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YOU、恥ずかしがってないで小説投下しちゃいなYO!
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どんどんこーい。
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「……あ……っ!?」
気付いた時には、もう遅い。
ハルさんのリボンが私の両手首に縛り付けられていた。……私が玩具の手錠で初紀ちゃんを拘束したように。
自由を奪われた両手は、即座に彼女の左手に押さえつけられてしまう。
―――私は、一体何時までこの青いリボンと、その持ち主に身も心も縛られ続ければいいの……?
「ほら、休んじゃダメだよ?」
「や、だ………ぅんっ!」
頭を掠める皮肉をかき消すように、淡々とした言葉と共に胸元を襲う緩い快感の波。
必死に抵抗の言葉を並べ立てようとしても、普段よりもオクターブ高い息混じりの母音に上書きされていく。
「や、っはぁ……うっ、あ、ん……んぅっ!」
「胸、おっきくなったよね。サイズはどれくらいかなぁ? うーん……」
暴力的なまでの快感に声を押し殺そうとする私とは対照的に、ハルさんは日常的な会話を楽しむような口調で、私の乳房の輪郭をなぞるように弄り回してくる。
「……んー……C、うーん……もっと、かな。じゃあDくらいかな? いいなぁ、私よりおっきいかも?」
「っ、ぅ、ん……っんんっ!」
質問の答えなんか初めから気にしていないような、私の弱い所を執拗に攻め続ける愛撫が続く。
それに堪えかねて、反射的にカラダを捩らせると―――内腿から熱と粘り気を帯びた感触が伝わってきた。
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でも、何か違う。
身体に、強制的に与えられる快感に耐える私とは別の―――程遠い位置に居た私がポツリと呟いたような気がした。
「じゃ、そろそろ―――」
―――"私の頭を撫でてくれた人は、こんなに、細い綺麗な指をしていなかった"。
―――"私を想ってくれた人が受けた辱めはこんなものじゃなかった"。
「っ!!」
私の秘部にハルさんの指が伸びる。
その刹那―――まだらな茶髪の男の子と、綺麗な黒髪の女の子の憐れむような視線。
「―――や……だっ!!」
―――誰かが倒れるような鈍い音が響く。
それが誰のものか確かめる為に、私は反射的に瞑っていた両目を恐る恐る開いてみる。
「っ、はぁっ、はぁ……っ」
……私だ。
私が、ハルさんを跳ね退けたんだ。
なんで、そうしたか、それが出来たのかは分からない。
ただ、急に……快感に打ちひしがれ、脱力していたはずの私の身体が―――弾かれたバネみたいに、反射的に動いていた。
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ソファの反対側に倒れたハルさんは、乱れた髪を直しながら上半身を起こす。
「いっ、たたぁ……もう、急にどうしたのかなぁ?」
肘掛けにぶつけた後頭部をさすりながら、ハルさんは首を傾げていた。
意味が分からない。
自分で自分の好きな人から享受出来るはずの快楽を手放してまで―――私は何を言おうしているの?
「……違う」
「……何が、かな?」
自問に自答するよりも先に、口が動いていた。
「あなたは、私に目先だけの希望を与えるような真似だけはしなかった!
私が、大好きだったハルさんは―――!」
――――あ。
「大好き"だった"、かぁ」
言葉を反芻するように、ハルさんは満足そうな、それでいて少し寂しげな笑顔を浮かべて呟く。
「ハルさんっ、今のは……その―――っ!」
「―――ちょっと待っててね」
取り繕う言葉を探していた私を後目に、ハルさんはジャケットの胸ポケットに仕舞ってあった携帯を操作し始めた。
程なくして、それを耳に当て、反対側の人差し指を唇にあてて、"しーっ"のジェスチャーを私に送るハルさんがそこに居た。
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「あ、もしもし。有島です。
ええ、はい。通知受取人"AO1617号"と御堂 初紀の共犯関係ですが……立証は無理でした。私でも取り付くシマも無い感じで。
……はい、責任は私が持ちます。
あははっ、先生だって元から私には期待してなかったじゃないですか。
そんな大仰な役目を果たせる器じゃなかったんですよ、私は。
―――えぇ、そうですね、尻拭いをお任せするのは忍びないですけど。
え? ……はい、分かりました。
……はい、先生も。
では失礼します」
無機質な電子音、閉じられた携帯、そして……私に向けられる大輪の向日葵のような笑顔。
「おめでとっ。るいちゃんの勝ちだよ」
何を以てして勝ち負けが決まるのか分からないハルさんとの勝負に、私はいつの間にか勝利を収めていた。
……初恋の終わりっていう、鈍い胸の痛みと引き換えに。
「……ごめん、なさい」
頭を下げても、涙は零れない。
昨日までの私なら、多分……ボロボロに泣いていたはずなのに。
「あははっ、なんで謝るかなぁ。むしろ私が責められる立場なんだけどな」
「……くすっ。なんで、でしょうね」
何だか急に可笑しくなって、ハルさんと笑い合う。
それは、昨日の天海駅での出来事からは想像も出来ないくらい穏やかな時間。
自分が女の子で、ハルさんも女性だからこそ生まれる時間。
……でも、それも長くは続かない。
「―――さっき電話で話していた通り、初紀ちゃん……御堂 初紀、何の罪状も問わないようにします。
しかし、元"AO1617号"。貴女には然るべき罰を受けていただきます。
それが、委員会の総意です」
打って変わった凛々しい顔でハルさん―――いや、"異性化疾患対策委員会"の委員長、有島 美春は言う。
……これで、陸と初紀ちゃんは……もう大丈夫なんだよね……。
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それは、私の望んでいた結末。
でも、それは同時に、私がこの街から離れなければならないことを指していた。
「……理解ある裁量に感謝します。委員長さん」
―――これで、いいんだよね。
私が通知受取人の資格を剥奪されても、陸は初紀ちゃんと結ばれる。
陸は、女の子にならずに済むし、初紀ちゃんの想いだって報われる。
今生の別れじゃないんだから。
……また、会える。
……また、会えるんだから……泣くな……私っ。
「残酷なようですが、あなたに猶予は与えられません。ご理解ください」
「……分かっています」
それは、つまり、陸や初紀ちゃんにお別れを言う機会は皆無だということ。
多分、ハルさんは名ばかりの委員長で、それほどの権限が与えられていないのだろう。
委員会の実権を握っているのが、家柄のバックボーンを持った神代先生だとすれば、初紀ちゃんに飛び火しなかっただけでも破格の裁量なんだ。
そう、自分に言い聞かせる。
元はと言えば全部私自身が蒔いた種。その禊ぎを私自身が受けるのは当然なのだから。
……それでもココロが納得出来ないのは私がお子様だから、かな……。
「……行きましょっか、委員長さん?」
そんな甘えを振り切ろうと、私は自ら口火を切った。
……ハルさんは、私に背を向けたまま出入り口の鍵のツマミを垂直に回す。
「……ごめんなさい。私がエスコート出来るのは、ここまで……です」
開け放たれた扉。
「……みんな、ツレないんですね」
ハルさんは、何も答えない。
……大丈夫、いつも通りだ。
もう慣れたんだ。
―――独りぼっちで、大丈夫だ。
ハルさんに会釈して、私は部屋を後にした。
〜青色通知13.3(るいの場合)〜
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ここまでしか書けてない自分に絶望。
何か真面目な話ばっかりで息が詰まりそうです。
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乙です
待ってたよ!
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続き待ってました!
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またしても百合とは
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〜青色通知14.0(陸の場合)〜
「―――ライっ! オライっ!」
最近あんまし見かけないタンクトップのお笑い芸人達みたいな掛け声で、俺は国産のそこそこ値の張る車を給油スタンドの近くに誘導する。
「ッケーです!」
……昨日までの慌ただしい日々が嘘のような、いつもの日常が戻ってきた。
学校を終えてから、いつもの仕事先であるガソリンスタンドで、いつものように働く。
ガソリン特有の鼻を突くような臭いが懐かしくも思える。
―――以前と違うことと言えば、未だ仕事用の帽子の下にホータイを巻いているせいで頭が蒸れちまうコト。
初紀が学校を休んでいたコト。
と……それと―――。
……止めだ、今更女々しいコト言っても仕様がねぇだろ……。
アイツに会えなくなったっつっても、今生の別れじゃねぇんだから。
いつまでもこんなんじゃ、アイツに笑われるだけじゃねぇか……!
後ろ向きな想いを振り切るために、たった今停車した、ちょいと値の張る国産車の運転席の横までダッシュする……が。
「―――っ、とと……!?」
……くそったれ、まだ頭に血が足りねえってのか? てめぇの体重すら支えきれない軟弱な脚を睨みつける。
……我ながら情けないカラダだな……畜生、言うこと聞けっつってんだろーがっ!!
「……"ひー坊"!」
足に気合いを入れ直そうとアスファルトを踏みつけようとする、……したのだが……その前に、店長が俺に声を掛ける。声を掛けるっつーか、叫び声、怒鳴り声に近かった。
……つーか、いい加減"ひー坊"呼ばわりすンのはやめてくれ。
項垂れた視線の先の灰色を代わりに睨み付けながら店長に念を送る。
「こらぁっ、聞いてンのか"ひー坊"!?」
その、どっかで聞いたような怒鳴り声から分かる。俺の念は残念ながら店長には届いちゃいなかった。
何で俺はテレパシストじゃなかったんだ。
そんな生産性の無いコトを考えてから、頭を横にぶんぶんと振る。……ちっとばかし目眩がした。
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「あい、聞いてますっ!!」
「じゃあ帰れっ!!!」
「あいっ!! ……はい?」
体育会系のノリに乗っちまった俺は勢いで返答してから首を傾げる。
今話題の人件費削減ってヤツか……? そこまで切羽詰まってンのか、ウチのスタンドってのは。
「そんなカラダで働いてても邪魔なんだっつってんだよっ!! とっとと帰れドアホがっ!!!」
「―――っ、ンだとぉ………っ!!?」
「アタマから血をちょこっと零したくれぇでヘコたれる奴なんざ要らねぇんだよッ!! 」
「あぁっ、だぁれがヘコたれてるって!?」
「てめぇだろうがっ!」
「っざけんなっ! 通常の3倍速でやってやらぁっ!!!」
頭に足りなかった血が急速に満ち溢れていく気がした俺は、今し方誘導した車の運転席へオリンピック級の速さで駆け寄る。
背後で店長が"単純な野郎だ"とか何とか他のスタッフと笑っていたような気がするが、気にしたら負けだ。
「らっしゃっせー! 本日は………、っ!?」
「―――レギュラー満タンでお願いしますねっ、陸くん」
―――車窓の強化ガラスを下ろした先に見えた顔は俺の見知った顔だった。
……一見すると、運転席に座っていることにすら違和感を覚えるほどの若い風貌を持った女性。
初葉さん―――初紀のおふくろさんだ。
相変わらず整った顔立ち。とても思春期の子供を持つ母親だなんて思えないほど綺麗だ……。
それがなんであの熊みたいなオヤジさんと結婚したのかは、近所では地域の七不思議の一個に数えられているとかなんとか。
………確かに謎だ。
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「―――レギュラー満タンですね!! ありがとざいあすっ!!」
背後に刺さる店長の視線で我に返る。
……今日、学校を休んでいた初紀のコトを聞き出したくなる衝動に一瞬駆られたが、今の俺は赤い彗星なのだ。
開かれた給油口にホースを突っ込み、その間に窓ガラスを通常の3倍速で拭いていく。
が。
―――ガコンと、ホースから給油が終わった音がした。
……って、早くね?
まだワイパーの拭き取りも終わってねぇンだけど……。
「どうやら、ひー坊の3倍速はアテにならねーみてぇだなぁ?」
「………っ」
勝ち誇ったように店長が言う。
くそったれが……!
「それ終わったら今日は上がれ、いいな?」
「………」
「返事はッ!!?」
「……あいっ!!!」
悔しさを奥歯でかみ殺しながら、俺は初葉さんの車に背を向けようとした、その時―――。
「―――陸くん。誰だって調子の悪い時はありますよ。あまり気を落とさないで下さいっ」
車窓から手を伸ばし、俺の油まみれの両手を握りしめる初葉さん。
「……ありがとう、ございます」
すっかり勢いを失っちまった俺は、初葉さんの励ましにも虚ろに答えるしか出かった。
心なしか、そこに居たスタッフみんなが笑いを堪えてるように見えたのは……俺の被害妄想なんだろうか……?
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「さ、行きましょうか」
「……うぃす」
乗り込んだ御堂家の自家用車の助手席は少し足元が窮屈だった。
「陸くんの背丈じゃ、ちょっと狭いでしょう? 少し座席をズラしてください。座席の下にレバーがありますから」
「あ……はい」
いつもはアイツの……初紀の特等席らしく、これがアイツの丁度良い位置なんだとか。
些細なことなんだろうけど、初紀の"女"として部分をもう一つ見つけられて……嬉しいような寂しいような複雑な気分に駆られる。
「……ごめんなさい」
そんな不謹慎なことを考えていたら、急に初葉さんは消沈したような顔をして口を開いていた。
俺、初葉さんに謝られるようなコト……されたっけか?
信号が赤から青に変わる間に記憶を必死に巻き戻す。……いや、思い当たるフシはねぇ。皆無だ。
「……あの、何が……ですか?」
「一昨日、あなたが主人に気絶させられたコトです」
……思い出した。
確か、初紀のオヤジさんにぶっ飛ばされたんだっけか、物理的に。しかも道場の門に体がめり込むくらい。
……今思い返してみれば、よく死ななかったな、俺。
あん時も事故った時も……大した怪我も無かったし、悪運だけは強いのかもな。
「手加減していたとは言え……本当に申し訳ありませんでした……」
前言撤回。
手加減してたんスか、アレで。軽トラに轢かれたような錯覚を覚えた気がするんスけど。
……もしオヤジさんが本気を出したら、俺は間違いなく綺麗な川と花畑が拝めるだろうな。
……今度から気をつけよう、そうしよう。
「別にいいっスよ。現に俺は生きてるし、大した怪我もしてないんスから」
……気にしてないって言えば嘘になる。
けど今、俺の右横で大仰に謝り続ける初葉さんは何も悪くねぇし。
……それに、オヤジさんの気持ちも、ちょびっとは分かる気がするしな。
帰り際に買ったカフェラテを口にしながら、俺は初葉さんから目を逸らした。
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「……ありがとうございます。でも、あと謝ることが二つあるんです」
「え。な、なんスか? 二つって……」
「あの後、初紀も主人とちょっと喧嘩をしまして……」
「はぁ」
「喧嘩に負けた初紀も気絶して……」
「はぁ」
「部屋がなかったので陸くんと同じく初紀の部屋に寝かせました」
茶色の霧が車窓の外へ消えていく。
「あらあら、お行儀が悪いですよ」
「誰のせいッスかっ!?」
……だからか。目が覚めた時、初紀が横で寝てたのは……!!
「そしたら、……あなた達は私の口からはとても言えないような体勢になって―――」「―――わーっ!! わーっ!!!」
初葉さんに見られてたのかよっ!!?
あの……オトコとして最も恥ずべき瞬間を……!!
……ヤバい、急速に死にたくなってきた。
「まぁ、冗談はさておき」
「冗談だったンスかッ?!!」
「あらあら、まさか心当たりが?」
心当たりどころか大当たりなんですが、その冗談―――とは口が裂けても言えない、言えるわけがない。
間違って初紀のオヤジさんの耳に入ったら、ぶっ飛ばされる。……三途の川の対岸まで。
……血の気が引いた音を初めて聞いた気がした。
そこで、ふと我に返る。
初葉さんのイタズラっぽい笑みに気付く。
「どうしました?」
「めっそーもないっ!!」
俺はバネで弾かれたように無心で首を左右に振る。
……ちっとばかし目眩がした。
「くすっ、そうですか。それは残念ですね」
初葉さん……本当は全部見越して訊いてるんじゃないのか?
……気にはなるけど、聞いちまったらオシマイな気がした。
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「そ、そう言えば、もう一個の謝りたいことってなんスか?」
俺は半ば強引に話の流れを変える。苦しいかとも思ったが、初葉さんは気にする様子もなく。
「あ、そうですね。……実はさっきの給油なんですが」
「……はい」
……俺が赤い彗星になりそこねた時か。
「あれ、私のせいなんです」
「……はい?」
「私が、店長さんにお願いして、陸くんを連れ出す口実を作ったんです」
どういうこっちゃ?
言ってる意味を咀嚼出来ずに居ると、初葉さんは運転席のドアポケットから何かを取り出して俺に手渡した。
なんだコレ? ……レシート?
「……ガソリン代、372円? 372円ンン!!??」
―――まさか……。
「ごめんなさい、今さっき給油されたのは3リットル前後だったんです」
たった3リットルの給油の間で、手を抜かずに窓を全部拭ける訳がない。
―――店長の野郎ぉ……ッ!
俺が仕事を上がらされた時の、スタッフ達のニヤニヤ笑いの原因はコレか!
ハナっから素直に事情を説明すりゃいいものを、ヒトをコケにしやがってぇ……!!
いつか店長の制服を車用の光沢剤まみれにしてやる……!!
「着きましたよ?」
俺が小さく復讐を誓った時には、既に助手席の窓側から、相変わらず周囲を威圧してるとしか思えない"御堂空手道場"のデカデカとした看板が見えていた。
……なんか流れで来ちまったけど、……その、気まずい。
なんだかんだ言って昨日、初紀に最後に会ったのって……その、……だぁああぁッ!
「陸くん、どうしました? 身悶えてるみたいですけど……」
「なっ、なんでもないッス!!」
……今なら、貧血気味の頭を一瞬にして元通りに出来るような気がした。
〜青色通知14.0(陸の場合)〜
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とりあえずここまで。
エンディングまで後少し……かも。
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カーチャンが素敵過ぎて濡れたwwwww
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わかった!これは婚約を認めてもらう前の男の心境ってやつだな!
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〜青色通知14.1(初紀の場合)〜
……不覚、としか言い様がない。
宗にいの用意した車でウチに送って貰った後……私は、パジャマに着替えようとして、制服を脱ぎ散らかして―――その後の記憶がない。
"オチる"ってああいうコトを言うのかな……?
兎に角、私はとてつもなくだらしのない格好で眠りについていた。
それがマズかったらしい。
……全身が鉛をくっつけたように重たい。
身体はブラウス一枚で南極に居るみたいにガタガタ震えが止まらないくせに、頭だけは釜茹でにされたように熱い……。
……。
構図を想像しちゃダメだ、私。
―――あの可愛らしい短めのポニーテールをネガティブに真似てから、今日までに溜まりに溜まった疲れに加えて―――昨夜、ブラウス一枚で寝てしまったコトが身体にトドメを刺したらしい。
翌朝、フラフラと起きてきた私の異変をいち早く察知した母さんから、有無を言わさず口に婦人体温計を突っ込まれた。
案の定、水銀は38の数字を通り過ぎた位置で止まり、私はベッドに寝かしつけられる。
"こんなの大したコトない、気合いでどうにかなる"って……陸みたいな精神論で自分を奮い立たせようとしても、身体は誰に似たのか頑として動こうとしない。
……私の身体のくせに。
……。
でも、内心ほっとしてる自分も居たことも確かだ。
もし学校で陸と会っても、どんな顔していいか……わかんないし……。
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……今思い返してみると、顔面から火を吹きそう。
だって、るいちゃんに身体を弄られて、気持ちよくなっちゃって、頭がほわほわしてたからって……自分から、その、陸に迫るなんて……。
「〜〜〜っ!!!」
頭に浮かんだ恥ずかしい場面を振り払うように掛け布団を頭まで被ってみても、真っ暗な視界に浮かぶのは、私を押し倒した陸の真剣な眼差しと……私が受け入れる筈だった陸の―――
―――って、だ、だから、考えるなっ、私っ!!
「………ぁっ」
掛け布団の中で身を丸めていたら、内股に……湿った感触。
……コレ、まさか。
……や、違うっ、単に寝汗をかいただけ―――!
おそるおそる、そこに手を伸ばす。
指先が、その腿の湿り気触れる。
ぬるりとしていたそれは……寝汗なんかじゃなかった。
「………、ぅ……ん……っ」
無意識の内に、私は下着に触れていた。
……って、何を考えてるんだ私っ!?
これじゃ、単に私が欲求不満みたいじゃないかっ!!
「っ、……や、だぁ……っ」
止まれ……止まってよぉ……っ!!
熱に浮かされたアタマで、必死に身体に懇願しても、私の手先は私の意志に反して、徐々に、熱を帯びた核心へと近付いていく―――。
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『……初紀ちゃん』
「―――っ」
……なに考えてるんだ私は。
陸やるいちゃんのコトを忘れて、私はまた自分のことばっかり考えて……!
バカだ。変態だ。サイテーだ。このまま熱に浮かされて死んじゃえっ!
るいちゃんだって、陸の事が好きだったのに、それなのに……身を挺して私と陸を守ってくれた。
それに引き換え私は何だッ!?
自分のコトばっかりで、そのくせ人に救ってもらってばっかりで……。
友達としても、異性としても陸の力になれてないじゃないかっ!! るいちゃんの力にもなれなかったじゃないかっ!!
……あまりに無力だったじゃないか。
そんな私が、こんな快感を享受する資格なんて、ない。
それを、るいちゃんに気付かされるなんて……ホント、バカだ。
自分勝手と自己嫌悪の繰り返しばっかり……はぁ。
……学習机に立てかけた時計を見やる。
もう、5時か。
熱も下がってきたし……いつまでもブラウス一枚で寝てるわけにもいかないな……。
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「パジャマ、パジャマ……」
重たい身体を引き摺ってタンスの中を漁る……けど、目当てのものは見つからなかった。あーもぉっ!
……そうだ、居間のタンスに仕舞いっぱなしだったんだっけ……。母さんはしっかりしてるようでヌケてるとこが多いよね、ホント。
仕方無く、私はパジャマを探しに階段を降りて、居間の引き戸を目指す。
―――っ……こんなに、ウチって広かったかなぁ……?
「―――ッ!」
居間から誰かの声がしたような気がした。
あれ。母さん帰ってきたのかな。
「おかえりーかあさ……」
私が何の気無しに居間への引き戸を開けた瞬間に………時間が凍り付く。
そこには家族以外にも見知った顔があった。
顔を真っ赤にして口をパクパクと動かしている陸と宗にいと父さん。
微笑ましく他人事のように笑う母さん。
そして、ブラウス一枚の私。その下は―――。
「い――――」
私が熱を帯びた回路が解答を導き出した瞬間に、時間は即座に流動する。
「―――いやぁあぁあぁっ!!!!!!」
各々に断末魔をあげて、天井には父さんの、畳には宗にいの、障子には陸の生々しい血痕がバラまかれた瞬間だった。
それが、私の放った拳と蹴りものなのか、はたまた彼等が能動的に出した鼻血なのかは……わからないけど……。
……陸の言葉を借りるなら、"いっそ殺してくれ"と本気で思った瞬間だった。
その前に、今血を流してる人達の方が先に死ぬかもしれない、とは微塵も考えずに。
〜青色通知14.1(初紀の場合)〜
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とりあえず、短くてごめんなさい。
初紀はホント、色々と不幸です。
誰だっ、メインヒロインをこんな扱いにした奴! 原作者出てこいっ!!
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はなぢwwwwww
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ノ
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もう17.5禁でも良いな
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>>893
先生、続き書いてください。
>>894
こんだけエロ書いてるのに合体しないのも珍しい。
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むしろエロで萌えさせるのが女体化ものの醍醐味
エロと女体化はカレーにメシのような関係なのだ
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【目指せ、甲子園―5】
今日もほとんどの授業を寝て過ごしているうちに、帰りのHRの時間になった。
んで、そのHRもすぐに終わり、放課後。
「さっ、早く部活に行きましょ!」
「わかったから腕から手を離してくれないかな。望の握力が強くて右腕が痛いんだけど……」
「やだ♪」
「あっ、本当に冗談抜きで痛くて……せめて左腕にしてえええええええ!」
「龍一……モテる男は辛い、って本当だったんだな」
「翔太に関しては間違ってはいないな……」
俺の悲痛な叫びをBGMに、2人は好き勝手な事を喋っていた。
部室の扉を開くと、すでに3人の男子がユニフォーム姿で談笑していた。
その内の1人は、俺の知っている人物、安川だった。という事は他の2人も……
「お、麻生。もう来てたのか」
「……早かったな、成田」
陽助と龍一の言葉に、麻生と呼ばれた男と成田と呼ばれた男は、返事を返した。
「と言う事は、この3人が今朝言ってた新入部員か?」
3人は同時に頷いた。
「そうか、これからよろしくな」
俺は握手を求め、手を差し出した。
この場にいる7人で自己紹介をして、お互いの事を知った所で練習を始めた。
「よし、まずは準備運動から……って坂本先輩がいないな」
なにか違和感を感じると思ったら、声を張り上げ練習の指示をする坂本先輩がいないせいだった。
「あ、坂本先輩なら今日は来ないって」
陽助が屈伸運動をしながら答えてくれた。
「何か用事でもあるのかな?」
「戦力になりそうな生徒がいるからスカウトしに行くってさ」
「へえ、スカウト成功するといいな」
「ああ、成功すればめでたく9人揃うしな」
「まあ、明日になればわかるか」
しかし、翌日も、そのまた翌日も、坂本先輩は部活に来なかった。
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そして、さらに翌日の昼休み。
「おい、翔太、龍一。坂本先輩が今日も休むって」
「今日もか!?」
さすがに4日連続ともなるとちょっとおかしい。
「普通、スカウトに4日もかからないよな?」
「うん……多分」
「怪しいな……」
俺達は何も言わなかったが、考える事は同じだった。
『放課後、尾行しよう』
そして、放課後。
「んじゃ行こう」
陽助と龍一にそう言うと、2人は黙って頷く。
坂本先輩の所属する2―Aの前まで来る。
まあ、教室の前にボケッと突っ立っているとバレる危険性が高いのだが、幸いにも他の2年生もHRが終わったらしく廊下には、主に2年生が多数いる。それに紛れて坂本先輩にバレずに尾行する事が出来れば……
「ん? お前達……なんでここにいる?」
一瞬でバレた。
「なるほどね。スカウトに4日もかけるから何事かと思って見に来たって訳か」
坂本先輩の言葉に俺達は頷いた。
結局、坂本先輩に見つかった俺達は何故2年生の教室の前にいるのか問い詰められ、素直に白状した。
「実は、スカウトしようとしてる奴は友達なんだ」
そう前置きして、坂本先輩は喋りだした。
「一年前、まだ私が新入生だった頃、私とアイツは一緒に野球部に入った。だか、アイツは秋の予選が始まる直前に退部した。何故だと思う?」
先輩はわずかに顔をしかめながら、俺達に問いかけた。
理由は色々あるだろう。いじめだったり、家庭の事情だったり、単に面倒になったり、とすぐ考えつく理由だけでもこれだけある。
だが、俺はそんな理由ではないと思った。先輩の表情を見ていると、ある1つの答えが頭の中に浮かぶ。
「もしかして、女体化が理由ですか?」
俺がそう言うと、坂本先輩はさらに顔をしかめて、頷いた。
「当時の部員には私の他に、女子部員が2人いたから、アイツの女体化によって、誰か1人が辞めなくてはいけない状況だった」
「それで先輩の友達は、辞めたんですか」
「ああ……」
「「「「……………………」」」」
しばらくの間、誰も口を開かなかった。
やがて、先輩が口を開いた。
「だが、今は違う。現在、女子は私と明石しかいない。今は大丈夫なんだ、アイツの入る枠があるんだ」
静かな、強い意志を感じさせる口調だった。
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話が終わった後、俺達は余計な口出しはしない、という条件付きでスカウトの様子を見せてもらう事にした。
邪魔が入りにくいという理由から屋上で話し合う約束をしたらしく、4人で屋上に向かう。
「いいかお前ら、絶対に余計な事は言うなよ」
「「「はい」」」
坂本先輩は、屋上へと続く扉の前で振り返り、念を押してきた。
俺達が返事をすると満足そうに軽く頷き、扉を開いた。
そこは殺風景な場所だった。
それなりに広いその場には何も置かれておらず、ただ転落防止用の金網が設置されているだけの空間だった。
そして、その空間の中心に一人の少女がいた。
「すまない、待ったか?」
その言葉に少女は微笑みを携え振り返る。
「ううん、今来たばかりだよ」
なんかドラマとかでよく見るカップルのようなやり取りしてるな……しかし、そんな事よりも、たった今疑問に思った事が1つある。
坂本先輩の話では、スカウトする生徒は女体化した2年生って事だったんだけども……
この人って本当に元男?
どう見ても元男には見えない。
身に纏っている空気というか雰囲気というものが、女体化後の一年程度で身に着いたものとは到底思えない。元から女じゃなかったのか、と思ってしまう。
だが、当然俺の思考とは関係なく2人の話は始まる。
「みちる、野球部に入って……いや、戻ってきてくれないか?」
「またその話? その話は断ったじゃない」
みちると呼ばれた先輩はちょっと困ったように微笑んだ。
「だが、私はお前と一緒に……」
みちる先輩が断ったのにも関わらず、坂本先輩は諦めず勧誘しようとする。しかし……
「…………ごめん」
その一言で坂本先輩は黙りこんでしまう。
「……それじゃ、また来週ね」
気まずい空気の中、みちる先輩は逃げ出すように屋上から立ち去った。
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その後、坂本先輩はもの凄く落ちこみ、結局部活を休んだ。
俺達は一応部活には出たが、アレを見た後でやる気が湧くはずもなく、全然練習に身が入らなかった。
なんだか胸の中がモヤモヤするような気持ちを抱えて帰宅した。
帰宅した俺を待ち受けていたのは、妙に機嫌の良い母親だった。
「ただいま」
「あら、おかえりなさい♪」
「ご機嫌だね。何か良い事あったの?」
「ん、ちょっとね〜」
良い事があった事は認めるも、具体的には何なのかを伏せている。
ま、どうせ体重が落ちたとか、へそくりがたくさん溜まったとかその程度だろ。
「さ、着替えてきなさい。すぐに晩ご飯出来るから」
「おう」
自分の部屋に入り、クローゼットを開けると少女趣味全開な空間が目に飛び込んでくる。このクローゼットはここ数日ですっかり内容が変わってしまった。
女体化する前にあった、男性物の服はほとんど無くなり、代わりに女性物の服、しかも少女趣味な服が圧倒的な割合を占めている。
「はあ……」
最近はこのクローゼットを開く度にため息が漏れる。
結局俺は、夕飯を食べた後に少し走ろうと思いジャージに着替え、居間に戻った。
「あら、ジャージにしたの?」
「うん、後で少し走るつもりだから」
「そうなの、せっかく可愛い服をたくさん揃えたのに……」
母さんは不服そうに顔をしかめる。
母さんには悪いが、俺は家の中だろうとあの服を着る気はない。
それに、俺の服を買うのに金を割くよりは自分自身のために使った方がよっぽど有意義だろうよ。
そんな事を考えながら、少し不機嫌になった母さんが運んできた料理を黙々と食べ進めた。
夕食を食い終わった俺は、母さんのしつこい愚痴(もちろん服装関係の)から逃げるように外に出る。少し食休みしてから走ろうと考えていた俺の計画は見事に崩れさった訳だ。家の中では、さらしを巻く必要もなかったから着けてこれなかったし……まあ、あっても無くても、見た目的にはあんまり変わんないけどさ。
「……しょうがない。走るか」
飯を食った後にすぐ走るのはやや体が重く感じるので、あんまりやりたくはなかったが他にする事もないので仕方なく走る。
-
そして30分後
「はぁ、はぁ、はぁ」
俺は息を乱しながら、石段を駆け上がる。
今日は神社を折り返し地点にしたコースでランニングする事にしたのだけど、その神社にはとても長い石段がある。
俺は今、まさにその石段を上っている訳なんだけど……
「や、止めとけば……よかった……」
もう、俺の体力は限界だった。俺は足を止め、その場に座りこむ。
「これ……無駄に長い」
俺は、まだまだ先のある石段を眺め、思った事をそのまま呟く。
ここで一人愚痴を言っていても何にもならないのだが、言わずにはいられない。
そのあまりの長さに目標を下方修正して、すぐさまUターンしたくなるのだが、皆を欺いて甲子園に行く事に比べると、この程度で音をあげてはいられない。
「よし、休憩終わり」
俺は立ち上がり、再び石段を駆け上がった。
それから20分ほど上り続け、ついに神社のある頂上まで辿りついた。
「夜の神社ってなんか妙に不気味だな」
神社はもう少し奥の方にあるが、ここから見える神社は辺りが暗いせいで薄ぼんやりとしか見えなく、さらにボロ……古めかしい外観と相まって少し不気味に見える。
「でもせっかくだから女になったのバレないようにお参りしていこうかな」
そう考え、神社に近づいていった。が、その途中で歩みを止める。
なぜなら、何者かが神社の前に立っていたからだ。いや、何者か、と言うのには間違いがあるな。
その人物は上半身に白衣を、下半身に緋袴を纏っていた。夜の暗さに加え、目の前の人物は俺に背を向けているので断定は出来ないが、その服装はいわゆる巫女装束という物で、それを身に着けているこの人は紛れもなく巫女さんだろう。
-
ただ、その巫女さんは少し様子がおかしかった。
もう夜だというのに箒を持って、掃き掃除をしている。普通そういうのって明るいうちに済ませるものだろう。
少し疑問に思ったが、俺には関係の無い事なので無視して賽銭箱の方に歩きだして、盛大にこけた。
「ぐぁ」
地面に体の前半面を打ちつけ、間抜けな声が俺の意思と無関係に口から漏れる。
こんな無様に転んでしまった原因はわかっている。関係無いと思いつつも、目では巫女さんを見てしまっていた。といっても、妙な違和感を感じたから見ていた訳で、別に変な意味で見ていた訳じゃない。
ちょっと話が逸れたが、原因は余所見して足元不注意状態だというだけに過ぎない。
俺が冷静に自己分析をしながら身を起こすと、前から声が降りてきた。
「大丈夫ですか?」
若い女性の声だ。あの周辺には俺と巫女さんしかいなかったので、多分その巫女さんだろう。
「あ、大丈夫です」
俺は立ち上がり、巫女さんの顔を見て……驚きに思わず目を見開いた。
巫女さんの方も、俺と同じような表情になっていた。
なぜ驚いたのかって?
なぜなら、目の前にいる巫女さんの正体は、つい数時間前に学校の屋上で会った『みちる先輩』だったからだ。
【目指せ、甲子園─5 おわり】
-
とりあえずここまで
前回の投下から一ヵ月も間が空いてしまった……
-
gj!
なんか今までにない感じでwkwkする
-
【目指せ、甲子園─6】
「痛いっ! っていうより染みる!」
今、俺は神社よりさらに奥の方にある、みちる先輩の家にいる。
あの後、互いに驚いた顔のままで見合っていたが、先輩が何かに気づいた表情になり
「あの、怪我しているようなので良かったら私の家で手当てして行きませんか?」
断る理由はなかった。むしろ、この先輩には聞きたい事がある。しかし、夜の神社で立ち話はさすがに……と思っていた所だったので、まさに渡りに船だ。
と、そんな訳で現在居間らしき場所で手当てを受けている。
しかし、まさか転んだ程度で怪我するとは……あんまり痛くなかったのに。
「って痛いいいぃぃ!」
突然、怪我をした頬のあたりに焼けつくような痛みが走った。
「あ、す、すいません」
あまりに唐突かつ強烈な痛みに叫びながら悶えていると、先輩が頭を下げた。
「間違って消毒液を勢いよく出してしまいました」
どこをどう間違えたら、消毒液が傷口目掛けて噴出されるんだ。と言いたい衝動をグッと堪えて、ちょっとビックリしただけですから大丈夫です、と言っておいた。
頬を伝う消毒液をティッシュで拭い、絆創膏を貼ってもらった。
しかし……さっきから気になっていたんだが、妙に静かだな。俺達以外の気配と物音がしない。
「あ、両親は旅行に出かけてるんです。弟達と妹もそれぞれの友達の家に泊まりがけで遊びに行ってますし。ですから今日は私一人なんですよ」
俺の心を読んだかのような台詞が聞こえた。そんなに気にしてるように見えたか、俺。
-
怪我の手当てが終わり、ようやく本題に入る事ができる。
本題。それは野球部の入部を巡っての件についての話だ。
何故、みちる先輩は入部を断り続けるのか。
そもそも、一年前に退部したのが自分の意思なら仕方ないが、その時は女体化したみちる先輩を含めて4人いる女性部員のうち、誰かが辞めなくてはいけない状況に陥ったため、部を辞めなくてはいけなかった。そこに個人の意思はなかったはずだ。それに、坂本先輩の話だと本当は部活を辞めたくなかったらしい。
今は去年と事情が違う。それなのに、何故入部を拒むのか?
心変わりしたという可能性も否めないが……まあ、そこら辺は聞けばわかるか。
今日、坂本先輩の頼みをバッサリと断った光景を見たせいでちょっと聞きにくいが、聞かなきゃ始まらないな……よし、意を決して聞いてみる事にした。
「あの、先輩……」
「なんですか?」
「なんで先輩は……その……」
やっぱり聞きづらい。こういうのって時間を置くほど話しづらいのに、どうしても聞きづらい……!
「?」
みちる先輩は不思議そうな表情で首を傾げている。
ど、どうしよう。
「え、えーと、先輩は、その……」
「…………」
みちる先輩は、黙って俺の言葉に耳を傾けようとしてくれている。
この無言の空気は辛い! とりあえず何か言うんだ、俺!
「せ、先輩は……なんで、さっき巫女さんの格好をしてたんですか!?」
「我が家は代々そういう家系なんですよ」
先輩はやや戸惑いながら答えてくれた。まあ、真面目な話が出てきそうな雰囲気だったのに、実際には『何故巫女服を来ていたのか』って話だったから、戸惑うのも無理もないだろうとは思うけど。
だけど初っ端から本題ってのも性急すぎだよね。まずは他愛も無い話から徐々に本題の話にシフトさせて──
「本当に聞きたいのは、そんな事ではないでしょう?」
──いこうか、と思った矢先にみちる先輩から、そう言われた。
-
俺は少なからず動揺した。
だって、またもや俺の心を読んだかのような台詞を口にしたのだ。
一度ならまぐれ当たりという事もあるだろうが、二度めともなると本当に読んだのかと思って、ちょっと怖くなってくる。
……いや、そんな訳ないよな。冷静に考えて、心を読めるとかそんなのはありえない。たぶん偶然に偶然が重なったとか、そういう類のものだろう。
…………うん。よし、落ち着いた。
さて、落ち着いた所で本題に戻ろう。
先輩は、俺に「本当に聞きたい事はそんな事じゃないだろう」と言ってきた。
この発言の意図が偶然か必然かはともかく、なかなか野球部の話を切り出す事の出来なかった俺にとっては、まさに渡りに船だった。ついでに落ち着いた事で変に度胸が据わった状態になっている。
話を切り出すには今しかない!
「先輩は……どうして野球部に入れるのを拒んでいるんですか?」
この台詞を口にした瞬間、ちょっとした解放感と安堵感の混じった感覚を味わった。さっきまで言いたいけど言い出せなかったから妙にプレッシャーのようなものを感じていたから、それが済んだ事からの感情だろう。
しかし、ここで気を緩める訳にもいかない。むしろ、ここからが本番なんだ。
長く味わっていたい、心地よい感覚を無理矢理引っ剥がし、ついでに座り方もあぐらから正座に変えて、気を引き締める。
「何故入部を拒んでいるかって……そんなの簡単ですよ」
先輩は感情を無理に押し殺した声色で言葉を紡ぐ。
「飽きたからですよ、野球には」
「嘘ですね」
即答した俺を映す先輩の瞳が揺らいだように見えた。
その状態を一言で現すとしたら恐らく『動揺』というのが近いだろう。
「どうしてそう思うんです?」
だが、先輩がそんな状態に陥ったのも束の間。次に言葉を発した時には声、表情、態度、どれにもどこにも動揺のカケラすらなかった。
「白々しいんですよ」
「え……」
「だから、白々しいんですよ。嘘をついている人間からしか感じ取れないような白々しさが、先輩のさっきの台詞から感じたんですよ」
「……っ」
先輩の表情には、完璧に隠れたはずの動揺が現れていた。しかも、さっきのようにすぐには消えそうもなく、先輩の顔にはその表情のみが張りついたままになっている。
-
ちなみに言うと、白々しさを感じたってのは半分本当で半分嘘だ。
厳密には白々しさではなく違和感を感じていた。
先輩が嘘をついた瞬間、何か違和感を感じた。
俺はその違和感の正体に感づく前に先輩の言葉を即答で否定していた。
そして先輩に理由を聞かれて、咄嗟に違和感を『白々しい』という言葉に置き換えた。咄嗟に口にした割には結構しっくりくる表現だった。
現に先輩も自分自身の言葉を『白々しい』と思っていたのか、動揺を隠す事が出来ないようだ。
とりあえず、これで嘘を封じる事が出来た。
嘘を言った直後に見抜かれたのだから、誰だって嘘を言うのは控えるだろう。
「では、野球部への入部拒否の理由を言ってください。今度は嘘をつかないでくださいよ」
「うっ……はい」
念のため、忠告をしておいてから先輩に話すように促す。
「理由は、その……」
「…………」
「えーとですね…………」
「…………」
凄く言い辛そうだ。
さっき自分も味わったからわかるけど、これって結構焦らされるから精神的に疲れるんだよね。
とりあえず、さっきの先輩のように言い出しやすい雰囲気でも作ってみるか。
「先輩、俺は別に先輩を非難する気はありません。どんな理由だろうと、馬鹿にしたりとかはしませんよ」
「……笑いませんか?」
「え?」
「理由聞いても笑わないでくれますか?」
「もちろんですよ」
俺が頷いたのを見て、話す決心がついたのか一つ小さく咳払いをして口を開いた。
「私が野球部を去った経緯は知ってますか?」
「はい、坂本先輩から聞きました。女体化して女性部員の定員がオーバーしたからですよね」
「それなら、話は早いですね」
-
「私が女体化した後、野球部の人達の私を見る目が変わったんです、ただしまどかちゃんを除いて……あ、まどかちゃんってのは貴方達の言うところの坂本先輩の事ですよ」
「はあ……」
あの坂本先輩をちゃん付けで呼ぶとは、ある意味凄い人だ。って、その話も少しは興味を惹かれるけど今は話に集中しないと。
「あの頃は秋の予選を控えてましたから、4人目の女子選手となった私は疎ましく思われていました。『早く部を辞めろ』的な視線は毎日のように浴びてましたし」
大会前だから、他の部員も少なからずピリピリしてただろうけど、みちる先輩には落ち度は無いというのにその態度は納得がいかない。
「それで私は一応ベンチ入りだったんですが、大会の時に女子部員が4人以上いる状態だと予選大会に出場自体出来なくなりますから、退部届けを出したんです」
納得はいかないが、それが規定で定められている以上、しょうがない。こういう風な強制的に誰かが退部するような状況もあるから、この規定に対する非難が多いんだよ。さっさと人数制限の規定を緩くするか解除するかすればいいのに。
「私はあの時の思いはもう味わいたくはないんです。たった一晩で野球部がガラリと変わったあの時のような事は二度と……情けないと思われても仕方ありませんが、怖いんです……」
先輩は喋り終えると、うつむいて一言も言葉を発しなくなった。
しかし、そんな事があったとは。昨日まで親しかった奴や普通に接してこれた奴から、好意的とは言えない態度をとられたり視線を向けられたのだから、野球が嫌になるのも仕方がない。
これがもし、俺の身に起こっていたら。万が一、陽助や龍一が俺に悪意ある態度をとってきたら……そう想像しただけで怖い。
これが、先輩が野球部への入部を拒む理由か。
しかし、先輩は間違えている。
「先輩。俺達はそんな事はしません、絶対に」
そう、俺達は誰がどんな事になろうと、絶対に悪意のある対応をしない。
-
俺がそう反論するも、先輩はうつむいたままだった。
「貴方の言っている事はわかりますけど……」
「言っている事はわかる、けど信じられませんか?」
「……すいません」
当然だろうな。言うだけなら誰にでも何でも言える。それに、会ったばかりの俺の言葉に信頼性など持てる訳もないだろうし。
でも、今の俺に出来る事は信じてもらうように説得する事だけだ。
「先輩。信じてもらえない事は理解しています、だけどもう一度だけ俺達を、野球部を信じてください」
先輩はゆっくり顔を上げて俺の目を見た後、困ったように視線を宙に漂わせた。
「お願いします、先輩」
「……少し考える時間をください」
この答えは……少しは希望が見えてきた、かな。
「いい返事を待っています」
俺はこの話を終える事の意味合いも込めて、深く頭を下げた。
「さて、じゃあ俺はそろそろ帰ります。結構時間経っただろうし」
時計に視線を寄越すと、時計の短針は9時の方向を指していた。
「あっ、はい」
俺は帰るために立ち上がろうとして……向かい会うように座っていた先輩の方に倒れこんだ。
「あ、あ、あ、あのっ!?」
先輩が、どもりと焦りの入った困惑の声をあげている。
「あ、あ、あ、あのこれは……」
俺も、どもりと焦りの入った声を喉から絞り出す。
「その、正座してたせいで足が痺れてまして、決して他意がある訳では」
本当の事なんだけど白々しい言い訳のように聞こえる。なぜなら、傍から見たら俺が先輩を襲っているようにしか見えない。俺が先輩に覆い被さっているような体勢も、襲っているようなシチュエーション作りに一役買っている。
「わかりました、わかりましたからとりあえず私の上から退いてください!」
「下半身が痺れて動かせないんですよ!」
「それなら手を使ったり転がったりすればいいじゃないですか!」
「あ、そうか!」
焦りすぎて気がつかなかった。
「あれ?」
「どうしました、先輩?」
「……いえ、なんでもありません」
この反応が気になるが、とりあえず移動しよう。
-
少し時間がかかったが先輩の上からどいた後、俺は先輩に土下座した。
「すいません! 本当にすいませんでした!」
「いえ、本当に大丈夫でしたから」
「しかしっ」
いくら女同士だからだといっても、先輩は男だと思っているのだからしっかり謝らないと。しかも、全面的にこっちが悪いし。
「わざとじゃないってわかってますし、そんなに謝られるとちょっと困っちゃいます」
「う、すいま……わかりました」
俺としては、あの程度の謝罪で許してもらって大丈夫なのか不安になるが、先輩がいいというならいいか。
「それにみっともなく大きな声を出してしまいましたし……すいません、耳障りでしたよね?」
「いえ、そんな事は」
むしろ、絶好のアドバイスでした。
「しかし、驚きました」
「なにがですか?」
「貴方、男の子だと思ってましたけど、本当は女の子だったんですね」
先輩の言葉を聞いた瞬間、体の動きが止まった。今、先輩はなんて……俺の事を女の子だと、なんでバレて。
心臓を鷲掴みにされたような感覚に、俺の冷や汗は止まらなかった。
【目指せ、甲子園―6 おわり】
-
とりあえずここまで
今年が終わる前に秋の大会を投下できるかな?
-
wktk
-
GJ!
-
―――御堂空手道場。
他の流派の追随を許さない完成されたここの空手道は、業界で注目を浴びている。
……が、現師範である"御堂 源三"は頑なにマスメディアへの露出を拒否し続けている為、その存在は一般に広く知られてはいない。
いわゆる"知る人ぞ知る道場"ってゆうのらしい。
……うーん、先生から聞きかじった――聞き流していたと言った方が正しいかもしれない――知識だからドコまで本当なんだか知らないんだけどね、全く以て。
―――堅苦しくて、汗臭そうで、息苦しい、私個人としては一生縁の無さそうな場所。
でも、今日ばかりはそうも言ってられないんだよねぇ、これがまた。
もぉ、まだまだうら若い私と、クリアファイルの中にごっそりと詰め込まれた書類を放っといて……なーにしてるんだか。
……。
私が言えた義理じゃないか。
ホントのこと告げるまで3年も待たせた私が……そのせいで間接的にあの子に犠牲を強いた私が他人を責めるなんてお笑い草もいいところだね。あはははっ。
誰も居ない車内で、溜め息ひとつ。
……おっかしいなぁ。
事情を説明したらイのイチバンに電話かメールで連絡するって言ってたのに……イのイチバンどころか、一時間くらい後部座席に座りっぱなしだ。
よし、今上手いこと言った私。
いくら高いシートとは言っても、流石にお尻が痛くなってきたし……。車でエコノミー症候群とかになっちゃったら下りるのかなぁ……保険。
………。
って心配するとこはそこじゃないんだ。うん、分かってるよ、ちゃんと。
言い訳がましく頭の中で弁明しててもやっぱり携帯は鳴りそうにない。
……どうしたんだろ?
"時間厳守は信頼の第一歩だ"って口を酸っぱくして言ってた人なのに。
溜め息ふたつ。
―――……しょーがない、何かあったのかもしれないし、エコノミー症候群にはなりたくないし、仕方ないよね、うん。
律儀に装着していたシートベルトを外して、公用車から降りようとした所で……書類を忘れてたコトに気付く。あはは、ラストなのに締まらないなぁ……私。
〜青色通知14.2(ハルの場合)〜
-
外に出た途端に湿った温い風が全身を吹き抜けた。
暖冬冷夏の異常気象は年々酷くなってるってTVでよく取り沙汰されてるけど、どこか他人事ちっくに聞き流してたコトを今更肌で実感する。
……あ、そうだ。
一応駐禁取られても恨まないで下さい、と念を送っとこう。
んーっ、はんどぱわー。……よし。
念が届いたかどうかまではわかんないけど。こーいうのってホラ、気持ちが大事でしょ、気持ちが。
うん。よしゃ、行こっか。
―――ちりんちりーん。
……なにこの呼び鈴。
今、凄い古風な音がしたよ? 見た目完全にデジタルなのに―――
『はい、どちら様でしょう?』
――っと、そんなことにツッコミを入れてる場合じゃない。
落ち着いた女性の声が門の向こう側から聞こえてきた。随分と若い声だけど……あの子とは、ん……ちょっと違う気もする。
「―――ごめんください。私、そちらにお邪魔しているせんせ……神城 宗の……えっと―――」
……なんて言えば良いんだろう。上司……ではないし、同僚……うーん、なんか違う。男と女のカンケー……ない。有り得ない。
『あ、はい。宗くんから伺っています、今開けますねー』
良かった。事情は話してるみたい。
それにしても……宗くん? 随分と可愛らしく呼ばれてるんだなぁ、先生って。
『よいっしょ、と』
門の向こうからの可愛らしい掛け声とは裏腹に、重みと建て付けの悪さが入り混じった音がして、ゆっくりと門が開く。
……多分、愛らしい"よいしょ"の掛け声で開くようなそんな軽いものじゃないと思うけど。
「あっ、は、はじめまして、有島 美春さんですね?」
わ。あからさまに門とのアスベクト比を間違えてるとしか思えないような、白のワンピース姿が眩しい女の子が出て来た。
初紀ちゃんのお姉さん、かなぁ? 目元とか綺麗な髪質がそっくりだし。
それにしても、なーんか落ち着きがないなぁ、この子。
-
「こ、この度は、娘がご迷惑をお掛けしたみたいで……申し訳ございません」
「いえ、こちらこそ突然押し掛けてしまって申し訳ありません、それに初紀ちゃんは"無実"ですから……って、えっ?」
冷静な口調と声色は一瞬にして消し飛んだ。
……今、このヒトなんて言った?
……娘?
……娘ぇっ!?
「ええっ!? あ、お、お母様だったんですか……!?」
「……? はい。……あ、申し遅れました。
私、御堂 初紀の母で"初葉"と申します」
おーけい。ちょっと落ち着け私。
……えっと……確か初紀ちゃんって、るいちゃんと同学年だったよね……?
―――私が通知受取人をしてた頃、るいちゃんの一件で彼女のお母さんに会った覚えがある。
確かに、るいちゃんのお母さんは女子アナウンサーをやってただけあって凄い美人さんだったけど……違う。
今、目の前に居るヒトはそんな次元の話じゃない。だって、外見だけなら下手したら私よりも年下に見えるんだもん!
「……あ、あのー」
「あっ、し、失礼しましたっ、なんていうか、その、びっくりしちゃって……」
可愛らしい仕草で私の顔を覗き込んでくる女の子……じゃなくて初紀ちゃんのお母さん。
……一児の母がこんな可愛いのってアリなのかなぁ……? 凄い、新ジャンルの女性だよホント。
「そのっ、実は私もびっくりしてます」
「……えっ?」
「こんな美人さんが、宗くんのお仕事のパートナーなんて。スミに置けないですね、宗くんも」
「あっ、いえ……」
社交辞令ってワケじゃないみたいだけど……素直に誉め言葉を受け入れられないのは多分、初葉さんの外見の―――というか自分の僻み根性の―――せいなんだろうな。
………はぁ。
「――あっ、で、ではご案内しますね。こちらにどうぞ」
「あ、はい、お邪魔します」
思い出したように手招きする初葉さんのあとにくっついて、あの重苦しい門をくぐると―――和風の小さな庭と、その奥に造りの古そうな家と道場らしい建物が見えた。
-
……ここがせんせーの思い出の場所かぁ。"人に歴史あり"って言葉がなんとなく頭を掠める。
歴史、か。
色々あったな……こんな、なんにもなかったと思ってた私でも。
……あ、そういえば。
ふと、走馬灯のように駆け巡ったるいちゃんとの記憶の合間から、思い浮かんだまだら茶髪の少年の姿。
「ひーちゃ―――じゃなくって。前田くんは……?」
「えっ、あっ、はいっ!?」
どうしたんだろう。初葉さん、妙に落ち着きがないな。
「その、宗くんからの要望通りお呼びしました。ただ……」
歯切れの悪い言葉が返ってくる。
「ただ、なんですか?」
「……あの、今はまだ、そのー……口を利ける状態ではないかもしれません」
「そう、ですか」
……んー、流石に昨日の今日だもんね。
ひーちゃんは、お堅い性格はしてないだろうけど、その分ココロの方は成熟してなさそうだったし。
―――でも、だからこそ……ひーちゃんは、るいちゃんの支えになれたんだよね。
ちっとも着飾ることを知らない無粋で純粋なココロで。
………。
……ズルいよ、私。
私が消極的に切り捨てた未来を展望して、後悔してるなんて。
大好きな人の為に選んだ道をなのに、望んだ道なのに、また後ろを振り返ったりしてさ。繰り上がった"一番の後悔"と、いつまでにらめっこしてるつもりなんだろう。
誰の所為でもない、私自身の所為なのに。
……泣きたくなるのを通り越して自分で自分をひっぱたきたくなるよ、ホント。
「―――あの、有島さん?」
くるん、と踵を翻して目の前の可愛らしい女性が私に声を掛けてきた。
……いけない、物思いに耽ってる場合なんかじゃない。
「……大丈夫ですよ。前田くんなら、きっと、いえ、絶対大丈夫ですっ」
「……そ、そうですね」
笑顔の予防線を張った私の心中を見透かしたみたいに、初葉さんは少し不安げな顔を滲ませながらまた踵を返してゆっくり歩き出した。
-
「……」
……。
「……」
……。
……それにしても、ゆっくり過ぎない? 初葉さんの歩調。
お世辞にも広いとは言えない――とはいっても勝ち組に分類されるような広さではあるけれど――御堂空手道場の庭園を、かれこれ五分は歩いてる気がする。
……なんだか、ほら、あれ。
国会中継で偶に見る牛歩戦術みたい。
……ちなみに私が好き好んで見てるワケじゃなくて、お仕事中、執務室にあるTVのチャンネル権を持つお堅い先生のせいで否応なしに見させられてるだけなんだけど。
「……あーのー」
「………。………はい?」
いやいやいや、そんなキレイな笑顔で間を詰めようとされても困りますって初葉さん。
「……なにか隠していませんか?」
「そっ、そそそんなこととはななないでですすよよよ?」
何かクラブのDJがスクラッチしたみたいな―――あまりにあからさまな反応が返ってくる。
"ワザとですか?"って突っ込んだら負けな気さえしてくる。
しかも、初葉さんの表情が可愛らしい笑顔のまんまだから、ちょっとしたホラー現象に見えなくもない。
溜め息みっつ。
「……あの、さっきも言いましたけど。この場は、初紀ちゃんや前田くんの責任を追及する為のものじゃありません。
私達は警察ではありませんし。
だから、お母様が心配なされるようなことは何一つないんです」
「……っ、本当……ですか?」
慣れない冷静な口調での説得の甲斐もあってか、初葉さんは漸く私の言葉に耳を傾けてくれた。
よし、後は畳み掛けるだけだね。
「はい。神代も、そんなことは望んでいませんし」
「……本当にそうでしょうか?」
……あれ?
第三者である私が言うよりも、身近な先生の名前を出した方が安心感があると思ったのに。
何故か初葉さんの明るくなりかけた表情が、また陰りを見せ始める。
……想像以上にお天気屋さんな人なんだな、初葉さんって。
「何か、不安な点でも?」
「……宗くんは、あれで子供っぽい性格をしていますから」
……初葉さんの不安げな言葉をとっさに否定出来なかった。
-
"神代 宗"という人間を、お仕事の観点から見てきた私でもそう思うから。
真っ直ぐというか純粋というか。
ただ、純粋の代名詞と言える"前田 陸"と決定的に違う点が一つある。
良く言えば、あの人は強固な意志を持っている。悪く言うなら頑固者だ。筋金入りという言葉じゃ足りないくらい。
"筋ダイヤモンド入り"くらいが妥当かも。本当にガッチガチ。
私が異性化疾患対策委員会の長に推薦された時も、秘密裏でかなりの強硬手段が取られたとかいう噂もある。事実関係を問い質す勇気がないので本当かどうかはさておいて。
それに……昨日聞いた話だと、私が今腕に抱いている実験報告書の被験者である前田 陸と、先生が交渉する際に争う声と物音を複数の職員が耳にしたらしい。
あの人が感情的になるなんて滅多にないコトだけど、キレると何するか分かんないからなぁ……。
……でも、これだけは誓って言える。
「―――私は、神代が信頼に足る人物だと確信してます。それは今回も例外なく、です」
私は真っ直ぐに初葉さんを見据えて、淀みなく言い切った。嘘を言ったつもりはない。
これでも不安になられたらお手上げだけど―――。
「そう……ですね。私、どうかしてました。―――今度こそ、ちゃんとご案内しますねっ」
―――それも杞憂だったみたい。
……初葉さんの笑顔を見て心底ホッとした。
-
………でも。
ホッとしたのも束の間だった。
「いっ………」
初葉さんの案内で通された居間には四人の人物が居た。確かに、前以て聞いてた人達だった。
息を乱して倒れている初紀ちゃんと、
「い……っ」
鼻血を垂れ流して、白目を向いて倒れている三体の―――骸。
「いやぁあああぁぁっ!!!!」
畳には、夥しいほどの血飛沫。
―――私は十中八九、猟奇殺人事件の現場の目撃者になったんだな……そう思った途端に意識が遠退いていった。
〜青色通知14.2(ハルの場合)〜
-
殴り飛ばしたのかwwwwwww
-
〜青色通知14.3(神代の場合)〜
―――不覚を取った。としか言いようがない。
僕が日々の仕事に忙殺されて、訓練を怠っていたことと、"はつ"が腕を上げたことを差し引いたとしても、だ。
……こんな不覚は、初葉さんと手合わせした時以来だ。
唯一の救いだったのは、"はつ"に打ちのめされたのは僕だけではなく――師匠もだということか。
僕と同じく両鼻にちり紙を詰め込んだ師匠を見やる。
……少しも落ち込んでいる様子がないのは、子の成長を喜んでいるからなのか? 意外に子煩悩だったりするんだろうか? いや、まさかな……。
僕らを打ち負かした張本人は、いつの間にか――僕らが気絶してる合間か?――ぶかぶかなオレンジ色のパジャマに着替えていた。
今は、ちょこんと正座したまま落ち着きなく視線を泳がせていた。小さな額に貼られたクマの絵柄の冷えピタが可愛らしい。
「……そもそも何で、宗にいが此処にいるの?」
浅い息混じりに、多少の敵意を含んだ言葉が飛んでくる。
「何か不都合だったか? 一応、師匠や初葉さんに了承は得ていたつもりだったが」
「……いつの間にか、出稽古に行ってた筈のお父さんまで帰ってきてたしっ!」
「師匠にも御挨拶したかったからな」
「その上、陸まで居たしっ!!」
「彼にも用事があったから、初葉さんに呼んで貰った」
「それに、それに……っ!」
「あられもない姿を見たことは謝る」
「〜〜〜っ!!」
―――政界の古狸を相手にしてい僕に問答で勝とうなんて十年早いぞ、はつ。
他にも何かしらの不満があるらしいが、感情が言葉を凌駕しているらしく、パジャマの袖で隠れた小さく右手をぶんぶんと振り回すだけだった。
……なるほど、まだまだ子供な面は残っているみたいだ。
「……へぇ、先生って女の子を虐める趣味があるんですね」
賺さず、僕の右側からトゲトゲしい言葉が飛んでくる。
有島 美春さん―――僕が擁立した異性化疾患対策委員の長だ。今のところは。
……先程まで、この部屋の惨状を見て気絶していたというのに立ち直りが早いことだ。
-
どうやら連絡をとる前に、僕がみっともなく気絶したことを根に持っているらしいが……不可抗力だろう、それは。
「ま、あれこれ過ぎたコトに文句言っても仕方ないんですけどねー」
……そう思うなら何故口を挟んだのだろうか?
―――そう心で呟いた刹那に、庭側の障子がゆっくりと開く。
どうやら、漸く気が付いたらしいな。
僕の所見では、蹴りを顔面にもらった出血による貧血での気絶。
先日の自損事故での傷が、はつの見事なまでの跳び蹴りで傷が開かなかった事が幸いだった。
「お連れしましたよー」
初葉さんに連れられてやって来た陸くんの包帯が真新しいものになっていた。
ついでに、彼の鼻腔にはティッシュが詰められている。……居間の緊迫した空気には不似合いだが、そう言っていられないのはお互い様だ。
「……っ!」
陸くんは、僕の右隣に座る有島さんに視線を合わせた途端に目を見開いた。
同時に彼女は視線のやり場を探すように目を背けようとしたが、諦めたように陸くんに向き直る。
「……初めまして、前田 陸くん。異性化疾患対策委員会の長を務めております、有島 美春と申します。
本日はお忙しい中お越しいただき、ありがとうございます」
「っ」
陸くんの言葉を待つことなく、彼女は早口な挨拶を交わして頭を下げる。
彼女が紋切り型の挨拶をする場合、相手に心を開いていないか、何かを押し隠そうとしているかのどちらかなのだが……。
「……よろしくっす」
陸くんの反応を見る限りは後者の可能性が濃厚か。
-
しばしの静寂の間を、庭の常緑樹のさざめきがすり抜ける。
「―――宗。儂等はしばしの間、席を外す」
「お客様が居る前ではしたないのですが……あの件に関して、多少私達も相談したいので。
それに……私達が居ると話し辛いこともあるでしょう?」
今まで沈黙を守っていた師匠と初葉さんが、示し合わせたかのように同時に立ち上がった。尋常ではない雰囲気に何かを察したのだろう。
「……お心遣い、感謝します」
その場に居る全員が口々に挨拶を交わし、夫妻は静かに居間を後にする。
……さて。
「―――言いたいコトは各々あると思うが……一点ずつ片付けていこうか」
僕が目で合図して、有島さんがA4のクリアファイルを取り出す。
「これ……」
ファイルから透けて見える、一際大きなフォントで印字された文字に一番最初に注目したのは"はつ"だった。
―――異性化疾患抗体ワクチン検査 結果報告書 前田 陸 様
「そう言えば、君にはまだ話していなかったな―――陸くんは、異性化疾患にならない体質かもしれないいうことを」
二人とも沈黙したままだった。しかし、リアクションには随分な開きがあるが。
この報告書には、陸くんに了承を得て行った様々な検査の結果が余すことなく載っている。
分厚く積み上げられたコピー紙一面に刷られた印字は専門用語を交えて小難しく書かれているが、言いたいことはたった一つだけだ。
……それが、彼が望むものか否かはさておいてだが。
「……んな紙っきれ積み上げられたってどうせわかんねぇッスよ。
結果は、どうだったんスか?」
まるで他人事のように、陸くんは先を促してくる。
……自分が男のままか女になるかという瀬戸際に立たされても、まだそんな顔が出来るというのか。
肝が据わっているのか、バカなのかのどちらかだな。
「……両方か」
「……なんスか?」
「いや、なんでもない。検査の結果は―――」
小さく息を飲む音が聞こえる。
-
「―――抗体の陽性反応が出た。
君は女性になる可能性はほぼゼロだと言っていい」
「……そう、ですか」
安堵、と表現するには深すぎる溜め息を吐いてから、陸くんは小さく呟いた。
「えっ……陸……大丈夫なの? 女の子に……ならない、の……?」
"はつ"が、潤んだ目で僕に詰め寄ってくる。そんなに彼が心配だったのか……?
……何となく表情に出そうになる感情を隠しながら、僕は頷く。
「"絶対"と言えないが、ほぼ間違いない」
「……その、悪ぃ……初紀がしようとしてくれたコト、全部ムダにしちまって」
「バカっ!!」
跋が悪そうに頭を下げようとした陸くんの胸元にはつが飛び込んでいた。
一瞬だけよろけそうになったが、彼はしっかりと彼女を受け止める。
「ばかっ! ひくっ、そんなの……どうだっていいっ!! えっく……陸が無事なら……私……!」
「……ありがとな」
……なんだか、先程より居心地が悪いのは気のせいだろうか。
隣で、有島委員長がニヤつきながら"見せつけてくれますねー"と僕の反応を窺っているのも気に食わない。
とりあえずの咳払い。
「……話を進めても良いだろうか?」
まるで、同じ極の磁石のように瞬時に離れる若い二人。
……二人の頬を見て"多分、両方ともN極だろうな"と下らない考えが頭をよぎる。
ここまでなら、多少の犠牲を払ったハッピーエンドなのだが、残念ながら此処で話題は終わらない。
-
「―――ここからは、私がお話しさせていただきますね」
そう委員長が言うと、二人は姿勢を正して彼女に向き直る。
……坂城 るいの一件があるからか、はたまた彼女が委員会の長だからか、二人は僕と話をしていた時よりも折り目正しい態度で臨んでいる、……少々複雑な気分だ。
「―――キミ達は………今の異性化疾患の対策について、どう考えていますか?」
彼女の質問に、一瞬で顔を曇らせる少年少女。
今、この場に居る人全員が、とあるポニーテールの女の子の存在を思い浮かべたような、そんな気がした。
―――雑念を振り払うかのように、委員長は再び饒舌に語り出す。
「異性化疾患発病前に配布される性別選択権に関する通知―――いわゆる"青色通知"、性別選択権を行使するときに必要な通知受取人の供給や、その選定基準―――」
小難しく言い表してはいるが、この二人がここ数日の間で何度も触れてきた単語だ。
言いたいことは山ほどあるだろう。
しかし、それを二人は上手く言葉に出来ないように見受けられた。
「―――正直な話、当事者から見たら国の対応は結構穴だらけだと、私は思うんです」
彼女が例に挙げた事以外で言えば―――個人情報、通知を受け取った子への心情の配慮、公序良俗、通知受取人に対する強すぎる拘束力、といったところか。
今、僕の頭に思い浮かんだものを適当に挙げただけてもこれだけの問題点がある。
「じゃあっ! なんで……、どうしてこんな……こんなルール、作ったんですか……っ?」
理不尽を身を以て知ったであろう異性化疾患の被害者が涙声で訴える。
此処から先は僕の専門分野だな。
「―――それが国の利益に繋がると、お偉方が考えたからだ。
"国民の男女比の均衡が崩れれば、日本が抱える問題点の一つである少子高齢化に拍車をかける要因となる。"
―――とな」
……国民に対しての説明は、その正当性を強く主張したものだが、年寄りの中には男尊女卑の古臭い精神で主張している輩も少なくないが、そこは省くとしよう。
……そんな話をこの子達に聞かせるだけ酷というものだ。
-
「だからって―――!」
「―――初紀」
「っ……!」
烈火の如く怒り狂うはつを低い声で諫めたのは、意外にも陸くんだった。
「すいません。続けてください」
昨日、同じようなことで僕に食って掛かってきたとは思えないほど冷静さと、彼女と等しい……いや、それ以上の怒りが、切れ長の目に宿っているように見受けられた。
「はつ……いや、初紀の言う通りだ。
いくら国の為とはいえ、女性に犠牲を強いていいものではない」
「んじゃ、なんでこんなコトがまかり通ってんスか?」
少年の静かで強い語気。
「……異性化疾患の流行から事を発したこの法律と対応は、あくまでも緊急対策の一環だった」
「"だった"?」
異口同音。
「そうだ。"だった"だ。性交渉が治療法だと分かった後に、他に効率的で効果的な治療法を確立するまでの突貫工事に過ぎない法律だった。
……それが数年経った今でも活きている理由なんて一つしかない」
「それって―――」
「―――国が……異性化疾患研究の費用捻出をストップしたからだ」
―――常緑樹が、ゆらめく音が騒がしくなる。
「……数年前の出来事だ。
その数年の間に分かった事に目覚ましい進展がないことに痺れを切らした政府は、"異性化疾患対策委員会"の設立を機と見て、完全に民間企業にその研究を委託という形で費用捻出を打ち切ることを決めた。
それは、今現在の方法で異性化疾患を抑制していく、という事実上の宣言だった」
「……どうしてだよ、なんでそんな馬鹿げた話になるんだよっ!!?」
「それまでの、通知受取人の成果が予想以上だったからだ。数年間の統計では確かに異性化疾患の発症数は減少傾向にある」
"だから、方法論は確立されている。"
―――という半ば強引な解釈をして費用をカットし、国民からの批判を回避したい政府の短絡的打算が見え見えなのは言うまでもないがな……。
-
「……二人の言いたいことは分かるよ。でも、それももうすぐ終わる」
口を噤んでいた有島さんが、優しい口調で囁いた。
「何で……そんなこと言い切れるんですか?」
「キミなら分かるよ」
「………?」
不意に視線を向けられて、首を傾げる陸くんを後目に有島さんは一拍の間を置いてから、満面の笑みを浮かべて見せた。
「陸くん、お買い上げありがとうございますっ」
「あ……っ!!?」
―――そう。
有島 美春が執筆し、僕が影で監修した暴露本、"群青の蝸牛"。
話題の疾患を研究していた組織の長からの、告発。
これこそ、僕が有島さんを異性化疾患対策委員の長に擁立した理由だった。
無論、彼女を擁立した立場である僕も被害を被ることは覚悟の上だ。
僕は官僚という立場に興味も無ければ未練もないのだから、それくらいどうということはない。
"群青の蝸牛"にはマスコミの食いつきそうな話題をピックアップした。
しかも、その暴露本書いた著者もその組織の長となれば、当然その真実味と説得力は増す。
―――それこそ、国民の感情を扇動するほどに。
-
「ンじゃあ、ハルさんが"群青の蝸牛"を執筆した本当の理由ってのは―――」
「―――違うよ」
有島さんらしからぬ低い声が、少年の推察を言葉に出す前に否定する。
「本当も嘘もない。私が本を出したことで結構なお金を手に入れたことも、私が"あの子"を突き放したのも、"あの子"から通知受取人の資格を奪ったことも……紛れもなく私の意志だったんだから」
毅然と、彼女は言い切った。その言葉にどんな意図があったかは、僕も知らない。
彼女は、ただ今現在の法律に背いている未成年の少女を裁いた。それが事実として記録に残っているだけだ。
その事実に対して陸くんもはつも黙ったまま、何も語ろうとはしなかった。
「……あははっ、話が逸れちゃったね。
―――つまり、あの本の反応がそれなりに良かったから、国は方向性を転換せざるを得なかったんだ。
通知受取人以外の治療法を確立するための研究を、継続するってね」
―――また、常緑樹が靡く音がした。
「―――そんな時にキミに出会った」
「俺、ですか?」
「うん。好きな人、大事にしてる人を真っ直ぐに見つめて、投げかけて、受け止める陸くんに。
神代さんがどう考えてるかは分からないけど、キミが異性化疾患の抗体を持っていたコトは奇跡でもなんでもないって私は思ってる。
ただ、持つべく人が持ってたって」
「た、偶々ですよ、誉めすぎッス……っつぅ!?」
……今、はつが容赦なく陸くん太股を抓らなかったか?
「あはははっ、もうその可愛いお尻に敷かれてるのかな? 陸くん?」
"はつ"の引き締まった下半身と陸くんを交互に見やりながら、彼女は笑う。
何ともリアクションに困る質問を投げかける人だな、相変わらず。
「―――それでね、陸くん。キミの力を借りたいんだ」
「力って……"抗体"ッスか?」
「ぴんぽーん!」
……有島さん、今何故卓球の素振りをした?
そして何故誰もそこに触れようとしない? 僕の疑問に対する回答はないまま、話は続く。
-
「陸くんの体内に生存する抗体を研究して、ワクチンを作りたいんだ。
……これ以上、この病気のせいで人生を狂わされる人を見たくないから」
……流石に、実体験がある人間の言葉には真実味も説得力もあるものだ。
「……いいッスよ。協力します」
そんな簡単に頷いていいのか? コトは君が考えてるような単純なものではないんだぞ?
「う、ん……気持ちは嬉しいけど、なにせ新種の抗体だから、超長期的な培養実験や改良が必要になるかもしれない。
少なく見積もっても4、5年は掛かるかもしれないよ?」
若しくは、それ以上に日数がかかるかもしれない。僕の専攻していた医学とは若干違う部類なので、断言はしかねるが。
「構わないです」
僕の胸中を代弁してくれた有島さんの揺さぶりにも、陸くんは真っ直ぐと応えて見せた。
「それで俺や、初紀や、るいが味わった苦しみを他の誰かが味あわなくて済むのなら―――」
……キミなら、そう言ってくれると思っていたよ。
………陸くん?
-
「―――結局、神代さんの全部思惑通りにコトが運んじゃいましたね」
赤信号で停車した途端に、後部座席で大きく伸びをしながら、委員長が呟く。
「あなたの協力があってこそだ、感謝している」
「あははっ、物は言いようですね」
何が可笑しいのか、彼女は年相応の若々しい笑顔でカラカラと笑った。
ひとしきり笑い終えると、口元だけ笑みを残したまま再び口を開く。
「―――で、結局、委員会としてはどうするんですか? あの子達の処遇は」
「……御堂 初紀はそもそも共犯関係を立件出来ていないし、前田 陸に関しては司法取引、という名目で自損事故には目を瞑ることになった」
「………で、"あの子"は?」
「坂城 るいか。
彼女は委員会からの厳重注意と両親の元に引き渡すことで決着をつける予定だ」
「……そうですか」
「ただし。予定は未定、だがな」
「………?」
首を傾げる委員長を後目に、青信号に変わるタイミングで僕はアクセルをゆっくりと踏んだ。
「……それで、キミはどうするんだい?」
「……さぁ。どうしましょうか……ね?」
〜青色通知14〜
完
-
とりあえず此処まで。大風呂敷杉たせいで後処理が大変になって後悔してます。年内までには終わらせたい……
-
が、がんばれ!
-
〜青色通知15.0(最後のるいの場合)〜
一人暮らし用の安物の家具を黙々と運んでいく引っ越し業者のお兄さん達を後目に、私はがらんどうになった部屋に立ち尽くしていた。
―――今日で、この部屋ともお別れか。
いくら階段の傾斜が急でも、日の当たりが良くなくても、私が暮らしていた場所だ。
ちょっとくらいセンチメンタルな気分になったっていいでしょ?
例え、思い出の多くが遠回りだったとしても、それが私の歩んできた道なら尚更。
さようなら、通知受取人だった私。
さようなら、大好きだったあなた。
……なんてね。
「―――すみません、一応全部運び終えました」
ちょっとだけ詩的な感傷に浸っていた私を現実に引き戻す引っ越し業者の声。
……少しは空気を読んで欲しい。っていうのは無理な注文なのかなぁ?
「あ、じゃあ出発しちゃって下さい」
「はいっ、失礼しますっ」
帽子を脱ぎながら深々と頭を下げた後に、屈強そうなお兄さん達は小走りにマンションから去っていく。
「……ふぅ」
がらんどうの部屋に取り残された私は思わず溜め息を吐きながら、イヤホンで耳を塞ぐ。ランダム再生で流れてきたのはお気に入りのピアノバラードだった。
「お疲れ様でした、私」
何となく感慨が深くなって、私は思わず呟いていた。
……だって、間違った道を歩んできた私に労いの言葉を掛けてくれる人なんて居ないし。
だから、自分で自分に言葉の飴玉をあげるくらい許してほしいな。うん。
携帯の時計に目をやると、そろそろ11時を回る頃だった。……今頃、二人は学校かな?
完全に――とは言えないけど、蟠りが溶けだした初紀ちゃんと陸なら……きっと仲良く出来る。
……奥手な二人のことだから、なんか見ていて微笑ましいカップルになりそうだね。
手を繋ぐだけで顔面から湯気とか出てそう。特に陸はそっち方面に弱そうだし。
-
「……ふふっ」
タコみたいに真っ赤に茹で上がった顔の陸を想像してしまって、思わず笑ってしまう。
……唯一残念なのは、そんな陸や初紀ちゃんの姿を見られないってこと、かな。
人の縁なんて時間と共に薄れていくものだし、私なんて……数日しか一緒に居なかった子のことなんて、きっと忘れられちゃうし。
それだけが、少しだけ残念。
少しだよ、うん……少し。
「……ぐすっ」
寂しくなんてない。
ハルさんと離れてから今まで、ずーっと一人だったんだから、すぐ慣れる。大丈夫だよ。
「……っく、ひっく」
なのに。
「ふ……、ぇ……っ」
なんで、涙が止まんないかなぁ……。
「―――すまない、遅くなった」
「っ!?」
背後からの跋の悪そうな声。
弾かれたバネみたいに振り返った視線の先には、私の主治医であった男性が頭を掻いている姿があった。
「せ、先生っ!? ぐすっ、来てたんなら呼び鈴ぐらい鳴らしてくださいよっ!!」
「一応、鳴らしたのだが……返事がなかったから、勝手に上がらせて貰ったよ」
私の首もとにぶら下がっているイヤホンを指差しながら、先生は取り繕った笑顔で言う。……相変わらず底意地の見えない人だな。
「とりあえず、涙を拭いてくれ」
「……泣いてません」
「僕が誤解を受ける」
「泣・い・て・ま・せ・んっ」
「分かっているさ。花粉症だったんだろう? 今は杉花粉がよく飛ぶ時節だし、荷物の運び出しの際にで埃も舞ったと思うから仕方がないよ」
「……ぐすっ、よく覚えてますね」
「一応は君の主治医だった人間だからね」
仕方なしに私は差し出されたハンカチを受け取る。
流石に神代家のお坊ちゃんだけあってか、手に取ったハンカチの肌触りも抜群に良い。
……涙を拭うついでに鼻でもかんでしまおうかとも思ったけど、それはなんだか子供っぽくて嫌だから止めた。
-
「落ち着いたかい?」
「……最初っから落ち着いてますよーだ」
「そうだったな。じゃあ、行くかい?」
しばしの静寂の後に―――私は頷いた。
私の手荷物が入った小型のスーツケースを抱えた神代先生の後を追うように、階段を一歩一歩……踏み締めるように、噛みしめるように、降りていく。もう、登ることはないだろう傾斜のキツい階段を。
出口が見えてきた―――
「僕を恨んでいるかい?」
―――と、同時に掛けられる声。
ホント、先生ってば空気読みませんよね。天然なのか敢えてなのかはこの際置いといて。
「本気で恨んでるなら刺し違える覚悟で包丁握ってるか、"陵辱されたー"って世間に言い触らしてますよ?」
「命の抹殺か社会的抹殺かの二者択一か……それは恐ろしい」
「あははっ、こーんな可愛い子だったらみんな信じてくれますし?」
「否定はしないが、自分で言うと価値が下がると思うが」
「くすっ、そんなコト、本気で思ってるなら恋愛で二連敗なんて喫しませんよーだ」
『恨んでないか』と問われたら、首を縦にも横にも触れない私が居て、笑って誤魔化すしか出来なかった。
……気持ちの整理をつけるには、まだまだ時間が必要なのかもね。うん。そういうお年頃だもん。
―――外に出たら、空っ風と照りつける太陽が私達を出迎えてくれた。
水気を失った落葉が、どこか知らない場所へと消えていく様を、どことなく自分に重ね合わせてしまう。
「さぁ、乗って。あまり時間に余裕がない」
そう手招きする神代先生の横には、意外にも銀色の小さな国産車が停車していた。
これ、先生の私用車……なのかな? それにしてはちょっと安いような気もしなくもない。
「僕が自分の給料で初めて買った愛車だよ。可愛らしいだろう?」
確かに、可愛らしい。
……訊いてもいないのに、その小さな車を得意気に自慢してくる先生が。
意外とこの人って可愛らしい人なのかも。
「じゃ、その可愛らしい車で―――今度こそ……エスコートをお願いしますねっ」
乗り込んだ助手席の車窓から、少し背の低いマンションを見上げる。
その上には、私の新しい門出を祝うみたいに、澄み切った高い高い空が広がっていた。
自分勝手で自己満足に、どこまでも透き通る青。私はそれを黙って睨みつけることしか出来なかった。
-
―――平日昼間の高速道路なんて初めて乗ったけど、なんともまぁスムーズに流れること。
小さい頃に、形ばっかりの家族サービスで海水浴に行った時なんかはちっとも流れもしなかったくせに。
……こういう時だけは目的地に着くのが早いなんて。時間って不公平だよ。
最近普及率を伸ばしているらしいETCを積んだ先生の愛車は、サービスエリアでのトイレ休憩を差し引いても、平坦な口調でアナウンスされたカーナビの予定時刻よりも20分以上早く着いてしまった。
立体駐車場からエレベーターで下りて、ただひたすらに長いアスファルトの道を真っ直ぐに歩けば……もう、そこはゴール地点―――ううん、スタート地点って言った方が正しいかな。
兎に角、旅人が慌ただしく行き交う拠点に辿り着く。
「………」
なんだか、不思議な気分だった。
慌ただしい人の流れ。
目的地も、飛び立つ目的も、人種さえも違う人達が、こんなにも同じ場所に集まっていることに違和感を覚えたからかもしれない。
こんなにも沢山の人達が居る筈のざわめいた空間で、私は独りぼっちになったような気さえする。
「……どうしたんだい? 気分が悪いか?」
「体調は、平気です。ただ―――」
「ただ?」
「………私、やっぱり寂しかったんだなぁって、今更実感しちゃって。っ、えへへ……おかしいですよねっ」
今度は笑うしかなかった。自分で自分を嘲笑うだけしか出来なくて、涙も出なくて。
人間、"ここぞ"って時には笑うか泣くしか出来ないって何か聞いたけど、どうやら、それはあながち間違いでもないらしい。
「僕は人の傷や病を癒やす術を学んだ。
けれどキミの気持ちを完全に理解することは出来ないよ。僕は坂城さんじゃないし、坂城さんは僕じゃない。
だから僕はキミを笑わないし、励ましもしない」
「……ぷっ、あはははっ!」
何だか、失礼だとわかっていても、何だか微妙にズレてる論点を真面目に話している先生に笑ってしまう。
-
「先生らしい返事ですね。安心しました。もし中途半端に同情なんかしたら、平手打ちが飛んでますよ?」
「……そんな清々しい笑顔で物騒なことを言わないで欲しい」
―――冗句を交えながら、私は先生と色んなコトを話した。
初めて陸や初紀ちゃんと会ったときの事とか、………ハルさんの事とか。
……最初に先生と出会った時、こんな風に先生と打ち解けられていれば、少しは違った未来を歩めていたのかな?
歩まなかった未来への展望。
……でも、私は……。
……私は。
「……先生?」
「うん?」
待合い用の長いソファに腰掛けていた先生の前に立って、私は深々と頭を下げた。
「……ごめんなさい。
私がちゃんと青色通知を受けていたらこんなトラブルにならなくて済んだんですよね」
許して貰おうなんて思ってない。だから、私は頭を上げて先生に向き直る。
「―――でもね。
私は、今の私が一番好き。
だから、後悔してないよ。
遠回りだけど、初めてそう心から思えた。様々なカタチで私と向き合ってくれた人に、出会えたから。
ハルさんだけじゃない。
陸や、初紀ちゃん。
もちろん神代先生もです。
ホントに、……ありがとう」
私は、独りぼっちの舞台に立って、たった一人の観客に、自分のありのままの思いを吐露した気分だった。
―――暫くの沈黙を、雑然とした騒音が埋めていく。
「……荒療治もここまで上手くいくと気味が悪いな」
「えっ?」
あれ? 私……今、結構イイ事言ったよね。むしろ涙腺にグッと来るような感動的なコト言ったよね?
……なのに、何この反応。
-
「……っ、話は後だ。13番の搭乗口に行くと良い。ここを壁沿いに真っ直ぐ行った先だ」
「え、あ、な、何が、ですか……?」
「早くっ!!」
「ひゃっ、はいぃっ!!」
物凄い剣幕で急かされて、私は弾かれたピンボールの如く走り出していた。
13番搭乗口、13番搭乗口……。
……あれ。でも私、先生からチケット貰ってたっけ……?
「「―――あっ」」
目的の搭乗口の看板を見つけた視線を降ろした先に、私の見知った人の姿が目に映る。
それは、お互いの姿を認めた瞬間でもあったらしく、口形が全くおんなじになっていた。
大好きだった人が、鉄柵の向こう側に居る。
でも、どうして……?! どうして、あの人がロス行きの飛行機の搭乗口なんかに……?
『―――だから、その人と同性婚が認められる国に行って……結婚するつもり』
―――あ……っ!?
陸に連れ出されて天海市に行った時の一幕が脳裏をよぎる。
……そっか。
他にどんな目的があったのかは分からない。けど……今なら委員会に属した身でありながら、暴露本を書いた理由だけなら説明出来る。
―――あの人は初めから、委員会を辞めるつもりだったんだ。
「………」
私の姿がしっかり見えているはずなのに、背を向けるあの人。
ちょっと前までなら裏切りとしか思えなかったあの人の気持ちが……ぼんやりと見えてくる気がした。
だって、あの人は……私なんかより、ずーっと意地っ張りだから。
"逃がした魚"の後悔ばっかりが積み重なって。それを悔やむ自分が誰よりも許せなくて。
……許されたくなくて。
矛盾した気持ちのせめぎ合いに押し潰されたくなくて、逃げ出すしか道を知らないから。
―――なら、その頑なな心を開くには、どうすればいい?
―――決まってる……!!
大切な人が、私に教えてくれたじゃないか。
理屈なんかじゃない。
今の私の気持ちに素直に従えばいい。
私が、そうしたいんだ。
……ただ、私はアナタが大好きだったから、そうしたいんだっ!
-
さぁ、大きく息を吸い込んで―――
―――届かせるんだ。
「ハルさぁぁーーーんっ!!!!!」
喉や腹筋が引きちぎれるくらいに、遠くで鳴り響く飛行機のエンジン音なんか吹き飛ばす勢いで叫ぶ。
まだまだ成長途中の身体に精一杯に響かせて。
カラダの痛みなんか知るもんか。
私の知らない誰かに見られていたって知るもんか!
だって、今、この瞬間! 私の声の、想いの届く場所にアナタが居るんだから!
振り向かなくてもいい、アナタはそこから、私の声を聞いてくれればいいっ!
「―――ご結婚、おめでとうございますッ! どうか、どうか末永くお幸せにっ!! 私は……坂城 るいは、アナタの……有島 美春さんの幸福を……心から祈っていますっ!!!」
私から、愛する人へと旅立つ大好きだったアナタへの―――精一杯の祝詞。
だって、大好きだったんだもの、一緒に恥ずかしい思いをするくらい大目に見て欲しい。
返事は要らないよ、だから。
―――私のことを、罪としてではなく、大切な思い出として……アナタの胸に刻ませて下さい。
「……………あ」
祈るように瞼を閉じようとした先で何かが動いた。……ううん、違う。何かじゃない。
―――ハルさんだ。
鉄柵の向こう側のあの人が、高々と手を上げながら振り返っていたんだ。
ここからでも分かるくらいの、ウサギみたいな目から、大粒の雫をポロポロと零しながら。
「―――約束するよっ! 絶対に幸せになるからねっ!! いつか……、っく、いつか、誰もが羨むような二人になるっ!!
それと……ひっく、ありがとう……それに……ごめんなさいっ!」
―――あぁ、やっと、だ。
やっと聴けたんだ、私………うぅん、"ボク"は。
アナタの気持ちは"ボク"に伝わったよ。
だから、"ボク"も精一杯の叱咤激励で、アナタを送り出す。
「絶対……絶対幸せになってくださいねっ!! じゃないと、……ぐすっ、ぜったいに……許さないんだからぁっ!!!!」
-
大好きだった人が投げかけてくれた正直な気持ちが、嬉しくて寂しくて。
言葉に出来ない気持ちが胸の奥でぐるぐると渦巻いて、目が熱を帯びて、喉の奥が渇いてくる。
……ありがとう。
「―――"また"ね、ハルさん」
今度は決してハルさんに届くことはない声量で呟いていた。
多分、これは、自分に言い聞かせる言葉。
"最後"なんかじゃない。"最後"になんかさせないよ。
……ほら。"私"って、欲張りだから。
アナタとの縁をこんな所で途切れさせるもんか。絶対に。
長い長い飛行機への通路を歩むにつれて、次第に小さくなるハルさんの背中を、私はいつまでも見つめていた。
-
「―――年月が掘り進めた溝を、人は些細な切欠だけで乗り越えられるものか」
いつの間にか私の背後には、このお別れを演出した仕掛け人が立っている。
……まったく。話が拗れたらどうするつもりだったんだろう? ねぇ、先生?
「……使うかい?」
「……」
私は、先生から差し出されたブランド物のハンカチを受け取る。
そして、目頭を拭った後で―――
「な―――なにをするっ!!?」
―――思い切り鼻をかんでやった。
「……ぐすっ、これで、おあいこですよ。
いがみ合いなしっ、後腐れなしっ!」
子供っぽくたって気にしない。それが、私なんだから。
慌てふためく先生を見られて満足したし。
なんだか、もう吹っ切れちゃったし。
いつまでも過ぎたこと引きずってると、イイ女になれないらしいし?
「あ。……ねぇ、せんせ?」
「……なんだろうか?」
ブランド物のハンカチで鼻をかまれたことに納得がいかないのか、先生は小難しい顔をしながら返事をした。
「―――すっかり忘れてました。
これ。お返ししますね。……もう必要ないですから」
本来なら、この紙切れは性別選択権の行使を行わなかった場合―――女性になった、という記録を戸籍に記入するための証拠として返却が義務付けられている。
でも、返却をしなくても戸籍に記帳さえしていれば特に問題はないし、処罰も適用されない。
だから、大抵はゴミ箱行きになるのだとか。
でも―――この紙切れを、陸みたいに破り捨てる勇気も、他の誰かみたいに受け入れる勇気も持てなかった。
そんな宙ぶらりんな自分との決別する意志を、決意の表れを、しっかりと見届けてほしくて。
スーツケースの中から"坂城 塁"と宛名書きされた青色の封書を取り出して……先生に差し出した。
「……確かに、承った」
先生は、受け取った青の封書と鼻水にまみれたハンカチを、ジャケットの内ポケットに仕舞う。
……私が言えた義理じゃないけど、汚くないのかなぁ?
-
「……さ、私もそろそろ行きましょうか、先生」
私は腹を括って、先生に再びからっぽの掌を差し出した。
……が。
「……? その手は、なんだろうか?」
……え? この期に及んで先生は何をすっとぼけた事を言ってるのだろう?
「いや、だからチケットですよ。チ・ケ・ッ・ト!
飛行機の無銭乗車なんて聞いたことありませんよ!」
「……あぁ、そうだったな。その事なんだが」
先生らしからぬ歯切れのよろしくない言葉。
「……なんですか?」
「坂城さん、君は……
――――」
「………。はい?」
言ってる意味が分からなかった。
理路整然としてる筈の先生が、何を言ってるのだろう?
新たな門出にはお誂え向きの、抜けるような青空を打ち壊すかのような、ひとことだった。
〜青色通知15.0(最後のるいの場合)〜
-
とりあえずここまでです。
文章で表現するのって難しいなぁ……。
-
続き待ってました
GJ!
-
GJJJJ!
さ-て、どうなることやら・・・
-
【目指せ、甲子園─7】
「…………」
夜も11時を過ぎ、日付けも変わろうとしている。いや、もう変わっているかもしれない。
そんな中、俺は湯船に浸かり今日の出来事を思い出していた。
今日は本当に色んな事があった。
坂本先輩に話を聞いて、スカウトに立ち会って、ランニング中にみちる先輩と会って、説得して、そして……女だとバレた。
「くっ……!」
俺は、自分自身の不注意さに苛立ち、力任せに浴室の壁を殴りつけた。
低く鈍い音が浴室に響くが、結局は自分の手に痛みが走るだけだった。
「どうするよ、俺……」
痺れを伴う痛みを右の手に感じながら、ポツリと呟いた自らへの問い。その答えを導きだす事は出来なかった。
あの後、俺の頭の中は真っ白になった。
みちる先輩が、俺に向けてさらに何かを言っているが、何を言ってるか聞こえないし、認識も出来ない。
そんな数秒間の後、真っ白な頭の中に一つの単語が浮かんだ。
『逃げよう』
そして、俺はその行為を何の躊躇いも無く実行に移した。
……冷静になった今だからこそ、その行動の愚かさがわかる。
あの場での逃げは、最悪に近い。
何の対処も説明もせず、こっちの不利になる情報だけを残して、その場を去った。
せめて、口止めだけでもしておけばよかった。
しかし、これでみちる先輩の入部は絶望的だ。みちる先輩の入部は、俺を女子ではなく男子としてカウントする事が大前提だ。その大前提が崩れた今、みちる先輩には期待しない方がいいだろう。
「ああ、本当にどうしよう……」
大会までに9人揃わなかった時の為に保険は用意しているが、それはあくまで緊急時の手段だ。戦力的には、ブランクがあろうとも経験者の方がいい。
しかし、最早それは絶望的だ。と、なると……
「次の手を考えないと……」
暑さでのぼせそうになりながらも、湯船の中で思考を巡らせた。
-
そして、あっという間に月曜日となった。
いいアイディアなんか、一つとして浮かばなかった。
だが、俺は諦めない。考える時間はまだある! 具体的には授業中とか。
そんな訳で授業を聞く事を放棄して、野球部方面へと頭を働かせた。
ダメでした☆
放課後まで考えても、まともな案が浮かんでこない。
「おーい翔太、部活行こうぜ!」
「……行くぞ」
いつものように声をかけてきた陽助や龍一と一緒に、部室へと歩く。
「……今日はいつになく不機嫌そうだったな」
「まあな」
龍一の言葉に、適当に頷いておく。
「あっ、あれだろ。今日が月曜日だからだろ。週始めってめんどいよな〜!」
違えよ、馬鹿。
言葉の代わりにため息を返し、いつの間にか辿りついた部室のドアを開く。
「うい〜っす……え?」
俺の目に有り得ないはずの景色が映しだされていた。
それは野球部の練習着に身を包んだみちる先輩の姿だった。
「みちる……先輩?」
素頓狂な声を出す俺を見て、みちる先輩は柔らかな笑顔を向けた。
「こんにちは、青山君。それと後ろにいる山吹君と川村君も」
「「「あ、こ、こんにちは……」」」
「私、もう一度野球部に入部する事にしました。よろしくお願いしますね」
有り得ない事だった。少なくとも俺の考えでは有り得ない出来事だ。しかし、そんな事はどうでもいい。
俺は一も二も無く、頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
陽助と龍一もやや戸惑っていたが、俺と同じ行動を取った。
それとほぼ同時に、後ろの方から坂本先輩の声が聞こえてきた。
「どうした、お前ら。入り口の所にボケッと突っ立っていて…………みちる? 何故ここに……?」
坂本先輩はやや戸惑っていたが、みちる先輩が入部する意向と伝えると──もの凄く珍しい事に──瞳を潤ませながらみちる先輩に抱きついた。
【目指せ、甲子園─7 おわり】
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とりあえず、ここまで
そして、今年の投下終了
それでは、また来年
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あけましておめでとうございます
続きwktk
-
あけおめ!
_、_
( ,_ノ` ) n
 ̄ \ ( E) グッジョーブ!!
フ /ヽ ヽ_//
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〜青色通知15.1(最後の初紀の場合)〜
36.3℃。
電子体温計に表記された数値を見て、母さんがこくりと頷いた。
内心で、胸をなで下ろす。
モンスターペアレント、とはちょっと違うけど……母さんの許諾を得ずに無理に学校に行こうものなら……ううっ、違う意味で悪寒が走るよ。
―――定期試験も近い今日この頃。
タダでさえ、ここ数週間でかなりの欠席を重ねてるのに、これ以上家で悠長に寝てる訳にもいかないよ。
……それに。うん。
今日は、学校に行かなきゃいけないんだ。絶対に。
「じゃ、行ってきまーすっ!」
居ても立ってもいられず、私は家から飛び出す―――
―――つもりだった。
「―――初紀」
「ふぇっ、な、なに……?」
呼び止める母さんの澄んだ声に、思わずパブロフの犬の如くフリーズする自分のカラダが恨めしい。
油を射し忘れたブリキ人形みたいにぎこちなく振り返ると、母さんが真顔のまま近寄ってくる。
「こっちに座って、目を瞑って下さい」
「な、なんで―――」
「―――早く」
前方には鬼気迫る表情でにじり寄る母。背中にはタンスという名の壁。
逃げ道を完全に塞がれた私には、眼前で上辺だけ優しそうに笑う母さんに従う以外の選択肢は残されていないらしい。
……私は白旗を上げる代わりに、母さんに背を向けて座り込むしかなかった。
「あ……ぅ……」
不意に、するりと髪を撫でる感触がして、思わず全身が強張ってしまう。
「ほら、じっとして下さい。
こんなボサボサな髪じゃ、陸くんがガッカリしますよ?」
「……なんでそこに陸の話が出て来るかなぁ」
「だって、早く孫の顔が見たいですから」
……母さん、今、無邪気な声色でとんでもないコトを口走らなかった?
……。
気のせいだよね、うん。聞き流そう、聞き流せ、私。
-
―――思い立って切ってから間もないとはいえ、男だった時よりは随分と長くなった髪に通される櫛。
当たり前なんだけど、"オンナ"としても"オトナ"としても経験値が乏しい私とは比べモノにならないほど、その手つきは丁寧で、手慣れていて。
……なんか、ちょっぴり悔しい。
「―――変わりましたね、初紀」
私のよく分からない嫉妬心を後目に、母さんが感慨深そうに呟く。
「……自分でも、そう思うよ」
いや、一月前と比べたら性別すら変わっているんだから、当然と言えば当然……なんだけどね。
「違いますよ」
「えっ?」
「"こっち"のコトですよ」
「わ……っ!?」
私の上半身を背後から抱き止めるように回された母さんの両腕。
そして、その両掌は私のあまり発展していない胸元にあてがわれて……って何冷静に実況してるんだ私っ!?
「ちょ、……ん……っ、はあ……ど、どこ触ってるの母さん!?」
「しーっ」
………あ……聞こえる。
母さんの掌を介して、とくん、とくんって、私の鼓動が。
「……やっぱり変わってないかもしれませんね」
あれ、あれ。
なんだろ。
今、私、凄いバカにされた気がする。
特に胸囲についてバカにされた気がする。
あの、さ。
……怒っていいのかなぁ?
-
「もう、しっかりしてください。もうすぐ新しい家族が出来るんですから」
「ご、ごめん……って、えっ?
えぇええぇっ!!!?」
この人、今、さり気なく凄い爆弾を投下してきたよっ!!?
溜め息混じりに朝の風景で言う台詞じゃないよっ!!!
「お、おとうと!? いもうとっ!!?」
「宗くんの話だと確か女の子、とか」
……宗にい、凄いよ。
いつも一緒に過ごしてた私ですら何にも気付かなかったのに。
「予定だと、今日だって話ですよ?」
「えぇええぇっ!!!?」
母さんから淡々と聞かされる超展開に朝から私の絶叫が止まらない。
そういえば私を妊娠してた時も、母さんの体格は殆ど変わらなかったって自慢話を聞いたことがあったっけ。
「……ごめんなさい」
「……? 何が、ですか?」
「だって、そんな大変な時期だったのに……色々、迷惑……掛けちゃったから」
「? 何のことか分かりませんけど……初紀。これだけは誓って言えます。
あなたのことで迷惑だなんて思ったことはタダの一度もありませんよ?
私も、お父さんも」
「ふぇ……」
ふわりと、背中から伝わる温もり。
「こんなにいい子に育ってくれたあなたを"迷惑だ"なんて言ったらバチが当たります」
くすぐったい。そう思っていた母さんの言葉と温もりが心地いい。
「……あなたが、男の子であろうと、女の子であろうと。
たとえ世界中があなたの敵になろうと。私達はあなたの味方ですからね」
「かあ、さん……」
……涙が出そうになった。女になってしまってから、ずっと両親に対して抱え込んでた後ろめたい気持ち。
私が持つべき気持ちは、それじゃないんだ。何で、今まで気付けなかったんだろう。陸やるいちゃんから教わった筈なのに。
「……母さん」
「なんですか?」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
普段なら気恥ずかしくってなかなか言えないような私の言葉を、母さんはからかいもせずに受け止めてくれた。
今なら心から思えるよ。
"……あぁ、私、この人達の子で、良かったな"って。
「……でもね、母さん」
「はい?」
「いい雰囲気なったからって、私は着ないからね、それ」
「えぇ〜………」
私を抱き止める母さんの手にはいつの間にか、網タイツやらウサ耳バンドやら、やたら布地面積の薄い水着が握られていた。
-
……やれやれ。何とか母さんのコスプレ攻勢を潜り抜けてきたものの、とんだタイムロスになっちゃったな。
陸、もう行っちゃってるかな……?
いや、また遅刻って可能性も……。
「おはやっほーございますっ! おねーさんっ!」
「ひゃ……っ!!?」
背後から、甲高い女の子の声の珍妙な挨拶が飛んできて、同時に誰かが私に抱き付いてきた。
誰かと思って振り返ると、ブレザーを着たツーテールヘアの、私より一回り小っちゃな女の子が、ちょこんとそこに居た。
……あれ、この子、どこかで見たことある。
眉の形とか猫目とか……どうみても、"アイツ"そっくり。
……まさかっ!!!?
「………う、そ、でしょ? ねぇ、嘘だよねぇっ!!?」
「えっ、えぇっ!?」
「だって、宗にいもハルさんも言ってたでしょっ!!? その可能性は凄い、低いって!!!」
「あ、のぉ―――」
「―――っく、詐欺だよっ、そんなのっ! 訴えようっ、ねっ!? 委員会相手に訴えようっ!!!」
「話を聞いてくださぁいっ!!」
朝の通学路に、よくわかんないデザインが施された缶バッジだらけの学校バッグで私の頭を殴った音が響く。
缶バッジがつむじを直撃したせいで地味に痛い。
「……っ、つぅ〜〜……」
「あ、ご、ごめんなさいっ。加減できなくて……つい、バカ兄ぃと同じテンションで叩いちゃいました……」
ビジュアライズするなら、頭にヒヨコか星がいくつか飛んでいるであろう私に対して、深々と頭を下げるブレザー姿の女の子。
「"はつのり"さん、ですよね?」
「え……っ?」
男の時の名前で呼ばれてハッと我に返る。
アイツなら、私をその名前で呼ぶことはないし、さん付けするほど丁寧な性格もしていない。
……でも、アイツの面影はあるし、私を知っている。
そんな人、居たっけ……?
………あ。
居た。
居たよ、一人だけ!
「"くーちゃん"っ!!?」
「……あの、そんなチワワみたいに呼ばないでくださいー。
私にはちゃんと"空(そら)"って名前があるんですから」
―――私の目の前……いや、頭一つ下でむくれている女の子は、前田 空ちゃん。
顔付きは似ているけど、性格はまるで似てない……陸の妹さんだ。
-
「あ、ごめん。いっつも陸が"くー"って呼んでたから、つい……」
「まったくもーあのバカ兄ぃめ。いつか矯正してやるっ」
道端で物騒にシャドーボクシングを始めるくー……じゃなくて空ちゃん。
なるほど、こーいう部分は似てなくもないかも。
「……でも、良く分かったね、私が"御堂 初紀"だって」
「はつき……さん?」
「あ、名前、変わったんだよ。字は男の時と一緒で、は・つ・き」
空中を指でなぞりながらゆっくりと説明してあげる。
……ちょっと前までだったら説明するのも躊躇ったのになぁ。
「あ、ごめんなさい……」
「えっ、何が?」
「あたし、デリカシー無いなぁ……もう、やだ」
幼いなりに空ちゃんは私を気遣ってくれてるんだろう。
心なしか空ちゃんのツーテールまでしょぼくれて見える……可愛いなぁ。
生まれてくる妹もこんな風なら可愛がるかも。
「大丈夫大丈夫。陸に比べたら銀河と地底くらいの差があるから」
「……比べる対象レベルが低すぎてフォローになってませんよぉ……」
それもそっか。うーん、女心って難しい。
「……あ、はつきさんの最初の質問に戻りますけど」
「あ、うん」
最初の質問っていうのは、多分、"何故空ちゃんが私が女になった御堂 初紀だと知ってたか?"ということだろう。
「バカ兄ぃとデートしてるとこ見てたんで知ってたんですよね」
「そっかー……えぇええぇっ!!?」
最近物凄い爆弾発言をサラリと言うのが流行りなの!?
「ウチに帰ってきたバカ兄ぃを問い詰めたらはつきさんだって聞いてビックリしましたよ〜」
私も現在進行形でビックリしてますよ〜……。
「はつきさん、可愛かったなぁ。それに引き換えあのドンカンプリン頭バカ兄ぃめ―――」
「―――わーっ! わーっ!!」
全っ然気付かなかったっ!! まさかあんなドタバタの予行デートを見られてたなんてっ!!
「ありゃりゃ、見られちゃマズかったですか?」
「そんなコトない……けど」
「ならいいじゃないですかっ!」
……ニコニコと笑いながら肘で私をつついてくる空ちゃんに……私はなんとなく不安を覚えた。
-
「……でも、さ。イヤじゃない?」
「ほえ? なんでですか?」
「だって、ほら、……その……私、元は男だったわけだし。
空ちゃんだってさ、お兄ちゃんがそんなのとデートしてるなんて……」
「別にいいじゃないですかっ」
「……え?」
「"そんなの"とか言っちゃダメですよ。……そんなコト言われたら私みたいなのは自信無くしちゃいます」
「えっ、空ちゃんは可愛いよ。
うん、私が男だった時なら付き合いたいと思うっ!!」
「……もしかして、はつきさんってロリコンだったんですか?」
「ち、違うよっ!」
あらぬ疑いを掛けられた。
「あははっ。冗談はさておき。
とにかく、恋なんて当人同士のモノじゃないですか。そこに他人が茶々入れる方が無粋だって思いますよ?」
「……なんか空ちゃん、大人だなぁー」
「単に変わり者なだけかもですよ? ……あ、そうだ」
思い出したように空ちゃんがポンと手を叩く。
「変わり者で思い出したけど、バカ兄ぃから伝言です」
「……陸から?」
今の空ちゃんの一言で、兄に対するイメージがあまりよろしくないことを悟る。陸、ドンマイ。
「えーっと、
"俺は委員会に呼ばれて午前の授業を休まなきゃなんなくなったからそこンとこよろしく"
―――だそうです」
……あのさ、陸。
そんなので空ちゃん使っちゃダメでしょ。
「ちなみにバカ兄ぃのケータイは料金未払いで止まってます」
「……はぁ」
「どうやら、2000円ほど足らなかったみたいですね」
……2000円?
なんか、どこかで聞いたような金額。
「じゃ、確かに伝えましたよ〜っ! 未来のおねーさんっ!!」
「な………っ!!?」
なんか、凄い恥ずかしい台詞を平然と言い放って、空ちゃんは走り去っていった。
……今までちゃんと話したことなかったけど……"空"っていうより、"台風"みたいな子だったなぁ……。
……でも良かった。
今日も陸は男の子だった。
それだけで、胸が軽くなった気がした。
……いや、自虐じゃないからね? うん。
「―――これくらいは、喜んでも、いいよね……? るいちゃん」
―――抜けるような青に向かって呟いてから、私も空ちゃんに倣って、学校への道を走り出した。
〜青色通知15.1(最後の初紀の場合)〜
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なんだかんだで年を越してしまいました。遅ればせながら明けましたおめでとうました。
こーやって見直すと改行ミスとか誤字脱字が本当に多いなぁ……とほほん。
こんなクソ長い話に付き合ってくれてる方、本当にありがとうございます。
-
残すは陸だけですね、わかりまs
妹の登場で陸の女体化もありだと思ったが……いやなんでもない
-
あとちょっとがんばれ
-
【目指せ、甲子園─8】
目の前の少年、いや、今は少女か。その少女の様子は普通には見えなかった。
私が先程感じた違和感、そこから導きだした答えを告げただけ。なのに、目の前の少女は明らかに大きく動揺している。
「あの……どうしました?」
「あ……あぁ……」
干からびた喉から絞り出したような声に驚いてしまう。この少女にいったい何が起こっているというのか。
「だ、大丈夫ですか?」
「………………っ!」
硬直したように立ち尽くしていた彼女は、急に身を翻し走り出した。
「あ、あのっ!?」
止める間も無く、彼女は我が家を飛び出ていった。
「…………な、何だったの?」
その一言は、再び一人になり静けさの戻った居間に虚しく染み込んだ。
彼女の反応と突然の行動に私は眉を潜める他にない。
本当に何だったんだろうか。
考えようとしたが、すぐに止めた。
私はあの子の事をよく知らないのだ。面識も今日の放課後と今の2回しかない。
それでまともに考えろ、というのも大変な話だ。
あの子は野球部だったから、同じ野球部のまどかちゃんに聞けばわかるかもしれないが、放課後の件のせいで気まずい空気になるだろうから聞きにくい。
「うーん……」
私はあの子が開けっ放しで出て行った玄関の扉を閉めながら、聞くべきか考えていた。
-
翌日、昼。
結局、昨日は電話しなかった。何度か電話はしようと思ったが、その度に昨日の屋上での出来事とまどかちゃんの悲しげな顔が頭をちらつき、電話に伸ばす手を止めた。
そして、私は今も電話の前で自らの手を彷徨わせている。
明後日になったら、まどかちゃんとは嫌でも顔を合わせる事になるのだから、電話する事ぐらい……と、頭ではそう思っているのに体が反応しない。
そして、伸ばした手はまた引っ込められる。
「駄目だぁ、勇気が出ないや……」
そう呟き、姿勢を崩し仰向けに寝転がる。
寝転がった際にシャツがめくれてお腹が露になった。普段なら即座に直すのだが、今は「だらしない」と注意する家族もいないし、暑くてだるいから、直さずにただぼんやりと天井を眺めている。
このままお昼寝しちゃおうかな、とも考えたが、あまり眠くないし今日の厳しい残暑ではそれも難しいかもしれない。
結局、やる事は無くなり、暇を持て余す事になる。
「暇だなぁ……」
せめて、泊まりがけで遊びに行った弟達か妹の誰か一人でも返ってきてくれれば、暇潰し出来るんだけど。
でも、今日も遊んで帰ってくるらしいから早くても夕方までは帰ってこないだろう。
「やる事ないかなぁ」
そう口にしてから、何か時間を潰せるような事はないか思考を巡らせる。
部屋の掃除は……普段から綺麗にするように心がけているので、する必要がない。
勉強は……テスト前でもないし、休日の昼間からやる必要はない。
どこかに外出するのは……最近は物騒なので、出来るだけ家の中を空にするような状況は避けたい。
神社の方の掃除は午前中に済ませたし、買い物は昨日の帰りに済ませたし、お昼ご飯はすでに食べた……本当にやる事無いや。
なんの気なしに視線を天井から外し横を向くと、今時珍しいダイヤル式の黒い電話が視界に入る。
……結局はコレになるのか。
だけど、どうしても気が乗らず顔を逆の方に向けて、電話から目を背ける。
時計の秒針が動く音だけが耳に届く静寂な一時──それを破るチャイムの音が居間に響いた。
「誰だろう?」
今日は誰とも約束はしてなかったし、何らかの勧誘という訳でもないだろう。あの何百段もある石段を上ってくる物好きなどいない。
そう思いながら玄関のドアを開いた先にいたのは、まどかちゃんだった。
-
人間ってのは不測の事態には本当に弱い。
それは、昨日の後輩の奇行を目前にしていながら、何ら対処出来なかった時に思い知ったはずなのに。
私という人間は、今回もまとな対応が取れなかった。
「ま、まどかちゃん?」
ただ、こんな驚きの声をあげるだけで精一杯だ。
ていうか、私が電話しようと思っても出来なくてウジウジ悩んでいる時に来るなんてずるいよ、不意打ちだよ。
でも、電話する手間と勇気が省けたのは確かなんだけど……でも面と向かって話すのも電話と違った勇気がいるというか。それに気まずさも電話より何割増しになりそうな予感がするし……
「おい、みちる?」
「うわあっ!? な、な、何!?」
「いや、固まってたからどうしたのかと思って……そんなに驚かなくてもいいと思うのだがな」
「だって、まどかちゃん顔近づけすぎだよ! びっくりするに決まってるじゃない!」
「そ、そうか? 私の顔はそんなにびっくりする物なのか?」
まどかちゃんがちょっと落ちこんでいたけど、今の私にはその事を気にしている余裕はない。
今の私は心臓の鼓動を正常に戻す事が最優先事項だ。
……あれ? なんで私の心臓はこんなにドキドキしてるんだろう。
驚いたせいだとしても、落ちこんでいるまどかちゃんの顔を見ていると、なんだか胸の辺りが苦しくなってくる……なんでだろう? 落ちこんでいるまどかちゃんを放置してる罪悪感から?
他の理由も考えつかないし、多分それだろうけど。
「なあ、みちる……私の顔はそんなに酷いのか?」
あ、放っといた間にテンション凄く低くなってる。
これは返事を間違えると、まどかちゃんが自虐的になりそうな予感がする、根拠はないけど。
ここは慎重に答えないと。
「何言ってるの! 全然そんな事ないよ!」
「しかし、さっきはみちるがびっくりする顔だと言ったんじゃないか……」
「だから、それはいきなり顔を近づけられたから! それに私はまどかちゃんの顔好きだし」
「すっ!? おっ、おま、何を言って!?」
あ、まどかちゃんの顔が真っ赤に……怒ったかな?
だけど、まどかちゃんが怒るような事なんか言ってない……よね?
この時、私はふと気づいた。
心配していた気まずさは無く、いつもの私達の雰囲気とまったく変わらないという事に。
-
それから、しばらくしてまどかちゃんが落ち着いた時を見計らい家の中に入れた。
「すまないな、取り乱した」
自分のペースをすっかり取り戻したまどかちゃんを見ていると、さっきの取り乱しっぷりがまるで嘘のように思えてくる。
「いやいや、いいよ」
そのおかげで、妙に気まずさを意識せずにすんだし。とは言わないでおく。
「はい、どうぞ」
麦茶の注がれたコップを差し出すと、一気に半分以上を飲み干していた。
口や態度には出てはいなかったけど、やっぱりあの石段を上るのは疲れたんだろう。
「それで今日はどうしたの? 遊ぶ約束とかはしてなかったよね?」
私が聞くと、まどかちゃんは弛みかけていた表情を引き締め、口を開く。
「謝りに来たんだ」
「謝りに……?」
そう言われたが、別にまどかちゃんに謝られるような事をした覚えもされた覚えもない。
「えっと、まどかちゃん。私に何か謝るような事したっけ?」
「した」
即答された。
だけど、本当に覚えがない。
それなのに、まどかちゃんは私に謝る事があると言ってきた。覚えがないにも関わらず、だ。
「うーん……?」
本気で考えてみたけどダメだ、本当にわかんない。
「ごめん、謝られる理由が本当に思いつかないんだけど」
まどかちゃんに呆れられるのを覚悟で、私は正直に聞いた。
「……野球部だよ」
「……え?」
「だから、謝る理由」
「……え、え?」
野球部が謝る理由? どういう事だろう。
「最近お前の気持ちや意見を無視した勧誘してたから、随分と嫌な思いをしたんじゃないかと思って……」
最近……って昨日までのアレか。
「そんな事で?」
「そんな事って……私は本気で」
「私は、そんなに気にしてないよ……少なくとも謝られるくらいに嫌な思いはしてないつもりだけど?」
「…………」
まどかちゃんの反論を遮って自分の気持ちを語ると、何か言いたそうに、しかし何も言えずにいた。
-
「そうか……気にしてないか」
少ししてからそう口にしたまどかちゃんは、どことなく安心したような表情を見せたが、すぐに難しい表情に変わり、何やら呟き始めた。
「いや、しかし……個人的には罪悪感を感じるし謝ってスッキリさせたいが、それこそ勝手な考えだし……」
呟きの内容はよく聞こえないが、何か悩んでいるような雰囲気は感じ取れる。
何を言ってるかわからないけど、まずは独り言を止めさせないと。これじゃ進む話も進まない。
「何をブツブツ言ってるの」
「い、いや、なんでも……って顔が近いっ!」
まどかちゃんは、何故か顔を赤くし勢いよく私から離れる。
その反応は心外な気がする。
って、さっき私がした反応と一緒なんだよね……まどかちゃんが落ちこんだ理由と気分が少しわかった気がした。
「はいはい、じゃあ顔が近くなくなったし、何を言ってたか聞かせてくれる?」
「む……気にするな」
私が聞くと、さっきまで顔を赤くしていた親友は、珍しい事に拗ねた表情を浮かべながら返事をした。
「気にするなって言われると、余計に気になるんだけど……ま、いっか」
もともと、独り言を止めるのが目的だったし。
「さて、どうしようか?」
「どうしよう、とは?」
私の言葉に、まどかちゃんが怪訝そうな表情で聞き返す。
「だから、何して遊ぶ?」
「あ、遊ぶって……」
「もしかして、この後に何か用事あったりする?」
「いや、特にないが」
「なら、遊んでも大丈夫だよね?」
「しかし、私はみちるに謝りに……」
「だから、私は気にしてないんだし、まどかちゃんも気にしないでいいのに」
「そ、それはそうなんだが……」
ああ……このままじゃ堂々巡りだ。
仕方ない。適当にまどかちゃんを納得させるか。
「じゃあさ、いつかまどかちゃんが一回だけ私のお願いを聞いてくれるっていうのは?」
「みちるの願いを叶える?」
「うん、今回の事はそれでチャラってのは、どう?」
まどかちゃんは少しの間、黙考し微かに頷いた。
「……わかった。しかし、無茶な願い事はするなよ?」
よし、なんとかなった。
無理に謝られても、なんか罪悪感を感じちゃうし、この方がいいはず。
「わかってるって」
私は立ち上がり、まどかちゃんに手を伸ばした。
「さ、遊ぼう!」
【目指せ、甲子園─8 おわり】
-
とりあえず、ここまで
この話は【目指せ、甲子園─7】と同じ時間軸をみちる視点で書いてものです
ちなみに次も、みちる視点です
-
うぁ、投下しようとしたら来てたっ
青春のかほりがする……GJ!
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