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井戸端すれっど「山門前」
91
:
一字三礼
:2002/06/10(月) 00:33
犀角独歩さん
>滅後は仏ではなく、人(菩薩)によって人々は救われていくという意味を法華経は提示しているのであろうと私は思うわけです。
聖人が題目の依文を「今留在此」にもとめられる事もあるので、末法は基本的には無仏というより、「雖近而不見」の時代なのだと言う事、私もそのように思います。
これは稚拙な愚見ですが、題目のとらえ方によって違った解釈がうまれて来る様に思えます。
南無妙法蓮華経を観心行とすると天台止観との当台相対義が論ぜられ、南妙法蓮華経を“一部の意”とすると法華経の御文に対して文底義が立てられ、南妙法蓮華経の如来とすると、久遠元初の仏が生まれる、といった感じです。
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