したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

井戸端すれっど「山門前」

25問答迷人:2002/04/02(火) 09:00

モモさん

私は、現在も、日蓮正宗の信徒です。日蓮正宗の信徒となったのは、そして、信徒であり続けてきたのは、日蓮正宗が、日蓮聖人の教えを寸分たがえず、正しく伝えている宗門であると信じたからです。

しかしながら、今、日蓮正宗の信徒であり続けていることは、全く理由が変わってしまいました。日蓮正宗が、日蓮聖人の教えを大きく捻じ曲げて来た事に気付いたからです。こう言うと、

「根本は大聖人の御在世とと寸分変わっていない。しかしながら、時代と共に、具体的な実践方法や、化儀は変えて行くべきものである。どのように、その時代に合わせて、大聖人の教えを弘めて行くかは、唯授一人の血脈を受け継いだ御歴代上人の権能なのである。」

という、大石寺を擁護する方の御発言が聞こえてきそうです。私は、その方に御質問したい。本当に、唯授一人の血脈相承が日蓮正宗の御歴代上人に受け継がれてきているのですか。それは本当のことなのでしょうか、と。そして、それを証明する証拠を出してくださいとお願いすることになります。恐らく、大石寺を擁護する方は、「身延相承」「池上相承」を提示されるでしょう。また、「日興跡條々事」も示されるかもしれません。

私は重ねて質問する事になります。「それは日蓮聖人、日興上人の御真筆ですか、それは現在何処にありますか。」と。当然、二箇相承は、要法寺日辰師の写本しかありません。また、日興跡條々事は、大石寺が御真筆があると言っていますが、内容的に様々な疑義が掛けられています。

さらに、もっと根本的に訝しいことがあります。二箇相承は、大石寺にはなく、ずっと北山本門寺にあって、武田勝頼によって北山から奪われたとされていることです。それが本当なら、聖人の血脈は、大石寺にはなく、北山本門寺にあることになります。全然、大石寺に聖人の唯授一人の血脈が受け継がれてきた事にはなりません。北山本門寺が、証拠として提示するならまただしも、大石寺が提示しても、何の意味もないではありませんか。第一、大石寺に二箇相承の写本がもたらされたのは、日有上人の時代であり、それ以前は、写本すら、影も形もないのです。勿論、二箇相承について述べた上代の富士門の文献は一つも有りません。

よくもまぁ、唯授一人の血脈が受け継がれてきた、法水写瓶だ、なんて、 ウソ八百を並べ立ててきたものだと思います。

やはり、ヨーロッパにおける宗教改革において、聖書に戻る事が旗印とされたと同じく、私達も、もう一度、聖人の御書に立ち戻るべきだと思います。後世に作られた可能性の有る御書や、後世に付け加えられた解釈は、一旦、横において、御真蹟御書を拝読する事から再出発すべきではないでしょうか。聖人は、どのように教えられたか、と。どういう気持ちで御本尊(御曼荼羅)を拝するべきかについて、聖人は、どう仰せになっておられるか、と。如何でしょうか。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板