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YOU、恥ずかしがってないで小説投下しちゃいなYO!
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どんどんこーい。
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〜青色通知4.1(陸の場合)〜
「―――じゃ、お疲れッス」
「おう、お疲れぃ。気ぃつけて帰れよ〜?」
ガソリンの匂いが染み付いた店員の制服をハンガーに掛けて、先輩形に挨拶して仕事場を後にする。
すっかり暗くなった国道沿いの歩道を歩きながら、ふと思う。
そうだ、そういや初紀との――……"予行"で忘れてたけど、今日って発売日じゃん、まじめの一歩の、単行本の。
カモン、俺の財務省。
………………はぁ。
……ここ最近の外交経費が嵩んだせいか財政難だってよ。
ゆうちょの口座から幾らか降ろそうかとも思ったが、そーいうことしてたら際限がなくなりそうだしなぁ。
……立ち読みだな、こりゃ。
適当に入ったコンビニの文庫本コーナーを物色する。
……ない。
くそっ、売り切れかよっ!?
……ん?
『一通の青い封書が語る、女体化症候群を取り巻く実態が今明らかになる!』
代わりに、そのコーナーに大量に積まれた文庫本の帯の文字が目に入った。その下に小さなフォントで―――
『この国が生み出した歪み。次の被害者は、あなたかもしれない。』
―――とか何とか書かれていた。
なんだ、この煽りの文章は。仕事先に置いてある東スポとか週刊誌かよ?
……普段なら気にも留めないが、今の現状が現状のせいか……その本に手が伸びる。
えーとタイトルは……
『――の――』
読めない。唯一読めたのは平仮名だけ。
……悪かったな、ゆとりで。
誰ともつかず毒づきながら本を開く。目次を指でなぞりながら各章のタイトルを追っていく。
・第一章 【女体化症候群について】P4
・第二章 【性別選択権】P11
・第三章 【青色通知】P25
・第四章 【性別選択権に於けるあれこれ】P36
・第五章 【通知受取人と選択権給付】P51
―――通知受取人? 選択権給付?
どっちも初めて見る言葉だな。
最近、女体化症候群についてあれこれ調べていたつもりだったけど、こんな言葉は微塵も聞いたことがない。
P51、P51……と、あったあった。
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『前章で紹介した通り、女体化のボーダーラインである"15〜6歳の性交渉未経験の男子"には、希望すれば性交渉を行う"相手"を国から用意してもらえる。
これがいわゆる、"通知受取人"というものである。』
―――"通知受取人"っていう凄ぇお役所仕事的な名前が付いてんのに、やってることは……ヤることかよ。
……そう思いながらページを捲る。
『この"通知受取人"という名称の由来は、その性別選択権のシステムそのものにある。
性別選択権該当者が、選択権を行使する際―――つまり"性交渉後"、証拠として性別選択権該当者の通知の一部を受け取るというもの。
その通知の一部を役所に持っていくと、通知受取人に"選択権給付"として一定の金額が手渡しされる算段だ。』
要は風俗と同じじゃねぇか……ま、タダで見ず知らずの野郎とヤるなんて誰だって嫌だろうからな。
……俺なら金積まれても願い下げだが。
更にページを捲る。
『この一連のシステムはここ数年で確実な成果を挙げており、世論も黙認し始めたのだが、未だに幾つかの問題がある。
1点目、通知受取人は"18歳以上、健康状態に問題がない女性"に限られるが、年齢に関しての事実確認はほぼ行われていないこと。
これは"性交渉"というデリケートな問題が絡む故の、社会的信用を考慮した結果である(但し、匿名での定期的な健康・性病診断は義務付けられているので、感染についての問題は無いとされている)。
2点目、"通知受取人"を騙った性別選択権行使者に対する詐欺、若しくは仲介業者を騙った女性への詐欺が横行していること。
まだまだ世の中に定着しきっていないこのシステムの穴を突いた卑劣な詐欺の被害が後を絶たないのが現状だ――――』
………何か気分が悪くなってきた。
本を閉じてコンビニを後にする。
―――ま、俺には関係ないことだしな………男で居られよう居られまいと。
―――陸の誕生日まで、あと5日。
〜青色通知4〜
完
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〜青色通知5(陸の場合)〜
翌日。
初紀は、学校を欠席していた。や、欠席っていうのは正確な言い方じゃねぇけどよ。
アイツのクラスの奴を問い詰めたら、学校に来てない、連絡も寄越さないっつー話だし……釈然としなかった。
元々、(主に俺との)喧嘩に明け暮れていたから……先公から見れば、素行が良い生徒とは言えなかっただろうけど。
でも、理由なくズル休みするようなヤツじゃないって事は先公達よりはわかっているつもりだ。
だから、釈然としない。
―――くそっ、会ったら、昨日読んだ暴露本のこととか話したり、作戦の次の段取りを決めようとか思ってたのに。
……ふと、ここで考えが止まる。
「何で俺、……初紀のことばっか考えてんだ」
理由が口から漏れ出してた。昼休みの屋上で。
鍵は掛けてるので聞き耳を立てるヤツなんざ誰も居ない。居たらぶっ飛ばすだけだ。
なのに周囲を気にするってのは、俺は要するにかなりのビビりだったっつーことか。ははははは………
………はぁ。
………情けね。
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俺は、坂城が好きだった。いや、今でもその気持ちに嘘はねぇ筈だ。
でも、いつもならこの屋上から遠まきに眺めていた坂城の姿を……今は探す努力すらしてない。
女々しく真横に視線を落とし、溜め息ばかりつく。
……この堕落した俺は一体誰なんだ?!
…………。
………。
……。
…いや。俺、か。
「んだよ、らしくねーなぁ陸!」
不意に、辿々しくて甲高い声がした。
その声の主の名前を呼ぼうとして振り向いて―――
「初―――」
―――"き"の口形で、俺の声は止まった。
初紀によく似た髪型。けど、初紀じゃない。
「あれ、似てなかった?」
一瞬本当に間違えそうなほどに背格好は似ていた。
口調が、そんなに辿々しくなければ。
それがなけりゃ、遠目から別人だって気付かなかっただろうな……。
短く纏め上げられたポニーテールと、少しだけ裾上げされたスカートが、常に雲の流れに沿って吹く風に靡いていて、いつスカートが捲れてもおかしくない。
それが目的で凝視していると思われたくなくて思わず背を向ける。
……"そいつ"の名前を呼びながら。
「―――坂城……だったっけか?」
我ながらすげぇ白々しい。
多分、赤の他人の中では最も知っている自信があるってのに。
……何かストーカーみたいで凹む。
「ありゃ。私のこと知ってた?」
知ってるも何もねぇだろ。とは口が裂けても言えるわけもなく。
「人相覚えは得意なんだよ」
とか何とか適当にあしらってコンビニで売ってる安い1Lパックの緑茶をストローで、ずずーっ、と啜る。
「へぇ〜……刑事さん向きだねっ、将来はエリート官僚?」
ぶーーっ!!
濁点付きの霧散音が屋上に響き渡る。
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「うわわっ、虹が出たっ!?」
「けほ、げほっ、たまたま茶ぁ吹き出しただけだっての!」
「もっかいもっかいっ! 虹出してにじっ!」
「できねえよ!! つーか人相覚えってバリバリ現場向けの仕事じゃねーかよ、あぁっ!!?」
……あ、やべぇ。
つい初紀とのノリで喋ってた。普通の女の子じゃビビっちまうじゃねぇか俺のバカッ!
悪い坂城、怖がらせるつもりは―――。
「とりあえず前田くん! わんもあ!」
―――全く怖がってなかった。
つーか俺は大道芸人か悪役レスラーかっつの!?
………って、今何つって――?
「坂城、……俺の名前、知ってんのか?」
淡い期待―――
「ううん。さっきまで、知らなかった。興味なかったし」
―――は、あっさり根こそぎ打ち砕かれた。
「……あ、そ…。」
さっきまで虹だ何だってはしゃいでた癖に、キョトンとした顔で、グサリと来るコト言いますね……アンタ。
……そんな俺の心境を知ってか知らずか、坂城は思い出すように人差し指を唇にちょこんと当てながら、口を開く。
「えとね、御堂さんがね、"前田くんって不良さんとお話ししてきてもらえないかな"って」
「はつの―――初紀がか?!」
あいつ、いつの間にか学校に来てやがったのか!?
「へぇ、下の名前は"はつき"ちゃんかぁ。可愛い名前だねっ」
……そんなこたぁ今はどうでもいい。
「アイツ、今何処に行るんだ?」
「……さぁ。なんか気分悪そうにしてたから早退したんじゃないのかなぁ?」
再び人差し指で触れながらの返答。
―――初紀……無茶しやがって。
……そんでもって。
―――俺にも無茶させやがって。
-
今、坂城から豆電球の点灯音が聞こえた。訳知りのニコニコ顔でこちらを見ている。
「ひょっとしてさ……前田くん」
開口一番の坂城の浮かれた声……マズい、本人に感づかれたか?
「な、なんだよ」
と、とにかく茶でもって啜って一端落ち着け俺。茶にはポリフェノールとかいうのがあるらしいからなっ。
ずずーっ、と残り少ない緑茶を一気に啜る。
「"はつき"ちゃんと、デキてるでしょ?」
ぶーーっ!!
濁点付きの霧散音、再び。
「わわっ、また前田くんから虹がっ!」
「けほっ、げほっ! どこをどう見たらそんな結論が出るんだよ?!!」
「今度からレインボー前田くんって呼ぼうかなぁ」
「人の話を聞けぇいッ!!」
「聞いてるって、ちゃんとレインボー前田くんって呼ぶからさっ」
「論点そこじゃねーよっ!!」
「そうだねっ、ちょっと名前長いよね。じゃあ【虹 前田】くんって呼ぶからねっ」
「だから論点そこじゃねーっつのっ! つーかなんだよっ、その続けて言ったら、ちょっと小腹が減る時間帯みたいなネーミングは!!?」
「ん〜。わかりにくいし、おもしろくなぁい」
「レインボー前田のがよっぽど面白くねーよっ!!! つーか何なんだよ、その無ッ茶苦茶弱そうなレスラーのリングネームみたいなのはっ!!!?」
「あ、そっちのが面白いかもっ!」
……ダメだ、会話になる気がしねぇ。でも、何故か苛立ちはなかった。
はぁ、これも惚れた弱みってことなんかなぁ……。
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「ま、冗談はさておき。デキちゃってるわけですねっ、結論としては」
……そして、惚れた相手は俺と初紀の関係性について壮大な勘違いをしてるらしい。頭が痛くなってきた。
「……そもそも、何で初紀と俺がそんなカンケーだと思うんだよ?」
「え……だって前田くんと"はつき"ちゃんってさ、最近いっつも一緒に居るじゃない、ここで」
それは、初紀が"元男"だと知っていて言っているのだろうか? いや、知らないからこそそんな勘違いが出来るのかもしれないな……。
「……違うの?」
「っ」
……不安げに坂城が俺の顔を覗き込んできた。反射的に顔を背けることしか出来ない自分のヘタレ具合に嫌気が差す。
「……違う、の……?」
同じ質問が投げかけられる。
……そりゃあ、事実を話して憶測を否定することは簡単なことだ。でも、それは初紀のコトを洗いざらいブチまけることになる。
……でもそれって、許されることなのか?
ダチの隠しておきたい事実を、てめー本位の勝手な理由で、本人の知らないところで暴露して、それがマジで許されることなのか?
いや、んなコト……たとえ初紀が許しても、俺が俺を許せねぇ。
「初紀とは、その……男と女の関係じゃねぇよ。腐れ縁みてーなもんだ」
「ふぅん、じゃあ片想いだねっ」
「………はぁ? 俺がか?」
「ん〜6割方、"はつき"ちゃんかな」
残りの4割は俺だって言いたいのか。ほぼ両想いじゃねぇかそれ。つーか俺にはそんな気はねぇぞ? ……多分。
「どーしても俺と初紀をカップルに仕立て上げてぇのか?」
「客観的事実を率直に述べてるだけのつもりだけどなぁ」
「ありえないね、冗談も大概にしやがれってんだ」
……やれやれ、どんな色眼鏡でモノを見ればそんな客観的事実に行き着けるんだが。
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「―――そんなんじゃ、逃がした魚の大きさを後悔する羽目になるよ、きっと」
これまでの脳天気な坂城の声のトーンが急に下がって、俺は目を丸くしながら彼女を見た。
その顔は、まるで、自分の過去の汚点を振り返りでもするような、苦々しいもので―――それまで俺が遠目から見ていた時には、決して見つけることが出来なかった顔だった。
……触れてしまうだけで、粉々になっちまいそうな、そんな坂城の沈んだ顔が凄い印象的で。
「坂城……?」
「―――っ、あ、ごめんごめん! なんかボーッとしちゃってたっ、……で、なんだっけ? あはっ、あははは……」
また、坂城の表情はいつもの明るいものに戻ってた。
いや、戻ってたってのとは違う。作り直したっつった方が的確かもしれない。
まるで、その明るい表情が自分を守る盾だと言わんばかりに。
「坂城……」
「な、なぁに、前田くんっ、そんなカオして……」
「―――何か悩んでんなら、いつでも相談に乗るからな」
「ふぇ……っ?」
多分、坂城は予想もしてなかったのだろう。鳩が豆鉄砲を喰らったように目を白黒とさせている。
「なんつーか、俺……口下手だから愚痴を聞くくらいしか出来ねぇけどさ。
でも、一人で悩むよりは、ちったぁマシじゃねぇかって……勝手にそう思っただけだ」
らしくねぇコト言ってるのは俺でもわかる。けど、悩んでんなら力になってやりたかった。それが惚れた相手だって言うんなら尚更だ。
……自己満足にしか過ぎないのかもしんねぇけどな。
でも、坂城は―――
「……ありがと」
―――そんな俺をバカにすることなく、優しく笑いかけてくれた。
……それだけで、歯の浮くようなセリフを口にした甲斐があったってもんだ。
「……おう」
「じゃ、これからは友達だねっ、私達」
「お、おう」
友達か……。何か進展してるような、してねぇような……。
「――――――も、わからなくもないかな」
不意に吹く突風が坂城の言葉を遮って、後半部分しか聞き取れなかった。
「……なんか言ったか?」
「なんでもなぁい」
-
坂城は、完全にもとの明るい表情を浮かべていた。
何を言ってたかは気になったが、それ以上に坂城が元気を取り戻してくれたことに安堵する。
「そっか」
「―――前田くん」
「んぁ?」
「前田くんの下の名前ってなに?」
「ん、あぁ。"陸"って書いて"ひとし"だ」
「そっか、じゃあ"まっちゃん"て呼ぶことにしよっかな」
「それ下の名前聞いた意味ねぇだろっ?!」
「いや、フルネームが何となくお笑い芸人っぽいから、ね?」
「頼むから同意を求めるな……」
「わがままだなぁ、じゃあなんて呼べばいい? 友達なのに"前田くん"なんて他人行儀みたいでヤだよ?」
「……んじゃ、お笑い芸人やレスラーを連想させなきゃ何でもいいよ」
「ん〜……じゃ"ひーちゃん"」
「……なんで"ちゃん"なんだ?」
―――そして何で初紀と同じセンスなんだ?
「可愛いでしょ、小鳥っぽくて」
「それ、確実に半濁点が抜けてるよな……はぁ、まぁいいか。好きに呼んでくれ」
「うんっ。私のコトは"るい"でいいから。坂城って名字は……なんかゲームに出てくる悪の秘密結社の親玉みたいだし」
「確実にジムリーダーも兼任してそうだもんな」
「あはは、じめんタイプだねっ。じゃあ、今日はもう帰るね。色々話せて楽しかった。
また明日ね、"ひーちゃん"!」
「……あぁ、じゃな。"るい"」
坂城……"るい"は、明るく何度か手を振って屋上を後にした。
なんとなく、今日1日で進展したような気がしないでもない。そういう意味では、今日は顔を見せなかった初紀に……感謝するべきなのかもしれねぇな。
ただ、初紀の奴、体調が悪いとかなら多分ケータイにメールくらいはする筈なんだけどなぁ……。
―――結局、その日はメールにも電話にも初紀は反応を見せなかった。当然、初紀自身とも会えずじまいだった。
何故か、妙な不安感だけが胸に残ってた。
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とりあえずここまで。間隔空いて申し訳ないです。
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乙
パー速のスレが病んでるからそっちに投下してあげたほうがいいかも
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>>422
見てきた。確かに病んでた。
つーかあの状況を打破出来る力がオイラにあるんかどーか不安です
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〜青色通知5.1(初紀の場合)〜
―――夢、……そう、これは悪い夢だ。目が覚めたら、なんて気色の悪い夢を見たんだろうって、ストンと平らかな胸を見下ろして。
……なんつー夢を見たんだろう、って自己嫌悪と寒気を覚えて。
喧嘩友達に対する邪な想いは消えていて。
制服にゆるゆると袖を通しながら、"あぁ、またどうせアイツのことだから、まぁた殴り合いか"って思って。
一方的にあしらうだけだから殴り合いと呼んでいいもんかどうかなぁ、とかなんとか一人で笑って。
……日常が始まる。何でもない、でも、どっかが幸せな日常が。
………そう信じながら、目を覚ますんだ。
………私が、張り込みを続けてからどれくらい経っただろう。
時間を掛けて頬張ったあんパンも牛乳も全て平らげてしまって、電柱に寄りかかるだけの私は、どう見ても不審者だった。
通り過ぎる―――もしくは宿泊施設に入っていくカップルはみんな不思議そうにこっちを見て、目が合うとみんな夜の帳に姿を消していく。
そんなことを繰り返して数時間が経過した時だった。
「あれぇ、こんなとこで女の子一人ぃ?」
「ひょっとして欲求フマンで俺らに声掛けられんの待ってたとかぁ?」
下卑た笑い声が複数。……どう見ても陸とは違う部類の不良グループ。
っていうか、コイツらは……昔、成り行きで陸と一緒に潰したことのあるグループだ。
二度とこの界隈に顔出すなって言ったのに、なんでこんなトコに居るんだ?
「……御堂さんとの約束、破るつもりなの?」
あくまで御堂 初紀という男を知る一女子高生のフリをしてグループを問い詰める。
一瞬、奴らは動揺したような素振りは見せたけど、また下卑た笑いをこちらに向けた。
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「あン? 御堂? お前、アイツの知り合いかよ?」
「別にアイツにビビっていつまでもヒッキーしてる俺達じゃねぇし」
「つーか最近アイツ姿見せねぇらしいじゃん?」
「なんか女になっちまったとかって噂もあるしなぁ」
「あーあ、だっせぇ奴だよなぁ〜今時、女体化症候群の発症なんてよぉ〜」
―――っ!
「別に苦労しなくたって国が男を保証してくれンし、それなりにいい女ともヤれんのに、フェミニスト気取りで女になってりゃダセェだけだっての!」
……私のことなんかどうでも良かった。
ただ、その"男"としての御堂初紀に向けられている言葉は、間接的に私の親友を酷く侮辱しているように聞こえた。
―――お前らに……何がわかる!? 一生懸命に悩んで、苦しんで、それでも自分を貫こうとしてる私の親友を……何の権利があってそこまで侮辱するんだよッ!!!
「あー、何? その面?」
「ひょっとして君、御堂に惚れてたとか? 残念だったなぁ。俺らがそこらへんで慰めてやるから元気出せって」
「元気なンのは基本俺らだけどなぁ?」
下卑た嘲笑。今すぐにでもこの下衆共を殴りかかりたい衝動に駆られた。けど―――。
『女になったテメェなんぞ相手にならねぇんだよ』
それを、陸の言葉が制した。あれは挑発でも何でもなく……事実だった。
試してもみた。真っ向からの力勝負じゃ陸相手に敵わなかったことを思い出す。
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悔しかった。
女って、こんなに無力だったんだって。弱かったんだって。今更になって……それを実感する。
「んじゃ行こうか?」
「俺、口ね」
「あ、ずりぃぞ!!」
「俺ケツだ!」
私を連れ込んで輪姦する手筈を笑いながら話すコイツらは、元男の私から見ても十二分に汚らわしかった。
その、汚らわしい複数の野獣の手が私の身体に触れようとしている。……それだけで我慢出来なかった。
「〜〜〜触るなっ!!」
身体に伸ばされた手を振り払い、その中の一人の顎に上段蹴りを浴びせる!
「……ってぇーっ!!」
以前のコイツらなら、一発で失神するほどの威力だった筈なのに、今は顔を歪めるだけ。コイツらが鍛えたのか、或いは……私の蹴りの威力が落ちたのか。
恐らくは後者だろう。コイツらは群れて強さをアピールするタイプだから、鍛錬なんて面倒なことはしないはずだ。
……ショックだった。
「ナメやがって!!」
不意に、首筋に生暖かくて気持ち悪い手の感触。
次いで、襲い来る息苦しさと……地の感触を失う足。
「あ………ぅっ……」
苦し……い……。
いくら手足をバタつかせても、何の抵抗にもなりはしなかった。
…ぼやける視界。
……次第に遠のく意識。
………怖かった。助けて欲しかった。
だから、何度も名前を叫んでみる。たとえ口に出せなくても……。
(……陸………陸……ッ!)
視界が歪む、意識が………霞む。
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「はーい、お兄さん方、そこまで〜」
―――不意に耳に飛び込んできたのは……陸の声じゃなかった。というよりは……そもそも男の声じゃない。
女の人だ。下手をしたら私と同い年くらいの子かもしれない。
「あぁ? アンタも仲間に入れて欲しいのかよ?」
「アンタも可愛いから喜んで混ぜてやんよ?」
威圧感を漂わせる下卑た笑い。
―――……ダメだよ、私でも敵わないんだ、普通の女の子じゃ……危ないよ……!
「残念だね、私、"仕事"以外じゃ結構奥手なんだ。それにお兄さん達、タイプじゃないし。
ていうか、鏡、ちゃんと見えてる?」
「んだとぉ!!?」
「ナメやがってぇっ!!」
「ぶっ殺してやるぁぁっ!!」
「その前にじっくり楽しませてくれよなぁ!? あぁっ!!?」
女の子の挑発にグループは予想通り激昂した。このままじゃ、本当に危ない……っ!!
「どうでも良いけどさ。
私、"通知受取人"なんだよね」
……ピタリと、男達の手足が固まり、そのおかげで私は漸く長い苦しみから脱出することが出来た。
「けほっ、けほっ!」
けれど、極度の酸欠のせいか、視界がボヤけたままだ。
って言うか、女の子は今なんて言ったんだろう……?
「わっかるかなぁ? 私に手を出したら、そこで見張ってる警官さん達が黙ってないんだよ? 公務執行妨害もついちゃうよぉ?」
……やけに浮かれた女の子の声。まるで、この状況を無邪気に楽しむかのような。
「んなハッタリ……通用すっかよ!?」
「……試してみる?」
何のことだかイマイチ分からないけど、耳から入ってくるグループの男達の声は明らかに動揺の色をはらんでいて。
比べて、女の子の声はとても冷静で、むしろ余裕すら感じられた。
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―――そして、複数の遠ざかっていく足音。
……どうやら、助かった……みたい。
「……ふぅっ、まったくもぉ。警察も融通効かないっていうか。目の前で女の子がピンチなら助けなさいってのっ」
私ではない誰かに聞かせるような非難の声。それは、さっき言ってた"通知受取人"というものと関係してるのだろうか?
直ぐにでも問い質したかった。でも、今は何だか悔しさと安堵の方が勝っていて……。
「……っく、ひっく……ぐすっ」
私は情けないくらいにしゃくりを上げていた……。元男の威厳も何もあったもんじゃないな……ホントに。
「やわわっ!? 大丈夫だよぉ、おねーさんは二刀流でも逆刃刀でもないよぉ」
私を助けてくれた女の子は何を勘違いしたのか、お門違いな言動で私を宥める。それが、何だか可笑しくて。
「ぐすっ……ひっ、……くすくす……ひっく」
「……なんか今明らかに泣くとは違う何かが混ざってたよね?」
「ごっ、ごめん……なさい、なんだかっ、可笑しくなっちゃって……ふふっ」
「……救急車呼ぼうかっ、頭が大変になってますって」
「す、すみませんすみませんっ! ………あっ」
ホントに救急車を呼ばれかねないので、本気で謝ろうと顔を上げた時に、漸く視界が開けてきて。
私のことを助けてくれた女の子の顔も視認出来るまでになった。
……そこで私は思わず声を上げた。
「坂城……さん」
……私が真似て結った短めのポニーテールではないけれど、その可愛らしい姿と、目元の黒子。
その可愛らしい顔が一瞬で曇るのが、まだ霞がかった視界でも認識出来た。
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「―――その制服だもんね、やっぱ気付いちゃうよね、うんっ」
坂城さんは、困ったような苦笑いを浮かべて。
……それすらも可愛らしく見えた。なのに、それを素直に羨めないのは何故だろう。
「ごめんなさい、助けてくれたのに」
「うぅん、私が勝手にしたことだし」
"勝手にしたこと"。
そう言って困ったように微笑む坂城さん。……この人は自分のしたことを"善意"と認めたくないのか……?
笑っていたのに、まるで、自分が他人のためにすることは全部偽善だって言いたげな、そんなことすら感じさせる寂しい目をしてた。
「えと、さ。立てる、かな。……このままじゃ、えと……君が恥ずかしいかも」
「え?」
顔を赤らめて気まずそうな坂城さんの言葉。その意味が分からず、私は首を傾げてしまう。
「その……見えてるし、さ。薄水色の……が」
不意に下に落とされる坂城さんの視点。そこには、気付かずに三角座りになってた私のスカートの………――――っ!!?
「わわっ、ごめんなさいっ!!」
慌てて立ち上がる。あぁ、なんつーはしたない……。
「あはは……か、可愛いの着けてるんだねぇ、う、うん、似合ってるよ」
なんかよく分からないフォローをされた。
女の子としての反応がよくわからないし、凄い恥ずかしいから……とりあえず俯いて黙るしかなかった。……とほほ。
自分のセンスで買ったわけじゃないから尚更恥ずかしい……。
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「……あのさ。同い年だよね、きっと」
不意に核心を突く坂城さんの言葉に、心臓が高鳴る。私のコト、気付かれてた……?
「え……?」
「校章の色、赤だし。1年生だよね」
「あっ、う、うん……」
良かった。少なくとも陸のコトまでは気付かれてな―――。
「ん〜と、多分だけど、いっつも屋上で男の子と話してる子だよね」
―――くなかった。
「う、ん……」
「ふぅ〜〜ん?」
浮ついた返答。あー、どうしよう、きっと坂城さん、なんか勘違いしてるっ!
「彼氏?」
「違いますっ!!!」
「ふぅ〜〜〜ん?」
脊髄反射にも似た即答に、坂城さんは更に顔を綻ばせてる。
……前言撤回、絶対坂城さんなんか勘違いしてるっ!!
「だから、違うんですってばっ!!」
「私、何にも言ってないけどっ?」
「〜〜〜〜〜〜!」
……ダメだ、何を言っても墓穴を深めることになりそうな気がしてきた……。
「ウブだねぇ、君って」
「……御堂です、君って名前じゃないです」
「ん〜。御堂さんは私を知ってるみたいだけど……自己紹介はお茶でもしながら聞こうかなっ」
そう言って坂城さんは歓楽街の外れにある喫茶店を指しながらニコリと笑いかけてくれた。その喫茶店には見覚えがあった。
……さっき陸が連れてってくれた所だった。
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「―――じゃ、御堂さんの片想い?」
場所が変わっても結局坂城さんのペースは変わらない。
簡単な自己紹介の後はやっぱり私が質問攻めに遭う羽目になってた。
―――聞かなきゃいけないことは山ほどあるのに。
「どっちも違いますっ! 少しはこっちの話も聞いて下さいっ!!」
「御堂さんがホントのコト、話してくれたらね?」
「そんな……私は、ホントのコト―――!」
「―――言ってないよね?」
私は語気を強めた筈なのに、坂城さんは全く物怖じする気配すらなく言葉を遮る。
……まるで警察か何かの誘導尋問みたいな、強制力を感じさせる静かな微笑み。
「好きなんだよね。その男の子のコト」
無為に従うことなんて今まで一度もなかった。これからもそのつもりでいた。でも、坂城さんの言葉は……そんな薄弱なものでは曲げられないくらい強い何かをもっていて逆らうことが出来ない。
どうしてだろう。
……なんで私は首を縦に振ることしか出来ないんだろう。
ずっとずっと他の誰にも悟られたくなかった感情を、どうして坂城さんは簡単に引きずり出せてしまうのだろう。
―――自覚はしていた。けれど、認めなくなかった想いを目の前に突きつけられて、景色が水滴に歪む。
でも、今は前を向け。
……事実を告げるためだけに。
「……はい。でも、わた……俺は……アイツの傍らには居られません」
「………ぁ」
敢えて、私は決別した自称で自らを示す。それが、全てだった。
「……アイツの想い人は―――坂城さん、あなたなんですから」
-
「……御堂さん」
坂城さんが同情めいた物悲しい声をあげた刹那、私の左目からは涙が一筋だけ流れた。
頬を伝って、握りしめた手の甲に落ちたそれは、熱を失っていて……ただ、ただ冷たいモノだった。
もう、大丈夫。私には訊かなきゃいけないことがある。
「……もう十分に答えましたよね。今度は私の番です」
二の句を探していた坂城さんの目が、諦観の色に染まっていくのが分かる。
……でも、それは長くは続かなかった。
「―――多分、御堂さんは"通知受取人"のことを訊きたいんだよね」
―――違うっ、そんな小難しい話じゃないっ! 私が訊きたいのは―――そう口を開こうとした、その時だった。
「あははははっ、多分、御堂さんは勘違いしてるなぁ」
「どういうコト……ですか?」
「見てたよね。……多分、一部始終を」
「っ!?」
……気付かれてた!? 今目の前にいる坂城さんと、見知らぬ男性がホテルに入っていくところを、そして私が見張っていたことまで―――全部。
「―――だからだよね、あんな連中に絡まれたのって。
ダメだよー? あんなとこで女の子一人で突っ立ってるなんて。タダでさえ御堂さんは可愛いんだから。
……たとえ、キミが御堂くん"だった"としても……そんなの素性知らない奴らからしたらカンケーないんだし」
「………すみません。注意が足りませんでした」
…………それ以外に、返す言葉もなかった。実際に坂城さんが割って入らなかったら……考えただけで寒気と吐き気が同時に襲ってくる。
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それだけ私はキケンなことをしていたんだ……自分の浅はかさに嫌気が差す。
「ま、過ぎたことを必要以上にとやかく言うつもりはないよっ」
そう前置きをして、彼女は視線をテーブルのコップに落とした。……言うのに決心が要ることなんだろう。私は彼女の言葉を待った。
遂に、コトの真相が聞ける……!
「……多分ね、御堂さんの思ってる通りだと思うよっ」
「えっ」
坂城さんは明るく努めるように、笑って言った。でも、その声は消え入りそうなほど、小さくて、低かった。
それが何を意味するかくらい、わかるつもりだ。恋愛感情の有無は分からないけど、間違いなく、彼女はあの男性と………その、"した"んだ。
「あのヒトの素性は"ここ一ヶ月以内に誕生日が来る15〜6歳のヒト"って以外……何にも知らないっ、……知りたくもないしね」
切り張りしたような坂城さんの可愛い笑顔が向けられる。
自分が、どういう顔をしたらいいのか分からない、そんな悩むような、困ったような……哀しい顔。
そして、その笑顔から発せられる言葉は、全てを物語っていた。
キーワードは全部出揃っていたのだから、発想は―――容易だった。
「―――まさか!?」
……続きを口に出すのが怖かった。
確かにそういうヒトが居るのは保健の授業知識程度として知っている……。
でも、それはヒトゴトだ。
どっかの知らない大人の女性が、どっかの知らない役人と、どっかの知らない政治家達とで、勝手に決めてるだけのヒトゴトでしかない!
……その筈だったのに。
それが、足元から崩れていくような感覚が、たまらなく怖かった。
-
「……そっ。私は、女体化症候群を食い止めるために国から雇われて、女の子に縁の無い男の子の為に派遣される―――子作りごっこの"相手役"の一人」
事も無げに"事実"を話す同い年の女の子が、こんな近くに居るなんて……信じたくない。
「ウソ……ウソ、ですよね。こんな……」
「ん〜……せっかくだから、教えてあげよっか。"御堂くん"」
坂城さんが、皮肉めいた笑みを浮かべる。
彼女の"正体"を知ったのに、これ以上何が起こるっていうのだろう。
―――そう思った刹那、彼女は肩から襷掛けに下げていた小さなバッグから、封書を取り出していた。
「読んでごらん?」
つい最近どこかで見たことがある薄青の封書。そこの中央に印字された、文字……そこに妙な違和感。
―――え? だって、この通知は……いや、そんな筈ない、え? だって、……なんで……?
多分、それは"彼女"の名前。でも少し違う。
例えるなら、……そう、私の名前。
私は女になった時に名を変えた。同じ文字の"読み方"を変えて"はつのり"から"はつき"になった。
それと、多分同じコトなんだろう。
『"坂城 塁"様』
……まさか。
「キミと同じだよ、"御堂くん"」
さっきまでの甲高い声が嘘のような落ち着き払った、冷たい声。そして、余裕に満ちた表情。
それは……まるで、イタズラがバレた子供のような照れた笑い。
それは……まさしく"男の子"の顔。
「せっかくだからさ、ちょっと昔話に付き合ってよっ」
それは……また女の子に戻っていた。
-
読み返しらなっげぇです。斜め読みしててくださいな
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イイヨイイヨー
-
〜青色通知5.2(るいの場合)〜
出会ったばかり他人に私は何を話そうとしてるんだろう。同じ境遇だから? この子を助けた時とおんなじ……気まぐれ? 同情を引きたい? ただ、目を丸くするこの子のリアクションが面白いから?
まぁ、偶には思い出話に花を咲かせるのも悪くないかな。
―――"ボク"はね、両親から将来を切望された野球少年だった。父はプロ野球選手、母は元アナウンサーっていう、いかにもな家庭で育ってさ。
ボクが物心つく頃には父さんはもう引退……というかクビだね。
知ってる? 坂城 亮。持ち前の俊足と守備の巧さで大学からドラフト2位で入団した地味ぃな選手。
あははははっ、そうだよね。注目されたのは入団から最初の2、3年だけ。その間にアナウンサーと運良く結婚したからボクが生まれた。御堂さんが知らないのも無理ないよ。
順風満帆に見えたらしいよ? そこまでは。
―――うん? そう、そこまで。
勝負の世界に生きていたら、淘汰されるヒトなんて山ほど居るからね。その中のヒトの一人だったんだよ、ボクの父さんは。
情けない話だよねぇ、二軍の試合中、フライの捕球で選手同士がぶつかって左足を骨折。リハビリを含めて完治まで一年掛かったってさ。
―――故障した二軍の守備要員なんて、復帰してから球団に居場所なんかありはしなかったよ。……だからかな、ボクが物心ついた時に覚えてる父さんは荒れてた。
……でも。ううん、だからかな、両親はボクに夢を託した。
託したなんていうと聞こえが良すぎるなぁ……うん、自分たちの夢をボクに押し付けたんだ。
あははは、今からすると笑っちゃうけど、当時はいい子チャンだったボクは、野球クラブに入り、それに懸命に応えたんだ。
-
来る日も来る日もバッドを握って、ボールを投げて、今じゃ分かんないけど手も肉刺だらけで凄いゴツゴツしててさ。苦しかったけど、楽しかった。
昨日出来なかったことが今日出来るようになって、周りは評価してくれて、結果に繋がって。
なんていうか、こういうのが"幸せ"なんじゃないかって真面目にそんなクサイこと思ってたりしてた。まだ子供のくせにそんな達観までしてた。
でもさ、そういうのって長く続かないよね、何でか知らないけどさ。
そんなボクに青色通知が届いたのは12歳の頃だった。キッカケは些細なコトだったよ。
昔から母さんにそっくりだと言われてた僕の顔は、とうとう女の子と見分けがつかなくなってさ。
なんでだろう? って調べた結果に行き着いた先が、その異例の若さの青色通知だよ。
女体化症候群の特異例で、超若年性のものだったんだって。
しかもこの病状ではポピュラーな突発性のものじゃなくて二次性徴に比例して徐々に徐々に女の子になっていく。
その発症確率は宝くじ一等が前後賞含め3年連続で当たる確率だってさ。前例は日本ではゼロ。天体的数値と言わざるを得ない確率。笑っちゃうよねぇ。
"なんでボクなんだ"
"なんでお前なんだ"
ボクを含めた皆がやり場のない怒りをボクに向けた。それだけ期待しててくれたのだから、みんなに怒りは湧いてこなかった。
解決法は只一つ。男性器が女性器に変異を終えるまでに、異性と交わること。期日は女になるまで。
迷わず青色通知に従えば道は拓ける。答えは簡単なことだった。
でもさ、それが思春期に入りたての子供にとってどれだけ苦痛だったか分かる?
女になっても、男のままでも、奇異の目に晒されて、笑われて。何も悪くない筈のボクがっ!!
-
……ボクは逃げるように一人練習を続けた。
縋るものがそれしかなかったから。
でも、因果なもので日に日に抜けていく力、落ちていく体力、膨らむ胸。それらを実感する羽目になったよ。
その無力感に苛まれながら、がむしゃらにバットを振り、ボールを投げて、帰るのは両親が寝静まる頃。
……そんな生活を繰り返してたある日、ボクはいつものように練習を終えて帰路に着いた。
その日は土砂降りの雨が降ってた。
ホント馬鹿だよね、そんな中で何時間も雨に打たれながらバットを振ってたら、体調だって崩すよ。
そう、案の定、ボクは家路の途中で気を失ったんだ。
……次に気付いた時、真白い天井が真っ先に目に入った。
そして、その横の見舞い客用の席には、どこかで見た女の人が眠っていたよ。青いリボンで髪を結った人だった。
―――そして、そこでボクは気付いてしまった。
着せられたピンクの病院着が全てを象徴してた。
手も脚も。まるでスポーツなんてしたことのないような真白いものキレイなものに変わってた。
体は丸みを帯びて、力はまるで入らない。
最後の希望とばかりに内腿を締めても、あるべき感触は綺麗に無くなってて。
―――こんな日が来るのは前々から分かってた筈なのに……。
……あぁ、ボクはとうとう女の子になってしまったんだって。
泣くつもりはなかったけど嗚咽だけは止められなかったよ。
その僅かなしゃくりが、どこかで見た女性の目を覚まさせたみたいだった。
その開口一番、彼女は困ったような笑顔を浮かべながら言ったよ。
「―――逃がした魚は……やっぱり大きかったかな?」
……って。
-
―――人の気持ちも考えないで何を勝手なことを……!!
そう言おうとした。でも言えなかったよ。
……急に泣き出すんだもん。思わずこっちの怒りが引っ込んじゃうくらいにさ。
―――"ごめんね、ごめんなさい"って何度も、………何度も。
それで思い出したんだ。
彼女は、ボクの通知受取人……になる予定のヒトだったんだよ。
両親が一応面談だけは受けとけって。
……うん? あ、そっか。御堂さんは知らないよね。
一応ね、通知受取人との間に間違いが起こるのを防ぐために面談が行われるんだよ。
まぁ、性別選択権を行使するかどうは別としてね。
……で、その面談相手が、彼女だったってワケ。
―――話、続けるよ?
……と、その前に。
すみませーん!
カフェオレのホット下さいっ。……御堂さんも何か頼む? 奢るよ?
……そっか、わかった。じゃ、それだけでお願いしますっ。
……どこまで話したっけ?
あぁ、そうそう、彼女の話だっけ……。
-
――――――
―――――
――――
「……なんで、あなたが泣くんですか」
怒りや悲しみを通り越して笑えてさえくる。
彼女なりに同情してくれてるのかもしれないけど、ボクからしたら余計なお世話だ。他人に涙を流されるいわれなんて無いんだから。
彼女も少しは空気が読めたのだろう。俯いたまま黙っている。
「……助けてくれたことに関しては礼を言いますけど……これ以上ボクに関わらないで下さ―――」
言い終える前に、柔らかな女の子の感触がボクの口を噤ませた。……何度となく優しく撫でられる後頭部。
……長い間、忘れていたような暖かみ。
「……っ、な、なに……して……」
……ともすれば、身を委ねて泣きじゃくってしまいそうな暖かみ。それに甘んじてしまうのが、どうしようもなく怖かった。
……頭ではわかってたつもりだった。
ボクは完全に女の子になってしまった。もう、父さんや母さんの背負うことも赦されないカラダになってしまった!
……その容赦のない現実を突きつけられても尚、ボクは諦めきれていなかったんだ。
泣いてしまえば、ボクがそれを受けいれてしまうことと……おんなじだから。
だから、泣けなかったのに。
「…………」
彼女は黙ったまま、ずっと、ずぅっとボクの頭を撫で続けた。顔は見えなかったけど、肩が微かに震えてる。
まるで、ボクの言葉を待つみたいに。
「っ、ズルいよ、……ハルさん―――ッ!」
彼女の名前を口にした瞬間、抑えつけていた感情が堰を切ったように溢れ出した。
涙と一緒に、理不尽な現実に対する恨み言も自分への後悔も止まらなくなって……それでも、彼女はボクを抱き締めてくれてた。
一緒に、子供みたいに泣きじゃくりながら……。
-
……頭を撫でる手のひらが、抱き締めてくれる腕や胸の暖かさが、どうしようもなく心地よかった。
……ボクは、漸く受け入れることが出来た、救われた。
彼女―――ハルさんのおかげで。
だからボクは……一生を掛けてでも、彼女に恩返しをするんだ。
それが―――次の目標になった。
―――思えば、それはボクが今まで見向きもしなかった、男の子としての最初で最後の恋だったのかもしれない。
―――それからは、目まぐるしく日々は過ぎていった。やるべきことは沢山あったし、いつまでも過去に囚われていたら、きっとハルさんも苦しむから。
今は、前だけを向いていようとココロに決めて。
名を変えた。
"坂城 るい"と。
他の漢字をあてがうことも考えたけれど、それはボクを名付けてくれた両親への裏切りみたいで嫌だったから、平仮名にして。
ハルさんとはその後も連絡を取り合ってた。彼女と会う度に彼女を知っていくことが純粋に嬉しかった。
歳は実は5つしか違わないとか、甘いものが苦手だとか、笑うと口元を押さえる癖とか―――数えたらキリがないくらいに。
彼女の部屋に行って女の子としての特訓もした。
他人から見たら元男だと絶対気づかれないくらい徹底的に。
でも、ハルさんが相手だと時々ボロが出る。
異性としてなのか、同性としてなのか……それは分からないけど、大好きな人だから。安心できる人だから。
いつか、ハルさんが通知受取人の仕事をしなくても良いように、自分が頑張るんだって、勝手なことを思い描いたりもしてた。
その事をハルさんに話すと、彼女は困ったような笑みを浮かべながら―――『期待しないで待ってるね』―――とだけ言ってくれた。
-
―――全てが順風満帆とまではいかないけれど、少しずつ日々が充実し始め、彼女と出会ってから季節が一周しようとしてたある日。
いつものように、ボ……私は女の子としての特訓をしようとハルさんの部屋に向かう。
確か今日は"仕事"がない筈だし、ケータイにメールはしておいたから、多分ハルさんはアパートに居る筈。
二週間ぶりにハルさんに逢える。おろしたて制服姿を真っ先に見せたくて、逸る気持ちを抑えきれなくて、ついつい早足になる。
「……あれ?」
アパートの入り口に辿り着いた私を待ち受けていたのは、思わず口から漏れだしてしまうような妙な違和感だった。
彼女用である一番右上に設置された郵便受けには、雨風に曝されて色褪せた広告や郵便物が詰まっていた。
マメな人だったから、そういうのを放っておくのを一番嫌う筈なのに。
仕様が無いなぁ、と独り言を呟きながら溜まった郵便物を抜き取ってハルさんの部屋に急ぐ。
呼び鈴を鳴らす。でも返事はなかった。
二度、三度、四度。結果は同じ。
……どうしたんだろう。エイプリルフールにはまだ早いし、他人が傷付くような真似は絶対にしない人だ。
一応、ドアノブに手を掛けてみる。
――――ガチャ
「開いてるし、不用心だなぁ……。
…………えっ?」
乾いた音を立てながら、私の手から溜まった郵便物が滑り落ちる。
目の前の光景が理解できなかった。部屋番号を間違えたと思った。
だって―――つい二週間前まで、そこにはこじんまりとした家具が所狭しと並んでいて。
パステルカラーのクッションとか、洋楽のCDばっかりのラックとか、ちっちゃくて可愛らしい化粧台とか……見慣れたものはみんなみんな消えて無くなっていた。
-
まるで、初めからハルさんという人なんて居なかったかのような。がらんどうの部屋。
……なんだよ、これ。一体何の冗談だよ……!!
「ハルさんっ!?」
まるで隠れん坊の鬼でもしてる気分だった。
「ハルさんっ!!?」
何もない風呂場も、便座カバーすらなくなってたトイレも、空っぽの押し入れも、みんな調べた。
「ハルさぁんッ!!!?」
喉を痛めるくらいに声を張り上げた。返事は……あるはず無かった。
……頭ではわかってたつもりだった。
ここには、ハルさんはもう居ないんだって。泣き出したかった。でも泣けなかった。
泣いてしまえば、私がそれを受けいれてしまうことと……おんなじだから。
だから、泣けなかった。
その哀しみを抱き止めて、分かち合ってくれる優しい人も、居ない。
だから、泣けなかった。
「っく、……ぅく、ハル……さん……」
―――ガタッ
「っ、ハルさんっ!?」
玄関から物音がして、脊髄反射で振り返る。でも、そこに居たのはハルさんじゃなくて……見覚えのある恰幅のよいお婆さん。
……思い出した、このアパートの管理人さんだ。
「あなた、"るい"ちゃん……だったかしら?」
ゆっくりとした口調の質問に私は首肯で答える。そして続け様に……私は一番聞きたくて、一番聞きたくないことを訊いた。
「あのっ、ハルさんは……ここに住んでた、女の人は……っ!!?」
「――――――」
………………え?
今なんて言ったんだろう。意味が……わからない。
え?
なんで、そんな物騒な嘘吐くの? エイプリルフールには、まだ、早い……よ?
……ワケが分からない。
-
―――ピリリリリリッ!
不意に私のケータイが鳴り響いた。ポケットから取り出したケータイのサブディスプレイに表示されたのは……"ハルさん"の文字。メールの返信だった。
あはっ、あははは……そうだよね、今のは管理人さんのタチの悪い冗談なんだよねっ。
……ていうか、バカだなぁ私。さっさとケータイに掛ければ良かったのに。
「……あ、ちょっとすいません」
タチの悪い冗談にこれ以上付き合うつもりは無かったから、早々にケータイを開き、ハルさんのメールを確認する。
壁紙には、私と一緒にポーズを取るハルさんの笑顔。
"あなたは、娘の携帯に写っている子ですか?"
…………何、これ?
"あなたには、知らせが滞っていたようなので、勝手ながら娘の携帯から連絡させて頂きました。"
"番号が入っていない為、メールでしかお伝え出来ないのが心苦しいです。"
……だからさ、何の冗談? ……ねぇ、何の冗談っ!?
"3月17日、娘は亡くなりました。"
………みんなさ。気が早いよ、みんなして、こんないたいけな女の子騙すなんてさ。
"小さな子供を庇っての交通事故でした。その際、たまたま娘が携帯電話を忘れていた為、こうしてあなたに連絡をとることが出来ました。
もし、あなたが娘のアパートを訪れることがあれば、娘からの手紙をアパートの管理人さんに渡してありますので、受け取ってください。
生前、娘はあなたのことをとても大切に想っていたようなので、是非とも、お願い致します。"
「………」
「もう、いいかしら?」
ケータイを閉じた瞬間に、管理人さんが、青いリボンと、真白い封筒を差し出した。封筒の表書きには"to 坂城 るいさま"と可愛らしい字で書かれている。
間違いなく、ハルさんの字だった。
-
"るいちゃんへ。
こうして手紙を書くなんて何年もしてなかったから、なんだか気恥ずかしい気持ちでいっぱいです。
初めてキミと逢ったのはちょうど1年前でしたね。その時のキミは、今から考えられないくらいに落ち込んでいました。
泣くことも、笑うこともなく、たった一人で理不尽な現実と戦っていたるいちゃんは、見ていてとても辛かったです。
まるで、昔、私が付き合っていた男の子みたいでした。
その男の子は、私を大切にするあまり、るいちゃんと同じく女の子になり……そして自ら命を断ちました。
ずっと、ずっと言えなかったけれど、それが私が通知受取人というお仕事を選んだ理由でした。
るいちゃんには理解できないかもしれないけど、私はこの仕事を誇りに思っています。確かに他の人から見たら汚らわしいだけかもしれません。
でも、るいちゃんはそんな私を差別することなく一生懸命に見てくれました。
時には喧嘩もしたけど、るいちゃんは私にとって大切な人です。
こんな私だけど、これからも、ずっとずっと私の大切な人で居てくれたら嬉しいな。
立ち止まることなく、一緒に歩いていけたら、って……ワガママなこと言っちゃってるなぁ、私。
でも、もし……るいちゃんが良かったら、そうしてくれると、もれなく私が大喜びします。
口に出すと何だか恥ずかしいから手紙にしてみたけど、書いてて顔が熱くなってきちゃったから、最後にこれだけは書かせてね。
卒業、そして入学おめでとう。
ハルより。
P.S、るいちゃんの制服姿、早く見てみたいな。きっと似合うんだろうなぁ。"
-
……ハルさん……。
……ハルさん……!
……ハルさん……!!
「―――――っ!!!」
私は、いつの間にか一人で泣けるようになっていた。それは、彼女がくれた強さと、弱さだったのかもしれない。
涙が涸れるまで泣けば楽になるはずなのに、一向に止むことのない涙。
手紙をくしゃくしゃになるまで抱いたまま、私は独りぼっちで泣き続けた……。
――――ハルさん。
手紙の答えだけどさ、私も一緒に歩くよ。
ハルさんが歩いていた道を、私も。
私はその日、髪を切った。ちょうどハルさんと同じくらいに。
そして、生前、ハルさんがよくしていた髪型にした。彼女の形見である、青いリボンで整えた、短めのポニーテールに。
―――そして、更に季節が一巡りした彼女の命日に……私は、通知受取人の資格を取得した。
記録には残らないにしろ、恐らくは日本で史上最年少の通知受取人が誕生した日だった。
〜青色通知5〜
終
-
相変わらず内容と文の長さが合ってません。
あーあ、エロシーン書きたい
-
乙!!!!!!!!!!111!!!!
-
※これから投下される文章には一部18歳未満には大変そぐわない内容が含まれます。
不快に感じましたら読み飛ばしてください。
何故そんな内容になったかは>>448にて。
-
〜青色通知6(陸の場合)〜
結局、初紀はその日学校に姿を見せなかった。
坂城………るいにもうちょい詳しく事情も聞きたかったが、放課後になると、アイツの姿はどこにも無かった。
まぁ、良かったのかもな。
冷静に考えると、るいの奴に初紀のコトを根ほり葉ほり訊いたりしたら十中八九誤解されるのがオチだろうし。
溜め息一つ。
一人で屋上でゴロ寝してても時間の流れは淀んだまんまで、陽が傾くまで結構な間が空いている。
仕事も今日は無ぇし、暇だ。
―――そう、暇……なんだよな。
…………。
「なぁんで来ちまったのかなぁ……」
いや、分かってる。俺の意志でしかない。……しかないのだが思わず、溜め息混じりの愚痴が零れる。
こんなことしてる状況じゃねぇことは重々承知だ。
それに単なる暇潰しなら学校から、ここまでの間にある歓楽街のゲーセンにでも寄れば良かった。
なのにわざわざ自分が苦手な場所に来るなんて。
……多分、俺はかなり偏屈な人間なんだろう、そう結論付けた。
見るもの全てを威圧するような厳かな門構え。そこの立て札には『御堂空手道場』の文字。
……言うまでもなく初紀の実家だ。
『初心者大歓迎』とデカデカと達筆で書かれた半紙が、看板下に貼られている。
……あからさまに文字が初心者を拒絶してる感が否めないのは、気のせいなのだろうか。
……まぁ、あのオヤジさんらしいっちゃ……らしいんだが。
とりあえず、『初心者大歓迎』の半紙の横でこぢんまりとしてる呼び鈴を押す。
-
―――チリン。
前々から気になっていたのだが、見た目は明らかに電子式の呼び鈴なのに、鳴り響く音が明らかにアナログな鈴なのは何故だろう。オヤジさんの趣味ってのは理解できるのだが、その呼び鈴の構造だけは不可解だ。
―――とか何とか考えている内に厳かな門が、それはそれは厳か過ぎるくらいの重苦しい音を奏でながらゆっくりと開いていく。
そこから現れたのは、熊……ではなく、それくらいの身の丈と立派なヒゲをを誇るナイスミドル。
学校の集会で整列した場合、俺は後ろから数えた方が早い位置に属するんだが。そんな俺でも、彼の顔を拝むためには首を上に向けなきゃならない……相変わらずデカいな……初紀のオヤジさん。
「………何故、此処に居る。……童」
熊をも気絶させそうな重々しい声―――から出てくる全く意味不明な一言。
……つーかオヤジさん、まだ俺の名前覚えてねぇのな。
"21世紀"って言葉も既に死語になりつつあるこのご時世で、ワッパはねぇだろワッパは。時代錯誤も良いとこだが、それにツッコんだとしても時間の無駄でしかない。
「……いや、"なにゆえ"って言われても。単に初紀の様子見に来ただけっス。学校、無断欠席したみてぇだし」
「其れは我が子が女人に成ったからと云う不埒な目的からか」
鋭利な刃物にも似た眼光。
「……とりあえず。なんで、そんな考えに至ったか。そのワケを教えてくれませんかね」
ここでオヤジさんの威圧感に気圧されてしまったら、多分、四半世紀経ったとしても話は平行線のまんまだろう。
文字に記す分には、俺は平然としてるように見えるかもしれないが、さっきから胃がすげぇ痛いことを補足しておく。
-
「童は模範的な学生ではないと、むす………めから聞き及んでおる。そんな怠惰なお主が、邪な思いなしで他人の学生々活を綻びを指摘するなど有り得ぬと申しておるのだ」
なるほど。不良が純真な心で他人のサボりを心配なんぞ甚だ可笑しいっつーことか。一理あるな。
「そりゃ、そうッスね」
んで、オヤジさんの中で"非模範的生徒である俺がわざわざ他人のサボりに口を挟んだ理由は、最近息子から娘に変わった我が子に気があるんじゃないか"ていう結論に至ったワケか。
……なるほどな。
「……そうですよ。無断欠席なんて俺の知ったこっちゃない。それを説教するつもりもないッス」
「―――ほう、では認めるのだな? 童は我が娘を、性欲の対象として見てることを」
「一つだけ言わせて下さい」
「何だ、童――――」
「―――っざけんなッ!!!」
鈍い音が、オヤジさんの返答を遮る。
―――右拳から俺の全身に木霊する、衝撃の余韻。
俺は、オヤジさんの頬に一発、拳を見舞っていたのだ。
「アンタだって分かってんだろッ!?
アンタの子は……初紀は有無を言わさず女になっちまってよ……今が一番大事な時期だって言ってんだよッ!!
そんな時に、いつだって自分より筋通すことを優先するようなヤツが、急に連絡もナシに姿見せなくなったんだぞッ!?
そんなダチを心配すんのは当たり前だろーがッ!!」
……自分でも、何でこんなにも激昂してるのか分からなかった。
唯、オヤジさんが投げかけた言葉を、どうしても否定したかったんだ。
……俺は、初紀を女として見る約束を交わした。アイツがそれを望んだから。
けど、それはオヤジさんの言うようなそーいうヤらしい意味なんかじゃねぇんだ。
-
今はそーいうことを考えちゃいけねぇんだ! 俺には好きな奴が他にいて、それでもアイツをそーいう対象で見んのは……アイツを裏切るのとおんなじじゃねぇか。
「言いたいことはそれだけか、陸」
「――――え?」
オヤジさん、俺の名前―――
そう思った刹那に、風切り音。そして、それまで山の如く動かなかったオヤジさんの姿が、視界から消える。
―――直後、まるで軽トラがぶつかって来たかの衝撃が俺の腹部を襲った。
そして、呻く間もなく、後背部を襲う鈍い痛み。
「……はっ、はぁ……っ、ぅ……」
体中が悲鳴を上げた。酸素を求めて意志とは無関係に肩が上下に激しく動く。
こんな苦しみ、そして痛みは、男だった時の初紀に挑み、そして何度となく敗れた時でさえ覚えのない……全く別の次元の苦痛だ。
「……はぁっ…は……っはぁ……」
……たった一発の正拳突きで俺は体ごと吹っ飛ばされて、そして道場の門に叩きつけられたことを漸く俺は悟った。
朦朧とする視界に映る、うずくまった俺にとっては更にデカく見えるオヤジさんの姿。
「そんな迷いだらけの拳では、蚊の一匹も仕留められぬわ」
……そのオヤジさんの言葉を境に、俺の意識は閉じていく。
立ち上がることも、オヤジさんの言った言葉を否定することも出来ないまま、無力の闇に俺は沈んでいった……。
-
ごめん、なんか投下出来そうにないのでエロシーンはまた後ほど
-
+(0゜・∀・)+wktk 正座してまってる
-
―――ここは、何処だ?
気がつくと乳白色の濃い霧の中で俺は立ち尽くしていた。
前も、後ろも、右も、左も、霧、霧、霧。地面があるのかどうかさえ危ういように思える。
いくら辺りを見回しても誰も居ない。
なんだ、コレ……夢なのか?
『りく』
不意に複数の声に呼び止められた。正確には誰かを呼んでいたのだろう、でも、それは俺の名前じゃない。
確かに俺の名前は"陸"と書くけど、読み方は"ひとし"だ。なのに、その声は俺を呼んでいたように思えて振り返る、と。
……そこには初紀、そして、るいの姿があった。正確に言うならば、短く纏められたポニーテール、そして呼び止めた声で判断したに過ぎない。それもこの妙な白い霧のせいだ。
二人して俺の名前を間違えるなんてあるわけないのだが。
「……何の冗談だよ?」
………え?
言い終えてから気付く。
―――俺の声が、妙に高いことを。
『コレ、無駄になっちゃったね』
哀しそうな笑いを浮かべながら初紀らしき声の主が、封書を差し出した。
―――俺の青色通知。
初紀からそれを受け取ると、そこに印字されていた文字の一部が霧に溶けて隠されていく。
妙な不安感に駆られ。慌てて、その霧を振り払う。その青色通知に浮かび上がった文字を見て……俺は目を見開いた。
"前田 りく様"
……初紀がそうであったように、俺にも"その時"が訪れたという完全なる告知だと言わんばかりに突きつけられる、現実。
「うそ……だろ……なぁ、嘘だって言ってくれよ、なぁっ!!?」
そう主張した声も高い。男が出せる高さの範疇を越えたソプラノの声。
『ねぇ、初紀ちゃん』
『……うん』
二人はパニクってる俺を無視して頷き合う。そして……ゆっくりと近付いてくる。
-
なんだ、なんなんだよ!? この雰囲気はっ!!?
そう口にする間もなかった。だって、その口を―――塞がれていたから。
「ん……ぅぅ……ッ!?」
頭を両手で押さえられ、間髪を入れずに俺の口に侵入してくる柔らかくて生温かい何か。
思わず鼻から漏れ出た声の甘ったるさに俺自身が驚いた。
慌てて身を翻そうとしたが、もう一人が俺の身体を背後から押さえつけていて身動きが取れない。……それだけが理由かと言われたら……違うのかもしれないが。
それに、この濃い霧のせいで、どちらが俺の口を塞いでいるのか、そしてどちらが俺を羽交い締めにしてるのかわからない。
この真白い空間の中で、俺の抵抗と嬌声が入り混じった声と、粘り気を帯びた水音だけが生々しく響き渡る。
―――……何してんだろ、俺……。
気が付けば、相手がどちらかも分からないキスに夢中になってる俺がいた。
口腔に入ってくる柔らかな舌を拒むことなく、それに応えるように絡めては離し、また求めて。
何度も何度も、その繰り返しが続く。
「ん……ぅ、ふぅ……っ…んぅっ―――!?」
そんな人生初の、やらしくて深いキスをどれくらいした時だろうか。
……その瞬間、キスの甘い快楽を打ち消す、電流のような感覚に俺は目を見開いた。
右の胸が小さな手によって鷲掴みにされ、円を描くように、弄ばれ……
そして、"そこ"は俺のあるべきモノがある筈の場所。
いつの間にか侵入を赦してしまった"そこ"に触れる指が、俺に……"入って"く、る……!
「ん、……んんぅ……ッ!!」
口を塞がれているのに、死にたくなるくらいに恥ずかしい声が、ナカを弄ばれる度に無尽蔵に溢れ出た。
自覚するしかなかった。
ココロはどうあれ、身体は女になっちまったみたいだ。
-
……そんなことにショックを受ける間もなく、襲い来る快感が足腰の力を奪っていく……。
『あ、やっぱり寂しかったんだね。
ココ、私の指を凄い締め付けてくる……』
背後からする、るいの幼さを残した声。
……ということは。
先程まで俺を羽交い締めにして、今、俺の秘部を弄んでいるのは……るい。
そして、今もなお俺と舌を絡め続けているのは……初紀。
「…はぁっ、……っはぁ……ぁはっ……」
漸く、初紀に犯され続けていた上の口が解放される。
名残を惜しむかのように、俺と初紀の舌先から伸びる唾液の線が艶めかしく光る。
「はぁっ……はぁっ……なんの、つもりだ…よ!? ……ぁう…ッ、ふっ……んぅぅっ!!!」
漸く口に出来た抗議の言葉は呆気なく高い嬌声に変わり果てた。
……小康状態だった下半身を、るいの細い指が執拗に俺の弱いところを探り当て、また責め始めたからだ。
『女のコになっちゃったからには、前向きに生きないと、ね?』
『りく、気持ちいい……?』
「ンなわけ……んんッ! あ、ある……あ、はぁ……んっ……あるか……ッ!!」
初紀に訊かれて、精一杯に否定しようとしても……間に快感が割り込んできて言葉にならない。
俺、どうかしちまったのか……?!
……こんなの、絶対ぇ間違ってる筈だ! ……筈なのに、この理不尽な快楽の波に身を委ねたくなる。
『気持ちいいんだよね? ほらぁ、ココなんでしょ?』
「―――ッ!!」
サディズムの気を帯びてきたるいの細い指が、恐らくは俺の触れてはならないであろう、その場所を一瞬で探り当ててしまう。
-
「んぁあぁあぁっ!! や……だ、はぁ……んッ!! や、だぁ……っ!!! ぁは……っ、やぁああぁあっ!!!!」
これでも懸命に抑えてたつもりだったけど、もう限界だった。快感が、理性の枷が完全に外してしまって…。
あぁ、そうだよ、気持ちイイんだよ!
自分の身体が、宙に浮いたようにフワフワしてるくせに、下半身はそれでも執拗な快感の波を受け止め続けていて!
自分がぶっ壊れちまうんじゃねぇかって不安と、どうしようない快感が一緒に襲ってきて!!
……どうしようもなく、怖いんだ。
『りく、大丈夫……怖くないよ……』
「はつ……き、はつき…ぃ……っ!」
言葉を掛けられると安心出来た。
名前を呼ぶと安心出来た。
……俺は手を伸ばして初紀を求めた。初紀はそれに呼応するように、空いた左の胸を右手でおずおずと愛撫しながら、左手で俺を抱きしめ……そして、再び舌を絡める深い、深いキス。
『はぁい、じゃ、りくちゃんもノッて来たみたいだし……ラストスパート、イっくよぉっ!!!』
るいの、何だか間の抜けた掛け声。
「んぅ、ぁぁあぁあっ――――ッ!!」
それとは裏腹な緻密で激しい指の動きに……俺は身体が溶けていく錯覚に陥る。
この真白い空間に溶けていきそうで、怖かった。
だから、俺はまた叫んだ。
「初紀――――ッ!!!」
――――ゴンッ!
妙な音が、額から響き渡った。
「「っつぅぅ〜〜〜っ!!」」
外部の頭痛に思わず悲鳴が漏れた。
でもそれは、俺の低い声だけじゃなく―――。
「……初、紀?」
〜青色通知6.0(陸の場合)〜
-
まさかの酉忘れ………。
エロは書いてる時はそうでもないのに投下後に恥ずかしくて死にたくなります。
描写が微妙です。
特に複数人だとしっちゃかめっちゃかです。
-
( ^ω^)お疲れ様でーす♪ GJ!
-
こんな夢見たら女の子になる決心しちゃう
-
〜青色通知6.1(るいの場合)〜
―――前田 陸くん、か。
結い上げた髪を下ろしたコンパクトの中の、未だに慣れない自分の姿を眺めながら、そう呟いた。
……確かに初紀ちゃんの言うこともわかる。
表情は無愛想で、デリカシーには欠けているし、言葉は粗野で乱暴。
だけど、芯はしっかりとした男の子。顔も悪くないし。
だからこそ、初紀ちゃんにお似合いだと、心底思った。
……なのに、どうして私なんだろう。
―――何も知らないくせに。
―――私が元々は男だってことも。
―――合法的に認められた仕事とはいえ、私の躯はとうの昔に汚れていることも。
―――私には、忘れられないヒトがいるってことも。
あの不良は、何にも知らない。知らないからこそ私を好きになれた。
それが、許せなかった。
なのに、初紀ちゃんは私と陸をくっつけようと躍起になってる。
理解不能、としか言い様がない。どうしてこんなにも他人を思いやるのだろう。
……自分の想いを押し込めてまで。
……自分の躯を、犠牲にしてまで。
思い出されるのは、やっぱり此処での―――喫茶店での一幕だった。
-
―――思い出を話し終えた私の喉は、喫茶店の空調と相俟って乾燥しきっていた。
沈黙に耐えきれず私は冷めきったカフェオレを流し込む。
気付けば周りの客も疎らだった。……一体何時間話してたんだろう?
あまりに彼女―――御堂さんが必死な目で聞き入るものだから、つい話が長くなってしまったのかな。
「……私はね、好き好んでこの"お仕事"をしてるんだ。……だから、御堂さんのお願いは聞き入れられない」
これで御堂さんも、私を好いてくれている男の子も諦めがつくだろう。
既に両手両足じゃ数え切れない程の貞操を奪っていて、尚且つ、それをこれからも続ける女を……誰が好きになると思う?
あっ……私、か。
自覚のない自問自答してしまって思わず苦笑する。
「……坂城さん?」
泣き出しそうな表情を抑えながら、私の顔を覗き込む御堂さん。
……うん、女の子目から見ても凄い可愛い。
男の子目から見たら……うん、"萌え"とカテゴライズされる、中毒性の強い可愛さに該当する。
と、いけないいけない。このままじゃ私、ヘンなヒトだ。
「ねっ、わかってもらえたよね?」
「わかりません……っ」
即答だった。
あの、御堂さん……私の話、聞いてたよね?
私はなるべく分かりやすく、且つ優しく、私の置かれている立場を説明したつもりなんだけどな……。
「坂城さんの話は……その、私も理解出来ました。でも納得がいきませんっ!」
……柔らかい物腰と違って強情っ張りなんだなぁ、御堂さんって。
「納得いかないって、どういうことかな?」
「だって……だって、陸に……アイツに会いもしないで、話もしないで……決めないでくださいっ!」
決めるのは、結局は私なんだけどなぁ。
「じゃ、会えば納得してくれるの?」
-
「……ダメです」
注文の多い喫茶店だなぁ。そんな本を昔読んだような気がするよ。
「ちゃんと考えてください、考えて、決めてください」
御堂さんが、そこで"付き合うこと"は強制しないのは、自分にも少しは希望を持たせたいのか、はたまた余っっ程に生真面目なのか。
多分、後者かな。そこまでズル賢いなら、まず私に接触なんかしないだろうし。
―――でも、私はそこまで純粋にはなれないんだよ?
「……わかった。会ってみる。
会ってみるし、考えもする」
「気休め言わないで下さい、会うつもりも考えるつもりもないのなら」
―――う、なかなかに鋭い……。
御堂さんは、嘘を見抜く力に長けているようで、一筋縄ではいかないみたいだ。
「……御堂さんには敵わないなぁ。うん、本当に会うし、考えてみる。
初紀ちゃんが言うには悪い奴じゃなさそうだし。
……けどさ、一個だけ"条件"があるんだよね」
「……"条件"、ですか?」
「うん、"条件"」
身を乗り出しそうな程に顔を近付けてくる御堂さん。
イタズラでキスしちゃおうかとも思ったけど……さっき路上で暴漢相手に放っていた御堂さんの蹴りの威力に、私自身が耐えられるかどうか不安なのでヤメておく。
御堂さんはそんなことしそうにないけど、念の為。
―――考えてみれば、こんなに生真面目なコなんだ。浅はかだったかもしれない。
……こんな"条件"を出すのは。
-
「………はぁ」
溜め息を一つ。
店内に掛かった時計を見やると、もうそろそろ"彼女"がやって来る時間になっていた。
頼んだホットのカフェオレの粗熱は既に冷めきっていて、ヌルい甘味だけが口に残った。
"ひーちゃん"……前田 陸くん。確かに悪い子じゃなかった。
寧ろいい子だった。
不器用で無愛想で、それでも素直で真っ直ぐで。私が純粋な女の子だったら靡いてしまうかもしれないくらいの男の子。
正直に言うと、女の子としての私は嫌いじゃない……と思う。
でも、男としてのボクはハルさんで頭が一杯で。
まるで、"自分"が二人いるみたいだ。
このまま"私"という女の子の意識に"ボク"が飲み込まれたら、"お仕事"を投げ出して、彼と……ひーちゃんと女の子としての幸せを見つけることが出来るのかもしれない。
でも、それはひーちゃんが私を知らないという前提を基に成り立った事実、知られたら嫌われるのが関の山。
―――ひーちゃんが私が知らないからこそ、許せない部分もある。
勿論、ひーちゃんに落ち度があるわけじゃないけど……。
それに………。
「―――坂城さん」
私と同じ短めのポニーテールを揺らしながら、店員に案内された可愛らしい女の子が私に声を掛ける。
「あっ、"るい"でいいよ、私も"初紀ちゃん"って呼ぶから」
「あれ……名前……」
あ、そっか。前まで"御堂さん"って呼んでたもんね。
「あ、うん、ひーちゃんから聞いた」
「"ひーちゃん"って……陸が……?」
一瞬、初紀ちゃんの顔が明るくなる。けど、それは一瞬で陰りを見せた。
……そりゃ、複雑だよね。
好きな人が自分とは違う異性と、自分の話をしてるなんて。しかも好きな人の名前を親しげに呼ぶくらいに仲が進展しているのなら、なおさら。
-
「……そう、ですか」
「あー、うん……あとさ」
「はい……?」
「敬語、禁止。同い年でしょ」
「……それって、"条件"でしたっけ?」
「むぅ、融通利かないなぁ」
「……ちょっとだけ、からかってみた。……ダメ、かな? "るい"ちゃん……」
「あ、はは……うん、OKじゃないかな。"初紀"ちゃん……」
なんていうか会話が……ぎこちなさ過ぎて、居心地が頗る悪い。
まるで、嵐の前の静けさを体現したかの不気味な沈黙が続く。
―――私は、どうするべきなんだろう。
先に頼んでいたカフェオレに視線を落としながら、私は自問する。
初めは、ただ初紀ちゃんを思い留まらせる為の"条件"だった。
でも、それに初紀ちゃんは散々に迷った挙げ句に、頷いてしまった。
……その気になれば"条件"を反故にすることだって、嘘の答えを言うことだって出来る。
でも、あまりに真摯に私と向き合う初紀ちゃんに対してそれは余りに失礼だし……彼女は、そういう嘘が通用するような人種ではないと思う。昨日、それを身を以て知った筈だ。
「……陸と会ったのなら聞かせて下さい」
恐れも、不安も微塵に感じさせない初紀ちゃんの……すべてを見据えているような視線が、真っ直ぐと私を捉えて離さない。
逃げ場はどこにもない。
言うしかない、よね。
ホントのコトを正直に。
「わからなくなった」
「……えっ?」
肩透かしを食らったのように、初紀ちゃんの目はまん丸になる。
初紀ちゃんが、心の何処かで期待していた答えでも、受け止めようとしていた絶望に満ちた答えでもない、宙ぶらりんな私の回答で、互いの言葉が途切れそうになる。
-
「……隠し事してるよね?
私と、ひーちゃんに……一つずつ」
それが無自覚に抑え込んでいたものなのか、意図的なものなのか、その答えはハッキリしている。
ただ、それは推測の域を出ないし、その真意も分からない。
初紀ちゃんはスカートの裾を握り締めたまま黙りこくっている。どうやら、自覚はあるらしい。
「どうして、私が"通知受取人"だってことをひーちゃんに黙ってたのかな?
……どうして、ひーちゃんが青色通知を受けた女体化の予備群者だってことを私に黙ってたのかな?」
改めて、私は問い質す。
その言葉の端々に感情が漏れ出さないように、平淡な口調で。
それでも初紀ちゃんは、答えなかった。なんとなく、分かる気はするけど。
「はぁーあ。潔癖症だよね、初紀ちゃんって」
「え……っ?」
「表向きに言えば、初紀ちゃんが黙ってた理由は
"自分が余計なことを言って仲をこじれさせたくない"
―――ってことなんだろうけどさ。
……その裏側の汚い感情に気付いてて、それを認めたくないから、そんな風にいつまでも黙ってるんだよね」
「っ!」
図星を突かれたのか、初紀ちゃんの頬が一気に紅潮していく。
―――仕方無いか。初紀ちゃんとは良い友達になれそうな気がしてたけど……。
「だから今日、学校に来なかったんでしょ? ひーちゃんはまだしも、私には見抜かれてしまうかもしれないから」
「………や、め―――」
「―――やめないし、許さないよ。
好きな人に振り向いてもらう努力もしないで、なんでも他人任せにする臆病者だよ。初紀ちゃんは」
「―――っ!!」
-
初紀ちゃんは泣き出しそうになっていた。
女体化して間もない初紀ちゃんにとって無理もないことは百も承知。
それでも私は彼女にとって辛辣な言葉をぶつける。
「意中の相手の女体化がイヤ。
でも自分は今の関係に甘んじていたい。だから今は、ヒト任せ。
時が経てば自分にもチャンスが巡ってくるかもしれない。
それって、ムシが良過ぎると思わないのかな。
そんなの、私がひーちゃんに気があろうとなかろうと、願い下げ。
まぁ、その努力をした上だったら………協力しなくもないけどさ」
「………〜〜〜〜〜っ!!」
ここまで他人に事実を貶められたら、もはや丸裸を他人に見られたも同じの恥辱だろう。
……その恥辱に耐えきれず、初紀ちゃんは目頭を押さえながら逃げるように喫茶店を後にした。
「……はぁ。これじゃどっちが悪者なんだか」
周囲の奇異と興味の視線が私に注がれる。……私はそれを意に介することもなく冷めきったカフェオレを飲み干す。
……冷たくて、甘いはずなのに、裏側に隠れた苦味だけが気になった。
〜青色通知6.1(るいの場合)〜
-
とりあえずここまでです。
女心ってワカラナイ。
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GJ!
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(´・ω・`)
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今さっきふら〜っといつもと違うまとめ見に行ったらオイラの作品があってしこたまビッグリした。
遅くなったけど、まとめてくれた人ありがとうッ!
ちゃんと完結させるんで生暖かく見守ってやって下され
-
いつもと違うまとめってどこだ?
-
>>475
更新されてない方を見ていたらしいです。
-
〜青色通知6.2(初紀の場合)〜
風を切るように、走る。走る。走る。
その冷たい風が、体の熱を冷ましてくれるのを期待して。
でも目頭だけは熱い。
こんなんじゃ、ダメだ。もっと、もっと早く走らなきゃ。
考えちゃダメだ。考えたら逃げどころの感情に捕まってしまう気がした。
風も追い越すくらいに、走れ、走れ、走れ。
―――あぁ、もどかしい!
ストライドが小さくなった身体が。
少し走っただけで息の上がる―――胸での呼吸が。
ちょっと揺さぶられるだけ乱れてしまう、この感情が。
走っても、走っても、ついて回る目頭の熱さが。
「……はぁっ、はっ、……っはぁ…」
心臓がイタいくらいに高鳴っていて、気持ち悪い。まるで心が物理的に揺さぶられているみたいだ。
結局、悲鳴を上げる身体に引っ張られるように、私はブティックのウィンドウケースの硝子に手を付いてうなだれるしかなかった。
………情けなかった。
自分で"女"を選んでおきながら、結局……私の目に留まるのは"女"としてのイヤな部分ばっかりで。
脳裏を掠めるのは、男だった頃の楽しい思い出ばっかりで。
抱え込んだ数多くの矛盾の捌けどころを見つけることすら出来なくて。
「ひどい顔……」
その結果がコレだ。
硝子に映ったボロボロの泣き顔と、ネガティブに真似た短めのポニーテール。
大きらいな自分を守るための、臆病者の抜け殻が力無く私を睨み付けてくる。
―――アンタのせいだよ。
そう、言われている気がした。
他の誰でもない私のせいなのに、今度は自分同士で責任のなすり合い?
……ホントにバカだ、私。
―――ピリリリリッ!
「っ!?」
無愛想な携帯の着信音が、私の涙をせき止める。
……なんだ、メールか。
……珍しい父さんからだ。
-
『不良娘へ。早く帰ってこい。お前の不良の友人が待ちくたびれて寝ている。父より』
―――………陸ッ!?
さっきまでの身体の重さが嘘みたいな疾駆。
……気が付けば、目の前には御堂空手道場の看板がそこにあった。
「ただいま……」
「帰ったか、不良娘」
道場の勝手口から家に入り、戸口で待ち構えた父さんと鉢合わせになる。
女になってからは、身長差が更に開いたので、父さんの顔を見るにはまず私が顔をあげる必要がある。
「あれっ、父さん……?」
そこで、仁王立ちする父さんの左頬が赤く腫れていることに気付いた。何処かしらにぶつけたのだろうか。
「あぁ、これか。儂としたことが一発貰ってしまってな。未だ未だ精進が足らんな」
そう言って豪快に笑う。
バカな。父さんに限ってそんなことあるものか。私はおろか、有段者との試合でも指一本触れさせないのに。
一体誰が……?
「―――あの不良だ」
「………えっ?」
陸が? バカな。あり得ない。私ですら楽々と去なすことが出来る拳なのに、父さんがそれを貰った? 想像すら出来ない。
「陸……と言ったか。あの不良は。
彼奴は荒削りだが、気持ちは真っ直ぐな奴だ、とお前は前々から云っておったが……どうやら、其れに嘘は無いようだな」
久々に拳を貰って、さぞかし怒り心頭だと思ったのだが……父さんは、満足そうに笑うだけだった。
「初紀」
「は、……はい」
父さんに名前を改めて呼ばれる時は決まって怒られる時だったから、反射的に身体がカタくなる。
……が、父さんはゴツゴツとした手で私の頭を撫でるだけだった。
「いい男に惚れられたな」
「な……っ!!」
―――何を勘違いしてんだこの格闘バカ親父はッ!?
陸には、きちんとした想い人が居るんだ!
……私なんか入り込む隙間なんてどこにもないのに……変な期待をさせないで。
「……だからこそ、今のお前は気に食わん」
「えっ―――?」
―――私の気持ちを無視するかのように、乾いた音が玄関に鳴り響く。
それは、父さんが……私が女になってから初めて―――私の頭を撫でていたその平手で叩いた音だった。
-
「っ」
限りなく加減はされてる筈なのに組み手で殴られた以上に痛くて、涙が出そうになる……。
「莫迦者が」
……言われなくても分かってるよ、父さん。私、バカだ。
好きな人の気持ちを、こんなにもいっぱい裏切った。
―――もう、陸とも……るいちゃんとも関わらない方がいいのかもしれない。これ以上は―――
「―――逃げるのか」
「……っ」
父さんは私の心内を見透かすように、重く……あまりにも重く言い放った。
それに対する返事が、矢継ぎ早に用意出来ないのは図星を指されているから。
あぁ、そうだよ、逃げてるんだ!
周りを利用するだけ利用して、自分は向き合わなきゃならないコトから逃げ回ってる! 私を守っていた安っぽい鍍金がヒトから剥がされた今でもっ!
……それを認めたくないから、口を真一文字に結んでだんまりを決め込んでるなんて。
……ホント、バカだ……私。
「……下らんな」
そうやって、父さんは小馬鹿にしたように笑うけどさ。何処が下らないって言うんだよ……?
私の気持ちなんか、これっぽちも知らないくせに偉そうに。
食いしばった奥歯が軋む音がした。
「……そうかもね、下らないかもね。
父さんには、わからないよ……きっと、一生」
「何が云いたい?」
……もう、限界だ。
「―――父さんは、いつまでもそうやってさ……私のことをさ。
……上から目線でバカにしてればいいじゃないかぁぁっ!!!」
……私は破れかぶれになって、怒りに任せ握り拳を父さんに突き出していた。無論、そんな自棄っぱちな技が通用するわけもなく。
「―――この莫迦娘がぁッ!!!」
獣の雄叫びにも似た低い怒声。
いつの間にか、目の前から熊にも似た巨体は消え失せていた。
陸には届いた拳が、父さんには通用しない。……陸なら父さんに届かせた拳が、私には届かせられない。
(後―――っ?!)
強い殺気を感じて振り向こうとした刹那―――鈍い音が耳を刺激し、身体を揺らす。
……数間遅れて、背部に鈍い痛みが走った。
-
「……くっ、ぅ……ぁ……はぁっ、……はっ、ぅぁ……」
……身体中が酸素を求めて足掻くように息をしてるのに、苦しくて堪らない……。
―――今、何が起きたんだろう。
それすらも分からないまま私の両膝が地に落ちる。
「は、ぁっ、は、ぅ……はぁ……ッ」
「あの不良も愚かだな。……こんな莫迦娘を大事だとは」
「っ!」
……そうか。そんな私でも傍に居てくれてる人が居た。
屋上で一緒に笑ってくれる人が居た。
ファミレスで悩みを打ち明けてくれた人が居た。
喫茶店で私を気遣ってくれた人が居た。
……こんなにも、私はアイツに支えられていたのに。
それが友人としてだとしても構わない。
そんなアイツが……陸が、好き。
そんなアイツが……女になるなんて、イヤだ。絶対にイヤだッ!
「……っぅ、……と、父さん」
「……なんだ」
―――殴る、と言うにはあまりにも軽い音。
身をかわすまでもないと言わんばかりに、父さんは―――振り返り様の軽すぎる私の拳を顔面で受け止めていた。
「………陸を、バカにするな……っ!」
父さんの乾坤一擲の一撃を食らってでも、それだけは言いたかった。
私はいくら侮辱されたって構わない。だって、それだけのことしたのだから。
……でも、陸は違う。
「正面切って物事に向き合ってきたんだ……っ! 私と向き合ってくれたんだっ!! ひと……し…を……」
―――そこで、目の前が真っ暗になった。
「……誰に似たのか。頑固者め」
気のせいか、意識が飛ぶ寸前……父さんがそう呟いたような気がした……。
-
――――何でだろう。
暖かな何かが私の身体を包み込んでいる気がする。
目の前は真っ暗で、何も見えない筈なのに、その……私を包み込む"何か"に嫌悪感は感じない。
……私を抱き締めたまま離さないその"何か"の手は、自らの暖かさにも気付かないのか、ずっと震えていた。
カタカタ、カタカタ、って小刻みに。
……"何か"、私の名前を呼んでる気がする。何度も何度も震えた声で。
―――大丈夫だよ。
―――キミは大丈夫だから。恐がらないで、ね?
"何か"に言い聞かせても震えは止まらない。今にも泣き出しそうな声で私の名前を呼び続けている。
……不意に唇が柔らかいものに触れた。
「ん……っぅ……っ!?」
―――口腔に侵入してくる生温かい感触と、自分の身悶えする声で目が覚めた。
ぼやけていた視界が急速にはっきりとしていく……―――って、陸ッ!?
「んっ、ぅぅ……はぁ……ぁぅ、んむ……ぅ……」
……あまりにも必死に、愚直に唇を求めてくる陸。まるでそれが震えを和らげる唯一の手段だと言わんばかりに。
……何で抵抗できないんだろう。力が、口を介して吸い取られていくよう。
舌が絡み合う度に耳を犯す水音が、まるで違法なクスリのように体に浸透していき……ただ、唇を合わせ、舌を愚直に絡める。それだけの行為に没頭していく……。
「はつ……き……はつきぃ……」
どれだけ、その恋人ごっこを繰り返していただろう。呼吸を忘れてしまわないように、一度唇を離すと名残惜しそうに互いの舌先から一本の線が糸を引く。
目を閉じたまま、今にも泣き出しそうな陸が、私の名前を呼ぶ……。
「陸……?」
返事は無い……もしかして、寝ぼけてる?
「……陸?」
「は、ぁ……う……っ」
苦しそう。……陸の身体に触れてみる、すると脊髄反射のようにピクンと何かが蠢いた気がした。
「これ……」
それは数週間前まで自分の身体にもあったもの。……私で、こんなになるの……?!
嫌悪感は不思議と無い。というか……私を―――無意識にしろ―――本当に女として見てくれている、感じてくれている。それが、素直に嬉しかった。
―――そこで。ふと頭によぎる、るいちゃんの言葉。
"自分で出来る、最大限の努力"……か。
……陸、ごめん。
-
私は、はちきれんばかりの陸のそこに、スラックス越しに触れ……再び彼の唇に近づく。
1センチ近付く度に、心臓が高鳴っていくような気さえする。
「―――初紀っ!!」
―――ゴンッ!
「「つぅ〜〜〜〜っ!!!」」
不意に襲い掛かった額の痛みに私達は似たような悲鳴を上げた。
〜青色通知6.2(初紀の場合)〜
完
-
書き貯めがあるので一気に投下しちゃいます。
-
〜青色通知7(彼の場合)〜
……なんだ。なんだなんだこの状況。
頭が痛ぇ。しかも物理的に。
落ち着け、まぁ先ず落ち着け、俺。
下にあるものはなんだ? それはベッドです。
上にあるものはなんだ? それは掛布団です。
……ちょっと待て、ちょーっと待て! 現実逃避してねぇか、俺? 中1の英語の教科書みてぇなこと言ってケムに巻こうとしてねぇ?
それにさ、掛布団と俺の間に何か居るだろ。いや、何かじゃねぇって分かってんだけど……こう、なんつーか、アレだ。現実感がねぇっつーか。
……てなわけで。
「……初、紀?」
とりあえず名前を呼んでみる。
「っ、は、はい……」
帰ってきたのは素直な女の子の返事。
……夢だ。絶対ぇ夢だ。夢から覚めて、また夢か。面白い冗談だな畜生。
真っ赤なパーカーに負けず劣らずの赤面……潤ませた目……パーカーのジッパーと、その下からブラウスの合間から見える白い肌……濡れ光る唇。
夢から覚めた夢にしちゃ、その質感がリアル過ぎやしねぇか?
……ふぅ、なんでこんなに冷静なんだ俺。
「……あ、あの、ごめんっ! そのいつの間にかここに寝かされてて、そのっ、わた……し……」
………………あ。
あれこれと言い訳を並べて慌てて離れる初紀の温もりを無くして気付いた。もとい気付いちまった。冷や汗が、こめかみから頬を伝って、流れる。その一粒の水滴に沿って……血の気が引いた気がした。
「………初紀」
「な、……なに?」
「―――緊急事態だ」
「………え?」
「お前のパンツを貸してくれ……頼むっ! ダチとして一生のお願い―――だはっ!?」
……初紀から久方ぶりにグーが飛んできた。……頬が痛ぇ。それに……下の………。やっぱ、夢じゃねぇってことだよな……。
「お、お前なぁっ!! いくらさっきまでアレだったからって、き、急にそんな……。お、乙女の下着は男に易々と貸せるもんじゃないって学校で習わなかったのかよっ!!? おいっ!!!」
「い、いや、初紀、口調が乙女じゃなくなってンぞ」
「うっ、うるさい! ド変態っ!! また殴られたいかっ!!!」
-
………顔を真っ赤にして、自身の身体を抱くようなポーズを取ってこちらを睨みつける初紀。……そのポーズ、カラダのラインが浮かび上がって、なんかエロいぞ……。―――とか言ったら蹴りが飛んでくるだろーな、きっと。
……つーか、何か、すっげぇ誤解をされてるよな、多分。
とりあえず誤解が解けるように説得をしねぇと蹴りどころか命に関わるような事態なりそうだ。
「……あのな、初紀。そのっ、俺はだな! お前のパンツを正しく使うつもりなんだっつの! ……そりゃ、もう、パンツ冥利に尽きるっつーか」
言い得て妙だがそうとしか言えないのが切ない。
……つーか、ヤバい。段々と内部的被害が拡大してるような気がする。いや、事態は着実に悪化してる。
初紀には色々と話したいことがあったのに、これじゃ全く話が進まない。
「……いっぺん、三途の川辺に逝ってみる……陸?」
そんでもって、外部的にも事態は収拾がつきそうにない。コイツはマズい。非常にマズ過ぎる。
初紀に三途の川の橋渡しをされる前に白状しちまった方が……いいよな、多分。
「違うっつってんだろ!!? その……お前の男だったの時のパンツを貸してくれって言ってんだよっ!!!」
「………はい?」
ヴィジュアライズするならば、頭に複数の"?"マークが初紀の頭に浮かんでいるような表情。
そして……しばしの間の後、その頭に浮かぶマークは"?"から"!"へ勢い良く変わる。お前はメタル○アの敵兵士か初紀。
「ひ、陸……ま、まさか……そんな趣味で私と交友関係をっ!!?」
「そんな人を変態みたいな目で見るんじゃねぇっ!!!」
「みたいじゃなくて、変態さんだっ! 真性の変態さんじゃないかっ!!!
陸のへんたいっ! ガチホモっ!! 阿部さんっ!!!」
俺がさっき言った"乙女じゃない"発言を気にしてか、初紀は妙な言い回しで俺を非難する。
そんな言い回しをフツーの女子がするかどうかは甚だ疑問だが……。
……ヤバい。下半身がヤバい。もう限界だ……!!
「だぁぁああっ! だからっ! 夢精しちまったから今、パンツの中がヤッバいんだよっ!!! だから初紀が使ってたパンツくれっ!! 今すぐっ!!!!」
-
静寂が辺りを包んだ。
……人ん家で何叫んでんだ俺。
いっそ殺せ、殺してくれ。
マジ死んでいいわ俺……。
無言で初紀は俺から身を翻し、足早に部屋から出て行った。
……当然っちゃ当然だよな。いきなり自分の部屋で、ダチがガキの素を出しちまったんじゃ嫌われて当然だな……はぁ。
―――もしかしたら、こんな経験もこれでオシマイかもな。
不意に、頭をよぎる……さっきの夢。
あんな風な夢見といてどのツラ下げて初紀のオヤジさんに初紀を欲求の対象として見てねぇなんて偉そうに言えるんだよっ、くそっ。
……それに、俺が惚れてんのは……るいだっての。話してみるとちょっとばかりガキっぽかったけど、やっぱ贔屓目ナシに可愛い。だから、るいと……その……"そーいう夢"を見るのは当たり前かもしれねぇけど……何でそこで初紀にキスされてたんだ? 溜まってんのか、俺――――
「―――ほら」
柄にもなく思い悩んでた俺を現実に引き戻したのは、不意に懐に投げ込まれたビニール袋だった。
中身は……無彩色なストライプのトランクス。
その先には、開きかけのドアの陰から見える初紀の右手。
「っ、その、初紀……悪―――」「―――風邪引くから早く着替えなって。
―――あ、あとその下着は返さなくていいから」
何だか気恥ずかしくて、許しを乞いたくなった俺の言葉を断ち切るように、初紀は無機質な言葉と共にドアを閉めた。
「………ふぅ」
溜め息を原動力にして、俺はベッドから立ち上がり、ベルトに手を掛ける。
よっぽど溜まってたのか?
そう自分に突っ込みを入れたくなるくらいの、その……量と濃度にまた溜め息が出た。
とりあえず、俺は勝手にタンスの上の箱ティッシュを拝借し、早々に処理を済ませることにした。
「――――終わったぁ?」
ドア越しに初紀の何事もなかったような声が聞こえてきた。
俺は慌てて、その残骸をビニール袋にまとめながら返事をする。
「……あ、あぁ、悪い、もういいぞ!」
ドアが開き、初紀が戻ってくる。……けど、少し雰囲気が違っていた。
「……あれ」
「変……?」
その理由は、髪型。初紀が昨日の予行デートの雰囲気作りの為に、るいに似せた短めのポニーテールじゃなくなっていたからだ。
-
クセのない、ツヤのある黒髪が真っ直ぐに下ろされていて……まるで、浮き世離れしたお嬢様みたいに綺麗だと、正直思った。
「……リアクションないと女の子は不安になるよ?」
「えっ? あ、あぁ、すげぇ似合ってんよ。……可愛い」
……何口走ってんだ俺!? ヤバい。虚を突かれたせいか似合わないコトばっか言っちまってる自分に気付く。
何か、今日ここに来てから調子狂いっぱなしだ……。
「……ゼロ」
「……は?」
「今の、嬉しかったから。その、予行デートの減点は帳消しにしたげるよ、うん……」
「あ、あぁ、そりゃ、どうも……」
顔を赤らめて二の句を探す初紀と俺の気まずい沈黙。……何だこの空気。
危機的状況から脱して、冷静になると……その、さっきまで見てた夢のせいか初紀の顔が直視出来ない俺がいる。
どうしよう、すっげぇ気まずい。
「あの、さ」
あれこれと思いあぐねている内に、初紀が俺に声を掛けていた。
「な、なんだよ?」
「その、……ごめんっ!」
弾かれたバネみたいに頭を下げる初紀。いや、何でお前が謝るんだ? 謝るなら人ん家に勝手に押しかけて、人ん家のオヤジさんとケンカして、人ん家で勝手に夢精した俺じゃねぇのか?
初紀が頭を下げる道理なんてこれっぽっちもない筈なんだが。訳が分からない。
「……私のせいなんだ。陸が、その、……む、むせーしたの」
「………。はい?」
余計に訳が分からなくなった。……つーか仮にも女の子を自称するなら夢精とか言うなって。
そもそも、夢精って男の生理現象だろ? ……青色通知の件で凹んで、そーいう気になれなくて、ヌいてなかったのは他の誰でもない、俺のせいじゃねぇか……。
―――……いや、確かに夢精の原因の一旦は初紀にあるわけだが、それは夢の中の初紀であって、現実の初紀になんら責任はねぇわけで、夢の中の初紀は勝手に俺が………だぁあっ! 考えるとややこしいことこの上無ぇっ!
「いや、だから、なんで自分のせいで、その……っ、……夢精したとか思うんだよ」
「……さわった、から」
-
………………はい?
国語的に言うなら主語も目的語もない、動詞の過去形、とでも言えばいいのか?
消え入りそうな初紀の言葉の意味を察するなら―――俺の息子が勢いよく噎せ返った原因は、初紀が息子をさわったかららしい。なるほどな。
………。
……触っただぁっ!!?
「な、なんでッ!? どーしてッ!!?」
「……………」
いやいやいや、何でそこで黙るんですか初紀サン!?
「……ねぇ、陸……?」
パニクる俺を後目に初紀は一世一代の大決心でもするかのように年相応な女子の胸元の前で右拳を握りしめる。
なんだ………なんなんだよっ!?
まだ夢の続きなのかコレ!!?
初紀の決意の表れであるはずの胸元に掲げられた右拳がゆっくりと下がっていく。
―――ジー……っていう金属音と一緒に。
その音が初紀の着ていた真っ赤なパーカーのジッパーを下げてるものだと気付いた時には、その、パーカーはするりと床に落ちていて。
数週間前から見慣れてるはずのブラウスとブレザーのスカートの姿になる。
見慣れてるはず姿なのに、何故か俺の心臓はイタいくらいに高鳴っていた。
「―――わたしじゃ、……ダメ、かなぁ……ッ?」
今にも泣き出しそうな真っ赤な顔に、潤ませた目。
……ヤバい、ヤバい、ヤバいッ!!
さっき暴発したばっかの息子に血液が集まり始めてんのが分かる。別に女の裸を拝んでるわけでもねぇのに、初紀のその訳の分からない行動にビンカンに反応しちまってる俺が居る!!
「な、何がだよ……」
数メートルもない距離なのに、初紀は俺の質問にも答えずに、ゆっくりと俺との間隔を詰めていく。
……それだけならまだいいさ、頭に"?"を浮かべいても、まだ冷静で居られる!
……それだけじゃねえんだ。
さっきまで着てたパーカーの色に負けず劣らずの赤面をしながら、初紀はスカートの右腰に手をやった。
……おい、おいおいっ! まさか……!?
何かの留め金が外れる音がした。
次いで、さっきと同じような"ジー"っていう……金属音。
-
―――宿主の取っ掛かりを失った衣服は引力に身を任せて落ちるのが道理だ。
ふぁさ。という音と共に……初紀の……女の子としての脚が露わになる。その……女特有のしなやかな丸みを帯びた脚と、ブラウスの裾の合間から見える水色から……目が離せない。
「ほら……見て、陸……」
「おい……。な、なんだよ、なにがどーなってンだよッ!? 説明しろよ、なんとか言ってくれよッ! ……初紀ぃぃっ!!」
迫る初紀、声だけの威勢で後ずさる俺。俺はあからさまに劣勢だった。
今現在、俺と向き合ってるブラウス一枚の奴と、男だった頃にタイマンを張った時だってこんなビビッたことはねぇ。それくらいの動転だった。
―――なのに、俺の心のどっかは酷く冷えきっていて。
"あぁ、俺の知ってる男の初紀は本当にもうどこにも居ねぇんだ"って。
本気で殴りかかっても軽く去なされたライバルでありダチであったアイツには、もう会えないんだって。
呑気にそんなことを考えてる俺に嫌気が差した。
-
今の俺なら―――というよりは今の初紀が相手なら―――男女の体格差を活かして目の前の誘惑を弾き飛ばすことだって出来るはずだ。
でも、蓋を開けてみりゃこのザマだ。
ブラウス一枚で迫ってくる美少女相手に俺は完全に気圧され、ビビり、腰が抜けて動くに動けねぇ……!
しかも厄介なことにカラダはその状況を舌なめずりして期待してるみてえに……いや、すっかりその気になってガチガチなってやがる!
―――ヤれ、ヤっちまえって。
男として、決して抗うことを許さない本能が俺を籠絡しようとしてきやがる……。バカじゃねぇのかっ!? お、俺は……初紀を、ダチとして―――。
「……見てよ、ほら……これが御堂 初紀。ちょっと前まで、陸が何度喧嘩をふっかけても敵わなかった奴の裸だよ?」
ブラウスのボタンがひとつ、ふたつと外れていく。徐々に露わに初紀の白い肌。そして、女としての証である膨らみを支える水色の下着。
それは、ちっと前まで拳を交えた相手とは思えないほど綺麗で………ちっとも見覚えがない。
―――それは、初紀も同じことだった。
「陸もこうなりたいっ!!? 私や、るいちゃんみたいに……っ!!!」
「初紀や……るい……?
んぅ……っ―――!!!?」
初紀の言葉の意味を咀嚼しようとした瞬間に、その口が塞がれる……。
思いの丈をぶつけるだけの、乱暴なキス。
―――やめろ……初紀、やめてくれッ!!!
ここで俺がキレちまったらお前にどんな面下げてダチを続ければイイんだよ……なぁ、やめてくれよ……頼むよ……。
それでも初紀との口付けを拒みきれない本能の俺が……先ず、両手を支配しようとした。突き放さないといけない筈の初紀の線の細いカラダを力一杯抱きしめたい衝動に駆られる。
……やめろ、やめろ、やめろやめろやめろやめてくれ!!
紙一重の理性でカラダを縛り付けても、沸騰した頭を初紀の舌で掻き回されるような強烈な錯覚がまたそれを求めていた。
フツーなら殴り飛ばしちまいたいほど気持ち悪いモノの筈なのに、初紀のそれを求めてカタくなる自分が腹立たしい。
あと数秒、初紀の唇が離れるのが遅かったら俺の理性は吹っ飛んでいたかもしれない。室温の空気が互いの唇を冷やし、俺達の吐き出す乱れた呼吸が、その室温を上げていく。
-
「……こんなのないよ。
………男だった時ならさ。こんなキス、気持ち悪いだけだったんだろうけどさ。
……今は求めちゃってるんだよ、もっとして欲しい思っちゃうんだよっ!?
こんなの壊れちゃうよッ! おかしくなるッ!! 陸には、そんな思い……して欲しくないよ……」
初めて見る初紀がそこに居た。
困難に対して悩んだり、戸惑ったりする姿は度々見てきたが―――それを嘆き、それに怒る初紀の姿は……今まで見たことがなかった。
「……だから、私が―――」
「―――っざけんなっ!!」
初紀の言葉の先を俺は怒号で遮った。
……だって、そんなのオカシイだろ?!
いくら、ダチだからって……文字通り身体張ってまで、俺の女体化を食い止めるなんて―――正気の沙汰じゃねぇって……そんなの、バカな俺にだって分かる!
……確かに今の初紀相手なら、俺は男と女のカンケーになれるとは思う、カラダは痛いくらいに正直だから。
……けどよ、そしたら俺は初紀をダチとして見られなくなりそうで―――好きになっちまいそうで……怖ぇんだ。
初紀との、今の気兼ね無いカンケーを俺は捨てたくない。
……わかってンよ、全部、てめぇの都合からキてるワガママだ。そんなてめぇのワガママのせいで、どんだけ初紀が俺を心配したか、初紀を苦しめたかッ!
……本当に"ざけんな"って言いたい相手は他の誰でもねぇんだ。
俺なんだ。全部、俺なんだよ!
一歩も足を動かすことが出来ない俺が蒔いた種だ!!
……それを、初紀にぶつけるなんて―――死ね、死んじまえ! 俺!!
「―――そうだよね。あは、あははははっ、なにやってるんだか。あー恥ずかし恥ずかし」
肩を震わせて、目に涙をいっぱい溜めて―――俺のダチは精一杯に笑う。
そして、一瞬頭突きされるかと勘違いするほどに勢いよく頭を下げていた。
-
「初―――」
「―――ごめんっ! ……本っ当に、ごめん……いや、だったよね。
気持ち悪かったよね、私なんかと……その、……そのっ、キ……スして」
「ンなワケあるかっ!」
怒りと、苛立ちと、本音が入り交じった複雑な声で、俺は初紀の言葉を否定していた。
「え―――?」
「―――その……服着ろよ。いつまでも下着姿で居るんじゃねぇよ、風邪引くぞ」
俺は漸く力が入るようになった気だるいカラダに鞭を打ち、床に乱雑に散らばった初紀の服を拾い上げ、持ち主に差し出す。
……なんでこう、ヒネた言い方しか出来ねぇんだよ俺って奴は!
その言葉の意味を、初紀が理解したか俺には知る由もない。
でも――――
「……ありがとっ」
―――初紀は、涙が零れたとは思わせないほど、柔らかくて優しい顔で笑ってくれた。
そして、渡された服をテキパキと着ていく初紀。
―――感謝なんてとんでもない、むしろ悪意を持たれて当然。……詰ったり殴ったりされて丁度良いはずの俺を、初紀は笑顔で受け入れてくれる。
………なんでだよ。なんでそんなイイ奴なんだよ……お前は。
考えもナシにお前の挑発に乗って、欲求のままお前を抱いちまおうとか思った俺を、なんで赦してくれんだよ……。
「―――ばーか。だから経っても陸はどーてーなんだよっ」
「な―――っ!!?」
すべての衣服を着終えた初紀は、イタズラっぽく笑いながら俺を挑発する。
売り言葉に買い言葉で返そうとした刹那―――
―――もう、何度目かも分からない初紀の唇の感触を、味わっていた。
舌は触れない、なんの背伸びをしてない初紀の"本当"のキスに、俺は……俺自身の意志で拒むのをやめた。
その唇の温かみの名残を惜しむように、初紀はゆっくりと俺から離れる。
-
「―――女になった私に戸惑うことはあっても、真正面から私と向き合ってくれて。
"はつき"の名前を受け入れてくれて。
私をきちんと女の子として見てくれて。
バカで、人付き合いヘタで、鈍感で、喧嘩っ早くて、でも根っこは優しくて。だから、損してばっかで。だからカッコ良く見えて。
……そんな陸が……好き、でした」
言い終えて、"初紀"は俯いた。下ろされた髪が邪魔をして表情が読み取れない。
"でした"、か。こんな俺でも、異性として好きになってくれた奴が―――こんな身近に居てくれたのか。……とか思ってんのかな、初紀は。
……俺はズルい奴だ。なんとなくこうなる予感はあったんだよ。うっすらとだけど。
"はつき"と呼び名を変えた時には、もう気付いちまってた。なんつーか、こう……言葉にすると、わかりにくい部分で。
俺だって、初紀が気にならなかったワケじゃない。
でも、るいが好きだって言う俺を、初紀をダチとして見ていたい俺を、否定したくなくて。
そして―――"あのこと"が頭からこびりついて離れなくて。
それで逃げ回ってたことを……ついに言われちまった。だから―――
「ううん、今も好き。大好き。
―――だから、さよならしなきゃね」
「―――えっ?」
初紀は俺の返事を待たない。
それは単なる諦観じゃなく、何かを伝えようとする覚悟にも見えた気がした。
それは俺が邪魔していいような生半可なものじゃない、……晴れやかな笑みだった。
「―――聞いて欲しいんだ。………るいちゃんのこと」
〜青色通知7.0(陸の場合)〜
-
何か長いっす。長い割に大したことしてません。
-
+(0゜・∀・)+おつおつ♪
-
GJ!
-
〜青色通知7.1(彼女達の場合)〜
気が付くと窓辺から夕陽が差し込んでいた。
時計を見やる、もうこんな時間か。
最近は、日が長くなった。これから段々と暑くなってくるなら、夏物の洋服とかも買わないとな……。
そしてまた寒くなって、繰り返して、季節が何度も巡る。……女の子としての季節が何度だって巡る。いつかは、こんなこともあったなぁって、アイツと笑い会える日がいつか来るのかな。
時間が解決してくれるのかな。……その"時間"に苦しめられた分を"時間"が癒してくれるなんて、皮肉な話だけど。
……そんなことは絶対にないって頭の何処かでは分かってる。でも、それに期待してしまう私が居るのも事実だった。
―――髪を下ろした私を……るいちゃんに似せていない私を、女の子として見てくれた陸なら……なんて。御都合主義も良いところだ。
―――その、私自身を女の子として見てくれた人が、ただそこに居ないだけで……色鮮やかだった景色が急にモノクロになるような錯覚。
好きだから。さよなら。
なんだろ、こんな有名人が演じて漸く成立するかしないかの、ちょっと前の月9ドラマみたいな展開。
陸が、私の部屋を出て行ってから、今さっきまでピーピー泣いてたのに、なんだか笑ってしまう。
よく純正な女子はドラマみたいな恋をしたいとか言うけど、私は真っ平ゴメンだ。
そんな誰かの筋書きに気持ちを振り回されるこっちの気持ちも考えて欲しい。
誰だ、こんな話を考えた奴、脚本家出てこい。グーをお見舞いしてあげるから。
―――そうだ。
そんな下らないこと考えてる場合じゃなかった。
……もう、君に頼ってもいいんだよね。私は、"条件"を果たしたんだ。
スカートのポケットに入れておいたケータイを取り出す。
本文を作成して、交換したアドレスを指定して………あとは送信ボタンを押せばおしまい。
……………。
あぁ、何を躊躇ってるんだろう、私は。
-
せっかくの努力を無駄にするつもりか私は。あれだけ恥ずかしい自分を陸に曝けておきながら……今更、何を躊躇う必要があるんだろう。そのための努力だったはずなのに。
……気付くとディスプレイには"送信中"の画面。
今なら、まだ間に合う。電源ボタンを押せば今なら、まだ。
「あ……っ」
1秒、遅かった。躊躇いがちに押した電源ボタンは、一瞬だけ表示した"送信完了しました"の文字を消して、待ち受け画面に戻しただけだった。
『"努力"はしたよ。るいちゃん。そっちに陸が行くから……後は、よろしくね。』
―――バカ。
そう、るいちゃんが呟いた気がした。
-
―――バカ。
………これじゃ何のために初紀ちゃんをけしかけたのか分からない。本末転倒、全くの無意味。
携帯を閉じて、カフェラテを飲み干してから、溜め息ひとつ。
唯一、救いなのは念の為に"仕事"をキャンセルしておいたことかな。
……初紀ちゃんは可愛いし、格闘技をやってたらしいからスタイルも申し分ない。決して成熟してるとは言えないけど、それでも抜群のプロポーション。
そんな娘からアプローチされれば並大抵の男ならオチる。………そう踏んだのになぁ。例え、元男だったとしても。
どういった経緯かは想像の域を越えないけれど、初紀ちゃんは、そういうところで嘘を吐けるような器用な性分は持ち合わせていない。……だとしたら、初紀ちゃんに落ち度は無いに等しい。
余程、陸という人間が自制心に富んだ人間だったか、臆病者だったか。或いはどちらもか。
溜め息ふたつ。
―――……ねぇ、ハルさん。私、どうすれば良かったのかな……。私さえ居なければ、普通に結ばれるはずだった二人が、私のせいで壊れていくなんて……思いもしなかった。
そして、心のどっかで胸を撫で下ろしてる私も居る。これじゃ、初紀ちゃんを卑怯だとか罵る資格もないよ……ホント。
このままじゃ、どう転んでも誰も望みやしない展開が待ち受けてるだけ。
………どうしよう。
「空いてる器、お下げしてもよろしいですか?」
暗に"早く帰れ"と言わんばかりの店員の物言いが、私の思考を遮る。……少しだけ腹が立ったから、私は首肯だけで返事をして、窓の外に目を向ける。外は、オレンジ色に染まっていた。
それは初紀ちゃんがこの喫茶店を出てから、かなりの時間が過ぎていたことを物語っていた。……どこまで私は暇人なんだか。
―――そう思った刹那。
客の出入りを知らせる電子音が店内に鳴り響いた。
まさか。と思って入り口に目を向ける。
………違った。どうやら営業を終えたサラリーマンが一息入れようと新聞を片手に来店しただけだ。
……何をバカみたいに意識してるんだ私は。
「――――るい」
-
視線を汗をかいた冷グラスに落とした、その瞬間に―――聞き慣れた声。
視線を上げた先には、肩で息を整えている、まだらな茶髪の不良少年。……陸だ。
「やっ、やぁ。ひーちゃん、奇遇だね〜、どしたの?」
「―――ヤメにしようぜ。こーいう腹の探り合いで誰かが傷付くのは、もうゴメンだっつの」
流石に純正の男の子だ。物言いがストレートで、変な気を回さなくて済む。
尤も、今のままじゃ純正な男の子で居られる時間は限りなく短いのかもしれないけど。
「―――何処まで聞いたのかな?」
「……初紀が知る限り、全部だ。まだ半信半疑だけどな」
「初紀ちゃんがひーちゃんを好きだってことも?」
「あぁ」
「ひーちゃんが私のこと好きだって知ってるのも?」
「………あぁ」
「……私の"青色通知"のことも?」
「あぁ」
「……ハルさんのことも?」
「あぁ」
「……"条件"のことも?」
「"条件"? ちょっと待て、なんだそりゃ」
溜め息みっつめ。……初紀ちゃんのバカ。
「……ま、いいよ。キミには関係無いことだし。
……とりあえず座ったら?」
「ンな悠長なコトしてられっか……行くぞ!」
「えっ!?」
ワケが分からない。なんで私は陸に腕を引っ張られているのだろう。
まさか、無理矢理にでもホテルにしけこもうって魂胆? ……なんだ、やっぱりコイツも同じなんじゃないか。相手の同意が得られれば後はどうでもいい。自分の欲望を下半身の赴くままにぶつけるだけ。
……こんなんじゃ、私がいつも相手にしてる青色通知のチェリー連中と同じじゃないか。
……やっぱり、どうかしてたんだ、私は。
―――そう思った瞬間に熱が冷めた。
もう、こんな下らないことに時間を費やすだけ無駄だ。
「分かったよ。一緒に行けばいいんだよね」
「そうだ。るいが居ないと話にならねぇじゃねーか」
……あっさりと認めた。随分と潔いじゃないか。……もう、どうでもいいや。
会計を済ませ、私と陸は喫茶店をあとにする。
-
後は歩いて数分先にあるホテルに入って、相手の為すがままのお人形さんに成り下がるだけ。
実にくだらない。
―――そう思った時だった。
「………えっ?」
何か私の手元に投げ渡される。これは……ヘルメットと、ツナギ?
「なぁにボサッとしてンだ、とっととそれ着けろバカッ!」
罵声を浴びせかける陸は、いつの間にか長袖の上着を羽織り、ヘルメットから鋭い視線を覗かせていた。
その、彼の身体の向こうには……どう見ても高校生の持ち物とは思えないような黒光りするボディが特徴のバイク。
知識が無いので車種は分からないけど、一介の高校生が易々と手出し出来るような代物じゃないことぐらいは分かる。
「さっさとしろっつってンだろッ!」
「う、うん!」
鬼気迫る声で怒鳴られるがまま、私は投げ渡されたヘルメットとツナギを着けた。……油と汗の匂いで、ちょっと噎せそうになる。
「乗れッ!」
後部座席(?)を二、三度、手の甲で叩く仕草で、陸は私をバイクに招く。
「ちょっ、ちょっと?! 何処行くつもり―――?!!」
「"ハルさん"が住んでたアパートに決まってンだろッ!!」
「え………? ええぇっ!!!?」
ワケが分からない。想像していた話と違い過ぎる。全くの予想外!
そもそも陸は、ハルさんのことを初紀ちゃんづてに聞いただけだっていうのに……どうしてこんなにもヒートアップしてるのだろう。
「そ、そんなトコ行ってどうするつもりっ!?」
「………その様子じゃ墓参りも行ってねぇンだろ?! まずケリ着けてこい。……話は、それからだ」
-
………はい? ケリ? 何それ?
……まさか、ハルさんのお墓参りに行って、事実をきちんと受け止めれば、考えが変わるとでも思ってるの?
考えを改めて、通知受取人の仕事を辞めて、禊ぎを済ませてから付き合って欲しいってことなの?
………あっきれた。
そんな御都合主義が通るような昔の月9ドラマじゃないんだよ。
現実なんだよ、これ。わかる?
そんな甘い考えだけで、自分の"男"としての残り少ない時間を無駄に出来るっていうの?
……バカだ。正真正銘のバカだ、この男。
ホント、どこまで私を失望させてくれれば気が済むんだ。
溜め息よっつ。
いいよ……こうなったら自棄だ。
その茶番劇に付き合ってあげるよ。……そうして、逃した魚の大きさを一生掛けて後悔すればいいんだ。
私と、おんなじようにね。
「……わかった。行く」
「場所は覚えてっか?」
「ここからだと電車で2時間は掛かるよ? 京在線の天海(あまみ)駅ってトコの近くだけど」
「天海って……随分遠いんだな」
「女の子には色々と事情っていうものがあるんです」
「……そりゃ難儀なこって。
―――飛ばすぞ、1時間で着かせるからな。しっかり捕まってろよ」
「………そういえば、一個だけ聞いていい?」
「……んだよ、肝心な時に締まらねぇな」
「ひーちゃん、15だよね? 歳」
「あぁ、そうだけど」
「じゃあ……免許は?」
「ねぇ」
「……え」
……甘かった。
先に後悔する羽目になったのは私の方だった。
私の抗議と悲鳴は、高鳴るマフラーの音と加速度が作り出す風圧に阻まれて虚空に消えていく。
分かっていても、天海に着くまでの50分強の間、その悲鳴は止むことはなかった……。
〜青色通知7.1(彼女達の場合)〜
完
-
書き溜めた分はここでおしまいです。初紀にグーで殴られそうです。
-
GJ!!!
-
続ききた!乙!
-
乙乙♪
-
〜青色通知8.0(るいの場合)〜
―――午後6時48分。天海駅前ロータリー。
頭がグラングランと乱暴な音を立てて鳴り響いてる。
視界が安定しない危ういフラフラ感……なんていうか、アレだよ、アレ。
昔、一回だけ乗ったことのある。ほら、ギネスブックにも認定された世界最大級の落差を誇る絶叫マシーン。アレにハーネスバーを付けないで乗ったような感覚。
名前なんだっけ? ゲイシャ? テンプラ? アキハバラ? ……だめ、頭に上った血が遮って思い出せない。
とにかく、その世界最大級の絶叫マシーンの中で、信じられるのは自分の両腕だけ。頼るのは少しは鍛えてるらしいけれど安定感の無い男の子の腰一つ。しかも無免許ときたものだ。
……あんな死体が幾つ転がってもおかしくない無茶苦茶な運転を、下道で―――思い出しただけでも背中の芯が凍りそうだ。
……ていうか、何してるんだ警察は。
神仏なんて、信じてないけど……今だけ神様ありがとう……。
「ん、なんだ泣いてンのか?」
両手を胸の前で組みながら、クリスチャンのように今日1日の生に感謝を捧げていると、カラスの羽を連想させるような色のフルフェイスのヘルメットを取り外しながら、陸は悪びれた様子もなく言ってのける。
「あんなの泣ぐに決まっでんでじょおっ! ……も、やだぁ……」
こんな本気泣き、久し振り過ぎる。
周囲の視線が突き刺さるのが、顔を伏せた状態でもわかる。
恥ずかしいとは思うけど、意志とは無関係に一定間隔でしゃくりを上げてしまう自分が情けない。
「声が掠れてンぞ?」
「ひーちゃんのせいじゃないかぁっ!! ぐすっ、ふ、ぇぇ……絶交っ、絶交してやるんだからぁっ!」
「だぁああっ! 悪かった悪かったっ! 今飲みモン買って来っから、ちっと待ってろ! 大石井のホットのカフェラテだったっけか?」
「……ぐすっ、……うん」
私が頷いて、陸が自販機に駆けていく姿を見送ってから気付く。
……何で私の好きな飲み物知ってるんだろ。初紀ちゃんから訊いたのかな。
-
「……ほらよ。熱いから気を付けろ」
「………うん」
陸が手渡してきたペットボトルのオレンジキャップを外して、火傷しないように何度も飲み口から息を吹きかける。
「ふーっ、ふーっ」
……こくん。
ん、甘くて、おいし。
カフェインのおかげか、少しずつだけど気持ちも落ち着いてきたみたい。
「……ね、ひーちゃん」
「んぅ?」
ホットレモンを口に含みながら陸は私の呼び掛けに応える。
「何で知ってるの? 私がカフェラテ好きだって」
「そりゃ、いっつも飲んでりゃ気付くだろ普通」
………"いつも"? 陸の言葉の意味をゆっくりと反芻する。
………ストーカーだ。
………ストーカーが居るよ、お巡りさん。
「―――"ハルさん"のアパートまで法定速度破っちゃうぞコラ」
どうやら顔に出てたらしい。陸は不服そうな赤面で私を睨み付ける。
今は奇跡的に生きてるけど、これ以上は精神的にも肉体的にも命に拘わりそうなので一応頭は下げておく。
「ご、ごめんごめん! なんていうか、その……ホントに意外で、さ」
「……なにが?」
「私が、その……元男だって知っても、通知受取人だって知っても、接し方を変えないなんて。……そんなの、ひーちゃんが初めてだったから」
その正体を私から明かした相手は決して多くはない。けど、信用して正体を明かした途端に大抵の知り合いは居なくなってたから。
「ダチだからな」
だからこそ、あの屋上での口約束一つで、あっけらかんと私を受け入れてくれる陸が不思議で仕様がなかった。
例え、私のことが好きだとしても。いや、好きだったとしたら尚更。
……いや、違う。これは陸のエゴなんだ。自分が欲求を受け入れるための大義名分が欲しいだけの。
「……そうやって、他の子も口説いてきたの?」
だから、私は身構えるようなイヤミで返す。
すると陸は……ちょっと拗ねたように―――
「こんなんで好きな奴と付き合えンなら俺に"青色通知"なんざ来ねぇっての」
―――と顔を俯かせて自嘲気味に笑うだけだった。
-
普通ならこんな質問をするのは野暮以外の何物でもないのに、気が付くと私はもうそれを口にしていた。
「……じゃ、ひーちゃんのコトを好きって言った初紀ちゃんはどうなるの?」
私は、陸と初紀ちゃんの過去をよく知らない。たかだか数日前に会ったばかりの他人の過去に踏み入る資格なんて無いはずだけど……私は躊躇無く、それを訊いていた。
『ひーちゃんだって、好きなんでしょ? ………初紀ちゃんのこと』
唯一、その言葉れだけを胸の奥に押し留めるくらいしか出来なかった。
それを訊くのは……あまりに無粋だよね。―――そう思った時には、陸が二の句を繋いでいた。
「……どうかな。
……初紀が女らしくなったのは、つい2〜3日前のことだし。
女になってから最初の数週間は普通に、元の男みたいに振る舞ってたンだよ。スカートで胡座は掻くわ、言葉は乱暴だわ、折角の容姿が台無しだっつの―――とか思ってた。
それが……急にだぜ? 俺の青色通知を見た途端に、人が変わったみてぇに女らしくなったんだよ」
「それって、やっぱり……ひーちゃんのことが好きだからじゃないの?」
「違う」
陸は私の単純な邪推を、たった二文字で却下した。
まるで、初紀ちゃん好意を享受すること自体を罪悪視するみたいな……苦虫を噛み潰したような顔をして。
「最初は俺もそう思った。けど違う。
アイツは必死扱いて隠し通せてると思ってるけどよ……初紀には彼女が居たんだよ」
「えっ」
初耳だった。まぁ、女の子になって芸能人顔負けの美人になる程の整った顔立ちなのだから、初紀ちゃんが男の子だった時に彼女が居たとしても、何の不思議もないのだけど。
でも、それが今の話の流れと何の関係があると言うんだろう?
「あと、数分だったンだ。よりによってアイツが男を確約される直前だぜ? アイツが突発的に女になっちまったのって。
そのせいで付き合ってた彼女からは……こっぴどく振られたらしい。
……そんなのアイツのせいじゃねぇってのによ」
-
まるで自分の話のように陸は落ち込む。
や、下手をしたら陸にだって……その可能性は十二分にあるんだ。
それを考えたらヒトゴトではないのかもしれないな。
……なんとなくだけれど、話の輪郭が見えてきた気がする。
「そこに、降って涌いたように俺の青色通知だ。
義理堅いアイツが次に何を考えるかなんか……目に見えてた」
「じゃあ、初紀ちゃんは……ひーちゃんの女体化を避けようとして?」
私の回答に首肯が帰ってくる。
「多分な。
……なんでも女体化直後は、男と女、それぞれの意識が混じって正常な判断がつかなくなることもある症例もあるらしい。
女体化直後の自殺者っつーのも、一時は社会問題にもなったんだろ?」
―――そういえば。
今は、青色通知とか女体化対策の非営利団体とかの充足で事態を沈静化に向かわせたとか何とか。
朝方、カフェラテを片手にトーストをかじりながら聞いていた覚えがある。……て言っても、そのニュースが流れたのは数年も前の話だけど。
でも、陸が導き出した答えは……私の疑問符を消してはくれない。
初紀ちゃんは……確かに義理堅いし、超が付くほど生真面目な性格をしてるけどさ。……そんなことで自己の軸がブレるような弱さは無いと思う。
「……こういう言い方しちゃ不謹慎かもしんねぇけどよ。
今から考えてみたら、初紀の目が"死"に向かなかったことは幸いだったのかもな」
私の心持ちなんか露知らず、陸は言い終えてからホットレモンを飲み干し、深い溜め息を吐いた。
……その吐息には、彼の本音と建前が混濁しているような気がした。
…………。
……でも、それに私が巻き込まれる謂われはこれっぽっちもない。
そんな恋愛事情に私が介入する必要性がどこにある? 今までもこれからも、私がすることは一つじゃないか。
-
―――ハルさんの遺志を継いで、女体化する人達を食い止める。
ただ、それだけ。
今まで、気まぐれで二人の仲を取り持とうとか、陸に対して恋心まがいなものを抱いたりとか、そんな面倒な遠回りを重ねたから……こんなことになったんだ。
"条件"なんて、知ったことか。
"想い"なんて、知ったことか!
「―――陸」
……私は、この日―――初めて陸を呼び捨てにした。
遠回りは、もうゴメンだから。
「……したいんでしょ。私と……えっちなこと」
「っ!」
あからさまな動揺の色が、陸に浮かび上がる。
彼が肯定も否定も出来ないことを知っていて、私は意地の悪い質問を投げかけていた。
だから、陸は話をはぐらかすって思ったのに。
「あぁ、好きな女抱きたくねぇ道理がどこにあるっつーんだ」
……この場に至ってまだ私を口説く度量があるのか。―――と、素直に感心してしまう。……そんな場合じゃないっていうのに。
「ふ、ふぅん。……じゃあ"青色通知"を出せば相手して―――」
「―――いいんだよ。もう」
私が取り繕うように放った売り言葉を、制して陸は言う。
でも、それは……決して私を責めるようなものでも、私の挑発に乗るようなものでもなかった。
「……俺、女になるわ」
ロータリーからバスが数人の乗客を乗せてから、ゆっくりと発車して、十字路を曲がり―――見えなくなる。それくらいの沈黙が私と陸を包み込んだ。
……え? えっ? 何達観した顔してるの?
「―――満足なんだよな。
好きな女が出来て、気持ちが伝えられて、ダチになって。気になってた女から告白されて。
気付けば男としての幸せが、この数日で一気に押し寄せてたんだな。
もしかしたら"コイツ"が運んでくれたのかもな」
……そう言って、陸は自らに届いた青色通知をポケットから取り出して、感慨深そうに眺める。
「でも、もう、仕舞だ」
そして私の目の前で封筒ごと、その幸せを運んだ青色通知を勢い良く―――えっ!?
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