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井戸端すれっど「山門前」

72モモ:2002/06/06(木) 22:40
独歩さん、レス拝見しました。
>> 「御内拝の実感とはカルトの心理技術だ」

>これはまったく違います。個人的リアリティと事実は別であると言いたいのです。
>どんなに感動・感激を与えるものであっても、その個人的な心理は、事実を説明することにはならないということです。

>残念ながら、人間は偽物であっても、虚構であっても感動を得るものです。そのもっとも顕著な例が小説であり、テレビであり、映画でしょう。

>板曼荼羅、あるいは日蓮本仏論の真偽を論ずるのに個人的リアリティは尺度にならないと言う意味です。

私も「日蓮本仏論はマインドコントロールを受けているのである。」という独歩さんの立場も
よくよく考えるべきであると思います。しかし「日蓮本仏論を捨てよ」と言われるとやはり
抵抗を感じます。かつては大石寺に参詣されていたのですから独歩さんは「御内拝の実感」
については主観的にはどう思われますか。

>> 私は宗教と科学は次元が違うので同列に扱うことはできず、宗教を科学で証明することはできないと考えます。

>これも私の言葉を取り違えています。
>私がここで科学というのは事実認定の方法を言っているわけです。
>板曼荼羅が本物であるというのであれば、科学的に計測してみればわかると言った類の話です。
>また、祖書学、教学史と言った仏教学も科学ですから、そこに個人的リアリティのような感情論は持ち込まず、厳正な事実の積み重ねで解を求めていくべきであると言っているのです。

>失礼ながら、池田さんの『科学と宗教』『宇宙と生命を語る』に記された内容と大同小異です。仏教はこのような考えとは無縁のものであると私は考えています。

「科学と宗教」「宇宙と生命を語る」は個人的に深い興味を持ちました。なかなか面白い本だと
思います。

(つづく)


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