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井戸端すれっど「山門前」
89
:
犀角独歩
:2002/06/09(日) 16:22
―88からつづく
この時代背景の中で記された
大覚世尊御入滅後
経歴二千二百
二十余年
雖爾月漢
日三ヶ国之
間未有之
大本尊
或知不弘之
或不知之
我慈父
以仏智
隠留之
為末代残之
後五百歳之時
上行菩薩出現於
世
始弘宣之
の「後五百歳之時上行菩薩出現於世始弘宣之」は、まさに本尊抄、取要抄の記述と一致すると見るのが自然です。興師・古写本を遺す『頼朝陳状』は健治3年、すなわち3年後のものということになります。聖人に思想的進捗あっても否定の対象とはなりませんが、しかし、文永10、11年の聖人のお考えは少なくともご自身を上行とはされているとは言い難いと思うわけです。
この読みを川蝉さんは「後五百歳の時、上行菩薩、世に出現して始めて之を弘宣す」、つまり、上行菩薩である日蓮が世に出現して始めて之を弘宣したとするのでしょうが、以上のような思想背景からすれば、「上行菩薩が弘宣するであろう」と読まなければならないと思うわけです。
けれど、大本尊である万年救護本尊を実際に図示したところに記したのであるから、記したのが聖人である以上、上行菩薩は聖人であるという連想が基礎になっているのでしょう。
しかし、本尊抄に言う本尊とは
事行(じぎょう)の南無妙法蓮華経の五字並びに本門の本尊
という久遠五百塵点成道本門教主釈尊です。さらに前述には
未(いま)だ寿量の仏有(ましま)さず。末法に来入して始めて此の仏像出現せしむべきか
として仏像をもって出現することを示しているわけです。すなわち図示の曼陀羅図では仏像に契当しようもありません。
以上のことから、万年救護本尊の文が日蓮上行の証拠とすることには疑問を懐くわけです。
現行の日蓮教学は聖人を上行菩薩とすることが半ば常識化しているわけですが、そんな常識は私には無縁です。故にその常識の上にある宗派意識を拭えない学者先生の意見は参考にしません。真跡から決定できる事実を重んじたいと思うわけです。
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