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あの作品のキャラがルイズに召喚されましたin避難所 4スレ目

1ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/14(月) 13:53:15 ID:tnRMCI/M
もしもゼロの使い魔のルイズが召喚したのがサイトではなかったら?そんなifを語るスレ。

(前スレ)
避難所用SS投下スレ11冊目
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/9616/1392658909/

まとめwiki
ttp://www35.atwiki.jp/anozero/
避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/9616/

     _             ■ 注意事項よ! ちゃんと聞きなさいよね! ■
    〃 ` ヽ  .   ・ここはあの作品の人物がゼロ魔の世界にやってくるifを語るスレッドよ!
    l lf小从} l /    ・雑談、SS、共に書き込む前のリロードは忘れないでよ!ただでさえ勢いが速いんだから!
   ノハ{*゚ヮ゚ノハ/,.   ・投下をする前には、必ず投下予告をしなさいよ!投下終了の宣言も忘れちゃだめなんだからね!
  ((/} )犬({つ'     ちゃんと空気を読まないと、ひどいんだからね!
   / '"/_jl〉` j,    ・ 投下してるの? し、支援してあげてもいいんだからね!
   ヽ_/ィヘ_)〜′    ・興味のないSS? そんなもの、「スルー」の魔法を使えばいいじゃない!
             ・まとめの更新は気づいた人がやらなきゃダメなんだからね!

     _
     〃  ^ヽ      ・議論や、荒らしへの反応は、避難所でやるの。約束よ?
    J{  ハ从{_,    ・クロス元が18禁作品でも、SSの内容が非18禁なら本スレでいいわよ、でも
    ノルノー゚ノjし     内容が18禁ならエロパロ板ゼロ魔スレで投下してね?
   /く{ {丈} }つ    ・クロス元がTYPE-MOON作品のSSは、本スレでも避難所でもルイズの『錬金』のように危険よ。やめておいてね。
   l く/_jlム! |     ・作品を初投下する時は元ネタの記載も忘れずにね。wikiに登録されづらいわ。
   レ-ヘじフ〜l      ・作者も読者も閲覧には専用ブラウザの使用を推奨するわ。負荷軽減に協力してね。

.   ,ィ =个=、      ・お互いを尊重して下さいね。クロスで一方的なのはダメです。
   〈_/´ ̄ `ヽ      ・1レスの限界最大文字数は、全角文字なら2048文字分(4096Bytes)。これ以上は投下出来ません。
    { {_jイ」/j」j〉     ・行数は最大60行で、一行につき全角で128文字までですって。
    ヽl| ゚ヮ゚ノj|      ・不要な荒れを防ぐために、sage進行でお願いしますね。
   ⊂j{不}lつ      ・次スレは>>950か480KBからお願いします。テンプレはwikiの左メニューを参照して下さい。
   く7 {_}ハ>      ・重複防止のため、次スレを立てる時は現行スレにその旨を宣言して下さいね。
    ‘ーrtァー’     ・クロス先に姉妹スレがある作品については、そちらへ投下して盛り上げてあげると喜ばれますよ。
               姉妹スレについては、まとめwikiのリンクを見て下さいね。
              ・一行目改行、且つ22行以上の長文は、エラー表示無しで異次元に消えます。
              SS文面の区切りが良いからと、最初に改行いれるとマズイです。
              レイアウト上一行目に改行入れる時はスペースを入れて改行しましょう。

2ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/14(月) 13:55:59 ID:tnRMCI/M
こんにちは、焼き鮭です。今回の投下を行います。
開始は13:58からで。

3ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/14(月) 13:58:14 ID:tnRMCI/M
ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十三話「悪魔の脅迫」
超古代怪獣ゴルザ
超古代竜メルバ
炎魔人キリエル人 登場

 教皇の即位三周年記念式典は、ロマリアから北北東に三百リーグほど離れた、ガリアとの
国境付近の街アクイレイアで行われる。二週間にも及ぶ、大きなお祭りだ。
 そのアクイレイアへの出発の時が迫っているのだが、オンディーヌはアンリエッタと共に
乗艦する御召艦への乗り込みを遅らせていた。才人が未だ姿を見せないのだ。
「一体、サイトはどうしたんだろうなぁ……」
 大聖堂の本塔にバルコニーのように張り出した桟橋で、マリコルヌが心配そうにつぶやいた。
「まさか、怖じ気づいたんじゃないだろうな?」
「けど、サイトはどんな戦闘にもどんな大怪獣相手にも、果敢に飛び込んでいった奴だぜ。
いくらガリアとはいえ、今更尻尾を巻いて逃げ出すなんて考え難いよ」
「そういえばルイズもまだみたいだな。また二人で痴話喧嘩でもしてるんじゃないか?」
「それだったらそろそろ来る頃だろう」
 などとオンディーヌが相談し合っていると、噂をすれば影というように、ルイズが一人の
男を連れながら彼らの前にやってきた。ギーシュたちはルイズの格好に目を丸くする。
「うわぁ! 尼さんの格好じゃないか!」
 ルイズは白い神官服に身を包んでいた。どうやらルイズは、巫女として式典に参加するようだ。
 しかしすぐにギーシュたちの注意は、ルイズからその背後に連れ立っている男の方へ移った。
いつもなら才人がいる立ち位置に、今まで見たこともない男がいる。
「ルイズ……そちらの方はどなただい?」
 ギーシュが代表して質問すると、ルイズではなくその当人が答えた。
「俺はラン。これからは、俺が才人の代わりをすることになった」
 今の言葉に、オンディーヌは声にならないほど仰天した。
「は? い、いや、きみ、何を言ってるんだい? サイトの代わり? そのサイトは一体
どこへ行ったんだ?」
 ギーシュが改めて尋ねると、今度はルイズが、深呼吸した後に答えた。
「サイトは……里帰りよ」
 オンディーヌは再び言葉を失った。
「里帰り!? この状況で!? 訳が分からない! 説明してくれ!」
 混乱するギーシュはルイズの肩を掴んでゆすった。ルイズはゆっくりとその手を振り払った。
「……サイトの故郷から、お母さんの手紙が届いたの。帰ってきてくれって」
「それで帰したってのかい?」
 ルイズがうなずくと、マリコルヌが頭を押さえてうめいた。
「だからって、こんな時に帰さなくたっていいじゃないか! よりにもよってこんな大変な時に……」
 ルイズは厳しい顔つきになる。
「何を言ってるのよ! こんな時だからこそ、帰したんでしょ! 今までどれだけサイトが
わたしたちのために戦ってきてくれたと思ってるのよ。あなたたち貴族でしょ! 己にかかる
火の粉は己で払うべきよ。……とにかくこれ以上、わたしたちの戦いにサイトを巻きこむ訳には
いかないわ」
「だ、だからって、そんないきなり出てきた人を代わりだなんて……」
 なおも言い返そうとするマリコルヌをさえぎって、ギーシュが言った。
「もう一個質問だ。いいかい?」
「いいわ」
「それはその、サイトの意思なのかい? サイトが自分で帰るって言ったのかい?」
 ルイズは首を振った。
「わたしの判断よ」
 その途端、オンディーヌから次々と非難の言葉が沸き上がった。

4ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/14(月) 14:01:27 ID:tnRMCI/M
「とんでもない! とんでもないよ! いくらサイトがきみの使い魔だからって、自分勝手
すぎるじゃないか!」
「勝手じゃないわ! ちゃんと考えたもの!」
「そうは思えないけどな。サイトはもしかしたら、ぼくたちと一緒に戦いたかったかもしれない
じゃないか。というか、彼ならそう思うはずだ」
 うなずき合うマリコルヌたちにルイズは何か言おうとしたが、それはこの場に現れた
アンリエッタにさえぎられた。
「あなた方は何をしているのですか。わたくしに恥をかかせるつもりなのですか?」
 周囲からは、ロマリアの神官や役人の奇異の目が集まっている。少年たちは我に返って
顔を赤らめた。
「騎士の一人が欠けたのは問題ですが、それで慌てふためく騎士隊も問題です。わたくしは、
勇敢な騎士を隊士に選んだつもりですが……」
 女王自ら注意されては、オンディーヌは畏まる以外になかった。アンリエッタはルイズと
ランを促して、フネへの桟橋を渡らせる。
 そして船室に二人を招き入れたところで、ランに向かって尋ねかけた。
「あなたは、ウルトラマンゼロなのですね? 昨日までは、サイト殿と共にあったはずの……」
 ランの左腕には、それまでは才人が嵌めていたウルティメイトブレスレットが袖からかすかに
覗いていた。そう、このランという男こそが、ゼロが人間に擬態した姿だ。名前と姿のモデルは、
アナザースペースで命を助けた青年である。
「ああ……。あのままくっついてたら、才人を帰してやれねぇからな」
「……詳しいいきさつを聞きたいところですが、今は時間がありません。後ほど、ゆっくりと
伺います」
 アンリエッタはそれを最後に退室し、アニエスとともにまずはオンディーヌの居室に向かった。
この件で動揺することのないよう訓示するのだ。
 彼女がいなくなってから、ルイズはポツリとゼロに問いかけた。
「ゼロ……わたしの判断は、間違ってなんかないわよね」
 ゼロはおもむろにうなずく。
「ああ。今度こそ、才人は家族のところに帰るべきだ。突然息子が消えちまった親を、安心
させなくちゃならねぇ」
 しかし、次にこんなことを言う。
「だが、その後であいつがそれでもハルケギニアに戻ることを選んだのなら、俺は連れて
戻ってくる。たとえそれが俺の故郷の奴らに非難されることになってもだ」
 今の発言に、ルイズはすごい勢いで振り返った。
「何を言ってるの!? サイトはもうこんな危険なところに戻るべきじゃないわ! ずっと
故郷に留まるべきよ!」
 ゼロは、それには賛同しなかった。
「ルイズ……何度も言うが、才人は立派な戦士になった。戦士にとって、守りたい人を守れない
ことこそが最大の不幸なんだ」
「でも……!」
「それに……お前のことも心配なんだよ」
 ゼロの指摘に、ルイズはかすかに目を見開く。
「わたしが……?」
「お前、すげぇ無理してるのが丸分かりだぜ。才人よりも、お前の方が今にも押し潰されて
しまいそうだ。……お前のことだって、俺は死なせたくなんかねぇんだ」
 ゼロの言い分は全く正しいことであったが、それでもルイズは虚勢を保った。
「そんなことはないわ……。わたしは、サイトがもう隣にいないことも受け入れて、あいつの
分までハルケギニアの平和を守る覚悟でいるわよ」
 その言葉も間違いではない。ルイズがあれだけ反対していたヴィットーリオの提案に乗り、
巫女の衣装を纏ったのも、才人に代わってガリアの陰謀と戦う決意を固めたからだ。

5ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/14(月) 14:04:18 ID:tnRMCI/M
 才人ともう二度と会えない……その事実が、ルイズにとって最も苦しいところであったが、
ルイズはそれも受け入れる所存であった。いっそのことティファニアにこの記憶と気持ちを
消してもらいたくもあったが、その選択はしない。今日までの道のりは、そして才人から
もらったたくさんのものは、かけがえのない宝物……才人だけではなく、仲間たちとの絆でも
ある。それを「なかったこと」にはしたくない。
 だから、自分がこの世界を守り抜くんだ……。ルイズは己に強く言い聞かせていた。

 その頃――と言っていいのかは分からない。何せ六千年の隔たりがあるのだから――才人は、
思い切り混乱していた。湖面に映る姿が、いきなりウルトラマンティガのものになったらそれも
当然だ。
『ど、どうなってんだ? 何でゼロじゃなくてティガに……。いや、ここは六千年前だから
そもそもゼロはいないのか。でも、だからって……』
 一度の人生で、二人目のウルトラマンと融合する。そんなことがあり得るのだろうか、
と悶々としていたら、肩にゴルザとメルバの光線を食らってしまった。
「グガアアアア!」
「キィィィィッ!」
『あ痛でぇッ!? くッ、考えるのは後にするか!』
 ブリミルとサーシャのことも助けなければならない。才人は、ともかく怪獣と戦える姿に
なったのはこれ以上ない幸運だ、と考えを改めて、超古代の二大怪獣の間に一気呵成に
切り込んでいく。
「タァーッ!」
 メルバをキックで押しのけ、ゴルザの首筋にチョップをお見舞いした後に押さえ込もうとする。
二対一という不利な状況下だが、ウルトラ戦士としての戦いはこれまで散々ゼロの中で経験して
いるので、ある程度はこなすことが出来る。
「キィィィィッ!」
「グガアアアア!」
「ウワァッ!」
 だが翼を広げて滑空したメルバのカマ状の腕に背後から斬りかかられた上に、ゴルザに
投げ飛ばされて転倒。光線の追撃を、転がってギリギリで回避する。
『くッ、身体が思うように動かせねぇ……!』
 体勢を立て直した才人がうめいた。いくら経験はあっても、ティガは当然ながらゼロとは別人。
その身体能力にも違いがあるので、いきなり変身した才人が十二分に戦うことが出来ないのは
むしろ自然なことだろう。
『もう少し腕に力を込められれば、力負けはしないのに……』
 苦悶していると……才人の脳裏に、あるイメージが湧き上がった。
『! こ、このイメージは……! よしッ!』
 才人は本能的に、そのイメージの通りに身体を動かした。額のクリスタルの前で腕を交差し、
勢いよく振り抜く。
「ンンンンン……ハァッ!」
 それと同時に赤と紫の体色が、赤一色に変化した! 同時に肉体に力がみなぎる。
『そうか! ティガにも二段変身能力があるのか!』
 理解する才人。ウルトラ戦士の中には、肉体を変化させて能力を特化させる力を持つ者がいる。
ゼロや、その力を授けたダイナ、コスモスのように、ティガもそのようなタイプチェンジ能力を
持つウルトラマンだったのだ!
『よしッ、これなら!』
 赤い姿、パワータイプのティガとなった才人は改めて怪獣たちに突撃していく。ゴルザと
メルバは光線を放って迎撃してくるが、才人は高まったパワーを活かして手の平で光線を
押し返していった。
「タァッ!」
「キィィィィッ!」
「グガアアアア!」
 距離を詰めるとメルバの顔面に正拳を入れて吹っ飛ばし、ゴルザは首を掴んで一本背負い! 
逆さまに地面に激突したゴルザを狙い、才人は伸ばした両腕を腰から頭上へと持ち上げて
いきながら真っ赤なエネルギーを凝縮して光球を作り上げた。
「タァァーッ!」
 そして投球のフォームで、光球からエネルギーを照射! パワータイプの必殺技、デラシウム光流だ!

6ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/14(月) 14:08:27 ID:tnRMCI/M
「グガアアアア!!」
 その一撃でゴルザを粉砕! しかし直後に背後からメルバが滑空しながら迫ってくる。
「キィィィィッ!」
 察知した才人は回し蹴りで迎え撃つも、メルバは上昇して攻撃をかわした。
『この姿だと、余計に身体が重い……!』
 才人はパワータイプの欠点に気づいた。パワータイプはその名の通りに破壊力に優れるが、
代わりに敏捷性が低下するのだ。そのためメルバのように身軽で飛行能力を持つ相手には
対応できない。
 しかし才人の脳裏に再びイメージが浮かび上がる!
『身体が赤く染まるんだったら、その逆も……! よぉしッ!』
 先ほどと同様の動作で、再び体色を変化させる。今度は紫一色の姿だ。
『身体が軽くなった! これならいけるぜッ!』
 紫色の姿は、パワータイプと正反対の特色のスカイタイプだ! 才人は高々と跳躍して、
上空のメルバへと急接近する!
「ヂャッ!」
 天空を舞うスカイキックがメルバに炸裂し、地上へと叩き落とす!
「キィィィィッ!」
『こいつでフィニッシュを決めるぜ!』
 ヨロヨロと起き上がろうとしているメルバへと、左右に開いた腕を頭上で重ね合わせることで
充填したエネルギーを左の脇腹に構え、手裏剣を放つように発射する!
「タッ!」
 スカイタイプの必殺技、ランバルト光弾! これが突き刺さったメルバは、瞬時にバラバラに
弾け飛んで消滅した。
『やったぜ……! けど、まさかこんなことになるなんてな……』
 怪獣を撃破してブリミルたちを救えたのはよかったが、よもや六千年もの過去の世界に
来て、その世界に怪獣が出て、しかも自分がウルトラマンティガと一体化するとは。冷静に
なって振り返れば、訳の分からないことだらけだ。
 しかしそろそろ変身の時間切れも近い。才人はひとまず元の姿に戻って、ブリミルたちと
詳しい話をすることに決めたのだった。

 元の姿に戻った才人を、ブリミルは興奮し切った調子で迎えた。「きみが光の巨人だったの
かい!? 一体どんな力を使って変身したんだ!? きみは何者なんだね! 是非教えて
くれたまえ!」とものすごい勢いで詰め寄って才人を参らせた彼は、サーシャにどつかれて
黙らされた。一行はとりあえずブリミルたちの住居に移動し、腰を落ち着かせて話をする
ことになった。
「……つまり、きみは自分がどうしてここにいるのか分からない、ということでいいのかい?」
「そういうことです。ウルトラマン……光の巨人も、俺と同一の存在って訳でもありません。
彼らには、別の生き物と同化する力があります。それで俺を助けてくれたんです」
 ブリミルに聞き返された才人が答えながら、手に握った、翼型の意匠を持ったスティック状の
物体に目を落とした。スパークレンス……ウルトラゼロアイのような、ティガに変身するための
アイテムだ。気がつけば、これが懐にあった。
 ブリミルたちの住居は、草原の上に建てられた移動式のテントを密集して作った小さな
村だった。現在のハルケギニアでは見られない風景であり、ルイズたちの始祖と呼ばれる
人物が今と全く違う様式の暮らしをしていることに才人は内心驚いていた。
「そうか……。しかし、きみの主人に会えないというのは残念だ。ぼく以外の『変わった
系統』の持ち主に会えるものと期待していたんだがね」
 肩をすくめるブリミルは、“虚無”のことを『変わった系統』と遠回しに表現する。しかし、
それも当たり前かもしれない。ブリミルが始祖ならば、“虚無”というのはこれから彼がつける
名前だ。サーシャがハルケギニアを知らないのも、きっとこれから名づけられるからだ。
「ところでブリミルさんは、怪獣をヴァリヤーグなんて呼んでましたけど……」

7ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/14(月) 14:10:39 ID:tnRMCI/M
「きみのところでは怪獣と呼んでるのかい? 怪しい獣……言い得て妙だね。ヴァリヤーグとは
ぼくの命名だ。元々は、ぼくたちの氏族を追い立てた者たちの名前なんだけどね。あの巨大生物
どもは、同じようにぼくたちを、いやこの大陸中の生きとし生けるものを苦しめるんだ」
 才人はブリミルとサーシャから、彼らを取り巻く状況について様々な話を伺った。
 ブリミルはマギ族という名前の部族の一員であり、ある日ヴァリヤーグという別の部族の
人間たちに元々の住処を追われる羽目になってしまった。マギ族の中で他に例を見ない特殊な
魔法、今で言う“虚無”魔法を扱うブリミルはどうにかしようと自身の魔法を研究する中で
サーシャを使い魔として呼び出し、彼女たちエルフの住んでいる土地のある大陸へとゲートを
開いて移動することに成功した。しかし安心したのもつかの間、移動先の大陸に突如異常な
巨大生物の群れ……怪獣が出現し、マギ族、エルフ関係なく襲い始めたという。
「怪獣は元々、この大陸にはいなかったんですか?」
「そうよ。あんな天を突くような生き物の話なんて、一度たりとも聞いたことがないもの。
あいつら、一体どこから湧いてきたのかしら……」
 と証言するサーシャ。ハルケギニアは元から怪獣が存在する星ではなかったのは分かったが、
六千年前の時点で出没していたのは意外だ。怪獣もウルトラマンも、ブリミルの時代に既に
いたのなら、どうしてそれが現在のハルケギニアに伝わっていないのだろうか?
 また、マギ族、つまり人間とエルフが敵対関係にないのも意外であった。むしろ怪獣を
相手に共闘している関係と言ってもいい。それが何故、現代ではいがみ争っているのだ?
「しかしヴァリヤーグは非常に大きく強い上に、わんさかいる。ぼくたちに勝ちの目は全く
ないと一時はあきらめもしたが、そこに現れたのが光の巨人、きみが言うウルトラマンだ! 
彼らはどうしてなのかは分からないが、ぼくたちを助けヴァリヤーグを退治してくれる。
ぼくとサーシャはこれから、ウルトラマンに助力しながらヴァリヤーグ出現の真相を突き止め、
これを根絶してこの大陸を救う旅に出るつもりなんだよ」
「肝心のこいつがいまいち頼りないのが全く困りものなんだけどね」
 張り切るブリミルにサーシャは毒を吐いた。
 ブリミルたちの状況を大体理解した才人だが、するとやはり別の疑問が浮かんでくる。
おおまかに聞いただけだが、教えられたハルケギニアの歴史とまるで内容が異なる。今の
自分は、夢でも見ているのだろうか? しかしこの現実感はとても夢とは思えない。となると、
六千年の時の間に伝承が歪曲し、怪獣やウルトラマンの存在が忘れられてしまったのか?
 才人がそんな風に考えを巡らせていると、この場にテントの扉を破って若い男が飛び込んできた。
「族長! 大変です!」
「ヴァリヤーグか!?」
 ガタン、とブリミルは立ち上がったが、男は首を振った。
「いえ、ですがそれ以上にまずい事態です。例の『アレ』が、再び脅迫に現れたんです!」

8ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/14(月) 14:12:15 ID:tnRMCI/M
「また来たのか……。しつこいな……!」
 それまで温厚な雰囲気だったブリミルが、非常に険しい顔つきとなった。才人は目を丸くして
サーシャに囁きかける。
「あの、『アレ』って何ですか? 怪獣とは違うんですか?」
 サーシャは答える。
「違うわ。言葉を話すし、一応は人間みたいなんだけど……ぼんやりとしていて幽霊みたいな
奴なの。それが、ブリミルたちに信仰を捨てて自分の下僕となるように一方的に命令して
きてるのよ。どこの誰だか知らないけど、何様のつもりなのかしら」
 サーシャもブリミル同様顔をしかめて、つぶやいた。
「何て名前だったかしら。キリエ何とかっていうらしいけど」
「キリエ!?」
 思わず席を立った才人に、サーシャは吃驚させられた。
「どうしたの? もしかして、心当たりでも?」
「ああ、いや、まぁそんなところで……」
「とにかく行こう! また乱暴を働いてくるかもしれない! ぼくの魔法で追い払えれば
いいんだが……」
 杖を手に真っ先に飛び出していくブリミルの後に、サーシャと才人はテントに立てかけて
あった槍を得物にして続いていく。外は話し込んでいる内に夜の帳に覆われていた。
 篝火と月明かりの照明の下、村の上空におぼろげな人型の怪しい何かが浮遊している。
村の女子供は慌ててテントの中に隠れていき、若い男たちはブリミルとともに杖を握って
人魂を厳しくにらみつけている。
 才人はその人魂をひと目見て、間違いではないことを把握した。あの人魂は……ロマリアの
大聖堂で目の前に現れたものと、寸分違わず同じなのだ。
 そして人魂が、ブリミルたちを見下すように言い放った。
『愚かな人間どもよ……救われたくば、偽りの信仰を捨てて我々に恭順の意を示せ。我々こそが
真なる神、キリエル人である!』

9ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/14(月) 14:13:10 ID:tnRMCI/M
今回はここまで。
ヴァリヤーグって結局何者だったんでしょうね。

10ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:05:53 ID:feAcNe2A
ウルゼロの人、投下とスレ立て乙です。
こちらも。ウルトラ5番目の使い魔、63話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

11ウルトラ5番目の使い魔 63話 (1/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:06:51 ID:feAcNe2A
 第63話
 魅惑の妖精亭は今日も繁盛Ⅱ
 
 知略宇宙人 ミジー星人
 三面ロボ頭獣 ガラオン
 宇宙三面魔像 ジャシュライン
 デハドー星人のアンドロイド 登場!
 
 
 見つめあう目と目。その視線の先には、それぞれみっつの顔が並んでいる。
 
「じー……」
 
 横に、怒り、泣き、笑いのでかい顔が並んでいる三面ロボ頭獣ガラオン。
 縦に、怒り、笑い、無表情の顔が胴体についている宇宙三面魔像ジャシュライン。
 ガラオンを見つめるジャシュライン。ジャシュラインを見つめるガラオン。
 トリスタニアの街のド真ん中で、こんな変な顔同士のにらめっこが起こるなどと誰が想像しえたであろうか? トリスタニアの市民は唖然とし、ウルトラマンダイナに変身しようとしていたアスカも、思わず変身を忘れて呆然としていた。
「なんだアイツら、親戚か……?」
 んなわけないが、初見ではそう思ってしまってもしょうがないだろう。ともかく、一体でもヘンな奴が二体も現れたのだ。
 どうなるの? これからどうなるの? 誰にもまったくわからない。
 見つめあう、見つめあう、見つめあーう。
 まるでお見合いの席で初対面した初心な男女のように、両者は熱い視線をかわしあい続ける。
 しかし、お見合いはハッとしたジャシュラインの次男が止めさせた。
「あ、兄者! いつまでボーッとしてるんでシュラ。見とれてないで、さっさとやっちまうでシュラ!」
「あ、おう、そうだったジャジャ! 俺様たちは、こんなことをしてる場合じゃなかったジャジャ」
「そうだイン! どこの誰かは知らないけど、ワシたちの邪魔をする気なら、お前から先に始末してやるイン!」
「いくぞジャジャ!」
 正気を取り戻したジャシュライン三兄弟。ジャシュラインはひとつの体に三人の兄弟の人格が同居しており、それぞれ得意技が違う。まずは長男が主導権をとって腕につけている円形の盾を外すと、それが羽をあしらったブーメランに変わり、豪快なフォームから投げつけてきた。
 だがガラオンも黙ってはいない。ミジー星人たちも遅ればせながら正気に戻り、カマチェンコとウドチェンコがコクピットの天井から垂れ下がった吊り輪を引っ張ると、ガラオンはその不格好な巨体からは想像できないほど俊敏にブーメランを避けてみせたのだ。
「なにぃジャジャ!?」
 これに驚いたのはジャシュラインだ。必中だと思ったブーメランをやすやすとかわされたことで、彼らの宇宙ストリートファイターの血が騒いでくる。

12ウルトラ5番目の使い魔 63話 (2/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:07:26 ID:feAcNe2A
「やるなシュラ。では今度はボクちんが相手になってやるでシュラ!」
 格闘戦に優れた次男とチェンジして、ジャシュラインは直接ガラオンに襲い掛かってくる。
 むろん、ミジー星人たちも負けてはいない。
「危っぶないわねえアイツ。なによ急に凶器出してきちゃって」
「ううん、やはりあれは大悪党の顔だったな。しかも顔が三つなんて、我々のガラオンをパクりやがって。どうする? どうする?」
「決まっているわ! 真の大悪党は我々ミジー星人であることを、あのニセモノに思い知らせてやるのだ。いくぞ!」
「ラジャー!」
 こっちはこっちで目的をきれいさっぱり忘れ、組み付いてくるジャシュラインをガラオンの体当たりで押し返す。
 トリスタニアのド真ん中で早朝から起こった怪獣同士の大バトル。その衝撃に、トリスタニアの市民たちもようやく我に返って逃げまどい始めた。
「うわぁ離れろぉ! つぶされるぞぉぉーっ!」
 ガラオンとジャシュラインは当たり前のことながら、足元の民家に配慮などしない。当然人間もモタモタしていたら気づかれずにぺっしゃんこにされてしまうというわけだ。
 まずい、このまま二体が暴れ続けたらトリスタニアは瓦礫の山になってしまう。アスカは二体に向かって駆け出し、リーフラッシャーを空に掲げる。
「あいつら! これ以上好きにさせられっかよ!」
 平和を自分たちの都合で乱す奴らを許してはおけない。ウルトラマンダイナの出番が来たようだ。
 だが、アスカがリーフラッシャーのスイッチをポチッとしようとした、まさにその瞬間だった。アスカの鼓膜はおろか、町全体に響き渡る音量で魅惑の妖精亭から声が轟いたのだ。
「コラーッ! ドルちゃんウドちゃんカマちゃん! 何よそ様に迷惑かけてるの! 暴れるなら広いとこでやりなさい!」
「はいぃぃぃ!」
 突然の怒声に、ガラオンは反射的に「気を付け」の姿勢をとり、アスカは変身を忘れて固まってしまった。
 そのままガラオンは、またも唖然としているトリスタニアの人々と「??」というジャシュラインの見ている前で、そそくさと民家を避けながら、前にアボラスとバニラが暴れた「怪獣を暴れさせるため用の広場」へと駆け足で走っていった。
「お、おーいでシュラ?」
 さっぱり訳のわからないまま、ジャシュラインも広場で手招きしてくるガラオンのところに駆けていく。
 そして、はっとしたミジー星人たちは、なぜこんなことをしてしまったのかと冷や汗をかいていた。
「ま、まさか……我々は毎日の雑用の日々の末に……潜在意識レベルでジェシカちゃんに服従するようになってしまったのでは!」
 ウドチェンコのつぶやいた言葉に、ドルチェンコとカマチェンコも「ま、まさか……」と青ざめるが、体が勝手に動いてしまったものはしょうがなかった。

13ウルトラ5番目の使い魔 63話 (3/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:07:56 ID:feAcNe2A
 そのガラオンを、またも唖然と見守るトリスタニアの人々やアスカ。とはいえジャシュラインはバカにされたみたいで腹を立てている。
「なにをボーッとしてるんでシュラか!」
 棒立ちのガラオンにジャシュラインの蹴りが炸裂した。
 たまらずにミジー星人たちの悲鳴ごと、泣き顔を上にしてすっころぷガラオン。ガラオンのコックピットは座席もなくて立ちっぱなしで操縦するので、ミジー星人たちも洗濯機の中のシャツみたいにくしゃくしゃだ。
 だが、そのショックでガラオンの中に残っていた”もうひとつのコクピット”の中で、再起動した者がいた。
「ワタシは……消去サレタはずでは?」
 ミジー星人たちは何も気づいてはいない。いや、それよりも目の前の敵を相手にするだけで手いっぱいなのだ。
「畜生、反撃だぁ!」
 ドルチェンコの叫びで、起き上がったガラオンは目から破壊光線を放ってジャシュラインを狙い撃った。
 けっこう威力のある光線を浴びて、ジャシュラインの体がぐらりと揺れる。
「なかなかやるでシュラ!」
「では今度はワシの出番だイン!」
 ジャシュラインの縦に三つついている顔の一番下、無表情の顔の三男のランプが点灯して体の主導権が移ったようだ。
 もちろん、得意技もこれまでとは違う。ジャシュラインはガラオンが再度光線で攻撃を仕掛けてくると、手のひらを向けて気合を入れた。
「ハアッ!」
 するとなんと、ガラオンの光線が空中でピタッと止まってしまったではないか。
「そら、お返しするでイン!」
 さらに三男が気合を入れると、光線はUターンしてガラオンへと直撃してしまった。
 ジャシュラインの三男は、強力な念動力の使い手だったのだ。ガラオンは怒りの顔から火花をあげてよろめく。
 だが、そのときなぜか悲鳴をあげたのはミジー星人たちのほうではなかった。
「ああっジャジャ!」
「ん! ちょっと兄者、急にどうしたんでシュラ?」
「い、いや、なんでもないジャジャ」
 突然叫び声をあげた長男に次男が驚くが、長男はごまかした。
 気を取り直して、隙だらけになったガラオンに対して、また次男が主導権をとって殴りかかっていく。
「さっきのお返しをしてやるでシュラ!」
 痛い目にあわされた恨みで、怒り顔のガラオンに突撃していく次男のジャシュライン。

14ウルトラ5番目の使い魔 63話 (3/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:08:30 ID:feAcNe2A
 しかし、それはガラオンにとって思うつぼだった。コクピットのウドチェンコがレバーを引くと、ガラオンはくるりと笑い顔のほうを向けて、口からガスを噴射して浴びせかけたのだ。
「なんだこれは! 毒ガスか! いや、あひゃひゃ! どうたんでシュラ、あひゃひゃひゃ!」
「どうだ、ガラオンの笑気ガスは。強烈だろう」
 腹をかかえて笑い転げるジャシュラインを見て、ミジー星人たちも高笑いした。
 実際このガスの威力は強烈で、かつてはウルトラマンダイナも笑い転げて戦闘不能にされている。もっとも、このときミジー星人たちは気づいていないが副次的な効果を生んでいた。ガスが風で流れて、今度こそ変身しようとしていたアスカが笑い転げて変身不能になっていたのだ。
 笑い転げているジャシュラインの姿に、攻撃態勢に入ろうかとしていたトリステイン軍の竜騎士たちもあっけにとられてしまった。あいつらは戦っているのかふざけているのか。
 逃げようとしていたトリスタニアの市民たちも、ジャシュラインの笑い声に足を止めて振り返ってくる。そして、笑い声を聞いてにわかに騒ぎだした者たちがいた。
「いいぞーっ! 景気がいいじゃねえか、もっとやれーっ!」
 それは、魅惑の妖精亭の前から大勢の声となって響き渡っていた。
 見ると、顔を酒精で赤く染めた大勢の男たちが歓声をあげている。彼らは、魅惑の妖精亭の店じまいギリギリまで飲んでいた筋金入りのうわばみどもだ。閉店時間で追い出されかけていたところで、外で思いもよらない騒ぎが起きたので、喜び勇んで自分たちも騒ぎ出したというわけだ。
 もちろん、正気の者たちは、あいつらは一体なにをやってるんだ! と、怒りと困惑を抱く。しかし、この光景を見てミジー星人たちは大いに勘違いした。
「おお! 我々に向かって手を振っているぞ。あれは我々を応援してるのに違いない」
「きっと我々の恐ろしさを見て、無条件降伏しようとしているんですよ。やりましたねとうとう、感動だなあ」
「そうかしら? なーんか違う感じがするんだけど」
 カマチェンコがこう言ったものの、サービス精神旺盛に手を振って返すガラオンの姿に、関係ない人々も唖然としてしまう。
 だが、その間にジャシュラインは笑気ガスを浴びた次男から三男へとパトンチェンジして反撃を仕掛けてきた。
「いつまで調子に乗っているでイン!」
 念動力で動きを封じられ、手を振っていたガラオンがぴたりと止まる。
「どうだ、動けまいでイン。このままじわじわと痛めつけてやるでイン」
 ジャシュラインの念動力は強烈で、ガラオンの巨体が静止映像のように止められてしまっている。
 しかし、ミジー星人たちはやる気十倍で叫んだ。
「んんんんん! ファンが応援してくれているのに負けられるか。パワー全開ぃぃぃ!」
「ラジャー! エンジンフルパワー」
 なぜかガソリン車みたいな排気音を響かせ、ガラオンがじわじわと動き出す。これにはジャシュラインの三男も驚いたが、彼も自分の力に自信を持っていた。

15ウルトラ5番目の使い魔 63話 (4/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:09:05 ID:feAcNe2A
「おのれ、可憐な見た目に反して力持ちでインね。でも、その場で足踏みするくらいで精一杯だろイン!」
「なんの、我々ミジー星人の威力を見せてやる。作戦Aだ!」
 すると、その場で足踏みするくらいしかできないガラオンが、足踏みしながらグルグルと回転しだしたではないか。これには三男もあっけにとられて、さらにガラオンは三つの顔が見えなくなるほど回転を速めると、回転しながら光線を撃ってきた。
「わあーっ!?」
 回転しながら前触れなく撃たれたので、ジャシュラインは対応しきれずにもろに食らってしまった。
「見たか! これぞ必殺、回ればなんとかなる、だ! わはははは」
 そして拘束から解放されたガラオンは、ジャシュラインに突進していく。
 迎え撃つジャシュライン。奇想天外な能力を持つ二体の怪獣の戦いは、どうなるか先の読めない大スペクタクルともなってきた。
 と、なると。これを利用しようと考えるのが人の常だ。これを肴にすればめっちゃ酒が進むだろうと、スカロンとジェシカは外にテーブルを運び出して宣言した。
「さあさあ皆さん! 世にも珍しい三面vs三面の、合わせて六面の大決闘! これを見逃せばタニアっ子の名折れ! さあさあさあ、ご見物はこちらから。特別営業開放セールで、お飲み物をお安くしておきますよーっ!」
「おお、わかってるじゃねえか! じゃんじゃん持ってこーい!」
 たちまち酒盛りが始まった。これを見ていた人たちは「なにやってんだこいつら!」と再び思うが、そこはスカロン抜け目はない。
 ジェシカが店内に戻っていったかと思うと、再び戻ってきたときには、体のラインをはっきりと浮き上がらせる黒いビスチェを身に着けていた。そしてジェシカは用意されたお立ち台に上がると、よく通る声で話し出したのだ。
「さあ、そこ行くあなた、ちょっとこっちを見てください。難攻不落のトリスタニア、そんなに慌ててどこへ行く? ちょっとその前、一息ついて、喉をうるおしていってください。お酒以外も取りそろえ、あなたの街の魅惑の妖精亭です!」
 ジェシカの呼びかけに、道行く人々が足を止めて振り返り始めた。そして、ジェシカの情熱的なプロポーションを見て、フラフラと店に寄って行ってしまう。
 もちろんこれにはタネがある。ジェシカの身に着けているのは魅惑の妖精のビスチェといい、その名の通り『魅惑』の魔法がかかっている。要するに見た人間をアレにしてしまう効果があるのだが、それを店で一番の美少女であるジェシカが着ているのだから効果は倍増となる。
 もちろん魔法といえども完璧ではなく、見た人間にそれなりの心構えがあれば振り切られる。しかし、ジェシカは父譲りで巧妙だった。酒以外にもソフトドリンクの提供もするよと付け足したおかげで、通行人も「酒じゃないならいいか」と、気を緩めてくれたのだ。
 通行人たちが魅惑の妖精亭に集まっていく。さて、こうなると避難しようとしていた同業者も黙ってはいなくなる。たちまちトリスタニアのあちこちで大怪獣バトル見物の飲み会が始まった。
「さっすがトリスタニアの人たちは肝が据わってるわねえ。うんうん、これで店の立て直しの赤字も消し飛ぶわ」
「でもミ・マドモアゼル、怪獣が暴れてるのに街の人を引き留めるなんてマネして本当によかったんですか?」
「いいのよ、どうせドルちゃんたちがそんな大事をできるわけないし、ほんとに暴れだしたらミ・マドモアゼルとジェシカちゃんが止めるから、あなたたちは安心してお客さんからチップをいただいてきなさい」
 三人組のことを知り尽くしているスカロンは余裕しゃくしゃくであった。なおトリステイン軍は攻撃を仕掛けようとしたときに「邪魔だ」とばかりに、こんなときだけ仲良く放たれた念動力と笑気ガスで追い払われてしまった。
 そして、スカロンのこの予言は、この後すぐに現実のものになるのである。
 
 さて、自分たちが見世物にされているとは気づかずに、ガラオンとジャシュラインの戦いはなおもヒートアップしていた。
 それぞれが顔の使い分けによって多彩な能力を使用可能なガラオンとジャシュラインの戦いは、空を飛びかうブーメランや、色とりどりのビームは見る目にも楽しく、それでいてどちらも短気でコミカルな動きをするので見物人は飽きなかった。
 しかし、戦いが続くと人々は妙な違和感に気づいた。ジャシュラインが長男に代わったときに投げるブーメランがまったく命中しないのだ。

16ウルトラ5番目の使い魔 63話 (4/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:10:21 ID:feAcNe2A
 もちろん、それには次男と三男も気が付く。一回や二回なら避けられたとかもわかるが、何度投げても当たらないのはわざと外してるとしか思えない。次男と三男はついに堪忍袋の緒を切らして長男に詰め寄った。
「兄者、さっきからいったいどうしたんでシュラ? ブーメランの名手の兄者らしくない、もっと真剣にやってくれシュラ!」
「あ、いやそのジャジャ」
「さっきから思ってたけど、おかしいでイン。わざと手を抜いてるんでイン? そうでないなら、アレができるはずでイン?」
 腹を立てた次男と三男は、まだ早いと思いつつも切り札の使用を強要した。
 ジャシュラインの三つの顔のランプが一気に点灯し、頭についているトーテムポールの大きな羽飾りが金色に輝く。
 これはジャシュラインの切り札、必殺光線ゴールジャシュラーだ。金色の粒子を敵に浴びせ、ヒッポリト星人のヒッポリトタールと同様に敵を黄金像に変えてしまう。ジャシュラインはこれで黄金像に変えた敵をコレクションして宇宙に悪名をとどろかせていたのだ。
 しかし、ゴールジャシュラーは発動したものの、ピカッと光っただけで光線が発射されることはなかった。当然ガラオンはなんともなく、腹の立つ顔を見せ続けている。
 不発。なぜならゴールジャシュラーは三兄弟が力を合わせなければ撃てないからだ。次男と三男はそのつもりだったから、当然やる気がなかったのは長男ということになる。
 もう疑いない。次男と三男は声を荒げて長男に詰め寄る。すると、長男は頭を抱えて叫びながらうずくまってしまった。
「う、うおぉぉぉぉ! だってしょうがないだろジャジャ! あんな可憐な美女を傷つけるなんて、俺様にはできないジャジャーッ!」
 
 
 なんと、ジャシュラインの美的感覚では、ガラオンが絶世の美女に見えていたのだ!
 
 
「えええええええぇぇぇぇぇぇーーーっ!?」
 度肝を抜かれて開いた口がふさがらなくなるトリスタニアの市民たち。世間にはいろんな好みの人がいる、だがまさかこんな好みがあったとは……いや、才人やギーシュに惚れる女がいるくらいなのだからこれも正常なのかもしれない。
 怒り顔をしているジャシュラインの長男は、ガラオンの怒り顔にすっかり一目惚れしてしまって攻撃することができなくなっていた。
「うおおお、あの情熱的な瞳に見つめられると、俺様の胸は張り裂けそうジャジャ。あんな美しい人には出会ったことがないジャジャーッ!」
「落ち着くでシュラ。あれは敵でシュラ、ぼくちんたちには大事な目的があるのを忘れたでシュラか!」
「そうでイン。ワシたちは、ウルトラマンを倒して、かつての雪辱を晴らさなきゃいけないんだイン! あんなヤツに手こずってる場合じゃないでイン」
 次男と三男が説得しようとしている。しかし長男は熱く叫んだ。
「うるさいジャジャ! お前たちこそ、あんな美しい人に二度と出会うことができると思ってるんジャジャか!」
「うっ、確かにそれはでシュラ。ああ、ダメでシュラ! そんな優しい笑みでぼくちんを見ないでくれでシュラ!」
「お前までどうしたんでイン! でもワシも、その憂え気な横顔を見ると胸が熱くなってくるでイン。こんなの初めてなんだイン!」

17ウルトラ5番目の使い魔 63話 (7/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:12:12 ID:feAcNe2A
 次男と三男も実はまんざらではなかった。まさかの恋煩いによる戦意喪失、何度も怪獣との戦いや戦争を乗り越えて、神経の太さを鍛えてきたトリスタニアの民たちも、これはさすがに意外すぎたようであっけにとられている。
 しかし、ここで空気を読まないのがミジー星人だ。ドルチェンコが、顔をそむけてうずくまってしまっているジャシュラインを指さして叫んだ。
「わははは、なんだか知らんが今がチャンスだぞ。それ、必殺光線だぁーっ!」
 だが、うんともすんとも言わず、ガラオンから光線が放たれることはなかった。
「どうした? それ、必殺光線だぁーっ!」
 繰り返すドルチェンコ。しかしやっぱり光線は発射されない。
 そのとき、モニターを凝視するドルチェンコの肩がチョンチョンと叩かれた。
「なんだ? 今忙しいんだ。必殺光線だぁーっ!」
 しかしやっぱり光線は放たれず、代わりにドルチェンコの肩が叩かれる。
 いったいどうしたというんだ? ドルチェンコが怒ってウドとカマを怒鳴りつけようと振り返ると、そこにはいつの間にかボッコボコにされて伸びている二人と、サングラスをかけた冷たい雰囲気の美女が立っていた。
「えーっと……ど、どちら様でしょうか?」
「……よくも私のワンゼットをこんな姿にしてくれたな。下等生物め、報いを受けさせてやろう!」
「ぎゃーっ!」
 こうしてドルチェンコもボコボコにされてしまった。しかし、いくらミジー星人たちが弱いとはいっても人間ばなれした強さだ。
 それもそのはず、この女は人間ではない。ワンゼットを作ったデハドー星人が、自身に代わって地球侵略を遂行するために作ったアンドロイドなのだ。かつて、ワンゼットを指揮するために内部に乗り込んで操縦していたが、ミジー星人がワンゼットの内部にぽちガラオンを潜り込ませて暴れさせたため、コントロールがめちゃくちゃになって消滅してしまっていた。しかし、ワンゼットがガラオンに再構成されたついでに復活したのだった。
 ミジー星人の三人をギッタギタにしたアンドロイドはガラオンのコントロール権を取り戻した。ずいぶん原始的な操縦方法だが特に問題はない。
 アンドロイドは、内臓レーダーによって付近にウルトラマンダイナの反応があることを察知した。自分の任務は失敗だが、ウルトラマンダイナの打倒はデハドー星のためになるだろう。アンドロイドは、自分の最後の存在意義を果たすために動き出した。
 操縦装置を握り、攻撃対象を地上にいるアスカに向けようとするアンドロイド。しかしそのとき、モニターにこちらを向いてきたジャシュラインの姿が映った。
「はっ……!」
 その瞬間、アンドロイドの電子頭脳にスパークが走った。
「な、なに、あのお方は……ああっ、メイン動力炉が異常発熱している。なんだ! 私に原因不明の異常をもたらす、あの美しい男性は!」
 
 胸を押さえてもだえるアンドロイド。
 なんと、デハドー星人の美的感覚ではジャシュラインが最高のイケメン男子に見えたのだ!
 
「えええええええええぇぇぇぇぇーっ!?」
 今度はミジー星人たちがおったまげる番だった。
 まさか、こんなことが。どうやら高度にプログラミングされたアンドロイドの頭脳が、作ったデハドー星人の嗜好をも再現してしまったようだ。なんという奇跡か。

18ウルトラ5番目の使い魔 63話 (8/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:13:10 ID:feAcNe2A
 アンドロイドは身もだえし、ガラオンの操縦どころではない。ドルチェンコは、この隙にガラオンを取り戻そうとしたが、そこへカマチェンコが割り込んで押しのけて、アンドロイドに熱く語りかけた。
「あなた、それは恋よ」
「コイ? 恋とはなんだ?」
「宇宙のあらゆる生命が繁栄するために、一番必要な尊いものなのよ。すごいわあなた、こんなところで新しい恋の誕生に出会えるなんて、私感動しちゃったわ」
 カマチェンコの熱い呼びかけに、アンドロイドもうなづいた。
「恋? アンドロイドの私が、恋だと」
「関係ないわ。恋は宇宙のあらゆる法則を超える最強の原理なのよ。あなたは今、アンドロイドを超えた存在になったのよ!」
「なんと、オオ……同志よ!」
 感動の涙を流しあうふたり。人は、男か女かのどちらかの心を持って生まれる。しかし、オカマは男と女の心を併せ持つことにより、通常の二倍。さらに魅惑の妖精亭での経験がさらにプラスされたことにより、さらに倍の四倍の説得力となった魂のパワーはアンドロイドの心をも溶かしたのだ。
 
 そして、愛の伝道師はひとりだけではなかった。
 初恋の衝撃を受け止めきれず、動揺し続けるジャシュライン。宇宙ストリートファイトで連勝街道を突き進んできた彼らも、恋という内なる敵を相手にはなすすべがなかった。
「俺様たちはいったいどうすればいいんジャジャ」
「もうぼくちんは戦えないでシュラ。あの子の笑顔を見ると、体から力が抜けるでシュラ」
「ワシたちはもうダメかもしれないでイン。忘れようと思っても忘れられないでイン! こんなのなら、死んだままでいたほうがよかったでイン!」
 街中に響くほどの声で弱音を叫ぶジャシュラインの姿は、けっこう滑稽なものであった。トリステイン軍は、さすがにこれに攻撃するのはどうかとためらっているし、アスカもここで変身したら自分のほうが悪者なんじゃないかと思ってためらっていた。
 しかし、恋煩いほどこじらせたらヤバいものはない。
「うぉぉぉ! こんな苦しいなら、もう生きてたくなんてないでシュラ!」
「こうなったら、この星の地殻を刺激して、なにもかもまとめて消し飛ばしてやるでイン!」
 そう叫ぶと、ジャシュラインは柱のように直立して高速回転をはじめた。そのまま土煙をあげながら地中に潜り始める。
 まずい、あいつパニック起こしてこの星ごと無理心中をはかる気だ。アスカはそれを止めるべく、ウルトラマンダイナへ変身しようとリーフラッシャーを掲げた。
 だがその瞬間、鋭く厳しい声がジャシュラインを叩いた。
「待ちなさい! 逃げようとしてるんじゃないわよ、この臆病者!」
 その針のように鋭く響く声に、ジャシュラインの動きがぴたりと止まった。
 誰だ? 相手を探すジャシュラインの目に、家の屋根の上に立ってきっと自分を見据えてくるジェシカの小さな姿が映った。
「お前かジャジャ? この俺様に向かって臆病者とはどういう意味だジャジャ!」
 いつの間にかジャシュラインのすぐ前にまでやってきていたジェシカを、ジャシュラインの巨体が見下ろしながら指さしている。

19ウルトラ5番目の使い魔 63話 (9/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:13:52 ID:feAcNe2A
 なにをしているんだ! 危ない! アスカや街の人々は口々に叫ぶが、ジェシカは毅然として叫び返した。
「ええ臆病者よ。自分の気持ちが整理できずに逃げ出そうしている奴を臆病者と呼んでなにが悪いの? そんなのじゃ、女房の愚痴をきくだけの酔っ払いのほうがマシよ。それでも男なの!」
 うぐっ! と、ジャシュラインが気圧されるほどジェシカの指摘は鋭かった。
 さすがは魅惑の妖精亭の看板娘。肝の太さが並ではない。人々が息をのんで見守る中で、ジェシカはジャシュラインを指さして言った。
「あなたみたいに、ケンカは強いけど肝心なときに勇気の出せない男っているものよ。あなた、これまで女の子とまともに話したこともないんでしょ。違う?」
「うっ、確かにぼくちんたちは宇宙ストリートファイトに明け暮れる毎日で、女の子と会う機会なんかなかったでシュラ」
「でしょうね。だから、いざ理想のタイプに巡り合えたらどうしていいかわからなくなったのね。けど、それは恥じることじゃないわ。男も女もね、それは誰でも一生に一度は勝負に出なくちゃいけない場所なのよ。それがどんな戦場より勇気が必要な瞬間だったって言う人を、私は何人も見てきたわ。あなたは今、人生で最大の戦場に立っているのよ、それはむしろ光栄に思うことなんだわ」
「これが、人生で最大の戦いだっていうんでイン? ワシにはわからんでイン。こんな戦い、想像したこともなかったでイン」
「大丈夫、恋の戦いは誰にでもできるわ。その戦い方を、私が教えてあげる。それはとても、楽しいことでもあるんだかね」
 しだいに声色を優しく変えながら諭すジェシカの話に、ジャシュラインは自然に聞き入っていっていた。
 ただの少女が、見上げるばかりの巨大怪獣を諭している。魅惑の妖精亭のほかの少女たちは、どうしてジェシカが店の不動のナンバーワンなのかを改めて理解し、街の人々も。
「女神だ、女神様がいる……」
 と、あがめるようにジェシカを見つめ、そのうちの幾割かは近いうちに魅惑の妖精亭に行こうと決意していた。なお、ここまでジェシカが計算していたかはさだかではない。
 ジェシカの教えで、ジャシュラインはこれまで知らなかった未知の世界への扉を開いていった。
「俺様はこれまで生きてきて、こんな気持ちがあるなんて知らなかったジャジャ」
「宇宙ストリートファイトで名を売ることだけを喜んできたでシュラが、世の中は広いものでシュラ。なんかもう、メビウスへの復讐とかどうでもよくなってきたシュラ」
「それで、ワシらはどうすればこのくるおしい気分から逃れることができるんでイン?」
「そんなの決まってるわ、告白するのよ」
「こっ」
 
「告白ジャジャ!?」
「告白でシュラか!?」
「告白だとイン!?」
 
 三兄弟が同時にうろたえた声をあげた。しかし、ジェシカは畳みかけるように告げる。
「告白よ! あなたの思いをまっすぐに相手に伝えるの。そうしないと、あなたたちは永遠に後悔したまま生きることになるわ。そしてそれは、あなたたちに本当の勇気があれば必ずできるのよ」
 ジェシカは魅惑の妖精亭で、何人ものさえない男が未来の女房を捕まえるために背を押したように、力強く、太陽のような笑みで告げたのだった。

20ウルトラ5番目の使い魔 63話 (10/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:14:26 ID:feAcNe2A
「で、でもワシらみたいなのが、あんな美人に気に入ってもらえるなんて思えないんでイン」
 ちらりとガラオンのほうを振り向いて三男が弱音を吐いた。しかしジェシカは自信たっぷりに言う。
「大丈夫よ、あなたたちだっていい男なんだから、きっとうまくいくわ。この私が保証してあげる。さあ、男になるのは今よ!」
 ジェシカの励ましに、ジャシュラインは勇気を奮い立たせた。
 何者からも逃げない宇宙ストリートファイターのプライド。いや、男だろと言われて、ここで引き下がったらもう二度と自分は誇りを持てなくなってしまうに違いない。
 恐る恐る立ち上がろうとするジャシュライン。だがその前に、スカロンがやってきてジャシュラインに花束を差し出した。
「これを持っていきなさい。女の子のハートを射止めるのに、花は無敵のアイテムなのよ。このミ・マドモアゼルもそうしてお嫁さんをゲットしたの。頑張ってね、チュッ」
「かたじけないでシュラ。お前みたいなハンサムに言われると、少し勇気が出てくるでシュラ」
 あのミ・マドモアゼルがハンサム? やはり宇宙人の美的感覚は人間には理解しづらそうだ。
 人間の標準では大きな花束もジャシュラインのサイズでは指先で摘まめる程度しかない。しかし、それでもジャシュラインは勇気を振り絞ってガラオンへと一歩一歩歩いていった。
 
 そしてガラオンのほうでも、アンドロイドが近づいてくるジャシュラインを見て困惑していた。
「あ、あわわわ、あのお方がやってくる。わ、私はどうすれば」
「落ち着いて、逃げちゃダメ。こういうとき、女は落ち着いてどっしりと待っていなくちゃいけないの」
 カマチェンコがアンドロイドをはげまし、後ずさりしかけたガラオンは止まった。
 ドルチェンコとウドチェンコは完全に蚊帳の外で、事の成り行きを見守るしかできないでいる。
 
 全トリスタニアの人々が見守る中で、ジャシュラインとガラオンの距離が一歩ずつ近づいていく。
 しかし、もう少しというところでジャシュラインの足が鈍った。やはり、最後の最後でためらってしまったようだ。体の主導権を示すランプが点いたり消えたりを繰り返しているところを見ると「お前行けジャジャ」「お前行けシュラ」「いやいやお前がいけでイン」と、体の押し付け合いをしているのかもしれない。
 だがそこで、スカロンを先頭に街中から声があがりはじめた。
「がんばれーっ」
「がんばれーっ!」
 応援する声はどんどんトリスタニアの全体へと拡散していき、ついには王宮を含めたトリスタニア全体から響き渡っていた。
「がんばれーっ、がんばれーっ!」
 いまや声の主は数万にもなるだろう。ノリのいい市民たちであった。

21ウルトラ5番目の使い魔 63話 (11/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:15:06 ID:feAcNe2A
 数えきれないほどの声に応援されて、ジャシュラインはついに決意した。ここで逃げたらもう二度と自分は男を名乗れない。兄弟三人で三つのランプを点灯させ、ガラオンの前に立ったジャシュラインは花束を差し出して深々と頭を下げた。
 
「お願いだ!」
「俺様と」
「ぼくちんと」
「ワシと」
 
「付き合ってくれジャジャ・シュラ・イン!」
 
 一瞬の静寂。そしてガラオンから、アンドロイドの声で感極まったような返事が響いた。
 
「喜んで。私なんかでよろしければ」
 
 そして、声にならない歓喜の叫びがジャシュラインから放たれ、トリスタニア中に響き渡った。
 次いで贈られる、街中からの祝福の声。始祖ブリミルよ、見ていてくださいますか、今ここに新しいカップルが誕生いたしました。
 愛を確かめ合い、抱きしめあうジャシュラインとガラオン。
「こんな嬉しい日は初めてジャジャ。絶対にお前を離さないジャジャ」
「なんて幸せ。私が、こんな感情を持つときが来るなんて。これもあなたのおかげです」
 アンドロイドは、かつてのワンゼットのときと同じように機体と同化を始めていた。もうすぐ彼女はガラオンと一体となることだろう。
 カマチェンコは、もう私たちは邪魔ものね。と、ウドチェンコと、未練がましいドルチェンコを連れてガラオンを降りていった。
 もはやジャシュラインには悪意はない。守るべきものを手に入れた彼らは、温かく祝福する人々に見送られてガラオンとともに宇宙へと去っていった。
 
「この星のみんなーっ、ありがとうでシュラ。この恩は一生忘れないでシュラ」
「ワシたちはこれからは愛に生きるでイン! さらばでイーン!」
 
 青い空に消えていくふたつの影。「ジャジャ」「シュラ」「イン」という幸せそうな声が、最後に人々の耳を通り過ぎていった。
 アスカの手元には、結局最後まで使えなかったリーフラッシャーが寂しく残っている。けれど、これでよかったのかもしれない。「まっ、いいか」と気持ちを切り替えたアスカは、朝飯を食いに踵を返すのだった。
 
 一方、ミジー星人たちはどうしたのだろう?
 ガラオンを失い、お尋ね者の彼らが街中に現れたとき、彼らは当然とっ捕まった。

22ウルトラ5番目の使い魔 63話 (12/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:16:00 ID:feAcNe2A
「ああああ、もうダメだ、お終いだ。このまま死刑になってしまうんだ」
「儚い人生だったなあ……」
「しかたないわね、もうこうなったら覚悟決めましょ」
 それぞれ縄でグルグル巻きにされる中で連行されていくが、それを救ったのはまたしてもジェシカだった。
「やあ、ドルちゃん、ウドちゃん、カマちゃん、ご苦労様。いい仕事だったわよ」
「へ? なにが」
「そりゃ、作戦成功ってね。ジャシュラインちゃんが現れるのを予感して、あの秘密兵器を取りに行ってたんでしょ。敵をあざむくにはまず味方からってね。そういうことだから衛士さん、こいつらを離してあげてもらえるかしら」
 と、いうふうに片づけてしまったのだ。
 少し考えれば、すぐ何か変だなということには気づくだろうが、このときはまだ衛士も興奮が残っていて判断力が鈍く、ジェシカはそこを勢いで切り抜けてしまった。それに、仮に多少は疑問を抱いたとしても、今や街中から女神のようにあがめられているジェシカの言葉にやすやすと逆らえるわけもない。
 こうして三人組は簡単に無罪放免ということになり、むしろなかば英雄扱いにさえなってしまった。
「俺、ウルトラマンよりジェシカちゃんのほうが怖く思えてきた」
「そうよねえ。あの子だけは敵に回しちゃいけない気がするわ」
 ウドとカマは、底知れない恐ろしさをジェシカに感じて体を震わせるのだった。
 もっとも、ジェシカは過ぎたことは気にも止めてはいない。いつもどおりの陽気さで、三人組に向けて言い放った。
「さあ、今日はとんでもなく忙しくなるわよ。三人とも、お客さんは待ってくれないんだからね!」
「ラジャー!」
 雇い主と従業員に分かれ、こうして彼らは元の生活へと戻っていった。
 その日、魅惑の妖精亭がかつてない繁盛を見せたのは言うまでもない。

23ウルトラ5番目の使い魔 63話 (13/13) ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:16:37 ID:feAcNe2A
 ついでに、三人組の処遇についてアスカはその後、なんやかんやで「しょうがねえな」と、あきらめたらしい。
 
 
 こうして、騒動は終わった。平和は戻り、事件は人々の記憶の中に刻み込まれて過去に去っていく。
 そして、あの黒幕の宇宙人もまた、やれやれと息をついていた。
 
 
「さて、いかがでしたか皆さん。お楽しみいただけましたか? 私はどっと疲れましたよ」
 
「いやはや、私もそれなりに生きてきたつもりですが、宇宙は広いですねえ……そして愛。私には理解しがたいものですが、生物の感情が生み出す力、なんとすさまじいものでしょうか」
 
「ウフフ、俄然やる気が湧いてきましたよ。今回は失敗でしたが、次は本当の意味でのスペクタクルをお送りすることをお約束しましょう。おや? また失敗しろですって? いやいや、それはないですよ」
 
「では、ごきげんよう。次のパーティの上映にも必ずお招きしますのでお楽しみに。フフ、ご心配なく。私はこれでも約束はちゃーんと守るタイプですから」
 
 こうして宇宙人は、新たな企みを進めるために去っていった。
 ただし忘れてはいけない。愉快な姿を見せることがあっても、この宇宙人の本質は悪辣で卑劣であることを。
 また遠からず、奴はなにかの悪だくみを抱えて現れるだろう。
 しかし、平和で満ち足りた時間。それは、確かに今ここにあった。
  
 
 続く

24ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/08/30(水) 13:17:28 ID:feAcNe2A
以上です。ゼロの使い魔はラブコメ。

25ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/31(木) 00:28:13 ID:05VGcVdc
5番目の人、乙です。私の方の投下を始めさせてもらいます。
開始は0:32からで。

26ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/31(木) 00:32:23 ID:05VGcVdc
ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十四話「闇が来る」
炎魔人キリエル人
炎魔戦士キリエロイド
超古代尖兵怪獣ゾイガー 登場

 ブリミルたちの村の上空に浮かび、その不気味さで村の人々を脅かしているキリエル人の
ゆらめく姿を、才人は奥歯を噛み締めながらにらみつけた。
「やっぱり……あいつか……!」
 この時代からしたら遠い未来だが、才人にとってはほんの二日、三日前の出来事。ロマリアで
いきなり襲いかかってきた怪人そのものである。まさか六千年前の時点で既にハルケギニアにいて、
こうしてブリミルたちを脅かしていたとは。
 キリエル人はおびえている村の人間全員に向けて、高圧的に言い放ち続ける。
『この世界はもうじき闇によって滅びる。貴様ら愚かで無力な人間を救うことが出来るのは、
我々キリエル人だけである! 今すぐに我々にひざまずいてしもべにあることを誓うのだ! 
さすれば救いの道は開かれる!』
 その言い分に、外にいる村の住人は皆一様に困惑する。
「そんな勝手なことをいきなり言われても……」
「俺たちはあんたのことを何も知らないんだぞ! それでしもべになれだなんて無茶な……!」
 尻込みしている人間たちに、キリエル人は苛立ったように怒鳴り散らした。
『黙れ! 貴様ら下等な人間に選択の余地はない。貴様らに与えられた道は、キリエル人を
崇め忠実なる下僕となることだけだ!』
 一方的に言いつけるキリエル人に強く反論する者たちが現れる。誰であろう、ブリミルと
サーシャだ。
「そんな勝手な要求は呑めない! ぼくたちにはぼくたちの信仰があり、生活がある。いきなり
出てきたあなたの言いなりになるなんてことは御免だ!」
「わたしはこの村の者じゃないけど、一つだけ言ってやることがあるわ。あんた何様なのよ! 
礼儀ってものの意味を調べてから出直してきなさい!」
 二人の発言に、キリエル人はますます不興を募らせているようであった。
『愚か者どもが! 己らの矜持の方が、命より大事だとでも言うのか! キリエル人の救いを
受けなければ、お前たちはこの世界とともに滅亡するのだ!』
 その言葉にもブリミルが言い返す。
「ぼくたちはその滅びとかいうのを阻止するために頑張ってるんだ! それに光の戦士たちも
力を貸してくれている。世界を滅ぼさせたりはしないぞ!」
 光の戦士、という単語に、キリエル人の怒りのボルテージはマックスになったようだった。
『よりによってウルトラマンを頼りにしようなどとは……愚行の極致! あまりに罪深い! 
もはやその罪は、我が聖なる炎でないと清められぬぞぉッ!』
 喚きながら、キリエル人は火炎を飛ばして村のテントを焼き始めた!
「きゃあああああああッ!?」
 一気に巻き起こる悲鳴。メイジたちは慌てて水の魔法で消火に掛かるが、火災の勢いは
凄まじく、またキリエル人が次々に火を放つので手が足りない。
「やめろ! 暴力に訴えるんだったらこっちも……!」
 キリエル人へ杖を向けるブリミルだが、すぐに小さくうめく。
「くッ、呪文詠唱が間に合うか……!」
「あの高さじゃさすがに剣が届かないわ! 誰か、弓持ってない!?」
 サーシャが弓を求めるが、それが届けられる前にブリミルたちの先頭に立つ者があった。
「いい加減にしろよ! このエセ救世主、いや救世主気取りの大馬鹿野郎!」
 もちろん才人だ。
『何だと……!?』
 正面から罵倒されたキリエル人はすぐに顔色が変わる。
「お、おいきみ! 危ないぞ!?」
「いや待った! 彼なら恐らくは……!」
 メイジの一人が泡を食って才人を止めようとしたが、ブリミルが神妙な面持ちで制止した。

27ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/31(木) 00:35:11 ID:05VGcVdc
「守る相手に暴力を振るって言うことを聞かすなんて馬鹿もいいところだ! お前の本性は
神でも何でもない、ただの底抜けのわがまま野郎じゃねぇか! 自分の振る舞いが物語ってるぜ!」
 才人の遠慮のない非難の言葉に、キリエル人は怒りの矛先を全て彼に向けた。
『おのれ、キリエル人に向かって何たる口の利き方……地獄の炎で焼かれて己の罪を思い知れッ!』
 才人へと灼熱の火炎を猛然と放ってくるキリエル人!
 だが才人はスパークレンスを掲げて、その光で火炎を打ち払った!
『その光はッ!? そういうことか……!』
 一瞬驚愕したキリエル人だが、すぐに察してこれまで以上の怒気を纏う。
『ウルトラマン! 全ては貴様らのせいだ……! 貴様らの存在が愚かな人間どもを惑わせるのだ! 
おこがましいと思わんのか!』
「ほざけ! お前がどう思おうが知ったことじゃねぇ! 俺がすることはただ一つ……お前の
暴力からこの人たちを守ることだけだッ!」
 言い切って、才人はスパークレンスを高々とかざした。すると先端の翼型の意匠が左右に開き、
まばゆい閃光が発せられる!
「ヂャッ!」
 光とともに、才人の身体はたちまち巨躯なるウルトラマンティガへと変身する。
「おおッ!?」
「あれはまさしく、光の戦士……! あの少年がッ!」
 メイジたちの間でどよめきが起こった。一方のキリエル人は、ティガになった才人を激しく
ねめつける。
『よかろう。見せてやろう、キリエル人の力を! キリエル人の怒りの姿をッ!』
 キリエル人の足元の地面が突如ひび割れ、マグマの噴出のように火炎が噴き上がると、
それとともにキリエル人の姿が変化。ティガと同等の体格の怪巨人へと変化した!
「キリィッ!」
 現代のハルケギニアで戦ったのと同じキリエロイド。しかし顔はあの時の笑い顔とは違い、
泣き顔のように見える。
「タァーッ!」
「キリッ!」
 すぐにティガとキリエロイドの決闘が開始される。ティガの先制の拳をキリエロイドが
腕を差し込んで止め、ボディにパンチを入れる。
「ウッ!」
「キリッ! キリィッ!」
 ひるんだティガにキリエロイドの猛攻が仕掛けられる。スピーディーな回し蹴りの連発からの
側転キックという、流れるような連続攻撃にティガは身を守るので手一杯になる。
 キリエロイドの軽やかな身のこなしから来る絶え間ない攻めには反撃の余地がない。しかし
才人も既にキリエロイドと戦って、その動きが分かっているはずだ。それに目の前の相手からは、
以前ほどの力は感じられない。
 では何故苦戦しているのか。
『くッ……やっぱり身体を思うように動かせねぇ……!』
 それはもちろん、ティガの肉体に慣れていないからである。もう長いことゼロとして戦って
来たので、その身体能力に慣れ切った分、違うウルトラマンのスペックに逆に対応できていないのだ。
「キリィーッ!」
「ウワァァァッ!」
 キリエロイドの火炎弾が直撃し、大きく吹っ飛ばされるティガ。このまま押し切られてしまうのか?
『くッ、くそぉッ……!』
 よろめきながら身を起こすティガ。その時に、その耳にブリミルたちの応援の声が届く。
「がんばれ! 立ち上がってくれサイトくん!」
「しゃんとしなさい! 光の戦士はその程度じゃへこたれないはずよ! わたしたち何度も
見てるもの!」

28ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/31(木) 00:37:45 ID:05VGcVdc
『ブリミルさんたち……!』
 わぁわぁと声を張り上げて応援してくれるブリミルたちに、ティガは目を向ける。
「ぼくは信じてるよ! 光の戦士は何も言わないが……とても優しく、勇敢な人たちだとね! 
きみたちこそが、この世界を救ってくれる勇者だ! ぼくたちも戦う、だから負けないでくれ!」
『……!』
 ブリミルの激励の言葉に、才人の心が沸き上がる。
「キリィィィッ!」
 一方でキリエロイドは苛立ちを募らせたかのように、ブリミルたちへと火炎を飛ばして攻撃する!
「うわぁぁぁッ!」
 ブリミルたちの窮地! ……しかし、火炎は途中でさえぎられて、彼らには届かなかった。
「ハッ!」
 瞬時にスカイタイプに変身したティガが超スピードで回り込んで、その身で火炎を打ち払ったからだ!
「おぉッ! 光の戦士が、守ってくれた!」
「サイトくん……!」
「やるじゃないの」
 ブリミルたちが歓喜し、サーシャはティガの背中に苦笑を向ける。
「タァーッ!」
 今度はティガの反撃の番だった。スカイタイプのスピードを活かしたラッシュを仕掛け、
キリエロイドを押していく。キリエロイドも迎え撃つものの、徐々にティガの動きのキレが
増していき、少しずつ防御が追いつかなくなっていく。
「キッ、キリィ!?」
 ティガの動きがどんどん良くなっていくことにキリエロイドは困惑していた。
 才人はブリミルたちの応援によって心が震え、かつ戦いながらティガの身体能力に順応
しているのだ。戦いながら成長している! こうなったからには、最早完全にティガの流れである。
「タァッ!」
「キリィッ!」
 ティガのハイキックがキリエロイドを蹴り飛ばす。そして距離を開けたところで、カラー
タイマーに添えた腕を伸ばして青い光線をキリエロイドの頭上に放った。
「ハッ!」
 光線が弾け、白い煙のようなものがキリエロイドの全身に降りかかる。するとキリエロイドが
たちまちにして頭の天辺から足のつま先に至るまで凍りついていく!
「キリ……!?」
 ウルトラ戦士には珍しい冷却攻撃、ティガフリーザーだ! キリエロイドは全身氷漬けに
なってしまい、一歩も身動きが取れなくなった。
「フッ!」
 今こそが絶好のチャンス。マルチタイプに戻ったティガは胸の前で交差した両腕を左右に
大きく開いて、同時にエネルギーを最大にチャージ。そして腕をL字に組んで必殺の攻撃を
繰り出す!
「タァッ!」
 ティガの最大の必殺技、ゼペリオン光線が炸裂! キリエロイドは一瞬にして粉々に砕け
散って消滅したのだった。
「おおおおおおおッ! 勝ったぁッ!」
「やったぞぉーッ!」
 ティガの逆転勝利に村の人々は一斉に歓声を発した。ブリミルとサーシャも満足げにうなずく。
 ……しかしキリエロイドが砕け散っても、キリエル人が完全に消滅した訳ではなかった。
ほとんどのエネルギーが飛び散りながらもどうにか生き長らえ、生命の保存のために人知れず
異次元に逃れていく。
『おのれ……よくもやってくれたな……! この恨みは決して忘れん……。たとえ何千年
経とうとも、再び相まみえたその時には、より強めた怒りの姿によって復讐をしてくれる……!!』

29ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/31(木) 00:40:13 ID:05VGcVdc
 恨み節を残して、キリエル人はこの世界から退散していった。
「フッ……」
 そんなことは知らずに、ティガは変身を解いて才人に戻ろうとしたのだが……不意に嫌な
気配を感じ取って後ろに振り返った。
「フッ?」
 そして驚愕する。視線を向けた先の背景が……徐々に真っ黒い闇に塗り潰されていくのだ! 
決して夜の闇ではない。もっと恐ろしい……生存本能が非常に危険なものだとの警告をガンガン
鳴らす。
「な、何だあれは!?」
 ブリミルたちも闇に気がつき、恐れおののく。彼らもまた、迫る闇が大変危険なものだと
いうことを直感で理解していた。
「ハッ!?」
 ティガ=才人は、キリエル人の「闇によって滅びる」という発言を思い返した。
『まさか……もう来るってのか!?』

 ――現代のハルケギニア。教皇の即位記念式典が行われるアクイレイアはガリアとロマリアの
国境付近に存在する。アクイレイアからわずか北方十リーグのところには、火竜山脈を南北に
突き破る街道があり、そこに国境線が敷かれている。
 その名も虎街道(ティグレス・グランド・ルート)。直線で十数リーグもの長さになる、
ロマリア東部からガリアへ通ずる唯一の街道だ。左右を切り立った崖に挟まれていて昼でも
薄暗い土地であるため、昔は人食い虎や山賊などの被害が相次いだ記録が残っている。
それ故の物々しい通称だが、整備が進んで安全が確保された今では常に商人や旅人が行き交う、
ハルケギニアの主街道の一つに数えられている。
 だが、そんな虎街道のガリア側の関所では、ある揉め事が発生していた。
「通れねぇ? お役人さん、どういう了見だい?」
 ロマリアの祝祭ももう目前だというのに、関所の門が固く閉ざされ、誰一人としてロマリアへと
通行できないでいるのである。式典に参加するためここまで旅をしてきた者たちは当然ながら困惑し、
一様に関所を管理する役人に説明を求める。
 だが、役人からの回答はたった一つだけ。
「通れぬものは通れぬのだ。追って沙汰があるまで、待っておれ」
 当然そんな答えにならない答えでは納得がいかない。商人の一人は殺気立ちながら詰め寄った。
「おい、待ってくれよ! 明日の晩までにこの荷をロマリアまで運ばないと、大損こいちまう! 
それともなんだ、あんたが代わりに荷の代金を払ってくれるとでもいうのか?」
「バカを申すな!」
 一喝する役人だが、街道の利用者たちからは次々に不満の声が噴出した。
「教皇聖下の即位三周年記念式典が終わってしまうだよ! この日をわたしがどれだけ楽しみに
していたのか、あんたたちに分かるもんかえ!」
「サルディーニャに嫁いだ娘が病気なんだよ」
 役人はそれを抑えつけようととうとう杖を構えた。
「わたしだって知らん! お上からは、街道の通行を禁止せよ、との命令以外、何も受けて
おらんのだ! いつになったらこの封鎖が解かれるのか、わたしの方が知りたいくらいだ!」
 全く以て要領を得ない役人の言葉に、集まった人々が顔を見合わせる。
 その時、一人の騎士が役人の元に駆け込んできた。
「急報! 急報!」
「どうなされた?」
「リュティスより未確認の……!」
 馬から降りるのももどかしく、手綱を放り投げたままでの息せき切った報告であったのだが……
それよりも早く、その未確認の「何か」は、空の彼方より虎街道上空を横切っていった。

30ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/31(木) 00:42:21 ID:05VGcVdc
「ピアァ――――ッ!」
 それは、巨大な鳥だったのか? それとも竜だったのか? あまりに速すぎて街道の人間の
目では全く見えなかった。分かったのは二つだけ。フネなどでは断じてないこと、そして……
何体も街道上空を通過して、ロマリア方面へと飛んでいったことだ。
「な、何だ? 今のは……」
「リュティスから来たって? あんなものすごい速さの、何かが……」
 事態がまるで呑み込めずに、利用者たちは先ほどまでの喧騒が一転して呆然としていた。
 だが……彼らの背筋を、急にひどく寒いものが駆け抜ける。
「な、何だ……? この感じは……」
「何か、すごく嫌な感じが……」
 唖然と空を見上げたままの人間たちの目に飛び込んできたのは……飛行物体の進行ルート上を
たどるように、ロマリアへと移動する――と言うべきなのだろうか――「暗闇」としか言いようの
ないものであった。
「ひやあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」
 この場にいた人間は全員、恐怖の絶叫を発して腰を抜かしたり、その場にうずくまって
がたがた震えたり、必死に物陰に身を潜めるようにして息を殺したりと恐怖に駆られた
反応を示した。――彼らの本能が、あの「闇」が、人食い虎などとは比べものにならないほど
危険で恐ろしい、おぞましいものだと感じ取ったのだ。
 その「闇」は、関所の人間にはまるで無関心かのようにそのまま通り過ぎていった。「闇」が
完全に去って、人間たちの恐怖心はようやく消えたのである。
 役人は未だ冷や汗まみれの顔でつぶやいた。
「一体、何が始まるというんだ……」
 そのひと言が発せられたのと――ロマリア領空を警護するロマリア艦隊が、先に超高速で
飛んでいった飛行物体の集団――超古代の怪獣ゾイガーの群れに壊滅させられたのはほぼ同時であった。
 そしてゾイガーの露払いが済んだのを見計らうように、「暗闇」は確実にアクイレイアへと
近づいていったのである……。
「プオオォォォォ――――――――!!」

31ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/31(木) 01:08:44 ID:05VGcVdc
以上です。(終了宣言出来てなかった…)
ある種のタイムパラドックス。

32ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:30:46 ID:uPUZJleA
ウルトラマンゼロの人、投稿お疲れ様です。
さて、皆さん今晩は。無重力巫女さんの人です。もう夏も終わりですね。

特に変な事が無ければ、21時33分から八十六話の投稿を始めたいと思います。

33ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:33:09 ID:uPUZJleA
 ハルケギニアの主要都市の水道設備は、思いの外しっかりしているという事を知ってる人間は少ない。
 場所にもよるが井戸から汲んだ水を直接飲める場所は多く、良質な水が飲める事を売りにしている土地もある。
 およそ五百年前までは水まわりの環境は酷く、伝染病の類が発生したらそこから調べろとまで言われていた程だ。
 そうした病気を防ぐため当時の王族は貴族たちに命じて研究させたところで、ようやく今の状態にまで漕ぎ着けたのである。
 今では主な都市部には大規模な下水道が造られ、生活排水などはそこを通ってマジック・アイテムを使った処理施設へと辿りつくようになっている。
 マジック・アイテムの力で浄化された生活排水は比較的綺麗な水となって地下の川から海の方へと流れていく。
 最も最初に書いたように、それを知っているという人間は恐らく義務教育を受ける貴族ぐらいなものだろう。
 その貴族でさえも、下水道はともかく各都市に必ず存在する処理施設の場所を知っている者は殆どいないに違いない。
 都市部で生まれ育った平民ともなれば、水は綺麗なモノだと当たり前に考えている者さえいる。

 彼らはかつて水そのものが病気の塊と呼ばれ、怖れられていた時代の人間ではないのである。
 既に生まれた時から井戸の水は冷たくて美味しく、トイレは水洗式で清潔という幸せな時代の人間として生きているのだから。
 彼らにとって、水はもう自分たち人間の友達で怖くないという概念が当たり前になってしまっている。
 それは決して不幸な事ではないし、むしろあの世にいる先祖たちは良い時代になったと感心している者もいるだろう。

 だからこそ惹かれるのだろうか、近年肝試しと称して若い貴族や平民たちが下水道へ踏み込むという事件が増えている。
 大抵の者たちは自分たちの勇気を示すために、下水道へと足を踏み入れるというパターンだ。
 基本的に下水道へは町の道路にあるマンホールか、街中の川を伝った先にある暗渠を通れば入る事はできる。
 しかし、出入り口の明りがまだ見えている状態はともかく一時間も歩けばそこは地下迷宮へと早変わりする。
 時に狭く、時には広くなったりと道の大きさは変動し、更には処理されていない生活排水に腰まで浸かる場所まであるのだ。
 そうして当てもなく下水道を彷徨った挙句に方角を見失ない、気づいた時には闇の中。
 
 若い貴族達…それも゙風゙系統が得意な者がいれば何とか風の流れを呼んで無事に出られる事もあるし、
 平民の場合でも何とか地上のマンホールへと続く梯子を見つけて、命からがら脱出できた例もある。
 しかし殆どの者たちは混乱して下水道を走り回り、結果として更に奥深くへと迷いこんでしまう。
 更に錯乱して奥深く、奥深くへと潜り込んでしまい…そうして人知れず行方不明になった者たちが大勢いると噂されている。
 その噂が更に尾ひれを付けて人々の間を泳ぎ回り、いつしか幾つもの都市伝説が生まれ始めた。
 下水道に迷い込んだ若者を喰らう白い海竜や、地下に逃げ込んで頭が可笑しくなった殺人鬼が徘徊している…等々。
 噂話が好きな若者たちの間でそんな話が語られ、そこから更なる話が創作されて他の人々へと伝わっていく。
 そんな話を仲間たちと和気藹々と話す彼らはふと想像してしまうのだ、地下の下水道にいるであろう怪異の数々を。
 いもしない怪物たちの存在を否定しつつも、もしかして…という淡い期待を抱いてしまう。 

 だが彼らは知らないだろう。人口といえども明りひとつ無い暗闇という存在が、単一の恐怖だという事を。
 作り話と理解しつつも「もしかして…」という淡い期待を大勢の人々が抱く内に、その恐怖の中で゙架空゙が゙本物゙となり得るのだ。
 そしてもしも…その様な場所で何かしら凄惨な事件でも起これば―――゙本物゙は人々の前へと姿を現すだろう。


 その日のトリスタニアは、昼頃から不穏さを感じさせる黒雲が西の空から近づいてきていた。
 人々の中にはその雲を見て予定していた外出をやめたり、雨具を取りに自宅へ戻ったりしている。
 中には単に通り過ぎるだけと思い込む者たちもいたが、彼らの願いは惜しくも叶う事はなかった。

34ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:35:10 ID:uPUZJleA
 夕方になるとその黒雲から一筋の閃光が地面へと落ち、少し遅れて聞こえてくる雷鳴の音が人々の耳の奥にまで響き渡る。
 そして陽が落ちる頃には王都の上空をも覆い尽くした黒雲から雨が降り始め、やがてそれは大雨となった。
 雨具を持って来ていた者たちは落ち着いてそれを用意し、持っていない者たちは雨宿りのできる場所へと急いで非難する。
 
 街中にある小さな坂や階段はたちまちの内に小さな川となり、慌ててそこを通ろうとする者たちは足を滑らせ転倒してしまう。
 結果、急いで適当な店の中へ避難する人々の中にはより一層ずぶ濡れになっている者たちがいる。
 トリスタニアのあちこちに作られた人口の川は大雨で流れが激しくなり、茶色く濁った水となって下水道へと流れていく。
 もしも誤って川に転落しようものならば…少なくとも命は保証できない事は間違いないだろう。 

 日中の熱気が籠る王都を突然の大雨が冷やしていく様は、さながら始祖ブリミルの御恵みとでも言うべきか。
 なにはともあれ人々の多くはこの天からの恵みに感謝の気持ちを覚えつつ、自分の体を濡らさぬよう屋根の下に避難していた。

 夕方からの大雨で人々が慌てる中、一人の老貴族がお供も連れずにひっそりとチクトンネ街の通りを歩いていた。
 顔からして年齢はおよそ六十代前半といった所だろうか、白くなり始めている髭が彼の顔に渋みというスパイスを加えている。
 昼ごろの雲行きを見て大雨になると察していた為、持ってきていた黒い雨合羽のおかげで濡れる心配はない。
 時間帯と空模様に黒い合羽のおかげで通りを歩く他の人たちの注目を集める事無く、彼はある場所を目指して歩いていた。
 何人かはその貴族が気になったのか一瞬だけ見遣るものの、すぐに視線を前へ戻してスッと通り過ぎていく。
 どうせチクトンネ街を一人で歩く老貴族なんて、この街に幾つかある如何わしい店が目的なのだろうと考えているのかもしれない。
 
 老貴族としてはそんな゙勘違い゙をしてくれた方が、個人的に有難いとは思っていた。
 何せこれから自分がするのは、少なくともトリステイン人――ひいては貴族達からしてみれば到底許されない行為なのだから。
 だから時折すれ違う若い貴族たちが自分を気にも留めずに通り過ぎていく時には、内心ホッと安堵していた。
 そして…自宅を出て一時間ぐらい経った頃だろうか、ようやく老貴族はこの大雨の中目指していた目的地へと辿り着く事が出来た。

 そこはかつて、家具工房として開かれていた大きな工房であった。
 しかじかつでという過去形で呼ぶ通り、今ではチクトンネ街の一角にある廃墟となっている。
 十数年前に売上不振からくる借金を理由に経営者の貴族が首を吊り、そこから先はトントン拍子で倒産していった。
 今は看板すら取り払われて敷地に雑草が生い茂り、野良の犬猫たちが多数屯する無人の建造物と化している。
 何処かの誰かがこの土地を買ったという話も聞かない辺り、いずれは国が買い取って更地になる運命なのであろう。
 今ではホームレスたちの住宅街と化している旧市街地と比べれば、更地にしやすいのは明白である。
「さて、と…いつまでもここにいても仕方ない。…入るとするか」
 老貴族は一人呟くと入口に散らばったガラス片を踏み鳴らしながら、廃工房の中へと足を踏み入れる。
 …そして、彼は気づいていなかった。ゆっくりと入口をくぐる自分を見つめる人影の存在を。

 入り口から中へと入った老貴族は、まず工房内部が思いの外暗かったことに足を止めてしまう。
 別段暗いのは苦手ではないがここは廃墟だ、万が一何かに躓いて怪我でもしてしまえば厄介な病気に掛かるかもしれない。
「やれやれ…大切な用事の為とはいえ、わざわざこんな所にまで来る羽目になるとはねぇ」
 一人面倒くさそうに言うと、老貴族は腰に差していた杖を手に持つとブツブツと小さな呪文を唱え、ソレを振った。
 するとたちまちの内に小ぶりな杖の先端に小さくも強い明りが灯り、彼の周囲を照らしていく。

35ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:37:17 ID:uPUZJleA
 工房の内部は老貴族が想像していたよりも、人がいた頃の名残を遺していた。
 あちこちに置かれていたであろう道具や、工房から出荷する筈だった家具は当然持ち出されていたが、
 中は比較的綺麗であり、一目見ただけでは数十年モノの廃墟とは思えない程である。
 しかし、やはり廃墟と言うだけあってか荒廃している場所もあり、屋根の一部分が倒壊してそこから雨風が侵入している。
 老貴族は脱ごうと思っていた雨合羽をそのままに工房の中を歩き始めると、この廃墟の先住者たちとも遭遇した。
 雨が降っているせいか、この辺りに縄張りを持っている野良犬や野良猫といった動物たちが雨宿りの為集まって来ているのだ。

 猫の場合は元々人に飼われていたペットか、犬ならば山に棲んでいたのが餌を求めて山から下りて来たのか…
 その真相自体は今の貴族にとってはどうでもよかったが、こうまで数が多いと流石に気になってしまうものである。
 今歩いている長い廊下の端で寝そべっているのだけを数えても、犬猫合わせて十匹以上はいるような気がするのだ。
 こちらに見向きもせずに湿気た廊下に寝そべる犬を見てそんな事を思っていた彼は、ふとある扉の前で足を止める。
 今にも腐り落ちそうな木製のそれに取り付けられた錆びたプレートには『洗濯場』と書かれており、半分ほどドアが開いていた。
「……洗濯室。よし、ここだな」
 老貴族は一人呟くと律儀にもドアノブを握ってから、そっとドアを開けた。
 プレートと同じく、長い事風雨に晒されて錆びてしまっているソレの感触に鳥肌を立たせつつ洗濯室の中へと入る。
 
 そこはかつて工房で働く職人たちの服を洗っていた場所なのだろう。
 あちこちに外で使う為の物干し竿や洗濯物を入れる籠が乱雑に放置されて床に散らばり、
 室内に設置されたポンプから流れてくる水を受け止めていたであろう大きな桶は蜘蛛の巣で覆われている。
 窓ガラスは割れてこそいなかったものの酷いひび割れが出来ており、いずれは周囲に散らばってしまう運命なのだろう。
 しかし廊下とは違って犬猫はおらず、それを考えると微かではあるが大分マシな環境とも言えるに違いない。湿気さえ我慢できればの話だが。
「ふ〜ん……お、これか?」
 洗濯室へと入った老貴族は明りを灯す杖を振って部屋を見回すと、隅っこの床に取り付けられだソレ゙を見つける事が出来た。
 ゙ソレ゙の正体……――――それは大人一人分なら楽々と両手で開けて入れるほどの大きさを持つ鉄扉である。
 床に取り付けられた扉は正しくこの工房の下―――つまりこの街の地下へと直結している隠し扉なのだ。
 どうしてこんな工房の跡地に、そんな鉄扉が取り付けられているのかについては彼自身良くは知らない。
 自殺した経営者が地下に用事があったのか、元々地下へと続く道が大昔に作られていたのか…真相は誰にも分からない。
 とはいえ、彼にはそんな真相など゙この扉の先で済ます用事゙に比べれば実に些細な事である。
 その鉄扉こそ老貴族がここへ来た理由の一つであり、 その理由を完遂させるためには扉を開けて先に進む必要があった。

 いざ取っ手を掴んで開けようとした直前、老貴族はスッとその手を引っ込める。
 多少錆びてはいるものの、特に何の変哲もない取っ手なのだが何故彼は急にそれを掴むのを止めたのだろうか。
 その答えを知っている老貴族は思い出した様な表情を浮かべつつ、気を取り直すように咳払いをした。
「いかんいかん、すっかり忘れておったよ……え〜と、確か――」
 一人そんな事を呟きながら、一度は引っ込めた右手を床下の扉へ向けると、中指の甲で小さくノックし始める。
 コンコン…と短く二回、次にコン…コン…コン…と少し間隔を空けて三回、そして最後にコン…コンコン…コン!と四回。
 計九回も床下の扉から金属音を鳴らした老貴族はもう一度手を引っ込め、暫く無言になって扉を凝視する。
 ノックされた扉は当然の様に無言を貫いている…かと思われたが、
「………新金貨が六枚、エキュー金貨は?」
 突如としてその向こう側から、人――それも若い女性の声が聞こえてきたのである。

36ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:39:13 ID:uPUZJleA
「エキュー金貨は四枚、それ以上も以下も無い」
 老貴族は女性の声で尋ねられた意味の分からない質問に、これまたワケの分からない答えでもって返す。
 そこからまた少しだけ時間を置くと、今度は声が聞こえてきた鉄扉がひとりでに開き始めたのである。
 ギギギギ…と錆びた音を洗濯室を通り抜けて廊下まで響かせて、地下へと続く秘密のドアが周囲の埃を舞い上げて開く。
 老貴族はその埃を避けるかのように後ろへ下がると、ヒョコッと何者かがドアの下にある穴から顔を出した。
 それは頭からすっぽりとフードを被った、一見すれば男か女かも分からぬ謎の人影であった
 しかし老貴族は何となく理解していた。このフードの人物こそ先ほどドアの向こう側にいた女の声の主であると。

 フードの人影は老貴族の考えを肯定するかのように、彼の方へ顔を向けるとその口を開いた。
「…アンタが先ほど合言葉を言った貴族か?」
 影で隠れている口から発せられた声は高く、どう聞いても男の声には聞こえない、女らしい声である。
 だが老貴族のイメージするような一般的な女性像とは違い、その声色には短刀の様な鋭ささえ感じ取れた。
 老貴族は相手が女であるが決して只者ではないという事に内心驚きつつ、フードを被る女性へと気さくにも話しかける。
「うむ、左様。…この先にいる人物に渡したい物がある故にここまで来させてもらったよ」
「そうか、じゃあこちらへ。その人物が待っている場所まで案内する」
 ひとまずお愛想程度の笑みを浮かべる老貴族に対し、女性はその硬い態度を崩そうとはしない。
 まるでここが戦場であるかのように身を固くし、自分が来るのを待っていたのだとしたら彼女は゛その道゙のプロなのであろう。
 彼女の素性はまるで知らないが、自分へここへ来るよう要求したあの男はまた随分と頼りになる用心棒を雇ったらしい。
 女性の手招きで地下へと続く階段へと足を伸ばしながら、老貴族はほんのちょっと羨ましいと思っていた。

 杖の明りをそのままに老貴族が地下へと続く階段を降りはじめると、背後から何かが閉まる音が聞こえる。
 何かと思って振り返ると、自分にここへ入るよう手招きしたフードの女が再び扉を閉めた所であった。
 扉が閉まった事で元々暗かった地下への階段は更に暗くなり、老貴族の杖だけが唯一の灯りとなってしまう。
 まぁそれでもいいかと思った矢先、魔法の灯りで照らされているフードの女が懐から自分の杖を取り出して見せる。
 そして先ほどの老貴族と同じ呪文を唱えると杖の先に灯りが付き、地下へと続く道がハッキリと見えるようになった。

「……貴族だったのか」
「正確に言えば元、だけどな。今は安い給料と酒だけが楽しみな平民だ」
 意外だと言いたげな老貴族に対し、フードの女はそう答えて彼の横を通り過ぎる。
 ゙元゙貴族のメイジ…という事は何らかの事情で家を追い出されたか、もしくは家を潰された没落貴族なのだろうか?
 そんな事を考えつつも、自分に代わって先頭になった女の「ついてこい」という言葉に老貴族は再び足を動かし始めた。

 体内時計が正しく動いているのであれば、おおよそ二〜三分くらい階段を降りたであろうか。
 長く暗い階段の先にあったのは地上よりも遥かに湿度が高く、そして仄かに悪臭が漂う地下の世界だった。
 レンガ造りの壁と床でできた通路はそれなりに広く、ブルドンネ街の大通りより少し小さい程度の道が左右に作られている。
 天井から吊り下げられている魔法のカンテラがちょうど階段へと通じる出入り口を照らしており、妙に眩しい。
 思わず視線を右に向けると五メイル先にも同じようなカンテラが吊り下げられ、それがかなりの距離まで続いている。
 何の問題も無く作動しているマジック・アイテムを見て、老貴族はここが上の廃工房とは違い゙生きている゛事に気が付く。
 次いで思い出す、ちょうどこの地下通路がある地上の近くには、トリスタニアの下水処理施設ずある事を

37ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:41:13 ID:uPUZJleA
「ここは…処理施設で使われてる通路か」
「あぁ、処理施設の職員が問題発生時に下水道へ行く時に使うそうだ。右へ行けばそのまま施設まで行ける」
 老貴族の呟きに女は勝手に答えると杖を腰に差してから、左の方へと顔を向けて歩き始めた。
 足音を聞いて慌てて彼女の背中について行こうとした時、微かに水が激しく流れる音が聞こえてくるのに気が付く。
 鼓膜にまで響くその激しい濁流の音に恐怖でもしたのか、ふと足を止めて呟いてしまう。
「まさかとは言わんが、あの濁流の音が聞こえてくる場所まで行くのかね?」

 地上はあの大雨だ、水の流れは激しくなるだろうし音からして下水道は上より危険なのは間違いない。
 そんな心配を相手が抱くのを知ってか、女は振り向きもせずに彼へ言った。
「心配しなくても、下水道まで行く必要は無い。ここから少し先にもう一つの地上へ繋がってる階段の所が目的地だ」
「…ふぅ、そうかね」
「……怖いのか?あの濁流の音が」
 自分の言葉に思わず安堵のため息をついてしまう老貴族の姿を見て、彼女は無意識に口走ってしまう。
 言った後で流石に失礼だったかと思った女であったが、以外にも言われた本人は怒ってなどいなかった。
 むしろ怖いのか?と聞いてきた自分を不思議そうな目で見つめると、逆に聞き返してきたのである。
「じゃあ君は怖くないのかね?この脳の奥まで震えてきそうな濁流の音が」
「い、いや…確かに、この音が聞こえる場所までは行きたくはないが…」
 老貴族からの質問返しに思わず言葉を詰まらせつつもそう返すと、彼は「それで良い」と言った。

「本能で「恐い」と感じるモノを、自分のプライドが傷つくという理由だけで否定したら自分を裏切る事になる。
 キミ、それだけはしちゃあ駄目だぞ?そうやって自分を裏切ってたら本能が麻痺して、ここぞという時で命を落とすんだ」

 
 そこから更に十分程歩いだろうか、五メイル間隔の灯りを頼りに地下通路を進んでいると一人の男が壁にもたれ掛っていた。
 年は三十代くらいだろうか、明るい茶髪をまるで小さ過ぎるカツラの様に乗せているヘアースタイルは否応なしに目に入ってしまう。
 足元には小旅行などに適したバッグが置かれており、時折そちらの方へも視線を向けて動かぬ荷物の安否を気にしている。
 服装は街中の平民たちに扮しているつもりなのだろうが、周囲の様子に警戒している姿を見れば只者ではないと分かる。
 良く見れば腰元には杖を差している。子供でも扱いやすい様設計された、最新式の取り回しやすい指揮棒タイプだ。
 更に足を見てみれば木靴ではなく軍用のブーツを履いている。こんな場所では完全に扮する必要は無いという事なのだろう。
 男は老貴族と女の姿に気付くとスッと壁から離れ、右手を上げながら気さくな様子で女に話しかけた。
「よぅ、おつかいは無事果たせたようだな仔猫ちゃん」
「バカにするなよ三下。さっさと仕事に入れ、私がここまで連れてきてやったんだぞ」
「おいおーい、そんなにカリカリするなっての?…ったく、おたくらの゙ボズは厄介なヤツを紹介してくれたもんだねぇ」

 最初の方は女へ、そして最後は老貴族の方へ向けて男は軽い態度で二人に接してくる。
 女はそんな男へ怒りの眼差しを向けていたが、敬語を使っていなかった彼女にも涼しい表情を向けていた老貴族は相変わらず笑顔を浮かべていた。
 フードの中から睨まれている事に気が付いたのか、男は気を取り直すように咳払いをした後に足元のバッグを拾い上げた。
「ゴホン!さて、と…じゃあこんな辛気臭い所にいるのも何だし、さっさと本題に入っちまおうか」
 そう言って男はバッグを左腕に抱えると右手で取っ手を掴んでロックを外し、バッグの中身を二人の前に見せびらかす。
 まず最初に老貴族の目に入ったのは、大量のエキュー金貨が詰め込まれた五つのキャッシュケースであった。
 五列の内一列に金貨が十枚入っており計二百五十枚のエキュー金貨、下級貴族が家賃の事を心配せずに二年も暮らせる額だ。

38ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:43:21 ID:uPUZJleA
 バッグの中を覗き込む老貴族を見て、男は「スゲェだろ?」と自慢げに聞いてみる。
 しかし年相応の身分を持つ彼の気には少ししか召さなかったのだろうか、やや不満げな表情を見せて男に聞き返す。
「君゙たぢが支払うモノは金貨だけかね?そうだと言うのなら少し考えさせてもらうが…」
「…へっ!そう言うと思ったよ、けど安心しな?アンタが持ってきてくれだ商品゙の対価に見合う品は他にもある」
 老貴族からの質問に男は得意気に答えるとバッグの中を漁り、金貨が詰まったケースの下から四つの小さな革袋を取り出した。
 最初はそれが何だか分からなかったが、袋を目の前まで持ってこられるとそこから漂ってくる雑草の匂いで中身が何のかを察する。
「それは――――…麻薬か?」
 老貴族の問いに男はニヤリ、と卑しい笑みで返すと袋の口を縛っていた袋を解き、中身を見せる。
 革袋の中に入っていたのは乾燥させた何かの植物―――俗に乾燥大麻と呼ばれる麻薬であった。

「サハラの辺境地で栽培されて、エウメネスのエルフたちが作った純正品さ。ここまで運んでくるのも一苦労の代物なんだぜ?」
 まるでセールスマンにでもなったのかように饒舌になる男に、老貴族は今度こそ顔を顰めてしまう。
 女は最初から知っていたのか、フードに隠れた目から嫌悪感をハッキリと滲ませて男を睨んでいる。
「王都やリュティスでも中々お目に掛かれねぇ高級品だ、売っても一袋で入ってる金貨の倍は稼げちまう」
「……私は麻薬などやらない。持ってくる品物を間違えたな」
「おいおい固い事言うなって!…何もアンタ自身が吸わなくても、吸いたいってヤツは今やハルケギニアにはいくらでもいるだろ?」
 老貴族の反応に男は肩をすくめてそう言う。
 確かに彼の言うとおり、今や乾燥大麻…もとい麻薬はハルケギニアでちょっとした問題となっている。
 昔から特定の薬草を乾燥したり、粉末化する事でできる特殊な薬の類は存在していた。
 吸えばたちまち幸せな気分になったり、まるで鳥になって大空を飛び回るかのような高揚感に浸れてしまう。
 しかしモノによっては副作用が強い物もあり、時として服用者の命すら奪うような代物さえ存在するのだ。
 近年に入ってそうした薬物は毒物と定義づけられ、今では危険な嗜好品として取り締まり対象にまでなっている。
 
 男が持ってきたサハラの乾燥大麻も当然麻薬の類であり、持っている事が知られればタダではすまない。
 所持している事自体が犯罪であるが、何より麻薬というものは文字通り大金を生み出す魔法の薬なのである。
 幾つか小分けにして人を雇い、繁華街にあるような非合法的な風俗店の経営者に店で売ってもらうよう頼み込めば、喜んで店の金で取引してくれる。
 そして今バッグの中に入っている一袋分を丸ごと売るとすれば…男の言うとおりバッグの中に入っている金貨よりも稼げてしまうだ。
 この様に使っても良し、売っても良しという麻薬は犯罪組織等の商品道具にもなる為、厳しい取締りが行われているのである。
 仮に老貴族が持っていたとしたら良くて地位剥奪、酷い時にはチェルノボーグへの収監といったところだろうか。
 そして自分で使わず、誰かに売ってしまうと…結果的に購入者の命を縮める行為に加担してしまうのである。

「悪いがそれを貰う気にはなれん。…だが、私もここまできた以上は手ぶらというワケにはいかんのでな」
 だからこそ老貴族は首を縦に振らなかったが、からといってこのまま踵を返して帰るつもりはないらしい。
 男が差し出してきた麻薬入りの革袋を丁重にお断りした後、彼は自分の腰元へと手を伸ばす。
 マントで隠れていたベルト周りが露わになり、老貴族の腰に差さっているのが杖だけではないという事に女と男は気が付く。
 老人が取り出したるもの…、それは硬めの紐でベルトと結んでいる小さめの筒であった。
 ちょうどお偉い様が書いた様な書類を丸めてから入れるあの筒型の入れ物を見て、何をするのかと男は訝しむ。
 そんな彼の前で老貴族は筒を両手に持ち、右手に掴んだ部分を捻ってみせると…ポン!という軽い音を立てて筒が開く。

39ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:45:09 ID:uPUZJleA
 二人が見守る中で老貴族は口が開いた筒を二、三回揺らすと…中から丸めた数枚の羊皮紙が出てくる。
 かなり大きいサイズのそれを老貴族は男の目の前で開いて見せると、その紙に何が記されているのかがわかった。
「……!こいつは――」
「お前の゛ボズが喉から手が出るほど欲しがっていた空軍工廠の見取り図に、新造艦の設計図だ」
 驚く男に老貴族が続くようにして言うと、思わず女も男の持つ羊皮紙を肩越しに覗き見てしまう。
 たしかに老人の言うとおり、数枚の羊皮紙には建物の上から見下ろした様な図と軍艦の設計図が描かれている。
 本来ならばトリステイン軍部が厳重に管理し、持ち込み禁止にしている筈の超重要機密な代物だ。
 男とフードの女が軽く驚いく中、老貴族は肩を竦めながら話を続けていく。

「本来ならもっと欲しい所なのだが…私にこれを持っていくよう指示した男は絶対に渡す様言って来てな。
 だから…まぁ、その程度の金貨じゃあ不十分だが…乾燥大麻は抜いて金貨二百五十枚でそれと交換しようじゃないか。
 君たちぐらいの組織ならその見取り図と設計図さえあれば工廠に潜入して、艦の脆い部分に爆弾を仕込む事など造作ないだろう?…そう、」
 
 ―――――…君たち、神聖アルビオン共和国の者ならばね。

 老貴族が最後に呟いた組織の名前に、男…もとい今のアルビオンに所属するメイジはニヤリと笑って見せる。
 確かにこのご老体の言うとおりだろう。これだけの情報があれば上は間近居なく破壊工作を行うよう命令を出すだろう。
 上手く行くかどうかはまだ分からないが、成功すればトリステイン空軍へ致命傷に近い大怪我を負わせる事など造作もない。
「……へへ、アンタがそんなのを持ってきてるって知ってたら…金塊でも入れてくるべきだったかねぇ」
 男は名残惜しそうに言うとバッグから麻薬入りの革袋だけを取り出し、金貨だけが残ったソレを老貴族へと差し出した。
「こんだけスゲェ情報をくれたんだ、まだ追加で金が欲しいってんならこの女を通してアンタに渡すが…いいのかい?」
「別に構わんさ。既に老後の資金を蓄えすぎている身、持ち過ぎれば色んな人間に狙われる」
「そうかい?金なんて多くもってりゃ損はしないと思うが…」
 流石に対価に見合わぬ物を手に入れてしまったと感じている男の言葉に、老貴族は首を横に振りながら受け取る。
 そしてお返しに手に持っていた見取り図と容器の筒を差し出し、逆に男はそれを貰い受けた。
 金に対しそれほど執着心が無い老人を訝しみつつ、数枚の羊皮紙を筒の中に戻しながら男は言う。

「まぁこんだけ危ない橋を渡ってくれたんだ、クロムウェル閣下にはアンタの名前を伝えておくよ。
 あのお方は寛大だからねぇ、この国とのケリが着いた暁にはあんたにさぞ素晴らしい席を用意してくれるだろうさ」

 麻薬の入った革袋四つと見取り図や設計図が入った筒を両手に持った彼がそう言うと、老貴族は「期待しているよ」とだけ返す。
 この地下通路で怪しい男と出会った老貴族の目的はこの言葉を境に、無事に済ます事が出来た。
 老貴族の目的―――それはかつてレコン・キスタと呼ばれ、今は神聖アルビオン共和国と名乗る国の内通者になる事である。
 目の前にいる男はスパイとして王都に潜り込んだ者たちの内の一人であり、こうして内通者となった貴族達から金と引き換えに機密情報を買っているのだ。
 今のトリステインでは現王家に不満を抱えている者は少なくはなく、喜んで内通者となる者が多い。
 スパイたちも大分前に――タルブでの戦闘が始まる前から王都へと潜入しており、これまで内通者候補の貴族を探して説得を続けていた。
 途中トラブルが発生して仲間の一人が捕まったものの、未だ組織として王都で活動できるほどの力は残っている。
 そして今正に、トリステインにとって最も知られたくないであろう情報がスパイである彼の手に渡ろうとしていた。

40ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:47:09 ID:uPUZJleA
 それから少し時間を掛けて男は手に持った荷物に紐を使い、ベルトに括りつけていた。
 羊皮紙数枚が入った筒型容器はともかく、麻薬入りの革袋が意外に重くベルトがずり落ちかけているものの、
 とくに気にするこ素振りを見せないスパイの男は、両手が空いたことを確認してからジッと待機している女へと話しかけた。
「…それじゃあ、お互いここで別れるとしようか。…お前はこの内通者様を出口まで送ってやれ」
「分かった。……よし、戻るぞ。そのまま来た道を…」
 女は男の指示に頷いて、金貨入りのバッグを片手に持った老貴族と共に工房へ戻ろうとした直前―――。


「――――…動くなッ!!」
 突如、老貴族と女が通ってきた道の方から聞き慣れぬ男の鋭い声が三人の動きを止めた。

「…ッ!?な、なんだ…――ッ!」
 ベルトの方へ視線を向けていた男は突然の事に驚きつつ、慌てて顔を上げて前方を見遣る。
 老貴族と女も急いで後ろを振り向き、誰が自分たちへ声を掛けたのかその正体を探ろうとする。
 …声の主がいたのは五メイル後方…天井からの灯りに照らされたその姿は紛れもなくトリスタニアの平民衛士の姿をした男であった。
 常日頃王都の治安を守る者としての訓練を受け、昼夜問わず不逞な輩から街を守り続けている衛士隊。
 制服であり戦闘服でもある茶色の軍服に身を包み、その上から軽量かつ薄くて安価な青銅の胸当てを付けている。
 だからだろうか思った以上にその足取りは早く、あっという間に驚く三人との距離を縮めてきたのだ。
 男の年齢は四、五十代といった所だろうか、年の割にはまだまだ現役と言わんばかりの雰囲気をその体から放っている。
「衛士だと?一体どこから…―――――!」
「動くな!次に動けば右手の拳銃を撃つ、この距離なら杖を抜く前に当たるぞ!」
 老貴族が慌てて腰の杖を手に取ろうとしたのを見て、衛士は右手に持った拳銃の銃口をスッと向ける。
 火縄式の拳銃は引き金を引けばすぐに撃てる状態であり、それを見た老貴族は諦めて杖に近づけていた手を下ろす。
 そして改めて自分へ銃を向ける男を上から下まで見直してみると、衛士はかなりの武器を引っ提げて来ているようだ。
 衛士の男はその背中に年季の入った剣を背負っており、左手には右手のものと同じ拳銃が握られている。
 そして腰には杖の代わりと言いたいのか、左右に一丁ずつ予備の拳銃までぶら下げているではないか。
 これでは仮に銃撃を避けれたとしても、すぐに腰のソレを構えられて…バン!即あの世行きであろう。
 
 それに衛士の言うとおり、この距離では杖を抜いて呪文を詠唱するよりも先に拳銃を撃たれてしまう、
 良く他の貴族たちは拳銃を平民たちの玩具と嘲る事があるものの、実際はかなり厄介な代物だという事を知らない。
 剣や槍、同じ飛び道具の弓矢等と比べて撃ち方から装填までの訓練は比較的簡単なうえ子供であっても訓練さえすれば扱う事ができる。
 遠距離ならまだしも、数メイル程度の距離から撃たれてしまうとメイジは魔法を唱える暇もなく射殺されてしまうのだ。
 魔法衛士隊の様に口の中で素早く詠唱できる者ならまだしも、並みの貴族ならばその距離で撃たれてしまうとどうしようもない。

 過去、銃と言う武器を侮ったが故にその餌食となった貴族というのは何人もいる。
 それ故に、銃は平民達が持つ武器の中では断トツの危険性を持っているといっても過言ではない。

「んだぁこの平民?そんな拳銃いっちょまえにぶら下げて、魔法に勝てるとでも思ってんのかよ」
 老貴族はそれを知っているからこそ杖を手に取るのはやめたものの、もう一人の男は何も知らないらしい。
 背中を向けている為にどんな表情をしているかまでは分からないものの、その声色には明らかな侮蔑の色が混じっていた。

41ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:49:12 ID:uPUZJleA

 男は笑いを堪えているかのように言うと何の躊躇いもなく杖を抜き取り、勢いよくその先で風を切ってみせる。
 ヒュン…ッ!と鋭い音は威嚇のつもりなのだろうが、生憎相手が悪すぎたというしか無いだろう。
 時折街中で酔って暴れる下級貴族を止めている衛士の男にとって、杖を向けられても平然とできるほどの度胸は育っていた。
 衛士は前へ進めようとした足を止めて、その場で左手の拳銃を男の方へと向ける。
 
 老貴族には見えなかったものの、杖と拳銃が向き合う姿は正に貴族と平民の対決を表現しているかのようだった。
 もしも彼が撃たれるのを覚悟して振り向いてしまっていたら、きっとそんな事を口走っていたに違いないだろう。
 暫し二人の間に沈黙が走った後、衛士の男が杖を向ける 

「この距離で呪文を唱えて魔法を放てる暇はあるのか?やってみるといい、足に銃弾が直撃した時の痛みを教えてやる」
 そう言って衛士が自分の顔面に向けていた銃口を足へと向けるのを見て、男はせせら笑う。
「……へっ、へへ!てめぇ周りが見えてないのか?今この場に居る貴族は俺とそこの爺さんだけじゃねぇんだぜ」
 なぁ、仔猫ちゃんよぉ?男の言葉に、それまで手を出さずに静観していた女が一歩前へ歩み出る。
 頭からすっぽりと被ったフードで顔も分からぬ女がその右手に杖を握っているのを見て、衛士の男は目を細める。
 それを見て男は形成逆転と見て更に笑おうとしたが、その前に自分たちの仲間である彼女の異変に気が付いてしまう。

 フードの女は杖の先を地面へ向けたままであり、呪文を唱えるどころか杖を衛士に向けてすらいなかった。
「お、おいおい!?何してんだよ、早くその平民を始末しろよ!それがお前の仕事だろ!?」
 戦意を感じられない女に男は焦燥感を露わにして叫ぶものの、肝心の女はそれを無視しているかのように動かない。
 まるで最初から自分には戦う意思が無いと証明しているかのようだが、一体どういう事なのか?
 杖を相手に向けない女にここまで連れてこられた老貴族も訝しもうとしたところで、とうとう男が痺れを切らしてしまう。
「クソ―――…ゥオッ!?」
 平民の衛士相手に銃を向けられていた事と、自分の味方である女が動かないという事に焦ってしまったのか、
 こうなれば自分の手で…と考えた男が杖を構え直した直後、通路内に銃声が響き渡ると共に足元の地面が小さく弾けた。
 頭の中まで揺さぶるかのような銃声に思わず老貴族はのけぞってしまい、足元を撃たれた男は情けなくもその場で腰を抜かしてしまう。
 地面に尻もちをついてしまうと同時に杖を手放してしまったのか、木製の杖が先程の銃声よりも優しい騒音を立てて転がっていく。
 
「あ…俺の杖―――…っ!」
「その場から動くな。動いたら、どうなるか分かるな」
 自分の傍を転がる杖を無意識に拾おうとした男を、衛士の鋭い声が制止させた。
 慌てて声のした方へ顔を向けると、撃ち終えた左手の拳銃を腰に差した予備と交換し終えた衛士がこちらを睨んでいる。
 こちらに向けられている銃口を見て男は悔しそうな表情を浮かべた後、小声で悪態をついてから小さく両手を上げた。
 先程の銃声と地面を跳ねた銃弾を見て恐れをなしたのだろう、きっとあれで銃の怖ろしさというものを始めて味わったに違いない。
 老貴族も抵抗すればどうなるか分かったのか、観念したと言いたげな表情で小さく両手を上げて降参の意を示して見せた。
 衛士は腰を抜かした男へ銃口へ向けつつ老貴族の傍へ寄ると腰に差した杖を抜き取り、そっと地面へと転がす。
 男はその様子を心底悔しそうに見つめながら、何もせずに傍観に徹していた女へとその矛先を向ける。

42ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:51:06 ID:uPUZJleA

「てめぇ…!どういうつもりだよ、俺たちの仲間なんじゃ……ウッ!」
「…レコン・キスタの連中はもっと手練れの奴らを集めていたと思ってたが、お前みたいなチンピラだらけで正直助かったよ」
 両手を上げながら罵っていた男に近づいたフードの女は、彼を黙らせるかのように後頭部を押さえつけながら言う。
 杖を持っていない片手だけで大の男を黙らせる彼女を見て、衛士の男が彼女へ向かって初めて話しかけた。
「それにしても…こんな所で取引なんてするとはな?敵さんたちも中々良い場所を見つけてくれる」
「まぁ逆に人の多すぎる場所でやられるよりかはマシでしょう。こうして手荒な事をしても咎められませんしね」
 とても敵同士とは思えぬフランクな会話を耳にして、老貴族と押さえつけられた男は驚いてしまう。
 何せ自分たちの味方だと思っていた女が、会話から察するに平民衛士の味方だったのであるから。

「…な、何なんだお前?俺たちの味方じゃなくて…敵なのか?」
「そこは杖を俺に向けなかったところで気づくべきだったな。なぁミシェルよ」
「仰る通りです、隊長」
 呆然とする男に衛士がそう言うと、ミシェルと呼ばれた女は頭に被っていたフードを外す。
 フードの下に隠れていた顔は紛れも無く、トリスタニアの衛士隊で彼女が隊長と呼んだ衛士の部隊に所属するミシェル隊員であった。 



 王都トリスタニアのチクトンネ街にある,『魅惑の妖精』亭の一階。
 そここで朝食を摂っていた最中、霧雨魔理沙は外から聞こえてくる音に違和感があるのに気が付いた。 
 夜が明けて暫く経つチクトンネ街から聞こえる人々の会話や足音の中に、奇妙な金属音が混じっているのである。
 咀嚼していた薄切りベーコンを飲み込み、ふと窓の外へと視線を向けると、その金属音の正体が分かった。
 謎の金属音は日々王都の治安を守る衛士隊の隊員たちが着こんでいる、安っぽい鎧の音であった。
 しかも窓の外からチラリと見える彼らは妙に慌ただしく、そして何かに急かされているかのように走っている。
 
 いつもとは少し違う光景を目にした魔理沙は、この時何かが起こっているのだろうかと思っていた。
 具体的な事までは分からないが、それでも慌ててどこかへ向けて走っている彼らを見ればそう思ってしまうだろう。
 口の中に残るベーコンの塩気を水で流し込みつつ、魔理沙は自分と同じタイミングで食べ終えた霊夢の意見を聞こうと考えた。
「……なぁ、今日は朝っぱらから騒々しくないか?」
「ん?そうかしら?」
 突然そんな話を振られた霊夢は首を傾げつつ、魔理沙と同じように窓から外の様子を覗いて見せる。
 通りのゴミ拾いや清掃、玄関に水を撒く人たちに混じって確かに何処かへ駆けていく衛士達の姿が見えた。
「あら、本当ね。確かあれは…衛士隊だったっけ?一体あんなに慌ててどうしたのかしらねぇ〜」
「衛士隊…って、こんな朝っぱらから何かあったの?」
 霊夢の言葉に、魔理沙よりも前に食べ終わって一息ついていたルイズも窓の外へと視線を向ける。
 確かに二人の言うとおり、何人もの衛士達がパラパラと走っていく姿が遠くに見えている。
 けれど何があったのかまでは当然分かる筈もなく、先程の霊夢を真似するかのように首を傾げて見せた。

 暫し沈黙が続いた後、まず先に口を開いたのは最初に気が付いた魔理沙であった。
「……んぅー。分かってはいたが、ここからだと何が起こったのか全然分からんもんだな」
「でも一人二人ならともかく、結構な人数が走っていったんだし…何か事件でも起こったんじゃないのかしら」

43ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:53:07 ID:uPUZJleA
 ―――朝っぱらだっていうのにね?最後にそう付け加えたルイズの言葉に、
「……!事件ですって?じゃあ、もしかして…」
 それまで静かにしていた霊夢がキッと両目を細め、ピクリと肩を揺らして反応する。
 そしてルイズと魔理沙がアッと言う間もなく席を立ちあがり、突然外へ出る準備をし始めたのだ。
 準備…とは言ってもする事と言えば飛ぶ前の軽い体操であり、持っていく物と言えばデルフ程度である。
 突然軽い準備運動を始める彼女を見て、ルイズと魔理沙は怪訝な表情を浮かべて聞いてみることにした。
「ちょっと、いきなりどうしたのよレイム?……まぁ、考えてる事は何となく分かるけど」
『どうやらレイム的にも、あの兄妹にしてやられた事は相当屈辱だったらしいなぁ』
 妙に張り切って軽い準備運動をする巫女さんを見て何となくルイズは察し、デルフもそれに続く。
 
 恐らくは、衛士達が朝から大勢動いているのを見て、二日前に自分たちの金を根こそぎ盗んだ兄弟が見つかったのだと思っているのだろう。
 確かにその可能性は無きに非ずと言ったところだろうが、決定的証拠が無い以上百パーセントとはいかないのである。
 霊夢本人としては早いとこ雪辱を果たして、ついでアンリエッタから貰った資金と賭博で儲けた金を取り戻したいに違いない。
 しかし、さっきも言ったように全く別の事件が起こっているだけなのではないかとルイズが言ってみても…、

「とりあえず行かなきゃ始まらないってヤツよ。さぁ行くわよ、デルフ」
『はいはい。オレっちはただの剣だからね、お前さんが持っていくんならどこまでもついて行くだけさ』
 気を逸らせている彼女はそう言って、インテリジェンスソードのデルフを持って『魅惑の妖精』亭の羽根扉を開けて外へ出た。
 そして一階だけ大きく深呼吸した後でデルフを片手に地面を蹴り、 そのまま街の上空へと飛び上がってしまう。
 ルイズたちが止める暇もなく、あっと言う間に出て行った巫女さんとデルフに魔理沙は思わずため息をつく。
「まぁ霊夢のヤツも、何だかんだで結構根に持つタイプだしな。…財布を盗んだあの子供も、運が無かったよなーホント」
 魔理沙はそんな事を喋りながら席を立つと朝食が盛り付けられていた食器を手に持ち、厨房の方にある流し台へと持っていく。
 それに続くようにルイズも食器を持ち上げた事で、やや波乱に満ちた三人の朝食が終わりを告げた。

 その後…片付けずに外へ出て行った霊夢の食器も流し場で洗い終えた魔理沙も外へ出ることにした。
 別に霊夢の後を追うわけではない、今の住処―――『魅惑の妖精』亭のあるトリスタニアで情報収集をする為である。

「じゃ、私も昨日言われた通りに情報収集とやらをしてくるが…どういうのを集めればいいんだっけか?」
 食器を洗い終え、一回に置いていた箒を右手に持った魔理沙からの確認にルイズは「そうねぇ〜…」と言って答える。
「手紙に書かれて通りアルビオンやかの国との戦争に関する話題ね。それと…後は姫さまの評判とかもあれば喜んでくれるかも」
「分かったぜ。…後、ついでに私自身が知りたい事も調べて来るから帰りは遅くなると思うが…良いよな?」
「それは私が許可しなくても勝手に調べるんでしょ?別に良いわよ、知的好奇心を存分に満たしてきなさい」
「仰せのままに、だぜ」
 そんなやり取りをしてから、魔理沙もまた霊夢と同じように店の出入り口である羽根扉を開けて外へ出ていく。
 これからジリジリと暑くなっていくであろう街中へ出ていく黒白に手を振ってから、ルイズは踵を返して店の奥へと消えて行った。
 どうしてルイズがするべき仕事を、魔理沙が請け負っているのか?…それにはやむを得ない理由があったのである。


 全ての始まりは二日前くらい…色々ワケあって、アンリエッタの女官となったルイズに街での情報収集という仕事が早速舞い込んできた事から始まった。
 アンリエッタが送ってきた書類には、街で王室の評判やタルブで化け物をけしかけてきたアルビオンの事やら色々集めればいいと書かれていた。

44ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:55:22 ID:uPUZJleA

 本当ならルイズ自身がやるべきことなのだろうが、平民の中に紛れ込んで情報収集するには彼女の存在は変に目立ってしまうのである。
 ハッキリと言えば貴族としての教育がしっかりと行き届いている所為で、この手の仕事にはとても不向きなのだ。
 
 その事が分かったのは昨日の午前中、チクトンネ街にある自然公園で情報収集を行った時である。
 やる前はマントを外して変装すれば大丈夫だと思っていたものの、いざ始めるとすぐに彼女の素性がバレてしまう事に気が付いた。
 当然だ。何せ平民に変装していても歩き方やベンチの座り方が、礼儀作法を学んだ貴族のままなのである。
 それこそ面白いくらいに平民たち――特に同年代の女の子達は一瞥しただけでルイズが貴族だと言い当ててしまうのだ。

「あら!見てよあの貴族のお嬢様、御忍びで街中を散歩なのかしら」
「ホントだわ!あの綺麗で新品の御召し物に桃色のブロンド…きっと名家のお嬢様に違いないわね」

 偶々横を通っただけでそこまでバレてしまったルイズは思わず身を竦ませてしまい、心底驚いたのだという。
 その後もルイズ達は公園の中をあちこち移動して何とか情報収集をしようとしたが、潔い失敗を何度も何度も繰り返していく。
 最初は魔理沙と霊夢にデルフが遠くからルイズの情報収集を見守っていたが、その内何秒でバレるか予想する勝負を始めてしまった程である。
 もちろん、それがバレて怒られたのは言うまでも無いが…このままでは成果ゼロでその日が終わるのを危惧してか、一旦路地裏で何がダメなのか話し合う事となった。
 無論、唯一人原因が分からぬルイズに霊夢達が一斉に指摘する場となってしまったが。

「もぉ、どうしてこうカンタンにばれちゃうのよ?」
「そりゃーアンタ、平民の格好してても態度が貴族なんだからバレるのは当り前でしょうに」
「あれだと自分の体に堂々と「私は貴族です」って書いて歩いてる様なもんだぜ?」
『娘っ子には悪いが、あんな上等な服着て偉そうに歩いてる時点でバレバレなもんだぞ』
「デルフまでそういう事言うワケ?…っていうか、この服ってそんなにおかしいのかしら…」

 二人と一本からの総スカンを喰らったルイズは、怒るよりも先に訝しむ表情を見せて自分の服装を見直し、そして気が付いた。
 この仕事を始める前に立ち寄った平民向けの服屋で買ったこの服だが、確かに周りの平民たちと比べると変に真新しい。
 通りを歩く平民たちは、皆そこら辺の市場で買えるような安物の服を着ており新品の服を着ているという平民は少ない。
 更にルイズの靴はしっかりとしたローファーなのに対し、通行人の大半…というか八割近くが木靴なのである。
 そして極めつけにいえば、ルイズの体からこれでもかと高貴な雰囲気が滲み出ていることだろう。

 顔つきといい髪の色やヘアースタイルといい、一々額や顔の汗をハンカチで拭い取る動作まで貴族のオーラを漂わせているのだ。
 それはある意味、彼女が貴族としての素養を持っているという証明であるが、残念な事に平民の中に紛れるには不要なオーラである。
 その事に薄らと気が付いたのは良かったものの、次にルイズが考えるのは解決方法であった。 

「それにしてもこのままじゃあ埒が明かないし、何か良い案はないものかしら?」
「それなら私に良い考えがあるぜ?」
 腕を組んで真剣に悩む彼女に救いの手を差し伸べたのは、以外にもあの魔理沙であった。
「え?あるの?」
「あぁ、簡単な事さ。落ち着いて聞いてくれよ?」
 悩むルイズを見てか、この時魔理沙はとんでもない提案を彼女へ吹っかけたのである。
 魔理沙の出した提案はズバリ一つ―――――今自分たちが居候してるスカロンの店の女の子として働くという事であった。

45ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:57:16 ID:uPUZJleA
 もしもルイズが『魅惑の妖精』亭でウエイトレスの女の子達に混じって如何わしい格好をして働いたら、そのオーラを掻き消せるかもしれない。
 ルイズに御酌をされる相手も、まさか自分がトリステインで一、二を争う名家のお嬢様に御酌されるとは思ってもいないであろうし…。
 御酌ついでに酔った客に色々話を吹っかれば、思いも寄らぬ情報をゲットできるという可能性も無くはないのだ。
 
「…何より働けばお給金を出してくれるだろうし情報も集められるしで、一石二鳥だろ?」
「う〜ん…とりあえず右ストレートパンチか左ローキックのどちらが良いか答えてくれないかしら?」
「今のはちょいとしたジョークだ、忘れてくれ」
 いかにも名案だぜ!と言いたげな表情を浮かべる魔理沙に、ルイズは優しい微笑みを顔に浮かべてそう返した。
 それを聞いた普通の魔法使いは肩を竦めて自分の言ったことをそっくり撤回すると、二人のやり取りを見ていた霊夢が口を開く。
「大体、何でいきなりそんな提案が出てくるのよ?」
「いやぁホラ、昨夜一階で夕食を食べてた時にスカロンがぼやいてたんだよ。…後一人くらい女の子が来てくれないモノかしら…って」
『だからって貴族の娘っ子に突然あんな如何わしい服着させて平民にお酌させろってのは、そりゃいくら何でも無理過ぎるだろ』
「なっ…!し、失礼な事言うわないでよデルフ、私にだってそれくらいの事…は―――難しいかも」
 霊夢と魔理沙に続いたデルフの容赦ない言葉にルイズは怒ろうとしたものの、咄嗟に昨夜の事を思い出して言葉がしぼんでしまう。
 ひとまずは『魅惑の妖精』亭に泊まる事となった彼女は、一階で働く店の女の子たちの姿をしっかりとその目で捉えていた。

 程々に露出の高いドレスに身を包んだ少女達は料理や酒を客に運び、彼らが出してくれるチップを回収していく。
 その時に客の何人かがお尻や胸の方へと伸ばしてくる手を笑顔で跳ね除けているのを見て、あれは自分には無理だろうなと感じていたのである。
「…っていうか、許し難いわね。貴族である私の体を触ろうとしてくる相手の手を笑顔で離すなんて事自体が」
『だろうな。もし昨日の客共がお前さんの尻や…えーと、そのち…慎ましやかな胸に触ろうとした時点で相手は確実に痛い目見るだろうし』
 思わず口が滑りそうになったのを慌てて訂正しつつ、デルフがそう言うとルイズはコクリと頷き…ついで彼をジロリと睨み付けた。
「あんた、今物凄く失礼な事言おうとしたでしょ?」
「はて、何がかね?」
 「慎ましやか」は別に失礼じゃないのか…魔理沙がそんな事を思いながらすっとぼけるデルフを見つめていると、
「はぁ〜…全く、アンタ達はホント考えるのはてんでダメなのねぇ?もう少し頭を使いなさいよ頭を」
 それまで彼女たちの会話の輪から少し離れていた霊夢が、溜め息をつきながらルイズと魔理沙の二人にそんな事を言ってきたのだ。
 当然、魔理沙とデルフはともかくルイズが反応しない筈がなく、彼女の馬鹿にするような言葉にすぐさま反応を見せたのである。
「何よレイム?子供のメイジ相手にしてやられたアンタが、私達をバカにできるの?」
「…!い、痛いところ突いてくるわねー。…あんな連中もう二、三日あればすぐにでも見つけてお金を取り返してやるっての」 
 ジト目でルイズ達を睨んでいた霊夢は、ルイズに一昨日の失敗を蒸し返されると苦々しい表情を浮かべてしまう。
 その後、気を取り直すように咳払いをしてから何事かと訝しむルイズへ話しかけた。

「え〜…ゴホン!…まぁ私達の言うとおりアンタが平民に混じって情報収集に向かないのは明白な事よね?」
「そりゃそうだけど、一々蒸し返さないで…って私もしたからお相子かぁ」
 巫女の容赦ない指摘に彼女は渋々と頷くと、霊夢はチラリと魔理沙を一瞥した後に、ルイズに向けてこう告げた。
「私さぁ、思ったんだけど……何もアンタ自身が直接情報収集に行かなくてもよさそうな気がするのよねぇ」
「はぁ?それ一体どういう…―――」
 突然の一言にルイズが驚きを隠せずにいると、霊夢は今にも迫ろうとする彼女に両手を向けて制止する。

46ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 21:59:12 ID:uPUZJleA

「話は最後まで聞きなさい。…別にアンタが役立たずって言いたいワケじゃないのは分かるでしょうに。
 私が言いたいのは、アンタや私以上に゙平民たちに紛れて情報収集できるプロ゙が今この場にいるって事なのよ。…分かる?」

 自分の突然すぎる言葉にルイズが「えぇ?」と言いたげな表情を浮かべるのを見て、霊夢はスッと人差し指をある方向へと向ける。
 その人差し指の向けられた方向へ思わずルイズもそちらへ顔を向けると、そこにいたのは見知った…というより見知り過ぎた少女がいた。
 指さされた少女本人は少し反応が遅れたものの、思わず自分の指で自分を指して「私?」と霊夢に問いかける。
「えぇそうよ?こういうのはアンタが得意でしょうに、霧雨魔理沙」
「……えぇ!?私がかよ!」
 霊夢の言ゔ平民たちに紛れて情報収集できるプロ゙にされた魔理沙は突然の決定に驚いたものの、
 何を驚いているのかと勝手に決めつけた霊夢は怪訝な目で普通の魔法使いを見つめていた。

 何はともあれ、勝手に情報収集係にされた魔理沙はその日から早速霊夢の手で平民の中へと放り込まれてしまった。
 ルイズは突然のことにどう対応したらいいか分からず、デルフは面白い見世物と思っているのか静観に徹していた。
 魔理沙は霊夢に文句を言おうとしたものの、それを予想していた巫女さんはこんな事を言ってきたのである。

――本来ならルイズ本人がやれば良いんだけど結果は散々だったし、デルフは当然の様に動けない。
    私はあの盗人兄妹を捕まえなきゃいけないし…となれば、アンタに白羽の矢が刺さるのは当然じゃないの
 
 こういう口げんかでは紫に次いで上手い霊夢に対し、魔理沙は苦々しい表情を浮かべる他なかった。
 その時になって初めてルイズが「いくらなんでも魔理沙に頼むのは…」と失礼な擁護をしてくれたものの、あの巫女さんは彼女にこう囁いたのである。

―――まぁ任せときなさいよ。コイツはコイツでそういうのを集めるのも得意だしさ。
     それにアンタには、コイツが集めてきた情報をこっちの世界の文字で書類にするっていう仕事があるのよ
     
 とまぁそんな事を言って最終的にはルイズも納得してしまい、晴れて霧雨魔理沙は街中で情報収集をする羽目になってしまった。
 最初は何て奴らかと思って少し怒っていた彼女であったが、冷静さを取り戻すと成程と自分に充てられた仕事に納得してしまう。
 ルイズが平民の中に紛れるのは下手なのは散々見たし、であれば誰かが拾ってきた情報を紙に書いてアンリエッタに送る仕事しかないだろう。
 そして、その情報を集める仕事を担当するのが自分こと――霧雨魔理沙ということなのである。
 霊夢が自分達の金を盗んだ相手を執拗に捕まえようとするのは…まぁ俗にいう『負けず嫌い』というやつかもしれない。
 本人もやられたままでは納得がいかないのは何となく分かるし、何よりあんだけ馬鹿にされてまんまと逃がしてしまったのである。
 絶対自分には捕まえる役を譲ってはくれないだろう。無理やり奪おうとすれば…゙幻想郷式のルール゙に則った決闘が始まるのは明白だ。

(それに霊夢はこの世界の文字の読み書き何てできないだろうし、私ならアイツ以上に他の人間と接してるしな)
 まだ納得できないが、妥当と言うことか…。市場から聞こえる賑やかな声をBGMに、魔理沙はチクトンネ街の通りを歩きながら考えていた。
 昨日、王都で降った大雨のおかげで道には幾つもの水たまりができ、青空に浮かぶ雲や横を通り過ぎる人々の姿を鏡の様に写していく。
 こころなしか通りの熱気もそれまでと比べて涼しいと感じる気がした魔理沙は、天からの恵みに思わず感謝したくなった。
 しかし、昨日の大雨ついでに起こったトラブルを思い出してしまい、感謝の念はひとまず横に置いて昨夜の出来事を思い返してしまう。
「それにして…昨日は本当に参ったぜ。当然の様に雨漏りしてきたし…やれやれ」

 それは昨日の…雨が降る前の事で、藍が自分たちを『魅惑の妖精』亭の屋根裏部屋に押し込んだのが始まりであった。

47ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:01:08 ID:uPUZJleA
 紫にあの店で過ごせるようにしろと言われた彼女はその日の夕方にスカロンと話し合って決めたのだという。
 その時には昼頃から王都の上空を覆い始めた黒雲から大雨が降ると察し、ルイズ達はそれから逃げるようにして店へと戻ってきていた。
 幸い突然の土砂降りで服を濡らすことなく戻る事ができた三人と一本が店の入り口で佇んでいると、あの式が部屋まで案内してくれる事となった。
 丁度開店時間で賑わい始める一階から客室がある二階に上がったところで、彼女はまず最初にしたのか゛ルイズ達への謝罪と弁明だった。
「すまん、スカロンと話し合ったのだが…今の季節はどの空き部屋も゙もしも゙の事を考えて入れないとの事らしい」
「えー、そうなの?じゃあ私が今朝寝てた部屋はどうなのよ。あそこは誰も泊まってなさそうな感じだったけど?」
 申し訳なさがあまり感じられない藍の言葉に霊夢が異議を唱えたが、そこへルイズがさりげなく入ってきた。
「アンタ知らないの?あの部屋って今はシエスタの部屋なのよ」
「……え?何それ、私はそんな話全然聞いてなかったけど」
 ルイズの口から出た意外な一言に霊夢が怪訝な表情を浮かべると、ルイズも目を細めて「本当よ」と言葉を続ける。
「昨日は気絶したアンタをベッドで寝かせる為に、ジェシカと同じ部屋で寝てくれたらしいわ」
「そうだったの。てっきり空き部屋があるかと思ってたけど…どうりで部屋が綺麗だったワケだわ」
「シエスタは魔法学院で穏やか〜にメイドさんをしてたからな。…後でアイツにお礼でも言っておいた方がいいと思うぜ」
 三人がそんな風に賑やかにやり取りするのを見ていた藍は、気を取り直すように大きな咳払いをして見せた。
 それで三人が話し合うのを止めるのを確認してから、彼女はルイズの方へと体を向けて話しかける。

「んぅ…ゴホン!それでまぁ、お前たちが二階の部屋に泊まるのは無理だが…今の持ち金だけでは他の宿には泊まれないんだろう?」
 式の質問は資金を盗まれ、今の所自身の口座にある貯金しかお金がないルイズへの確認であった。
 ルイズはすぐに答える事無く、暫し今の預金でどれだけ泊まれるか簡単に計算してから藍へ言葉を返す。
 九尾の式へと向けられたその顔は険しく、決して楽観できるような答えではないという事は察しがついた。

「…まぁ安い宿なら三泊四泊なら余裕でしょうけど、流石に夏季休暇が終わるまで連泊するのは無理ね
 しかもこの時期は国内外から旅行者が王都に来てるから、大抵の安宿はバックパッカーに部屋を取られてると思うし…」

「つまり三泊四泊した後は路上生活…って事か、いやはや〜……って、うぉ!」
「余計な事言わないでよ、想像しちゃったじゃない!」
「こらこら、アンタ達。喧嘩は後にするか私の見えない所でやりなさいよ、全く」
 ルイズの後を勝手に継ぐように魔理沙がそんな事を言うと、すぐさまルイズに掴みかかられてしまった。
 見た目の割に意外と腕力のあるルイズに揺さぶられる前に話を進めたい霊夢によって、魔理沙は何とか危機を脱する事が出来た。
 ホッと一息つく黒白と、そんな彼女をジッと睨むルイズを余所に彼女は藍は「話を続けて」と促した。

「一応、その事も含めてスカロン店長に話したら………暫し悩んだ後に゙とある゙一室を貸しても良いと許可してくれたよ。
 少々手入れが行き届いてないが掃除すれば何とか住めるようにはなるし、窓もあってそれなりに風通しの良い部屋だぞ?」

 右手の人差し指を立てて淡々と説明していく藍の言葉に、ルイズと魔理沙の顔に笑みが浮かび始めてくる。
 てっきり申し訳ないが…と言われて追い出されるかと思っていたのだ、嬉しくないわけがない。
 思ったよりも良い反応を見せる二人を見て藍もその顔に笑みを浮かべると、人差し指に続き更に親指立ててこう言った。
「…まぁこういう時は大なり小なり対価を払うべきだが、元々誰かが住むのを考慮してないから……金を払う必要は無いとの事だ」
「な、何ですって?」

48ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:03:25 ID:uPUZJleA
 全く予想していなかったサービスにルイズは喜び舞い上がるよりも、後退りそうになる程驚いた。
 何せ自分の貯金を崩して宿泊代を払うつもりだったというのに、それをする必要が無いというのである。
 ここまで来ると流石のルイズでも嬉しいという気持ちより先に、何か裏があるのではと勘ぐってしまう。
「ちょ…ちょっと待ってよ!流石にお金はいらないって…それ本当に部屋として使えるの?」
 サービス精神旺盛過ぎる藍にルイズは思った疑問をそのままぶつけると、霊夢が後に続い口を開く。
「ルイズと同じ意見ね。…第一、紫の式であるアンタが口出してるんだから何か考えてるでしょうに」
『タダほど怖いモノはねーっていう法則だな』
 彼女の辛辣な意見にデルフも諺で追従してくると、藍は微笑みを浮かべたまま二人へ言った。

「まぁお前たちがそう思うのも無理はないだろうな。けれど、一応人は住めるんだぞ」
 そう言って藍は立てていた人差し指と親指を使って、パチン!と軽快に指を鳴らして見せる。
 誰もいない廊下に軽いその音が響き渡り、一瞬で窓の外から聞こえる雨の音と一階の賑やかさに掻き消されてしまう。
 突然のフィンガースナップに何をするつもりかと訝しんでいた霊夢達の頭上から突如、聞き覚えのある少女の声がくぐもって聞こえてきた。
「藍さまー、もう下ろしていいの?」
「!…これって、確かチェンっていう貴女の式の声じゃ…」
 本来ならだれもいない筈の天井から聞こえてきたのは、藍の式である橙の声であった。
 意外にも猫被っていた彼女の事が強く印象に残っていたルイズへ返事をする前に、藍は「いいぞ!」と頷いて見せる。
 その直後…天井から鍵を開けた時の様な金属音がなったかと思うと、独りでに何かが天井から舞い落ちてきた。
 
 ゆっくりと、まるで冬の夜空から降ってくる雪の様な――ーけれどもドブネズミの如き灰色のソレが、パラパラと落ちてくる。 
 偶然にもソレが目の前で落ちていく様を目にした霊夢は、見覚えのあったその物体の名前を口にした。
「これは…埃?―――――って、うわッ!」
 彼女が言った直後、その埃が落ちてきた天井が物凄い音と共に落ちて来るのに気が付き慌てて後ろへと下がる。
 魔理沙とルイズ、それにデルフも何だ何だとその落ちてくる天井を目にし――それがただの天井ではない事に気が付く。
 木と木が擦れる音と共に天井から下りてきたのは、年季の入った階段であった。
「これって、階段…隠し階段か!すげーなオイ」
「『魅惑の妖精』亭って、こんなものまであるのね…」
 自分たちの頭上から現れたソレを見て魔理沙は何故か嬉しそうに目を輝かせ、ルイズは呆然としていた。
「驚いたわね〜、まさかこんな場末の居酒屋にこんな秘密基地じみたものがあるだなんて」
『うーん、この階段の年季の入りよう…オレっちから見たら、数年前かそこらに取り付けたものじゃねぇな』
 霊夢も二人と同じような反応を見せていたが、それとは対照的にデルフはこの階段が古いものだと察していた。
 隠し階段は『魅惑の妖精』亭となっている建物に最初から付けられていたのか、床を傷つける事が無いようしっかりと造られている。
 もしも後から造られているのなら、よほどの名工でも無い限りこうも完璧な隠し階段を取り付けるのは無理ではないだろうか。
 そのインテリジェンスソードの疑問に答えるかのように、藍はルイズ達へ軽く説明し始める。

「スカロンが言うにはこの店が『魅惑の妖精』亭という今の名前ではなく、
 『鰻の寝床』亭っていう新築の居酒屋として建てられた時に造ったらしい」

49ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:05:45 ID:uPUZJleA
 おおよそ築四百年物の隠し階段なんだそうだ、と最後に付け加える様にして藍が言うと、
「まぁ結局、色々と問題が発生したから使ったのは開店から数年までだったらしいけどねー」
 階段を上がった先にある暗闇からヒョコッと橙が顔を出して、必要もない補足を入れてくれる。
 どうやら先ほどの声からして、自分が帰ってくる前にそこにいたのだろうと何となく察しがついた。
 いらぬ説明を入れてくれた橙に礼を言う義理も無いルイズは暫し隠し階段を見つめた後、ハッとした表情を浮かべる。
 
「まさか私たちがこれから暫く寝泊まりする場所って…」
「まさかも何も、今橙のいる階段の先にある部屋がそうさ」
 ルイズの言葉に藍がそう答えると、彼女は隠し階段の先を指さして言った。
「ようこそ『魅惑の妖精』亭の屋根裏部屋へ。…とはいっても、客室とは呼べない程中は乱雑だがな」


「…まぁ屋根裏部屋は秘密基地って感じがあって良いけどさぁ、流石に雨漏りするってなるとな…」
 昨日の事を思い出していた魔理沙はそんな事を呟いて、屋根裏部屋へと通された後の事を思い出す。
 結局、藍と橙に背中を押されるようにしてルイズ達はあの隠し階段の向こうにあった部屋で暫く寝泊まりする羽目となってしまう。
 荷物は粗方持ち運ばれていたのだが、それを差し引いても屋根裏部屋は正に「長らく放置された倉庫」としか例えようがない程ひどかった。
 部屋の隅には蜘蛛が巣を張ってるわネズミが梁や床の上を走り回るわで、挙句の果てには蝙蝠までいたのである。
 「何よコレ!」と驚きと怒りを露わにするルイズに対し、藍は平気な顔で「同居人達だ」言ってのけたのは今でも覚えている。
 流石にルイズだけではなく霊夢もこの仕打ちに対しては怒ったものの、魔理沙本人はそれでもまぁマシかな…程度に考えていた。

 蜘蛛は箒で巣を蹴散らしてやれば出ていくだろうし、ネズミは罠でも張っておけば用心して顔を出してこなくなる。
 蝙蝠に関しては…まぁこの夏季休暇が終わるまで同居するほかないだろう。
 お金はほとんどないし行く当てもない、つまり結果的にはこの屋根裏部屋しか自分たちが寝泊まりできる場所は無いのだ。
 それに昨日の外はあれだけの土砂降りだったのである、雨風がしのげる場所があるだけマシなのかもしれない。
 元々倉庫として使われていただけあって、使っていないベッドが何個か置かれていたのは不幸中の幸いという奴である。
 シーツは後からシエスタに言えば持ってきてくれるというし、スカロンたちも押し込んでそのまま…というつもりはないようだ。

 最初は怒っていたルイズと霊夢も仕方ないと思ったのか、ひとしきり文句だけ言った後は一階で夕食を頂く事になった。
 デルフも特に異議は無いのか、階段を下りる前に屋根裏部屋を見回していた魔理沙に「早くしろよー」と声を掛けるだけであった。
 お金はお昼の内にルイズが財務庁から下ろしてきてくれたので、程々に美味いモノが食べる事が出来た。
 しかし…問題はその後、夕食を食べ終わり少し酒を引っかけてから三階へ戻った時にそのアクシデントは既に起こっていた。
 以前にもその勢いを増した雨風に勝てなかったのか、屋根裏部屋の天井から雨水が滴り落ちてくるという事態が発生していたのである。
 ポタ、ポタ、ポタ…と音を立てて床を叩く幾つもの水滴は、当然ながら藍が持ってきてくれていたルイズ達の荷物を容赦なく濡らしていた。
 これには流石の魔理沙とデルフも驚いてしまい、急いで荷物を二階に降ろしたのはいいもののそこから先が大変であった。
 雨漏りを直そうにも外は大雨で無理だし、雨水を入れる為の器を探そうにも見当たらない。つまり手の打ちようがなかったのである。

 結局…その夜はスカロンたちに事情を話して、仕方なく二階の客室を無理言って貸してもらう羽目になってしまった。
 そこまでは良かったが、そこから後は色々と大変だったのである。良い意味で。
 スカロンたちもまさか雨漏りを起こしていたとは知らなかったのか、明日――つまり今日にも大工を呼んで直してくれるのだという。

50ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:07:22 ID:uPUZJleA

 彼曰く「あなた達が屋根裏部屋に入らなかったら、気付かなかったかもしれないわぁ〜」とも言っていた。
 その時に屋根裏部屋を初めて見たというジェシカが、
 
「これも客室として使えるんじゃなーい?」
 
 とか言ったおかげ…かどうかは分からないが、更に色々と手直しするかもしれないのだという。
 ひとまず蝙蝠とかネズミやらを何とかした後でそれは考えるらしく、その駆除自体もまだまだ先になるのだという。
 とりあえず雨漏りさえ何とかしてもらえれば、後は掃除をするだけで多少はマシになるだろう。
  

「まぁ、昨日みたいな散々な体験をしないのならそれに越したことはないがな……ん?」
 苦く新しい思い出を振り返る魔理沙がひとり苦笑した時、ふと前方で誰かが道端でしゃがんでいるのに気が付いた。
 それが単なる通行人か体調の悪い人間なら彼女もそこまで気にしなかったのか知れない。
 しかし…少し前方にいるその人影はまだ十代前半と思しき少女であり、何より髪の色が明らかに周囲の人々から浮いているのだ。
 彼女を一瞥しつつ、けれど声は掛る程ではないと思ってか横を通り過ぎていく平民たちの髪の色は大抵金髪か茶髪で、偶に赤色とか緑色も確認できる。
 だがその少女の髪の色は、驚く事に銀色なのである。どちらかといえば白色に近い薄めの銀色といえばいいのだろうか。
 陽光照りつける通りの中でその銀髪は光を反射しており、少し離れたところから見る魔理沙からしてみればかなり目立っていた。
 
 そんな不思議な色の髪を腰まで伸ばしている少女は、通りを右へ左へと見回して何かを探しているらしい。
 端正でしかしどこか儚げな顔に不安の色をありありと浮かび上がらせ、照りつける太陽の熱で額から汗を流しながらしきりに顔を動かしている。
 魔理沙は少女が自分のいる通りへと視線を向けた時に顔を一瞥できたが、少なくともそこら辺の子供よりかはよっぽど綺麗だという感想が浮かんできた。
 髪の色とあの綺麗な横顔…もしかすればあの少女は今のルイズと同じぐワケありの女の子゙なのかもしれない。
 そこら辺は憶測でしかないが、思い切って本人に直接訊いてみればすぐに分かる事だろう。
 とはいっても、見ず知らずの女の子に声を掛けた所で驚かせてしまうか逃げられてしまうかのどちらかもしれないが…
 
「ま、この私が興味を持ってしまったんだ。声を掛けずに素通り…ってのは性に合わないぜ」

 彼女は一人呟くと昨日訪れた自然公園へ行く前に、目の前にいる銀髪の少女に声を掛けていく事にした。
 どんな反応を見せてくれるか分からないが、せめて今は何をしてるか…とかどこから来たのかとか聞いてみたいと思っていた。
 自分の興味に従い足を前へ進めていく魔理沙の気配を察知したのか、反対方向を向いていた少女がハッとした表情を彼女へ向けてくる。
 しかし一度動いたら止まらないのが霧雨魔理沙である。自分目がけて歩いてくる黒白に銀髪の女の子は困惑の表情を浮かべた。
「あっ……ん、…っわ!」
 それでもせめて立ち上がろうと思ったのか腰を上げたものの、足が痺れたのか思わず転げそうになってしまう。
 幸い転倒する事無く慌てただけで済んだものの、その頃には魔理沙はもう彼女と一メイル未満のところまで近づいていた。
 一体何が始まるのかと少女は無意識の体を硬くすると、黒白の魔法使いはおもむろに右手を上げて彼女に話しかけたのである。

51ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:09:24 ID:uPUZJleA
「よぉ、何か探し物かい?」
「…………。…………」
 突然自分に向けて挨拶しながらもそんな言葉を掛けてきた黒白に、少女は緊張気味の表情を浮かべて黙っている。
 そりゃそうだ、例え同性同年代?の相手でも何せ見ず知らずの者が近づいてきたらそりゃ警戒の一つはするだろう。
 対して、魔理沙の方は相手が見た事の無い相手であっても特に態度を崩すことなく、不思議そうな表情を浮かべている。
(ありゃ?ちょっと反応が薄かったかな…って、まぁ当たり前の反応だけどな)
 …反省する気は無いが、相変わらず私ってのはデリカシーとやらがなってないらしい。
 これまで一度も省みた事が無い自分の短所の一つを再認識しつつ、黙りこくる銀髪の少女へ魔理沙はなおも話しかけた。

「いやぁ、ここら辺じゃあ見ない顔と髪の色をしてたもんだからつい声を掛けちゃって…、ん?」
「………たから」
 最後まで言い切る前に、魔理沙は目の前の少女がか細い顔で何かを言おうとしてるのに気が付いた。
 言葉ははっきりとは聞こえなかったが、口の動きで何かを喋っているのに気が付いたのである。
 魔理沙が一旦喋るのを止めた後で、少女は気恥ずかしそうな表情を浮かべつつ上手く伝えきれなかったことを言葉にして送った。
「……わ、私―…そ、その…この街へは、初めて旅行へ…来たから」 
 多少言葉を詰まらせおどおどとしながらも、少女は素直な感じで魔理沙にそう言った。
 それを聞いた魔理沙は少女が旅行客だと聞いて、ようやく不安げな様子を見せる理由がわかってウンウンと頷いて見せる。
「成程な、どうりで道に迷った飼い犬みたいに不安そうな顔してたんだな。納得したよ」
「なっ…!そ、それどういう事ですか!?べ、別に私はま、迷ってなんかいないし、第一犬なんかでも…―――……ッ!」
 魔理沙の冗談は通じなかったのか、犬と例えられた少女がムッとした表情を浮かべて言葉を詰まらせながらも怒ろうとした時、
 突如少女のすぐ後ろにある路地裏へと続く道から、本物の犬の鳴き声が聞こえてきたのである。
 それを耳にした少女は驚いたのか身を竦めて固まってしまい、魔理沙は突然の鳴き声にスッと耳を澄ます。 

「お、話をすれば何とやらか?まぁでも…この吠え方だと飼い犬とは思えないがな」
 恐らく街の人々が出す生ごみ等を食べて生活している野良犬なんだろう、吠え方が荒々しい。
 きっと仲間か野良猫と餌か縄張りの奪い合いでもしているのだろうが、朝からこう騒々しくしては人々の顰蹙を買うだろう。
「朝っぱらから大変元気で羨ましいぜ、全く。………って、どうしたんだよ?」
 帽子のつばをクイッと持ち上げながら、そんな事を呟いた後で魔理沙は少女の様子がおかしい事に気が付く。
 先ほどしゃがんでいた時とは違って両手で守るようにして頭を抱えて蹲ってしまっている。
 一体どうしたのかと思った彼女であったが、尚も聞こえてくる野良犬の声で何となく原因が分かってしまった。

「もしかしてかもしれないが…お前さん、ひょっとして犬が苦手なのか?」
 魔理沙の問いに少女はキュッと目をつむりながらコクコクと頷き…次いでおもむろに顔を上げた。
 何かと思って魔理沙は、少女の顔が信じられないと言いたげな表情を浮かべているのに気が付く。
 一体どうしたのかと魔理沙が訝しむ前に、少女は耳を両手で塞ぎながら口を開いた。
「え?あ、あのワンワン!って怖い吠え方をする小さい生き物も犬なんですか!?」
「…………はぁ?」
 少女からの突然な質問に、魔理沙は答えるより前に自分の耳を疑ってしまう。
 今さっき、恐い恐くないという以前の言葉に魔理沙は暫し黙ってから再度聞き直すことにした。

52ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:11:08 ID:uPUZJleA
「……………スマン、今何て?」
「え…っと、ホラ!今後ろの道からワンワンって鳴いてる生き物も犬なんですか…って」
「イヤ、こういう場所でワンワンって鳴く生き物は犬しかいないと思うが」
「え、でも…犬ってもっと大きくて、人を背中に乗せたりもできて…あとヒヒーン!って鳴く動物なんじゃ…」
「それは馬だ!」

 少々どころか斜め上にズレた会話の果てに突っ込んでしまった魔理沙の叫び声が、通りに木霊する。
 これには素通りしようとした通行人たちも何だ何だと足を止めてしまい、少女達へと視線を向けてしまう。
 思いの外大きな叫びに通りは一瞬シン…と静まり返り、時が止まったかのように人の流れが静止している。
 路地裏にいるであろう野良犬だけが、一生懸命何かに対して吠えかかる声だけが鮮明に聞こえていた。
 

「知らなかった…、まさかあの小さくておっかない四本足の生き物が犬だったなんて…」
「はは…まぁ良いんじゃないか?世の中に犬を馬と思う人間がいても良いと思うぜ?」
 それから暫くして、魔理沙は未だ呆然とする少女を先導するかのようにチクトンネ街の通りを歩き続けていた。
 魔理沙は落ち込む少女ー顔に苦笑いを浮かべてフォローしつつ、馬を犬と勘違いしていた彼女に突っ込んだ後の事を思い出す。


 最初何かの冗談かと思った彼女が少女の言葉に、思わず突っ込みを入れてしまった後は色々と大変であった。
 何せ自分の怒鳴り声でそのまま尻もちついた彼女が何故か泣き出してしまい、魔理沙は変な罪悪感に駆られてしまう。
 事情を知らぬ人間が見れば、気弱そうな銀髪の少女を怒鳴りつけて泣かした悪い魔法使いとして見られかねないからだ。
 とりあえず平謝りしつつも、野良犬の鳴き声が怖いらしいので仕方なく彼女をそこから遠ざける必要があった。
 移動した後も少女はまだ泣いていた為に放っておくことが出来ず、魔理沙は動きたくても動けないまま彼女の傍にいたのである。

 大体小一時間ほど経った時に、ようやく泣き止んだ少女は頭を下げつつ魔理沙に自分の事を詳しく話した。
 名前はジョゼット、以前はとある場所にある建物でシスター見習い…?として暮らしていたのだという。
 しかし丁度一月前にある人達が自分を秘書見習いにしたいといって彼らの下で働き始めたらしい。
 そして今日ばその人達゙の内一人で、自分が゙竜のお兄さん゙と呼ぶ人が今この街で働いているので、もう一人の人と一緒に会いに来たのだという。
「…で、その後は竜のお兄さんと会ったのはいいけど、調子に乗ってホテルから通りの方へ出ちゃって…」
「成程、それで路地裏に入り込んじゃって…挙句の果てに野良犬に追いかけられた結果…ワタシと出会ったというワケか」
 自分が言おうとした言葉を魔理沙に先取りされてしまったのに気づき、ジョゼットは思わず恥ずかしそうに頷いた。
 それで、竜のお兄さんやもう一人のお兄さんが心配しているから、急いでホテルに戻らなければいけないのだという。
 魔理沙はそこまで聞いて、先程ジョゼットが道の端で不安そうな表情を浮かべていた理由が分かってしまった。
「はは〜ん!つまり、帰ろうと思っても道が分からないから帰れなかったんだな?」
「……!」
 容赦する気の無い魔理沙の指摘に、ジョゼットは思わず頬を紅潮させながら頷く。
 その後は、何だかんだでジョゼットと彼女を拾ったお兄さんたちとやらに興味が湧いた魔理沙は少しばかり彼女に付き合う事にした。
 つまりは乗りかかった船として、迷子のジョゼットをそのホテルまで連れていく事にしたのである。

53ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:13:16 ID:uPUZJleA

「……にしても、大通りから少し離れただけでも大分涼しいんだな…」
 先ほどの事を思い出し終えた魔理沙は、今歩いている小さめの通りを見回しながら一人感想を呟く。
 賑やかな市場から少し離れているここの人通りはやや少ないものの、散歩をするにはうってつけの道であろう。
 恐らく市場に行った帰りなのか、紙袋を抱えた平民たちの多さから見て自宅へ戻る際にここを通る者が相当いるらしい。
 建物の影もあるおかけで真夏の暑い太陽から隠れるこの場所は、ちょっとした避暑地の様な場所になっているようだ。
 魔理沙はそんな事を考えつつ箒片手に歩いていると、後ろをついて来るジョゼットが「あの…」と申し訳なさそうに声を掛けて来たのに気づく。

「ん?どうしたんだ」
 また素っ頓狂な質問かと思ったが、それを顔に出さず魔理沙が聞いてみると彼女はオロオロしつつも口を開く。
「え…っと、その…ありがとう、ございます。初対面なのに、道に迷った私を助けてくれるなんて…」
「あぁ、その事か!そう気に病む事はないさ、この街って私の生まれ故郷よりずっと大きいしな、迷うのは無理ないと思うぜ?」
 だからそう気に病むなよ?そう言ってコロコロと笑う魔理沙を見て、ジョゼットもその顔に微笑みを浮かべてしまう。

 何だか不思議な女の子だと、ジョゼットは思った。
 黒と白のエプロンドレスに絵本に出てくるメイジが被るようなトンガリ帽子にその手には箒。
 子供のころに読んだ絵本ではメイジが箒を使って空をとぶ話はいくつもあるが、実際は箒で空は飛べないのだという。 
 ではなぜ箒なんか持って街中にいるのだろうか?そんな疑問が頭の中に浮かんできてしまう。
 ――――まさかとは思うが、本当に箒で飛べるのだろうか?あのどこまでも続く青空を。
「……くす、まさかね」
「…?」
 変な想像をしてしまったジョゼットは小さく笑ってしまい、それを魔理沙に聞かれてしまう。
 しかし聞いた本人もまさか手に持っている箒の事を笑われたというのに気付かず、ただただ首を傾げていた。

 そうこうする内に小さな通りを抜けて、魔理沙はジョゼットの案内でブルドンネ街の一角へと入っている事に気が付く。
 周りを歩く人々の中にチラホラと貴族の姿が見えるし、何より平民たちの服装もチクトンネ街と比べれば小奇麗であった。
 右を見てみると幾つものホテルや洒落たレストランがあり、まだ開店前だというのに美味しそうな匂いを周囲に漂わせている。
 左には川が流れており、昨日の大雨の影響か水の色が土砂のせいで薄茶色に染まっていた。
 チクトンネ街とはまた違うブルドンネ街の景色を二人そろって見とれかけたところで、慌てて我に返った魔理沙がジョゼットに聞く。
「あ、そういや…ここら辺で合ってるんだよな?」
「え…うん、路地裏で犬に出会う前に川を見ながら歩いたから…」
 危うく目的を忘れかけた二人は何となく早足で前へと進むと、左側に小さな広場があるのに気が付いた。
 どうやら川の水はそのまま道の下にある暗渠に流れていくようで、濁流の音が微かに穴の中から聞こえてくる。
 地下へと続く暗い穴を一瞥した魔理沙がジョゼットの方へ顔を向けると、彼女は川を横切るようにして造られた左の広場を指さした。
 
 そこから先は左へと進み、まだ人の少ない小さな広場を抜けたところでまたしても道の片方に川が流れていた。
 ここには排水溝がすぐ真下にあるので、今度は川の流れに逆らって歩くような形となるらしい。
「なるほど…さっきの排水溝とはそれほど離れてないから、多分こことあそこの川の水は全部地下に流れてるのか?」
 だとすればこの街の真下には、巨大なため池があるようなもんだな…と魔理沙がそんな想像をしていた時、
 何かを見つけたであろうジョゼットが自分の横を通り過ぎ一歩前へ出ると、すぐ近くの建物を指さして叫んだのである。

54ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:15:13 ID:uPUZJleA
「あった!あれ、あれだわ。あのホテルは川の傍にあったもの、間違いないわ!」
 嬉しそうなジョゼットの言葉に思わず魔理沙もそちら方へ視線を向けると、彼女の言うとおりホテルが建っていた。
 これまで通り過ぎてきたものとは違い、妙に新築の雰囲気が残るホテルの看板には『タニアの夕日』という名前が刻まれている。

「『タニアの夕日』…か、確かにここの屋上から見たら夕日は良く見えるかもな?…昨日を除いてだがな」
 看板の名前を読み上げながら、さぞ昨日だけ名前負けしていたに違いないと思っていると、
「わはは!やったぁー、やっと戻れたぁー!あはははー!」
「ちょ…っ!?お、おい待てって!」
 それまで大人しかったジョゼットが嬉しそうな笑い声を上げ、ホテルの入口目がけて走り出したのである。
 周囲の人々の奇異な者を見る視線と、突然のハイテンションに珍しく驚いている魔理沙の制止を振り切って。
 よっぽど嬉しかったのであろう、長い銀髪を振って走る彼女の後姿を見て、魔理沙はヤレヤレと肩を竦めて見せた。

「……ま、結局遅かれ早かれ中に入ってたんだし。仕方ない、私もついて行くとするか」
 あのホテルの中にいるであろうジョゼットを連れてきた者たちがどんな人たちなのか知りたくなった魔理沙は、
 もう大丈夫だろうと一人静かに立ち去るワケがなく、ジョゼットの後を追ってホテルの入口へと足を進めた。
 
 一足先に入ったジョゼットに続くようにしてドアを開けた魔理沙は、思わず口笛を吹いてしまう。
「へぇ―、こいつは中々だな!ウチの屋根裏部屋が動物の住処に見えてしまうぜ」
 笑顔を浮かべて辺りを見回す彼女の目には、二年前にリニューアルした『タニアの夕日』の真新しさが残るロビーが映っている。
 流石ブルドンネ街のホテルという事だけあるが、何よりもロビーの隅にまでしっかりと手が行き届いているからであろう。
 フロントやロビーの真ん中に配置されたソファー、そして建物の中に彩りを与えている観葉植物にも古びた所は見えない。
 床にも埃の様な目に見えるゴミは魔理沙の目でも視認できず、まるで鏡面かと思ってしまう程に磨かれている。
 
 少々ぼやけて見えるがそれでも自分の顔を映す床を見つめていた魔理沙の耳に、ふとジョゼットの声が聞こえた。
「お兄様!竜のお兄様ー!」
 その声でバット顔を上げ、声のした方へ目を向けた先にジョゼットが手を振っているのが見えた。
 丁度ロビーから上の階へと続く階段の手前で足を止めた彼女は、その階段の上にいる誰かに手を振っているらしい。
 彼女の言ゔ竜のお兄様゙とやらがどんな人物なのか知りたい魔理沙は、すぐさま目線を彼女が手を振る方へと向ける。
 階段を上った先にあるホテル一階の廊下、そこで足を止めてジョゼットと目線を合わせたのはマントを羽織った美青年であった。
 魔理沙が今いる位置からでは詳細は分からないが、少なくともそう判断できるほど整った容姿をしている。
 
 見えないのならもう少し近づこうかと思ったその時、ジョゼットを見つけたその青年も声を上げた。
「ジョゼット!ようやく帰って来たんだな、このやんちゃ者め。迷子になったのかと思ったよ」
 軽く叱りつつも、その顔に安堵の笑みを浮かべる青年はそのまま階段を降りてジョゼットの方へと近づいていく。
 そして十五秒も経たぬうちにロビーへ降りてきた彼を見て、ジョゼットもまた笑みを浮かべて言った。
「まぁ酷いわお兄様、私が報告しようとした事を先に言い当てちゃうなんて!」
「これから僕が直々に君を探しに行こうかと思ったけど、取り越し苦労で済んで何よりだよ」
「あら、そうでしたの?…だったらもう少し迷っていたら良かったかも知れませんわね」
 悪戯っ気のあるジョゼットの言葉に青年は「こいつめぇ!」と笑いながら彼女の髪をクシャクシャと撫でまわす。
 それに対しジョゼットは怒るでも嫌がるでもなく、頭を撫でられている仔犬の様に嬉しがっていた。

55ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:17:16 ID:uPUZJleA
 まるでカップルの様な慣れ合いを見て、魔理沙はやれやれと溜め息をついて肩も竦めてしまう。
 この後はジョゼットをここまで連れてきた事を話して、ついでほんの少しお話でもしたいと思っていたが、これでは無理そうだ。
「とはいえ、このまま黙って去るのも私の性分じゃあないし―――はてさて…」
 イチャつく二人の周りに出来た蚊帳の外で、一人考える魔理沙の姿にジョゼットは気が付いたのだろうか。
 頭をやや乱暴に撫でられて笑っていた彼女はハッとした表情を浮かべると、すぐにロビーを見回し始める。
 そして、ここまで一緒に来てくれた魔理沙がすぐそこまで来てくれていた事に気が付くと、彼女に手を振りながら呼びかけた。

「黒白のお姉さん!こっち、こっちにいる人が竜のお兄様だよ!」
「ん?―――………なッ」
 少女が突然あげた声に青年と魔理沙は同時に互いの顔を見つめ、それぞれ別の反応を見せた。
 突然ジョゼットに呼びかけられた魔理沙は少し驚きつつも箒を持つ右手を挙げて「よぉ、初めまして!」と気軽な挨拶をして見せる。
 しかし青年は違った。彼もまた挨拶を返すつもりだったのだろうか、右手を少しだけ上げた状態のまま―――目を見開いて驚いていた。
 それだけではなく、体を少し仰け反らせ声も漏らしてしまったが為に、魔理沙だけではなくジョゼットも青年の方へ顔を向けてしまう。
 そして、ついさっきまで自分の頭を笑いながら撫でてくれた彼の表情の変わりっぷりに怪訝な表情で首を傾げ、彼に声を掛けた。

「……?お兄様?」
「――――…え、あ…!ゴホン!いや、何でもない」  
 ジョゼットの呼びかけが効いたのか、魔理沙を見て驚き硬直していた青年はハッと我に返り、
 ついで誤魔化すように咳払いをしてそう言うと、ジョゼットよりも怪訝な顔つきをした黒白の方へと視線を向け直す。
 一方の魔理沙は自分を目にしてあからさまに驚いて見せた彼の様子から、自分の勘がしきりに「怪しい!」と叫んでいる事に気付いていた。
 まるで今顔を合わせるのはマズイと思った相手が目の前にいて驚き、一瞬遅れてそれを誤魔化す時の様なワザとらしい咳払い。
 あれは…そう。紅魔館の門番をしている美鈴が居眠りしていて、咲夜が様子を見にきていたのに気が付いて慌てて目を開け咳払いした時のような手遅れ感。
 湖上空でそれを目撃し、その後の顛末もばっちり見ていた魔理沙には目の前の青年が取った行動にそんな既視感を覚えていた。
 問題は、互いに初めて顔を合わせるというのになぜ青年はそんな反応を見せたのか…である。霧雨魔理沙にとって、それは無性に気になる事であった。
 
(ちょっと挨拶だけして、後はお茶とかお茶請け―――ついで昼飯も頂いて帰る予定だったが…こりゃ思いの外、面白そうな事になってきたぜ)
 三度のパン食よりも米食が好きな魔理沙は、遠慮なく自分の好奇心を優先する事にした。
 場合によってはジョゼットを怒らせるかもしれないが、今の彼女にとって青年が何で驚いたのかを知りたくてたまらないでいた。  
 と、なれば即行動…と言わんばかりに魔理沙は今にもため息をつきそうな表情を浮かべると、肩を竦めながらジョゼットに話しかけた。
「おいおい、いきなりどうしたんだコイツ?私を見てびっくりするとは、随分な挨拶じゃないか」
「そうですよね?竜のお兄様、どうしたんですか急に驚いちゃったりして」
 挑発とも取れる魔理沙の言葉に気付かず、ジョゼットも若干頬を膨らませて青年に先ほどの驚愕について聞いている。
 まぁ見ず知らずの自分を助けてくれて、ホテルまでついてきてくれた恩人に対してあんな様子を見せれば、そりゃだれだって失礼だと感じるだろう。
 とはいっても、それ程怒っている様には見えないジョゼットに応えるかのように、青年は再度咳払いをしながら言い訳を述べた。

「コホン、いやーすまないね君。僕はこれまで色んな女の子と知り合ってきたけど…一瞬君が女装をした男の子だと思ってね?」
「んな…ッ!お、おと…女装!?」 
 これを言い訳と捉える他者がいるのなら、そいつは色んな意味で世の中の中性的な女性の敵になるだろう。
 最も言われた魔理沙自身は、自分が中性的だと一度も思ったことが無いし霊夢達幻想郷の知り合いからもそういう風に見られたことは無い。
 だがジョゼット以上に見ず知らずの男に何も言ってないのに驚かれ、初っ端からそんな言い訳をされたら怒るよりも先に驚くしかなかった。
 そして青年の声はロビーにいた客やフロントの係員たちの耳にも入ったのか、皆一斉に魔理沙達へ視線を向けている。
「お、お兄様…!なんて酷い事言うんですか!どう見てもこの人は女の子でしょう!?」
「そう怒るなよジョゼット、今のはロマリアじゃあちょっとした褒め言葉みたいなもんさ」

56ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:19:08 ID:uPUZJleA
 流石のジョゼットも周囲から注がれる視線と恩人に対する無礼な発言に対して、顔を真っ赤にして青年に怒鳴っている。
 しかし一方の青年は先ほど目を見開いて驚いていた時とは全く違い酷く冷静であり、その整った顔に不敵な微笑みを浮かべて言葉を返す。
 次いで、先ほどまでの自分と同じように驚き硬直している魔理沙へ「すまなかったね」と手遅れな謝罪を述べてから話しかけた。

「さっきも言ったよう、僕はこれまで色んな女の子と出会ってきたが…君みたいに男の言葉を使う快活な子と出会ったのは初めてでね。
 つい中性的で綺麗だと遠回しに褒めたつもりだったのだが、君の耳にはとんでもない侮辱として届いてしまったようだ。その事については謝るよ」

 照れ隠しの様な、それでいて相手を小馬鹿にしているとも取れる笑みを浮かべる青年に魔理沙はどう返せばいいか迷ってしまう。
 とりあえず苦虫を噛んだうえで無理やり浮かべた様な笑みを顔に浮かべつつ、いえいえ…とか適当な言葉を口にしようとした所で彼女は気づく。
 自分の顔を見つめる青年の両方の瞳…左は鳶色で右は碧色と、それぞれの色が違う事に気が付いたのである。
「ん?その目は…」
「あぁ、これかい?僕と初めて会うの人は真っ先にその事を聞いてくるから、いつ聞いてくるのかと心待ちにしてたんだ」
 恐らくこれまで何度も聞かれているのだろうか、若干の皮肉を交えながらも青年はサッと教えてくれた。
 自分の両目の色が違うのは生まれつき虹彩の異常があるらしく、そのせいで幼少期は色々と待遇が悪かったのだという。
「ハルケギニアじゃあ僕みたいな『月目』は縁起が悪い人間扱いされるし、おかげでしょっちゅう冷や飯を食わされたもんだよ」
「ふぅーん…冷や飯云々はどうでもいいが、私は綺麗だと思うぜ?なりたいかと言われれば別だけどな」
 手振りを交えて軽い軽い説明をしてくれたジュリオに魔理沙もまた毒と本音を混ぜて素直に月目を褒めた。
 女である自分をさらりと女装男子扱いしたイヤな奴ではあるが、良く見てみればまるで丁寧に磨かれた宝石の様に綺麗なのである。

 青年は魔理沙が褒めてくれたことに対しありがとうと素直に礼を述べ、さっと右手を彼女の前に差し出した。
 突然の右手に一瞬何かと思った彼女であったが、すぐに察して自分の右手で彼の差し出す手を握る。
 手袋越しの手は少々くすぐったいものの、握力から感じるに自分に対してあまり警戒はしていないようであった。
 互いの顔を見つめあい、暫し無言の握手が続いたところで魔理沙は自分の名を名乗る。
「私は魔理沙、霧雨魔理沙だ。街中で迷ってたジョゼットを見つけた普通の魔法使いさ」
「魔法使い?メイジじゃなくて…?」
「ここら辺の人間には名乗る度に似たような疑問を抱かれてるが、誰が言おうともメイジじゃあなくて魔法使いなんだ」
「成程、面白いヤツだよ君は。それに名前も良い」
 隠すつもりが全くない魔理沙の自己紹介に青年は笑いながらも頷いて、次に自分の名を名乗った。

「僕の名前はジュリオ、ジュリオ・チェザーレ。ワケあって今はトリステインへ出張している普通じゃないロマリア神官さ」
「おいおい、人の名乗りを模倣するかと思いきや…何て自己主張の激しい奴なんだ」
「いかにもメイジですって格好しておいて、わざわざ魔法使いとか主張する君も相当なもんだぜ?」
 互いに笑顔を浮かべつつ、棘のある会話をする二人の間には自然と和やかな雰囲気が漂っている。
 それを見守っていたジョゼットは、ジュリオが魔理沙を男子扱いした時の一触即発の空気が変わった事にホッと一息つくことができた。
 緊張に包まれていた周囲の空気も元に戻るのを感じつつ、ジュリオは魔理沙からここに来るまでの出来事を聞く事となった。
 興味本位でホテルの外に出て、街中を歩いていたら野良犬に追いかけられて道に迷った事。
 そして偶然通りがかった魔理沙に助けられて、トコトコ歩きながらようやくここへ辿り着くまでの話を聞いてジュリオはウンウンと頷いた。

57ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:21:15 ID:uPUZJleA
「キミには助けられたようなものだね。まさかトリスタニアに、キミみたいに親切な魔法使いさんがいるとは予想もしていなかったよ」
「何といっても私は魔法使いだからな。自分が興味を抱いたモノにとことん付き合うのは職業柄のさだめ…ってヤツさ」
「おや?僕の知らない世界では魔法使い…というのは職業として扱われているらしいねぇ。どこに行ったらなれるんだい?」
「残念だがこの業界はライバルが少ない程に得なんでな、なりたいなら自分で方法を探してみな」
 そこまで言った所で、いつのまにか魔法使いに関しての話になってしまったのに気づいた二人はクスクスと笑う。
 出会ってまだ十分も経たないというのに、すっかり打ち解けたかのような雰囲気になってしまっているからだろうか。
 二人して明確な理由が無いまま暫しの間笑い続け、それから少ししてジュリオが共に落ち着いてきた魔理沙へ話しかけた。

「改めて言うが本当に助かったよ。トリスタニアは以外に複雑な街だし、性質の悪い平民たちもいるしね」
「あぁ確かに…路地裏とか結構入り組んでるし、いかにもチンピラって奴らもあちこち見かけてるな」
 念には念を入れるかのようなジュリオの言葉に魔理沙は納得するかのように頷きつつ、ついでジョゼットの方へ目を向ける。
 恐らくこの世界の人間でも珍しい銀髪に小さな体躯。もしも自分と出会わずに夜中まで迷い続けていたら大変な事になってたかもしれない。
 そう考えると自分はとても良い事をしたぜ!…と誰に自慢するでもなく内心で踏ん反り返っている。
 一方のジョゼットは自分を見つめてニヤニヤする魔理沙に首を傾げた思った瞬間、
 ハッとした表情をその顔に浮かべると慌てて頭を下げて、ここまでついてきてくれた彼女へお礼を述べた。。

「あ、あの!助けてくれて本当にありがとうございます、キリサメ・マリサ…さん!」
「別にタメ口でもいいぜ?でも゙さん゙付けは別に嫌いじゃあないし、嬉しいけどな」
 魔理沙の言葉に頭を上げたジョゼットは暫し考えるかのように体を硬直させた後、再度頭を下げて言い直した。
「じゃ、じゃあ…ここまでついてきてくれて、ありがとう。マリサ、さん」
「ははは、そうそうそんな感じでいいんだよ!…っていうか、別に言い直さなくたっていいんだけどな」
 律儀にも言葉を訂正してお礼を述べてくれたジョゼットに魔理沙は苦笑するしかなかった。
 彼女としてはほんのアドバイス程度だったのだが、どうやら真面目に受け取ってしまったらしい。
 ちょっと言い過ぎたかな?魔理沙がそう思った時、それはジュリオの背後――先程まで彼がいた一階から聞こえてきた。

「ジョゼット、無事だったのですね!」
「え…あっ、せ…―――セレンのお兄さん!」

 ジュリオと比べ微かに低く、しかし十分に若いと青年の声に真っ先に振り向いたジョゼットは、真っ先にそう叫んだ。
 遅れてジュリオも背後を振り返り、魔理沙は視線を動かして階段を降りてくる青年の姿が目に入る。
「あれは…?」
「彼は…セレン。ここへジョゼットを連れてきた騒ぎの張本人にして、もしかすると…彼女の身を一番案じてた人さ」
「…!成る程、ジョゼットが言ってたもう一人のお兄さんってアイツの事なのか」
 思わず近くにいたジュリオに訪ね、返事を聞いた魔理沙はここに来る前にジョゼットが言っていた事を思い出す。

58ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:23:07 ID:uPUZJleA
 年の程は良く分からないものの、階段の上からでも分かる程にその背丈は大きかった。
 恐らくジュリオと比べて一回り大きいがそれでいて痩せているためか、一見するとモデルか何かだと見間違えてしまう。
 ジュリオのそれと比べてやや濃い色の金髪をショートヘアーで纏めており、窓から漏れる陽の光で反射している。
 そして何よりも一番目についたのは、ジョゼットがセレンと呼んだ青年の表情から『優しさ』のようなものが溢れ出ていた事だ。

 『優しさ』――或いは『慈悲』とも言うべきか、とにかく彼の顔には『怒り』や『悲しみ』といった負の感情…というモノが一切見えないのだ。
 普通なら勝手にホテルから出て、街で迷ってしまったジョゼットを怒るべきなのだろうが、その予想は惜しくも外れてしまう。
 優しい笑みを浮かべる金髪の青年セレンが階段を降り切ると同時に、ジョゼットが彼の下へ走り出す。
 セレンは駆け寄ってくる少女を自らの両腕と体で優しく抱きとめると、繊細に見える銀髪を優しく撫でてみせたのである。
「あぁジョゼット、まさか探しに行く前に帰ってきてくれるとは…始祖に感謝しなければなりませんね」
「はい、仰る通りです!…けれど、始祖のご加護だけではなく、それにマリサさんにも!」
「?…マリ、サ…?もしかすると、そこにいる黒白のトンガリ帽子の少女ですか?」
 ジョゼットの口から出た聞き慣れぬ名前にセレンは顔を上げ、ジュリオの後ろにいる魔理沙へと視線を向ける。
 それを待っていたと言わんばかりに魔理沙は左手の親指でもって、自分の顔を指さしてみせた。
「そ!ジョゼットの言うマリサさん…ってのはこの私、普通の魔法使いこと霧雨魔理沙さ!」
「普通の、魔法…使い?メイジではなく?」
 魔理沙の自己紹介で出た゛魔法使い゙という言葉に彼もまた首を傾げ、それを見たジュリオがクスクスと笑う。
「セレン、そこは疑問に感じるでしょうが彼女にとってはそれが至極普通なんだそうですよ」
「…ほぉ、成程!つまり変わっているという事ですね?…嫌いじゃあありませんよ、そういうのは」
 笑うジュリオの言葉にセレンもまた微笑みながら返すと抱きとめていたジョゼットを少しだけ離して魔理沙と向き合う。
 一方の魔理沙も自分の顔を指していた親指を下ろすと、今度は彼女の方からセレンへ向けて右手を差し出す。
 それを見てセレンも気持ちの良い笑顔を浮かべながら、自分の両手でもって彼女の手を優しく包み込むように握手する。

「ジョゼットの知り合いになったばかりの私だが、以後お見知りおきを…ってヤツで頼むぜ」
「えぇ勿論。…私の名はセレン、セレン・ヴァレンです。今日、貴女という素晴らしい人、貴女を出会わせたくれた始祖の御導きに感謝を」
 互いに気持ちの良い握手をする最中、ふと魔理沙はセレンの首からぶら下がる銀色のアクセサリーに気付く。
 それは彼女のいる世界では良く見るであろう十字架とよく似た、敬虔なブリミル教徒が身に着ける聖具であった。

59ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/08/31(木) 22:29:43 ID:uPUZJleA
以上で八十六話の投稿は終了です。
今年の夏は色々と忙しく、またやる事も多かった季節でした。

それでは今日はここらで…
また来月末にお会いしましょう。ノシ

60名無しさん:2017/09/07(木) 22:26:27 ID:9RFKZYoI


61ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/08(金) 05:05:22 ID:gEw1OzH.
おはようございます。焼き鮭です。投下を行います。
開始は5:08からで。

62ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/08(金) 05:09:07 ID:gEw1OzH.
ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十五話「暗黒の化身」
超古代尖兵怪獣ゾイガー
超古代怪獣ゴルザ(強化)
邪神ガタノゾーア 登場

「ピアァ――――ッ!」
 ガリアから飛び立ち、今まさにアクイレイアを狙ってロマリア艦隊を壊滅せしめたゾイガーの
群れは、ロマリア側の虎街道上空にて侵攻を阻止しに出動したウルティメイトフォースゼロと
激しい交戦を繰り広げていた。
『ちっくしょう! こいつら、何てスピードだ! 攻撃が全然当たんねぇぜ!』
 空中でファイヤースティックを振るうグレンファイヤーが毒づいた。先ほどからゾイガーへ
向けて如意棒を振り回しているのだが、一体にさえかすりもしない。
『こっちもだ! ジャンミサイルが振り切られるとは……!』
 ジャンボットもまた搭載火器をフル使用しているが、ゾイガーの動きがあまりに速すぎて、
ロックオンすらも出来ないありさまであった。
 それもそのはず。ゾイガーの飛行速度はネオフロンティアスペースの当時の主力戦闘機
ガッツウィングはもちろんのこと、高速型のブルートルネードも、果てはマキシマオーバー
ドライブ搭載のスノーホワイトでさえ追いつけないほどの常軌を逸した速さなのだ。生半可な
攻撃では、ゾイガーの影を捉えることすら出来ない。それが何体もいるという恐ろしさ!
「ピアァ――――ッ!」
 それほどのスピードを出しながら縦横無尽に飛び回るゾイガーたちは、口から光弾を吐いて
ジャンボットとグレンファイヤーを一方的に攻撃する。
『ぐわぁぁッ!』
『うおあぁぁッ! くっそうッ……!』
 光弾を肩に被弾し悲鳴を発する二人。歴戦の戦士たるこの二人が大いにてこずるこの怪獣たちに、
怪獣迎撃に出撃したロマリア軍の部隊はますます太刀打ちすることは出来なかった。
「速すぎて目で追うことすら出来ない……! これでは戦いにもならん……!」
 ロマリアの聖堂騎士の一人が唖然とつぶやいた。艦隊はまだ残存しているが、ガッツウィングと
比べたらはるかに遅いハルケギニアのフネではゾイガーに対抗することなど到底出来ない。
オストラント号でも不可能である。人間たちは、何も出来ることがなく立ち尽くすばかり。
『はぁッ!』
 グレンファイヤーやジャンボットも苦戦する中、ミラーナイトは鏡のトリック全開でゾイガーに
対抗している。空に張り巡らした鏡にミラーナイフを連続反射させることで、一体の羽を切り
飛ばしたのだ。
「ピアァ――――ッ!」
 片側の羽を失ってバランスを崩したゾイガーが谷底へ向けて真っ逆さまに転落していった。
それを追いかけるのはグレンファイヤー。
『ようやく一体落としたか! とどめは俺に任せな!』
 役割分担をして、グレンファイヤーは地上に落ちたゾイガーを叩く。そのつもりだったのだが……。
『うらぁッ!』
 炎の拳を、ゾイガーが弾き返した!
『ん何!?』
「ピアァ――――ッ!」
 更にグレンファイヤーを蹴り返すと、残った片側の羽を自ら引っこ抜いて身軽となる。
そして跳ねながらグレンファイヤーに猛然と反撃を行う。
『くッ、飛べなくなっても戦えんのか! 何て手強い奴らだ……!』
 さしものグレンファイヤーも冷や汗を垂らした。一体だけでもこれほど隙がないのに、
まだまだ何体もいるのだ!
 追いつめられるウルティメイトフォースゼロ。この戦いに、地上から入り込もうとする
人間がただ一人だけいた。

63ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/08(金) 05:12:00 ID:gEw1OzH.
「ウルティメイトフォースゼロが危ないわ! 援護するわよ!」
 ルイズだ。虎街道の入り口、戦場を一望できる崖の上で、杖を握り締めながら前に出ようと
するのを、彼女の護衛のギーシュたちが慌てて制止した。
「ルイズ! おい、馬鹿な真似はよせ! 無闇に身を乗り出そうなんて、いくら何でも
命知らずが過ぎる!」
「怪獣の速度を見ろ! 向こうがこっちに気づいたら、まず間違いなく死んだと悟る前に
消し飛ばされるぞ!」
 ロマリアは聖女となったルイズの護衛に聖堂騎士隊や民兵の連隊をつけたが、今はどちらも
敵怪獣の強力さにすっかりと怖じ気づいていた。オンディーヌも、ルイズがいなければずっと
身を潜めていたい気分である。
「何言ってるのよ! 隠れてるだけで戦いに勝てる!? ウルティメイトフォースゼロは
勇敢に戦ってるのに、このハルケギニアの貴族のあんたたちはコソコソしようっていうの!?」
 怒鳴り散らすルイズだが、ギーシュは反論。
「だからって、きみは無謀だよ! 呪文も唱えないでさ! 何だか昔のきみに戻ってしまった
みたいだよ。やはり、サイトを帰してしまって落ち着きをなくしてるんじゃないのかい?」
 その言葉にドキリとするルイズ。
「て、適当なことを言わないでちょうだい! わたしはただ、自分の後ろにいる人々を守りたいだけよ!」
 強がるルイズだが、実際は図星であった。才人がいない……彼の分まで戦わなくてはならない……
それを意識しすぎるあまり、つい功を焦ってしまうのだ。
 虚勢を張るルイズに参るギーシュたちは、ふと彼女に尋ねかけた。
「ところで、サイトの代わりになるとか言ってた男はどこに行ったんだい? いつの間にか、
姿が見えないけれど」
「ランなら……先に戦いに行ったわ」
「ええ!? まさか、あの激戦に生身で飛び込んでいったのかい!? 無茶な!」
 マリコルヌが叫んだその時、彼らの目の前を、崖の下から現れたウルトラマンゼロが猛然と
飛び上がっていった!
「シェアッ!」
「おおッ! ウルトラマンゼロだ!」
 ゼロの登場には、ギーシュたちも一瞬心が沸き上がった。
 ランから変身したゼロは全速力でミラーナイトたちを苦しめるゾイガーの群れに飛び込んで
いきながら、ルナミラクルゼロへと姿を変えた。
『この星にはこれ以上手出しはさせねぇ! ミラクルゼロスラッガー!』
 ゼロは数を増やしたスラッガーを飛ばし、ゾイガーを纏めて三体滅多切りにして爆散させた。
ゾイガーの超スピードをも超える早業であった。
「ピアァ――――ッ!」
『レボリウムスマッシュ!』
 ルナミラクルゼロの超能力でゾイガーと同等のスピードを出しながら、手の平から発する
衝撃で片っ端から弾き飛ばしていく。ゼロもまた才人の分まで戦おうとしているのだが、
ルイズとは違ってあくまで冷静に、それでいて闘志を燃やしていつも以上の力を発揮する
ことに成功していた。
『助かりました、ゼロ!』
『ここから盛り返すぞ!』
 ゼロの加勢によってウルティメイトフォースゼロが徐々に押していく。それに合わせて、
人間たちの心にも希望が灯っていく。
「おお、すごい! さすがゼロ!」
「この調子ならいけるわ! 生き残りは、わたしの“爆発”で纏めて地上に叩き落とせば……」
 意気込むルイズだったが……彼女たちは、すぐに思い知らされることとなる。
 あれほど手強かったゾイガーが、真の戦いの『前座』でしかなかったことを。
「プオオォォォォ――――――――!!」

64ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/08(金) 05:14:55 ID:gEw1OzH.
 怒濤の勢いを見せていたゼロだったが、突如谷底から長く巨大な触手が伸びてきて、彼を
はたき落としたのだ。
『うおぉッ!?』
「あぁッ!? ゼロがッ!」
「何事だ!? 触手!?」
 不意打ちを食らったゼロが谷底に落下。すぐに起き上がるものの、彼はそこで目の前に
現れた『もの』を目にして驚愕する。
『な、何だ! 闇!?』
 ゼロの眼前に、広大な谷を埋め尽くそうとしているかのように、『闇』としか言いようない
もやのようなものが立ち込めているのだ。いや……その『闇』は凝縮されていき、ゼロをも
超える巨体の怪物を形作っていく。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 ルイズたちもその怪物の姿を目にして、一斉に絶句した。
「な、何だ、あの化け物の異常な姿は……! いくら何でもおかしいだろう……!」
「しかもでかい……! ゼロが子供みたいだ……!」
 ギーシュが『異常』と称したその怪物の姿は、巻貝かアンモナイトから怪物の首と四肢、
触手が生えているかのようなもの。しかもその眼は、下顎についている。まるで顔の上下が
逆になっているようだ。顔の上下が逆の生物が他にいるだろうか?
 それに全高が百五十メイル辺りもある。ゼロの倍以上だ! そして全身から発せられる
プレッシャーは、並みの怪獣の比ではない。距離の離れている聖堂騎士隊や民兵が、一目散に
逃げ出してしまったほどだ。
 ゼロはこの闇の怪物の名を、戦慄とともに口にした。
『邪神ガタノゾーア……! こんな奴までいやがったか……!』
 それは広い宇宙でも特に恐れられる名前の一つだ。かつてネオフロンティアスペースの
地球の超古代文明を滅ぼし、現行文明もまた滅ぼしかけたほどの大怪物である! その力は
計り知れないものに違いない。
『だがッ! 俺は負けねぇぜッ!』
 ゼロはストロングコロナゼロになって、超巨大なガタノゾーアにも恐れずに果敢に挑んでいく。
『おおおぉぉぉッ!』
「プオオォォォォ――――――――!!」
 一瞬で距離を詰めて、鉄の拳を真正面からぶち込む! ……が、ガタノゾーアは全くびくとも
しなかった。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 ガタノゾーアは少しの身動きもしないまま、全身からエネルギーをほとばしらせてゼロを
弾き返す。
『ぐあッ!?』
 吹っ飛ばされたゼロにガタノゾーアの触手が襲い掛かり、首に巻きついて締め上げる。
『ぐッ、ぐぅぅぅぅ……!』
 必死に触手に抗うゼロだが、ストロングコロナのパワーを以てしてもなかなか引き千切る
ことが出来ない。延々と苦しめられるゼロ。
『何て野郎だ……! ゼロを簡単にあしらってやがるッ!』
 おののくグレンファイヤー。しかし仲間たちはゾイガーに足止めされており、ゼロの救援に
向かうことが出来ないでいた。
『ぜあぁッ!』
 ようやく触手を千切って拘束から逃れたゼロ。だがこれはガタノゾーアに無数にある触手の
一本でしかないのだ。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 ガタノゾーアは触手の数を増やし、更に巨大なハサミつきの触手を伸ばしてゼロを追撃。
ハサミはゼロの上半身ほどもあるサイズだ。
『うおぉッ! ぐあぁぁッ!』
 大量の触手を叩きつけられて、さしものゼロもどんどんと追いつめられていく。カラー
タイマーも危険を報せ、このままでは極めてまずい。

65ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/08(金) 05:16:57 ID:gEw1OzH.
『ぐッ……はぁぁぁぁぁぁぁッ!』
 全身からエネルギーを発して触手を吹き飛ばした一瞬の隙に、ゼロは決死の反撃に転ずる。
『ガルネイトバスタァァァ―――――ッ!』
 全力を込めた光線をガタノゾーアに叩き込む! 灼熱の光線はガタノゾーアの中央に炸裂し、
ガタノゾーアの動きが停止した。
「決まったッ!」
 ぐっと手を握り締めるルイズたち。――しかし、
「プオオォォォォ――――――――!!」
 ガタノゾーアが停止していたのはほんのわずかな時間だけであった! それ以外は、通用した
様子が見られない。
『なッ……!?』
 動揺するゼロ。その隙が命取りとなり、触手のハサミに両肩を掴まれて動きを封じられてしまった。
『しまったッ! うおおぉぉ……!』
 もがいて逃れようとするゼロだったが……既に遅かった。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 ガタノゾーアから暗黒の光線が照射され、ゼロのカラータイマーを貫いた!
『がッ……!?』
 ゼロの視界から色が消える。そして……カラータイマーが瞬く間に石化し、ゼロの全身も
完全に石化してしまった……!
「ぜ、ゼロッ!?」
『ゼロぉッ!』
『ゼロぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!』
 絶叫する仲間たち。しかし石化したゼロは物一つ言わず、ガタノゾーアの触手に突き
飛ばされて谷底に倒れる。
「ウルトラマンゼロが、負けた……」
「プオオォォォォ――――――――!!」
 ゼロを石像に変えたガタノゾーアが、勝ち誇るように咆哮。ルイズはそれに、キッと怒りの
眼差しを向けた。
「よくもゼロを……! ありったけの“爆発”を食らわせてやるわ!!」
 激しい怒りを燃やすルイズ。しかし相手はゼロを一蹴するほどの規格外の化け物。“爆発”も
通用するかどうか。
 だがやらねばならない。ゼロの仇を取るのだ! とルイズは呪文を唱えるのだが……。
「グガアアアア! ギャアアアアアアアア!」
 突然新たな怪獣の鳴き声が、下から起こった。直後、ルイズたちの立っている崖に亀裂が走る。
「あ、危ないッ!」
「ルイズ、下がるんだッ!」
「放してッ! あいつをぶっ飛ばさなきゃ!」
「その前にきみが転落死するぞ!?」
 危険を察知したオンディーヌが慌てて、ルイズを抱えながら退避。それがぎりぎり間に合い、
崖の崩落から逃れることが出来た。
 しかし崩れた崖の中から、一体の新たな怪獣が出現したのだった!
「グガアアアア! ギャアアアアアアアア!」
 ガタノゾーアのしもべの怪獣ゴルザ! それもマグマのエネルギーを吸収することで肉体を
強化した個体だ! 戦いの騒乱に紛れて、地中を掘り進んできたのだ。
「わッ、わああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――!!」
 一斉に悲鳴を発するオンディーヌ。何せ怪獣は目と鼻の先だ!
『彼らが危ないッ!』
 焦るミラーナイトたちだが、未だにゾイガーの群れに苦戦していて救援に回ることは
出来なかった。ルイズたちを助けられる者が、この場には誰もいない!

66ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/08(金) 05:19:29 ID:gEw1OzH.
「くぅッ……!」
 目の前にそびえ立つゴルザを憎々しげに見上げるルイズ。しかし山のような怪獣に対して、
彼女はあまりにちっぽけであった。

「ウアァッ!」
 キリエロイドを撃退してブリミルたちの村を救ったかに見えたティガ=才人だったが……
その後すぐに現れた新たな脅威に、まるで太刀打ちできずに叩きのめされていた。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 その相手とは、邪神ガタノゾーア! 六千年前にも現れていたのだ。そして今まさに才人を
追い詰め、殺そうとしている!
『つ、強すぎる……! こんな奴が現れるなんて……!』
 ガタノゾーアはティガのあらゆる攻撃を受けつけない。パワータイプとなって筋力を底上げし、
ハンドスラッシュやデラシウム光流など様々な光線を次々繰り出しているのだが、ガタノゾーアには
少しのダメージも与えられている様子がなかった。
「プオオォォォォ――――――――!!」
「ウワァァァッ!」
 ガタノゾーアの触手がティガを殴りつける。ティガはパワータイプになっても力負けし、
ねじり伏せられる。
『だ、駄目だ……! ブリミルさんたちを、守らなきゃなんないのに……!』
 もしブリミルが死んでしまったら、現代のルイズたちは全員タイムパラドックスで消滅して
しまうかもしれない。これまでの出逢いが、全てなくなってしまうのだ……。だがエネルギーは
もう残りわずか。ここからどうやったら逆転が出来るのだろうか。
 最早打つ手なし。才人は己の無力さを噛み締めるしかない。そう思われた時だった。
「負けるな、ウルトラマン!」
 誰もが絶望している中、それでも応援を続ける者が一人。そう、ブリミルである。
「ぼくはそれでも、きみたちが見せてくれる光を信じる! ぼくに何が出来るか分からない
けれど……ぼくも戦うよ! きみたちの、力となるッ!」
 懸命な思いをとともに、ブリミルは杖を掲げる。そして才人にとっては聞き慣れた、“爆発”の
呪文を唱え始めた。当たり前と言えば当たり前だが、ルイズのものと同一だ。
 しかしその杖先に灯った光は、“爆発”の輝きとは異なるものだと才人には分かった。
『あれは……?』
「こ、この輝きは……? いつもの光り方じゃない……」
「ブリミル、どういうこと?」
 呪文を唱えたブリミル本人も何事か分かっていないようだ。問いかけたサーシャが、
あることに気づく。
「ブリミル、杖だけじゃなくあなた自身も光ってるわ!」
「えッ!? うわッ、本当だ!」
 ブリミルの身体全体がほのかに光り、その光が杖に集まっていく。杖に灯る輝きはまばゆい
ほどになり、サーシャたちは思わず顔をそらした。
「おぉッ!?」
 最高潮に高まった光が勢いよく飛び、ティガのカラータイマーに入り込んでいった。その瞬間、
色が青に戻る。
 それだけではない。ティガの肉体にも大きな変化が発生し、黄金色の光に包まれていく!
『こ、この光は!? 身体中に……力がみなぎってくる!!』
 思わず興奮する才人。ルイズの虚無魔法で何故か力が回復することは何度かあったが、
今のこれはその比ではない。限界以上に力が湧き上がってくるのだ!
「ハァッ!」
 立ち上がったティガの身体が、そのままぐんぐんと巨大化。自分と同等の体躯になっていく
ティガに、ガタノゾーアが初めて狼狽えたように見えた。
 ウルトラマンティガは、黄金の光に覆われた最強の形態……グリッターティガとなったのである!

67ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/08(金) 05:21:55 ID:gEw1OzH.
ここまでです。
ウルトラお家芸、石化。

68ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 11:43:48 ID:EofJgLJk
ウルゼロの人、乙です。
ブロンズ像、石化、黄金像、宝石化。ウルトラ戦士はだいたい一度は固まらさせられますね。

こんにちは。こちらもウルトラ5番目の使い魔、64話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。今回はちょっと長めです。

69ウルトラ5番目の使い魔 64話 (1/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 11:45:10 ID:EofJgLJk
 第64話
 湖の舞姫
 
 用心棒怪獣 ブラックキング 登場!
 
 
 ハルケギニアに平穏な時が流れるようになってから、しばらくの時が過ぎた。
 その間、魔法学院やトリスタニアで少々の事件はあったが、世間はおおむね安定を保っていた。
 しかし、平穏とはなにもないことを意味するわけではない。平和な中でこそ行われる熾烈な戦いはいくらでもある。
 地球で例えるなら、受験戦争、会社内での成績争い。いずれも、他者を押しのけて自己の利益をはかる生々しい争いだ。
 だからどうした? そう思われるかもしれない。しかし過去のウルトラの歴史において、たったひとりの負の情念から凶悪な怪獣が出現した例は数知れないのだ。
『ほかの知的生命体では、なかなかこうはいきません。人間という生き物は、ある意味宇宙でもっとも有用な資源ですね』
 この世界のどこかで、ある宇宙人がこう言った。
 そして、ハルケギニアは貴族社会。当然、それにはそれにふさわしい戦いの場が存在する。
 
 
 ある夜、場所はトリステインの名所であるラグドリアン湖の湖畔。
 広大な湖畔の一角には貴族の別荘地が並び、そこではある貴族の別荘の広大な庭園を会場にして、トリステインが主催の園遊会が開かれていた。
「諸国の皆さん、本日は我が国の園遊会にお越しいただきありがとうございます。ささやかですが宴の席を用意しました。今宵は堅苦しいしがらみを抜きにして、隣の国に住む友人として語り合いましょう」
 トリステインを代表して、アンリエッタ女王(本物)が貴賓にあいさつをした。それに応えて、集まった数百の貴族たちからいっせいに乾杯の声が流れる。そして彼らは、解散を伝えられると会場のあちこちに散って、思い思いに食事や談笑を楽しみ始めた。
 もちろん、これはただのパーティなどではない。トリステイン貴族の他にも、ここにはゲルマニアやアルビオンの貴族が何十人も招待され、彼らは楽しげな会話の中で、様々な取引や情報交換、場合によっては縁談の相談などを行っている。
 貴族とは権力で成り立っている存在ゆえに、その勢力の維持には他の勢力の取り込みや連帯は欠かせず、特に外国の貴族とのつながりは大きな力となる。逆に言えば、貴族の世界で孤立することは身の破滅を意味することに直結するため、園遊会は貴族たちにとって、自らの繁栄や安全を支えるための重要な行事なのである。
「園遊会の一席で、戦争が起きもすれば止まりもいたします」
 マザリーニ枢機卿は、アンリエッタへの教育の一環としてこう語った。
 さらに貴族の繁栄は、その貴族の国の繁栄にもつながる。アンリエッタもそのために、数々の貴族とのあいだを行き来して話を続けている。アンリエッタは幼いころに参加させられた園遊会で、子供心には退屈のあまりに抜け出して、少年時代のウェールズと出会って恋に落ちた。今回、この場にウェールズの姿はないが、アンリエッタも今では自分の立場の義務と責任を理解できない子供ではない。

70ウルトラ5番目の使い魔 64話 (2/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 11:51:41 ID:EofJgLJk
 様々な政治的思惑が交差し、場合によっては歴史を動かしかねない交渉がなされていく。平民には想像もできない高度で深淵な駆け引きの場がここにあり、よくも悪くもハルケギニアの社会には欠かせない存在としてあり続けてきた。
 
 そして、そんな賑やかなパーティ会場の一角に、ギーシュとモンモランシーが席を並べていた。
「ああ、我らの女王陛下。今日もなんて美しいんだ! まるで夜空に咲いた一輪の百合。この大空に輝く二つの月さえも、陛下の前ではかすんで見えるでしょう」
「ふーん、つまりわたしより女王陛下のほうがいいって言うのね? わたしが一番だって言ってくれた、あの日の言葉は嘘だったのねえギーシュ?」
「あ、いやそんなことはないよモンモランシー! これは、トリステイン貴族としてのぼくの忠誠心から来てるものであって」
「嘘おっしゃい! あんたの視線、陛下のどこを見てたかわたしが気づいてないとでも思うの? ほんとに、ギーシュの言葉はアルビオンの風石より軽いんだから」
 高貴な園遊会にふさわしくない低レベルな喧嘩をしている、きざったらしい一応二枚目と、金髪ツインテールドリルの少女。その場違いな様に、近くを通りかかった貴族の何人かは首をかしげて通り過ぎていった。
 しかし、なぜこの場にまだ学生である二人がいるのだろうか? もちろん二人とも遊びで参加しているわけではない。まだ学生の身とはいえ、二人とも名のある貴族の一員である。この場にいるという意味はじゅうぶんに理解していた。
 もっとも、まだこういう場での立ち振る舞いがわかってないあたり、二人が無理に参加させられているのは周りから見れば容易に察せられた。
「機嫌を直しておくれよモンモランシー。女王陛下は例外さ、むしろ女王陛下と比べることのできるモンモランシーこそすばらしいんじゃないか。ごらんよ、女王陛下の威光はいまやハルケギニア中に知れ渡り、なんとも壮観な眺めだと思わないかい? アルビオンをはじめとする世界中の名士が幾十人も顔を揃えているよ。これに参加できるなんて、ぼくらはなんて幸せなんだ。そう思わないかい?」
「はいはい、はしゃぎすぎてトリステインの田舎者だって思われないようにしてよね。うちの父上は、この園遊会でモンモランシ家の名誉回復しなきゃいけないって張り切ってるんだから、あんたのせいで失敗したなんてことになったら、わたしは実家に二度と帰れなくなっちゃうわ」
 はしゃぐギーシュにモンモランシーが釘を刺した。二人とも、今日は魔法学院の制服ではなく貴族の子弟としてふさわしいきらびやかな衣装に身を包んでいた。ギーシュのタキシードの胸と背中には、グラモン家の家紋である薔薇と豹が刺繍されており、モンモランシーのドレスにも同様に家紋が編み込まれている。ギーシュのグラモン家やモンモランシーのモンモランシ家にとっても今日のことは重要で、ふたりともそれぞれの一族の一員として学院を欠席してでも呼び寄せられていたのだ。
 とはいえ、普段は二人とも園遊会に参加することなど、まずない。そもそも園遊会に参加したがる貴族は膨大な数に上るため、国内から参加する家は一部を除いてくじ引きで決めることになっている。今回は幸運にも、グラモンとモンモランシ家が名誉なその資格を勝ち得たのだった。
 それゆえに園遊会に参加し、どこかしらの有力貴族とコネを作れれば自分の家にとっての助けになると、ふたりとも大きな意気込みを持ってここにやってきた。特にこのふたりの実家は、かなりのっぴきならない状況を抱えている。
「確かモンモランシ家は、水の精霊の怒りに触れてしまって水の精霊との交渉役を下ろされてしまったんだっけ? そのせいで収入も激減して、なんとか新しい稼ぎ口を見つけなきゃいけない君のお父上も大変だね」
「はいはい、あなたのところだって、お父上やお兄様方の女好きが行き過ぎて、貢いだお金が青天井なんでしょう? 出征の出費の数倍は出してるって、もっぱらの噂よ」
「うぐっ! じ、女性に最大限の敬意を払うのはグラモン家の伝統だから仕方ないんだよ。あっ、心配しないでくれよモンモランシー。僕はいつまでも、君だけの、君だけを愛し続けるからね!」
「はいはいはい。あーあ、こうなったらグラモン家の伝統を見習って、わたしも外国のかっこいい殿方を探そうかしら?」
「そ、そりゃないよモンモランシー」
 情けない声を漏らすギーシュを、モンモランシーは白けた眼差しで見下ろしている。ギーシュの手に持った薔薇の杖も、持ち主の心情を反映したのか心持ちしおれて見えるが、自業自得であろう。

71ウルトラ5番目の使い魔 64話 (3/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 11:55:16 ID:EofJgLJk
 モンモランシーはギーシュから視線を外すと、会場に並べられたテーブルに並べられている豪勢な料理を皿に取り、不機嫌そうにしながらも舌つづみを打った。アンリエッタ女王の園遊会の予算削減方針で、前王のころに比べれば半分以下の規模になっているが、それでも山海の珍味を集めた料理の数々はたまらなく美味だった。
 没落した貧乏貴族のモンモランシーは、普段こんな豪勢な料理を口にすることはない。魔法学院の料理も平民から見れば豪勢だが、この園遊会の料理に比べれば地味と言ってよかった。貴族と一口に言っても、きっちり勝ち組と負け組はあるのである。
「いっそ本当にギーシュなんか捨てて、ここで新しい彼を探そうかしら」
 ため息をつきながらモンモランシーはそう思うのだった。
 最近のギーシュのおこないは目に余る。このあいだのアラヨット山の遠足のときには、同じ班になったティファニアに終始くっつきっぱなしで自分のところには一度も来なかった。あの後、少々体に教え込ませたが、まだ怒りが収まったわけではないのだった。
 この園遊会での立ち振る舞いひとつで、貧乏貴族が大貴族になることもありうる。もしモンモランシーがどこかの大貴族の殿方のハートを射止めれば、モンモランシ家にはバラ色の将来が約束されるだろう。
 でも、ギーシュが冷たくされたときに見せる情けない顔を見ると、許してやろうかという気がどこからか湧いてくるのである。まったく、難儀な男を好きになってしまったものだとつくづく思う。
「ふ、ふん! だったらぼくも、このパーティで外国の姫を射止めてやろうじゃないか。後から後悔しても遅いよ、モンモランシー」
「好きにすれば?」
 モンモランシーは軽く突き放した。学院の女生徒ならともかく、それこそ誘いは星の数ほどもあるであろう外国の淑女がギーシュごときの安っぽい台詞にひっかかるとは思えなかったのだ。ただ、それ自体は自分にとって腹立たしいものではあったが。
 ギーシュとモンモランシーは、その後もパーティの貴族たちからは一線を引いた距離で、いつも学院でしているような会話を続けた。
 どのみち暇は有り余っている。二人とも、それぞれの実家から、やっと掴んだ園遊会の出席権に加えてやるから来いと言われて張り切ってここまでやってきたが、ふたりの実家からの期待はすぐにしぼんでしまった。
 それはギーシュとモンモランシーの関係をそれぞれの実家が知ったゆえで、モンモランシ家のほうは娘が武門の名家であるグラモン家の息子と懇意であるなら願ってもなしと言い、グラモン家のほうは五男坊のギーシュがそこそこの相手を見つけたのなら特に咎める気はない、とあっさり認めて、無理に売り込みをしなくてもよいぞと解放されてしまったのだ。
 これではふたりの、特にモンモランシーのやる気の減退は著しかった。もっとも、実はふたりの実家がふたりを呼んだ主な目的は、今回の園遊会で有力貴族たちに、「うちの子をどうかよろしくお願いします」という顔見せであったために、最初にそれがすめばほかの活躍を期待などはされていなかった。ふたりが先走っただけである。
 ただ、いざ誰かに話しかけようかと思っても、会場にはギーシュとモンモランシーの他には同年代はほとんど見えず、話が合いそうな相手が見つからないのが現実ではあった。
「園遊会でポーションの話題を出してもしょうがないものね。わたしの手作りの香水じゃ、本場の高級品に勝てるわけがないし。あーあ、こういうときキュルケだったらファッションの話題とかから切り出してうまくやるんでしょうけど、正直甘く見てたわ」
 モンモランシーは、園遊会という大人の世界に足を踏み入れるのに、自分がどれだけ未熟だったかを参加してつくづく思い知らされていた。

72ウルトラ5番目の使い魔 64話 (4/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 11:57:14 ID:EofJgLJk
 対してギーシュはといえば、ときおり通りかかる女性にダンスを申し込んだりしていたが、例外なくけんもほろろに断られている。いつもだったら怒るところだが、こうも見え透いて失敗していると哀れにさえ見えてくる。
 
 賑やかな園遊会の蚊帳の外に置かれ、すっかり腐っているモンモランシーとギーシュ。
 しかし、ふたりは幸運であったのかもしれない。なぜなら、華やかに見える園遊会の裏では、どす黒い思念が渦巻いていたからだ。
「この、伝統も格式もない成り上がりめが。貴様など、一スゥ残らず搾り取って、いずれ乞食に叩き落してくれるわ」
「貴様が余計な横やりを入れたおかげでうちの息子の縁談が破談になった。必ず生かしてはおかんからな」
 言葉にはならない貴族同士の敵意や殺意のぶつかり合いが笑顔の裏で繰り広げられていた。
 園遊会では、時に莫大な金や権力の移動が起こる。そこでは当然、勝者と敗者の間での憎悪の応酬も日常茶飯事なのだ。それは会場の中に限った話ではなく、園遊会に参加できなかった貴族も合わせると、その恨みの量は果てしなく膨れ上がる。自分を差し置いて園遊会に参加したあいつめ、という逆恨みもまた深い。
 ギーシュやモンモランシーの親が、園遊会にふたりを本格的に参加させなかった理由のひとつがここにある。ふたりとも、貴族の一員として園遊会で『そういうことがある』のは知識として知ってはいても、生で体験したことはない。学院では、ギーシュをはじめ貧乏貴族たちがベアトリスに媚びを売っているが、そんな生易しいものではない弱肉強食の世界が園遊会の真実なのである。
 いまだ少年のギーシュと少女のモンモランシーは、園遊会のほんの入り口に触れたにすぎない。そのことに気づくには、まだ数年必要であろう。
 
 そして、この渦巻く『妬み』の波動に目をつける者がいても、それは何の不思議もなかった。
 夜空から、赤い月を背にして地上を見下ろす赤い怪人。そいつは腕組みをして、地上の貴族たちの駆け引きを眺めながらつぶやいた。
「ウフフ、これはまたすごい『妬み』の力ですねえ。これに関しては、私が小細工をしなくても入れ食い状態ですよ。でもそれだけじゃつまらないですし……フフ、せっかくだからもう少し見物してからにしますか」
 趣味悪く人間たちを見下ろし、なにかを企む宇宙人。人間たちはまだ誰も、空にたたずむ悪魔の姿には気づいていない。
 
 パーティ会場で続く、園遊会という名の戦争。それは貴族社会の繁栄と新陳代謝のためには必要ではあるとはいえ、その二面性の強さは幼き日のアンリエッタやウェールズが飽き飽きしたのも当然だと言えた。
 しかし、そんな泥沼の中にあっても、美しい花が咲くことはあった。
「ルビティア侯爵家ご息女、ルビアナ・メル・フォン・ルビティア姫様。ご入場あそばせます!」
 進行役の声が高らかに響き、会場に新しい参加者がやってきた。
 その声に、入り口を振り返った貴族たちは、いっせいに天使が降臨したのを見たかのような感嘆のうめきを漏らした。数名の護衛と使用人を従えて入場してきたのは、淡いブロンドの髪を肩越しになびかせながら、輝くようなシルクのドレスをまとった麗しき令嬢であったのだ。
「おお……なんと」
「美しい……」
 貴族たちは、一瞬前まで笑顔背剣の争いをしていたことを忘れ、その令嬢の容姿に見惚れてしまった。

73ウルトラ5番目の使い魔 64話 (5/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:03:03 ID:EofJgLJk
 年のころはアンリエッタよりもやや上で、大人びた雰囲気ながらも口元は微笑を浮かべているように優しく、かつモンモランシーと似たサイドテールで髪をまとめている姿は活発さも感じられた。それでいてドレスから覗く手足はすらりと細く、しみ一つない肌は最高級の磁器にも例えられよう。そして、一歩一歩静々と歩く様は、まるで天使が雲上を歩んでいる姿をも思わせ、なによりもその美貌は、アンリエッタに勝るとも劣らない。
 ルビアナと呼ばれたその令嬢は、例えるならば最上級の人形師が作り上げたドールが生を得たかのような美しさで、一瞬にして会場の貴族たちの目をくぎ付けにしてしまい、粛々と歩むルビアナの姿を貴族たちは惚けながら見送っていく。そしてギーシュとモンモランシーも、初めて見るその美しい姿に感動を覚えていた。
「なんて綺麗な人、いったいどこのお姫様かしら」
「ルビティア侯爵家、ゲルマニアでも五本の指に入る大貴族さ。先代がルビーの鉱山の発見で財を成した一族で、ルビティアの性もその功績で賜ったそうだよ。なにより、侯爵の一人娘は並ぶ者がいないという絶世の美女だと聞いていたけど……ああ、想像以上のお美しさだ。まるでルビーの妖精、いや女神だよ」
 ギーシュの例え通り、ルビアナのドレスには無数のルビーがあしらわれており、シルクのドレスの純白とルビーの真紅とで芸術的なコンストラクトを描いていた。
 もっともモンモランシーにとってはギーシュのそんなうんちくも、美人の情報にだけは詳しいのね、と嫉妬の火種になってしまうだけで、ブーツの上からヒールを突き立てられるはめになっていた。
 
 やがてルビアナ嬢はアンリエッタの前に立つと、上品な礼をした後にあいさつを交わした。
「はじめまして、アンリエッタ女王陛下。お招きいただき、ありがとうございます。到着が遅れてしまったことを、心からお詫び申し上げます」
「いいえ、遠路はるばる我がトリステインによくぞおいでくださいました。心より歓迎の意を申し上げます。はじめまして、ミス・ルビアナ。本日はささやかながら、トリステインの園遊会を楽しんでいかれてくださいませ」
 アンリエッタとルビアナは優雅な会釈をかわしあった。それはまるで、二輪の百合が並んで咲いたかのような輝きを放ち、ささくれだった貴族たちの心を一時なれども癒していった。
 だがそれとして、貴族たちは、まさかルビティア家が参加してくるとはと驚きを隠せないでいる。伝統こそないが、ルビティアはルビーの専有により宝石市場に大きな影響力を持つため、貴族と宝石、魔法と宝石は切っても切れない関係な以上、その発言力は単なる貴族の枠では収まり切れないものを持つ。トリステインで釣り合う力を持つ貴族は、恐らくヴァリエール家のみだろう。
 さらにそれにもましてルビアナ嬢が参られるとは驚きだ。絶世の美貌を持つ才女だという噂だけは皆耳にしていたが、侯爵の秘蔵っ子なのか表舞台に姿を見せることはほとんどなかった。それを、いくらゲルマニアと同盟関係にあるとはいえ、小国トリステインが招待に成功するとは信じられない。
 すると、ルビアナは集まった貴族たちに会釈をすると、鈴の音のような声で話し始めた。
「ここにお集まりの、隣国トリステインの皆さん。そして我が同胞ゲルマニアや、アルビオン、ガリアの皆さま、お初にお目にかかります。わたくしはルビアナ・メル・フォン・ルビティア、以後お見知りおきをお願いします。わたくし、非才の身なれど、祖国のために見識を積み、ひいてはハルケギニア全体の繁栄の役に立てるよう、ここに遣わされてまいりました。どうか皆さま、この若輩の身を哀れと思い、よき友人となってくれることをお願いいたします」
 会場からいっせいに拍手があがった。さらにルビアナはアンリエッタと並んで手を取り合い、両者のあいだに友情が生まれたことをアピールする。それは外交辞令のパフォーマンスだとしても、非のつけようもないくらい美しい流れであった。
 しかし現実的な問題としては、ルビティアがトリステインを足掛かりにして国外進出を狙っているということを明らかにしたわけだ。アンリエッタ女王はそれを狙ってルビティアを招待したのか? それともルビティアがアンリエッタに売り込んだのか? いずれにしても当然、貴族たちは奮起する。もしルビティア家とコネを作れれば、それはこの上ない力となるだろう。

74ウルトラ5番目の使い魔 64話 (6/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:04:39 ID:EofJgLJk
 アンリエッタは一歩下がると、ルビアナに微笑みかけた。
「さあ、堅苦しいあいさつはここまでにして、パーティを楽しんでいらしてください」
「ありがとうございます。では、どなたかわたくしとダンスをごいっしょしてくださいませんか?」
 手を差し出したルビアナに、貴族たちはいっせいに前に並んで「我こそは」と競い合った。もちろん、ここでパートナーに選ばれればメビティアとのコネを作る絶好の機会だからだ。
 もろちんグラモン家も例外ではない。ギーシュの兄たちもいっせいに駆け出し、ギーシュも兄たちに遅れてはなるまいと兄たちに並んでいく。
 モンモランシーは、そんなギーシュの後姿を気が抜けた様子で見送っていた。
「ほんとにバカなんだから……」
 止める気はない。グラモン家の一員として、ここで動かなかったら後で父や兄たちに叱られるであろうことはモンモランシーもわかっていた。
 しかし、きれいな女性に向かって一目散に駆けていくギーシュの姿を見て、腹立たしいものが胸に渦巻く。後で自分を称える歌の十個でも作らないと許してあげないんだから、とモンモランシーは心に決めた。
 そしてあっという間に、ルビアナの前には若い貴族たちの壁が出来上がった。グラモン家をはじめ、あちこちの貴族の子弟たちが、まさに貴公子といった精悍な姿で「私がお相手をつとめましょう」と、ひざまずきながら姫に手を差し出しているのだ。
 ギーシュも、四人の兄たちの端に並んでポーズをとっていた。そのポーズの形は、さすが学院で女生徒をデートに誘うのが日課なだけはあって形は様になっているといってもいい。しかしギーシュは、内心では横目で兄たちを見ながらあきらめていた。
「さすが兄さんたち、かっこいいなあ。悔しいけど、ぼくじゃとてもかなわないよ」
 いくらギーシュが自惚れの強いナルシストといっても、尊敬する兄たちの前ではなりを潜めざるを得なかった。いまだ学生の身分の自分と違って、すでに成人した兄たちは武門の名門の一員としてそれぞれ武勲を立て、園遊会に出た回数も多い。当然立ち振る舞いも自分とは格が違い、家族だからこそよくわかっていた。
 それだけではなく、この園遊会には数多くの貴族が参加しており、グラモンはその中のほんの一部に過ぎない。格式や伝統、資産でグラモン以上はいくらでもおり、さらに見た目美しい美男子も多い。ギーシュを彼の友たちは馬鹿とよく呼ぶが、このような状況を理解できないような愚か者ではなかった。
 万が一グラモンに目をつけてもらえたとして、選ばれるのは恐らく長男か次男。末っ子の自分など目にも入れてもらえまい。顔を伏せながらギーシュは、そう思っていた。
 しかし……
「いっしょに踊っていただけますか、ジェントルマン」
 声をかけられ、手を握られて顔を上げたとき、ギーシュは信じられなかった。そこには、自分の手を取って優しく見下ろしてくるルビアナの顔があったからだ。
 え? まさか、とギーシュの脳はフリーズした。思わず隣にいる兄たちの様子を見てみると、全員が一様に驚きを隠せない様子でいる。ほかの貴族たちも同様で、ギーシュはようやく自分になにが起こったのかを理解した。
「ぼ、ぼくをパートナーに選んでくださったのですか?」
「はい。わたくしと一曲、お相手してくださいませ」
 動揺を隠せずに、震えながら尋ねたギーシュに、ルビアナは笑みを崩さずに答えた。

75ウルトラ5番目の使い魔 64話 (7/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:05:12 ID:EofJgLJk
 ギーシュの頭が真っ白になる。想像を超えたことが起こったからだけではなく、アンリエッタにも劣らないほどの美貌の令嬢が自分を誘ってくれている。しかも、アンリエッタがまだ”少女”の域にとどまっているのに対して、ルビアナは少女から一歩踏み出した成熟した”女”の美しさを発し、かといって熟れ過ぎた老いの兆候はまったくなく、新鮮な輝きを保っている。まさに、美女という表現の完成形であり、見とれることが罪とはならぬ天女だったからだ。
『こんなバカなことがあるはずがない。これは夢だ!』
 あまりの出来事に、ギーシュは己の意識を失神という避難所に逃れさせようと試みた。しかし、隣の兄から「ギーシュ!」と、叱責の声が響くと我に返り、グラモン家のプライドを振り絞ってルビアナの手を握り返した。
「ぼくでよろしければお相手を承りましょう。レディ、あなたのパートナーを喜んでつとめさせていただきます」
「ありがとうございます。ジェントルマン、あなたのお名前をうかがってもよろしいですか?」
「ギーシュ・ド・グラモン。レディ・ルビアナ、あなたのご尊名に比べれば下賤な名ですが、その唇でギーシュとお呼びいただければ、この世に生を受けて以来の名誉と心得ます」
「はい、ではミスタ・ギーシュ。あなたに最高の名誉を与えます。その代償に、わたくしに至福の一時を与えてくださいませ」
「全身全霊を持って、お受けいたしましょう」
 覚悟を決めると、ギーシュは己の中に流れるグラモンの血を最大に湧きあがらせてルビアナに答えた。父や兄から教わった女性に尽くすスキルをフルに使い、リードしようと全力で試みる。
 その様子を、ほかの貴族たちは呆然と見ているしかなかった。一流の貴族から見ればギーシュの振る舞いは未熟で、なぜあんな小僧がという腹立たしい思いが湧いてくるが、まさか邪魔をするわけにはいかない。モンモランシーは理解が追いつかず、ただ立ち尽くして見ているだけだ。
 そして、ふたりはパーティ会場の真ん中に出ると、優雅に会釈しあって手を結んだ。それを合図に、楽団からミュージックが流れ始める。
「交響曲・水と風の妖精の調べ……レディ・ゴー」
 涼やかな音楽が始まり、ギーシュとルビアナは手を取り合ってステップを踏み始めた。貴族にとって社交ダンスは基本のたしなみだけに、ギーシュも危なげなく踊りを披露する。
 対してルビアナはギーシュに合わせるようにして、ふたりのタップのリズムはほぼ重なって聞こえた。不協和音はなく、ギーシュとルビアナは鏡写しのように美しいシンメトリーを飾り、その心地よさにギーシュはしだいに緊張をほぐれさせていった。
「ミス・ルビアナ、ぼくはまるで白鳥と踊っているように思えますよ」
「うふふ、嬉しいですわ。さあ、ミスタ・ギーシュ、音楽はまだ始まったばかりです。もっと楽しみましょう」
 音楽は序曲から第一楽章へと移り、緩やかな動きからタンタンと軽快なリズムに変化し、少しずつ動きが速くなっていく。
 月光をスポットライトに、優雅に、時に素早く舞うギーシュとルビアナ。
 楽しくなってきたギーシュは、いつもモンモランシーなどにしているように、乏しいボキャブラリーを駆使してルビアナをほめちぎり始めた。
「おお、あなたはなんと美しいんでしょう。世界中のオペラを探しても、あなたほどの人はいない。あなたの髪はキラキラ輝き、まるで海のよう。瞳は……」
 そこで、瞳の色を褒めようとしたギーシュは口を止めざるを得なかった。ルビアナの瞳はほとんど閉じられたままで、瞳の色はわからない。するとルビアナはそれに気づいたようで、困ったようにギーシュに言った。
「すみません、わたくしは目があまりよろしくないもので。薄目でい続けなければいけないことを、お許しください」
「そ、それは大変失礼いたしました! ぼくとしたことが、とんでもないご無礼を」
「いいえ、いいのです。それより、もっと楽しく踊りましょう」
 気分を害した様子もないルビアナに、ギーシュはほっとした。しかし、瞳が見えないとしても、目を閉じたまま踊り続けるルビアナのなんと美しいことか。

76ウルトラ5番目の使い魔 64話 (8/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:07:25 ID:EofJgLJk
 ターン、タップ。音楽に合わせて動きも複雑さを増していく。ここからがダンスの本番だ。
 だがギーシュはダンスが複雑さを増すにつれ、ルビアナの信じられない技量を目の当たりにすることになった。ギーシュもガールフレンドをダンスに誘うことは何度もあったが、ルビアナのそれは身のこなし、正確さともに次元が違っていたのだ。
”この人、とんでもなく上手い!”
 心の中でギーシュは驚嘆した。高度なダブルターンを、ルビアナは表情を一切崩すことなく完成させてしまった。その動きの完璧さは、実家で見たダンスの先生のそれを軽く上回っている。
 例えるならば、花の上で舞う蝶の妖精。そう錯覚してもおかしくないだろう。
 このままだと自分だけ置いていかれてしまう! ギーシュは焦った。全力でリードするつもりが、このままだとルビアナの独り舞台になってしまう。
 しかし、ギーシュが焦ったのは一瞬だけだった。ルビアナに置いていかれるかと思ったギーシュの動きが、ルビアナに合わせたように精密さを増し始めたからだ。
「ギーシュのやつ、いつのまにあんなにダンスが上達していたんだ?」
 見守っていたギーシュの兄たちが、自分たちの知るギーシュよりずっと卓越した動きを見せるギーシュに驚いて言った。モンモランシーも、以前に自分と踊った時よりはるかにレベルが上の動きを見せるギーシュに驚いている。
 いや、一番驚いているのはギーシュ本人だ。自分にできる動きを超えているどころか、知らないはずの動きさえできる。これは、まさか。
「ミス・ルビアナ、あなたがぼくのリードを?」
「はい、失敬かと思いましたが、ミスタ・ギーシュならばわたくしに付いていただけると思いまして。わたくしは少しだけミスタ・ギーシュのお手伝いをしただけ、これは貴方が本来持っている力ですわ」
 優しく微笑みかけてくるルビアナに、まいったな、とギーシュは心の中で完敗を認めた。
 ダンスを通して、相手の技量をも実力以上に引き出す。操り人形にされている感じは一切なく、それどころか体が動きを元々知っていたかのように自然と動き出している。殿方を立てることも忘れない、この人は紛れもなく天才だ。
「さあ、ギーシュ様ももっと軽やかに。曲はまだまだ続きますわ。もっとわたくしを見て、そしていっしょに楽しみましょう」
「ええ、一時から無限までのすべての時間を、共に楽しみましょうミス・ルビアナ」
「ルビアナとお呼びください。さあ、無限のような一瞬の時間を共に」
 ギーシュとルビアナは踊り続けた。ふたりが舞う、その美しさは貴族たちの心に永遠に刻まれ、アンリエッタも心から見惚れた。
 だが、それ以上にギーシュは楽しかった。こんな楽しいダンスを踊ったことはない。ルビアナは誰よりも優しく、美しく、ギーシュの目はルビアナの虜になり、ギーシュの体は疲れを忘れて動き続けた。
 
 けれど、永遠は一瞬にして終わる。楽団の演奏が終わり、ふたりの動きが同時に止まる。
 それはめくるめく夢の終焉。ふたりに対して、会場から惜しみのない拍手が送られた。
「ブラボー!」
「グラモンの末っ子、まだ学生だというのにやるではないか」
 非の付け所のないパーフェクトなダンスに、数多くの賞賛がギーシュに与えられた。ギーシュの父や兄たちも、誇らしげに拍手を続けている。

77ウルトラ5番目の使い魔 64話 (9/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:08:19 ID:EofJgLJk
 しかしギーシュの耳には、会場の賞賛はほとんど届いていなかった。彼の意識のすべては、いまだずれることなくルビアナに向かい続けていたのだ。
「ルビアナ……最高でした。ぼくは、こんな楽しいダンスをこれまで経験したことがなかった。一生、いえ来世まで決して今日のことを忘れることはないでしょう!」
「ありがとう、ギーシュ様。わたくしも、心から楽しいひと時を味わわせていただきました。あなたにパートナーになっていただいたことは、間違いではありませんでした」
 それはギーシュにとって最高の賛辞であった。この世にふたりといないほどの完璧な女性に認めてもらえたことは、グラモン家の人間としてこれほど誇らしいものはない。
 しかしギーシュの夢見心地はすぐに終わらされた。ダンスが終わると、ルビアナには「次はぜひ私と踊ってください」と、貴公子たちが押し掛けてきたのである。ギーシュはたちまち押し出され、現実を意識させられた。
「そ、そうだよね。園遊会じゃ、これが当然さ……」
 少しでも多くの貴族とつながりを作るため、有力な貴族は次々にパートナーを変えることが常識だ。
 しょせん、自分は偶然選ばれたそのひとりに過ぎない。ギーシュはすごすごと引き下がろうとし、そんなギーシュをモンモランシーはやきもちという名の歓迎で慰めようとやってきた。だが、ギーシュが踵を返そうとした、そのとき……
「お待ちになって、ギーシュ様」
 ぎゅっと手を握りしめられ、振り返ったギーシュは自分の目を疑った。ルビアナが、自分の手を握って引き留めてくれているではないか。
「まだ、わたくしたちのダンスは終わっていませんわ。アンコール、よろしいかしら?」
「ル、ルビアナ……」
「うふふ。さあ参りましょう!」
 ルビアナはそのままギーシュの手を引いて駆けだした。ギーシュは訳も分からず、「えええっ!?」と、間抜けな声と顔をしながら引かれていく。
 当然、貴族たちは愕然とする。そして、ギーシュの兄たちをはじめとする何人かは後を追って走り出そうとしたが、その背に鋭い叱責が投げかけられた。
「お待ちなさい!」
「じ、女王陛下!? しかし」
「無粋な殿方を好く女性は、この世に一人もおりませんわよ。それにわたくしは、ミス・ルビアナに楽しんでいってくださいと言いました。せっかくのところに水を差して、わたくしに恥をかかせるつもりですか?」
 アンリエッタは、自分にも覚えがあることだけに、ふたりを引き止めることを許さなかった。まさかこうなるとは予想外だったが、乙女心がどういうものなのかは自分が一番よく知っている。
 がんばってくださいね、とアンリエッタは心の中でエールを送った。この園遊会で、少しでも多くのトリステイン貴族がルビティア家と交友を持ってくれることを期待していたけれども仕方ない。マザリーニ枢機卿は怒るだろうけれど、国家の繁栄とロマンス、どちらが重大であるかなんてわかりきったことなのだから。
 女王にそこまで言われては、貴族たちも引き下がるしかなく、悔し気にしながらも足を止めてふたりを見送った。ただ一人を例外として。
 
 ルビアナは、ギーシュの手を引いたままパーティ会場を抜け、邸宅の敷地も抜け、そのままの足でラグドリアン湖の湖畔へとやってきた。

78ウルトラ5番目の使い魔 64話 (10/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:14:53 ID:EofJgLJk
「ふう、ここまで来ればいいでしょう。わぁ、これがラグドリアン湖……なんて大きくて、そして心地よい風が吹く場所なんでしょう!」
 湖畔の砂利をシューズで踏みながら、子供のようにルビアナははしゃいでいた。そんなルビアナの姿は、月光を反射するラグドリアンに照らされて、まるで幻想の世界に迷い込んでしまったようにギーシュは思った。
「ルビアナ、いったいなにを……?」
 それでもギーシュは、貴族の常識からはあまりにも外れたルビアナの行動を問いかけた。すると、ルビアナはギーシュのほうを向いて、深く頭を下げた。
「すみません、ギーシュ様。ぶしつけだと承知していますが、どうしても他の誰かと手をつなぐのが嫌で、申し訳ありません」
「い、いえ、頭をお上げください。ぼくのほうこそ、レディの心の機微を察せられなかったとは男子として失格……ええっ!」
 言いながら、ギーシュは自分の言葉の意味に恐れおののいた。つまり、ルビアナは自分だけと手をつなぎたいと言ってくれている。これが、学院の女子を相手にしたのであれば、余裕を持って大げさにきざったらしく喜びの表現をあげたであろうが、相手はグラモンを歯牙にもかけない規模を誇る大貴族。普通なら、あり得るわけがない。
「ミ、ミス・ルビアナ、お戯れはおよしになってください。ぼ、ぼくなんてまだ未熟な学生の身。あなたのような高貴なお方と、釣り合うわけがありません」
「いいえ、私は自分の意思でここにいるすべての殿方の中から、ギーシュ様、あなたとならば踊りたいと思って手を取りました。私は、自分で認めた相手以外の誰とも踊りはしません」
「で、ですがそれでは貴族としての本分が……あなたも、本国に示しがつかないのでは」
「構いません、すべての責任は私が取ります。私は、いつか骨となるその日まで、自分の踊りだけを踊り続けます。それが私が決めた、生涯ただひとつのわがままです」
 はっきりと言い放ったルビアナに、ギーシュは唖然とした。
 貴族としての重要な責務のひとつを投げ捨てる。しかも、彼女ほどの大貴族がなどと普通は考えられない。
 しかし、同時にギーシュはどこかルビアナがまぶしく見えた。そんなわがままを通しても、彼女の才覚ならば埋め合わせをしてお釣りがくるほどを得られるに違いない。
 貴族社会で自分のわがままを通すことがどれだけ難しいか。ウェールズと結婚したアンリエッタも、その道のりは薄氷の連続であったし、平民の才人と恋愛関係にあるルイズも相当な悩みを抱えているのはギーシュにもわかっている。
 それでも、自分の通したい筋を、道理に反するわがままだとしながらも通している。貴族社会に合わせるのを当然だと考えていたギーシュには、ルビアナがルイズやアンリエッタと並んで美しく見えたのだ。
「ミス・ルビアナ、いやルビアナ。ぼくはあなたに感動しました。ぜひ、もう一度踊っていただきたい。さあ、お手を」
「ありがとうございます。ギーシュ様、こんなわたしのわがままを聞いてくださいまして」
 ギーシュとルビアナは手を取り合い、湖畔をダンスホールにして第二幕を踊り始めた。
 ミュージックは風と波の音。スポットライトは変わらず月光だが、湖畔に反射した光が幻想的に照らし出している。
 湖畔の砂利を踏みしめる音さえ、ミュージックに加わる。ダンスをするには不向きな足場のはずだが、やはりルビアナとのダンスはそんな不自由さをまったく感じさせないほど素晴らしかった。
 踊るギーシュとルビアナ。その中で、ふたりは語り合い始めた。
「ルビアナ、なぜぼくを……グラモンのたかが末っ子に過ぎないぼくを選んでくれたのですか?」
「それはあなたが、あの殿方たちの中でひとりだけ、温かい眼差しでわたくしを見ていてくれたからですわ」
「ぼくが?」
「ええ。わたしがあの会場に入っていったとき、ほかの方々はルビティアの私だけを見ていました。けれどあなたは、純粋に私だけを見ていてくれました」

79ウルトラ5番目の使い魔 64話 (11/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:16:54 ID:EofJgLJk
「そんな、ぼくはあなたの美しさに見とれていただけで……って、あなたは目が弱いはずじゃ」
「ふふ、見えないからこそ、よく見えるようになるものもあるのですわ。ギーシュ様、あなたはとても明るい人……きっと多くのお友達がいて、あなたはその中心で皆を引っ張っていく太陽のような人なのでしょう」
「か、買い被りですよ」
 そうは言ったものの、自分が水精霊騎士隊のリーダーだということをほとんど言い当てている。たぶん、口調や態度などを分析したのだろうが、顔色などにごまかされないからこそ、人柄を見抜く眼力は本物だ。
 すごい人だ。ほとんど完全無欠と呼んでもいいのではないか? ギーシュは誰もが認めるナルシストではあるが、あまりのルビアナの能力の高さにコンプレックスを感じ始めていた。
 しかし、ルビアナは悲しそうな声でギーシュにつぶやいた。
「ですがギーシュ様、私は本来ならギーシュ様と踊る資格のない卑しい女なのです」
「な! どういうことです。あなたのような素晴らしい方に何があろうと僕は気にしませんよ。美しい薔薇にトゲがあるのは当然のことではないですか!」
「そうではないのです。私の出身がゲルマニアだということはご存知でしょう。ルビティアは財力によって爵位を手に入れた成り上がりの系譜……それゆえに、私は神の御業である魔法を使えないのです。あなたと同じ、メイジではないのです」
 ギーシュははっとした。確かに、平民が金銭で爵位を買うのはゲルマニアでは珍しくない行為ではあるが、トリステインではまだ一部の例外を除いては貴族はメイジであるという常識がある。
「軽蔑なさいましたか? 私はしょせん、貴族の名前だけを持つ平民の娘……始祖の血統からなるトリステインの正当なる貴族には劣る……」
「そんなことはありません!」
「ギーシュ様?」
「ぼくは、あなたほど美しく優れた貴族を見たことがない。確かに、始祖ブリミルは我々に魔法をお与えになりました。しかし、ぼくの友人や知り合いにはメイジでなくとも誇り高く、強く、国のために貢献している人が大勢います。ぼくは、そんな彼らを魔法が使えないからと見下したことはない……いや、前にはあったかもしれないけど今は魔法が使えない仲間も皆同志だと思っている。だからあなたも、少なくともぼくの前ではメイジでないことを気にする必要なんかありません」
 正直なギーシュであった。だがルビアナは目を閉じたままながら、その瞼から一筋の涙を流した。
「ありがとうギーシュ様、私はトリステインにやってきて本当によかったですわ」
「涙を拭いて、ルビアナ。乙女の涙はもっと嬉しいことが起きたときにとっておくべきです。さあ、今はなにもかもを忘れて踊りましょう!」
 手を結び、ギーシュとルビアナは観客のいない彼らだけのステージで楽しく踊り続けた。
 いや、正確には少しだけ観客はいた。
 一人は会場から唯一ふたりをつけてきたモンモランシー。彼女は楽しく踊るギーシュとルビアナを湖畔の木の影から唇をかみしめながら見つめていた。
「ギィィシュュウゥゥ! わたしとだってあんなに長く踊ってたことないくせにぃぃ! なによ、そんなにそのゲルマニア女のほうがいいわけなの! 今日という今日は血祭りにあげてやるわ!」
 まるでルイズが乗り移ったような、鬼気迫る嫉妬のオーラを巻き散らしながらモンモランシーは吠えていた。
 
 そしてもうひとり空の上から、あの宇宙人がその嫉妬の波動を感じ取って笑っていた。
「いやはや、ものすごいマイナスエネルギーの波動ですね。たった一人がこれほどのエネルギーを発せられるとは、なんとも人間というものはおもしろい。けど、このエネルギーを集めるのはやめておいたほうがよさそうですねえ」
 硫酸怪獣ホーが勝手に生まれそうなパワーを感じたが、この手のマイナスエネルギーは特定の目的を持って動くことが多いので、宇宙人は制御が面倒だと考えて収集をやめた。
 扱いやすいとすれば、パーティ会場で貴族たちが発しているような恨みと欲望のエネルギーである。しかしそれも、先のギーシュとルビアナの披露したダンスの余韻で小康状態にある。

80ウルトラ5番目の使い魔 64話 (12/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:18:11 ID:EofJgLJk
「まったく、余計なことをしてくれますねえ。もう量はじゅうぶんでしたけど、こうも澄んだ空気だとどうも気持ちがよくありません。では……我ながら小物っぽいとは思いますが、八つ当たりしてあげなさい! カモン、ブラックキング!」
 宇宙人が指をパチリと鳴らすと、ラグドリアンの湖畔が揺らめいて、周辺を大きな地震が襲った。
 なんだ! 驚く人々が事態を飲み込むよりも早く、パーティ会場のそばの地中から土煙をあげながら巨大な黒い怪獣が姿を現した。
 
「わ、か、怪獣ですぞぉーっ!」
 
 貴族たちは眼前に出現した巨大な怪獣に驚き、魔法で立ち向かうことも忘れて逃げ出したり腰を抜かしたりしていた。
 しかしそれは逆に賢明であったといえるかもしれない。なぜなら、ここに現れた黒々とした蛇腹状の体を持ち、頭部に大きな金色の角を持つ怪獣は用心棒怪獣ブラックキング。かつてナックル星人に操られて、ウルトラマンジャックを完敗に追い込んだほどの強豪なのだ。とても準備なしで挑んで勝てるような相手ではない。
 ジャックに首をはねられ、怪獣墓場で眠っていたところをあの宇宙人に甦らされて連れてこられた。今回ナックル星人はいないものの、あの宇宙人を新しい主人として、唸り声をあげながらパーティ会場へ進撃しだした。
「適当に脅してやりなさい。その人たちはマイナスエネルギーをよく生んでくれますから、あまり殺してはいけませんよ」
 宇宙人のうさ晴らしに巻き込まれて、貴族たちは迫りくるブラックキングから逃げまどった。
 もちろん、中にはギーシュのグラモン家のように、一時のショックから立ち直ったら反撃に打って出ようとする武門の家柄もある。しかし、それをアンリエッタは止めた。
「やめなさい! 今は招待客の避難に全力を尽くすのです」
 外国からの招待客に万一のことがあってはトリステインの恥。グラモン家のギーシュの兄たちは、武勲をあげるチャンスを逃すことに悔みながらも女王の命に従った。
 もっとも、彼らはすぐに自らの蛮勇がストップされたことを女王に感謝することになった。ブラックキングが鋭い牙の生えた口から放った赤色の熱線が、会場のある貴族の邸宅を直撃し、一発で粉々にしたからである。
「すごい破壊力だ」
 ブラックキングの溶岩熱線。対ウルトラマンを目的に飼育されているブラックキングは全能力がバランスよく高く、弱点が存在しないと言ってもいい。
 
 一方そのころ、湖畔にいたギーシュたちも当然ブラックキングの巨体を目の当たりにしていた。
 湖畔から会場まではざっと百メイル。それなりの距離があって、ブラックキングの目的は会場であるから彼らはブラックキングの横顔を見るだけで済んでいるが、ギーシュはここで無駄な意地を見せていた。
「止めないでくれルビアナ。ぼくはグラモンの一門として戦いに行かねばならないんだ。僕が行かなけりゃ父さんや兄さんたちに合わせる顔がないんだ!」
「おやめください! あなたが行ってもあれを倒すのは無理です。危険すぎますわ」
「相手がなんであろうと、トリステイン貴族がやすやすと引くわけにはいかない! 頼むから見守っていてください。あなたに捧げる武勲をきっと持ち帰ってみせます」
 明らかに悪い方向で調子に乗っていた。水精霊騎士隊がいれば、まだリーダーとして自制は効くし、レイナールなどの抑え役もいる。

81ウルトラ5番目の使い魔 64話 (13/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:19:29 ID:EofJgLJk
 だが、暴走しかけるギーシュに業を煮やし、ついにモンモランシーが割り込んできた。
「いい加減にしなさいギーシュ!」
「わっ! モ、モンモランシー、いつのまにそこに」
「そんなことどうでもいいでしょ! あなたはまた美人の前だといい格好しようとして。こんな場所に女の子ひとり置いていって万一のことがあったらどうするの?」
 あっ! とするギーシュを、モンモランシーはさらに叱りつける。
「女の子ひとりも守れないで、なにが貴族よ騎士よ。もしその人があんたがいない間にケガでもしたら、それ以上の不名誉はないでしょう」
「ご、ごめんモンモランシー、君の言うとおりだ。ぼくは間違っていた、手の中の薔薇一輪も守れないでなにが男だろうか。なんと恥かしい! 許しておくれ」
 平謝りするギーシュ。モンモランシーは、ほんとにこれだから目を離せないんだからとまだカンカンだ。
 ルビアナは、突然現れたモンモランシーに少し驚いた様子でいたが、すぐに落ち着いた様子でモンモランシーにあいさつをした。
「失礼、お見受けするところモンモランシ家のお方ですわね。ギーシュ様を止めていただき、どうもありがとうございます。私の細腕ではどうすることもできませんでした」
「フン! このバカは甘やかしちゃダメなのよ。可愛い女の子と見れば、ホイホイ尻尾を振る破廉恥男なんだから」
 怒りのたがが外れたモンモランシーは、もう相手が誰であろうと遠慮はしていなかった。しかし、無礼な態度をとられたのに、ルビアナの反応はモンモランシーの予想とは違っていた。
「いいえ、それはきっとギーシュ様は博愛のお気持ちがお強い方だからなのでしょう。モンモランシー様がお怒りになったのも、そんなギーシュ様がお好きだからなのですわね」
「なっ! あ、あなた、初対面の相手に何言ってるのよ」
「お隠しにならなくてもよいですわ。モンモランシー様の声には、怒りはあっても憎しみはありませんでした。それに、ギーシュ様のそうしたことをよくご存じとは、きっと貴女はギーシュ様の一番なのでしょうね」
「なっ、なななな!」
 モンモランシーもまた、ルビアナの洞察力の深さに意表を突かれていた。
 だが、危機は空気を読まずにやってくる。モンモランシーの予想した通り、ブラックキングが歩いたことによって蹴り飛ばされた岩のひとつが偶然にも、こちらに向かってすごい勢いで飛んできたのだ。
「きゃあぁっ!」
 岩は数メイルの大きさのある庭石で、避けても避けきれるようなスピードではなかった。フライで飛んでも落ちた岩がどちらの方向に跳ね返るかはわからない。もちろんモンモランシーの魔法で受け止めきれる威力ではない。
 しかし、ここでとばかりにギーシュは杖をふるって魔法を使った。
「ワルキューレ、レディたちを守るんだ!」
 ギーシュの青銅の騎士ゴーレムが、三体同時に錬金されて岩に向かって飛びあがった。受け止めるなんて無茶は考えていない、ワルキューレそのものの質量を使った弾丸だというわけだ。
 飛んできた岩はワルキューレ三体と空中衝突し、互いにバラバラになって舞い散った。そしてギーシュは薔薇の杖を口元にやり、どやあとキザったらしくポーズをとってかっこをつけた。

82ウルトラ5番目の使い魔 64話 (14/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:21:51 ID:EofJgLJk
「ぼくがいる限り、君たちには傷一つつけさせやしないよ」
「ほんと、かっこつけるのだけはうまいんだから。けどまあ、助けてくれてありがと」
 モンモランシーはぷりぷり怒ったふりをしながらも礼を言い、それからルビアナも感謝の意を示した。
 ブラックキングはしだいに遠ざかり、もう岩も飛んでこないだろう。どうやら完全にこちらは眼中にないようだが、ブラックキングの背中を見送りながらルビアナは残念そうにつぶやいた。
「それにしても、ギーシュ様とのダンスはこれからというところでしたのに、無粋な怪獣様ですわね」
 憮然とするルビアナの声色は、日没で鬼ごっこを中断させられた子供のような純粋な憤慨のそれであった。
「まったくだね。ルビアナといっしょなら、ぼくは朝までだって踊れたろうにさ」
「ギーシュ、わたしと舞踏会に出たときに「疲れた」って言って先に抜けたのは誰だったかしら?」
 いつもの調子に戻ったギーシュとモンモランシーも同調して言う。怪獣は遠ざかりつつある、もうすぐ園遊会で何かあったときのために待機していた軍の部隊もおっとり刀で駆けつけてくるだろうから、自分たちの出番はないはずだった。
 
 そのころ、会場に乱入したブラックキングは貴族たちを追いかけていた。しかしアンリエッタが迅速に逃げることを最優先させたため、少々の軽傷者を除いては人的被害は出ていなかった。
 だが、このまま暴れ続ければいずれは追いついて蹂躙することもできるだろう。けれども、宇宙人はそこまでする必要を感じてはいなかった。
「もういいでしょう。これで人間たちにはじゅうぶんに恐怖を植え付けられました。仕込みはこれまで……戻りなさいブラックキング」
 死人にマイナスエネルギーは出せない。貴族たちが逃げまどう姿を見て、じゅうぶんに溜飲を下げた宇宙人はブラックキングを引き上げた。あとは貴族たちのあいだで責任の押し付け合いでも始めてくれれば重畳というものだ。
 ブラックキングは命令に従い、あっというまに地中に潜って消えてしまった。後には、呆然とする貴族たちが残されただけである。
 
 そうして、一応の平和は戻った。
 貴族たちは破壊された会場から少し離れた場所にある別の庭園に移動して、ほっと息をついている。
 当然、ギーシュたちももう抜け出しているわけにはいかず、そこに戻っていた。
「おお、ギーシュよ。無事であったか」
「ははっ、父上。このギーシュ、全力でルビアナ姫をお守りしておりました」
「うむ、それでこそ我がグラモンの一門。よくやったぞ」
 ギーシュは父や兄たちも無事であったことにほっとしつつ、帰還を報告した。
 もしかしたら怒られるのではと内心では恐々としていたが、父は意外にも上機嫌であった。もっとも、ルビアナが後ろで微笑んでいれば、たとえ怒っていたとしても気分は逆転したに違いない。
 けれども、褒められていい気分になっていたギーシュに、次に父が浴びせた言葉がギーシュの心を凍り付かせた。

83ウルトラ5番目の使い魔 64話 (15/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:24:35 ID:EofJgLJk
「ギーシュ、ルビティアの姫のお気に入りになられるとは見事ではないか。これはもう、モンモランシの小娘などと遊んでいる場合ではないぞ」
「えっ……」
 ギーシュは言葉を返すことができなかった。それは、ギーシュにとって初めて体験する貴族世界の理不尽のひとつであった。
 ルビティアとモンモランシでは、比較にならない格の差がある。家のために、どちらと付き合わねばならないかは言うに及ばずだが、そうなるとモンモランシーと付き合うことはできなくなってしまう。
 ギーシュの心に霜が降る。嫌だと言いたいが、そうすれば父の期待を裏切り、激怒させてしまうだろう。さらにグラモン家に恥をかかせることになる。どうすればいいかわからない。
 父はギーシュにだけ聞こえるように言ったので、後ろにいるモンモランシーとルビアナには聞こえていないはずだ。ここは自分がはっきりと意思表示をしなければならない。だが、なんと答えればいいのだ?
 冷や汗を噴き出すギーシュ。耳を澄ますと、会場のそこかしこから言い合う声が聞こえだした。貴族たちが、格上の自分を差し置いて先にお前が逃げ出すとは何事だ、とか、お前の息子はうちの娘にあれだけ求婚しておいたくせに守ろうともしなかったではないかなどと言い合っているのだ。
 これが園遊会の実体。ギーシュはその欺瞞を身をもって体験し、打つ手なく戸惑っている。
 まさに、あの宇宙人が望んだとおりの、人間の醜い面がさらけ出された煉獄が実現されつつあった。
「ウフフ、いいですね。これでこそ人間のあるべき姿というものです」
 しかし、宇宙人が高笑いし、ギーシュが思考の堂々巡りの深淵に落ちかけたそのとき、誰もが予想していなかった事態が起こった。
 
「うわっ! なんだ、また地震か!」
 
 地面が揺れ動き、土煙が噴き出して、地中から巨大な影が姿を現す。
「出たっ、またあの怪獣だ!」
 ブラックキングが庭園のそばから再度出現し、貴族たちを見下ろして再び暴れだしたのだ。
 溶岩熱線が集まっていた貴族たちの一団を狙い、十数人が一度に吹き飛ばされる。さらにブラックキングは狂ったようにのたうちながら庭園に乱入していった。
 たちまち逃げ出す貴族たち。しかし、驚いていたのは宇宙人も同じであった。
「ブラックキング! 何をしているんです。誰が出て来いと言いましたか!」
 彼は命令をしていなかった。しかしブラックキングは出てきて、今度は宇宙人の命令を聞かずに無差別に暴れている。
 これはどうしたというのだ? 困惑しながら空から見下ろす宇宙人。すると彼は、ブラックキングの姿が先ほどと明らかに違うところを見つけた。

84ウルトラ5番目の使い魔 64話 (16/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:27:00 ID:EofJgLJk
「角が、機械化されている!?」
 そう、ブラックキングの立派な角があった頭部に、角の代わりに巨大なドリル状の機械が取り付けられていたのだ。
 さしずめ、ブラックキング・ドリルカスタムとでも呼ぶべきだろうか。ドリルはそれが飾りでないことをアピールするように、先端から紫色の光線を放ち、離れた場所にある別の貴族の別荘を粉々に粉砕してしまったのだ。
「改造手術をされている。ですが、いったい誰が!」
 ブラックキングは正気を失っているらしく、無茶苦茶に吠えて暴れながら熱線や光線を撃ちまくっている。それを止めることは、もう誰にもできなかった。
 
 庭園は大パニックになり、もう秩序だった避難は望むべくもなく、貴族たちは皆好き勝手に逃げまどっている。
 そしてその猛威は、不運にもギーシュたちのほうへと向けられた。
「ギーシュ!」
「ギーシュ様!」
 逃げ遅れたモンモランシーとルビアナに向けて、ブラックキングのドリル光線の照準が定められる。
 ギーシュは、ありったけのワルキューレを錬金してふたりの前に立ちふさがった。しかし、青銅のワルキューレの壁でどれだけ耐えられるものか。
 ならば、せめてひとりだけを全ワルキューレでカバーすれば守り切れるかもしれない。ギーシュの耳に、父や兄たちの声が響く。
「ギーシュ、ルビティアの姫様を守るんだ」
 そんなことは言われなくてもわかっている。しかし、ギーシュはどれだけ道理をわきまえても、それができる男ではなかった。
 そう、好きな子の前でかっこ悪いところを見せるくらいなら死んだほうがマシ。それが男だと信じるのがギーシュだった。
「ぼくは、ふたりとも守る! 足りない分の壁には、ぼくの体を使えばいいんだよ!」
 ワルキューレをモンモランシーとルビアナの前に均等に配置し、さらにその前にギーシュは立ちふさがった。
 これで死ぬなら本望。ギーシュは覚悟し、彼の耳に父や兄たちの絶叫が響く。
 だが、まさにブラックキングの光線が放たれようとしたとき、なぜかブラックキングの頭がふらりと揺れて光線の照準が大きくそれた。
 光線ははずれ、ギーシュには爆風と吹き飛ばされた砂や石だけが叩きつけられた。とはいえ、それだけでもじゅうぶんな威力で、ギーシュは傷だらけになりながら吹き飛ばされた。
「うわあぁぁっ!」
「ギーシュ!」
「ギーシュ様!」
 ワルキューレの影に守られて爆風をやり過ごせたモンモランシーとルビアナは、すぐにギーシュに駆け寄った。

85ウルトラ5番目の使い魔 64話 (17/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:29:24 ID:EofJgLJk
 だがその後ろからブラックキングが狙ってくる。ギーシュの父や兄たちは、駆け付けようとしたが、もう遅かった。
「だめだ、やられるっ!」
 ドリルからいままさに光線が放たれるかと思われた。しかし、光線は放たれず、ブラックキングは目の焦点を失い、そのままフラリと揺らぐと地面に倒れこんでしまった。
 轟音が鳴り、横倒しになるブラックキングの巨体。ブラックキングは口から泡を吐いて痙攣していたが、すぐに動かなくなってしまった。
「無理な改造で、脳に負担がかかりすぎたんですね」
 呆然としたまま、宇宙人はつぶやいた。
 貴族たちも、突然絶命したブラックキングに呆然とするしかないでいる。だが、モンモランシーとルビアナは傷ついたギーシュを前に、それどころではなかった。
「ギーシュ、大丈夫! わたしがわかる?」
「ああ、モンモランシーだろう。よくわかるよ、いやあ君の顔を間近で見るのは永遠に飽きないねえ」
「バカ! またかっこつけて傷だらけになって。あなた血だらけじゃない!」
「いやいや大丈夫だよ。ちょっと体中しびれてるけど、痛みはないんだ。かすり傷だよ、ちょっと休めば立てるさ」
 だが、そういうときが一番危ないのをモンモランシーは知っていた。一時的に痛覚が麻痺していても、いずれ耐えがたい苦痛に襲われる。治療は一刻を争う。
 モンモランシーは杖を取り出して、治癒の魔法を唱え始めた。傷の深そうな部分から順々に、しかし治癒に止血が追いつかない。モンモランシーが焦り始めたとき、ルビアナがハンカチを手にそばにかがみこんだ。
「お手伝いしますわ」
 ハンカチを包帯代わりに、それでも足りなければドレスを引きちぎってルビアナはギーシュの止血をしていった。
 その行為に、ギーシュは「大事なお召し物をぼくなんかのために、もったいない」と止めようとしたが、ルビアナは気にした様子もなく言った。
「よいのです。ギーシュ様のお役に立てて破れたのなら、このドレスは私の誇りですわ。それより、ギーシュ様のために一番がんばっておられるのはモンモランシー様です。モンモランシー様をこそ見てあげてください」
 こんなときの気配りもできて、モンモランシーはこれが大人のレディなのかと少し悔しくなった。
 だけど負けない。こんなぱっと出のゲルマニア女なんかにギーシュをとられてたまるものか。
 やがて手当は終わり、治療が早かったおかげでギーシュはたいした後遺症もなく普通に立ち上がることができた。
「あいてて、まだ少し痛むけどもう大丈夫だよ。モンモランシー、ルビアナ、君たちのおかげだ。ありがとう」
「ま、まあ、あんたに助けられたわけだし、わたしにだって貴族の誇りってものはあるから当然よ」
「わたくしは何もしていません。モンモランシー様が、ギーシュ様を救ったのですわ。本当に、お似合いのふたりです」
 ルビアナにそう言われ、ギーシュとモンモランシーは照れた。
 しかし、それぞれの家の問題はまだ引きずっている。すると、ルビアナはギーシュとモンモランシーの手を取り、三人の手を重ねて言った。

86ウルトラ5番目の使い魔 64話 (18/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:30:48 ID:EofJgLJk
「わたくしたち、とてもよいお友達になれそうですね」
 その光景で、グラモン家はもうなんの文句も言うことはできなくなってしまったのである。
 それだけではなく、ルビアナは事態の鎮静に四苦八苦しているアンリエッタの元に向かうと、各国の貴族たちに向かって宣言した。それはまとめると、今日の事件での損失はルビティア家が補填する。自分は、危急の事態にあっても冷静に判断するアンリエッタ女王に深い感銘を受けた、トリステインにルビティアは協力を惜しまない。これからもトリステインで皆さまとお付き合いしたいのだと。
 それにより、不満をたぎらせていた貴族たちは一気に大人しくなった。ゲルマニア有数の大貴族とのパイプがつながるのなら、今日のことなど安いものだ。
 当然、アンリエッタにとっても渡りに船である。ルビアナの申し出に感謝し、友好を約束した。
 
 
 そして、夢のような時間は終わりを告げる。園遊会は満足の内に終了し、ギーシュとモンモランシーはルビアナと別れる時がやってきた。
「さようなら、ギーシュ様、モンモランシー様。おふたりと出会えて、今日はとても楽しい一日でした」
「ルビアナ、短い時間でしたけどぼくもとても楽しかったです。あなたからはいろいろと教えられました。今日のこの時を一生胸に焼き付けることを約束します」
「ま、まああなたがいい人だっていうのはわかったわ。だからわたしからも言うわ、ありがと」
 手を取り合い、別れを三人は惜しんだ。
 これからルビアナはゲルマニアに帰る。そうなれば、また会えるかはわからない。
 そうなれば……ギーシュは不安だった。ルビアナにとって、今日のことぐらいは数多くある出会いのひとつに過ぎず、すぐに忘れ去られてしまうのではないか? グラモンとルビティアはそれほどの格差がある。
 しかし、ルビアナはギーシュの心の機微を見抜いたのか、再びギーシュとモンモランシーの手を取り言った。
「そうですわ。再会を願って、このラグドリアン湖の水の精霊に誓いを捧げましょう」
「え? 誓い、ですか」
「はい、ラグドリアンの精霊は別名誓約の精霊と聞いております。私たちの友情が永遠であることを誓えば、いつか必ずまた会えますわ」
 それは虹色の提案であった。精霊への誓約は違られることはないという。
 だが、人間の誓約に絶対はない。するとルビアナは、同じく見送りに来ていたアンリエッタに見届け人を頼んだ。
「ええ、わたくしでよければ見届けさせていただきますわ。あなた方三人の誓約、トリステイン女王の名の下に、この耳と目にとどめましょう」
 それ以上の確約などはあろうはずがなかった。ギーシュ、モンモランシー、そしてルビアナはラグドリアン湖を望み、それぞれの誓いの言葉を口にした。
「誓約します。ぼく、ギーシュ・ド・グラモンはモンモランシーを一番に愛し続け、ルビアナを永遠に愛し続けることを」
「誓約します。わたし、モンモランー・ラ・フェール・ド・モンモランシーはギーシュを愛し、ルビアナと変わらぬ友情を持ち続けることを」
「誓約します。私、ルビアナ・メル・フォン・ルビティアはギーシュ様とモンモランシー様に永久に続く友情を貫くことを」
 こうして誓約は終わり、三人は固く友情を結んで別れた。

87ウルトラ5番目の使い魔 64話 (19/19) ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:32:03 ID:EofJgLJk
 別れ際に、モンモランシーはルビアナに「ギーシュ様をよろしく」と頼まれ、「当然よ」と言い返した。
 遠ざかっていくルビアナの馬車を見送りながら、ギーシュとモンモランシーは思った。
 いい人だった。そして、すごい人だった……できるなら、あんな大人になりたいものだ。と。
 また会える日はいつ来るだろうか? ふたりの胸を、寂しい風が吹き抜けていった。
 
 
 だが、事態は収束したが、謎はまだ残っている。
 空から一部始終を見守っていた宇宙人は、この園遊会で集まったマイナスエネルギーの塊を手にしながらも釈然としない様子でつぶやいていた。
「『妬み』のエネルギー、確かに頂戴いたしました。しかし、いったい何者がブラックキングを改造したのでしょう……ブラックキングが地中に潜ってから出てくるまで、ほんの数十分……そんな短時間で、ブラックキングを改造できるほどの技術を持った者が、まだハルケギニアにいるというのですか? それに、なんの目的で……? 一体何者が……まさか……これは、遊んでいてはまずいかもしれませんね」
 ハルケギニアで起きている異変の元凶の宇宙人。しかしこの宇宙人も、ハルケギニアのすべてを知り尽くしているわけではない。
 深淵のように美しく純粋で底のない邪悪との邂逅が、すぐそこに迫っていることをまだ誰も知らない。
 ハルケギニアの戦士たちとウルトラマンたちを翻弄する、短いが熾烈な戦いが、もう間もなく始まる。
 
 
 続く

88ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/09/08(金) 12:33:12 ID:EofJgLJk
今回は以上です。
ギーシュはけっこうスピンオフも作れる名キャラクターだと思うんですよね。

89ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/16(土) 17:55:24 ID:hTCLJjSU
5番目の人、乙です。私の投下を行わせていただきます。
開始は17:58からで。

90ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/16(土) 17:58:16 ID:hTCLJjSU
ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十六話「輝ける明日へ」
邪神ガタノゾーア
超古代尖兵怪獣ゾイガー
超古代怪獣ゴルザ(強化) 登場

 ブリミルを初めとした、村の人間たちは黄金色に輝く巨大なティガ、グリッターティガを
見上げて、その神々しい立ち姿に唖然と目を奪われていた。しかし一番驚いているのは、
誰であろう、グリッターティガを生み出したブリミルであった。
「ち、ちょっとブリミル! あんた一体何したの!? ウルトラマンが大きくなって、全身
金ぴかになったわよ!」
 サーシャが泡を食って尋ねかけても、自分の杖を見つめたまま首を振るだけだった。
「わ、分からないよ! ぼくにも分からない……。だけど、ぼくの杖から出た光がウルトラマンを
あの姿に変えたのか? 今の光は……?」
 そして才人もまた、今の己の身体を見下ろして驚愕していた。
『この姿は、六冊目の本の世界で変身したのと同じ……いや、今度は身体がでっかくなってる!』
 トリステイン王立図書館での事件のことを思い出す才人。あの時、六冊目の世界で、自分と
ゼロは七人のウルトラ戦士とともにグリッターヴァージョンとなった。ウルトラ戦士の光が
限界以上に達した時に変身することが出来る、究極の姿だ。
 しかしそう簡単になれるものではない。本来なら何百人、何千人以上もの人間の光が集まる
ことでようやく変身可能となるもの。しかし今は、明らかにブリミル一人の力でグリッター
ティガとなった。いくら何でも、たった一人の人間の光で変身するとは、起こり得るもの
だろうか。しかし現実にこうなっている。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 考え込んでいる才人だったが、ガタノゾーアの咆哮によって意識が現実に引き戻された。
『いや、今は戦いに集中するべきだな!』
 ティガがぐっと腕を脇に引き締めると、カラータイマーを中心に光のエネルギーが集まる。
そして、
「ハァッ!」
 ガタノゾーアへ拳を突き出す。ただのパンチにも関わらず、光がほとばしってガタノゾーアに
直撃した。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 その一撃によって、ガタノゾーアの巨体が軽々と吹っ飛ぶ!
「おぉぉッ!」
「すごい!」
 ブリミルたちはグリッターティガの攻撃の威力に一斉に感嘆した。
「ハッ!」
 続いてキックを繰り出すティガ。これも光が放たれ、ガタノゾーアの闇の衣を剥いで深い
ダメージを与える。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 先ほどまでは全く攻撃が通用せずに一方的にいたぶられていたティガだったが、一転して
まばゆい光が暗黒を照らし出していく!
『一気に決めてやる!』
 相手が動けない内にティガは両腕を前にピンと伸ばし、左右に開いていく。ゼペリオン光線の
構えだ!
「ハッ!」
 L字に組んだ腕から発射される、ゼペリオン光線を超えたグリッターゼペリオン光線が
ガタノゾーアに直撃した!
「プオオォォォォ――――――――!!」
 全身から火花が飛び散り、致命傷を負うガタノゾーア。しかしティガは完全に闇を祓うために、
最後の攻撃を行った。
「タァッ!!」
 エネルギーを全てカラータイマーに集めて解き放つ、タイマーフラッシュスペシャル!

91ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/16(土) 18:00:23 ID:hTCLJjSU
「プオオォォォォ――――――――……!!」
 その光によってガタノゾーアは消滅していき、同時に闇も晴れて消え失せた。空は本来の、
澄んだ夜空に戻る。
「やったッ!」
「あの大怪獣をやっつけた!」
「俺たちは助かったんだ!」
 ウルトラマンティガの勝利によって人々の心からは恐怖が完全に取り払われ、皆一斉に喜びに
沸き立った。サーシャとブリミルも笑顔となって、ティガへ大きく手を振る。
「ありがとう、ウルトラマン! 恩に着るわ!」
「本当にありがとう! そして、これからもぼくたちに力を貸してほしい! ぼくたちも、
必ずこの世界に平穏を取り戻してみせるから!」
 未来への希望に溢れるブリミルたちの姿を見下ろした、まさにその時に、才人の視界が
急激に薄れていった……。

「はッ!?」
 才人が気がつくと、目に飛び込んできた光景は夜空ではなく、薄暗い天井だった。
 身体を起こすと、自分がベッドに寝かされていたことを知った。周りは板壁の薄暗い部屋。
見覚えはない。ロマリアの大聖堂でもないようだ。一体どうなっているのか。
「……まさか、今までのこと全部、夢だったのか? でも、随分生々しかったけど……」
「お目覚めかい?」
 思わず独白すると、すぐ横から椅子に腰かけているジュリオに声を掛けられた。
「わ! お前、どうしてこんなところに! ……いや、今はそんなこといいか」
 才人は己の記憶を手繰り寄せ、今一番に確かめなければいけないことをジュリオに問いかけた。
「ここはどこなんだ?」
「アクイレイアの街だよ」
「それって、教皇聖下の記念式典とかを行うっていう……。でも、どうして寝かして連れて
きたんだ? 逃げ出すとでも思ったか?」
「いや、そうじゃない」
「まぁいい。それより、ガリアはどうした? やっぱり手を出してきやがったか?」
「たった今襲われてるところだよ」
「何だってぇ!?」
 跳ね起きる才人。ジュリオは現況を説明する。
「ガリアから飛来した怪獣群が、我がロマリア連合皇国に攻めてきた。今現在、国境では
激しい戦闘が繰り広げられている」
「何だと? ギーシュはルイズは?」
「彼らは既に投入されたよ」
「こ、こうしちゃいられねぇじゃねぇか!」
 才人はすぐにドアに取りついたが、鍵が掛かっていて開かなかった。
「おいジュリオ! 開けろ!」
「まぁ、そう焦るな。その前に、きみに確認を取らなければいけないことがある」
「何言ってんだよ! あいつらが戦ってるんだろ!」
「すぐ済むから聞けって。まず、きみを眠らせたのはルイズだ。彼女はきみを故郷に帰らせたと
話したが、この通りきみはまだここにいる。この戦いの後にそうするつもりだったのだろう。
その手段は……知らないけど、きみ自身の気持ちはどうなのかって思ってさ」
「俺の気持ち?」
「つまり……こういうことさ」
 立ち上がったジュリオが鍵を外し、扉を開く。その先はごく普通の居間なのだが……
一つだけ普通でないものが、才人を待ち受けていた。
「……」
 キラキラ光る、鏡のような形をした物体。それは、ゲート。先ほどの六千年前の夢の中で目にしたばかりで
あり、そうでなくても才人にとって忘れられないもの。このハルケギニアに来ることになったきっかけ、
何もかもの始まりである……。
「何でこれが……」

92ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/16(土) 18:03:37 ID:hTCLJjSU
「ワールド・ドアです。あなたの世界と、こちらの世界をつなぐ魔法です。先日の担い手同士の
会合で、新たに目覚めました」
 居間にはもう一人、ヴィットーリオがにこやかに微笑みながら才人に呼びかけてきた。
「ミス・ヴァリエールの意思だけでなく、あなたご自身が故郷へ帰られたいのならば、その
ゲートに飛び込んで下さい」
「帰れる訳ないじゃないですか! ルイズが戦っているというのに!」
「そう答えを急がずに。あなたのためにも、わたしたちのためにも、この部分ははっきり
させなければならないのです。特に危急時にこそ、人の本心が出るものです」
 才人は頭ではルイズたちのところへ向かわなければいけないと思いながらも、ゲートから
見える光景に目を吸い寄せられていた。
 何故ならその光景は、今となっては懐かしい、夢にまで見た自宅のものだったからだ。
台所には、今すぐにでも無事を報せたい母親の姿まである。
「ご安心を。向こうからは、こちらの様子は見えません。ゲートは一方通行ですから、くぐる
ことも出来ません」
「けれど、聖下の精神力が持続なさるのも十数秒ほど。早く決断するんだ、兄弟」
 目に飛び込むのは、日本にいたら至極当たり前の景色。しかし今の才人にとっては如何なる
場所よりも魅力的なもの。思わず一歩を踏み出した才人だったが……。
 その足は、踏みとどまられた。
「俺の剣と“槍”はどこだ」
「いいのかい? もしかしたら、最後のチャンスになるかもしれないのに」
「同じことを言わせるな。俺の剣と“槍”はどこだ。俺は、ルイズたちを助けに行く」
 今すぐに地球へ帰りたい気持ちがないと言えば嘘になる。しかし、そうしたら二度とここには
戻ってこられないかもしれない。そうなったら、この地で仲間たちと築いてきたものが全て『嘘』に
なってしまうかもしれない……。故に才人は踏みとどまったのだ。
 そして後ろに振り向いた才人は、背後を取っていたジュリオがほっとしたように拳銃を
下ろしたのに気がついた。
「勘違いするなよ。ぼくたちが必要とするのは、きみの左手に書かれた文字であって、決して
きみじゃないということを」
「お前……」
 ジュリオは珍しく真剣みを帯びた。
「おめでたい奴だな。異世界に戻ればルーンが消える? 生憎と、そこまでぼくたちの“絆”は
便利に出来ちゃいない。使い魔でなくなるルールは一つ、“死”だけだ。そうとも。ぼくたちは
“必死”なんだ。そのためには、何だってやる。覚えておけ兄弟、ぼくたちの“拠り所”は“主人”
じゃなきゃいけないんだ。そうじゃなかったら、絶対に聖地は奪回できない。次にまた姿を
くらまそうものなら、今度こそ殺す。忘れるな」
 才人は怒りに震えながら拳を握り締め、ジュリオに振りかぶった。ジュリオは笑みを浮かべた
まま、避ける素振りも見せずに拳を受けた。派手に吹っ飛び、ドアにぶち当たる。
 倒れたまま才人へ告げた。
「この建物を出た目の前に倉庫がある。そこにきみの“槍”が置いてあるよ」
 すぐに飛び出していこうとした才人だったが、不意に立ち止まってヴィットーリオへ言った。
「聖下」
「何でしょう?」
「もう一回だけ、扉を開いて下さい。指一本くぐる程度の奴でいいんだ。そんぐらいは
いいでしょう?」

「グガアアアア! ギャアアアアアアアア!」
 ルイズたちは、瞬く間にゴルザによって蹴散らされて絶体絶命のまさに崖っぷちにまで
追いつめられていた。無理もない。ロマリアから貸し与えられた兵隊は全員、ゴルザの脅威に
とっくに遁走し、残ったのは十数名程度の生身のオンディーヌだけ。それだけでは精神力の
限りに呪文を撃ち尽くしても、とても怪獣に敵うものではない。ルイズの“虚無”も、呪文を
唱える暇もなかった。
『うわあぁぁぁぁぁぁッ!』
『ぐわぁぁぁッ!』

93ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/16(土) 18:06:10 ID:hTCLJjSU
 ウルティメイトフォースゼロもまた、こちらを助けるどころか自身らが風前の灯火であった。
ウルトラマンゼロが石にされてしまい、ガタノゾーアが加わった怪獣軍団が圧倒的な戦闘力で
残る三人をねじ伏せたのだ。
 ガタノゾーアが虎街道を突破してくるのも時間の問題。最早ルイズたちに勝ち目はないのだが……。
「ルイズ! 逃げろ!」
 ゴルザの光線によって吹き飛ばされ、倒れたまま動けないギーシュが叫んだ。ルイズは
ゴルザを目の前にしながら、杖を握り締めたまま逃げようとしないのだ。
「逃げられないわ、わたしだけは……! わたしが逃げ出したら……サイトにどう顔向け
するっていうのよ……!」
 ルイズは己に言い聞かせた。才人の意思を無視して彼を故郷へ送り帰す選択をした自分が、
彼が守ろうとしてくれたこの世界を見捨てることなど出来やしない。たとえここで散ることに
なったとしても、最後まで戦うことをあきらめては……!
「グガアアアア! ギャアアアアアアアア!」
 そうは思っても、足を振り上げて自分を踏み潰そうとしてくるゴルザの前に心が恐怖で
塗り潰されてしまい、杖を振る手も止まっていた。
 わななくルイズは反射的に、もう叫ばないと決めた言葉を叫んでいた。
「サイト! 助けて!」
 その刹那――ゴルザの支えとなっている足が、地面の下から突き出てきた鈍色の円錐の
ようなものに突き上げられ、ゴルザの身体がバランスを崩して傾いた。
「グガアアアア!!」
 派手に転倒するゴルザ。これによりルイズは踏み潰されずに済んだ。
「え……?」
 驚愕するルイズの目の前に、円錐が地面の下から真の姿を晒す。それは才人がカタコンベで
見せらせ、コルベールたちの強力の下にアクイレイアまで移動させられたマグマライザーだ!
 そしてハルケギニア人の誰も操縦方法を知らないマグマライザーを走らせることの出来る
人間は、ただ一人しかルイズには思いつかなかった。
「サイトッ!!」

「全く、ほんと馬鹿だなあいつ……。あんな状況になったらとっとと逃げろよ」
 マグマライザーのコックピットで、操縦桿を握る才人が毒づいた。彼がジュリオに言われた
通りに倉庫に向かうと、そこで待っていたのはこのマグマライザーと整備をしてくれたコルベールに
タバサ、キュルケ。彼らからマグマライザーを預かると、地中を移動してまっすぐにこの虎街道に
まで駆けつけたのだ。
 そして起き上がるゴルザへレーザー光線を浴びせながら挑発。
「ほら、ノロマ野郎! 悔しかったら追いかけてこい!」
「グガアアア! ギャアアアアアアアア!」
 わざと背を向けて逃げると、転倒させられたゴルザは憤って追跡してきた。才人の狙い通りに、
ルイズたちから引き離す。この間にオンディーヌがルイズを救出して退避していった。
 安堵する才人だったが、表情はすぐに苦渋に染まる。
「思ってたよりずっと悪い状況だぜ……。まさかゼロが石にされてるなんて……」
 虎街道で待ち受けていたのは、あのガタノゾーア。他にも怪獣が数体。この状況をマグマ
ライザー一機で覆すことなど出来るのだろうか。
「けど、やるしかねぇッ!」
 決意を固めてマグマライザーのアクセルを全開にする才人。
 だが、その決意を粉砕するような攻撃が上空から降ってきた。
「ピアァ――――ッ!」
 一体のゾイガーの光弾だった。それがマグマライザーの正面の地面を穿ち、マグマライザーの
タイヤがその穴に嵌まって停止してしまう。
「しまった!」
 地底戦車のマグマライザーでも、すぐに地中に潜行することは出来ない。その隙を突いた
ゴルザの光線が直撃してしまう!

94ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/16(土) 18:08:15 ID:hTCLJjSU
「うわぁぁッ!!」
 たちまちに爆破炎上するマグマライザー!
「サイトぉぉぉぉぉ―――――――――――ッ!?」
 絶叫するルイズ。その才人は爆発にこそ巻き込まれなかったものの、あっという間に火災に
取り囲まれてしまう。文字通り進退窮まる大ピンチだ。
「くッ……! せっかく故郷に帰るのもフイにしてここまで来たんだ! こんなあっさりと
死んでたまるかぁッ!」
 それでも才人の心にあきらめはなかった。上着で火の手を可能な限り振り払いながら、
ハッチへ向かって脱出しようとする。
「俺はぁぁぁぁぁッ! 絶対にあきらめないッ!!」
 想いの限りに叫んだ、その時――急に、懐から温かい光が漏れ出し始めた。
「えッ!? こ、この光って、まさか……!?」
 まさか、と思いながらも、懐からその『光』を引っ張り出す。
 手の中にあるのは、スティック型の変身アイテム……スパークレンス!
「な、何で!?」
 疑問に思いながらもほぼ無意識の内に、才人はスパークレンスを天高く掲げた。
 翼型のレリーフが開き、光が溢れる!

「グガアアアア! ギャアアアアアアアア!」
 ゴルザは炎上するマグマライザーを完全に破壊しようとにじり寄っていく。ゾイガーも
空から接近し、内部の才人の息の根を確実に止めようとしていた。
「やめなさいッ! そんなことは、絶対させないわ!!」
 ルイズは杖を先ほどよりもずっと強く握り締め、とにかく“爆発”を起こして怪獣たちを
阻止しようとしたが……その視界に、いきなり光が溢れた。
「きゃッ!?」
「うわぁッ! 何だ!?」
 思わず顔を覆うルイズたち。
 その間に……光り輝く手刀が、ゴルザの胸を深々とかすめ切って致命傷を負わせた。
「グガアアアア……!?」
 不意打ちに対処できずにグラリと倒れるゴルザ。更に光溢れる光線が、ゾイガーも貫いて
爆散させる。
「ピアァ――――ッ!!」
 一挙に二体の仲間が撃破され、ガタノゾーアたち怪獣軍団がさすがに動きを止めた。
 そしてミラーナイトたちは、マグマライザーから飛び出した『巨人』を見やる。
『あ、あれは!?』
 銀色のボディに、赤と紫の模様と胸部を覆うプロテクター、そしてその中心に青く輝く
カラータイマーを持った、紛れもないウルトラマン! ウルトラマンティガが大地に立っていた!
「おぉぉッ!? あれはウルトラマン! ゼロ以外のウルトラマンが!」
「この状況で新たなウルトラマン!? 奇跡だぁーッ!」
「どうかぼくたちを、ゼロたちを助けてやってくれぇッ!」
 ティガの姿を認めたオンディーヌはわっと歓声を発した。しかしルイズだけは、ティガの
立ち姿をしげしげとながめ、ぽつりと小さくつぶやいた。
「サイト……!」
「――タァッ!」
 ティガはまっすぐに峡谷へ飛び込み、谷底に着地すると同時にガタノゾーアへタイマー
フラッシュを放つ。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 渾身のフラッシュが一瞬闇を照らし出して、ガタノゾーアの目をくらませた。その隙に
ティガは、額のクリスタルからエネルギーを照射。石像にされたゼロのビームランプから
光を分け与えた。
『――はぁッ!』
 たちまちの内に石化が解け、ウルトラマンゼロは復活して立ち上がった!

95ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/16(土) 18:10:11 ID:hTCLJjSU
「やったぁぁぁ―――――! ゼロがよみがえったぞぉぉぉぉぉッ!!」
 谷底を見下ろしたオンディーヌの歓声が強まった。ゼロはティガに振り返って驚愕。
『ウルトラマンティガ!? どうしてここに……』
 聞きかけたが、その顔をよく確かめて、更に目を見張った。
『才人なのか……!』
 ティガはゆっくりとうなずき、ガタノゾーアへと構えながら向き直る。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 ガタノゾーアの方も持ち直して、ティガとゼロへ対して触手を揺らめかせている。ゾイガーの
群れの方は、ティガの乱入によって持ち直したミラーナイトたちが食い止めてくれていた。
 ゼロもティガに合わせて、宇宙拳法の構えを取る。
『よぉーしッ! 一緒にあいつをぶっ倒そうぜぇッ!』
 ティガとゼロ、二人の光の戦士が強大なる暗黒の化身へと立ち向かっていく!
「プオオォォォォ――――――――!!」
 ガタノゾーアは触手を伸ばしてティガとゼロを迎え撃つが、ティガが素早くそれを両手
チョップで弾き返す。
「ハッ!」
「セェアッ!」
 そこにゼロがエメリウムスラッシュを撃ち込み、触手をガタノゾーアの方へ押し返した。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 しかしガタノゾーアの触手は無数にある。それが一辺に迫ってくる!
「ハァァッ!」
 だがゼロは動じずにゼロスラッガーを投擲。渦を描くように回転しながら飛ぶスラッガーは
触手を斬りつけながら押しのける。
「ヂャッ!」
 開かれた触手の中央にティガがティガスライサーを繰り出した。更にゼロがウルトラゼロ
ランスを投げ飛ばす。
「セェェェアッ!」
 二人の刃と槍が闇を切り裂きながら飛んでいき、ガタノゾーアをかすめて裂傷を入れる。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 初めてまともなダメージを食らったガタノゾーアが悲鳴のような咆哮を発した。
「す、すごい! さっきとは比べものにならない勢いだ!」
「あの怪物を押してるぞ!」
「何て連携の良さだ! 息ぴったりだよ!」
 ギーシュたちはティガとゼロの奮闘ぶりに感嘆。一人事情を知るルイズは、ぐっと拳を握った。
「プオオォォォォ――――――――!!」
 ガタノゾーアがティガたちを纏めて始末しようと石化光線を発射してきたが、ティガと
ゼロは即座にジャンプして回避。そのまま空中で停止してガタノゾーアを見下ろす。
 互いにアイコンタクトを取ってうなずき合うと、それぞれ腕をまっすぐ横に伸ばして
必殺光線の構えを取った。
「タァーッ!」
「デェェェェヤァッ!」
 ティガのゼペリオン光線、ゼロのワイドゼロショットが同時にガタノゾーアに命中! 
そうすることで相乗効果を生み出す合体技、TZスペシャルだ!
「プオオォォォォ――――――――!!!」
 ガタノゾーアは膨れ上がっていく光のエネルギーを抑えることが出来ず、闇が光によって
打ち消されていく!
「ピアァ――――ッ!!」
 爆発的に膨張した光はゾイガーの群れをも呑み込んで、完全に消し去った。
 光が晴れると、超古代の怪獣軍団は跡形もなく消滅したのである。
「いぃぃやぁったあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
「勝ったんだ! 光の大勝利だぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――――ッ!!」
 オンディーヌは一番の大歓声を上げて、互いに抱き合って喜び合う。ルイズも思わず口元を
抑えながら目尻に涙を浮かべた。

96ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/16(土) 18:12:28 ID:hTCLJjSU
 ガタノゾーアたちを打ち倒したティガとゼロは着地すると、向かい合って光に変わっていく。
そして二人の光が混ざり合って、一つになった――。

『……結局、元の鞘に戻っちまったなぁ』
 ルイズたちの元へと歩いていく才人の左腕には、再びウルティメイトブレスレットが
嵌まっていた。再びゼロと融合した証拠である。
「何だか、もうこれがないと落ち着かなくなったよ。次からは勝手にいなくならないでくれよ? 
ゼロ」
『悪かった悪かった! それじゃあ、これからもよろしく頼むぜ……でいいんだな? 才人』
「ああ!」
 ゼロに力強く応じた才人の元へと一番に走ってきたのはルイズであった。彼女は才人の
胸をポカポカ叩きながら言う。
「どうして来ちゃったのよ〜〜〜〜〜!」
「何言ってんだよ、俺が来なかったら死んでたくせに。というか人を勝手に帰そうとしてんじゃ
ねぇよ!」
 怒鳴られたルイズが口をもごもごさせながら、激しく泣いた。
「だって……サイトがお母さんからの手紙見て泣いてるんだもん……可哀想になっちゃったんだもん……。
わたしより、家族の方がいいんじゃないかって……そっちの方があんたは幸せなんじゃないかって……」
 才人はルイズを優しく抱き締めて言った。
「自分の幸せは、自分で選ぶ。そして俺の幸せは、多分ここにあると思うんだよ……」
 感極まって才人を抱き締め返すルイズだが、そこにゼロが口を挟んだ。
『邪魔するようで悪いが、お袋さんのことはどうすんだ? せめて無事を知らせるぐらいの
ことはしてやるべきじゃ……』
 それに才人は、微笑みながらこう答えた。
「それなら心配ないぜ。こっちからもメールを送ったんだ」
 才人の懐の通信端末には、先ほど才人が地球へと送信したメールのデータが入っていた……。

 母さんへ。

 驚くと思いますけど、才人です。黙って家を出てしまい、ほんとにごめんなさい。いや、
ほんとは黙って出た訳じゃないけど……言っても理解されないと思うので、そういうことに
しておきます。とにかく、ごめんなさい。
 メールありがとう。
 心配してくれてありがとう。
 さっき、ちょっとだけ母さんの顔が見えました。ちょっとやつれてたんで、悲しくなりました。
心労で喉が通らないかもしれないけど、ちゃんと食べて下さい。
 俺は生きてます。
 無事ですから、安心して下さい。
 俺は今、地球とは別の世界にいます。そこでウルトラマンになってます。
 信じてくれないとは思いますけど、ほんとのことです。頭がおかしくなったと
思われても仕方ないけど……ほんとです。
 その世界は、怪獣がたくさんいて大変なことになってます。俺の友達や大事な人がとても
困ってるんです。
 俺は、その人たちの力になりたいんです。
 だからまだ……帰れません。
 でも、いつか帰ります。
 お土産を持って、帰ります。
 だから心配しないで下さい。
 父さんやみんなによろしく伝えて下さい。
 取り留めなくてごめんなさい。急いで書いてますんで。
 母さんありがとう。
 ほんとにありがとう。
 ウルトラマンは大変だけど、俺は幸せです。
 生んでくれてありがとう。
 それではまた。平賀才人。

97ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/16(土) 18:13:22 ID:hTCLJjSU
以上です。
一話の中で二回死ぬガタノさん。

98ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/17(日) 19:52:01 ID:XAEoHj8Q
こんばんは、焼き鮭です。続けて久々の幕間を投下します。
開始は19:55からで。

99ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/17(日) 19:55:45 ID:XAEoHj8Q
ウルトラマンゼロの使い魔
幕間その十「歴史の真実と謎」

 ガリア王国が送り込んできた恐るべき超古代怪獣軍団は、ウルティメイトフォースゼロと
ウルトラマンティガに変身した才人の活躍によって撃滅された。しかし、これはガリアとの
真の戦いの、ほんの前哨戦でしかなかったのだ。
 ヴィットーリオは即位三周年記念式典で、ガリアへ対する“聖戦”を宣言したのだ。
「我が親愛なるロマリアの民、及び始祖と神の僕の諸君。此度は北方より来たる悪魔の軍勢が
神の遣わした戦士たちにより退けられ、この祝祭の席を開けたことは真に幸いです。……しかし
ながら、あの悪魔どもは悲しいことに、我々と同じ人間の手によってけしかけられたものなのです」
 ヴィットーリオの演説に、集ったブリミル教の信徒は一斉にどよめいた。
「その黒幕とはガリア、悪魔を操り神に仇なす異端の名はガリア王ジョゼフ一世。そうでなければ、
あの悪魔どもがガリアをただ通過してこのロマリアの地に侵攻してくる理由がありません。また、
ガリアの異端どもはエルフとも手を組み、我らの殲滅を企図しているのです」
 信徒たちに動揺が走る。ヴィットーリオの言には確たる裏づけが欠けているが、先ほど
怪獣たちの脅威に晒されて不安と恐怖のどん底にあった民たちは、その反動もあって面白い
ほどに鵜呑みにし、ガリアに対する怒りに燃え上がった。
「最早悪魔の力を行使し、我が物顔に我々の土地と生命、そして信仰を蹂躙しようとする
異端の陰謀を許してはおけません。わたくしは始祖と神の僕として、ここに“聖戦”を
宣言します」
 そのひと言により、ガリアとの戦端がはっきりと切って落とされてしまったのであった。
 ……アクイレイアのルイズたちがあてがわれた客間では、ロマリアの耳がないことを確認
してから、ルイズがそのことに対しての苛立ちをぶちまけた。
「何が陰謀を許してはおけない、よ。陰謀を張り巡らしていたのは自分たちの方じゃない! 
あんな奴の持ちかけた話に乗っかった自分を呪いたいくらいだわ!」
 ルイズの格好はロマリアから与えられた巫女服ではなく、普段の学生服だ。才人から、
地球へのゲートをくぐろうとしたら撃ち殺されていたという話を聞いた途端に、怒り心頭して
巫女服を捨てたのであった。曰く、もうこんなものに袖を通していられない、と。
「ガリア王をおびき寄せて廃位に追い込むなんてのも、こっちを乗せるための建前に
過ぎなかったんだわ。この状況こそが本当の目的……。そのために国境付近にあらかじめ
軍を配備して、ガリアを挑発した。何が“人間同士の戦火を止める”よ! そのために
戦火を起こすなんて、本末転倒じゃない! ここまで来たらエルフとの交渉なんてのも
信用ならないわ!」
 才人はヴィットーリオへの怒りを喚くルイズにうなずきながらも警告する。
「気をつけろよ。あいつらは異常だぜ。おまけにその異常さに気づいてて、しかも肯定してやがる。
一筋縄じゃいかないぜ」
「サイト、やっぱりあんたは帰るべきよ。こんな世界につき合うことはないわ。向こうは
あんたを生かして帰さないつもりみたいだけど、ゼロに変身さえしてしまえばどうしようも
出来なくなるわよ」
 改めて才人を説得するルイズだったが、才人はきっぱりと言った。
「見足りない。だからまだ、帰らない」
「何を?」
「お前の笑顔」
 そのひと言にルイズは言葉の通りに真っ赤になり、照れくさいやら嬉しすぎるやらで
ぎくしゃくとした動きをした。
 そんなところに口を挟むゼロ。
『いちゃついてるとこ悪いんだがよ』
「い、いちゃついてなんかないわよ!?」
『ガリアとロマリアのことは一旦置いておいて、そろそろ才人が見たっていう六千年前の
夢のことについて話し合おうぜ。きっとかなり重要なことに違いねぇ』
 この客間には今、ミラーとグレン、そしてミラーがシエスタから腕輪を借りてきたという
形でジャンボットもいる。彼らはこれから、才人の夢のことについて相談と会議を始めるのだ。

100ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/17(日) 19:58:25 ID:XAEoHj8Q
 話し合いの席をミラーが仕切る。
「まずはサイト、改めて確認します。あなたが見た夢というのは、始祖ブリミルと初代
ガンダールヴが出てくる内容で間違いないですね?」
「ああ」
 はっきりと肯定する才人。
「初めは単なる夢かと思ったけど、やたらとリアルだったし……それに、夢と同じように現実に
俺がウルトラマンティガに変身したんだ。今はほんとに時間をさかのぼったとしか思えねぇや。
今はもうティガに変身できないけど……」
 才人がゼロと再び融合してから、スパークレンスはいつの間にか消えてなくなっていた。
恐らく、ティガはもう自分の元からは去ったのだろう。きっと、才人を助けるという役目を
終えたからだ。
 これに意見するルイズ。
「でもおかしいじゃない。あんたの身体はずっとこの現代の時間にあったままだったんでしょ?」
「ジュリオの奴がずっと監視してたみたいだからな。あいつが嘘を言う必要はないだろ」
「それじゃあ過去に行くなんてこと出来ないじゃないの。変な言い方だけど……現代と過去の
二つの時間に、同時に存在するなんて」
 そのルイズの意見についてジャンボットが論ずる。
『これは憶測に過ぎないが、サイトは精神だけが過去へ移動したのではないだろうか』
「精神だけ?」
『そうとすればつじつまが合う。精神が今の時間にないのならば、サイトがずっと眠ったまま
だったのも当然となる』
「いや、いくら何でもそれは無理があるんじゃ……」
 半信半疑のルイズだが、ゼロはジャンボットを支持した。
『ウルトラ戦士の周りじゃあ奇跡的な出来事がよく起こるもんだぜ。俺自身、何度か経験がある』
「奇跡ってそうそう起こらないから奇跡って言うんじゃないの……?」
 冷や汗を垂らすルイズであった。
 ここでグレンが話題を切り換える。
「難しいことは分かんねぇけどよ、今重要なのはサイトが実際過去に行ったかどうかじゃ
ねぇだろ? サイトの体験したことが真実かどうかだ」
 重々しくうなずくルイズ。
「そうね……。仮にサイトの見たものが全て事実だとしたら、これはハルケギニアで語り
継がれた歴史がひっくり返るほどの大発見よ。始祖ブリミルがエルフを使い魔にしてたなんて!」
 興奮するルイズ。それはそうだ。エルフと言えば人間の仇敵であり、始祖ブリミルの最大の
敵だった悪魔。その教えが、完全に否定されるのだ。
 才人が後を引き継ぐ。
「しかも六千年前の時点で既に怪獣はハルケギニアにいたんだぜ。そしてブリミルとエルフは
一緒にそれに立ち向かってた。ほんとに、今まで聞いたことと丸っきり真逆だ」
「でも、それをどうやって事実か確かめればいいのかしら……」
「そうだ、デルフに聞いてみよう」
 才人はデルフリンガーを鞘から引き抜いた。デルフリンガーが初代ガンダールヴの得物
だったのならば、当然当時のことを知っているはずである。
「よ。伝説」
「やぁ相棒。ようやく俺の存在を思い出したってのか。全く薄情なこって」
「ごめんごめん、忙しくて気が回らなかったんだよ。それで、俺が見たものってほんとのこと? 
それともよく出来たフィクション?」
「ほんとのこったろ」
 デルフリンガーのあっさりとした肯定に、この場の全員が目を丸くした。ルイズはデルフ
リンガーをなじる。
「あんた、何でそんな大事なことを今まで黙ってたのよ!」

101ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/17(日) 20:00:31 ID:XAEoHj8Q
「黙ってた訳じゃねぇよ。忘れてたんだ。でも、相棒の言葉で思い出したんだ。そういや、
そうだったなって」
「じゃあ思い出したこと、全部話なさいよ!」
「無理だよ……。何せ断片的でな。つまらねぇことなら割と思い出せるんだが、肝心なことは
サッパリさ」
「ブリミルさん、何かニダベリールとか名乗ってたよ」
「多分、若い頃の名前だな。そん時は俺はまだ生まれてなかったから知らねえけど」
「そういや、あの時お前はどこにもいなかったな」
 相槌を打つ才人。ここでミラーが一旦注目を集める。
「これで裏づけが取れましたね。サイトが見たものは真実だった。……ですが、そうとすると
別の疑問が生じます。それは、何故その内容が今の世に全くといっていいほど伝わっていないのか」
「だよなぁ〜。怪獣が元々この星にいたなんて話、今ここで初めて聞いたぜ」
 腕組みしながらうんうんとうなずくグレン。中にはソドムのように伝説の巨竜という形で
存在が言い伝えられていた例外もあるが、そんなのは極一部だ。ゼロたちはこれまでずっと、
ほとんどの怪獣たちは次元震の影響でハルケギニアに侵入したものだと思っていた。
 ジャンボットは言う。
『正確には、元からいた訳でもない。六千年前、ブリミルたちとほぼ同時期にどこかから
出現するようになったみたいだな』
「そのどこかってどこだよ」
『それが分からないから、今こうして話し合っているのだろうが』
 グレンに手厳しく突っ込むジャンボット。ミラーは顎に指を掛けて考え込んだ。
「始祖ブリミルは元々ハルケギニアの民ではなかったのですよね。“虚無”の力で、どこかから
移住してきた……。それと怪獣の出没が同時というのは、無関係ではない気がします。始祖の
元いた土地とはどこなのか……それが分かれば答えに一気に近づけるのでしょうが」
「でも始祖ブリミル降誕の地、つまり聖地はエルフに牛耳られてて、近づくことすら出来ないのよね」
 ため息を吐くルイズ。その聖地を取り戻すことが、ヴィットーリオの最終目的のようだが。
 ゼロがミラーに提案する。
『ミラーナイト、お前の能力で探りを入れられねぇか? 鏡の世界からエルフの土地を覗き込んでさ』
「やってみましょう」
「俺としては、怪獣もそうだけど、ウルトラマンが六千年前のハルケギニアに来てたって
ことの方が興味あるな。それも一人や二人じゃなかったみたいだぜ」
 才人が少しわくわくしながら言った。それに同意するゼロ。

102ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/17(日) 20:02:52 ID:XAEoHj8Q
『俺も同じウルトラ戦士として興味深いな。けど、それも怪獣の存在と同じように伝承されて
ないみてぇだな』
「一応、始祖ブリミルの伝説には、始祖は神の遣わした天使とともに悪魔と戦ったとあるわ。
わたしはずっと、悪魔っていうのはエルフのことだと思ってたけど……」
 顔をしかめるルイズ。ここまでの話から考えるに、悪魔の正体とは怪獣だったのだろう。
「でも、この程度の表現でしか言い伝えられてないってのはちょっと奇妙よね。いくら六千年の
隔たりがあるとはいえ、もうちょっと具体的に伝承されてても良さそうなものなのに」
 とのルイズの言葉に、ミラーはしばし考え込んでから、言い放った。
「もしかしたら、長い時間の中で自然に忘れられたのではなく、何者かが情報を隠蔽したの
ではないでしょうか。だから後世に正しい形で伝わらなかったのでは」
「えぇ!?」
「そもそも始祖の祈祷書、“虚無”の呪文書も、指輪がなくては読めないという注意書きが、
読めない文の中に含まれていたのでしょう。普通、そんな致命的なミスをすると思いますか?」
 内心同意するルイズ。これまでもいささか妙なことだとは思っていたが……誰かが“虚無”を
目覚めさせないように、そのように細工したとするなら納得できる話だ。
「デルフリンガーもほとんどのことが思い出せないのも、ひょっとしたら記憶を封じられて
いるからかもしれません」
「ってことはこいつをいじったり何かしたら、記憶が一辺に思い出させられるかもしれねぇってか?」
「おいおいやめてくれよ。変なことすんのはさ。頭はねえが頭ん中いじくられんのはさすがに
御免だぜ?」
 グレンの提案を拒否するデルフリンガー。ジャンボットも同意する。
『デルフリンガーは生物でも、電子頭脳でもない。私たちには未知の力で生命を維持している。
下手なことをしたら、デルフリンガーという存在そのものが消えてしまうかもしれん。危険すぎる』
「だよなぁ。さすがに仲間の命に代えられることじゃねぇや」
 デルフリンガーの記憶を無理に呼び覚ますという手段は却下される。しかしそうすると、
現状ではこれ以上謎に近づく道はない。
 議論が煮詰まってきたところで、ゼロが取り仕切った。
『これ以上俺たちで話し合ってても先には進まねぇ。この先ハルケギニアでの冒険を続けりゃ、
答えに近寄れるものも見つけられるだろう。それまでは放置だ』
「そうね。とりあえずは、今目の前にある問題を解決するところから始めましょう」
「ああ。まずはガリアをぶっ倒して……それからロマリアの聖戦とやらを止めてやるんだ」
 ゼロの出した結論にルイズ、才人と賛成し、全員の気持ちが一致した。
 これから彼らは、再び起こってしまった戦乱と、争いを引き起こす目論見を阻止するために
行動することを、ここに決意したのであった。

103ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/17(日) 20:04:02 ID:XAEoHj8Q
ここまでです。
ガリア編もいよいよ終局が見えてきました。

104名無しさん:2017/09/19(火) 17:42:54 ID:rN4rAlWU
乙ー

105ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 12:51:19 ID:eipzXTp6
ウルゼロの人、乙です。
そしてこんにちは。ウルトラ5番目の使い魔、65話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

106ウルトラ5番目の使い魔 65話 (1/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 12:56:08 ID:eipzXTp6
 第65話
 剣下の再会(前編)
 
 殺戮宇宙人 ヒュプナス 登場!
 
  
 謎の宇宙人の手により、書き換えられた舞台となったハルケギニア。
 そこでは彼によって、今日もなんらかの陰謀が進められている。
 しかし、忘れてはいないだろうか? この世界には、数々の災厄の発端となったあの侵略者がまだ健在でいることを。
 そして、奴は当然他人の事情などを鑑みたりなどしない。腐肉にたかるハゲワシやハイエナが譲り合うことなどしない。
 
 
 『それ』が、いつハルケギニアにやってきたのか。そんなに昔の話ではない。
 『それ』は、ハルケギニアが破滅招来体によって闇に閉ざされている時期のいずれかに、嵐に包まれる聖地から現れた。
 『それ』は、巨大な宇宙船に乗ってやってきた。
 送り込んできたのはヤプール。奴は、まだ動けない自分に代わって、ハルケギニアに混乱を巻き散らすエージェントとして『それ』と契約し、送り込んだのだ。
 しかし、『それ』が底に秘めた邪悪を、ヤプールさえまともに理解しているわけではなかった。
 悪は正義の敵となる。しかし、悪が悪の味方となるとは限らない。『それ』が誰を傷つけ、誰を利するのか、
 そして時が経ち、解き放たれた美しき殺戮者の魔の手によって彩られる、短くも真紅に満ちた日々が始まろうとしている。
 これは、物語の大筋のほんのすきまに挟まれた、悪夢のような数週間の記録。その始まりである。
 
 
 トリステイン魔法学院の遠足や、トリスタニアを騒がせた三面のバカどもの騒動からもしばらくして、トリステインは再び平穏な日々を送りつつあった。
 だがその影で、無視できない凶事が進行していることを、新聞の一面を見た市民は暗然とした思いで感じ取っていた。
「子供の行方不明事件、昨日もタルブ村で三件発生。トリステインだけでも、これで二十四人の子供が突然いなくなっている……か。うちのガキにも外に出るなって言っとくか」
 ある日、なんの前触れもなく子供が姿を消す。子供を持つ家庭を震え上がらせる事件が、このところトリステインやガリアで頻発していた。
 身代金の要求などはなく、消える子供も貴族や平民を問わずに、子供であるという共通点以外はない。
 
 もちろん、こういった事態を官憲が見逃すわけはない。近年禁止になった奴隷取引の密売目的と見て、すでに水面下では動き始めている。
 しかし、敵もさるもので、いまだに誘拐団の検挙にはいたっていない。しかし、少ない手がかりを元に、少しずつ捜査の網を絞り込んでいっていた。
 そして、その捜査をおこなう人間たちの中に、青髪の女騎士の姿もあった。
「では、お子さんを最後に見たのは三日前の……わかりました。ご協力感謝します」
 ある村で、突然息子が消えた家での聞き込みを終えて、浮かない様子で彼女は出てきた。

107ウルトラ5番目の使い魔 65話 (2/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:01:27 ID:eipzXTp6
 ここもほかと同じで、目ぼしい手がかりはなかった。だがそれ以上に、憔悴しきった様子の両親の姿が痛々しかった。目を腫らして、恐らく子供がいなくなってからろくに寝ていないに違いない。
 しかし、捜査に進展がないというわけではなかった。彼女の手には、真新しい報告書の写しが握られていて、それには約一年半ほど前に解決したはずの、ある事件の顛末が記されていた。そして、その首謀者の名前に目をやったとき、彼女の眉が不快気に揺れた。
「やはり手口が似ている……今さら出てきて今度は何をしようというんだ。それともお前、まだあの頃の遊びの続きをしているつもりなのか……?」
 書類をしまい、彼女は歩き出した。まだ、どこの衛士隊も犯人の足取りさえ掴めていない。しかし、彼女の足取りには迷いがなく、やがて彼女の姿は真夏の陽炎の中に消えていった。


 
 そんなある休日のことである。才人はルイズやティファニアとともに、トリスタニアにある修道院の孤児施設を訪れていた。
「あっ、テファお姉ちゃんだ。おーいみんな、テファお姉ちゃんたちが来てくれたよーっ!」
 子供の元気な叫び声が施設にこだまして、たいして大きくもない施設から子供たちがわっと飛び出してきた。
「テファおねえちゃん!」
「わーい! テファおねえちゃんだ」
「みんな、ただいま。いい子にしてた?」
「はーい!」
 子供たちは、親同然に慕っているティファニアがやってきたことで、踊るように喜んで集まってきた。
 その子供たちに、ティファニアや才人は手にいっぱいに持ったお菓子やおもちゃなどのお土産を差し出した。たちまち群がる子供たちの手に奪われて、才人たちの手は空になる。
「みんな、久しぶりだな。元気してたかよ」
「うん、サイトおにいちゃんたち、ありがとう」
 クッキーを手にした子にお礼を言われて、才人はまとまりの悪い髪をかいて照れた。
 この施設の子供たちのほとんどは、才人やルイズにとっても見慣れた相手だ。彼らはウェストウッド村にティファニアといっしょに住んでいたが、ティファニアがガリアにさらわれた際に子供たちだけで村に残すのは危険だと判断してトリステインへ連れてきた。その後も、何もない森の中よりは人のいる場所で生活させたほうが子供たちの将来にとって望ましいということで、この施設に預けられたのである。

108ウルトラ5番目の使い魔 65話 (3/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:02:22 ID:eipzXTp6
 もちろん、子供たちはティファニアと離れ離れになるのはつらかった。しかし彼らは健気にも聞き分けて、慣れない土地での共同生活を受け入れた。そして、彼らが楽しみにしているのが、ときおりのティファニアの訪問なのである。
「オッス、サイトのあんちゃん。テファねえちゃんに手ぇ出してないだろうな」
「ようジム、お前も元気そうだな。前より背が伸びたか? てか太ったかコラ」
「やべっ、やっぱそう見えるかい。まじいなあ、最近メシがうまくってついつい……これじゃテファねえちゃんに見せられないよ」
 少年のひとりと憎まれ口を叩きあいながら才人は笑った。子供たちはみんな血色がよくて元気そうだ。ウェストウッド村で遊んだ時と変わらないわんぱくっぷりは、彼らがこのトリステインになじんだ証なのだろう。
 また、ルイズはこの修道院の管理人である老神父と和やかに話していた。
「ありがとうございます、貴族さま。遠路お越しいただきまして、おかげで子供たちもとても喜んでおります」
「かまわないわ。わたしにとっても浅い仲じゃないもの。あはは、サミィにマリー、後で遊んであげるから、今は神父様とお話があるから、ちょっと我慢してね」
 子供のパワーには、さすがのルイズもたじたじであった。そんなルイズに、しわだらけの顔をした老神父が穏やかに話しかけてくる。
「皆、元気で素直で、健やかに育ってくれております。よほど、あの子たちを育てたティファニア殿の教育がよかったのでしょうな。私共としても、あの子らが育つのを見るのが楽しくて仕方がない毎日なのです」
「そうね。この子たちが大きくなれば、きっとトリステインはいい国になるわ。それより、運営費のほうは大丈夫? もし足りないなら、女王陛下に上申してあげるけど」
 孤児院は主に教会の寄付などで運営されているため、正直安定しないのが実情だ。ほかにロングビルことマチルダも資金を出してはくれているものの、子供を育てるには本当に金がいくらあっても足りないものだ。幸い、ここは神父様がよくできた方なので子供たちの教育については心配ないけれど、金銭についてはロングビルが今でも不安を感じていることはルイズも知っていた。
 けれど神父様はにこやかに首を振った。
「いいえ、実は最近ゲルマニアのお金持ちの方が援助をしてくださるようになったので、今では子供たちにお腹いっぱい食べさせることができております」
「ふーん、ゲルマニアにも奇特な奴がいるのねえ。キュルケに爪の垢を煎じて飲ませたいものだわ」
 ルイズは素直に感心した。ゲルマニアの金持ちといえば守銭奴のイメージが強いが、中には例外もいるものだ。
 だが、これでアンリエッタに余計な心労をかけさせないですむのはありがたい。ルイズはたまにアンリエッタに送る手紙の中で、市政の様子を簡単でもいいから報告してほしいと頼まれていた。今回、ティファニアに付き合ってここに来たのもその一環で、トリステインの財政は現在安定しているけれど、あらゆる場所を満足させるのは不可能だ。当然、どこかでゆがみが生じるため、そこに民衆の不満が集まることになるのだが、どうやら次に出す手紙に心苦しいものを書かなくてもよさそうでほっとした。
 しかし、老神父は少し顔を曇らせると、ルイズにだけ聞こえる声で不安を口にした。
「ただ、心配なのは最近新聞を騒がせている誘拐事件です。もうかなりの数の子供が消えていると言いますし、我々も心配で」
 するとルイズも顔を曇らせた。
「そうね。どこの誰かは知らないけど、性根の腐った奴がいるものね。わたしが見つけたらトリステインから叩き出してやるところだけど、犯人が捕まるまでは子供たちから目を離さないほうがいいわね」
「おっしゃるとおりです。ですが、なにぶんみんな遊びたい盛りの頃。大人の我々では抑えきれないものがありましてなあ。よいことなのですが、複雑なことです」

109ウルトラ5番目の使い魔 65話 (4/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:03:50 ID:eipzXTp6
 確かに、子供たちのパワーはすごいものだ。真面目に考え込んでいたルイズの前で、才人が悲鳴をあげながら、あっちからこっちへと引っ張られていく。ウェストウッド村のときと変わりない光景に、ルイズの頬も緩んだ。
「あはは、あれじゃサイトが一番のおもちゃね。テファ、サイトを助ける必要なんかないわよ。無駄に頑丈だからその程度じゃ死にゃしないって」
「お、おいルイズ、そりゃねえって! いてて!」
「なに言ってるの。テファにいっしょに来ないかって誘われて、即答したのはあんたでしょうが。もうしばらくそこで遊ばれてなさい」
 にべもないルイズの言葉に、才人は悲鳴をあげながら子供の波の中へと消えていった。
 とはいえ、ルイズのほうもいつまでも高みの見物とはいかず、何人かの子供に誘われると仕方なくついていった。そこで、女の子に編み物を教えようとして毛糸玉を作り、逆に教えられて顔を赤くしているのはルイズらしいと言うべきか。
 しかし、子供たちに翻弄されながらもティファニアだけでなく、才人やルイズの表情は明るい。ちびっこと遊ぶのが大好きというのは全宇宙のウルトラマンたちの共通点かもしれない。
 
「つ、疲れた」
 しばらくしてやっと解放された才人は息をついた。下手な訓練やドンパチよりよほど体力を使う、これを日常的にやってるんだから子供というのはたいしたものだ。
 教会の古ぼけた椅子に座って才人が休憩していると、そこにとことこと一人の少女が寄ってきた。
「サイトおにいちゃん、大丈夫?」
「ん? おっ、アイちゃんか。元気そうだな、みんなと仲良くしてるか?」
「うん、男の子たちはアイの子分なんだよ。いつかアイの騎士団を作って、おじさんに見せてあげるんだ。えっへん」
 小さな胸をはる少女を、才人は優しく頭をなでてあげた。
 才人にとって、この幼い少女の成長を見届けるのは感慨深いものがある。今となっては懐かしい思い出になるが、自分がハルケギニアに来て間もない頃の事件で、彼女と彼女の育ての親であったミラクル星人をテロリスト星人の魔の手から救い出したことがある。その後、星に帰ったミラクル星人からこの少女、アイを引き取り、ティファニアのところに預けて成長を見守ってきた。
 アイは才人になでられて、うれしそうに笑った。それに釣られて才人も笑みを浮かべる。兄弟のいない才人にとって、アイは年の離れた親戚の子のような存在であった。
「おじさんと会えなくて、寂しくないか?」
「うん、少し……でも、アイが寂しがってるとおじさんが安心してお星さまに帰れないもの、我慢するの。それに、今はみんながいるし、サイトお兄ちゃんたちも会いに来てくれるもん」
「そっか、偉いねアイちゃんは。ほんと、ルイズもこれくらい素直なら可愛げがあるんだがなあ」
「あーっ、いけないんだいけないんだ。ルイズお姉ちゃんに言っちゃうぞ」
「げげっ、それは勘弁してくれ。ほら、飴あげるから」
「わーい」
 子供は意外とリアリストなもので、大人を出し抜く術をいくらでも知っている。才人は、冷や冷やしながらポケットの中に菓子を残していた自分の賢明さを褒めたたえていた。

110ウルトラ5番目の使い魔 65話 (5/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:07:35 ID:S9iHivT2
 教会の中にいるのは、休憩に入った才人とアイだけで、涼しい空気が流れてがらんとしている。掃除が行き届いているようで清潔なものだが、子供たちの遊び場にもなっているようで、ところどころの椅子が乱れていた。
「みんなといっしょに遊ばなくていいのか?」
「うーん、ちょっとくたびれちゃった。だってみんな子供なんだもの。でもアイは大人だから、サイトおにいちゃんをおもてなししてあげるの」
「はは、ありがとうな」
 才人はもう一回、アイの頭をなでてあげた。
 精一杯背伸びをする子供というのはかわいいものだ。才人にも、あまり思い出したいものではないがこういう時期があった。もっとも、今でも抜けきったわけではないが、人間は自分以外のことはよくわかるものだ。
 耳をすませば、子供たちの遊ぶ声がまだ教会の外から聞こえる。ティファニアはひっぱりだこだろうし、ルイズのヒステリーを起こす声が聞こえるところからすると子供に負けてむきになっているようだ。
「ありゃあ、今は近寄らないのが身のためだな」
「じゃあ、お兄ちゃん。こっちに来て、おもてなししてあげるから」
「おっ、なにかななにかな?」
 才人はアイに手を引かれて教会の裏手に入っていった。
 子供たちや職員はほとんどが庭のほうへ行ってしまったようで、人気のない廊下を走ってゆくと、そこには素晴らしい光景が広がっていた。
「ひゃあ、教会の裏庭はひまわり畑だったのか」
 驚く才人の前に、太陽の畑が広がっていた。
 夏の日差しに照らされて、背の高いひまわりが何百と空へ向かって伸びている。そのまぶしい光景を誇らしげに、アイは才人に語って聞かせた。
「むふん、ひまわりはね。そのまま売ってもいいし、種をとって油を搾れば売れるしで、教会のうんえーひになるんだって。ついでに、わたしたちのじゅーそーきょーいくにもいいんだって、神父様が言ってた」
「そうなのか。おれなんて、小学校の頃にハムスターのエサにしたくらいしかしてないのに、みんな偉いな。それで、これをおれに見せたいのがおもてなしかい?」
「ブッブー、こっちに来て。奥の小屋で、ひまわりの蜂蜜から作ったジュースを作ってるの。サイトお兄ちゃんにだけ、特別に飲ませてあげる」
「おっ! そりゃ楽しみだ」
 喉が渇いていた才人は一も二もなく飛びついた。
 ひまわり畑の中の道をアイに手を引かれてついていく。途中で何匹もの蜂とすれ違ったが、何百という花の中では人間なんかどうでもいい様子で八の字ダンスを踊っていた。
 目的の小屋は畑の奥にあり、人の背より高くなったひまわりにさえぎられて、近くに行かなければ見えないものだった。

111ウルトラ5番目の使い魔 65話 (6/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:20:54 ID:S9iHivT2
 アイはこっそり持ち出していた小屋の鍵を取り出し、待っててねと笑う。ところがである。小屋の影から、ひそひそと誰かの話し声が聞こえてきた。
「だから……よし……いいぞ」
「これで……終わり……やっと」
 野太い男の声。しかも二人……才人は一瞬、教会の職員の誰かかと思ったが、その身に沁みついた経験から無意識に警戒態勢に入り、そっと小屋の裏をうかがった。
「サイトお兄ちゃん?」
「しっ、ちょっと静かにしてて」
 何がとは言えないが、嫌な予感がしてならない。そして小屋の壁に隠れて、裏の気配をうかがうと、確かに人の気配がする。
 なんだ? ガサゴソという音がする。それに、「ずらかるぞ」という声も聞こえた。もう怪しいどころではない。才人は背中のデルフリンガーの存在を確かめると、一気に飛び出した。
 
「お前ら、そこでなにしてやがる!」
 
 飛び出した才人の大声に、隠れていた二人の男がびくりとなって振り返る。
 果たして、そこにいたのは教会の人間ではなかった。一般的な平民の服をまとっているものの、筋肉質の見るからに傭兵くずれじみた雰囲気を放つ男。ここは教会の敷地内、無許可の人間が立ち入ることはできないはずだ。
 だが、才人は二人の男が運び出そうとしていた荷物にこそ目がいった。ひとりが担いだ大きな麻袋から、子供の足がわずかに覗いていた。
「あの靴、マーちゃんだよ!」
「てめえら、最近噂の人さらいだな。覚悟しやがれ、ぶっとばしてやる!」
 激高した才人はデルフリンガーを抜いて切りかかっていった。男たちは、ここで人が出てくるとは予想外だったようで、才人の振りかざしたデルフリンガーにおびえて、担いでいた子供を麻袋ごと落としてしまった。
 とたんに、しまった、と声をあげる人さらいの男。それと同時に、アイも教会のほうへ向かって、「誰かーっ! 人さらいだよ! 早く来てーっ!」と、大声で叫ぶ。
 今の声は間違いなく届いているはずだ。すぐにルイズたちが駆けつけてくるだろう。
「ここが年貢の納め時だな。観念しろ、悪党ども!」
 才人はアイをかばいながら、うろたえている人さらいたちにデルフリンガーを突き付けた。
 だが、勝ったと思った才人はここで一瞬だが致命的な油断をしてしまった。

112ウルトラ5番目の使い魔 65話 (7/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:21:35 ID:S9iHivT2
「んだ? ね、眠い……?」
 突然、急激な眠りが湧いてきた。才人がなんとか目を凝らしてみると、もう一人の男が杖を握っていた。
「しまった。メイジがいたのか」
 催眠の効果を持つ魔法を使われたのだということに気づいたときには遅かった。才人は立っていることができず、ひざをついてしまう。
 起きて、とアイが叫んでくるが、魔法の力をまともに受けては才人も気を失わないだけで精一杯だった。
 そして、逆転に成功した人さらいの男たちはほっと息をついて話し合った。
「アニキ、やりましたね。まさか、こんなところに剣士がいるとは。こいつ、どうしやす?」
「バカ野郎、こいつらには俺たちの顔を見られてる。ガキは捕まえろ。小僧は俺が始末する」
 人さらいたちは冷酷だった。アイに子分の男が襲い掛かって、たちまち手を取って捕まえる。アイは離してと叫ぶが、大人の力には抗いようもない。
 対して才人には、メイジの男が魔法の矢を放ったが、そこでメイジは自分の目を疑った。
「なにっ! 魔法が吸い込まれた。マジックアイテムの剣か!」
 デルフリンガーの効力で、才人に向かった魔法は刀身に吸い込まれて消えてしまった。メイジの男は動揺し、さらにそこにひまわり畑の向こうから声が響いてきた。
「サイトーッ!」
 危急を知ってルイズや神父たちが駆けつけてきたのだ。大勢の足音が近づいてくることに、人さらいたちは焦る。
「アニキ、まずいですぜ!」
「くそっ! 仕方ない、こいつらの始末は後だ。そっちの小僧も担げ! 逃げるぞ」
 才人をすぐに始末するのは無理と判断した人さらいたちは、やむを得ずアイといっしょに才人も担いで走り出した。
 教会の裏庭の先は、塀を隔てて小道になっている。彼らは塀に空いた穴から抜け出ると、そのまま先に進んだ通りに止めてある馬車に飛び込んで御者台で待っていた男に怒鳴った。
「すぐに出せ! まずいことになった」
 御者の男はそれで事態を理解したようで、即座に馬車を出発させた。
 馬車は通りから大通りに出ると、何事もなかったかのように淡々と進んでいく。馬車の形はありふれたもので、もし追っ手が馬車を見たとしても大通りで別の馬車列に紛れてしまえば発見は困難になると思われた。
 ただし、通報されてトリスタニアの出口に検問を張られたら出られなくなる。昔と違い、今は役人も少々の賄賂では動いてくれなくなった。

113ウルトラ5番目の使い魔 65話 (8/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:24:17 ID:S9iHivT2
 しかし、人さらいたちは逃げ切れるという確信があるというふうに、悠々と馬車をある方向に走らせ続けた。
 
 そのころ、人さらいたちを見失ったティファニアやルイズたちは、やむを得ず衛士隊に駆けこんでいた。
「ああ、こんなことになってしまうなんて。サイトさん、アイちゃん、どうか無事でいて」
「落ち着いてテファ、衛士隊が動いた以上、どのみちもう犯人たちはトリスタニアからは出られないわ。サイトたちはまだ必ずトリスタニアにいる。あきらめずに探すのよ」
 必死に冷静になるように自分をはげまし、ルイズはなんとしても才人を助け出すと誓った。しかし広いトリスタニアのどこを探せばいいものか、皆目見当もつかなかった。
 教会では、神父様や子供たちが必死に二人の無事を祈り続けている。彼らにできることは、神に祈ることしかほかになかった。
 誘拐事件がトリスタニアのど真ん中で起こったことで、威信を傷つけられた衛士隊は全力で捜索を開始した。が、犯人につながる有力な情報は、日没を迎えても何一つ見つからなかったのだ。
 
 一体、才人とアイをさらった誘拐団の馬車はどこに消えたのか?
 その姿は、平民の住まうごみごみとした市街地ではなく、貴族の邸宅の並ぶ高級住宅街の中の、一軒の廃屋の中にあった。
 そこは、見捨てられてしばらく経つ廃屋。しかも買い手がつかなかったと見えて、外から見たら人がいるとはとても思えないような幽霊屋敷であった。
 馬車は門をくぐると、邸宅の庭から地下に向かって空いた入り口に入っていって姿を消した。どうやらこの家では、外観の保全のために車庫を地下に設置していたらしい。目立つ馬車を隠すには、もってこいの構造と言えた。
「おら、降りろガキども!」
 車庫の奥の倉庫で、才人とアイは乱暴に馬車から引きずり出された。
 才人は馬車に揺られていた間に魔法の効果が薄れ、ある程度は意識が戻っているものの、まだ体をまともに動かせないでいる。そんな才人に、人さらいの男は才人の手から奪ったデルフリンガーを突き付けた。
「へっへっ、余計なことしてくれたなクソガキが。おかげで俺たちは姉御に雷を落とされるのは確実だ。その前に、ぶっ殺してやるぜ、覚悟しやがれ」
「てめえら……ここは、どこだ?」
「あん? 兄貴の魔法を受けて、もう目が覚めてるとは驚きだぜ。だが、いくら助けを呼んでも無駄だぜ、ここは一族郎党フーケに皆殺しにされた貴族のお屋敷、薄気味悪くて誰も近寄りゃしねえからな」
 フーケの? なるほどと才人は理解した。ホタルンガによって皆殺しにされた貴族の邸宅を、こいつらは隠れ家にしてるわけだ。
 なんとかルイズたちに知らせないと。才人は思ったが、魔法の影響でまだ体が自由に動かない。アイが、やめて! と叫んで飛びかかったが、あっさりと振り払われてしまった。
「アイちゃん! てめえら、そんな小さな子に!」
「けっ、どうせこのガキどもも、もうすぐタダじゃすまなくなるんだ。てめえは珍しい剣を持ってるけどよ、だったらこいつで串刺しになるなら本望だろ? 死ねや!」

114ウルトラ5番目の使い魔 65話 (9/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:26:52 ID:S9iHivT2
 男がデルフリンガーを振り上げる。そしてそのまま才人の心臓を目がけて振り下ろそうとした、その瞬間だった。
 
「ああぁぁぁぁぁぁーーーーっ!」
 
 突然、それまで黙っていたデルフリンガーが大声をあげた。
 当然、インテリジェンスソードなどと思っていなかった人さらいの男は仰天してデルフリンガーを手落としてしまった。
 乾いた音を立て、才人のすぐ前に転がるデルフ。デルフは意識混濁の才人にも容赦なく怒鳴った。
「相棒、早く俺を持て! 今しかチャンスはねえ!」
「デ、デルフ」
「早くしろ! 手を伸ばせ! そこの娘っ子がどうなってもいいのか!」
 はっとした才人は、渾身の力で手を伸ばし、デルフを掴み上げた。その感触で意識が完全に戻り、雄たけびをあげながら立ち上がって男に斬りかかっていく。
「うおぉぉぉぉっ!」
 どのみち体が本調子ではないので、力任せのチャンバラだ。男は迫ってくる才人に、懐からナイフを取り出して応戦しようとしたが、才人の気迫とスピードが一瞬勝っていた。
「でありゃぁぁぁーっ!」
 袈裟懸けの一刀が人さらいの男の体を切り裂き、血しぶきが飛んだ。
 やった。才人は確かな手ごたえを感じていた。その証拠に、男は悲鳴を上げながら崩れ落ちていく。
「ぎゃああっ、そんなっ……こんなガキなんかに」
 傭兵くずれの男は才人を若いとあなどって、自らの墓穴を掘ることになった。見た目だけはたくましい肉体を、ほこりまみれの床に倒れこませてのたうつ。致命傷には一歩及ばないが、戦闘不能なだけの傷は与えたようだ。
「や、やった……」
 才人はデルフリンガーを杖にしてひざをついた。まだ魔法の余韻で体がしびれて調子が戻らない。
 だがデルフは焦った声でさらに才人に怒鳴った。
「バカ野郎! まだ終わってねえ!」
 そのとおりだった。才人が緊張を解いた、その隙にもう一人の男が杖を抜いてアイに突き付けていたのだ。

115ウルトラ5番目の使い魔 65話 (10/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:29:25 ID:S9iHivT2
「動くんじゃねえ、さっさとその妙な剣を捨てろ。さもねえとガキの頭を吹っ飛ばすぞ」
「畜生、敵はもうひとりいたんだった……」
 まさに痛恨のミスだった。アニキと呼ばれていたメイジの男のことを忘れていたとは、自分のうかつさに歯噛みしてももう遅い。
 メイジの男の杖の先は、部屋の隅で倒れているアイにまっすぐ向いている。しかも才人から男に対してはざっと七・八メートル、アイに対しても五メートルはある。
 才人は頭の中で計算して絶望的だと思った。まだ自由に動かないこの体じゃ、男に飛びかかるのもアイをかばうのも、魔法が放たれるよりも確実に遅れてしまう。
「どうした! 早くしろ、俺は気が短いんだ」
 いらだった男が怒鳴った。メイジの男は周到にも、倉庫の唯一の出入り口のドアに背中を預けて陣取っている。車庫の入り口のほうは馬車でふさがれていて、これでは逃げ場がない。
 どうすればいいんだ? アイを度外視すれば、不自由なこの体でもなんとかメイジひとりくらいは倒せなくもない。だが、そんなことは絶対にできない。
 デルフが、相棒しっかりしろ! と、叫んでくる。せめてあと五分あれば体調も万全に戻って、アイをかばいつつ男も倒せるんだが……今はその五分が絶望的に長かった。
「畜生! 好きにしやがれ」
 才人はやけっぱちになってデルフを放り出した。デルフが、相棒! と叫びながら転がっていく。これで才人は完全に無防備になってしまった。
「いい心がけだぜ。じゃあ、死んでもらおうかい!」
 メイジの男が才人に杖の先を向けて魔法の呪文を唱える。なにを唱えているかは知らないが、まず確実に才人の命を奪えるシロモノだろう。
 だが才人は死に瀕しながらも、まだあきらめてはいなかった。あいつの魔法をなんとか一発耐えきる、そうしてデルフを拾い上げて第二撃が来る前に斬りかかる。普通に考えれば一撃目で死んでしまうか、よくて瀕死の可能性が高い。それでも、才人はあきらめだけはしていなかった。
「来るなら来やがれ! 俺はまだあきらめちゃいねえ」
「なら、死ね!」
「やめてーっ!」
 才人、男、そしてアイの叫びが倉庫にこだまする。
 しかし、男の杖から魔法が放たれることはなかった。なぜなら、男が魔法を放とうとしたその瞬間、男が背にしていたドアから鈍い音がしたかと思うと、ドアの板をぶち抜いてきた銀色の刃が背中から男の体を貫通したからだ。
「がっはっ? え、あ?」
 男は間の抜けた声を漏らすと、激痛とともに自分の左胸から生えた剣の先を見下ろし、そのまま眼球を反転させながら崩れ落ちた。
 才人やアイは、いったい何が起きたのかと訳が分からない。一本の剣がドアを貫通してきて男の心臓を貫いた。一体誰が? いや、才人はあの形の剣先を持つ剣に見覚えがあった、あれを正式装備にしている部隊といえば。
 ドアから剣が引き抜かれ、ノブが回されてきしんだ音を立てながら開いた。そして、その先から現れた青髪の剣士は。

116ウルトラ5番目の使い魔 65話 (11/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:31:14 ID:S9iHivT2
「姉さ、ミシェルさん!」
「サイト、なぜこんなところにいる?」
 現れたミシェルの姿に、才人は困惑を隠せずに叫んだ。対してミシェルも才人がなぜこんなところにいるのか不思議な様子で、才人は自分たち二人がさらわれてきた経緯を簡単に話した。
 そしてミシェルがどうして現れたのかについては、聞かなくても才人にもだいたい見当はついた。
「ミシェルさんは、この誘拐団を追ってここに?」
「……そういうことだ。それにしても、まったくお前という奴は、わたしがたまたまお前の声を聞きつけなかったらどうなっていたか」
 ミシェルは呆れた声で言った。
 そのとき、アイが才人のところに怯えた様子でやってきたので、才人は「この人は味方だよ」と告げてあげた。
「こ、こんにちは。わたし、アイです」
「はじめまして。わたしはミシェル・シュヴァリエ・ド・ミラン。サイトを守っていてくれたんだね、ありがとう」
 ミシェルが優しく微笑むと、アイも緊張が解けたようににこりと笑い返した。
 しかし、空気が和んだのもそこまでだった。最初に才人が倒した男が、倒れたままだが短いうめき声を漏らすとミシェルは血相を変えて再び剣を引き抜いたのだ。
「ちっ、そっちはまだ息があったか!」
「ちょ、ミシェルさん。あいつはもう身動きできないんだし、殺しまでしなくっても」
 確実に始末しようとするミシェルに、才人は慌てて割り込んだ。だがミシェルは躊躇を見せずに才人を押しのけようとする。
「そういう問題じゃない。今のうちに……ちっ、もう遅いか!」
「遅いって……えっ?」
 才人は人さらいの男のほうを振り向いて驚いた。
 なんと、それまで普通の人間の姿だった男の体が部分的ながらも変貌していっていたのだ。手は大きく鋭い爪のようなものに変わり、肉体も人間から怪人然としたものに変化していく。
 そして男は身もだえしながら断末魔のように漏らした。
「うあぁぁ、変わる、変わっちまうぅぅ! やめろ、助けて、タスケ。グアァァァッ!」
 ついに頭さえもでこぼことしたのっぺらぼうの完全な怪人体となってしまった男は、立ち上がるとその鋭い爪を振り上げてきた。

117ウルトラ5番目の使い魔 65話 (12/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:33:33 ID:S9iHivT2
「なっ、なんなんだこいつ!」
「話してる暇はない! 早く剣を拾え! 来るぞ」
 言ったとたんに、怪人は人間離れしたスピードで襲い掛かってきた。
 爪の連撃をミシェルが剣ではじき、突進をかわす。しかし怪人はひるんだ様子もなく、バーサーカーのように向かってくる。
 才人はその隙に、投げ出したデルフリンガーを拾い上げて構えた。幸い、もう体の不調はない。
「アイちゃん、部屋の隅でじっとしてるんだ。デルフ、行くぞ」
「おうよ!」
 才人はデルフを持ち、苦戦しているミシェルに加勢するために飛び込んだ。
「くらえっ!」
 怪人の爪と才人のデルフリンガーが激突して火花が散る。すごい強度とすごい力だと、一回のやり取りで才人は怪人の強さを理解した。
 こいつは、一回でも殴られたら人間なんかひとたまりもない。
「サイト! 油断するな。こいつはもう人間じゃない!」
「はい! この野郎めっ」
 才人も気持ちを切り替えて、化け物になってしまった男に容赦なく斬りかかっていく。
 こいつはなんだ? 見たこともないが、どこかの宇宙人なのか? いや、それを考えるのは後でいい。いや、考えている余裕がある相手ではなく、才人が加わったことで二対一になったにも関わらず、怪人は二人と互角の勝負を繰り広げていた。
 並の人間の動体視力ではとらえきれないほどの速さで繰り出される爪の攻撃を、才人とミシェルは力負けしながらもさばいた。部屋に、石と金属がぶつけ合ったような鈍い音が何度も響き渡る。
 そして一瞬の隙をつき、才人は怪人の胴を横なぎに斬り払った。が。
「硬いっ!」
 日本刀の刀身は怪人の皮膚を薄く切り裂いただけで、中の肉までは刃が通らなかった。
 怪人の青い血が刀身につき、才人は怪人が復讐の勢いで振り下ろしてきた爪をすんでのところで受け止めた。切れないわけではないが、威力が足りないのだ。
 これじゃ倒せない! 才人は怪人の攻撃を受け止めながら焦った、そのときだった。
「サイト、そのまま押さえつけていろ!」
 ミシェルが怪人の死角から、『ブレイド』の魔法をかけた剣を振り上げながら叫ぶのが見えた。

118ウルトラ5番目の使い魔 65話 (13/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:34:47 ID:S9iHivT2
 あれならいける! 才人は渾身の力で怪人の攻撃に耐え抜き、そのチャンスにミシェルは大上段から必殺の一刀を怪人の首に叩きつけた。
「であぁぁーっ!」
 魔法の光をまとった剣が怪人の首を直撃し、吹き飛んだ首が倉庫の壁に叩きつけられて転がった。
 いくら強靭な肉体を持つ怪物でも、首を切り落とされればどうしようもない。才人に押さえつけられていた胴体のほうも力を失って倒れ、解放された才人はほっとしてようやく息をつけた。
 見ると、ミシェルのほうも楽ではなかったらしく、軽くではあるが呼吸が乱れている。才人は床に倒れこんだ怪人の死体と、転がった首を交互に見下ろして、憮然としてミシェルに尋ねた。
「なんなんですか、この化け物は?」
「わからん。ここに来る前にも、誘拐団のひとりを捕らえて口を割らせるために痛めつけたらこうなった。瀕死にしても同じだ。どうやら、こいつらは極度の苦痛を感じると怪物に変貌してしまうらしい」
「気色わりい……」
 才人は不快気に吐き捨てた。それになにがなんだかわからないが、怪物になってしまったこの男は、自分が変貌してしまうことに恐怖していた。同情できる人間ではないが、かといってざまあみろと思うにも残酷すぎる。
 しかし、思慮に興じている余裕はなさそうだった。部屋の隅で怯えていたアイが、おにいちゃん……と、不安げな声をかけてきたことで、才人は自分たちが誘拐団の本拠地にいるのだということを思い出した。
「アイちゃん……よしよし、もう大丈夫だからね。ミシェルさん、ともかくここを離れようぜ」
 才人は、自分たちはともかくアイをこんなところに置いてはおけないとミシェルにうながした。ミシェルは、才人に抱かれながら慰められているアイを少しうらやましそうに見つめたが、すぐにうなづいて言った。
「サイト、誘拐団はわたしが始末する。お前はその子を連れて、早くここから逃げろ」
「えっ? わたしがって、アニエスさんや銃士隊のみんなは?」
「今回のことはわたしの独断だ。皆はまだ何も知らん。ともかく行け、ここはわたしだけで十分だ」
 才人は、そう言われてもと戸惑った。さっきの怪人の強さを思うとミシェルを一人で行かせるのは心配だ。が、かといってアイをこんな場所でほっておくわけにもいかない。
 だが、敵は待ってはくれないようだった。才人が答えを出す暇も与えられず、馬車が入ってきた車庫の入り口が突然鋼鉄のシャッターで閉じられてしまったのだ。
「出口が!」
「ちっ、気づかれたか」
 廃屋のはずなのに、この仕掛け。ミシェルが忌々しげにつぶやくと、天井から恐らくは魔法の仕掛けによって、若い女性の声が響いてきたのだ。
『ごきげんよう、素敵な戦士のお二方。二人がかりとはいえ、ヒュプナスを倒すとはやるじゃないの。見ての通り、もう逃げ道はないわ。すぐ始末してもいいけど、あなたたち面白そうね。私はこの屋敷の一番奥にいるわ、私を倒せたらあなたたちは外に出してあげる。そういうわけで、ご機嫌よう』
 一方的に言うだけ言うと、相手の声は途切れてしまった。
 才人は、まるで遊ばれているような感じに憤って、偉そうにしやがって! と地団太を踏んだ。

119ウルトラ5番目の使い魔 65話 (14/14) ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:36:55 ID:S9iHivT2
「ミシェルさん、こうなったら二人でここのボスをぶっ倒してやろうぜ……ミシェルさん?」
「トルミーラ……やはり、あなたか」
 ミシェルはなぜか、声のしてきた天井を遠い目で見続けている。
 才人は何回かミシェルに呼びかけ、そしてミシェルは重い面持ちで答えた。
「そうだな、仕方ない。こうなれば、進むより道はないようだ。サイト、こうなったらしっかりその子を守ってやれ」
「はい……それとミシェルさん。さっきトルミーラって……誘拐団のボスを知ってるんですか?」
「……道すがら話そう。ここは意外と広いぞ、わたしからはぐれるなよ」
 ミシェルはそう告げると、すでに屋敷の見取り図を暗記しているらしく、迷いなく歩き始めた。
 ドアをくぐり、魔法のランプの明かりが照らすボロボロの廊下を三人は歩いていく。だが人の気配がどこからかする。誘拐団の手下が待ち伏せているのかもしれない。
 才人は、いつでもアイをかばえるよう左手でアイの手をつないで、右手でデルフを握りながら、正面の警戒を続けながら進むミシェルについていった。
 ギシギシと、不穏な音が足元から否応なく響く。才人が、こんなシチュエーションのホラー映画があったなと思ったとき、ミシェルは振り返らないまま話し始めた。
「去年の春のことだ。トリステインで、傭兵団が主犯の誘拐事件が起きた。だがその一味は通りがかったあるメイジに倒され、一味は全員逮捕されたことで解決した……はずだった。だが一か月前、一味はチェルノボーグの牢獄から脱走し、いまだに行方不明のままだ。そして、その一味の頭目の名前が、トルミーラという女メイジだ」
「って、牢獄から一味まとめて脱走って! そんな大ニュース、聞いたこともないですよ」
「当然だ。牢獄にとってはこの上ない大失態。所長以下看守たち揃ってで隠蔽され、明るみに出たのはつい最近だ。今頃は所長ら全員が捕縛されて、逆に牢獄に叩き込まれていることだろう。それも国の失態につながるから隠匿され、一般には公開されることはない」
 才人は呆れかえった。そんな馬鹿な役人たちのせいで誘拐団が野放しにされ、多くの子供が危険な目に会っている。
 ただ、才人はひっかかっていた。さっきのミシェルの口調は、単に知っているというだけではなさそうだった。すると、ミシェルは寂しそうな、あるいは忌々しげなふうにも見える複雑な表情で語り始めた。
「トルミーラは、元貴族だ。そして十三年前、わたしはトルミーラと会ったことがある。いや、世話になっていたことがあると言うべきか……短い間だったが、わたしにとってかけがえのない……そして、もっとも恥ずべき恩人さ」
 ミシェルは、周囲への警戒を続けながら、静かに過去の自分の因縁を語り始めた。
 人は過去を消すことは決してできない。そして、過去は時として残酷な刺客となって人に襲い掛かる。
 
 そして、変貌した誘拐団員。それが意味するものとは何か?
 単なる誘拐事件として発したこれが、途方もない狂気の一端であることを、このときはまだ誰も知らなかった。
 
 
 続く

120ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/09/20(水) 13:42:01 ID:S9iHivT2
今回はここまでです。
久しぶりに本作のメインヒロイン登場です。そして初のセブンX怪獣登場です。

121ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/24(日) 00:06:27 ID:D5TtEua.
5番目の人、乙です。私の投下を行います。
開始は0:10からで。

122ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/24(日) 00:10:19 ID:D5TtEua.
ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十七話「カルカソンヌの夜」
波動生命体プライマルメザード 登場

 ガタノゾーア率いる超古代怪獣軍団の撃退後、教皇ヴィットーリオは怪獣を操る黒幕たる
ガリアに対して“聖戦”を宣言。するとロマリアはまるで初めから準備が成されていたかの
ように――実際そのようになる手筈だった訳だが――瞬く間に部隊を編成し、たったの二週間
ほどでガリアの奥深く、首都リュティス目前にまで侵攻した。
 ここまでの速い進軍は、ガリア軍の分裂も理由にあった。元々気分屋で意味不明な勅命を
出しまくっていたため国内でも『無能王』と蔑称されて支持の低かったジョゼフであるが、
人類の敵である怪獣を操っているとして教皇から“聖敵”と認定されたことで、いよいよ
多くの人心が彼から離れた。特に理不尽な理由で不遇をかこち、王政府に不満と恨みを抱えて
いた多くの諸侯たちはロマリアに寝返り、結果ロマリア軍はほぼ無血でリュティスから西に
四百リーグ離れただけの城塞都市カルカソンヌまで踏み込んだ。
 しかしそこで進軍はストップした。カルカソンヌの北を流れるリネン川に向こうには、
それでも王政府に忠誠を誓うガリア王軍が防衛陣形を敷いているからだ。その勢力はおよそ
九万。対するロマリアの兵力は反乱軍を合わせてもせいぜい六万。国の半分が反旗を翻しても
ロマリア側を三万も上回るとは、さすがはハルケギニア一の大国である。聖戦の錦旗を掲げて
いるロマリアも1.5倍もある兵力差を前にしては、容易に攻め込むことは出来なかった。
 一方でガリア王軍の戦意も低かった。聖戦を発動した相手を敵に回すことの愚かしさも
加え、やはりジョゼフの求心力のなさが彼らにも少なからず影響していた。
 そのような事情が重なった結果、両軍は川を挟んでの硬直状態を既に三日も続けていた。

 リネン川では今日も、ロマリア軍の兵士とガリア軍の兵士が川を挟みながら罵詈雑言を
飛ばし合う。
「ガリアのカエル食い! お前の国は、ほんとにまずいものばっかりだな! パンなんか
粘土みたいな味がしたぜ! おまけにワインのまずさと来たら! 酢でも飲んでる気分だな!」
「ボウズの口にはもったいねぇ! 待ってろ! 今から鉛の玉と、炎の玉を食わせてやるからな!」
「おいおい! 怖気づいて川一つ渡れねぇ野郎がよく言うぜ!」
「お前たちこそ、泳げる奴がいねぇんだろ! いいからとっとと水練を習ってこっちに来やがれ! 
皆殺しにしてやる!」
 罵り合いはエスカレートしていき、やがて興奮した貴族の一人二人が川を渡り、中州で
一騎討ちを行う。勝利者はそこに居残り、己の軍旗を立てて、負けた陣営からは敵討ちの
ように別の挑戦者が現れる、というように軍旗の掲げ合いが延々と繰り広げられていた。
 そんな様子を、ミラーとともにいるルイズが呆れた目でぼんやりながめていた。
「全く、男ってのはよくあんな下らない諍いに熱心になれるものね。グレンだって、ミラー、
あなたが止めてなかったらいの一番に参加してたわよね」
 とぼやくルイズに、ミラーが言う。
「グレンはあんな性格だからですが、他の人たちは、こうでもしないといたたまれなくて
しょうがないからでしょう」
「いたたまれない?」
 聞き返したルイズにうなずくミラー。
「教皇の命令とはいえ、私たちですらまだガリアが怪獣を使役している動かぬ証拠を得ては
いません。だから今度の戦の大義について内心迷いがある。対するガリア側も、軍の半数が
ロマリアについている状態です。それで本気で戦える気分になれるはずがありません」
「まぁ確かにね」
「ですがここまで来てしまった以上は、お互い何もしないままでいる訳にはいかない。だから
こんな小競り合いでも戦の対面を保っていないことには、気持ちが落ち着かないのでしょう」
 説明を聞いたルイズが肩をすくめる。
「ほんと、軍隊って面倒なものね。まぁこっちからしたら、このにらみ合いが続く方が都合が
いい訳だけど」

123ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/24(日) 00:13:30 ID:D5TtEua.
 ルイズはガリアの領土に攻め入る前に、アンリエッタにヴィットーリオたちが才人を謀殺
しようとしたことを伝えた時のことを思い返した。
 アンリエッタも、人間同士の争いの防止と聞かされていながら、その実はガリアとの開戦が
目的だったことを思い知らされ、己の考えの甘さを悔いるとともにヴィットーリオへの反感を
強めていた。そこにルイズたちの報告を受けて、彼女は何かを決心したような顔になった。
 そしてアンリエッタはルイズと才人に「わたくしにお任せ下さい。わたくしは全生命を
賭けて、この愚かしい“聖戦”を止めてみせましょう」と宣言し、その準備として一旦
トリステインに帰国していった。同時に自分が戻るまでに決定的な会戦が始まらないよう、
時間稼ぎをしてほしいと頼んだのであった。そのため、下らなくとも均衡状態が続いている
ことはルイズにとっては願ったり叶ったりである。
 しかしミラーは残念そうに首を振った。
「ですが、いつまでもこのままでいられる保証はありません」
「え?」
「ここは敵地です。そこに留まる時間が長引くのに比例してこちらが不利になるものです。
更にそんな状態に陥れば、反乱を起こしたガリアの諸侯も再度寝返る恐れがあります。
そうなれば、均衡は一気に崩れ去るでしょう」
 ミラーの語った状況を想像して、渋い顔になるルイズ。
「また、ガリア王政府……はっきり言えば、ジョゼフ王がまたも怪獣を差し向けてくることも
十分ありえます。今はまだその兆候はありませんが……」
 それが一番恐れていることであった。ジョゼフが何を考えているのかは知らないが、虎街道
以来怪獣を刺客に送ってくることは起きていない。しかしその気になればいつでも出来るはずだ。
怪獣ならばウルティメイトフォースゼロが相手になれるが、その戦いの余波でロマリア側に打撃が
あったら、こんな均衡はすぐにでも崩れてしまうことだろう。そうなれば敗戦は必至だ。
「つまり、表面的には均衡が取れてるようでも、実際はこっちの旗色が大分悪いってことね。
ああ、姫さま、早く戻られないかしら。何をどうするつもりなのかは知らないけど……」
 祈るようにつぶやいたルイズは、はたとミラーに尋ねかける。
「ところで、サイトはどこに行ったか知ってる? 今日は朝から姿が見えないんだけど……」
「サイトならあっちの方で、ゼロと一緒にいますよ」
 ゼロと? ルイズはミラーの言動を訝しんだ。才人とゼロは再度融合したので、一緒にいる
なんてことはいちいち言わなくてもいいことのはずだ。
 ともかくミラーが指し示した方向へ向かってみると、そこで才人が誰かに剣の稽古をつけて
もらっていた。
「もっと自分の感覚を研ぎ澄ませ! 一瞬たりとも集中を切らすな! もう一度行くぜ!?」
「ああ! 頼む!」
 その相手とはランであった。ルイズは驚いて二人の稽古に割って入る。
「サイト! どうしてまたゼロと分離してるの?」
 ランの正体はもちろんゼロである。つまり才人は、再びゼロと一体化したというのにまた
分かれているということだ。どうしてそんなことをしているのか。
 ルイズに振り返った才人とゼロが順番に答えた。
「ちょっとな、ジョゼフの奴をぶっ倒す時のために備えて、少しでも鍛えてもらってたんだ。
こうして剣の相手をしてもらう方が一番効率いいからな」
「ジョゼフの正体が宇宙人の変身とかだったらともかく、人間だったら才人の純粋な実力で
戦わなきゃならねぇ。その時に確実に勝てるようにってな」
 ルイズはそんな二人に呆れ果てる。
「姫さまが武力による戦い以外で決着をつけようとなさってるじゃない。あんたたちは姫さまの
ことを信じてないの?」
「そうじゃないけど、ジョゼフだけはどうしても俺の手で直接引導を渡してやりたいんだ。
あいつがタバサにしたことは、ほんとに思い返すだけで腹が煮えくり返るからな!」

124ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/24(日) 00:16:32 ID:D5TtEua.
 憤りながらの才人の発言。ルイズは無駄に熱意を燃やす才人に肩をすくめるとともに、
ある意味でタバサに熱を上げる才人の様子が若干面白くなかった。
 そんなところに、マリコルヌたちオンディーヌの仲間が駆けつけてきた。
「サイト! こんなところにいたのか!」
「あッ! その男はこないだの!」
 マリコルヌたちはランの顔を認めると、険しい顔で彼に対して身構えた。彼らからしたら、
突然現れて才人の居場所を奪ったように見えるランは憎らしく感じるのだろう。その正体が
ウルトラマンゼロだと知ったら、一体どんな反応を見せるのだろうか。
 才人は苦笑しながらマリコルヌたちに取り成した。
「みんな、この人は俺の友達で、訓練をつけてくれた師匠でもあるんだ。だからそう嫌わないで
やってくれよ」
 その言葉は嘘ではない。才人はゼロの戦いぶりをすぐ側で見ていることで強くなった面もある。
 才人の言葉でオンディーヌの態度も変わる。
「えッ、そうだったのか?」
「何だ。それならそうと俺たちにも紹介してくれよな! 全く水臭いぜ」
「すいません。にらんだりなんかして」
 態度を軟化させて謝罪するマリコルヌたちに手を振るゼロ。
「いいんだ。それより才人に何か用があったんじゃないのか?」
「ああそうだった! サイト、ギーシュの奴を助けてやってくれないか」
 マリコルヌが才人に振り返って頼み込んだ。
「ギーシュを?」
「あの目立ちたがり屋、酔った拍子に中州の決闘に加わろうとしてるんだ。だけど相手が
こっちの貴族を三人も抜いてる奴でさ、ギーシュじゃあどう考えても荷が重いんだよ。
殺されるかも」
「あんの馬鹿」
 才人は急いで駆け出し、川原へと躍り出て今まさに出航しようとしていたギーシュの小舟に
上がり込んだ。
 それを見送ったルイズは大きなため息を吐いた。
「ギーシュの奴、相変わらず困ったものね。最近少しはマシになったかと思ったのに、やっぱり
問題起こすんだから」
「全くだな」
 ゼロも苦笑いして肩をすくめた。

 ガリアの騎士は相当な手練れであったが、才人とて数々の激戦に揉まれた猛者。無事に撃退し、
ギーシュを助けることに成功した。更にはガリア側の後続も次々返り討ちにし、オンディーヌは
才人が倒した騎士から身代金をせしめて大儲けした。才人は、そんなことをしに来たんじゃ
ないんだけど、とぼやいていた。
 しかし最後の相手となった、鉄仮面を被った男は、それまでの決闘が子供の遊びに思えるかの
ように強い戦士であった。さすがの才人もてこずり、緊張の汗を流したが……男は才人と鍔迫り合いを
しながら、こんなことを聞いてきた。
「シャルロット……いや、タバサさまを知っているか?」
 男はタバサの家系であった、オルレアン公派の人物だったのだ。彼はわざと才人に負け、
釈放金に紛れさせたタバサ宛ての手紙を才人に送ったのだった。
 その日の夜、才人はその手紙をタバサに渡しに行った。しかし“聖戦”が発動してからと
いうもの、自分やタバサにはどこに行こうともロマリアの見張りがついていて、内容如何に
よっては彼らの前で読む訳にはいかない。そこで才人はタバサとの逢引きのふりをして、
シルフィードに乗って空へと上がることにした。
 その間、タバサが妙に黙っているので、才人は少々気を揉んだ。
「……ごめん。嫌だったか?」
「……平気」
 タバサが黙っていたのは全く別の理由からだったが、幸か不幸か、才人にそれを察する
洞察力はなかった。
「……昼間、中州で俺たちガリア軍の貴族と一騎討ちをやってたんだよ」
「知ってる」

125ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/24(日) 00:19:16 ID:D5TtEua.
「最後の相手が、俺にこれを託した。タバサにこれを渡してくれって。お前の味方じゃないのか?」
 才人が預かった手紙をタバサに差し出した。タバサが封筒を破り、中から出てきた便箋を
杖の灯りで読み始める。
「カステルモール」
「やっぱり、知ってる奴か? 聞いたことがあるな。そうだ! お前を助け出した時に、
ガリア国境で俺たちを逃がしてくれた奴だ!」
 感慨深げにつぶやく才人。アーハンブラからの逃避行で、ガリアからゲルマニアへ逃れる際の
国境破りの際に、タバサを連れていると知りながら見逃してくれた男だったのだ。
「俺も読んでいいか?」
 タバサの許可を得て、手紙の内容に目を走らせる才人。そこには、ジョゼフに対して決起を
起こしたが返り討ちに遭ったこと、どうにか逃げおおせてからは傭兵のふりをしてガリア軍に
潜り込んでいること、そしてタバサに“正統な王として即位を宣言されたし”と書いてあった。
そうすれば、ガリア王軍からの離反者を纏め上げてタバサの元に馳せ参じると……。
 才人は厳めしい顔となってタバサに尋ねかける。
「難しいことになってきたな……。で、どうするんだ?」
「どうすればいいのか分からない」
 才人は考え込む。ガリア王軍のほとんどが忠誠を誓うのは、王家の血筋。今となっては
その血筋は、表向きはジョゼフの系列しか残っていないから、ジョゼフの下についているが、
そこにタバサが王権を主張して進み出れば、確かに王軍からも離反者が多く出ることだろう。
亡きオルレアン公は、ジョゼフとは反対に人望に厚かったからだ。
 しかしそうすることは、タバサの危険が大きい。タバサが国のほとんどを奪い取れば、
ジョゼフもいよいよ黙ってはいまい。本気でタバサの命を狙ってくる恐れが強い。才人は
そんなことは認めがたかった。
 才人は考えた後に、タバサに告げた。
「今、姫さま……アンリエッタ女王陛下は国に帰っている。この“聖戦”を止めるために、
何か策を練っている最中なんだ。俺たちはそれまで自重しろと言われてる。一騎討ち騒ぎとか
やっちゃったけど……。だから、タバサもとりあえずこの件は置いといてくれないか?」
「……分かった」
 タバサは素直に才人の頼みを聞き入れた。
 そして二人は、手紙の末尾の一行に、目を丸くした。
“ジョゼフは恐ろしい魔法を使う。寝室から、一瞬で中庭に移動してのけた。くれぐれも
ご注意されたし”
「タバサ、こんな魔法を聞いたことがあるか?」
 タバサは首を横に振った。彼女の豊富な知識でも、そんな魔法には覚えがなかった。
「となると……。未知の呪文。……まさか、虚無?」
「……その可能性は低くはない」
 緊張した声音でタバサが答えた。ジョゼフは四系統の魔法の才能がないことが、『無能王』と
呼ばれるようになった最大の理由なのだ。
「この話はここに留めておこう。ロマリア軍がどこで聞いているか分からないからな。全く、
空の上ぐらいしか落ち着いて内緒話が出来ないなんて」
 ため息を吐いた才人に、タバサが不意に寄り添ってきた。
「どうした? 寒いのか?」
 タバサはこくりとうなずいた。
「そっか……。夜だし、空の上だもんな」
 納得する才人だが、しかし風はシルフィードが上手くそらしてくれているから、才人が
寒いと感じていないならばタバサも同じはずなのだ。
 だが才人は疑わず、マントを広げてタバサの身体も覆った。
「……じゃあ、そろそろ帰るか」
 才人はそう言ったが、タバサは次のように告げた。
「もうちょっと」
「え?」

126ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/24(日) 00:21:30 ID:D5TtEua.
「……もうちょっとだけ、飛んでいたい」
 才人には、どうしてタバサがそんなことを言うのか見当がつかなかった。しかしタバサが
そう言うのならば、と従うことにする。
「そうか。それじゃあもう少しだけ……」
 と言いかけたのだが……その時に、ガリア側の陣地の上空に何やら怪しげなものが漂って
いることに気づいて言葉を途切れさせた。
「何だあれ?」
 才人のひと言にタバサも我に返って顔を上げ、そして硬直した。目に映ったものが理解
できなかったからだ。
 空に浮かぶ『それ』は、白く巨大なクラゲのようだった。しかし当たり前な話、クラゲは
空にはいない。そしてその輪郭はやたらとおぼろげであり、一体だけのようでありながら
複数いるように見える。どうにもはっきりとしないその光景は、幻覚も疑うところだ。
「空に……でかいクラゲ?」
 呆気にとられる才人たちだったが、やがてそれにばかり気を取られていられない事態が
発生していることに気がつく羽目になった。
 地上を見下ろすと、崖の裾野の平原を貫くリネン川をいくつもの点が横断していた。
 そしてその点の正体は……全員ガリア軍の兵士や騎士であった!
「何!? ガリアの夜襲か!?」
 色めく才人だったが、タバサが緊張した面持ちで否定した。
「……違う。様子がおかしい」
 高空からでは正確な様子は分からないが、川を渡るガリア軍は全員がてんでバラバラで、
隊列の概念すら成していない。しかも身分までがごちゃ混ぜであり、貴族が平民の中に平然と
混ざり込んでいる。普通ならば考えられないことだ。
 極めつけは、彼らの全員が正常な精神状態にないことだった。船も使わずに夜の川を泳いで
渡ろうなど、正気の沙汰ではない。
 才人はハッと、空に漂う巨大クラゲに目を戻した。
「まさか……あいつの影響かッ!」

 突然夜空に現れた怪物に注意を向けている才人たちは気づかない。いや、たとえそれが
なかったとしても悟ることはなかっただろう。一羽のフクロウが、才人たちの会話を拾える
ギリギリの距離を保ちながらシルフィードを尾行していたということに。黒いフクロウの姿は
夜空の中に紛れ込んでおり、また気配を完全に殺して夜の闇と同化していたのだ。

127ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/24(日) 00:23:35 ID:D5TtEua.
今回はここまで。
波動生命体ってドゴラを思い出します。

128ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/30(土) 21:34:02 ID:dTP6KUWI
こんばんは、焼き鮭です。今回の投下を行います。
開始は21:37からで。

129ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/30(土) 21:37:10 ID:dTP6KUWI
ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十八話「悪夢の四重奏」
超空間波動怪獣メザード
超空間波動怪獣サイコメザード
超空間波動怪獣サイコメザードⅡ
超空間波動怪獣クインメザード 登場

 夜空での密会中、謎の空飛ぶ巨大クラゲとリネン川を横断しようとする正気を失ったガリア軍を
目撃した才人とタバサ。二人は眼下のガリア軍の様子を一瞥した後、前方のクラゲの方をにらみつける。
「あいつら、やっぱりただごとじゃねぇぜ……。あのクラゲが何かしたことは確実だ!」
 才人の言葉にこくりとうなずくタバサ。あの奇怪な生物とガリア軍の異常が偶然同時発生
したとは考えにくい。これもガリア王政府の悪だくみの一つだろうか。
「けど……あのクラゲは何なんだ!? 一匹なのか? それとも大量にいるのか?」
 才人たちは判別をつけられなかった。何故なら、クラゲは一箇所にいるように見えて、
次の瞬間には別の地点にただよっているようにも見えるからだ。一瞬たりとも、同じ場所には
留まっていない。これは一体どういう現象なのか。
 このことについてゼロが答えた。
『あれは一点にのみ存在してるんじゃねぇ……あの空域全体に同時に存在してるんだ!』
「へ? それってどういう意味?」
 ゼロの言葉は、聡明なタバサでさえ理解できなかった。ゼロが説明する。
『かなり難しい話になるから詳しいことは省くが、あのクラゲの身体は波みたいにゆらゆら
してて広い範囲に跨ってるんだ。人間の脳じゃそれを正しく認識することは出来ないから、
姿をはっきりと捉えられねぇんだよ。当然三次元の生き物じゃねぇ……いわゆる異次元怪獣だな』
「異次元怪獣……つまり掟破りって訳だな」
 一応は納得する才人。異次元に存在する怪獣は、時間と空間をねじ曲げるブルトンに代表
されるように、三次元世界の物理法則をあっさりと無視するものだ。
 そして目の前の巨大クラゲは、生物でありながら量子力学の観点における粒子の振る舞いを
するのである。通常の生物のように時空間の一点に連続して存在しているのではなく、広域に
確率的に存在している……いわば波動生命体なのだ。M78ワールドの怪獣では、ディガルーグが
近い性質を有している。
『ともかく今すべきことは、あの怪獣をどうにかしてガリア軍の侵攻を止めることだ』
「分かった。タバサはみんなのところに行ってガリア軍の接近を知らせてくれ!」
 手短にタバサへ指示する才人。こうして渡河するガリア軍の姿を事前に発見できたのは、
不幸中の幸いだ。向こうが渡り切る前ならば対処が間に合う。
 そして才人は自らシルフィードの上より空中へ投げ出し、大空で風を切りながらウルトラ
ゼロアイを装着した。
「デュワッ!」
 才人の身体が瞬時にウルトラマンゼロのものに変身。ガリア軍を操っている波動生命体
めがけ飛んでいく。
『でもゼロ、身体が波みたいな奴をどうやってやっつければいいんだ? 普通の攻撃が通用
するのか?』
『しねぇだろうな』
 即答するゼロ。肉体が100%の確率で存在していない状態では、如何なる威力の攻撃もすり抜けて
しまって何の効果も発揮しないからだ。
『けど案ずるな! 対処の方法はあるぜ!』
 才人に頼もしく応えながら、ゼロはルナミラクルゼロに変身。
「ジュアッ!」
 そして広げた両腕の間から波紋を飛ばし、波動生命体にぶつける。するとどうしたこと
だろうか。空に同時に存在しているように見えた波動生命体の身体が一点に集まっていき、
一個の存在として確立されたのだ。
『すっげぇ! 今のどうやったんだ?』
『あいつの波長と真逆の波長をぶつけることで、存在の確率を一点に収束させたのさ。これで
奴はもう波じゃねぇ』

130ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/30(土) 21:39:45 ID:dTP6KUWI
 ルナミラクルゼロの超能力によってなせる妙技。これによって波動生命体は攻撃を透過
することは出来なくなった。
 だが、これによってまた別の問題が発覚した。
『しかし……まずいな。あいつそもそも一体だけじゃなかったみたいだぜ』
『え?』
『見ろ、今の「奴ら」の姿を!』
 改めて確認すると……存在が収束されたにも関わらず、空に飛んでいるクラゲの数は何と四体。
 つまり、元から波動生命体は四体も存在していたのだ!
『ま、マジかよ!』
 さすがに動揺する才人。しかも波動生命体の群れは地上に降下すると、その姿をグロテスクな
怪物のものへと変化させたのだった。
「キャアオッ! キャアオッ!」
「ギャアァァァ!」
「キャアァァァ!」
 クラゲの傘から首が伸びたような怪物、それが二本の足で直立したようなもの、更にそれの
腹に人面が備わっているもの、更に更に顔が他と違って背面にも人面が並ぶものの、計四体が
カルカソンヌの市街地に出現した。
 波動生命体の正体、メザード。その一族であるサイコメザード、サイコメザードⅡ。そして
女王個体であるクインメザードの超空間波動怪獣軍団だ!
「ギャアァァァ!」
「キャアァァァ!」
 そしてガリア軍は、このメザードたちの発する電波によって脳神経を操作され、まるで
マリオネットのように意のままに操られているのだった。
「キャアァァァ! キャアァァァ!」
 メザードたちはクインメザードの指揮によって、四体がかりでゼロに襲い掛かろうとしている。
 しかし集団には集団だ。ゼロにも仲間はいるのだ!
『待ちな! 俺たちのことも相手してもらうぜぇ!』
『とぁッ!』
『ジャンファイト!』
 グレンファイヤー、ミラーナイト、ジャンボットが直ちにゼロの元へと集合した。怪獣軍団は
三人の登場に思わず足を止める。
『よっし! 頭数は同じだ! みんな、一気に行こうぜぇッ!』
 通常形態に戻ったゼロの号令により、ウルティメイトフォースゼロは怪獣軍団に正面から
ぶつかっていく! ここにカルカソンヌの人間たちの命運を分ける乱闘は開始されたのだった。

 メザードたちの力で理性を失い、操り人形にされているガリア軍だが、リネン川から
カルカソンヌの市街地の間にはおよそ百メイルの切り立った崖がそびえ立っている。さすがに
崖をよじ登ることは出来ないので、大半の兵士は長く続くジグザグの階段に押し寄せている。
 その階段の頂上には、タバサからの連絡によって緊急出動したオンディーヌやロマリア軍が
バリケードを築いたので、ガリア軍の侵攻はそこで食い止められていた。頭数ならばガリア軍が
圧倒的に上だが、階段を上れるのは限られた人数だけ。それならば止めるのも難しい話ではない。
メイジは“フライ”を使って飛んでくるが、基本的に高い場所にいる方が戦いでは有利。飛んで
くるメイジは魔法で各個撃退されていた。
「ふぅ、何とか壁が間に合ったな。これでガリア軍は街の中に入れない」
「タバサが報せてくれなかったら危なかったね」
 バリケードを構築して息を吐いたギーシュとマリコルヌがつぶやき合った。タバサの連絡が
なかったら、彼らはガリア軍の接近に気づくのが遅れ、侵攻の阻止が間に合わなかっただろう。
そうなったことを想像したらぞっとする。
 また、彼らはガリア軍の様子にも恐怖心を覚えていた。

131ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/30(土) 21:42:23 ID:dTP6KUWI
「しかし……今のガリア軍のありさまには、身の危険に関係なくおぞましい気分になるよ」
「分かるよ。それに正気じゃない相手を攻撃するのは気が引けるね……」
 今のガリア軍は虚ろな目でうめき声を上げながらバリケードに押し寄せており、何度押し
返されようとも自分のダメージも構うことなく這い戻ってくる。怪談に出てくるような動く
死体さながらだ。人間はこのような、常識から外れたものに恐怖を抱く。また、操られている
だけの相手を攻撃するのも騎士道にもとる。そのためロマリア軍は完璧な防衛態勢を築きながら、
士気は時間が経つ毎に衰えていた。
 士気が減衰していては勝てるものも勝てない。これに危惧したルイズは、崖の向こうで
波動怪獣軍団と戦っているウルティメイトフォースゼロに祈った。
「お願い、みんな……。出来るだけ早く片をつけて……!」

 グレンファイヤーはメザードに狙いを定めてパンチを繰り出す。
『おらぁぁぁッ!』
「キャアオッ! キャアオッ!」
 拳をまともに食らうメザードだが、殴り飛ばされながらも重力を無視したような動作で着地。
ゆらゆらと蠢く様子からは、さほどダメージを受けていないように見えた。
『何ッ!』
 メザードの肉体は柔軟性が高い。そのため衝撃を受け流しているのだった。
「キャアオッ! キャアオッ!」
 メザードは胴体部の傘の頂点から怪光弾をグレンファイヤーへ連続発射。
『ぐッ!』
 ひるませたグレンファイヤーに触手を伸ばして巻きつけ、電撃を流し込んだ。
『ぐわあぁぁぁッ!』
「キャアオッ! キャアオッ!」
 電流を延々と食らわし続け、グレンファイヤーをじわじわと苦しめるメザード。
『ぐッ、そうは行くかぁぁぁぁぁッ!』
 しかしグレンファイヤーが気合いを発すると、彼から生じたエネルギーによって電撃が逆流。
触手が焼き切れた!
「キャアオッ!!」
『そんなにふらふらなよなよしてんじゃねぇぜ! 男だったら腰に力入れなッ!』
 切れた触手を投げ捨てたグレンファイヤーが一喝。そして腕に炎のエネルギーを溜める。
『俺が根性焼き直してやるぜ! グレンスパークッ!!』
 灼熱の光弾が投擲さえ、メザードに直撃。たちまち爆発を起こし、メザードは全身に火が
点いて炎上していった。
「ギャアァァァ! ギャアァァァ!」
 サイコメザードは空中を滑空しながら、ミラーナイトへ腹より怪光弾を降り注がせる。
『何の!』
 しかしミラーナイトは頭上にディフェンスミラーを張って光弾を防ぎ切った。そして着地した
サイコメザードへミラーナイフを飛ばす構えを取る。
「ギャアァァァ!」
 だがこの時、サイコメザードが不気味に眼を細めた。
 すると対岸の街に残っていた兵士たちや元々のカルカソンヌの住民がわらわらと集まってきて、
サイコメザードの前方に展開。サイコメザードに操られているのだ!
『何ッ! 何と卑劣な……!』
 ミラーナイトは手を止めざるを得なかった。下手にサイコメザードを攻撃したら、操られて
いる人々が押し潰されてしまうかもしれない。
「ギャアァァァ! ギャアァァァ!」
 人間を盾にする卑怯千番なサイコメザードは、ミラーナイトが動けないのをいいことに
両腕を伸ばして彼を捕まえようとする。
 しかし腕がぶち抜いたのは鏡であった!
「!?」
『そういうことをするだろうと思ってました』
 サイコメザードの背後からミラーナイトが言ってのけた。彼は人間を操作するメザードたちの
やり口を事前に推測し、お得意の鏡像トリックを用いて逆に罠を掛けていたのだ。

132ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/30(土) 21:44:45 ID:dTP6KUWI
 ミラーナイトはサイコメザードが反応を起こす前に背後からがっしりと捕まえて、空高くへ
投げ飛ばした。
「ギャアァァァ!!」
『シルバークロス!』
 十字の光刃がサイコメザードを切り裂き、人間に被害を出すことなく打ち破ったのであった。
『むんッ!』
「ギャアァァァ! ギャアァァァ!」
 ジャンボットはサイコメザードⅡの腹部に鉄拳を入れる。重い一撃によたよたと後ずさる
サイコメザードⅡだが、指先から電撃を飛ばしてジャンボットに反撃。
『むおッ!』
 激しい電撃の嵐にジャンボットが体勢を崩したようであったが、それは一瞬だけで、
ジャンブレードで電撃を絡め取って相手の攻撃を無力化する。
「ギャアァァァ!」
『貴様たちのような卑怯極まる相手に、この鋼鉄の武人は絶対に屈さんッ!』
 正義の怒りに燃えるジャンボットには、小手先の攻撃など通用したりはしなかったのだ。
ジャンボットは頭部から銃身をせり出して必殺の光線を発射する。
『ビームエメラルド!』
 光線がサイコメザードⅡを貫き、そのまま炎上させて消滅させたのであった。
 そしてゼロはクインメザードと戦っているが、ボス格だけあってその実力は一番高く、
雷撃によってゼロの接近を防ぐ。
「キャアァァァ! キャアァァァ!」
『うおッ! こりゃ近づけそうにねぇな……。ならッ!』
 距離を詰められないのならと、ゼロスラッガーを飛ばす構えを取ったゼロだが、クインメザードは
不意に足元を触手でしたたかに叩く。
「キャアァァァ!」
 その場所から炎の柱が起こり……どういうことだろうか。ストロングコロナゼロが現れた
ではないか!
『何ッ!』
『ゼロ、あれはどういうことなんだ!? どうしてゼロがもう一人……!』
 動揺する才人に、ゼロは答える。
『奴の特殊能力によって作られた、俺の偽者のようだな……!』
 クインメザードには他のメザードにはない独特な能力がある。それは実体を伴った幻影を
作り出すことで、それを使って幻影のストロングコロナゼロを作り上げたのだ! ゼロには
ゼロをぶつけようという目論見だろうか。
「キャアァァァ! キャアァァァ!」
 幻影ゼロはクインメザードの指示により、本物のゼロに飛び掛かってくる!
『うおッ!』
 ゼロは幻影ゼロとがっぷり四つを組む。しかし相手の凄まじい筋力に押され気味になる。
『くッ……!』
 幻影とはいえパワーに優れたストロングコロナゼロ。通常状態のゼロでは勝ち目はないのか?
 ……と、思われたのだが、
『舐めんなよ! 幻影の俺をぶつけられるなんてのは経験済みだ! もう俺は、自分には
負けねぇぜぇぇぇぇッ!』
 啖呵を切ったゼロが腕に一層の力を込めると、本物のパワーが幻影を上回り、幻影ゼロの
足が地面から浮き上がった。
『どりゃあああッ!』
 この一瞬の隙に、ゼロは己の幻影を竜巻のような勢いで放り投げる!
「キャアァァァ!」
 この結果にたじろぐクインメザード。ゼロはこの絶好のチャンスを逃したりはしなかった。
「シェアッ!」
 ワイドゼロショットがクインメザードに炸裂! クインメザードは一瞬にして爆裂し、
メザード軍団はこれで全てが倒された。

133ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/30(土) 21:46:55 ID:dTP6KUWI
 同時にガリア軍の支配が解け、彼らはバタバタとその場に倒れ込んでいった。川の水の
中に突っ伏した者はいち早く目覚めて慌てて飛び起きた。
「終わった……」
「ふぅ、助かった……」
 ギーシュを始めとして、ロマリア軍はガリア軍の侵攻が停止したことに大きく息を吐いて
安堵したのだった。

 怪獣たちによる奇襲が防がれて、ゼロから戻った才人はロマリア側の陣営に戻ってきた。
周囲はまだ混乱と事態の後始末が終わっておらず、彼に構う暇のある者はいなかった。
「危ないとこだったけど、どうにか犠牲者を出さずに済んだな。姫さまの帰りまでに、こっちが
総崩れになるなんてことにならなくてよかった」
 と才人は安心を口にしていたが、ゼロは危惧の声を発する。
『だが、今回のことで多くの人間が精神的なショックを受けたことだろう。どんな経緯に
なるにせよ、これで今の均衡状態は長くは続かねぇことになるだろうな……』
「……そうなのか……」
 ゼロの指摘で才人は顔を曇らせる。ロマリア軍が、ガリアの防衛線が崩れたことにつけ込んで
渡河しようとするか、逆に別の場所に展開しているガリア軍がロマリアの動揺しているところを
狙って進軍してくるか、どちらになるかは分からないが、戦局に動きがあるのは才人たち的には
良くない。彼らはアンリエッタに、本格的な戦いにならないように約束しているのだ。
「姫さま、早く戻られないものか……」
 才人がここにいないアンリエッタに願っていると、彼の元にジュリオが駆けつけてきた。
「やぁサイト、ここにいたか! ずっと姿が見えないから心配したんだぜ」
 彼の顔を見ると、才人は一瞬にしてしかめ面となった。
「よく言うぜ。こないだは殺そうとしたくせに」
 ストレートに嫌味をぶつけるが、ジュリオはまるで意に介さなかった。
「そう言ってくれるなよ。ぼくたちも聖地の回復のために必死なんだ。別にきみが憎い訳
じゃない。この世界にいてくれるのなら、当然生きててくれた方がありがたいさ」
「はん、どうだか」
 ジュリオに冷めた目を送る才人。彼はこの食えない男がどうも苦手であった。自分たちの
非道さをそのまま理解した上で受け止め、こちらに誠実な態度を見せる。その分、逆に真意を
測りがたいのだ。
 と思っていたその時、才人の頬を何か鋭いものがかすめた。
「あいでッ!」
 一羽のフクロウであった。フクロウはジュリオの肩に止まる。
「おや、ネロじゃないか。お帰り」
「何だよそいつ……」
「ぼくのフクロウだよ。おや、いけない! 血が出てるぜ」
 才人の頬は、フクロウの爪がかすめて切れていた。ジュリオは何気ない仕草で才人の頬を
濡らす血をハンカチでぬぐった。
「よせよ。血なんかすぐ止まるよ」
 才人がなれなれしいジュリオの手を払うと、ジュリオは気を悪くした風もなくハンカチを仕舞った。
 才人はそんなジュリオに、重要なことを尋ねる。
「こんな大騒動になっちまったが、いつまでガリアとにらみ合いを続けるつもりなんだ?」
 ジュリオは両手を広げて思わせぶりな態度を取った。
「さぁね。でもまぁ、そう遠くない内に風が吹くと思うよ」
 そのまま才人に背を向けて、スタスタと歩み去っていく。
 ……その顔には、してやったりというような不敵な笑みが浮かんでいた。

134ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/09/30(土) 21:47:36 ID:dTP6KUWI
以上です。
ガリア編もいよいよ終わりが近いです。

135ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:02:07 ID:Xfy8vrRQ
ウルトラマンゼロの人、投稿おつかれさまでした。

さて、こんばんは。無重力巫女さんの人です。
後一時間程度で十月になりますが、八十七話の投稿を二十三時五分から始めます。

136ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:05:10 ID:Xfy8vrRQ
 チクントネ街から旧市街地の間を横切るようにして造られた一本の水路がある。
 この水路もまた地下への下水道へと続いており、人通りの少なさもあってか地下へと続く暗渠が他よりもやや不気味な雰囲気を醸し出している。
 また、水路と道路には三メイル以上の段差があるせいか通行人が落ちないようにと鉄柵が設けられている。
 普段は旧市街地と隣接している場所であるためか人気も無く、水の流れる音だけがBGМ代わりに水路から鳴り響いている。
 一部の人間の間では、王都で川の流れる音を静かに聞きたいのならこの場所と囁かれているらしいが冗談かどうか分からない。
 まぁ最も、すぐ近くには共同住宅が密集している通りがあるので完全に人の気配がしない…という日はまず来ないだろう。

 そんな静かで、活気ある繁華街と棄てられた廃墟群の間に挟まれた水路には、今多くの人間が押しかけていた。
 それも平民や貴族達ではなく、安い鎧に槍と剣などで武装した衛士隊の隊員たちが十人以上もやってきているのである。
 年齢にバラつきはあれど、彼らは皆一様に緊迫した表情を浮かべて柵越しに水路を見下ろしていた。
 彼らの視線の先には、水路の端に造られた道に降りた仲間たちがおり、彼らは一様に暗渠の方へと視線を向けている。
 暗渠の中にも既に何人かが入っているのか、一人二人出てくると入り口で待つ仲間たちと何やら会話を行う。
 そして暗闇の奥で何かが起こった――もしくは起こっていた?――のか、入口にいた者達も暗渠の中へ入っていく。

 衛士達が何人もいるこの現場に興味を示したのか、普段はここを訪れない者たちが何だ何だと押し寄せている。
 近くの共同住宅に住む平民や下級貴族たちが大半であり、彼らは衛士達が張った黄色いロープの前から水路を覗こうと頑張っていた。
 ハルケギニアの公用語であるガリアの文字で「立ち入り禁止」と書かれたロープをくぐれば、それだけで罪を犯した事になってしまう。
 ロープを挟んで平民たちを睨む衛士たちに怯んでか、それとも罪を犯すことを恐れてか誰一人ロープをくぐろうとしない。
 張られている位置からでは上手く水路が見れないものの、それでも衛士達の間から漏れる会話で何が起こったのか察し始めていた。

「なぁ今の聞いたか?地下水道の出入り口で白骨死体が見つかったらしいぜ」
「しかも聞いた限りじゃあ衛士隊の装備をつけてたって…」
 一人の平民の話に若い下級貴族が食い付き、それに続いて中年の平民女性も喋り出すす。
「殺人事件?…でも白骨って、じゃあ殺されてから大分経つんじゃないの?」
「いや…それがここの下水道近くに住んでるっていうホームレスが言うには、ここ最近死体なんて一度も見なかったらしいぞ」
 女性の言葉に旦那である同年代の平民男性がそう返し、他の何人かが視線をある人物へ向ける。
 彼らの目線の先、ロープの向こう側で一人の男性衛士から事情聴取を受けているホームレスの男性の姿があった。
 いかにもホームレスのイメージと聞かれた大衆がイメージするような姿の中年男性は、気怠そうに衛士からの質問に答えている。

 朝っぱらだというのに喧騒ならぬ物騒な雰囲気を滲ませている一角を、博麗霊夢は屋上から見つめていた。
 そこそこ良かった朝食の直後にここへ向かう衛士達の姿を見た彼女は、とある淡い期待を抱いてここまで来たのである。
 淡い期待…即ち自分のお金を盗んでいったあの兄妹の事かと思っていた彼女は、酷くつまらなそうな表情で地上を眺めていた。
「何よ?てっきりあの盗人たちが見つかったのかと思ったら…単なる殺人事件だなんて」
『単なる、と言い切っちゃうのはどうかと思うがね?お前さんたちが寝泊まりしてる場所からここはそう遠くないんだぜ』
 デルフの言葉で彼が何を言いたいのかすぐに理解した霊夢は口の端を微かに上げて笑う。

137ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:07:13 ID:Xfy8vrRQ
「どんな殺人鬼でも、あの店を襲おうもんならスグに襲ったことを後悔するわね」
『随分自身満々じゃないか…って言っても、確かにお前さんたちと遭遇した殺人鬼様は間違いなく不幸になるだろうな』
「んぅ〜…それもあるけど、何よりあそこにはスカロンが店を構えてるし大丈夫でしょ?」
 半分正解で半分外れていた自分の言葉を補足してくれた霊夢に、デルフは『あぁ〜』と納得したように笑う。
 確かに、どんなヤツが相手でも人間ならば間違いなく『魅惑の妖精』亭の店長スカロンを前に逃げ出す事間違いなしである。
 タダでさえ体を鍛えていて全身筋肉で武装しているというのに、オネェ言葉で若干オカマなのだ。
 見たことも無い容疑者が男だろうが女だろうが、スカロンが前に立ちはだかれば大人しく道を譲るに違いない。

 それを想像してしまい、ついつい軽く笑ってしまったデルフに気を取り直すように霊夢が話しかける。
「まぁ今の話は置いておくとして、普通の殺人事件でこんなに衛士が出てくるもんなのかしら?」
『確かにそうだな。…何か事情があるんだろうが、にしたって十人以上来るのはちょっとした大ごとだ』
 道路の上にいる人々と比べて、建物の屋上に霊夢の目には衛士達の動きが良く見えていた。

 その手振りや身振りからしても、自分たちと同じヒラか少し上程度の衛士が死んだ゙だげの事件とは思えない。
 道路の上から現場を指揮する隊長格と思しき隊員が、数人の隊員に人差し指を向けて急いで何かを指示している。
 少し苛ついている感じがする隊長格に隊員たちは敬礼した後、人ごみを押しのけて街中へと走っていく。
 暗渠へ入っていった隊員達の内二人が上から大きな布を掛けた担架を担ぎ、慎重に歩きながら出てきた。
 まるで大きくていかにも骨董的な割れ物を運ぶかのような慎重さと、人が乗せられているとは思えない程の凸凹が見えない布。
 きっとあれが、の中で死んでいたという衛士隊員の白骨死体なのだろう。
 入り口にいた隊員の内一人がその担架の方へ体を向け、十字を切っている。
 それに続いて何人かが同じように十字を切った後、担架は水路から道路へと出られる梯子の方まで運ばれていく。
 恐らく別の何処かに運ぶのだろう、隊長格の隊員が他の隊員と一緒に鉤付きのロープを水路へ落としている。

 そんな時であった、突如繁華街の方向から猛々しい馬の嘶きが聞こえてきたのは。
 何人かの隊員たちと野次馬が何事かと振り返り、霊夢もまたそちらの方へと視線を向ける。
 そこにいたのは、丁度手綱を引いて馬を止めた細身の衛士が慣れた動作で馬から降りて地に足着けたところであった。
『何だ、増援?…にしちゃあ、一人だけか』
「もう必要ないとは思うけど…あの金髪、どこで見た覚えがあるような?」
 地上にいる人々とは違い、霊夢の目には馬から降りたその衛士の背中しか見えなかった。
 辛うじて髪の色が金髪である事と、それを短めにカットしているという事しか分からない。
 それが無性に気になり、いっその事降りてみようかしらと思った彼女の運が良い方向へ働いたのだろうか。

 馬を下りたばかりの衛士は、別の衛士に後ろから声を掛けられて振り返ったのである。
 髪を少し揺らして振り返ったその顔は―――遠目から見ても女だと分かる程に綺麗であった。
 猛禽類のように鋭い目つきで後ろから声を掛けてきた同僚と一言二言会話を交えて、水路の方へと向かっていく。
 霊夢と一緒に見下ろしていたデルフが『へぇ〜女の衛士かぁ』ぼやくのをよそに、霊夢は少々面喰っていた。
 何故ならその女性衛士と彼女は、今より少し前に顔を合わせていたからである。

「あの女衛士、確かアニエスって言ってたような…」
 まさかこんな所で顔を合わすとは思っていなかった霊夢は、案外にこの街は狭いのではと感じていた。

138ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:09:09 ID:Xfy8vrRQ
 一波乱どころではない騒ぎに巻き込まれたアニエスが元の職場に戻れたのは、つい今朝の事である。
 軍部からの演習命令で一時トリステイン軍に入り、そのままタルブでの戦闘に巻き込まれた彼女は散々な思いをした。
 アルビオンとの戦いが終わった後もタルブやラ・ロシェールでの戦闘後の処理作業に追われ、
 更に戦闘開始直後に出現した怪物を間近に見たという事で、数日間にも渡って取り調べを受け、
 やっと衛士隊への復帰命令が来たと思えば、王都へ戻る際の馬車が混雑したり…と大変な目にあったのだ。

 そうして王都に戻れたのは今朝で、幸いにも書類に書かれていた復帰までの期日には間に合う事が出来た。
 彼女としては一日遅れる事は覚悟していたものの、早めにゴンドアを出ていて良かったとその時は胸をなで下ろしていた。
 駅舎の警備をしている同僚の衛士達と一言二言会話をした後で、手ぶらでは何だと思って土産屋で適当なモノを幾つか購入し、
 すっかり緑に慣れてしまっていた目で幾つも建ち並ぶ建物を見上げながら、アニエスは第二の故郷となった所属詰所へと戻ってきた。
 ふと近くにある広場にある時計で時刻を確認してみると丁度八時五十分。彼女にしては珍しい十分前出勤となる。
 いつもならばもっと早い時間に出勤して、昨日残した書類の片づけや鍛錬に時間を使うアニエスにとって慣れない時間での出勤だ。

 とはいえ立ちっ放しもなんだろうという事で彼女は玄関の傍に立つ同僚に敬礼し、中へと入る。
 そして彼女の目の前に広がっていた光景は―――慌てて緊急出動しようとする大勢の仲間たちであった。
 まるで王都に敵が攻めて来たと言わんばかりに装備を整えた姿の仲間数人が、急ぎ足で彼女の方へ走ってきたのである。
 彼らの鬼気迫る表情に思わずアニエスが横にどいたのにも気づかず、皆一様に外へと出ていく。
 いつもの彼女らしくないと言われてしまう程身を竦ませたアニエスが何なのだと目を丸くしていると、後ろから声を掛けて来た者がいた。

――あっ!アニエスさんじゃないか、戻ってきたんですか!?

 その声に後ろを振り向くと、そこには衛士にしては珍しく眼鏡を掛けた同僚がいた。
 彼はこの詰所の鑑識係であり、事件が起きた際に現場の遺品や被害者のスケッチなどを担当している。
 まだ鑑識になって日は浅いものの、若いせいか隊長含め仲間たちからは弟分のように可愛がられている。
 その彼もまた衛士隊の安物の鎧と鑑識道具一式の入ったバッグを肩から掛けて、外へ出ようとしていたところであった。
 アニエスは彼の呼びかけにとりあえず右手を上げつつ、何が起こったのか聞いてみることにした。

―――あぁ、今日が丁度復帰できる日なんだ。…それよりも今のは何だ?どうにもタダ事ではなさそうだが…
――――それが実は僕も良く知らないんですが、今朝未明に衛士隊隊員の死体が発見されたそうで…
―――――何だと?だがそれにしては騒ぎ過ぎだろ、こんなに騒然としてるなんて…隊長は何て?

139ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:11:10 ID:Xfy8vrRQ
 ふとした会話の中でアニエスが何気なく隊長の名を口にした途端、鑑識の衛士ばビクリと身を竦ませた。
 単に驚いただけではないというその反応を見て、アニエスは怪訝な表情を浮かべる。
 鑑識の青年衛士も、顔を俯かせて暫し何かを考えた後……ゆっくりと顔を上げて口を開いた。

―――実は、隊長はその…昨晩の夕方に退勤して以降、行方が分からなくて…自宅にもいないそうなんです…
――――な…ッ!?
―――――それで、発見された白骨死体が衛士隊員だという事で…みんな―――
――――――勝手な想像をするんじゃないッ!

 ちょっとどころではない死地から帰ってきて早々に、どうしてこんな良くない事が起きてしまうのか。
 アニエスは自分の運の無さを呪いながらも大急ぎで支度を整え、鑑識から現場を聞いて急行したのである。
 場所はチクトンネ街と旧市街地の間にある川で、既に何人もの衛士達が書けてつけているとの事らしい。
 本当なら応援はもういらないのだろうが、それでもアニエスはわざわざ馬を使ってまで現場へと急いだ。

 そうして現場へとたどり着いた時、既に件の白骨遺体は水路から上げられる所だったらしい。
 馬を降りて一息ついた所で、既に現場で野次馬たちを見張っていた同僚に声を掛けられた。
「おぉアニエス、戻ってきたのか?…すまんな、復帰早々こんなハードな現場に来てくれるとは」
「野次馬相手なら幾らいても足りなくなるだろう?それより、例の遺体はどこに……ん、あっ!」
 同僚と軽く挨拶しつつ、痛いはどこにあるのかと聞こうとしたところで彼女は群衆がおぉっ!声を上げた事で気が付いた。
 そちらの方へ視線を向けたと同時に、水路にあった被害者が引き上げられようとしていたのである。

 アニエスは失礼!と言いながら野次馬たちを押しのけてそちらへと向かう。
 何人かが押すなよ!と文句を言ってくるのも構わず進み、ようやく目の前に引き上げられたばかりの担架が見えた。
 野次馬を防いでいる衛士達が咄嗟に止めようとしたものの、同僚だと気づくとロープを持ち上げてアニエスを自分たちの方へと招いた。
「戻ってきたのかアニエス、大変だったらしいな」
「その話は後にしてくれ、それよりここの現場担当の隊長格は?」
 仲間たちの言葉を軽く返しつつそう言うと、水路に残っている部下たちにも上がる様指示していた上官衛士が前へと出てくる。
「俺の事…ってアニエスか!エラい久しぶりに顔を見た様な気をするが、よく帰ってこれたな」
「あっ、はい!奇跡的に傷一つ負わずに戻ってこれました。…それで、被害者の身元は分かったのですか?」
 彼女が良く知る隊長とはまた別の管轄を持つ彼の言葉にアニエスは軽く敬礼しつつ、状況の進展を探った。
 キツイ仕事から帰ってきたというのに熱心過ぎる彼女に内心感心しつつも、上官衛士は首を横に振りつつ返す。

「今の所俺たちと同じ服装をした白骨死体…ってだけしか分からんな。軍服と胸当てだけで身分証の類は持っていなかっ
 たから尚更だ。それに俺たちだけじゃあ骨で性別判断何てできっこないし、何より白骨死体にしては妙に綺麗すぎる。ホラ、見てみろ?」

 彼はそう言うと共に担架の上に掛かった布を少しだけ捲り、その下にある白骨をアニエスへ見せてみる。
 最初は突然の骨にウッと驚きつつも、恐る恐る観察してみると…確かに、上官の言葉通り洗いたての様に真っ白であった。
 まるで死体安置所で冷凍保管されていた遺体から肉を丁寧に落として、骨を漂白したかのように綺麗なのである。

140ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:13:32 ID:Xfy8vrRQ
 別に腐って乾燥した肉片とかついている黄ばんだ骨が見たいわけではないのだが、それでもこの白さはどことなく異常さが感じられた。
 思わずまじまじと見つめているアニエスへ補足を入れるかかの様に、上官は一人喋り出す。

「第一発見者の浮浪者がここら辺を寝床にしてるらしくてな、昨夜は濁流に飲み込まれないよう旧市街地にいたらしい。
 それでも、今朝見つけるまであんな綺麗な骨は絶対に無かった…と手振りを交えながら話してくれた。」

 上官の言葉にアニエスはそうですか…と生返事をした後、ふと気になった事を彼へと質問する。
「…それならば、この骨は昨夜の暖流で流れて来たのでは?」
「可能性は無くは無いが、それにしては変に綺麗すぎる。見てみろ、この白さなら好事家が言い値で買うかもしれんぞ」
 仮にも同僚であった者に対して失礼な例え方をしているとも聞こえるが、彼の表情は真剣そのものであった。
 茶化し、誤魔化しているのだろうとアニエスは思った。実際今の自分も冗談の一つぐらい言いたい気持ちが胸中にある。
 この骨が自分の管轄区の、粉挽き屋でバイトしていた自分を衛士として雇ってくれた隊長だと思いたくはなかったのだ。
 今のところは身元が全然分からないという事で安堵しかけているが、それでも不安は拭いきれない。

 もやもやと体の内側に浮かんでいるそれを誤魔化すかのように、アニエスは口を開く。
「それで、身元の特定作業はもう行っているのですか?」
「あぁ。今日欠勤している者を優先的に調べているが…ここは王都だ、全員調べるとなると明日の昼まで掛かる」
 アニエスからの質問に上官は肩をすくめてそう言うと、アニエスは仕方ないと言いたげにため息をつく。
 欠勤者だけではなく、非番の者まで調べるとなれば…文字通り街中を駆け巡らなければいけないのだ。
 これが単なる殺人事件ならばここまで大事にはならないが、殆ど傷がついていない白骨という奇怪な状態で見つかっているのだ。
 もはや衛士である前に、一介の平民である自分たちが対応できる事件としての範囲を超えてしまっている。

 持ち上げていた布をおろし、アニエスの方へと向いた上官は渋い表情を浮かべたまま言った。
「一応魔法衛士隊にも報告はしておいたが、正直今の国防事情では来てくれるかどうか…だな」
「確かに、平時ならばメイジが関与していると考慮して動いてくれますが…今はアルビオンと戦争が間近という状況ですし」
 上官の言葉にアニエスは頷く。彼女の言うとおり、今はこうした街中の事件で対応してくれる魔法衛士隊は別の任務に就いている。
 大半は新しく補充された新人隊員達に訓練を施し、更に有事に備えて軍や政府関連の施設の警備を優先するよう命令されている筈だ。
 となれば、いくら怪奇的な事件だとして出動を乞うても「今は衛士隊だけで対応せよ」という返事が返ってくるのは間違いないだろう。
 今はドットクラスメイジの手を借りたいほどに、王宮と軍が忙しいのはつい数日前までそこに所属していたアニエス自身が知っている。
 先の会戦で主な将校を何人も失った王軍と、戦力に余裕のある国軍を統合させた陸軍の創設及び部隊の再配置で更に忙しくなるだろう。
 それが本格的に行われる前に衛士隊へ復帰する事ができたアニエスは、思わずホッと安堵したくなった。

 ―――しかし、そこで彼女は胸中に秘めていた『願い』を思い出し、内心で安堵する事すら自制してしまう。
 もしも、この騒ぎに乗じて正式に軍に配備されていれば――――自分はもっと『王宮』へ近づく事ができたのでは、と。
 トリスタニアの象徴でもあるあの宮殿の中に眠るであろう『ソレ』へとたどり着ける、新たな一歩になっていたかもしれない。

 そこまで考えた所で彼女はハッと我に返り、首を横に振って今考えていた事を頭から振り払う。
(今はそんな事を考えている場合じゃないだろうアニエス。もう過ぎた事だ…今は、目の前の事件に集中しなければ)

 ひょっとすると、自分の体と頭は自分が思っている以上に疲れているのかもしれない。
「…少なくとも今できる事は情報収集です。可能ならば、私もお手伝いします」
 そんな事を思いつつ、それでも担架に乗せられた白骨の正体を知りたい彼女は上官に申し出た。

141ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:17:04 ID:Xfy8vrRQ

「できるのか?それなら頼む。今は猫の手も借りたい状況だ、是非ともお願いしよう。後、お前んとこの隊長と出会ったらボーナス給弾むよう言っておく」
 疲れているであろう彼女に上官は冗談を交えつつ許可すると、アニエスは「はっ!」と声を上げて敬礼する。
 直後に彼女は踵を返し、野次馬たちの向こう側で同僚が宥めている馬の所へ向かおうとした、その時であった。

 急いで馬の所へ戻ろうとする彼女の視界の端に、紅白の人影が一瞬だけ入り込んできたのである。

「ん?………何だ?」
 思わず足を止めて人影が見えた方向へ視線を向けると、そこにあるのは屋上付きの建物であった。
 個人の邸宅ではなく、一階に雑貨屋などがある共同住宅らしく窓越しに現場を眺めている住人がチラホラと見える。
 しかし窓からこちらを覗く人々の中に紅白は見えず、屋上を見てみるも当然誰もいない。
 だが彼女は確かに見た筈なのである。何処かで見た覚えのある、紅白の人影を。

「気のせいだったのか、それとも単に私が疲れすぎているだけなのだろうか…」
 納得の行かないアニエスは一人呟きながらも馬の所へ辿り着くため、再び野次馬たちを押しのける小さな戦いへと身を投じた。

『さっきの口ぶりからして知り合いだったらしいが、声かけなくても良かったのかい?』
「アニエスの事?別に良いわよ。知り合いだけど親しいってワケではないし、向こうも忙しそうだったしね」
 水路からの喧騒が小さく聞こえる路地に降り立ったばかりの霊夢へ、背中に担いだデルフがそんな事を言ってきた。
 昨日の雨で出来た水たまりをローファーで軽く蹴り付けつ道を歩く彼女は、大したことじゃ無いと言いたげに返す。
 建物と建物の間に出来ているが故に道は陽が遮られており、幾つもの水たまりが道端にできている。
 それをローファーが踏みつけると共に小さな水しぶきがあがり、未だ乾いていないレンガの道を更に濡らしていく。
「あんな事件は衛士に任せといて、今はあの盗人兄妹を捕まえて金を取り返すのが最優先事項なのは、アンタも分かってるでしょうに」
『オレっちは手足が無いから持ってても意味ねェけどな』
 鞘に収まった刀身を震わせて笑う彼に、霊夢は「アンタは良くても私達がダメなのよ」と返す。
 いくら子供であっても、あれ程の大金を一気に使おうとすれば大なり小なり人々のちょっとした話題になるのは明白である。
 そうであるなら楽なのだが、明らかに手慣れている感じからして常習犯なのは間違いないだろう。
 と、なれば…盗んだ大金で豪遊などせずに、小分けにして生活費にするというのなら探し出せる難易度は一気に高くなる。

「とりあえず昨日はルイズと大雨のせいで行けなかった現場に行って、アイツらを捜すかそれに関する情報を集めないとね」
『成程、容疑者が確認の為に現場へ戻るっていう法則を信用するのか』
 デルフがそう言うと共に陽の当たらぬ路地から出た霊夢は、目に突き刺さるかのような光に思わず目を細める。
 途端、まるで空気が思い出したかのように夏の熱気へと変わり彼女と服を熱し始めた。

142ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:19:01 ID:Xfy8vrRQ
「いくら私でも手がかりの一つか二つ無いと分からないし、何か収穫の一つでもあればいいんだけどねぇ…」
 ハルケギニアの夏の気候に慣れぬ彼女は未だ活気の少ない通りへと入りつつ、デルフに向けて呟く。
 霊夢としては、そう都合よくあの兄妹二人の内一人が現場へ戻っているとはあまり思ってはいなかった。
 ただ何かしらの証拠や、あの近辺にいる住民へ聞き込みをして情報が手に入ればと考えてはいたが。

 霊夢のそんな意見に、デルフはほんの一瞬黙ってからすぐさま口を開いた喋り出す。
『とはいってもなぁ、ソイツらが手練れの常習犯なら現場には戻らないと思うぜぇ?』
「それは分かってるよ。だけどこっちは明らかな情報不足なんだし、私が動かなきゃあゼロから先には進まないわ」
 諦めかけているようなデルフの言葉に彼女はやや厳しめに返事しつつ、通りを歩いていると、
 ふと三メイル先にあるベンチに腰かける、短い金髪が似合う見知り過ぎた顔の女性がいるのに気が付いた。
 その女はこちらをジッと睨んでおり、その瞳からは人ならざる者の気配を僅かにだが感じ取る事ができる。

『あの女…って、もしかしてあの狐女か?』
「その通りの様ね。アイツ、一体何用かしら」
 気配に見覚えがあったデルフがそこまで言った所で、バトンたったするかのように霊夢が口を開いて言った。
 敵意は感じられないが、昨日見た彼女の豹変ぶりをを思い出した霊夢は若干気を引き締めて女へ近づいていく。
 金髪の女は何も言わずにじっと霊夢とデルフを睨み続け、彼女と一本が後一メイルというところでようやく口を開いた。

「やぁ、盗人探しは順調に進んでるかい博麗霊夢よ」
「残念ながら芳しくない。…って言っておくわ、八雲藍」

 自分の呼びかけに対しそう答えた霊夢にベンチの女―――八雲藍もまた目を細めて睨み返す。
 それでこの巫女が怯むとは全く思ってもいなかったし、単に自分を睨む彼女へのお返しみたいなものであった。
 両者互いに力ませた目元を緩ませないでいると、霊夢の背にあるデルフが金属音を鳴らしながら喋り出す。
『おいおい堅苦しすぎるぜお前ら?…って言っても、昨日は色々あったから仕方ないとは思うがよ』
 昨日ルイズたちと一緒に、藍の豹変と何かに動揺する紫を見ていたデルフの言葉に霊夢が軽く舌打ちしつつ視線を後ろへ向ける。

143ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:21:08 ID:Xfy8vrRQ
「だったら少し黙っててくれない?ただでさえ暑いっていうのにそこにアンタの濁声まで加わったら参っちゃうわ」
『ひでぇ。…でもまぁ許す、今はお前さんが俺の使い手だしな。じゃあお言葉に甘えて少し静かにしておくよ』
 随分な言い様であったがそれで一々怒れる程デルフは生まれたばかりではなかったし、経験もある。
 背中越しに感じる霊夢の気配から、ベンチの狐女に昨日の事を聞きたいのであろうというのは何となく分かる事が出来た。
 デルフは彼女の剣として、ここは下手に口を出さすのはやめて大人しく黙っておくことにした。

 それから数秒、静かになったデルフを見てため息をついた霊夢は再び藍の方へと視線を向ける。
 特徴的な九尾と狐耳を縮めて人に化けた彼女もまたため息をつきき、自分の隣の席を無言で指さす。
 ―――そこに座れ。そう受け取った霊夢はデルフを下ろすとベンチに立てかけて、藍の横に腰を下ろした。
 太陽の光に照らされ続けた木製のそれは熱く、スカート越しでも容赦なく彼女の背中とお尻へと熱気が伝わってくる。
 せめて木陰のある場所に設置できなかったのか。そんな事を思っていた霊夢へ、早速藍が話しかけてきた。

「昨日の夜は悪かったな。まさか雨漏りしていたとは考えてもいなかったよ」
「……そうね。でもまぁ、そのおかけで昨日はマトモな部屋で寝れたし結果オーライって事で許してあげるわ」
「何だその言い方は?もしかすれば私に仕返ししてかもしれないって言いたいのかお前は」
「あら、仕返しされたかったの?何なら今この場でしちゃっても良いんだけど」
「やれるものなら…と言いたいがやめておけ、こんな所で騒げば今度こそ紫様の堪忍袋の緒が音を立てて切れるぞ」
「それなら遠慮しておくわ。アンタが怒るよりもそっちの方が十倍怖いんですもの」
 そんな短い会話の後、ほんの少しの間だが二人の間を沈黙が支配した。
 お互い本当に言いたい事、そして聞きたい事をいつ口に出そうか迷っているのかもしれない。
 いつもならば霊夢が先陣切って口を開きたいのだろうが、昨日久々に姿を見せた紫の動揺を思い出してか口を開けずにいる。

 これまで色んな所で彼女の前に現れては、色々なちょっかいを掛けてきた大妖怪こと八雲紫。
 並の妖怪なら名を聞いただけでも怯んでしまう博麗の巫女である彼女を前にしても、常に余裕満々で接してきた。
 ちょっかいを掛け過ぎた霊夢が激怒した時もその余裕を崩す事なく、むしろ面白いと更にちょっかいを掛けてくる事もあった。
 だからこそ霊夢は変に気にし過ぎていた。まるで世界の終わりがすぐ間近だと気づいてしまった時の様な様子に。

 ブルドンネ街では市場が始まったのか、遠くから人々の活気づいた喧騒が耳に入ってくる。
 一方で夜はあれだけ騒がしかったチクントネ街は未だ静かであり、時折二人の前を人々が通り過ぎていく。
 きっと市場へ買い出しに行くのだろう、手製の買い物袋を手に歩く女性の姿が多い。
 年の幅は十代後半から六十代までとかなり広く、何人かが集まって楽しげな会話をしているグループも見られる。
 そんな人たちを見ながら、霊夢と同じく黙っていた藍は意を決した様に一呼吸おいてからようやく口を開いた。
「やはり気になっているんだろう、私が急にお前へ掴みかかった事が」
「それ意外の何を気にすればいいっていうのよ。滅茶苦茶動揺してた紫の事も含めて、昨日から聞きたかったのよ?」
 藍の言葉に待っていましたと言わんばかりに霊夢は即答し、ジッと九尾の式を見据えた。

144ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:23:08 ID:Xfy8vrRQ
 それは昨日――霊夢たちの前に紫が現れた時の事。
 紫は言いたい事を言って、霊夢たちも伝えたい事を伝え終えていざ紫が部屋を後にしようとした時であった。
 何気なく霊夢は昨日見た変な夢の事を話した直後、まるで興奮した獣の様に藍が掴みかかってきたのである。
 突然の事に掴まれた本人はおろかルイズと魔理沙に橙も驚き、思わず霊夢は紫に助けを求めようとした。
 しかし、紫もまた藍と同様に―――いや、もしくは式以上におかしくなっている彼女を見て霊夢は目を丸くしてしまった。
 前述した様に、まるで世界の終わりを予知したかのように動揺している紫の姿がそこにあったのだ。

――――ちょっと、どういう事?何が一体どうなってるのよ…

 面喰った霊夢が思わず独り言を言わなければ、ずっとその状態のままだったかもしれない。
 まるで見えない拘束か立ったまま金縛りに掛かっていたかのように、数秒ほどの時間をおいて紫はハッと我に返る事が出来た。
 それでも目は若干見開いたままであったし、額から流れる冷や汗は彼女の体が動くと同時に更に滲み出てくる。
 紫はほんの少し周囲にいる者たちを見回して、皆が自分を見ている事に気が付いた所で誤魔化すように咳払いをした。
「…ごめんなさい。少し暑くてボーっとしていたみたい」
「ボーっと…って、貴女明らかに何かに動揺していたんじゃないの?」
 いつも浮かべる者とは違う、苦々しさの混じる笑顔でそう言った彼女へ、ルイズがすかさず突っ込みを入れる。
 ルイズは紫が『何に』動揺していたのかまでは分からなかったが、それでも暑すぎてボーっとしていた何て言い訳を信じる気にはなれなかった。
 あの反応は霊夢の言葉を聞き、その中に混じっていた『何か』を聞いて明らかに動揺していたのである。

 そんなルイズの突っ込みへ返事をする気は無いのか、紫は霊夢に掴みかかっている藍へと声を掛けた。
「藍、霊夢を放してあげなさい。彼女も嫌がってるだろうし」
「え――…?あ、ハイ。ただいま…」
 気を取り直した紫の命令で藍は正気に戻ったかのように大人しくなり、霊夢の両肩を掴んでいたその手を放す。
 九尾の狐にかなり強く掴まれてジンジンと痛む肩を摩る霊夢は、苦虫を噛んだ時の様な表情を浮かべて痛がっている。
 そりゃ式と言えども列強ひしめく妖怪界隈でもその名が知られている九尾狐に力を込めて肩を掴まれれば誰だって痛がるだろう。
 大丈夫なの?と心配そうに声を掛けてくれるルイズに霊夢は大丈夫と言いたげに頷くと、キッと藍を睨み付けた。

「アンタねぇ…、一体どういう力の入れ方したらあんなに強く掴めるのよ」
「それは悪かったな。…だが、こっちも一応そうせざるを得ない理由があるんだよ」
「理由…ですって?どういう事よソレ」
 霊夢の言葉に肩を竦めつつ、藍は若干申し訳なさそうな表情を浮かべつつもその言葉には全く反省の意が見えない。
 まぁそれは仕方ないと想おうとしたところで、彼女は藍の口から出た意味深な単語に食いつく。
 どんな『理由』があるにせよ乱暴に掴みかかってきたことは許せないが、それを別にして気になったのである。
 あの八雲藍がここまで取り乱す『理由』が何なのか、霊夢は知りたかった。
 早速その『理由』について問いただそうとした直前、彼女よりも先に紫が藍へ向けて話しかけたのである。

「霊夢、藍とする話が急に出来たから少し失礼するわね」
「え?あの…紫さ――うわ…っ!」
 突然の事に霊夢だけではなく藍も少し驚いたものの、有無を言えぬまま足元に出来たスキマの中へと落ちてしまう。
 藍が大人しく飲み込まれてしまうと床に出来たスキマは消え、傷一つ無い綺麗なフローリングに戻っている。

145ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:25:09 ID:Xfy8vrRQ
 正に神隠しとしか言いようの無い早業にルイズと魔理沙がおぉ…と感心している中、霊夢一人だけが紫へと食い掛かった。
「ちょっと紫、何するのよイキナリ。これから藍に色々聞きたい事があったっていうのに!」
 明らかに怒っている霊夢にしかし、先ほどまでの動揺がウソみたいに涼しい表情を見せる紫は気にも留めていない。

「御免なさいね霊夢。これから色々藍と話し合いたい事ができたから、今日はここらへんで帰るとするわ」
「ちょ…!待ちなさいってッ!」
 彼女だけは行かせてなるものかと思った霊夢が引きとめようとする前に、紫は右手の人差し指からスキマを作り出す。
 まるで指の先を筆代わりにして空間へ線を書いたかのようにスキマが現れ、彼女はそこへ素早く入り込む。
 たった数歩の距離であったが、霊夢がその手を掴もうとしたときには既に…スキマは既に閉じられようとしていた。
 このままでは逃げられてしまう!そう感じた彼女はスキマの向こう側にいるでうろ紫へ向かって大声で言った。

「アンタッ!一体何を聞いたらあんな表情浮かべられるのよ!?」
「……残念だけど、今回の異変に関さない情報は全て後回しと思いなさい。博麗霊夢」

 届きもしない手を必死に伸ばす霊夢へ紫がそう告げた瞬間、藍を飲み込んだモノと同様にスキマはすっと消え去った。
 後に残ったのは霊夢、ルイズ、魔理沙にデルフ…そして何が起こったのか全く分からないでいる橙であった。
 消えてしまったスキマへと必死に左手を伸ばしていた霊夢は、スキマが消える直前に中にいた紫が自分を睨んでいたと気づく。
 ほんの一瞬だけで良く見えなかったものの、いつもの紫らしくない真剣さがその瞳に映っていたような気がするのだ。
 まぁ見間違いと誰かに言われればそうなのかもしれない。何せ本当に一瞬だけしか目を合わせられなかったのだから。


 結局、あの後紫と話をしてきたであろう藍が何を言い含められたのかまでは知らない。
 昨日は屋根裏部屋やら雨漏りやらで聞くに聞けず、霊夢自身もその後の出来事で忙しく忘れてしまっていた。
 そして今日になってようやく、暇を持て余していたであろう彼女がわざわざ自分を誘ってきたのである。
 据え膳食わぬは何とやら…というのは男の諺であるが、出された料理が美味しければ全部頂いてお土産まで貰うのが博麗霊夢だ。
 だからこそ彼女はこうして自分を待ち構えていた藍の隣に座り、今まさに遠慮なく聞こうとしていた。

 昨日、どうして自分が夢の中で体験したことを口にしただけであの八雲藍がああも取り乱し、
 そして紫さえもあれ程の動揺を見せた理由が何なのか、博麗霊夢は是非とも知りたかったのだ。
「…で、教えてくれるんでしょう?私が見た夢の話を聞いて何で『覚えてる』なんて言葉が出たのか」
 霊夢の口から出たその質問に、藍はすぐに答えることなくじっと彼女の顔を見つめている。
 まるで言うか言わないべきかを見定めているかのように、真剣な表情で睨む霊夢の顔を凝視する。
 両者互いに睨み合ったまま十秒程度が経過した頃だろうか?ようやくして藍が観念したかのように口を開いた。

「私の口から何と言うべきか迷うのだが、…お前は夢の中で自分とよく似た巫女を見たのだろう?」
「えぇ、何かヤケに殴る蹴るで妖怪共をちぎったり投げたりしてような…」
 最初の一言からでた藍からの質問に、霊夢は夢の内容を思い出しながら答える。
 あの夢の事は不思議とまだ覚えていたし、細部はともかく大体の事は今でも頭の中に記憶が残っていた。
 彼女からの返答を聞いた藍は無言で頷いた後、ほんの数秒ほど間を置いてから再び喋り始める。
 そして、九尾の式の口から出たのは霊夢にとって衝撃的と言うか言わぬべきかの間の事実であった。

146ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:27:21 ID:Xfy8vrRQ
「要だけかいつまんで言えば、恐らくその巫女はお前の一つ前…つまりは先代の巫女の筈だ」
「…は?先代の…巫女ですって?」
 少し渋った末に聞かされたその答えの突然さに、霊夢は目を丸くする。
 思わず素っ頓狂な声を上げる霊夢に藍は「あぁ」と頷きつつ、雨上がりの晴れた青空を仰ぎ見ながらゆっくりと語っていく。
 それは人間にとっては長く、妖怪である彼女にとってつい昨日の様な出来事であった。

「今から二十年前の幻想郷での出来事か、今のお前より年下の少女が新しい博麗の巫女に選ばれた。
 霊力、才能共に十分素質があり、何より当時の先代が幼年の頃の彼女を拾って修行させいたのも大きかった。
 何よりあの当時は今と比べて雑魚妖怪共による集団襲撃が相次いでいたからな。なるべく早く次代を決めざるを得なかった」

 藍の話をそこまで聞いて、霊夢は成程と幾つもある疑問の一つを解決できた事に満足に頷いて見せる。
 つまりあの夢の内容はその先代巫女とやらが妖怪退治をしていた時の光景を夢で見たのであろう。
 そこまで考えたところでまた新しい疑問ができたものの、それを察していたかのように藍は話を続けていく。

「お前が言っていた人面に猿の体の妖怪の事なら、当時私も現場にいたから良く覚えてる。
 それで、まぁ…実はその当時既に幼いお前さんを紫様が少し前に拾って来ていてな、
 気が早いかもしれんが、何かあった時の跡取りにと二十二なったばかりの先代巫女にお前の世話を押し付けていたんだ。
 まぁ紫さま自身ようやく赤ん坊から卒業したばかりのお前さんの面倒を見てたり……後、妖怪退治にも連れて言ったりもしてたな」

 勿論、紫様がな。最後にそう付け加えて名前も知らぬ先代巫女の名誉を守りつつもそこで一旦口を閉じる。
 一方で、そこまで話を聞いていた霊夢はこんな所で自分の出自に関する事が出てきた事に少し衝撃を受けていた。
 放して欲しいとは言ったが、まさかこんな異世界に来てから幻想郷で告白するような事実を告げられたのであるから。
 藍も雰囲気でそれを感じ取ったのか、若干申し訳なさそうな表情を浮かべて彼女へ話しかける。
「流石に堪えるか?…すまんな、お前の出自に関してはお前が色々と落ち着いてから話そうと紫様と決めていたんだが…」
「…ん、まぁー大体自分がそうじゃないかなって思ってたりはしてたけどね?両親の事とか全然記憶にないし」
 今はここにいない紫の分も含んでいるであろう藍からの謝罪に、霊夢はどういう感情を表せばいいか分からない。

 確かに彼女の言うとおり、今現在も続いている未曾有の異変解決の最中にカミングアウトするべき事じゃなかったのは明白である。
 恐らく異変を解決した後で、更に自分が年齢的にも精神的にも大きくなった時に話すつもりでいたのだろう。霊夢はそう思っていた。
 最も霊夢自身は両親がいないという事実を何となく察していたし、一人でいて特に不自由する事もなかったが。
 しかしここでふと新たな疑問がまた一つ浮かぶ。霊夢はそれをなんとなく藍に聞いてみることにした。
「んぅ〜…でも私、その先代の巫女とやらと一緒にいた記憶がスッポリ抜け落ちたかの如く無いのよねぇ〜」
「……………まぁ大抵の世話は紫様がして、巫女はそういうのを面倒くさがって全部あのお方に任せていたからな」
 しかしこの時、霊夢の質問を――ー先代の巫女と一緒にいたという記憶が無い―と聞いて一瞬だけ表情が変わるのを見逃さなかった。
 それを見逃さなかった霊夢であったが、その内心を読み取ることは出来ずひとまず彼女に話を合わせることにした。

「…?……んぅ、まぁ例え私が紫にそういうのを押し付けられたとしても確かにそうするかもね」
「まぁオムツはやら離乳食は卒業したばかりであったし、大して世話は掛からなかった…とも言っておこうか」
「そういうのを、普通にカミングアウトするのやめてくれないかしら?」
 藍からしてみればほんの少し前の幼い昔の霊夢と、成長して色々酷くなった今の霊夢を見比べながら彼女は言う。
 そんな式に苦々しい表情を向けつつも、霊夢は昨日から悩んでいた事が幾つか取り除かれた事に対してホッと安堵したかった。

147ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:33:53 ID:Xfy8vrRQ
 どういう理由かまでは知らないが、どうやら自分は昔見たであろう血なまぐさい光景とやらを夢で見たのだという。
 そしてあの巫女モドキはこの世界の出身者ではなく、同じ幻想郷の同胞――それも自分の先代である博麗の巫女であるかもしれない事。
 何故今になって、こんな厄介かつ長期的な異変に巻き込まれている中でこのような事態が起こったのかは分からない。

 解決すれはする度に新しい疑問が湧きあがり、霊夢の頭の中に悩みの種として埋められてしまう。
 そして性質が悪い事にそれはすぐに解決できるような話ではなく、それでも異変解決を生業とする身が故に自然と考えてしまう自分がいる。
(全く…チルノや他の妖精たちみたいな能天気さでもあれば、そういう事に対して一々気にもせずに済んだのかもしれないわね)
 知性が妖精並みに低くなるのは勘弁だけど。…そんな事を思っていた霊夢は、ふと頭の中に一つの疑問を藍へとぶつける。
 それは、かつて自分の前に巫女もどき―――ひいてはその先代の巫女かもしれない人物についての事であった。

「じゃあ聞きたいんだけど、私とルイズ達が私とそっくりな巫女さんに会ったって言ったでしょう」
「あぁ、そういえばそんな事も言っていたな。確か夢の中に出てきた先代巫女と瓜二つだったのだろう?」
「だから聞きたいのよ。どうしてこんな異世界に、先代の巫女とよく似たヤツがいるのかについて」
「…………」

 意外な事にその質問を耳にして、藍は先程同様すぐに答える事ができなかったのだ。
 まるでとりあえずボタンは押したは良いものの、答えがどれなのか思い出そうとしている四択クイズのチャレンジャーの様である。
 それに気づいた霊夢が怪訝な顔を浮かべて彼女の顔を覗き込もうかと思った、その直後であった。
「―――悪いが…それに関しては私の知る範囲ではないし、紫様も同様に答えるだろうな」
「つまり、あの巫女もどきの存在は完全にイレギュラー…って事でいいのよね?」
 大分遅れて答えを口にした彼女に怪訝な視線を向けつつも、霊夢は念には念を入れるかのように再度質問する。
 藍はそれに対し「そうだ」と頷くと、もう話は終わりだぞと言うかのようにベンチからゆっくりと腰を上げた。
 彼女が立ち上がると同時に霊夢も視線を上げると、金髪越しの陽光に思わず目を細めてしまう。

「私が確認しない事には分からないが、生憎未だ見つかってない。最も、何処にいるか皆目見当つかんがな」
「そう…じゃあ私とルイズ達はいつもどおり異変解決に専念するから。アンタは巫女モドキを捜す…それでいいわよね?」
「それでいい。何か目ぼしい情報があれば教える、それではまた今夜にでも…」
 互いにするべき事と任せるべきことを口に出した後、藍は霊夢が歩いてきた道を歩き始める。
 市場へ向かう人の流れに逆らうように足を進める九尾の背中を、霊夢は無言で見つめていた。
 やがて通りの横に造られている路地裏にでも入ったのか、人ごみとと共に彼女の姿は掻き消されたかのように見えなくなった。
 霊夢はそれでも視線を向け続けた後、一息ついてから立ち上がり横に立てかけていたデルフを手に取る。
 太陽に熱されて程よく暖まった鞘に触れた途端、それまで黙っていた彼は鞘から刀身を出して霊夢に話しかけた。

『余計なお節介かもしれんが、お前さんあの狐の話を端から端まで信じる気か?』
 いつものおちゃらけた雰囲気とは打って変わって、ややドスの利いたその声に霊夢は無言で目を細める。
 ほんの数秒目と思しき物が分からないデルフと睨み合った後、彼女は溜め息をつきつつ「まさか」と返した。

148ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:39:40 ID:Xfy8vrRQ
「アイツといい紫といい、何か私に隠してるってのは分かってるつもりだけど…一番問題なのはあの巫女もどきよ」
『あの狐がお前の前の代の巫女と姿が一致してるって言ってたあの長身の巫女さんの事か』
 デルフもタルブで助太刀してくれた彼女の後姿を思い出しつつ、藍が言う前に霊夢より一つ前の巫女と似ているのだという。
 しかしここはハルケギニアであって幻想郷ではない。ならばどうしてこの世界にいるのか、その理由が分からない。

 文字通り情報が圧倒的に不足しているのだ。
 まだ親の顔すら分からぬ赤ん坊に、魔方陣を一から書いてみろと言っている様なものである。
 恐らく藍や紫たちも同じなのであろうし、この謎を解くにはもう少し時間が必要なのかもしれない。
 そしてデルフにとってもう一つ気になる疑問があり、それは今すぐにでも霊夢に問う事ができた。
 さてこれから何処へ行こうかと思っていた彼女へ、デルフは何の気なしに『なぁレイム』と彼女に話しかけたのである。

『アイツらは随分と一つ前の巫女を覚えてたようだが、お前さんの先輩だっていうのに肝心の本人は全く覚えてないってのか?』
「ん…?そりゃ、まぁ…そんな事言われても本当に物覚えがないのよねー。…まぁ私がこうして巫女やってるから何かがあったんだとは思うけど」
『何かって?』
 霊夢の意味深な言葉にデルフが内心首を傾げて見せると、彼女はお喋り剣に軽く説明した。
 博麗の巫女は継承性であり、基本は霊力の強い女の子を紫か巫女本人が跡取りとなる少女を探す…のだという。
 当代の巫女は跡取りの少女に霊力の操り方や妖怪との戦い方、炊事選択などの一人で暮らせる為の知恵を授けなければいけない。
 そして当代が何らかの原因で命を落とした場合は、一定の期間を置いて跡取りの少女が次代の巫女となるのだという。
「私の代で妖怪との戦いは安全になったけど…昔は一、二年で死んでしまう巫女もいたらしいわ」
『ほぉ〜…そりゃまた、随分とおっかないんだなぁ?お前さんの暢気加減を見てるとそうは思えんがね』
 一通り説明した後、暢気に聞いていたデルフが感心しつつも漏らした辛辣な言葉に彼女はすかさず「うっさい」と返す。
 まぁ確かに彼の言うとおり、スペルカードや弾幕ごっこのおかげで幻想郷全体がひとまず平和になり、自分もその分暢気になれる余裕ができたのだろう。
 時折そうしたルールを理解できないくらい頭が悪い妖怪が襲ってくる事はあるが、これまで余裕で返り討ちにしている。
 幻想郷で起きた異変で対峙してきた連中は幸いにも弾幕ごっこで挑んできてくれたし、それなりにスリリングな勝負を味わってきた。
(まぁ弾幕って綺麗だし避けるのも中々面白いけど…ハルケギニアの戦い方と比べれば何て言うか…命の張り合いが違うというか…)

 だがその反面、この世界での戦い方と比べれば幻想郷側である霊夢も多少相性の悪さを覚えていた。
 弾幕ごっこは基本被弾しても多少の怪我で済むし、当てる方が加減をすれば無傷で相手との雌雄を決する事ができる。
 だがその反面、最低怪我だけで済む命の保証された戦いはハルケギニアの血生臭い命のやり取りとは『真剣さ』に決定的な差がある。
 例えれば、鍛え抜かれた剣と槍を持った鎧武者相手に水鉄砲と文々。新聞を丸めたモノで勝負を挑むようなものなのだ。
 相手がキメラなら霊夢も容赦なしで戦えるが、ワルドの様な人間が相手ではそう簡単に命を奪うような真似は出来ない。
 もしもあの時、自分ではなく魔理沙がワルドの相手をする羽目になっていたら――――…そこで霊夢は考えるのをやめる。
 慌てて頭を横に振って考えていた事を振り払うと、そこへ間髪入れずにデルフが話しかけてきた。

『…それにしてもお前さん、結局一昨日の事はあの二人に話さなくて良かったのかい?』
 最初は何を言っているのかイマイチ分からなかったが゙一昨日゙という単語でその日の出来事を振り返り、そして思い出す。
 そう、一昨日の夜…自分たちのお金を盗んだ少年をいざ気絶させようとしたときに、何故か巫女もどきが突っ込んできたのである。

149ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:40:33 ID:Xfy8vrRQ
 おかげで気を失うわ、あの少年にはまんまと金を持ち逃げられるわで散々な目に遭った。
 さっきまでデルフ言った『暢気発言』のせいで変に考えすぎてしまっていたせいで、ほんの一瞬だけ忘れてしまっていたらしい。
 その時魔理沙の元にあったデルフが知っているのは、昨日他の二人が寝静まった後に顛末を聞かせてくれと頼んできたからだ。
 霊夢本人としてはあまり自分の失敗は話したくなかったものの、あんまりにもせがむので仕方なく教えたのである。
 その事を思い出せた霊夢はあぁ!と声を上げてポンと手を叩き、ついでデルフに喋りかける。
「まぁ説明しようかなぁ…ってのは思ってたけど、下手に一昨日ここで出会ったって言うのは何か不味い気がしてね」
『それは案外正解かもな?あの狐、あまり騒ぐのは良しとしてないようだがそれもあくまで『大多数の人が見ている前』だけかもしれん』
「……それってつまり、藍のヤツがあの巫女もどきを見つけ次第どうにかしちゃうって言いたいの?」
 霊夢の言い訳にデルフはいつもの気怠そうな声とは反対に、きな臭さが漂う事を言ってくる。
 やけに過激な発言なのは間違いないし、そこは霊夢も言いすぎなんじゃないかと諭すのが普通かもしれない。
 しかし、彼女もまたデルフの言葉を一概に否定できるような気分ではなかった。

 昨日、あの巫女もどきと似ているという先代の巫女が出てきた夢の話だけで掴みかかってきた藍の様子。
 物心つくまえの自分が見たという光景を夢で見ただけだというのに、あの反応は誰がどうも見てもおかしかった。
 とてもじゃないが、自分が昔の巫女を夢で見たというだけであんなに驚くのははっきり言って異常としか言いようがない。
 それを聞いて酷く動揺し、豹変した藍を無理やり連れて部屋を後にした紫も加えれば…何かを隠しているのは明らかであった。
 そして、その先代の巫女と姿が似ていると藍が言っていた巫女もどき。
 彼女が街にいるのなら藍よりも先に見つけ出して、色々彼女の出自について聞いてみる必要があるようだ。

 やるべき事を頭の中で組み立てた彼女はデルフを背負い、市場の方へと歩きながら彼にこれからの事を話していく。
「ひとまず金を盗んだ子供を捜しつつ、あの巫女もどきもできるだけ早く見つけ出して話を聞いてみないと」
『だな。お前さんのやるべき事が一つ増えちまったが…まぁオレっちが心配する必要はなさそうだね』
「まぁね。ついでにやる事が一つできただけなら、片手間程度ですぐに済ませられるわ」
 暗にルイズや魔理沙たちに相談する必要は無いという霊夢の意見に、デルフは一瞬それはどうかと言いそうになる。
 確かに彼女ぐらいならば、今抱えている自分の問題を自分の力の範囲内で片付ける事が出来るかもしれない。
 しかし知り合いに相談の一つぐらいしても別にバチは当たらんのではないかと思っていたが、彼女にそれを言っても無駄になるだろう。

 変に固いところのある霊夢とある程度付き合って、ようやく分かってきたデルフは敢えて何も言わないでおくことにした。
 ここで自分の意見を押し連れて喧嘩になるのもアレだし、何より今の彼女は自分を操る『使い手』にして『ガンダールヴ』なのである。
 彼女がよほどの間違いを起こさなければ咎めるつもりは無いし、間違っていれば咎めつつもアドバイスしてやるのが自分の務めだ。
 だからデルフはとやかく霊夢に意見するのはやめて、ちょっとは彼女の進みたい方向へ歩かせてみることにしたのである。
(全く、今更何だが…つくづく風変わりなヤツが『ガンダールヴ』になったもんだぜ)
 デルフは彼女に背に揺られながら一人内心で呟くと、霊夢より一つ前――自分を握ってくれたもう一人の『ガンダールヴ』を思い出そうとする。
 昨日、ふと自分の記憶に変調が生じて以降何度も思い出そうとしてみたが、全然思い出す事が出来ない。
 まるでそこから先の記憶がしっかりと封をされているかのように、全くと言って良い程浮かんでこないのである。

 少なくとも昨日の時点で分かったのは、かつて自分を握った『ガンダールヴ』も女性であった事、
 そして彼女と主である始祖ブリミルの他に、もう二人のお供がいた事だけ…それしか分かっていないのだ。
 しかも肝心の始祖ブリミルと『ガンダールヴ』の顔すら忘れてしまっているという事が致命的であった。
(それにしてもまいったねぇ。相談しようにも内容が内容だから無理だし、他人の事をとやかく言ってられんってことか)
 自分と同じように一つ前の巫女の顔を知らない霊夢と同じような『誰にも言えぬ事』を抱えている事に、彼は内心自嘲する。
 互いに多くの秘密を抱えた一人と一本はやがて人ごみが増していく通りの中に紛れ込みながら、ひとまずはブルドンネ街へと足を進めた。

150ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:42:38 ID:Xfy8vrRQ
 それから時間が幾ばくか過ぎて、午前九時辺りを少し過ぎた頃。
 『魅惑の妖精』亭の二階廊下、屋根裏部屋へと続く階段の前でルイズはシエスタと何やら会話をしていた。
 しかしシエスタの表情の雲行きがよろしくない事から、あまり良い話ではなさそうに見えるが…何てことは無い。
「…と、いうわけであの二人は外に出かけてるのよ」
「そうなんですか、お二人とも用事で外に…」
 今日と明日の貴重な二連休をスカロンから貰った彼女が、ルイズ達三人を連れて外出に誘おうと考えていたらしい。
 しかし知ってのとおり霊夢達はそれぞれの用事で既に外へ出ており、早くとも帰ってくるの昼食時くらいだろう。
 暇をしていたルイズが空いた水差しを手に階段を降りたてきたころでバッタリ出会い、そう説明したばかりであった。

「まぁマリサはともかく、レイムは泥棒捜しで忙しいだろうし断られたかもしれないけどね?」
「あっ…そうですよね、すいません。…レイムさん達に王都の面白い所を色々見せてあげようと思ってたんですが、残念です…」
 ルイズの言葉で彼女達の今の状況を思い出したシエスタハッとした表情を浮かべ、ついで頭を下げて謝った。

 どうやら彼女の中では色々と案内したい所を考えていたらしいようで、かなりガッカリしている。
 落ち込んでいる彼女を見てルイズも少しばかり罪悪感という者を感じてしまったのか、ややバツの悪そうな表情を浮かべてしまう。
 普通なら魔法学院のメイドといえども、貴族である彼女がこんな罪悪感を抱える理由は無い。
 しかしシエスタとは既に赤の他人以上の関係は持っていたし、何より彼女にとって自分たちは二度も我が身の危機を救ってくれた存在なのだ。
 そんな彼女が自分たちにもっと恩返しをしたいという思いを感じ取ったルイズは、さりげなくフォローを入れてあげることにした。
「ん〜…まぁ幸い明日も休みなんでしょう?アイツら遅くても夕食時には帰ってくるだろうし、その時に誘ってみたらどうかしら」
「え、良いんですか!でもレイムさんは…」
 途端、落ち込んでいた表情がパッと明るくなったのを確認しつつ、
 気恥ずかしさで顔を横へ向けたルイズは彼女へ向けて言葉を続けていく。

「アイツだって、一日休むくらいなら文句は言わないでしょうに。…案外泥棒も見つかるかもしれないしね…多分」
「ミス・ヴァリエール…分かりました。じゃあ夕食が終わる頃合いを見て話しかけてみますね!」
「そうして頂戴。まぁアンタが空いた食器を持って一階へ降りる頃には、安いワイン一本空けて楽しんでるだろうけどね」
 ひとまず約束をした後、ルイズは何気なくシエスタの今の食事環境と昨夜の苦い体験を思い出してしまう。。
 この夏季休暇の間、住み込みで働いている彼女の食事は三食とも店の賄い料理なのだという。
 賄いなので量は少ないのかもしれないが、少なくとも自分たちの様に余分な酒代が出る事は絶対に無いだろう。
 昨日は魔理沙の勢いに押し負けて安いワインを一本を頼んだつもりが、気づけばもう一本空き瓶がテーブルの上に転がっていたのである。
 安物ではあるが安心の国産ワインだった為にそれ程酷く酔うことは無かったものの、その時は思わず顔が青ざめてしまった。

 幸い王都では最もポピュラーな大量生産の廉価ワインだったので、大した出費にはならず財布的には軽傷で済んで良かったものの、
 あの二人がいるとついつい勢いで二杯も三杯も飲んでしまう自分がいる事に、ルイズは思わず自分を殴りたくなってしまう。
 ただでさえ金が盗まれた中で簡単にワイン瓶を二本も空けていては、一週間も経たずに財布が底をついてしまうのだ。
(本当ならこういう時こそ私がキチッと節制するべきだっていうのに…あいつらに流されてちゃ意味ないじゃないの)
「…?あ、あの…ミス・ヴァリエール?」
 霊夢が泥棒を見つけて、アンリエッタから貰った資金を取り返すまでは何としてでも少ない持ち金だけで耐えなければいけない。
 ある意味自分の欲との戦いに改めて決意したルイズが気になったのか、シエスタが首を傾げている。
 シエスタ…というか他人の目かから見てみると、ルイズの無言の決意はある意味シュールな光景であった。

151名無しさん:2017/09/30(土) 23:44:14 ID:Xfy8vrRQ
 その後、今日は霊夢達を外出に誘えなかったシエスタはひとまず私物等を買いに店を後にし、
 手持ち無沙汰なルイズは誰もいない一階で、旅行鞄の中に入れていた読みかけの本の続きを楽しむことにした。
 本自体は春の使い魔召喚儀式の前に買った魔法に関する学術書であり、霊夢が来てからは色々と忙しく集中できる機会がなかったのである。
 故にこうして屋根の修理で騒がしくなってきた屋根裏部屋ではなく、静かな一階で久々に読書を嗜もうと考えたのだ。
 藍の式である橙も用事なのか店にはおらず、ジェシカ達住み込みの数名は今夜の仕事に備えて就寝中。
 スカロンは起きているが、昨日の雨漏りを治す為に呼んで来てくれた大工数人と共に屋根の上に登って修繕作業の真っ最中である。
 丁度霊夢と魔理沙が外へ出た後ぐらいにやってきた大工たちに腰をくねらせてお願いし、難なぐ難のある゙助っ人として急遽加わる事になったのだ。
 本当なら手伝わなくても良い立場だというのに、わざわざ工具箱を持って意気揚々と梯子を上っていった彼はこんな事を言っていた。

「長年お世話になって来たんですもの、このミ・マドモワゼルが誠心誠意を込めて直してあげなきゃ店の名が廃るってものよ!」

 寝る前に様子を見に来たジェシカやシエスタに向けられた彼の言葉は、確かな重みがあった。
 最も、その大切な言葉も彼のオカマ口調の前では呆気なく台無しになってしまうのだが。
 ともあれ今の屋根裏部屋はその作業の音で喧しく、とてもじゃないが読書はおろか仮眠すら取れない状態なのである。
 故にルイズはこうして一階に降りて、作業が終わるまで暇を潰そうと決めたのだ。
 幸いにも店内は外と比べてそれ程暑くはなく、入口と裏口の窓を幾つか開ければ風通りも大分良くなる。
 水もキッチンにある水入りの樽から拝借するのをスカロンが許してくれたが、無論飲みすぎないようにと注意された。
 しかし外にいるならばともかく屋内ならそれほど汗もかかない為、ルイズからしてみれば余計な注意である。

 五分、十分と時間が経つたびに捲ったページの枚数を増やしつつ彼女は熟読を続ける。
 例えまともな魔法が使えなくとも知識というものは、自分に対してプラスの役割を付加してくれるものだ。
 逆に魔法の才能があるからといって学ぶことを怠ってしまうと、魔法しか取り得の無い頭の悪い底辺貴族になってしまう。
 かつて魔法学院へ入学する前に一番上の姉であるエレオノールが、口をすっぱくしてアドバイスしてくれたものである。
 普段から母の次に恐ろしく厳しい人であったが、ツンとすました顔で教えてくれた事は今でも記憶の中に深く刻み込まれていた。
 だからこそ入学した後も教科書だけでは飽きたらず自ら書店に赴き、底辺貴族なら見向きもしない様な専門書を買うまでになっている。

 霊夢を召喚する前の休日にする事と言えば専門書を開き、夕食の後はひたすら魔法の練習をしていた。
 今のルイズから見れば成功する筈の無い無駄な努力であったが、それでもあの頃はひたすら必死だったのである。
 その時の苦い思い出と努力の空振りが脳裏を過った彼女はページを繰る手を止めて、その顔に苦笑いを浮かべて見せる。
「思えばあの時の私から、大分成長した…というか変わっちゃったものねぇ」
 誰にも見られる筈の無い表情を誤魔化すように呟いた彼女は、ふと今の自分は読書に耽って良いのかと考えてしまう。
 今は親愛なるアンリエッタ王女――近々女王陛下となる彼女――の為に、情報収集を行わなければいけない時なのである。
 本当ならば霊夢達に任せず、自分が先頭に立って任務を遂行しなければいけないというのに…。

 折角貰った資金は賭博で増やした挙句に盗られ、更に平民に混じっての情報収集すら上手くいかないという始末。
 結局情報収集は霊夢の推薦で魔理沙に任してしまい、自分のミスで資金泥棒を逃がしてしまった霊夢本人が責任を感じて犯人探しに出かけている。
 それだというのに自分は何もせず、悠々自適に広くて風通しの良い屋内で読書するというのは如何なものだろうか。
 その疑問を皮切りに暫し悩んだルイズは読みかけのページに自作の栞を挟み込むと、パタンと本を閉じた。
 決意に満ちた表情と、鳶色の目を鋭く光らせた彼女は自分に言い聞かせるように一人呟く。
「やっばりこういう時は私も動かないとダメよね?うん、そうに決まってるわ…そうでなきゃ貴族の名が泣くというものよ」

152ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:46:16 ID:Xfy8vrRQ
 閉じた本を腕に抱えた彼女は一人呟きながら席を立ち、着替えや荷物のある喧しい屋根裏部屋へと戻り始める。
 まだ釘を打つ音や金づちによる騒音が絶え間なく聞こえてくるが、着替えに行くだけならば問題は無いだろう。

 今手持ち無沙汰な自分が何をすればいいのか…という事について既に彼女は幾つか考えていた。
 とはいってもそのどちらか一つを選ぶことがまだできてはおらず、一人呟きながらそれを決めようとしている。
「まずは…情報収集かしら?…それとも頑張って資金泥棒を捜すとか…うーんでも、うまくいくのかしら」
 傍から見れば変な人間に見えてしまうのも気にせず、一人悩みながら二階へと続く階段を上ろうとした…その時であった。

「おーい、、誰かいないかぁ?」
 階段のすぐ横にある羽根扉の開く音と共に、若い男性の声が聞こえてきたのである。
 何かと思ったルイズが足を止めてそちらの方へ顔を向けると、槍を手にした一人の衛士が店の出入り口に立っていた。
 気軽な感じで閉店中である店の羽根扉を開けてこっちに声を掛けて来たという事は、この近くの詰所で勤務している隊員なのだろう。
 外は暑いのか額からだらだらと汗を流している彼は、ルイズを見つけるや否や「おぉ、いたかいたか」と笑った。
 ルイズはこの店に衛士が何の様かと訝しむと、それを察したかのように二十代後半と思しき彼がルイズに話しかけてくる。
「いやーすまないお嬢ちゃん、少し人探しに協力してもらいたいんだが…いいかな?」
「お…お嬢ちゃんですって?」
「―――!…え、え…何?」
 いきなり平民に「お嬢ちゃん」と呼ばれたルイズは目を見開いて驚いてしまい、ついで話しかけた衛士も驚いてしまう。
 生まれてこの方、平民からそんな風に呼ばれたことの無かったルイズの耳には新鮮な響きであった。
 だが決してそれが耳に心地いい筈が無く、むしろ生粋の貴族である彼女にとっては侮辱以外の何者でも無い。
 本来ならば例え衛士であっても、不敬と叫んで言いなおしを要求するようなものであったが…

「う……うぅ……な、何でもないわよ」
 ついつい激昂しそうになった自分の今の立場を思い出すことによって、何とか怒らずに済んだのである。
 今の自分は任務の為にマントはつけず、街で買ったちょっと裕福な平民の少女が着るような服装で平民に扮しているのだ。
 だからここで無礼だの不敬だのなんて叫んで、自分が貴族であるという事を証明する事などあってはならないのである。
 故にこうして怒りを耐え凌いだルイズは怒りの表情を露わにしたまま、何とか激昂を抑える事が出来た。
 危うく怒ったルイズを見ずに済んだ衛士は「あ…あぁそうかい」と未だ怯みながらも、懐から細く丸めた紙を取り出した。
 一瞬だけそっぽを向いていたルイズが視線を戻すと同時に、タイミングよく彼も紙を彼女の前で広げて見せる。

 その紙に描かれていたのは、見た事も無い男性の顔のスケッチであった。
 年齢はおおよそ四〜五十代といったところか、いかにも人の上に立っているかのような顔つきをしている。
 自分の父親とはまた違うが、もしも子供がいるのならいつもは厳格だが時には優しく我が子に接する父親なのだろう。
 そんな想像していたルイズが暫しそのスケッチを凝視した後、それを見せてくれた衛士に「これは?」と尋ねた。

「ウチの詰所じゃあないが別の詰所担当の衛士隊隊長で、昨日から行方不明なんだ。
 それでもって…まぁ、今も所在が分からないうえに自宅の共同住宅にもいないからこうして探しているんだよ」

「衛士隊の隊長が行方不明ですって?」
「あぁ。…それでお嬢ちゃん、この顔を何処かで見た覚えはないかい?」
 丁寧にそう教えてくれた衛士はルイズの言葉に頷くと、改まって彼女に見覚えがあるかと聞いた。
 またもやお嬢ちゃん呼ばわりされたことに腹を立てそうになったものの、何とか堪えてみせる。

153ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:48:09 ID:Xfy8vrRQ
「み…!みみみみみ、見てないわよ、そんなへ―…男の人は」
 思いっきり衛士を睨み付けつつも、彼女は歯ぎしりしそにうなる口を何とか動かしてそう答えた。
 危うく平民と言いかけたが幸い相手はそれに気づかず、むしろ怒ってどもりながらも言葉を返してきたルイズに驚いているようだ。
 まぁ誰だってルイズのやや過剰気味な返事を前にすれば、思わず面喰ってしまうのは間違いないだろう。

「そ、そうかい…はは。まぁ、もしも見かけたんなら最寄りの詰所にでも通報してくれ」
 自分を睨み付ける彼女を見て後ずさりながらも、衛士は最後にそう彼女に言ってから踵を返し店を出ようとする。
 たった一分過ぎの会話であったというのに疲労感を感じていたルイズが落ち着きを取り戻すのと同時に一つの疑問が脳裏を過り、
 それが気になった彼女は自分に背中を見せて通りへ向かうおうとする衛士に再度声を掛けた。
「そこの衛士、ちょっと待ちなさい」
「え?な、何だよ?」
「ちょっと聞きたいんだけど、その行方不明になった隊長さんと言い…何か朝から事件でも起きてるのかしら?」
「え……な、何でそんな事聞きたいんだよ?」
 呼び止められた衛士は、単なる街娘だと思っているルイズからそんな事を言われてどう答えていいか迷ってしまう。
 振り返って顔を見てみると、先程まで腹立たしそうにしていたのが嘘の様に冷静な表情を浮かべているのにも気が付いた。

 これまで色んな街娘を見てきた彼にとって、ここまで理性的で意志の強さが見える顔つきの者を目にしたことが無かった。
 だからだろうか、彼女からの質問を適当にいなしてここを後にするのは何だか気が引けてしまう。
 今ここで忙しいからと無下にしてしまえば、それこそ彼女からの『御怒り』を直に受けてしまうのではないかと…。
 ほんの少しどう答えていいか言葉を選んでいたのか、難しい表情を浮かべていた彼は周囲を見てから彼女の質問にそっと答えた。

 今朝がたに浮浪者からの通報で、衛士隊の装備を身に着けた白骨死体が水路から発見されたこと。
 死体には外傷と思しき瑕は確認できず、また第一発見した浮浪者も発見の前日や数日前には目撃したことがなかったのだという。
 そして昨晩、先ほどのポスターに書かれていた顔の主である衛士隊隊長が行方不明の為、白骨の事もあって全力で探しているらしい。
 短くかつ分かりやすい説明で分かったルイズはルイズは「成程」と頷き、説明してくれた衛士に礼を述べる。
 今朝の朝食時に見た何処かへと走っていく衛士達が何だったのか、今になってようやく知る事ができたのだから。
「ありがとう、大体分かったわ。…じゃあ今朝見た衛士達の行先はそこだったのね」
「あぁ、何せ通報受けたのはウチの詰所だったしな、もう朝っぱらからテンテコ舞いさ。じゃあ、そろそろ…仕事の途中でな」

 本当にさっきまでの腹立たしい彼女はどこへ行ったのかと言わんばかりに、落ち着き払ったルイズに目を丸くしつつも、
 こんな所で油を売っていてはいかんと感じたのか再び踵を返し、今度はちゃんと羽根扉を閉めて大通りへと出る事ができた。
 思わずルイズも後を追い、羽根扉越しに見てみると今度は外――しかもこの店の屋根の上にいるスカロンへと声を掛けるところであった。
「おぉーい、スカロン店長ぉー!ちょっと聞きたい事があるんだが、降りてきて貰えないかぁー?」
「はぁ〜いィ!…御免なさいね皆さん、ミ・マドモワゼルはちょっと下へ降りるわよ〜!」
 その声が届いたのか、数秒ほど置いて頭上からあの低い地声を無理やり高くしたような声のオネェ言葉が聞こえてくる。

 そこで視線を店内へと戻したルイズは壁に背を預けてはぁ…とひとつため息をついた。
 危うく貴族としての『地』が出てしまいそうになった事を反省しつつ、結局これからどうしようかという悩みをまたも抱えてしまう。
 平民を装って話すだけでも自分にはキツイと言うのに、一人で街へと繰り出して情報収集などできるのかと。

154ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:50:07 ID:Xfy8vrRQ
 さっきの衛士はまだ良い方なのだが、街へ行けば確実に彼より柄の悪い平民にいくらでも絡まれてしまうだろう。
 そんな相手を前にして、自分は平民として装い続けられるのか?迷わず『はい』と答えたいルイズであったが、そうもいかないのが現実である。
「………結局、レイムの言った通り私はこの仕事に向いてないんだろうけど。…だからといっではいそうですが…なんてのは癪だわ」
 結局のところ、あの二人に任せっきりにするというのは、自分の性に合わない。
 先程はあの衛士のせいで上りそびれた階段目指して、今度こそ外へ出ようとルイズは壁から背を離す。

 その時であった、入口の方から階段の方へ向こうとした彼女の視線に『何か』が一瞬映り込んだのは。
 タイミングがずれていたなら間違いなく見逃していたかもしれない、黒くて小さい『何か』を。
 それはゴキブリともネズミとも言えない、例えればそう…縦に細く伸びた人型――とでも言えばいいのだろうか。
 一瞬だけだというのに本来ならお目に掛からないであろうその人型を目にして、思わずルイズは視線を向け直してしまう。
 しかし彼女が慌てて入口の方へ視線を戻した時、既にあの細長い影の姿はどこにも無かった。
「ん?………え?何よ今のは」
 ルイズは周囲の足元を見回してみるが、どこにもそれらしい影は見当たらない。
 それどころかネズミやゴキブリも見当たらず、開店前の『魅惑の妖精』亭の一階は清掃がキチンと行き届いている。
(私の見間違い?…いえ、確かに私の目には見えていたはず)
 またや階段を上り損ねたのを忘れているかのように、彼女は先程自分の目にしたものがなんだったのか気になってしまう。
 だけども、どこを見回してもその影の正体は分からず結局ルイズは探すのを諦める事にした。
 認めたくはないが単なる見間違いなのかもしれないし、それに優先してやるべきことがある。
 ルイズは後ろ髪を引かれる思いを抱きながらも、二階へと続く階段を渋々と上り始めた。
 外の喧騒よりも大きいスカロンと衛士のやり取りをBGMにして、ひとまずは何処へ行こうかと考えながら。

 ……しかし、彼女は決して目の錯覚を起こしてはいなかったのである。
 彼女が背中を向けている店の出入り口、羽根扉下からそれをじっと見つめる小さな影がいた。
 それは全長十五サント程度であろうか、小動物程度の小さな体躯を持つ魔法人形――アルヴィーであった。
 人の形をしているが全身木製であり、球体関節を持っているためか人間に近い動きもこなす事が出来る。

155ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:52:14 ID:Xfy8vrRQ
 何より異様なのは頭部。本来なら顔がある部分には空洞が作られ、そこに小さなガラス玉の様なものが収まっている。
 青白く不気味に輝くガラス玉はまるで目玉の様にギョロリと動き、ルイズの後ろを姿をじっと見つめていた。

 やがてルイズの姿が見えなくなると、アルヴィーは頭の部分を上げて周囲を見回してから、スッと店の出入り口から離れる。
 横では衛士とスカロンが会話をしているのをよそに、小さな体躯にはあまりにも大きすぎる通りを横断し始めた。
 人通りが多くなってきた為か、アルヴィー視点では巨人と見まがうばかりに大きい通行人達の足を右へ左へ避けていく。
 少々時間が掛かったものの二、三分要してようやく反対側の道へ辿りついた人形は、そのままそさくさと路地裏へと入る。
 日のあたらぬ狭い路。ど真ん中に放置された木箱や樽を器用に上り、陰で涼んでいる野良猫たちを無視して人形は進む。
 やがて路地裏を抜けた先…人気の全くない小さな広場へと出てきた所で、元気に動いていたアルヴィーがその活動を急に停止させる。
 まるで糸を切られた操り人形のように力なく地面に倒れた人形はしかし、無事主の元へとたどり着くことは出来た。

 人形が倒れて数十秒ほどが経過した後、コツコツコツ…と足音を響かせて一人の女性が姿を見せる。
 長い黒髪と病的な白い肌には似合わぬ落ち着いた服装をした彼女は、地面に倒れていたアルヴィーを拾い上げた。
 前と後ろ、そして手足の関節を一通り弄った後、クスリと微笑むと人形を肩から下げていた鞄の中へとしまいこむ。
 そして人形が通ってきた路地裏を超えた先――『魅惑の妖精』亭の方へと顔を向けて、彼女は一人呟く。

「長期戦を覚悟していたけど、まさかこうも簡単に見つかるなんて…全く、アルヴィー様様ね。
@to 人形ならば数をいくらでも揃えられるし、何より私にはその人形たちを自在に操れる『神の頭脳』があるんだからね」

 そんな事を言いながら、黒い髪をかきあげた先に見えた額には使い魔のルーンが刻み込まれている。
 かつて始祖ブリミルが使役したとされる四の使い魔の内『神の頭脳』と呼ばれた使い魔、ミョズニトニルンのルーン。
 ありとあらゆるマジック・アイテムを作り出し、そして意のままに操る事すらできる文字通り『頭脳』に相応しき能力を持っている。
 そしてこの時代、そのルーンを持っているのは彼女―――シェフィールドただ一人だけであった。

156ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/09/30(土) 23:56:44 ID:Xfy8vrRQ
以上で八十七話の投稿を終わります。

気のせい…もしくは自分の住んでる地域だけかもしれませんが、
去年と比べて九月からグッに気温が下がって、あっと言う間に夜風が寒くなったような気がします。

それではまた来月末、今よりもっと肌寒くなってるだろう頃に。ノシ

157名無しさん:2017/10/03(火) 22:28:55 ID:O2FwYnhI
乙 めっちゃ応援してる!

158暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/11(水) 23:51:38 ID:u91fS3DU
こんばんわ皆さま。お久しぶりです。
よろしければ0時ちょうどあたりから22話の方を投稿させてください。

159暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:00:04 ID:RnTYwnAY
ここニューカッスルは、浮遊大陸アルビオンの端部に位置する王軍所有の城である。
陸から突き出た岬の先端に位置するこの城は、幾度もの戦乱のたびに強固な守りを誇る城塞とされてきた。
三方が雲海のため、陸上からは一方向のみしか攻められず、大軍による包囲が薄くなるのが理由の一つである。
しかし、その堅牢さも、そこに籠城する王党派も、もはや意味がなくなろうとしている。
たとえここが攻城の上での難所にあろうと、目前の地には、王軍勢力の数十倍の敵が終結するのだから。

暗の使い魔 第二十二話『仮面の下』


「少なく見積もっても、万以上ってとこか」
ニューカッスル目前、その大陸を埋める尽くす灯を見て、官兵衛が漏らした言葉がそれだった。
見通せる城壁によじ登り、身を屈めて目を凝らす。
あたりは闇夜。暗雲立ち込め、肌寒い風が彼の素肌をなぶる。
敵軍の全貌の把握は困難。だが、城前方の平地七割以上を敵軍が占めているのが見て取れる。
無数のかがり火がそこを埋め尽くす光景は、王軍にとっての逃れえぬ窮地を思わせる。
まさに圧倒的。
レコン・キスタの、一万を超す軍団がそこにいた。
「小田原の時以来か。こんな光景は」
「オダワラ?相棒の故郷か――……」
言い終わらぬうちにキンッ、とうるさい隣人を硬く鞘へ閉じ込める。
背中のこいつは油断すると途端に喋り出すので実に面倒である。
せめて隠密行動時には自重してほしいものだ、と官兵衛は内心ため息をつく。
(……しかしながら、こいつはどうにもならんな)
相手方の軍容を見て官兵衛は、ウェールズがパーティで話してくれたおおよその戦況を思い出していた。
数日前のことである。
王党派に与し抵抗を続けていた、最後の支城が落ちたのだ。物資も豊富で、まさに要ともいえる場所であったが、レコンキスタはそちらを重点的に叩いたらしい。
レコンキスタ本隊は現在、灰になったそこを後にしてこちらに合流しようと進軍の最中である。
(ここに、昨日支城を落とした本隊が合流すると約五万は下らず。本拠もろもろの戦力もあわせて――)
逆立ちしてもかなわないな、と官兵衛は思う。
物資も味方の大半も失い、この地において王軍は孤立した状態である。
そして、ニューカッスルに籠る軍は、王の手勢三百程度。そのうえ殆どがメイジで護衛の兵士は皆無。
王軍はその戦力で、やがて集まる数万の敵と戦うことになるのだ。


官兵衛は静かに息を吐くと、城壁備え付けの石段を下りて行った。
じゃらりと鉄球を引きずり、一段、また一段と下る。
その足取りは微かに鈍い。
(どこもかしこも、同じか……)
昔、そう、まだ自分が豊臣の陣営に居た頃だ。
自分は『あちら側』で、幾度も采配を振るった。
即ち現在でいう、包囲するレコン・キスタ側の立場だ。
(やっぱ小田原のときと同じだな……)
ウェールズ皇太子は差し詰め、北条殿と同じ立場になるのか。いや、むしろそれは現国王のジェームズか。
そして、立場はかなり違うが、自分は外国からの客人。
いわば第三者であり、手紙の交渉が終わった今では、この国の行く末とは無縁の傍観者である。
アルビオンが滅ぼうが、最悪ハルケギニアの諸国にそれがどう影響しようが、官兵衛には関係がないのだ。
だがなぜか、彼にはどうにもここが重苦しい。
足の裏が鉛になったように、歩が進まない。
枷の重みとは違う、身にかかる気だるげな重鈍さを、官兵衛は感じていた。

160暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:02:32 ID:RnTYwnAY
やがて、階段を下りきると、官兵衛は背中のデルフリンガーの鞘をずらしてやった。
「寝るか、おいデルフ」
「あいよーもう喋っていいかい」
解放された、とばかりに魔剣がくっちゃべる。
実にやかましいが、こんなんでも貴重な話し相手だ。たまには時間を作ってやろうとも思う官兵衛であった。
「で、忍びの偵察は終わりかい?」
妙にデルフは軽々しい。
官兵衛はやや面倒そうに言葉を交わす。
「無理そうだ。どーにもひっくり返せそうにない」
「アテが外れたかい」
音を立てて笑うデルフに、官兵衛は不満げに口を曲げた。
城内へ戻り、客室へ続く長い長い廊下を歩く一人と一振り。
「こうなりゃ王女様へ取り入る方法を――……いや待て。ルイズを上手く……」
ぶつくさ言いながら歩く官兵衛。その背中でデルフはこっそり呟いた。
「浅い悪だくみは足元すくわれるぜ?」
「だー!足まで使えなくなってたまるか!」
とっさに大声が出て、城の廊下に声が響く。それを、おいおいとデルフが咎める。
「相棒。叫ぶと聞かれちゃうから」
「ああっ!小生としたことが……」
とっさに口に手をやって黙り込む。きょろきょろと周囲を見回しながら、ほう、とため息をついて、官兵衛は肩を下した。
すべてが寝静まったかのようにしんと静まりかえる城内。
最期の宴も終わり、非戦闘員は出立の準備をしている。ウェールズ一行は明日のことで手一杯。
こんな敵陣営が望めるような、城の端には人はまばらだ。
したがって、幸いにも今この場には、二人の会話を耳にする者はいなかったのだ。
(危ない危ない、うかつなこと喋るんじゃないな。全部が水の泡だ)
ここに来て自分の思惑を他人に聞かれるのはまずい。そう考えると、官兵衛は余計なことを喋らないうちに、眠ることを決意した。
まっすぐ歩いて寝室を目指す。
先に見えるのは、人も明かりもない長廊下。
戦時中だから物資も少ないのだろう。灯りは申し分程度で、窓から差し込む薄青白い月明かりが、ほぼ頼りの光源になっている。
(そりゃこんだけ物がなければな……)
ふとしたことで、王軍の圧倒的窮地が連想される。まったく嫌なものだ、と官兵衛はげんなりした。
やがて角を曲がり、自分の客室がある廊下へさしかかろうとした、その時だった。
「――……っ。うっ……」
突然の音に硬直する。
不意に鼻をすするような音を耳にし、官兵衛は立ち止った。
「んなっ?」
少々びくびくしながら、官兵衛はあたりを見回す。
「どうしたね相棒」
「いや、何か聞こえたような……」
デルフの問いかけに落ち着かなそうに答える。
改めて周囲を確認するが、あたりは長い廊下と窓のみで何も見当たらない。
「なんもいないか?」
おそるおそる歩みながら官兵衛がデルフに尋ねる、すると。
「……相棒。よく見てやんな」
デルフが静かに促した。
「んん?」
官兵衛が目前をこらして見ると、そこには。
「……ぐずっ」
目前、長廊下の奥の奥。
薄暗いが、月明かりに照らされて小さな人影がそこにいた。
窓枠にもたれかかり、薄桃の長髪が良く映る。
「相棒、行ってやれよ」
再びデルフが言う。
言われるがまま、ずるずると鉄球を引きずって歩み寄る。
その聞きなれた音にハッとして、人影は振り返った。
「……カンベエ?」
「なんだ、お前さんか」
人気のない廊下にポツンと、ルイズがいた。

161暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:05:05 ID:RnTYwnAY
「……月見か?空模様は生憎そうだがな」
曇り空で隠れそうな月を見上げながら、官兵衛が言う。
立ち尽くしたままのルイズに、官兵衛が歩み寄る。
しかし、近づく官兵衛から表情を隠すかのようにルイズは顔を背けた。
「……こないで」
短くか細い声が、彼の耳に届いた。
「おい?」
「おねがい」
普段のルイズから想像もつかず、声は弱くふるえていた。
どこかすがるようなそれに、官兵衛は思わず立ち止まる。
二人の間に、しばしの静寂の時間が流れた。
「…………ひっく」
肩を引きつらせ、ルイズが背を向ける。
仕方なしに、ルイズがいる窓から反対の壁に寄りかかると、官兵衛は言った。
「お前さん、皇太子と話したのか」
しばしの間の後、ルイズはこくりと頷く。
それを見て、官兵衛は短くそうか、とつぶやくと言った。
「姫さんの願いは、届かなかったか」
「えっ……?」
その言葉を聞き、ルイズが驚きの顔で官兵衛を見やる。
なんでそれを、とでも言いたげな表情である。
官兵衛は笑いかけながら言う。
「おいおい、小生は二兵衛の片割れだぞ?あの時、手紙をしたためる姫さんの顔見りゃその程度察しがつくよ」
よっこいしょと鉄球に座り、じっとルイズを見る。
みればルイズの顔は涙の跡新しく、相当泣きはらした様相である。
官兵衛は静かな口調で続けた。
「異国の王子と姫君が、ってのはどこでも同じだな。たとえそれが実らなくても、そいつに生きて帰ってほしいって願うのは、皆そうだろうよ」
ルイズの自室で、ブリミルに懺悔しながら手紙に一文を付け足していたアンリエッタを思い浮かべる。
「姫さんは想い人に亡命をすすめた。『その恋文』を出すほどの愛の人にな」
ルイズが懐にしまってある、目的の手紙を指しながら、官兵衛は言う。
「だが奴さんはつっぱねたんだろ?」
官兵衛の言葉に、ルイズはぐっと唇を噛む。しかし耐えても、瞳から玉のような涙がこぼれた。
「……ウェールズ皇太子殿下は否定したけど、姫様は間違いなく手紙にその旨を記されていたはずよ。あの時、姫様からの手紙を見てた殿下の表情は……」
そこまで思い出して辛くなったのか、ルイズは再び背を向けた。
なるほど、と官兵衛は頷いた。
「ねえ、どうして?」
ルイズが涙交じりに官兵衛に問う。
「……っく、どうしてっ、ウェールズ殿下は死を、選ぶの?」
言葉に嗚咽が混じる。しかしルイズは続ける。
「姫様は逃げてって言ってるのに……。愛する人がそれをのぞむのに……」
ヒックヒックと泣きはらしながらなお続けるルイズに、官兵衛が歩み寄り肩を叩く。
しかし、ぽんぽんと肩にかかる優しい感触に、彼女の悲しみは膨れるばかりである。
そして、言うか言うまいかしばし悩んだが、官兵衛は静かに答えた。
「皇太子が姫を想ってるのは同じだ」
ついとルイズが官兵衛を見やる。
「だが、その想いがあるから、戦の火種を恋人の国に持ち込みたくないんだろうよ」
官兵衛が淡々と話し始めた。だがルイズは。
「なによそれ。意味わからない」
どうにも納得できないという顔である。
「愛してるなら、どうしてそばに行かないの?姫様のそばで一緒に……」
「おいおい」
官兵衛は再びなだめるようルイズに言う。
「貴族派の勢力を見ろ。あんだけ勢い付いちまったらもう止まらない。そしたらその矛先はどこに行く?」
アルビオンを制圧し、レコンキスタは次に何をするのか。それは、立地的に間違いなくトリステインへの進行だろう。
彼らが掲げるのは、ハルケギニアの統一そして聖地の奪還なのだから。

162暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:07:16 ID:RnTYwnAY
官兵衛の説明を、ルイズが黙って聞く。
「もしここで皇太子がトリステインに逃げこめばどうなる?」
静かに、言い聞かせるように。
「貴族派連中は、戦争の口実ができたとばかりに意気揚々と進軍してくるぞ」
官兵衛は続けるが、しかしルイズは俯いたまま微動だにしない。
「そして、トリステインがそんな爆弾を抱えたと知ったら、ゲルマニアは同盟をどうする?」
そう、トリステインは同盟を破棄され、孤立するのである。
そう官兵衛が締めくくる。
ルイズがぎゅっと拳を握る。
官兵衛はそこまで話して、ふうとため息をついた。
そして、目の前で俯くルイズを見て、少々話しすぎたかと頭を掻く。
「……まあなんだ。今日はもう寝たほうがいい」
ルイズからやや目をそらし、官兵衛は窓から外を見る。
「戦場の真っただ中だからな。部屋に籠ってねりゃあいい。そんで明日、お国に無事帰ることを考えとけ。今日のことはもう――」
――忘れろ。
そう付け加えながら、官兵衛はルイズに向き直った。しかし。
「――いやよ」
唐突にルイズが顔をあげて、言い放った。
「お願い!皇太子殿下を、王軍を説得して!」
なかば睨むようにしながら、ルイズが続ける。
「アルビオンは正当な王家の血筋よ!それを擁護する名目なら、問題にならない可能性だってあるわ!姫さまだってその可能性を信じて――」
それは、必至の形相である。嫌というほど伝わるそれには、どこか意地のようなものも見て取れた。
ルイズは言う。姫の個人的感情でなく、あくまで王家の血筋を保護する名目ならばいいだろうと。
官兵衛からしたらどうにも苦しい言い分に感じるが、未だハルケギニアの歴史や風土に疎い彼には、ありえないなどと否定はできない。
王家の血筋の尊さも何も、身に染みて解るわけではないのだ。
だが官兵衛は頷かない。
「お願いよ。皇太子殿下が首を縦にふればそれだけでトリステインへお連れできる。私からももう一度説得する。だから!」
お願い――その言葉に強い想いがこめられる。
しかし、官兵衛はかぶりを振って言う。
「そいつは無理だろうよ」
「なんでよ!」
「お前さんが思ってるほど、理屈だけで事は進まん」
官兵衛がぴしゃりと言い放った。
彼にとっては、亡命の名目や戦争の口実よりも、動かしがたい障害がある。
それは、ルイズも官兵衛も、先ほどまで目にしていた光景が物語っていた。
あの賑やかな光景を思い起こしてほんの少し、官兵衛は口を噤む。
しかし意を決したように口を開いた。
「見ただろうあの宴の様を。王軍連中の声を、表情を、眼を」
官兵衛が声を低める。
「あいつはな、もう後に引かない、退けない連中の眼だよ」
アルビオン万歳!そう声を張り、去っていく男たちのギラついた目を、官兵衛は思い出す。
敗北につぐ敗北。それを重ね、本土を守れなかった彼らにとっては最早、死ぬことでしか誇りを示す道はない。
自分たちが勇敢に死に、その様を誰かに残すことでしか未来を救う手立てがない。
そう信じているのだろう。
「意地と覚悟をもって、少しでも王家の精強さを見せつけるのが皇子の狙い。
それで少しでも貴族派が勢いを削がれりゃ、それも姫さんの助けになる」
それが、王軍が命を賭して全うする最後の使命だ。
官兵衛は続ける。
「皇太子はもう後には引かんよ。
少なくとも、昨日今日でここに来ただけの小生らが、連中の覚悟を曲げることはできん」
つながりの浅い自分たちが、彼らの最期を遮ることなど出来ない。
語調こそ静かだが、官兵衛は強く強く言い放った。

163暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:13:15 ID:RnTYwnAY
「……そんな」
官兵衛の厳しい様子に、ルイズは愕然とした。じっと官兵衛を見つめるルイズ。
「じゃあ、どうして?どうしてよ……」
一通りの官兵衛の言葉も、考えも、全て耳にした。
どうしようもない、状況は動かしようがない。
嫌というほど、十二分に理解できた。
しかし、しかしそれでも、ルイズは納得が出来なかったのだ。
今の官兵衛の言葉ではなく、『あの時』の彼そのものに。
「あんなに、ずっと殿下と話してて!どうしてよ!」
芯の底に響くよう、ルイズが言い放つ。
いきなりの悲痛な叫びに、官兵衛は押し黙った。
「まるで、いつもみたいに……」
宴の最中、ウェールズと酒を酌み交わし談笑していた官兵衛。一連のその光景を、ルイズは見ていた。
いつもと変わらない様子で食事をし、宴に参加する官兵衛を、彼女は会場の隅から見つめていたのだ。
ルイズが宴の空気にこらえきれず会場を飛び出す、その直前まで。
「どうして平気なのよ!みんな死にたがってるのをわかってて、なんであんなに楽しそうにしてるのよ!」
どう飲み込もうとしても、ルイズには理解ができなかった。
すすんで死地に赴く皇太子。王軍。
そして、そんな彼らと笑い酒を酌み交わす官兵衛。
いつもと変わらず、明るく振る舞うだけの使い魔なのに、その時に限っては彼が恐ろしく異様であった。
どこか恐ろしくもあった。
ともかく、ルイズにはすべてが歪に映ったのである。
「……ルイズ」
ルイズが内に抱えていた思いの一端に触れ、官兵衛はそれ以上言葉が出てこない。
「もういや……嫌いよ。この国はおバカな人ばっかり」
そう言うや否や、ルイズは官兵衛を睨みつける。
その瞳には、こらえきれない涙ばかりか、強い強い憤りが宿る。
「大っ嫌い!!」
悲鳴に近い声が廊下中に響き渡った。瞬間、バシンと何かがルイズから投げつけられる。
一瞬きらりときらめく何かが、乾いた金属音とともにぶつかった。
カランカランと響かせ床に転がるそれは、手のひらサイズの平たい缶。
それに一時視線を落とす。そしてふと前を見れば、そこにもうルイズは居ない。
暗い廊下の向こうへ走り去る靴音を耳にして、官兵衛はじっと目をつむった。

いつの間にだろうか、開けっ放された窓から、肌寒い空気が流れ込んでくる。
「なあ相棒」
「なんだ?」
そして、これもいつの間にか、鞘から出たデルフが官兵衛に話しかけた。
どっかり鉄球に座り込んで、話をきいてやるとばかりの様子の官兵衛。
「わかってやんな。あの娘っ子だってさ、色々理解はしてるよ」
床の缶を拾いながら、官兵衛はデルフの言葉に耳を傾ける。
「あんなでも貴族の娘さ。戦争ってのがどういうもんか知ってるし、犠牲だとか責任だとか身に染みてわかってるよ。
けどな、頭でわかってても気持ちがついてこないのさ」
ましてやあんな生々しい宴なんか見せられたらさ、と付け加えながらデルフが言う。
生々しい。
確かに、ルイズにとってはそうに違いない。

――どうして平気なのよ!――

ルイズの叫びが再び思い起こされる。
平気かどうか言えば違う。
官兵衛も乱世の住人だが、あの場で心が揺れぬほど冷徹でも、無関心でもない。
それが、たった一度とはいえ、酒を酌み交わした相手ならなおさらだ。
ただ、たとえ官兵衛の心内がそうだったとしても。
「……年頃の娘に見せるもんじゃあなかったか」
彼流の、ウェールズへの手向けは、ルイズにはさぞかし堪えただろう。
頭をかきながら官兵衛は立ち上がった。

164暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:15:55 ID:RnTYwnAY
「時にデルフ。こいつは?」
ふと官兵衛が、手の中の小さい缶を見て尋ねる。
よくよく見ると平らな蓋が外れるようになっており、開くと白い軟膏が詰まっている。
デルフがそれを見てしゃべり出した。
「そいつは薬だよ。たぶん打撲とか痛みに効くやつじゃねーか?」
「塗り薬か」
そっと指で軟膏をすくう官兵衛。なるほど、なにやら指先に感じる清涼感と、独特の臭いは薬の類に違いない。
「あの娘っ子、そいつを渡したかったんじゃないのかい?ほら、相棒ここまででずっと体張ってきただろ」
道中の襲撃の数々が思い起こされる。
いくら官兵衛が異常な頑丈さを備えるとはいえ、ルイズからしたら気が気でなかったに違いない。
加えて、長曾我部との激闘の末の昏倒。
城についてからもずっと気を回していたのだろうか。
皇太子と手紙のやり取りをする傍ら、倒れた使い魔に薬まで用意して。
「……よくばりな娘っ子だな」
親友から賜った任務も大事、しかしその想い人も救いたく、さらには使い魔も心配。
一体どこまで背負い込むつもりなのだろうか。
「無茶なご主人だ、まったく」
「ははは、相棒みたいだねぇ」
ため息交じりに言う官兵衛に、かちゃかちゃとデルフが愉快そうに応じた。
「で、どうすんだい?相棒」
ひとしきり笑ったデルフが、先ほどとは打って変わって真面目に問う。
官兵衛も、一仕事すべくと伸びをしながら答える。
「おう、とりあえずそろそろ敵さんも動き出す頃合いだろう。皇太子には悪いが、ひっくり返すのは厳しい。だったら――」
華々しく戦果をあげさせてやろう。
そう言うや否や、官兵衛が暗い廊下の奥を見据える。
「そろそろ出てきたらどうだ?」
官兵衛が腕を構え、ジャラリと鎖がこすれて球を引きずる。
「覗き見野郎」
そして、そう言い終わるのとほぼ同時であった。
ふっ、と全ての灯りが掻き消え、廊下が、周囲が、暗闇で閉ざされたのは。
「相棒!気を付けろ!」
「おう!」
全ての視界が遮られた空間で、デルフを引き抜き、周囲を探ろうと五感を研ぎ澄ませる。
音が、空気が不気味なほど静かだ。
しかし何らかの視線が自分に注がれるのだけはひしひしと感じる。ある種の殺気と言い換えてもいいだろう。
確実に何者かが、今この場で自分の命を狙っている。
「相棒みえるかい?」
「ハッキリとはわからんな」
暗がりで目を凝らしながら、官兵衛は言う。
月明かりも雲に隠れ、辺りはまさに黒一色。
光りない空間では一寸先も目視できない有様である。
そんな状況で命を狙われてるにかかわらず、官兵衛はなんとも落ち着いた様である。
「相手はメイジだね。こんな闇で襲撃するんなら『暗視』の魔法か、もしくは……」
デルフが言い終わらないうちに目前からそよ風が漂う。
何かが一直線に向かってくる、唐突な風のゆらぎ。
しかし、長期間の穴倉生活を過ごした官兵衛にとっては、闇でそれを感じ取るのは造作もない。
研ぎ澄まされた感覚で微妙な空気の揺らぎ感じ、官兵衛はデルフを横なぎに一閃する。
瞬間、ギン!と金属音が鳴り響いた。
剣先に確かな硬い感触を感じる。同時に、目前に確かな人の息遣いを感じとった。
「おらっ!」
すかさず、鉄球を前方へ向かって蹴り飛ばす。
重たい鉄球が鞠のように軽々飛ぶ。しかし、その威力は大砲のごとき重さ。
そんな一撃が、前方の何者かをとらえて吹き飛ばした。
「ぐっ!」
何者かのうめき声とともに、ドン!と手枷に伝わる確かな感触。
してやったり、と官兵衛は叫ぶ。
「どうだ!暗がりも襲撃も慣れっこでね!」
それを聞いてか聞かずかしてか、やや先で、カランカラン、と音が響く。
おそらく相手はメイジ。攻撃を食らい、手放した杖が床に転がる音であろう。
「そこか!とどめを喰らえ!」
全神経を耳に集中させ、音源へ駆ける。そして目前にうずくまる確かな気配をとらえた。
そして、全力でそれに鉄球を振り下ろそうとした、その瞬間だった。
「ほう、確かに闇は慣れているようだな」
官兵衛の耳に、愉快そうな声が届いたのは。

165暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:17:10 ID:RnTYwnAY
「だが真のメイジは。闇を制すことすら造作もない」
誰もいない、息遣いも空気の揺らぎも、何一つ感じなかったはずである。
穴倉で培われた官兵衛の五感が、武将の感覚が、それを見逃すはずもない。
にもかかわらず『そこ』から、囁くように声が届いた。
「なあ?ガンダールヴ」
官兵衛の、まっすぐ背後の場から。
「……なっ?」
バカな、と動きが固まる。そしてそれと同時に気づく。
たった今目前にとらえていた、今しがた鉄球を喰らわそうとした気配が無い。
「なんっ……だと?」
苦しそうに、呻くように、官兵衛は言葉をひねり出す。
それが、その場での彼の精いっぱいの声であった。
闇の中で突如現れた気配と、この旅で幾度も耳にした声。
そして、背中から腹にかけてを、抉られるような激痛。
それらが、官兵衛の表情を苦悶に歪めてた。
「がっ……」
体の内側から広がる激痛に、口から空気が漏れる。
ぼたりぼたり、と甲冑の隙間から液がしたたり落ちて、血だまりを作る。
背後の気配はそれを見て満足そうに笑むと、再び口を開いた。
「……死ね」
どす黒い、怨嗟を込めた呟きが耳に届く。
同じく、バチバチと空気が弾ける奇怪な音も。
デルフが叫ぶ。
「『ライトニングクラウド』だ!風系統の!まずい相棒!」
二人の周囲に電撃がスパークし、襲撃者の顔が照らされる。
首だけ振り返りながら、官兵衛は照らされるその顔を睨みつけた。
「てめぇ……!」
瞬間官兵衛を、背中から腹へと貫いた杖が、まばゆく輝く。
周囲を停滞していた雷がまっすぐ杖へと伸びた。
「死ね!ガンダールヴ!」
バリバリと、けたたましい轟音とともに、高圧の電流が官兵衛の体内へと炸裂した。

166暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:20:22 ID:RnTYwnAY
「来やがったぜ」
フーケはその唐突な呼びかけにハッとした。
ウトウト船をこいでいたが、あわてて周囲を見回し、次いで隣の長曾我部を見やる。
「……?なんだい、いきなり」
先ほどから貝殻のように口を閉ざす長曾我部が、いきなり話し始めたのだ。
フーケが何にか問いかけても、一向に返さなかったのに。
「来やがったって……?」
目を丸くしながら、フーケは長曾我部を見やる。
険しい表情の彼は、全身から張り詰めたような空気を作り出している。
そう、まるで自分が貴族相手に盗みを決行する、その直前のような、あの雰囲気だ。
「……まさか」
それに気づき、フーケは牢の外へと注意を払う。
ふと見ても、一見変わりはない岩壁の牢獄だ。獄中の薄暗さも静けさも、冷たい格子に揺れる灯もなにも同じだ。
ただ一つの違和感を除いて。
「(ちょっと、静かすぎるね)」
そう、今が皆が寝静まる深夜であることを除いても、まるっきり人の気配がないのだ。
普段囚人を監視する看守の息遣いさえ皆無。
戦時中で、今の牢獄にはフーケと長曾我部しか繋がれてはいないのだが、それでも牢番が持ち場を離れることなどあるはずはない。
「おい!牢番!おいっ!」
大声で呼びつける。
しかしつい先ほどまでなら、煩わしがる怒声の一つでも飛んできたのだが、まるで何もない。
「おい?どこいったんだい!」
「無駄だ」
尚のこと呼びかけるフーケに、長曾我部が言う。
「もう殺されてるぜ」
それを聞き、フーケの額に汗が浮かぶ。
そして、まさか、と口にしようとしたところでそれも遮られた。
突如聞こえ始めた、拍車の混じる足音に。
「……この足音」
聞き覚えている音だ。あのときチェルノボーグの監獄でも、状況は同じであったから。
長曾我部が、低い声で言う。
「もう下手な行動はとれねぇ」
それを聞き、フーケは浅く唾を飲み込んだ。
かつんかつん、と響く足音が真っすぐに近づいてくる。
そして、やがて足音は二人の牢獄にさしかかって止む。
鋼鉄の戸に開いた格子窓、その向こうに白い仮面が顔をのぞかせた。
「……ふむ」
仮面が短く呟く。
同時にガチャリと鍵が開き、思い軋みとともに扉が開く。
そして音もなく立ち入ると、男はスラリと杖を抜いて見せた。
「また会ったな土くれ」
その皮肉を込めたセリフに、フーケと長曾我部は苦い顔を浮かべる。
牢の戸が開いても、鎖で壁につながれた二人は自由が利かない。
何より、杖も碇槍も、仕込みの短剣も、すべて取り上げられた二人には成すすべがない。
それを十分わかった上で、仮面は実に愉快そうに言葉を続けた。
「ここまででずいぶん手を焼かされたぞ。本来ならチェルノボークで事が済んでいた筈が、よもやこんな雲の上まで来ることになるとはな」
なあ、と仮面はフーケを見下ろす。長い杖の先端が、彼女の顎に添えられ、ぐいと乱暴に顔を持ち上げる。
「……っ!」
彼女は白仮面を睨む。しかし、諦めと怯えが混じった顔には力が籠らない。
かすかな震えを隠すように添えられた杖を振り払うと、彼女は言い放つ。
「殺すならさっさとしなよ。つまらない前置きは時間の無駄だろ」
長曾我部も観念したように押し黙る。しかしその眼は鋭い。
仮面の男はそんな二人を見ると、微かに笑いながら言った。
「なんとも哀れだな。かつてトリステイン中を恐れさせた世紀の怪盗フーケが、こんな異邦人とつるみこそこそ逃げ回っていたのだからな」
「なんだと?」
異邦人――その言葉に、長曾我部がギロリと仮面を睨む。そんな視線を受け仮面は、今度は長曾我部を見下ろす。

167暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:22:21 ID:RnTYwnAY
「貴様だ。どこかは知らぬが、遥か彼方ヒノモトから来た、異国の者ども」
フーケも驚いたように長曾我部を見やる。
「あの時、『ライトニングクラウド』を喰らわせたにもかかわらず効果が薄かった、その時点で気づくべきだったな。
貴様らには、異常なまでに体躯や力に秀でたものがいる」
言い終わるや否や、仮面の杖先が魔力を帯びる。
空気の層が、形になった様に無数の矢に姿を変えて凝縮される。
「モトチカ!」
フーケが叫ぶ。無数の発射された矢が飛び、壁につながれた長曾我部へ降り注ぐ。
「チッ!」
短く舌打ち、急所を守るように咄嗟に体を捻る。
ざくざくざく!と腕が足が、胴体が、矢に穿たれ、壁に縫い付けられた。
「があっ!」
どうあっても避けきれぬ空気の矢は、突き刺さった後でも形を保ち、彼の動きを完全に封じる。
その痛みに、さすがの西海の鬼も声を上げた。
その様に、仮面は一層愉快そうに言葉を続ける。
「無様だな。忌々しい異邦の者も、こうなってしまえば赤子同然か」
クツクツと、笑い続ける男に、怒りの形相で長曾我部が言う。
「てめぇ、異邦だか異国だがしらねえが、ただで済まさねえぜ。鬼を怒らせたらどうなるか……!」
仮面がふと笑いを止め、ついと杖を振るう。新たに一本矢が追加され、長曾我部の脇腹へと打ち込まれる。
「かっは……!」
「黙れ賊が」
仮面が吐き捨てるように言う。
「これだけされてまだ口が利けるか。呆れた気力よ」
長曾我部の口から乾いた空気が漏れる。
しかし、全身を貫かれても意識を保つ彼に嫌気がさしたか、仮面は再びフーケと向き合った。
「さあ土くれ、最終通告だ。我々の仲間になれ」
脅す口調で、仮面はフーケに迫る。
そして今度は容赦しない、とばかりにフーケの喉元に杖が向く。
断れば魔法で首をはねる、とでも言わんばかりだ。
その杖先から仮面へと視線を映しながら、フーケは恐る恐る言う。
「な、なんだいまだアタシを諦めてないの?」
意外な誘いにフーケは動揺する。
これだけ逃げれば次は死だろうとたかをくくっていたが、どうにもそうではないらしい。
フーケの言葉に、仮面が続ける。
「我々の今後にはどうしても、裏に通じる人材が必要だ。特にお前のようなメイジは、上としても見過ごせぬらしい」
そして一応は、俺の評価も変わらぬ。
仮面はそう付け足した。
「さあ選べ、マチルダ・オブ・サウスゴータ。我らのもとに来て名誉を取り戻すか、それとも落ちぶれた盗賊として生涯を終えるか」
仮面が凄む。
改めて、かつての名を呼ばれ、フーケはやれやれとうなだれた。
「仕方ないね」
フーケは、観念することに心を決めた。
どうせここで意地を張って死んでも、何一つ得にはならない。
何より自分がここで死ねば、この大陸で帰りを待つあの子に申し訳が立たない。
鬱蒼と茂る森の奥で、誰にも知られないようひっそりと暮らす子供たち。
そして子供たちに囲まれ、あの娘がそこに――
「(今はまだこんな所で終われない)」
その光景を思い浮かべ、フーケは仮面に答えた。
「いいさ、手を貸してやるよ。ま、その分報酬ははずんでもらうけどね」
口元に笑みを浮かべながら、フーケは笑いかける。
「いいだろう」
仮面も満足げに頷いた。
即座に鍵を用いてフーケの枷を解除する。
じゃらりと鎖が外れると、彼女は立ち上がってうーんと背を伸ばす。
「はぁ〜窮屈だったよ」
軽口を叩きながらも、フーケは仮面の動向を探る。
相手はじっとこちらに注意を向け、佇む。
どこかこちらを見透かそうとしているような探る視線である。
そして、壁に魔法で縫い付けられた長曾我部には目もくれていない。
それに気づくと、フーケはわき目で長曾我部の様子を確認した。
四肢に喰らった魔法で、長曾我部は満身創痍。
傷口からの出血もおびただしく、早急な手当が必要だろう。
しかし目の前の仮面がそれを許すはずもない。
「(……悪いね)」
フーケは内心で詫びを入れる。
ここまで道中世話にもなった。
多少言動の非常識さに手も焼いたが、気の悪い男でもなかった。
だが、その連れ合いもここまでなのだ。
自分には死ねぬ理由がある。
さらには見ず知らずの荒くれと心中する気にもなれない。
そう思い、フーケは長曾我部に向き合った。

168暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:23:38 ID:RnTYwnAY
「……ま、道中世話になったわね。悪いけどあたしはこいつと行くよ」
息を切れ切れに、長曾我部がフーケを睨む。
しかしフーケは意にも介さず、長曾我部の顔を覗き込みながら言う。
「恨むんじゃないよ。有利な方につかなきゃ生き残れないだろ?」
こっちはお前とこれ以上付き合う気はない、と、暗に言い含める。
フーケはにやにやと作り笑いを浮かべてみせた。
長曾我部は傷が痛むのか、うめき声を上げながら俯く。
なんとも痛々しい様だ。
「……じゃあね」
フーケは静かに呟く。踵を返して、さあ牢を出ようとばかりに歩き出しす。
しかしその時だった。
「待て」
仮面が懐から杖を取り出してフーケに突きつける。
ここに来て取り上げられた、フーケの杖だった。
「あらあら、随分気が利くじゃない」
差し出された杖を、満足そうに受け取るフーケ。
しかし仮面は彼女の目前を塞ぐとこう言った。
「最初の仕事だ土くれ。こいつを殺せ」
仮面の重々しい口調が、フーケに投げかけられた。
「……は?」
一瞬、言葉を詰まらせて、フーケは聞き返した。仮面は変わらず繰り返す。
「この男を、この場で殺せと言ったのだ」
仮面の杖が、まっすぐ長曾我部を指す。
その動作と言葉の意味するところに、フーケは身を硬直させた。
「な、馬鹿だね。放っておきゃいいじゃないか」
唐突な殺しの命だった。意図も分からず、フーケは必死で言葉を取り繕う。
「もうじきここは軍勢が攻め入るんだろ?そうでなくともこんな虫の息なんざ長くもたないよ」
時間の無駄だ、とばかりに手を振ってみせる。
「それより早く行こうじゃない。長引くと兵士が感づくよ?」
フーケとしては、早めに逃げて身を隠したい意味もあった。かつて盗賊として仕事をしていた経験からいっても、時間の浪費は避けたいのだ。
ましてやここで殺しなど、何一つ得にはならないではないか。
「ほらどきなよ!さっさと逃げないと――」
「城の人間は皆殺しだ」
その言葉と同時にずいとフーケに杖が向く。同時に仮面の怨嗟の籠った声色に、フーケは言葉を遮られた。
「今頃城内では襲撃が始まっている。ここに人は来ない、いや来ても困ることはないだろう」
どのみち殺せば同じなのだから、と仮面は付け加える。
「だが困る事は別にあってな。貴様自身だ土くれ」
仮面は強い口調で続けた。
「我々は目的のためなら手段は選ばぬ。この地の統一と大いなる聖地奪還の為にはな。
だが貴様はどうにも違うようだ」
自分へ向けられた杖とその話から、フーケに冷や汗が流れる。
「これまで貴様の盗みの手口を見るに死人は出ていないようだ。たとえどれほど大掛かりな手口で、相手であっても、な」
それを聞き、フーケも反論する。
「そりゃあ、下手に殺したら大きく手配されるしね。それにアタシは宝を奪われてうろたえる連中が好きなのさ。死んじまったら――」
「慌てる事もできない、か?」
言葉の先を引き取られ、フーケは思わず押し黙った。
クックと含みをこめて仮面が笑う。
「我々にはその甘さが、何よりも不要なのだ」
その言葉で、フーケはここに来てようやく悟った。
目の前の仮面の組織、レコンキスタは、自分が思うよりも苛烈で残忍。
そして思うよりも、自分が取り入るのに適していない、イカレた集団だということを。

169暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:25:59 ID:RnTYwnAY
「甘さを捨てろ土くれ、いや……マチルダ」
再び仮面がその名を言う。
「貴様の家名が、名誉が、アルビオンの王家に取りつぶされたのはなぜだ?
それは貴様らの仕える暗愚な君主に、サウスゴータの太守が加担したからだ。
君主の愚行を見捨てられぬ甘さが、その破滅を招いたからだ」
「……暗愚、愚行?」
フーケは唐突に、目の奥底が熱く燃えるような感覚を覚えた。
「そうとも。詳細はともかく、貴様の家もそれに付き従い潰えた。なんとも愚かな話ではないか」
仮面が次々と言葉を並べる。
それを聞き、彼女の奥底に徐々に熱が広がり続ける。無意識に奥歯へと力が籠る。
目前の男に対して、ふつふつと、言い知れぬものが沸き上がる。
「今ここでこの賊を殺し、貴様の奥底から情を取り去るのだ。
そうすれば、お前を快く貴族派の一員と認めよう。出来ぬなら見込み無しとみなし、始末する。さあ――」
どうする?と仮面の促す言葉に、フーケは杖を構えた。
壁へつながれた長曾我部を前にして詠唱を始める。
途端、めきめきめき、と周囲の壁から岩が剥がれ、鋭く精製されていく。
そして鋭利なる岩のやりが空中へ停滞して、ピタリと長曾我部へと狙いを定めた。
仮面は動かずじっと、その様を監視する。
「悪いねアンタ」
フーケは呟く。
同時に杖を、真っすぐ己の背後へと振るった。
「あたしはあんたみたいな奴が、一番嫌いなのさ!」
岩槍が一斉に反転し、背後の仮面目がけて飛ぶ。
ガガガガッ!と乾いた衝撃音が炸裂して部屋中に土埃が飛び散った。
その中心で仮面は、淡々と言葉を紡いだ。
「残念だ」
フーケは即座に飛び退り距離を取ろうとする。しかし狭い獄中にそんな場所はない。
フーケは長曾我部と隣り合うよう壁を背に仮面に向き合った。
「太守と同じ道筋を辿るか。マチルダ」
「黙れ!」
フーケは激昂して叫んだ。
お前に何がわかる。わたしのこれまでを、あの娘の、何がわかるというのか。
侮辱の数々へ、怒りの言葉が浮かんでくる。
「気安く、人の名を呼ぶんじゃない!」
怒りに任せて、杖先から石礫が舞う。しかし仮面はたやすく杖ではじき返すと。
「安心しろ、もう呼ばぬ」
呟き、瞬間青白い杖が伸びてフーケの体を突き刺した。
「うがっ!」
即座に杖が引き抜かれ、腹部から血が噴き出る。仮面は続けざまに、フーケの手足を貫くと。
「そして会うこともない。賊が」
地面に崩れ落ちた彼女を、汚物を見るように見下し、言葉を投げかけた。
「あっ、ああ……」
フーケは倒れ伏し、杖を取り落とす。
四肢と胴体に力が入らない。昏倒しそうな痛みが襲うが、彼女の意地がかろうじて意識を保つ。
「くっ……うう。ちっくしょう……!」
「安心しろ、そう容易く殺さん」
床でもがこうとするフーケを見下ろし、仮面が言う。
「動けぬが、『まだ死なない』程度にしてやった。これからレコンキスタの総攻撃が始まる。ここには貴様の予想どうり、血に飢えた軍隊がなだれ込む……」
愉快そうなその言葉にフーケは青ざめる。
「思う存分、弄ばれよう。我らと敵対したことを悔い、恥辱と侮辱にまみれて死ぬがいい」
そういって短く笑うと、仮面は背を向けた。
「さて、向こうの始末は終わってる手筈だ。あとは計画の通り――?」
その時、仮面はついと動きを止めた。
一流の風の使い手の男には、場内の空気の動きをある程度把握できる。広範囲では精度も限られるが、人の動きも読むことが可能。
その仮面の感覚に見知らぬ、いや計画外の気配が飛び込んできた。
「……どういうつもりだ」
その気配の主が分かるや否や、仮面は怒りに顔を歪めた。
仮面で表情はわからないが、倒れ伏したフーケからも仮面の豹変ぶりがうかがえれるほどに。
「この計画は俺の……!おのれ忌々しい羽虫風情が、よくも邪魔を」
わなわなと手にした杖を震わせ、仮面は一人叫んだ。
沸き上がる怒りを抑えようともせず。
それが、その一瞬が、隙であった。

170暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:29:20 ID:RnTYwnAY
「おいっ……!」
突然の怒鳴り声が背後から響いた。怒りから返り、仮面ははっとして振り返る。
一瞬の感情の乱れが、彼にとって何より致命的だった。
仮面の眼前に迫りくる拳が広がる。
「……おのれ異邦人」
仮面は短く、静かに呟いた。気づくべきだったのだ。
あの時フーケが自分に放った魔法が、あろうことか長曾我部を開放すべく放ったものであったことを。
奴の戒めを解くべく、もう一方へ放たれた岩片があったことを。
目前に立つ長曾我部を見て、仮面はそれを悟った。
拳に仮面が打ち砕かれるのを感じながら舌打ちする。
「(……ここはもういい。フーケは始末した。こいつも長くはもつまい。問題は――)」
仮面が崩れ落ち、素顔が露になるが、男は気にする風もなく詠唱を始める。チェルノボークで放ったものよりも威力を込め、杖先から雷光を放つ。
まっすぐまっすぐ、雷が目前の長曾我部へ伸びた。しかし。
「……テメェか」
元親はそれを避けるそぶりも見せず、直立不動で身に受ける。
まばゆい光と身を焼く電撃。だが、その中で西海の鬼は微動だにしなかった。
ついと、自分の足元に倒れ伏すフーケをみやり、次いで目前の男を見据える。
そして、そのあらわになった仮面の下を見据えながら、静かに、はっきりと言い放った。

「落とし前は必ずつけさせるぜ」



「ここいらで落とし前つけさせてやる」

官兵衛は、内側を焼かれる感覚をおぼえながら、背後で笑うその顔に言い放った。
背後から押さえつけられ、体を貫く杖と電撃から逃れるすべは無い。
ばちばちと雷光も弾け続ける。
そして、これだけの騒ぎのはずが兵士の一人も駆け付けないあたり、辺りは敵の手中だろう。
つまりこの場に助けも来ない。背後の男もそれをわかって余裕の表情を浮かべているのだ。
だがそうであっても、たとえ窮地であっても、官兵衛は振り返ってその面を見据えた。

怒り憎しみとも違う、力のこもった瞳。

それぞれの二対の武将達の眼が、そのよごれた仮面の下の素顔を逃がすまいと捕らえて離さなかった。



                                                                つづく

171暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2017/10/12(木) 00:34:25 ID:RnTYwnAY
今回は以上で終わりです。
なかなか筆が進まず申し訳ありません。
現状では結構先まで話は考えていますので、また次回もよろしくお願いします。
それでは。

172ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/10/15(日) 22:31:38 ID:p5wSueKw
暗の使い魔の人、乙です。私の投下を始めさせていただきます。
開始は22:34からで。

173ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/10/15(日) 22:35:20 ID:p5wSueKw
ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十九話「破滅降臨」
破滅魔虫ドビシ
破滅魔虫カイザードビシ 登場

 ガリア王国の首都リュティスは、聖戦の開始以来ずっと、大混乱の坩堝に陥っていた。
 街には南部諸侯の離反によって、その土地から逃げてきた現王派の貴族や難民が溢れ返り、
それがなくとも国民はロマリア宗教庁より“聖敵”にされてしまったことで震え上がり、
連日寺院に救いを求める始末であった。華の都と呼ばれたリュティスは、たったの一週間で
終末がひと足先に訪れたかのようになってしまったのだ。
 王軍もまた、反乱を起こした東薔薇騎士団の壊滅から来るジョゼフへの恐怖心と外国軍への
嫌悪感からほとんどがジョゼフに従っていたが、その士気は最低であった。しかも本日未明に
もたらされた、カルカソンヌに展開していた最前線の部隊が怪獣に操られ、その末に全員が
捕虜となって文字通り全滅したという報せによって、これ以上下がらないと思われていた士気が
どん底になっていた。――ジョゼフは何も言わないが、怪獣が彼の仕業なのはどう見ても明らか。
つまり、かの王は自分たちですら捨て駒としか思っていないのだ。彼らが今もガリア王軍であり
続けるのは、最早何をしても自分たちの破滅は変わらないのだから、せめて最後まで王家への
忠義と誇りは捨てなかったという体裁は保ちたいという絶望的な願いだけが理由であった。
 常識家でただの善人だった宮廷貴族だけは、祖国をどうにか立て直そうと躍起になって
いたのだが、そんな彼らでも、東薔薇騎士団の反乱の際に崩壊したヴェルサルテイル宮殿の
一角……美しかった青い壁が今やただの瓦礫の山であるグラン・トロワの無惨な姿を見る度に、
自分たちの仕事が無駄になることを認識していた。

 ハルケギニア一の大国、ガリア王国をほんの一週間でこれほどの惨状に変えた張本人である
ジョゼフは、仮の宿舎とした迎賓館――語頭に「元」がつくのも遠い未来ではないだろう――で、
運び込んだベッドの上から古ぼけたチェストを見つめていた。それは中が見た目より広くされて
いるマジックアイテムであり、幼き頃にはシャルルとかくれんぼに興じていた懐かしい思い出の
品である。
 当時のことを思い返しながら、ジョゼフは独りごちる。
「一度でいいから、お前の悔しそうな顔が見たかったよ。そうすれば、こんな馬鹿騒ぎに
ならずに済んだのになぁ。見ろ、お前の愛したグラン・トロワはもう、なくなってしまった。
お前が好きだったリュティスは、今や地獄の釜のようだ。まぁ、おれがやったんだけどな。
それでも、おれの感情は震えぬのだ。あっけなく国の半分が裏切ってくれたし、残った奴らも
事実上捨ててやったが、何の感慨も持てん。実際『どうでもいい』以外の感情が持てぬのだよ」
 ジョゼフはため息を吐いた。
「何だか面倒になってしまったよ。街を一つずつ、国を一つずつ潰していけば、その内に
泣けるだろうと思っていたが……まだるっこしいから、纏めて灰にしてやろうと思う。
もちろん、このガリアを含めてな。だからあの世で王国を築いてくれ。シャルル……」
 そこまでつぶやいた時、ドアが弾かれるようにして開かれた。
「父上!」
 顔面蒼白で、大股でつかつかと歩いてきたのは、娘であり、王女であるイザベラだった。
王族ゆかりの長い青髪をなびかせながら、父王に向かって問うた。
「一体、何があったというのですか? ロマリアといきなり戦争になったと聞いて、旅行先の
アルビオンから飛んで帰ってきてみれば、市内は大騒ぎ! おまけに国の半分が寝返ったという
話ではありませぬか!」
「それがどうした?」
 ジョゼフはうるさそうに、たったひと言で返した。
「……“それがどうした”ですって? わたしには、父上のお考えが理解できませぬ! 
ハルケギニア中を敵に回しているのですよ!? 王国がなくなるのですよ!?」」
「だから、“それがどうした”と言っているのだ。おれにとっては、誰が敵に回ろうと、何が
なくなろうとも、どうでもよいことなのだ」
 冷たく突き放したジョゼフに、イザベラはわなわな小刻みに震えた。父に、恐怖を感じているのだ。

174ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/10/15(日) 22:38:24 ID:p5wSueKw
 ジョゼフはそんなイザベラに、冷めた視線を返していた。ジョゼフは己の娘でさえ、愛した
ことは一度もなかったのだ。それどころか、魔法の才に恵まれない彼女に昔の自分の面影を見て、
嫌悪感すら抱いていた。彼女が何かわがままを言う度にそれを叶えてきたが、それは鬱陶しい
イザベラの声をさっさと黙らせたいからだけでしかなかった。成長してからもイザベラはその辺の
愚昧な人間と変わりなく、彼女に対して何の評価もしていなかった。
 だがしかし、次の瞬間、イザベラは彼の抱いている人物像に反する行動に打って出た。
「父上……どうかお考え直し下さいッ!」
 彼女は恐怖心を振り切り、必死な声音でジョゼフに改心を求めてきたのだ。
「何?」
「もう遅すぎるのかもしれませんが……何か変えられるものがあるやもしれませぬ! せめて、
この国の民の命だけは助かるよう便宜を図って下さい! 彼らには何の罪もないではありませぬか!」
 その声音には、保身や計算の色はなかった。王になってから散々聞いてきたので、それくらいは
分かる。だからこそジョゼフには信じられなかった。あのわがまま娘が、このようなことを口走るとは。
「……意外な言葉だな。誰からの受け売りだ?」
「ある者より教わりました。間違いは、生きていれば正せると。……わたしは、己というものを
省みたことがありませんでした。そのこと自体、どうとも思っていませんでした。ですが……
その者より教わって以来、そんな自分を変えたいと思うようになったのです」
 胸の辺りをギュッと握り締めるイザベラ。その懐には、アスカが置いていったエンブレムの
パッチがあった。
「そして父上にも、どうか過ちを正していただきたいのです! このままではどう考えても、
誰もが破滅する結末しか待っていません。それが正しいことのはずがありませぬ! どうかッ! 
どうか父上、お考え直しを……!」
 イザベラの強い訴えを一身に受け……ジョゼフは声を張りながら大笑いした。
「ワッハッハッハッ! ワッハッハッハッハッ!」
「ち、父上?」
「いやはや、おれは本当に人を見る目がないな。お前がそんなに立派な台詞を言う人間に
なっていたとは。今の今まで、全く知らなかった。実に驚かされたよ」
 ジョゼフの言葉に、イザベラは一瞬表情が輝いた。
「父上、では……!」
 だが、ジョゼフから向けられたのは杖の先端だった。
「え……?」
「だが、それもやはりどうでもよいことだ。おれは何も変えるつもりはない。お前が『正しい』と
思うことをしたいのなら、今すぐにここから出ていくことだな。さもなければ、出来ない身体に
なるかもしれんぞ」
 イザベラは再び、ガチガチと震え出した。先ほどよりも深い恐怖を、ジョゼフに感じている。
「とっとと去れ。身内を殺めるのはもうやった。同じことを二度やるのは下らんことだ。
だから見逃してやる。従わないのなら……いい加減鬱陶しいので、黙らさなければならんな」
 ジョゼフが自分を見逃す理由は、その言葉以外にないのは明白だった。結局、彼は自分の
ことをこれっぽっちも愛してはくれなかったのだ。
 イザベラはそれがとても苦しく、悔しく、そして悲しかった。感情とともに溢れ出た涙と
ともに、この寝室から飛び出していった。
 次いで現れたのは、ミョズニトニルン。彼女は集めた情報をジョゼフに報告する。
「死体の見つからなかったカステルモールの件ですが……。どうやら生きているようです。
カルカソンヌで捕虜となった王軍に紛れているとのこと」
「そうか」
「シャルロットさまと接触するやもしれませぬ。何らかの手を打たれた方が……」
「それには及ばぬ」
 ジョゼフは首を振った。

175ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/10/15(日) 22:41:18 ID:p5wSueKw
「どうしてですか?」
「希望の中でこそ、絶望はより深く輝く。奴らは『おれを倒せるかもしれぬ』という希望を
抱いたまま、ただの塵に還るのだ。そんな深い絶望など、そうそう味わえるものではない。
羨ましいことだ」
 最後のひと言は、紛れもないジョゼフの本音であった。

 昨晩の事件によって、ロマリア軍はリネン川を渡り、がら空きとなった対岸へと歩を進めた。
しかしそこで進軍は一旦ストップとなった。捕虜の人数把握や整理などの処理に時間が必要
だったからだ。街の半分に陣を張っていた軍団を纏めて捕虜にするなど異例のこと。そのため
ロマリア軍も忙殺されているのだ。
 しかし進軍の停滞も、持って一日というところだろう。明日にはリュティスへ向けて進撃を
再開してしまうはずだ。リュティスはカルカソンヌの比ではない数の兵が守っているので、
さすがにすぐ激突とはならないだろうが……それでも本格的な戦闘はもう秒読み寸前という
ところまで迫っている。それまでにアンリエッタが間に合わなかったらアウトだ。
 そんな風にやきもきしているルイズは……才人がラン=ゼロに何か怪しげな特訓をつけられて
いるのを目撃した。
「まだだ! まだお前には集中力が足りねぇ! 極限まで精神を研ぎ澄ませッ!」
「おうッ!」
 傍から見たら昨日と同じ剣の稽古なのだが……才人の方は何と目隠しをしているのだ。
視界をふさいだ状態で剣を振るうなど、奇行としか言いようがない。
「サイト……あんた何やってんの?」
「その声、ルイズか?」
 才人たちは一旦手を止め、才人は目隠しを取ってルイズに向き直った。
「特訓さ」
「それは見たら分かるけど、あんた何で目隠しなんかしてるのよ。いくら何でもそれは危ないでしょ」
「いや、それが必要なんだよ」
 とゼロは証言する。
「目隠しが必要?」
「ジョゼフを討ち取るためにな。特に、今はこんな状況になっちまっただろ? だから最悪
今日中にこの特訓を完成させなきゃならねぇんだ。悪いが邪魔してくれるなよ」
「まぁそれはいいけど……昨日は目隠しなんかしてなかったじゃないの。どうしてまたそんな
ことを……。昨晩に何かあったの?」
 と聞かれて、才人たちはギクリとした。昨夜はタバサと密談していた。そこでカステルモール
からの手紙からジョゼフが正体不明の魔法を扱うことを知り、その対策をゼロと話し合ったのだが……。
 喧嘩をすることもあるが、才人は仲間であるルイズを信頼している。しかし、ロマリアの
手の者がどこでどうやって盗み聞きしているか分かったものではない。ガリアの者からタバサに
王として名乗り出てほしいと言われているなんて内容、ロマリアは諸手を挙げて喜ぶだろう。
そんなことはさせられない。
 だから才人たちは内心ルイズに謝りながら、ごまかすことにした。
「その、何て言うか……これはとっておきの秘策なんだ。決まればジョゼフの野郎はおったまげる
こと間違いなしの」
「ああそうだ。念には念を入れてな」
「そうなんだ……」
 ルイズは訝しみながらも、才人たちの引きつった顔から何かを察してくれたのだろう。
それ以上追及はしなかった。
「それだったらいいわ。特訓頑張ってね。じゃあわたしはこれで」
 当たり障りのないことを言ってルイズはこの場から離れていった。後に残された二人は
ふぅと息をつく。
「……それにしても、本当に俺がジョゼフを倒さなくちゃいけないって状況になってきてるな。
姫さまは明日には来てくれるかな……」
「信じるしかねぇな。この心配が杞憂になってくれるのが、一番いいんだけどな……」

176ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/10/15(日) 22:44:40 ID:p5wSueKw
 と言い合う才人とゼロ。もしアンリエッタが間に合わなかったら、才人がジョゼフの元に
乗り込んで召し捕らなくてはならない。ジョゼフさえ倒せば、ガリア軍に抗戦の意志はあるまい。
戦争を止めるには、とにもかくにもジョゼフ打倒が必要なのだ。

 その日の夜……才人から王への即位を止められていたタバサだったが、シルフィードと
ハネジローが寝静まった頃に、才人がこっそりと部屋にやってきたのであった。
 タバサは驚くとともに、こんな夜更けに才人が一人で自分の元を訪れたという事実に少し
緊張を覚えながら、彼を中に招き入れた。
 才人は一番に、こう言った。
「昨日の夜の話……俺、真面目に考えたんだ」
「……え?」
「ほら、タバサが王さまになるって奴」
「それが?」
「やっぱり、正当な王位継承者として、タバサは即位を宣言すべきだ」
 昨日とは正反対の言葉に、タバサは顔を曇らせた。
「ロマリアに説得されたの?」
「違う。自分で考えたんだ。どうすれば、この戦は早く終わるのかなって。やっぱり……
これが一番だと思う」
 そう才人は語る。
「ロマリア軍が遂に川を渡っちまっただろう? それで、ガリア軍の総攻撃も始まるらしいんだ。
そうなったら、ほんとに地獄のような戦になっちまう。姫さまの帰りを待っている暇はもうないんだ。
だからタバサ……どうか頼む。みんなを救うために」
 と説得する才人に、タバサは……。
「……誰?」
「え?」
「あなたは、誰?」
 疑問で答えた。手を伸ばし、杖を手に取る。
「な、何言ってるんだよ。俺が誰かなんて……どうしてそんな変なこと聞くんだ?」
 顔が引きつりながらも聞き返す才人に、タバサは言い放った。
「あの人だったなら……仲間のことを信じない選択は取らない」
 アンリエッタも才人の大事な仲間だ。彼女が待っていてほしい、と言ったならば、才人は
ギリギリまで待ち続ける。仲間を信頼しているから、絶対にそうするはずだ。
 それが、ゼロたち仲間とともに戦い、成長してきた才人という人物だと、彼を熱く見守って
いたタバサには分かるのだ。
「そ、それは、俺にも事情が……」
 もごもごと言い訳する『才人』に、タバサは決定打となるひと言を投げかけた。
「ゼロの声を聞かせて」
 その途端、『才人』は身を翻して逃げ出そうとした。タバサはその背中にディテクト・
マジックを掛けた。やはり魔法の反応があったので、氷の矢を背に放った。
 みるみる内に『才人』の身体はしぼんで小さくなっていき……いつかの任務で自分も
使ったことのあるスキルニルの正体を晒した。血を吸わせた対象の姿に成り切る魔法人形だ。
 ロマリアの手の者が、密かに才人の血液を手に入れ、自分を利用するために差し向けて
きたのだ……と分析したタバサは、拾い上げた人形を握り潰した。その瞳には、強い怒りが
燃えていた。

「しまったなぁ……。失敗してしまったか」
 才人に化けさせたスキルニルがいつまで経っても戻ってこないことで、事の次第を把握した
ジュリオはやれやれと頭を振っていた。
「恋は盲目と言うから、あの聡い彼女も騙せると踏んだんだが……ぼくとしたことが読み
違えてしまったな。聖下に何と申し開きをしたらいいか……」
 うーん、と腕を組んでうなるジュリオだったが、すぐにその腕を解いた。
「でもまぁ、最終的に彼女が王位に就けばそれでいいんだ。そうすれば後は何とかなる。
幸い軍は渡河に成功してるし、後はどんな形でも、ジョゼフ王を王座からどかすだけだな……」

177ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/10/15(日) 22:47:55 ID:p5wSueKw
 と算段を立てるジュリオ。聖地奪還のためにあらゆる手を投げ打つ彼らは、一度のミスで
その陰謀に歯止めを掛けるようなことはしないのだ。

 翌日、タバサはロマリアに聞かれることを承知で、昨夜のことを才人とルイズに知らせた。
どうせこれを仕組んだのもロマリアなのだから、聞かれたところで構いやしない。
「何だって!? 俺の偽者を、あいつらが……!?」
 スキルニルの仕組みを聞いた才人は、ジュリオのフクロウが自分の頬をかすめたことを
思い出した。
「あの時だな……! くっそ! 分かっちゃいたが、あいつらほんとに手段を問わねぇな……! 
油断も隙もねぇ……!」
「ほんとなのね!」
「パムー!」
 才人も憤慨していたが、シルフィードとハネジローはそれ以上にカンカンであった。
「おねえさまにこんな汚い手を使って! 絶対に許せないのね!」
「確かに、ロマリアのやり口は本当に卑劣極まりないものだけど……」
 ルイズも怒りを覚えながら、タバサのことをじっとにらんだ。
「どうしてロマリアは、才人の姿ならあんたが言うことを聞くと思ったのかしら」
 タバサはサッと顔をそらした。ルイズが追及するより早く、タバサは話題をそらした。
「今は、このことはもういい。それより、これからどうするか」
「それだったら、遂に朗報が来たんだよ!」
 才人がウキウキしながら言った。
「今朝方に、姫さまがガリアに到着したって報せが届いたんだ。なぁルイズ?」
「ええ。きっと今頃はジョゼフのところに面通りをしてるでしょうね。後は姫さまの交渉が
上手く行くのを祈るばかり……」
 とルイズが言った矢先に、窓から差し込んでくる日差しが急に途切れ、部屋の中がやおら
暗くなった。
「ん? 急に暗くなったな。もう夜か?」
 そんなまさかな、と才人が自分に突っ込みながら窓の外を覗き込んで、すぐに顔をしかめた。
「何だ、この空模様……。こんな曇り空、見たことないぞ……」
 見渡す限りの空が、厚い雲に閉ざされているのだ。急に夜が来たかのように暗くなったのも
そのせいだ。しかしあの曇り空は、何かが変だ……。
 ルイズたちも奇妙に空を見上げていると、ゼロが叫んだ。
『あれは雲じゃねぇッ!』
「え?」
『あれは……怪獣の群れだッ!』
「!?」
 ギョッとする才人たち。才人がゼロの力を借りて遠視すると……雲に見えたものが、体長
六十サントほどもある虫型の怪獣の集まりであることが分かった。
「ほ、本当だ! けどあの量……一体何万、いや何億匹いるんだよ!?」
 才人は戦慄していた。普通の虫よりもずっと大きいとはいえ、一匹一匹は一メイルにも
満たないサイズ。それが、広大な空を埋め尽くしているのだ!
 しかも虫の群れの各部が変形して、虫の塊がいくつも地上へと降ってくる。その塊は形を
変えていき……一つ目の異形の巨大怪獣となってカルカソンヌの中に侵入してきた!
「グギャアーッ! グギャアーッ!」
 虫型怪獣の名前はドビシ。それらが融合して巨大怪獣と化したものは、カイザードビシという! 
カイザードビシの群れの光景に、才人たちはアンリエッタの交渉がどのような結果になったのかを
自ずと察した。
「ジョゼフの野郎……とうとうやりやがったなッ!」
 ゼロが懸念した通りに、才人がジョゼフを討ち取らなくてはならない状況となってしまったのだ。

178ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/10/15(日) 22:49:06 ID:p5wSueKw
以上です。
ガイアアグルに纏わりついてたドビシはほんとにきもい。

179ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 22:50:34 ID:f/842f2A
こんばんわ。ウルトラ5番目の使い魔、66話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

180ウルトラ5番目の使い魔 66話 (1/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:01:02 ID:f/842f2A
 第66話
 剣下の再会(後編)
 
 殺戮宇宙人 ヒュプナス 登場!
 
 
 ハルケギニアを騒がせている子供の連続誘拐事件。それがついにトリスタニアのど真ん中でも起こったということで、トリスタニアの治安維持を担う衛士隊は上へ下への大騒ぎになっていた。
 ともかく、女王陛下のお膝元で起こった事件で犯人を逃したら威信に関わる。隊長以下、非番の者まで呼び集められ、トリスタニア全域を封鎖しての大捜索網が広げられた。
 
 だが、その裏で、決して表には出せないある事件が起こっていたことを知る者は、少なくとも一般人レベルにはいない。
 重罪犯を収容するチェルノボーグの監獄。そこで、銃士隊が中心となって前代未聞の捕物が行われていた。
「隊長、牢番長までの職員をすべて捕縛しました。全員が罪状を認めています」
「ご苦労。さて、何か申し開きはありますかな? 所長殿」
 所長室で部下からの報告を受けて、アニエスは自分の前で縄で縛りあげられている小太りの男を見下ろした。
 彼はこのチェルノボーグの監獄の所長。罪状は、一ヵ月前に囚人の集団脱走を起こしながらも、それを職員と連帯して隠蔽したことである。
 すでに証拠、証人ともに十分な数が揃い、すぐにでも”元”の一字をつけて呼ばれることになるであろう所長は顔色がない。それでも彼は自分を待ち受ける破滅の未来を少しでも回避したい一心で弁明した。
「あ、あれは私の責任じゃない! 私はあの日まで、警備には何も手抜かりなく務めてきたんだ。だけど、固定化を施した壁がいともたやすく壊されて、駆け付けたときにはもう全員逃げた後だった。あんなのじゃ、誰だって脱走を防ぐのは無理だ。私が悪いんじゃない!」
「だが、囚人が逃げたことを報告せずに隠蔽したのは事実でしょう? それで、もう何人の被害者が出たと思ってるんですか?」
「あ、あれは出来心で。私は所長になってからこれまで、ずっと不正には手を出さずに来たんだ。頼む、信じてくれ!」
「一度魔が差したばかりに人生を台無しにする人間は世にごまんとおりますな。それらをすべて許していては世間はめちゃめちゃになるでしょう。酌量の余地はあっても罪は罪、その責任は後でじっくり負っていただきます。連れていけ」
 アニエスに命じられ、数人の隊員がわめきちらす所長を、これまで彼が支配していた牢獄の中へと連行していった。
 これで容疑者はすべて捕らえた。後は報告書にまとめて上に提出し、司法の手にゆだねれば自分たちの仕事は終わる。しかしアニエスは報告書を作るなどの事務仕事が大の苦手で、やれやれとため息をついた。
「これは早くミシェルに戻ってきてもらわないと大変だな。そういえば、あいつはまだ戻らないのか?」
「はい、脱獄したトルミーラ一味のことを伝書ゴーレムで送ってきてからは、まだ何の連絡も」
「そうか、あいつの情報のおかげでチェルノボーグでの隠蔽工作が露見したわけだから、今回は勲章ものなんだが……まあミシェルのことだから、また別の情報を探っているのだろう」

181ウルトラ5番目の使い魔 66話 (2/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:03:48 ID:f/842f2A
 アニエスは気持ちを切り替えると、逮捕した牢番の代わりに牢獄の見張りを配置するための指示を出していった。代わりの人員が派遣されてくるのはどう急いでも明日以降。それまで銃士隊で穴を埋めねばならない。
 だが、チェルノボーグに引きこもる形になった銃士隊に、才人たちがさらわれたという情報が届くのにはかなりの遅れを必要とすることになった。そしてその間に、今さらミシェルが独断で行動を起こしているとはアニエスも想像できなかった。
 夜の帳はまだ深く、夏の夜風は蒸し暑い。アニエスは窓から夜空を見上げ、明日になればまた忙しくなるなと未来に思いをはせた。しかしそれは、アニエスが予想したのとはまったく別の形で訪れることになる。
 
 
 所を移し、誘拐団のアジトとなっている幽霊屋敷。住人がいなくなって久しく、荒れ放題になっているその廃屋の廊下を、ミシェルは偶然出会った才人とアイをつれて歩いていた。
 銃士隊副長の大任にあるミシェルが、仲間たちの誰にも知らせずにたった一人でこんなところにやってきた理由。それは、ここを根城にしている誘拐団のボスであるトルミーラという女メイジを知っているかららしく、ミシェルは歩きながらその因縁を語り始めた。
「十三年前、わたしは両親を失って天涯孤独の身になった。そのあたりの事情は、前に話したとおりだ。だが、何も知らない貴族の子供がいきなり世間に放り出されて生きていけるわけがない。路頭に迷っていたわたしを拾ったのが、当時はまだそれなりに裕福な貴族の娘だったトルミーラだったというわけだ」
 ミシェルは、心の奥底にしまい続けてきた記憶をほこりを払って引き出しながら語っていった。
 才人は黙ってそれを聞く。以前、才人はミシェルからその悲しい過去を直接聞いたことがあったが、そのすべてを聞かされたわけではない。十三年にも及んだ悲劇のさらに一端……聞きたい話ではないが、耳をふさぐわけにはいかない。
「当時、十四歳くらいだった奴の実家は貧民を相手にした施しをやっていた。ロマリアなどでよくやる貴族の偽善行為だが、当時のわたしが食いつなぐにはそれに頼るしかなかった。行き倒れていたわたしに、おなかがすいているならうちへいらっしゃいと手を差し伸べてきた時のトルミーラの顔は、よく覚えている」
 それがなければ、恐らく自分はそこで死んでいただろうとミシェルは語った。
 しかし、彼女の言葉の感情からは懐かしさや親愛といったものは感じられず、それにひっかかった才人は尋ね返した。
「えっと……今回の事件の首謀者がトルミーラって元貴族で、ミシェルさんは恩人が悪事を働いてるのを止めに来たって、わけですか?」
「恩人……か。確かにそうだが、わたしはあいつに恩義や感謝を感じてはいない。サイト、人間というやつは一度歪んだらそうそう簡単に変わったりはしない。トルミーラはその典型のような女だ……サイト、一年前に起こった誘拐事件のことを、お前は聞いたことがあるか?」
「いえ、その頃のおれはルイズに召喚されたばっかで、自分のことだけで精いっぱいだったから世間のニュースなんてさっぱりで」
 才人は、その当時のことを思い出そうとしたが、思い出せるのはほとんど学院でのことしかなかった。それに、当時はフーケが世間を賑わせていたのもあり、小さなニュースなどは聞いたとしても、右から左に聞き流していた可能性が高い。
 アイは話の意味がわからずにきょとんとしており、するとミシェルは「そうか」と、つぶやくと、才人に質問した。
「サイト、誘拐というとお前はどんな目的でおこなうものだと思う?」
「え? いや、そりゃあ……親から身代金をとるとか、そういうもんじゃないですか?」
「それは貴族の子弟や、ある程度裕福な商家などを相手にした場合だ。それに、そういった誘拐はリスクが大きい。大規模な追っ手がかかるからな。一番簡単に誘拐で金を手に入れる方法は、平民の子供をさらって、他国で奴隷として売りさばくことだ」
 才人は首筋を蛇がはいずったような悪寒を覚えた。日本の常識が通じないハルケギニアの暗部、それをミシェルは淡々と説明していった。

182ウルトラ5番目の使い魔 66話 (3/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:09:04 ID:f/842f2A
「平民の子供が消えても、衛士隊が捜索の手をそんなに広げることはない。ましてや、国外に出てしまえば捜索の及ぶ可能性はほとんどなくなる。一年前、トルミーラの率いていた誘拐団は、トリステインで平民の子らをさらい、国外に運び出そうとしていたところで逮捕された。取り調べに当たった担当官によると、非常に手慣れた手口で子供を集めていたという……まるで、昔から人さらいをやり続けていたようにな」
「まさか……」
 才人は息をのんだ。それだけ言われれば、いくら才人が鈍くても察しはつく。
「そうだ。トルミーラの家は、貧民救済を建前にして、その裏では集めた人間を奴隷として売りさばいていたんだ。奴はそういう家で育ったから、その手口も慣れたものだったのも当然だ。去年に我々が撲滅したが、トリステインには同様の人身売買組織が少なからず存在していたよ」
「そういや、おれにも覚えがあるぜ。前に……」
 才人はそこで手をつないでいるアイを見て、言葉をつぐんだ。彼女の育ての親だったミラクル星人が星に帰らなければならなくなった際、預け先になった商家が裏で人買いをやっているとんでもないところだったのだ。
「どうしたの? サイトおにいちゃん」
「いや、なんでもないよ。大人の話さ」
「むーっ、大人はすぐそうやってごまかすんだもの。ずるいんだ」
 アイにとってはつらい思い出を蘇らせてはいけないと、才人は言葉を止めながらも考えた。人が人を売り買いするという、もっとも下種な行為。つまり、過去にトルミーラに拾われたミシェルもまた……と、思ったが。
「だが、トルミーラは親よりも悪質な性をその年齢でもう持ち合わせていた。奴は、手なずけた子供を使って盗みをやらせていたんだよ」
「盗みって……ミシェルさんたちに」
「ああ、商店から品物を盗ませる。すりや置き引き、ほかにも当たり屋や空き巣もあったな。それに成功しなければ食事を取り上げると脅されて、皆は泣く泣く従っていた。もちろん、わたしも……な」
「でも、トルミーラってのは裕福な貴族の娘だったんでしょう? なんでそんな、ケチな犯罪なんかを」
 解せないという才人に、ミシェルは忌々しさを隠さずに答えた。
「トルミーラはスリルを求めていたんだよ。奴は、他人を自分の思うがままに従わせる快感に酔いきっていた。従わなければ鞭を振るい、逃げ出して誰かに訴えたところで、浮浪児と貴族ではどちらが信用されるかは目に見えている。トルミーラは、そうしてわたしたちが必死になる様を見て楽しんでいた」
「最低のクソ野郎だな。んで、飽きたら奴隷にしてポイってか……久しぶりに心底胸糞が悪くなってきたぜ。おれがそこにいたらぶん殴ってやったのに!」

183ウルトラ5番目の使い魔 66話 (4/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:15:36 ID:f/842f2A
 ミシェルは憤る才人を見て目を細めた。
「サイトらしいな。だが、すんでしまったことを今さら言っても仕方がない。それに、皮肉な話だが、トルミーラの下で様々な悪事を働かさせられたことが、結果としてわたしの命をつなぎとめた。トルミーラの下にいた数か月の後、わたしは奴隷として売りに出されるはずだったのだが、寸前に逃げ出すことができた。そして、できるだけ遠くに逃げた後に、覚えさせられた盗みの技術でなんとか食いつないだ……まったく皮肉なものさ」
 自嘲げに笑うミシェルの横顔は、才人もこれまで見たことがない悲しさを漂わせていた。
「しかし、食いつないだはいいが、その後どうなったかはサイトも知ってるとおりさ……」
「ミシェルさ……いや、ミシェル。思い出したくないことを、無理に思い出さなくてもいいよ」
 才人はあえて敬語を使わず、自分にとっての特別を示すかのように名前のままミシェルを呼んだ。するとミシェルは、才人に顔を見せたくないというふうに向こうを向いて言った。
「ありがとう。しかし、その忌まわしい過去が連なったからこそ、サイトに会えた今にたどり着けた。だから、わたしは過去を消したいとは思わない……だが、恩義はなくとも、わたしは奴から受けた借りを返さなくてはならない。トルミーラは、わたしがやる」
「助太刀するぜ! まさか、いまさら遠慮はしないよな? 悪者たちをやっつけてやろうぜ」
「そう言うと思ったよ。だがそれはともかく、サイト……その子をしっかりかばっていろ」
「え?」
 才人が頭で理解するより早く、ミシェルは床を蹴って駆けだしていた。廊下の先の柱時計の物陰に向かってナイフを投げつけ、次の瞬間には抜いた剣を暗がりに向けて突き立てていた。
「ぐえぇぇ……」
 カエルをつぶしたような男の悲鳴が短く響き、次いで人間の倒れる音が続いた。
 才人は目を凝らし、今の瞬間になにが起こったのかをやっと理解した。暗がりの中にうっすらと、目にナイフが刺さり、心臓を剣で一突きにされた男の死体が転がっているのが見えたのである。
「ま、待ち伏せされてたのか」
「下手な隠れ方だったがな。もう少し近づけばサイトも気づいていただろう。だが、こいつらに下手に致命傷を与えると面倒なことになる。だからこうした」
 ミシェルは死体からナイフと剣を引き抜くと、男の衣類で血のりを拭った。その目は冷たく、見下ろす男の死体をすでにただのモノとしか見ていない。
 しかし、剣を戻すとミシェルはすぐに優しい表情に返り、あっけにとられている才人とアイにすまなそうに言った。
「お嬢ちゃん、驚かせてすまなかったな。けれど、悪い奴が狙ってたんだ、許しておくれ」
「ううん、お姉ちゃん、すっごくかっこよかったよ! まるでサイトおにいちゃんみたい」
 謝罪するミシェルに、アイはむしろうれしそうに答えた。するとミシェルは、「そうか、サイトみたいか」と、少し照れた様子を見せる。

184ウルトラ5番目の使い魔 66話 (5/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:22:10 ID:f/842f2A
 ただ、才人はアイがショックを受けるのではと危惧したのが杞憂に終わって、少しだが複雑な思いを感じていた。いくら幼く見えても、人が死ぬことへの抵抗感が薄いのはアイもハルケギニアの人間だということなのだろう。しかし、現代日本人の常識からすれば異常かもしれないが、それを問題にするのは傲慢でしかないだろうと思った。
 もっとも、才人がアイを見誤っていたのはそういうことばかりではなかった。
「ねえ、ミシェルおねえちゃんってサイトおにいちゃんのことが好きなの?」
「え?」
「い?」
 ミシェルと才人は、意表をつくアイの質問に思わず間抜けな声を漏らしてしまった。
 さらに、アイはミシェルが図星と見るが早く、うれしそうに切り込んできた。
「やっぱり。だってミシェルおねえちゃん、サイトおにいちゃんと話すと楽しそうだもん。うちでもね、グレッグとメイヴがふたりだけになるといっつもイチャイチャしてるもん。サイトおにいちゃんも、”まんざら”でもないんでしょ」
 うっ! と、才人も言い返せなくなる。さらに才人が詰まると、アイは才人を指さして言った。
「あっ、でもサイトおにいちゃんはルイズおねえちゃんのものなんでしょ。だったら、それってふりんっていうやつでしょ! わー、いけない大人だ」
「ア、アイちゃん、そんな言葉どこで覚えたのかな?」
「ジム! 最近読み書き覚えたから、ごみ捨て場に落ちてる本を拾ってきてはいろんなこと教えてくれるんだ」
 あんのクソガキろくなことを教えねえ! 才人は心中で煮えたぎるような怒りを覚えた。顔は愛想笑いで固定しているが、帰ったら頭グリグリのおしおきをしてやろうと心に決めた。
「あ、あのねアイちゃん。不倫っていうのは、結婚してる人がよその人にデレデレしちゃうことで、おれたちはまだその……」
「えーっ、じゃあルイズおねえちゃんとは遊びだったってこと? でもしょうがないか、ミシェルおねえちゃんって美人だし、サイトおにいちゃんっておっぱい大きい人のほうが好きなんでしょう」
「そ、そりゃあまあ、男にとっておっぱいとは無限の桃源郷であり果てしないロマンであって。ミシェルのアレは大きさも形も絶妙で、まさにピーチちゃん……って、違う違う!」
 誰がおっぱいマイスターをやれって言ったんだよ? バカかおれ! 一人ノリツッコミをしながら慌てて否定したものの、アイは「ルイズおねえちゃんに言ってやろ、言ってやろ」という顔をしている。まずい、このままではマジで命がなくなると思った才人はミシェルに助けを求めようとしたが。
「サ、サイト……小さい子の前で、そんな破廉恥なことを言わないほうが……で、でもサイトがそんなに褒めてくれるんなら、わ、わたし」
 しまったーっ! 完全にいらんことを聞かれてしまったよ、おれの超ド級バカ!
 顔を赤く染めているミシェルを見て、才人は己のバカさ加減を心底呪った。

185ウルトラ5番目の使い魔 66話 (6/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:23:14 ID:f/842f2A
 ミシェルさん、自分の胸の谷間を見下ろしながら何か考えてるよ。もしかして、あの谷間でナニを……って、そういうことじゃないだろ! いやでもルイズじゃ絶対に不可能だしなあ。もし結婚したら、あれを毎日……だから違うだろ!
 才人は健全な青少年として、たくましく妄想を働かせていた。もしルイズに聞かれたら消し炭も残らなくされそうな心の声を叫びながら、ひとりで必死にもだえる才人の姿は滑稽を通り越して気持ち悪くさえあっただろう。
「ねえミシェルおねえちゃん、サイトおにいちゃんのどこが好きになったの?」
「それは……かっこよくて……や、優しいところかな」
「やっぱりそうだよね。サイトおにいちゃんはね、前にアイやアイのおじさんを悪いウチュージンから助けてくれたんだ。ほんとはアイがサイトおにいちゃんのお嫁さんになってあげたいけど、アイはまだおっぱいないもん。あっ、もしかしておにいちゃんってちっちゃいおっぱいでもアリ?」
「ないないないない! おれは断じてロリコンではないぞ」
 まったく子供は恐ろしい。羞恥心が薄いからとんでもないことを平気でやってくる。しかし、その反応はそれはそれで利用されてしまった。
「ミシェルおねえちゃん、聞いた? おにいちゃんはおっきいおっぱいの人のほうがいいんだって。よかったね、これでショヤでキセージジツってのを作ればサイトおにいちゃんと結婚できるよ!」
「ア、アイちゃん。順番が、その、間違ってるというか。ともかく、そういうことを人前で言ってはいけないよ」
 どうやらジムの奴にかなり偏った知識を植え付けられてしまったらしい。その孤児院には子供たちの情操教育について文句を言ってやらねばいけないなと、ミシェルも深く決心した。
 けれども、アイは年長者ふたりをからかいながらも、少し切なそうにつぶやいた。
「でも、うらやましいな。サイトおにいちゃんとミシェルおねえちゃんの子供はきっと、サビシイ思いはしなくていいんだろうな」
「アイちゃん……」
 才人とミシェルは、共に真面目な表情に戻って顔を見合わせた。
 アイをはじめ、孤児院には親を亡くした子供が何十人もいる。いや、トリステインだけでも何百、何千といるだろう。それに、才人も両親と会えなくなって久しいし、ミシェルも孤児だった。アイや孤児院の子供たちの心に秘めた寂しさはよくわかる。
 それでも皆、明るく前向きに生きているのだ。しかし、肉親を失う寂しさは消えることはなく、ここに巣食う誘拐団は多くの子供から親を、親からは子を奪おうとしている。断じて許すわけにはいかない。
「面倒ごとは後だ。サイト、ここの連中が我々をなめているうちに全滅させる。ひとりも逃さん」
「それと、さらわれた子供たちもどこかに閉じ込められているはず。探さなきゃな」
 才人とミシェルは顔を見合わせると、それぞれ剣を抜き放った。
 ここからは本気だ。敵は鉛の罪科の人でなし共、手加減はしない。

186ウルトラ5番目の使い魔 66話 (7/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:36:43 ID:f/842f2A
「サイト、ここからは走るぞ。屋敷の見取り図はわたしの頭の中に入っている。お前は一歩下がって来ながら、周辺に気を配れ」
「サポート役ってか、おれが二本目の剣になるわけだ。ツルク星人とやったときみたいだな。アイちゃん、ついてこられるか? それともおれがおんぶしようか?」
「心配いらないよ。アルビオンでは毎日森を走り回ってたし、今でも毎日教会の庭で鬼ごっこしてるもん。心配しないで、悪者をやっつけて」
 これで決まった。三人は、廃屋の中をこれまでとは別の速さで一気に駆けだす。
 ミシェルいわく、この屋敷は地上の建物よりも地下室が大きく、ちょっとした船の内部並みの広さと複雑さを持っているという。もちろん、地上へ上がる通路はすべてふさがれていて、地下に降りていくしかない。
「元の家主が大量のワインを貯蔵しておくために、この広大な地下空間を作ったらしい。つまりそれは、隠れ家や地下牢にするにも持ってこいというわけだ。トルミーラなら、そう考えるはずだ」
「そっか! つまりミシェルがこの屋敷がアジトだって突き止められたのは」
「そうだ、わたしがトルミーラの手口は知り尽くしているからだ。こんなふうにな!」
 ミシェルの投げナイフが物陰の伏兵に突き刺さり、もだえた伏兵は次の瞬間にはすれ違いざまの剣閃によって首を両断されていた。
「うわっ!」
「うろたえるな! こいつらに苦痛を与えたり瀕死にすると怪物になる。仕留めるなら、瞬時に確実に命を奪え。それがこいつらのためだ」
 才人は、先ほど倒した男が怪物に変貌したことを思い出した。自分とミシェルの二人がかりでも相当な苦戦を強いられたあれと伏兵の分だけ戦わされたのではたまったものではない。
 しかし、いくら生かしておくことが危険な相手で、しかも凶悪な犯罪者たちとはいえ、伏兵を次々と仕留めていくミシェルの戦いぶりには才人も背筋が冷たくなる感じを覚えていた。
「ハアッ!」
 曲がり角で待ち伏せしていた男の虚を突き、ミシェルの振り下ろした剣が頭ごと命を叩き潰す。
 さらに、前を進んでいたミシェルの姿がかき消えたかと思うと、横合いに隠れていた男の背後に回り込んだミシェルが男のあごを片手で押し上げて悲鳴を防ぎ、もう片手でナイフを内蔵に突き立てて即死させていた。
 すさまじい……まさにその一言だった。流れるように死体を次々と生産していく。いくら普段は優しい顔を見せることはあっても、銃士隊が本来はそういう組織だということを才人はあらためて思い出ささせられていた。
 地下二階から三階へ降り、一行は最深部となる地下四階に到達した。だがそこは、それまでのワインセラーの風景から一転して、信じられない光景が広がっていた。
「なんだこりゃ? まるで研究所じゃねえか!」
 三人は唖然として地下四階の光景を見まわした。
 魔法のランプの薄暗さから、電灯が真昼のように通路を照らし出し、通路は木に代わってコンクリートで覆われている。
 さらに数歩進んで通路から室内をのぞき込むと、中には科学実験室や手術室のような設備が整えられた部屋が連なって見えた。才人の漏らした通り、これは研究所か、さもなければ大学病院だ。
 もちろん、これはハルケギニアのものでは決してない。地球と同等……いや、それ以上の科学力を持った何者かの設備だ。

187ウルトラ5番目の使い魔 66話 (8/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:46:00 ID:f/842f2A
「サイト、これがなんだかわかるのか?」
「いや、おれにもさっぱり。まさか、宇宙人の……秘密基地?」
 そうでもなければ説明がつかなかった。こんな場所に小規模とはいえ超近代設備、しかも最近まで使われていた形跡がある。
 が、なにに使われていたのだ? 設備の複雑さからして、ハルケギニアの人間が扱うのは不可能だ。しかし内部には医者や研究員といったスタッフの姿は見受けられない。
「サイト、驚くのはわかるが、今は先に進むほうが先決だ」
「ええ。でも、てっきり大群で待ちかまえているかと思ったのに、まるで人の気配がしないな」
「あっ、今誰かの泣き声みたいなのが聞こえたよ!」
 はっとして、三人は奥のほうへと走り出した。
 通路の横合いの一室。そこは地下牢になっていて、大勢の子供たちが閉じ込められていた。
「ぐすっ、ぐすっ。おかあさぁん」
「さらわれた子供たちか。ようし、すぐに出してやるからな……くそっ、開かねえ!」
 牢の構造は頑丈で、鍵はデルフリンガーでおもいっきりぶっ叩いてもビクともしなかった。もちろん魔法対策も施されているようで、ミシェルの『錬金』や『アンロック』も通じなかった。
「こりゃ、壊すのは無理だぜ相棒。鍵を使わねえと」
 鍵と言ってもどこに? いや、親玉が持っているに決まっているか。
 そのとき、通路を超えて地下牢にけたたましい女の笑い声が響いた。
「アハハハ、なあにノロノロしてるのネズミさんたち。ゴールはここよ、早くいらっしゃい!」
「今の声は!」
「トルミーラ……」
 どうやらラスボス直々のお呼びらしい。ミシェルと才人は、顔を見合わせた。
 もう、ぐずぐずしている余裕はないようだ。これ以上じらしたら奴はなにをしでかすかわからない。才人はアイに、ここで待つように告げるとミシェルに言った。
「やろうぜ。ここまで来たら、最後まで付き合うよ」
「待っていろ、と言ってもサイトはどうせついてくるな。頼む、わたしの背中を守ってくれ」
「ああ、そんで帰って二人してアニエス姉さんやルイズに怒られようぜ」

188ウルトラ5番目の使い魔 66話 (9/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:55:03 ID:f/842f2A
 くすりと笑い合って、二人は牢屋を後にした。死んだら叱られることもできない。アイの「がんばって、おにいちゃん、おねえちゃん」という声が二人の背中を力強く押してくれた。
 
 地下通路のその終点。そこはダンスパーティが開けるほどの広間になっていて、トルミーラはその真ん中でひとりで待っていた。
「よく来たわね。勇敢な騎士とお坊ちゃん、まさか私の部下たちを皆殺しにしてくれるとは思わなかったわ。でも、そんなことはどうでもいいわ。久しぶりに狩りがいのありそうな獲物が来てくれたんだもの。ようこそ、私の武闘場へ、歓迎するわ!」
 興奮した様子を隠さずに、銀髪のメイジは高らかに宣言した。
 才人は、こいつがトルミーラか……と、相手のことを観察した。標準以上の美人のうちに入るだろうが、長い銀髪の下の目は鋭くも嗜虐的な光をたたえており、口元には好戦的な笑みが浮かんでいる。杖を持つ仕草こそ隙がないものの、それを好意的に見ることはできなかった。一言で言えば、いけすかないという感じだ。
「久しぶりだな、トルミーラ」
「うん? 騎士さん、私のことを知っているのかい。すまないが、あんたの顔には覚えがないんだけど、名乗ってもらえるかな?」
「ミシェル・シュヴァリエ・ド・ミラン。と、言っても貴様はわかるまい。だが、十三年前の一人と言えばわかるだろう」
 怪訝な顔のトルミーラに、ミシェルは無表情に答えた。するとトルミーラは腹を抱えて笑い出した。
「ぷっ、あっはははは! なるほどね。いやあ懐かしい。あのとき遊んでやったガキたちの生き残りかい! てっきりもう全員どっかでのたれ死んでると思ってたけど、まだ生きてる奴がいたとはね。それも、騎士に出世しているとは驚いたよ。で、私に復讐しにやってきたってわけかい?」
「復讐など、私はお前にそこまでの憎しみは持っていないさ。あのときお前に食わせてもらったおかげで、わたしはこうして生き延びてきた。だが、お前のことはわたしの心に亡霊のように残り続けてきた。わたしがここにやってきたのは……」
 ミシェルは剣を抜き、その切っ先をトルミーラに突き付けた。
「昔のよしみだ、一度だけ警告してやる。今すぐ武器を捨てて投降しろ。それが貴様にしてやるわたしからの恩返しだ!」
「あっはっはは! 恩返しとは言ってくれるねえ。では、つつしんで、最大の感謝を持って……お断りさせていただくわ!」
 呵々大笑したトルミーラは杖の先をミシェルに向け返した。
 明確な宣戦布告。両者の目に冷たい光が輝く。
 才人はごくりとつばを飲んだが、そこにトルミーラが笑いかけた。
「そこの坊やはどうするんだい? ニ対一でも、私はいっこうに構わないよ」
「ちっ、悪党が調子に乗るんじゃねえよ。おれはミシェルに加勢するぜ! そんでもって、さらっていった子供たちは返してもらうからな」

189ウルトラ5番目の使い魔 66話 (10/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:56:22 ID:f/842f2A
「あら、なかなかの度胸ね。あなたが貴族だったら決闘を申し込みたいくらいよ。私はね、昔から騎士ごっこが大好きで、都に出て伝説の騎士隊長みたいに活躍したいって言ったら親に大反対されて家を出たの。でも、そのおかげで楽しい生活ができているわ」
「うるせえよ! なにが騎士だ。弱い者いじめが好きなだけじゃねえか。本物の騎士っていうのは、誰かを守るために命懸けで戦える奴のことを言うんだ。お前なんかただの悪党だ」
「ははっ、青臭い青臭い青臭いねぇ。じゃあ、特別にお姉さんが教えてあげるわ。本当の闘いってものをね!」
 トルミーラが杖から魔法の矢を放ち、戦いが始まった。
 才人とミシェルはそれぞれ左右に跳び、トルミーラを挟み撃ちにする態勢に入った。打合せなどしなくても、見事な呼吸の連携だ。
 しかしトルミーラは笑いながら呪文を唱えた。
「いいわあ、あなたたち最高のプレリュードよ。では、私もユビキタス・デル……」
 その呪文は、と思った瞬間に才人の目の前にもう一人のトルミーラが現れ、ブレイドのかかった杖でデルフリンガーの斬撃を受け止めてしまった。
「くそっ、風の遍在かよ!」
「大正解! 博識ね坊や。でも安心して、五人も六人も増やすようなみっともないマネはしないわ。だって美しくないもの。決闘はあくまでも一対一が楽しいんだものね」
「なめやがって。後で慌てても出す暇なんかやらねえからな」
 才人はブレイドのかかった杖で斬りかかってくるトルミーラの遍在との戦いを開始した。
 だが、楽な相手ではないことはすぐわかった。アニエスやミシェルほどではないが、剣技も並ではないものを持っている。デルフの、油断するなという声に才人もわかったよと真剣に答えた。
 一方で、本物のトルミーラとミシェルの戦いもまた、剣戟で幕をあげていた。
「やるわねミシェル。いいわあ、あのとき私に鞭打たれて泣くばかりだった子供が、こんな歯ごたえのある獲物に成長してくれるなんて、運命ってサイコーね!」
「答えろトルミーラ。子供たちをさらって、いったい何を企んでいる?」
「あら? 無粋なこと。まあいいわ、冥途の土産に教えてあげる。チェルノボーグの牢獄に捕まってた私たちを解放してくれた人から依頼を受けたの。自由にしてやる代わりに、子供をさらいまくってこいってね」
「それは誰だ? いったいそいつは何を企んでいる?」
 質問をぶつけるミシェルに、トルミーラはひきつった笑い声を漏らしながら答えた。
「ンフフフ、すごい人よ。そしてとっても恐ろしい人……あなたも見たでしょう? ここに来るまでにあった手術台の数々。そして、あなたが殺した私の部下たちの末路を」
「貴様、まさか!」
 ミシェルは戦慄した。怪物に変貌した男たち、あれが人為的に埋め込まれたものによる作用だとしたら、子供たちを同様に。

190ウルトラ5番目の使い魔 66話 (11/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:58:26 ID:f/842f2A
「貴様、子供たちを怪物に変えるつもりか!」
「はい、大正解。そうよ、集めた子供たちに、これからあの手術室で怪物の因子を埋め込むってわけ。人間を改造できるかは、私の部下たちですでに実験済みよ。もっとも、部下たちはせっかく改造してもらえたっていうのに気に入らないみたいで、子供を必要分さらってこれれば元に戻してやるって言われて頑張ってたけど、あなたのおかげでタダ働きになっちゃったわね」
 剣と杖がぶつかり合う音に、トルミーラのいやらしい声が混ざって部屋に反響する。
 ミシェルは怒りと不快感で、腸が煮えくり返る思いを感じた。子供たちへの非道、そして部下たちへの感傷もまったく持ち合わせていないトルミーラという人間。こんな奴がこの世に存在していいものか?
 しかしミシェルは怒りを押し殺し、青髪の下の藤色の瞳を冷静に研ぎ澄ませて質問を重ねた。
「子供を怪物に変えてどうする? 昔のお前のように、兵隊にするつもりか?」
「いいえ、私の依頼主はとってもお優しいお方。私なんかと違って、子供たちを無下に働かせたりなんかしないわ。子供たちは手術が済んだら、みんなそれぞれのおうちに送り届けてあげるのよ。そう、ハルケギニア中の街や村へね!」
「なんだと! そんなことをしたら!」
「アハハ、わかったみたいね。大人は誰も子供なんかを警戒しないし、子供は自然と人の集まりの真ん中にいることになるわ。つーまーり?」
「鬼ごっこの最中に転んだり、病院で診察中に泣いたりすれば……」
 ミシェルの額に脂汗が浮かぶ。そしてトルミーラは、高らかに笑いながら言い放った。
「そう! 何も知らない人間たちのド真ん中に、いきなり殺人鬼が現れることになるのよ。油断しきった人間たちの阿鼻叫喚、そして正気に戻ったときに親や友達を自分の手で引き裂いたことがわかった子供の絶叫! それをお求めなのよ。あのお方は!」
「何者だ! 言え、その悪魔のような依頼人の正体を!」
 両者は同時に後方へ跳び、同時に杖を抜き放って魔法の矢を放ちあった。
 空中でマジックアロー同士がぶつかり合い、火花をあげて相殺し合う。
 強い。ミシェルはトルミーラの技量が自分と大差ないことを感じ取った。以前、トルミーラは通りすがりの名もないメイジにあっさり敗れて捕らわれたそうだが、その頃に比べて腕が上がっているようだ。
「ウフフ、意外そうねえ。私はあの日の屈辱から、監獄の中でも一日も鍛錬を欠かしたことはなかったわ。そして、この胸に渦巻く憎しみが、私の魔法を幾重にも引き上げてくれたのよ」
「威張るな、馬鹿が。貴様はしょせん、血に飢えた獣だ。それよりも、貴様らを解き放ち、こんな恐ろしい企てをさせている者は誰だ? 人間ではあるまい」
「さぁねえ、あなたも騎士なら勝って聞き出してみたら? タダで全部話してあげたら、いくらなんでも私親切すぎるし!」
 ミシェルを拘束しようと放たれた『蜘蛛の糸』の魔法がブレットの土の弾丸で引きちぎられて落ちる。しゃべりながらでも、どちらもまったく隙を見せずに渡り合っている。

191ウルトラ5番目の使い魔 66話 (12/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/26(木) 23:59:50 ID:f/842f2A
 だが、ミシェルはトルミーラを観察しながら、その動きのクセを見切っていた。確かに強いが所詮は我流、強引にカバーしているが動きに明らかな無駄が見られる。
「勝って聞き出せと言うが、死人は口をきけまい。無茶を言ってくれるな」
「あら、そう? 私に勝てる気でいるんだ。あららっ?」
 その瞬間、ミシェルの剣がトルミーラの動きの一歩先をゆき、顔先をかすめた剣によって銀色の髪がパラパラと散った。
 体勢を崩して後方によろめくトルミーラ。だがミシェルはトルミーラに追い打ちをせず、遍在のトルミーラに向かって魔法を放った。
『アース・ハンド』
 土の腕が床から伸び、遍在のトルミーラの足を掴み取る。
「あわっ?」
「サイト、いまだ!」
「うおぉぉぉっ!」
 姿勢を崩して無防備となった遍在のトルミーラに、デルフリンガーが振り下ろされる。
 そして、頭から真っ二つにされた遍在のトルミーラは断末魔さえ残さずに空気に溶けて消滅した。
 これで、残るはトルミーラ本人のみ。才人はトルミーラの間合い近くでデルフリンガーを構えて、ミシェルと一瞬だけ目くばせをしあった。礼はいらない、この程度の連携は当然のことだ。
「さあて、もう遍在を作る隙はやらねえぞ。観念しろ、この悪党」
「あら、まあ。坊や、意外とやるのねえ。私の遍在を一撃で消しちゃうなんて。あなた、どこの子? それだけの腕前で、無名なんてことはないでしょ?」
「悪党に名乗る名前はねえよ」
「あらら、かっこつけちゃって、可愛いわねえ。もしかしてミシェル、あなたの旦那さん?」
「んっ!?」
 赤面するミシェルと、それから才人を見てトルミーラは愉快そうに笑った。
「あらら、あなたって年下好みだったんだ。それにしても、初心な反応ねえ。そっちの坊やもうろたえちゃって、男だったらその立派な剣でミシェルを女にしてやりなよ」
「う、うるせえ! 下品な言い方すんじゃねえ!」
「あら怖い。恋人同士なら当たり前のアドバイスをしてあげただけなのにひどいわ。もっと人生は好きなように生きないと損よ? いつ消えるかわからない命なんだから、今日を思いっきり楽しまなきゃ」
「それで、貴様の遊びのためにどれだけの無関係な人間が犠牲になっていると思っている。どうしてもしゃべらないならそれでいい。貴様の口以外のいらないところはすべて切り落としてから聞き出してやる。文句はあるまい?」
 これは脅しではない。必要とあらば銃士隊はためらいなくそれをやる組織だ。そういう相手を敵にするのが仕事の部隊なのだ。

192ウルトラ5番目の使い魔 66話 (13/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/27(金) 00:07:47 ID:RJjVhhhM
 しかし、トルミーラはけらけらと笑いながら言った。
「おお怖い、私は痛いのは苦手じゃないけど、そこまでされるのは嫌だねえ。でも、二対一じゃさすがに分が悪いし……これは、あきらめたほうがいいかしら」
「降参する……わけがないな。何をまだ隠している?」
「あはは! ミシェルってばイジワルね。せっかく私もかっこつけるチャンスだったのにジャマしないでよ。そんな悪い子たちは、私が自ら引き裂いてあげるわ!」
 そう叫ぶと、トルミーラはなんと自らの杖を自分の腹へと突き立てたのだ。
「なっ!?」
 才人が思わずうめきを漏らした。ミシェルも愕然とした様子で目を見開いている。
 だが、トルミーラは腹から血を流しながらも、恍惚とした表情で叫んだ。
「アア、いいわあ。この痛み、サイッコウ! この感覚、今すぐアナタタチにも味わわせてあげるからネエ!」
 声が変質するのと同時にトルミーラの体が変わる。手に鋭い爪が生え、顔もマスクのような無機質なものとなり、先に才人とミシェルが倒したものと同じ姿の怪人へと変わり果てたのである。
「アアァァァー!」
 奇声をあげながら飛びかかってきた怪人の一撃を、才人とミシェルはとっさに剣でガードした。
 しかし、すごいパワーで受け止めきれずに、二人とも後ろへと弾き飛ばされてしまう。なんとか踏みとどまり、隙を見せることは防げたものの、何発もこらえることができないのは明白であった。
 こいつ、追い詰められてヤケを起こしたのか! だが才人がそう感じた瞬間、怪人がトルミーラの声で話しかけてきた。
「アハハハ、どう? 私のこの姿は。なかなかカッコイイと思わない?」
「トルミーラ、貴様、正気を保っているのか」
「もちろん、でなけりゃわざわざ変身なんかするものですか。この姿、ヒュプナスっていう殺戮本能の塊の野人らしいけど、なんでか私だけ変身しても正気でいられるのよね。ちょおっと興奮して、イイ気持ちになるだけなのに、みんなヘンよねえ」
「根っから邪悪な人間は凶暴化せずに馴染むというわけか。いよいよ貴様にかける情けがひとかけらもなくなったよ。サイト、もう生け捕りは無理だ。殺すぞ」
 ミシェルの決意に、才人も仕方ないというふうにうなづく。しかし、ヒュプナスとなったトルミーラは笑いながら杖を二人に向けた。

193ウルトラ5番目の使い魔 66話 (14/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/27(金) 00:08:44 ID:RJjVhhhM
「だから、勝つ気なのかって言ってるのよ。ウィンド・ブレイク!」
 風の弾丸が杖から放たれ、とっさに回避した二人の横をすり抜けて壁を破壊した。
「魔法も使えるのかよ!」
「当然よ! なにせ私の頭は冴えに冴えまくっているですもの。さあ、痛みの倍返しの時間よ。遠慮しないで受け取ってェ!」
「丁重にお断りさせてもらう!」
 魔法と剣が交差し、火花が散って風圧が部屋の気圧を上げた。
 さっきとは段違いの強さだ! 一分にも満たないやり合いで才人とミシェルは感じた。部下が変身したヒュプナスは本能で暴れ狂うのみであったが、こいつは自分の意思で攻撃してくる上に魔法まで使う。
 ミシェルが間合いをとろうとした瞬間を狙って、エア・ハンマーが放たれ、寸前で割り込んだ才人がデルフリンガーで魔法を吸収する。しかし瞬時に間合いを詰めてきたヒュプナスの爪が才人の頭を薙ぎ払おうとした瞬間、ミシェルの放ったマジックアローが寸前でヒュプナスの爪をはじいた。
「やるわねえ! 仲がいいってステキよ。じゃあアナタタチの体をグッチャグチャにして、内臓までいっしょにしてあげるわ!」
「悪趣味なんだよ、このババア! てめえはまずお茶と生け花から始めやがれ!」
 才人も必死でやり返し、言い返すが、すでに息が切れ始めている。ミシェルも剣と魔法を併用し続けて疲労が目に見えてきている。それでも、二人がかりの全力で、やっと互角のありさまだ。気を抜いたら一発で殺されてしまうだろう。
 長引けば勝ち目はない。だが、どうすれば? せめてあと一人、アニエスがいれば三段攻撃の戦法が使えるのに。
 いや、ないものねだりをしても仕方がない。才人は必死で打開策を考えた。隣ではミシェルが額にびっしりと汗の粒を張り付けながら鋭い視線を巡らせている。向こうも必死で対抗策を考えているのだろう。
 だが前のヒュプナスと違って、トルミーラのヒュプナスには理性がある。下手な作戦や陽動は見破られるだろうし、複雑な作戦を打ち合わせている暇などない。
 そのとき、ミシェルが才人にぽつりと言った。
「サイト、わたしとお前が三回目に共闘したときのことを覚えているか?」
「えっ? 三回目というと……ワイルド星人とドラゴリーのとき、だよな」
「そうだ。お前はあのとき、危なくなったわたしを間一髪助けてくれたな。今度も、期待しているぞ」
 ミシェルは軽くウインクして見せると、剣を構え直してトルミーラに向かっていった。

194ウルトラ5番目の使い魔 66話 (15/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/27(金) 00:13:42 ID:RJjVhhhM
 才人は一瞬、「えっ?」となったものの、記憶を掘り起こしてハッとした。そうか、あのときのことをここで……確かにミシェルならできる。となれば、自分のすべきことは。
「デルフ、ちょっと頼みがあるんだ。これから奴に切り込む、お前は中身のない大騒ぎをしてできるだけ奴の気を引き付けてくれ、得意だろ?」
「おいおい、なんか作戦を思いついたみたいだけどひでえ言い草だなあ。まあいいか、俺っちが魔法を吸うだけが取り柄じゃねえってことを見せてやるぜ!」
 才人は相棒に笑いかけて、ミシェルに続いてトルミーラに突撃した。
「お前の相手はおれだババア!」
「そうだこの年増の厚化粧女! 怪物のマスクにまでしわがはみ出てるぞ。俺っちの美しい刀身にブサイクなもん映させんじゃねえよ!」
「アナタたち、よほど早く死にたいようねえ!」
 才人とデルフの悪態に、トルミーラは激昂して殴りかかってきた。
 ヒュプナスの爪がデルフの刀身とかみ合い、才人は全身の筋肉を総動員してやっと受け止め、デルフも刀身がきしんで「折れる折れる!」と悲鳴をあげる。
 だが、おかげで一瞬だがトルミーラの意識がミシェルからずれた。その隙を逃さず、ミシェルは杖を持って全力の魔法を放った。
『錬金!』
 杖から放たれた光が部屋を照らす。トルミーラは、才人の行動が陽動であろうと読んでいて、背後から不意打ちにしてくるなら返り討ちにしてやろうと待ち構えていたが、予想外の魔法に戸惑い、動きを止めてしまった。
 その瞬間、錬金の魔法によって基礎構造を崩された部屋の天井が轟音をあげて崩落を始めたのだ。
「ミシェル!」
「サ、サイト……」
 精神力を一気に絞り出すほどのパワーで錬金を使ったことで脱力してしまったミシェルを助けようと、才人は倒れ掛かるミシェルを抱きかかえて全力で部屋の出口へと走った。
 もちろん、それを見逃すようなトルミーラではない。逃げ出すふたりを後ろから襲おうと、その鋭い爪を振り上げた。
「バァカねえ! これで部屋ごと私を押しつぶす気でしょうけど、私のスピードなら簡単に逃げられるわ。地の底に眠るのはアナタたちよぉ!」
 その通りに、才人の背中にヒュプナスの爪が迫り来る。だが、トルミーラが勝利を確信した、その瞬間だった。
「ウワッ! あ、足が動かな? これは、私の蜘蛛の糸!?」
 なんと、ヒュプナスの足にさきほどトルミーラが放ってミシェルが撃ち落とした蜘蛛の糸の魔法がからみついていたのだ。

195ウルトラ5番目の使い魔 66話 (16/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/27(金) 00:15:06 ID:RJjVhhhM
 ミシェルは才人に抱きかかえられながら、慌てるトルミーラに向けて冷たく言い放った。
「そうだ、自分の放った魔法に足を取られて逝け。貴様には似合いの末路だ」
「ま、まさか、蜘蛛の糸が落ちている場所まで計算して! ワアアァァァーーッ!」
 崩れ落ちる大量の瓦礫がトルミーラに降り注いだ。いくら頑強なヒュプナスの体といえども、地下室を作り上げるための強固な構成材の数十トンにも及ぶ落下には耐えられない。
 間一髪、出口に滑り込んだ才人とミシェルに、大量の粉塵が追い打ちをかけてくる。ふたりは目を閉じてそれに耐え、粉塵が収まった後で部屋を見返すと、部屋は巨岩のような瓦礫にうずもれてしまっていた。
「や、やったぜ! さっすがミシェル。でも、一歩間違えればおれたちも瓦礫の下敷きだったってのに、すげえ無茶考えるぜ」
「フッ、サイトならあのときと同じようにわたしを助けてくれると信じていたよ。お前は誰かを救う時は、絶対に期待を裏切らない。わたしはそう信じている」
 信頼のこもった優しい眼差しがふたりの間で交差する。
 しかしそのとき、転がる瓦礫からごろりと岩が動く音がしたのをふたりは聞き逃さなかった。
「死いぃぃぃねぇぇぇーーっ!」
 瓦礫から飛び出してきたヒュプナスの爪が才人とミシェルを襲う。だが、ふたりはそれを見切っていた。
 満身創痍のヒュプナスに、二振りの剣が突き出された。
「ガハッ」
 動きが鈍っていたヒュプナスの左胸に、二本の剣が突き刺さり、ヒュプナスは青色の血を流しながらゆっくりと倒れた。
 これで本当に終わりだ。心臓の位置は人間と変わらないヒュプナスは致命傷を受け、トルミーラの姿に戻って口から血を漏らした。
「フ、ハハ……痛い、痛いわ。わ、私の負けね……まさか、あんたたちみたいなのに負けるなんて。ウ、フフ、ハハ」
 自嘲気な笑いを浮かべ、トルミーラは見下ろしてくる才人とミシェルを見上げ、視線が合ったミシェルはトルミーラに話しかけた。
「約束だ、わたしが勝ったから首謀者の正体を教えてもらおう」
「ふ、ハハハ。オシエナーイ! だって私、悪党でイジワルだから。ン、でも、気にすることはないわ。あの方は、いずれあなたたちの前にも現れるでしょうから、それまで楽しみにしてるといいわ」
「それは、ここと同じような悪事を、そいつは企んでいるということか?」
「エエ、そうよ。あの方は、このハルケギニアをメッチャクチャにするのが目的みたい。すぐにでも、次のナニカが新聞を賑わすでしょう……そして、実は私はホッとしているのよ」
「何?」
 生気を失っていくトルミーラの顔に、子供のように安堵した表情が浮かぶのをミシェルは見た。

196ウルトラ5番目の使い魔 66話 (17/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/27(金) 00:16:14 ID:RJjVhhhM
「ミシェル……今度は私がお礼を言わなくちゃね。おかげで私は、あの方から解放される……そしてアナタたちは、私なんかとは比べ物にならないホンモノノ恐怖を味わうことになるわ。ウハハハ……」
「それは、どういう意味だ?」
「ウフフ……あの方こそ、本物の悪魔よ。もしココにあの方がいたら、今ごろ肉塊になっているのはアナタたちのほうだわ……恥を忍んで教えてあげる。あの方は、ヒュプナスになった私を、笑いながら軽々とねじ伏せてくれた。あんな屈辱……いえ、絶望はなかったわ……ウハハ、イヒヒヒ」
 ひきつった笑いを漏らすトルミーラを、才人はつばを飲み、冷や汗を流しながら見下ろしていた。
 まさか、この強さのトルミーラを恐れさせるほどの相手。それは、いったい……?
「吐け! そいつの名を!」
「む、無駄よ。知ったところで、あなたたちには何もできない。あの方を倒せる人間なんてこの世にいない。けど、これで私はやっとあの方から逃げられる……ウフ、ハハ……ミシェル、坊や……恋人ごっこができるのも今のうちよ……」
 それを最後に、トルミーラの呼吸は永遠に止まった。
 才人とミシェルは、トルミーラの死体からそれぞれの剣を引き抜く。そしてミシェルはトルミーラの死体のそばにひざをつくと、狂笑のまま死んでいるトルミーラの顔を直してやった。
「なあ、サイト……こいつはどうしようもないクズだったが、どうしてかわたしはこいつを憎む気になれないんだ……意識しなかったとはいえ、トルミーラのおかげでわたしは死なずにすんだ。それと、こいつもリッシュモンにはめられたわたしの家のように、かつてのトリステインの歪みの犠牲者なのかもしれないと思ってな」
「……」
「もしかしたら、元々はトルミーラもまともな奴だったのかもしれない。わたしだって、もしかしたらリッシュモンに騙されたまま、落ちるところまで落ちていたかもしれない。人間は変わってしまう……いつかは、誰でも」
 ミシェルの声からは、不安と寂しさが漏れ出していた。
 人は変わる。そして変わってしまったら容易に元には戻れない。それに対する恐れがミシェルを突き動かしてきたのだということを察した才人は、ミシェルを抱きしめて耳元でそっとささやいた。
「大丈夫、おれは変わらないし、どこへも行かないから」
「サイト……ありがとう」
 それが保証のない言葉だということはわかっている。いくら変わるまいと思っても、時間は人を変えていく。
 だがそれでも、ミシェルは才人の優しさに触れ、この一瞬のぬくもりを全身で味わった。
 物陰から見守っていたアイが、恥ずかしさのあまりに思わず顔を覆いかけるような光景を目にするのは、その数秒後のことである。
 
 
 この日、ハルケギニアを騒がせた連続誘拐事件は誘拐団の全滅という形で幕を閉じた。
 しかし、新聞の明るいニュースに喜ぶ人々は、その裏で進んでいた地獄を知らず、同じような狂気がなおも進行中であることを知らなかった。
 不可思議な平和を謳歌するハルケギニア。その中で起きた、この小さなイレギュラーが、やがて全てを食いつぶすガン細胞のほんのひとかけらであることを、正義も悪も、まだ誰一人として認識してはいなかった。
 
 
 続く

197ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/10/27(金) 00:19:44 ID:RJjVhhhM
今回はここまでです。では、また来月に

198ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 21:59:36 ID:.xFHoMyw
ウルトラ五番目の人、投稿お疲れさまでした!

さて皆さん今晩は。無重力巫女さんの人です。
特に問題が無ければ22時03分から88話の投稿を開始します

199ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:03:41 ID:.xFHoMyw


 世間では夏季休暇の真っ最中であるトリスタニアはブルドンネ街にある巨大市場。
 ハルケギニア各国の都市部にある様な市場と比べて最も人口密度が高いと言われる其処には様々な品物が売られている。
 食料や日用雑貨品は勿論の事、メイジがポーションやマジック・アイテムの作成などに使う素材や鉱石、
 そこに混じって平民の子供向けの玩具や絵本、更には怪しげな密造酒が売らていたりとかなりカオスな場所だ。
 中には専門家が見れば明らかに安物と分かるような宝石を、高値で売っている露店もある。
 様々な露店が左右に建ち並び、その真ん中を押し進むようにして多くの人たちが行き来していた。

 市場にいる人間の内大半が平民ではあるが、中には貴族もおり、その中に混ざるようにして観光に来た貴族たちもいる。
 彼らは母国とはまた違うトリスタニアの市場の盛況さに度肝を抜かれ、そして楽しんでいた。
 見ているだけでも楽しい露店の商品を眺めたり、中には勇気と金貨を持って怪しげな品を買おうとする者たちもいる。
 買った物が使えるか役に立つのならば掘り出し物を見つけたと喜び、逆ならば買った後で激しく後悔する。 

 そんな小さな悲喜劇が時折起こっているような場所を、ルイズは汗水垂らして歩いていた。
 肩から鞄を下げて、右手には先ほど屋台で買った瓶入りのオレンジジュース、そして左手には街の地図を持って。

 思っていた以上に、街の中は熱かった。暑いのではなく、熱い。
 まるですぐ近くで炎が勢いよく燃え上がっているかのように、服越しの皮膚をジリジリと焼いていく。
 左右と上から火で炙られる状況の中で、ガチョウもこんな風に焼かれて丸焼きになるのだと想像しながら歩いていた。
「…迂闊だったわ。こんな事になるんなら、ちょっと遠回りするべきだったかしら?」
 前へ前へと進むたびに道を阻むかのように表れる通行人の間をすり抜けながら、ルイズは一人呟く。
 霊夢や魔理沙たちに負けじと勢いよく『魅惑の妖精』亭を出てきたのは良いものの、ルートが最悪であった。
 チクトンネ街は日中人通りが少ないので良かったものの、ブルドンネ街はこの通り酷い状況である。
 観光客やら何やらで市場は完全に人ごみで埋まっており、それでも尚機能不全に陥っていないのが不思議なくらいだ。
 
 普段からここを通っていたルイズは大丈夫だろうとタカを括っていたが、そこが迂闊であった。
 一旦人ごみの中に入ったら最後、後に戻る事ができぬまま前へ進むしかないという地獄の市場巡りが待っていた。
 人々と太陽の熱気で全身を炙られて意識が朦朧としかけ、それでも荷物目当てのスリにも用心しなければいけないという困難な試練。
 ふと立ち止まった所にジュース屋の屋台がなければ、今頃人ごみの中で倒れていたかもしれない。
(こんな事なら帽子でも持ってきたら良かったわ。…でもあれ結構高いし、盗まれたら大変ね)
 ルイズは二本目となるオレンジジュースの残りを一気に飲み干してしまうと、空き瓶を鞄の中へと入れた。
 鞄の中にはもう一本空き瓶と、もう二本ジュース入りの瓶が二本も入っている。
 幸いにもジュース自体の値段は然程高くなかった為、念のために四本ほど購入していたのだ。
 
 他にはメモ帳と羽根ペンとインク瓶、それに汗拭き用のハンカチとハンドタオルが一枚ずつ。
 そして彼女にとって唯一の武器であり自衛手段でもある杖は、鞄の底に隠すようにしてしまわれている。
 万が一の考えて持ってきてはいたが、正直杖の出番が無いようにとルイズはこっそりと祈っていた。
(私の魔法だと一々派手だから、一回でも使ったら即貴族ですってバレちゃうわよね)
 それでも万が一の時が起これば…せめて軽い怪我で済ませるしかないだろう。

200ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:05:23 ID:.xFHoMyw
 地獄とも言える夏場の市場めぐりにも、終わりというものは必ず存在する。
 自ら人ごみの中へと入ったルイズが歩き続けて数十分、ようやく人の流れが少なくなり始めたのに気づく。
 三本目のジュースに手を付けようかとしていた矢先の幸運。彼女ははやる気持ちを抑えて前へと進む。
 
 そして…―――、彼女はようやく地獄から脱出することができた。
「あっ…――やった。やっと、出る事が出来たわ」

 予想通り、人ごみの途絶えた先にあったのは休憩所を兼ねた小さな噴水広場であった。
 中央の噴水を囲むようにして日よけの為に植えられた樹と、その周りに設けられたベンチに平民たちが腰を下ろして一息ついている。
 ハンカチやタオルで汗をぬぐう者、近くにある屋台で買ったジュースを味わっている者や談笑しているカップルと老若男女様々。
 ザっと見回したところで二十数人近くがここで休んでいるのだろうか、市場を出入りする通行人もいるので詳しい数は分からない。
 それでも背後にある地獄と比べれば酷く閑散としており、涼むには丁度良い場所なのは間違いないだろう。
 ルイズはすぐ近くにあったベンチへと腰かけると、ホッと一息ついて肩の鞄をそっと地面へと下ろした。
 そして鞄からハンドタオルを取りだすと、顔と首筋からびっしりと滲み出てくる汗をこれでもかと吸い取っていく。

「ふうぅ…っ!全く、冗談じゃなかったわよ…夏季休暇で市場があんなに盛況になるだ何て、今まで知らなかったわ」
 先ほど潜り抜けてきた下界の灼熱地獄を思い出して身を震わせつつ、程よく湿ったハンドタオルを自身の横へと置く。
 鬱陶しくしても人ごみのせいで拭けに拭けなかった汗を拭えた事である程度気分も落ち着けたが、今度は着ている服に違和感を感じてしまう。
 この前平民に変装する為にと買った服も早速汗で湿ってしまったのだが、流石に服の中へタオルを入れる真似なんてできない。
 生まれも育ちも平民の女性ならば抵抗はないだろうが、貴族として生まれ学んできたルイズには到底無理な行動である。
 その為着心地はすこぶる悪くなってしまったものの、それもほんの一時だと彼女は信じていた。

(まぁこの気温ならすぐに乾くでしょうし、ほんのちょっとの辛抱よ)
 丁度木の陰が太陽を遮るようにしてルイズが腰かけるベンチの上を覆っており、彼女の肌を紫外線から守っている。
 周囲の気温はムワッ…と暖かいものの、それでも木陰がある分暑さは和らいでいる方だ。
 もしもこの広場に樹が植えられていなければ、こんなに人が集まる事は無かったに違いない。
 そんな事を思いつつも、ルイズは休憩ついでに鞄から三本目のジュースが入った瓶と携帯用のコルク抜きを取り出す。
「そろそろ飲み始めないと温くなっちゃうだろうし、冷たいうちに堪能しておかないと」
 一人呟きながらもT字型のコルク抜きを使い、手慣れた動作でルイズはオレンジジュースのコルクを抜く。
 そして抜くや否や最初の一口をクイッと口の中に入れて、そのまま優しく飲み込んでいく。
 オレンジ特有の酸味と甘みが上手く混ざり合って彼女の味覚に嬉しい刺激を、喉に潤いをもたらしてくれる。

 途端やや疲れていた表情を浮かべていたルイズの顔に、ゆっくりと微笑みが戻ってきた。
「んぅー…!やっぱり、こういう暑い日の外で飲む冷たいジュースっと何か格別よねぇ」 
 瓶を口から放しての第一声。人ごみの中で飲んだ時には感じられなかった解放感で思わず声が出てしまう。
 涼しい木陰に腰を下ろせるベンチと、殆ど歩きっぱなしでいつ終わるとも知れぬ市場めぐりとではあまりにも状況が違いすぎる。
 あれだけの人の中を今まで歩いた事の無かった彼女だからこそ、ついつい声が出てしまったのだ。
 しかし…それを口にして数秒ほど経った後でルイズは変な気恥ずかしさを感じて周囲を見回そうとしたとき…
「おやおや、随分と可愛らしい貴族のお嬢様だ。こんな所へ一人で観光しにきたのかい?」

201ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:07:26 ID:.xFHoMyw
 彼女の背後、樹にもたれ掛かって休んでいた青年貴族が突然話しかけてきたのである。
 思わずその声に目を丸くした後、バッと声のした方へ振り向くと思わず自分を指さして「…私の事?」と聞いてしまう。
 年齢はもうすぐ二十歳になるのだろうか、魔法学院はとっくに卒業している年の彼は貴族にしてはやけに安っぽい格好をしていた。
 一応貴族としての体裁は整えているものの、ルイズが今着ている服と比べても格が低いのは一目瞭然である。
 そして同じ貴族である自分に対しての軽い接し方からして、恐らく彼は俗にいう下級貴族なのだろう。

 貴族の家の子として産まれても、その全員が順調な人生を送れるとは限らない。
 とある家の三男か四男坊として生まれれば、親はある程度の教育だけ受けさせて家を追い出す事がある。
 金の無い貴族の家では全員を魔法学院に入れさせる金も無いし、彼らの一生を養える余裕も無いからだ。
 許嫁がいたり魔法の才能があれば別であるが、大抵は杖と幾つかの荷物を鞄に詰められて適当な街へ放り込まれてしまう。
 彼らは魔法も中途半端であれば王宮の仕事が出来るほど頭も良くなく、精々文字の読み書きと掛け算割り算ができる程度。
 王宮での勤めに必要なコネも知識もなく、ましてや宮廷の貴族達から一目置かれる程の魔法も使えない。
 故に彼らの様な低級貴族は平民たちと共に暮らしており、共に同じ職場で働いて日銭を稼いでいる。
 中には壊れた壁や床の修繕なども行っている者たちもおり、日々頑張って暮らしているのだという。

 幸い中途半端な魔法でも平民たちには重宝され、その日の食事に困るような事態は起こっていない。
 魔法学院へ入れる中級や上流階級の者たちは彼らを貴族の恥さらしと呼ぶ事はあるが、声を大にして批判することは無い。
 皮肉にも貴族の恥さらしである彼らが平民たちに力を貸すことによって、貴族全体のイメージ向上へと繋がっているからだ。
 井戸やポンプの修理をしたり、家の修理などのアルバイトも平民たちには好評なようである。
 下級貴族達も無茶な金銭要求をしたりはせず、時にワインや手作りの料理とかでも良いという変わり者もいるのだとか。
 
 きっと自分に声を掛け、あまつさえ貴族と看破してきた彼もその内の一人なのだろう。
 そんな事を考えていたルイズに向けて、背後に青年貴族はクスクスと笑いながら喋りかけてくる。
「そう、君の事だよ。市場から命からがら!…って感じで出てきた時の君を見てね。…お嬢さん、外国から観光に来たお忍びの貴族さんでしょう?」
 得意気になって勝手な事を喋ってくる下級貴族にルイズは苦笑いを浮かべつつ、

――――違うわよこの三、四流の間抜け!私はトリステイン王国の由緒正しき名家、ヴァリエール家の者よッ!!

 …と、叫びたい気持ちを何とかして堪えるのに必死であった。
 何の為にこんな暑い街中にまで繰り出し、そしてあの地獄の市場を超えて来たのか、彼女はその理由を改めて思い出す。
 ここで怒りにまかせて自分の正体を暴露してしまえば、ここへ来た意味自体が無くなってしまう。
 それだけは何とか避けようと必死になって、彼女は硬過ぎる作り笑顔を浮かべて下級貴族に話し掛けた。
「…そ!そそ、そうなのよ!この夏季休暇を利用して小旅行の…ま、まま真っ最中でしてねぇ…ッ!」
「……あ、あぁそうなんだ」
 半ばヤケクソ気味ではあるが、不気味な造り笑顔と震えている言葉に下級貴族も軽く怯みながらそう返してくる。
 ルイズ本人としてもあからさまに無理してると自覚していたので、すぐさま顔を横へ逸らしてしまう。
 
(何やってるのよルイズ・フランソワーズ。こんな所で爆発してたら本末転倒じゃないの…!)
 閉じている口の中で歯を食いしばり、相も変わらず激しやすい自分にいら立ちを覚える。
 そして気分を落ち着かせるように一回深呼吸した後、こちらを心配そうに見ていた下級貴族方へと振り向いた。

202ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:09:40 ID:.xFHoMyw
 相手は気配からして自分が怒りかけていたのだと薄ら分かっていたのか、その表情は若干緊張に包まれている。
 まだ笑みは浮かべていたものの、最初にこちらへ話しかけて来た時の様な軽い雰囲気はすっ飛んでいた。
 ルイズは気を取り直すように軽く咳払いすると、こちらの出方を窺っている下級貴族に申し訳程度の笑みを浮かべて言った。

「ごめんなさいね、何分こう暑いものですから…苛立ってしまったの」
「…え?あぁ、いや…その、それなら…まぁ」
 特別怒っているわけではなく、ましてや媚びているワケでもない微笑みに下級貴族は返事に困ってしまう。
 暫し視線を泳がしつつ、言葉を選ぶかのように口を二、三度小さく開けた後でルイズに言葉を返す。
「こ、こちらこそ悪かったよ。変に子供扱いしちゃってて…」
 当たり前じゃないの!…そう怒鳴りたい気持ちを抑えつつ、ルイズは言葉を続けていく。
「そうだったの。確かに私はまだ十六だけど、ご覧のとおり一人で旅できる程度には独り立ちできてましてよ」
 エッヘンと自慢するかのように薄い胸をワザとらしく反らす彼女を見て、下級貴族は「は、はぁ…」と困惑してしまう。
 しかし、どこの国から来たかまでは知らないが確かに留学を除いて十六の貴族が一人旅行などできるものではない。
 
 国境を超える為の書類や費用等を考えれば子供には大変であろうし、何よりまず親が許さないだろう。
 とはいえ例外もあり、将来自立する意思のある貴族の子なんかは率先して留学したり国外旅行へいく事もある。
 それを考えれば自分の様な下級貴族にも自慢したくなる気持ちと言うのは、何となくだが理解する事はできた。
 そりゃ安易に子ども扱いしたら怒るのも無理はないだろう。彼はそう納得しつつ改まった態度で彼女に言葉を掛ける。
「…にしても、この時期のトリスタニアへ遊びに来るとは…また随分と勇気があるようで」
「まぁね。本当は秋か冬にでも行こうって決めてたんだけど、どちらの季節とも大切な用事ができてしまったのよ」
 
 そこから先数分程、思いの外自分の゙演技゙に釣られてくれた彼とルイズは話を続けた。
 ガリアから来たという事にしておいて、国の雰囲気が似ているトリステインへ興味本位に遊びへ来たこと。
 その興味本位で市場に入ったところ揉みくちゃにされて、危うく倒れかけたこと。
 先ほどの市場はもう二度と御免であるが、リュティスと似ているようでまた違うトリスタニアが良い所だと熱く語って見せた。
 無論ルイズは生粋のトリステイン人なのだが、これまで一度もガリアへ行ったことが無いという事はなかった。
 リュティスには家族旅行で何度か行った経験もあり、それのおかげである程度のガリアの知識は頭の中にあったのである。
 幸いにも相手は母国から出たことが無いような下級貴族であり、よっぽど下手しなければバレる事は無い。

 ルイズは自分の言葉に気を付けつつも、顔は良いがタイプではない下級貴族の青年と暫しの会話を楽しんだ。
 家族旅行で訪れた場所を思い出しながらガリアの事を話し、相手はそれを楽しそうに聞いている。
 時間にすればほんの五分経ったころだろうか、黙って話を聞いていた下級貴族が口を開いて喋ってきた。
「いやぁ、貧弱な家の三男坊である自分がこうして君みたいな素敵な人から異国の話を聞けるとは…今日の僕はツいてるよ」
「あら、その顔なら街娘くらいはキャーキャー言いながら寄ってこないものなのかしら?」
 ルイズがそう言ってみると、彼は苦笑いしつつ両肩を竦めるとすぐさま言葉を返した。
「そうでもないさ。僕たち下級貴族の男子になんか、御酌はしてくれるがそこから先に全く進みやしないからね」
 何せ貴族は貴族でも。、金の無い下級貴族だからね。…若干自分をあざ笑うかのような言葉に、彼女も苦笑してしまう。

 そんなこんなで話が弾んだところで、ルイズはそろそろ自分の『やるべき事』を始めようと決意した。
 これまで以上に言葉を選び、かつ悟られない様に聞き出さなければいけない。

203ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:11:22 ID:.xFHoMyw
 夏の陽気に中てられて、活気づいた王都の中にジワリジワリと滲む…新生アルビオン共和国に対する反応を。
 ルイズは苦笑いを浮かべたままの表情で、ニカニカとはにかんでいる下級貴族へと話しかけた。
「それにしても、王都は本当に賑やかね。聞くところによると、あのアルビオンと戦争が始まりそうだっていうのに」
「アルビオン…?あぁ…ラ・ロシェールの事件でしょう、君よく知ってるねェ」
「トリステインへ行くときに、行商人から聞いたのよ。もうすぐこの国とあの国で戦が起こるって」
 突然話の方向が変わった事に違和感を感じつつも、彼は何の気なしにその話に乗る。
 ルイズもルイズで事前に考えていた『話の輸入先の設定』を言いつつ、聞き込みを続けていく。

「普通戦が起こるってなると王都でも緊張した雰囲気に包まれそうなものだけど…ここは真逆みたいね」
「まぁ時期が時期だよ。こんなクソ暑い季節の中で緊張したって、熱中症で倒れてたらワケないしな」
 彼の言葉にルイズはまぁ確かに納得しつつ、いよいよ本題であるアルビオンへの評価を聞くことにした。

「…ところで、トリステインの貴族の方々にとって今のアルビオンが掲げる貴族による国家統治はどう思ってるのかしら?」
「んぅ?失礼な事を言うね異国のお嬢さん」
 ルイズの質問に対し、まず彼が見せたのは薄い嫌悪感を露わにしたしかめっ面であった。
「いくら俺たちがこの先十年二十年生きられるかどうか分からん貧乏貴族だとしても、連中の甘言には乗らんさ」
「そうよね?私もアイツラの掲げる思想は嫌いだわ、王家を蔑ろにするなど…貴族がしてはならない行為よ」
「その通り。特にこの国の王家に関しては…たとえ奴らが金貨の山を差し出そうとも裏切るような事はしないつもりだ」
 平民と共に暮らす貧乏貴族とは思えぬ…いや、逆に貧乏だからこそ王家を並みの貴族以上に崇めているのかもしれない。
 近いうち女王となるアンリエッタの笑顔を思い出しつつも、ルイズはカンタンな質問を混ぜ込みつつ話を続けていく。
 アルビオンと本格的な戦争が始まったら志願するのか、今後トリステインはかの国へどう対応すればいいべきか等々…。

 ルイズなりに投げかけるそれを会話の中に自然に混ぜ込み、あたかも世間話のように見せかける。
 そうこうして数分ほど話を続けていた時、ふと下級貴族の背後から複数人の呼び声が聞こえてきたのに気が付いた。
「オーバン!俺たち抜きで何ナンパなんかしてんだよー!」
「えっ…!?あ、あぁビセンテ、それにカルヴィンにシプリアル達も!」
 何かと思ったルイズが彼の肩越しに覗いてみると、いかにもな若い下級貴族数人が少し離れた所から手を振っている。
 皆が皆オーバンと呼ばれた青年貴族と同じように、貴族用ではあるが比較的安そうな服を着ていた。
「あら、お友達と待ち合わせしてたのね。それじゃあ、私はここらへんで…」
「え?あっ…ちょっと…!」
 そんな集団が手をありながらこっちに来るのに気が付いたルイズは、話に付き合ってくれた彼に一礼してその場を後にする。
 鞄を肩に掛けてベンチから腰を上げるや否や、呼び止めようとする彼に背を向けて早足で立ち去っていく。
 オーバンも思わず腰を上げて追いかけようとしたものの、時すでに遅く名も知らぬ異国?の少女は人ごみの中へと消えて行った。

 所詮自分は底辺貴族、物語の様なロマンスなど夢のまた夢という事なのだろう。 
 自分の前にサッと現れサッと消えて行った彼女を口惜しく思いつつも――――…ふと思い出す。
 この広場で他の誰よりも目立っていた、あのピンクのブロンドウェーブに見覚えがあるという事を。
「あのピンクブロンド…うん?どっかでみた覚えがあるような、ないような…?」

 
 それから少しして、あの広場から十分ほど歩いた先にある十字路の一角。
 市場からの距離も微妙な為日中のブルドンネにしては人通りも大人しい、そんな静かな場所で景気の良い音が響いた。

204ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:13:35 ID:.xFHoMyw
 それはパーティなどで勢いよくシャンパンのコルクを開けた時の様な音ではなく、思いっきり拳で硬いものを殴った時のような気持ちの良い殴打音。
 何かと思って数人の通行人が音のした方へ視線を向けると、彼らに背を向けているルイズの姿があった。
 どうやら、右手に作った拳でもって十字路に建てられた共同住宅の壁を殴りつけた直後だったらしい。
 ギリギリと拳を壁にめり込まそうとばかりに力を入れている彼女の後ろ姿を目にして、人々は慌てて視線を逸らす。

 その洒落た服装からして彼女がタダの平民ではなく、商家の娘かお忍びの貴族令嬢だと察したのであろう。
 ――目があったら巻き込まれる。本能で゙ヤバイ゙と悟った人々は何も見なかったと言わんばかりに、早足でその場を後にしていく。
 そうして周囲の注意をこれでもかと引いたルイズは、はふぅ…と一息ついてそっと右拳を壁から放した。
「結構力は抜いたつもりだけど…イタタ、木造でもこんなに痛いモノなのね」
 後悔後先に立たずな事を呟きつつ右手の甲を撫でたルイズは、先程話に付き合ってくれた青年の事を思い出す。
 もう少し話を続けていれば、今頃食事なりお茶の誘いでも出されていたに違いないだろう。
 あの手の輩というものは大抵よさげな女の子に声を掛けて、さりげなく良い流れになったところで誘ってくるのだ。 
 そう考えるとあの友人たちの乱入は正にあの場を離れるには絶好のチャンスとも思えてくる。

 彼らのおかげで程よくアルビオンに対する情報を聞けたうえ、良いタイミングであの場を後にすることができたのだから。
 早速忘れぬ内にメモしておこうと鞄の中を漁りつつも、同時にルイズはほんの少し残念な気持ちを抱えていた。
「それにしても…案外私の髪の色を見ても、誰も私がヴァリエールの人間だなんて気づかないものなのねぇ」
 あの下級貴族と言い、周りにいた平民も含めてみな自分の髪の色を見てピン!と来なかったのであろうか。
 市場にいた時はともかく、誰かが一人くらい気が付いても良いはずである。少なくとも彼女はそう思っていた
 昨日もそうであった。御忍びの貴族だと街娘にはバレてしまったが、家の名前までは言われなかった。
 と、いうことは…ヴァリエール家は今の御時世民衆の間であまり知られていないのではないのか?
 そんな事を考えて落胆しそうになったルイズは、ふと思う。

「みんな知らない…っていうよりも、公爵家の娘がこんな所にいるワケないって思ってるのかしら?」

 自分で言うのも何だが、下々の者たちからして見れば正にそうなのだろう。
 確かに、名のある公爵家の人間――それも末の娘が一人で王都を出歩くなんて滅多に無い事である。
 そう考えてみると、確かに自分を目にしてもその人が公爵家の人間だなんて思わないに違いない。
 例えば王家の人間が平民に扮していても、誰もその人がこの国の中枢を担う人物だと気づかないのと同じだ。
「そうだとすれば…案外、私が立てた作戦も上手くいきそうな気がするかも…」
 鞄からようやっとメモ帳を取り出し、何回かページを捲って何も書かれていない空白の頁を見つける。
 そして何処かに落ち着いて文章を書ける場所が無いかと、しきりに辺りを見回した。

 ルイズが今口にした『作戦』というのは、アンリ得た直々に命令された民衆からの情報収集のことだ。
 これから一戦交える前に、人々はアルビオンに対しどのような反応を抱いているのかを調べるのである。
 早速それを行うとした昨日、散々な結果で終わってしまったルイズに代わって魔理沙がそれを肩代わりする筈であった。
 しかし、アンリエッタからの命令と言う事もあってこのままではいけないと感じた彼女は、自ら行動する事にした。
 元々責任感もあるルイズとしては、あの黒白に頼り切るというのに一途の不安を感じたという事もあったが…。
 とはいえ考えなしに行っても昨日の二の舞になるのは明白であり、そこで彼女はとある『作戦』を思いついたのである。

205ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:15:27 ID:.xFHoMyw
 生粋の貴族として育てられたルイズにとって、一平民として民衆の中に紛れ込むのは非常に難しい。
 ならば…敢えて彼女はその゙逆゙側―――ただのイチ貴族、それも国外から来た観光客として扮する事に決めたのである。
 今の時期、王都を観光しにあちこちの国から様々な年齢の観光客が大挙して押し寄せている。
 ルイズは敢えてその中に紛れ込み、アルビオンと戦争状態になった事をさりげなく民衆や下級貴族に聞き込む事にしたのだ。
 さっき聞き込みをしたのは下級貴族であったが自分がトリステイン貴族だと気づかれず、うまく聞き取りを終える事かできた。
 下級貴族ならば平民と同じ環境で暮らしているために彼らの世間話も耳にしているだろうし、情報に困る事も無い。
 ついさっきは、ものの試しにと話しかけてみたが思いの外相手は自分の話に乗ってきてくれた。
 
 とはいえ、流石に自分とは雲泥の差がある格下の貴族にああも気安く話しかけられたのは色々と大変だったらしい。
 先ほどルイズが壁を殴ったのも、あの若干チャラチャラとした貴族を殴りたくて我慢した結果であった。
 もしもあそこで我慢できずに暴発していたら、今頃すべてが台無しになっていたのは間違いない。
「よし…と!ひとまず一人目…とりかく今日は十人くらいトライしなくちゃね」
 十字路を西の方へと歩いた先、そこにあるベンチでメモに情報を書き終えたルイズはパタンとメモ帳を閉じる。
 そして取り出していたインク瓶と羽ペンをしまうとメモ帳も鞄の中に入れて、スッと腰を上げる。
 ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの誰にも言えぬ秘密のミッションは、こうして幕を開けたのであった。

 最初に彼女が選んだのは、ブルドンネ街の中央寄りにある大きな通りであった。
 そこは通称『厨房通り』とも呼ばれている場所で、その名の由来である数多の飲食店が群雄割拠している場所だ。
 主な客層は貴族やゲルマニアで商人などをしている平民であり、皆それなりに裕福な身なりをしている。
 店のジャンルは基本トリステインで貴族が好んで食べる高級料理などであり、変化球の様にサンドイッチやデザート等の専門店もある。
 どの店も通りを少し侵食するようにしてテラス席を設けており、日よけのした設置されたテーブルで美味しい食事にありついている。
 無論平民や下級貴族など安くてお手頃な飲食店も規模は小さいものの存在し、市場に次いでかなりの人々が通りを行き交っていた。
 
 ルイズは市場での経験を生かしてかなるべく通りの端を歩きつつ、王都の地図を片手に話しかけやすそうな人を探していた。
 当然地図を持っているのは観光客を装う為であり、彼女自身王都で迷う心配など微塵もなかった。
 現に周囲を見回してみると、今のルイズと同じように地図を手に通りを不安げに歩く貴族の姿がチラホラと見える。
 若い者たちは地図と睨めっこしつつ歩いており、中には従者らしき者に道案内をさせている年配の貴族もいる。
 彼らは大小の差はあれど軽い手荷物と地図からして、本物の観光客だというのが丸わかりだ。
 そういう人たちに混じって、ルイズは大人しく…かつある程度物知りな平民か下級貴族に道を尋ねるついでに聞き込みをするつもりであった。
「…とはいえ、この人の流れだと上手く話しかけられるかしら?…って、あの平民ならいけそうかも」
 周囲の人々を観察していたルイズは、ふと目に入った中年の平民男性に狙いを定めてみる。

 どうやら人の流れから少し外れて、路地裏へと続く小さな横道の前で一休みしているらしい。
 中年になってまだ間もないという外見の男性は、手拭いで首の汗を拭いつつ燦々と輝く太陽を恨めしそうに見つめている。
 見た感じならば人もよさそうであるし、これなら少し会話した程度で揉め事が起こる心配は少ないだろう。
 ほんの少し足を止めて様子見をしていた彼女は、早速その平民に話しかけてみる事にした。

「そこのアナタ、休憩中悪いけれどちょっと良いかしら?」
「…お?…んぅ、マントは無いようだけど…もしかしてお忍び中の貴族様…でよろしいかと?」
「えぇ、今は気兼ねなく旅行するためマントは外してあるの。紛らわしくてごめんなさいね」

206ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:17:40 ID:.xFHoMyw
 マントを着けでおらず、しかしその居丈高な物言いと身なりで彼はルイズが貴族であると何となく察したらしい。
 物分りの良い男にルイズもやや満足気に頷いてみせると、平民の男は「あぁいえ!こちらこそ…」と頭を下げる。
 どうやら自分の目利き通り、貴族に対しての作法はある程度心得ているようだ。
 それに安心したルイズも「別に気にしていないわ」と返しつつ、最初に道を尋ねる所から始める。
「初めて王都へ来て道へ迷ってしまったのよ。ここからタニアリージュ・ロワイヤル座へ行くにはどうしたら良いかしら」
「あぁ、ここからそこへ行くんなら…」
 異国の貴族を装うルイズの尋ねに対し、平民の男もやぶさかではないという感じで説明を始めた。
 そりゃルイズは黙っていれば本当に綺麗であるし、本性を露わにしなければ淑女の鑑にもなれる。
  
 恐らくはルイズよりもこの街に精通している男の説明は、貴族である彼女でも感心する所があった。
 彼の案内があればどんな方向音痴でも、必ず目的地にたどり着けるに違いないだろう。
 丁寧な彼の道案内を聞いた後、ルイズは礼を述べてからいよいよ本題の聞き込みへと移った。
「ありがとう。…それにしても、この前あのアルビオンと一悶着あったというのにこの街は活気に満ち溢れているわね」
「んぅ、そうですか?まぁこことラ・ロシェールじゃあ距離があるし、第一もう終わった事ですしね」
「でも近いうちに戦争になるかも知れないのでしょう?怖くは無いの?」
「まさか!…というより戦争になっても、こっちまで火の粉が飛んでくる事は無いでしょうよ」
 まぁ確かにその通りだろう。平民と一言二言会話を交えたルイズは内心納得しつつも頷いていた。
 自分の『虚無』が原因でほぼ主力を失った今のアルビオンには、今更トリステインへ攻め入るだけの戦力は無いに等しいだろう。
 流石に艦隊が全滅したという事はないのだろうが、少なくとも今のトリステイン艦隊が圧倒される程強くはないに違いない。

 その後その平民に改めて礼を述べてその場を後にしたルイズは、転々と場所を変えながら聞き込みを続けた。
 話しかけやすそうな平民や下級貴族に声を掛けて道を尋ねて、そのついで世間話を装ってアルビオンについての反応を聞く。
 時には今のトリステイン王家に対する評価も耳に入れつつ、一時間ほど掛けて五人分の聞き込みを終える事が出来た。
 ルイズは一旦人気の多い場所から離れ、路地に接地されたベンチに腰を下ろして聞き込みの内容を記録している最中だ。
 遠くからの喧騒と、その合間へ割り込むように街路樹の葉と葉が擦れ合う音がBGМとなってて耳に入ってくる。
 この時間帯は丁度ルイズが腰かけるベンチ側の道が陰になっており、良い涼み場にもなっていた。
 
「とりあえず決めた目標まであと半分…だけど、結構この時点でかなり枝分かれしてるのねぇ」
 ルイズは羽ペンを傍へ置くと、書き終えたばかりの情報を確認し直してから一人呟いた。
 彼女の言うとおり、街に住む人々から聞いた今のアルビオンとトリステイン王家への評価は以外にもバラバラだったのである。
 ある下級貴族はアルビオンに対して徹底的な報復を唱え、その前にアンリエッタ王女はちゃんと玉座につくべきだと言ったり、
 また平民の商人はあの白の国に関しては後回しでも良いから、まずは国を盤石にするべきだと言う慎重論もあれば、
 いっその事この国をアルビオンに売ってしまえと言う、とんでもない爆弾発言まで出てきたのには流石のルイズもギョッとしてしまった。
 中にはアルビオンと同じように王政ではなく、有力な貴族達による統治を現実的に唱えている者もいた。
 
 それらを見返した後、彼女はこれらの情報を全てアンリエッタに見せるのはどうなのかと躊躇ってしまう。
 一応彼女からは嘘偽りなく、ありのまま伝えて欲しいという事は手紙には書かれていた。
 だがアンリエッタに伝える情報をルイズが吟味して、あまり過激なものは没にする…という事も不可能なことではない。

207ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:19:49 ID:.xFHoMyw

 しかし彼女としては、それを――情報に゙色゙をつけるという行為にほんの少し抵抗があった。
 街の人達のありのままの反応を知りたいアンリエッタの気持ちを、裏切る事になるのではないかと。
 顔を俯かせたルイズは暫し頭を悩ませた後、情報を吟味するか否かの二者択一にぶつかってしまう。

「んぅ〜…こういう時にレイムかマリサがいてくれれば、私の背中を押してくれそうなもんだけど…でもアイツラを頼るのもなぁ」
 今はこの街のどこかにいるであろう二人の事を思い出した彼女は、一人悔しそうに呟く。 
 自分たちの世界が危機に陥っているというのにどこか暢気で、それでいてヤバい時には頼りになるあの二人。
 良くも悪くもこの世界の常識が通用しない彼女たちなら、どう考えるのであろうか。
 それを考えそうになっていたルイズは慌てて首を横に振り、今はそれを余所へ置くことにした。

「今はそんな事を考えてる場合じゃないわ。姫さまに送る情報の事も…もう半分を集めてからの方がいいかも」 
 ルイズはひとまずそれで納得すると羽ペンとインク瓶、そしてメモ帳を鞄の中へとしまい込む。
 まだ自分で決めた目標の半分にしか達していない今考えても、仕方の無い事である。
 忘れ物が無いかのチェックをした後、ルイズは残り半分を片付ける為に人気の多い場所への移動を始めた。


「…じゃあそろそろ私はこれで。道案内、感謝いたしますわ」
「うん、君も気を付けるんだぞ」
 それから更に一時間と少し掛けて、八人目となる下級貴族の男性から話を聞き終えたルイズはその場を後にする。
 今まで目にしてきた者達より少し年を取っているのであろうか、変にフランクな彼は背中を向けている自分に手を振ってくれている。
 彼女もまた手を振って別れつつ、残り二人までとなった情報収集に終わりが見えてきた事にホッと一息ついてしまう。
 一応聞き込み自体は何とかこなせてはいるものの、街中を移動するのにかなりの時間を要している。
 場所によっては時間帯で人ゴミができることはあるし、通行禁止となってしまい遠回りせざるを得ない事が度々あった。
  
 ルイズが今いる場所は最初の前半の五人に聞き込みをしたブルドンネ街から、チクトンネ街へと移っている。
 まだ人の少ない場所と言えどもそこは王都、道を尋ねる封を装って聞き込みをするには充分な数の人はいた。
 とはいえ世間話を装って聞き込むために人によって話が長引く事もあり、結果として今の様に一時間以上かけてようやく八人目なのである。
「何だかんだで意外と時間が掛かっちゃったわね…」
 ポケットに入れていた懐中時計の短針と長針を睨みながら呟くと、すぐ近くにある建物から美味しい匂いが漂ってくるのに気が付いた。
 丁寧に煮込んでいる最中のトマトソースと炒った玉葱から漂う甘い匂い、そして焼きたてのパンから漂うバターの香り。
 時計の短針ば12゙を指しており、長針ば1゜を少し過ぎた所まで進んでいる。
 
 どうやら既に御昼時へと突入しているらしい、そこらかしこの家から食事の匂いが通りに漂っている。
 ルイズは自分の臭覚と舌を刺激する匂いに中てられてか、思わず空っぽになっている自分の腹を抑えてしまう。
「そういえば、朝食以降で口にしたのってジュースだけだったわね…」
 程よくお腹が空き始めた自分の腹を哀しそうに撫でつつ、彼女はここから先はどうしようか悩んだ。
 資金泥棒を追っている霊夢と情報収集をしてくれてるだろう魔理沙には十二時になったらなるべく『魅惑妖精』亭へ戻るようには言っている。
 とはいえ゙なるべぐである為、もしかすればシエスタに話したように夕食時まで帰ってこないという可能性もある。
 特に魔理沙は自分でも調べたい事があると言っていたので、霊夢と二人…もしくは一人で食べる事になるかもしれない。
 何なら昼飯代くらいは捻出できるだけの余裕はあったが、それでも今あの二人に金を貸すのは心配であった。
 だから一度お昼になったら『魅惑の妖精』亭で合流できるなら合流して、どこか程よく安くて美味い店を捜そうと考えていたのだ。

208ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:21:20 ID:.xFHoMyw
 トリスタニアなら平民向けの大衆食堂であっても、そこそこ美味い料理にありつける。
 これが外国とかだと量さえあればいいだろうという事で味が二の次になってしまうが、そこは食に煩いトリステイン人。
 例え手持ちの少ない平民であっても、食事は万人の娯楽であれと言わんばかりに食べる方も作る方も味に拘る。
 食材は無論、調味料や器具にも手を抜かずそれでいて誰にでも手が出せる安い値段で提供するのがこの国の流儀だ。
 美食に飽きた外国の貴族が一番美味しいと言った食べ物が、トリステインの平民向け食堂で出されているサンドイッチだった…なんて逸話があるくらいなのだから。
 それ程までにこの国はロマリア、ガリアと肩を並べるほどに食い物に関しては煩い国なのである。

「う〜ん、あとちょっとだけどお腹減って来たし…軽く腹ごしらえした方がいいかもね」
 ルイズ自身そろそろ何か口にしたいと思っていた矢先に、昼食時というタイミングには勝てなかった。
 幸いチクントネ街にいるので店へ戻るのは然程時間はかからないしだろう。歩いたとしても十分程度であろう。
 思い立ったら即行動…というほどでもないが、湧き上がってくる食欲に勝てるほどルイズは食に無頓着ではなかった。
 すっと踵を返した彼女は『魅惑の妖精』亭のある通りへと向かってスタスタと軽快な足取りで歩き始める。
 まだ任務の事が頭にはあったものの、今すぐにでも自分の目標を成し遂げなければいけないというルールは課していない。
 少し昼食を取って、時間を改めれば良いだけと納得しつつ、何処で食事をしようかという事で頭がいっぱいになり始めていた。

 ブルドンネ街ならば日中でも労働者向きの食堂なら営業しているし、何なら移動販売式の屋台でも良いだろう。
 外で食べるには流石に暑すぎるが、お持ち帰りにして『魅惑の妖精』亭の一階で頂くのも悪くは無い。
 サンドイッチかパスタ、それか選べるのは限られるだろうが思い切って肉料理でガツンと攻めてみるか?
 牛肉より値段の低い豚肉か鶏肉のローストを厚めにスライスしたものと安いチーズをチョイスして、そこに弱い酒の肴にしよう。
 酒をそのまま飲むのは苦手だがジュースやハチミツに割れば、強くなければ快適に飲める。
 そんな事を考えて楽しく歩いていると、ふと彼女は右の方から誰かが走り寄ってくるような音に気が付いた。
 気づくと同時に足を止めて、そちらの方へ振り向いた直後――その走ってきた人影がすぐ目の前にまで近づいてきていた。
 既にぶつかるまで数秒も無いという瞬間の中、ルイズとその人影は当然のようにぶつかり―――小さく吹き飛んだ。

「え…?――キャッ!」
 
 キョトンとした表情を浮かべた直後、突如右肩に伝わる痛みと共に両足が地面から離れたのに気が付き、
 そう思った矢先には、勢いよく地面に尻餅をついてしまったルイズは悲鳴を上げて地面に倒れてしまう。
 幸い鞄はしっかりと絞めていたおかげで中身が散乱、するというヘマをせずに済んだのは幸いと言えるだろう。
 しかし右肩、臀部から背中にまで伝わる鈍い痛みはとても耐えられるものではなく、暫し仰向けになったまま呻くしかなかった。
 陽の光ですっかり熱くなった地面の熱と痛みの両方を受けつつも、ルイズは何とか頭を上げて人影の方を見てみる。
 ぶつかってきた人影の方は然程大丈夫だったのか、地面に尻餅をつきつつも何とか起き上がろうとしている最中であった。

 人影はこんな真夏日和だというのに全身を隠すようなローブを身にまとっており、見てるだけでも暑苦しくなってしまう。
 丁度フードの部分が顔と頭を隠している為に性別は判別できないものの、身長や体格だけ見ればルイズよりも二回り大きい。
 いかにも『怪しい』という言葉を練りに練って人型に仕上げた様な人間であったが、ルイズは怖気もせずにその人影へと怒鳴る。
「イタタァ…ちょっと!そこのアナタ、何処に目を付けてるのよ!?」
「悪い…!少し急いでたもので…」
 ルイズの抗議に対し口を開いた人影の声を耳にして、ルイズは少し驚く。
 その声色は間違いなく女性、それも体格相応ともいえる二十代くらいのものであった。
 てっきり男だと思っていたルイズは更に言おうとした抗議を止めて、思わず彼女の顔を見ようとしてしまう。

209ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:23:21 ID:.xFHoMyw
 丁度自分より一足先に立ち上がった彼女を見上げる形となったルイズは、フードの下にある顔を目にする。
 やはり声色から想像したよりも少し上程度の若い女性が、気の強そうな顔と薄いサファイアの様な碧眼で見下ろしていた。
 流石に顔と瞳の色だけではどんな人間なのかまでは判断つかないものの、貴族に向かって「悪い」とは何て言い草だろうか。
 お昼の事を考えてウキウキしていたところを水に差されたルイズが思わず怒鳴ろうとした直前女はスッと右手を差し出してきた。
 突然目の前に突き付けられたその手に驚きつつ、掴めという事なのかと察した彼女はスッと女の手を握る。
 すると予想通り。女は自分の右手に力を入れて、地面に倒れていたルイズを腕力だけで立ち上がらせる事が出来た。
 
 まさか腕一本で自分を起こした女の腕力に、ルイズは思わず驚いてしまう。
 一体どんな仕事に就けば、女であってもここまでの腕力が育ってしまうのだろうか?
 目を丸くして感心している最中、女はフードを被ったまま頭を下げて謝罪の言葉を述べてくれた。
「申し訳ない、何分急いでいたモノで前を見ていなかったよ…」
「え?いや…ま、まぁ!幸い怪我は…してないし別にいいわよ。次はこういう事にならないよう気を付けなさいよ」
 思いの外丁寧であったフードの女の謝罪にルイズは怒るタイミングを失ったことを苦々しく思うほかなかった。
 てっきり自分を倒したまま「急いでいるから」といって逃げるのを想像していただけに、変な肩透かしをも喰らっている。
 
 ひとまず女の謝罪を受け入れつつも、暫し苦みのある雰囲気を二人が包んだものの…それは長くは続かなかった。
 女の背後―――先ほど暑苦しいローブの姿で走り抜けてきた路地裏から複数の足音が聞こえてくるのにルイズは気が付いた。
 バタバタと喧しい靴音を響かせて近づいてくるその音にルイズが何かと思った直後、フードの女はそっと彼女に囁く。
「私はここを離れる。急で悪いが、お前も何も見なかった風を装ってここから歩いて立ち去るんだ」
「え?それってどういう――――…あ、ちょっと!」
 制止する暇もなく、女は言いたい事だけ言うとそのままルイズが歩いてきた道の方へバッと走り去っていく。
 思わず追いかけようとした彼女はしかし、路地裏から近づいてくる足音の主達がもうすぐで通りに出てくるのに気が付いた。
 
 ―――お前は何も見なかった風を装ってここからに立ち去るんだ
 
 とてもふざけているとは思えない雰囲気が感じられた言葉にルイズは咄嗟に従う事にした。
 どうしてか…と問われれば返事に困っていたかもれしないが、恐らくは「本能的に」という答えを出していたかもしれない。
 そうしてフードの女とは反対方向の道――『魅惑の妖精』亭へと続く道を再び歩き始めたルイズの耳に聞き慣れぬ男たちの声が聞こえてきた。
「…クソ!あの女どこ行きやがった?」
「通りに出たんなら容易に見つけられると思ったが…身のこなしの速いヤツ!」
 聞こえてきた二人分の男の声は聞いただけでも、相当に柄の悪い連中だと判別できるほどの言葉づかいである。
 例え平民であっても、一体どんな教育を受ければあんなオラついた気配が濃厚に漂う声色が出せるのであろう。
 それが気になったルイズが一瞬だけ顔を後ろに向けようとしたところで、新たに二人分の男の声が聞こえてきた。

「慌てるな、ここからそう遠くへは行ってない筈だ。手分けして探そう」
「この路地裏から出たのなら市街地方面に行ったかもしれん。あそこの路地は結構入り組んでいるからな。…俺とお前はあっちだ」
 最初に聞こえてきたチンピラ風の声とは違い、明らかにちゃんとした教育を受けているかのような言葉づかいであった。
 まるで軍でしっかりとした訓練を受けて来たかのような喋り方で、部下で露合う最初の二人に指示を飛ばしている。
 それに対し最初の二人が「あ、はい!」だの「わかりました」と返事を返している事から、後の二人はリーダー格なのであろうか?
 思わず一瞬だけ後ろを振り向こうとしたルイズはしかし、二人分の足音がこちらの方へ向かってくるのに気が付く。

210ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:25:29 ID:.xFHoMyw
 
 動かそうとしていた頭を咄嗟に止めたところで、自分の横を二人の男が駆け抜けていくのが見えた。
 先頭を走るのは先ほどガラの悪そうな喋り方をしていた奴であろうか、いかにもチンピラと言えるような恰好をした平民だ。
 対してその後ろについて行っているのは彼よりかは多少の身なりの良い平民の男だ。年は前の奴より少し上であろうか。
 幸い二人はルイズの事は横目で一瞥しただけで話しかける事も無く、彼女が進む方向へパタパタと走っていく。
 ルイズは気づかれぬようじっと彼らの背中を見つつ、あの女の言葉が間違いのない忠告であったと理解した。
 
 やがて残っていた二人は女が走っていった方向へと向かって行き、通りから物騒な気配が消えていく。 
 道の端っこで世間話に興じていた人々は何事も無かったように話しを再開しており、一見すれば平和そのものである。
 しかし、ついさっきまで只者ではない平民の男連中がいたことには気づいているのか、何人かがその話をしていた。
 無論、彼らの横を通り過ぎるルイズの耳は微かではある物のその話を聞きとっている。
 しかし、大して面白くも無いのでしっかりと聞き流しつつも彼女ははぼそりと独り言を呟く。

「全く、姫さまからの任務と言い、資金泥棒といい、ヤクモユカリとその式達といい、さっきの女や男達といい…夏季休暇になっても休む暇がないのね」
 一学生とは思えぬほどの多忙を前にして、彼女はどうしても愚痴を零したかった。
 誰に聞かせるワケでもないし、ただ呟くだけなら罪にはならないだろうと思いながら。


「―――…で、その愚痴やら相談が混ざってごっちゃになった話を私達に聞かせたかったワケ?」
 ルイズから今に至るまでの経緯を聞いた霊夢は終わるやいなや一言述べた後、一口分に切り分けた豚肉を口の中に入れた。
 アップルソースの甘味とオーブンで皮をカリカリに焼いた豚バラ肉の旨味が上手い事マッチして、未だ洋食慣れしていない彼女の口内を刺激する。
 ただ不味いと問われれば、間違いなく首を横に振る程度には美味しい料理だ。付け合せのパンもソースとの相性が良い。
 そんな事を思いながら、未知なる組み合わせの料理を堪能する彼女の傍に置かれたデルフがルイズに話しかけてた。

『お前さんも色々苦労したんだねぇ。てっきり店で踏ん反り返りながら、オレっち達が帰ってくるのを待ってたと思ってたが…』
「アンタ達の前でそんな事してたら、速攻で弄られるから言われても絶対にしないわよ」

 刀身をカタカタ揺らして笑うデルフにそう言って、ルイズも頼んでいたオムレツ・サンドウィッチを頬張った。 
 表面を軽くトーストしたパンで薄焼きのオムレツを挟んだもので、マヨネーズとトマトソースがパンに塗られている。
 オムレツも薄焼きながらベーコンやジャガイモ、玉葱を刻んだものが入っていて中々面白くて美味しい。
 何でもロマリア方面で良く作られる卵料理らしく、フリッタータと呼ばれるものだという。
 早口で言うと舌を噛みそうな名前であるが、その名前に勝るほどに美味いオムレツである。
 早速一つ目を平らげたルイズは、他にも頼んでいた厚切りベーコンのグリルを待ちつつジュースを一口飲んだ。
 鞄の中に入れていた最後の一本ですっかり温くなっていたが、それでも捨てるには惜しい程にはまだ美味しかった。
「ずるいわねぇ、私とデルフ何て炎天下の中日陰を捜して情報収集してたってのに…アンタだけジュース買ってたなんて」
「私の場合は自分の口座に入ってたなけなしの金で買ったのよ。…っていうか、そこら辺に飲料用の井戸とかポンプがあるでしょうに」
 ジト目で文句を言う霊夢にそう返しつつ、ルイズはチラリと店の外を一瞥する。
 御昼時とあって多くの人が出入りしているが、未だあの黒白の少女――霧雨魔理沙は姿を見せずにいた。

211ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:27:40 ID:.xFHoMyw
「…ホント、魔理沙のヤツどこほっつき歩いてるのかしらねえ〜」
「あんな服だから日射病でやられた…って事は無いと思うけど」
 ルイズの目線で何となく察した霊夢は一言呟いて、料理と一緒に頼んでいたアイスティーに口を付ける。
 彼女に言葉にルイズもなんとなく続けきながら、温いオレンジジュースをゴクゴクと飲み続けていた。

 ルイズに霊夢、そしてデルフの二人と一本が今いる場所はチクトンネ街にある平民向けの大衆食堂である。
 『向日葵畑』という何の捻りもない看板を掲げているこの店は、平民の他に下級貴族達も足を運んでいるのだという。
 確かに店の中にはこんなに暑いのに丁寧にマントを付けた貴族たちが安い料理を美味しそうに食べている姿がチラホラと見える。
 まぁシーリングファンが乃割っているおかげで外と比べれば涼しいのだが、こんな平民向けの店では酷く目立つ格好なのは間違いない。
 更に目を凝らしてみれば、足元にバックパックを置いている貴族の客もいる。恐らく少ない金で旅を満喫しようと計画しているバックパッカーだろう。
 外国から来た彼らからしてみれば、ある程度貴族の舌に合う料理をこんな店で食べれるのはさぞや嬉しい事であろう。
 
 そんな店の隅っこ、すぐ傍に開きっぱなしの裏口があるおかげでそれなりに涼しいテーブル席でルイズと霊夢は食事を楽しんでいる。
 最も、本来ならこの場に来ている筈の魔理沙が来ないために半ば待っている状態なのだが。
 一応『魅惑妖精』亭の出入り口にメモを残しておいたのだが、果たして店の場所が分かるかどうか。
 本人も今朝出ていく時には遅くなるかもと言っていたので、最悪来ない事だってあり得る。
 まぁあそこから歩いて十分くらいの場所だし、余程の方向音痴か間抜けでなければ迷う事もないだろう。
 店の人にも一応知り合いがもう一人来るとは伝えてあるし、既に自分たちは万全を尽くしたとしか言いようがない状態だ。
 後は魔理沙の気分次第…という事なのである。

 瓶入りのオレンジュースを飲み終えたルイズがウェイターにアイスティーの追加注文をしたところで、
 付け合せのパンを食べようとした霊夢が何を思ったか、彼女に話を振ってきた。
「それにしても、アンタってやる時はやるわよねぇ」
「…?何の話よ」
「さっき話してたじゃない、自分も動いて情報収集したって話を……ハグッ」
「ちょ…アンタ!パンは手でちぎって…ってもう手遅れかー」
 一瞬だけ分からず首を傾げたルイズにそう言うと、パンを手に持ってそのまま齧り付いた。
 パンを千切らずそのまま口にしたところでルイズが顔を顰めたものの、霊夢は気にすることなく口で千切る。
 こんな店だというのにバターの風味と甘みがしっかりとあるパンの味に、思わず笑いかけてしまう。
 そんな彼女に呆れてため息をついたルイズへ、今度はデルフが話しかけてくる。

『まぁ方法としてはお姫様からの命令通り…ってワケじゃないが、情報収集のし方としては間違っちゃあいないね。
 最も、娘っ子。お前さんの場合は平民に成りきるのは無理だって分かってたから、その方法しか手段が無いだろうし』 

 デルフからの評価にルイズは一瞬だけ口を閉じた後、小さなため息をついた。
「それ褒めてくれてるんだろうけど、アンタに言われると小馬鹿にもされてるような気がする」
『まぁ半々だね…っと、いきなり蹴るのはやめてくれよ』
 ルイズからの指摘に彼が素直に返すと、刀身がおさまる鞘を彼女の靴で小突かれてしまう。
 鞘越しとはいえ割と威力のある足に文句を言いつつ、デルフはカチャカチャと金具部分を鳴らして喋る。
 思っていたより効いていないようなデルフの様子を見てルイズは二度目のため息をついて、コップに入ったお冷を飲んだ。

212ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:29:42 ID:.xFHoMyw
 
 大きめの氷が幾つも入っている冷水が口内を潤し、喉にとおっていく時の爽快感。
 暫し喉に残る清涼感にほんの一瞬浸る中、デルフに続くようにして霊夢も口を空けて話しかけてきた。
「まぁ私は別に良いとは思うわよ。それで情報が集まるんなら、むしろ良く考えたって褒めてあげるわ」
「…一応言っておくけど、褒めても何もあげないからね」
「じゃあ褒めるのはやめておくわ、けどまぁアンタもアンタで頑張ってくれるってのは私としても助かるし」
 そんな会話の後で、先ほど口で千切って残り三分の二ほどになったパンをもう一口齧って見せる。
 ハルケギニアの作法など知ったこっちゃないと言いたげな彼女の食べっぷりに、ルイズは頭を抱えたくなってしまう。
 もしもここが平民向けの大衆食堂でなくてブルドンネ街のレストランだったら、追い出されても文句は言えなかっただろう。
 
 その後、ルイズの頼んでいたアイスティーをウェイターが持ってきた所で霊夢も飲み物を頼んだ。
 メニューの文字が分からないために他の客のドリンクを指さしての注文であったが、無事に伝わったらしい。
 ウエイターは彼女の指さす先を見て「アイス・グリーンティーですね?」と確認した後、厨房へと戻っていった。
「グリーン・ティー…って、アンタがいつも飲んでる゙お茶゙の事?」
「そうよ。こっちの世界にも冷茶の類があっただけでも私としては結構助かってるわ〜」 
 指さしていた客が美味しそうに飲む氷の入った『お茶』を見つめながら、彼女は嬉しそうに言う。
 それを見ながらサンドイッチを食べようとしたルイズはふと、あの『お茶』に関しての事が思い出す。
「そういえば昨日スカロンも言ってたわねぇ、最近あの『お茶』のせいでお店の売り上げがどうとかって…」
「あぁ、確かそれを専門に出してる『カッフェ』っていう店のせいとか言ってたわね」
 二人とも、街中を移動しているときには確かにそれらしきお店をチラホラと見かけている。
 レストランや他の店に混ざってテラス席を出して紅茶や『お茶』、それに軽食などを提供していた。
 スカロンが言っていた通り、確かにここ最近あぁいう店が貴族、平民問わず話題になっているのをルイズは知っている。
 茶類専門の店という新しいジャンルという事もあって、以前ルイズも何度か足を運んだことはあった。
 春が来る前の季節なうえにまだまだ寒い外のテラス席だった為、結構寒い思いをしたのは今でも記憶に残っている。
 まぁその分頼んだ紅茶とクッキー、それにポテトポタージュが中々美味かったので悪い思い出ではなかった。
 
 その事を思い出しつつ、ルイズはカッフェに対しての素直な評価を述べていく。
「まぁ彼には悪いけど、これからはあぁいう店が主流になるかもね。手軽に紅茶や軽食を楽しめるって意味では」
「そうよねぇ、私の神社にもあぁいう洒落た店があれば人が寄ってきそうな気がするわ」
「いやぁー、お前さんの神社の場合はそれよりも先に片付けるべき問題が山積みだろうに」
「うっさいわねぇ、アンタに注意される筋合いは…って、魔理沙!アンタいつの間に…」
 自分の提案に横槍を入れてきた声がこの場にいない者のモノだと気づいた霊夢が声のした方へと顔を向けた時、
 裏口から顔だけ出して覗いていた魔理沙にようやく気が付き、思わず大声を上げてしまった。
 霊夢の声にルイズも気が付き、ニヤニヤと自分たちを見つめる黒白を見つけると席を立ち、彼女の傍へと近づいていく。

「マリサ!やっぱり来たか…って今までどこほっつき歩いてたのよ?」
「おぉルイズ。悪いねぇ、ちょいと人助けしたついでに色々ともてなしを受けててな…戻るのが少し遅くなったぜ」

213ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:31:24 ID:.xFHoMyw
 若干怒っているルイズに対して、魔理沙はいつも通り悪びれてないような笑みを浮かべて返事をする。
 相変わらずの霧雨魔理沙であったが、霊夢としてはあの黒白が人助けをしていたという言葉がにわかに信じ難かった。
「アンタが人助けですって?いっつも人の神社に来たらタダ飯頂きにくるアンタが?」
「ひどい事言うなぁ。お互い独り身なんだから、飯時くらいわいわいしながら楽しみたいだけさ?…まぁそれはさておきだな」
 霊夢の辛辣な言葉に対しても笑みを崩さずそう返してから、彼女はここに至るまでの経緯を説明し始めた。

 …要約すればこうだ。 
 朝食の後、ひとまず情報収集のためにブルドンネ街にでも足を運ぼうとした所で、一人の少女に出会った事。
 少女の名はジョゼットと言い、ロマリアという国から出張してきた青年たちの付き添いのシスターである事。
 彼女が道に迷っていたと言うので出会ったのも何か縁という事で、彼女の情報を頼りに泊まっているホテルを探した事。
 歩いていくうちにブルドンネ街へと入り、川沿いにある一軒のホテルが彼女たちが泊まっているホテルだと知った事。
 流れるようにしてそのまま中に入ってしまい、結果的に彼女の保護者らしい青年二人と知り合いになった事。
 
「…まぁ後はその二人にも経緯を快適な部屋で話してたら昼から用事があるって言うんで、私も一旦戻ってきたワケさ」
 霊夢の隣に腰を下ろした魔理沙は最後にそう言って話を終えると、ナイフで切り分けたばかりのチキンステーキを口の中へと入れた。
 ハチミツをベースに作ったソースを塗って焼かれた鶏肉は甘味と旨味が上手い事混ざり合い、美味しさを形作っている。
 溢れ出る肉汁は付け合せのマッシュポテトにも合う。ここに白飯でもあれば束の間の付合わせに浸れたに違いない。
 そんな事を思いながら、何故か一仕事終えたつもりになっている彼女は一緒に頼んでいたプチパエリアへと手を伸ばそうとする。
 しかし、それよりも先に呆れた表情を浮かべるルイズの言葉によってその手は止まってしまう。

「なーにが一旦も出ってきたワケよ?…つまりアンタだけ美味しい思いしてたって事じゃないの」
「おいおい酷いこと言うなよルイズ。私がいなかったら今頃ジョゼットのヤツはまだ迷ってたと思うぜ?」
「まぁ実質辛い思いしてたのは私だけだから、精々アンタ達だけでいがみあってなさい」
 お互いテーブル越しに辛辣な意見をぶつけあう光景に、デルフは面白さを感じているのか刀身を震わせている。
 まぁ彼からしたら、相も変わらず仲が良いか悪いかの間を行き来する三人の姿はさぞ面白いのであろう。

『お前ら相変わらずだねぇ?…でもまぁ、これで娘っ子のやってた事は無駄に終わらなかったな。
 何せレイム直々に指名した黒白がサボってたんだからねぇ。…マジメさで比べれば、娘っ子に軍配が上がったって事さ』

 デルフの的確過ぎるる言葉を聞いて、魔理沙が初めて「むむ?」と声を上げて怪訝な表情をルイズ達に見せたものの、
 すぐにまた元の笑みに戻すと、自分と霊夢の間にあるデルフの柄をポンポンと左手で軽く叩いて言った。

「そいつは言葉が過ぎるってもんだぜ、デルフリンガーよ。
 昼飯を食べ終わったら、午前の分も含めてキッチリ情報収集するつもりなんだから」

「私は「これからする」って言ってるアンタよりも、「ここまでやってきた」っていうルイズの方が偉いと思うんだけど」

 午前いっぱいまで実質的にサボっていた魔理沙への容赦ない霊夢の突っ込みは、相変わらず切っ先が鋭い。
 ルイズがそんな事を思いながらアイスティーを一口飲もうとした所で、突っ込まれた魔理沙が彼女の方へと顔を向けたのに気が付く。
 何か言いたい事があるのかと同じく顔を向けたところで、キョトンとした表情を浮かべる魔法使いがメイジに質問してきた。

214ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:33:33 ID:.xFHoMyw
「ちょっと待てよ?ルイズ…霊夢の言葉通りなら、もしかして外で色々何かしてたのか?」
「今頃気づいたの?…って、そういえばその事を話し終えた後でアンタが来たのよね」
 霊夢に午前中の事を話していたルイズは、その時にはまだ魔理沙がいなかった事を思い出す。
 
「折角だから話してやりなさいよ。そしたらコイツだってやる気になるだろうし」
「ほぉ〜、言ってくれるじゃないか?そこまで言うのなら、さぞや凄い事を成し遂げたんだろうな」
「…あまり期待しないでくれる?アレは私なりに考えた苦肉の策のようなものなのだから」
『いいねぇ、娘っ子の涙を誘う努力をもう一度聞けるなんて…俺が人間なら酒の肴にしたくなる』

 三人と一本がそれぞれ一言ずつ喋った後に、ルイズは魔理沙へ向けて午前の中の事を説明し始めた。
 昨日の件で情報収集は魔理沙に任せようとしたものの、結局納得がいかず自分の足で情報収集に挑んだ事。
 そして昨日の失敗を元に考えた結果、平民ではなく国外から旅行でやってきた貴族に扮するという作戦を考え付いた事。
 考えた本人自身がうまくいくかどうか分からなかったものの、思いの外うまくいき道を尋ねる振りをして情報収集ができた事。
 ひとまず八人分程の情報が集まっているところまで話し終えた所で、興味津々で聞いていた魔理沙がニヤリと笑った。
 それは事あるごとに浮かべているような、誰かを小馬鹿にする嘲笑ではない。じゃあ何かと問われれば…ルイズは言葉を詰まらせていただろう。
 
 そんな彼女の心境を余所にニヤニヤと卑しくない笑みを浮かべる魔理沙は隣の霊夢に話しかける。
「なぁ霊夢よ、お前さんの言ってたルイズがこの手の仕事に向いてないって言葉は…見事に外れたな?」
「そうね。…こんな事なら、アンタに頼るより彼女に頭を使うようアドバイスしとけばよかったわ」
 笑みを浮かべる黒白とは対照に、紅白は苦虫を噛んだかのような表情を浮かべて氷入りの『お茶』を一口啜る。
 『虚無』という強大な力を持っていても、貴族のお嬢様ゆえに何処か不器用だと思っていたルイズは自分から動いたのだ。
 霊夢本人はてっきり店で大人しくしているかと思っていたからこそ、彼女の行動力にはある程度感心したのである。
 それと同時に、それを見抜けなかった自分と情報収集をサボっていた魔理沙に頼んでしまった事を悔しく思ってもいたが。

「え?…何?…これって、つまり…私が褒められてるって事?」
『何でそんな事をオレっちに聞くんだよ。そんな事しなくたって答えはとっくに出てるだろうに』
 思いの外良い反応を見せた魔理沙と霊夢を前にして、思わずルイズはデルフに話しかけてしまう。
 デルフもデルフでそっけなく返しつつ、戸惑うルイズの背中をそっと押し出す程度のフォローくらいはしてやった。
「あ…そう、そうなんだ。…なんか、我ながら上手く行ったと自分を褒めたくなってきたわ」
「平民に扮する…っていうのは失敗してるけど、まぁ情報収集はできたんだから結果オーライってヤツよ」
「そ、それは言わないでよ!…ワタシだって、できるならそれで収集してたわよ」
 剣に背中を押されたおかげか、なんとなく自信がついてきたところで魔理沙の余計な一言が脇腹を突いてくる。
 それを余計な一言だと思いつつ、まだまだ冷たいアイス・ティーの残りをクイッと飲み干し、ウェイターにおかわりを頼んだ。

 その後、ルイズと魔理沙はそれぞれ頼んだ料理の味を楽しみつつも次は霊夢が何をしていたのか気になっていた。
 他の二人は既に話していた分、彼女だけが何も喋らないでいるというのは不公平なのであろう。
 料理をつつきながらも泥棒捜しはどうなったのかと聞いてくる魔理沙に、若干の鬱陶しさを覚えつつも霊夢は喋り始めた。
「残念だけど、特に進展はないわよ?…まぁ、ここ最近街中で子供が犯人と思われるスリが起きてるって話はチラホラ聞いたけどね」
「と、いうことは…まだこの王都に潜んでいるって事なの?」
 ルイズの言葉にそうかもしれないわねぇと答えつつね霊夢は冷たい『お茶』を一口啜る。

215ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:35:20 ID:.xFHoMyw
 盗まれた場所から通った道を含めてくまなく探してみたものの、お金を盗んだ子供たちの姿は見当たらなかった。
 一応隠れられそうな場所も探しては見たが、いかんせん街全体が大きすぎるせいできりがない。
 人が多いという事もあったが、何より太陽から降り注ぐ熱気と目が眩むほどの輝きが彼女の集中力を奪うのである。
 いくら水を飲んだとしても、もつのは精々十分程度でそれ以上に時間が掛かれば気怠さと身体に纏わりつく汗でイヤになってくる。
 しかも下手に空を飛べないので、霊夢はあの子供たちがいないかと街中を歩き回っていたのだ。
 幻想郷の知り合いがその時の彼女の姿を見ていれば、きっと指を指して笑っていたに違いないだろう。

「全く…外は暑すぎるわ盗人どもはないわで、イヤになってくるわよホント」
 ここへ来たばかりの春と比べてあまりにも暑いハルケギニアにうんざりしながら、霊夢は言った。
 二杯目になる『お茶』の中を浮かぶ氷を眺めつつそんな事を呟く彼女へ続くようにして、ルイズも口を開く。
「確かに、今年は去年と比べて気温が高い気がするわねぇ…」
『そうだな。オレっちは剣だが鞘越しでもムンムン暑かったからな』
 彼女の言葉にデルフも相槌を打ちつつ、そこへすかさず魔理沙も話しに割り込んでくる。

「ま、この街にいるならいずれ霊夢に尻尾を掴まれるのは問題だし、後は本人の頑張り次第だな」
「午前中サボってお菓子御馳走になってたアンタに言われなくても、絶対に捕まえて見せるわよ」
「なーに、午後からは見事名誉挽回を果たして見せるぜ」
 自分の鋭い一言にも狼狽える事の無い魔理沙のポジティブさには、ある種見習わなければいけないのだろうか?
 二人のやりとりを眺めていたルイズはそんな事を思いつつ、半分ほど減ったサンドウィッチにかぶりついた。

 そんなこんなで話は続き、次第に話題は街中で何か面白いものがなかったかどうかに移っていった。
 何処そこの通りで芸を披露していた者がいたとか、面白そうな店があったとか他愛の無い世間話の数々。
 それに時折相槌を打ちつつついついデザートを頼もうとしていたルイズは、ふとシエスタの事を思い出す。
 確か彼女は言っていた、明日のお休みにでも霊夢達と一緒に王都を歩き回ってみたいと。
 その願いが叶うかどうかは分からないが、今その事を話して二人の反応を探る事はできそうだ。
 
 結構楽しそうに話している二人へ割り込もうとしたところで、ルイズはふと思いとどまる。
 …果たして、本来ならシエスタ自身が彼女らに聞くべきことを自分が代わりに言っていいものなのか?
 やろうとした寸前でそんな考えを抱いてしまった彼女は、無意味としか思えない悩みを抱えてしまった。
 自分が先に問えば二人の意思をあらかじめ確認して、それをシエスタに伝える事が出来る。
 しかし、それをやってしまうと夕食時に再開するであろう彼女をガッカリさせてしまうのではないだろうか?
 
 他の貴族からしてみれば、ルイズが今悩んでいる事は大変どうでもいいいことなのは間違いない。
 平民…それも学院で奉仕するメイドの事で、どうして自分たち貴族が頭を悩ませる必要があるのかと誰もが呆れるであろう。
 ルイズとしてもそういう風に考えていたし別に先に言おうが言わまいかという迷いなど、どうでも良い事なのである。
 しかし、一度考え込んでしまった悩みを頭から振り払うという事ができる程ルイズは器用ではなかった。
 シエスタには霊夢や魔理沙たちの分を含めて、双方ともに大小区別なく貸し借りを作ってしまっている。
 ルイズは一貴族としてしっかりと借りは返したいし、シエスタだって霊夢たちに受けた恩を返しきれてないと思っているに違いない。

 だからこそ貴重な休日を、自分たちと一緒に過ごしたいと言っていたのであろうし、
 それを考慮してしまうと、どうにもルイズは迷ってしまうのだ。

216ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:37:38 ID:.xFHoMyw
(私が気を利かせて聞いてみる?…それとも、サプライズっていう事でシエスタに言わせた方が良いのかしら…)
 おおよそ一般的な友達づきあいのしたことのないルイズにとって、その選択肢はあまりにも難しいものであった。
 中途半端に残ったアイスティーを、その中に浮かぶ氷を眺めながらルイズは二つの選択肢を延々と比べてしまう。
 聞くか?それとも言わせるか?―――誰にも聞けぬままただ一人ルイズは考え続け、そして…。
「―――…ズ?…ちょっとルイズ!」
「ひゃあ…っ!」
「お…っと」
 突然霊夢に右肩を叩かれた彼女はハッと我に返ると同時にその体をビクンと震わせた。
 そのショックでおもわず倒れそうになった中身入りのコップを魔理沙が掴んで、零れるのを何とか阻止してくれた。
 
 驚いてしまったルイズは暫し呆然とした後で、再びハッとした表情を浮かべてテーブルへと視線を向けて、
 飲みかけのアイスティーがテーブルに紅茶色の水たまりを作っていないの確認して、安堵のため息をついた。
 そして、自分の肩を急に掴んできた霊夢の方へキッと鋭い視線を向け、抗議の言葉を口に出す。
「ちょっとレイム、いきなり肩なんかつかまれたら驚くじゃないの」
「そりゃー悪かったわね、まぁその前にアンタには二、三回声を掛けたんですけどね」
 負けじとジト目で睨み返す霊夢の言葉に、魔理沙もウンウンと頷いている。
 どうやら声を掛けられたのに気付かない程考え込んでしまったらしい、そう思ってから無性に恥ずかしくなってきた。

 思わず赤面してしまうものの、気を取り直すように咳払いしてから霊夢の方へと向き直る。
「…で、私に声を掛けたって事は…何か聞きたい事でもあったの?」
「別に。ただアンタが何か考え込んでるのに気が付いたから、何してるのかって聞こうとしただけよ」
「あ、あぁ…そうなんだ」
 てっきり大事な話でもあるのかと思っていたルイズは肩透かしを喰らってしまう。
 薄らと赤くなっていた顔も元に戻り、ため息と共に残っていたアイスティーを飲み干して席を立った。
 それを見て店を後にするのだと察した霊夢と魔理沙もよいしょと腰を上げて、忘れ物がないか確認し始めた。
 最も、二人してルイズと違って荷物と呼べるものは持っていないので、身に着けているものチェック程度であったが。
 霊夢はデルフを一瞥しつつ何となく頭のリボンを整え、魔理沙は膝の上に置いていた帽子をそっと頭に被っている。
 テーブルの端に置かれた伝票を手に取り合計金額を確認し始めた所で、今度はデルフが話しかけてくる。

『ん?何だ、もうお勘定か?』
「えぇ。いつまでも長居できるわけじゃないしね。……あれ?結構値段を抑えられたわね」
 伝票の数字と睨めっこしつつもルイズはデルフにそう返し、次いで予想していたよりも食事が安く済んた事に喜んでしまう。
 いつもならそんな事はしないのだが、使える金が限られている今は伝票に書かれた金額で一喜一憂してしまう。
 目の前にいる二人と一本はともかく、こんな姿をツェルプストーや学院の生徒に見られたら後日を何を言われるのやら…
 同級生たちに指差されて嘲笑される所を想像して憂鬱になりながらもルイズは足元に置いていた鞄を肩にかける。
 少し重たくなったような気がするそれの重量を右肩に掛けたベルト伝いに感じつつ、霊夢達を連れて外を出ようとした。
 その時であった。ルイズと霊夢が入ってきた本来の出入り口の前に立つ、二人の衛士を見つけたのは。

「ん?ちょっと待って二人とも」
 先頭にいたルイズがそれに気づき、彼女と共に店を出ようとした霊夢達を止めた。

217ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:39:23 ID:.xFHoMyw
 右手に短槍、左手には何やら巻いて棒状にした何かのポスターを持っており、腰には剣を差している。
 どうやら近くにいた店長である中年男性と、何やら会話をしているらしい。
 お互いの表情は、今いる位置からでも血生臭い事は起こらないと確信できるほど平穏である。
 一体何を話しているのだろうかと気になった時、霊夢と魔理沙もルイズの肩越しから彼らの姿を目に入れた。

「おや、衛士さんじゃあないか。こんな店に何の用なんだ?食事か?」
「そんな感じには見えないけど、近づいて何を話してるのか盗み聞きしてみる?もしかしたらあの盗人の事かも…」
「やめときなさいよアンタ達、下手にちょっかいかけて目ェつけられたら任務に支障が出るかもしれないじゃない」
 二人の提案を即座に却下しつつも、内心ルイズも少しばかり何を話しているのかは知りたかった。
 王都を守る衛士等もこういう店には来ることはあれど、基本的にそれは非番の時か食事を外で済ます時だけだ。
 しかし今店長としているであろう会話は、控えめに考えても何か聞き込みをしているようにしか見えない。
 もしかすれば霊夢の言うとおり、自分たちのお金を盗っていったあの少年の事について話している可能性も…無くはないだろう。
 
「ひとまず勘定はあそこで支払うから、もう少し…ってアレ?」
「もう少し待つ前に、もうどっかに行っちゃうらしいわね」
 とりあえず彼らが去ってから勘定を支払おう…と提案しかけた直前に、衛士達は手を振って店を手で行った。
 それに手を振りかえす店長らしき男の左手には、衛士の一人が持っていたポスターを握っている。
 一体何だったのかと思いつつ、まぁいなくなったのなら気にすることも無いだろうとルイズは歩き出した。
 彼女の後に続くようにして霊夢達も足を動かし、三人そろって店長のいるカウンターへと移動する。

「ご馳走様、お勘定を払いに来たわ」
 手に持っていた伝票をカウンターに置くと、五十代半ばの店長はルイズに頭を下げた。
「おぉ旅の貴族様、どうもウチでお食事いただき誠にありがとうございます!では…」
 店長が礼を述べて伝票を受け取ってから、ルイズは腰に下げている袋から食事代の金貨を出していく。
 今はまだまだ袋は重いが、今残っている金額では王都で外食しながら泊まるのは一週間…切り詰めても二週間ももたない。
 これが底をつけば自分のお小遣いは文字通りゼロになるし、最悪ドブネズミやら蝙蝠を捕まえて調理する必要に迫られてしまうのだろうか?

 そんな冗談を想像しつつも、それが現実になるまで後一週間程度しかないという事にルイズはゾッとしてしまう。
 脳裏に浮かんだネズミ料理のイメージを振り払いつつ、店長が金貨を数えている間を待つ霊夢を一瞥した。
(私と魔理沙も気を付けなくちゃだけど、霊夢には早いところアイツを捕まえて貰わないとね…)
「…よし。金額に余分がありますので、五十スゥと七三ドニエの御釣りですよ貴族様」
「え?…あ、あぁそうなの。有難うね」

218ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:41:21 ID:.xFHoMyw
 危うく店主の言葉を聞き逃すところであった彼女は慌てて返事をすると、店主がカウンターの下を漁り出した。
 何をするかと思いきや、取り出したのルイズの顔よりもやや大きい鉄の箱であった。
 取っ手と頑丈な錠前がついているのを見るに、どうやら御釣り用のお金が入っているらしい。
 一緒に持っていた鍵で錠前を外して蓋を開けると、十秒もかからず店長は御釣り分の銀貨と銅貨をカウンターの上へと置いた。
「え〜と、ひーふー…一応貴族様も御釣りが合っているかどうか確認をお願いしますよ」
 箱の蓋を閉じた店主にそう言われて、ルイズはすぐにその二種類の硬貨を数えはじめる。
「…確かにさっき言ってた金額通り、それじゃあこのまま頂戴しておくわね」
「毎度ありです。今後近くを通った時はウチの店を御贔屓に」
 貴族様からのお墨付きをもらった店長は満面の笑みで頭を下げて、いそいそと箱に鍵をかけ始める。
 ルイズも袋に銅貨と銀貨を入れていき、最後の一枚となる銀貨を入れた所で、後ろにいた霊夢が声を上げた。

「あの、ごめんなさい。ちょっと良いかしら?」
「んぅ?何でございましょうか」
 てっきりルイズの従者と勘違いしている店長が敬語でそう聞き返すと、彼女はある物を指さしてみせる。
 それは先ほどやってきた衛士達が彼に渡していった、巻いたままにしているポスターであった。
「そのポスター…さっきまで来てた衛士達が置いていったけど…ちょっと気になってね」
「ん、あぁ…これですかい?」
 霊夢の指差は先にあったポスターを見た店主がそう言ってポスターを手に取ると、
 丁度真ん中の辺りで括っている紐を解きつつ、質問をしてきた彼女へ手短かに説明しはじめた。
「何でも、王宮の方で指名手配犯が出たからそれの似顔絵ってんで持ってきたんですよ」
「指名手配…ですって?」
「それまたエラく物騒で今更過ぎるな?この街で指名手配される奴なんて、それこそ星の数ほどいるだろうに」
 解いた紐を足元のゴミ箱に捨てた店主の口から出た単語に、ルイズと魔理沙も反応する。
 指名手配のポスター自体は別に珍しいものではないが、少なくともそういうモノが貼られるという事は滅多に無い。
 
「指名手配とはそれまた御大層じゃないの?」
 流石の霊夢も聞き慣れぬ言葉に素直な感想を漏らすと、店長は「まぁ事情が事情ですしな」と返しつつ、
 巻かれていたポスターを両手で広げながら更に衛士達から聞いた情報をそのまま彼女たちに伝えていく。

219ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:43:21 ID:.xFHoMyw
「今朝こっちの方で衛士姿の白骨死体が見つかった事件があって、それに関しての容疑者候補が一人上がったらしくてね、
 それがどうやら…身内の衛士さんらしくて、しかも昨日から行方不明っていうだけで白骨死体を作った張本人扱いされてるらしいんですよ」
 
「何ですって?」
 今朝、その現場の近くにいた霊夢は、下水道にたむろしていた衛士達やアニエスの姿を思い出した。
 確かあの時、先に現場にいた人々は皆衛士姿の白骨死体がどうとか言っていたのは覚えている。
 それから後の進展は全く聞いていなかったが、まさか今になってその話が出てくるとは思ってもいなかった。
 しかし、彼の口から語られるその情報に違和感を感じたであろう彼女が一つ質問をしてみる。
「容疑者候補…?それって何か証拠とか…詳しい情報はないの?」
「さ、さぁ…そこまでは言ってませんでしたが。…あぁ、そうだ!これが容疑者候補とかいう衛士さんの似顔絵らしいですよ」
 霊夢からの質問に店長は首を傾げつつも、自分の方へと向けていたポスターの表面を彼女たちの方へと向ける。
 丁度ルイズの顔より少し大きいポスターに書かれていた似顔絵は、どうみても女性のそれであった。
「へぇ〜…女性の衛士が犯罪ねぇー?何か色々ワケありそうだけど…」
 ポスターに描かれているその顔を見て色々と勘ぐってしまう霊夢に、魔理沙がすかさず続く。
「きっとセクハラしようとしてきた同僚をうっかり……って、どうしたんだルイズ?」
 しかし、自分たちの前にいるルイズがそのポスターの似顔絵を見て、様子が変なのに気付いてその言葉は止まってしまう。
 店長も「貴族様、どうかしまして…?」と気遣うものの、彼女はそれを無視してじっと似顔絵を見続けている。 

 いかにも男の職場の中で働き、鍛えて来たかのような鋭い目つきに似合う厳つい表情。
 青い髪に碧眼という、平民出とは思えぬ整った顔つきは下手すれば貴族と見紛う程の綺麗さ。
 美しくさと強さを兼ね備えたかのような戦乙女のような女性の似顔絵を、ルイズは知っていた。
 ここへ来る前―――そう、『魅惑の妖精』亭へと戻る道すがら、彼女はこの顔とそっくりの女性と出会ったのである。
 時間にすればほんの一瞬であるが、突然通りに出てきたぶつかった記憶は今もはっきりと頭の中に残っていた。
「私の記憶違い?…ううん、違うわ…私、この顔の女性(ひと)と通りでぶつかって…―――……?」
 独り言をぶつぶつと呟きながらポスターを見つめていた彼女は、ふと似顔絵の下に文字が書かれていたのに気が付く。
 何かと思って視線をそちらのほうへ向けると、こんな文章が書かれていた。

―――○○○○○○詰所所属衛士隊員『ミシェル』
―――――同僚殺害及び軍事機密情報の売買に関わった疑いあり!
――――――この顔にピン!ときた方は、すぐに最寄りの衛士詰め所か警邏中の衛士に声を掛けてください

220ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:45:38 ID:.xFHoMyw
以上、これで88話の投稿は終了です。
ではまた来月末にお会いしましょう、それでは!ノシ

221ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 13:54:46 ID:6C7Q66hI
こんにちは。ウルトラ5番目の使い魔、67話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

222ウルトラ5番目の使い魔 67話 (1/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 13:56:35 ID:6C7Q66hI
 第67話
 未知が風の銀河より
 
 奇機械竜 ギャラクトロン 登場!
 

「やあや皆さん、どうもどうもご無沙汰しております。悪い宇宙人さんでございます」

「おや? せっかく正しくあいさつして差し上げたのに怒らないでください。毎回そんなに邪険にされると傷つきますねえ。別に私はあなた方には危害は加えませんから、もっとフレンドリーにいきましょうよ」
 
「フフ、まあ話を進めましょう。ハルケギニアの人たちのおかげで、私の目的はまあまあ順調に進んでおります。一部例外もありましたが……って、そこ笑わないの!」
 
「オホン。ともかく、私の目的は順調に進んでいます。このハルケギニアという世界の人々は感情豊かで、私が手をかける必要が少なくて助かっていますよ」
 
「この調子でいけば、ハルケギニアからサヨナラする日も遠くないと思っていました……ですが、どうも私以外にもこの世界には第三者的な何者かがいるようなのですよ……」
 
「私としても愉快なことではありませんですねえ……いったいどこの悪い子でしょう? というわけで、今回は少々趣向を変えてみました。はてさて、それがどういう結果になったのか、これからご報告させていただきましょう」

 不敵に笑った宇宙人の声とともに画面は暗転し、彼が記録した映像が映し出され始める。
 宇宙人の作りだす演目の舞台として選ばれたハルケギニアで、すでに数々の悲喜劇が演じられ、彼は舞台を作り出すプロデューサーとして辣腕を振るってきた。
 次にお披露目されるのは悲劇か喜劇か? だが、彼の脚本に生じたイレギュラー。呼び出したブラックキングが何者かによって改造されるという事態が、彼に危機感を抱かせた。
 一流の戯曲は一流の舞台と一流の演者によって作られるという。その点、このハルケギニアは一流とまでは呼べなくとも、十分に観客を楽しませるだけの地力と演技力を有していると言えよう。

223ウルトラ5番目の使い魔 67話 (2/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 13:57:43 ID:6C7Q66hI
 だが、せっかくの演目に舞台外から飛び入り参加しようとしている輩がいる。プライドの高い脚本家はこの無粋な横入りを許さず、罠を仕掛けて待ち受けることにした。
 
「ああ、言い忘れておりました。実は私、この世界にやってくる前に次元のはざまで面白い拾い物をしましてね。どうもロボットらしいんですが、私も見たことのない技術で作られていて……いやあこれに襲われたときは苦労しましたよ」
 
 
 それは、彼がハルケギニアにやってくる直前。マルチバースを渡る次元のはざまでのこと、彼は突如として謎のロボット怪獣に襲われて、やむなく自分の怪獣を出してこれを迎撃していた。
「今です。とどめを刺しなさい!」
 弱った敵に対して、彼は自分の配下の怪獣に命令を下す。すでに敵のロボット怪獣は大きく動きを鈍らせており、苦し紛れに虹色の光線を放ってきたが、配下の怪獣はバリアーを使ってそれをはじき、そして彼の怪獣は主の指示に従って、謎のロボット怪獣に強烈な一撃を放った。
 爆炎が上がり、直撃を食らったロボット怪獣は白色のボディを焦げさせて停止する。そして彼は、ロボット怪獣が完全に沈黙したのを確認すると、近寄ってしげしげと見下ろした。
「フゥ……肝を冷やしましたよ。まさか、この子をここまで手こずらしてくれるとは。しかし、誰かが操っていた様子もないですが、どこかの宇宙からのはぐれですか? まったく迷惑な……」
 並行宇宙の壁を超えることは強大な力を必要とするため、普通はマルチバースの間は平穏なものだが、ごく稀にこうしてどこからか漂流物が流れ着くことがあるのだ。しかも、その漂流物は次元の壁を突破してきたことから危険な性質を持っている場合が多い。
 今回も、相当手こずらされてしまった。幸い、自分の連れてきた怪獣がさらに強かったから事なきを得たが、一歩間違えれば危なかったかもしれない。
 しかし、いったいどこの誰がこんなものを送り込んできたのだろう? ドラゴンに酷似したスタイルは自分の知るいかなる惑星のメカニックとも似ていない。彼はしばし考えたが、ぱちりと指を鳴らして言った。
「とりあえず拾っておきますか。人生、貪欲なほうがいいってチャリジャさんもおっしゃってましたしねえ。どうせタダです」
 そうして彼は回収したロボットを連れてハルケギニアにやってきた。

224ウルトラ5番目の使い魔 67話 (3/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 13:58:36 ID:6C7Q66hI
 壊れたロボットの修理自体はそんなに難しくはない。ただ、このロボットは元々はよほど大掛かりな目的に使われていたのか、パワーがものすごすぎて適当な使い方が見つからないでいた。
 
「ですが、今回は別です。考えてみてください? 私も興味を持ったものを、それなりの人が見たらどう思うか? フフ、今回はこのことをよーく覚えておいてくださいよ」
 
「いやあ、それにしても私の知らないものがまだ宇宙にあるとは。次元のはざまは無限のかなたに通じていますから、もしかしたらはるかな過去か遠い未来からやってきたのかもしれません。なかなか興味深いことです」
 
 補足説明も終わり、今度こそ戯曲は再開される。
 舞台は変わらずハルケギニア。そのどこかで、複数の演者が踊らされ、複数の観客が見せさせられる。
 そう、空虚に向かってナレーションする語り手はいない。観客として、姿を消したあの二人も世界のどこかでこれを見せられていることだろう……そして、彼らも。
 今度の舞台で、踊るのは誰か、踊らされるのは誰か、踊らせるのは誰か。そして……踊りたがっているのは誰か。
 ハルケギニアの運命を乗せて、また新たな運命の一幕が上がる。
 
 
「火事だーっ! 早く火を消せ。爆発するぞーっ!」
「ダメだ、もう間に合わん! 全員逃げろ、この船はもう助からん!」
 
 轟音を響かせ、一隻の軍艦が紅蓮の炎をあげて炎上している。
 ガリア王国、サン・マロン港。ここでは数週間前に、奇怪な事故が多発していた。それは、まるで火の気のない軍艦内でいきなり火の手が上がり、そのままなすすべなく火薬庫に引火して轟沈するといった事態が連続して起こったことであり、艦隊上層部は両用艦隊への何者かによる破壊工作と見て、調査を開始した。
 しかし、事態は思わぬ方向へと推移していった。
 原因不明の火災発生事故。それはサン・マロン港でぷっつりと途絶えたかと思うと、今度はガリア各地で起こり始めたのである。

225ウルトラ5番目の使い魔 67話 (4/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 13:59:15 ID:6C7Q66hI
「火事だぁーっ! お城が燃えているぞぉーっ!」
 あるときは貴族の屋敷、あるときは商人の邸宅、あるときは荘園の畑、あるときは湖に停泊中の遊覧船、さらにあるときは関所の駐屯地。
 なんの前触れもなく、ただ目立つ大きな建物や施設といったこと以外は共通点のない犯行に、ガリアの官憲はきりきり舞いさせられた。
 犯人の目的や正体はまったくの不明。ただ、事件は数日に一回のペースで、同時に別の場所で起こることはなかったことから単独犯によるものと思われた。
 ガリアでは、いつどこに現れるかわからない放火魔に、人々は貴族と平民の別なく怯える日が続いた。
 だがそんな日々は、ある日に終わりを告げることになる。放火魔が国境を越えて、隣国トリステインへと入ったからである。
「火事だぁーっ! 火を消せ、水のメイジはどうした!」
「もう遅い、すでに火勢は全体に回ってしまった。くそっ、あと少しで完成だったってのに!」
 トリステインの造船所で、ある日、建造中の軍艦から突然火の手が出て全焼するという事故が起きた。
 火災の原因は不明。船大工は皆ベテランで、火種を持ち込むようなバカはいないし、作業に使う火種は厳重に管理されていた。
 残された可能性は、何者かによる放火しかない。この結論にいたったとき、誰もが今ガリアを騒がせている連続放火犯のことを思い出した。
 そして、建造中だった軍艦のスポンサーは即座に決断した。そのスポンサーの名はクルデンホルフ大公家。その実働の一部を任されているベアトリスは魔法学院でこの一報を受けると、ただちに腕利きの配下に命令を下した。
「手段と犯人の生死は問わないわ。クルデンホルフの名に泥を塗った者がどうなるのか、なんとしてでも犯人を探し出して、二度と我が家へ手出しができないようにしてやりなさい」
「仰せのままに。報酬さえはずんでいただければ、ぼくらは期待に必ず応えますよ。元素の兄弟は、こういう仕事は得意分野ですからね」
 憤懣やるかたないベアトリスに、不敵な笑みを浮かべる少年が答える。
 元素の兄弟。裏稼業で、報酬次第でいかなる汚れ仕事でも完璧にこなすことで有名な一味のリーダーであり、兄弟の長男でもある彼、ダミアンは、久しぶりに自分たちらしい仕事が舞い込んできたことに喜びを覚えていた。
 相手はハルケギニアを震撼させている大犯罪者。相手にとって不足はなく、高い報酬をもらうだけの価値は十分にある。それに、先に独断専行で汚名を作った愚弟と愚妹に名誉挽回をさせるチャンスでもある。
 
 ダミアンはさっそく兄弟を集めると、簡潔に指示を下した。
「ジャック、ドゥドゥー、ジャネット、よく来てくれたね。さて、仕事の話だが、トリステインから一人の人間を探し出して亡き者にしてほしい。手段は問わないが、できるだけ早くとのことだ。わかったね?」
 概要を聞くと、まずは次男のジャックがうれしそうに口元を歪ませた。
「うれしいですね。久しぶりに狩り出しがいのありそうな獲物の依頼じゃないですか、腕が鳴るってものさ」

226ウルトラ5番目の使い魔 67話 (5/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:00:05 ID:6C7Q66hI
 すると、三男のドゥドゥーが意外そうに、しかしやはりうれしそうに言った。
「珍しいね、ジャック兄さんがそんなに依頼をうれしそうに受けるなんて。そういうので喜ぶのは、だいたいぼくの受け持ちじゃないかな?」
「お前と一緒にするな、といつもなら言うところだが、俺も実は最近退屈していてな。運動不足を解消するにはいいチャンスだ」
「ターゲットを探し出すのはちょっと骨かもしれないけど、これだけのことをしでかす奴なんだから、きっと腕利きのメイジに違いないものね。さあて、じゃあ今度も競争にしようか、誰が先にターゲットを見つけて始末するかって」
 ドゥドゥーは兄たちを出し抜く気満々で宣言したが、妹と兄から厳しく釘を刺された。
「ドゥドゥー兄さま。兄さまがそうして無駄に張り切るたびに、わたしが余計な苦労をさせられてるのを忘れないで欲しいですわ」
「ジャネットの言うとおりだ。ドゥドゥーは少し、自重というものを覚えたほうがいい。どうやら前の失敗であまり懲りていないようだから、今回はぼくといっしょに行動してもらうよ」
「そ、そんなぁーっ!」
 厳しい兄に四六時中そばで見張られることに、すっかり精気を失ってしょげかえったドゥドゥーが哀願してもダミアンは一顧だにしなかった。
「そういうわけで、ジャックは今回ジャネットといっしょに行動してくれ」
「わかった。だがドゥドゥーよりはましとはいえ、ジャネットも気が散りやすいタイプだからな。俺も今回は厳しくいくぞ、いいなジャネット」
「はーい、ですわ。はぁ、これはターゲットが可愛い子でないと割に合わないかしら」
「ジャネット、ダミアン兄さんにも我慢の限界ってものがあるのを忘れるなよ。払いのいいスポンサーを怒らせた時の兄さんに俺まで灸をすえられるのはごめんだ。ターゲットは確実に始末する、わかったな」
「はいはい、仕事は楽しみつつ任務は堅実に、ね。でも、心を壊して人形にするならいいよね? もちろん、おじさんだったら首はジャック兄さんにあげるわ」
 裏稼業の人間らしく、言葉使いは軽くても標的に一片の生存権も認めていない。彼らはこうして一見ふざけているように見えつつも、数多くの人間を闇から闇へと葬ってきたのだ。
 ダミアンは、可愛い弟や妹たちがやる気を出したのを見ると、最後に見まわして締めた。
「ようし、では今回は二組に分かれて行動しよう。競争などは考えず、仕事を片付けることを第一に考えるんだ。どちらがターゲットを始末しても、終わった後はみんなでゆっくりスープを飲んで祝おう。楽しみにしているよ」
 四人兄弟は二手に分かれ、いまだトリステインのどこかに潜んでいるであろうターゲットの情報を探るために地下に潜っていった。
 蛇の道は蛇。いかに犯人が巧妙に世間に潜伏しようとも、犯行を繰り返すためには必ずどこかに足跡を残していくはずだ。それが表に表れなくとも、普通でない情報が集まる場所はある。元素の兄弟はそれらに精通しており、あらゆる手段で目標を追い詰めては仕留めてきた。
 我らに追われて逃げ切れた人間はいない。ガリアに居た頃は王家の命を受けて、辺境に逃げ延びた貴族を探し出して始末したこともある。それに比べれば楽なものだ……もっとも、そのときみたいに証拠品としてターゲットの生首を持参するのはやめておいたほうがいいだろうが。

227ウルトラ5番目の使い魔 67話 (6/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:01:02 ID:6C7Q66hI
 しかし、意気揚々と出発した彼らは知らなかった。これの裏に、甘い予測の通じない恐ろしい相手が隠れているということを。
 
 
 そして数日後……
 所は変わり、ここはトリステインのラグドリアン湖に通じる大河の港町。
 造船と修理で活気に満ちるこの街の一角で、ひときわ目を引く巨大船が修理を受けている。それはもちろん東方号のことで、以前の戦いで半壊したその船体を修復する作業は活気に満ちて続いていた。
 そして、その修理作業の一角で、コルベールが満足そうな様子で作業を見物していた。
「ふう、しばらくぶりに見に来ましたが、だいぶ修復が進んだようですねえ。工員の方々の技量も上がってきておりますし、これはもう私がいなくともあまり問題はなさそうですね」
 コルベールの見ている前で、作業員たちが汗を拭きながらテキパキと動いている。魔法学院の連休を利用して様子を見に来た彼だったが、以前は自分があれこれ指示してやっと動いていた工員たちが、今では立派に自分で動いているのを見ると感慨深いものがあった。
 東方号に開けられた無数の損傷口は新しい鉄板で埋められ、地球製の装備は再現は無理なので全体的にのっぺりした印象になりつつあるものの、東方号はかつての威容を着々と取り戻しつつある。
 まだ出港できるほどには遠いものの、やはりハルケギニアでは作れない巨艦の威容は何度見ても飽きることはない。
 ハンマーで鉄を叩く音や、威勢のいい男たちの掛け声が響き、作業場はまさに男の職場という雰囲気に満ち満ちて、コルベールには魔法学院とは違う意味で心地よかった。ただ周りを歩き回るだけでも、工員たちがすっかり慣れた手つきで鉄を扱っている姿を見るのは、トリステインに新たな”進歩”が訪れているのを感じ取れてうれしかった。
 それでもやはり、コルベールの助力や助言を必要とするところから求められて、コルベールはハゲ頭を光らせながらそれらに応じていった。魔法学院と立場は違えども、コルベールはやはりここでも教師なのであった。
 そうしているうちに、町全体に教会の尖塔から大きなベルの音が響き渡った。
「おや、そろそろお昼ですね」
 忙しく動き回っているうちに時間が過ぎてしまったらしい。コルベールは気づくと自分の腹も悲鳴を上げていて、区切りをつけて船を降りようと考えた。
 ところが、船を降りようと甲板に上がってきたとき、作業現場の片隅で膝をついてお祈りをしているシスターが目について立ち止まった。

228ウルトラ5番目の使い魔 67話 (7/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:03:22 ID:6C7Q66hI
「もし、そちらのシスターさん。そんなところで何をお祈りされているのですかな?」
 コルベールが尋ねると、シスターはふっと気が付いて振り返ってきた。
 軍艦に聖職者とは一見合わないように見えて、実は欠かせない存在である。平時は兵士の精神面のケア、戦時は戦死者の弔い。とかく生死に関わる軍人とは切り離せない存在で、実際に従軍牧師や従軍僧侶などが存在する。ここハルケギニアでも、戦列艦以上の大型艦には神官が乗船するのが基本であった。
 しかし工事中のところにとは珍しい。立ち上がってこちらを向いたシスターは、フードをまくって顔を見せた。
「こんにちは、実は先日こちらのほうで数人が怪我をする事故が起こりまして。そのお祓いのためにと頼まれてお祈りを捧げておりました」
 若いな。コルベールは意外に感じた。長い金髪を結い上げた大人しそうな娘で、年のころは二十代中ごろであろうけれど、どこか儚げな不思議な雰囲気をまとっていた。
「失礼しました。お仕事ご苦労様です。私はこちらで技術主任をしているコルベールという者です。見かけないお顔ですが、最近こちらにやってこられたのですかな?」
「はい。わたくし、名をリュシーと申しますが、修行のためにあちこちを回りながら祈りを捧げております。こちらの偉いお方だったのですね。ミスタ・コルベール、わたくしに神と神の御子に奉仕する場を与えてくださり、感謝いたします」
 リュシーと名乗った女性はぺこりとおじぎをし、澄んだ瞳でコルベールに微笑みかけてきた。
 思わずどきりとするコルベール。技術者一本で堅物に見えるコルベールだが、彼とて人並みの感性は持ち合わせている。学院でその気配がないのは、単に教え子に手をかける趣味がないだけだ。
「では、わたしはこれで」
「あ! ちょっと、その」
「はい?」
 立ち去ろうとしたリュシーをコルベールは呼び止めた。リュシーは相変わらず優しげに微笑んでいる。
「その、よろしければいっしょに、昼食をいかがでしょうか? 各国を回られてきた貴女のお話は、大変興味深く思いまして」
 照れくさそうにしながらも、コルベールは思い切って誘ってみた。するとリュシーはにこりと笑い。
「ええ、喜んで」
 その瞬間、コルベールは心の中で万歳三唱した。しかし表情には出さないよう気を配りつつ、ふたりは並んで歩きだす。
 やった! ダメ元だったけど言ってみるものだ。人間、生きてたら何かいいことがあるものだなあとコルベールはしみじみ思った。

229ウルトラ5番目の使い魔 67話 (8/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:04:33 ID:6C7Q66hI
「ミスタ・コルベール」
 リュシーが話しかけてきた。垂れがちの眼は柔和な面持ちを作り、少し遠慮した声色は尖った心を溶かしてくれる。
「ああ、私のことは呼び捨てでかまいません。私は軍属ではありませんし、堅苦しいことは好みませんので」
「わかりました。ではコルベールさん……いえ、コルベール様とお呼びいたしますね。わたしのような一介のシスターに目をかけていただけるなんて、コルベール様はお優しい方なのですね」
「い、いやいやそんな! あなた方聖職にある方々は日夜、万民のために働いてくれています。ないがしろになんてできませんよ!」
 すまなそうなリュシーに対してコルベールは慌てて取り繕うのといっしょに、まるで天使だ! と、心の中で快哉をあげた。
 出会いの少ない仕事をしているコルベールは、自分の将来についてはなかば絶望視していた。ずっと前にはミス・ロングビルにアタックしたこともあるのだが、それは玉砕に終わり、学院には他に若い女性の教員もいないことから、もう自分に出会いはないものとあきらめていた。
 しかし、出会いがあった! しかも若いシスターである。始祖ブリミル、あなたのお導きに心から感謝いたします。コルベールは心の中で号泣するとともに、このチャンスを逃してなるものかと決心していた。細かいことはとうに脳内から消し飛んでしまっている。
「と、ところでミス・リュシー。あなたほどお若い方が、修行のために旅をなさっているとは、素晴らしい信仰心ですね」
「いえ、わたくしはそんな敬虔な信徒ではありません。わたしは生まれはガリアの貴族でしたが、家が没落して一族は散りじりになり、わたくしは出家して尼となったのです」
「そうだったのですか。私も、物心ついたときは親はなく、ずっと家族なく育ちましたので、お気持ちは少しわかる気がします。あなたも、苦労なされたんですな」
 コルベールがしみじみとつぶやくと、リュシーは悲しげに顔を振った。
「コルベール様もですか。本当に、この世は無情なものですね。神は、いったいどれだけの試練を人にお与えになるのでしょうか」
「それはまさに、神のみぞ知るというものでしょうね。ですが、神はこうして出会いをお与えになられました。ミス・リュシー、今日は私がごちそうしましょう。美味いものを食べる幸せは、万民に共通ですからね」
「えっ、いえそんな悪いですわ。それに私は神に仕える身、貪るわけにはまいりません」
 遠慮するリュシーだったが、コルベールは彼女を元気づけるように、その頭頂部のような明るさで彼女を押していった。
「心配いりません。働いた分の糧を得ることは神の御心に逆らわないはずです。それに、私にも聖職の方に尽くす功徳をさせてくださいよ。さあさあさあ」
「あ、あらあらあら!?」
 リュシーは強引に押されながらも、嫌がって逃げようとはしなかった。そのまま中級士官用の食堂に案内されて、コルベールと向かい合って座らされる。
 コルベールはウェイターにチップを持たせ、いい具合に見繕ってくれと頼んだ。ほどなくして、テーブルに豪華とまでは言わないがこじゃれた料理の数々が並べられ、リュシーは喜びの声を漏らした。
「こんなに……わたくし、こんな手のかかったお料理を見るのは本当に久しぶりです。ほんとに、よろしいんですか?」
「もちろんですとも。その代わりに、あなたが旅をして見聞きしたことを話してください。こういう仕事をしていますと、どうも世界が狭くなってしまいますので」

230ウルトラ5番目の使い魔 67話 (9/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:05:35 ID:6C7Q66hI
「喜んで。ですが、わたくしも世間を巡る修行中の身。代わりにコルベール様もいろいろお話を聞かせてくれたら幸いです」
「もちろん喜んで! ですが、私の話などは機械のことばかりで、とてもあなたに喜んでもらえるとは思えませんが」
「いいえ、熱心に働く人は皆が神の使途です。そのお話を聞くことの、なにが不満でありましょうか」
 コルベールはまさに天にも昇る心地になった。まさか、ほとんどの人にスルーされるばかりの自分の話を聞いてくれる女性がこの世にいようとは。
 優しく微笑んでいるリュシーの姿は、まさに天使にコルベールは見えた。苦節ン十年、年齢が彼女いない歴と同じ彼は、この出会いの奇跡に感謝した。
 料理に舌鼓を打ちながら、二人は話に花を咲かせた。
「あの船、東方号というのですが、あの船は私の誇りなのです。いつか、あの船でハルケギニアを巡り、そして誰も見たことのない東方の地や、そのまた向こうにある未知の世界を見に行きたい。よく笑われますがね」
「そうですね、わたしにはコルベール様のお話は大きすぎて正直イメージが追いつきません。ですがわたしも諸国を巡るごとに、あの山の向こうにはどんな街があるのだろう? あの川を越えた先にはどんな出会いがあるのだろうと思います。どこまでも先へ進もうとするコルベール様の夢は、とても素敵なものだと思いますわ」
 真剣に聞いてくれるリュシーに、コルベールの機嫌はますますよくなる。
「ミス・リュシーはとても広い心をお持ちなのですな。ですが、巡礼の旅という苦行を選ばずとも、故国でもじゅうぶんな修行はできたでしょうに。なぜ、危険な一人旅を選ばれたのですか?」
「はい、わたしも最初は教会で住み込みで働いていました。ですが、ある人に、迷いや悩みを断ち切るためには世界でいろいろな体験をしたほうがいいと忠告を受けて、旅立つことにしたのです」
「そうだったのですか。それでも、お一人で旅を続けるのはさぞ苦労されたのではありませんか?」
「はい、確かに楽なものではありませんでした。けれど、敬虔な神の信徒の方はどこにでもいらっしゃるものです。ゲルマニアで、ささやかですがわたしの旅を援助してくださる素敵な方に出会えまして、路銀くらいならばまかなえています」
「それは……その、男性の方ですか?」
 どきりとしたコルベールが問いかけると、リュシーは笑って首を振った。
「いいえ、女性の実業家ですわ」
「あっ、いやそうでしたか! これはこれは私としたことがお恥ずかしい」
「まあ、コルベール様ったら。うふふふ」
 コルベールが笑ってごまかすと、リュシーもコルベールの気持ちを知ってか知らずか笑った。
 本当に天使のような人だ……コルベールは心の中で涙した。こんな清純な女性を相手に下心を持ってしまった自分が恥ずかしい。そして、だからこそ心の中で炎が赤々と燃えてくるのを感じていた。

231ウルトラ5番目の使い魔 67話 (10/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:06:45 ID:6C7Q66hI
 その後、ふたりは他愛のない話を続け、やがて昼休憩の時間の終わりを告げる鐘が響き渡った。
 
「あら、もうこんな時間ですか。残念ですが、お祈りを依頼されているところはまだありますので、そろそろ行かねばなりません。コルベール様、ご馳走をどうもありがとうございました。このお礼はいずれ……」
 
 鐘の鳴る中、椅子から立ち上がったリュシーを見て、コルベールは時間の残酷さを呪った。
 だが、彼は申し訳なさそうに席を立とうとしているリュシーを黙って見送ることはできなかった。勇気を振り絞って、その背を呼び止めたのである。
「ミ、ミス・リュシー! 今回はとても有意義な話を聞かせていただき、こちらこそ感謝いたします。こちらには、まだおられるのでしょうか?」
「はい、こちらは大きい街なので、しばらくのあいだは滞在しようと思っております。それが、何か?」
「い、いいえ、その……それならば……そこでなのですが、よろしければ今夜もう一度お会いしていただけませんか!」
 コルベールは半生分の勇気を振り絞って言ってみた。自分の容姿が貧相なのは自覚している。女ウケする性格でもなく、さらに夜に女性を誘うことがどれほど難易度の高いことなのかも理解している。
 正直に思って、成功の確率はないに等しい。ここまでこれただけでも奇跡に等しいことなのだ。
 しかし、それでもコルベールは言ってみた。なぜなら、彼の魂が言っていたのだ、自分が”男”になる機会はここしかないのだと!
 緊張し、返事を待つコルベール。瞬きをする時間さえもが永遠に思える中を過ごし、ついにリュシーが口を開いた。
「今夜、ですか? はい、わたくしでよろしければ」
 笑顔で会釈して答えるリュシー。この瞬間、コルベールは人生の勝利者になったと心の中で喝采した。
 ジャン・コルベール、人生苦節四十ン年。ついに生まれてきた意味を味わえる日がやってきたのですな。始祖ブリミルよ、この罪深き仔羊に人並みの幸せを与えてくださったことを感謝いたします。
 感激で、心の中でコルベールはむせび泣いた。周りの客からは、なんだあのオヤジと、冷たい視線を向けられているがコルベールには届いていない。
 しかし、よほど感激で我を忘れていたのだろう。「コルベール様?」と、声をかけられてはっとすると、視線の先には怪訝な様子のリュシーがいた。
「どうなさいました? どこか、お体の具合でも」
「い、いいえ、なんでもありません。それより、夜のことですが、日が暮れたらまたこの店で落ち合うというのはいかがでしょうか?」
「はい、わたしはそれでよろしいです。うふふ、夜が楽しみですわね」
 この瞬間、コルベールの心が有頂天に登りつめたのは言うまでもない。生徒以外では若い女っ気のない職場で働き、暇があれば研究に打ち込む日々。もちろん出会いなんかからっきしだし、若い頃から仕事一途でその手の店に行く趣味もなかったから、今日まで経験は皆無といってよかった。

232ウルトラ5番目の使い魔 67話 (11/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:07:56 ID:6C7Q66hI
 そんなナイーブなコルベールに、ようやく春の風が吹いてきたのだ。しかも、優しく美しいシスターときている。舞い上がるなというほうが酷というものだ。
 コルベールははやる心を抑えると、お仕事がんばってくださいと、月並みな台詞で彼女を見送った。去っていくリュシーは、後姿だけでも美しかった。
 そして、リュシーが見えなくなると、コルベールはすっと振り返り、走り出した。それはもう、全力で走り出した。
「うおおおおお! 生徒のみなさーん! わたしはやりましたぞぉぉぉぉーっ!」
 彼は走った。走らずにはいられなかった。まだスタートラインに立ったばかりでも、コルベールにとっては長年夢見ながらも訪れなかったチャンスなのである。
 聖職者とは結婚がどうたらこうたらという理屈は頭から消し飛んでいた。今の彼は己の火の系統のように燃え滾る情熱の愛の戦士であったのだ。
 
 しかし、人が幸せに浸っているときでも、性格の悪いお邪魔虫は悪だくみを続けている。
 街を見下ろす丘の上。そこで、黒幕の宇宙人はいやらしい笑いを浮かべていた。
「いやあ、活気があっていい街ですねえ。こういう街を見ていると、いたずらをしたくなりますねえ。うーん、私ってばなんて悪い子なんでしょう」 
 いたずらというには度が過ぎていることを考えているのが明白な声を漏らしながら、なんらかの意図を持った目で街を見下ろす宇宙人。
 だが、その宇宙人以外には誰もいないはずの丘の上に、突然姿を現した人影があった。
「とうとう見つけたぞ」
「おや? あなたは、おやおやウルトラマンヒカリさんじゃないですか」
 手を叩いて迎えた宇宙人の前に現れたのは、ウルトラマンヒカリことセリザワ・カズヤだった。
 丘の上の展望台で、数メートルの間隔を挟んで睨み合う両者。沈黙を破って口火を切ったのはセリザワだった。
「もう、いいかげんにこの世界への干渉をやめろ。この星の人間の心をこれ以上もてあそぶな」
「はいはい、そう言われると思っていましたよ。正義の味方にやめろと言われてやめていたら宇宙警備隊はいらないでしょう? 定型句、大変ですね」
「戯言はいい。お前のやっていることは、この世界への立派な侵略行為だ。見過ごすことはできない」
 厳しい眼差しを向けてくるセリザワに対して、宇宙人はあくまで余裕の態度を崩さずにいた。
「侵略ですか。まあ、そう見られても仕方ないとは思いますが、何度も言いますけれど私はこのハルケギニアを壊してしまおうとかは考えてませんよ。むしろ、私のおかげで恩恵を受けていることも多いじゃないですか。そこのところ、なくなってもいいんですか?」
「お前はそれを永遠に与え続けるわけではないだろう。長くお前の与える空気に慣れすぎると、それが失われたときにショックが大きい」

233ウルトラ5番目の使い魔 67話 (12/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:09:21 ID:6C7Q66hI
「ほぉ、さすが光の国でも有数の頭脳派ですね。あなたが我々の星に生まれなかったことが残念です」
 大げさに残念ぶる宇宙人。だがセリザワは、宇宙人のそんな芝居じみた態度には構わず、断固として言った。
「いつまで猿芝居を続けるつもりだ。俺がここにやってきたことが、偶然だと思うか?」
「ええ、もちろん。あなた方ウルトラマンの方々が必死で私を探し回っているのは知ってますよ。いずれ、すぐに見つかるようになるでしょうね。それに、あの少女の行方もね」
「貴様……」
「おっと、何度も言いますが、私は人質をとろうとか考えてはいませんよ。ただ、彼女たちとはwinwinの関係なだけです。返せなんて言わないでください。それに、私もまだこの世界を離れるわけにはいかないのですよ!」
 交渉は決裂だとばかりに、宇宙人が指を鳴らすと同時に街の空に時空の歪みが生じた。そして、その中から現れて街の中に降り立つ、ドラゴンを模したような白色のロボット怪獣。
 悲鳴や困惑の声が街からあふれ出す。ロボット怪獣は一見すると洗練されたスタイルのせいで悪役に見えなかったこともあり、人々は最初は正体をいぶかしんだが、すぐに建物を踏みつぶして破壊活動を始めると、すべては悲鳴に統一された。
「貴様!」
「勘違いしないでください。私だって、こんな手段はとりたくないのですが、力づくで来られるならこっちもそれなりの手で対抗させてもらいますよ。では私は逃げますが、追いかけてくるか、それとも街を助けに行くかはご自由に」
 そう言い捨てると、宇宙人はさっと宙に飛び上がった。セリザワは、異変の元凶をここで逃してはと苦心したものの、ロボットは人口密集地域に落ちたらしく、無数の助けを求める声が彼を引き止めた。
 ここで行かなければ大勢の人間が死ぬ。命だけは失われたら取り返しがつかないと、セリザワは決意してナイトブレスを輝かせた。
 
「シュワッ!」
 
 青と緑の輝きの中から、群青の光の戦士がロボット怪獣の前へと降り立つ。
 ウルトラマンヒカリ、彼は大勢の人々の命を守るため、白銀のロボットの前に立ちふさがったのだ。
「おおっ、ウルトラマンだ!」
「た、助かったぁ」
 今まさにロボットに踏みつぶされようとしていた人々から涙交じりの歓声があがり、救われた人々は瓦礫のあいだを縫って這う這うの体で逃げていく。
 さすがは何度も怪獣の襲撃を生き延びてきた人たちだ、命さえあればやるべきことは体に染みついている。しかし、本当に危機を拭うためにはこいつを倒さなくてはならない。

234ウルトラ5番目の使い魔 67話 (13/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:10:06 ID:6C7Q66hI
「デヤッ!」
 速攻! 先制攻撃に放った回し蹴りがロボットのボディに当たり、わずかだが押し返した。
 だが、それによってロボットもヒカリを敵と認識して攻撃態勢をとってくる。ヒカリは、ロボットの注意を自分に向けることで、人々が逃げる時間を稼ぎながら、同時にロボットを注意深く観察した。
〔見たことのないロボットだ。いったい、どこの星で作られたものだ?〕
 ヒカリはセリザワとして、またウルトラマンとして、おおむねの宇宙人のロボット兵器は頭に入れてあるものの、このロボットはそのどれとも似ていなかった。
 どこかの星の新兵器? もしくはまったく知らない宇宙で作られたものか? ともかく、知識が通じない以上は油断禁物だ。
 ロボットはサイレンのような稼働音を響かせながら向かってくる。体格はヒカリの倍近い巨体だ。それでもヒカリはひるむことなく迎え撃つ!
「シュワッ」
 ヒカリは懐に飛び込んで、下からロボットの頭を突き上げた。
 硬い!? だがあごを突き上げられ、ロボットがのけぞる。ヒカリはさらにボディにパンチを打ち込み、休むことなく追撃を仕掛ける。
 しかし、ロボットの強固なボディはほとんどダメージを受けていなかった。ロボットの左腕についている巨大なブレードがヒカリを狙って一文字に飛んでくる。
「シャッ!」
 ヒカリはバック転してブレードの一撃をかわした。インペライザーの大剣ほどではないにせよ、あのロボットのブレードはまるで斧だ。まともに食らうわけにはいかない。
〔やはり接近戦には強いか。それに中距離戦でも……〕
 ロボットの巨体からして接近戦でのパワーは予想していた。今のブレードの一撃をもらうわけにはいかなかったのでやむなく距離をとったが、離れても安心はできない。なぜならこういうやつは飛び道具も豊富なのが常だからだ。
 そして案の定、ロボットの目から赤色の光線が放たれてヒカリを襲った。
「ハッ!」
 とっさにかわしたヒカリのいた場所をすり抜けて、その先にあった建物を爆発の炎に包んだ。
 けっこうな威力だ。こいつを作ったのは、相当に兵器開発に長けた宇宙人だったに違いない。ここで倒してしまわねば大変なことになると、ヒカリは冷たいものを感じた。
 しかしロボットはさらに右腕の巨大なクローからもビームを放ってきた。これの威力もものすごく、街からはさらなる火の手と悲鳴があがる。
〔まずい、戦いが長引けば街が壊滅してしまうぞ〕
 ヒカリは、ロボットの強烈な火力がもたらす被害の大きさを見て焦った。こいつはとんでもない破壊兵器だ、野放しにしておけば、あっというまに星中を焼け野原にしてしまうだろう

235ウルトラ5番目の使い魔 67話 (14/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:11:16 ID:6C7Q66hI
 破壊されつくした星……ヒカリの脳裏に、かつてボガールによって滅ぼされてしまった神秘の惑星アーブの荒野が浮かんでくる。
〔そんなことは、絶対にさせん!〕
 意を決したヒカリは、ロボットにビームを使わせないために、あえて不利を承知で接近戦に打って出た。
 近接し、ロボットのブレードを回避しながらわき腹にエルボーを食らわせる。ヒカリは科学者ではあると同時に宇宙警備隊一流の戦士でもある。いくら相手が未知の超兵器だとしても、そう簡単に後れをとりはしない。
 パンチの連打を浴びせ、体当たりで跳ね飛ばされてもなお向かっていく。そんなヒカリの戦いを、街の人々も声をあげて応援した。
「青いウルトラマン、がんばれーっ!」
 人々の願いを背負って戦う者こそ、ウルトラマンだ。その背の先の人ひとりひとりに人生があり幸せがある。それを守らなくてはならない。
 しかしロボットはヒカリの猛攻を強固な装甲で受け止め、まるでダメージを受けない。そればかりか、胸部の赤い宝玉を輝かせると、不気味に輝く極太のビームを放ってきた!
〔な、なんだこの光線は?〕
 ヒカリは寸前でかわせたものの、ビームが着弾した場所を見て愕然とした。なんと、破壊はされずにビームを浴びた場所が宝石のようにキラキラと輝く結晶と化している。それこそ、建物から立ち木、つながれていた馬や犬までである。すべてが元の形のまま結晶化してしまっていた。
 こんなものを食らえばウルトラマンでもひとたまりもない。恐るべき即死兵器の出現に、さしものヒカリも戦慄して足を止めた瞬間、ロボットの目から放たれた光線がヒカリを直撃してしまった。
「ウワァァッ!」
 体から火花をあげ、大きくのけぞるヒカリ。一瞬ひるんだ隙を突かれてしまった。
 まずい。ロボットは冷徹に結晶化光線の発射態勢に入っている。避けなければやられる! 街の人々も、ウルトラマン危ない、と叫ぶ中で、ロボットから光線が放たれようとした、そのときだった。
 突然、ロボットが止まったかと思うと、「ガガガ」「ギギギ」と、聞き苦しい機械音がけたたましく鳴りだしたではないか。
 なんだ!? いったいどうした? ヒカリや街の人々はロボットの異変に困惑する。それを、あの宇宙人は空の上から見下ろしていたが、やれやれとばかりに肩をすくめた。
「あらら、やっぱりちゃんと直ってませんでしたか。めんどくさいんでテキトーに復元しただけですからね。まあ完璧に直して暴走されたらそれはそれで困ったんですが……この場合はむしろ、うふふ」
 意味ありげにつぶやく宇宙人の声を聞けた者はいない。
 しかし、誰から見てもロボットが故障を起こしていることは明らかだ。ヒカリはこのチャンスを逃すまいと、ナイトビームブレードを引き抜いた。

236ウルトラ5番目の使い魔 67話 (15/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:12:01 ID:6C7Q66hI
「デアッ!」
 棒立ちになって震えているロボットに向け、ヒカリはナイトビームブレードを振りかざして突進した。
 すれ違いざまの一閃! 鋭い斬撃が放たれ、次の瞬間ロボットの右腕の巨大クローがひじの部分から寸断されて、地響きをあげて地面に落ちた。
「やった!」
 歓声があがった。ロボットは重量級の右腕が切り落とされて、体のバランスを崩してよろめいている。今なら倒せる、誰もがそう思った。
 だがしかし、ダメージを受けたロボットはそれで完全に狂ってしまったようで、よろめきながら後進を始めた。
 どこへ行くんだ!? 酔っ払いのような足取りで後退していくロボットを、ヒカリも街の人々もなかば呆然として見送る。
 そして、ロボットはとうとう港の桟橋まで来ると、そのまま河中へと転落していったのだ。
「おい、沈んでいくぞ!」
 川岸に集まった人々は水中に泡を立てながら沈んでいくロボットを指さして叫んだ。
 この河は大型船の港にも使えるほど水深が深く、ロボットの巨体さえもずぶずぶと飲み込んでいく。
 やがて、ロボットの姿は完全に水中に消え、河は何事もなかったかのようにまた流れ始めた。
 終わったのか……? 人々は、あまりにあっけない完結が信じられずにしばし立ち尽くした。そしてヒカリも、これで終わったのかと納得しきれない思いが残っていたが、ウルトラマンとしての活動限界時間が迫っていた。
〔あの正体不明のロボット、本来ならこの程度で破壊できる代物ではないだろう。これで済めばいいのだが……〕
 できるなら完全に破壊したかったが、河ざらいをしている余裕はない。今は半壊させて、街の被害を防いだだけでも良しとするしかない。ヒカリは満足できないながらも、人々の感謝の声と視線に見送られながら飛び立った。
「ショワッチ!」
 戦いは終わり、街には一応の平和が戻った。
 
 しかし、最小限で済んだとはいえ街には被害が出た。
 破壊された建物からはまだ煙がくすぶり、衛士の怒鳴る声があちこちから響き、医師や水のメイジが方々を駆け回っている。
 痛々しい光景。それも、もうハルケギニアの人々からすれば慣れたものであろうが、そんな中でリュシーは結晶と化してしまった犬の前にひざまずいて祈っていた。
「……」
 犬は吠えようとした姿勢のまま固まってしまっていた。それはよくできた彫刻のようであり、今すぐにでも動き出しそうであるが、その体は冷たく冷え切っていて鳴き声ひとつ出すことはない。

237ウルトラ5番目の使い魔 67話 (16/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:12:45 ID:6C7Q66hI
 廃墟の中で、じっと祈り続けるリュシー。そんな彼女を、心配して探しに来たコルベールは後姿を見つけていたが、一心に祈る彼女の姿を見て、声をかけることができずにいた。
「可哀そうなワンちゃん。せめて、その魂は迷わずに始祖の下へ行けるよう、お祈りいたします」
 元は小汚い野良犬であったろうに、そのためにリュシーは心から祈っている。
 コルベールは、すべての生き物は始祖の子だというふうに慈愛を注ぐリュシーに、改めて深い感動と尊敬を感じていた。
「ミス・リュシー、あなたはまさにこの世の天使です。お邪魔してはいけませんな。ディナーに誘うのは、また今度にいたしましょう……」
 そっと、足音を立てずにコルベールはリュシーのそばを立ち去った。
 
 
 だが、その夜。宿屋で休むリュシーの部屋に、土足で踏み込む者たちがいた。
「どなたでしょう? わたくしは一介の旅の尼僧です。お金になるようなものは何も持ち合わせていませんよ」
 侵入者たちに、恐れることなく諭すように語り掛けるリュシー。しかし、侵入者二人はふてぶてしくもリュシーに杖を突きつけながら言った。
「お嬢さん、シラを切っても無駄だ。調べはもうついている。だが安心してもいい。俺たちは別にあんたを捕まえに来たわけじゃないんだ。まあ、あんたはある方面を怒らせちまったって言えばわかるかな」
「ウフフ、でもわたしたち元素の兄弟にも情けはあるの。あなた、とっても可愛いわ……ねえ、人間をやめてわたしのお人形にならない? そうすれば、毎晩たっぷりかわいがりながら生かし続けてあげるわ」
 事実上の死刑宣告を言い渡し、問答無用と迫るジャックとジャネット。
 対してリュシーは言い訳すらすることなく、静かに二人の目を見据え……そして。
 
 
 続く

238ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:14:34 ID:6C7Q66hI
今回はここまでです。
劇場版オーブ、よかったですよねえ(何周遅れだ)

239ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:44:05 ID:u1PouLhI
今更ながらウルトラ五番目の人、投稿おつかれさまでした。

さて、皆さん今晩は。無重力巫女さんの人です。
特に問題がなければ、22時47分から88話の投稿を始めたいと思います。

240ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:47:04 ID:u1PouLhI
 時間が午前から午後へと移り変わってから一時間が経ったばかりであろう時間帯。
 一行に人の減らぬ王都の建物や掲示板などに、衛士達がなにかを貼っている光景を多くの人々が目にしていた。
 何をしているのとかと気になった者たちが率先して調べてみると、それは女性の似顔絵が描かれてたポスターであった。
 似顔絵の女性はやや強気な表情であったが、十人中何人かは確実に一目ぼれするであろう綺麗な顔立ちをしている。
 青い髪に碧眼という特徴にも男たちは興味を示しつつポスターを見直して―――そして愕然した。
 
―――○○○○○○詰所所属衛士隊員『ミシェル』
―――――同僚殺害及び軍事機密情報の売買に関わった疑いあり!
――――――この顔にピン!ときた方は、すぐに最寄りの衛士詰め所か警邏中の衛士に声を掛けてください

 そのポスターは、似顔絵の元となったであろう女性の指名手配ポスターだったのである。
 一体このミシェルと言う名の美人衛士は、何の理由があってそんな重犯罪を犯したのだろうか?
 多く男達がそんな反応を抱きつつポスターに釘点けになり、通りがかった他の平民たちも何だ何だとそちらの方へと足を運ぶ。
 やがてポスターの貼られている場所には大きな人だかりが出来、多くの人々の目と記憶に『ミシェル』の名と顔が焼きついて行く。
 似顔絵自体の出来も非常に良かった事が仇となったのか、ポスターに書かれた絵だけでも見に来る者たちも何人かいる。
 そして人が集まればそれだけで幾つもの意見が生まれる、つまるところ、街中で人々の議論が始まったのだ。
 ある者は彼女を見て是非ともお近づきになりたいと願い、ある者は彼女を捕まえて賞金にありつこうと企み、
 またある者はこんな綺麗な人が同僚殺しなんかの重犯罪を犯すワケはない、これは何かの陰謀だ!と騒いでいる。

 終わりの見えない議論は延々と続き、それだけでも元から喧しい王都は更喧しくなっていく。
 そんな耳に良くない場所なりつつある街中を歩きながら、ルイズ達は人だかりのできている場所へと目を向けていた。
 彼女、そして霊夢や魔理沙達の視線に先にあるのは、ブルドンネ街にある小さな広場の――中央に建てられた情報掲示板である。
 普段は王宮から発布されたお知らせや、近所にある本屋が品切れしていたモノや新品の本などが入荷してきた時、
 同じく近くにあるベーカリーなどが焼き立てのパンを店に出す時間帯などをポスターに書いて貼り出している掲示板だ。
 しかし今は、それらの情報がかすんでしまう程綺麗な指名手配犯のポスターを一目見ようと多くの人々が訪れている。

 そんな騒がしくなりつつある広場を通りから眺めていると、それまで黙っていた魔理沙が口を開いてこう言った。
「…にしたって、指名手配犯が出たってだけでこうも賑わえるモンなのかねぇ?」
「まぁ指名手配自体王都で出るのは珍しいかも。地方だと色んな犯罪者が手配されてるそうだけどね」
 魔理沙の言葉にルイズがそう返すと、先ほど昼食を頂いた店で見せて貰ったポスターの事を思い出す。
 中央にデカデカと書かれていた青い髪の女性『ミシェル』の顔と、その下に添えられた罪状と指名手配のお報せ。
 そしてあの似顔絵とそっくりの顔を持ったフードの女と、彼女を追っていたであろう謎の男達。

 彼女はひょっとすると、あのポスターに描かれている『ミシェル』だったのではないのだろうか?
 と、すれば…あの男たちは何だったのであろうか?少なくとも、そこら辺の平民よりまともな人間ではなさそうだった。
 彼らが探していたのは間違いなくあのフードの女性だったのであろうが、彼女は何故逃げようとしていたのだろうか。
 そうして幾つもの疑問が脳裏を過り続け、またもや思考の渦に足を突っ込みそうになったルイズは慌てて頭を振った。
 突然そんな行動した彼女に霊夢と魔理沙が首を傾げるのをよそに、ルイズは余計な事を考えようとした自分を叱る。
(何を考えてるのよルイズ。私の記憶違いなのかもしれないし、第一彼女か『ミシェル』だったとして、私に何ができるっていうの?)

241ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:49:05 ID:u1PouLhI
 ただでさえ厄介な事案を複数抱え込んでいるルイズにとって、これ以上の厄介ごとは正直ゴメンであった。
 スリの犯人はまだ見つかっていないし、情報収集は今になって始めたばかりで手紙一通すら送れていない。
 そこへ更に重ねるようにして厄介ごとであろうモノに首を突っ込んでいては、やるべき事もやれなくなってしまう。
 第一、通りでぶつかっただけの自分がこの広い王都で彼女と何とか再会し、追われていた理由を問うべき道理など全くない。
 気になるのは気になるが、これ以上の問題を抱えることをルイズはしたくなかったのである。
(…所詮ただ道でぶつかっただけ、私が首を突っ込んでも仕方ない事よ)
 ポスター前に集まっている人々の姿を見つめながらそう自分に言い聞かせていた時であった、魔理沙が声を掛けてきたのは。

「どうしたんだルイズ?そんないつも以上に悩んでいる様な表情見せるなんて」
「魔理沙?…別に、何でもないわよ」
 恐らく、自分が『ミシェル』と思しき女性に出会ったことを一番話してはならないであろう黒白の呼びかけに、彼女は平静を装って返す。
 しかし、それに対して普通の魔法使いは「えー、そうか?」と怪訝な表情を浮かべて首を傾げて見せる。
「私にはなーんか色々考え事してるように見えたんだけどな?」
「…ふ、ふん!考え事や悩み事ならもう十分足りてるわよ」
「んぅ〜そりゃそうか、今の私達って色々と問題を抱えちゃってるしな。主に霊夢のおかげで」
「うっさい、この黒白」
 本当に霊夢より勘が鈍いのか、割と鋭い指摘をしてくる魔理沙のルイズの平静さに若干罅が入りかける。
 幸い余計な一言のおかげで霊夢が横槍を入れてくれた為、魔理沙の話し相手も勝手に彼女へと移っていく。

 二人の喧嘩混じりの会話を聞きながら、ルイズは内心ホッとため息をついた。
 もしも魔理沙に今日通りでぶつかった女性が指名手配された女衛士と似ていたと言っていたら、大変な事になってたかもしれない。
 霊夢曰く、自分よりも面白く厄介な事に首を突っ込みたがるらしい彼女ならば、真っ先にその女性を捜そうと言っていた事だろう。
 そうなったら情報収集どころの話ではなくなるし、下手すればこの王都にいられなくなっていたかもしれない。
 ひとまずは回避できた未来を想像していたルイズは、ホッと安堵のため息をついた。
 ふと霊夢達の方を見てみると既に静かな口喧嘩は終わっており、お互い平穏な買いをしている。

「…そういやアンタ、道に迷った女の子が泊まってるっていうホテルの部屋ってどれくらい綺麗だったのよ」
「そうだなぁ、アソコを普通とするならスカロンの店は間違いなく倉庫レベルになっちゃうだろうなー」
『失礼な事言うなぁお前さん、ちったぁ無料で泊めさせてもらってる恩義くらい感じろよ?』
「魔理沙、それ本気で言ってるワケ?…実際今は倉庫で寝泊まりしてるようなものだから洒落になってないわよ」
『いやいや、突っ込むところが違うだろ』
 途中からデルフも混ざった二人と一本の会話を聞いて、ルイズも何となく霊夢の言葉に頷いてしまう。

 今日はスカロンが雨漏りを直してくれたものの、確かにあそこはどう見ても…少なくとも今は倉庫であるのは間違いない。
 正直言って彼女自身もイヤなのではあるが手持ちの金が限られている今、一番費用が掛かる宿泊代が浮くのは嬉しいのである。
 だから今の所ルイズも我慢はしているのだが、この二人は自分の気持ちをすぐに口に出してしまうようだ。
 まぁスカロンや『魅惑の妖精』亭の人間がいないこの場所でなら確かに言いたい放題だろう。
 とはいえ流石に本音を垂れ流して貰っては困る為、ルイズはほんの少し注意してあげることにした。

242ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:51:07 ID:u1PouLhI
「全く、アンタ達…倉庫なのは本当の事だけどスカロン達の前でそんな事いわないでよね?」
「それはわかってるわよ。だけどあんな場所に押し込んでおいて、文句を言うなってのは無理な事じゃない」
「まぁそれはそうよね。…っていうか、押し込んだのはアンタん所から来たあの狐なんじゃないの」
『そういやそうか、本人はスカロンに許可取ったっていうが…多少の悪意はありそうだよなぁ〜』
 デルフの言葉に霊夢がそれはあり得ると思った。その時であった――――

「ふぅ〜ん?中々言ってくれるじゃないか、剣の癖して口も達者とは恐れ入る」

 ルイズ達の進む方向から、その狐の声が聞こえてきたのは。
 突然の声にまずはルイズが足を止め、次いで霊夢がルイズに向けていた顔を前へと向ける。
 そのにいたのは案の定…何処から姿を現したのか、自分たちの前へ立ちはだかるようにしてあの八雲藍が佇んでいた。
 九尾と耳を限界まで縮めた人の姿にラフな服装という出で立ちで両腕を組んで、呆れたと言いたげな表情を浮かべている。
 今も尚多くの人の往来が激しい通りの真ん中であるのにも関わらず、その存在感はイヤにハッキリとしていた。
 霊夢は咄嗟にルイズの前へ――無論相手がやる気ではないのは理解していたが――出て、彼女へ話しかける。

「アンタ…一体何時からいたの?私でも気づかなかったんだけど」
「修行不足が目立つな霊夢。少しお遊び程度で、お前たちが昼食を終えた時から後を追っていただけだ」
「式の仕事だけじゃなくてストーカーまでこなすとは…流石は九尾狐といったところだぜ」
 霊夢の問いかけに藍はあっさりと自白し、そこへ魔理沙がすかさず茶々を入れる。
 こんな時にそんな冗談は…と言おうとしたルイズは、黒白の顔を見て思わず口をつぐんでしまう。
 魔理沙がその顔に浮かべているのは笑みであったが、それはいつも見せているような人を小馬鹿にしたような笑みではない。
 まるで張りつめたピアノ線の様に緊張を露わにし、一度力を入れればすぐにでも歯をむき出して笑う一歩直前の笑顔。
 そして霊夢も構えてはいないものの、相手が『下手に動けば』すぐにでもその袖の中へと手を伸ばすであろう。
 
 さっきまでお昼ご飯を食べて、とりあえず『魅惑の妖精』亭に戻ろうかと歩いていた最中だというのに…。
 たった一人――彼女たちと同じ世界から来た藍が現れただけで、二人はその気配がガラリと変わってしまった。
 指名手配がどーだの屋根裏部屋がどーたらと話していたのが、つい直前の事だと想えなくなってしまう。
 多くの平民、そして貴族が往来する通りのど真ん中で睨み合う三人に囲まれたルイズの喉は、潤いを求めてしまう。
 言葉が噤んでしまったついでに、開きっぱなしだった口から空気が入り込み、中途半端に喉が乾いてしまったのである。
 ルイズは慌てて口を閉じて唾液で潤そうとするが、自身が一番緊張しているためか中々うまくいかない。
 それでも何とか痒みすら訴えてくる乾きを消すことができた彼女は、霊夢の背中に差したデルフへと話しかけようとする。

「で…デルフ…」
『まぁそう焦るなって娘っ子、ここでバカ起こせばどうなるかぐらい…コイツらだって理解してるさ』
「ふぅー、全くだな。…失礼な事を言っていたから少し怒っただけだというのにでこうも身構えられてしまうとはな」
 緊張するルイズを宥めるデルフの言葉に藍はため息をついてそう言うと、組んでいた腕をすっと下ろした。
 途端、自分達に向けられていた存在感が薄れ、彼女もまた通りを歩く人々の中に混ざり込んでしまう。
 それを察知して霊夢もため息をついて構えを解き、魔理沙はいつもの人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべ直している。
 二人も楽な姿勢になったのを確認してから、藍は彼女たちへ近づきつつ肩を竦めながら話しかけてきた。
「それにしてもお前らまだ構える事は無いだろう。てっきりここで弾幕ごっこを仕掛ける手来るかとおもったぞ?」
「バカ言わないでよ。…第一、アンタなら手を出さなくても幻術やらの類で私達をどうにでもできるでしょうに」
 お互い言葉の端々に刺々しい雰囲気を漂わせるものの、すぐに争いが始まるという雰囲気は全くない。
 魔理沙との会話もそうであるのだが、幻想郷の住人達は会話だけでも刺々しいのが文化なのであろうか。

243ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:54:48 ID:u1PouLhI
 何はともあれ、物騒な事にはならないだろうと理解したルイズはついつい安堵のため息をついてしまう。
「はぁ〜…何でこう、昼食が終わったばかりのタイミングでヒヤヒヤさせられちゃうのよ」
「全くだな。まぁお互い好戦的な性格なうえに戦る時は戦るから正直私も冷や汗かきそうだったぜ」
 安堵すると同時に出た自分の文句にそう言いつつ、魔理沙がルイズの傍へと近づいた。
 さっきまで自分の前に出てきた霊夢同様、ただならぬ緊張感のこもった笑みを浮かべていた普通の魔法使い。
 それなのに今はいつもの人を小馬鹿にしそうな笑顔でもって、他人事のようにさっきの出来事を語っている。
 ルイズはそれに腹立たしい気持ちを抱いたのか、ニヤニヤする彼女へ向かって「アンタもアンタよ」と非難言葉を向けた。

「まぁそう怒るなよルイズ。流石のアイツらだってここで暴れるなんて事をしないなんて想像がつくだろう」
「そりゃそうだけど…だったら、何でアンタも霊夢に混じってあんな野獣みたいな笑みを浮かべてたのよ」
 ルイズの言葉に一瞬キョトンとするもすぐに思い出したのか、暫しう〜ん…と唸った後で彼女はこう答えた。

「まぁ何というか…その場のノリだな。格好良かっただろ?」
「…アンタ、本当に最高な性格してるわね」
「その言葉、お前さんの口から出た私への最良の賞賛として覚えておくよ」
 ある意味霊夢とは別方向で厄介な彼女に呆れつつも、最高の皮肉を込めた言葉をルイズは送る。
 しかしそれでも魔理沙は気にしてもいないのか、逆にお礼まで言われてしまったのだが。


 その後、自分たちを追跡していた藍と合流してルイズ達はそのまま『魅惑の妖精』亭へと戻ってきた。
 既に朝から取りかかっていた屋根の修繕は終わったのか、店の屋根には人影は見えない。
 後一、二時間もすれば店の開店準備が始まるだろうと思いつつ、ルイズが羽根扉を開けると、
「あっ、ミス・ヴァリエールにレイムさんと魔理沙さん…それにランさんも!」
 ちょうど開けてすぐ近くにあるテーブルの上に大きく膨らんだ紙袋を下ろしたシエスタと鉢合わせる事となった。
 どうやら見たところ、彼女も時同じくして帰ってきたところなのは一目瞭然である。
 ルイズは店に入ってすぐ近くにいたシエスタに若干驚きを隠せないでいるのか、おっ…と言いたげな表情を浮かべている。
「あぁ、シエスタじゃないの。…ただいま、で良いのかしら?」
「見れば分かるでしょうに。どこをどう見てもただいまで合ってるじゃない」
「…こういう時。、どんな顔すれば良いか分からないんだけど」
 とりあえず口にしてみた自分の言葉に突っ込んでくる霊夢にそう返しつつ、シエスタの元へ近づいていく。

 彼女もあの暑い炎天下の中で、私物やら何やらを購入してきたのであろう。
 額や顔には汗が滲んでおり、目の錯覚か平民向けの安い服が汗で薄らと透けているようにも見える。
 次にテーブルに置いた紙袋の中身を一瞥しようとしたところで、ふと話しかけられてしまう。
「それにしても奇遇ですよね。…まさか三人一緒だけじゃなくて、ランさんも一緒にいるだなんて」
「え?え、えぇまぁね。ちょっと昼食終わった街中歩いてた時にバッタリ鉢合わせちゃったのよ」
 すぐにシエスタの言葉に返事しつつも、ルイズは袋の中身が気になったのかそれを聞いてみることにした。
「そういえばシエスタ。結構重そうな紙袋だけど何買ってきたのよ?」
 人差し指をテーブルの上の紙袋に向けてそう聞いてきたルイズに、シエスタは「これですか?」と袋の口を開けた。

244ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:56:09 ID:u1PouLhI
「特に貴族様が気になるような物は買ってないのですが、そうですねぇ…例えばコレとか」
 そんな事を言いつつ、音を立てて紙袋を漁るシエスタが取り出したのは一本の歯ブラシであった。
 木製の持ち手に歯磨き用に調整された馬の尾の毛を組み合わせてつくられている小型ブラシである。
 一昔前までは少しお高くついたものの、今では王都にも工房がいくつも出来ているため平民たちの間でも普及し始めている代物だ。
「前使ってた歯ブラシが少しバカになってきたので、思い切って新品を買ってみたんですよ」
 まるで新しい玩具を買ってもらった子供の様に微笑みながら歯ブラシをルイズに見せつけてくるシエスタ。
 普及し始めた値段が低くなってきたとはいえ、値段的に平民が歯ブラシをそうそう何度も買い替えるのは難しいのだ。
 
 シエスタが袋から取り出した歯ブラシに興味をしめしたのか、ルイズの後ろにいた霊夢達も彼女の近くへ集まってくる。
「へぇ、一体どこへ行ってのかと思いきや…新しい歯ブラシを買いに行ってたのねぇ」
「つまり…あの袋の中は新品の歯ブラシで一杯という事か」
「いやいや、そんなワケないでしょうに」
 霊夢に続き、阿呆な事を言った魔理沙にルイズはすかさず突っ込みを入れてしまう。
 それを見たシエスタも苦笑いを顔に浮かべつつ歯ブラシをテーブルに置くと、話を続けながら袋を漁っていく。
「ははは…まぁ歯ブラシだけじゃなくて、学院生活で使う日用品とか色々新調しようと思って…ホラ、例えばこういうのとか」

 そう言いながら紙袋からスリッパやクシ、紅茶用のマグカップなど数々の品をテーブルに並べていく。
 これには貴族であるルイズもおぉ…と驚きの声を上げてしまい、霊夢達と一緒にその様子を眺めてしまう。
 結果…一分と経たず丸テーブルの上は、彼女が購入して来た日用品で占領されてしまった。
「うわぁ、これは圧巻ねェ」
「今までは古くなってきた物を誤魔化して使ってた来たから、自分でも変な新鮮感を覚えちゃいますよ」
 思わずそう呟いてしまったルイズに、シエスタは自分の子ながらエッヘンと胸を張ってしまう。
 平民向けといえど、これほどピカピカの新品を前にすれば気分が良くなるのも無理はないだろう。
 
 流石魔法学院で働くメイド。微々たる程度だが、そんじょそこらの平民よりかは金回りが良いのだろう。
 そんな事を思いつつも、魔理沙はシエスタの新しい日用品を見下ろしながら何気なくこんな事を言った。
「まぁ本となると別だが、こういうモノはある程度使い古したら思い切って新品に変えるのもアリだしな」
「えへへ…。さすがにこれだけ買い揃え目るのにお給金一月分の五分の二ぐらい使っちゃいましたけどね」
「アンタのお給金がどれくらいが分からないけど、そこまでしたら気持ち良いだろうに」
「そうですね。思い切ったところまでは良いんですが、何か今になってやりすぎたかなーって思う所もありまして…」
  
 霊夢の問いかけに嬉しさ反面、若干の後悔が滲み出てる彼女の言葉にルイズは変に納得してしまう。
 確かにお金があり過ぎると、購買意欲が薄いものにまでついつい手が出てしまい、後で何故買ったのかと自問してしまうのだ。
 最もルイズ自身はそういう経験は少ないものの、魔法学院ではそれで後悔している生徒を良く目にすることがある。
 下手に親から大量の仕送りを貰う生徒程無駄遣いをして、次の仕送りの日まで地獄を見ることになるのだ。

(まぁぶっちゃけ、私も人の事を指させる立場じゃあ無いのよねぇ)
 とはいえルイズも、つい先日までは大量に貰った資金で情報収集を兼ねたバカンスに繰り出そうとしたのだ。
 平民と貴族とでは贅沢のハードルに差があり過ぎるものの、今になって考えてみると後悔してしまう。
 高くていいホテルに泊まらず、そこら辺のそこそこ良い宿に泊まっていれば、スリに遭わずに済んだかもしれな いというのに。
 アンリエッタから貰った資金をむざむざ盗まれてしまった資金の事を思いだそうとしたところで、彼女は首を横に振った。

(…後悔後先に立たず。過ぎた事を今になって悔やんでも仕方のない事よルイズ)

245ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:58:04 ID:u1PouLhI

 その後、テーブルに広げた日用品を紙袋に戻し終えたシエスタと共にルイズ達は二階へと上がった。
 会話に参加してこなかった藍は既に厨房で今夜の仕込みを初めており、一階からそれらしい音が聞こえている。
「でもまだ誰一人起きてきて無いよな?アイツ、よっぽど暇してるようだぜ霊夢」
「少なくとも迷子を案内した後でそのままやるべき事サボってたアンタにそれをいう資格は無いとおもうけど?」
 怪談を上った後、誰もいない二階の廊下を見て魔理沙が呟き、霊夢がそこへ突っ込みをいれる。
 まぁ彼女の突っ込みは何も悪くないだろうとルイズが思った所で、シエスタが声を掛けてきた。

「じゃあ私、これから買った物の整理があるのでことまずこれで…次は夕食の時にでも」
「ん?…えぇ、また夕食時にね」
 両腕で紙袋を抱えつつ、器用にドアを開けたシエスタからの言葉に霊夢が顔を向けて左手を振る。
 それに対し手を振る代わりに笑顔を送った後、彼女はスッと寝泊まりしている部屋へと入っていった。 
 ドアが閉まりきるところまで見て再びルイズ達の方へ向いたところで、彼女は一人呟き始める。
「夕食時って言ってもねぇ、今夜も盛況になりそうだし大変よねぇ〜…こういう所で働くっていうのは」
「流石博麗の巫女とかいう自由業やってるだけあるな。お前の言葉には全力で納得できないぜ」
「それをアンタが言っても全然説得力ないわね?…それと、シエスタは今日と明日休み貰ってるらしいから平気よ」
 ルイズは他人の事を言えない魔理沙に容赦ない突っ込みを入れつつも、
 下げっ放しになっていた三回への隠し階段を上りながら彼女たちに今日のシエスタの事を話していく。

「それは初耳だな。恥かしがらずに言ってくれれば良かったのに」
「その前に私達がどっか行っちゃったから言うに言えなかったんじゃないの?」
 シエスタが休暇を取っていた事にそれぞれ反応を見せつつ、ルイズに続くようにして階段を上っていく。
 見た目同様、やや細めながらもしっかりとした造りをしていると感じさせてくれる階段を軋ませて屋根裏部屋へと入る。
「ただいまー…ってのは何か変な感じだけど……って、あら?」
 階段を先に上っていたルイスズは、部屋に入った所ですぐ目の前に置かれていた道具に気が付いた。
 それはやや使い古した感じのある部屋掃除用の大きな箒と塵取り、それに一枚のメモ用紙が箒に下に置かれている。
 
「ほうき…?」
 目の前に置かれている掃除道具の名前を呟きながらそこまで歩いていく彼女の背後から、
 続いて部屋に入ってきた霊夢もその箒とメモ用紙に気が付き、キョトンと首を傾げた。
「どうしたのよルイズ…って、なんなのその箒?…とメモ?」
 疑問が聞いて取れる霊夢の言葉と同時に箒の下のメモを手に取ったルイズは、ざっと書かれいた文章を読んでみる。
 文章を追うようにして目を左から右へ、右から左へと目を走らせて速読していくる

 その時になって、一番後ろにいた魔理沙も何だ何だとやや急ぎ足で屋根裏部屋へと上ってきた。
「おぉ、どうしたんだルイズのヤツ…って、何だその箒?私達が起きた時には無かったような…」
「多分そのメモ用紙に何か書かれてるんだ思うんだけど…どんな内容なのかしらねェ?」
 魔理沙の言葉に霊夢はそう返しつつ>、ルイズがメモを読み終えるのを待っていた。
 本当ならば肩越しに覗いて自分も読みたいのだが、生憎この世界の文字は全く分からないのだ。
 隣にいる黒白なら解読ぐらいしてそうなものだが、霊夢本人からしてみれば蛇がのたくったような記号にしか見えないのである。
 だからこうしてルイズが読み終えるのを我慢して、終わったら何が書いてあったのか聞こうと思っていた。
 まぁ聞かなくとも読む相手がルイズなら、そのまま素直に教えてくれるだろうが。

246ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:00:06 ID:u1PouLhI
 そんな事を思いつつ待った時間は、ほんの二十秒程度であろうか。
 メモ用紙に書かれていた文章を最初から最後まで丁寧に読み終えたルイズは、ふぅと溜め息をついてから口を開く。
「わざわざメモで書き残して置く事かしら?」
「ちょっとルイズ、何が書いてたのか教えてくれないかしら?」 
 すっかり拍子抜けしてしまったと言いたげなルイズの顔を見て、霊夢は早速問い詰めてみる。
 彼女の問いにルイズはサッと手に持っていたメモを、何も言わずに彼女へ手渡した。
 何気なくメモ帳を手に取った霊夢であったが、当然何が書かれているのか分からなかった。

「…差し出されても、読めないんですけど?」
 何も言わないルイズに霊夢が肩をすくめてそう言うと、その背中からデルフが話しかけてきた。
『んぅ…ふむふむ、まぁ娘っ子の言うとおり大した事は書いてないね』
「あぁ、そういやアンタがいたわね。変に静かだったから寝てたのかと思ってたわ。…で、何が書かれてたのよ」
 金属音を鳴らすデルフに霊夢がそう返しつつ、メモの内容がどういったものなのかも聞いた。
『別にどうってことはないが、掃除道具は置いとくから綺麗にしたら…って事だけしか書いてないよ』
「何よソレだけ?それなら別に口で伝えればいいじゃない、たくっ」 

 書かれていた事が本当に単純な内容だっただけに、霊夢は足元の箒を見ながらそう言った。
 まぁ何かタイ逸れた事が書かれていたとしても困っただけなのだが。
 しかし、確かに掃除が必要な程この屋根裏部屋が結構汚れている事だけは確かである。
 霊夢は部屋の端っこで小さく積もっている埃や、先住者の証である蜘蛛の巣を見ながらもその箒を手に取った
「…まぁ暫くここでタダで寝泊まりできるんだし、ちょっとは綺麗にしとかないといけないわよね」
 箒を持って彼女はそう言って背負っていたデルフを床に下ろすと、魔理沙がおぉ!と声を上げた。

「おぉ、霊夢がその気になったか。これで今夜は綺麗な屋根裏部屋でグッスリ安眠できるな」
「アンタも手伝いなさいよ。タダでさえ掃除する箇所が多いんだから、猫の手でも借りたいぐらいなのよ」
 すでに勝負はついたと言いたげな笑みを浮かべる魔理沙に、霊夢はすかさず手伝うように誘う。
 彼女の言うとおり屋根裏部屋は相当汚れており、全部を綺麗にするのには結構な時間が掛かるうだろう。
 始める前からすでに自分に任せて楽しようとしてる黒白を睨む霊夢を前に、しかし魔理沙はその態度を崩そうとはしなかった。
「勿論手伝ってはやりたいがね、何せ私にはこれからサボってた仕事をしなきゃならないしさ」
「仕事?あぁ…」
 一瞬だけ何を言っているのかと訝しんだ霊夢は、すぐに魔理沙の言いたい事を理解する。
 
「呆れた!わざわざ掃除したくないってだけで姫さまから託された仕事を理由にするなんて!」
「おぉっと、誤解しないでくれルイズよ。私だって、スカロンが掃除道具を置いて行ったことなんて予想してなかったんだぜ?」
 彼女に続いてルイズも気づいたのか、呆れと僅かな怒りが混じった表情で魔理沙に詰め寄ろうとする。
 しかし魔理沙は近づいてくるルイズをスルリと避けて、二階へと降りる階段の方へと走っていく。
 危うく踏みそうになったデルフを軽く飛び越えた彼女はそのまま階段を降り始め、頭だけ見えている状態で二人の方へ顔を向けた。
「まぁ掃除をサボる分、二人にとって価値のある情報を持ってくるから期待しといてくれよな?それじゃっ」
「あっ、ちょっと!」

247ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:02:04 ID:u1PouLhI
 ルイズが待ちなさいと彼女を制止する前に、魔理沙はそのまま音を立てて階段を降りてしまう。
 慌てて階段の傍へ行った頃には、既にあの黒白は一階へと続く階段を降りていくところであった。
 まるであと一歩の所でネズミを逃した猫の様なルイズの姿を見て、背後のデルフがカタカタと刀身を揺らして笑う。

『カッカッカッ!黒白に一抜けされたようだな娘っ子―――って、イタタタ』
「一抜けとか言わないでくれる?まるで私がやろうとしてる事が罰ゲームみたいに聞こえるじゃないの」
 失礼な事を言う鞘越しのデルフを箒の柄で軽く叩いてから、霊夢もルイズの傍へと近寄る。
 ルイズの方も近づいてくる彼女に気が付いたのか、スッと後ろを振り返る。
 自分を見下ろす霊夢の眼差しと、その左手に持つ箒を見た彼女はふぅ…と溜め息をついてしまう。

「…猫の手も借りたいって言ってたけど、貴族の手ってその猫の手よりも役に立たないと思うけど?」
「貴族だろうが公爵家だろうが箒で床を掃く事くらいできるでしょうに。とりあえず手は貸しなさい」
 そう言って左手の箒を差し出してきた霊夢に、ルイズは何か言いたそうな表情を向けたものの、
 彼女一人では流石に今日中には終わらないと察したのか、観念するかのように箒を手に取った。


 その後の掃除は、色々と問題を抱えながらもなんとか二人でこなしていった。
 ひとまず箒と一緒に置いてあった塵取りが屈まなくても使える三つ手のものだった為、ルイスでも難なく掃き掃除ができている。
 最初は掃く力が強すぎて埃を飛ばしてしまっていたが、そこは霊夢がアドバイスする事で何とかする事が出来た。
 時折「まさか公爵家の私が掃除何て…」と今の自分に驚いているようだが…まぁ放っておいても害はないだろう。
 一方の霊夢は一階から持ってきたバケツに水を入れて、雑巾で窓ガラスやら使えそうな木箱に纏わりついた埃を拭いていく。
 この屋根裏部屋には人数分のベットはあったものの、何かしら書く際の机やイスの類は見つからなかった。
 だからその代わりに程よい大きさの木箱を使うつもりなのであるが、その事に関してルイズはやや不満を抱いてはいた。

「えー?テーブルやイスなら、ランかスカロン辺りに頼めば用意してくれそうだけど…」
「まぁ一応は念のためよ。第一、床を掃いても辺りが埃まみれじゃあ意味が無いわ」
 
 それを聞いてルイズも「まぁ確かに…」と思いつつ、慣れない箒を動かしながら埃を塵取りへ集めている。
 彼女が最初の時よりもちゃんと掃き掃除が出来ている事に満足しつつ、霊夢はふと近くに置いたデルフへと視線を向ける。
 喧しいお喋り剣は埃舞う場所でわざわざ刀身を晒して汚したくないのか、始めてからずっと沈黙を保っていた。
 近くの壁に立てかけられているその姿は、まるで屋根裏部屋に放置された骨董品の武器の様だ。
 刀身自体は真新しくなったが、鞘自体は変わってない為に真新しさが分からず、全く以て意味が無い。
 とはいえ本人(?)はそれを口にすることは無いので、然程気にしてはいないのかもしれない。

 そこまで考えていた所で、自分は何馬鹿な事を考えているのかと首を横に振った。
(まぁ私はアイツ自身じゃないんだし、憶測で考えても仕方ないんだけど)
 心中で呟きつつ、しかし雑巾をバケツの中でギュッと絞っている最中もふとデルフの事を考えてしまう。
 それは彼女には似つかわしくない好感情からではなく…ここ最近辺に沈黙が増えた事への違和感であった。

248ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:04:15 ID:u1PouLhI

(そういえばアイツ、最近喋らない時が増えて来たけど…何か悩みでもあるのかしら?)
 ちょっと前までは隙あらば喧しい濁声で場を騒がしくしていたが、今では変に黙っている事が多い。
 声を掛ければ普通に反応してくれるし、余計に喋らないのであればこちらの耳にも負担を掛けずに済む。
 しかし、声を掛けなくとも十分騒がしい彼を知っているだけに、霊夢は違和感を感じていたのである。

(…とはいえ、悩み事って言われても剣が何を悩んでるのか…全然分からないわね)
 性格と喋り方からして人間ならば間違いなく人生経験豊富で口の悪いおっさんであろうデルフリンガー。
 しかし彼は人間ではなく剣であり、その中でも一際特殊と言われているインテリジェンスソード。
 普段から何を考えて、そしてどうそれを解決しているのかなんて人間である霊夢には中々分かるものではない。
 仮にそれを告白されたとしても解決できるかと言われれば難しいかもしれないし、してやる義理は…一応はあるかもしれない。

 その時であった…。
「……お?どうしたレイム、オレっちの事なんかじっと見つめちゃったりしちゃってさぁ」 
 まるで本物の剣の様に何も言わず、壁に立てかけられているデルフの姿を凝視する霊夢の視線に気が付いたのか、
 金属音を軽く鳴らして刀身を鞘から僅かに出した彼は、明るい調子で霊夢に話しかけてきた。
 まさか話しかけて来るとは思っていなかった霊夢は少し驚きつつも、彼の話しかけに応じる。
「別に何でもないわよ。ただ、アンタが何か考え込んでるかのように黙ってるのが気になっただけ」
「……?イヤ、別に何か考え込んでて黙ってたってワケじゃあ無いんだがなぁ」
 自分の言葉に対してデルフの返事に、霊夢は怪訝な表情を浮かべてしまう。
 その顔が「どういう事よ?」と問いかけているのに察し、デルフはそのまま言葉を続けていく。

「ホラ、人間だって昼寝するだろ?…それと同じで、オレっちも思考を閉じて頭を休ませてたってワケ」
「頭もクソもない癖に何人間ぶってるのよ、この馬鹿剣が」
 さっきまで真剣に考えていた自分を気恥ずかしいと思いつつも単に休んでいただけというデルフに怒りを覚えた霊夢は、
 彼の傍に近寄ると靴先で軽く小突きつつ、これからは定期的に蹴って起こしてやろうかと邪悪な計画を思いついていた。


 
 後一時間もすれば日が暮れて赤と青の双月が顔を出すであろう時間帯のブルドンネ街。
 日暮れが迫りつつも人の混雑は殆ど変わらず、貴族平民共に多くの人々が暑い通りを行き来している。
 陽が落ちると共に看板を下ろして閉店する店のほとんどはこの時間帯がピークであり、必死に客を呼びこんでいた。
 パン屋では焼き上がったばかりのバゲットや白パンを夕食用として店の入り口にだし、売り子や店の従業員が声を張り上げる。
 とある惣菜屋ではシチューや肉料理、ラタトゥイユといった料理が出来上がり、それを待っていた客たちが我先に注文していく。
 
 たった一つの通りだけでもこれだけ活気があるのだ。他の通りでもここと同じかそれ以上の人々で賑わっていた。
 そんな暑苦しくも、どこか微笑ましい光景が見れる通りを霧雨魔理沙は箒を脇に抱えて、メモ帳と羽ペン片手に歩いていく。
 黒色が多い服ではさぞや夏の王都は暑いだろうが、彼女は意に介した風もなくテクテクと足を動かしている。
 その視線は手に持ったメモ帳に書いた内容と睨めっこしているが、通行人の誰かとぶつかる様子は無い。
 むしろ視線は前を向いていないというのに、彼女は平然と人を避けながら通りを歩いているのだ。
 伊達に幻想郷で様々な人妖との弾幕ごっこを通して戦ってきた経験が、ここで無駄に生きているようだ。

249ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:06:11 ID:u1PouLhI

 さて、そんな魔理沙であったが自分でメモ帳に書いた内容に何故か自己評価をつけようとしていた。
 「う〜ん、とりあえずあの手紙に書かれた通りの情報は集めた筈だが―――もうちょい集めた方が良いかも…かな?」
 インクの乾いたペン先でページをトントンと軽く叩きながら、集めた情報の量に不満を感じていた。
 そこに書かれている内容は、午前中ルイズが街の人々や下級貴族から集めていた情報と似通っている。
 主に奇襲を仕掛けてきたアルビオンへの反応や、これからのトリステインの事に関する事などであった。
 彼女自身、ルイズと比べて高いコミュニケーション能力が役に立っているのか、既に二ページ程使ってしまっている。
 
 しかし魔理沙としては、まだまだ物足りないという思いを抱いていた。
 情報と言うものは同じ話題でも人によって大きく脚色され、時には嘘さえ平気で混ぜてくる奴もいる。
 単なる道案内でも、心底イジワルなヤツに聞けば間違った道を進んでしまう事もあるのだ。
「…まぁ、今集めてる情報の類ならそういう心配は必要ないと思うけどなぁ…」
 メモ帳に記された、聞き込みにOKしてくれた人々の情報を読み直しながら魔理沙は一人呟く。
 ルイズが集めたものと同様、やはり人の数だけ同じ質問をしても別々の答えが返ってくる。
 
 とはいえ時間の許す限り集めても、全てが役に立つというワケじゃない。
 ここに掛かれている事をルイズの前で読み上げるとすれば、無駄に多く集めても自分の苦労が増えるだけだ。
 かといって二ページ分は少し心許ない気がする彼女は、後一ページ分程集めてみようかとも考えてはいた。
 幸い人の通りは多いし、道案内を装ってついでに質問すれば多少なりとも収穫はあるだろう。
「しかし、時間的にはちょっと難しいかねぇ?あんまり時間かけると夕食を先に済まされそうだし…」
 彼女は空を見上げ、夕焼けの色が目立ち始めた空を一睨みしつつひとまず道の端っこへと移動する。
 そこで一旦足を止めた彼女は辺りを見回し、気前よく自分と会話してくれそうな人を探し始めた。
(まぁ一ページ分とまでいかなくとも、できるだけ情報を拾ってからルイズ達の所へ帰るとしますか)
 心中でひとまずの目標を定めた魔理沙は、適当な話し相手はいないかしきりに視線を動かす。

 元々ルイズの為に情報収集する筈だったものの、当初の予定が狂って結局今になって始めている自分。
 アンリエッタから渡された資金を盗んだ子供を捜す為、自分よりもめまぐるしく街中を雨後回っていたであろう霊夢。
 そして座して情報を待つ筈が自分から情報を集めに行ったルイズ達から見れば、自分一人だけがサボっていると見られてしまっているだろう。
 特に霊夢は間違いなく思っていそうだが、それは止むを得ず人助けをしていたからであって実質的な不可抗力でしかない。
 更に案内したホテルにいた助けた少女の保護者達に僅かにだがもてなされ、気づいた時にはとっくにお昼時だったのだ。
 亀を助けた浦島太郎の様に、まぁちょっとだけお礼を…とか言っていたら三百年間程海の底にいたのと同じことである。
「まぁ浦島太郎と比べたら、私の方が数倍マシなんだろうけどな。……お、あそこにいる兄ちゃんとか良さそうだぜ」
 
 子供のころに絵本で知った哀れな釣り人の話を引き合いにだした所で、魔理沙は丁度良さそうな話し相手を見つけた。
 いかにも平民と言う出で立ちだが、近くの屋台で買ったであろう瓶ジュースを飲んでいる姿は観光客には見えない。
 まぁ簡単な手荷物一つ持ってない所を見るに明らかなので、魔理沙にとっては絶好の情報提供者である。
(さてと、まずは旅行者を装って適当な道を聞いてから…さっきと同じような質問かな?)
 魔理沙は彼に狙いを定めつつ、彼に聞くべき事を念のためおさらいしていく。

250ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:08:36 ID:u1PouLhI
 聞くべきことは大きく分けて二つ、神聖アルビオン共和国についてどう思っているのか、
 そして今のトリステイン王国をどう思っているのか…、ただそれだけである。

 今に至るまで数えて十二人に同じような質問をしてきたが、答えは様々であった。
 例え平民であっても愛国的か、もしくは売国的とも言える様な返答が返ってくるのだから。
(この二つの質問だけでも、人によって大きく分かれるからな…聞いててつまらくはない)
 言い方や個人が持っている思想を含めば十人十色である返事を思い出しながら、魔理沙は男の方へと向かっていく。
 人と話すのは嫌いではないし、それが親しい相手ときたらもっと嫌いではなくなる。
 もしも霊夢が情報収集をしたとしても、ルイズや彼女のようにうまくやりこなせはしなかったに違いないだろう。
 
 ある程度男の傍へ近づいた魔理沙は、とりあえず声を掛けようとした―――その時であった。
 丁度彼の左斜め後ろにある路地裏へと続く横道から、いかにも怪しくて小さな手がスッと出てきたのは。
 明らかに大人の手ではなく、少し離れた位置にいる魔理沙の目にも子供のソレだと分かるくらいに小さかった。
 突然闇の中から出てきた子供の手に驚いたのもほんの一瞬、間を置かずしてその小さな手が何かを持っている事にも気が付く。
 何も知らない人間から見れば、ただ単に少しだけ見栄えをよくした木の枝に見えるかもしれない。
 しかし、この世界に住む人間たちならば誰もが知っているだろう。あの木の棒は権力者の象徴にして唯一絶対の武器であると。
 そして…この世界に来て暫く経つであろう魔理沙も知っていた。あの木の棒は紛う事なきメイジが魔法を行使する為に使う杖なのだと。

(ん…あれって、杖か…?)
 思わずその場で足を止めた魔理沙はその杖へと怪訝な視線を向けてしまう。
 声を掛けようとした男は未だ気が付いておらず、まだ半分ほど残っているジュースをチビチビと飲んでいる。
 そして彼の背後から見える子供の手は、握っている杖をまるで指揮棒の様に軽やかに振って見せた。
 直後、杖の先端がボゥッ…と青白く発光したかと思いきや、男の腰も同じように発光し始めたのである。
 少し驚いてしまう魔理沙をよそに本人は気づいていないのか、通りを歩く女性たちに目をやっている始末。

 その間にも子供の手が発光する杖をゆっくりと動かすと、男の発光していた腰――正確には腰に付けていた革袋が彼の体から離れてしまう。
 魔理沙の掌にはあと少しで収まらない程度の大きさの革袋が不気味な光を放ちながら、フワフワと宙を浮いたのである。
「なっ…!」
 ギョッとする魔理沙の事は見えていないのか、杖を持つ手はその袋を手繰り寄せるかのように杖を動かしていく。
 恐らくその袋は財布か何かなのであろう、魔法の力で宙に浮く袋は今にも重量で落ちしまいそうなほど不安定な浮き方をしている。
 男は尚も気づく様子を見せず、ジュースを酒代わりにして日が暮れゆく王都の通りをボーっと眺めている。
 対して、何が起こっているのか全て見ていた魔理沙は、ここでようやく何が起こっているのか理解した。

(魔法を使った盗みで子どもの手…って、これってもしかしてこの前の…!?)
 今正に声を掛けようとした相手がメイジであろう者からお金を奪われると察した魔理沙は、ついで思い出す。
 二日前に、自分たちからお金を奪っていったのは――――魔法を使う子供であったという事を。
 そして脳裏に再び聞こえてくる。あの少年の傲慢ちきな言葉が。

 ―――喜べ!お前らが集めた金は、俺とアイツで有意義に使ってやるから、じゃあな!

 得意気にそう言って、まんまと逃がしてしまったのは魔理沙にとっても苦い思い出であった。
 そして今、その苦い思い出を作ってくれたであろう少年が――別人という可能性も拭えないが――が盗みを働こうしている。
 魔理沙は瞬時に判断する。今自分の目の前で悪行を繰り返そうとする少年にどのような制裁を与えればいいのかを。

251ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:10:07 ID:u1PouLhI
(何だかんだで、私にも色々とツキが回ってきているようで嬉しいぜ。それとも…ただ単に私の運勢が良いだけかな?)
 彼女は心中でそう呟いた後、手に持っていたメモ帳とペンを懐に仕舞い、脇に抱えていた箒を右手で握りしめる。
 使い慣れた木の触り心地に思わず笑みを浮かべた彼女は、その足でバッと地面を蹴って走り出した。

 これまた使い慣らした靴底が煉瓦造りの地面を蹴り、軽快な音を連続的に立てていく。
 目指す先には路地裏へと続く横道―――杖を持つ手の持ち主が潜んでいる場所であった。
「ん?…って、おわ!?」
 当然そのすぐ傍にいた男は走ってくる彼女に気が付いて、慌ててその場から飛び退ってしまう。
 それが原因か、はたまた位置的に姿の見えなかった魔理沙が走って来るのに気が付いた窃盗犯の集中力が切れたのか、
 あと一歩でその掌の上に落ちる筈であった男の財布は、哀しいかな少々喧しい金属音を立てて地面に落ちてしまう。
 それと同時に袋の口を縛っていた紐が緩んだのか銀貨や銅貨、そしてわずかなエキュー金貨が地面へとぶちまけられる。

 男が突然あげた大声と、その金貨の音で周囲の人々は、何だ何だとそちらの方へと目を向けてしまう。
 そして何人かが、路地裏への入り口で杖を構えた者の姿を目にすることとなった。
「…ッ!畜生…」
 路地裏にいたであろう盗人は仕事が失敗終わり、更に周囲の目が自分へ向けられているのに気が付いたか、
 汚い言葉を口走りながら踵を返し、すぐさま灯りの無い道へと姿をくらまそうとする。
「おぉ!上手くいったぜ。ありがとな、おっさん」
 魔理沙は盗まれそうになった男に一声かけると、そのまま犯人の後を追って路地裏へと入っていく。
 対して男は何が起こったのか分からないまま、地面にばらまかれたお金を拾うのに必死にならざるを得なかった。


 王都トリスタニアのブルドンネ街といえど、路地裏ともなれば人気は無いし灯りもない。
 夕暮れに差しかかった今の時間帯は陽の光が入ってこず、薄暗く不気味さを纏っている。
 それも後数時間経てば夜の帳が訪れ、二人分程度の横幅しかない道は暗闇が包み込んでしまうだろう。
 
 そんな路地裏を、財布を盗もうとした犯人―――ルイズ達から金貨を奪った少年は必死に走っていた。
 まだ小さな両足を懸命に動かし、その途中で道に置かれていた空き瓶を蹴飛ばしつつも決して速度を緩めない。
 道の端で寝ころんでいた猫たちが突然の足音に顔を上げ、近づいてくる少年に威嚇をして彼が来た方へ走っていく。
 少年は暫く道が真っ直ぐなのを知ると一瞬だけ顔を背後へ向けて、追っ手が来ていないか確認する。
 ……いない。既に二回ほど角を曲がった為に、背後に見えるのは薄暗く狭い道だけだ。
 誰も追って来ていないのを確認した彼が再び前へ視線を向けると速度を少しだけ落とし、右へと進む角を曲がる。

 それから数分程走った後、正念は広場らしき広くひらけた場所へと出てきた。
 どうやら広場として使われていたのは昔の事なのか、人の気配は全くといっていいほど感じない。
 ボロボロのベンチが二つに、大通りのソレと比べて錆が目立つ街灯は一つだけ。
 時間で中のマジックアイテムが作動する街灯は未だついておらず、広場は薄暗い。
 奥には別の路地裏へと続く道があり、自分が来た道を覗けば周りは全て共同住宅の壁で塞がれている。
 王都のど真ん中であるというにまるで戦場跡地のように暗く、そして静かであった。
 小さく聞こえる大通りの喧騒とのギャップは、あまりにも激しい。
 外国人が見れば、なぜトリスタニアだというのにこうも暗い場所があるのかと驚くかもしれない。

252ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:12:09 ID:u1PouLhI
 少年はそんな広場で一旦足を止めると、誰も追って来ていないのを知ってからふぅと一息ついた。
 ここまでずっと走り続けていたためか息は上がり、汗まみれの体が妙に気持ち悪い。
 肩をほんの少し上下させて呼吸する少年は、ふと近くにあるベンチに視線を向ける。
 …少しだけなら大丈夫だろうか?誰も追って来ていないという気の緩みからか、そんな事を考えてしまう。
 本当ならば少し奥に見える道から広場を出て、そこから別の大通りに出て姿をくらますべきなのだが…、
 しかし走り続けた小さな体は休憩を欲しがっており、自分も心も休むべきと訴えている。
「…ちょっとぐらいなら、良いかな?」
 一人呟いた少年はそのままベンチの方へと歩みを進め、束の間の小休止を――――

「おぉ、休憩か?まぁあんだけ走り続けてたんなら、無理はないと思うぜ」
 ―――しようとした直前、頭上から聞こえてくる少女の声に彼はその場で足を止めてしまう。
 そして慌てて声のした方―――つまり自分を見下ろせるであろう自分の目の前にそびえたつ一軒の共同住宅を見上げた。
 十メイル近くもある共同住宅の屋上。その上に立って、こちらを見下ろす影が一人。
 夕焼け空を後光に、時代遅れのトンガリ帽子と右手に持った箒のシルエットが地上からでもはっきりと見て取れる。
 顔までは分からなかったが、声からして間違いなく少女だという事は少年にも分かっていた。

 少年を見下ろすトンガリ帽子の少女こと霧雨魔理沙は、相手が動かないのを見てその足を動かす。
 木製の滑りやすい屋根に上手い事たっていた右足を何もない宙へと出し、そのまま一気にジャンプする。
 結果、魔理沙の体は何もない宙を一瞬だけ浮いたかと思いきや、そのまま地上へと落ちていく。
 アッ!と少年が驚き、これからの事を想像して目を背けようとする前に彼女が右手に持つ箒がその力を発揮する。
 魔理沙の体が地面と激突する前に箒は握られたまま浮遊し、そのまま彼女の体をも浮かしてしまう。
 
 てっきり地面とぶつかるかと思っていた少年はその光景に息を呑み、その場から動けなくなってしまう。
 やがて宙に浮いた魔理沙は重力に従ってゆっくりと着地し、両足に穿いた靴が芝生すらない地面を踏みしめる。
 そうして自分と同じ地上にまで降りてきたところで、ようやく少年は魔理沙の顔を間近で目にする事が出来た。
 白い肌に金髪、そして青い瞳というこの近辺では特に目立っているとは言える特徴は無い。
 しかし、トンガリ帽子にエプロンドレスという時代遅れも甚だしい格好と葉裏腹にその顔は中々綺麗であった。
 もしも然るべき教育や作法を学べば、どこに出しても恥ずかしくない令嬢になれるかもしれないだろう。 

 そんな場違いな事を考えつつも、突然現れた魔理沙に対し身動き一つできない少年に魔理沙はほくそ笑んだ。
「へへっ?私が身投げをするとで思ってたのかい、ソイツは甘い見通しだったな坊主」
 思わず目をそむけそうになった自分をからかっているのか、魔理沙は凶暴さが垣間見える笑みを浮かべている。
 その言葉にハッと我に返った少年は、目の前の少女に見覚えがある事を思い出した。
 忘れもしない、二日前の夜…。思わぬ大金を手に入れるキッカケを作ってくれたあの三人組の一人に彼女がいた事を。
 
「お前…まさか僕の事忘れてなかったのかよ?」
 僅かに足を動かして後ずさり始める少年に、魔理沙は笑みを浮かべたまま「それはこっちのセリフだぜ」と答える。
「てっきり忘れられてたかと思ってたが、案外覚えてくれているようで助かるよ」
「何が助かるんだよ?…それはそうと…イヤ、もしかしなくてもやっぱり僕からあの金を取り戻そうとするんだろ」
「それ以外何があるんだ?茶会でも開いて「あの時はしてやられましたなー」って笑いあうつもりだったのかい?」

253ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:14:59 ID:u1PouLhI
 後ずさる少年についてくかのように、彼女も一歩一歩ゆっくり前へ進んで彼に近づいていく。
 少年は腰に差していた杖を手に取り、対する魔理沙も懐へと手を伸ばす。
 両者の距離は一メイル。魔法を放とうとしても近すぎる為に、呪文を詠唱している間に杖を取り上げられてしまうだろう。
 
 互いに睨み合う状況の中、魔理沙の方へと勝利の天秤が傾いている。
 その事を相手も知っているのか、箒片手の魔理沙は一歩一歩確実に少年の方へと近づいていく。
 対する少年も杖を向けたまま後ろへと下がり、いつ呪文を唱えればいいか様子を窺っている。
 キッと目を細めて自分を睨み付ける彼の姿に、どうやら抵抗する気はあるのだと察した彼女は笑顔を崩さぬまま話しかける。
「まぁ私も子供相手に暴力をふるうつもりは無いさ。…盗んだ金を全額返してくれるのなら穏便に済ませるぜ?」
「は!そんなの誰が信じるかよ。どうせ俺を衛士たちの所に連れてって牢屋に放り込むんだろう!」
「んぅ〜まぁ…大人しくしてくれないのなら連れてく必要はあるかな?…ただし、私と一緒にいた二人の元へな」
 未だ強気な少年の文句に魔理沙はそう返して、次いで意地悪そうな笑みを浮かべて「それでもいいのか?」と聞いた。

「そこら辺の衛士よか、あの二人に詰め寄られる方がずっと怖いぜ?…それでも、言う事聞くつもりは――――…なさそうだな」
 ルイズと霊夢の前に引っ立てればさぞや壮絶な事になるだろうと想像して、ついつい笑みを浮かべてしまった魔理沙は、
 それでも尚抗う態度を見せる少年を見て、これは一筋縄ではいかないと感じた。
「当り前だろ!あんな大金滅多に手に入らないんだ、そう易々と返してたまるかよ」
 杖を構え直してそう叫ぶ少年に、魔理沙は自分の頬を小指でかきつつ「はぁ…」と溜め息をついた。
「ソイツは参ったなぁ〜、私としてはあまり乱暴はしたくないんだぜ?…疲れるし、一々小言を投げつけてくる奴もいるしな」
 その顔に苦笑いを浮かべつつそんな事を言う魔理沙に、少年は「だったら見逃してくれよ」と強気な態度そのままに言う。
 当然ではあるが魔理沙は首を横に振って拒否の意を示し、懐に入れていた左手から小瓶を一つ取り出しながらも言葉を返した。

「無理な相談だな。ここで運よく再会してしまった以上、お前さんは私に捕まるしかないんだぜ?」
 中に何が入ってい目のか分からない魔理沙の手の小瓶に目を向けつつ、少年はジッと身構え続ける。
 魔理沙も相手がやる気だと察したのか、彼女もまた身構えて相手の出方を窺おうとした…その時であった。
 自分の後方―――外界を隔てている共同住宅の方から聞き慣れぬ激しい音が聞こえたのは。
 まるで錆びついて動かなくなっていた扉を力押しで開けた時の様な、何が破損した時の様な妙に心臓に悪い音。
 思わずその音が何なのか気になった魔理沙は何事かと振り返ってしまい、そして呟く。

「…何だこりゃ?」
 彼女の視線の先に見えたのは、微かな土煙を上げて地面に倒れたばかりの小さなグレーチングがあった。
 共同住宅の壁の下部にある排水溝の蓋であったろうそれが取り外されて、地面に転がっていた。
 鉄でできたそれはずっと昔に取り付けられて以降放置されていたのか、黒錆に覆われている。
 魔理沙はそれを一瞥した後、すぐに排水溝の方にも視線を向ける。
 グレーチングで誰かが入らないよう蓋をされていた排水溝の中は、闇で満たされている。
 大きさからして子供が誤って入ってしまう心配はなさそうだが、何故か魔理沙の心に不安が生まれてくる。

 別に闇が怖いわけではない。問題は何故急に大きな音を立ててグレーチングが外れたかにあった。
 少なくとも、ここへ辿り着いて少年と対峙した時にはまだ蓋はついていたし、外れる気配もなかった筈である。

254ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:16:10 ID:u1PouLhI
 しかし、突然の事に目を丸くしていた魔理沙の姿は少年にとってまたとないチャンスを与えてしまう。
 相手は急に外れた排水溝の蓋を気にしており、ほんの少しだが自分は視界から外れている。
 戦いに関して少年は素人であったが、これを逃げられるチャンスとして大いに有効活用する事はできた。
 彼は今いる位置から数メイル先にあるもう一つの道へと、ゆっくり近づいていく。
 抜き足、差し足、忍び足…と煉瓦造りの地面を靴底で滑るようにして音を立てずに移動しようとする。
 クッ!」
「あ!おい
 しかし、思っていた以上に魔理沙の耳が良かったことを彼は知らなかった。
 喧騒が遠くから聞こえる寂れた広場で微かに聞こえる足音に気が付いたのか、魔理沙が再び少年の方へと顔を向けたのである。
「………、待てコラ!?」
 気づかれた!少年が悔しそうな表情を浮かべて走り出し、魔理沙が逃げる相手に叫んだのはほぼ同時であった。 
 咄嗟に左手に握っていた小瓶を振り上げて投げようとした彼女よりも、走る少年の方に軍配が下る。
 魔理沙に攻撃される前に何とか道へと入った彼は、そのまま一気に路地裏を駆けていく。

「んぅ…、畜生!このまま逃がしてちゃあ私の名が廃るってもんだぜ」
 対する魔理沙もわざわざ追い詰めたというのに、自分の不注意で逃がしてしまった事に納得がいかなかった。
 視線を外した時には、てっきり魔法で攻撃してくるだろうと思っていただけに、何故か無性に悔しかったのである。
 振り上げたままの小瓶を懐に戻した魔理沙は、箒は使わずそのまま走って少年を追いかけようとした。
 幸いまだそんなに遠くへは行っていないだろうし、足が速いのなら箒を使って空から捕まえてしまえばいい。
 
 未だ勝機あり、そう考えている魔理沙も少年と同じ道へと入ろうとした―――その時であった。
 丁度道の出入り口の地面から、彼女が想像していないような謎の物体が現れたのは。

「―――な…ッ!?」
 突然の事に思わず二メイル程前で足を止められた魔理沙は、驚きながらもその物体を凝視する。
 それはまるで、地面より下――彼女の足下を流れている水道から出て来たかのような液体の体を震わせている。
 形はまるで子供が造ったようなお地蔵さんみたいで、横にやや太い棒状の体を持つ黒いスライムと言えばいいのであろうか。
 更に液体状で黒色…と聞いただけで何やら人体には良くなさそうな手なのは一目瞭然であった。
 全長はほぼ魔理沙と同じであるが、常時不安定な体を大きく揺らしているためにうまく大きさを目測できない。

 これだけの特徴でも十分に不気味であったが、それ以上にその物体の不気味さを引き立てているのが゙両目゙であった。
 魔理沙の顔がある位置に合わせるかのようにして、彼女の頭ほどの大きさのある黄色い球体が驚く彼女を見つめている。
 時折ギョロギョロと動いてはいるが、それは目というにはあまりにも無機質であり、目では無いと否定するには位置が変であった。
 その目と思しき二つの黄色い球体はじっと魔理沙を見据え、液体の体を震わせている。

――――何だ、コイツは?
 一時的に少年の事を頭の隅に追いやった魔理沙が、冷や汗を流して呟く前に、
 その黒いスライム状の物体は、呆然と立ち尽くすしかない彼女へと跳びかかったのである。

255ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:17:16 ID:u1PouLhI
 しかし、突然の事に目を丸くしていた魔理沙の姿は少年にとってまたとないチャンスを与えてしまう。
 相手は急に外れた排水溝の蓋を気にしており、ほんの少しだが自分は視界から外れている。
 戦いに関して少年は素人であったが、これを逃げられるチャンスとして大いに有効活用する事はできた。
 彼は今いる位置から数メイル先にあるもう一つの道へと、ゆっくり近づいていく。
 抜き足、差し足、忍び足…と煉瓦造りの地面を靴底で滑るようにして音を立てずに移動しようとする。
 クッ!」
「あ!おい
 しかし、思っていた以上に魔理沙の耳が良かったことを彼は知らなかった。
 喧騒が遠くから聞こえる寂れた広場で微かに聞こえる足音に気が付いたのか、魔理沙が再び少年の方へと顔を向けたのである。
「………、待てコラ!?」
 気づかれた!少年が悔しそうな表情を浮かべて走り出し、魔理沙が逃げる相手に叫んだのはほぼ同時であった。 
 咄嗟に左手に握っていた小瓶を振り上げて投げようとした彼女よりも、走る少年の方に軍配が下る。
 魔理沙に攻撃される前に何とか道へと入った彼は、そのまま一気に路地裏を駆けていく。

「んぅ…、畜生!このまま逃がしてちゃあ私の名が廃るってもんだぜ」
 対する魔理沙もわざわざ追い詰めたというのに、自分の不注意で逃がしてしまった事に納得がいかなかった。
 視線を外した時には、てっきり魔法で攻撃してくるだろうと思っていただけに、何故か無性に悔しかったのである。
 振り上げたままの小瓶を懐に戻した魔理沙は、箒は使わずそのまま走って少年を追いかけようとした。
 幸いまだそんなに遠くへは行っていないだろうし、足が速いのなら箒を使って空から捕まえてしまえばいい。
 
 未だ勝機あり、そう考えている魔理沙も少年と同じ道へと入ろうとした―――その時であった。
 丁度道の出入り口の地面から、彼女が想像していないような謎の物体が現れたのは。

「―――な…ッ!?」
 突然の事に思わず二メイル程前で足を止められた魔理沙は、驚きながらもその物体を凝視する。
 それはまるで、地面より下――彼女の足下を流れている水道から出て来たかのような液体の体を震わせている。
 形はまるで子供が造ったようなお地蔵さんみたいで、横にやや太い棒状の体を持つ黒いスライムと言えばいいのであろうか。
 更に液体状で黒色…と聞いただけで何やら人体には良くなさそうな手なのは一目瞭然であった。
 全長はほぼ魔理沙と同じであるが、常時不安定な体を大きく揺らしているためにうまく大きさを目測できない。

 これだけの特徴でも十分に不気味であったが、それ以上にその物体の不気味さを引き立てているのが゙両目゙であった。
 魔理沙の顔がある位置に合わせるかのようにして、彼女の頭ほどの大きさのある黄色い球体が驚く彼女を見つめている。
 時折ギョロギョロと動いてはいるが、それは目というにはあまりにも無機質であり、目では無いと否定するには位置が変であった。
 その目と思しき二つの黄色い球体はじっと魔理沙を見据え、液体の体を震わせている。

――――何だ、コイツは?
 一時的に少年の事を頭の隅に追いやった魔理沙が、冷や汗を流して呟く前に、
 その黒いスライム状の物体は、呆然と立ち尽くすしかない彼女へと跳びかかったのである。

256ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:19:38 ID:u1PouLhI
以上で88話の投稿は終了です。
次の投稿はまたもや大晦日になりそうかもです。
それではまた、来月末にでもお会いしましょう。ノシ

257ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/12/26(火) 19:24:25 ID:LRwniKvA
お久しぶりです、焼き鮭です。すっかり遅くなってしまいました投下を行います。
開始は19:28からで。

258ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/12/26(火) 19:28:41 ID:LRwniKvA
ウルトラマンゼロの使い魔
第百六十話「ガリアの叫び」
死神
破滅魔虫カイザードビシ
最強合体獣キングオブモンス
巨大顎海獣スキューラ
骨翼超獣バジリス 登場

 ロマリア対ガリア。人と人の戦争を食い止めるべく、アンリエッタは周囲の反対を振り切り、
アニエス一人だけを連れて“敵国”に交渉に赴くという無謀染みた冒険に出た。今のガリアは
何が起こるか分からない危険地帯。しかしアンリエッタたちは意外なほどに何の障害にも遭わず、
ジョゼフとの会談に臨むことが出来た。
 そしてアンリエッタが一週間も掛けて纏め上げた、ガリアの停戦を引き出す切り札となる
書類の束を読み上げたジョゼフは、次のように唱えた。
「すごい提案だな。ハルケギニア列強の全ての王の上位として、ハルケギニア大王という
地位を築く。そして、他国の王はそれに臣従する……。ロマリアを除いて」
「ええ。ロマリア教皇聖下におかれては、我らにただ“権威”を与える象徴として君臨
していただきます」
「その初代大王に、余を推薦すると書かれているが、まことかね?」
 その問い返しに、アンリエッタは即座に肯定した。
 これがアンリエッタの導き出した交渉案。ジョゼフがエルフと手を組んだり怪獣を駆使
したりしているのは、究極的には世界の覇権を握りたいから。ならば実際に握らせてやろう
ではないか、とアンリエッタは考えたのだ。目的を達成させてしまえば、ジョゼフはエルフや
怪獣の力など必要としなくなるだろう。だからこの申し出の引き換えとして、エルフたちと
完璧に手を切らせる。そうすればロマリアの“聖戦”もストップだ。
 またアンリエッタは、実際のジョゼフは“無能王”という蔑称とは程遠い頭脳の人間で
あることを悟っていた。せっかくの世界の頂点の座を失うような軽挙妄動には出るまい。
そこまで計算しての交渉であった。
 この前例などある訳がない交渉案には国内の誰もが猛反対したものだが、聡いマザリーニだけは
称賛した。そして肝要のジョゼフもまた、素直に感心していた。成功だ、とアンリエッタは手ごたえを
感じていた。
 の、だが……。
「んー、だがな。その提案にはのれぬのだよ。残念ながらね」
 ジョゼフからの返答に、アンリエッタたちは衝撃を受けた。その衝撃は、続くジョゼフの
言葉で更に大きくなる。
「余がただの欲深い男なら……一も二もなくあなたの提案にのったであろうな。だがな、
そうではない。おれは別に世界など欲しくはないのだよ」
「どういう意味ですか?」
 背筋に嫌な汗が垂れるのを感じながら、それでも不安に押し潰されてしまいそうな己を
鼓舞しながら聞き返すアンリエッタ。と、その時、
『ホッホッホッ! 実に愚かな小娘です。ジョゼフ陛下のお心を欠片も察しないで、見当
はずれも甚だしい交渉を携えてのこのことやってくるのですから!』
 いきなり虚空から、罵倒の言葉がアンリエッタに浴びせられた。アンリエッタとアニエスが
反射的にそちらを見上げると、いつの間にか空中に怪しい人影が、あぐらをかいたような姿勢で
漂っていた。
 右手が槍のように尖っている、人のようで明らかに人間ではない異形の身体に紫色の袈裟
一枚を纏っている。ハルケギニアにはない概念の、オリエント的な装いはアンリエッタたちの
目には新鮮であった。
 あの怪人は何なのか。少なくともエルフではない。ではジョゼフと組んでいる宇宙人か何かか? 
しかし、今までに見てきた宇宙人とは雰囲気が異なる。宇宙人たちの、己の力を過信した傲慢さは
同じく存在しているが……こちらを見下ろしている目つきが違う。
 あの眼差しに宿っているのは、傲慢さだけではない……こちらに対する侮蔑と、心の底からの
嫌悪の色がはっきりと見て取れるのだ。
「何者ッ!」
 警戒したアニエスが剣を抜き放とうとしたが、その瞬間ミョズニトニルンのガーゴイルが
飛びかかってきて抑えつけられてしまった。

259ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/12/26(火) 19:31:28 ID:LRwniKvA
「くッ……!」
 ジョゼフはその一連の流れがなかったかのように、宙に浮かぶ怪人に呼びかける。
「そう手厳しいことを言うな、死神よ。アンリエッタ殿の提示した条文は、普通ならば文句の
つけようのない正解だ。おれにもこれ以上は思いつかぬ。ただ……残念なことに前提が違っている。
それだけのことだ」
「前提……? あなたのおっしゃる前提とは何なのですか?」
 恐る恐るアンリエッタが問いかけると、ジョゼフはきっぱりと答えた。
「おれが望むものは、地獄だ。地獄が見たいのだよ、おれは」
「お戯れを」
「戯れではない。おれは嘘偽りなく、この胸を蝕んでやまぬほどの地獄が見たいのだ」
 アンリエッタの理解を超越するほどの内容を口にしながら、ジョゼフは部屋の端へと歩いていく。
「そういえばあなたはおれに、エルフと手を切らせたいようだが、実は向こうから既に見放されて
いるのだ。だからその点は達成している。だが……残念ながら、あなた方はおれがエルフと手を
組んでいるだけの方がまだ良かったと思うことだろう」
 そしてジョゼフが手に取ったのは、歪なトゲがびっしりと生えた赤い球。アンリエッタは、
その球から身体の芯が凍りついてしまいそうなほどの悪寒を感じ取った。
「もう十分な頃合いだろう。おれはおれの望む地獄を作り始めることにする。どうせだから
見物していきたまえ、アンリエッタ殿」
 歪な球を手にした、悲しいほどに空虚な表情の男はそのように唱えた。

 そうして起こったのが、ガリアの空を覆い尽くさんとばかりに広がった、いや今も広がり
続けているドビシの群れ。それから生まれたカイザードビシの軍団の、カルカソンヌへの襲撃である。
「グギャアーッ! グギャアーッ!」
 カルカソンヌに現れたカイザードビシは一度に三体! 単眼と膝に備わった眼球から怪光線を
放ち、街を攻撃して人々を追い立て回す。
「うわあああぁぁぁぁぁッ!」
 カイザードビシの攻撃から必死に逃げ惑う人間たち。そこにはロマリア軍やガリア軍の
区別はない。怪獣、いやジョゼフにとって、人間の所属など最早意味を成していないのだ。
「くッ、何てことになっちまったんだ……」
 地獄に塗り替えられていくカルカソンヌの光景を、才人たちはシルフィードの背中の上で
歯ぎしりしながら目の当たりにしていた。才人はウルトラゼロアイを装着しようとウルティメイト
ブレスレットに手を伸ばしかけたが、それをゼロが制止する。
『待て才人! あの怪獣どもは使い走りに過ぎねぇ。ジョゼフを叩かないことには意味ねぇぜ!』
「けど、今襲われてる人たちはどうするんだ!?」
『そちらは私たちにお任せを!』
『俺たちがいることを忘れたのかよ、サイト!』
 才人の叫び声に応じるように、ミラーナイト、グレンファイヤー、ジャンボットの三人が
カルカソンヌの地に集結! すぐにカイザードビシに立ち向かっていく。
『行くぞ! ジャンファイト!』
『うらぁぁぁーッ!』
 三人はカイザードビシの一体ずつに肉薄し、打撃を加えて人間たちへの攻撃を食い止めた。
幸いなことにカイザードビシのパワーはそれほど高くなく、ミラーナイトたちならば容易に
押し切れる程度のレベルであった。
 しかしカイザードビシの腹部が開いたかと思うと、牙の生えた不気味な触手が伸びてきて
ジャンボットとグレンファイヤーの首に巻きついた!
「ピィ――――――ッ!」
『ぬぅッ!?』
『うげぇッ!』
 首を締めつけられて悶絶する二人だったが、触手は放たれたミラーナイフによって断ち切られる。

260ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/12/26(火) 19:34:04 ID:LRwniKvA
『大丈夫ですか!?』
『助かった、すまない……!』
『もう油断しねぇぜ! とっとと決めてやらぁッ!』
 これ以上戦いは長引かせないと、ミラーナイトたちは必殺技を一斉に繰り出す。
『シルバークロス!』
『ジャンミサイル!』
『グレンスパーク!』
 三人の攻撃がカイザードビシ一体ずつに入り、瞬時に木端微塵にした!
『はッ、どんなもんだい!』
 と勝ち誇るグレンファイヤーであったが……彼らが敵を撃破した直後に、空のドビシの
群れからいくつかの塊が降ってきて、それらが新しいカイザードビシを三体形成した!
「グギャアーッ! グギャアーッ!」
『ん何ぃ!? 追加とかアリかよ!』
『こんな調子では、いくら倒してもキリがないぞ!』
 焦りを見せるジャンボット。カイザードビシ一体が出来上がるのにドビシが数百体も必要
なのだが、群れは少なく見積もってもその百倍以上で形成されているのだ。
『くっそ!』
 グレンファイヤーが先に群れから倒してしまおうと空にグレンスパークを飛ばしたが、
群れの一部に一瞬穴を開けただけだった。数が多すぎて、彼の炎でも焼き尽くすことが
出来ないのだ。
 これではどう考えても、ミラーナイトたちが力尽きる方が先である。
『……ですが、やる他はありません!』
 それでもミラーナイトたちは戦意をかき立てて、カイザードビシを食い止める。
「みんな……!」
 仲間たちの苦闘ぶりを目の当たりにして胸を痛める才人。これをどうにかするには、やはり
事態の根源たるジョゼフを止める以外にない。
 シルフィードにジョゼフの元へ急行してもらおうとしていたのだが、意外にも向こうから
才人たちの方にやってきた。
『あのフネ! あそこにアンリエッタ姫さんの気配があるぜ! ジョゼフもそこだ!』
 ゼロが告げたのだ。見れば、空の彼方よりガリア軍の小型フリゲート艦がカルカソンヌへと
飛んできていた。
「よし! シルフィード、頼んだぜ!」
 すぐにフネへと接近していこうとした才人たちだったが……フリゲート艦から禍々しい
赤い閃光が瞬いたかと思うと、カルカソンヌにカイザードビシではない新手の怪獣が三体、
どこからともなく出現した!
「キイイィィッ!」
「キ――――――――!」
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
 深海魚に四足が生えたような怪獣と、骨の翼を生やしたカマキリ型の怪獣。そしてこの二者の
特徴を腹部と背面に持った、最も巨躯の大怪獣。かつて破壊衝動に取り憑かれた悪童たちが想像し、
願望実現機の力で創造してしまった凶悪な怪獣たち、スキューラとバジリス、そしてキングオブモンスである!
「何!? 新手かッ!」
 目を見張る才人たち。新たに出現した怪獣三体は、早速カルカソンヌの人間たちに対して
猛威を振るい出す。
「キイイィィッ!」
「キ――――――――!」
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
 スキューラが突進して立ち並ぶ建物を薙ぎ倒し、バジリスが光球を吐いて街の一部を破壊。
そしてキングオブモンスが地面をなぞるようにクレメイトビームを吐き、これが当たったものを
等しく粉砕していく。
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁ―――――――!」
 怪獣たちの猛攻に、全滅の危機に瀕する人間たち。しかしミラーナイトたちはカイザードビシに
足止めされているので、彼らを救うことは出来ない。

261ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/12/26(火) 19:38:43 ID:LRwniKvA
「くッ……! 好き勝手な真似しやがって……!」
『才人! ここは俺が行くぜ!』
 奥歯を噛み締める才人にゼロがそう申し出た。
『お前はジョゼフの方を倒してくれ! なるべく早くな!』
「分かった! 頼んだぜ、ゼロ!」
『そっちもな!』
 才人の腕からウルティメイトブレスレットが光となって離れ、光から変じたウルトラマンゼロが
キングオブモンスの軍団に飛び掛かっていく!
「セェェェアッ!」
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
 燃え盛るウルトラゼロキックが引き起こした爆炎が、三体の怪獣を纏めて吹っ飛ばした。
しかしキングオブモンスたちはすぐに身を起こし、狙いをゼロへと移す。
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
「キイイィィッ!」
「キ――――――――!」
 キングオブモンスはスキューラとバジリスを引き連れてゼロに襲い掛かっていく。対する
ゼロもゼロスラッガーを両手に握り、怪獣たちの間に飛び込んで同時に三体の相手を開始した。

 フリゲート艦の甲板では、ジョゼフが赤い球を手の平の上にして、ガーゴイルに抑えつけ
られているアンリエッタを相手に自慢するように語っていた。
「素晴らしいものだろう、この赤い球の能力は。これはどんなものであろうと、望むものを
自由に出してくれるのだ――残念ながら、死人はよみがえらなかったがな――。死神が与えて
くれた摩訶不思議なアイテムでな、これでおれは怪獣の軍団を次々と呼び出して利用していた、
という訳なのだよ」
 しかしアンリエッタは、内容が半分ほども耳に入っていなかった。天と地に広がる、
シティオブサウスゴータの惨劇を再現しているかのような怪獣地獄を眼下にして、唇を
わななかせながらジョゼフに問いかける。
「あなたは、同じ人間の命をこうも簡単に蹂躙しようとして……心が痛まないのですか?」
 ジョゼフは呆気なく答えた。
「それが困ったことに、父に買ってもらったおもちゃのフネを池で失くした時の方が、よほど
心が痛んだわ。そうそう、シャルルと何度競争させたか知らんが、ついぞおれは一度も勝てなかったな」
 人命をおもちゃに喩える。その心理は、アンリエッタの理解の範疇をはるかに超えていた。
そしてそれを語るジョゼフの空虚な表情と瞳に、絶望を通り越して哀しさすら覚えた。
 一方で虚空では、姿を隠している死神がジョゼフを見下ろしながらほくそ笑んでいた。
『あの赤い球を使いこなし、なおかつ正気を保っているとは、やはり見込み通りの男だ。
奴を上手く利用すれば、我々の望みを達成することも容易い……!』
 死神はジョゼフを正気と形容したが、果たしてどこまでも虚ろな眼をした男が、正気と
呼べるのか否か……。
 と、その時である。フリゲート艦の上空を、防護のガーゴイルの軍団を突っ切って
飛んできたシルフィードが横切り、そこから才人が甲板へと躍り出たのである!
「おおおおおおッ!」
 才人は甲板へ飛び移りながらディバイドランチャーを乱射し、アンリエッタを囲むガーゴイルを
撃ち砕いた。助け出されたアンリエッタはすぐに着地した才人の後ろに回って、ジョゼフたちから
距離を取る。
「姫さま、大丈夫ですか!?」
「わたくしのことは構わずに、早くあの男を止めて下さい!」
 ルイズたちは応援のロマリアのペガサス騎兵とともに、空中のガーゴイルたちを相手取って
才人の頭上を守っている。今ジョゼフを討ち取れるのは才人だけだが、ジョゼフはまだ数多くいる
ガーゴイルによって守られている。
 しかし才人は数の差などにひるみはしない。
「了解しました!」

262ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/12/26(火) 19:40:46 ID:LRwniKvA
 ディバイドランチャーからデルフリンガーに持ち替えた才人に対し、ミョズニトニルンは
甲板のガーゴイルを全て向かわせる。
「行け! 奴を仕留めろッ!」
 だが才人の剣さばきの速度はガーゴイルをはるかに上回り、瞬く間にガーゴイルを両断して
全滅させた。
「お前の武器はなくなったみたいだな」
 これ以上ジョゼフの援護をされないようにと、ミョズニトニルンから倒そうとする才人。
だがしかし、
「なッ!」
 才人は今しがた切り裂いたガーゴイルたちが、粘土細工のように切断面がくっついて
立ち上がっていく光景を目の当たりにする。
 ミョズニトニルンが勝ち誇るように告げた。
「このガーゴイルはただのガーゴイルじゃない。水の力に特化させたんだよ。どれだけ切り
裂こうが砕こうが、無駄というもんさ」
 いくら破壊しても復活してしまうのなら、ディバイドランチャーも弾の無駄である。才人は
デルフリンガーを盾に、ガーゴイルの攻撃を耐えるしかなくなる。
「くッ……!」
「どうした! それがガンダールヴの限界か!?」
 と叫ぶミョズニトニルンの語気には、才人に対する憎悪と嫉妬の色が織り交ぜられていた。
 彼女は、固い絆で結ばれている才人とルイズの関係を強く妬んでいた。自分とジョゼフの
間には、奇怪な死神などという邪魔者がいて、ジョゼフはより強い力をくれるそちらの方に
構ってばかり。そうでなくとも……ジョゼフは自分のことを……。
「武器を扱う程度した能のないお前如きがジョゼフさまに楯突こうなど片腹痛い! ここで
無様な姿を晒せぇッ!」
 絶叫しながらガーゴイルを操るミョズニトニルンだったが――その瞬間、軽やかな銃声と
ともに腕に痛みが走った。
 才人が隠し持っていた、ウルトラ警備隊の麻酔銃であるパラライザーで撃ったのだ。防戦に
なっていたのは、ミョズニトニルンの油断を誘うのが目的だったのだ。
「お生憎さま。こっちの世界の武器には、こんなものもあるのさ」
「うッ……」
 たちまちミョズニトニルンの身体から力が抜け、その場に崩れ落ちた。それと連動して、
ガーゴイルたちが倒れていく。ミョズニトニルンの操作がなければ動かないようだ。
 ミョズニトニルンを無力化した才人は、今度こそジョゼフと相対する。
「やあ。ガンダールヴ」
「あんたがジョゼフか。怪獣どもを止めてもらうぞ」
 今まで散々苦しめられながら、実際に顔を拝むのは初めてとなる、ガリアの黒幕。タバサと
同じ髪の色であり、容貌も芸術品のような美丈夫であるが、その顔つきは底が見えないほどの
空虚さに支配された男を、遂に才人は前にした。

263ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/12/26(火) 19:41:34 ID:LRwniKvA
以上です。
これだけの内容を書くのにどれだけ時間かかってるんだっていう。

264名無しさん:2017/12/30(土) 20:30:43 ID:Dds3Ik6g
乙です。速さより質で書いたほうがいいと思いますよ

265ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:12:13 ID:NmbP2FGk
ウルトラマンゼロの人、投稿お疲れ様でした

今晩は皆さん、無情力巫女さんの人です。
2017年最後である90話の投稿を始めたいと思います。
特に問題が無ければ、18時15分から開始します。

266ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:15:07 ID:NmbP2FGk
 何事も、計画していた通りに事が進むわけではない。
 原因は様々あれど、たった一つの―――それこそ些細なミスで計画自体が破綻する事さえある。
 時にはそのミスが想定の範囲外という理不尽極まりない場所からやってくることも珍しくは無い。
 そういう時に大事なのは決して狼狽えず、慌てず、騒がない。冷静に事実を受け止め、対処するほかないのだ。


 あと一歩のところまで金を盗んだ少年を追い詰め、失敗した魔理沙もそうせざるを得なかった。
 想定の範囲外としか言いようの無い『動く外的要因』を、どういう風に対処すべきか考える為にも。
 例えその『動く外的要因』が――これまで見た事も無いような正体不明のスライム状の存在であったとしても、だ。


「―ッ!危ねッ…!?」
 驚きの渦中にあった魔理沙は、こちらに向かって跳びかかってくる黒いスライムを見て慌てて後ろへ避けた。
 それが正解だったのか、先程まで自分が立っていた場所にソイツが着地する。
 するとどうだろうか。ソイツはまるで柔らかい餅の様に平べったくなり、液状の体が左右に広がっていく。
 もしも横に避けていたらコイツの体に触れていたかもしれない。そう考えた魔理沙は己が運の良さに喜びたくなった。
 とはいえ今はそんな事をする余裕など当然なく、彼女はもしもの事を考えて更に数歩後ろへと下がる。
「畜生、あと一歩だったってのに…何だか良く分からんが、惜しい所で邪魔なんかしてきやがって!」
 着地を終えて、元の太い棒状の姿へ戻っていくソイツに悪態をつきつつ、魔理沙はスッと身構える。

 その左手には先ほど懐から出した小瓶があり、いつでも投げつけられるようにはしている。
 これを投げて瓶が割れれば即花火、瓶に詰めた『魔法』がいつでも作動する仕掛けだ。
 相手との今の距離は二メイル程度。ここから投げれば瓶の破片が飛んできて怪我をする心配も無い。
 魔理沙としては、折角良い所を邪魔してくれた謎の相手には是非とも自分の魔法をお見舞いさせてやりたかった。
 本当はあの少年の手前に投げ落として、綺麗な花火を見せつけると同時に気絶させるつもりでいたのである。
 それを邪魔されたからには、何としてでもあのどす黒く揺れる体の中に投げ込んでやろうと決めていた。
 距離も十分、威力は…きっと申し分なし。心配する事など何一つ無い。

 しかし…、魔理沙はすぐに左手の小瓶を投げつける事を躊躇ってしまう。
 黄色い目を輝かせながら、ゆっくりと地面に跡をつけて這ってくる正体不明の相手に彼女はゆっくりと後ろに下がっていく。
 後ずさる先に何もない事を確認しつつ、けれども近づいてくるヤツには細心の注意を払う事は忘れない。
 別に目の前で蠢く黒い液体の体や、爛々と輝く黄色い二つの目玉が怖いワケではなかった。
 問題は一つ。…あの液体の体の中で、上手く瓶が割れるのかどうかについてという事である。

 『魔法』を詰めた小瓶は、うっかり自分の懐の中で暴発しない分には丈夫であり、
 そこそこ力を入れて投げれば、瓶が割れ次第即座に発動する程度のデリケートさは持っている。
 しかし…あのいかにもヌメヌメとして、嫌な意味で柔らかそうな体の中では投げつけても爆発しないのでは…と考えていたのだ。
(あいつの足元?…に投げれば簡単なんだろうが、それじゃあ私の腹の虫が収まらないんだよなぁ)
 目の前の、良く分からない相手に勝つための最適な方法は既に分かっている。
 しかしそれは自分の望んだとおりのセオリーではなく、今の彼女からしてみればあくまでも゙勝つ方法゙の一つでしかない。
 望んでいる勝ち方は一つ、自慢の『魔法』を詰めこんだ瓶をあの怪物の体内で割らせて内部から思いっきり爆発させる事だ。
 少年を気絶させるだけの筈だったこの『魔法』で、あのスライムみたいな怪物を即席花火に変えてやろう。

267ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:17:02 ID:NmbP2FGk
 その為にもまずは相手を見極め、どのような攻撃をしてくるのか探らなければいけない。
 突拍子も無く現れた敵の正体が何であれ、下手にこちらが先制を仕掛ければ何が起こるかわからない。
 魔理沙は一定の距離を保ちつつ、その間にもこちらへと近づいてくるスライム状の敵をじっくりと観察する。
 黒く半透明の体の中には内臓らしきものは見えず、唯一不透明の目玉は爛々と黄色い光を放ちながらこちらを睨む。
 なめくじの様に地面を這いずっている為か、まるで絞りきれてない雑巾の様に地面を濡らしながら進んでいく。
 しかもそれは決して綺麗とは言い難い黒色の液体であり、正直ただの水とは考えにくい。
 恐らくあの不安定な体を構成できるだけの力は秘めているのであろうが、それがどういったものかまでは分からない。
 先ほど跳びかかってきた時の事を考えると、その見た目以上に重くはないのだろう。
 更に着地した際に不出来な煎餅の様に平たくなったのを見れば当然体も柔らかいのは一目瞭然だ。
「とはいえ、そこに変な弾力まであると…何か投げるのを躊躇っちゃうような…」
 
 魔理沙はそんな事を呟きながら、左の中で落とさない程度に弄っている瓶の事を思う。
 下手に相手に力を入れて投げて、それでポヨン!と跳ね返されてしまったらとんでもない事になる。
 自分の『魔法』で自滅する魔法使いなんて、それこそパチュリーやアリスに笑われてしまう。
 最も、ここにその二人はいないしそれを広める様な輩がいないのは幸いともいうべきか。
 とにかく、今やるべきことは相手の体がどれほど柔らかいのか探る事に決まった。
「と、なれば…早速調べてみるとしますか。…楽しい夕食まで時間は無さそうだしな」
 ひとまずの目標を決めた魔理沙は一人呟き、ひとまず左手の瓶を懐の中へとしまう。
 勿論後で使うつもりなのだが、今からするべきことを考えると元の場所に戻していいと考えたからだ。

 『魔法』入りの瓶をしまい戻した魔理沙は、サッと足元に落ちていた適当な大きさの石を拾う。
 持っていた瓶よりかはやや大きく、彼女が投げるには手ごろな大きさともいえよう。
 石を拾った魔理沙はスッと顔を上げて、近づいてくる化け物をその目で見据える。
 こりから自分が攻撃するという事も理解していないのか、間にナメクジの如き速度で近づいてくる。
「さてと…それじゃあまずはお試しの投球――ならぬ投石開始といきますか!」
 気合を入れるかのように一人そう叫んだ彼女は石を持つ手に力を込め、思いっきり怪物へと投げつけた。

 いつも『魔法』入りの瓶を投げる時と同じように、頭上へと投げられた一個の石。
 それは大きな弧を描き、まるでミニマムサイズの隕石の様に怪物の頭上へと落ちていく。
 相手は落ちてくる石に気付いたのか、ギョロリと黄色い目玉を動かして頭上を仰ぎ見ようとする。
 しかしそれよりも先に、魔理沙の投げた石ころがトプン…!と小さな音を立てて体の中に入ったのが早かった。
 まるで池の中に放った時の様に石は怪物の体の中を、ゆっくりと沈んていく。

「成程、投げつけたものが弾かない程度には柔らかいのか……って、ん?」
 望んでいた通りの結果が分かった事に魔理沙は頷こうとしたところで、怪物の身に異変が起きているのに気が付く。
 魔理沙の手で石を体の中に取り込まされた相手が、その黒い体をプルプルと震わせ始めたのである。
 まるで皿に乗ったプリンが揺れているかのように、全体を微かに振動させて何かをしようとしているのだ。
「お、やられたままじゃあ面白く無いってか?」
 まだどんな手を使ってくるか分からない相手を、魔理沙は箒を両手に持って槍の様に構えて見せる。
 その直後、怪物の胴体辺りまで沈んでいた石が沈むのをやめて、奇妙な事にその場で浮き始めたのだ。

268ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:19:01 ID:NmbP2FGk
 これから何をするのかと心待ちにしていた魔理沙を前に、怪物は更に体を震わせる。
 いよいよ来るか!と魔理沙はいつでも動けるように態勢を僅かに変えた――――その瞬間であった。
 ヤツの胴体で浮いていたあの石が、大きな音を立てて弾丸のように発射されたのである。

「おぉッ―――…ットォ!」
 さすがの魔理沙もこれには少し驚いたものの、回避できない速度と距離ではなかった。
 いつでも動けるようにしていた彼女はスッと右に避けると、その横を結構な速度で石が通り過ぎていく。
 数秒と経たぬうちに、背後から硬いモノが勢いよく割れる音が、広場へと響き渡る。
 石がどうなったのか振り返るまでもないと、魔理沙は攻撃をしてきた相手をジッと見据える。
「コイツは驚いたぜ?てっきり跳びかかるだけしか能が無いと思っていたぶん、余計にな」
 そう言って彼女は足元に落ちていた別の石ころを更にもう一つ拾うと、先ほどと同じく怪物へと投げつける。

 今度は相手も投げられた石を見ていたものの、のろまな奴一匹だけでは避けようがない。
 まるでついさっきの光景を写し取ったかのように石は体の中へと入り込み、そして胴体の辺りで止まる。
 そして魔理沙に再び狙いを定めると、今度は体を震わせずにそのまま静止した状態で石を発射してきた。
「ほれキタ…―――ッと!」
 今度は驚くことなく、彼女は余裕をもってその石ころをかわしてみせる。
 再び背後から石の砕ける音が聞こえ、それと同時に魔理沙はニヤニヤと笑って見せた。
「てっきり脳無しかと思いきや、即座に反撃する程度の賢さはあるみたいだな…けれど」
 私を相手にしたのが間違いだったな?彼女はそう言って、そのまま怪物の左側へ向かって走り出す。
 その魔法使いな見た目とは裏腹に速い足を持つ彼女を、怪物は目だけでゆっくりと追いかけてくる。

 やがて数秒と経たぬうちに、魔理沙は怪物の背後へと回り込む事が出来た。
 相手も自分の背後にいると察知したのか、体を動かそうとしているのかプルプルと体を震わせ始める。
「へっ!今更動いたって―――はぁッ!?」
 遅いぜ?そう言おうとした魔理沙は次の瞬間、またもや驚かされる事となった。
 何と反対側にあるヤツの目玉が、あの黒い体の中を通って浮きあがってきたのだから。
 これには流石の魔法使いも、面喰わざるを得ない程の事であった。

「おいおい、いくら骨が無いからってソレは反則ってヤツじゃないのか?」
 僅かに一瞬の間に向きを変えた相手に魔理沙が悪態をついたところで、一足先にヤツが攻撃を開始した。
 とはいっても先ほどの石ころ飛ばしとは違い、最初に現れた時に披露してみせた跳びかかりであったが。
 それでも思いっきり体を震わせ、バネの用に跳んでくるどす黒いスライム状の怪物と言うだけでも相当ショックである。
 こんなのがもし夜の森の中で出くわして跳びかかってきたのなら、誰もが腰を抜かすに違いない。
 しかし御生憎ながら、霧雨魔理沙はその手の怪異にはすっかり慣れてしまっている身であった。

「そんなワンパターン、私に通用するかよ…――ッと!」
 相手が跳びかかると同時に、魔理沙は両手で構えていた箒に力を込めてから勢いよくジャンプする。
 するとどうだろう、彼女の力に応えて箒は魔法を吹き込まれ、そのまま彼女をぶらさげたまま浮かんでいく。
 ほぼ同時に、跳びかかった怪物の体に彼女の靴先が僅かにかすったものの、渾身の跳びかかりをかわすことができた。
 先ほどまで魔理沙がいた場所に着地したソイツは平べったくなった体を元に戻したところで、頭上から声が掛けられる。

269ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:19:33 ID:NmbP2FGk
 これから何をするのかと心待ちにしていた魔理沙を前に、怪物は更に体を震わせる。
 いよいよ来るか!と魔理沙はいつでも動けるように態勢を僅かに変えた――――その瞬間であった。
 ヤツの胴体で浮いていたあの石が、大きな音を立てて弾丸のように発射されたのである。

「おぉッ―――…ットォ!」
 さすがの魔理沙もこれには少し驚いたものの、回避できない速度と距離ではなかった。
 いつでも動けるようにしていた彼女はスッと右に避けると、その横を結構な速度で石が通り過ぎていく。
 数秒と経たぬうちに、背後から硬いモノが勢いよく割れる音が、広場へと響き渡る。
 石がどうなったのか振り返るまでもないと、魔理沙は攻撃をしてきた相手をジッと見据える。
「コイツは驚いたぜ?てっきり跳びかかるだけしか能が無いと思っていたぶん、余計にな」
 そう言って彼女は足元に落ちていた別の石ころを更にもう一つ拾うと、先ほどと同じく怪物へと投げつける。

 今度は相手も投げられた石を見ていたものの、のろまな奴一匹だけでは避けようがない。
 まるでついさっきの光景を写し取ったかのように石は体の中へと入り込み、そして胴体の辺りで止まる。
 そして魔理沙に再び狙いを定めると、今度は体を震わせずにそのまま静止した状態で石を発射してきた。
「ほれキタ…―――ッと!」
 今度は驚くことなく、彼女は余裕をもってその石ころをかわしてみせる。
 再び背後から石の砕ける音が聞こえ、それと同時に魔理沙はニヤニヤと笑って見せた。
「てっきり脳無しかと思いきや、即座に反撃する程度の賢さはあるみたいだな…けれど」
 私を相手にしたのが間違いだったな?彼女はそう言って、そのまま怪物の左側へ向かって走り出す。
 その魔法使いな見た目とは裏腹に速い足を持つ彼女を、怪物は目だけでゆっくりと追いかけてくる。

 やがて数秒と経たぬうちに、魔理沙は怪物の背後へと回り込む事が出来た。
 相手も自分の背後にいると察知したのか、体を動かそうとしているのかプルプルと体を震わせ始める。
「へっ!今更動いたって―――はぁッ!?」
 遅いぜ?そう言おうとした魔理沙は次の瞬間、またもや驚かされる事となった。
 何と反対側にあるヤツの目玉が、あの黒い体の中を通って浮きあがってきたのだから。
 これには流石の魔法使いも、面喰わざるを得ない程の事であった。

「おいおい、いくら骨が無いからってソレは反則ってヤツじゃないのか?」
 僅かに一瞬の間に向きを変えた相手に魔理沙が悪態をついたところで、一足先にヤツが攻撃を開始した。
 とはいっても先ほどの石ころ飛ばしとは違い、最初に現れた時に披露してみせた跳びかかりであったが。
 それでも思いっきり体を震わせ、バネの用に跳んでくるどす黒いスライム状の怪物と言うだけでも相当ショックである。
 こんなのがもし夜の森の中で出くわして跳びかかってきたのなら、誰もが腰を抜かすに違いない。
 しかし御生憎ながら、霧雨魔理沙はその手の怪異にはすっかり慣れてしまっている身であった。

「そんなワンパターン、私に通用するかよ…――ッと!」
 相手が跳びかかると同時に、魔理沙は両手で構えていた箒に力を込めてから勢いよくジャンプする。
 するとどうだろう、彼女の力に応えて箒は魔法を吹き込まれ、そのまま彼女をぶらさげたまま浮かんでいく。
 ほぼ同時に、跳びかかった怪物の体に彼女の靴先が僅かにかすったものの、渾身の跳びかかりをかわすことができた。
 先ほどまで魔理沙がいた場所に着地したソイツは平べったくなった体を元に戻したところで、頭上から声が掛けられる。

270ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:21:07 ID:NmbP2FGk
「惜しかったなスライム野郎!外れたから景品は無しだぜー!?」
 その声にギョロリと黄色い目玉を頭上へ向けると、空に浮かぶ箒にぶら下がる魔理沙がこちらを見下ろしていた。
 まるで鉄棒にぶらさがる子供の様な姿はどことなく愛嬌はあるが、その顔に浮かべる笑みは年相応とは思えぬほど好戦的である。
 彼女のその獰猛な笑みに怪物は何かを感じ取ったのか、再び跳びかからんとその体を震わせ始めた。
「おぉっと、それ以上ピョンピョンされたら厄介だから…手短に決着といこうじゃないか!」
 
 そう言いつつ彼女は空いた左手で懐を探り、先程しまっていた『魔法』入りの小瓶を取り出して見せる。
 まだ完成したばかりで試したことの無いそれを割らないよう注意しつつ、彼女はゆっくりと確実に狙いを定めていく。
 狙うは勿論頭部…と思しきところ。あの黄色い目玉が前と後ろを行き来している場所だ。
 無論、そこが弱点と断定しているワケではないが…今の所思いつく限りではそこしかない。
 距離は十分、上から投げつけるので上手く行けば体内に投げ込んだ瓶が割れる事も不可能ではないだろう。
(狙いは充分…だけど、…はてさて割れなかったときはどうしようかな?……まぁ、『奥の手』はあるんだけどな)
 魔理沙は万が一失敗した時の事を考えて、帽子の中に仕舞った自分の『奥の手』の事を思い出す。
 まさかこんな相手に使うとは思っていなかったが、体内で割れなかったときの事を考えれば…コイツに頼らざるを得ないだろう。

 とはいえ、極力使わないという選択肢は元から魔理沙の頭には無かった。
 もしもうまく相手の体内に『魔法』入りの瓶が入って、それでも尚割れなければ『奥の手』の出番が来る。
 そうなったのなら、帽子の中しまっている『奥の手』には怪物の介錯役を務めて貰うだろう。
 花火の導火線を付ける為の火としては少し派手すぎる気もするが、多少派手でなければ面白く無い。
 
―――何せ寂れた場所で華やかな花火を上げるんだ、火も程良く派手じゃなければつまらんだろう?

 魔理沙は心中でそう呟くと瓶を持つ手を振り上げて、勢いよく眼下にいる怪物目がけて投げつけた。
 グルグルと空中で回り、中に入った『魔法』を掻き混ぜながら瓶は怪物の脳天目指して落ちていく。
 相手も投げつけられた瓶の存在に気付いて対策を取ろうとするが、いかんせん鈍いが為に間に合わない。
 魔理沙の渾身の力を込められて投げつけられた瓶は、見事そのまま怪物の脳天から体内へと入っていった。
「よっしゃ!…って、おっとと…!」
 思わずガッツポーズを取ろうとした魔理沙は、バランスを崩し損ねて箒を離しそうになってしまう。
 慌ててバランスを取り戻したところで、彼女はハッと眼下にいる敵がどうなったのかを確認する。
 
 脳天から『魔法』入りの瓶が入り込んだ敵は、意外な事に混乱しているようであった。
 先程の様に即座に反撃はしてこず、体の中に入り込んだモノが気になるのかしきりに体を震わせている。
(まさか混乱しているのか…?脳も内臓もなさそうだってのに、一体どうなってるんだ…?)
 単純な存在かと思っていた敵の意外な一面に驚きつつ、魔理沙は相手の体内にあるであろう『魔法』の事が気になった。

271ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:23:02 ID:NmbP2FGk
 いつもの通り割れてくれているのなら、いまごろ体内からドカンとめでたい花火が上がる筈である。
 それだというのに、一行の『魔法』が発動しないという事は…何かしらのトラブルが起こったという事なのだろうか?
(まぁ、予想はしてたけどな。―――だからその分、)

―――備えはしてあるものなんだぜ?
 心の中でそう呟いた彼女は、空いている右手で頭に被っているトンガリ帽子の中へと手を突っ込む。
 そして数秒と経たぬうちに、彼女はその中から今の自分を形作る要素の一つであろうマジック・アイテムを取り出した。

 黒い八角形の形をしたソレは、今の霧雨魔理沙にとってなくてはならいなモノであり本人が「これのない生活は考えられない」とまで語る代物。
 それは小さきながらも一個の炉であり、山一つを消し飛ばす程の高火力から、一日じっくり煮込めるとろ火まで調節可能。
 マジック・アイテムの名はミニ八卦炉。例え小さくとも、道教の神太上老君が仙丹を煉る為に使用した炉の名を借りた道具。
 幻想郷においても、この炉から放たれる最大火力に勝るものはそうそういないであろう。

 彼女は久方ぶりに持った気がする無機物の相棒に微笑むと、すぐさま八卦炉の中心にある穴を眼下の怪物へと向けた。
 敵は動揺から立ち直ったのか、体内で浮かぶ瓶を送り返そうとしているのが見て取れた。
 黄色く光る目玉をこちらに向けて、すぐにでも攻撃しようとその身を震わせている。
 恐らく先ほどの石ころと同じように、体内に入り込んだ瓶をそのままこちらに射出する気なのだろう。

 あの結構な速度で放たれたら最期。スライム状ではない自分の体で瓶が割れて…ドカン!
 空中で箒にぶら下がったままと言う姿勢のまま花火に巻き来れてしまうのであろう。
 本来なら慌てる所なのだろうが、魔理沙は相手に得意気な笑みを浮かべたまま回避する素振りすら見せない。

 ――――何故なら、既にこの場での勝敗はついてしまっているのだから。

「物覚えは良さそうだったが、せめてもう少し小回りが利くような体であるべきだったな?」
 勝者の笑みを浮かべる魔理沙は眼下の怪物にそう言って、火力を調節したミニ八卦炉から一筋の光が放たれた。
 それはまるで暗雲と暗雲の僅かな隙間を通り抜けた太陽の光よりも、眩しく真っ直ぐな光である。
 正しく目標へと一直線に進む光の線―――レーザーは矢よりも、そして弾丸よりも早く怪物の体を射抜いた。
 レーザーは怪物の体である液体をものともせず、先に彼女が投げ入れていた瓶を勢いよく貫いて見せる。
 火力を抑えられているとはいえ、ミニ八卦炉から放たれたレーザーは貫いた瓶をそのまま砕きさえした。
 そして中に入っていた『魔法』は瓶という安全装置を無くし、その効果を発揮して見せる。

 ミニ八卦炉のレーザーに射抜かれてから五秒と経たぬうちに、怪物の体内から光が迸る。
 まるで何かが生まれ出て来るかのようにヤツの液体の体が歪に、そして不気味に膨らみ始めていく。
 やがて迸る光が輝きを増してゆき、人が来なくなった広場を朝日のように照らし始める。
「やったぜ!…って喜びたいところだが、こりゃ私もヤバいか…?」
 未だ箒にぶら下がったままであった魔理沙は、強くなっていく光に身の危険を感じ始めた。
 こうして新しい『魔法』の実験をする時は、しっかりと距離をとる事が怪我一つせずに実験を済ませる秘訣である。
 しかし今は状況が状況故、かなりの近距離で『魔法』を発動せざるを得なかったが、それが仇となったらしい。

272ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:25:04 ID:NmbP2FGk
 魔理沙は手に持っていたミニ八卦炉を帽子の中に戻してから、慌てて高度を上げようとする箒に力を込める。
 しかし…今更になって慌てた彼女が退避するよりも先に、怪物の体内で『魔法』が発動するのが速かったらしい。
 持ち主をぶら下げたまま箒がグングンと上空へと進もうとした直後、怪物を中心に凄まじい『閃光』が広場を覆った。
 無論、退避できなかった魔理沙はその『閃光』を、身を以て味わうことになってしまう。
「ッ――――!」
 自分の周囲を一瞬で包み込む『閃光』に目の前が真っ白になった彼女は思わず悲鳴を上げてしまう。
 だが不思議な事に、直接自分の喉から声を振り絞ったというのに自分の耳がその声を聞けなかったのだ。
 まるで悪魔との契約で聴覚を奪われてしまったかのように、自分の耳が音を拾わなくなっている。

 それに気づいた魔理沙は思わず混乱してしまったのか、一瞬箒を掴む手の力を緩めてしまう。
 結果、彼女は高度十メイルという高さで箒を手放し――――成す術も無く落ちていく。
 自分が落ちているという事を理解しながらも、目も見えず耳も聞こえないが為に受け身をとる事すら不可能だ。
 聞こえなくなった耳を両手で押さえ、口から情けない悲鳴を上げて彼女は落ちるしかない。
 後数秒もすれば、普通の魔法使いの体は硬いレンガ造りの地面に激突する事だろう。
 いかに弾幕ごっこで鍛えているとはいえ、普通の人間である彼女にとってそれは致命傷となる。
 
 何も見えず、何も聞こえず、自分たちのお金を奪った少年を捕まえるのを妨害した相手の正体すら知らず。
 ただとりあえず倒したというだけで、このまま彼女は地に落ちてその命を散らしてしまうのか?
、地面まで後五メイル。人々から忘れ去られた王都の一角で墜落しようとした魔法使いの体は――――

「全く、アンタって時々こんな命取りなミスをやらかすわよね?」
 そんな言葉と共に上空から飛んできた霊夢の手によって、ギリギリの所で抱きかかえられた。 
 まるで鷹の急降下のように上空から街の一角へと入り、後三メイルという所で魔理沙を助け出したのである。
 流石空を飛ぶことに関しては十八番とも言える彼女だからこそ、このような荒業はできないであろう。
 仮にこの場に鴉天狗がいたとしても、人間の黒白を助ける道理何て微塵も無いのであるから。

 そのまま着陸する飛行機の様にローファーの底が地面を擦り、周囲に土煙をまき散らしていく。
 大切にしていた靴の底が擦られていく音と振動に、霊夢は何が何だか分からぬ魔理沙をキッと睨み付ける。
「ちょっと変な気配を感じてきて見たら…これで靴が駄目になったら弁償してもらうんだからね!」
「え…!?あれ?ちょっと待て、誰だ?私を抱きかかえた…じゃなくて、くれたのは?」
 どうやらまだ何も見えていないせいか、自分が誰かに抱きかかえられているという事実を受け止めきれていないらしい。
 瞼を閉じたままの頭をしきりに動かしながら、まだ聞こえの悪い耳で必死に周囲の音を拾おうとしていた。
 やがて時間にして十秒未満ほどであったものの、ようやく霊夢の靴底は地面を擦るのをやめた。
 まき散らしていた土煙は風に流れて霧散し、双月が薄らと見えてきた夕暮れの空似舞い上がっていく。

 ようやく自分の体が止まった事に、霊夢は思わず安堵のため息をついた時であった。
 タイミングよく、聴覚と視覚が若干戻ってきた魔理沙が聞き覚えのため息を耳にしてそちらの方へ顔を向けたのは。
「んぅ…?あれ?その溜め息…とぼんやり見える顔って――――もしかして、霊夢なのか?」
「わざわざアンタなんかを急降下してまで助けてやれるモノ好きで阿呆な人間なんか、私ぐらいしかいないでしょうに」
 何となく状況を理解しかけている魔理沙に、霊夢はやや自虐を加えながら返事をした。
 薄らと開き始めた瞼をゴシゴシと擦った黒白は、ジッと彼女の顔を凝視する。
 一体何なのかと訝しんだ霊夢であったが、それから数秒してから魔理沙は「おぉッ!」と急に声を上げた。
 何がおぉッ!よ?と突っ込む巫女を半ば無視しつつ、魔理沙もまた自分の足で地面に立った。

273ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:27:03 ID:NmbP2FGk
 まだ足元がおぼつかないものの、ようやく目が見え始めてきたので転ぶことは無かった。
 そのまま無事に『着地』できた霧雨魔理沙は、珍しく霊夢に笑みを浮かべて彼女に礼を言った。
「どうしてお前がここにいるのか知らんが…とりあえず助かったぜ霊夢」
「それはこっちのセリフよ。何で掃除サボって情報収集してたアンタが、こんな人気の無さすぎる所にいるのかしら」
 気のよさそうな笑みを浮かべる黒白に対し、紅白の巫女は腰に手を当てて不機嫌そうな表情を浮かべている。
 まぁ確かに、一応助ける余裕があったとはいえ下手すれば二人仲良く地面に激突していた可能性があったのだ。
 流石の魔理沙もそれはしっかり理解しているのか、霊夢に「まぁそう怒るなって」と宥めつつも理由を話そうとする。

「いやなに、ちょっと色々ワケがあって得体の知れないヤツと戦ってたんだが…って、ありゃ?」
「どうしたのよ?」
 ワケを話しながら、怪物が立っていたであろう場所へと目を向けた魔理沙が怪訝な表情を浮かべ、
 彼女の表情の変化に気付いた霊夢も、そちらの方へと視線を向けつつも尋ねてみる。
「いや…私の『魔法』をぶつけてやった怪物の姿はどこにも見当たらなくて…もしかして、木端微塵に吹き飛んだのか?」
「怪物…?………!それってアンタ、もしかして―――――」
 彼女の口から出た『怪物』という単語に、霊夢がハッとした表情を浮かべた――その時であった。
 二人の左側から、ここにはやや無縁であろう何かが水の中に落ちたであろう音が聞こえてきたのは。
 若干エコーが掛かっているかのようなその水音に、彼女たちはハッとそちらの方へと視線を向けた。

 そこにあったのは、子供一人分通るのでやっとな排水溝であった。
 灯りのついてない窓が幾つも見える共同住宅の壁に沿って作られているそれは、夜よりも暗い闇を入り口から覗かせている。
 蓋であった錆びたグレーチングは近くに転がっており、何者かの手で取り外されたのであろう。
 水音が聞こえてきたのはその排水溝からであり、音の大きさかして結構大きなモノが落ちたのかもしれない。
「排水溝?…っていうかアレ、蓋開いていない?」
「蓋?―――…っ、しまった!」
 霊夢がそう言うと魔理沙は何か気づいたのか、慌ててそちらの方へと走り出した。
 突然の行動に軽く目を丸くして驚きつつも、急に走り出した魔理沙の後をついていく。

 排水溝の傍まで走り寄った魔理沙はそこで身をかがめると、帽子の中からミニ八卦炉をスッと取り出した。
 そして火力をある程度弱目に調節しながら、発射口の方を排水溝の中へと向ける。
 すると、とろ火よりやや強めにした炉から微かな火が出て、闇に包まれていた排水溝の入口周辺を照らす。
 どうやらこの共同住宅の真下には下水道が通っているのか、数メイルほど下に薄らと地下を流れる川が見える。
 魔理沙は炉の火をあちこちへ向けて何かを探しているが、目当てであったモノは見つからなかったようだ。
 排水溝から見える下水道に動くモノが無いと分かると、軽い舌打ちをしてから炉の火を消して立ち上がった。
「あぁ〜…くっそ、逃げられちまってたか」
「何に逃げられたのよ?その言い方だと、単なる人間相手じゃあなさそうって感じだけど」

274ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:29:06 ID:NmbP2FGk

 悔しそうな表情を浮かべて呟く魔理沙に、霊夢がそんな事を言ってくる。
 勘の良さゆえか、自分が明らかな人外を相手にしていたのを言い当てられた事に魔理沙は苦笑してしまう。
「はは…お前って本当に勘が鋭いよな?まぁその通りなんだがな」
「やっぱりね。こんな人が多い街のど真ん中で゙アイツら゙と同じような気配を感じたからもしかして…って思ったのよ」
 気恥ずかしそうに頷く魔理沙に対し、霊夢は真剣そうな表情を浮かべてそう言った。
 霊夢の言ゔアイツら゙という言葉の意味を魔理沙は理解できなかったのか、一瞬だけ訝しむも…
 すぐに彼女の言いたい事が分かったのか、その顔にハッとした表情を浮かべると「マジか」とだけ呟いた。
 彼女の「マジか」という問いに対し霊夢は無言で頷くと、ある意味この街では聞きたくなかった単語をアッサリと口にした。

「んぅ、まぁ実物を見てないから断定はできないけど。多分、アンタが戦ったのはキメラ…なのかもしれないわ」
「えぇ、マジかよ?っていうか、こんな街中でか」
「私も信じたくはないわよ。…けれど、あの気配はタルブで感じたものと酷似していたわ…微妙に違うところもあったけど」
 流石に驚かざるをえない魔理沙に、霊夢も頭を抱えたくなりながらも肯定せざるを得なかった。
 いかに博麗の巫女といえども、まさかこんな街中であの怪物たちが放つ『無機質な殺意』を感じるとも思っていなかったのだから。
 陽も暮れて、夜のとばりが降りようとしている寂れた広場の真ん中で、紅白の巫女はため息をつくほかなかった。 

 
 それから時間が幾ばくか過ぎ、すっかり夜の帳が落ちた時間帯。
 王都の喧騒はブルドンネ街からチクトンネ街へと移り、まだまだ遊び足りないという人の波もそちらへと移っていく。
 その街に数多くある酒場でも名の知れた『魅惑妖精』亭の二階で、ルイズは思わず叫び声を上げそうになってしまう。
「な…!何ですって!?キ…ムッ」
「バカ、声が大きいわよ」
 聞かされた話の内容に驚いて叫びそうになった彼女の口を霊夢は自らの手で軽く塞ぎ、何とか大声を挙げずに済んだ。
 試しにチラリと階段から一階の様子を見てみると、何人かがルイズの声に気付いてそちらの方へと視線を向けている。
 しかし、どうせ酔っ払いの戯言だと思ってすぐに視線を戻し、酒を楽しんだりウェイトレスの仕事に戻っていく。
 ひとまずこちらへ来る者がいないという事だけ知ると、大声をあげそうになったルイズの方へと視線を向けた。

「ただでさえ今は人が多いんだし、誰が聞き耳立ててるか知れないんだから気を付けて頂戴よ」
「わ、分かったわよ。でも、急に口を塞ごうとするから思わずアンタの親指を噛み千切りそうだったわ」
『娘っ子、それは冗談としちゃあ笑えないね。…ま、そうなってたら面白いっちゃあ面白いが』
 二人のやり取りに壁に立てかけられたデルフも混ざりつつ、店中の人気が一階へと集中している二階の廊下には彼女たち意外誰もいない。
 魔理沙は一階で自分たちを待っていたシエスタの相手をしつつ、料理を頼みに行ってくれている。
 今は人がいないといっても何時誰かが来るかも分からないために、あの屋根裏部屋で話の続きと共に頂くことにしたのだ。
 ルイズと霊夢の尽力で一通り綺麗になった今なら、ワインの上に舞い上がった埃が落ちる事もない。
 一方で、自分たちとの夕食を楽しみにしていたシエスタへの言い訳を考える必要もあった。
 彼女が今夜の夕食に霊夢たちを遊びに誘う事を知っていたルイズは、変な罪悪感を覚えずにはいられない。

 何せ霊夢と魔理沙の二人が戻ってくるまでの間、自分と一緒に食べずに待っていたのだ。
 余程自分たちと食事を共にして、ついで遊びに誘いたいという彼女の気持ちをルイズはひしひしと感じてしまっていた。
 最も、ルイズまで待っていたのは単に先に食べてたらあの二人に鬱陶しい位に恨まれると思っていたからであったが。

275ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:31:05 ID:NmbP2FGk
 ともかく、そんな彼女への言い訳を魔理沙に押し付けたルイズは霊夢から先ほどの事を聞いたばかりであった。 
「でも…信じられないわ。まさか、よりにもよってこの王都にあんなのが潜伏しているだなんて…」
「信じようと信じまいと、そこにいるという事実は変わりないわ。現に、私だってアイツラの気配は感じてたしね」
『成程なぁ…だからマリサの帰りを待ってた時に、急に血相変えて飛び出したってワケか』
 半ば事実わ受け止めきれてないルイズに、霊夢は自分がキメラ特有の気配を感じたと証言し、
 そこへルイズと一緒に御留守番する羽目になってしまったデルフが相槌をうった。
 魔理沙がキメラと思しき存在と戦い始めて数分経った頃に、霊夢は彼らから漂う気配を察知していたのである。
 既に掃除を一通り済まして、客が入り始めた一階で彼女の帰りを待っていた時であった。
 
「あの時は驚いたわ。急に眼を鋭く細めたかと思えば「ちょっと外行ってくる」とか言って、出て行っちゃったんだから」
「まぁあん時はまさかこんな街中で…って驚いてたから、ワケを話すヒマも無かったわね」
『だからオレっちは置き去りにされてたというワケかい。理由は分かったが、ちょっと悲しいぜ』
「まぁでも…その時にはもう退散していたしアンタを持って行っても使い道はなかったわ」
 ワケも話さず店を飛び出していった霊夢が今更ながらワケを聞き、納得するルイズとデルフ。
 自分を持って行ってデルフに対し容赦ない返事をしてから、ふと右手を左袖の中へと入れた。
 
 暫し袖の中を探ってから目当ての物を掴んだのか、一枚のメモ用紙を取り出してみせた。
「そもそも、魔理沙が戦っていうキメラらしき怪物が…これまた掴みどころのないヤツでねー…ホラ」
 霊夢はそのメモ用紙に描かれている何かを一瞥した後、ルイズにも見えるように紙を差し出す。
 どうやらその怪物のスケッチらしく、何やら黒くて丸い物体がこれまた黄色くて丸い目玉を爛々と輝かせている。
 その隣には主役のキメラと比べてやや丁寧に書かれた魔理沙がおり、一見してキメラとの大きさを比べられるようになっていた。
 しかし、その魔理沙がやけに丁寧に描かれていた為にどちらがスケッチの主役なのかイマイチ分からなくなってしまう。
「なにコレ?これがあの…タルブや学院近くの森で目にしたのと同じ仲間ってことなの?」
 霊夢が見せてきた魔理沙画伯のキメラの姿に、ルイズは思わず拍子抜けしたかのような表情を見せてしまう。
 キメラらしき怪物が出たと聞いて、てっきりタルブで対峙したようなおっかない化け物かと思っていたに違いない。
  
『まぁ待てよ娘っ子。こういう得体の知れない相手っていうのは、案外手強いもんなんだぜ?』
「…あぁそういえば、魔理沙が「私の『魔法』を一発喰らっただけで逃げやがって…」とか言ってたような」
『マジか。―――…って、あの黒白の瓶詰め『魔法』相手じゃあ誰だって逃げるぞ』
 勝手に肩透かしを喰らっているルイズを戒めるデルフの言葉を霊夢がさりげなく否定し、デルフがそれに突っ込みを入れる。 
 誰もいない二階の廊下で魔理沙の帰りを待ちつつ、二人と一本は魔理沙が相手にしたキメラの話を続けていく。
「それにしても…コイツ手足も口もなさそうよね?それって、生物としてはどうなのかしら」
「確かにね。…魔理沙が言うには、なめくじみたいに地面を這いずったり体を飛び跳ねさせて移動してたらしいわ」
『成程ねぇ。なめくじには手足何てねえし、壁まで這える移動手段の一つとしてはたしかに持って来いだな』
 霊夢の口からきいたキメラの移動手段を想像して、ルイズは思わず身震いしてしまう。

 魔理沙程の身の丈がある黒い手足の無い怪物が、黄色くて大きい目玉を輝かせて地面を這いずりまわっている。
 そして獲物を見つけるといざ狙いを定めて、その丸く不定型な体を跳ねさせて、頭上から襲い掛かってきて…。
 成程、見た目は以前相手にしたキメラ程刺々しさはないが、不気味さだけはこちらの方に軍配が上がってしまう。
 このキメラを造り上げであろう人間は生物学にも通用し、ついで人が不快や不気味に思う生物を造り上げる事に長けているようだ。
 ルイズは直接お目にかかれなかったキメラの動きを脳内で思い描いていると、ふと気になった箇所を見つけた。

276ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:33:02 ID:NmbP2FGk
「そういえば…コイツの内臓ってどうなってるのかしらね?見た感じ内臓や心臓はおろか、脳すらなさそうなんだけど…」
「魔理沙が言うにはそういうのは見当たらなかったそうよ。目玉だけが唯一の臓器だったらしいけど」
「はぁ?何よソレ、コイツ本当にキメラなの?」
 首を傾げるルイズの問いに霊夢があっさりと返事をすると、彼女は訝しんだ表情を見せる。
 そりゃそうだ、いかにキメラであろうとも自分たち普通の生き物と同じく体を動かす内臓器官がなければまともに生きる事すらできない。
 もしも目玉以外の臓器無しに行動できるのならそれは生物ではなく、それ以下の得体のしれぬ存在でしかない。
 そんな存在が今王都の何処かにいるのだとしたら―――ルイズは先ほどよりも強い身震いを起こしそうになってしまう。
 
 しかし、ルイズは敢えてそれを我慢し自分がこれから何をするべきなのかを考える事にした。
 恐怖に震えるのは後でいつでもできるし、何より自分にはキメラと戦うだけの力は最低限備わっている。
 ならば今は恐怖を押し殺し、怪物の退治の専門家である霊夢と今後の事について相談しなければいけない。
 心の中でそう決断したルイズは体をキュッと強張らせて、こちらに訝しんだ表情を向ける霊夢へこれからすべき事を伝える。

「ひとまず、この事を姫さまに報告しなきゃ駄目よね?王都の中に、あんな怪物がいるだなんて許されないわ」
 彼女の言うとおり、姿方は違えどタルブで猛威を振るった怪物と同種の存在がいるならば真っ先に報告すべきだろう。
 幸い今のルイズにはアンリエッタへ伝える方法を確立しているため、報告自体は簡単に行えるに違いない。
 しかし、これは自分の勘が冴えわたっている所為なのか、霊夢としてはそれはダメなような気がしたのである。
 いつもならルイズの決定に同意していたのだろうが、何故か今回だけは自分の勘が『それは危険だ!』と判断したのだ。
 だから彼女にしては珍しく気まずい表情を浮かべてから、ルイズにやんわりな返事をする。

「……うーん、確かに普通ならそうするんだけどね〜?今の私的にはもうちょっと様子を見た方が良いような気がするわ」
「どうしてよ?もしかしたら。何処かの誰かがこんなナメクジみたいなヤツにお触れたら取り返しがつかいのよ!」
 確かに彼女の言う通りであろう。相手が化け物ならば何時誰かに襲い掛かっても不思議ではない。
 ましてやここは人口密集地帯である王都。何処から出現しても、暫く動き回れば哀れな犠牲者見つける事も容易いだろう。
 それが自国の人間であるならば、尚更必死に訴えるのも無理はないだろう。同じ立場ならば寝る間も惜しんで捜し出し、退治するに違いない。
 だから霊夢としてもルイズの決定に賛成したいところであったが、長年鍛えてきた自分の勘が危険信号を出している。
 それを口にするのは少し難しかったものの、説明しなければルイズは納得しないだろう。
 だから霊夢はどう喋って良いか少し悩んだものの、頭の中で思いついた事を少しずつ口にしていく事にした。
 
「何でかは分からないけど、、今回急に現れたキメラと思しき怪物の出現は単なる一つの出来事じゃない気がするのよ」
「……?単なる、一つの…?」
 何を言っているのかイマイチ理解できないのか、急に喋り出した霊夢はルイズに怪訝な表情を向られてしまう。
 デルフもどう解釈すればいいのか良く分からないのだろうか、静観に徹している。
 口にした霊夢自身も自分が口にした言葉に頬を若干赤くしつつ、それでも説明を続けていく。
「まぁ、何て言えば良いのかしらね…ただ単純に、私達の刺客として放ったワケじゃあない気がするって言いたいワケ」
『!…成程、つまりあのキメラを操っているヤツとマリサとの出会いは、あくまで予想外だったってことか』
 ここで一人と一本は理解したのかルイズはハッとした表情を浮かべ、デルフはカチャカチャと嬉しそうに金属音を鳴らして喋る。
 ようやく自分の言いたい事を理解しかけてくれたと実感した霊夢は、更に喋り続ける。

277ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:35:03 ID:NmbP2FGk
「まぁ、どちらかといえばマリサを襲ったのはあくまでおまけじゃないか…って気がするのよ。
 あくまでアイツを襲ったのは目的゙外゙であって、本来の目的はもっと別なんじゃないか…って私は思うの」

 霊夢の主張を聞いて、ルイズも少しだけ考え込んでしまう。
「目的の、外…つまり目的外って事よね?じゃあ本来の目的って何なのかしら」
「それが分からないから「気がする」って言っただけよ」
 まぁそれはそうか。霊夢の言葉にムッとしつつ納得すると、ルイズは手に持ったままのキメラのスケッチを今一度眺めてみる。
 手足の無い不出来なナメクジの様な形をしたキメラは、一体なぜ王都の中に現れたのであろうか?
 そして…タルブと同じならば誰がこのキメラを操り、そしてマリサへ襲い掛からせたのだろう。
 ルイズの脳裏に、タルブの戦いにおいて大量のキメラをけしかけてきた女、シェフィールドの姿が思い浮かぶ。

 額に虚無の使い魔の証拠であるルーンを刻まれ、自らの神の頭脳―――ミョズニトニルンを自称していた黒髪の白肌の怪女。
 もしかすればあの女も王都にいて、あわよくばキメラを用いて敬愛するアンリエッタの暗殺を目論んでいるかもしれない。
 そうであるのならばやはり、一刻も早く手紙を使って王女殿下に今回の事を報告する必要がある。
 頭の中で色々と想像してしまったルイズは、再び霊夢に報告するべきだという主張を提案した。
「まだ何もわかってないけれど、黙ったまましておくのもマズイ気がするわ。だからやっぱり、姫さまには報告だけでも…」
 ルイズの提案に、今度は霊夢も暫し口を閉ざして考えてみる。

 別に彼女の提案は至極真っ当なうえに正論であるし、何よりここは勝手知ったる幻想郷ではない。
 現に自分たちから金を盗んだ少年一人捕まえられていないのだ、何せ地の利は盗人側ににあるのだから。
 人里以上に迷宮じみた街の中でキメラを捜そうとしても、盗人同様一向に見つからない可能性がある。
 しかも相手は人の道理の通じぬ化け物だ。こちらがグダグダと探している間にヤツの餌食になる人が出てくるかもしれない。
 正直博麗の巫女としてこの手の怪物退治で他者の力を借りてしまうのは何かダサいような気もするが、
 地の利が無い場所での何の手がかりも無しに探し回るなら、確かに報告ぐらいならしておいた方が良いかもしれない。
 
 ザっと脳内でそう結論付けた彼女は、少々納得の行かない表情を浮かべつつも頷いて見せた。
「う〜ん…一番良いのは、私だけで原因究明とキメラ退治で決めたいのだけれど…何か起こったら手遅れだしね」
「え?それじゃあ…」
 困惑顔から一変、嬉しそうな表情を見せてくるルイズに「まぁ待ちなさい」と話を続けていく。 
「でもあくまで報告にしておいた方が良いわ。もしもキメラを操ってるのが、タルブで見た女だったとしたら…」
「…!下手に動けば何をしでかすか分からない…って事ね」
 霊夢の言葉に、ルイズは戦地となったタルブを縮小された地獄へと変えたシェフィールドの事を思い出す。
 キメラを手下として使ったとはいえ、それを指揮してトリステイン軍を襲わせたのは紛れも無く彼女の仕業だ。
  
 と、なれば…アンリエッタにそれを教えて街中に魔法衛士隊を派遣するよう事態にでもなったら…。
 そこから先の事を想像しそうになったルイズは慌てて妄想を頭の中から振り払い、否定するほかなかった。
 青ざめるルイズを見て彼女がどんな想像をしたのか察してか、デルフが金属音を立てながら余計な事を言い始める。

『相手は神の頭脳ことミョズニトニルンなうえにあんな性格だ、目的が何なのか分からんが大事にはなるかもしれん。
 …オレっちの経験から言わせりゃあ、あの手の輩はどんだけ犠牲が出ようとも目的が遂げられればそれで良いってタイプの人間さね』

278ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:37:01 ID:NmbP2FGk
 恐らくこの場に居る中では最も最年長であるデルフの言葉は、割と冗談では済まない様な気がした。
 大量のキメラを用いて、タルブの人々や軍を襲ったあの女ならそれだけの事をしてもおかしくは無いだろう。
 デルフのアドバイスにルイズは恐る恐る頷くと、真剣な表情を見せる霊夢が話しかけてきた
「とりあえず手紙は送るとして…ひとまずは静観に徹して欲しいって書いておいた方がいいわね」
「確かにそうね…姫さまなら、人々の事を案じて結構な人数を動かしちゃうかもしれないし…」
 書くべきことは三つ。王都の中でキメラと思しき怪物と出会った事と、身の回りに気を付ける事。 
 そして相手に気取られぬように大捜索などは行わない事、ぐらいであろうか。
 後は街中で収集した情報と一緒に送れば良いだろうと、ルイズはこれからやるべき事を決めていく。

 とりあえず、手紙に関しては今夜中にでも書いて明日中に送った方が良いだろう。
 どういう風に書くのかはペンを手に取った所で考えればいいとして、一番時間が掛かるのは情報だ。
 結構な量を集めたのは良いが、自分の手で選別するかありのままの状態で送るかの二択を決めなければいけない。
 いきなりウンウンと悩み始めた自分が気になった霊夢を相手に、ルイズはどうすれば良いかと聞いた所、

「そんなの簡単じゃない。一々選んでたらキリが無いし、全部ありのままに送っちゃいなさい」

 …と物凄くアバウトで即決だが、非常に的確なアドバイスをしてくれた。
 それを聞いた後でルイズは「そんな適当に…」と苦言を漏らしたが、それでも霊夢は言ってくれた。

「多分、あのお姫様なら自分に対しての批判が書かれても健気かつ前向きにやっていけると思うわよ?
 なーんか一見頼りなさそう雰囲気は感じるけど、あぁいうタイプの人間って挫折や困難があればある程成長するかもね」

 何故か安心して頷けない様な言い方であったが、どうやら彼女なりにアンリエッタの事を褒めてはいるらしい。
 雑な感じで喋っているが、その表情が険しくないのを見るに霊夢は霊夢なりに姫さまの事は少なからず認めているのだろう。
 そう思っておくことにしたルイズは霊夢の提案にひとまず「考えてて置くわ」と返し、デルフの横に置いていた火かき棒を手に取った。
 主に薪を暖炉の中に入れる為の道具であるが、当然二階の廊下にそんなものはない。
 ルイズはいつも握っている杖よりやや太い火かき棒の持ち手を握りしめて、廊下の天井目がけて振りかぶった。
 そのまま空振りするかとおもった火かき棒はしかし、その先端部が天井についている小さな取っ手に引っ掛る。
 
 それを確認した後、火かき棒を握るルイズは腕に力を込めて火かき棒を下ろそうとする。
 当然先端部が取っ手に引っ掛ったままのそれが彼女の言う事を聞くはずはなく、彼女の腕力に抵抗する。
 しかしそれもほんの一瞬の事で、ルイズに力負けした火かき棒は天井の取っ手に引っかかったまま地面へと下りていく。
 すると取っ手を中心に天井が長方形の形に開き、そのまま二階の廊下へとゆっくり降りていく。
 たちまち天井に取り付けられていた仕掛け階段が、微かな埃と共に二人と一本の前に姿を現した。

 やがて廊下まであと数サントという所で取っ手から火かき棒を外したルイズは、左手でグッと階段を廊下に設置させる。
 ゴトン!というやや大きな音と共に隠し階段は無事展開が完了し、彼女たちの前に屋根裏部屋へと続く入り口が完成した。
 一人で展開を終わらせたルイズは右手の火かき棒を再び壁に立てかけると、まるで一仕事終えたかのように一息ついた。

279ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:39:07 ID:NmbP2FGk
「ふぅ〜!…ランから火かき棒を渡された時はどうすりゃいいのよ…って思ったけど、案外私でもできるものなのね」
『いやいや、普通はお前さんほどの女子が一人でどうこうできるもんじゃねぇぞ』
「ってうか、その小さな体の何処にあんな重そうな階段を展開できる程の筋力があるのよ」
 良く考えれば凄い事をやってのけたルイズの言葉に、流石のデルフと霊夢も突っ込みを入れてしまう。
 これだけ立派な隠し階段だと、確かに大の大人でなければ満足に展開させる事はできないだろう。
 魔法を使うというのなら話は別になるが、知ってのとおりルイズはその手のコモン・マジックはできない。
 と、なれば自分の腕力だけが頼りになるが彼女ほどの女子では到底無理な事には違い無いはずである。
 それをいとも簡単にやってのけたルイズはやはり同年代の貴族達とは一味も二味も違うのだろう、主に体の鍛え方が。

 呆然とするしかないデルフと霊夢からの突っ込みに対し、ルイズは「失礼な事言うわね?」と腰に手を当てて怒ったように言った。
「こう見えても幼少期から乗馬やらアウトドアやったりと、そんじょそこいらの学生よりかは体を強いってだけよ」
 彼女の言う『アウトドア』というのは、ひょっとすればちょっとした『サバイバル』ではなかったのだろうか?
 霊夢がそんな疑問を抱くのを余所にルイズは一足先に階段へと二段ほど上がって、それから霊夢たちの方へと振り返る。
「とりあえず、後の話は夕食でも食べながらしましょう。いい加減、お腹も空いてきたしね」
「…まぁそうね。これ以上立ち話も何だし、私も色々と落ち着いて考えたい事があるし」
 ルイズの言葉に霊夢は何処か含みのある言葉を返しつつデルフを手に取り、彼女の後を続くように階段を上っていく。
 一瞬霊夢の口から出た『考えたい事』に首を傾げそうになったが、すぐに自分たちの金を盗んだあの少年の事だと察する。

 魔理沙が街中でキメラと戦う事になったキッカケの中に、その盗人の少年は出ていた。
 街中で別の人の財布を盗もうとしたところで、魔理沙が気づき、少年はその場を逃げ出したのだという。
 少年は必死に逃げ回ったものの、結局寂れた広場のような所で魔理沙は彼を追いつめたらしい。
 しかしタイミングが悪くキメラが現れ、それに隙を見せてしまったところあっさりと逃げられてしまったのだという。
 その後は話で聞いた通り怪物をひとまずは撃退したものの、結局少年は見逃してしまっている。
 結果的に窃盗犯を見逃すことにはなったが、危険な怪物を一時撤退に追い込んだ魔理沙の事は責められないだろう。
 最も、霊夢はそれを話す魔理沙に「もっと早く仕留めなさいよ」と愚痴を漏らしてはいたが。 

 きっとその事だと思ったルイズは、霊夢に話を合わそうとする。
「まぁ別に良いじゃない。…いや楽観視はできないけど、少なくともブルドンネ街にいるって証拠になるんじゃないの?」
「ん?…まぁそうなるんでしょうけど、だからといって隠れ家が分からない以上探すのは困難な事なのよ」
 先ほどアンリエッタに送る手紙の件で言ったように、霊夢にはまだ王都の構造をイマイチ把握できていなかった。
 街全体が大きすぎる為、空を飛んでも全体図を把握しにくいうえに上空からでは死角となる場所も多い。
 地の利は完全に盗人側にある故に、このままでは盗まれた金を持ち逃げされてしまうかもしれない。
 
 まるで残り時間のわからない時限爆弾ね。…霊夢が今の状況を内心で呟いた後、
 ルイズはあと一段で屋根裏部屋…という所で足を止めて、再び霊夢の方へと振り返って質問した。
「だからと言って、アンタの性分なら急に出てきた化け物を倒してたでしょう」
「…まぁね。だけど、魔理沙よりかは絶対に素早く仕留めれた自身はあるわよ」 
 何を今更…と言いたい質問に、霊夢はため息をつきつつそう答える。

280ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:41:04 ID:NmbP2FGk
 もしも自分が魔理沙の立場ならば、確かに少年の身柄を確保するよりも怪物を退治していたであろう。
 ただ、彼女のように自分の『魔法』でヘマするようなバカなマネは絶対にしないという事だけは誓える。
 さっさと怪物を始末して、そのうえで逃げ切れると思い込んでいる盗人を今度こそ捕まえる事ができただろう。
 軽く頭の中でシュミレートしつつ、やはり失敗はしないだろうと確信した霊夢は、ここにはいない魔理沙への文句を口走ってしまう。

「大体、自分の『魔法』で九死に一生な体験する魔法使いなんて、恥ずかしいにも程があるわよ」 
「流石霊夢、人の痛いところを容赦せず針で刺すように突いてきやがるぜ」

 突然後ろから掛けられた相槌に一瞬硬直した後、霊夢はスッと振り返る。
 そこにいたのは、階段の上から見下ろせる二階の廊下からこちらを見上げる魔理沙の姿であった。
 所謂怒り笑い…というヤツなのだろうか、無理に作ったような苦笑いを顔に貼り付けている。
 右の眉がヒクヒクと微かに動いているのを見るに、どうやら自分の言葉は丸聞こえだったらしい。
 まぁそれで対して焦る必要も無く、振り返った霊夢は酷く落ち着いた様子のまま戻ってきた彼女の一声掛けた。
「あら、いたのね魔理沙」
「いやいや、いたのね…じゃないだろ、そこは普通焦るもんじゃないのか?」
 
 思いの外話を聞かれても焦らない彼女を見て、思わず魔理沙本人は突っ込んでしまう。
 二人のやり取りを一番上から見下ろしつつ、巫女に対する魔法使いの突っ込みにルイズは納得してしまう。
 普通他人の文句を呟いておいて、その本人が気づかぬ間に傍にいたのなら普通は謝るなり焦るなりするものだ。
 しかし霊夢の場合、そんな事など何処吹く風と言わんばかりに冷静でまるで自分は悪くないとでも言わんばかりである。
 まぁ実際、彼女の事だから特に気にしてもいないのだろう。自分よりもそれを察しているであろう魔理沙はやれやれと首を横に振った。
「全く、一階から細やかな夕食セット三人前を運んで来たっていうのに、文句を言われちゃあ流石の私でもたまらないぜ」
 そんな事を言う彼女の両手はお盆を持っており、その上には出来立てであろう湯気を立てる『細やか』な食事を載せている。

 店の窯で焼いたであろうパンに、レタスとトマトのサラダ。
 小さめのカップ入ったポテトポタージュと、メインに頼んでいたタニア鱒のムニエル。
 ちょっとしたディナーにも見えるが、『魅惑の妖精』亭ならこれだけ頼んでも店らに置いてある古酒一瓶分よりも安い。
 更に店では魚の保存があまりできない為に、魚料理となれば肉料理よりもお手頃価格で食べられる。
 ルイズが選び、魔理沙が運んできた料理を一通り見た後で霊夢がポツリと呟く。
「一汁二菜…ご飯じゃなくてパンだけど、まぁ中々良さげなチョイスじゃないかしら?」
「いちじゅうにさい…?まぁ美味しそうなのを選んでみたけど、私としてはデザートが欲しかったところね」
 聞き慣れぬ言葉に首を傾げつつ、財布の中の残金がそろそろ危うくなってきたのを実感してしまう。

 デザートが無い事を惜しむルイズの言葉を聞いた所で、ふと霊夢は気が付く。
「ん?…ちょい待ちなさい。そのお盆の上の料理、どう見ても二人分しか無いように見えるんだけど」
「ように見える…というよりも、二人分しか乗せてないぜ。このプレートだと三人分は乗らないしな」
 成程、魔理沙の言うとおりお盆は二人分のセットを乗せるだけで精一杯の大きさである。
 という事は、先に二人分だけ持ってきてから最後に自分の分を持ってくるのであろうか?
 その時であった、二階の廊下にいる魔理沙の背後へと近づく人影に気が付いたのは。
 一瞬誰?と思った霊夢とルイズはしかし、それが見慣れた少女であったという事がすぐに分かった。

281ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:43:15 ID:NmbP2FGk
「わぁー!こうして夜中に階段を見上げると、いかにも秘密の隠れ家って感じがしますねー」
 魔理沙の背中越しに、隠し階段を見上げた黒髪の少女シエスタが目を輝かせて言う。
 その両手には魔理沙と同じくお盆を持っており、その上にはこれまた同じような料理が載っている。

「シエスタじゃない、まさかわざわざ魔理沙の事手伝ってくれてるの?」
「まさかって何だよまさかって?…まぁ、そのまさかなんだけどな」
 予想していなかったシエスタの登場にルイズは思わず声を上げ、魔理沙が代わりに言葉を返す。
 その後でシエスタはコクリと頷き、次いで前にいる魔理沙の横を通って隠し階段を上り始めた。
「流石に三人前の料理は一度に運べませんからね。…ついでだから、運ぶのを手伝う事にしたんですよ」
 流石学院でメイドとして働いているだけあってか、喋りながらもトレイを揺らすことなく屋根裏部屋へと上がってくる。
 それより少し遅れて魔理沙も階段を上り始め、暫し丈夫な隠し階段の軋む音が当たりに響く事となった。

 やがて一分もしない内に屋根裏部屋へと上がってきた彼女は、結構綺麗になった部屋の中を見て声を上げる。
 まだ部屋の端っこには若干埃が溜まっているものの、近づかなければそれが舞い上がる事もないだろう。
「へぇー、これってミス・ヴァリエールとレイムさん達で綺麗にしたんですか?思っていたよりも綺麗になってるじゃないですか」
「だろ?何せあれだけの埃やら色々なアレやらは、全部ルイズと霊夢が片付けてくれたんだぜ」
「何で掃除を一サントも手伝ってないアンタが誇ってるのよ」
 感心するシエスタに胸を張って説明する魔理沙にすかさず突っ込むルイズを余所に、
 デルフを足元に置いた霊夢は暫し屋根裏部屋の中を見回したのち、前から目をつけていた大きな木箱の方へと歩いていく。
 何が入っているのか分からないが、程よい重さのある長方形のそれは彼女一人でも楽に動かせる。
 埃も掃除の時に落として雑巾がけもしているので適当なシーツでも上から掛ければ、即席の長テーブルの完成である。
 最も、シーツはベッドに使っている物だけしかここにはないので完成に至ることは無いだろう。

 少し音を立てながらも、部屋の真ん中辺りにまで木箱を押した霊夢は一息つきながらもルイズ達に声を掛けた。
「ふぅ…魔理沙にシエスタ、悪いけどそのお盆の上の料理をこの上に置いて貰えないかしら」
「あ、はい!ただいま」
 霊夢からの要請にシエスタは慣れた様子で返事をし、次いで魔理沙も「はいよー」とついていく。
 二人が料理を配膳していく間に、霊夢はちゃっちゃとイス代わりになりそうな木箱を見繕う。
 といっても、既に掃除の時にある程度分けていたのためそこから適当なモノを選ぶだけである。
 これはルイズかな?と腰ほどの大きさしかない木箱を運ぼうとしたところで、そのルイズ本人の声が後ろから聞こえてきた。

「まさかとは思ってたけど、木箱を椅子やテーブル代わりにする日が来るだなんて…」
「ん?何なら床に直接腰を下ろして食べたかったの?」
「まさか、アンタじゃああるまいし」
 召喚して翌日以降、暫く目にした霊夢の食事姿を思い出しつつルイズは肩を竦めて言う。
 ある程度掃除したとはいえ、流石に屋根裏部屋の床に食説食器を置いて食事しようとは思わない。
 それならば、埃をしっかりと落として綺麗にした木箱をテーブル代わりした方がよっぽと衛生的である。
 霊夢もそれは理解しているのか、ルイズの言葉に「まぁそうよね」と同じように肩を竦めて言う。
「でも学院食堂の床よりは暖かそうじゃない」
「築ウン百年物のフローリングと、伝統ある魔法学院の食堂の床を比較しないでくれる?」
 霊夢の失礼な比較に文句を言いつつ、ルイズはシエスタたちがテーブルに置いていく料理を眺めてみる。

282ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:45:05 ID:NmbP2FGk
 こんな繁華街の酒場の料理にしてはとても見栄えが良く、そして美味しそうなモノばかり。
 我ながら良いチョイスした…と思った所で、ふとルイズはある違和感に気が付いた。
 即席テーブルの上に並ぶ料理が、もう一人分あるような気がする。というか、ある。

「ちょっとシエスタ、何か料理が一つ…多い気がするんですけど」
「はい?あぁ、それ気のせいじゃないですよ。だって私の分の賄いもありますし」
 自分の問いかけに対しそう返したシエスタにルイズは「あぁ、そう…」と納得しかけた直後、「え?」と目を丸くさせた。
 少し慌てて、違和感を感じた場所へもう一度目を向ける。確かに、自分の頼んだメニューとは少しだけ違う。
 サラダとスープは同じだが、パンは雑穀パンでメインの魚料理はラグドリアンナマズのフライになっている。
 タニア鱒より安価なラグドリアンナマズは、フライにしてもムニエルにしてもおいしい魚だ。
 そんな場違いな事を考えているルイズを余所に、準備を終えたシエスタは笑みを浮かべてルイズに話しかけてくる。

「実は戻ってきたマリサさんから、屋根裏部屋で食べるって聞いて…それで私も御同席しようと思ったんです。
 最初はダメだって言われたんですが、ミス・ヴァリエールと先に御同席の約束をしていたと言ったら…まぁそれならといった感じで、はい」

 一切隠し事をしていないかのような純粋で、今は厄介な笑顔を浮かべて言うシエスタ。
 何がはい、なのか?心中でそんな事を思いつつもルイズは咄嗟に言い訳役を押し付けた魔理沙を方を見る。
 自分の名前が生えす他の口から出た所で配膳を終えたばかりであった彼女は、お盆片手に肩を竦めた。
 彼女の顔は苦笑いを浮かべており、いかにも「仕方なかった」と言いたい事だけは何となくわかった。
 そしてルイズ自身背後からひしひしと感じる霊夢のキッツイ視線に、魔理沙同様肩をすくめるほかない。

 シエスタは今の自分たちの状況を知らない、本当に無関係な一般市民だ。
 更に彼女が自分たちとの夕食の同席を求めたのは、キメラが現れたという話を聞く前の事。
 客観的かつ一般市民の目線から見れば、朝にしていた約束を勝手に破った非は当然こちらにある。
 かといってこの街に現れた怪物の事を話し、下手に巻き込ませる事など言語道断である。

「さて、料理も配膳し終えましたし…私、水差しとコップを一階から持ってきますね」
 既に夕食を共にする気満々の彼女はそう言い残して、軽い足取りで二階へと降りていく。
 後に残るはルイズ達三人と、一言も喋らず状況見守っていたデルフだけ。
 そして即席テーブルには湯気を立てる料理がずらりと並べられている。
「――――…一体どういう事なのよ?」
 最初に口を開いた霊夢はそう言いながら、ルイズの方へと近づいていく。
 約束の事を知らない彼女にとって、シエスタの同席は本当に想定の範囲外だったに違いない。
 何せ先程、キメラの事やら盗人について今後どうしようかという話をしようと決めたばかりだったのだから。
 無関係なシエスタがいたら話はできないし、無理に話して巻き込ませるワケにもいかない。

 霊夢の鋭い睨みつけに、ルイズは思わず魔理沙に視線を向けるも彼女は肩を竦めて言った。
「私は一応無理だって言いはしたがな…結構無理に押し切られちまってこの有様よ」
『成程。…お淑やかな見た目とは裏腹に、押しには強いってワケか』
「何が成程、よ」
 三人のやり取りを耳に入れつつ、ルイズはこれからの事を想像してため息をつきたくなった。
 何せ夕食の同席だけでは済まない、シエスタの純粋で無垢な好意という相手と対峙しなければいけないのだから。

283ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:47:19 ID:NmbP2FGk
 
 陽が沈み、双月が無数の星と共に夜空を照らし始めて数時間が経つトリスタニア。
 チクントネ街の活気も最高潮に達し、それとバランスを合わせるかのように静まり返っていくチクントネ街。
 文明の灯りは繁華街に集中し、まるで羽虫の様に多くの人々がそちらへと集まっていく。
 ある労働者たちは酒場で安い酒と食事で乾杯をし、ある下級貴族は少し良い雰囲気の酒場で夕食を頂く。
 ブルドンネ街のホテルからやってきた観光客たちは、夏の熱気に浮かれて王都の夜の顔を満喫している。
 
 そんな賑やかながらも、どこか切ない一夏の夜で活気づくチクントネ街の―――地面の下。
 レンガ造りの地面と分厚い石壁に隔てられた先には、王都の下水道が走っている。
 地上の生活排水や生ごみ等が流れていく水は濁りきっており、とても人が住めるような環境ではない。
 それでも地上から滅多に出ないドブネズミやゴキブリたちにとっては最高の住処だ。
 冬は地上と比べて幾分か暖かく、そして時折通路に引っ掛る生ごみという御馳走まで手に入るのだ。
 地上では鼻つまみ者とされ駆除されやすい彼らにとって、これ以上贅沢な環境は無いだろう。
  
 王都の下水道を管理する処理施設の職員たちが使う通路と言う足場もあり、様々な場所へも行ける。
 それこそ旧市街地の何もない貧相な下水道から、ブルドンネ街の豊富で新鮮な生ごみをありつける下水道まで、
 時間は掛かるが、地上と違って恐ろしい天敵も少ないここは正に天国か楽園と例えられるだろう。
 だが――今夜に限って、彼らはその身を潜めてジッと隠れる事に徹していた。
 何かは良く分からないが、ここ最近になって現れた『怖ろしく見た事の無いモノ』に見つからない為に。 

 天井に取り付けられたカンテラが、仄かに汚れた水面を照らす下水道。
 一定の間隔をおいてぶら下がっているそれは、この暗い場所を明るくするには少々役不足なのかもしれない。
 丁度ブルドンネ街とチクトンネ街の境である場所の地下に造られた連絡通路の上で、シェフィールドはそんな事をふと考えてしまう。
 背後から聞こえる激流の音をBGМは鬱陶しいかと思えるが、いざ考え事をしてみるとそれ以外の雑音を掻き消してくれて丁度良い。
 いま彼女がいる場所は二つの街の下水が合流する場所で、更にその激流の上に造られた連絡通路に立っていた。
 細かい格子の鉄板で出来た床から下を覗けば、白く波立つ激流がポッカリと空いた穴の中へと落ちていくのが見えるだろう。
 この穴へ落ちていく水は更に地下を通って、処理施設が管理するマジック・アイテムで濾過されて綺麗な水へと戻っていく。
 浄化された水はそのまま海へと戻っていくか、もしくは一部の井戸水として人々の生活用水に再利用される。
 ここだけではなく、二つの街や旧市街地にも同じような穴がある為に余程の事が無い限り水害が起きる事は無いだろう。

 そんな穴の上の通路に佇み、一人考え事に耽る彼女が何故こんな所にいるのであろうか?
 別に考え事をするならこんな場所ではなく、地上で宿でも取ってそこで考えればいい筈だ。
 実際シェフィールド自身は既に宿を取っているし、こんな場所よりもずっと環境の良い部屋である。
 理由はたったの一つ―――彼女は待っていたのだ、自分の『手駒』が返ってくるのを。
 そんな時であった、ふと後ろから何か大きな物体が地面を這いずるような音が聞こえてきたのは。
「…………ん?どうやら帰ってきたようね」
 どうでもいい考え事に耽っていた彼女はすぐにそれを頭から振り払い、背後を振り返る。

284ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:50:38 ID:NmbP2FGk
 振り返った先には、ブルドンネ側の下水道へと続く通路がある。
 間隔を取って置かれている頼りない灯りに照らされた石造りの地面に、不自然な黒い影が映り込む。
 おおよそ人とは思えぬ丸すぎるシルエットは、例えるならばナメクジやナマコに近いと言われればそう見えるかもしれない。
 しかし、影に隠れた全身を見てしまえば誰もがこう思うだろう。こんな生物は見たことが無い、と。

 そして…もしもこの場に、この怪物と地上で一戦交えたであろう普通の魔法使いがいれば怪物を指さして叫んでいたであろう。
 こいつだよ、私の大捕物を一番いいところで邪魔した怪物は!―――と。

 シェフィールドは足元に置いていたカンテラの取っ手を右手で掴み、ついで左手の指を鳴らして灯りを点ける。
 彼女を中心にして周囲を明るくする文明の利器が、近づいてくる影の全身をその日で照らしだす。
 手足のない丸く黒いスライム状の体に黄色い二つの目玉が、爛々と輝かせてシェフィールドの元へと近づいてくる。
 普通なら悲鳴を上げて逃げ出すのであろうが、その怪物を照らしている本人は微動だにせずじっと凝視している。
 それどころか、その口許に薄らと笑みを浮かべてそのスライムの様な存在へと近づいていくではないか。
 対して怪物も近づいてくるシェフィールドを襲うつもりはないのか、プルプルとその体を揺らしていた。

 怪物と後一メイルというところまで近づいたシェフィールドの額に刻まれたルーンが、微かに発光し始める。
 やがて十秒と経たぬ内に額のルーンが、暗闇の中にでもハッキリと見えるようになるまで強く光り出す頃には、
 地上で魔理沙に襲い掛かっていた怪物は、まるでしっかりとしつけのされた大型犬のように彼女の前で停止していた。
「ご苦労様。あの黒白には手痛い目に遭わされたようだけど…、まぁ『ノウナシ』の状態だとあれが限界よね」
 怪物を見下ろしつつ一人呟くシェフィールドがもう一度左手の指を、勢いよく鳴らす。
 パチン!と小気味の良い音が広い空間に木霊し、ゆっくりと時間を掛けて消えていく。
 その音を聞いた直後だ。足元で大人しくしていた怪物はその体を揺らして、彼女の横を通り過ぎていく。
 這いずるしか移動方法が這いずるしかないその丸い体で器用に前へ進みながら、チクントネ街側の下水道へと向かおうとしている。
 
 シェフィールドも少し遅れて振り返り、向こう側へと行こうとする怪物の後姿をじっと見守っている。
 あと少しでチクトンネ街側の下水道通路の境目の手前まで来たところで、怪物は這いずっていたその体をピタリと止めた。
 下の激流が見える鉄板の通路から、石造りの通路へと切り替わる手前で止まった怪物は、じっと前方を見据えている。 
 すると、その前方の通路――少し遠くからコツ、コツ、コツ…と二人分の靴音が聞こえてきた。
 距離からして、恐らく一分も経たぬ内に靴音の主は進行方向の先にいる怪物と鉢合わせする事になるだろう。
「全く、散々人にデモンストレーションさせた挙句に…自ら姿を現して来られるとはね…泣かしてくれるじゃないの」
 シェフィールドはその靴音の主達を知っているのだろうか、慌てる素振りを全く見せていない。
 
 それから二十秒程経った頃であろうか、ようやく彼女の前に足音の主達が暗闇の中から姿を現す。
 やや時代遅れの灰色の羽根帽子に灰色のマントを羽織った貴族の男性で、顔に被っている仮面のせいで年までは分からない。
 もう一人は、この下水道ではあまりにも不釣り合いな灰色のドレスとマント着飾った貴婦人で、彼女もまたその顔に仮面を被っている。
 場所が場所で仮面を被っていなければ、モノクロ画で書かれた貴族夫婦のモデルとしてはうってつけの二人であろう。
 何せ靴の先端から帽子の天辺までほぼ灰色なのだ、ちゃんと色付きで描けと注文してもそれを受けた画家はモノクロ画で描くしかないのだから。

 シェフィールドは自分の前へ現れた二人組を見て、懐から懐中時計を取り出して見せる。
 そしてワザとらしく蓋を開けると、少し離れている彼らへスッと今の時刻を見せながら話しかけた。

285ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:52:05 ID:NmbP2FGk
「十分も遅れてやって来るなんて、一体どこでナニをしてらっしゃったのかしら?」
「貴族でないアナタには少し分からないかも知れませんが、ゴタついた案件を片付けるだけでも結構な時間が掛かるものでしてよ?」
「あら、そうでしたの?…案外、そんなアホらしい恰好をするのに時間を掛けていたのでなくて?」
 挑発的で聞く者が聞けば赤面しそうななシェフィールドの挑発に対し答えたのは、貴婦人の方であった。
 自分の隣にいる灰色の貴族を庇うようにして前に出た彼女は、相手からの売り言葉に対し買い言葉で返してみせる。
 それに対して、シェフィールドも再び挑発で返す…という悪循環に陥ろうとした所で、灰色の貴族が待ったを掛けた。

「おいおい、よさんかこんな所で!こんなしけた場所で喧嘩しても得られるモノはないんだぞ、キミたち」
「……失礼、見苦しい所をお見せしてしまいました―――灰色卿」
 声だけでも仮面の下の顔が分かってしまう程のしわがれている老貴族――灰色卿の言葉に、貴婦人は大人しく引き下がる。
 そして彼に一礼した後再び後ろへ下がると、次に灰色卿が一方前へ出てシェフィールドと向かい合った。
 彼と向かい合うシェフィールドも灰色卿に軽く一礼し、彼らの前にいる怪物を一瞥しながら話し始めていく。
「これはこれは灰色卿自ら起こしに来られるとは…よっぽど、今回ご提供する商品がお気に召したのですね?」
「まぁな。先にくれた商品を潰してしまってからは少し時間を置こうとは思っていたが…一つ早急に片付けねばならない事ができてな」
 彼女の言葉に灰色卿はそう答えて、自分たちの前にいる黒いスライム状の怪物――キメラへと視線を向けた。
 そしてマントの下に隠れていた右手を上げると、後ろに控えていた貴婦人がスッと彼の横を通り過ぎていく。
 
 鉄でできた床をハイヒールがコツ、コツ、コツ…と耳障りな音を立てて歩く灰色の貴婦人。
 歩く最中に灰色卿と同じくマントの下に隠していた右腕を、シェフィールドの前に曝け出してみせる。
 その右腕の先にある手にはどこへ隠していたのか、個人用の小さな旅行鞄の取っ手を掴んでいた。
 やがてシェフィールドとの距離が二メイルという所で貴婦人は足を止めるとそこで鞄のロックを外し、中身がシェフィールドに見えるよう開ける。
 開かれた鞄の中に入っていたのは、ぎっしりと詰め込まれたエキュー金貨であった。
 暗い下水道でも尚黄金の輝きを忘れぬ金貨を前に、流石のシェフィールドもへぇ…と声を漏らしてしまう。
 悪くは無い反応を見せてくれたシェフィールドを確認した後、貴婦人はスッと鞄を閉めて話し出す。

「まずは前金として四百エキューを差し上げます。貴女の提供したキメラがこちらの期待添えたら残りの後金三百エキューを…」
「つまり…合計八百エキューってことね…まずまずじゃない?ソイツの購入費としては少々釣り合わないけど」
 おおよそ並みの貴族が手に入れたのならば、半年間はドーヴィルのリゾート地で遊び暮らせるだけの額である。
 平民ならばそれだけの金額があれば私生活には絶対に困らないであろうし、節約すれは十年以上は働かずに暮らせてしまう。
 だが…シェフィールド本人の見解としては、それだけの金額を積まれてもキメラの代金としては『割に合わない』と感じていた。
 更に提供する際にこのキメラの『本体』もそっくりそのまま渡すようにと、敬愛するジョゼフからの伝言もある。
 となれば…八百エキュー『ぽっち』で手放してしまうというのは、あまりにも不平等というものなのではないだろうか?

 本当ならばここでその事を告げた後でしっかり説明をし、金額を上げるよう要求するのが普通であろう。
 しかし正直なところ、シェフィールドにとって金というモノはダダを捏ねて欲しがるものでもなかった。
 本当ならばキメラもただで渡して、その扱いに関しては素人な連中がどう扱おうのか見物したいのである。
 あくまで金銭を要求するのは、相手側にちゃんとした取引だと思わせる為だ。

286ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:55:00 ID:NmbP2FGk
「失礼、灰色卿。…アナタは我々の提供するキメラを少し過小評価しているのではありませんか?」
 だからこうして、ワザとらしく首を軽く傾げて灰色卿に質問をするのも演技の内であった。
 最も…質問の内容に関しては演技の外であり、制作に携わった一人としての疑問であるが。
 シェフィールドからの質問に対し老貴族は暫し唸ったのち、渋々と返事をする。
 
「まぁな。見た所このナリじゃあ我らが要求しているような仕事を満足にこなせるとは…思えん。
 それに先の戦が原因で他の者たちはキメラに対して懐疑的になっておる、これ以上の捻出はちと難しいのだ」
 
 彼が言いたい事は即ち二つ。要求する任務を達成できるのかという事と、財布の紐が硬くなってしまった事だ。
 恐らく今回の八百エキューも灰色卿自身の口座から引き出したものに違いない、とシェフィールドは察する。
 集団ならまだしも、例えトリステインの古参貴族でも八百エキューは充分に大枚の範囲内だ。
 と、なれば…これ以上駄々を捏ねても金は出ないだろうと予測した彼女は、ひとまず八百エキューで治める事にした。
 それよりも許し難いのは…最初に行っていた、あのキメラに要求した任務を達成できるのか…という事についてである。
 これに関しては先にも述べた様に、制作に携わった人間の内一人としては一言申したい気分であった。
 少なくとも以前渡したキメラとは、性能で天と地の差があるという事を教えてやらなければいけない。

「これはこれは…随分と心配性だこと。よっぽどそのキメラの形状に不満があるようですね?
 けれどご安心を、いまご覧になっている姿はいわば本気をだしていない不完全状態…私達は『ノウナシ』と呼んでいます」

 不敵な笑みを浮かべるシェフィールドの口から出た言葉に、灰色卿はマスクの下で怪訝な表情を浮かべる。
 『ノウナシ』…とは、これまた酷い呼び名である。恐らくは「能無し」か「脳が無い」のどちらか…或いは両方から取ったのだろう。
 こうして目の前にいる個体を見てみると、黄色に光る目玉以外の臓器が体の中にあるとは思えない。
 成程、確かに『ノウナシ』という呼び名はこのキメラにうってつけであろう。脳が無いから命令も伝わらない能無しなのだから。
 そんな事を考えながらキメラを見下ろしていた灰色卿に、しかし…とシェフィールドは話を続けていく。

「最初に言ったようにそれはあくまで不完全状態でのあだ名、ならば…『ノウ』がないのなら゙戻しでやればいいだけの事」
 彼女がそう言って左手を軽く上げると、そこから三度目のフィンガースナップを決めて見せた。
 パチン!という音が下水道内に響き渡り、それは合図となって近くの暗闇に潜んでいた『何か』を引きずり出す。
 一体何が起こるのかと訝しんでいた灰色卿たちは、シェフィールドの背後から近づいてくるその『何か』に気が付いた。
 最初こそ遠すぎで何が何だか分からなかったものの、やがて『何か』が彼女の横にまで来たとき…その正体を知ってしまう。

「――…!灰色卿…!」
「これは…」
 瞬間、それを目にした貴婦人は仮面の下からでも分かる程に驚愕し、灰色卿も動揺を見せてしまう。
 それ程までにその『何か』はあまりにもインパクトがあり、そして見る者を震え上がらせる程におぞましいものであった。
 二人の反応を目にし、ひとまずは上々と感じたシェフィールドは口の端を吊り上げ一礼しつつ言葉を放つ。

「こいつが『ノウナシ』から『ノウアリ』の状態になれば、あなた方のご期待に答えられる活躍をする事でしょう。
 ご安心くださいな、灰色卿。こいつの得意とする専門分野は、今のアナタにうってつけである事に間違いは無い筈です」

287ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:57:08 ID:NmbP2FGk
以上で、90話の投稿を終わります。
2017年は色々とありましたが、今年は無事大晦日に投稿できました。
来年もきっと、こんな感じのペースで投稿を続けていくと思います。

それでは皆さん、良いお年を。ノシ

288ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/03(水) 21:49:08 ID:VAroRz/.
あけましておめでとうございます。2018年最初の投下を行います。
開始は21:52からで。

289ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/03(水) 21:52:13 ID:VAroRz/.
ウルトラマンゼロの使い魔
第百六十一話「ガリア王国の大決戦」
死神
最強合体獣キングオブモンス
巨大顎海獣スキューラ
骨翼超獣バジリス
破滅魔虫カイザードビシ 登場

「グギャアーッ! グギャアーッ!」
『はぁぁぁッ!』
『せいッ!』
『うらあぁぁぁぁッ!』
 ミラーナイト、ジャンボット、グレンファイヤーの三人はカイザードビシの大群に対し、
勇猛果敢な戦いぶりを見せつける。片っ端から各々の必殺攻撃を決め、爆砕し撃破していく。
 だがどれだけ倒そうとも、一向にドビシの群れが減る気配はない。屈強なる戦士たちも
徐々に疲労が見え始め、じりじりとカイザードビシに押されるようになってしまう。
「グギャアーッ!」
『ぐわああああああッ!』
 複数のカイザードビシの光線の砲火がミラーナイトたちを襲い、三人は爆発に呑まれて
絶叫を発した。
『みんな! くッ……!』
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
 一瞬仲間たちの方へ振り向いたゼロだったが、助けに行くことは出来なかった。彼も
キングオブモンス、スキューラ、バジリスの三体を同時に相手していて、とても手を離せる
状態ではないのである。
「セェアッ!」
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
 ゼロの鋭い拳がキングオブモンスに打ち込まれるが、キングオブモンスはあっさりと弾き
返した。元々「ウルトラ戦士を上回る怪獣」として設計された大怪獣であるので、そのパワーは
並大抵の怪獣とは比較にもならないほどなのだ。
「キイイィィッ!」
「キ――――――――!」
 キングオブモンスに押されたところにスキューラの突進と飛行するバジリスの光球爆撃を
食らい、ゼロは悶絶。
『ぐおおうッ!?』
 一体だけでも手強い怪獣が三体も集まれば、ゼロの苦戦はむしろ当然の話であった。
「くッ……!」
 才人もまた、ゼロたちの苦闘に顔を歪めていたが、彼も彼で全ての元凶たるジョゼフに
意識を集中しなければならなかった。
 しかし、憎いほどの相手を前にしているというのに、才人は当惑を覚えていた。それは、
ジョゼフの表情があまりに空虚であるからだった。タバサを散々いたぶり、苦しませた男と
聞いて、悪魔のような人間だと想像していたのに……長身の体躯に反して、ちっぽけな人間の
ようにすら見えるのだ。
 だがどんな相手であろうと、今起きていることは止めさせなくてはならない。才人は己に
活を入れ、パラライザーの銃口をジョゼフに合わせた。
「その石から手を離せ! 怪獣たちを止めろ!」
 脅しを掛ける才人だったが、ジョゼフはまるで聞こえていなかったかのように才人を評し始める。
「まぶしいくらいに、まっすぐな目をしている。全く顔は違うが、どことなくシャルルに
似ているな。おれにもお前のような頃があった。大人になれば、己の中の正義が、心の中の
いやしい劣等感を消してくれると思っていた。だが、それは全くの幻想に過ぎなかった」
 才人には、ジョゼフの独白につき合っている時間はない。ジョゼフの石を握る手を狙って
パラライザーを撃つ。
 しかし光線は、空を切った。突然、本当に突然、ジョゼフの姿が消えたのだ。

290ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/03(水) 21:55:22 ID:VAroRz/.
「なッ!?」
「こんな技を、いくら使えたからと言って、何の足しにもならぬ」
 ジョゼフの声は背後からした。才人は振り向きざまにデルフリンガーを一閃したが、ジョゼフの
姿はマストの上にあった。
 才人は、カステルモールからの手紙の最後の一文を思い出していた。ジョゼフは、寝室から
一瞬で中庭に移動してのけたという。
「この呪文は“加速”というのだ。虚無の一つだ。なにゆえ神はおれにこの呪文を託したので
あろうな。まるで“急げ”とせかされているように感じるよ」
 技の正体を、ジョゼフ自ら口にした。
 しかし、原理が分かっても才人にはまるで対応が出来ない。いくら銃を撃ち、剣を振っても、
その瞬間にはジョゼフは別の場所に移動しているのだ。スラン星人を思い出す速度……いや、
それ以上だ。才人の目には、ジョゼフの残像すら映らないのだ。
 ジョゼフの魔法は極めて単純だが、それ故に弱点が見当たらない。
「少年、おれにはおれの仕事があるのだ。そろそろ終わりにさせてもらう」
 ジョゼフが短剣を抜いた。並みの相手ならば簡単に処理できるようなちっぽけな武器ですら、
ジョゼフが手にしたら急所を確実にえぐる最悪の凶器に変わる。
 絶体絶命の淵に立たされた才人。――だが、彼もカステルモールがもたらした情報から、
何の用意もしていなかった訳ではない。
 今こそゼロが施してくれた特訓の成果を見せる時だと、才人は己の両目を閉じた。
「ほう、覚悟を決めたか。潔いな」
 ジョゼフは才人が降参したものと思ったが、才人は強く否定する。
「違うぜ。これはお前の虚無を破るための技だ!」
「ほう、技だと?」
「俺の生まれた世界には“心眼”って言葉があってね! 掛かってこいジョゼフ! お前の
動きなんか心の目で見切ってやるぜ!」
 一瞬で移動するというジョゼフに対抗するために、ゼロが授けてくれた技。それが、フリップ
星人の分身術を破るためにウルトラマンレオが体得した奥義、“心眼”だ!
 人間は外部の情報の大部分を視覚から得る生き物であるが故に、目で捉えられないものには
極めて弱いし、視界とは己の前方しかカバーしていない。しかし視覚以外の感覚を研ぎ澄まし、
かすかな音や空気の流れなどを捉えられるようになれば、相手がどこにいようと幻覚を用いよう
とも、一切惑わされることはない。常に真実の姿を捉える。これこそが心眼の極意だ!
(まぁ論理としちゃあ理には適ってるのかもしれんが、本当にこれが上手くいくのか……?)
 しかし、才人に握られるデルフリンガーは内心戦々恐々としていた。才人自身も極度に
緊張していることが、柄を包む手の平から伝わってくる。
 心眼は、口で言えば簡単に聞こえるかもしれないが、実際にそこまでのレベルに到達するには
それこそ超人的な身体能力と精神力が必要となる。ましてや、才人の心眼はこの一日二日程度で
こしらえた付け焼き刃だ。更には、超高速で動き回るジョゼフの接近に完璧に合わせたタイミングで
剣を振らないと結局意味がない。依然として才人は圧倒的不利のままだった。
 様々な凶悪能力を駆使する敵に、その度に急ごしらえの対応策で立ち向かっていたという
レオも、今の自分のような極度の緊張状態にあったのだろうか……と、才人は一瞬感じていた。
「面白い。ならばやってやろう」
 ジョゼフが動いたのを感じ取った! その瞬間、才人は己の本能が命ずるままに剣を振り下ろす!

 ほんのかすかな時間が、永遠とも思える空白に思えた。そして――。

「ぐうおぉッ!?」
「ジョゼフさまッ!!」
 短い悲鳴と、ミョズニトニルンの叫び声が耳に入った。才人が目を開くと――短剣を握っている
ジョゼフの腕だけが、甲板に落ちているのが見えた。

291ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/03(水) 21:58:30 ID:VAroRz/.
 才人のひと太刀は、見事ジョゼフを捉えたのだ!
「やったッ!」
「よくやった相棒! いやほんとにおでれーたよこれは! 大金星じゃねえか! 虚無に
打ち勝つなんてよ!」
 才人もデルフリンガーも歓声を抑え切れなかった。しかしまだ勝った訳ではない。才人は
気を引き締め直して、ジョゼフの足をパラライザーで撃った。これでもういくら加速しよう
とも無意味だ。
「お前の負けだ。もう一度言う、怪獣を止めろ。そしてタバサに謝ってもらうぞ」
 身体が麻痺して片膝を突いたジョゼフに言いつける才人。最早、どんな愚者が見てもはっきり
しているくらいに勝敗は決している。
 それでも、ジョゼフは才人に耳を貸さなかった。
「止められん……今更止まれるはずがなかろう。おれは最期の一瞬まで、絶望に向かって進み続ける」
「まだそんなことをッ!」
「ああ、そうだ……。こんなことになってしまうくらいだったら、初めからこうしていれば
よかったのだろうな。おれの迷宮に出口がないのならば……おれごと壊してしまえば」
 ジョゼフが残った腕で、麻痺していても手放そうとしない赤い球が禍々しく光り出した。
しかもその閃光は、フリゲート艦を覆っている。
 才人は途轍もない悪寒に襲われた。
「自爆する気かよ!?」
 ジョゼフの反対の腕も切り落とし、無理矢理にでも阻止する!
 そのために身を乗り出していた才人だったが……いきなりの事態の変化に、思わず足を
止めてしまった。
 どこまでも虚ろだった顔のジョゼフが、急にどこか遠い場所に意識を向けたかと思うと……
その目から、ぼろぼろと涙がこぼれて止まらなくなったからだ。
「な……何であんた、泣いてるんだ……?」
 訳が分からずについ尋ねかけると、ジョゼフはそれで自分が泣いていることに気がついたようだった。
「泣いてる……? おれは泣いているじゃないか。ははは……。あれほど疎ましく思っていた
虚無が出口を見つけるとは、あっけなく、何とも皮肉なものだ」
 才人にはやはり、ジョゼフに何が起こったのかは分からなかった。ただ……誰かの虚無の力が、
ジョゼフの顔に、人間らしい感情をよみがえらせたということは理解した。
 ルイズではないだろう。ティファニアも違う。であれば、ジョゼフに魔法を掛けたのは……。
 その時に、守備のガーゴイルを破ってタバサたちが艦上に乗り込んできた。聖堂騎士団は
すぐさまジョゼフを取り囲んで杖を向けたが、ジョゼフは力なく座り込んだままで、最早反撃の
意志すら見せなかった。
 ジョゼフの正面にタバサが立つ。それで顔を上げたジョゼフは、己の被っていた冠を脱いで、
彼女の足元に置いた。
「シャルロット。長いこと、大変な迷惑を掛けた。詫びのしるしにもならぬが……受け取ってくれ。
お前の父のものになるはずだったものだ。それと……お前の母のことだが。ビダーシャルという
エルフが、おれの動向の監視のためにまだガリアにいるはずだ。そいつに薬を調合してもらえ。
おれからの最後の命令……いや、頼みだと言ってな」
「……何があったの?」
「説明はせぬよ。お前の父の名誉に関わることだからな。だがもう、終わった。全ては終わったのだ。
おれはもう、地獄を見る必要はなくなった。後は、お前がおれを気の済むように扱えば、それでよい」
 ジョゼフは笑みを浮かべて、タバサに首を差し出した。
「この首をはねてくれ。それで、本当に全て終わりだ」
 タバサはもちろんのこと、この場の全員が、ハルケギニアを恐怖と混沌で呑み込もうとしていた
悪の権化と思われていたジョゼフの、あまりにも穏やかな様子に、理解が追いつかずに立ち尽くしていた。

292ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/03(水) 22:01:15 ID:VAroRz/.
 そしてタバサは、父を殺した憎い仇の首を前にして、

 ザンッ、と鈍い音が響き、ジョゼフの首が甲板に転がった。

「……!?」
 噴き出た鮮血が、ジョゼフの正面に立っていたタバサの頬を濡らした。しかしジョゼフの
首を落としたのは、彼女ではなかった。
 禍々しい光刃がギロチンとなって降ってきたのだ。驚愕した才人たちが見上げると、崩れ落ちた
ジョゼフの胴体の上方には、死神が浮遊していた。
「何だあいつ……!?」
「気をつけて! あれこそが、ジョゼフの裏にいた真の敵……真の悪ですッ!」
 既に死神の底知れない敵性を見抜いているアンリエッタが警告を飛ばした。
 その死神は、アンリエッタに向けていた侮蔑はそのままに、表情を憤怒に染めてジョゼフの
遺体を見下ろしていた。
『下らないッ! 実に下らない! 我々が世界を滅する力を与えてやって、望みを叶えてやろうと
したというのに! ここまで来ておいて、終わっただと!? やはり人間なんぞに任せたのが間違い
だった! 肝心なところで役に立たんッ!』
「ジ……ジョゼフ様ぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
 麻酔が薄れてきたミョズニトニルンがあらん限りの絶叫を発した。死神は彼女も含めて、
この場の人間たちに汚物でも見るかのような冷え切った目を向けた。
『人間ッ! 宇宙の病原菌ども! ゴミ屑! 見るも汚らわしい汚泥風情がッ! 貴様らが
吐息をする度に虫唾が走るッ! 最早貴様らの悪臭には我慢がならんッ!』
「な、何言ってやがんだ、あいつ……」
 死神が怒濤のように発する侮辱の言葉の数々に、才人たちはむしろたじろいでいた。恐怖の
視線を集める死神は両の腕を掲げ、諸手に暗黒の力を宿す。
『こうなれば我々が直々に貴様らをこの世から残らず消してくれる! 一匹たりとも、生かしては
おかんッ!!』
 そして死神から闇の波動が飛び、それがカルカソンヌを襲う怪獣たちに浴びせられ――
怪獣たちの勢いが強まった!
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
「キ――――――――!」
「キイイィィッ!」
「グギャアーッ! グギャアーッ!」
 怪獣たちは急激に高まった暴力によって、ゼロたちをはね飛ばす。
『ぐわあぁぁぁぁッ!?』
 キングオブモンスのぶちかましで地に叩きつけられたゼロのカラータイマーが赤く点滅し出した。
「ぜ、ゼロッ!」
 死神の力によって強力化した怪獣に窮地に追い込まれた仲間たちの姿に、才人が叫び声を上げた。

 その頃、マルチバースの一つの内にある地球では、藤宮博也が再び高山我夢の研究施設を
訪ねていた。
「藤宮!」
「我夢……俺が来た理由は、もう分かってるだろう」
 格納庫で我夢の前へとやってきた藤宮のひと言に、我夢はうなずき返す。
「ああ。君のアグレイターも、これと同じように光り出したんだろう?」
 我夢が取り出したのはエスプレンダー。それと同じ変身アイテムである藤宮のアグレイターも、
ランプ部分が明滅を繰り返した。
「この反応は、遂に僕たちが必要とされる時が来たということだ。このアドベンチャーもね」
 照明に照らし出されているアドベンチャー二号を見上げる我夢。アドベンチャーは既に
完成しており、整備も万全だ。いつでも発進できる状態にある。
「すぐに行こう。時間の猶予はないみたいだ。この光が、俺たちを導いてくれる」
「ああ。でも藤宮、玲子さんには挨拶してきたのかい?」

293ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/03(水) 22:03:42 ID:VAroRz/.
 二人乗りに改造しておいたアドベンチャーに乗り込みながら尋ねた我夢に、藤宮は苦笑
しながら返した。
「すぐに帰るとだけな。俺たちは死にに行くんじゃないからな」
 それに我夢も苦笑を浮かべた。
「それはそうだ。僕たちは、世界を救いに行くんだからね!」
 我夢と藤宮が乗り込むと、アドベンチャーが機動。機体両脇のホイールを高速回転させて
時空間のひずみを作り出し、時空と時空の境の超空間に入り込む準備を行う。
『行ってらっしゃいませ、ガム、フジミヤ』
 時空を超えた旅に出る二人を見送るのはPALのみ。しかし我夢たちにはそれだけで十分であった。
 彼らは、必ずこの世界に帰ってくるのだから。
「行ってくるッ!」
 我夢の返事を合図として、アドベンチャーは空間の壁を超えて別世界へと移動していった。

 死神の魔力によって怪獣の暴威が激化したことで、タバサはジョゼフから転げ落ちた赤い
球へと駆け出した。
(あの球は……!)
 見覚えがある。大きさや形は違えども、ファンガスの森を怪獣だらけにしたという、あの球と
同じものに違いない。ならば、あの時のように怪獣を倒す勇者――ウルトラマンを呼ぶことが
出来るはずだ。ゼロたちのピンチを救うには、それ以外方法がない。
 しかし、タバサの手が触れるその寸前に――赤い球は死神の魔力をぶつけられ、消滅してしまった。
「あッ……!?」
『思い通りにさせるものか、馬鹿めが! 一度出したものを消す機能はないが、『奴ら』を
呼び出されるようなことは絶対にあってはならんからなッ!』
 タバサの希望を消し去ってしまった死神は、地上のキングオブモンスに向かって命令を飛ばす。
『そして貴様らにこれ以上余計な真似はさせん! さぁ、やれぃッ!』
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
 バジリスとスキューラがゼロを抑えつけている間に、キングオブモンスがフリゲート艦に
向けてクレメイトビームを発射! フネは一瞬にして木端微塵にされた!
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――ッ!!」
 当然才人たちは空中に投げ出される。シルフィードや聖堂騎士のペガサスらが慌てて放り
出された人たちを受け止めていくが、そこにバジリスが光球を撃ち込もうとしている。
『やめろぉぉッ!』
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
 必死に止めようとしたゼロだが、キングオブモンスの尻尾に殴り飛ばされた。
『ぐわぁぁッ!』
 バジリスは光球を発射! 才人たちを受け止めたところのシルフィードたちは、とても
かわす余裕がない!
 誰もが絶望する、そんな状況であったが、ルイズは決してあきらめなかった。
「こんなところで、わたしたちは終われない! 奇跡よ起きてッ!」
 呪文の一文字目すら詠唱する暇もないが、それでもルイズは自分の杖を振り下ろした。
「光よぉぉぉぉぉッ!!」
 その刹那、杖にまばゆい光が生じた――。

 エスプレンダーとアグレイターの光の波長が導く先へと目指しているアドベンチャーの機内で、
我夢と藤宮の手にしているその二つのランプが、完全な輝きを発した。
「! 我夢ッ!」
「ああ! 行こう藤宮ッ!」
 二人は本能的に、変身アイテムを手にする腕を伸ばして、持てる限りの声と力で叫んだ。
「ガイアアアアァァァァァァァァァァッ!!」
「アグルルウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」

 バジリスの光球が才人たちへと飛んでいく、まさにその時、空の一角にワームホールが開かれた。
『何ッ!?』

294ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/03(水) 22:06:16 ID:VAroRz/.
 驚愕する死神。そのワームホールからは、彼にとって忌々しい赤と青の二つの光が飛び出して
きたからだ。
 二つの光は光球にぶつかることで消し去り、才人たちを救った。
「あの光は!?」
 赤と青の光に、才人たちも、ゼロたちも一瞬目を奪われた。
 二つの光は破壊される街の中心に急降下していき、二人の巨人へと変身する!
「デュワアッ!」
「オアァァッ!」
 盛大に土砂を巻き上げながら、大地に力強く立ち上がった赤と青の巨人。タバサはその
赤い方の姿を、今になってもしかと記憶に刻み込んでいた。
「あの時の……ウルトラマン……!」
『ウルトラマンガイア! ウルトラマンアグル!』
 ゼロが名前を叫んだ。彼らは、死神が属する宇宙の悪魔、根源的破滅招来体から地球という
命の星を護り抜いたウルトラ戦士たち。我夢と藤宮が今一度変身を遂げたガイアとアグルである!
「赤い球がなくても……助けに来てくれた……!」
 タバサは再び遠い世界から助けに駆けつけたガイアに、強い感動を覚えた。
「デュワッ!」
 ハルケギニアの地に降り立ったガイアとアグルは、即座にクァンタムストリームと青い光球、
リキデイターをカイザードビシに繰り出した。
「グギャアーッ!!」
 二人の攻撃は、数体もいたカイザードビシを瞬く間に燃やし尽くして全滅させた!
『すげぇ……!?』
 ガイアとアグルの攻撃の威力に仰天するグレンファイヤーたち。だが二人の力は、こんな
ものではなかった。
『行くぞ、藤宮!』
『ああ!』
 ガイアとアグルは互いの手の平を重ね合わせ、エネルギーを統一させる。そして反対側の手を
ピンと伸ばし、ドビシが埋め尽くす空に光線を発射した。
 二人の絆の象徴、合体光線タッチアンドショットが、一発でドビシの群れを焼き払って
空に本来の青い色を取り戻した!
「そ、空が晴れた! すごい!」
 ルイズたち人間は皆、ガイアたちの想像をはるかに超えるパワーに驚嘆する他なかった。
奇跡の巨人ウルトラ戦士といえども、一瞬にして空を取り返すほどだとは!
「すげぇぜ、ガイアとアグル……! 『俺たち』も、負けてられねぇ!」
 感動した才人はシルフィードの背の上で、ゼロが置いていったウルトラゼロアイを自分の
顔面に取りつける。
「今行くぜゼロ! デュワッ!」
 才人の身体も光に変わり、ゼロの元へと飛んでいって彼のカラータイマーと融合する。
 その瞬間、才人のエネルギーによってカラータイマーの色も青に戻った!
『助かったぜ、才人!』
 一気に力を取り戻したゼロはまず、カイザードビシを延々抑え込んで満身創痍のミラーナイト
たちのところに回る。
『ありがとうな、お前ら! ここから先は任せてくれ!』
『分かりました……! ウルトラマン、あなた方に託します!』
『我々の分も頼んだぞ!』
『これで負けたら承知しねぇからな!』
 ミラーナイトたちはゼロたちウルトラ戦士を信じて撤退していく。そしてゼロは、ガイアと
アグルの元へと駆け寄って二人と並んだ。
『よく来てくれたな、ほんと助かる! ガイア、アグル、一緒にこの星を救ってくれ!!』
 ゼロの呼びかけにガイアたちはしっかりとうなずいて応じ、キングオブモンス、バジリス、
スキューラに向けて構えを取る。
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
「キ――――――――!」
「キイイィィッ!」
 三大怪獣は正面からウルトラ戦士を迎え撃つ姿勢だ。
 計り知れない闇の力によってどうにも、こうにも、どうにもならない状況だったのを見事
逆転したガイアとアグル。しかしハルケギニアの明日を巡るガリア王国の大決戦は、まだ
始まったばかりなのであった!

295ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/03(水) 22:07:21 ID:VAroRz/.
ここまでです。
お久しぶりなウルトラマンガイアさん。

296ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/09(火) 00:14:43 ID:yp5NyY2s
こんばんは、焼き鮭です。今回の投下をさせてもらいます。
開始は0:18からで。

297ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/09(火) 00:18:20 ID:yp5NyY2s
ウルトラマンゼロの使い魔
第百六十二話「ハルケギニアはウルトラマンの星」
死神
最強合体獣キングオブモンス
巨大顎海獣スキューラ
骨翼超獣バジリス
根源破滅天使ゾグ 登場

 根源的破滅招来体。それはある次元宇宙の地球を外宇宙より突如として襲った、謎の存在。
ワームホールから送り込まれた宇宙戦闘獣コッヴを皮切りに、様々な種類の怪獣による攻撃、
電子生命体や精神寄生体を用いた工作活動、人間に対する洗脳などの心理攻撃、果ては天体生物に
よって地球そのものの破壊を狙うといった、ありとあらゆる手段で地球人類の抹殺を目論んだ。
 その正体は、最後まで不明のままであった。どんな姿をしているのか、本拠地はどこなのか、
何故執拗に人間の抹殺を図ったのか、その全てが今もなお謎に包まれている。しかし地球に生きる
ものたちが根源的破滅招来体の最大の戦力を撃破して以降は、一度の例外を除いて地球にその魔の
手が伸ばされることはなくなった。地球は救われたのである。
 ――だが、やはり根源的破滅招来体そのものが壊滅した訳ではなかった。今度は次元震によって
一時的につながった別宇宙にある惑星ハルケギニアを狙い、再度活動を再開したのであった! 
その尖兵として送り込まれた死神は、強烈な破滅願望を抱いていたジョゼフに目をつけ、アルビオンを
通してヤプールを裏から利用させたり、願望を実現する赤い球を授けて次々と怪獣を召喚させたりと
いった支援を……いや、いいように利用していた。そして今、弟の真実を知って心を入れ替えた
ジョゼフに見切りをつけ、彼を粛清するとともに遂に自らが人類絶滅に乗り出した。
 しかし根源的破滅招来体と同じ宇宙から、次元を超えて希望がやってきた! 彼らの名は
ウルトラマンガイアとウルトラマンアグル。根源的破滅招来体に正面を切って戦い、長い苦闘の
末に勝利をもぎ取った英雄なのだ。
 ガイアとアグルはハルケギニアの人々の命を守るために、ゼロとともに今再び根源的破滅
招来体の陰謀に立ち向かうのである!

「デュワッ!」
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
「デアァッ!」
「キイイィィッ!」
「セェアッ!」
「キ――――――――!」
 次元の彼方の地球から時空を超えて、ハルケギニアを救いに来てくれたガイアとアグル、
それと並んだゼロが同時に三体の怪獣に飛び掛かっていった。怪獣たちはウルトラ戦士一人
ずつを迎え撃ち、それぞれ一対一の構図となる。
 ガイアが突進してくるキングオブモンスの首を抑えて止め、アグルが素早くスキューラの
上にまたがって頭頂部に拳を打ち込み、ゼロはデルフリンガーを召喚してバジリスのカマと
鍔迫り合いする。
「すごい! 三人ものウルトラマンが怪獣と戦ってる!」
「あの二人もゼロの仲間だろうか!」
「そうに決まってるさ! 行けぇウルトラマンッ! 怪獣を倒せぇーッ!」
 怪獣軍団の脅威に見舞われていたロマリア、ガリア両軍の兵士たちは三人のウルトラ戦士の
そろい踏みに興奮し、互いに立場を忘れてゼロたちの応援の声を力いっぱいに飛ばしていた。
 シルフィードの上のルイズも歓喜しながらも、ガイアとアグルの参戦に非常に驚いていた。
「この状況に助けに来てくれるなんて! 彼らはどこから来たウルトラ戦士なのかしら?」
「……」
 タバサは呆けたように、しかし頬をかすかに朱に染めて、特にガイアの勇姿に見入っていた。

298ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/09(火) 00:20:50 ID:yp5NyY2s
「オアァァァ―――――!」
「キイイィィッ!」
 スキューラを抑え込んだアグルがヒコーキ投げを決め、地面に盛大に叩きつけた。反撃に
転ずるかと思われたアグルだが、予想に反し背を向けたまま一直線に逃走していく。
「フッ!?」
「キイイィィッ!」
 スキューラはリネン川の下流へ向かって走っていき、川が一旦途絶える湖畔に飛び込んだ。
アグルはそれを追いかけて飛び、自らも湖の中に突入する。
「デェェアッ!」
「キ――――――――!」
 ゼロの剣圧に押されたバジリスは、急に羽を広げて飛翔。高スピードではるか上空へと
上昇していく。
『待ちやがれッ!』
 ゼロはデルフリンガーを戻して追跡。ぐんぐんと高度を上げていくバジリスとゼロが、
ルイズたちの前方を通り抜けていった。
「きゃッ!」
 一瞬発生した気流に煽られるルイズたち。バジリスとゼロはそのままどんどん小さくなって
いき、遂には大気圏を抜けて宇宙空間に戦いの場所を移した。
「ゼロも、青いウルトラマンも行っちゃったわ……!」
 アグルとゼロがルイズたちの目の届かない場所へ移動していったことで、人間たちの視線は
自ずと、ガイアとキングオブモンスの対決に集まることとなった。
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
「デュッ!」
 自身に肉薄しているガイアに、キングオブモンスは腹部に縦二列に並ぶ牙を伸ばして突き
刺そうとする。だがガイアはその牙をはっしと受け止めた。
「オオオオオ……! デヤァァッ!」
 そして牙を掴んだまま、キングオブモンスの巨体をバックドロップ!
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
「おぉぉッ!」
 脳天から叩きつけられるキングオブモンス。戦いを見守る人間たちからは一斉に驚嘆の
声が発せられた。
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
 すぐに起き上がったキングオブモンスはクレメイトビームで反撃。しかしそれを読んでいた
ガイアのウルトラバリヤーがビームを乱反射して防ぎ切る。
 最大の攻撃を防がれたキングオブモンスが一瞬たじろいだ。

「デュアッ!」
「キイイィィッ!」
 湖中ではアグルが反転して突っ込んできたスキューラを、相手の顎を押さえて止めるが、
その瞬間にスキューラの顎は何と胴体の半分以上の位置まで開き、常識外の大口でアグルを
くわえ込んだ。
「ウアァッ!?」
 顎の中に引きずり込まれたアグルは万力のような締めつけと牙の食い込みでギリギリ痛め
つけられる。……しかし、アグルのボディは数いるウルトラ戦士の中でも突出した強固さを
誇るのだ!
「デアァッ!」
 スキューラの締めつけを耐え切って上顎を押し返し、見事脱出。スキューラから距離を
取るとすかさず額からほとばしる光線を頭上に伸ばした。
「デュアァァァッ!」
 その光線をスキューラに叩きつけるように繰り出す! アグルの必殺技の一つ、フォトン
クラッシャーだ!
「キイイィィッ!!」

299ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/09(火) 00:23:27 ID:yp5NyY2s
 フォトンクラッシャーを口内に撃ち込まれたスキューラは、一瞬にして粉々に吹っ飛ばされた!

「キ――――――――!」
「シャッ! シェアッ!」
 宇宙空間でゼロとドッグファイトを展開するバジリスは光球を連射。それにゼロはゼロスラッガーを
飛ばし、切り裂いて全て撃ち落とす。
「キ――――――――!」
 光球を破られたバジリスだがそのまま加速。カマをギラリと光らせながら最大速度でゼロに
突進していく。すれ違いざまに真っ二つにする気か。
 だがそんなものをむざむざと食らうゼロではなかった。
「セェアァァァッ!」
 相手の狙いを読んで、渾身のワイドゼロショットを発射した! 必殺光線がバジリスの
顔面に突き刺さる!
「キ――――――――!!」
 バジリスは全身が炎上して進路がゼロから外れ、ハルケギニアの引力に捕まって転落。
地上に戻ることなく、大気圏で盛大に爆散した。

 スキューラとバジリスが立て続けに撃破され、残る怪獣はキングオブモンスのみ。そして
ガイアもまた勝負を決める大技に打って出ていた。
「オォォォォ……デュワアァァッ!!」
 うずくまるように頭部を抱えて姿勢を下げると、ガイアの頭部に光子が集まって弁髪の
ようなムチの形状となる。それを敵に対して一挙に繰り出す、光の斬撃フォトンエッジだ!
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
 これに対してキングオブモンスは翼から発生したエネルギーシールドで全身を覆って防御。
フォトンエッジはバリアと拮抗するが、
「ジュワアァァァッ!」
 ガイアが更にエネルギーを注ぎ込んだことで、フォトンエッジはバリアを突き破って
キングオブモンスに命中!
「ヴォオオオオオオオオオオ……!!」
 全身をズタズタに切り裂かれたキングオブモンスはその場に崩れ落ちて、大爆発の中に
消えていった。
「やったあああぁぁぁぁぁぁぁッ!」
「怪獣を全て倒したぞぉぉッ!」
 一時は比喩でなく空を埋め尽くしていた怪獣軍団が全滅したことに、人間たちは一斉に
大歓声を巻き起こした。その声を一身に受けているガイアの元にアグルとゼロも戻ってきて、
勝利を確認するようにうなずき合う。
 だがしかし……怪獣たちはあくまで呼び出されたものに過ぎないことを忘れてはならない!
『これで終わりではないぞぉッ!』
 突然、人々の喜びをさえぎるような叫声が起こった。ゼロたちが、ルイズたちがその方向へ
顔を向けると……。
「あッ! さっきの奴! まだあいつが残ってたんだったわ!」
 空の一角に死神が浮遊していた。その存在に気がついたゼロたちは警戒を強めて身構える。
 ガリアに潜んでいた真の悪は、憤怒の表情を見せたままガイアたちに向かって怒声を放つ。
『憎きウルトラマンどもめ……再び我々の障害となろうとは! 貴様らさえいなければ上手く
いったというのに! 許してはおけぬッ!』
 と叫ぶ死神の頭上の空間が歪み、ワームホールが開かれる。しかもそれは、ガイアとアグルが
通ってきたものの十倍以上ものサイズであった!
「ウッ!?」
『今度こそ貴様らを、踏み潰してくれるぞぉぉぉぉッ!!』
 死神はそのワームホールの中に飛び込んでいった。その直後に!
「キャア――――――――――ッ!!」

300ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/09(火) 00:25:57 ID:yp5NyY2s
 ウルトラ戦士たちをはるかに上回る超巨体の怪獣がワームホールから地上に落下! 
カルカソンヌの一画を丸ごと潰して崩壊させてしまった!
「何だあれは!? で、でかいッ!!」
「あんなのがまだ残っていたとは……!」
 怪獣の異常な巨体に度肝を抜かれる人間たち。ただでさえ途轍もない大きさなのにケンタウロス
型の体躯が威圧感を高めている図体に、カラフルだがおぞましい雰囲気を湛えた翼、顔貌はどこか
怒りと憎しみに猛っているように見える。そして全長は地球の単位で666メートル、終末を暗示する
獣の数字を持ったこの怪獣の名は、根源破滅天使ゾグ! かつてガイアとアグルがなす術なく叩き
潰されたほどである根源的破滅招来体の最強の戦力であり、しかも今回は初めから真の姿である
第二形態であった!
『忌々しいウルトラマンどもめぇ! 醜い人間どもと一緒に滅びてしまえぇぇぇぇッ!』
 死神はこのゾグと融合し、その中からウルトラ戦士に怨嗟の言葉を浴びせてきた。
「キャア――――――――――ッ!!」
 死神の叫びを合図とするように、ゾグが衝撃波を連続で飛ばして攻撃してくる。
 ゾグにとっては通常攻撃だが、あまりのサイズ差故に一発一発がゼロたちの身長を超える
規模である!
「ウワアアアアァァァァァァァッ!!」
 三人のウルトラ戦士はたちまちの内に衝撃波の引き起こす爆発の中に呑まれて、姿が見えなく
なってしまう……!
「あぁッ! う、ウルトラマンたちがッ!」
 アンリエッタを始めとしたほとんどの人間が、まさしく地獄絵図に顔面蒼白となった。
 だがルイズは違った!
「姫さま、大丈夫です!」
 ルイズはこの状況においても力強さが消えない声で呼びかけた。
「ゼロたちは……どんな逆境に立たされても決して負けません! それが、ウルトラマン
なのですから!」
「ジュワッ!!」
 その言葉を肯定するように、爆発の中からゼロたち三人が勢いよく飛び出してきた! 
そのままゾグに向かって、少しの恐れも抱かずに飛んでいく。
「おぉーッ!」
 ウルトラ戦士の、巨大な絶望にも屈しない頼もしい姿は人々の心に希望を取り戻させた。
「セェェェェェェアッ!」
「デュワァッ!」
「ドゥアァッ!」
 ゼロはツインゼロソードDSを握り締めてゾグの全身に纏わりつくように飛び回り、剣を
振るって裂傷を走らせる。ガイアはクァンタムストリームをゾグの背面に浴びせ、アグルは
地上からリキデイターに回転を加えたフォトンスクリューを放ってゾグの身体を穿っていく。
「キャア――――――――――ッ!!」
 ゾグは三人を叩き潰そうと己の肉体を振り回すものの、ゼロたちは攻撃の手を止めないまま
ゾグの肉体をかわす。恐怖に負けない心を有する戦士たちには、どんな巨躯で襲い掛かろうとも
脅しにはならないのである。
 ゾグの手はゼロたちをまるで捕らえられず、ダメージは蓄積されていくばかり。それに
苛立つように死神がゾグの中から怒号を上げる。
『ウルトラマン! 何故貴様たちは人間に寄り添う!』
 ゾグのガイアを捕まえようとする手が空振りする。
『人間! つまらない生き物ッ! 生きる価値など、どこにもないッ!』
 傲慢さをありありと含ませて喚く死神に返すように、ゼロが断言する。
『別に理由なんてねぇよッ!』
 ウルティメイトブレスレットが光り、弓型のウルティメイトイージスになった。ゼロが
光の弦を引き始めると、後ろに回ったガイアとアグルがエネルギーをイージスに送る。
『ずっと昔からそうやってきた……!』
 三人の力が一つになることで瞬く間にエネルギーが充填され、ゼロがゾグに向かって
ウルティメイトイージスを射出!
『ただ、それだけのことだぁッ!!』

301ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/09(火) 00:28:26 ID:yp5NyY2s
 ファイナルウルティメイトゼロ・トリニティがゾグに命中し――貫通。超巨体にドでかい
風穴を開けた!
「キャア――――――――――ッ!!!」
 ゾグは自重を支え切れなくなり崩壊。全身至るところが弾けて消え失せていく。
『ぬああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――ッ!!!』
 ゾグと融合した死神も道連れとなり、これで本当にハルケギニアから根源的破滅招来体の
勢力は消滅したのだ。
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――――――――ッ!!」
 ウルトラ戦士の完全勝利を見届けた人間たちは自然と息をそろえて、割れんばかりの大歓声を
上げた。今この瞬間は、誰の立場も関係なく、皆の顔に希望の輝きが宿っていた。
『お前みたいなのが人間の価値を語るなんざ……二万年早いぜ』
 皆の歓声の下、ゼロの決め台詞がこの大決戦の幕を下ろした。

 ガリアの激戦に決着は着いたものの、人間たちは一連の戦いの流れに興奮が冷めやらぬ
様子であった。いや、しばらくは口伝てにウルトラ戦士の活躍が伝播して、騒ぎはむしろ
拡大していくかもしれない。
 そんな人間たちの喧騒の間隙を見つけて、才人たちは変身を解いた我夢、藤宮の両名と
対面していた。
「ありがとうございます、ガイア、アグル。あなたたちのお陰で戦いに勝ち、この星を救う
ことが出来ました」
 才人が代表して我夢、藤宮と固い握手を交わす。それに続いてルイズ、アンリエッタ、
ミラー、グレンが二人に呼びかける。
「本当に助かったわ。この恩は決して忘れないわ」
「あなた方が救って下さったこの世界、必ずや平和に導くことをお約束致します」
「M78星雲以外のウルトラ戦士、お会い出来て光栄です」
「すぐに帰っちまうのが寂しいくらいだぜ」
 我夢と藤宮は一人ずつの手を取って握手を交わしていく。
「ありがとう。みんなのあきらめない心があれば、どんな敵が来ようとも世界は滅んだりはしない!」
「どんな絶望にぶつかっても、決して折れないで立ち上がるんだぞ」
 最後に我夢の前に立ったのは、タバサであった。
「君は、確か……あの森にいた……」
 タバサは少し気外そうにしながらも、コクリとうなずいた。そして手を差し出し、小さい
声ながらもはっきりと告げる。
「ありがとう……」
「……うん! 君も、何だか色々と事情があるみたいだけれど、最後まであきらめずに頑張ってくれ!」
 我夢は彼女の手を握り、満面の笑みを向けた。
 そして我夢たちとの別れの時。二人がアドベンチャーに乗り込み、元の世界へと帰還して
いくのを、才人たちが微笑みながら見送る。
「ありがとなのねー! いつかまたお会いしましょうなのねー!」
「パムパムー!」
 シルフィードとハネジローが大きく手を振る中、アドベンチャーは我夢と藤宮を乗せて、
彼らの世界へと帰っていったのだった。

 こうしてまた一つの大きな戦いが終わったのだが、まだハルケギニアが平和になったとは
言い難い。むしろ、人間という種族の中での一番の障害が消えて、ロマリアは更に聖戦を
推し進めようとすることだろう。エルフとの関係も、まだどうなるか分かったものではない。
次の戦いの火種は既にくすぶっているのかもしれない。
 しかし、才人たちは決して負けない。次にどんな敵が現れようとも、心の中に光を持ち
続けることを、時空を超えてやってきた勇者たちに誓ったのだから。
 彼らはいつかハルケギニアを、ウルトラマンのような光が瞬く星にするのだと心に定めた
のであった。

302ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/09(火) 00:30:03 ID:yp5NyY2s
以上です。
これでガリア編は終了と相成ります。

303名無しさん:2018/01/21(日) 09:51:33 ID:e79hji6o
久しぶりにスレを見たら続きが…乙です!
問題がないようでしたら今日の17:00ごろに短編を投稿したいと思います。

304ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/21(日) 19:35:56 ID:QRtsMaR2
こんばんは、焼き鮭です。二時間半待ちましたが音沙汰がないので、すみませんが先に投下します。
開始は19:38からで。

305ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/21(日) 19:39:14 ID:QRtsMaR2
ウルトラマンゼロの使い魔
第百六十三話「ド・オルニエールへようこそ」
催眠怪獣バオーン 登場

 ロマリアとガリアの間に開かれた戦端は、ジョゼフの死亡によって終焉を迎えた。トリステインは
両者の戦争の間、ガリアの牙がこちらに向いたらと震え上がっていたので、戦争の終結の報が届いた
時には誰もが胸をなで下ろしたものだった。そして戦争の勝利及び早期終結に貢献したオンディーヌと
ルイズ、ティファニアにはその恩賞が与えられた。いや別に才人以外のオンディーヌがこれと言って
何かした訳ではないのだが、対外的な理由によって隊長のギーシュはシュヴァリエに叙され、隊員たち
には一人ずつに勲章が与えられたのであった。
 そして戦勝を祝う魔法学院の宴の中で、才人とルイズは二人でバルコニーに出ていた。
才人はホールから聞こえてくるオンディーヌの起こす喧騒に耳を傾けながらため息を吐く。
「全く……みんなのんきなもんだぜ」
「いいじゃない。ジョゼフ王は死んで、その裏の黒幕もやっつけた。当分は平和になるわ。
少しぐらいの羽目外しは大目に見てあげなさいよ」
「けどな……タバサがここからいなくなっちゃったってのに」
 ロマリアのたくらみを見抜き、その罠を回避したタバサであったが――結局、ガリアの
王位を継承すること自体は受け入れた。何故なら、継承権を失ったジョゼフの子を除いた
ガリア王家の生き残りは彼女とその母親の二人のみ。タバサの母は長きに亘る心神喪失の
影響でとても戦後の混乱を収める体力はなく、自分が王座に就かなければガリアは指導者
不在になってしまう。そうなったらロマリアの格好の的だ。聖戦のために陰謀を張り巡らす
ロマリアを牽制する意味で、タバサはシャルロット女王として即位。ロマリアからの干渉を
遮断する方向に政治の舵を切っているところだという。
「まぁ確かに、キュルケじゃないけれど、あの子がいなかったらいないで寂しいわよね」
「それだけじゃない。ロマリアからしたら、タバサを新しい女王にするということ自体は
叶ってるんだ。当然そこで終わりじゃないだろう、タバサを利用する何かしらの算段が
あるはず……。そこが俺、心配でさ……」
 今は遠く離れたタバサの身を案ずる才人に、ルイズが気を紛らわさせるように説く。
「大丈夫よ。聖地を取り返すためには四の四が必要なはず。でも、ガリアの担い手のジョゼフ
王は死んじゃった。続けようがないじゃない。ロマリアの陰謀もこれでストップよ」
「でもな……。あいつらは、それでも遂行できる自信があると思うんだ」
 才人はずっと気になっていたことをルイズに言った。
「だって……絶対ジョゼフは味方にならない。あいつらそう考えて行動してたんじゃないか。
つまり、別にそろわなくても出来るんじゃないか?」
 不安に思う才人だったが、ルイズは次のように指摘する。
「わたしたちが、ガリアの担い手はジョゼフ王だって知ったのは、最後の最後じゃない」
「あ」
 得心する才人。自分たちが、ジョゼフが虚無の担い手だという情報を最初に入手したのは、
カステルモールの手紙から。その内容を知らないロマリアは、事前にジョゼフが担い手だと
知るすべなどなかったはずだ。
「ロマリアもジョゼフ王じゃない、別の担い手がいると思ってた。ジョゼフ王を打倒した後、
そいつを味方にするつもりだったんでしょ。でもガリアの担い手はジョゼフ王でした。教皇
聖下の計画は頓挫したのよ。四の四がそろわないと、真の虚無とやらは目覚めないんだから。
だからもう案ずる必要なんてないのよ」
「なるほど……」
 才人はルイズの唱える理屈に納得したものの……。
『いや、俺はそうは思わねぇな』
 ゼロは異議を挟んだ。
「え? 何でよ。さっきも言ったけど、ロマリアはジョゼフ王が担い手だと事前に知ることは
出来なかったはずなのよ」
『いいや。確信はなくとも、予測は立てられたはずだぜ。虚無の担い手は、覚醒する前は
傍目から見りゃメイジの家系なのに魔法の才能が全くないって風に映るんだろ?』

306ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/21(日) 19:43:12 ID:QRtsMaR2
 ゼロの言う通り。ルイズもかつては、どの系統の魔法も扱えない劣等生のレッテルを貼られて
いたものだ。
『聞いた話じゃ、ジョゼフもその条件には当てはまってた。あいつが担い手だと、十分に
予測はつけられたはずだ。それでも敵対したってことは、才人の言う通り、何か他のアテが
あるんだろうよ。それに俺の経験的に、悪いこと考えてる奴は真の狙いや思惑を隠してる
もんだ。予断は出来ないんじゃねぇかって思うぜ』
 才人は、今度はゼロの論理に感心させられる。しかしルイズはまたまた反論。
「でも、聖下もロマリア軍も既にガリアから撤退したのよ。タバサに何かするつもりなら、
理由をつけてガリアに留まろうとするんじゃないかしら?」
『何を狙ってるのかまでは分からねぇさ。ただ、まだしばらくは警戒を続けとくべきだろう。
ミラーナイトにも見張っててもらおうか』
 まだロマリアの陰謀が終わっていない可能性を示され、才人とルイズの不安が大きくなった。
才人は一つため息を吐く。
「あのタバサのことだから、そう簡単には大事にはならないとは思うけど……一つの大きな
戦いが終わったのに不安要素が残るってのは、気分がいいもんじゃないんだな……」
 短い時間でもいいから、心の底から安堵したいもんだ……と顔をしかめる才人。ガリアの
件が落着してすぐに、今度はロマリアを敵に回さなければならないと考えたら、さすがに嫌に
なってくる。こんな戦いの連続に、いつ終わりがやって来るのだろうか……。
(……戦いの、終わりか……)
 才人はふと、その時を想像して複雑な気持ちを抱いた。このハルケギニアでの全ての戦いを
終えて、真の平和が戻った時は……自分がゼロと一体化している理由はなくなり、地球に帰る
こととなる。いつになるかは全然分からないが……その時はハルケギニアで出会った仲間たちと、
そしてルイズと、どのような別れを迎えるのだろうか。そして、その先の未来はどうなるのか……。
 ここで、主を失ったミョズニトニルンのことを思い返した。

 ミョズニトニルンは才人のパラライザーの影響で、ジョゼフが才人に敗れ、死神に殺害
されるまでの出来事を、見ていることしか出来なかった。フリゲート艦からはロマリア騎士
たちに助けられ、麻痺が抜けたのは、全てが終わってからであった。
 ミョズニトニルンはその後、魂どころか何もかもが身体から抜け落ちてしまったかのように、
虚ろな状態に陥っていた。その様子は、ジョゼフとともに彼女に苦しめられた才人たちが憐れんで
しまうほどであった。
『ミョズニトニルン……あなた、もしかしてジョゼフ王のことを……』
 ルイズが女として何かに気がついて問いかけようとしたが、ミョズニトニルンはそれを
さえぎって言った。
『たとえあのお方が、私のことを何とも思って下さらなかったとしても、私にとってあのお方は
全てだった……。それを失った今、私にこの土地での居場所はないわ……』
 ミョズニトニルンはふらふらとどこかへ歩み去っていく。主の死により虚無の使い魔でなくなり、
元々生活していた土地に帰るつもりなのであろうか。
 才人たちはそれを止めなかった。止めたところで、どうなるというのか。
『……一つだけ教えてくれ! 本名は何て言うんだ!?』
 それだけ聞くと、彼女はこう答えた。
『もう私に、名前なんてない。愛した主人の死に何も出来なかった、ただの一人のちっぽけな女。
それだけよ……』
 そうして本当の名前すらも分からない、哀れな女はどこかへと消えていった。ロマリアも、
使い魔のルーンを失った彼女にはもう興味も価値も見出さないのか、なすがままにした。
 かつてミョズニトニルンだった女が、無事に故郷へ帰れるのか、それとも途中で
どこかで斃れてしまうのか。それはもう彼女自身にしか分からないことであろう。

 ――たとえ世界にどんなことが起ころうとも、時間は変わりなく流れ続ける。才人たちも
意識を切り換えて、変わっていく日常の中に戻っていった。
 ルイズは今年で最高学年である。魔法学院に在籍している日数も少なくなってきた。そこで
少し気は早いが、卒業後に生活する屋敷を探すこととなった。卒業してからは寮塔からそこを
ウルティメイトフォースゼロの活動の拠点とするつもりだ。

307ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/21(日) 19:46:57 ID:QRtsMaR2
 が、しかし……。
「結局、どこも見つからなかったって訳ぇ?」
 『魅惑の妖精』亭の店長スカロンが、屋敷探し後に憮然とした調子で立ち寄ったルイズたちの
報告に呆れ返った。
 ルイズと才人が暮らす屋敷は、一件も見つけることが出来ず仕舞いだった。何故なら、
シエスタが同行していたからである。シエスタは才人つきのメイドであり、新しい屋敷を
探すなら当然彼女の意見も重要となるのだが、シエスタが何か言う度にルイズが感情的に
強固に反対するのだから、それは屋敷が決まらないのも当然であった。
 ルイズの本心としては、才人を男として狙うシエスタを、というかメイドそのものを屋敷に
入れたくないのである。しかしそれは全く現実的ではない。貴族として使用人を雇わない訳には
いかないし、男には任せられない仕事もある。メイドは必要なのだし、今更シエスタを個人的な
理由で解雇する訳にはいかない。でもやはりシエスタを近辺に置いといたら安心が……と、
ルイズは矛盾に陥っていた。
 そこにスカロンが解決策を提示した。
「サイトくんはお屋敷を買う。ルイズちゃんと暮らす。シエちゃんも雇う。これで万事解決」
「どうしてそうなるのよ!」
 顔を輝かせるシエスタとは反対に怒鳴るルイズを、スカロンは極めて冷静に諭す。
「あのね、ルイズちゃん。サイトくんは今や平民の英雄なのよ」
「え?」
「あれをご覧なさいな」
 スカロンが指差した食堂の壁に目を向けるルイズたち。そこには歌劇の公演ポスターが
貼られていた。
 トリスタニアは何度もウルティメイトフォースゼロに救われているので、市民からのゼロたち
への人気は非常に高い。劇場でも、ゼロたちの演劇が毎日のように公演されているのだが……
今あるポスターの演目はそれではなかった。
 剣を持った男が、恐らくジョゼフのつもりなのだろう恐ろしい格好の王様に立ち向かう様が
描かれている。ルイズが唖然と演目名を読み上げた。
「勇者ヒリーギル?」
「サイトくんのことよ」
 どうして才人が歌劇の主役になっているのか。その理由を語るスカロン。
「元々アルビオンでの活躍から、サイトくんの名前は平民の間で有名だったわ。そこにガリア
との戦争で、見たこともない兵器で怪獣に一人立ち向かい、貴族を何人も決闘で負かして、
挙句には敵国の王様を破ったって話が届けば、そりゃあ爆発的に人気が出るのも当然だわ」
 人の噂は吹き抜ける風のように伝わっていくもの。才人が事実上ジョゼフを打ち負かした
ところは、ロマリア騎士たちも目撃していたので、そこから話が広まったようだ。
「特にサイトくんは元平民。それが貴族の位を授かって、悪い王様をやっつけたなんて話、
まるでお伽話か叙事詩のよう。今では平民の希望の星として、場所によってはウルトラマン
ゼロ以上の支持があるってことよ」
「ま、マジかぁ……」
 予想外のところで自分が持ち上げられている事実に、才人は喜びではなく戸惑いを覚えた。
これでもしも自分がウルトラマンゼロでもあるなんてことが知れ渡ったら、ショック死して
しまう人まで出るのではないだろうか。
 しかし、一方で問題も発生しているという。
「人気が出れば、面白く思わない人たちだって出てくる。ルイズちゃん、誰だと思う?」
「貴族……」
 ポツリとつぶやくルイズ。破竹の勢いで成り上がる者を、元々の特権階級が疎ましく思わない
はずがない。それが人間というものだ。ゼロたちは完全に生きる世界の違う者たちなのでその
悪感情の矛先が向くことはないが、才人はそうではないのだ。
「正解。うっかり知らない人間なんかを雇った日には、食事に何を混ぜられるのか知れたもん
じゃない。サイトくんには、シエちゃんみたいに絶対に信頼できる召使が必要なの」
 ルイズは、先ほどのスカロンの意見の真意を理解した。最早シエスタは、自分たちの元に
いなければならない人間なのだ。つまらない嫉妬でどうこう言っている場合ではない。

308ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/21(日) 19:49:32 ID:QRtsMaR2
「サイトくんも、今後は素顔を晒してトリスタニアを歩き回らないことね。すぐにもみくちゃに
されるわよ。きっと今も噂になってるかも……」
 スカロンの忠告の途中で、『魅惑の妖精』亭の羽扉が外から開かれた。
「失礼する。ここにミス・ヴァリエールとサイトが……来ているな」
「アニエスさん!」
 入ってきたのはアニエスだった。軽く驚くサイトたち。
「俺たちを捜してたんですか?」
「ああ。学院に向かうところだったのだが、街でお前たちが来ているという話を耳にしてな。
お前たちが立ち寄るならここだろうと覗きに来たのだ。しかしサイト、お前の人気ぶりは
すさまじいものになったな。あちこちでお前を称える声を聞くぞ」
 スカロンの言う通り、噂になっていたようだ。才人は何だか照れくさいような、そこまで
人気が白熱して怖いような気分になった。
 そんな才人は置いて、ルイズがアニエスに尋ねる。
「それより、わたしたちに何の用? また姫さまがわたしたちをお呼びとか……」
「察しがいいな。その通りだ」
 アニエスは、トリステイン王家の花押が押された手紙を差し出した。
「陛下のお召しだ。直ちに宮廷に参内しろ」

 アンリエッタからの召集とあって、ロマリアが何か行動を起こしたのかと緊張したルイズたちで
あったが、それは杞憂であった。アンリエッタは私的にルイズたちに今度の戦の礼を述べるために
呼んだだけであった。
 そしてルイズと才人、アンリエッタの三人だけの食事の席で、彼女はルイズたちをガリアとの
交渉官に任命した。ガリアとのパイプを太くして、聖戦に向かおうとするロマリアの動きを制する
ためだ。そのパイプ役に適任なのは、タバサと強いつながりがあるルイズたち以外にいない。
 それを踏まえて、アンリエッタは言った。
「ルイズはともかく……サイト殿は一国の大使としては、お名前が短すぎるように思えるのです」
「サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガでしたっけ? 十分だと思いますけど」
「サイトは元平民ですから」
 日本人の才人の感覚からすればそうだが、貴族の間ではそうではないようだ。
「ですから、わたくしとしてはそのお名前を、多少長くさせていただきたいのです」
 才人にはアンリエッタの言わんとするところがピンと来なかったが、ルイズは目を丸くして
口をパクパクさせていた。
「ひ、姫さま? それは、つまりその……。それは、つまり、あの、その……」
「ええ。彼に領地を与えたいのです」
 何でもないようなひと言だったが、さすがの才人も噴き出した。
「領地って! 土地ですか!?」
「トリスタニアの西に、ド・オルニエールという領主不在で持て余している土地があります。
あなた方も住むところを探していると聞きましたし、ちょうど良いと思いますが」
「姫さま、その、領地などサイトにはちょっと分不相応なのでは……!」
 ルイズが控えめながらに反対した。領地を与えるということは、才人が領主、日本的に
言うなら殿様になるということだ。悪い冗談にしか思えない。
「分不相応な訳がありませぬ。サイト殿の貢献に報いるには、本当ならこれでも少ないと
言えましょう」
 そう。オンディーヌやルイズ、ティファニアには学院でそれぞれ恩賞が与えられていたが、
一番活躍したはずの才人にだけ何もなかった。少し不可解ではあったが……この席で伝える
ために残しておいたという訳か。
「敵国の王を討ち取ったとあれば、爵位でもおかしくはないくらいですが、多忙である
サイト殿に宮仕えはさせられません」
「確かに……」
 ルイズには、宮廷で政治に関わる才人の姿なんて想像できなかった。
「貴族の間にはサイト殿を妬む声もあると聞きます。これ以上いらぬ嫉妬を買ってはいけませんが、
救国の英雄、平民の希望の星に何の褒賞もなしではわたくしが平民から吊るし上げられてしまいます。
これが落としどころということで、どうかお受け取り下さいな」

309ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/21(日) 19:51:59 ID:QRtsMaR2
「そういうことでしたら……。でも、いいのかなぁ……」
 話を受けながらも、才人は今一つ釈然としていない様子だった。ルイズも、胸の奥に漠然と
した不安が残る。
 アンリエッタは落としどころといったものの、才人を妬む者には通用しない論理だ。嫉妬心と
いうものには理屈が通らない。誰か憎む相手がいるのなら、その対象が着ている袈裟まで憎い。
理不尽な話だが、負の感情に割り切りがある出来た人間は少数なのだ。
 スカロンの言うような、食事に毒を混ぜられるような、そんな事態が才人に降りかからないか……
そこが心配であった。

 夏休みが始まる直前の週、ルイズたちは下賜された土地、ド・オルニエールを検分しに
行くことにした。初めはルイズと才人の二人だけのはずだったが、シエスタが当然のように
ついてきて、そこに話を聞きつけたオンディーヌが加わり、あっという間に大名行列のように
なってしまった。
 ギーシュたちは、ド・オルニエールの年収が一万二千エキューと聞いて、早くも才人に
たかる気満々であったが……実際に到着して目の当たりにしたド・オルニエールの光景に、
失望を覚えることとなった。
「見渡す限りの荒野が続いてるんだけど」
 田舎道の左右には、どこまでも荒涼とした更地が続くばかり……。どう見ても、一万エキュー
以上の収入が出るような土地ではない。
 ルイズが呆れたようにつぶやく。
「持て余しているというのは本当だった訳ね」
 年収一万二千というのはもう過去の話なのだろう。ド・オルニエールは領主の血筋が途絶えて
管理するものがいなくなって久しいとも聞いた。若い働き手はここを離れて、すっかり荒れ果てて
しまったという訳だ。
 肝心の屋敷も、長年手入れされていないのが丸分かりの、幽霊屋敷もかくやというボロボロっぷり
であった。
「これは掃除のし甲斐がありますわね……」
 シエスタがそんな皮肉を言うくらいであった。
 そして何より、一行を一番呆れ果てさせたのは……。
「ここの領民たち、皆老人ばかりのようだが……随分怠け者ではないか? あちらこちらで
昼寝ばっかりして」
 ギーシュがそう口にした。彼らがド・オルニエールで目にした領民たちは皆、土地のそこ
かしこで太陽の出ている内からぐっすり寝こけているありさまなのだ。これで呆れない人間が
いるだろうか。
 しかしルイズはその様子に疑念を抱いた。

310ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/21(日) 19:54:10 ID:QRtsMaR2
「さすがにおかしくないかしら? いくらお年寄りばかりと言っても……道端で寝転んでる
なんて。全員が示し合わせたように眠ってるのも変よ」
「言われてみれば、何人かは直前までお仕事をされていたように見えますね」
 シエスタも同意した。寝ている人の周りには、畑仕事の道具が散乱していることもあったのだ。
怠けているというよりは、仕事中に突然意識を失ったかのような感じである。
「まさか、何者かに眠りの魔法を掛けられたんじゃ……」
「まさか。こんな実入りのなさそうな土地に貴族崩れの賊が来るとは思えないよ。特に荒らされた
様子もないし。確かにいささか不可解ではあるが……」
 ルイズの推理にギーシュが異を唱えていると、その隣のマリコルヌがふあぁ、と大きな
あくびをした。
「おいおいきみまでどうした。ご老人たちの眠気に当てられたか?」
「いや……今、変な音が聞こえなかった? それを聞いた途端、急に眠気に襲われて……」
「変な音?」
 ギーシュたちが首を傾げていると……ズシン、ズシンという鈍い地響きがゆっくりと近づいて
くるのを感じ取った。
「この感じ……まさかッ!」
 一行がバッと振り返ると……背後の風景の中に、小山ほどの大きさの見慣れない巨大生物が
闊歩していた!
「か、怪獣だぁ!」
「でも何か間抜け面だな……。豚みたいじゃないか」
「おまけに眠そう」
 ギーシュは悲鳴を上げたが、レイナールたちは怪獣から遠くからでも分かるほど覇気が
ないのを感じて落ち着いていた。もう散々怪獣を見てきたので、それくらいは分かる。
 彼らの前に現れた怪獣は、大きく口を開いて息を吐き出した。
「バオ――――――――ン!」
 怪獣の鳴き声が耳に入った途端、
「えッ……?」
 才人たちは全員くらりと身体が傾き……その場に倒れ込んでしまった。何が起こったと
いうのか!?
「……ぐぅ」
 ……全員眠っていた。
 ド・オルニエールに出現した怪獣――催眠怪獣バオーンは、才人たちに気がついた様子も
なく、ドスドスとのんきに荒野を横切っていった。

311ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/21(日) 19:56:16 ID:QRtsMaR2
今回はここまでです。
ガリア編も終わって、次の長編の準備中です。

312名無しさん:2018/01/28(日) 10:35:40 ID:6rg/EXiM
もうゼロ魔も12年前のアニメか
信じられんわ

313ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 19:50:16 ID:WoSmxfsM
ウルトラマンゼロの人、投稿お疲れ様でした。

さて皆さん、かなり遅くなりましたがあけましておめでとうございます。
2018年もどうかよろしくお願いします。

特に問題が無ければ、19時54分から今年最初となる91話の投稿を始めます。

314ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 19:54:15 ID:WoSmxfsM
―――…………………、………………?
――――…………、…………

(……ん…んぅ?)
 どこかで誰かが、誰かと何かを喋っている。
 瞼を閉じて眠りについてしまい、それから数時間が経った頃に自分はそれに気が付いた。
 どこでどう睡魔に負けてしまったのか定かではないが、何となくそう理解できているのは…つまりそういう事なのだろう。
 今のところ自力では開けられない程に重くなった瞼を開ける事は叶わず、唯一自由な耳でのみその会話を聞いている。
 いや、正確には耳で聞いているわけではない。―――耳の『内側』…つまり頭の中からその声は聞こえてくる。

――――……、…………
―――――…………、……………

 まるで遠くで―――…大体十一、二メイル程度の距離にいる誰かが然程大きくない声で話しているのだろうか。
 少なくとも自分の知っている言語で会話しているのだろうが、何を話しているのかまではうまく聞き取る事が出来ない。
 それをもどかしく思いつつも、ふと自分の頭の中から聞こえてくるというのに何故ここまで自分は冷静でいられるのだろうか?
 そんな疑問を覚えたものの…深く考えるよりも先に、一つの結論がポンと飛び出てくる。
(夢…なのかしらね?)
 安直すぎるかもしれないが、夢であるというのならば大体の事は説明がついてしまうのだ。
 現実では起こり得ない様な事がいとも簡単に起き、見る者を不思議な世界へと誘う。
 だとすれば、この聞こえてくる会話も全て夢の中の出来事…そう解釈すれば何てことも無くなってしまうのだから。
  
(夢なら…まぁ、このままでもいいかしら?)
 閉じられた瞼の内側…暗闇に包まれた視界の中で自分は落ち着いた態度で夢が覚めるのを待つことにした。
 少し遠くから聞こえていた会話はそれから一言二言と交えているが、相変わらず何を言っているのかまでは聞き取れない。
 しかし…聞こえ始めてから一分ほど経ったくらいであろうか、声の主たちが段々と近づいてくるのに気が付いた。
 それは六、五言目になるであろうか、その時の会話が聞き取れるようになってきたのである。

――――……それ……か?……怪……お………か?
―――――それ………法……わ、……子は…里……………る

(二人とも、女性…?)
 言葉が聞き取れるようになってから、話している二人が女性である事に気が付く。
 一人はやけに真剣な様子で、もう一人は何か胡散臭いながらも艶やか雰囲気が声色から感じ取れる。
 まだ言葉の一部だけしか聞き取れない状態だが、声色からして楽しげな話をしているワケではないらしい。
 少しもどかしいと思いかけた所で、次の会話ではようやく言葉の半分程度が分かるようになってきた。

315ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 19:56:32 ID:WoSmxfsM
――――しかし……後はどう……?………に育てられた……女なんて……、里の者が……………
―――――そ……見つけた内の一人………にも、勿論………力……て……貰うわよ

 声の主たちが近づき、聞き取れる言葉が増えていく。……それに気づいた直後である。
 ふと心の奥底…とでもいうべきなのだろうか、今は眠っているであろう体の中から一種の不安がこみ上げてきたのだ。
 まるで底の見えない湖の上に浮かんでいる最中にふと視線を下へ向けて、湖底からせり上がってくる黒く大きな影を見てしまったかのような…。
 そんな、自分の足元から逃げようのない恐怖に遭遇してしまった時のような急激な不安感が心の中で広がっていく。
 どうして急にそういう気持ちになってしまったのか一瞬だけ分からずにいた自分は、ふと一つの結論に至る。

(まさか…あの声が、原因なんじゃ…)
 この不安感を覚えて以降、全く聞こえてこないあの二人の女性の話し声。
 瞼を閉じて夢の中にいるのだが、現実的に考えればそれしか原因は考えられない…かもしれない。
 他に原因と思えるような要因は見当たらない以上、自ずとそういう考えに至ってしまうのは仕方ない事であろう。
 最も…ここが夢の中であるのならば、明確な原因など最初から存在しないという可能性も否定できないが。
 本当の原因を突きとめられない今、こみ上げる不安感にどうしようかと悩もうとしたその時、またしても話し声が聞こえてきた。

―――相変わらず………ってくれる。私がそれを……れない事を知って……癖に
――――ふふ、貴女の―――好しは今後の………において、最も重要な……

 今度はかなり近づいてきている。言葉と言葉の合間の息継ぎが、微かに聞こえてくる程に。
 声が近づいてきていると理解したと同時に、自分の心の中で芽生えた不安感がより一層膨らんでいく。
 身動き一つ出来ない今、その不安感にどうしようも出来ないという状況に自分は焦ってしまう。
 せめて手だけでも動くのならば、自分の頬を抓って夢から覚めようと頑張れるのに。
 そんな下らない事からできない今では、正体不明の不安感がただただこちらへやってくるのを見守る事しかできない。
(もしも…彼女たちの喋っている事が全部聞き取れるようになったら…一体どうなるのかしら?)
 
 もはや受け身を摂る事すらできず、受け入れるしかないという状況の中でそう思った時だ。
 今度はウンと近く、それこそ自分の真横にいるかのように彼女たちの声が聞こえてきたのである。
 頭の中で直接聞こえてくる二人の内、最初に口を開いたのは真剣そうに放している方であった。

―――…たくっ、これから寺小屋も忙しい時期だというのに…次から次に厄介な事件を持ってくるなお前は?

 ハッキリと聞こえる様になった今、いかにも苦労人と分かるばかりの声で女性は喋っている。
 そしてもう一人―――艶やかな雰囲気を漂わせる声の女性が言葉を返す。 

――――…良いじゃないの。跡継ぎがいる以上、探すという時間の掛かる工程を省けたのだから

316ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 19:58:15 ID:WoSmxfsM
 何故かこの声を聞いた時、ふと自分の脳裏に『誰か』―――女性の後姿が一瞬だけ過った。
 腰まで伸ばした金色の髪と一度見たら忘れない形をした奇妙な帽子に、これまた珍妙な形をした白色の日傘。
 その後ろ姿を見ただけでその『誰か』の正体が、あの胡散臭そうな声の主なのだと無意識に理解してしまう。
 どうして分かったのか自分でもイマイチよく分からず、一瞬だけだというの脳裏にあの後姿がこびりついてしまっている。
 彼女は自分の何なのだろうか?どうして夢の中に現れ、良く分からぬ誰かと会話しているのだろうか?

 その答えを知る前に――――自分の意識は網で掬い上げられた金魚のように現実世界へと引っ張られた。
 右の頬を冷やかに刺激する、冷たい『何か』を押し付けられたおかげで。


「―――――……ン、んぅ…?」
 まず目に入ってきたのは、小さくも中々の意匠が施されたシャンデリアであった。
 魔法で作動するよう作られているそれは、今は付ける必要なしとして消灯されている。
 未だ重い寝惚け眼を手で擦りながら自分こと彼女―――ハクレイはゆっくりと上半身を上げた。
 そこでふと、自身の背中を預けていたのが何なのかと気になった彼女は、スッと足元へと目をやる。 
 室内の灯りは消えていたが、窓越しの街灯のおかげで今まで自分がソファーの上で寝ていた事に気付く事ができた。
「…ふぅーん、ソファーねぇ?……はて、どうして?」
 まだ寝ぼけているのか右手でポフポフとソファーを軽く叩いていた彼女は怪訝な表情を浮かべ、寝る前の記憶を思い出してみる。
 未だ覚醒しきっていない頭の中で何とかして記憶を繋げようとして二分、ようやく寝る前にしていた出来事を思い返す事が出来た。
 
「確か、今日も財布を盗んだあの娘を捜して…それで夜遅くなったんだっけ…か。
 昼から探し回って、夕方頃に変な気配を感じたから見に行ってて、それから後も探し回って……って、」
 
 …そりゃー帰りが夜遅くになるのも仕方ないわよね。
 中々起きる事の出来ない自分に言い聞かせるように一人呟くと、再びその背中を程よく柔らかいソファーに委ねた。
 ボフン!と大きな音が出たものの、中に入ったバネの軋む音が聞こえないのは、中々に良い店から仕入れた事の証拠であろう。
 流石カトレア達貴族が街中の別荘地と呼ぶだけあって、家だけではなく家具にも気を使っているらしい。
 自分の体ではほんの少し狭いソファーで横になったまま、ハクレイは街灯の灯りが漏れる窓の外へと目を向ける。
 
 窓の外から見える先には、大きな歩道を挟んで程々に大きな家が建っている。
 こちらと同じく室内の灯りは全て消えていたが、街灯に照らされた庭だけを見てもすぐに立派だと分かった。
 恐らくあの家の主…もしくはここ一帯の管理人を務めている老貴族の趣味であろうか、動物のトピアリーがある。
 本物より大分大き目に作られた犬と猫の横には、場違い感が半端ないドラゴンのトピアリーが今にも羽ばたこうとしているポーズで飾られていた。
 他にもその家で夏季休暇を過ごす子供たちに作ったであろうブランコなどがあり、今が昼間ならばさぞ賑やかな光景が見れたに違いない。
「しかし…まさか大都市の中にこんな場所があったなんてねぇ…」
 ハクレイは一人呟いて、トリスタニアにある貴族向けの宿泊施設゙群゙『風竜の巣穴』の感想をポツリと漏らした。

317ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:00:15 ID:WoSmxfsM
 …『風竜の巣穴』。
 王都の西側、王宮を一望できる小高い丘の下にある幾つかの別荘を有するリゾート地だ。
 一見すれば上流貴族向けの住宅地に見えるが、実際にはそこら辺の住宅地よりも泥棒に襲われる心配はないだろう。
 何せ土地一帯を囲う強固な鉄柵と、数か所ある出入り口にはメイジの警備員達が二十四時間体制で守ってくれているのだから。
 土地の中にある住宅は全て貸し出し用の別荘であり、当然ながら値段も相当張るが、その値段分の豪勢さは当然持っている。
 朝昼夕の三食及びデザートも事前に申していれば手配され、何なら自前の食料を持ち込む事も一部可能らしい。
 他にも所有地内にはちょっとした池つきの森林公園もあり、釣りや水泳に屋外での食事会もできるのだという。

 前述の通り結構な値段が掛かるものの、王宮勤めの貴族たちには街中の避暑地として人気らしい。
 何せ王都の中にあるうえ、有事の際にはすぐに宮廷へはせ参じれる事が大きな理由なのだとか。
 折角のお休みだというのに一々仕事の事を気にしてしまうなど、王宮勤めの貴族とやらは随分忙しいようだ。
 本来ならこの時期の予約はとっくに埋まってしまっており、カトレア達が入れる別荘などとっくに無い…のであったが、
 幸い休暇として別荘を予約していた国軍の高官がキャンセルしてくれた為、偶然にもそこへ自分たちが入る事ができたのだ。
 最も、カトレア本人がここの支配人である老貴族と親しい仲であった事が大きくプラスしたのは間違いないだろう。
 何でも以前、ヴァリエール領へ赴いた際に道中で痛めた腰を癒してくれた事への礼だと言っていたのは覚えている。

 今更ではあるが、カトレア本人の献身さは一体あの体のどこに隠れているのだろうか。
 あれ程体が弱いというのに、自分やニナの様な謝礼も期待できない様な人間を助けてくれるなんて…。
 まぁその献身さが無ければ、今の自分がどうなっていたかなど…想像もつきはしないのだが。
 そこまで思った所でハクレイはふと真顔になった後、つい先日犯してしまった『失態』を思い出して呟いた。
「本人は気にしないでって言ったけど…、やっぱりちゃんと見つけてお金を取り戻さないと駄目よね」
 
 以前カトレアからお小遣いとして貰った八十エキューを、街中で出会った少女に奪われて早二日…いや日付ではもう三日前だろうか。
 もう少しで捕まえかけたところで前方から飛んできた『誰か』とぶつかった後、そのまま意識を失い川へと落ちてしまった事は辛うじて覚えていた。
 幸い仰向けの状態であった為溺れる事無く暫し川の水に流され、川沿いで飲んでいた浮浪者達に助けて貰ったのである。

――――おぉアンタ、大丈夫かい?
―――――え…えぇ大丈夫よ。後、有難う…ございます
――――オレら、この川で色んなモンが流れてくるのを見てきたが、アンタみたいな別嬪が流れてくるのは初めて見たよ

 すぐさま彼らの助けを借りて岸に上げてもらい、暫し焚火で暖をとった後で彼女は夜になっている事に気が付いた。
 その時にはもう陽は暮れてしまい、ひとまずどうしようかと迷った挙句に…ひとまずはカトレアの元へ帰る事を選んだ。
 水に濡れた状態で帰ってきた彼女を見て皆は驚き、一様に何があったのかと聞いてきた。

―――…というワケで、貴女がくれたお金は全部盗られちゃったの…ごめんなさい
―――――まぁ…!そんな事があったのね…

318ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:02:34 ID:WoSmxfsM
 とりあえず持ってきてくれたタオルを頭から被った姿で、ハクレイはただただ頭を下げるしかなかった。
 彼女から詳しく話を聞き、相手が幼い少女で…しかもメイジだったという話にカトレアは目を丸くしていた。
 王都だからといって治安の保証がされているワケではないし、そこら辺の地方都市よりも窃盗が多いのは誰もが知っている事だ。
 しかしまさか…彼女、ハクレイよりも年が一桁どころか二桁離れているかもしれない少女がそんな事に手を染めているとは…。
 これまで生きてきて、色んな人たちから聞いたどの話よりも衝撃的な事実であったらしい。
 
―――――むー!なっさけないのー!わざわざ追っかけてたのに、そんな子に逃げられるなんてー!
――――…言い訳はしない…っていうか、思いつかないわ
――――――こら、ニナ!落ち込んでる人にそんな事を言ったらいけないわよ

 カトレアの傍で話を聞いていたニナにもダメ出しされてしまい、余計へこんでしまったのは言うまでもない。
 ひとまずその日の夜はそこでお開きとなったが、盗難届を出すかどうかについては言葉を濁されてしまった。
 周りのお手伝いさんたちからは衛士の詰所に届出を出した方が良いと言っていたが、カトレアは難しい表情を浮かべるだけであった。
 翌日から、ハクレイは自主的に街へ繰り出しては方々歩き回って少女の行方を追い続けている。
 しかしあまりにも広い王都が相手ではあまりにも人ひとりの力は小さく、そして無力であった。

 一つの通りを曲がれば更に複数の道が現れ、うっかり進む道を間違えれば下水道へと続く下り道に入ってしまう。
 今日なんて曲がった先にいた野良犬たちにイチャモンをつけられ、追い回された事もあった。
 誰かに聞こうとしても誰に聞けばいいか分からず、結局声を掛けられぬまま街中をうろうろ彷徨うばかり…。 
 まるでゴールの無い迷路を彷徨い歩いているかのような虚無感を感じ始めた時に、今日の夕方にそれは起こった。
 今日もまた何の成果も得られなかったハクレイが、とぼとぼと返ろうとした最中の事であった。
 ふと何処か…王都の一角から感じた事の無い『力の爆発』を察知したのである。
 
 今まで見てきた魔法とは明らかに毛色が違う、何処か活き活きとして…危なっかしさを感じられる不可視の力。
 それが一塊となって爆発したかのような…そんな他人に説明するのが難しい気配を感じたのである。
 お金を盗んだ少女とは関係ないだろうと思いつつ、何故かハクレイは導かれるようにして気配が出た場所へと走った。
 夜の繁華街へと向かう人波をかき分け、人気のない路地裏に入ってからは一気に建物と建物の間を『蹴って』進む。
 そうして幾つかショートカットして辿り着いた場所は、数人の衛士が屯している寂れた広場であった。
 必要は無かったかもしれないが、彼らに気づかれぬよう共同住宅の上から彼らの話を盗み聞きした。

 ―――…何か奇妙な発光が起こった…ていうから来てみたが、驚くぐらい何にもないな
 ――――…いや、待て。あそこのグレーチングが外れてる…誰かが下水道へ逃げ込んだのか?
 ―――馬鹿言え!そんな狭い穴じゃあ子供でも途中でつっかえてママー!って泣き叫ぶほかないぜ

 支給品であろう槍を手に持ち、お揃いの薄い鎧を着込んだ衛士達はそんな話を大声でしながら広場に屯していた。
 どうやら話を聞くに街の人の通報で来たようだが、何が起こったのか…までは分からかった。
 結局その後は戻るついでに色々と探し回ってしまい、結果的に夜遅くに帰る羽目になってしまったのである。
 出り口を警備している守衛のメイジ達は、他の人々と明らかに違う彼女の姿で誰なのか分かったのだろう。
 今借りている別荘の番号とマジック・アイテムを使った指紋チェックを済ませて、こうして無事に戻る事ができた。

319ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:04:21 ID:WoSmxfsM
 そこまで自分の脳内で回想した所で、ハクレイは妙に寂しい自分のお腹を押さえながらため息をついた。
「それにしても、やっぱり早めに切り上げとけば良かったかしら?…そしたら夕飯も食べれただろうし…」
 名残惜しそうに呟きながら、空腹で寂しくなってきたお腹を押さえながら情けない表情を浮かべてしまう。
 無事に戻ってきた…とはいえ、返った時には既にカトレアの借り別荘は灯りが消えてしまっていた。
 幸い鍵はあらかじめ隠し場所を教えられていた合鍵で開けたが、当然既に夕食の時間は過ぎてしまっている。
 若いというのに就寝時間が早いカトレアに合わせているためか、暖かい食事はとっくの前に片付けられていた。
 
 リビングのテーブルに置かれたバスケットに一個だけ林檎が入っていたのは、不幸中の幸い…というやつだろうか。
 仕方なしにそれを食べた後でひとまずソファで横になったのだが、そのまま寝入ってしまったのは周知のとおり。
 しかも変な夢を見て途中で起きてしまったせいで、再び空腹が襲い掛かってきたようだ。
「はてさて…どうしたものかしら?わざわざ私の為だけに、カトレア達を起こす…ってのは、もってのほかだし」
 窓の外から暗いリビングへと視線を変えたハクレイは、この空腹をどうしようかとという悩みに直面してしまう。
 当然だがカトレアや彼女の付き人を達をわざわざ起こす…という事は、絶対にしてはいけない事だろう。
 遅れて帰ってきたのは自分なのであるし、それこそ腹が減ったという理由だけで起こすのは我儘に他ならない。
 
 お金の件で相当迷惑を掛けてしまっているのだ、これ以上無礼な真似を働くワケにはいかない。
 ならば台所を探し回って食べれる物を探そうか…と考えたが、暫し考えた後に首を横に振る。
 ここに来てまだ日が浅いし、何より台所のどの棚に食料が入っているのか何て彼女は全然知らないのだ。
 灯りがあれば話は別になるだろうが、ご丁寧にも用意されている燭台は結構な特別性であった。
 平民にも使えるらしいのだが、一々作動する際に指を鳴らす必要があり消す時も同様の事をしなければならない。
 そして恥ずかしい事に…ハクレイはそれができなかった。何回やっても何回やっても、指パッチンは決まらなかった。
 昨日の夜にニナと試しに鳴らして点けてみようという事になり、そこで見事に恥をかいたのは今でも忘れられない。

 ニナは十回鳴らして四回ほど成功し、ハクレイは三十回やって…三十回失敗した。当然ニナには笑われた。
 …なので、目の前にあるテーブルの上に置かれた燭台には苦い思い出しかないのである。
 灯りが無いと暗い台所は何も見えない手さぐりになるであろうし、そうなれば何が起こるか分からない。
 それで下手やって食器を割ったり、それ以上の大変な事をしでかしてしまえば本末転倒である。
 ならばどうしようかともう一度考えあぐねた後、彼女は朝まで我慢すればいいのでは…という結論に至った。

「朝になったら全員起きるだろうし、そしたらカトレアに頭下げて謝らないとね…」
 きっと自分が返ってくるのを待っていたであろう彼女の顔を思い浮かべて、ハクレイは天井へと視線を向き直す。
 玄関に置かれた柱時計から聞こえる振り子が規則正しく音を奏で、暗い部屋にリズムを漂わせている。
 横になったまま動かず、その音をじっと聞き続けていると自然に瞼が重くなってくるのが何となく感じられる。
(これくらい柔らかいソファならベッドの代わりにもなるだろうし…今日はここで寝ちゃおうかしら?)
 膝を置く所も柔らかいため、そこを枕代わりにしているハクレイはそのまま朝まで寝ようかと考えてしまう。
 本当ならばカトレアが宛がってくれた寝室に戻って寝るのが良いのだろうが、生憎ニナと同じ部屋を宛がわれている。

320ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:07:02 ID:WoSmxfsM
 だからこのまま部屋へ戻って、朝になったらなったで色々とちょっかいを掛けられる恐れがあった。
 彼女が一足先に起きてしまえば、良くて頬を抓られるか酷くて顔に水を掛けられて起こされてしまう。
 カトアレの前ではあんなに子供らしいのに、自分の前に立てば文字通りの小悪魔と化すのは何故なのだろうか?
 特に一昨日の件もあるのだろうか、今日の朝なんてまだ寝ている自分の顔のうえに布を被せてようとしたのだ。
 幸いその直前に目を覚ます事ができ、ニナはカトレアの怒っているのかいないのか良く分からないお叱りを受けるハメになった。
 そして今は…記憶喪失の最中にある彼女にとって親代わりに等しいカトレアとの夕食をすっぽかした自分へ怒りを募らせている事だろう。
 
 カトレアは何があっても基本的に笑顔であり、持病が一時的に悪化でもしない限りそれを崩す事は滅多に無い。
 だから自分が夕食時に返ってこなかったのに対しては、仕方ないと苦笑いを浮かべた事は容易に想像できる。 
 けれど、そうした繕った表情の下にある感情を悟れぬ程ニナは鈍い子供ではない。むしろ子供はそういうものに敏感なはずだ。
 今夜も三人で食べる夕食を楽しみにしていたカトレアの気持ちを事実上踏みにじった自分をニナは怒っているのに違いない。
 無論カトレアからお叱りがあるのならば最後まで耳に入れるし、ニナが自分の足を蹴ってきてもそれを受けるつもりだ。
 だがしかし、寝込みの最中に襲われるという事だけは洒落にならないのである。

 かくして寝室にも戻れず、腹をも満たせぬハクレイは一人リビングのソファーで夜を過ごすことにした。
 彼女は金を盗んだ少女も見つけられず、夕食まで無下にしてしまった罪悪感で今にも押しつぶされそうである。
「あーぁ…何か、ここへ来てから碌な事が続かないわね…金は盗まれるわ、変な夢は見るわで…――――って、夢…?」
 自分の身に続く不幸を呪いつつ目をつぶろうとしたとき――ふと彼女は何か思い出したかのようにハッとした表情を浮かべた。
 彼女は知らないが、ふと眠ってしまった際に見た奇妙な夢―――二人組の女性の会話を聞くだけどというあの夢。
 あれを見て目を覚ましてから既に五分が経過し、再び寝ようとしたところでハクレイはその夢の事を思い出したのである。
 
 体が動かぬ、目を開けられないという状況の中で、頭の中から聞こえてきたあの会話…。
 一体あれは何なのだったのかとそう訝しんだハクレイの頭から、睡魔という誘惑が一瞬で消し飛んでいく。
(そういえば…あの夢は何だったのかしら?…会話は会話なんでしょうけど…)
 上半身を越こし、考え込み始めた彼女はあの夢の中で聞いた声の事を思い出そうとする。
 最初に思い出したのは…もう一人の女性と比べて明らかに厳格な声色が特徴であった女性の声。
 いかにも人格者…という雰囲気を聞き取れる彼女の声と言葉の一部を、脳内で再生し直そうとししてみる。

―――――…次から次に厄介な事件を持ってくるな、お前は?

 夢の中で聞いたのにも関わらず、内容自体はしっかりと覚えていた。
 それから脳内で何回かリピートさせた後、ハクレイはその声に聞き覚えがあったかどうか思い出そうとする。
 しかし…ニナと同じく記憶喪失の身である彼女の穴だらけの記憶では、思い出すことは出来なかった。
 精々思い出せるのはカトレアと初めて出会った所からであり、自分の生まれ故郷すら分からないのである。 
 だから夢の中で喋っていた女性の声など、最初から分かるワケが無かったのだ。
「んぅ〜…やっぱり、駄目ね。全然分からないわ…」

321ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:09:40 ID:WoSmxfsM
 残念そうとも無念そうとも言える様な表情を浮かべて、ハクレイは自分の黒髪を右手でクシャクシャと掻き毟る。
 自分の夢の中で喋っていたのだから、きっと記憶喪失に陥った自分に何かを思い出させてくれるのでは…と思っていた。
 しかし実際には何も思い出すことは出来ず、結局『謎の女性A』という扱いになってしまったのである。
 折角意味ありげに出てキレたというのに…博麗は胸中で謝りつつ、次にもう一人いた女性の事を思い出す。
 
―――…跡継ぎがいる以上、探すという時間の掛かる工程を省けたのだから

 『謎の女性A』とは違い、艶やかな大人の雰囲気がこれでもかと声色から漂い…そして妙に胡散臭い。
 どこが胡散臭いのか…と言われればどう答えて良いか分からないが、あえて言えば言葉…と言えばよいのだろうか?
 女性Aとは違いややゆっくりめのスピードに、何か隠し事をしているかのような低く抑えた声。
 そして喋り方からでもはっきりと分かる落ち着き払ったあの態度は、まるで色んな事を知り尽くした老人のようであった。
 恐らく俗にいう『人生経験が豊富な人』…というヤツなのであろうか。自分とはまるで違う性格の持ち主に違いない。
 
 そこまで思った所で…彼女はその夢が覚める直前、脳裏に過ったあの女性の姿を思い出す。
 金色の長髪にここでは見慣れないであろう白い服に白い帽子を被った、日傘を差したあの女性。
 もしかすれば、その落ち着き払った声の主は…彼女なのかもしれない。
 どうしてそう思ったのかは分からないが、あの言葉を聞いた直後に彼女の姿が過ったのだ。
 女性と声が関係しているのならば、そう思っても別に不思議ではないだろう。
「…とはいえ、彼女は何者だったのかしら…良く分からない事が多すぎるけど…けれど…―――アイツ、」
 「アイツ」のところで一旦言葉を止めた後、頭の中でその言葉が浮かび上がってくる。
 
―――人間じゃない様な気がするわ

 そう思った直後、唐突に浮かんできたその言葉に彼女は思わず目を丸くしてしまう。
 一体何を考えているのかと自分の頭を疑いつつも、呟こうとしたその一言を心の中で反芻させる。
(人間じゃない…人間じゃない…何考えてるのよ私?だってアレは…どう見ても人間…そう人間じゃない)
 馬鹿な事を考えている自分を叱咤しつつも、ハクレイはもう一度頭の中で彼女の姿を思い出す。
 服装などは確かにハルケギニアでは珍しいかもしれないが、それは自分にも当てはまる事だ。
 何より彼女の事は後姿でしか見ていないのだ。それでどうして人間じゃないと思ってしまったのだろうか?
 
 唐突に思ってしまった事で、バカ正直に悩もうとした直前に…ふと誰かの気配を後ろから感じた。
 ハクレイはそこで考えるのを一旦止めて、何気なく後ろを振り返ったが…案の定人影は見えない。
 玄関へ繋がる通路と、カトレアと自分たちの寝室がある二階へと続く階段が暗闇の中でぼんやりと見える。
 それ以外には誰かの気配とも言える様な物は見えず、彼女は気のせいかと自分の勘を疑ってしまう。
「疲れてるのかしら?変な時間に目ェ覚ましちゃったし…」
 一人呟き、再び視線を元に戻したハクレイがもう一眠りしようとソファーに背中を預けようとした時―――
 背後から聞こえてきたのだ。確実に人の足音だと確信できる音と、

「あっ…」
 という聞きなれた少女の声を。

322ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:11:14 ID:WoSmxfsM
「!」
 今度こそ気のせいではないと確信した彼女は瞑ろうとした目を開けて、バッと後ろを振り返る。
 そこにいたのは、廊下から少し身を乗り出し、忍び足でこちらに近づこうとて失敗したニナの姿があった。
「に…ニナ?なにしてるのよ、こんな時間に…」
「え?…えっと…その…帰ってきてたんだ…」
 まさか本当にいたとは思えず、見つけた本人も多少戸惑いながらも腰を上げて彼女の傍へと近づいていく。
 ニナ本人はまさかバレるとは思っていなかったのか、唖然としたまま近づいてくるハクレイを見上げている。
 そして近づいたところで、こんな真夜中に自分と同じく起きていたニナが何をしようとしたのか何となく理解してしまった。

 子供向けのパジャマとナイトキャップを被った彼女の右手には何故か雑巾が握られており、ご丁寧に水で濡らしている。
 その雑巾を見て一瞬怪訝な表情を浮かべたハクレイであったが、ふと夢から覚める直前の事を思い出した。
(そういえば、覚める直前に何か頬に……そう、確か…冷たいモノが当たって…って、冷たいモノ?)
 そして…本人が思い出したのを見計らうかのようにして右の頬から冷気を感じた彼女は、そっと右手で頬に触れた。
 まず最初に指が感じたのは頬を刺激する冷気に、僅かに付着していた水が付着する感触。
 水のある何かに触れた指を頬から離した彼女は顔の前に右手の指を持っていき、おもむろに顔元へと近づける。
 
 指に付着した水から漂う臭いは、紛う事なく使い古した雑巾の臭いであった。
 この富裕層向けの別荘の中で平民も見知った掃除道具の一つであり、水で濡らされ様々な場所を拭かれてきた布の集まり。
 何時ごろからこの別荘に置かれていたがは知らないが、きっと色々なモノを拭いてきたのであろう。
 床や壁に、家具の上に溜まった埃はもちろん、窓の汚れだって綺麗にしてきたのは間違いないだろう。

 ――――しかし…この指から微かに漂う匂いから察するに、それだけを拭いてきたというワケではないようだ。

 それを想像して考えるのは簡単であったが、ハクレイは敢えて想像する事は控えようとする。
 とはいえ鼻腔から嗅ぎ取れる臭いが否応なく頭の中にイメージ映像を作り上げ、見せようとして来るのだ。
 
 それを振り払うように慌てて頭を横にふった所で、ニナがこちらに背中を向けているのに気が付いた。
 背中を縮め、雑巾を足元に置き捨てている彼女の姿は、まるで盗みがバレて逃げようとする泥棒そのものである。 
 あわよくば二階へと続く階段まで一気にダッシュ!…と考えたのか、駆け出そうとした彼女の襟首をハクレイは掴んだ。
 ちょっと勢いが強すぎた為か、ニナの口から小さくない悲鳴が漏れたがそれに構わず逃げようとしたニナを自分の目線まで持ち上げる。
「キャッ!ちょっ…ちょっとなにするの!?」
「それはこっちのセリフよ、人の顔に雑巾当てといて何も言わずに逃げるとはね」
 雑巾の事がバレてウッと呻きそうな表情を浮かべたニナは暫し黙った後、目線を逸らしつつ弁明を述べた。
「だ…だって、夕食にまで帰ってこなかったハクレイが悪いんだよ?カトレアおねちゃん、悲しそうにしてたのに…」
 ニナの言葉から奇しくも自分の想像が当たっていた事にハクレイは苦しそうな表情を浮かべた後に言った。

「だったら、今度から似た様な事をする時は綺麗な雑巾を使いなさい。良いわね?」
「あれ?やっぱり臭かったの?あの雑巾確か―――」
「そっから先は言わなくて良いッ!」
 聞きたくも無い雑巾の出所を言いそうになったニナに対して大声を出してしまった事により、
 二人を除いて就寝していた別荘の者たちを驚かしてしまい、結果的に起こしてしまう羽目となってしまった。

323ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:13:13 ID:WoSmxfsM
 その日の朝から、ルイズは何とも気まずい一日を過ごすことになっていた。
 任務用に受け取ったお金を丸ごと盗られた事を除けば、これといってヘマをやらかしたワケではない。
 気まずさの原因は、自分の周囲を行き来する人々よりもずっと近くにいる霊夢の鋭いジト目であった。

 子供たちの楽しい声と、陽気なトランペッタが主役の路上演奏のお蔭で自分たちが今いる通りには明るい雰囲気が漂っている。
 こんな真夏日だというのに人々は日陰や木陰で足を止めて演奏に耳を傾け、その内何人かがポケットから銅貨や銀貨を取り出し始める。
 少々気が早いと思うが、そんな人々の気持ちが分かる程ルイズの耳にもその演奏は心地よかった。
 フルートと木琴がサブに回り、暑くとも活気に満ちた夏の街中に相応しい音色は貴族であっても満足するに違いない。
 ルイズはそんな事を考えながら、自分と霊夢よりも前にいるシエスタと魔理沙の方へと視線を向けた。
 二人も路上演奏を聞いているのか、日影が出来ている建物の壁に背中を預けて聞き入っている。
 
 シエスタはともかく、あの何かしら騒がしい魔理沙でさえ大人しくなって聞いているのだ。
 それだけでも、名も知らぬ演奏者たちの腕前がいかにスゴイか分かるというものである。
「…だっていうのに、アンタは今朝からずっと私を睨んでばかりね?」
「何よ?何か文句あるワケ?」
 演奏に耳を傾けつつもさりげなく呟いたルイズの文句を、霊夢は聞き逃さなかった。
 霊夢の言葉に対しルイズは無言で返そうとおもったが数秒置いて溜め息をつき、そこから小声で返事をする。

「いい加減、アンタもシエスタとの休日を楽しんだらどうよ?魔理沙なんかもうとっくに楽しんでるわよ?」
 今朝からずっとこの調子である霊夢に呆れた言いたげなルイズの文句に、霊夢はムッとした表情を浮かべた。
 流石に魔理沙と一緒くたにされたのが応えたのか、彼女は腰に手を当てながら抗議の言葉を述べていく。
「あんな能天気な黒白と一緒にしないでくれる?私はアイツと違ってちゃんと危機管理はできてるつもりよ」
『お金をちゃっかり盗まれてるのも、ちゃんと危機管理してた結果ってヤツかねぇ?』
 そこへ間髪入れぬかのように、霊夢の背中で暇を持て余していたデルフが会話に乱入してくる。
 流石の彼もこの路上演奏を邪魔してはいけないと思っているのか、珍しく声を抑えて喋りかけてきた。
 
『金盗られてあんなに取り乱してたんじゃあ、黒白と一緒にされるのも仕方ない気が―――』
 最後まで言う前に、特徴的な音を周囲に響かせつつインテリジェンスソードは口を閉ざされてしまう。
 どうやら聞きたくない事まで言ったせいで、後ろ手で柄を握った霊夢によって無理矢理鞘の中へと戻されてしまったようだ。
「アンタは黙ってなさい…ッ余計な事まで言うんじゃないの!」
 納剣時の音か、はたまた霊夢の必死な声がどうかはしらないが、何人かが彼女たちへ視線を向けてくる。
 だがそれも一瞬で、すぐにまた陽気な路上演奏を聞き入ろうと視線を戻していく。

「…んぅ…とりあえず、まだ私の上げ足を取るような事したら暫く喋れないようしてやるわよ、いいわね?」
『ハハハ、オーケーオーケー分かったよ。…ったく、一々喋るのに言葉を選ばなきゃいかんとはねぇ』
 一瞬だけだが、周囲の視線を一心に受けてしまった霊夢は顔を微かに赤くしてデルフを脅しつける。
 それに対してデルフは鞘越しの刀身を震わせて笑いつつ、ひとまず了承することにした。
 彼女と一本のそんなやり取りを見てルイズは小さな溜め息をつきつつ、チラリとシエスタの方へ視線を向ける。

324ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:15:19 ID:WoSmxfsM
 幸いかどうかは分からないが、霊夢の不機嫌さにはまだ気づいていないらしい。
 丁度演奏も終わり、道端で聞いていた人たちや魔理沙に混じって笑顔で拍手している。
 そして取り出した財布から銀貨を銅貨を数枚出すと、演奏者たちの足元に置かれた鍋の中へと放り込んでいく。
 他の人々も同じように銅貨や銀貨が鍋の中へと投げ込まれ、その中に混じって金貨まで投げ入れられている。
 一方の魔理沙はというと、何故かポケットから包み紙に入った飴玉を数個取り出して鍋の中へと放り込んでいた。

 彼女の隣にいたシエスタはいちはやくそれに気づいたか、少し驚いた様な表情を浮かべている。
「え?あの、マリサさん…今投げたのって飴玉じゃあ…」
「いやー悪いね、なにぶん今は金が心許なくて…あ、シエスタも一個どうだ?」
 シエスタからの言葉に対してあっさりと返した黒白は、ついで彼女にも同じものを差し出す。
 目の前に差し出されたそれに一瞬戸惑いつつも、シエスタは何となくその飴玉を受け取った。
 その光景を少し離れた所から見つめていたルイズは、魔理沙がいてくれて本当に良かったと実感する事が出来た。
 今の霊夢や自分だけでは、下手すれば彼女の貴重な休日を丸ごと潰していた可能性があるからだ。


 全ての始まりは昨夜の事、自分たちが寝泊まりしている屋根裏部屋にシエスタが入ってきてからであった。
 半ば無理やりと言っていいほど夕食の席に混ざってきた彼女は、食事が始まるや否や早速誘いをかけてきたのである。
―――あの、レイムさんとマリサさんのお二人って…ここから遠い所からやってきたんだしたよね?
 色々と三人で話し合いたかった夕食に割り込んできたシエスタは、その言葉を皮切りに二人へと話しかけ始めた。
 一体どれほど話したい事があったのだろうか、何処か気まずい雰囲気が流れる食卓で彼女は色んな事を喋った。
 二人の故郷の事やどんな所で暮らしていたか、ここの住み心地はどうとかという他愛ない話だ。
 彼女の質問に対して魔理沙は快く応じ、その時は霊夢も仕方なしと諦めたのか適度に言葉を返していた。

 暫しそんな話をした後に、シエスタはいよいよ話を本筋へと移してきた。
 食事を半分ほど片付けた彼女はチラリとルイズを一瞥した後で、霊夢達を誘ったのである。
―――あの、もしお二人がよろしければ…明日、王都の面白い所を案内したいのですが…良いでしょうか?
 その誘いに対して、二人して別々の反応を見せることになった。
―――おぉ何だ何だと疑っていたが、まさか遊びの誘いとな?まぁいいぜ、別に急ぐ用事なんてないしな
 魔理沙は面白い物を見る様な目でシエスタを見た後、心地よい笑顔で頷いて見せた。
――誘いは嬉しいけど、今は色々と忙しいの。悪いけど、明日は魔理沙とルイズたちを連れて言ってちょうだい
 たいして霊夢はというと…、魔理沙と比べて少し考えた後目を細めながら首を横に振ってそう言った。
 まぁそうだろう。本人の言葉通り、今の霊夢が色々と忙しいのは魔理沙とルイズも十分周知の事であった。
 お金を盗んだ窃盗犯の少年探しに加えて、その日の夕方に魔理沙が遭遇したというキメラの事も調べ慣れればいけないのだ。
 少なくともルイズや魔理沙たちと比べれば、ハードワークと言っても差し支えない程の仕事が溜まっている状態だ。
 本人には絶対に言えないだろうが、シエスタからの遊びの誘いに乗るのは不可能なはずである。

325ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:17:14 ID:WoSmxfsM
 勿論誘っているシエスタはそんな事全く知らずして、ただ純粋な善意の元霊夢を誘おうとする。
 この時期はドコソコが見どころとか、少ない平民のお金でも甘味を満喫できるケーキ屋さん等々…。
 一体その頭の何処にため込んでいたと言えるほどの膨大な情報は、流石年頃の女の子といったところか。
 魔理沙はともかく年が近く貴族であるルイズでさえも、シエスタの語る王都の情報に舌を巻いてしまっている。
 それでも断る気持ちは揺るがない霊夢であったが、彼女の口から出る話には耳を傾けていた。

―――アンタ、そういうのを良く知ってるのね?あのルイズも黙って聞いてるわよ

――――こう見えても学院で奉仕してる時も非番の日には王都で遊び出ていますし、
        何より同僚には同年代の娘も沢山いますから。…で、どうです?レイムさんも一緒に行きましょうよ

――――私、今色々と忙しいって言ったばかりよね?

 成程、異世界にいってもそういう人と人との繋がりは色々な情報を手に入れる手段の一つらしい。
 ともあれそれがどうしたというワケで、さりげなく誘ってくるシエスタに対し冷たい断りをいれるしかなかった。
 そう、断ったのである。しっかりと断った筈だったのであるが…


「ホント、参るわよねぇ…純粋な善意って」
 魔理沙とルイズ相手に楽しそうに会話しながら通りを歩くシエスタの後ろ姿を見て、霊夢は一人呟く。
 結局あの後、ややしつこさのシエスタの誘いに彼女は渋々とその誘いに乗ってしまったのである。
 原因…というか、強いて敗因と言うのならば…シエスタ本人が純然たる善意でのみさそってきたからであろうか。
 多少の強引さはあったものの、それもその善意が働いた結果だ。
 
 例えば普通に誘われたり、何か考えあっての事であるならば霊夢は乗らなかっただろう。
 彼女自身そういう誘いには普段はあまり乗らないし、どちらかというと一人でいる方が気楽なタイプの人間である。
 しかし、シエスタのように自分たちをかなり信頼し尊敬してくれている人間からの善意というものには慣れていなかった。
 まるで汚れを知らずに育った温室の花のように、対価を求めず接してくれる彼女に好意を持ってしまったというべきか…。
 そんな彼女からの誘いの言葉には他意など全く見受けられず、ただただ自分たちと一緒に休日を過ごしたいという思いだけが伝わってくる。
 
 召喚される前、幻想郷でせっせと妖怪退治をしていた時も人里の人達たちからそういう善意を受け取っていた。
 時折人に冷たいと評される霊夢であっても、そういう善意を受け取ること自体は決して嫌いではなかった。
 そして、そういう善意が巡り巡って物となって自分に返ってくるという事も巫女として生きていくうちにしっかりと学んでいた。

「まぁシエスタにそういうのを望んでるワケじゃないけど…無下にするのも何か酷なのよねぇ〜」
『成程ねぇ。普段は冷たいレイムさんも、他人からの優しさには敵わないって事かー』
「…そういう事よ、でもアンタは黙ってなさい」
 独り言のように呟く霊夢の言葉に対し、彼女の背中に担がれているデルフが鞘から刀身を微かに出して相槌を打つ。
 丁度彼女の横を通り過ぎようとした平民と下級貴族が突然喋り出した剣に驚いたのか、身を軽く竦ませてしまう。
 そんな事など露も知らない霊夢は急に喋ってきたデルフを鞘に戻しつつ、ルイズ達の後を追う。
 一人ここに至るまでの事を思い出している内に、足が遅くなっていた事に気が付かなかったらしい。
 地元の人々らしい平民たちの憩いの場となっている公園の横の通りを早足で歩き、ルイズ達の元へと寄る。

326ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:19:14 ID:WoSmxfsM
 遅れている事に気が付いていたルイズが、近づいてくる霊夢に声を掛けた。
「ちょっとー、何してるのよレイム」
「別に、ただ…自分って結構甘いなーって思ってただけ」
「?」
 自分独自など知らないルイズが首を傾げるのを余所に、事の張本人であるシエスタが話しかけてきた。
「どうですかレイムさん?ここの公園横の通り、ちょうど敷地内の植木が木陰になってて夏場の散歩に快適でしょう?」
「…確かに。夏季休暇中だっていうのに人通りは比較的少ないし、こっちのほうが気を楽にして歩けるわ」
 平民向けの女性服に薄緑色のロングスカートに、木靴というスタイルの彼女の言葉に霊夢は周囲を見回しつつ言葉を返す。
 シエスタが三人を連れて訪れている場所は勿論王都内であったが、観光客と思しき人々の姿はあまり見えない。
 どちらかといえば近辺に住んでいる平民や下級貴族といった、俗に地元であろう人々の姿が目立つ。
 これまで大通りや繁華街、市場での混雑っぷりを見てきた霊夢達にとっては見慣れぬ風景であった。

「それにしても、まさか市場から少し離れた所にこんな静かな通りがあるなんてね」
「やっぱり市場と大通りには人が集まりますからね、その分ここら辺は静かになっちゃうんですよ」
 ルイズは昨日の混雑っぷりが嘘の様に平穏なその通りを歩きながら、シエスタとの会話を続けていく。
 確かに彼女の言うとおり人の混雑が多いのは市場と大通りに、その近辺を囲うようにして人が集まっているという話はよく耳にする。
 だからなのだろう。その日の買い物を終えて暇になった地元の人々が、背中を自由に伸ばして休める場所がここにできたのは。

 公園の規模は小さいが子供たちが笑い声を上げて楽しそうに駆け回り、良い汗を沢山かいている。
 シーソーやブランコ、小さな回転遊具にも少年少女たちが集まり、喜色に満ちた嬌声を上げて遊びまわっている。
 その子供たちを見守るようにして大人たちがベンチに腰を下ろして、会話を楽しんでいたり一人静かに休んでいる。
 ベンチで気ままに寝ている下級貴族もいれば、近場の店で買ったであろうパンを食べていたりする平民がいる。
 既に四人が通り過ぎた公園の入り口で不審者がいなかいか見張っている衛士たちも、暢気に談笑していた。 

 ルイズ自身、今まで何度も王都へは足を運んだことはあったものの、この様な場所を訪れたことは無かった。
 いつも足の先が向くのは賑やかだがいつも混雑しており、けれど目を引くモノが数多ある大通りや市場等々…。
 だからこそ…シエスタが連れてきてくれたこの場所は酷く目新しく映り、そして新鮮味があった。
 そんなルイズと同じ気持ちを抱いていたのか、あたりを見回していた魔理沙も嬉しそうな様子を見せるシエスタに話しかけてくる。

「へぇ〜、こいつは意外だぜ。よもやこの騒がしい街で、こうして気楽に歩ける場所があったなんてね」
「でしょ?私も良く、用はないけど外を歩きたいって時にはいつもここへ来ちゃうんですよ」
 魔理沙の反応を褒め言葉と受け取ったのか、シエスタは笑顔を浮かべて嬉しそうな様子を見せている。
 まぁあの霧雨魔理沙がそういう言葉を口にするのだから、褒め言葉と受け取ってもおかしくはないだろう。

327ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:21:15 ID:WoSmxfsM
 それから後も、シエスタはルイズ達を連れて一平民としての彼女がお薦めする王都のあちこちを案内してくれた。
 丁度大通りの裏手にある隠れ家的なベーカリーショップに大衆食堂や、中々の年代物を扱っている骨董品の店。
 マニアックな品物を取り揃えている雑貨屋など、通りから眺めるだけでも中々面白い物を見て回っていった。
 きっとメイドとして魔法学院で奉仕する傍ら、非番の日に足繁くこういった場所へ自ら足を運んでいたのだろう。
 通り過ぎていく人たちも彼女と気軽に挨拶をし、時には一言二言楽しそうな会話を交えて去っていく。
 人々の雰囲気は皆穏やかであり、見慣れぬ者たちを警戒する素振りなど毛ほども感じられない。

 最初は渋々であった霊夢も、穏やかな空気が流れる通りを歩いていくうちに態度が軟化していったのだろうか。
 今では自分がやるべき事を一時頭の隅へ置いて、興味深そうに辺りを見回しながらルイズ達についていっている。
『なんでぇ、さっきまであんなに゙仕方なじって感じだったのに…今じゃすっかり楽しんじまってるじゃないか』
 そして相棒の態度の変化に気が付いたのか、今まで黙っていたデルフが再び彼女へと話しかけてきた。
 急に喧しい濁声で喋り出した剣に顔を顰めつつも、霊夢は後ろに目をやりながら彼と話し始める。
「デルフ?…まぁ、私としてはまだ納得いかないけど…まぁ今更抗っても仕方ない…ってヤツよ」
『ふ〜ん、そういうモンかい?けれどそれが違ったとしても、オレっちはお前さんに指図はしないさ、何せ――――』
「…剣だから?」
「…………まぁ剣だから、だな」
 まさか自分の言いたい事を先読みされた事に軽く驚きつつ、デルフは彼女とのやりとりを続ける。

『それにしても、世の中にはお前さんみたいなのにも好意を向けてくれる変わり者がいるものだねぇ』
「シエスタの事?別にそんなんじゃないでしょうし、アンタの言い方だと私まで馬鹿にしてるでしょ?」
 ついているかどうかすら分からない目でルイズと楽しそうに前で会話している休暇中のメイドを見ているであろうデルフの言葉に、
 霊夢がジト目で睨みつけながらそう言い返すと、シエスタから少し離れた魔理沙が呼んでもいないのに会話へ割り込んできた。
「そうだぜデルフ、シエスタはただ優しいだけの人間さ。…まぁ確かに、霊夢に必要以上に構うのは変わってるかもしれんがな」
『おー、言うねぇマリサ。お前さんもあのメイドの嬢ちゃんは気に入ってるクチか?』
「そりゃー学院では色々良く接してくれたし、肩を持ってやるのは当然の義理ってヤツだよ」
「ちょい待ち、アンタが私の事悪く言うのはおかしくない?」
 シエスタの事を擁護しつつも、ちゃっかりと自分の悪口は言い逃さない魔理沙に霊夢が待ったを掛けていく。
 さすがの霊夢であっても、自分以上に人間失格な性格をしているであろう魔理沙にとやかく言われるのは許せなかったようだ。

「全く、少し目を離したかと思えば…何やってるのよアイツらは」
「ま、まぁこの暑い中ああして元気でいられるのは、まぁ…良いと思いますよ?」
 魔理沙が入ってきたせいで、ちょっとした言い争いに発展しかけてる二人と一本の会話をルイズ達は少し離れた所で見ていた。
 呆れたと言いたげな表情を浮かべるルイズは人通りが少ないとはいえ、注目を集め出している彼女たちの言い争いにため息をつき、
 一方のシエスタはどんな言葉を口にしたら良いかわからず、無難な言葉を口に出しつつ苦笑いする他ない。
「ホント、呆れるわねアイツラには。折角シエスタが自分の休日潰して案内してくれてるっていうのに」
「でもミス・ヴァリエール。元はと言えば私の我儘なんですし…レイムさんたちを責めるのはどうかと思いますが…」
 ルイズがレイムたちに対する文句を言うと、咄嗟にシエスタは彼女たちを擁護してくる。
 その態度に妙な違和感を感じたのか、ルイズは少し怪訝な表情を浮かべて彼女へ尋ねてみる。

328ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:23:28 ID:WoSmxfsM
「シエスタ…アンタ、何かアイツラの肩を持ち過ぎてないかしら?」
「え、あの…アイツラって、レイムさんたちの事ですか?」
 突然そんな事を尋ねてくる彼女にシエスタがそう聞くと、ルイズは「えぇ」と頷きつつ話を続けていく。

「まぁあの二人には色々と助けられた恩はあるでしょうけど、だからと言って変に持ち上げすぎてるわよ?
 そりゃー助けてもらった時は輝いて見えたろうけど…控えめにいっても、普段の二人は結構酷い性格してるから」
 
 最後の一言はシエスタの耳元で囁き、まだ言い争っている彼女たちに聞こえない様に配慮する。
 自分の言葉に暫し困惑の様子を見せるシエスタに、ルイズは尚も言葉を続けていく。
「いくら親しいからって、優しさだけ振りまいても意味がないものなのよ。…特にアイツラを相手にする時はね」
「確かにそうだと思いますが、ミス・ヴァリエールは常日頃から厳しすぎるかと…」
「厳しい位で丁度良いのよ。飼っている犬や猫が粗相したら躾するでしょう?それと同じだわ」
「ぺ、ペットと同程度ですか?」
 あの二人をさりげなく犬猫扱いしたルイズに驚きつつ、シエスタはハッと霊夢達の方へと視線を向ける。
 幸いルイズの言葉は彼女らの耳に届いていなかったのか、まだ言い争いを続けていた。

 例え聞かれていたとしてなんら自分には関係ないものの、シエスタは無意識の内に安堵のため息をついてしまう。
 そんな彼女に対し全く慌て素振りを見せないルイズは、霊夢たちを指さしながら尚も話を続けていく。
「あぁいう状態になったら、こっちがよっぽどの騒ぎを起こさない限り聞こえないから大丈夫よ」
「そ、そうなんですか…?でもこの距離だと確実に聞こえてたような気もしますが…」
「大丈夫よ大丈夫!仮に聞こえてたとしても、向こうが悪いんだからこっちは胸を張ってればいいの」
「ちょっとー!アンタ達の会話は丸聞こえだったわよぉー!」
 いかにも楽観視的な事をルイズが言った途端、こちらに顔を向けてきた霊夢が怒鳴ってきた。
 その怒声にルイズとシエスタは思わず彼女の方へと一瞬視線を向け、そして互いの顔を見あいながら言った。

「どうやら聞こえてたみたいね。御免なさい」
「多分私は怒られないと思いますので、レイムさん達に誤った方が良いかと思います」
「えぇー?私はホントの事をちゃんと言っただけなんですけど」
「だからって、人を犬猫に例える奴がいるか!」
 最初からある程度苛ついていた所為もあってか、謝る気ゼロなルイズに霊夢は突っかかっていく。
 突然発生した口げんかに対し、シエスタは何も出ぎずただただ見守る事しかできない。
 
 そうしてアワアワと驚きつつ、観戦者になるしかないシエスタの背後から魔理沙が声を掛けてきた。
「おぉシエスタか?さっきからルイズが誰かと話してるなーって思ったら…まさかお前だったとはなぁ」
「マリサさん…い、いえ!とんでもありませんよ!」
「まぁそう簡単に謙遜はしてくれるなよ。お前さんのお蔭で、アイツとの゙お喋り゙が終われたんだしな」
 意図的にしたワケではないという事をシエスタは伝えたかったが、それがちゃんと出来たかどうか分からない。
 魔理沙は理解したのかしてないのかただ笑顔を浮かべつつ、シエスタの横に立ってルイズと霊夢のやり取りを見つめていた。

329ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:25:33 ID:WoSmxfsM
「シエスタ…アンタ、何かアイツラの肩を持ち過ぎてないかしら?」
「え、あの…アイツラって、レイムさんたちの事ですか?」
 突然そんな事を尋ねてくる彼女にシエスタがそう聞くと、ルイズは「えぇ」と頷きつつ話を続けていく。

「まぁあの二人には色々と助けられた恩はあるでしょうけど、だからと言って変に持ち上げすぎてるわよ?
 そりゃー助けてもらった時は輝いて見えたろうけど…控えめにいっても、普段の二人は結構酷い性格してるから」
 
 最後の一言はシエスタの耳元で囁き、まだ言い争っている彼女たちに聞こえない様に配慮する。
 自分の言葉に暫し困惑の様子を見せるシエスタに、ルイズは尚も言葉を続けていく。
「いくら親しいからって、優しさだけ振りまいても意味がないものなのよ。…特にアイツラを相手にする時はね」
「確かにそうだと思いますが、ミス・ヴァリエールは常日頃から厳しすぎるかと…」
「厳しい位で丁度良いのよ。飼っている犬や猫が粗相したら躾するでしょう?それと同じだわ」
「ぺ、ペットと同程度ですか?」
 あの二人をさりげなく犬猫扱いしたルイズに驚きつつ、シエスタはハッと霊夢達の方へと視線を向ける。
 幸いルイズの言葉は彼女らの耳に届いていなかったのか、まだ言い争いを続けていた。

 例え聞かれていたとしてなんら自分には関係ないものの、シエスタは無意識の内に安堵のため息をついてしまう。
 そんな彼女に対し全く慌て素振りを見せないルイズは、霊夢たちを指さしながら尚も話を続けていく。
「あぁいう状態になったら、こっちがよっぽどの騒ぎを起こさない限り聞こえないから大丈夫よ」
「そ、そうなんですか…?でもこの距離だと確実に聞こえてたような気もしますが…」
「大丈夫よ大丈夫!仮に聞こえてたとしても、向こうが悪いんだからこっちは胸を張ってればいいの」
「ちょっとー!アンタ達の会話は丸聞こえだったわよぉー!」
 いかにも楽観視的な事をルイズが言った途端、こちらに顔を向けてきた霊夢が怒鳴ってきた。
 その怒声にルイズとシエスタは思わず彼女の方へと一瞬視線を向け、そして互いの顔を見あいながら言った。

「どうやら聞こえてたみたいね。御免なさい」
「多分私は怒られないと思いますので、レイムさん達に誤った方が良いかと思います」
「えぇー?私はホントの事をちゃんと言っただけなんですけど」
「だからって、人を犬猫に例える奴がいるか!」
 最初からある程度苛ついていた所為もあってか、謝る気ゼロなルイズに霊夢は突っかかっていく。
 突然発生した口げんかに対し、シエスタは何も出ぎずただただ見守る事しかできない。
 
 そうしてアワアワと驚きつつ、観戦者になるしかないシエスタの背後から魔理沙が声を掛けてきた。
「おぉシエスタか?さっきからルイズが誰かと話してるなーって思ったら…まさかお前だったとはなぁ」
「マリサさん…い、いえ!とんでもありませんよ!」
「まぁそう簡単に謙遜はしてくれるなよ。お前さんのお蔭で、アイツとの゙お喋り゙が終われたんだしな」
 意図的にしたワケではないという事をシエスタは伝えたかったが、それがちゃんと出来たかどうか分からない。
 魔理沙は理解したのかしてないのかただ笑顔を浮かべつつ、シエスタの横に立ってルイズと霊夢のやり取りを見つめていた。

330ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/01/31(水) 20:27:55 ID:WoSmxfsM
 それから少しして、数分の言い争いは…結局、両者が疲れてしまった事で幕を閉じた。
 数多の人妖と顔を合わせ、一癖二癖どころか五癖もありそうな連中と話してあってきた霊夢。
 それに対して、入学当初の問題から生まれた生徒達との揉め事で鍛え上げられたルイズ。
 お互い別々の経験から来る言葉選びと、相手が何であれ怯まないという精神が衝突すればそれはもう引き分けになるしかないであろう。
 実質霊夢を相手に怒鳴り続けたルイズは、体の中にドッと溜まってしまった疲れを取るようにため息をついた。
「はぁ〜…参ったわねぇ。私自身、こんなに口喧嘩したのは初めて…かもしれないわ」
『娘っ子も中々口が悪いが、生憎ながらレイムの方はその三倍…いや四倍増しで酷かった気がするぜ』
「何で言い直す必要があるのよ。…っていうか増えてるし」
「………ふふ」
 お互い本気で言い争うつもりは無かったのだろう、そのまま喧嘩に移行する事無く自然と仲が戻っていく。
 デルフの余計な一言に少し疲れた様子を見せる霊夢が言葉を返したところで、ふとシエスタがクスリと笑った。

 彼女の真横にいて、それにすぐさま気が付いた魔理沙は首を小さく傾げつつ彼女に話しかける。
「?…どうしたんだシエスタ?」
「いえ、貴女達三人とデルフさんのやりとりを見ていてふと…曽祖父から教えてもらった諺を思い出しまして…」
 諺?魔理沙が再び首を傾げた所で彼女は「はい」と頷いてから、その諺とやらを口にする。
 それはルイズ達は勿論、デルフさえも知っているありふれたものであり、彼女らにピッタリな諺であった。

「喧嘩する程仲が良い…って諺なんですけど――――ミス・ヴァリエールとレイムさん達の関係に、ピッタリと思いません」
「………あー成程な。確かに私達の関係にピッタリ嵌る諺だな?二人もそう思うだろう」
 魔理沙からの問いにルイズと霊夢は互いの顔を見合った後、ほぼ同時に首を横に振りながら言った。
「いやいや、それは無いわね」
「そうよ、それだけは絶ッ対に無いわね」
「ホラ?二人して似たような答えを出してくれる辺りに、仲の良さを感じるぜ」
 見事なほど息の合った首振りを見せてくれた二人を指さした魔理沙の言葉に、シエスタはつい笑ってしまう。
 大通りと建物一つ隔てた場所にある静かな通りのど真ん中で、青春真っ只中な少女の笑い声が響き渡った。




以上で91話の投稿は終わりです。
では今日はここまでに…また来月末にお会いしましょう。ノシ

331ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 21:44:44 ID:4OzmZrQ6
皆さん、大変長らくお待たせいたしました。ウルトラ5番目の使い魔、68話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

332ウルトラ5番目の使い魔 68話 (1/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 21:47:49 ID:4OzmZrQ6
 第68話
 仇なき復讐者
 
 奇機械竜 ギャラクトロン 登場!
 
 
 物語は、コルベールとリュシーが出会う前日にさかのぼる。
 元素の兄弟のダミアンとドゥドゥーはジャックとジャネットと別行動をとり、連続爆破事件の足取りを追っていた。
「それで兄さん? いったいどうやって犯人の尻尾を踏んづけるつもりだい……ですか?」
「そんなに難しくはないさ。犯人はこれまでの事件で、相当な量の火の秘薬を使っている。だが錬金で火薬をまかなうのはよほどのメイジでも厳しいものだ。だから、闇ルートでの火の秘薬の流れを追う」
 ここ最近で、火薬を大量に購入している者がいたらそいつが犯人である可能性が高い。ドゥドゥーはダミアンの考えになるほどと思った。
 むろん、同じことはガリアやトリステインの官憲も考えているだろうが、堅気の人間が闇ルートの深部に迫ることは難しい。その反面、元素の兄弟は裏社会のエキスパートであり、闇ルートの人間にも広く顔が利く。
「さすがダミアン兄さんは頭が切れるなあ」
「ドゥドゥー、これくらい君が一人でできるようになってくれないと困るよ。いつまでも下調べを僕やジャック、ましてジャネットに甘えていてどうする? そろそろ一人前になってくれないと、僕にも考えがあるからね」
「はい……」
 ダミアンは一見子供にしか見えない背格好だが、怒った目つきは悪魔よりも怖く、睨まれたらドゥドゥーは背筋が凍り付いて逆らえなくなるのだった。
 これ以上ダミアンの機嫌を損ねたら、それこそどんな罰が待っているかわからない。ドゥドゥーは、今回はふざけていられる場合じゃないと必死になって情報収集に当たり、ついに有力なネタを突き止めることに成功した。
「兄さん、たぶん、この線じゃないかな?」
「ふむ……最近、ゲルマニア軍から相当量の物資の横流しが起こっている、か。確かに、怪しいね。その行く先になったのは、ふうん……だが、この仲買人になった商会、見ない名前だね」
「あ、うん。どうも最近になって急にのし上がってきた闇商会らしいよ。かなりのやり手だとは聞いたけど、ボスが誰かってのはわからないってさ」
 ダミアンは、ふむ、と軽く目を細めた。下剋上の激しい裏社会で、才能と野心ある若手がのし上がってくることは別に珍しくはない。それに、自分たちのような刺客に狙われるリスクを避けるために組織のボスの正体を秘匿することも普通だ。
 しかし……と、ダミアンは少し違和感を覚えた。ドゥドゥーは気づいていないようだが、ガリアやトリステインはともかく、あの拝金主義のゲルマニアで新興組織を軍から大規模な横流しができるほど短期間に急成長させるとは、並の手腕ではありえないことだ。
 そんな実力と野心を持った奴がこれまで裏社会にいたか? ダミアンは記憶を辿ったが、ふとドゥドゥーが妙な様子で自分を見ているのに気づいて思考を打ち切った。

333ウルトラ5番目の使い魔 68話 (2/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 21:48:36 ID:4OzmZrQ6
「どうしたんだい? 何か言いたそうな顔をしているね」
「あ、うん……実は、その。この情報だけど、昨日同じことをジャック兄さんとジャネットも聞きに来たらしいんだ」
 それを聞き、ダミアンはふぅとため息をついた。
「なるほど、あの二人に先を越されたわけか。まあいい、あの二人より一日遅れならドゥドゥーには上出来だ。すぐに後を追うよ、いいね」
「は、はい兄さん!」
 なんとか兄の怒りは乗り越えたようだ。ドゥドゥーはほっとして、次いで喜び勇んで馬を借り入れるために飛んでいった。
 ダミアンは、そんなお調子者の弟の背中を呆れた様子で見守っていた。
「一日遅れか。急げばジャックたちが仕事をすますギリギリで間に合うかな」
 だがもしターゲットが間違っていなければ、あの二人がターゲットを仕損じることはまずない。それでも、手柄を取られることもドゥドゥーにはいい薬だとダミアンは思った。ゲルマニアの闇世界のことは、すでに当面の考えからは消えていた。
 馬を飛ばし、大量の火薬を購入したという人間がいるはずの街へと急ぐダミアンとドゥドゥー。彼らはこのとき、この仕事もいつものように終わるだろうと、信じて疑っていなかった。
 
 
 時間を戻そう。白い謎のロボットの襲撃から一夜明け、港町は新たな活気に包まれていた。
「おーし、材木を運んできたな。おーい! 組み立てはすぐにでもできるぞ、壊れた工場の解体はまだかかるか!」
「もう少しだ! 今、メイジ総出で宝石になっちまったとこを砕いて荷車に乗せてるとこだ。これだけの量だ、金貨何万枚になるか想像もつかねえぜ!」
「まったく、あの白いガーゴイル様様だな。俺らのぶんもちゃんととっとけよ!」
 威勢のいい掛け声があちこちで聞こえ、男たちは日に照らされながら汗を流している。昨日、ロボットの怪光線で宝石にされた建物は砕かれて解体され、他国に売りさばかれてクルデンホルフの儲けになるだろう。
 しかも、ポケットに詰まるまでなら取り分にして構わん、という太っ腹なお達しのおかげで、ズボンをパンパンにした男たちはいつにも増してやる気に満ち満ちていた。
 ここは造船所、ものづくりの街。ものが壊れればまた作ればいいという気概が住人には満ちている。
 そして、天を突くほどの覇気に満ち溢れた男がここにもう一人。コルベールは、昨日の騒ぎで夜にリュシーと会うことはできなくなった代わりに、今日は朝からリュシーを案内して回るという素晴らしい約束を取り付けることに成功していたのだ。
「お、おはようございます。ミス・リュシー、き、今日もなんとお美しい」
「あら、こんな黒一色の修道衣の私なんかにもったいないですわ。おはようございます、コルベール様。今日もよいお天気ですわね」
 朝日を浴びながら輝くような笑顔で現れたリュシーを、コルベールはしどろもどろになりながら出迎えた。

334ウルトラ5番目の使い魔 68話 (3/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 21:49:32 ID:4OzmZrQ6
 彼はこの時のために、これまで興味もなかったおしゃれに気を遣い、仕事着もぴしっとした新品のものを身に着けている。コルベールにとっては、女王陛下の前に出るときでもなければしないような最大限の着こなしといえるだろう。
 しかし、そんな付け焼刃はリュシーの素朴なシスター服の前にはぼろきれ同然であった。何も着飾っていないにも関わらず、黒のシスター服だけで天使のような輝きを放っている。何で着飾ろうとも、所詮は中身がよくなければ何の意味もないことを、コルベールは心底思い知った。
"まさしく、この世に舞い降りた天使だ。それに比べて自分はどうだ? まるで百合の前の雑草だ”
 それでも、このくらいでくじけるほどコルベールもやわではない。男は見た目じゃないと自分を奮い立たせ、生まれて初めての女性のエスコートに出かけた。
「で、では今日は私がこの街と、私の東方号をご案内いたします。よ、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いいたします。わたくしも、働く皆さんのお役に少しでも立てるように頑張りますね」
 ぺこりとおじぎをした可愛らしい天使に心臓をわしづかみにされて、コルベールは禿げ頭から湯気が出る思いだった。
 だが男の誇りを総動員して理性を保ち、自分の預かった職場を案内していった。
「こちらが軍艦に使う鋼板を製造する工場です。元々トリステインの冶金技術は他国に比べて劣っていたのですが、クルデンホルフが諸国から技術者を呼び集めたことでだいぶん改善されました」
「わあ、すごい熱気ですね。昔、立ち寄った村で鍛冶場を覗いたことがありますが、その百倍はありそうです」
「はは、驚かれましたか。女性の方にはわかりにくいかもしれませんが、鉄の良し悪しで国の豊かさが決まるほど、人間は鉄に頼り切っているものなので、この熱さはトリステインの温かさにつながるのです。よければ、作業の安全をお祈りいただませんか?」
「もちろん喜んで。国が豊かになれば、それだけ貧しさで不幸になる人も減りましょう。始祖よ、この働き者の方々へ、惜しみない加護を与えてくださいませ」
 こうして、あちこちで熱心に祈りを捧げるリュシーの姿は働く人たちにも好意的に受け取られた。危険な仕事をする人間ほど安全祈願には熱心なもので、どこでも感謝で迎えられた。
 もちろんリュシーの人柄もあり、朗らかで謙虚な彼女はどこでもすぐに人気者になった。中には仕事そっちのけでリュシーをデートに誘おうとするギーシュみたいな不心得者もいる始末で、コルベールは慌てて彼女を連れてその場を離れた。もっとも今のコルベールに言う資格はないが。
 そうして街をひととおり案内すると、今度は東方号に二人はやってきた。
「ようこそ、私のオストラントへ。あなたを貴賓として歓迎いたしますぞ」
「まあ、それは光栄ですわ。ですが、わたくしが軍艦に乗せられても、お役に立てるでしょうか?」
「いえいえ、あなたに武器の講釈をしようなどとは考えておりませんからご安心ください。この船は国の行事に使用されることもあり、女王陛下のお召しも想定されています。ですが、こういうところですと、どうしても考え方が男中心になってしまいましてな。そこであなたには、女性からの視点でアドバイスをいただきたいのですよ」
「そういうことでしたら喜んで。わたくしは外国人ですけれど、ハルケギニアに二輪とない白百合とうたわれるアンリエッタ女王のためでしたら、微力を尽くさせていただきます」

335ウルトラ5番目の使い魔 68話 (4/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 21:50:56 ID:4OzmZrQ6
 やった! と、コルベールは心の中でガッツポーズをした。昨日の晩、寝る間も惜しんでデートのプランを考えたかいがあった。本当なら自分の趣味を語りたいところだが、それはぐっと我慢して彼女を立てる場所を作るのだ。
 まずはコルベールはリュシーを案内して船内を巡り始めた。実用一点張りだった昔とは違い、今では東方号の中は乗組員が長期間過ごせるように、様々な設備が整えられている。
「すごい大きな船ですね。昨日は外を歩いただけでしたが、中も広くて迷ってしまいそうですわ」
「はは、全長四百メイル級のハルケギニア最大の船ですからね。最近は乗員が増えることも見越して、散髪屋や図書室も作られております。迷うと大変ですので、しっかり私についてきてください」
「はい。あら? こちらの降りる階段の先には何があるのでしょうか」
 ふと足を止めたリュシーの見る先には、関係者以外立ち入り禁止と札が立てられ、鎖で仕切られている鉄の階段があった。
「ああ、そちらは弾火薬庫なので立ち入り禁止になっています。いくらあなたでもこの先は通せませんが、元々おもしろいところではありませんよ」
「そう……ですか。コルベールさんは、こちらでも入れるのですか?」
「ええ、私はこの船の船長ですから。ささ、こんなところにいてもしょうがありません。先に行きましょうぞ。ささ」
 コルベールは、足を止めたままのリュシーを促して先へ連れて行った。
 やがて一通りの案内が終わると、コルベールはリュシーに貴賓室などの飾りつけの相談などをおこなった。すると、リュシーは花の飾りつけや装飾の配置など、武骨な男や頭の固い貴族からは出てこない繊細な心遣いを示してくれた。そして彼女の言うとおりに改装させると、船内は見違えるように美しくなったではないか。
「ほおお、これはなんと見事な!」
 コルベールは改装された船内を見て、世辞抜きに感嘆した。武骨な軍艦の中を飾りつけでごまかしたような感がどうしてもぬぐえなかった前までと打って変わって、まるで高級ホテルのような気品が漂う光景に変わっている。
 飾りつけを少々工夫するだけで、住まいというものの見栄えはこうも変わるものか。コルベールはリュシーに、生徒が百点を取ったときのように興奮して言った。
「見事です、ミス・リュシー。あなたのセンスは私の想像をはるかに超えていました。どこかで美術を学ばれたのですかな?」
「いえ、わたしは何も。ただ、昔住んでいた屋敷の風景を思い出したり、旅の途中で見てきたものを参考にしただけです」
「いや、それだけでこれだけの改善をなさるとはすごい。内装はそれなりに名のあるデザイナーの方に依頼していたのですが、あなたのほうが数段素晴らしい。これは才能ですぞ! あなたには素晴らしい才能があります!」
 コルベールの歓喜に満ちた剣幕に、さすがにリュシーも苦笑交じりで「あ、ありがとうございます」と、答えるしかなかった。
 せっかくここで好感度を上げるチャンスだというのに、教師としての本分を隠せないのがコルベールの残念なところだった。これがギーシュあたりなら、「美しいあなたの心が現世に現れたかのようです」などと褒めちぎるであろうが、同じ褒めるでもコルベールのはベクトルが違っている。

336ウルトラ5番目の使い魔 68話 (5/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 21:52:31 ID:4OzmZrQ6
 けれど、コルベールだけではなく、改装を手伝った他の作業員たちもリュシーの手並みを褒めたたえると、リュシーは頬を赤く染めて照れくさそうな笑みを浮かべた。
「おや、どうしました? ミス・リュシー」
「いえ、こんなに人から求められたのは初めてなもので……これまで、シスターとして求められたことはありますが、それ以外のわたしが必要とされたことはありませんでしたから」
「それで戸惑われたのですな。ですが、心配しなくても大丈夫。人間は、誰かに必要とされることを感じて、はじめて自分の価値を知れる生き物なのです。もちろんシスターの仕事も素晴らしい。しかし、それ以外でもあなたには人の役に立ち、誰かを笑顔にできる力があるのです。よければ本気でデザイナーを目指してみませんか?」
「お、お気持ちだけいただいておきます……ふふ、これじゃまるでコルベールさんが神父様で、わたしが迷える子羊みたいですね」
 微笑みながらそうつぶやいたリュシーに、コルベールははっと気づいて赤面しながら頭を下げた。
「す、すみません。そういうつもりではなかったのですが、つい調子に乗ってしまいまして」
「いいえ、こちらこそそういうつもりで言ったわけではありません。むしろ、感謝しているのです。わたしは出家してから今日まで、神に仕えて生きようと思っておりましたし、周りからもそれだけを求められてきました。ですから、それ以外の生き方を薦めてくださったコルベールさんには感謝しています。それに、わたし自身も飾りつけをしているときは、とても楽しかったです。さきほどはとっさにああ言ってしまいましたが、デザイナーですか……ふふ、少し本気で考えてみることにしますわ」
「も、もしよければ私が全力で応援しますぞ!」
 コルベールは大喜びでリュシーの手を取り、そして慌てて離した。
「わっ、わわわ! すみません、私としたことがなんと失礼な」
「いっ、いえそんなことはありません。はは……あっ、そろそろお昼ですわね」
 赤面して見つめあう二人。コルベールは初心なところをさらけ出し、リュシーも男性経験がないのか頬を染めてごまかそうとして、ちょうどそのとき昼休憩を知らせる鐘の音が響いてきて、二人は笑いながら顔を見合わせた。
「そ、そろそろ昼食にいたしましょう。シェフに頼んで、ご婦人用の食事を用意させています。甘いものはお好きですか?」
「はい、大好きです!」
 と、そそくさと移動する二人。しかし恥ずかしさの中で、コルベールは心の片隅に小さな違和感を覚えていた。
”ミス・リュシーの手のひらのタコ。あれは杖を戦いで振るうことが日常の人間にできるもの……いや、まさか”
 気のせいだろうと、コルベールは違和感を拭って食堂へと向かった。きっと、慌てていたからだろう。
 
 食堂はすでに人で賑わっており、二人はコルベールが予約をとってあった高級士官用の席についた。

337ウルトラ5番目の使い魔 68話 (6/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 21:54:54 ID:4OzmZrQ6
 向かい合って座った二人に、コルベールと顔なじみの工員たちが好奇の視線を向けてくる。ミスタ・コルベールにもついに春が来たのかと囁き合う人もいれば、中には「なんであんなコッパゲにあんな美人が!」と、呪いの視線を向ける者もいた。
「ここのシェフは、以前トリスタニアのレストランで活躍していた名人です。お口に合いますでしょうか?」
「ええ、とても。禁欲をむねとする聖職としては心苦しいですが、施しもまた神の与えてくれた大切な糧。遠慮なくいただかせてもらいます」
 上品に食器を扱って食事をするリュシーの姿は、元貴族だという彼女の育ちの良さを感じ取れた。
 そんなリュシーを見て、コルベールは彼女から隠しきれない高貴さを感じ取った。コルベールも身分上は貴族であり、基本的なマナーは当然身に着けているが、やはり気品の面では到底かなうべくもなかった。
「お気に召してよかったです。よければ、なんでも注文なさってください」
「ありがとうございます。ですが、神に仕える身で貪るわけにはまいりませぬ。それに、わたしも女ですから美容には気を遣っていますのよ」
 茶目っ気に言ったリュシーに、コルベールも「これは失敬」と笑い返した。
 この品性の高さ。リュシーが生を受けた家はよほど格式の高い家柄であったのだろう。しかし、それほどの名家がどうして娘を出家させなければならないほどに?
 コルベールはそれを尋ねようと口を開きかけたが思いとどまった。自分は地位や富にはなんの関心もないけれど、世の中の貴族の大多数はそれを巡って血で血を洗う争いを繰り返している。いくらリュシーが清らかな人だとしても、彼女の家族や親類までがそうとは限らないし、なんの落ち度もなくても謀殺の対象にされることもある。
 いずれだとしても、リュシーにとって思い出させて愉快なわけはない。それに、自分も過去を問われて愉快なわけではない。
「それにしてもミス・リュシーのシスターとしての敬虔さといい、先ほどの美術的な見識の高さといい、あなたには人を幸せにする才能が豊富にあられるようですな」
 コルベールは話題を変えた。素直にリュシーを褒め、そこから話題を広げていこうと思ったのだ。
 しかし、褒められたというのになぜかリュシーは決まりが悪そうに顔を伏せた。
「そんな、わたしなんかが人を幸せになんて……」
「えっ? あ! わ、私がなにかお気に触るようなことを言いましたかな?」
「あ、すみません。そういうわけではないのです。ただ、私はそんな立派な人間ではないのです……」
 妙に深刻な様子のリュシーに、コルベールも戸惑ってしまった。失言があったわけではないようだが、謙遜しているにしては深刻すぎるように見える。
 どうしたのだろうか? リュシーが何に気を病んでいるのかをコルベールは必死に考えたが、エスパーではない彼には彼女の胸中の奥深くを知るすべはなかった。
 と、そのときである。足元の鉄の床から、短くだが地鳴りのような振動が伝わってきてコルベールは眉をぴくりと動かした。
 今はエンジンは動かしていないはずだが、気のせいか? 振動はすぐに止まったので、コルベールは錯覚かとそれへの意識を急激に失っていった。

338ウルトラ5番目の使い魔 68話 (7/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 21:57:35 ID:4OzmZrQ6
 ところが、食堂に顔を青ざめさせた工員が駆け込んできてコルベールに向かって叫んだのだ。
「ミスタ・コルベール! す、すぐ甲板においでください! 北のドックで軍艦が爆発しました!」
「なんですって! わかりました」
「コルベールさん、わ、わたしも」
 思いもよらぬ凶報に、コルベールとリュシーは血相を変えて通路を走り、鉄の階段を駆け上がって東方号の甲板に出た。
 甲板は、すでに大勢の工員たちで騒然としており、目を凝らすまでもなく、かなたから黒煙が上がってるのが見えた。
「なんということです! 巷で噂の爆破事件がとうとうここにも。ミス・リュシー、私は様子を見に行ってまいります。申し訳ありませんが、あなたは今日はこのままお帰り願えますか」
「いいえ、わたくしも少しなりとて治癒の魔法が使えます。もしかしたら、命を救える人がいるかもしれません。連れていってくださいませ」
「ううむ……仕方ありません。ですが、爆破犯がどこにいるかわかりません。決して私から離れませぬよう」
 コルベールは、真摯なリュシーの態度に折れて、連れていくことを承諾した。
 しかし責任者としての配慮も忘れず、こちらの監督たちに、指示があるまで現場を維持し、船の重要区画には誰であっても入れてはいけないと言い残していった。
 
 そしてそれから数分後、急いで事件現場に駆け付けたコルベールとリュシーが見たのは、くすぶる炭の塊と化してしまった一隻のフリゲート艦の無残な残骸であった。
「これはひどい……おうい! どこかに生き残っている者はいないか!」
 すでに現場では救援隊が駆け付けて生存者の捜索に当たっているが、まだ燃えている残骸に手間取っているを見たコルベールは、迷わず助力に出た。
 船の残骸をかき分け、中から生存者を引っ張り出す。そして助け出した彼らから話を聞くうちに、爆破にいたった経緯が見えてきた。
「いつもどおり仕事をしていたら、いつの間にか見慣れないメイジが入り込んできて、火薬庫に火を放とうとしたのです。もちろん止めようとしましたが歯が立たず、船から逃げ出そうとしたのですが、私は間に合いませんでした……」
 船内から見つかる生存者が少ないのは、爆破前にわずかでも逃げ出す時間があったからかとコルベールはほっとした。
 しかしそれだと、犯人は船と運命を共にしたのかといぶかしんだとき、爆破前に船外に脱出できた作業員から話を聞けた。
「船が爆発した瞬間に、炎に紛れてメイジが飛んでいくのが一瞬見えました。どこへ行ったか? すみません、一瞬だったのでそこまでは……」
 コルベールは当事者たちから話を聞くうちに、犯人は相当に手練れのメイジだと確信した。いくら工員しかいない修理中の船とはいえ、一息に軍艦に侵入して弾薬庫に火をつけた上で逃げ出すなど並の腕でできることではない。

339ウルトラ5番目の使い魔 68話 (8/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 22:00:26 ID:4OzmZrQ6
 やがて救援隊の活躍もあって、行方不明者もすべて探し出されると、コルベールは救援隊の指揮官から礼を言われた。
「助かりました、ミスタ・コルベール。我々だけでは、とても燃える船体から生存者をこうも迅速に救助することはかないませんでした」
「礼を言われるようなことはしていません。私は火のメイジですので、燃えるものの扱いは多少手慣れていただけです。それより、負傷した人たちは?」
「ご心配なく。すべて応急処置はすみ、搬送を済ませました。幸いなことに、修理中のために弾薬がほとんど詰まれていなかったおかげで、被害はドックの中だけですんだようです。もし弾薬を満載していたら、恐ろしい限りです」
 胸をなでおろして、救援隊の隊長は去っていった。
 しかしコルベールは、彼のようにほっとすることはできなかった。爆破されたフリゲート艦は軍艦の中でも小型の部類で、爆破されても損害はこの程度ですんだが、もしもっと大型の弾薬を満載した船……そう、東方号が爆破されでもしたら、この街が丸ごと吹き飛んでしまうくらいの被害が出てもおかしくはない。
「ぞっとしますな……誰だか知りませんが、恐ろしい相手です」
 ぽつりと独り言をつぶやき、コルベールがふと振り返ると、瓦礫の前にひざまづいて祈りを捧げているリュシーがいた。
「痛ましいことです。戦ですらなくとも人は傷つき倒れていきます……神よ、この世はなんと無情に満ちているのでしょうか」
「ミス・リュシー。けが人の手当てのお手伝い、心から感謝いたします。お気持ちはわかりますが、我々はできる限りのことをやって被害を最小限にとどめることができました。犯人ももう逃げたようですし、そろそろ行きましょう」
「はい……できれば逃げた犯人たちに会って、悔い改めるよう説得したいものです」
 立ち上がって振り返ったリュシーの瞳には深い悲しみが満ちていた。コルベールは一瞬ためらったが、やがて彼女をうながしてその場所を離れていった。
 
 だがその一方で、事件現場をいぶかしげにのぞき込む二人の人影があった。
「……これはどういうことだと思う? ドゥドゥー」
「さっき飛んでいった人影って、アレだよね。兄さん、いったい何がどうなっているんだい? まさかジャネットの奴、また浮気を」
「ジャックがついてるのに限ってそれはないよ……どうやら、敵を見くびっていたみたいだね……ドゥドゥー、気を引き締めろよ。甘く見てると、たぶん死ぬよ」
 冗談ではない、梟のような暗く鋭い目でダミアンに睨みつけられ、ドゥドゥーはたらりと冷や汗を流した。
 ダミアンが何を考えているのかドゥドゥーには読み取れない。子供の姿で常に尊大に構える兄は、その態度とは裏腹に冷徹で隙の無い策謀で敵を出し抜いてきた。その兄が本気で何かを考えている。
 残骸のくすぶりが静まり、代わって傾き始めた太陽が同じ色で街を照らし始めている。ダミアンとドゥドゥーは、いつしかその街角の暗がりの中へと消えていった。
 
 
 そしてやがて日も落ち、軍艦が爆破されるという大事件が起きた街にも静けさが戻ってくる。

340ウルトラ5番目の使い魔 68話 (9/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 22:01:49 ID:4OzmZrQ6
 光が消え、夜と呼ばれる時間が世界を支配する。それは単なる太陽と月の入れ替わりにはとどまらず、異なる理と住人の登場をも意味する。
 太陽の下ではさえない雑草だった草が月光の下ではきらめく花を咲かせ、日のあるうちは穴倉の中でうずくまって過ごす大人しい小動物が月夜の中では獰猛なハンターと化す。
 カードやコインは反転するだけで、その柄をがらりと変える。夜とはそんな時間であり、そしてなにより大きく反転するのはもちろん……。
 
 
 不夜城を誇る街も、夜のとばりが深くなっていくごとに疲れには勝てず、多忙な一日を送っていた人間たちもベッドのある住まいへと帰っていく。
 昼の間は眠っていた歓楽街が朝までの繁栄を謳歌する以外は人通りが消え、やがて時計の鐘が日付の交代を告げる刻には静寂が支配する。
 その頃にはコルベールも数多い後始末から解放され、ようやく無人となった事務所のソファーに身を横たえていた。
「長い一日でした……」
 東方号の警備の強化、それによるスケジュールの調整。それは簡単に決められるものではなく、明日にでも魔法学院に帰らねばならない身としては過酷そのものであったが、こちらの現場の担当者に一任してしまうには問題が大きすぎた。
 しかしこれで、当面の問題は整理がついた。後はコルベールがいなくてもなんとかなるはずで、指示を受けた工員や班長たちも、もう全員帰るか出かけてしまったようだ。
 体と心を休め、コルベールは今日のことを思い返した。問題は山積していたが、義務であることは全て果たした。コルベールの仕事ぶりに文句をいう者はないだろう。
 いや、懸念はあと一つ残っている。コルベールの心の奥底では、今日のことで消えない違和感がくすぶっている。杞憂であればいいが、コルベールの勘では、早ければ……そのせいで、疲れているのに目がさえて眠れない。
 事務所に残っているのはコルベール一人。ところが、誰もいないはずの事務所にコツコツと足音が響き、コルベールの元にリュシーが現れた。
「お疲れ様です、コルベール様」
「おや、ミス・リュシー。今日はもう、帰られたと思っていましたが」
「あんなことがあった後ですので、わたしも寝付けなくて。ここに来れば、コルベール様に会えると思いまして」
 コルベールは起き上がってソファーに腰かけ、リュシーはコルベールの座っているソファーの隣に腰かけた。
 座ったリュシーは僧服のフードをまくり、素顔を見せた。長い金髪があらわになり、僧服の中に閉じ込められていたリュシー自身の甘い香りがコルベールの鼻孔をくすぐった。
 美しい……コルベールは正直にそう思った。憂いを含んだ表情は超一流の絵画のように完璧に整い、絢爛なる舞踏会を探しても彼女ほどのきらめきを放つ人はそういないであろう。しかし……。
「私に、なにかご用ですかな?」
 自分でも意外なほど冷静にコルベールは尋ねた。二人の距離はもう肩が触れ合うほど近く、顔を向ければ吐息を感じることもできようのに、コルベールの顔色はそのままだった。

341ウルトラ5番目の使い魔 68話 (10/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 22:02:30 ID:4OzmZrQ6
 しかし部屋は中古の魔法のランプの明かりで薄赤く照らされ、リュシーは紅に染まったように見えるコルベールの頭と顔を上目遣いに見ながら話し始めた。
「今日は、とても怖いことがありました。大勢の人が傷つき、悲鳴やうめき声が聞こえ、血の匂いを嗅ぎました。わたしはこれまでの旅でも、何度も悲しい場面を目のあたりにしましたが、今日は本当に戦場というものの怖さを感じました。コルベール様、どうして人はこうも悲劇を繰り返すのでしょうか?」
「そうですね。私も、もう若いとは言えない歳になるまで生きてきましたが、それについてはよく考えます。ですが私の乏しい頭で思うに、たとえその理由を知ったところで、争いや悲劇が消えることはないのでしょうな」
「それは、どうしてですか?」
 部屋は無音で、冷めかけた白湯が最後の湯気をあげた後には動くものもない。
 尋ねられたコルベールは、虚空を仰ぎながら独り言のように言った。
「人には、たとえ悪意がなくとも、誰かを不幸にしてでもやらねばならないことや、やりたいことがあるからですよ。人から見たら間違ったことでも、それが間違っているとは思わない、間違っているとわかっていてもやらねばならない、そして……間違っていると気づいたときには、もう遅いということもあります」
 寂しげにつぶやいたコルベールの語りは真に迫っていて、まるで全てを見てきたようなその横顔は、見る人間が見れば鬼気迫るという風にすら感じられただろう。
 しかしリュシーは、コルベールの言葉にわずかに肩を震わせたものの、そのままコルベールにすり寄るように身を寄せてきた。
「人とは、なんと恐ろしい性を持っているのでしょうか。コルベール様、わたしは怖い、とても怖いのです」
「ミス・リュシー、お顔が近いですよ。聖職にある者が、みだりに体を他者にゆだねてはいけません」
 少し首を伸ばせば口づけができてしまうほど顔を寄せられても、コルベールは冷静であった。
 もし、半日前のコルベールであれば興奮して我を失っていたに違いない。しかし、今のコルベールは違った。
「コルベール様、もし恐ろしい犯人があなたの大切なオストラントを狙ってきたとしたら、どうしますか?」
「すでにクルデンホルフに使いを出し、明日にも屈強な騎士団が警護につくことになっています。心配はいりませんよ」
「さすがコルベール様。ですが、この街のどこかに恐ろしいメイジがまだ潜んでいるかもしれません……コルベール様、わたしは怖くてたまりません。せめて今宵一晩だけでも、いっしょに過ごしてはいただけないでしょうか?」
 甘えるような声で言うリュシーに、コルベールは答えない。しかし、沈黙を肯定ととったのか、リュシーはさらにコルベールにすり寄りながら言った。
「わたし、昼間のコルベール様の勇ましいお姿を見てから、胸の奥が熱くてたまりませんの。お願い、抱いて……あなたのその腕で、わたしを強く……あなたが、好き」
 まるで人が変わったような甘え切った誘惑の声。それは男の理性を溶かし、乱心させてしまうだけの力を十分に持っていた。
 しかし、コルベールは寄りかかってくるリュシーをぐっと引き離すと、悲しさを孕んだ目を向けながら言った。
「ミス・リュシー、船を爆破したメイジたちを手引きしたのは、あなたですな」
 それは見えない落雷であり、通告を受けたリュシーの表情を虚無に変えるのにたくさんな威力で二人の間に轟いた。

342ウルトラ5番目の使い魔 68話 (11/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 22:03:48 ID:4OzmZrQ6
 そう、あまりに一方的な罪人としての通告。しかしリュシーは困惑や動転といった反応には及ばずに、無表情という名の表情となり、確かめるようにコルベールに尋ねた。
「なぜ、わたしがそのような大それた犯罪の黒幕だと、そう思われましたか?」
 その声色は、まるで教会に告解にやってきた咎人に話しかけるシスターのそれであった。
 咎めるでも、弾劾するでもない、ただ聞きとめるだけの問いかけ……コルベールは、ふうと息をつくと、昼間のことでいくつかあなたに対して違和感を持ったこと、そしてあの現場で決定的な言質を得たのだと答えた。
「ミス・リュシー、あなたはあの現場で私に、「逃げた犯人たち」と、言いましたな? 犯人が複数などということは、あのとき誰も証言していません。爆破の衝撃のあまりに、逃げていく人影を一瞬だけ見た、それだけです」
「それでしたら、コルベール様の見ていないあいだに、わたしが別の誰かから「犯人が何人もいた」と聞いたことで説明がつきませんか?」
 リュシーの言うことはもっともであった。動かしがたいと言える物的証拠はない。だがコルベールは悲し気に首を振った。
「そうですな、私もできればそう思いたかった。ですが、ここに現れたあなたを見て確信しました。今のあなたからは、あまりにも隠しがたい殺気が溢れている! あなたはただのシスターなどではない。証拠をと言うのならば、ここで私があなたに気を許そうものなら、その袖の中に隠した杖で瞬時に私の意識を奪うでしょう。違いますか?」
 リュシーの体がびくりと震え、彼女は観念したかのように袖口の中に隠していた杖をさらした。
 そして、その瞬間にリュシーの雰囲気が変わった。慈悲深いシスターでも、男を誘う妖女でもない、鬼のような殺気を秘めた目を持つ冷酷な魔女のものへと。
「お見事です。慣れない色仕掛けなど、するべきではありませんでしたね。何も知らないままで、心を操ってあげようと思っていたのに、残念です」
「すみませんな。私は女性には弱いですが、あなたのような種類の人間を相手にするのは若干経験があるもので。それでも、途中まででしたらまず気づかなかったでしょう。昼間の爆破は囮で、本命は私に取り入ってオストラントを狙うことですか?」
 リュシーは苦笑しながらうなずいた。
「正解です。もう察しがついているかと思いますが、私の使う魔法は人の意識を操る水の禁呪『制約』です。あなたの心が乱れた瞬間にそれをかけ、手駒になってもらうつもりでした。いくら警戒厳重であっても、まさか船主のあなたが火薬に火をつけに来るとは誰も思わない。そして、証拠は手駒とともに炎に消える。そういう手はずだったのですが」
 恐ろしい計画を淡々と話すリュシー。昼間の温厚で純朴なシスターの姿からはまるで想像もできない、人の命を道具としか見ていない悪鬼の考えだった。
 けれど、コルベールはリュシーに失望した様子は見せず、つとめて穏やかに問い続けた。
「各地で起こった爆破事件で痕跡を掴ませなかったのも、制約で他人を操って、自分は手を下さなかったからですな」
「はい。神官という立場は通常は疑われるものではありませんし、罪の意識を持って懺悔に参る人の心にたやすく制約の魔法の枷はかかりました。オストラントに関わる誰かにも、その手を使うつもりでしたけれども、まさかコルベール様からお誘いいただけるとは思いませんでした」
「思えば、私はまさにネギをしょった鴨ですな」
 笑うしかないコルベール。しかし、コルベールの行動は周到に計画を進めようとしていたリュシーにとって、まさに想定外の事態であった。

343ウルトラ5番目の使い魔 68話 (12/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 22:06:12 ID:4OzmZrQ6
「取り入るならばこれ以上ない方に、向こうから話しかけられたときにはさすがに驚きました。ですがあなたには罪の意識に働きかける手は難しそうに思い、絶好の機会と焦ってつまらない真似をしたのが間違いでした」
「でしょうな。私としては、あのような姿があなたの本性ではなくてよかったですが、あなたの思惑通りにさせてあげるわけにもいきません。あきらめていただけないでしょうか?」
 倒すとも捕まえるとも言わず、それどころか何故オストラントを狙うのかとすら聞かず、ただあきらめてくれとだけ言うコルベールの様はリュシーにとって意外だった。
 まだ求婚することをあきらめていないのか? いや、コルベールの片手はいつの間にか杖をしっかり握っており、もしリュシーが魔法を使うそぶりを見せれば確実にそれを上回る速さで阻止してくるだろう。
 そう、動きはないがリュシーとコルベールの間では死闘と呼べる読み合いが続いていた。リュシーが放つ殺気はいささかも衰えてはおらず、もし一瞬でもコルベールが隙を見せようものならためらわずに命を奪う魔法をぶつけるだろう。それをしないのは、恐ろしいくらいにコルベールにつけいる隙がないからだけだ。
 逆に、コルベールからもリュシーに対して殺気に近い威圧感がぶつけられていた。それはリュシーの殺気に押し負けるようなものではなく、リュシーはコルベールがスクウェアに近いかそれ以上の実力者であることを見抜いていた。
 メイジの戦いは精神力の戦いである。殺気でも怒気でも、強い心の波動がメイジの強さになる。だから、互いにそれを放ちあったからこそ、コルベールは動かず、リュシーは動けずにいた。
「あきらめたら、わたしをどうなさるおつもりですか?」
「別にどうも。私にはあなたを裁くような権利はありません。あなたが私の友人に危害を加えるというのなら、私も鬼にならざるを得ませんが、もう二度とこんなことはしないと誓っていただけるなら、このままお帰りいただいて結構です」
 それは「なめている」と言われても仕方ないほど甘い条件だった。この場をごまかすために「あきらめました」と言っても、コルベールにはそれを確かめる術はない。リュシーは本気で、コルベールという男がわからなくなった。
「コルベール様、あなたは何者なのですか? あなたがその気になれば、わたしをこの場で屈服させることもできるでしょう。それくらいの力をあなたが持っているのはわかります。なぜ、力を行使しようとはしないのですか?」
「私は、暴力でなにかを解決しようとすることが嫌いなだけですよ。ミス・リュシー、あなたの事情はわかりません。ですが、あなたにはまだ引き返せる道がある。どうかもう、無益な破壊はやめてくれませんか」
 頭を下げ、哀願するようなコルベールの姿に、リュシーは愕然とさえした。いったいこの人は何なのだ? 狂信的な平和論者なら世に腐るほどいるが、これほどの実力を秘めていながら戦いを嫌がるとはどういう考えをしているのか?
 だが、情けをかけられているという結論が、リュシーの憎悪に火をつけてしまった。
「わたしに、哀れみは不要です!」
 その瞬間、部屋にまるでフラッシュをたいたかのような閃光が走り、直後コルベールは体の異変を察知した。
「ぬっ!? これは、体が動かない。これは魔法? いや」
 閃光を浴びた瞬間から、コルベールはまるで全身が固まってしまったかのように動けなくなってしまった。

344ウルトラ5番目の使い魔 68話 (13/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 22:09:11 ID:4OzmZrQ6
 これでは杖も振れず、魔法が使えない。しかし焦るコルベールに、リュシーは冷たく言い放った。
「無駄ですよ。それに捕まったら、もう自力では抜け出せません。意識を保っているだけでもすごいですが、さっさとわたしを倒さなかったことを後悔してください」
「く……これはいったい」
「しゃべることもできますか、本当にたいした精神力ですね。ですが、それまでです。わたしは、これまでの事件で火気のない場所を破壊するために、ゲルマニアの武器商人から購入した火薬を使っていましたが、その商人から譲り受けたこれは、一瞬で人から自由を奪い取ります。もうあなたには何もできません」
 説明するリュシーの声からは、勝利の確信が溢れていた。確かに、コルベールがいくら抵抗を試みようとしても体はまるで鉛になったように動かない。
 どんな仕掛けだ!? いや、このままではナイフ一本ですらやられる。体が動かない代わりに、コルベールの額に汗がにじんだ。
 だが、リュシーはコルベールにすぐにとどめを刺すことはせず、怒りをぶつけるように言った。
「あなたが悪いんですよ。コルベール様のご好意には感謝していましたから、ここまでするつもりはなかったのですが、もう許せません。あなたは、わたしの怒りを哀れんで甘く見ました」
「私は、あなたを甘く見てはいません。人を傷つけないのは、私にとって義務なのです。それより、それほどの憎悪の根源……やはり、あなたの目的は復讐ですか?」
 それを聞いたとき、リュシーの殺気が少しぶれ、コルベールは確信を持った。
「やはり……それほどまでに強い怒りを持つのは、なにかへの復讐を誓ったものしかいません。あなたは、かつて大切なものを理不尽に奪われた。破壊を繰り返していたのは、その復讐のため、違いますか?」
 その問いに対するリュシーの答えは、冷めていく彼女の殺意の感情が物語っていた。
「本当に、鋭い方ですね。確かに、わたしはかつて貴族だった折に、父や一族と幸せに生きておりました。ですが父は殺され、家族はバラバラにされました。その怒りは、忘れたことはありません」
 図星を刺されたことで、リュシーのコルベールに対する憎悪は、一種の感嘆に変わっていた。
 しかし、それでリュシーの怒りのオーラが消えたわけではない。もし、ここでコルベールが言葉を誤れば、リュシーは即座にコルベールの命を奪うだろう。しかしコルベールは、むき出しの殺意を向けてくるリュシーに沈黙は選ばなかった。
「悲しいことです。あなたの父上は、あなたにとって本当に誇りだったのですね。そして父上や家族を奪われ、咎人となるも構わずに復讐を選んだあなたは、本当に家族を愛していたのですね」
「ええ、そうです。それが、なにかおかしいですか」
「いいえ、ただ残念です。あなたにそれほどまでに愛される父上なら、私も一度お会いしてみたかったものです。あなたの利発さを見ればわかります。きっと、ためになるお話をいろいろ聞かせてくださったことでしょうなあ」
 その返しは、さしものリュシーも呆れたふうに息をつかせた。
「つくづく、おかしな人ですねコルベール様は。これから死ぬかもしれないというときに考えるようなことですか?」
「ははは、知的好奇心は私の本能のようなものでして。おかしな奴だとはよく言われます。こればかりは死ぬまで治らんでしょうな」
 死への恐怖をまるで感じさせない様子でコルベールは笑った。するとリュシーは目を細めながら言った。

345ウルトラ5番目の使い魔 68話 (14/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 22:10:46 ID:4OzmZrQ6
「おもしろい人。もしわたしが貴族の時に舞踏会であなたと会っても、きっとすぐに突き放すでしょうけれど、あなたの優しいところを見ていると少しですが父を思い出します。ですが、もう終わりにしましょう。これ以上お話していると、わたしの心がおかしくなってしまいそうだから」
 リュシーの目に新たな殺意が宿る。コルベールは、これ以上の説得は不可能と見たが、それでもこれだけは問いかけずにはいられなかった。
「なら、最後にこれだけは教えてください。あなたにそこまでさせる、あなたと家族にとっての仇とは誰なのですか? なにに復讐するためにハルケギニア中で破壊を繰り返していたのですか?」
 その問いかけに、リュシーの表情が曇る。そしてリュシーは、まるで絞り出すように答えた。
「……わからないのです」
「え?」
「わからないのです。わたしが、何を恨んで、何に復讐しようとしているのかが、自分でわからないのです」
「そんな、どういうことです?」
 コルベールの表情も困惑に歪む。復讐する相手がわからない? 意味がわからない。
 だがリュシーは、何かに怯えたように引きつった声で言った。
「わからないのです。わたしの父は確かに誰かに殺され、家族は誰かに引き裂かれた。その怒りと憎しみはわたしの心に焼き付いています……けれど、信じられますか? 父を殺し、わたしからすべてを奪った、その仇が誰だったかをわたしは思い出せないんですよ!」
「まさか、そんなことが……」
 絶句するコルベール。リュシーは今にも泣きだしそうだ。
「おかしいですよね。父の仇を忘れてしまうなんて……ですが、どうしても思い出せないんです。しまいには、自分自身に制約の魔法をかけて記憶を引き出そうともしましたが、無駄でした。コルベール様、わたしはあなたを散々に言ってしまいましたが、わたし自身はとうに壊れた人間だったんですよ」
「ですが、ならばなぜこんなことを」
「……仇の記憶はなくても、この心に煮えたぎる復讐心は消えませんでした。やり場のない怒りで、もうおかしくなってしまいそうな日が続いたある時……わたしの耳に聞こえてきたんです。悪魔のささやきが」 
 
『なら、全部、ぜーんぶ壊しちゃえばいいじゃないですか。目につくものを、壊して壊して壊し尽くせば、そのうちあなたが本当に壊したいものを壊せるかもしれませんよぉ?』
 
「できれば狂いたかった。けど、狂えないわたしには、その声に従うほかはなかったのです」
 悲しみに満ちた目で、リュシーは告白した。

346ウルトラ5番目の使い魔 68話 (15/15) ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 22:11:42 ID:4OzmZrQ6
 コルベールはかける言葉がない。恐らくは、何者かによって仇に関する部分の記憶に封印が施されてしまったのだろうが、恨む相手すらなく怨念だけが残り続けるなど、まるで生きながら怨霊にされてしまったようなものではないか。
 怒りと、憎悪と、悲しみを宿した目でリュシーはコルベールの前に立つ。
「お別れです、コルベール様。ですが、あなたに制約の魔法をかけるのはこれでも難しいでしょう。ですから、これを使わせてもらいます」
 いつの間にか、リュシーの手には画びょう程度の小さな針が握られていた。
「それは……?」
「ゲルマニアの武器商人から手に入れた道具です。これを刺された人間は、わたしの意のままに操られます。彼らのように」
 リュシーが合図をすると、部屋の中に足音がして二人の人間が入ってきた。そのうちの大柄な男性はコルベールの知らない顔であったが、隣に立っている派手な身なりの少女には見覚えがあった。
「ジャネットくん……!? そうか、昼間に船を爆破したのは彼女たちだったのか」
 コルベールは合点した。元素の兄弟クラスのメイジならば、船の火薬庫に火をつけてなお生きて脱出するという芸当も可能だろう。そして、経緯はわからないが、あの二人も自分と同じ手でやられてしまったに違いない。
 ジャネットと、隣のジャックは虚ろな目をして立ち尽くしており、操られているのは明白だった。このままでは自分もああなってしまうと、コルベールはなんとか脱出をはかろうと試みたが、リュシーはコルベールに寄り添い、冷たくささやいた。
「心配しないで、痛くはありません。わたしもきっと、遠からずそちらへ行くことになるでしょう。あなたは少しだけ先に行って待っていてください」
 リュシーの持つ針が少しずつコルベールの首筋に近づいていく。コルベールに、逃れる術はなかった。
 
 
 だが、その一部始終をのぞき見していた者が夜空にいた。
 月光の下にコウモリのような姿を浮かべる、元凶のあの宇宙人。彼はあごに手を当ててもったいぶった仕草をしながら満足げにうなづいた。
「ウッフフフ……あの小娘、なかなかいい仕事をしてくれますねえ。私の小細工の副作用で記憶が混乱していたのをカワイソウに思って助けてあげたら、よくよく世界をかき回してくれる上に、この上物の”憎悪”の波動。いいですねえ、すばらしいですねえ」
 彼は自分の目的が順調に運んでいることへの喜びを大仰に表現し、次いで今度は深く考え込むように腕組みをすると、わざとらしげにくるりと逆さむきになってつぶやいた。
「それと、最近私にちょっかいを出してくる誰かさんを引っかけるために泳がせていましたが、やはり派手に目立っていただけに引っかかってきましたね。あの洗脳装置は確かナックル星人が使っていたものと同じ……と、いうことは誰かさんの正体はナックルさん……? いえ、そうとは限りませんね」
 結論を急ぐのを彼は自制した。あの程度の装置など、それなりの技術力がある星人なら誰でも使える。偶然であろうがバルタン星人とメフィラス星人のように、ほとんど同じ型の宇宙船を使っていた例もある。短慮は禁物だった。
「彼女に武器を売った商人さんとやら、ちょっと洗ってみますか。おや?」
 そのとき、彼の耳に大きな水の音が響いてきたかと思うと、河の水面が大きく泡立ち、水中からあの白いロボットがその巨体を浮上させてきたのだ。
「あれは! ほほお、誰かさんとやらの正体はともかくとして、派手好きな方なのは間違いないようですね。これはさらにおもしろくなってきましたよぉ!」
 先日の戦いで河中に沈んだはずのロボットは、赤い目を輝かせながら街へ上陸するために河中を前進してくる。その足取りは重々しくゆっくりで、ヒカリによって切り落とされた右腕には代わりに巨大な砲が装備されている。
 一見して以前とは違う。しかし、いったい何者がこいつを改造したのだろうか? そしてその目的は?
 人間の思いをおもちゃにして、侵略者たちの遊戯は身勝手に激しさを増していく。
 
 
 続く

347ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/02/20(火) 22:13:18 ID:4OzmZrQ6
今回はここまでです。
次からは元のペースに戻せると思います。

348ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 19:49:14 ID:nzoJO1T.
ウルトラ五番目の人、投稿おつかれさまでした。

さて皆さん今晩は、無重力巫女さんの人です。二月はあっという間に終わってしまいますね
特に急な用事が入らなければ、19時53分から92話の投稿を始めたいと思います。

349ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 19:53:13 ID:nzoJO1T.
 サン・レミ寺院の塔の鐘が大きな音を立てて鳴り響かせて、時刻が十一時になったと報せている。
 昔、それも家に置けるサイズの小さな時計が出来るまで寺院の鐘は人々にとって大切な存在であった。 
 今ではそこら辺の雑貨屋に行けば小物サイズの目覚まし時計が格安で手に入り、懐中時計は貴族たちの必需品となっている。
 事実鐘の音を耳にする人々は寺院に目を向ける事は無く、またある者は懐からわざわざ懐中時計を取り出して時間を確認する。
 この時代の人々にとって、既にサン・レミ寺院の鐘は大昔の異物――博物館に飾るべき対象にまで成り下がっていた。
 しかし悲しきかな…ただの鐘にされが理解できるはずも無く、また博物館の人間もわざわざ寺院の鐘を飾ろうとすら思わないだろう。

 時代遅れの古鐘は今日も街の人々に時刻を報せる。それを真摯に聞く者がいないという事も知らずに。
 そんな鐘の音が聞こえてくるチクトンネ街の中央広場を、シエスタに連れられたルイズ達一行が横断していた。
「ミス・ヴァリエール、ここら辺は人が多いですから気を付けてくださいね」
「一々言わなくても大丈夫よシエスタ。私達もうんざりするほどここを通って来たんですから」
 自分の達の方へ視線を向けながら声を掛けてくれるシエスタに、ルイズ達は人ごみに揉まれつつ歩いている。
 その後ろにいる霊夢と魔理沙の二人は、無数の人々でできた弾幕の様な混雑をかわしながらも、何やら話し合っている。
「全く…次はどこへ案内するのかと思いきや、まーたこんな人間だらけの場所に連れて来るなんて…」
「まーいいじゃないか、ずっとあの通りにいたらそれこそこんな場所なんか通りたくない…なんて思っちゃうからな」
 丁度良い塩梅だぜ。と最後に付け加えた魔理沙は目をつぶって笑いながら、右からやってきた衛士をスッと前へ行く事で回避する。
 霊夢も霊夢でデルフを背負ったまま、左からやってきた散歩中の小型犬をほんの一瞬宙に浮いて避けて見せた。
 そのせいで彼女の頭が人ごみからヒョコッと出てしまったが、幸いそれに気づく者はいない。
 飼い主であろう貴夫人と連れの者たちはお互い会話に華を咲かせていたので、見られる事は無かった。
 
 お互い、通りがかってきた危機を軽やかに回避して見せた後で、それを後ろから見ていたルイズがポツリ呟いた。
「アンタ達って、偶に涼しい顔してスゴイ避け方するのね…」
「え?…ハハハ!なーに、伊達に霊夢と競い合って異変解決はしてないからな。この程度の人ごみは楽勝さ」
 ルイズの呟きに気付いた魔理沙は一瞬怪訝な表情を浮かべたもの、すぐに快活な笑い声と共にそう言ってのけた。
「良く言うわね。いっつも私の邪魔ばっかしてきて痛い目見てる癖に、そんな一丁前な態度が取れるなんて」
「まぁそう言うなって霊夢。…それに、一つ前の月の異変の時にはお互い良い具合に相打ちだったぜ?」
 魔理沙の言葉で、迷いの竹林でアリスとのコンビを相手にして紫と共に痛い目に遭った事を苦い思い出が蘇ってしまう。
「う、うるるさいわね…第一、アンタだって最後のスペルカード発動した際にアリスごと…」
「ちょっ…!こんな所で言い争うのはやめて頂戴よアンタ達!」
『いーや、無理だね娘っ子。…こりゃあ、暫し人ごみの中で立ち往生だ』
 対する霊夢はそんな魔理沙の言葉に溜め息をつきつつそう言うと、魔理沙も負けじと返事をする。
 霊夢の反応を見て、この先の展開が何となく読めたルイズが止めようとするも、デルフは既に止められない事を悟っていた。
 そんな時であった、これから始まろうとする知り合い同士の口喧嘩にシエスタが待ったを掛けたのは。

「…あ、ちょ…ちょっとみなさーん!そんな所で足を止めてたら他の人にぶつかっちゃいますよー!?」

 いざ言い争おう…という所でシエスタに呼びかけられて、思わずそちらの方へと視線を向けてしまう。
 私服姿のシエスタはアアワ…と言いたげな表情を浮かべつつも、上手い具合に衝突しそうになる他人と上手にすれ違いつつこちらへと向かってくる。
 伊達にトリスタニアの人ごみを経験していないのか、平民だというのにその身のこなしには殆ど無駄がない。
 そんな彼女の妙技(?)を三人が眺めている内に、とうとうシエスタが自分たちの元へとやってきた。

350ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 19:55:05 ID:nzoJO1T.
「ふぅ、ふぅ…もぉ、どうしたんですか?こんな人ごみのど真ん中で止まっちゃうなんて。…迷ったりしたら大変ですよ?」
「あぁ御免なさいシエスタ。ちょっとこの二人がどでもいい言い合いを始めそうになったけど、貴女のおかげで阻止できたわ」
 少し息を切らせつつ理由を聞いてくる彼女にルイズはそう答え、シエスタはそれに「?」と首を傾げてしまう。
 霊夢と魔理沙はというと、シエスタの邪魔が入ったおかげか言い争う気を無くしてしまったらしい。
 互いに相手の顔を見つつも、まぁここで言い争っても仕方ない…と言いたげな表情を浮かべていた。

「?…何だか良く分かりませんが、まぁ誰かにぶつかって大事にならず済んだのなら大丈夫ですよ」
「それなら問題ないわよシエスタ。少なくともこの程度の人ごみ何て、私にとってはそよ風みたいなモンだから」
「まぁ確かにそうよね。アンタならちょっと体を浮かせば何でも避けれるだろうしね」
 何が何だかイマイチ分からぬまま、ひとまず安堵するシエスタに霊夢は平気な顔をして言う。
 それに続くようにしてルイズも一言述べた後、シエスタが「さ、急ぎましょうか」と言って踵を返した。
「今はまだ大丈夫だろうですけど、お昼時になったらきっと入るのが大変になりますから」
「…大変な事?おいおい、何だか不穏な物言いだな。一体私達を何処へ連れていく気なんだ?」
 シエスタが口にした「大変」という単語に反応した魔理沙が、三十分程前から気になっていた事を質問する。
 魔理沙の問いにシエスタは暫し悩んだ素振りを見せた後…「あそこです」とある場所を指さした。
 咄嗟に魔理沙と霊夢は彼女の指差す方向へと視線を向け、デルフも鞘から刀身を少し出して何か何かとそちらへ視線(?)を向ける。
 そこから一足遅れてルイズもシエスタの指さす方向へと目を向けて―――そこにある『建物』を見て怪訝な表情を浮かべた。


 今から三十分ほど前までは、ルイズ達はシエスタの案内で王都の静かな通りを歩いていた。
 夏季休暇中にも関わらず平穏で、大通りの喧騒などどこ吹く風のそんな場所はとても歩き心地が良かった。
 そして…その通りにあるヘンテコな商品を扱う小さな雑貨屋を見ていた時に、シエスタが小さな悲鳴を上げたのである。
 何事かと思った三人がシエスタの傍へ集まると、そこには店の壁に掛けられた柱時計を見つめる彼女の姿があった。
―――…!どうしたのよシエスタ。そんな急に悲鳴なんか上げて…
――――あ、あぁミス・ヴァリエール!すいません、次に案内する場所をすっかり忘れていました!
 ルイズの問いにそう言ったシエスタが指差した先には、その柱時計。
 単身が十を、長針が六の所に差し掛かった時計から小さな鳩が出てきて、ポッポー!と鳴いている。 
 
 どうやら時刻は十時半になったらしい。それを知った霊夢が次に彼女へと話しかけた。
―――それがどうしたのよ?十時半になったらその案内する場所が閉まっちゃうの?
――――あー…いえ、別にそういう事じゃないんです…タダ、入るのが凄く難しくなっちゃうというか…
―――――何だ何だ、何か面白そうな予感がしてくるぜ。…で、次は何処へ案内してくれるんだ?
 返事を聞いていた魔理沙もそこへ加わると、シエスタは嬉しそうな笑みを浮かべて「これから案内します」と言って店を出ていく。
 結局その場では聞く事は叶わず、一体どこなのかと訝しみつつ三人は彼女の後をついていくしかなかった。
 
 それからあの通りを経由して再び人で溢れかえった大通りへと戻り、そしてチクトンネ街の中央広場まで戻ってきた。
 シンボルマークである噴水広場を少し出た所には、トリスタニア王宮と肩を並べるほどに有名な建物がある。
 トリステインの文化の象徴の一つであり、貴族だけではなく平民からも多大な支持を得ている大型の劇場。
 長い長い歴史の中で幾つもの傑作、怪作、迷作が生み出され、無名有名様々な役者たちが演じてきた芸人達の聖地。
 だからこそ、シエスタがその建物を指さした時にルイズは怪訝な表情を浮かべたのである。
 霊夢と魔理沙の二人を、あのタニアリージュ・ロワイヤル座につれて行くのはどうなのか―――と。
「…それが私の表情の真意よ」
「真意よ。…じゃないわよ、滅茶苦茶失礼するわねぇ〜?」

351ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 19:57:05 ID:nzoJO1T.
 ルイズから怪訝な表情を浮かべた理由を聞いた霊夢は、苦虫を噛んだ様な表情を浮かべて苦々しく言った。
 夏の鋭い陽射しを避けられる陰が出来ている劇場の入口周辺に屯し、シエスタと魔理沙も傍にいる。
 劇場へと入る人々は貴族、平民問わず何だ何だと一瞥はするもののすぐに視線を逸らして中へ入っていく。
 入り口を警備している警備員たちも二人ほどルイズ達へと視線を向けて、じっと見張っている。
 その鋭い視線を背中にひしひしと受けつつも、霊夢は腰に手を当てて不機嫌さを露わにしていた。

「第一、私と魔理沙が劇を大人しく見れないって前提で考えてるのは流石に失礼よ」
「…ん〜まぁ確かにそうよね、そこは悪かったわ。…でも、アンタ達ってオペラとか演劇とかって興味あるの?」
 ぷりぷりと怒る霊夢に平謝りしつつも、ルイズはさりげなくそんな事を聞いてみる。
 その質問に霊夢は暫し考えると、真剣な表情を浮かべながらルイズの出した質問に答えた。
「いや、そういうのは趣味じゃないわね。…魔理沙は?」
「あー私もそういうのはガラじゃないなー。人里でお菓子とかもらえる紙芝居なら好きなんだが…」
 霊夢に話を振られ、ついでに答えた魔理沙の言葉を聞いて、ルイズは額を押さえながら「オォ…もう」と呻くほかなかった。
 やはり…というか…なんというか、やっぱりこの二人にはそういうものを嗜める人間ではないらしい。
 
 み、ミス・ヴァリエール…と心配してくれるシエスタを余所に、ルイズは更に質問をぶつけてみる。
 今度は霊夢だけではなく、ついでに答えてくれた魔理沙にも同じ質問をする。
「一つ聞くけど…アンタ達、狭い席に大人しく座って…劇見ながら二時間程じっとしていられる自信ってあるの?」
 それを聞いた二人は、一体何を質問してくるのやらと思いつつも魔理沙がスッと手を挙げて即答した。
「まぁ一人静かに本を読む時は、大体それぐらいの時間は余裕で消費するから大丈夫だぜ」
「…悪いけど、劇場内でのマナー一覧には上演中の読書は禁止されてるわ。第一、劇が始まったら照明が消されるし」
 ルイズからの返答に魔理沙は「マジか」と呟き、次いで霊夢が質問に答えてくれた。
「まー、その劇とやらが面白ければ良いわよ。つまらなかったら目を瞑って昼寝でもする…そういうモノなんじゃない?」
「アンタ今、この劇場に対して滅茶苦茶失礼な事言ったわねェ…」
 霊夢の容赦ない一言を聞いて、ルイズは苦々しい表情を浮かべつつ周囲の視線が一斉に霊夢へ向いたのに気が付く。
 劇場へと入っていく貴族―――それも明らかに中流や上流と分かる年配や四十代貴族たちの鋭い批判の眼差しに。
 彼からしてみれば、この歴史ある劇場の席で居眠りする事など…絶対にしてはならない行為の一つなのである。
 ルイズも幼少期の折に、初めてここで劇を観賞する前に母親からしつこく注意されたものだ。
 
 例えどんなにつまらない寸劇や三文芝居だとしても、貴族であるからには最後までそれを見届ける義務がある。
 これから劇を見るだけだというのに真剣な表情でそんに事を言ってくる母に、自分はキョトンとしながらも頷いていた。
 霊夢に呆れるついで昔の事を思い出していたルイズはそこでハッと我に返り、誤魔化すように咳払いする。
「ン…ンゥ…コホン、コホン!」
「……?どうしたのよ、いきなりワザとらしい咳払いなんかして」
 突然の咳払いが理解できなかったのか、何をしているのかと呆れた表情を浮かべる霊夢を余所にルイズはその後ろへと注意を向ける。
 本人は気づいていないようだが、彼女の背中にはこれでもかと入り口で屯している他の貴族達からの鋭い視線が注がれている。
 先ほどの彼女の発言を聞いてしまったのだろう。これぞトリステイン王国の貴族…といった裕福な身なりの者達が目を鋭く光らせていた。
 良く見れば、腰に差した杖の持ち手に利き手を添えている者達までいる始末。

352ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 19:59:06 ID:nzoJO1T.
 もしもここから先、霊夢か魔理沙…もしくはデルフのどちらかが失礼な発言を重ねれば…どうなるか考えなくても分かってしまう。
 しかし流石の貴族たちも、こんな王都のど真ん中で歴史ある劇場に無礼な発言をした者たちを懲罰したりしないだろう。
 …というよりも、少し生意気な平民を脅かしてやろうと近づいて霊夢達に下手な事を言えば…何てことは想像したくも無い。
 今アンリエッタから請け負っている任務の事を考えれば、大きな騒ぎを起こす事などとんでもない下策なのである。
 そこまで考えたルイズが考えた選択は、ここから一刻も速く離れるという事であった。
 その為にはまずやるべきことは唯一つ…此処まで連れてきてくれたシエスタに、謝る事であった。

「…あーシエスタ、悪いけど…まだレイムたちにはタニアリージュ・ロワイヤル座の劇は難しいと思うのよ…」
「―――?は、はぁ…」 
 霊夢と同じく自分の咳払いの意図が分からず、小首を傾げるシエスタに顔を向けたルイズは彼女へそっと話しかける。
 普段のルイズならばこんな感じで平民に話しかけはしないものの、相手があのシエスタなのだ。
 わざわざ自分の貴重な休日を潰してまで、街を案内すると張り切っていた彼女が一番お薦めだと思うのはここに違いないからだ。
 タニア・リージュ・ロワイヤル座は平民も気軽に劇を見る事の出来る場所で、尚且つ平民の女性にとって舞台を見るという事は一種の贅沢なのである。
 前から霊夢達をここへ連れていきたいと考えていたのなら、自然と申し訳ない気持ちになってしまう。
 
 そんな事を考えていたルイズであったが、あったのだが…―――――――
「あの、ミス・ヴァリエール。…実はここへ案内したのは、劇を一緒に見ようとか…そんな事の為じゃないんです」
「――――――…え?」
 ――――惜しくも、そのもし分けない気持ちは単なる思い過ごしとなって霧散してしまう。
 今の自分にとって間違いなく寝耳に水なシエスタの言葉に、ルイズは目を丸くするほかない。
 霊夢と魔理沙の二人も、予想外と言わんばかりの「えっ」と言いたそうな顔をシエスタへと向けてしまう。
 そんな三人に申し訳なさそうな表情を見せつつ、一人空気が違うようなシエスタは話を続けていく。

「だって皆さん、そろそろお腹が空いてきた頃合いでしょう?だからここで美味しいモノ食べていきませんか?
 実はここのレストランで食べられるパンケーキセット…安くて美味しいって平民の女の子達の間で評判なんですよ」

 どうやら近頃の平民の女の子たちの間では、劇よりもパンケーキセットが人気なようだ。
 同じ少女でも貴族と平民、両者の流行には大きな差がある事をルイズは再認識せざるを得なかった。



 タニアリージュ・ロワイヤル座は今日も午前中から貴族やら平民達が、娯楽を求めてやってくる。
 観音開きになっている門をくぐり、窓口に並んでチケットを買い、そして劇や芝居…時には演奏を聞くために奥へと入っていく。
 そして観終った者達は再び門をくぐって出ていくか、あるい館内に設けられたレストランで優雅な食事を楽しむ。
 レストランも貴族向け、平民向けと分けられているものの、そこはトリステインの歴史ある劇場内の飲食店。
 平民向けであろうとも彼らが自宅の食卓では食べられない様な料理を、手の届く価格で提供しているのだ。

353ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:02:32 ID:nzoJO1T.
 そうして満足ゆく体験を経て去っていく者たちの大半は、いずれまた戻ってくる。
 またあの時の芝居や劇で体験した感動を、あのレストランで食べた料理をもう一度…という希望を抱いて。
 彼らの様なお客は業界ではリピーターと呼ばれ、そして彼らは今も尚増え続けている。
 このようにして、タニアリージュ・ロワイヤル座は不景気や災害に負けず今日まで続いているのだ。
 過去二十回にも及ぶ増改築を続け、伝統を残しつつ新しさを取り入れた劇場として外国の観光客にも人気がある。
 その内の中では比較的新しく改築した場所と言えば、丁度二年前に上流貴族専用の『秘密の入口』であろう。

 『秘密の入口』は劇場の地下一階、丁度裏手の通りにある緩やかなスロープから外へ入る事が出来る。
 緩いL字型の下りスロープを下りた先には、比較的大きめの馬車止めが幾つも用意されていた。
 元々は過去の芝居や劇で使われていた大型の道具を置くための巨大物置部屋として使われていた。
 スロープもその道具を一旦外へ出し、同じく地上の搬入口を運ぶために造られたものなのだという。
 しかし近年、魔法を用いた演出などが増え始めるとそれ等の大道具は時代遅れの代物として見なされ、
 更に同じ時期に、王宮で大事な官位についている貴族から「お忍びで入れる入口はないかと」という要望を出してきたのである。
 
 当時の館長を含め劇場を運営する貴族達が一週間ほど会議した結果、地下の馬車止め場が造られる事となった。
 最も、それまでそこに仕舞っていた道具は幾つかのパーツに解体して別の場所に保管するか廃棄される事となったのだが…。
 何はともあれ、地下の入口が造られてからは更に貴族の客が増え結果的に劇場にはプラスの結果となったのである。
 
 そして今日もまた…当日予約ではあったものの、一台の大型馬車がスロープへと入ろうとしていた。
 外の通りからスロープの間には黒い暗幕が掛けられ、入口の横には槍と警棒で武装した警備員たちが厳しく見張っている。
 その暗幕を抜けた先には壁に取り避けられたカンテラに照らされたスロープが、地下の馬車置き場まで続いている。
 御者が馬の速度を落としつつそのスロープを無事下りきると、近くで待機していた警備員が御者へと指示を飛ばす。
「ようこそいらっしゃいました!ミス・フォンティーヌの御一行様ですね、五番ホームまで進んでください!」
「あぁ、分かったよ」
 
 警備員の指示に従い、御者は馬を前へ進ませて五番ホームへと向かわせる。
 廊下に沿って天井に取り付けられた大型のカンテラが地下を照らしているせいか、かなり明るい。
 既に他の馬車が止まっているホームの中にはハーネストを外された馬が馬草を食んでいたり、留守を任された御者の手で体を洗われている。
 聞いた話では全部約六台分の馬車が入るらしいが、成程貴族たちの間では中々人気なようだ。
 横目で見る限り、馬車に描かれている家紋や紋章はどれもこの国ではそれなりの地位を持っている家のものばかりである。
 その殆どには御者や係の者がついて細かい整備や清掃などを行っており、とても劇場の地下とは思えない様な光景が広がっていた。

 それからすぐに、警備の者に言われた通り、要人達を乗せたその馬車を五番ホームへと入れていく。
 コの字型ホームの一番奥で馬を停めると、付近で待機していた数人の係員たちが駆けつける。
 一人が手早くハーネストを外して馬を更に奥へと移動させると、もう一人が御者に水の入ったコップを手渡しながら話しかけた。
「暑い中お疲れさん。…連絡済みだと思うが、当日予約だから馬の手入れや馬車の整備はできないよ!」
「あぁ問題ないよ!ウチのご主人様はそういうので一々臍を曲げたりしないお方だしな…あぁ、どうも」
 係員からの注意に御者はそう答えつつ、額の汗を拭いながら差し出されたコップを受け取って水を一口飲んでみせる。
 ここまで二時間近く、王都の交通事情に苦戦しながらも馬車を走らせてきた彼にとって、差し出された水はとても美味しかった。
 王都の中で飲める水の中ではこれほどまで冷たく、のど越しの良い水が飲めるのはきっと王都ぐらいなものだろう。

354ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:04:42 ID:nzoJO1T.
 そんな風にして御者が係員からの御恵みを受ける中、別の係員が馬車のドアの前に立つ。
 事故防止用の鍵が内側から開かれる音が聞こえるとその場で気を付けの姿勢をした後、レバータイプのドアノブへ手を掛ける。
 馬車に取り付けるドアノブとしては間違いなく高級な類であろうそれをゆっくりと握り、かつ力を入れてレバーを下ろしていく。
 ガチャリ、金属的な音を立ててレバーが下りたのを確認した係員が意を決してドアを開けていくと――――突如、小さな影が飛び出してきた。
「うわっ、な…何だ?」
 予想していなかった影の登場にドアを開けた係員は驚きのあまり声を上げてしまい、影のとんだ方向へと視線を向ける。
 馬車から数十サント離れた煉瓦造りの地面の上、カンテラで薄らと照らされたそこにいたのは…一匹のリスであった。

 以前彼が街中の公園で見た事のある個体より少しだけ大きいソイツは、口をモゴモゴと動かしながら係員の方へと視線を向けている。
 嫌、正確には彼の背後――――馬車の中にまだいるであろう自分の『飼い主』の姿をその目に捉えていた。
 そうとも知らず、自分を見つめていると思っていた係員が何て言葉を掛けていいのかと思っていた最中、
「あらあら、御免なさいね。…この子ったら、いつも真っ先に馬車の中から出ちゃうのよ…」
 …と、背後から掛けられた柔らかい女性の声にハッとした表情を浮かべ、慌てて馬車の主の方へと振り返る。
 振り返った先にいたのは、右足を馬車の外から出そうとしている女性―――カトレアであった。
 その顔に浮かぶ笑みに少し困ったと言いたげな色が滲み出ているのに気が付いた係員は、慌てて頭を下げて謝罪を述べようとする。

「も、申し訳ありませんミス・フォンティーヌ!馬車の中に入っていたリスに気を取られて、つい…!」
「あぁ、いいのよ私の事なんて。…それよりも、その子が何処に行ったのか真っ先に確認してくれて有難うって言いたいわ」
「……えぇ?」
 貴族を怒らせたらどうなるか、それを何度も間近で見てきた彼の耳に聞いたことの無い類の言葉が聞こえてしまう。
 思わず我が耳を疑ってしまい、怪訝な表情を浮かべて顔を上げる彼を余所にカトレアは右手を差し出して口笛を吹く。
 すると…キョロキョロと辺りを見回していたリスが彼女の方へと顔を向け、タッと走り寄ってくる。
 リスは彼女の身に着けているスカートをよじ登り、そのまま服を伝って彼女が差し出した掌の上へとたどり着く。
 カトレアはそんなリスの頭を優しく撫でながら、キョトンとする係員に詳しい説明をし始めた。

「この子、見慣れない場所へ行くとついつい興奮しちゃうのか…まっさきに外へ飛び出してしまうの。
 まだ怪我が治ってないから外へ出るのは危険なのに、でも自立したいって気持ちは私なんかよりもずっと強い」
 
 羨ましくなるわね。ふと最後にそんな一言が聞こえたような気がした整備員は、怪訝な表情を浮かべてしまう。
 しかし今は仕事の真っ最中であった為、気のせいだと思う事にしてカトレアへの案内を再開する事にした。
「で、ではミス・フォンティーヌ。ご予約して頂いた劇の上演まで残り一時間を切っておりますので、こちらへ…」
「あら、丁度良い時間ね。じゃあお言葉に甘えて…あぁ、その前に一つよろしいかしら?」
 リスを馬車の中へ戻したカトレアが係員についていこうとした所で、彼女は何かを思い出したかのような表情を浮かべる。
 彼女の言葉に何か要望があるのかと思った係員は、改めて姿勢を正すと「可能な限りで」で返した。

「私たちが乗ってきた馬車の周りを、少し高めの柵で囲っておいて貰えないかしら」
「柵、でありますか?」
「えぇ。ホラ、ちょうどあそこで馬を囲ってるのとおなじような……」
 カトアレはそう言いながら、彼女から見て右手にある四番ホームで馬が出ない様に囲ってある鉄製の柵を指さす。
 係員達は一瞬お互いの顔を見合ったものの、まぁそれくらいなら…という感じで彼女の案内役が代表して頷く。

355ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:06:06 ID:nzoJO1T.
「わかりました。他の係員たちに言って倉庫から余っている柵を持ってこさせます」
 係員のその言葉を聞いたカトレアは嬉しそうに手を叩くと、彼に礼を述べた。

「そう、有難うね。…じゃあ、馬車の中にいる『あの子達』に言っておかないと」
 次いで、彼女の口から出た『あの子達』という言葉に係員が首を傾げそうになった所で、
 カトレアはドアが僅かに開いている馬車の中へと優しげな声を掛けた。
「じゃあみんな。私が戻ってくるまでの間、柵の外から出ずに遊んでいるのよぉ〜!」
 彼女が大声でそう言った瞬間、馬車のドアを開けた大勢の小さな影が続々と飛び出してくる。
 案内役を含めた係員たちが何だ何だと驚く中で、何人かがその正体が何なのかすぐに気が付く。
 馬車の中に潜み、そして出てきた影の正体は――――大中小様々な動物たちであった。 

「え…!?」
「ど、動物…それも、こんな…」
 係員たちは目の前の光景が信じきれないのか何度も目を擦り、激しい瞬きを繰り返している。
 それ等は先ほどのリスよりも二回りも大きく、そして様々な種類がいた。
 先に飛び出してきたリスを含め、一体この馬車の中はどうなっているのかと疑う程の動物たちが五番ホームを占領していく。
 可愛い猫や雑種と思しき中型犬に混じってトラの赤ちゃんが地面に寝そべり、小熊がその隣で座っている。
 亀がゴトゴトと地味に喧しい音を立てて歩き回り、そのままとぐろを巻いて休んでいる蛇の体をよじ登っていく。
 
 あっという間に周りよりも騒がしくなってしまった五番ホームの真ん中で、カトレアは動物たちを見回しながら「みんなー」と声を掛けた。
「少しさびしいと思うけど。御者のアレスターが一緒だから、何かあったら彼の言う事を聞くのよ。わかった?」
 その瞬間…驚いたことに、彼女の言葉にそれぞれが自由気ままにしていた動物たちは一斉に彼女の方を見たのである。
 眼前の蛇を蛇と視認していなかった亀も足を止めて彼女の方へと身体を向け、蛇は首をのっそり上げてコクリと頷いてみせた。
 まるでサーカスの動物ショーを見ているかのような光景に係員たちが呆然とする中、カトレアはその笑顔のまま案内役の係員に話しかける。

「それじゃあ、案内してもらおうかしら」
「………あ、え?…あッ!は、はい!こちらです」
 あっという間に劇場地下の一角が小さな動物園と化した事に一瞬我を失っていた係員は、慌てて返事をした。
 再び自分の足元で思い思いに寛ぐ動物たちを踏んだり蹴ったりしないよう細心の注意を払いながら、カトレアへの案内を始める。
 幸い劇場のロビーへと続いている扉はすぐ近くにあり、一分も経たずに扉の前まで彼女連れてくる事ができた。
 そこまで来たところでカトレアはまた何か思い出したのか、アッと言いたげな表情を浮かべて馬車の方へ顔を向ける。

 今度は一体何かと思った係員たちがそれに続いて馬車の方へ視線を向けた直後、何人かがギョッとした。
 カトレアが出て、動物たちが出てきた馬車の中から、ヌッと大きな頭の女が重たそうな動作で出てきたのである。
 まるで目覚めたばかりで古代の遺跡からゆっくりと這い出てくる魔物の様に、その一挙一動が無気味であった。
 何せその女の頭の大きさたるや、女の体と比べればまるで子供がギュッと抱きついているかのようにアンバランスなのだ。
 地下の照明が微妙に薄暗いという事もあってか、その頭がどういう事になっているのかまでは良く分からない。
 それがかえって不気味さを増長させており、係員たちの何人かは女からゆっくりと後ずさろうとしている。
 動物たちも馬車から出てきた女に驚いたのか、寝ていた者たちはバッと体を起こして馬車との距離を取ろうとしていた。

356ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:08:21 ID:nzoJO1T.
 係員たちも突然の巨女に対応ができず、ただただ唖然とした様子で見守っていると―――女が言葉を発したのである。
「ニナー、もう大丈夫だから…大丈夫だから、とりあえず私の頭に抱きつくのは、いい加減やめなさい」
「…え?……あれ、もうついたの?」
 その不気味さとは対照的に、冷静さと大人びた雰囲気が垣間見える声に呼応するかのように、今度は少女の声が聞こえてくる。
 何と驚く事に、ようやく言葉足らずを卒業したかのような幼い女の子の声は、女の頭がある部分から発せられた。
 不安げな様子が見て取れる言葉と共に、女の頭の天辺からニョキ…!と女の子の顔が生えてきたのである。
 瞬間、その様子を間近か照明の逆光でシルエットしか分からなかった係員たちは小さくない悲鳴を上げてしまう。

 ちょっとした混乱が続いている五番ホームの中、係員たちの恐怖を余所にカトレアはその女に声を掛けた。
「ニナ、ハクレイ。あぁ御免なさい!あなた達に声を掛けるのを忘れていたわ」
「あー別に大丈夫。ちょっとニナが動物たちを怖がり過ぎてて、私の頭にしがみついてて…馬車から出るのに苦労したけど」
 カトレアの言葉に女は軽い感じでそう言うと、自分の頭に抱きついている少女、ニナをそっと引っぺがして見せた。
 そこになって、ちょっとした恐慌状態に陥りそうになった係員たちは、ようやく巨頭の女の正体を知る事となったのである。
 女、ハクレイは引っぺがしたニナの両脇を抱えたままカトレアの傍まで来ると、そこで少女をそっと地面へ下ろす。
 一方のニナはと言うとハクレイの背後でじっと様子を窺っている動物たちを、見張っているかのように凝視していた。

 そして凝視するのに夢中になっているあまり、下ろされた事に気が付いていない彼女の肩をハクレイはそっと叩いて見せる。
 ポンポンと少し強く感じられる手の感触でようやく下ろされた事に気が付いたニナは、ハッとした表情でハクレイの顔を見上げた。
「ホラ、これでもう大丈夫よ」
「だ…大丈夫って…何が大丈夫だってぇ〜?」
 肩を竦めて言うハクレイに、ニナは子供らしい意地を張りながら生意気に腕を組んでみせる。
 その子供らしい動作にハクレイはもう一度肩を竦め、カトレアはクスクスと笑おうとしたところでハッと気づく。
 
 ふと周囲に目をやれば、いつの間にか自分たちを中心に奇異な目を向ける者たちが数多くできていた。
 係員をはじめとして、自分たちと同じく客として来たであろう貴族達も目を丸くし、足を止めてまで凝視している。
 馬車に乗せてきていた動物たちも何匹かが主の方へと目を向けていた。
 ザッと見回しただけでも実に十以上の視線に晒されているカトレアは、流石に焦りつつも頭を下げて彼らに謝罪をして見せた。
「…えーと、その…変にお騒がせさせてしまい、大変申し訳ありませんでした」
 多少おざなりであったがそれで良かったのか、貴族の客たちは各々咳払いしたりしてその場を後にする。
 係員たちも何人かが頭を下げるカトレアと同じように頭を下げて、各自の仕事を再開していく。

 先程までいつも以上に賑やかだった地下の馬車置き場は、再びいつもの喧騒を取り戻していた。
 カトレアが連れてきた動物たちの鳴き声と、五番ホームを囲う柵を用意する係員たちの姿を除けば、であるが。

 
――――あら、懐かしい劇ね。一体何時ぶりだったかしら?
 どうして彼女たちがタニアリージュ・ロワイヤル座に来たのか…それは朝食を食べているカトレアの一言から始まった。

357ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:10:13 ID:nzoJO1T.
 昨夜のドタバタ騒ぎから夜が明けて、腹を空かせていたハクレイがオムレツを口に入れようとした時か、
 それともカトレアの横に座り、手作りフルーツヨーグルトのおかわりをお手伝いさんに頼もうとした時かもしれない。
 朝陽に照らされた庭で寛ぐ動物たちに餌をやり終えたカトレアが、ポストに届いていたお便りを読みながら、そんな事を呟いたのである。
 中にチーズとハムが入ったオムレツをそのまま口の中に入れたハクレイが口を動かしながら「はひがぁ?(何が?)」と聞く。
 何気にマナーのなってないハクレイをお手伝いがジトーと睨むのを見て苦笑いしつつ、カトレアは彼女の問いに答える。

―――ここから少し離れた所にあるタニアリージュ・ロワイヤル座っていう劇場で懐かしい劇がリバイバルされるらしいのよ。
     まだ私が小さい時…故郷の領地にいた頃に一度だけ、とある一座が王都まで行けない人たちの為に出張上演してくれたっけ…

 その言葉を皮切りに、カトレアは食事の手を一時止めてハクレイ達に当時見た劇の事を話してくれる。
 劇は王道を往く騎士物で、世間を知らない貴族の御坊ちゃまが一人前の騎士として御尋ね者のメイジを退治する話なのだという。
 苦労を知らず下らない事で一々怒る主人公が多くの人々から時に厳しく、時に優しくされつつも騎士として鍛え上げられていく。
 やがて同期のライバルや教官から騎士道とは何たるかを学び、最後は自身の母を手に掛けた貴族崩れのメイジと一騎打ちを行う。
 これまで培ってきた戦い方や技術を凌駕する貴族崩れの男の攻撃に苦戦しつつも、主人公は機転を利かせつつ攻めていく。
 その戦いの末に杖を無くしてしまった二人は互いに護身用の短剣を鞘から抜き放ち、そして――――…。

―――それで…?
――――そこまで言ったら、もしも同じ劇を見た時に面白味が無くなっちゃうでしょ?
 そこまでも何も、物語の大半を語っておいてそこでお預けするというのは正直どうなのだろうか?
 既に手遅れな事を言っておいてクスクスと笑うカトレアをジト目で睨みつつ、ハクレイは朝の紅茶を一口飲む。
 ミルクを入れて口の中を火傷しない程度に温度を下げた紅茶はほんのりと甘く、優しい味である。
 カップを口から離し、ホッと一息ついたハクレイを余所に同じくカトレアの話を聞いていたニナが彼女に話しかけていた。

「でも何だか面白そうだよね〜、でもリバイバルって何なの?」
「リバイバルっていうのはねぇ、昔やっていたお芝居とか演奏会とかをもう一度やりますよーっていう意味なの」
 カトレア曰く、この手の演劇や芝居などは日が経つにつれ新しい物へと変わっていくのだという。
 稀に何らかの理由で発禁処分にされたりでもしない限り、大抵は短くて三か月長くて半年は同じ劇が見れるらしい。
 終了した物を見るには今言っていたリバイバルか、金持ちの貴族ならばワザワザ劇団を雇って見ているのだとか。
「…で、アンタがさっき言ってた劇は当時の貴族の子供に人気だったからリバイバル…っていうワケね」
「そうらしいわね。まぁでも、タニアリージュ・ロワイヤル座でリバイバルされるのなら相当に人気だと思うわ」
 まぁ実際、面白かったしね。最後に一言付け加えた後、カトレアは手に持ったフォークで付け合せのトマトを刺した。
 一口サイズにカットされたソレを口元にちかづけいざ…という所で、彼女はハッとした表情を浮かべて手を止める。
 
 カトレアへ視線を向けていた他の二人とお手伝いさんたちが訝しもうとしたその時…彼女は突如「そうだわ!」と大声を上げた席を立った。
 突然の事にカトレアを除く全員が驚いてしまう中で、彼女は名案が閃いたかのような自信ありげな顔でハクレイ達へ話しかける。
「何ならこれからその劇を見に行きましょうよ、ここ最近はずっと家の中にいたし…ニナも窮屈そうにしていたし」
「え?本当に良いの!?」
 あまりにも突然すぎる提案にニナはたじろぎつつも、ほぼ同時のサプライズに嬉しそうな表情を浮かべる。
 ここ王都に入ってからというもの、街中の込み具合からニナは庭を除いてここから出た事がなかったのだ。
 多少自分の身は守れる程度に強いハクレイは別として、一日中カトレアと共にこの別荘の中で過ごしている。
 
 年頃の子供にとって、猫の額よりかは多少でかい庭だけが外の遊び場というのは窮屈だったのだろう。
 しかも彼女が連れてきていたという動物のせいで、彼女が満足に遊べるような状態ではなくなっていた。
 そんな今のニナにとって、外に出られるというチャンスはまたとない刺激を得られるチャンスであった。
 自分の嬉しそうな様子に笑みを浮かべるカトレアに対し、ニナはついでと言わんばかりにお願いをしてみる。

358ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:12:04 ID:nzoJO1T.
「ねぇねぇお姉ちゃん、そのついでで良いからさー…その〜…」
「……?―――…あぁ!」
 勿体ぶった言い方をするニナの表情と、彼女の事を日がな一日見ていたカトレアはすぐに言いたい事を察してしまう。
「良いわよニナ、時間に余裕があるなら帰りに王都の公園にでも寄っていきましょうか?」
「――…ッ!わーい!やったー!」
 カトレアからのOKを貰ったニナは余程嬉しかったのか、その場で席を立つと嬉しそうにジャンプして見せた。
 ニナの反応を見てふふふ…と笑っていたカトレアは、次いでハクレイにも行けるかどうか聞いてみる。
「ねぇハクレイ、貴女はどうかしら?……まぁ、貴女はちょっと忙しい所を邪魔するかもしれないけれど…」
「…うーん…………貴女の提案ならまぁ…断るのはどうかと思うしね…けれど、」
 少し表情を曇らせながら訊いてくるカトレアに、ハクレイは暫し黙った後で軽く頷きながらも言葉を続けた。

「せめてその手に持ったままのフォークに刺さったトマト、食べるかどうかしてあげなさいよ」
 彼女の今更な指摘に、カトレアはハッと自分の右手に握られたフォークへと目をやる。
 持ち主に食べられる事無く放置されていたトマトから滴る赤い果汁は、まるで涙と例えるべきか。
 今になって食べる途中であった事を思い出したカトレアは思わずその場で頬を赤く染めて、お淑やかにそのトマトを口の中へと入れた。


 そんなワケで、カトレアはハクレイとニナ…それに連れてきていた動物たちを伴って劇場へとやってきたのである。
 当初はお手伝いさんたちが何も動物まで連れて行くのは…、とカトレアに苦言を呈したのであるが…
「この子たちもニナと同じで、あまり広い所で遊ばせてあげれていないから…」
 …という理由をつけて別荘側の方で比較的大型の馬車を借りた後、劇場へ当日予約を伝えてもらった。
 基本的にタニアリージュ・ロワイヤル座の地下馬車置き場を利用するには前日までの予約が無ければ使用する事はできない。
 しかし、元々それなりの上級貴族が利用する『風竜の巣穴』を通せば空きがあれば当日予約が通るのである。
 かくしてカトレアの考えていた通りに事は運び、こうして劇場に入る事はできたのだが…。

「予想以上に、すごい人だかりねぇ…」
「そうねぇ、こればっかりは何となく予想がついてたけど…予想の範囲をちょっと超えてたわ」
 ロビーへと通じる階段を上り、踊り場の所で足を止めているハクレイとカトレアの二人は少し面喰っていた。
 何せロビーから少し下の踊り場から見上げるだけでも、一階にいる人々の賑わいが少し喧しいレベルで聞こえてくるのである。
 見上げた先に見える無数の人影が忙しなく行き来し、シルエットだけでも千差万別だ。
 マントと思しきものをつけていれば、掃除道具であろうモップを肩に担いで横切る人影もある。
 中には明らかに高値と見えるドレスを着た貴婦人の影が、お供と思しきシルエットを数人連れて横切っていく。
 さぞやロビーは物凄い人ごみであろうとハクレイは思ったのか、緊張で息を呑もうとしたその時…
「…ふふ、ふふふ」
 突然、後ろにいるカトレアの押し殺すような笑い声が聞こえたのに気が付き、そちらへと視線を向けてしまう。
「どうしたのよ?急に笑ったりなんかして」
「え?いや、別に大したことじゃ無いのよ?ただね…まるで何か…踊り場の上が小さな劇場に見えてしまってね…」
 何が可笑しいのか、笑いを少しだけ堪えるようにして言う彼女の言葉に、ハクレイはもう一度視線を元へ戻してみる。
 そして踊り場の上からしきりに行き交う人影たちを見つめていると、彼女の言葉の意味が何となく分かってきた。

359ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:14:04 ID:nzoJO1T.
 こうして様々な姿形の人影が交差していく様子が見れる踊り場は、確かに小さな劇所に見えてしまう。
 それはここが歴史ある劇場である故に設計者が意図して作ったものなのか、はたまた長い歴史の中で偶然に生まれた場所なのか。
 真実を知ることはこの先決してないかもしれないが、不透明な真実を探すのもまた一興と言う奴なのだろう。
 まぁ最も、落ち着いて腰を下ろせる席が無い分劇場としてはかなりランクは低い事は間違いない。
 暫し踊り場の上から一階へと通じる出入り口を見上げた後、気を取り直すようにしてハクレイが軽く咳払いをした。
「……そろそろ上りましょうか?」
「そうね。…ホラ、ニナもこっちにいらっしゃい」
「はーい!」
 カトレアの呼びかけに、少し下の方で壁に掛けられている絵を見ていたニナが元気よく返事をする。
 そうして三人そろった所でカトレアを先頭にして階段を上がり、ロビーへと続く入り口をくぐっていく。
 やがて彼女たちの姿も人ごみに紛れ、踊り場から見上げられる人影の一つとなっていった。


 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、誇り高きヴァリエール公爵家の末娘である。
 末っ子であっても、そんじょそこらの二流三流の家と違いしっかりとした教育を受けられる立場の人間だ。
 貴族としての教養は勿論のこと座学、作法、流行りのダンスの踊り方に…当時は全くダメだったが魔法の練習も、
 更に一通り文字の読み書きができる年頃になったところで、法律に関するものや子供向けの難しい魔法の専門書を与えられてきた。
 その甲斐あってか、魔法と体格を除いて今では何処に出しても恥ずかしくない、立派な貴族の子供として成長したのである。
 ハルケギニアの共用語であるガリア語は勿論、ゲルマニアやロマリアの言語なども読み書きできる程になっていた。
 
 そんな家の子である彼女は、離乳食の頃から十分に良い物を食べて育ってきた。
 材料はほぼヴァリエール領で採れたものを使い、取り寄せにしても全てが一級品の代物。
 シェフも王宮勤務から王都で一躍名を馳せた者達を出来る限り採用し、料理にも十分な趣向を凝らしている。
 それこそ王宮顔負けの豪華な食事から、トリステイン各地の故郷料理と様々なメニューを口にしてきた。
 故に今の彼女は、自分が口にした料理が本当に美味しいかどうかを見分けられる確固たる自信を持っている。
 プロのソムリエには負けるだろうが、おおよそ並みの貴族には負けないだろうという…程度であったが。

「何よコレ…中々どうして、美味しいじゃない…」
 ―――彼女の味覚はこれでもかと言わんばかりに激しく反応していた。
 今先程ナイフで切り分け、フォークに刺して口へと運んで咀嚼し、飲み込んだモノが『本当に美味しいモノ』だと。
 目の前にはまるでクレープの様でいて、しかしクレープと呼ぶにはやや厚い生地のパンケーキ。
 それが三枚ほど重ねるようにして更に盛り付けられ、その上からチョコソースやら苺ジャムを掛けられている。
 更にはトドメと言わんばかりに専用のスプーンで一掬いしたアイスクリームが、皿の端に添えられていた。
 最初見た時は掛け過ぎだろうと思ったが、意外や意外それらが全て上手い事パンケーキの味を盛り上げているのだ。

 薄めで枚数の多いパンケーキに対し、やや過剰なソースとアイスクリームは上手い事計算されて添えられている。
 恐らくこれを考案したパティシエ…もしくは料理人は、相当パンケーキに精通しているに違いない。
 そうでなければ、ここまで美味しいパンケーキを平民向けの値段で作るというのは簡単に出来ないだろう。
 ルイズは口の中に広がる幸せを堪能ししていると、同じパンケーキを食べていたシエスタが嬉しそうに話しかけてきた。
「どうですかミス・ヴァリエール?その様子だと、お口に合って貰えたようですが」
「えぇ。…それにしても意外だったわね。まさかあのタニアリージュ・ロワイヤル座で、こんな美味しい物が安く食べられるなんて…」
 シエスタの言葉にルイズは満足そうに返事をしつつ、お茶を飲みながらふと視線を上へ向ける。
 見上げた先にあるのは劇場二階の通路があり。多くの貴族たちがチケットを片手に忙しそうに行き交っていた。

360ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:16:06 ID:nzoJO1T.
 再び視線を戻して周囲を見回してみると、そこは街中にありそうな洒落た感じのリストランテの中。
 今食べているパンケーキやガレット、サンドイッチといった軽い食べ物を紅茶やジュース等と一緒に頂く店。
 現にルイズ達の周りの席では、主に平民の客たちが席に座って好きな物を飲み食いしている。
 それだけなら普通の飲食店であったが、ルイズ本人としてはこの店のある場所に信じられないという気持ちを半ば抱いていた。
 そう…この店があるのは劇場一階の一角…つまり、タニアリージュ・ロワイヤル座の中なのである。
 
 劇場に入って右へ少し歩いた所、巨大な窓から燦々とした陽射しで照らされレた一角にその店は建っている。
 最初にそれを見たルイズはまさか歴史あるこの建造物の中にそんなモノがあるという事自体が信じられなかった。
 シエスタが言うには、ちょうど今年の春にオープンした店らしく平民の女の子たちの間で人気なのだという。
 中にはここのスイーツ目当てで劇場へ入る者も多いようで、チケットを買わずにここへ直行する者もいるらしい。
「知らなかったわ、まさかあのタニアリージュ・ロワイヤル座がこんな事になってたなんて…」
 シエスタから軽く話を聞いた時は、信じられないと言いたげな表情を浮かべるしかなかった。
 当初はこのリストランテにかなりの難色を示したが、貴族である彼女からしたら至極当然の反応であろう。
 まだお芝居目当てに来るならまだしも、たかがスイーツ目当てで来るというのは流石に度し難いとしか言いようがない。
 
 しかもよくよく見てみれば、店の席には平民に混じって年若い貴族の女性までいるではないか。
 恐らく下級貴族…かもしれないが、いくら給付金が少ないからと言ってこんな店に入るとは貴族の風上にも置けない。
 だから最初は、シエスタがお薦めしたパンケーキセットを前にしても好印象を持てなかった。
 しかし…これが蓋を開けてびっくり、本当にこれが平民向けのパンケーキかと疑う程美味しかったのである。

 
 それはルイズだけではなく、他の二人もまた同じような感想を抱いていたようだ。 
「…いやーコイツは美味しいなぁ!このアイスクリームも、程良い清涼感をだしてるぜ」
 二枚目のパンケーキを半分ほど食べたところで、アイスクリームに手を出していた魔理沙が嬉しそうに感想を漏らす。
 いつも頭に被っている帽子を膝の上に乗せて、夢中になってパンケーキセットを頂いている。
 黒白の嬉しそうな反応を見て、ルイズもまだ手を付けていなかったアイスクリームをフォークで切り分けて、口の中へと運ぶ。
「ふぅん…ン……ふぅーん、成程…焼きたてのパンケーキには丁度良いお供かも…」
 彼女の言うとおり、確かに申し訳程度のアイスクリームも決してメインに負けない魅力を持っていた。
 味は至って普通のバニラなのだが、しっかりと冷えたそれは熱くなった口の中を冷やすのに丁度良いのである。
 
 そんな風にしてバニラアイスを堪能する二人と、それを嬉しそうに見守るシエスタを余所に霊夢もパンケーキを堪能していた。
「ふ〜ん…まぁこういうのも偶には悪くないわね。わざわざ自分で作ろうとは思わないけど」
 彼女にしては珍しく嬉しそうな表情を浮かべて、パンケーキをフォーク一本で器用に切り分けていく。
 切り分けた分をフォークで刺し、苺ジャムを付けて口の中へと運び…咀嚼、そして飲み込む。
 その後でセットのドリンクで頼んでいたアイス・グリーンティー…もとい冷茶をゆっくりと口の中へと流し込む。
「…ん…ふぅ〜……あぁ〜、やっぱりこういう洋菓子には…緑茶とかは合わないものなのね」
 飲み終えた後で残念そうな表情を浮かべてそう言うと、彼女の足元に置かれたデルフが話しかけてきた。

361ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:18:18 ID:nzoJO1T.

『なぁレイム、お前さんナイフは使わないのかい?』
「ナイフ?別に良いわよ、フォーク一本で済むならそれに越したことは無いじゃないの」
 使った形跡が一つも無く、テーブルの上で物言わず輝くナイフを尻目に霊夢はフォークだけで食べ進んでいく。
 ルイズ達を含めて他の客たちがしっかりとナイフで切り分けていく中で、彼女は一人我が道を進む。 
 その光景と言葉にルイズは呆れたと言いたげな表情を浮かべ、シエスタは苦笑いを浮かべるほかなかった。


 それから三十分ほど経った頃であろうか、昼食代わりのパンケーキを食べたルイズ達はロビーの一角で休んでいた。
 売店で買った瓶入りのジュースを片手に休憩用のベンチに腰かけ、人ごみを眺めながら賑やかな会話を楽しんでいる。
「ふぅ…まさかこの私が、あんないかにもな平民向けのスイーツ相手に屈する日が来るとは思ってなかったわ」
「そう言ってる割には、結構美味しそうに食べてたじゃないの」
「そりゃそうよ、美味しい物を美味しそうに食べるのは世の中の常識みたいなものじゃない」
 無念そうな響きが伝わってくるルイズの言葉に反応した霊夢に対し、ルイズはそんな事を言って返す。
 二人が会話し始めたのを切欠に、炭酸入りレモン水を飲んでいた魔理沙も面白そうだなと感じて会話に混ざってきた。

「にしても、ここのパンケーキは変わってるんだな〜。あんなに色々と乗っけてるヤツを見たのは正直初めてだったぜ」
「実際私もあんなのは初めて見たわね。もっとこう…私の想像してたパンケーキはシンプルな感じだったのよね」
 ルイズはそんな事を言いながら、頭の中でメープルシロップとバターがトッピングされた分厚いパンケーキを想像してしまう。
 学院に入る前、そして入った後にも何度か食べた事のあるそれは、あのパンケーキ程ド派手ではなかった筈である。
 改めて世の中の広さを再認識した所で、アイスティーに口を着けていたシエスタも嬉しそうに話しかけてきた。

「私もシンプルなのは好きですが…アレだって中々負けていないでしょう?」
「そうなのよねぇ〜…ちょっと色々味を付け過ぎな感じもするけど…特にしつこいって所はなかったしね」
 シエスタの言葉にそう返しながら、ふとルイズは今いる場所から劇場を軽く見回してみる。
 自分たちが今いる一階では先ほどまでいたリストランテを含め、軽食などを販売している売店があった。
 シエスタが言うには、お芝居などを見ながら食べられるドリンクやちょっとした料理を注文できるのだという。
 何時ごろ出来たのかは知らないが、少なくともルイズが幼少期の頃にはそういった物は無かった。
 ここは単に芝居や劇を干渉する為だけの施設であり、それ以上でもそそれ以外でも無かった建物である。
 
 しかし、こうして多くの平民たちが劇場へと入っているのを見るには時代が変わったと見ていいのだろうか。
 文明社会としては当然の事なのであろうが、正直ルイズとしては微妙な気持であった。
 トリステインの貴族は伝統としきたりを何よりも愛する、それ故に今のタニアリージュ・ロワイヤル座に対してはどうかと思う所がある。
 本来ならば館内にリストランテや芝居の観賞中に飲み食いできる売店など、許されない筈だ。
 だが…結局のところ、それを是正する筈の貴族達も利用しているのを見るに後世の伝統として残っていくのだろう。
 きっとこれまで築いてきた伝統やしきたりも、当時は受け入れられなかったものなのであろうから。
(実際、私だって劇場内で食べれるパンケーキに喜んでたしね…)
 トリステイン貴族としての理想と現実との板挟みに、ルイズは一人静かに悩むほかなかった。

362ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:20:05 ID:nzoJO1T.

 その後、腹も満たして一息ついた少女達は暫し劇場内を見学して回る事にした。
 ガイドはいないものの、幸いにもルイズとシエスタの二人という劇場に足を運んだ者たちがいるのである。
 最も、ルイズは幼少期の頃に足を運んだっきりな為、当時と比べかなりリニューアルされている館内を興味深そうに見回していた。
「へぇ〜…あちこち変わってるのねぇ、てっきり変わってないままかと思ってたけど」
 チケット売り場の近く…円形に置かれているソファに腰かけながら、彼女は出入口の真上に掛けられた大きな絵画を眺めている。
 それは恐らく近くの噴水広場から描かれたであろう、タニアリージュ・ロワイヤル座の大きな油絵であった。
 ほんの気持ち程度であるがライトアップされている為、劇を見終えて出るときにはその絵に気付く人は多いだろう。
 少なくとも幼い頃に両親連れられてきたときには、あのような迫力のある絵画は飾られていなかった筈である。

 今ルイズが腰を下ろしているソファもまた、彼女の記憶には無かった物だ。
 昔のロビーは今の様にそこら辺に落ち着いて座れる椅子やソファなど無く、お客さんは全員立ちっぱなしであった。
 流石に観賞用の席はあったものの、劇が始まるまではロビーで佇み好きで、足が疲れてしまった腰は何となく覚えている。
 そして長い事立ち続けられず、ロビーの隅でひっそりと腰を下ろしていた老貴族達の姿も記憶の片隅に残っていた。
 幼いながらも当時は少し可哀想と感じていた彼女は、自分と同じように腰を下ろして休んでいる貴族達を見回してみる。
 貴族も平民も皆購入したチケットを手にソファに座り、書かれた番号の劇場が開くまで談笑したりして一息ついている。
「……成程、時代に合わせてリニューアルっていうのも…悪くないものなのね」
 そんな事を一人呟いていると、チケット売り場の方からやや大きめなシエスタの声が聞こえ来た。
 思わずそちらの方へ視線を向けてみると、霊夢と魔理沙…ついでにデルフを相手に色々と案内しているらしい。
 
「ここがチケット売り場です。ここで観たい劇や演奏会のチケットを買うんですよ」
「おぉー!夏季休暇という事だけあってか、結構な列ができてるな〜」
 シエスタの指さす先、幾つもの行列が出来ているそこへと目を向けた魔理沙も何故か嬉しそうな声を上げる。
 彼女の言うとおり、今は夏季休暇という事あってかその時期限定の劇や演奏会を見ようと客たちが列を成していた。
 ふとよく見てみると、平民と貴族の列が一緒になっているようで列によってはチラホラとマントを羽織った貴族の姿も見える。
 ここもまた記憶に違う所だ。昔は平民と貴族で列が分けられていたのだが、どうやら今は一緒くたになっているようだ。
 先ほどソファの事で喜んでいた彼女は一転表情を曇らせ、流石にあれはどうなのかと難色を示していたる

 しかし、よくよく見てみると貴族たちの方は皆揃いも揃ってマントと服がいかにも安物である事に気が付く。
 安い店でズボン、ベルトでセット売りにされてるようなブラウスを着て、安い布で仕立てられたようなマントは薄くて破れやすそうだ。
 そして今いる位置では後ろ姿しかみえないが、恐らく自分よりも四、五歳程度の若者なのであろうと推測できる。
 そこから見るに、平民と同じ列に並んでいるのは貴族…であっても、下級貴族であろうとルイズは断定した。
 成程。平民と同じ通りのアパルトメントに暮らし、国からの給付金も少ない彼らは劇を見るにも平民席を選ばざるを得ないらしい。
 ルイズは一人納得したように頷きつつ、その顔には貴族であるというのに生活に困窮している彼らに同情の気持ちを浮かべる。

363ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:21:37 ID:nzoJO1T.
 その下級貴族達とは天と地の差もあるであろう名家のルイズが一人頷くのを余所に、霊夢は列を見てため息をついていた。
「よくもまぁ、あれだけ面倒くさそうなのに並べられるわねぇ…劇とかそういうのって楽しいのかしら?」
『そりゃあ文明人ならそういうモノに惹かれるものさ。普段は本でしか読めない様な物語が、役者が再現してくれるんだからな』
 霊夢の言葉に対し、まるでお前は文明人じゃないと言いたげなデルフの物言いに彼女はムッとした表情を浮かべる。
 そして文句を言おうと背中に担いだ彼に顔を向けようと上半身を後ろへ向けようとした、その時であった。
「言ってくれるわねぇ?剣の癖に…って、わわっ…と!」
「おっと!」
 
 体を捻ったタイミングが悪かったのか、丁度通りがかった初老の男性貴族とぶつかってしまったのである。
 幸い二人とも転倒する事無く、その場で軽くよろめく程度で済んだのは幸いであろうか。
 何とか転ばずに済んだ霊夢はホッと一息ついた所で、彼女の声で気が付いたルイズ達が傍へと駆け寄ってきた。
「ちょっとレイム、アンタ何やってるのよ!」
「…?そんな怒鳴らなくても大丈夫よルイズ、良くも悪くもコイツのお蔭でバランスが取れたようなもんだから」
『オレっちって重りになるか?結構軽めだっていう自信はあるんだがな』
 怒鳴るルイズの意図に気付かず首を傾げる霊夢は、そう言って背中のデルフを親指で指してみせる。
 どうやら本人は誰にぶつかったか知らないらしい、そこへすかさずシエスタが指摘を入れてくれた。

「違いますよレイムさん、後ろ…後ろ!」
「後ろ?……って、あら。もしかしてアンタがぶつかってきた張本人なの?」
「逆よ逆!」
 顔を合わせて真っ先に自分は悪くないと主張する彼女に、ルイズは反射的に突っ込みを入れる。
 その際に大声を出してしまったせいか、周りにいた人々が何だ何だと彼女たちの方へと視線を向け始めた。
 彼らは皆、声の中心にいた者達から何となく状況を察した者からざわざわとよどめき始める。
「なぁシエスタ、何か周りの人間が私達の方を見てる様な気がするんだが…いや、こりゃ見られてるな」
「そ、そりゃ当り前ですよ…!」
 視線に気づいたもののその意味が分からぬ魔理沙とは対照的に、シエスタは焦っていた。
 今の時代、貴族にぶつかっただけで無礼打ちに遭う平民は消えたものの、それは即座に謝ればの話だ。
 もしもぶつかった貴族に失礼な態度でも取ろうものならば…死ぬことは無いにせよ、確実に痛い目に遭ってしまう。

 そんな事など微塵も知らないであろう霊夢は、ようやく自分が悪いのであろうと理解する。
「あー…何かこの感じ、私が悪いって事で正解なのかしら?…って、わわわわ!ちょっと、胸倉掴まないで…!」
「なのかしら…じゃなくて!アンタが百パーセント悪いのよ!」
『オレっちは剣だから使うヤツが悪い…って事で、見逃してくれよな』
 胸元を掴み上げながら怒鳴るルイズの迫力に、流石の霊夢もたじろいでしまう。
 そこへすかさずデルフが無実を主張するという…、カオスな光景を前にして、ぶつかられた初老の貴族が声を上げた。

「あー…そこの桃色ブロンドの御嬢さん。私は平気だから、そこの黒髪の娘を放してあげなさい」
 その言葉にルイズと霊夢はおろか、魔理沙やシエスタもえっと言いたげな表情を浮かべた。
 特にルイズは自分の耳を疑っているのか、初老貴族の方へ顔を向けると目を丸くしている。

364ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:24:15 ID:nzoJO1T.
「え?…えっと?…その、もう一度言ってもらえませんか?」
「だから私は平気だから、放してあげるといい。…不可抗力の事なら、怒るのも理不尽というヤツだしね」
 聞き直してきたルイズにも丁寧で、かつ優しげな笑みを浮かべながら言いなおす。
 彼女に胸倉をつかまれていた霊夢も、てっきり怒られると思っていたばかりに怪訝な表情を見せている。
 
 
 …その後、ルイズの手から解放された霊夢が頭を下げて謝った事でその場は何とか収まりを見せた。
 あの優しい初老の貴族は霊夢達に向けて、まるで自分の孫娘に知恵を授けるように…
「私のように優しい貴族は少ないだろうから、これからは気をつけなさい」
 …と言って、これから急ぎの用事があるからと言って劇場の奥へと早足で立ち去って行く。
 その後ろ姿を見て許されたのだと理解したルイズはホッと一息つき、シエスタは今に泣き出しそうな表情を浮かべてその場で腰を抜かしてしまった。
 霊夢も霊夢で二人の様子を見て、これからは少しだけ気を付けようと珍しく反省の心を見せている。
 彼女たちを見ていた群衆たちもホッとしたり、つまらなそうな表情を浮かべて自分たちのするべき事へと戻っていく。

 アクシデントを避けられた事をルイズを含めた大勢が静かに喜ぶ中、魔理沙だけはマイペースであった。
「いやー、あの博麗霊夢が頭を下げて謝る姿を拝めるとはな。滅多にお目に掛かれぬ光景だったぜ」
『流石マリサだ。一触即発の空気だったっていうのに、物見遊山の気分だったとは』
「まぁホラ、あれだよ?喉元過ぎれば何とかってヤツさ」
「アンタねぇ…」
 何事も無かったかのように笑う魔理沙を見て流石のデルフも呆れてしまい、ついで霊夢もムッとした表情を浮かべる。
 しかし彼女が突っかかろうとする前に、その必要は無いと言わんばかりにルイズの怒鳴り声が魔理沙に襲い掛かってきた。
「ちょっとマリサ!もしかすればとんでもない事になってかもしれないっていうのに、何なのよその態度はッ!」
「え?あ、いや…ま、まぁ良いじゃないか?そのとんでもない事になってたかもしれないっていうのは、過ぎた事なんだし…」
「あんな事故、レイムじゃなくてアンタだったとしても起こり得る事なんだから!アンタも気をつけなさいって言いたいのッ!」
 そんな風にして一分ほどルイズの説教が続いた所で、流石の魔理沙もこれは堪らんと感じたのだろう。
 「分かった、分かった!悪かったよ」と両手を挙げた所で、ルイズもようやく怒鳴るのを止めた。

「はぁ…はぁ…何か、久しぶりに怒鳴った気がするわ…」
「で、でもミス・ヴァリエール。こんな所で怒鳴るのはマナーに反するんじゃ…」
 顔から汗を垂らし、肩で息をする自分へ投げかけられたシエスタの言葉でルイズはハッと我に返る。
 そして周囲を軽く見回した所で、怒鳴った事を誤魔化すようにゴホンと軽く咳払いしてみせた。

365ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:26:54 ID:nzoJO1T.
「ま、まぁ分かったのならそれでいいわよ…!…以後気を付けなさい」
「ルイズが言うなら仕方ない、心の片隅に留めておくぜ」
「まぁ一々こんな騒ぎが起こるっていうんなら、気を付けた方がいいわよね」
 魔理沙に続くようにして霊夢も頷きながらそう言ってくれたおかげて、ルイズも説教を終える事ができた。
「ふぅ…!さてと、ちょっと脱線しちゃったけど…シエスタ、他に案内したい場所ってあるかしら?」
「え?あ、あぁすいませんミス・ヴァリエール…!え、えっとその…後、一つだけあります!」
 何故謝るのだろうかという疑問は捨てて、ルイズはシエスタが次につれて行く場所がどこなのか聞こうとする。




「―――――……イズ!ルイズッ!」
 ――――――…その時であった。劇場の喧騒に負けないと言わんばかりに、
 彼女の耳に聞き慣れた…けれど久しく耳にしていなかった「あの声」が、必死に自分の名を呼んでいるのに気が付いたのは。

 幼い頃から一日をベッドの上で過ごし、いつも領地の外の世界を夢見ていた儚くも美しい家族の声。
 声を耳にしただけで、自分よりも綺麗で長いウェーブの掛かったピンクのブロンドが脳裏を過っていく。
 家族の中では誰よりも優しく、幼少から落ちこぼれであった自分に寄り添ってくれた大切な人。
 そして…今自分が誰よりも探していたであろう彼女の声に、ルイズは勢いよく後ろを振り返った。

 振り返った先に見えるは、先ほどシエスタが霊夢達に紹介していたチケット売り場。
 先ほどまで自分たちに視線を向けていた人々は再び売り場へと視線を戻し、列を作ってチケットを買い求めている。
 ルイズは鳶色の瞳を忙しなく動かし声の主を探る。右、いない。左、ここもいない。
 今のは幻聴だったのか?やや早とちりともとれる考えが脳裏を過ろうとした所で、ふと彼女は視線を上へ向ける。
 チケット売り場の真上は二階の貴族専用席へと続く廊下があり。ロビーからでも廊下を歩く貴族たちの姿を見上げられる。

「……あっ」
 そして彼女は真っ先に見つけた。廊下の手すりを両手で掴み、こちらを見ている桃色の影を。
 自分よりも立派なピンクのブロンドウェーブが揺れて、陽の光に照らされている。
 彼女もまたルイズが自分を見つけてくれた事に気が付いたのか、ニッコリと優しい笑みを浮かべた。
 花も恥じらう程の笑顔…とは正に、彼女の為にあるような言葉なのではとルイズは錯覚してしまう。
 そんな気持ちを抱きながらも、ルイズは自分を見下ろす彼女の名…ではなく、幼い頃から使っていた愛称を大声で叫んだ。

「ちいねえさま?…ちいねえさまッ!!」 
「……ッ!あぁルイズ!やっぱり貴女だったのね、小さなルイズ!」
 突然の大声に今度は霊夢達が驚く中、カトレアは眼下の少女が自分の妹であった事に喜び、更に呼びかける。
 今までどれだけ心配していたかというルイズの気持ちを知らずして、小さな妹の名を呼び続けた。

366ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/02/28(水) 20:34:23 ID:nzoJO1T.
以上で九十二話は終了です。
いよいよ明日からは三月、春がゆっくりと訪れてきますね。
まだまだ寒いですが、次の投稿の時には暖かくなってる事を祈ります。

それではまた!ノシ

367ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2018/03/16(金) 23:19:52 ID:uSujKvK2
皆さん、大変長らくお待たせいたしました。ウルトラ5番目の使い魔、69話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

368ウルトラ5番目の使い魔 69話 (1/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/16(金) 23:22:42 ID:uSujKvK2
 第69話
 その呪いも抱き留めて
 
 奇機械竜 ギャラクトロン 登場!
 
 
 リュシーの罠にかかり、意識を奪う洗脳針を今まさに打ち込まれようとしていたコルベール。しかし、まさに寸前のその瞬間、轟音をあげて室内に踊りこんできた者たちがいた。
『ライトニング・クラウド!』
 突然室内に稲光が走り、たけり狂う電撃の奔流が部屋の物を破壊しながら轟音を後にして迫る。
「なっ!?」
 閃光に目を奪われたリュシーは、思わず刺す寸前だった針を持ち上げながら顔を上げた。
 魔法の電撃は部屋のあらゆるものを破壊しながら刹那に迫ってくる。しかし、直撃の寸前でジャックが魔法で空気の防壁を張り、空気中に電気の通りやすい抜け道を作ったことで電撃は逸らされてしまった。
 だが、電撃と間髪入れずに部屋に飛び込んできた小柄な影が、ジャック目がけて魔法をまとった杖を振り下ろした。
「さすがジャック。不意打ちで放ったライトニング・クラウドを防ぐとは、我が弟ながらたいしたものだ。操られてさえいなければ褒めてあげたいよ」
 それは、元素の兄弟の長男ダミアンだった。ダミアンの杖はジャックが防御のために上げた杖とがっちり組み合い、文字通り大人と子供ほどの体格差をものともせずに押し合っている。
 しかし、膠着が続いたのはほんの一瞬だった。リュシーやジャネットですら反応が追いつかないうちに、今度はドゥドゥーが飛び込んできて無防備なジャネットに当身を食らわせたのだ。
「がはっ?」
「ごめんなジャネット、でも今回は君が悪いんだから怒らないでくれよ、頼むから」
 兄の面目躍如といった感じで、ドゥドゥーは気絶したジャネットを抱き留めた。そして彼も元素の兄弟としての実力を見せつけるように、愕然としているリュシーに向かって間髪入れずに魔法を叩きこんだ。
『ウィンド・ブレイク!』
 魔法の突風がリュシーに襲い掛かり、リュシーは身を守るのが間に合わずに吹き飛ばされてしまった。
「きゃああーっ!」
 僧服のまま壁に叩きつけられ、簡素な板がむき出しの壁がひび割れ、体は生身でしかないリュシーは背中を強打してなすすべなく倒れた。
 それらは開始から瞬き一つをようやくできるかという間に行われた、まさに刹那の出来事。しかしまだ終わってはいない。今の乱入のショックでコルベールにかかっていた金縛りが解けたのだ。
「おお、体が動く! き、君たちは!」
「また会ったね。君のおかげで弟たちにかけられた洗脳の解き方がわかった。囮に使わせてもらったが恨まないでくれよ。ドゥドゥー! 早くジャネットに刺さった針を抜いて、その女にとどめを刺すんだ。ジャックを無傷で抑えるのは僕とて楽じゃない!」
 ダミアンがジャックを杖で抑えながら叫ぶ。さすがは元素の兄弟の長兄、小柄な容姿のどこにそんな力があるのかといわんばかりの圧力で巨漢のジャックを抑え込んでいるが、弟相手に手加減をしなければならないだけ分が悪い。
「早くしろ! 僕が本気を出すことになったらジャックを殺しかねなくなるのがわからないのか!」

369ウルトラ5番目の使い魔 69話 (2/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/16(金) 23:24:46 ID:uSujKvK2
「は、はいいっ!」
 モタモタするドゥドゥーにダミアンの怒声が飛ぶ。ドゥドゥーは慌ててジャネットの首筋に刺さっている針を抜いて杖の先をリュシーに向けたが、リュシーも怒りで顔を歪めながら杖を振り上げていた。
『エア・カッター!』
『エア・ハンマー!』
 ドゥードゥーの放ったカミソリのような真空の刃とリュシーの放った鉄塊のような圧縮空気の魂が激突し、相殺されたふたつの魔法は今度は無秩序な空気の爆弾となって部屋の中を荒れ狂った。
「ぬおおーっ!」
 コルベールは床にしがみつき、必死で吹き飛ばされるのを防いだ。台風のような暴風は閉鎖空間である部屋の中で暴れまわり、窓は割れ、さらに粗末な作りの事務所の屋根さえも運び去っていってしまった。
 一瞬でがらんどうの廃墟と化してしまった事務所。だがその中では、いまだメイジたちが睨み合う死闘が続いていた。
 不意打ちで大きなダメージを受けてしまったリュシーは、肩で息をしながらもなお執念深く杖を持ち上げている。その身から漂うオーラはなお強く、スクウェアクラスに匹敵する上に隙もない。
 しかし、元素の兄弟は爆発に紛れてダミアンがジャックの針を抜いたことで、ついにジャックも正気に戻り、リュシーの圧倒的不利となっていた。
「おはようジャック。君にしては珍しいミスだったけど、今回はジャネットともども不問にしよう。で、気分はどうだい?」
「ううむ、ダミアン兄さん。どうやら俺たちが迷惑をかけてしまったようだな、すまん。女を追い詰めて……それから先を覚えてない。だが、どうやら体に不調はないようだ」
 ダミアンが気を付けて洗脳針を抜いたため、後遺症もなくジャックは蘇っていた。ジャネットはまだ気絶したままでいるが、ドゥドゥーも含めて元素の兄弟三人がかりで狙われているリュシーに勝機はない。
「では、さっさと仕事を片付けてしまおう。お嬢さん、君にはすまないが、こういう理不尽がこの業界の掟でね。そういうわけだからさようなら」
「猟犬め……」
 余計にもったいぶらず、ダミアンは冷徹に杖を振った。人間の体を両断して余りある魔法の刃がリュシーに迫るが、その魔法は横合いからの別の魔法で進路をそらされ、リュシーの横の壁を切り裂いたに終わった。
 それは、コルベールの放った魔法であった。
「どういうつもりだい? ミスタ・コルベール」
 ダミアンが冷たく言い放つ。ダミアンはコルベールが自分の雇い主であるベアトリスのお気に入りであることを知っており、手出しはしないつもりではあったが、邪魔をするのであれば相応の対処をすると言外に告げていた。
「殺すほどのことはありません。捕らえて法の裁きを。恐らくあなたがたの受けた指令は連続爆破犯の阻止のはず。必ずしも殺害までは命じられておりますまい」
 コルベールの返答に、ダミアンはわずかに口元を歪ませた。確かにベアトリスは生死は問わずとは言ったが殺害を厳命してはいない。冷酷になりきれないベアトリスの心根を知っているコルベールの推測は当たったが、だからといってダミアンもおめおめと引き下がりはしない。
「だからといって殺してはいけないとも言われてないよ。それに、僕は弟たちに余計な危険を冒させてまで君に協力する義理もない」

370ウルトラ5番目の使い魔 69話 (3/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/16(金) 23:32:36 ID:uSujKvK2
「もっともですな。ですが、私も彼女にしてやられた身。物申す権利はあると思いますが」
 譲らないのはコルベールも同じだった。ダミアンは以前弟のドゥドゥーがコルベールに散々手玉に取られたことを知っており、コルベールがただものではないことを理解しているため、無理に押し通すことはしなかった。
 しかし、ダミアンは無言の圧力で、リュシーが降伏するくらいなら死を選ぶだろうとコルベールに言っていた。こういう恨みに凝り固まった人間は理性でどうこうなるレベルをとうに超えた狂信者というべきで、良心も自分の安全も恨みで塗りつぶしてしまっているので、もう自分でも止められないのだ。
 止まるとしたら、恨みの対象をすべて破壊しつくしたときだけ。ましてリュシーは何かの作用で復讐の対象が誰かを忘失して怨念だけ残された亡霊のようなものだ。もう、身も心も擦り切れて朽ち果てるまで止まることはできない。ならば、まだせめて人間でいられているうちに引導を渡してやるのがせめてもの情けではないのか?
 コルベールもそう思わないでもない。しかし、昼間のことがたとえ自分を騙すための演技だったとしても、あの明るさや優しさのすべてが嘘であったとはコルベールには思えなかった。
 恨みさえ晴らすことができればリュシーはまだ立ち直ることができる。だが、すでに罪を重ねてしまった彼女がこれ以上の破壊を繰り返せば、残った人間らしい心も擦り切れて、もう後戻りはできなくなってしまうだろう。
 救える機会はもうこの時しかない。コルベールには天使のようにリュシーに救いの福音を与える術はなかったが、ひとつだけリュシーを救えるかもしれない手段があった。ただし……。
「ミス・リュシー、あなたの……」
 それでも迷わずコルベールはリュシーに話しかけようとした。しかし、コルベールがリュシーに呼びかけた、まさにその瞬間に鼓膜を突き破るような爆発音が轟いてきたのだ。
「なんだい!?」
 思わずドゥドゥーが屋根を失った建物の上へと飛び上がる。しかし、他の面々も飛び上がるまでもなく爆発音の正体を知ることになった。なんと、先日ウルトラマンが倒したはずの巨大機械獣が街を破壊しながらこちらに向かってきていたのだ。
「あの銀ピカゴーレム、まだ生きてたのかよ! ダミアン兄さん、あいつこっちに向かってくるよ」
「ああ、本当になんて間の悪い。だがまずは仕事だね!」
 ダミアンは腹立たし気にしながらもリュシーに向かって魔法を放つ。しかし、それをまたコルベールが相殺した瞬間、リュシーは飛んで逃げようとフライを唱えた。
 むろん、それを見逃すダミアンではない。頭上で待機していたドゥドゥーに間髪入れずに指示を飛ばす。
「逃がすな、撃ち落とせ」
「もちろんさね!」
 ドゥドゥーが飛んで逃げようとするリュシーの頭を押さえ、広範囲に電撃の魔法を飛ばす。リュシーもこれを避けることはできずに食らい、それでも痛みをおして逃亡を図ろうとするが、今度は下から撃ち上げてきた氷弾がリュシーの体に突き刺さった。
「うああっ!」
「無理だよ。元素の兄弟を甘く見ては困るね」
 冷たく言い放つダミアン。代金の分の仕事は誰がどうなろうと必ず果たすのがプロの矜持だ。その対象が女子供であろうと何の関係もない。

371ウルトラ5番目の使い魔 69話 (4/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/16(金) 23:42:02 ID:uSujKvK2
 しかし、傷つき飛ぶ力も失いかけたリュシーにドゥドゥーがとどめを刺そうと杖を振り上げた瞬間、今度は別方向から邪魔が入った。
「ドゥドゥー危ない! 飛べ!」
 はっとしたドゥドゥーが反射的に真上に飛んだ瞬間、彼のいた場所を赤色の光線が貫いていった。ロボットの目から放たれた破壊光線で、もし当たっていたら瞬きした次の景色はあの世だったであろう。
 ヒヤリとしたドゥドゥーは、あの銀ピカ邪魔しやがってと毒づいたが、いくらなんでも反撃できる相手ではない。
 だが、街を蹂躙しようとするロボットに対して、青い輝きがそれを遮った。夜空から気高い群青の光が降り立ち、青い光の戦士、ウルトラマンヒカリが再度ロボットの進行を防ぐために立ち向かっていく。
〔やはりまだ生きていたか。ならば、今度こそ破壊するまで!〕
 ヒカリは白いロボットが自己修復して戻ってきたと判断していた。高度なロボットの中にはマスターがいなくても自己だけで完全解決するものも少なくない。
 そしてその一方、あの宇宙人も空の上から見つからないよう気配を消しながら様子をうかがっていた。
「ヒカリさんも来ましたか。さあて、これで役者が揃ったようですねえ。私と遊びたいという誰かさんも、お手並み拝見させてもらいますよ」
 わざわざこんな回りくどい真似をしてまででかいエサを撒いたのだ。何者がちょっかいを出してきているのか、とくと見せてもらおうではないか。
 ヒカリは白いロボットが高火力を発揮すれば街の被害が甚大になるとして、距離を取り過ぎず、中距離戦で戦うことにした。いわゆる、格闘の間合いからは少し離れ、かといって飛び道具を使うと相手に飛び込んでくる隙を与えてしまうような、そんな距離である。
 しかし対峙すると、ヒカリは白いロボットの動きに違和感を感じ始めた。
〔なんだ? 妙に動きが鈍い〕
 先日戦った時は機械的でありながらも比較的スムーズな動きを見せていたロボットが、今度は妙にぎこちないというか、動作をなにか一回する度に一瞬停止する感じでたどたどしい。
 まだ故障が直りきっていないのか? ヒカリはそういぶかしんだが、第三者の存在を知っている宇宙人は、恐らくロボットの制御AIが改造した誰かの使い慣れているものに書き換えられたのだろうと推測した。
「あの動き……どこかで見たことがあるような」
 一方で、動きが鈍くなった分、ヒカリは前回よりも余裕を持ってロボットに対処することができた。
「シュワッ!」
 ヒカリのキックがロボットの巨体を揺るがし、反撃に振るわれたアームも余裕を持って回避することができた。
 だがロボットは両腕だけでは対処しきれないことを悟ると、頭の後ろから弁髪のように生えている太い触手を伸ばしてヒカリを狙ってくる。その、まるでサソリの尾のように頭越しに伸びてくる攻撃にはヒカリもいったん後退を余儀なくされた。
〔まるで腕が三本あるようだ。少し動きが鈍った程度で安心できる相手ではないな〕
 ロボットの有する底知れないポテンシャルはヒカリをも戦慄させた。ならばこそ、ここで倒さねばならない。

372ウルトラ5番目の使い魔 69話 (5/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/16(金) 23:44:07 ID:uSujKvK2
「ハアッ!」
 ナイトビームブレードを引き抜き、ヒカリはロボット相手に短期戦に打って出た。わからないことはまだあるが、今は現実の脅威を取り除くことが最優先だ。
 ロボットのアームとナイトビームブレードがぶつかりあうたびに乾いた金属音が鳴り、夜の街を照らし出すほどの火花がはじけ飛ぶ。かつてのハンターナイト・ツルギを思わせる猛攻の前に、動きの鈍ったロボットは対処しきれない。
 このまま攻め続けて隙ができたところで関節部から切断していけば最終的にはヒカリ単独の力で破壊することも不可能ではない。その様子に、もう勝負がついてしまうのかと宇宙人は物足りない思いを感じていた。
「あららら、これじゃ改造じゃなくて改悪じゃないですか。どこかの誰かさん、せっかくなんですからもっと魅せてくださいよ。ねえ?」
 あのロボットの戦闘スタイルに鈍ってしまった動きはまったく噛み合っていない。恐らく、改造した誰かは元のAIが上書き不可か修復不能と見て丸ごと入れ替えたのだろうが、このままでは本当に改悪もいいところだ。
 しかしこれで終わるか? 少なくとも自分ならまだ何かを仕込んでいる。見せてもらおうではないか。ムッ?
 その瞬間だった。ロボットの目から白色の光線が放たれると、それはヒカリの横を素通りし、なんと今度こそ追い詰められていたリュシーを襲ったのだ。
「えっ……?」
「ミス・リュシー! 危ない!」
 とどめを刺されかかっていたリュシーを襲った攻撃に、元素の兄弟は反射的に飛びのき、彼女を守ったのはとっさに割り込んだコルベールだけだった。
 しかし建物を粉みじんにするようなロボットの光線を前にメイジの守りがなんになるのか? コルベールとてそう思って身を捨てる覚悟でいたが、なんということか!? 光線はリュシーと、彼女をかばったコルベールの周囲で風船のようなドームとなって二人を囲い込み、あっという間に二人をロボットの腹の赤い球体に吸い込んでしまったのだ。
「なっ!?」
 元素の兄弟も見ていることしかできないほどの一瞬の拉致だった。そして今の光線はロボットに元々備わっていたものではないと、宇宙人は気づいていた。
「あの光線、ゴース星人さんが使っていたものに似ていますね。ということは、やはり犯人はナックルさんではないですか。そして……」
 宇宙人は、ロボットを改造した誰かとは気が合いそうだと笑みを浮かべた。なんのために彼女を連れ去った? いや、そんなことは決まっている。
「人質ですか。この手段はウルトラ戦士たちにはとてもよく効くんですよねえ」
 古典的だが効果的この上ない戦術。これを打たれると正義の味方はなす術がない。
 ヒカリはリュシーとコルベールが吸収された球体を透視して、二人がその中に幽閉されているのを確認した。

373ウルトラ5番目の使い魔 69話 (6/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/16(金) 23:45:29 ID:uSujKvK2
〔まずい、あそこは奴の胴体のど真ん中だ。これでは下手に攻撃できない〕
 攻め手を止めざるを得なくなったヒカリに、ロボットは以前の戦いで失った右手の代わりに装着された大砲を向けてきた。大口径の砲身がヒカリを狙い、砲煙とともに弾丸が発射される。
「セヤッ!」
 とっさに身をひねり、砲弾を回避するヒカリ。ロボットの右腕についていたのは元々はビーム砲であったが、何者かに改修された今は実弾を発射するキャノン砲となっていた。しかし威力はひけをとらないほど高く、外れた弾丸が大爆発して威力の高さを示してくる。
〔この大火力、最初の時と脅威はほとんど変わらない。野放しにすれば街はあっという間に火の海だ。だが……〕
 人質がいたのではうかつな攻撃ができない。なんとか捕らえられた二人を助け出さなければ……だがどうやって? あのロボットの装甲を破って内部にいる二人を救い出すためにはかなりの攻撃を必要とするが、そうすれば内部も無事ではすむまい。それに、今この街の近辺にいるウルトラマンは自分だけなので応援も期待できない。
 ナイトビームブレードを構えながら、じりじりと押されていくヒカリ。ロボットはこちらがうかつな攻撃ができないと知って、まるで勝ち誇るように、腕を上下に振り動かしながら迫ってくる。
 危機に陥るヒカリ。街は熟睡を妨げられた人々が闇の中で逃げまどう声であふれ、騎士団もまだ出動すらできないでいる。
 元素の兄弟たちは、しばらくは様子見だね、とダミアンが冷徹に告げたことで全員が杖を収めた。コルベールや街の人間のために無償で尽くす義理はない以上、ロボットが破壊されてターゲットの死亡が確実になりさえすれば、後はどうなろうと知ったことではない。
 事実上、外部からの救援の可能性はほぼ途絶えたコルベールとリュシー。その二人は、ロボットの内部で身動きを封じられて閉じ込められていた。
「くそっ、このままでは我々のためにウルトラマンも街も危ないではないですか。なんとか脱出しませんと……ミス・リュシー、大丈夫ですか!」
 ロボットの内部は小さな空洞になっていて、そこで二人は無数のケーブルのようなものによってがんじがらめにされていた。まるで蜘蛛の巣にかかった虫も同然の状態で、しかもこのケーブルが頑丈で、魔法を用いてもなかなか切れる様子がなかった。
 それでもコルベールは、同じように捕らえられているリュシーを案じて声をかけ続けていたが、リュシーの目はロボットの球体からマジックミラーのように通して見える外の景色に釘付けになっていた。
「燃える……みんな、みんな燃えていく……」
 ロボットの攻撃で炎上していく街。それを見つめるリュシーの心に、どこにあったかもわからない自分の屋敷が名もわからない軍隊によって奪われ、自分の家族がどこであったかもわからない国の裁判で有罪とされ連れて行かれる光景が浮かんでくる。
 心に焼き付いて消えない、全てを失った悲しみと怒り。しかし、それがいつどこでどうして行われたのかを思い出せない。

374ウルトラ5番目の使い魔 69話 (7/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/16(金) 23:48:35 ID:uSujKvK2
「ふ、うふははは……燃えろ、みんな燃えて燃え尽きてしまえ!」
「ミス・リュシー? リュシーさん、どうしたのですか!」
 歪んだ笑みと引きつった哄笑を発し始めたリュシーにコルベールが呼びかけるが、リュシーの狂乱は止まらない。
「みんな忘れた、なにも思い出せない。だけど、これだけは覚えてる……わたしから家族を奪った火刑の炎……無実の人間を焼いたあの炎……わたしは誓ったの。同じ熱さを、痛みを思い知らせてやるって!」
 リュシーの怨嗟の叫びとともにロボットも咆哮して、放たれた無数の光線がさらに街を火の海に変えていく。
 これは! ロボットのパワーが上がっている。なぜ? と、ヒカリはいぶかしむが、ロボットのパワーはさらに上がり続けていく。
〔まずい、このままパワーが上がり続けたら、この街どころかハルケギニアを灰燼にするまで止まらないかもしれない。だが……〕
 最悪、捕らわれている二人ごと破壊するしか手がなくなるかもしれない。より多くの人間を守るためにはそれも……だが、ヒカリは狂ったように暴れるロボットから立ち上ってくるオーラに、隠しきれない怒りと悲しみの波動を感じていた。
〔我が身をすら顧みない、あの凶暴さはまるでツルギだったころの俺だ。まさか、あれに捕らわれた人間というのは……〕
 自身も復讐者であったゆえの、言葉に言い表せない共感。自分の感情に支配され、ハンターナイト・ツルギとしてほかの全てを投げ打ったあの頃の自分は、ボガールを倒すために地球に少なからぬ被害を与えてしまった。あの頃のことは忘れてはいけない記憶として残り、今ロボットから感じられるオーラはそれとよく似ている。
 そして、ヒカリと同様にコルベールも錯乱するリュシーの姿に、なぜロボットが彼女を捕らえたのかを気づいていた。
「リュシーくんから、彼女から怒りの感情を吸い取っているのか。おのれ、なんと卑劣なことを!」
 人間の感情をヤプールをはじめとする侵略者たちが利用しているのはコルベールも知っていた。リュシーはその心に宿る復讐心に目を付けられ、人質兼エネルギー源として捕らえられてしまったのだ。
 コルベールは、ケーブルに捕らえられながらなおも絶叫するリュシーを止めるために、なんとか自分の拘束を解こうと額に汗を浮かべながらもがいた。
 そして、ロボットの暴走の様子を、かの宇宙人も見守りながら状況を分析してつぶやいていた。
「いやいや、撒き餌をした私が言うのもなんですが、エゲつない真似をしますねえ。しかし、人間から感情エネルギーを吸い取る機能なんか、あのロボットにはなかったはずですが、それも改造によって追加した機能ですか……技術自体はそんなに特別なものではないですが、それ以上に人間のことをよくリサーチしてますね。これは、詰みましたかね?」
 人質をとった上にロボットの火力は上がり続ける。このままではウルトラマンヒカリに勝ち目はないだろう。むろん、街はあっという間に灰燼に帰し、ロボットは破壊の手をさらに広げるに違いない。
 ただ……やがては他のウルトラマンたちも駆けつけてくるだろうが、それまでにどれだけの被害が出るものか。侵略するにしても更地だらけの星などを手に入れても仕方ない。はたしてこの破壊力でリカバリーできる程度に収まるのか? と、宇宙人は黒幕の思惑をいぶかしんだ。

375ウルトラ5番目の使い魔 69話 (8/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/16(金) 23:49:49 ID:uSujKvK2
 しかし、黒幕の思惑がなんであれ、ロボットは全身からビームと弾丸を放って街を破壊し続けている。ヒカリがなんとか工場街で食い止めているが、すぐに被害は人口密集地へと及び、さらには東方号も破壊されてしまうだろう。
 ビームを受けた建物に魔法陣のような紋様が閃き、次の瞬間紅蓮の炎が焼き尽くす。巻き散らされた弾丸は無差別に着弾して、道路をえぐり、街路樹をなぎ倒す。その圧倒的な破壊は避難する人々の背にあっという間に追いつき、ヒカリの耳に炎から逃げまどう人々の悲鳴がいくつも飛び込んでくる。これ以上、戦いは引き延ばせない。
〔やむを得ん、何千何万という人々の命には代えられない。許してくれ〕
 意を決してナイトビームブレードを突き立てる構えをとるヒカリ。しかしそのとき、ヒカリの聴覚にリュシーに必死に呼びかけるコルベールの叫び声が響いてきた。
「リュシーくん、これ以上自分の中の悪魔の言いなりになってはいけない! 君は人間だ。こんな人形の一部なんかじゃない。そして、君が貴族であったなら、誇り高い貴族の心を思い出すんだ!」
 その言葉に、思わず手を止めるヒカリ。そうだ、自分が復讐の戦士ツルギとしてボガールを追っていた時、メビウスたちが懸命に光の国の戦士の心と誇りを思い出させてくれた。
 ならば、自分のすべきことはこの場の希望を最後まで信じ抜くこと!
「テヤアッ!」
 ナイトビームブレードでロボットの光線を跳ね返し、ヒカリは決意した。残りの全エネルギーを使っても何秒も持たないだろうが、そのわずかな時間に希望をかけて食い止める。
 青い光の戦士、ウルトラマンヒカリ。激しく鳴るカラータイマーの音がやむまで、ここを退きはしない。
 
 そしてロボットの内部では、コルベールの必死の呼びかけが続いていた。
「ミス・リュシー! リュシーくん、聞こえますか! 私がわかりますか?」
 自分を拘束していたケーブルをちぎり、コルベールはリュシーの目の前にまで寄って呼びかけていた。リュシーはなおも錯乱し続けていたが、コルベールの呼びかけと、彼の額のてかりがまぶしく目を照らすと、はっとしたようにコルベールに気づいてくれた。
「ミス、タ……コルベール?」
「そうです、私です。身の程知らずなコッパゲですよ。さあ、今助けます」
 コルベールは魔法を使ってリュシーの四肢を拘束しているケーブルを切断しようと試み始めた。しかし、リュシーはそれを拒絶するように叫ぶ。
「やめて! もうすぐ、もうすぐわたしの悲願がかなうんです。もうすぐ、もうすぐわたしの怒りで全部燃えて燃えて燃えて燃えて燃えて。わたしの復讐がかなうのよ!」
「すみませんが聞けませんな。君のやっていることは復讐でもなんでもない、ただの破壊です。君はこの機械人形に利用されているに過ぎないのです」
「それでもかまわない! もうわたしが復讐を遂げるには、ハルケギニアのすべてを焼き尽くすしかないんです!」

376ウルトラ5番目の使い魔 69話 (9/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/16(金) 23:52:17 ID:uSujKvK2
 血を吐くようにリュシーは叫んだ。すでにリュシーの体は元素の兄弟との戦いで傷つき、さらに強引に拘束されたことで激しく衰弱している。
 もう、リュシーはこの場で死ぬ覚悟を決めているとコルベールは理解した。そしてリュシーはこの世への未練を断ち切るようにコルベールに言った。
「コルベール様、聖職者を騙っていたわたしのみじめな告解をお聞きください。あなたの言った通り、わたしの中には悪魔がいます。この世に神はいなくても悪魔はいる。その悪魔が、どんなに振り払おうとしてもわたしの怒りを駆り立て、復讐を果たせと言うのです。コルベール様、わたしの理性が少しでも残っているうちに、どうか逃げてください。今さらですが、あなたのご好意につけこもうとして、ごめんなさい……」
 それはリュシーの良心が見せたせめてもの抵抗だった。人の心には多くの悪魔が潜み、様々なきっかけで人を理性では抑えることのできない魔道へと引き込んでいく。
 もはや復讐が成就するまで、いかなる犠牲を払おうともリュシーの怒りの悪魔が収まることはないだろう。けれど、コルベールはまったく引くことなく優しく告げた。
「できませんな。私はこれでも教師でして、人を教え導くことが仕事なのです。君が嫌でも、今から君は私の生徒です。絶対に見捨てはしませんよ」
「やめてくださいませ。わたしはわたし自身の心も復讐の魔法で塗りこめて、もう怒りの奴隷なのです。助けていただいても、わたしは必ずまた何かを火に包むでしょう。せめてお情けをかけるなら……わ、わたしの命ごと止めてください!」
 飢えた獣が肉を貪るのを止められないように、復讐を止められない自分が救われる道はもうない。ただ、己の破滅を除いたら……。
 そうしているうちにも、ロボットはリュシーからエネルギーを吸い続け、外で食い止めているウルトラマンヒカリの限界は近づいていく。それに、リュシー自身も傷が開いて意識が薄れかけ、このままでは復讐の夢うつつのままで精神力だけを吸い取られるパーツとしてロボットに組み込まれてしまうだろう。
 しかしコルベールはリュシーに杖を向けはしなかった。
「その願いはかなえられません。甘いとお笑いになられるでしょうが、私はもう二度と魔法で人の命を奪わないと決めたのです。リュシーくん、私にも君の中で叫ぶ悪魔の姿が見えました。君は制約の魔法で人を操るのと同じように、自分自身にも制約をかけて復讐心を操っていたのですな」
「……そうです。鏡を使って、自分自身に魔法の暗示を何度もかけました。善良な聖職者を演じ、復讐者としての素顔を隠すために」
「ですが、抑えられた復讐心はなお強く燃え盛ってあなたを焼こうとし、それを抑えるためにさらに自分に制約をかけ続けて、ついには縛り切れなくなりかけていたのですね。でも、もういいのですよ。あなたの怒りはみんな、私が引き受けてあげます」
「……な、なにを……?」
 リュシーはすでに意識ももうろうとしかけているようだった。しかし、コルベールはリュシーの手に杖を握らせ、さらに身だしなみ用の手鏡を向けながら言った。
「もう一度自分に制約をかけるのです。さあ、呪文を唱えなさい」
「はい……?」
 コルベールにうながされ、リュシーはぼんやりとしながらも『制約』の魔法を唱え始めた。どのみちもう死ぬつもりだったのだ、いまさら何がどうなろうとかまいはしない。
 だが、制約の魔法の詠唱が終わり、暗示を刷り込む段階になってコルベールが告げた言葉がリュシーの意識を現実に引き戻した。

377ウルトラ5番目の使い魔 69話 (10/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/17(土) 00:00:47 ID:JbiDIihg
「よろしい。では、こう信じるのです。リュシーくん、君の家族を陥れ、君が復讐を誓った相手の名はジャン・コルベール。この私だとね」
「えっ? あ、うぁぁぁーっ!」
 その瞬間、彼女の朦朧とした意識の中にコルベールの言葉が制約の魔法で形を持ったイメージとなって流れ込んできた。
 憎んでもあまりあるが、空気のように触れることも見ることもできなかった仇のイメージに色と形が注ぎ込まれていく。それは奔流であり濁流として、リュシーの失われた記憶の部分を急速に埋めていった。
”父を殺し、家族を引き裂いた仇。その名はジャン・コルベール、その顔が彼女の中で憎むべき悪魔と同一化されていく”
 だが、それは偽の記憶。ありえない過去。それが自分の中に流れ込んでくる感覚に、初めてリュシーは恐怖を感じて叫んだ。
「ああ、やめて、やめて! わたしの、わたしの中に入ってこないでえ! わたしは、わたしは……わたしが、こわれる……」
 これまで何度も自分にかけてきた制約の魔法に恐れを抱いたことはなかった。しかし、それは自分の中で暴れる復讐の感情を押さえつけるためのものだったのに対して、これはせき止められていた感情を一気に開放する鍵だった。
 溜まりに溜まり続けていた感情が、復讐の対象を得たことで抑えようもないほど膨れ上がっていく。怒りが、憎しみが、殺意が……リュシーは自分でもコントロールできなくなっていくその感情の濁流に恐怖し、もだえた。
 しかしコルベールは、恐れるリュシーを前にして、まっすぐにその顔を見据えて言った。
「怖がることはありません。あなたが胸の内に溜め込んできた濁ったものを、ただ吐き出してしまうだけなのです。さあ、目を開けて前を見て。あなたの前にいる男は誰ですか?」
「あ、あぁ……あ、うあぁぁぁぁ!」
 制約の魔法で刷り込まれた偽のイメージが完成し、その瞬間リュシーの心の中の憎悪は破裂した。
「おま、おま、お前はぁぁぁ!」
「そうです。ようやく思い出しましたか? あなた、いやお前の仇の顔と名前を」
「ああ、あああ……思い出した! 思い出した! ジャン・コルベール! ジャン・コルベール! 貴様、よくもお父様を!」
「そのとおり、物覚えの悪い小娘です。私は覚えていますよ、あの男の間抜け面をね」
 それは口から出まかせの安い挑発であったが、リュシーにはもはやそれを理解する知性も冷静さも残ってはいなかった。
 残っているのは、溜め込まれ続け、淀みきった真っ黒な殺意のみ。それが爆発し、リュシーは言葉にならない罵声を口から吐き出しながらコルベールに迫ろうとした。
 しかしリュシーの四肢はロボットのケーブルで拘束されてしまっている。それでも手足を引きちぎらん勢いでコルベールに迫ろうとするリュシーに、コルベールは何を思ったのか自分からリュシーの目の前にまで近づいた。
「さあ、仇は目の前ですよ。どうしますか?」
「ああ、こ、ころ、殺すぅぅぅぅ!」
 目の前のコルベールに、リュシーは唯一自由になる首を伸ばしてコルベールの肩口に噛みついた。たちまち白い歯が服ごと肉に食い込み、赤い血が滲み始める。

378ウルトラ5番目の使い魔 69話 (11/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/17(土) 00:06:46 ID:JbiDIihg
 だが、コルベールは顔色一つ変えることもなく、ただリュシーを拘束から解放するために魔法を唱え続けた。その肩口で、リュシーはまるで吸血鬼のように血と肉をむさぼり続ける。
「殺す、ほろふ、ほろひてやるうぅぅぅ……」
「そう、それでいいのです。そうやって、あなたの中に溜まった黒いものをすべて吐き出してしまいなさい。いくらでも、私が受け止めてあげましょう」
 いつしか、リュシーの目からは滝のように涙も流れ、むしろリュシーが血を吐いているようにさえ見えた。
 これがコルベールの答え。リュシーの復讐の標的をでっちあげ、その復讐を成就させてやる。彼女が欲する血を、自分が引き受けることになろうとも。
 リュシーは泣きわめき、ひたすらかすれた声で「殺す」と繰り返しながら一心不乱に歯を突き立てている。すでに漏れ出した血はコルベールの服の半分を赤く染め、指先からは真紅の雫が滴っている。それはまさに、コルベールの肩を食いちぎってしまいかねないほどに思えた。
 だが、コルベールは常人なら絶叫するであろう激痛にじっと耐えながら独り言のようにこう口にした。
「そう、そのまま、そのままです。どんな強い感情でも無限ということはありません。そのまま吐いて吐きつくしてカラッポになりなさい。カラッポになって、自分の中に住み着いた悪魔を追い出してしまいなさい」
 少しずつだが、リュシーの噛む力が弱まっているのをコルベールは感じていた。
 どんなに発狂しようとも、人間である以上限界は必ずやってくる。増して激しく燃える炎ほど燃え尽きるのも早い。コルベールはそれに賭けたのだった。
「ころふ……ほろふぅ……」
 狂気に取りつかれていたリュシーの顔から少しずつ険が取れていく。感情を一気に爆発させた反動と、すでに体力的に疲労の極だったことで急速に消耗しつつあるのだ。
 コルベールは、哀れな復讐鬼の断末魔にも似た叫びを受けながら、一本ずつケーブルを切断していった。その表情からは、決意や哀れみとは違う、どこか義務感のような寂しさがわずかに見えたように思えた。
 
 そして、中の影響は外部にもついに変化となって表れた。
〔むっ? 動きが、鈍ってきたのか?〕
 今まさにとどめを刺されかけていたヒカリは、突然ロボットが動きを鈍らせたことで間一髪逃れることに成功した。
 偶然ではない。目に見えてロボットの動きが遅くなり、まるで電池の切れかけた玩具のようになっている。一目で、中で何かが起きたのだということは察せられた。

379ウルトラ5番目の使い魔 69話 (12/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/17(土) 00:12:23 ID:JbiDIihg
 これは間違いない。ロボットのエネルギー源に当たるものに何か重大な異常が起きたとしか考えられない! そうならば、自分がやるべきことはひとつ。ヒカリは残った力をナイトビームブレードに込めて、ロボットの両腕を一気に切り裂いた!
「イヤアァァッ!」
 無防備な状態への関節切断攻撃。ロボットの右腕の大砲と左腕のクローが同時に地に落ち、同時にバランスを崩したロボットが大きくのけぞる。
 やった! これでもう奴はまともな戦闘はできない。残った武器は目からの光線くらいだが、元よりエネルギー欠乏の今となっては恐れるに値しない。後は機体に閉じ込められている二人を救出しさえすれば……。
 しかし、かと思ったその時だった。なんと、切り落としたはずのロボットの両腕が浮遊し、動き出しているではないか!
〔自己再生機能か? いや、あれは……〕
 はっとしたヒカリは、切断したロボットの腕が修復するのではなく、独自に動き出すのを見てそれが分離合体機能の一種であると悟った。
 ロボット怪獣の中には自分のボディをいくつかに分離して戦えるものがいる。こいつもその一種なのか? それとも、これも改造されて追加された機能なのか? いや、いずれにしても脅威はまだ消えていないということだ。
 切り離されたロボットの腕はそれぞれがロボット本体と合わせて三方からヒカリを包囲する態勢をとってきた。まずい、このままではこちらもエネルギー切れで逃げ場のないままハチの巣にされる。だが、この戦法はどこかで……?
 しかし、ヒカリに向かって一斉砲火が放たれようとした、まさにその瞬間だった。ロボットの胸の球体に大きくヒビが入り、同時にロボットが苦しげに大きくのけぞったのだ。
〔あれは、ミスタ・コルベール!〕
 発光体を透かして、ヒカリの目にコルベールの姿が見えた。コルベールは球体の向こうで誰かを抱きかかえながら杖を握っている。内部からの攻撃でロボットにダメージを与えたに違いない。
 けれど、コルベールの力もそこまでで、球体を壊して脱出するまではいかなくなっている。ならば……ヒカリは意を決して、ナイトビームブレードを突きの構えに備えた。
〔狙うは一点、少しでも加減を誤れば中の彼らも傷つけてしまう。最小限の力で……ハァッ!〕
 精神を研ぎ澄まし、ナイトビームブレードでの針の穴を通すような一閃がロボットの胸の球体に吸い込まれる。
 一瞬響く乾いた音……剣の切っ先は球体の表面で止まっており、一寸たりとも食い込んではいない。しかし、確かな手ごたえがヒカリにはあった。
 次の瞬間、球体のヒビが大きく広がり、球体はついにその強度の限界の寸土を超えてはじけ飛んだ!
「今だ!」
 外が見え、風を感じた瞬間コルベールは飛んだ。残りの精神力を『フライ』の魔法につぎ込み、リュシーを抱きかかえたまま全力でロボットから離れようと滑空する。そして飛びながらヒカリに向かって叫んだ。
「ウルトラマン、とどめを! その穴が、そいつの唯一の急所です!」
 その声にはっとし、ヒカリの視線にコルベールが脱出した球体の穴の黒々とした闇が映りこんで来る。あそこなら、奴の装甲は意味を持たない。

380ウルトラ5番目の使い魔 69話 (13/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/17(土) 00:13:27 ID:JbiDIihg
 残りエネルギーはわずか。ナイトシュートを撃つには足りず、だがそのわずかな力をナイトビームブレードに注ぎ込み、まさに巨岩に打ち込む小さな楔のように球体の穴に向かって叩き込んだ。
『ブレードショット!』
 矢じり型のエネルギー弾がロボットの球体の穴に飛び込み、次いでロボットの全身が震え、スパークした。
 いかな強固なロボットとはいえ、そのすべてを頑丈になどできるわけがない。むしろ強固な装甲はデリケートな内部を守るためにこそあるといってもいい。精密機械が詰まった内部に異物が入り込んだらどうなるか? 人体に例えるまでもなく、ウルトラマン80を苦しめたロボット怪獣ザタンシルバーも損傷部から機体内部への攻撃で撃破されている。
 ロボットの動きが止まり、その全身から火花が噴き出した。同時に浮遊していたロボットの両腕も力を失って落下し、ロボットはその竜に似た口から断末魔の機械音を響かせながら倒れ、大爆発を起こして今度こそ完全に破壊された。
「さすが、光の国の方は強いですね」
 パチパチと手を鳴らしながら宇宙人はつぶやいた。彼のシルエットをロボットの爆炎が照らし、爆風がないで通り過ぎていく。
 結局はこうなったか、と、彼は心の中で息をついた。あわよくばウルトラマンのひとりでも倒してくれれば儲けものではあったが、そんなに簡単にウルトラ戦士を倒せるようならどこの星人も苦労はしない。
「ですが、私にとって収穫がなかったわけではないですね。この短時間でロボット怪獣を改造できる技術力と、いくつかのヒントをつなげれば……フフ、だいたい絞り込めてきましたよ。どうやら誰かさんと顔を合わせる日も近そうです。ただ、憎悪の感情の回収は……失敗ですね。やれやれ、今日はもう帰りましょうか」
 なかなか思うようにはいかないものだと、彼はわざとらしく肩をすくめて見せると、ヒカリに向かって「お疲れ様でした」と声をかけて消えていった。
 そしてヒカリは、消えていった宇宙人を見送ると、もう一度ロボットの残骸に目をやった。
 もうあの宇宙人を追う力は残っていない。しかし、恐ろしいロボットだった。勝つには勝てたが、あのポテンシャルの高さを考えればこちらが負けていた可能性のほうが圧倒的に高かった。どこの宇宙からやってきたかわからないが、ロボットである以上は同型機がいるかもしれず、これから自分や仲間のウルトラマンの誰かがあれと戦わねばならないと思うとぞっとするものがある。
 だが、それは別として気になることがもう一つ。ヒカリは地面に横たわっているロボットの腕の大砲を一瞥すると、カラータイマーの点滅音を置き土産に残して飛び立った。
「ショワッチ!」
 
 ヒカリも去り、街にはようやく安寧が戻った。街の被害は軽くはないものの、すでに怪獣の襲来には慣れている人々はすぐに復旧にとりかかり、数日もあれば被害の影響はなくなるであろう。
 人間たちはたくましい。しかし、闇の中に住まう者たちには、まだ安らぎは訪れない。
 
 街はずれ。人の気配のないそこに、元素の兄弟は全員揃っていた。

381ウルトラ5番目の使い魔 69話 (14/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/17(土) 00:14:54 ID:JbiDIihg
 ダミアン、ジャック、ドゥドゥー、ジャネット。彼らも一様に疲労してはいるが、その眼光は鋭く、街から出ようとするひとりの男を睨んでいる。
「やあ、ミスタ・コルベール。まだ夜も明けないというのにお出かけかい? 美人と逢引きとは、君もなかなか隅におけないね」
 冗談めかしたドゥドゥーの言葉に、コルベールは苦笑した。
 コルベールの腕にはリュシーが抱きかかえられている。しかしそれは逢引きなどというムードは欠片もなく、コルベールの服は鮮血でくすんでおり、腕の中のリュシーはぴくりとも動かない。
「すみませんが、少し野暮用ができましてね。ちょっと通していただけたら助かるのですが」
「君一人だけならすぐにでも通してあげるよ。でも、その抱えてる女は置いていってもらおうか。最悪首だけでもいい」
「それはできませんな。彼女は私の大切な友人です」
「僕らを相手に、そんなわがままが通用するとでも? こうして交渉してあげているだけ最大限譲歩しているんだよ」
 すでにダミアンをはじめ、元素の兄弟は皆が殺気を隠そうともしていない。ジャネットまでが人形のような顔に怒りを浮かべてリュシーを睨んでいる。
 しかし、コルベールは今にも襲い掛かってきそうな元素の兄弟に対して穏やかに言った。
「あなた方の仕事は、すでに終わっていますよ。ハルケギニアを騒がせた連続爆破事件は、もう二度と起きることはありません」
「そんな言葉で、僕たちが納得するとでも? それに、その女には弟と妹が世話になっている。兄としても、見逃すわけにはいかないね」
 ダミアンの言葉遣いは丁寧だが、邪魔をするなら今度こそ容赦しないという強い意思が籠っていた。それでも即座に奪い取ろうとしないのはコルベールの力がまだ計り知れていないからだ。それに、手負いの相手ほど警戒しなければいけないものはない。
「私は、あなた方と争うつもりはありませんよ。ここにいるのは、悪魔憑きに合って助けを求めていただけの哀れな娘のカラッポの抜け殻です。あなた方が始末すべき標的は、もうこの世にいません」
 コルベールも引く様子はなく、ドゥドゥーなどはいきりたってすぐにでも魔法を撃ちそうなのをジャックに止められている始末だ。
「やめろドゥドゥー、兄さんの許可はまだ出ていないぞ」
「く、くぅぅ……ダミアン兄さん! なにをのんびりしてるんだよ。早くやってしまおうよ。兄さんたちもいればこんな奴」
「ドゥドゥー、君は黙っていたまえ。だが、僕も心境は弟たちといっしょさ、ミスタ・コルベール。君ならわかると思うけど、この仕事は信用が何よりでね。一度でも泥がつくと稼ぎが天と地になる。僕は僕と家族のためにその女の首が必要なんだ。君の次の発言で僕を納得させられなかったら、遺憾だが僕も決断する。ああ、一応言っておくけど、君の命と引き換えというのは論外だからね」
「そうですね。では、こういうのはどうでしょう? 後日、あなた方が何か仕事をする際に、私を子分としてこき使う権利をあげるというのは。人殺し以外でしたらなんでもいたしますよ」
 その提案に、ダミアン以外の兄弟は露骨に不快な様子を見せた。当然である、他人の力を借りなくてもハルケギニアでなんでもできるだけの力を持っていると彼らは自負しているからだ。
 だがダミアンだけは表情を変えないままで答えた。
「へえ、自ら僕たちの下僕になるって言うのかい。例えば君の教え子の実家を焼き討ちにする、というのでもかい?」
「いいですよ。ですが、仕事が終わった後で私がどうするかというのは自由ですがね。それに、あなたならそんな無駄なことを実行したりはしないでしょう」
「ふ、食えない人だね……いいだろう。君には貸しひとつだ。さっさと行きたまえ、君の顔はあまり目によくない」

382ウルトラ5番目の使い魔 69話 (15/15) ◆213pT8BiCc:2018/03/17(土) 00:16:04 ID:JbiDIihg
 ダミアンが道を開けると、コルベールは「感謝します」と、一言会釈して横を通り過ぎていった。
 もちろん、他の元素の兄弟は愕然とし、納得できないと飛び出そうとしたがダミアンが厳しく視線で押しとどめた。
 やがてコルベールが行ってしまうと、ドゥドゥーやジャネットだけでなくジャックまでもが「兄さん、どういうつもりだい!」と、問い詰める。人一倍仕事に厳しいダミアンにしては信じられない甘さが信じられないのだ。だがダミアンは額の汗を拭う仕草をすると、冷たい視線を兄弟たちに向けて言った。
「さっき、もし仕掛けていたら何人かはやられていた。最悪、相打ちに終わっていたかもね」
「えっ!?」
「ジャック、君も気づかないとはまだまだだね。もっと鼻に注意するようにすることだ……さて、帰ってミス・クルデンホルフから報酬をもらうとするよ」
 そう言うと、ダミアンは踵を返してさっさと歩いていってしまった。弟や妹たちは訳の分からないまま慌てて兄の後を追う。
 ダミアンは弟たちに見せないように一瞬だけ屈辱に歪んだ顔を浮かべ、次いでコルベールをどのように利用して稼ごうかと現実的な思考を巡らせ始めた。
 元素の兄弟は闇の中に去って消え、後には寒々しい夜明け前の路地だけが残る。その淀んだ空気の中に油っぽい湿った風が流れ、やがて乾いた風が取って代わっていった。
 
 
 東の空に昭光が見えてくる。夜明けは近い。
 爆散したロボットの機体はまだくすぶっているが、消火はもうすぐ終わるだろう。
 一方で、残ったロボットの両腕は王立魔法アカデミーが検分に来るまで保管されることになっている。しかし、どうせこんなでかいものを盗んでいく奴などいるまいと気を抜く番兵の目を盗んで、セリザワがロボットの右腕を調べていた。
「やはり……ロボットの元々の金属は見たことがないものだが、この追加装備された砲に使用されている金属は、確かあの星で主に使われているものだ……だが、あの星の連中だとしたら何の用でハルケギニアに……侵略か? まだ断定はできんが、備えておく必要はありそうだ」
 容易ならざる存在がハルケギニアに来ているかもしれない。セリザワの目に金色の朝日が映りこんで来る。だが、彼の表情はその光に危険な未来を見ているかのように厳しく、晴れなかった。
 
 
 続く

383ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/03/17(土) 00:17:28 ID:JbiDIihg
今回はここまでです。
また遅れてすみません。これから連休とれるので追い上げます。

384ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 22:54:29 ID:a7UTMbH2
ウルトラ五番目の人、投稿おつかれさまでした。

さて皆さん今晩は、無重力巫女さんの人です。
特に問題が無ければ、21時58分から九十三話の投稿を開始します。

385ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 22:54:30 ID:a7UTMbH2
ウルトラ五番目の人、投稿おつかれさまでした。

さて皆さん今晩は、無重力巫女さんの人です。
特に問題が無ければ、21時58分から九十三話の投稿を開始します。

386ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 22:58:34 ID:a7UTMbH2
 タニアリージュ・ロワイヤル座の二階は一階ロビーとはまた別にラウンジが用意されていた。
 下の階ほど広くは無いが、貴族専用であるためか幾つかの観葉植物とソファーが置かれているさっぱりとした造りである。
 基本的に二階の観覧席等に平民は座れず、また下級貴族にとっては少し高いと感じる値段なのだろうか、
 二階にいる者たちは皆しっかりとした身なりをしており、立ち振る舞いのそれは立派なトリステイン貴族だ。
 チケット売り場も二階に移設されているので、少し小腹を満たそう…と思わない限り一階へ降りることは無い。
 精々手すり越しにロビーのあちこちを眺めつつ、劇を観終ったらあそこで紅茶でも飲もう…と考える程度であった。
 紳士淑女達は下の喧騒とは対照的に穏やかに会話し、両親に連れられた子供たちは静かに上演時間を待っている。

 そんな時であった、ふと一階ロビーへと下りられる階段の方から騒ぎ声が聞こえてきたのは。
 まだ年若い…それこそ学生と言っても差し支えない少女の怒鳴り声と、警備員であろう青年との押し問答だろうか。
 何だ何だと何人かがそちらの方へ視線を向けると、案の定その押し問答が丁度階段の前で行われていた。
「ちょっと、アンタ何してるのよ?通しなさい!」
「困りますお客様!こちらは貴族様方専用のラウンジがありますので、立ち入りの方は…」
「アンタねぇ…!私の髪の色だけで私が誰なのか理解しなさいよッ!」
 少女はウェーブの掛かったピンクのブロンドヘアーを振り乱しながらそう叫んでいる。
 その髪が目に入った貴族たちは瞬間目を丸くし、一斉に互いの顔を見合わせながらざわめき始めた。
 トリステインの貴族であるならば、文字の読み書きを覚え始めた子供でも知っているからだ。
 あの髪の色が、この国において王家と枢機卿に続く権威を持つ公爵家の証であるという事を。

 しかし入って間もなく、地方から出稼ぎで王都へ来た年若い警備員は知らないのか酷く困惑している。
 そんな彼でも目の前を少女を目にした背後の貴族達がざわめき始めたのに気が付き、焦りに焦ってしまう。
 もしもここで下手な対応をすればクビの可能性もあるし、安易に通してしまえばクレームが飛んでくるかもしれない。
 突然の選択肢と、尚も怒鳴る少女を前に彼は焦燥感に駆られて、自分一人では対処できないと断定した。
 そうなれば次にする事は応援の要請…彼は通せと怒る少女に両掌を見せて、焦りの見える声でしゃべり始める。
「で、では少々お待ちくださいませ。今上の者を呼んでまいりますので、暫しのお待ちを…」


「ルイズ!」
 そんな時であった。ラウンジから少し奥の通路から少女同じ色の髪を持つ女性が走ってきたのは。
 彼女よりも長く手入れの行き届いたピンクブロンドがシャランと揺れて、周りにいる人々の視線をそちらへと向けさせる。
 走るには適していないロングスカートの中で足を必死に動かし、女性は少女の許へと近づいていく。
 彼女の姿は紛う事無き美しさに満ちていたが、同時に砂上の楼閣の様な儚さを垣間見る者たちも何人かいた。
 そして彼らはハッとする。今女性が発していた少女の物と思しき、ルイズと言う名に酷く聞き覚えがある事を。
 もしも彼女が口にした名前が少女の物であるならば、あの二人は、まさか…?
 そう思っていた彼らに答えを提示するかのように、自身の名を呼ばれた少女――ルイズは叫んだ。

「ちいねえさま!やっばりちいねえさまなんですねッ!?」
 彼女は自分の前に立ちはだかっていた警備員の横を無理やりすり抜けて、ラウンジの中へと入っていく。
 そして自分と同じように走り寄ってくる女性――カトレアの腰を掴むようにして、熱い抱擁をした。
「あぁルイズ!間違いなく貴女なのね?私の小さな妹!」
 カトレアもまた、目の前にいる少女が自分の妹なのだと改めて分かり、同じく熱い抱擁を返す。
 この時身長差故か、丁度彼女の豊かな胸がルイズの顔にギュッと押し付けられたのはどうでも良い事だろう。

387ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:00:31 ID:a7UTMbH2
 二人の熱い再会を余所に、周りにいた貴族たちは両者の名前を耳にしてまさかまさかと顔を見合わせている。
 あのピンクのブロンド…やはりあの二人は、この国にその名を轟かせるヴァリエール公爵家の姉妹…!
 まさかこんな所でヴァリエール家の者たちと出会う等と思ってもみなかった彼らは、ただ驚くほかなかった。
 しかし…そんな彼らに驚く暇さえ与えんと言わんばかりに、今度は数人分のざわめきが一階からやっくるのに気が付く。
 今度は何だと思い何人かがルイズとカトレアから目を放しそちらへ視線を向けて見てみると、見た事の無い紅白の服を着た黒髪の少女がそこにいた。
 先程までルイズを通らすまいと奮闘していた警備員はもう無理だと感じたのか、階段の隅っこで縮こまってしまっている。
 そんな彼を無視して、黒髪の少女は乱暴な足取りでラウンジへと入り、ルイズ達の方へ近づいていく。
 マントを着けていない故に貴族ではないと一目見て分かるが、かといってただの平民には見えない。
 では役者かと大勢がそう思った時、その黒髪の少女が心地よさそうに抱き合っているルイズへと声を掛けた。

「ちょっと、ちょっとルイズ!何…って、誰よその女の人は」
 彼女の近くにいた貴族たちは、思わずギョッとしてしまう。
 例え王家であっても余程の事は無い限りある程度の礼節を持って接する程、ヴァリエール家は古くからこの国に貢献している。
 だからこそ、そんな事実など微塵も知らぬかのように乱暴に呼んだ黒髪の少女に、驚かざるを得なかったのだ。
 きっととんでもない事になるに違いない…と思っていた所、呼ばれた本人であるルイズは平然とした様子で黒髪の少女へと話しかけた。
「…え?あ、レイム!見つけたのよ、行方不明になってたちいねえさまを…ホラ!」
「え?ちいねえさま…って、全然「ちい」っていう感じには見えないんだけど…」
 公爵家の末娘にレイム…と呼ばれた黒髪の少女――霊夢はルイズと抱き合っているカトレアを見て首を傾げてしまう。
 一方のカトレアは、ルイズの口から出た不穏な単語を耳にして怪訝な表情を浮かべてしまう。

 突然の事に驚くあまり、ただざわめく事しかできないほかの貴族達であったが、
 そこへ更に畳み掛けるようにして、今度は一階にいた魔理沙とシエスタの二人もラウンジへと入ってきたのである。
「ルイズ、いきなりどうした…って、おぉ!何か色々と大きくなったお前のそっくりさんみたいなのがいるなー」
「ちょ…ちょっと皆さん駄目ですよ!こ、ここは貴族様専用のラウンジだっていうのにぃ〜…」
 トンガリ帽子を被ったままの魔理沙はルイズとカトレアを見比べて、そんな事を言っている。
 一方のシエスタは今いる場所が二階の貴族専用フロアだとしっている為か、顔を青ざめさせていた。
 今にも泣き出してしまいそうな彼女の姿は、他の貴族達からしてみればいかにもな平民の反応である。
 
 平然としている霊夢達に対し、シエスタが焦りに焦っていると、一階から数人の警備員たちが駆け込んできた。
「コラァー!お前たち、ここは貴族様方専用のエリアだぞ!さっさと一階に戻らんか!」 
「ひぃっ、御免なさい!ワザとじゃないんです!これにはワケが…」
「言い訳は下で聞くとして、ひとまずそこの紅白と黒白…お前たちも来い!」
 警棒を片手に怒鳴る年配警備員の怒声に、シエスタは悲鳴を上げて頭を下げてしまう。
 そんな彼女の言葉を他の若い警備員が遮りつつ、霊夢と魔理沙にも下へ降りるよう呼びかけた。
 シエスタは今にも首を縦に振って従いそうであったが、それに対してその紅白と黒白は「何だコイツ?」と言いたげな表情を浮かべている。

 警備員たちも大事なお客様である貴族たちの前か、何が何でも一階へと下ろそうという気配が滲み出ている。
 まさか、このラウンジで一悶着が…という所で、警備員から見逃されたルイズが口を開いた。
「待ちなさいあなた達!そこの三人は私の知り合いよ?私の許可なく連れて行くのは許さないわ」
 突然の制止に年配の警備員がムッとした表情を彼女へと向け、そして気が付く。
 身なりとしてはやお洒落な服を着ている平民の少女に見えたが、その髪の色と鳶色の瞳を持つ顔で思い出したのである。
 従業員たちの間に配られている『重要顧客リスト』の中に、彼女と同じ顔を持つ公爵家令嬢の似顔絵があった事を。

388ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:02:31 ID:a7UTMbH2
「…!あ、あなた様はまさか…」
「騒がせてしまった事は謝るわ。けれどつれて行くのは勘弁して欲しいの、それでよろしくて?」
 咄嗟に敬語へと変えた年配の彼が言おうとした事を遮りつつ、ルイズは命令を下す。
 それは普段霊夢達と過ごしているルイズとは違う、ヴァリエール公爵家令嬢としての命令。
 例え平民の服を着て、マントを外していたとしてもその姿勢と言葉には確かな力が垣間見えている。
 長年劇場で働き、様々な貴族を見てきた彼は暫し無言になったのち、ルイズの前で気を付けの姿勢を取って言った。

「失礼しました!貴女様の付人なら、我々もこれ以上干渉は致しません」
 隊長格である彼の言葉に後ろにいた後輩たちがざわめく中、ルイズは「よろしい」と満足そうに頷いた。
「じゃあ通常業務に戻って頂戴。色々と騒がせてしまったわね」
「いえ、何事も無ければ問題ありません。…ホラお前たち、下へ戻るぞ。…お前はさっさと壁から背を離せ」
 ルイズからの謝罪を笑顔で受け取った年配の警備員は笑顔で頭を下げると、後輩たちを連れて下へと戻っていく。
 ついで状況に置いてかれ、階段の上で硬直していた見張りの警備員をどやしつつ、彼は階段を降りて行った。
 何人かの後輩警備員たちはルイズをチラチラと見やりつつ、渋々といった様子で先輩の後をついていく。

 それから数秒が経ったか、もしくは一、二分程度の時間を所有したのかどうかは定かではない。
 人が変わったかのように丁寧な対応をしたルイズに驚いていた魔理沙は、恐る恐るといった様子で彼女に話しかけた。
「あ、あのさ…、お前本当にルイズなのか?」
「…?なに頭おかしい事言ってるのよ、私は私に決まってるじゃない」
「やっぱりルイズだったか。うん、何だか安心したぜ」
 ある意味失礼極まりない魔理沙からの質問に、先程とは打って変わっていつもの調子でルイズは言葉を返す。
 それを聞いた魔理沙は安心し、ついで霊夢も納得したかのようにウンウンと頷く。
「成程。さっきの変に丁寧過ぎる対応も含めてアンタなのね」
「……一応私も貴族何だから、滅茶苦茶失礼な事言ってるって事は自覚しておきなさいよね?」
 人を誰だと思っていたのかと突っ込みたくなるような事を言う巫女さんにそう言いつつ、ルイズはシエスタの方へと視線を向ける。
 そこにはすっかり腰を抜かして、尻餅をついてしまっている彼女の姿があった。 

「シエスタは大丈夫…じゃなさそうね」
「ひえぇ…み、ミスぅ〜」
 今にも泣きそうなシエスタに、ルイズはどういう言葉を掛ければ良いか悩んでしまう。
 何せ彼女にとって貴重な休日を潰してまで霊夢達に街を案内してくれたというのに、それが大事になってしまったのだ。
 ひとますせ腰を抜かしてしまってい彼女を起こして、それからカトレアの事について話せるところまでは話してみよう。
 そう思った彼女が手を差し伸べる直前、その真横がスッとルイズのものでない女性の手が差し伸べられた。
 えっと思ったシエスタが顔を上げると、穏やかな笑みを浮かべるカトレアがルイズの横に立っていた。

 最初はその差し出された手の意味が良く分からず、ほんの数秒間硬直していたシエスタであったが、
 すぐにその手が自分に向けられてる事に気が付いたのか、彼女は慌てて立ち上がりカトレアに向けて勢いよく頭を下げた。
「も、もうしわけありません!貴族様の御手を煩わせるような事をしてしまい…」
「いえ、私の方こそ御免なさいね。色々驚かせてしまったようで…」
「え…?そ、そんな滅相も…!……ん、あれ…?」
 謝罪を途中で止めたカトレアの言葉に、シエスタは尚も食らいつくようにして謝ろうとする。
 その時に下げたばかりの頭を上げようとした直前、彼女はカトレアの顔を見てハッとした表情を浮かべた。

389ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:04:28 ID:a7UTMbH2
 暫し顔を上げた状態のまま固まったシエスタは、ゆっくりと彼女へ質問をした。
「もしかして…ミス・フォンティーヌさん…なのですか?」
 その言葉にカトレアの隣にいたルイズはえっ?と言いたげな表情を浮かべ、次いでシエスタの方へと視線を向ける。
 どうしてシエスタがちいねえさまの事を…?そんなルイズの疑問を解決させるかのように、カトレアはニコリと微笑んでこう言った。
「ふふ…ようやく思い出してくれたのね。タルブ村のお嬢さん?」
「…!やっばり、貴女さまだったのですね!」
 その口から出た言葉にシエスタは満面の笑みを浮かべ、先ほどとは打って変わってカトレアと優しい握手を交える。
 カトレアの両手を自分の手で包み込むようにして握手して、互いに優しくも柔らかい笑みを浮かべ合う。
 
 突然の事に今度はルイズが驚く番となり、霊夢達もカトレアの言った言葉に目を丸くしていた。
「…今のは何かの聞き間違いか?今シエスタの事を、タルブ村のお嬢さんだって…」
「えぇ、言ってたわね。そこん所は私の耳にもハッキリと聞こえたわ」
『いや〜…こいつはおでれーた。良く世界は広いよう狭いって言葉を耳にするがねぇ〜』
 これには霊夢だけではなくデルフも驚いているのか、彼女に続いて鞘から刀身を少しだけ出して呟いた。
 それに続く…というワケではないが、カトレアの発言に驚いていたルイズも和気藹々と再会を喜ぶ二人を見ながら口を開く。
「まさかあの村の名前を今になって聞くだなんて…思ってもみなかったわ」
 タルブ村…それは今のルイズ達にとって、一つの契機とも言える事態が重なり合った場所だ。
 多数の羽目らと戦い、霊夢がガンダールヴとして力を発揮してワルドと死闘を繰り広げ、キュルケ達に霊夢らの正体がバレ…。
 そして…――――――今まで長い間休眠状態であった、自分の虚無がその力を見せてくれた場所なのだから。

 まさかあのシエスタが、あの村の出身者などとルイズ達は夢にも思っていなかったのである。
 驚きの中にある彼女たちをよそに、シエスタは久しぶりに見るカトレアとやりとりをしている。
「心配しましたよミス・フォンティーヌ。急にゴンドアから姿を消してしまったんですから、領主のアストン伯様も心配してましたし」
「それは御免なさいね。本当は挨拶でもして立ち去ろうと思ってけど、あの時はアストン伯も多忙そうだったから」
「それならそうと言ってくれれば、アストン伯様もちゃんと時間を取ってくれたと思いますが…」
「わざわざ私なんかの為に時間を取らせるのも悪いと思っただけよ」
 その話を横で聞いていたルイズは、今になってカトレア失踪の秘密を知る事となった。
 やはりというか何というか…、相も変わらず自分の二番目の姉は色々と人を心配させているらしい。
 昔から彼女はこうであった。自分の事など気にしないでと言いつつ、勝手にフェードアウトしてしまう事が多かった。

 別の領地から父や母、姉の知り合いたちが遊びに来た時も気づいたらフラッと自室に戻ってしまう事があり、
 自分がいては迷惑になってしまうと思っているのか、パーティの類にも殆ど出た事が無いのである。
 更に父から領地を受け賜わっており、それに合わせて名字も変えている所為で彼女がヴァリエール家の人間だと気づかない人たちもいるのだ。
 本人もわざわざ進んでヴァリエール家の者だと名乗らないため、相手も「あーヴァリエールの隣の…」という認識しか持たずに接してしまう。
 結果的に初めて彼女を前にして、その特徴的な髪の色を見てもしや…と思い尋ねたところで発覚する…という事も度々あるらしい。

 恐らくシエスタの言っている件も、あの戦いの後処理に追われていたアストン伯の事を思ってなのだろう。
 本人は最善を尽くしたと思っているのだろうが、自分を含めて周りの人間を酷く心配させてしまうのが彼女の短所でもあった。
 それを幼少期の頃から知っていたルイズは安堵のため息をついてしまい、相変わらずな姉に注意をする。

390ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:06:32 ID:a7UTMbH2
「シエスタの言うとおりですよ、ちいねえさま?私だって凄く心配したんですから」
「あら、御免なさいねルイズ。確かに色々と大変だったけど、こうして無事にいられるなら何よりよ」
「そんな事無いですよ!だって大変だったっていっても…あんなに怪物だらけな状況になってて………あ!」
 自分の注意を笑って誤魔化すそうとする彼女に注意するあまり、ルイズは自分の口が滑った事に気が付いてしまう。
 そしてルイズの言ったことで気づいたのか、カトレアとシエスタは彼女に怪訝な表情を向けている。

 タルブ村を襲った怪物…つまりキメラに関してはまだ世間に公表されていない。
 平民はおろか、この劇場内や街中にいる貴族たちですらあの村に起こった出来事を知らないのだ。
 その事実を知っているのは軍部かその他の関係者…つまりタルブ村にいた人々ぐらいなものである。
 カトレアとシエスタの二人は、あの夜ルイズ達がタルブにいたという事実をまだ知らない。
 もし知られてしまったら、シエスタはともかくカトレアからは間違いなく「何て危険な事を…!」とお叱りを受けるだろう。
 どうしようかと考えるハメになったルイズが思わず霊夢達へ視線を向けようとした時、背後から声が聞こえてきた。

「カトレア―…ってあれ?アンタ達、何処かで見た様な…」
 初めて聞く声ではないが、まだ聞き慣れていない女性の声にルイズだけではなく、霊夢達もギョッとしてそちらへ視線を向ける。
 カトレアとルイズの背後…劇場二階の貴族専用のお手洗いへと続く曲がり角の前で、巫女装束を着た女性――ハクレイが立っていた。
 その左手で見た事の無い幼女の手を引いて出てきた彼女は、カトレアの傍にいるルイズ達を見ながらそんな事を聞いてくる。
「……ッ!」
 その姿を視認した直後、微かな頭痛を感じた霊夢が痛みで目を細めてしまう。
 まるで直接脳を針でチョンチョンと刺されているかのような、決して無視できない程度の頭痛。
 痛みのあまり思わず人差し指で額を抑えていると、魔理沙とデルフがその異変に気が付いた。
「ん?おいおいどうした霊夢、急に辛そうな様子なんか見せて」
「別に…何でもないわよ。ただちょっと、急に頭が痛くなったというか…」
『急に?…って、そういや前にもこういう事なかったけか?』
 一人と一本の心配を余所に、霊夢は急な頭痛と戦いながらもハクレイの方をジッと睨み付ける。
 相手もそれに気づいたのかハッとした表情を浮かべて、彼女の方へと顔を向けてきた。

 暫しジッと見つめていたハクレイであったか、何かを思い出したのか「あぁっ!」と声を上げた。
「…やっぱり!アンタ達、タルブ村でカトレアを助けに来たっていう子と一緒にいた――――…って、イタァッ!?」
 最後まで言い切る直前、突如前方から投げつけられた空き瓶が彼女の額に直撃する。
 瓶が割れる鋭い音が周囲に、次いでハクレイが勢いよく仰向けに倒れる鈍い音が辺りに響き渡った。
 彼女が手を繋いでいた幼女――ニナは突然の事に「え、えぇ…!?」と目を丸くして驚いている。
 これには霊夢と魔理沙、それにデルフだけではなく流石のカトレアも両手で口を押えて驚愕するしかない。
 一体何が起こったのか瓶が投げつけられたであろう方向へと目を向けると、そこには荒い息を吐く妹の姿があった。

「そういえば…アンタもあの時いたのよねぇ…!」
「る、ルイズ!?あなた、何を…ッ」
 そこら辺に置いてあった空き瓶を投げつけたであろう彼女は、右手を前に突き出した姿勢のまま一人呟く。
 彼女の傍には空き瓶の持ち主であった青年貴族が、何が起こったのかとルイズとハクレイの二人を必死に見比べている。
 明らかに自分の妹が投げつけたのだと理解して、カトレアも大声を出してしまう。
 魔理沙は隠そうとするどころか自らカミングアウトする形となってしまったルイズに、あちゃ〜と言いたげな苦笑いを浮かべていた。

391ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:08:21 ID:a7UTMbH2
「あららぁ…ここぞという所で、私達の知ってるルイズが出ちゃったな」
「出ちゃったな…じゃないですよ!?あわわわ…と、とりあえずお医者様を呼ばなきゃ…!」
『いやぁ〜それには及ばないぜ?見ろよあの女を、頭に瓶が当たったっていうのにピンピンしてるぜ』
 魔理沙とは対照的に慌てるシエスタを宥めるかのようにデルフがそう言うと、
 痛みに堪えるかのような呻き声を上げつつ仰向けに倒れていたハクレイがヒョコッと上半身を起こしたのである。

「イテテテッ…!ちょっと、いきなり何すんのよ?」
「…!アンタねぇ、それはこっちのセリフよ!」
 当たった個所が多少赤くなっているものの、ハクレイは何もなかったのかのように平然としている。
 それが癪に障ったのか、いつもの調子に戻ったルイズはズカズカと足音を立ててハクレイの元へと歩いていく。
 鬼気迫る表情で歩く彼女は余程怖ろしいのか、周りにいた貴族たちは慌てて後退り彼女へ道を譲ってしまう。
 ハクレイの傍にいたニナもヒッ…と小さな悲鳴を上げて、彼女の背中へそさくさと隠れた。
「折角人が隠し通そうとしたところに…何で!空気を読もう…って事ができないのよぉ!」
「く、空気…!?空気って一体何の…って、あわわわわ!」
 ハクレイの抗議など何するものぞと言わんばかりにルイズは彼女のアンダーウェアを掴み、強引に揺さぶって見せる。
 ルイズの腕力が凄いのか、それともハクレイの体重が軽いのかただ為すがままに揺さぶられていた。
 
 ニナがそれを見て泣きそうな顔になり、周りの貴族達や霊夢らが流石に止めようと思ったところで…
「る、ルイズッ!止めなさい!」
「え…キャッ!」
 カトレアの制止する言葉と共に、ルイズの体がひとりでに浮き始めたのである。
 丁度地面から五十サント程度であったが、それでも彼女の凶行を止めるには十分であった。
 これにはルイズも堪らず悲鳴を上げてしまい、空中でジタバタと手足を動かすほかない。
 突然の事に霊夢達もハッとした表情を浮かべ、次いでカトレアの手にいつの間にか杖が握られている事に気が付いた。

 どうやら妹の凶行を止めようと、自ら杖を用いて魔法を行使したようだ。
 カトレアの『レビテーション』によって宙に浮かされたルイズはまともな抵抗ができぬまま、姉の傍へと飛んでいく。
 そうして自分の近くまで来たところで魔法を解除し、ようやく地に足着けたルイズの両肩をやや強く掴んで叱り付けた。
「駄目じゃないのルイズ、彼女は私の大事な付き人なのよ?それをあんな乱暴に…」
「うぅ…!で、ですが…」
「ですがもヘチマもありません!」
 しかし叱り付けると言っても、大勢の人から見ればそれは出来の悪い生徒を諭す教師のように優しい叱り方である。
 それでもルイズには効いたのか、グッと口から飛び出しそうになった抗議の言葉を飲み込みつつジッと堪えていた。
 
「あ、やっばり貴女も…あの!私の事、憶えてますか?」
「んー?………あっ、アンタは確か…シエスタだったわよね。無事だったの?」
 珍しいカトレアからの叱りを受けるルイズとは別に、霊夢達はハクレイの傍へと寄ってきていた。
 一方のハクレイは自分の方へと近づいてくる少女達に狼狽える中、シエスタが真っ先に彼女へ話しかける。
 少し前に面識があったと言うシエスタの顔を見て、アストン伯の屋敷の地下で出会った時の事をすぐに思い出した。
 そしてハクレイの口から出た相手の名前を耳にして、後ろに隠れていたニナもヒョッコリと顔を出し、パーっと輝かしい笑顔を浮かべる。
「あっ!シエスタおねーちゃん!」
「ニナちゃん!良かったぁ、貴女も無事だったのね」

392ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:10:44 ID:a7UTMbH2
 まさかの再会に両者ともに笑顔を浮かべ、次いで互いに手を取り合って喜んでいる。
 その光景を余所に、魔理沙デルフ…そして霊夢の二人と一本は今になって知った事実を前に呆然としていた。
「……なぁ霊夢。ハルケギニアって幻想郷よりずっと広いと思うが、意外と狭いもんなんだなぁ〜」
『いやいや、これは流石に狭いというか…運命の悪戯か何かだと思った方が良いと思うぞ?』
 苦笑いを浮かべ、シエスタとニナの二人を見つめる魔理沙に対しデルフが呆然とした様子で言う。
 確かにこの剣の言うとおりだろう…と、痛む頭を手で押さえながらも霊夢はルイズとカトレアの方へと目を向ける。

 まずはじめに彼女の姉がタルブへと赴き、あの戦いに巻き込まれた。
 それより前に送った手紙が原因で、ルイズと自分たちはタルブへと赴く羽目となり、
 何やかんやであの戦いが終わった今――――あの村にいた人間と剣が一堂に会しているのである。
 世界は思ったよりも狭いと言うにはあまりにも狭すぎて、もはや偶然に偶然が重なった結果と解釈した方がまだ説得力があるくらいだ。
「もしも、これが運命の悪戯とかなら…帰ったらレミリアのヤツを問い詰めてやるわ」
 今頃幻想郷で夏を堪能しているであろう紅魔館の主の事を思い浮かべつつ、視線を前へと向ける。
 彼女の目線の先、そこにいたのは…体を起こして自分を見上げる霊夢に気付くハクレイであった。
 互いに細部は違えど紅白の巫女装束を身にまとい、向かい合う姿はまるで…そう――――姉妹の様にも見えた。

「…で、少し訊きたいんだけど―――――アンタは一体、誰なのかしら?」
「前にも聞いたわね、その質問」
 何時ぞやの時と同じセリフを耳にして、ハクレイは怪訝な表情を浮かべてそう返すほかなかった。


 何やら上が騒々しい…。薄暗い天井を見上げながら一人の初老貴族はそう思った。
 どんな事が起こっているのか…とまでは分からないものの、その騒々しい気配だけが天井をすり抜けてくる。
 気配の出所からしてロビーに面した二階からだろうか、それとも一階のロビーなのか。
 先ほど自分とぶつかってしまった少女達の事を思い出そうとしたところで、耳障りな男の声が横槍を入れてきた。
「おや、どうかなされましたかな?」
「……いや、何も。ただ上が騒々しいなと気になっただけだ」
 顔に滲み出ている欲の皮が声帯にまで悪影響を与えているかのような声で尋ねられ、初老貴族は首を横に振る。
 彼の目の前にいる商人風の男は、そのネズミ顔にニンマリとした笑みを浮かべつつ中断してしまった話を続けていく。

「では、約束通り貴方の雇い主が゙我々゙に渡したい物を持ってきてくれたという事なのですね?」
「ああ。…これがお前たちの欲しがってる゙書類゙だ」
 初老貴族はそう言って懐に手を入れると、封筒に入れた書類を一枚ネズミ顔に差し出した。
 ネズミ顔は貴族の背後と自分の周囲を見回した後、サッと見た目通りの素早い手つきでその封筒を受け取る。
 そして目にも止まらぬ速さで封を切ると書類を一枚取り出し、これまた目を忙しくなく動かして物凄い勢いで流し読んでいく。
 最後に書類の右端に押された白百合の印がある事を確認してからサッと封筒に戻し、そのまま自分の懐へと入れた。
 
 ネズミ顔はもう一度周囲を見回してから、封筒を渡してくれた初老貴族に笑みを浮かべながら礼を述べる。
「ヘヘ…こいつは上々ですな、まさかここまで質の良い情報を用意してくれますとはねぇ」
「用意したのは私ではなぐ雇い主゙の方だ。…それに、タダでソレを渡すワケではないのは…知っているだろ?」
「そりゃあ勿論」
 おべっかを使っても尚表情崩さない初老貴族にムッとする事無く、ネズミ顔は腰のサイドパックからやや膨らんだ革袋を取り出す。
 それを素早く彼の前に差しだし袋の口を開けると、その中に入っているモノを拝見させる。
 ネズミ顔の持つ革袋の中身は、今にも袋から零れ落ちちそうな程のエキュー金貨であった。

393ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:12:40 ID:a7UTMbH2
「コイツば運び屋゙をやってくれた貴族様の報酬でさぁ。この袋の分だけで、平民の六人家庭が優に一年は暮らせますぜ」
 そう説明するネズミ顔から袋を受け取りつつ、中の金貨が本物であると確認してから懐へと入れる。
 貴族が袋を受け取ったのを見て、ネズミ顔はヒヒヒ…と卑しくも小さな笑い声を上げた。
 その笑い声に顔を顰めながらも、初老貴族は暖かくなった懐を触りつつ聞き忘れていた事を口にする。
「私の分の報酬は貰ったが゙雇い主゙の分の報酬は、無論忘れてはいないだろうな?」
「えぇそれは勿論。あのお方が我らの国へ…ついで『最後の手土産』を持参して来られたのならば、それ相応の褒美と領地を与えましょうぞ」
 とても一商人が与える事のできないような事を言うネズミ顔の言った言葉の一つに、初老貴族は怪訝な表情を浮かべる。
 
「…『最後の手土産』?それは初耳だな」
「おぉっと、口が滑ってしまいしたな。しかしながら、我々も詳しくは聞いておりませんのであしからず」
 …どうやら自分の゙雇い主゙…もとい守銭奴のタヌキ男は色々と秘密を抱えているらしい。
 自分に取引を持ちかけてきた時のふてぶしさを思い出しながら、初老貴族は両手を挙げてそう言うネズミ顔との話を続けていく。
「これで互いに取引は済んだ。後はそちらで言われた通り…」
「分かっておりますよ。アンタはこのままロビーから…で、私はこのまま踵を返して下水道へ…」
 ネズミ顔の言葉に初老貴族は彼の肩越しに見えている、灯りのついていない曲がり角を見やる。
 
 自分の背後で賑わう劇場の一部とは思えぬ程、その角は暗かった。
 この角を曲がって少し歩くと突き当りに大きな扉があり、そこを通ると下水道へと続く道がある。
 本来は有事の際の避難用通路の一つとして造られたものなのだが、今では通路の灯りすら消して放置されていた。
 更に従業員たちも滅多によりつかない為か何処か埃っぽく、通路の端には木箱や予備のイスなどが無造作に置かれている。
 もはや緊急用の避難通路と言う役割は果たせておらず、とりあえずといった感じで倉庫代わりにされてしまっていた。
 そして初老貴族…もとい彼を゙運び屋゙に指定しだ雇い主゙は敢えてここを取引場所として指定したのである。

「いやーそれにしても、まさか劇場でこんな取引を大胆に行えるとは…あのお方はこの場所を良く知っておられる」
 ネズミ顔は懐にしまった封筒を服越しに摩りながら、ヘラヘラと笑っている。
 彼が初老貴族から受け取った封筒とその中に入っていた書類の正体…、それは軍からの報告書であった。
 主に王軍の所属から、新しく大規模編成される陸軍の所属となる軍艦の各状態を纏めたものだ。
 船体の状況や武装と設備の変更から、転属に伴う名称変更まで事細かに書類に記載されている。
 中には専門家が読めばその艦の弱点が分かるような事まで書かれており、本来ならば安易に持ち出されるものではない。

 実際この書類も全て写しであり、本物は王宮の中枢部にて厳重な金庫の中に眠っている。
 彼がこうして封筒に入れて持ち出せたのは、゙雇い主゙がその書類を確認できる権限を持っているからだ。
 それでも写した事がばれれば、あの地位にいたとしても逮捕からの裁判は絶対に免れないだろう。
 自身に降り掛かるリスクを考慮したうえで、それでもあの゙雇い主゙はこれを取引材料として用意したのである。
 目先の欲に目が無い単なるバカか、捕まらないという自身を持ったヤツでなければここまでの事はできないに違いない。

394ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:14:39 ID:a7UTMbH2
 そしてそれを大金と引き換えに受け取ったネズミ顔の商人も、決して只者ではない。
 この国とも親交が深かったアルビオン王家を討ち、貴族中心の政治体制を敷く事になったかのレコン・キスタからの使者。
 今や神聖アルビオン共和国と大仰に呼ばれる白の国からやってきた、諜報員の内一人なのである。
「先の戦いで艦隊の半分を失ったものの、この書類があれば奴らも我々の苦しみを知る事となるでしょうなぁ…ヘヘ」
 ネズミの様な前歯を見せて笑う男の口ぶりからして、そう遠くない内に何かしら仕掛けるつもりでいるらしい。
 何せ国の平民を盾にした卑劣極まる戦法で王権を打倒しており、更にラ・ロシェールでは不意打ちまでしてきた卑劣漢の集まりである。
 トリステインがガリアやゲルマニアと同じ王軍から陸軍主導の体制へと移る前に、痛手を負わせたいのだろう。
 
 正直初老貴族にとって、彼らの思想自体理解し難いものであった。
(我ら貴族にとって王家とは何物にも代えられない存在、それをないがしろにして何が貴族なのだろうか?)
 目を鋭く細めて睨んでいるのを見て何を勘違いしたのか、ネズミ顔は卑しい笑みを浮かべたまま話しかけてくる。
「どうです?この際貴殿もクロムウェル陛下の治める神聖共和国で働いてみませんかな?」
「あぁいえ結構。このような事に手を染めた身であっても、私はあくまでトリステイン王国の貴族ですので」
 何を言っているのかと悪態をつきたいのを堪えつつ、彼はネズミ顔の提案を一蹴する。
 大体、わざわざ国名に゙神聖゙などという肩書きを付けている時点でまともでは無いと公言しているようなものだ。 

 誘いをあっさりと断られつつ、それでもネズミ顔はニヤニヤとした笑みを顔に貼り付けながら話を続けていく。
「ヒヒ…売国行為なんぞに手を染めておいて良く言いなさる。この国もいずれ我らが共和国の一つになるというのに…」
「…むぅ」
 痛い所を突いてくる相手に彼は目を細めるものの、これ以上話しを続けるのは流石に危険だと判断した。
 ゙雇い主゙曰く、ここにはあまり人が来ないそうだが…だからといって話し声を出し続けて良いというワケではない。
 こんな暗い場所でヒソヒソと話し声が聞こえたら、余程用心深い人間でもなければ誰かと訝しんで近づいてくるかもしれないのだ。
 それに、こんな貴族と呼ぶにはあまりにも容姿と態度が卑しいヤツを相手にするのも疲れてきたのである。

 初老貴族は軽く二人を見回して周囲に誰もいないのを確認すると、尚も笑っているネズミ顔に解散を告げる事にした。
「とにかく、お互い受け取るモノは受け取ったんだ。これ以上、ここに長居するのは危険だろう」
「んぅ?…確かにそうですなぁ。では今回はここでお開きという事で…」
 相手も彼の言う事の意味を理解したのだろう。軽く辺りを見回してからそう言って、スッと踵を返して歩き始める。
 
 下水道へと続く曲がり角を曲がる際、彼は相手が結構な猫背であったことに気が付いた。
 顔はネズミだというのに猫のように背中を若干丸めて歩く姿は、さながら商人の姿をした浮浪者である。
 貴族たるものならば歩く時の姿勢はおろか、普通に立っている際にも猫背にならないよう厳しい教育をうけるものだ。
 彼自身も幼少の折には両親から厳しく教えられてきたこともあって、今でも猫背にならないよう気を付けている。
 それだというのに、今自分の前を立ち去ろうとしているネズミ顔の何とみすぼらしい後ろ姿か。

(貴族は貴族でも、私とは住んできた世界が違うのだろうな…最も、その事を考えたくはないがな)
 最初から最後まで貴族として認めたくない男であったネズミ顔の背中から視線を逸らし、彼もまた踵を返す。
 視線の先には、陽光に照らされた廊下。賑やかな喧騒が聞こえてくる劇場内の通路がある。
 横切る人影はないものの、きっとここを出て角を一つでも曲がればすぐに劇や芝居を観賞しに来た人々に出会えるだろう。

395ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:16:42 ID:a7UTMbH2

 色々と気にかかかる事はあるものの、ひとまず゙雇い主゙から頼まれた仕事を済ませる事は出来た。
 後は報告を済ませてから駅馬車を予約して、手に入れたこの金貨を持っであの店゙へ行けば…『アレ』が手に入る。
 年だけ無駄に取って、領地も金も無い自分には今まで手の届かなかった『アレ』で…遂に長年の『悲願』を達成できるのだ。
(姫殿下とこの国にはとても失礼な事をしてしまったが…全て終わった暁には、自首を――――…ッ!?)

 その時であった。背後の曲がり角から、あの卑しい男の悲鳴と激しい足音が聞こえてきたのは。
 何かと思って背後を振り返ると、あのネズミ顔の男が曲がり角から慌てて姿を現した所であった。
 角から完全に姿が出た所で足がもつれたのか、大きなを音を立てて仰向けに倒れてしまう。
 何が起こったのかと聞く前にネズミ顔は隠し持っていた杖を抜いて、曲がり角の方へと突きつけながら叫びだした。
「ち…近づくんじゃねェ!俺はめ、メイジなんだぞ…ッ!?」
 
 身分を隠しての潜入だというのに杖を抜き、鬼気迫る表情を下水道の方へと向けて叫ぶネズミ顔。
 どうしたのかと声をが蹴る隙すら見つからない状況に、彼はただジッと曲がり角の方へと目を向けるしかない。
 ふとその時、曲がり角の向こうから何やら聞き慣れぬ音が聞こえてくるのに気が付いた。
 まるで液状の何かに命を吹き込み、それを引き摺らせているかのような普段決して耳にしないであろう異音。
 それを聞いて只事ではないと判断したのか、彼もまた専用のホルスターから使い慣れた杖を抜く。
 
 握りやすいようグリップに改良を加えてある一本の相棒を角の方へと向けつつ、ネズミ顔の元へ近づいていく。
 コイツを助けるのは癪であったが、もしも彼の身に何か起これば今回頼まれた仕事はパーとなってしまう。
 せめてここから逃げる手伝いでもしてやろうと思い、腰を抜かしたヤツに立てるかどうか聞こうとした。
「おいお前、どうし………た?」
 しかしその直前で曲がり角の向こうを見てしまい、呼びかけを最後まで言い切る事ができなかった。
 …正確には、曲がり角の向こう側…下水道へと続く扉の前にいた『ソレ』を目にして。


 ―――――それは、正に晴天の霹靂とも言うべき突然の出来事であった。
「……ん?」
 二度…いや三度目となるハクレイとの体面を果たしていた霊夢は、不穏な気配を感じ取る。
 すぐさまハクレイから視線を逸らした彼女は、どこからその気配が漂って来ているのか探ろうとした。
 二階のラウンジ…自分たちを興味深そうに眺める貴族たちの中には、その気配の根源は感じられない。
 ならば下かと思った彼女はスッとその場を離れて手すりの方へと近づは、一階ロビーを見下ろし始める。
「…?どうしたんだ霊夢。急にそんな顔つきになって…」
「ちょっと黙ってて。………あっちかしら?」
 魔理沙の呼びかけに対しぶっきらぼうに返すと、彼女から見て左の方へと視線を向け、少し身を乗り出してみる。
 二階からでは多少見難かったものの、どうやら左の方にも奥へと通じる通路があるようだ。気配はそこから漂ってくる。
 後ろで黒白が「ひでぇ」と苦笑いするのを余所に、少し身に言って見ようかと思った所で…、

「どうしたのよ?」
「え…うわっ!」
「うぉっ…と!」
 ヌッ…と横から自分の顔を覗いてきたハクレイに驚き、思わず後ずさってしまい、背後にいた魔理沙とぶつかってしまう。
 次いで魔理沙の手に持っていたデルフが床に落ちて、鞘越しの刀身から『イテッ!』というくぐもった悲鳴が聞こえてくる。

396ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:18:31 ID:a7UTMbH2
「…そこまで驚くモノかしら?」
「普通は誰でも驚くモノだっつーの!…ッたく!」
 あくまで故意ではなかったと言いたいハクレイに、霊夢は驚いたのを誤魔化すように悪態をつく。
 完全によそ見していたとはいえ、まさか見ず知らず(?)の相手にここまで近づかれるというのは、初めての事であった。
 滅多に見せないであろう霊夢の驚くさまを見て、カトレアに夢中であったルイズも異変に気が付いたのだろうか、 
 少しカトレアに待っててと言った後、イヤな目つきでカトレアの付き人を睨む霊夢に話しかけた。

「一体どうしたのよレイム?」
「あぁ、ルイズ。…イヤ、ちょっと私の勘違いであって欲しい気配を感じてね…」
 その言葉に気配?と首を傾げるルイズに霊夢はえぇ…と返し、だけど…と言葉を続けていく。

「もしもこれが勘違いじゃなかったら、今すぐにでも手を打たないと…大変な事になるわね」
 そう言った彼女の表情が、いつも見せる気だるげなモノか真剣味を帯びたモノへと変わっていく。
 今霊夢が感じ取っている不穏な気配…。それは決して、この王都…ましてや劇場の中で察知してはいけない物。
 この世界に住む人や亜人達とも相容れないであろう異形達の発する、人工的に造られたであろう『無感情な殺意』。
 それを彼女は今劇場の一階の左方…そこから入れる通路からジワリジワリと感じ取っていたのだ。



 それは暗い中で一見すれば、ゴミ捨て場にあったようなローブを身に纏った人間に見えた。
 どこかの下級貴族がもう流石に駄目だと思って捨てた様な、浮浪者しか見向きしない様な襤褸の塊。
 頭からその襤褸をすっぽりと被った『ソレ』は、ズリ…ズリ…と黒いブーツで床を引きずりながらこちらへと向かってくる。
 ブーツだけではない。ローブの隙間から垣間見える『ソレ』の手や顔は、黒いペンキに塗れているかのように黒い。
 そして何よりも異常だったのはその黒々とした『ソレ』顔の部分で黄色く光る、二つの目玉にあった。
 …大きい。人間のものにしては大き過ぎるであろうその目玉は、クリケットボールぐらいあるのだろうか。
 それを爛々と輝かながら近づいてくる光景を見れば、だれだってネズミ顔の様な反応を見せるに違いない。

 事実、それを目にした彼自身も何とか喉から出そうになった大声を堪えたのだから。
 杖を持っていない方の手で口を押さえつつ、彼は今度こそ取引相手へと声を掛けた。
「おい、何だコイツは?」
「し、しらねェよ…!曲がり角を曲がった先に立ってて…あ、あぁあの目で俺を睨んできたんだ!」
 声を裏返しながら叫ぶ彼に手を差し伸べつつ、初老貴族は得体の知れない『ソレ』に話しかけた。
「おい貴様!どこの誰かは知らんが、人間ならば今すぐにその正体を現せ!」
 手を差し伸べられたネズミ顔が「か、かたじけいな!」と礼を述べるのを聞き流しつつ、相手の出方を待つ。
 相手が平民ならば、心配する事無く指示通りに従うだろう。

 しかし相手は予想通り全くいう事に応じず、尚も足を引きずりながらこちらへと向かってくる。
 まるで冬の時期に上演するようなホラー劇に出てくるゾンビみたいに、無言でこちらへと迫りくる『ソレ』。
 ただ黄色い目玉を光らせて闇の中にいるだけで、中々の恐怖を醸し出していた。
 既に奴との距離は一メイルを切ろうとしており、流石に焦った彼は杖を持つ手に力を込めて言った。
「止まれ、止まるんだ!これ以上近づけばどうなるか分かるだろう!?」
「…へ、ヘヘッ!そうでさぁ、こっちはメイジ二人なんだ!怖がることなんて何もありゃあしねえッ!」

397ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:20:41 ID:a7UTMbH2
 それまで腰を抜かして怯えていたネズミ顔が一転して、強気な態度で『ソレ』に杖を突きつけた。
 性格はともかくとして、杖の持ち方からして実践慣れしているであろう彼の物を合わせて、相手は二本の杖を突きつけられている事になる。
 平民でなくとも並大抵の貴族ならば、この時点で杖を抜くよりも先にまずは両手を上げて平和的な対話を望むだろう。
 余程自分に自信があるか、もしくは有利不利が分からぬ馬鹿でもなければ抵抗する気なんてなくなる筈なのだ。
 …それでも尚、自分たちのへと近づいてくる『ソレ』は決してその体を止めようとはしない。

 メイジを二人相手にしているというのに、それでも尚微動だにせずゆっくりと…しかしかく実にこちらへと迫りくる。
 これはマズイ。何かは良く分からないが、自分たちはとんでもないモノを相手にしているのかもしれない。
 直感的にそう感じた初老貴族は『ソレ』に向けていた杖を下ろすと、ネズミ顔の肩を叩いて逃亡を促そうとした。
「おい…何だか知らんがコイツはマズイ気がする。ここは一気に走って逃げた方が…」
「…へ、ヘッ!何かは知りはしませんが、生き物ならば魔法は効く筈だ!」
 しかし肝心のネズミ顔自身は退く気など毛頭ないのか、杖の先を向けたまま口の中て呪文を詠唱し始めた。
 口内詠唱…それも高等軍事教練で覚えさせられるレベルの早く、正確な詠唱で魔法を構築していく。
 
 逃げようと提案した初老貴族が止める間もなく、ネズミ顔の持つ杖の周りを冷気が帯び始める。
 大気中の水分を『風』系統の魔法で冷やし、氷結させて一本の氷柱へと変化させていく。
 それを一本につき三秒で生成し、十秒経つ頃にはすでに三本の氷柱が出来上がり、ネズミ顔の周囲を浮遊していた。
 『風』系統と『水』系統の合わせ技であり、『ファイアー・ボール』や『ウィンド・ハンマー』に次ぐ攻撃魔法…『ウィンディ・アイシクル』。
 詠唱の力量しだいによっては無数の氷の矢を放ち、硬度も自由に調節できる攻撃特化の魔法である。

 攻撃準備は既に整ったのか、余裕を取り戻したネズミ顔は杖のグリップを握る手に力を込めて狙いを定めた。
 狙いはもちろん自分たちへ近づく襤褸を纏った正体不明の相手であり、その黄色く大きな二つの目玉。
 彼の周りを浮遊していた氷柱も一斉にその先端を『ソレ』へと向けて、主の命令を今か今かと待っている。
 まさかここでぶっ放すつもりか?そう思った初老貴族は咄嗟にネズミ顔を止めようとした。
「おい、よせッ!こんな所で魔法を放てば流石に音で気づかれる…!!」
「心配しなさんな、ぜーんぶアイツに当てりゃあ良い。氷柱が肉に刺さる程度なら、そう大きな音は出ませんぜ」
 中々に物騒な事を言い放った後、相手の制止を振り切る形でネズミ顔は氷柱へと一斉発射を命じる。
 瞬間、それまで『ソレ』に向けられていた三本の氷柱が目にも止まらぬ速さで目標目がけて発射された。
 
 人の手で投げられたダーツよりも速く、拳銃から放たれた弾丸よりも僅かに遅いスピードで氷柱は飛んでいく。
 その鋭く尖った先端の向かう先にいる『ソレ』は、避けようという素振りすら見せていない。
 最も、避けようと思った所で一メイルあるか無いかの距離で放たれれば避けようなど無いのだが。
 他の二本より僅かに先行していた一本の氷柱が『ソレ』の右肩を襤褸と一緒に貫き、鈍い音が暗闇に響き渡る。
 次いで二本目が『ソレ』の左肩を容赦なく貫き、最後の三本目が勢いよく胴体へと突き刺さった。
 それがトドメとなったのか、それまで杖を突きつけられても微動だにせず迫ってきていた『ソレ』は体を大きく仰け反らせてしまう。
 流石の初老貴族もおぉ…!と声を上げた直後、『ソレ』は氷柱が突き刺さったままの状態で仰向けに倒れてしまった。

398ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:24:11 ID:a7UTMbH2

 魔法の氷柱から漂う冷気によって、夏場だというのにヒンヤリとした空気が流れる暗い廊下。
 ドゥ…と鈍い音を立てて倒れた『ソレ』を見てネズミ顔は笑みを、初老貴族は目を丸くして見つめていた。
「…やったのか?」
「やったかどうかはまだ分かりはしませんが、確かな手ごたえはありましたぜ」
 相手の不安げな問いに、倒れた相手に杖を向けたままネズミ顔は得意気に返事をする。
 確かに彼の言うとおり、三本の氷柱が見事刺さったヤツ…『ソレ』は仰向けになったままピクリとも動かない。
 当たり所が悪かったか、もしくは死んだふりをして油断を誘おうとしているのか…。
 そのどちらかもしれないし、ひょっとすればもう死んでしまっているのかもしれない。
 
 ひとまず自分たちに迫ろうとしていた危機を拭い去れた事に、初老貴族は溜め息をついて安堵したかったが、
 すぐに今の状況下でこれはマズイと判断したのか、やや焦った表情を浮かべてネズミ顔に話しかけた。
「しかし、コイツは不味い事になってきたな。やむを得なかったとはいえ人殺しとは…」
「まぁ仕方ありませんさ。それに相手がどうあれ、場合によっちゃあ口を封じなきゃいけませんでしたしねぇ」
 相手の正体が未だ分からぬ中、殺めてしまった事に少なくない罪悪感抱く貴族に対し、ネズミ顔は平気な顔をしている。
 確かに彼の言う通りなのだろうが、それでも『口封じ』で平然と人を殺せると宣言する事に対しては同意できなかった。
 一難去って再びその顔に笑みを取り戻したネズミ顔をややキツめに睨み付け、首を横に振って忘れる事にした。

「お前さんに対しては色々と言いたい事はあるが…ひとまずはお前が手に掛けた相手を………ん?」
 その時であっただろうか、 自身の耳に何かが溶ける様な音が聞こえてきたのは。
 まるで氷の塊を充分に熱した鉄板の上に置いた時の様な、水の塊が水蒸気を上げながら溶けていくあの特徴的な音が。
 ネズミ顔にもそれは聞こえているのか怪訝な表情を浮かべた彼と顔を見合わせてしまう。
 それからすぐに気が付いた。音の出所が自分たちの背後、先ほど地面へと倒れた『ソレ』から聞こえてくる事を。
 先ほど倒れた『ソレ』の足元から出ていた異音に次ぐ新たな異音に、初老貴族は何かと思って音が聞こえてくる背後へと振り返る。
 
 彼らは目を見開き、口を大きく開いて絶句するほか無い。
 振り返った先で起こっていた光景は、二人の想像の域を遥かに超えていたのだから。
 そして、灯りの消えた廊下からロビーにまで響く男たちの悲鳴が聞こえたのは、それから間もない事であった。



 ルイズ達にとってそれは突然の事で、霊夢にとっては自らの『嫌な予感』が的中した事を意味していた。
 突如、それまで文化的で平和な雰囲気が漂っていた一階ロビーから物凄い叫び声が響き渡ったのである。
 通常業務を行っていた窓口の嬢や警備員、平民貴族問わず劇を見に来た御客たちはビクッと身を竦ませた。
 ロビーの一角にあるレストランからは謎の絶叫を後追いするかのようにカップの割れる音が二度、三度と聞こえてくる。
 各所に設置されたソファーに腰をおろし休んでいた者たちはギョッとし、中には慌てて立ち上がる者さえいた。

399ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:26:51 ID:a7UTMbH2
 劇場は一階、二階ともに沈黙に数秒間支配され、次いで一階にいた者たちは悲鳴が聞こえてきた方へと顔を向ける。
 彼らが視線を向けた先にあったのは、普段は従業員さえ滅多に使わない非常用通路があった。
 華やかなロビーの左端にある、灯りの消えた薄暗い廊下は絶叫など無かったと言わんばかりに沈黙を保っている。
 それがかえって不気味さを増しており、傍にいた者たちは恐る恐るといった感じで廊下の入口から離れようとする。
 やがて静寂から小さなざわめきが生まれ、劇場各所に配置されていた警備員たちが次々とロビーにやってきた。
 当然二階のラウンジにいた貴族達も何だ何だとざわめき始め、中には従業員に説明を求む者さえいる。
「お、おいそこの君!今の悲鳴は…な、何なのか説明したまえ!」
「あ…その、いえ…申し訳ございません貴族様。我々に皆目見当がつきません…」
 しかしながら彼らも全く事情を把握できておらず、頭を下げて謝るしかないという状況であり、
 何人かは「ただ今調べております」や「至急警備の者が原因を究明致しますゆえ…」といった返事をしている。

 その時であった、ふと一階を見下ろせる手すり付近から何人かの小さな悲鳴が聞こえてきたのは。
 何だと思った者達が後ろを振り向こうとした直前に、先ほど場を騒がせていたヴァリエール家の令嬢が「レイム!」と叫び声を上げ、
 それとほぼ同時に、あの紅白服の少女―――令嬢がレイムと呼んだ者――がいつの間にか手にしていた剣と一緒に手すりを飛び越えたのである。
 これには流石の貴族達も目を丸くせざるを得ず、先陣に倣うかのように驚きの声を上げる者までいた。
 いくら館内とはいえ二階から一階までかなりの高さがあり、勢いよく手すりを飛び越えれば軽傷では済まない。
 しかし…これから一階で悲惨な事が起きると予見した彼らの意に対して、飛び越えた本人である霊夢は気にも留めていなかった。
 彼女にとってこれくらいの高さから飛び降りて無事に着地する事など、息を吸って吐くのと同じくらい簡単なのだから。

 二階の手すりを飛び越えて空中に身を躍らせた彼女は、足を下へ向けてロビーへと落ちていく。
 上の悲鳴で気が付いたのか、自らの着地地点にいる何人かの下級貴族たちが慌ててその場から下がろうとする。
(こういう時は落ちてくる私を拾い上げてくれる人が一人でもいそうな気がするんだけど…現実って厳しいわねぇ〜)
 博麗霊夢にしてはやけにロマンチストな事を想像しつつも、彼女は自らの能力をコントロールして着地の準備を瞬時に整える。
 長年の妖怪退治と異変解決で培ってきた経験と、先天的であり鋭利過ぎもする才能がそれを可能にする。
 そして地面まで後一メイルという所で彼女の体は重力の縛りから逃れ、ふわり…とその場で浮いて見せたのだ。
 
 これには慌ててその場から離れた下級貴族や、遠巻きに見ていた平民たちがおぉ…!と驚きの声を上げた。
 『フライ』や『レビテレーション』が使えるメイジであれば彼女と同じような事はできるが、それでも並大抵のメイジにはできない。
 高速詠唱や口内詠唱の高等技術が無ければ、両足の骨を折って無残な姿を衆目に晒す事になってしまうからだ。
「よっ…と!……あっちね」
 そんな大衆の視線など気にする風も無く降り立った彼女は、手に持っていたデルフを背負うと悲鳴の聞こえてた方へと視線を向けた。
 悲鳴が聞こえて来たであろう場所には、一階にいたであろう警備員や従業員たちが様子を見ようと集まってきている。
 
 霊夢はそちらの方へ素早く体を向けると、床を蹴り飛ばすようにして走り出した。
 自称魔法使いの癖に結構な体力馬鹿である魔理沙よりかは劣るものの、それなりに速く走れる自信はある。
 まるで亀かナメクジの様に、ゆっくりと廊下へ入っていこうとする警備員たちの間を通って、彼女は一足先に薄暗い廊下へと入り込む。
「ん?…あ、おい君!待ちなさい!」
『あー無理無理。ウチの相棒はそういう呼びかけに対して全然聞かんからねぇ』
 背後から止めようとする警備員の呼びかけをデルフが代わりに答えつつ、霊夢は恐れもせずに廊下を一直線に進む。
 その彼に続いてもう一人が呼び止めようとしたところで、彼女の姿は曲がり角の向こうへと消えてしまった。

400ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:28:30 ID:a7UTMbH2

(それにしても、明るいのと暗いのとどっちが良いかって聞かれたら、やっばり明るい方がいいわね)
 まるで日の暮れた路地裏みたいな薄暗い廊下を走りながら、ふと霊夢はそんな事を思った。
 節電か何かなんだろうか、灯りの点いていない廊下はまるで同じ劇場の中とは思えない位雰囲気が違う。
 しかも最初の角を曲がってからというものの、使っていない椅子や大きな木箱が廊下の端に無造作な感じで置かれている。
 恐らくずっと前に置かれたままなのだろう、それ等には決して薄くない量の埃が積もってるいるのが一目で分かる。
 ロビーや二階のラウンジが普通の劇場ならば、今いるここはさながら閉館して暫く経った廃墟の様である。
 とはいえ、仕事の都合上そういう暗い所に赴く事が多い彼女にとっては屁でも無い程度の暗さだ。

 霊夢は廊下の端に置かれた荷物を避けて進んでいたがそれが鬱陶しくなってきたのか、ゆっくりと体を宙に浮かせた。
 それからチラリ後ろを見遣り、誰もついてきていないのを確認して「よし」と呟いてからそのまま前へ進み始める。
 廊下の天井と、一定の間隔で左右の壁に取り付けられているカンテラとの距離に気を付けつつ、スイスイと飛んでいく。
『おいおい、大胆な事をするねぇ?誰かに見られたらどう説明するんだい?』
「別に誰も見てないんだから飛んでるじゃないの。…っていうか、結構な数の人間が飛べるんだしどうとても説明つくわよ」
 面倒くさがりな霊夢の言い訳にデルフは暫し黙ったのち、「そりゃそうか」と一言だけ呟いた。
 
 やがて邪魔な障害物も疎らになった所で着地した彼女は、目の前にある曲がり角を睨み付ける。
 そして目を数秒ほど閉じて何かに集中した後でチッ…と舌打ちし、苦虫を噛んだ様な表情を浮かべて言った。
「クソ…!さっきまでこの近くから気配が感じ取れたんだけど、かなり薄くなっちゃってるわね」
『つまり、もうこの劇場内にはいないってコトか?』
「何処かに隠れてる可能性も否めないけど、私相手にこう短時間で隠れられるとは思えないけど……って、ん?」
 昨日に続き、気配の主をまたもや見失ってしまった事に悪態を付きつつ、霊夢は前方の曲がり角へと足を進める。
 少なくともあの角の向こうに何か証拠でもあればいいなと思っていると、ふと場違いな空気が自分の体を過った事に気が付く。

 冷たい、まるで三月初めの朝一番に頬を撫でてくる風の様に冷たかった。
 詳しい月日は知らないものの今のハルケギニアは夏真っ盛り、そんな空気が流れるワケがない。
 突然の冷風に思わず身構えた霊夢に続くようにして、デルフもその場の空気が変わった事に気が付く。
『なんだぁ?この季節感ゼロな冷たい空気は?』
「確かに。いくら建物の中とはいえ、まるで氷の様に冷たいわね」
『…気を付けろよレイム。お前さんも気づいてると思うが、この風…あの角の曲がった先から流れてきてるぜ』
 デルフの言葉に「御忠告、どうも」と返しつつ、彼女は左手を右手の袖の中に入れつつ曲がり角を目指して歩き始める。
 確かに彼の言うとおり、今この廊下に流れている季節はずれな冷たい風は曲がり角の向こうから流れてきている。
 そこな『何があるのか』はまだ分からないものの、少なくとも『何もない』という事はなさそうだ。

 デルフは抜かないものの、いつでも行動に移せるよう身構えたまま曲がり角へと進む。
 一歩進むごとに冷気はその強さを微かに増してゆき、夏用の巫女服を通して体を冷やしてくる。
 暑いから一転し、寒いと訴えてくる体を半ば無視しつつ霊夢はいよいよ角を曲がろうとする。
 そこで一旦足を止めて、軽く深呼吸して息を整えた後…思い切って角の向こうへと飛び出した。
 …しかし、その先に広がっていた光景は彼女が想像していたものよりも遥かに異常であった。

401ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/03/31(土) 23:35:05 ID:a7UTMbH2
 曲がり角の向こう、劇場から避難用の下水道通路へと続いているその廊下。
 角の向こうまで届くほどの冷気を放っていたであろう原因は、突き当りにある扉の近くに転がっていた。
 何故それが原因だと思ったのか、霊夢でなくともそれを見た者ならば誰もがそう思うだろう。
 それは真夏だというのにまるで酷く吹雪く雪山に放置されていたかのように、氷や霜に塗れていたからだ。
 元の形が何なのか分からない程の状態になっているソレの体からは、凍てつくような冷気が漂ってくる。
 
 夏場だというのに寒い程の冷気を放つという事は、恐らく魔法で形成されたものなのだろう。
 最初はその『何か』が気配の主かと思っていたが、すぐにそれは違うと判断できるほどに気配を全く感じないのだ。
 となれば、先ほどまでいたであろう気配の主が廊下に転がっている『何か』を氷漬けにしたのであろうか。
 そんな事を考えつつその『何か』が何なのかを調べようとした直後、目の前でその『何か』が動いたのである。
 スッと足を止め、右袖の中に入れていた左手で針を取り出した彼女はいつでも攻撃できるよう警戒した。
 まるで不格好な芋虫の様に鈍い動きを見せる『何か』は、動く度に纏わりついた氷や霜が音を立てて剥がれていく。
 暗く静かな廊下に響き渡る中、霊夢は落ち着き払った態度で目の前の『何か』がどういう行動を取るのか待っていた。
(気配からして化け物の類じゃなさそうだし、けどもしもこれが…人間だとするならば…)
 脳裏にそんな考えを過らせたのがいけなかったのか、その『何か』は自らの頭と思しき部分をゆっくり上げたのである。
 流石の霊夢もそれには多少驚くなかで、頭を上げた『何か』の顔を見て目を見開いて後ずさってしまう。

「…!」
『コイツは…コイツは確か…』
 それを同じく目にしたであろうデルフも、狼狽えるかのような言葉を漏らしてしまう。
 原型が分からぬ状態まで氷に覆われた体になってしまった今、唯一自由であった頭を動かして霊夢達を見つめる『何か』。
 その正体は名こそ分からぬままであったが、その年を取った顔はついさっき見た覚えのあるものであった。
 一階のロビーで自分とぶつかってしまったあの初老の男性貴族、その人だったからだ。




―――――――――――――
 
以上で、九十三話の投稿を終わります。
今月は暑くなったり寒くなったりと不安定な三月でした。
近所の桜は綺麗に咲いてるけど、夜中と早朝が酷く寒かったりと…
せめて四月は過ごしやすい季節でありますように。

それでは今日はここら辺で、また四月末にお会いしましょう。ノシ

402ウルトラマンゼロの使い魔 ◆fMTvAWnJWM:2018/04/01(日) 00:54:43 ID:w3argif6
お久しぶりです、焼き鮭です。
久しぶりすぎて酉変わってますが本人です。
0:58から投下を開始させていただきます。

403ウルトラマンゼロの使い魔 ◆fMTvAWnJWM:2018/04/01(日) 00:58:04 ID:w3argif6
ウルトラマンゼロの使い魔
第百六十四話「穏やかなるバオーン」
催眠怪獣バオーン 登場

 ド・オルニエールに出現した怪獣バオーンの特殊能力によって一辺に眠らされてしまった
ルイズたちであったが、幸いなことにその間誰かに危害を及ばされることはなく、数時間後には
無事に目を覚ましたのだった。
 そして今はオルニエールの領民の一人である老人の家で、詳しい事情を伺っていた。
「はぁ、あの怪獣バオーンがこの土地に現れたのは、一か月ほど前になるでしょうか」
 老人は、王都に近いだけあってなまりのない、綺麗な言葉遣いであった。
「バオーン?」
「怪獣でも名前がないとかわいそうなので、わしらで名づけました。バオーンと鳴きますので」
「まぁ名前は何でもいい。それより、一か月も前から現れてたと?」
 ギーシュが話の先を促す。
「左様です。いきなりドーン! と大きな音がしたので皆で何事かと見に行けば、畑の真ん中に
バオーンが逆さまになっておったのです。きっと、空から落っこちてきたのでしょうなぁ」
 ということは、バオーンは恐らく宇宙怪獣だ。
「わしらも初めは驚きましたし、怖がりもしましたが、バオーンはちっとも暴れたりなどしない
大人しい奴なので、今では皆すっかりと慣れました」
「慣れましたって……あいつの鳴き声を聞くと眠ってしまうのだろう? 迷惑とは思わないのか」
 呆れ返るギーシュ。どうやらバオーンの鳴き声には催眠効果のある音波が含まれている
ようで、それで領民たちも自分たちも瞬時に眠らされてしまったみたいである。
 にも関わらず、老人はほんわかとしている。
「まぁ今のド・オルニエールはあくせくと働く者はいませんので。特に問題は起きておりません」
「のんきなものねぇ……」
 ルイズたちはすっかりと呆れ果てた。
 老人から事情を聞いたところで、皆でバオーンについての相談を開始する。
「で、あの怪獣、バオーンをどうするかなんだけど」
 一番に意見を出したのはマリコルヌであった。
「ぶっちゃけ、ほっといてもいいんじゃないかな。別段これといって被害が出てる訳じゃ
ないんだろ? 相手は曲がりなりにも巨大怪獣なんだし、下手に刺激したら余計な被害が
出てしまうかもしれないじゃないか。それだったらいっそ……」
「冗談じゃないわよ!」
 しかしルイズが強く反対。
「仮にもここは、姫さまから下賜されたわたしたちの暮らすこととなる土地なのよ! 
そこに鳴くだけで人を眠らすような奴がいたら、迷惑極まりないわ!」
「ですねぇ……。わたしも、家事の最中に昏睡させられたらたまったものではありませんし……」
 ルイズに続いてシエスタもそう意見した。次いで才人が指摘する。
「それにここはトリスタニアからそう離れてないだろ? もしもバオーンが王都の方に
行っちゃうったら、大惨事は間違いないぜ」
「それもそうか……」
 うなるオンディーヌ。トリスタニアはのどかなこことは違って、昼も夜もあくせくと
働く人たちで賑わっている。そこにバオーンが迷い込んでひと鳴きでもしてしまえば、
大事故は必至だろう。
 バオーンを今のままにはしておけないということで決定し、話し合いは次の段階に
移行する。喧々諤々と意見を交わすオンディーヌ。
「じゃあ、あの怪獣はやっつけるか……」
「それはかわいそうだよ。あいつ自体には何の悪気もないんだろ?」
「元いた場所に帰すのが一番いいだろうな」

404ウルトラマンゼロの使い魔 ◆fMTvAWnJWM:2018/04/01(日) 01:00:26 ID:w3argif6
「けど、あんなでかいのを人間の力で空に送り返すなんて無理だろ」
「ここはウルティメイトフォースゼロを呼ぼう。彼らなら簡単のはずだ」
「でもあいつ、鳴くだけで眠らせてくるんだろ? 近づくだけでも難しいぞ」
「ゼロたちが対処しやすいように、あいつが鳴き声を出せないように俺たちがしないと
いけないな」
 話が纏まってきたところで、ギーシュがふと辺りを見回した。
「ところで、レイナールはどこに行ったんだ? さっきからずっと姿が見えないが」
「ただいま」
 噂をしたところで、レイナールがルイズたちのいる民家へと入ってきた。キュルケを伴って。
「キュルケ! レイナール、一体どこまで行ってたんだ?」
「一旦学院まで馬を飛ばしてたんだ。オールド・オスマンからこれを借りにね」
 レイナールが皆に配ったのは、耳栓。それに才人は見覚えがあった。
「あれ、これってもしかして、ウェザリーさんの魔法の対抗に使った奴じゃ……」
 懐かしさを覚える才人たち。ウェザリーの音を介した催眠魔法の対策として、この風魔法の
掛かった耳栓を使用したのだ。
「その通り。催眠音波をさえぎる奴だよ。怪獣の能力を聞いた時に、ピンと思いついたんだ」
「さすがだなレイナール! これであいつの鳴き声も怖くないぞ!」
 ギーシュたちは嬉々として耳栓を嵌めていく。その間にキュルケはルイズに話しかけた。
「ルイズ、あんたたちってよくよく怪獣に縁があるのね」
「ほっときなさいよ。ていうか何であんたがついてきてるのよ」
「だってジャンがアクイレイアからさっぱり帰ってこないから、待ちくたびれちゃって。また
面白そうなことしてるみたいだから、様子を見に来たのよ」
「相変わらず野次馬根性丸出しねぇ……」
 呆れてため息を吐くルイズ。そんな彼女にキュルケはそっと尋ねかける。
「ところであんたとルイズ、この土地に居を構えるつもりなんですって? 卒業したら結婚する
つもりかしら?」
 と言われて、ルイズはボッ! と火がついたように赤くなった。
「そ、そういう訳じゃないわよ! 単に今までの延長、それだけのことなんだから」
 とのたまうルイズだが、今度はキュルケが呆れ顔。
「結婚もしないで、一緒に暮らすの? そりゃあんたとサイトは主と使い魔の関係だけど、
他の人からしたらそんなのどうでもいいことだわ。きっと、悪い評判が立つわよ。お互いに」
「そ、そんなの関係ないわ! 気にしないもの」
「そんな簡単に済む話かしらねぇ。あんた、公爵家でしょ。色んなしがらみがついて回る
はずよ。きっとすぐにその辺を思い知るでしょうね……」
「何よそれ、どういう意味……」
 ルイズが聞き返そうとしたところで、ギーシュたちが作戦を練るのを終えた。
「よし、これで行こう! 日暮れまでもうあまり時間がない。どうにか今日中に済ませて
しまおう」

 外に出たオンディーヌは力を合わせて土魔法を掛け合い、巨大な土のマスクを作成。
それに『錬金』を掛け、青銅へと変える。そのサイズは、ちょうどバオーンの口を覆える
ほどであった。
「よし、これでいいだろう。こいつをレピテーションでバオーンの口に被せてふさぐ。
そうするとバオーンは鳴き声を出せなくなる、という寸法だ」
「なるほどね。あんたたちにしちゃよく考えたじゃない」
 皮肉げながら称賛するルイズ。見たところバオーンには他に特殊能力はないようだし、
鳴き声さえ出せなくしてしまえば、もう何の問題もなくなるはずだ。
「いつも活躍してるのはサイトだがね、ぼくたちだって日々を寝て過ごしてる訳じゃ
ないんだよ。ここらで名誉挽回さ」
 胸を張るギーシュ。そこにちょうどよく、バオーンがのっしのっしと歩いてやってきた。
「おッ、いいタイミングだ。では諸君、作戦開始だ! まずは向こうの気を引きつけて、
十分な距離まで近づかせて……」

405ウルトラマンゼロの使い魔 ◆fMTvAWnJWM:2018/04/01(日) 01:02:10 ID:w3argif6
 ギーシュがテキパキと指揮を取る一方で、バオーンの視線がこちらに向けられた。
「バオ?」
 しばらくはボーッ、と眠そうな目でいたバオーンだが……その目つきが、急激な変化を
起こす。
「バオッ!?」
 バオーンの瞳が爛々と輝いたかと思うと……のっそりとしていた足取りが激しくなり、
猛烈な勢いでルイズたちの方へと走ってきた!
「バオ――――!」
「えぇーッ!?」
 当然仰天する一同。そして慌てて散り散りとなってバオーンから逃れていく。
「う、うわーッ!」
「危ない! 逃げろぉ―――――ッ!」
 ギーシュと並んで走るルイズは、バオーンの突然の変化に目を丸くしていた。
「どうなってんのよ!? 少しも暴れたりはしないんじゃなかったの!? 話と全然違う
じゃないのよ!」
「そんなことぼくに言われても困るよ! ともかくこれじゃ、マスクを被せるどころじゃ
ない……!」
「バオ――――!」
 耳栓のお陰でバオーンが鳴いても眠らされることはないが、怪獣はその巨体だけでも
人間には十分すぎる凶器。走ってくる怪獣からは必死に逃げるしかない。
 しかしよく見てみると、バオーンは無闇にルイズたちを追いかけ回している訳ではなかった。
「ちょっと!? 何でアタシばっかり追いかけてくるのぉー!?」
 バオーンはキュルケにのみ狙いをつけて、彼女一人を追いかけているのだった。
「い、いやぁーッ! 助けてジャ―――ン!!」
「キュルケが危ないわ! 早く何とかしなさいよギーシュ!」
 慌てふためいたルイズが手近なギーシュの襟首を掴んだが、
「い、いや……暴れる怪獣を止めるなんてぼくたちには……」
「ちょっとちょっとぉ! さっき名誉挽回とか言ってたじゃない!」
「出来ることと出来ないことがあるよッ!」
 ギャアギャア言い争うルイズとギーシュ。それをよそに、才人はこそっと木陰に身を
隠してウルトラゼロアイを装着する。
「デュワッ!」
 才人はたちどころにウルトラマンゼロに変身し、一気に飛び出してバオーンとキュルケの
間に着地した。
「バオッ!?」
 上から降ってきて立ちふさがったゼロにバオーンは驚いて急停止する。オンディーヌは
ゼロの姿を見上げて歓声を飛ばした。
「おおッ、ウルトラマンゼロが来てくれた!」
「ゼロー! キュルケを助けてやってくれー!」
「結局人任せなんだから……」
 ルイズのため息。
「シェアッ!」
 一方でゼロは、バオーンを取り押さえて宇宙に帰すために怪力形態のストロングコロナゼロに
変身した。
『よぉっし! こいつで宇宙までひとっ飛びと行くぜ!』
 意気込むゼロであったが、しかし。
 バオーンはゼロの立ち姿をしげしげと観察していたのだが……ストロングコロナゼロに
なった途端に、その目つきがキュルケに向けられたのと同じになる。
「バオ――――!」
 そしてゼロに向かって思い切りダイブしてきた!
『うおッ!?』
 驚いて咄嗟にかわすゼロ。バオーンは勢いのままに地面に突っ伏したが、すぐに起き
上がって今度はゼロを執拗に追いかけ回す。

406ウルトラマンゼロの使い魔 ◆fMTvAWnJWM:2018/04/01(日) 01:16:15 ID:w3argif6
「あいつ、ゼロに襲い掛かってるぞ!」
「やっぱり凶暴な奴じゃないか!」
「頑張れゼロー!」
 オンディーヌは声をそろえてゼロの応援をするが、そんな中でシエスタは一人だけ、首を
ひねりながらバオーンの様子を観察していた。
「あの怪獣……もしかして……」
 驚きのあまりしばらくバオーンから逃げていたゼロだが、気を取り直してバオーンに向き直る。
『こいつ、大人しくしやがれ!』
 超怪力でバオーンを押さえつけるゼロ。しかし力ずくで取り押さえられるバオーンが、大きく
口を開いた。
「ああッまずい!」
「バオ――――――――ン!」
 バオーンが大声で鳴き声を発すると、途端にゼロの身体がふらつく。
「ウゥッ……」
 そしてたちまちの内に昏倒してしまった。バオーンの催眠音波は、ゼロにも効果があるほど
強力なものなのだった。
「バオ?」
 バオーンは仰向けに倒れたゼロの身体をつんつんと指でつつく。
「やめなさい! ゼロから離れなさいよッ!」
 ルイズはゼロを援護するために、杖を手に取ってバオーンに向けようとするが……そこに
シエスタが息せき切って走ってきた。
「ミス・ヴァリエール! 少しお待ち下さい!」
「どうしたのシエスタ!?」
 シエスタはバオーンを見やりながら、こう言った。
「バオーンは……もしかして、赤い色が好きなのではないでしょうか?」
「へ?」
 突拍子もない発言に、ルイズとギーシュは唖然。
「ほら、よくご覧になって下さい。バオーンには、ゼロを傷つけようとする様子がありませんわ。
きっと、遊んでほしいだけなのですよ」
「あッ、確かに……」
 シエスタの言う通り、よく見れば、バオーンはゆさゆさとゼロの身体を揺さぶっている。
本当に危害を及ぼすつもりならば、今の内に激しく攻撃しているはずだ。
「わたしの幼い弟たちも、遊んでもらいたい時には無邪気に飛びかかってきます。その時の
様子と似ているので……」
「でも、赤い色が好きってのは?」
「バオーンがああなったのは、ゼロが姿を変えてからです。ミス・ツェルプストーは……」
 キュルケは己の長い髪の毛をじっと見つめた。ツェルプストー家の特徴である、燃える
ような赤毛。
「ああ、なるほどね」
「ド・オルニエールには赤い色がありませんから、今まではあんな風になったことがないのでしょう」
「そういうことか」
 シエスタの話は筋が通る。ルイズたちは納得のいった風にうなずいた。
 その内にゼロがハッと目を覚まし、じゃれついているバオーンをむんずと掴んで投げ飛ばした。
『こんにゃろうッ!』
「バオ――――!」
 怒りながら起き上がったゼロに向けて、ルイズが叫ぶ。
「ゼロ、落ち着いて! バオーンは赤い色に興奮するだけなのよ!」
『! そうなのか……だったら!』
 訳を知ったゼロはストロングコロナから、ルナミラクルゼロにチェンジ。身体の色が
青になったことで、バオーンは落ち着きを取り戻す。

407ウルトラマンゼロの使い魔 ◆fMTvAWnJWM:2018/04/01(日) 01:19:40 ID:w3argif6
「バオ?」
 そしてゼロは光の球を作り出すと、それを赤く変色させて風船に変えた。
「バオッ!」
 バオーンの視線は赤い風船に釘づけとなった。ゼロが風船を宙に飛ばすと、バオーンが
風船に向かってジャンプする。
「バオ――――!」
「シュッ!」
 その瞬間、ゼロが両手より光線を発してバオーンの身体を空中でキャッチした。そのまま
念力によってバオーンを運びながら飛び上がり、宇宙に向かって上昇していく。
 オンディーヌはバオーンを宇宙へ連れていくゼロに向かって大きく手を振った。
「ありがとう、ウルトラマンゼロ!」
 領民たちもド・オルニエールから去っていくバオーンを見上げて、手を振る。
「おーい! また来いよー!」
「また来いですって!? 冗談じゃないわよ!」
 誰かが言ったひと言を聞き咎めたルイズが怒鳴ったのを、シエスタがまぁまぁとなだめていた。

 こうしてバオーンは無事に宇宙へと帰され、ド・オルニエールから怪獣はいなくなった。
ギーシュたちは結局アテにしていた収入がないことにがっかりしていたが、ルイズたちは
安心してド・オルニエールに暮らせるようになったのであった。
 ボロボロの屋敷は業者に頼んで修繕してもらうこととなり、ルイズと才人は平日を魔法
学院で過ごし、週末にはここにやってきて屋敷の掃除をしたり領民たちと交流したりする
生活をするようになった。
 領民は老人ばかりだが、バオーンを平然と受け入れていたことから分かるように、皆気さくで
性根のいい人ばかりであった。才人たちは彼らとすぐに打ち解け、とても良好な関係を築いた
のであった。
 そんな風に、ド・オルニエールでは今までの喧騒を忘れさせてくれるような、穏やかな
時間を過ごせるものと思っていたのだが……新しい波乱は、予期せぬ方向からやってきた。

 才人が経験する、魔法学院の二度目の夏休みが来た頃には、屋敷は十分な生活が出来る
分には修繕が出来ていた。才人とルイズは、夏休みの間はこの屋敷で暮らすことを決定した。
 それは良かったのだが、一週間が経過した頃に、その屋敷にとんでもない客が来たことを、
お手伝いとして迎えたヘレン婆さんがルイズたちに知らせに来た。
「旦那さま、大変でございます。大変でございます」
「ヘレンさん、どうしたの」
「お客さまでございます」
 いつもはのんびりとしているヘレンがおろおろしているので、才人たちは目を丸くした。
一体どんな客なのか。
「それが、何とも怖い若奥様でございまして……。どこぞの名のあるお方の奥方とお見受け
しましたが、これがまぁ、怖いの何の。眉間に皺を寄せて、このわたくしをじろりと! 
まさにじろりとにらんだのでございますよ!」
「怖い若奥様?」
「はい。ええと、お顔立ちはルイズさまによく似ております」
「……髪は?」
「見事な金髪で」
 その特徴が当てはまる人物を、ルイズたちはただ一人だけ知っていた。ルイズの顔がさっと
青くなる。
「ヘレンさん、あの方は独身よ。名のあるお方の奥方なんて、冗談でも言わないことね。
耳をちょんぎられるわよ」
 ルイズの忠告にヘレンは震えながら聖具の形に印を切った。
 ルイズと才人が応接間でその人物を迎えると――ルイズの姉、エレオノールは一番に
ルイズの頬をぎゅうッ! とつねり上げた。
「ちび! ちびルイズ!」
「いだい〜!」
「あなたはもう、また勝手なことをして! 聞いたわよ! け、けけ……結婚前の男と女が
一緒に暮らすなんて! そんなのわたし、絶対に認めませんからね!」
 エレオノールはルイズと才人の同居に関して、反対をしに来たのであった。

408ウルトラマンゼロの使い魔 ◆fMTvAWnJWM:2018/04/01(日) 01:20:45 ID:w3argif6
以上です。
次話はなるべく早く仕上げます。

409ウルトラ5番目の使い魔 70話 (1/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:11:01 ID:Duwr85eM
皆さん、こんにちは。ウルトラ5番目の使い魔、70話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

410ウルトラ5番目の使い魔 70話 (1/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:13:25 ID:Duwr85eM
 第70話
 夢の先の旋律
 
 バイオリン超獣 ギーゴン 登場!
 
 
 それは今ではない、しかしそんなに遠くない昨日の昨日のそのまた昨日の春の日の昼下がりです。
 大きな大きな湖のほとり。そこにきれいなお屋敷がありまして、三人の親子が住んでいました。
 今日はお空は晴れ、風は緩やかで寒くも暑くもないポカポカ日和。お屋敷のお庭にはテーブルが立てられて、温かな紅茶が湯気を立てています。
 テーブルの前に座っているのは優しそうな貴婦人。そのひざの上には小さな女の子が座って、待ちきれないと一冊の本を差し出しています。
「ねえ、お母様。お父様もお母様もお休みの今日は、イーヴァルディの勇者の新しいお話を読んでくれるってお約束でしょ。早く早く、わたし楽しみにしてたんだからね」
「まあ、シャルロットったらお行儀が悪いわよ。そんなに慌てなくても、まだお茶を淹れたばかりじゃない。ねえ、あなた」
「はは、いいじゃないか。シャルロットは今日のために、ずっといい子で待っていたんだから。さ、約束だシャルロット……父様の演奏と母様の語りで、シャルロットだけのための劇場を始めよう」
 古びたバイオリンを手にした父が優しい演奏を始め、母が本を開いて物語を語り出す。そして娘は期待に目を輝かせて夢の世界への扉を開いた。
 
 これから始まるのは、ハルケギニアで広く語られる英雄譚『イーヴァルディの勇者』の数多い物語の一節。現実がモデルか、それとも完全なフィクションかは誰にもわからない雑多な物語のひとつ。
 けれども、そんなことは純真な幼子にはどうでもいい。自由な心はつまらぬ制約に縛られず、ただ思うさまに優しき旋律の風を想像の翼に受け、物語の空を縦横に舞う。
 
 
 それは遠い昔のお話です……
 
 
 昔々、ある山深い国に、『どんな願いでもかなえてくれる秘宝』が隠されているという、大きな迷宮がありました。
 それをいつ、誰が作ったかはわかりません。けれど、秘宝を求めて多くの冒険者が迷宮へ挑み……そして、誰一人として帰ってはきませんでした。
 土地の人々は、やがて迷宮を人を食べる呪いのラビリンスだと恐れ、ついに土地の領主は迷宮の入り口に大きなお城を建てて、誰も迷宮に入れないように封印したのです。

411ウルトラ5番目の使い魔 70話 (2/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:14:20 ID:Duwr85eM
 
 そうして平和が訪れ、人々が迷宮のことを忘れかけた時代です。お城に一人の女の子が住んでいました。
 女の子の名前はサリィ。彼女はとても優しい心の持ち主でしたが、なぜか彼女に近づく人間は皆不幸な目に会い、今ではサリィの友達は一匹のカラスだけでした。
「クワァ、クワァ! サリィ、オレガイル。クワァ、サリィノトモダチ!」
「うん……あなただけが、あたしのそばにいてくれる」
 うるさく騒ぐカラスだけが、サリィが心を許す唯一の友達です。一人ぼっちでお城で暮らすサリィのことを、土地の人は呪われた娘と呼んで、もう彼女に近づこうとする人はいませんでした。
 
 そんなある日のことです。お城に、旅の途中のイーヴァルディの一行がやってきたのです。
 
「こんにちは。旅の者ですが、どうか少しの間だけ宿を貸していただけないでしょうか」
 数々の冒険を潜り抜けてボロボロの身なりで訪ねてきたイーヴァルディの一行を見て、サリィは驚きました。優しい彼女はイーヴァルディたちを哀れに思い、すぐにでも泊めてあげようと思います。けれど、自分の身にまといつく不幸を思うと、サリィは受け入れることができませんでした。
「旅の方、ここは呪われた恐ろしい館です。入ればきっと、あなた方にも不幸が訪れるでしょう。どうか、立ち去ってくださいませ」
 悲し気にサリィはイーヴァルディたちを突き放しました。ですが、長旅で疲れ果てたイーヴァルディたちは、どうしてもということで一晩だけ宿を借りることになりました。
 城の中に部屋を借りて、イーヴァルディの一行は眠りにつきます。イーヴァルディの仲間の、大男のボロジノがあげるいびきが城に響き渡りますが、サリィはそれも気にならないほど心配で眠れませんでした。
 友達のカラスが「ジャアオレガミニイッテヤルヨ、ダカラアンシンシテネロ」と言ってくれますが、やっぱりサリィは不安でなかなか寝付けません。
 そして翌朝、イーヴァルディたちの休んでいる部屋をのぞきに行ったサリィは愕然としました。なんと、部屋の天井が崩れて、イーヴァルディたちは丸ごと瓦礫に生き埋めになってしまっていたのです。
「ああ、またこうなってしまった。あたしに近づいた人は、みんなひどいことになってしまう。ごめんなさい、旅の人たち……」
 サリィはひざまずき、泣きながらイーヴァルディたちに詫びました。
 しかし、なんということでしょう。瓦礫がもぞもぞと動くと、はじけるように吹き飛んだのです。
「ふわぁーっ、よく寝た」
「んーっ? なんか景色が変わってるぞ。キャッツァ、お前また寝ぼけて魔法ぶっ放したろ?」
「失礼なことをおっしゃいますわね。寝ぼけて天井を落とすくらいなら、まずあなたをローストにしていますわよ。マミさんの寝相に決まってますわ」

412ウルトラ5番目の使い魔 70話 (3/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:16:53 ID:Duwr85eM
「ほへー、おなかへったー」
 なんと、信じられないことに、瓦礫の中から何事もなかったかのように一行は起き上がってきたのです。
 サリィは呆然として声も出ません。すると、イーヴァルディがサリィの前にすたすたとやってきて、ぺこりと頭を下げました。
「すみませんサリィさん、僕の仲間たちの阻喪で大切なお城を壊してしまいました。責任を持って修理させますので、どうか許してください」
「あ、あっ、はい。それより、あなた方は天井の下敷きになったというのになんともないのですか?」
「ええ、この程度は。鍛えてますから」
「あっ、はい」
 ぽかんとしながら、サリィは無傷のイーヴァルディたちを見つめていました。
 そうです。数々の冒険を潜り抜け、多くの恐ろしい魔物を倒してきたイーヴァルディたちにとって、天井が落ちるくらいのことは痛くもかゆくもないことだったのです。
 そうして、イーヴァルディたちは、壊してしまったお城を直すまではとどまることになりました。もちろん、サリィはもっとひどい不幸が降りかかってくることを恐れてイーヴァルディたちを旅立たせようとしましたが、責任感の強いイーヴァルディは聞きません。
 
 そして、サリィが本当に驚くのはこれからでした。彼女が心配した通り、イーヴァルディたちには数々の不幸が襲い掛かりました。しかし、イーヴァルディとその仲間たちはそれをものともしなかったのです。
 
 イーヴァルディの仲間、大斧の戦士ボロジノが森に木を切りに行ったらオークの群れに出くわしました。
 夕方、ボロジノは大木と豚肉をたっぷり抱えて帰ってきました。
 
 料理人のマロニーコフが厨房に立ったら、突然油が流れ出して厨房が火の海になりました。
 マロニーコフはこれ幸いと火事の炎でローストポークを作ると、ついでとばかりに振りまいた水で消火といっしょにスープを作ってしまいました。
 
 シーフのカメロンが薬草を取りに出かけたら蜂の大群に襲われました。
 その日、サリィは蜂の蜂蜜漬けをおやつにいただきました。
 
 ですが、一番驚いたのは武闘家のマミといっしょに山に出かけたときでした。
 壊れた部屋を作り直すための材料になる石材を取るため、サリィは一行で一番の力持ちだというマミを近くの岩山に案内しました。

413ウルトラ5番目の使い魔 70話 (4/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:18:08 ID:Duwr85eM
 マミは武闘家だと聞きましたが、背丈はサリィの半分ほどしかなく、しかもいつも眠そうな目で「おなかすいた」とばかり言っている子供なので、正直サリィはとても信じられませんでした。
 けれど、岩山についたときです。なんと、山の上から五メイルはあろうかという巨大な岩が突然マミを目がけて落ちてきたのです。
「危ない! 逃げてマミちゃん!」
 サリィは必死に叫びます。しかし大岩はすごい勢いで落ちてきて、とても間に合いません。あんな岩が落ちてきたら、人間なんかぺっちゃんこにされてしまうでしょう。
 でも、マミは自分に向かってくる大岩を眠そうに見上げると、すぅと息を吸って右腕を振り上げたのです。
「たーあ」
 やる気のなさそうな声といっしょに、マミのパンチが大岩に当たりました。
 すると、今度こそサリィは自分の目を疑いました。なんと、大岩はマミのパンチでひび割れたかと思うと、そのまま轟音と共にバラバラになってはじけ飛んだのです。
「あ、あわわわわわ」
 サリィは腰を抜かして立てませんでした。当たり前のことです。誰が身長一メイルちょっとの小さな女の子が、五メイルもの大岩を素手で粉々にできると思うでしょうか?
 でも、マミはちっちゃくてもイーヴァルディの仲間なのです。イーヴァルディの仲間はみんなすごいのです。
 それから、イーヴァルディの仲間はただすごいだけではありません。マミは腰を抜かしているサリィのもとに駆け寄ると、サリィに手を貸して立たせてくれたのです。
「サリィ、大丈夫? いたくなかった?」
「あ、あたしは大丈夫……それよりマミちゃん、あなたこそ、あんな大岩を砕いて、大丈夫なの?」
「あたいは平気、鍛えてるから……それより、サリィがケガなくてよかった」
 にっこりと笑ったマミの優しい顔に、サリィは怖かったのが溶けていくような気持ちがしました。マミはひょいと、今度は十メイルもの大岩を持ち上げて、「これくらいならいいかな?」と尋ねてきますが、もうサリィも驚きません。
 そうして、サリィとマミはお城を作るのに十分な大岩を持って帰ることができました。
 
 そして、お城に帰ったサリィは、また信じられないものを見ました。なんと、それまで殺風景だったお城の周りが、一面の花畑に変わっていたのです。
「わぁ、なんて綺麗……これは、あなたが?」
「ええ、わたくし、美しくない場所は嫌いですの。このくらいのこと、この世界一の大魔法使いキャッツァ様にかかれば簡単なことですわ」
 美貌のメイジが宝杖をかざしながら得意げに笑い返してきます。色とりどりの花畑に、サリィは思わず見惚れていました。こんなに美しい景色を見たのはいったい何年ぶりでしょうか。彼女に人が近づかなくなって以来、城の周りは荒れに荒れ、野の花ひとつ見れなくなっていたのです。
 サリィの心に、すっかり忘れていた暖かい風が吹いてきます。そのとき、彼女のもとにイーヴァルディがやってきて、すまなそうに言いました。

414ウルトラ5番目の使い魔 70話 (5/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:20:39 ID:Duwr85eM
「ごめんなさい、キャッツァは言い出したら聞かない人で。勝手にこんなことをしちゃって、申し訳ない」
「いいえ、いいえ……こんな、こんな綺麗な景色、はじめて見ました。あなたたちは不思議な人……いままで、わたしのそばに平気でいれる人なんて、一人もいませんでした」
「僕らはただの、通りすがりの冒険家ですよ」
 微笑しながら言うイーヴァルディはどこまでも謙虚で、それこそどこにでもいるような青年にしか見えませんでした。
 けれど、彼こそは数々の冒険を制し、無数の魔物を倒して多くの人々を救ってきた『勇者』なのです。
 サリィの心に、ずっと忘れていた『嬉しい』という心が戻ってき始めていました。
 
 しかし、そんなイーヴァルディたちをよく思わない邪悪な誰かが彼らを見つめていました。そして、イーヴァルディたちに邪悪な気配が近づいていたのです。
「イーヴァルディ、悪い奴がやってくるよ」
 邪悪な気配を感じたマミが言います。もちろんイーヴァルディも気がついて、すっと剣を抜いて身構えました。
 剣を抜いたとたん、優しげだったイーヴァルディは精悍な戦士に変わります。空を見上げたイーヴァルディの眼の先で、それまで晴れ渡っていた空が突然黒雲に覆われたのです。
「来る」
 イーヴァルディの剣がチャキッと鳴ります。マミとキャッツァはサリィをかばうように立ち、サリィは怯えて空を見上げています。
 そして、渦巻く黒雲の中からそいつは現れました。全身が緑色のうろこに覆われた、見渡すような巨大なドラゴンです。
「あ、あわわわ」
 サリィは見たこともない恐ろしい怪物の威圧感にあてられて、今にも泣きだしそうです。
 ドラゴンは真っ赤な目をギラギラと光らせて、鋭い牙の生えた口を広げて恐ろしい叫び声をあげてきます。でも、そんなこけおどしはイーヴァルディには通じません。
「ワイバーンか、大きいな」
 イーヴァルディはつぶやきました。その声には恐怖のかけらもありません。
 マミもキャッツァも平気な様子です。ドラゴンが現れた様子は、城の中からボロジノやマロニーコフやカメロンも見ていましたが、彼らも気にせずに壊れた部屋の修理をしています。仲間たちの全員が、イーヴァルディを信頼しているのです。
 そのとき、空に濁った鳥の鳴き声のような不気味な音が響きました。すると、ドラゴンが口を開き、地上のイーヴァルディに向けて真っ赤な炎を吐きました。なにもかも焼き尽くす勢いの赤い津波がイーヴァルディに迫ります。しかし、イーヴァルディにその炎は届きません。キャッツァの張った魔法の壁が、炎を軽々と押し返したのです。
「ぬるいですわね。千年竜のブレスに比べたらぬるま湯ですわ」
 魔法の壁はびくともせず、ドラゴンの炎はなにも焼けないままで散って消えました。そして、イーヴァルディはマミに頼みます。

415ウルトラ5番目の使い魔 70話 (6/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:21:54 ID:Duwr85eM
「マミ! いつものアレ頼む」
「あーいよ」
 イーヴァルディはマミの頭上に飛び上がると、マミはイーヴァルディの踏み台のようになって一気にドラゴンに向かって押し上げました。
 たちまち、羽が生えたようなすごい勢いでイーヴァルディはドラゴンに飛んでいきます。ドラゴンは口を開き、今度こそイーヴァルディを焼き尽くそうと炎を吐きますが、イーヴァルディの勢いは止まりません。
「ああっ! 危ない」
 サリィが叫びます。イーヴァルディの姿は炎の中に飲み込まれて消えてしまいました。
 イーヴァルディは燃え尽きてしまったのでしょうか? いいえ、イーヴァルディは勇者です。こんな炎なんかに負けたりはしません。
「てやぁぁぁーっ!」
 炎を切り裂き、イーヴァルディは無事な姿を現しました。ドラゴンは驚き、再び炎を吐き出そうとしますが、もう間に合いません。
 そのとき、イーヴァルディの左手がまばゆく輝き、イーヴァルディは光となった剣をドラゴンに向かって振り下ろしたのです。
「イヤーーッ!」
 光がドラゴンを貫きました。すると、ドラゴンの鋼のように固いはずのうろこがぱっくりと割れ、ドラゴンは胴体から真っ二つになったのです。
 ドラゴンはギャアーと断末魔の悲鳴をあげ、黒い煙となって消えました。
 空は晴れ、イーヴァルディはすとりと仲間たちのもとに降りてきます。剣を収めて、いつもの優しい笑顔に戻ったイーヴァルディの姿は、サリィの目にとてもとても格好よく映りました。
「勇者……さま」
 思わずサリィはつぶやきました。サリィは生まれて今日まで、こんなすごい人たちを見たことがありません。
 イーヴァルディは言いました。
「君の呪いが何を呼び寄せても、僕らは絶対に負けない。僕らは、友達を見捨てるようなことは絶対にしないからね」
「友達? まだ、会ったばかりのあたしを、どうして……?」
「時間は関係ないよ。それなら、僕よりもほら、マミがさ」
 すると、マミがサリィのそでを引いて、にっこりと笑っていました。
「あたい、わかった。サリィはとってもいい奴。だから、あたいはサリィと友達になりたい」
「で、でもあたしなんて、呪われてるし、皆さんと違ってなんにもできないし……」
「そんなの関係ない。なりたいから、なる。それが友達でしょ」
 なんの他意もなく、ただ純粋に見つめてくるマミに、サリィは恐る恐るですが、「うん」と、答えました。

416ウルトラ5番目の使い魔 70話 (7/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:23:59 ID:Duwr85eM
 イーヴァルディも笑います。
「うん、マミの友達なら、もちろん僕らとも友達さ。だからもう怯えないで。君を怖がらせるものが来たら、僕たちがやっつけるからさ」
「イーヴァルディ、さん……うっ、うっううぅ……っ」
 サリィはイーヴァルディの胸に飛び込んで泣きました。これまで誰にも甘えることのできなかったサリィの心を、イーヴァルディと仲間たちは確かに受け止めたのです。
 イーヴァルディは強いだけではありません。悪を決して許さない正義感と、虐げられている人を見捨てておけない優しさを持っているからこそ、勇者なのです。
 そうして、サリィはイーヴァルディに見守られながら、花畑でマミといっしょに日が暮れるまで遊びました。
「ほらサリィ、あたいのお花の王冠、きれいでしょ」
「わあ、マミって手先も器用なんだ、すごいな。ねえ、あたしにも作り方教えてくれる?」
「いいよ。ここをこうして、ねっ?」
 呪いのことなんかすっかり忘れて、ふたりは時間も忘れて遊びました。ドラゴンも倒したイーヴァルディが見張っていてくれるのですから、怖いものなんかあるわけがありません。
 でも、イーヴァルディが勇者である理由はそれだけではありません。サリィは、まだそれを知りませんでした。
 
 ですが、サリィを苦しめ続けた不幸の呪い。それをかけた相手は誰なのでしょう?
 キャッツァは考えていました。サリィを苦しめている奴は、きっとまだあきらめはしないだろうと。
 
 その夜のことです。夜が更け、サリィは眠りにつく前に、今日あった楽しいことをカラスに話していました。
「それでね、イーヴァルディさんたち、もうしばらくここにいてくれるんだって。わあ、明日から楽しみだなあ。ねえ、明日はあなたもいっしょに遊ぼうよ」
「クワー、ソレハヨカッタクワー……」
 カラスはサリィの話をじっと聞いていました。このカラスは人語を理解し、自分からしゃべることもできる不思議な鳥で、サリィのお父さんとお母さんが亡くなってからは彼女のたった一人の話し相手でした。
 けれど、ただのカラスがしゃべるでしょうか? おかしいと思いませんか? でも、ずっと城に籠っていたサリィはそのことに気がついていませんでした。
 イーヴァルディたちの話をうれしそうに語るサリィを、カラスはじっと見ています。カラスはイーヴァルディたちの前へはほとんど姿を現さず、隠れて様子を見ていました。サリィはそれを、恥ずかしがっているからだと思っていましたが、そうなのでしょうか?
 カラスはサリィを黒い目で見つめ、サリィの心の中に寂しさや不安といった感情がなくなっているのを確かめました。

417ウルトラ5番目の使い魔 70話 (8/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:25:33 ID:Duwr85eM
 突然、カラスの雰囲気が変わります。
「ククク……我を封じた忌まわしい一族の娘。もっと長く苦しめ続けてやろうと思っていたが、お前にはもう飽きたよ」
「えっ? な、何を言ってるの」
 サリィは突然変わったカラスの恐ろし気な言葉に戸惑います。しかし、カラスは黒い羽根を巻き散らして飛び上がると、いきなりサリィの左目にくちばしを突き刺しました。
「きゃああぁーっ!」
「クク、クワッハハ!」
 サリィの悲鳴とカラスの笑い声が響きます。サリィの顔は真っ赤に染まり、カラスのくちばしからは赤いしずくが滴っていました。
 でも、それでもサリィはカラスに呼びかけました。
「ねえ、うそでしょ? あなたはわたしの、たったひとりの友達だったじゃない」
「トモダチ? お前みたいな汚い人間の、誰がトモダチだというのだ!」
 カラスは叫ぶと、今度はサリィの右目をくちばしで突き刺しました。
「いやぁぁーっ!」
「クワァハハ……お前の目玉は美味いゾォ。バカな娘だ、お前の呪いはすべて我が仕組んでいたことだとも気づかず。それなのに我を信じてすがるお前は最高のおもちゃだったガナア」
 なんということでしょう。サリィの不幸は、すべてがこの魔ガラスの仕組んだことだったのです。
 サリィは両目をえぐられ、苦しみながら床をはいずりました。でもそれよりも、裏切られたショックと、だまされていた悲しみがサリィの胸を締め付けていたのです。
「見えない、なにも見えないよぉ。誰か、誰か助けて」
 逃げようとしても、もうサリィにはドアのある方向さえわかりません。
 カラスはもがくサリィを冷たく見下ろしていました。ですが、いったいこの魔ガラスは何者なのでしょう? どうしてサリィを苦しめるのでしょうか?
「クァクァ。我の復活のイケニエとして育てていたが、喜びを思い出したお前はもういらない。だが、最後にもう一度役に立ってもらうぞ。やっと見つケタ何百年ぶりかの、最高の獲物をタベルためニナ!」
 カラスはそうつぶやくと、サリィの耳元で偽物の声を作ってささやきました。
「サリィ、サリィ……私の声が聞こえますか?」
「この声……お母さん?」
「そう、あなたのお母さんですよ。やっと会えましたね、かわいそうなサリィ。でも、もう心配いりませんよ」
 なんと、魔ガラスは死んだサリィのお母さんの声を真似て話しかけていたのです。

418ウルトラ5番目の使い魔 70話 (9/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:26:59 ID:Duwr85eM
「お母さん、痛いよ……お母さん、助けて」
「おお、サリィ、サリィ、もう大丈夫だからね。お母さんが助けてあげる。さあ、こっちへいらっしゃい」
「見えない、見えないよ、お母さん」
「大丈夫、お母さんの声のするほうへおいで……こっちよ、こっちよ」
 サリィはふらふらと、魔ガラスの真似る声を頼りについていきます。
 いったいどこへ行こうというのでしょう? 魔ガラスはサリィを操りながら、城の地下に向かって降りていきます。
 そこには、恐ろしげな扉によって封じられた入り口がありました。そうです、昔に封じられた恐ろしい呪いの迷宮の入り口です。
 サリィが手を触れると、固く閉ざされていた扉はギギギと不気味な音を立てて開きました。
「クァクァ、ラビリンスの封印は封印を施した一族でないと破れナイ。さあ、こっちよサリィ、こっちこっち」
「お母さん、お母さん待って……」
 サリィは魔ガラスに誘われるままに、迷宮の真っ暗な闇の中へと消えていきました。
 
 そしてしばらく後です。異変を知ったイーヴァルディたちが迷宮の入り口へと駆けつけてきました。
「しまった! 遅かったか」
 開いてしまっている迷宮の入り口を見てイーヴァルディと仲間たちは悔しがりました。
 イーヴァルディたちも油断していたわけではありません。しかし、魔ガラスがサリィを襲っているのと同じころに、城の外にドラゴンが何匹も現れて退治しに出かけていたのです。でも、それは魔ガラスの罠でした。
 何かおかしい。そうキャッツァが気づき、マミが百リーグ先の獣の声も聴きつけられる耳でサリィの悲鳴を感じ取ったとき、イーヴァルディたちは急いで城に引き返しました。でも、間に合いませんでした。
 そのときです。迷宮の中から不気味な声が響いてきました。
「グァッグァッグァッ、私のラビリンスへようこそ、勇敢な冒険者諸君。あの小娘は私が預かっている。助けたければ私の元まで来るがいい。財宝もあるぞ。来なければ娘は食べてしまうからなぁ、グァッグァッグァッ」
 あざ笑う声がイーヴァルディたちを誘います。
 キャッツァがイーヴァルディを向いて言いました。
「イーヴァルディ、どうするの? これは罠よ。私たちを誘い込むための」
「わかってる。けど、サリィを見捨てることなんてできない。そうだろ? マミ」
 するとマミも、強い決意を秘めた表情で答えました。
「あたいには聞こえた。サリィは助けてって言ってた。あたいは行くよ、サリィはあたいの友達だもの」

419ウルトラ5番目の使い魔 70話 (10/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:28:45 ID:Duwr85eM
 マミの手の中には、サリィといっしょに摘んだ花の押し花がありました。マミだけでなく、ボロジノやマロニーコフたちも、迷わずに行こうと言っています。
 ですが、このラビリンスはただの洞窟やダンジョンではないのです。数多くの冒険家が挑戦し、誰一人として生きて帰った者はいない呪いの迷宮なのです。そのことをキャッツァが告げると、イーヴァルディは言いました。
「わかっている。でも、ここで逃げたら僕は一生後悔して生きるようになってしまう。友達を見捨てた卑怯者として、永遠に自分を許せなくなってしまう」
「でも、この迷宮の奥からはとてつもない力を感じるよ。もしかしたら、私たちでもかなわないかもしれない。それでも、行くの?」
「そうだね。確かに、この奥にいる奴は僕たちより強いかもしれない。けど、だからって……ジーッとしてても、どうにもならない! そうだろ? みんな」
 その言葉に仲間たちは皆、そう言ってくれるのを待っていたというふうにうなづきました。誰もがイーヴァルディを信頼して、彼の指示を待っています。
「二度と生きて帰れない迷宮は、僕も怖い。僕一人じゃ無理かもしれない。だけど、僕には君たち仲間がいる。だから、この胸の中から熱いものが湧いてくる。それが押してくれるから、僕は行ける」
 イーヴァルディは剣を抜き、「行こう」と言いました。誰も止める者はいません。彼らは一丸となって、魔のラビリンスの中へと足を踏み入れていったのです。
 
 
 それは遠い日の一幕の記憶。父の奏でる色とりどりの旋律の中で、母が語る物語を娘が聞いた、幸せな家族の一日の記憶。
 
 
 はたしてイーヴァルディたちの運命は? 物語はいよいよ佳境へと入る……。
 かに、思われたが。
「ねえねえジル、早く続きを読んでなの! きゅい」
「あいにくだけどここまでだよ。残念だけど本が焼けてて続きはもう読めないんだ」
「きゅい? きゅいいーっ! ここまで来て続きがないなんてひどすぎるのね! もーっ!」
 物語の続きをせがむシルフィードと、呆れながらボロボロの本を閉じるジル。
 ここは物語の世界ではなく、かといって少し昔のお話でもない。ただし、場所だけは同じであり、ふたりの周りには草とつるに覆われた廃墟の屋敷が広がっている。
 現代、ここは旧オルレアン邸跡。すでに無人で放置されて久しく、寄り付く者もないこの廃墟で瓦礫に腰かけて、この一人と一竜は何をしているのだろうか。
「はぁ、仕事もほったらかして、私はなにをしてるんだろうな」
 ため息をついて、ジルはつぶやいた。彼女の手の中には、焼け焦げた『イーヴァルディの勇者』の本がある。崩れた屋敷の瓦礫の中から見つけ出したもので、どうやらここは元は子供部屋のようなものだったらしい。
 けれど、どうして自分はこんな廃墟の中で見知らぬ女におとぎ話を読み聞かせているのだろうか?

420ウルトラ5番目の使い魔 70話 (11/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:30:20 ID:Duwr85eM
 事の起こりをジルは思い出した。
 
 ジルはフリーのハンターをして生計を立てている。いつからやっているかは覚えていないが、町や村に害を及ぼす獣を退治して報酬を得てきた。
 そして今回、ジルはオルレアン公邸跡の近くの村から依頼を受けてやってきた。
「狩人様、お願いでございます。最近、このあたりの村で突然に魂を抜かれたようになる者が相次いでおります。これというのも、あの古屋敷にドラゴンが住み着いてからのことでございます。きっとあのドラゴンのせいに違いありません。なにとぞ、ドラゴンを退治して村をお救いくださいませ」
「ドラゴンですか……わかりました。その代わり、報酬は頼みますよ」
 ドラゴンというところに不思議に引っかかるものを感じたが、ジルは依頼を承諾して出発した。
 聞いた話では、オルレアン邸跡からときおり心地よい音が聞こえてくるという。村人たちは、それをドラゴンの鳴き声と思ったが、それが聞こえるたびに魂を抜かれたようになる者が出るとのことだったので、ジルは念のために耳栓を用意していた。
 オルレアン邸跡は最近では気味悪がって地元の人間も近寄らなくなっており、途中の道は雑草が入り込んで荒廃していた。しかし、道のまま進んでオルレアン邸跡までたどり着くと、目的のドラゴンは意外にもあっさり見つかった。
「きゅいっ?」
「いたなドラゴン。お前に別に恨みはないが、退治させてもらうぞ」
「きゅいーっ!?」
 思っていたよりも小さな奴だったが、それでもドラゴンはドラゴンだと、ジルは弓を構えて爆薬包み付きの矢をつがえた。
 当たれば大型の幻獣にも大きな打撃を与えられる火薬矢は、緩やかな曲線を描いて青いドラゴンに向かった。しかし、そのドラゴンは意外にも敏捷に飛び上がると矢を回避してしまった。
「やるな。さて、飛んで逃げるか? それとも反撃してくるか?」
 どちらにしても、熟練の狩人のジルにとっては想定内だ。しかし、ドラゴンはジルの姿を認めると、意外な行動に出た。きゅいきゅいわめきながら廃墟の影に飛び込んでいったのだ。
「バカな、その図体で隠れられるつもりか?」
 ジルは呆れた。飛ばれてこそやっかいなドラゴンだが、地面に居れば少し大きな猛獣と変わりない。ブレスにさえ気を付ければ、もうジルにとって恐ろしい相手ではなかった。
「しかし、臆病なドラゴンだ。まだ幼体のようだが……」
 警戒は忘れず、ジルはゆっくりと廃墟の影に隠れたドラゴンに近づいた。
 だが、廃墟の奥にいたのはドラゴンではなく、きゅいきゅい言いながら怯えて縮こまっている全裸の女性だったのだ。

421ウルトラ5番目の使い魔 70話 (12/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:35:31 ID:Duwr85eM
「誰だ? お前」
「きゅいいーっ! う、撃たないでなのねーっ!」
 危うく火薬矢で爆殺しそうになったが、それよりもジルはあっけにとられた。なぜこんなところに若い女が素っ裸でいる? いやそれより、あのドラゴンはどこへ行った?
 問い詰めると、裸の女はあたふたしながら、ドラゴンは逃げたのね、と答えた。正直、あの図体で逃げられるわけはないのだが、実際いないものはしょうがない。だがそれにしても、妙齢に見えるのに変に態度や口調が幼い女だ。
 ジルは気が抜けてしまった。ドラゴンの気配はなくなって、あたりはただの廃墟でしかない。しかし、村人たちにはどう説明したものか。
 すると、悩んでいるジルの後ろから、裸の女がぽつりと話しかけてきた。
「ジ……ル?」
「ん? なぜ、お前わたしの名を知っている」
「えっ!? あ、ええっとええっと。シ、シルフィはシルフィなのね! あのドラゴンに捕まってたのね。助けてくれてありがとなのね!」
 そうわめく女を、ジルは困った様子で見つめるしかなかった。普通に考えて変なのは誰でもわかる。けれど、不思議なことにジルはこの怪しすぎる女を厳しく問い詰めることができなかった。
 どこかで会ったことがあるか? いや、そんな覚えはないが。しかしジルの心のどこかで何かが引っかかっていた。
 ただ、そうは言っても裸の女をそのままにしておくわけにはいかない。
「お前、服はどうした?」
「きゅいっ?」
「ちっ、仕方ないねえ。これだけの屋敷跡なら衣装の一着や二着あるだろう」
 瓦礫を押しのけて、ジルは埋まっていたクローゼットから女物の服を探し出すと裸の女に着させた。きゅいきゅいわめいてかなり嫌がったが、そこは無理やりにでも着させた。
 本当に、見た目の割に幼児のような女だとジルは思った。まったく、自分は昔から子供には苦労させられるとも思う。だがすぐに、子供? 自分が関わったことがあったか? と、思い返した。
 どうも調子が狂う。ジルは頭をかいた。この女を見てから……いや、あのドラゴンを見てから、自分の中に妙な何かが生まれている。
 誰か……この女の顔を見ていると、誰かの顔がぼんやりと浮かんでくる。だが、どうしても輪郭がはっきりしない。イライラして仕方がない。
「お前、もう一度聞くよ。どこの誰だい? なぜこんなところにいたんだい?」
「え、えっと、えっと。その、あの……なのね。な、なのね」
「んん?」
 しどろもどろな様子が怪しすぎる。思わず「シルフィード!」と怒鳴りそうになったときだった。どかした瓦礫の中から、一冊の本が転げ出てきたのだ。

422ウルトラ5番目の使い魔 70話 (13/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:37:06 ID:Duwr85eM
「イーヴァルディの勇者?」
「あっ! そ、その本なのね。シルフィ、その本を探してたのね! その本にすっごい秘密が書いてあるのね。読んで読んでなのね」
「はぁ?」
 子供向けのおとぎ話ではないか。その場しのぎの嘘もここまでくると怒る気もなくなってしまう。
 まあ、読めと言われれば読めなくはない。ハルケギニアで読み書きのできる平民は多くはないけれど、自分は仕事柄最低限の読み書きや計算ができないと不便であるため、子供向けの本を読む程度なら難しくはない。
 それにしても、イーヴァルディの勇者か……ジルはまだ家族が生きていた頃のことを思い出した。母が夜に読み聞かせてくれたことがあったし、文字を覚えたばかりのとき、妹に読んで聞かせたこともある。それに、キメラドラゴンを倒した後は、年に一回……に、読んでやった……誰に?
「……わかった。読んでやるよ」
 何かを思い出しそうになったジルは、本を手に取って瓦礫に腰かけた。足を組んだ時、まだ真新しい義足がカチリと鳴り、その隣にシルフィードはちょこんと座りこんだ。
 本を開き、何度も読み返されたであろうくたびれたページとかすれた文字が目に入ってくる。
「それは遠い昔のお話です……」
  
 
 そして、時間は現在に戻る。
 
 
 物語の世界から帰ってきたジルとシルフィードは一息をつき、同時になんとも言えない虚無感を味わっていた。
「イーヴァルディ、どうなっちゃうのかね」
「さあね、普通なら迷宮を抜けて悪い魔物をやっつけるんだろう」
 燃えたページが戻ることはなく、結末はこの本を持っていた誰かしかわからない。廃墟を空虚な風が流れていく。ジルは廃墟を見渡したが、崩れ落ちた屋敷は何も語ってはくれない。
 ジルは、本のくたびれ具合から、元の持ち主が相当にこの本を愛読していたことを察した。捕らわれの女の子を助けて悪と戦う勇者イーヴァルディ。物語の形は様々あれど、その痛快なストーリーはハルケギニアの子供たちを魅了し続けてきた。
 この廃墟と化した屋敷に何があったのかは知らない。しかし、自由な心を持つ子供が住んでいたのは間違いないだろう。
 どんな子が住んでいたのだろうか。ジルはイーヴァルディの勇者の本のページをぺらぺらとめくると、表紙の裏に子供が書いたと思われる名前の落書きを見つけた。
「シャル……ロット?」
 その名前を読んだ瞬間、ジルは激しい違和感を覚えた。
 なんだ? 自分は、自分はこの名前を知っている。心の中の、抜け落ちた空白が埋まるような、大切ななにかがその名前の誰かにはあるような。
「シャルロット……? 誰だ? シャルロット」
 思い出せない。ジルは頭を抱えた。まるで、なにかが頭の中で記憶をせき止めているような。誰かに頭の中をいじくられているような、そんな感じさえ覚える。
 なにがなんなのだ? わけがわからない。ジルの額から脂汗が零れ落ちる。

423ウルトラ5番目の使い魔 70話 (14/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:38:16 ID:Duwr85eM
 ここに来てから全てが変だ。この女といい……。
「シャルロット……シャルロットって、誰だ?」
 苦しむジル。そのときだった。シルフィードが、まるで何かに取りつかれたかのようにぽつりとつぶやいたのだ。
「おねえさまに……会いたいのね」
「な、に?」
 困惑がジルの中に広がる。さらに、ジルの耳にありえない音が聞こえてきた。
「なんだ? この音楽は」
 突然、廃墟のどこからともなく美しい旋律が流れてきたのだ。
 それは、まるで超一流のバイオリニストが弾いているような美しい音色の旋律で、この廃墟にはまるで不似合いなものであった。
 しかも、普通なら心を穏やかにする美しい旋律なのに、それを聞いたジルが感じたのは魂を抜かれるような強烈な虚脱感であったのだ。
「ぐぅぅぅ……ま、まさか。これが、村人たちが聞いたという、魂を吸う音なのか? ち、力が、抜ける」
 耳を押さえて音から逃れようとするジルだったが、音は手のひらをすり抜けて響いてきた。耳栓もまったく役に立たない。
 シルフィードは? すると、なんということだろうか。シルフィードは聞き惚れるかのように、うっとりと旋律に聞き入っている。そんな馬鹿な、この殺人音楽の中で平然としていられるなんてありえない。
「おねえさま……おねえさまに会いたい」
「まさか、お前……」
 オルレアン邸跡に、オーケストラのようにバイオリンの旋律が響き渡る。逃れられる場所などどこにもなかった。
 力がどんどん抜けていく。いくら熟練の狩人であるジルといえど、相手が音では太刀打ちする術がない。
「だめだ、頭が……ち、ちくしょう……」
 もう意識を保っていられない。ジルのまぶたが重くなり、全身の感覚がなくなっていく。
 瓦礫の中に倒れたジルの視界が暗くなり、魂が体から離れていくような浮遊感に包まれる。死ぬとはこういうことなのか……かろうじて握っていた弓が手から転げ落ち、イーヴァルディの勇者の本がばさりと投げ出される。
 これまでか……だが、そのときだった。
 
『サイレント』
 
 音を遮断する魔法のフィールドが張られて、ジルの魂は寸前で肉体からの剥離を免れた。

424ウルトラ5番目の使い魔 70話 (15/15) ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:41:48 ID:Duwr85eM
 殺人音波から解放され、ジルの意識が戻ってくる。そして目を開けて体を起こし、その瞳に魔法を使った誰かの姿が映りこんできた瞬間、ジルの心の中で空白だったパズルのピースのひとつに、鮮やかな群青の輝きが蘇ってきた。
「あ……ああ、お前」
「ジル」
 名前を呼ばれたとき、ジルの目からは自然と涙が溢れていた。ぼやけた視界に映るのは、青い髪、眼鏡の奥の涼やかな瞳、そして体に不釣り合いな大きな杖。
 あたしは、あたしはこの子を知っている。名前は、名前は……でも、絶対に知っていたはずの、大切な誰かだった。
「ジル、今はまだ思い出さないで。でも、あなたと、出来の悪いうちの使い魔は、わたしが守るから」
 彼女の傍らには、杖で頭をしこたま殴られて目を回しているシルフィードの姿がある。
 そして、彼女の頭上にはおどけた様子を見せながら浮遊している異形の人影がひとつ。
「うふふ、これはまた強力で邪悪なパワーを感じます。手を貸しましょうか? お姫様」
「黙っていて。あなたの茶番、今日で終わりにされたいの」
「おやおや、ガリアからここまで運んできてあげたのに冷たいですね。ま、頑張ってくださいませ」
 部外者の介入を封じて、彼女は杖を構えて廃墟の前に立った。
 すると、廃墟の瓦礫の中から古ぼけたバイオリンがひとりでに飛び出してきた。そいつは誰も触れていないはずなのに宙に浮いて弓を動かし、美しい旋律を響かせている。
 しかし、音はサイレントの魔法に阻まれている。するとどうだろう、バイオリンはみるみるうちに大きくなっていき、ヴィオラ、チェロ、コントラバスのサイズを経てさらに巨大化。ついにはバイオリンの姿を模した怪物へと変貌してしまったのだ!
「怪獣……」
「ノンノン、超獣ですよ」
 宇宙人の訂正したとおり、これは怪獣ではない。
 まるで木製のような茶色の体。胴体にはバイオリンと同じように四本の弦が張られ、手の指はバイオリンを弾き鳴らす弓のようになっている。頭にはバイオリンと同じく大きなスクロールと糸巻きがついており、まさに巨大なバイオリンそのものだ。
 バイオリンに超獣のエネルギーが取り付いて実体化した、その名もバイオリン超獣ギーゴンが現れたのだ!
 
 ギーゴンはその口から笑っているような声を発し、廃墟の瓦礫を踏みつけながら向かってくる。しかし、彼女はひるむことなく、その手に持った杖を魔力を帯びた剣のようにかざして立ちふさがった。
「ここはわたしの思い出の日々の墓標。それを汚すものをわたしは許さない」
 朽ち果てるのを待つだけの廃墟。それでも、ここは自分にとって帰るべき家なのだ。タバサの心に、静かな怒りが湧く。
 しかし、タバサの心は冷静だ。ジルから直伝された狩人としての心得と、すべてを置いても守らねばならない人たちを背にした使命感が彼女を支えている。そして、もうひとつ……タバサは地面に転がるイーヴァルディの勇者の本を一瞥してつぶやいた。
「サリィ、わたしは小さいころ、勇者が迎えに来てくれるあなたにただ憧れてた。でも、その物語の最後であなたが教えてくれたこと、今ならわかる。わたしはイーヴァルディのような勇者じゃないけれど、勇者の姿はひとつじゃないということを、あの人たちに教わったから」
 かつて夢物語の勇者に思いをはせた少女は今、猛き戦士となって杖を振るう。その胸には、かつて地球を破滅から守り抜いた防衛組織『XIG』のワッペンが青く輝いている。
 ねじれた世界のはざまに人々の記憶とともに消えた少女。しかし、彼女は再び現れた。かつて失ってしまったものと同じくらい大切なもののために。
 
 しかし、邪念を食らう超獣。それがなぜここに現れたのか、その残酷な真実をまだ彼女は知らない。
 外部からの侵入者たちの手で歪められているハルケギニア。しかし、ハルケギニアが元々内包するゆがみからも邪悪は襲来する。
 誰の手を借りることもなく因果は巡る。時の歯車は無慈悲に回り、隠されていた闇をさらけ出す。
 
 
 続く

425ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/04/10(火) 08:42:56 ID:Duwr85eM
今回はここまでです。
タバサ復活。次回の決着にご期待ください。

426ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 21:58:36 ID:8hDym6Ss
ウルトラ五番目の人、投稿おつかれさまでした。

さて皆さん今晩は。無重力巫女さんの人です。
特に問題が起こらなければ、22時の01分から93話(前編)の投稿を開始します。

427ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:01:34 ID:8hDym6Ss

 日中ハルケギニアの空を照らし、気温を上げていた太陽が暮れようとしている時間。
 人々の中には空を見上げ、赤みを増していく太陽と、薄らと見えてきた双月を眺めながら帰路につく者もおり、
 これからが本番と言わんばかりにテンションが上がり、友人たちと今夜は何処の酒場に行こうかと相談する若者たちや、
 そして街中の惣菜や市場には夕食の惣菜や材料が並び、それを求めて足を運ぶ老若様々な大勢の人たちがいた。
 ブルドンネ街の酒場では日中寝ていた人々がようやく目をさまし、今夜の開店準備に勤しみ始めている。
 店によっては待ちきれない呑兵衛たちが固く閉じた扉の前で屯して、下らない雑談に花を咲かせて笑っている。
 その中には下級貴族や異国から来た観光客たちもおり、今夜もこの街は大賑わいする事間違いなしであろう。
 しかし、その日のブルドンネ街はそれよりも少し前からある場所が賑わっていた。

 とはいっても、そこは実質的にブルドンネ街の一部と言って良いタニアリージュ・ロワイヤル座であった。
 地図上ではチクトンネ街に入っているものの、王都で一番の劇場があるせいで日中と言わず年中賑わっている。
 チケットは安いものの、酒場の安いワインや料理と女の子に金を使う連中にとってかなり無縁な場所である事は間違いない。
 一方で、その連中からチップと称してお金を貰っている女の子達にとっては、数少ない娯楽とスイーツを一度に楽しめる場所となっている。

 だが、その賑わいは普段多くの人が目にしている喜びや嬉しさに満ちたものではない。むしろ喧騒に近かった。
 ついさっきまで人々が上っていた階段には何人もの衛士達がおり、槍や剣を片手に周囲を警戒している。
 劇場前の噴水広場には何頭もの馬が留められており、時折衛士の一人がそれに跨って街中へと走っていく。
 馬だけではなく、街中から掻き集められたのかと言わんばかりの数になった衛士達が集結し、劇場とその周辺に屯しているのだ。
 彼らに占領された広場は自然的な封鎖状態となり、ここを通ろうとした人々は何事かと困惑するしかない。
 中には急ぎの用事で通ろうとした者たちが、半ば喧嘩腰で衛士を問い詰めたりしていた。

「おいおいふざけんじゃねェよ?こっちは急ぎで、こっから回り道すんのにいくら時間が掛かると思ってんだ!」
「申し訳ありませんが今は通行止めをしていますので、迂回してください」

 衛士達は研修で教えられた言葉を高性能なガーゴイルのように発しつつ、通行者達を止めている。
 中には平民の衛士なんて怖くないと、無理やり通ろうとした者たちもいたが…それは無謀と言うより馬鹿に近い行為だったらしい。
 軽い気持ちでロープを超えた者は、例え下級貴族であっても衛士達に身動きを封じられ、その手をロープで縛られていった。
「え!?…ちょっ、俺が悪かったよ…悪かったって!?だから逮捕だけは…」
「黙れこの野郎!一々手間取らせやがって。…おい、コイツを最寄りの詰所に連れてけ」
「ま、待て待て!僕はこうみえても貴族なんだけど!?」
「残念ですが今は貴族様であっても、現場に不法侵入した場合一時的に拘束するよう命令が出ていますので…」

 平民も貴族もまとめて捕縛されて連行される光景を見て、人々は誰もロープを超えようとはしなくなった。
 大人数で突撃すれば無理やり通れるかもしれないが、それをすれば衛士達と全面的にぶつかる事になる。
 そうなれば殴られ蹴られて逮捕されるだろうし、誰もがそんな痛い目に遭ってまで通りたいとは思っていなかった。
 何人かは諦めて踵を返したが、残った人々は野次馬として何が起こったのか探ろうしていた。

 劇場のロビーへと続く扉の前には、誰も開けるなと言わんばかりに黄色く太いロープが張られていた。
 ロープには黄色の下地に黒い文字で『立ち入り禁止!』と書かれた看板が下がっており、その周囲を更に数人の衛士達が警備している。
 :現場の指揮を執っているであろう中年の衛士が一人の部下を呼びつけて、何やら会話をしていた。

428ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:04:00 ID:8hDym6Ss
「…それで、魔法衛士隊は出てくれるのか?三十分前から進展を聞いてないぞ」
「はっ!先程の報告ではド・ゼッサール隊長率いるマンティコア隊の一個分隊が増援として来るとの事ですが…」
「この時間帯の交通事情でも、魔法衛士隊なら十分くらいで来るか?」
 首に掛けた紐付きの懐中時計で時刻を確認しつつ、早いとこ彼らが来てくれる事を祈っていた。
 ここ最近不穏な事件が続いている王都であったが、今回の件に関してはそれとは明らかに格が違っている。

 まず事件が発生したのはここタニアリージュ・ロワイヤル座であった。それも、真昼間から堂々と。
 しかも被害に遭ったのは貴族であり、それが事件を大事にさせる原因ともなった。
 今現在の被害者の状態といい、その被害者の近くにいたといゔ少女゙の狂言といい、衛士達だけでは対処できるものではない。
 劇場従業員からの通報で現場に急行した最寄詰所の隊長はそう判断し、各詰所と魔法衛士隊にまで応援を要請したのである。
 結果的に本部を含めて計四つの詰所とマンティコア隊から各一分隊の増援が派遣され、劇場周辺が衛士達によって占拠されてしまったのだ。

 部下から報告を聞いた隊長はふぅ…と一息ついてから、スッと空を見上げる。
 そろそろ上空からマンティコアに跨った貴族たちが現れてもおかしくなかったが、一向にその姿は見当たらない。
 事件の起きた場所が場所だけに貴族の増援が欲しいというのに、そういう時に限って中々来ないものなのだろうか?
 そんな事を思いながら、通報で食べ損ねた遅めの昼飯の事を思い出しながら彼は懐からパイプを取り出しつつ言った。
「全く…こんな忙しい時期に限って、どうしてこう連日奇怪な事件が起こるんだか…」
「奇怪な事件…?先日の下水道の件ですか?」
 部下の言葉に彼は「あぁ」と頷きつつパイプに煙草を詰めると口に咥え、懐からマッチ箱を取り出す。
 そしてマッチを一本取り出すとそれを箱の側面で勢いよく擦るが、一回だけやっても火はつかない。

 二回…三回…と必死に擦り。ようやく四回目でマッチ棒の先端に火が点いた。
 小指よりも小さい火種を絶やさぬよう注意を払いつつ、それをパイプに詰めた煙草に着火させる。
 モクモクと火皿から煙をくゆらせ始めたのを見てから彼はマッチの火を消して、足元へと投げ捨てた。
 その一連の行動を見ていた部下は苦笑いしつつ、地面に捨てられたソレを広いながら上司に話しかける。
「相変わらず火付けの悪い道具ですな。まぁ便利といっちゃあ便利ですがね」
「そこのカンテラや松明で着火なんてしてたら、俺が先に火傷しちまうよ。…あぁ、それは捨てといてくれ」
 妙に扱いの荒い上司の命令に彼は「了解、了解」と言いながら背後にあったゴミ箱へとマッチ棒を投げ捨てる。

 そんな時であった、煙をくゆらせて一服していた彼に背後から話しかけてきた女性がいたのは。
「相変わらずの煙草好きですねぇ、タニアリージュ担当のアーソン隊長殿」
 快活かつ、鋭さを秘めた女性に自分の名を呼ばれた隊長――アーソンは、フッと振り返る。
 そこにいたのは、王都の衛士達の間ではすっかり有名人となった女衛士のアニエスが近づいてくるところであった。
「あぁアニエス、お前さんも来てたのか。それならすぐに話しかけてくれば良かったのに」
「すいません。実は私個人でどうしても片付けておきたい用事がありましたので…今来た所なんです」
 立場的には上司の一人であるアーソンに軽く敬礼しつつ、アニエスは劇場ロビーへと続く入り口へ視線を向ける。

429ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:05:30 ID:8hDym6Ss

 つい数時間ほど前までは大勢の人で溢れかえっていたロビーを、衛士達が忙しそうに走り回っている。
 ある者は何人かの部下に指示を出し、またある者は従業員や警備員達に事情聴取を行っている。
 アニエスたち衛士にとって見慣れた光景であったが、まさかこれをこの場所で見る事になるとは思っていなかった。
 場所が場所だけに、入り口から見ているとまるで演劇の一シーンの様に見えてしまう。
 そんな事を考えつつ、ふと気になった事ができたシエスタはそれをアーソンに聞いてみる。
「そういえばアーソン隊長、劇場内にいた客たちはどこへ…?」
「今回の件で関係ありそうな人間以外、全員帰したよ。俺的にはそれは不味いと思ったんだが…」
 彼女に質問に対し、口元からパイプを放した彼は気まずそうな表情を浮かべる。
 大方、劇場に来ていた貴族の客たちのが中に脅しまがいの文句を言った者が何人かいたのだろう。
 平民には滅法強い自分たちだが、貴族が相手となると余程の事が無い限り頭が上がらくなってしまう。
 つい先ほど出たような命令が無い限り、下級貴族であっても任意同行を拒まれてしまう事も多々ある。

 自分たち衛士の世知辛い事情を知っていたアニエスも渋い表情を浮かべつつ、肩を竦める。
「全員に聞き込みするとなると時間が掛かりますからね、仕方がありませんよ…それで、被害者の情報は?」
 ひとまず話を置いておき、彼女は今回の事件の要である被害者の事を聞いてみる。
 それに対し答えたのはアーソンの横にいた隊員であり、彼は脇に抱えていた資料をアニエスへと差し出す。
 少し小さめの張り紙サイズの薄い木版にピン止めされている書類には、一人の貴族の情報が書かれている。
 アニエスはルを右から左へと走らせて流し読みすね最中に、隊員は補足するかのように付け加えてきた。
「゙まだ゙本人の意識が残っているので名前からの特定は容易でした。…といっても、自分の様な安月給の衛士でも気が滅入るものでしたがね」
「領地無し…今はシュルピスのアパルトメントで病気の妻を介護しつつ給金暮らしか。…これは酷いな」

 報告書に書かれていた内容は、貴族であっても決して裕福にはれないという現実を記していた。
 彼の名はカーマン。領地は無く、今はシュルピスの南側にあるアパルトメント『イオス』の三階の一室に妻と暮らしている。
 年は五十後半。とある三流家名の末っ子として生まれ、二十代の頃に雀の涙ほどの金貨を貰って領地から追い出される。
 その後はトリステイン各地を放浪しつつ日雇い仕事で金を溜めて、三十代前半で今の妻と出会い、交際を経て結婚。
 結婚後は定職に就こうと意気込んでトリステイン南部の一領地で国軍に志願し、国境沿いの砦に配属されていた。
 しかし四十代の米に妻が病気で倒れたのを切欠に退役し、退職金と共にシュルピスへと引っ越す。
 それから今に至るまで日々病状が悪化する妻の介護に明け暮れ、今は僅かな給付金で生きているのだという。

 報告書を読み終えたアニエスは悲哀に満ちたため息をつきつつ、アーソンへと話しかける。
「…それで、被害者は今どこに?」
「最初に発見された避難用通路だ。…というより、下手に動かせんのが現状だがね」
「…それは一体、どういう意味で?」
 やや意味深な言葉にアニエスは首を傾げたが、すぐにその理由を知る事となった。

 彼女が案内されたのは、一階ロビーの左端の避難通路の奥であった。
 忙しなく同僚たちが行き交っていて狭くなったソコを横断して、暗い廊下をアーソン達と共に歩く。
 そこにも衛士達の姿があり、聞き込み調査や書類の確認をしながら横切っていく。
 入ってすぐの時は単に暗い廊下だなーと思っていた彼女であったが、すぐにそれは変わってしまう。

430ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:07:38 ID:8hDym6Ss
 歩いて数分暗い経ったであろうか、廊下の至る所に物が置かれているのが見えるようになった。
 小さな物は使えなくなった椅子や大きなものは雑用品が入っているであろう木箱。
 本来なら倉庫か物置にでも入れておくような雑多な道具が、これでもかと放置されている。
 流石の衛士達もこれには四苦八苦しているのか、皆一応に物を避けながら歩いていた。
「これで避難通路なのですか?どう見てもすぐに通り抜けられるような感じではありませんが…」
「まぁ長い事使われていなかったらしいからな。そりゃー物置にするのは流石に駄目だとは思うが」
 アニエスの言葉にそう答えつつ、アーソンはこの頃ふくよかになってきた体を補足しつつ廊下を進んでいく。

 やがて物置と化していた部分を通り過ぎ、一旦従業員用の明るい通路を渡って現場へと急ぐアニエス。
 再び暗い廊下へと踏み入れると、壁に文字の刻まれたプレートが埋め込まれているのに気が付く。
 埃を被ったそれは丁寧な字で『この先、避難用下水道』と書かれており、もう現場が目前だという事を知る。
 確かに、周りにいる数人の衛士達はその場で待機して周囲を警戒していた。
「アニエスこっちだ。この曲がり角の向こうの先に被害者がいる」
「あ、はい」
 ふと前にいたアーソンに声を掛けられた彼女は返事をしながら頷き、そちらの方へと足帆進める。
 丁度曲がり角の手前で足を止めた彼と彼の部下は、アニエスに見てみろと言わんばかりに視線を右へずらしていく。

 この先に被害者がいるのだろうか?アニエスはそんな事を思いつつ、軽い足取りで角を曲がる。
 自分が常駐する詰所内や、巡回や非番時に街の角を曲がるかのようないつもの動作でもって。
 …しかし、その角の向こうにあったのはおおよそ彼女の現実からかけ離れた光景が広がっていた。

 最初、それを目にした彼女はソレを見て『氷の彫刻』かと勘違いしてしまった。
 何故ならば暗い廊下に転がっているそれは氷に包まれており、一見すればそれが人だとは思えなかったからだ。
「何だ、アレ?」
 アニエスは素直に思った言葉を口にすると、二人の衛士が見張っているソレへと近づいていく。
 手足の様な突起物は見当たらず、唯一目につくのは造りものにしては精巧過ぎると言っていいほどリアルな男の頭。
 まるで甲羅から首だけを出した亀のような状態のソレを見て、誰が人だと思うだろうか
 しかし彼女はすぐに気が付く、これがどれだけ悲惨な状態に陥った人間の姿なのであると。
 出来る限り傍へ寄って正体が何なのか知ろうとする前に気付けたのは、ある意味運が良かったと言うべきか。

「……?………――――……ッ!これは…」
 アニエスがようやく気付いたのは、その頭がゆっくりと瞬きをしてからだ。
 そして同時に、薄い氷に包まれたその頭の目が未だその輝きを失っていない事に気が付く。
 つまるところ、これはまだ人として生きている状態なのだ!この様な悲惨な姿であっても。
 ソレへ背中を向けて極力見ない様にしている見張り達の前で狼狽える彼女へ、アーソンが声を掛ける。
「気づいたか?」
「き、気づいたか…ですって?これ…これは一体何が?」
 初見の物ならば誰もが思うであろう疑問を言葉にしたアニエスに、彼はソレから目を逸らしつつ答えていく。

431ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:09:30 ID:8hDym6Ss
「詳しい事は良く分からんが、かなりの威力を持った風系統と水系統の合わせ魔法を喰らったようだ。
 手足は第一発見者が見た時点で無かったらしい。…相手は余程のメイジで、しかも相当イカレてる奴だな」

 半ば憶測であったが、アーソンはこちらに向かって顔を向ける七割り氷漬けの男を一瞥する。
 見えてるかどうかも分からぬ目を此方へと向け、僅かに凍ってない唇を動かして何かを喋ろうとしていた。
 それに気付いた彼はハッとした表情を浮かべ、「ドニエル!」と少し後ろに控えていた若い衛士を呼びつける。
 仲間たちと何やら話していたであろう三十代半ばの衛士すぐにアーソンの元へと駆け寄り、スッと綺麗な敬礼をした。
「被害者がまた喋ろうとしている、至急何を言ってるか調べてくれ」
「了解、暫しお待ちを」
 この現場では隊長である彼の言葉に従い、肩から下げていた小型バッグからメモ帳と羽ペンを取り出す。
 そして被害者の傍で屈むと口許へ耳を近づけ、微かに聞こえてくるであろう声を必死に聞き取り始めた。
 耳を傾ける一方で、ペンを持つ手は忙しなく動いて、メモ帳にスラスラと何かを記している。

「あれは何を?」
「文字通りの聞き取りさ、といっても…一方的に喋ってる事を書き連ねてるだけだがな」
 首を傾げそうになったアニエスにアーソンはそう返して、ついで詳しく話してくれた。
 手足を失い体の外側もほぼ凍り付き、唯一動かせる頭も決して無傷とは言い切れない状態だ。
 そんな中で意識すらハッキリしていないのか、ここ数時間の内何回か助けを求めるかのように喋り出すのだという。
 呟いた中に自身の名前が入っていたおかげで彼が下級貴族だと分かったものの、得られた有用な情報はそれだけだ。
 後は記憶すら混濁しているのか、ワケの分からない事を呟いているだけらしい。
 詳しい事は分からないが、平民であっても彼が手遅れなのは何となく分かるような状況だ。

「……ひょっとすると、このまま楽にしてやったほうが良いのでは?」
「俺もそう思うが、最終的な判断は魔法衛士隊の隊長が来てからだ」
 聞く度に嫌気がさしてくる被害者の情報にシエスタが思わず苦言を呈したところで、聞き取りは終わったらしい。
 メモ帳と羽ペンをしまい、立ち上がったドニエル隊員かアーソンとアニエスの許へと寄ってくる。
「聞き取り終わりました!」
「御苦労、それで…本名の次に有用な情報は得られたか?」
 隊長の言葉に若い彼は少しだけ苦渋に満ちた表情を浮かべた後、首を横に振る。
 自分たちとしては、被害者にこのような仕打ちをした容疑者の事を知りたかったが…どうやら高望みであったらしい。
 軽くため息をつくアーソンを見てこれは言わなければいけないと感じたのだろうか、ドニエルは言葉を続けた。
「ただ一言だけ、気になる事を粒呟いていまして…」
「気になる事?」
「『自分を最初に見つけてくれた黒髪の子は何処か?』…と」
 その言葉を聞いてアーソンは苦虫を噛んだかのような表情を浮かべ、背後の廊下へと視線を向ける。
 急に視線を変えた彼に訝しむアニエスをよそに、彼は頭の中にその゙黒髪の子゙の顔を思い浮かべた。
 第一発見者として警備員に捕まり、狂犬の様に騒ぎ立てていたあの少女の顔を。

432ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:11:33 ID:8hDym6Ss

 最初に彼女と再会した時、霊夢は何かの冗談かと思いたくなってしまったのは確かな事であった。
 とはいってもついこの間事件現場にいるのは見かけたし、いずれは鉢合わせるだろうと思ってはいた。
 王都は案外広いようで狭く、しかも今街で起きている奇怪な出来事は衛士達もかなり首を突っ込んでいる。
 であるならば、遠からず二度目の体面を果たすであろうと何となく予想していたのだ。
 最も、それが今日の出来事になってしまうという事だけは予想しきれなかったが。

 そして霊夢と同じように、アニエスもこれは何の悪戯かと目の前にいる少女達を見つめている。
 アーソンの命令で第一発見者だという少女を連れて来いと言われ、ここへと足を運んできた。
 一階ロビーから階段を上り、ラウンジへと着いた彼女の前に見知った顔が大勢いたのである。
 まさかこんな所で再会すると思っていなかった…という気持ちは、霊夢もまた同じであった。
「…まさか、アンタとこうして顔を合わせる日がまたくるなんてね…」
「奇遇だな。私も今そんな事を思っていたところさ」
 霊夢とアニエス。互いに鋭く細めた目で互いを睨み合い、一言ずつ言葉を述べ合う。
 傍から見れば実に殺伐としているだろうが、不思議な事にそこからは敵意というものは感じられない。
 二人して普段からこんな感じだからなのだろう、すっかり自然体と化してしまっている証拠であった。

「何も知らない人が遠くから一見したら、何時殴り合いが始まってもおかしくない光景って言いそうね…」
「で、でもルイズ…いくら何でもアレは見ててちょっとハラハラしてくるわ…」
 それを少し離れた所から呆れた風な様子で見つめるルイズに対し、傍らのカトレアは心配していた。
 劇場一階ロビーの階段を上がってすぐの所にある、二階貴族専用のラウンジ。
 ちょっとした談話スペースであるそこは、数時間前の賑わいはとっくに消え去ってしまっている。
 今は第一発見者とその関係者として、霊夢とルイズ達はそのラウンジに閉じ込められていた。
 まぁ閉じ頃られているといっても、衛士達が周囲を囲んで見張っているだけなのであるが。
 幸い二階にもお手洗いはあり、今はカトレアの連れであるハクレイがニナをトイレに連れて行ったばかりである。
 喉が渇けば一階から水差しを持ってきてくれるとも言っていたので、一応不便な箇所は見当たらなかった。
 それでも、第一発見者である霊夢にとってこれは納得の行かない事であった。

「私に犯人を追わせずにルイズ達ごと監禁して、それで今あの悲惨な男に会わせたいだなんて…随分身勝手じゃないの」
「知るかよ。第一、お前が第一発見者だって事をついさっき知ったばかりだぞ」
 霊夢の苦言に対してそう一蹴して返すとその場で踵を返し、階段の方へと歩いていく。
 ついて来いと言いたげなその背中を見て察したのか、霊夢もその後を続く。
 自分達を後に、アニエスに連れられてロビーを後にする彼女を見て今しか無いと思ったのか。
 それまで敬愛する姉の傍らにいたルイズが立ち上がり、アニエスに「待ちなさい!」と声を掛けてきた。

「第一発見者としてレイムを連れていくのは良いとして、ついでだから私も連れていきなさい!」
「ルイズ、いきなり何を言いだすの貴女は?」
 突然一歩前へ進み出て名乗りを上げた妹に、カトレアは驚いてしまう。
 事情をよく知らぬカトレアでも、衛士達の話を盗み聞きして何となくだが状況は知っていた。
 この劇場で何らかの事件が発生し、それが一筋縄ではいくような簡単な事件ではないのだと。
 ラウンジからロビーを見下ろし、慌ただしく行き交う衛士達や彼らから事情聴取を受けている従業員たちの姿を見て何となく理解する事はできた。
 そしてこれまた色々とワケがあって、ルイズがハクレイと良く似たレイム…という子を使い魔として召喚した事も教えてくれていた。

433ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:15:06 ID:8hDym6Ss
 使い魔と主は一心同体、余程の事が無ければ互いに離れる事が無いというのは常識である。
 しかし…だからといって何も゙見てはいけない様な物゙を、わざわざ見に行く必要があるのだろうか?
 やや過剰にも見える程動員されている衛士達とその物々しさから、カトレアは何か異常な事が起きたのだろうと察してはいた。
 それを知って知らずか、使い魔の後を追おうとしているルイズを彼女は制止したのである。
 そして後を追われようとしている霊夢も彼女の言いたい事を察したのか、後をついてこようとしているルイズを止めようとした。
「別にアンタまで来なくていいじゃないの。呼ばれたのは私だけなんだし…っていうか、何でワザワザついて来ようとするのよ?」
「でも…!…あ、ちょっと…!」
 スパスパと鋭利な刃物のような言葉を投げかけてくる霊夢に反論しようとしたルイズであったが、
 その前にアニエス他、階段の前で待機していた二人の衛士に周りを囲まれてその場を後にしようとする。

「すいませんが暫し彼女を借ります。そうお時間は掛けないので…」
「…と、いうわけでちょっくら現場に行ってくるからデルフの事宜しく頼むわよ〜」
 待ったと言いたげに手を伸ばしたルイズにアニエスが詫びの言葉を入れ、霊夢が暢気そうに魔理沙への言葉を残していく。
 霊夢の代わりに再びデルフを持っていた魔理沙がそれに応えるかのように、元気そうに右手を振って返事をする。
「おぉーう!隙が出来たら私も抜け出してお前ン所へ行くからな〜」
『相変わらず知的そうな姿しといて法律ってモンを知らないねぇ、お前さんは?』
 楽しげな顔で物騒な事を言う魔理沙にデルフは呆れつつ、視線をチラリとルイズの方へと向ける。
 そこでは先ほどから少し離れた場所で様子を見ていたシエスタが、彼女と話をしている最中であった。

「さっきは何であんな事を言ったんですか?わざわざ事件現場に赴く…だなんて」
「レイムから聞いたでしょ?被害者らしい貴族の男が、一階で肩をぶつけてしまった初老の男だったって」
 シエスタスからの質問に対し、ルイズは行けなかったことへの不満を露わにしつつ思い出す。
 数時間前…まだ劇場がいつもの活気で賑わい、ルイズたちがカトレア一行と出会う前の事…。
 その時霊夢とぶつかり、彼女の不遜な態度にも怒らなかった紳士の鑑とも言うべきあの初老の貴族。
 霊夢曰く、その彼が言葉にするのも醜い状態で廊下に転がっているのだという。

 シエスタがその事を思い出して顔を青くするのを余所に、ルイズは言葉を続ける。
「アイツが嘘を言ってるとは思わないけど…信じろって言われてもそう信じれることじゃないでしょ?」
 数時間前に出会い、軽く一言二言言葉を交えた紳士が今や被害者という扱いを受けているのだ。
 現実とは思えない出来事を眼前にして、ルイズは本当の事を自分の目で知りたいのだろう。
 例えそれが吐き気を催す程酷い状態であったとしても…それを現実だと受け入れる為に。

 確かに彼女の言う事も分からなくはないと、魔理沙は少なくない共感を得た。
「まぁルイズの言うとおりだな。私だって気になる事を調べられないていうのは、何だか癪に障るんだよなぁ」
「でも…レイムさんが言ってたじゃないですか?結構酷い状態だったって…」
「ソレはソレ…所謂自己責任ってコトでいいじゃないか?ルイズだって覚悟して行きたいって言ったんだし」
 シエスタの反論に普通の魔法使いはそう返し、ルイズの方へ顔を向けて「だろ?」と話を振ってくる。
 突然の事に多少反応が遅れたものの、魔理沙からの問いにルイズは緊張した面もちで頷く。

434ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:16:37 ID:8hDym6Ss
「ま、まぁそれは当然よ。…吐くかどうかは、直接見てみないと分からないけど…」
 ルイズの返答を聞いて魔理沙はニヤリと笑い、彼女の肩をパシパシと軽く叩いて見せた。
「…な?この通り本人はとっくに覚悟決めてるんだぜ」
『まぁ吐いても別に文句は言われんだろうさ。白い目で見つめられそうだけどな』
「…なんで決めつけてくるのよ。後、私の肩を無暗に叩かないでくれる?」

 デルフの余計なひと言に文句を言いつつも、肩を叩いてくる魔理沙の手を払いのける。
 のけられたその右手を軽くヒラヒラと動かして悪い悪いと言いつつ、黒白は話を続けていく。
「…でもま、ここからは出られそうにないし何もできない事に代わりはないけどな」
『絵空事は好きに思い描けるが、それを忠実に実行する事程難しい事はないってヤツだよ』
 あっけらかんと事実を述べてくる彼女とデルフにムッとしつつ、ルイズは不屈の意志を露わにする。
「でもこのまま大人しくしてたら手遅れになっちゃうじゃないの。何かいい方法は無かったかしら…?」
「ルイズ…貴女、本当に行くつもりなの?」
 そう呟いて周辺を警備している衛士達を見つめていると、それまで黙っていたカトレアが言葉を投げかけてきた。
 敬愛する姉の言葉にルイズはスッと顔を向けると、それを合図にしたカトレアが喋り出す。

「そこの黒白…マリサさんの言う事には私も賛同できるわ。私だって、色んなことを自分の目で見てみたいもの。
 けれど…貴女が今から目にしたいというモノは、おおよそ誰もが見てみたいと言うようなものじゃないかもしれない…というのも事実よ」

 やや遠回し的ではあるものの、彼女の言いたい事は何となく理解する事はできた。
 確かに、自分これから目にしたいというモノは並の人間が物見気分で目にするようなものではないだろう。
 むしろ平和な社会ではおぞましいモノとして忌避され、目をそむけて見ない振りをする類のものかもしれない。
 世の中にはそういうモノを見て興奮する人間がいるらしいが、 当然ルイズにそのような趣味は全く無い。
 実際にソレを見てしまえば顔を真っ青にして卒倒してしまうかもしれないし、吐いてしまうかもしれない。

 それでもルイズは知りたかった…否、霊夢の傍に生きたかったのである。
 自分と魔理沙たちには上辺だけを語り、自分の私見を述べる事を控えた彼女だけが知ってるであろう事実を
 突拍子も無く何かを感じ取り、脇目も振らずに現場へと直行した彼女が何を感じ取ったのか。
 これまで抱えてきた幾つかのトラブルを自分たちにはあまり語らず、あくまで個人の問題として片付けてきた霊夢。
 彼女は何かを知っているに違いない。この劇場で起きた、奇怪な事件の裏に隠された真実を。

 …とはいえ、彼女の元へ辿り着くには今のところ色々と大変なのは火を見るより明らかだ。
 どうやら魔法衛士隊が現場に到着するまでの間は、自分たちはこのラウンジで待機する事になっている。
 一階へと通じる階段にはもちろんの事、それ以外の劇場のあちこちに衛士達が屯している。
 その間を巧妙に掻い潜って霊夢の元へ行くとなると…かなり無理なのは明白であった。
 貴族の強権で無理やり…というワケにもいかない。そんなのが通じたのは四十年も前も昔の事である。
 今では許可さえあれば、平民の衛士でも学生相手ならば『公務執行妨害』の名のもとに拘束できてしまうのだ。

 最も、それは学生側も相当暴れなければ滅多にそうならないし、ルイズ自身ここで暴れようなどという気は微塵も無い。
 ただ…いつもの態度で通しなさいと言っても、彼らは決して道を譲ることは無いだろう。
 簡単には通してくれそうにも無く、ましてや実力行使などもってのほかで八方塞りと言う状況。
 それでもルイズ自身諦めきれないのは、色々と異世界からやってきた者たちの悪影響を受けたからであろうか?
 手段が思いつかぬ中、それでも何かないかと考えているルイズを見て、魔理沙は微笑みながら話しかけてきた。

435ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:16:38 ID:8hDym6Ss
「ま、まぁそれは当然よ。…吐くかどうかは、直接見てみないと分からないけど…」
 ルイズの返答を聞いて魔理沙はニヤリと笑い、彼女の肩をパシパシと軽く叩いて見せた。
「…な?この通り本人はとっくに覚悟決めてるんだぜ」
『まぁ吐いても別に文句は言われんだろうさ。白い目で見つめられそうだけどな』
「…なんで決めつけてくるのよ。後、私の肩を無暗に叩かないでくれる?」

 デルフの余計なひと言に文句を言いつつも、肩を叩いてくる魔理沙の手を払いのける。
 のけられたその右手を軽くヒラヒラと動かして悪い悪いと言いつつ、黒白は話を続けていく。
「…でもま、ここからは出られそうにないし何もできない事に代わりはないけどな」
『絵空事は好きに思い描けるが、それを忠実に実行する事程難しい事はないってヤツだよ』
 あっけらかんと事実を述べてくる彼女とデルフにムッとしつつ、ルイズは不屈の意志を露わにする。
「でもこのまま大人しくしてたら手遅れになっちゃうじゃないの。何かいい方法は無かったかしら…?」
「ルイズ…貴女、本当に行くつもりなの?」
 そう呟いて周辺を警備している衛士達を見つめていると、それまで黙っていたカトレアが言葉を投げかけてきた。
 敬愛する姉の言葉にルイズはスッと顔を向けると、それを合図にしたカトレアが喋り出す。

「そこの黒白…マリサさんの言う事には私も賛同できるわ。私だって、色んなことを自分の目で見てみたいもの。
 けれど…貴女が今から目にしたいというモノは、おおよそ誰もが見てみたいと言うようなものじゃないかもしれない…というのも事実よ」

 やや遠回し的ではあるものの、彼女の言いたい事は何となく理解する事はできた。
 確かに、自分これから目にしたいというモノは並の人間が物見気分で目にするようなものではないだろう。
 むしろ平和な社会ではおぞましいモノとして忌避され、目をそむけて見ない振りをする類のものかもしれない。
 世の中にはそういうモノを見て興奮する人間がいるらしいが、 当然ルイズにそのような趣味は全く無い。
 実際にソレを見てしまえば顔を真っ青にして卒倒してしまうかもしれないし、吐いてしまうかもしれない。

 それでもルイズは知りたかった…否、霊夢の傍に生きたかったのである。
 自分と魔理沙たちには上辺だけを語り、自分の私見を述べる事を控えた彼女だけが知ってるであろう事実を
 突拍子も無く何かを感じ取り、脇目も振らずに現場へと直行した彼女が何を感じ取ったのか。
 これまで抱えてきた幾つかのトラブルを自分たちにはあまり語らず、あくまで個人の問題として片付けてきた霊夢。
 彼女は何かを知っているに違いない。この劇場で起きた、奇怪な事件の裏に隠された真実を。

 …とはいえ、彼女の元へ辿り着くには今のところ色々と大変なのは火を見るより明らかだ。
 どうやら魔法衛士隊が現場に到着するまでの間は、自分たちはこのラウンジで待機する事になっている。
 一階へと通じる階段にはもちろんの事、それ以外の劇場のあちこちに衛士達が屯している。
 その間を巧妙に掻い潜って霊夢の元へ行くとなると…かなり無理なのは明白であった。
 貴族の強権で無理やり…というワケにもいかない。そんなのが通じたのは四十年も前も昔の事である。
 今では許可さえあれば、平民の衛士でも学生相手ならば『公務執行妨害』の名のもとに拘束できてしまうのだ。

 最も、それは学生側も相当暴れなければ滅多にそうならないし、ルイズ自身ここで暴れようなどという気は微塵も無い。
 ただ…いつもの態度で通しなさいと言っても、彼らは決して道を譲ることは無いだろう。
 簡単には通してくれそうにも無く、ましてや実力行使などもってのほかで八方塞りと言う状況。
 それでもルイズ自身諦めきれないのは、色々と異世界からやってきた者たちの悪影響を受けたからであろうか?
 手段が思いつかぬ中、それでも何かないかと考えているルイズを見て、魔理沙は微笑みながら話しかけてきた。

436ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:18:38 ID:8hDym6Ss
「なんだなんだ?普段はあんなに仲が悪そうなのに、いざってなるとアイツの事が気になって仕方がなくなったのか?」
「え?…ち、違うわよこの馬鹿。…っていうか、何でそんな想像ができるのよ」
 突然魔理沙にそんな事を言われたルイズは一瞬慌てながらも、すかさず反論を投げ返す。
 しかしそれを受け取った魔理沙は何故か怪訝な表情を一瞬だけ浮かべ、またすぐに笑みを浮かべて見せる。
 今度は先ほどとは違い、他人の良からぬ秘密を知った時の様な嫌らしい笑顔であった。
「あぁ〜…成程な、そういうことか。…つまり、お前さんにはソッチの気があるってことか?」
「…?そ、ソッチ…?」
 今度はルイズが黒白の言葉の意味をイマイチ理解できずにいると、デルフが余計な一言を挟んでくれた。

『いやー娘っ子、多分お前さんの考えてた事とマリサの考えてた事は全然違うと思うぜ〜』
「え?それって一体…」
 魔理沙の腕に抱かれるデルフはルイズが首を傾げるのを見て、もう一言アドバイスする事にした。
『つまり…魔理沙が言いたいのは、お前さんはレイムの事―が…あり?―――いでッ…!?』
「うおぉッ…!?」
 しかしそのアドバイスは最後まで言い切る前に理解したルイズに勢い掴まれ、床に叩きつけられた事で途切れてしまう。
 二階のラウンジに鞘に収まった剣が勢いよく叩きつけられ、派手で重厚な音が周囲に響き渡る。
 これには流石の魔理沙も驚いたのか、地面に横たわる(?)デルフを見捨てるかのように後ずさってしまう。
 周りにいた衛士達や様子を見ていたシエスタ、カトレアも何事かと一斉にルイズの方へと視線を向ける。

 地面に転がるデルフをやや怖い目つきで睨むルイズへ向かって、カトレアが驚きながらも話しかける。
「ちょ…ちょっとルイズ、貴女どうしたの?」
 敬愛する姉からの呼びかけに彼女はハッとした表情を浮かべると、すぐに顔を上げて応えた。
「あ、いえ…ちいねえさま。大丈夫…大丈夫です、何の問題もありませんわ」
 インテリジェンス―ソードを思いっきり床へ叩きつけて、挙句に怒りのこもった目で睨みつけていて何が大丈夫なのか。
 久しぶりに見たであろう妹の癇癪に狼狽えるカトレアを見て、流石に剣相手に怒り過ぎたと思ったのだろう。
 ルイズは自分で床に叩きつけたデルフを拾い上げると、軽く咳払いしてから彼に話しかけた。

「…コホン。とにかく、私はマリサが思ってるような意味で言ってないって事は理解しておきなさい」
『あぁ、肝に銘じとくぜ。…イテテ、だけど流石にアレはキツイぜ』
「身から出た錆ってヤツよ。アンタ自身は憎たらしいくらいにピッカピカだけどね」
 今回ばかりはいつも涼しい顔をしているデルフも、苦悶の呻き声を上げている。
 まぁあれだけ激しい仕打ちを受けたのだから、無理も無いだろう。
 珍しく反省の様子も見せる彼を目にして、ある意味事の発端者である魔理沙がちょっかいを掛けてきた。
「まぁ日頃から色々と毒を吐いてるしな。これを機に自分を改めてみたらどうかな?」
「…その言葉、デルフに代わって私がそのまま返してやるわ」
 デルフ以上に反省の色を見せぬ黒白に呆れつつも、ルイズは直前に考えていた事へと意識を切り替えていく。
 魔理沙とデルフの所為で脱線しかけていた直面の問題を思い出し、その事で再び頭を悩ませる。

437ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:20:32 ID:8hDym6Ss

 とはいえ、彼女が思いつく限りの事は既に考え切ってしまっている。
 それらは全て上手く行くという可能性は低く、結局の所ここで大人しくしているのが一番ベストな選択だろう。
 ルイズ自身できればそうしていたかったが、同時に霊夢が目にしたモノを自分の目でも確認したかった。
 探究心と好奇心、それに使い魔であり共に異変を解決する間柄となった筈の霊夢に置いて行かれるという微かな怒りが心の中で混ざっていく。
 そう簡単に発散できないその感情を心の中で渦巻かせて、ルイズはやるせないため息をついてしまう。
 溜め息に混じる感じとったのだろうか、ルイズの表情を察してやや真剣な顔をした魔理沙が話しかけてくる。

「…その様子だと、霊夢に置いてかれた事が結構ショックだったそうだな」
『娘っ子の性分から考えりゃあ、自分だけ隠し事されててレイムだけが知ってるってのが気に食わんのだろうさ』
「ふ〜ん…。まぁ霊夢のヤツって、大体自分だけで抱え込んだ問題を大抵は自分の力だけで解決しちゃうからな」
 これまで幻想郷の異変で幾度と無く霊夢の活躍を見てきた魔理沙には分かるのか、デルフの補足にウンウンと頷いている。
 いつもは神社の縁側でお茶飲んでグータラしてるあの巫女は、何かが起こった時だけは機敏に動き回るのだ。
 そして基本的には誰にも頼らず単独で黒幕の元へと飛び、チャッチャと異変を解決してしまうのが博麗霊夢という人である。
 だから今回の件も、ルイズや自分には頼らずさっさと片付けようとする未来が思い浮かんでしまう。
 最も、ここはハルケギニアなので幻想郷とは勝手が違うだろうが…それは些細な問題であろう。

 そんな風に一人何かに納得する魔理沙を余所に、ルイズは自らが抱えているデルフへと話しかける。
「デルフ、アンタもここから理由を付けて出られそうな案とか思い浮かばないかしら?」
『ここを出るどころか、そもそも手足が無い剣のオレっちにソレを聞くのかい?ふぅー…』
 自分一本だけでは身動きすらままならないデルフはルイズの要求に対して、暫し考え込むかのような溜め息をつく。
 カチャ、カチャ…と喋る度に動いている留め具の部分を適当に鳴らしてから――ふと、ある事を思い出した。

『…なぁ娘っ子。お前さん、とりあえずここから出てレイムの元へ行きたいんだったっけか?』
「…?そうだけど」
 何を今更再確認などと…そう言いたげな様子を見せるルイズにデルフは言葉を続ける。
『だったら一つ…行けるかどうかは知らんがそういう事ができそうな方法があるぜ』
「え?それ本当なの?」
『あぁ。…でもその顔から察するに、あんま信じて無さそうだな』
 剣の口(?)から出たまさかの言葉に、ルイズはやや半信半疑な様子を見せていた。
 何せありとあらゆる方法を考えて駄目だったというのに、今更どんな方法があるというのだろうか。

 そう言いたげな雰囲気が空けて見えるルイズの顔を見て、デルフは『まぁ聞けや』と更に話を続けていく。
『その方法は…まぁ、スッゴい今更かもしれんが、お前さんはとっくにその方法を『持って』るんだよ』
「…はぁ?」
 やや躊躇いつつも留め具から出したその言葉に、ルイズの表情は「何を言っているのだこの剣は」という物へと変わる。
 対してデルフの方はルイズの反応を大体予想していたのか、まぁそうなるわな…と思いつつ喋り続けた。
『忘れたのかい?…ホラ、ちょっと前に大切な友人から貰ったあの゙書類゙の事を』
「…?゙書類゙…って―――――…あっ」
 デルフの留め具から出だ書類゙という単語を耳にして、ようやく彼女も思い出したらしい。
 ハッとした表情を浮かべたルイズはひとまずデルフを魔理沙へと渡し、次いで慌てた様子で自身の懐を探り始めた。

438ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:22:48 ID:8hDym6Ss

 ルイズとデルフのやり取りを見ていた魔理沙も、それでようやく思い出したのか。
 「あぁ」と感心したかのような声を上げ、ポンと手を叩いてからニヤリと笑って見せた。
「そういや…そういのも貰ってたっけか?今の今まで使い道が無かったから、流石の私も忘れかけてたぜ」
「まぁ、そりゃ…モノがモノだから無暗に使うワケにも…いかないわよ!」
 魔理沙の言葉にルイズは懐を漁りつつ、目当てのモノを『魅惑の妖精』亭に置いてきてない事を祈っていた。
 今彼女が探しているものは…もしも何か、最悪の事が起こったらいつでも使えるようにと直に持っていたのである。
 ブラウスのポケットを探り終えたルイズは少しだけ顔を青くしつつ、次にスカートのポケットへと手を伸ばしたところ―――

「……あったわ」
 ポケットへと突っ込んだ指先に触れる羊皮紙の感触に、彼女はホッと安堵しつつ呟いた。
 すぐさまそれを人差し指と親指で摘み、慎重かつ素早くポケットの中から取り出して見せる。
 それは数回ほど折りたたまれた羊皮紙であり、見た目でも分かる程の紙質の良さは決して安物ではないと証明している。
 微かに震えだした指先で慎重に紙を開いていくと、それは一枚の゙書類゙へと姿を変えた。
 その゙書類゙を見て魔理沙もパッと嬉しそうな表情を浮かべ、ルイズの肩を数回叩いて喜んでいる。

 その書類はかつて、ルイズがアンリエッタ直属の女官となった際に貰ったものであった。
 女官としての仕事を行っている最中、不都合な事があった際に提示すれば特別な権限を行使できる魔法の一枚。
 今まで特に使い道が思い浮かばず懐へ忍ばせ続けていたその魔法を、ルイズは今正に取り出したのである。

「おぉ、やっぱり持ってたのか!でかしたなー、ルイズ」
「あ、当たり前じゃない…ってイタ、イタ!ちょっとは加減にしなさいよこの馬鹿!」
 魔理沙としては加減したつもりなのだろうが、ルイズにとっては結構痛かったらしい。
 自分の肩を乱暴気味に叩く魔理沙の手を払いのけつつ、ルイズは改まるかのように咳払いをしてみせた。
「コホン…とりあえず、この書類の権限を上手い事使えば階段前の彼らは通してくれるかも…」
「それでダメなら、ダメになった時の事は考えてるのかい?」
「流石に通してくれないって事はないかもしれないけど…まずはやってみなきゃ始まらないわよ」
 いざ見せに行こうというところで不安なひと言を掛けてくる魔理沙を睨みつつ、ルイズは階段の方へと歩いていく。
 その間にも数回咳払いしつつもサッと身だしなみを整え、ついで軽い呼吸でもって自身の意識をサッと切り替えてみせた。
 三人の衛士達が槍を片手に階段の近くで待機しており、何やら軽い雑談をしている最中だ。
 やがてその内一人が近づいてくるルイズに気が付き、すぐに他の二人も彼女の方へと視線を向ける。

 何か言いたい事でもあるのかと思ったのか、真ん中にいた一人が近づいてくるルイズに話しかけた。
「ミス・ヴァリエール。何か我々に御用がおありでしょうか?」
「あぁ、自分から話しかけてくれるなんて気が利くわね。悪いけど、ここを通してもらえないかしら」
 話しかけてきた衛士に軽く手を上げつつ、ルイズはサラッと本題を要求する。
 その突然な要求に二十代後半と見られる若い衛士は数秒の無言の後、口を開いた。
「…?お手洗いでしたなら、二階にもあった筈ですが…」
「お手洗いじゃないわ。私も一階に下りて、事件現場を視察に行きたいの」
「あぁすいません。そうでした…って、え?」
 ある意味大胆すぎるルイズの要求に話しかけた衛士はおろか、横にいた二人も目を丸くしてしまう。

439ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:24:47 ID:8hDym6Ss
 例え衛士であっても、それなりの地位を持つ貴族の命令はある程度聞かなければならない。
 それがヴァリエール家のものであるなら尚更だが、今回だけは特別として命令を聞く必要は無いと言われていた。
 通してくれと要求された衛士はその事を思い出すと慌てて首を横に振りつつ、ルイズに通せない事を伝えようとする。
「も、申し訳ありませんが特別命令が発布されておりまして、許可が無い限り誰も通すなと厳命されているんです…」
「あらそうなの?でも大丈夫よ、私もアナタたちにここを通しなさいと命令できる立場にいるんですもの」
 ルイズはあっけらかんにそう言うと、先ほど取り出した書類をスッと彼の前に差し出して見せた。
 衛士は目の前に出されたその一枚へと視線を移し、そこに記されている内容を声を出さずに読んでいく。
 幸い彼は衛士の中でもそれなりに高い地位にいるので、文字の読み書きはできる方であった。

 横にいた同僚たちも何だ何かと横から覗き見し、やや遅れつつも内容に目を通していく。
 やがて記されていた内容を読み終え、最後にそれを記入した者の名とそれに寄り添うかのように押された白百合の印へと目を通す。
 確認し直すかのように何回か瞬きをした後、書類を見せるルイズに向けて改めて敬礼をした。
「し、失礼いたしました!」
 それと同時に後ろにいた同僚たちも続いて同じように敬礼したのを見届けてから、ルイズは口を開く。
「一目で分かってくれれば大丈夫よ。…じゃ、後ろにいる黒白も一緒に連れていくからそこんトコはよろしくね」
「は、はい!お気をつけて!」
 サラッと自分を連れて行く事も許可できたルイズに、魔理沙は嬉しそうな表情を浮かべている。

「コイツは嬉しいねぇ。てっきりシエスタたちと一緒に御留守番かと思ったが」
「アンタだって一応ば関係者゙何だし、第一アンタだって見に行きたいんでしょ?」
「まぁ嘘じゃないと言えば嘘になるな。どっちにしろ助かったよ」
 一言二言言葉を交えた後で魔理沙はデルフを脇に抱えると、近くに置いてあった自分の箒を手に持った。
 喧しくて中々重い剣とは違い無口で軽い相棒を右手に、いざルイズの傍へと行こうとする。
 そんな時であった、それまで一言も発さず状況を見守っていたシエスタが言葉を投げかけてきたのは。
「ま、待ってください二人とも!一体どこへ行くんですか!?」
「何処って…そりゃお前、霊夢の元に決まってるだろ?後、被害者になったっていう貴族がどういうヤツなのかも見に行くがな」
「え?でも、でも何でワザワザ見に行こうとするんですか?後でレイムさんに聞けばいいじゃないですか…」
 知り合いの呼び止めに魔理沙が足を止めてそう返すと、彼女は首を横に振りつつ言った。
 まぁ確かにシエスタの言うとおりであろう。しかし彼女は未だ、霊夢という良くも悪くも独り走りが好きな少女の事を良く分かっていない。

 自身の言葉を常人らしい正論で突き返された魔理沙は頬を左の小指で掻きつつ、何て言おうか迷っていた。
「う〜ん…そうだな。…これは私の経験則なんだが、霊夢のヤツだとあんまりそういう事をせがんでも言ってくれる人間じゃないしな」
「と、いうと…」
『つまり、あの紅白が見聞きしたことをそのまま教えてくれる保証は無いってマリサのヤツは言ってるのさ』
 ま、オレっちの目にはそこまで酷いヤツには見えんがね?最後にそう付け加えたのは、デルフなりの優しさなのであろうか。
 それに関しては特に意義は無いのか魔理沙も「ま、そういう事さ」で話を終えて、再びシエスタに背を向ける。
「それに私自身気になったモノは自分の目で見て、耳で聞きたい性分なんでね。…ま、知識人としての性ってヤツだ」
「アンタの何処が知識人なのよ?」
 顔だけをシエスタへと向けて自慢げに自分を上げる魔理沙に、ルイズは冷静に突っ込みを入れた。
 それでもまだ納得が行かないのか、シエスタは首を横に振りつつ「それでも…」と縋るように言葉を続ける。

440ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:27:21 ID:8hDym6Ss
「それでも、やっぱり変ですよ!レイムさんも言ってたでしょう?被害者の貴族様はかなり酷い状態だって。
 周りにいる衛士さん達の話を聞く限りでは、あの人は嘘を吐いてないって事も何となくですが分かります…
 それでも、それでもレイムさんと同じ場所へ行くんですか?わざわざ、誰もが目を背けたくなるようなモノを見に…」

 やや過剰とも思えるシエスタの引きとめに、流石の魔理沙もどう返せばいいか迷ってしまう。
 まさかここまで自分とルイズの事を心配してくれるなんて、流石に想定の範囲外であった。
 ルイズ本人としても、シエスタの言う事は平民、貴族を抜きにしても真っ当な言葉である事には違いない。
(確かに…わざわざ事件現場を見に行く学生ってのも、やっぱりおかしいんでしょうね)
 わざわざアンリエッタから貰った書類を使ってまで見に行こうとする自分と魔理沙は、さぞや奇異に見えるのだろう。
 そんな事を思いつつ、それでも尚現場へ赴きたいルイズが魔理沙の代わりにシエスタへ言葉を返す。

「…何だか悪いわねシエスタ。平民のアンタにそこまで言われるとは思わなかった。
 正直、アンタの言ってる事は至極マトモだし少し前の私なら、わざわざ見に行こうなんて思いもしなかったし…」

 申し訳ないと言いたげな笑みを浮かべるルイズに、シエスタは「じゃあ…」と言い掛けた言葉を飲み込む。
 最後まで聞けなかったが彼女の言いたい事は分かる。――じゃあ、どうして?だと。
 その意思を汲み取ったルイズはほんの数秒シエスタから視線を外した後、それを口に出した。
「どうして…?と言われたら、そうね…多分、言っても分からないし無関係のアンタに言ったら駄目なんだと思う…」
「言ったら、ダメ…って?」
「文字通りなのよ。理由を言ったら、多分非力なアンタまで厄介な事に巻き込まれちゃうから」
 視線を逸らし、言葉を慎重に選びながらしゃべるルイズにシエスタは首を傾げてしまう。
 数秒程度の無言の後、ルイズはシエスタの方へと顔を向けてそう言った。
 その言葉を口にした声色と、真剣な表情は決して冗談の類を言ってるとは思えない。
 平民であり物騒な出来事とはあまりにも無縁なシエスタにもそれは分かる事ができた。

 ルイズの言った事に目を丸くして半ば呆然としているシエスタに、話しは異常だと言いたいのか。
 彼女へ背中を向けると「じゃ、また後で」という言葉を残して階段を下りようとする。
「待ちなさい、ルイズ」
 しかし、その直前であった。それまで沈黙を保っていたカトレアが、自分の名を呼んだのは。
 先ほどの自分と同じくいつもの柔らかさを抑えた低音混じりの声で呼び止められた彼女は、思わず振り返ってしまう。
 いつの間にかシエスタの横にまで移動していた姉は、先ほどの声とは裏腹に心配そうな表情を浮かべてルイズを見つめていた。
「ちぃねえさま…」
 その表情とあの声色で、彼女が今の自分を心配しているのは痛い程分かっている。
 けれども互いに何を言って良いか分からず、暫し見つめ合ってから…ルイズが「ごめんなさい」という言葉と共に踵を返した。
 
 そして急いでこの場から離れようとやや急ぎ足で、やや大きな音を立てて階段を下りていく。
「…あ、おいちょっと待てよ!」
『―…と、まぁそんな感じでこの場は後にさせてもらうぜ。トレイに言ってるお二人にもよろしく言っといてくれ』
 黙って様子を見ていた魔理沙はハッとした表情を浮かべ、デルフと箒を手に彼女の後を追っていった。
 その彼女の腕の中でデルフは後ろにいる二人にそう言いつつ、魔理沙と共に一階へと下りて行ってしまう。
 後に残されたのは呆然とするシエスタと心配そうな表情を浮かべるカトレアに、どうすれば良いのか分からない数人の衛士達。
 一階では下りてきたルイズ達に何事かと駆けつけた衛士達が声を上げ、暫し揉めた後に急いで道を譲っている。

441ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:29:32 ID:8hDym6Ss
 ガヤガヤと騒がしくなる一階とは身体に、二階ラウンジには沈黙が漂っている。
 皆が皆どのような事を言っていいのか分からぬ故に誰も喋らず、それが更なる沈黙を作っていく。
 そして、そんな彼らの中で第一声を上げたのは…先ほどまでここにいなかった二人の内一人であった。
「…何だか、色々と厄介な事があったそうね」
 聞き覚えのあるその女性の声に、カトレアがハッとした表情で振り返る。
 ラウンジの奥、トイレへと続く曲がり角の手前にその女性―――ハクレイは立っていた。
 用を足し終えたニナと手を繋ぐ一方で、真剣な表情を浮かべてラウンジにいる者たちを見つめていた。



「…それにしても、人の縁っていうのは色々と数奇なモノよね〜」
 アニエスを先頭にして再び現場へと向かう最中、霊夢はそんな一言をポツリと漏らしてしまう。
 しっかりと明りが灯された一階通路のど真ん中で放った為か、通路を行き交う衛士たちの何人かが二人の方へと視線を向ける。
 それにお構いなく歩き続けるアニエスは、暢気に喋る霊夢に「あんまり大声で喋るなよ」と注意しつつ彼女の話に言葉を返していく。
「私の方こそ驚いたぞ。まさかこんな所でミス・フォンティーヌやお前達と再会できるなんて夢にも思っていなかったんだ」
「…そんでもって、彼女らが私達の知り合いだったって事もでしょう?」
 自分の言葉に付け加えるかのような霊夢の一言に、アニエスは「まぁな」とだけ返しておくことにした。
 そこから暫し無言であったが、このまま黙っているのはどうなのかと思った霊夢がアニエスへ話しかける。

「そういえばアンタ、どうしてタルブにいたルイズのお姉さんやシエスタの事を知ってたのよ?」
「…ん?あぁそうか、お前さんには話しておくべきか」
 霊夢からの疑問に対してアニエスはそえ言ってから、軽く深呼吸した後でざっくばらんに説明をしてくれた。
 あの村の周辺で戦争が始まる直前に、一時的に衛士隊から国軍へ入るよう命令が届いたこと、
 命令通りに軍へと入って新兵たちの仮想上官として訓練を行い、簡単な任務を遂行している内に何と戦争が勃発。
 不可侵条約を結ぼうとしたトリステイン空軍はアルビオン艦隊の不意打ちに驚きつつも、これを何とか回避、
 一方で訓練中であった国軍は空軍の援護と称して用意していた大砲で砲撃し、地上から敵艦隊を攻撃したのだとか。

「へぇ〜…あそこでそんな戦いが起こってたのね」
「…最も、あそこで貴族平民問わず決して少ない数の将兵がワケの分からん連中に襲われて命を落としたがな」
「ワケの分からん連中…?何よソレ、そっちの方が気になるわね?」
「…あぁイヤ、スマン。そっちの方は教えられない事になっている」
 アニエスからの話を聞いていた霊夢は納得したように頷きつつ、同時に彼女の言う『ワケの分からん連中』の正体を既に知っていた。
 つまりアニエスは軍の一員としてあのタルブにいて戦争に参加し、そして奴らの放ったキメラに襲われたのだろう。
 霊夢が一人ウンウンと微かに頷いて納得する中で、アニエスは話を続けていく。
 結果的に突如現れたその『ワケの分からん奴ら』に襲われて地上部隊は敗走し、アニエスと幾つかの部隊はタルブ村まで後退。
 そしてアストン伯の屋敷の地下へと村民たちと共に避難し、そこでカトレア一行と出会ったのだという。
 
 その後は夜を待ってから、隣町にまで後退したであろう仲間たちを呼ぶ為に彼女を含めた兵士たちが脱出を決行。
 周辺の山を越える為の水先案内人として、偶然にもその中で最も若く丈夫であった地元民のシエスタが選ばれたのだという。
「…成程、アンタとシエスタはそこで顔を合わせってるってワケね」
「正確に言えば、そこで二度目だったんだが…まぁその話は後でいいだろう」
「…二度目?」
 アニエスの意味深な言葉に、霊夢は思わず首を傾げてしまう。
 それを余所にアニエスは話をそこで切り上げ、彼女を後ろに更に廊下を進んでいく。

442ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:32:24 ID:8hDym6Ss
 その通路は数時間前に霊夢が通った廊下とは違いしっかりと掃除が行き届いており、雰囲気も暗くはない。
 あの不気味な通路があったとは思えぬ程ちゃんとした場所でも、それでもあの通路とはほんの少し距離がある程度であった。
 霊夢自身はこの通路へ入る前にアニエスからの説明で、一応は現場へと続いているという事だけは教えてもらっていた。
 最初は自分をだまして尋問か取り調べでするつもりかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
 多少遠回りにはなるらしいが、それでも時間を計ればほんの数秒程度の差しかないのだとか。
「あともう少し歩いたら通路の横に扉があるから、ソレを通って現場近くの廊下にまで出るぞ」
「…ん、分かったわ」
 忙しそうに劇場内を行き来する衛士達を横目で見つめながら、霊夢は右側の壁へと視線を向ける。
 確かにアニエスの言うとおり、自分たちから見て通路右側の壁に古めかしい扉が取り付けられていた。 

 見ただけでも年季の入りが分かるソレのノブをアニエスが手に持ち、捻る。
 そのまま前へと押し込みドアを開けると、ドアとドアの間に出来た隙間から男達の話し声が聞こえてきた。
 恐らく見張りについている衛士達なのだろう。言葉遣いだけでも何となくその手の人間だと分かってしまう。
(見張っている最中に無駄話などと…まぁでも、それぐらいなら特に咎める事じゃあないな)
 アニエスは心の中で肩を竦めつつ、そのまま無視してドアを開けようとした…その時であった。
 彼女が今最も意識の外に追いやりたかった『問題』を彼らが口にしてしまったのは。
「…そういえば、お前さぁ。昨日配られたポスターの顔ってさぁ、やっぱり…」
「しー、それはあまり言わん方が良いぞ。俺たちの仲間なんだし、アイツと親しいアニエスもここにいるんだしな」
 最初こそソレを無視して開けようとしたアニエスの手がピタリと止まり、ドアを少し開けた状態のまま固まってしまう。
 後ろにいた霊夢もその話し声を耳にしており、一体何を話してるのかと気になったのだろうか、
 アニエスの横に移動するとそこから少し耳を傾けて、 何を話しているのか聞き出そうとしていた。

 衛士達は扉を開けてすぐ右にいるのだろうか、話し声がやたら大きく聞こえてくる。
 声からして二人。互いの口ぶりから結構親しい間柄のようだ。
「…それにしても、アニエスのヤツも大変だろうなー。何せ隊長が行方不明で、おまけにミシェルが指名手配されてるしな」
「っていうか、何であんなすぐに指名手配が出たんだろうな。普通ならもっと時間掛かるだろうに」
「そこだよな?ってか、ウチの所の隊長もその指名手配に首を傾げてたなー…だって結構マジメだったし」
「だよな。俺なんて今年の初めに、警邏中に油売ってたら思いっきり尻を蹴飛ばされたよ」
「ははは!お前さんらしいぜぇ〜」
 まるで場末の酒場でしている様な会話に、流石のアニエスも我慢できなくなったのか、 
 危機を察した霊夢がスッと身を引くのと同時に、思いっきり開け放って見せた。
 
 丁度扉の近くにいた一人の衛士が急に開いたソレを見て身を竦ませつつも、彼女の名を叫んだ。
「おぉっ…!?な、何だよアニエス!危ないじゃねぇか!」
「悪かったな。勤務中だというのに下らん話しをしていた連中がいたもんでな、少し驚かせてやったんだよ」
 驚く同僚に詫びを入れたアニエスは次いで右の方へと視線を向けて、そこにいた二人の衛士を睨み付ける。
 二人して二十代半ばだろうか、まだ入って一年であろう彼らはドアの向こうから姿を現した彼女に驚いていた。
「え…!ちょっ…いたのかよお前!」
「…このままお前らの間抜け面に思いっきり拳を埋めてやりたいが…今は仕事中だ。…私の気が変わらんうちに持ち場へと戻れ」
「わ…わかった、わかったよ!」
 驚く二人に人差し指を突き付けるアニエスにビビったのか、もう一人がコクコクと頷きながらその場を後にした。
 残った一人も彼の背中を追い、そのままロビーの方へと走り去ってしまう。
 その情けない背中を見つめつつも、霊夢は静かに怒っているアニエスに話しかけた。

443ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:34:56 ID:8hDym6Ss
「やけに怒ってたわね、何か気になる事でもあったの?」
「仕事中に油を売っていたのもあるが…今はちょっとな、忘れておきたい事を思い出されたんだ」
「忘れておきたい…?」
「今の仕事に集中できんって事だよ」
 またもや首を傾げそうになった霊夢にそう言って、アニエスは踵を返して廊下の奥へと進んでいく。
 先ほどとは違い明りの殆どない、薄暗いその廊下を。
 その後ろ姿を見つめる霊夢は、何かしらの事情があるのだろうという事だけは何となく理解していた。
(気になるっちゃあ気になるけど…今はそれを一々聞ける程時間の余裕は無さそうね)
 今抱えている『何か』を記憶の片隅に置いている彼女に声を掛けられる前に、霊夢はその後をついていく。
 もう一度この薄暗い廊下の向こうにいる、氷漬けにされた男の許へ。

 アニエスと霊夢が下水道へと続く通路がある曲がり角へ辿りついたのは、それから一分も経ってないであろうか。
 曲がり角の手前には見張りであろう若い衛士と隊長らしき中年の衛士がおり。それに加えて魔法衛士隊員も二人ほどいた。
 薄く安そうな鎧を纏った衛士達とは違い、ある程度上質な服にマンティコアの刺繍が入ったマントを羽織っている。
 こに至るまで平民の衛士達ばかり見てきた霊夢は、見慣れぬ貴族たちを指さしながらアニエスに聞いてみた。
「誰よアイツら?アンタ達のお仲間?」
「そうとも言うな、所属は物凄く違うが。…今回事件の起きた場所と被害者が原因で、ここに派遣されてきた魔法衛士隊の連中だ」
 霊夢の質問にそう答えるていると、中年衛士のアーソン隊長と話していた魔法衛士隊の隊長らしき男が近づいてくる二人に気が付いたらしい。
 貴族にしてはヤケに穏やかな表情を浮かべた彼は、わざわざアニエスたちの方へと近づいてきたのだ。

 それに気が付いたアニエスはその場で足を止めると、近づいてくる隊長にビッ!見事な敬礼をして見せた。
 突然の礼に何となく足を止めてしまった霊夢は少し驚いたものの、それを真似して敬礼する程彼女はマジメではない。
 敬礼もせず、ましてや頭を下げる事も無く見物に徹する事にした巫女さんを余所にアニエスは彼の名前を口にした。
「魔法衛士隊所属マンティコア隊隊長ド・ゼッサール殿!わざわざお越し頂き、誠に恐縮です!」
「やぁ、君が噂のラ・ミラン(粉挽き)かい?…成る程、噂に違わぬ鋭い美貌に…何より、体も十分に鍛えてある。女だてら良い衛士だ」
 返す必要も無いというのに、わざわざ敬礼を返しつつもゼッサールはアニエスの満足そうに頷いてみせる。
 そして、彼が粉挽きと呼んだ彼女の横に立って此方を見つめている霊夢の存在に気が付いてしまう。

「おや?君は…確かどこかで見たことがあったかな?」
 先に現場に到着していた衛士達や、自分たち魔法衛士隊隊員たちとは明らかに見た目や雰囲気が違う。
 そんな少女を無視できるはずも無く、質問を飛ばしてきたゼッサールに霊夢は少し面倒くさがりながらも軽い自己紹介をした。
「まぁお互い初対面じゃないのは確かね。…名前は博麗霊夢、それを聞いたら思い出すでしょう?」
「…レイム?…レイム、レイム…レイ……ん、アァッ!」
 自己紹介を聞き、暫し彼女の名を反芻していたゼッサールはすぐに思い出す事か出来た。
 それは今から少し前、アルビオンが急な宣戦布告を行ってきた際の緊急会議で王宮に呼び出された時…。
 大臣や将軍たちの終わりの無い会議の最中に突如乱入してきた、紅白の少女が彼女であった。
 確かあの時は自分とは縁のあるヴァリエール家の御令嬢がいた事も、記憶に残っている。
 
 思い出したと言いたげな表情を浮かべるゼッサールを見て、霊夢は「どうよ?」と聞く。
 それに「あぁ」と頷いて見せると、二人が知り合いだという事に気が付いたアーソンが彼の方へと顔を向ける。
「ゼッサール殿、この少女の事を見知っていて…?」
「ん、…あ、あぁ!まぁな、少し前に知り合う出来事があってな…まぁ友達って呼べるほど親しくもないがね」
 訝しむ彼とアニエスに片目を竦めつつそう言うと、自分を見上げる霊夢を指差しながらアーソンへと聞いた。

444ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/04/30(月) 22:37:19 ID:8hDym6Ss
「…で、彼女が被害者を最初に発見した少女なのかね?」
「え、えぇ。駆けつけた警備員たちが被害者の眼前にいた彼女を見ております」
 ゼッサールからの問いに 軽く敬礼しながら答えると霊夢も思い出したかのように「そうなのよぉー」と相槌を打ってきた。
 
「最初、私を容疑者だと勘違いしたのか手荒な事をしようとしてきたのよアイツラ?
 全く失礼しちゃうわ。相手が化け物ならともかく、この私が人殺しなんてするワケないのに…!」
 
 失礼極まりないわね!最後にそう付け加えて一人怒っている彼女を見てゼッサールは思わす苦笑いしてしまう。
 いきなり容疑者扱いされて怒るのは当たり前だろうが、警備員たちも人を見て判断するべきであっただろう。
 何がどう間違えれば、こんなに麗しい見た目をした彼女を人殺しなどと呼べるのであろうか。
 最初に見かけたときは少し遠くからでイマイチ分からなかったが、こうして間近でみれば何と可愛い事か。
 この大陸では珍しい黒髪とそれに似合う紅く大きいリボンに、異国の空気を漂わせている変わった服装。
 彼自身の好みではなかったが、それでもこのハルケギニアでは一際珍しい姿は彼の目を引き付けたのである。
 しかし、あまりに観すぎてしまったせいか、少し前の出来事を思い出して怒っていた霊夢に気付かれてしまった。


「全く……って、何ジロジロ見てるのよ」
「え?あ、いや…失礼した。こうして間近で見てみると変わった身なりをしていると思ってね」
「…何だか久しぶりに指摘された気がするわ」
 一貴族とは思えない程丁寧なゼッサールからの指摘に、霊夢は苦々しい表情を浮かべてしまった。


 


変に中途半端な感じを拭えていませんが、以上で93(前編)の投稿を終わります。
後編の投稿は五月末に投稿致しますので…それではまた来月に。ノシ

445ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/01(火) 00:32:59 ID:8ZgIWvwo
今更過ぎますが、話数を書き間違えてました…恥かしい。
93話…ではなくて94話でした。

446ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 07:59:15 ID:MtavXe9s
皆さん、また大変長らくお待たせいたしました。ウルトラ5番目の使い魔、71話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

447ウルトラ5番目の使い魔 71話 (1/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 08:01:12 ID:MtavXe9s
 第71話
 タバサのイーヴァルディ
 
 バイオリン超獣 ギーゴン 登場!
 
 
 あの日のことは、はっきりと覚えている。
 まだ幼い、あの日。タバサがまだシャルロットという名前のみであった昔、彼女の一番の楽しみは父の奏でる演奏の中で母から物語を読み聞かせてもらうことだった。
 そんなある日のことだった。シャルロットは父がいつも弾いてくれるバイオリンを、どうしても一度自分にも弾かせてくれとだだをこねて聞かなかった。父は仕方なさそうに、祖父から受け継いだという由緒あるバイオリンを持たせてくれた。
 しかし、大人用のバイオリンをまだ小さな子供が弾きこなせるわけがない。持つことさえままならずに、シャルロットはバイオリンを床に落としてしまった。
「おとうさま、ごめんなさい、ごめんなさい」
「いいよ、バイオリンは壊れても直せるけど、シャルロットに怪我がなくてよかった。シャルロットが大人になったときに、このバイオリンはプレゼントしてあげよう。それまでは、父様がシャルロットのために弾いてあげるからね」
 父は大切なバイオリンのことなど気にもせずに笑って許してくれた。けれどバイオリンには床にぶつけたときに大きなキズがつき、シャルロットはそのキズを見るたびに、父様にわがままを言ってはいけないと思い出してきた。
 そう、それは思い出の中だけのことであったはず。しかし、そのバイオリンと戦う日が来るなどとは誰が予測し得たであろうか。
 
 時は現在。タバサは自分に向かってくるギーゴンの体に、父のバイオリンと同じ傷がついているのを見て目じりを歪ませた。
「お父様のバイオリンが、超獣に。なぜ……」
 タバサにとって、それはまさに悪夢のような光景だった。すでにこの世になく、思い出だけの存在である父の遺品が恐ろしい超獣と化すなど、どうして信じられようか。
 遠いガリアの地で、かの宇宙人が戯れにこの情報を告げてきた時は耳を疑った。もちろん、その宇宙人の仕業を真っ先に疑ったが、彼はとぼけた口調でそれを否定した。
「まさか? 私はそこまで暇でも酔狂でもないですよ。今回は誰かの意思も感じませんし、ただの野良怪獣みたいですねえ。いや、運がお悪いことで」
 彼は関連を否定した。むろん、信用性はまったくないが、自分の実家に怪獣が住み着いたことだけは間違いない。
 どうするべきか? タバサは迷った。今の彼女は人に姿をさらすことができない。しかし、シルフィードとジルが巻き込まれかけていることを知ったとき、迷いは思考の地平へ消えていた。
 
 二人を助ける。そう決断したタバサは、宇宙人をなかば脅迫してガリアからトリステインへと一気に飛んだ。
「怖いお姫様ですねえ。でも、自分のためにみんなの記憶からわざわざ消えたのに、今度は戻りたいというわがまま、王様らしくて良いですよ」
 宇宙人の悪態を聞き流し、タバサは杖をとってここに駆け付けた。

448ウルトラ5番目の使い魔 71話 (2/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 08:03:09 ID:MtavXe9s
 そして今! 目の前には迫り来る超獣。その背には守るべき人たち。タバサは一瞬の躊躇を振り払い、騎士としての自分を呼び起こす。
 考えるのは後。今すべきことは、戦うことのみ。タバサは杖を振り、巨大な風の刃をギーゴンに向けて撃ち放った。
『エア・カッター!』
 特大の鎌イタチがギーゴンの体をなぎ払い、ギーゴンは突進を食い止められてぐらりと揺れた。
 しかしギーゴンもバイオリンが超獣化しただけはあって体は頑丈であり、その枯れ木色の胴体はビクともせず、大木にそよ風が吹いたように軽く立て直してしまった。
 硬い……想像はしていたとはいえ、タバサは超獣の頑丈さに舌を巻いた。タックファルコンのミサイル攻撃にも耐えられるボディの前には、いくらタバサの魔法が日々進歩しているとしても簡単には破れず、宇宙人はそれを見てせせら笑った。
「おやおや、きつそうですねえ。やっぱり手を貸しましょうか?」
「黙っていて」 
 はいと言えば、こいつは素直に助けてくれるだろう。しかし、こいつに借りを作ると何を要求してくるかわからない。弱みを作るわけにはいかない。
 タバサはちらりと後ろを振り返った。そこには、あっけにとられているジルと目を回して転がっているシルフィードがいる。二人とも、今はタバサに関する記憶を失っているが、それでもタバサにとって二人は守るべき人たちだった。
「やる」
 短くつぶやき、タバサは『フライ』の魔法を使って空に飛びあがった。ジルとシルフィードをかばいながらでは戦えないため場所を移すのだ。タバサの青い髪が風に舞い、風の妖精が光をまとって現れたかのように美しく輝いた。
 しかし、妖精は風を汚す魔物を裁く戦いの風もまとっているのだ。タバサはギーゴンの視線を絶妙な速さで横切って注意を引き、ギーゴンは熊手のようになった手を落ち着きなく揺らしながらタバサに向かって方向を転換してきた。その熟練した動きには、ふざけた態度をとっていた宇宙人も認識をあらためて感心したように手であごをなでた。
「ほお、人間どもの中ではなかなかの実力だとは思っていましたが、まだ底を読み切れてませんでしたか」
 たった百年そこそこしか生きられない脆弱な種族にしておくのはもったいないと、宇宙人はわずかに惜しさを感じた。仲間にするにせよ手下にするにせよ弱くては話にならない。欲を言えば宇宙中の強豪宇宙人を集めた連合チームなどができれば理想だが、仮に集まったとしてもそんな連中を率いられるのは故・エンペラ星人くらいしかいないであろう。
 もっとも、そんな宇宙人の身勝手な思惑など関係なく、タバサの全神経は自分の戦いへと向かっている。
 こっち、こっちに来なさい。タバサはそう狙って、ギーゴンをジルとシルフィードから引き離そうと飛んだ。
 狙いはそれだけではない。真っ向から打撃戦を行っても勝ち目はないと、北花壇騎士として磨き上げた戦闘本能が警告してくる。ドラゴンよりもはるかに巨大で強力な怪獣を倒すには正攻法では無理だ。
「自分より強い獣を倒すには、頭を、なによりも頭を使うこと。ジル、あなたが教えてくれたことだよ」
 ファンガスの森。そこでタバサはジルから戦いの術を叩きこまれた。人間よりもはるかに強い獣を人間が狩るには、人間だけが持つ力で立ち向かうしかない。

449ウルトラ5番目の使い魔 71話 (3/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 08:28:51 ID:MtavXe9s
『ウェンディ・アイシクル』
 タバサの18番の氷嵐の魔法がギーゴンを襲い、無数の氷のつぶてが鋭利な刃物のように舞い輝く。
 だが、むろんこれは牽制と様子見だ。ギーゴンの頑丈なボディに氷のつぶてははじき返され、ダメージにはまったくなっていない。それでも撃つのは、注意をこちらに引き付けるのと、相手のことを探るためだ。
 ウェンディ・アイシクルのつぶてはギーゴンのほぼ全身をくまなく叩いた。もし、急所のようなところがあれば命中の手ごたえが違うはずで、それを見抜ければ勝機が見える。
 けれど、ギーゴンの全身はそれこそバイオリンそのもののように固く、急所と思われるようなところは感じられなかった。ギーゴンはあざ笑うかのような鳴き声を発し、熊手状の手で飛ぶタバサを叩き落とそうとしてくる。
「危ない!」
 ジルは叫んだ。人とハエほどの対格差もあるあれで殴られれば、人間などひとたまりもないだろう。しかし、タバサは振り下ろされてくるギーゴンの手を冷静に見据えると、なんと自身の小柄な体をギーゴンの手の指と指の間にすり込ませてやり過ごしてしまったのだ。
 驚愕するジル。理屈では不可能ではないとはいえ、あんな紙一重の避け方を選んで成功させるには、神業的な魔法の冴えと、冷静に実行する度胸が必要だ。あの少女は幼くして、どれほどの死線をくぐってきたというのだろうか。
 いや……ジルは、頭に浮かんだその考えそのものに違和感を覚えた。空を自在に飛んで怪獣と戦うあの姿、あの姿を見るのは初めてではない。だがどこで? どこで見たというんだ? どうして思い出せないんだ? 自分の中で何かが狂わされている感覚に、ジルは言い表せない恐怖を感じた。
 だが、タバサにはジルの困惑の正体がわかる。否、わかるのではなく、知っている。ハルケギニアで誰にも知られずに起きている異変の真相も知っている。それどころか、その当事者の一人でもある。
 それを思うとタバサの心は痛む。けれど、何かを得るためには何かを切り捨てなければならないこともある。いや、それは傲慢な言い訳だ。自分に何かを切り捨てる権利なんてない。しかし、あのときに他に選択肢があったとは思えない。
 苦悩するタバサ。それを、元凶である宇宙人は遠巻きにしながら愉快そうに眺めている。本当なら、一番に魔法を叩きこんでやりたいのはこいつだが、今は手出しをすることができない。すると、そいつはタバサに向かって楽しそうに笑いながら告げてきたのだ。
「その超獣の弱点は体の弦ですよ。バイオリンなんですから、弦をプチンと切ってやればいいんですよ」
 突然の助言。むろんタバサはいぶかしんだが、そいつはこともなげに言い返した。
「こちらも今あなたに死なれたら困るんですよ。それに、最近私も予定になかった面倒ごとを抱えてまして、関係ないことで時間をとりたくないんです。これは無料サービスにしておきますから、さっさと片付けてしまってくださいな」
 その言葉に、タバサはこの宇宙人が最近やけに慌ただしく動いていたのを思い出した。ウルトラマンたちの誰かともめごとでも起こしたのかと思っていたが、どうも違うらしい。こいつも何か焦りを抱えているようだ。
 これは付け入る隙となるかもしれない。タバサは頭の中にこの問題を書き込んだが……それは別として、簡単そうに言ってくれる。いくらタバサがスクウェアクラスのメイジとはいえ、飛行と攻撃を同時に行うのは楽なことではない。
 ギーゴンはタバサを殴り落せないことを悟ると、薄青い目をぎょろりと動かして、今度は頭の横に四本生えている糸巻状の触覚から緑色の金縛り光線を発射してきた。
「くっ!」
 金縛り光線はギリギリで外れ、外れたそれは屋敷の残骸に命中して爆発を起こした。この金縛り光線はウルトラマンAの身動きを封じるほどの効果もあるが、建物を破壊する程度の物理的な威力もある。人間の身で耐えられるものではない。
 タバサは空中で体勢を立て直すと、即座に頭の中で計算した。空を飛びながら戦闘を継続するのは困難。かといって地上からでは魔法の射程からいって有効打を決めにくい。

450ウルトラ5番目の使い魔 71話 (4/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 08:59:18 ID:MtavXe9s
 なんとか空を飛びながら至近距離で魔法を打ち込むのがベスト。しかし、飛行と攻撃をおこなうのは自分一人では困難。ならば、空を飛ぶためのアシストがあればよい。
 指が口に伸び、タバサはほとんど無意識のうちに口笛を吹いていた。その甲高い音が風に乗り、シルフィードの耳に届いたとき、シルフィードもまた無意識のうちに人化の魔法を解き、風韻竜の姿となって飛び立っていた。
「きゅいいいーっ!」
「うわっ!」
 ジルを翼の風で吹き飛ばしかけながらも、シルフィードは鎖を解かれた狼のように飛び出した。心で何かを考えたわけではなく、シルフィードはその胸の内から湧き上がってくる衝動のままに、タバサをその背に乗せていた。
「きゅいっ」
 タバサをその背に乗せ、シルフィードはくるりとターンを切った。その切れ味鋭い旋回は空気の抵抗を見る者に忘れさせてしまうほどで、ギーゴンの金縛り光線が明後日の方向に飛び去って行く。
 しかし、体が勝手に動いただけで、シルフィードはまだタバサの記憶を失ったままでいる。はっとしたシルフィードは、なぜ自分が知らない人間を乗せているのかと混乱したが、文句を言う前にタバサの杖が頭の上に思い切り振り下ろされていた。
「いたーいのね!」
「話は後、あの超獣を倒すのが先」
「ちょ! シルフィは高貴な風韻竜なのね。知らない人を乗せるな、いたーい!」
「話は後」
 タバサの杖は魔力を込めて強化されているため韻竜の硬いうろこ越しでも目から火が出るほど痛く、シルフィードは文句をつけられなくなってしまった。
 けれど、タバサは不満げなシルフィードにこう言った。
「イーヴァルディの勇者の続き、知りたくない?」
「きゅい? お、教えてくれるのね?」
「話してあげる」
「きゅいーっ!」
 喜ぶシルフィード。あのお話は、これからというところで気になっていたのだ。いいように乗せられたような気もするが……だが、悪い気分はしない。シルフィードは、胸の中のもやもやが晴れて、ぽっかりと空いた黒い穴に心地よい何かがはまってきたような感じがして、殴られたことへの恨みなんかは吹き飛んでしまった。それどころか、翼に力が湧いてくる。どうしてかはわからない。わからないけれども、自分の中の何かはこれを知っている。
 シルフィードという翼を得たことで、タバサはその精神力のすべてを攻撃魔法に注ぎ込むことができるようになった。節くれだった杖に魔力を帯びた風がまといつき、無慈悲な刃が研ぎ澄まされていく。

451ウルトラ5番目の使い魔 71話 (5/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:01:03 ID:MtavXe9s
「いく」
「きゅーい!」
 再び心をひとつにした一人と一竜は、暴れ狂う超獣へとその翼を向けた。
 そしてタバサは、魔法の呪文を唱えながら、自らにも語り聞かせるようにイーヴァルディの勇者の物語の続きを紡ぎ始めた。
 
”サリィを助けるため、大迷宮に挑んだイーヴァルディたち。彼らはラビリンスの恐ろしい魔物たちを倒し、身も凍るような罠の数々を突破して、ついに迷宮の奥深くにたどり着きました”
 
「よくやってきたな、勇者ども。数百年ぶりの、俺様のごちそうどもよ!」
 
”そこにいたのは、イーヴァルディたちでさえ見たこともないくらい禍々しい姿をした巨大なドラゴンでした。ドラゴンは口からよだれを垂らし、その手にサリィをわしづかみにしています。イーヴァルディは、ドラゴンに剣を突き付けながら言いました”
 
「お前が、あのカラスを使ってサリィを苦しめていたんだな」
  
「そうよ。この迷宮にはかつて、宝を求めて数えきれないほどの人間たちが入ってきた。俺様はそいつらを食らい、どんどん大きく強くなっていったが、人間どもは恐れをなして迷宮を封印しやがった。だが、俺様は使い魔を使って、迷宮の封印を破るカギとなるこの小娘に取り入ったのさ。そして封印を破る前に、閉じ込められた恨みをこいつに味わわせていたのよ」
 
「悪魔め。サリィは返してもらうぞ。そして、お前は僕たちが決して許さない!」
 
「馬鹿め! 俺様に勝てると思っているのか。お前たちを食らい、俺様はもっと強くなる。そしてもう迷宮で獲物を待つ必要もない。外の世界で存分に人間どもを食ってやるのだ!」
 
”ドラゴンは吠え、その口から恐ろしい炎が吹きあがります。しかしイーヴァルディたちはひるまずに、勇敢にドラゴンに立ち向かっていったのです”

452ウルトラ5番目の使い魔 71話 (6/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:03:15 ID:MtavXe9s
 タバサの語りは、かつて母から語り聞かせてもらった日の思い出をなぞり、優しく、そして勇壮に語られる物語はシルフィードにも勇気を与えていった。
 
”ドラゴンの炎を、魔法使いキャッツァが防ぎます。すると、ドラゴンは魔ガラスの大群を差し向けてきました。しかし、カメロンの投げナイフが次々に魔カラスを撃ち落とし、マロニーコフの振りまいた特製スパイスが魔カラスたちを混乱させます”
 
「おのれ、こしゃくな!」
 
”怒ったドラゴンは地団太を踏み、すると迷宮の天井が崩れてイーヴァルディたちの上に振ってきます。ですが、マミが飛び出して大岩をすべて砕いてしまいました。
 
 すごいすごい、イーヴァルディの仲間たちはすごいのね。と、シルフィードは我が事のように興奮した。
 物語の中で、サリィがさらわれてしまったときは、どうなることかと不安でいっぱいだった。でも、イーヴァルディの仲間たちはやっぱりすごい。
「よーし、シルフィも負けてられないのね。たーっ!」
 物語の中の登場人物たちに勇気づけられたように、シルフィードは翼に力を込めて飛んだ。ドラゴンの攻撃をひらりひらりと避けるイーヴァルディのように、ギーゴンの金縛り光線を避けていく。
 その一方で、タバサは物語を語りながらも冷静に作戦を練っていた。
 狙うのは、ギーゴンの胴体に並んでいる四本の弦。あれを切断すれば、バイオリンの化身である奴は力を失うであろうというのはタバサも理解できる。が、身長五十メイル超の巨体に張られている弦なのだから、鉄柱並みの強度があるのは確実だ。半端な魔法では恐らく傷もつけられない。
 宇宙人は、さてどうするのか? と、興味ありげに見守っている。手出しをするなとは言われたが、見物するなとまでは言われていない。
「知っていますよ。この世界であなた方人間が少なくない数の怪獣を倒してきたことは。ですが、そいつはどうでしょうねえ?」
 宇宙に悪名をとどろかせる種族である彼は、当然超獣に関しても豊富な知識を持っている。その気になれば怪獣墓場の無数の怪獣たちを一体ずつ解説することもできるだろう。
 ギーゴンは超獣の中ではヤプール全滅後に出現したこともあって、ベロクロンやバキシムと違ってそんなに注目されるほうではない。しかし、それと強さは別問題だ。こいつにはまだ見せていない能力があるが、はたして……?
 
”ドラゴンからサリィを助け出すため、戦士ボロジノの大斧が唸ります。魔人の体も真っ二つにするボロジノの大斧が、サリィを捕まえていたドラゴンの腕を切り裂いたのです”
 
 タバサは精神力を集中させて、巨大な『エア・カッター』を作り出した。今のタバサに作れる最大の大きさで、エースのバーチカルギロチンにも匹敵するだろう。

453ウルトラ5番目の使い魔 71話 (7/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:04:10 ID:MtavXe9s
「ほぉ」
「す、すごい」
 宇宙人は短く感心し、ジルは驚嘆した。よほど熟練したメイジでも、あの半分の大きさを作れればいいほうであろうに、タバサの成長は底なしなのだろうか。
 タバサはシルフィードへ合図して、ギーゴンの正面のわずか二十メイルから急旋回とともに横一文字にエアカッターの三日月形の刃を打ち込んだ。まさに、エースのホリゾンタルギロチンの再現といってもいい壮絶な光景に、ジルはギーゴンが弦どころか胴体ごと真っ二つにされたと思った。
「やったか!」
 だが、ギーゴンの胴体はエア・カッターの直撃にビクともしていなかった。風の刃はギーゴンの頑強な胴体を傷つけるには及ばず、弦もまだ切れていない。
 すごい頑丈さだとタバサは感じた。バイオリンが元になっただけはあるが、それを差し引いても計算以上の強度を持っている。並の怪獣ならば少なくとも皮は斬れたはずなのに。
 すると、宇宙人がせせら笑いながら告げてきた。
「その超獣、甘く見ないほうがいいですよ。なぜかは知りませんが、強烈なマイナスエネルギーで強化されてるようです。今の一撃、惜しいところでしたが一歩足りませんでしたね」
 マイナスエネルギー? つまり人間の負の情念が超獣に乗り移っているということか? ふざけるなとタバサは思った。なぜ父の遺品にそんなものが宿らねばならないのだ。
 ふつふつと沸く怒り。けれど、タバサはそれでもまだ冷静だった。
 今のエア・カッターは効かなかったが手ごたえはあった。あの超獣の体が頑強でも、今の一撃よりも強い攻撃ならば必ず効く。が、どうすればそれができるだろうか?
 タバサは考える。その唇に、物語の続きをなぞらせながら。
 
”ボロジノの一撃で、ドラゴンはサリィを手放しました。零れ落ちたサリィを、マミがしっかりと受け止めます”
 
「サリィ、大丈夫! しっかりして」
 
「うう、マミ、マミなの? お母さん、お母さんはどこ? なにも、なにも見えないよ」
 
”サリィは両目をつぶされ、苦しみながらマミにすがりつきました。マミはサリィをぐっと抱きしめ、耳元で力強く励ましました”

454ウルトラ5番目の使い魔 71話 (8/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:05:28 ID:MtavXe9s
「サリィ、安心して。あたいたちが助けに来たからね。遅くなってごめん。けど、あたいたちがサリィを守るから。見えなくても、あたいの体の温かさを感じて、あたいの胸から心臓の音を聞いて。あたいはずっとサリィのそばにいるから」
 
「マミ……うん、うん」
 
”震えていたサリィはマミの腕に抱かれて、安心したように力を抜きました”
 
”サリィを取り戻し、残るはドラゴンだけです。しかし、ドラゴンはイーヴァルディたちが強いのを見ると、その大きく裂けた恐ろしげな口から真っ黒な闇の炎を吐いてきたのです。
 
「こざかしい奴らめ、これならどうだ!」
 
「うわああっ!」
 
”ドラゴンの吐いた闇の炎はキャッツァの魔法でも防ぎきれず、ボロジノもカメロンもマロニーコフも倒されてしまいました”
 
「どうだ、俺様の闇の炎は悪の炎。俺様に食われた欲深い人間どもの怨念が込められているのだ。誰にも防ぐことはできないぞ」
 
”ドラゴンは高笑いしました。多くの怪物を倒してきたイーヴァルディたちでしたが、このドラゴンの闇の炎は強烈でした”
 
”仲間たちは皆倒れ、マミもサリィをかばったために動けなくなってしまいました”
 
”でも、イーヴァルディは闇の炎に体を焼かれながらもひとり立って残り、ドラゴンに剣を向けます”
 
「僕は負けない。お前がどんなに強くても、どんなに悪の力を集めても、僕にだって仲間たちがいるからこそ手に入れられた力があるんだ」
 
”イーヴァルディは剣を構え、じっと念じ始めました。すると、なんということでしょう。イーヴァルディの左手が輝き、倒れている仲間たちから光がイーヴァルディへと集まっていったのです”

455ウルトラ5番目の使い魔 71話 (9/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:07:11 ID:MtavXe9s
「な、なんだ、この光は!?」
 
「これが、神様が僕に与えてくれた勇者の力だ。仲間たちの力を集めて、僕は強くなれる。覚悟しろ、お前の悪を僕たちの光で切り裂いてやる!」
 
”イーヴァルディの剣がまばゆく輝く光の剣に変わります。その光は暗黒の迷宮を照らし、凶悪なドラゴンも怯えひるませるほど神々しい輝きを放ちました……”
 
 
 タバサは語りを止め、自らの杖を見つめた。
 今のエア・カッター以上の切れ味を持つ飛び道具は自分にはない。しかし、精神力を限界まで高めた『ブレイド』の魔法でならそれ以上の威力を出せる。だが、そのためには超獣に限界まで接近しなければならない。
 あまりにも危険な賭けに、タバサの中の冷徹な部分が警鐘を鳴らしてくる。ここで大きなリスクを冒してまで、あの超獣を倒さなくてもいいのではないか? 自分にはなんのメリットも生まれないし、この屋敷の周辺はほとんど人はいないので被害もすぐには出ないだろう。そうしているうちにウルトラマンの誰かが気づいて倒してくれれば、それが一番楽なはずだ。
 いや、それはできない。タバサはすぐにその考えを取り消した。リスクが大きく、メリットがないにせよ、あれは間違いなく父のバイオリンから生まれた存在なのだ。その始末を他人にゆだねるわけにはいかない。
『ブレイド』
 タバサの杖に、風の系統で作られた魔法の刃が生まれる。それは薄緑色に輝き、空気から生まれながら空気さえ切り裂いてしまうようなすごみを感じさせた。
 タバサはシルフィードに、超獣のギリギリまで肉薄するように指示した。もちろんシルフィードは愕然として拒否する。
「むむむむむむ、無茶なのね! そんな自分から死ににいくようなこと、シルフィは絶対お断りするのね!」
「できないというなら、わたしは一人でもやる」
 本気だということはシルフィードにもすぐにわかった。シルフィードが命令に従わないのならば、タバサはひとりで超獣に挑んでいくだけだ。
 シルフィードは頭を抱えた。ああもう! おねえさまはいつもこうなんだから! いつも? いつもっていつだったかしら? いや、そんなことはどうでもいいけれど。本当に竜使いの荒い人なんだから。
「わかったのね! その代わり一回だけなのね。失敗しても二度とはやらないのね!」
「一度で十分」
 覚悟を決めたタバサに、もう迷いはなかった。確かに危険だ。しかし、シルフィードの機動力と自分のブレイドの切れ味が合わされば十分に成功の可能性はある。タバサはそう計算していた。
 だが、北花壇騎士として戦っていた時とは違い、私情で戦いに望んでいる今のタバサには最後の最後での警戒心が無自覚に一歩削れてしまっていた。
 『ブレイド』をかけた杖を構え、ギーゴンの死角から切り込もうとするタバサ。そのタバサを、宇宙人は冷ややかに見下ろしていた。

456ウルトラ5番目の使い魔 71話 (10/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:07:56 ID:MtavXe9s
「あらら、無茶しますねえ。その超獣が何を武器にしているか忘れたんですか?」
 突撃を試みようとするタバサ。シルフィードは太陽を背にして、ギーゴンの視界からは完全に消えている。これならば、奇襲は確実に成功するはずだった。
 しかし、成功を確信したタバサのわずかな殺気を感じ取ったのか、ギーゴンはそのバイオリンの体から強烈な不協和音を発してきたのだ。
「うっ!」
「きゅいーっ!?」
 頭の中を引っ掻き回されるような不快感を叩きこんで来るその不協和音は、並大抵の苦痛には耐えられるタバサでも受けきれないほど不快だった。
 思わず耳を抑えるタバサとシルフィード。まるで無数の楽器をでたらめにかき鳴らしたかのようにやかましく頭の芯まで響き、とても我慢できるものではなかった。
 これがギーゴンの奥の手である。ギーゴンはその体から強烈な不快音を発して敵を攻撃することができる。これはウルトラマンAさえもまいらせてしまうほど強烈で、しかも音だから逃げ場がない。
 宇宙人は平気な顔をしているが、ジルも耳を押さえてのたうち回り、周辺の森でも動物たちが苦しんで暴れ、ラグドリアン湖では魚が浮き上がっている。
「サ、サイレントを……い、いえ」
 額に汗をにじませながら、耐えきれなくなったタバサは音を遮断するサイレントの魔法を唱えようとした。しかし、そうしたらせっかく作ったブレイドも消えてしまうと逡巡した一瞬が命取りになった。タバサに比べて苦痛に耐性のないシルフィードが耐えきれずに墜落し始めてしまったのだ。
「きゅいぃぃーっ!」
「っ!」
 相手が音ではいくら韻竜の体が頑丈でも意味がない。シルフィードはパニックのままきりもみ墜落に陥ってしまい、タバサが風の魔法で立て直そうにも遠心力で肺が圧迫されて呪文が唱えられなかった。
 タバサの眼に、落ちる先で手を振り上げているギーゴンの姿が一瞬見えた。だめだ、避ける手段はない。わたしが焦って警戒を怠ったばかりに……シルフィード、ジル、ごめん。
 
 だが、そのときだった。突然、空のかなたから青く輝く光弾が飛来し、ギーゴンに炸裂して吹き飛ばしたのだ。
 
『リキデイター!』
 
 ギーゴンは弾き飛ばされ、不快音が途切れたことと爆発の爆風でシルフィードはかろうじて体勢を立て直した。

457ウルトラ5番目の使い魔 71話 (11/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:09:12 ID:MtavXe9s
 そして、宇宙人は空の一角を見つめ、つまらなさそうにつぶやいた。
「やれやれ、やっと来ましたか。まったく、今回は大サービスの大サービスですよ、お姫様」
 かなたの空から流星のように飛来する青い閃光。彼は土煙をあげて降り立つと、間髪入れずによろめくギーゴンへ向けて光の剣を一閃した。
『アグルセイバー!』
 横一文字の斬撃がギーゴンの体の弦をすべて切り落とした。
 最大の弱点を突かれ、ギーゴンは悲鳴をあげてのたうった。そして、そのギーゴンを冷たく見据える青い巨人の姿を見下ろし、タバサは憮然と小さな唇を動かした。
「ウルトラマンアグル……」
 青い光の巨人、ウルトラマンアグル。彼が間一髪のところでタバサを救ったのだ。
 アグルは悠然と立ち、日の光が彼の青い体と黒いラインを照らし出し、胸のライフゲージが陽光を反射してクリスタルのように輝いている。
 しかし、なぜアグルがここに現れたのか? タバサはすぐにその理由を悟った。あの宇宙人が知らせた以外にあり得ない。
「言ったでしょう、今あなたに死なれると面倒なんですよ。 約束通り、私は手を出してませんから文句は言いっこなしですよ。ま、私がウルトラマンさんに頼ること自体、ひどい屈辱ですけどねえ」
 彼のひどく不愉快そうな態度の理由をタバサは知らなかったが、そうされなければ助からなかったことを自覚して抗議はできなかった。
 ギーゴンは力の源である弦を断ち切られ、もう立っているだけでやっとなくらい消耗していた。悪あがきに金縛り光線を撃ってきたが、アグルのボディバリアーに軽々とはじき返されてしまう。
 大勢は決した。アグルは両腕を胸のライフゲージに水平に合わせ、開いた両腕を回転させながら渦を巻くエネルギー球を作り出して投げつけた!
『フォトンスクリュー!』
 巨大な青い光球はギーゴンの胴を直撃し、そのままドリルが木板を貫くようにして反対側にまで貫通した。ギーゴンは腹に大きな風穴を空けられ、棒立ちのままついに沈黙したのだった。
 勝負あり……タバサは、久しぶりに見るアグルの力を驚嘆しながら見つめていた。タバサと、そしてジルの心に、あのファンガスの森での記憶が蘇ってくる。
 あの時も、そして今も、あなたに助けられた。アグルがいなければジルはあの日にファンガスの森で死んでいただろうし、タバサも今日ここで倒れていたかもしれない。
「ありがとう……」
 タバサは感謝と謝罪をこめてつぶやいた。そしてジルは、今自分の中に蘇ってきた記憶がなんであるかに戸惑ったが、心にかけられた蓋にひびが入ったように、シルフィードに乗るタバサを見上げてひとつの名前を口ずさんでいた。
「シャルロット……」
 どんなに封じられても、心の奥に刻まれた本当に大切なものは消せない。タバサは風の系統としての耳の良さでジルのつぶやきを聞き取り、覚えていてくれたことに目じりを熱くした。

458ウルトラ5番目の使い魔 71話 (12/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:21:47 ID:MtavXe9s
 だが、これで終わったとタバサも思った、そのときであった。なんと、体に風穴を空けられて死んだと思われていたギーゴンが、ジルのつぶやいた名前に反応したかのように再び動き始めたのだ。
 
「シャ、ル、ロット……」
 
 タバサの名前がギーゴンから響き、タバサは愕然とした。同時にアグルやシルフィード、ジルも驚愕してギーゴンを凝視した。
 まさか、体に大穴を空けられたあの状態で生きていられるわけがない。アグルは構えを取り、ギーゴンの逆襲に備える。
 だがギーゴンは不思議なことにアグルには見向きもせず、タバサのほうを見上げると、今度は不協和音ではなく、美しい音色の音楽を奏でてきたのだ。
「この音楽は……?」
「とっても、優しい響きなのね」
 ジルとシルフィードは、美しい音楽の調べにうっとりとして聞き入った。今度は魂を吸われるようなことはない。本当にただの美しい音色の音楽だ。
 しかし、それを聞くタバサの心には、今まで感じたことがないほどの激しい怒りが湧き上がってきていた。
「やめて……あなたから、あなたからお父様の音楽を聴きたくない!」
 それはなんと、タバサが幼いころにオルレアン公からよく聞かされていた音楽そのものだったのだ。
 冷徹な戦士の中に隠された、タバサの激情の心が抑えようもなく首をもたげてくる。父と母との懐かしい思い出の日々を土足で汚されるような怒り。
 この音楽は父が作曲した、父しか演奏できないもの。そう、あの日もイーヴァルディの勇者の物語を、このメロディーで締めくくってくれた。
 
 
”イーヴァルディの放った光の一刀で、闇のドラゴンは苦しみながら倒れました。しかし、ドラゴンはそれでもまだ死なず、再びサリィの母の声を騙って語り掛けてきたのです”
 
「サリィ、サリィ助けておくれ、サリィ」
 
「お、お母さん……!」
 
「そうだよ。お前のお母さんだよ。悪い奴らがお母さんをいじめるんだよ。助けておくれサリィ。お前がたった一言、「お母さんを助けたい」と言ってくれるだけでいいんだ。そうしたらお母さんは悪い奴らをやっつけて、サリィとずっといっしょにいてあげるからね」

459ウルトラ5番目の使い魔 71話 (13/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:22:45 ID:MtavXe9s
”ドラゴンは甘いささやきでサリィを誘惑します。しかし、そのささやきに隠された恐ろしい企みを知ったキャッツァが叫びました”
 
「いけない! そいつの言うことを聞いちゃだめ。それは魂をそいつに捧げる悪魔の契約だよ! 答えたらサリィは死んでしまう」
 
”そうです。ドラゴンはサリィの魂を奪って蘇ろうとしていたのです。なんという卑劣なことでしょうか。マミがサリィを抱きしめながら叫びます”
 
「サリィ、だまされちゃダメ! あれはサリィのお母さんなんかじゃない!」
 
”けれどドラゴンもさらに甘い声でサリィにささやきました”
 
「サリィ、サリィ、だまされてはいけませんよ。お母さんの声を忘れたのですか。お母さんと、ずっといっしょにいたくないのですか? いっしょにいたら、サリィの好きなものをなんでも作ってあげますよ。だから、助けてサリィ」
 
「お母さん、お母さん……わからない、わたしは、わたしはどうしたらいいの?」
 
”目を奪われたサリィは、誰を信じればいいのかわからずに迷いました。お母さんといっしょにいたい、けれどマミのことも信じたいのです”
 
”すると、イーヴァルディがサリィに静かに語りかけました”
 
「サリィ、信じるものは君自身が決めないといけない。見えるものじゃなくて、君自身の心の中に答えを出すんだ。君の思い出の中のお母さんはどんな人だったかを思い出して……君はもう答えを知っているはずだよ」
 
”サリィの心に、優しかった母、どんなときでもかばってくれた母との思い出が蘇ってきます。そして、自分を力強く抱きしめてくれるマミの腕の温かさに勇気づけられて、サリィはついに決めました”
 
「お前なんか、お前なんか、お母さんじゃない!」
 
「なっ、なにぃぃぃ!」

460ウルトラ5番目の使い魔 71話 (14/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:24:47 ID:MtavXe9s
”誘惑を振り切って真実にたどり着いたサリィは、ついにドラゴンの呪いに勝ったのです。サリィは、自分を苦しめ続けてきた残酷な運命に立ち向かい、自分の力で勝利したのでした”
 
”そうです。どんなに恐ろしくて強いドラゴンでも、たったひとりの小さな女の子の心を支配することはできませんでした。イーヴァルディはドラゴンに向かって言います”
 
「お前は、大きな間違いをしていた。どんなに欲深い人間を財宝で騙しても、サリィの心の中の思い出だけは汚せなかったんだ。お前は、サリィに負けたんだ」
 
「そんな、そんなはずがない! 人間なんて、うわべに騙されるバカな生き物なのに! ま、待て! 俺が悪かった。お前に本物の財宝をやろう、だから助けてくれ」
 
”イーヴァルディは剣を振り上げ、ドラゴンに向かって力いっぱい振り下ろしました”
 
 
 タバサの杖の先に、シルフィードも見たことがないほど大きな氷の槍が出来上がっていた。
 それはタバサの怒りの象徴。ギーゴンにとどめを刺そうするアグルを静止して、タバサはこれだけは譲れないとギーゴンを睨みつけていた。
「お前は、お前はお父様じゃない! わたしのお父様を汚さないで!」
 普段の冷静なタバサを知る者からすれば、信じられないほどのタバサの激情であった。
 タバサはギーゴンに向かって氷の槍『ジャベリン』を投げつけた。それはまるで物語の中のサリィと同じように、家族の思い出を汚そうとするものへの怒りを込めた魂の叫びだった。
 ジャベリンは、狙いを過たずにギーゴンの古傷に突き刺さる。それは幼い日のタバサがバイオリンを落として傷つけてしまったときのものだが、今度はタバサの意思によって傷口はうがたれた。
「お父様、ごめんなさい。約束は、守れなくなってしまいました」
 消え入るような詫びの言葉の後、ギーゴンから響いていた音楽が消えた。そして、ギーゴンの眼から光が消え、その姿が煙のように掻き消える。
 同時に、ギーゴンに取り込まれていた人々の魂が解放され、静かなメロディとなってしばしの間流れていった。
 
 
 戦いは終わった。オルレアン邸跡は再びただの廃墟に戻り、タバサは一人でその瓦礫の上に立ち尽くしていた。

461ウルトラ5番目の使い魔 71話 (15/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:33:55 ID:MtavXe9s
「……」
 タバサは、足元から壊れたバイオリンを拾い上げた。それは弦が千切れ、大穴が空き、もうどうやっても修復はできないほど破壊されてしまっていた。
 それでも、タバサは超獣の魂から解放されて元に戻ったバイオリンを抱きしめながらつぶやいた。
「なぜ……お父様のバイオリンが、あんな怪物に?」
 それはタバサにとってどうしても納得できないことだった。なぜ、どうして、優しかった父との思い出がこんな形で踏みにじられねばならないのだ?
 誰かの差し金か? すると、タバサの後ろに浮いている宇宙人が不愛想に答えた。
「何度も言いますが、今回の件で私は無関係ですよ。ですが、この場所にはどうも怨念めいた何かの意思が強く残っていますね。それと、あなたの使い魔のあなたに会いたいという願いが合わさって、あの超獣を作り出しちゃったんじゃないでしょうか」
 怨念? そんな馬鹿なとタバサは思った。国中の誰からも慕われていた父と母に限って、そんなことはありえない。
 だが、瓦礫を見下ろすタバサの眼に、ちょうどギーゴンになったバイオリンが出てきた場所の下に不自然な穴が開いているのが映ってきた。 
 これは……地下への階段? 魔法で瓦礫をどかしたタバサは、地下へと続く階段があるのを発見した。
「これは、何? こんな場所、わたしは知らない」
 タバサは動揺していた。自分の屋敷に、こんな地下への入り口があるなんて知らなかった。しかも、ここはかつて父の寝室があった場所だ。
 まさか……。
 地下への階段を降りていったタバサは、そこに小さな地下室があるのを見つけた。
 これは……書斎?
 そこは、いくつかの本棚と机があるだけの小さな書斎であった。地下にあったおかげで、屋敷が炎上したときも無事に残ったのだろう。
 書斎を調べたタバサは、ここがかなり長く使われ続けていたことを知った。部屋に残っていた道具はいずれも使い込まれており、いずれも父が生前愛用していたのと同じものだ。
 これは、父の秘密の書斎だとタバサは理解した。貴族が秘密や安全のために屋敷に秘密部屋を作ることは別に珍しくはない。
 でも、お父様はここでいったい何を? タバサはふと、机の上に置かれた分厚い本に気が付いた。
「これ、帳簿?」
 名前と数字がびっしりと書き込んである。文字は間違いなくオルレアン公のものだ。だがいったい何のための?
 タバサはページを読み進める。知っている貴族の名前が次々に出てくる。名前の横には日付と、別の桁数の大きな数字の羅列。そしてときおり書き込まれている注略。
 これは……まさか。タバサの脳裏に恐ろしい可能性が浮かび上がってくる。そんなことがあるはずがない、父に限ってそんなことは。けれど、タバサの冷静な部分が仮説を有力に保管する。オルレアン公は、その人望でガリアに大きな派閥を築いていた。しかし、本当に人望だけで多くの貴族をまとめあげていたのだろうか。

462ウルトラ5番目の使い魔 71話 (16/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:36:04 ID:MtavXe9s
 眩暈と吐き気に襲われて、タバサは床にうずくまった。
 
 そして十数分後。タバサは二冊の本を抱えて地下室から上がってきた。
 地上には、ウルトラマンアグル、藤宮博也が待っていて、彼は短くタバサに尋ねた。
「まだ、お前の決着はつけられないのか?」
「もう少し、時間が欲しい。迷惑をかけてることは、悪いと思ってる」
 藤宮とタバサは、無駄な言葉はいらないという風に語り合った。タバサは藤宮に背を向けて宇宙人のほうに歩いていき、藤宮が宇宙人を睨みつけると、宇宙人はおどけた様子で言った。
「そんな怖い顔しないでくださいよ。私はこの世界に侵略の意思なんかないって言ってるでしょう? それに、私が今死んだらこの世界はどうなってしまうと思います?」
 少なくとも、”今”は戦うべきときではない。藤宮はぐっとこらえた。今は、タバサの安否がわかっただけでよしとするしかない。彼は去ろうとするタバサに、もう一度話しかけた。
「我夢も心配している。早く顔を見せてやれ」
「もう少し、待って欲しいと伝えてほしい。それと、わたしは元気だから、心配しないでほしいとも」
「伝えておこう。どのみち俺には、帰って来いと言うような資格はない。どうしても自分の手でけじめをつけなければいけないことがあることもな。だが、お前の背負おうとしているものは重いぞ」
「覚悟している。これは、ガリア王家に生まれたわたしの果たすべき責任……誰の力を借りたとしても、最後のけじめだけはわたしとジョゼフで果たさなければいけない。だからもう少しだけ、時間をもらいたい」
「わかった……それと、お前の使い魔と、あの女はどうする?」
 藤宮の見る先には、ギーゴンとの戦いが終わった後に気を失ってしまったジルとシルフィードが眠っている姿があった。
 タバサは悲し気な目をすると、すまなそうに藤宮に言った。
「ふたりは連れて行けない、これは半分はわたしのわがままだから。それに二人は、これまで十分以上に助けてくれた。偽りの平和とはいえ、少しでも休んでいてもらいたい」
 タバサはそう言うと、ジルのたもとに一冊の本を置いた。それはイーヴァルディの勇者の別の本で、サリィの物語の最後までを書いてある。
「ジル、シルフィードに読んであげて」
 身勝手な願いだとはわかっている。けれど、信頼してくれている者たちに背を向けてでも行かねばならないほど、ガリア王家が積み重ねてきた業というものは深かった。
 世間の人々はガリアの混乱はジョゼフの野心によるものと思っているが、実際はそんな単純なものではない。正義と悪で区切れるようなものでもない。
 タバサは、もう一度藤宮に振り返って言った。
「今日は助けてくれてありがとう。けど、もうわたしを探すのはやめてとみんなに伝えて。そうしなくても、そう遠くないうちにあなたたちの力を借りることになるから」
「難しいことになるぞ。どうやって収めるのか、その考えはあるのか?」

463ウルトラ5番目の使い魔 71話 (17/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:39:08 ID:MtavXe9s
「わたしもガリア王家の者。必要とされるなら、その覚悟はできてる。けど、もう少し準備も必要。心配しないで。あなたとガムと、あの人たちから教わったことは、決して忘れないから」
「……こっちからもひとつ伝言だ。あの連中から、「落ち着いたら茶でも飲みに来い」「魔法もいいが体を鍛えることを忘れるな」「ハルケギニアで流行ってる音楽を教えてくれ」とのことだ。返事はあるか?」
「……「今度は家族を連れて会いに行く」と、伝えておいて」
 タバサは胸につけたワッペンを握り、藤宮に顔を見せたくないというふうに踵を返した。その先には、宇宙人が待ちくたびれたという風に待っていた。
「ようやく終わりですか? では帰りましょうか。おっと、その前にいいお知らせがひとつ。あなたの見つけたさっきの地下室ですが、ちょっと古いですけど純度の高い”渇望”のマイナスエネルギーが溜め込まれてました。これで、目的に大きく前進ですよ。どうやらよほど強い虚栄心の持ち主が……おや、何かご不満でも?」
「早く、行って」
 
 そしてタバサは、宇宙人に連れられて、またハルケギニアのいずこかへ消えていった。
 
 しかしタバサは、このまま成り行きを時間に任せることはもうできなかった。
 持ち帰った一冊の帳簿。それには、自分も知らなかったガリアのもう一つの顔が記されていた。
 これを確かめることは、恐らく自分にとって最大の苦痛を自ら招くことになるだろう。しかし、ガリアの積み重ねてきた歪みは、いつか誰かが正さなければ死んでいった人々が浮かばれない。
 この世に残っているガリアの王族は四人。そのうち母はもう一線に出てくることはないであろうから、自分とジョゼフ、そして現在は行方知れずの彼女。
 できれば、自分とジョゼフだけですべてを片付けてしまおうと思っていた。しかし、こうなれば彼女の手も借りなければならないかもしれない。
 
 
 タバサは空を見上げ、イーヴァルディの勇者の最後の部分を思い出した。
 
 
”キャッツァの魔法で、イーヴァルディたちはサリィの屋敷の前の花畑に転送されてきました”
 
”大きな地響きが鳴り、イーヴァルディたちが振り向くと、サリィの屋敷が音を立てて崩れていくのが見えました。迷宮の主であったドラゴンが倒れ、迷宮もその上に建っていた屋敷ごと崩壊したのです”
 
「これで、人食いラビリンスの犠牲になる人は、もう二度と現れることはないわ」

464ウルトラ5番目の使い魔 71話 (18/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:41:28 ID:MtavXe9s
”キャッツァがぽつりとつぶやきました。イーヴァルディたちの活躍で、またひとつ、この世の悪が滅んだのです”
 
”サリィの目も、キャッツァが念入りに施した回復の魔法で再び見えるようになりました”
 
”そして、とうとうイーヴァルディたちの旅立ちの時がやってきたのです”
 
「イーヴァルディさん、本当に行ってしまうの? あたし、あたし……」
 
”サリィは泣きそうな声でイーヴァルディを引き止めようとしました。けれど、イーヴァルディたちはいつまでもここにいるわけにはいきません。この世のどこかで、イーヴァルディたちの助けを待っている人がまだいっぱいいるのです”
 
”ですが、寂しそうなサリィにマミが言いました”
 
「サリィ! 言っちゃいなよ。言いたいことがあるなら、言っちゃえばいいんだよ。でなきゃ、あのとき言っておけばよかったって、ずっと後悔していくことになるんだよ」
 
「マミ、でも、でも、あたしは」
 
「しーんぱいしないで。あたいたちは、みんなサリィの味方だから。みんな待ってるんだよ。さ、あとはサリィが勇気を出して、ね」
 
”励ましてくれるマミに、サリィはついに勇気をふりしぼって言いました”
 
「イーヴァルディさん! あ、あたしを……あたしを旅に連れて行ってください」
 
「うん、喜んで。サリィ」

465ウルトラ5番目の使い魔 71話 (19/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:43:19 ID:MtavXe9s
”にこりと微笑んで答えたイーヴァルディの優しい瞳に、サリィは目から熱いものを流しながら喜びました”
 
「イ、イーヴァルディさん……あ、ありがとう。でも、あたしなんかマミやキャッツァさんみたいなすごいことはなんにもできないのに、本当にいいんですか?」
 
「僕は、何かができるからマミたちを仲間にしていったんじゃない。ただ、いっしょに行きたいと思ったから仲間になったんだ。僕らは最初から強かったわけじゃない。僕だって最初はコボルトに負けるくらい弱かったし、マミなんて最初は話もできなかったんだ。な、マミ?」
 
「うん。あたい、狼に育てられたから人間のことなにもわからなかったんだ。けど、かあちゃんが死んでひとりでさまよってたあたいをイーヴァルディが拾ってくれて、言葉を教えてくれたんだ。だから、あたいはサリィのサミシイもカナシイもわかる。行こうサリィ、あたいたちと冒険の旅へさ」
 
「うん、マミ……ありがとう。みなさん、よろしくお願いします」
 
「ああ、サリィ。今日から君は、僕たちの仲間だ!」
 
”こうして、イーヴァルディの一行に新しい七人目の仲間が加わったのです”
 
”朝日の中、旅立つ一行を次に待つ冒険はいったいどんなものなのでしょう。どんな恐ろしい魔物や、険しい山や谷が待っているのでしょう”
 
”けれど、イーヴァルディたちは決してへこたれません。どんな苦難も、それを乗り越えたときにはイーヴァルディたちは一回り強くなっているのです。そして何より、苦難も喜びも分け合う仲間がいるのですから、彼らの冒険は終わりません”
 
”勇者と呼ばれるイーヴァルディは、これからも数多くの冒険に立ち向かい、多くの仲間を得ていきます。その中でも、世界最強の武闘家マミ、大魔法使いキャッツァ、無双戦士ボロジノ、義賊カメロン、百星シェフのマロニーコフ”
 
”そして、後に大賢者と呼ばれるサリィ。彼らの冒険の物語は、またいつの日か語ることにしましょう”

466ウルトラ5番目の使い魔 71話 (20/20) ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:50:33 ID:MtavXe9s
”けれど、忘れないでください。この世に光がある限り、闇もまたどこかにあります。もしあなたが恐ろしい魔物に襲われてピンチになったら、イーヴァルディたちのように勇気を持って立ち向かってください”
 
”魔物は弱い心を食べようと狙ってきます。けれど、勇気や愛は食べられません。苦しくても生きていれば、きっといいことがありますよ。そうしたら、あなたを助けにイーヴァルディは必ずやってきてくれるでしょう”
 
”fin”
 
 
 それはきっと、誰かが創作したフィクション。けれどタバサは、その物語の中のイーヴァルディやサリィたちに惹かれ、幼い日に夢の中で遊んだ。
 人はいずれ大人になる。けれど、子供の頃に見た夢は心のどこかに残っている。
 タバサは思う。幼いころ、自分はイーヴァルディに助けられるサリィになりたかった。けれど、サリィはただ助けられたわけではない。ドラゴンの誘惑を拒絶し、呪いを跳ね返す勇気を持てたからこそ救われることができたのだ。
 今ならわかる。どんなにイーヴァルディが強くても、サリィ自身が勇気を持てなければ助かることはできなかった。なによりもまず、自分で自分を助けようとしない者が救われることなどあるわけがない。
 けれど、現実は時としてフィクションよりも残酷だ。サリィは思い出の中の母を信じて救われたが、自分は……。
 それでも、やらなければならない。どんなに辛い真実が待っているとしても、今を生きる者にとって知ることこそが生きることなのだから。
「お父様……」
 タバサは雑念を払い、思案を巡らせ始めた。ガリアのすべてに終止符が打たれる日、それはきっと遠い日ではないだろう。
 
 
 続く

467ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/05/04(金) 09:56:21 ID:MtavXe9s
今回はここまでです。
次からはまた別の展開に行きます。

468名無しさん:2018/05/04(金) 17:14:50 ID:fYo.mNbA
ウルトラの人乙です。
イーヴァルディの勇者が、
イーヴィルティガの勇者に空目した。

469ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 07:34:57 ID:fpQeMfv.
ウルトラ5番目の使い魔、72話投稿開始します

470ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 07:38:16 ID:fpQeMfv.
 第72話
 天然物にご用心
  
 変身怪人 ピット星人
 宇宙怪獣 エレキング 登場!
 
 
「さあさ、皆さんこんにちは。すっかりおなじみの悪い宇宙人さんでございます」
 
「んん? もういい加減にしろ、お前の顔は見飽きたですって。おやおや、ひどいですねえ」
 
「そりゃ私は出しゃばりものですよ。それに、本当ならあなた方は今頃はヤプールをやっつけようとがんばってるはずだったんですものねえ」
 
「まま、そう怒らないでください。しょせん私は舞台の飛び入りです。クライマックスまで居座るつもりはありません。第一、私の目的の半分は達成されてますしね」
 
「ですが、思ったよりも苦労が多かったのも事実ですね。まったく、この世界の人たちは我が強いです」
 
「それと、度々私にちょっかいを出してくる誰かさん。ようやく正体が掴めてきましたよ。なにを企んでいるのか……そろそろ、あなた方も知りたいと思いませんか? フフ」
 
「きっとお楽しみいただけると思いますよ。いろいろな意味で、ね」
 
 宇宙人の前置きが終わり、舞台は再びハルケギニアに戻る。
 次の事件が起きるのは東か西か。起きる事件は悲劇か、それとも喜劇か。
 
 
 ある晴れた日の昼下がり、魔法学院は久々の三連休のその初日、才人たちは見渡す限りの畑の中にいた。

471ウルトラ5番目の使い魔 72話 (2/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 07:40:40 ID:fpQeMfv.
「ひゃあ、こりゃまた広いとこだな。トリスタニアの近くにこんないいとこがあるなんて知らなかったぜ!」
「はい旦那様、こちらは狭いながらも農耕が盛んでして、よい作物が取れるのです。このド・オルニエールによくおいでくださいました。歓迎いたします」
 才人とルイズ、そしてギーシュら水精霊騎士隊の面々は、ふくよかな土地の農夫に案内されて農道を歩いていた。
 ここはトリステインの地方のひとつ、ド・オルニエール。トリスタニアから西に馬で一時間ほどにある、豊かな農地を持つ土地である。道を歩く一行は、一様に豊かな土地が見せる豊饒な緑の光景に見惚れて顔をきょろきょろとさせていた。
 
 
 しかし、騎士隊である彼らがなぜ農地に来ているのだろうか? 事の起こりは、この数日前にアンリエッタ女王からの勅命が下ったからである。
 魔法学院にやってきた王宮からの使いは、水精霊騎士隊の一同を集めるとこう言い渡した。
「本日より三日後、ド・オルニエール地方にて農園開拓のための事業が始まる。諸君らはそこに赴き、その手伝いをしてもらいたい」
 この命令に、ギーシュたちは一様に首をひねった。
「開墾ですか? ですが、なんでまたぼくたちが?」
 当然である。自分たちは農業にはなんの知識もない、ただの学生なのだ。そういう事業を始めるならば、それ専門の貴族を遣わせばいいだけだ。
 すると使いの役人は、話は最後まで聞けというふうに答えた。
「なにも君たちに土を掘り返したり用水路を作れと言っているわけではない。順を追って話すが、最近我がトリステインとアルビオンの間の交易はさらに活発になってきておってな。アルビオンでの我が国産のワインの需要が高まってきており、そこで枢機卿の計画で、ワイン用のぶどう農園を増やすことになったのだ」
「はあ」
「土地はド・オルニエールに決まり、すでにタルブ村から苗木の取り寄せと職人の手配もすんでいる。しかし、どうせワインの増産をするのなら他国への輸出もさらに増やそうということになり、ゲルマニアから交渉のための大使を呼んでいる。諸君には、そのもてなしを頼みたいということだ」
「あの、もっと話がわからなくなったのですが。そんな大役ならば、ぼくらのような学生ではなく、それこそ大臣の方々が引き受けるべきかと存じますが」
「そんなことは知らん。とにかく、女王陛下がお前たちにぜひに頼みたいとのたってのご命令なのだ。貴族たるもの、これを名誉と思わずにどうする!」
「はっ、ははっ! 我ら水精霊騎士隊一同、喜んで仰せつかると女王陛下にお伝えくださいませ」
 こうして、よくわからないままに彼らはド・オルニエールに出向くことになったのである。

472ウルトラ5番目の使い魔 72話 (3/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 07:42:13 ID:fpQeMfv.
 しかし、ド・オルニエールというのはどういう土地なのだろう? 調べてみると、年に一万二千エキューほどの収益がある、そこそこいい土地であるということだった。そこで同盟国の大使を迎えるなら、なるほど名誉な仕事には違いない。ギーシュたちは大役を与えてくれた女王陛下に感謝し、周りに自慢しまくったのは言うまでもない。
 
  
 そして、ゲルマニアの大使がやってくるという日、彼らはド・オルニエールにやってきた。もちろん、せっかくの休みで暇なのだからということで才人やルイズ、キュルケやモンモランシーらのいつもの面々もついてきて、ぞろぞろと歩く姿はまるで大名行列のようであった。
 しかし、大名行列はド・オルニエールにつくと一転してピクニックの集団に早変わりした。そこは想像していたよりもはるかに肥沃で豊かな土地だったからだ。
「貴族の旦那様方、こちらは今年うちでとれた野菜でございます。よければお召し上がりくださいませ」
「いやいや、うちの畑でとれた果物はとても甘く出来上がっております。こちらをお先にどうぞ」
「それでしたらうちの牧場の牛からとれた新鮮なミルクはどうでやすか。チーズもヨーグルトもありますぜ」
 と、こういうふうに住民たちから予想外の大歓迎を受けたのである。
 もちろんギーシュたちは面食らった。子供とはいえ貴族が複数でやってきたら平民が歓迎するのは珍しくないことだが、ここまで熱烈な歓迎が来るとは思っていなかったのだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれたまえ君たち。気持ちはうれしいが、我々は女王陛下から大事な任務を預かった身であるからして!」
 必死にとりなして落ち着いてもらうと、平民たちもようやく貴族に対する無礼を働いたことを自覚して謝罪した。
「申し訳ありません旦那様方。今年は過去にない豊作でして、うれしさのあまりつい我を忘れてしまっておりました」
「いや、わかってくれればいいんだよ。豊作なら、それはとてもいいことだ。女王陛下もお喜びになられることだろう。ところで、この土地の領主殿の館へ案内してほしいんだが」
「旦那様、ご存じないのですか? このド・オルニエールは十年ほど前に先代のご領主様がお亡くなりになられた後、お世継ぎもおらずに国に召し上げられたのでございます」
 そう聞いてギーシュたちは顔を見合わせた。豊かな土地なら領主がいると思い込んで、そこまで下調べしてこなかったうかつさを悔やんだがもう遅い。
「と、となると……今、この土地は国の代官が治めているのかね?」
「いいえ、つい昨年までこのド・オルニエールはお国からもほったらかしにされておりました。お役人様も年に数度の年貢の取り立てと調査くらいでしか訪れてはおりません。そういえば、近々こちらへ外国のお偉いさまがいらっしゃると沙汰があったのですが、旦那様方ですかな?」
「あ、いいや。僕たちは、そのお偉いさんをもてなすために来たんだ。だけど弱ったな。泊まってもらうところもないんじゃ無礼になってしまうぞ」
 ギーシュはレイナールたちと顔を見合わせた。下調べをしてこなかったことを本格的に後悔し始めたがもう遅い。貴賓をもてなすのに、まさか農家を使うわけにはいかない。
 すると、ひとりの老農夫がにこやかに言った。
「それなら心配ございません。お屋敷は今、学者の先生が二人住まわれています。とてもおきれいで気さくな方々なので、すぐにお屋敷を貸してくださるでしょう」

473ウルトラ5番目の使い魔 72話 (4/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 07:43:26 ID:fpQeMfv.
 それでギーシュたちはほっとした。人が住んでいるなら清掃もされているだろうから問題ない。後は交渉次第だが、こちらは女王陛下の命で来ているのだ。それに、女性で美人らしいと聞いては会わないわけにはいかない!
 その農夫に道案内を頼んで、ギーシュたちはド・オルニエールを再び歩き始めた。
 安心したせいか足取りも軽く、いい陽気なのも相まって一行の目は自然に道行く先の景色に吸い込まれていった。見ると、道の右にも左にも豊かな農地や牧草地が広がっていて、楽園のようなその光景にキュルケやモンモランシーも感嘆したように見惚れていた。
「すごい活気のある農園ね。わたしの実家の領地にも、ここまで豊かな土地はなかったと思うわ」
「ええ、キュルケがそう言うならトリステインの他にもこんなところはないでしょうね。けど、これほど豊かな土地に、これまで代官も立てられずにほったらかしにされてたってのはおかしいわね」
 モンモランシーがそうつぶやくと、農夫が笑いながら答えた。
「いいえ、ド・オルニエールがここまで栄えられるようになったのは、実はつい最近のことなのですよ。昨年までは、こちらは荒れに荒れ放題で、土地から出ていくこともできない老人たちがわずかなぶどうを栽培してやっと生計を立てているような貧しい土地でした。けれど、学者の先生方がこちらにいらしてから、土地が肥えて作物が山のように取れだし、出稼ぎに行っていた若い者たちも帰ってきてくれましたのです」
 しみじみと農夫は語ったが、以前に自分の実家が土地開発で失敗した経験のあるモンモランシーは驚いた。
「これだけの土地をたった一年で作り直したって言うの? その学者の先生って人たち、いったいどんな魔法を使ったのよ」
「水だそうです。こちらは、山の向こうに小さな湖がありまして、そこから水を引いているのですが、なにやらそちらでなさっているようなのです。わたくしどもは難しいことはわからないのですが、水がとても肥えるようになり、それを撒くだけで痩せていた土地もみるみる生き返っていったのです」
「水、ねえ。わたしも水のメイジだけど、そんなに水を肥やす魔法なんて聞いたことないわ。話を聞けたらモンモランシ家の再興に役立てられるかも」
 なにげなくギーシュについてきたが、これは儲けものかとモンモランシーは思った。
 キュルケはといえば、道行く農夫にわけてもらったオレンジの皮をむいて口に放り込んでいる。確かによく肥えているだけあって味も豊潤だ。
 なるほど、これだけ豊かな土地ならば女王陛下が目をつけたのもわかる。ワインに限らず、ここで採れる農作物を輸出できれば、まだまだ貧乏国であるトリステインにとって良い収入となるだろう。
 が、それにしても解せない。ギーシュも言った通り、そんな大事な交渉をおこなうための役割ならばトリステインの重鎮の誰かが出るのが当然で、なんの経験もない学生の私的な集まりが選ばれるなんて常識では考えられない。
「これは何かあるわね」
 キュルケはほくそ笑んだ。あの女王様、見かけによらず腹黒いところがあるが、今度はなにを企んでいるのだろうか。暇つぶしについてきたが、おもしろくなりそうだ。
 ギーシュたちはといえば、土地の人たちにちやほやされて調子に乗っているのか、事態の重大さに頭が回っていないようだ。
「ほらサイト聞いたかい? 女の子たちが、あの有名なグラモン家のギーシュ様ですかと言っていたぞ! いやあ、いつの間にかぼくも有名になっていたんだなあ」
「それって女癖の悪さで笑いものにされてるから有名なんじゃないのか?」
 軽口を叩き合いながら歩く男子の顔は皆明るい。一方でルイズは男子の会話に混ざっていくことができず、グループから一歩下がってリンゴをかじっていた。

474ウルトラ5番目の使い魔 72話 (5/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 07:44:55 ID:fpQeMfv.
「なによ調子に乗っちゃって。ゲルマニアの大使に無礼があって国際問題になっちゃったら女王陛下の責任になるのに、もう」
 親友であるアンリエッタが問題に巻き込まれることを思うとルイズの胸は痛かった。しかし、アンリエッタの采配の意味がわからないのはルイズも同じだ。
 ああもう、姫様は昔から突拍子もない思い付きをしては周りを困らせるんですから。あなたはもう女王なのですよ。
 ルイズはいたずら好きなアンリエッタの顔を思い出して、どうにも悪い予感が抑えられずに頭を抱えた。もうどうにでもなーれ! と、お手上げの意味を込めて万歳をするその手で、ウルトラリングがキラキラと輝いていた。
 
 しかし、そうして歩いていく一行を、離れた場所から監視している目があった。
「んんー、また大勢来たねー」
「ち、あと少しだというのに、これというのもお前が人間どもと余計な馴れ合いを続けるからいらない噂が立つのよ!」
「えー、だってここの人間たちはいい人ばかりじゃない。私だって”ぷらいべーと”はほしいんだもん」
「お前という奴は……!」
 気の抜けた声と甲高い声が話し合っている。甲高い声のほうは気の抜けた声のほうを、なにやら叱責しているようだが、気の抜けたほうはあまり気にした様子がない。
 二人はしばらく言い争っていたが、ふと気の抜けたほうがルイズを指さして言った。
「んー? あれ、待って、あの小娘……手配にあった子じゃない……?」
「へえ、こんなところに来るなんてね。ようし、あれもそろそろ出来上がるし、やってしまいましょうか」
「ま、待ってよ。まだ一匹しかいないのに、戦わせるなんて無理だよ。それに、あの小娘はかなりやっかいなメイジだって噂だよ。やめておこうよ」
「何言ってるの! ウルトラマンの一人を倒したとなれば私たちにも箔がつくのよ。うふふ、運が向いてきたじゃないの。やりようはあるわ、私たちの伝統の方法でね」
 不気味な声が響き、監視する目はどこかへと去っていった。
 
 そうしてしばらく歩き、鬱蒼とした森の中に目的の屋敷は建っていた。
「ほほう、これはなかなか立派な屋敷じゃないかい」
 一番乗りしたギムリが入り口から入ったホールを見渡して言った。
 十年前に領主が亡くなって、去年までは放置されていたそうだが、今ではきちんと清掃されて立派な貴族の館の様相を取り戻していた。
 ホールに入った一行は、まずは館の主に用件を伝えるために呼び鈴を鳴らした。涼やかな音が響き、やがて屋敷の二階からすたすたと眼鏡をかけた学者風の若い女性が二人現れた。

475ウルトラ5番目の使い魔 72話 (6/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 07:45:54 ID:fpQeMfv.
「こんにちはー、わたくし共に何かご用事でしょうか?」
 二人のうちで、少し胸の小さいほうの女が尋ねてきた。それでもルイズよりはよほど大きいのだが、それよりも二人ともなかなかの美人で水精霊騎士隊の少年たちは思わず見とれてしまった。
「ハッ! し、失礼します。実はこちらでお願いしたいことがありまして……」
 我に返ったギーシュが用件を説明すると、女たちはうなづいてにこやかに答えた。
「そういうことですかー。わかりましたー、私たちは勝手にこちらに住まわせてもらっている身ですぅ。普通なら立ち退きを命ぜられるところを、ご恩情に感謝しますー。どうぞ、ご自由にこちらを使ってくださいねー」
「い、いいえ、お礼を言うのはこちらのほうです! あなた方がいなければ我々は空き家を使うことになってました。できるだけご迷惑はかけませんので少しの間よろしくお願いします」
 不法占拠を素直に詫びて屋敷を明け渡してくれた二人の学者に、ギーシュたちは思わず下手に出てしまった。その後ろではモンモランシーが固まった笑顔を浮かべている。
 すると、二人の学者はルイズたちに向けて優雅に会釈してみせた。その仕草は上流貴族のルイズから見ても二人の教養の高さが伺え、ましてギーシュたちは女神を見たように見惚れている。
 けれど才人たちも、地元の人たちから聞いていた通りのいい人たちだなと好感を持った。特にルイズは、同じ学者でもエレオノール姉さまとは偉い違いねと、本人に聞かれたら雷が落ちるであろうことを考えていた。
 
 ともあれ、これでゲルマニアの大使を歓迎する場所はできた。後は準備を整えるだけとなって、一行はそれぞれ手分けして当たることにした。
「では諸君、確認だ。大使殿は今日の夜間にこちらに到着される予定である。屋敷の飾りつけとお部屋の用意だが、そちらはレイナールが指揮して、ギムリたちは近所を回って料理の手配をしてくれ。ぼくは大使殿に渡す資料を学者の先生方といっしょに用意しておく」
 こうして、水精霊騎士隊は大きく三班に分かれて準備に当たることになった。しかし、もし学者の先生方がこの屋敷を整理してくれてなかったら、これらのことを一日で全部やらなければならなかったわけだから、まったく考えなしの行き当たりばったりもはなはだしい。キュルケやモンモランシーは歓迎の用意を手伝いながらも改めてギーシュたちに呆れるとともに、アンリエッタの采配に疑問を持った。
 アンリエッタはギーシュたちのことをちゃんと知っている。あのバム星人によるトリステイン王宮炎上のときの活躍から、さまざまな方面で頭角を見せてきた。が、それらを考慮しても今回のことはやっぱり納得できない。ゲルマニアは実利を優先する、悪く言えば物欲主義の国だ。学生だけの出迎えなど、なめられていると思って怒らせたら何を要求してくることか。
 モンモランシーは、いくらゲルマニアでも学生の無礼くらいは許してくれるんじゃない? と、考えていたが、キュルケの「わたしの母国よ」の一言で考えを改めた。軽い気持ちでついてきたが、キュルケと話していると事の重大さがわかってきて胃が痛くなってくるのを感じてきた。見ると、水精霊騎士隊の面々は大任の興奮に早くも酔っているようで、いっぱしの貴族めいて礼儀作法の注意などをしあっている。
「ほんっとにお気楽なんだから。あれ? そういえばサイトとルイズは?」
「ああ、二階でギーシュたちといっしょにド・オルニエールの資料をまとめてるみたいよ。サイトはその荷物持ちみたいね」
 まあ、才人は見栄えには無頓着だし適任だろう。キュルケとモンモランシーは、ともすればサボりがちになる男子にはっぱをかけながら、歓迎式典の準備を続けた。
 さて、その才人たちは二階にある図書室で、学者の先生方の研究資料を貸してもらいながらド・オルニエールの資料を作っていた。
「そんなに広くない領地だけど、採れる作物や土壌の性質とか、まとめだしたらすごい量になるわね。あいつら、もしわたしたちがついてこなかったどうするつもりだったのかしら」
 ルイズは科目のレポートを出す感覚で資料をまとめていた。ギーシュたちと違って、きちんと授業は受けているほうなのでこういうことは得意だ。
 けれど、ルイズひとりでは到底間に合う量ではないため、ほとんどは学者の先生方に頼ってしまっていた。資料を引っ掻き回すしか能がないギーシュたちははっきり言って全然役に立っていない。

476ウルトラ5番目の使い魔 72話 (7/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 07:57:24 ID:fpQeMfv.
「うわあぁぁぁっ!」
「ちょっと! そこのあなた。せっかく私たちがまとめた資料を崩さないでよ!」
「ど、どうもすみません!」
 資料を持ってこけた水精霊騎士隊の少年が、学者のひとりに怒鳴られていた。
 ふたりの学者のうち、さきほど交渉した胸の小さなほうはおっとりとして温厚だったが、もうひとりの胸の大きなほうは優しそうに見えて意外とかんしゃく持ちだった。もっとも、少年たちの中には「叱られるのが快感」みたいなのもいるから、何をいわんやであるが。
 しかし、見ていると妙な二人だとルイズは思った。性格と身なりこそ差があれど、よく見れば二人とも同じ顔をしているのである。双子かと思って聞いてみたが、そうでもないらしい。
 いや、そんなことはどうでもいい。ルイズが気に入らないのは、あの二人の女がやたらと才人に色目を使うことであった。
「ねえ、坊やって珍しい髪の色してるのね。どこから来たの? お姉さんに教えてくれない?」
「あ、あのぉ、顔が近いです。そ、それに胸も……」
「ぼく〜。こっちきて手伝って〜。これ、私じゃおもーいー」
「は、はい! って、お姉さん、荷物で服がはだけて、む、胸が」
 才人が女に寄られるのは今に始まったことではないが、だからといってルイズの気分がよかろうはずがない。横目で見ながら我慢してはいても、目元がピクピクと動いて殺気を撒き散らしている。
 不愉快だ。すごく不愉快だ。サ、サササ、サイトったら、あとで鞭打ち百叩きね。いえ、最近わたしったら少し優しくなりすぎたわね。千回、万回叩いて、誰がご主人様か思い出させてあげるわ。
 ルイズの頭の中で才人の処刑用フルコースのメニューが目まぐるしく変わっていく。ルイズの想像の中で才人はバードンに追い回されるケムジラのように悲惨な目に会いまくっていた。
 しかし、ルイズにそんな残酷な未来を設定されているとはつゆ知らず、才人は才人で綺麗なお姉さんふたりにちやほやされて困り果てていた。
「ねえ、坊や。私、自分の知らないものを見ると我慢ができないの。坊やのこと、教えてくれないかしら」
 胸の大きな女が才人にすり寄る。才人は、いつもなら大歓迎だがとにかくルイズの手前、必死に理性を総動員して話を逸らそうと試みた。
「お、おれはその前にお姉さんたちのことを知りたいな! ここで何を研究しているんですか?」
「んー? そんなこといいじゃない。っと! あ、あなた」
「あーっ! 僕ったら、私たちのこと知りたいのー? いーよいーよ、私たちはねー。ここのきれいな湖でよーしょくの実験をしにはるばる来たんだー」
 胸の小さなほうの女が胸の大きな女を押しのけて、間延びした声で自慢げに話し始めた。どうやら、研究のことを聞かれるのがうれしいらしい。胸の大きい女が止めるのも聞かず、才人はこれ幸いと話をそっちに振った。
「よーしょくって、生け簀で魚を育てる、あの養殖のことですか?」
「そーそー、ここは水がきれいでねー。よーしょくじょーとして最適? なんだよー。むこーに湖があるんだけどー。そこでいろいろ実験してるんだー」
 得意げに、胸の小さな女は自分たちの研究を自慢した。
 聞くところによると、彼女たちはド・オルニエールにある湖で養殖の研究をしており、その副産物で肥えた湖の水が農地に流れ込むことで近年の爆発的な豊作につながっているようだ。

477ウルトラ5番目の使い魔 72話 (8/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 07:59:09 ID:fpQeMfv.
 なるほど、このド・オルニエールに関する大量の資料はそのためか。仮にも学者を姉に持つルイズは納得した。水産をおこなうなら、その土地に関する入念な研究も必要だ。学者は自分の専門分野にだけ詳しければいいというものではないのだ。
 それだけに胸の小さい女は、よほど自分の研究を話すのが楽しいらしく、胸の大きいほうの女が「ちょっと、よしなさいよ」と止めるのも聞かずに垂れ目を笑わせながら話し続けている。
「わたしねー、小さいころから生き物を育てるのが好きだったんだー。それでこの仕事はじめたんだけどー、生き物っていいよねー、すくすく育っていくのを見てるといつまで経っても飽きないもん」
 すると、胸の小さい女と才人の間にギーシュが目を輝かせて割り込んできた。
「わかります、美しいお姉さま。ぼくも昔、領地でグリフォンを飼っていましたが可愛くてしょうがなかったです。ぼくたち、気が合いそうですね」
「えー、君もそうなんだー。この「ど・おるにえーる」の人たちもねー、野菜とか果物とか育てるのか好きみたいでー、作物をおすそ分けしてくれるいい人ばっかりなんだよー。私は別に好きなことやってるだけなんだけどねー」
「素晴らしいことです。ぼくも薔薇を愛でるだけじゃなくて、自分で薔薇の栽培をしてみるのもいいかもしれませんね。ところで、お姉さまはどんなものを育ててるんですか?」
「ん? エレキ……」
 そのとき、胸の大きい女が「わーっ! わーっ! わーっ!」と叫びながら胸の小さい女の襟元を掴んで言った。
「ちょっとあなた! あのことは秘密でしょう! なに考えてるのよ!」
「あ、ごめーん」
 なにやらよくわからないが内輪の喧嘩らしい。才人やルイズたちはきょとんとして見ていたが、胸の大きい女は振り向くと、よく通る声で言った。
「言い忘れてたけど、向こうの湖には絶対行っちゃだめだからね。わかった!」
「え? なんで」
「なんででもよ!」
 すごい剣幕で命令するので、思わず才人たちも「は、はい」と答えるしかなかった。
 唯一、ルイズだけが「なんなの、この女たち?」と怪しげな視線で見つめている。落ち着いて考えてみれば、学者だというがいったいどこの学者なのだ? 少なくともトリステインの学者ではなさそうだが、なら……?
 だがそのとき、才人が思い出したようにつぶやいた。
「あれ? 湖といえば、さっきギムリたちが釣りができるかもしれないから寄ってみようって言ってたけど」
「なんですって! まったく、これだから男ってのは」
 胸の大きな女は、そう言って飛び出していこうとしたが、その前に胸の小さな女が部屋のドアを開けていた。
「んー、ちょっと注意してくるねー」
「え? あ、ちょっと!」
 止める間もなく、胸の小さい女は出ていってしまった。

478ウルトラ5番目の使い魔 72話 (9/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 07:59:57 ID:fpQeMfv.
 そしてざっと一分後。
「注意してきたよー」
 と、帰ってきた。
「えっ!? もう!? 話に聞いた湖まで、たっぷり一リーグはあるはずなのにどうやって!」
「え? 走って」
 走って? 今度は才人も含めた一同全員が面食らってしまった。
 一リーグを走って一分で往復する? 冗談でないとしたら、そんなこと人間には絶対にできっこない。そう、人間ならば。
 ルイズが厳しい目をして席を立ち、才人もそっとデルフリンガーに手をやる。
 しかし、話を聞いていなかったのか、ギーシュがきざったらしく薔薇を捧げながら言ったのだ。
「ミス、どうもぼくの仲間がご迷惑をかけてすみません。お詫びに、あなたたちの美しさにはとても及びませんが、これをどうぞ」
 すぐ下の階にモンモランシーがいるのにいい度胸だと才人は思ったが、呆れている場合ではない。そりゃ確かに美人だから気持ちはわからなくはないけどさ。
 才人もギーシュと目くそ鼻くそではあったが、それでもウルトラマンとしての勘で怪しさには気づいていた。なおルイズは女の勘というか野獣の勘と言うべきか。
 だが……このバカ、空気読めと思いながらも才人たちは手を出せなかった。女たちとギーシュの距離が近すぎる。しかし……。
「わあ、綺麗なお花。ぼくー、ありがとー。優しいんだねー」
「いえいえ、美しいレディにはこれくらい当然のことですよ」
 胸の小さい女はギーシュから薔薇の造花をうれしそうに受け取ると、そのまま花瓶に差しに行こうとして造花だと気づいて笑って頭をかいた。
「あららー、私ったらドジねー。けど、まーいーかー。ふふ」
 そう言うと、彼女は子供のような笑みを見せて花瓶に造花を差した。その笑みは例えるならティファニアのように本当に無邪気で、警戒し始めていた才人とルイズも一瞬気を緩めてしまったほどであった。
 ギーシュに釣られて、水精霊騎士隊の他の少年たちも口々に仕事を忘れて口説き始めた。
「ミス、よければぼくとお茶でもいかがですか?」
「いえいえ、美味しいお菓子をいただいてきてるんです。いただきながら僕と詩を語り合いませんか」
「あらあらー、そんなにいただいたら私子豚ちゃんになっちゃうよー」
 まるでおやつ時の子供たちのような、なんの他意もない和気あいあいな空気であった。
 才人とルイズはギーシュたちのお気楽さに呆れたが、それよりもポリポリと菓子をかじりながら笑う女を見て、得体は知れないが、この女は悪い奴じゃないんじゃないかと思った。

479ウルトラ5番目の使い魔 72話 (10/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 08:02:09 ID:fpQeMfv.
 しかし、もう一人の胸の大きい女は違った。皆の注目が胸の小さい女に向いた隙に、いつの間にか才人に近づいてきていたのだ。
「君」
「えっ? わぷっ!?」
 後ろから声をかけられて振り向いた瞬間、才人の視界は真っ暗になり、顔全体が温かくて柔らかいものに包まれた。
 なんだなんだ! 才人の頭が混乱する。そしてそれが、女が自分の胸を押し付けてきたのだと悟った瞬間、才人の頭は完全に真っ白になった。
「!!??」
「いまだ、いただくよ!」
 才人の思考力がゼロになった瞬間、女は素早く才人の手をとった。そしてそのまま才人の指にはまっているウルトラリングを抜き取ってしまったのだ。
「やった!」
「しまっ! 返せ!」
 才人が我に返ったときには、すでにウルトラリングは女の手に渡ってしまっていた。
「ははは、はじめからこうしておけばよかったよ。あばよ」
 女は笑いながら踵を返した。
 才人は背筋がぞっとした。やられた、こいつは最初からこれが狙いだったんだ。奪い返そうと手を伸ばすが届かない。追いかけようとしても、初動が遅れてしまったために足が言うことを聞かない。
 だめだ、逃げられる。命の次に大切なウルトラリングが! 才人は自分のうかつさを、離れつつある女の背中を見送りながら呪った。だが、その瞬間だった。
「エクスプロージョン!」
 無の空間から爆発が起こり、女とついでに才人もぶっ飛ばした。
「うぎゃっ!」
 爆発で壁に叩きつけられ、踏まれたカエルのような悲鳴をあげる才人。もちろん胸の大きい女も無事ではなく、床に投げ出されて、その手からウルトラリングが零れ落ちてコロコロと転がった。
「くっ、まさか仲間ごと。ちいっ!」
 胸の大きい女は起き上がると、転がってゆくウルトラリングを拾い上げようと駆けだした。一歩で馬のような俊足を発揮し、とても人間とは思えないスピードでウルトラリングに迫る。
 才人はまだ起き上がれない。ギーシュたちも事態についていけずに呆然としていて役に立たない。
 しかし、そんな目にも止まらない速さも、本当の目にも映らない速さには勝てなかった。女がウルトラリングを掴み上げようとした刹那、リングは瞬時に割り込んだルイズの手に渡っていたのだ。
「なにっ!?」
「『テレポート』よ。サイトを狙いすぎて、わたしを無視してくれたのが敗因だったわね。伝説の虚無の系統をなめないでよ。そして、どこの誰かは知らないけど、あんたは敵だってはっきりわかったわ!」

480ウルトラ5番目の使い魔 72話 (11/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 08:03:55 ID:fpQeMfv.
 ルイズの放った二発目のエクスプロージョンが胸の大きい女を襲う。しかし女も今度は直撃を避けて距離を取り、憎々し気にこちらを睨みつけてきた。
「くそっ、あと少しだったのに。こうなったら、お前も来い!」
「えっ? えぇぇーっ!」
 胸の大きい女は胸の小さい女の手を掴むと、そのまま無理矢理引っ張って部屋の窓ガラスを割って飛び出してしまった。
 まさか! ここは二階だぞ!? だが窓に駆け寄って外を見た才人やギーシュたちは信じられないものを見た。なんと、胸の大きい女が胸の小さい女を引きづったままで、馬よりはるかに速いスピードで駆けていくではないか。
「な、なんなんだい彼女は!?」
「バカ! どう見たって人間じゃないでしょ。追うのよ!」
 ルイズが役に立たない男たちの尻を蹴っ飛ばして才人やギーシュたちも慌てて外に飛び出した。騒ぎを聞きつけて、一階にいたキュルケたちもいっしょについてくる。
 あっちだ。女たちの姿はすでに見えないが、一本道なので間違う心配はない。先頭を走るのはカッカしているルイズ。そして才人も爆発で痛む体を引きずりながらルイズと並んで走った。
「いてて、悪いルイズ。お前がいなかったらリングを奪われてるとこだったぜ」
「バカ! 油断してるからよ。し、しかも、む、むむむ、わたし以外の女の胸ににににに!」
「わ、悪かった悪かったって! 謝るからその話は後にしてくれ。それより、よくお前あのタイミングで反応できたな」
「フン! わたし以上にあんたを見てるやつが他にいるわけないでしょ。ほら、今度はなくすんじゃないわよ」
 才人はルイズからウルトラリングを受け取った。危ないところだった。これをなくそうものなら北斗さんに顔向けできないところだった。あの女、絶対に許さない。
 女たちの向かったのは湖の方角だ。さっき湖に行くなとあれだけ言っていたのだから必ずなにかあるだろう。一行は確信めいた予感を覚えながら走った。
 
 そして、湖のほとりに二人の女は待っていた。
「遅かったね。待ちくたびれたよ」
 胸の大きな女が言った。一リーグもの距離を走ってきたというのに息も切らしていない。その横では、胸の小さい女がおどおどしながら立っている。
 ここまで来るとギーシュたちも、この女たちがただ者ではないということがわかり、一様に戸惑った様子を見せている。すると、ルイズが一番に啖呵を切って叫んだ。
「あんたたち何者なの? このド・オルニエールで何を企んでるのか今すぐ吐きなさい! でないとここで吹き飛ばすわよ」
 機嫌が悪いこともあり、ルイズの杖が危険な音を立ててスパークする。才人は、こういうときのルイズほど危険な生物は宇宙にいないとわかっているので、爆発で焦げた体を小さくしている。
 ルイズはいまにも有無を言わさず女たちをエクスプロージョンで吹き飛ばさん勢いだ。すると、さすがに見かねたのかギーシュがルイズの前に割り込んできた。
「ま、待ちたまえルイズ。まずは彼女たちの言い分も聞こうじゃないか。あんな美しいレディたちに、何か事情があるんじゃないか」
 しかし、胸の大きい女はギーシュのその言葉に大笑いした。

481ウルトラ5番目の使い魔 72話 (12/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 08:06:49 ID:fpQeMfv.
「美しい? やはり男は愚かだね。なら、見せてあげようじゃないか」
 そう言うと、女たちは手を頭の上に並べ、スライドするように下した。すると、女たちの姿は昆虫のような頭を持つ宇宙人のものに変わっていたのだった。
「う、ううわわわっ!」
「そうか、ピット星人だったのか!」
 かつてウルトラセブンの活躍していた時代に地球に来た侵略者。変身怪人との異名を持つとおり、高い変身能力を持っていたと聞いているが、まさにそのとおりだ。
 美女が一瞬にして恐ろしい宇宙人の姿に変わり、ギーシュたち水精霊騎士隊の少年たちは愕然としている。さっきまで口説こうとしていた奴の中には口から泡を吐いているのまでいた。
 もちろん、騙したのか! と少年たちから口々に非難が飛ぶ。しかし、胸の大きい女であったピット星人Aは、悪びれもせずに言い返した。
「アハハ、悔しいか。だが、お前たちの弱点は我々の先人が調査済みなのだ。お前たち人間の男は、可愛い女の子に弱い、とな。ハハハ!」
「……」
 グゥの音も出ない男どもを女子の冷たい視線が刺していく。確かに、古今東西全宇宙共通の真理であるのだが、こうはっきり言われるとやっぱり辛い。
 しかし、情けない男たちに代わってルイズが再びたんかを切った。
「フン、けど正体がバレたら何もかも終わりね。さあ、おとなしくハルケギニアを出て行くか、それともここでやっつけられるか好きなほうを選びなさい」
「フッ、そうはいかないわ。死ぬのはお前たちのほうよ。さあ、出てきなさいエレキング! エレキング!」
 ピット星人Aが叫ぶと、湖に大きな気泡が立ち上った。あれはなんだ? まさか、そのまさかしかない。
 立ち上る水柱。その中から全身白色で稲妻のような縞模様を持ち、頭部に目の代わりに三日月形の回転する角を持つ怪獣が現れた。その名はもちろん!
「エレキング! エレキングだ!」
 才人が喜色の混じった声で叫んだ。
 そう、宇宙怪獣エレキング。ピット星人といえばこいつを忘れてはいけない。ウルトラセブンが初めて戦った宇宙怪獣で、宇宙怪獣といえばこいつと言えるくらいの代表格だ。
 エレキングは電子音のような鳴き声とともに湖水をかき分けながら向かってくる。ピット星人Aは勝ち誇るように告げてきた。
「ウフフ、私たちの目的はなにかと聞いたわよね。私たちは、この星の豊かな水を使ってエレキングの養殖をおこなっていたのさ。たっぷりの栄養で育ったエレキングの軍団が完成すれば、もはやヤプールも恐れることはないわ。そして、湖の秘密を知ったお前たちは生かして帰さないわ!」
 ピット星人Aの命令で、エレキングは湖水を揺るがして向かってくる。しかし、勝ち誇るピット星人Aとは裏腹に、胸の小さい女だったピット星人Bは震えながら言った。
「ね、ねーえやめようよー。あの子、昨日やっと育ったばっかりで戦い方なんて何も教えてないんだよ。戦わせるなんて無茶だよ」
「うるさい! もうこうなったら戦わせる以外に何があるのよ。だいたい、普通に育ててれば今ごろは何十匹ものエレキングが育っていたはずなのに、お前が手間にこだわるから一匹しか間に合わなかったのよ!」
「で、でも戦わせるためだけに育てるなんてかわいそうだよー。あの子たちだって生きてるんだよ」

482ウルトラ5番目の使い魔 72話 (13/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 08:08:08 ID:fpQeMfv.
「ええいうるさいわ! もういいわ。お前のエレキングブリーダーの腕を見込んで連れてきたけど、これからは私ひとりでやるわ。あんたはもう用済みよ、やれエレキング!」
 ピット星人Aがピット星人Bを突き飛ばすと、エレキングはチャック状になっている口から三日月形の放電光線を放った。放電光線はピット星人Bの至近で炸裂し、爆発を起こしてピット星人Bは吹き飛ばされてしまった。
「きゃあーっ」
 ピット星人Bは悲鳴をあげて地面に投げ出された。
 なんてことを、仲間だっていうのに。見守っていた水精霊騎士隊やキュルケたちは、ピット星人Aの非情な態度に激しい憤りを覚えた。
 しかし、エレキングは容赦なく向かってくる。そしてエレキングが今まさに上陸しようとした、その時だった。
 
「ウルトラ・ターッチ!」
 
 リングのきらめきが重なり、閃光と共に空からウルトラマンAが降り立つ。
 エレキングの出現のどさくさで変身のチャンスができた。エースは背中にギーシュたちの声援を受けながらエレキングを見据える。
 はずなのだが……今回、才人は妙なテンションになっていた。
〔うおおっ、エレキングだ。本物のエレキングだぜ〕
〔ちょっとサイト、変な興奮してないで集中しなさい〕
〔だってさ、エレキング、ポインター、ちゃぶ台は三種の神器なんだぜ〕
〔なにをわけのわかんないこと言ってるのよ!〕
 久しぶりに趣味全開の才人にルイズが激しくツッコミを入れる。
 エースは、さすが兄さんは人気あるなあと感心しつつも、角のアンテナを激しく回転させながら威嚇してくるエレキングに対峙した。
 エレキングは宇宙怪獣らしく多彩な能力を持った怪獣だ。目は持たないがクルクルと回転する角がレーダーの役割を果たし、名前の通り体内には強力な電気エネルギーを溜めこんでいる。前に見たことのあるGUYSのリムエレキングでさえ人間を気絶させるほどの電撃を放てるのだ。
 油断は禁物。エースは頭から突っ込んで来るエレキングに正面から向かって受け止め、その頭に膝蹴りをお見舞いした。
「テェイッ!」
 まずは一撃。顔面に攻撃を受けたエレキングはのけぞってよろけ、しかしなお腕を振り回しながら突っ込んで来る。
 ようし、そっちがその気なら受けて立ってやる。エースはエレキングに正面からすもうをとるようにして組み合った。

483ウルトラ5番目の使い魔 72話 (14/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 08:09:57 ID:fpQeMfv.
「ムウンッ!」
「ウルトラマンエースがんばれーっ!」
「エレキング、ウルトラマンエースを倒すのよ! 必ず倒すのよ!」
 組み合って力を入れ合うエースとエレキングに、ギーシュたちとピット星人Aの声援が飛ぶ。
 両者の組み合いは互角。さすが念入りに育てられたというだけあってパワーもなかなかのものだ。しかしエースもすもうは得意だ。力任せに押し込んで来るエレキングに対して、エースは重心を巧みに動かして投げ飛ばした。
「テェーイ!」
 エースの上手投げが見事炸裂し、エレキングは背中から地面に叩きつけられた。
 やった! エースが一本取ったことで歓声があがり、突き上げた無数のこぶしが天を突く。
 すもうならばこれで勝負あり。しかし、エレキングは起き上がるとエースに向かって放電光線を連射してきた。
「ヘヤッ!」
 エースが身をかわした先で放電光線が森に落ちて火柱を上げる。エレキングは怒ってさらに放電光線を連発してくるが、どうにも狙いが甘くエースには当たらない。どうやら戦闘訓練をまったく受けていないというのは本当らしい。
 放電光線をかわしつつ、エースはジャンプしてエレキングの後ろへと跳んだ。
「トォーッ!」
 空中で一回転し、エレキングの後ろに着地したエースはエレキングの尻尾を掴んで振り回した。セブンもやったジャイアントスイング戦法だ。
 一回、二回、三回、四回とエースを中心にしてエレキングの巨体が振り回される。投げ技はエースも大の得意で、同じ攻撃をコオクスに対して使って瀕死に追い込んだことがある。
『ウルトラスウィング!』
 遠心力でフラフラになったエレキングはエースの手から放たれると、そのまま重力の女神の手に導かれて固い地面の抱擁を受けた。
 これはかなり痛い! エレキングは起き上がってきたものの、白い体は土に汚れて薄黄色に染まり、角も片本折れてしまっている。
 すでにエースとの実力の差は歴然であった。エレキングも決して弱いわけではないが、強さを活かすための戦い方がまったくわかっておらず、単に野生の本能にまかせただけの戦い方ではエースの戦闘経験には到底及ばない。
 しかし、敗色が濃厚になってもピット星人Aはまだあきらめていなかった。
「まだよ、戦いなさいエレキング! お前を育てるためにどれだけかかったと思っているの、このウスノロ!」
 ヒステリーを起こしたピット星人Aが叫ぶ。すでに勝敗は明白だが、彼女はどうしてもそれを認めたくないようだ。
 しかし、それでもエレキングにとってピット星人の命令は絶対だ。戦い方は下手だとはいっても、小さく見える腕は意外にもパワーがあるし、長い首をこん棒のように振り回す攻撃は単純ながら強力だ。
 なおも戦おうとするエレキング。ひどいことをすると、才人とルイズはピット星人Aのやり口に憤りを覚えたがエレキングは止まらない。エースはエレキングを長く苦しませることのないように、両腕を高く上げてエネルギーを溜め、下した腕を水平に開くと、両腕と額と体から四枚の光のカッターをエレキングに向けて発射した!

484ウルトラ5番目の使い魔 72話 (15/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 08:12:34 ID:fpQeMfv.
『マルチ・ギロチン!』
 光のカッターはエレキングに殺到し、一瞬のうちに尻尾、腕、そして首を跳ね飛ばした。
 今度こそ本当に勝負あり。五体を切り刻まれ、ぐらりと血を流しながら崩れ落ちるエレキング。その遺骸はやがて体内の電気エネルギーの発散によるものか、傷口から火を噴いたかと思うと爆発して四散した。
「いやったぁっ!」
 ギーシュたちから歓声があがる。
 そして、残るはピット星人Aだ。だがピット星人Aはエレキングが敗北したのを見ると、そのまま踵を返して逃げ出そうと走り出した。
「ひっ、ひいぃぃぃーっ!」
 マッハ5にもなるというピット星人の脚力全開で逃げ出すピット星人A。しかし、その背に向かってエースは両手を伸ばして速射光線を発射した。
『ハンドビーム!』
 森の一角で爆発が起こり、ピット星人Aの姿は爆発の中に消えた。
 戦いは終わり、エースはエレキングの放電光線で起きた火災を消火フォッグで消し止めると、ギーシュやキュルケたちに見送られながら飛び立った。
 しかし、こんな場所にも侵略者が人知れず入り込んでいるという事実はどうだろうか? ルイズはエースの視点でド・オルニエールを見下ろしながら、女王陛下の御心をまた騒がせてしまうのねと静かな怒りを感じていた。
 
 
 戦いは終わった。短く、見方によればあっけなく。
 しかし、もしピット星人Aの言っていたようにエレキングの養殖が完了していたらエースひとりではどうにもならなかったかもしれない。
 その功績は誰にあるのか……エレキング打倒後、湖のほとりではもうひとつの決着がつけられようとしていた。
「そっか……もう全部、終わっちゃったんだねー」
 沈んだ声で、ピット星人Bがつぶやいた。彼女は縄で縛りあげられ、水精霊騎士隊に囲まれている。
 エレキングの攻撃でピット星人Bは吹き飛ばされた。しかし、戦闘終了後に気絶はしているが命に別状はないことを確認され、尋問のために捕縛された。
 そして意識を取り戻した彼女はすべてを理解して、大人しくルイズやキュルケを相手に尋問に答えた。
 もっとも、得られた情報はたいしたものではなかった。自分はエレキングの養殖の手腕を買われてピット星人Aに連れてこられたが、それ以外のことはほとんど何も知らされていなかったという。侵略についても興味はなく、ただエレキングを育ててることが楽しかっただけだという。

485ウルトラ5番目の使い魔 72話 (16/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 08:16:50 ID:fpQeMfv.
 しかし、侵略の片棒を担いでいたことは事実だ。処分をどうするかについて、家柄の関係からルイズが選ばれかけたが、ルイズはぴしゃりとこう言った。
「このド・オルニエールの責任者はギーシュ、あなたでしょ。あなたが判断して決断するのよ、それが隊長ってものでしょう」
 正論だった。しかし、まだ若いギーシュに重大な決断ができるのだろうか? レイナールは、みんなで相談して決めようと提案してくれたが、ギーシュは自分のシンボルでもある薔薇の杖をじっと見つめると、きっと目つきだけは鋭く締めて縛られたままのピット星人Bの前に立った。
「遠い国からいらしたレディ、お待たせしました。これから、このトリステインの貴族として、あなたに裁きを下します」
「わかったわー。煮るなり焼くなり好きにしてー」
 観念した様子でピット星人Bは答えた。手塩にかけて育てたエレキングが倒されたことで意気消沈しているのが伝わってくる。
 ギーシュは杖を振るとワルキューレを一体作り出し、ピット星人Bに槍先を向けさせると、彼女を捕らえている縄を切断させた。
「えっ?」
 突然自由にされたことで、ピット星人Bは唖然としてギーシュを見た。もちろん水精霊騎士隊の面々も驚いた様子でギーシュを見るが、ギーシュは皆の口出しを静止すると迷わずに告げた。
「ミス、あなたに悪意がなかったということを認めます。このまま黙ってトリステインから退去してくださるなら、今回は不問にいたしたいと思いますが、どうしますか?」
「……いいの? ここで私を逃がせば次はもっと強い怪獣を連れてきて、あなたたちを皆殺しにしちゃうかもよー?」
 ピット星人Bの言うとおりであった。しかしギーシュは、フッとキザな笑いを浮かべて言った。
「レディの嘘に騙されるなら、グラモン家の男子にとって最っ高の栄誉です! なにより、ぼくはあなたというレディに心を惹かれました。たとえ生まれた種は違えども、言葉を交わしたときにぼくはあなたからレディのオーラを感じ取りました。レディに向ける杖をぼくは持ちません。ですが、我らの女王陛下のトリステインにあだなす者であればぼくは誰とでも戦うでしょう。ですからお願いです。ぼくに、あなたの美しい顔を傷つけさせないでくださいませ」
 以上の歯の浮くような台詞をギーシュは一息にしゃべりきった。
 もちろん、ぽかんとした顔の数々がギーシュを囲んでいる。それはピット星人Bも同じで、言うまでもないが今の彼女はピット星人としての素顔をさらした姿でいる。人間の美的感覚とは大きくかけ離れた姿なのに、それなのになお”美しい”と表現してくるとは夢にも思っていなかった。
「プッ、あなた、変わってるねー」
「真のジェントルマンは常識にとらわれないものなのですよ」
 なおキザな台詞を吐くギーシュに、その場の緊張も緩んできた。そしてピット星人Bは、逃げるそぶりなくギーシュに言った。
「わかったわー、侵略は、あなたみたいなジェントルマンがいない時代になってからにしてあげるー」
「それは無理ですよ。僕と僕の一族がいる限り、トリステインからジェントルマンが消え去ることはありません」
 あくまでもキザにかっこつけるギーシュ。彼は水精霊騎士隊の皆を振り返ると、はっきりと告げた。
「みんな、これが水精霊騎士隊としてのぼくの決断だ。ぼくは断じてレディを傷つけることはできない。この決定に不服がある者は、いますぐに辞めていってもらいたい」

486ウルトラ5番目の使い魔 72話 (17/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 08:19:17 ID:fpQeMfv.
 しかし、苦笑する者はいても異論を挟もうとする者はいなかった。代表して、レイナールがギーシュに言う。
「わかってるよ、君がそういうやつだってことは。ぼくらだって、人間じゃないとはいえ無抵抗な女性を痛めつけるのは本意じゃないさ」
 見ると、仲間たちは皆が同感だというふうにうなづいている。才人も、ギーシュもやるなというふうに笑っていて、ルイズやモンモランシーやキュルケは、甘いなというふうに呆れているもののあえて止める様子もない。
 包囲は解かれ、ピット星人Bは最後にもう一度ギーシュを振り返った。
「私たちの星には、この星を侵略するのは二万年早かったって伝えておくわー。元気でね……可愛いジェントルマンさん」
 すっとギーシュの横に並んだピット星人Bは、かがむとギーシュの頬にチュッとキスをしていった。おおっ、と周りから声が響き、ギーシュの顔がほんのり紅に染まる。
 えっ? なんだいこの気持ちは? 人間から見たら怪物にしか見えない顔なのに、このドキドキは一体? ぼくはそんな初心じゃないはずなのに……そうか、これが見た目とは関係ない大人の魅力というものなんだな。
 少しだけ大人の階段を上ったギーシュの背中を、嫉妬深く睨みつけるモンモランシーの視線が刺す。と、そのときふと才人が気が付いたように言った。
「ん? ちょっと待ってくれ。ここをあんたたちが捨てていくってことは、湖が元に戻って、ド・オルニエールも元のやせた土地に戻っちまうんじゃないか?」
「あーそれならねー。何十年かはここで養殖やるつもりだったからしばらくは変わらないよー。そのあいだに土地をちゃんといじっておけば大丈夫じゃなーい」
 才人はほっと安心した。それなら、ド・オルニエールは再び過疎化に悩む心配はない。いずれ影響がなくなるにしても、人間がウルトラマンに頼りっきりではいけないように、宇宙人の置き土産に頼りきりではいけない。その先はこの土地の人間の責任だ。
 そして、ピット星人Bは見送るギーシュたちを振り返り、バイバイと手を振ると森の中へ消えていった。
「おおっ、円盤だ」
 森の中から角ばった形の宇宙船が飛び上がり、空のかなたへと消えていく。ヤプールにこちらに連れてこられた宇宙人は、なんらかの方法で帰る方法を持っているらしいので彼女も元の宇宙へと帰ったのだろう。
 一件落着。彼女が人間であったら本気で交際を申し込んだんだけどなあと、少年たちの惜しむ瞳がいつまでも空のかなたを見送っていた。
 いつの間にか日が傾いて夕方となり、赤い光が美しくド・オルニエールの自然を照らしている。今日もまた、平和が守られたのだ。
 
 しかし、何か忘れていないだろうか。
「そういえばあんたたち、お出迎えの準備はいいの?」
「あっ」
 一番肝心なことを忘れていたことに、一瞬にして水精霊騎士隊全員の顔が真っ青になった。
「やばい! もう日が暮れる。い、急がないと」
「間に合うわけないだろ! ああ、もうお終いだぁ!」
 時間は無情に過ぎていき、やがて歓迎の用意がまったくできないまま、ゲルマニア大使の馬車がやってきたという報告が入ってきた。
 日が暮れた中、屋敷の前にゲルマニア国旗を掲げた豪奢な馬車が止まる。ギーシュたちは屋敷の前に整列して出迎えるが、内心は全員まとめて震えあがっているのは言うまでもない。

487ウルトラ5番目の使い魔 72話 (18/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 08:22:26 ID:fpQeMfv.
「ああ、もうダメだ。女王陛下のお顔に泥を塗ってゲルマニアと国際問題になってグラモン家は取り潰しだぁ。父上母上ご先祖様、この不出来なギーシュをお許しください!」
「ギーシュ、お前だけの責任じゃない。おれたち全員で土下座しよう! 女王陛下に責が及ぶことだけは避けなきゃいけない。そうだろ!」
 完全にこの世の終わりといった感じで、ギーシュやギムリたちは慰め合いながら絶望していた。
 この危機においても、誰も逃げ出したりギーシュに責任を押し付けようとしたりしていないあたり立派と言えるが、そんなことくらいでは慰めにもならない。かろうじて間に合ったのは夕食の支度くらいで、貴賓をもてなすレベルには全然達していなかった。
 もう最悪の事態しか想像に浮かんでこない。そんな水精霊騎士隊をルイズとキュルケは仕方なさそうに見ていた。
「ほんっとにこいつらはダメね。仕方ないわ、ヴァリエール家の名前に傷がつくかもしれないけど、女王陛下に火の粉が飛ばないようにするにはわたしが出るしかないわね」
「ルイズ、あなたじゃむしろケンカになるだけじゃないの? ゲルマニアならツェルプストーの顔がきくからわたしにまかせておきなさい。さて、後は誰が来るかだけど……」
 馬車から従者がまず降りてきて、主人が降りてくるための準備を整えた。
 次に降りてくるのはいよいよ本命のゲルマニアの大使殿だ。
 いったいどんな人なのだ? 一同は固唾を飲んで大使が現れるのを待った。
 大使というからには上級の貴族に違いない。ひげを生やした老紳士か、厳格な壮年の偉丈夫か、それとも眼光鋭い商人上がりの大臣か……。
 だが、現れた人は彼らのいずれの想像とも異なっていた。それは厳格や老獪といった表現からはほど遠い、天使とさえ呼んでいい美しい令嬢だったのである。
「あら? ギーシュ……さま?」
「あ、ああ、あなたは!」
 ギーシュと、そしてモンモランシーは驚愕の表情で、その淡いブロンドの髪を持つ閉じた瞳の令嬢を見つめた。
 思いもかけない再会。水精霊騎士隊の一同があまりの美貌の前に見惚れる中で、ギーシュはなぜアンリエッタ女王が自分を接待役に選んだのかをようやく理解した。
 
 
 それからひとしきり騒動が起こり、やがて夜も更けていく。
 しかし、誰もが寝静まる時間にあって、猛烈な殺気を振りまく者が湖にあった。
「フ、フフフフ、馬鹿な連中め。私があれで死んだと思っているだろう! そうはいくものか、私はここまでだけど、お前たちは絶対に道連れにしてやる! さあ出てきな、エレキングよ!」
 なんとピット星人Aは、あのときエースの攻撃を受けて死んだと思われたが傷を負いながらも生き延びていたのだ。そして湖に水柱が上がり、その中から新たなエレキングが現れた。
 月光に照らされて上陸してくるエレキング。しかし、その姿は昼間にエースと戦ったものとは大きく違い、皮膚は黄ばんで張りがなく、角もだらりと垂れ下がって回転していない。見るからに、まともな状態ではなかった。

488ウルトラ5番目の使い魔 72話 (19/19) ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 08:23:33 ID:fpQeMfv.
「ハ、ハハ、みっともない姿だねえ。けど、寝込みを襲うならこれでも十分さ。さあ行け! 連中を屋敷ごと叩き潰してしまえ!」
 ピット星人Aの命令を受けてエレキングが動き出す。いくら不完全体とはいえ、完全に寝行っているところを襲われたらウルトラマンでもお終いだ。
 しかし、勝ち誇ろうとするピット星人Aに、突然冷笑が降りかかった。
「残念ですがそうはいきませんよ。あなたにはここで退場していただきます」
「っ!? だ、誰だ!」
 慌てて辺りを見回すピット星人Aは、空に浮かんで自分を見下ろしている、あの宇宙人の姿を見つけた。
 いつの間に!? と、動揺するピット星人A。しかし、宇宙人はピット星人Aを見下ろしたまま冷たく告げた。
「困るんですよ、あなたみたいな脇役にいつまでも舞台で好き勝手やられたら主演の出番が減ってしまうでしょう。ゲストは一話で潔く退場するものです。こういうふうにね」
 宇宙人が手を振ると、彼のそばに巨大な黒い影が現れた。
 どこから現れた? テレポートか? ピット星人Aがさらにうろたえる前で、巨大な影は月光に照らされてその全容を表した。
「あ、あれは……!」
 恐怖がピット星人Aの全身を駆け巡る。勝てない、勝てるわけがない。
 だがピット星人Aが逃げ出す間もなく、巨大な影から恐ろしい攻撃が放たれ、エレキングはただの一撃で粉々に粉砕されてしまったのだ。
「う、うわぁぁぁーっ!」
 エレキングの破片が降り注ぐ中をピット星人Aは無我夢中で逃げた。
 もはや復讐もなにもあったものではない。しかし、逃げるピット星人Aの前に一人の人影が現れた。
「っ! どけぇっ!」
 それが彼女の最期の言葉となった。彼女の前の人影から撃鉄を起こす音が聞こえたかと思った瞬間、無数の銃声とともにピット星人Aの体は粉々になるほどの弾雨に包まれていたのだ。
 血風と化したピット星人Aが消え去り、エレキングの爆発で起きた粉塵も風に流された後、宇宙人は銃声の主のもとへと降りてきた。
「やっと会えましたね。探しましたよ。ここ最近、私のやることにちょっかいを出してくれていたのはあなたですね?」
 月光の下で二人の宇宙人が対峙する。この出会いがハルケギニアにもたらすのは混乱か破壊か。
 エレキングの爆発も、轟く銃声も風に弱められ、疲れ切って眠りに沈む人間たちを目覚めさせるには及ばない。
 才人もルイズも、倒すべき敵がすぐそばにいることに気づかず、朝まで安眠を貪り続けていた。
 
 
 続く

489ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/05/29(火) 08:30:28 ID:fpQeMfv.
今回は以上です。では、来月にまた

490ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:00:41 ID:U9W0lNME
ウルトラ五番目の人、投稿お疲れ様でした。
さて皆さん今晩は。無重力巫女さんの人です。
五月も残り一時間程度といった所で、94話のBパートを投下したいと思います。
特に問題が起きなければ、23時3分から始めます。

491ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:03:07 ID:U9W0lNME
 その後、霊夢達はアーソンとアニエスに連れられて生殺し状態となっている被害者ことカーマンの前に立っていた。
 全身のほぼ氷に覆われ、まるで芋虫のような状態となってしまった貴族を見て、流石のゼッサールは息を呑んでしまう。
 彼も最初にそれを見たアニエス同様死んでいるかと思ったが、ぎこちない動作で顔を上げたソレと目が合ってしまったのである。
 予想外の見つめ合いに視線を逸らす事も出来ない彼は、そのまま背後にいるアニエスへと質問を投げかけた。
「これが…被害者の貴族殿かね?」
「はい、既に死んでいられるようにも見受けられますが…まだ辛うじて生きてはおります」
「生きてはいるって…しかし、これでは…」
 自身の質問に答えたアニエスの言葉に、彼は信じられないと言いたげな表情を浮かべてようやく視線を逸らした。
 職業上悲惨な状態となった死体は幾つも見てきたつもりだが、この様な状態になってまで生きている者など初めてみたのである。
 無理も無い、何せここ数十年のトリステインではこの様な状態になる者が出来るほどの戦争などなかったのだ。
 幸い吐き気を堪える事はできたが、もはや安楽死させるしかない者からの直視というものは中々辛いモノがある。
 一方の霊夢はというと、その視線をジッと足元に転がる老貴族…ではなく、一番奥に見える大きな扉に目を向けていた。
 自分を取り押さえた警備員たちが下水道がどうこうと言っていたので、恐らくあの扉の向こうは外に通じているのだろう。
 正直な所、今の霊夢は自分が最初に見つけた初老の貴族の事よりもそのドアの向こう側が気になって仕方が無かった。
 
(彼にこんな仕打ちをしたであろうヤツは気配からしてここにはいないだろうし…やっぱり、あの扉から外へ出たんでしょうね)
 最初にここへきた時にもとりあえずその扉を開けようとしたのだが、駆けつけた警備員たちに止められてしまっていた。
 それでも無視して開けようとして、ドアノブを捻った所で更にやってきた警備の者達に取り押さえられてしまったのである。
 その後はデルフを取り上げられて頭を押さえつけられながら、警備室に連行されそうになったのは今思い出してもハラワタが煮えくり返ってしまう。
(まぁあの後すぐに追いかけてきてくれたルイズのお蔭で助かったけど…結局ドアの向こうには行けずじまいだったのよね…)
 今からでもドアの前にいる警備員を押し退けていけないものかと、そんな無茶を考えていた彼女の肩を、何者かが掴んできた。
 ドアの方へと注目し続けていた彼女は「ひゃっ!?」と驚いてしまい、慌てて振り返ってみるとそこには怪訝な表情を見せるアニエスがいた。

「…ど、どうした?そんな急に、驚いて…」
 どうやら急に驚いたのは彼女も同じだったのか、ほんの少し身を竦ませている。
 驚かされた霊夢は溜め息をつきつつも、ジト目でアニエスを睨みつけた。
「そりゃーアンタ、人が考え事してる時に肩なんか叩かれたら誰だって驚くわよ?」
「む、そうだったのかそれはスマン。…それよりも、先にお前を連れて来いと言ってきた貴族様の顔を見てやれ」
「貴族さま?…って、あぁ」
 アニエスの言葉に視線を床へと向けた彼女は、あの初老の貴族が自分の方へ顔を向けているのにようやく気がついた。
 今にも砕け散ってしまいそうな程魔法で生み出された氷に包まれた彼の顔は、醜くもどことなく儚さが垣間見える。
 恐らく彼自身も気づいているのだろう。自分はもう長くは生きられない事と、死が間近に迫っているという事も。
 そして彼は最初にここへ来た霊夢を呼びつけたのだ。その少女の姿に反して、鋭い目つきを見せていた彼女を。
 死にかけの状態に瀕したカーマンは、自分を見下ろす少女へ向けてその口をパクパクと微かに動かしていく。
 凍り付いていく顎の筋肉を懸命にかつ慎重に動かし、ひたすら霊夢に向かって口を動かし続けている。
 まるで望遠鏡越しにしか見えない程遠くにいる人間が覗いている者に向けて行うジェスチャーの様に、その動きには必死な気配があった。

「……よっと」
 そして彼の視線と口の開閉から何かを感じ取ったのか、彼女は突然その場にしゃがみ込んだのである。
 床に転がる彼とできるだけ視線を合わせた後、自身の左耳を彼の口元へと傾けていく。
 突然の行動にアーソンは一瞬止めようかどうか迷い、結局はそのまま見守る事にした。
 アニエスやゼッサールも同じなようで、周りにいる他の衛士達同様これから彼女が何をするのか気になってはいた。
 耳を傾け、自らの話を聞いてくれようとする霊夢へ向けてカーマンは蚊の羽音並のか細い声で喋り出したのである。

492ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:05:25 ID:U9W0lNME

「―――、――――…?」
「……私は単なる通りすがりの巫女さんよ。…まぁ今はワケあってこの国にいるけど」
 カーマンが一言二言分の小さな言葉を出した後、その数倍大きい声で霊夢が返事をする。
 アニエス達には彼が何を言っているのかまでは聞き取れないが、ここへ彼女を呼び出したからには何かワケがあるのだろう。
 そう思ったアニエスは霊夢に続いてしゃがみ込み、彼女の隣で話を聞こうとソット耳を傾けたのである。

「―――――、―――――」
「いや、見てないわ。私が駆け付けた時にはもう誰もいなかったし…」
 続けられる問いに霊夢は首を横に振るのを見た後、彼は更に質問を続けていく。
「――――、――――――――」
「…成程。確かに、ここから逃げようとって思うならそこしかないわよね?」
 風前の灯の様な彼の小さな言葉に彼女は納得したようにうなずき、下水道へと続く扉を注視する。
 そして数秒ほどで視線を元に戻したところで、再び彼女に話しかけた。
「―――――、―――――――――」
「…?ズボンの右ポケット…?ここかしら…」
「あっ…おい、勝手に被害者に触るんじゃない」
 何かお願いごとでもされたのか、急に彼のズボンの方へと手を伸ばしそうとた霊夢をアニエスが咄嗟に制止する。
 すんでの所で停止した所で彼女は後ろにゼッサールへと顔を向けて、「どうします?」と指示を仰いだ。
 ゼッサールはほんの数秒悩んだ後、先にズボンへと手を伸ばした霊夢に何を言われたのか聞いてみた。
「スマン、彼は今何と…?」
 ゼッサールからの問い霊夢は彼を無言で睨み付けたものの、あっさりと話してくれた。
「…自分はもう長くない。だから死ぬ前に頼みたい事があるから、ポケットを探ってくれ…って言ってたのよ」
「そうか…頼む」
 霊夢を通して初老貴族の要求を聞いた彼は、アニエスの肩を軽く叩いて許しを出す。
 これをOKサインだと判断した彼女はコクリを頷いてから、霊夢に代わってズボンの右ポケットを探り始める。
 
 薄い氷に包まれたズボンはとても冷たく、今にも自分の手までも凍ってしまいそうな程だ。
 夏であるにも関わらずその体はゆっくりと温度が下がり、薄らと肌に滲んでいた汗すらもひいていく。
 このまま探し続けていたら本当に凍ってしまうのではないかと思った矢先であった、アニエスが「…あった」という言葉と共に何かをポケットから取り出したのは。
 それは霜の点いた革袋で、袋越しにも分かる出っ張りから中身が何なのかは容易に想像できた。
 霊夢に代わって袋を取り出したアニエスが念のため口を縛っていた紐を解くと、中から金貨が数枚程零れ落ちた。
 慌ててそれを拾うと掌の上に置いて、様子を見ていた他の三人にもその金貨を見せてみる。
「…これって金貨?袋の中にもまだ結構な量が入ってるけど」
 霊夢が袋の中にある残りの金貨を見つめていると、再び初老貴族が何かを言おうとしているのに気が付く。
 少し慌てて耳を傾けると、彼はか細い声で彼女に何かを伝え始めたのである。

 先ほどとは違い、それは少しだけ長く感じられた。
 頭の中に残された理性を総動員させたかのように、彼は霊夢の耳に遺言とも言える頼みごとを伝えていく。
 正直なところ、それを聞くのが霊夢でなくとも良かったかもしれない。
 しかし霊夢自身はそれを聞き捨てる事無く耳を傾け、彼が残りの命を消費して喋る事を一字一句受け止めている。
 その表情に決してふざけたものなどなく、ただ真剣かつ静かに聞き届けていた。

493ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:07:08 ID:U9W0lNME
 やがて言いたい事は終わったのかカーマンが口を動かすのをやめると、霊夢はスッとアニエスの方へと顔を向ける。
 彼の言葉が気になったアニエスは「どうした?」と霊夢に尋ねると、彼女は彼が言っていた事を口にした。
「そのお金でブルドンネ街三番通りの裏手にピエモンっていう男がやっている店があって、そこで三番の秘薬を買ってほしいと言っていたわ…」
「秘薬?その袋の中の金貨でか?」
「一応店自体は存在しています。…あの男、違法かつ高値を吹っかけてきますが秘薬生成の腕は本物です」
 霊夢を通じて語られるカーマンからの言葉に、ゼッサールは袋の中身を一瞥しながら怪訝な表情を浮かべる。
 そこへすかさず街の地理に精通したアーソンが補足を入れた事で、ゼッサールはある程度納得することができた。
 確かに彼…もとい少女の言うとおりブルドンネ街の三番通り裏手には、そういう名前の男がやっている秘薬店は存在する。
 非合法なうえにバカみたいな値段で秘薬を売っているが、表通りで売っているポーション屋よりも効果があるというのは結構な数の人が知っていた。
 最も、その秘薬を調合するのにサハラ産の麻薬を使っている…という黒い噂もあるにはあるのだが。

 今は多忙で無理だが、いずれは徹底的に調べてやると改めて意気込むアーソンを余所に、
 アニエスはそれだけではないと、霊夢にカーマンの言っていた事は他にはないかと尋ねていた。
「…それで、そこで秘薬を買ったらどうすると言っていた?」
 その問いに霊夢はコクリ頷いて「もちろんあったわ」と答えた後、少し言葉を選びつつもしゃべり始めた。
 
「あぁ〜、確か…しぇる…じゃなかった、シュル…ピス…だったかしら?ここから少し離れた場所にある街にあるアパルトメントまで届けて欲しいって…。
 名前は―――…そう、『イオス』だったわ。そこの三階の一室に住んでる自分の奥さん…アーニャっていう人に、届けてくれないか…って私に言ってきたわ」
 
 慣れない発音に戸惑いつつも、最後まで言い終えた霊夢にアニエスは「そうか」とだけ返す。
 彼女にはカーマン氏の身元は話しておらず、本来なら自分たちしか知らない情報の筈であった。
 という事は、今話してくれた事は全て彼から伝え聞いたことであるのは間違いないだろう。
 霊夢をとおしたカーマンの遺言を聞き終えたアニエスは、スッとアーソンとゼッサールの二人へと視線を向ける。
 どうしますか?―――視線を通して伝わる彼女の言葉に答えたのは、同じ衛士隊のアーソンではなく、魔法衛士隊のゼッサールであった。
「彼もまた私と同じくトリステインの貴族。ならばその願いを応えてやるのが死にゆく者への弔いとなりましょう」
「…でしたら、秘薬の方は?」
「えぇ、住所さえ教えていただけたら私が秘薬を買い、そして彼の奥方へ届けます」
 我が家名と、貴族の誇りにかけて。最後にそう付け加えると、彼は人の良さそうな笑みを浮かべて言葉を続ける。

「…とは言いましても、一貴族がそんな酔狂な事をするかと疑われればそまでですがね」
「いいえ、貴方なら信用できます。確証はないですが、信頼できる人だ」
 軽い自虐とも取れるゼッサールの言葉にアニエスは首を横に振ると、彼に金貨の入った革袋を差し出してみせる。
 一衛士からの賞賛に彼はただ「そうか、ありがとう」とだけ返し、数秒の間を置いてその革袋を受け取った。
 掌の上にズシリとした微かな重みを感じつつ、渡されたソレを開けて再度中身の確認を行う。
 ちなみに、最初にアニエスが紐解いた際にこぼれ出た分は受け渡す直前に戻している。
 それでも念のためにと彼女の方へと視線を向けるが、それは相手も察しているのか大丈夫と言いたげに頷いて見せた。

 受け取るモノをしっかりと受け取った後で、ゼッサールは自分を見上げる初老の貴族へと視線を向ける。
 いつ息を引き取ってもおかしくない彼は、呆けた様な表情を浮かべていた。

494ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:09:49 ID:U9W0lNME

 一体彼が今何を考えているのか分からぬが、それでもゼッサールは死にゆく同胞に対しての礼儀を欠かさなかった。
 軍靴鳴らしてつま先を揃え、腰から抜いたレイピア型の杖を胸元で小さく掲げた彼は落ち着き払った声で彼に別れを告げる。
「では少し時間は掛かるかもしれませぬが…貴方の遺言、しっかり叶えてみせましょうぞ。カーマン殿
 自分と比べれば家は低く、決して裕福な生活では無かったものの、貴族として大先輩である彼への告別の言葉。
 その言葉と顔を見て本気だと理解できたのか、呆けた表情から一変して穏やかな笑みを氷の張りつく顔に浮かべた彼は必死に口を動かし―――

 ――…あ・り・が・と・う…。
 
 声無き言葉を彼に送った直後、その顔に穏やかな微笑みを浮かべたまま―――カーマンはその頭をガクンと項垂れさせた。
 直後、氷に大きな罅が入った時のような耳障りな音と共に彼の後頭部に、大きな一筋の亀裂が入る。
 それを見た霊夢は思わす「あっ…!」声を上げた彼の傍に寄ろうとするが、寸前にその足が止まってしまう。
 彼女だけではない、アニエスやアーソン…ゼッサールを除くその場にいた衛士達も息を呑んでカーマンの遺体を見つめている。
 正確には亀裂の入った彼の後頭部の隙間から夥しく溢れ出てくる、おぞましくも明るい赤色の血を。
 まるで切込みを入れた果実から溢れ出る果汁の様にそれは彼の耳を伝い、赤い絨毯を鮮やかな赤で染めていく。

 一切の動きを止めた彼に代わるかのように流れ出る鮮血が、薄暗い赤の上を伝って小さな血だまりを作る。
 それを黙って見降ろす霊夢達の背後、突如として陰惨な光景には似つかわしくない活発な声が聞こえてきた。
「通るわよ…って、いたわ!こっちよマリサ!」
「おぉそっちか…やれやれ、ちょっと遠回りした気分だぜ」
『気分も何も、実際遠回りしてたとおもうぜ』
 目の前に広がる光景とは剥離した少女達の声とそれに混じる男の濁声に、アニエスたちは思わず背後を振り返ってしまう.。
 それに一歩遅れる形で霊夢も振り返ると、そこには案の定聞きなれた声の主たちがいた。
 見慣れぬ書類一枚を片手に握った彼女は息を荒く吐きながら、じっと自分を睨んでいる。
 その彼女の背後、廊下の曲がり角からはいつものトンガリ帽子を被った魔理沙がヒョコッと顔を出している。
 直接目にしていないが、先ほどの濁声からして彼女の手には鞘に収まったデルフが握られているのが様に想像できた。
「ルイズ…それにマリサも?」
「おぉこれはミス・ヴァリエール…って、どうしてこんな所へ?」
 二階のラウンジに閉じ込められていたルイズと魔理沙の姿を見て霊夢は怪訝な表情を浮かべ、
 前もって事件の報告を聞いていたゼッサールも、目を丸くして驚いている。

「ミス・ヴァリエール!一体どうして…!?」
「おいっ!どこのどいつだ、彼女らを二階から出した馬鹿はッ!」
 そんな二人に対して、現場を任されていた衛士の二人は目の端を吊り上げて怒鳴り声を上げた。
 アニエスは怒りよりも先に困惑の色を浮かべて、ここまでやってきたルイズ達を見つめている。
 一方でアーソンは曲がり角の向こう側にいるであろう部下たちに聞こえる程の怒号を上げた。
 その怒声に部下である一人の衛士が慌てて彼の前に駆けつけ、敬礼の後に事の詳細を彼に教えよとする。
「は、はっ!実はミス・ヴァリエールはアンリエッタ王女殿下から特別な書類を貰っている事が判明しまして…」
「特別な書類?王女殿下から…?」
 若干体を震わせる彼の報告にアーソンではなくゼッサールが驚くと、タイミングよくルイズがその書類を見せようとした。

495ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:11:13 ID:U9W0lNME
「はい。実は私、姫殿下から女官として行動できる為の特別な許可……を……?」
 手に持っていた書類を掲げてゼッサール達に見せようとしたルイズはしかし、途中でその言葉を止めてしまう。
 その鳶色の瞳はただ真っ直ぐとアニエスたちの後ろ、霊夢のすぐ背後にある死体を見据えていた。
 途中で言葉が止まったルイズを見て訝しんだ魔理沙もすぐにその死体に気付き、息を呑んでいるようだ。
 「マジかよ…」と彼女にしては珍しい反応を見せて、視界の先で床に転がる白く赤いソレを見つめている。
 
「ルイズ」
 言葉を失い、ただただ死体を見つめているルイズを見て流石に心配してしまったのか、
 真剣な表情を浮かべたままの霊夢が彼女の名を呼ぶと、それに呼応するかのようにルイズは口を開く。
「ね、ねぇレイム?…もしかしてそこに転がってるのは――――」
「そうね。確かにお昼頃にぶつかった初老の貴族その人…だったわ」
 最後まで言い切る前に、やや残酷とも思える淡々とした感じで言葉を返した瞬間、
 ルイズの手から滑り落ちた書類が廊下の絨毯へと落ちる静かな音が、静かくて暗い天井に吸い込まれていった。


 王都の中心部に位置するトリステインの王宮は、日が暮れても暫くは多くの人が外へと続くゲートをくぐっていく。
 ゲートの前は厳重に警備されており、王宮所属の平民衛士や貴族出身の騎士たちが通る者の持ち物チェックなどを行っている。
 やや過剰とも思えるセキュリティであったが、場所が場所だけにそれを大っぴらに批判出来る者はいなかった。
 今日もまた多くの貴族たちが従者に鞄を持たせつつ持ち物を受けて、呼んでいた馬車に乗って自宅に帰っていく。
 彼らの大半は王宮内で書類仕事を行っており、街の近郊に建てられた豪邸を買ってそこで暮らしている。
 領地の運営等は代理任命した他の貴族に一任しており、彼らはもっぱら王宮で書類と睨めっこの日々を続けていた。
 
 そしてその貴族たちの列とはまた別の列には、いかにも平民と一目でわかる者達が書類片手に並んでいる。
 書類は往復可能な当日限定の通行手形であり、それを手にしている彼らは王宮の警護を一人された衛士達であった。 
 朝から働き、つい一時間前に夜間警備の者達と交代した彼らはこれから街で安い飯と酒で乾杯しに行く所なのである。
「ホイ、通行許可証。今から二時間、目的は夕食だ」
「あいよ。……それじゃあ、この前お前らが美味い美味いって絶賛してた屋台飯買って来てくれよ」
「おう、分かったよ」
 顔見知りである夜間警備の同僚の手で書類に印を押してもらい、ついでそれを折りたたんで懐へとしまう。
 次に持ち物検査をし、持ち出し厳禁の物を所持していない事を確認してからようやく外へと出られるのである。
 これで暫しの間自由となった彼らは一人、あるいは数人のグループを組んで次々と繁華街の方へと歩いていく。
 彼らの足が向かう先は唯一つ、美味い飯と安い酒に綺麗な女の子他達が大勢いるチクトンネ街だ。
 
 トリスタニアが昼と夜で二つの表情を持つのと同じように、王宮もまた夜の顔を見せていく。
 昼と比べて警備員の数が三割増しとなり、一部のエリアは固く施錠されて出入りを禁止される。
 庭園や渡り廊下にはかがり火が灯され、衛士や騎士達が槍や杖を片手に警備を行っていた。
 王宮内部の警備人員も増えて、槍型の杖を装備する騎士達が隊列を組んで絨毯の敷かれた廊下を歩いていく。
 鉢合わせてしまった侍女たちは慌てて廊下の隅に下がって道を譲り、通り過ぎる騎士達に頭を下げた。

496ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:13:08 ID:U9W0lNME
 その光景を上階の廊下から眺めていたのは…この王宮に住まう若く麗しき姫君、アンリエッタであった。
 ほんの少し手すりから身を乗り出して廊下を歩いていく騎士達を眺めていると、後ろからマザリーニ枢機卿の声が聞こえてくる。
「殿下、騎士団長殿から夜間警備の準備が完了したとの事です」
「…そうですか。でも報告しなくて大丈夫ですよ枢機卿?私はしっかり見ていましたから」
 マザリーニからの報告にアンリエッタはそう返すと手すりから身を放しと、彼を後ろに付けて自らの寝室へ向けて歩き始める。

 距離にすればそれ程遠くはない所にアンリエッタの新しい執務室があるのだが、そこへ至る過程が大変であった。
「…!一同、アンリエッタ王女殿下に向けて敬礼!」
「「「はっ!」」」
「…夜間警備、ご苦労様です。その調子で頑張ってくださいね」 
 途中すれ違った衛士達は立ち止まると勢いよく敬礼し、
「貴女は先週入ったばかりの新入りさんでしたね。どうですか、ここでの仕事は?」
「え?…えっと、大丈夫ですけど…」
「そうですか。…もし分からない事があれば、遠慮なく先輩方に質問してもよろしいですからね」
「いえ、そんな…こうして姫殿下に心配して頂けるだけでも、お気持ちを十分に感じられますから…」
 顔を合わせた侍女が新入りの者だと気づけば、ちゃんとやれているかどうか聞いてあげている。
 聞いてあげる…とはいっても単に一言二言程度であったが、それでも王族の者に話しかけられる事は滅多に無い事なのだ。
 衛士達はもとより、侍女は不可思議な申し訳なさとしっかりとした嬉しさを感じていた。
 
 そんな風に通りがかる者達に一々声を掛けていくと、自然と時間がかかってしまう。
 本当なら歩いて十分で辿り着くはずの執務室の前に辿り着くのに、十五分も掛かってしまった。
「ふぅ…少し前なら然程時間も掛からなかったけど。…けれども、不思議と不快とは思わないわね」
「臣下に気を配るのも王女の定めというものですが、流石に衛士や侍女にまで一々声を掛けるのは」
「あら?少なくともあの人たちは政や会議の大好きな方々よりもずっと私に役だっていますのに?」
 ドアの前でそんな会話を一言二言交えた後に、アンリエッタはドアの前にいる騎士に向かって軽く右手を上げた。
 それを合図に騎士はビシッと敬礼した後にドアの鍵を上げるとノブを捻り、なるべく音を立てぬようにドアを開けた。

 ドアを開けてくれた騎士にアンリエッタはニッコリと微笑みを向け、そのまま執務室へと入っていく。
 それに続いてマザリーニも主に倣って頭を下げて入室すると、騎士はソッとドアを閉めた。

 今後女王となる彼女が書類仕事をする際に使われる執務室は、歴代の王たちが仕事をしてきた場所である。
 立派な暖炉に書類一式とティーセットを置いても尚スペースが余る執拗机に、着替えを入れる為の大きなクローゼット。
 入り口から右を向けば壁に沿って大きな本棚が設置されており、収まっている本には埃一つついていない。
 そして執務の合間にやってきた客をもてなす為の応接間は勿論、今は閉じられているもののバルコニーにはロッキングチェアまで置かれている。
 極めつけは部屋の隅に設置された天蓋付きのダブルベッドであった。シングルではなく、ダブルである。
 執務室…にしてはあまりにも豪華過ぎる執務室を見回してみたアンリエッタは、少し呆れたと言いたげなため息をついてしまう。

「今日で五回目のため息ですな。何か執務室にご不満でも?」
「いえ、不満…というワケではないのだけれど…正直執務室にあのような大きなベッドは必要ないのではなくて?」
 相も変わらず今日一日のため息を数えている枢機卿にも呆れつつ、彼女は部屋の隅に置かれたダブルベッドを指さす。

497ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:15:11 ID:U9W0lNME

「シングルならまだ分かりますよ。でもダブルで天蓋付きだなんて…あからさま過ぎて破廉恥ではありませんか?」
「…私も詳しくは知りませぬが、歴代の王の中には名家の女性と親密になる必要もありました故…」
 隠すつもりの無いマザリーニからの言葉に、アンリエッタ思わず顔を赤くしてしまう。
 そして何を思いついたのか、ハッとした表情を浮かべると恐る恐る彼に質問をしてみた。
「歴代…とは、私の父も?」
「いえ。もし入っていたとしたら、先王の死因が病死ではなく王妃様との揉め事になっておりますよ」
「それを聞いて安心しました。…あぁいえ、あまり安心はできませんが」
 アンリエッタは父である先王があのベッドの上で゙極めて高度な交渉゙を行っていない事に安堵しつつも、
 これから自分があのベッドの置いてある部屋で執務をするという事に、多少の抵抗を感じていた。

 ひとまずマザリーニには明日にでもベッドをシングルかつシンプルな物に変えるよう頼んでいると…ふとドアがノックされた。
 アンリエッタがどうぞと入室を許可すると、ドアを開けて入口に立っていた騎士が失礼しますと言って入ってきた。
 怪訝な表情を浮かべた彼は敬礼をした後で気を付けの姿勢をして、アンリエッタに入室者が来ている事を報告する。
「殿下、お取込み中すいません。ただ今姫様に報告があるという事で貴族が一名来ておりますが如何いたしましょう?」
「それなら問題ありません。彼を通して上げてください」
「え…あ、ハッ!了解しました!」
 思いの外早かったアンリエッタからの許可に騎士は慌てて敬礼する。
 そして再び廊下へと出ると、彼と交代するかのように痩身の中年貴族が身を縮みこませて入ってきた。
 黒いマントに黒めの服装と言う闇夜にでも紛れ込むのかと言わんばかりの出で立ちをしている。

 年齢は五十代後半といった所か、一見すれば四十代にして老人と化しているマザリーニと同年齢に見えてしまう。
 ややおっとりしと雰囲気を醸し出す顔には緩めの微笑みを浮かべて、アンリエッタ達に頭を下げて挨拶を述べた。
「夜分失礼いたします。姫殿下、それに枢機卿殿も…」
「そう過剰に頭を下げずともよろしいですわ『局長』殿。…わざわざ忙しい中呼びつけたのは私なのですし」
 薄くなってきた頭頂部を見つめつつ、アンリエッタは自らが『局長』と呼んだ痩身の男へもう少し態度を崩しても良いと遠回しに言ってみる。
 しかし痩身の男は頭を上げると「いえ、滅相もありません」と言って自らの謙遜をし続けてしまう。
「私の所属する部署を立ち上げてくれた貴方の御父上である先王殿の事を思えば、つい自然と言葉を選んでしまうものなのです」
「…そうですか。私の父の事を思っての事であれば、そう無下にはできませんね」
 自身の父であり、歴代の王の中でも若くして亡くなった先王が再び出てきた事に、アンリエッタは神妙な表情を浮かべてしまう。
 平民に対して比較的優しい政策を取っていた先代のトリステイン国王は、有能であれば例え下級貴族であっても重要な地位に就かせていた。
 今こうして夜分に部屋へと呼びつけた痩身の彼も、その時に創立された『特殊部署』の指揮担当として採用されたのである。

 その後、一言二言の言葉を交えた後で三人は応接間のソファに腰を下ろしていた。
 一番最初に入室したアンリエッタが指を鳴らして点灯させた小型のシャンデリアが、部屋を眩く照らしている。

498ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:17:27 ID:U9W0lNME
「ふむ、この応接間に入るのも久々ですなぁ。長らく人が入っておらぬようですが、しっかり手入れが行き届いてる」
「そうですな…ところで殿下、あの剥製に何か気になる所でも?」
「あぁいえ。鷹や極楽鳥はともかくとして…風竜の仔なんて一体どこで手入れたのかと気になりまして…」
 マザリーニはふと、アンリエッタが応接間のの飾りとして置かれている剥製に視線が向いている事に気が付いた。
 彼女の趣味ではなかったが壁や部屋の隅には、鷹や仔風竜の剥製が躍動感あふれる姿勢で飾られている。
 良く見てみれば、隅に置かれている台座付きのイタチの剥製は毛皮の模様を良く見てみると幻獣として名高いエコーであった。
 注文したのか、はたまた歴代の王の誰かが直接狩ってきたのか…今となっては知る由も無い。

 ちょっとした見世物小屋みたいね…。あちこちに飾られた剥製に思わず目を奪われていると、
 それを見かねたであろうマザリーニが咳払い…とまではいかなくとも彼女に声を掛けた。
「あの、殿下…気になるのは分かりますが、今は局長殿の報告を聞くのが先かと」
「…あ、そう…でしたね。失礼いたしました」
「いえいえ。何、そう焦る必要はまだありませぬのでご安心を」
 枢機卿からの指摘でハッと我に返れた彼女は慌てて頭を下げてしまう。
 それに対して痩身の男――局長も頭を下げ返した後、ゴソゴソと自らの懐を探り始める。
 暫しの時間を要した後、彼がそこから取り出したのは幾つかの封筒であった。
 
 全部計三枚、どれも王都の雑貨店で売られている様な手製の代物である。
 星や貝殻のマークが散りばめられたそれらは、痩身かつ五十代の男には似つかわしくないものだ。
 それを懐から取り出し、テープ目の上に置いた局長は落ち着き払った声でアンリエッタに言った。
「ここ最近、タルブでの会戦終了直後から『虫』の動向を探った各種報告書です。どうぞ御検分を」
「…………わかりました」
 彼の言葉にアンリエッタは一、二秒ほどの時間を置いてからそれを手に取ってみる。
 糊付けされた部分を指で剥がして封筒を開けると、中には三、四回ほど折りたたまれた紙が入っていた。
 
 一見すれば手紙に見えるその一枚を、アンリエッタは丁寧に開いていく。
 やがてそれを開き終える頃には、彼女の手の中にはちゃんとした形式で書かれた報告書が完成していた。
 そこに書かれていたのは局長が『虫』というコードネームをつけている相手の、ここ最近の動向が書かれている。
 アンリエッタがそれを読み始めると同時に、局長は静かにかつ淡々と報告書の補足を入れ始めた。

「これまでの『虫』は自身に火の粉が及ばぬよう、細心の注意を払っておりましたが…ここ最近はそれに焦りが生じております。
 財務庁口座内にある預金の移動や分散などの額にその焦りが見られ、会戦後に引き出し額が右肩上りになっているのが分かりますか?」

 局長の説明にも耳を傾けつつ、報告書に書かれている事を目に入れながらもアンリエッタはコクリと頷く。
 報告書に書かれているのは『虫』が財務庁に預けている口座預金が、やや激しく減り続けている事に関して書かれている。
 不可解な口座からの引き出しに次いで、その金を国内外の各所にある銀行等に預けているのだ。

499ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:19:08 ID:U9W0lNME

 正確な額こそは調査中であるが、すでに『虫』が国の口座内で暖めていた全預金内の五分の三以上はあるのだという。
 それだけの額を持っているとなると…王族を別にすればかのラ・ヴァリエール家の全財産に相当するとも言われていた。
 そしてこの国随一名家を引き合いに出せる程の大金が幾つかの手順を経て、国内外へと移動していく。
 今後軍の再編などで財政を盤石にしたいトリステインとしては、この悪事を見逃す事など到底できなかった。

「これまでは複雑な手順、そして幾つものルートを経て幾つかの外国へ送金しており、追跡が困難だったのですが…
 先週からはまるで開き直ったかのようにそれらを全て単一化させて、一つの外国の財務庁へとせっせと送金しております」

 そんな説明を後から付け加えつつ、局長は懐から一枚のメモ用紙を取り出しテーブルに置く。
 アンリエッタとは報告書から目を離し、マザリーニもそちらへと視線を向けてメモに何が書かれているのか確認する。
 用紙に書かれていたのは四つの時刻であり、一見すれば何を意味しているのか分かりにくい。
 しかしマザリーニはこの時刻に見覚えがあったのか、もしや…と言いたげな表情を浮かべて局長を見遣る。
 分からないままであったアンリエッタが「これは…」と尋ねると、局長はまず一言だけ「移動手段ですよ」とのべた後に説明していく。
「王都発ラ・ロシェール行きの駅馬車と、中間地点にある道の駅で馬を借りれる時刻、そしてラ・ロシェールから出る商船の出航時間…」
 そこまで聞いてようやくアンリエッタは気が付いた。このメモに書かれている時刻に、『何か』が運ばれていたという事を。
「…!運び出す者への指示…という事ですか?しかし、これを一体どこで…」
「それもつい先週です。『虫』の館から急いで出てきた不審人物を局員が追跡し、落としていったそれを拾い上げたのです」
「御手柄ですな。…それで、その不審人物はどうしたのですかな?」
 自分たちが知らぬ間に思わぬ情報を提供してくれた彼に礼を述べつつ、マザリーニはその後の事を聞いてみる。
 しかし、それを聞かれた局長は残念そうな表情を浮かべると、その首を横に振りながら言った。
「どうやら追跡されていたのを『虫』側も気づいたのでしょう。道の駅にいた仲間と思しき男に胸を刺され、即死でした」
 その言葉に二人が思わず顔を見合わせた後、局長は自分の考えと合わせて事の経過を報告した。

 今回の件で殺されたのは二年前に『虫』の小間使いとして働いていた平民で、最近金に悩んでいたらしい。
 恐らくそこを元主の『虫』にそそのかされたのだろう。早い話、こちらの動きを探る為の捨て駒にされたのである。
「『虫』は我々の存在を知っている側。自分のしている事が御法度だと自覚していれば確実に監視されているだろうと警戒する筈です」
「だから今回、その元小姓を利用して監視がついているかどうか確認しようと…?」
 信じられないと言いたげなアンリエッタの言葉に、局長はゆっくりと頷いた。
 その頷きを肯定と捉えた彼女は目を丸くすると、狼狽えるかのように右手で口を押さえてしまう。
 
 此度の件の機密上『虫』と呼称してはいるが、その『虫』と呼ばれる者に彼女は色々と助けられてきたのだ。
 先王の代から王宮勤めで功績を上げて、幼子だった自分を抱いてくれたという話も彼や母の口伝いで聞いている。
 普段の仕事も宮廷貴族としては至極真面目であり、今やこの国の法律を司る高等法院で重要な地位に就いている身だ。
 その地位も貧乏貴族であった若い頃から築き上げてきた業績があってこそであり、並大抵の金を積んでも手に入る物ではない。
 アルビオンとの戦争が本格的に決まった際には、色々と言い訳を述べて遠征を中止するよう提言してきたが、それも全て国の為を思っての事。
 歴史を振り返れば、遠征の際には莫大な出費が掛かるもの。事実今のトリステインには自腹で遠征をできる程の財力は無い。
 今は財務卿や同席している枢機卿がガリア王国に借金の申請をしており、これから数十…いや半世紀は借金の返済に追われる事だろう。

 下手をすれば自分の自分の子の代にも背負わせてしまうであろう借金の事を考えれば、彼が遠征に反対する理由も何となく分かってしまうというもの。
 だからアンリエッタも彼――『虫』の事を内通者として疑いつつも、心の中では違うと信じていた。信じていたのだ
 しかし、その儚い希望は局長の報告によって、いとも容易く打ち砕かれてしまったのである。

500ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:21:09 ID:U9W0lNME
「……………。」
「殿下…」
 残念そうに項垂れるアンリエッタを見て、マザリーニは「そのお気持ち、分かります」と言いたげな表情を浮かべてしまう。
 流石の局長もこのまま話を続けていいのかと一瞬躊躇ったものの、心を鬼にしてなおも報告を続けていく。
「そ、それでは続きですが…その元小姓を殺した男は、逃げようとした所を駐在の衛士に取り押さえられましたが…目を離した隙に」
「…隠し持っていた毒を飲んで自殺、でよろしいですね」
 気を遣いつつも報告を続けていく局長はしかし、最後の一言を顔を上げたアンリエッタに奪われてしまう。
 直前まで項垂れていた彼女の顔は苦々しい色を浮かべてはいるが、疲れているという気配は感じない。

 前に進もう、という意思を感じさせる瞳に一瞬局長は唖然とした後、慌てつつも「あ、そうです」と思わず口走ってしまう。
 その言葉にアンリエッタは小さなため息と共に頷き、報告書の最後の行に目を通した。
「小姓を殺し、服毒自殺した男は身分証明できる物を持っておらず身柄不明。…これはプロとみて良いのでしょうか?」
「プロ…と言っても自殺できる度胸のあるプロの鉄砲玉と見てください。男については追々こちらで調べるとして…ここで二枚目に移りましょう」
 アンリエッタの質問にそう答えると、局長はテーブルに置いていた二枚の封筒の内もう二枚目を手に取って彼女に渡す。
 ドラゴンとグリフォンのイラストが描かれた男の子向けの封筒を開き、アンリエッタは中に入っている報告書を取り出した。
 そして一枚目と同じように開き、最初の数行を読んだところでギョッと驚いてしまう。
 封筒の中に入れられていた羊皮紙には、彼女が予想していなかった内容が書かれていたのだから。
 驚いた彼女を見てマザリーニもその羊皮紙の内容へと目を向け、次いで「これは…」と言葉を漏らしてしまう。
 ただ一人、この手紙を持ち込んだ局長だけは落ち着き払った態度で二人からの言葉を待っていた。

 それに気づいたのか、アンリエッタはスッと顔を上げると手に持った羊皮紙を指さしながら彼に聞いた。
「あの、局長これは…」
「明日の午後から明後日の夕方、殿下がシャン・ド・マルス練兵場の視察があると聞き、此度の『作戦』を提案致しました」
 局長からの返答にアンリエッタは何も返せず、もう一度羊皮紙へと目を戻すほか無かった。
 彼女が今手に持つその紙の上には、穏やかとはいえないその『作戦』の手引きが書かれている。
 どんな言葉を口にしたら良いか分からぬ彼女へ、局長は申し訳なさそうな表情を浮かべて言葉を続けていく。

「『虫』がある程度焦りを見せていると言っても、ヤツは未だにその化けの皮を脱ごうとする気配はありません。
 今回提案した『作戦』はいわば貴女を使った囮作戦。奴と、一時的に奴の配下になっている連中を炙り出す為のものです。
 殿下には視察を終えた後、道中休憩を取る予定である道の駅で私の部下と共に王都へいち早く戻って貰います。」

 文面にも書かれてはいたが、いざこうして書いた本人の口から言われるとまた違うショックを受けてしまう。
 大胆かつ急な作戦にアンリエッタが何も言えずにいると、それをフォローするかのようにマザリーニが局長に質問した。 
「しかし、それでは護衛を担当する魔法衛士隊や騎士隊のもの、ひいては王都警邏の者が騒ぎますぞ…」
「大いに結構。いなくなったときには王都中で殿下の大捜索『ごっこ』をしてもらいたい」
 ――――何せ、それがこの『作戦』の狙いなのですから。
 マザリーニからの質問で局長は最後に一言加えた後、この『作戦』の主旨を説明していく。

501ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:23:29 ID:U9W0lNME
「……………。」
「殿下…」
 残念そうに項垂れるアンリエッタを見て、マザリーニは「そのお気持ち、分かります」と言いたげな表情を浮かべてしまう。
 流石の局長もこのまま話を続けていいのかと一瞬躊躇ったものの、心を鬼にしてなおも報告を続けていく。
「そ、それでは続きですが…その元小姓を殺した男は、逃げようとした所を駐在の衛士に取り押さえられましたが…目を離した隙に」
「…隠し持っていた毒を飲んで自殺、でよろしいですね」
 気を遣いつつも報告を続けていく局長はしかし、最後の一言を顔を上げたアンリエッタに奪われてしまう。
 直前まで項垂れていた彼女の顔は苦々しい色を浮かべてはいるが、疲れているという気配は感じない。

 前に進もう、という意思を感じさせる瞳に一瞬局長は唖然とした後、慌てつつも「あ、そうです」と思わず口走ってしまう。
 その言葉にアンリエッタは小さなため息と共に頷き、報告書の最後の行に目を通した。
「小姓を殺し、服毒自殺した男は身分証明できる物を持っておらず身柄不明。…これはプロとみて良いのでしょうか?」
「プロ…と言っても自殺できる度胸のあるプロの鉄砲玉と見てください。男については追々こちらで調べるとして…ここで二枚目に移りましょう」
 アンリエッタの質問にそう答えると、局長はテーブルに置いていた二枚の封筒の内もう二枚目を手に取って彼女に渡す。
 ドラゴンとグリフォンのイラストが描かれた男の子向けの封筒を開き、アンリエッタは中に入っている報告書を取り出した。
 そして一枚目と同じように開き、最初の数行を読んだところでギョッと驚いてしまう。
 封筒の中に入れられていた羊皮紙には、彼女が予想していなかった内容が書かれていたのだから。
 驚いた彼女を見てマザリーニもその羊皮紙の内容へと目を向け、次いで「これは…」と言葉を漏らしてしまう。
 ただ一人、この手紙を持ち込んだ局長だけは落ち着き払った態度で二人からの言葉を待っていた。

 それに気づいたのか、アンリエッタはスッと顔を上げると手に持った羊皮紙を指さしながら彼に聞いた。
「あの、局長これは…」
「明日の午後から明後日の夕方、殿下がシャン・ド・マルス練兵場の視察があると聞き、此度の『作戦』を提案致しました」
 局長からの返答にアンリエッタは何も返せず、もう一度羊皮紙へと目を戻すほか無かった。
 彼女が今手に持つその紙の上には、穏やかとはいえないその『作戦』の手引きが書かれている。
 どんな言葉を口にしたら良いか分からぬ彼女へ、局長は申し訳なさそうな表情を浮かべて言葉を続けていく。

「『虫』がある程度焦りを見せていると言っても、ヤツは未だにその化けの皮を脱ごうとする気配はありません。
 今回提案した『作戦』はいわば貴女を使った囮作戦。奴と、一時的に奴の配下になっている連中を炙り出す為のものです。
 殿下には視察を終えた後、道中休憩を取る予定である道の駅で私の部下と共に王都へいち早く戻って貰います。」

 文面にも書かれてはいたが、いざこうして書いた本人の口から言われるとまた違うショックを受けてしまう。
 大胆かつ急な作戦にアンリエッタが何も言えずにいると、それをフォローするかのようにマザリーニが局長に質問した。 
「しかし、それでは護衛を担当する魔法衛士隊や騎士隊のもの、ひいては王都警邏の者が騒ぎますぞ…」
「大いに結構。いなくなったときには王都中で殿下の大捜索『ごっこ』をしてもらいたい」
 ――――何せ、それがこの『作戦』の狙いなのですから。
 マザリーニからの質問で局長は最後に一言加えた後、この『作戦』の主旨を説明していく。

502ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:25:07 ID:U9W0lNME
「今回提案した作戦において重要なのは、今も尚高みの見物をしている『虫』を表に引きずり出す事です。
 先ほども話したようにヤツは今焦りを見せておりますが、狡賢く知略に長けている故に今はまだ鳴りを潜めています。
 ですが奴といえども、王家である貴女が奴の知らぬ存じぬ所で消えれば、いくら『虫』といえどもそこから来るショックは相当なものでしょう
 そして今、『虫』の手元にいる配下の大半はこの国の出身ではなく、かの白の国――あのアルビオンからやってきた連中です。
 彼らは今現在『虫』の指示で動いていますが、それは本国からの指示だからであって、彼ら自身は『虫』に忠誠を誓ってはいません。
 その気になれば今は派手に動かない『虫』の意思を無視して大胆な行動に移れるでしょうが、『虫』はそれを望んでおれず絶らず彼らを牽制している。
 アルビオンの者たちも、一向に動かない『虫』に痺れを切らしかけている。……そんな現在の状況下で、殿下が失踪した!などという情報が流れれば…」

 局長が最後に口にした自分の失踪と言う言葉を聞いて、アンリエッタはようやく彼の言いたい事に気が付く。
 ハッとした表情を浮かべ、羊皮紙を握る手に自然と力が入り、その顔には微かだが怒りの色が滲み出てくる。
「つまりはこの私を釣り餌に見立てて、双頭の肉食魚を釣ろうという魂胆なのですね?」
「そういう事です。衛士隊や騎士隊の者達には、盛り上げ役として頑張ってもらいます」
 流石にこれは怒るだろうと思っていた局長は、微かな怒りを見せるアンリエッタに頭を下げつつ言った。
 黙って聞いていたマザリーニも流石に怒るのは無理も無いと思ってはいたが、同時に効果的だという評価も下していた。
 影武者を用意するという方法もあったであろうが、相手が『虫』ならばそれがバレてしまう可能性が高い。
 そうなればすぐに仕組まれた計画だと気づかれて、作戦が台無しになってしまう。
 
「……分かりました。多少…どころではない不安は多々残りますが、貴方の事を信用すると致しましょう」
「ありがとうございます殿下。我々も最善を尽くして此度の作戦を成功させてみせますゆえ」
 まだ怒っているものの、一応は納得してくれたアンリエッタに局長は深々と頭を下げる。
 確かに彼女の不安は仕方ない物だろう。作戦の概要を見たのならば尚更だ。
 そんな作戦に彼女は協力してくれるというのだ、失敗は絶対に許されない事となった。

 局長は作戦の人員配置をどうしようとかと考えを巡らせつつ、下げていた頭をスッと上げる。
「では詳しい事は明日の朝一番に…それでは最後となりましたが、その三枚目の封筒を…」
 彼はテーブルに置かれた最後の一枚…先の二枚よりも二回り大きい茶色の封筒を手に取り、アンリエッタへと手渡した。
 彼女はそれを受け取り封を切る、その前に気が付いた。封筒の中に入っているのは一枚の紙ではない事に。
 恐らく自分の指の感触が正しければ、最低でも十枚ぐらいだろうか?少なくとも数十枚の紙が入っている気がした。
「あの、局長。これは…?」
「先月殿下から許可を頂いた、当部署の人員を増加に関して、我々が在野から探し当てた者達のリストです」
 自分の質問にそう答えた局長の言葉に、アンリエッタは今度こそ封を切って中身を取り出してみる。
 
 案の定、中に入っていたのはこの広い世界のどこかにいるであろう人間の個人情報が書かれた紙であった。
 最初に目に入ってきたのは、用紙の左上に描かれた褐色肌の男の似顔絵であり、顔立ちからして四〜五十代のゲルマニア人であろうか?
 似顔絵の下には詳しい個人情報が記載されており、その一番上の行には彼の名前であろう『オトカル』という人名が書かれていた。
 個人情報もかなり詳細に書かれており、彼が元ゲルマニア陸軍の軍事教官で現在は早めの余生を過ごす為ドーヴィルで暮らしている様だ。
 それと同じような似顔絵と個人情報でびっしり覆われた紙が最初の彼を合わせて、十二枚も封筒の中に入っていたのである。
 アンリエッタは十秒ほど書類を見た後に次の一枚を捲り、もう十秒経てば捲り…
 それを繰り返して局長の持ってきた書類を確認していると、それを持ってきた本人が口を開いた。

「殿下も知ってはおられますが我が部署では貴族、平民の身分は必要ありませぬ。唯一求めているのはいかに゙有能゙か?それだけです。
 最初の一枚目の元教官は平民ですが、現在もゲルマニア南部の紛争地帯で活躍している幾つかの精鋭部隊を育て上げた有能な教官であります。
 そして今姫様が確認している女性貴族は元『アカデミー』の職員で、方針に反する『魔法を用いた対人兵器』を自作したとしてクビになり、現在は王都の一角にある玩具屋で働いてます」

503ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:27:08 ID:U9W0lNME
 局長の説明を聞きつつもアンリエッタは書類と睨めっこし、マザリーニも「失礼」と言ってその中から一枚を抜き出して読み始める。
 確かに彼の言うとおり、この書類に名前が載っている人間の経歴は貴族や平民といった枠組みを超えていた。
 現在服役中である開錠の名人に思想的にはみ出し者となっているが総合的に優秀な成績を持つ魔法衛士隊の隊員に、平民にして貴族顔負けの薬学知識を持っている女性。
 一体どこをどう探せばこれだけのイロモノを集められるのかと聞きたくなるほど、多種多様な特技を持つ変わり者たちがピックアップされていた。
 今現在国内にいる無名の人材たちを眺めつつ、アンリエッタは思わず感心の言葉を口に出してしまう。
「それにしても良くこれだけ探せましたね。特に条件付けはしていませんでしたから、ある程度幅が広がったのもあるでしょうが…」
「情報を探る事は我々の十八番ですので。この時の事を想定して常に一癖も二癖もある人物にはマークをしておりましたので」
 成程、どうやら自分から許しを得る前にある程度人材探しをしていたのか、随分と用意周到な人だ。
 並の宮廷貴族より準備万端な局長に感心しつつ、アンリエッタは一旦書類から顔を上げて満足気のある表情で頷いた。

「分かりました。貴方の部署はこれまで日陰者でしたし、ここまで調べてくれていたのなら私から言う事はありません」
「では人材確保はこのまま進める方針で?」
「えぇ、お願いします。ただ、軍に属している者については少し上層部の将軍方とお話する必要はありますが」
 王女から直々の許しを得た局長ホッと安堵した後に、慌てて頭を下げると彼女に礼を述べた。
 アンリエッタはそれに笑顔で返してから、一足遅れて書類を見ているマザリーニはどうなのかと促してみる。
 老いかけている枢機卿も先ほどの彼女と同じく書類から一旦視線を外し、それから局長を見てコクリと頷いて見せた。
 それを肯定と受け取ったのか、局長は枢機卿にも礼を述べるとすぐさまこれからの方針を話していく。
「それでは軍属の者以外に関しては我々からアプローチをかけます故、軍部との説得は何卒朗報を期待いたします」
「分かりました。今の将軍方なら、今回の増員計画にも賛成してくれる事でしょう………って、あら?」

 アンリエッタもアンリエッタ局長とそんな約束を交えた後再び書類へと目を戻し、ラスト一枚の人物が女性である事に気が付いた。
 まるで収穫期の麦の様に金色に輝く髪をボブカットで纏め、鋭い目つきでこちらを睨んでいるかのような似顔絵が印象的である。
 経歴からして平民であるのはすぐに分かるが、王都にあるいちパン屋の粉ひき担当から王都衛士隊の隊員という経歴は変に独特であった。
 しかし衛士になってからの業績は中々であり、女だというのにも関わらず衛士としては非常に優秀という評価が書かれている。
 他の九人と比べればやや地味ではあるが、その経歴故に気になったのかアンリエッタは局長に彼女の事を聞いてみる事にした。
「あの局長殿?彼女は…」
「ん?あぁこの人ですか。実は彼女は私が見つけましてな、彼女には是非とも我々の元で『武装要員』」として働いて貰いたい思ってましてな…確か愛称は、ラ・ミランと言いましたかな?」
「ラ・ミラン(粉挽き女の意)…?」
 愛称と言うよりも蔑称に近いその呼び名を思わずアンリエッタが復唱すると、局長はコクリ頷きながら言葉をつづけた。
「ラ・ミランのアニエス。王都の平民や下級貴族達の間では下手な男性衛士よりも怖れられております」

504ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:29:07 ID:U9W0lNME
――――貴女、少し長めの旅行をしてみる気はないかしら?
 あの八雲紫が夜遅く帰ってきた魔理沙の元に現れるなり、そんな事を聞いてきたのは午前一時を回った頃だろうか。
 何の前触れも無く人様の家の中、しかもベッドの上に腰かけていたのである。まぁ何の前触れも無く人の目の前に現れるのはいつもの事だが。
 パジャマに着替えて、歯も磨き終えて髪も梳き、眠たくなるまで読もうと思っていた本を片手にした彼女は最初何て言おうか迷ってしまった。
 何せこれから入ろうとしたベッドを事実上占拠されてしまったのだ、旅行とは何か?と質問すれば良いのか、それとも抗議すれば良いのか良く分からず、結局のところ…

「人がこれから寝ようって時に、何やら面白そうな話題を持ちかけてくるのは反則じゃないか?」
「あら失礼、今からの時間帯は私たちの時間帯だって事を忘れてないかしら」
 そんなありきたりな会話を皮切りにすることしかできず、しかし彼女が持ちかけてきた話をスムーズに聞く事が出来た。
 結果的にそれが功をなしたのか、晴れて霧雨魔理沙は霊夢と共にルイズのいるハルケギニアへと赴く事となったのである。


 朝のブルドンネ街は、昨晩の華やかさがまるで一時の夢だったかのように静まっていた。
 夕暮れと共に開き、夜明けと共に終わる店が多い故に今の時間帯のブルドンネ街と比べれば一目瞭然の差があった。
 それでも人の活気は多少なりとあり、繁華街に店を持つ雑貨屋やパン屋などはいつも通り商売をしている。
 通りの一角にあるアパルトメントの入り口では大家が玄関に水を撒き、たまたま通りかかった野良猫がそれを浴びて悲鳴を上げる。
 そこから少し離れた広場では主婦たちが朝一番の世間話に花を咲かせ、その後ろを小麦粉を満載した荷馬車が音を立てて通っていく。
 もしもこの国へ始めて来た観光客が見れば、この街が夜中どんなに騒がしくなるかなんて事、想像もつかないに違いないだろう。
 
 そんな極々ありふれたハルケギニアの街並みを見せる日中のブルドンネ街の一角にある店、『魅惑の妖精』亭。
 夜間営業の居酒屋であり、他の店と比べて可愛い女の子達が多い事で有名な名店も、今はひっそりとしている。
 ここだけではない。この一帯にある店は殆どがそうであり、まるで時間が止まったかのように活気というものがない。
 店で働く人々は皆家に帰ったか、もしくは店内にある部屋で軽い朝食を済ませてベッドで寝ている時間帯だ。
 『魅惑の妖精』亭もまた例に漏れず、住み込みの店員達は皆今夜の仕事に備えてグッスリと眠っている。
 その店の屋根裏部屋…長い事使っていなかったそこに置かれたベッドの上で、霧雨魔理沙は目を覚ました所であった。

「………九時四十五分。てっきり一、二時間ぐらい経ってるかと思ったが、あんがい寝れないもんなんだな」
 黒いトンガリ帽子をコートラック掛けている意外、いつもの服装をしている彼女は持っていた懐中時計を見ながら呟く。
 ルイズと霊夢の三人で朝食を済まし、そのすぐ後に用事があると言って出て行った二人と見送ってから丁度四十五分。
 特にする事が無かったのでベッド横になっていたら自然と眠っていたようで、今二度寝から目覚めたばかりなのである。
 しかし寝起き故にハッキリしない頭と妙に重たい瞼の所為で、ベッドから出たいという欲求が今一つ湧いてこない。
 いっその事このまま三度寝を敢行しようかとも思ったが、流石にそれは怠け過ぎだろうと自分に突っ込んでしまう。
(流石に三度寝となるとだらけ過ぎになるし、寝ている最中にどちらかが帰ってきたら何言われるか分からんしな)
 そういうワケで魔理沙は一旦軽く体の力を抜いて一息つくと、勢いをつけて上半身を起こした。

「ふぅ…ふわぁ〜…」
 ウェーブとはまた違う寝癖が一つ二つ出ている髪を弄りながら、彼女は口を大きくあけて欠伸をする。
 次いでゴシゴシの目を擦るとベッドから降りて、朝の陽光が差す窓を開けてそこから通りを見下ろした。
 霊夢が綺麗にしてくれた窓際に右肘を置いて顔だけを窓から出すようにして、外の空気を口の中に入れていく。
 横になっていた時と比べて瞼は随分と軽くなった気はするが、頭の方はまだまだ重いという物を感じを否めない。

505ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:31:08 ID:U9W0lNME
「うぅ〜ん、まぁ一時間もすりゃ直ってるだろうし…なぁデルフ、って…あいつは霊夢が持っていっちゃったか」
 二度寝から目覚めたついでにデルフと下らない世間話をしようかと思った所で、今はここにはない事を思い出す。
 ただ一人取り残された普通の魔法使いはため息をつくと、顔を上げて王都の青空を仰ぎ見て呟いた。
「あれから二日経ったが…街が広いせいかあんな事があったっていうのに平和なもんだぜ」
 澄んだ青空に白い雲、その下にある平和な街並みを交互に見比べながら、彼女は思い出す。
 二日前にこの街最大の劇場で起きた、異様かつ奇怪な殺人事件が起こったという事を。

 …二日前、ここ王都最大の劇場タニアリージュ・ロワイヤル座でその事件は起こった。
 男性の下級貴族が一人、劇場内で奇怪的な惨殺死体となって発見されたのである。
 被害者は無残にも手足をもがれ、更に夏だというのにも関わらず全身をほぼ氷で覆われているという状態で。
 当然警備員たちが発見したその直後に劇場は緊急封鎖、公演予定だった劇は全て中止となってしまった。
 最初こそ責任者と駆けつけた衛士隊の指示で全員が外に出れなかったが、一部の貴族が開放を強請してきた為に止むを得ず開放。
 結果的に残ったのは、第一発見者とその関係者だけであった。
 そしてその第一発見者こそが博麗霊夢であり、関係者は魔理沙とルイズ達である。

 一昨日の騒動を振り返りつつ、その時がいかに大変だったのか思い出した魔理沙は溜め息をついてしまう。
「全く、もう二度と無いかと思ってたが…まさか一度ならず二度までも取り調べを受けるなんて…」
 現場検証が終わり、被害者の遺体を最寄りの詰所に搬送した後霊夢達一同は当然の様に取り調べを受けるハメになってしまった。
 ルイズやその姉であるというカトレアという名の女性は普通に聞き込みだけで済んだが、全員が衛士達の思うように進むワケがない。
 魔理沙は先に取り調べのキツさを知っていたので、答えられる事に関しては素直に答えてスムーズに事を済ませることができた。
 折角の休日を台無しにしてしまったシエスタは常に半泣き状態だったらしく、逆に心配されたというのは後で聞いた。
 カトレアと一緒にいたニナという女の子の取り調べはしても意味が無いと衛士は判断したのか、別の部屋で迷子担当の女性衛士と一緒にいたらしい。
 そして魔理沙自身も気になっていたあの霊夢と何処か似ている巫女服の女も、答えられる分の質問にはあっさり答えてすぐに終わった様である。
 しかしその一方で霊夢は強面の衛士達に囲まれても尚我を失わず、強気な態度でもって彼らと論争したのだという。
 一緒にいたデルフ曰く、最初こそ大人しくしてたらしいのだが、取り調べ担当者の威圧的な態度が気に入らなかったらしい。
 まぁ霊夢らしいといえば霊夢らしい。お蔭で一時間で終わる筈だった取り調べは三時間近くまで延長される事になってしまった。

 結果的にその日は二十二時辺りに解放され、カトレア一行とはその場で別れる事となった。
 ルイズはカトレアから今現在の所在地を聞き、ついで姉もまた妹に所在地を聞いて目を丸くしていたのは今でも覚えている。
「…珍しいわねルイズ?貴女がそんな所に泊まっているだなんて」
「え?えーと、まぁその…これには色々とワケがありまして…」
「ふふ、別に怪しがってるワケじゃないのよ。若いうちは色んな場所へ行っておけば良いと思っただけ」
 そんなやり取りをした後で劇場前の詰所で解散、ルイズ一行は絶賛営業中だった『魅惑の妖精』亭へと帰ってこれる事が出来た。
 店の方でも今日起こった事件の事が話題になっていたのか、帰って来るなり店長のスカロンと娘のジェシカが詰め寄ってきたのである。
 ジェシカはともかくスカロンは奇怪な叫び声を上げて自分たちを抱擁しようとしてきたので、入って早々慌てて避ける羽目になってしまった。
 ルイズはおろかシエスタまで一緒になって避けた後で、「あぁん、酷い!」と嘆きつつも彼は無事に帰ってきてくれた事を喜んでくれた。

「もぉお〜心配したのよ貴方たちィ!…でも、その様子だと取調べだけで済んだ様でミ・マドモワゼルも安心したわぁ〜!」
「結構大事だったらしいけれど…、まぁアンタ達ならシエスタも含めて無事だろうとは思ってたよ」
 スカロンのオーバーすぎる喜びの舞いと、それに対して落ち着きを見せているジェシカを見て本当に親子かどうか疑ってしまう。
 何はともあれ無事に帰ってきたその日は夕食を摂る元気も無く、四人とも死んだように眠るほかなかった。
 …それから二日が経った今日、朝のブルドンネ街はいつも通りの静けさを取り戻している。

506ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:33:18 ID:U9W0lNME
「何もかもいつも通りならそれはそれで良いんだろうが、霊夢はともかくルイズはどうなんだろうなぁ〜…」
 頭上の空から眼下道路へと視線を変えた魔理沙は、朝早くから外出しているルイズの事が気になってしまう。
 昨日はあんな事件があったという事で凹んでいたのか、一日外に出ず屋根裏部屋で考え事をしながら過ごしていたのを思い出す。

 流石に死体を間近で見てしまったという事もあって食欲も無かったが、それは仕方ない事だろう。
 仕事柄そういうのを見慣れている霊夢はともかくとして、あれだけ損壊した死体を見たのだ。
 むしろそれを見た翌日からガツガツと平気な顔して飯食ってる姿を見たら、逆に心配してしまうものである。
 しかし今日の朝食に限っては、少し無理をしてでも口の中に食べ物を突っ込んでいたような気がしていた。
 ジェシカが用意してくれていたサンドウィッチを一口食べてはミルクで半ば飲み込むようなルイズの姿は記憶に新しい。
 今朝見たばかりの出来事を思い出した魔理沙は、ふと彼女が何処へ行くために外出したのか何となく分かってしまった。

「もしかしてアイツ、一昨日教えてもらったお姉さんのいる所へ行ったのかねぇ?」
 劇場で出会ったルイズの姉カトレア。ウェーブの掛かった桃色の髪以外は、ルイズとは正反対の姿をしていた女性。
 衛士隊の詰所で別れる直前に互いの居場所を教え合っていた事を、魔理沙は思い出す。
 魔理沙と霊夢はその場所について聞き覚えは無かったものの、どうやらルイズはその場所を知っているらしい。
 姉からその場所を聞いたルイズは、納得と安堵の表情を浮かべていたのである。
 それが何処にあるのか魔理沙には皆目見当がつかなかったものの、恐らくはこの王都内にいる事は間違いないだろう。
 でなければ学院のマントをバッグに詰めた以外、軽い服装で街の外なんかに出るワケはないのだから。
 一体何の用があってそこへ赴くのかは良く知らないが、きっと久方ぶりの姉妹二人きりの時間としゃれ込みたいのだろう。

 今の自分には全く無縁なそれを想像してしまい、それを取り払うかのように慌てて首を横に振る。
「はぁ…全く、縋れるお姉さんがいるヤツってのは羨ましいねぇ。………って、お姉さん?あれ?」
 自分の口から出た『お姉さん』という単語を耳にして、魔理沙はふと思い出した。
 カトレアとは別に出会ったことのある、ルイズのもう一人の姉―――エレオノールの事を。
 ルイズよりもややキツイ釣り目と、彼女以上の平らな胸と顔を除けばカトレア以上に似てない箇所が多かったルイズのもう一人の姉。
 王宮でルイズの頬を抓っていた光景を思い出した魔理沙はカトレア比較してしまい、思わずその顔に苦笑いを浮かべてしまう。
「あぁ〜…何というか、アレだな。ルイズのヤツって優しい姉と厳しい姉の両方がいて色々と恵まれてるんだなぁ〜…」
 改めて自分とは全く正反対なルイズの家庭環境に、普通の魔法使いは何ともいえない表情を浮かべてしまう。
 これまで聞いた話から察するに両親は健康だろうし、飴と鞭の役割を担ってくれるお姉さんたちもいる。
 家がお金持ちというのは共通しているのだろうが、正直魔理沙本人としてはそれはあまり口にしたくない事であった。

 実家の事を思い出しそうになった魔理沙はハッとした表情を浮かべると、急に自分の頬を軽く叩いたのである。 
 パン!と気味の音を立てて気合を入れなおした彼女は、考えていた事を忘れる様にもう一度首を横に振る。
「あぁヤメだヤメ!家の事を思い出してたらあのクソ親父の事まで思い出すからもうヤメヤメ!」
 自分に言い聞かせるかのように叫びつつ、二度三度と頬を軽く叩き、何とか忘れようとする。
 その叫び声に気づいてか通りを歩く人々の何人かが顔を上げて、一人頬を叩く魔理沙を見て怪訝な表情を浮かべて通り過ぎていく。
 
 その後、魔理沙が落ち着けるようになったのは数分が経ってからであった。 
 やや赤くなった頬を摩りつつ、ベッドに腰を下ろした彼女は溜め息をついて項垂れていた。
「はぁ…何だかんだで私も相当疲れてるっぽいな。…ルイズはともかく、霊夢があんなにいつも通りだっていうのに」
 まだまだ一日はこれからだというのに疲れた気がして仕方がない彼女は、ふとここにはいないもう一人の知り合いの事を思う。

507ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:35:22 ID:U9W0lNME
 多少落ち込んでいた所を見せていたルイズ違い、流石妖怪退治を専業とする博麗の巫女と言うべきだろうか。
 彼女や自分よりも被害者を間近で見ていたにも関わらず、昨日は朝から夜までずっと外で飛び回っていたというのだ。
 恐らく被害者を無残な目に遭わせたヤツの正体を何となく察したのであろう、そうでなければ彼女がここまで積極的になるワケがない。
 しかも大抵は部屋に置きっぱなしで合ったデルフも持って行っている辺り、結構本腰を入れて探しているのだろう。

 魔理沙自身も、被害者の損壊具合を聞いて相手は人間ではないのだろうと何となく考えてはいた。
 こういう時は彼女に負けず劣らず自分も探しにいくべきなのだろうが、生憎な事に肝心の『アテ』がここにはない。
 幻想郷ならばある程度土地勘も聞くので何かが起こった時には何処を捜すべきか何となくわかるものの、ここはハルケギニアだ。
 まだ王都の広さになれない魔理沙にとっては、何処をどう探していいか分からないのである。
 霊夢ならばそこらへん、持ち前の勘の良さと先天的才能でどうにもなるのだろうが、自分はそこまで勘が良くないという事は知っている。
 無論、並みの人よかあるとは思うのだが…霊夢のソレと比べれば文字通り月とスッポン並みの格差があるのだ。
「…まぁ、そういう考えはアイツからしてみれば単なる言い訳に聞こえるんだろうなぁ〜」
 そう言いながら魔理沙は窓から離れ、そのまま階段を使って一階にある手洗い場へと下りていく。
 このまま屋根裏部屋に居ても、仕方がないと思ったが故に。

 少しして用を済まし、手洗い場から出てきた彼女はハンカチで手を拭きながら備え付けの鏡で髪型を整えていく。 
「全く気楽なモンだよ。ま、それを含めて全部博麗霊夢の強みの一つってヤツなんだがね」
 目立っていた寝癖を手早く直すと再び屋根裏部屋へと戻り、新しい服を用意してソレに着替えて始める。
 それを手早く終えるとそこら辺の木箱の上に置いていた帽子とミニ八卦炉を手に取り帽子の中に仕舞う。
 ミニ八卦炉を中に収めたトンガリ帽子は妙に重みが増すものの、それを被る本人にとっては既に慣れた重さであった。
「今の所アイツが何を捜してるのかまでは、良く知らんが…知らんから私も無性に気になってくるぜ」
 そして壁に立てかけていた箒を手に取ると、先ほどまで寝起き姿であった魔理沙がしっかりとした身だしなみをして佇んでいた。
「まぁ特にすることは無いが…無いからこそいつも通りアイツの後を追ったってバチは当たらんだろうさ」
 最後に持ち運んでいた鞄の中から幾つか『魔法』入りの小瓶を取り出しポケットに詰め込んでから、再び一階へ戻っていく。
「鬼が出るか蛇が出るか?…いや、この世界なら竜も出たっておかしくはないぜ」
 先ほどまで沈みかけていた自分の気持ちを、水底から引き上げる様な独り言を呟きながら。

 軽快な足取りで静かな一階へ辿り着いた彼女は、ふと厨房の方にある裏口を通ってみようかなと思った。
 いつも出入りに使っている表の羽根扉は目の前にあり、そのまま五、六歩進めば通りに出られるというのにも関わらず。
 所謂というモノなのだろう。それとも今日だけは普段と違う場所から店の外に出たいと考えたのだろうか。
「…まぁこの店の裏手には入った事ないからな、一目見ておくのも一興ってヤツかな」
 自分を納得させるかのように呟きながら羽根扉の方へと背を向けて、彼女は厨房の方へ入っていく。
 綺麗に掃除されたタイル張りの床を歩き、フックに掛けられた調理器具などを避けつつ裏口へ向かって進む。
 やがて二分と経たない内に厨房は終わり、魔理沙は店の裏側へと入った。
 どうやら裏口だけではなく、ちょっとした物を置くための廊下も作ってあるらしい。
 表の二階と比べてやや埃っぽさが残る廊下の左右を見渡してみると、左の方に外へと続くドアがある。

508ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:37:13 ID:U9W0lNME
「…ふーん、成程。食材とかは全部あそこの裏側から運び入れてるってコトかねぇ?」
 そんな事を一人呟きながら少し広めの廊下を進み、裏口の前でピタリと足を止めた。
 丁度扉の真ん中にはガラス窓が嵌め込まれており、そこから店の裏にある路地裏を覗き見る事が出来る。
 やや大きめに造られている道からして、やはりここからその日の食材を搬入しているのだろう。
 道の端で丸くなっている野良猫以外特に目立つモノが無いのを確認してから、彼女は普通のドアを開けた。
 途端、朝早くだというのにすっかり熱せられた外の空気が入り込み、廊下の中へと入り込んでくる。
 一瞬出るかどうか躊躇ったものの、すぐにそんな考えを頭の中から追い出して彼女は外へと出ようとした。
 
 今も尚微かに残る頭の中のもやもやを忘れようと、いざ王都の真っただ中へと踏み込もうとした彼女は、
「キャッ…!」
「うぉッ!?…っと、ととッ」
 ドアを開けた途端、突如横から走ってきた何者かと接触してしまい、最初の一歩が台無しになってしまった。
 
 走ってきた何者かは小さな悲鳴をあげて後ろに倒れ、魔理沙は手に持っていたデアノブのお蔭で倒れずに済んだ。
 それでも崩してしまった態勢を直しきれずそのまま地面にへたり込むと、一体何なのかとぶつかってきた者へと視線を向ける。
 夏真っ盛りだというのに頭から鼠色のフードを被っており、先程の悲鳴からして女性だというのは間違いないだろう。
 しかし顔までは分からないので、もしかすれば少女の美声を持った少年…という可能性もあるにはあるだろう。
「イッテテテ…どこの誰かは知らんが、走る時ぐらいはしっかり前を見てもらわないと困るぜ」
 苦言を漏らしながら立ち上がった魔理沙はローブ姿の何者の元へと近づき、そっと手を差し伸べる。
「す、すいません…急いでいたモノで………あっ」
「お………え?」
 自分からぶつかってしまったのにも関わらず親切な魔理沙に礼を言おうと顔を上げた瞬間、頭に被っていたフードがずり落ち、素顔が露わになる。
 手を差し伸べられるほど近くにいた魔理沙はその下にあった素顔を見て、思わず目を丸くしてしまう。

 ルイズだけではないが、まさかこんな場所で再開するとは思っていなかった魔理沙は思わずその者の名を口に出してしまう。 
「アンタもしかして…っていうか、もしかしなくても…アンリエッタのお姫様?」
「……お久しぶりですね、マリサさん」
 魔理沙からの呼びかけにその何者―――アンリエッタはコクリと頷きながら魔理沙の名を呼び返す。
 しかしその表情は緊張と不安に満ちていた。これから起こる事が決して良い事ではないと、普通の魔法使いに教えるかのように。

509ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/05/31(木) 23:40:42 ID:U9W0lNME
以上、先月のAパートと合わせて94話の投稿は終わりです。
何やかんやでモチベーションがうまく上がらぬ月で書くのに苦労しました。
それでは皆さん、また6月末に会いましょう。それでは!ノシ

510sage:2018/06/21(木) 23:33:31 ID:U8kt89Z.
ウルトラの人乙です

511ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:26:22 ID:51jKc83M
皆さんこんにちは。ウルトラ5番目の使い魔の73話、投稿始めます

512ウルトラ5番目の使い魔 73話 (1/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:28:55 ID:51jKc83M
 第73話
 湯煙旅情、露天風呂だよ全員集合!
  
 放電竜 エレキング 登場!
 
 
 ゲルマニアの大使をもてなせとの勅命を受けてド・オルニエール地方にやってきた水精霊騎士団とついてきた才人たち。
 予期せぬピット星人やエレキングとの戦いで時間を浪費し、もてなしの準備ができないまま絶望のうちに出迎えの時間がやってきてしまった。
 ところが事態は予想もしなかった表情を見せて動き出した。ゲルマニアからやってきた大使というのは、ギーシュとモンモランシーがかつて園遊会で出会ったルビアナだったのだ。
「お久しぶりですギーシュさま。まさかこんなところで会えるなんて! とてもうれしいですわ」
「ル、ルビアナ。ゲルマニアの大使って、君のことだったのかい」
「そうです。まあ、なんということでしょう。アンリエッタ女王陛下から招待を受けてやってきましたら、まさか待っていらしたのがギーシュさまだったなんて。わたくしも驚きました」
 そうか、そういうことだったのかとギーシュはようやくアンリエッタの不可解な勅命の意図を理解した。なんのことはない。深い意味なんて最初からなく、単に友人同士を会わせてあげようというサプライズ企画だったというわけだ。
 完全にしてやられた。ギーシュはアンリエッタの手のひらの上で遊ばれていたことで、目の前がクラクラした。ギーシュにとって、優雅で可憐なアンリエッタ女王陛下はあこがれの人だった。ルイズから奔放な一面があることは聞いていたが、それはあくまで子供の頃のことであろうと気にも止めていなかったけれど……。
「は、はは」
「ギーシュさま、どうなされました? なにか、お顔の色がすぐれないご様子ですが、ギーシュさま?」
 意識が飛びかけたのをルビアナに支えられて、ギーシュはなんとか己を取り戻した。
 いけないいけない。こんなことで忠誠心が揺らいでいては騎士失格だ。主君の戯れに付き合うのも臣下の務めではないか。きっと日ごろの公務でお疲れなんだ、そうだそうに違いない。
 かなり無理矢理に自分を納得させると、ギーシュは怪訝な様子のルビアナにあらためて向き合った。
 まあ、驚きはしたものの、ルビアナと会えたことは素直にうれしい。あのラグドリアン湖でいっしょに踊った日のことははっきりと思い出せる。閉じたまぶたのままで湖畔で舞うルビアナの姿は天使のように美しく、もう当分会えないと思っていただけに、再会の喜びがこみあげてくると同時に、アンリエッタに対する感謝が湧いてきた。
「お見苦しいところをお見せしました。おお、今日はなんて素晴らしい日なんだろう! この世に二輪しかない美しい百合の片方に再び巡り合えるとは夢のようです。この出会いを、我が敬愛するアンリエッタ女王陛下に感謝します。そしてルビアナ、あなたは前にも増してお美しい。そのお手を取ってまたいっしょに踊りたいと願うのは大それたことでしょうか?」
「まあ、お上手ですねギーシュさま。うふふ、私を独り占めにしようなんて大それたお方……なんて、嘘。ギーシュさまと踊った夜は、私にとっても最高の思い出でしたわ。こちらこそ、喜んでお相手をお願いいたします」
 ルビアナは変わらず気さくに答えてくれた。身分ではグラモンなど及びもつかないほど高いというのに、まったく驕らない清楚なふるまいには、ルビティア侯爵家だと聞いて仰天していた水精霊騎士隊の面々も感動をすら覚えていた。
 ギーシュはルビアナの差し出した手をとり、その前にひざまづいた。手袋越しのルビアナの手からは、品の良い香水の香りがほのかに漂ってくる。

513ウルトラ5番目の使い魔 73話 (2/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:30:05 ID:51jKc83M
 かなうなら、このまま理性をなくしてむしゃぶりつきたくなるような美しい手だ。けれどぼくは誇り高きグラモンの男、どんなときでも女性には紳士でいなければいけないと、ギーシュはそっと口づけをしようと顔を近づけた。が、そのときである。
〔ギーシュゥゥゥ!〕
〔殺気!? これはモンモランシー? いや、それだけじゃない!〕
 突然、刺し殺すような強烈な憎悪の波動を背中に受けてギーシュは凍り付いた。
 そして、口づけを中断して立ち上がり、そっと後ろを振り向いた。そこには、案の定怒り心頭のモンモランシーと、そればかりか嫉妬に燃え滾っている水精霊騎士隊の仲間たちの顔が並んでいたのである。
「ギーシュ、ちょっとこっち来い」
 有無を言わさずギムリたちに腕を掴まれて、ギーシュは屋敷の向こうへと連れて行かれた。
 後に残ったのは、怪訝な様子で見送るしかできなかったルビアナと、完全に呆れ果てた様子のルイズたち。そして才人は、これはさすがにみんなキレてるなとギーシュの不運を哀れんだ。
「あの、ギーシュさまはどうなされたのですか?」
 わけがわからないというふうにルビアナが言った。まぁ、それはそうだろうが、せっかくの貴賓をほっておくわけにはいかない。ルイズは仕方なく、ギーシュたちの代理としてルビアナの前に立った。
「彼らのことは心配しないでください。すぐに戻ってきます。ようこそ、トリステインへ。わたしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。女王陛下より、あなたを歓待するよう申し付けられております。長旅でお疲れでしょう。お部屋と、ささやかながら夕食の支度ができています。まずは当地の味覚で疲れを癒してくださいませ」
 さすが、こういうときはルイズは一流の貴族らしくきちんと決めてくれるなと、才人はルイズを誇らしく思った。
 ルイズのエスコートでルビアナは屋敷の食堂に案内されていった。メニューは土地の人たちに用意してもらった郷土料理だが、キュルケとモンモランシーの監修で貴族料理としてふさわしい盛り付けと飾りつけがされていた。
「まあ、これはなんて美味しそうな。ミス・ヴァリエール、素晴らしいおもてなしを、どうもありがとうございます」
「遠路はるばるいらしたお客人のためにと、心づくしに取り揃えました。お口に合うかはわかりませんが、どうかご賞味ください。そして、戯れにお国のお話などを聞かせていただけたら幸いです」
「心よりのおもてなし、とてもうれしく思います。ですが、どうかそう堅苦しい行儀はおやめくださいませ。私はここに傅かれるために来たわけではなく、友人を求めに参りました。ですからどうか、私のことはルビアナとお呼びください。その代わり、私もあなたをルイズさんとお呼びいたします」
 そう微笑んだルビアナの柔和な様子に、ルイズはカトレアやアンリエッタに似た温かみを感じた。視力が極端に低いためにほとんど目を開けられないというが、そんな暗さをまるで感じさせない温和な人柄にはルイズやキュルケも好感と尊敬の念を抱いた。
「では、お言葉に甘えて。あらためて、ルビアナさん、トリステインへようこそ」
「はい、よろしくお願いしますルイズさん。わたくしたち、よいお友達になれそうですわね」
 雰囲気が和み、ルイズは「ゲルマニア人にも気品と礼節をわきまえた人がいるのねえ」と、嫌味っぽくキュルケを横目で見た。もちろんキュルケは平然と「そりゃトリステインと違って大国ですから」と言い返してルイズをぐぬぬとさせた。
 くすりと笑って、ルビアナが「仲がおよろしいのですね」と言うと、ルイズは「誰がこんなのと!」と、子供っぽくむきになる。
 こうして、ルイズたちと打ち解けたルビアナは、ギーシュが帰ってくるまで女子同士で親交を深めるために会話に花を咲かせていった。
 
 
 が、そのころギーシュは人生始まって以来のピンチに見舞われていたのだ。

514ウルトラ5番目の使い魔 73話 (3/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:31:53 ID:51jKc83M
「ギーシュ、お前いつの間にあんな美人と知り合いやがった!」
 水精霊騎士隊全員からギーシュに嫉妬を込めた審問が突き付けられた。ギムリやレイナールを含め、全員目がいってしまっている。
「ど、どこでと言われても。み、みんなどうしたんだい? いつもと様子が違うじゃないか」
「そんなことはどうでもいいんだ。いいかギーシュ? モンモランシーはいい。学院の女子にもてるのも自由競争だからよしとしよう。だが、ルビティア侯爵家のご令嬢だと! 独り占めするのもほどがあるだろコノヤロー!」
「わーっ! みんな落ち着いてくれ。モ、モンモランシー助けてくれ! みんなに、ルビアナとはそういう関係じゃないって説明してくれ」
「わたしが気づいてないと思って? あなたさっき、ルビアナに見とれてわたしのこと完全に忘れてたでしょ。最近調子に乗りすぎみたいだしちょうどいいわ。この機会に自分の身の程をよーく思い出しなさい」
 こうして、最後の希望にも見放されたギーシュに怒りに燃える仲間たちの魔の手が迫る。
「み、みんな落ち着きたまえ! さっき、オンディーヌの絆を確認しあったばかりじゃないかーっ!」
「それとこれとは話が別だ! 隊長なら潔く裁きを受けろーっ!」
 そしてギーシュの断末魔が響き、まるで末法の世界のような無慈悲な地獄が繰り広げられた。
 まさに因果応報。あまりにも多くを貪りすぎると罰を受けるということだ。特に、中でももてない少年の「そんなにいっぱいいるならぼくにも一人くれよぉ! なあ、わけてくれよぉ! 女の子出してよおぉぉ!」という怨念のこもった悲痛な叫びとともに繰り出される一撃は鉛よりも重くギーシュに突き刺さっていった。
 
 
 そして、その後にボロ雑巾のようになったギーシュが部屋に叩き込まれて、ルビアナには「隊長はとてもお疲れですので、明日あらためてご挨拶させます」と、すっきりした様子の水精霊騎士隊が詫びを入れた。
 女の嫉妬も恐ろしいが男の嫉妬も恐ろしい。ギーシュはその夜、枕元のモンモランシーから一晩中呪詛の言葉を聞かされながら過ごし、昼間の戦いで疲れ切った才人たちもそれぞれの寝床に入った。
 ルイズはピット星人の色仕掛けにやられそうになった罰として才人を床に寝かせ、キュルケも夜更かしのしすぎはお肌の敵と眠りにつく。ルビアナにも一部屋が与えられ、彼女は「おやすみなさい」と言って扉を閉めた。
 こうしてド・オルニエールの最初の一日は終わった。夜はしんしんと更け、深く沈んだ森の空気は夜の獣の声で騒がしいが、固く窓を閉めた屋敷の中を騒がせることはない。
 闇は人間たちに安眠を与え、人間たちはその中で昨日の疲れを癒し、明日への活力を養っていく。そして、ハルケギニアを照らす二つの月が役目を終えて山陰に落ちていくのに代わって、ニワトリの鳴き声とともに朝がやってきた。
「おはようございます皆さん、とても素晴らしい朝ですね」
 その日は快晴、風も穏やかで暑すぎず寒すぎない気温に恵まれた始まりとなった。
 普段ねぼすけな少年たちも、この日ばかりはきっちり早起きして食堂に集合する。食堂にはすでにルビアナやルイズやキュルケたちが待っており、ルビアナに爽やかな声色であいさつされると、眠気をすっ飛ばして席についた。
 そして最後に、ちょっとおぼつかない足取りでギーシュがやってくると、少年たちは「少しは反省したかな?」と、そちらを見た。しかしギーシュは。
「やあ、諸君おはよう! なんともすがすがしい朝じゃないか。おお、おはようルビアナ。昨夜は君を迎えられなくてごめんよ。あれから今日まで、君に贈りたい歌はぼくの中ではち切れそうさ。むむっ! なんと君の隣の席が空いているではないかね。これは運命と思っていいのだろうか!」
「うふふ、もちろんですわ。さ、おいでなさってください。せっかくのスープが冷めてしまいますわ」

515ウルトラ5番目の使い魔 73話 (4/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:33:07 ID:51jKc83M
 と、いうふうにルビアナの顔を見たとたんに完全復活してしまった。いやはや、懲りないというか、なんとかは死なないと治らないを地で行っているようだ。
 これにはさすがに昨日痛めつけたばかりの水精霊騎士隊も唖然としてしまって、怒りもどこかへ飛んでしまった。とはいえ、モンモランシーだけは無言の迫力でギーシュの反対隣に割り込んでいるんだからこちらもたくましいというか。
 とはいえ、全員揃ったことで、「今日、この日の糧を与えたもうたことを始祖ブリミルに感謝いたします」の祈りの言葉とともに、朝食はおごそかに始まった。
 昨日と同様に、品よく盛り付けられた郷土料理にナイフとフォークを送る音が小さく鳴る。もっとも、行儀よかったのは最初だけで、すぐに誰からともなくおしゃべりが始まり、その中でギーシュがルビアナと知り合ったなれそめについての話題が振られると、ルビアナは楽しそうにラグドリアン湖での園遊会の思い出をみんなに語って聞かせた。
「思い出しますわ。わたくしとモンモランシーさんをかばって怪獣の前に立ちはだかったギーシュさまの雄姿。あれこそ、まことの騎士の姿ですわね、モンモランシーさん」
「え、ええそうね。ギーシュも、やればできるんだから、普段からもっとしっかりすればいいのよ。ちょっと聞いてるのギーシュ!」
「聞いてる、もちろん聞いてるさ。君たちの鈴の音のような声を一言たりとも聞き逃すぼくじゃない。もし何かがあっても、必ず君たちを守るから安心してくれたまえ」
 園遊会での出会い、突如現れたブラックキングとの戦いのことは、それを初めて聞く者たちを驚かせた。しかしそれ以上に、左右からラブコールを送られながら調子に乗っているギーシュの姿は皆を呆れさせた。
 もはや、昨夜のダメージはどこにも見られない。才人たちは、あいつは本当に人間か? と、さすがに怪しく思った。遠い異世界には、不死の命を持つ薔薇があるそうだが、まさか……? まあそれでも、あれでこそギーシュだと妙な納得を覚えたりもしたが。
 だがそれにしても、ギーシュの野郎うまくやったものだと皆は思った。モンモランシーだけでもあいつには過ぎた相手だというのに、よくあんな美人を射止めたものだ。
 ルビアナは、アンリエッタより少し年上に見えるくらいだが、サイドテールにまとめた髪や線の細い顔立ちでじゅうぶんに可愛らしくも見え、自分の容姿には自信を持っているルイズやキュルケも美人と認めざるを得ない美貌を持っていた。まったくギーシュには不釣り合いなことこの上ない。いや、最初に声をかけたのはルビアナだというが、一同は運命の巡り合わせの不思議とルビアナの物好きさを思った。
 
 しかし、一同がルビアナの真価を目の当たりにするのはそれからだった。
 朝食が終わり、ルビアナは自分の仕事のために外に出た。彼女は酔狂でド・オルニエールに来たわけではなく、このド・オルニエールで作られるワインを始めとする農作物をゲルマニアへと輸出するための下準備のために、はるばるゲルマニアからやって来たのだ。
「あらためて、とても良い土地ですわね。わたくしの拙い目では見えなくても、風が運んでくる香りと、肌で感じる温かさで、このド・オルニエールが豊かな土地だということがわかります。では、すみませんがいろいろと見せていただきますね」
 ルビアナはギーシュたちに案内されて、ド・オルニエールのあちこちを視察した。もっとも、ルビアナは弱視なので、見て回るというより聞いて回るといった感じだったが、ルビアナは平民の農夫たちにもわけへだてなく接し、農作物の銘柄や肥料の種類なども事細かく話し合って、作物を市場に出すとしたらの値段を決めていったのである。
「こちらのトマトは、貴族向けに少し値段を高めに設定してもよろしいですわね。ただし収穫から三日以内にゲルマニアに届くようにしてください。あちらの畑は、実割れが多いようですから石灰をもっと多めに撒くようにしてはいかがでしょうか」
「はぁ、貴族のお嬢様。とてもお詳しいでございますですねえ。なるほど、参考にさせていただきますです」
 てきぱきと農民たちと話しをつけていくルビアナの仕事っぷりは、ギーシュたちはおろか、ルイズやモンモランシーでさえ何も手伝うことができずに横で見ているしかないほど専門知識に優れていた。
 なぜそんなに詳しいのかと聞くと、今日のために勉強してから来たのだという。だが、本職の農家と話し合えるくらい勉強するとは並の努力ではないだろう。もちろん、その努力をものにできるだけの地力を元々ルビアナが備えていたからでもある。
 ギーシュは、どうしてこの仕事が自分たちに丸投げされたのか、それが単にルビアナの友人だからだというだけではない理由を理解した。

516ウルトラ5番目の使い魔 73話 (5/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:34:33 ID:51jKc83M
「す、すごいな。ぼくらが補佐する必要なんか全然ない。そうか、女王陛下はこのことを知っていたから、ぼくらみたいな素人にまかされたのか」
 戦慄さえ感じながらギーシュはつぶやいた。顔もいい、性格もいい、おまけに実力もある。普通に考えたら、一人の人間がこれだけ持ち合わせているのは、いうなれば『反則』だ。
 メイジの血を引いていないので魔法が使えないことを除けば、完全無欠といっていい。そんな相手が現実に目の前にいることで、美人に弱いはずの水精霊騎士隊の面々もすっかり萎縮してしまって、ギムリがぽつりとギーシュに告げた。
「ギーシュお前、ものすごい人に惚れられたもんだな」
 しかしギーシュは、ルビアナの才能に圧倒された様子ながらも、薔薇の杖を気高く掲げて答えた。
「な、なあに、相手が誰であれレディはレディさ。ぼくはレディを決して差別しない。グラモンの辞書に、撤退も降伏も存在しないのだからね」
「昨日のことといい、お前のそういうとこ、ちょっと尊敬するぜ」
 語尾が震えているが、なるほど、このブレるところが一切ないレディファーストな姿勢こそ、ギーシュがギーシュである真髄なのだろう。なんであれ、ここまで貫けばもはや美しくもあり、それが物好きな女を引き付ける秘訣なのかもと、仲間たちはある程度の敬意をそのとき彼に抱いたのだった。
 
 そして、ルビアナのド・オルニエールの視察はそれからも順調に続き、ほとんど水精霊騎士隊が手伝うことはなく、夕方になる頃には彼女はド・オルニエールの下調べを終えてしまった。
「たいへん有意義な一日でした。土地も豊かで住んでいる人たちも働き者で、順調に進めば数年後にはゲルマニアの市場にド・オルニエールの産物が並んでいることでしょう」
 特に疲れた様子もなく、野道を歩きながらルビアナは満足げに言った。
 ルビアナの手には彼女がまとめたド・オルニエールの資料の紙が束ねて握られている。先日、ギーシュたちが慌ててまとめようとした資料の十数分の一にも満たない厚さだが、びっしりと書き込まれた文章は読ませてもらってもさっぱりわからないほど濃密で、資料としての価値が天と地なのは誰が見ても明白だった。
 それにしても、ド・オルニエールがいくら小さな領地とはいえ、普通に調べれば何日も何週間もかかるであろう調査を半日で終わらせてしまった彼女の手腕は恐るべきものだ。時代ごとに、世には突出した傑物が現れるというが、こうして直に見ると恐ろしいものだ。自分たち凡人の出る幕などどこにもなくて、水精霊騎士隊の面々は「もう全部あの人だけでいいんじゃないのかな」と、疎外感を感じ始めていた。
 ところがである。それまで順調に視察を続けていたルビアナが、難しそうな様子で立ち止まったのだ。
「ううん、困りましたわね」
「どうしました? ミス・ルビアナ」
 思案するルビアナにレイナールが声をかけた。水精霊騎士隊の参謀役の彼としては、こういう場面で自然と体が動いてしまったのだ。
 しかしルビアナは振り返ると、不快な様子は見せずにレイナールに答えた。
「あなたは、レイナールさんでしたね。それがですね、ド・オルニエールの増収のプランを考えていたのですが、少々行き詰ってしまいまして」

517ウルトラ5番目の使い魔 73話 (6/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:37:10 ID:51jKc83M
「増収、ですか?」
「はい、わたくしとしてもアンリエッタ女王陛下から推薦していただきましたゆえに、できうる限りの投資をこちらにしたいと思いますが、ご存じの通り、いくら豊かな土地でも広さには限界があります。ワインの醸造工場はトリステインのほうで建設なさるそうですが、それ以外が単なる畑しかないのでは、発展が頭打ちになってしまうのですよ」
 その答えに、さすが出来る人ははるかに先を見据えてプランを立てているものだなとレイナールは感心した。ギーシュやギムリは、さっぱりわからないという顔をしているが、モンモランシーは納得した様子を見せている。
 実はこれがわからないことが領地の経営に失敗する貴族のパターンのひとつで、商売にうといトリステイン貴族の共通の欠点と言ってもよかった。単に豊かな土地ならいくらでもある。そこにプラスアルファの何かで人を引き付けて金を稼がなければ、いずれはよそとの競争に負けて衰退していくしかない。豊作がイコール繁栄だとしか思っていない貴族がだいたいこれに陥る。
 ギーシュたちはレイナールから説明を受けて、一応は納得したが、だからといっていい案があるわけでもなかった。ド・オルニエールは数年前まで過疎にあえぐ貧しい土地だったのだ。畑以外には本当になにもなく、人を引き付けるものなど皆無と言っていい。ルイズやモンモランシーもこれにはお手上げで、もちろん才人も名案などなかった。
「遊園地作るわけにもいかないだろうしなあ」
 地球でなにげなく見ていたTVで、過疎の地方が無理やり作ったテーマパークの経営に失敗して破産したというニュースが思い出される。
 このド・オルニエールの人たちには親切にしてもらった。老人ばかりになってしまった土地に、ようやく人が戻ってきたと喜んでいる住民たちのためにも、なんとかしてあげたい気持ちはやまやまだけれど、そんなすぐにいいアイデアが浮かぶわけもない。
 ただ、ド・オルニエールは首都トリスタニアから一時間という近場にあるため地理的には恵まれている。なにか、本当になにかいいアイデアさえあれば……。
 
 と、そのときであった。一行のもとに、ひとりの老人が慌てふためいた様子で走ってきたのだ。
「だ、旦那さま方! 大変です、大変でございますじゃ!」
「ど、どうしたんです? とにかく落ち着いて、なにがあったか話してください」
「と、とにかくこちらへ! ああ、恐ろしいことです。お願いでございます、すぐにいらしてくださいませ」
 動転した老人の様子がただごとではなかったので、一行はとにかく行ってみようとうなづいた。老人は才人が背負って、老人の来た方向へと走り出す。
 そして、たどり着いたのは農地から少し離れた丘の上。そこで一行は、想像もしていなかった光景を目の当たりにすることになった。
 
 丘の上の土の中から真っ白い湯気が湧いている。そしてその下からは、ゴボゴボと大きな音を立ててお湯が湧き出しているではないか。
 
「なんで地面からお湯が沸きだしてるの?」
 ルイズがきょとんとした様子でつぶやいた。来てみれば、なんてことはない光景であったが、辺りに集まってきた土地の人々は「恐ろしい」「天変地異の前触れか」と騒いでいる。

518ウルトラ5番目の使い魔 73話 (7/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:37:51 ID:51jKc83M
 どうやら急にお湯が湧き出したらしい。どうやら、この土地の人たちはこういう光景を見たことがないらしく、才人が人々を安心させるために大声で叫んだ。
「皆さん、心配しないでも大丈夫です! これはただの温泉です。なにも危ないことはありませんよ。ちょっと熱い湧き水とおんなじです!」
 才人の呼びかけで、住民たちにもやや落ち着きが戻った。
 けれど、本当にトリステインでは温泉はあまりなじみがないものらしく、きょとんとしているギーシュたちに才人はもう一度説明した。
「地面の底の底で溶岩にあっためられた水が湧き出してきてるんだよ。おれの国じゃあ火山が多いからよく見るんだけど、そういえばトリステインには火山はなかったっけか」
 火山と聞いて、何人かは「そういえば火竜山脈の近くにそんなものがあるらしいな」と思い出したようだった。
 しかし、何事かと思って冷や冷やしたが、たいしたことじゃなくてよかった。突然温泉が湧いたことは不思議だが、そういえば昔日本でも畑が突然盛り上がって火山ができたことがあったらしい。それに比べれば温泉くらい可愛いものである。
 ただ、たかが温泉でこんな騒ぎが起きるとは才人にとっては意外だった。日本育ちの才人にとっては温泉はありふれたものだが、トリステインではそんなに珍しかったのか。そういえば、魔法学院でも平民はサウナ風呂だったな。
「もったいねえな、掘りもせずに温泉が湧くなんて日本だったら……あっ! そうだ! 温泉だ、温泉を作ろうぜ!」
 才人がそう叫ぶと、皆は驚いた様子で彼を見た。
「温泉だよ温泉。いくらでも湧いてくるお湯を使って、誰でも風呂に入れる施設を作るんだ。温泉のお湯には疲れをとったり病気を治したりする効果があるから、きっとトリステイン中から人がやってくるぜ!」
 熱弁する才人だったが、ルイズやモンモランシーは冷ややかだった。
「誰でもお風呂にねえ、でも浴槽に入るのはほとんど貴族に限られてるのよ。こんなところにまでわざわざ入浴しに来る貴族なんていないわよ」
「ちなみに温泉につかると肌がすべすべになって美容にもいいんだぜ」
「作りましょう、ぜひ作りなさい」
 ちょろかった。しかし、女性への殺し文句でこれ以上のものもそうはないに違いない。
 トリステイン中、いずれはハルケギニア中から温泉で客を集めて、ド・オルニエールの作物で作った料理でもてなす。そうすればド・オルニエールはもっと豊かになれる。
 そのアイデアは才人にはバラ色に思えた。もちろん素人考えゆえに実際にやるとなると問題は数えきれず、そんな簡単に行くなら日本各地の温泉地も苦労しないであろう。
 だが、どんなアイデアもまずは思いついて口にしなければ始まらない。特に才人はその楽観的な性格で、すぐにルビアナに温泉地のアイデアを売り込み、ルビアナも実業家らしく頭ごなしに否定せずに、少し考えてから答えた。
「そうですわね。トリステインで温泉地を売りにしている場所はありませんから、もしかしたらもしかするかもしれません。ですが、まずは最低限の施設を作るにしても、わたくしはあくまでゲルマニア人ですので、お金を些少出して差し上げることはできますが、トリステインのことに直接手出しをするわけにはいかないのです」
 困った様子をしてルビアナは言った。アイデア自体は悪くはないと思ってくれているようだが、浴場を作るための人足を雇って動かすとなると、あくまで招待客として来ているルビアナの立場上国際問題になりかねない。
 道理を立てて行動するなら、まずは女王陛下に伺って許可をもらわなければならない。しかし、才人はそんな面倒は必要ないとばかりに自身たっぷりに言った。

519ウルトラ5番目の使い魔 73話 (8/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:38:45 ID:51jKc83M
「人手ならタダであるぜ。なあ、みんな!」
 そう言って才人はギーシュたちを見回した。もちろん、ギーシュたちは思いもよらない才人の申し出に困惑し、拒絶しようとした。
「おい待ってくれよサイト。なんでぼくたちがそんなことをしなきゃならないんだ!」
 ギーシュだけでなく、ギムリやほかの少年たちも口々に、そんな平民のするような仕事をどうして自分たちがしなきゃいけないんだと文句を言う。
 が、才人はそんな彼らの反応はわかっていたとばかりに、ちょっとお前らこっちに来い、と手招きして少し離れた場所に水精霊騎士隊を誘うと、教え諭すように話し始めた。
「お前ら、よーく考えてみろ。風呂場ができるってことは、集まるのは男だけじゃねえだろ。さっきのルイズとモンモンの喜びようを思い出してみろ。かわいい女の子がトリステイン中から集まるようになるんだぜ」
 それを聞いて、まずはギーシュの顔が目に見えてわかりやすく動揺した。
「か、かわいい女の子! い、いや、待てよサイト。始祖ブリミルから授かった神聖な魔法を、そんなことに使うわけには」
「ほーお? 立派だなギーシュ、おれはお前を尊敬するぜ。だけど思い出してみろよ。その神聖な魔法でモンモンは前に惚れ薬なんてものを作ってただろ? それに比べれば可愛いもんじゃないか。目に浮かばないか? 学院のせまっ苦しい浴場じゃなくて、広々した自然の中で湯気をたゆらせるモンモンの姿が」
「うっ! それ、それは! いやだけど、しかし、だけどモンモランシーが、それは」
 皆の手前、理性を総動員しようとしているギーシュであるが、すでに邪な妄想が頭をよぎっているらしく、目元口元がピクピクと動いている。それに、他の皆も多かれ少なかれ妄想の世界に入り始めていると見え、真面目なレイナールにしてさえ目が泳いでいる。
 しかし、才人が次に発した爆弾発言で、彼らの理性はタイタニックがごとく轟沈した。
 
「ちなみに、温泉では男も女も『裸の付き合い』をすることがマナーなんだぜ」
 
 ぶはっ、と数人の少年たちの鼻から血が噴き出した。
 そしてギーシュも、ついに耐えきれなかったと見えて滝のような涙を流しながら才人の手を力強く握りしめてきた。
「サイト、ぼくは今猛烈に感動している! 隊長の名において、君に水精霊騎士隊永久名誉隊員の称号を与えたいと思う」
「身に余る光栄だぜ。それでギーシュ、温泉を作るのに協力してくれるか?」
「もちろんさ。騎士として、友の頼みをどうして断れようか! そうだろう、みんな?」
 ギーシュが薔薇の杖を掲げて問いかけると、即座に水精霊騎士隊全員から「おおーっ!」という歓声があがった。
 どの顔も感動で打ち震えており、これより死地に赴くことを躊躇しない真の武士のオーラを身にまとっていた。
 
 そんな彼らを、ルビアナは少し離れたところから不思議そうに眺めていたが。

520ウルトラ5番目の使い魔 73話 (9/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:39:27 ID:51jKc83M
「ギーシュさまたち、いったい何をお話になられているのでしょう?」
「どうせろくでもないことよ」
 モンモランシーが冷ややかに即答した。
 こういうとき、男子がまともなことを考えていたためしがない。もちろんルイズも同じことを思っていたようで、なぜか皆に祭り上げられている才人を苦々しげに睨んでいた。
 平然としているのはキュルケくらいなもので、温泉の効能でまた美しくなっちゃうわね、と期待に胸を躍らせていた。
 
 そして、「裸の付き合い、万歳!」と、心を一つにした才人と水精霊騎士隊は、授業返上補習授業どんと来いで温泉浴場建設に取り掛かることを決定した。
「と、いうわけで今日から一週間、ぼくら水精霊騎士隊はド・オルニエールの発展のために、この地に残って尽力しようと思う。その旨を学院には伝えてくれたまえ」
「どうせ何言っても聞かないでしょうから止めないけど、どうなっても知らないわよ。国際問題に巻き込むことだけは勘弁してよね」
 モンモランシーはルイズやキュルケといっしょに、仕方なさそうに学院へ帰っていった。
 本音を言えばモンモランシーもルイズも残っていて見張りたかったけれど、優等生ではないモンモランシーは欠席日数を増やすのは避けたかったし、ルイズはルールに厳しい母親に無断欠席を知られるのは命にかかわる問題であった。
 しかし、悪い予感しかしない。あの才人やギーシュたちがあそこまで結束するとは十中八九ろくでもないことでしかない。まさかルビアナに直接手出しをすることはないと思うが、下手をすれば歴史に残る大惨事を招きかねない。
 ルイズは、まさかひょっとしてそれも見越して楽しんでいるんじゃないでしょうね女王陛下? と、何を考えているのか腹黒さでは底の知れないアンリエッタの顔を思い返してつぶやいた。
 
 しかし、大きな決意を持ってド・オルニエールに残った才人と水精霊騎士隊を待っていたのは、想像を絶する苦難の日々であった。
「まずは大浴場を作ろう。脱衣所に休憩所に、サウナと中くらいの岩風呂に、と。とりあえずはこのあたりを目標にして作り始めようか」
「収容人数は、まずは百人を目安にしよう。学院を休んでられるのは一週間までだ。急いでとりかかろう」
 才人が思い出した日本の銭湯の記憶を元にレイナールが簡単な図面を引いて、工事の段取りは決まった。
 役割分担をして、数十人の水精霊騎士隊はさっそく仕事に取り掛かり、建物の建築や浴場の掘削が始まる。
 しかし、順調だったのは最初だけで、作業はすぐさま壁にぶち当たった。
「くそっ、これで合ってるはずなのになんで組み合わさらないんだ?」
「だめだ、すぐお湯が漏れちまう。これじゃ浴槽に使えないぞ」
 脱衣場を作ろうとすれば床板さえきれいに張れず、浴場の穴に試しに湯を注いでみれば溜まらなかったりと、平民の仕事なんか魔法を使えば簡単にできるだろうと高をくくっていたギーシュたちは完全にあてを外されていた。
 最初の見積もりでは三日もあれば簡単に完成するだろうと思っていた。しかし、それはあまりにも楽観的に過ぎたようだと彼らはようやく思い知らされたのだった。
「せいぜい小屋を建てて大きな穴を掘ればいいだろうと甘く見てた。だけど、こりゃ相当な難物だぞ」
 ギーシュは、ただの穴ぼこと、柱も立ててない小屋を見て憮然として言った。

521ウルトラ5番目の使い魔 73話 (10/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:40:31 ID:51jKc83M
 もちろん、ギムリやレイナール、ほかの水精霊騎士隊の少年たちも浴場作りをなめていたことを痛感して、自信を打ち砕かれてまいっている。
 しかし、そこで皆を叱咤したのは才人だった。
「みんな、何を落ち込んでるんだよ。まだ工事は始まったばっかじゃねえか! お前たちには見えないのかよ。この浴場で女の子たちがたわむれる桃色の光景が! お前たちの貴族の誇りはそんなものだったのかよ!」
 その言葉に、男たちは再び立ち上がった。
「そうか、そうだったなサイト! ぼくたちは、まだあきらめるわけにはいかなかった。みんな、頑張ろう! トリステイン貴族の誇りのために、裸の付き合いのために!」
「ウォーッ! 裸の付き合いバンザーイ!」
 最低な動機であるが、とにもかくにも彼らはやる気を取り戻した。
 それからの彼らは文字通りすべてを犠牲にしてでも前進を開始した。
 水が漏るなら底を固めて『固定化』の魔法をかける。魔法を使う精神力が尽きれば才人に並んでスコップで土を掘る。建築技術がなければ、土地の人に貴族の誇りを投げ打ってでも頭を下げて聞きに行った。
 普段ならば、平民のやるような汚れ仕事や、平民に教えを乞うことは貴族の誇りにかけて忌避するが、今回は貴族の誇りよりも男の浪漫のほうが大事だった。
 しかし、やる気はあってもしょせんはドットかライン止まりの彼らの魔法はすぐに底を尽き、疲労のあまり倒れる者も出始めた。
「た、隊長、おれはもうダメです。やっぱり、おれたちなんかには過ぎた夢だったんですよ……」
 疲れ果て、絶望に染まった仲間たちの顔。しかし、今度はギーシュが彼らの顔をはたき、力強く叱咤した。
「その顔はなんだ、その目は、その涙はなんだい! 君のその涙で、温泉浴場が作れるのかい。つらいのはみんないっしょだ。けれど、夢はあきらめない人間にだけかなえられるんだ。さあ立ちたまえ、裸の付き合いが君を待っているよ」
「隊長……うう、おれが間違っていました。そうですね、裸の付き合いバンザーイ! 水精霊騎士隊バンザーイ!」
 いろいろと台無しであるが、男同士の友情だけが今の彼らを支えていた。
 だが、そのままではいくら彼らが命を削ったところで浴場の完成には間に合わなかっただろう。けれど期限が残り二日に迫って、さすがに彼らも折れかけたそのとき、ルビアナが土地の人たちを連れて加勢に来てくれたのである。
「皆さん、この方々が温泉作りを手伝ってくださるそうです。皆さんの頑張りが、ド・オルニエールの人たちに伝わったのですわ」
「貴族の坊ちゃんたちが泥まみれになってド・オルニエールのために頑張ってるのに、俺たち土地のモンが黙ってはいられませんわ。こっからは俺たちが手伝いますぜ」
 筋骨たくましい男たちが何十人も加勢に入ってくれて、浴場作りはみるみるはかどり始めた。
 岩を運び、しっくいで固め、平行を計って柱を立てる。おかげで、穴ぼこと掘っ立て小屋に近かった浴場は清潔感と風情のある温泉へと生まれ変わっていく。
 ギーシュたちは、土地の人たちと、彼らを連れてきてくれたルビアナに感謝した。彼女はあれからもド・オルニエールの視察を続けていたが、ギーシュたちの頑張りを見て、それを人々に伝えてくれていたのだった。
「ありがとうルビアナ、君のおかげでぼくらは絶望の淵から救われた。ありがとう、ありがとう」

522ウルトラ5番目の使い魔 73話 (11/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:41:43 ID:51jKc83M
「礼には及びませんわ。わたくしではなく、ギーシュさまたちの頑張りが人々に通じたのです。我が身を削って平民の模範になるとは、皆さまは本当に貴族の鑑でいらっしゃいますわ」
「そ、それは……その、うん……」
 澄み切ったルビアナの笑顔が良心をチクチクとつつく。本当は貴族の鑑どころか人間として最低な動機でやっているのだが、まさか言うわけにはいかない。
 と、そのときだった。ルビアナはぬいぐるみのような白い何かを抱いていたのだが、それが急に動き出したかと思うと頭をこちらに向けてきて、ギーシュや才人たちは仰天した。
「エ、エレ、エレキングぅっ!?」
 それはサイズこそぬいぐるみ大ではあったが、正真正銘の生きたエレキングそのものであった。しかもリムエレキングのようにディフォルメ調なものではなく、小さいだけでそのままの姿の本物のエレキングであり、当然それを見たギーシュたちは血の気が引いた。
「ル、ルビアナ、そ、それはいったい?」
「この子ですか? このあいだ湖畔を散歩していましたら懐いてきましたので、わたくしもつい可愛らしくなってしまいまして。とても人懐こくていい子ですよ」
 エレキングの幼体があの湖にまだいたのか! 驚いたギーシュたちは当然ながら、そいつは怪獣の子供なんだと告げて手放させようとしたが、ルビアナはぎゅっとエレキングを抱きしめてかばった。
「いけませんわ、よってたかって子供をいじめようだなんて。この子はまだいけないことは何もしていないではありませんか」
「い、いや、そう言ってもそいつは」
「しかしもかかしもありません。わたくしはわたくしを慕ってくれるものには相応の愛情を持って返します。譲りませんわよ」
 そこまで言われては、それ以上の説得は難しそうだった。
 才人とギーシュたちは相談し、無理に引き離してもルビアナを怒らせるだけであろうし、しばらく様子を見ることにした。今のところ小さいエレキングが暴れたりする気配はないし、ルビアナにも操られたりしているようなきざしはない。GUYSのリムエレキングのようにおとなしいまま育ってくれるならそれでいい。ただし怪しい様子があれば、ルビアナになんと言われようと断固対処する。
 だがそれにしても、あのエレキングはオスだろうかメスだろうか? もしオスだったらあいつはルビアナといっしょに温泉に……。
 危機感が変な方向にズレ始めているが、一同は気を取り直して浴場作りを再開した。あと一息、もう一息。ものづくりに慣れた平民たちの力で、完成に近づいていく温泉施設。平民の力をなめていた少年たちは素直に彼らの力を賞賛して、平民たちに負けていられるかと、少年たちも最後の力を振り絞る。
 そして温泉浴場はその完成した姿を少年たちの眼前に現した。
 
「お……おおーっ! これが温泉というものか」
 
 とうとう期限の最後ギリギリで、水精霊騎士隊製の温泉浴場は完成した。

523ウルトラ5番目の使い魔 73話 (12/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 08:47:55 ID:51jKc83M
 二十メイル四方の岩風呂に、平民たちの助力で小さめの薬草湯や寝湯なども並ぶ、立派な浴場である。時間の関係で建物は脱衣場のみであるが、数百人はゆうに受け入れられる露天風呂として申し分ない出来となった。
「やった。これも諸君らの汗と涙のおかげだよ。ありがとう、ありがとう」
 ギーシュは仲間たちの手を取り、心からの感謝を述べた。しかし、これは始まりでありゴールではない。才人がギーシュの手を握り返しながら言った。
「ギーシュ、喜ぶのはまだ早いぜ。おれたちはなんのために温泉を作ったんだ?」
「そ、それはもちろん! は、はだはだ……よーし! って、そういえばどうやって女の子たちを呼べばいいんだ」
 やる気を出しかけたギーシュは、今ごろになって肝心なことに気がついて固まった。
 そうだ、そういえば温泉を作ったはいいが、肝心の女の子たちを呼ぶ方法を考えていなかった。
 呼んで来てくれるのは、モンモランシーをはじめ学院の女子生徒にある程度心当たりはある。しかし、それだけではここまでの苦労をしたかいがないし、大義名分であったド・オルニエールのためにもならない。
 皆の顔を失望が支配していく。だが、その絶望を輝かしい光で破ったのはまたしても才人だった。
「フッフッフ、ギーシュ、その心配はないぜ。温泉の宣伝になって、かつおれたちも存分に役得を得られる手ならもう打ってあるんだよ。ほら、そろそろ来るぜ」
「なっ、なんだって!?」
 驚愕に顔を固める水精霊騎士隊。そのとき、彼らのもとに若い女性の声が響いてきた。
 
「おーいサイトー! 温泉ってのはここでいいのかいー?」
 
 きっぷのいいその声は、才人にとっては聞きなれた声だった。
 振り返ると、そこにはジェシカを先頭にして魅惑の妖精亭の女の子たちが揃ってやってきているではないか。
「おっ、ジェシカ、よく来てくれたな」
「招待状受け取ったよ。なんでも疲れに効いて美容にもいいんだって? せっかく店を休みにしてみんなで来たんだから、期待させてもらうからね」
 ジェシカはにこりと笑い、旅の荷物をいったん宿に置くために去っていった。もちろんその間、ギーシュたちの眼差しは美少女ぞろいの魅惑の妖精亭の顔ぶれに釘付けになっていたのは言うまでもない。
 そして、来訪者はそれだけではなかった。
「サイトーッ! 言われた通り、声はかけておいたわよ。思った以上についてきちゃったけどね」
 ルイズの声がして、そちらのほうを振り向いた少年たちはまた驚いた。そこには、ルイズとモンモランシーとキュルケに続いて、学院の女子が何十人もやってきていたのだ。
 これはいったいどういうことだ!? ギーシュでさえ、これだけの人数を集めるのは無理なのに。
 すると、女子たちの中からツインテールの小柄な少女が前に出てきた。
「フン! クルデンホルフ大公国の姫をもてなすには粗末なところね。けど、ヴァリエール先輩のお誘いだし、ティラとティアがどうしてもって言うから来て上げたから感謝しなさい」
「わーい! 温泉だ温泉。この星にも温泉があるなんて思わなかった」
「姫殿下ったら、ほんとは自分も楽しみにしてたくせに。ですよね? エーコ様」
「そうよ、ビーコにもシーコも、あと何日かしらって何回聞かれたことか。あ、怒らないで姫殿下。さー、水妖精騎士団前進ーっ!」

524ウルトラ5番目の使い魔 73話 (13/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 09:10:44 ID:51jKc83M
 ベアトリスを先頭に、学院の女子たちもいったん戻っていった。去り際にルイズが、「ド・オルニエールのためなんだからね」と言い残していったが、もう大方の少年たちの耳には入っていない。
 才人はここまで考えて用意してくれていたのか。水精霊騎士隊の才人を見る目が尊敬へと変わっていく。その眼差しを心地よく受けて才人はフフンと誇らしげに鼻をこすってみせた。
 しかし、才人は下心だけで人を集めていたわけではなかった。
「サイトおにーちゃーん! みんなで来たよーっ!」
 幼く元気な声はアイのものだった。トリスタニアの孤児院から、子供たちも才人は招待していたのだ。
 変わらず元気にまとわりついてくる子供たち。そんな彼らをなだめて、ティファニアが才人にお礼を言った。
「お招きありがとうございます、サイトさん。本当にその、タダで使わせてもらってよろしいんですか?」
「もちろんさ。子供たちもたまにゃトリスタニアの外に出してやらなきゃな。テファも遠慮しないでゆっくりしていってくれよ、新装開店無料サービスさ」
「はい。それじゃみんな、荷物を置きにいきましょう」
「はーい!」
 ティファニアに先導されて、子供たちも去っていった。もっとも、才人をはじめ、少年たち全員の目は、子供たちの手を引きながらもぷるんぷるんと揺れるティファニアの双丘に釘付けになっていたのは言うまでもない。
 あの幸せ製造機と裸のお付き合いを……。ギーシュたちの胸に人生最大の幸福感が宿る。
 生まれてきてよかった……そして、才人に人生すべてを引き換えにしても返しきれないほどの感謝を込めて、ギーシュは才人に滝のような涙を流しながら言った。
「ぼくは、ぼくは、ごれぼどまでに友情の尊さをがんじだごどばないっ! サイト、ぼくは君にどうやってこの感謝を伝えればいいかわからないよ!」
「なに言ってんだギーシュ、友だちじゃねえか。それによ、メインディッシュはまだ残ってんだぜ」
「えっ?」
 すがすがしい笑顔とともに才人は言った。この上、まだ誰か来るというのか?
 そのとき、一同の耳にこれまでとは違う、金属の甲冑が鳴る乾いた音が響いてきた。
 この音はまさか? まさかそこまで呼んだのか! ギーシュたちの脳裏に、この音を立てる甲冑をまとった唯一の部隊の名前が浮かぶ。
「姉さん、みんな、来てくれたんだな」
「サイト、いい保養所を作ったそうだな。なるほど、確かにここなら任務の帰りに立ち寄るには都合がよさそうだ。温泉とやら、期待させてもらうぞ」
 アニエスら銃士隊も呼んでいたのか! さすがにそこまでするのかと思ったが、アニエス以外の隊員たちはプライベートだということで期待に胸を膨らませた顔をしている。

525ウルトラ5番目の使い魔 73話 (14/14) ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 09:17:43 ID:51jKc83M
 仕事中は苛烈でも、彼女たちも年頃の女性だということには変わらない。銃士隊と付き合いが長い才人だからこそ、そのあたりをうまく招待状に盛り込んで彼女たちの意欲をかきたてたのだ。
 もっとも、隊員たちにすれば口実はなんであれ才人とミシェルをくっつけるチャンスができればなんでもよかったらしく、さっそく後ろでためらっているミシェルを才人の前に押し出してきた。
「サ、サイト……わ、わたしは美容とかそういうものはどうでもよかったんだが、サイトがせっかく呼んでくれたから、その」
「いやいや、遠慮することなんかなんにもないって。温泉ってのは、つかるだけでも気持ちいいものなんだから。入ったらきっと気に入ってくれると思うぜ」
「そ、そうか。じゃあ、わかった」
 いまだ初々しさの抜けないミシェルに、才人は「かぁーっ、かわいいなあーっ!」と、心の中で悶絶した。
 もちろん、ほかの銃士隊員たちも明るく開放的で、しかも美人ぞろいだ。サリュアやアメリーやリムルらの見知った顔ぶれも温泉を楽しみに来てくれたのがわかる嬉しそうな顔をしている。
 ギーシュたちの興奮はいまや最高潮だ。美少女、美人がよりどりみどりで、こんな幸せがこの世にあっていいのだろうか。
 一方で才人も、自分のつてを最大に利用することで長年の夢だった男の浪漫を実現できて感動していた。人生って、苦労したぶんだけ報いがあるんだなあと、日ごろの苦労を思うと心からしみじみする。
 
 だが、才人も想定していなかった事態がここで起こった。銃士隊の隊列の中からフードを目深にかぶった少女が歩み出てきたかと思うと、フードをまくってトリステイン貴族ならば知っていて当然の尊顔を見せたのだ。
「うふふ、サイトさん、ルイズといっしょに自分たちだけ楽しそうなことをしてはいけませんわよ」
「いっ! じっ、女王陛下ぁっ!?」
 まさかのアンリエッタ女王陛下の登場に、一同は揃って仰天した。ギーシュたちは、「サイトお前女王陛下まで呼んだのか!」と詰め寄るが、さすがに才人も「知らない知らない! おれは銃士隊のみんなしか呼んでない」と答えるしかなかった。
 するとアンリエッタは涼しい顔で、彼らの疑問に答えた。
「ふふ、このトリステインでわたくしに隠し事ができると思わないでくださいね。慰安をとりたいのはわたくしだっていっしょですもの」
「し、しかし女王陛下がいなくなってはお城が大変なことになってるのでは!」
「一日や二日女王がいなくなったくらいで傾くほどトリステインはやわではありませんわ。それに、わたくしの留守中に不埒なことを企む輩が現れたら、それはそれでお掃除のいい機会ですもの」
 だめだこの人完全に確信犯だ。アラヨット山の遠足のときといい、もはや数々の修羅場をくぐりすぎて精神が鍛えられすぎている。
 アニエスは横顔で、「すまん、止められなかった」と謝ってきているが、これはとんでもない爆弾を押し付けられたようなものである。
 ギーシュはあまりのプレッシャーに立ったまま気絶し、ほかの面々も青ざめている。
 
 なんとも、すさまじいメンバーが一堂に会してしまった。いずれも曲者ばかりの顔ぶれの中で、男たちは『裸の付き合い』にたどり着けるのであろうか。
 
 未来に待つものは希望か絶望か。男たちの全てをかけた人生最大の戦いが始まろうとしている。
 そんな彼らを、ルビアナはエレキングを抱きながら笑って眺めていた。
「ウフフ、これはおもしろそうなことになりそうですわね」
 
 
 続く

526ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/06/25(月) 09:24:10 ID:51jKc83M
今回は以上です。では、また来月に

527ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/06/30(土) 21:50:59 ID:wWucSWQA
ウルトラ五番目の人、投稿おつかれさまでした
さて皆さん今晩は、無重力巫女さんの人です。
今夜も月末になりましたので投稿を…と行きたいのですが…。

先週月曜大阪で起きた地震関係でリアルが色々と忙しく、半分しかできてない状態です。
前後編でも区切れない状態の為、身勝手ながら今月の投稿はお休みする事にしました。本当にすみません。
来月末からはまた元通りになりますので、これからもよろしくお願いします。

528ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 21:47:03 ID:DazbEoRo
皆さん、お待たせいたしました。ウルトラ5番目の使い魔、74話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

529ウルトラ5番目の使い魔 74話 (1/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 21:48:05 ID:DazbEoRo
 第74話
 水精霊騎士隊、暁に死す
  
 宇宙怪獣 エレキング 登場!
 
 
 突然、ド・オルニエールに湧いた温泉を使って『裸の付き合い』を目当てに温泉浴場を作った才人と水精霊騎士隊の少年たち。
 血と汗と涙の努力は報われ、完成した温泉欲情もとい温泉浴場には学院の女生徒たちや魅惑の妖精亭の店員たちらの多くの招待客が訪れた。
 しかし、噂を聞きつけてアンリエッタ女王陛下までがお忍びでやってきてしまった。
 波乱……いや、嵐がド・オルニエールに訪れようとしている。これから始まる、男たちの全てをかけた大決戦。湯煙の先に待つのは天国か、それとも地獄か。
 
 
 温泉浴場が完成した翌日。運命のその日は真っ青な晴れで風もおだやか。空には小鳥たちが舞い、平和と幸せを謳歌していた。
 トリステインのあちこちから招待されてきた女の子たちも温泉につかり、美容と健康に良いとされる湯の温かさを満喫しながら周りと語り合い、裸の付き合いを楽しんでいる……一部の邪悪な意思を持つ者たちを除いて。
「聞こえる、温泉の流れる音が。キャッキャウフフと湯気とたわむれる女の子の声が……この先には、人類の理想郷。究極のアルカディアが広がっている。しかし、それをたった薄布一枚に邪魔されなければならないとはぁぁぁっ!」
 ド・オルニエールの空にギーシュの叫びがこだました。
 彼らの前には、彼らが必死の思いで完成させた温泉浴場と、その温泉を覆い隠して高々とそびえる天幕の壁がそびえたっていた。浴場の中にいる女の子たちの姿は隠されて見えず、響いてくる声だけが男たちをやきもきさせている。
 もちろん、これはただの天幕ではない。『錬金』の魔法でも破れないほど『固定化』の魔法をがっちりとかけて、探知の魔法もかけられている恐ろしい魔法の天幕なのだ。
 天幕の前では才人や水精霊騎士隊が呆然とするか、あるいは憤慨して立ち尽くしている。
 
 だが、どうしてこんなのけもの扱いをされているのだろうか? 説明はいらないかもしれないが、少し前にこんなことがあった。
 新装開店したド・オルニエール公衆浴場(仮)の記念すべき最初の客として招かれてきた女の子たちを前にして、ギーシュたち水精霊騎士隊があいさつをおこなっていたときのこと。
「えーっ、みなさん。本日は、お忙しい中はるばるやってきていただき感謝いたします。ここで感謝の言葉の百もあなたがたに捧げたいところですが、余計な時間を使うなとみんなに言われてるので、ありがとうと述べるにとどまらせていただきます。温泉の効能や入浴のマナーについては、先にお渡しした冊子に書いてありますので、そちらを参考にしてください。なにかご質問はありますか?」
 ここまでは特に問題なく進んだ。ギーシュとしては、もっとしゃべりたいことは山のようにあったが、打ち合わせで「それはいらない」と満場一致で決められたので仕方がない。

530ウルトラ5番目の使い魔 74話 (2/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 21:49:51 ID:DazbEoRo
 問題は、質問を受け付けたときにルイズが手を挙げたことに対する回答だった。
「浴場は全部解放式みたいだけど、男女の区別はどうするの?」
 この質問はもっともだった。本当なら同じ作りの浴場をもうひとつ作って男女別にするべきだが、そこまで作る余裕がなかった以上は方法は二つしかない。
 しかし、二つのうちの一つは、いくら才人やギーシュでも「それを言い出すのはまずい」とわかっていた。そこで才人らは、時間差制にして、まずは女子が入って次に男子が入るというのを考えていた。
 これなら、女子に変なことを言われる心配はないし、男子は番頭や売り子として「合法的」に湯上りの女の子たちと身近に接することができる。そしてそれを足掛かりにして、もっと大胆に……という計画だった。
 もちろん、ギーシュもそう答えるつもりだったのだが。
「そこは男女の時間を……」
「混浴に決まってるじゃないか!」
 その瞬間、「え゛っ?」と、空気が固まった。
 誰だ! みんな思っていても、それだけは言ってはいけないことを言ってしまった大馬鹿者は! 
 声の主を探して、ギーシュたちの視線はひとりのふとっちょの少年に向けられた。どうやら我慢に我慢を重ねてきた結果、リピドーが限界に達していたらしいが、慌ててそいつの口を押さえたときには女子の目つきは鬼のようなものに変わっていた。
「へぇー、やっぱりそうだったの。あんたたちが単なる親切でこんなことするわけないと思ってたけど、そういうことだったのね」
「いっ! ち、違うよこれは。ぼくたちはそんなことは全然まったく」
 しかしすでにルイズや女子生徒たちの目はゴミを見下すように冷酷になっており、ティファニアさえも汚いものを見るような目をしている。
 もはや言い逃れは不可能だった。助平な男を見慣れているジェシカたち魅惑の妖精亭の女の子たちはともかくとして、ほかのほぼ全員が怒りに燃えた眼差しになっており、彼女たちは大声で男子全員に怒鳴りつけた。
「出て行きなさい!」
 逆らえば魔法で消し炭にされる剣幕に、男子たちは一目散に逃げだした。
 そして、浴場の周りには銃士隊の手によって魔法の天幕が張り巡らされて視界がふさがれ、完全に男子はシャットアウトされてしまったのだ。というか、なんでこんなものを用意していたのか? それはもちろん、あの人の差し金である。
「うふふ、殿方が集まればこういうことになるだろうと思ってアニエスに用意させておいて正解でした」
「私、女王陛下にだけは生涯逆らわないようにいたします」
 底知れなさというか腹黒さの度合いを上げていくアンリエッタに、アニエスは怒らせたら何をされるかわからないというふうな恐怖すら覚え始めていた。
 しかし、眺めは多少悪くなったが浴場は完全に隠され、男子禁制の聖域が出来上がってしまった。女の子たちはさっそく服を脱いで浴場へ向かい、それぞれ思い思いに温泉を楽しみ始めた。

531ウルトラ5番目の使い魔 74話 (3/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 21:50:53 ID:DazbEoRo
 適度な熱さの湯が体に染みわたり、何とも言えない心地よさが全身を巡ってくる。それは香水の入った学院の大浴場など比較にならない気持ちよさで、青々と晴れた空を見上げられる解放感もあって最高の幸せを彼女たちに提供してくれた。
「ふあぁ……なにこれ、きっもちいい」
「体がとろけるみたい。天国だわぁ」
 まずはジェシカたち魅惑の妖精亭の女の子たちが惚けたようにどっぷり湯につかっていた。彼女たちは普段は平民用の粗末な風呂にしか入ったことはなかったので、物おじしない性格の子たちばかりなのもあって、広さとたっぷりの湯のある温泉に真っ先に飛び込んだのだ。
 その気持ちよさは文字通り想像以上。そして彼女たちの気持ちよさそうな様子を見て、温泉というものにいざとなるとおっかなびっくりだったベアトリスたちも次々と入っていった。
「はーぁ……」
「ああぁ……ん」
 煽情的な声も混じって、湯につかる女の子たちは初めてのその快感を存分にかみしめていた。
 男たちは天幕の外側から、歯を食いしばって漏れ聞こえてくる音と声を聞くばかりである。
「く、ぐっぞぉぉ、本当ならあのそばにいるのはぼくたちのはずだったのにぃ」
「隊長、この裏切り者はいかがいたしましょうか! もうすでに全員でボコボコにして虫の息ですがまだ生きております!」
「簀巻きにして川にでもドボンしたまえ。おのれぇぇぇ! ぼくらの血と汗と涙だってのにぃぃぃ」
 あまりの悔しさにいつもの気取ったセリフも崩れてしまっているが、ギーシュの血涙に全員が同感であった。才人もギムリもレイナールも、ほかの水精霊騎士隊隊員全員も、ただひたすら「裸の付き合い」を夢見て頑張ってきたのに、それが水の泡と化して納得できるはずもない。
 しかし、いまさら弁解しに行ったところで相手にされるはずもなく、彼らはそこで指をくわえて見ているしかできなかった。
 
 そうしているうちにも、温泉の中ではこれまで面識のなかった子たちも親睦を深め合っている。
 大浴場には大勢の子たちが湯につかり、何人かは「泳いではいけません」のマナーを無視して怒られている。それだけ大浴場は広かったのだが、そんな一角でルイズやアンリエッタ、ベアトリスやルビアナらの王家&金持ちズが並んで話していた。
「じょ、女王陛下におかれましては、こ、このようなところで恐悦至極にございまして」
「ミス・クルデンホルフ、そんなかしこまらないでください。聞くところによると、裸の付き合いでは皆が平等だそうではありませんか。気にせず学院のクラスメイトだと思って話してください。ルイズもそうしてくれていますわ」
「は、はあ、しかし臣下といたしましては、その」
 さしものベアトリスも女王陛下の前では恐縮してしまっていた。クルデンホルフ家がいくら大金持ちだといっても、立場的にはトリステインに仕える一貴族に過ぎない。

532ウルトラ5番目の使い魔 74話 (4/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 21:52:11 ID:DazbEoRo
 ベアトリスとしては、ド・オルニエールに女王陛下もお忍びで来ていると知って驚いたものの、この機会にあいさつして顔を売り込むところから始めようくらいに思っていた。が、いきなり「あなたはクルデンホルフ家のベアトリス姫でしたわね、あなたのお父上にはいつもお世話になっておりますわ」と、友人のように親し気に話しかけられて、すっかりペースを乱されてしまっていた。
 どう答えれば無礼に当たらないんだろうかと、格上の相手に対する経験が乏しいので目をグルグルさせながら混乱しているベアトリス。いつものツインテールも解いて髪を流しながらうろたえている様は可愛らしいくらいであったが、さすがに見かねたルイズが助け舟を出してきた。
「女王陛下、あなたももう子供ではないのですから少しはつつしんでくださいませ。と、いつもなら申し上げるところですが、言ってもどうせ聞きませんわよね。ベアトリス、この人は女王やってるときとプライベートでは別人だと思ったほうがいいわよ。まだ何を企んでるかわかったものじゃないんだから」
「は、はぁ……」
「まあルイズったら、わたくしが願っているのは常に愛と平和だけですわよ。うふふふ」
 アンリエッタは親し気に謎めいた笑顔を浮かべるだけで、何を考えているかわからない。けれどベアトリスは、貴族としての格差からいまひとつ避けてきたルイズが意外にも優しく助けてくれたことに感謝を覚えていた。
「あ、あの、ヴァリエール先輩」
「堅苦しくしないでいいわよ。この女王陛下はね、幼いころはそれはもう手に負えない悪童だったんだから。遊び相手をつとめさせていただいたわたしもどれだけ大変だったことか。ねえ陛下?」
「あらルイズ。無垢で純粋だったわたしに数えきれないほど悪い遊びを教えてくれたのはあなたではありませんか。なんなら、今ここで勝負の続きを始めましょうか? 今日まででわたくしの二十九勝二十四敗一分けでしたわね」
「いいえ陛下、わたしの二十七勝二十五敗二分けです!」
「ウフフフ」
「フフフフ」
「あ、あのぅ、陛下? ヴァリエール先輩?」
 なにやら身内同士のバトルが勝手に始まってしまって、部外者のベアトリスはあっさり蚊帳の外にされてしまった。すごく居心地が悪いが、こういうときに限ってエーコたちもティアたちもどこかに行ってしまって頼りにできない。
 誰か助けてー。勝手に移動するわけにもいかずに困り果ててしまったベアトリスに、今度こそ助け船を出してくれたのは隣で見守っていたルビアナだった。
「まあまあ、女王陛下は普段気を張られているから、たまには発散したいんですわよ。ミス・クルデンホルフにも覚えがあるでしょう?」
「はい……あの、ミス・ルビティア様」
「ルビアナでけっこうですわ。いいものですわね、お友達って。身分に関係なく、会えばそれだけで本音で語り合えて。わたくしも、国では傅かれたり、立場を頼られたりすることはあっても対等に語り合える人は少ないですわ。ベアトリスさん、よければ私と友人となってくださいませんか?」
 そう微笑んだルビアナの温和な姿勢は、身構えていたベアトリスの心を溶かしていった。

533ウルトラ5番目の使い魔 74話 (5/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 21:53:22 ID:DazbEoRo
 同じ成り上がりの金持ちとはいえ、トリステインの金持ちとゲルマニアの金持ちとでは次元が違う。しかしルビアナは上から見下す様子はまったくなく、より成熟した大人の包容力は、母か姉のようでさえあった。
「はい、ルビアナさん。わ、わたしなどでよければ、お、お友達に」
「ええ、こちらこそよろくお願いします。あら? そういえばベアトリスさんって傍で見ると小さくてかわいいわね……うふふふ」
「え? あの、ルビアナさん」
 ベアトリスはずずいっと寄ってくるルビアナに、本能的に震えを感じた。なにか急に雰囲気が変わったけど、ま、まさか。
「わたくし、お友達もほしかったですけど、実は妹もほしかったんです。ねえ、もっと近くに寄ってもいいかしら?」
「え、ちょ、あーっ!」
 逃げる間もなくルビアナはベアトリスをぬいぐるみのように抱きしめてしまった。ぎゅぎゅーっ、と、豊満なバストがベアトリスの顔を包み込んでしまう。
「う、うぷっ、お、おぼれるぅ!?」
 キュルケくらいはゆうにあるルビアナのバストは小柄なベアトリスを飲み込んでしまうにはじゅうぶんなボリュームがあった。ベアトリスが溺れかけているのを見て慌てて離してくれたものの、ベアトリスはスレンダーな自分とは大違いな大人のボディを間近で見せつけられてしまって、すっかり自信を喪失してしまった。
「うぅ、あ、あれには、か、勝てない」
 クルデンホルフの名にかけて、どんな壁でも乗り越えてやろうと心に決めていたが、今のベアトリスの前に立ちはだかる壁、いや巨峰はあまりにも美麗で高すぎた。
 一方で、隣で繰り広げられているルイズとアンリエッタのバトルも佳境を迎えていた。さすがに人の目があるので取っ組み合いのけんかには至っていないが、舌戦ではすさまじい殺気が飛び交っている。
「こ、この牛みたいな乳だけの腹黒女王!」
「なにか言ったかしら? ナイ乳のルイズ」
 しかしやはり体形の勝負ではルイズが圧倒的に不利であった。たとえるならハンペンとプリン、ししゃもとクジラ、シャボン玉と太陽。
 結局ルイズは言い負かされてしまい、隣で黄昏ていたベアトリスと無言のシンパシーを感じて手を取り合った。
「ベアトリス」
「ヴァリエール先輩」
「わたしたちは同志よ!」
「はい、あんな脂肪の塊なんかに負けません。いっしょに戦いましょう!」
 人はひとりでは絶望に立ち向かえない。共に立ち向かう仲間を得て、ふたりの間に固い友情の架け橋がつながったのだった。

534ウルトラ5番目の使い魔 74話 (6/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 21:54:03 ID:DazbEoRo
 もっとも、持てる者であるアンリエッタやルビアナと、持たざる者であるルイズやベアトリスとの差はあまりにも大きい。勝ち誇るアンリエッタと、そもそもライバル視されていることにさえ気づいていない様子のルビアナに対して、ふたりの絶望的すぎる戦いは始まったばかりだった。ルビアナの隣に浮かぶ幼体エレキングは、理解できないというふうにアンテナをくるくる回しながら首をかしげていた。
 
 とはいえ、浴場での裸の付き合いはそんな殺伐としたものばかりではない。
 別のところではアニエスとジェシカがのんびりと日々の疲れを癒していた。
「ふぅ……たまにはこういうところで羽を伸ばすのも悪くないな」
「隊長さんもそう思う? これいいわー。体が浮き上がって雲の中にいるみたい。はー、癒される」
 アニエスが温泉の湯で顔を流し、ジェシカの黒髪を汗が流れていく。
 働き者で大勢をまとめるリーダー同士でもあるふたりは仲良く日ごろの垢と汗を流し、互いの苦労話などを語り合っていた。
 
 また、別の場所では魔法学院の生徒たちが魅惑の妖精亭の女の子たちから美容と男を魅了する方法を伝授されたりしている。
 その一方で意外と苦労しているのが銃士隊だ。ティファニアの連れてきた孤児院の子供たちに物珍しさで懐かれてしまい、休むつもりが遊び相手にされてしまっていた。
「わーい、おねえちゃんこっちこっち!」
「めっ、おねえさんたちに迷惑かけちゃダメでしょ。すみません、皆さんせっかくのお休みなのに遊んでいただいてしまって」
「いーよいーよ、休むだけがお休みじゃないし。あっ! こーら、今あたしのお尻さわったでしょー! まてーっ」
 まだ男湯女湯の区別がない幼い子供たちには温泉も珍しい遊び場でしかなかった。頭を下げて詫びるティファニアを気にもせずに、子供たちは水遊びをしている。銃士隊の中でも人懐っこいサリュアたちが遊んでくれているけれど、ティファニアは申し訳なさでいっぱいであった。
「ほらみんな、遊ぶなら向こうの小さいお風呂に行きましょう。お姉ちゃんも遊んであげるからね」
 ティファニアは仕方なく大浴場を離れて、空いている隣の岩風呂に移った。こちらでなら、ほかの客に迷惑になることもない。けれど、子供たちのやんちゃは疲れ知らずだった。
「わーい! テファお姉ちゃんのとったわよー」
「キャーッ! わ、わたしのタオル返してーっ!」
 ティファニアが体に巻いていたタオルを奪った子供が走り去る。素っ裸にひんむかれたティファニアは慌てて追いかけるが、子供は湯船の中をスイスイと泳いでなかなか捕まらない。そんな様子を、引率で来ていたマチルダは湯船につかりながらのんびりと眺めて、あの子もまだまだ子供ねえと思っていた。

535ウルトラ5番目の使い魔 74話 (7/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 21:54:59 ID:DazbEoRo
 いくら周りが女ばかりだといっても、全裸を知らない大勢に見られるのはやっぱりティファニアには恥ずかしかった。あっちこっちに逃げ回る子供を追いかけて、素っ裸で大きな胸を左右に揺らしながら駆け回るティファニアを見て、あちこちから笑い声があがる。
「もーっ、お願いだからタオル返してえー」
 しかも被害者はティファニアだけでは済まなかった。ティファニアへのいたずらで味を占めた他の子供たちが、銃士隊や女生徒たちのバスタオルも盗んでしまったのだ。
「わっ! こ、このわんぱくども、もう許さんぞ!」
「いゃーっ! み、見ないでくださいーっ!」
 怒鳴り声と嬌声の阿鼻叫喚。剥かれてしまった女の子たちが走り回り、騒ぎはどんどん大きくなっていった。
 
 
 そして、そんな生々しい声を大音量で聞かされ続けているのが、外の男どもである。
「お、女の子たちがタオルを剥かれてこの中で……く、くそぉ。こんな、たった布切れ一枚のためにぃぃぃ!」
 ギーシュが血涙すら流しそうなくらい悔しそうに叫んだ。
 むろん、水精霊騎士隊の他の全員も同じ気持ちに違いない。思春期ド真ん中で、異性の体に一番興味しんしんな時期の少年たちが、いつまでもこんな生殺しに耐えられるわけがなかった。
 とれる方法は二つ、声が聞こえなくなるところまで逃げるか。あるいは、己の全てを賭けて冒険に打って出るかである。そして、その口火をギムリが切った。
「うおぉぉぉ! もう我慢できない。ギーシュ隊長、我々はこのままでいいのですか! 我々の傷つけられた心を、このまま塩水につけ続けてよいのですか」
「ギムリ、君の気持ちは痛いほどわかる。しかし、我々にいったいどうすることができるというのかね」
「ギーシュ隊長、隊長ともあろう人がそんな弱音を吐いてどうするのですか! 隊長にはわかっているはずです。我々の傷つけられた心を、唯一癒せる劇場は目の前にあるということを」
 ギーシュの目が血走って見開かれた。
「君は、女子風呂を覗こうと言うのかね!」
 その言葉に、水精霊騎士隊全員が集まってくる。
「そ、そんなこと、許されると思っているのかね! き、君は貴族として恥かしく」
「レイナール、今さら取り繕うのはナシにしようぜ。お前は悔しくないのか? おれたちは何のために血反吐を吐きながら頑張ったんだ? それにおれたちはまだ何もしてないのに女子たちに追い出されて、お前は男としてこんな屈辱に黙ってられるのか! 我々には正当な対価を受け取る権利がある。お前は見たくないのか! この世の天国を、おれたちが作り上げたヴァルハラを」
「う、それは……あ、ああ! ぼくだって悔しいよ。ぼくだって、ぼくだって男だもの! 見たい、確かめたいんだよおぉぉぉぉ!」

536ウルトラ5番目の使い魔 74話 (8/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 21:57:19 ID:DazbEoRo
 レイナールも溜め込んでいた欲求を吐き出し、そんな彼を仲間たちは温かく見つめた。
 ギーシュはギムリの熱弁と、レイナールの告白に感動し、二人の友の肩をしっかりと抱きしめた。
「ぼくは、迷っていた自分が恥ずかしい。答えは最初からあったんだ。男なら、その誇りをかけてヴァルハラを目指さねばならなかったんだ。行こう、友たちよ。我々の戦場へ」
 水精霊騎士隊の少年たちも、天を仰ぎ、感動に打ち震え、水精霊騎士隊万歳、ギーシュ隊長万歳と連呼する。
 言葉面は立派で流す涙は純粋だが、限りなく不純な動機の下で水精霊騎士隊はかつてない結束で繋がった。
 しかし、そんな中でただ一人反対意見を述べる者がいた。才人である。
「お、お前ら女子風呂を覗くだなんて。そ、そりゃ確かにだけど! そんなことしたらルイズも! お、おれはそんなこと許さないからな」
 才人も男として盛大に揺れていたが、好きな子の裸を他人には見せたくないという一心がギリギリのところで理性を支えていた。
 しかし、才人のそんな気持ちを見透かしたようにギーシュは言った。
「そうだなサイト、君のそんな純粋なところをぼくは友として誇らしく思うよ。ならば、ぼくらは杖にかけて誓おうじゃないか。ルイズは君だけのものだ。ぼくらはルイズを見ないし、見えても視線を逸らそう。それなら問題はあるまい?」
「う、だ、だけど覗きは犯罪だし」
「ほう? なんとも君らしくない立派な言葉だね。そう、裸の付き合いというものを教えてくれたのも君だったよねえ?」
 うぐっ、と痛いところを突かれて才人が反論できなくなったところでギーシュはさらに畳みかけた。
「裸の付き合い、素晴らしい言葉だ! 身分に関わらず裸では平等にという、愛と平和の究極系と言えるだろう。しかし才人、今ぼくらは理不尽に追い出されて、これのどこに愛と平和がある? 無実のぼくらを差別し、冷たいところへ追いやって自分たちだけ温かい温泉を満喫する女子たちに、君は腹が立たないのかい? 君は殴られたら殴られっぱなしの犬だったのかい!」
 その瞬間、犬という言葉が才人の中で眠っていたプライドを揺り起こした。
「そ、そうだ、ルイズの野郎、おれたちの言い分も聞かねえで一方的に悪者にしやがって。許せねえ、許せねえぞ!」
「そうだサイト。これは理不尽に対する正当な反抗であり、女たちの傲慢に対する懲罰なのだよ」
「ありがとうギーシュ、おれはまたキャンキャン言うだけの犬に戻っちまうところだった。吠えるんじゃなくて、行動で示さなきゃいけないんだ。やろうぜギーシュ、おれの親友!」
「サイト、ぼくも君と友となれたことを生涯の誇りと思うよ。これでもう、ぼくらに怖いものはなにもない」
 熱い絆が男たちを結び、最低な目的のもとで男たちは戦いの決意を胸にした。
 目標は女風呂。これを覗き見る! 男としてこれほど命をかけるに足る戦いがあろうか。
 
 しかし、決意したはいいが、天国は文字通り果てしなく遠かった。

537ウルトラ5番目の使い魔 74話 (9/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 22:00:43 ID:DazbEoRo
「諸君、我々がヴァルハラに到達するためには、この魔法の天幕をなんとかして越えなくてはならない。これをどうするか、皆の意見を伺いたいのだが」
「ああ、確かにこいつが問題だな。一見するとただのテント布に見えるけど、高さ五メイルで温泉を完全に囲ってしまっている。唯一空いているのは空からだけだが、もし乗り越えようとしたものなら……」
 そのとき、浴場の上をたまたまカラスが通りかかったが、浴場の上空に入り込もうとした瞬間に天幕の支柱からビームが放たれ、不幸なカラスは焼き鳥となって彼らのもとにポトリと落ちてきた。
「このとおり、探知の魔法が働いて侵入者は自動的に処分されてしまうことになっている」
 あまりの容赦なさっぷりに、少年たちの背筋に震えが走った。
「ひでえな、おれたちを殺す気かよ」
「殺す気なんだよ」
 覗こうとする者は”死”あるのみという断固たる意思表示。それが焼き鳥となったカラスそのものだった。
 壁を乗り越えようという手段は自殺に他ならない。もちろん天幕自体も固定化がかけられていて簡単には穴が開けられないし、錬金をかけようとしたら探知の魔法にひっかかってビームの集中砲火を浴びる。
 そんな鉄壁の防衛線を目の前にして、才人は天幕の上を仰ぎながら「ベルリンの壁より厚いな……」と、悲し気につぶやいた。
 しかし、人間の作るものに絶対はない。必ずどこかに弱点があるはずだと、彼らは知恵を絞り合った。
「上がダメなら下からはどうだ? ギーシュの使い魔のモグラに穴を掘らせてさ」
「ダメだ。ここは温泉が湧いてるんだぞ? 地面の下は蒸し風呂みたいなもんだ、あっというまに熱さでまいっちまう」
「天幕に唯一切れ目があるのは脱衣場のある入り口だけだが、あそこにも見張りがいるから侵入は無理だ」
「くそ、打つ手なしかよ……いや、きっと何か手があるはずだ」
 才人は、もし自分が宇宙人ならどうやって警戒厳重な防衛軍の基地に忍び込むかと考えた。
 オーソドックスなのは人間に化ける方法。この場合は女装でもするか? 
「なあ、お前らの魔法で変装して潜り込めないのか?」
「フェイス・チェンジの魔法を使ってかい? いや、無理だね。誰に化けるにせよ、この中は風呂場でみんな裸だろう。体格で一発で男だとバレてしまうよ」
 ダメか。いや、この程度で音をあげては不屈のチャレンジ魂で人類に挑戦し続けてきた侵略者の方々に申し訳が立たない。まずはそのスピリットが大事なのだ。
「みんな! 知恵を絞れ。この向こうには裸の女子がぼくたちを待っているのだぞ」
「おおーっ!」

538ウルトラ5番目の使い魔 74話 (10/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 22:01:43 ID:DazbEoRo
 男たちは再び絶望の淵から立ち上がった。目的のために全力で知恵を絞る彼らの姿は、不屈のチャレンジ魂を持って地球侵略にぶつかり続けてきた宇宙人たちにも賞賛を持って迎えられることは間違いあるまい。
 この手はどうだ? いや、こんな方法は? こんな方法を思いついたぞ!
 と、限界まで知恵を絞った彼らはいくつかの案を思いついた。しかし、その全部を吟味している時間はなかった。
「まずい、急がないと女の子たちが上がってきてしまうぞ。もうこうなったら、各自思いついた方法をそれぞれやってみるんだ。危険は大きいがどれかが成功する可能性もある」
 しかしそれは、仲間を捨て石にするかもしれない非情の策でもあった。だがそれでも才人やギーシュ、そして水精霊騎士隊の少年たちにためらいはなかった。
 このまま負け犬のまま終わるのは嫌だ。男として生まれてきた意味を果たすまでは死ねないという強い意思が彼らから死の恐怖を拭い去って、そして最後にギーシュが全員に向かって訓示した。
「諸君、君たちの健闘を隊長として心から祈る。ぼくはこの戦いを、天国へと至るニルヴァーナの戦役と名付けたい! 諸君に始祖ブリミルの加護あらんことを。みんな、ヴァルハラで会おう!」
「おうっ!」
 こうして、なんか不吉な予感がしてくる名前を立てて、男たちはそれぞれの作戦を決行しにバラバラに散っていった。果たして、彼らはどんな作戦を持って難攻不落の要塞に挑もうというのだろうか。
 
 
 そしてそれから十数分後、浴場の中ではまだ女子たちの戯れが続いていたが、そんな彼女たちに魔の手が迫っていた。
 
 その一、才人&ギムリ組。
 温泉の唯一の出入り口である脱衣場の入り口には、銃士隊員が二人立って見張りをしていたが、そこに才人とギムリがタンスくらいの大きさの箱を持ってやってきた。
「そこで止まれ。なんだお前たち、ここは男子立ち入り禁止だぞ」
「いや、ごめんなさい。実は取り付け忘れてたものがあって。これ、中にタオルが詰まってて浴場に据え付けるはずだったんだよ。使わないともったいないから入れておいてくれないかな」
「ふむ。なるほど……少し待ってろ、隊長に聞いてくる」
 そう言って銃士隊員がアニエスに許可を得るためにいったん浴場に入って戻ってくると、才人とギムリはいなくなっており、大きな箱だけがポツンと残っていた。
「あれ、サイト? もう帰ってしまったのか。仕方ない、こいつは私たちで入れておくか。おい、そっちを持ってくれ」
「ああ、よいしょっと。むっ! 意外と重いわねコレ」
 銃士隊二人に抱えられて、大きな箱は浴場の一角に設置された。
 箱はわかりやすくタンス型になっており、中に詰められたタオルを目当てにすぐに数人の女子がやってくる。

539ウルトラ5番目の使い魔 74話 (11/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 22:03:28 ID:DazbEoRo
「助かるわね。あの子たち、結局タオル返してくれないんだもの」
「ふー、柔らかーい。あの男たちも少しは気が利くわねー」
 タオルBOXは好評で、女子たちは入れ替わり来てタオルで髪をまとめたり、体に巻いたりしていった。
 しかし、そんな湯上りの少女たちのあられもない姿を間近で堪能している目が四つあったのだ。
「ふ、ふぉーっ! 女の子たちの裸がこんな近くにーっ!」
「シーッ、しゃべるな。外に聞こえたらどうする!」
「ご、ごめん。だが、す、すばらしいよサイト。まさかこんな方法で浴場に潜入できるとは、おれはお前を神と仰ぎたいくらいだぜぇ」
 なんと、BOXの中に才人とギムリが潜んでいたのだ。このBOXは二重構造になっていて、引き出しの奥に人の隠れられるスペースが設けられている。これは才人のアイデアで、ふたりはこの中に潜んで警戒を突破したのだった。
「ふふふ、警戒が厳重なら相手に入れてもらえばいいだけのことだよ。これぞ必殺、安田くん大作戦だぜ!」
 才人は勝ち誇ったようにつぶやいた。BOXの中からのぞき穴ごしに外を見る二人の周りには桃源郷が広がっている。これには紳士を旨とするかの宇宙人も「恐ろしいほどの知略ですね」と賞賛を禁じ得ないことだろう。
 裸の女子たちが目の前を無邪気に歩き回っている。すばらしい、桃色と肌色の天国とはこのことだろう。
 しかし、二人の夢見心地は長くは続かなかった。
「さて、天国は存分に堪能したか? サイト」
「えっ?」
 突然の冷酷な声に、才人は冷や水をかけられたように凍り付いた。
 慌てて周囲を確認すると、いつの間にかBOXの周りをアニエスをはじめ銃士隊の面々が取り囲んでいる。もちろん全員タオルで体を隠しているが、明らかにすべてをわかった顔をしている。
 バレたのか! そんな馬鹿な! 才人はどこかで手抜かりがあったのかと冷や汗を滝のように流しながら必死で考えるが、それより早くアニエスが冷たく言い放った。
「外からでダメなら中から攻めてみろと、お前に戦術の手ほどきをしてやったのは誰だったか忘れたか? お前たちの性格からして、そろそろ何か仕掛けてくる頃だと思っていたが、あいにく相手の背中から殴ることに関しては我々は慣れているからなあ。今回ばかりは身内とはいえ容赦はせんぞ」
「お、お慈悲を……」
「慈悲はない。かかれえっ!」
「アーーーーーッ!」
 BOXは粉砕され、引きずり出された才人とギムリの悲鳴が悲しく響き渡った。
 
 だが、男たちのチャレンジはまだ終わっていない。

540ウルトラ5番目の使い魔 74話 (12/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 22:05:00 ID:DazbEoRo
 その二、レイナールと水精霊騎士隊複数名。
「サイトたちは失敗したか。あんな目立つもので潜入するからこうなるんだ」
 レイナールが小さくつぶやいた。才人たちの惨劇は見ていたが、助けるのは自殺行為でしかなかった。
 否、最初から皆が自身を捨て石にすることを覚悟した上の作戦決行なのだ。助けはしないし自分も助けは期待しない。その代わりに、可能な限り目の前の桃源郷を目に焼き付けることである。
 そう、彼らもすでに彼らなりの作戦で潜入に成功していた。むろん、気づかれてはいない。なぜなら、彼らは全身の色を浴場を囲む天幕と同じ色に染めて、保護色で天幕と同化していたのだ。
「これぞカメレオン作戦だよ。魔法で全身を作り変えることはできなくても、色を変えるくらいならできる。思った通り、中は湯気で曇ってて誰も気づいてないよ」
「すげえよレイナール。けど、まさか真面目なお前がこんな手を考え出すとは、見直したぜ」
「ぼ、ぼくだってねえ、ぼくだって男として生まれたからには見たいものはあるんだ。ほ、ほおおお、ほああああ」
 レイナールは、自分のメガネが湯気で曇ることからこの作戦を思いついた。世の中には完全に透明になることもできるマジックアイテムもあるというが、そんなすごいものを用意できなくとも、人間には工夫という知恵がある。
 女の子たちはすぐ近くに男子がいるというのにまったく気づいていないようで、ベアトリスの取り巻きのエーコ、ビーコ、シーコの三人も、今日はのんびりと主君から離れて楽しんでいた。
「いいわねえ、これ……そういえば誰かが言ってたっけ、風呂は地上最高のぜいたくだって」
「そうねー、これだけいいお湯なら、そのうちクールな風来坊や闇の紳士もやってくるかもねえ」
「なにその超絞り込んだお客さんは?」
 エーコとビーコが気持ちよさのあまりに精神が異界にトリップしかけているようだが、シーコもそのうち姉妹たちを連れてきたいなと思っていた。
 ところで、ルイズやティファニアが美少女すぎて目立たないけれど、エーコたちもなかなかのものである。湯につかるエーコの首筋はすらりとセクシーだし、ビーコの髪のすきまから見えるうなじは綺麗で、シーコはワイルドな感じを見せている。
 そんなこの世の楽園を、少年たちは存分に堪能していた。これも保護色様様である。たかが保護色と侮ってはならない。保護色はかのクール星人や透明怪獣ゴルバゴスも使い、見事に人間の目を欺いてきた強力な戦法なのである。ブロンズ像になりきったような彼らの姿は、ブロンズ像にこだわりのあるかの宇宙人が見ても「ギョポポ、なかなか美しいではないか」と褒めてくれることだろう。
 息を潜めて完全に天幕と一体化しているレイナールたちの前で、女の子たちの無防備な戯れは続いた。
「あなた、けっこうおっぱい大きかったのね。これで彼のものを挟んであげたりしてたんでしょう?」
「えー、やっぱりわかっちゃう。それでね、挟んであげてから、こうゴシゴシって洗ってあげるの彼大好きなんだ。キャハッ」
 おっぱいで挟む? 洗う? ナニを!?
 美少女たちの赤裸々な会話に、少年たちの心臓は爆発しそうだ。
 しかもそればかりではなく、彼らの見ている前で、学院の女子たちは魅惑の妖精亭の店員たちから男を誘う艶かしいポーズを手ほどきされ始めたからたまらない。

541ウルトラ5番目の使い魔 74話 (13/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 22:06:15 ID:DazbEoRo
「それでね、こうやって胸元を見せながらすりよるの。でも見せすぎちゃダメよ。見えるかどうかギリギリというくらいが興奮するの。やってみて」
「こ、こうかしら? あ、うぅぅん。ねえ、わたしが欲しいんでしょう? 来て、全部あなたのものよ」
 魅惑の妖精亭の子たちはみんな男を誘うプロであるから、普通の女の子でもその技術を伝授されたら魅力は倍増だった。少年たちは、学院でこんなふうに誘惑されたらどうしようと頭を沸騰させている。
 これでもまだ見つかっていないのだから、人間というものがいかに視覚に依存した生き物なのかということがわかるだろう。しかし彼らは、保護色にはある決定的な弱点があるということを知らなかった。
 皆がのんびり温泉につかる中で、バチャバチャとした水しぶきが鳴る。マナーを守らない行為に周囲から非難の視線が集まるが、視線を向けられた緑色の髪の少女は楽しそうに泳ぎ続けた。
「ヒャッハー! 温水プールだ最っ高ー!」
「ティア、いいかげんにしなさい! みんな迷惑してるでしょ」
 パラダイ星人のティアとティラの姉妹。この二人にとって、水辺はホームグラウンドであり、海ばかりのパラダイ星を思い出して心が躍った。特にティアにとっては温かい水はよほど肌に合うらしく、ティラが「はしたないわよ」と注意してもティアは故郷の血が騒ぐのか、うずうずしてたまらないようである。
「わかった。じゃああと一回だけ、これでもうやめるからさ」
 ティアは静止を振り切って、ざんぶと湯船の中にダイブした。
 潜って浮き上がり、ポーズを決めてまた潜り、イルカや人魚のように自由に水面を舞う姿は、ここが浴場でなければ一流のシンクロと呼んでもいいだろう。
 しかし、ここは風呂場。当然水着なんか身に付けているわけはなく。しかもティアも極上の美少女であるときては、もちろん大事なところのすべても丸見えになってしまう。
「ぶはっ! ぼ、ぼくもうたまらない」
 ついに血圧の許容量を超えたレイナールの鼻の血管が爆発した。耐えに耐えてはきたが、純情少年であるレイナールにとって、目の前の光景はあまりにも刺激が強すぎたのだ。
 鼻血が噴き出し、つつうと垂れていく。しかし、彼らにかけられた魔法は彼らの体の色を変えはしたものの、噴き出した鼻血までは体の一部とは認識しなかった。つまり、鼻血が赤々と目立ち、保護色の効果を相殺してしまったのである。
「きゃああーっ! 男の子よーっ!」
 女の子の悲鳴が響き渡った。保護色はあくまでわかりにくくするだけで、そこにいることがわかればカモフラージュを見破ることはたやすい。その点、噴き出した鼻血は絶好の目印になってしまったのだ。
「てっ、撤退だ!」
 見つかってしまえばもはやこれまでと、少年たちは一目散に逃亡に入った。しかし、覗かれていたことに気が付いた女の子たちの反応は男子のそれを上回っていた。
「覗きよ! みなさん、絶対に逃してはなりませんわ!」
「変態よ! 変態は捕まえて火あぶりよ! 変態は殺しても罪になりませんことよ!」
「お待ちになって! わたくしも変態です。いっしょにお茶でもいかがですか?」

542ウルトラ5番目の使い魔 74話 (14/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 22:07:21 ID:DazbEoRo
「なにを言ってるんですかあなたは!」
 いろいろあるが、女の子たちは恐ろしいほどの俊敏さで置いてある杖を取り戻すと逃亡をはかるレイナールたちを魔法で狙い撃った。
 台所のゴキブリに対するより無慈悲な攻撃が雨あられと降り注ぎ、レイナールたちはたちまちのうちにボロ雑巾にされてふんじばられてしまった。
 荒縄でグルグル巻きにされて、アニエスの前に引き出されるレイナールたち。かろうじて意識は残されているが、もはや何の抵抗もできないのは明白であった。
「また姑息な手を使いおって。しかし、まだ全員ではないな。おい、お前たちの隊長と残りの連中はどうした?」
 アニエスがレイナールに尋問する。しかし、レイナールも最後の意地を見せて眼鏡を光らせた。
「み、見くびらないでください。ぼくらだって貴族のはしくれです。仲間を売るような真似だけは、死んだってしませんよ」
 それは単なる虚勢ではなかった。彼ら水精霊騎士隊は、貴族としていつでも国のために命を捨てる覚悟はしている。その点では、そこらの口だけの貴族よりはよほど立派であると言えよう。
 が、相手はメイジ殺しの専門家である銃士隊である。アニエスはレイナールの抵抗を歯牙にもかけずに冷たく告げた。
「知っているか? 銃士隊にもいろいろな部署がある。実戦で剣を振り回す役もいれば、会計や事務処理が専門の者もいるし、こんな役割の者もいるんだ」
「はーい、拷問の専門家のナディアちゃんでーす。さーて、ぼくたち、後悔しないうちに吐いちゃったほうがいいよ。あなたたちの仲間はどこ? 答えないなら、まずはあなたの小指を……」
 切ない断末魔が湯煙にこだまして、やがて消えていった。
 
 そして、男たちの挑戦はクライマックスを迎える。
 ギーシュに率いられた水精霊騎士隊本隊。それらは地下へ潜り、土の底から風呂場に突入しようとしていた。
「モグモグモグモグ」
 ギーシュの使い魔である大モグラのヴェルダンデの掘る穴の後ろからギーシュたちはついていく。もちろん、当初の懸念通りに温泉の地下は強烈な熱気と水蒸気が噴出してきて彼らを苦しめるが、彼らは氷の魔法で使うことで熱気を冷ましながら進んでいた。
「この先に、僕らの天国が待っている。水の使い手は気合を入れろ! ここが正念場だぞ」
「おおっ! ご心配なく、我々の精神力は今、溢れに溢れておりますゆえ」
 穴の壁を氷で補強し、熱気を防ぐ。通常ならばあっという間に精神力が尽きてしまう荒業だが、女の子たちの入浴を覗けるという高ぶりが彼らに底知れない力を与えていた。
 まさに燃える闘志と冷たい氷のコラボレーション。
「もうすぐ浴場の下だ。だが気を付けろ、間違って浴槽の底を掘りぬいたりしたらぼくたちは一巻の終わりだぞ」
「うむ、ここからは慎重に掘らなくてはな。よし、土の使い手は上の様子を探るんだ」
 できれば女の子たちが体を洗っているそばにでものぞき穴を作れれば望ましい。土の使い手は、その全神経を集中させて、地面の上での会話の振動を感じ取ろうとした。

543ウルトラ5番目の使い魔 74話 (15/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/14(土) 22:08:28 ID:DazbEoRo
『ウフン、あなた脱ぐとなかなかすごいのね。その腰回りのきれいさ、うらやましいわぁ』
『そんなあ、謙遜よぉ。アタシから見たら、そちらのお尻のプリティさに見とれちゃうんだから』
 その会話を聞きつけて、探知していたギーシュの鼻から不覚にもつうっと鼻血がこぼれ出た。
 ここだ! この上だ! と、少年たちは最後の力を振り絞って穴を拡張し、ギーシュが会話を聞きつけた場所のそばに小さなのぞき穴を人数分こしらえた。
「諸君、諸君の努力は報われた。我らの目指したヴァルハラはこの先にある! さあ、存分に堪能しようじゃないか」
 少年たちはそれぞれの穴に殺到した。当然ギーシュも直径一サントほどののぞき穴に目を凝らし、湯気の先の裸身に視線を集中させた。
 
 ほおぉ……見える、見えるぞ。湯煙に揺れる、なまめかしい脚、ぷりんとしたお尻、引き締まった腰、そして……鋼鉄のようにたくましい胸筋……えっ?
 
 その瞬間、決定的な矛盾がギーシュたちの脳裏を駆け巡った。
 ま、まさか。だが、現実はすぐに彼らの前に示された。湯煙の向こうの誰かは、くるりと彼らののぞき穴のほうを振り返って笑いかけてきたのだ。
「ん、もーう! そんなにミ・マドモアゼルの裸が見たいなら存分に見てちょうだーい!」
「ぎぃやあぁぁぁぁぁーーーーーっ!」
 地の底から地獄から響いてくるような絶叫がこだました。なんと、湯煙の先にいたのはスカロンだったのだ!
 そう、彼らは忘れていた。魅惑の妖精亭の面々が来るということは、当然スカロンもやってくる。そしてスカロンの隣には、カマチェンコもすっぴんで笑っている。ギーシュたちは不幸にも、彼らの裸をドupで見つめてしまっていたのだった。
「うふふふ、ミ・マドモアゼルたちはハートはレディだけどもみんなと女湯に入るのはちょっと問題じゃない。だ・か・ら、岩風呂のひとつを私たち専用に囲ってもらってたのよ。そして、あなたたちが地下から来るとわかったから、私たちの営業トークであなたたちを誘い込んだっていうわけ。あなたたち、お盛んなのはけっこうだけど、可愛いジェシカちゃんの裸をタダで見ようというのは許せないわ。お湯でもかぶって、反省しなさーい!」
 スカロンの鉄拳がギーシュたちの穴の頭上に炸裂し、次の瞬間洞穴はガラガラと崩壊を始めた。そればかりか、氷でせき止めていた水が噴き出してきて、穴の中はあっという間に水没してしまったのである。
 悲鳴に続いて、ガボガボと溺れる音が地の底から響いてくる。生き埋めと水攻めで、ギーシュたちは完全に沈黙した。
 
 
 こうして、三方向から侵入を図ろうとした水精霊騎士隊は全滅し、ニルヴァーナの戦いはギーシュたちの全面敗北に終わった。
 しかし、男たちの戦いは終わっても、彼らへの処刑はまだ残っていた。
 すでにボコボコにされ、生き埋めの中から死ぬギリギリで掘り起こされたギーシュたちであったが、女子の怒りはそんなものでは収まらなかった。

544ウルトラ5番目の使い魔 74話 (16/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/15(日) 03:44:33 ID:yMvhGRRk
 単にギタギタにするだけでは済まさない。と、彼女たちが考案した制裁の方法、それは全身を縛って逆さづりにし、頭を温泉につけて溺死寸前で引き上げてはまた沈めるという伝統の拷問方法だった。
「ゴボボボボ……も、もう許してモンモランシー」
「いいえダメよ。そんなに温泉につかりたかったなら、望み通りにしてあげようじゃない。ギーシュ、今度という今度は許さないんだからね」
「ゴボボボボ……出来心だったんだぁ……ゴボボボボ」
「いい機会だから、その腐った性根を温泉で煮出し切ってしまいなさい!」
 容赦は一切なかった。ギムリやレイナールやほかの少年たちもきっちりと同じ制裁を加えられている。
 助けようという者は一切いない。アンリエッタやルビアナにしても、こればっかりは仕方ないという風に遠巻きに見守っていた。唯一、どの喧騒にも参加していなかったキュルケが「覗いてもらえるだけ可愛いと思ってもらえてるんだから幸せじゃないの」と、余裕たっぷりに眺めているが、もう嫌味にしか聞こえない。
 とはいえ、もっと残酷な拷問ならいくらでもあったが、女王陛下の前で血を流すわけにはいかないということで、これでもかなり有情なほうであったのだ。
 一方で才人は例外で、制裁を加えられているのは同様だが、その方法は異なっていた。手足を縛って目隠しをした上で、ルイズとミシェルに挟まれて温泉につかっていた。
「もうサイトったら信じられない! あんたは間違ってもそういうことだけはしないって信じてたのに」
「ご、ごめん。好きな子といっしょに温泉に入るのが夢だったから、悔しくてつい」
「でも許されないことは許されないぞ。そ、そんなに見たいなら言ってくれれば、よ、よかったのに」
 ルイズとミシェルに挟まれて才人はお説教を受けていた。妙に才人だけ罰が甘いようだが、これは最初銃士隊の面々が「罰として副長と子作り」と言いかけてルイズが慌てて静止したからである。
 とにかく悪乗りが好きで、隙あらば既成事実を作らせようとしている銃士隊に対してルイズは気が抜けなかった。本音は才人をエクスプロージョンで吹き飛ばしてやりたかったが、それを制したのはアンリエッタだった。
「ルイズ、恋に暴力はいけませんわよ」
 いつのまにか杖を取り上げられて、ルイズは我が身を持って才人を死守するしかなくなっていた。ミシェルは奥手だが、銃士隊の面々が全力でバックアップしてくるので油断できない。
「サイトはわたしのものよ。あんたは引っ込んでなさい!」
「むっ! わたしとお前は対等なはずだ。あの日の誓いを忘れてはいないぞ、わたしだってサイトをあきらめたわけじゃない」
 大岡越前の裁きのように、左右から才人を取り合うルイズとミシェル。ふたりとも、相手をきっちりとライバルと認めているだけに一歩も譲らない。恋で遠慮を選んだら、後に残るのは後悔だけなのだ。
 アイが幼い眼差しで「さんかくかんけー?」と興味津々で見つめていたが、あなたにはまだ早いわと連れて行かれてしまった。
 しかし、それで幸せかと言えばそうでもないのが才人だ。特に今回は重罪で人権をはく奪されて景品扱いだけに、裸のふたりに抱き着かれている感触以上の痛みが襲ってくる。
「痛い痛い痛い! あったかくて柔らかいけど痛い! げぼっ、ゴボゴボ! がはっ! お、お前らちょっと加減を!」
「あんたは黙ってなさい!」
「サイト、忘れてはいないか? お前にも罪の分の罰を受ける義務がある。よって、今回はわたしも優しくはしない!」

545ウルトラ5番目の使い魔 74話 (17/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/15(日) 03:45:49 ID:yMvhGRRk
「いだだだだ! げぼぼぼ! こ、これって天国? いや、地獄だあぁぁぁっ!」
 目をふさがれているのでふたりの裸体を拝むことはかなわず、身動きを封じられているので痛みを防ぐことも溺れるのを防ぐこともできない。
 動機はどうあれ、才人も覗きに加わっていたことは事実。きちんと責め苦を受けなくては不公平なのである。
 
 それぞれの方法で処罰を受けている才人と水精霊騎士隊。そんな様子を、銃士隊や女生徒たちや魅惑の妖精亭の店員たちは、いい気味だとばかりに眺めている。
 さすがにティファニアは過酷な拷問の光景に眉をひそめてはいたけれど、「悪いことをするとああなるのよ」と、子供たちに言い聞かせていた。
 
 しかし、このまま過酷な責め苦が続くかと思われたとき、突然温泉に異変が起こった。
「あら? なにかちょっとお湯の温度が高くなったような……きゃあっ! あちち!」
 温泉につかっていた子が、あまりの熱さに温泉から飛び出した。温泉の中にいたほかの子も同じように慌てて湯から飛び出してきて、温泉の中は騒然となった。
「ちょっと、お湯の温度調節はどうなってるの! これじゃ熱湯じゃないの」
 ルイズがかんしゃくを起こしたように叫んだ。ミシェルとのけんかに夢中になっていたけれど、さすがにこれには耐えられなくて上がってきた。ちなみに才人は足元に丸太のように転がされている。
 見ると、温泉は浴槽の中の湯がボコボコと泡立っており、とても人間が入れるような温度ではないことは明らかだった。
 水責めを受けていたギーシュたちも、このままでは本当に死んでしまうとして、女生徒の何人かが氷の魔法で一時的に浴槽の温度を下げてから救出した。まだ責めたりない感はあるが、まあこれでひとまずは懲りたであろう。
 けれど、温泉の湯の温度を水で適当に調節する仕組みの故障かと思われたことは、そんな生易しいことではないようだった。脱衣場のほうから、ド・オルニエールの住人の悲鳴のような声が響いてきたのだ。
「旦那様方! 貴族の旦那様方、大変でございます! おいでくださいませ! み、湖が!」
 その必死な声に、なにか一大事の気配が一同を駆け巡った。
 銃士隊は即座に気配を切り替え、アニエスが指示する。
「全隊戦闘態勢! 女王陛下は私が護衛に当たる。ミシェルは半数を指揮して事態の把握と収拾に当たれ」
「はっ! 第三第四小隊はわたしに続け。行くぞ!」
 女王陛下の近衛部隊の真価を皆が目の当たりにしていた。あっという間に装備を身に着け、起こった異変の解決に当たるべく飛び出していく。
 そんな様子を、やっと拷問から解放されたギーシュたちは薄れる意識の中で見ていたが、アンリエッタの声が彼らを呼び覚ました。

546ウルトラ5番目の使い魔 74話 (18/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/15(日) 03:48:21 ID:yMvhGRRk
「ミスタ・グラモン、あなた方は行かなくてよろしいのですか?」
「ハッ! そ、そうだ。みんな起きたまえ! ぼくらも水精霊騎士隊の名前を背負うものだ。ここでじっとしていてどうする! 汚名は働きで返上するんだ。さあ立ちたまえ!」
 尊敬する主君の前で醜態をこれ以上晒せないと、男たちは不屈の闘志で蘇った。
「水精霊騎士隊、杖取れ! 前進!」
 ギーシュを先頭に、少年たちはすっかり茹で上がった顔をほてらせながら、やや千鳥足で行進していった。
 さてそうなると、男子にライバル心を抱いているベアトリス率いる水妖精騎士団も黙っているわけにはいかない。
「エーコ、ビーコ、シーコ、ティア、ティラ! わたしたちも行くわよ」
「はいっ! 水妖精騎士隊全員、前へ。あんな破廉恥騎士隊なんかに負けてはいけませんわよ!」
 オンディーヌvsウンディーネ。どちらも一歩も譲る気配はなく駆けていく。
 そして才人も、やっと縄を解いてもらうとルイズに蹴っ飛ばされながらデルフを手に取っていた。
「いてて、死ぬかと思ったぜ」
「死ななかったから感謝しなさい。さあ、あんたもあんな連中に後れをとってる場合じゃないでしょ。わたしたちも行くわよ」
「わかったっての。テファ、魅惑の妖精亭のみんなや子供たちといっしょに宿に帰っててくれ。なあに、さっさと片付けてくるからよ」
 そうかっこつけて、才人も身なりを整えるとルイズといっしょに出て行った。その背に、ジェシカやスカロンのがんばってねという声援が飛ぶ。
 馬鹿なことをしでかしはしたけれど、いざとなると頼もしい若者たちだ。そんな彼らの背中を見ながら、アンリエッタとルビアナは静かに祈りを捧げた。
「彼らに、始祖ブリミルのご加護がありますように」
 
 
 外に出て見ると、すでにド・オルニエールのあちこちで異変が起きているのは一目でわかった。
 沸きあがっているのは温泉だけではなかった。小川や井戸など、あちこちの水辺から湯気が立ち上っている。
「なんだありゃ? 水という水がお湯になっちまったのかよ」

547ウルトラ5番目の使い魔 74話 (19/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/15(日) 03:49:54 ID:yMvhGRRk
 才人があっけにとられたようにつぶやいた。ひなびた田舎のような光景だったド・オルニエールが、これではまるで噴火口の中にいるように変わってしまっている。
 こんな有様では川の魚は死に絶え、飲み水もなくなっているに違いない。いや、このままにしておけば熱湯は畑にも流れ込んで、せっかくの豊かな農場が全滅してしまうだろう。
「どうなってんだ。なにが起こってるんだよ?」
「馬鹿、水源に何か起こったに決まってるでしょ。ここの水源といえば、あの湖よ。行ってみましょう」
 ルイズに促されて、才人は一週間前にエレキングと戦った湖に走った。途中の道では、野菜や果物をくれた親切なおじさんやおばさんたちが右往左往している。あの人たちのためにも、この異変はすぐに解決しなければいけないとふたりは心に決めた。
 
 そしてくだんの湖、そこも案の定水温が急上昇して湯気が上がっており、湖畔ではすでに先に出て行った一同が話し合っていた。
「遅れたぜ。ねえさ、いやミシェルさん。いったいどうなってるんですか?」
「どうもこうもない、見たとおりだ。住民の話によると、湖から流れてくる水が急に熱くなりはじめ、井戸水も沸騰したらしい。幸い、この湖はまだ温泉程度の熱さだから、これから潜って調べるところだ」
 見ると、すでにティアとティラがスタンバイしていた。ふたりがパラダイ星人だということはほとんどの者が知らないけれど、さっきの泳ぎの巧みさを見たら彼女たちが適任であることは誰の目にも明らかだった。
 ティアは泳ぎたくてうずうずして、ティラはティアの無礼の挽回をしたくてベアトリスの命令を今かと待っている。
「いい? なにが起こってるか見てくるだけでいいのよ。無理してゆでだこになったりしたらダメなんだからね」
「だいじょーぶですって、水の中ならわたしたちは無敵ですって」
「ご心配おかけしますが、わたしたちも姫殿下のお役に立ちたいのです。では、行ってきますね」
 ふたりは湖に飛び込むと、皆の見ている前で人魚のようにあっという間に潜っていってしまった。
 湖はエレキングの養殖に使われていただけあってそれなりに深く、すぐには湖底が見えてこなかった。パラダイ星人であるふたりにとって、少々の水圧や水の濁りは苦にならないけれども、熱さで浮いてくる魚を見ると不安がよぎった。
 
 いったいこの湖の底でなにが? ティアとティラは潜りながら目を凝らした。
 すると、湖底の闇の中で何かが動いたように見えた。
「ティア、止まって! あれ、見えた?」
「ああ、なんだありゃ……でかい、ウミヘビ?」

548ウルトラ5番目の使い魔 74話 (20/20) ◆213pT8BiCc:2018/07/15(日) 03:51:03 ID:yMvhGRRk
 湖底で何かが確かにうごめいていた。細長いけれども巨大な何かが動いている。まさか、ラグドリアン湖にいたような巨大海蛇か?
「ティラ、もっと近づいて確かめようよ」
「うん、もしかしてあれが……ティア、危ない!」
 ティアが一瞬注意を逸らした瞬間だった。巨大で細長い何かが、まるで獲物に飛びかかる蛇のようにふたりに襲い掛かってきたのだ。
 とっさにかわし、細長い何かから距離をとるティアとティラ。巨大な細長い何かは、白い鞭に黒いまだらがついたような、なにかの尻尾のようなもので、明らかに彼女たちを狙っていた。
「ティア、逃げましょう」
「言われるまでもないって!」
 とても手に負える相手ではないと、ティアとティラは水面を目指して一目散に浮上を始めた。そして、緑色の髪をたなびかせて泳いでいく彼女たちを追って、水中から巨大な何かが浮き上がってくる。
 
「あっ、戻ってきたわ!」
 湖から飛び出してきたティアとティラを見てエーコが叫んだ。
 こんなに早く? 一同は怪訝に思ったが、すぐに彼女たちは皆に向けて叫んだ。
「みんな、湖から離れて! なにか、でっかい怪物が浮いてくるよ!」
「ええっ!?」
 ふたりの無事を祈っていたベアトリスが叫ぶと同時に、ミシェルが「全員退避!」と命令した。たちまち、銃士隊でない者も含めて湖畔から離れていく。
 ティアとティラも湖から上がり、それと同時に湖に水柱が立ち上り、そこから巨大な怪獣が現れた。
「あ、あいつは!」
 ギーシュが叫んだ。白色の体に黒い稲妻模様を持ち、頭部には回転するアンテナ。
 間違いない、あいつは一週間前にウルトラマンAが倒したのと同じ怪獣だ。才人は、まさかもう一度見ることになるとは思っていなかったと、口元を歪めながら叫んだ。
「エレキング! なんてこった、三匹目がいたのかよ」
 あのとき倒したエレキングが唯一育成が間に合った個体だとピット星人が言っていたから、まさかもういるまいと思っていた。しかし、現に目の前にエレキングはいる。
 湖に残っていた幼体が一週間で成長しきったのか? だが、そんな考察をしている暇もなく、レイナールがエレキングを指さして言った。
「みんな見てくれ! 怪獣のまわりの水が沸騰してる。あいつ、恐ろしいくらいに体温が高いんだ」
「マジかよ。じゃあ湖が沸いたのも、温泉が沸騰したのもあの怪獣のせいだってことか」
 ギムリも信じられないとつぶやく。
 そう、このエレキングは一週間前のエレキングと姿形は同じだが、その中身は同じではなかった。
 湖を沸きあがらせるほどの高温を発し、その手の先から白いガスを絶え間なく噴き出している。そしてエレキングは湖畔にいる人間たちに狙いを定めると、あの甲高い声をあげて動き始めた。
 
 
 続く

549ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/07/15(日) 03:52:57 ID:yMvhGRRk
今回は以上です。
次回、vsエレキング。

550ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 22:32:38 ID:7PqA9ujA
ウルトラ五番目の人、投稿お疲れ様でした
そして皆さん今晩は、無重力巫女さんの人です。先月はどうもすみませんでした。
特に問題が起こらなければ、22時35分から95話の投稿を開始致します。

551ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 22:35:04 ID:7PqA9ujA
「ふーむ…いやぁ全く。こういう時はどうすりゃあ良いのかねぇ?」
 霧雨魔理沙は考えあぐねている、今日一日をこれからどう過ごせば良いのかと。
 気温は高し、されで外は天晴れと叫びたくなるほど快晴であり、ずっと屋根裏部屋の中で過ごすのは損だと感じてしまう。
 こういう時は多少暑くとも外へ出て思いっきり汗をかき、帰ったらシャワーなり水浴びをしてサッパリしたくなる。
 少なくとも彼女はそう思っていた。今はこの場にいない霊夢とルイズはそういう人間ではないが。
 それ今日は外へ出て調べものをしようと思っていた所であり、ついさっきも裏口から外へ出ようと思っていた所なのである。
 しかしタイミングが悪いというべきか今日の運気が下がっていたかどうかは知らないが、それは成し得なかった。
 別に裏口のドアにカギか掛かっていたワケでもなく、ましてやドアを開けた先の路地が汚物やゴミに塗れていたわけではない。
 鍵はちゃんと開いていたし、路地は近年王都で台頭し始めている清掃業者のおかげで十分と言えるほど綺麗にされている。
 
 じゃあ何故彼女は外へ出ず、こうして屋根裏部屋に戻ってきているのか?答えはたった一つ。
 それは突然の来訪に対応せざるを得なかったからである、絶対に無視したり蔑ろにするべきレベルでない人物の。
 あの霧雨魔理沙が…否、きっと霊夢以外の人間――ルイズやこの世界の者たち―ならば絶対に驚愕してしまうだろう。
 そして誰もが信じないだろう。まさかこんな繁華街の一酒場の屋根裏部屋に、かのアンリエッタ王女がいるという事など。
 
 一体何故来たのか?そもそも何の目的でこんな所までやって来たのか…その他色々。
 ひとまず聞きたい事が多すぎて何を最初に言えば良いのか分からない魔理沙に、ベッドに腰かけるアンリエッタが申し訳なさそうに口を開く。
「いきなりですいませんマリサさん。…私としてはちゃ、んと事前に知らせてから来たかったのですが…」
「ん?あぁ別に気にするなよお姫様。まぁ、急に来られたのは本当にビックリしたが、ルイズがいたらそれだけじゃあ済まなかったろうし」
 今に項垂れてしまいそうなアンリエッタにフォローを入れつつ、魔理沙はふどもしも゙の事を考えてしまう。
 もしもこここにルイズがいたのならば、今頃急にやって来たアンリエッタの前で会話もままならない程動揺していたに違いない。
 しかし、霊夢ならばそれこそいつもの素っ気無い態度で彼女に『何しに来たのよ?』と言う姿が目に浮かんでくる。
 
 今は有り得ぬ゙もしも゙の事を考えていた魔理沙はすぐさまそれを隅へ追いやり、ひとまずアンリエッタに話しかけた。
「しかし、アンタも物好きだよな?ワザワザ私達を呼びつけるんじゃなくてそっちから来るだなんてさ」
「その事については申し訳ありません。けれど、本当に複雑な事情がありまして…」
「……複雑な事情、ねぇ?まぁ外の騒がしさを考えれば、何か厄介ごとに巻き込まれた…ってのは分かるけどな」
 アンリエッタの言葉に魔理沙はそう言いながら窓の方へと近づき、そこから通りを覗き見てみた。
 先程まで静かな朝を迎えていたチクトンネ街の通りはアンリエッタが来てから五分と経たず、数十人もの男女を騒々しくなっている。
 それもただの平民ではない。ボディープレートと兜を装備し、その手に市街地戦向けの短槍を手にした衛士達だ。

 彼らは二人一組か四人一組となって行動しており、路地や通りを行き交う平民に聞き込み調査を行っていた。
 中には扉が閉まっている酒場のドアを強めにノックして店の人間を起こしてまで聞き込んでいるのを見るに、相当力が入っている。
 隊長と思しき衛士が何人かの部下に命令か何かを飛ばしており、それを聞いて敬礼した彼らは急ぎ通りを走り去っていく。
 一体何を…いや、誰を捜しているのか?その答えを既に魔理沙は知っていた。
「もしかして、じゃなくても…色々と複雑な事情がありそうだな」
 その言葉にアンリエッタは何も言わず、ただ黙って頷いて見せる。
 やっぱりというかなんというか…、思わぬところで面倒事に巻き込まれたモノだと魔理沙は思った。
 思いはしたが、しかしその顔には薄らとではあるが笑みが垣間見えている。

552ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 22:48:16 ID:7PqA9ujA
すいません。何故か次の投稿で「NGワードがあります!」と出て投稿できない為、
一レス分飛ばします。もうしわけありません…

553ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 22:49:03 ID:7PqA9ujA
 王家、それも実質的にはこの国のトップである少女が下げた頭からは、本当に申し訳ないという悲痛な思いが漂ってくる。
 流石の魔理沙でもそれを感じ取って、本当なら今すぐにも理由を打ち明けたいという彼女の気持ちが伝わってきてしまう。
 ましてやこの国の人間ではない自分にこんな対応を見せてくれているのだ、それを無下にできるほど霧雨魔理沙は非道ではなかった。

 バツの悪そうな表情を浮かべる魔理沙は頬を少し掻きつつも、頭を下げているアンリエッタに声を掛けた。
「んぅー…まぁいいや。アンタには色々と貸しがあるし、何より最後まで隠しっぱなしにする気はなさそうだしな」
 その言葉にアンリエッタは顔を上げ、一転して明るい表情を浮かべて見せた。
「…!それじゃあ…」
「暇を潰そうと思っていた矢先にこれだからな。丁度良い暇つぶし替わりにはなるだろうさ」
「マリサさん、あり…ありがとうございます」
 やっと嬉しそうな反応を見せてくれたアンリエッタにそう言ってみせると、彼女は優しく魔理沙の手を取って握手してくれた。
 常日頃森の中へと入り、キノコや野草を採取して、色々な薬品に触れてきたが、それでも毎日のケアを欠かさずにしている自分の手と比べ、
 アンリエッタの手はとても柔らかくて綺麗で、その肌触りだけで生まれや育ちも自分とは全く違うのだと、魔理沙は改めて認識してしまう。

 その後、魔理沙は改めてアンリエッタから護衛の詳細を聞く事となった。
 長くても短くても今日中に夜中まで衛士や騎士達に捕まることなく、街中で潜伏できる場所で一緒にいて貰いたいとの事。
 最初魔理沙は「隠れるなら街の外へ出た方が見つかりにくいだろ?」と提案してみたが、それは却下されてしまった。
 アンリエッタ曰く外へと通じる場所は全て厳重な警備が敷かれており、正規の出入り口には魔法衛士隊までいるらしい。
 その為外へ隠れる事は不可能であり、実質的に彼らが巡回する街中に隠れるほかないのだという。
「何も二、三日隠れるワケではありませんから、どこか彼らの目が届かない場所があれば良いのですが」
「とはいっても相当難しいぜ?アンタを捜してるのなら、そういう場所まで目を通せるだけの人員は出してるだろうしな」
 二人してベッドに腰を下ろして考えていると、ふと窓の外から激しくドアをノックする音が聞こえてきた。 

 その音を耳にして魔理沙は思い出す。衛士達の何人かが、店を閉めている酒場のドアを叩いていた事を。
 まさかこの店までおってきたのか?…彼女はベッドから腰を上げるとすぐさま窓から外を見下ろしてみる。
 しかし『魅惑の妖精』亭の入口には誰も立っておらず、もしや…と思って右隣りの店へと視線を向ける。
 案の定その店の入り口には三人ほどの衛士が立っており、先頭に立っている男性衛士がドアを強めにノックしていた。
 店の店主は寝ているのだろうかまだ出てこないのだが、衛士達の様子を見るに何時ドアを蹴り破られても可笑しくは無い。
 そして店の中へと押し入り、粗方探し終えた暁には――この店にも同じことをしてくるのは明白であった。
 アンリエッタは彼らに見つかってはいけないと言っている以上、するべき事はたったの一つしかない。
 
「ひとまず、この店…と言うより一帯から離れた方が良さそうだな」
「そうですね。…あ、でもすいません…今私が着ているドレスが…」
 魔理沙の言葉にアンリエッタも続いて頷いたものの、ふと自分の着ている服の事を思い出した。
 一応上からフードを被っているものの、衛士達の目に掛かればすぐに看破されてしまうだろう。
 現にドレススカートの端っこであるフリル部分がはみ出ており、これではフードの下からドレスを着ていますと主張しているようなものである。
「…そっか、まぁ持ってないのは一目でわかるが、着替えとかは?」
「すみません。何せここまで連れてきてくれた者達からなるべく身軽になるよう言われたので着替えの持ち合わせは…」
 一応ダメ押しで着替えの有無を確認した魔理沙であったが、案の定というか予想通りの答えが返ってくる。
 まぁお姫様の着替えとなると、どれも繁華街の中では目立ってしまうだろうから使えなかったかもしれない。

554ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 22:51:22 ID:7PqA9ujA
「とはいえこのままドレスで出ていくのは危ないし、何かお姫様が着れるような服は――――…ありそうだな」 
 魔理沙はそんな事を考えつつもとりあえず屋根裏部屋を見渡してみると、ふと隅に置かれた三つの旅行用鞄に気が付いた。
 三つとも大きさは大体同じであるものの、外見を見れば誰の鞄なのかはすぐに分かる。
「…?どういたしました?」
「あの鞄なら姫様でも着れるような服があるだろうし、ちょっくら調べてみるぜ」
 魔理沙はそう言って鞄の方へと近づくと、一番右に置かれた高そうな旅行鞄へと手を伸ばす。
 如何にもこの世界でブランド物として扱われていそうな高い旅行鞄の持ち主はルイズである。
 ルイズの制服…少なくともシャツとプリッツスカートだけならばアンリエッタが身に着けても怪しまれる心配は少なくなるかもしれない。
 そう思って鞄を開けようとした魔理沙はしかし、寸での所である事に気が付いてしまう。

 ――――ちょっと待て?アンリエッタの体格的だと色々無理じゃないか?主に胸囲的に。

 ふとそんな考えが脳裏を過った後、思わず魔理沙はバッと振り返ってみる。
 そこにはタイミングよくフードを脱いで、見慣れたドレス姿になったばかりのアンリエッタが立っていた。
 見比べるまでも無くルイズ以上…もしかするとあのキュルケよりも僅差で勝っている程大きな胸がドレス越しに主張している。
 魔理沙自身あまり他人の胸でどうこう言った事はなかったものの、その圧倒的大きさに思わず唸ってしまいそうになった。
 そして胸だけでなくヒップやウエストもバスト程主張していないが、ルイズ以上だというのは一目で分かってしまう。
(ルイズの鞄から服を取り出す前に確認しといて良かったぜ…)
 
 親友の体で悲惨な目に遭いかけた危機からルイズの服を救って見せた魔理沙は、その左隣にある鞄へと目を向けた。
 茶色字でいかにも手入れしていなそうな鞄であり、取っ手付近には墨で『博麗霊夢』と目立つような書かれている。
 流石にアンリエッタにあの巫女服を着せるのは目立つ目立たない以前に怒られるような気がした、主にルイズ霊夢の二人に。
 どっちにしろ、アンリエッタ程胸の大きくない霊夢の服ではサイズが合わなくで色々危うい゙事になるのは火を見るより明らかだ。
 霊夢の巫女服なんて着せられんわな…そう思った魔理沙はしかし、ここで少し前の出来事を思い出した。
 そう…あの日、ルイズが姫様との結婚式があるからといって巫女服しかない霊夢にプレゼントしたあの服を。
(あれなら…何とか行けそうかな?どっちにしろ私の服じゃあ姫さまのサイズに合いそうにないしな)

 左側に置いていた自分の鞄には触れぬどころか視線も向けぬまま、魔理沙は霊夢の鞄へと手を掛ける。
 手慣れた動作でロックを外すと鞄を開き、そこに入っているであろう目当ての服を捜して巫女服やら茶葉の入った缶やらをかき分けていく。
 紅と白、紅と白…と紅白しか目立たない鞄の中では、対称的なモノクロカラーのソレはすぐに見つける事ができた。
「おぉあったぜ!これを探してたんだよコレを」
「あのマリサさん?コレ…とは私の着替えの事でしょうか?」
 鞄を少しだけ探り、両腕に抱え上げたのが何なのか気になったアンリエッタは魔理沙の肩越しに彼女の言ゔコレ゙覗き見てみる。
 それは鞄の中をほぼ占領していた紅白の中では一際目立つ、白いブラウスと黒のスカートであった。
 
 白と黒、というのは魔理沙の服と似てい入るがこちらの方が大分涼しげに見える。
 ふと彼女が空けていた鞄の中にも視線を向けてみると、スカートと同じ色をした帽子まで入っていた。

555ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 22:53:06 ID:7PqA9ujA
「まぁ、随分とシンプルだけど良さげな感じね。…ところでマリサさん、ひよっとしてそのか鞄の持ち主って…」
「あぁコレか?まぁ中を見てみれば分かるが霊夢の鞄だよ。巫女服だらけだから誰にでも分かると思うけどな」
「そうですか…って、えぇ!?それって少しまずいのでは…」
「大丈夫だって安心しろよ。霊夢のヤツもソレはそんなに着る事はないし、秘密にしてればバレはしないさ」
 鞄の中を覗き見した際に一瞬だけ見えた巫女服に気付いたアンリエッタの質問にね魔理沙は笑いながら答えて見せる。
 それから少し遅れで驚いて見せたアンリエッタは、魔理沙が手に持っている霊夢の服を見て至極当然の事を聞いた。
 しかし魔理沙はそれに対して笑いながら大丈夫と言いつつ、アンリエッタにその服と帽子一式を手渡した

「……うーん、分かりました。私自身文句を言える立場にはありませんもの」
 魔理沙に代わって霊夢の服を腕で抱える事になったアンリエッタは暫し躊躇ったものの、止むを得なしと意を決したのだろうか、
 その目に強い眼差しを浮かべてそう言ってのけた彼女は、ひとまず着替えをベッドの上に置いてからドレスへと手を掛ける。
 そして勢いをなるべく殺さぬよう遠慮なくドレスを脱ぎ、その下に隠れていた胸を揺らしつつも下着姿に早変わりして見せた。
 ソレを近くで見ていた魔理沙は改めて思った。やはり彼女は、脱いだ先にある体は流石に王家なのだと。
「……やっぱデカいなぁ」
「―――…?」
 小声で呟いた為聞こえはしなかったものの、珍しい物を見るかのような目で此方を凝視する彼女が気になるのか、
 怪訝な表情を浮かべつつも、アンリエッタは魔理沙から手渡された霊夢の服へと着替え始めた。

 結果として彼女が服を着るのはスムーズに終わったものの、その後が大変であった。
 要点だけ言うと、霊夢とアンリエッタのサイズが微妙に合わなかったのである。主に胸囲が。

「何だか…ちょっとサイズが小さめなんですのね…?」
「マジかよ」
 折角着終えたというのに胸の部分がやや窮屈そうに張りつめているブラウスを見て、魔理沙は思わず唖然としてしまう。
 いつも一緒にいる三人の中では霊夢が比較的大きいと思っていただけに、微妙なショックを覚えていた。
 それを余所に少し窮屈気味にしていたアンリエッタであったが、それもほんの一瞬であった。
「…ま、いいわ。別に着れないってワケじゃないのだし」
 いいのか!結構寛容なアンリエッタの判断に、魔理沙は思わず内心で突っ込んでまう。
 まぁ本人が良しとするならそれでいいのだろう。着られている服としては堪ったものではないだろうが。
 しかしここで魔理沙が一息ついた隙を突くかのように、アンリエッタは「こうしたらもっと良いかも…」と言って胸元を触り始めている。

 一体何をしようかと視線を向けた時、そこには丁度シャツのボタンを一つ二つと外す彼女の姿が目に入ってきた。
 無理にボタンを留めていたせいでシャツによる束縛が緩くなっていき度に、胸の谷間が露わになっていく。
 三つ目を外そうとした所で流石にこれ以上は不味いと判断したかの、ボタンを二つ外した所でアンリエッタは満足そうにうなずいて見せた。
 王族の人なのに随分と大胆な事をするなーと驚く一方であった魔理沙は、同時に彼女が取った行動に成程なーと感心してしまう。
 ボタンを外したことにより、清楚なデザインであったシャツが胸の谷間を強調しているかのような…いかにも夜の女が着そうな服へと早変わりしている。
 実際にはそういう風に見える、程度であるが…こうして見直してみると繁華街で暮らしている水売りの女性にも見えなくない。

556ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 22:55:06 ID:7PqA9ujA
 そして何よりも面白い事は、そんな服を着ているにも関わらずアンリエッタの美しさが殆ど崩れていないという事にあるだろう。
 むしろドレスの時と比べて扇情的な雰囲気を醸し出しているので、男にとって大変目のやり場に困るのは間違いなしだが。
 感心の目を向ける魔理沙に気付いたのか、アンリエッタは少しだけ顔を赤くすると自分の胸元を見ながら喋り出す。
「多少無理はあるかもしれませんが、人の借りものですし…何よりちょっとした変装になるかと思いまして…」
「へぇ〜…王族の人だからけっこうお淑やかだと思ってたが、中々どうして似合っているじゃないか?」
「え?そ、そうでしょうか…?その、こういう服は初めて着ますので正しいのかどうかはわかりませんが…ありがとうございます」
 流石に自分でも恥ずかしいと感じているのか、照れ隠しするアンリエッタに魔理沙は苦笑いしつつ賞賛の言葉を送った。
 何故かそれに困惑しつつも、アンリエッタは恐る恐るといった感じで礼を述べたのであった。

 その後、もしも衛士達がここまでやってきた時に見つかっては不味いという事でドレスとフードは隠す事なった。
 屋根裏部屋に元々置いてあった木箱の中で幾つか蓋の開くものがあったが、中は案の定埃に塗れている。
 蓋を開けた途端に舞い上がる埃を見て二人は目を細めたものの、それに怯むことなくアンリエッタはフードを箱の中へと入れた。  
「私の目から見てもそのフード含めて結構上等なモノそうだが、こんな場所に入れといて良いのか?」
 いくら本人が良いと言ったとはいえ、流石の魔理沙も明らかに特注品であろう高級ドレスを埃だらけの環境に置いておくのはどうかと思ったのだろうか。
 最初にフードを入れたアンリエッタは、再び舞い上がる埃に軽く咳き込みつつも頷いてみせた。
「ゴホ…構いませぬ。もしも見つかってしまった後の事を考えれば…ケホッ!…ドレスの一枚や二枚、ダメになったとしても…コホンッ!安いものですわ」
「……そうか」
 やはりワケあり、それも相当なモノだと改めて理解した魔理沙は手に持っていたドレスを箱の中へと入れる。
 この国の象徴である白百合の様な純白の色のドレスには埃が纏わりつき、その白色を汚していく。
 それを見下ろしつつも蓋を閉めようとした魔理沙は、ふとアンリエッタが呟いた独り言を耳にしてしまう。

「埃に纏わりつかれる純白のドレス……皮肉ね。今この国と同じ状況に置かれるだなんて」
 悔しさがありありと滲み出ている表情でドレスを見下ろす彼女を横目で見やりつつ、魔理沙は蓋を閉めていく。
 彼女は一体何に対して悔しみを感じているのか?そしてこの国の今の状況とは一体?
 やはり単純な面倒事ではなさそうだなと魔理沙は感じつつ、同時にこれは大事になるかもしないという危惧を抱いたのであった。



 …このタイミングで最愛の姉であるカトレアとの再会を果たすなんて、運命の女神と言うヤツはどれだけ悪戯好きなのだうろか?
 ここ最近のルイズはそんな事を考えながらも、何もせずにじっと過ごしていた。
 無論、事前にカトレアがこの街に滞在しているという事は知っていたし、いずれは本腰を入れて探すつもりであった。
 しかし今は姫様から仰せつかった任務があるし、何よりも魔理沙が戦ったという正体不明の怪物の件もある。
 更に最悪な事に、一昨日あのタニアリージュ・ロワイヤル座でその存在を裏付けるかのような惨殺事件さえ起こったのだ。
 昨日は死体を見たショックで何もできなかった自分とは違い、霊夢は事件の謎を追って街中を飛び回っていたという。
 ならば自分も落ち込んでいるワケにはいかず、彼女と一緒に王都に潜んでいる゙ナニガを捜し出すべきなのである。

 それが霊夢を召喚した者として、そしてガンダールヴの主として自分が果たすべき責務というものではないのだろうか?
「――――…だっていうのに、私はこんな所で何をしてるのかしら?」
「…はい?」
「あ、な…何でもないわ!」
 検問という事で通るのに身分証明が必要という事で学生手帳を渡した後、許可が出るまで待っている最中にぼーっとしてしまっだろう。
 ここに至るまでの過程を軽く思い出すのに夢中になってしまったあまり、口から独り言が漏れてしまったようだ。
 学生証の写しを摂っていた詰所の下級貴族の怪訝な表情を見て、ルイズは何でもないと言わんばかりに首を横にふっしまう。
 何でも無いというルイズの言葉に肩を竦めながらも、見張りの彼は身分証明の確認が済んだ事をルイズへ告げる。

557ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 22:57:05 ID:7PqA9ujA
「お待たせいたしましたミス・ヴァリエール。どうぞ、横のゲートを通って中へお入りください」
 学生手帳を返した下級貴族はそう言って詰所内の壁に設置されたレバーの持ち手を握って、それを下へと下ろしていく。
 
 するとルイズの目の前、彼女をここから先へ通さんとしていたかのように立ちはだかっていた通行止めのバーが、上へと上がっていく。
 細長くやや部厚めの木で出来たバーが上がる様子を眺めつつ、ルイズは衛士代わりの下級貴族に礼を述べた。
「ありがとう。こんな所にヴァリエール?って感じで疑われるのを覚悟していたから助かったわ」
「いえいえ、何せ今年の夏季休暇はここに『特別なお方』がお泊りになっておりますからね」
 あの人の家元を考えれば、ヴァリエール家の者がここにいると勘づくのは分かっていましたよ。
 最後にそう言ってルイズに軽く敬礼をしてくれたのを見届けた後、ルイズはゲートを通ってその向こう側へと入る。
 そしてそこで一旦足を止めて背後を振り返ると、彼女は一人ポツリと呟いた。
「『風竜の巣穴』…か。確かにパンフレット通り…良い景色が一望できそうね」
 王都の街並みを一望できる小高い丘の下に建てられたリゾート地の入り口で、ルイズはホッと一息つく。

 ルイズがここへ来た理由は一つ、一昨日別れたカトレアに会いに行くためである。
 別れ際に彼女からここの居場所と、ご丁寧にもどこの別荘に泊まっているという事も教えてくれた。
 わざわざ教えてくれなくとも場所さえ教えてくれれば自力で探せそうなものだが…と、当時のルイズは思っていたのである。
 しかし、それが単なる迂闊であったという事は初めてここを訪れたルイズは身を持って知る事となった。
「ちょっとした規模のリゾート地かと思ったけど。…成程、こうも同じような建物ばかりだと迷っちゃうわよね…」
 カトレアから手渡されたメモと地図が載ったパンフレットを片手に道を歩く彼女は、似たようなデザインが続く別荘を見てため息をついた。
 一応細部や部屋の様相が違うという事はあるだろうが、外見だけ見ればどれも似たようなものである。
 それが何件も続いている為、中庭に誰も出ていなければ何処に誰がいるか何て分からないに違いない。

 幸い各別荘の入口には数字が書かれた看板が刺さっており、何処が何番の別荘だと迷う事は無いだろう。
 ルイズはメモに書かれている「12」番の看板を捜して、別荘地の奥へ奥へと進んでいく。
「今が五番で次が六番だから…って、この先道が二つに分かれてるのね」
 「5」番目の看板が目印の、オリーブ色の屋根が目立つ別荘の前で足を止めたルイズは、ふと前方に分かれ道がある事に気が付く。
 次の別荘は隣にあったものの、どうやら七番目と八番目の別荘は左右に分かれているらしい。
 右の方には『8』が、左には『7』の番号が振られた別荘がそれぞれ宿泊施設としての役目を果たしている最中であった。
 どちらの別荘にも貴族の家族が泊まりに来ているようで、右の別荘の芝生では幼い兄弟が楽しそうにキャッチボールをしている。
 ボール遊びといってもそこは貴族の子供、平民の子から見れば結構アクロバティックな球技と化していた。

 思いっきり上空へと投げたボールを受け取る子供が『フライ』の呪文を唱えて見事にキャッチし、次いで空中から投げつける。
 それを先ほど投げた子が『レビテーション』の呪文を唱えて勢いを殺し、難なくボールを手にしてみせる。
 兄弟共に楽しそうな笑み浮かべて汗を流して遊ぶ姿は、例え魔法が使えるとしても平民の子供と大差は無い。
 それを若干羨むような目で見つめていたルイズは、左の別荘の方へも視線を向けてみる。
 左の別荘の芝生ではこれまた幼い姉妹が魔法の練習をしており、子供用の小さな杖を一生懸命振って魔法を発動させようとしていた。
 ルイズが今いる位置からでは聞き取れなかったが、彼女たちの周囲で微かなつむじ風が起こっている事から恐らく『風』系統の練習なのだうろ。
 子供の幼い舌では上手く呪文を唱えられないのであろう、必死に杖を振る姿がなんとも昔の自分にそっくりである。
 ただ違う所は一つ。彼女らは一応風を起こしているのに対し、自分はどれだけ杖を振っても成果が出なかった事だ。

558ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 22:59:09 ID:7PqA9ujA
(あの時自分の系統が何なのか気付いてたら…って、そんな事考えても仕方ないわよね)
 幼少期の苦い思い出を掘り越こしてしまった気分にでもなったのであろう、ルイズは沈んだ表情を浮かべつつも首を横に振って忘れようとする。
 自分がここを訪れた理由は一つ。幼少期の苦い思い出を堀り越こす為ではなく、カトアレに会いに行く為だ。

 その後、すぐに気を取り直したルイズは芝生で遊んでいた子供たちの内、魔法の練習をしていた姉妹に聞いてみる事にした。 
 最初こそ怪しまれたものの、今日はマントを身に着けていた為不審者扱いされずに何とか道を聞く事ができた。
 どうやら「12」番の看板が刺さった別荘は彼女たちがいる左側にあるようで、二人して道の奥を指さしながら教えてくれた。
 ルイズは「そう、助かったわ。ありがとうと」とお礼を言って立ち去ると、姉妹は揃って「じゃあねぇ!」と手を振りながら見送ってくれた。
 彼女も笑顔で手を振りつつその場を後にすると、左側の道路を奥へ奥へと進んでいく。

 その間にも何人かの宿泊客達と出会い、軽い会釈をしつつも「12」番の看板目指して歩き続ける。
 やがて数分程歩いた頃だろうか、もうすぐ行き止まりという所でようやく探していた番号の看板を見つける事ができた。
「十二番…ここね」
 少しだけ蔓が絡まっている看板に書かれた数字を確認した後、ルイズは臆することなく芝生へと入っていく。
 綺麗に切りそろえられた芝生、その間を一本の線を走らせるようにして造られた石造りの道をしっかりとした足取りで歩くルイズ。
 他と同じような造りの二階建ての別荘からは人の気配があり、ここを利用している人たちが留守にしていないという何よりの証拠である。
 看板は合っている、留守ではない。それを確認したルイズはそのまま道を進んで玄関の方へと歩いていく。
 一分と経たない内に玄関前まで来た彼女は軽く深呼吸した後、ドアの横に付いた呼び鈴の紐を勢いよく引っ張った。

 直後、ドア一枚隔ててチリン、チリン…という鈴の音が聞こえ、誰かが訪問してきたという事を中の人々に知らせてくれる。
 呼び鈴を鳴らし終えたルイズはスッと一歩下がった後に、このドアを開けてくれるであろう人物を待つことにした。
 すると、一分も経たない内に呼び鈴を聞きつけたであろう誰かが声を上げたのに気が付く。
「…〜い!少々お待ちォー!」
 ドア越しに軽快な足音を響かせてやってきた誰かは、ゆっくりとドアを開けてその姿を現す。
 その正体は市販のメイド服に身を包んだ、四十代手前と思われる女性の給士であった。
 薄黄色の髪を短めに切り揃え眼鏡を掛けている彼女は、ドアの前に立っていたルイズを見て「おや」と声を上げる。
「おやおや、これは貴族様ではございませぬか?…して、この別荘に何か御用がおありでしょうか?」
 丁寧に頭を下げつつも、ルイズがどのような目的でこの別荘のドアを叩いたのか聞いてくる給士の女性。
 ルイズは丁寧かつ仕事慣れした彼女の挨拶に軽く手を上げて応えつつ、単刀直入にここへ来た目的を告げた。
「今ここを借りているち…カトレア姉様に会いに来たの。ルイズが来たと伝えて頂戴」
「…ルイズ!?…わ、分かりました。すぐにお呼び致しますので、どうぞ中へ…」
 基本的に宿泊している貴族の名を明かすことは無いこの場所において一発で名前を当て、尚且つルイズという名を名乗る。
 この国の重鎮であるヴァリエール家の事を多少は知っていた給士はハッとした表情を浮かべ、すぐさまルイズを家の中へと招いた。
 
 カトレアが現在泊まっている別荘の中へと入ったルイズは、給士の案内でハイってすぐ左にある居間へと通される。
 大きなソファーと応接用のテーブルが置かれたそこには彼女とは別にカトレア御付の侍女が一人おり、部屋の隅の観葉植物に水をやっている所であった。
 丁度その時ルイズに対し背を向けていたものの、ルイズはポニーテルにした茶髪と鳥の羽根を模した髪飾りを見てすぐに誰なのかを知る。
「ミネアさん、ミネアさん。お客様が来られましたよ」
「あっはい……って、ルイズ様!?ルイズ様ですか!」

559ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 23:01:08 ID:7PqA9ujA
 給士がその侍女の名前を口にする彼女――ーミネアはクルリ振り向き、ついでその後ろにいたルイズを見て素っ頓狂な声を上げてしまう。
 そりゃまさか、こんな所で自分の主の妹様にお会いする等と誰が予想できようか。
 驚きのあまりつい大声を出してしまったミネアはハッとした表情を浮かべて「す、すまいせんつい…!」と謝ろうとした所で、ルイズが待ったと手を上げた。
「別に良いわよミネア。貴女が驚くのも無理はないかもしれないんだから」
「あ…そ、そうですか…。でも驚きました、まさかルイズ様とこんな所でお会いするだなんて…」
 ルイズが学院へ入学する少し前に、地方からカトレア御付の侍女として採用されたミネアとの付き合いは決して長くは無い。
 けれども無下にできるほども短くも無く、こうして顔を合わせば親しい会話ができる程度の仲は持っていた。

 その後給士の女性は居間起きたばかりだというカトレアを呼びに二階へと上って行き、
 居間で彼女を待つ事となったルイズにミネアは紅茶ょご用意いたしますと言って台所へと走っていった。
 結果居間のソファに一人腰を下ろしたルイズは、すぐに下りてくるであろうカトレアを待つ間に今をグルリと見回してみる事にした。
 全体的に目立った装飾は施されていないものの、貴族が泊まれる別荘というコンセプトを考えれば確かに泊まりやすい場所には違いないだろう。
 最近の貴族向けのホテルではいかに豪勢な装飾を施すかで競争になっていると聞くが、ここはそういう俗世の嗜好とは無縁の場所らしい。
 どらかといえばあまり装飾にこだわらず、街から少し離れた静かな場所で休みを過ごしたいという人には最良の場所なのは間違いないだろう。
 
 そんな風に素人なりの考えを頭の中で張り巡らしていたルイズの耳に、彼女の声が入り込んできた。
「あら、こんな朝早くから一体誰が来たのかと思ったら…やっぱり貴女だったのねルイズ!」
「ちぃねえさま!」
 慌てて腰を上げて声のした方へ顔を振り向けると、そこには眩しくて優しい笑顔を見せるカトレアの姿があった。
 いつものゆったりとした服を着て佇む姿に何処も異常は見受けられず、あれから二日間は何事も無かったようである。
 最も、ルイズとしてはあれ以来何か変な事があったのなら驚いていたかもしれないが、それも単なる杞憂で済んでしまった。
 まぁ何事も無ければそれで良く、ルイズは何事も無い二番目の姉の姿を見てホッと安堵しつつ、彼女の傍へと近寄る。
 カトレアもまるで人に慣れた飼い猫の様なルイズを見て安心したのか、近寄ってきた彼女の体をそのまま優しく抱きしめてしまう。

「あぁルイズ、私の小さなルイズ。いつ見ても貴女は愛くるしいわねぇ」
「ちょ…ち、ちぃねぇさま…!う、嬉しいですけど…!何もこんな所で…ッ」
 突然抱きしめられたルイズは嬉しさと恥ずかしさからくる照れで頬が赤面しつつも、姉の抱擁を受け入れている。
 服越しに感じる細めの体と優しい香水の香りに、自分とは比べ物にならない程大きくて柔らかい二つの胸の感触。
 特に胸の感触と圧迫感の二連撃でどうにかなってしまいそうな自分を抑えつつ、ルイズはカトレアからの愛を受け入れ続けている。
 これがキュルケや他の女の胸なら容赦なく押し退けていたが、流石に自分の姉相手にひんな酷いことは出来ない。
 むしろここ最近苦労続きの身には何よりものご褒美として、彼女は顔に押し付けられている幸せを安らかに堪能していた。
 そしてふと思う。今日は自分一人だけで姉のいる此処へ訪問するという選択が正しかったという事を。
(ここに霊夢たちがいなくて、本当に良かったわ…死んでもこんな光景見られたく無しいね)
  
 その後、互いに一言二言の会話を交えたところで準備を終えたミネアがティーセットをお盆に載せて戻ってきた。
 朝と言う事もあって軽い朝食なのだろうか、小さいボウルに入ったサラダとベーグルサンドがお盆の上にある。
 カトレア曰く「食材等もここの人たちが用意してくれてるの」と言っており、今の所不自由は無いのだという。
 確かに、サラダに使われてる野菜や焼き立てであろうベーグルを見るに食材には気を使っているのが一目でわかる。
 平民にも食通が多いこの国では貴族の大半は美味しい物を食べ慣れており、酷い言い方をすれば舌が肥えているのだ。
 そうした貴族たち専門の宿泊地で食材に気を使うというのは、呼吸しないと死んでしまうぐらい常識的な事なのであろう。

560ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 23:03:05 ID:7PqA9ujA
姉からの説明でそんな事を考えていたルイズの耳に、今度は元気な幼女の声が聞こえてきた。
「おねーちゃん!……って、この前の小さいお姉ちゃん?」
 カトレアと比べてまだ聞き慣れていないその声にルイズが声のした方―――厨房の方へと顔を向ける。
 するとそこに、顔だけをリビングへと出して自分を見つめている幼女、ニナの姿があった。
 彼女は見慣れぬ自分の姿を見て多少驚いてはいるのか、そのつぶらな瞳が丸くなっているのが見て取れる。
 カトレアはリビングへとやってきたニナを見て、嬉しそうに笑い掛ける。
「あぁニナ。今日は私の大切で可愛い妹が朝早くから来てくれているの。ついでだから、一緒に朝ごはんを頂きましょう?」
「え?…う、うん」
 いつもは元気な返事をするであろうニナは、見慣れぬルイズの姿を見つめたまま曖昧な返事をする。
 その姿はまるで元からいた飼い猫が、新参猫に対して警戒しているかのようであった。

 カトレアもニナの様子に気が付いたのか、優しい微笑みを浮かべつつ言葉を続けていく。
「大丈夫、怯える事なんてどこにもないわよ。こう見えても、ルイズは私より気が利く子なんですから」
「ちょっ…急に何を言うのですかちぃねえさま?」
 やや…どころかかなり持ち上げられてしまったルイズは、カトレアの唐突な賞賛に赤面してしまう。
 嬉しくも恥かしい気持ちが再び胸の内側から込み上がる中で、ついつい姉に詰め寄っていく。
 カトレアはそんなルイズの反応を見てクスクスと笑いつつ、呆然とするニナの方へと顔を向けながら一言、
「ね、そんなに怖くは無いでしょう?」と不安な様子を見せるニナに言ってのけた。
 ニナもニナでそれである程度ルイズを信用するつもりになったのだろうか、コクリと小さく頷いて見せる。
 それを見て良しとしたカトレアもコクリと頷き返してから彼女の傍へと近寄り、優しく頭を撫でながら「良い子ね」と褒めてあげた。
「それじゃ、頂きますをする前に手を洗いに行きましょうか?」            、 
「……うん」
「あ、私も一緒に…」
 カトレアの言葉に頷くと、彼女の後に続くようにして洗面場の方へと歩いていく。
 それを見ていたルイズもハッとした表情を浮かべて席を立つと、若干慌てつつも二人の後を追って行った。

 その後、成り行きで三人仲良くてを洗い終えたルイズ達は居間で朝食を頂く事となった。
 スライスオニオンとハムの入ったベーグルサンドとサラダは朝食べるのにうってつけであり、紅茶との相性も良い。
「どうしらルイズ?味は保証できると思うけど、量が少なかったらパンのおかわりもあるけど…」
「あ、いえ。大丈夫ですよちぃ姉さま、私はこれくらいでも十分ですし…それに御味の方も、とても美味しいです」
 勿論実家のラ・ヴァリエールや魔法学院での朝食と比べれば品数は少ないが、ルイズ自身朝はそれ程食べるワケではない。
 自分の質問に素早く答えたルイズにカトレアは微笑みつつ、サラダのドレッシングで汚れたニナの口元に気が付く。
「あらニナ、そんなに慌てて食べなくてもサラダは逃げませんよ?」
「ムグムグ……はぁ〜い!あ、じじょのおねーさん!パンのおかわりちょーだい!」
 カトレアは無論小食であるので問題は無く、食べ盛りであるニナは少し物足りないのか侍女達からおかわりのパンを貰っている。
 貴族らしくお淑やかに頂くルイズ達とは対照的にがっついているニナの姿に、侍女達は元気な子だと笑いながらバゲットから焼きたてのパンを皿の上へと置く。
 ニナはそれにお礼を言いつつ置かれたばかりのパンを掴むとそのまま齧りつく…事は無く、一口サイズに千切って口の中へと放り込む。
 きっとカトレアから教わったのだろう。この年の子供で平民だというのに食事のマナーを覚えているニナに流石のルイズも「へぇ…」と感心の声を上げてしまう。

 それを耳にしたであろうカトレアが、妹の視線の先にニナがいる事で察したのか嬉しそうな笑みを浮かべながら言った
「偉いわねニナ。妹のルイズが貴女の綺麗な食べ方を見て感心してくれてるわよ?」
「え、ホントに?」
「え?いや…そんな、別に…ただ平民の子供だからちょっとだけ感心だけよ」
 まるで本当の母親のように褒めてくれたカトレアの言葉に、ニナは嬉しそうな瞳をルイズの方へと向ける。
 ニナが褒められたというのに何故か気恥ずかしい気持ちになってしまったルイズは、照れ隠しのつもりで手に持っていたサンドウィッチに齧り付いた。
 シャキシャキとした食感と仄かな甘味のある玉葱と少し厚めにスライスされたロースハムの旨味、
 そしてベーグルに塗られたマヨネーズの酸味を口の中で一気に感じつつ、ルイズは久方ぶりなカトレアとの朝食を楽しんでいた。

561ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 23:05:07 ID:7PqA9ujA
 朝食が済んだあと、侍女たちが食器を片づける中でニナは中庭の方へと走っていった。
 何でもカトレアが連れてきている動物たちもそこにいるようで、餌やりは既に終わっているのだという。
「やっぱりというか、なんというか…連れてきていたんですね?」
「えぇ。何せこんな長旅は初めてだから、あの子達にも良い教養になると思ってね」
 侍女が出してくれた食後の紅茶を堪能しつつ、ルイズはお茶請けにと用意された見慣れぬ焼き菓子を一枚手に取った。
 元はトンネルの様な形をした菓子パンであり、表面には雪の様に白い粉砂糖が降りかけられている。
 それを侍女に六枚ほどスライスしてもらうと、生地の中にナッツやレーズン等のドライフルーツが練り込まれている事にも気が付いた。

 トリステインでは見た事の無いお菓子を一切れ手に取ったルイズはすぐにそれを口にせず、暫し観察してしまう。
 それに気が付いたのか、カトレアは微笑みながらルイズと同じく一切れを手にしながらそのお菓子の説明をしてくれた。
 何でもゲルマニアやクルデンホルフを初めとしたハルケギニア北部のお菓子らしく、始祖の降臨祭の前後に食べられるのだという。

「本来は降臨祭の三、四週間ほど前に焼き上げてそこからからちょっとずつスライスして食べていくらしいわよ。
 それでね、降臨祭が近づくにつれてフルーツの風味がパンへ移っていくから、ゲルマニアでは…
 「今日よりも明日、明日よりも明後日、降臨祭が待ち遠しくなる」…っていう謳い文句で冬には大人気のお菓子になるらしいの」

 カトレアからの豆知識を耳にしつつ、ルイズは大口を開けて手に持った菓子パンをパクリと齧りついてしまう。
 いかにもゲルマニアのお菓子らしく表面は固いものの、内側のパン生地はしっとりしていて柔らかく、そしてしっかりと甘い。
 恐らく長期保存の為に砂糖やバターを一般的なお菓子よりも大量に使っているという事が、味覚だけでも十分に分かってしまう。
 そこへドライフルーツの甘みも加わってくると甘みと甘みのダブルパンチで、口の中が甘ったるい空間になっていく。
「どうかしら、お味の方は?」
「は、はい…その、とっても甘くてしっとりしていて…でもコレ、甘ったるいというか…甘いという名の暴力の様な気が…」
 平気な顔して一切れを少しずつ齧っているカトレアからの質問にそう答えつつ、ルイズは齧りついた事に後悔していた。
 本場ゲルマニアではどういう風に齧るのかは知らないが、多分姉の様に少しずつ食べるのが正しいのだろう。
 少なくともトリステインの繊細かつ味のバランスが取れたお菓子に慣れきったルイズの舌には、この甘さはかなり辛かった。

「ン…ン…、プハッ!…ふうぃ〜、とんでもない甘さだったわ」
 その後、齧りついた分を何とか飲み込む事ができたルイズはコップに入った水を一気飲みしてホッと一息ついていた。
 ルイズと違い少しずつ齧り取っていたカトレアはそんな妹のリアクションを見て、クスクスと楽しそうに笑っている。
「あらあら、貴女もコレを初めて食べた私と同じ轍を踏んじゃったというワケなのね?」
「ま、まぁ…そういう事みたいですね。正直ゲルマニアの料理は色々と食べてきましたが、あんなに甘ったるいのは初めてでしたわ」
 決して自分を馬鹿にしているワケではないと分かる姉の笑いに、ルイズも釣られるようにして苦笑いを浮かべてしまう。
 ハルケギニアでは比較的新しい国家であるゲルマニアには、他の国よりも名のある保存食が多い事で有名である。  

 ひとまずルイズは一切れ飛べた所でもう大丈夫だと言って、カトレアは残った菓子パンを下げるにと侍女に告げた。
「もしお腹が減ったら貴女たちで分けて食べても良いわよ。…ついでに後一枚だけ残しておいてくれたら助かるわ」
 ようやく手に取った一切れを食べ終えたカトレアの言葉に、菓子パンの乗った皿を下げる侍女はペコリと一礼してから居間を後にする。
 周りにいた侍女たちにももう大丈夫だと言って人払いさせた後、彼女はルイズと二人っきりになる事ができた。
 ニナは中庭で動物たちと一緒に遊んでおり、暫くはここへ戻ってくる事はないだろう。
 ご丁寧にドアを閉めてくれた侍女の一人に感謝しつつ、ルイズはゆっくりとカップに入った紅茶を飲んだ。
 これも宿泊場の支給品なのだろうが、中々グレードの高い茶葉を用意してくれたらしい。
 朝食の後に食べてしまった甘ったるいあの菓子パンの味を、辛うじて帳消しにしようとしてくれる程度には有難かった。

562ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 23:07:07 ID:7PqA9ujA
 暫し食後の紅茶を堪能していると、何を思ったのかカトレアが話しかけてきたのである。
「さて…貴女がここへ来たのは、何も会うのが久しぶりな私の顔を見に来たってワケじゃないのでしょう?」
 紅茶が半分ほど残ったカップを両手に、カトレアは一昨日の出来事を思い出しながらルイズに質問をした。
 いきなりここへ来だ本題゙を先に言われてしまったルイズは、どんな言葉を返そうか一瞬だけ迷ってしまう。
 確かに彼女の言うとおりだ。ここへ来た理由は、久しぶりに顔を合わせる家族に会いに来ただけ…というワケではない。
 
 ルイズはどんな言葉を返したらいいか一瞬だけ分からず、ひとまずの自身の視線を左右へと泳がせてしまう。
 しかしすぐに言いたい事が決まったのか、決心したかのようなため息をついた後で、カトレアからの質問に答えることにした。
「信じて貰えないかもしれませんが…一昨日の事は、色々と複雑な事情があったからこそなんです」
 霊夢や魔理沙たちの事を、カトレアには何処から何処まで喋れば良いのか分からない今のルイズには、そんな言葉しか考えられなかった。
 そんな彼女の姉は妹の返事に「『信じて貰えないかもしれない』…ねぇ」と一人呟いてから、ルイズの方へとなるべく体を向けつつも話を続けていく。
「荒唐無稽でなければ、貴女の言う事は大概信用できるわよ?」
「ちぃねえさまなら本当に信じてくれるかもしれませんが…でもやっぱり、ねえさまに話すのは危険だと思うんです」
「…!危険な事、ですって?」
 ルイズの口から出た「危険」という単語に、カトレアはすかさず反応してしまう。 

 少しくぐもってはいるものの、中庭の方からニナの笑い声が微かに聞こえてきた。
 それよりも近い場所からは侍女たちが後片付けしている音が聞こえ、二つの音が混ざり合って二人の耳に入り込んでくる。
 今の二人にとって雑音でしかないその二つの音を聞き流しつつも姉妹は見つめ合い、それからまずルイズが口を開いた。
「いや、別にねえさまに直接身の危険が及ぶとか、そういうのではありませんが…でも、もしかしたらと思うと…」
「身の危険って…、誰が好き好んで私みたいな病人を襲うというのかしら?」
「あまり自分の身を軽く考えてはいけません。ちぃねえさまだってヴァリエール家の一員なんですから!」
 自嘲気味に自分を軽視するカトレアに注意しつつも、ルイズは更に話を続けていく。

「ねえさまも見知っているとは思いますが、レイムとマリサの二人とは今切っても切れない様な状態にあります。
 何故…かと問われれば答えにくいんですが…今本当に、色々な問題を抱えちゃってるんです…」

「レイム、それにマリサ…うん、覚えているわ」
 愛する妹の口から出た人名らしき二つの単語を耳にして、、カトレアは一昨日の出来事を思い出す。
 あの時、確かにルイズの近くにはそういう名前の少女が二人いたのを覚えている。
 時代遅れのトンガリ帽子を素敵に被っていた金髪の少女がマリサで、中々にフレンドリーであった。
 いかにも物語の中に出てくるようなメイジの姿をしていたが…、
 どちらかと言えば平民寄りであり、初見であるニナや自分にも気さくな挨拶をしてくれていた。

 そしてもう一人…黒髪で見た事も無い異国情緒漂う――もう一人の居候とよく似た格好をした、レイムという名の少女。
 あの時はマリサと比べ口数も少なく、考え事をしていたかのようにじっとしていたあの少女。
 彼女が背負っていたインテリジェンスソードが、代わりと言わんばかりに喧しい声で喋っていた事は覚えている。
 ハルケギニアでも見慣れた姿をしていたマリサとは何もかも違っていた、レイムの姿。
 今はこの場に居ない『彼女』を何故かしきりに睨んでいた事も、同時に思い出す。

563ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 23:10:07 ID:7PqA9ujA
「しかし、あの二人と貴女にどんな縁ができちゃったのかしら?私、そこが気になってくるわ」
「…少なくとも、あの二人がいなかったら一昨日の事件にもそれほど関わりたいとは思わなかったかもしれません」
 …何より、命が幾つあっても足りなかったかも…―――と、いう所までは流石に口にできなかった。
 いくらなんでも済んだこととは言え、霊夢達には命の危機を何度も救ってもらっている…なんて事までは言えない。
 逆に言えば、アイツラの所為で色々と危険な目に遭っている…という考えは否めないが。
(まぁこれまでの経緯を全部言っちゃうと、ねえさまが心配しちゃうしね)
 いざカトレアと対面した今は、霊夢達との経緯を何処からどう詳しく話せばいいか悩んでいた。
 春の使い魔召喚の儀式で霊夢を召喚してしまい、それから命がけでアルビオンまで行って戻ってきた所か?
 彼女たちがこの世界の人間ではなく、幻想郷とかいう異世界に住んでいるという所からか?
 
(…駄目ね、何処から話しても多分ねえさまには余計な心配をさせちゃうわ)
 今振り返ってみても碌な目に遭っていない事を再認識しつつ、ルイズは頭を抱えたくなった。
 霊夢一人だけでも結構大変な毎日だったというのに、そこへ来て幻想郷と言う彼女の住処まで半ば強引に拉致され、
 挙句の果てに何故か自分の世界と関係してその世界が崩壊の危機を迎えているという、自分には重荷過ぎる事を説明され、
 更にその原因を引き起こしている黒幕はハルケギニアに居ると言われて、なし崩し的に霊夢と異変解決に乗り出す事となり、
 そこへ更に状況を悪化させるかのようにスキマ妖怪が魔理沙を連れてきて、魔法学院の自室には三人の少女が住むことになった。
 三人いるおかげで部屋は手狭り、魔理沙が持ってきた大量の本が部屋の二隅を今も尚占領されている。
 
 そして自分たちを戻ってきたのを見計らっていたかのように訪れる、危機、危機、危機!
 奇怪な異形達にニセ霊夢、そしてアルビオンのタルブ侵攻と虚無の使い魔ミョズニトニルンに…ワルド再び。
 これだけでも頭の中が一杯になりそうなのに、王都では奇怪な事件が現在進行中なのである。
 我ながら大きな怪我を一つもせずにここまで生きて来られたな…ルイズは自分を褒めたくなってしまう。
 しかしその前に思い出す。今はそんな事を一人で喜ぶよりも、先にするべき事をしなければならないのだと。
 ふと気づくと、自分の横にいる姉は何も言わずに考え込んでいる自分の姿に怪訝な表情を見せている。
 自分だけの世界に入ろうとしていたルイズはそこで気を取り直すように咳払いしつつ、話を再開していく。
「ま、まぁとにかく!あの二人とは色々あり過ぎて…どこから説明すれば良いのかわからないんです」
 これは本当であった。正直霊夢達が来てからの出来事が濃厚過ぎて、どこからどう話しても結局カトレアに心配を掛けてしまう。 
 とはいえこのまま何も言わず…かといって幻想郷の事を話そうものなら、彼女もまた今回の件に首を突っ込ませてしまうに違いない。
 一体どうしようかと今もまだウジウジと悩むルイズを見て、カトレアは何かを思い出したのだろうか?
 あっ…小さな声を上げると手に持っていたティーカップをテーブルに置くと…パン!と自らの両手を合わせてみせた。
 何か思いついたのだろうか?大切な姉を巻き込みたくないというルイズの意思を余所に、妙案を思いついたカトレアはルイズに話しかける。
「そうだわルイズ!私、アナタと再会したら聞きたいとおもってた事があったのよ?」
「…?き、聞きたい事…ですか?」
 突然そんな事を言われたルイズは半分驚きつつも、姉の口から出た言葉に興味を示してしまう。
 カトレアも『えぇ』と嬉しそうに頷くとスッと顔を近づけて、『聞きたい事』を口にした。

「私の家にいるもう一人の居候から聞いたのだけれど…貴女はその二人と一緒に゙あの時゙のタルブにいたのよね?
 なら、この機会に教えてくないかしら?貴女達がどうしてあんな危険な場所へ赴いて、何をしようとしていたのかを…ね?」

 ルイズとしては彼女の口から出ることは無いだろうと思っていた言葉を聞いて、何も言えずに固まってしまう。
 …あぁ、そういえば今ねえさまの所にあの巫女モドキがいるんだっけか?そんな事を思い出しながら、ルイズはどう説明しようか悩んでしまう。

564ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 23:12:12 ID:7PqA9ujA
 朝だというのに夏の陽光に晒されて、今日も水準値よりやや高い気温に包まれた王都トリスタニアがブルドンネ街。
 こんなにも暑いというのに平常通りに市場はオープンし、今日も多くの人々がこの街を出入りしていた。
 タオルやハンカチに日傘などを片手に狭い通りを歩く市民らの顔からは、これでもかと言わんばかりに汗が滲み出ては流れ落ちていく。
 夏に入ってからというものの、街中のジュースやアイスクリームを販売するスタンドの売り上げは日々右肩上がり。
 今日も木陰に設置されたジューススタンドには、キンキンに冷えた果汁百パーセントのジュースを目当てに人々が列を作っている。
 とある通りに面したレストランでも、冷製スープなどが話題のメニューとして貴族平民問わず話のタネになっていた。
 更にロマリア料理専門店ではそれに触発されてか、冷たいパスタ…つまりは冷製パスタという創作料理が貴族たちの間で話題となっている。
 そのロマリアからやってきた観光客たちからは困惑の目で見られていたが、それを気にするトリステイン人はあまりいなかった。

 どんなに暑くなろうとも、その知恵を振り絞って何とか耐え凌ごうとする人々でひしめきあうブルドンネ街。
 その一角…大通りから少し離れた先にある小さな広場に造られた井戸の前で、霊夢はジッと佇んでいた。
 額や髪の間から大粒の汗を流しながら一人呟いた彼女の視線の先には、井戸の横に設置された看板。
 ガリア語で『飲み水としてもご利用できます!』と書かれた看板を睨み付けながら、背中に担いだデルフへと声を掛ける。
「デルフ…この看板で良いのよね?」
『んぅ?あぁ、飲み水としても使えるって書いてあるから、問題なく飲めると思うぜ?』
 ま、保証はせんがね。と釘を刺す事を忘れないデルフの言葉に頷きつつ、霊夢は井戸の傍に置かれた桶を手に取った。
 それを井戸の中へ躊躇なく放り込む。少しして、穴の底から桶が着水する音が聞こえてくる。
 
 それを聞いて小声で「よっしゃ」と呟いた彼女は、ロープを引っ張って滑車を動かし始めた。
 カラカラと音を立てて滑車は回り、井戸の中へと落ちた桶を地上へと引っ張り上げていく。
 やがて水を満載した桶が井戸の中から出てくると、霊夢は思わず目を輝かせてその桶を両手で持った。
 袖が濡れるのも気にせず中を覗き込むと、驚く程冷たく澄み切った水が桶の中で小さく揺れ動いている。
 思わず上げそうになった歓声を堪えつつも、彼女は桶を器に見立ててゆっくりと中の水を飲み始めた。
 ゴクリ、ゴクリ…と喉を鳴らす音が広場に聞こえた後、満足な表情を浮かべた博麗の巫女がそこにいた。

 
「いやー!生き返った生き返った!やっぱこういう時は冷たいお茶か…次に冷たい水よねぇ〜」
 数分後、井戸の横にある木の根元に腰を下ろした霊夢はそう言って、傍らに置いた桶をペシペシと叩いて見せた。
 中には数えて四杯目となる水がなみなみと入っており、彼女に叩かれた衝撃でゆらゆらと小さく揺れ動いている。
 本来ならば桶の独占は禁止されているものの、幸いな事にこの広場には彼女とデルフ以外誰もいない。
 それを良い事に霊夢は今この時だけ、井戸の桶をマイカップみたいに扱っていた。
「今回は有難うねデルフ、アンタのおかげでそこら辺で干からびてるトカゲやミミズの仲間入りせずにすんだわ」
 潤いを取り戻した彼女は満面の笑みを浮かべて看板を呼んでくれたデルフに礼を言いつつ、片手で水を掬っては鞘から出した彼の刀身に水を掛けている。
『そりゃーどうも。…ところでいい加減、オレっちの刀身に水かけるのやめてくんね?』
「何でよ?アンタ体の殆どが金属なんだから一番涼みたいんじゃないの?」
『そりゃまぁ冷たいのは冷たいが、できればその桶に水一杯張ってさーそこに突っ込んでくれるだけでいいんだが…』
「そんな事したら私が水を飲めなくなっちゃうから駄目」
 デルフの要求を笑顔で拒否した霊夢は、それから暫くの間デルフの刀身に水を掛け続けてやった。

 それから三十分程経った頃、ようやく満足に動けるだけの休息を取った彼女は左手に持った地図と睨めっこをしていた。
 ルイズの鞄から無断で拝借しておいたこの地図は、王都トリスタニアのものである。
 主な通りやチクトンネ街とブルドンネ街の境目の他、御丁寧にも旧市街地の通路も詳細に描かれていた。
 霊夢はそれと空しい睨めっこを続けつつ、ついさっき特定できた現在地からどこへ行こうかと悩んでいる最中である。

565ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 23:14:55 ID:7PqA9ujA
「んぅ〜…。何でこう、道が幾重にも分かれてるのかしらねぇ?人里なら路地裏でも単純な造りしてるってのに…」
『人が多く住めばその分家や建物を増やさなきゃならんしな。その度に新しくて小さな道が幾つも生まれていくもんなのさ』
 幻想郷の人里とは人工も規模も圧倒的過ぎるトリスタニアの複雑的で発展的な構造に苦虫を噛んだかのような表情を見せる霊夢に対し、
 桶に張った水に刀身を三分の一程刀身を入れているデルフは落ち着き払った声でそう返す。
 殆ど鞘に入れられていた事と太陽の熱気の所為で熱くなってしまった刀身を冷ますには持って来いであろう。
「…そうなると、考え物よねぇ。発展っていうヤツは」

 デルフの言葉に霊夢は嫌味たっぷの独り言を呟きつつ、食い入るように地図上に記された路地裏を見回していく。
 大通りや人通りの多い地域は分かりやすいが、路地裏や脇道等は結構複雑に入り組んでいる。
 主要な通り等はあらかじめ名前付いているらしく、すぐ近くの大通りには『サミュエル通り』と黒字で大きく書かれている。
 勿論霊夢に読める筈も無いのだが、辛うじて文字の形と並びだけで何となく区別する事は出来ていた。
 一昨日シエスタに案内してもらった公園が隣接する小さな通りにも名前があるらしい。
 名前があるならまだマシであったが。生憎これから調査の為に入るであろう街中の裏路地には名前など全く持っていなかった。
 まるで土から芽生え出てくるよう芽のように名前の付いた通りからいくつも生まれる小さな道には誰も興味を示さないのであろう。
 何時の頃かは知らないが、きっと大昔に名前を貰えなかった道はそのまま一つ二つと増えていき…結果、
 地図で記されているような、幾重にも分かれた複雑な裏路地群を形成していったのであろう。
 そんな事をふと考えてしまっていた霊夢はハッとした表情を浮かべると、咳払いして気を取り直しつつもう一度視線を地図へと向ける。
 ブルドンネ街とチクントネ街、そして旧市街地も合わせれば実に百に近い数の裏通りや路地が存在している。
 そしてこの広い街の何処かにいるのである。今現在霊夢とデルフを、この炎天下の下に曝け出している奴らが。

 アンリエッタから渡され、霊夢が増やした金貨を盗んでいった少年に、一昨日劇場で惨殺事件を起こしたであろう黒幕という二つの存在。
 明らかに人間がやったとは思えない手口で殺されたあの老貴族の事を思うと、どうしても体が動いてしまうのである。
 そして件の少年に関しては…この手で金を取り戻したうえで鉄拳制裁でもしない限り、死んでも死にきれない。 

 こうして行方をくらましているスリ少年を捜しつつ、惨殺事件の黒幕をも探さなければいけなくなった霊夢は、
 こんなクソ暑い炎天下の中を、デルフと共に動かなければいけなくなったのである。
「…全く、季節が春か秋なら手当たり次第に探しに行けるんだけどなぁー」
『おー、おっかねえな〜?となるれば、あの小僧も間が良かったって事だな』
 日よけの下で忌々しく頭上の太陽を見上げる霊夢の言葉に、デルフは刀身を震わせて笑う。
 彼の言うとおり、霊夢達から見事お金を盗むのに成功したあの少年は本当にタイミングが良かったのだろう。
 幻想郷以上に暑いトリスタニアの夏では霊夢も思うように動けず、それが結果として少年の発見を遅れさせている。
 最も、この前魔理沙に見つかったらしいので恐らくそう遠くない内に見つかるに違いない。
 そうなったら何が起こるのか…それを知っているのは始祖ブリミルか制裁を加えると宣言している霊夢だけだ。

 遅かれ早かれ捕まるであろう少年の運命に嗤いつつ、デルフはついでもう一つ彼女が抱えている問題を口にする。
『それにあの子供だけじゃねぇ。この前の貴族を返り討ちにしたっていうヤツも探さないとダメなんだろ?』
 デルフの言葉に霊夢はキッと目を細めると「そりゃそうに決まってるじゃない」と返した。
 一昨日、タニアリージュ・ロワイヤル座で起きた貴族の怪死事件についてはまだ人々に知らされてはいないらしい。
 昨日は閉館していたモノの、今朝仮住まいを出てすぐに其処の前を通りかかると、平常通り多くの人々でごった返していた。
 あんな事が起きたというのに、たった一日空けただけで大丈夫だと責任者は思ったているのだろうか?
 幻想郷の人里で同じような事件が起きたら一大事で、諸悪の根源が捕まるか退治されるまで閉館し続けるのは間違いないだろう。
 そして博麗の巫女である自分が呼ばれて、それに釣られるようにして鴉天狗がスクープ目当てで飛んでくる。

566ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 23:16:42 ID:7PqA9ujA
 そんなもしもを一通り考えた後、ここが改めて幻想郷とは違う常識で動いてるのだと再認識せざるを得なかった。
 人が死んでいるというのに何も知らされず、人々はいつものように劇を見て満足して帰っていく。
 その姿はあまりにも暢気であり、例え真実を知っても彼らは其処で死んだ初老の男の事など気にも留めないだろう。
 中にはお悔やみを申し上げる者もいるだろうが、きっと大半は「あぁ、そんな事があったんだ」で済ませてしまうに違いない。
 あのカーマンと言う貴族の男はそんな光景をあの世から眺めて、一体何を思うのだろうか。
 自分の死で街中がパニックにならない事を安堵するのか、それとも人を何だと思っていると怒るのだろうか?
「…仮に私なら、まぁ怒るんだろうなぁ」
『え?何が?』
 思わず口から独りでに出た呟きを聞いてしまったであろうデルフに、霊夢は「ただの独り言よ」と返す。
 そレに対しデルフはそうかい、と返した後無言となり、半身浴(?)を楽しむ事にした。
 霊夢は霊夢で腰を下ろしたまま空を見上げて、自分に礼を言って死んでいったカーマンの事を思い返す。
 病気を患った妻の為に薬を買えるだけの金を用意したところで、無念の死を遂げた初老の彼。
 そんな彼の事を思うと、やはりあのような目に遭わせた存在を見過ごすワケにはいかないのである。

「見てなさいよ。相手が化け物だろうが人間だろうが…タダじゃあすまさないんだから」
 夏の空を見上げながら、霊夢はまだこの街の地下にいるかもしれないもう一人の黒幕、
 窃盗少年よりも厄介なこの黒幕が何処にいるのかは、カーマンの最期の言葉で大体の目星は付けている。
 そこは王都の真下、地上よりも入り組んでいるであろうラビュリンスの如き地下下水道である。
 彼が死の間際口にした言葉で、少なくともあのような仕打ちをした存在が地下に逃げたという事だけは分かっていた。
 地図に記されていないものの、いま彼女らが腰を下ろす地面の真下にもう一つの世界が存在するのである。

 霊夢としては今抱えている二つの問題の内、厄介な地下の方を先に済ませたかった。
 少年の方も気になって仕方がないが、そちらと比べれば文字通りの犠牲者が出ない分後回しに出来る。
 あの初老の貴族を殺したモノが何であれ、あんな殺し方をする以上マトモなヤツではないだろう。
 これ以上被害が出る前にヤツが潜んでいるであろう地下世界へと一刻も早く潜入して正体を確かめた後、対処する必要があった。
「もしも相手が人間なら縛り上げて衛士に突き出してやるけど…何かそうならない気がするのよねぇ」
『おいおい、縁起でも無い事言うなよ?って言いたいところだが…まぁ確かにそんな気がしてくるぜ』
 意味深な霊夢の言葉にデルフも渋々と言った感じで肯定せざるを得なかった。
 
 霊夢とデルフ―――――特に霊夢は長年異変解決をこなしてきた経験がある故に、その気配を感じ取っている。
 ここ最近、王都トリスタニアでは人々の見てない所で何か良くない事が連続して起こっているという事を。
 それは日中や夜間の軽犯罪が多発している事ではなくそれより深い、まず並みの人間が感知できない不穏な『何か』だ。
 相次いで発生している怪死事件に、魔理沙が街中で出くわしたという正体不明の妖怪モドキ。
 それらがどう関係しているかはまだ説明は出来なかったが、それでも彼女はこの二つが決して無関係ではないという確信を抱いていた。
 博麗の巫女として長い間妖怪や怪異と戦い続けてきた彼女だからこそ、そう思っているのかもしれない。
 しかし、彼女とは違いハルケギニアの存在であるデルフも彼女と同様の事を思っていたようである。

567ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 23:18:41 ID:7PqA9ujA
『お前さんも思ってるかどうかは知らんが…なーんか最近、変な事がたて続けに起こってると思わないか?』
「あら、奇遇じゃない。私も同じような事を考えていた所よ…っと!」
 意外と身近な所にいた賛同者…ならぬ賛同剣の言葉にほんのちょっと喜びつつ、博麗霊夢はようやくその重い腰を上げた。
 夏の日射で奪われた体力を取り戻した彼女はその場で軽い体操をした後、桶に入れていたデルフを手に取る。
「…というワケで、これから地下へ突入するつもりだけど…勿論一緒に来てくれるわよね?」
『オレっちに拒否権なんか無いうえでそれを言うのか?…まぁいいぜ、お前さんはオレっちの『ガンダールヴ』だしな』
 水も滴る良い刀身を太陽の光で輝かせながら、デルフは拒否しようがない霊夢の問いにそう答えて見せた。

 かくして霊夢とデルフは王都の地下を調べる事にしたのだが、事はそう上手く運ばない。
 彼女らが地下へと入る為にそこら辺の適当な水路から入る…という事自体が難しくなっていたからだ。

「やっぱりいるわよね?こんなクソ暑いのに律儀だこと」
 井戸のあった広場を抜けて、ブルドンネ街の一通りにそって造られている水路の傍へと来ていた。
 そこはアパルトメントや安い賃貸住宅が連なっている住宅街があり、その真ん中を縫うようにして水が流れている。
 平民や下級貴族が主な住民であるこの地区も今は日中の為か、閑散としている。
 今は人気の少なくて寂しげな場所となっているが、霊夢としてはそちらの方が有難かった。
 何せこの通りを流れる川には、地下水道へと続く大きなトンネルがあるのだから。
 この王都に数多く存在する地下へと続く入口の内、一つであった。
 
 あの井戸のある広場から最短で来れる場所であり、穴の大きさも十分なので入るにはうってつけの場所である。
 しかし、霊夢本人はというとその穴へと飛び込まず歯痒そうな表情を浮かべて道路の上から眺めていた。
 その理由は一つ。彼女よりも先にやって来ていたであろう衛士達が数人、地下へと続くトンネルを見張っていたからである。
 先ほど彼女が口にした「やっぱりいるわよね?」というのも、彼らに対しての言葉であった。
 デルフも鞘から刀身を少しだけ出して、彼女がついた悪態の原因を見て口笛を吹いて見せた。
『ヒュー!流石衛士隊と言った所か、平民の集まりと言えどもお前さんの一歩先を行ってたようだねぇ』
「平民がどうのこうの何て私は興味ないけど、でもあぁやって集まられると素通りできないじゃないの」
 軽口を叩くデルフを小声で叱りつつ、霊夢は地下へと続いているトンネル前にいる衛士達を観察してみる。
 
 数は五、六人程度が屯しており、装備している胸当てや篭手等は夏用の軽装型であろうか。
 男性ばかりかと思いきや、その内三人が女性の衛士でありトンネルの入り口近くの陰で休んでいるのが見える。
 兜の代わりに青色のベレー帽を頭に被っている。まぁこんな猛暑日に兜なんか被ってたらすぐに立てなくなるだろうが。
 武器は手に持っている槍と腰に差している剣だけのようで、やろうと思えば強行突破など簡単かもしれない。
 しかし、人数が人数だけに何かしらの不手際を起こししてしまうとアッと言う間に取り押さえられてしまうだろう。
 そうなればまた詰所につれて行かれるのは確実だろうし、面倒な取り調べをまたまた受ける羽目になるのだ。
 
 一昨日夜の事を思い出して苦い表情を浮かべる霊夢に、デルフが話しかける。
『この分だと、衛士さん方も犯人が地下にいると踏んで他の入口もこんな感じで見張ってるような気がするぜ』
「確かにね。…でも、それにしたって今日はヤケに厳重過ぎない?」
 ここへ来る途中、霊夢は複数人で街中を移動する衛士達の姿を三度も見ている。
 真剣な表情を浮かべて人ごみの中を歩いていく彼らの様子は、明らかに『何か』を捜しているかのようであった。
『衛士がか?確かに、特にこれといったイベントのある日でも無さそうなのにな』

568ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 23:20:20 ID:7PqA9ujA
 霊夢が口にした疑問にデルフも同意した所で、反対側の道路から他の衛士の一隊が来るのに気が付く。
 五人一組で街を警邏している最中なのだろう。水路にいる仲間たちと同じ装備をしている彼らは同僚たちに声を掛けた。
「おーい!そっちはどうだー?」
「成果なしだ!そっちはー!?」
 自分たちを見下ろしながらそう聞いてきた男性衛士に対し、水路にいる女性衛士の一人が言葉を返しつつ質問も返す。
 それに対し男性衛士は大袈裟気味に首を横に振ると、女性衛士は額の汗を腕で拭いつつ彼との話を続けていく。
「最新の情報だとチクトンネ街でそれらしい人影が目撃されたらしいから、そっちの方へ回ってみてくれー!」
「わかったー!水分補給、忘れるなよー!」
 そんなやり取りの後、道路側の衛士達は水路にいる同僚へと手を振りながらチクトンネ街の方へと走っていく。
 対する水路側の衛士達も全員、走り去っていく仲間に軽く手を振りながら見送っていた。

 大声でやり取りしていた衛士師達に通りがかった通行人たちの内何人かが何だろうと騒いでいる。
 その輪に混ざるつもりは無かったものの、霊夢もまた彼らが何を言っていたのか気になってはいた。
「人影…って言ってたから探し人なのは確実だけれども…まさか一昨日の犯人を?」
『どうだろうな。王都のど真ん中で貴族を殺したヤツが相手なら、あんな風に悠長にしてるワケはなさそうだが』
「でも、他に理由は無さそうじゃない?」
 デルフの疑問を一蹴しつつも、霊夢は踵を返してその場を後にしようとする。
 ここが使えないと分かった以上やるべきことは唯一つ、下見していた他のトンネルへと行く事だ。
 
「ひとまず私達は地下へ行かなきゃダメなんだから、まずは安全な入口を見つける事を優先しないと…」
『…ここがあんな感じで見張られてるとなると、他のも粗方警備の衛士がついてると思うがね』
「ここは馬鹿みたいに大きいのよ?そしたらどっか一つだけでも見落としてる場所があるでしょうに」
『王都の衛士隊がそんなヘマやらかすとは思えんが…まぁオレっちはただの剣だし、お前さんの行きたい場所に行けばいいさ』
 自分の意思をこれでもかと曲げぬ霊夢の根気に負けたのか、デルフの投げやりな言葉に「そうさせてもらうわ」と彼女は返す。
 まぁデルフがそんな事を言わなくても決して足を止める気は無かったのだろう、そさくさと大通りの方へと戻っていく。

 大通りを挟んで南の方に二か所、そこから更に西を進んだ通りに同じような地下へと通じるトンネルがあるのは知っていた。
 とはいえ流石の霊夢でも大通りから近い場所はとっくに衛士達がいるだろうと、何となく予想だけはしている。
 しかし、だからといってこのまま命に係わる程暑い地上を捜しても見つかるものも見つからない。
 今探している相手は地下に潜んでいると知っているのだ。だとしたら何としてでもそこへ行く必要がある。
「どっか警備に穴空いてる箇所とか、あればいいんだけどなぁ〜…」
 建物の陰で直射日光を避けて歩く霊夢は一人呟きながら、暑苦しいであろう大通りへと向かっていく。
 一体全体、どうしてこの街に住んでる人々はあんなぎゅうぎゅう詰めになりながらもあの通りを使うのだろうか?
 冬ならともかく、こんな真夏日にあんなすし詰め状態になってたら、何時誰かが熱中症で死んでもおかしくは無い。

 そんな危険な場所を今から横断しようとする事実で憂鬱になりかけた所で、ふと霊夢は思いつく。
「…いっその事、こっから次のトンネル付近まで飛んで行こうかしら?」
 主に空を飛ぶ程度の能力、名前そのままの力にしてあらゆる重圧、重力、脅しすら無意味と化す能力。
 博麗の巫女である霊夢に相応しいその能力を行使すれば、あの大通りを苦も無く横断できであろう。
 さすがに飛び続けていれば怪しまれるかもしれないか、この街は屋上付きの建物が結構建てられている。
 屋上や屋根を伝うようにして飛んで行けば、そんなに怪しまれない…かもしれない。
 この王都では余程の事が無い限り使わなかったが、今正に空を飛ぶべきだと霊夢は思っていた。

569ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 23:24:43 ID:7PqA9ujA
 決意したのならば即行動、それを体現するかのように霊夢は自身の霊力を足元へと集中させていく。
 彼女の体内を流れるその力を感知したのか、それまで静かにしていたデルフは『おっ?』と声を上げて反応する。
『何だい?こっから次の目的地まで一っ飛びするつもりかい?』
「そのつもりよ、こんな照り返しで限界まで熱くなってる道路の上に立っていられないわ」
 頭上に浮かぶ太陽をに睨み付けながらそう答えると、彼女の体はフワリ…と宙へ浮いた。
 ここら辺の動作は幼少期からやっているお蔭で、今では息を吸って吐くのと同じくらい簡単にこなしてしまう。
 足が地面から数十サント離れたところで、霊夢は周囲に人がいないかどうか確認する。 
 幸い通りは閑散としており、ここから五分ほど歩いた先にある大通りの喧騒が聞こえてくるだけだ。
 準備を済ませ、目撃者となるであろう他人もいない事を確認した後、いよいよ霊夢は飛び上がろうとする。

「ん…―――…!」
 既に体を浮かせ、後は入道雲の浮かぶ青く爽やかな空へ向かって進むだけでいい。
 幻想郷と然程変わりない色の空へといざ飛び上がろうとしたその時――――霊夢はその体の動きをビクリと止めた。
 突如脳内を過った微かな、それでいて妙に鋭い痛みのせいで飛び上がるタイミングを失ってしまう。
 霊夢は突然の頭痛に急いで地面に着地すると、右手の指で右のこめかみを抑えてしまう。
 これにはデルフも驚いたのか、鞘から刀身を出して唐突な頭痛に悩む彼女へと声を掛ける。
『おいおい!いきなりどうしたんだよレイム?』
「ン…わっかんないわ。何か、こう…急に頭痛がして…――――…ム!」
 
 急な頭痛に困惑する中、デルフに言葉を返そうとした最中に彼女は気が付く。
 別段体に異常は無いというのにも関わらず起こる急な頭痛の、前例を体験している事に。
 つい二日前、あのタニアリージュ・ロワイヤル座でも体験したこの痛みの原因が、あの゙女゙にあるという事も。
 そして今、霊夢は感じ取っていた。すぐ後ろ…建物建物の間に造られた細道からその゙女゙の気配を。
 突然過ぎる上にタイミングが悪過ぎる出会いに、霊夢は軽く舌打ちしてしまう。
(何の用があるか知らないけど…ちょっとは空気ってモンを呼んでくれないかしら…?)
 
 他人に対して無茶な要求をする博麗の巫女に続いて、デルフもまた背後の気配に気が付く。
 慌てて視線(?)を背後へ向けた直後、その気配の主が横道から姿を現した姿を現したのである。
『…おいおいレイム、こいつぁはとんでもないお客さんのお出ましだぜ?』
「えぇそうね。…っていうか、アンタに言われなくても気配の感じでもう分かってるんだけどね」
 デルフの言葉にそう返すと、霊夢は未だジンジンと痛む頭のまま…後ろへと振り返る。
 そこにいたのは彼女が想像していた通り、あの刺々しい気配の持ち主―――ハクレイであった。

「二日ぶり…と言っておきましょうか、私のソックリさん…っていうか、偽物さん?」
「…二日ぶりに顔を合わす人間に対して、その言い方はないんじゃないの?」
 好戦的な霊夢の買い言葉に対し、暑さで若干バテているかのようなハクレイは気怠そうな様子でそう返す。
 炎天下の猛暑に晒された王都の片隅で、二人の巫女は再び相見える事となった。

570ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/07/31(火) 23:26:22 ID:7PqA9ujA
以上で95話の投稿を終了します。
途中で予期せぬトラブルが起きてしまうとは…申し訳ありませんでした。
投稿できなかった部分はまとめる際に追加しておきます。

それでは今月はこの辺で、それではまたお会いしましょう!ノシ

571ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/08/05(日) 14:11:46 ID:uZCoNBp.
どうも皆さんこんにちは、無重力巫女さんの人です。
今回は投稿…ではなく、ちょっとしたお知らせをしたいと思います。

突然で申し訳ありませんが、このたびSS投稿サイトハーメルンにて同時掲載する事に致しました。
タイトルはそのままですので、小説検索で入力すればすぐに出てくると思います。

それでは!ノシ

572ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 08:23:37 ID:2n5SOG2U
皆さんこんにちは、ウルトラ5番目の使い魔、75話の投稿を開始します

573ウルトラ5番目の使い魔 75話 (1/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 08:26:26 ID:2n5SOG2U
 第75話
 嵐を呼ぶ怪獣エレキング
 
 宇宙怪獣 エレキング 登場!
 
 
 ド・オルニエールで温泉を楽しむ少年少女たち。
 しかし、突然温泉が沸騰し、ド・オルニエールの水という水が熱湯に変わるという異変が起こった。
 異変の元凶は、湖の中に潜んでいた宇宙怪獣エレキング。
 しかし、通常のエレキングとは違って、こいつは信じられないほどの高熱を体から放つ特殊個体だった。
「あの怪獣、一匹だけじゃなかったのか!」
「どうするんだいギーシュ隊長? 命令をくれよ」
「決まってるさ。一度倒した相手に臆したとあっては騎士の恥、水精霊騎士隊全員、杖取れーっ!」
 ギーシュの掛け声で、水精霊騎士隊は表情を引き締めて、今まさに自分たちに向かって湖面を進んで来る怪獣を睨みつけた。
 エレキングを放っておけば、ド・オルニエールは水源をすべて熱湯に変えられて滅んでしまう。なんとしてもエレキングを倒さなければならない。
 前と多少違おうとも、一度倒した相手に負けるものか。だが、これから始まる戦いに思いもよらない魔物が潜んでいることを、まだ誰も知らなかった。
 
 
 湖岸で待ち受ける水精霊騎士隊。彼らの眼前で、エレキングはその体から放つ高熱で湖水を煮えたぎらせつつ、一週間前に彼らが見たものよりもさらに激しく身をよじりながら迫ってくる。それは、常人であれば腰を抜かして正気を失うような恐ろしい光景であったが、ギーシュたちには恐れはない。
 それは蛮勇? いや、地球の歴代防衛チームの隊員たちも、時には光線銃一丁の生身で巨大怪獣に挑んでいった。そうした勇敢な人々の活躍は今さら列挙するまでもあるまい。水精霊騎士隊のその目には、先ほどまでの覗きがバレてなよなよした軟弱な色はなく、貴族の誇りを自分たちなりの正義感と使命感に昇華させた、半人前ながらも戦士としての誇りが宿っていた。
 むろん、子供たちが闘志を燃やしているのに大人たちが怖気ずくわけもない。銃士隊は、怪獣の出現に対して、魔法の使えない自分たちでは何ができるかを判断して即座に実行した。
「走れ! ド・オルニエールの住民を避難させろ。奴が人里に近づく前に急ぐんだ」
 ミシェルが叫んだ。若年者に戦わせて自分たちが離れることに対して屈辱ではあるが、怪獣との遭遇など想定しておらずに装備不足の自分たちでは戦えない。だが、女王陛下の臣民の命を救うことはできる。ならば迷うべきではない。
 一方で、判断に迷っていたのがベアトリスの率いている水妖精騎士団である。水精霊騎士隊への対抗心で結成され、そのための訓練も積んできた彼女たちではあるけれど、まだ実戦経験はまったくなく、眼前に迫る怪獣の威圧感に完全に腰が引けてしまっていた。
「ひ、姫殿下、に、逃げましょう」
 少女のひとりがうろたえながらベアトリスに言った。臆病ではない、これが普通の反応なのだ。

574ウルトラ5番目の使い魔 75話 (2/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 08:27:58 ID:2n5SOG2U
 ベアトリスも、実際に暴れ狂う怪獣を前にして、未熟な自分たちがこれに立ち向かおうとする無謀さをひしひしと感じていた。
 かなう相手じゃない。アンテナを回転させるエレキングの無機質な顔を見上げると、これと戦ったら死ぬと心の底から思い知らされた。逃げても恥にならない相手はいる。逃げても誰も責めたりはしないだろう。
 しかし、ベアトリスが逃げようと命令しかけたときだった。よせばいいのに、ギムリが腰が引けているベアトリスたちに得意げに言ったのだ。
「怖いならぼくらの後ろに隠れてな。ぼくがかっこいいとこ、見せてやるぜ」
 その挑発的な言葉に、女子全員がカチンときた。ギムリとしては、軽い気持ちでギーシュあたりを真似てかっこつけたつもりだったのだろうが、女子たちからすれば覗き魔がいけしゃあしゃあと何をほざいているんだということにしか見えない。
 ベアトリスの瞳に、以前の冷酷な輝きが戻ってきた。それに、水妖精騎士団の少女たちも、元々は水精霊騎士隊に大きな顔をされているのが腹立たしくて結成されたメンバーだけあってプライドが高い。たちまちのうちに、恐怖心は怒りにとってかわられた。
「水妖精騎士団全員、わたしに恥をかかせたら承知しないわよ!」
「はい、クルデンホルフ姫殿下様!」
 あんな破廉恥隊に後れをとったとあっては末代までの恥。ベアトリスを守るようにエーコたちが円陣を組み、腕自慢の女生徒たちが持つ杖に魔法力が集中していく。
 どんなに訓練を積んだところでいつかは初陣を迎えなければならないのだ。女は度胸! あんな破廉恥隊にできることが、このわたしたちにできないはずがない。
 水精霊騎士隊と水妖精騎士団。それぞれ男子と女子からなる異色の騎士隊がライバル心むき出しで並び立つ。
 
 けれど、いくら闘志を燃やしても未熟なメイジだけでエレキングを倒しえるものだろうか? あまりにも危険だが、水精霊騎士隊の闘志が水妖精騎士団の闘志を呼んだように、危険を承知で戦う者は仲間を呼ぶ。ギーシュたちが燃えているのにじっとしてられるかと、才人はルイズに変身をうながした。
「あいつら、まーたかっこつけやがって。よしルイズ、おれたちも行こうぜ。エレキングに、何度来たって同じだってこと、教えてやろうぜ!」
 才人もギーシュたちに負けずに、向こう見ずなくらいに叫ぶ。覗きの汚名返上のいい機会だし、内心ではこのあいだウルトラリングを盗まれかけたときのことがまだくすぶっている。
 しかし、いつもなら即座に同意するか先に命令してくるはずのルイズの様子がどうもおかしかった。見ると、そわそわした様子で服やスカートのポケットを探りまくっている。そして、ルイズの顔が急激に青ざめていくのを見て、才人は最悪のケースを察してしまった。
「ルイズ? おい、まさか」
「……リング、脱衣場に忘れてきちゃったみたい」
「な、なんだってえーっ!?」
 思わず才人も間抜けに叫んでしまった。冗談じゃない、ウルトラリングは二つ揃わなければ役に立たないのだ。
「ルイズ、なにやってんだよ! お前までおれみたいなヘマしてどうすんだ!」
「しょ、しょうがないでしょ、急いで着替えしたんだから! お風呂に指輪つけて入るのはマナー違反じゃないの!」
 ルイズは顔を真っ赤にして怒鳴り返す。だが、そりゃ確かにマナーは大切だけれども、それでこうなっては元も子もないではないか。

575ウルトラ5番目の使い魔 75話 (3/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 08:35:49 ID:2n5SOG2U
 才人の背中のデルフリンガーが、娘っこの几帳面さが悪いほうに働いちまったな、と、他人事のように言う。けれど才人はそうのんきに構えてはいられない。リングがないとどうにもならないし、もし誰かが持って行ってしまったら。
「くっそお、引き返すしかないじゃねえか!」
 才人はルイズといっしょに温泉に引き返すために走り始めた。すると、才人やルイズの背にギーシュやキュルケの声が響いてきた。
「サイトぉ! この大事な時にどこへ行くつもりだい!」
「悪りぃ! すぐ戻るからちょっとだけ待っててくれ」
「ルイズ? あなたこんなときにお花を積みにでも行く気なの!」
「そんなわけないでしょ! ああもう! こんなことになったのもあんたたちが覗きなんかするからよ! このバカバカ! サイトのバカ!」
 ルイズは才人をポカポカと殴りながら走った。才人はもちろん痛がるけれど、原因の半分は自分にあるので強く言い返すこともできずに走るしかない。
 しかし、湖から温泉まではたっぷり数リーグある。いくら急いでも、果たして間に合うのだろうか。
 
 だが当然、エレキングがそんな事情を汲んでくれるわけがない。津波のように湖水を蹴り上げながら、ついに湖岸への上陸を果たすエレキング。その巨体を見上げて、水精霊騎士隊と水妖精騎士団は左右に別れた。ギーシュは杖を握り締め、作戦指示をレイナールに求め、彼は全員に通るように大声で答えた。
「その怪獣は前に雷みたいなブレスを吐いていた。だから、電撃以外の魔法で攻撃しよう!」
 単純だが明解で説得力のある指示が飛び、少年少女たちは一斉に魔法を放った。
 ファイヤーボールやエアハンマーなどの魔法が唸り、エレキングの巨体に吸い込まれていく。キュルケ以外はラインクラスが限界で、威力はさほど高くはないと言っても、百人近いメイジの同時攻撃を受けてエレキングは苦しそうに叫びながら身をよじった。
「いける! ぼくたちでもやれるぞ!」
 怪獣に目に見えたダメージを与えられたことで、少年少女たちから歓声があがった。
 しかし、痛い目に会わされてエレキングも黙っているわけがない。怒りのままに鞭のような長大な尻尾を叩きつけてきたのだ!
「みんな、伏せて!」
 人間以上の動体視力を持つティアが叫んだ。その声に、皆が訓練でくりかえした通りに反射した瞬間、彼らの頭上を巨木のようなエレキングの尻尾が轟音をあげて通過していった。

576ウルトラ5番目の使い魔 75話 (4/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 08:37:50 ID:2n5SOG2U
「あ、あっぶねえ……」
 ギムリが緑褐色の髪についたほこりを払いながらつぶやいた。今の声で皆が反応していなかったら、数人は首から上を持っていかれていたかもしれない。
 やはり油断は禁物。相手は怪獣なのだ、少し体を動かすだけでも人間にとっては大きな脅威になる。命拾いして息をついている水精霊騎士隊に、水妖精騎士団の少女たちからヤジが飛んだ。
「ふふん、どう? うちの子のほうがあんたたちなんかより出来がいいのよ」
「くっ! ぐぬぬぬ」
 プライドを傷つけられた水精霊騎士隊から悔し気な声が漏れる。特にエーコ、ビーコ、シーコは思いっきり勝ち誇って憎たらしい顔を作って見せたので、男たちの屈辱感は大きかった。
 が、そんなのんきな行為を続けさせてくれるほどエレキングはお人よしではなかった。間近に迫られるだけで、超高温を発する体からの熱波が少年少女たちの肌を焼く。まるで燃え盛る窯の前にいるようだ。
「あっ、ちちち! 後退! 後退だ! こいつのそばにいると照り焼きにされてしまうよ!」
 上陸してきたエレキングを見上げながらギーシュが叫んだ。一週間前にエースが倒した奴とは姿は同じでも明らかに違う、火竜でもここまで高熱を発しはしないだろう。
 エレキングが上陸しただけで、周辺の木々があまりの高熱にあてられて立ち枯れていく。そればかりか、エレキングはフライの魔法で後退していく少年少女たちに向かって、指先から白色のガスを吹き付けてきた。
「なっ、なんなの?」
「なんだかわからないけど吸っちゃダメだ!」
 今度はレイナールが動揺する少女たちに叫んだ。なんであろうと、怪獣が出してくるものがろくなものであったためしがない。
 とっさに口を押さえてガスの届かないところまで飛びのく少年と少女たち。振り向くと、ガスを浴びせられた木々が枯れ果ててしまっている。
 毒ガス? もしうっかり吸い込んでしまっていたら今ごろは……冷や汗がギーシュたちやベアトリスたちの背筋を走る。
 それにしても、植物を一瞬で枯らすこの威力。そして常に発し続けている高熱から考えて、ティラはパラダイ星の学者の卵として、ひとつの仮説を導き出した。
「まさか、高濃度の二酸化炭素? もしかして、惑星の温暖化を促進して生態系を破壊する怪獣兵器!?」
 エレキングが兵器として量産されている怪獣なら、攻撃する対象別のバリエーションがあっても不思議はない。怪獣一匹の噴き出す二酸化炭素の量などたかが知れていると思われるかもしれないが、宇宙大怪獣ムルロアのアトミックフォッグはわずか数時間で地球全土を覆いつくしてしまったほどの威力があった。もしこのエレキングがその勢いで二酸化炭素を噴出したらハルケギニアの気候は壊滅的な被害を受けるであろう。
「これ、温泉につかりに来ただけのつもりが世界存亡の危機じゃないの。いつかピット星人に文句つけてやるわ!」
 とんでもない置き土産を残していったくれたものだ。兵器として完成できたのは一体だけというがとんでもない、こんな悪意の塊のような奴が育ちきっているではないか。
 アンテナを回転させ、長すぎる尾で木々を蹴散らしながら前進してくるエレキングに対して、現在のところ有効な手立てはなかった。水から上がったせいで奴の体温がさらに上昇し、威力の弱い魔法が通じなくなってしまったのだ。
 エレキングの体表の高熱で、炎の魔法は言うに及ばず、風は気流に散らされ、土は砂に変えられ、水は蒸発させられた。特に、この中で唯一トライアングルクラス以上のキュルケの炎が封じられたのは痛かった。
「スクウェアクラスの氷の魔法で冷やせれば、別の魔法も効くようになるんでしょうけど、あの子がいれば……誰?」
 不可思議な感覚に戸惑うキュルケだったけれど、彼女は迫り来るエレキングの足音で我を取り戻した。温泉につかりすぎてぼんやりしてしまったのか? 今、そんなことを気にしている場合じゃない。
 エレキングの前進は止まらず、水精霊騎士隊も水妖精騎士団もバラバラになってしまってまともな迎撃などできない状態だ。ギーシュもベアトリスも進撃の速さに動揺して指揮が追いつけていない。

577ウルトラ5番目の使い魔 75話 (5/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 08:39:20 ID:2n5SOG2U
 キュルケは混乱している両者に向けて思わず叫んだ。
「なにやってるの! 連携がとれないならいったん引いて態勢を立て直すのよ。あの子ならそうするわ」
 あの子? わたしは何を言っているの? キュルケはとっさに口から出た言葉に動揺したが、キュルケが怒鳴ったおかげで混乱していた一同に明確な目的が生まれた。
「み、みんな! 森の外までいったん退却だ!」
 ギーシュがやっとのことで命令を飛ばし、一同はやっと退却に全力を尽くし始めた。
 エレキングは森の木々を蹴散らしながら追ってくる。その通り過ぎた後の森はことごとく枯れ果て、まるで干ばつに会ったかのようだ。
 こんな奴を野放しにしては、ましてや人里に入れたら大変なことになる。しかし今は、態勢を立て直す余裕ができるまで逃げるしかなかった。
 
 一方で、ド・オルニエールの里では一足先に戻った銃士隊によって怪獣が現れたという報がすでに駆け巡っていた。
「早く! 逃げて、逃げてください!」
 湖の方角から姿を見せ始めたエレキングを見て、住人たちは一目に逃げ出し、逃げ遅れている人々を銃士隊は救助していった。
 もちろん、アンリエッタらにも報告はすでに届いており、高台から指揮をとっていた。
「女王陛下、怪獣が近づいてきております。お下がりください」
「なりません。民の危機に、女王が真っ先に背を向けてなんとなりますか。民が安全なところまで避難できるまで、わたくしはここを離れません」
 烈風に鍛えられた根性で、ド・オルニエールを見渡してアンリエッタは言った。
 今日で、ド・オルニエールはだめになるかもしれない。けれど、民が残ればゼロからでもやりなおすことができる。
 そんな女王の気高い姿を見て、賓客のルビアナはすまなそうに頭を下げた。
「申し訳ありませんアンリエッタ様。本当なら私もここで見届けたたいのですけれど」
「いいえ、はるばるゲルマニアから来ていただいた貴女にもしものことがあってはわたくしの恥です。安心してください、怪獣と戦うことに関しては我が国は一日の長があります」
「ご無理はなさらずに……お先に失礼いたします」
 優雅な一礼をして、ルビアナも共の者に連れられて退去していった。
 魅惑の妖精亭の子たちも急いで避難し、ティファニアも孤児院の子たちを連れて行っている。そのため、コスモスが出られないのが痛いけれど、先日アイを誘拐されたときの恐怖が残る子供たちにはまだティファニアがついていてあげなくてはならなかった。
 けれど、住民のなかには踏みとどまって果敢に戦おうとする者たちもいた。

578ウルトラ5番目の使い魔 75話 (6/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 08:40:59 ID:2n5SOG2U
「わしらは、生まれたときからこのド・オルニエールで生きてきました。今さらよそでは暮らせはしませんのじゃ。残らせてくださいまし」
 老人たちのその健気な姿に、無理強いすることはできなかった。
 また、彼らの家族の中にも、雑他な武器を持って集まってくる者もいる。普段はなんと言おうと、そうして守りたくなるのが故郷というものなのだ。
「ここはわしらの土地じゃあ、バケモンめ、来るならこんきに」
 ついに田園地帯に入ってきたエレキングに老人がしわがれた声で叫んだ。
 そして、水精霊騎士隊と水妖精騎士団も、平民がこれだけの覚悟をしているのに貴族がこれ以上無様を見せられないと、今度こそ死守の構えで陣形を組む。
「いいか諸君、女王陛下がご覧になっておられる。ここより先、ぼくらの下がる道はないと思いたまえ!」
 ギーシュが薔薇の杖を掲げて仲間たちに命令する。本職の騎士のような強力な魔法はまだなくても、踏んだ場数の多さが彼らをいっぱしの騎士に見せていた。
 そしてベアトリスたち女子も同じように立つ。経験のなさを思い知らされても、彼女たちにも譲れない女の意地がある。
 
 けれど一方で、いまいち締まらないことになっている者たちもいた。
 言うまでもない、才人とルイズである……ふたりは誰もいなくなった温泉に戻って、脱衣場でルイズが置き忘れたリングを必死になって探していた。
「くっそぉ、ないないないないない! ルイズ、ほんとにここに置き忘れたのかよ?」
「ほかに思いつかないわよ! もう、こう散らかってちゃどれがわたしの使った籠だったかわからないわ」
 ルイズも半泣きになっていた。女子全員が大急ぎで着替えていったせいで、着替えを入れておく籠がタオルなどといっしょに散乱していて誰が使ったものかさっぱりわからなくなっていた。
 籠をひっくり返し、棚の隅を探し回っても見つからない。外からはすでにエレキングの鳴き声が聞こえてくるので、一刻も早く変身しなければいけないのに、自分たちはこんなところでタオルをかき回したりして何をしてるんだろうか?
「くっそお、こんなマヌケな理由で変身できなくなったのっておれたちだけだろうなあ」
 変身アイテムを奪われたならまだわかるが、なくすみたいなドジを踏んだのは自分たちくらいだろうと、才人とルイズは心底情けなく思った。
 実は唯一ではなく、同じようなヘマをやらかした先輩は存在するのだが、彼の人の名誉のためにここでは割愛する。
 しかし、必死の捜索のかいあって、ついにルイズの指先がタオルの下に隠れたリングを探り当てた。
「あった! あったわぁーっ!!」
 高々と上げられたルイズの指先には、確かに銀色に輝くウルトラリングが掲げられていた。

579ウルトラ5番目の使い魔 75話 (7/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 08:42:09 ID:2n5SOG2U
 ルイズの緋色の眼から、感動のあまり涙がこぼれ落ちる。
 もし見つからなかったらどうしようかと思った。それこそ、世界中の人たちに腹を切ってお詫びしなくちゃいけないくらいだった。いや、ルイズはトリステイン人だから切腹なんかしないけれども。
 しかし、感動に浸っている場合ではない。エレキングは、もうすぐ近くまで迫ってきている。この平和なド・オルニエールを荒らさせるわけにはいかない! ルイズはリングを指にしっかりとはめ、才人の手のひらとリングを重ね合わせた。
 
「ウルトラ・ターッチッ!」
 
 閃光が走り、きらめく光の渦の中からウルトラマンAの勇姿が現れる。
〔ちょっと今回はヒヤッとしたぞ〕
 意識を通じてウルトラマンAの声が二人の心に響いてくる。エースにとっても、今回の事は肝を冷やしたに違いない。
〔ご、ごめんなさい。北斗さん〕
〔わたしたち、最近油断しすぎてたかも。反省してるわ……〕
〔いや、わかっているならいいんだ。人間、一度こっぴどく失敗したら同じ失敗はそうそうしないもんだ。気にするな!〕
 うなだれている二人をエースは肩を叩くようにはげました。北斗も、ウルトラリングを盗まれたことはなくとも、ヤプールの策略にはまって変身不能にされてしまったことはある。あまり思い出したくない思い出でも、だからこそ糧となる。
 そして、失敗を取り戻す方法はいつもひとつ。黒に白を混ぜていったらいつか消えるように、失敗を押しつぶせるだけの何かで埋め合わせればいい。
 今、この場でそれをする方法はひとつ。この怪獣を倒すことだ!
「ヘヤアッ!」
 変身からの空間跳躍。空高く跳び上がり、舞い降りてきたエースの急降下キックが先制の一撃としてエレキングに突き刺さった。
 エレキングの細長い巨体が揺らぎ、エースはそのたもとへ着地する。そしてエレキングは、自らの進行を妨げた新たな敵に対して、金切り声をあげて向かっていった。
〔こいっ! エレキング〕
 エースは突進してくるエレキングを正面から受け止め、その首をがっちりと捕まえた。当然、振りほどこうと暴れるエレキングとエースの間で壮絶な力比べが生じる。
 押し合い引き合い、そんな攻防の様子を見て、悲壮な防衛戦を覚悟していたギーシュたちは新たな高揚感を覚えていた。
「よおーっし! そこだーっ、エース頑張れーっ!」
 少年たちから声援が飛ぶ。これから戦おうとしていたときに、獲物を横取りされた感がないかといえば嘘になるが、エースには何度も助けられ、このハルケギニアを守る仲間だという想いがそれより強くあった。

580ウルトラ5番目の使い魔 75話 (8/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 08:45:55 ID:2n5SOG2U
 一度やっつけた怪獣なんか一捻りだと、少年たちの声援に続き、少女たちも精悍なエースの勇姿にかっこいいとエールを贈り始める。ド・オルニエールの民たちは、神よどうかこの地をお守りくださいと、必死の祈りを捧げた。
 そう、ヒーローの姿は人々に希望と勇気を与えてくれる。しかし、このエレキングは前回のエレキングとはやはり大きく違っていた。エースと組み合ったエレキングの体から蒸気が沸きだしたかと思うと、エレキングはエースが触っていることもできないほど熱くなっていったのだ。
「ヌワアッ!?」
 エレキングを掴んでいたエースの手から、熱したフライパンに水を垂らしたような音がして、エースは思わず手を離してしまった。
 なんだいったい!? 一同がエレキングを見ると、エレキングの周囲で陽炎が起こり、周辺の木々は枯れるどころか干からびて崩れていく。その様子は遠く離れて見るアンリエッタからもはっきりと伺え、その様にアンリエッタは戦慄したように呟いた。
「まるで、生きた火の山のようですわ……」
 エレキングの体温が異常に上昇してきているのは誰から見ても明らかだった。才人は、これじゃエレキングじゃなくてザンボラーじゃねえかと呟いた。熱波はどんどん広がり、やや離れていたはずのギーシュたちの体からも滝のような汗が吹き出してくる。
「あ、頭が……」
「いけない! みんな離れるんだ。熱射病でやられてしまうよ!」 
 レイナールが叫んで、一同は慌てて距離をとった。熱にある程度強いはずの火の系統のキュルケでも目眩のしてくる信じられない熱さだ。とても人間の近づける温度ではない。
 エースは、火炎超獣ファイヤーモンスと戦った熱さを思い出した。いや、この熱気はファイヤーモンスの炎の剣以上だ。
 
 そればかりではない。余りの熱気は上昇気流となって大気を乱して黒雲を呼び、ド・オルニエール全体に激しい雷と嵐を巻き起こしていったのだ。
「きゃああぁっ! お姉ちゃん、怖いよお」
「みんなっ、体を低くして、物影に隠れるのよ」
 嵐に襲われ、ティファニアや子供たちはもう一歩も進めなくなっていた。近くにいたはずの魅惑の妖精亭の子たちもどこへいってしまったかわからない。ティファニアはコスモスの力を借りることもできず、目の前の子供たちを守るだけで精一杯だった。
 雷は辺り構わず降り注ぎ、子供たちはあまりの恐怖で泣き叫んでいる。しかも悪いことに、雷が彼女らの近くの木に落ち、へし折れた木が一人の子の上に倒れ込んできたのだ。
「お姉ちゃん、助けてーっ!」
「アナーっ!」
 ティファニアは必死に手を伸ばしたが届きそうもなかった。
 間に合わない。誰か、誰かあの子を助けて。ティファニアが必死に祈ったその時、誰かが飛び込んできて、木に潰されそうになっていた子を間一髪で助け出してくれた。

581ウルトラ5番目の使い魔 75話 (9/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 08:49:48 ID:2n5SOG2U
「ああ、あ、ありがとうございます。あなたは、女王陛下のお友だちの」
「ルビアナと申します。私もこの嵐で供の者とはぐれてしまいまして。けど、おかげで危ないところに間に合えてよかったですわ」
 ルビアナはにっこりと微笑んだ。そのドレスは嵐と泥で見る影もなく汚れているが、彼女は気にする素振りもない。その温和な様子に、助けられた子はルビアナのドレスにしがみつきながらお礼を言った。
「うぅ、お姉ちゃん……あ、ありがとう」
「あらあら、かわいいお顔が台無しよ。さあ、あなたはあなたのところへ帰りなさい」
 優しくルビアナに促され、その子はティファニアのもとに戻り、ティファニアはルビアナに心からの感謝を返した。
「本当にありがとうございますルビアナさん。なんてお礼を言えばいいのか」
「いいえ、当然のことをしただけですわ。それより、ここは無理に動かずに嵐が去るのを待ったほうがよろしいでしょうね。不躾ながら、私もしばらくご一緒いたします」
「はい。けれど、ひどい嵐です。いったい、いつ止んでくれるのかしら」
「きっとすぐやみますわ。だって、ギーシュ様が戦ってくれているのですもの」
 ルビアナは信頼を込めた笑みを浮かべ、子供たちに「だから心配しなくて大丈夫よ」と、優しく話しかけた。すると、ルビアナのその温和な雰囲気に、怯えていた子供たちも恐怖心を解かれてルビアナにすがりついていった。
「まあ、みんな甘えん坊さんね」
「きっと、子供たちにはあなたが優しい人だってわかるんですよ。みんな、ルビアナさんにご迷惑かけてはダメよ。さあ、こっちにも来なさい」
 ティファニアのもとに子供たちの半分が戻ってくる。みんな体は大きくなっても中身はまだまだ子供のようで、ティファニアとルビアナにすがってやっと落ち着きを取りもどしてくれた。
 まだ嵐は弱まる気配を見せない。動けないのなら、嵐が収まる時までこの小さな命を守らなければならないと、しっかりと小さな体を抱きしめ続けた。
 
 いまや、エレキングの振りまく被害はただの怪獣一匹の次元を超えつつあった。
 熱波を振り撒きながらエレキングが突進してくる。エースは組み合うのを避け、キックやチョップでエレキングを押し返そうと試みるが、間合いを詰められないのではエースの技も威力が半減してしまった。
「ムゥ……!」
 肉薄しなければダメージが通らない。対して、エレキングはその手から放つ二酸化炭素ガスでエースを追い立ててくる。
「ムッ、グゥゥッ!」
 さしものエースも 高熱と二酸化炭素の同時攻撃にはまいった。まるでエレキングの周囲だけ疑似的に金星の環境になったようなものだ、いくらウルトラ戦士の体でもこれではただではすまない。
 エースを助けるんだと、水の系統のメイジたちが氷の魔法を放つが、エレキングに届く前に蒸発してしまって通じなかった。彼らの好意はうれしいけれど、焼け石に水とはまさにこのことだ。
 ゾフィー兄さんのウルトラフロストくらいの威力がなければ、とエースは思った。エースの技は多彩だが、残念ながら冷凍系の技は持っていない。そもそもM78星雲のウルトラマンは寒さに弱く、冷凍系の技を持っていてもせいぜい一人に一つくらいで極めて少ないのだ。ウルトラの歴史の中では氷を操る戦士がいたこともあったけれど、彼のことも今では遠い思い出となっている。

582ウルトラ5番目の使い魔 75話 (10/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 09:00:46 ID:2n5SOG2U
 が、感傷に浸っている暇はない。今は、このエレキングを止めなければ、際限なくどこまで熱量を上げていくかわからない。しかし接近もままならないのでは、あっという間にエースの活動限界が来てしまう。ルイズはいら立って才人に問いかけた。
〔ちょっと、こういうときこそあんたのからっぽの頭でも役に立てるときでしょ! あの怪獣の弱点とかほかにないの?〕
〔そうはいっても、こんなに暑いと気が散って……そうだ、角だ! エレキングの弱点はあの角だ〕
 ぼんやりしてても、将来志望がGUYSの才人はさすがに思い出すのが早かった。
 エレキングの弱点は目の役割をする回転するレーダー角。それを破壊してしまえばエレキングは行動不能になる。それを聞いたエースは、すかさずエレキングの角を目がけて額のウルトラスターから青色の破壊光線を発射した。
『パンチレーザー!』
 矢のように鋭い輝きを放ち、パンチレーザーの光がエレキングの角を目がけて飛ぶ。しかし、なんということであろうか。パンチレーザーはエレキングの至近でぐにゃりと軌道を曲げると、角に当たらずに明後日の方角に飛び去ってしまったのだ。
「ヘアッ!?」
 確実に当たるはずだった攻撃をかわされ、エースも思わず動揺の声を漏らした。バリアか? いや、エレキングにそんな能力はないはず。となると、エレキングの周りで熱せられた空気が光を歪め、レーザーの軌道をずらしてしまったとしか考えられない。
 信じられない高熱だ。しかもこの熱はまだ上がり続けている。ならば、曲げきれないほどの威力で一気に叩き潰すのみ! 一撃必殺、エースは体をひねり、L字に組んだ腕からもっとも得意とする光波熱線を発射した。
 
『メタリウム光線!』
 
 光芒がエレキングの頭部に叩き込まれて大爆発を起こす。空気の対流くらいで逸らされるほど、ウルトラマンAの必殺技は半端な威力ではないのだ。
「やったか?」
 爆炎でエレキングの姿は隠れ、倒したかどうかはまだわからない。しかし、あれほどの威力を撃ち込まれて無事ですんだわけがないと、水精霊騎士隊も水妖精騎士団もじっと煙の晴れるのを待った。
 だが、力を抜けるその一瞬の隙に爆煙の中から蛇のようにエレキングの尻尾が伸びてきてエースの体に絡みついてしまったのだ。
〔しまった!〕
 気づいたときにはエレキングの尻尾は完全にエースに巻き付いてしまっていた。
 振りほどかなくては! だが巻き付いたエレキングの尻尾はビクともしない。そして、煙の中からエレキングが再び姿を現した。
〔角が片本残っている。くそっ、当たり所が悪かったか〕
 エレキングの頭部の片側は黒焦げになり、片方の角は吹き飛んでいるが、もう片方の角はかろうじて残っている。それでこちらの位置をサーチできたのだ。

583ウルトラ5番目の使い魔 75話 (11/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 09:01:59 ID:2n5SOG2U
 まずい、エレキングの最大の武器は尻尾にある。振りほどかなければ! だがエレキングはエースの抵抗をあざ笑うかのように、尻尾を通じて強力な電流をエースに流し込んできたのだ。
「ヌッ、グアァァァーッ!」
 何万何十万ボルトという電撃がエースに流し込まれ、溢れ出したエネルギーがスパークとなってエースを包み込む。
 すさまじい衝撃と激痛がエースの全身を貫き、エースは身動きできないまま電撃の洗礼を浴びせかけられ続けた。
「グッ、ウオォォォーッ!」
 電撃のパワーはエースの全力でも対抗しきれず、一気にカラータイマーが点滅を始めた。エレキングは奪われた角の恨みとばかりに、腕を震わせ全身から巨大都市何十個分という電気エネルギーを絞り出してエースに送り込んでいく。
 このままではエースが黒焦げにされてしまう! エースの危機に、水精霊騎士隊や水妖精騎士団はなんとかエースを助けようと動き出したが、エレキングの熱気の壁はメタリウム光線で弱められたとはいえまだ健在で、半端な魔法は通用しなかった。
「ワルキューレ! だめか、ぼくらの魔法じゃあいつには効かないのか」
 ギーシュのワルキューレすべての体当たりでもエレキングには通用しなかった。ほかの面々の魔法でも同様で、ベアトリスも魔法の撃ち過ぎで疲労困憊した体をエーコとビーコに支えられながら、悔しそうにつぶやいた。
「わたしにももっと力があれば……彼には大きな借りがあるっていうのに」
 エースのおかげで、エーコたちをユニタングの呪縛から解き放つことができたときのことは忘れない。その恩義はすべての誇りをかけてでも返さねばならないのに、今の自分にはその力はない。
「なにか、なにか強力な武器があれば、あの怪獣の角をもう一本折るだけでいいのに」
 エースがエレキングの角を狙って攻撃したのを彼女たちも見ていた。なら、角さえ折れれば怪獣は弱体化するに違いない。けれど、それをするための力がみんなの魔法にはないのだ。
 すると、そのときだった。戦いを見守っていたド・オルニエールの民たちが、一抱えほどもある大きな銀色の銃のようなものを持ってやってきたのだ。
「だ、旦那様方。よければこれを使ってくだせえまし」
「これは、こんな銃見たことないが、いったいこれはなんだね?」
「わしらも、もしも、この地に何か異変が起きたときのために有り金を寄せ合って武器を買っていたのでございます。使ったことはまだありませんが、とても強力な武器だという触れ込みでしたので……」
 土地の老人は貴族に対して恐る恐るながらも、その銃のような武器を差し出してきた。
 もちろんギーシュたちは疑いの目でそれを見た。もとより銃はハルケギニアでは平民用の武器で、ふいを打たれたりしなければ魔法には及ばない程度の代物なのだ。とても怪獣に通用するとは思えない。
 しかし、ギーシュたちはもとよりベアトリスたちも、その銃のような武器の持つ怪しい気配をなんとなく肌で察した。これまでに何度も宇宙人と接したことがあるだけに、その銃のような武器がハルケギニアのものとは異質な気配を持っているのを感じたのだ。
 もしかしたら? ベアトリスは商才を働かせて考えた。この怪しげな取引に乗るべきかそるべきか? いや、乗らなかった場合の結果は全員の死でしかない。

584ウルトラ5番目の使い魔 75話 (12/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 09:05:20 ID:2n5SOG2U
「わかったわ、その武器を使わせてもらうわね」
「クルデンホルフ姫殿下?」
「ミスタ・グラモン、迷ってる時間はないみたいよ。あなたたちの中で、銃の扱いができる人はいる?」
「え? じ、銃ならオストラントの機銃を扱ったことはあるけど」
「だったらあなたが撃ちなさい! ほら、ぐずぐずしないのよ!」
 小柄な体で思いっきり足を振りかぶってベアトリスはギーシュの尻を蹴っ飛ばした。
 こういうとき、男より女のほうが踏ん切りが早い。ギーシュは言われるままに、銃のような武器を受け取って照準をエレキングの角に定めた。幸い、見た目に反してけっこう軽い。
 エースは絶え間なく流され続けている電撃で今にも死にそうだ。ギーシュは、引き金に触れる指先にエースの生死がかかっていることに一筋の汗を流し、皆の見守っている中でゆっくり引き金を引いた。
「始祖ブリミルよ、そしてこの世のすべてのレディたち、ぼくに力をお貸しください」
 相変わらず余計な一言を付け加えながら引き金が引かれたその瞬間、銃口からピンク色のレーザーが放たれてエレキングの角に突き刺さり、なんと大爆発を起こしてへし折ってしまった。
「や、やった!」
 ギーシュは自分のやったことが信じられないというふうにつぶやいた。見守っていた他の面々も一様に、あまりの銃の威力に、喜ぶよりむしろ愕然としてしまっている。
 だが、エレキングの角を折ったという戦果は大きかった。外界の状況を探るためのレーダーである角をふたつとも破壊されてしまったエレキングは完全にパニックに陥り、エースを拘束していた尻尾の力を緩めてしまったのだ。
〔いまだ!〕
 エースは残った全力でエレキングの尻尾を振りほどいて抜け出した。
「シュワッ!」
 拘束から脱出し、エースは片膝をついて立ち上がれないながらも、なんとか自分が助かったことを確かめた。エースが無事だったことで、ギーシュたちも我に返って喜びの声をあげる。
 ともかくすごい電撃だった。あと少し食らい続けていたら、本当に焼き殺されていたかもしれない。才人とルイズも、「死ぬかと思った」と、今回ばかりは無事助かったことを手放しで喜んでいた。
 だが、本当に喜ぶのはまだ早すぎたようだ。角を破壊されて行動力を失ったと思われたエレキングが、再びすさまじい熱波を放ち始めたのだ。
〔なんだっ? まるで溶鉱炉の中にいるようだっ!〕
 さっきよりもさらに強い熱量がエレキングから放たれていた。それと同時に、エレキングの白色の表皮も赤く染まり出して、明らかに尋常な状態ではない。
 まさか奴め、死期を悟って周りを道連れに自壊するつもりか! こんな熱量の物体を放置すれば、ド・オルニエールが焼け野原と化してしまう。

585ウルトラ5番目の使い魔 75話 (13/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 09:06:22 ID:2n5SOG2U
〔い、今のうちにエレキングを倒さないと〕
〔でも、あんな爆弾みたいになった奴に光線を当てたら、それこそどうなるかわからないわよ!〕
 才人とルイズも焦るが、そもそも今のエースにまともに光線を撃つ力は残っていない。
 どうすればいいんだ! このままエレキングが地上の太陽になっていくのを見守っているしかないのか。エレキングの口から、勝利の雄たけびとも断末魔とも聞こえる叫びが轟く。
 しかし、もうエースに戦う力が残っていないことを見た水精霊騎士隊は、こんなときのために考えていた最後の作戦に打って出た。水妖精騎士団にも協力をあおぎ、田園地帯を流れる用水路に集まったのだ。
「ようし、水の使い手は用水路を凍らせるんだ。残りの半数は『固定化』、もう半数は『念力』の準備だ。急いでくれ!」
 少年少女たちは、熱波に肌を焼かれながら最後の精神力を振り絞った。
 用水路の水を凍らせて成形し、それをさらに固めた上でエースに向けて投げ渡した。
「ウルトラマンA、それを使ってくれーっ!」
 エースの手に、少年少女たちが作った最後の武器が手渡された。それは、用水路の水を使った青白く輝く美しい一刀。
〔氷の剣!? ようし、これなら!〕
 これならエレキングを誘爆させずに倒すことができる。
 エースは氷の剣を構え、エレキングを見据えて渾身の力で振り下ろした。
〔俺の残ったすべての光をこの剣に込める!〕
 一閃! 青い輝きがエレキングを貫通し、次の瞬間エレキングは頭から股先まで真っ二つになって斬り倒されていた。
「やった……」
 両断されたエレキングは左右に崩れ落ち、最後は自らの熱量によってドロドロに溶けて消滅していった。
 エレキングの死とともに熱波も消え、空を覆っていた暗雲も切れ、嵐も収まっていった。空には再び青空が戻り、季節通りの風が吹き始めた。
 ド・オルニエールに平和が戻ったのだ。そして穏やかな自然の風景を肌で感じ、皆の中から大きな歓声があがった。
「勝っ、たぁーっ!」
 会心の、しかし紙一重の勝利だった。
 このエレキングは強敵だった。しかし、ピット星人の言葉通りなら、もう戦闘可能な個体はいないはずなのにどうして現れたのだろうか? ピット星人の言葉が嘘であったとは思えない。でなければ前回の戦いのときに使っていたはずだ。
 なにか、ピット星人以外の外的要因があったのだろうか? そういえば、再生エレキングにしても一説には復活に何者かの手が加えられたという話がある。

586ウルトラ5番目の使い魔 75話 (14/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 09:08:21 ID:2n5SOG2U
 しかし、エースの耳に喜びに沸く少年少女たちや、ド・オルニエールの人々の声が響いてくると、心にひっかかっていたしこりも取れていった。
 エースが見下ろすと、ギーシュやベアトリスたちが手を振っている。ともに全力で戦ったことで、彼らにも戦友に近い感情が生まれたようだ。これで、覗きの罪が許されるまではなくとも、多少なり情状酌量の余地が生まれてくれればよいのだが。
 だが、手を振り返そうかと思ったそのとき、ギーシュが持っている”あの武器”にエースの視線は吸い込まれた。
〔あの武器は! どうしてあれがここに〕
〔北斗さん? どうしたんですか〕
〔いや、後で話そう。今は、もうエネルギーが危ない〕
 実際、もうしゃべっている余力もほとんどなかった。エースはカラータイマーを鳴らせながら飛び立ち、晴れ間の空の白雲のかなたへと消えていった。
 
 
 怪獣エレキングの打倒はすぐさまアンリエッタのもとへも報告され、水精霊騎士隊と水妖精騎士団は揃ってアンリエッタ直々にお褒めの言葉をいただいた。
「我が忠勇なトリステインの若き戦士の皆さん、ご苦労様でした。非公式の立場ですので恩賞を渡すことはできませんが、あなた方の戦功はわたくしの胸に永久にとどめることを約束いたします」
 ギーシュとベアトリスは、そのお言葉だけで億の恩賞に勝る誉れですと答え、少年少女たちは感動して静かに涙した。
 だが、アンリエッタは最後に一言付け加えることを忘れなかった。
「ただ、水精霊騎士隊の皆さん、そして水妖精騎士団の皆さん。話を聞くところ、今度の敵はあなた方のどちらかだけではとても力が足りなかったようですね。互いに切磋琢磨するのは当然ですが、このトリステインを守る者同士、あなた方は仲間だと言うことを忘れないでくださいね」
 肝に銘じます、とギーシュとベアトリスは答え、女王陛下の前で固く握手をかわした。
「勘違いしないでね、ミスタ・グラモン。覗きのことは許したわけじゃないんだから。でも、戦うあなたたちは少し、かっこよかったわ」
「いや、君たちこそ、あれほどのことができるとは思っていなかったよ。覗きのことは、その、あらためてお詫びする。二度としないから許してくれ」
「仕方ないわね。今度だけですわよ」
 ベアトリスが視線を向けると、女子たちもうなづいてくれた。
 その様子に、アンリエッタも雨降って地固まるとはこのことですわね、と微笑んだ。
 そして、そうしているうちに避難していた人たちも戻ってきたようだ。

587ウルトラ5番目の使い魔 75話 (15/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 09:09:41 ID:2n5SOG2U
「ああ、皆さんご無事だったんですね」
 一番にティファニアが喜びの声をあげた。次いで、ルビアナや魅惑の妖精亭の子たちもやってくる。心配されていたド・オルニエールの人たちも、銃士隊の適切な避難指示のおかげで犠牲者を出さずに済んだようだ。
 賑わう中で、さりげなく才人とルイズも戻ってきている。しかし、才人とルイズは、エースが気にしていた何かを確かめることに気が急いていた。
”いったい北斗さんは、なににあんなに驚いていたんだ?”
 そうしているうちに、今回の戦いに参加した住民たちにも女王陛下のお声がかけられ、彼らが戻ってくると、才人は急いで彼らの持っている銀色の銃を確かめに走った。
「ちょ、ちょっとすみません。少しでいいので、その武器を見せてもらえませんか?」
「へえ? 構わないでございますよ。どうぞ、ご覧になってくださいませ」
 頼むと、特に抵抗なく持っていた人は才人にそれを渡してくれた。
 才人は受け取り、それをまじまじと見つめる。すると、エースが驚いたわけが才人にもわかった。それは銀色の金属で作られた、明らかにハルケギニアのものではない兵器だったからだ。
「レーザー銃?」
 才人にはそれくらいしかわからなかったが、明らかなオーバーテクノロジー兵器であることは見ただけで確かだった。
 ルイズにはよくわからないようだが、それは仕方ない。これまで宇宙人の兵器をさんざん見てきてはいるけれど、ハイテク兵器という概念そのものがないのだから。
 しかし、北斗が驚いた理由はそれだけではないようだった。普段は滅多に語り掛けてくることはないのに、その武器を目の当たりにしたときに、才人とルイズの脳裏に話しかけてきたのだ。
〔間違いない。その武器はウルトラレーザーだ〕
〔ウルトラレーザー?〕
〔俺がTACにいた頃、ヤプールの手下のアンチラ星人が持っていた武器だ。どうしてこんなところに〕
 エース・北斗は信じられないというふうに語った。すると、才人もウルトラレーザーを見下ろしながら考え込んで答えた。
〔すると、トリステインにアンチラ星人が来てるってことですか?〕
〔いや、そうとは限らないかもしれない〕
 北斗は単純に答えを出そうとはしなかった。なぜかというと、ウルトラレーザーは元々アンチラ星人が元MAT隊員郷秀樹に化けてTACに潜入するための手土産として用意したもので、そのため『地球人の技術で作れて怪しまれない』程度のテクノロジーしか詰まっていない。実際、その後TACは恐らくは複製したと思われるウルトラレーザーを使用している。つまり、やろうと思えばどんな宇宙人でも作れてしまう程度の武器なのだ。
 が、それでもこんなところに軽々しくあっていいような武器ではない。才人は持ち主の人に、これをどうやって手に入れたのかを訪ねると、すぐに答えてくれた。
「はあ、何か月か前でございましたか。こちらを訪れたゲルマニアの行商人の方が売ってくれたのでございます。もしも、この土地にオークやコボルドが出たときにはそれなりの武器がないといけないと言われまして、このマジックアイテムを薦められました。その方が試しに使うと、大木を一発でへし折ってしまったので、みんなで話し合って購入しましたのです」
 どうやら住人たちはこれをマジックアイテムと思っているらしい。この世界の常識からして、そうとしか思えないのは当然のことだが、問題は彼らにこれを売りつけたというゲルマニアの商人だ。

588ウルトラ5番目の使い魔 75話 (16/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 09:11:09 ID:2n5SOG2U
「それで、その行商人さんはどこへ?」
「さあ、あれ以来見かけませんで、どこか遠くへ行かれたと思います。ですが、これ以外にもいろんな珍しいアイテムを持っていらしたようなので、今でもどこかで商売なさっていると思いますです」
 才人とルイズは顔を見合わせた。つまり、ウルトラレーザーと同じかそれ以上の兵器を、平民が買える程度の値段で誰かが売りさばいているということだ。今はまだ平民たちは、これがどれほどとんでもない代物なのか気づいていないようだが、もしもその気になって争いごとに使い始めでもしたら。
 深刻に考え込む才人とルイズ。すると、この中で唯一暗い雰囲気を放っているのに気付いたのか、ギーシュがはげますように近づいてきた。
「どうしたんだい二人とも? ははあ、さては今回のことで出番がなかったのを気に病んでいるんだろう? 心配することはないよ。ぼくらの誰も、君たちが逃げ出したなんて思ってはいないからね」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。まあいいか……ところでギーシュ、この武器のこと、どう思う?」
「ん? そういえば忘れてたけど、すごいマジックアイテムだったね。今回はこれがなかったら危なかったかもしれない。見たこともない形だけど、いったいどこの魔法機関が作ったんだろうね」
「ゲルマニアから来た商人が売ってたんだってさ」
 才人が経緯を説明すると、ギーシュはふーんとうなづいた後に言った。
「それはまた、金銭主義のゲルマニア人らしいことだな。ゲルマニア人にもルビアナのような虫も殺せないような美しい人がいるっていうのに、大違いだよ」
「まあ、ギーシュ様ったらお上手ですこと」
 わざとルビアナに聞こえるように言ったのがバレバレであるが、ルビアナは照れたようにうなづいた。
 ルビアナは穏やかな笑みを絶やさず、その腕の中では小さなエレキングがぬいぐるみのように抱かれている。ギーシュはそんなルビアナにさらにきざな台詞を贈って、さらにそれをモンモランシーに聞きつけられて怒られている。もう早くもこっちのことは視界に入っていないようだった。
 ルイズはそんな彼らの様子を見て、お気楽なものね、と、いつものように呆れてみせた。しかし、本当の意味ではルイズも事の重大さを理解できていない。
 エースは二人の心の奥に消える前に、才人に「今度の敵はいつもとは違うかもしれないぞ」と言い残していった。
 一体誰が、なんの目的でハルケギニアに武器をバラまいているんだ? ヤプールが裏で糸を引いているのか、それとも……。
 才人は考えた。しかし、すぐに考えに行き詰ってボリボリと頭をかいた。
「ダメだなあ、おれの頭じゃさっぱりわからねえや」
 読書感想文でシャーロック・ホームズを読んでも十ページで居眠りをしてしまうような脳みそで推理をしようとすること自体が間違っていると才人は気が付いた。
 面倒くさいので、犯人がここにいれば直接聞いてみたいとさえ思う。ともかく、情報が少なすぎた。
 こういうときに頼りになるのは……と、そのときキュルケが一同によく響く声で告げた。

589ウルトラ5番目の使い魔 75話 (17/17) ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 09:12:04 ID:2n5SOG2U
「さあ、雨を浴びて汚れちゃったし、みんなで温泉に入り直しましょう。今度こそ、ゆっくりとね」
 そういえば、もう全身ドロドロであちこちがかゆい。皆は疲れたのもあって、温泉の温かなお湯がたまらなく恋しくなってきた。
 そうとなると話は早い。だが、ふと気にかかった。この土地の温泉が、あのエレキングが地下水を沸かしてできたものだとすれば、エレキングを倒してしまったら温泉も枯れてしまうのでは?
 だが、その心配は杞憂だったようだ。土地の人が、また温泉にいい塩梅の湯が湧いてきたと知らせに来てくれたのである。
「よかった。ここの温泉は元から本物だったのね。あーあ、安心したら体がかゆくなってきちゃった。サイト、着替えとタオルを用意しなさい」
「って、おいルイズ。せっかく難しい問題を考えてるってときに」
「どーせあんたの頭じゃ何も浮かばないんでしょ? なら悩むだけ時間の無駄よ。それより、今度は目隠しなしでわたしとお風呂入りたくない?」
「了解しました、ご主人様!」
 これぞ、即断即決の見本であった。才人は顔から火が出るほど元気いっぱいになって着替えを取りに走り出し、ルイズは横目でミシェルを見て「こ、これがわたしの実力なんだから」と、少し赤面しながらも勝ち誇って見せた。
 さて、そうなると収まりがつかないのがミシェルと銃士隊である。対抗意識を燃やして、才人が戻ってくるのを待ち構えた。
 そして、ルイズの挑発で火が付いたのはそれだけではなかった。ルイズでさえ、あれだけのアピールをしているというのに黙っていていいのかと、モンモランシーたちが同じようにギーシュたちを誘い始めたのだ。
「モ、モンモランシー、これは夢じゃないんだろうね。ほ、本当に君が僕と、は、裸の付き合いを!?」
「か、勘違いしないでよね。裸じゃなくてタオルごしなんだから。それに、ほかの子に目移りしたら許さないんだから!」
 たとえタオルごしでも、それは夢のようなお誘いに他ならなかった。それにギーシュはおろか、これまでガールフレンドのいなかったギムリやレイナールにも女の子から誘いが来ているではないか。
 これは本当に夢か? 覗き魔として処刑される運命にあった自分たちが、まるで正反対の立場にいるではないか。夢なら、夢なら覚めないでくれ。
 つまり、彼らはわかっていなかった。彼らが今日果たした役割の大きさと、なすべきことへの一所懸命さが女の子たちのハートを掴んだことを。男は百の言葉よりも、まずは背中で語れというわけだ。
 こうして、水精霊騎士隊は覗きなどという卑劣なことをせずとも、夢にまで見た混浴を我がものとすることができた。
 もちろんこの後でも、男女いっしょの入浴ということで様々な悲喜劇が起きたのは言うまでもない。しかしそれでも、彼らは今日という日を永遠に忘れることはないだろう。
 世界に不気味な影が迫っている。しかし、平和な日常はなにものにも代えがたい。
 せめて、この日はこれ以上なにもないことを祈ろう。明日からは、またなにがやってくるかわからないのだから。
 
 ちなみに、この数日後。ド・オルニエールから続く川の河口付近で、一人の貴族の少年が簀巻きにされた状態で漁師の網に引っかかっていたことを付け加えておこう。
 
 
 続く

590ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/08/06(月) 09:18:26 ID:2n5SOG2U
今回はここまでです。では、また次回。

ルイズと無重力巫女さんの方よりお知らせがあるそうなので、まだ確認されていない方は>>571をご覧ください

591ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/01(土) 23:42:29 ID:PXO5dG.M
ウルトラ五番目の人、投稿お疲れさまでした。
それと、お知らせしていただき誠にありがとうごさいます。

さて皆さんこんばんは、無重力巫女さんの人です。
昨日は色々あって投稿できなかったため、九月になってしまいましたが第九十六話の投稿を開始します。
特に問題が起きなければ23時46分から始めたいと思います。

592ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/01(土) 23:46:06 ID:PXO5dG.M
「どうしたものかしらねぇ…」
 カトレアは悩んでいた、半ば強引にルイズから聞いた『これまで起きた事』を聞いてしまった事に対して。
 玄関に設置してある壁掛け時計の時を刻む音が鮮明に聞こえ、それが彼女の集中力を高めていく。
 一方で、姉のカトレアに『これまで起きた事』を説明し終えたルイズは彼女の反応を窺っている。
 すっかり温くなってしまったカップの中の紅茶を見つめつつ、時折思い出したように一口だけ啜る。
 今振り確かいないこの居間の中で、妹は姉の動向をただ見守るほかなかった。

 そんなルイズの心境を読み取ったのか、やや真剣な表情を浮かべて見せる。
 そして彼女の前で反芻して見せる。妹が口にし、自分が今まで聞いたことの無かった数々の単語の内幾つかを。
「ゲンソウキョウという異世界にヨウカイ、ケッカイに異変…」
 初めて聞いた単語を言葉にして口から出してみると、横のルイズか生唾を飲み込む音が聞こえてくる。
 恐らく自分の言ったことを嘘かどうか、見極められていると思っているのだろう。
 まぁそれは仕方がない事だろう。普通の人にこんな事を話したとしても本気で信じてくれる者はいないに違いない。
 精々酔っ払いか薬物中毒者の戯れ言として片づけられるのが精いっぱいで、それ以上上には進まないだろう。
 
 しかしカトレアは信じていた。愛する妹が口にした異世界の存在を。
 現に彼女はその証拠であろう少女達を間近で見ているのだ、博麗霊夢と霧雨魔理沙の二人を。
 彼女たちの存在感は、同じハルケギニアに住んでいる人たち…と呼ぶにはあまりにも変わっている。
 それを言葉で表すのは微妙に難しいが、彼女たちは異世界の住人か否か…という質問があれば、間違いなく住人だと答えられる。
 考えた末に、確かな確信を得るに至ったカトレアはルイズの方へ顔を向けると、ニッコリ微笑んで見せた。
「ち、ちぃねえさま…?」
「大丈夫よルイズ。貴女の言う事にちゃんとした証拠がある事は、ちゃんと知っているつもりよ」
「…!ちぃねえさま…」
 微笑み見せるカトアレからの言葉を聞いて、ルイズの表情がパッと明るくなる。
 彼女が小さい頃から見てきたが、やはり一番下のこの娘は笑顔がとっても似合う。

 そんな親バカならぬ姉バカに近い事を思いつつ、カトレアは言葉を続けていく。
「それで貴女は春の使い魔召喚の儀式でレイムを召喚して、それが原因でゲンソウキョウへいく事になったのよね?」
 先ほど簡潔に聞いたばかりの事を改めて聞き直すと、ルイズは「えぇ」と頷きつつその事を詳しく話していく。
 幻想郷はその異世界の中にあるもう一つの世界であり、その世界とは大きな結界で隔てている事、
 そしてその結界を維持するためには霊夢の力が必要であり、彼女がいなくなった事で結界に異変が生じた。
 それを良しとしない幻想郷の創造主である八雲紫が霊夢を助けるついでに、自分まで連れて行ってしまい、
 結果的に並大抵の人間が味わえない様な、不可思議な世界への小旅行となってしまったのである。

 そこまで聞き終えた所で、ルイズはカトレアが嬉しそうな表情を浮かべている事に気が付いた。
「あらあら!聞く限りでは結構楽しい体験をしてきたのね。異世界だなんて、どんな大貴族でも行ける場所じゃないわ」
「え?え、えぇ…そりゃ、まぁ…考えたらそうなんでしょうけど…」
 先ほどの真剣な表情から打って変わった素っ頓狂な事を言う姉に困惑の色を隠し切れずにいる。
 まぁ確かに良く考えてみれば、ハルケギニアの歴史上異世界へ行ったという人間がいた記録は全くない。
 そもそもそうして異世界自体は創作や架空の概念であり、現実にはありえない事の筈…なのである。
 そう考えてみると、確かに自分は初めて異世界へと赴いたハルケギニアの人間という事になるだろう。

593ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/01(土) 23:48:03 ID:PXO5dG.M
 しかしルイズは思い出す、あの幻想郷にたった丸一日いただけでどれほど散々な目に遭ったのかを。
 瀟洒なメイドには挨拶代わりにナイフを投げつけられ、あっちの世界の吸血鬼に限りなく迫られる…。
 あれが向こうの世界流の歓迎…とは思わないが、流石にあんな体験をしてもう一度行きたいとは思う程ルイズは優しくない。
(一応ちぃねえさまにはそこの所は話してないけど…やっぱり心の中にしまっておいた方がいいわよね?)
 流石にその時の事まで話したら心配させてしまうと思ったルイズは、再度心の中に仕舞いこんだ。
 そして一息つくついでに温くなった紅茶を一口飲んだところで、カトレアが再度話しかけてくる。

「…でも、その向こうの世界で更なる問題が発生してその問題を解決する為に、あの二人が貴女の傍にいるっていう事ね?」
「あ、はい!その通りですちぃねえさま。私はその…まぁ唯一彼女たちを知っているという事で協力を…」
 その言葉にルイズが頷きながらそう言うと、今度は笑顔から一転気難しい表情を浮かべたカトレアはため息を吐いた。
「それでも危険だわ。何か探し物だけをするっていうのならばともかく…あの時のタルブ村にまで行くなんて事は流石に…」
「ねえさま…」
 憂いの色を覗かせる顔であの村の名前を口にしたカトレアに、ルイズは申し訳なさそうに顔を俯かせてしまう。
 カトレアとしては正直、どんな形であれルイズと親しくしてくれる人が増えただけでも嬉しかった。
 本来は優しいとはいえ普段は長女や母、そして父譲りの硬さと厳格さで他人に甘える事は少ない。
 風の噂で聞いた限り、魔法学院では魔法が使えない事で『ゼロのルイズ』というあんまりな二つ名までつけられているらしい。
 そんな彼女に理由や性別はどうあれ、付き添ってくれる人達ができた事は家族の一人としてとても嬉しかった。

 しかし…だからといって彼女を…愛するルイズを戦場へ連れて行って良い理由にはならない。
 例え彼女自身が望んだこととは言え、できる事ならば王宮へ残るよう説得してもらいたかった。
 結果的に無事で済んだから良かったとルイズは言うが、それはあくまで結果に過ぎない。
 カトレア自身戦争には疎いが、あの時のタルブ村はハルケギニア大陸の中で最も危険な地域と化していた。
 ラ・ロシェールとその周辺に展開していた軍人たちは大勢死に、タルブや街の人々にも犠牲が出ているとも風の噂で耳にする。
 そんな場所へ自由意思だからと妹を連れて行った霊夢達を、カトレアは許していいものかと悩んでいる。

「いくら私が心配だからとはいえ、あの時のタルブ村がどれ程危険なのか…王宮にいた貴女は知ってる筈でしょう?」
「は、はい…けれどねえさまの事が心配で…」
「貴女は私と違って未来は未知数なのよ。そんな希望溢れる子が命を賭けに出すような場所へ行ってはダメでしてよ」
 厳しい表情で言い訳を述べようとするルイズの言葉を遮り、カトレアは妹を優しく叱り付ける。
 これが姉のエレオノールならもっと苛烈になっていたし、母なら静かに怒りながら突風で彼女を飛ばしていたかもしれない。
 父も叱るであろうが…きっと今の自分と同じように優しく叱る事しかできないだろう、父はそういう人だ。

 だからカトレアもそれに倣って優しく、けれども毅然とした態度でルイズを叱り付ける。
 頭ごなしに否定し、威圧するのではなく抱擁しつつもしっかりとした理屈を語るかのように。
 そう意識して叱ってくるカトレアのそんな意図を、ルイズも何となくだが理解はしていた。
 けれども、あの時感じた姉への心配は本物であったし、いてもたってもいられなかったというのもまた事実。
 しかし常識的に考えれば悪いのは自分であり、今のカトレアは悪戯好きな生徒を諭す教師と同じ立場。
 どのような理由があったとしても、今の自分は戦場へ行ってしまったことを叱られる身でしかない。

594ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/01(土) 23:50:10 ID:PXO5dG.M
 反論もせず、叱られる仔犬の様に縮こまってしまうルイズを見てカトレアはホッと安堵の一息をついた。
 言いたい事はまだまだあったものの、一つ上の姉のように叱りに叱り付ける何て事は自分には到底真似できない。
 それにルイズも見た感じ反省はしているようだし、これで危険な事にも手を出すことは少なくなるに違いない。
 他人からして見ればやや甘いと見受けられる裁量であったが、カトレア自信はルイズが反省さえしてくれればそれで良かったのである。
「まぁでも、今回は無事に帰ってこれたようですし。私としてはこれ以上叱る理由は無いわ」
「…!ちぃねぇさま…」
 ションボリしていたルイズの顔に、パッと喜色が浮かび上がり思わずカトレアの方へと視線を向けてしまう。
 何歳になっても可愛い妹に一瞬だけ照れそうになった表情を引き締めつつ、姉は最後の一言を妹へと送る。

「ルイズ。もしも貴女の周りにいるあの二人が危険な事をしそうになったら、その時は貴女が止めなさい。いいわね?」
「…え!?あ、あの二人って…レイムとマリサの二人を…ですか?」
 その一言を耳にして、大人しく話を聞いていたルイズはここで初めて大声を上げてしまう。
 突然の事に多少驚いてしまったものの、カトレアは「えぇ」と頷きつつそのまま話を続けていく。
「あの二人だって年は貴女とそれほど差は無いのでしょう?いくら戦えるとっても、そんな年端の行かない子供が戦うだなんて…」
「いや…でも、あの二人は何と言うか…住む世界が違うから…その…そこら辺のメイジよりスゴイ強くて…」
 何故か余計な心配をされている霊夢達についてはそんなモノ必要ないズは言おうとしたが、それを遮るかのように姉は言葉を続ける。

「強い弱いは関係無いのよ、ルイズ。どんな事であれ、荒事に首を突っ込むのは危険な事なの。
 どんなに強い戦士やメイジでも戦いの場に出れば、たった一つの…それも本当に些細な事で命の危機に晒されてしまうのよ。
 …だからね、もしもあの二人が何か危険な事をしようとしたら…貴女は絶対に彼女たちを止めなければいけないの」

「ち、ちぃねえさま…」
 カトレアのしっかりとした…けれどもあの二人には間違いなく火竜の耳に説教な言葉にルイズは何も言えなくなってしまう。
 姉の言っていること自体は真っ当である。真っ当であるのだが…如何せんあの二人に関しては本当に止めようがない。
 一度これをやると決めたからには、坂道発進するトロッコの如く一直線に走るがのように考えを事を実行へと移す。
 そして最悪なのは、アイツラが魔法学院で威張り散らしてるような上級性すら存在が霞むような圧倒的な『我』の強さを持っている事だ。
 仮にあの二人にカトレアの話したことをそのまま教えても…、

――――ふ〜ん?で、それが何よ?私が自分で決めた事なんだから他人に指図される覚えはないわ
――――――成程、じゃあ私はその言葉を厳守させてもらうぜ。お前の姉さんが傍にいたらな

  …なんて言葉で終わってしまうのは、火を見るよりもずっと明らかだ。
 姉にはすまない事なのだと思うが、それが博麗霊夢と霧雨魔理沙という人間なのである。
(すみませんちぃねえさま…流石にあの二人に諭しても無駄なんです)
 ニコニコと微笑むカトレアにつられて苦笑いを浮かべるルイズは心中で姉に謝る。
 いずれはカトレアもあの二人の本性を知る機会があるかもしれないが、流石に無駄な事だと直接喋ることは無い。
 だからルイズは口に出さず心の中で謝ったのだが、それとは別にもう一つ…姉との約束を守れそうにない事への謝罪もあった。

595ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/01(土) 23:52:04 ID:PXO5dG.M
 恐らくこれから先…もしかしてかもしれないが、タルブ以上の『危険』に自分たちは突っ込んでいく可能性が高い。
 タルブで出会ったキメラ達に、それを操るシェフィールドという虚無の使い魔のルーンを持つ女の存在。
 誰が主人…つまり虚無の担い手なのかまでは分からないが、もう二度と会えないという事は無いだろう。
 いつか何処か…そう遠くない内に互いに顔を合わせてしまい…そのまま穏便に済む事が無いのは確実である。
 そして一番の問題は、その出会いが人が大勢いる所で起きてしまった場合…、

 村と街を丸ごとキメラで占領し、多くのトリステイン軍人を血祭に上げて尚涼しい顔で笑っていた女だ。
 何をしでかすか分からない。恐らく真っ先に動くのは霊夢と自分…そして魔理沙であろう。

 だからきっと、姉との約束は果たされないだろうという申し訳なさで胸がいっぱいになってしまう。
 それが表情に出ないよう耐えつつも、自分が今の状況から逃げられない程の使命を背負っている事を改めて痛感する。
 博麗の巫女を召喚した結果、幻想郷の結界に重大な生じ、その原因がここハルケギニアにあるという事、
 そして霊夢を召喚できる程の凄まじい系統…『虚無』の担い手という、一人の少女には重すぎる運命。
 二つの重く苦しい使命の事に関しては、絶対にカトレアには話す事は無いのだとルイズは決意する。
 幻想郷での異変の事に関しては大分ソフトに話していた為、本当の事までは話していなかった。
(ねぇさまはねぇさまで大変な毎日を過ごしている…だからこの二つの事は、隠しておこう…何があっても)

 改めて決意したルイズが一人頷いた、その時…中庭の方からニナの喜色に溢れた声が聞こえてくるのに気が付く。
 ルイズとカトレアが思わず顔を上げた直後、間髪入れずにニナがリビングへと走りながら入ってきたのであった。
「キャハハッ!ねぇ見ておねーちゃん、四葉のクローバー見つけたよ!」
 黄色い叫び声を上げながらカトレアの傍へと寄ってきた彼女は、土だらけの右手をスッとカトレアの前へと突き出してくる。
 突然の事にカトレアとルイズは軽く驚いていたが、その手の中には確かに四葉のクローバーが一本握られていた。
「あら、綺麗なクローバーねぇ」
「ふふ〜!でしょ?」
 
 確かにカトレアの言うとおり、ニナの持ってきたクローバーは見事な四葉であった。
 ニナが嬉しがるのも無理はないだろう、仮に自分が見つけたとしても少しだけ嬉しくなる。
 ルイズはそんな事を思いながら彼女の手にあるクローバーをもっと良く見ようとした…その時であった。
 ふとキッチンの方から様々な動物たちの鳴き声と共に、雑務をしていた侍女たちの叫び声が聞こえてくる。
「きゃー!お嬢様の動物たちがー!」
「あぁっ!コラ、待ちなさい!それは今日のお昼ご飯の材料…」
 
 ドタン、バタンと騒がしい音動物たちの鳴き声が合わさりが別荘の中はたちまち大騒ぎとなる。
 ここからでは直接見えないものの、侍女たちのセリフからして何が起こっているのかは容易に想像できた。
 突然の騒ぎにルイズは目を丸くし、ついでクローバーを持ってきたニナが顔を真っ青にさせているのに気が付く。
 そう、彼女はついさっきまで動物たちのいる中庭で遊んでおり、その中庭からクローバーを持ってきた。
 余程見つけた時に感激したのだろう。是非ともカトレアに診せたいという気持ちが勝って慌てて別荘の中へと入った。
 中庭と屋内を隔てる窓を開けっ放しにした事を今の今まで忘れていた…というのはその表情から察する事ができる。

 クローバー片手に今は顔を青くしたニナの背後には、未だニコニコと微笑むカトレアの姿。
 ルイズは何故かその表情に恐怖を感じてしまう。何といえばいいのであろうか…そう、笑っているが笑っていないのだ。
 まるで笑顔のお麺の様にそれは変に固まっており、何より細めた目をニナへと全力で注いでいる。
 幾ら年端のいかぬニナといえども、カトレアが心からか笑っていないという事は看破しているようだ。
 とうとう冷や汗すら流しつつも、「お、おねーちゃん…?」と恐る恐るではあるが勇敢にも話しかけたのである。
 返事は意外な程早かった、というよりも…ニナが口を開くのを待っていたかのように彼女は口を開く。

「あらあら、ちょっと大変な事になっちゃったわねぇ。まさか動物たちが入ってきてしまうなんて……
 今の時間は侍女さんたちがキッチンで料理の下準備をするから閉めていたというのに、おかしいわねぇ?」

596ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/01(土) 23:54:04 ID:PXO5dG.M
 わざとらしく小首を傾げながらそう言うカトレアに、ニナは「うん、うん!そ…そうだよ!」と必死に頷いている。
 薄らと瞼を開けたカトレアの目は明らかに笑っておらず、ただジッと首歩を縦に振るニナを見つめているだけだ。
 それを横から見ていたルイズは口出しする事など出来るワケもなく、ただジッと見守るほかない。 
 もはやニナに逃げる術などなく、どうしようもない袋小路に追い込まれた所で、カトレアは更に言葉を続ける。
「まぁ鍵は掛けていなかったし、中庭で遊んでいた貴女が゙うっかり開けっ放じにしたままだったら、あるいは…」
「え…へ?え、えぇ!?わ、私が…に、ニナちゃんと閉めたよぉ〜?何でそんな事を―――」
 いきなり確信を突かれたことに対して、咄嗟に誤魔化そうとしたニナであったが、
 何も言わず、彼女の眼前まで顔を近づけたカトレアによって有無を言わさず沈黙してしまった。

 この時ルイズは見ていた、カトレアの顔は常に笑っていたのを。 
 いつも見せる笑顔とは明らかに違う感情の籠っていない笑みに、流石のニナも狼狽えているようだ。
 そんな彼女を畳み掛けるように、ニナの眼前に顔を近づけたままカトレアは質問した。
「ニナ」
「は…はい?」
「貴女よね?クローバー私に見せたいと思って、ドアを閉めずに屋内へ入ったのは?」
「……………はい」
 
 ――――普段から怒らない人間が怒る時こそ、最も恐ろしい。 
 以前読んだ事のある本にそんな言葉が書かれていた事を思い出しつつ、ルイズもまた恐怖していた。
 あんな感情の無い笑みを浮かべられて近づかれたら、そりゃコワイに決まっている。
 始めてみるであろうかなり本気で怒っている(?)カトレアの姿を見ながら、ルイズは思った。



 霊夢は思っていた。この世界の運命を司っているであろうヤツは、超が付くほどの性悪だと。
 前から薄々と思っていたのだが、何故かこのタイミングで出会う事となったハクレイの姿を見てその思いをより強くしていく、
 確かに彼女の事も探してはいたのだが、今は彼女よりも他に探すべきものが沢山あるという時に限って姿を現したのだ。
 まるで朝飯に頼んだ目玉焼きが何時までたっても来ず、夕食の時に今更その目玉焼きが食卓に並んだ時の様な複雑な心境。
 目玉焼きは欲しかったが、わざわざ夜中に食べたい料理ではないというのに…と言いたげなもどかしさ。
 それは今、自分の目の前に姿を現したハクレイにも同じことが言えるだろう。
 探している時には全く姿を現さなかった癖に、何故か探してもいない時には自ら姿を現してくる。
 
「全く、どうしてこういう時に限ってホイホイ出てくるのかしらねぇ…?」
「それを他人に面と向かって言うのって、結構勇気がいるんじゃないの?」
 そんな複雑の心境の中で、更にジンジンと痛む頭に悩まされながらも霊夢はハクレイに向かって喋りかけた。
 対するハクレイも、汗水垂れる額を袖で拭いつつ、売り言葉に買い言葉な返事を送る。

597ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/01(土) 23:56:30 ID:PXO5dG.M
 炎天下が続く王都の一角で、双方共に予期せぬ出会いを果たした事をあまり快く思ってないらしい。
 霊夢はハクレイを見上げ、ハクレイは霊夢を見下ろす形で互いに睨み合っている。
 しかし…下手すれば、街のど真ん中で戦闘が起こるのか?と言われれば、唯一の傍観者であるデルフはノーと答えただろう。
 
 一見睨み合っている二人ではあるが、互いに敵意を抱くどころか身構えてすらいない。
 霊夢もハクレイも、予期せぬ邂逅を果たしたが故に単なる睨み合いをしているだけに過ぎないのである。
 そしてその最中、霊夢は改めて相手の服装をじっくりかつ入念に眺め、調べていた。

 ――――こうして改めて見てみると何というか、…飾り気が無さすぎで渋すぎるわね…
 自分のそれとよく似たデザインの巫女服を見つめながら、霊夢はそんな感想を抱いてしまう。
 今自分が着ている巫女服を簡易的にデザインし直した感じ、良く言えばスッキリしているが、悪く言えば作り易い安直なデザインである。
 余計な装飾はついておらず、戦闘の際に破損しても直しやすいだろうし追加の服も安価で発注できるだろう。
 ただ、霊夢本人の感想としては「悪くは無いが、酷く単純」という余り良いとは言えない評価を勝手に下していた。
 何せアンダーウェアの上から直接スカートと服を着ているだけなのである、シンプルisベストにも程がある。
(いや、妖怪退治をするっていうならそういうデザインで良いんでしょうけど…私は着たくないわね。特にアンダーウェアとかは)
 下手すれば水着にも見て取れる彼女の黒いアンダーウェアをチラチラ見ながら、そんな事を考えていた。

 ―――――何というか、地味に華やかね…
 一方で、ハクレイもまた霊夢の服装を見てそんな感想を心の中で抱いていた。
 自分とは対称的な雰囲気を放つ彼女の巫女服は、年頃の女の子が程よく好きそうな飾り気を放っている。
 スカートや服の小さなフリルや黄色いタイに頭のリボンが目立つその服と比べてみれば、いかに自分の服が地味なのか思い知らされてしまう。
 とはいっても別に羨ましいと感じることは無く、むしろ『良くそんな服で戦えたわねぇ…』と霊夢本人が聞いたら憤慨しそうな事を思っていた。
 ただしそれは侮蔑ではなく感心であり、殴る蹴るしかできなかった自分とは全く別のスマートな戦い方をしていた事は理解している。
 飛んだり飛び道具を投げたりするような戦い方であれば、あぁいう服でも戦闘に支障をきたさないのは容易に想像できる。
 でも自分も着たいかと言われれば、正直あまり好みではないと言いたくなるデザインだ。
(私にフリルなんて合いそうにないのよねぇ?まぁコイツみたいに小さい子なら似合うんだろうけど…結構、涼しそうだわ)
 夏場にはイヤにキツいアンダーウェアに窮屈さを覚えつつ、ハクレイは霊夢の服を見てそんな事を考えている。

 もしも、ここに心を読む程度の能力の持ち主がいれば、きっと二人の心の中を読んで苦笑いを浮かべていたであろう。
 こんな炎天下の中で極々自然に出くわし、そのまま互いを睨み付けつつ勝手に服の品評会を始める始末。
 二人してこの暑さで頭がやられたのかと疑いたくなるようなにらみ合いは、しかし他人が見ればそうは思わないだろう。
『…あ〜お二人さん、睨み合うのは良いが…せめてもうちっと涼しい場所で睨み合おうや』
 その他人…というか霊夢が背負うデルフも、流石に心の内側まで読めないらしい。
 馬鹿みたいに暑い通りのど真ん中でにらみ合い続ける二人に、大丈夫かと言う感じで声を掛ける。

「…ん?あぁ、そういえば…ったく!せっかく涼んだっていうのに台無しになっちゃったじゃないの…!?」
「…?なんで私の所為になるのかしら」
『そりゃそうだな。こんなに暑けりゃどんなに涼んでも外にいるなら変わらんよ』
 この呼びかけが功をなしたのか、それまで黙ってハクレイをにらみ続けていた霊夢がハっと我に返る。
 そしてついさっき井戸の水で涼んできた体が再び汗まみれになっているのに気が付いて、ついついハクレイに毒づいてしまう。
 傍から見れば勝手に汗だくになった霊夢が同じ汗だく状態のハクレイに理不尽な怒りを巻き散らしているだけに過ぎない。
 現にハクレイは一方的に怒られる理不尽に違和感を感じる他なく、流石のデルフもここは彼女の肩を持つほかなかった。

598ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/01(土) 23:58:17 ID:PXO5dG.M

 ――――結局のところ、真夏の太陽照り付ける通りで突っ立っていたのが悪い…という他ないだろう。
 不意の対面とはいえ、せめて太陽の光が直接入らない通りで出会っていたのならばまた結果は違っていたであろう。
 霊夢としても後々考えれば場所を変えればいいと思ったが、汗だくになってしまった後で考えても後の祭りというヤツだ。
 せめて次はこうならないようにと気を付けつつ、またさっきの場所へ戻って汗を引かせるしかないであろう。
 対して彼女よりも前に汗だくになっていたハクレイは、元々涼める場所を探していた最中であった。
 …と、なれば。二人の足が行き着く場所は自然とさっきの井戸広場なのである。

『―――――…で、結局さっきの井戸広場へとUターンってワケかい』
 霊夢に担がれて、何も言わずにあの井戸がある小さな広場へともどってきたデルフは一言だけ呟く。
 その呟きには明らかに呆れの色がにじみ出ていたが、当の霊夢はそれを聞き流してまたもや地下の冷水でホッと一息ついていた。
「はぁ〜…。やっぱり水が冷たいモンだから、癖になりそうだわ〜」
「確かにそうよね、こんな街のど真ん中でこんな良い水が飲めるなんてね…ンッ」
 そんな事をつぶやき続ける霊夢から少し離れたベンチに座っているハクレイも、同意するかのように頷いて見せる。
 ついでその両手に持っていた井戸用の桶を口元へ持って行き、中に入った水を飲んで暑くなっていた体の中を冷やしていく。
 地上とは温度差が大きすぎる地下水道の水はとても冷たく、ひんやりとしている。
 それを口に入れて飲んでいくと、たちまちの内に火照っていた喉がその温度をさげていく。
 
「――…プハァッ!…ふぅ、確かに生き返るわね」
「でしょ?まさに砂漠の中のオアシスって感じよねぇ〜」
 ま、砂漠なんて見たことないんだけどね。すっかり上機嫌な霊夢も井戸桶で水をぐびぐびと飲んでいく。
 そこら辺の酒場の大ジョッキよりも一回り大きい桶の中に入った水は、少女の小さな体の中へとどんどん入っていく。。
 ハクレイはともかくとして、あの霊夢でさえ苦も無く桶いっぱいに入った水を飲み干そうとしている。
『一体あの小さな体のどこに、あれだけの量の水が入るっていうんだよ…』
 彼女のそばに立てかけられたデルフはいくら暑いからと言って飲みすぎな霊夢の姿に、戦慄が走ってしまう。
 そんな事を他所に、中の水を飲み干した霊夢はホッと一息ついてから桶を足元へと置いた。

 暑さから来る怒りでどうにかなりそうだった霊夢は、冷静さを取り戻した状態でハクレイへと話しかける。
「そういえば…なんであんな所にアンタまでいたのよ?」
「…?別に私があそこにいても良いような気がするけど…ま、教えても別に困ることはないか」
 炎天下で出会ったときとは違い大人し気な霊夢からの質問に対し、ハクレイは素直に答えることにした。
 そこへすかさずデルフも『おっ、ちょっとは面白い話が聞けるかな?』という言葉を無視しつつ、あそこにいた理由を喋って行く。
 少し前に、一人の女の子にカトレアから貰ったお金を盗まれてそのまま返してもらって無いという事、
 カトレアは別に大丈夫と言っていたがこのままでは申し訳が立たず、何としても見つけて返してもらう為に街中を探し回っている事、
 かれこれ今日に至るまで探しているが一向に見つからず、挙句の果てに朝からの炎天下で参っていた所だったらしい。

599ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/02(日) 00:00:19 ID:gTe/oGKc
「…で、そんな時に私と鉢合わせてしまっちゃった、ということなのね?」
 壁に背中を預けて聞いていた霊夢が最後に一言述べると、ハクレイはそうよとだけ返した。
 最後まで話を聞いていた霊夢であったが、正直言いたいことがたくさんありすぎて頭をついつい頭を抱えてしまう。
 そういえば財布を盗まれたあの晩に空中衝突してしまったが、偶然……と呼ぶにはあまりにも奇遇すぎる。
(まさか向こうも金を盗まれていたなんて、何もそこまで同じじゃなくたって良いんじゃないの?)
 この世界の運命を司る神を小一時間ほど問い詰めたい衝動にかられつつも、霊夢はこれが運命の悪戯なのかと実感する。
 このハルケギニアという異世界で、財布を盗まれた巫女姿の女同士がこうして顔を合わせる事など天文学的確率…というものなのであろう。
 流石に盗んだ相手の性別は違うものの、そんな違いなど些細な事に違いはない。
 デルフもデルフでこの偶然には驚いているのか、何も言わずにただジッとしている。

 頭を抱えて悩む霊夢の姿に、「どうしたの?大丈夫?」という天然気味な心配を掛けてくれるハクレイ。
 そんな彼女を他所に一人顔を挙げた霊夢は大きなため息を一つついてから、心配してくれる彼女のほうへと顔を向けた
「…まぁ、アンタの苦労もなんとなく理解できたわ。ま、お互いここでお別れだけど…精々捕まえられるよう祈っておくわ」
「一応、礼を言うべきなのかしらね?…あっ、でもちょっと…待ちなさい」
 巫女のくせにそんな事を言ってその場を後にしようとした所、軽く手を上げて見送ろうとしたハクレイが霊夢を止めた。
 ちょうどデルフを背中に戻したところであった彼女は、何か言いたい事があるのかとハクレイのいる方へと顔を向ける。

「ん?何よ、何か言いたいことでもあるワケ?」
「怪訝な表情浮かべてるところ悪いけど、まぁあるわね。…なんでアンタは人にだけ喋らせといて自分はとっと逃げようとしてるのかしら?」
「……あっ、そうか。……っていうか、喋る必要はあるのかしら?」
「いや、普通に不公平だっての」
『まー、普通に考えればそうだよなぁ〜』
 ハクレイの言葉に霊夢は目を丸くしてそんなことを言い、ハクレイがそれに容赦ない突っ込みを入れる。
 そんな二人のやりとりを見て、デルフは暢気に呟くしかなかった。

「……とまあ、そんなこんなで私は色々と忙しい身なのよ」
 その言葉で霊夢が説明を終えたとき、井戸のある広場には決しては多くはないが何人もの人々が足を運んでいた。
 専業主婦であろうか女性がその大半をしめていたが、その中に紛れ込むようにして男性の姿も見える。
 ほとんどの者は水を汲みに来たのだろう、井戸のそれよりも一回り小さい桶を持ってきている者が何人かいた。
 彼らは井戸の隣で話し込む霊夢たちを横目に井戸から水を汲んで、自分の家の桶に入れていく。
 桶の大きさからして近所に住む人々なのだろう、何人かが見慣れない少女たちの姿を不思議そうに見つめている。
 中には日の当たらぬところで子供たちが地面や壁に落書きをしたり、談笑に花を咲かせている主婦たちの姿も見えた。
 それはこの一角に住む人たちにとって何の変哲もないあり触れた日常の光景で、こんな夏真っ盛りにもかかわらずそれは変わらない。
 ただし、今日は霊夢たちが先にいた為か何人かの市民がチラリチラリと見やりながら談笑していた。

600ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/02(日) 00:03:06 ID:gTe/oGKc
 周囲から注がれる視線に霊夢が顔をしかめようとした時、それまで黙って聞いていたハクレイが口を開いた。
「なるほどね。アンタもアンタでいろいろ忙しそうね」
「……え?まぁね、一つ問題を解決しようとする所で放っておけない事が起きるんだから堪らないわよ」
 ややワンテンポ遅れているかのようなハクレイの言葉に霊夢はため息をつきながら返す。
 実際、お金を盗まれた件よりも地下に潜伏しているであろう謎の相手をどうするかが最優先事項となってしまっている。
 下手すれば、劇場で死んだあの下級貴族と同じような殺され方で命を落とす人々が出てくるかもしれない。
 その為にも唯一の手掛かりがあるであろう地下に潜ってできる限り情報を探り、最悪見つけ出して倒さなければいけない。
 だが運命というヤツは今日の彼女にはより一層厳しいのか、一向に地下へ潜れるチャンスというものに恵まれないのである。

「なんでか知らないけど警備は厳しくなってるわ、外は暑いわで……正直イヤになりそうだわ」
『今お前さんの今日一日の運勢を占い師に見せたら、きっと最悪って言われるぜ』
 前途多難にも程がある現状に頭を抱えたくなった霊夢に追い打ちをかけるかのように、デルフが刀身を震わせながら言う。
 それが癪に障ったのか彼女は「ちょっと黙ってて」と言いつつデルフを無理やり鞘に納めると、それを背中に担いですっと腰を上げた。
「…と、いうことで私は地下に潜れる所を探さないといけないからここらでお別れにしましょうか」
 ――いい加減、ジリジリと微かに痛むその頭痛ともおさらばしたいしね。
 その一言は心の中で呟きつつその場を後にしようとした霊夢は、ハクレイの「ちょっと待ちなさい」という言葉に煩わしそうに振り返る。
「まさかと思うけど、その変にお喋りな剣だけと一緒に探すつもり?」
「……それ以外誰がいるっていうのよ。まぁ手伝ってはくれそうにないけど、丁度いい話し相手にはなるんじゃない?」
『ひでぇ。剣だから喋る事と武器になる事以外役に立たないのは事実だが……それでもひでぇ』
 霊夢とハクレイの双方からボロクソに言われたデルフは、悔しさの為か鞘に収まった刀身をカタカタと震わせている。
 そんな彼に対して霊夢は「動くなっての!」と怒鳴ったが、ハクレイは逆に興味がわいたのかデルフの傍へと近寄っていく。

「……それにしても、意思を持っている剣とはねぇ。アンタ、寿命とかあるのかしら」
『?……いんや、オレっちのようなインテリジェンスソードは寿命とかは無いね。だから一度生まれれば後は戦い続けるんだよ』
 ――『退屈』という悪魔との戦いをな。いきなり質問してきた彼女に軽く驚きつつも、やや気取った感じでそう答える。
 それに対してハクレイは「へぇ〜?」と興味深げな表情を浮かべて、何の気なしにデルフへと手を伸ばしていく。
 一方で霊夢は「ちょっとぉ〜人の背中で何してるのよ?」と明らかに迷惑そうな表情を浮かべている。
 しかし、そんな霊夢の言葉が聞こえていないかのようにハクレイはスッと撫でるようにして、優しくデルフの鞘へと触れた。
 ――その直後であった。彼女とデルフの間に、霊夢でさえ予想しきれなかった事態が起こったのは。


 ハクレイの人差し指が最初にデルフの鞘に触れ、そのまま中指、薬指も鞘へと触れた直後、
 ――――バチンッ!…という音と共に、デルフの鞘と彼女の指の間で青い電気が走ったのである。

「――――……ッッ!?」 
『ウォオッ!?』
 突然の事に驚愕の声を上げつつもハクレイは咄嗟に後ろへと下がり、デルフは驚きのあまり鞘から飛び出してしまう。
 まるで黒ひげ危機一髪ゲームの黒ひげのように飛び出た剣は、幸いにも地面へと突き刺さった。
 対してハクレイは余程ビックリしたのか、数歩後ずさった所でそのまま尻餅をついてしまっている。
 周りにいた人々は突然の音と稲妻を見て何だ何だとざわつきながら、霊夢たちの方へと一斉に視線を向けていく。

601ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/02(日) 00:05:12 ID:gTe/oGKc
 そして唯一二人と一本の中で無事であった霊夢は、状況の把握に一瞬の遅れが生じていた。
 無理もない、なんせ急に刺激的な音が聞こえたかと思えば、鞘から飛び出したデルフがすぐ近くの地面に刺さっていたのだから。
「――――……っえ?…………何?何なの?」 
 目を丸くし、キョトンとした表情を浮かべた彼女は一人呟いてから、ハッとした表情を浮かべてデルフへと走り寄る。
 ようやく状況を把握できたらしい彼女はすぐにデルフを地面に引き抜くと、何も言わない彼へと何が起こったのか聞こうとした。
「ちょっとデルフ、今の何よ……っていうか、何が起こったの?」
『……』
「デルフ?……ちょっとアンタ、こんな時に黙ってたら意味ないでしょうがッ!」
 霊夢の問いかけに対して、デルフは答えない。あのデルフリンガー、がだ。
 いつもなら何かあれば鞘から刀身を出して喋りまくるあのデルフが、ウンともスンとも言わなくなったのである。
 まるでただの剣になってしまったかのように、彼女の呼びかけに応じないのだ。

 ついさっき、何かが起こったというのにそれを知っているデルフは黙っている。
 自分が知りたい事を知らせない、それが癪に障ったのか霊夢は苛立ちつつもデルフに向かって叫んでしまう。
「アンタねぇ……いっつも余計な所で喋ってるくせに、こういう肝心な時に黙ってるてのはどういう了見よ!?」
 デルフの事を知らない人間が見れば、暑さで頭をやられた異国情緒漂う少女が剣に向かって叫んでいる光景はハッキリ言って異常だ。
 現に周りにいた人々はその視線を霊夢へと向き直しており、何人かが自分の頭を指さしながら友人や家族と見合っている。
 中には「衛士に通報した方がいいんじゃない?」とか言っていたりと、状況的にはかなり不味いことになり始めていく。
 それを察したのか、はたまた本当に今の今まで気を失っていたのか……金属質なダミ声がその剣から発せられた。

『――…あー、何か…何が起きた?』
 耳障りな男のダミ声が剣から聞こえてきたのに気が付いた人々は驚き、おぉっと声を上げてしまう。
 何人かが「インテリジェンスソードだったのか…!」と珍しい物を見つけたかのような反応を見せている。
 そしてそのデルフを持っていた霊夢はハッとした表情を浮かべると、怒った表情のままデルフへと話しかけた。
「……ッ!デルフ、この野郎!やっと目を覚ましたわね!?」
『あ〜……いや、別に気絶してたワケじゃないんだが……まーとりあえず、落ち着こうな……――な?』
 いつもとは違い、口代わりの金具をゆっくりと動かしながらしゃべるデルフに霊夢はホッと安堵する。
 だがそれも一瞬で、デルフの言葉でようやく周囲の視線に気が付いた彼女は、軽く咳払いした後に急いで彼を鞘に戻す。
 鞘に戻した後で、改めて咳ばらいをした彼女は今度は落ち着き払った様子で早速刀身を出した彼へと質問をぶつけてみる。

602ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/02(日) 00:07:17 ID:gTe/oGKc
「一体全体、急にどうしたのよ?なんかバチンって凄い音がアンタから出て、気づいたら鞘から飛び出てたし…」
「……んぅ、オレっちにも何が起こったのかさっぱりで……それより、ハクレイのヤツは大丈夫なのか?」
 質問に答えてくれたデルフの言葉に霊夢も「そういえば……」と思い出しつつ背後を振り返ってみる。
 するとそこには、少なくない人に周りを囲まれているあの女性が立ち上がろうとしている所であった。。
 どうやら彼女はあの音の正体を間近で見ていたのか、今だショックが抜けきってないような表情を浮かべている。
 周りの人たちはそんな彼女を気遣ってか「大丈夫かい?」などと優しい心配をかけてくれていた。
 対するハクレイはそれに一言のお礼を返すことなく立ち上がったところでふと感づいたのか、霊夢はスッと傍へ走り寄る。
 この時デルフは彼女にも大丈夫?どうしたの?って言葉を掛けるのかと思っていたのだが…。
 そんな彼の予想を真っ向から打ち破るような言葉を、霊夢は真っ先に口にしたのである。

「ちょっとアンタ、コイツに何か細工でもしようとしてたんじゃないの?」
「え?………細工、ですって?」
 てっきり大丈夫か?何て一言を期待していたワケではなかったが、今のハクレイの耳にはやや棘のある言葉であった。
 まぁでも、確かに持っていた本人がそう思うのも無理はないだろうと理解しつつ、どんな言葉で返せばいいのか悩んでしまう。
 こういう時は咄嗟に反論するべきなのだろうが、はてさてそれでこの場が丸く収まるかどうか……。
 明らかに自分に非があると疑っている霊夢を前にして、ひとまずハクレイが口を開こうとするより先に、デルフが霊夢を窘めようとする。
『まぁまぁレイム、落ち着けって。別段オレっちは何処も弄られてなんかいやしないぜ?』
「デルフ?でもアンタ、それじゃあ何で勝手に鞘から飛び出したりしたのよ」
『え?あ〜……いや、その……それはオレっちにも説明しにくいというか……何が起こったのかサッパリなんだよ』

 ハクレイを庇おうとするデルフは、霊夢からのカウンターと言わんばかりの質問にどう答えていいか悩んでしまう。
 彼自身、今起こった事を何と答えて良いのか分からいのか珍しく言葉を濁してしまっている。
 霊夢も霊夢で、そんなデルフを見てやはり「何かがある」と察したのか、ハクレイへと詰め寄っていく。
「やっばり……アンタが何かしでかしたんじゃないのかしら?ん?」
「わ、私は別に何も……っていうか、アンタの言い方って明らかに私がやってる前提で言ってるでしょ?」
「何よ、なんか文句でもあるワケ?」
「大ありよ!」
 ジト目で睨みつけながら訊いてくる霊夢に顔を顰めつつも、ハクレイはひとまず自分は何もしていないということをアピールする。
 それに対してすっかりハクレイが怪しいと思っている霊夢は、強硬な態度を見せる相手に対してムッとしてしまう。
 ハクレイもハクレイで負けておらず、尚も自分がデルフに何かをしたのだと疑っている霊夢を睨み返している。

 たったの一瞬、奇妙な出来事が起こっただけで緊迫状態に包まれた広場に緊張感が伝染していく。
 正に一触即発とはこの事か。彼女たちの周りにいる人々がいつ爆発してもおかしくない睨み合いから距離を取ろうとしたその時……。
 その勝気な瞳でハクレイを見上げ睨んでいた霊夢の背中から、デルフの怒号が響き渡ったのである。
『だぁーッ!待て、待て二人とも!こんな長閑な所で決闘開始五秒前の空気なんか漂わせんじゃねぇ!』
 まるで夕立の落雷のように、耳に残るダミ声の怒号に霊夢やハクレイはおろか他の人々も皆一斉に驚いてしまう。
 特に彼を背負っている霊夢には結構効いているのか、目を丸く見開いて驚いている。
 ハクレイも先ほどまで霊夢を睨んでいた時の気配はどこへやら、目を丸くしてデルフを見つめている。
 さっきまで険悪な雰囲気に包まれていた二人の警戒心が上手く吹き飛んだのを見て、デルフは内心ホッと安堵した。

603ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/02(日) 00:09:38 ID:gTe/oGKc
(――ダメ元で叫んでみたが……どうやら、上手くいったようだな) 
 周囲の視線が自分に集まってしまったのは仕方がないとして、デルフは霊夢へと話しかけていく。
「まぁ落ち着けよレイム。意味が分からないのは分かるが、それはオレっちやハクレイだって同じことさ」
「んぅ〜ん。何かイマイチ納得できないけど、まぁアンタがそこまで言うんなら、そうなのかもね」
 まだハクレイが何かしたのだと疑っている様な表情であったが、何とか説得には成功したらしい。
 先ほどまでの険悪な雰囲気を引っ込めた霊夢に、デルフは一息ついて安堵する。
 ハクレイもまた喧嘩寸前の所を止めてくれたデルフに内心礼を述べていた。

 その後、二人と一本は騒然とする広場を後にして表通りへと続く場所へと姿を移していた。
 理由はただ一つ、互いに探しているモノを探しに行く前に、別れの挨拶を済ませる為である。
 先ほどいた広場でしても良かったのだが、色々とひと騒動を起こしてしまったせいで人の目を集めすぎた。
 だから変に居心地の悪くなったそこから場所を変えて、丁度表通りとつながる横道で別れる事となったのである。
「――じゃ、アンタとはここでお別れね」
 デルフを背負った霊夢は背中を壁に預けた姿勢のまま、前にいるハクレイに別れを告げる。
 大勢の人が行き交う表通りを見つめているハクレイもその言葉に後ろを振り向き、小さく右手を上げながら言葉を返す。
「そのようね。ま、何処かで再会しそうな気はするけど」
「……何か冗談抜きでそうなりそうだから言わないでくれる?」
「そこまで本気っぽく言われるとちょっと傷つくわねぇ」
 おそらく、そう遠くないうちにそうなりそうな気がした霊夢は嫌そうな苦笑いを浮かべて肩を竦めてみせる。
 彼女がルイズの姉の傍にいる内は、最悪明日にでもまた顔を合わせる事になるだろう。

『まぁまぁ良いじゃねぇか。少なくとも敵じゃねぇんだから、仲良くしとくに越したことはないぜ』
 本気かどうか分からない霊夢に対し、苦笑いを浮かべるしかないハクレイを見てデルフがスッと口を開いた。
 彼自身、言った後で少しお節介が過ぎたかと思ったが、同じくそれを理解していたであろう霊夢が「それは分かってるわよ」と返す。
「まぁ何やかんやで助けてくれた事もあるから一応は信用してるけど、記憶喪失や名前の事も含めてまだまだ不安材料も多いしね」
「そこを突かれるとちょっと痛くなるわねぇ。相変わらず記憶は戻らないし、しかもアンタも゛ハクレイ゛だなんてねぇ」
 彼女の言う不安材料がそう一日や二日で解決できるものではない事を理解しつつ、ハクレイもまた肩を竦めて言う。
 唯一今回の接触で分かった事と言えば彼女――霊夢の上の名前が自分と同じ゛ハクレイ゛であったという事だけである。
 しかしそれで何かが解決するという事も無く、じゃあ自分はその少女と同じ゛ハクレイ゛の巫女なのか……という確証までは得られなかった。

604ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/02(日) 00:11:03 ID:gTe/oGKc
 霊夢自身も自分より前の代の巫女のことなど知らないので、彼女が博麗の巫女なのかという謎を抱えることになってしまっている。
 とはいえ、髪の色はともかく服装からして、間違いなくこことは違う世界から来た人間だという事は容易に想像できる。
(少なくともこの世界の人間じゃないだろうけど……やっぱり藍の言ってた先代の巫女……って彼女なのかしら?)
 以前街中で紫の式が話してくれた先代博麗の巫女の事を思い出した霊夢は、しかしそれを否定する。
(ま、どうでもいいわよね?仮にそうだとしてもそれが何だって話だし、それに本人が記憶喪失だからすぐに分かる事じゃないから……)

 ――まーた厄介事が一つ増えちゃっただけなんだしね。心の内で一人ため息をつきながらも、霊夢はハクレイの方を見据えながら喋る。
「まぁアンタの事は追々調べるとして、アンタもアンタでせめて自分が博麗の巫女なのかどうか調べておきなさいよ」
「あんまりそういうのに期待して欲しくないけど……まぁ私も調べられる範囲で調べて……――――ん?」
 変にプレッシャーを掛けてくる霊夢からの無茶ぶりに苦笑いを浮かべていたハクレイは、ふと背後からの違和感に怪訝な表情を浮かべる。
 一体何なのかと後ろを振り向いてみると、そこには自分のスカートを指で引っ張っている少女の姿があった。
 最初はどこの子なのかと思ったハクレイであったが、その容姿と顔が目に入った瞬間に゛あの時の事゛を思い出す。
 今こうして霊夢と出会い、炎天下の中このだだっ広い王都を歩く羽目となり、ニナに水浸しの雑巾を顔に当てられた元凶となった、少女の姿を。
「貴女――……ッ!」
「え?何?どうしたのよ……って、あぁ!」
 全てを思い出し、目を見開いたハクレイの姿に霊夢もまた少女の姿を見て声を上げる。
 彼女もまた少女の姿に見覚えがあったのだ。あの時、自分に屈辱を与えた少年を兄と呼んでいた、その少女の事を。
 霊夢が声を上げると同時に少女も声を張り上げて言った。今すぐ逃げ出したい衝動を抑えつつも、彼女は二人の゛ハクレイ゛に助けの声を上げたのだ。

「あの、あの……ッ!お金、盗んだお金を返すから……私の――――私のお兄ちゃんを助けてくださいッ!」

605ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/02(日) 00:20:08 ID:gTe/oGKc
以上で、第九十六話の投稿を終わります。
とうとう暑すぎた平成最後の夏が終わってしまいましたね……。
豪雨に台風と色々大変な目に遭いましたが、振り返ればそれ程悪くない夏でした。

それでは今回はこれまで、できるのならば今月末にまたお会いしましょう。では!ノシ

606ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 19:52:40 ID:yMMJKRV6
皆さんこんにちは。
前回こっちに76話を投稿するの忘れていたので2話同時にいきます。

607ウルトラ5番目の使い魔 76話 (1/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 19:54:26 ID:yMMJKRV6
 第76話
 狙われたサーカス
 
 放電竜 エレキング 登場
 
 
「皆さん、ご存じでしょうか? 宇宙の星々には、様々な伝説が語り継がれています」
 
「宇宙の平和を守る神の伝説、宇宙を滅ぼす悪魔の伝説。そして時に伝説は現実になって、我々を魅了してくれます」
 
「ですが中には、悪魔よりもっと恐ろしい、触れずに眠らせておいたほうがいいような恐ろしい伝説があるのです。そんな伝説に、ある日突然出くわしてしまったら貴方はどうしますか……?」
 
「そうですね。地球にはパンドラの箱というお話があるそうですが、ある日道端でパンドラの箱を拾ってしまったら、あなたはどうします?」
 
「なぜこんな話をするのかですって? だってそうでしょう。ある日突然、それを手に入れた者は宇宙を制することもできる宝をポンと見つけてしまったとしたら、こんなつまらない脚本がありますか……」
 
「……三流の役者に舞台を荒らされるなら、まだ愛嬌もあるというものですが……まったくこのハルケギニアという世界は特異点なんだと思い知りましたよ」
 
「けれど、私の演者としての持ち時間は変えられませんからね。当初の筋書きに狂いが出てきましたが、私にもプライドというものがあります。では、これからこの幕間劇が傑作となるか駄作となるか、続きをご覧ください」
 
 
 
 ド・オルニエールでエレキングと戦った日の翌日の朝。この日も才人たちの姿はド・オルニエールにそのままあった。
「ふわぁ……あーあ。今日には魔法学院に帰ってるはずだったのに、結局こっちで寝込んじまったか」

608ウルトラ5番目の使い魔 76話 (2/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:04:22 ID:yMMJKRV6
 才人は、屋敷に刺し込んで来る朝日を顔に受けて目を覚ました。
 しかしここは寝室でもなんでもない屋敷のロビーで、見ると、周りにはギーシュたち水精霊騎士隊の連中も床に寝転んでのんきな顔で寝息を立てている。あの後、全員で温泉を修理して温泉に入り直した。その中で、まさかの混浴となったわけで思わず長湯してしまって、風呂上がりの後の記憶がないというわけだ。
「こりゃ、コルベール先生が心配してるだろうなあ」
 と、才人は今さらな心配をした。けれど、昨日のことを思い出せば、そうするだけの価値があったと心から思える。
 そう、才人は夢のひとつを叶えたのだ。好きな子といっしょに風呂に入るという夢を。まさかまさかでルイズのほうから誘ってもらえ、並んでいっしょに湯船に入ったあの後のことは……時間よ止まれと何度祈ったかわからないほどだ。
「プニプニで、フワフワで、おれはあのときのために生まれてきたんだなあ……」
 思い出すと今でも涙が止まらない。男として生まれてきて苦節十ウン年、小学中学高校生活でも彼女のできた試しのない自分が、女の子と混浴を味わえるなんて、ほんと一年前までは思いもしなかった。
「人間、生きてたら何かいいことがあるって本当なんだなあ」
「まったくだねサイト、君の気持ちはよくわかるよ」
「うわっ! ギーシュ、お前いつのまに起きてきたんだよ」
「プニプニ、フワフワのあたりかな。いや、君もなかなかナイーブなところがあるんだねえ」
 お前に言われたくねえよ、と才人は思ったが、心の声が漏れていたことは正直不覚であったといえよう。
「それを言えばお前はどうなんだよ。モンモンとうまくいったのか?」
「そりゃもう、生きながらヴァルハラを散歩した気分だったよ。ぼくは悟ったね、ぼくが百万の言葉でモンモランシーを褒めたたえようとも、生まれたままの姿の彼女の美しさを言葉にするのは不可能だってことが」
「へーえ、でもお前さ、ルビアナって人に呼ばれてホイホイ行きそうになったところをモンモンに耳引っ張られてたのチラッと見えたけどな」
「なにを言うのかね? だったら君だってルイズだけじゃなくて、あの銃士隊の副長殿ともいっしょだったろう? ルイズそっちのけで誰の胸をまじまじと見てたか言ってあげようかな?」
 互いに自慢とも牽制ともつかないやり取りをする才人とギーシュ。本来なら、貴族と平民がこんなやり取りをできるわけがないが、二人はもう身分など気にしない親友なのだ。
 さて、そうしているうちに周りで寝ていた水精霊騎士隊の面々も起きてきたようだ。全員、目を覚ましながらもまだどこか夢うつつな様子で、昨日のことが頭から離れられないようだ。
「とりあえず、顔でも洗ってこようか……」
 人のふり見て我がふり直せで、才人とギーシュはみんなを伴って井戸まで行って冷水を浴びてきた。
 早朝の冷たい井戸水が肌に染みて本格的に目が覚める。夢の余韻が洗い流されると、皆はなんともいえない多幸感を表情に浮かべながらギーシュを見た。

609ウルトラ5番目の使い魔 76話 (3/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:05:09 ID:yMMJKRV6
「隊長……」
「いいさ、諸君。みなまで言うな。胸がいっぱいすぎてなんて言ったらいいかわからないんだろう? ぼくも今日だけは、そんな気持ちさ。だから諸君、一番大切なものはそれぞれの胸の中に大切にしまっておこうじゃないか」
 おしゃべりなギーシュも、まるで悟ったように語るほど、昨日のことは少年たちの誰にとっても素晴らしかった。誰もが、死んでもあのことだけは忘れまいと心に誓っている。しかしそこで、才人がみんなに知った風な顔をしながら言った。
「だけどみんな、ルイズに犬呼ばわりされてたおれからわかったようなことを言わせてもらえば、今のおれたちは美味しい骨をやっとくわえたばっかの犬っころだ。新しい骨を見つけてうかつに「ワン」なんて吠えてみろ。くわえてた骨まで落っことしちまうぜ。わかるだろ?」
 才人のその言葉に、皆ははっ! とした顔になった。
 そう、油断は大敵。人生、上がるのは大変だが落ちるのは一瞬なのだ。ましてや、昨日のことは覗きという最低最悪の行為が見つかった後の、まさに奇跡に等しい出来事だった。今後、もしまた覗きのようなことをしたら名誉挽回の機会は二度と来ないと思っていいだろう。
 しばらくは自重しよう。やっと上がった女の子たちからの好感度を、翌日急下降させるような間抜けだけは避けなくてはならない。
 と、いうわけで全員でもう一回冷たい水を頭から浴びて、彼らは屋敷に戻った。そして、起きてきた女の子たちに「あんたたち早朝から濡れネズミでなにやってんの?」と、呆れられたのは言うまでもない。
 
 やがて朝食も終わり、一日が動き出す。
 本来なら、昨日のうちに魔法学院に戻らねばならないはずだったので、今日はあまりぐずぐずもしていられない。
「幸い、馬たちは大丈夫だ。これなら日があるうちには余裕で学院までは帰れるだろう」
 エレキングの起こした嵐にも、馬たちはたくましく耐えてくれていた。そして、帰る算段がついたなら、あとはあいさつ回りを済ませなければならない。
 屋敷には、まだ仕事を残しているルビアナが続けて住まうことになった。食べ物などについては、土地の人が差し入れてくれるそうで心配はない。
「ではルビアナ、君と別れるのはつらいけど、ぼくたちもこれ以上学院を空けているわけにはいかないんだ。次の虚無の曜日には必ずまた来るから、しばしのお別れを許してくれ」
「おなごり惜しいですが、仕方がありませんね。ギーシュさまたちと過ごした毎日は、とても楽しかったです。せめて、お見送りだけはさせてくださいませ」
 こうして、見送りについてくるルビアナといっしょに、魔法学院の生徒たち一行は屋敷を後にした。
 ド・オルニエールの里は平穏さを取り戻しており、今日は穏やかな晴れで、昨日の戦いが嘘のように感じる。
 一行は、滞在中に世話になった住人の方々にあいさつをして回り、その途中で同じように帰り支度をしている魅惑の妖精亭の面々と会った。
「ようジェシカ、そっちもこれから帰りか?」
 才人が声をかけると、八百屋で野菜を見繕っていたジェシカが振り向いた。
「おはようサイト、わたしたちも昨日のうちには帰るつもりだったけどだめだったからね。せめて、こっちで安い食材を仕入れてから帰ろうとしてるのよ。それより、ルイズとは風呂上りにうまくやれたの?」

610ウルトラ5番目の使い魔 76話 (4/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:05:58 ID:yMMJKRV6
「……悪いが記憶がねぇ」
「あら残念。失敗してたらシエスタを焚きつけようと思ったのに。それはともかく、ここの温泉は気に入ったわ。約束通り、トリスタニアで宣伝しておくから、ね?」
「わかってるよ、魅惑の妖精亭のメンバーはフリーパスだろ。ほんと、お前らはちゃっかりしてるよなあ」
 こういう面ではすでに働いている相手にはかなわないと才人は思った。後ろではスカロンたちが、お肌がすべすべでお客さん増えすぎちゃったらどうしようとはしゃいでいるが、ギーシュたちはトラウマを呼び起こされて吐き気を催しているようだ。
 さて、立ち話をしていると、どうやら人間の考えることは似通っているようで、ティファニアが孤児院の子供たちを連れてあいさつにやってきた。
「皆さん、今回はご招待ありがとうございました。わたしもそろそろ、この子たちを送り届けて帰ろうと思います」
 ティファニアが丁寧にぺこりとおじぎをすると、その下で逆さむきになった巨峰がぷるんと揺れて才人はどきりとした。
「サイトさん?」
「い、いやなんでもない。気を付けて帰れよ」
 まずいまずい、ここで下手に鼻の下を伸ばしたりすればルイズの嫉妬にまた火がついてしまう。昨日の今日でまたふりだしに戻るはごめんだ。
 道中はマチルダがいるから心配はない。むしろ盗賊が現われでもしたほうが心配だ。道端に身ぐるみはがされたオッサンの簀巻きが転がっている凄惨な光景が出来上がるかもしれない。
 と、そこへさらに、砂利道を規則正しく踏み締めながら行進する音が響いてきた。才人が「おっ」と思って振り向くと、思った通り、こんな規則正しい足音を立てる集団は、ド・オルニエールにたったひとつだ。
「ほう、雁首揃えているな。破廉恥隊ども」
「うっ、それはもうナシにしてくださいよ、ミス・アニエス」
 さっそくの毒舌に、ギーシュが苦しそうに答えた。
 見ると、隊列の中央には顔を隠したアンリエッタもいて、一同は反射的に敬礼をとった。むろん、すぐに「楽にしてください」と手ぶりでたしなめられ、一同は力を抜いた。
 どうやら彼女たちもこれから城へ帰るようだ。というより、これ以上女王が城を空けているといくらなんでもマズいであろうから、アニエスの表情にもどことなく焦りが見える。もしも城で大事があったら伝書フクロウが飛んでくるはずであるから、今のところは大丈夫なはずではあるが、万一なにかがあったらアニエスの首が飛びかねない。鬼の銃士隊隊長も決して楽な仕事ではないのだった。
 しかし、ほかの銃士隊の面々は隊長の気苦労も知らずにのんきそうであった。能天気なサリュアはおろか、副副隊長格のアメリーも温泉の効能で私たちの人気もまた上がっちゃうわねとはしゃいでいる。本当に、リアルとプライベートの使い分けがうまいというか、なまじどいつもいざとなると人一倍働くだけにアニエスも強く言えずに困っているようだった。
 ま、これも付き合いが長いゆえか。才人は、姉さんお疲れさまと心の中で頭を下げると、こっそりとミシェルの隣に移動して話しかけた。

611ウルトラ5番目の使い魔 76話 (5/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:07:19 ID:yMMJKRV6
「……真面目な話、昨日頼んだあのこと、できるだけ早くお願いします」
「わかってる。実物もスケッチしたし、こういう仕事はこっちの専門だからな。ウルトラレーザーか、確かにあんなものをそこらの平民が持っていたら、そのうち自衛どころではない事件になるのは目に見えている。帰ったらさっそく探りを入れてみよう」
 才人はミシェルに、ウルトラレーザーの出どころを探ってくれるように頼んでいたのだった。あれはどう見てもこのハルケギニアにあっていいレベルの兵器ではない。そんなものを安値で売りさばいている奴がいるならば、いずれ大変なことが起きるのは目に見えている。特に、この手の捜査はアニエスに次いでミシェルの得意分野だ。
 ただし、今はそう大きくは動けない理由があった。
「ただ、あまり早くはできないかもしれない。この間のトルミーラの件で、奴の背後にいた奴の捜索もまだ続いているし、なによりあの件で単独行動が過ぎたせいでしばらく自重しろと叱られていてな。あまり期待はしないでくれよ」
「ああ、あの後アニエスさんにこっぴどく怒られたって聞きました。でも、これがヤバいことだってのはアニエスさんもわかるんじゃないですか?」
「実際に被害が出ないと、こういうものに簡単に人手は割けんよ。それに銃士隊にもいろいろ仕事があってな。姉さんが皆が少しくらいふざけているのを大目に見ているのも、普段が過酷だからだ。そうだ、サイトが銃士隊に入ってくれるなら助かるんだがな。前にも言ったが、男でもサイトなら歓迎だぞ」
「えっ! お、お気持ちはうれしいですけど、ルイズの許可がないと……」
「はは、わかってるよ。遊びたい盛りのサイトに、銃士隊の任務は務まらないさ。でも、将来働き口が欲しくなったらいつでも来ていいんだぞ。それこそ、わ、わたしが、て、手取り足取り教えてやるからさ」
「……そう言えって、アメリーさんたちに吹き込まれたんですか?」
「うん……」
 慣れないお姉さんぶりっこが不自然だと思ったら、やっぱり銃士隊の連中が裏で糸を引いていたのかと才人は頭が痛くなった。
 そりゃ、ミシェルのことは嫌いではない。いや、嫌いではないどころか、海のような青い髪に整った顔立ちは文句なしで美人だし、胸の大きさはティファニアほどではないにしても、むしろスレンダーな体格と均整がとれて非常に美しい。それに、昨日いっしょに入浴したときに気づいて、あえて口には出さなかったけれど、今では一言で言ってしまえば、欠点を見つけることのほうが難しいトップモデル級である。性格は真面目だし一途だし、素はちょっと弱いところがあって可愛いし、ほんと自分にはもったいない人だと思う。
 けれど、それに対して欠点だらけながらもほっておけないのがルイズなんだよなあと才人は思う。銃士隊の面々からすれば、なんであんなかんしゃく持ちから離れないんだと不思議に思われてるかもしれないが、胸の奥のドキドキというものは言葉で説明できないからやっかいなのだ。まったく、それこそギーシュみたいに誰にでも好きだと言えればどんなに楽か。
 しかし、それはそれとしてウルトラレーザーの件は気に止めておかねばならない問題だ。どう考えても、この一件には宇宙人が絡んでいるのは間違いない。才人は、狙いが空振りになって落ち込んでいるミシェルを励ますように言った。
「ミシェルさんはそのままのほうが一番いいんだよ。余計なことしなくたって、ミシェルさんが誰よりきれいな心を持ってるのはおれが知ってるからさ」
「サイト……そういうことを素で言えるのがお前のズルいところだよ。でも、もうそろそろ人目を気にせずに名前だけで呼んでくれ。もう誰も気にしないからさ」

612ウルトラ5番目の使い魔 76話 (6/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:08:09 ID:yMMJKRV6
「えっ? ミ、ミシェル……」
「サイト……」
 見つめ合う二人。そんな様子を、いつの間にか周り中の目が生暖かく見守っているのを二人は気づいていない。
 そしてそんな二人に、銃士隊の中から「作戦成功ですね副長!」とささやく声が響いた。そう、策は二重三重に張ってこそ価値があるものなのである。
 ついでに、その外野でルイズがいきり立っているが、銃士隊二人に羽交い絞めにされながらアンリエッタにいさめられていた。
「離してーっ! 離しなさいったら! あの浮気者を地獄に送ってあげるんだからぁ!」
「あらルイズ、暴力はいけないわ。レディならあくまで魅力で勝負しないと美しくありませんわよ」
「女王陛下! あなたはいったいどっちの味方なんですか!」
「それはもちろん、可愛い臣下の幸せを願っているに決まっているじゃないの。うふふ」
 臣下って、それを言えばルイズもミシェルもどっちも臣下じゃないですか。アンリエッタは優しげな笑みを浮かべ続けるだけである。
 
 さて、ド・オルニエールの広場ではこれらの他にもそこかしこで話す声が響いている。昨日の裸の付き合いを経て、すっかりみんな打ち解けていた。
「また来週、ここで温泉に入りに来ましょう。健康と美容にいい食べ物も、まだたくさんあるんだって」
「もちろん、じゃあ次は別の友達にも声をかけておくね。楽しみだわ」
 なんやかんやで、ド・オルニエールを温泉で盛り上げるという計画は成功を収めつつあるようだった。この調子なら、女子生徒たちは別の女子生徒へ、魅惑の妖精亭や銃士隊からはトリスタニアの人々へと口コミが広がっていくことだろう。
 もちろん、集客は始まったばかりであり、今は物珍しさで来てくれる人もいるだろうけど、リピーター客を得るにはこれからだ。出だしで調子に乗って一年も持たずに閉鎖した観光地などいくらでもある。まあ、出だしはできたことだから、これから先はビジネスの専門家のルビアナがいるし、ド・オルニエールの人たちもやる気になっているから自分たちは身を引くのが筋だ。なによりこれ以上こっちにかまけて落第になったら目も当てられない。
 一同はしばしの別れの前に少しでもと、親しげに談笑を続けた。そして、それもそろそろ終わりに差し掛かった時のことである。どこからともなく、トランペットやドラムで奏でられた軽快な音楽が風に乗って響いてきたのだ。
 パンパカパンパン♪ ピーヒャラピーヒャラトントントン♪ 聞いているだけで愉快になってくるような音楽に、一同は話を忘れて周りを見渡した。
「なんだい? お祭りがあるなんて聞いてないけど」
「おい、あれ。あれ見てみろよ」
 怪訝な様子から誰かが指さしたほうを見ると、街道のほうから派手な身なりをした一団が笛や太鼓をたたきながら大きな荷車といっしょにやってくる。そして、荷車に立てられたのぼりには、『パペラペッターサーカス』と大きな文字で書いてあった。
「へーえ、ハルケギニアにもサーカスってあるんだなあ」
 才人が感心したように言った。魔法で飛び回ったり、好きに火や水を出したりできるこの世界ではこういうものははやらないと思っていたが、意外とそうでもないようだ。

613ウルトラ5番目の使い魔 76話 (7/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:09:08 ID:yMMJKRV6
 すると、ミシェルが軽く笑いながら教えてくれた。
「あくまで平民向けだがな。貴族は体裁にこだわって演劇やオペラしか見ようとしないが、手ごろな値段で見れる単純な娯楽は平民にはけっこう人気がある。ただ、リッシュモンが低俗な見世物はよくないと言って数年前に締め付けたから、最近はめっきり減っていたが、まだ生き残りがいたんだな」
 サーカス団は十数人ばかりの規模で、楽団のほかにおなじみのピエロや、肩に鳥を乗せた動物使い、うしろの荷車には動物の檻も見えて、なかなか盛況そうに見えた。
 やがて音楽を鳴らしながらサーカス団はここまでやってくると、先頭に立っている団長らしき小太りな男性が大仰にお辞儀した。
 
「レディースアンドジェントルマン! 我がパペラペッターサーカスへようこそ。私、団長のパンパラと申します。本日より、この地でしばらく公演をさせていただきます。はじまりは忘れかけた昨日の夢を、おしまいは明日への胸のときめきを。皆さま、気軽にこの夢の世界の門をくぐっておいでください。初回公演は一時間後にスタートいたします」
 
 団長のあいさつとともに後ろの団員たちも一礼をして、ついで誰からともなく拍手が鳴り出した。
 その陽気な様子に、才人も思わず顔をほころばせてルイズに言った。
「いいなあ、サーカスだってよサーカス。なあルイズ、帰る前にちょっと見て行こうぜ」
「はぁ? あんた何言ってるのよ。わたしたちは急いで学院に帰らないといけないんでしょ。遊んでる暇なんてないわよ」
「どうせ今日の授業には間に合わねえだろ? なら、一時間や二時間遅れたって変わりはしないだろって。サーカスっておもしろいんだぜ、見て行こうぜルイズ」
 すっかりウルトラレーザーのことなどは頭から抜け落ちた才人であった。とはいえ、この年頃の少年は好奇心旺盛で気が散りやすいものだから無下に才人を責めるわけにはいくまい。
 しかし、サーカスというものに懐疑的なルイズはいい顔をしなかった。
「サーカスってあれでしょ。飛んだり跳ねたり手品を見せたりするんでしょ? そんなのあんたいつでも見てるじゃないの」
「ちっちっち、わかってないなあ。それを魔法を使わないでやるからすげえんじゃないか」
「いやよ、あんなちゃらちゃらしたの胡散臭いじゃないの」
 ルイズはどうも機嫌が悪いのもあって意固地になってしまっているようだった。見ると、学院の生徒たちも、貴族としてのプライドからか、いまひとつ興味はあっても乗り気ではないようだった。
 と、そのときだった。団長の顔をさっきからまじまじと見つめていたスカロンが、ポンと手を叩いて言ったのだ。
「あーっ、思い出したわ。あなたたち、旅芸人のカンピラちゃん一座じゃない!」
 すると、それを聞いて驚いた団長がスカロンを見て、こちらもはっとしたように跳び上がってスカロンに駆け寄ってきた。

614ウルトラ5番目の使い魔 76話 (8/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:10:19 ID:yMMJKRV6
「おお、そういうあなたはスカロン店長ではありませんか! おお、おお、よく見れば魅惑の妖精亭のみなさんもご一緒で。あの節ではお世話になりました。あなたのご恩は忘れたことはありません」
 感極まったように涙を流しながらスカロンの手を握る団長に、周り中から驚いた視線が集まる。
 いったいどういうことだ? 知り合いなのかといぶかしる周りからの疑問に、スカロンは笑いながら答えた。
「何年か前のことだけどね、ド貧乏な旅芸人の一座がうちに寄ってきたことがあるのよ。もう無一文で、せめて衣装と引き換えに食べさせてくれっていうから一晩泊めてあげたんだけど。へーえ、あのボロボロの一座が立派なサーカスになったものじゃないの」
「はい、お恥ずかしい限りですが、当時の我々は芸人としてはさっぱりで、もう飢え死にする寸前でありました。ですが、行き倒れ同然で転がり込んだ我々に一夜の宿を与えてくれたスカロン様の温情を受けて、まだこの世は捨てたものではないと思いました。そして、名前をパンパラと変えて心機一転芸を磨き続けて、ようやくここまで一座を大きくすることができたのでございます」
 まさに、聞くも涙の物語であった。人に歴史ありというが、陽気に人を笑わす芸人にも、裏には血のにじむ苦労があるものなのだ。
 しかしパンパラ団長は芸人に涙は禁物だと目じりを拭うと、皆を見渡して大きく言った。
「さあさ、こんな明るい日に湿っぽい話はナシでございます。今日はうれしい方と再会できた素晴らしい日です。特別に、初回公演料はいただきません! どうか皆さん、我々のサーカスを見ていってくださいませ」
 その言葉に、一同から歓声があがった。魅惑の妖精亭の皆は、どうせトリスタニアには数時間もあれば帰れるのだからと、公演を見ていく気満々になっているし、ティファニアは子供たちからサーカスを見て行こうとせがまれて断れなくなっている。
 それでも、ルイズや魔法学院の生徒たちは学院に急いで帰るかどうかでまだ迷っている様子だったが、天秤を大きく傾かせたのはアンリエッタだった。
「まあ、おもしろそうですわね。サーカスですか、平民の娯楽を知るのも為政者としては大切な務めですわよね」
 興味津々で言うアンリエッタ。しかし、それに血相を変えたのはアニエスだった。
「い、いけません陛下! これ以上帰還が遅れたら枢機卿がお怒りになられます。ただでさえ今回は無理して来たというのに、これ以上遊んでいる時間はありません」
 しかしアンリエッタは顔色一つ変えずに静かに言い返した。
「あら、お城よりも城下のほうが民の暮らしはわかるものですわよ。これも立派な公務ですわ。そういえば、マザリーニ枢機卿といえば……先日、お城の書庫で持ち出し厳禁の先王様時代の経理書がインクまみれになっていたと、カンカンに怒っておいででしたが……誰の仕業か知っているかしら? アニエス」
「お、お供つかまらせていただきます……」
 冷や汗を流しまくるアニエスを見て、何をやっているんだ、この人は……と、才人は少々げんなりした。そんな場所で何をしていたか知らないが、もしかして仕事外ではポンコツなんじゃないのかこの人は? と、思わざるを得ない。
 とまあこういうわけで、女王陛下がご覧になるのならば我も我もといったふうに、水精霊騎士隊も水妖精騎士団も全員サーカス見物を決めてしまった。こうなるとルイズも一人だけ先に帰るわけにもいかず、しぶしぶ自分も参加するしかなかった。
 
 サーカスのテントは手慣れた様子で一時間ほどで組み上げられ、公演は即座に開始された。

615ウルトラ5番目の使い魔 76話 (9/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:12:59 ID:yMMJKRV6
「へーえ、テントの中も地球のもんとあんま変わらないんだなあ」
 テントの中は意外と広々としていて、ざっと二百人くらいは収容できそうな広さを持っていた。U字型になった観客席の中央には、おなじみの空中ブランコの立てられたショースペースがあり、才人は小さい頃に母親に連れて行ってもらったサーカスを思い出した。
 客席は平民用であるために粗末な木の椅子で、そこは多少不満が出たものの、女王陛下が平然としているのに文句をつける者はいない。
 ずらりと整然と席に座り、一同は開演を待った。薄暗い中で、ざわざわと囁く声があちこちから聞こえる。サーカスというものを名前では知っていても、実際に見たことがある者はほとんどいなかったので、不安や憶測でいろいろな話が飛び交っていた。
「サイト、ほんとに大丈夫なんでしょうね? 平民向けの低俗な劇なんかでわたしを退屈させたら許さないわよ」
「大丈夫だって。お前こそ、食わず嫌いせずにもっと期待してみろよ。すっげえ楽しいんだからさ」
 才人はいぶかしるルイズをなだめながら開演時間を待った。
 それでも、開演が間近に迫ってくると、期待に傾く声も増えてくる。ベルが鳴り、開演まであと五分のアナウンスが流れると、いよいよだと皆が息をのんだ。
「さあ、いよいよ始まるぜ。ん? 今ちょっと揺れたような……気のせいか」
 椅子からわずかな違和感が伝わってきたが、すぐ収まったので才人は気にせずにステージのほうへ意識を向けた。
 
 開幕まで、あと三分。その頃、舞台裏ではサーカス団員たちが最後の準備をすませて、いまかいまかとスタンバイしていた。
 団長は張り切っている。恩人に見せる晴れ舞台である上に、多くの貴族たちが見に来てくれているという(アンリエッタがいることは気づいていない)またとない機会だ。
 団員たちはそれぞれの演技の準備を済ませ、そして裏方たちは仕掛けに異常がないかを念入りに調べて待つ。
 そんな中、照明を任されたある団員は天井付近で役目を待っていたが、ふと背後に人の気配を感じて振り返った。
「誰だい? 打合せならもう済んだ……ひっ! バ、バケモ」
 鈍い音がして、裏方の団員は桁の上に倒れ込んだ。
「……本来なら消しておきたいところですが、万一にも事前に察知される危険は冒せませんからね。さて、ここからなら全体がよく見えますね」
 何者かは天井裏の暗がりに身を潜めつつ、ほくそ笑みを漏らした。
 
 そして遂に、サーカス開演の瞬間が訪れた。
「レディースアンドジェントルメン! 大変長らくお待たせいたしました。パペラペッターサーカス、これより開幕いたします。夢と興奮のひとときを、どうぞお楽しみになってください!」

616ウルトラ5番目の使い魔 76話 (10/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:14:24 ID:yMMJKRV6
 ファンファーレとともに幕が上がり、団長に続いてきらびやかな衣装をまとった団員たちが現われて優雅に一礼した。同時に天井から色とりどりの照明とともに紙吹雪が舞い降りてきて、観客から歓声があがった。
 そうそう、この陽気な雰囲気こそがサーカスだよと、才人はまだ始まったばかりなのに嬉しくなった。が、少し気になったことがある。舞台に出ているサーカス団員の誰もが半そでで手袋もない素手をしている。服装は派手なので妙にアンバランスだなと思ったら、団長が「タネも魔法もございません。では、ショーターイム!」と言ったことで、なるほどメイジが紛れ込んで杖を隠し持ったりはしていませんよという証明なのかと理解した。
 そして一番手、さっそくの動物使いの登場に観客は早々に度肝を抜かれることになった。
「うわっ! なんてでかいライオンだ!」
 猛獣使いを乗せて現れたのは、二メイルはあるかという巨大なライオンだった。人間なんか一口でパクリといってしまいそうなでかさと迫力で、その一吠えで学院の生徒たちは縮こまり、子供たちは泣き出すくらいだった。
 しかし、猛獣使いはライオンの背からひらりと降り立つと、ライオンの頭を撫でながら観客に言った。
「皆さんこんにちはーっ! あたし、猛獣使いのルインっていうの。あたしの友達がビックリさせちゃってごめんねーっ! あたしたち、南の国からやってきた兄妹なのーっ。今日はあたしたちのショーを楽しんでいってねーっ!」
 そう言って猛獣使いはライオンの頭に飛び乗ると、ライオンはなんと後ろの二本足ですっくと立ちあがったではないか。
 おおっ! と、思いもかけないライオンの行動に驚く観客。そして軽快な音楽が始まると猛獣使いはライオンの頭に片手で逆立ちして、そのままライオンの頭の上で体操をしたり、かと思うとジャグリングやトランプ芸を披露して見せた。
「すごい。メイジと使い魔だってあそこまで息を合わせるのは難しいっていうのに」
 レイナールが感心してつぶやいた。猛獣使いといっしょにライオンだって動き回っている。二足歩行から四つん這いになって走り回ったりと、激しく動き回っているのに、乗っている猛獣使いは少しもバランスを崩さないのだ。
 そして、大きなライオンが猛獣使いといっしょにコミカルに動き回るのを見て、怖がっていた子供たちも緊張がほぐれてきた。席から立ってステージと観客席の間の柵に駆け寄り、猛獣使いのお姉さんに向かって手を振る子も出てきた。
「はーい、ぼくたちありがとーっ! じゃあもっとすごいの見せてあげるね。カモーン! ファイヤーリーング!」
 猛獣使いの合図で、黒子たちが猛烈に燃え上がる火の輪を持ち出してきた。その火勢と、勇ましく吠えるライオンの姿に、いつの間にか学院の生徒たちも銃士隊も目が釘付けになっている。
 才人は、くーっ! これこそがサーカスなんだよとさらに胸を熱くした。百聞は一見に如かず、本当にタネも仕掛けもなくすごい技を見せてくれるのがサーカスの魅力なのだ。
 火の輪くぐりをするライオンを見て、さらに興奮する観客たち。そして、興奮するのは人間だけではなかった。ルビアナの抱いていた幼体エレキングが、熱気に当てられたのかルビアナの手を離れてステージに寄っていったのだ。
「あらあら、お仕事の邪魔をしてはいけませんわよ」
 心配そうに見送るルビアナ。エレキングはやがてステージに詰めかける人たちの中に紛れていった。
 そしてその後も、サーカスの出し物は続いていった。ナイフ投げや空中ブランコ、メイジが魔法を使えば簡単なことも、平民がやるとなってはスリリングな見世物になる。
 もちろん、貴族から見て退屈にならないようにも工夫がこらしてあった。わざと失敗したと見せてギリギリで成功させて見せたり、手品を使って思わぬところから現れたりと飽きさせなかった。
 そうしているうちに、最初は疑り深かったルイズもいつの間にかステージをわき目も振らずに見つめ続けていた。それを横目で見て、才人がニヤリとしたのは言うまでもない。

617ウルトラ5番目の使い魔 76話 (11/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:16:05 ID:yMMJKRV6
 公演はまだまだ続き、時が経つごとに観客の意識は陽気で明るいショーに釘付けになっていく。
 
 しかし、そうして観客も団員も意識がすべてショーに注ぎこまれている間に、信じられないような異変が彼らを襲っていたのだった。
 それは、サーカスのテントの近くを通りがかったド・オルニエールの農夫の眼前で突然起こった。
「ひえええぇっ! テ、テントがでっけえ亀になっちまったぁ!」
 それは彼の常識では精一杯の表現だったが、正確にはテントが巨大な円盤に変わってしまったということだった。
 円盤はその巨体の重さを感じさせない静かさでゆっくりと浮かび上がると、そのまま空へと舞い上がっていった。
 中では外の異変などにまったく気づかず、サーカスショーがそのまま続いている。彼らが居ると思っているド・オルニエールの大地は、知らぬ間にどんどん遠ざかりつつあった。
 
 そしてその光景を眺めて、ほくそ笑んでいる影があった。
 
「ほほお、宇宙船を偽装してまとめて全部捕らえてしまうとは、ずいぶん豪快な方法を使いますねぇ」
 
 それは、ここ最近暗躍を続けているあの宇宙人の姿だった。
 しかし、なぜ彼が関わっているのだろうか? その理由は、時間をややさかのぼってのことになる。
 昨日、怪獣エレキングとの戦いが終わり、ド・オルニエールに平和が戻った。 
 若者たちは勝利と喜びに沸き、やがて騒々しい一日も更けていく……。
 しかし、誰もが疲れきり寝静まる闇の刻にあって、なお蠢く邪悪な者たちがいた。
 
「本当に、ここにアレが? とても信じられない話ですねえ」
「いいえ、確かな情報ですよ。疑うなら別にイイですよ。この話を買ってくれる方はいくらでもいるでしょうからねえ」

618ウルトラ5番目の使い魔 76話 (12/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:23:31 ID:yMMJKRV6
 ド・オルニエールを見下ろすどこかで、人ならざる者たちがひそかに話し合っていた。
 一人はすでに何度もこの世界で暗躍しているコウモリのような影。対して、それと話しているのは今だハルケギニアでは未確認の姿をした者だった。
「わかりました、あなたを信用することにしましょう。しかし、アレは正直伝説だと思っていました」
「でしょうね。私もアレがまだこの世に存在するとは思っていませんでした。それが、こんな世界で実在を確かめることになるとは夢にも思いませんでしたよ。私がそうなのですから、あなたが信じられなくても無理はありません」
「そちらこそ、自分のものにせずに私に売りつけるところからして、手に余ったのではないですか? 宇宙に悪名を轟かせると聞く、あの星人の一角にしては情けないことですねぇ」
 互いに慇懃無礼な言葉をぶつけ合い、信頼関係があるようには思えない。しかし、会話の中に登場する”アレ”が、相手への不信を置いても重要な意味を持つのは確かなようである。
 コウモリ姿の宇宙人は、相手からの挑発には挑発で返した。
「私の種族が別宇宙でも有名とは光栄ですね。ですが、私の目的にはアレは不要というより邪魔ですから、欲しい方がいるならお譲りします。なにより私の一族には、あんなものに頼る必要はなく強力な切り札がありますので。ですから、あなたにもそれを差し上げたのですよ。それがあっても、まだご不満ですか?」
 彼は相手の手の内に視線を落とした。相手の手の中には、自分がプレゼントした黒い人形が握られている。それは一見するとただのおもちゃのようだが、得も言われぬ不気味なオーラを放っていた。
「フフ、その手は乗りませんよ。お膳立てを整えておいて、断れば臆病者と蔑む古典的な手段でしょう? ですが、もしアレを手に入れられたら、我々の計画はより完璧なものになるでしょう。それは魅力的です。けれどねぇ」
「なんです?」
「アレを我々に押し付けたいのはわかりましたが、それにしてもお膳立てが丁寧すぎませんか? まだあなたはこの世界で目立ちたくないのは聞きましたが、あなたほどの実力があれば、こんな回りくどい手を使わなくても直接なんとでもできるでしょう。ただの親切なんて陳腐な返事はしないでくださいよ」
 その問いかけに、彼は少し考え込む素振りを見せた後、つまらなそうに答えた。その回答に対する相手側の反応は爆笑。しかし彼は気分を害する風もなく話を続け、やがて相手も了承した。
「いいでしょう。あなたの誘いに乗ってあげますよ。ですが、こちらがアレを手にいれても後悔しないでくださいよ。フフフフ……」
「後悔などしませんよ。私はあなた方のやろうとしていることにも興味はないですし、そちらと同じで、この星がどうなろうともかまいませんからね。ただ、私の残りの仕事が済む前に、この星の人間がアレの価値に気づくと面倒ですから」
「確かに、アレはこの星の人間どもには過ぎた宝ですね。代わりに我々が手に入れて有効活用してあげましょう。では、フフ、アハハハ」
 相手は高笑いしながら闇に消えていった。
 一人残された彼は、しばらくじっと宙に浮いていた。しかし相手の気配が消えたのを確認すると、憮然として呟いた。
「期待してますよ、遠い宇宙の方……なにかを探して並行世界を渡り歩いているそうですが、以前のあのロボットのように、あなたも特異点であるこの惑星に引き寄せられたのでしょうね。この星の特異点……その価値に気づいているのは、今のところ奴だけのようですが、その奴もいつ動き出すか……あまり時間はありません。それなのに……ぐぅっ!」
 そのとき、悠然と構えていた宇宙人から絞り出すような苦悶の声が漏れた。そして、姿勢を崩した彼のマントの影から彼の右腕が覗いたが、それは激しく焼け焦げてしまっていた。
「ぐぅ……やはり、そう簡単には治りませんね。おのれ、よくも私にこれほどの傷を……絶対に許しませんよ。そちらがその気だというのならば、こちらも相応のお返しをしてあげようではありませんか」

619ウルトラ5番目の使い魔 76話 (13/13) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:24:32 ID:yMMJKRV6
 傷の痛みが、彼の胸中に煮えたぎるような憎悪を沸き立たせてくる。彼は自分にこれほどの深手を負わせた相手の姿を思い浮かべた。そう、あれは一週間前のあの夜。
 あの日、彼は事あるごとに横槍を入れてきた何者かをついに探し出し、ピット星人を一瞬にして銃殺したその相手と接触した。フードつきの服で姿を覆い隠していたので顔は見えなかったが、あわよくば相手の力を利用してやろうと対話を持ちかけた彼に対して、その相手は予想外の態度と力で答えてきたのだ。
「まさか、ろくに話も聞かずに即座に殺しにかかってくるとは……あんな野蛮な方とは会ったことがありません。ですが、かすっただけで私にここまでの傷を負わせるとは……それにこの弾丸の破片の金属は、やはりあの星の方のようですね」
 彼は、自分ともあろうものが命からがら逃げだすだけで精一杯だった屈辱に身を焦がした。真っ向勝負に打って出ることもできなくはなかったが、奴があの星人だとすれば、自分の持つ最強の力に匹敵する”あれ”を持っている可能性が強い。そんなものと戦えば確実にウルトラマンたちに気づかれるし、最悪の場合は共倒れとなってしまう。目的の達成が間近な今、そんなリスクを冒すわけにはいかなかった。
 しかし、収穫がないわけでもなかった。わずかにできた会話の中で、その相手が口にした名前……それに、彼は覚えがあったのだ。
「かつて、数々の星を壊滅させたという『それを手にするものは宇宙を制することもできる』という伝説の力……本当に、眉唾な伝説だと思っていましたが、この星の人間たちの中に紛れていたというのですか……? 見定めさせていただきますよ……それが本物かどうかを。そのうえで、この傷の痛みを倍返しにしてあげようではありませんか」
 復讐を彼は誓った。侮りがたい宇宙人だということは確かだが、まだあの伝説の存在そのものかどうかは確証がない。もし本物だというなら、何らかの反応を見せてくるだろう。
 そして、伝説が本物だというならそれもいい。こちらにも、その伝説にひけをとらない”切り札”があるということを、そのときは教えてやろうではないか。
「この宇宙は、絶対的な力を持つ者によって支配されるべきなのです。弱い力はより強い力に飲まれて消え去るのみ。おもしろいではありませんか。誰が真の最強か、勝負するのもまた一興でしょう」 


 続く

620ウルトラ5番目の使い魔 77話 (1/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:28:04 ID:yMMJKRV6
 第77話
 170キロを捕まえろ!
 
 高速宇宙人 スラン星人 登場!
 
 
 謎の宇宙人の策略により、サーカスを楽しむ才人たち一行は、サーカスのテントごと巨大な円盤に乗せられて連れ去られようとしていた。
 サーカスに夢中になっている才人たちはまったく気づいておらず、このままでは知らないうちに二度と帰れない場所まで連れて行かれてしまうに違いない。
 果たして敵の目的とは? 才人たちは、かつてないこの危機を脱出できるのであろうか。
 
 円盤は上昇を続け、内部は変化がある前の状況をそのまま再現されているために誰も異変に気付くことができない。ご丁寧に、テントを通して入ってくる太陽光やテントが風で揺れる様さえ再現されていた。
 サーカスの公演時間はまだまだあり、観客の興奮は収まる様子を見せない。今も、空中ブランコの芸に大きな歓声があがっていた。
「おおおお! まるで妖精の羽ばたきみたいだ」
 空中ブランコの妙技に貴族からも歓声が飛ぶ。ハルケギニアでは貴族が魔法で飛べて当たり前であるから、彼らは魔法よりもすごく跳べるように技を磨いてきたのだ。
 空中回転からの飛び移り、複数人同時飛び。それを目にもとまらぬ速さで縦横無尽に繰り出す芸当は、まさに魔法以上に魔法のようなきらびやかな魅力を持って観客を魅了した。
 しかし悪いことに、サーカス団のそうした演技のすばらしさが逆に注意力と警戒心を薄れさせてしまっていた。
 テントを飲み込んだ円盤はさらに上昇を続けるが、いまだに異変に気付いた人間は誰もいない。その様子を天井の照明の影から見ていた宇宙人は、これでこのままハルケギニアから連れ去ってしまえばこっちのものだとほくそ笑んだ。
 だが、宇宙船が高度を上げてワープに入ろうとしたその瞬間だった。順調に飛行を続けていた宇宙船に、突然下方から赤い矢尻状の光弾が襲い掛かったのだ。
『ダージリングアロー!』
 光の矢は円盤をかすめ、その余波で円盤は大きく揺れた。
 もちろん円盤にダメージがあれば、その中に収容されているテントもそのままでは済まなかった。
「うわぁっ! なんだっ!」
 突然の揺れに、サーカスに夢中になっていた彼らは椅子から放り出されて体を痛めてしまった。それと同時に、空中ブランコの途中だったサーカス団員もバランスを崩して放り出され、床にに真っ逆さまになるが、すんでのところで銃士隊員が駆け込んで抱き留めた。

621ウルトラ5番目の使い魔 77話 (2/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:35:59 ID:yMMJKRV6
「あ、ありがとうございます」
「い、いえいえ。え、ええと、ところで今度、私と夜明けのコーヒーでも……」
「はい?」
 イケメンだったサーカス団員を思わず逆ナンしている銃士隊員がいるが、それでも危ないところは救われた。
 だが、なんだ今のは? サーカスの趣向ではないし、地震にしては不自然だ。観客席は動揺し、慌てて出てきた団長が、お客様どうか落ち着いてくださいと呼びかけてはいるけれども、一度始まった動揺はすぐには収まらない。
 そのときだった。子供たちをなだめるのに必死なティファニアの脳裏に、怒鳴りつけるような声が響いてきた。
〔気づけティファニア! 今すぐ外を確認しろ!〕
「えっ! この声、ジュリ姉さん?」
 聞こえた声の主に気が付き、ティファニアはとっさに「誰か、外を見てきてください」と叫んだ。その声にはっとして、何人かがサーカステントの出入り口へと走った。
 そして、この事態に驚いているのは人間たちだけではない。作戦成功を確信していた宇宙人も、異変に気がついて外部を確認して驚いた。
「ウルトラマン!? くそっ、どうしてこんなところに!」
 円盤の外、そこには赤い正義の戦士、ウルトラマンジャスティスが駆けつけ、宇宙船の進路を塞ぐように対峙していたのだ。
 円盤はジャスティスの光線を受けてダメージを負い、亜空間ワープができなくなっている。間一髪のところで、ジャスティスのおかげで最悪の事態は免れた。
 しかし、なぜここにジャスティスが駆けつけてくることができたのか? この光景を、あのコウモリ姿の宇宙人が遠くから見ながら笑っていた。
「おやおや、あと一息というところで”偶然”ウルトラマンがやってくるとは不運ですねぇ。では、あなたの実力を拝見させていただきましょうか。この窮地を切り抜けられるなら、本当になんでも持って行っていいですよ。フフフ」
 陰湿な笑い声が流れ、事態は終局から一気に混迷へと崩れ落ちていく。
 ジャスティスは円盤の中にティファニアたちがいることをわかっており、円盤を完全に破壊しないように地上に下ろそうと近づいていく。
 しかし、円盤も無抵抗ではおらず、下部からビームを放って反撃してきた。
「シュワッ!」
 ジャスティスはビームをかわし、円盤の死角に回り込みながら再接近をはかる。もちろん円盤もそうはさせじと旋回して、背後を取り合うドッグファイトの様相を見せてきた。
 一方、内部の人間たちも自分たちの置かれた状況の異常さに気づいてきた。
「なんだこの壁! 外に出られないぞ」
 いつの間にかテントの出入り口の外に金属の壁が現われており、出ることができなくなっていた。

622ウルトラ5番目の使い魔 77話 (3/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:41:25 ID:yMMJKRV6
 一転してテントの中はパニックに陥る。人間は閉じ込められるというシチュエーションに本能的に恐怖心を抱きやすく、そうなるともう自分では歯止めが効かなくなってしまうのだ。
 だが、ここには歯止めをかけられるくらいに冷静さを保てる者が複数いた。アンリエッタの「静まりなさい!」に始まり、アニエスやスカロンたちがそれぞれ周りを叱咤したりなだめたりして、パニックは最小限度で収まった。
 けれど、サーカス団の団員たちはいまだ動揺していた。場慣れしていないので仕方がないが、公演の最中に訳が分からないことになり、団長も「い、いったいこれはどういうことなのでしょう」と、うろたえている。そんな団長に、スカロンは肩を握ると安心させるように告げた。
「心配しないで、これはあなたたちのせいじゃないわ。こういう奇妙なことはね、裏でイタズラしてる悪い子たちがいるの。それより、あなたの団員さんたちはみんな大丈夫なの?」
 さすがに馬鹿とはいえ宇宙人を養っているスカロンはどんと落ち着いていた。そして団長もスカロンに諭されて落ち着きを取り戻すと、団員たちの無事を確かめるために全員を呼び出した。
 ところが、点呼をとると一人が足りなかった。
「ケリー? 照明係のケリーはどこだ!」
 団長が叫んで探すが返事はなかった。ほかの者たちも、自分の周りを見渡すがそれらしい人はいない。
 照明係、ということは天井のほうか? 必然的に皆の視線が上を向く、天井辺りは照明が集中しているので下からでは見にくく、様子がよくわからない。だが、目を凝らして天井付近を見渡したとき、アニエスはそこで輝く不気味な目を見つけ、とっさに拳銃を抜いて撃ちかけた。
「何者だ!」
 乾いた銃声がし、皆がアニエスのほうを見た。
 いきなり何を? だが、敵の反応はそれよりもさらに早かった。撃ち出された銃弾が目標に命中するより早く、その相手の姿は瞬時に天井からステージ上へと移っていたのだ。
「フフフ……」
「う、宇宙人!?」
 宇宙人の出現で場がざわめき、才人が現れた相手の姿を見てつぶやいた。そいつは非常にスマートな姿をしたヒューマノイド型宇宙人で、黒々とした体に昆虫のような顔を持ち、頭にはオレンジ色の発光体が鈍く光っている。
 しかし、見たことのないタイプの宇宙人だ。才人は地球に現れた宇宙人はほぼ全て記憶しているけれど、こいつはGUYSメモリーディスプレイにも記録のない、自分にとって完全に未知の星人だった。
「お前が、おれたちを閉じ込めた犯人だな!」
「フフ、そのとおり。我々はスラン星人。よく見破ったと褒めてあげましょう。ですが、気づかないほうが幸せでしたものを。楽しい時間を過ごしながら、我々の星に連れ帰って差し上げようと思っていましたのに」
「なにっ! てことは、ここは宇宙船の中だってのか?」
「そのとおり、見たければ見せてさしあげましょうか」
 慇懃無礼な言葉使いで話すスラン星人が手を振ると、床がすっと透けてガラスのようになり、皆の足元にはるかに遠くなったド・オルニエールの風景が見えてきた。

623ウルトラ5番目の使い魔 77話 (4/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:45:27 ID:yMMJKRV6
「わわっ! お、落ちちゃう!」
「みんな落ち着け、床が透明になっただけだ! スラン星人とか言ったな。てめえ何が目的だ。おれたちをさらってどうするつもりだ?」
 才人がデルフリンガーを抜いて怒鳴る。それと同時に銃士隊も剣やマスケット銃を抜いてスラン星人を取り囲み、ルイズたちメイジも杖を抜く。
 しかし、スラン星人は追い詰められた様子は微塵も見せず、笑いながら答えた。
「目的ですか? いえいえ、あなたたちには別に何の用もありませんよ。ただ、聞いたものでしてねぇ。あなたたちの中に、すごい力を持った人が隠れてるということを。そして、さらうのでしたら一人のところを狙うよりも、大勢をまとめてさらったほうが成功しやすいと踏んだだけです」
 その言い分に、才人は「こいつらルイズの虚無の力を狙っているのか?」と思った。確かにルイズの虚無の魔法はこれまで怪獣や宇宙人に対して何度も決定的な効果をもたらしてきた。それを狙う星人が現れたとしても不思議はない。
「そうはいくか! お前らの勝手な理由のために連れて行かれてたまるもんかよ」
 才人が、無意識にルイズにも刺さる台詞でたんかを切った。それと同時に、銃士隊やメイジの面々もいっせいに武器を向ける。
 だが、スラン星人はこれだけの人数に囲まれても、やはり追い込まれた様子は微塵も見せずにせせら笑った。
「おやおや勇敢な方々ですねえ。それでは是非ともやってみてくださいませ」
 いやらしいまでの余裕。いや、挑発か? しかし、あくまで帰さないというならこちらも是非はない。アニエスは陣形を整えた部下たちに短く命じた。
「やれ!」
 抜刀した銃士隊員たちがスラン星人に殺到する。この一斉攻撃に隙はなく、誰もがこれでやったと確信した。
 だが、刃が届こうとした、まさにその瞬間だった。スラン星人の姿は掻き消えるようにして消滅してしまったのである。
「消えた?」
 ルイズを守りながらデルフリンガーを構えていた才人が叫んだ。
 どこへ行った? その場にいた全員が気配を探り、辺りを見回す。だが、そんな努力を嘲笑うかのように、スラン星人は才人の真正面に現れたのだ。
「フッフフ」
「うっ、わあぁぁーっ!」
 至近距離への前触れもない出現に、才人は狂ったように叫びながらデルフリンガーを降り下ろした。が、それもスラン星人を捉えることはできず、剣先が床を叩いただけで終わってしまった。
「また消えた!? デルフ、今の幻じゃねえよな?」
「ああ、だが目で追うだけ無駄だぜ相棒。お前たち人間の目じゃ見えなかっただろうが、あの野郎、信じられない速さで移動してやがる」
 すると、その言葉を待っていたかのようにスラン星人の笑い声が響いた。

624ウルトラ5番目の使い魔 77話 (5/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:47:32 ID:yMMJKRV6
「フッフッフッ、ご名答。なかなか見る目のいい焼き串君です」
「な、や、や、焼き串だとこの野郎!」
「フフ、せいぜい時速十数キロでしか走れないあなたがたには、私は絶対に……」
 すると、スラン星人は、今度は皆の目の前に次々と出現を繰り返した。
 ギーシュやベアトリスの前に現れて脅かしたと思ったら、杖を振り上げた時にはすでに消えている。アンリエッタの前に現れたときにはアニエスが斬りかかったが剣は空を切り、ミシェルや銃士隊隊員たちの攻撃もかすることもできない。
 何度も空振りを繰り返すばかりで、皆の息だけが上がっていく。スラン星人は再びステージ上に姿を現すと、愉快そうに笑いながら言った。
「私は絶対に、捕まらないのです」
 瞬間移動にも等しいほどの高速移動、これがスラン星人の能力か! 才人は歯噛みした。剣も魔法も当たらなければなんの意味もない。しかも、テントの中に大勢で閉じ込められている状況ではルイズのエクスプロージョンでの広域破壊もできないし、なによりこうも人目があっては才人たちもティファニアも変身ができない。
 スラン星人は、ノロマな人間など何百人いようと問題にはならないというふうに余裕を示し、次いで円盤の進路を邪魔し続けているジャスティスに目をやった。
「さあて、こちらはともかくそちらは問題ですね。人質がいるのでうかつに撃ち落としたりはしないでしょうが、こちらもあまり余計な時間はありません。あなたに恨みはないですが少し手荒にお帰りいただきますよ」
 スラン星人がそう言うと、円盤はゆっくりと降下を始めた。もちろんジャスティスも追って降下していく。
 そして円盤が地上数十メイルまで降下した時、円盤の中から巨大化したスラン星人が姿を現した。
「ググググググ……」
「シュワッ!」
 互いに土煙をあげて、スラン星人とジャスティスが大地に降り立つ。
 さあ、戦いの時が来た。両者は一気に距離を詰め、ジャスティスのパンチがスラン星人を狙う。
「デヤァッ!」
「グオッ!」
 ジャスティスのパンチをスラン星人は手甲のようになっている腕で受け止めた。そしてそのまま手甲の先についている短剣でジャスティスの首を狙って斬りかかってくる。
「死ねっ」
 だがジャスティスもスラン星人の手甲を腕で受け止め、キックで反撃して押し返す。
 まずは互いに小手調べ。スラン星人は格闘戦でも戦えることを証明してみせ、ジャスティスは油断なく拳を握り締める。
「略奪に拉致、お前の行為は宇宙の正義に反している。すぐにこの星から立ち去るがいい」

625ウルトラ5番目の使い魔 77話 (6/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:50:45 ID:yMMJKRV6
「黙れ、我々の邪魔をするものは許さん!」
 スラン星人はジャスティスの警告に聞く耳を持たず、腕から破壊光弾を放って攻撃をかけてきた。紫色の光弾が機関銃のように連発され、ジャスティスの周りで無数の爆発が起こる。
「ヌォッ!」
 ジャスティスは光弾の乱打にさらされ、炎と煙がジャスティスを包み込む。スラン星人はその様子を見て、聞き苦しい声で笑い声をあげた。
 どうやら話してわかる相手ではないようだ。ならば、是非もない。ジャスティスは、慈悲をかける価値のない悪だとスラン星人を認定した。
「セヤァッ!」
 手加減を抜いたジャスティスのパンチが爆炎を破ってスラン星人に直撃する。轟音が鳴り、スラン星人の華奢な体は数十メートルは吹き飛ばされ、悠然とジャスティスは倒れたスラン星人を見下ろした。
「警告は発した。チャンスも与えた。それでもお前がそれを無視するならば、私は宇宙正義の名において、お前を倒す」
 ジャスティスの宣告。そこにはもはや慈悲はなく、宇宙正義の代行者としての冷徹な姿のみがあった。
 倒れたスラン星人はなおも起き上がり、憎悪を込めた眼差しで自分に死刑宣告を下したウルトラマンを睨みつけた。
「俺を倒すだと? 貴様の姿を見ていると、憎き奴を思い出す。倒されるのは貴様のほうだ!」
 スラン星人は怒りのままにジャスティスに猛攻をかける。両腕の短剣を振りかざし、スマートな体をいかしてのジャンプやキックなどの格闘攻撃。それはスラン星人が決して弱い宇宙人ではないことを証明していたが、実戦経験という点ではジャスティスが圧倒的に勝っていた。
「ジュワッ!」
「ぐおあっ!」
 ジャスティスの両鉄拳がスラン星人のボディに食い込む。パワーでは圧倒的にジャスティスに分があり、それだけではなく攻撃をさばくテクニックや、一撃を確実に当てる判断力、それが総合した一撃の重さは比較にもならなかった。
 しかしスラン星人は、まだ負けたと思ってはいなかった。パワーで勝てないからスピードをと、さきほど宇宙船内で見せられたものよりもさらに高速で移動することによって分身を作り出し、ジャスティスの周囲を回転することで分身体でジャスティスを包囲してしまったのだ。
「くく、これを見切れるかな?」
 ジャスティスの360度を完全包囲したスラン星人は、そのまま円の中心のジャスティスに向かって破壊光線を放ってきた。四方八方から放たれる光線は避けきれず、ジャスティスの体が爆発で包まれる。
「ムゥ……」
 一発一発はたいした威力ではない。しかし、回避できないままで食らい続けたら危険だ。

626ウルトラ5番目の使い魔 77話 (7/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:51:51 ID:yMMJKRV6
 スラン星人はこのまま一方的に勝負を決めるつもりで、分身による円運動を続けながら光線攻撃を続けている。しかし、スラン星人はジャスティスが冷静に反撃の機会を狙っていることに気づいていなかった。
 光線での集中攻撃でじゅうぶん弱らせたと見たスラン星人は、一気に勝負を決めようとジャスティスの背後から手甲の短剣を振りかざしてジャスティスの首を狙った。しかし、スラン星人が「もらった!」と確信した瞬間、ジャスティスは振り向きざまに強烈なパンチをスラン星人の顔面に叩きつけたのだ。
「ぎゃあぁぁっ! な、なぜ俺の位置が」
 本体にクリーンヒットを受け、スラン星人の分身もすべて消え去る。スラン星人はパンチを食らって歪められてしまった顔をかばいながら、見破られるはずがなかったと困惑するが、ジャスティスは冷たく言い捨てた。
「簡単だ。お前のような輩は必ず後ろから狙おうとする。それならば、仕掛けてくるときの一瞬の気配さえ読めれば迎撃するのはたやすい」
 かつて異形生命体サンドロスと戦ったときにも、奴は闇に紛れて死角からの攻撃をかけてきた。姿をくらますのは一見有効だが、逆に言えば相手は死角から攻撃を仕掛けると宣言しているようなものだ。
 大ダメージを受けたスラン星人はよろよろと立ち上がったものの、もうジャスティスに真っ向勝負をかけられる余裕はないことは明らかだった。
 ジャスティスの圧倒的優勢。その光景に、宇宙船の中からも人間たちが歓声をあげていた。しかし、ジャスティスがスラン星人にとどめを刺そうとしたとき、宇宙船から鋭く静止する声が響いた。
「そこまでです! 抵抗を止めなければ、ここにいる人間たちを順に殺していきますよ!」
 なんと、宇宙船の中でスラン星人が子供たちに短剣を突きかざして脅していたのだ。
 その脅迫にジャスティスの動きが止まる。そして、今まさにとどめを刺されかけていたスラン星人はジャスティスに乱暴に蹴りを食らわせた。
「グワァッ!」
「ちっ、よくもやってくれやがったな。この仕返しはたっぷりさせてもらうぜぇ!」
 スラン星人の手甲の剣が抵抗できないジャスティスの体を切り裂いて火花があがる。その様を見て人間たちからは悲鳴が上がり、宇宙船の中のスラン星人は愉快そうに笑った。
「いいですねぇ。やっぱりウルトラマンにはこの手がよく効きますねぇ」
 スラン星人は、宇宙船の外でもう一人のスラン星人がジャスティスを痛めつけている光景を満足げに眺めた。
 そう……最初からスラン星人は二人いたのだった。
 大勢を人質に取られていてはジャスティスも戦えない。歴戦の戦士であるジャスティスは言わなくとも、人間たちからは「卑怯者!」との声が次々にあがるが、スラン星人は意にも介さない。
「んん〜、相手の弱点を攻めるのは戦いの基本でしょう? こんなにわかりやすい弱点を持っているのが悪いんですよ」
「この腐れ外道! 許さねえ」
 激高して才人が斬りかかるが、スラン星人はあっさりとかわして、また別の子供の喉笛に短剣を突き付ける。
 ダメだ、スラン星人のあの速さでは子供たち全員を守り切るのは不可能だ。それに子供たちだけでなく、実質テントの中に閉じ込められている自分たち全員が人質ということになる。

627ウルトラ5番目の使い魔 77話 (8/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:52:50 ID:yMMJKRV6
「フフフ、大人しくしていなさい。我々は別にあなたたちの命などに興味はないのですからね。フフフ」
 昆虫のような顔を揺らして笑うスラン星人の声が癇に障る。
 だが、剣も魔法も当てられないのでは何の意味もない。才人だけでなく、ルイズも焦り始めていた。なんとか、スラン星人を捉えることができなければ自分たち全員が宇宙の果て送りだ。
 才人はルイズに小声で尋ねた。
「ルイズ、お前の『テレポート』の魔法でなんとかならないのか?」
「真っ先に考えたわよ。けど、テレポートで連れ出せるのは数人が限界なの。この中に人質を残してわたしたちだけ脱出できても何の解決にもならないわ」
「なら、テレポートであいつに近づけねえか? おれが斬りかかるからさ」
「それも考えたわ。でも、あいつはアニエスの剣もかわす相手よ。テレポートで近づけても、振りかぶってそのバカ剣を振り下ろすまでの隙が必ず生まれるわ。それでも確実にあいつを仕留める自信はある?」
 ルイズに言われて、才人はそこまでの自信はないと思わざるを得なかった。さすがルイズ、頭の回転はこんなときでも鈍ってはいない。
 恐らくは銃士隊の皆も、水精霊騎士隊や水妖精騎士団もスラン星人を捉える方法を必死で考えているに違いない。しかし、文字通り目にも止まらぬ速さで自由に動き回る奴をどうやって捕まえればいいというのか?
 最後の手段はここで変身を強行することだが、エースにしてもコスモスにしても、変身した瞬間にスラン星人は別の行動に出るだろう。いくらなんでも危険すぎる。
 だが、そうしているうちにも事態はどんどん悪くなっていった。外にいるほうのスラン星人は嬉々としてジャスティスを痛めつけている。
「おらぁ!」
「ヌワァッ!」
 スラン星人の蹴りが膝をついたジャスティスを吹っ飛ばした。外にいるほうのスラン星人は粗暴な性格で、まるで不良のような乱暴な攻め方を好んでジャスティスを攻め立てている。
 ジャスティスは、その気になればこいつを倒す程度は苦もないのに、無抵抗でそのままやられている。カラータイマーはすでに点滅し、もう長くはないのは明らかだ。
 しかし、宇宙船の中にいるほうのスラン星人は、そんな時間をかけるやり方にまどろっこしさを感じたのか、外のスラン星人を急かした。
「いつまで遊んでいるんです。無駄な時間はないんですよ。さっさとケリをつけてしまいなさい!」
「チッ、わかったよ。動くなよ、今ブッ殺してやるからな」
 外のスラン星人は渋々ながら、短剣を振りかざしてジャスティスに迫った。ジャスティスは無言のままで、しかしなお動かない。
 才人とルイズは、もう考えている時間はないと決意した。イチかバチか、テレポートでの逆転に賭けるしかない。
 正直、勝算はかなり低い。しかし、スラン星人の速度に対抗する手段がない以上は他にない。そう、あの速度に対抗する手がない以上は……。
 だが、まさにその瞬間だった。テレポートを唱えようとしていたルイズの胸がどきりと鳴り、それと同時にアンリエッタの指にはめられていた水のルビーの指輪と、そしてアンリエッタの懐の中にしまわれていた手鏡がそれぞれ共鳴するように光り出したのだ。
「きゃっ! こ、この光は?」

628ウルトラ5番目の使い魔 77話 (9/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:54:05 ID:yMMJKRV6
「じ、女王陛下! その鏡は、いったい?」
「崩壊したロマリア法王庁から我が国に寄贈された『始祖の円鏡』です。始祖ゆかりの品ということで、わたくしが使っていたのですが、これはまさか、ルイズ!」
「ええ! その鏡を、わたしに」
 アンリエッタは光り輝く鏡をルイズに向けた。するとそこには、ルーン文字でルイズにははっきりと新しい呪文が記されているのが見えた。
「これなら……サイト!」
「おう、ルイズ!」
 何かの確信を持ったルイズに、才人は迷わず答えた。ルイズは何かの勝機を得たのだ。だったら、おれは四の五の言わずにそれを信じるのみ。
 ルイズは才人の手を取り、呪文を唱え始めた。対して、スラン星人は始祖の円鏡の光に戸惑っているようだったが、自慢の速度でなんにでも対応できるように準備していた。
「なにをする気か知りませんが、あなたたちの力で私を捉えることは絶対にできませんよ!」
「それはどうかしら? あなたはもう、わたしからは逃げられないわ。いくわよ、『加速!』」
 その瞬間、才人とルイズは『テレポート』とはまったく違う形でスラン星人の眼前に現れていた。
「なっ!」
 言葉にならない呻きがスラン星人から、そしてそれを見ることのできた者たちの口から洩れた。
 刹那、才人のデルフリンガーがスラン星人を狙うが、スラン星人は寸前でそれをかわしてテントの別の場所に現れた。
「そ、その程度の攻撃な」
「それはどうかしら?」
 再び才人とルイズの姿はスラン星人の前に現れていた。しかも今度はテレポートではあるはずの実体化からのタイムラグもなく、かわそうとするスラン星人のギリギリを刃が通り過ぎていく。
 なんて速さだ。常人以上の動体視力を持つはずの銃士隊員やサーカス団の人たちも捉えられない速さで両者は移動している。いや、互角というよりは……。
「おっ、おのれぇっ!」
 スラン星人は逃げた。しかし、ルイズと才人は確実にスラン星人の後を追ってくる。サーカステントの天井からステージ上、観客席とすさまじい速さで出たり消えたりを繰り返して、もうギーシュやスカロンは目を回しかけている。しかも、次第にスラン星人のほうが余裕がなくなっていくように見えるではないか。
「ば、馬鹿な。私にスピードでついてくるだと!?」
「これが虚無の魔法『加速』よ。言ったでしょ、あなたはもうわたしから逃げられないって!」

629ウルトラ5番目の使い魔 77話 (10/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:55:06 ID:yMMJKRV6
「お、おのれ、奇妙な術を使ってくれますねぇ!」
「? ……さあサイト、あの思い上がった虫頭に思い知らせてあげなさい!」
「ああ、食らえぇぇぇーっ!」
 ルイズと同調した才人は、渾身の力でデルフリンガーをスラン星人に叩きつけた。
「ぐわぁぁぁーっ! ば、馬鹿なーっ!」
 スラン星人に、今度こそ会心の一撃がさく裂した。しかし残念ながら致命傷には届かず、倒すにはまだ至っていない。
 細身に見えて、なかなかしぶとい奴だ。『加速』の呪文が切れてステージ上に現れた才人とルイズは舌を巻いた。スラン星人はよろめきながらも、膝をつきはせずにまだ立っている。
 それでも、相当な打撃を与えられたのは確かで、もうさっきまでのような速さで動き回れはしない今がチャンスだと、銃士隊はいっせいに腰に下げているマスケット銃を抜いて構えた。だがスラン星人は自分に向けられた銃口が火を噴く前に、怒りにまかせて光線を乱射してきた。
「たかが人間が、私をなめるなぁーっ!」
 光線の乱射で銃士隊の隊列も吹き飛び、彼女たちの手からマスケット銃が取り落されて辺りに転がった。
 が、その一瞬でメイジたちも我に返って魔法で銃士隊を守ると同時にスラン星人への反撃をおこなおうとする。手傷を負ったスラン星人はこれを避けることはできまいと思われた。だが。
「く! だが外のウルトラマンさえ片付けてしまえば、お前たちにここから逃げる手立てはないのですよ」
 奴はまだ冷静さを失ってはいなかった。スラン星人は高速移動ではなく、テレポートで宇宙船の外まで逃げると、そのまま巨大化してジャスティスに襲い掛かったのだ。
「もらったァ!」
 そのころジャスティスは、宇宙船の中で才人たちが反撃に出たのと同時に戦闘を再開していた。一方的になぶられ続けていたとはいえ、必ずチャンスが来ると信じて待っていたから余力はじゅうぶんに残している。スラン星人を返り討ちにすることなどは造作もなく、猛反撃をかけてスラン星人を追い込んでいた。そのジャスティスの背後から、宇宙船から飛び出してきたもう一人のスラン星人が奇襲をかけたのだ。
 今はジャスティスの背中はガラ空きだ。スラン星人は短剣を降り下ろしながら勝利を確信した。だが、その刹那に輝いた青い閃光がスラン星人を吹き飛ばした。
「コスモース!」
 青い光は実体化し、ウルトラマンコスモスの姿となって吹き飛ばしたスラン星人の前に立ちふさがった。そう、あの瞬間にチャンスを掴んだのは才人たちだけではない。ティファニアもジャスティスを救うために、皆の注意がスラン星人に集中した一瞬にコスモプラックを掲げていたのだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「心配はない。それより、お前も戦うつもりなら、こいつらには情けをかける価値はないぞ。その覚悟はあるのか、ティファニア」

630ウルトラ5番目の使い魔 77話 (11/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:55:56 ID:yMMJKRV6
「は、はい。わ、わたし……」
 ティファニアに厳しく問いかけるジャスティス。すると、コスモスがなだめるように間に入ってくれた。
「ティファニア、君の心はまだ命を奪う戦いを怖れている。ここは、私が引き受けよう」
「コスモス……ごめんなさい。あなたに力を貸してもらっているのに、わたし」
「謝ることはない。命を奪うことに恐れを持ち続けるのは大切なことだ。君の力を必要とする時は、いずれ必ずやってくることだろう」
 ティファニアはコスモスと一体化している。しかし、戦いを好まないティファニアのために、コスモスは自分が主導権をとって戦うことを決意した。
 コスモスはコロナモードにチェンジし、卑劣なスラン星人たちの前にジャスティスと共に並び立つ。
 対して、スラン星人たちはもう余力がなかった。二体とも重い一撃を受けている上に、ジャスティスもダメージを受けているとはいえコスモスは万全だ。
「おおのれぇーっ!」
 激高して二体のスラン星人は襲い掛かってきた。しかし格闘戦では簡単にコスモスとジャスティスに圧倒され、さらに奥の手の高速分身戦法を二体同時にかけてきたが、高速で輪を描いて包囲してくるスラン星人たちに対してコスモスとジャスティスは、まるでわかっていたかのように同時に一撃を繰り出した。
「シュワッ!」
「デヤァッ!」
 二人のウルトラマンのダブルパンチが分身の幻影を破ってそれぞれ本体に炸裂する。
「バカナァ!」
 たまらず吹き飛ばされるスラン星人たち。彼らは高速宇宙人としての自分たちの能力に自信を持っていたが、あいにくコスモスとジャスティスも高速戦闘は得意中の得意だ。コスモスの戦歴の中でも、目にも止まらない宇宙人との対決はいくつもあり、いまさらスラン星人の技程度で翻弄されたりはしない。
 追い詰められた二人のスラン星人。その様子を、あのコウモリ姿の宇宙人は愉快そうに見つめていた。
「そろそろ危ないですね。そろそろ切り札、使います? 使っちゃいますか?」
 スラン星人には、あらかじめ最悪の事態になったときのための切り札を与えてある。それを使えば、この状況をひっくり返すことも可能だろう。スラン星人がどうなろうと知ったことではないが、事態がさらに混迷化すればしびれを切らして”アイツ”が動き出すかもしれない。
 そして、ついに勝機がなくなったことを認めざるを得なくなったスラン星人は、預かっていた黒い人形を取り出した。
「こ、こうなったら、これを使うしかありませんか」
 まさに、黒幕の思い描いていたシナリオ通りに話は進もうとしていた。
 だが、人形にかけられていた封印を解こうとしたとき、意外にも粗暴なほうのスラン星人がそれを止めてきた。
「待てよ、そいつはアイツを倒すための切り札にしようって決めたじゃねえか。ここでそいつまで失っちまったら、俺たちの本来の目的はどうする?」

631ウルトラ5番目の使い魔 77話 (12/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:56:43 ID:yMMJKRV6
「ですが、このままではやられるのを待つだけですよ。アレを手に入れることもできずに引き下がっては、どうやってアイツを倒すというのですか?」
「……俺が囮になる。お前はそいつを持って逃げろ」
「ア、アナタ……」
 粗暴なほうが示した自己犠牲の覚悟に、慇懃無礼な話し方をするほうは思わず言葉を失った。
「俺がいるよりも、そいつをお前が持ってたほうが確実に強え。思えば、欲を出してアレを手に入れようなんてせずに、そいつを持ってとんずらすればよかったんだ。そして……俺が死んでも、仇をとろうなんて思わないでくれよ! じゃあな」
「ま、待ちなさい!」
 止める間もなく、粗暴なほうのスラン星人は雄たけびをあげながらコスモスとジャスティスに突進していった。
「ヘヤッ!?」
「ムウッ!?」
 まさかの特攻に、さしものコスモスとジャスティスもひるんだ。そして、そのわずかな隙に彼は叫んだ。
「行けえ! 行くんだクワ……うぎゃあぁぁっ!」
「ぐ、ぐぐ……あなたのことは忘れません。必ず、手向けに奴の首を約束します。トゥアッ!」
 コスモスはためらったが、ジャスティスのパンチが容赦なく炸裂した。しかし、粗暴なスラン星人が作ったその一瞬のチャンスに、もうひとりのスラン星人は血を吐くような誓いの言葉を残して消えた。
 しまった、逃げられた! 非道な宇宙人ではあったが、仲間意識は強かったようだ。まさか、こんな展開になるとはと、ウルトラマンや人間たちだけではなく、黒幕の宇宙人も悔しがった。なにしろせっかく与えた切り札を持ち逃げされたのである。いい面の皮どころではなかった。
 しかし、仲間を逃がしはしたものの、残ったスラン星人の命運は尽きようとしていた。コスモスは、もう勝ち目がないことを告げて降参するように警告したが、彼はそれを聞き入れなかった。
「降参だぁ? てめえらみてえな赤い奴に頭下げるくらいなら死んだほうがマシなんだよぉ!」
 どういうわけかスラン星人はコロナモードのコスモスとジャスティスに非常な敵愾心を持っていた。話をまるで聞く気はなく、自殺に近い攻め方をしてくるのでコスモスとジャスティスも手を抜くわけにはいかなかった。
 ならば、ルナモードのフルムーンレクトで鎮静させれば……しかし、コスモスがモードチェンジしようとしたときだった。暴れまわり過ぎて、ついに限界に達したスラン星人は、よろよろとよろめくと宇宙船に寄りかかるように腰をついてしまったのだ。
「こ、この大きさを保っているのも限界かよ。だが、せめて」
 すでに彼には宇宙船を叩き壊す力も残っていなかった。しかし、スラン星人は残ったわずかな力で等身大となって宇宙船の中にワープすると、まるでアンデットのような姿で人間たちの前に現れた。
「せめて、ウルトラマンどもと、あのクソったれ野郎に一泡だけでも吹かしてやる!」
 悲鳴をあげる人間たちを前にして、スラン星人は最後の悪あがきを開始した。最後の力で高速移動をおこない、人間たちに次々斬りかかっていく。
「きゃあぁぁーっ!」
「うおぉぉぉ! 死ねっ、みんな死ねぇぇ!」

632ウルトラ5番目の使い魔 77話 (13/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:58:18 ID:yMMJKRV6
 スラン星人も死に体とはいえ、その高速移動を人間が見切れないのは変わらない。
 戦えない者たちの前に銃士隊が盾となって防いでいるものの、めちゃくちゃに振り回される短剣で血しぶきが飛び、才人はルイズに叫んだ。
「ルイズ、もう一回『加速』だ!」
「わかってるわよ!」
 ルイズも焦って加速の呪文を唱えた。今、スラン星人を止められるのは自分たちしかいない。今度こそとどめを刺さなければ。
 だが、加速の呪文が完成しようとした、まさにその瞬間だった。スラン星人が銃士隊の決死の肉壁を蹴散らして、ついに無防備な女子供たちの中に飛び込んでしまったのだ。
「出てこぉいバケモノぉ! てめえのせいで俺たちはぁぁーっ!」
 スラン星人の短剣が孤児院の子供たちに振りかぶられる。だめだ、加速を使っても一歩間に合わない!
 才人とルイズは、自分の無力さを悔やんだ。さっさと最初にスラン星人を倒していればこんなことには。
 しかし、誰もがどうすることもできないとあきらめかけた、その時だった。悲鳴と怒号の響く虚空を、短く乾いた音が貫いた。
 
 パンッ!
 
 漫画であれば擬音でそう表現されるであろう音。それは一発の銃声……そして、スラン星人の頭部の球体に、小さな穴が開いていた。
「え、あ……ク……クワイ……がふっ」
 最後に、恐らくは仲間の名をつぶやきながらスラン星人は倒れた。その目から光が消え、命の灯が消えたことを銃士隊の隊員が近寄って確認した。
 けれど、周りでは誰も声を発さない。あまりにも唐突であっけない幕切れに、誰も頭が追いついていないのだ。
 才人とルイズも、加速の魔法が不発に終ってあっけにとられている。ギーシュなど、杖を握ったままでぽかんと口を開けたままでおり、ほかの水精霊騎士隊も似たようなものだった。
 いったい誰がスラン星人にとどめを? 正気に戻った者はスラン星人の正面……すなわち弾丸の来た方向に視線を向けた。そこにいたのは……。

633ウルトラ5番目の使い魔 77話 (14/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 20:59:03 ID:yMMJKRV6
「はあ。怖かったですわ」
 ほっとした声とともに、拳銃が床に落ちる音が鳴る。落ちた拳銃は、さきほど銃士隊が使おうとしてばらまかれたマスケット銃の一丁で、まだ銃口から薄く煙を吐いているそれを握っていたのは……ルビアナであった。
「ル、ルビアナ!」
 はっとしたギーシュとモンモランシーが震えているルビアナに駆け寄った。
「だ、大丈夫かい! 銃を撃つなんて、君の細腕でなんて無茶なことをするんだ」
「いえ、わたくしはメイジではありませんので、護身の心得として少しばかり覚えがありましたの。でも、怖かったですわ」
「怪我はない? でも、子供たちを守るためにやったのよね、ほんと見かけによらずに無茶する人ね」
「もうわたくしとティファニアさんはお友達ですから。わたくしより、子供たちに怪我がなくてよかったですわ」
 優しく微笑むルビアナに、子供たちは嬉しそうに懐いていた。それに、ティファニアもコスモスから変身解除して急いで戻ってきた。
「みんな、みんな大丈夫? ルビアナさん、本当に、本当にありがとうございます!」
「礼などいりません。わたくしは、あなたとこの子たちが好きだからやっただけです。それより、怪我をされた方が大勢いますわ。早く手当をしませんと」
 ルビアナが指差すと、何人かの銃士隊員が負傷して呻いていた。すでにアニエスの指示で応急手当てが始まっているものの、暴れ狂うスラン星人を身一つで止めたリスクは大きかったのだ。
 ティファニアははっとすると、わたしも手当てを手伝いますと言って駆け出し、モンモランシーも、自分も治癒の魔法ならできるからと言って続いた。 ギーシュは、水精霊騎士隊の仲間に、治癒の魔法が使える者は手当てを手伝うように指示を出すと、まだ怯えた様子のルビアナの手を握った。
「無茶をする人だ。けど、ぼくは貴女ほど勇敢なレディを知りません。騎士としても、ぼくは貴女を尊敬します。それでも、あまり無理はしないでくださいね」
「ギーシュ様、やはり貴方はとてもお優しい方ですわね。貴方を好きになれたこと、わたくしはとても名誉に思います」
 子供たちに囲まれ、ギーシュの手を握り返すルビアナの表情はどこまでも純粋で温かかった。
 
 しかし、ハッピーエンドのはずなのに、才人とルイズはスラン星人の死体を見下ろしながら、あることに違和感を拭えずにいた。
「こいつら、本当に虚無の力が目当てだったのかしら……?」
 スラン星人は、この中に特別ななにかを持った誰かがいるから、それを狙っていると言った。それを聞いて、てっきり虚無の力を持つルイズかティファニアを狙っているものだと思った。
 しかし、奴はルイズが虚無の名前を口にした時も、まるでまったく知らなかったかのような反応を返している。この中で、ほかに宇宙人が狙うような特別な人間なんかいないはずなのに。

634ウルトラ5番目の使い魔 77話 (15/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 21:00:11 ID:yMMJKRV6
 死んだスラン星人は何も答えず、才人とルイズはテントの中を見渡した。宇宙人の恐怖から解放されて、安堵した顔ぶれが続いている。宇宙人に狙われるような危険なものが混ざっているなど、とても信じられはしなかった。
 
 そして、奥歯にものが挟まったような気持ち悪さを感じている者たちがもう一組いる。
 銃士隊の負傷者の救護のほうもアニエスの指揮のもとで山を越えつつあった。しかし、戦死者は出なかったというのにアニエスの表情は明るくなかった。
「ミシェル、負傷者のほうはどうだ?」
「はっ、幸い軽傷ばかりで入院の必要な者はおりません。民間人のほうも、せいぜい転んで擦りむいたくらいです」
「そうか、皆よくやってくれた。女王陛下には特別手当を申請しておこう。だがそれはいいとして……ミシェル」
「はい……」
 アニエスの声が重くなり、ミシェルもわかっているというふうに短く答えた。
 二人の視線の先には才人たち同様に、放置されたままになっているスラン星人の死体がある。一見、なんの変哲もない屍のように見えるが、二人には共通の違和感があった。
「……見事に眉間の中央を撃ち抜いている。これが、護身術のレベルでできることなのか……?」
 銃士隊の使っているマスケット銃の命中精度はお世辞にもいいものではない。一発で相手の急所を撃ち抜いて倒すなどという真似は自分たちでも難しい。
 二人はさりげなくルビアナを見た。すらりとした細腕で、ナイフとフォーク以上に重いものを持ったことがないというふうな華奢な体躯。あれでは銃を撃つことすら難しそうなものだ。
 偶然当たったと言えばそれまでだ。ギーシュなら、ルビアナは天才だからと言って納得してしまいそうなものだが、アニエスとミシェルはどうしても納得することができずにいた。
 
 一方、不完全燃焼な終わり方に明確な不満を示す者もいた。そう、今回の件の付け火をした、あのコウモリ姿の宇宙人である。
「スラン星人、とんだ食わせ物でしたね。まったく、あれだけはっぱをかけてあげたというのにアレを持ち逃げしてしまうとは……あと少しで、奴を引っ張り出せたかもしれないというのに。どこかの宇宙で会ったら今度はきついお仕置きをしてあげなければいけませんね」
 本当なら、ここでさらに混戦に持ち込んで目的に近づくつもりだったのに、おかげで台無しだと彼は憤っていた。その場合、このド・オルニエール一帯が焦土と化していたであろうが、そんなことは彼には関係ない。
「仕方ありせんね。過ぎたことより先のことを考えましょう。なんとか、最低限の収穫はできました。後は、これをどう利用していくか……」
 彼は気を取り直して次の陰謀を巡らせ始める。その姿はいつの間にかド・オルニエールの空から消えていた。 

 テントの中は少しずつ落ち着きを取り戻してきている。後は外に脱出するだけだが、外でジャスティスが宇宙船の外装を引っぺがしてくれているので間もなく出られることだろう。

635ウルトラ5番目の使い魔 77話 (16/16) ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 21:01:37 ID:yMMJKRV6
 ともかく、大変なハプニングだった。温泉旅行の最後で、まさか宇宙人にさらわれかけるなんて誰も夢にも思わなかった。
 けれど、さすがたくましいハルケギニアの人間たちは、土産話が一個増えた程度にしか思っておらず、ジェシカたちはこれ以上店を開けているとまずいわねと、すでに気にも止めていない。それに、公演を邪魔されて意気消沈しているかに見えたサーカス団の人たちも「我がパペラペッターサーカスはこれくらいじゃへこたれません!」と、団長は張り切って、まだ怯えていた子供たちを動物たちと触れ合わせて遊ばせてくれている。やはり、どん底から這い上がってきた人は強い。
 ステージ上では子供たちが調教師にライオンの背中に乗せてもらったりして喜んでいる。動物たちはみな人懐っこく、子供たちにも今回の件でトラウマが残ったりはしないだろう。
 なにはともあれ、重い怪我人が出なかったのが救いだ。気を張っていた者たちも、子供たちの笑い声を聞いて気を緩めつつある。
 と、そんな中でのことだった。舞台の隅で、サーカスの女性団員がじっとうずくまっているのが見つかった。
「エイリャ、おいエイリャどうしたんだい? 返事をしなさい」
「……」
 仲間のサーカス団員が呼びかけても、その女性団員は惚けたように宙を見つめるばかりで答えない。
 どうしたものかと団員たちが戸惑っていると、そこに急いだ足取りでルビアナがやってきた。
「まあまあ探しましたよ。さあ、こっちにいらっしゃい」
 すると、うずくまっていた女性団員の傍らから、幼体エレキングがぴょこりと飛び出してきてルビアナの胸の中に帰っていったではないか。
「あらあら、本当にわんぱくな子なんだから。よその人に迷惑をかけちゃダメでしょう」
 ルビアナがエレキングの頭を優しくなでると、エレキングは短く鳴き声を発した。
 そうすると、まるでそれが合図だったかのように、惚けていた女性団員がぼんやりと目を覚ました。
「あ、れ……あたし、どうして?」
「大丈夫ですか? ごめんなさい。この子ったら、気に入った相手を見つけると、すぐにじゃれついて行ってしまうの。許してあげてもらえるかしら」
「そう、その動物があたしにじゃれてきて……あれ? それからどうなったのかしら」
「きっと疲れがたまっていらしたのね。ゆっくり休んだら、きっとすぐ元気になりますわ。ふふ」
 夢うつつな様子の女性団員はふらふらと立ち上がると、「働きすぎなのかしら……?」と、つぶやきながらテントの奥へと入っていった。
 ルビアナは「お大事に」と微笑みながら見送り、抱き抱えているエレキングの頭を撫でている。エレキングはその腕の中で丸くなり、まるでぬいぐるみのようにおとなしく抱かれている。
「うふふ、可愛い子……ふふ、ふふふ……」
 
 
 続く

636ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/09/16(日) 21:03:40 ID:yMMJKRV6
今回は以上です。なんとか今月中にもう1話いきたいな

637名無しさん:2018/09/17(月) 20:36:11 ID:1KmGaZRU
おつ

638ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:02:10 ID:q4fByaLE
ウルトラ五番目の人、投稿お疲れさまでした。
さて皆さんこんばんは、無重力巫女さんの人です。
日付が変わる一時間前ですが、特に問題が起きなければ二十三時六分から九十七話の投稿を開始します

639ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:06:07 ID:q4fByaLE
 それは時を遡って、丁度二日前の夕方に起こった出来事である。
 場所は丁度ブルドンネ街の中央から、やや西へ行ったところにある大通りを兄のトーマスと一緒に歩いてた時らしい。
 陽が暮れるにつれて次々と閉まっていく通りの店を横切りながら彼女――妹のリィリアは兄から今日の゛成果゛を聞いていたのだという。
「今日は中々の大漁だったぜ。まっさか丁度上手い具合に道が封鎖してたもんだよなぁ〜?理由は知らないけど」
「それでその袋いっぱいの金貨が手に入ったの?凄いじゃない!」
 リィリアはそう言って兄を褒めつつ、彼が右手に持っている音なの握り拳程の大きさのある麻袋へと目を向ける。
 袋は丸く膨らんでおり、中に入っている金貨のせいで表面はゴツゴツとした歪な形になっていた。
 何でも急な封鎖で立ち往生していた下級貴族から盗んだらしく、銀貨や新金貨がそこそこ入っているらしい。
 兄が盗んだ時、リィリアは危険だからという理由で゛隠れ家゛にいた為彼がどこにいたのかまでは知らない。
 とはいえ妹として……唯一残っている家族の身を案じてかどこで盗んだのか聞いてみることにした。

「でもお兄ちゃん、道が封鎖してたって言ってたけど……一体どこまで行ってきたの?」
「チクントネの劇場前さ。あそこは夕方になったら金持った平民がわんさか夜間公演の劇を見に集まってくるしな」
「え?チクトンネって、この前変な女の人たちに追われてた場所なのに……お兄ちゃんまたそこへ行ったの!?」
 トーマスの口から出た場所の名前を聞いたリィリアは、数日前に見知らぬ女の人から財布を盗んだ時のことを思い出してしまう。
 あの時は手馴れていた兄とは違い初めて人の財布を盗んだせいか、危うく捕まりそうになってしまった苦い経験がある。
 最後は偶然にも兄と合流し、自分を追いかけていた女の人と兄を追いかけていた空飛ぶ女の子が空中で激突し、何とか撒く事ができた。
 しかし゛隠れ家゛に戻った後に待っていたのは大好きな兄トーマスからの称賛……ではなく、説教であった。
 以前から「お前は俺のような汚れ事に手を突っ込むなよ?」と釘を刺されていた分、その説教は中々に苛烈であった事は今でも思い出せる。

 その日の夜はゴミ捨て場で拾った枕を濡らした事を思い出しつつ、リィリアは兄に詰め寄った。
「お兄ちゃん、昨日ブルドンネ街で大金持ってた女の子の仲間に追われたって言ってたのに、どうしてまたそんな危ない場所に行くのよ!」
「だ……だってしょうがないだろ!王都は他の所よりも盗みやすいんだ、稼げる時に稼いでおかないと……」
 年下にも関わらず自分に対してはやけに気丈になれるリィリアに対し、トーマスは少し戸惑いながらもそう言葉を返す。
 それに対してリ彼女は「呆れた」と呟くと、兄に詰め寄ったまま更に言葉を続けていく。
「その女の子たちが持ってた三千エキューもあれば、十分なんじゃないの!?」
「お前はまだ子供だから分かんないかも知れないけどさ、お金ってあればある程生きていくうえで便利なんだぜ?」
 開き直っているとも取れる兄の言葉に、リィリアはムスッとした表情を兄へと向けるほかなくなる。

 卑しい笑みを浮かべて笑う兄の顔は、かつて領地持ちの貴族の家に生まれた子どもとは思えない。
 しかしそれを咎めることも、ましてや魔法学院にも行ってない自分にはそれを改めよと説教できる資格はないのだ。
 自分が丁度物心ついた時に両親が領地の経営難と多額の借金で首を吊って以来、兄トーマスは自分を守ってきてくれた。
 両親の親族によって領地から追い出され、当てもない旅へ出た時に兄は自分の我儘を嫌な顔一つせず聞いてくれたのである。
 お腹が減ったといえば農家の百姓に頭を下げてパンを貰い、山中で喉が渇いたと喚けば自分の手を引いて川を探してくれた。
 そして今は自分たちが大人になった時の生活費を゛稼ぐ゛為に、わざわざ盗みを働いてまで頑張ってくれているのだ。

640ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:08:07 ID:q4fByaLE
 自分は――リィリアはまだ子供であったが、兄のしていることがどんなにダメな事なのか……それは自分が財布を盗んだ女の人が教えてくれた。
 しかし、だからといって兄の行いを妹である自分が正す事などできるはずもない。
 いくらそれが悪い事だからといっても、これで自分たちは糧を得てきたのである。今更それをやめて生きていく事など難しすぎる。
 ここに来る道中行く先々で色んな人たちから冷遇を受けてきたのだ。やはり兄の言う通り、大人は信用できないのかもしれない。
 自分たちの事など何も知らない大人たちはみな一様に笑顔を浮かべ、上っ面だけ笑顔を浮かべて可哀そうだ可哀そうだと言ってくる。
 兄はそんな大人たちから自分を守りつつ、遥々王都まで来た兄は言った。――ここで俺たちが平和に暮らしていけるだけの金を稼ぐんだ。
 得意げな表情でそんな事を言っていた兄の後姿は、それまで読んだ事のある絵本の中の騎士よりも格好良かったのは覚えている。
 
 結局、することはいつもの盗みであったがそれでも他の都市と比べれば倍のお金を手に入れる事ができた。
 懐が暖かくなった兄は余裕ができたのか、屋台で売られているようなチープな料理を持って帰ってきてくれるようになった。
 持ち帰り用の薄い木の箱に入っている料理は様々で、サンドウィッチの時もあればスペアリブに、魚料理だったりスモークチキンだったりと種類様々。
 王都の屋台は色んな料理が売られているらしく、また味が濃いおかげで少量でもお腹はとても満足した。
 偶に安売りされてたらしい菓子パンやジュースも持って帰ってきてくれたので、王都での生活はすごく充実していた。
 本当ならここに住めばいいのだが、兄としてはもっともっとお金を稼いだ後でここから遠く離れた場所へ家を建てて暮らすつもりなのだという。
 
「ドーヴィルの郊外かド・オルニエールのどこかに土地でも買って、そこで小さな家を建てて……小さな畑も作ってお前と一緒に暮らすんだ。
 貴族としてはもう生きていけないと思うけど、何……魔法が使えれば地元の人たちが便利屋代わりに仕事を持ってきてくれるだろうさ」

 そう言って自分の夢を語る兄の姿は、いつも陰気だった事は幼い自分でも何となく理解する事はできた。
 今思えば、きっと兄自身も自分のしている事が後々――それが遠いか近いかは別にして――返ってくるであろうと理解していたに違いない。
 それでもリィリアは応援するしかないのだ。自分の為に手を汚してまで幸せをつかみ取ろうとしている、最愛の兄の事を。
  

 ……しかし、そんな時なのであった。そんな兄妹の身にこれまでしてきた事への――当然の報いが襲い掛かってきたのは。
「全くもう!ここで捕まったらお兄ちゃんの幸せは無くなっちゃうんだから気を付けないと!」
「分かってるって――…って、お?あれは……――」
 通りから横へ逸れる道を通り、そのまま隠れ家のある場所へと行こうとした矢先、トーマスの足がピタリと止まったのに気が付いた。
 何事かと思ったリィリアが後ろを振り返ると、そこにはうまいこと上半身だけを路地から出した兄の姿が見える。
 一体どうしたのかと訝しんだ彼女は踵を返し、彼の傍へ近寄ると同じように身を乗り出してみた。
「どうしたのよお兄ちゃん?」
「リィリア……あれ、見てみろよ。ここから見て丁度斜め上の向かい側にある総菜屋の入り口だ」
 兄の指さす先に視線を合わせると、確かに彼の言う通り少し大きめの総菜屋があった。
 幾つもある出来合いの料理を量り売りするこの店は今が稼ぎ時なのか、仕事帰りの平民や下級貴族でごった返している。
 その入り口、トーマスの人差し指が向けられているその店の入り口に、何やら大きめの旅行カバンが置かれていた。

641ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:10:07 ID:q4fByaLE
「旅行カバン……?どうしてあんな所に?」
「さぁな。多分何処かの旅行客が平和ボケして地面に直置きしてるんだろうが……チャンスかも?」
「え?チャンスって……ちょ、ちょっとお兄ちゃん!?」
 トーマスの口から出た゛チャンス゛という単語にリィリアが首を傾げそうになった所で、彼女は兄のしようとしている事を理解した。
 妹がいかにもな感じで置かれている旅行カバンを訝しむのを他所に、懐から杖を取り出したのである。
「お兄ちゃん、ダメだよあのカバンは!あんなの変だよ、こんな街中でカバンだけ放置されてるなんて絶対変だって……!」
「大丈夫だって、安心しろよ。この距離と通りの混み具合なら、上手くやれる筈さ」
 妹の静止を他所に兄は呪文を唱えようとした所でふと何かを思い出したかのように、妹の方へと顔を向けて言った。

「リィリア、もうちょっと奥まで行って隠れてろ。もしも俺が何か叫んだ時は、形振り構わずその場から逃げるんだぞ」
「お兄ちゃん!」
「大丈夫、もしもの時だよ。……今夜はこれでお終いにするさ、何せお前と俺の将来が掛かってるんだからな」
 この期に及んでまだ稼ぎ足りないと言いたげな兄の欲深さに、リィリアは呆れる他なかった。
 それでも彼が自分の為を思ってしてくれていると理解していた為、言うことをきくほかない。
 「もう……」とため息交じりに言う妹がそのまま暗い路地の奥へと隠れたのを確認した後、トーマスは詠唱した後に杖を振る。
 するとどうだ、トーマスの掛けた魔法『レビテーション』の効果を受けた旅行カバンが、一人でに動き出した。
 最初こそ少しずつ、少しずつ動いていたカバンはやがてその速度を上げ始め、一気に彼のいる横道へと向かっていく。
 ずるずる、ずるずる……!と音を立てて地面を移動するカバンに通りを行く人の内何人かが目を向けたが、すぐに人込みに紛れてしまう。
 通行人の足にぶつからないよう上手くコントロールしつつ、尚且つ気づかれないようなるべく速度を上げて引き寄せる。
 そうして幾人もの目から逃れて、旅行カバンは無事トーマスの手元へとやってきたのである。
「よし、やったぜ」
 軽いガッツポーズをしたトーマスは、そのままカバンの取っ手を掴むと妹が入っていた暗い路地の奥へと入っていく。
 流石に今いる場所で盗んだカバンを開けられないため、少し離れた場所で開ける事にしたのだ。

 そして歩いて五分と経たぬ先にある少し道幅のある裏路地にて、二人は思わぬ戦果の確認をする事となった。
「お兄ちゃん、そろそろ開きそう?」
「待ってろ。後はここのカギを……良し、開いた」
 防犯の為か二つも付いていたカバンの鍵を、トーマスは手早く『アンロック』の魔法で解錠してみせる。
 小気味の良い音と共に鍵の開いたそれをスッと開けると、まず目に入ってきたのは数々の衣服であった。
 どうやら本当に旅行者のカバンだったようだ、王都の人間ならばわざわざ自分の街でこれだけの服は持ち歩かないだろう。
 トーマスとリィリアは互いに目配せをした後、急いで幾つもの服をカバンから出し始める。
 この服を売りさばく……という手もあるが物によって値段の高低差があり過ぎるうえ、選別する時間ももどかしい。
 だから二人がこの手の大きな荷物を盗んでから最初にする事は、金目のものが入っているかどうかの確認であった。

「おいリィリア、見ろ。見つけたぞ!」
 カバンを物色し始めてから数分後、先に声を上げたのはトーマスの方であった。
 彼はカバンの中に緯線を向けていた妹に声を掛けると、服の下に隠れていた小さめの革袋を自慢気に持ち上げて見せる。
 そして二度、三度揺すってみるとその中から聞こえてくるジャラジャラ……という音を、リィリアもはっきりと聞き取ることができた。
 何度も聞き慣れてはいるが耳にする度に元気が湧いてくる音に、妹は自身の顔に喜びの色を浮かべて見せる。

642ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:12:06 ID:q4fByaLE
「凄い、まさか本当にあっただなんて……」
 喜ぶと同時に驚いている彼女に「そうだろう」と胸を張りつつ、トーマスは袋の口を縛る紐を解く。
 二人の想像通り、袋の中から出てきたのはここハルケギニアで最も普及しているであろうエキュー金貨であった。
 少なくとも五十エキューぐらいはあるだろうか、旅行者が何かあった時の為に用意しているお金としては十分な額だろう。
「小遣い程度にしかならないけど……今夜はお前と一緒に美味しいものが食えそうだな」
「もう、お兄ちゃんったら」
 思いもよらないボーナスタイムで気を良くする兄に、リィリアは呆れつつもその顔には笑顔が浮かんでしまう。
 リィリアは兄の言葉に今から舌鼓を打ち、トーマスは妹の為に今日は安い食堂にでも足を運ぼうかと考えた時――その声は後ろから聞こえてきた。

「あー君たち、ちょっと良いかな?」
「……ッ!」
 背後――それも一メイル程の真後ろから聞こえてきたのは、若い男性の声。
 二人が目を見開くと同時にトーマスはバッと振り返り、妹をその背に隠して声の主と向き合う形となった。
 そこにいたのは二十代後半であろうか、いかにも優男といった風貌の青年が立っていたのである。
 青年は前髪を左手の指で弄りつつも、野良猫のように警戒している二人を見て気まずそうに話しかけてきた。
「……あ〜、そう警戒しないでくれるかな?ちょっと聞きたいことがあるだけだから」
 青年の言葉に対して二人は警戒を解かず、いつでも逃げ出せるように身構えている。
 特にトーマスは、気配を出さずにここまで近づいてきた青年が『ただの平民ではない』という認識を抱いていた。
「何だよおっさん?俺らに聞きたい事って……」
「おっさんて……僕はまだ二十四歳なんだが、あぁまぁいいや。……いやなに、本当に聞きたい事が一つあるだけだからね」
 警戒し続けるトーマスのおっさん呼ばわりに困惑しつつも、彼はその゛聞きたい事゛を二人に向けて話し始めた。

「実はさっき、僕が足元に置いていた筈の荷物が消えてしまってね。探していた所なんだよ……あ、失くした場所はここから近くにある総菜屋の入り口ね?
 それでね、適当な人何人かに聞いてみたら路地の中に一人でに入っていった聞いて慌てて後を追ってきたんだが……君たち、知らないかい?」

 男は優しく、警戒し続ける二人を安心させようという努力が垣間見える口調で、今の二人が聞かれたくなかった事を遠慮なく聞いてきた。
 リィリアはその手で掴んでいる兄の服をギュッと握りしめつつもその顔を真っ青にし、トーマスの額には幾つもの冷や汗を浮かんでいる。
 彼の言う通り自分たちはその荷物とやらの行方を知っている。いや、知りすぎていると言っても過言ではない。
 何せ彼が探しているであろう荷物は、先ほどトーマス自身が魔法で手繰り寄せて盗み取ったのであるから。 
 つい先ほどまで有頂天だったのが一変し、窮地に追い込まれた兄妹はこの場をどう切り抜けようか思案しようとする。
 だがそれを察してか、はたまた彼らがクロだと踏んだのか男は彼らの後ろにあったカバンを見て声を上げた。

643ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:14:07 ID:q4fByaLE
「ん、あれは君たちの荷物かい?」
「へ?あ、あぁ……そうだよ」
 てっきりバレたのかと思っていたトーマスはしかし、男の口から出た言葉に目を丸くしてしまう。
 どうやら男はこんな場所に置かれていたカバンと自分たちを見て、それが自分の荷物だと思わなかったらしい。
 よく言えば重度のお人好しで、悪く言えば単なるバカとしか言いようがない。
 きっと自分たちがまだ子供だから、盗みなんてするはずが無い…思っているのかもしれない。
 もしすればこのまま上手く誤魔化せるのではないかと思ったトーマスであったが……――世の中、そう甘くはなかった。
「そうか、そのカバンは君たちの物なのか〜……ふ〜ん、そうかぁ〜」
 トーマスの言葉を聞いた男はそんな事を一人呟きつつ、懐を漁りながら二人のそばへと近寄りだした。
 更に距離を詰めようとしてくる男に二人は一歩、二歩と後退るのだが、男の足の方が速い。
 
 兄妹のすぐ傍で足を止めた男はその場で中腰になると、懐を漁っていた手でバッと何かを取り出して見せる。
 それは一見すれば極薄の手帳のようだが、よく見るとそれが身分証明書の類である事が分かった。
 表紙には大きくクルデンホルフ大公国の国旗が描かれており、その下にはガリア語で゛身分証明゛と書かれている。
 男はそれを開くとスッと兄妹の前に開いたページを見せつけながら、笑顔を浮かべつつ唐突な自己紹介を始めた。

「自己紹介がまだだったね。僕の名前はダグラス、ダグラス・ウィンターって言うんだ。まぁ詰まるところ、旅行者ってヤツさ」
「……そ、それがどうしたってんだよ?俺たちと何の関係が……」
「――君。その鞄の右上、そこに小さく彫られてる名前を確認してみると良いよ」

 自分の反論を遮る彼の言葉に、トーマスの体はピクリと震えた。
 リィリアもビクンッと反応し、相も変わらずニヤニヤと笑う男の様子をうかがっている。
 対する男――ダグラスはニコニコしつつも兄妹の後ろにあるカバンを指さして、「ほら、確認して」と言ってくる。
 仕方なくトーマスはゆっくりと、自分の服にしがみついている妹ごと後ろを振り返り、カバンを確認した。
 丁度都合よく閉まっていたカバンの外側右上に、確かに小さく誰かの名前が彫られている事に気が付いた。
 最初はだれの名前がわからなかったかトーマスであったが、目を凝らさずともその名前が誰の名前なのかすぐに分かった。

――ダグラス・ウィンター

 血の気が引くとはこういう事を言うのか、二人してその顔は一気に真っ青に染まっていく。
「ね?その名前、実は俺が彫ったんだよ。いやぁ、中々の手作業だったんだ」
 心ここにあらずという二人の背中に、聞いてもいないというのにダグラスは一人暢気にしゃべっている。
 しかしその目は笑っていない。口の動きや喋り方、表情に身振り手振りで笑っている風に装っているが、目だけは笑ってないのだ。
 限界まで細めた目で無防備に背中を見せるとトーマスと、警戒しているリィリアが次にどう動くのかを窺っている。
 無論トーマスとリィリアの兄妹もダグラスの冷たい視線に気が付いており、動くに動けない状態となっていた。

644ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:16:05 ID:q4fByaLE
 トーマスは咄嗟に考える。どうする?今すぐ妹の手を取ってここからダッシュで逃げるべきか?
 既に自分たちが盗人だとバレてしまっている以上、どうあっても誤魔化しが効かないのは事実だ。
 ならば未だ狼狽えている妹の手を無理やりにでも取って、脱兎の如く逃げ出すのが一番だろう。
 幸いこの路地は程よく道が幾つにも分かれており、上手くいけば彼――ダグラスを撒ける可能性はある。
 これまで足の速さと運動神経の良さのおかげで、バレたときにはうまく逃げ切れていたし、何より魔法も使える。
 今回も大きなミスをしなければ、背後にいる得体の知れない観光客から逃れることなど造作もないだろう。

(唯一の不安材料は妹だけど……けれど、今更置いて逃げる事なんかできるかよ)
 盗みがバレたせいで未だ目を白黒させているリィリアを一瞥しつつ、トーマスは自身の右手をベルトに差している杖へと伸ばす。
 同時に左手をそっと妹の方へと動かして、胸元で握り締めている両手を取ろうとした――その時であった。
 ふと目の前、暗くなった路地の曲がり角から突如、自分たちよりも二回りほど大きい褐色肌の男が姿を現したのである。
 突然の事にトーマスは慌てて両手の動きを止めて、リィリアは突如現れた大男を見て「……ひっ」と小さな悲鳴を上げてしまう。
 男はダグラスよりもずっと屈強な体つきをしており、いかにも日頃から鍛えていますと言わんばかりのガタイをしている。
 筋肉男――マッチョマンと呼ぶに相応しいほど鍛えられた肉体を、彼は持っているのだ
 そんな突然現れたマッチョマンを前に二人が驚いて動けない中、その男はスッと視線を横へ向け、ダグラスと顔を合わせてしまう。

 そしてダグラスに気が付いた瞬間、男はパッと顔を輝かせると面白いものを見たと言いたげな声で彼に話しかけたのである。
「ん……おぉ、いたいた!おぉいダグラス!盗人はもう見つけたのか?」
「やぁマイク。ようやっと見つけたよ。まさか僕のカバンを盗むなんてね、大した泥棒さんたちだよ」
「ん?あぁ、このガキどもが犯人ってワケか!はっはっは!まさかお前さんともあろう男が、こんなチビ共に盗まれるとはな!」
「よせよ、まさか本当に盗まれるだなんて思ってなかったんだからさぁ」
 まるで一、二ヵ月ぶりに顔を合わせた親友の様に話しかけてくる褐色肌の男――マイクに対して、タグラスも同じような言葉を返す。
 そのやり取りを見てトーマスは更なる絶望に叩き落される。何ということだろう、自分は何と愚かな事をしてしまったのだと。
 冷静に考えれば確かにあのカバンは怪しかった。景気よく稼いだせいですっかり調子に乗っていた自分は、その怪しさに気づけなかった。
 その結果がこれである。自分だけではなく妹のリィリアをも危険に晒してしまっているのだ。

 妹を危険に晒してしまった。……その事実がトーマスに突発的な行動を起こさせきっかけになったかどうかは分からない。
 ただ愛する妹を、唯一残った肉親をせめてここから逃がそうとして、小さな頭で素早く考えを巡らせ結果かもしれない。
「……ッ!うわぁあぁあぁッ!」
「お兄ちゃん!?」
「うぉッ!?何だ、この……離せッ!」
 トーマスは自分たちの目の前で景気よく笑うマイクに向かって、精一杯の突進をかましたのである。
 無論自分よりも倍の身長を持つマイクにとっては、突然見ず知らずの子供が叫び声をあげて両脚を掴んできた風にしか見えない。
 しかし、大の男二人に至近距離まで近づかれた状態では、これが最善の方法なのかもしれない。
 ここまで近づかれては杖を取り出してもすぐに取り上げられ、最悪二人揃って捕まる可能性の方が高い。
 ならば小さな頭で今考えられる最善の方法を、一秒でも早く実行に移す他なかった。

645ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:18:09 ID:q4fByaLE
「走れリィリア!ここから急いで逃げるんだッ!」
「え……え?でも、」
「俺に構うな!さっさと逃げろォッ!」
「……ッ!」
 兄の突然の行動に体が硬直していたリィリアは、彼の叫びを聞いて飛び跳ねるかのように走り出す。
 大男とその足を必死に掴む兄の横を通り過ぎ、暗闇広がる路地をただただ黙って疾走する。
「あっ!お、おいきみ――って、うぉ!?」
 後ろからダグラスの制止する声が聞こえたが、それは途中で小さな叫び声へと変わる。
 五メイルほど走ったところで足を止めて振り返ると、トーマスは器用にも足を出して彼を転ばせたのだ。
 哀れその足に引っかかってしまったダグラスは道の端に置いてあったゴミ箱に後頭部ぶつけたのか、頭を押さえてうずくまっている。
 ここまでした以上、何をされるか分からぬ兄の身を案じてか、リィリアは「お兄ちゃん!」と声を上げてしまう。
 それに気づいてか、顔だけを彼女の方へ向けたトーマスは必至そうな表情で叫ぶ。

「バカッ!止まるんじゃない!早く、早く遠くへ――……っあ!」
「この、野郎ッ!」
 トーマスが目を離したのをチャンスと見たのか、マイクはものすごい勢いで拳を振り上げる。
 振り上げた直後の罵声に気づき、彼が視線を戻したと同時にそれが振り下ろされ、リィリアは再び走り出した。
 直後、鈍く重い音と子供の悲鳴が路地裏に響き渡ったのを聞きながら、リィリアは振り返る事をせずに走り続ける。
 いや、振り返る事ができなかった。というべきであろうか、背後で起きている事態を直視する勇気は、彼女に無かったのだ。
 涙をこぼしながらただひたすらに路地裏を走る彼女の耳に聞こえてくるは、何かを殴りつける鈍い音と、マイクの怒声。

「このガキめ、大人を舐めるな!」
 まるでこれまでの自分たちの行動が絶対的な悪なのだと思わせるかのような、威圧的な言葉。
 それが深く、脳内に突き刺さったままの状態でリィリアは路地裏を駆け抜け、夜の王都へとその姿を消したのである。
 


「最初に言ったけど、もう一度言うわ。自業自得よ」
 リィリアから長い話を聞き終えた後、霊夢は情け容赦ない一言を彼女へと叩きつけた。
 それを面と向かって言われたリィリアは何か言い返そうとしたものの、霊夢の表情を見て黙ってしまう。
 ムッと怒りの表情とそのジト目を見てしまえば、彼女ほどの小さな子供ならば口にすべき言葉を失ってしまうだろう。
 威圧感――とでも言うべきなのであろうか、気弱な人間ならば間違いなく沈黙を保ち続けるに違いない。
 そんな霊夢を恐ろし気に見つめていたリィリアの耳に、今度は背後にいる別の少女が声を上げた。
「まぁ霊夢の言う通りよね。少なくともアンタとアンタのお兄さんは被害者だけど、被害者ヅラして良い身分じゃないもの」
 彼女の言葉にリィリアは背後を振り返り、ベンチに腰を下ろして自分を見下ろしている桃色髪の少女――ルイズを見やる。

646ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:20:06 ID:q4fByaLE
 最初、リィリアはその言葉の意味がイマイチ分からなかったのか、ついルイズにその事を聞いてしまった。
「それって、どういう……」
「そのままの意味よ。散々人の金盗んでおいて、一回シバかれただけで白旗を上げるなんて、都合が良すぎなの」
「でも……あぅ」
 ふつふつと湧いてくる怒りを抑えつつ、冷静な表情のまま相手に言い放つルイズの表情は冷たい。
 眩い木漏れ日が綺麗な夏の公園の中にいるにも関わらず、彼女の周囲だけまるで凍てつく冬のようである。
 もしもここに彼女の身内や知り合いがいたのならば、きっと彼女の母親と瓜二つだと言っていたに違いない。
 その表情を見てしまったリィリアはまたもや何も言い返せず、黙ってしまう。
 
 ほんの十秒ほどの沈黙の後、リィリアはふとこの場にいる三人目の女性――ハクレイへと目を向ける。
 彼女もまた財布を盗まれた被害者であり、さらに言えばそれを盗んだのが自分だったという事か。
 普通に考えれば助けてくれる可能性など万一つ無いのだが、それでも少女は救いの目でルイズの横に立つ彼女へと視線を送った。
 ハクレイはというと、カトレアから貰ったお金を盗んだ少女が見せる救いの眼差しに、どう対応すれば良いのかわからないでいる。
 睨み返すことはおろか、視線を逸らす事さえできず、どんな言葉を返したら良いのか知らないままただ困惑した表情を浮かべるのみ。
 そんな彼女に釘を刺すかのように、ルイズと霊夢の二人も目を細めてハクレイを睨みつけてくる。
 ――同情や安請負いするなよ?そう言いたげな視線にハクレイは何も言えずにいた。
(やっぱり、カトレアを連れてくるべきだったかしら?)
 自分一人ではどう動けばいいか分からぬ中、彼女は自分の選択が間違っていたのではないかと思わざる得なかった。


 それは時を遡る事三十分前。丁度霊夢とハクレイの二人が互いの目的の為に街中で別れようとしていた時であった。
 色々一悶着があったものの、ひとまず丁度良い感じで別れようとした直前に、あの少女が彼女たちの前に姿を現したのである。
 ――今まで盗んだお金を返すから、兄を助けてほしい。そう言ってきた少女は、あっという間に霊夢に捕まえられてしまった。
 ハクレイとデルフが制止する間もなく捕まえられた彼女は悲鳴を上げるが、霊夢はそれを気にする事無く勝ったと言わんばかりの笑みを浮かべていた。
「は、離して!」
「わざわざ姿を現してくれるなんて嬉しい事してくれるわね?……もしかして今日の私の運勢って良かったのかしら?」
 いつの間にか後ろへ回り込み、猫を掴むようにしてリィリアの服の襟を力強く掴んだ彼女は、得意げにそんな事を言っていた。
 そして間髪いれずに路地裏へと連れ込むと、襟を掴んだままの状態で彼女への「取り調べ」を始めたのである。
「早速聞きたいんだけど、アンタのお兄さんが何処にお金を隠したのか教えてくれないかしら?」
「だ、だからお金は返すから……先にお兄ちゃんを!」
「あれ、聞いてなかった?私はお金の隠し場所を教えてもらいたい゛だけ゛なんだけど?」
 最早取り調べというより尋問に近い行為であったが、それを気にする程霊夢は優しくない。
 ハクレイとデルフが止めに入っていなければ、近隣の住民に通報されていたのは間違いないであろう。


 ひとまずハクレイが二人の間に入ったおかげでなんとか場は落ち着き、リィリアの話を聞ける環境が整った。
 最初こそ「何を言ってるのか」と思っていた霊夢であったが、その口ぶりと表情から本当にあった事だと察したのだろう、
 ひとまず拳骨を一発お見舞いしてやりたい気持ちを抑えつつ、ため息交じりに「分かったわ」と彼女の話を信じてあげる事にした。
 その後、姉の所に出向いているであろうルイズにもこの事を報告しておくかと思い。ハクレイに道案内を頼んだのである。

647ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:22:08 ID:q4fByaLE
 彼女の案内で『風竜の巣穴』へとすんなり入ることのできた霊夢は、ハクレイにルイズを外へ連れてくるように指示を出そうとした。
 しかしタイミングが良かったのか、丁度カトレアとの話が済んで帰路につこうとしたルイズ本人とバッタリ出くわしたのである。
「丁度良かったわルイズ。見なさい、ようやっと盗人の片割れを見つけたわ」
「えぇっと、とりあえずアンタを通報すれば良いのかしら?」
「……?何で私を指さしながら言ってるのよ」
 そんなやり取りの後、ひとまず近場の公園へと場所を移して――今に至る。


「それにしても、イマイチ私たちに縋る理由ってのが分からないわね」
 リィリアから話を聞き終えたルイズは彼女が逃げ出さないよう睨みつつ、その意図を図りかねないでいる。
 当然だろう。何せ自分たちが金を盗んだ相手に、兄が暴漢たちに捕まったというだけで助けてほしいと懇願してきたのだから。
 本来ならばふざけるなと一蹴された挙句に、衛士の詰所に連れていかれるのがお約束である。
 いや、それ以前に衛士の元へ駈け込んで助けて欲しいと頼み込めばいいのではなかろうか?
 まだ幼いものの、それが分からないといった雰囲気が感じられなかったルイズは、それを疑問に思ったのである。
 そして疑問に思ったのならば聞けばいい。ルイズは地面に正座するリィリアへとそのことを問いただしてみることにした。
「ねぇ、一つ聞くけど。どうしてアンタは被害者である私たちに助けを求めたのよ?」
「え?そ……それは…………だから」
 突然の質問にリィリアは口を窄めて喋ったせいか、上手く聞き取れない。
 霊夢とハクレイも何だ何だと傍へ近寄って来るのを気配で察知しつつ、ルイズはもう一度聞いてみた。
「何?ハッキリ言いなさいな」
「えっと……その、お姉さんたちがあんなに大金を持ってたから……」
「大金……?――――ッァア!」
 一瞬何のことかと目を細めてルイズは、すぐにその意味に気づいたのかカッと見開いた瞳をリィリアへと向ける。
 限界近くまで見開かれた鳶色のそれを見て少女が「ヒッ」と悲鳴を漏らす事も気にせず、ルイズはズィっとその顔を近づけた。
「も、も、もしかしてアンタ!私たちの三千近いエキュー金貨の場所を、知ってるっていうの!?」
「はいはいその通りだから、落ち着きなさい」
 興奮するルイズの肩を掴んでリィリアと離しつつ、霊夢は鼻息荒くする主に自分が先にリィリア聞いた事を伝えていく。

「まぁ要は取り引きってヤツよ。ウソか本当かどうか知らないけど、どうやら兄貴が何処に金を隠しているのか知ってるらしいのよ。
 それで私たちから盗んだ分はすべて返すから、代わりに兄貴を助けて……次いで自分たちの事は見逃して欲しいって事らしいわ」

 霊夢から話をする間に大分落ち着く事のできたルイズは「成程ね」と言って、すぐに怪訝な表情を浮かべて見せた。
「ちょい待ちなさい。兄を助ける代わりにお金を返すのはまぁ分かるとして、見逃すってのはどういう事よ?」
「アンタが疑問に思ってくれて良かったわ。私もそれを聞いて何都合の良いこと言ってるのかと思ったし」
「少なくともアンタよりかはまともな道徳教育受けてる私に、その言葉は喧嘩売ってない?」
 顔は笑っているが半ば喧嘩腰のようなやり取りをしていると、二人の会話に不穏な空気を感じ取ったリィリアが口を挟んでくる。
「お願いします!盗んだお金はそのまま返すから、お兄ちゃんを……」
「まぁ待ちなさい。……少なくともお金を返してくれるっていうのなら、あなたのお兄さんは助けてあげるわ」
 逸る少女を手で制止しつつ、ルイズは彼女が持ち掛けてきた取引に対しての答えを返す。
 それを聞いてリィリアの表情が明るくなったものの、そこへ不意打ちを掛けるかのようにルイズは「ただし」と言葉を続けていく。

648ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:24:20 ID:q4fByaLE
「アンタとアンタのお兄さんを見逃すっていう事はできないわ。事が済んだら一緒に詰所へ行きましょうか」
「え?なんで、どうして……?」
「どうしても何もないわよ。だってアンタたちは盗人なんですから」
 二つ目の条件が認められなかった事に対して疑問を感じているリィリアへ、ルイズは容赦ない現実を突きつけた。
 今まで見て見ぬ振りを決め込み、目をそらしていた現実を突き決られた少女はその顔に絶望の色が滲み出る。
 その顔を見て霊夢はため息をつきつつ、自分たちが都合よく助けてくれると思っていた少女へと更なる追い打ちをかける。
「第一ねぇ、盗んだモノをそっくりそのまま返して許されるなら、この世に窃盗罪何て存在するワケないじゃない」
「で、でも……それは……私とお兄ちゃんが生きていく為で、」
「生きていく為ですって?ここは文明社会よ。子供だからって理由で窃盗が許されるワケが無いじゃない。
 アンタ達は私たちと同じ人間で、社会の中で生きていくならば最低限のルールを守る義務ってのがあるのよ。
 それが嫌で窃盗を生業とするんなら山の中で山賊にでもなれば良いのよ。ま、たかが子供にそんな事できるワケはないけどね。
 第一、散々人々からお金を盗んどいて、いざ身内が仕事しくじって捕まったら泣いて被害者に縋るような半端者なんだし」

 的確に、そして容赦なく現実を突きつけてくる博麗の巫女を前にリィリアは目の端に涙を浮かべて、顔を俯かせてしまう。
 流石に言いすぎなのではないかと思ったルイズが霊夢に一言申そうかと思った所で、それまで黙っていたデルフが口を開いた。
『おぅおう、鬱憤晴らしと言わんばかりに攻撃してるねぇ』
「何よデルフ、アンタはこの生意気な子供の味方をするっていうの?」
『まぁ落ち着けや、別にそういうワケじゃないよ。……ただ、その子にも色々事情があるだろうって事さ』
「事情ですって?」
 突然横やりを入れてきた背中の剣を睨みつつも、霊夢は彼の言うことに首をかしげてしまう。
 デルフの言葉にルイズとハクレイ、そしてリィリアも顔を上げたところで、「続けて」と霊夢は彼に続きを言うよう促す。
 それに対しデルフも「お安い御用で」と返したのち、彼女の背中に担がれたまま話し始めた。

『まぁオレっち自身、その子と兄さんの素性なんぞ知らないし、知ったとしてもこれまでやってきた所業を正当化できるとは思えんさ。
 どんな理由があっても犯罪は犯罪だ。生きていく為明日の為と言いつつも、結局やってる事は他人から金を盗むだけ。
 それじゃ弱肉強食の野生動物と何の変りもない、人並みに生きたいのであればもう少しまともな道を探すべきだったと思うね』
 
 てっきり擁護してくれるのかと思いきや、一振りの剣にまで当り前の事を言われてしまい、リィリアは落ち込んでしまう。
 何を今更……とルイズと霊夢の二人はため息をつきそうになったが、デルフはそこで『ただし、』と付け加えつつ話を続けていく。
 
『今のような状況に至るまでにきっと、いや……多分かもしれんがそれならの理由はあっただろうさ。
 断定はできんが、オレっち自身の見立てが正しければ、きっとこの子一人だけだったのならば盗みをしようなんざ思わなかった筈だ。
 親がいなくなり、帰る家も失くしてしまった時点で近場の教会なり孤児院を頼っていたに違いないさ』

649ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:26:06 ID:q4fByaLE

 デルフの言葉で彼の言いたい事に気が付いたのか、ハクレイを除く三人がハッとした表情を浮かべる。
 霊夢とルイズの二人は思い出す。あの路地裏でアンリエッタからの資金を奪っていった生意気な少年の顔を。
 リィリアもまた兄の事を思い浮かべていたのか、冷や汗を流す彼女へとルイズが質問を投げかけた。
「成程、ここまで窃盗で生きてきたのはアンタのお兄さんが原因だったってことね?」
「……!お、お兄ちゃんは私の為を思って……」
「それでやり始めた事が窃盗なら、アンタのお兄さんは底なしのバカって事になるわね」
 あれだけの魔法が使えるっていうのに、そんなことを付け加えながらもルイズはため息をつく。
 いくら幼いといえども、自分たちに見せたレベルの魔法が使えるのならば子供でも王都で雇ってくれる店はいくらでもあるだろう。
 昨今の王都ではそうした位の低い下級貴族たちが少しでも生活費を増やそうと、平民や他の貴族の店で働くケースが増えている。
 店側も魔法を使える彼らを重宝しており、今では平民の従業員よりも数が増えつつあるという噂まで耳にしている。
 もしも彼女のお兄さんが心を入れ替えて働いていたのならば、きっとこんな事態には陥っていなかったであろう。

「才能の無駄遣いって、きっとアンタのお兄さんにピッタリ合う言葉だと思うわ」
『まぁ非行に走る前に色々とあったってのは予想できるがね。……まぁあまり明るい話じゃないのは明らかだが』
 ルイズの言葉にデルフが相槌を入れつつも、リィリアにその話を聞こうと誘導していく。
 少女も少女でデルフの言いたいことを理解しているのか、顔を俯かせつつも話そうかどうかと悩んでいる。
 どうして自分たちが盗人稼業で生きていく羽目になったのか、その理由の全てを。
 少し悩んだ後に決意したのか。スッと顔を上げた彼女は、おずおずとした様子で語り始めた。

 両親の死をきっかけに領地を追い出され、兄妹揃って行く当てもない旅を始めた事。
 最初こそ行く先にある民家や村で食べ物を恵んでいた兄が、次第に物を盗むようになっていった事。
 最初こそ食べ物や毛布だけであったが次第に歯止めが効かなくなり、とうとう人のお金にまで手を出した事。
 常日頃口を酸っぱくして「大人は危険」と言っていた為に自分も感化され、次第に兄の行為を喜び始めた事。
 ゆく先々で他人の財産を奪い続けていき、とうとう王都にまでたどり着いた事。
 そこで兄は大金を稼ぎ、二人で暮らせるだけのお金を手に入れると宣言した事。
 そして失敗し、今に至るまでの出来事を話し終えたのは始めてからちょうど三分が経った時であった。

「……なんというか、アンタのお兄さんって色々疑いすぎたのかしらねぇ?」
 三人と一本の中で最初に口を開いたルイズの言葉に、リィリアは「どういうことなの?」と返した。
 ルイズはその質問に軽いため息をつきつつも座っていたベンチから腰を上げて、懇切丁寧な説明をし始める。

「だって、アンタのお兄さんは大人は危険とか言ってたけど。普通子供だけで盗んだ金で家建てて生きていくなんて無茶も良いところだわ。
 それに、普通の大人ならともかく孤児院や教会の戸を叩けたのならきっと中にいたシスターや神父様たちが助けてくれた筈よ?」

650ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:28:09 ID:q4fByaLE
 ルイズの言葉にリィリアは再び顔を俯かせつつ、小声で「そいつらも危険って言ってたから……と話し始める。
「お兄ちゃんが言ってたもん、大人たちは大丈夫大丈夫って言いながら私たちを引き離してくるに違いないって」
 以前兄から教わった事をそのまま口にして出すと、ルイズの横で聞いていた霊夢がため息をつきつつ会話に参加してくる。
「孤児院や教会の人間が?そんなワケないじゃないの、アンタの兄貴は疑心暗鬼に駆られすぎなのよ」
「ぎしん……あんき?」
『つまりは周りの他人を疑い過ぎて、その人達の好意を受け止められないって事だよ』
 デルフがさりげなく四文字熟語を教えてくるのを見届けつつ、霊夢はそのまま話を続けていく。

「まぁ何があったのか大体理解できたけど、それで非行に走るんならとことん救いようがないわねぇ
 きっとここに至るまで色んな人の好意を踏みにじってきて、そのお返しと言わんばかりに金を盗って勝ったつもりになって……、
 それで挙句の果てに屁でもないと思っていた被害者にボコられて捕まったんじゃ、誰がどう考えても当然の報いって考えるわよ普通」

 肩を竦めてため息をつく彼女の正論に、リィリアはションボりと肩を落として落胆する。
 流石の彼女であっても、ここにきてようやく自分たちのしてきた事の重大さを理解したのであろう。
 デルフも『まぁ、そうなるな』と霊夢の言葉に同意し、ルイズは何も言わなかったものの表情からして彼女に肯定的であると分かる。
 しかしその中で唯一、困惑気味の表情を浮かべてリィリアを見つめる女性がいた。
 それは霊夢たちと同じく兄妹……というかリィリアに直接お金を奪われた事のあるハクレイであった。
 少女に対し批判的な視線と表情を向けている霊夢とルイズの二人とは対照的に、どんな言葉を出そうか悩んでいるらしい。
 
 確かに彼女とそのお兄さんがした事が許されないという事は、まず変わりはしない。
 けれどもルイズたちの様に一方的になじる気にはなれず、結果喋れずにいるのだ。
 下手に喋れずけれども止める事もできずにいた彼女であったが、何も考えていなかったワケではない。
 幼少期に兄と共に苛酷な環境に身を置かざるを得なくなり、非行に走るしかなかった少女に何を言えばいいのか?
 そして兄と共に二度とこんな事をしないで欲しいと言わせるにはどうすれば良いのか?それをずっと考えていたのである。
 彼女はここに来てようやく口を開こうとしていた。一歩前へと踏み出し、それに気づいた二人と一本からの熱い視線をその身に受けながら。

「?どうしたのよアンタ」
「……あーごめん、今まで黙ってて何だけど喋っていいかしら?」
 軽い深呼吸と共に一歩進み出た自分に疑問を感じたルイズへ一言申した後、リィリアの前へと立つハクレイ。
 それまで黙っていたハクレイの言葉と、かなりの距離まで近づいてきたその巨躯を見上げる少女は自然と口中の唾を飲み込んでしまう。
 何せここにいる四人の中では、最も背の高いのがハクレイなのだ。子供の目線ではあまりにも彼女の背丈は大きく見えるのだ。
 唾を飲み込むついで、そのまま一歩二歩と後ずさろうとした所で、ハクレイはその場でスッと膝立ちになって見せる。
 するとどうだろう、あれ程まで多が高過ぎて良く見えなかったハクレイの顔が、良く見えるようになったのだ。
「……え?あの」
「人とお話をする時は他の人の顔をよく見ましょう。って言葉、よく聞くでしょう?」
 困惑するリィリアに苦笑いしつつもそう言葉を返すと、ハクレイは若干少女の顔を見下ろしつつも話を続けていく。

651ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:30:09 ID:q4fByaLE
「私の事、覚えてるでしょう?ホラ、どこかの広場でボーっとしてて貴女に財布を盗まれた事のある……」
 霊夢やルイズと比べ、年頃らしい落ち着きのある声で話しかけてくる彼女にはある程度安心感というモノを感じたのだろうか。
 それまで緊張の色が見えていた顔が微かに緩くなり、自分と同じくらいの視点で話しかけてくるハクレイにコクコクと頷いて見せた。
「うん、覚えてるよ。だからまず最初にお姉さんに声を掛けたの。だってもう片方は怖かったから……」
「おいコラ。今聞き捨てならない事をサラッと言ってくれたわね?」
 自分の方を見つめつつもそんな事を言ってきた少女に、霊夢はすかさず反応する。
 それを「やめなさいよ」とルイズが窘めてくれたのを確認しつつ、ハクレイは尚も話を続けていく。
「さっき、貴女のお兄さんを助けてくれたらお金はそっくりそのまま返すって言ってたわよね?」
「……!う、うん。私、お兄ちゃんがどこの盗んだお金を何処に隠しているのを知って……――え?」
 
 食いついた。そう思ったリィリアはパっと顔を輝かせつつ、ハクレイに取り引きを持ち掛けようとする。
 しかしそれを察したのか、逸る彼女の眼前に右手の平を出して制止したのだ。
 一体どうしたのかと、リィリアだけではなくルイズたちも怪訝な表情を浮かべたのを他所にハクレイはそのまま話を続けていく。
「別にお金の事はもう良いのよ。私がカトレアに貰った分だけなら……あなた達が良いなら渡してあげても良い」
「え?それ……って」
「はぁ?アンタ、この期に及んで何甘っちょろい事言ってるのよ!?」
 三人と一本の予想を見事に裏切る言葉に、思わず霊夢がその場で驚いてしまう。
 ルイズは何も言わなかったものの目を見開いて驚愕しており、デルフはハクレイの言葉を聞いて興味深そうに刀身を揺らしている。
 まぁ無理もないだろう。何せ彼女たちから散々許されないと言われた後での言葉なのだ。
 むしろあまりにも優しすぎて、ハクレイにそんな事を言われたリィリア本人が自身の耳を疑ってしまう程であった。
 流石に一言か二言文句を言ってやろうかと思った矢先、それを止める者がいた。
『まぁ待てって、そう急かす事は無いさ』
「デルフ?どういう事よ」
 突然制止してきたデルフに霊夢は軽く驚きつつも自分の背中にいる剣へと声を掛ける。
『どうやら奴さんも無計画に言ってるワケじゃなそうだし、ここは見守ってやろうや』
 何やら面白いものが見れると言いたげなデルフの言葉に、ひとまず霊夢は様子を見てみる事にした。
 彼女の後ろにいるルイズも同じ選択を選んだようで、二人してハクレイとリィリアのやり取りを見守り始める。

「え……?お金、くれるの?それで、お兄ちゃんも助けてくれるっていうの……?」
 相手の口から出た言葉を未だに信じきれないのか、訝しむ少女に対しハクレイは無言で頷いて見せる。
 それが肯定的な頷きだと理解した少女は、信じられないと首を横に振ってしまう。
 確かに彼女の思う通りであろう。普通ならば、金を盗まれた相手に対して見せる優しさではない。
 盗まれた分のお金は渡し、更には兄まで助けてくれる。……とてもじゃないが、何か裏があるのではないかと疑うべきだろう。
 リィリア自身盗んだお金を返すから兄を助けてほしいと常識外れなお願いをしたものの、ハクレイの優しさには流石に異常を感じたらしい。
 少し焦りつつも、少女は変に優しすぎるハクレイへとその疑問をぶつけてみる事にした。
「で、でも……そんなのおかしいよ?どうして、そこまで優しくしてくれるなんて……」
「まぁ普通はそう思うわよね。私だって自分で何を言っているのかと思ってるし」
 彼女の口からあっさりとそんに言葉が出て、思わずリィリアは「え?」と目を丸くしてしまう。
 そして疑問に答えたハクレイはフッと笑いつつ、どういう事なのかと訝しむ少女へ向けて喋りだす。

652ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:32:15 ID:q4fByaLE
「私が盗まれた分のお金はそのまま渡して、ついでにお兄さんも助けてあげる。それを異常と感じるのは普通の事よ。
 だって世の中そんなに甘くないのは私でも理解できるし、そこの二人が貴女のお願いに呆れ果ててるのも当り前の事なんだし」

 優しく微笑みかけながらも、そんな言葉を口にするハクレイへ「なら……」とリィリアは問いかける。
 ――ならどうして?最後まで聞かなくとも分かるその言葉に対し、彼女は「簡単な事よ」と言いながら言葉を続けていく。
「あなた達の事を助けたいのよ。……まぁ二人にはそんなのは優しすぎるとか文句言われそうだけどね」
 暖かい微笑みと共に口から出た暖かい言葉に、それでもリィリアは怪訝な表情を浮かばせずにはいられない。
 何せ自分は彼女に対して財布を盗んだ挙句に魔法を当ててしまったのだ、それなのに彼女は助けたいと言っているのだ。
 普通ならば何かウラがあるのではないかと疑うだろう。リィリアはまだ幼かったが、そんな疑心を抱ける程には成長している。
「でも、そんなのおかしいわ?だって、私はお姉ちゃんに対してあんなに酷いことをしたのに……」
 疑いの眼差しを向けるリィリアの言葉に対して、ハクレイは「まぁそれは忘れてないけどね?」と言いつつも話を続けていく。

「だから私は今回――この一度だけ、あなた達の手助けをするわ。一人の大人としてね。
 あなた達兄妹が泥棒稼業から手を洗って、まともに暮らしていくっていうのなら……今後の為を思ってあなた達に私の――カトレアがくれたお金を託す。
 何なら孤児院や、身寄り代わりの教会を探すのだって手伝おうとも考えてるわ。少なくともそこにいる人たちならば、あなた達を助けてくれると思うから」
 
 ハクレイはそう言った後に口を閉ざし、ポカンとしているリィリアへとただ真剣な眼差しを向けて返事を待っている。
 少女は彼女の言ったことをまだ完全に信じ切れていないのか、何と言えばいいのか分からずに言葉を詰まらせている。
 それを眺めている霊夢は彼女の甘さにため息をつきたくなるのを堪えつつも、最初に言っていた言葉を思い出す。
 ――この一度だけ。つまりは、あの兄妹に対して彼女はたった一度のチャンスをあげるつもりなのだろう。
 彼女が口にしたようにバカ野郎な兄と共にまともな道を歩み直せる、文字通りの最後のチャンスを。
 
 ルイズもそれを理解したようだったが、何か言いたそうな表情をしているに霊夢と同じことを考えているらしい。
 確かに子供といえど犯罪者に対して甘すぎる言葉であったが、犯罪者であるが以前に子供である。
 自分と霊夢は少女を犯罪者として、彼女は犯罪者である以前に子供として接しているのだ。
 だから二人して甘々なハクレイに何か一言突っついてやりたいという気持ちを抑えつつ、リィリアの答えを待っていた。
 そして件の少女は、ハクレイから提示された条件を前に、何と答えれば良いか迷っている最中であった。
 今まで兄と共に生きてきて、大事な事を全て決めてきたのは兄であったが、その兄はこの場にいない。
 だから自分たち兄妹の事を自分が決めなければいけないのだ。
 リィリアは閉まりっぱなしであった重い口をゆっくりと開けて、自分を見守るハクレイへと話しかける。

「本当に……本当に私たちの、味方になってくれるの?」
「アナタがお兄さんと一緒になってこれから真っ当に生きていくというのになら、私はアナタ達の味方になるわ」
 少女の口から出た質問に、ハクレイは優しい微笑みと真剣な眼差しを向けてそう返す。
 そこには兄の言っている「汚い大人」ではなく、本当に自分たちの事を案じてくれる「一人の大人」がいた。
 そして彼女はここにきてようやく思い出す、これまでの短い人生の中で、今の彼女と同じような表情と眼差しを向けてくれた人たちが大勢いたことを。

653ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:34:07 ID:q4fByaLE
 ある時は通りすがりの旅人に果物やパンを分けてくれた農民、そしてタダ配られるスープ目当てに近づいた教会の人たち。
 ここに至るまで通ってきた道中で出会った人々の多くが、自分たちの事を本当に心配してくれていたのだと。
 しかし兄は事あるごとに彼らを見て「信用するな」と耳打ちし、その都度必要なものだけを奪って彼らの親切心を踏みにじってきた。
 兄は自分よりも成長していた、だからこそ自分たちを領地から追い出した親戚たちの事が忘れられなかったのだろう。
 結果的にそれが兄の心に疑心暗鬼を生み出し、他人の善意を踏みにじる原因にもなってしまった。

 その事を兄よりも先に理解したリィリアは、目の端から流れ落ちそうになった涙を堪えつつ――ゆっくりと頷いた。
 ハクレイはその頷きを見て優しい微笑みを浮かべたまま、そっと左手で少女の頭を撫でようとして――。
「…って、何心温まる物語にしようとしてるのよッ!?」
「え?ちょ……――グェッ!」
 二人だけの世界になろうとした所で颯爽と割り込んできた霊夢に、見事な裸絞めを決められてしまった。
 あまりに急な攻撃だった為に何の対策もできずに絞められてしまったハクレイは、成すすべもない状態に陥ってしまう。
 突然過ぎた為か流れそうになった涙が完全に引っ込んでしまったリィリアは、目を丸くして見つめている。
 それに対してルイズは彼女の傍に近寄りつつ、「気にしなくていいわよ」と彼女に話しかけた。
「まぁあんまりにもムシが良すぎるから、ただ単にアイツに八つ当たりしてるだけなのよ」
「え?八つ当たりって……あれどう見ても絞め殺そうとしてるよね?」
「大丈夫なんじゃない?ねぇデルフ、アンタもそう思うでしょう?」
『イヤイヤ、普通は止めろよ!?ってか、そろそろヤバくねぇかアレ?』
 霊夢から無理やり手渡されたのであろう、ルイズの言葉に対し彼女の右手に掴まれたデルフが流石に突っ込みを入れる。
 確かに彼の言う通りかもしれない。自分より小柄な霊夢に絞められているハクレイはどうしようもできず、今にも落ちてしまいそうだ。
 
 デルフの言う通りそろそろ止めた方がいいのだろうが、正直ルイズも彼女の横っ腹にラリアットをかましたい気分であった。
 確かにあの兄妹は犯罪者であるが以前に子供だ、牢屋にぶち込むよりも前に救済をしたいという気持ちは分かる。 
 しかしだからといってあの時金を盗まれた時の屈辱は忘れていないし、自分たちの他にも大勢の被害者がいるに違いない。
 それを考えれば懲役不可避なのだろうが、やはり本心では「まだ子供だから」という気持ちも微かにある。霊夢はあるかどうか知らないが。
 ともかくハクレイはその「まだ子供だから」という元で兄妹にチャンスを作り、兄妹の一人であるリィリアはそれを受け入れた。
 まだ納得いかない所は多々あるがそれをハクレイにぶつける事で、ルイズと霊夢の二人もそれに了承したのである。

654ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:36:10 ID:q4fByaLE
 ひとまずは満足したのか、虫の息になった所でようやく解放されたハクレイを放って、霊夢はリィリアと対面していた。
 ハクレイと似たような顔をしていながらも、彼女よりも怖い表情を見せる霊夢に狼狽えつつも、少女は彼女からの話を聞いていく。
「じゃあ先にお金は返してもらうとして、アンタのバカお兄さんを助けたらルイズの紹介する教会か孤児院に入る事、いいわね?」
「う、うん……それで、他にも盗まれたお金とか一応……あなた達に渡す、それでいいの?」
「そうよ。アンタたちが他の人たちから盗んだお金は私たちが……まぁ、その。責任もって返すことにするわ」
 多少言葉を濁しつつもひとまず条件を確認し終えた所で、今度はルイズが話しかける番となった。
 彼女は言葉を濁していた霊夢をジト目で一瞥しつつもリィリアと向き合いは、咳払いした後真剣な表情で喋り始める。

「まぁ私たちはそこで伸びてるハクレイと違ってあなた達に甘くするつもりはないけど、貴女は反省の意思を見せてる。
 その貴女がお兄さんを説得できたのならば、私もアナタたちがやり直すための準備くらいはしてあげるわ。
 でも忘れないで頂戴。貴族である私の前で約束したのならば、どんな事があっても最後までやり遂げる覚悟が必要だってことを」
 
 わざとらしく腰に差した杖を見せつけつつそう言ったルイズに、リィリアは慎重に頷いた。
 その杖が意味することは、たとえ幼少期に親を失い貴族で無くなった彼女にも理解できた。
 リィリアの頷きを見てルイズもまた頷き返したところで、彼女は「ところで」と話を続けていく。

「一つ聞きたいんだけど、どうして私たちを頼る前に衛士の所に行かなかったのよ?
 いくらアンタ達がここで盗みをやってるって情報が出てても、流石に子供が誘拐されたとなると話しくらいは聞いてくれそうなものだけど……」

 先ほどから気になっていた事を抱えていたルイズからの質問に、リィリアは少し考える素振りを見せた後に答えた。
「えっとね……実はあの二人を探す前にね、今日の朝に詰め所に行ったの」
「え?もしかして、子供の戯言だとか言われて追い返されたの……?」
 人での少なくかつ教育の行き届いていない地方ならともかく、王都の衛士がそんな雑な対応をするのだろうか?
 そんな疑問を抱いたルイズの言葉に対して、リィリアは首を横に振ってからこう言った。
「うぅん、何か詰め所にいた衛士さんたちが皆凄い忙しそうにしててね。私が声を掛けても「ごめんね、今それどころじゃないんだ」って言われたの」
「忙しい……今それどころじゃない?」
「あぁ、そういえば今日は朝からヤケにばたばたしてたわねアイツら」
 何か自分の知らぬ所で大事件が起きたのであろうか?首を傾げた所で霊夢が話に入ってきた。
 彼女の言葉にルイズはどういう事かと聞いてみると、朝っぱらから街中で大勢の衛士が動き回っていたのだという。

「何でか知らないけどもう街の至る所に衛士たちがいたり、走り回ってたりしてたのよ。
 しかもご丁寧に下水道への道もしっかり見張りがいたから、おかけでやるつもりだった捜索が台無しよ。全く……」

 最後は悪態になった霊夢の言葉を半ば聞き流しつつも、ルイズはそうなのと返した後ふと脳裏に不安が過る。
 この前の劇場で起こった事件もそうだが、ここ最近の王都では何か良くないことが頻発しているような気がしてならない。
 そういう事を体験した身である為、ルイズは尚現在進行中で何か不穏な事が起きている気がしてならなかった。
 
 街中の避暑地に作られた真夏の公園の中で、ルイズは背筋に冷たい何かが走ったのを感じ取る。
 その冷たい何かの原因が得体のしれない不穏からきている事に、彼女は言いようのない不安を感じていた。

655ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/09/30(日) 23:40:00 ID:q4fByaLE
はい、以上で第九十七話の投稿は終了です。
今年も残すところ半分を切って、色々慌ただしくなってきました。

それでは今回はここまで、また来月末にお会いしましょう。それではノシ

656ウルトラ5番目の使い魔 78話 ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:27:41 ID:ClJwH74c
皆さんこんにちは、ウルトラ5番目の使い魔。78話投稿開始します

657ウルトラ5番目の使い魔 78話 (1/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:31:43 ID:ClJwH74c
 第78話
 アナタはアナタ(前編)
 
 集団宇宙人 フック星人 登場!


 ハルケギニアの五大国の中で、ガリア王国はその最大の国として知られる。
 国力、領土面積、いずれも随一を誇り、大国として認めぬ者はいない。
 しかし、地方に目を向ければ、貧しい町村や、領主から見放されて荒れ果てた土地も多く、中央の富の届かない影の姿を見せていた。
 そして、首都リュティスから百リーグばかり離れた街道沿いに、そんなさびれた町のひとつがあった。
 町の名前はポーラポーラ。かつてはロマリアとの交易の結地として人口数万を誇ったこともあったけれど、さらに大きな街道の開通と同時にさびれはじめ、今では人口はわずか千人ばかり。荒れ果てた空き家ばかりが軒を連ねる悲しい幽霊街に成り果ててしまっていた。
 そんな町中に一軒の薄汚れた教会があり、固く閉ざされた戸を無遠慮にノックする者がいた。旅装束に、それに見合わぬ節くれだった大きな杖を抱えた小柄な少女。タバサである。
「誰だい?」
 中から返事があった。しかし、扉は固く閉ざされたままであり、明らかに歓迎されてはいない。だがタバサは顔色を変えずに、独り言のように扉に向かってつぶやいた。
「この春は暖かで、王宮の花壇は北も南もきれいでしょうね」
「……ヴェルサルテイルの宮殿には、北の花壇はないんだよ」
 暗号めいたやり取りの後、ガチャリと鍵の開く音がして、扉の奥からフードを目深に被った修道服姿の女が現れた。
「よくここを突き止めたね。腕は鈍ってないようだ。ええ? 北花壇騎士七号」
「思ったより手間はかかった。王女であるあなたが、こんなところでの生活を続けられているとは思えなかったから……けど、ようやく見つけた。イザベラ」
 互いに鮮やかな青い髪をまとった顔を見せあい、タバサとイザベラは再会を果たした。
 けれどイザベラは、招かざる客が来たと露骨に渋い顔をしている。その顔からは、王女として宮廷にいた頃の化粧は消えているが、気の強そうな目付きはそのまま残っていた。
「まあ立ち話も何だ。どうせ、帰れと言ったって帰らない気で来たんだろ? 入りなよ、茶ぐらい出してやる。出がらしだけどね」
 渋々ながら、イザベラはタバサを教会の中に招き入れた。

658ウルトラ5番目の使い魔 78話 (2/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:44:59 ID:ClJwH74c
 「お邪魔します」と、タバサは礼儀なのか嫌味なのかわからないふうに言い、中に足を踏み入れる。中からは埃っぽさのある空気か流れてきて鼻をつき、礼拝堂や懺悔室は物置小屋に見えるほど荒れ果てていたが、奥の給湯室と浴室のあたりだけは生活臭を漂わせていた。
「あなたがプチ・トロワから姿を消したと聞いてずいぶん探した。最初は別荘地などを探したけど、ここまで僻地に逃れているとは思わなかった」
「フン、それでも見つかっちまったら同じことさ……あいつらから聞いたのかい?」
 イザベラが尋ねると、タバサは小さく頷いた。
「あなたに協力者がいたことを思い出せたおかげで、わたしもなんとかあなたの足取りをつかめた。信用してもらうのには随分かかったけど、イザベラ様をどうかよろしくと強く頼まれた」
「ちっ、まったくあのデブとメイドめ……せっかく一人暮らしを楽しんでたっていうのにさ」
 舌打ちすると、イザベラは足音も荒く廊下を曲がった。よれよれの修道服がはためいて埃が舞うが、当人は気にもかけていない。  
 タバサはその後ろ姿を見て、それにしてもあつらえたようによく似合っているなと妙なおかしさを感じた。今のイザベラを見て王女だとわかるものはごく近しい者しかいるまい。元々王女らしくなかったけれども、髪は動きやすいようにまとめてあるし、修道服の着こなしはだらしなく、ただの町娘と言って疑う者はいるまい。これならずっと見つからなかったのもうなづける。
「ずっと一人で暮らしていたの?」
「ああ、食べるものはたまにアネットのやつが届けてくれるし、道具はだいたいここに揃ってるからな。このボロ教会はド・ロナル家の持ち物だそうだから、訪ねてくる奴はまずいない。隠れ家にはいいとこだよ」
「でも、誰にも世話をしてもらえずに、よくあなたが我慢できた」
「そりゃ最初は面倒だったさ。けど、慣れてしまえば独り暮らしも楽しいもんさ。好きなときに食えるし寝れるし、何よりうるさい奴らがいない」
 イザベラは、気にもとめてない風に平然と言う。
 開き直ったときの思い切りのよさは、どこかキュルケに似ているなとタバサは思った。わがままで自分勝手だが、プライドの高さゆえに独立心も強い。
「ほらよ、こんなものしかないけど飲みたきゃ飲みな」
 元はシスターたちの更衣室であったらしい部屋に置かれたテーブルにタバサを座らせ、イザベラはひびの入ったコップに茶を注いで、地味な菓子を振る舞ってくれた。
 タバサは黙ってイザベラに従い、室内をざっと見渡した。すくなからぬ時間を過ごした形跡がある割には、掃除をする気なんかまったくないふうに散らかり放題で、テーブルも埃まみれではあったけれど、タバサにはそれのほうがなぜか安心できた。
 テーブルを挟んで、よく似た顔立ちをした従姉妹同士が向かい合う。
「いただきます」
 ぽつりと言い、タバサはコップに注がれたお茶に口をつけた。味も香りもほとんどせず、ただの色水に近い。
 けれど、温かみだけはあり、コクコクとタバサは数口飲んだ。イザベラは、「けっ、この悪食め」と呆れて見ているが、タバサは今日ここに来てよかったと感じていた。

659ウルトラ5番目の使い魔 78話 (3/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:47:14 ID:ClJwH74c
「お願いがある」
 タバサは一息に切り出した。もとよりそのつもりで苦労して居場所を突き止めたのだ。
 するとイザベラは「そうら来た」と、ふてぶてしく椅子に体を寄りかからせた。しかしタバサが切り出した内容は、イザベラの想像を超えていた。
「ガリアの女王になって欲しい」
「……はぁっ!?」
 イザベラは思わず間の抜けた声を漏らしてしまった。こいつのことだからとんでもないことを言ってくるとは思っていたけど、どこからそんなぶっ飛んだ話が出てくるというんだ?
「わたしの耳がどうかしちまったのかね。女王になれって聞こえた気がしたけど」
「空耳じゃない。ついでに言えば冗談でもない。あなたに、ガリアの女王になってもらいたい」
 タバサの口調は淡々としていながら、空気を重くするような真剣味が感じられた。
 イザベラは、重ねて突きつけられた信じられない要請を咀嚼しきれないながらも、プライドの高さから平静を保ってタバサに問い返した。
「気でも触れたのかい? ガリアはまだわたしの父上が健在だ。どうしてわたしが女王になれる?」
「ジョゼフの統治はもうすぐ終わる。わたしが終わらせる。なにより、ジョゼフ自身がもう在位を望んでいない。でも、ジョゼフがいなくなった後に速やかに空位を埋めなくては内戦になる。今、生き残っている王位継承者はわたしとあなたの二人だけ。そして、後継者としては前王の実子であるあなたのほうがふさわしい」
「建前ではそうだろうね。けどそれは、つまりお前が簒奪者の汚名を避けるための傀儡になれってことだろ?」
 イザベラはにべもなくヒラヒラと手を振って断った。そんな都合のために王位を押し付けられるなんて死んでもごめんだ。
 しかしタバサは邪な様子は一切見せずに続けた。
「わたしには別にやることがある。ガリアを短期に収めるには、表の権威と裏からの工作が必要」
「フン、自分から花壇騎士時代に戻ろうっていうのかい? けど、わたしが表からの権力で、昔みたいにお前を辱め始めたらどうする?」
「好きにすればいい。わたしひとりでガリアが収まるなら、安いもの」
「甘く見るなよ。わたしだって元北花壇騎士の団長だ。そんな正義じみたことを言う奴は一番信用おけないんだ。お前にわたしがやったことを思えば、恨んでいないほうがどうかしている」
 イザベラは馬鹿ではなかった。舌俸鋭くタバサを問い詰めて来る。
 しかしタバサは表情を変えることなく、イザベラに言った。

660ウルトラ5番目の使い魔 78話 (4/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:48:10 ID:ClJwH74c
「あなたに恨みはない」
「恨みはないだって? 言うにことかいてこれはお笑いだ! わたしの命令でお前は何回死地に放り込まれた? 何回人目の前で辱められた? 馬鹿にするのもたいがいに」
「でも、今のあなたはそれを後悔している」
 罵声をさえぎって放たれたタバサの一言に、イザベラは思わず言葉を詰まらせた。そして絶句するイザベラに、タバサは従姉と同じ色をした目を向けて告げる。
「わたしは、あなたの人形だった。物言わぬ、心持たぬ人形……だけど、人形であるからこそ、いつからか人間の心が見えるようになってきた。イザベラ、あなたはわたしの前で一度も心から笑ったことはない。そんなあなたに、わたしは恨みを抱くことはできなかった」
「恨まれるどころか、むしろ哀れまれていたというのかい……戦う前から……いや、戦いもしないうちにわたしはお前に負けっぱなしだ。ああそうさ! わたしはお前が憎かった。わたしにない魔法の才を、お前はじゅうぶんに持ち合わせているからね。けど、どんな無理難題を押し付けても、お前は一度も折れなかった。せめて一度でもお前がわたしに許しを請えば、わたしの気も晴れただろうにさ!」
「でも、今のあなたはそれも間違いだったと知っているはず」
「どうしてそう思う?」
「魔法では手に入らないものがあるということを、今のあなたは知っているから」
 その一言に、イザベラは思わず苦笑いした。友人と呼ぶにはまだ自信がないが、こんな自分がはじめて本音をぶつけ合うことができた、デブとメイドの顔が思い浮かぶ。
 悔しいが、タバサには自分の何倍もの友人がいるのだろう。そんなタバサからすれば、自分など恨む価値さえなかったとされてもしょうがない。
 なんとまあ、馬鹿馬鹿しいことかとイザベラは思った。自分は長い間、いつかタバサが復讐に来るかもという、ありもしない幻想に怯えていたのか。
「ハァ。考えてみれば勝者が負け犬を恨むはずもないね。けど、それと王座のことは別だ。わたしは別にガリアがどうなろうと知ったことじゃない。お前の都合のために、余計な苦労をしょい込むほどお人よしでもない」
「わたしも王位はどうでもいい。どうでもいいと思っていた。でも、わたしは任務の中で王家の争いに巻き込まれて不幸になった人を何度も見てきた。空位期間が生まれれば、その混乱の中でより大勢が不幸になってしまう」
「ならなおさら、お前が女王になるべきじゃないのかい? 今でもオルレアン公の人気は絶大だ。貴族どもは歓呼の声で迎えるだろうし、統治の才覚もお前のほうがあるだろう。裏の仕事なら、わたしだって専門分野だ」
「それでいいとも考えた。けど、トリステインのアンリエッタ女王を見ていて思った。わたしには、女王として必要なものが欠けている。だけど、あなたにはそれがある」
「これはまた、最高のお笑いを提供してくれたね! わたしのほうがお前より女王として優れているだって? お世辞にしたって限度ってものがあるよ。馬鹿にされるのは慣れてるつもりだけど、そこまで言われたら気分が悪いね」
 するとタバサは神妙そうに頭を下げた。
「ごめんなさい。侮辱するつもりはなかった。でも、今、この世界は安定しているように見えるけど、それは見せかけだけ。幻想が晴れるその時までにガリアを立て直しておかなければ、今度こそガリアは滅びてしまう。残念だけどその力は、ジョゼフにはない」
 タバサの態度に嘘偽りはないように見えた。しかし、イザベラはタバサの態度に違和感を感じていた。

661ウルトラ5番目の使い魔 78話 (5/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:56:59 ID:ClJwH74c
「あんた、今日はずいぶんとよくしゃべるじゃないか。わたしには人の心は読めないけど、お前とは無駄に付き合いだけは長いからわかるよ。お前、焦ってるだろ? まだ何を隠しているんだい?」
「……それを言うならイザベラ。なぜあなたはガリアの王がジョゼフだと覚えているの?」
「え……?」
 イザベラは唐突なタバサの問いに答えることができなかった。それはイザベラにとっては当たり前すぎることであったから。
 しかし、タバサはイザベラを真っ向から否定するように告げた。
「今、ガリアの人間。いえ、ハルケギニアの人間のすべてはガリアにジョゼフという王がいることを忘れて、それが当たり前だと思って生きている。異常だけど、ある力によってそれが当たり前だと思い込まされている。けど、あなたは本来の世界の記憶を持ち続けている」
「お前……どういうことだい? この世界がおかしくなっちまった原因を、お前は知っているのかい」
「知っている。いいえ、世界中の人々の記憶に手を加えた張本人は、わたしだから」
 イザベラは椅子から立ち上がると、無言のままタバサの胸倉をつかみ上げた。だがタバサはイザベラのされるがままに身を任せており、イザベラは怒りを押し殺しながらタバサに言った。
「どういうことだい? 説明してもらおうか」
「……話せば長くなるからかいつまんで説明する。少し前に、ジョゼフに異世界から来たという者が接触してきた。あなたが前に召喚したと聞いたチャリジャと似たような者と思ってくれればいい。そいつは、ジョゼフとわたしを相手に、ある条件と引き換えに、ハルケギニアの人間すべての記憶を改ざんしてしまったの」
「そうか、ある日突然に誰に聞いてもお父様のことを知らなくなってたのはそういうわけか。まったく、わたしのほうが頭がおかしくなっちまったんじゃないかって狂いそうだったよ。それで、なんでわたしの記憶だけがそのままだったんだい?」
「もしも、わたしとジョゼフの両方に何かがあったときにガリアを託せるのはあなたしかいない。だから、あなただけは記憶操作から外してもらったの。でも本当なら、あなたにはこのまま穏やかに生活を続けていてほしかった。けど、状況が変わって、どうしてもあなたの力が必要になったの」
 イザベラはタバサの胸元から手を離すと、むかついている様子を隠すことなく吐き捨てた。
「チッ、つまりお前の尻拭いをわたしもやれってことじゃないか。ふざけるんじゃないよ。そんな理由で押し付けられた玉座なんか願い下げだ」
「悪いと思っている。でも、人々の記憶を改ざんしておける時間は、もう長くない。そのときにガリアが本当に滅亡するのを防げるのは、もうわたしとあなたしかいない。イザベラ、あなたしかいないの」
 タバサはイザベラに向かって頭を下げた。しかしイザベラは、懐疑的な目を緩めなかった。
「フン、お前がわたしに頭を下げるとはね。前だったら思いっきり高笑いしてやったろうね。けど、お前さっき言ったよな? 王座のことなんかどうでもよかったって。それがどうして、今さらガリアのためにそんな必死になってるんだ?」
 いまだに信用していないイザベラの視線は、タバサにまだ隠している問題の本質を明かすようにと強く訴えていた。タバサは、イザベラには隠し事はできないと覚悟を決めた。
「ガリアがここまで追い詰められてしまったのは、元をたどればわたしのお父様とジョゼフの確執が原因。娘のわたしには、その責任をとる義務がある」
「それだったら、責任はわたしの父上のほうにあるだろう。もう知っているよ。オルレアン公はわたしの父上に毒殺されたって。お前たち親子のほうは、むしろ被害者じゃないか」
「違う……あなたの言うとおりだと、わたしもずっと信じてきた。けど、真実は違っていた。罪人は、ジョゼフだけではなかったの」

662ウルトラ5番目の使い魔 78話 (6/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 17:58:30 ID:ClJwH74c
 タバサは絞り出すようにそう言うと、懐から一冊の古ぼけた本を取り出してイザベラに差し出した。
「なんだい?」
「読んで」
 なかば押し付けるように差し出されたその本を、イザベラは受け取るとペラペラとページをめくった。どのページにも、人名や数字がびっしりと羅列してあり、よく見ると「何年何月にあの貴族に金をいくら贈った」とか、逆に「あの貴族からどこそこの名画や宝石を贈られた」などを細かく記した帳簿らしいことがわかった。
「なんだい、よくわからないけど、賄賂の記録じゃないのか? こんなもの、どこの貴族のとこを探しても出て来るだろう」
「……それが、わたしの父の書斎から出てきたのだとしても」
「なんだって……」
 イザベラは慌てて筆者を確認した。タバサは筆跡で書いた人間を特定したが、イザベラはそうはいかない。しかしイザベラは最後のページに、おそらくペンの試し書きで書いたと思われる落書きを見つけた。
「「僕は兄さんには絶対に負けない」か……」
 それが、誰が誰を指したものであるかはイザベラにもすぐにわかった。 
 三年前のあの当時、イザベラも子供であった。しかし、子供のイザベラの目から見ても当時のオルレアン公の人気は天を突くようで、反面『無能』の代名詞であったジョゼフの娘の自分はずいぶん肩身の狭い思いをしたものだ。
 だが、大人になった今、冷静にジョゼフとオルレアン公を比べてみれば、二人には魔法の才を除けば極端な差はなかった。王位は長子が継ぐべしという世の習いを思えばジョゼフを推す者も少なからずいたであろう。いくらオルレアン公が好人物で有名だったとしても、どこかおかしくはなかったか?
 イザベラはタバサの顔を覗き見た。いつもの無表情を装ってはいるけれど、どこか怯えているように見える。これまでどんな凶悪な怪物の退治を押し付けても眉ひとつ動かさなかったというのに。
「お前は、これをどう思ってるんだい?」
「信じたくはなかった。けど、生き残っているオルレアン派の貴族の何人かに探りを入れてみたら、間違いないとわかった。わたしは、娘として父の罪を償わなければいけない」
「これを、わたしの父上はもう知っているのか?」
「まだ伝えていない。今伝えたところでなにも変わらない。それに、ジョゼフのやった罪が消えるわけでもない」
 イザベラは、タバサの目にいまだ消えない執念の炎が燃えているのを垣間見て、ごくりとつばを飲んだ。
「なら、これからどうするつもりなんだい?」
「もうこれ以上、ガリアをわたしたち王家の犠牲にするわけにはいかない。わたしはその因縁を闇に葬るために、あえて奴の作戦を続けさせる。イザベラ、その後にガリアを治めるのは、一番罪に触れていないあなたがふさわしい」
「わたしが一番罪汚れていない、か……皮肉だとしても、これ以上のものはないね」
 イザベラは苦笑した。まったく、運命の女神というやつはよほど残酷で悪趣味な魔女であるに違いない。
「もし、わたしが嫌だと言ったら?」
「そのときは、わたしが全てにケリをつける。あなたには、もう二度と会うことはないと思う」

663ウルトラ5番目の使い魔 78話 (7/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:05:15 ID:ClJwH74c
「どうしてそこまで一人で背負い込もうとするんだい? お前の責任感の強いのはわかったけど、お前が悪いわけじゃない。わたしみたいに何もかも投げ捨てて隠れ住んだほうがずっと楽じゃないか?」
 すると、タバサは短く宙をあおいでから答えた。
「このガリアには、この世界には、犠牲にするにはもったいないほど素晴らしい人たちが大勢いる。そんな人たちを、わたしは好きになりすぎてしまった。イザベラ、あなたもそのひとり」
「わたしが? わたしがいつお前に好かれるようなことをしたんだ? 恨まれるようなことしかした覚えはないよ」
「あなたが助けたあの少年とメイドから聞いた。イザベラさまは、本当は寂しがりやなだけで、本当は優しい方なんだってことを。わたしも、小さい頃はあなたによく遊んでもらったのを覚えている。あなたは、あの頃から変わっていない」
「ちっ、ほんとにあのバカどもめ。今度会ったらはっ倒してやる」
 照れながらもイザベラに嫌悪感はなかった。
 しかし、それとタバサに協力するかどうかとなっては話は別だ。このガリアという崩壊寸前の国を立て直すには想像を絶する困難が待っていることだろう。それは、イザベラがかつて経験したこともない重圧だった。
 でも、イザベラにも迷いはあった。ガリアという国は、自分にとってたいして愛着のあるものではないけれど、タバサと同じ様に守ってあげたい人たちはいる。なにより、かつて進んで死地に送り出していた時とは逆に、タバサを見殺しにするのは忍びないという心が生まれている。
「少しだけ考える時間をおくれ。今晩には答えを出すから、しばらく一人にしてくれ」
「……わかった。今晩、また来る」
 タバサは短く答えると席を立った。
 イザベラはじっと考え込んだ様子で、立ち去るタバサに見向きもしない。タバサはそっと廊下を歩むと、教会の外に出た。
 外は日が傾きだし、相変わらず人通りはまばらだった。
 まるで寿命を待つばかりの老人のような街だとタバサは思う。いやきっとガリアだけでなく、世界中にこうした役目を終えて滅びを待つだけの町はあるのだろう。
 しかし、まだガリアという国ををそうしてはならないとタバサは思った。全てのものはいつか滅びるのが定めだとしても、ガリアほどの大国が倒れれば、ハルケギニア全体に少なくとも数年に及ぶ混乱が巻き起こる。そうなれば、近い将来本格的に動き出すヤプールに対抗するのは不可能になる。
 タバサは空を仰いで思った。お父様、あなたもいつかはこの空を見ながらガリアの行く先を思ったのですか? もしお父様が生きていたら、ガリアをどんな国にされたのでしょう? わたしは、この三年間そのことばかりを思ってきました。けれど、それは間違いだったかもしれません。
 人の上に立つ、国王として何が必要か? たぶん、多くのものが必要なのでしょうけど、お父様もジョゼフも一つだけ気がついていないものがあったのですね。でも、それをイザベラは持っています。イザベラ自身は気づいていないけれど、横暴な王女だったイザベラが誰にも頼らずに自分だけで茶を淹れてくれたことで、確信しました。
 タバサは物思いに耽りながら、しばらくの休息をとるために歩いた。なにかと多忙ではあるが、シルフィードのいない今の移動は時間がかかり、疲労も溜まりやすい。しかしその中で、何かの役に立てばとジョゼフの所有していた『始祖の円鏡』をロマリア名義で密かにトリステインに送っておいたことが功を奏したらしいと聞いた。まったくあいつは何を考えているのかわからない。
 こんな寂れた街でも旅人向けの宿は残っており、タバサは町外れの小さな宿に入ると食事もとらずに寝床に飛び込んだ。
 
 やがて日も落ち、夜がやってくる。

664ウルトラ5番目の使い魔 78話 (8/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:07:11 ID:ClJwH74c
 ポーラポーラの街は酒場で賑わうような者すらもいなくなって久しく、日が落ちるとわずかな住人も家に閉じこもって街は静寂に包まれてしまう。
 夜道に響くのは野良犬の声ばかりで、街は本当に死んでしまっているかに見えた。しかし……その深夜のこと、タバサは妙な不快感を感じて目を覚ました。
「んっ……何?」
 頭の中に沁み込んで来るような、聞いたこともない高い音がタバサの耳に響いてきた。しかもそれは耳を塞いでも頭の中に執拗に鳴り響いてきて、タバサは直感的に危険を感じて呪文を唱えた。
『サイレント』
 音を遮断する魔法の障壁が張られ、タバサは不快音から解放されてほっと息をついた。
 いったい今の音は何? タバサはサイレントの魔法を張ったまま客室を出ると、まずは宿の様子を確かめた。 
「みんな、眠らされている……」
 宿の主や泊り客は皆、揺り起こしても何の反応もないくらい深く眠らされていた。あんな不快音の中でなぜ? と、思ったが、タバサは自分が風のスクウェアメイジだということを思い出してはっとした。
 なるほど、自分は風の脈動、つまり音に対して人一倍敏感だから、普通の人間とは逆の反応をしてしまったのだ。あの不快音は、恐らく普通の人間に対しては催眠音波として働くのだろう。自分もスクウェアにランクアップしていなければ危なかった。
 しかし、なぜこんな辺鄙な街でそんなものが? いや、考えるのはもっと状況を把握してからだと、タバサは直感に従って夜の街へと飛び出した。
 深夜の街は洞窟の中のように暗く不気味で、今日は月も大きく欠けている日だったので月光もほとんどなく、タバサは『暗視』の魔法を自分の目にかけて路地を進んだ。
 おかしい……昼間とは空気が違う。タバサは駆けながらも、ポーラポーラの街を流れる空気の異常に気付いた。昼間は寂れていながらも人の住んでいる街らしく、生ゴミの腐臭や生活の煙の臭いがかすかに嗅ぎ取れたが、今はまるで新築の家の中にいるような無機質な空気しか感じない。まるで街がそっくり同じ姿の箱庭に変わってしまったような。
 そのとき、タバサは人の気配を感じて物陰に隠れた。ぞろぞろと、こんな深夜には似つかわしくない大勢の足音が近づいてくる。
「あれは……」
 タバサはそれらの中の数人に見覚えがあった。ついさっきまで自分がいた宿の主や泊り客らだ。その誰もが操り人形のように虚ろな表情で歩いていった。
 彼らをやり過ごした後、タバサは疑念を確信に変えた。この街ではなにか異常な事態が起こっている。
 すると、さっき街の人たちが去っていった方向から足音がして、タバサは再度身を隠した。すると妙なことに、さっき去っていった街の人たちが戻ってきたではないか。
 だがタバサは違和感を覚えた。街の人たちの様子が変わっている。さっきは操り人形のようだった表情が、どこか悪意を感じる薄笑いに変わっていたのだ。
 操られているのか……それとも。タバサは考えたが、遠巻きに観察するだけでは確証を得るのは無理だった。いやそれどころか、タバサの目に信じられない光景が映りこんできたのだ。
「町が……動いている!?」
 思わず口に出してしまったほど、タバサの見た光景は常識を外れていた。さっきまでタバサの寝ていた宿の近辺の建物が動き出して地下に沈んでいったかと思うと、まったく同じ建物が地下からせり出してきて、パズルのように元通りはまっていったのである。

665ウルトラ5番目の使い魔 78話 (9/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:09:53 ID:ClJwH74c
 自分の目はどうかしてしまったのか? だがタバサは冷静さを取り戻して確かめると、目の前で起きている光景が『暗視』の効果でのみ見えており、裸眼ではまったく見えないことを発見した。
 からくりが読めてきた。どういう狙いかはわからないけれど、何者かが普通の人間の目には見えない仕掛けを使って街をそっくり入れ替えてしまおうとしているようだ。こんなことができるのは、ハルケギニアの住人では考えられない……ならば。
 いや……タバサは探求心を押し殺して、現状で最優先させなければならないことを思い出した。街の異変も重大だが、それよりも急いで確認しなければいけないことがある。
「イザベラ……」
 タバサは足音を消して路地を急いだ。
 そして、昼間のボロ教会の前についたタバサは扉をノックして反応を待った。
「どなたですか?」
 確かにイザベラの声で返事が返ってきた。しかし、昼間よりも声色が暗く、何よりもタバサは風系統のメイジとして、その声にほんのわずかだが人間の声ではありえないノイズが混ざっているのを聞き取った。
「この春は暖かで、王宮の花壇は北も南もきれいでしょうね」
 昼間と同じ呼びかけをして返事を待った。しかし、相手から返答はなく、しばらくしてわずかに開いた扉のすきまからイザベラの顔が覗いた。
「どなたですか?」
 明らかにこちらを知らないという態度。それを確認した瞬間、タバサは脱兎のように素早く行動に出た。
 杖を扉の隙間に差し込んで一気にこじ開け、小柄な体でイザベラのような何者かに体当たりを仕掛けたのだ。
「ぐあっ!」
 イザベラそっくりのそいつは、こんな展開は予想していなかったようで、タバサの体当たりをまともに食らって教会の中の床に転がった。タバサはそのまま、相手が起き上がろうとするところへ腹を踏みつけて動きを封じると、杖の先に鋭い氷の刃を作って相手の首筋へ突き付けた。
「暴れると殺す、叫んでも殺す」
 短く脅しの言葉を放ち、タバサは相手が返事ができるようになるのを待った。
 イザベラのような相手は、腹を踏みつけられたことでイザベラそっくりの顔を歪めながら苦しんでいたが、やがて息を整えると、恐怖に震えた様子で言った。
「お、お前はいったい? 誰だ? なんのためにこんなことをする?」
 やはりこちらのことを一切知らない様子に、タバサはイザベラそっくりなそいつの腹をさらに強く踏みしめた。
「質問をするのはこっち。まずは正体を表して。それ以上、彼女の姿を騙ることは許さない」
「ぎゃぁぁっ、わ、わかった。わかったからやめてくれ」
 イザベラそっくりな相手の姿がぼやけたかと思うと、次の瞬間そこには大きな耳と筋だらけののっぺらぼうの顔をした宇宙人の姿があった。

666ウルトラ5番目の使い魔 78話 (10/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:11:50 ID:ClJwH74c
 やはり……タバサは相手の動きを封じたまま、イザベラの姿を騙られた怒りを込めた声で尋問を始めた。
「あなたは誰? どこからやってきたの?」
「わ、我々はフック星人だ。ヤプールの差し金で、別の宇宙からやってきたんだ」
「目的は何? 侵略?」
「さ、最初はそのはずだったんだ。でも、アイツがやってきてからおかしくなっちまったんだ。お前、ウルトラマンどもの仲間か? 頼む、命だけは助けてくれ」
 フック星人はタバサに気圧されたのか、それとも元々小心なのか、みっともないくらい怯えながら答えた。
 タバサは、嘘をついている可能性は低いなと判断しながらも、油断なく尋問を続けた。
「おとなしく答えれば殺しはしない。イザベラは……この街の人たちはどこへやったの?」
「ち、地下の俺たちの基地だ」
「なぜ、街の人とと入れ替わっていたの? ここで何をしているの?」
「俺たちフック星人は夜しか活動しないんだ。だから夜になったら街の人間と入れ替わって、街を偽物に入れ替えてごまかしてたんだよ。俺はただの下っ端で、地下で何をしてるかは隊長しか知らねえ」
「なら、その入り口に案内して。そうしたら解放してあげる」
 タバサはフック星人を立たせると、その後ろから死神の鎌のように杖をあてがって歩かせ始めた。
 地下への入り口は下水道のマンホールにカムフラージュされていた。タバサはそこでフック星人を気絶させて物陰に隠すと、地下へと降り始めた。
 気配を消しながらタバサは延々と続く階段を降りていった。地下はかなり深く、ざっと百メイルは降りたかと思った時、やっと平坦な通路へ出た。そして、その通路に空いた窓を覗き込むと、タバサはあっと驚いた。
「これは……表の街」
 ポーラポーラの街がそっくりそのまま地下の広大な空間に移されていた。鼻をこらすと、昼間感じた生活臭が漂ってくる。間違いなく、こちらが本物の街だった。
 なるほど……フック星人たちは、こうやって街と住人をそっくり入れ替えて侵略を進めていくつもりだったのかとタバサは思った。昼間はなんの異変もなく、夜な夜なこうして侵略地域を増やしていけば、人間に気づかれることなくいずれ地上を全部手に入れることができる。実際、かつて地球でもフック星人たちはこうしてウルトラ警備隊の目をあざむきながら侵略計画を進めていたのだ。
 きっと街の人たちやイザベラもこのどこかに……だがここでタバサは考えた。単純にイザベラを取り戻すだけなら、朝を待てば街は元に戻されるだろう。それが一番確実だ。
 いやダメだ。すでに自分は下っ端とはいえ、フック星人のひとりを倒してしまっている。気づかれるのも時間の問題だ。そうなれば、街が元に戻る保証はない。
 やはり、今晩のうちにイザベラを奪還するしか道はない。だがそう思った瞬間、通路にブザー音と非常放送が流れ始めたのだ。
「全隊員に告げる、侵入者あり。全隊員に告げる、侵入者あり。全隊員はただちに非常事態態勢をとり、侵入者を排除せよ! 繰り返す……」
 見つかった! タバサは思ったよりも早い敵の反応に焦りを覚えるとともに、通路の先から足音が近づいてくるのを聞き取った。

667ウルトラ5番目の使い魔 78話 (11/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:17:02 ID:ClJwH74c
 数は数人、戦って倒すか? いや、敵の全容が掴めていないのに派手にこちらの存在を暴露するのは危険だ。タバサは思い切って、窓から眼下に広がる街へと飛び降りた。
 小柄な体が宙に舞い、青い髪がたなびく。振り返ると、飛び降りた窓から数人のフック星人がこちらを見下ろしているのが見えた。
『フライ』
 落ちる寸前に魔法で浮いて着地し、タバサは町並みの影に姿を隠した。
 これで少しは時間が稼げるはずだ。ポーラポーラの街は空き家だらけで身を隠す場所には苦労しない。と、そこでタバサは偶然にもこの場所が、本物のイザベラがいるであろう教会のすぐ近くであることに気づいた。
 ここからなら、百メイルも行けば教会にたどり着ける。しかし、敵の対応の速さはタバサの予測をさらに上回っていた。自分に向かって人間ではない足音が複数近づいてくるのが聞こえる。もう回り道をしている余裕はないと、タバサは呪文を唱えて空気の塊を巨大な砲弾にして発射した。
『エア・ハンマー!』
 スクウェアクラスの威力で放たれた空気弾は本物の砲弾も同然の威力で廃屋の壁を次々にぶち破りながら進み、その跡には家々の壁に丸い穴が続いた通路が出来上がっていた。
 よし、これで最短距離で直進できる。少々荒っぽいが、どうせみんな空き家なので勘弁してもらおう。タバサは飛びながら自分で作ったトンネルを急行し、そのゴールには目論み通り教会があった。
「アンロック」
 と、言いながらまたエア・ハンマーで扉をぶっ飛ばし、タバサは屋内でイザベラを探した。
 いた。イザベラは休憩室のソファーで寝息を立てていた。きっと、ソファーで考えながら眠ってしまったところを眠らされてしまったのだろう。
 タバサは杖を振り上げると、「起きて」と言って、思い切りイザベラの頭に振り下ろした。
「あがぐがびげがげ!?」
 熟睡していたところをぶん殴られて、イザベラは人間の放つものとは思えない声を叫びながらソファーから落ちて七転八倒した。
 しまった……ついうっかりいつもシルフィードにしてる起こし方をやってしまった。死んでないといいけど……。
「あがががが……な、なにが!?」
 よかった、どうやらイザベラもなかなか石頭だったようだ。多少目を回してはいるようだけども、起きてくれたならとりあえずよしだ。タバサは、次からイザベラを起こすときにはこの手でいこうと思った。
 しかし、のんびりしてもいられなさそうだ。フック星人の追っ手が迫ってきている気配がする。タバサはイザベラの首根っこを掴むと、勢いよくフライの魔法で飛び出した。
「ぐえええ……」
 首が締まってイザベラから苦悶のうめきが漏れる。が、悪いがかまっている余裕はない。タバサは全速で飛行しながら、時に追っ手に魔法を撃って退けつつ急いだ。
 やがて街はずれまで来て、ようやく追っ手をまいたタバサはイザベラを放した。イザベラはしばらく激しくせき込んでいたが、やがて顔を真っ赤にしてタバサにつかみかかってきた。

668ウルトラ5番目の使い魔 78話 (12/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:19:31 ID:ClJwH74c
「お前やっぱりわたしを殺す気だろ! わたしが憎いならはっきり言ったらどうだい!」
「あなたに恨みはない」
「どの口でそんなことを言うんだよ!」
「しっ、声が大きい。敵に気づかれる」
「敵ぃ!?」
 タバサはいきりたつイザベラをなだめながら、今の状況を説明した。
 イザベラは殴りかかる寸前まで行きながらも、空が天井で封鎖されているのを見て状況を理解した。
「なるほどね。前は小さくされて捕まって、今度は街ごと捕まってしまったわけか。それにしてもお前、もう少し優しく助け出すことはできないのかい?」
「荒っぽい仕事ばかりやらせてたのはあなた」
「ぐぬぬ……で、これからどうするつもりなんだよ?」
「まずは出口を探す。最悪、あなただけでも逃がさないといけない。できるだけ静かにしながらついてきて」
 話を強引に打ち切ると、タバサはさっさと歩きだしてしまった。イザベラはまだ言いたいことはあったけれど、こんな状況ではタバサ以外に頼れるものはおらず、しぶしぶ後をついていった。
 街は住人がそれぞれの家で眠らされているようで、タバサたち以外には動く者はいない。だがフック星人の兵士があちこちで自分たちを探し回っており、ふたりは隠れ潜みながらじっくりと進んでいった。
「おい、なんであんな弱っちそうな奴ら、さっさと倒して行かないんだよ? 今のお前ならできるだろ」
 じれたイザベラが急かしてくる。しかしタバサはしっと口を押さえながら小声で返した。
「敵の総力がわからないままで、無駄な精神力は使えない。それに、彼らは目がない代わりに耳が発達してるようだから、へたに騒げば仲間がわっと集まってくる」
 もしフック星人がタバサの精神力を上回る戦力を持っていたらタバサに勝ち目はない。タバサは可能であればポーラポーラの街の人たちも助ける気でいたから、雑兵相手に無駄な戦いをするわけにはいかなかった。
 それに、敵を泳がせることで利用することもできる。タバサはフック星人の兵隊の動きを注意深く観察していた。彼らのパトロールの動きを読めば、ここの出入り口も読めるはず。案の定、廃屋のひとつが彼らの出入り口になっているのがわかった。
「あそこから別のところに行けそう」
 タバサはフック星人が去った後に、イザベラをともなって廃屋に入った。
 どうやら地下室への入り口が出入り口になっているらしい。敵の気配がないことを確認して、その入り口をくぐった。
 行く先は機械的な地下通路になっていて、まるで宇宙船のような作りのそこを、旅人服のタバサと修道服のイザベラが進んでいくのは、見る者がいればアンバランスだと思ったことだろう。

669ウルトラ5番目の使い魔 78話 (13/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:21:14 ID:ClJwH74c
 この先はいったいどこにつながっているのだろう? 二人は息をひそめながら通路を進んでいく。
「おい、なんかどんどん下へ下へと下がっていってる気がするんだが、ほんとに出口に向かってんのか?」
 イザベラが抗議してきても、もちろんタバサにだって確信があるわけがない。しかし、いまさら引き返すというわけにはいかず、運を天にまかせるしかないのが本音だ。
 が、通路は果てがないくらい長く、イザベラが疲れて壁に寄りかかった。
「ちょ、ちょっと待っておくれよ。少し休憩していこうぜ、こっちはお前ほど歩き慣れてないんだ、うわぁっ!?」
「イザベラ!?」
 突然、イザベラの寄りかかった壁が回転したかと思うとイザベラは壁の向こうへ吸い込まれていってしまった。
 隠し扉!? タバサは慌てて壁の向こうへ消えたイザベラを追って自分も回転扉のようになっている隠し扉の先へと進んだ。
「う、いてて」
「イザベラ、大丈夫?」
「ああ、びっくりしただけだよ。それにしても、なんてとこに扉を作りやがるんだ。って……なんだいこれは!」
 イザベラとタバサは、隠し扉の先にあった部屋でおこなわれている光景を見て驚愕した。
 大きな部屋の中でベルトコンベアーとロボットが無人で稼働し、機械音を響かせながら何かを製造している。
 ふたりはしばらくその光景にあっけにとられた。ハルケギニアの人間の常識ではありえない光景……しかし、一時期を地球で過ごしたことのあるタバサは、これが工場であることに気づいて、ベルトコンベアーの上で何が作られているのかを覗き込んだ。
「これは、銃?」
 タバサは手に取った未完成品を見てつぶやいた。ハルケギニアの原始的な火薬式のものとは違い、全金属製だが木のように軽い未知の金属で作られている。恐らくは光線銃の類だろう。
 見ると、複数あるベルトコンベアーではそれぞれ違った兵器が製造されている。それぞれが手持ち携行可能なサイズの銃火器で、中には才人たちがド・オルニエールで見たウルトラレーザーも含まれていた。
 ここはフック星人の兵器製造工場かとタバサは考えた。異世界の武器がいかに強力かはタバサもよく知っている。できればここも破壊しておきたいがと思ったが、イザベラが急かすように袖を引いてきた。
「なに考え込んでるんだよ。こんなところに用はないだろ、早く出口を探そうって」
 確かに、今はそこまでやっている余裕がないのも確かだ。優先すべきはまず脱出、基地の破壊は準備を整えた後でもいい。
 タバサは元の通路に戻ろうと踵を返した。だがそこへ、あざ笑う声が高らかに響いてきたのだ。
「ハッハハハ! 出口なら永遠に探す必要はないぞ」

670ウルトラ5番目の使い魔 78話 (14/14) ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:22:33 ID:ClJwH74c
 はっとして振り向いた先の壁が回転して、大柄なフック星人が入ってきた。
 とっさに杖を向けるタバサ。しかし、タバサが呪文を唱え始めるよりも早く、壁の別のところや工場の物陰から何十人ものフック星人が現われてふたりに銃を向けてきたのだ。
「……くっ」
「ハハハ、いくらお前が優れたメイジでも、これだけの銃口に狙われてはどうしようもあるまい? さあ、後はわかるだろう? 俺に退屈な台詞を言わせないでくれよ」
 嘲るフック星人に対して、タバサは攻撃することができなかった。表情こそ変えていないが、内心では歯ぎしりしたいような悔しさが燃えている。やられた、捕まえやすいところへむざむざ誘い込まれてしまったのだ。
 もしタバサが魔法を使うそぶりを見せれば、四方からのレーザーがふたりを蒸発させてしまうだろう。タバサひとりならまだなんとかなるかもしれないが、イザベラまで守り通すのは不可能だ。タバサは仕方なく、杖を手放すと両手を上げた。
「おいお前!」
「今はこうするしかない。イザベラ、あなたも逆らわないで……さあ、これでいい?」
「そう、それでいい。話が早くて助かる。フフ……あとでゆっくりどこの回し者か聞き出してやるとしよう」
 大柄なフック星人はそう言って笑った。
 どうやら、このフック星人があの下っ端が言っていた隊長らしい。タバサは背中に銃口を突き付けられながらも、隊長に問いかけてみた。
「ここで侵略用の武器を作っているの?」
「侵略? フン、本当ならそのつもりだったんだが、あのお方の命令でな……でなければ、誰がこんなオモチャみたいな武器を作るものか」
「あのお方?」
「余計なことは知らなくていい。どうせお前らは二度とここからは出られないんだ。お前ら、尋問の用意ができるまでこいつらを閉じ込めておけ!」
 隊長が不機嫌そうに命令すると、タバサとイザベラの背中から別のフック星人が銃を突き付けて「歩け」と促してきた。
 タバサは黙ってそれに従って歩き出す。隣でイザベラが顔を青ざめさせているが、今のタバサにはどうしてやることもできなかった。
 
 だが、チャンスは必ず巡ってくる。タバサは逆転をまだあきらめてはいない。
 それにしても、フック星人の後ろにいるという、あの方とは何者か? 思案をめぐらせるタバサの後ろで、隠し扉の閉じる音が重く響いた。
 
 
 続く

671ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/10/05(金) 18:34:47 ID:ClJwH74c
今回はここまでです。フック星人といえばウル忍でもレギュラーでしたね。
しかし、ほかの宇宙人でも似たようなものですが、あのマスクをかぶって演技するアクターさんは大変でしょうねえ。

672名無しさん:2018/10/05(金) 20:43:24 ID:cU2ELQhY
ウルトラ乙

673ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:37:25 ID:6VAe6l22
皆さんおはようございます。79話の投稿を始めます

674ウルトラ5番目の使い魔 79話 (1/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:40:48 ID:6VAe6l22
 第79話
 アナタはアナタ(後編)
 
 集団宇宙人 フック星人 登場!
 
 
 タバサとイザベラはフック星人の基地の中を連行されていた。
 フック星人の作戦によってすり替えられてしまったポーラポーラの街。タバサはそこからイザベラを助け出し、さらにフック星人の兵器工場も発見した。
 しかし、罠にはめられて二人とも捕らえられてしまい、牢への道を歩かされている。
 杖は取り上げられ、背中には銃を突き付けられた最悪の状況。けれどタバサはまだあきらめず、虎視眈々と反撃のチャンスを狙っていた。
 
「わたしたちを、どうするつもり?」
「知りたいか? うちのボスはせっかちだからトークマシンでお前たちの頭を根こそぎかき出すつもりだろうぜ。まあ、トークマシンのフルパワーで頭をいじられたら廃人確定だろうから、いまのうちにせいぜい怯えてるがいいさ」
 タバサの質問に、彼女たちを連行しているフック星人の一人が答えた。今、タバサとイザベラの背中にはそれぞれ銃が突き付けられ、銃を持ったフック星人と、その上司らしいフック星人の計三人のフック星人がいる。
 対して、タバサとイザベラは杖を取り上げられて完全に丸腰。状況はまさに最悪と言えた。
 おまけにフック星人たちは、こちらを無事にすますつもりはまったくないようだ。トークマシンがなんのことだかはわからないけれど、話からして自白剤のようなものらしい。
 イザベラのほうを見ると、完全に血の気を失ってしまっている。無理もない……事実上の死刑宣告を受けてしまったら、普通の神経では耐えられないものだ。
「お、おい……わ、わたしたち、どうなるんだい?」
 怯え切った声でイザベラが問いかけてきても、タバサにはそっくりそのままを言ってやるしかできなかった。それを聞いて、さらにイザベラの顔が絶望に染まるが、嘘を言ったところでどうにかなるものでもない。
「ど、どうにかしてくれよ。お前、北花壇騎士だろ。いままで、わたしのどんな難題もこなしてきたじゃないか」
「無理、杖を取り上げられていてはどうにもならない」
 タバサはそっけなく答えた。その答えにイザベラがさらに青くなると、フック星人たちはおもしろそうに笑い声をあげる。
 だが実際、タバサの杖は少し離れた位置にいるフック上司が持っている。あれを取り返さなくてはまともな戦いはできない。それも、トークマシンにかけられるまでの、残りわずかな時間のうちにである。顔には出さないが、タバサも内心では焦っていた。
 と、歩きながらひとつの角に差し掛かった時、その先から別のフック星人が二人現れた。
「おう、そいつらが例の侵入者たちか。なんだ、意外とあっさり捕まえたんだな」

675ウルトラ5番目の使い魔 79話 (2/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:42:46 ID:6VAe6l22
「まあな、けっこう暴れてくれたが、まあこのとおりよ。お前たちはこれから仕事か?」
「ああ、アレのノルマが迫ってるからな。いったいいつまで続くんだろうなこんな仕事。もうフック星に帰りたいぜ」
「まったくだ。隊長に言っても聞いてくれねえし、もうこんな星うんざりだぜ」
 フック星人同士の立ち話。それをタバサは黙って聞いていた。たとえ下っ端同士の愚痴だとしても、こちらからすれば重要な情報源となる。
 それに、話に気を取られれば隙も生まれる。タバサはこの瞬間を待っていた!
「おい、お前ら。無駄口はそのへんに、ん? 何っ!?」
 フック上司は一瞬何が起こったのかわからなかった。タバサの姿が消えたかと思った瞬間、部下の一人が足をすくわれて倒され、もう一人が反応するより速くタバサは横合いからフック部下の脇腹に肘打ちを打ち込んだのである。
「ぐふぅっ!」
 急所を打たれてフック部下が倒れる。そして、銃を持った二人が倒れたことで、タバサはイザベラが驚愕の眼差しを向けている前で、豹のように俊敏にフック上司に飛び掛かったのだ。
「ウワッ!?」
 フック上司はとっさに手に持っているタバサの杖で身を守ろうとしたが、それはタバサの思うつぼだった。タバサの手が杖にかかり、フック上司の手から取り上げようと引っ張りあげる。
「杖は返してもらう」
「こ、この小娘! な、なめるな」
 フック上司は杖を奪い取ろうとするタバサを力付くで振りほどこうと試みた。しかし、細身で小柄なタバサくらい簡単に振り払えるだろうと思ったフック上司の目論みは、杖から伝わってくる異常な強さの力で打ち砕かれた。
「こ、こいつのどこにこんな力が!? うおわっ!」
 まるで大男を相手にしているようなあり得ない力がフック上司を逆に振り回し、ついにフック上司は杖を手放して床に放り出されてしまった。
 むろん、それだけで終わる訳もない。タバサは杖を取り戻した勢いで、フック上司の頭に全力で叩きつけた。
「うわっ」
 思わずイザベラのほうが悲鳴をあげた。自分でも食らったからわかるがあれは痛い。そして、なぜフック上司が悲鳴をあげなかったのかというと、悲鳴をあげる間もなく気絶させられたからで、その時にはタバサは杖を振って次の魔法を唱えていた。
『蜘蛛の糸』
 それは空気から粘着性の糸を作り出して相手を絡め取ってしまう魔法で、あっという間に残り四人のフック星人も縛り上げてしまった。
「な、なんだこりゃ! ほ、ほどきやがれ」
「暴れるだけ無駄。心配しなくても、しばらくしたら消える」
 フック星人たちの抵抗を完全に封じたタバサは、気絶しているフック上司からイザベラの杖も取り戻して彼女に渡した。
「これはあなたのもの」
「あ、ああ、ああ。けどお前、前からそんなに強かったっけ? いや、メイジとしてじゃなくて、腕っぷしというかなんというか」

676ウルトラ5番目の使い魔 79話 (3/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:43:43 ID:6VAe6l22
「最近ちょっと鍛えた」
 タバサはそっけなく答えたが、どう見てもちょっとどころの鍛え方ではなかった。
 まあ確かに鍛えすぎたかなとは思う。地球にいた頃、ハルケギニアに戻る準備ができるまではXIGの空中母艦エリアルベースでお世話になっていたのだが、借りた本も読み尽くし、やることがなくなって運動でもしたらどうかと薦められたとき、トレーニングルームでえらいのに見つかってしまった。
「おう、お前さんが噂の魔法使いか。自分からここに来るとは感心感心」
「別に、軽く体を動かすだけのつもりだから」
「そりゃいかんぞ。若いうちに体を鍛えておかないと、歳をとるのが速くなるってもんだ!」
 と、がたいのいい三人のおっさんに捕まったのが運のつき。あれよあれよという間に、本格的なトレーニングをすることになってしまった。
「あの、わたしはメイジで魔法で戦うわけだから……」
「わかってるって。チューインガムも最初はそう言ってたけどな、体を鍛えておいて損なんかねえんだから。まあ騙されたと思ってつきあいな」
 こうして、その当時は居候の身だったので無理に断れなかったタバサは、ちょっとした運動のつもりだったのが、本格的なトレーニングを受けることになってしまった。
 しかも、陸戦部隊だという彼らのトレーニングは、かなり手加減してはくれているそうだったが、物凄くきつかった。自分もガリアでイザベラから受ける任務の数々で人並み以上には鍛えているつもりだったけれど、数日は筋肉痛で死ぬかと思った。それに、重量挙げの重りの重さとか、今思えば女の子にさせていい重さではなかった。
 しかし、そうして鍛えたおかげで、今こうして魔法を使わずにピンチを切り抜けることができた。彼らチーム・ハーキュリーズには感謝している。それにもしかしたら、ハルケギニアに戻った後で過酷な戦いが待っているであろうことを見据えた、コマンダーの差し金もあったのかもしれない。
 それはそうと、これで戦力は回復できた。もう同じ手にかかるつもりはない。
 タバサは縛り上げているフック星人たちに寄ると、短く言った。
「あなたたちには、やってほしい仕事がある」
 その威圧のきいた声に、フック星人たちは息をのみ、イザベラは気色ばんだ。
「おっ、そいつらに出口まで案内させるんだな?」
 しかしタバサは意外にも首を横に降った。
「違う、作戦変更。わたしはこれから彼らのボスのところに行って、街を元に戻させる。あなたはこれから彼らを指揮して武器工場を破壊してほしい」
「はっ、はあぁぁーっ?」
 これにはイザベラだけでなく、フック星人たちも面食らった。
「おっ、お前何を言い出すんだよ。こいつらは敵だぞ、敵!」

677ウルトラ5番目の使い魔 79話 (4/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:44:44 ID:6VAe6l22
「彼らの間には、現状への不満と帰郷心がくすぶっている。あなたたち、さっきそう言っていたね?」
「あ、ああ。だが、それでなんで俺たちが自分たちの基地を破壊しなけりゃいけないんだ?」
「基地が破壊されたとなれば撤退する立派な大義名分になる。責任は、隊長に押し付ければあなたたちは無罪。あなたたち、故郷に帰りたくはない?」
「う……」
 タバサのその提案に、四人のフック星人たちは顔を見合わせた。あの隊長は、あの傲慢な態度や、さっきの部下たちの不満げな会話から察したが、やはり人望はほとんどないようだ。
 しかし、フック星人たちは迷っていた。裏切りになるということはもちろん、その確実性についても疑問視していた。
「お前、この基地には何百というフック星人がいるんだ。その全員がその気になるとは限らないじゃないか」
 確かに、隊長に従う者もいるだろう。いくら現状に不満があるといっても、内乱になるよりはましだと誰もが思うであろう。
 しかしタバサは事も無げに、イザベラを指しながら驚くべきことを言った。
「心配はいらない。彼女はこう見えて、百万の兵を指揮する大将軍。きっとあなたたちに勝利をもたらしてくれる」
「はあぁ!?」
「な、なんだと!」
 別々の意味で驚くイザベラとフック星人。そして当然イザベラはタバサに食ってかかった。
「お前! 言うに事欠いて、口からでまかせにもほどがあるだろ」
「でまかせとはなんのこと? あなたはガリアの次期女王。つまりガリア王国軍全ての総司令官ということ」
 しれっと答えるタバサであった。もちろんフック星人たちも懐疑的な様子を見せている。しかしタバサは遠慮せずに無茶な説明を続けた。
「あなたたちは運がいい。この方はこれまでにも数々の難事件を優秀な部下を駆使して解決に導いてきた采配の達人でもある。特に、やる気のない部下をその気にさせるのは大得意で、わたしもずいぶん鍛えられた」 
「おい、お前」
「このお方の一喝にかかれば弱者は恐れおののき、強者も凍りつく。このお方を前にしたら、このわたしもなすすべなく言うことを聞くしかなくなる」
 そう言ってタバサはイザベラに膝まずいて見せた。
 もちろんイザベラは困惑する。だが、フック星人たちはタバサの仕草があまりに堂に入っていたので、すっかりその気になってしまった。
「あの強い奴が頭を下げるなんて、あっちの女はいったいどれだけすごいんだ!?」
「そんなすげえ奴なら、俺たちをこんな仕事から解放してくれるかもしれねえ」
 フック星人たちの声色が変わったのがイザベラにもわかった。彼らはこの仕事に心底うんざりしていたようで、目はなくても期待の眼差しを向けてきているのはわかる。しかし、イザベラにはそんな自信は到底無かった。
「お前、わたしをどうしようっていうんだ!」
「難しいことは何も言ってない。いつもわたしに命令していたみたいに彼らを使って目的を果たせばいい。彼らは今に限って、あなたの部下同然」

678ウルトラ5番目の使い魔 79話 (5/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:45:58 ID:6VAe6l22
「バカな。わたしはただ命令していただけだ。お前のように、戦いの才能なんかないんだ」
 思わず弱音を吐くイザベラ。しかしタバサは彼女の目を見てきっぱりと言った。
「心配はいらない。あなたは伊達に北花壇騎士団を指揮してきたわけじゃない。いつものように、ふてぶてしく図々しく命令すればいいだけ」
「お前はわたしをなんだと思ってるんだ!?」
「なにも嘘は言っていない」
「嘘じゃなければ何言ってもいいってわけじゃないだろうが!」
 涼しい顔で言いたい放題を言うタバサに、ついにイザベラも堪忍袋の緒が切れた。しかし、タバサは落ち着いた様子でイザベラに告げた。
「わたしはあなたに嘘を言ったことはない。だから言う。イザベラ、あなたにはあなた自身、まだ気づいてない大きな才能がある。この戦いで、それを見つけてほしい。あなたなら、きっとできる」
 そう言うとタバサはイザベラが止める間もなく、風のように去って行った。
 残されたイザベラはあっけにとられたが、もう自分に選択肢がないことを認めざるを得なくなった。
 後ろには期待してくるフック星人たち。自分の実力では戦うことも逃げることも無理。かといって命乞いをするのはプライドが許さない。逃げ場がなくなったそのとき、イザベラの中で何かが切れた。
「ああそうかい。今度はお前が、わたしがお前にやらせてたことをやらす気だってんだな? わかったよ、お前にできることがわたしにできないわけないってことを思い知らせてやる。おいお前ら、今からお前らのボスはこのわたしだ。文句はないな!」
「ハイ!」
 プチ・トロワでメイドや兵隊を震え上がらせていた頃の、暴君としてのイザベラがここに再来した。
 しかし、以前とは違うことがひとつある。
「ようし、やるとなったら派手にぶち壊すぞ。一番でかい工場はどっちだ?」
「はっ、こちらであります!」
「ならお前ら、わたしについてきな!」
 以前のイザベラは、ふんぞり返って誰かに命令するだけだった。だが、今のイザベラは自分が先頭に立って走っている。かつて誘拐怪人レイビーク星人と戦ったときから、イザベラは他人の背中越しでは見えない世界があることを学んでいた。
 先頭に立ってのしのしと駆けていくイザベラに、フック星人たちも頼もしそうについてくる。
 そのとき、別のフック星人の一団と出くわした。
「な、なんだお前は!」
「あん? ちょうどいい。お前らもいっしょについてきな!」

679ウルトラ5番目の使い魔 79話 (6/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:48:35 ID:6VAe6l22
「な、なんだと?」
「お前らのためになることしてやろうってんだよ。お前らも、うんざりする毎日が嫌ならついてきな。スカッとさせてやるよ」
 不敵に笑うイザベラに、鉢合わせしたフック星人たちは不審者が目の前だというのに捕まえることも忘れてしまった。しかし、仲間のフック星人から目的を教えられると、明らかな動揺を見せた。そんな彼らに、イザベラは告げる。
「今が嫌か? 自由が欲しくないか? なら、わたしといっしょに暴れてみないか?」
 その言葉の力強さに、やはり不満を持っていたフック星人たちも加わり、一同は一気に数を増やして突き進んだ。
 そしてこうなると、勢いを得た彼らは怒濤の勢いで突き進んで行った。あちこちで参道者を増やし、工場へなだれ込んでいく。
 もちろん、止めようとする職務に忠実なフック星人もいる。しかし、すでにイザベラに従う者のほうが圧倒的多数になっており、彼らは立ち塞がる者たちに抗議した。
「き、貴様ら、これは反逆だぞ」
「うるさい! こんなところでいつまでも穴蔵に籠ってるなんて、もううんざりだ。俺たちはもうフック星に帰りたいんだよ。邪魔するな!」
 反乱行為だが、つもりに積もったストレスの爆発に対しては、止めようとするフック星人も有効な説得はできなかった。そして、そんな彼らにイザベラはふてぶてしく言った。
「あーあ、クソ真面目クソ真面目。わたしの部下に欲しいくらいだよ。だが、その信念。本当にお前らは心から信じてるのかい?」
「なにを戯れ言を!」
「言われたことをやるだけならお前らは奴隷さ。だが、お前らだってやりたいことはあるだろう? それを我慢したままで死んでいくのか?」
「ふざけるな! 兵が気分で戦って、軍の規律が守れるものか!」
 フック星人は別名を集団宇宙人というくらい、個の弱さを集で補う星人だ。それゆえに小隊長クラスは規律に厳格ではあったが、イザベラは嘲るように言ってのけた。
「バッカだねぇ! 人の上に立つってのはさ。いつ寝首を掻きに来るかわからないやつを屈伏させるからおもしろいんだよ!」
 嗜虐的な光を瞳に宿らせながらイザベラは言った。抵抗しない相手なんかいじめてもすぐに飽きる。どうせ可愛がるなら、手を噛みに来る犬のほうがやりがいがあるというものだ。そう、例えばタバサのような。
 その、狂気一歩手前の迫力に、立ちはだかっているフック星人たちが気圧されて後ずさる。しかし、一番の変化は彼女の後ろで起こった。
「おおっ! なんていう器の大きさなんだ。うちのボスとはまるで格が違うぜ」
「この方なら俺たちを解放してくれるかもしれないぜ。今日から姐さんと呼ばせてもらいやす!」
「バァカ! わたしは女王だよ!」
「ハイ! 女王様」
 イザベラも調子に乗ってきて、軍勢に一体感が生まれてきた。規律に沿って動くフック星人にとって、型破りなイザベラのようなリーダーは新鮮だったのだ。

680ウルトラ5番目の使い魔 79話 (7/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:49:36 ID:6VAe6l22
 だがそれにも増して、今のイザベラにはフック星人たちを引き付ける魅力があった。自分では歩けない道を切り開き、見れない景色を見せてくれる、そんな期待感を抱かせてくれる頼もしさが。
 そして、大多数のフック星人を味方につけたイザベラは、不敵な笑みを浮かべると手を振り上げて叫んだ。
「突撃ーっ!」
 待ちに待った命令を受けたフック星人たちは、雪崩を打って驀進していった。最後まで止めようとしていたフック上司たちも、これで止めようとすれば自分たちの身も危ないと悟って、棒立ちで傍観に移っていった。
 もはや反乱というより暴動に近い。しかし、それだけフック星人の中に鬱屈したものが溜まっていたということであって、それを解放したイザベラにはリーダーとしての非凡な才能があるということだった。
 イザベラを先頭に工場になだれ込んだフック星人たちは、自分たちが嫌々作らされていた兵器群を睨みつけた。それと同時に、ひとりのフック星人がイザベラにマイクを持ってきた。
「ほう、気が利くじゃないか。おい! ここにいるバカども全員、よく聞きな。こんなせまっくるしい穴倉で、いつ終わるかわからない仕事をさせられ続けてる自分をかわいそうだと思わないかい? だったらわたしが許す。全部、ぶっ壊してしまいな!」
 その一言は、フック星人だけでなく、これまで王宮という檻に閉じ込められてきたイザベラ自身への無意識のうちの宣戦布告であった。
 人間は、誰もが自分を縛って生きている。そうしないと、集団の中で生きていけないからだ。しかし、長い間強く締め付けられ続けると、マグマ溜まりのようにストレスは圧縮され、なにかのきっかけで爆発する。それは目に見えない爆弾として、ときおり社会のどこかで悲劇を生んでいる。
 フック星人たちは、人間とさして変わらない社会構造を持っている。しかも彼らは、本来の自分たちの目的とは違った仕事を押し付けられていた。その怒りは当然のもので、解放された彼らは暴徒さながらに兵器工場を破壊していた。
「壊せ壊せーっ! こんなクソッたれなもんとはおさらばだーっ!」
「帰るんだ。俺たちはもう星へ帰るんだ!」
 製造途中や完成品の兵器が製造設備ごと壊されていく。無数のウルトラレーザーやそれに相当する兵器もことごとく鉄くずと化していき、イザベラはそれを工場を見下ろせるクレーンの上から見ていた。
「いいよいいよ! 盛大にやっちまいな。こんな景気の悪い場所は、すっきりぶっ壊してしまいな!」
 イザベラの声に応じて、フック星人たちの勢いも増していく。フック星人のでこぼこの顔では表情はわからないが、彼らが喜びに沸いているのははっきりわかった。
 そして、フック星人たちの勇気の源泉になっているのがイザベラであるのも間違いはない。彼女が誰からも見えるところでふんぞりかえっているからこそ、彼らは安心して暴れることができた。
 工場の破壊は轟音をあげて進み、工作機械やベルトコンベアも煙をあげて止まっている。そんな様子をイザベラは満足そうに見下ろし、そしてそんなイザベラをタバサはモニターごしに見守っていた。
 
「そう、それがイザベラ、あなたの力。人の勇気を鼓舞して、軍団を率いる。わたしが持っていない、将としてのあなたの才能」
 
 タバサは少し羨望が混じった眼差しをイザベラに向けていた。

681ウルトラ5番目の使い魔 79話 (8/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:51:20 ID:6VAe6l22
 確かにイザベラには王族としての気品や優雅さなどはない。だがその代わりに、人をその気にさせる口のうまさと、恐れや迷いを振り切らさせる堂々とした風格を持っている。それはアンリエッタが国民を鼓舞する際に度々見せる姿であり、いくら知力はあっても無口なタバサにはできないことであった。
 そんなタバサが見るモニターの中では、工場が次々に使用不能にされている姿が平行して映し出されている。ここは基地の指令室で、彼女の少し前には怒りで体を震わせているフック星人隊長がいた。
「ここはもう終わり。これ以上、このガリアで好き勝手はさせない」
「ぐぬぬぬ、貴様らぁ。よくも、よくも、俺の基地をメチャクチャにしてくれやがったな。俺の部下をそそのかして反乱を起こさせるなんて、汚い手を使いやがって」
「反乱を起こさせられるほど部下を掌握できていなかったあなたが悪い」
 タバサは隊長に冷断に言い放った。
 周りには、タバサに倒された隊長の護衛のフック星人が数人横たわっている。イザベラと別れた後、タバサは通りすがりのフック星人を尋問して素早く指令室の場所を聞き出し、安心しきっている隊長へ奇襲をかけて成功させていたのだった。
 今や、隊長に残っている護衛は二人のみ。そしてタバサは、彼らに対しては容赦をしないつもりでいた。
「あなたには、街を元に戻してもらう。そして、いくつか聞きたいこともある」
「しゃらくせえ! やってしまえ」
 激高したフック隊長は、部下二人とともに襲い掛かってきた。三人のフック星人は身軽な動きで、アクロバットのようにタバサを包囲してこようとする。彼らはタバサが強力な魔法使いだと知って、それを封じるために狙いを定まらさせない作戦にでたのだ。
 ヒュンヒュンと、高速で跳び回るフック星人がタバサの視界を次々と横切っていく。かつてはウルトラセブンも翻弄されたフック星人のフットワークはさすがで、さしものタバサも容易には魔法の照準をつけられずにいた。
 しかし、百戦錬磨の戦闘経験を持つタバサは、フック星人のこの戦法をどうすれば封じられるか、即座に対策を導き出していた。杖を床に向け、短く呪文を唱える。簡単な氷の魔法だが、タバサの力量で放たれたそれはあっという間に指令室の床を凍り付かせ、摩擦のないアイスバーンに変えてしまったのである。
「う、うわわっ!?」
 ツルツルの床の上ではフック星人のフットワークもなんの意味も持たず、三人はあっという間にすっ転んでしまった。
 タバサは転んでもがいているフック星人のうち、部下二人に素早くとどめを刺すと、隊長に杖の先を向けて宣告した。
「あなたの負け。観念して」
「うっ、ぐっ……お、恐ろしい娘だな。て、てめえ何者」
「ただの人間。そしてあなたの敵、それだけ」
 あくまでタバサは冷徹だった。イザベラが将なら自分は兵、その役割を果たすのみ。

682ウルトラ5番目の使い魔 79話 (9/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:52:13 ID:6VAe6l22
「あなたはわたしたちの国を奪いに来た。なら、それ相応の報いを受けてもらう」
「な、なに言いやがる。てめえらこそ、まだなにもしてない俺の部下たちをメチャクチャにしやがって!」
 フック隊長は悪魔を見るように震えながらタバサを罵った。しかし、タバサは落ち着いてそれに言い返した。
「わたしたちは、イザベラはあなたとは違う」
 そう言って、タバサは工場が映し出されているモニターに目をやった。
 工場では、まだ暴動が続いている。その中で、フック星人の一団が、最後まで反乱に参加しようとしなかった仲間を集めてリンチにしようとしていた。
「よ、よせやめろぉ!」
「こいつら、隊長について俺たちをこきつかおうとしたクソったれだ。やっちまえ」
 あわや、フック星人同士の凄惨な殺戮劇になるかと思われた。しかし、それを彼らの頭上から鋭く止めたのはイザベラだった。
「やめな! お前たち」
「じ、女王さん。なんで止めるんだぜ。こいつらに思い知らせてやるんだ」
「抵抗できない相手をいたぶったら、いつか自分がピンチになっても誰も助けてくれなくなるよ。お前らは帰りたいだけなんだろ? ならつまんないことで業をしょいこむのはやめな。後できっと後悔するよ」
 それはイザベラの経験からきた心からの忠告だった。リンチにかけようとしていたフック星人たちは、ばつが悪そうに引き下がり、助かってほっとした様子のフック星人たちには、イザベラはこう告げた。
「お前らだって本心じゃ帰りたかったんだろ? お前らには納得いかない方法かもしれないけど、荒っぽくしなきゃ解決できないこともあるんだよ。だったらせめて黙ってな。それで誰か損するわけでもないだろ?」
 一転して穏やかに語りかけたイザベラに、フック星人たちは黙って頷いた。
 無駄な血を流すことなく、反乱は兵器と機械のみを狙って破壊していった。
 だが、かつてのイザベラなら、むしろ嬉々として逆らう者を虐殺しただろう。それをしなくなったのは、イザベラ自身が虐げられる苦しみを知り、誰かに助けられる喜びを知ったからだ。
 だからこそ、タバサはイザベラがガリアの次期女王にふさわしいと考える。確かに、女王という立ち振舞いには程遠い。むしろ、海賊の親分というほうがぴったりくるだろう。だがそれくらいでないと、弱体化し混乱するガリアをまとめあげ、立て直すパワーを発揮することはできないに違いない。
 いまや隊長以外の全てのフック星人がイザベラをリーダーだと認め、従っている。
 完全に孤立してしまったことを悟ったフック隊長は、タバサに杖を突き付けられながら、乾いた笑い声を漏らした。

683ウルトラ5番目の使い魔 79話 (10/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:53:46 ID:6VAe6l22
「へ、へへへ……俺の軍団が、たった二人の小娘にやられちまうなんてな。いったい何が悪かったんだ?」
「地位を過信して、部下の信頼を軽視したのがあなたの間違い。答えて、街を元に戻す仕掛けはどれ?」
「ああ、それならそこのレバーだよ。もうなにもかも終わりさ、勝手にしやがれ」
 諦めた様子の隊長が、嘘を言っているとは思えなかった。だがタバサには、もう1つ聞いておかねばならないことがあった。
「もう一つ答えて。あなたたちは最初に侵略のために来たと聞いた。けど、それを投げ出して、なんのために武器を作っていたの?」
「ひ、ひひひ……それを言ったら、俺はあの方に殺されちまう。それを聞いたら、お前もあの方に殺されるぞぉ!」
 隊長の声色が恐怖に染め上げられ、ガクガクと震え始めた。タバサは隊長を押さえつけながら、さらに問いただす。
「あの方とは誰のこと? あなたたちとは別の宇宙人なの?」
「あ、悪魔さあいつは。俺はこの星に、今暴れてる奴らとは別に百人の精鋭を連れてきたんだ。けどあいつは突然現れて、たった一人で百人の精鋭を皆殺しにしちまったんだ。俺は生かしてもらった代わりに、あの方の奴隷さ」
「そいつの正体は? なにが目的なの?」
「も、目的なんて知らねえよ。俺はただ武器を作るよう命令されて、定期的にあいつの部下が取りに来てただけさ。けど、あいつの正体は聞かねえほうがいいぜ。お前だけじゃねえ、この星にいるっていうウルトラマンたちだって敵うもんか」
「御託はいい、質問に答えて」
 焦れたタバサは隊長の首筋に『ジャベリン』を当てて白状を促した。
 そんなに時間があるわけではない。すると隊長は、「そんなに知りたきゃ教えてやるよ」と、ある宇宙人の名前と、そいつがこの星で名乗っている名前を口にした。
「その名前……まさか」
 タバサは眉をしかめた。宇宙人の種族名は知らないが、そいつの名が、自分の知識の中のひとつの名前と合致したのだ。
 偶然かもしれない。しかし、詳しく知っているわけではないが、そいつはハルケギニアでは一定の知名度と影響力を持つ者と同じ名前をしていた。
「そいつの姿は?」
「わからねえよ。俺たちフック星人は、お前らと違って視覚は発達してないんだ」
「そう、ならもういい」
 タバサは、これ以上聞き出せる情報はないと判断して、フック隊長に引導を渡した。
 しかし、言葉にできない不安がタバサの胸中をよぎった。自分とガリアのことで手いっぱいで、世間からは遠ざかっていたけれども、ひょっとしたら大変な事態が起きようとしているのかもしれない。
 そのときだった。指令室にイザベラと数人のフック星人が、ぞろぞろとやってきた。
「おう、こっちも終わったようだね。どうだい? わたしの指揮でウチュウジンの侵略基地を落としたよ」

684ウルトラ5番目の使い魔 79話 (11/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:54:41 ID:6VAe6l22
「見てた。たいしたものだった」
「たいしたもん、か。お前から言われるとなんか複雑だね。まあいい、わたしの仕事もこれまでさ。あとはこいつらが話があるんだってよ」
 イザベラが退くと、ひとりのフック星人がタバサの前に出た。
「君たちには感謝している。この工場の破壊された記録を持ちかえれば、星の者たちも我々を疑うことはあるまい。これより、我々は基地を破棄して撤退する。君たちは退去してくれたまえ」
「確認しておきたい。あなたたちが撤退した後、この街に悪影響が出ることはない?」
「その心配はない。工場は破壊したが、基地自体の基礎構造にまでダメージは出ていない。街を元に戻した後でも、数百年は影響は出ないだろう」
「そう……」
 タバサはひとまずそれで納得することにした。それだけ時間があれば、いかようにでも対策をとることはできるだろう。
 最後に、タバサはフック星人たちに言った。
「できれば、もう二度とここには来ないでもらいたい」
「頼まれても来る気はないというのが全員の意見だ。たった二人に負けた軍隊という汚名を広めたくはない。君たちには感謝しているが、すぐにここから退去してもらいたい。すぐにでも我々は出発する」
「わかった。あなたたちの旅路の安全を祈る」
「さらばだ、遠い星のクイーンたちよ」
 隊長代理とのあいさつをすませたタバサとイザベラは、ポーラポーラの街が元に戻されるのを確認すると、一人の兵士に案内されて地上に上がった。
 その際、多くのフック星人兵士たちが去り際のイザベラに歓呼の声で手を振っていた。
「女王! 女王! ありがとうございました」
「へっ、あいつら……お前らも元気でやれよ!」
 それこそ本当に海賊の大親分のように見送られて、イザベラは照れながらも手を振り返していた。
 タバサはそんなイザベラを見ながら、イザベラがこれで指導者として自信を持ってくれればいいなと密かに願っていた。
 
 二人が地上に上がったとき、すでに東の空は白んで、ポーラポーラの街にほのかな明るさが差し掛かっていた。
 街はまだ物音一つなく、タバサとイザベラは無言で並んで街の道を歩く。
 そして、東の空から太陽がちらりと見えたとき、街の一角から一機の円盤が飛び出して、空のかなたへと飛んでいった。
「終わったね。さて、これからどうするんだい? 今度は宮殿でも、奪いに行くかい?」
 もうイザベラも腹は決めていた。どうあがいても、自分はこのクソったれな運命から逃れられはしないらしい。なら、売られた喧嘩は買うまでのことだ。

685ウルトラ5番目の使い魔 79話 (12/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:55:57 ID:6VAe6l22
 しかしタバサはかぶりを振って言った。
「まだ、もう少し準備がいる。あなたはそれまで、少し身を隠していてもらいたい」
「はいはい、未来の女王に向かって態度のでかい下僕だね。じゃあ、またあいつらに適当な隠れ家を見繕ってもらうか。お前はどうするんだい? 準備、か?」
「……それとは別に、調べておきたいことができた。場合によっては、計画の練り直しもあるかもしれない」
 フック星人を操って武器生産をおこなっていた者が、まだ残っている。そいつを無視したままでは、後でどんな不具合が出て来るかわからない。
 タバサには、まだ休息は許されない。この戦いが終わっても、またすぐに次の戦いが待っている。イザベラは、そんな疲れたそぶりも見せられないタバサの横顔を見て、ぽつりとつぶやいた。
「準備とやらが、どれだけかかるか知らないけどさ。くたびれたらうちに寄っていきな。今度は出がらしじゃない茶くらい出してやるからさ。エレーヌ……」
「ありがとう……」
 いつか、仲良く遊んだ幼い日。戻ることはできなくても、思い出すことはできる。
 タバサとイザベラは並んで歩きながら、少しずつ互いのことを話し始めた。そんな二人を、昇る朝日が明るく優しく照らし出していた。
 
 一方そのころ、地上を飛び立ったフック星人の円盤は、M87世界への次元跳躍のための最終調整を終えていた。
「隊長代理、エネルギー充填完了しました。あと三十秒で、次元跳躍可能です」
「ようしいいぞ、元の次元に戻ってさえすれば、あとはフック星まで一気に大ワープできる。もうこんな星とはおさらばだ。帰れるぞ」
 隊長代理、そして大勢のフック星人たちは、懐かしい故郷フック星を思って胸を熱くした。
 だがそのとき、突然警報音が鳴り響き、レーダー手が悲鳴のように叫んだ。
「た、大変です! 後方から未確認飛行物体が急速に本船に向かって接近中。数は四。五秒後に本船に接触します!」
「なんだと!? 識別確認、急げ!」
 思いもよらぬ事態に、隊長代理は動転しながらも指示を出した。円盤のコンピュータに入力された、知りうる限りの宇宙人や怪獣のデータと未確認飛行物体の照合がおこなわれる。
 そしてコンピュータは、最悪の形で彼らに答えを示した。
「た、隊長代理、これは」
「バカな、なんでこいつがこんなところに。に、逃げろ!」
「無理です! あっちのほうが圧倒的に速い」
 フック円盤が逃げる間もなく、追いついてきた四機の金色の奇怪な宇宙船は、あっという間にフック円盤を包囲してしまった。

686ウルトラ5番目の使い魔 79話 (13/13) ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 08:56:40 ID:6VAe6l22
「未確認飛行物体に高エネルギー反応!」
「次元跳躍で回避しろ!」
「駄目です! うわあぁ、間に合わない!」
「そんな、俺たちは帰る! 帰るんだあーっ!」
 だが、彼らが叫んだその瞬間、四機の宇宙船から一斉に破壊光線が放たれ、フック星人の円盤は大爆発を起こして消滅した。助かった者はただひとりもいなかった。
 フック星人の円盤が消滅したのを見届けると、四機の宇宙船は何事もなかったかのようにハルケギニアに帰って行った。しかし、その様を愉快そうに眺めていた存在があった。あの、コウモリ姿の宇宙人である。
「フフフ、裏切り者は即座に粛正ですか、怖い怖い。ですが、やはりあれを持っていましたか。あのときに、無理に対決しようとしないで正解でしたね。ですが、これでそちらの手の内も見えてきました。そして……」
 彼は満足げにそうつぶやくと、おもむろに手を掲げた。その手のひらから、様々な色の人魂のような発光体が現われて宙に浮く。
「『喜び』『妬み』『渇望』……思ったよりも障害が多くて、まぁだ半分というところですね。人間たちの持つ感情のエネルギー、強力なのはいいんですが、集めるのにお膳立てがいりますからねえ。でも、これ以上邪魔されるわけにはいきません。そろそろこちらも本気で排除にいかせてもらいますよ」
 そう言うと、彼はもう片方の手を掲げた。すると、彼の手に巻き付くように、黒いもやでできたヘビのような生命体が現れた。
「宇宙同化獣ガディバ。蘇らせるのに少々手間はかかりましたが、こいつは強力ですよ。かつてヤプールが繰り出した最強の力、これを相手にしてもコソコソ逃げ続けることができますかねえ?」
 暗い笑いが虚空に響く。この世界がおかしくなったとき、アブドラールスやエンマーゴなどの、一度倒されたはずの怪獣が現れた。それの意味することとは……。
 ハルケギニアを舞台にした、侵略者たちの身勝手な遊戯はまだ終わりを見せようとはしない。
 
 
 続く

687ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2018/10/31(水) 09:03:47 ID:6VAe6l22
今回はここまでです。では、また来月にお会いしましょう

688ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 01:55:10 ID:EpCC/uLM
ウルトラ五番目の人、投稿おつかれさまでした。

さて皆さん、本当にお久しぶりです。無重力巫女さんの人です。
十月の中ごろから仕事が忙しくなって、投稿分を執筆する余裕もありませんでした。
日を跨いで十二月になってしまいましたが、特に問題なければ一時五十八分から九十八話の投稿を開始します。

689ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 01:58:08 ID:EpCC/uLM
 その日、王都トリスタニアにはやや物騒な恰好をした衛士たちが多数動き回っていた。
 夏用の薄いボディープレートを身に着けた彼らは、市街地専用の短槍や剣を携えた者たちが何人も通りを行き交っている。
 それを間近で見る事の出来る街の人々は、何だ何だと横切っていく彼らの姿を目にしては後ろを振り返ってしまう。
 街中を衛士たちが警邏すること自体何らおかしい所はなかったが、それにしても人数が多すぎた。
 いつもならば日中は二、三人、夜間なら三、四人体制のところ何と五、六人という人数で通りを走っていくのだ。
 イヤでも彼らの姿は目に入るのだ。しかも一組だけではなく何組も一緒になっている事さえある。
 
 正に王都中の衛士たちが総動員されているのではないかと状況の中、ふと誰かが疑問に思った。
 一体彼らの目的は何なのかと?そもそも何かあってこれ程までの人数が一斉に動いているのかと。
 勇敢にもそれを聞いてみた者は何人もいたが、衛士たちの口からその答えが出る事はなかった。
 それがかえってありもしない謎をでっちあげてしまい、人々の間で瞬く間に伝播していく。
 曰く王都にアルビオンの刺客が入り込んだだの、クーデターの準備をしている等々……ほとんどが言いがかりに近かったが。
 とはいえありもしない噂を囁きあうだけで、誰も彼らの真の目的を知ってはいない。
 もしもその真実が解決される前に明かされれば、王都が騒然とするのは火を見るよりも明らかなのだから。

 朝っぱらからだというのに、夜中程とはいえないがそれなりの喧騒に包まれているチクトンネ街。
 ここでもまた大勢の衛士たちが通りを行き交い、通りに建てられた酒場や食堂の戸を叩いたりしている。
 一体何事かと目を擦りながら戸を開けて、その先にいた衛士を見てギョッと目を丸くする姿が多く見受けられる。
 更には情報交換の為か幾つかの部隊が道の端で立ち止まって会話をしている所為か、それで目を覚ます住人も多かった。
 煩いぞ!だの夜働く俺たちの事を考えろ!と抗議しても、衛士たちは平謝りするだけで詳しい理由を話そうとはしない。
 やがて寝付けなくなった者たちは通りに出て、ひっきりなしに走り回る衛士たちを見て訝しむ。
 彼らは一体、何をそんなに必死になって探し回っているのだろう?……と。

 そんな喧騒に包まれている真っ最中なチクトンネ街でも夜は一際繁盛している酒場『魅惑の妖精』亭。
 本来なら真っ先に戸を叩かれていたであろうこの店はしかし、まだその静けさを保っている。
 あちこちで聞き込みを行っている衛士たちも敢えて後回しにしているのか、その店の前だけは素通りしていく。
 基本衛士というのはその殆どが街や都市部の出身者で構成されており、それ以外の者――地方から来た者――は割と少数である。
 つまり彼ら衛士の大半も俗にいう「タニアっ子」であり、当然ながらこの店の知名度はイヤという程知っている。
 この店の女の子たちが抜群に可愛いのは知っている。当然、その女の子たちを雇っている店長が極めて゛特殊゛なのも。
 もしも今乱暴に戸を叩けば、あの心は女の子で体がボディービルダーな彼のあられもない寝間着姿を見ることになるかもしれないからだ。
 想像しただけでも恐ろしいのに、それをいざ現実空間で見てしまった時にはどれだけ精神が汚されるのか……。
 衛士たちはそれを理解してこそ敢えて『魅惑の妖精』亭だけは後回しにしてしているのだ。
 しかし、彼らの判断は結果的に彼ら自身の『目的』の達成を遅らせる形となってしまっていた。 
 
 
 『魅惑の妖精』亭の裏口、今はまだ誰もいないその寂しい路地裏へと通じるドアが静かに開く。
 それから数秒ほど時間をおいて顔を出したのは、目を細めて警戒している霧雨魔理沙であった。
 夏場だというのに黒いトンガリを被る彼女は相棒の箒を片手にそろりそろりと裏口から外の路地裏へと出る。
 それから周囲をくまなく確認し、誰もいないのを確認した後に裏口の前に立っている少女へと合図を出した。

690ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:00:06 ID:EpCC/uLM
「……よし、今ならここを通って隣りの通りに出られるぜ」
「わかりました……、それでは行きましょう」
 魔理沙からのOKサインを確認した少女――アンリエッタは頷きながら、彼女の後をついてゆく。
 その姿は、いつも着慣れているドレス姿ではなく黒のロングスカートに白いブラウスというラフな格好だ。

 ブラウスに関しては胸のサイズの関係かボタンを全て留めていないせいで、いささか扇情的である。
 彼女はその姿で一歩路地裏へと出てから、心配そうに自分の服装を見直している。
「……本当にこの服をお借りして大丈夫なんでしょうか?」
「へーきへーき、理由を話せば霊夢はともかくルイズなら許してくれるさ。あ、帽子はちゃんと被っといた方がいいぜ?」
 元々霊夢の服だったと聞かされて心配しているアンリエッタに対し、魔理沙は笑いながらそう答える。
 彼女の快活で前向きな言葉に「……そうですか?」と疑問に思いつつも、アンリエッタは両手で持っていた帽子を被る。
 これもまた霊夢の帽子であるが、幸い頭が大きすぎて被れない……という事はなかった。
 服を変えて、帽子まで被ればあら不思議。この国の姫殿下から町娘へとその姿を変えてしまった。
 最も、体からあふれ出る品位と身体的特徴は隠しきれていないが……前者はともかく後者は特に問題はないだろう。
 本当にうまく変装できてるのか半信半疑である本人に対し、コーディネイトを任された魔理沙は少なからず満足していた。

 念の為にとルイズ化粧道具を無断で拝借して軽く化粧もしているが、それにしても上手いこと変装できている。
 恐らく彼女の顔なんて一度も見たことのない人間がいるならばこの女性がお姫様だと気づくことはないだろう。
 少なくとも街中で彼女を探してあちこち行き来している衛士達は、その部類の人間だろう。ならば気づかれる可能性は低い。
 単なる偶然か、それとももって生まれた才能なのか?アンリエッタの変装っぷりを見て頷いていた魔理沙は、彼女へと声を掛ける。
「ほら、そろそろ行こうぜ。ま、どこへ行くかなんてきまってないけどさ」
「あ、はい。そうですね。ここにいても怪しまれるだけでしょうし」
 自分の促しにアンリエッタが強く頷いたのを確認してから、魔理沙は通りへと背を向けて路地裏の奥へと入っていく。
 アンリエッタは今まで通った事がないくらい暗く、狭い路地裏から漂う無言の迫力に一瞬狼狽えてしまったものの、勇気を出して足を前へと向ける。
 二人分の足音と共に、少女たちは太陽があまり当たらぬ路地裏へと入っていった。

 それから魔理沙とアンリエッタの二人は、狭くなったり広くなったりを繰り返す路地裏を歩き続けていた。
 トリスタニアは表通りもかなり入り組んだ街である。それと同じく路地裏もまた易しめの迷路みたいになっている。
 かれこれ数分ぐらい歩いている気がしたアンリエッタは、ふと魔理沙にその疑問をぶつけてみることにした。
「あの、マリサさん?一体いつになったら他の通りへ出られるんでしょうか?」
「ん……あー!やっぱり不安になるだろ?最初私がここを通った時も同じような感想が思い浮かんできたなぁ〜」
 不安がるアンリエッタに対しあっけらかんにそう言うと、軽く笑いながらもその足は前へと進み続けている。
 前向きすぎる彼女の言葉に「えぇ…?」と困惑しつつも、それでも魔理沙についていく他選択肢はない。
 清掃業者のおかげで目立ったゴミがない分、変に殺風景な王都の路地裏を歩き続けた。
 
 しかし、流石に魔理沙という開拓者のおかげで終着点は意外にも早くたどり着くことができた。
 数えて五度目になるであろうか角を右に曲がりかけた所で、ふとその先から人々の喧騒が聞こえてくるのに気が付く。
 アンリエッタはハッとした先に角を曲がった魔理沙に続くと、別の通りへと続く道が四メイル程先に見えている。
 何人もの人々が行き交うその通りを路地裏から見て、ようやくアンリエッタはホッと一息つくことができた。
 そんな彼女をよそに「ホラ、出口だぜ」と言いつつ魔理沙は先へ先へと足を進める。
 それに遅れぬようにとアンリエッタも急いでその後を追い、二人して薄暗い路地裏から熱く眩い大通りへとその身を出した。

691ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:02:16 ID:EpCC/uLM
「……暑いですね」
 燦々と照り付ける太陽が街を照らし、多くの人でごったがえす通りへと出たアンリエッタの第一声がそれであった。
 王宮では最新式のマジックアイテムで涼しい夏を過ごしていた彼女にとって、この暑さはあまり慣れぬ感覚である。
 自然と肌から汗が滲み出て、帽子の下の額からツゥ……と一筋の汗が流れてあごの下へと落ちていく。
 これが街の中の温度なのかとその身を持って体験しているアンリエッタに、ふと一枚のハンカチが差し出される。
 一体だれかと思って手の出た方へと目を向けると、そこには笑顔を浮かべてハンカチを差し出している魔理沙がいた。
「何だ何だ、もう随分と汗まみれじゃないか。そんなに外は暑いのか?」
「……えぇ。ここ最近の夏と言えば、マジックアイテムの冷風が効く屋内で過ごしていたものですから」
 魔理沙が出してくれたハンカチを礼と共に受け取りつつ、それで顔からにじみ出る汗を遠慮なく拭っていく。
 そうすると顔を濡らそうとしてくるイヤな汗を綺麗さっぱり拭き取れるので、思いの外気持ちが良かった。
 
「マリサさん、どうもありがとうございました」
 汗を拭き終えたアンリエッタは丁寧に畳み直したハンカチを魔理沙へと返す。
 それに対して魔理沙も「どういたしまして」と言いつつそのハンカチを受け取ったところでアンリエッタがハッとした表情を浮かべ、
「あ、すいません。そのまま返してしまって……」
「ん?あぁそういえば借りたハンカチは洗って返すのがマナーだっけか。まぁ別にいいよ、そんなに気にしなくても」
「いえ、そんな事おっしゃらずに。貴女にもルイズの事で色々と御恩がありますし」
「そ、そうなのか?それならまぁ、アンタのご厚意に甘えることにしようかねぇ」
 肝心な時にマナーを忘れてしまい焦るアンリエッタに対して魔理沙は大丈夫と返したものの、
 それでも礼儀は大切と教えられてきた彼女に押し切られる形で、魔法使いは再びハンカチを王女へと渡した。
 
 預かったハンカチは後日洗って返す事を伝えた後、アンリエッタはフッと自分たちのいる通りを見回してみる。
 日中のブルドンネ街は一目見ただけでもその人通りの多さが分かり、思わずその混雑さんに驚きそうになってしまう。
 今までこの通りを通った事はあったものの、それは魔法衛士隊や警邏の衛士隊が道路整理した後でかつ馬車に乗っての通行であった。
 こうして平民たちと同じ視点で見ることは全くの初めてであり、アンリエッタは戸惑いつつも久しぶりに感じた゛新鮮さ゛に胸をときめかせてすらいる。
 老若男女様々な人々、どこからか聞こえてくる市場の喧騒、道の端で楽器を演奏しているストリートミュージシャン。
 王宮では絶対に聞かないような幾つもの音が複雑に混ざり合って、それが街全体を彩る効果音へと姿を変えている。

 アンリエッタはそれを耳で理解し、同時に楽しんでいた。これが自分の知らない王都の本当の顔なのだと。
 まるで子供の様に嬉しがっていた彼女であったが、その背後から横やりを入れるようにして魔理沙が声を掛けた。
「あ〜……喜んでるところ悪いんだが……」
 彼女の言葉で意識を現実へと戻らされた彼女はハッとした表情を浮かべ、次いで恥かしさゆえに頬が紅潮してしまう。
 生まれて初めて間近で見た王都の喧騒に思わず゛自分が為すべきこと゛を忘れかけていたのだろう、
 改めるようにして咳ばらいをして魔理沙にすいませんと頭を下げた後、彼女と共にその場を後にした。
 暑苦しい人ごみを避けるように道の端を歩きつつも、アンリエッタは先ほど子供の様に喜んでいた自分を恥じている。、
「すいません。……何分、平時の王都を見たのはこれが初めてでした故に……」
「へぇそうなのか?……それでも何かの行事で街中を通るときはあると思うが?」
「そういう時には大抵事前に通行止めをして道を確保しますから、自然と私の通るところは静かになってしまうんです」

692ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:04:16 ID:EpCC/uLM
 アンリエッタの言葉に、魔理沙は「成程、確かにな」と納得している。
 良く考えてみれば、今が夏季休暇だとはいえ人々で道が混雑する王都を通れる馬車はかなり限られるだろう。
 いかにも金持ちの貴族や豪商が済んでいそうな豪邸だらけの住宅地に沿って作られた道路などは、馬車専用の道路が造られている。
 それ以外の道路では馬車はともかく馬自体が通行禁止の場所が多く、他国の大都市と比べればその数はワースト一位に輝く程だ。
 実際王宮から街の外へと出る為には通りを何本か通行止めにしなければならず、今は改善の為の工事が計画されている。
 魔理沙も馬車が通りを走っているのをあまり見たことは無く、偶に住宅街へ入った時に目にする程度であった。
「こんなに人ごみ多いと、馬車に乗るよか歩いたほうが速いだろうしな」
 すぐ左側を行き交う人々の群れを見つめつつも呟いてから、魔理沙とアンリエッタの二人は通りを歩いて行く。

 やがて数分ほど歩いた所でやや大きめの広場に出た二人は、そこで一息つける事にした。
「おっ、あっちのベンチが空いてるな……良し、そこに腰を下ろすか」
 魔理沙の言葉にアンリエッタも頷き、丁度木陰に入っているベンチへと腰を下ろす。
 それに次いで魔理沙の隣に座り、二人してかいた汗をハンカチで拭いつつ周囲を見回してみた。
 中央に噴水を設置している円形の広場にはすでに大勢の人がおり、彼らもまたここで一息ついているらしい。
 ベンチや木の根元、噴水の縁に腰を下ろして友人や家族と楽しそうに会話をしており、もしくは一人で空や周囲の景色を眺めている者もいた。
 そんな彼らを囲うようにして広場の外周にはここぞとばかりに幾つもの屋台ができており、色々な料理や飲み物を売っている。
 種類も豊富で食べ物は暖かい肉料理から冷たいデザート、飲み物はその場で果物を絞ってくれるジュースやアイスティーの屋台が出ている。
 どの屋台も売り上げは上々なようで、数人から十人以上の列まであり、よく見ると下級貴族らしいマントを付けた者まで列に並んでいた。
 魔理沙はそれを見て賑やかだなぁとだけ思ったが、彼女と同じものを目にしたアンリエッタは目を輝かせながらこんな事を口にした。
「うわぁ、アレって屋台っていうモノですよね?言葉自体は知っていましたが、本物を見たのは初めてです!」
「え?あ、あぁそうだが……って、屋台を見るのも初めてなのか!?」
「えぇ!わたくし、蝶よ花よと育てられてきたせいでそういったモノに触れる機会が今まで無くて……」

 アンリエッタの言葉に一瞬魔理沙は自分の耳を疑ったが、自分の質問に彼女が頷いたのを見て目を丸くしてしまう。
 思わず自分の口から「ウッソだろお前?」という言葉が出かかったが、それは何とかして堪える事ができた。
 魔理沙は驚いてしまった半面、よく考えてみれば王家という身分の人間ならば本当に見たことが無いのだろうと思うことはできた。
(子はともかく、親や教育者なんかはそういうのをとにかく低俗だ何だ勝手に言って見せないだろうしな)
 きっと今日に至るまで王宮からなるべく離れずに暮らしてきたかもしれないアンリエッタに、ある種の憐れみを感じたのであろうか、
 魔理沙は座っていたベンチから腰を上げると、突然立ち上がった彼女にキョトンとするアンリエッタに屋台を指さしながら言った。
「折角あぁいうのが出てるんだ。何ならここで軽く飲み食いしていってもバチは当たらんさ」
「え?え、えっと……その、良いんですか?」
 突然の提案に驚いてしまうアンリエッタに「あぁ」と返したところで、魔理沙は自分が迂闊だったと後悔する。
 確かに豪快に誘ったのはいいものの、それを手に入れる為のお金を彼女は持っていなかったのだ。
 
 今日もお昼ごろになった所で用事を済ませたルイズや霊夢と合流して、三人一緒にお昼を頂く筈であった。
 その為今の彼女の懐は文字通りのスッカラカンであり、この世界の通貨はビタ一文入っていない。
 それを思い出し、苦虫を噛んでしまったかのような表情を浮かべる普通の魔法使いに、アンリエッタはどうしたのかと声を掛ける。
「あ……イヤ、悪い。偉そうに提案しといて何だが、今の私さ……お金を全然持ってなかったのを忘れてたぜ」
「……!あぁ、そういう事なら何の問題もありませんわ」
 申し訳なさそうに言う魔理沙の言葉に王女様はパッと顔を輝かせると、懐から掌よりやや大きめの革袋を取り出して見せた。
 突然取り出した革袋を見てそれが何だと聞く前に、アンリエッタは彼女の前でその袋の口を縛る紐を解きながら喋っていく。

693ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:06:11 ID:EpCC/uLM
「実は私、単独行動をする前にお付きの者に何かあった時の為にとお金を用意してもらったんですよ。
 とは言っても、ほんの路銀程度にしかなりませんが……でも、あそこの屋台のお料理や飲み物なら最低限買えるだけの額はあると思うわ」
 
 そう喋りながらアンリエッタは紐を解いた袋の口を開き、中にギッシリと入っているエキュー金貨を魔理沙に見せつける。
 何ら一切の悪意を感じないお姫様の笑顔の下に、一文無しな自分をあざ笑うかのように黄金の輝きを放つエキュー金貨たち。
 てっきり銀貨や銅貨ばかりだと思っていた魔理沙は息を呑むのも忘れて、輝きを放ち続ける金貨を凝視するほかなかった。
「……なぁ、これの何処が路銀程度なのかちょいと教えてくれないかな?」
「…………あれ?私、何か変な事言っちゃいましたか?」
 呆然としつつも、何とか口にできた魔理沙の言葉にアンリエッタは笑顔のまま首を傾げる他なかった。
 やはり王家とかの人間は庶民とは金銭感覚が大きく違うのだと、霧雨魔理沙はこの世界にきて初めて実感する事ができた。

 ひとまず代金を確保する事ができたので、魔理沙はアンリエッタを伴って屋台を巡ってみる事にする。
 食べ物と飲み物の屋台はそれぞれ二つずつの計四つであったが、それぞれのメニューは豊富だ。
 最初の屋台は肉料理系の屋台で、いかにも屋台モノの食べやすい料理が一通り揃っており、香ばしい匂いが鼻をくすぐってくる。
 スペアリブや鶏もも肉のローストはもちろんの事、何故かおまけと言わんばかりにタニアマスの塩焼きまで並んでいる。
 もう一つはそんなガッツリ系と対をなすデザート系で、今の季節にピッタリの冷たいデザートを売っているようだ。
 今平民や少女貴族たちの間で流行っているというジェラートの他にも、キンキンに冷やした果物も売りの商品らしい。
 横ではその果物を冷やしているであろう下級貴族が冷やしたてだよぉー!と声を張り上げている姿は何故か哀愁漂うが印象的でもある。
 下手な魔法は使えるが碌な学歴が無い彼らにとって、こういう時こそが一番の稼ぎ時なのであった。

「さてと、メインとなるとこの屋台しか無いが、うぅむ……どのメニューも目移りするぜ」
「た、確かに……私も見たことのないような名前の料理がこんなにあるなんて……むむむ」
 すっかり王女様に奢られる気満々の魔理沙は、アンリエッタと共に屋台の横にあるメニューを凝視している。
一応メニューの横にはその名前の料理のイラストが小さく描かれており、文字が分からなくてもある程度分かるようになっている。
 無論アンリエッタは文字の方を見て、魔理沙はイラストと文字を交互に見比べながらどれにしようか悩んでいた。
 屋台の店主とバイトであろうエプロン姿の男女はそんな二人の姿を見て微笑みながら、その様子をうかがっている。
 
 それから数分と経たぬ内、先に声を上げたのは文字を見ていたアンリエッタであった。
「私はとりあえず……この料理にしますが、マリサさんはどうしますか?」
 彼女はメニュー表に書かれた「羊肉と麦のリゾット」を指で差しつつ、目を細める魔理沙へと聞く。
 そんな彼女に対して普通の魔法使いも大体決めたようで、同じようにメニューの一つを指さして見せる。
「んぅ〜そうだなぁ、大体どんな料理なのかは絵を見れば察しはつくが……ま、コレにしとくか」
 そう言って彼女が選んだメニューは真ん中の方に書かれた「冷製パスタ 鴨肉の薄切りローストにレモン&ソルトペッパーソースを和えて」であった。
 いかにも屋台向けな料理の中でイラストの方で異彩を放っていたからであろう、上手いこと彼女の目を引いたのである。
 メニューが決まれば後は注文するだけ、という事でここは魔理沙が鉄板でソーセージを焼いていた男にメニューを指さしながら注文を取った。

694ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:08:06 ID:EpCC/uLM
「あいよ、その二つでいいね?それじゃあ出来上がりにちょっと時間が掛かるから、その間飲み物でも頼んできな」
「成程、隣に飲み物系の屋台がある理由が何となく分かったぜ。じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」
 
 まさかの協力関係にある事を知った魔理沙は手を上げて隣の屋台へと足を運ぼうとした所で、彼女から注文を聞いた店員が慌てて呼び止めてきた。
「っあ、お嬢ちゃん!ゴメンちょいと待った!ウチ前払いだったから、悪いけど先にお金払っといてくれるかい」
「お、そうか。じゃあそっちのア……あぁ〜、私の知り合いに頼んでくれるかい?」
「あ、は……はい分かりました。それじゃあ私が――」
 危うく名前を言いかけた魔理沙に一瞬ヒヤリとしつつも、アンリエッタは金貨入りの革袋を取り出して見せる。
 幸い顔でバレてはいないものの、流石に名前を聞かれてしまうとバレる可能性があったからだ。
 何せ実際に顔を見たことがなくとも、自分の肖像画くらいは街中で見かけたことがある人間はこの場にいくらでもいるだろう。
 先に名前の事で相談しておくべきだったかしら?……軽い失敗を経験しつつも、アンリエッタは生まれて初めてとなる支払いをする事となった。

「えぇっと……お幾らになるでしょうか?」
「んぅと、リゾットとパスタだから……合わせて十五スゥと十七ドニエだね」
「え?スゥと…ドニエですか?」
 一般的な屋台価格としてはやや強気な値段設定ではあるが、それなりのレストランで出しても大丈夫な味と見栄えである。
 それを含めての強気設定であったが、値段を聞いたアンリエッタは目を丸くしつつも革袋の中からお金を取り出した。
「あの、すいません……今銀貨と銅貨が無いのですが……これは使えるでしょうか?」
「ん?え……エキュー金貨!?それもこんなに!?」
 そう言って差し出した数枚の金貨を見て、店員は思わずギョッとしてしまう。
 新金貨ならともかくとして、まさか一枚あたりの単位が最も高額なエキュー金貨を数枚も屋台で出されるとは思っていなかったのだ。
 調理や盛り付けをしていた他の店員たちも驚いたように目を見開き、本日一番なお客様であるアンリエッタを注視した。
 一方でアンリエッタは、突然数人もの男女からの視線を向けられた事に思わす動揺してしまう。
「え?あの……ダメでしたか?」
「だ…ダメ?あ、いえいえ!充分ですよ……っていうかそんなにいりませんよ!この一枚だけで充分です!」
 そう言って店員はアンリエッタが取り出した数枚の内一枚を手に取ると、「あまり見せびらかさないように」とアンリエッタに小声で注意してきた。

「ここ最近ですけど、何やらお客さんみたいに大金を持ち歩いてる人を狙って襲うスリが多発してるそうなんですよ。
 犯人の身元は未だ分からないそうですから、お客さんもこんなに大金持ち歩いてる時は気を付けた方がいいですよ?」

 親切心からか、店員が話してくれた物騒な事件の話にアンリエッタは「え、えぇ」と動揺しつつも頷いて見せる。
 それに続くように店員も頷くと彼は「店からお釣り取ってくる!」と仲間に言いながらその場を後にして行った。
 その後、別の店員から注文の品ができるまでもう少し待ってほしいとと言われた為、魔理沙と共に飲み物を決めることにした。
 暫し悩んだ後でアンリエッタが決めたのはレモン・アイスティーで、魔理沙はレモンスカッシュとなった。

695ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:10:07 ID:EpCC/uLM
「はいよ、コップに入ってるのがアイスティーでこっちの大きめの瓶がレモン・スカッシュね!」
「有難うございます」
 アンリエッタは軽く頭を下げて、魔理沙が飲み物の入ったそれぞれの容器を手にした時であった。
 先ほど料理を頼んだ屋台から自分たちを読んでいるであろう掛け声が聞こえた為、急いでそちらへと戻る。
 すると案の定、アツアツのドリアと冷静パスタが出来上がった品を置くためのカウンターに用意されていた。

「はいお待ちどうさん!ドリアの方は熱いから気を付けて!あ、食べ終わったお皿はそこの返却口に置いといてね」
「あっはい、分かりました。はぁ、それにしても中々どうして美味しそうですねぇ」
 ツボ抜きしたタニアマスを串に通しながらも快活に喋る女性店員から説明を聞きつつ、二人は料理の入った木皿を手に取った。
 オーブンから出したばかりであろうドリアは表面のチーズがふつふつと動いており、焼いたチーズの香ばしくも良い匂いが漂ってくる。
 対して魔理沙の冷製パスタも負けておらず、スライスされた鴨肉のローストと特性ソースがパスタに彩を与えている。
 どうやらトレイも一緒に用意されているようで、魔理沙たちはそれに料理と飲み物に置いてどこか落ち着いて食べられる場所を探す事にした。
 広場には人がいるもののある程度場所は残っており、幸いにも木陰の下に設置された木製のテーブルとイスを見つけることができた。
 
「良し、ここが丁度いいな。じゃ、頂くとするか」
「そうですね……では」
 脇に抱えていた箒を傍に置いてから席に座り、トレイをテーブルの上に置いた魔理沙はアンリエッタにそう言いながらフォークを手に取った。
 木製であるがパスタ用に先が細めに調整されたそれでいざ実食しようとした、その時である。
 ふと向かい合う形で座っているアンリエッタへと視線を移すと、彼女は湯気を立たせるドリアの前で短い祈りの言葉を上げていた。
「始祖ブリミルよ、この私にささやかな糧を与えてくれた事を心より感謝致します……―――よし、と」
 短い祈りが終わった後、小さな掛け声と共にアンリエッタはスプーンを手に取って食べ始める。
 久しぶりにこの祈りの言葉を聞いた魔理沙も思い出したかのように、目の前のパスタを食べ始めていく。
 
 暫しの間、互いに頼んだ料理に舌鼓を打ちつつ。三十分経つ頃には既に食べ終えていた。
「ふい〜、美味しかったなぁこのパスタ。冷製ってのも案外イケるもんだぜ」
 レモンスカッシュの残りを飲みつつも、ちょっとした冒険が上手くいった事に彼女は満足しているようだ。
 アンリエッタの方も頼んだドリアに文句はないようで、ホッコリした笑顔を浮かべている。
「いやはやこういう場所で物を食べるのは初めてでしたが、おかげでいい勉強になりました」
「その様子だと満更悪く無かったらしいな?美味しかったのか」
「えぇ。味は少々濃い目で単調でしたが、もうちょっと野菜を加えればもっと美味しくなると思いました」
 マッシュルームとか、ズッキーニとか色々……と楽しそうに料理の感想を口にするアンリエッタ。
 魔理沙は魔理沙でその姿を案外美味しく食べれたという事に僅かながらの安堵を覚えていた。
 あんなお城に住んでいるお姫様なのだ、てっきり口に合わないとへそを曲げるかと思っていたのだが、
 中々どうして庶民の料理もいける口の持ち主だったようらしく、こうして心配は無事杞憂で済んだのである。
 
(ま、本人も本人で楽しんでるようだしこれはこれで正解だったかな?)
 初めて食べたであろう庶民の味を楽しんでいるアンリエッタを見ながら、魔理沙は瓶に残っていた氷をヒョイっと口の中へと入れる。
 先ほどまでレモン果汁入りの炭酸飲料を冷やしていたそれを口の中で転がしつつ、慎重にかみ砕いてゆく。
 その音を耳にして何だと思ったアンリエッタは、すぐに魔理沙が氷を食べているのに気が付き目を丸くする。

696ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:12:31 ID:EpCC/uLM
「まぁ、氷をそのまま食べているの?」
「んぅ?あぁ、口の中がヒンヤリして夏場には中々良いんだぜ。何ならアンタもどうだい?」
「ん〜……ふふ、遠慮しておきますわ。もしもうっかり歯が欠けたら従徒のラ・ポルトに怒られちゃいますから」
「なーに、かえって歯が丈夫になるさ。まぁ子供の頃は何本か折れたけどな」
 暫し考える素振りを見せた後で、微笑みながらやんわりと断るアンリエッタに、魔理沙もまた笑顔を浮かべもながら言葉を返す。
 真夏の王都、屋台の建てられた広場で休む二人は、まるで束の間の休息を満喫しているかのようだ。
 傍から見ればそう思っても仕方のない光景であったが、そんな暢気な事を言ってられないのが現実である。
 何せ今、王都のあちこちにアンリエッタを探そうとしている衛士が徒党を組んで巡回している最中なのだから。
 そしてアンリエッタは今のところ――本来なら自分の身を守ってくれる彼らから逃げなければいけない立場にある。
 どうして?それは何故か?詳しい理由を未だ教えられていない魔理沙は、ここに至ってようやくその理由を聞かされる事になった。


 軽食を済ませてトレイ等を返却し終えた二人は、日中はあまり人気のない裏通りにいた。
 活気があり、飲食店や有名ブランドの店が連なる表通りとは対照的な静かな場所。
 客足は少々悪いが静かにゆっくりと寛げる食堂に、素朴な手作りの日用雑貨や外国製の安い服がうりの雑貨屋など、
 観光客ではなくむしろ地元の人々向けの店がポツン、ポツンと建っているそんな場所で魔理沙はアンリエッタから『理由』を聞かされていた。
「獅子身中の虫だって?」
「はい。それもそこら辺の虫下しでは退治できないほどに成長した、アルビオンの息が掛かった厄介な虫です」
「……成程、つまりはあのアルビオンのスパイって事か。それも簡単に倒せない厄介なヤツだと」
 最初にアンリエッタが口にした言葉で、魔理沙は゛虫゛という単語の意味を理解することができた。
 獅子身中の虫――寄生虫を想起させるような言葉であるが、本来は国に危機をもたらすスパイという意味で使われる。
 そして彼女の言葉を解釈すれば、そのスパイはそう簡単に豚箱にぶちこめるレベルの人間ではないようだ。
 
 同時に魔理沙は気が付く、彼女を探し出している衛士達から逃げているその理由を。
「まさか?今街中をうろつきまわってる衛士たちってのは、そいつの手先って事か?」
 思いついたことをひとまず口にした魔理沙であったが、アンリエッタはその仮説に「いいえ」と首を横に振った。
「彼らは上からの命令を受けて、あくまで純粋に私を保護する為に動いているだけです」
「そうなのか?じゃあこうして人目のつかない所をチョロチョロ動き回る必要は無さそうだが……事はそうカンタンってワケじゃあないってか」
 アンリエッタの言葉に一度は首を傾げそうになった魔理沙はしかし、彼女の表情から複雑な理由があると察して見せる。
 魔理沙の言葉にコクリと頷いて、アンリエッタはその場から見る事の出来る王宮を見上げながら言った。
「酷い例えかもしれませんが、これは釣りなんです。私を餌にした……ね」
「釣りだって?そりゃまた……随分と値の張った餌だな、オイ」
 
 自分では気の利いた事を言っているつもりな魔理沙を一睨みみしつつも、彼女は話を続けた。
 今現在この国にいる少数の貴族は神聖アルビオン共和国のスパイ――もとい傀儡として動いている事が明らかになっている。
 無論彼らの動向はほぼ掴んでおり、捕まえること自体は容易いものの彼らを捕まえたとしても敵の情報を知っているワケではない。
 しかし一番の問題は、その傀儡を操っているであろう゛元締め゛がこの国の法をもってしても容易には倒せない存在だという事だ。
「この国の法を……って、王族のアンタでも……なのか?」
「流石にそこまでの相手ではありません。しかし、今すぐ逮捕しようにも手が出せない相手なのです」
 この国で一番偉い地位にいる少女の口から出た言葉に、流石の魔理沙も「まさか」と言いたげな表情を浮かべている。
 そんな彼女に言い過ぎたと訂正しつつも、それでも尚強大な地位にいるのが゛元締め゛なのだと伝えた。
 誇張があったとはいえ、決して規模が小さくなってない゛元締め゛の存在に魔理沙は苦虫を噛んでしまったかのような表情を浮かべてしまう。

697ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:14:33 ID:EpCC/uLM
「……最初はちょっと面白そうな話だと思ってた自分を殴りたくなってきたぜ」
「貴女を半ば騙して連れてきた事は謝ります。ですが自分への八つ当たりは、過去へ跳躍する方法が分かってからにしてくださいな」
「んぅ〜……まぁいいさ。どうせ過去の私に言って聞かせても、結果は同じだと思うしな?」

 そんなやり取りの後、アンリエッタは再びこの国に蔓延るスパイについての話を再開する。
 アルビオンから情報収集を頼まれたであろう゛元締め゛がまず行ったのは、傀儡役となる貴族たちへの声掛けであった。
 ゛元締め゛が最適の傀儡と見定めた貴族は皆領地経営で苦しみ、土地持ちにも関わらずあまり金を稼げていない貧乏貴族に絞っている。
 お金欲しさに領地に手を出して失敗している者たちは、その大半が楽して大金を稼ぎたいという邪な思いを持っているものだ。
 彼らの殆どはその土地ではなく王都に住宅を建てて暮らし、儲からない領地と借金を抱えて日々を暮らしている。
 そういった人間を探し当てるのに慣れた゛元締め゛は、前金と共に彼らの前に現れてこう囁くのである。

―――この国の機密情報を盗み取ってアルビオンに渡せば億万長者となり、かの白の国から土地と欲しい褒美を貰えるぞ……――と。
 
 無論これを聞かされた全員がそれに賛同する筈はないだろう、きっと何人かは゛元締め゛を売国奴と罵るだろう。
 しかし゛元締め゛は一度や二度怒鳴られる事には慣れており、シールのように顔に張り付いた不気味な笑みを浮かべて囁き続ける。
 こんな国には未来はない、いずれは大国に滅ぼされる。そうなる前にアルビオンへとこの国を売り渡し、今のうちの将来の地位を築くべき――だと。
「おいおい……いくら何でもそれはウソのつき過ぎだろ?ちよっと物騒だが、別に無政府状態ってワケでもないだろうに」
 そこまで聞いたところで待ったを掛けた魔理沙であったが、彼女の言葉にアンリエッタは自嘲気味な笑みを浮かべてこう返した。

「知ってますか?このハルケギニア大陸に幾つかある国家の中に、王家の者がいるのに玉座が空いたままの国があるそうですよ?
 王妃は夫の喪に服するといって戴冠を辞退し、まだ子供の王女に任せるのは不安という事で年老いた枢機卿にすべてを任せてしまっている国が……」

 不味い、被弾しちまったぜ。――珍しく自分の言葉を間違えた気がした魔理沙は、知り合いの半妖がくれた黒い飴玉を口にした時のような表情を浮かべて見せた。
「あー……悪い、そういやここはそういう国なんだっけか?」
 わざとらしく視線を横へ逸らすのを忘れが申し訳なさそうに謝った魔法使いは、件の飴玉を口にした時の事も思い出してしまう。
 おおよそ人が食べてはいけないような味が凝縮されたあの飴玉を食べてしまった時の事と比べれば、この失言も大した事ではないと思えてくる。
「まぁそんな状態もあと少しで終わりますので心配しないでください。それよりも先に片付けねばならない事があるのですから」
 とりあえずは謝ってくれた魔理沙にそう返しつつ、アンリエッタはそこから更に話を続けていく。 

 自分が仕える国から機密情報を盗み出せば、大金と褒美を得られるぞ。
 そんな甘言を囁かれても、大半の貴族は囁いた本人を売国奴として訴えるのが普通であろう。
 しかし゛元締め゛は知っていたのだ、例えをトリステイン貴族でなくなったとしても金につられてくれるであろう貴族たちの所在を。
 ゛元締め゛はそうした貴族達だけをターゲットに絞り、根気よく説得しては自分の手駒として情報を集めさせたのである。
 一方で傀儡となった者たちはある程度情報を集めた所で゛元締め゛からアルビオン側の人間との合流場所を知らされる。
 そしてその合流場所へと行き観光客を装った彼らから報酬を受け取り、情報を渡してしまえば立派な売国奴の出来上がりだ。
 
 後は逮捕されようが殺されようが構いやしないのである。今のアルビオンにとって、この国の貴族は本来敵として排除するべき存在。
 ましてや金に目が眩み機密情報を平気で渡すような輩など、信用してくれと言われてもできるワケがない。
 結局、゛元締め゛の言いなりになっている貴族たちは目先の利益に問われた結果、最も大事な゛信用゛を失ってしまったのである。

698ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:16:44 ID:EpCC/uLM
「そんならいくら尻尾振ったって意味なくないか?第一、貴族ってそんなに金に困ってるのか?」
「王家である私やヴァリエール家のルイズはともかく、貴族が全員お金に困らない生活をしてるってワケではありませんしね」
 下手すればそこら辺の平民よりも月に消費するお金が多いのですから、アンリエッタは歯痒い思いを胸に抱いてそう言う。
 国を運営していくのに綺麗ごとでは済まない事は多いが、日々の生活に困窮する貴族の数は年々増えつつある。
 最初こそそれは学歴がなくまともな職にもつけない下級貴族たちが主流であったが、今では中流の貴族たちもその中に入ろうとしていた。

「領地経営だって軽い気持ちでやろうとすれば必ず痛い目を見て、そこで生まれた負担金は経営者の貴族が支払ねばなりません。
 想像と違って上手くいかない領地の経営に、身分に合わぬ浪費でどんどん手元から無くなっていく財産に、そこへ割り込むかのように増えていく借金……。
 今ではそれなりの地位にいる者たちでさえお金が無いと喘いでいる今の世情を利用して、゛元締め゛は甘い蜜を吸い続けているのです」

 華やかな王都の下に隠れる陰惨な現実を語りながらも、アンリエッタはさらに話を続ける。
 そうして幾つもの人間を駒として操り、アルビオンに情報を渡す゛元締め゛本人は決してその尻尾を出すことは無い。
 自らは舞台裏の者としての役割に徹し、例え傀儡たちが死のうともその正体を露わにすることはなかった。
 ……そう、ヤツは決して表舞台には姿を現さないのだ。――余程の゛緊急事態゛さえ起こらなければ。
 
「――成程、アンタがやろうとしている事が何となく分かってきた気がするぜ」
「何が分かったのかまでは知りませんが、私の考えている通りならば後の事を口にする必要はありませんね?」
 ゛緊急事態゛という単語を聞いた魔理沙は彼女の言わんとしている事を察したのか、ニヤリとした笑みを浮かべてみせた。
 一方のアンリエッタも、魔理沙の反応を見て自分の言いたい事を彼女が察してくれたのだと理解する。
 両者揃ってその口元に微笑を浮かべ、互いに同じことを考えているのだと改めて理解した。
「成程な、釣りは釣りでも随分とドでかい獲物を釣り上げる気のようだな?」
「まぁ、あくまで餌役は私なんですけね?」
 最初こそ自分を殴りたいと言って軽く後悔していた魔理沙は、今やすっかりやる気満々になっている。
 権力を隠れ蓑にして他人を操り、自分の手は決して汚そうとしない゛元締め゛を釣りあげるという行為。
 ヤツは余程の事が起こらない限り姿を見せない。そんな相手を表舞台に引きずり出すにはどうすればいいのか? 

 その答えは簡単だ。――起こしてやればいいのである、その余程どころではない゛緊急事態゛を。
 例えばそう、何の前触れもなくこの国で最も重要な地位についている人間が失踪したりすれば……どうなるか?
 護衛はしっかりしていたというのに、まるで神隠しにでも遭ってしまったかのように彼らに気取られず姿を消してみる。
 するとどうだろうか、絶対かつ完璧であった護衛の間をすり抜けて消えてしまった要人に彼らは大層驚くだろう。
 一体どこへ消えたのか騒ぎ立て、やがて油に引火した炎のように騒ぎはあっという間に周囲へ広がっていく。
 やがて要人失踪の報せは他の要人たちへと届き、各地の関所や砦では緊急事態の為通行制限がかかる。
 
 そのタイミングでわざと教え広めるのだ、要人の姿をここ王都で目撃したという偽の情報を。
 当然それが仕掛けられたモノだと気づかない第三者たちは、そこへ警備を集中配置して情報収集と要人確保の為に動く。
 そこに来て゛元締め゛は焦り始めるのだ。――なぜ、こんなタイミングであのお方は姿を消したのだと。
 恐らく彼は自分の味方へと疑いを向けるだろう。この国の王権を打倒せんと企んでいるアルビオンの使者たちを。
 彼らは味方だがこちらの意思で完全に動いているワケではない、彼らには彼らなりの計画がしっかり用意されている。
 もしもその計画の中に要人の誘拐もしくは暗殺が入っており、尚且つそれを自分に知らせていなかったら……?
 まるで底なし沼に片足を突っ込んでしまった時のように、゛元締め゛はそこからずぶずぶと疑心暗鬼という名の沼に沈むほかない。

699ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:18:14 ID:EpCC/uLM
 疑いはやがて確信へと変貌を遂げて、本人を外界へと引きずり出すエネルギーとなるだろう。
 それ即ち、アルビオンの人間と直接話し合うために゛元締め゛自らがその体を動かして外へと出るという事を意味するのだ。
 今まで自分に火の粉が降りかからぬ場所で多くの貴族たちを動かし、気楽に売国行為をしていた゛元締め゛。
 しかし、ふとしたキッカケで彼らに疑いを持ち始めた゛元締め゛は、自ら動いてアルビオンの人間たちに問いただしに行く。
 それが仕組まれていた事――そう、要人が消えた事さえ彼を表舞台に上がらせる為の罠だという事にも気づかず。
 そして食いついた所で釣りあげてやるのだ。強力な地位を利用して国を売ろとした男と、それに関わる者たち全てを。 

「それが今回、私に仕える者が提案した『釣り』のおおまかな流れです」
 表の喧騒から遠く、時間の流れさえゆったりとしたものに感じられる人気の無い路地裏で、アンリエッタは今回の作戦を教え終えた。
 そんな彼女に対して珍しく黙って聞いていた魔理沙は面白そうに短い口笛を吹いたのち、「成程な」と一人頷く。
「餌も上等なら、釣り針や竿も最高級ってヤツか?この国の重役なら絶対に動揺すると思うぜ?」
「それはそうでしょうね。何せ今はこの王都に通常よりも倍の衛士たちが入ってきていますから」
 魔理沙の言葉にアンリエッタそう返しつつ、ふと表の通りから聞こえてくる喧騒に衛士達の走り回る音も混じってきているのに気が付く。
 規律の取れた軍靴が一斉に地を踏み走る音靴は、彼らが六人一組で行動している事を意味する音。
 きっとそう遠くないうちにも、この路地裏にも捜査の魔の手が伸びるのは間違いない。

 アンリエッタは魔理沙と目配せをした後で自ら先頭に立ち、隠れ場所を探しつつ街の中を進んでいく。
 途中表通りへと繋がっている場所を避けつつ、彼女は衛士に見つかってはいけない理由も話してくれた。

「ここまでは計画通りです。しかし……もしここで衛士達に見つかり、捕まってしまえば全てが無に帰してしまいます。
 恐らく私が確保されたという報告は、すぐにでも゛元締め゛の耳に届く事でしょう。そうなれば後はヤツの思うがまま、
 アルビオンの使者とすぐに仲直りした後で、持てるだけの情報を持たせて彼らを白の国へと送った後で、すべての証拠を隠滅――
 そして持ち帰った情報で彼らはわが国で戦争を始めるつもりなのです。ゲルマニアやガリアの僻地で起きているモノと同じ形式の戦争を……」
 
 戦争だって?――王女様の口から出た物騒な単語に、流石の魔理沙も眉を顰める。
 トリステイン自体が幻想郷程……とは言わないが相当平和な国だというのは彼女でも理解している。
 平和とはいっても化け物に襲われたりこの前はあのアルビオンとかいう国が攻めてきたりしたが、それは一般大衆にはあまり関係ないことだろう。
 現にこの街に住んでる人々はかの国と実質戦争状態にあるというのに、いつも変りなく暢気に暮らしている人間が大半を占めているのだ。
 そんな平和なこの国で――彼女の言い方から察するに最低でも国内で――戦争が起こるなどとは、上手いこと想像ができないでいる。

 それに魔理沙自身、ちゃんとしたルールに則った争い……つまりは弾幕ごっこが戦いの基本となった幻想郷の出身者という事もあるだろう。
 深刻な表情をして国で戦争が起きるかもしれないと呟くアンリエッダの言葉に肩を竦め、信じられないと言うしかなかった。
「おいおい戦争って……いくらなんでも、そこまで発展したりはしないだろ?」
「確かに貴女の言う通りです。王政の管轄領地やラ・ヴァリエ―ルなどの古くから仕える者たちの領地で起こりえないでしょう、――しかし
「しかし?」
「管理の行き届かない領地、つまりは僻地で戦争が起きる可能性は決して無いとは言い切れないのですよ」
 深刻な表情のまま言葉を終わらせたアンリエッタに、魔理沙は口から出かかった「マジかよ」という言葉を飲み込む事はできなかった。
 そしてふと思った。この世界では、ふとした拍子や失敗で簡単に戦争が起こってしまうのではないのかと。

700ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:20:16 ID:EpCC/uLM
 そんな気味の悪い事を考えてしまった魔理沙は、アンリエッタに続くようにして自らも重苦しい表情を浮かべてしまう。
 いつも何処か得意げなニヤつき顔を見せてくれている彼女には、あまりにも不釣り合いかつ真剣な顔色である。
 今の彼女の表情を霊夢やアリス、パチュリーといった幻想郷の知人が見ればきっと今夜の夜空は物騒になるだろうと誰もが笑うに違いない。
 幸か不幸か今はそんな奴らもいないので、彼女は恥かしい思いをすることもせず気兼ねなく真剣な表情を浮かべることができていた。
 アンリエッタはアンリエッタでこれからの作戦の成否で国の運命が掛かっていると知っているためか、魔理沙以上に真剣な様子を見せている。
 魔理沙と出会う前はサポートがいてくれたおかげで何とか王都まで隠れる事はできたが、ここからが正念場というヤツなのだろう。
 お供の魔法使い共々衛士たちに捕まり、正体がバレてしまえば――最悪敵である、あの゛男゜にこちらの出方を読まれる恐れがある。

 元締め――もといあの゛男゛は馬鹿でもないし、間抜けでもない。秀才であり、なおかつ政敵との戦いにも打ち勝ってきた強者だ。
 でなければこの国であれだけの地位――トリステイン王国の法と裁きを司る高等法院の頂点に立てはしないだろう。
 無論スパイとして発覚する以前に賄賂の流通があったという話は聞くが、それだけで検挙できるのならここまでの苦労はしない。
 一度は地の底に這いつくばり、血の涙も枯れてしまう程の努力を積み重ねてきた末の結果とも言うべき輝かしくも陰影が残る功績。
 自らの欲と目的を達成するためには殺人すら含めたありとあらゆる手段を尽くし、自分に都合の悪い情報は徹底してもみ消してのし上がっていく。
 彼の裏の顔を知ろうと迂闊にも接近し過ぎてしまい、文字通り消された密偵の数は恐らく二桁近くに上るであろう。
 その一方では法の番人として国の法整備や裁判等に尽力し、先代の王や若かりし頃の枢機卿が彼を百年に一度の人材と褒めたたえている。
 表と裏。人間ならばだれしも持っているであろう二面のギャップが激しすぎる彼は、そう簡単には捕まらないであろう。
 だからこそこの事態をチャンスにして捕まえ、そして聞き質さなければいけない。
 
 ―――――幼子であった頃の自分を、まるで本物の父親に様にあやしてくれた貴方の笑顔は作り物だったのかと。

(その為にも今は絶対に捕まらないよう、気を付けないと……)
 愛するこの国の為、どうしても聞き出さなければいけない事の為、アンリエッタは改めて決意する。

 アンリエッタからこの任務の大切さを今更聞き、重責を負ってしまった事を実感している霧雨魔理沙。
 二人して人気のない裏路地で屯する形となり、アンリエッタはこれからどう動こうかという相談をしようとしていた――が、
 そんな彼女たちを不審者と判断しないほど、トリスタニアは平和ボケしているワケではなかった。
 それは二人の背後、裏通りから大通りへと続く路地から何気ない会話と共にやってきたのである。
「バカ言ってんじゃねえよ?大金張ったルーレットでそんな命知らずみたいな芸当できるワケが……ん?」
「だからさぁ、本当なんだって!そりゃもう信じられない位正確に……って、お?」
 ギャンブル関係の話をしながらやってくる二人組の男の声を聞いて咄嗟に振り向いたアンリエッタは、サッと顔が青くなる。
 彼女に続くようにして魔理沙もまた振り向き、丁度自分たちに気づいた男たちと目を合わせる形となってしまった。

 声の正体はこの王都にも良くいるようなチンピラではなく、むしろそのチンピラにとっては天敵ともいえる存在。
 お揃いの軽い胸当てに夏用の半袖服と長ズボンに、市街地での戦いに特化した短槍を手に街の治安を守るもの。
 鎧の胸部分に嵌め込まれているのは、白百合と星のエンブレム。そう、トリスタニアの警邏衛士隊のシンボルマークだ。
 二人そろってそのエンブレムの付いた胸当てを身に着けているという事は、彼らが衛士隊の人間であることは間違いない。
 自分たちの姿を見て足を止めた衛士達を前に、アンリエッタはすぐに魔理沙の手を取りその場を去ろうと考える。しかし、
「あーちょい待ち。そこの黒白、確かぁ〜キリサメマリサ……だったっけ?」
「え?確かに私だが……何で知ってるんだよ?」

701ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:22:06 ID:EpCC/uLM
 間が悪く、彼女の手を取ろうとした所で衛士の一人が魔理沙の名前を出して呼び止めてきたのだ。
 魔理沙は見知らぬ他人に名を当てられて目を丸くしており、片方の衛士も「知り合いか?」と相棒に聞いている。
「いえ、ちょっと前にこの子が取り調べられましてね、その時の調書担当が自分だったんだよ」
「――あぁ、そういえばいたなアンタ。随分前の事だったから記憶に残ってなかったぜ」
 彼の言葉で思い出したのか、魔理沙が手を叩きながら言った所で衛士は彼女の隣にいるアンリエッタにも話しかけた。

「で、そこにいる君は誰なんだい?ここらへんじゃあ見たこと無さそうな雰囲気だけど?」
「あ、その……私は――」
 まさか話しかけられるとは思っていなかったアンリエッタは、どう返事したらいいか迷ってしまう。
 衛士の表情から察するに、ちょっとしたナンパ程度で声を掛けたのではないとすぐに分かる。
 あくまで仕事の一環として――少なくとも今伝えられている事態を考慮して――声を掛けたのは一目瞭然だ。
 もう片方の衛士も言葉を詰まらせているアンリエッタに、怪訝な表情を見せている。
 迷っている時間は無い。そう直感したアンリエッタに、魔理沙が救いの手を差し伸べてくれた。
「悪い悪い、衛士さん。こいつは私の知り合いなんだよ」
「知り合い?」
「あぁ、今日王都に遊びに来るっていうから私がちょっとした観光役をやらせてもらってるんだよ。なぁ?」
 いつもの口調で衛士と自分間に入ってきてくれた魔理沙の呼びかけに、アンリエッタは「え、えぇ!」と相槌を打つ。
 その様子に衛士二人は怪訝な表情を崩さず、しかし「まぁそれなら良いが……」という言葉に安堵しかけた所で、

「じゃあ突然で悪いが、その帽子外して俺たちに顔を見せてくれないかい?」
 一番聞きたくなかった質問を耳にして、アンリエッタは口から出そうとしたため息を、スッと肺の方へと押し戻す。
 まさか言われるとは思っていなかったワケではない、それはポカンとした表情を衛士達に向けている魔理沙も同じであろう。
 少なくとも今の彼らにとって、帽子を目深に被った少女何て誰であろうが職務質問の対象者となるに違いない。
 かといって帽子を外して堂々と街中を歩くのは、「私を捕まえてくださーい!」と市中で裸になって踊りまくるのと同義である。
 裸になるか帽子を被るか、たとえ方は少々おかしいが誰だって帽子の方を選ぶのは明白だ。
 だからアンリエッタも帽子を被り、ちゃんと変装までしたうえで――衛士たちに職質されるという不運に見舞われた。
 
 今日の運勢は厄日だったかしら?いつもならお抱えの占い師から聞く今日の運勢の事を現実逃避の如く考えようとしたところで、
 それまで黙っていた魔理沙もこれは不味い流れだと察したのか、自分の頭の上にある帽子を取りながら衛士達に声を掛けた。
「帽子か?そんなもんいくらでも取ってやるぜ?ホラ!」
「お前じゃねえよ、バカ。ホラ、お前さんの後ろにいる黒帽子を被った連れの子さ」
 霧雨魔理沙渾身(?)のギャグをあっさりと切り捨てた衛士の一人が、丁寧にアンリエッタを指さして言う。
 もしも彼らが今ここで彼女の正体を知ったら、きっと彼女を指した衛士は間違いなく土下座していたに違いない。
 しかし悲しきかな、今のアンリエッタにとって自らの正体を晒すのは自殺行為である。
 よって幸運にも彼は何一つ事実を知ることなく、余裕をもってアンリエッタ指させるのであった。

 魔理沙の誤魔化しをあっさりとすり抜け、自分に帽子を外しての顔見せ要求する冷静な衛士達。
 これには流石のアンリエッタも何も言い返せず、ただた狼狽える事しかできない。
 しかし、時間が待ってくれないように衛士達も一向に「イエス」と答えてくれない彼女を待つつもりは無いらしい。
 指さしていない方の衛士が怪訝な表情のままアンリエッタへ一歩近づきながら、彼女の被る帽子の縁を優しく掴みながら言う。
「……黙ってるっていうのなら、こっちは不本意だが無理やり帽子を取るしかないが?」
「……ッ!?そんなの、横暴では――ッ!?」
 咄嗟に彼の手から逃れるように叫ぶと後ろへ下がり、まるでぎゅっと両手で帽子の縁を掴む。
 まるで天敵に出会ったアルマジロの様に見えた魔理沙であったが、流石にそれをこの場で言えるほど空気が読めないワケではなかった。

702ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:24:15 ID:EpCC/uLM
 とはいえ流石にここは間に入らないとまずいと感じたのか、再びアンリエッタの前に立ちはだかり何とか衛士を宥めようとした。
「まぁまぁ落ち着いてくれって!この暑さでイライラしてるのは私だってよ良く分かるぜ?」
「暑さでイライラがどうのこうのじゃないんだ。あくまで仕事の一環として彼女の顔をよく見ておきたいだけだ」
「そんな事言って、ホントは美人だったらナンパしたいだけだろ?例えば……今日一緒にランチでもどう?……ってさ?」
 魔理沙はここで相手の注意をアンリエッタから自分に逸らそうと考えたのか、煽るような言葉を投げかけていく。
 流石にナンパという単語にムッとしたのか、独身であろう衛士は目を細めると「馬鹿にするなよ」と言いつつ、

「俺は二児の父親で、ついでに今日の昼飯は女房が作ってくれたベーコンとチーズのサンドウィッチとマカロニのクリームソテーなんだぞ?」
「……おぉ、スマン。アンタの事良く知らずにナンパとか言って悪かったぜ」
「おめぇ!何奥さんとのイチャイチャっぷりを告白してんだよッ!」

 独身どころか既にゴールインしていたうえに愛妻弁当の自慢までされてしまい、流石の魔理沙も訂正せざるを得なくなってしまう。
 一方で指さしていた衛士は何故か彼に突っかかったのだが、所帯持ちの相方は「僻むんじゃねぇよ」と一蹴しつつ魔理沙へと向き直る。
「とにもかくにもだ、別に持ち物検査までしようってワケじゃないんだ。そこの嬢ちゃんが自分で自分の帽子を外すくらい何て事無いだろう?」
「まぁそりゃそうなんだが…ってイヤイヤ、そこがさぁちょいとワケありでダメなんだよなぁ〜これがさぁ……」
 衛士として正論を容赦なくぶつけてくる相手に対して、魔理沙は何とかそれをかわそうと次の一手を考えようとする。
 しかし、どう考えても今の状況を上手いことかわせる方法などあるワケもなく、彼女が言い訳を口にする度に衛士たちは顔をしかめていく。
(まぁ逃げる手立てはいくらでもあるんだが、そうなると絶対後で碌な目に遭わないしなぁ〜……あぁでも、そういうのも面白そうだなぁ)
 右手に握る箒を一瞥しつつ、アンリエッタの前では絶対言ってはいけない事を心中で呟いていた――その時であった。

 まず先手を打って逃げようかと考えていた魔理沙と狼狽えるアンリエッタが、上空から落ちてくる゛ソレ゛に気が付く。 
 一方の衛士達も上から落ちてきた゛何か゛が視界の端を横切って地面へ落ちていくのに気が付き、一瞬遅れてそちらへと目を向ける。
 瞬間、四人の人間がいる細いに植木鉢の割れる音が響き渡り、鉢の中で育てられていた花と土が地面へとぶちまけられていた。
 それが植木鉢だったと四人ともすぐに理解できたが、問題はそれがなぜ上空から落ちてきたのかだ。
「……?何だ、コレ……植木鉢?――って、うわっ!何だアレッ!?」
「…………?上に誰か――って、ウォッ!?」
 まず最初に魔理沙が首を傾げ、彼女に続くようにして家族持ちの衛士が頭上へと視線を向け――二人して驚愕する。
 何故ならば、先に落ちてきた植木鉢に続くようにして建物の屋上から分厚い布が風で舞い上がったハンカチのように落ちてきたのだから。
 
 ハンカチと例えたが、ここがハルケギニアであっても流石に大人二人を容易に隠せるサイズはハンカチではない。
 恐らく雨が降った際に濡れたら困る物を覆い隠す為の布として、屋上に置いていたものであろう。それがヒラヒラと広がりながら落ちてきたのだ。
 布はその大きさながら落ちるスピードは思ったよりも速く。魔理沙は咄嗟に背後にいたアンリエッタの手を取って後ろへと下がる。
「……ッ!まずい、下がれッ!」
「きゃっ……」
 アンリエッタが悲鳴を上げるのも気にせず後ろへ下がった直後、布は彼女たちが立っていた場所へと舞い落ちた。
 それだけではない。丁度彼女たちが立っていた所よりも前に立っていた衛士達も、もれなくその布を頭からかぶる羽目になったのである。
「うわわッ、な……何だこりゃっ!」
「クソッ!おい、お前らそこにいるんだろ?何とかしてくれッ!」
 布は以外にも大きさに見合ったそれなりの重量をしていたのか、衛士達を覆い隠したまま彼らを拘束してしまったのだ。

703ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:26:16 ID:EpCC/uLM
 まるで絵本に出てくる子供だましのお化けみたいに、頭から布を被った姿で両手らしい二つの突起物を出して動く衛士達。
 姿をくらますなら今しかない……!そう判断した魔理沙はアンリエッタの手を取り何も言わずに彼女と共にこの場を去ろうとした直前、
「おい君たち、裏通りへ出たら僕が今いる建物の中へ入ってくるんだ!」
 先ほど植木鉢と思わぬ助っ人となった布が落ちてきた建物の屋上から、透き通る程綺麗な青年の呼び声か聞こえてきた。
 突然の呼びかけに二人は足を止めてしまい、思わず声のした頭上へと顔を向ける。
 するとどうだろう、逆光で顔は見えないものの明らかに若者と見える金髪の青年が、建物の屋上から半ば身を乗り出してこちらを見つめていた。
 アンリエッタは思わず「誰ですか?」と声を上げたが、魔理沙だけは青年の声を聞いて「まさか……?」と言いたげな表情を浮かべる。
 彼女には聞き覚えがあったのである。その青年の、少年合唱団にいても不思議できないような綺麗な声の持ち主を。

 屋上の青年は魔理沙たちが自分の方へと視線を向けたのを確認してから、次の言葉を口にした。
「近辺にはすでに多数の衛士達が巡回している、捕まりたくないなら大人しく僕の所へ来るんだ!いいね?」
「あ、ちょっと……まさかお前――って、おい待てよ!」
 言いたい事だけ言った後、魔理沙の制止を耳にする事無く彼は踵を返して姿を消した。
 屋上があるという事は建物の中へと入ったのだろうが、それはきっと「中で待っている」という無言の合図なのだろう。
 魔理沙は内心聞き覚えのある声の主の指示に従うがどうか一瞬だけ考えた後、思わずアンリエッタへと視線を向ける。

「……何が何やら全然分かりませぬが、逃げ切れるのならば彼のいう通りに従った方が賢明かと思います!」
「正気かよ?でもお互い様だな、私もアイツの指示に従うのが良さそうだと思ってた所だぜ」
 アンリエッタの大胆な決断に一瞬だけ怪訝な表情を見せた魔理沙は、すぐにその顔に得意げな笑みを浮かべてそう言った。 
 二人はその場で踵を返すとバッと走り出し、未だ巨大な布と格闘している衛士達を置いてその場を後にする。
「お、おい何だ!一体何が起こってるんだ!?」
「クソ!おい、誰でもいいからコレをどかすのを手伝ってくれ!」
 狭い通りに響き渡る衛士達の叫び声で他の人が来る前に、少女たちは自らの背を向けて立ち去って行った。

 再び裏通りへと戻ってきた魔理沙たちは、衛士達の声で早くも集まっている人たちを尻目に隣の建物へと入る。
 そこはどうやら平民向けのアパルトメントらしく、玄関には騒ぎを聞きつけたであろう平民たちが何だ何だと出てきている最中であった。
 ちょっとした人ごみができている場所を通りつつ中へと入ることができた二人へ、声を掛ける者が一人いた。
「こっちだ、こっちに来てくれ」
「ん?あ、そっちか」
 魔理沙は一瞬辺りを見回した後で、先ほど声を掛けてくれた青年がいる事に気が付く。
 こんな季節だというのに頭から茶色のフードを被っており、その顔は良く見えないものの口元からして笑っているのは分かった。
 築何十年と立つであろう古い木の廊下をギシギシと鳴らしつつ、魔理沙とアンリエッタの二人は青年の元へと駆け寄る。
「どこのどなたか存じ上げませんが、助けていただき有難うございます。……あ、その――今はワケあって帽子を……え?」
 まず初めにアンリエッタが頭を下げて礼を述べようとしたところで、フードの青年は右手の人差し指を口の前に立てて「静かに」というサインを彼女へ送る。
 その意味をもちろん知っていたアンリエッタが思わず目を丸くして口を止めると、次いで左手の親指で背後の廊下を指さした。

「ここは人が多すぎます。この先に地下を通って外の水路へと出れますので、詳しい話はそこで致しましょう」

704ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:28:09 ID:EpCC/uLM
 そうして共同住宅の奥にあった下へと階段の先にあったのは、古めかしい地下通路であった。
 上の建物と比べても明らかに長年放置されていると分かる通路を、魔理沙とアンリエッタの二人は興味深そうに見回してしまう。
「まさかただの共同住宅の下に、こんな通路があるだなんて……」
「あぁ、しかも見たらこの通路。一本じゃなくて迷路みたいになってそうだぜ?」
 軽く驚いているアンリエッタに魔理沙がそう言うと、彼女は普通の魔法使いが指さす方向へと視線を向ける。
 確かによく見てみると通路は一直線ではなく三つほど横道があり、単純な構造ではないという事を二人に教えていた。
 そんな二人を横目で見つつ、青年はさりげなく彼女たちに自分の知識を披露してみる事にした。
「五百年前、ブルドンネ街の拡大工事で造られた緊急避難用の通路を兼ねた防空壕……とでも言いましょうか?」
「……!避難用、ですか?確かに私も、そういった場所があるという話は聞きましたが、まさかここが……」
「えぇ。当時のハルケギニアは文字通り戦乱の世でしたからね、王都にもこういった場所が造られたんですよ」
 ――ま、結局目的通りの使われ方はしませんでしたけどね。最後にそう言って青年は笑った。
 アンリエッタはかつて母や枢機卿から聞かされていた秘密の隠し通路の一端を目にして、驚いてしまっている。
「マジかよ?この通路は築五百年って、どういう方法で造ったらそんなに保てるんだ……」
 対して魔理沙の方はというと、五百年という月日が経っても尚原型をほぼ完全に留めているこの場所に、好奇心の眼差しを向けていた。

 その後、二人は青年の案内でそれなりに入り組んだ通路を五分ほど歩き続ける事となった。
 地上と比べれば空気は悪かったものの、ところどころに地上と通じているであろう空気口があるおかげで酷いというレベルまでには達していない。
 最も、一部の通路は地面が苔だらけで歩きにくかったりと天井の一部が崩れ落ちていたりと散歩コースとしては中々ハードな通路であった。
 それでも青年の案内は正しく、更に十分ほど歩いた所でようやく外の光を拝める場所へと出る事ができた。
「さぁ外へ出ました。ここならさっきの衛士達も追ってくることは無いでしょう。とはいえ、油断はできませんけどね?」
 青年がそう言って指さした場所は、確かに人気のない静かな通りの中にある水路であった。
 魔理沙がとりあえず頭上を見上げてみると、先ほどまでいた裏通りとは微妙に違う街並みが見える。
 恐らくここも王都の中、それもブルドンネ街なのであろうが、魔理沙自身は見える建物に見覚えはなかった。
「ここは?」
「東側の市街地だ、昔から王都に住んでいる人たちが住人の大半さ。……とりあえず、ここから出るとしようか」
 魔理沙の質問にそう答えると、青年は傍にあった梯子を指さして二人に上るよう指示を出す。
 
 そうして青年、魔理沙、そして最後にアンリエッタの順で梯子を上り、三人は東側市街地へと足を踏み入れる。
 確かに彼の言う通りここには地元の者しかいないのだろう、他の場所と比べて人気はあまり感じられない。
 一応水路に沿って立ち並ぶ家や共同住宅からは人の気配は感じられるが、家の中でのんびりしているのか出てくる気配は全くなかった。
 以前シエスタが案内してくれた裏通りと比べても、まるで紅魔館の図書館みたいに静かだと思ってしまう。
 とはいえそこは街の中、よくよく耳を澄ましてみれば色んな音が聞こえてくることにもすぐに気が付く。
 遠くから聞こえてくる繁華街や市場からの明るい喧騒と小さな水路を流れる水の音に、時折家の中から聞こえてくる家庭的な雑音。
 それらが上手い事重なり合って聞こえてくるが、それでも尚ここは静かな所だと魔理沙は思っていた。

705ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:30:23 ID:EpCC/uLM
 そんな彼女を他所に、アンリエッタはローブの青年に改めて礼を述べていた。
「誠に申し訳ありませんでした。どこのどなたか存じ上げませぬが、まさか助けて頂けるなんて……」
「いえ、礼には及びませぬよ。困っている女の子を見捨てるのは、僕の流儀に反しますからね」
 帽子は被ったままだが、それでも下げぬよりかは失礼だと思ったのか軽く会釈するアンリエッタ。
 それに対し青年もそれなりに格好いいヤツしか言えないような言葉を返した後、「それよりも……」と彼女の傍へと寄る。
「僕は不思議で仕方がありませんよ。貴方ほど眩いお方が、どうして街中にいたのかを……ね?」
「……?それは一体、どういう――――ッア!」
「あ!」
 青年の意味深な言葉にアンリエッタを首を傾げようとした、その瞬間である。
 一瞬の隙を突くかのように青年が素早い手つきで彼女の被る帽子を掴むや否や、それをヒョイっと持ち上げたのだ。
 まるで彼女の髪の毛についた落ち葉を取ってあげたように、その動作に全くと言っていい程迷いはなかった。
 流石の魔理沙も突然の事に驚いてしまい、一拍子遅れる感じで青年へと詰め寄る。

「ちょ……おっおい何してんだよお前!?」
「別に何も。ただ、彼女みたいな素敵なお方がこんな天気のいい日に黒い帽子何て被るもんじゃないと思ってね?」
 詰め寄る魔理沙に青年は何でもないという風に言い返して、自身もまた被っていたフードを上げたその顔を二人へと晒して見せた。
 夏だというのにやや厚手であったフードの下から最初に目にしたのは、やや白みがかった眩い金髪。
 ついでその髪の下にある顔は声色相応の美貌を持つ青年のものである。
 一方で自分の予想が当たっていた事に対して、魔理沙は喜ぶよりも先に青年を指さしながら叫んだ。
「あー!やっぱりお前だったか!?」
「ちょ……マリサさん!あまり大声は――って、あら?貴方、その目は?」
 思わず大声を上げてしまう魔理沙を宥めようとしたところで、アンリエッタはふと青年の目がおかしいことに気が付く。
 右の瞳は碧色なのだが左の瞳は鳶色で、つまりは左右で目の色が違うのだ。
 所謂オッドアイという先天的な目の異常であり、同時にハルケギニアでは「月目」とも呼ばれている。
「月目……ですか?」
 それに気が付いた彼女は、知識の上で知ってはいても初めて見る月目につい口が開いてしまう。
 すぐさまハッとした表情浮かべたものの、青年は「いえ、お気になさらず」と彼女に笑いかけながら言葉を続ける。

「生まれつきのモノでしてね、幼少期はこれで色々と貧乏クジを引いたものですよ。ま、今では自分のアイデンティティの一つなんですがね?」
 何より、女の子にもモテますし。最後に一言、そう付け加えて青年こと――ジュリオ・チェザーレは得意げな笑みを浮かべて見せた。

706ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/01(土) 02:34:52 ID:EpCC/uLM
以上で、九十八話の投稿を終わります。
体調不良やら仕事多忙ぶりが重なって、思うように書けない日々が続くのは辛いですね。
もう十二月になってしまいましたが、また大晦日に投稿できたら良いと思っています。
それではまた皆さん、今月末にお会いしましょう。ノシ

707ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:37:48 ID:9f89S4RY
皆さん今晩は、無重力巫女さんの人です。いよいよ今年も終わりですね。
特に問題が無ければ、17時41分から投稿を始めたいと思います。

708ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:41:36 ID:9f89S4RY


「―――……ん、んぅ〜……――ア、レ?」
 少年――トーマスが目を覚ました時、まず最初に感じたのは右の頬から伝わる痛みであった。
 ヒリヒリと微かな熱を持ったその痛みは目を覚ましたばかりにも関わらず、彼の目覚めを促してくる。
「……くそ、イッテなぁ――――って、あ?」
 余計なお節介と言わんばかりに目を細めながら、ついでトーマスは自分の体が今どういう状態に陥ってるのか気づく。
 両手を後ろ手に縛られているらしく、両手首から伝わる感覚が正しければロープ……それも新品同然の物で拘束されているようだ。
 まさかと思い慌てて頭だけを動かして何とか足元を見てみると、手と同じように両足首もロープ縛られている。
 幸い頭だけは動かせたが、不幸にも彼の窮地を救う手立てにはならない。
「クソ、マジで監禁されちまってるのかよ……」
 悪態をつく彼が頭を動かして見渡しただけでも、今いる場所が何処かの屋内だという事は嫌でも理解できた。
 自分の周りには古い棚や木箱が乱雑に置かれており、少なくとも人が寝泊まりする様な部屋ではないのは明らかである。
 窓にはしっかりと鉄格子が取り付けられており、そこから入ってくる太陽の明かりが丁度トーマスの足を照らしていた。
(どこかの建物の中にある物置かな?……それも廃棄されて相当経ってる廃墟の)
 妹と共に色々な廃墟で寝泊まりしてきたトーマスは部屋の雰囲気からしてここが廃墟ではないかと、推測する。
 確かに彼の推測は間違ってはいない。ここはかつて、とある商人が街中に作らせた専用の倉庫であった。

 主に外国から輸入した家具や宝石を取り扱っており、当時のトリステイン貴族たちにはそこそこ名が知られていた。
 しかし、ガリア東部での行商中にエルフたちと麻薬の取引をしたことが原因でガリア当局に拘束、逮捕された後に刑務所入りとなってしまった。
 今はエルフから麻薬を購入したとしてガリアの裁判所から終身刑が言い渡され、トリステイン政府もそれを了承した。
 今年で丁度九十歳になるであろうその商人の倉庫だった場所は、今や少年を閉じ込める為の監獄と化している。
 
 上手いこと予想を的中させていたトーマスはそんな事露にも気にせず、とりあえずここから脱出する方法を模索しようとする。
 しかし、頭だけは動けても両手両足を縛られている状態では動きたくても動けないのが現実であった。
(クソ、せめて足が自由ならなぁ)
 手足を縛られている状態ではこうも満足に動けないという事を、トーマスは初めて知ることになった。
 精々頭を動かしながら身をよじる事しかできず、まるで疑似的に手足を切り落とされたかのような不安を感じてしまう。
 しかし、よしんば足が拘束されていなくとも自分がここから脱出できる可能性はかなり低いに違いない。
 見たところロープを切れるような道具は見当たらず、あったとしてもここに投げ込んだ連中が持って行ったに違いない。
 そこで彼は思い出してしまう、恐らくここへ連れ込んだであろうあの大人たちの姿を。
(畜生、アイツらめ……!何が大人を舐めるな!だよ?それはこっちのセリフだっての)
 気を失う直前、自分を気絶させた男の言っていた言葉を思い出し、苦虫を噛んだ時のような表情を浮かべてしまう。、
 
 もしもここから出られたのならば、妹の元へ戻る前にアイツらへ仕返ししてやらなければ気が済まない。
 いくら自分が子供でも、あそこまでコケにされて泣き寝入り何て、微かに残るプライドが許してくれないのだ。
 ――とはいえ、今の状態でそんな事を考えても取らぬ狸の皮算用のようなものである。実行に移すためにはここを脱出しなければいけないのが現実だ。
「……でも、その前にこの縄を何とかしないと――って、ん?」
 自分の手足を縛る忌々しいロープをどうにか外せないかと考えようとしたところで、ふと彼はこちらへ近づいてくる気配に気が付く。
 徐々に近づいてくる靴音から人間、それも複数人が一塊になって近づいてくるようだ。
 ――まさか、アイツら様子を見に来たのか?そう思ったトーマスはひとまず目を開けて気絶した振りをする。

709ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:43:04 ID:9f89S4RY
 それから一分と経たぬうちに、男たちの乱暴な会話が聞こえてきた。
「へへっ、ようやく捕まえられたぜ!この裏切り者がッ」
「それでどうするんですかコイツ?気絶してるとは言え目ェ覚ましたら厄介になるかもしれませんよ?」
「一応何かあった時に口を封じたい奴を入れておく部屋があるから、そこにぶち込んでおこう。杖はちゃんと没収しておけよ!」
 そんな会話をしながら男たちはドアの前で足を止めると、扉を閉めているであろう鍵を外して重たい鉄の扉を開けた。
 ギイィ〜!……という耳障りな音が部屋に響いた後、自分が横たわっているのに気が付いたであろう男の内一人が声を上げる。
「へ?おい、このガキは何だよ?」
「昨日ダグラスの荷物を盗んだってガキじゃねぇの?まだ気を失ってるみたいだが……」
「おいお前ら、そんなヤツは放っておけ。今はこの女をぶち込むのが先だ」
(女……?いや、まさか……)
 彼らのやり取りに嫌な想像が脳裏をよぎった後、男たちは何か重たいものを持ち上げる様な音がして――直後、彼らが部屋の中に『何か』を投げ入れてきた。
 一瞬の間をおいてその『何か』は、ドサリと運の良いトーマスのすぐ背後の床を転がる事となった。

 何て乱暴な、と男たちに抗議したい気持ちを抑えつつもトーマスは声を堪えるのに必死であった。
 しかし投げ入れられた女の方はついさっきまで気を失っていたのだろうか、地面に横たわった所で初めてその声を耳にした。
「う!……ぐぅ」
(女の人の声、でもこれは妹じゃない……もっと年上だ)
 幸いにも嫌な想像が想像で終わったことに安堵しつつ、トーマスは女が身内よりも年上だという事を理解する。
 できれば体を後ろへと向けて確認したいが、気配からして男たちがドアの前にいる為迂闊な事はできなかった。
「にしたってこのガキ、昨日からここにぶち込まれてるんならそろそろ目ェ覚まして騒ぎそうなモンだがな」
「どうせ寝てるだけだろ。まぁ俺達にはあんま関係が無いから無理に起こす必要もないだろ。んじゃ、そろそろ閉めるぞ」
(……っへ、そうバカみたいに騒いで逃げれるなら苦労はしねぇよバカ)
 起きているとも知らず自分に生意気な言葉を投げかける大人たちをトーマスは鼻で笑う。
 それからすぐにドアの閉まる音が室内に響き渡り、男達の靴音は遠くの方へと向かっていき、やがて聞こえなくなった。
 
 もう大丈夫かと思いつつも、それから一分ほど待ってからようやくトーマスは口を開くことができた。
 閉じていた口から新鮮な空気を吸っては吐き、上手くやり過ごせたことに安堵する。
「はぁ、はぁ……!クソッ、アイツらまたやって来るんだろうな。次は――」
「――次は、何をされるっていうんだ?お前みたいなそこら辺の子供が」
 突然の声に自分の心臓が大きく跳ね上がった様な気がしたトーマスは、目を見開いて硬直してしまう。
 そしてすぐに声が背後から聞こえてきたことに気が付き、丁度自分の横に転がっている女性の方へと体を向ける。
 それは彼の予想通り、自分の妹ではなかったが。明らかにそこら辺のいた町娘という感じの人間でもない。
 青い髪をボブカットでまとめている彼女の服装は、おおよそ王都の男たちをその気にさせるような女らしいモノではなかった。
 軍用の装備一式、それもこの町の警邏を行っている平民衛士隊のモノであるのは一目瞭然である。

710ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:46:21 ID:9f89S4RY
 トーマス自身何度も間近で見たことのある衛士達が身に着けている服や装備などは、何となくではあるが覚えていた。
 その記憶通りの装備を身に着けている青髪の女性はトーマスにラ中を見せたまま、彼に話しかけてくる。
「何をやったかは知らないが、あいつらに絡まれたって事は相当怒らせるような事をしたっていう事か?」
「……は!それはこっちのセリフだぜ。アンタだってそこら辺の町娘には見えない、その装備って衛士隊のものだろ?」
 質問を質問で返す形になってしまったが女性はそれに怒る事は無く、数秒ほど時間を置いて「元、だ」と声を上げる。
「ワケあって色々とアウトな事をしてしまってな、多分今はお尋ね者として同僚たちに追いかけられてる身だ」
「何だよそれ?汚職とか横領でもやったの?」
「……まぁ、そうなるな。本当は穏便に済ますつもりが、酷いことになって雇い主が私の事を血眼になって探してる筈だ」
「雇い主って……アンタ、俺よりめっちゃヤバそうじゃねえか」
 上には上がいるというが、まさか自分よりも危険な事に手を染めた人間が目の前に出てくるとは。
(まぁそれを言うなら、オレやこの女をつれてきた連中も同じようなモンか……)
 たった一回スリに失敗しただけで、こうも危険なヤツと同じ部屋で監禁されるとは夢にも思っていなかった。

 罪悪感は無かったものの、これから自分はどうなるのかと考えようとした所で、女か゛声を掛けてきた。
「さて、私の事は一通り話したんだ。次はお前が私に話す番だろう?」
「俺が?多分アンタと比べたら随分つまらない理由で連中に捕まっちまったんだよ」
「つまらくても、お前みたいな子供が奴らに捕まったんだ。どういった理由でそうなったのか、話してくれても構わんだろう?」
 そう言いながらも女性は器用に体を動かし、同じく横になっているトーマスと向き合った。
 その時になって初めて彼女の顔を見た少年は、想像と違っていた事に思わず困惑した表情を浮かべてしまう。
「……?どうしたんだ、そんな不思議そうなモノを見るような目をして」
「いや、てっきり殴られてる痕とかあるのかなーって思ってさ」
「あんなチンピラみたいな連中でも、一応は貴族の端くれって事だよ。やってる事は盗賊並みだけどな」
 貴族の端くれ?あのチンピラみたいな言動してたやつらが?トーマスの頭の中に新たな疑問が生まれる中、女性は「あ、そうだ」と言って言葉を続ける。

711ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:51:32 ID:9f89S4RY
「お互い名も知らぬままだと色々不便だろう。私はミシェル、元トリスタニアの衛士隊員さ」
「…………お、俺はトーマス。ただのトーマスだよ」
 こんな状況の中にも係わらず、勇ましい微笑みを浮かべながら自己紹介をしたミシェルを前にして、少年もまたそれに続くほかなかった。
 何処とも知らぬ廃屋の中、本来ならば捕まえ、捕まえられる立場の二人は身動き一つ取れぬ状況の中で何となく互いに自己紹介をする。
 それはとても奇妙なところがあったが、鉄格子から入ってくる陽の光がその場面にドラマチックな彩を添えていた。

 時刻は午前を過ぎ、昼の十二時へと差し掛かろうとしている時間帯。
 昼飯時だと腹を空かせた街の人間や観光客たちは、ここぞとばかりに飲食店を目指して街中をさまよい始める。
 店側も店側でここぞとばかりに店匂いに包まれて、それに食指が触れた者たちはさぁどの店にしようかと辺りを見回す。
 そんな光景が見渡せるトリスタニアの南側大通りに設けられた広場で、霊夢は欄干に寄りかかる様にして眼下の水路を眺めていた。
 年相応と言うにはやや大人びた表情を見せる彼女の顔には、ほんの微かではあるが不満の色が見え隠れしている。
 背後から聞こえてくる賑やかで喜色に満ちた喧騒を無視するかの様に、一人静かに流れる水路を見つめている。
 そんな彼女の様子を見て耐えきれなくなったのか、足元に立てかけていたデルフが鞘から刀身を少しだけ出して彼女に話しかけてきた。
『どうしたレイム、お前さんいつにも増して落ち込んでるようだな。さっきまでそれなりにやる気満々だったっていうのに』
「デルフ?いや、どうしてこう世の中っていうのは私に色々と難題を押し付けてくるのかなーって考えてただけよ」
『……まぁ、色々あって本当にやろうとしてた事が後回しになっちまったていう所では同情しちまうね』
 落ち込む様子を見せる『使い手』の言葉を聞いて、今のところ中立だと自覚していたデルフもそんな言葉を出してしまう。
 今の彼女の状況は、本当にやろとしていた事が色々なトラブルがあった末に全く別の仕事にすり替わってしまったのだ。
 最初こそまぁ仕方なしと思っても、落ち着いた今になって振り返ってため息をつきたくなるという気持ちは何となく分からなくもない。
  
「そもそも私の専門は妖怪退治とかであって、悪党退治とかじゃないのに……しかも助けを頼んできた方も悪党とかどういう事なのよ?」
『まぁ化け物も悪党も何の関係も無い人に危害を加えるって共通するところがあるから良いんじゃないのか?』
「人間相手だと一々手加減しなくちゃいけないじゃない。それが一番面倒なのよねぇ」
 霊夢の刺々しい言葉を聞いてデルフは「おぉ、怖い怖い」と刀身を震わせて静かに笑った。
 丁度その時であっただろうか、背後から聞きなれた少女の声が自分を呼び掛けてくるのに気が付いたのは。
「レイムー今戻ってきたわよー」
 その呼びかけに振り返ると、右手を軽く上げながら小走りで近づいてくるルイズの姿が見えた。

712ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:54:11 ID:9f89S4RY
 左腕には抱えるようにして茶色の紙袋を持っており、少し遠くから見ただけでも決して軽くないのが分かる。
 霊夢は欄干から離れると、足を止めたルイズに傍まで来つつ「わざわざ悪かったわね、お昼ご飯」と労いの言葉を掛けた。
「私に適当なお金渡してくれれば、そこら辺の屋台で適当に見繕うくらいの事してあげたのよ?」
「アンタに一任したらしたで、色々変なモノ選んできそうでちょっと怖かったのよ」
「失礼な事言ってくれるわね?さすがの私でも飲み物は全部お茶で良いかって思ってたぐらいよ」
「そういうのが一番怖いのよ」
 お互い刺々しくも軽い微笑みを交えてそんなやり取りをした後、霊夢がその紙袋を受け取った。
 見た目通り紙袋の中身はそれなりに重量があったようで、腕にほんの少しの重みが伝わってくる。
 ふと紙袋に視線を向けると、何やらエビやホタテといった海鮮物を描いたイラスト――もといスタンプがついている事に気が付く。

「そういやアンタ、この袋の中って何が入ってるのよ」
「ちょっとここから数分歩いた所に美味しそうな海鮮料理屋があったから、そこでテイクアウトしてきたのよ」
 そう言って彼女は霊夢がもっている紙袋の口を開けると、分厚い包み紙にくるまれた料理を取り出して見せる。
 お皿代わりにもなるのだろうその包み紙の隙間からは、確かにエビや魚といった海の幸の匂いが微かに漂ってきた。
 更にそういった海鮮物を甘辛なソースで炒めたのであろう、鼻腔をうまい具合にくすぐってくるので思わず嬉しくなってしまう。
 あれだけ大量の店があるというのに、その中からこれを選んできたルイズに霊夢は「悪くないわね」と素直な感想を漏らした。
 ルイズもそれに「ありがとう」と返して包みを紙袋に戻したところで、ふとある事が気になった霊夢はルイズにそのまま話しかける。
「そういえばアンタ、お金はどうしたのよ?手持ちが少なくなってきたって言ってなかったけ?」
 その質問にルイズは何やら意味深な笑みを浮かべつつも、ふふふ……と笑って見せた。
「こういう時に家族が傍にいてくれるっていうのは、こんなにも心強い事なのね」
「は?アンタ何言ってるの?」
 意味の分からない答えに霊夢が怪訝な表情を浮かべた所で、ルイズは懐から小さな革袋を取り出した。
 初めて見るその革袋に彼女が首をかしげたところで、ルイズは誰にでも分かる説明を入れていく。

「今日ちぃねえさまの所を出るときにね、せめてこれだけでも持っていきなさいって言われて金貨を何枚か渡してくれたのよ」
 そう言って得意げに革袋を揺らして見せるルイズに、霊夢もまた得意げな笑みを浮かべる。
「あぁー成程、家族っていうのはそういう意味だったのね。何よ?アンタも結構器用な正確してるわねぇ」
「アンタと一緒にしないでくれる?私の場合はただ単に私の事を大切に思ってくれる人が身近にいるっていう安心からの笑みなのよ」
『まぁ何はともあれ、娘っ子のお姉さんのおかげで昼飯がありつけるんなら感謝しとくに越した事はないな』
 それまで傍観していたデルフも二人の会話に入り、和気あいあいとした空気が完成しようとした所で――
 横槍を刺してくるかのように、二人の背後から何か大きなモノが着地する音が聞こえてきたのである。
 思わずギョッとした表情を浮かべた二人が後ろを振り向くと、そこにはこの面倒くさい事態を招いてくれた張本人ことハクレイとリィリアの二人がいた。
「ごめん、ちょっと時間が掛かったけど戻ってきたわよ。ホラ、もう下りなさい」
「ふ、ふぇ……」
 その内の一人であるハクレイはそう言いながら、背負っていたリィリアを地面へと下ろした。
 彼女以上にこの事態の元凶であるリィリアは相当怖い体験をしてきたのか、両足が微かに震えている。
 きっとここに戻ってくるまでハクレイと一緒に屋根伝いに飛び回っていたであろう事は、容易に想像できた。

713ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:54:50 ID:9f89S4RY

 左腕には抱えるようにして茶色の紙袋を持っており、少し遠くから見ただけでも決して軽くないのが分かる。
 霊夢は欄干から離れると、足を止めたルイズに傍まで来つつ「わざわざ悪かったわね、お昼ご飯」と労いの言葉を掛けた。
「私に適当なお金渡してくれれば、そこら辺の屋台で適当に見繕うくらいの事してあげたのよ?」
「アンタに一任したらしたで、色々変なモノ選んできそうでちょっと怖かったのよ」
「失礼な事言ってくれるわね?さすがの私でも飲み物は全部お茶で良いかって思ってたぐらいよ」
「そういうのが一番怖いのよ」
 お互い刺々しくも軽い微笑みを交えてそんなやり取りをした後、霊夢がその紙袋を受け取った。
 見た目通り紙袋の中身はそれなりに重量があったようで、腕にほんの少しの重みが伝わってくる。
 ふと紙袋に視線を向けると、何やらエビやホタテといった海鮮物を描いたイラスト――もといスタンプがついている事に気が付く。

「そういやアンタ、この袋の中って何が入ってるのよ」
「ちょっとここから数分歩いた所に美味しそうな海鮮料理屋があったから、そこでテイクアウトしてきたのよ」
 そう言って彼女は霊夢がもっている紙袋の口を開けると、分厚い包み紙にくるまれた料理を取り出して見せる。
 お皿代わりにもなるのだろうその包み紙の隙間からは、確かにエビや魚といった海の幸の匂いが微かに漂ってきた。
 更にそういった海鮮物を甘辛なソースで炒めたのであろう、鼻腔をうまい具合にくすぐってくるので思わず嬉しくなってしまう。
 あれだけ大量の店があるというのに、その中からこれを選んできたルイズに霊夢は「悪くないわね」と素直な感想を漏らした。
 ルイズもそれに「ありがとう」と返して包みを紙袋に戻したところで、ふとある事が気になった霊夢はルイズにそのまま話しかける。
「そういえばアンタ、お金はどうしたのよ?手持ちが少なくなってきたって言ってなかったけ?」
 その質問にルイズは何やら意味深な笑みを浮かべつつも、ふふふ……と笑って見せた。
「こういう時に家族が傍にいてくれるっていうのは、こんなにも心強い事なのね」
「は?アンタ何言ってるの?」
 意味の分からない答えに霊夢が怪訝な表情を浮かべた所で、ルイズは懐から小さな革袋を取り出した。
 初めて見るその革袋に彼女が首をかしげたところで、ルイズは誰にでも分かる説明を入れていく。

「今日ちぃねえさまの所を出るときにね、せめてこれだけでも持っていきなさいって言われて金貨を何枚か渡してくれたのよ」
 そう言って得意げに革袋を揺らして見せるルイズに、霊夢もまた得意げな笑みを浮かべる。
「あぁー成程、家族っていうのはそういう意味だったのね。何よ?アンタも結構器用な正確してるわねぇ」
「アンタと一緒にしないでくれる?私の場合はただ単に私の事を大切に思ってくれる人が身近にいるっていう安心からの笑みなのよ」
『まぁ何はともあれ、娘っ子のお姉さんのおかげで昼飯がありつけるんなら感謝しとくに越した事はないな』
 それまで傍観していたデルフも二人の会話に入り、和気あいあいとした空気が完成しようとした所で――
 横槍を刺してくるかのように、二人の背後から何か大きなモノが着地する音が聞こえてきたのである。
 思わずギョッとした表情を浮かべた二人が後ろを振り向くと、そこにはこの面倒くさい事態を招いてくれた張本人ことハクレイとリィリアの二人がいた。
「ごめん、ちょっと時間が掛かったけど戻ってきたわよ。ホラ、もう下りなさい」
「ふ、ふぇ……」
 その内の一人であるハクレイはそう言いながら、背負っていたリィリアを地面へと下ろした。
 彼女以上にこの事態の元凶であるリィリアは相当怖い体験をしてきたのか、両足が微かに震えている。
 きっとここに戻ってくるまでハクレイと一緒に屋根伝いに飛び回っていたであろう事は、容易に想像できた。

714ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:57:01 ID:9f89S4RY



 それを想像してしまったルイズはおびえているリィリアに軽く同情しつつも、ハクレイに話しかける。
「ご苦労様。ところで、ここに着地してくる時はどこから飛んできたの?」
 ルイズからの質問に、ハクレイは暫し辺りを見回してから「あっちの塔から」と指さしたのは、南側の時計塔であった。
 それを聞いてそりゃおびえるワケだと納得しつつも呆れてしまい、やれやれと首を横に振る。
「そりゃまあ、アンタの背中の上なら大丈夫だろうと思うけど。この歳の子には滅茶苦茶恐怖体験じゃないの?」
「いや、その……アンタたちがどこにいるのか探してたついでにそのまま降りてきたから……ごめん、やっぱり怖かった?」
 ルイズの言葉でようやく自分の失態に気が付いたハクレイからの呼びかけに、リィリアは怯えながらも頷く事しかできないでいた。
 その様子を見ていた霊夢は「何やってるんだか」とため息をついて見せた。


 その後、気を取り直してお昼ご飯にしようという事で場所を替える事にした。
 先ほど買い出しに出た際にルイズが良さげな場所に目を付けていたようで、歩いて五分と経たぬうちにたどり着くことができた。
 場所は飲食店が連なる通りの手前にある小さな横道、そこを歩いた先には猫の額ほどの広場があったのである。
「えーっと…あぁここだわここ。ホラ、丁度良く木陰の下にテーブルと椅子があるでしょう」
「私個人の感想かもしれないけど、この街って結構多いわよねこういう場所」
「そりゃアンタ、ここがトリステイン王国の首都……だからかしらねぇ?」
 そんなやり取りをしつつもテーブルが綺麗なのを確認してから、買ってきた昼食をパッとテーブルに広げた。
 紙袋から昼食の入った包み紙を四つ取り出してそれぞれに渡してから、ここへ来る前に買っておいたドリンクも手渡していく。
 ルイズとリィリアはジュースで、霊夢とハクレイには最近人気になりつつあるというアイスグリーンティーであった。
 そしてリィリアに続きハクレイもルイズから飲み物を受け取った時、キンキンに冷えた瓶の中に入っている液体の色を見て顔をしかめて見せる。

「……ねぇ、何これ?なんだか中に入ってる液体が薄い緑色なんだけど」
「お茶よ。アンタレイムとよく似てるんだから好きでしょう?」
「…………??」
 ルイズの言葉にハクレイが顔を顰めつつ霊夢の方を見てみると、確かに彼女の持っている瓶の中身も同じ薄緑色であった。
 改めてお目に掛かる事になった良い匂いのする包み紙を手に持ちつつ、霊夢が「そういえば、これって何なの?」とルイズに質問する。
「ふふん、まぁ開けてからのお楽しみよ」
 霊夢の質問に何故か得意げな様子でそう返してきたルイズに訝しんだ霊夢は、早速自分の分の包み紙を開けて見せる。
 すると中から出てきたのは、やや長めに切ったバゲットに具材を挟み込んだサンドイッチであった。
『ほぉ〜、サンドイッチだったか』
「その通り。店先を通った時に店員に「試しに如何?」って試食したときに凄い美味しかったのよ」
 そう言ってルイズも自分の分のサンドウィッチの入った包み紙を外していく。
 ハクレイとリィリアも彼女に続いて包み紙を外し、中から出てきたバゲットサンドが意外と大きかった事にリィリアは息を呑んでしまう。
「へぇ、意外と食べ応えありそうじゃない。貴女はどう、食べきれそう?」
「え?う、うん……大丈夫、だと思う」
 ハクレイからの問いにリィリアは不安を残しつつもそう答えて、自分の眼科にあるサンドウィッチを見回してみる。
 軽くトーストしたバゲットに切り込みを入れて、その中に海老やら魚を色とりどりの野菜と一緒に炒めた物が挟み込まれている。
 具材自体も塩コショウで味付けしただけのシンプルなものではないという事は、匂いを嗅かがずともすぐに分かった。

715ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 17:59:07 ID:9f89S4RY



 それに気が付いた霊夢はバゲットの中を開きつつも、ルイズにそれを聞いてみる事にした。
「この色とスパイシーな匂い、ソースが結構強いわね……っていうか、色からしてソースの圧勝よね?」
 霊夢の言う通り、ソースと一緒に炒められたであろう具材はややオレンジ色に染まっている。
 匂いもただ単にスパイシーだけだという単純さはなく、それに紛れてフルーティな甘さも漂ってくる。
「そうなのよ。何でもドラゴンスイートソースっていう創作ソースで、トリステイン南部が発祥の地って聞いたわ」
 結構甘辛くておいしかったわよ?ルイズはそう言いつつ真っ先に口を開けてサンドウィッチを口にした。
 白パンと比べてかなり硬いバゲットを、ルイズは何の苦もなく一口分を噛みちぎる。
 そして口の中でモゴモゴと咀嚼し、飲み込んだところでホッと一息つく。
「あぁこれよこれ。基本辛いんだけど、酸味が効いてる旨味と甘みは試食で食べたのと同じだわ」
 
 珍しく鳶色の瞳を輝かせながら一言感想を述べてくれた彼女は、すぐに手元のジュース瓶を手に取って口に入れる。
 その様子を見て他の三人はまぁ食べても大丈夫かと判断したのか、各々手に持っていたソレを口にした。
 猫の額ほどしかない街中の広場にて咀嚼音が響き渡ると同時に、三人はそのソースの味を知ることになる。
 最初にそれを口にしたのは、初めて口にするであろう味に困惑の表情を隠しきれていない霊夢であった。
「うわ、何コレ?最初に唐辛子とかの辛味が来て、その後に蜂蜜……かしら?それ系の甘味が来るわねぇ」
『成程、名前にスイートってついてるのはそれが理由か』
 口直しにお茶を飲む霊夢の傍らでデルフが一人(?)納得する中、他の二人もそれぞれ感想を口にしていく。
「まぁ何て言えばいいかしら、甘辛?っていうのかしらねぇ、海鮮だけじゃなくて肉料理とかにでも合いそうな気がするわ」
「か、辛い……」
 ハクレイはルイズと同じで特に違和感は感じていないのか、フンフンと機嫌良さそうに頷く横で、
 まだまだ子供であるリィリアにとっては早すぎた味なのだろう、甘味や旨味より若干強い辛味に参ってしまっていた。
 
 その後、何やかんやありつつ十分ほどで食べ終えたところで霊夢は「アンタもアンタで、変わったモン買ってきたわねぇ」とルイズに言った。
「……?どういう意味よソレ。あの後何やかんやで完食したじゃないの」
「まぁ文句の類じゃないわ。実際あのソースといい中の具材もしっかりおいしかったしね」
 てっきり批判されるかと訝しんで目を細めたルイズに言いつつ、彼女は食べたばかりのサンドイッチの味を思い出す。
 確かにソース自体の個性は相当強かったものの、それに負けないくらい中に入っていた具材も美味しかった。
 千切りにしたキャベツとパプリカに人参、それに一口サイズにした白身魚とロブスターのフライ。
 それらが上手いことあの甘辛ソースと絡みつつ、それでいてそれぞれの味が損なってはいなかったのは覚えている。
 土台であるバゲットもほんのり甘く、サンドイッチにしなくともそれ単体で食べても美味いパンだというのは霊夢でも理解していた。
「具材本来の味を残したまましっかりソースと絡んでたから、そこそこ美味しかったのよね。後、野菜も新鮮だったし」
「でしょ?正直トリステイン人の私も初めて口にするソースだったけど、新しくて美味しい発見に今の気分は上々よ」
 そんなこんなで両者ともに満足している中で、静かに食べ終えていたハクレイもお気に召したようで、
 包み紙の隅に残っていたソースを指で掬って舐めとる姿に、ヒィヒィ言いつつ食べ終えたリィリアは若干引いていた。
「舐めたい気持ちはわかるけど……コレ、結構辛いよ?」
「そう?まぁもうちょっと大きくなったら分かるわよ。きっと」
『街の雰囲気がちょいと物騒だっていうのに、ここは平和で良いねェ』
 各人各様な反応を示しつつ、昼食を終えた彼女たちを眺めながらデルフはポツリ呟く。
 それは本心から出た感想なのかそれとも皮肉のつもりで口にしたのか、彼の真意を問いただすものはいない。
 しかしデルフの言葉通り、昼食時の賑やかなトリスタニアの街中に不穏な空気が混じっているのは事実であった。

716ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:01:07 ID:9f89S4RY
 多くの人で賑わい、美味しそうな匂いと空気を漂わせる通りを何人もの衛士達が人々に混じって移動していた。
 彼らは街中を警邏するには不似合いな程――此処では重武装とも言える格好で――しきりに周囲を見回しながら足を前へと進める。
 その内の何人かは別の通りからやってきた仲間衛士達と鉢合わせると、情報交換を交えた報告を互いに行う。
 互いに身を寄せ合い、通行人に聞かれないよう小声で話し合う姿は彼らの横を通る人々に疑心を抱かせる。
 大抵の者たちはすぐにそれを忘れて通り過ぎるが、好奇心旺盛な人はわざわざ彼らに近づいて何かあったのかと聞き質そうとする。
 しかし衛士達はそれどころではないと言いたげに彼らを手で追い払い、中には「あっちへ行ってろ、邪魔だ」と乱暴な言葉を口にする者もいた。
 人々は何て乱暴な……と顔を顰めつつも、衛士を怒らせても碌な事は無いと知っている為渋々その場を後にしていく。
 通行人を追い払い、話すべきことが済んだら再び彼らは二手や三手に分かれて街中へと散っていくのだ。
 
 そんな光景をデルフだけではなく、ルイズや霊夢たちもここへ来るまでの間に何度も目にしている。
 一体彼らはそこまでの人数を動員して何をしているのかと気になったと言われれば、彼女たちは首を縦に振っていただろう。
 しかし、優先的に非行少年の救出と財布事情を解決せねばならない二人にとって、それは後回しにしてもいいと判断していた。
 まさか衛士達がリィリアの兄を捕まえる為だけにここまで必死になってるとは思えなかったからだ。
――というか、たかだかスリしかしてないような子供相手に総動員なんかしたら必死過ぎって事で後世の笑いものにされるわよ
――――逆にそこまでして捕まえようとしてるのなら、捕まえる瞬間がどんなモノか見てみたいわね
 ここに来るまでの道中、妹の目の前でそんな不吉かつ暢気な事を口にしていた二人であったが、
 もしもここで、ルイズが興味本位で衛士達に何があったと聞いていれば、今頃彼女たち――少なくともルイズはハクレイ達を置いてその場を後にしていただろう。

 賑やかな喧騒に包まれながらも昼食を終えた霊夢は、瓶に入っていたお茶を名残惜しそうに飲み終えた。
 最初は瓶入りで大丈夫かと訝しんでいた彼女であったが、幸いにもそれは杞憂だったらしい。
 店の人間がルイズに手渡すまで氷入りの容器に入れられていたであろうそれは、キンキンに冷えつつも美味しかった。
 ちゃんとお茶と本来の味を残しつつも冷たいそれは、熱い街中で頂く飲み物としては間違いなく最高峰に違いない。
 そんな感想を内心で出しつつも飲み終えてしまった彼女は、残念そうに瓶をテーブルに置くと早速他の三人と一本の話を切り出した。
「――さてと、昼食も食べ終えたしそろそろ面倒ごとを片付ける時間にしましょう」
「あ、そうだったわね。……で、ハクレイ?」
「んぅ?あぁ、大丈夫よ。アンタたちの言った通りこの子と一緒に怪しい場所に目星をつけてきたから」
 霊夢の言葉に食後のジュースで和んでいたルイズも気持ちを切り替えて、ハクレイに話を振っていく。
 丁度リィリアが食べきれなかった分を完食した彼女は紙ナプキンで口を拭いつつ、懐から丸めたタウンマップを取り出した。


 ルイズが昼食の買い出しに向かい、霊夢がデルフと一緒に暇を潰していた間、ハクレイはリィリアを連れて情報収集に出かけていたのである。
 探した場所は彼女が兄トーマスと最後に別れた場所を中心に、建物の屋上や路地を歩き回って探していた。
 時折道行く人々に妹の口から兄の特徴を伝えて、見ていないかと聞きつつも彼の行方を追っていくという形だ。
 当初は時間が掛かるのではないかと疑っていたハクレイであったが、それは些細な心配として済んでしまったのである。

 テーブルの真ん中に丸めたソレを広げて、広大な王都の中の一区画を指さした。
 そこはブルドンネ街とチクントネ街の丁度境目にある、大型の倉庫が立ち並ぶ倉庫街である。
 ブルドンネ街でもチクトンネ街でもないこの一帯は四角い線で囲まれており、その中に長方形の建物が全部で八棟もある。
 霊夢はすぐに他の場所と違うと感じたのか「ここは?」と尋ねると、ルイズがすかさずそれに答える。

717ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:03:37 ID:9f89S4RY


「倉庫街ね。主に王都で商売している豪商や商会の人間がここの倉庫とかで商品の管理を行ってるのよ」
「倉庫街?じゃあこの四角い線で囲ってる建物全部が倉庫なの?随分リッチよねぇ」
「まぁ全部全部機能してるってワケじゃないわよ、確か今使われてるのは……五棟だけだった筈……あ」
 肩を竦める霊夢の言葉にルイズが使われている倉庫の数を思い出し、そして気が付く。
 同じタイミングで彼女もまた気が付いたのか、納得したような表情を浮かべてハクレイへと視線を向ける。

「つまり、その使われていない三つのどこかに……」
「その通りね。まだどこかは把握しきれていないけど、八つ全部を調べるよりかは楽でしょ」
「じゃ、次にやる事は……そこがどこなのか、ってところね」
 ハクレイは得意げに言ったところで、霊夢はおもむろに右の袖の中から三本の針を取り出して彼女の前に差し出した。
 一瞬怪訝な表情を見せたがすぐにその意図を察したのか、ハクレイは彼女の手からその針を受け取り、それで地図に描かれた倉庫を三つ刺していく。
 テーブルの上に置かれた地図、その上に描かれた倉庫へと勢いよく針を刺す姿を見て、ルイズは不安そうな表情を浮かべる。
 何せ彼女がハクレイに貸していた王都の地図は、彼女が魔法学院へ入学して以来初めて街の書店で買った思い出の品だったからだ。
 魔法学院の入る生徒の大半は地方から来るためか、入学してやっと王都へ入れたという者も決して少なくはない。
 ルイズは幼少期に何度か王都へ行ってはいたが何分幼少の頃であり、工事などで変わっている場所も多かった。
 だからルイズも他の生徒たちに倣いつつ、ヴァリエール家の貴族として良質な羊皮紙に地図を描いてもらったのである。
 値は張ったが特殊な防水加工を施している為水に強く、実際街で迷ってしまった時には自分の道しるべにもなってくれたのだ。
 そんな思い出の品に、情け容赦なく力を込めて針を刺すハクレイを見て不安になるのは致し方ないことであった。
「ちょ、ちょっとレイム。あのタウンマップ結構質の良い紙で作ってるから高かったんだけど?」
「大丈夫よ。針の一本二本刺した程度で使い物にならなくなるワケじゃないし」
「えぇ?いや、まぁそうなんだけど……っていうか、そこは三本って言いなさいよ?まぁでも、インクで丸つけられるよりかはマシよね」
 半ば諦めるような形で呟いた所で、針を三本差し終えたハクレイが「できたわよ」と声を掛けてきた。
 その声に二人はスッと地図を除き込むと、確かに三棟の倉庫にそれぞれ一本ずつ針が刺されている。
 倉庫街はブルドンネとチクトンネのそれぞれ二つの街へ行ける出入口が用意されており、
 一本道を挟み込むようにして左右四棟ずつの大きな倉庫が建てられている。

「最初はここ。ブルドンネ街からみて左側の一番手前の倉庫。新しい感じがしたけど入り口の前に「空き倉庫」っていう看板が立ってたわ」
 ハクレイは説明を交えながらそこを指さすと、ルイズが「なら空き倉庫で間違いないわ」と言った。
「ここの倉庫は基本広いけど、使うには王宮に高額の賃貸料を払わないといけないから」
『まぁこういう馬鹿でかい倉庫を建てときゃ、大規模な商会とかは金払ってでも喜んで借りたいだろうしな』
 デルフの相槌が入ったものの、それを気にする事無くハクレイは他の二つをぞれぞれ指さしつつ説明を続けていく。
 彼女曰く、あと二つの倉庫は明らかに長年使われていない分かる程ボロボロだったらしい。
 まるで竜巻が通った後と例えられるほど、もう倉庫としては機能し得ない程だという。
「あくまで私の感想だけど、あそこまでボロボロだと人を隠す場所としても不向きだと思うわ」
『まぁそこは直接オレっち達が見て判断するとして、そこは簡単に入れる場所なのかい?』
 デルフの言葉にルイズが首を横に振りつつ、「ちょっと難しいかもね」と否定的な意見を出した。

718ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:05:09 ID:9f89S4RY
「先に見てきてくれた二人ならもう知ってると思うけど、あそこって使用してる人間以外が入れないよう警備の人間がいるのよ」
「へぇ、倉庫番まで用意してくれるなんてアンタんとこの国って随分優しいのね」
「そんなモンじゃないわよ。連中はあくまで商会とか商人が金で雇ってるだけの人間で、まぁ形を変えた傭兵団よ」
 ルイズ曰く、国に直接警備の依頼をすると維持費がバカにならない為安上がりな傭兵団に商品の見張りをさせているのだという。
 一応トリステイン政府も商人たちと協議したうえでこれを認めており、倉庫街周辺に傭兵たちがうろつくようにもなったのだとか。
「まぁ協議って言ったって、大方言葉の代わりに賄賂が飛び交ったんでしょうけどね」
「それにしても、そんな奴らを見張りに立たせて商品でも盗まれたりしたらどうするのよ?」
 ハクレイの口から出た最もな質問に、ルイズはピッと人差し指を立てながら答えて見せる。
「だからこそ傭兵団を雇ってるのよ。もしも仲間の内誰か一人でも盗みを働いたら、そいつら全員が信用を失う事になるわ」
『アイツらは商人だから情報の流通も早い。奴らが盗人っていう情報も早く伝わるって事か』

 恐ろしいねぇ!と刀身を震わせて笑うデルフを放っておきつつ、ルイズはハクレイとの話を再開する。
「人数はどれくらいいたか、わかってる?」
「大体目視できただけでも外に二十人程度ね、未使用の倉庫周辺ににも数人が警備についてた」
「団体様じゃないの。仕方ないとはいえ、まずはアンタのお兄さんを救うためにソイツらを何とかしないとダメじゃない。面倒くさいわねぇ」
 人数を聞いた霊夢が何気ない気持ちでリィリアにそう言うと、彼女は申し訳なさそうに顔を俯かせてしまう。
 恐らく暗に「アンタのせいで大変な目に遭いそうだわ」と言われたのだと勘違いしたのだろうか?
 いくら彼女たちが悪いとはいえそれは言い過ぎだろうと思ったルイズは、目を細めつつも彼女に文句を吐いた。
「アンタねぇ?いくら何でもそこまでいう事は無いでしょうに。もうちょっとオブラートに包みなさいよ」
「……アレ?私何か悪い事でも言った?」
「――アンタはもうちょっと言い方に気を付けた方が良いと思うわよ」
 謂れのない非難に首をかしげる霊夢を見て、ルイズは勘違いしてしまった自分を何と気恥ずかしいのかと責めたくなった。
 そんなルイズの言葉の意味が分からぬまま怪訝な表情を浮かべる霊夢は、他の二人と一本に思わず聞いてしまう。

「私、何か悪い事でも言ったの?」
『自分の言った事が微塵も他人を傷つけないと思ってないこの言い方、流石レイムだぜ』
「少なくとも年下の子供相手に掛ける言葉じゃないって事だけは言っておくわ」
 ハクレイとデルフからも駄目出しされた彼女は、更に怪訝な表情を浮かべるしかなかった。

 
 並大抵の人間が、今から一時間後に自身の身に何が起こるかという事を完全に予測する等不可能に近いだろう。
 メモ帳に書かれたスケジュールがあっても、それから一時間までの間にアクシデントが起きる可能性がある。
 例えば近道が工事中で仕えなかったり、急な病で病院に搬送されたり、もかすれば交通事故に巻き込まれて――。
 そうなればスケジュール通りこなす事は難しくなるだろうし、最悪スケジュールそのものを変更せざるを得ない。
 それは正にギャンブルに近い。丁か半、一時間後に何かが起こるかそれとも起こらぬのか……蓋を開けねば分からない。
 しかし、世の中賭博みたいな構造では思うように社会の歯車が回らなくなるのは火を見るより明らかだろう。

719ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:07:35 ID:9f89S4RY

 だからこそ人々はスケジュールを完璧にこなす為、大小さまざまな努力をして一時間後の出来事を確実なモノとする。
 近道が使えないのならば、いつもより早く家を出て多少遠回りになっても一時間後に目的地に辿り着けるよう頑張る。
 きゃうな病にはならないよう普段から健康に気を使い、病院とは無縁な生活を送る事を常に心掛ける。 
 そして不慮の事故に巻き込まれないためにも身の回りを警戒して、確実に目的地へと到着する。
 完全に予測する事が不可能ならば、自らの努力でもって不確実を確実な現実へと変える。
 そうして人々は弛まぬ努力をもって社会を作り上げてきたのだ。

 しかし、どんなに排除しようとしても゛予測できない、不確実な未来゛というモノは必ず人々の傍に付いて回る。
 まるで人の周りを飛び交う蚊のように、隙あらば生きた人間に噛みつき、予測できないアクシデントを引き起こす。
 現に今、アンリエッタと魔理沙の二人の身はその゛予測できない゛状況下に置かれているのだから。

 ブルドンネ街の繁華街、下水道から流れてくる大きな水路の傍にあるホテル『タニアの夕日』。
 その玄関前まで歩いてたどり着いたアンリエッタ、魔理沙、そして先頭を行くジュリオの三人はそこで足を止めた。
「さ、到着しましたよ二人とも」
 自信満々な表情と共に歩みを止めてそう言ったジュリオは、すぐ横に見える大きなホテルを指さして見せた。
 彼の言う二人とも――アンリエッタと魔理沙はそのホテルを見て、互いに別々の反応を見せる事となる。
「あぁ〜、安全な場所ってのはここの事だったか」
「え?あの……ここって、ホテルですか?」
 一度ここを訪れた事があった魔理沙は久しぶりに見たようなホテルの玄関を見て納得しており、
 一方のアンリエッタは今の自分には全く無縁と言って良いであろう場所に連れて来られて困惑しきっていた。
「その通り。ホテルの名前は『タニアの夕日』、ブルドンネ街との距離も近く交通の便に優れているホテルです」
 アンリエッタの怪訝な表情を見て、ジュリオは咄嗟にホテルの簡単な紹介をしたが……
「……あ、いえ。そんな事を聞いたワケではありませんよ。どうして私をこんな所にお連れしたのですか?」
 彼女は首を横に振り、若干不満の色が滲み出させたまま彼の真意を問いただそうとする。
 しかし、ジュリオはこの国の王女の鋭い眼光にも怯むことなく肩を竦めながらこう返した。
「あぁ、その事でしたか。その答えでしたら……直接私が止まっている部屋へ来て頂ければ分かりますよ」
 そう言いながら彼はホテルの入り口まで歩くと、重々しいホテルのドアを開けて二人に手招きをする。
 しかしこれにはアンリエッタは勿論、ここまで彼を信用していた魔理沙までもが怪訝な表情を浮かべて自分を見つめている事に気が付く。

(……やっぱり、疑われちゃうよな)
 内心そんな事を呟きながらも、ジュリオ自身もここで信用しろというのは無理があると思っていた。
 『お上』からの指示とはいえ、ちゃんと手順を踏んでアンリエッタ姫殿下と接触するべきだったのではないだろうか。
 今が絶好のタイミングだとしても、アポイントメントも無しに連れてくるというのは礼儀に反するというヤツだろう。
 とはいえ、あの『お上』が絶好とまで言ったのである。多少の無茶を通すだけの代価は確実に取れるに違いない。
(まぁ、二人の状況とここまで連れてきた以上後はこっちのもんだし、『お上』に会ってくれれば彼女たちもワケを察してくれるだろう)

 ――少なくとも、アンリエッタ姫殿下はね。

 内心の呟きの最後に一言そう付け加えつつ、彼はもう一度肩を竦めながら二人に向けて言った。
「すまないが僕にも色々事情がある。けれど、この先に待っている人は絶対に君たちを助けてくれるさ」

720ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:09:17 ID:9f89S4RY

 アンリエッタからエスコートの依頼を受けて、彼女を伴いながら街中を彷徨っていた霧雨魔理沙。
 ふとした拍子で衛士達にアンリエッタの素性がバレると思った矢先、ジュリオの助太刀を事なきを得る事となる。
 しかし謎多き月目の彼は驚く事にアンリエッタの正体を知っており、しかもその事について全く驚きもしなかった。
――お前、どうしてお前がアンリエッタの事知ってるんだよ?
―――おや?外国人の僕がこの国のお姫様の事を知らなかった思ってたのかい?それは心外だなぁ
――――いやいや!そういう事じゃねぇって!?どうしてお前がアンリエッタが変装してた事を知ってたって聞いてんだよ!?
 最後には言葉を荒げてしまった魔理沙であったが、ジュリオはそんな彼女に「落ち着けよ」と宥めつつ言葉を続けた。
――実は僕も、この白百合が似合うお姫様に用があったんだよ
――――私に……ですか?一体、あなたは……
 自分の正体をあっさりと看破し、更には用事があるとまで言ってきた謎の少年の存在。
 アンリエッタが彼の素性を知りたがるのは、至極当り前だろう。
 そしてジュリオもまた、彼女にこれ以上自分の正体を隠そう等という事は微塵も考えていなかった。
――申し遅れました。僕はジュリオ・チェザーレ、しがないロマリア人の一神官です
 彼はアンリエッタの前で姿勢を正した後、恭しく一礼しながら自己紹介をした。
 アンリエッタはその名を聞き軽く驚いてしまう。ジュリオ・チェザーレ、かつてロマリアに実在した大王の名前に。
 かつては幾つかの都市国家群に分かれていたアウソーニャ半島を一つに纏め上げ、ガリアの半分を併呑した伝説の英雄。
 その者と同じ名前を持つ少年を前にして固まってしまうアンリエッタに、頭を上げたジュリオはさわやかな笑顔で言葉を続けた。

――色々と僕に聞きたい事はあるでしょうが、今しばらく私についてきてくださらないでしょうか?
――――……ついていくって、一体何処へ……!?
――今夜貴女と彼女が泊まれる安全な場所へ、ですよ。今のあなた達では、こんや泊まる所を探すのも一苦労しそうですからね
 

 その後、ジュリオはアンリエッタと魔理沙を連れてここ『タニアの夕日』にまで来ることができた。
 東側の住宅地からここまで移動するのには、それなりの苦労と時間を要するものであった。
 地上の道路や裏路地の一角には衛士達が最低でも二人以上屯しており、怪しい人間がいないが目を光らせていたのを覚えている。
 恐らく魔理沙たちを逃がした際の騒ぎが伝達されたのだろう、そうでなければ末端の衛士達があんなに警戒している筈がないのだ。

(トリステイン側も必死なんだろうな。もしもの時に探しておいた地下道がなけりゃあ危なかったよ)
 途中何度か地下の通路を通ってショーットカットや遠回りの連続で、早一時間弱……ようやくホテルにたどり着くことができた。
 今のところ周辺には衛士達の姿は見当たらない。恐らく街の中心部から外周部を捜索場所を移したのかもしれない。
 何であれ、ここまでたどり着けたのは前もって計画していたルートを用意していた事よりも、運の要素が強かったのであろう。

 ともあれ、こうして無事に二人を――少なくともアンリエッタを連れて来れた事で自分の仕事は成功したも同然であろう。
 最も、そのお姫様には相当警戒されてしまっているのだが……まぁこれはやむを得ない事……かもしれない。
(全く、あの人も無茶な事命令してくれたもんだよ……ったく!)
「さ、とりあえず中へどうぞ。外にいては衛士達に見つかるやもしれません」

721ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:11:03 ID:9f89S4RY

 内心では自分にこの仕事を任せた『お上』――もとい゛あの人゛に悪態をつきつつも、
 警戒する魔理沙たちの前でさわやかな笑顔を浮かべつつ、ホテルのドアを開けて彼らを中へと誘う。  
 新品のドアを開けた先には、綺麗に掃除された『タニアの夕日』のロビーが広がっている。
「…………」
「………………」
「おや?入らないのですか?」
 しかし悲しきかな、ジュリオに警戒している二人は険しい表情を浮かべたまま中へ入ろうとはしなかった。
 思ってた以上に警戒されてるのかな?そう考えそうになったところで、二人は互いの顔を見合う。
「アレ……どうする?」
「色々疑わしき事はありますが、ここまで来たのなら……やむを得ないでしょう」
「……だな」
 一言、二言の短いやり取りの後、彼女たちは渋々といった様子でホテルの入り口を通った。
 通るときにジュリオを鋭い目つきで一瞥しつつも、二人は慎重な様子のままロビーの中へと入っていく。
 色々問題はあったものの、魔理沙たちはジュリオからの誘いに乗ったのである。
「……ま、結果オーライってヤツかな」
 少女たちの背中を見つめつつ、ジュリオは二人に聞こえない程度の小声でそう呟く。
 とはいえ、入ってくれればこちらのモノだ。彼は安堵のため息を吐きつつも二人の後へと続いた。

 全四階建ての内最上階に部屋がある為、一同は階段を上って部屋まで行く羽目になった。
 しっかりと掃除の行き届いた階段を、三人は靴音を鳴らしながら上へ上へと進んでいく。
 やがて散文もしないうちに最上階までたどり着いた所で、先頭にいたジュリオが魔理沙たちから見て右の廊下を指さす。
「部屋の名前は『ヴァリエール』。この部屋一番のスイートルームですのでご安心を」
「私が『ヴァリエール』という部屋の名前を聞いて、貴方を信用できるほどのお人好しに見えますか?」
 魔理沙以上に自分へ警戒心を向けているアンリエッタからの返事に、彼はただ肩を竦める。
 軽いジョークのつもりだったのだが、どうやら彼女の警戒心を随分強めてしまっていたらしい。
 コイツは思ったより重大な事だ。そう思った所で今度は魔理沙が突っかかるようにして話しかけてきた。

「おいジュリオ、ここまで来たんならもうそろそろ話してくれても良いだろ?」
「話す?一体何を?生憎、僕のスリーサイズは本当に好きになった女の子にしか教えない事にしてるんだ」
「ちげーよ、何でお前がアンリエッタの正体を知ってて、しかもこんに所にまで連れてきたかって事だよ!」
 自分のボケに対する魔理沙の的確な突っ込みと質問に、ジュリオは軽く笑いながらも「そろそろ聞いてくると思ったよ」と言葉を返す。

「まぁ確かに、もう話してもいい頃だが……部屋も近い、良ければそこで話そうじゃないか?
 僕と君たちがここにいるまでの経緯を一から話すよりも先に、この廊下の先にある部屋の前にたどり着いちゃうからね」

722ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:13:48 ID:9f89S4RY
 そう言って彼は先程指さした方の廊下の突き当りへ向かって歩き出し、二人もその後をついて行く。
 確かに彼の言う通り、彼がワケを話すよりも部屋までたどり着く方が早かったのは間違いない。
 元々この最上階には二部屋しかないのだろう。廊下の突き当りの手前には、観音開きの大きな扉があった。
「こちらです、では……」
 その言葉と共にジュリオはドアの前に立つと身だしなみを軽く整えた後、スッと上げた右手でドアをノックする。
 コン、コン、という品の良いノックを二回響かせて数秒後、ドアの向こうにある部屋から少女の声が聞こえてきた。
「ど……どちらさまでしょうか?」
「お届け゛者゛を持ってきた、ただのしがない配達屋さ」
 その言葉から更に数秒後、少し間をおいてから掛かっていたであろうドアのカギを開く音が聞こえてきた。
 軽い金属音と共にドアノブが勝手に回り、部屋の中から銀髪の少女をスッと顔を出してきた。ジョゼットである。
 まるで初めて巣穴から顔を出した仔リスのように不安げな様子を見せていた彼女は、目の前にいたジュリオを見てパッと明るい表情を見せた。

「や、ジョゼット。ちゃんとあのお方の注文通りお届け゛者゛を連れてきたよ」
「お兄様!って……あっマリサ!」
「よ、ジョゼット。……っていうか、お届け゛モノ゛って……」
 久しぶりに会ったような気がしたジョゼットに呼びかけられて、思わず魔理沙も右手を上げてそれに応える。
 ジョゼットも数日ぶりに見た魔理沙に微笑もうとした所で、彼女の横にいたアンリエッタに気が付き、怪訝な表情をジュリオに向けた。
「あの、お兄様……この人が、その?」
「あぁ。……そういえば、あの人は今?」
「待っていますよ。そこにいね人と食事でもしながら……という事でついさっき自分でランチを頼んでました」
「ランチを自分で?うぅ〜ん……あの人、付き人がいないと本当に自由だなぁ」
 そんなやり取りを耳にする中で、アンリエッタは彼らが口にする゛あの人゛という存在が何者なのか気になってきた。
 少なくともこんなグレードの良いホテルでランチを気軽に頼める人間ならば、少なくとも平民や並みの貴族ではない。
 では一体何者か?その疑問が脳裏に浮かんだところで、彼女と魔理沙はジュリオに声を掛けられた。

「さ、どうぞ中へ。ここから先の出来事は、あなたにはとても有益な時間になる筈です。アンリエッタ王女殿下」
 

 流石最上階のスイートルームというだけあって、『ヴァリエール』の内装は豪華であった。
 まるで貴族の邸宅のような部屋の中へと足を踏み入れた二人は、一旦辺りを見回してみる。
(流石に公爵家の名を冠するだけあって、部屋もそれに相応なのね)
 アンリエッタは王宮程ではないものの、名前に負けぬ程には豪華な部屋を見て小さく頷いた一方、
 以前ここへ来たことのある魔理沙は、以前見たことのある顔が見当たらない事に怪訝な表情を浮かべていた。
「んぅ……あれ?セレンのヤツ、どこ行ったんだ」
「セレン?その方は一体……」
『こちらですマリサ』
 聞きなれぬ名前が彼女の口から出た事に、アンリエッタが思わず訪ねようとした時であった。
 部屋の入り口から見て右の奥にあるドア越しに、青年の声が聞こえてきたのである。
 その声に二人が振り向くと同時に、後ろにいたジュリオとジョゼッタが二人の横を通ってそのドアの前に立つ。
 まるで番兵のように佇む二人は互いの顔を見合ってからコクリと頷き、ジュリオが二人に向かって改めて一礼する。

723ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:15:09 ID:9f89S4RY
「さ、どうぞこちらへ」
 短い言葉と共にドアの横へと移動する二人を見て、アンリエッタはドアの傍まで来ると、スッとドアノブを掴み――捻った。
 すんなりとドアノブが回ったのを確認してから彼女はゆっくりとドアを押して、隣の部屋へ入っていく。
 次いで彼女の後ろにいた魔理沙もその後に続き、ドアの向こうにあった光景に思わず「おぉ」と声を上げてしまう。
 そこはダイニングルームであったらしく、長方形のテーブルの上には幾つもの料理が並べられていた。
 恐らくジョゼットが言っていたランチなのだろう、ホウレン草とカボチャのスープはまだ湯気を立てている。
 そして部屋の一番奥、上座の椅子に背を向けて座っている青年を見て魔理沙は声を上げた。
「おぉセレン、お前そんな所で格好つけて何してんだよ」
「あぁマリサ。イエ、少しばかり緊張していたもので……何分貴方の横にいるお方がお方ですから」
 魔理沙の呼びかけに対し青年はそう返した後ゆっくりと腰を上げて、彼女たちの方へと体を向ける。
 瞬間、一体誰なのかと訝しんでいたアンリエッタは我が目を疑ってしまう程の衝撃に見舞われた。
 思わず額から冷や汗が流れ落ちたのにも構わず、彼女は咄嗟に魔理沙へと話しかける。 
「あ、あのッマリサさん!こ、この方は……!?」
「私がさっき言ってたセレンだよ。――――って、どうしたんだよその表情」
 アンリエッタの方へと何気なく顔を向けた魔理沙も、彼女の顔色がおかしい事に気が付く。
 そんな彼女を気遣ってか、上座から離れてこちらへと近づくセレンは「大丈夫ですよ」とアンリエッタに話しかける。 

「此度ここに来たのは、あくまで私事の様なものです。ですから、肩の力を抜いてもらっても……」
「……っ!そんな滅相もありません、あ、貴方様を前にして、そんな……ッ!」
 近づいてくるセレンに対し、アンリエッタは何とその場で膝ずいたのである。
 それも魔理沙の目にも見てわかるような、相手に対して敬意を払っている事への証拠だ。
「え?え……ちょ、何がどうなってるんだよ?」
 何が何だか分からぬまま自分だけ放置されているような状況に魔理沙が訝しんだところで、
 彼女のすぐ近くまでやってきたセレンは申し訳なさそうな表情で彼女に言葉をかけた。
「マリサ、私はここで貴女にウソをついていた事を告白せねばなりませんね」
 彼はそう言って一呼吸置いた後、穏やかな笑顔を浮かべながら自らの本名を告げる。
 
「貴女に名乗ったセレン・ヴァレンはいわば偽名。ワケあって名乗らざるを得なかった名。
 そして私の本当の……母から貰った名前はヴィットーリオ、ヴィットーリオ・セレヴァレと申します。」

 セレン――もといヴィットーリオの告白に、この時の魔理沙はどう返せば良いか分からないでいた。
 しかし彼女はすぐにアンリエッタの口から知る事となるだろう、彼の正体を。
 この大陸に住む全ての人々の心の支えにして、魔法文明の礎を気づいたともいえる祖を神として崇めるブリミル教。
 その総本山としてハルケギニアに君臨する、ロマリア連合皇国の指導者たる教皇に位置する者だという事を。

724ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2018/12/31(月) 18:18:19 ID:9f89S4RY
はい、これで今年最後の投稿を終了させていただきます。
今年は色々と多忙故に執筆に手が回らず、痒い所に手が届かない日々が続きました。
来年はもう少しゆっくりと休みつつ書ける時間が欲しいなぁ、と思っていたりします。

それでは皆さん、今年はこれにて。
また来年お会いしましょう、良いお年を。ノシ

725ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:11:47 ID:4f02YZK.
どうも皆さんご無沙汰しております。無重力巫女さんの人です。
本当なら一月末に今年最初の投稿をする筈だったのですが、思いの外多忙で無理でした。申し訳ないです。

特に問題が無ければ、22時15分から投稿を始めたいと思います。

726ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:15:09 ID:4f02YZK.
 トリスタニアのローウェル区に、その倉庫街は存在している。
 巨大な四棟の倉庫と、そこを囲うようにして建てられている古めかしい住宅街だけの寂しい場所。
 住宅街には主に日雇いや工房の使い走りに、王都の清掃会社に勤めている人々等が利用している。
 丁度ブルドンネ街とチクトンネ街に挟まれるよう位置にあるが、この時期に増える観光客は滅多にここを通らない。
 ガイドブックなどに治安があまり良くないと書かれている事が原因であったが、主な原因は倉庫の周辺にあった。
 一本道を挟み込むようにして左右に四棟ずつ建設されている倉庫は、王都の商会や大貴族などが利用している。

 彼らは主に家に置ききれない財産や商売道具などをここで保管しており、当然それを警備する者たちがいる。
 しかし彼らはちゃんととした教育を受けた警備員ではなく、金さえ詰めば喜んでクライアントの為に戦う傭兵たちであった。
 粗末な鎧や胸当てを身を着けて、槍や剣で武装して倉庫周辺をうろつく彼らの姿はそこら辺のチンピラよりもおっかない。
 トリステイン政府直属の警備員を雇う代金が高い為、少しでも倉庫の維持費を浮かせる為の措置である。
 傭兵たちも相手が権力のある連中だと理解している為、倉庫から財宝をくすねよう等と考えて実行に移す者はまずいない。
 クライアント側も仕事に見合うだけの給料をしっかりと渡しているため、互いに良好な関係をひとまず築けているようだ。

 しかしその傭兵たちに倉庫街全体を包む程の寂れた雰囲気が、この地区を人気のない場所へと変えていた。
 今では観光客はおろか、別の地区に住んでいる人々も――特に子連れの親は――ここを通らないようにしている程だ。
 多くの人で賑わう華やかな王都の中では、旧市街地や地下空間に匹敵するほどの異質な空間となっていた。

 そんな人気のないローウェル区の一角を、ルイズ達四人の少女が歩いていた。
「ここがローウェル通り、名前だけは知ってた分こんなに静かな場所だなんて思ってもみなかったわ」
『確かに、別の所なんかだと多少の差はあれどここまで寂れてはいなかったしな』
 通りに建ち並ぶ飾り気のないアパルトメントを見上げながら、先頭を行くルイズは半ば興味深そうに足を進めていく。
 その人気の無さには、デルフもそれに同意の言葉を出すほどであった。
 彼女らの中では最年少であるリィリアは、今までいた場所とあまりにも違うの人気の無さを五感で体感しているのかしきりに辺りを見回している。
 通りそのものはしっかり掃除されているものの、一帯に住む人々は家の中にいるのか外には殆ど人がいない。
 偶に何人か見かける事はあったが大抵はここを通り慣れている別地区からの通行人で、自分たちの横を素知らぬ顔で通り過ぎていくだけ。
 散歩どころか水撒きする者もいない通りは、汗が出るほど暑いというのにどこか不気味であった。

 ここに来るまで、ブルドンネ街の通りから幾つかの道を曲がり、五つ以上の階段と坂を上り、三本以上の橋を渡ってきた。
 たったそれだけで、つい少し前までいたブルドンネ街とは正反対に静かすぎる場所へとたどり着けてしまう。
 同じ土地にある街の中だというのに、まるで異国に来てしまったかのような違和感を感じる人もいるかもしれない。
 しかし看板や標識を見れば、否が応でもここがトリスタニアの一角であると分かってしまう。
 明確に人の住んでいない旧市街地とは違い、家の中から出ずに姿を現さない住民たち。
 もはや異国というよりも、人のいない裏世界へと迷い込んでしまったかのような静けさが通り全体を包んでいた。

「しっかし、ここって本当人気が無いわねぇ。なんでこんなに静かなのよ?」
 自分の隣を歩く霊夢の呟きが自分に向けて言われた事だと気づいたルイズは、すぐさま脳内の箪笥からその知識だけを取り出して見せる。

727ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:17:06 ID:4f02YZK.
「う〜ん……確かここら辺は、街の清掃会社とか家具工房で雑用とか……所謂出稼ぎ労働者が大半だったような気がするわ」
「出稼ぎ労働者……ねぇ。私からしてみれば、わざわざこんな暑くて人だらけな街へ働きに行く事なんて考えられないわね」
「しょうがないでしょう。地方で稼げる仕事なんて、それこそ指で数える必要がないくらい少ないのよ」
 出稼ぎする、もしくはせざるを得ない者達の気持ちを理解できない霊夢に対し、ルイズは苦々しい表情を浮かべて言葉を返す。
 今のご時世、農業や地方の仕事で食べていける場所ならまだしもそれすらままならない地方もあるにはある。
 もちろん数は少ないが、不作や自然災害などで作物の収穫が減ってしまった土地がハルケギニア全体で増えつつあるのだ。
 その為に仕事が減り、仕事が減ってしまったが為に手に入る賃金も減り、その日の食事にすら困窮してしまう。


 トリステインをはじめ、名のある国々はその点まだマシと言えるだろう。
 一番酷いのは、ガリアやゲルマニアからある程度の独立を許された第三世界の小国などは文字通り悲惨な事になってしまう。 
 中途半端に独立してしまったが故にまともな援助を受けられず、ちょっとした天災で大飢饉が起こってしまう事など珍しくもない。
 飢饉や大災害が起これば瞬く間に暴動が起こり、結果的にはその小国を収める一族郎党が制裁の名の元に晒し首にされてしまう。
 独立を認可した大国がおっとり刀で正規軍を出す頃には、小国そのものが瓦解した後で残っているのは暴徒と化した連中のみ。
 まともな人々は争いを逃れる為に家族や恋人を連れて国を逃げ出し、流浪の民として通れもしない国境周辺を彷徨うしかない。
 難民を受け入れているロマリアへ行けるならまだ良い方で、大抵の難民は何処へも行けず山の中で獣や亜人の餌になってしまう。
 酷い場合はゲルマニアやガリアの国境地帯に埋設された地雷で吹き飛ばされたり、遠距離狙撃仕様のボウガンの的になる事もある。

 だからこそ、出稼ぎ労働で故郷に送金できるトリステインなどの名のある国々はマシなのである。
 パスポートを持っていても、出国する事すらままならない様な名もなき国があるのだから。


「確か倉庫があるのは、あぁ……あっちの角を曲がった先だわ」
 暫し人気のない地区を五分ほど歩いたところで、ルイズは道の角に建てられている標識を見上げて呟く。
 彼女の言葉についてきていた霊夢たちも足を止めて見上げてみると、二メイル程ある細い柱の上に看板が取り付けられているのに気が付いた。
 当然霊夢とハクレイの二人には何が書かれているのか分からなかったが、文字が読めない人が見ることも想定しているのか、
 文字の上にしっかりと倉庫らしき建物の絵が描かれており、一目で倉庫が曲がり角の先にあると分かるようになっていた。
 先に気が付いたルイズはすっと曲がり角から頭だけを出してのぞいてみると、ウンウンと一人頷きながら霊夢たちに見たものを伝える。

「確かに倉庫があるけど、正面突破は無理そうねぇ」
「え?……あぁ、確かにそうね」
 納得したようなルイズの言葉に怪訝な表情を浮かべた霊夢も、ルイズと同じように曲がり角の先を見て……頷く。
 標識通り、確かに曲がり角の先には砂浜に打ち上げられ鯨と見紛うばかりの倉庫が見ている。
 しかしその倉庫へ近づく為の道路には大きな鉄の扉が設置され、更に武装した傭兵たち数人が屯している。
 肌の色も装備も違う彼らは武器を片手に談笑しており、時折反対側の手に持った酒瓶を口につけては昼間から酒を楽しんでいる。
 街で見かける衛士達と比べてだらしないところはあるものの、酒を嗜みつつも決して自分達に与えられた任務をサボってはいない。
 ルイズの言う通り、彼らに軽く挨拶をしてワケを話しても通してはくれなさそうだ。
 強行突破すればいけない事も無いだろうが、大きな騒ぎに発展しまう恐れがある。
「相手が人間じゃないなら、全治数か月レベルのケガさせても平気なんだけどなぁ」
「コラ、何恐い事言ってるのよ」

728ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:19:06 ID:4f02YZK.

 思わず口に出してしまった内心をルイズに咎められつつも、霊夢は「でも……」とハクレイの方へと顔を向けた。
 その向けてきた顔にすぐに彼女の言いたい事を察したハクレイは、コクリと頷いてから口を開く。
「ちょうど倉庫の隣に隣接してる通りにアパルトメントがあるから、私ならそっから飛び移れるかもしれないわ」
 毅然とした表情でそう言う彼女の後ろで、リィリアは怯えた表情を浮かべていた。

 ひとまず一行はその場を離れ、丁度倉庫の真横にある住宅街へと足を運んだ。
 そこには倉庫を囲う壁と住宅街側の道を隔てるようにして水路が造られており、魚が生きていける程度に澄んだ水が静かに流れている。
 水路の幅は五メイル程あり、仮に泳いで渡ったとしても階段や梯子などは無い為にどうしようもできない。
 鉤縄や『フライ』が使えれば問題ないだろうが、生憎今のルイズは鉤縄を持ってないし魔法に関してはご存知の通り。
 普通の魔法が行使できるリィリアならば一人で飛んでいけるだろうが、彼女一人を壁の向こうへ行かせるのは危険すぎる。
 それに万が一水路と壁を突破できたとしても、壁の向こう側の警備は相当厳重なのは容易に想像できてしまう。
 今は工事中で使われていないが、外部からの侵入者を発見するための櫓まで作られているのには流石のルイズも驚いていた。
「成程、確かに防犯設備はしっかりしてるわね。櫓が工事中だったのは幸い……と言うべきかしら」
「コレって倉庫というよりかはちょっとした砦じゃないの?よくもまぁ街中にこんなモノ作って……」
 呆れたと言いたげな霊夢の言葉に頷きつつも、ルイズは次にハクレイの言っていたアパルトメントへと視線を向けた。

 彼女の言った通り、確かに水路傍の住宅街に四階建てのアパルトメントはあった。
 しかし今は誰も住んでいないのか建物の壁には無数の蔦が張り付いており、幾つもの亀裂まで走っている。
 こんな人気のない場所にあんなモノを建てても誰も住まないだろうし、家賃も平均以上だったに違いない。
 大方二十年前の都市拡張工事の際に作られた建物の一つであろう、その手の建物の大半は今や街中の廃墟と化している。
 今も繁栄を続ける王都の陰を見たルイズは目を細めていると、そちらに目を向けているのに気が付いたハクレイに声を掛けられた。
「どうする?私の時は単にあの上から覗いただけだったけど、こんな真昼間から入り込むの?」
「うぅ〜ん、普通なら夜中に侵入するのがセオリーなんだろうけど……こういう場所だと逆に人数が増えそうなのよねぇ」
 日中ならともかく、夜間は流石に侵入者を警戒して人員を増やすのは分かり切った事だ。
 と、なれば……やはり日中から堂々と侵入――――というのも相当危険な感じがする。

 今からか夜中か、その二つの選択肢を前にルイズは悩みそうになった所で今度は霊夢が話しかけてくる。
「どっちにしろ侵入するつもりなんだし、それなら人数が少ない時間に入った方が楽で済むんじゃないの?」
「アンタねぇ、そう簡単に言うけど入る事自体困難……なのは私達だけか」
 ガサツな巫女の物言いに反論しようとした所で、ルイズは彼女が空を飛べる事を思い出す。
 確かに彼女ならばハクレイはおろか並みのメイジよりも簡単に空を飛んで、水路と壁を越えられるだろう。
 文字通り壁を飛び越えてあの巨大な倉庫の上に着地すれば、後は自分たちよりも簡単に倉庫を探せるに違いない。
 櫓が工事中の今ならば、地上に見張りにさえ気をつけていれば見つかる可能性は限りなく低いだろう。
 それに気づいたのはルイズだけではなく、その中でデルフが彼女に続いて声を上げる。
『まぁお前さんなら見つかる心配何て殆ど無いだろうしな』
「まぁね。私自身、色々と片付けなきゃいけない事もあるから手っ取り早く済ませたいし」
 デルフの言葉に相槌を打ちつつ、霊夢は今から飛ぶ立つつもりなのか軽い準備運動をし始めた。
 どうやら彼女の中では、既に単独潜入は決定事項らしい。これには流石のルイズも止めようとする。

729ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:21:13 ID:4f02YZK.
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!別に私はアンタに「見てこい」とか「飛んで来い」なんて事言ってないんだけど?」
「そんなん分かってるわよ。さっきも言ったように、やりたい事が沢山あるから夜中まで待ってられないってだけよ」
 最後にそう言った後、ルイズの制止を待たずして霊夢はその場で地面を蹴ってフワッ……と飛び上がる。
 まるで彼女の周囲だけ重力が無くなったかのように空中に浮かぶ霊夢は、そのまま水路の方へと向かっていく。
 止めきれなかったルイズが水路と道路を隔てる欄干で立ち尽くしている所へ、霊夢の背中で静かにしていたデルフが声を掛けてきた。
『まぁそう心配しなさんな娘っ子。レイムの奴ならオレっちも見てるし大丈夫さ。……多分ね』
「あ、ちょっと待ちなさい!アンタ今゛多分゛って口にしなかった?」
 咄嗟に止めようとするルイズに背中を見せつつ、彼女はデルフはフワフワと浮いたまま水路を渡っていく。
 静かに流れる水路の上を浮かびながら渡る霊夢の姿は、どこか現実離れな光景に見えてしまう。
 それを住宅地側から見るしかないルイズはハッと我に返り、次いでハクレイの方へと顔を向けて言った。
「こうしちゃいられないわ。こうなったら、私たちもアイツに続く形で入るわよ!」
「え?まさか今から侵入するの?」
 ルイズの急な決定に驚いたのは、ハクレイではなくその隣にいたリィリアであった。
 目を丸くする少女の言葉に、ルイズは「当り前じゃないの」と当然のように言葉を返す。、

「いくら何でもアイツ一人だけ行かせるのは色々と不安なのよ。分かるでしょ?」
「え?ふ、不安ってどういう……」
 言葉の意味を汲み取り切れない少女の不安な表情を見て、ルイズはそっと彼女の耳元で囁く。
「アンタのお兄さん。私とレイム相手に何したか知ってるでしょうに」
 その一言で、幼いリィリアはルイズの言いたい事を何となく理解できたらしい。
 あの倉庫の何処かにいるかもしれない兄の身に、霊夢という名のもう一つの危機が迫っている事を。
 それをあの少年の唯一の身内が悟ったのを見て、ルイズは苦虫を噛むような表情を浮かべつつ言葉を続ける。
「まぁアンタのお兄さんにはしてやられたけど、流石にレイム一人に任せても良い程憎いってワケじゃあないしね」
 自分自身彼にやられた事を忘れていない……と言いたげな事を口にした所で、スッとハクレイの方へと顔を向けた。

「じゃ、早速で悪いけど私とこの子を向こう側まで連れてってくれないかしら」
「……それは構わないけど、アイツみたいにそう簡単にひとっ飛び……ってワケにはいかないわよ」 
「それは分かってるけど、それしか方法がない分どうやっても跳んでもらわなきゃ向こう側へは行けないわ」
 ルイズからの頼みに対し一応は了承しつつも、ハクレイはフワフワと飛んでいく霊夢を見やりながら言った。
 やり方としては霊夢のような方法がスマートかつベストなのだろうが、確かに人二人を連れてあそこまで跳ぶというのはかなり酷なものだろう、
 かといってそれ以外に方法が思いつかないため、ルイズも気持ちやや押す感じでハクレイに迫っていく。
 ……たとえベストでなくとも。そう言いたげな彼女の雰囲気にハクレイは渋々といった感じでため息をついた。
「まぁ物は試しってヤツよね。……とりあえず、ここじゃ無理だから場所を替える事にしましょう」
 そう言ってからハクレイは霊夢に背を向け、近くにあるあの廃アパルトメントへと向けて歩き始める。
 彼女の行き先を見て、これから何が始まるのか察したルイズとリィリアは互いの顔を見合ってしまう。
「……もしかして、また『跳ぶ』の?」
「アンタはお兄さんを助けたいんでしょう?やれる事が少ない以上、覚悟はしときなさい」
 顔を真っ青にする少女に対し、覚悟を決めるしかないとルイズも肩を竦めながらハクレイの後を追った。

730ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:24:21 ID:4f02YZK.


 その頃になってようやく倉庫と外を隔てている外壁の傍までたどり着いた霊夢に、背後のデルフが呟く。
『お、向こうも動き出したな。こりゃ近いうちに一緒になれそうだぜ』
 彼の言葉にふと後ろを振り向くと、確かにルイズを先頭にハクレイとリィリアが何処へか向かって移動している所であった。
 恐らくあのアパルトメントに向かっているようで、成程あの四階建ての屋上から跳んでくるつもりなのだろう。
 言葉にしてみると結構トンデモであるが、リィリアを背負ったまま時計塔の頂上から無傷で降りてきたハクレイなら余裕かもしれない。
 まぁ彼女たちの事は彼女たちに任せるとして、今は自分がやるべき事を優先しなければいけない。
 再び外壁へと顔を向けた彼女はそのまま上へ上へとゆっくり上昇し、そっと頭だけを出して壁の向こうを見てみる。
 
 顔を出して覗き見たそこは丁度倉庫と倉庫の間にある道だったようで、影の所為で暗い道が十メイル程伸びている。
 これなら大丈夫かな?と思った時、すぐ近くにある右側倉庫の扉が開こうとしているのに気が付き、スッと頭を下げた。
 扉が開く音と共に複数人の足音が聞こえ、それからすぐに男のたちの喧しい会話が聞こえてきた。
「んじゃー今から昼飯買って来るけど、お前ら何にするんだ?俺はサンドウィッチにするが」
「俺、あの総菜屋の豚肉シチューと黒パンでいいや。ホイ、これにシチュー入れてきてくれ」
「俺は海鮮炒めでいいや。ホラ、あの総菜屋の向かい側にある看板にロブスターが描かれてる店。あ、あと辛口で」
 他愛ない、どうやらお昼ご飯のリクエストだったようだ。耳を澄ましていた霊夢は思わずため息をつきたくなってしまう。
 この分だと聞く必要はないかな?そう思った直後、海鮮炒めをリクエストしていた男の口から興味深い単語が出てきた。
「そういや、あの盗人のガキと裏切り者の分はいいのか?ガキを捕まえてきたダグラスのヤツがとりあえず食べさせとけって言ってたが」
「あ?そういえばそうだったな……どうする?」
「適当で良くね?総菜屋の白パンとミルクぐらいでいいだろ」
 それもそうだな。そんな会話の後に「じゃ、行ってくる」という言葉と共に買い物を頼まれた一人の靴音が遠くへ去っていく。
 残った二人はその一人を見送った後「戻るか」の後にドアを閉める音と、次いで鍵の閉まる音が聞こえた。

 男たちがその場にいなくなったのを確認したのち、壁を飛び越えた霊夢はそっと地面に降り立つ。
 レンガ造りの道にローファーの靴音を静かに鳴らした後、彼女はすぐ右にある扉へと視線を向ける。
 そして意味深な微笑を顔に浮かべた後、背中のデルフに「案外ツイてるわね」と言葉を漏らした。
「まさかこうも探してる場所の近くまですぐ来れるなんて。そう思わない?」
『表は傭兵だらけだと思う分、確かに楽っちゃあ楽だな。けれど、そっから先はどうする?』
 ひとまずここまでは上手く進んでる事を認めつつも、デルフはこの先の事を彼女に問う。
 先ほど聞こえた音からして、ドアのカギは閉まっているだろう。ドアノブを捻って確認するまでもない。

 見たところ侵入者対策か倉庫の窓もほとんど閉じられており、この道から入れる場所は無い。
 唯一表の道に出れば入り口はあるだろうが、恐らくあの光の先には警備の傭兵がうじゃうじゃいるに違いないだろう。
 この道から入れる場所といえば、道から十メイル以上も上にある天窓ぐらいなものだろう。普通ならそこまで近づくのは容易ではない。
 しかし……空を飛べる程度の能力を有する霊夢にとって、五メイル以上の高さなど大した難所ではなかった。
「まぁ天窓が全部閉じてるって事はあるかもしれないけど、この季節で倉庫を閉じ切ってるワケがあるわけないしね」
『つまりお前さん専用の入り口ってワケね。良いねぇ、ますます先行きが明るくなるな』
 機嫌が良くなっていく霊夢の言葉にデルフが返事をした所で、彼女は自分の身を浮かせて飛ぼうとする。
 自分がこの街でするべき事は沢山あるのだ。今回の件は手早く済ませて、そちらの方に取り掛からないと……

731ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:26:15 ID:4f02YZK.
 そんな事を考えながら、いざ倉庫の一番上へと飛び立とうとした……その直前である。
 ふとすぐ背後から、何か石造りの重たいモノが地面を擦りながら動く音が聞こえてきたのだ。
 彼女はそれと似た音を神社に置いてある料理用の石臼などで聞いた事があった為、そう感じたのである。
 そんな異音を耳にした彼女は飛び立とうとした体を止めて、ついつい後ろを振り返ってしまう。
 彼女の背後にあったのは何の事は無い、地下に続いているであろう古い石造りの蓋であった。
 レンガ造りの地面とその蓋は材質が明らかに違い、恐らくここの地面を整備されるよりも前にあったのだろう。
 その蓋は誰かが通ったのだろうか取り外されており、その下に続く薄暗い穴がのぞけるようになっていた。
 穴が一体どこに続いているのか……諸事情で王都の地下へ行きたい霊夢にとって興味のある穴であったが、
 今は先に済まさなければいけない事があるので、名残惜しいが入るのは後回しにする事にした。

『どうした?』
「ん〜……何でもないわ。そこの蓋が開くような音がしたんだけど……気の所為かしら?」
 デルフからの呼びかけにそう返した後、今度こそ上に向かって飛び立とうとした――その直前。
 自身の背後――あの穴のある場所から何かが動く音が聞こえてきたのだ。
 今度は気のせいではない。ハッキリと耳に伝わってくるその音に、霊夢は咄嗟に身構え――振り返る。
 視線の先、上に被せられていた石の蓋が取り外された穴の中から――誰かがジッとこちらを見上げていた。
 左右を小高い倉庫に挟まれ、昼間でも影が差す暗い道の下にある穴から、ジッと見つめる青い瞳と目が合ってしまう。
「うわッ!」
『ウォオッ!?』
 先ほどまで見なかったその目に油断していた霊夢は驚きの声をあげてしまい、次いで後ずさってしまう。
 しかし、それがいけなかった。後ずさった先――鍵の閉まった裏口の戸に鞘越しのデルフをぶつけてしまったのである。
 結果デルフまで悲鳴をあげてしまい、喧騒とは無縁な倉庫に二人分の悲鳴が響き渡る。

 ――まずい!思わず声が出てしまった事に気が付き、両手が無いデルフはともかく霊夢は思わず口を手で隠す。 
 一瞬の静寂の後、夏の日差しが差す表から警備の傭兵たちであろう複数人の喧騒がものすごい勢いで近づいてくるのに気が付く。
 これはさすがに不味いか。油断してしまったばかりに招いてしまった失敗に、ひとまず壁の向こう側に戻ろうとしたその時、
「おい、この穴の中に入れ」
 先ほど青い瞳が覗いていた穴の中から、聞きなれた女性の声と共にスッと籠手を着けた手が霊夢の靴を掴んできたのである。
「え?アンタ、その声――って、うわっ!」
 その声の主が誰かなのか言う暇もなく、彼女は穴の中にいた誰かの手によってその穴へと引きずり込まれてしまう。
 すぐに「ドサリ」という倒れる音が聞こえたかと思うと、すぐその後に籠手を着けた手が再び穴の中から現れ、今度は脇にどけていた石の蓋へと手を伸ばす。
 蓋の下には地下側から開ける為であろう取っ手を手に持ち、明らかに女と分かる細腕にも拘わらずすぐにそれで穴を閉めてしまった。
 
 穴を閉めて数秒後、すぐに表の方から傭兵たちの靴音がすぐそばまで近づいて止まる。
 軽装の鎧を付けていると分かる金属質な音が混じっている靴音と共に、彼らの話し声が蓋越しに聞こえてきた。

732ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:28:06 ID:4f02YZK.


「おい、今ここから悲鳴が聞こえてきたよな?」
「あぁ。確か女の子っぽい声に――変なダミ声の男……かな」
「けど何にもいないぜ?」
「気の所為かな?にしてはやけにハッキリ聞こえたが」
 年齢も言葉の訛り方もそれぞれ違う傭兵たちの会話たけでも、彼らが様々な国から来たと分かってしまう。
 時折聞き取りづらい訛りを耳にしつつも、先ほど霊夢を穴の中に引きずり込んだ者はすぐそばで自分を睨む彼女へと視線を移す。
 暗闇越しでもある程度分かる何か言いたそうな表情を浮かべていた彼女であったが、流石に今は騒ぐべき状況ではない。
 今はただ、地上にいる傭兵たちがどこかへ行ってはくれないかと思う事しかできないでいる。
 しかしその思いが届いたのか否か、あっさりと傭兵たちは靴音を鳴らしながらその場を去っていった。
 
 靴音が完全に遠のいた所で、それまで我慢していた霊夢はようやく口を開くことができた。
 彼女はキッと目つきを鋭くすると、自分を穴の中に引きずり込んだものを睨みつけながら悪態をついた。
「……ッ!アンタねぇ、何でここにいるのか知らないけど。もう少しでバレるところだったじゃないの」
「それは悪かったな。……まさかお前みたいなヤツが、こんな所にいるなんて予想もしていなかったからな」
 霊夢のキツく鋭い言葉に対し、その者もまた鋭い言葉でもって対応する。
 両者、互いに暗い穴の中で険悪な雰囲気になりそうなところで、デルフが待ったをかけてきた。
『おいおいレイム、今は喧嘩してる場合じゃないだろ?それはアンタだって同じだろ?』
 デルフの言葉に両者睨み合いつつも、何とか一触即発の空気だけは抜くことに成功したらしい。
 相手に詰め寄りかけた霊夢は一旦後ろへと下がり、未だ自分を睨む人物――女性へと言葉を掛ける。

「――で、何でアンタがこんな所にいるのか聞きたいんだけど?良いかしら」
「私が話した後で、お前も目的を話してくれるのなら喜んで教えよう。お前にその気があるのならば」

 人気のない地区にある巨大倉庫。その真下に造られた地下通路と地上を繋ぐ場所で、両者は見つめあう。
 互いに「どうしてこんな所に?」という疑問を抱きながら、博麗の巫女と女衛士は邂逅したのである。


「はぁ、はぁ……流石に四階分一気に上るのはキツかったわ…」
 その頃、壁を乗り越えた霊夢に大分遅れてルイズたちもアパルトメントの屋上に到着していた。
 流石に四階分の階段を走って上るのに疲れたのか、少し息を荒くしている。
 その彼女の後を追うようにしてハクレイと、彼女の背におんぶするリィリアも屋上へと出てきた。
 後の二人も上ってきたのを確認してから一息つき、次いでルイズは屋上から一望できる光景を目にして「そりゃ誰も住まないわよね」と一人呟く。
「こんなところに四階建てのアパルトメントなんか建てたって、物凄い殺風景だから階層が高くても意味がないし」
 一体誰が建設したのやら、と思いつつ。屋上から見下ろせる殺風景な住宅街と倉庫を見てここが廃墟になった理由を察していた。
 この建物を最初に目にしたルイズの予想通り、アパルトメントには誰も住んでおらず中は荒れ放題であった。
 最低限管理は行き届いてるのかドアはすべて閉まっていたが、ここに行くまで壁に幾つもの落書きをされていたし、
 一階のロビーは野良猫のたまり場になっていたりと、管理されているのかいないのか良くわからない状態を晒している。
 ある程度綺麗にすれば今の時代買い手はつくかもしれないが、近場に店もなく中央から離れていたりと立地が悪過ぎて話にならない。

733ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:30:05 ID:4f02YZK.
 生まれる時代を間違えたとしか思えない廃墟の屋上で彼女は一人考えていると、
 リィリアを下ろして屋上の手すり越しに倉庫を見下ろしていたハクレイがルイズに話しかけてきた。
「ねぇ、さっきまで壁際にいたアイツの姿が見えないんだけど?」
「え?……あ、ホントだ」
 彼女の言葉にルイズも傍へ寄り、先ほどまでいた霊夢の姿が見当たらないことに気が付く。
 あの霊夢の事だ、恐らく壁を越えて倉庫の中に侵入したのだろう。
 ならのんびりしてはいられない、自分たちも動かなければいけない。ルイズは軽く深呼吸する。
 何のこともないただの深呼吸であったが、これから行う事を考えれば覚悟を決める意味でしなければいけない。
 彼女の深呼吸を見てハクレイも察したのか、ルイズに倣うかのように軽い準備運動をしつつ話しかけてきた。
「……で、本当にするつもりなの?まぁ、するっていうならするけど」
「――本当はもうちょっとだけ猶予が欲しかったけど、そろそろ覚悟決めなきゃね」
 
 ハクレイからの質問にそう返すと、ルイズもまた軽い準備運動で体をほぐしていく。
 その場で軽くジャンプしたり、両手首を軽く振ったりしたりする動作はとても貴族の少女がやる準備運動とは思えない。
 しかし、近年では魔法学院で乗馬の他に騎射の練習が頻繁に行われるようになった為、こうした軽いストレッチを行うこと機会が増えている。
 一昔前の貴族が見たら「何とはしたない」や「お淑やかさがない」と言われるような行為も、今では立派な「貴族のストレッチ」として認知されていた。

 暫し軽く体をほぐした所で、ハクレイはルイズとリィリアの二人に声を掛けた。
「……さて、準備運動も終わったしそろそろ向こう側へ渡るとしましょうか」
 彼女の言葉にルイズは無言で頷き、顔を青くしたリィリアもおそるおそるといった様子で頷いた。
 それを覚悟完了と受け取ったハクレイもまた頷き、彼女はリィリアを再び背中に担ぐ。
 自分の背中にのった少女が小さな手でギュッと巫女服を握ったのを確認して、次にルイズへと視線を向ける。
 暫し彼女の鳶色の瞳と目を合わせた後自身の左腕へと視線を向けると、そっと腕を上げて見せる。
 その行動に何の意味があるのかと一瞬訝しんだ彼女はしかし、すぐにその真意に気が付き――次いで顔を顰めた。
「……まさか、私はアンタの腕に抱かれてろって事?」
「他に場所が無いわ」
 ……まぁ確かにそうだろう。ため息をつくルイズは大人しくハクレイの右脇に抱えられる事となった。
 ルイズを脇に抱え、リィリアを背負う彼女の姿はまるで子供のXLサイズのぬいぐるみを携えたサンタクロースにも見えてしまう。
 しかし今は冬でもないし、何よりこの場にいる三人はサンタクロースの存在すら知らないのでリィリアを除く二人は真剣な表情を浮かべていた。
 その理由は無論、これからやらかそうとしている事が無事に成功するようにと祈っているからであった。
 ルイズは始祖ブリミルに、そしてハクレイは誰に祈ればいいのかイマイチ分からなかったので、この場にいないカトレアに祈っていた。

 二人を抱えてから十秒ほど経った所で、ハクレイが重くなっていた口を開いた。
「……それじゃあ、いくわよ」
「いつでもいいわよ。飛んで頂戴」
 彼女からの事前警告にルイズはそう返し、リィリアは目を瞑ってハクレイの肩を掴む手に力を入れる。
 ルイズも彼女の右腕を掴む両腕に力を入れ、二人が準備できたと感じたハクレイは自らの霊力を足へと注いでいく。

734ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:31:23 ID:4f02YZK.
 足のつま先から太ももまでを模して作った容器に水を注いでいくかの様に、足に溜め込まれていく彼女の暴力的で荒い霊力。
 ルイズとリィリアもそれを感じているのか、二人はハクレイの体から感じる微かな違和感に怪訝な表情を浮かべてしまう。
 そんな二人をよそに霊力を蓄えていくハクレイは、ここから倉庫までの距離を考えて霊力を調節していく。
(多すぎてもダメ、少なすぎてもダメ……まだまだ回数はこなしてないけど、ちょっとこれは難しいかな?)
 実際の所、この力を使って跳躍した回数自体はそれ程多くは無い。指を数える程度もない程に。
 本当ならば初っ端からこんな危険な事をすべきではないと思うのだが、それでもハクレイはある種の確信を感じていた。
 ――――今の自分でも、この距離を飛ぶ事など造作もない、と。
 自身過剰にも思えるかもしれないが、それでもハクレイはその確信を信じるしかない。
 既に二人は覚悟を決めているし、何よりこんな事は゛初めて゛ではないのだ。
 
 そうこうしている内に、彼女が想定しているであろう霊力が足に溜まったらしい。
 青く光り始めたブーツを見ずとも、既に準備は終わったと自らの体が告げている事にハクレイは気づいていた。
 彼女は一回だけ、短い深呼吸をした後――ルイズたちを抱えたまま屋上の手すりに向かって走り出す。
 まさか突っ込むつもりか?――手すりに気づいていたルイズは、慌ててハクレイに話しかける。
「ちょ、ちょっと!手すりがあるんだけど、あれどうするのよ!?」
「問題ないわ。むしろ丁度いい踏み台になってくれるわ」
 ルイズの言葉に集中しているハクレイは淡々とした様子でそう返しながらも、足の速度を一切緩めない。
 ブーツの底が地面を蹴る度にレンガ造り地面に罅が入り、そこから飛び散った無数の破片が宙へと舞っては落ちていく。
 一歩目、二歩目、と勢いよく足を進めていき、そして六歩目――という所で、その場で軽く跳んだ。
 無論、そんな勢いのないジャンプで跳躍するワケではなく、彼女が降り立とうとしている場所は手すりの上。
 このアパルトメントと同じように長い間放置され、錆びだらけになった手すりの上に彼女は着地し――その勢いのまま再び跳んだ。 

「――あっ」
 その瞬間、自らの体に掛ってくる風圧にルイズは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
 重力に思いっきり逆らいながらも、風に纏わりつかれながら上昇していく自らの体。
 彼女は思い出してしまう。幼少時にとんでもない失敗をしてしまった時に、母から躾と称して遥か上空に吹き飛ばされた時の事を。
 今と同じように、あの時も重力に思いっきり中指を立てつつ飛び上がっていく自分の体には、鬱陶しいくらいに風が纏わりついてきた。 
 ちぃねえさまがセットしてくれた髪型も滅茶苦茶に乱れて、着ていたドレスはバタバタとまるで別の生き物のように動いていたのは覚えている。
 その時になって初めて知った事は風の音があんなにもうるさいという事と、自分の体が地上数百メイルの高さまで打ち上げられたという事であった。
 何の道具も無く、ドレス姿で空高く打ち上げられた時に体験した感覚と恐怖を、彼女は思わずゾッとしてしまう。

――――これで失敗したら、アンタに蹴りの一発でもぶちかましてやりたいわ

 リィリアとは違い、跳躍したハクレイの脇に抱えられたルイズは心の中で思わず叫んでしまう。
 霊夢とは違い空を飛べない巫女の脇に抱えられたまま、地上数十メイル以上を跳躍されたら誰もがそう思うに違いない。
 実際の所、ハクレイがビルから跳んだ時間はほんの五秒程度であったがルイズにとっては十秒近い体験であった。
 遥か下に見える地面に吸い込まれそうな錯覚に怯えそうになった彼女が、思わず目を瞑った……その直後。
 地面を蹴って跳び上がったハクレイの足が再び地に着き、靴が地面を擦る音が耳に聞こえてきたのである。
 その地面はレンガ造りとは違う独特な音を出し、靴が擦れる音はさながら鉄板の上にいるかのような金属質的な感じがする。

735ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:33:07 ID:4f02YZK.
 その二つの音が聞こえた後、あれだけ体に纏わりついていた強い風が嘘のように大人しくなっている。
 ……一体どうなったのか?瞑ったばかりの瞼を開き、鳶色の瞳でハクレイの足元を見た彼女は思わず目を丸くしてしまう。
 耳で聞いた音は間違っていなかったのか、ハクレイが着地した場所はルイズが彼女に指定した場所であったからだ。
「……まさか、本当にぶっつけ本番で跳び切ったの?」
「言ったでしょう?問題ないって」
 信じられないと言いたげなルイズの言葉に、ハクレイは額から落ちる冷や汗を流しながら返す。
 冷製な言葉とは裏腹な様子を見せる彼女を見て、帰りは霊夢に頼もうと心に決めたルイズであった。

 結局のところ、二人の少女を抱えたまま跳んだハクレイは無事に倉庫の屋根へと着地する事ができた。
 ルイズは無事にここまで来れたことに関して始祖ブリミルに軽くお礼をしつつ、他の二人へと視線を向ける。
 リィリアは最初から目を瞑っていたお陰か、気づいたら廃墟から倉庫の屋上に来ていた事に多少驚いている様子であった。
 一方でここまで自分たちを連れてきてくれたハクレイは、思った以上に自分自身の技量を読み切れていなかったのだろう、
 はたまた小柄と言えども人二人を抱えて跳べた事に自ら驚いているのか、倉庫の屋上から先ほどまで廃墟を見つめ続けている。
 ルイズ自身彼女に何か一言軽い文句を言っておやろうかと考えはしたが、やめた。
 それよりも今はするべき事があると思い出して、自分たちが今いる場所の状況を確認する。

 倉庫の天井は光を入れる為の天窓が六つ作られており、季節の関係上六つとも開かれている。
 これなら侵入は容易だろうが、うっかり窓から身を乗り出して覗こうものならすぐに気づかれてしまうに違いない。
 何せ開いた天窓から光と大して涼しくもない風を取り入れているのだ、そんな所に身を乗り出せばすぐに影が地面に写ってしまう。
 それを見られて誰かが屋上にいるとバレれば、絶対に厄介な事になってしまう。
 それだけは避けたいルイズであったが、かといって中の様子を確かめずにぶっつけ本番で入るのは躊躇ってしまう。
 リィリアの話からして、相手は複数人の可能性が高い。そんな所へ不用心に入るのは如何に魔法が仕えるとしても遠慮したい。
 そういう時は側面の窓から確認すればいいだけなのだろうが、生憎そう簡単に覗ける程ここの倉庫は低くは無い。
「こういう時にレイムがいてくれれば良いんだけど……アイツ、どこに行ったのかしら?」
「あら?こいつは奇遇ね。私が来たと同時に私の名前が出てくるなんて」
 
 聞きなれた声が背後から聞こえてきたルイズはバッと振り返り、アッと声を上げる。
 案の定そこにいたのは、丁度顔を見えるところまで浮き上がってきた霊夢の姿があった。
「レイム、一体どこで油売ってたのよ?アンタが一番乗りしてたくせに」
「ちょっと色々と、ね?……それで、三人いるところを見るに本当に跳んできたワケね」
 ルイズの質問にそう返しつつ、屋根へと着地した霊夢はハクレイの方へと呆れた言いたげな表情を浮かべながらそんな事を呟く。
 まぁ普通に空を飛べるし、それが当り前な彼女にとって目の前にいる巫女もどきがやった事に対して「良くやるわねぇ……」と言いたい気持ちは分かる。
 というか、ルイズ自身も成功した後で同じような気持ちを抱いていたので、彼女の言いたい事は何となく分かる気がした。
「……まぁ、距離感は何となく分かってたから。難しかったのは二人を抱えた状態でどれくらい力を入れたら良いか……って事くらいかしら?」
 そんな彼女の気持ちを読み取れなかったのか否か、ハクレイは飛び移ってきた廃墟を見ながら言葉を返す。
 半ば皮肉とも取れる自分の言葉に対して真剣に返してきた事に、流石の霊夢も肩を竦める他なかった。
 
 まぁ何はともあれ、無事にたどり着けたという事実は変わらない。
 時間を無駄に掛けたくなかった霊夢は「まぁ今は本題に取り掛かりましょう」と話の路線を元へと戻していく。
 ルイズたちもその言葉に意識を切り替え、なるべく足音を立てないよう彼女の元へと近づいていく。
 まず最初に口を開いたのは、浮上してきた霊夢を真っ先に見つけたルイズであった。

736ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:35:06 ID:4f02YZK.

「それで、どうするの?倉庫の敷地内に入れたのは良いけど、さすがに一つずつ探していくのには時間が掛かるわ」
「あぁ、その事ね。それならまぁ、うん……大丈夫だと思うわよ」
 ここへ入ってきた薄々感じていた不安を口にした彼女に対して、巫女は何故か自信満々な笑みを浮かべて返す。
 その意味深な笑顔に訝しんだルイズが「どういう事よ?」と首を傾げた所で、霊夢はルイズと他の二人に向けて説明する。
 ここへ一足先に乗り込んだ時に聞いた、この倉庫の中から出てきた男たちの会話の内容を。

 霊夢から説明を聞き終えたところで、リィリアは喜びを堪えるかのような表情を浮かべて口を開く。
「それじゃあ、お兄ちゃんはここに……!」
「多分、ね。まぁこんだけ大きいなら子供の一人や二人どこかに隠しながら監禁する何て容易いだろうしね」
「成程。……けれど、盗人の子供……は分かるとして、裏切り者って誰の事かしら?」
 少女の言葉に霊夢はそう返すと、今度は説明を聞いていたハクレイが質問を飛ばしてくる。
 それはルイズも同じであった、もしも彼女が質問をしていなければ代わりに彼女が口を開いていたであろうくらいに。
 その質問を聞いた霊夢は珍しく言葉を選ぶかのような様子を見せた後、面倒くさそうな表情を浮かべてこう言った。
「あぁ〜……それね?それについては、まぁ……私の代わりに答えてくれるヤツがいるからソイツに聞いて頂戴」 
「「代わり?」」
 思わぬ巫女の言葉に、珍しくもルイズとハクレイの二人が同じ言葉を口にした瞬間、
 黒い鋼鉄製の爪が霊夢の背後、柵の一つもない倉庫の屋根の縁を掴んだのである。

 まるで猛禽類のそれを思わせるような鉄の鉤爪の下には、ロープが結ばれているのだろう、
 何者かがロープ一本を頼りに上ってくるであろうと、直接下の様子を見なくても分かる事ができた。
 突然の事にルイズは目を丸くし、ハクレイは怪訝な表情を浮かべつつもリィリアを自身の後ろへと隠す。
 対して霊夢は軽いため息をつきつつ、極めて面倒くさい事になったと言いたげな表情を浮かべていた。
 そして屋根へと上ってくる者に対してか、「ややこしい事になったわよねぇ」と一人呟き始める。
「全く、せめて来るならもう少し時間をずらして来てくれなかったものかしら?」
「……それは、お互い様だと言っておこうか」
 嫌味たっぷりな彼女の言葉に対して、上ってくる者は鋭い声色で返した時にルイズはハッとした表情を浮かべた。
 ルイズもまた霊夢と同じく聞き覚えがあったのである。まるで研ぎ澄まされた剣先の様に鋭い、彼女の声を。

 それに気づいたと同時に上ってくる者はその右手で屋根の縁を掴み、そして姿を現した。
 最初は顔、次いで片腕の勢いだけで上半身を出した所でルイズはアッと大声を上げそうになってしまう。
 それは不味いと咄嗟に思い自らの口を両手で塞ぎながらも、目の前に現れた人物の姿を信じられないと言いたげな目つきで見つめる。
 ハクレイは何処かで見た覚えのある顔に目を細める中、背後にいるリィリアはその人物の外見を一瞥して身を竦ませた。
 今のリィリアにとって急に姿を現した者は、文字通り天敵と言っても差し支えない者たちと同じ姿をしていたのだから。
 三人がそれぞれの反応を見せる中で、素早く屋根に辿り着いた相手に霊夢は肩を竦めながらも言葉を投げかける。
「ホラ見なさい、予期せぬアンタの登場でみんな驚いてるわよ」
「……だから、驚きたいのは私も同じなんだがな?」
 自分たちの事を棚に上げる霊夢に対してその人物――アニエスもまた肩を竦めながら言い返した。

737ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:37:06 ID:4f02YZK.
――ちょっと待ちなさい、これは一体どういう事なのよ……ッ!?
 両手で口を塞いだまま唖然としているルイズは、心の中で叫びながらも霊夢と対面するアニエスを凝視する。
 確か彼女は王都の警邏を任されている衛士隊の一員で、これまでにも何回か顔を合わせた事があった。
 衛士隊、といっても貴族で構成されている魔法衛士隊とは違い基本平民のみで構成されている警邏衛士隊。
 平民とはいっても一応警察組織としての権限は一通り持っており、王都にいる犯罪者達にとっては厄介な存在である。
 基本的な戦闘術と体力を厳しい訓練で体得し、馬車専用道路の交通整理から犯罪捜査までこなす法の番人たち。
 その衛士隊の一員であり、前歴から「ラ・ミラン(粉挽き女)」と呼ばれ街のゴロツキ達に恐れられているのが目の前にいるアニエスである。
 では、なぜそのアニエスが自分たちの目の前――しかも倉庫の屋根の上で出会ってしまうのであろうか?

 これが街の通りとか街角にある店の中で出会ったというのならまだ偶然と片付けられるだろう。
 アニエスにしても何かしら用事――少なくとも自分たちとは関係の無い事――があってそこにいたという事は想像できる。
 もしかしたら一言二言言葉を掛けられるだろうが精々あいさつ程度だけ済ませて、その場を後にしていたに違いない。
 しかし、こんな明らかに雑用があって来たワケではない場所で対面したという事は――彼女もまた用事があって来たのだろう。
 少なくとも、買い物とか街の警邏とは絶対にワケが違う事をしでかしに。そしてそれは、自分たちもまた同じである。
 ここまで思考した所でようやく落ち着いたのか、両手を下ろしたルイズは軽く深呼吸した後アニエスへと話しかけた。
「な、なな……何でアンタがこんな所にいるのよ?」
「……それは私のセリフだが、後から来た私が説明した方が手っ取り早いか」
 ルイズたちより後から来たアニエスもまたルイズたちがここにいるワケを知りたかったものの、
 ここは先に話しておいた方が良いと感じたのか、その場で姿勢を低くするとルイズたちの傍へと寄っていく。 
 霊夢だけは先に事情を知っているのか、デルフと共にその場に残って空を眺めている。

 アニエスが自分たちの傍へと来たところで、ルイズもまたその場で膝立ちになって彼女へと質問を投げかける。
「で、何で衛士のアンタがこんな所にいるのよ?まぁ何かそれなりの用事があるのは分かる気がするわ」
「そっちの目的も後で聞きたいとして……私は、そうだな。仕事の一環とでも言えば良いんだろうか?」
「こんな所に一人仕事に来る衛士なんて見た事無いわ」
 ぶつけられた質問に対するアニエスからの回答に、ルイズはささやかな突っ込みを入れた。
 金で雇われた傭兵たちが警備する倉庫に、たった一人の衛士が何の仕事をしに来たのであろうか。
 何かしらの不正がらみで捜査に来たのなら、捜査令状と仲間たちを連れてくれば今よりもずっと簡単に倉庫の中を覗けるだろう。
 そうでないとしたらそれはやはり、あまり口にはできないような事をしに来たのであろう。
 ――まぁ、それは自分たちも同じことか。ルイズは一人内心で呟く中、アニエスは更に言葉を続けていく。

「まぁそうだろうな。正直、今回は半分衛士としてここに来たワケじゃあないからな」
「半分?それってどういう意味かしら」
 彼女口から突如出てきた意味深な言葉に反応したのは、ルイズと同じく聞いていたハクレイであった。
 以前一回だけ目にしたことのあった女性からの質問に、アニエスは「御覧の通りさ」と両手を横に広げながら言う。
「今日は午後から休みを取っててな、ここに来たのは仕事半分――そしてもう半分は私用なんだ」
「あら?確かに。良く見たら腰に差してるのってただの警棒……というかほぼ木剣ね」

738ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:39:33 ID:4f02YZK.
 そんな事を喋る彼女の姿をよく見てみると、本来持っている筈の物を持っていない事にルイズが気が付いた。
 衛士隊が護身用として腰に差している剣を装備しておらず、その代わり一振りの警棒がそこに収まっている。
 警棒もまた衛士隊の官給品ではあるが、剣と比べて振り回しても安全なのが取り柄の武器だ。
 但しその警棒自体彼女の改造が加えられており、外見だけならば一振りのマチェーテにも見えてしまう。
 自衛用としての武器なら十二分なのだろうが、私用で使うにはやや過剰な武器に違いない。  

 他にも腰元を見てみると、捕縛用の縄もしっかりと持ってきているのが見える。それにここまで上って来るのに使ってきた鉤爪……。
 ゛私用で゛ここに来たというにはあまりにも物騒なアニエスの持ち物と姿を見て、ルイズは「成程、私用ね」と納得したように頷く。
「少なくとも私が考え得る平民ならアンタみたいに衛士の装備を着けたまま、物騒な道具を持ち歩いて――ましてやこんな所へ来ないと思うわ」
「だろうな。私だってブルドンネ街のバザールで買い物する時はもう少しラフな服装でしてるよ。こんな姿じゃあスパイス一袋も買えないからな」
 ルイズの言葉に何故か納得したように頷いた後、小さなため息を一つついてから言葉を続けていく。
 ここからが本題なのだろう。彼女の態度からそれを察知したルイズたちは自然と身構えてしまう。
「まぁそれ程大それた事じゃない。ここには単に、人探しに来ただけさ」
「人探し……ですって?」
 わざわざこんな場所で、どんな人物を探しに来たというのだろうか?
 それを口に出したいルイズの気持ちを読み取ったか否か、アニエスはあぁと頷きながら話を続ける。

「面倒なことに、その探し人はこの倉庫のどこかにいると聞いてな」
「成程。だからそんな物騒な姿でやって来たっていうワケね?剣じゃなくて木剣を携えてきたのは意外な気がするけど」
「あぁ、そいつの言葉次第で殺してしまうかもしれないからな。敢えて剣は置いてきたんだ」
「へぇ〜、そうなん……――はい?」

 アニエスが口にした言葉を耳にして、ルイズは自分の耳がおかしくなったのかと思った。
 それを確かめる為か否か、彼女はアニエスに「今何て?」と言いたげな表情を向ける
「アナタ、ついさっき物騒な事言わなかった?」
「いや、間違ってはいないさ。ここに来るまでの間、剣を取りに戻ろうかと思っていた程には殺意があるんだ」
 ルイズの質問に対し、アニエスは表情一つ変えぬままあっさりと自らの殺意を口にする。
 その告白にルイズは思わず息を呑み、ハクレイは何も言わぬまま鋭い目つきで彼女を睨む。
 ハクレイの後ろにいるリィリアも思わず彼女の体越しに、アニエスの様子を窺っていた。

「言っとくけど、殺すんなら人目につかいな所でやんなさいよね?こっちは子供だって連れてきてるんだし」
「それは分かってるよ。…で、その子供が誰なのかちゃんと教えてくれるんだよな?」
 元々緊迫していた周囲が更なる緊迫に包まれる中、先に話を聞いていた霊夢は空を眺めたまま彼女へと話しかける。
 巫女の言葉に頷いたアニエスはリィリアの方へと視線を向けて、話す側から聞く側へと回った。

739ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2019/02/28(木) 22:42:20 ID:4f02YZK.
以上で、今回の投稿は終了です。
今年に入ってからも色々と多忙ですが、それでもまぁ何とか頑張って続けていきます。
それでは今回はこれにて、できれば三月末にお会いしましょう。それでは!ノシ

740暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 12:59:44 ID:nZG4rBBE
お久しぶりです。
投稿は今もこちらの避難所で問題ないでしょうか?
よろしければ13時15分から投稿させていただきます。

741暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:16:20 ID:nZG4rBBE
ぶしゅっ――!

「……えっ」

岬のニューカッスル城を照らす月夜が、曇天で覆われてまもなく。
今しがた、レコン・キスタ軍を漏らさず監視していた、見晴らし塔のそのメイジは、自分の背後から不意に聞こえた噴水のような音を妙に思い、振り返ろうとしてその場に崩れた。
首をかしげたまま、目を見開いた死体がそこに転がる。
二つも数えぬうちにその首筋から鮮血がしたたり、侵食するように石畳にしみを作る。
その光景を、目下足元にあるその出来事を、その男はにごり切った眼でぼうっと見つめていた。
「……ああ」
間を置かずに、かすれ声の気のないため息がそこに吐き出される。
感嘆とも落胆ともつかぬ、それは何に対してのものか。
実のところ、発した本人にもわかりかねるものであった。
手にした細長い得物からぴちゃりと液がしたたるが、ひゅん、と得物が振るわれ血糊がそこらに払われる。
切っ先が鈍色の刃の輝きを表すと、男は迷いなくあゆみ出た。
塔の縁に足をかけ、辺りに目をこらす。そして、周囲よりもひとしきり高く、いかにも厳重な一区画の建物に目を付ける。
王族の住まう居館だ。
そこに灯りがともったままであることを見るや否や。
「あそこか」
たった一言そう呟き、男は塔から身を投げた。
否、跳んだのだ。
ニューカッスルの数々そびえる塔より、何メイルも高い見晴らし台である。
人が落ちれば、いかなことがあっても助からないことが容易に想像できる、そんな高さだ。
小さな影がかもめのように急降下する。彼の目前にぐんぐんと、地面の石畳が迫る。
だがその激突寸前、男は頭上に腕をかかげ、懐に構えた細長い得物を、器用にも片手で旋回させる。
見る者が見れば、それは曲芸師のバトン回しのように思えただろうか。
その竹とんぼのようなその旋回が、彼の落下の速度を急激に緩めさせた。
とん、と軽い足音がニューカッスルの中庭に着地する。
降り立った彼の目前には、無防備にも開け放たれた扉が、ぽかりと口を開くようにあった。
「王党派の居城、こうも容易いとは。いや、それとも私がこの地において異質なのか……」
ぼそぼそと生気のない声が漏れる。
「私は、一体……」
そこまで喋ると、男は目をつむり押し黙る。
が即座に見開き、男は目前の戸の中へと消えていった。
まるで、初めからそこに何もいなかったかのように、静寂だけがその場に残されていた。


暗の使い魔 第二十三話『羽虫』

742暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:17:38 ID:nZG4rBBE
「ぐっ……が!!畜生、め……!」 
「くくっ、どうした?先ほどの威勢は」
身を焼く痛みにうめく官兵衛。
「相棒!相棒!」
やや離れたところに転がったデルフリンガーが叫ぶ。だが叫んだところで何も変わらない。
魔力により鋭利な刃と化した軍杖で、背後から貫き押さえながら襲撃者は笑みを浮かべていた。
「力が自慢か?だがそんなものは、ハルケギニアで暗躍する我らには無力」
さらにはこの状況ではな、と男は付け足す。
官兵衛は今、壁へ抑え込まれながら『ライトニング』の連撃を打ち込まれていた。
身を焼く電流は、深々と胴体に突き立てられた杖から放たれ、体中を駆け巡る。
本来常人であれば、とっくに絶命していてもおかしくはない。
にもかかわらず官兵衛がいまだ意識を保つのは、武士としての意地と、常人離れした体力によるものであろう。
「……いい気に、なりやがって!……がっ!」
官兵衛は必死で背後の男を押しのけようとあがく。
「てめぇきたねえぞ!うしろから刺しやがって!相棒を放しやがれ!」
たえず響くデルフリンガーの怒声。
しかし、主から離れた無力な一振りに興味はないと、男は詠唱を繰り返す。
男は杖を傷口よりねじ込む。
ぎりぎりぎり――と。
傷を抉られる痛みに、さすがの官兵衛も苦悶する。そして。
「---------」
詠唱とともに、杖がまばゆく発光し、空気とともに爆裂する。
ばちんばちんばちん!と、乾いた爆竹のような音が鳴り響き、いかづちが放たれる。
「がああああっ――!」
「相棒!!」
芯を焼く電熱にたまらず官兵衛は声を上げた。
廊下がときたま弾ける電光に照らされる。
「いい加減にしろこの野郎!悪趣味な真似しやがって!」
あまりに一方的な状況にとうとうデルフの刀身が震え出した。
ガチガチとけたたましく金属音が鳴り響く。
しかし、このニューカッスルの一角は、戦時中はまず使われない客室の区画。
加えて今この場はおそらく、男の策略にて一切の音を遮られた魔法がかけられている。
その場所でどれほど騒ぎが起きようとすぐさま駆け付けるものはいない。
つまりはこの場に官兵衛を助けるものは現れない。
この襲撃者は、それを十分に分かった上で、冷酷に、残虐に、彼のことを弄んでいるのだ。
仮面の男、ジャンジャック・フランシス・ド・ワルドは。

743暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:18:59 ID:nZG4rBBE
「難儀だな。殺しても死なん虫けらのような貴様らだが、こうなれば楽に死ねた方がどれほどよかったことか」
はたから見れば、なんとも凄惨ななぶり殺しである。
「……っはあ。ワ、ルド」
もはや官兵衛は腕すら上がらない。うなだれるように壁際で息を吐くのみ。
「……一応死ぬ前に聞いておいてやろうか。いつから俺の正体に気づいていた」
息も絶え絶え、その上で自分の名を言う官兵衛。ワルドは静かに問いかける。
「宿屋での襲撃も予想済みか?あの時は見事に分断を邪魔されたぞ、忌々しい」
やや怒気をはらんで言い放つ。ワルドからしてみれば、あの時が大きな計画の狂いだったのだろう。
官兵衛からの数々の侮辱も含め、かなりの煮え湯を飲まされたはずだ。
ワルドのその言葉を聞き、今度は官兵衛がうすら笑うよう口を開く。
「……はっ。あんときは、お前さんのお粗末な指揮に、うんざりしただけ、だっ」
消耗した様子だが、官兵衛は強く強く言葉をひねり出す。
それに思わずワルドが蹴りこむ。ドスン!と官兵衛の巨体に響くが、意にも介さず官兵衛は続ける。
「それに、いつからだと?最初っからだよ……」
「なんだとっ……!」
ワルドは歯ぎしるように凄む。
「最初っから、気に入らなかったからな。調子づいた隊長野郎がな。
そいで仕草から表情、何まで見てりゃあ、な……」
くくく、と今度は官兵衛が笑ってみせる。
「おまけに、襲われた初っ端からご丁寧に、敵さんの仮面の色まで教えてくれたからな」
その言葉にワルドははっとした。あの、ラ・ロシェールの入り口で、ワルドが言い放った言葉を。

――ひとまずその『白い』仮面の男とやらが気になるが、先を急ごう
今日はラ・ロシェールに一泊して明日の朝にアルビオンへ渡る――

馬鹿な、とワルドは顔色を変えた。
刺客のメイジが仮面の男だという話は、襲撃者の賊から聞き出した話だ。だが実は、あの時点でその仮面の色までは知らされていない。
白い仮面という言葉を、最初に発したのは、実はあのときのワルドだったのだ。
彼は敵しか知りえぬ情報を、冷静さを欠いてもらしたのだ。
「…………おのれ」
わなわなと、自分のささいな、しかし重大な過ちに怒り震える。
そして目の前で得意げにほくそ笑む、使い魔の男へも。
その感情が伝わるように、官兵衛に突き刺した杖が青白く光を帯びていく。ワルドの魔法力が杖に伝わり、再び、鋭利な一本の刃と化す。
『ブレイド』
魔力をまとわせ杖を一本の刃へと変化させる、近接戦闘用の魔法である。
「おのれ貴様!」
激昂し叫ぶ。
これ以上の戯れは無用。
一瞬杖を引き抜き、今度は狙いを心臓へさだめる。
あれほど呪文を、しかも全身に電撃を喰らわせもはや身動きできないはず。
即刻殺してやる。
そう思いほんの少しだけ、官兵衛を抑え込む力をワルドは緩めたのだ。
その隙を、消耗のフリをしていた官兵衛が見逃す筈もなかった。

744暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:20:09 ID:nZG4rBBE
ズン!

壁を虚しく杖が突き破る。
まるで、漁師のかいなから魚が抜け出るかの如く。そこに官兵衛はいなかった。
巨体に似合わぬすばしっこい動きで、官兵衛はわきを抜けて回り込む。
それにワルドは急ぎ振り返るがもう遅い。
ぬっ、と丸太のごとき剛腕が、頭をくぐらせワルドの頭上から降りてきた。
「そら捕まえたぞ!」
「くっ!?」
先程と一転、今度はワルドの背後から官兵衛の声がする。
見ればずっぽりと、ワルドの上体は官兵衛の二の腕で締め付けられている。
「相棒!まだ動けんのか!?」
「はっ!この、程度っ!なんとも、ないねぇ!!」
驚くデルフをしり目に官兵衛は言い放つ。
「なっ!?」
ワルドは驚愕した。そして今の状況をみやり、一筋の汗を流す。
自分が杖を構えていた両腕は拘束され、全く身動きは取れない。そして。
「喰らえよ!」
間を置かず、メキメキメキと、官兵衛の剛腕が、ワルドの腕ごとあばらを締めあげた。
「ぅぐあ……ぅ」
ワルドは短くうめいたが声が続かない。
強力な締め技によって、雑巾のように肺の空気がしぼりだされるのだ。
「どうした?魔法が自慢だろう!使ってみろ!」
いきり立つ様子で官兵衛は言う。そのまま粉々にしてやろうとばかりに強力に力を籠める。
さすがの一流の風の使い手もこれには手も足もでなかった。
ルーンを唱えようにも一節も言葉を発せない。発せるのはせいぜいかすかなうめき声程度。
「――――め……」
そのうめき声が、ワルドの喉からかすかに出かかっている。必死に何かしゃべろうとしているようでもあり、官兵衛もそれに対して言う。
「あん?どうした?辞世の句くらいは読ませてやるよ!」
ワルドの必死なさまは命乞いのようにも見えたのだろう。官兵衛は勝ち誇ったような笑みを浮かべて言い放つ。
だが、官兵衛は気づいていなかった。否、忘れていたのだ。
先程なぜ、彼が闇の中で背後をつかれたのか。闇の中で、一度は完全に気配をとらえた相手を、なぜ一瞬にして見失ったのか。
その最も重大な謎を。
「――ま……けめ……!」

745暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:21:32 ID:nZG4rBBE
「……なんだと?」
その瞬間だった。
またしても官兵衛の背後から、別の声がささやいた。
「間抜けめ」
同時に官兵衛の拘束していたワルドの姿が霞のように消え去る。
「んなっ!」
マズイしまった。
はっとして振り返るが遅い。全身がひしゃげるような、風の大槌が、官兵衛を殴打する。
うかつに振り返ったため、牛に激突されたような衝撃をもろに顔面にくらい、のけぞった。
「ぶあっ!!?」
鼻血を噴出しながら宙をまう。
「ははははっ!」
そしてかすむ視界に、真っすぐ杖を向けた無傷のワルドが笑っているのが見えた。
ワルドは再び詠唱を完成させると、エアハンマーを連発する。
どごん、どごん、と間をおかず、次々激突する風の槌。
その連撃が、彼を廊下に開け放たれた窓へと追いやる。
(――!いやいや、まずいぞ、不味過ぎる!)
だが頭で理解できてもどうしようもできない。激しい風圧に木の葉のように弄ばれるのを感じながら、官兵衛は思った。
そして――

がしゃあん!

窓ガラスを突き破って彼は放り出された。
「……!じょ、冗談じゃ……!」
吹き飛び、のけぞった体制のまま、下に広がる闇を目にして青ざめる。
そこは何とも運悪く、大陸端に作られたニューカッスル城のさらに端。
わずかにある、崖に面した区画の窓だったのだ。
「冗談じゃないぞ畜生ーーーーっ!!!」
咄嗟に空中で鎖を振り回し、なんでもいいととっかかりを探す。
ぐるんぐるん、と、鎖でも何でもいいからどっかに引っかかれと、あがくに足掻く。そのとき。
「足だ!足の方向に伸ばすんだよ!おれの声の方に蹴りこめ!」
唐突にデルフの甲高い声が届く。
考える時間もない状況での官兵衛の行動は早い。
瞬時に鉄球を引き寄せ、その方向へ蹴り飛ばす。すると鎖を伝わり、鉄球の衝突が腕に伝わる。
「右引け!ヒビがある!」
まってたとばかりに手綱のように鎖を操る官兵衛。
瞬間、がきん、と鈍いひっかき音がして、空中をさまよう体が引っ張られ。
「うおおおっ!」
そのままぶらりと官兵衛のからだは吊るされた。
官兵衛の鉄球の鎖は、何とも運よく、エアハンマーの破壊で生じた壁の亀裂へと引っかかったのである。
「あ、あ!危なかった!」
激しく息をきらしながら官兵衛は足元をみやった。
荒く吹きすさぶ風と、落ちたらアルビオン大陸から真っ逆さまという恐怖が彼を襲う。
一刻も早く上に上がらねば、と足をばたつかせながら鎖を手繰ろうとする官兵衛。
しかし、それは頭上から聞こえてきたワルドの声に遮られた。
「一つ、いいことを教えてやろうガンダールヴ」
「っ!?」

746暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:22:17 ID:nZG4rBBE
釣らされたままの官兵衛は、即座に上を見やった。
みれば酷薄な笑みを浮かべたワルドが彼を見下ろしている。
まずいまずい、と足掻く官兵衛を楽し気に眺めながらワルドは言う。
「この城に潜りこみ事を成そうとするのが、本当に俺だけだと思うのか?」
「何だと?」
官兵衛がそれに返す。ワルドは語調を強めた。
「貴様ら異邦人だがな、それなりに駒としては使える。忌々しいが、な!」
「なっ!なんだと!?」
いきなりワルドの口から飛び出た、異邦人という単語。その言葉に、官兵衛は動揺を隠さず言い放った。
「何のことだ?まさか――」
だが官兵衛が言い終わらぬうちにワルドは詠唱を完成させると、それを目前の官兵衛に放った。

どうん!

『ウィンドブレイク』
風の奔流が再び官兵衛を薙ぎ払う。その衝撃に耐えきれず、彼の鉄球鎖をつなぎとめていた石壁もぼごん!と崩れ去る。
「ああああっ!畜生……ッ!!」
「相棒ーー!」
デルフリンガーの叫び声も遠ざかる。
重力に従い、自分の身体が奈落へと落ちていく感覚を、官兵衛は味わった。
「なぜじゃあああぁぁぁぁぁ……ぁ……!」
アルビオン大陸から真っ逆さまに落ちていく官兵衛の姿を見届けると、ワルドは呟いた。
「落ちていけ。もう二度とここへは戻ってこれん」
いや、この世へか。そう思いながらワルドは歩み出す。
そして、いまだけたたましく音を立てるインテリジェンスソードを目前にすると、それを興味深げに見やった。
「てめぇ。よくも相棒を」
カタカタと柄らしき部分が動いて声がする。
だが怒ってもデルフリンガー自身ではワルドをどうにもできない。
所詮は剣。握るものがなければ意志など無関係であることは、彼自身が一番に解ってるのだ。
「ふむ、インテリジェンスソードなど別段めずらしくはないが」
ワルドはデルフを手に取り、まじまじ見つめる。
錆は浮いてるが剣そのものは上等。強力な固定化とおぼしき魔法もかけられている。
「気安く触るんじゃねえよ」
「まったくよく喋るな。黙っていれば解体して、調べてやっても良かったが」
「へっ!そりゃあお優しいこった!」
二、三言葉を交わすが、ワルドはやがて興味がうせたのかデルフを黙らせる。ちょうど傍に転がっていた鞘に刀身を収めた上で。
「てめ――」
それ以上話すことかなわずデルフは沈黙する。
そしてワルドは、先ほど官兵衛が吹き飛ばされた区画からデルフ外に放り投げた。
「主人に会いに行け。おれはこれから、ルイズを迎えに行こう」

747暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:23:06 ID:nZG4rBBE
さて、やや時間を遡る。
ニューカッスルの客間が並ぶある一角。そこは客人へのもてなしを意識した区画であるゆえに、他とはまた違う作りのやや広めの空間であった。
戦時で装飾は最低限だが、それでも礼節を欠かない程度のもてなしがなされてる。
広々と柔らかい、貴族用の寝具もそのひとつであろう。
ルイズは大使として与えられた客室の、その広いベッドに、崩れるように横たわっていた。
本来なら明日のトリステインへの出航に備えて身支度をして眠るはずだが、彼女はここに来てまんまの学園の服装の姿。
部屋に戻るや否や、着替えもせず、なにもかも投げだしてそこに倒れこんだのだ。
もうどれほど泣きはらしただろうか。もやは涙も枯れ果てたとばかりに、ルイズは生気のない目で虚空を見つめる。
窓から外を眺めても、曇天で月明かりもささない暗がりばかり。
ルイズはどこまでも落ち込み切っていた。
先ほどの官兵衛とのやりとりからいくらほど時間がたっていただろうか。もやのかかったような頭で彼女はぼんやりと思いふける。
思い返せばこの旅の始まりはなんとも唐突であった。
あの夜学院の一室にアンリエッタ姫殿下がやってきた。
そしてそこから、官兵衛もワルドも、あろうことかギーシュまで巻き込んでの一大任務。
旅路はまるで嵐の道中。
キュルケやタバサまでやってきて。
宿や桟橋では襲撃を潜り抜けて。王軍が扮した空賊騒動に、フーケと風変わりなあの荒くれ男。
そして、戦争。
そこまで考えルイズは目をつむった。
眠りたい。それでこのまま朝まで忘れて、船でトリステインへ帰るんだ。
姫様の手紙は手に入れたし、無事に戻って姫様にお渡ししてそれで――
(姫様に、なんて言えばいいの?)
押しつぶされそうな罪悪感が胸に広がる。
ルイズはとても眠りにつける状態ではなかった。
ウェールズ皇太子殿下のことは、いわばアンリエッタと二人の問題。自分が不用意に介入すべきでないことも分かっている。
姫様からの言葉と思いを、文《ふみ》で届けられただけでも十分ではないか。
ルイズはそう考えようとした。
だが、そうやって何度も自分を納得させようとしても、ルイズにはそれが出来ない。
あのとき自分の部屋で手紙をしたためた姫の姿が、そして今日その文を呼んでいたウェールズの表情が、脳裏に浮かぶのだ。
(無理だわ、忘れるなんて。だって私は――)
そう思いむくりと身を起こす。

748暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:24:11 ID:nZG4rBBE
「カンベエ……」
彼は今はどうしているだろうか。
戦争の最中だから部屋に戻れと言っていた。ならば彼も部屋に戻っているのだろうか。
渡すはずだった薬を、思い切り投げつけ、そのまま逃げ去ったことを思い出す。
なぜだろう、この旅に出てからこんなことばかりな気がする。
これまでの出来事をひとつひとつ、ルイズは反芻した。
ラ・ロシェールの宿でのこともそうだ。
ワルドとの結婚について相談するも、結果として彼の言葉に納得できず怒ってしまった。
あの時のことだって未だきちんと向かい合って謝っていない。
さっきだって、彼は間違ったことを言ったわけでも、してもいないのに自分は――。
そう思えば思うほど、胸の奥がしめつけられるような感覚に陥っていく。
わかっている、自分がどれほど身勝手であったか。
どれほど理不尽に、彼に強く当たってきたか。
感情をいたずらにぶつけてきたか。
「感情を――」
そう呟いて、ルイズははっとした。
感情、いや気持ちをぶつける。その様な事がこれまでどれ程あっただろう。
キュルケをはじめ級友に魔法を馬鹿にされ、その度喧嘩になることはいくらでもあった。
単純に怒りをあらわにすることは日常茶飯事。
だが、ここまで激しい感情を、家族でなく他人に露にする事があったであろうか。
思いをそのままぶつけるような、そんな出来事が。
「……どうして?」
知らずのうちにつぶやく。
胸の内の締め付けるような悲しみが、なにか別のものに変わりつつあるのを彼女は感じていた。
揺さぶられるような、落ち着きのない、しかしどこか心地の良いそれに変わりつつある。
そんな感覚を、ルイズは胸の内に覚えていた。
「……カンベエ」
その時だった。
「えっ!?えっなにこれ!?」

749暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:24:56 ID:nZG4rBBE
突如、ルイズの視界がぼやけて目がかすみだした。
目が、いや片方の眼だけが唐突に何かの像を結んで映し出す。
今ルイズがいる自室とは明らかに違う光景が、その片側だけに映されている。
「……これって」
彼女は知っている。
使い魔とメイジは一心同体。ならばその基本的能力について、勉強家の彼女が知らぬはずもない。
本来、メイジと使い魔が共有できるその光景を。
そこは暗い暗い長廊下。うっすらとした燭台が壁にともり、いくつもの扉が連なる。
ついさっき自分が官兵衛といた、あの場所だ。
ということはこの光景は間違いない。
「これって、カンベエの視界?でもどうして……」
これまで全く起こらなかった使い魔との感覚の共有。
それがなぜ今、唐突に可能になったのか。なぜ急に、このタイミングでそれが現れるのか。
そうこうしてるうちに、官兵衛の視界が突然、黒一色の闇に染まる。
「えっ!?」
ルイズも驚き声をあげる。
視覚共有が切れたのだろうか。だが、片目の視界はくらいままだ。
つまり官兵衛は今、この暗がりの中にいるということだろうか。
そこまで考えルイズは気づいた。
何故か暗闇に包まれた官兵衛。そして急に使い魔の視覚共有ができるようになった理由。
(まさかカンベエ……)
ルイズは飛び起きると、傍らにある自分の杖と、懐のウェールズの手紙を確認する。
最低限の物を確認して外へと飛び出そうとする、とその時だった。

どんどんどん!

ビクリとして歩みを止めるルイズ。
彼女がまさに今出ようと、ドアノブに手をかけた矢先のこと。
突如として、目前の扉が、何者かによって激しくノックされ始めたのだ。
不意なことの驚きと、尋常でない様子を感じ取り、ルイズは無意識に杖に手をかけながら言った。
「だ、誰!」
なるべく取り乱さぬよう、大きめの声で叫ぶ。扉から距離をとり、震える手で杖をむける。
「誰なの!」
より語調を強め、ルイズは声を張る。
片目の視界はまだ暗いままだ。その状況がより一層彼女の不安をかきたてる。
このままでは――
だが次の瞬間。
「僕だ!ヴァリエール嬢!」
「え?」
その声に、彼女は首を傾げた。
扉の向こうから聞こえてきた声は、何とも意外な人物のものであった。

750暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:25:27 ID:nZG4rBBE
「何者だ貴様。そこで止まれっ」
王軍のメイジが声を張り上げる。
王軍本拠の居館に続く通路。そこに佇む見慣れぬ甲冑を着た人間。
突然の侵入者に、その場を哨戒をしていたメイジはおののいた。
(――間違いない、レコンキスタの尖兵。
だが、まさかこのタイミングで、どうやってこの堅牢な城に?
どこかに内通者が――)
そう様々思考をめぐらせながら、彼は目前の不審者に杖をむける。
油断なく構えながら、アルビオンの風の使い手である彼は、薄暗闇で相手の動きを読むべく風を探る。
やや細身の男で、たたずまいからして年若い男に思える。
鎧の作りはハルケギニアのそれとは違う。
玉虫色に煌めくそれは、どちらかというと東方の宝鎧で見たそれに近い。
なにより手にした長物は、両端に刃の付いた薙刀のような得物。
少なくとも我が王軍に与する人間ではあるまい。
「動くな。この距離では私の風が貴様を薙ぎ払うのが先だ」
静かにさとすように言う。
だが、侵入者は黙して一切をかたらず、棒立ちのままこちらを見据える。
「平民か。貴様のみでどうやってここへ侵入できる?手引きをしたものがいるはずだ」
彼が続けて言うも、やはり答えず。
そして侵入者はこれ以上は無駄、とばかりに得物を構える。
それを見るや否や、メイジの杖先から殺傷力十分の風圧が弾けた。
どうん!と大砲のような空気の膨張音が響きわたり、壁を震わす。
膨れた魔力が逃げ場なくそこに吹き荒れる。
生身の人ならば全身の骨が粉々になるようなその威力。
だが――
「……がっ!」
短い悲鳴が彼の口からもれた。
向けられた杖の切っ先よりも、はるか手前に男の影がある。
のどぼとけを貫く白刃が、瞬時に彼の命を絶ち切っていた。
放たれた魔法は虚しく空をゆらしたのみで、侵入者にはかすりもしていない。
(馬鹿な……速すぎる)
死の瞬間、彼は短くそう思考し意識を手放した。
付きたてられた刃が、勢いよく引き抜かれ、支えを失った死体がどうと倒れ伏す。
「今の魔法で城の者は感づいたはずだ。急がねば」
ふたたび、か細いこえが呟く。
倒れ伏した男を踏み越え、甲冑の男は駆けていく。
皇太子らの居館はそう遠くなかった。

751暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:26:32 ID:nZG4rBBE
「ルイズ!無事か!?」
居室のドアをノックし、ワルドは勢いよく扉をあけ放つ。そこは、客室の一区画でにある、ルイズとワルドにあてられた部屋である。
大使など特別待遇を要する客人の部屋であるからして、他のどの客間よりも広々としている。
四、五人はゆうに入るような、豪奢な部屋である。
「ルイズ!僕だ!いるんだろう!?」
愛しい婚約者の無事を願うかのように、大声でワルドは叫ぶ。
しかし、一向に何の返答もない状況に、ワルドは違和感を覚えた。
「ルイズ?……いや」
実に妙であった。
深夜であるがゆえ、彼女もすでに眠っていてもおかしくはない。
部屋の明かりがすっかり落ちているのも、そのせいだと思っていた。
だが違う。
ワルドは即座に風の流れを読み、室内のみならず、周囲の気配を探る。
やはり、妙だ。
この部屋どころか、周囲の区画すべてに、誰一人とて気配が無い。
(何故だ?先ほどの状況からして、彼女がこの部屋に戻っていることは明白。
いや、それ以前になぜこれほど人が……?)
客間はまだしも、それ以外の室内に人が居なすぎる。非戦闘員である侍女もいくらか控えている筈だ。
だからこそ、先ほどの襲撃時もサイレントで入念に音を遮断していたのだ。
そこまで考え、ワルドははっとした。
(もしや……)
即座に感覚を巡らせ風を読む。区画よりさらに範囲を広げ、城内を探る。
そしてついに、目的の気配を察知する。
(いたぞ、ここは……礼拝堂か?)
やはりおかしい。こんな夜更けにこんな場所へ居るなど。
即座に身をひるがえし、ワルドは駆ける。
入り組んだ場内を、まるで勝手知るかのように進み、目的の気配へと迫り続ける。
(どういうことだ?ルイズ)
無意識に拳を握りしめ、ワルドは階段を駆け下りる。
やがて角を曲がるとそこに礼拝堂の扉が見えた。中に確かな気配を感じる。
瞬時に気配を消し、扉の付近に身をひそめる。
そっと中をうかがうように戸を開き、中を伺う。
居た。
無数の長椅子が並びぶ礼拝堂の最前列。
最も奥の座席に桃色の頭髪が見える。ルイズだ。

752暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:27:31 ID:nZG4rBBE
微かに笑みを浮かべながら、そっと、音もなく、ワルドは歩み出す。
なぜこの場に彼女がいるかはともかく、これで何も問題はない。
あとは目的を達成し、帰還するだけである。
自分の『本来』の居場所へと。

「やあルイズ、ここにいたのかい?」
その呼びかけに驚いたように振り返る。
「ワルド?」
不安に怯えるような表情のルイズがそこにいた。
始祖への祈りをささげていた真っ最中なのか、彼女はそこに静かに腰かけたままだ。
ワルドの姿を見るや否や彼女は立ち上がる。
ワルドもゆっくり歩み寄る。
「良かった、無事だったんだねルイズ」
「……無事?」
ルイズ不安そうな表情を変えずに言う。
「いや、すっかり夜も遅いのに部屋に君の姿がなかった。
どこにいるのか心配で探していたんだよ」
「……ごめんなさい。私――」
ワルドの言葉に、申し訳なさそうにルイズが俯く。
「いいさ、それより」
ワルドはやや深刻そうな口調になるとルイズに言った。
「ルイズ、ここを出よう」
「え?」
不意なことにルイズが見上げて言う。
「出るって?」
「アルビオンを発つ。今すぐにだ」
ワルドはルイズを見つめながらそう続けた。
急な言葉にルイズは驚き顔で返す。
「待ってワルド、今すぐ発つって、なぜ急に?」
予定では明日の朝に出航する難民船に乗り、トリステインへ帰る予定である。
だが今は夜更け。
船は出るはずもなく、急に出立など無理だ。しかしワルドは。
「ここは危険だ。戦場の真っただ中でいつ襲撃があるかもわからない」
口調を変えず続ける。
「手段なら僕のグリフォンがある。滑空する分には長距離でも飛行は問題ない」
その声にルイズも顔色を変えて言う。
「どういうこと?今、何かここで起きているの?」
ルイズの問いかけに、ワルドは応えない。ただ黙ってルイズの瞳を見つめると。
「たのむよルイズ。一刻を争う」
強い語調でそう言った。

753暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:28:15 ID:nZG4rBBE
今ここにきて、ルイズの不安は大きく膨れ上がっていた。
(なぜ?一刻を争うって。それに……)
「そんな……でも待って、じゃあカンベエを呼びに行かないと!」
彼女もたまらず声を大きくする。
「ワルド!カンベエはどこにいるか知らない?発つならすぐに見つけないと!」
「使い魔君か。生憎どこにいるかはわからない。僕もここに来る前に探したんだが……」
ワルドは困った様にルイズに言う。
広いニューカッスルをこれから探すのには骨が折れる、今すぐ探しに行きたいが、とワルドは続ける。
「大丈夫彼は心配ないよ。すぐに見つけて合流させる、君は……」
だが、その瞬間ルイズはワルドの言葉に違和感を覚えた。
官兵衛の居場所を知らない。すぐに見つけてくる、という彼の言葉に。
「待ってワルド。カンベエは、あなたと一緒にいなかったの?」
「……なんだって?」
ふと言葉の続きを止め、ワルドがルイズを見つめる。
「ルイズ、どういうことだい?」
意外そうにワルドが言う。
その時、ルイズがワルドの眼を見た瞬間、彼女は不意にぞくりとした寒気のようなものを感じ取った。
(なに?この、嫌な感じ)
ルイズは小さく身震いした。
まるで、触れてはならぬ部分に自分が触れてしまったような、ある種の感覚。
「……ワルド?」
恐る恐る、ルイズは聞き返す。
だが、ワルドは応えず、視線をそらして顎に手をやり、考えるそぶりをする。
「ふうむ、そうか?」
「えっ?」
短く聞き返すがそれにもワルドは応えない。短く自問自答するようなことを、一人呟く。
だが不意に彼はルイズに向き合うとこう言った。
「ルイズ、使い魔君なら明日出航するイーグル号に乗船するはずだ。トリステインで落ち合う手筈さ」
ワルドはいつもの優しい口調になるとそういった。
「えっ!?」
今度はルイズが驚きの声をあげる。
「実は、先に発てというのは彼の提案さ。任務を預かるぼくらだけ可能な限り先に発て。自分は後から追いかける、とね」
先程とは打って変わって話し出すワルド。唐突な内容にルイズは耳を疑った。
「すまない、彼には伝えるなと言われてたんだが、こうなってはもう仕方がない」
ワルドは手を広げて言う。
「おそらく彼には何か考えがあるんだろう。いこうルイズ」
ルイズに手を差し伸べる、しかし。
「……だめよ」
その言葉にワルドの眼がピクリと動いた。

754暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:28:56 ID:nZG4rBBE
「私はカンベエを探すわ。あいつが勝手なことをしないようにしないと!」
ルイズは語調を強めた。
「お願い、カンベエを探させてワルド!」
「だめだルイズ」
ワルドも強い口調で否定する。
「使い魔くんの願いを裏切るわけにはいかない。それに僕の花嫁をこれ以上危険な目にさらされるかい?」
僕の花嫁。その言葉にルイズは嫌な感覚を覚えた。
「……ルイズ?」
間をおかれ、ワルドは不安げに彼女を呼ぶ。
ルイズは答えず、彼を見る。
なぜだろう、なぜ彼はこうも執拗に――
「……ワルド」
言わなければ、ルイズはそう思った。ここは礼拝堂。本来なら永遠の愛を誓うはずのこの場所で、これを伝えるのはなんとも皮肉めいてる。
それでも彼女は意を決して口を開く。
「私、あなたと結婚することはできないわ」
「……なんだって?」
表情が固まり、ワルドはその一言だけを発した。
やや数秒か数十秒。
両者の間に沈黙がはしる。
「私、あなたとは結婚できないの」
繰り返される言葉をようやく理解したのか、ワルドの瞳が大きく見開かれる。
おそるおそる胸の前で手を組むルイズ。
そのルイズの手を、ワルドは咄嗟に、乱暴にとるとこう言った。
「嘘だろう?ルイズ。君が僕との結婚を断るなんて」
ルイズはビクリと肩をふるわせる。
「ワルド、ごめんなさい。私憧れていたかもしれない、あなたに。
恋だったかもしれない。それでも、その気持ちは今は変わってるのよ」
ワルドの顔にさっと赤みが走る。しかしそれは見る見るうちに顔をゆがませていく。
「そんなことはない!この旅が終われば僕たちは……!世界を手に入れられるんだ!」
「きゃっ!」
掴まれていたルイズの手が力強く握られる。その痛みに思わず悲鳴をあげる。
「わ、ワルドなにを……世界っていったい何のこと?」
「君にはそれだけの才能があるという話さ!いっただろう、君は歴史に名を残すメイジになるんだと!」
口調が怒鳴り声に変わり、ワルドはぐいとルイズの手を引く。
「い!痛い!やめてワルド!どうしてこんなことを!」
手首をひねられるような痛みが走った。
ワルドは強引にルイズの腕を引くと、すぐさま礼拝堂の出口へと向かおうとする。
「離してっ!!」
悲鳴をあげるが、屈強な男の力には叶わない。あまりの勢いにずるずると引きずられそうになる。その時だった
「ヴァリエール嬢から離れろ!」
突如の怒鳴り声とともに、バンッと勢いよく、礼拝堂の扉が開け放たれた。間を置かず、外から数名の王軍のメイジが現れワルドを取り囲む。
ずいっ、と軍杖が彼に向けられ、メイジらは動くなとばかりに睨みを効かせる。

755暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:30:03 ID:nZG4rBBE
「……ふん!」
一通りその状況を見回すとワルドは不機嫌そうに鼻をならした。
パッと掴んでいた彼女の手を放し、腕を組んであたりをみまわす。
「これはこれは、一体どういうことですかな殿下?」
ワルドは取り囲まれながら、メイジらの背後に控えた彼に向って言い放った。
解放されたルイズは取り囲んだメイジらの脇を抜けて駆け寄る。
そこには、怒気をはらんだ眼差しでワルドを見据える、ウェールズ皇太子がいた。
かれはゆっくり口を開く。
「貴様、レコンキスタだな?」
その言葉にハッとしてルイズは見やる。ワルドはルイズの驚きの視線を気にも留めず悠々と言葉を紡ぐ。
「ふっ、さすがに今のやり取りで気取れぬほど無能ではなかったか。王党派」
あえての組織派閥の名でウェールズを挑発するワルド。それでもウェールズは怒りの表情を変えない。
「私もまさかトリステインからの大使の中に間者が紛れているとは思わなかったさ。彼の機転がなければ、この首を狩られる瞬間まで気づけなかっただろう」
歯を食いしばりながら悔し気に返す。
「彼?ああそうか使い魔か。どこまでも賢しい」
ワルドはややも苦々しい顔をして言う。
この礼拝堂に誘い込まれたのは初めからそういう計画だったということか。
ルイズを部屋から連れ出したのはウェールズだろう。ここであえてやり取りを探ることで化けの皮をはぐことが狙いだったのだ。
すべてはいつの間にか、使い魔の官兵衛が仕組んだ計画だったということか。
そこまで考えると、ワルドは大声で笑い出した。
「フフッ!フハハハハッ どこまでも落ちぶれた連中よ。
まさかトリステインの貴族で、魔法衛士隊隊長であるこの俺を疑うとは!あのみすぼらしい使い魔の男の弁を真に受けるとはな!」
はははは!ともはや人目もはばからず笑い声をあげてみせるワルド。自分らに向けられた嘲笑に、ウェールズは静かに返す。
「もちろん最初から貴公を疑っていたわけではないさ。いまこの場に現れた、間者の正体は私も予想外だった」
「なに?」
その言葉にワルドははっとしてウェールズを見やる
「彼の酒の席での言葉はこうさ。」
ウェールズが静かに語る。
「攻撃開始時刻をまたず今夜中に襲撃がある可能性がある。おそらくどこかに間者が潜んでいる。
貴君が信頼できるものとともに、秘密裏に客室からルイズを連れ出してほしい。
場所と頃合いは小生にもワルド子爵にも伝えるな。
移動先のルイズのもとに、まっさきに現れた奴が間者だ。
城から連れ出そうとしたら捕縛してくれ。たとえそれが小生であっても」
ワルドの表情がみるみる怒りでゆがむ。
「彼の忠告を参考にはしたが、レコンキスタの一員であることを我々に確信させたのは君自身さ」

756暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:31:00 ID:nZG4rBBE
「黙れ貴様!」
ワルドが怒号を発する。
わなわなと震える手で杖を抜き、ウェールズに向ける。
咄嗟にメイジらが魔法の詠唱を完成させワルドに向ける。
「動くな、少しでも魔法を使うそぶりをみせたら、我々の風が貴公を切り刻む」
取り囲んだメイジが言う。ウェールズも落ち着いてワルドをなだめる。
「諦めたまえ。幾ら君がスクウェアの手練れだとしてもこの状況ではどうにもなるまい。おとなしく捕縛されよ」
それを聞き、ワルドはフゥーッと強く息を吐いて俯く。向けていた軍杖を懐にしまい込む。
「……やれやれ」
その様子を見るや否や、メイジらが駆け寄りワルドを縛り上げる。
「丁重に扱いたまえ。これでも貴族だ」
「どうかな?貴公はひとまずこのままトリステインへと送り返させてもらう。
爵位のはく奪で済めばいいがね」
それを聞くとワルドは不機嫌に鼻を鳴らした。
一部始終の捕り物劇。それを唖然として見ていたルイズは、やがて力なくワルドの名を呼ぶ。
「ワルド……?一体どうして、何でレコンキスタに」
「ヴァリエール嬢……」
ルイズの問いかけに一瞥もしないワルド。それを見かねてウェールズは彼女に優しく言う。
「ひとまずカンベエ殿を探そう。見つけ次第すぐにイーグル号へ乗りトリステインへ帰還されよ」
「イーグル号へ?」
ルイズが聞き返す。
「そうだ、もうすでに非戦闘員の乗船と出港準備は進んでいる。君たちが一刻も早く逃げられるように――」
「ハハハハッ!」
その時突如、ワルドが声を上げて笑い出した。
その場にいた誰もが驚いてそちらを見る。
「何だ貴様!何を笑っている!」
捕縛してたメイジがうろたえつつも怒鳴りつける。
「これが笑わずにいられようか!フフフ所詮は敗者どもの集まりよ王党派」
「どういう意味だ!」
ウェールズも声を荒げる。その瞬間だった。
突如、ワルドを中心に空気が破裂した。
ごおう!と風のうねりが生じ、周囲の彼らを放射状に吹き飛ばす。
長椅子がけたたましい音を立てて宙を舞い、屋内の風圧に耐えきれず砕けたステンドグラスが辺りに降り注いだ。
「きゃあっ!!」
「危ない!」
幸いにもルイズ、ウェールズは風圧の発生個所から距離があった。攻撃の被害に直接あわなかったのは幸いだったが、それでも居場所が悪かった。
咄嗟にウェールズが、降り注ぐガラスからルイズをかばう。
鋭利な破片が、彼の背中や肩を容赦なく裂く。
「殿下!」
「じっとしてるんだ!」
ルイズは叫ぶが、対して普段の穏やかな声色とは打って変わった怒声が発せられる。
首筋を丸めて頭部をかばう。小柄なルイズを包むように抱きかかえながら、ウェールズは奥歯を噛みしめた。
ひときわ大きいグラス片がザクリと肩を貫く。
「うあああッ!!」
たまらず叫ぶと、それを聞きつけたメイジが血相を変えて怒号を飛ばす。
「守れ!殿下を守れ!!」
「何をしているか!!」
身をかばうことができた数人のメイジらは、散り散りになりつつも態勢を立て直す。
一同、今の魔法は一体どこから、と発生源を探る。
すると。

757暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:32:06 ID:nZG4rBBE
「ようやく、見つけた」
その場の混乱に沿わぬ、恐ろしく抑揚のない声が場に届いた。
ウェールズは痛みをこらえて、そちらに顔をあげる。
立ち上がったメイジらは、今しがた取り押さえたワルドの姿が消え去っていることにも気づいた。
だがそれよりも、彼らは別の者に注視した。そのあまりに静かな声色の主。
礼拝堂の扉の向こうに現れた、細身の甲冑の男に。
「居館に忍び込んだものの、幽鬼のようにひとけが失せていた。
居所を掴むのに、手間取った……」
カツン、と甲冑の足音がこちらに向かってくる。カチリ、と聞きなれない金属音とともに。
未だ地に身を伏せたままのルイズ。
その耳には、やけによく響いて聞こえる音であった。

「――!――!」
聞き取れないほどの怒声、ついで魔法の詠唱が聞こえてくる。
逆巻く風の轟音。
大聖堂の石床を蹴る、無数の靴音。
ブレイドによる剣戟だろうか。金属音、そして。
「がっ……!」
「うアッ!」
絞り出すようなうめき声。ドサリ、と床を伝わる重々しい衝撃。
「……おのれッ!」
続けざまに誰かが発した、わななくような震えた言葉。

「……なにが起こったの?」
目まぐるしく変わる状況に、精いっぱいの言葉を紡ぎ、ルイズは身を起こした。
地面にへたり込んだままの自分を、未だかばうウェールズ。
「……っ!無事かね?」
「ウェールズ殿下!傷が……」
見れば彼の肩口は、滲んだ血が黒くシミを作っている。無数のガラスをその身に受けたのだ。
素人目にみても、尋常な負傷ではない。
そんな惨たらしい背をルイズに見せないよう、彼女に向き合いつつも、彼は横目でその光景を見ていた。

その甲冑の男は、風の猛攻を身をよじりかわし、術者の喉元を一閃。
別の近衛はブレイドで応じるも、薙刀のような得物で杖を巻き上げられ、肩口から脇腹にかけてをナナメに裂かれる。
瞬く間に二名の部下が絶命した。
そして、それを見ていた次のメイジは、おののきつつも奮戦。
杖で相手の刃をいなしつつ距離を取り、詠唱を完成させる。
男の周囲に空気の槍が顕現し、前方を幕のように覆った。
「風の術……鎌鼬かなにかだろうか」
だが、甲冑の男は臆する様子もなく、何事かを呟きながら、武器を目前にかざす。
水平に構えたそれに、もう一方の手を静かに添える。
右へ、左へ、ゆったり八の字を描くような薙刀のよじり。
加えて指先でひゅるん、ひゅるん、と器用に大ぶりの薙刀を旋回させてみせる。
道化師のステッキ回しか、劇団員の槍の演武か、まるで芝居がかったそれのよう。

758暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:33:39 ID:nZG4rBBE
ルイズはいつしかトリスタニアの街中で、長い棒の両端に炎を灯した、東方風の大道芸人を見たことがある。
輪を描くような、見る目を奪う炎の舞。
彼女の目には、そんな似ても似つかぬ光景が重なって見えた。

甲冑の男の目前、身の丈ほどの距離に魔法が迫る。
男は身をかばうそぶりも見せない。
馬鹿な、と相対するメイジは思った。
その場の誰しもが、襲撃者の絶命を予想した。
だが、熟練の風の使い手ならば読み取っていたかもしれない。
徐々に、徐々に速度を増す旋回とともに、男の得物に疾風が巻き起こりつつあることを。

「因果の渦に引き込まれろ……」

ソレは、先ほど生じたものの比ではなかった。


無数に放たれたエアスピアーが、一つ残さず霞のように掻き消える。
にもかかわらず、術者の近衛のメイジは、目の前で生じた『それ』に思わず見惚れた。
なんとも鮮やかな、うす透明の緑色の渦。
万華鏡のように姿を変え続ける、美しき格子状の模様。
それらを内にはらみ、轟轟と広がり続ける真球の塊。
足元に転がる銀の燭台がサイの目状に刻まれるのを見て、彼は悟った。
これが、己の見る最期の光景であることを。


「どいつもこいつも、よってたかって俺の任務を邪魔するか。忌々しい……!」
ごうごうと音を立てる礼拝堂を遠目に見ながら、ワルドは呟いた。
戦闘の形跡を思わせない小奇麗な恰好のままで、杖を手にして佇む。
「何であっても利用してやるつもりだが、あの男はよくよく警戒する必要があるな」
上空に浮かぶレキシントン号を見上げながら歯ぎしりをするワルド。
握る杖にも力が籠る。
「どういうつもりで、あの『羽虫』を忍び込ませたのか。よくよく吐かせてやろうではないか異邦人!」
吐き捨てるようにつぶやくと、ワルドは礼拝堂の扉へとゆっくりと歩み出した。
その口元を薄く歪めるように笑みを浮かべながら。

759暗の使い魔 ◆q32nIpOrVY:2019/11/10(日) 13:36:50 ID:nZG4rBBE
今回の投稿は以上となります。
前回から間が空いたにもほどがありますが、また続きを投稿していければと思います。
それでは。

760名無しさん:2019/11/10(日) 15:24:31 ID:yTp328Bk
半年ぶりに乙
がんばってください

761ウルトラ5番目の使い魔 80話 (1/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:40:20 ID:zasCfbus
皆さん、こんにちは。こちらでは更新が滞っている分の、ウルトラ5番目の使い魔、80話を投稿します。

762ウルトラ5番目の使い魔 80話 (1/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:41:13 ID:zasCfbus
 第80話
 大怪獣頂上決戦
 
 古代怪獣 ゴモラ
 古代怪獣 EXゴモラ 登場!
 
 
「ウワアッ!」
「ヌオォッ!」
 ここはトリステインのさる地方都市。首都トリスタニアからも馬で丸一日かかるほど離れ、特に繁栄も寂れもしていないという穏やかな街である。
 しかし今、街は怪獣の出現により大混乱に包まれ、さらに駆けつけたガイアとアグルの二人のウルトラマンも、予想もしていなかった事態の発生によって大ピンチに追い込まれていた。
「なんて強力な怪獣なんだ。僕たちの攻撃がまるで効かないなんて」
「我夢、気をつけろ。あれはもう自然の怪獣じゃない。全力でいかないと、こっちがやられるぞ」
 ガイアとアグルに強烈な一撃を与え、なお彼らの眼前に立ちはだかる一匹の巨大怪獣。それは、古代怪獣ゴモラに酷似しながらも岩石のように刺々しく強固な体を持ち、白目に狂暴性を満ちさせた巨影。以前、エルフの国ネフテスを滅亡寸前に追い込んだ、あのEXゴモラそのものであった。
 だが、奴は確かに倒されたはずなのに、何故?
 事のおこりは数分前。ガイアとアグルは、この町に出現した変身怪獣ザラガスを食い止めようとし、フラッシュ攻撃に手を焼きながらも二対一で有利に戦いを進めていた。しかし、そこへあのコウモリ姿の宇宙人が突如として現れ、宇宙同化獣ガディバをザラガスに融合させてしまったのだ。
 すでに何度もヤプールが使って見せた通り、ガディバは他の怪獣に乗り移ってその肉体を変異させて、別の怪獣に作り変えてしまう能力を持つ。そして、このガディバにはヤプールがネフテスで使った、あのゴモラの情報が組み込まれていた。
「フフフ、知ってますよ。このガディバから生まれた怪獣が、ウルトラマンたちを追い詰めたことを。だからわざわざこいつを蘇らせたのです。そして私の力を持ってすれば、たとえヤプールほどのマイナスエネルギーが無かったとしても!」
 ザラガスの肉体にゴモラの遺伝子が組み込まれ、更に宇宙人の手が加わったことにより、ザラガスはEXゴモラへと変貌した。しかし、さすがにスペックの完全再現までは無理なようだった。
「ふむ、ヤプールが生み出したときの、ざっと七割、いや八割ほどのパワーですか。まあ仕方ありませんが、これでも十分ですね」

763ウルトラ5番目の使い魔 80話 (2/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:44:01 ID:zasCfbus
 残念そうな口ぶりだったが、実際オリジナルの実力が桁違いなので八割の再現率でも十分すぎるほどだった。
 凶暴な叫び声をあげたEXゴモラの尻尾が伸び、あらゆるものを貫くテールスピアーがガイアを狙い、ウルトラ戦士の光線技の威力を上回るEX超振動波がアグルを襲ってくる。むろん、ガイアも素早く身をひねってテールスピアーをかわし、アグルもウルトラバリアーでEX超振動波をしのぐが、どちらも一発でも食らったら危険な威力を感じ、守勢に回ったら負けると即座に判断した。
「ガイア、反撃だ!」
「よし!」
 攻撃は最大の防御! ガイアとアグルは一気に勝負を決めるべく、その身に赤と青のエネルギーを溜め、必殺の光線と光弾に変えて撃ち放った。
『クァンタムストリーム!』
『リキデイター!』
 どちらも並の怪獣なら粉々にするほどの威力の一撃がEXゴモラに叩き込まれた。しかし、なんということか。クァンタムストリームはEXゴモラの体でホースの水のようにはじかれ、リキデイターはEXゴモラの片手でボールのように受け止められてしまったのだ。
「ヘアッ!?」
「ムウッ」
 ガイアとアグルは愕然とした。バリアや超能力で防ぐならまだしも、単純な肉体の頑丈さだけで二人の同時攻撃をしのぐとは、なんて怪獣だ。さらにエネルギーの消耗により、ガイアとアグルの胸のライフゲージが赤く点灯を始める。
 このままでは、さすがのガイアとアグルでも危なかっただろう。しかし、宇宙人は満足げに頷いただけで、EXゴモラを回収してしまったのだ。
「実戦テストは上々。もう少し眺めていたいところですが、ウルトラマンさんたちには近いうちに別のご用をお願いする予定ですし、このあたりで止めておきますか。戻りなさい」
 彼が手を振ると、EXゴモラは転送されてその場から消滅した。以前、地底に潜らせたブラックキングが改造されてしまったことがあるので、念を入れての処置だった。それと同時に宇宙人もそそくさと消え去り、街は嘘のような平穏を取り戻した。
 ガイアとアグルは焦燥感を募らせていたところに肩透かしを食らい、思わず顔を見合わせた。
「あいつ、いったい何だったんだろう?」
「わからん。だが、どうせろくなことにはならないだろう。奴め、今度はなにを企んでいるのか」

764ウルトラ5番目の使い魔 80話 (3/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:45:07 ID:zasCfbus
 あの宇宙人がよからぬことを企んでも、今の自分たちはあの宇宙人を直接倒すことはできず、送り込んで来る怪獣を倒して被害を最低限に抑えることしかできない。そんなもどかしさに、二人は腹立たしさを感じてならなかった。
 ガイアとアグルは憮然としながらも飛び立ち、後には唖然とした街の人たちのみが残された。
 EXゴモラの攻撃の巻き添えで破壊された店の前で、店主が悔しそうにたたずんでいる。
「あーあ、せっかく新しく建てたってのに、あの怪獣野郎」
 いつの世でも、暴力の犠牲になるのは罪のない一般人だ。彼はEXゴモラの消えた空を恨めしそうに見つめ、やがて、まだ売り物になるものを探すためか、瓦礫をかきわけていった。
 だがやがてそんな光景も時に流されて消えていく。
 
 
 それが数日前の出来事。そして今回の物語は、久しぶりにトリステイン魔法学院のルイズの部屋から始まる。
「むー……」
 この日、ルイズは朝から機嫌が悪かった。
「ルイズー?」
「うるさい」
 才人が話しかけてもろくに返事も返してくれない。もちろん、なんで機嫌が悪いのか聞いても答えてくれないし、身の危険を感じた才人はギーシュのところへ逃げ込んでいた。
「まったくルイズのやつの気まぐれにも困ったもんだぜ。今度はいったいなんだってんだよ」
「サイト、レディにはいろいろあるんだよ。それを察せられないとは、君もまだまだだねえ」
「あっ、ひょっとして”あの日”か?」
「……どうしてそう君は火に油を注ぐようなことを的確に言えるのか感心するよ。今どきルイズが機嫌悪くする理由なんて、君のこと以外にないだろうに」
 とまあ、こんなやり取りがギーシュの部屋であったが、ギーシュの予想通り、ルイズの不機嫌の原因は才人だった。
「うー、あの浮気者。ほんっとに節操ってものがないんだから」
 事の原因は昨日のこと。水精霊騎士隊が学院の女子とイチャイチャしていたところに才人も居合わせた、というのが真相であった。

765ウルトラ5番目の使い魔 80話 (4/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:46:51 ID:zasCfbus
「キャー、ギーシュさま〜。こっち向いてください〜」
「わー、サイトくーん、こっち来て〜」
 この間のエレキング戦とスラン星人との戦いの活躍で、彼らの株価はうなぎのぼりであった。さらに学院で噂に尾ひれがついて広まると、彼らは女子の間で一躍英雄扱いとなっていた。
 ギーシュやギムリは女子にチヤホヤされてもちろんデレデレ。そして、彼らといっしょにいた才人も女子の好奇の的になっていた。
「サイトくーん、君もお話し聞かせて。どうしたら貴族でもないのにそんなにがんばれるのー?」
「いや、貴族だとかそんなの関係なくてさ。そ、それより俺たちはやることがあってだなあ」
 とは言うものの、女子にベタベタされたら自然に鼻の下が伸びてしまうのが男の悲しい性というものであるが、独占欲の強いルイズにはそれが我慢ならなかった。
「ほんとにサイトったら、わたし以外の女にデレデレしちゃって最低。い、いいっしょにお風呂に入ったくせに。は、裸も見たくせに」
 正確には裸と言ってもタオルごしだし、そもそも昔は着替えを手伝わせていたのに何を今さらなことだが、ルイズにとっては重大だった。そこまでしてやったというのに、才人はあっさりと別の女の色香にフラフラしてしまったのである。
 エクスプロージョンで才人を爆破すれば憂さは晴れた。が、そうしたとしても才人の女癖は変わらないだろう。それに、ルイズは自分の容姿に少なからず自信がある。そこらの名も知らない女子に魅力で負けていると認めるような真似はプライドが許さなかった。
 が、それならどうするか? ということになるといい考えが浮かばない。
 イライラしているルイズの迫力はものすごく、授業中は教室が静まり返るし、放課後になったらなったで廊下を歩いているだけでも、以前『ゼロのルイズ』とルイズを馬鹿にしていた生徒たちも恐れて道を開けるほどだった。
 と、そんな物騒な散歩を続けるルイズの前で道を譲らない者がいた。見ると、同じようにイライラしながら歩いていたモンモランシーだった。
「ルイズ、もしかしてあなたも?」
「フン、少しは話が分かる奴がいたみたいね」
 ルイズもモンモランシーがギーシュのことを気にしているのくらいは知っている。そしてギーシュが最近女子の間でモテモテで気に入らないことも察して、二人は共通の目的を持つ同志となった。
「ほんっとに男って最低な生き物なんだから。わたしがあんたなんかのためにどれだけ気をつかってやったか、すこっしも理解してないんだもの」
「そうよそうよ、「君だけを見つめていたい」なんて、そのときだけなんだから。あの嘘つき、舌を抜いてやりたいわ」
 ひとしきり二人で愚痴をこぼし合った後、ルイズとモンモランシーはむなしくなって息をついた。
 それほど彼氏に嫌気がさしているなら、いっそ二人とも別の男子に乗り換えればいいんじゃないの? と、近くを通りがかった女子たちは思ったが、二人に言わせれば「人間はあきらめられないことがあるから生きていけるのよ」と、渋く答えるだろう。それが他人から見ればいかに無茶なことでも、自分にとっては大切なことなのだ。

766ウルトラ5番目の使い魔 80話 (5/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:48:15 ID:zasCfbus
「いったいどうすれば、あのバカ犬は浮気をやめるのかしら……」
「この学院、可愛い子多いからねえ。この学院で一番美しいのが誰か? なんて言われたら自信がないし」
「わ、わたしは自信あるわよ。このラ・ヴァリエールのルイズ様ほどの超絶美少女がいるもんですか! ……でもあいつ、あの銃士隊の副長といい、年上の女が好みなのよねえ」
 正確には才人の好みは年上の女ではなく、おっぱいの大きな女なのだが……。
 
 現実(おっぱい)
 対
 虚乳(ルイズ)
 
 この残酷な方程式に何度泣かされてきたか知れない。
 なんにせよ、ライバルたちに比べて自分たちがアドバンテージで有利に立てていないのは二人とも認めるところであった。もっとも、この自己分析を才人やギーシュが聞いたら首をかしげるかもしれないが、人間は自分のことは一番知っているようで知らないものだ。
 才人とギーシュに金輪際浮気させないようにするには、自分たちが他をぶっちぎる魅力的なレディになればいい。いくらお仕置きしても効果がない以上はそれしかないと結論は出ても、魅力なんてどうすれば上がるか皆目わからなかった。
 と、そんな二人に後ろから陽気に声をかけてきた相手がいた。
「はーい、おふたりさん。この世の終わりみたいなオーラを振りまきながらなにやってるの?」
 振り返ると、そこには学院一のモテ女がいた。褐色の肌が眩しく、いつもながら自信にあふれた笑みが憎たらしい。
「キュルケ、何の用? ツェルプストーなんてお呼びじゃないわよ」
「あら、つれないわね。さっきの話、聞こえてたわよ。彼氏に飽きられて焦ってるんでしょ? そんなあなたたちが可愛くて仕方ないから、このキュルケ様が恋の手ほどきをしてあげようと思って来たわけよ」
 彼氏に飽きられた、のフレーズでルイズとモンモランシーの心臓をエクスカリバーとグングニルが十文刺しにしていく。実際は才人とギーシュはいまでもルイズとモンモランシーにぞっこんなのだが、物事を最悪の方向にしか考えられない今の二人にはどんな罵声よりも深く突き刺さった。
「い、いい、いらないわよ、ツェルプストーの助けなんて!」
 必死に言い返したものの、声は震えて表情は崩れている。キュルケはそんな反応はもちろん織り込み済みだったようで、クスクス笑いながらルイズとモンモランシーの肩を抱いた。

767ウルトラ5番目の使い魔 80話 (6/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:49:33 ID:zasCfbus
「あら? そんな余裕こいていていいの? 女の情熱が熱しやすく冷めやすいように、男の愛情も移り気なものよ。た・と・え・ば、あたしがこれからあの二人にアプローチをかけたらどうなると思う?」
「だ、だめよ! キュルケ、あんたサイトはあきらめたんじゃなかったの! サイトだけはあんたには絶対に譲らないからね」
「ギーシュもよ。あんなのでも、キュルケなんかには渡さないわ」
「どうどう、ふたりとも落ち着いて。たとえばって言ったでしょ。今さらあの二人に手を出すつもりなんてないわ。でも、もしあたしに近い魅力を持った誰かがサイトやギーシュを気に入ったらどうする?」
 うっ……と、ルイズとモンモランシーは言葉を詰まらせた。二人の脳裏にそれぞれライバルとしている女の顔が浮かぶ。あれが本気で奪いにやってきたとしたら、勝利を確信することはできなかった。
 キュルケはにやにやとふたりを交互に見ている。ルイズは歯噛みしたが、こと恋愛の手練手管に関して学院でキュルケの右に出る者はいない。入学して以来、キュルケの虜にされた男子生徒の数は三桁と言っても誰も疑わないだろうし、なによりラ・ヴァリエールは先祖代々フォン・ツェルプストーに恋人を取られまくった家系なのだからして。
「ど、どど、どうすればいいっていうの?」
「話が早いわね。ルイズのそういう頭のいいところ、好きよ。でも、あなたたちの欠点はちょっと子供っぽすぎることなのよね。だから、そこを底上げするの」
「おしゃれをしろってこと? そんなのわたしだってやってるわ」
「ちっちっち、あなたたちのおしゃれなんて、子供のお化粧ごっこよ。まあ実例を見せてあげるからついてきなさい」
 そう言ってキュルケはルイズとモンモランシーを自分の部屋に連れ込んだ。そして数十分後、二人は自分たちの劣等ぶりを嫌というほど思い知らされることになったのだ。
 
 キュルケの部屋は彼女らしく非常に豪華な仕様で、大きな姿見や衣装ダンスが並び、絵画や美術品が宮廷のように陳列されていた。
 しかし、それらの美術品も、着飾ったキュルケの美貌の前には霞んで見えた。
「どう? これでも少し地味めを選んでみたんだけど」
「そ、そうね。た、たたた、確かに地味だわ」
 豪奢なドレスを身にまとい、キュルケは女王のようにたたずんでいた。薄い紫色のレースのような生地が怪しくはためき、煽情的という表現ギリギリなレベルでさらされた地肌がなまめかしく視線を誘う。それは女のルイズとモンモランシーから見てもよだれが出そうな美しさで、アンリエッタ女王のような清楚さとは正反対ながらも、男の視線を釘付けにするであろうことは疑いようもなかった。
 もし、今のキュルケを才人やギーシュが見たら、きっとニンジンをぶらさげられた馬のようになってしまうだろう。それほど、ドレスをまとったキュルケの美しさは、制服のときとは次元を異にしていた。
「どう? 衣装は女の鎧であり、最大の武器でもあるのよ。それなのにあなたたちときたら、私服といえば出入りの商人が適当にすすめるものしか買ってないんでしょ? そんなんじゃ、いくらいい香水をつけてても宝の持ち腐れよ、モンモランシー」
「う、うるさいわね。だ、だいたいギーシュなんて、何着てても同じような褒め方しかしないんだから」
「それはあなたが同じような服しか着てないからよ。もっと冒険してみなきゃ! というわけで、あたしが子供の頃着てた服をいくつかあげるわ。それならサイズが合うでしょ」
 盛大に傷つく言い草だが、確かにキュルケのお古はルイズやモンモランシーにはぴったりみたいだった。

768ウルトラ5番目の使い魔 80話 (7/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:51:44 ID:zasCfbus
 しかし、それらはかなり布地の際どい強烈なデザインばかりで、モンモランシーなどは顔を真っ赤にして叫んでしまった。
「不潔! 不潔だわ。こんなのを着て人前になんか出られない」
「わかってないわねえ。そういうのだから、男は夢中になるんじゃない。ルイズはどう? あなたも着る勇気がない?」
「あんた、子供の頃からこんなの着てたって、ツェルプストーの教育方針はどうなってんのよ? こんなはしたないのをうちで着てたらお母様に殺されるわ……あ、だからエレオノールお姉さまは行き遅れてるのね」
 さりげに売れ残りから返品に差し掛かっている姉をコケにしつつ、ルイズはよくあのお母様も結婚できたものねと思った。まあ、ちぃ姉さまだったら何もしなくても引く手数多でしょうけど、自分が真似できる気はしない。
 が、それは逆に返せば自分が成長しても眼鏡のないエレオノール姉さまみたいになるだけね、とルイズは思い当たった。そしてそのことをキュルケに告げると、キュルケもなるほどと納得した。
「そうね、モンモランシーはともかく、ルイズは足りないものが多すぎるわねえ。ぷ、くくっ……」
 キュルケはベビードールを着たルイズの幼児体系とのミスマッチを想像して笑いが漏れた。うん、さしずめスーパースペシャルグレートルイズ・ハイグレードタイプ2といったところか。
「ぷっ、くくく……わ、わたしも甘かったわ。ルイズの場合だと素っ裸で迫るのが一番かもね」
「キュルケ、わたしがエクスプロージョンを食らわせるのがサイトだけだと思ったら大間違いよ……」
「短気は損気よぉ。でも、わたしも言い出した手前、投げ出すようなことはしないわ。さあて、それなら方針を変えてみましょうか。考えてみたらサイトやギーシュにはちょっとズレた方向からアプローチしたほうが効果的かもね。でも、それだとわたしの手持ちじゃ合わないから、持ってそうな子のところにまで行きましょうか」
 そう言ってキュルケはさっさと着替えると、答えは聞いてないとばかりに先に部屋を出て行ってしまった。ルイズとモンモランシーは釈然としないながらも後を追う。
 キュルケは今度は何を考えているのだろうか? その答えは、女子寮の一年生部屋の中でも特に豪華な一室の持ち主にあった。
「それで、ヴァリエール先輩に合ったドレスをわたしが持っていないか聞きにきたわけですか」
「そう、クルデンホルフのあなたならドレスの手持ちくらいいっぱいあるでしょ。サイズもルイズやモンモランシーとも近そうだしね」
「遠回しに馬鹿にされてる気がするんですが……まあツェルプストー先輩のたってのお願いですし、ドレスくらい好きに見て行ってくださいな」
 突然乗り込んでこられたベアトリスは、こちらも釈然としないながらも、外国の貴族であるキュルケ相手には強く言うこともできずに納得してくれた。とはいえ、一応は名門のヴァリエールとツェルプストーに恩を売れるという打算もあったが、ベアトリス自身なにかおもしろそうだと思った一面もある。
 そして思った通り、ベアトリスは様々なドレスを持ち込んでおり、ルイズとモンモランシーは目移りするようなそれを前にして着替えにいそしんだ。
「あら? これちょっとかわいくない? ねえねえルイズ、これ見てよ」
「へえ、ブルーのラインがすっきりしてていいわね。こっちもどうよ? フワッとしたスカートがかわいいと思わない?」
 最初はしぶしぶだった二人も、様々な服に袖を通すうちにいつのまにか楽しくなっていた。ベアトリスは自分のものだけではなく、エーコたちやティラたち用のドレスも持ち込んでおり、その豊富な種類は年頃の少女たちを飽きさせなかった。
 やがては見ているだけだったベアトリスたちも加わり、室内はちょっとしたファッションショーの様相になってきた。ルイズはこれまでほとんど意識しなかったが、着飾った自分を友達と見せ合いっこするという、ごく普通の女の子らしい楽しみを知ったのだった。

769ウルトラ5番目の使い魔 80話 (8/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:53:42 ID:zasCfbus
 しかし、確かにベアトリスはいろいろと趣味のいいドレスを持ってはいたが、才人やギーシュの目を引くようなインパクトのある服。というのでは、納得のいくものがなかった。キュルケと違ってベアトリスは、あくまで感性は普通なのである。
 と、そのときだった。キュルケが洋服ダンスの隅で、畳まれている変わった色合いの服を見つけた。
「あら? これはこれは見たことないデザインね。ルイズ、モンモランシー、ちょっとこれ着てみなさいよ」
 キュルケは、お着替えに夢中になっている今のうちにと、ルイズとモンモランシーにその変わった服を渡した。案の定、二人は深く考えずに嬉々としてその服に袖を通した。
 しかし、その服は皆の思っていた以上に奇妙なデザインだった。
「なあにこれ。オレンジ色の……スーツ?」
 ルイズの着たそれは、どちらかといえば男性が着るようなネクタイ付きのシンプルな服だった。動きやすいのはいいけれど、控えめに言っても『可愛い』という感じではない。
 アクセントといえば、胸元に流星をかたどったバッジがついているけれど、これでお洒落かというとどうだった。
 そしてモンモランシーのほうはと言えば、こちらは灰色をした地味めな洋服だった。こちらの胸元にはS字に似た赤いワッペンがついている。しかしどちらにしても、派手好きなベアトリスが持つにしては地味めな服だとルイズはいぶかしんだ。
 するとベアトリスは言った。
「その服なら、この前トリスタニアに買い物に行ったときに、ティアとティラが「動きやすそうだから気に入った」と言うからから買ったものですわ。あの二人ときたら、すぐドレスをダメにするんですもの」
 なるほど、あの二人のだというなら納得だ。緑髪のティラとティアの姉妹のことは今では学院でも有名で、魔法が使えないからベアトリスの使用人という立場になっているが、その快活な性格や豊富な知識で、人気者になっている。
「なんでもごーせい繊維で衝撃や耐熱に優れていて大変レア、なんだそうよ。よくわからないけど」
「はーん……」
 ルイズたちにもよくわからなかった。あの二人はときたま突拍子もないことを言って皆を困惑させるので、一部では才人の女版などとも言われている。
 しかし、変わり者のティアとティラが気に入るなら、ただの服ではないのだろう。
 ルイズは服のあちこちを何気なく触っていたが、ズボンの裾先にチャックがついているのを見つけて引っ張ってみた。
 するとなんと! チャックを引いたことで生地が裏返り、オレンジ色のスーツは一瞬にして青地のブレザーに変わってしまったのだ。
「えっ? えええーっ!?」
「変化の魔法が仕込まれてたの?」
「いえ、違うわ。これ、服そのものにギミックが仕込まれてるのよ。そうだわ! 男の子って、こういう仕掛けが好きじゃない?」

770ウルトラ5番目の使い魔 80話 (9/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:55:06 ID:zasCfbus
 モンモランシーが言って、ルイズもはっとした。そうだ、あの鈍感たちには半端な色気より、遊び心に訴えたほうがいいかもしれない。
 そう、男なんて生き物はいくつになってもごっこ遊びに夢中になる幼稚な生き物だ。なら、そこを最大限利用してやろうじゃないか。誰かと仲良くなるためには、まず共通の話題を作ることが大事だというし。
 やる気になっている二人に、キュルケは呆れたようにつぶやいた。
「まあ、付け焼刃のおしゃれよりはあなたたちに合ってるかもねえ」
 考えてみたらルイズとモンモランシーも才人やギーシュと同じく、まだ「大きな子供」だ。大人の勝負に打って出るにはまだ数年早いかもしれない。それに、女の子から見れば「可愛くない」でも男の子から見れば「かっこいい」に映るかもしれない。
 そうとなれば、この奇妙な服も魅力的に見えてきた。可愛さではなくかっこよさで勝負! そうなったら、この服だけでは足りない。
「ベアトリス、この服ってトリスタニアのどこのお店で買ったの? えい、もう面倒だわ。明日あんたそこに案内しなさい!」
「えっ? ええぇーっ!」
 ルイズに強引に命令され、こうしてベアトリスの休日はつぶれることになってしまった。

  
 そして翌日、ルイズたちは絶好の晴れ間の中でトリスタニアについていた。
 
「ふーん、トリスタニアもずいぶんきれいに直ったものね」
 ルイズは賑わっているトリスタニアの市内を見てうれしげにつぶやいた。ここ最近、壊されては復興するを繰り返しているために、トリスタニアの街の回復速度はすさまじい速さになっている。ガラオンとジャシュラインに壊された跡はもう跡形もなく、さすがに……との大戦争の傷跡はまだ残っているが……。
「戦争? そんなものあったかしら?」
「ヴァリエール先輩、どうしたんですか? 行きますよ」
「え? 今行くわ」
 ちょっとした違和感を感じたが、一行はベアトリスに案内されてトリスタニアの大通りを進んでいった。

771ウルトラ5番目の使い魔 80話 (10/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:56:35 ID:zasCfbus
 今回やってきているのは、ルイズ、モンモランシー、キュルケに加えて、ベアトリスとベアトリスのお付としてティラとティアもいる。本当はエーコたちも来たがったが、人数が増えすぎるのでまた今度にしてもらった。
 なお、才人とギーシュをはじめ、男子は徹底的に撒いてやってきた。女子だけで出かけると告げると才人は「はいはい」と適当に承諾し、ギーシュはついてきたがったがモンモランシーが「来ないで!」と一喝するとしょぼんとして引き下がった。
 さて、いつもならば魅惑の妖精亭がある裏通りのチクトンネ街に向かうところだが、今回は表通りのブルドンネ街を一行は歩いていく。私服で来ている彼女たちは、清潔な通りをベアトリスに案内されながら歩いていき、温泉ツアーの広告の貼られた街灯の角を曲がると、そこにこじゃれた感じの服屋が建っていた。
「へーえ、なかなかいい雰囲気のお店じゃない」
「『ドロシー・オア・オール』。最近トリスタニアでも評判の、輸入物の衣類を売っている店ですわ。中もけっこう広いですわよ」
 慣れない敬語を使うベアトリスに先導されて、一行は衣料品店ドロシー・オア・オールに入っていった。
「うわぁ、まるで別世界ね」
 中に入った一行を待っていたのは、見渡す限りの服の海であった。学院の講堂より広くて明るい店内に、ハンガーにかけられた何百何千という衣服が陳列されている。それも、ちらりと見ただけでも素材の生地は上等で、縫製も丁寧なのがわかった。
 普段はトリステインを見下すことのあるキュルケも、これほどの店はゲルマニアにもそうはないわね、と驚いている。ルイズとモンモランシーなど完全におのぼりさん状態で、貴族の誇りなどはどこへやらでぽかんとしていた。
 しかしベアトリスは慣れたもので、お探しのような服はこの奥ですよ、とどんどん先に進んでいってしまう。
「ま、待ってよ!」
「置いて行かないでーっ!」
 先輩としての威厳はどこへやら。後輩の後を追いかけて、ルイズとモンモランシーは迷子になりそうなくらい広い店内を駆けていった。
 しかし、ドロシー・オア・オールの店内はびっくりするほど広く、品ぞろえも見事だった。紳士服から婦人服まで、それこそ子供用から大人用まで様々なサイズにも対応する商品が数十から陳列されている。しかもそれでいて貴族御用達の高級店というわけでもなく、平民でもそこそこの稼ぎがあれば買える額で趣味のいい服が数多く並び、もしここに才人がいればデパートのようだなと感想を述べたことだろう。
 左右の色とりどりな衣服を見回しながら店内を進んでいくルイズたち。と、ふとルイズは自分たち以外の客の中に、見慣れた人影が混ざっているのを見つけた。店内だというのに幅広の大きな帽子をかぶって、長い金髪に、なによりもどんな服を着ていようとも自己主張をやめない胸元の巨峰。
「ティファニア? ティファニアじゃないの」

772ウルトラ5番目の使い魔 80話 (11/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 03:58:54 ID:zasCfbus
「えっ? あっ、ルイズさん。それにモンモランシーさんにキュルケさんも。どうしたんですか? こんなところで」
「それはこっちの台詞よ。あんた、こんなところでなにしてるのよ?」
「あ、わたしは孤児院の子たちに少しでもいいものを着てもらいたいと思って。ルイズさんたちこそ、どうしてここに?」
 驚いているティファニアに、ルイズたちは簡単に自分たちの事情を説明した。
「そういうことですか。ふふ、お二人とも本当にサイトさんとギーシュさんがお好きなんですね」
「そ、そんなんじゃないわよ。それより、せっかくだからあんたの服も買ってあげるから来なさい! そんな出るとこ出過ぎてる服で歩かれたら目の毒よ」
「えっ? わ、わたしのこれはごく普通だと思うんですけど……」
 確かにティファニアの言う通り、彼女の着ている服はごく普通のものなのだが、ティファニアが着れば普通でなくなってしまうから問題なのである。
 ものにはなんでも例外というものがあるもので、普通はおしゃれをして足りない魅力を補い、足りている魅力をさらに引き立てる。が、ティファニアの場合はなにもしなくても魅力が最大値だから腹が立つ。この際だから少しでも隠れる服を買っておこうとルイズは思ったのだった。
 さて、思わぬ顔も増えたが、ようやく一行は目的の品が売っているフロアについた。陳列されている衣類の中には、昨日ベアトリスに見せてもらった二種類の他にも、見たことのないデザインの服が所狭しと並んでいる。
「ここね。よーし、いいの買っていくわよ」
 ルイズはやる気たっぷりに宣言した。続いてモンモランシーも、「ギーシュめ、待ってなさいよ」と気合を入れる。
 なにせ、目の前には目移りするくらいの服が陳列されている。女の子なら目を輝かせて当然の光景に、ようやくルイズやモンモランシーも本格的に目覚めつつあった。
 そんな二人の様子をキュルケは生暖かく見守っている。二人とも、その気になればもっといい男を捕まえられるだろうにまったく不器用なことだ。しかし、一人前のレディへの道は必ずしもひとつではないのも確かだ。
「そうねえ、せっかくだからわたしも新しい可能性を見繕ってみようかしら」
 わざわざ来たのに見ているだけなんて損だ。自分ならルイズたちとは違った衣装の活かし方もあるだろうと、キュルケも衣装の海へと飛び込んでいった。
 さて、そうなるとほかの面々もじっとしてはいられない。ベアトリスも、エーコたちや水妖精騎士団へのお土産にといろいろ見繕っている。一人、ティファニアがルイズに連れてこられたはいいものの、肝心のルイズがティファニアのことをすっかり忘れて自分の衣装選びに夢中になっているためおろおろしていたが、そんな彼女にベアトリスが声をかけた。

773ウルトラ5番目の使い魔 80話 (12/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:00:06 ID:zasCfbus
「あなた、ティファニアさんだったかしら? そんなところで何をしてるの。あなたも好きな服を選んだらいかが?」
「えっ? いえ、わたしはそんなに手持ちはないもので」
「なら、わたしがおごってあげるから好きなのを選びなさい」
「えっ! そ、そんな、悪いですよ」
「気にしないでいいわよ。借りっていうのは、作られるより作るほうがおもしろいものなんだから。気に病むというなら、あなた水妖精騎士団に入りなさい。あなた男子に人気があるから、うまくすれば水精霊騎士隊の連中をああしてこうして……うふふ」
「な、なにか怖いですよベアトリスさん」
「気のせいよ。うふふふ」
 悪だくみをはじめるベアトリスに、ティファニアは少し恐怖を感じて引いていた。
 しかし、これまであまり接点のなかったベアトリスとティファニアに交流が生まれ始めているのはいいことだ。二人ともいい子なので、きっとすぐに仲良くなれることだろう。
 ティラとティアも、「仲良くしましょうね」「んー? なんか前から知ってる気もするけど」と、人懐っこくじゃれてきている。人間とハーフエルフとパラダイ星人、友だちの間につまらない垣根などはない。
 そして始まる女だけのショッピング。ドロシー・オア・オールはかなり盛況なようで、このコーナーにもほかに何人かの客がいたが、その中でもルイズたちは抜きんでて目立っていた。
「んー……」
「むー……」
 穴が開くほど恐ろしい視線で陳列品を吟味している。女の子が休日にショッピングに来ているような姿ではとてもないが、二人には自分の姿を顧みている余裕はとてもなかった。
 その商品のほうだが、順番に様々なものが並んでいて目を引いた。全体的に見るとオレンジ色を基調にしたものが多いようだが、中には青や赤の円模様をしたド派手なものもあっておもしろかった。
 ルイズたちの反応の一例である。順列で四番目に来ているオレンジとグレーの服であるが、ルイズは奇妙な懐かしさを感じて涙が出てきた。
「これ、なんだろう……サイトにも買っていってあげましょう。きっと喜ぶわ」
 これに関してはむしろ中にいる人の影響が大きいだろうが、こればかりはしょうがない。

774ウルトラ5番目の使い魔 80話 (13/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:01:27 ID:zasCfbus
 モンモランシーはといえば、その隣の青と赤の鮮やかな服に見入っていた。
「なにかしら、この服を着てそうな人にシンパシーを感じるわ。なにかこう、いろんなものを調合したり、身内が愉快なことを考えたりする方向で……」
 もしも、水精霊騎士隊の連中がこれを着たらすごく強くなる気がする。いやダメだ! これ以上あの連中がお笑い集団化したら本当に貴族の誇りが崩壊する。でも、男女共用がほとんどの中で、これは女子用にミニスカートの可愛いデザインがあったので惜しい。いや、自分だけで着ればいい話か。
 この二人のオーラがあまりに強すぎるせいで、周囲からは一般客が引いてしまっている。しかし、このコーナーは大きく二つに分かれており、ルイズたちのいるコーナーとは別に設けられているコーナーではベアトリスたちやキュルケがショッピングを楽しんでいた。
 そのうちベアトリスとティラとティアは、水妖精騎士隊のユニフォームに使えそうな、可愛くて凛々しさを兼ね備えたものがないかと探していたところ、コーナーの終わりのほう付近に白と赤を基調としたツヤツヤした服を見つけて足を止めた。
「あら、この服は雰囲気が明るくていいわね。ティア、これはどう思う?」
「えーと、これはこうぶん……こうぶ……なんだっけティラ?」
「高分子ナノポリマー製ね。衝撃や防寒に優れているわ。ちょうど、ミニスカートものもあるし、まとめ買いしていきませんか?」
「いいわね。これで、水精霊騎士隊に見た目でも差をつけてやれるわ。ふふ、楽しみね」
 これで水妖精騎士団こそが最強・最速になるのよと、ベアトリスは胸を熱くした。その隣では、キュルケがマイペースに品定めをしている。
 一方でティファニアは、ベアトリスのところから少し離れたところで、青いつなぎのような服を見ていたが、その胸中は興味とは別のものが満たしていた。
「なにかしら、不思議な気持ち。懐かしいような、どこかあったかくなる気がするわ」
 見るのは初めてなはずなのに、この懐かしさはなんだろう? とても強い、しかし、とても優しく暖かみに満ちた一人の青年と、その仲間たちのイメージが流れ込んでくる。
「コスモス……これはあなたの記憶なの……?」
 ティファニアの問い掛けに、コスモスは答えない。しかし、コスモスはすでにテレパシーでエースと会話を始めていた。「ここは、おかしい」と。
 しかし、彼女たちにはなにがおかしいのかはわからない。それでも、ルイズはコーナーを順に巡っているうちに、ある一着に目を止めた。

775ウルトラ5番目の使い魔 80話 (14/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:03:07 ID:zasCfbus
「これ、アスカの着てるやつに似てるわね。まさか……ね」
 ルイズは、あいつと似たかっこうは嫌ね、と、通り過ぎたが、このときルイズは立ち止まって注意深く見ていくべきだったかもしれない。なぜならそれは、アスカのスーパーGUTSの制服に似ているというものではない、見た目だけならそのものだったからだ。
 そしてルイズは、コーナーの最後に陳列してある服を見たとき、頭の底から殴り返されるような感覚を受けた。
「これ、見たことある……でも、どこだったかしら……」
 黄色とグレーを基調としたスーツ。その胸元には翼をあしらったエンブレムがつけられている。
 ルイズは記憶の窯の中が煮えたぎっているのに蓋を開けられないような違和感を覚えた。自分はこれと同じ服を着た人と……いや、人たちと会ったことがある。しかし、それがどこでいつでどうしてだったかがなぜか思い出せない。
 どういうこと? なんで、たかが服一着を見ただけで、こんな気持ち悪い思いをしなきゃいけないの? 自分は、この服を着た人たちと、なにか大切な約束をしたような……。
 そのとき、ルイズの耳に、モンモランシーの呼ぶ声が響いてきた。
「ルイズ、なにやってるの? そろそろ買って帰りましょうよ」
「え? うん。ちょっと考え事してて」
「迷ってるなら全部買っていけばいいじゃないの。ヴァリエールのあなたなら、そんなたいした出費じゃないでしょ?」
 すでに品定めを決めたらしいモンモランシーたちに急かされて、ルイズは慌てて目の前の服を買い物かごに押し込んだ。
 清算は全員とどこおりなく終わり、レジを出たルイズたちは両手に買い物袋を抱えて満足そうにしていた。
「ふーっ、買ったわね。思ったより多くなったけど、これなら男子も連れて来ればよかったかしら」
 キュルケが荷物持ちにさせる気満々で言った。平成の日本のように「後日郵送でお届けします」が、ないトリステインではけっこうな苦労になり、北斗星治もこれには苦い思い出がある。
 が、それでもティラとティアがけっこう持ってくれるからマシではあった。なお、全員それなりの量を買い込んだが、一人だけ大貴族の娘ではないモンモランシーは財布を覗いてため息をついていた。
「これで来月のわたしのお小遣いはゼロね。来月があれば、だけど」

776ウルトラ5番目の使い魔 80話 (15/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:04:05 ID:zasCfbus
「なに落ち込んでるの。お小遣いくらい、ギーシュを落とせばあいつの財布からいくらでも出せるじゃないの」
「キュルケ、ギーシュの貧乏っぷりを知ってて言ってるでしょ? まあでもいいかしら。待ってなさいよギーシュ」
 やる気のモンモランシー。そのために無理して何着も買い込んだのだから当然といえば当然だ。
 衣料品店ドロシー・オア・オールは依然繁盛を続けており、客はひっきりなしに来ていた。しかし、これほどの店を短期間で作り上げるとは、オーナーはどこの誰なのだろう? ベアトリスに知っているかと尋ねると、彼女はわからないと首を降った。
「わたしもさっき店員に聞いてみましたけど、こちらのお店は支店で、本店はゲルマニアのほうにあるらしいですわ」
「ふーん、最近のゲルマニアは元気でいいことだわ。これは、アルブレヒト三世もうかうかしてはいられないかもしれないわね」
 キュルケが意地悪げにつぶやいた。血統を持たないゲルマニアでは実力が何より物を言い、それは皇帝も例外ではない。トリステインだって王に従わない家臣がいるというのに、ましてゲルマニアでは王様には従うものという前提自体が危ういものである。当然、キュルケもアルブレヒト三世が没落するなら助ける気など毛頭ない。
 さて、それはともかくそろそろ帰らなくては帰りが遅くなってしまう。一行はちらりと店を振り返ると、馬車駅に向かって歩き出した。
  
 
 ところが、その時である。突然、地面が大きく揺れ動いたかと思うと街の一角で砂煙があがり、その中から黒々とした巨大な怪獣が飛び出してきたのだ。
「あの怪獣って! 確かあのときの」
 ルイズやティファニアはその怪獣に見覚えがあった。いや、見覚えどころではない! あの鎧のような体躯と、蛇のような長い尻尾、そして白磁器のような冷たい目。自分たちはあの怪獣のせいで死ぬ目に合わされたのだ。
 EXゴモラ。ネフテスでのあのギリギリの死闘は忘れたくても忘れられるものではない。しかし、あの怪獣はあのとき確かに……。
「ルイズさん、あの怪獣ってエルフの国でやっつけたはずのやつですよね!」
「そうよ、間違いなく倒したはずなのに。サイト! ああっ、こんなときにいないんだから、あの馬鹿犬ぅ!」
「お、置いてきたのはルイズさんですよ。え、えっと、わたし孤児院のほうが心配なので、これで失礼しますぅ!」

777ウルトラ5番目の使い魔 80話 (16/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:05:19 ID:zasCfbus
「あっ、ティファニア!」
 一人でティファニアが駆け出したが、止めるわけにはいかなかった。
 いや、それどころではなかった。ルイズたちが悪態をつき終わるのと同時に、その怪獣……EXゴモラがぎょろりと恐ろしげな白眼でルイズたちを睨んできたのである。
「えっ?」
 驚いている暇もなかった。EXゴモラはルイズたちを見つけると、くるりと方向を変えて、建物を踏み壊しながらこちらに向かってきたのだ。
「なっ、なんでぇーっ!」
「と、とにかく逃げましょう」
 一行は慌てふためいて駆けだした。なにがどうとかを考えている暇もない。彼女たちと並んで、トリスタニアの住民たちも必死に走っている。平和だった街は一瞬にして、阿鼻叫喚の巷と化していた。
 EXゴモラのパワーの前には石やレンガ造りの建物などなんの障害にもならない。紙細工のように踏みつぶされ、粉塵と火炎がかつてのアディールの光景を再現していく。
 しかも、EXゴモラはルイズたちがどんなに道を変えてもピッタリと後ろをついてくるではないか。
「もう! なんであいつわたしたちの後をついてくるのよ」
「先輩方、なにかあいつにしたんですか!」
「そりゃ……もしかしてわたしたちに復讐するために戻ってきたとか?」
「まさか! でも、ありえなくもないんじゃないの?」
 ルイズ、ベアトリス、モンモランシーは走りながら話した。
 しかし、もちろんそんなわけはない。このEXゴモラを再生させ、操っている存在の目的はまったく違うところにあった。街を見下ろしながら、あの宇宙人は笑っていた。
「さあて、生かさず殺さず追いかけるんですよお。そいつらを追い詰めれば、たぶんあいつも出て来るでしょうからねえ」
 何を企んでいるのか。どうせよからぬことに決まっているが、人間の足で怪獣からいつまでも逃げられるものではない。
 息を切らし始めるベアトリスやモンモランシー。行く足はしだいに遅くなっていき、それを見たティアとティラは決意したようにベアトリスに言った。
「こりゃしょうがないねー。ティラ、ちょっとダンスしようか」
「姫殿下、わたしたちが囮になります。そのあいだに逃げてください」
「な、あなたたち何言ってるのよ! そんなの絶対に認めない。認めないんだからね!」

778ウルトラ5番目の使い魔 80話 (17/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:06:32 ID:zasCfbus
 緑色の髪をなびかせながら、いつもと変わらない笑顔で言うティアとティラを、ベアトリスは必死で引き止めた。
 ベアトリスは知っている。この二人は、自分が危なくなるとどんな危険を冒してでも助けようとしてくれる。それが、世話になった恩を返すためだと言うけれど、もう二人は自分にとって部下なんかじゃない大切な人なのだ。
 けれど、宇宙人は人間の情愛などは屁とも思わずにせせら笑う。
「ふふ、ではそろそろ一人くらい踏みつぶしちゃってもいいでしょう。ん? おっと、余計なお客さんも来てしまいましたか」
 宇宙人が面倒そうな声を発するのと同時に、EXゴモラの前に青い巨影が降り立った。
「シュワッ!」
「ウルトラマンコスモス!」
 ティファニアがさっき別れた本当の理由はこれだった。ここに才人がいない今、すぐに駆け付けられるウルトラマンはコスモスしかいない。
 コスモスは以前の経験から、EXゴモラに対してルナモードでは太刀打ちできないと考えて、即座にコロナモードへと変身した。コスモスの姿が青から赤に変わり、戦闘態勢をとったコスモスとEXゴモラが激突する。
「シュゥワッ!」
 コロナパンチがEXゴモラのボディを打ち、すぐさま回し蹴りでのコロナキックがEXゴモラの首筋を打つ。
 もちろんこの程度でどうにかなるとはコスモスも考えてはいない。しかし、二発攻撃を当てたことでコスモスは相手の力量をおおむね計っていた。このEXゴモラは以前ほどの強さはないと。
 が、多少の弱体化で弱敵になるような生易しい相手ではないことはコスモスもわかっている。ティファニアも、あのときにEXゴモラの恐るべき力を目の当たりにした恐怖が蘇ってきて、コスモスに呼びかけた。
〔コスモス……大丈夫ですか?〕
〔楽観はできない。だが、ここで戦わなければ多くの犠牲が出てしまう。私はそれを止めたい。君は、どうなのだ?〕
〔わたし……わたしも、友だちを守るためなら戦いたい〕
 戦いは好きではない。けれど、戦いから逃げて失うものへの恐れのほうが強かった。
 勇気を振り絞ったティファニアの意思も受けて、コスモスはEXゴモラに挑んでいく。
 むろん、それを快く思う宇宙人ではない。不快そうな声で、彼はEXゴモラに命じた。

779ウルトラ5番目の使い魔 80話 (18/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:07:15 ID:zasCfbus
「お呼びじゃないんですよ。ゴモラ、さっさと片付けてしまってください」
 宇宙人の命令を受けて、EXゴモラも攻撃態勢を強化した。全身が装甲のような体は接近するだけで十分武器となり、兜のような頭は軽く振り下ろすだけで鈍器となり、強烈なパワーを秘めた腕で殴られればコスモスも一発で吹き飛ばされるだろう。
 コスモスは致命打を受けないように、唯一奴に勝る要素である小回りの速さを活かして攻撃をかわしながらチョップやキックを打ち込んでいく。が、少しでも隙を見せればEXゴモラは必殺のテールスピアーでコスモスを串刺しにしようと狙ってくるので一瞬も気を抜けない。
 まさに、紙一重の攻防。その激闘に、ルイズたちも声援を送っていた。
「しっかりーっ! 今はあなただけが頼りなのよーっ」
「負けないでーっ! わたしたちはあなたを信じてるんだからーっ」
 負けない心がウルトラマンの力になる。少女たちの応援を受けて、コスモスは懸命に力を振り絞って戦った。
 それでも、コスモス一人で倒すには酷すぎる強敵だ。モンモランシーは空を仰ぎながら、祈るようにつぶやいた。
「誰か早く来て、助けて……」
 ギーシュはいない。自分の魔法は戦うことには向いていない。どうしようもなくなったとき、人は祈ることしかできない。
 しかし、誰も聞き届けるものはないと思われたか細い祈りに答えるように、新たな地響きがトリスタニアを襲った。今度はなんだと驚く人々の前で、街の一角から砂煙が立ち上り、そこから現れる土色の巨影。
「あれって、あの怪獣もアディールで見たわ!」
「確かサイトはゴモラって呼んでたわね。あの怪獣はわたしたちの味方よ。よーし、ニセモノをやっつけちゃって!」
 ルイズもうれしそうに叫ぶ。きっと、あのときのゴモラが助けに来てくれたんだ。コスモスひとりだけでは無理でも、ゴモラと協力すれば倒すことができるかもしれない。
 ゴモラは彼女たちを守るように背にかばいながら、引き裂くような鳴き声をあげてEXゴモラに向かっていく。あの三日月状の角は陽光を反射して輝き、太く長い尻尾は大蛇のように地を打つ。
 対して、EXゴモラも新たに現れたゴモラを敵と見なして遠吠えをあげた。むろん、あの宇宙人も愉快であろうはずがない。
「ええい、次から次へとうっとおしいですね。さっさと畳んでしまいなさい!」
 彼のいらだちに呼応するかのように、EXゴモラはゴモラの突進を迎え撃った。茶色と黒色の角同士がぶつかり合って火花をあげ、古代の肉食恐竜の対決さながらに爪と牙の肉弾戦にもつれ込んでいく。
 至近距離、互いに小細工など効かない間合いで、EXゴモラとゴモラは激しく殴り合った。互いの爪が相手の体を打って火花をあげ、双方超ストロングタイプのぶつかり合いは、それだけで衝撃波と暴風を周囲に撒き散らす。
 だが、やはりEXゴモラのほうがパワーでは上で、ゴモラは押され始めた。そこですかさずコスモスはEXゴモラの横合いからジャンプキックを決めてEXゴモラをよろめかせ、その隙にゴモラは大きく体をひねってEXゴモラに尻尾を叩きつけて吹き飛ばした。

780ウルトラ5番目の使い魔 80話 (19/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:09:04 ID:zasCfbus
「おのれこしゃくな!」
 宇宙人は怒りを吐き捨てた。彼にも焦りが生まれ始めている。このままでは、せっかく蘇らせたEXゴモラが役に立たない。
 それに対して、ルイズやキュルケたちはゴモラの勇戦にうれしそうだ。ティラとティアも子供のようにベアトリスといっしょにはしゃぎ、モンモランシーも「ギーシュよりかっこいいわ」と惚れ惚れしている。
 EXゴモラはその巨体が災いして、転ばされてもすぐには起き上がれずにもがいている。そこへゴモラは駆け寄ると、EXゴモラの両顎に手をかけて一気に引き裂きにかかった。
「うわっ、残酷」
 ティアが思わず口を押さえてうめいた。いくら追撃のチャンスだからといっても、これはないだろう。実際、さしものルイズやキュルケも顔をしかめている。
 けれど効果は絶大だったようで、さすがのEXゴモラも痛みに耐えかねてゴモラを振り飛ばした。
 転がるゴモラと、起き上がってくるEXゴモラ。すると今度はコスモスが追撃のチャンスを逃すまいと、EXゴモラに挑みかかっていく。
「ハアッ! セヤッ!」
 パンチとキックの猛打。コロナモードの燃えるような連撃がEXゴモラのボディを打つ。
〔いくら頑丈でも、少しずつ疲労は重なっていくはず。疲れさせたところでフルムーンレクトで鎮静させよう〕
 いくら邪悪な怪獣でも無為に殺すことはない。邪悪なエネルギーを取り除く、その可能性にコスモスはかけていた。
 そのころ、ゴモラもようやく起き上がって叫び声をあげていた。その視線の先がコスモスとEXゴモラに向き、鼻先の角にスパークを走らせるエネルギーが満ちていく。ゴモラ必殺の超振動波だ。
 コスモスは、ゴモラが超振動波の体勢に入ったことを見て、EXゴモラから距離をとった。そして、ルイズたちが「よーし、いけーっ!」と声援をあげる中で、ついにゴモラは超振動波を発射した。だが!
「グワアァッ!」
 ゴモラの超振動波はなんと、EXゴモラだけでなく、コスモスまでも狙ってなぎ払ったのだ。
 爆炎と粉塵が吹きあがる中、無防備なところに超振動波を受けたコスモスが倒れ込む。その光景に、思わずルイズは悲鳴のように叫んだ。
「なにしてるの! コスモスは味方よ。アディールでいっしょに戦ったでしょ。忘れたの!」
 しかし、愕然としているルイズたちの前で、ゴモラはかまわずに超振動波の第二波をコスモスに向けて放った。
「ヌワアァァッ!」
 ダメージを受けていて直撃を避けられなかったコスモスはもろに食らい、そのままカラータイマーの点滅さえも経由することなく、倒れ込むと同時に光になって消滅してしまった。

781ウルトラ5番目の使い魔 80話 (20/20) ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:11:01 ID:zasCfbus
「コスモスーっ!」
 ルイズたちの絶叫がむなしく響く。ゴモラ、なぜこんなことを? それにコスモスは……ティファニアはどうなったのだろう。だが、それを確かめる間もなく戦いは続く。
 今度はEXゴモラが体勢を立て直し、そのボディにエネルギーを集中させていく。ゴモラの超振動波をしのぐ、EX超振動波だ。
 しかし、ゴモラは避けるそぶりも見せない。そしてEX超振動波は放たれ、ゴモラに直撃。ゴモラはひとたまりもなく吹き飛んだ……かに見えたが、なんとゴモラは何事もなかったかのようにその場に立っていた。
 唖然とするルイズたち。そしてあの宇宙人も、ゴモラのあり得ない耐久力に目を見張っていた。EX超振動波はオリジナルよりは弱体化しているとはいえ、ゴモラを粉砕するくらいの威力はじゅうぶんにあるはず。
「馬鹿な……むっ? あれは!」
 そのとき、彼はEX超振動波を浴びたゴモラの皮膚が破れて、その下から金属のボディが覗いているのを見て取った。
 同時にルイズたちも、あのゴモラが以前のゴモラとはまったく別物だということに気づいていた。
「あのゴモラもニセモノよ! 全身が鉄でできた作り物だわ」
 キュルケの叫びに皆もうなづいた。
 そう、そのゴモラは全身を宇宙金属で作られているニセゴモラだった。
 そして、ニセゴモラを操っている何者かは、ニセゴモラの正体がバレると、にやりと笑ってひとつのスイッチを入れた。
「ふふふ……メカゴモラの性能が、そちらのゴモラと同じと思ったら大間違いですよ」
 その瞬間、ニセゴモラの体を白い炎が覆ったかと思うと、炎が消えた後にはニセゴモラの代わりに巨大な鋼鉄の巨獣がそびえたっていた。
 息をのむルイズたちと宇宙人。彼らは、その圧倒的な威圧感に戦慄した。そう、コピーロボットの製造がサロメ星人の専売特許だと思ってもらっては困る。EXゴモラがガイアとアグルと戦った時に、すでにデータは採取していたのだ。
 シルエットはゴモラに酷似している。しかし、その全身は黒々とした金属で作られ、EXゴモラ以上に見る者に恐怖心を植え付ける。
 手首が回転した! 攻撃用マニピュレーターのテストだろうか?
 鋼鉄の顎が金属音をあげて上下する。その目には感情がない代わりに、敵を確実に抹殺することだけを目的とする凶悪な電子の輝きが宿っている。
 すごい奴がやってきた! ゴモラよりも強いゴモラ、メカゴモラの登場だ!
 
 
 続く

782ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2020/02/22(土) 04:13:36 ID:zasCfbus
今回はここまでです。続きはまた時間のあるときに。

783名無しさん:2020/02/22(土) 07:47:35 ID:Tz3Rx2HQ

お久しぶりです

784名無しさん:2020/03/18(水) 17:13:01 ID:sovFMf/2
ウルトラさん乙です!

785ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:15:34 ID:0ot0KcnA
皆さんこんにちは。81話の投稿を始めます

786ウルトラ5番目の使い魔 81話 (1/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:17:16 ID:0ot0KcnA
 第81話
 世紀末覇王誕生
 
 古代怪獣 EXゴモラ
 ロボット怪獣 メカゴモラ 登場!
 
 
 トリスタニアへ買い物に来ていたルイズたち一行は、かつて倒したはずのEXゴモラに襲われた。
 才人がいないのでウルトラマンAにはなれない。しかし、ティファニアの変身したウルトラマンコスモスがEXゴモラに立ち向かう。
 そのとき、地底からゴモラが現われてEXゴモラに挑みかかっていった。
 激突する二匹のゴモラ。だが、ゴモラは味方のはずのコスモスにまで攻撃を仕掛けて倒してしまう。
 明らかにおかしいゴモラの行動。さらに、戦闘ではがれ落ちたゴモラの表皮の中から機械のボディが現れた。
 偽物の表皮を焼き捨てて、その正体を表すメカゴモラ。
 圧倒的なパワーを振りまくメカゴモラにルイズたちは戦慄し、EXゴモラを操っている宇宙人も、まさかこんなものを繰り出してくるとはと愕然としていた。
 そして、メカゴモラを操っている何者かは、彼らの驚きようが実に楽しいと言わんばかりににこりと笑うと、我が子に語り掛けるようにメカゴモラに向けてつぶやいた。
「パーティをしましょうか、メカゴモラ」
 今、最強の座をかけて、二体の破壊神による最終戦争が始まる。
 
 睨み合う二体の偽物のゴモラ。その均衡を破ったのはメカゴモラのほうだった。
《ゴモラ捕捉。アタック開始》
 戦闘用コンピュータが稼働を始め、メカゴモラの巨体がEXゴモラに向かってゆっくりと前進を始めた。
 レーダーが照準を定め、その巨体に秘められた恐るべき武装がついに稼働を始める。
《メガバスター発射》
 メカゴモラの口が開かれ、その口内から虹色の破壊光線が放たれた。極太のビームがEXゴモラの巨体を打ち、激しい爆発と火花が飛び散る。
 しかし、EXゴモラの強固な皮膚は大きなダメージを受けることなく耐えきり、EXゴモラは健在を訴えるように叫び声をあげた。そしてEXゴモラは、自らの健在をアピールするかのように、大きく体を動かしながら前進を始めた。物見の鉄塔が蹴倒され、大きな火花があがる。
 だが、機械の頭脳を持つメカゴモラは臆さずに、さらなる攻撃を放った。

787ウルトラ5番目の使い魔 81話 (2/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:19:00 ID:0ot0KcnA
《メガ超振動波、発射》
 メカゴモラの鼻先からオリジナルを超える太さと勢いを持つ超振動波が放たれ、EXゴモラのボディに突き刺さって火花をあげる。
 だがEXゴモラの強固な表皮はこれにも耐えきり、逆襲のエネルギーがEXゴモラの体を禍々しく輝かせた。
「ゴモラ! もう一度超振動波です」
 宇宙人が命じ、EXゴモラの体から極太のEX超振動波が再び放たれてメカゴモラに突き刺さる。その着弾の衝撃と轟音だけで、周囲の建物のガラスは砕かれ、屋根さえ剥がされる家もある。
 まるで台風だ。ルイズたちは、吹き飛ばされないように踏ん張りながら、唖然と戦いを見守っている。
 並の怪獣なら、これだけでもう木っ端微塵だろう。けれどメカゴモラの超金属のボディはそれに耐えきり、さらなる武器を使おうとしていた。
《プラズマエネルギー・ON。ファイア、メガ・クラッシャー》
 メカゴモラの全身が発光したかと思った瞬間だった。メカゴモラの左胸に取り付けられているレンズ状の球体から、強力なエネルギー光線が発射され、EXゴモラを吹き飛ばしたのだ。
 なんという破壊力! 悲鳴をあげて倒れ込むEXゴモラを見て、驚愕した宇宙人は思わず叫んでいた。
「まさか、こちらの熱線を幾倍にも増幅して、撃ち返すことができるというのですか!」
「そんな機能はつけておりません」
 が、さすがにこれにはメカゴモラのマスターから苦情が入った。いや、本音を言えば、他にも絶対零度砲とかハイパワーメーサーキャノンとかいろいろつけたかったけれど、さすがに容量が足りなかったので断念したのだ。
 しかし、これでも十分に強力なことは間違いない。防御力と飛び道具の火力ではEXゴモラと互角。さらにこちらには、まだ見せていない武装もある。
 ならEXゴモラはどうする? ロボット相手に射撃戦を続けても不利なのはわかるだろう。なら、残った戦法は覚悟を決めて接近戦に打って出るか、それとも。
「ならば、こいつの本当の力を見せてあげましょう!」
 宇宙人が命令すると、EXゴモラは土煙をあげて地中へ潜り始めた。そう、EXゴモラもゴモラの進化体である以上、地中潜航能力は有している。地底に潜った初代ゴモラに科学特捜隊は散々苦労させられた。それを再現しようというのだ。
 高速で地中に潜っていったEXゴモラをメカゴモラは失探し、全方位をレーダーで探る。

788ウルトラ5番目の使い魔 81話 (3/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:19:54 ID:0ot0KcnA
 しかし、地中はレーダーの及ばない範囲だ。そして、警戒するメカゴモラに対して、EXゴモラはその直下足元から奇襲した。この奇襲は完全に成功し、メカゴモラの足元から砂煙があがり、地中からEXゴモラの腕が伸びてきてメカゴモラの足を掴む。  
 足元を突き崩され、メカゴモラはぐらりと揺らいで片膝をついた。まさに足元は地上に立つ生き物や構造物全てにとっての弱点で、堅牢無比な凱旋門や福岡タワーすらも、直下から怪獣に攻撃されれば崩れ落ちるだろう。
 地中に引きずりこもうとするEXゴモラに、メカゴモラはもがいて抵抗した。さすがのメカゴモラも真下に向けられる武装はなく、さらに飛行能力もないので脱出もできない。やはり飛行能力がないというのは大きな弱点のようで、この光景を見た宇宙人は高笑いした。
「ハッハッハ、飛べないロボットなど恐ろしくもありません。次からは合体できる飛行ロボットか、吊り下げられる飛行機でも用意しておくことですね」
 しかし、メカゴモラもやられっぱなしではなかった。EXゴモラを振り払えないとわかると、その口から吐き出す熱線を最大出力にして、その反動で浮遊したのである。
「と、飛んだ! メカゴモラが飛んだぁ!」
 熱線をジェット噴射にしてメカゴモラが飛んだ。EXゴモラもまとめて地下から引き釣り出され、空中で引きはがされた後に双方とも街中に落下する。
 もちろん、落下の衝撃くらいでどうこうなる両者ではない。初代ゴモラは高空から落とされてもなんともなかったことを思えば当然だろう。
 仕切り直しとなった両者のバトルは第二ラウンドへと突入した。
《ファイア・メガ・バスター》
「ゴモラ、超振動波です!」
 宇宙には、伝説の超宇宙人の血を引く怪獣使いがやがて現れてすべてを支配するであろうという言い伝えが残されている。彼はその伝説の怪獣使いになったつもりで高らかに命じ、そしてメカゴモラとEXゴモラの放った光線同士が空中でぶつかり合い、相殺して大爆発を起こした。
「うわあっ!」
「きゃああっ!」
 その爆発は先ほどの比ではなく、離れていたはずのルイズたちだけでなく、上空で待機していた宇宙人、さらにはメカゴモラとEXゴモラさえも吹き飛ばされて転倒するほどの爆風を発揮した。
 このままでは戦いの余波だけでトリスタニアが破壊されてしまう。ルイズたちは危機感を強くした。

789ウルトラ5番目の使い魔 81話 (4/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:21:19 ID:0ot0KcnA
「こんなことなら、荷物持ちでもサイトを連れて来るべきだったわ。どうしよう……このままじゃトリスタニアがめちゃめちゃになってしまうわ」
「ルイズ、あんたの魔法で片方だけでもなんとかならないの?」
「あんなのの戦いに割り込めって言うの? 近づくだけで死んじゃうわよ」
 ルイズが泣きそうな声で言うのを、キュルケは憮然としながら見つめていた。
 やっぱり、才人がいないとルイズはどこか不安定になる。いや、以前のルイズだったらしゃにむに敵に突撃していただろうが、今のルイズは守られることを知ってしまっている。それは決して悪いことではないし、あの二大怪獣の戦いに生身で割り込むことが自殺行為なのも当然で、キュルケも無理に駆り立てることはできなかった。なにより、こんな状況では虚無の力も半減してしまうだろう。
 トリステイン軍も出動してきてはいるが、手の出しようがない状態だ。竜騎士やヒポグリフも巻き添えを食わないように遠巻きに旋回するしかできないでいる。
 ルイズたちも、場慣れしているルイズたちはなんとか立っているけれど、ベアトリスはティラとティアにかばわれてなんとか立っているありさまだ。ルイズは、なんとかできる可能性があれば虚無を撃つ気でいたが、もう逃げたほうがいいのではないかと思い始めていた。
 しかし、なんというすさまじい戦いだろう。こんな戦いは初めて見る。そのすさまじさに気圧されたモンモランシーが、怯えたようにつぶやいた。
「い、いったいどっちが勝つのかしら……?」
「勝ったほうがわたしたちの敵になるだけよ」
 キュルケは冷たく言い放った。あれのどちらが勝とうと、次に人間に牙を剥いてくるのは間違いない。再び戦いが始まったときがトリスタニアの終わりの始まりだ。
 衝撃から立ち直って起き上がってくるEXゴモラとメカゴモラ。だが、すぐに戦いが再開されるかと思われたとき、メカゴモラに異変が起こった。突然、全身から蒸気を噴いたかと思うと、ガクガクと振動して停止してしまったのだ。
「壊れた?」
 メカゴモラを見ていたトリステインの人間たちはそう思った。事実、それは当たらずとも遠からずの状態で、あまりにも光線のフル出力を続けたために機体内の冷却が追いつかずにオーバーヒートを起こしてしまっていたのだ。
 つまり、冷却が済むまでメカゴモラは戦えない。無防備な状態ではいかにメカゴモラとてどうしようもなく、EXゴモラの勝利は決まったものと思われた。しかし、宇宙人はこの好機を別のものと見てEXゴモラに命じた。
「いまです。そんなやつに構わずに、最初の目的を果たしてしまうのです!」
 宇宙人にとってメカゴモラは、あくまで目的の前に立ちはだかる邪魔者にすぎなかった。倒すのはその過程の問題に他ならず、それが解消されたなら優先すべきは本来の目的である。その使命に基づき、EXゴモラは方向転換して本来のターゲットである、街の一角に立ち尽くす少女に狙いを定めた。
「えっ?」
 EXゴモラの冷たい目が再びルイズたち一行のほうを睨む。そして、その進撃方向が自分たちに向かい出したのを知ると、彼女たちは愕然とした。

790ウルトラ5番目の使い魔 81話 (5/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:22:43 ID:0ot0KcnA
「ちょ、どうしてまたこっちに来るのよ!」
「やっぱりあいつ、わたしたちを狙ってるのよ。逃げましょう!」
 モンモランシーが悲鳴のように叫ぶ。もちろん他の面々にも異論があろうはずがない。EXゴモラの威力は嫌というほど知っている。とても生身でかなう相手ではない。
 踵を返して走り出すルイズたち。振り返ると、EXゴモラの視線が真っすぐこちらを向いていて背筋が凍る。
 なぜ? どうして、あの怪獣は自分たちを狙ってくるの? いや、考えている余裕はない。確かなのは、あいつから逃げなければ殺されてしまうということだけだ。
 けれど、走って逃げきれる相手ではない。なら、フライの魔法で飛んでいくか? ダメだ。飛べば光線の的になるだけ。それに、ルイズの『テレポート』や『加速』も一度に数人しか運べない。
 ルイズの息が切れてくる。こんなとき才人がいれば、自分を背に背負って走ってくれるのに。いや、弱気になってはダメだ。なんのために才人と別れて長い旅をしてきたんだとルイズは自分を奮い立たせた。
「エオヌー・スール・フィル……」
「ルイズ? 何する気よ!」
「いちかばちか、全力のエクスプロージョンをあいつにぶっつけてみるわ。あんたたちはそのあいだに逃げなさい」
「ルイズ、あなた囮になって死ぬ気なの!」
 キュルケが叫ぶ。さっきはああ言ったが、ルイズの無謀な挑戦を認めることはできなかった。
 モンモランシーやベアトリスも、無茶よ、と止めようと言ってきている。確かに無茶はルイズにも分かっているけれど、誰かがやらなければ全員死ぬだけなのだ。
 だが、ルイズの悲壮な決断さえもすでに遅かった。ルイズたちの逃げようとしていた先の道からEXゴモラのテールスピアーが飛び出してきて道を崩してしまったのだ。
「なんてこと!」
 もう逃げ道はない。それに振り返れば、EXゴモラの超振動波の赤い輝きが自分たちを照らし出してきているのが見えた。ダメだ、もうルイズの魔法も間に合わない。
 ルイズは後悔した。こんなことなら、才人につまらない意地なんか張らなきゃよかった。ちらりと隣を見ると、悔しそうに歯を食いしばっているキュルケと、呆然としているベアトリスの顔が見える。キュルケは別にいいとして、後輩をこんなことに巻き込んでしまったのは悪かった。できることなら謝りたかった。
 そしてモンモランシーも、眼前に迫った死を前にして、以前にギーシュといっしょにタブラと戦った時などの冒険を走馬灯のように思い出していた。あんなにいつもいっしょだったのに、最後だけ離れ離れなんて、そんなの嫌だ。モンモランシーの瞳から涙がこぼれ、そばかすをつたって顔から落ちる。

791ウルトラ5番目の使い魔 81話 (6/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:24:38 ID:0ot0KcnA
「助けて、ギーシュ……」
 だが、涙が地に着くよりも早く、超振動波と彼女たちの間に黒鉄の巨影が割り込んできた。
 激震。しかし超振動波は彼女たちに届くことなく、小山のような壁にさえぎられた。
「ご、ゴモラ!」
 なんと、見上げた彼女たちの前にメカゴモラが割り込み、まるで盾になるようにして超振動波を防いでいたのだ。
 メカゴモラはオーバーヒートした機体を無理矢理動かしてきたらしく、全身からショートし、さらに超振動波を防いでいることで全身が悲鳴をあげているが、それでも彼女たちを影にして動こうとはしていない。その、懸命とも言える姿に、モンモランシーは思わずつぶやいた。
「このゴモラが、わたしたちを守ってる……」
 そういえば最初にメカゴモラが現れたタイミングも、まるで自分たちを助けようとしたかのようだった。なぜ? いったい誰がそんなことを?
 しかし、機械のメカゴモラはただひたすらに超振動波に耐え抜き、力尽きたようにひざを突いた。
「あ、あなた……」
 ルイズたちは呆然として、自分たちをかばってくれたメカゴモラを見上げていた。いったいどうして? という感想では皆いっしょだ。こいつはコスモスを攻撃したことから、人間の敵ではないのか? どうして自分たちだけを守ってくれるのだ? 
 だがそれにメカゴモラは答えることなく、全身から高温蒸気を噴き出して停止している。駆動音がすることからまだ動けるようだが、これ以上のダメージには耐えきれないことは誰から見ても明らかだった。そして、EXゴモラはそんなことにはかまうことなく、完全にとどめを刺そうと近づいてくる。
「結局は、ほんの少しだけ命が伸びただけね」
 キュルケがぽつりとつぶやいた。悔しい……わたしたちの冒険がこんなところで終わってしまうなんて。
 だが、そのときだった。メカゴモラの左胸についている球体が突然眩しく光ったかと思うと、目を開けたときルイズたちは薄暗く狭い小部屋の中にいたのである。

792ウルトラ5番目の使い魔 81話 (7/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:26:39 ID:0ot0KcnA
「えっ? ど、どこよここ!」
 見慣れない部屋にいきなり閉じ込められてしまったルイズたちは仰天した。周りの壁は鈍く明滅する機械で埋め尽くされており、座席も複数並んでいる。
 よくわからないけれど助かったの? ルイズやモンモランシーは、怪獣の姿が見えなくなったことでとりあえず胸をなでおろした。
 だが、ここはまさか! ルイズたちにはわからなかったが、パラダイ星人のティアとティラにはすぐにこの場所の役割がわかった。座席の前に並ぶ無数の計器にボタンやレバーなどの配置。しかしそれを口にする前に、部屋ごと一行はすさまじい揺れに襲われた。
「きゃああっ! 今度はなによ!?」
「これってやっぱりまさか! そ、そこの光ってるスイッチを押してみて!」
 ティラに言われて、ルイズは座席のひとつにしがみつくと、点滅しているスイッチを押した。すると、座席の前の大型モニターが点灯し、迫り来るEXゴモラの顔が大写しで映し出されたのだ。
「きゃあぁぁぁっ!」
「落ち着いてください! 本物じゃなくて映像ですよ。てかこれってやっぱり、ここはメカゴモラのコックピットよ!」
「コックピット?」
「機械のゴモラの体の中ってことですよ!」
「ええーっ!?」
 ルイズたちは床や座席にしがみつきながら愕然とした。冗談ではない。助かったどころか、最悪がより最悪になっただけだ。
 ともかく脱出しなくては。けれど出入り口のドアは機械でロックされており、アンロックの魔法も通用しない。
 なら、ルイズの『テレポート』の魔法でなら……と、思った時だった。青ざめた顔で服のあちこちを触っていたルイズが、震えた声で言った。
「ごめん……杖、落としちゃった」
「ええーっ!」
 なにやってんのよルイズ! とキュルケが怒鳴る。メイジの命である杖を落とすとは何事だ。さっきの揺れの時に落としたのかと、皆は座席の下や部屋の隅を探す。しかし、部屋が暗いせいか見つからない。

793ウルトラ5番目の使い魔 81話 (8/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:28:03 ID:0ot0KcnA
 しかも、その間にもEXゴモラはメカゴモラへの攻撃を休めることなく、コックピット内にも衝撃が伝わってきて計器から火花が溢れて彼女たちに降りかかってくる。これでは探すどころの問題ではない上に、コックピット内にトリステイン語の電子音声で警報が響いてきた。
《ダメージレベル3、ダメージレベル3。損傷によりメインコンピュータがダウン。手動操縦により戦闘を継続してください》
 悪いことに、メカゴモラはもう自力では動けなくなってしまったようだった。つまり、このままではEXゴモラに一方的にやられ続けることになる。もちろん、その中にいる自分たちも……そのことに震えたモンモランシーが悲鳴のように叫んだ。
「これじゃまるで動く棺桶に入れられちゃったものよ! いったいわたしたちどうなるの! ねえキュルケ!」
「豚の丸焼きって知ってる?」
「いやぁーっ!」
 最悪もいいところだった。これならまだ超振動波で蒸発させられたほうがマシというものだ。
 ベアトリスも、誰かここから出して! と泣き叫んでいる。無理もない。しかし、この中でキュルケは妙な冷静さが自分の中にあることを感じていた。
「こんなとき、あの子なら決してあきらめずに打開策を考えるはず……って、またこのイメージ? でも、確かに一矢もむくいずにやられるのはわたしらしくないわね。何か、何か打つ手は……? あら?」
 そのとき、キュルケは床の上にいつのまにか一冊の本が落ちているのを見つけた。
「これって……!」
 キュルケは急いでページに目を通した。これなら、もしかして! 
 だがその間にも、ダウンしたメカゴモラへのEXゴモラの猛攻は続き、倒れたメカゴモラはEXゴモラの尻尾で滅多打ちにされていた。あと数分もしないうちに、関節からバラバラにされそうな勢いだ。
 あの宇宙人は、EXゴモラがメカゴモラに攻撃を続けるのを今度は止めようとはしていない。先に、ルイズたちが特殊光線でメカゴモラの内部へと収容されるのを確認していたからだ。確かにあの状況では、メカゴモラの内部へ収容するしか彼女たちを救う方法はなかったに違いない。しかしそれは、わざわざ獲物が檻の中に飛び込んでくれたも同じことであり、しかもメカゴモラがこの損傷レベルではEXゴモラの相手にはならないとわかると勝利への確信に変わっていた。
「その調子ですよEXゴモラ。そのままその鉄くずごとそいつらを叩き潰してしまいなさい。そうすれば、あいつもさぞ悔しがることでしょう。さて、わたしはこの間に、と」
 宇宙人はなぜかメカゴモラの最期を見届けることなく消えていった。
 が、宇宙人の命令が途切れたからといってEXゴモラの攻撃が止むことはなく、メカゴモラの限界は近づいていた。

794ウルトラ5番目の使い魔 81話 (9/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:29:15 ID:0ot0KcnA
 EXゴモラは、尻尾での殴打を止めると、完全にとどめを刺すべくメカゴモラの首をもごうと腕を伸ばした。だが、その瞬間!
「ナックルチェーン!」
 メカゴモラの腕からロケットパンチの要領でパンチが飛び出し、無警戒に接近してきていたEXゴモラの顔面に直撃して吹き飛ばした。いかに頑丈なEXゴモラでもこれにはたまらず、数百メイルを飛ばされて昏倒する。
 しかしメインコンピュータがダウンしていたはずなのに、今の攻撃はどうやって? その答えは、いまだ計器のショートが続くコックピット内で、キュルケがひとつのレバーを引いたことで起こったのだった。
「ふう、ギリギリ間に合ったみたいね」
 キュルケが、ルイズにはない豊満な胸をなでおろしながらつぶやいた。彼女が土壇場で操作した方法が、ナックルチェーンを発射する方法だったのだ。
 ルイズたちは、汗だくになっているキュルケに駆け寄った。今の一発がなければ、間違いなくメカゴモラは破壊されて自分たちもただではすまなかっただろう。
「すごいわキュルケ。でも、いったいどうして動かし方がわかったの?」
「説明書を読んだのよ」
 と、言ってキュルケがさっきの本を掲げると、一同は揃ってずっこけた。
「説明書があったの!?」
「ええ、ご丁寧に図入りで解説してあるわね。動かし方から武器の使い方まで、細かく載ってるわよ」
 見ると、操作マニュアルがトリステインの公用語で綺麗に印刷されていた。しかもそれぞれの座席をよく見ると、一冊ずつマニュアル本が付属していた。
 なんという律義というか親切な……ルイズたちは一冊ずつマニュアルを手に取ってパラパラと目を通した。もちろんルイズたちは機械なんて一度も動かしたことはないけれど、図解入りで細かく説明されているのでなんとなく理解できた。さすが、ルイズとキュルケだけでなく、モンモランシーとベアトリスも優等生なだけはある。
 そして、当面の危機を脱するためにやらねばいけないことも理解できた。無茶苦茶というか狂気じみているが、ここを生き残って才人やギーシュにもう一度会うためにはそれしかない。ルイズは真っ先に空いている席に座ると、キュルケに問いかけた。
「キュルケ、わたしがこの説明書を読み終わるまで持たせることができる?」
「ルイズ、あなたやっぱりやる気なのね?」
「やるしかないでしょ! わたしたちがこのゴモラのガーゴイルを動かして、あのニセゴモラを倒すのよ」

795ウルトラ5番目の使い魔 81話 (10/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:31:29 ID:0ot0KcnA
 それを聞いて、ベアトリスは愕然とした。
「わ、ヴァリエール先輩、本気ですか!」
「本気も正気よ。こんなもの、ちょっと大きいだけのガーゴイルじゃない。土くれのフーケのゴーレムとたいして変わらないわ。あんただって土の系統でしょ? あんまり大きいものだから怖気ずいたの?」
 例えが無茶苦茶だが、ルイズが本気だということは恐ろしいほどわかった。ルイズは頑固で融通が利かないが、一度吹っ切れるとやると決めたことはてこでも曲げない。ベアトリスもルイズの本気の眼差しに、もうできるできないがどうこう言っている場合ではないと、涙目ながら覚悟を決めた。
「う、どうしてわたしがこんな目に。けど、こんなもの動かすのなんて初めてだし……そうだ! ティア、ティラ、あなたたちミスタ・コルベールのオストラント号を動かしたことがあったわね。だったらこの機械も使い方がわかるんじゃないの? 手伝ってよ」
「了解でーす。フフ、こんな大きなロボットを動かせるなんて、なんかワクワクしゃうわ」
「ティア、男の子じゃないんだからはしゃがないの。姫様、こっちでできるだけサポートします。心配しないでやっちゃってください!」
 ティアはいつも通りに軽口を叩いているが、やはり緊張からか語尾が少し震えている。しかし空元気でも、ベアトリスは、彼女たちが勇気を振り絞っているのに自分だけ怯えているわけにはいかないと涙を拭いた。
 そしてベアトリスは副操縦席、ティアとティラは機関部や兵装を管理するメンテナンス席に座った。これで、メイン操縦席に座ったルイズと火器管制席に座ったキュルケに加え、モンモランシーもレーダー席に座ることで配置は決まった。
 メインスクリーンには起き上がって近づいてくるEXゴモラがはっきり映っている。その殺意と怒りに満ち溢れた顔に、ルイズたちは息をのむ。この化け物を、これから自分たちだけの力で倒さなければならないのだ。しかし、魔法世界で生まれ育った少女たちが、こうしてオーバーテクノロジーのスーパーロボットに乗り込んで戦うなんて滅茶苦茶もいいところだ。
 けれども、彼女たちの目は杖を握って呪文を唱えている時と変わりはない。その心に秘めているものはいつもひとつ。
「こんなところで死んでたまるもんですか。あのバカ犬に、わたしを守るのはあんたの義務だってことを徹底的に叩きこんでやるんだからね」
「ギーシュ、あんたには約束した遠乗りの予定が山ほど詰まってるんだからね。全部守らせるまでは逃がさないんだから」
 ルイズとモンモランシーは、石にかじりついてでも生きて戻ろうと決めていた。魔法であろうが機械であろうが関係ない、彼女たちは愛のために戦っているのである。
 メカゴモラが手動操縦で動き始める。まだ全員がマニュアルを読み切っておらず、機体の復旧と冷却の真っ最中の有様だが、確かにメカゴモラに人間の血が通い始めたのだ。
 
 
 だが、いったいメカゴモラは何者が作り出して送り込んできたのだろうか?

796ウルトラ5番目の使い魔 81話 (11/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:32:49 ID:0ot0KcnA
 そのころ、トリスタニアのはるか地下にある地底空洞。以前は円盤生物が格納され、現在は誰からも忘れ去られていたそこには、一大科学工場が作られ、超近代設備の元で様々な超科学兵器が製造されていた。
 それは、わずかなデータだけでメカゴモラを短期間で制作できるほど高度な代物であったが、今この工場は火花をあげて炎上していた。そしてむろん、この破壊は工場の主の意思ではない。
「フッフッフッ、よく燃えてます。これでもう、この工場は使い物になりませんね」
 工場の爆発を眺めながら、コウモリ姿の宇宙人は愉快そうに笑っていた。彼が戦いの最中だというのに姿を消したのは、メカゴモラの出現点からこの工場基地を割り出して破壊するためだったのだ。
「こういうことは昔から私たちの得意技ですしねえ。これで多少は溜飲が下がりました。ざまあみろ、といったところですか。おや? おおっと!」
 そのとき、無数の銃弾が彼に襲いかかったが、襲撃を予期していた彼は余裕を持って銃撃をかわし、銃弾は工場の壁をえぐりとるだけで終わった。
 そして彼は、自分に銃撃を放ってきた相手を、工場の燃え盛る炎の中にたたずむ一人の人影に見据えた。しかし、燃え盛る炎の中に平然と立ち、その手に二丁の巨大な銃を持った姿は、明らかにまともな人間のものではない。
「遅かったですね。あなたの自慢の工場はこのとおり、もうただのガラクタになってしまいましたよ」
 彼は勝ち誇るようにそう告げた。どんな強固な基地も、かつて防衛チームMAT基地が崩壊したときのように、内側からの攻撃には脆い。初邂逅の時に殺されかけた仕返しだと、嘲り声を向けた。
 しかし……相手は低い笑い声を漏らすと、涼やかささえ感じる美しい声で答えた。
「う、ふふふ……人の留守中に空き巣火付けに入るなんてひどい方。やはりあなたはあのときに念入りに殺しておくべきでしたね」
 声色こそ穏やかだが、純粋な殺意のこもったその言葉は、気の弱い者が聞けば震え上がるのではというほどの凄味に満ちていた。
 片手で、普通の人間ならば持ち上げることさえ困難な大きさの銃を軽く玩び、その目は闇夜の猛禽のように宇宙人を睨んでいる。もしも宇宙人が少しでも隙を見せれば一瞬にしてハチの巣にしてしまうであろう殺気を放ちながら、そいつはさらに言った。
「でも、私は貴方に弁償していただきたいとは思っておりませんわよ。これくらいの工場はいくらでも替えができますわ。私が怒っているのはもっと別なこと……あなたは、私の大切な友人に手を出しました。わかっていてやったのでしょう?」
「もちろん。事前のリサーチは大切ですからね。昔、私の出来の悪い同胞が似たようなことをやったそうです。ですが、ウルトラ戦士や人間たちにはよく効く手段ですが、正直ここまであなたが怒られるとは思いませんでした。あなた、本当に”あの方”なんですか?」
「ええ、あなた方は勝手にそう呼んでおいでのようですが、私のことを正しく表現してはおりませんわね。まあ、私にはどうでもいいことですが、あなたは殺します。覚悟はできていますね?」
 二丁の銃口がコウモリ姿のシルエットを狙う。しかし彼も余裕ありげに言って返した。
「おあいにく、私もあなた同様に宇宙にそこそこの悪名を知られる星人の一角です。ふいを打たれでもしない限りは簡単にやられはしませんよ。それより、あなたの大切なご友人たちは、ほっておいてよろしいんですかね?」
「それなら心配いりませんわ。この星の方々は、あなたの思うよりずっと強いですわ。戦う武器を手にできれば、あなたの手下ごときにやられはしませんよ」

797ウルトラ5番目の使い魔 81話 (12/12) ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:35:45 ID:0ot0KcnA
「……あなた、いったいこのハルケギニアで何がしたいんですか? 怪獣や武器をばらまいておきながら、一方では人間を守ろうとしている。あなたの目的はなんなんです?」
「ふふ……私は、この星の人間たちの自由と幸福を守りたいだけですわ……少なくとも、この星の人々を自分の目的のために利用しようとしているあなたの敵ではありますね」
 そいつは謎めいて答えた。少なくとも、嘘を言っている口調ではないが、コウモリ姿の宇宙人は、この相手の中にヤプールなどとはまた異なる、一種の狂気を感じ取った。
 工場の爆発の炎が二対のシルエットを照らし出す。片方は背中に黒いマントのような翼を持つ星人……もう片方は絵画の中から呼び出されたかのような美しい人間。
 いずれにせよ、この二者が互いを敵として認識しあったことだけは間違いない。そして、ハルケギニアにとっては二人とも危険な存在であることも違いなく、両者は睨み合った後に、コウモリ姿の宇宙人のほうがつまらなそうに言った。
「あなたほどの人が、どうして人間にそこまで肩入れするのかわかりませんね。確かに、人間という生き物は宇宙でも稀に見るほどの精神エネルギーを発生させられる生き物ですが、あなたはそれを利用する風でもない。けれど、そんなに人間を買っているのでしたら、あなたのメカゴモラに乗り込んだ人間たちが、私のEXゴモラを倒せるか、ひとつ賭けてみますか?」
「まあ、私が助けに行けないようにここで足止めするつもりですね。それでしたら、今度こそあなたには私の前から永久に消えていただきますわ!」
 その瞬間、二丁の銃口が同時に火を噴いた。コウモリ姿の宇宙人はとっさに回避したが、半瞬前まで彼がいた場所の背後の壁が信じられないほど大口径の銃弾によってえぐられて粉砕された。
 これではまるで小型のミサイルだ。彼はかわしはしたものの、相手が銃の重さや反動をまるで無視してこちらに照準を合わせ直してくるのを見て、生半可な力ではこれから逃げることもできないだろうと判断した。
「仕方ないですねぇ。ここまでしたくはなかったのですが、こちらも少々本気を出させていただきますよ!」
 彼の右手に両刃の剣が現れた。それと同時に、彼の左手に紫色の人魂のようなものが現われ、彼はそれを自分の体に押し当てるようにして取り込んだ。
「フウゥゥゥ……エンマーゴの魂よ。お前の力、いただくぞ……さあて、これでも私をさっさと始末できるかなぁ?」
「あら、なぶり殺しのほうがお望みとは趣味の良くない方。でも、そのくらいで私に太刀打ちできるでしょうか?」
 相手は口元を大きく歪めて、しかし目元には慈母のような優しげな笑みをたたえながら歩み寄ってくる。
 対峙する二人の宇宙人。彼らの横合いでは、ただひとつ残ったモニターが地上のメカゴモラとEXゴモラの戦いを映し続けている。
 
 生き残るのは誰だ? 張り詰めるメカゴモラのコクピットの中で、ルイズはEXゴモラを睨みながら怨念を込めてつぶやいていた。
「あんたのせいよあんたのせいよあんたのせいよ……サイトが浮気するのもせっかく買った服をなくしちゃったのもわたしより胸がおっきい女ばっかりなのも、みんなあんたのせいだって今決めたわ! よって死刑。死刑ね、死刑にしてあげるから覚悟なさい!」
 怒りのままに罪状を並べ上げ、ルイズの殺気がすさまじい勢いで増していく。その怒りのオーラがメカゴモラにも伝わったのか、心持たぬはずの鋼鉄の巨獣が生きているように吠えた。
 そんな殺気立つルイズに、ベアトリスやモンモランシーは気圧されて引くしかない。しかし、ルイズの殺気に当てられて落ち着きを取り戻したとき、モンモランシーの鼻孔を不思議な香りがくすぐっていった。
「え……この、香りって?」
 ほんの一瞬、鉄と油の匂いに紛れていたが、香水の異名を持つモンモランシーにはそれを感じ取れた。嗅ぎ覚えのある、ある人物の愛用している香水の香りが。
 しかし、迫り来る戦闘の緊迫感は、ゆっくり考える時間など与えてはくれなかった。モンモランシーは自分のついた席の役割を覚えるためにマニュアルに目を通す作業に戻させられる。
 メカゴモラvsEXゴモラ。今、史上空前のスーパー・バトルが始まる。
 
 
 続く

798ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2020/04/22(水) 11:40:13 ID:0ot0KcnA
今回はここまでです。では、また

799物知りな使い魔:2021/08/03(火) 17:53:41 ID:lLHDRcOA
初ss投下です。
作品は「魔法少女育成計画ACES」より「物知りみっちゃん」です。
18:00に投下します。

800物知りな使い魔 1話:2021/08/03(火) 18:01:03 ID:lLHDRcOA
 サモン・サーヴァントとは、メイジが一生の内に使えるために契約する使い魔を呼び出す神聖な儀式だ。神聖な事から、よほどの事が無い限り、やり直すなんてことはあってはならない。一度契約すれば主人が死ぬまでお仕えする事を破ることは出来ない。それでも、この結果は、あんまりではないか。
 同級生が様々な使い魔を呼び出す中、ついに最後となった、メイジであるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが呼び出した使い魔は、目の前で倒れている、一人の少女だった。
 由緒正しき家筋の出のルイズが呼び出したのが、目の前の白衣で体を覆われ、被っていたであろう黒い帽子を地面に転がしている少女だ。杖らしきものは周りに見当たらない。マントも見えない。少女は平民だった。
 これは悪夢なのか。否、これは現実である。それは、周りの同級生たちと一人の男性教諭からの冷たい視線を後ろから突き刺さる感触が生々しくて、現実以外に考えられない。

「……ミス・ヴァリエール。これは」

 口を閉ざしていた男性教諭『ミスタ・コルベール』が口を開く。無理もないだろう。なにせ、人間を、それも『平民』をサモン・サーヴァントという人生の一大イベントの一つを担うこの場で呼び寄せてしまったのだから。

「ミスタ・コルベール。やり直させてください!」

 頭が認識するよりも早くルイズはコルベールに懇願した。こんな異例な事態。いくら神聖な儀式とはいえ、やり直すことは出来るかもしれない。いや、出来る。そう考えなければ、再活動を始めた頭が再びフリーズしてしまい、壊れてしまいそうだった。しかし、コルベールはルイズの予想した言葉を発さなかった。
 コルベールはルイズの横をすり抜けて、真っ先にルイズが呼び出した白衣姿の少女の元へ走り寄ったのだ。いったいどうしたのだ。ルイズの後ろに回ったコルベールへ向く。コルベールは倒れている少女の前で座っていると、あろうことか少女が着ている白衣を無理やり脱がしたのだ。いくら平民とはいえ、教諭が何をしているのか。ルイズは頭に血が上るのを直に感じ、怒鳴る。怒鳴ろうとする。しかし、それよりも早くにコルベールの言葉が、辺りに響くほどの大きさで紡がれた。

「今日の『春の使い魔召喚の儀式』は終了とします! 直ちに水のメイジは集合してください! それ以外は速やかに寮へ戻りなさい!」

 こちらに向かってしゃべったコルベールの顔には、何処か焦りが見えていたように感じた。

801物知りな使い魔 1話:2021/08/03(火) 18:02:12 ID:lLHDRcOA
 幼い頃、魔法少女に憧れていた。可愛く、可憐で、美しくて、優しくて、困っている人の力になって、時には危険な目にも合っちゃうけど、それでも、やっぱり『みっちゃん』は魔法少女に憧れていた。
 現在、みっちゃんは魔法少女に憧れる事がなくなった。なにせ、もう既に自分は『物知りみっちゃん』という魔法少女になってしまったのだから。それでも、こんなのは、幼い時に憧れていた魔法少女とは大きく違う。
 異世界の『魔法の国』から魔法少女の力を授かり、『人事部門』の『汚れ仕事』をして生計を立て、毎日見るのはみっちゃんが殺した魔法使いか魔法少女の死体。こんなのは、とてもみっちゃんが描いていた魔法少女とは、百八十度違った。それでも、やり直すことなんで出来なかった。もう遅いからだ。
 最後にみっちゃんの死地となった場所は、あの周りが田んぼに囲まれた畦道だ。『魔法の国』の三大派閥の内の一つの『プク派』の動向をいつも共に行動していたチームとは外れて観察していた時だった。あの『忍者モチーフの魔法少女』に襲われたのは。
 『投げたものが百発百中』の魔法を持つと予想された魔法少女は玄人だった。殺意だけを向けられて、みっちゃんはそれに『魔法』を使って返した。
 苦無を投げられれば、大岩や板で防ぎ、刀が振るわれればガトリング砲で弾いたりと、何とかしのいでいった。それでも、詰めが甘かった。
 忍者に止めを刺そうとし、それが『忍者の策略』に陥ったことで状況は反転。最後にみっちゃんが意識を失う前にみた光景は、忍者の刀がみっちゃんの体に突き立てられようとする直前だった。



 瞼がゆっくりと開かれる。瞳に少ない光が差し込まれる。ここは、いったいどこだろうか。
 上半身を起こす。体に掛けられていた掛け布団がずり落ちる。……ベット?
 違和感が頭に侵入してくる。どうして、自分がベットで寝ているか。そもそも、ここはどこなのだろうか。
 ふと、自分の体に視線が移る。いつものコスチュームではない。いつも身に着けている梟型のポーチも見当たらず、着ているものはいつもの白衣ではなく、簡素な服。
 心臓辺りに手を這わせる。痛みが無い。血も見当たらない。頭の側頭部にも手を這わせるが、血がついていない。これはいったいどういう事だろうか。

「――ん、ぅ」
「っ!?」

 いきなりうめき声が聞こえてきた。咄嗟に隣の机にある花瓶を手に持つが、すぐにそれは杞憂に終わった。
 みっちゃんが寝ていたベットに寄り添うようにして眠っている、桃色のブロンド髪を肩に掛けた幼い少女。年齢は今のみっちゃんの外見年齢より少し上だろうか。顔が見れないが、恐らく日本人ではないだろう。
 彼女はいったい誰か。その疑問が頭を埋め尽くし、それが今までの情報によって一つ一つ組解かれ、最終的には『彼女がみっちゃんの怪我を治してくれた少女』という結論に至った。
 助けてくれたことに感謝したいが、今のこの状況をまずは何とかしなければならない。
 少女を起こさないようにベットから抜け出し、この部屋――医務室だろうか――にある扉のドアノブに手を掛ける。鍵がかかっているわけでもなく、それはすんなりと回った。監禁されているようではないらしい。扉の隙間から外を覗く。西洋風の造りの廊下が見え、明かりが見当たらない。魔法少女は夜目が聞くため、明かりは必要ないが、人が通りそうな廊下からの逃走はあまり良い手ではない。
 ならばと次に目につくのは、闇が立ち込める外へと続く窓。こんどはそっちに手を掛ける。鍵はついているが、一般的な内側から開錠が出来るタイプだ。これならと、みっちゃんは素早く鍵を外して窓を開け放った。
 蒸し暑い空気が外へ逃げだし、涼しい風が中へと流れだす。後はこのまま外へ逃げだせば――

「――えっ」

 後ろから声を飛び出してきた。振り向きそうになるも、これ以上顔を見られるわけには行かない。みっちゃんは、後ろからの声も気にも留めずに、その場から飛び降りた。

802物知りな使い魔 1話 あとがき:2021/08/03(火) 18:03:03 ID:lLHDRcOA
これで1話は終わりです。ではいつか。

803名無しさん:2021/10/06(水) 21:49:38 ID:AbxzNQG6
乙乙


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