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井戸端すれっど「山門前」

96犀角独歩:2002/06/10(月) 11:42

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まったく、そのとおりですね。賛同します。

日蓮の祖意を闡明にする、これが私のここでのコンセプトですが、もちろん、法華経、日蓮の全面肯定を目的にするものではありません。事実を知ろうということです。少し祖意を闡明にすることから離れて記します。

法華経の梵本直訳で読めば、開三顕一は、まさに、いちりんさんのいうとおりのことしか、説かれていませんね。

唯有一乗法 無二亦無三 除仏方便説

岩本訳:仏たちが手段として幾つかの乗り物を約束する場合を除いて、乗り物は実に唯ひとつであり、第二の乗り物はなく、第三のものも決してこの世にはない。

また、天台が法華最勝の位置づけをするけれども、もっとも重要な点は“開会”なのであって、他を斥けるどころか包摂していくところにあるわけですね。それまで二乗・悪人・女人は不成仏といっていたところを法華経は成仏の記別をする、さらに釈尊自体の成仏も伽耶始成ではなく、久遠成道であるという法華経を中心に据え、一切の教典に久遠成道と一切衆生未来成仏を教えようとしたのが天台であったと思います。そもそも天台の経説は華厳を基礎にするのであって、当時の華厳教学なくして天台の経説は成り立ちようもないわけです。また三諦論を展開するのに般若経の空なくして何も語れません。衆生世間をいう五蘊説は唯識で、結局、それらを総合して使用していくわけですね。捨て去るどころかすべてを統合しているに過ぎません。

末法ということですが、法華経の全文の中でこの語彙が出てくるのは実は二カ所しかありません。

安楽行品:如来の滅後に末法の中に於て是の経を説かんと欲せば、安楽行に住すべし

分別功徳品:悪世末法の時 能く是の経を持たん者は 則ち為れ已に上の如く諸の供養を具足するなり

これが大集経の五時説で解釈され、法滅=仏滅(仏の教導力の滅)まで意味すると解釈されていくわけですね。しかし、これは完全なドグマでしょう。

梵本で読めば、

安楽な生活:求法者で、如来が入滅した後に、正しい教えの衰微する“最後の五百年の間”に、この経説を弘めようと欲する者は、安楽な生活を送るのである。

福徳の区分:この教典を護持して、“この世の堕落の時世”に人に教える人は、このような数々の供養を、限りなく、余に捧げたことになるのだ。

正しい教えの衰微・堕落の時世であって、仏の消滅ではない点に着目しなければならないと思うわけです。

なお「(最)後の五百年」と言えば薬王菩薩本事品の

我が滅度の後後の五百歳の中、閻浮提に広宣流布

が思い起こされるでしょうが、私はこの文が地涌の弘教と直接はつながらないと考えています。前後を引用すれば

薬王菩薩本事品:宿王華、此の薬王菩薩本事品を以て汝に嘱累す。我が滅度の後後の五百歳の中、閻浮提に広宣流布して、断絶して悪魔・魔民・諸天・龍・夜叉・鳩槃荼等に其の便を得せしむることなかれ。宿王華、汝当に神通の力を以て是の経を守護すべし

バイシャジヤ=ラージャの前世の因縁:ナクシャトラ=ラージャ=サンクスミタ=アビジュニャよ、偉大な志を持つ求法者「サヴァサットヴァ=プリヤダルシャナの前世の因縁」の章が最後の時であり最後の機会である最後の“五十年”が経過している間に、このジャンブ=ドゥヴィーパに行なわれて、消滅しないように、また魔王パープーヤス(波旬)が襲撃の機会を得ず、悪魔の眷属や神や、竜、ヤクシュ、ガンダルヴァ、クンバーンダどもが襲撃の機会を得ないように、余をそれを汝に委ねよう。従って、ナクシャトラ=ラージャ=サンクスミタ=アビジュニャよ、余はこの経説をジャンブ=ドゥヴィーパに恵み贈るのだ。

となっています。驚くべきことに500年ではなく、50年となっているのです。羅什三蔵が訳に当たり、故意に改変し、末法の初めの五百年と整合性をつけたのであろうと想像できるわけです。

ここまでやりだすと際限がなくなりますが(笑)


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