこの読みについては大いに疑問があります。
川蝉さんの読み方は寛師と一緒と思えます。
「始」というは、正には正像未弘に対し、傍には一閻浮提を簡ぶ。上下の文に准じて能くこれを見るべし。故に本尊問答抄に云く「此の御本尊は世尊説きおかせ給いて後二千二百三十余年が間・一閻浮提の内にいまだひろめたる人候はず乃至当時こそひろまらせ給うべき時にあたりて候ヘ」と云云。
救護本尊の端書に云く「大覚世尊御入滅の後、二千余年を経歴し、爾りと雖も月・漢・日三箇国の間未だ此の大本尊有さず。或は知って之を弘めず、或は之を知らず。我が慈父仏智を以て之を隠し留め、末法の為に之を残す。
後五百歳の時、上行菩薩世に出現し始めて之を弘宣す」と云云。故に知んぬ、当抄の題号は「如来滅後後五百歳に上行菩薩始む観心の本尊抄」なることを。
(余談ですが、石山僧俗は本尊抄の題号を以上のように読むことが相伝のごとく言うのですが、有師聞書には「後五百歳に始たる観心本尊」とあることから、この読み方は寛師の創作は、あるいは後代の成立と思われます)
日蓮上行論というのは五老方と袂を分かつ興門独自のものであるというのが、私の認識なのですが、上古の五老方に聖人を上行菩薩と見る気風は既にあったのでしょうか。
次に日蓮上行論というフィルターを、いったん外して当該の文章を読むとき、私は上行菩薩が聖人本人を指すと“断定”しているとはどうしても思えません。その根拠は、万年救護本尊と言われるこの曼陀羅が図示が本尊抄の翌年であるからです。少なくとも本尊抄に聖人がご自身を上行菩薩と断定している様子は窺えません。
もちろん本尊抄に
上行・無辺行・浄行・安立(あんりゅう)行等は我等が己心の菩薩なり。
と記されるわけで、聖人の己心であるから、すなわち聖人は上行という石山的な発想をもって読むことは可能でしょうが、しかし、続く文が
妙楽大師云はく
「当(まさ)に知るべし身土は一念の三千なり。故に成道の時、此の本理に称(かな)ひて一身一念法界に遍(あまね)し」等云云。
であれば、これは一念三千の根拠として菩薩界を述べるとするのが自然なことになります。つまり、ご自身上行の宣言とはならないわけです。
図示の同年、文永11年には法華取要抄が記され、そこに
日蓮は広略を捨てヽ肝要を好む、所謂上行菩薩所伝(しょでん)の妙法蓮華経の五字なり
とあります。しかし、この文とて聖人の上行宣言とは読めません。日蓮は広義・略義を捨てて肝要を好む、いわゆる上行菩薩が伝えるところの妙法蓮華経の五字を取る。ここで聖人と上行は=でつながれているとは読めないわけです。
89
:
犀角独歩
:2002/06/09(日) 16:22
―88からつづく
この時代背景の中で記された
大覚世尊御入滅後
経歴二千二百
二十余年
雖爾月漢
日三ヶ国之
間未有之
大本尊
或知不弘之
或不知之
我慈父
以仏智
隠留之
為末代残之
後五百歳之時
上行菩薩出現於
世
始弘宣之
の「後五百歳之時上行菩薩出現於世始弘宣之」は、まさに本尊抄、取要抄の記述と一致すると見るのが自然です。興師・古写本を遺す『頼朝陳状』は健治3年、すなわち3年後のものということになります。聖人に思想的進捗あっても否定の対象とはなりませんが、しかし、文永10、11年の聖人のお考えは少なくともご自身を上行とはされているとは言い難いと思うわけです。
この読みを川蝉さんは「後五百歳の時、上行菩薩、世に出現して始めて之を弘宣す」、つまり、上行菩薩である日蓮が世に出現して始めて之を弘宣したとするのでしょうが、以上のような思想背景からすれば、「上行菩薩が弘宣するであろう」と読まなければならないと思うわけです。
けれど、大本尊である万年救護本尊を実際に図示したところに記したのであるから、記したのが聖人である以上、上行菩薩は聖人であるという連想が基礎になっているのでしょう。
しかし、本尊抄に言う本尊とは
事行(じぎょう)の南無妙法蓮華経の五字並びに本門の本尊
という久遠五百塵点成道本門教主釈尊です。さらに前述には
未(いま)だ寿量の仏有(ましま)さず。末法に来入して始めて此の仏像出現せしむべきか
として仏像をもって出現することを示しているわけです。すなわち図示の曼陀羅図では仏像に契当しようもありません。
以上のことから、万年救護本尊の文が日蓮上行の証拠とすることには疑問を懐くわけです。
現行の日蓮教学は聖人を上行菩薩とすることが半ば常識化しているわけですが、そんな常識は私には無縁です。故にその常識の上にある宗派意識を拭えない学者先生の意見は参考にしません。真跡から決定できる事実を重んじたいと思うわけです。
90
:
一字三礼
:2002/06/10(月) 00:30
川蝉さんへ
丁寧な御教示ありがとうございます。
>「月」に喩えられる法門は、迦葉、阿難、龍樹、世親、天台、伝教等が、>読みとり把握し弘通した法門を指していると解釈しています。
>「日」に喩えられる法門は、宗祖が読みとり把握し弘宣した本門立脚の法>門を指すと解釈しています。
月氏の仏法を正像の爾前・迹門を含む正師達弘通の法門、日本の仏法を宗祖の法華本門と言う御理解ですね。
なるほど、「月は光あきらかならず、在世は但八年なり。」の御文からも、爾前・権帯の雑多な法門と共に、法華経が日本に伝えられた、その為、一乗妙法の光もあきらかなものではない、そう読み取れますね。
>大石寺系統に属する方
しばしばこのような御発言をなさいますが、川蝉さん御自身はどの系統に属していらっしゃるのでしょうか。もしも、差し障りが無いのであれば、明かしていただけませんか。
91
:
一字三礼
:2002/06/10(月) 00:33
犀角独歩さん
>滅後は仏ではなく、人(菩薩)によって人々は救われていくという意味を法華経は提示しているのであろうと私は思うわけです。
聖人が題目の依文を「今留在此」にもとめられる事もあるので、末法は基本的には無仏というより、「雖近而不見」の時代なのだと言う事、私もそのように思います。
これは稚拙な愚見ですが、題目のとらえ方によって違った解釈がうまれて来る様に思えます。
南無妙法蓮華経を観心行とすると天台止観との当台相対義が論ぜられ、南妙法蓮華経を“一部の意”とすると法華経の御文に対して文底義が立てられ、南妙法蓮華経の如来とすると、久遠元初の仏が生まれる、といった感じです。
92
:
犀角独歩
:2002/06/10(月) 08:06
一字三礼さん:
> 末法は基本的には無仏というより、「雖近而不見」の時代
そうであると思います。
仏を見るか否かは各人の徳に係る問題であるというのが寿量品の意義であると思います。ところが仏は薄徳の人には見えない、故に仏像に刻み、その尊崇を促すことが必要である、必要であるけれど、それを為すのは地涌菩薩の使命であるというのが本尊抄の意義でしょう。もちろん、仏像を立てるのは教主を闡明にし、此の経を弘めるために他ならないのでしょう。また、聖人は此の経を久遠から見る故に、釈尊在世の様子を記した法華経教典ではなく、主題の五字を採り、それを宣べるために曼荼羅と図示したのであろう思うわけです。
仏が今まさに在す前提で考えるのか、そうでないのか、が一つの分かれ道になっています。仏がいない前提で新しい仏を考えるなどというのは逸脱も甚だしい、もっと言えば薄徳の議論であると思うわけです。
> 題目のとらえ方によって違った解釈がうまれて来る…
これはまさに仰るとおりですね。
私は日蓮と仏教を考えてきて、一つ気が付いたことは論を極まれば極まるほど主客転倒が起きているということです。本覚思想、恵心流口伝には特にこの傾向を見るわけです。
諸解釈というのは時代を経るごとに複雑化し、煩雑となり、そして難解になっていきます。学問的には後代ほど煩瑣な構築を為すようになる。すると恰もあとのもののほうが“上”であるという思いが生じることになるわけです。具体的にいえば、法華経より止観のほうが上であるといった具合です。それがさらに止観より御書のほうが上だとなり、となると、釈尊より天台が上だ、天台より日蓮が上だとなっていくのでしょう。しかし、これはまったく誤った解釈ですね。
日蓮>天台>釈尊、曼陀羅>止観>法華経
この誤った考えにとらえられると、解釈は糸の切れた凧の如くです。どうにでもいうことが出来ることになります。しかし、解釈の根本は法華経です。ですから、法華経の説相に違反する解釈は己義荘厳の虚言として退けなければならないはずです。思い返せば、以上が私の思惟の基礎です。
我本行菩薩道・我実成仏というのに、即座開悟といえば説相の相違するでしょう。
寿量品に常住此説法というのに、新しい仏を立てるなど、途方もない冒涜となるでしょう。
天台は法華経に忠実であり、聖人は法華経・天台に忠実であることは学ぶほどにわかることです。
93
:
いちりん
:2002/06/10(月) 10:03
日蓮さんの考えの中核には、「法華経以外では成仏はできないよ。ひとえに法華経によってこそ、成仏が可能だ」ということがあるかと思います。
「ひとえに法華経による」というのは、シンプルに言えば、「南無妙法蓮華経と唱えること」になるんだと思います。
ただ、わたしはいつも思うのは、「法華経」を読めば読むほどに、「法華経以外では成仏はできない」ということはないと、いうことなんですね。
「法華経」の中核思想は、いわば「開三顕一」(迹門の中核)と「開近顕遠」(本門の中核)といえるかと思います。
で、「開三顕一」です。
これは「三乗を開いて一仏乗を顕す」ということであって、「廃三建一」(三乗を廃して一仏乗を建てる)ではない。
「開三顕一」とは、声聞、縁覚、菩薩の三乗の道を歩めば、それがそのまま一仏乗であるということではないでしょうか。
つまり、三乗よりも別なところに、一仏乗があるのではない、と。わたしは、そうとらえています。
だから、法華経に忠実であればあるほどに、三乗を否定し、「法華経以外では成仏はできない」ということはありえない。そう思うのです。
そして、「開近顕遠」です。
仏は、永遠に法を説き続けている。しばしも、やすむことはない。いま、現在も説法していると。
それが、寿量品で述べているところですよね。
であるのなら、末法であろうがなんであろうが、ダイレクトに仏の説法を聞けるはずである。
末法などといいう時間的な制限によって、仏の力が無くなるなどと言うことは、ありえない。
「常住此説法」とあるのなら、末法もなにも関係がない。
だから、仏の伝えた、三乗の道を歩めば成仏ができる。
そのように、法華経を、わたしはとらえています。
94
:
川蝉
:2002/06/10(月) 11:40
88 : 犀角独歩 さんへ。
「観心本尊抄」の題号の読み方は種々の訓みかたがされていますね。
「如来滅後五五百歳始観心本尊抄」の「始」は
一、「五五百歳の始め」
二、「始めての観心本尊抄」
との両様に読めるとされ、一は「末法の始め」の意味となり、二は「始顕・未曾有」の意味が強くなると考えられています。
で、「両様に取った方がよい」と云うことになっています。
本尊抄「副状」の
「仏滅後二千二百二十余年未だ此の書の心あらず。国難を顧みず、五五百歳を期して之を演説す。」(学会版255頁)
との文意を参考にすると「末法の始め、始めての観心本尊抄」の意と取った方が良いと云う事になりますね。
佐渡始顕以後すでに多くの曼荼羅が図顕されているし、現に「万年救護御本尊」を書いた後ですから、讃文も「上行菩薩が弘宣するであろう」と未然形に読まないで「後五百歳の時、上行菩薩、世に出現して始めて之を弘宣す」と読んで、「末法の始めに始顕した御本尊であり、現に弘宣しつつある」と云う文意に取るのが良いのでは。
宗全第一巻上聖部を見てみましたが、
朗師「本迹見聞」(正本無)に、
「今家聖人は本化上行菩薩の化身なり」(15頁)
日弁師の「円極実義抄下」に
「親り地涌上行菩薩の化導に預り」(87頁)
とあります。
像師の「曼陀羅相伝」(正本)に
「本地は上行菩薩なり」(229頁)
等が有りました。
宗祖御自身の自覚はどうか?と云う問題ですが、
開宗時には、「もしかしたら自分は地涌菩薩の代表かも」と云う思いは懐いていたと思います。
弘通を始めたら必ず法難を受け親にも及ぶであろうから、躊躇したとある事、それに日蓮と名乗られた事は正に本化地涌の働きをしようという覚悟の命名でしょう。
命名を述べている「寂日房御書」(真蹟は無いですが、真偽論はありません)にも、
「斯人行世間の五の文字は上行菩薩末法の始の五百年に出現して、南無妙法蓮華経の五字七字の光明をさしいだし(指出)て無明煩悩の闇をてらすべしと云事也。日蓮は此の上行菩薩の御使として日本国の一切衆生に法華経をうけたもてとすゝめしは是也。」
とあって、「上行菩薩の御使として」とあって、御自身で「上行なり」とは明言されてないですが、義として示しています。
弟子信徒は「末法の始の五百年に出現して、南無妙法蓮華経の五字七字の光明をさしいだし」た人は宗祖以外には居ないので、宗祖を上行菩薩と仰いだことと思います。
開目抄、本尊抄にも明言はないですが、両抄を読んだ弟子信徒は、法難に遭い本門の三大秘法を弘通している人は宗祖以外に居ないので、本地は地涌の代表上行菩薩に違いないと、思っていたと推測します。
佐渡流罪、蒙古来襲予言の実現によって、宗祖の上行自覚は相当に深まっていったであろうと私は推測しています。
「万年救護御本尊」の讃文にも、「日蓮が上行である」と云う言葉はないので、独歩さんの云われる通り、明言でないといえば明言でないですね。しかし、事実上、曼陀羅を図顕し弘宣し始めたのは宗祖以外には居ないのですから、この讃文を読んだ人は、当然、宗祖は上行菩薩に違いないと思ったと思います。(続く)
95
:
川蝉
:2002/06/10(月) 11:41
独歩さんへ。続きです。
>けれど、大本尊である万年救護本尊を実際に図示したところに記
>したのであるから、記したのが聖人である以上、上行菩薩は聖人
>であるという連想が基礎になっているのでしょう。
私の解釈は、仰る通りですね。
>文永11年には法華取要抄が記され、そこに
>日蓮は広略を捨てヽ肝要を好む、所謂上行菩薩所伝(しょでん)
>の妙法蓮華経の五字なり
>とあります。しかし、この文とて聖人の上行宣言とは読めませ
>ん。・・ここで聖人と上行は=でつながれているとは読めない
>わけです。
とのことですが、上行が付属された妙法蓮華経の五字を事実上、弘通しているのは宗祖以外には居ないので、弟子信徒は宗祖の事を上行に違いないと理解したことであろうと推測します。義としては本地は上行であることを示していると受け取れます。
「法華取要抄」の最後に
「是の如く国土乱れて後上行等の聖人出現し、本門の三つの法門之を建立し、一四天四海一同に妙法蓮華経の広宣流布せんこと疑ひ無からん者か。」
とあるので、「本門の三つの法門之を建立し」たのは宗祖以外に居ないので、弟子信徒は、宗祖の事を上行であると理解した事と思います。
明言がないけれど、本地上行であることを教唆・示唆する文がある御書が多々ありま。
その中の二つを挙げます。
「撰時抄」に
「日蓮は日本第一の法華経の行者なる事あえて(敢)疑ひなし。これをもん(以)てすい(推)せよ、漢土、月支にも一閻浮提の内にも肩をならぶる者は有るべからず。」(284頁)
と述べ、すぐ後に、
「答へて云く、上行菩薩の大地より出現し給ひたりしをば、・・寿量品の南無妙法蓮華経の末法に流布せんずるゆへに、此の菩薩召し出されたるとはしらざりしという事なり」
と述べています。
また、「顕仏未来記」(真跡曾存)には
「疑て云く、何を以て之を知る、汝を末法の初めの法華経の行者なりと為すといふことを。答へて云く、・・・予よりの外には一人も之なし。時を論ずれば、末法の初め一定なり。然る間、若し日蓮なくんば仏語虚妄とならん。・・・疑って云く、如来の未来記、汝に相当れり、但し五天竺並に漢土等にも法華経の行者之あるか、如何。、答えて云く、四天下の中に全く二つの日なし。四海の内豈に両主あらんや。(略抄)」(507〜508頁)
この「撰時抄」「顕仏未来記」の文によっても、本地上行の自覚は持たれていたと云わざるを得ないと思います。
末法の始めに於いて、本門の本尊、題目、戒壇を弘通し、勧持品二十行の偈を色読した人は宗祖以外にはいないので、後世の我々は宗祖を本化上行の再誕と仰ぐべきだと思っています。
>本尊抄に言う本尊とは
曼陀羅本尊と一尊四士像とは実質的に同じものと理解していますので、大曼荼羅本尊図顕も本尊図顕と理解しています。
本尊抄に「本尊の為体」として、曼荼羅の形態を説明しているので、曼荼羅も本尊であることは否定できません。
「末法に来入して始めて此の仏像出現せしむべきか」の部分は、公場対論で諸宗帰伏した暁に、中心的になるお堂には一尊四士像を奉安すると云う考えがあったのでは無いかと推測できる文だと理解しています。
曼陀羅が本尊ではないという意味はないと理解しています。
96
:
犀角独歩
:2002/06/10(月) 11:42
> 93
まったく、そのとおりですね。賛同します。
日蓮の祖意を闡明にする、これが私のここでのコンセプトですが、もちろん、法華経、日蓮の全面肯定を目的にするものではありません。事実を知ろうということです。少し祖意を闡明にすることから離れて記します。
法華経の梵本直訳で読めば、開三顕一は、まさに、いちりんさんのいうとおりのことしか、説かれていませんね。
唯有一乗法 無二亦無三 除仏方便説
岩本訳:仏たちが手段として幾つかの乗り物を約束する場合を除いて、乗り物は実に唯ひとつであり、第二の乗り物はなく、第三のものも決してこの世にはない。
また、天台が法華最勝の位置づけをするけれども、もっとも重要な点は“開会”なのであって、他を斥けるどころか包摂していくところにあるわけですね。それまで二乗・悪人・女人は不成仏といっていたところを法華経は成仏の記別をする、さらに釈尊自体の成仏も伽耶始成ではなく、久遠成道であるという法華経を中心に据え、一切の教典に久遠成道と一切衆生未来成仏を教えようとしたのが天台であったと思います。そもそも天台の経説は華厳を基礎にするのであって、当時の華厳教学なくして天台の経説は成り立ちようもないわけです。また三諦論を展開するのに般若経の空なくして何も語れません。衆生世間をいう五蘊説は唯識で、結局、それらを総合して使用していくわけですね。捨て去るどころかすべてを統合しているに過ぎません。
末法ということですが、法華経の全文の中でこの語彙が出てくるのは実は二カ所しかありません。
安楽行品:如来の滅後に末法の中に於て是の経を説かんと欲せば、安楽行に住すべし
分別功徳品:悪世末法の時 能く是の経を持たん者は 則ち為れ已に上の如く諸の供養を具足するなり
これが大集経の五時説で解釈され、法滅=仏滅(仏の教導力の滅)まで意味すると解釈されていくわけですね。しかし、これは完全なドグマでしょう。
梵本で読めば、
安楽な生活:求法者で、如来が入滅した後に、正しい教えの衰微する“最後の五百年の間”に、この経説を弘めようと欲する者は、安楽な生活を送るのである。
福徳の区分:この教典を護持して、“この世の堕落の時世”に人に教える人は、このような数々の供養を、限りなく、余に捧げたことになるのだ。
正しい教えの衰微・堕落の時世であって、仏の消滅ではない点に着目しなければならないと思うわけです。
なお「(最)後の五百年」と言えば薬王菩薩本事品の
我が滅度の後後の五百歳の中、閻浮提に広宣流布
が思い起こされるでしょうが、私はこの文が地涌の弘教と直接はつながらないと考えています。前後を引用すれば
薬王菩薩本事品:宿王華、此の薬王菩薩本事品を以て汝に嘱累す。我が滅度の後後の五百歳の中、閻浮提に広宣流布して、断絶して悪魔・魔民・諸天・龍・夜叉・鳩槃荼等に其の便を得せしむることなかれ。宿王華、汝当に神通の力を以て是の経を守護すべし
バイシャジヤ=ラージャの前世の因縁:ナクシャトラ=ラージャ=サンクスミタ=アビジュニャよ、偉大な志を持つ求法者「サヴァサットヴァ=プリヤダルシャナの前世の因縁」の章が最後の時であり最後の機会である最後の“五十年”が経過している間に、このジャンブ=ドゥヴィーパに行なわれて、消滅しないように、また魔王パープーヤス(波旬)が襲撃の機会を得ず、悪魔の眷属や神や、竜、ヤクシュ、ガンダルヴァ、クンバーンダどもが襲撃の機会を得ないように、余をそれを汝に委ねよう。従って、ナクシャトラ=ラージャ=サンクスミタ=アビジュニャよ、余はこの経説をジャンブ=ドゥヴィーパに恵み贈るのだ。
となっています。驚くべきことに500年ではなく、50年となっているのです。羅什三蔵が訳に当たり、故意に改変し、末法の初めの五百年と整合性をつけたのであろうと想像できるわけです。
ここまでやりだすと際限がなくなりますが(笑)
97
:
犀角独歩
:2002/06/10(月) 13:00
> 94〜95 川蝉さん:
朗門の文書、有り難うございました。やはり、という感じです。大菩薩号勅許の門下、当然あるであろうと思っていました。
お記しいただいたこと、私も日蓮本仏論、日蓮上行論のお家元に40年もおりましたので、お馴染みのところです。
日蓮上行論の見直し、実は日誠さんとしつこくやったところなのです。
私は聖人ご本人は揺らいでいたのであろうと思っています。「私は上行であろうか、いや、そのお使いかも知れない」と言った具合です。ですから、断定できないと申し上げたわけです。
ただ、川蝉さんが仰るように法華経に照らし合わせた状況証拠から聖人以外に上行菩薩は思い当たらないというのは事実でしょう。しかし、それは決定打ではないでしょうね。
仏菩薩であれば宿命通は当然あるわけです。自分の過去がわからない仏菩薩などいるものでしょうか。経典に照らして、自分は上行菩薩かも知れないなどというのは、どうもしっくりこないのです。
聖人の御一代を俯瞰すると、特異な神秘体験とも言うべきことが2、3度あります。
一つは生身の虚空蔵菩薩を感見、そして愛染明王・不動明王との感見です。さらに龍口では三光天子の出現を見るわけでした。
私は聖人は、このような形で四菩薩との感見をどこか期待し、待っていたのではないのかと考えるところはあります。もちろん、これは想像です。
しかしこのように言うと、上行菩薩は末法に出現しなかったとすると、法華経の予言自体が外れたことになるではないかということが言えることになってしまいます。となれば、法華経自体も疑うのかということに発展してしまうわけですね。私は事実を真摯に受け止めようとする立場ですから、この結論も許容範囲にあります。
川蝉さんは、どうでしょうか。到底、受け入れられないということになるでしょうか。
あと、末法の始めということですが、たしか山川師であったか、仏滅年代が500年のズレがあり、実は鎌倉時代は末法に入っていないということから苦悶されたということを読んだことがありました。実際の末法の始めは、むしろ明治時代で、故に二重の末法論を立て、近代を第二の末法とし、故に国立戒壇の気運が高まった…、大雑把ですが、これは山川師ではありませんでしたか?
> 「是の如く国土乱れて後上行等の聖人出現し、本門の三つの法門之を建立し、一四天四海一同に妙法蓮華経の広宣流布せんこと疑ひ無からん者か。」
当然、出してきてくださると思いました。たしかに以上のようにありますね。
他にもあります。
・法華行者値難事,文永11年(1274)1月14日53歳
竜樹・天親は共に千部の論師なり。但権大乗を申(の)べて法華経をば心に存して口に吐きたまはず此に口伝有り。天台・伝教は之を宣(の)べて本門の本尊と四菩薩・戒壇・南無妙法蓮華経の五字と、之を残したまふ。所詮、一には仏授与したまはざるが故に、二には時機未熟の故なり。今既に時来たれり、四菩薩出現したまはんか。日蓮此の事先(ま)づ之を知りぬ。
・法華取要抄,文永11年5月24日53歳
本門の本尊と戒壇と題目の五字となり
・報恩抄,建治2年(1275)7月21日55歳
一つには日本乃至一閻浮提(えんぶだい)一同に本門の教主釈尊を本尊とすべし。所謂(いわゆる)宝塔の内の釈迦・多宝、外(そのほか)の諸仏並びに上行等の四菩薩脇士(きょうじ)となるべし。二つには本門の戒壇。三つには日本乃至漢土月氏一閻浮提に人ごとに有智無知をきらはず一同に他事をすてヽ南無妙法蓮華経と唱ふべし。
真跡中では三大秘法という成句は見えません。
上行等が出現し、三つの法門を建立する。三つですね。
では、日蓮聖人が建立した戒壇とはなんでしょうか。
98
:
犀角独歩
:2002/06/10(月) 13:01
―97からつづく―
次に川蝉さんは曼陀羅と本尊は同義であるというお立場であることがわかりました。
その根拠として万年救護本尊讃文と本尊抄の「本尊の為体」を根拠とされました。
ここで質問させていただきたいのですが、(1)なぜ万年救護本尊に限り、大曼荼羅ではなく、「大本尊」とされるのでしょうか。また、なぜこの一幅に限り「上行菩薩」とされるのでしょうか
(2)本尊と為体とは同じ意味なのでしょうか。
上掲の如く聖人は「本門の教主釈尊を本尊」と記し遺されているのですが川蝉さんは「曼荼羅も本尊である」と言われますが、すると(3)聖人の曼荼羅は教主釈尊なのでしょうか。
三つの法門という場合、本尊と題目と戒壇であるわけですが、換言すれば釈尊と妙法蓮華経と戒壇ということになりませんか。むしろ南無妙法蓮華経と記された曼荼羅は三つの法門中では妙法蓮華経(題目)に啓当するように思えます。
> 「末法に来入して始めて此の仏像出現せしむべきか」の部分は、公場対論で諸宗帰伏した暁に、中心的になるお堂には一尊四士像を奉安すると云う考えがあったのでは無いかと推測できる
この根拠はいったい何なのでしょうか。
種々質問申し上げて恐縮ですが、回答いただければ有り難く存じます。
なお、蛇足ながら、私が三大秘法抄を偽書と思う根拠の一つに本尊抄との不整合があります。それは本尊抄に
一念三千を識らざる者には仏大慈悲を起こし、五字の内に此の珠(たま)を裹(つつ)み、末代幼稚の頚(くび)に懸(か)けさしめたまふ。
とあるのに三大秘法抄では
法華経を諸仏出世の一大事と説かせ給ひて候は、此の三大秘法を含めたる経にて渡らせ給へばなり
となっています。三大秘法抄以外では妙法蓮華経(法華経)は一念三千を含むことで一貫していたのに、ここでいきなり三大秘法を含むという飛躍が見られるわけです。
その他、偽書と考える理由は山川師が引くところと一致します。また、三大秘法という成句は義浄房御書、そしてこの三大秘法抄などであって、結局、真跡にその成句が見られないことも疑義を挟む理由の一つです。
99
:
犀角独歩
:2002/06/10(月) 13:06
【98の訂正】
誤)偽書と考える理由は山川師が引くところと一致します
正)偽書と考える理由は山上師が引くところと一致します
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/ssk_sandaihiho_001.html
100
:
川蝉
:2002/06/11(火) 09:29
97 : 犀角独歩 さんへ。
>ただ、川蝉さんが仰るように法華経に照らし合わせた状況証拠か
>ら聖人以外に上行菩薩は思い当たらないというのは事実でしょ
>う。しかし、それは決定打ではないでしょうね。
「開目抄」に
「其義なきは我身法華経の行者にあらざるか。此疑は此書の肝心、一期の大事なれば、所所にこれをかく上、疑を強くして答をかまうべし」(学会版203頁)
とあります。
法華経の行者であるか否かの判断材料を呈し、さあ読む者よ如何に判断するか?と問いかけている述作と云えますね。
決定打と見るか、決定打ではないと認識するか、読む人によるので、強要はできませんね。
>仏菩薩であれば宿命通は当然あるわけです。自分の過去がわから
>ない仏菩薩などいるものでしょうか。経典に照らして、自分は上
>行菩薩かも知れないなどというのは、どうもしっくりこないので
>す。
本地は大菩薩であっても、宿命通などない凡身として応生したとすれば、自分の過去が分からなくても当然では。
私には「経典に照ら」す事こそ、宗祖の経証を重んじる尊いところと思われるのですが。
>川蝉さんは、どうでしょうか。到底、受け入れられないというこ
>とになるでしょうか。
私自身は、法華経を色読した人と見ますが、本地は本化でないと思う人が居ても、その人にはそう思えるのだから仕方ないなと思うだけです。
>これは山川師ではありませんでしたか?
里見岸雄法学博士ではないですか?。
いま手元にないですが「日蓮その人と思想」に、そのように論じているのでは?。
>なぜ万年救護本尊に限り、大曼荼羅ではなく、「大本尊」とされ
>るのでしょうか。また、なぜこの一幅に限り「上行菩薩」とされ
>るのでしょうか
全く分かりません。
「報恩抄送文」(真蹟は無いですが真偽論はありません)
に
「御本尊図して進せ候。」(330頁)
とあり、曼荼羅を本尊と呼称している例がありますね。
>(2)本尊と為体とは同じ意味なのでしょうか。
本尊はこういう形で表現すると意味で「其の本尊の為体本師の娑婆の上に・・」と説明しているのですね。
>(3)聖人の曼荼羅は教主釈尊なのでしょうか。
釈尊の証悟の世界(釈尊の身土)を以て教主釈尊を表現したものと理解しています。
「報恩抄」に
「本門の教主釈尊を本尊とすべし。所謂宝塔の内の釈迦、多宝、(塔)外の諸仏並に上行等の四菩薩脇士となるべし」(328頁)とあります。他の解釈も有りますが、「所謂」と云って大曼荼羅の形態を述べていますので、この文には、大曼荼羅を本尊とする事が即ち「本門の教主釈尊を本尊」とする事になると云う意がありますね。(続く)
101
:
川蝉
:2002/06/11(火) 09:30
犀角独歩さんへ。続きです。
「法だ人だと面倒なことは云うと訳がわからなくなる。虚空会には別に南無妙法蓮華経と記された宝塔が、建って居たわけでなく、釈尊が妙法蓮華経を説き、多宝如来が証明している虚空会の光景を、一幅の大曼荼羅で図顕する時には、必然的に釈尊と多宝如来との中間に、南無妙法蓮華経と書きあらわされることとなる」
と云う顕本法華宗の説明が分かりやすくて良いと思っています。
難しい本尊論は差し置いて、そのように想像しながら曼陀羅本尊を拝すると有り難みを一層感じますね。
>釈尊と妙法蓮華経と戒壇ということになりませんか。むしろ南無
>妙法蓮華経と記された曼荼羅は三つの法門中では妙法蓮華経(題
>目)に啓当するように思えます。
三つの法門中の題目は、本尊に向かって我々が唱える行法としての題目ですね。
曼荼羅は本尊ですから、中央に題目があるからといって、我々が唱える行法としての題目ではないですね。
大まかに云えば、私は、中央の題目を釈尊の大慈悲、釈尊の証悟、教えを表現しているものと拝しています。
>この根拠はいったい何なのでしょうか。
「本尊抄」に
「権大乗並びに涅槃、法華経の迹門等の釈尊は、文殊、普賢等を以て脇士と為す。此等の仏をば正像に造り画けども、未だ寿量の仏ましまさず。末法に来入して、始めて此の仏像出現せしむ可きか」(248頁)
「小乗、権大乗、爾前、迹門の釈尊等の寺塔を建立すれども、本門寿量品の本尊並びに四大菩薩をば、三国の王臣倶に未だ之を崇重せざる由これを申ぶ」(248頁)
「月支、震旦にも未だ此の本尊ましまさず。日本国の上宮、四天王寺を建立せしに、未だ時来らざれば、阿弥陀佗方を以て本尊と為す。聖武天王、東大寺を建立せしも、華厳経の教主なり。」
(254頁)
とあります。
「仏像出現せしむ可きか」
「迹門の釈尊等の寺塔を建立すれども」
とあり、
そして、引き合いに出された四天王寺・東大寺は共に国家的事業として建てられた寺院です。公場対決を成就出来た暁には、本門本尊を奉安する本格的建物の寺が、東大寺等と同じように、官の援助で恐らく建てられるであろうと想像され、本格的寺院であるから本尊形態は一尊四士像が良いと云う考えが有ったのではと想像するのです。
102
:
犀角独歩
:2002/06/11(火) 13:13
川蝉さん:
丁重なレス、感謝します。
本尊と云うこと、使われ方にやや混乱があると私は思ってきたのです。
たとえば菩薩像を祀っている寺院がある場合、その菩薩を「うちの寺の御本尊です」という言い方をされます。これは鬼子母神でも、帝釈天などでも、同様に言われます。しかし、だからといって菩薩、諸神が一番上位の本尊というのではなくて、あくまでも根本は釈尊とされますね。これは曼荼羅でも同様で、その意味から本尊というのは当然ではあると思うわけです。また、曼荼羅に図示されるすべての諸尊は本尊たり得るわけです。もちろん、釈迦仏像もそうでしょうし、一塔二尊四士、一尊四士であっても、本尊でしょう。
ただ、私が本尊というのは、そういうことではなくて、たとえば丈六の釈迦とか、あるいは小乗の釈迦、大乗の釈迦などと言われるような意味での本尊です。それを聖人は本門教主釈尊として建てられたという点を言っているわけです。この点は川蝉さんも異論はないと拝察します。
本尊と曼荼羅、しかし、厳格な意味でこれを立て分けるべきというのは、ちょっと川蝉さんのお立場とは違う、ここ掲示板の中心である富士門ならでは設問です。改めて申し上げるまでもありませんが、石山では有師が「当宗の本尊の事、日蓮聖人に限り奉るべし」といい、釈尊本尊を斥けて日蓮を本尊に据えました。また、寛師はさらに戒壇之曼荼羅を法本尊として、人本尊と一体であるとまで言い切ったわけです。この石山の流れの中では他の一切の“本尊”も斥けて、ただ曼荼羅のみを本尊とする、所謂、曼荼羅正意論が底意にあって現在に至るわけです。
たぶん、曼荼羅を拝すると言っても、川蝉さんと石山僧俗では、この点でまったく違っているわけです。川蝉さんは本尊を釈尊と見ながら仰ぐでしょうし、方や石山では日蓮を本尊と見ながら仰ぐでしょう。
この点で果たして本尊は何と取り定めるべきかを論ずるために、私は本尊の意味を問うてきました。この意味での本尊です。
そして、富士門の問題としてはるか700年前に捨て去られてしまった造仏(像)義、しかし、聖人にその意志がお有りであったとしたら、それを方便などと言って捨て去ることが祖意に叶うことなのかと問うために、私は本尊抄の仏像の意義を問うてきたわけです。この点をご理解いただけないのは、無理からぬところでしょう。
それにしても、40年、富士にあった私にとって、仏像を合掌することは、実は心理的葛藤が生じるところです。しかし、それでも聖人はどうであらせられたのか、と問うための設問であったわけです。
ですから、教理的に見ていくとき、曼荼羅図示を直ちに本尊と言ってしまうことには少なからず抵抗を示さなければならなかったわけです。法を本尊といってしまえば日蓮教義とはなり得ないという判断です。
なお、本尊抄の「本尊為体」が曼荼羅相貌の説明であるという点は、川蝉さんのご発言に、ということではなく、私は納得していません。むしろ、これは本尊釈尊の虚空会説法を表示した法華経の説明であると思うわけです。聖人以前にもこのような法華虚空絵図は存在するわけですが、ご呈示いただいたとおり、その根本に主題の妙法を具象化することによって聖人自らの独走となるのでしょう。
実際、為体の文では曼荼羅相貌の説明としては、愛染・不動の梵字、天台・伝教、天照大神・八幡大菩薩という実際に記されるところの諸尊の説明はまったくないわけですから、やはり、曼荼羅図示の説明と言うより、虚空会説法について論ずる範疇を超えていないと思うわけです。
なお、聖人が上行菩薩か否かという点について、実は私も引用された法華取要抄の末尾を常に思い描いてきました。三つの法門建立の人が上行菩薩であるという思想を、です。
「是の如く国土乱れて後上行等の聖人出現し、本門の三つの法門之を建立し、一四天四海一同に妙法蓮華経の広宣流布せんこと疑ひ無からん者か。」
たしかに聖人は題目を流宣された、本尊・寿量釈尊も闡明にされた、ここまで見れば、たしかに聖人は自ら上行という自覚か、思えるところはあります。しかし、川蝉さんがお応えくださらなかった97の「日蓮聖人が建立した戒壇」とはなんであろうかと考えるとき、他の二つの法門に比し、突然この点に関しての聖人の聖跡は浅薄なものとなっています。
仏像は「国家事業で」という川蝉さんの説に私も同意見なのです。本尊抄に「此四菩薩 現折伏時成賢王誡愚王 行摂受時成僧弘持正法」との脈絡も考えられるのか?という解を見出せない自問自答に明け暮れてきました。
いずれにしても、聖人が戒壇義を成就したと見られるかどうかに鍵はあるように思うわけです。
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