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井戸端すれっど「山門前」

76モモ:2002/06/07(金) 08:03
あと曼荼羅の説明ありがとうございました。
>> 唯受一人の相伝がなければ誰が御本尊を書写するのでしょう。相伝を認めないという
>>ことであればだれでも御本尊を顕わしていいのでしょうか。
>唯授一人の血脈などということは上古にその確証を見いだせないもので、私はまるで信用
>しておりません。
>第一、唯授一人でなければ御本尊を書写していけないとはいかなる証拠を以て言われるの
>でしょうか。石山の中古ですら、有師は『化儀抄』に
>一、漫荼羅は末寺に於て弟子檀那を持つ人は之を書くべし
>と記しております。

このあと「判形はなすべからず」、とあります。だから逆にいえば大石寺の法主にこそ御本
尊書写の権能があるとするのが大石寺の説明ですね。

>>「御内拝の実感」については主観的にはどう思われますか。
>すばらしく、そして、感動的です。罪障消滅したという実感がありました。たぶん、自分
>が参列した宗教典礼のなかで、あれほど、胸に迫るものは他に類例がないでしょう。

そうですよね、私もそう思います。

>しかし、感動を与えてくれたものが真であり、正であるというのは短絡です。

>「恐怖症も人々の選択の自由を奪う。メンバーは、グループの安全圏を離れると自分は破
>滅してしまうのだと本気で信じる。自分が霊的、知的、情緒的に成長する道はほかにない
>と考える。このマインド・コントロールの手法によって、彼らは事実上奴隷にされてしま
>っているのである」

>「マインドコントロールは、露骨な物理的虐待は、ほとんど、あるいはまったくともなわ
>ない。そのかわり催眠作用が、グループ・ダイナミックス(集団力学)と結合して、強力
>な植え込み効果をつくりだす。本人は、直接おどされるのではないが、だまされ、操作さ
>れて、決められたとおりに選択をしてしまう」

>特に「決められたとおりに選択をしてしまう」のに、自分で選択したと思い込もうとして
>いる姿を、実は私はモモさんにも見るわけです。

>自分が強盛な信心と思っているものの実態が何であるのか、自己弁明、自己陶酔を越えて、
>その正体を凝視する勇気を持つことが大切であろうかと思います。

なかなか厳しいご指摘です。と思えるのも少しはマインドコントロールが解け始めているの
かもしれません。私は独歩さんの意見と私の主観による正宗の三宝義が止揚されればいいと
思うのですが。


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