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井戸端すれっど「山門前」

34モモ:2002/06/02(日) 03:25
ちょっと誤解があるようです。
私が言いたかったのは「客観的には大聖人が本仏であることを証明できないが、限りなく
仏に近いお方」という意味です。例えばy=1/x という関数ではxをどんなに大きくしても
y=0となることはありえません。
「日蓮が慈悲広大ならば南無妙法蓮華経は万年の外未来までもながるべし」
など仰せの言葉はまさしく仏菩薩の大慈悲のお言葉だと思う、ということです。

そして「日蓮本仏論は『大石寺の相伝』の中でしか論じられない、相伝がなければ本仏論を
示すことはできない」ということを再確認した、ということです。それゆえに大石寺の
相伝とは何なのか、ということを問うてるわけです。独歩さんの言うように実体のないものなのか否か、
はまだわかりません。少なくとも独歩さんには
「日蓮聖人は上行菩薩であり、日蓮聖人の真筆の御本尊は
どれでも結要付嘱の法体である」ということは認めて頂けると思います。

>ご存知でしょうか。日興跡條々事には、年号が入っていません。
>年号を入れずに相伝するなんて事があるでしょうか。
>日興上人が、そんないい加減なことをされたとは思えません。
>偽書の疑いが濃厚だと思います。それに、弘安二年の大御本尊が、
>具体的に、どの本尊をさすのか判りません。日道上人の御伝土代によれば、
>その弘安二年の御本尊には、「日興に与う」と認められていると書かれていますが、
>大石寺戒壇板本尊には、弥四郎国重となっていて、誰に与えられたのかが、食い違っています。

年号云々についてはわかりません。御伝土代については「日蓮正宗聖典」を開いてみましたが、
「日興に与う」については書かれてないようです。

>過日、私のもとにやってきた現役の法華講員の方が
>「正本堂から移ったので間近に戒壇の御本尊を拝せるようになったので、
>じっくりと隅から隅まで観た結果、これが750年の歴史を経たものであるとは、
>どうしても思えなくなった」と感想を述べていました。

私は今の奉安殿の大御本尊がそのまま「弘安2年の大御本尊」だとは思ってません。
ここの掲示板にもありましたようにおそらくは日有上人によるものかも知れません。
しかし、「その意義と功徳はまさしく出世の本懐たる弘安2年の大御本尊そのものだ」と、
主観的に思う、ということです。主観なので当然客観性はありませんが。

>>弘安2年の御本尊のことが示されている真筆に日興跡条々の事があります。
>>私はそれで十分だと思うのです。

>この点について、かなり詳細に論じてきたようですが、やはり馬耳東風なのでしょうね。
>また、30に問答名人さんが記しているので、省略します。

この点については私の懈怠であることは認めます。パソコンもしばらく調子が悪かったのです。


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