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井戸端すれっど「山門前」
53
:
モモ
:2002/06/04(火) 04:51
(つづき)
>さて、記されたことを整理すれば、
>(1)日蓮は本仏であることは証明できないけれど、限りなく仏に近いと思う
>(2)弘安二年の大曼荼羅が究竟である
>(3)奉安殿の曼荼羅は弘安二年の大曼荼羅ではない
>(4)日蓮は上行菩薩である
>(5)日蓮の真筆の曼荼羅は結要の法体である
>ということになるのでしょうか。
>(3)について。精師・寛師説を援用する現石山では、身延七面山に浮かび光を放った楠(板)
>に直接、聖人が曼荼羅を図し、それを法師が彫ったといい、その曼荼羅が生身の日蓮であり、
>戒壇の本尊であり、さらに歴代法主と不二の尊体であるというわけです。
>
>ですから、モモさんが言うように有師が彫刻したとすれば、異説となります。
ここの掲示板の書きこみによればなんらかの事情でその可能性がある、と思ったまでです。
あと「不二の尊体」とは能化文書によるやや不適切な表現であると私は考えてます。
>さらに重要な
>点は、石山は図示の表記その他を以て論じているのではなく、聖人が直接記し法師が彫った
>その楠板曼荼羅そのものを以て究竟というのであって、だから、元が紙面であったとしたり、
>また、本物の板曼荼羅は御宝蔵にあって身代わりを内拝させているとすれば、まったく寛師
>説とも食い違う欺瞞であることになるということです。
この点についてはわからないのでノーコメントですが、なにか重大な指摘であるように感じます。
>(4)の日蓮上行論について、私が是認するかの如く記されていますが、しかし私は日誠さんと
>の議論の中で慎重にこの点を記しました。むしろ、私は日蓮凡夫論者であって、その中から
>上行菩薩として有り様を聖人は模索されていたと拝しているわけです。
そうなのですか。それは失礼しました。しかし日蓮聖人が上行菩薩である文証として次の
ように挙げられると思います。
「此の三大秘法は二千余年の当初(そのかみ)、地涌千界の上首として、日蓮慥かに教主大覚
世尊より口決(くけつ)せし相承(そうじょう)なり。今日蓮が所行は霊鷲山(りょうじゅせ
ん)の稟承に介爾(けに)計りの相違なき、色も替はらぬ寿量品の事の三大事なり。」
(三大秘法抄)
「後五百歳の時、上行菩薩、世に出現して始めて之を弘宣す」(立正安国会「御本尊集」第十
六番・文永十一年十二月・通称「万年救護御本尊」の讃文)
「日蓮聖人は御経にとかれてましますが如くば、久成如来の御使、上行菩薩の垂迹、法華本門
の行者、五五百歳の大導師にて御座候聖人を、」(頼基陳状・建治三年六月)
(「本尊と曼荼羅」34 名前: 川蝉 投稿日: 2002/04/09(火) 16:55 より)
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