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井戸端すれっど「山門前」

1バックアップ:2002/02/19(火) 19:32

1 名前: チョンガー 投稿日: 2001/01/11(木) 01:08

一つのテーマに留まらず、幅広く、流動的な会話を楽しみましょう。
なごやかに、おだやかに雑談しましょう。
黙秘権アリでいきましょう。都合の悪い質問、難しい質問は黙秘自由!
話題反らしてOK!!
横レス歓迎で行きましょう!!!

109一字三礼:2002/06/13(木) 19:27
根本仏典などを読んでいると「本尊」と言うものは、はなはだ非仏教的な概念に感じられます。

不敬な言い方になりますが、突き詰めれば「本尊」とはどのような役割をするものなのでしょうか。
それを対象物として題目や経を唱えたりする為に、作られる事を前提とした存在なのでしょうか。
もしくは、聖人お認めの大曼荼羅の様に行者の宗教体験を表現したものを指すのでしょうか。

私は「本尊」、「大曼荼羅」、「仏像(一尊四士)」はそれぞれ違う存在であると考えています。

まず、蓮祖聖人の仰る本門教主釈尊とは、純粋に教義的・観念的・体験的な存在で、どのような形でも表現され得ないもの。これは法華経寿量品のように、不惜身命の行者にのみ自覚される対象でこれを「本尊」と呼ぶ。

次に「大曼荼羅」とは、行者のみに知覚され、厳しい修行、内省の深まりと共に序々に顕現されていく「時我及衆僧。倶出霊鷲山」の浄土観を強信の弟子達にも疑似体験させる目的で認められたもの。しかし、それは紙上に文字で表し、客体化し、崇拝対象となった時点で、行者の体験した世界とは自ずから異なるが、究竟の方便と言う意味で非常に重要な尊崇対象である。

前者の「大曼荼羅」は法華経虚空会と顕わしたとされる。しかし、法華経には登場しない不動・愛染の梵字悉曇、実在した龍樹以下の諸師、また日本古来の神々の表記などがある。これらのことから、その座配はあくまで末法限定・日本限定で個人的の体験や経験、主観を元にした、蓮祖聖人ローカルな浄土観であった。
これが「仏像(一尊四士)」の場合は「大曼荼羅」と同じく尊崇対象ではあっても、かならずしも聖人の教義、化導を必要とはしない。いわば、法華本門の信仰であれば、必然的にたどり着く尊崇形態である。
これを言いかえれば、「大曼荼羅」を尊崇対象とするのは、法華宗日蓮派。
「仏像(一尊四士)」を奉るのは汎法華宗。

以上が私の本尊観です。なんかすんごい事、言い切っちゃってますが。

110日犬:2002/06/13(木) 20:51
御存じの方があれば教えていただきたいのですが、

近年、正宗では在家において鶴丸の紋はあまり使わないことになっているみたいですけど、
一時期、鶴丸だらけだったのは何だったのでしょう?
現在、学会は八葉の紋ですよね。

やはり実は、○○○家の紋だからまずいってことで
フェードアウトしていっているのですか???

111犀角独歩:2002/06/13(木) 23:47

一字三礼さん:

> 109

概ね賛同します、この整理の仕方に。

これまた、以前に書いたのですが、本尊というのは、たぶん儒家から出てきたものなのではないかと思っています。

いずれにしても聖人の時代には宗教の尊体は図・像として表現することが一般化していたのでしょう。儒家の流れでは本尊、真言の流れでは曼荼羅であり、それらを統合し、頂点に置かれたのが聖人の妙法曼荼羅であったのではないかと思います。

最近、桐谷征一師が『大曼荼羅の世界』という文を書いているのですが、これはなかなか面白いものでした。このなかで聖人は自分が図示されたものが曼荼羅であり、本尊であることを弟子檀那に理解させるのに苦労されたという件がありました。優れた洞察眼であると思ったものです。

また、図示の曼荼羅の諸尊を絵で置き換えたものを載せているのですが、こうなると、本尊だと言われても、「この中のどれが?」と言いたくなることになります。

http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/jikkaimandarazue.jpg

曼荼羅が虚空会の儀式に準じるとすれば、「有七宝塔。高五百由旬。縦広二百五十由旬。」というとてつもなく大きな七宝で飾られた塔は記されず、六万恒河沙の地涌菩薩もただ四菩薩ばかりを記すのみで略されていることになります。

私は聖人の曼荼羅は題目と、勧請諸尊を記し置いた札というふうに理解しています。曼荼羅を懸け、記された諸尊を読み上げながら、勧請していくといった具合です。また勧請すべき諸尊が記されていることから、懸けることによって既に勧請を表すということにもなるという“使い方”を聖人は考えておられたのではないのか思うわけです。

また、それは止観の如く、十法界を観法するために、具体的に十界の各衆を列挙してあるのではないのかと思うわけです。

また、もう一つの意義として、「お守り」の意味合いを意識されていたのでしょう。この点も桐谷師は指摘しているわけで、その例として建治2年8月14日図示の曼荼羅を挙げています。花押のなかに「亀姫護之」の文字が記されています。

さらに山中喜八師、山川智應師の曼荼羅研究に敬意を表しながらも、分類するよりも、授与者それぞれに特定の意義をもって下付したと見るべきではないのかと指摘していました。もっともだと思ったわけです。

112犀角独歩:2002/06/14(金) 08:01

○真跡における勧請の使用例は1カ所のみ、『守護国家論』に「梵天勧請」で使われるのみです。曼荼羅(本尊)授与に際し、その意義を述べるところは数カ所あるけれど、勧請についての説明はありません。しかし、天台の化儀を踏襲していたことは想像できるので真跡中に現れないことが直ちに勧請を行わないことの説明とするのは短絡でしょう。

○興門における勧請の使用例

『本尊三度相伝』

(曼荼羅の図示は勧請であること)
・竜樹天親天台伝教等は正像二千の高祖大師なり、普く之を勧請し聊も載せざる無し

『誓文』

・本尊を勧請し奉りて各判形を加へ、偏頗を破劫せしめて宜しく衆議を成すべし(この文に由れば、順師曼荼羅を図すのみならず、判形も加える。唯授一人のみ曼荼羅を図すという石山義は後代の言われたるが知れる)

『有師化儀抄』

(神社の尊体は勧請であること)
・一、他宗の神社に参詣し一礼をもなし散供をも参らする時は、謗法の人の勧請に同ずるが故に謗法の人なり、就中正直の頭を栖と思し召さん垂迹の謗法の人の勧請の所には垂迹有るべからず

『有師化儀抄(水鑑沙弥)註解(日亨)』

(曼荼羅本尊は十界勧請であること)
・次に当宗の御堂の事・本門御本尊堂と広宣流布の時之を建立す、故に当山但祖師堂計りなり、故にたとへ十界勧請の御本尊を安置し奉るとも御影堂なり

(戒壇之本尊の諸尊は勧請であること)
・戒壇の御本尊、寸尺、長四尺七寸五分、横弐尺壱寸七分、厚弐寸弐分御首題御勧請皆金薄入りなり、仏滅後二千二百廿余年等と云云、御端書、右為現当二世造立如件、本門戒壇之、願主弥四郎国重敬白

(曼荼羅図示の諸尊は本尊体具にして勧請であること)
・当門流の祈念、誰人を以つて本尊とし何の法を以つて祷るべきや、能く々案ぜらるべし、縦ひ仏菩薩明王等を勧請申す共、夫れは本尊躰具の聖衆なるべし

(勤行に金鈴を打つことは勧請であること)
・最初の金は惣じて是れをいはゞ、本尊御影勧請のかねなり、二つは則境智、定恵、両尊勧請の意か、両品の間のかね二つ、一つをば方便品の終に打ち、一つをば寿量品の始に打つ

・問ふて云はく一つ二つのかね所表ありや、答へて云はく所表之れ有るべからず但其の一代一代の上人を勧請申すべきために先づ金を一つ打ち驚かし申すなり、其の後酒飯参る間二つ打つなり

『穆作抄』

(法界の妙法蓮華経を勧請するが曼荼羅であること)
・法花経御本尊を余多勧請して法界一躰の妙法蓮花経を二反三反十反になすなり

『申状見聞私』

・妙法蓮華経の大曼陀羅、十界の聖衆勧請の御幡なるべし

『富士門家中見聞(家中見聞下)』

(中世に諸天勧請の諸天堂、富士にあり)
・富士諸寺に諸天堂を建立すること、本尊の如きは諸天を寺内に勧請する為め

『富士大石寺明細誌』

・天王堂本堂前東方西向向拝唐破風檜皮葺、四間四面、日天月天を勧請す神躰は板本尊。・垂迹堂本堂前東方西向宮造一間四方、天照八幡を勧請す神躰は板本尊。
・学頭寮蓮蔵坊と号す。講堂間口七間奥行六間、仏壇中央十界勧請大本尊、右日蓮聖人木像左日興上人木像。
・一、本門戒壇の板大漫茶羅 一幅
日蓮聖人筆十界勧請御判の下横に並べ、現当二世の為め造立件の如し、本門戒壇の願主、弥四郎国重、法華講衆等敬白

113犀角独歩:2002/06/16(日) 01:22

なんだか通俗的ですが、「勧請」の意味を辞典から

かんじょう くわんじやう 【勧請】

(名)スル

(1)神仏の来臨を請うこと。
(2)神仏の分霊を他の場所に移しまつること。宇佐神宮から分霊を迎えて石清水八幡宮をまつったことなどはその例。

114川蝉:2002/06/21(金) 09:23
遣使還告
犀角独歩 さんが85 番のコメントに、

>しかし、仏について、寿量品に

>而も実には滅度せず 常に此に住して法を説く
>我常に此に住すれども 諸の神通力を以て
>顛倒の衆生をして 近しと雖も而も見ざらしむ

>といい、いま、この瞬間にもここに在し、永遠の法を説き続けて
>いらっしゃる。その仏を拝して、弘教するのが地涌菩薩である点
>も見落としてはならないはずです。

と書かれていますが、極めて大事な、忘れてはならない観点ですね。

寿量品には、
毒薬を飲み苦しみ本心を失った子供達は父親が解毒薬を与えても服そうともしない。そこで父親はわざと遠くに出かけ、使いの人に、「旅先で父親が死んでしまった」と子ども達に告げて貰った。
子ども達は悲しみと父を慕う気持ちに駆られる事によって、父親が置いていった良薬を服する気持ちが起こり、服した結果、毒気が除かれ健康を取り戻した。子ども達が癒えた事を知り、父親は家に戻り子ども達と再会した。と云う有名な喩えがあります。

宗祖は「今の遣使還告は地涌なり。是好良薬とは、寿量品の肝要たる妙、体、宗、用、教の南無妙法蓮華経是れなり」(本尊抄・251頁)と云って、この喩えに有る「使い」とは地涌菩薩の事だと教示されています。

地涌菩薩は、我々に、父なる釈尊と再び会わせてくれる菩薩ですね。

使いに当たる日蓮聖人の教えに従い、釈尊が留め置いてくれた是好良薬である妙法五字を信行すれば、謗法、煩悩の病が癒えて久遠本仏釈尊に見えることが出来ると言うことですね。

故に、「観心本尊抄送状」の
「乞ひ願くば一見を歴るの来るの輩、師弟共に霊山浄土に詣でゝ三仏の顔貌を拝見したてまつらん。」(255頁)
とのお言葉や、また
「四條金吾殿御返事」の
「両眼あらば三仏の顔貌拝見疑なし。さうのつばさあらば寂光の宝刹へ飛ん事須臾刹那なるべし。」(1118頁・真無)

等のお言葉があるのでしょう。
このお言葉は寿量品にきちんと基づいたものですね。

寿量品も本尊抄も釈尊が本仏であるという教示をしていますね。
日蓮聖人自ら「遣使還告」であると自覚されていた日蓮聖人が「自分が本仏であり、釈迦は本仏に非らず」などという信念を懐いていたという道理などありませんね。

天台大師が「法華文句」に
「遣使とは・・今は四依の菩薩を用う。衆生に語りて云はく『仏は已に滅度したもう。但、此の法を留めたまう。我今弘宣す、汝等当に受行すべし』と・・是れ使人なり。」(巻第十上)
と解説しています。

意味は
「遣使とは、四依の菩薩のことであり、四依の菩薩は衆生に『仏が留めてくれた法を、この私が今弘宣するのである。汝等は此の法を信行すべきである』と伝道するのである。遣使とは仏の使いの事である。」
と言う意味です。

宗祖は「本尊抄」に、
「四に本門の四依は、地涌千界は末法の始めに必ず出現すべし。今の遣使還告は地涌なり。是好良薬とは、寿量品の肝要たる妙、体、宗、用、教の南無妙法蓮華経是れなり。」(251頁)
と説明しています。

宗祖はご自分を釈尊の弟子、使いと任じて居られていたことは確かです。
釈尊は根本教主すなわち本仏でなく日蓮聖人こそが本仏・根本教主などという義は、本尊抄には有りません。

喩えると使いを遣わす釈尊は国王に当たり、お使いである宗祖は派遣された全権大使に当たります。
大使は如何に全権を与えられていると言えども、自分が国王であると僭称することは出来ません。
宗祖は、遣使還告の地涌の菩薩であるので、自らを本仏・根本教主などと僭称する道理はないのです。

たの掲示板で、「国王も死ぬことがあるから大使が国王に成ることもある(故に日蓮聖人が本仏になることがある)」などと言う馬鹿げた反論をしてきた人がありました。

国王に喩えても、寿量品に教示しているように、釈尊は常住不滅の仏ですから、死んで居なくなってしまうことなど無いのです。

115犀角独歩:2002/06/21(金) 18:26

川蝉さん;

> 114

大変にすばらしいレスを頂戴しましたこと、有り難く感謝申し上げます。

116モモ:2002/06/23(日) 05:46
某掲示板より

人生真っ黒・・・ :01/09/10 20:46
日蓮正宗が今一番の心の苦しみです。
僕自信は無宗教ですし、家は神道です。しかし、東京に出てきて
付き合った恋人が熱烈な日蓮正宗の信者だった事で苦しみが
始まりました。無理矢理信者にもさせられて信じてもいない宗教を
強制させられています。親が知ったらなんというでしょうか。
考えるだけで心苦しいのですが、別れたくても別れてくれません。
別れ話を持ち出しても、直ぐに自殺をほのめかして苦しめます。
もう2年以上になります。恋人は元は創価学会だったそうですが、
大石寺と創価学会が喧嘩したときに家族ぐるみで学会を抜けた
そうです。毎日僕の部屋で池田大作を呪っています。
朝早く「ごんぎょう」という長い苦しみをさせられています。
題目を唱えるのも、お寺へ無理矢理連れて行かれるのも辛いです。
こんな辛い思いを僕に強制させる宗教が本当に正しいの
でしょうか?。僕は口には出しませんが日蓮が大嫌いに
なりました。恋人が友達と遊びに行っている隙に、神社に行って
唱え言葉を唱えて二礼二拝一礼するのが何より気持ちいいです。
詳しくは言えませんが、会社も恋人の為に首になりました。
無職の僕に、恋人は信心を強制し続けます。
日蓮正宗の一番エライ人は日顕という人だそうです。
日顕さんは僕が日蓮正宗でどれだけ苦しんでいるのか
分かっているのでしょうか?。
お寺に一番最初に連れて行かれたとき、入信を拒んで半日も
粘りましたが、入れ替わり立ち替わり信者の人が
優しく言ったり、怒ったり、繰り返されて・・・気が付いたとき
頭に巻物のようなものを乗せられて僕は入信しました。
死ぬほどショックでした。
「いつでも嫌なら辞めたらいい」といって薄笑いした坊さんが
今も恨めしいです。
言いたいことはまだまだたくさんありますが、
取りあえず、日蓮正宗を口には出しませんが大嫌いです。

117モモ:2002/06/23(日) 05:48
とりあえず今はノーコメントです。

121いちりん:2002/06/23(日) 12:10

まあ、ともあれ。
信仰は、楽しくやらないと、意味がないように思いますね。
楽しくなかったら、心が躍動しなかったら、やめたほうがいい。
お題目も楽しくなかったら、やめたほうがいいです。

すばらしい信仰で、最高で、しかしとてもつらい。
そのつらさに耐えて頑張っている、努力しているのだ。
そういう心のある人は、いろいろと周囲に問題を起こしますね。

わたしは「正しい」わたしは「頑張っている」……という人格は、本人も周囲もつらくなります。

123通りすがり:2003/02/22(土) 04:15
とうに過ぎた話題で申し訳ないですが、御本尊下付は3000円の御供養と定められていますが、御受戒が2000円などと言う話は聞いたことがありません。
自分自身、塔婆,過去帳、御本尊等以外は飽くまで「志による御供養」ということで、「値段」がついているものではないと、再三指導を受けました。
「御受戒願い」についても、「小銭では申し訳ないから、一応信徒の側で最低1000円というガイドラインを決めただけ」のような話だったと思います。通りすがりで申し訳ありませんが、過去のレスを発見して疑問に思ったので、書き込みをした次第です。

124問答迷人:2003/02/22(土) 10:04

通りすがり さん

以前、大石寺の宗務院に問い合わせましたとき、御受戒や、御本尊下付について、「御供養ですので、幾らという定めはありません」と言うお答えでした。そして、「基準額を設定して欲しいという信徒の希望を受けて、各末寺で基準額を決めているところは有り、本山としても、各末寺の裁量として認めています。」いう回答を戴きました。

125BH:2003/02/22(土) 18:46
大石寺では、御本尊下付は3000円以上、塔婆は2000円、永代供養は50万円て、
ちゃんと相場を用意していますよ。綺麗事は止めてください。
商売商売

126問答迷人:2003/02/22(土) 18:59

BHさん

>ちゃんと相場を用意していますよ。綺麗事は止めてください。

内事部に確認した上で書いていますから、ご不審なら確認してみて下さい。

>商売商売

これは、全く同感です。そもそも、御本尊下付の御供養金額を確認したのは、関東地方の某正宗寺院で、御本尊下付10000円、それプラス、御本尊送り5000円。締めて15000円という相場でやっている寺院が有ると事を聞いたので、おかしいのでは無いかと内事部に確認したわけです。そしたら、なんと、相場は末寺任せ、『やりたい放題』というお答えだったわけです(笑)

127いちりん:2003/02/23(日) 00:04
昨日、大日蓮展に行ってきました。

やはり圧巻は、臨滅度時の曼荼羅。とても雄渾でした。
そのすばらしい曼荼羅をじっくり拝見して、やはり確信しましたね。

もしも、日蓮さんが、出世の本懐とやらで曼荼羅を紙幅で残していたら、弟子たるものそのまま大切に保存しているはずですよね。

それを、なんとまあ板に貼りつけて、板に直接、日蓮さんが墨であらわしても、その上でノミで刻んでしまって板曼荼羅にするなど、とても正気の沙汰ではないなあ、と。

で、大石寺の人たちは、少しは正気があると思うから、たぶん、刻んだりはしない。
だから、あれは間違いなく、後世、勝手に作り上げたものだと。まあ、それも、正気の沙汰ではないかもしれないけど、偽書やら肉牙やら、勝手に作り上げるような感覚だったわけですよね。

それから、立正安国論と観心本尊抄の真筆も拝見しました。
しかし、字の勢い、自由闊達さは、「諸人御返事」でした。なんとも伸びやかにいきいきとしておられた。四条金吾の奥さんにあてた書もそうでした。それで、立正安国論と観心本尊抄の文字は、かなり窮屈で、のびやかさがないんですね。

で、わたしが感じたのは、ほんとうに日蓮さんというのは、難しい法門を表現している人じゃなくて、弟子や女性たちに、心を込めてお手紙を書いているその人なんだなあと。

躍動している日蓮さん、いきいきとしている日蓮さん、それはお手紙にあらわれていますね。
文そのものがそうなんだけど、真筆に接して、そのことを強く感じました。

あ、それから、愛染不動感見記も、よかったですね。

128ハル:2003/02/23(日) 04:14
>しかし、字の勢い、自由闊達さは、「諸人御返事」でした。なんとも伸びやかにいきいきとしておられた。

いちりんさん、ぼくもそう思いました。
「諸人御返事」の勢いある墨線の流れる感じ、これほど躍動感のある線は、ちょっと他で観たことないです。この線を引いた人の息遣いがすぐ側で聞こえるようです。
臨滅度曼荼羅の、有機的なにゅるりんとした線も、これまた異様で印象的です。
これをノミで彫ったら、その有機的な感じがそこなわれてしまうでしょう。ぼくならこの線にノミを当てる気にはなりません。
それに日本の和紙というのは意外に強く、その証拠に現代のぼくらは700年前の紙本の資料もほとんど完璧な状態で眼にすることができる。板に書かれたものは軸装にして巻けないから、紙本よりかえって痛みが早く進んでしまったりもする。
日本の風土で、紙と板とではどちらが長持ちするか? そういうことも当時の人はよく知っていた筈です。

129菱村正敏:2003/02/23(日) 09:51
諸人御返事はたぶん最後の日蓮の署名と花押がダブっているのでしたか?
すごい勢いの筆致できて、文字が乱舞しているような印象がありました。
わたしは写真でみただけですが日蓮の心的な躍動が筆致に表されて
あれは一気に書いたんでしょうか?あるいは一息で書いたのかなと思う
ほどで、末尾にちかい署名と花押までその勢いはゆるむことなく。
なかなかのものでした。安国論や観心本尊抄は後日に書き写されること
も考慮して、あるいは万人にあやまたずに読まれることを期して楷書で
まっすぐに書かれたものかなと想像しております。

130さかなこ:2003/02/23(日) 11:52
>それを、なんとまあ板に貼りつけて、板に直接、日蓮さんが墨であらわしても、
>その上でノミで刻んでしまって板曼荼羅にするなど、とても正気の沙汰ではないなあ、と。

子供の頃、大石寺に行って板曼陀羅をみたときに親に
「誰がノミで彫っちゃったの?ご本尊さまは大事なものだからノミで彫って
傷つけてはいけないのではないの?ノミで彫った木屑はどうしたの?」
と訊いたことがありました。
親は「長持ちするように彫った」と苦しいコメントを出してましたけど(笑)
子供心に納得できない答えでした。

131問答迷人:2003/02/23(日) 16:04

さかなこ さん

僕は、入信した時に、「末法万年の為に、堅牢な楠の板を選んで、本門戒壇の大御本尊を大聖人が認められ、日法上人が彫刻された。その木の残りで、日蓮大聖人の御影様を御彫刻申し上げた。大聖人様はそれをご覧になられて、『我に似たり』とご印可遊ばされた。その御影を最初仏といい、戒壇の大御本尊とともに、安置されている。」とまぁ、そんな風に聞いていましたから、一番最初、御開扉を受けたときにも、特に違和感はなく、漆塗りと金箔の戒壇大御本尊を神々しく拝して、感激したものでした。こういうのを洗脳と言うのでしょうね。さかなこさんは、幸い、そんな洗脳を受けていなかったので、ごく自然な感覚で、違和感を感じられたのでしょうね。

132:2003/02/23(日) 18:35
> その木の残りで、日蓮大聖人の御影様を御彫刻申し上げた。大聖人様はそれをご覧になられて、『我に似たり』とご印可遊ばされた。その御影を最初仏といい、

熱原で大変なことが起こっているという非常時に、なーに、のんびりやっとるんだ?、と思ってしまいます。
楠の板を彫って漆を塗って金をほどこして、ついでに御影も彫刻して……何日かかったのでしょう?

133国司@富士宮門徒:2003/02/24(月) 11:29
問答迷人さん
126にある「御本尊下付10000円、それプラス、御本尊送り5000円。締めて15000円という相場でやっている寺院が有ると・・・」
ですが、「御本尊下付」と「御本尊送り」は、どう違うのでしょうか。出来ればご教示ください。

134問答迷人:2003/02/24(月) 12:05

国司@富士宮門徒さん

御本尊下付の御供養は寺院で御本尊を戴く時の御供養。御本尊送りの御供養は、各家庭に御本尊を安置するとき、御僧侶に来ていただいたときの御供養です。

135国司@富士宮門徒:2003/02/24(月) 13:59
問答迷人さん
ありがとうございました。
でも、御本尊下付と言っても「御形木御本尊」でしょうから、絶対、御僧侶に来て頂かなくてはいけないという訳ではないでしょうから、これは省けますね。

136国司@富士宮門徒:2003/02/24(月) 14:04
それにしても、1万円は高いですな。
私の寺院では最近「御本尊下付最低額(笑)」がでました。
失業中の方だったので「300円」でした。
御住職が「御気持ちで結構です」と言ったら、封筒に300円を入れておりました。
御住職は全く気にされてませんでしたが、紹介者の私が、精神的に参りました。

137問答迷人:2003/02/24(月) 15:43

国司@富士宮門徒さん

>御本尊下付と言っても「御形木御本尊」でしょうから・・・これは省けますね。

何か、その寺院では、御本尊を安置するときは、ご住職が必ず行かれるそうでした。だから、15000円な訳です。

>御住職は全く気にされてませんでしたが、紹介者の私が、精神的に参りました。

そうなんですか。それは、良心的なご住職ですね。そう言えば、僕は、むかし、大学生を勧誘して、御受戒だけ受けることになったとき、幾らでも良い。気持ちで良い、といったら、その学生さん、御供養50円でした。何だかとても気まずい思いをしました(笑)。結局続かなかったです。恐らく、あまりしつこいので、取りあえず御受戒だけ受けておこうか、という事だったのだと思います。今思い出すと、成果目標に責められて、無理矢理勧誘したのだろうと思います。本当に、その学生さんには、申し訳ないことをしたと思っています。

138問答迷人:2003/02/24(月) 22:36

あ さん

>熱原で大変なことが起こっているという非常時に、なーに、のんびりやっとるんだ?

仰るとおりですね。こんなところからも、『弘安二年十月十二日、本門戒壇板本尊の建立』説の綻びが見えていますね。まぁ、日精上人もそこまでは気配りが及ばなかったと言うことでしょうか。

139管理者:2003/11/05(水) 23:16

沖浦克治さん

たとえば、このスレッドは黙秘自由のスレッドです。

140ラキ:2005/12/15(木) 03:44:30
タバコの税率が上がります。
タバコ税を財源に児童手当の支給に踏み切る、公明党は国家財政の危機なのに無駄な法案を作ってると思えます。
児童手当を受けられる世帯の所得制限は、現在の年収780万円から860万円に引き上げられます。
子供の人数でも影響はあると思いますが、3人家族なら780万もあれば十分な金額だと思います。
支給するなら、低所得者と収入の割りに、子供が多い家庭とかに支給がまともな政治だと思えます。

141彰往考来(しょうおうこうらい):2005/12/15(木) 07:40:17

>140
どうゆう理由であれ、タバコ税の増税は賛成であります。
公明党もこんな生ぬるいことをしないで、1000円/箱くらいにすべきでしょう。
そうすれば喫煙人口は大幅にへり、かつ財源は確保できるという一挙両得となります。

愛煙家から袋叩きかな?

142ラキ:2005/12/15(木) 15:02:21
>141
一時的に増収となると思いますが、喫煙家が減り、先を見ると税収減になると思います。
増税で喫煙家が減るのは、医療費削減になるので、健康を考えると微妙な気がします。
私は、酒税をもっと上げた方が良いと思っています。
タバコを吸って犯罪は犯しませんが(タバコの投げ捨てで、火事はありますが)
お酒を飲んで、犯罪を犯す事は多いので、酒税増税こそするべきだと思います。
飲みすぎで、体を壊す事もありますし、健康を考えるとやはり増税すべきだと。

飲酒家から袋叩きかな?w

143犀角独歩:2005/12/15(木) 15:11:46

税金を上げるのではなく、公務員や、代議士特権をどんどん削減し、給与、ボーナスも大幅ダウンし、人件費削減、税金の無駄遣いを減らすほうが先でしょう。
悪行を為したものから、財産をすべて没収し、国庫金とするなんていうのもいいでしょうね。

小泉をはじめとする議員に言いたい。国民の税金減らす前に、議員特権と税金の無駄遣いを止めなさい。

こう書くと、また、議員擁護派から袋叩きでしょうか(大笑)

144独学徒:2005/12/15(木) 17:16:10

彰往考来さんご提案のたばこ税のさらなる増税案、ラキさんご提案の酒税増税案、犀角独歩さんご提案の税金の無駄遣い削減案、全て大賛成です。

愛煙家・飲酒家・議員擁護派の方々より、魑魅魍魎と言われてしまうかもしれません。

145彰往考来(しょうおうこうらい):2005/12/15(木) 17:25:17

>142 
あくまで個人的意見ですが。
大増税しても統計的に税収減にはならないはずです。
酒は酔っ払って肝硬変になろうと、所詮自業自得なのです。
それに対して、煙草は受動喫煙といって吸っていない周囲のものにも被害を及ぼすのです。
http://www.mhlw.go.jp/topics/tobacco/qa/detail3.html
http://www.asunet.ne.jp/~kakezono/burajiruarerugi-.gif
http://homepage3.nifty.com/tobaccobyo/
http://www.abe.or.jp/tobacco/index.asp

酒の場合、少量であれば、血圧を下げるなど薬事効果もあります。それに対して煙草は全く薬事効果はありません。

喫煙によるオフィスの分煙対策による余計な経費もばかにできません。飲酒によるオフィスの対策費用など必要ないのですよ。飲酒運転対策のための代行運転やタクシーなどむしろ経済効果があるのです。

北欧では煙草税がとても高いです。それでも吸う人は吸うようですね。
http://thankyou.co.jp/ryori/nikki/hokuo/11.html

皆さん、どんどん煙草を吸って国家に税金を納めましょう。莫大な税金を払い、国家に寄与していてこそ許されるのが喫煙なのです。私はまっぴら御免ですが。

146ラキ:2005/12/15(木) 21:17:25
>145
>それに対して、煙草は受動喫煙といって吸っていない周囲のものにも被害を及ぼすのです。
喫煙家には手痛い意見です。(^^;

>酒の場合、少量であれば、血圧を下げるなど薬事効果もあります。それに対して煙草は全く薬事効果はありません。
タバコも少量なら、精神の安定作用はあると思います。

>喫煙によるオフィスの分煙対策による余計な経費もばかにできません。飲酒によるオフィスの対策費用など必要ないのですよ。飲酒運転対策のための代行運転やタクシーなどむしろ経済効果があるのです。
企業では設備投資が掛かりますが、空調設備等の設備関係には経済効果があると思います。
消費するタバコ。お酒のどちらにしても経済効果はあると思えます。

ま、お酒を飲んでもお酒に飲まれて、理性を無くし、路上で寝たり、酔って他人に絡んだり、酒癖の悪い飲み方だけは、止めていただきたいですね。

(以下シャレです。)
皆さん、どんどんお酒を飲んで国家に税金を納めましょう。莫大な税金を払い、国家に寄与していてこそ許されるのが飲酒なのです。

147彰往考来(しょうおうこうらい):2005/12/16(金) 07:43:33

>146
ま、熱くなって議論する内容でもありませんから、あくまで個人的意見ということで。

>タバコも少量なら、精神の安定作用はある
これは違うでしょうね。マリファナに精神安定作用があるというのと同じ論理ではありませんか。論より証拠で、精神科のお医者さんが、患者に精神安定作用のため煙草を勧めますか?

>空調設備等の設備関係には経済効果がある
こういう投資を無駄な投資、必要悪といいます。企業からみれば本来不必要なことです。そんなことしないで、他の投資に廻すなり、従業員に還元するなりしたほうが、もっと経済効果があります。煙草、特にヤニによる空調設備のメンテナンス費は相当なものなのですよ。ちょっとしたオフィスでも年間50万円以上かかっているはずです。

>お酒を飲んでもお酒に飲まれて、理性を無くし、路上で寝たり、酔って他人に絡んだり、酒癖の悪い飲み方だけは、止めていただきたい
そうなんですよ。酒は飲んでも飲まれるな、ということなんですよね。反省・・・。

148藤川一郎:2005/12/16(金) 11:32:11
つまらない事を1つ
タバコは健康に良くありませんが、ネオシーダという医薬品もあります。

ネオシーダ

効能
セキを鎮め、タンをきる。

用法用量
先端に点火し、たばこのように煙を吸入する。
1回1〜2本、1日量10本まで。

149藤川一郎:2005/12/16(金) 11:34:42
>>論より証拠で、精神科のお医者さんが、患者に精神安定作用のため煙草を勧めますか?

私の知り合いに、精神疾患の方がおりますが、適時の煙草を勧められたそうですよ。埼玉の某病院です。

150彰往考来(しょうおうこうらい):2005/12/16(金) 11:39:58

>149
そうですか。ラキさんが元気づきますね。
しかし、その医者もどうかしてると思うなあ。
さすがは、“ダサイたま”。
ん? これは削除対象かな?

151藤川一郎:2005/12/16(金) 13:49:26
実は煙草を勧める位なら、大麻を勧める方がよほどマシという考えもありますよね。
そもそも大麻は麻薬ではない。大麻よりも煙草の方が中毒性も悪効も多いと言う見解もあります。
しかし、日本では大麻取締法があるから大麻を所持したり、使用すると逮捕されます。
まあ、法律にはおかしな物が多いのですが、何故に煙草取締法が無いのに、大麻取締法があるのか?

ちなみに明治時代の広告には「印度大麻煙草はぜんそくに効果がある」そうです。

152ラキ:2005/12/16(金) 14:33:47
>これは違うでしょうね。マリファナに精神安定作用があるというのと同じ論理ではありませんか。論より証拠で、精神科のお医者さんが、患者に精神安定作用のため煙草を勧めますか?
確かに精神科では薦めませんが、ある程度は喫煙をしても良いと言います。
止めた方がいいけど、多少ならいいよて。
お酒でも、アルコール依存症やお酒による内臓の病気には、薦めませんよね。
梅酒等は、食欲増進や胃腸の働きを助けるから少量は進められますが。

>こういう投資を無駄な投資、必要悪といいます。
企業から言えば無駄ですが、利益を従業員に還元してくれるわけでもないし、喫煙者の従業員もいるわけですから、喫煙所を作るのも必要な事だと思います。
オヒース全体が禁煙になってるのですから、喫煙者に対して公平に喫煙を出来る場所を作るのは、必要だからです。

ま、私が述べたいのは、タバコが何でも悪者扱いされる世の中ですが、飲酒による犯罪の行為の方がもっと悪いと思うからです。
幼児がタバコを誤飲して死亡するより、飲酒者の事故等で死亡する方が多いですし。
年末年始ですが、飲みすぎて、お酒に飲まれて、飲酒運転、一気飲みの急性アルコール中毒。器物損壊等しないように飲酒者の方は気をつけてください。
ま、飲酒者の喫煙のタバコのポイ捨てもダメなので、ポケット灰皿の携帯は必須です!
お酒飲まない喫煙家もですけどね。^^

149の投稿で、私は元気づきません。知っていましたし。

153彰往考来(しょうおうこうらい):2005/12/16(金) 15:41:19

>151何故に煙草取締法が無いのに、大麻取締法があるのか?
その理由は、

戦争中にはパラシュートなどの軍事物資用いるために栽培が奨励されていた国産の麻が、現在のように規制されるようになったのは第2次大戦後ですね。
日本に進駐した占領米軍が、大麻規制を日本に迫りその結果、大麻取締法が1948年に制定されました。そもそも、大麻の規制はアメリカの政策だったんですね。当時、アメリカは大麻弾圧の真っただ中で、それがそのまま日本にも波及したというわけです。そのアメリカだって、建国当時は麻の栽培を奨励していたんです。麻の繊維は貴重品で船のロープをつくったり、軍事物資でもあった。種から油を搾り繊維は衣類に使われていた。規制された理由は色々考えられます。ひとつは石油化学工業の発展です。ナイロン等との競合ですね。そして麻からは質のいい紙が作られます。木材パルプ資本にとっては驚異でしょう。それに、アメリカは禁酒法が撤廃になって取締官の仕事がなくなってしまったんですね。その新しい対象として大麻が選ばれたんでしょう。

<引用資料>
http://www.asahi-net.or.jp/%7Eis2h-mri/pent.html

154彰往考来(しょうおうこうらい):2005/12/16(金) 18:28:41

>152
>利益を従業員に還元してくれるわけでもない
どうしてでしょうか。なぜそう言い切れるのでしょうか。ちっとわからないですね。少なくとも私が勤めている会社は労使で、よく話し合っていますよ。

>喫煙者の従業員もいるわけですから、喫煙所を作るのも必要な事だ
これもどうでしょうか。作るかどうかはそこで働いている人たちが決めることではないでしょうか。ちなみに私が勤めている会社の本社ビルはオフィスが禁煙になっているので喫煙所は屋外です。雨が降ろうが寒かろうが外ですね。そんなものにお金はかけず、浮いたお金を福利厚生などに廻しているのですけどね。利益を従業員に還元していると思いますよ。
また喫煙者だけにお金を掛けて喫煙所をつくるのがはたして公平でしょうか。嫌煙者(禁煙者ではありません。もともと吸わないのだから)からみれば不公平だと思いますよ。
だから、
>喫煙者に対して公平に喫煙を出来る場所を作るのは、必要
とのご主張は私は賛同いたしかねます。

まあ以上は私の個人的意見で、会社の形態も一例にすぎず皆に押し付けるものではありませんが、世の中色々です。ある会社ではビルから50m以内は禁煙です。煙草を吸う人はどうしているの?と聞いたら、吸うような人は雇わないとまあ明確でしたね。不純物を嫌う製品を作っている所で、そのような処置をすることにより、会社が成り立つということです。溶剤を扱う会社も喫煙所は一般に外です。コンピュータを販売する会社も喫煙所は外でしたね。部屋で吸うと商品のコンピュータに煙草の煙、特にヤニが入り、誤作動するからというのが理由でした。人の健康などを考えた理由ではなかったですけどね。

>飲酒者の事故等で死亡する方が多い・・・ほか
これはそのとおりでしょう。情けないけど問題ですね。飲酒に色々問題があることは理解しています。飲酒運転に限定して申し上げるなら、飲んだら乗るな、乗るなら飲むなですね。

そろそろこの議論もおひらきにしないと、富士門流と何の関係があるか問われますね。これにて私は本件を終わりたいと考えます。

155ラキ:2005/12/18(日) 12:54:51
>溶剤を扱う会社も喫煙所は一般に外です。
火気を嫌う溶剤工場等は、外(屋外?敷地外?)ではなく専用の喫煙所を設けています。

>富士門流と何の関係があるか問われますね。
スレッドテーマで”井戸端すれっど「山門前」”ですので、富士門流と関係ある、なしにとらわれなく雑談等だと思っておりました。
ま、富士門流から見た出家者の、喫煙、飲酒観に進めば、富士門流と関係なくはないと思われますが?・・・
私もこれで終了いたします。

156天蓋真鏡:2006/12/14(木) 05:57:02
此の掲示板が、つぶやきとも違って雑談スレッドなのですか。

157天蓋真鏡:2007/01/01(月) 02:07:28
新年明けましておめでとうございます。 今年は「臨滅度時本尊漫荼羅」を拝観して、長谷川等伯、本阿弥光悦、加藤清正、徳川光圀などの趣きを楽しみたいです。

158再挑戦者:2007/01/04(木) 21:58:54
 横から、おめでとう御座います。 
 イラクではあの独裁的な暴君サダムも絞首刑でした。 非公開でしたが警備員関係者の特撮?がWebにながれて問題化しています。
 他方、同じ独裁の北朝鮮では、権威発揚に逆らう批判者、不服従者などは逮捕され、強制収用所〜拷問〜公開銃殺のようです。 ただ処刑前に口のなかに石、異物を詰め込まれ言語を発声不可にされていて一般観覧者に反体制の言動が伝達出来ないように仕組まれているようです、。(「共産主義黒書、アジア篇、恵雅堂出版」)
  一方、わが国では、宗教独裁?に逆らう方方を傍系機関紙にてボロクソ、汚く、罵詈雑言を性懲りも無く繰り返して居ます。
  これは形を変えて、別な視点から見るとき、共産圏の公開処刑と全く同じ流れだ、と断定しています(週間現代、最新号、勝谷氏レポート)。
 さすがは、鋭いご指摘かと思いますが、、、。 マスコミ叩きに屈しない報道の姿勢の講談社に大拍手、、!!!


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