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YOU、恥ずかしがってないで小説投下しちゃいなYO!2

1名無しさん:2010/02/13(土) 18:55:28 ID:UhsYlmek
前スレ
YOU、恥ずかしがってないで小説投下しちゃいなYO!
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/7864/1157295929/l100

75名無しさん:2010/07/15(木) 00:44:37 ID:s2pprzg2
なんとこのコミュニティはまだ存続していたのか

76名無しさん:2010/07/15(木) 02:05:29 ID:SOK4J6g2
ほっそりとやってますぜ
また浮き上がるきっかけは絶対にあるはず…

77ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/16(金) 15:30:40 ID:6.IVxbCU
【目指せ、甲子園−12】





「我が野球部は、秋の予選の出場を辞退する事にした」

監督の急な宣言に、誰も、一言も、言葉を発せない。
そんな状況でも監督はお構いなしに話を続ける。

「つい一時間程前、ウチの生徒が暴行事件を起こした」

俺を含めた部員全員に動揺が走った。

「その報告を受け、我が校は全ての部で近々開催される大会の出場を自粛する事が決定し」
「待ってください!」

坂本先輩が監督の言葉に待ったをかけた。

「なんだ?」
「事件を起こしたのは野球部の部員ではありませんよね?」
「そうだ」

監督がゆっくりと頷き、それを見た坂本先輩も逸る気持ちを抑えるようにゆっくりとした口調で質問を続ける。

「ならば、他の部の部員ですか?」
「いいや、違う。事件を起こした奴はどの部にも在籍していない」
「では、何故出場の自粛を……」
「世間体ってやつだよ」

監督の放った一言は、坂本先輩を黙らせた。

「いいか、世間様ってのは思っているより頭が固えんだ。大体の奴らは学校の生徒達を単独ではなく、集団として捉える」
「と、いうと?」
「つまり、問題を起こした生徒とお前らは同じ学校の生徒ってだけなんだが、頭の固い奴らからすれば、今回問題を起こした奴もお前らも同じ問題児と見なされる。同じ学校の生徒と言うだけで、だ」

なるほど。つまり『箱の中の蜜柑が一個腐っていた。だからこの箱の蜜柑は全部腐っている』みたいな解釈をされる、という事か。

「そんな馬鹿な……!」

坂本先輩は、苦々しい表情で呻くような声での呟いた。

「という訳だ。この状況ではさすがに出場は避けたいのでな。ついさっき、出場を辞退する旨を伝えた」

監督は淡々と告げた。

「もちろん野球部だけではなく、近日中に行われる大会に出場予定だった部は出場中止となった。以上だ、今日は解散!」

解散が告げられたが、すぐに動き出す者は誰ひとりとしていなかった。

78ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/16(金) 15:32:09 ID:6.IVxbCU
突然の衝撃宣言から一夜明けた、翌日の放課後。俺と麻生の二人は職員室の前にいた。
昨日の話について気になる所があり、監督に問いただしたい事があって、同じく気になったという麻生と共に、放課後に職員室にへと向かった。
麻生と顔を見合わせ、どちらからともなく頷くと、職員室のドアをノックし、中に入る。先頭は俺だ。

「失礼します」

中に入ると、職員室独特の雰囲気を感じ取れる。が、今はそんな事に構っている暇はないのだ。
辺りを見渡すと、椅子に座っている監督を見つけた。

「監督」

近寄り声をかけると、監督は書類に走らせていたペンを止め、こっちを振り向く。

「青山と麻生か。何か用か?」

二人とも同じ用事なので、俺が代表して話す。

「実は昨日の話についてなんですが……」
「その話はもう決着がついただろ。我が校は出場辞退だ」

それだけを言い、もう話す事は無いと言わんばかりに机の方へと向き直った。
だが監督に話す気は無くても、俺達にはある。

「監督、その件についてなんですけど気になる事があるんです」
「なんだ?」
「なんで監督は嘘をついたのかと思いまして」

書類の枚数を数えていた監督の手の動きが、一瞬止まった。
もちろん、その反応を見逃すような事はしない。
監督が何か言おうとしたが、それよりも速く、俺が口を開く

「昨日、監督は言いましたよね。近々開催される大会に参加する予定するだった部も、野球部と同じく出場停止にするって」

監督は無言。俺はそれを肯定の意を示すものだと受け取り、話を続ける。

「だけど、おかしいんですよ。俺のクラスに、野球部以外の『近々大会に参加する予定のある部』に所属している奴が三人程いるんですが、全員が大会出場停止の事は聞いていないって言うんですよ」

監督は、何も言わず、書類を数える手も止めず、ただ黙っている。

「それで、その三人はそれぞれの部の顧問の先生に出場停止になるのか聞きに行ったけど、全然そんな事はなく、逆に『何故、出場停止になるのか?』と聞かれたそうです」

監督は数え終わった書類を手放すと、ペンを手に取り書類に何かを書き込みはじめた。
その清々しいまでのシカトっぷりに俺は少々不安になる。だがもうここまで話したら止まらない。

79ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/16(金) 15:33:32 ID:6.IVxbCU
「おかしいですよね、この『なんで出場停止になるのか?』って聞かれたの。監督は、ウチの生徒の暴行事件のせいだと言った。監督は知ってるのに、なんで他の先生は出場停止になる程の事件の事を、誰一人として知らないんでしょうか?」

監督は素知らぬ顔でペンを走らせる。

「つまり、この状況で一番自然な考え方としては、暴行事件は監督のでっちあげた実際には起こっていない嘘の事件だって事です」
「ついでに言うと、昨日一日ウチの生徒は誰も暴行事件を起こしてはいない」

俺の後ろにいた麻生が、付け加えるように言った。

「マジで?」
「ああ、信頼のおける筋から情報だから間違いない」

麻生は自信満々といった様子で告げた。
コイツがここまで自信ありげに言うのなら、まあ間違いはないだろう。

「……と言う事ですが、どういう事か聞かせてもらえますか?」

俺がそう言うと、監督はペンを置くと立ち上がり「屋上で話す」と言い、俺達の脇を通り抜け歩きだした。
俺達は慌てて監督の後をついていった。



屋上には、俺と麻生と監督の三人しかいない。
わざわざ場所を変えたという事は聞かれたくない系の話だろう。それを考えると都合が良かった。
監督は金網の向こう側に広がる校庭を見下ろしながら、口を開く。

「お前らの言う通り、暴行事件は俺の作り話だ」
「なら、大会には……」
「しかし、大会出場を辞退したのは本当だ。もっとも、連絡したのは昨日ではなくついさっきだがな」
「……!」

暴行事件が嘘だと判明し、大会に出れるかと喜びかけたところで「大会出場辞退は本当」と来たもんだ。しかも俺達に何も言わず、独断で。
危うく、一瞬本気でキレそうになったが、麻生が強く肩を掴んでくれたおかげで、監督に飛び掛かるのを我慢できるくらいの理性を保つ事ができた。

「な、なんで、嘘までついて大会出場したがらないんですか」

どうにも収まらない怒りが爆発しないように堪えつつ、監督に尋ねた。

「……俺は勝つ見込みのない勝負はやらない主義なんだよ」

監督の言葉が耳に入り、頭の中で反芻しながら言葉の意味を少しずつ理解していき……頭が沸騰しそうな程の怒りが込み上げるのを自覚した。

80ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/16(金) 15:35:13 ID:6.IVxbCU
勝つ見込みの無い勝負はしない? ふざけるな。たったその程度の理由で貴重な試合の機会が、甲子園に行くチャンスが消えたんだぞ。
そして、俺達はまだしも先輩達はどうする。今回辞退した事で甲子園出場のチャンスは、来年の夏の一回きり……正真正銘のラストチャンスしか無くなったんだぞ。
勝つ見込みの無い勝負はしない。たった、それだけの理由で……!



「……い…おい、おい! 止めろ、青山!」

麻生の声が意識に割りこんできた。
止めろって、何をだよ?

「その手を離せ!」

手……?
俺はゆっくりと右手のある方を見る。
そこには、監督の胸倉を掴んで金網に押しつけている俺の右手があった。
そうだ、確か俺は監督の言葉にキレて頭の中が真っ白になって、肩を置かれていた麻生の手を振り払って、怒りに任せるままに監督の胸倉を掴んで、金網に力任せに押しつけたんだった。
どうやら、キレて記憶がトンだようだ。トンだ記憶を思い出すと同時に怒りを蘇ってくる。
虚脱しかけていた右手に再び力を入れ、監督を全力で金網に押しつける。

「ぬぐ……!」

監督が苦しそうな呻き声をあげる。
と同時に背中に衝撃を感じ、何者かに羽交い締めにされた。
今の状況を考えると、俺を羽交い締めにしているのは麻生以外には考えられない。

「離せ、麻生!」
「気持ちはわかるけど、まずは落ち着け!」

俺は麻生から逃れようとがむしゃらに暴れたが、麻生は割と力が強く、いくら暴れても逃れる事はできなかった。
しばらくそのままでいたが、俺が落ち着いてきたのを察知し、麻生は羽交い締めを解いた。
その直後に監督は口を開いた。

「青山、お前が激昂した理由、わからなくもない。しかし、出場したところで時間の無駄だ」
「なっ……!」

ようやく精神状態が落ち着いたところでこの物言い。
再び怒りが込み上げてきた。

「いいか、野球は九人いないとできない」

監督はごく当たり前の事を言った。
俺は今の言葉を不可解に思い、眉をひそめるが、監督は構わず話を続ける。

「今の野球部は四人が新入部員、しかも素人だ。仮に秋の大会に出場するとして、実戦までに鍛えたとしても使えるのは運が良くても一人だろう。他の三人は戦力として計算できない初心者的な存在となるだろう」

監督の言っている事は概ね正しい。と同時に反論一つできない自分を悔しく思う。

81ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/16(金) 15:36:46 ID:6.IVxbCU
「さらに高校野球での実戦経験の無い者が四人。戦力と数えるには未知数すぎる」

その中の一人として、監督の言葉は精神的に痛く感じる。

「まあ、仮に四人全員が戦力になるとしよう。そして、さっき言った新入部員、上手くいって一人が戦力になったとしよう。そして、残った一人の坂本については戦力になる事はわかっているな?」

俺は頷いた。坂本先輩に関しては、普段の練習風景に加え、夏の大会でその実力を逃す事なく見ていたので、言われずとも戦力になるという事に異論は無い。

「しかし、そこまでだ。戦力になるのは多く見積もっても六人、残り三人は戦力にならない役立たずのままだ」
「役立たずって……」
「なら、どう言えと? 例えどんな言い方をしたとしても、役立たずなのは事実だ」
「……っ」

監督の言ってる事は間違いではない。
ついこの間入った、みちる先輩以外の新入部員四人はお世辞にも戦力と言えるようなレベルではない。秋の大会に合わせた練習をしたとしても、十中八九中途半端なまま終わるだろう。
でも、だからって監督の言い方は酷い。しかも、ここには新入部員の一人である麻生もいるのに。
横目で密かに麻生の様子を伺う。
麻生は自信なさ気にうなだれていた。野球を始めたばかりなので仕方ないとはいえ、役立たず呼ばわりされたショックは大きいようだ。

「でも、そうだとしても俺達がカバーすれば……」
「言ったはずだ、野球は九人いないとできない」

監督がさっきと同じ台詞を発するが、その言葉の意味はさっきとは全く違う。

「四人も足手まといを抱えている。こっちは五人で戦っているようなものだ。相手が弱小校ならまだしも中堅クラスの高校と当たってみろ。ほぼ確実に負ける」

監督はここまで言うと、一度言葉を止め、締めの一言を口にした。

「俺は勝つ見込みの無い勝負はやらない主義なんだ」

勝つ見込みの無い勝負はやらない……中堅クラスと当たると確実に負ける……? そんなの……やってみないとわからないじゃないか!

「どうやら納得できないようだな」

監督は俺の顔を見ると、ニヤリと笑いながらそう言ってきた。

「当たり前です!」

俺は監督に色々な鬱憤をぶつけるかのように怒鳴った。
監督は俺の怒鳴り声を聞くと、不敵な笑顔をさらに歪め、携帯電話を取り出した。

「なら、試してみるか?」

82ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/16(金) 15:37:26 ID:6.IVxbCU
試すって……何を?
それを聞く前に、監督はどこかに電話をかけた。

「俺だ。ああ……ああ、そうだ、嫌とは言わさんぞ。お前は俺に五万程貸しがあったはずだ。断ると言うのなら、今日、それも今から返してもらいに行くだけだ。なに? 今月はピンチだから勘弁してほしい? そんな事、俺が知るか。……そうだ、最初からそう言えばいいんだよ。じゃあ今月末の日曜日でいいな? ……ああ、じゃあな」

そう言い、監督は携帯電話をポケットにしまう。

「決まったぞ」
「決まったって……何が?」
「何がって、練習試合だよ、花坂高校との」

監督は当たり前の事のように言ってのけた。
だが、俺達にとっては予想外すぎる事だ。
急に試合が決まった事もそうだが、相手が花坂高校と言うのも全くの予想外だ。
花坂高校は、今年の夏に泉原高校の野球部……つまり、俺達が在籍している野球部と甲子園行きを巡って決勝戦で激闘を繰り広げた関係である。ちなみに花坂高校は甲子園出場の常連校。つまり、ここの地区では最強クラスの高校である。

「証明してみろよ、今のチームで勝つ自信あるんだろ?」

なるほど、わざわざ強いチームを当ててまで自分の言った事は正しいと判らせる気か。
上等だ。

「例え、相手が花坂だろうがどこだろうが、やってやるよ」
「良い返事だ」

監督は楽しそうな笑顔を見せると「試合は今月末の日曜だ、励めよ」と言い残し、屋上から去っていった。

「麻生、部活に行くぞ」

俺は、急展開すぎる状況についていけてない麻生に声をかけ、部活に行くように促す。
花坂高校に勝つため。いまや、一秒たりとも時間を無駄にできない。
俺は麻生の腕を掴み、部室へと駆け出した。





【目指せ、甲子園−12 おわり】

83ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/16(金) 15:38:00 ID:6.IVxbCU
とりあえず、ここまで
今回は展開が強引すぎたかもしれませんが、とりあえず試合が決まりました
ようやく試合パートが書けます
とは言っても、次回はまだ試合前の出来事を書くつもりです

とりあえず次回は八月中に投下できるように頑張ります。



では、また次回

84名無しさん:2010/07/16(金) 22:08:02 ID:???
乙!

85ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/20(火) 11:46:38 ID:r4k7nYMw
【目指せ、甲子園−13】





「「「偵察?」」」

部室に集まった十人の内、九人が異口同音に疑問の言葉を口にした。

「そう、偵察して敵の戦力を確認するんだ」

この場で、疑問の言葉をただ一人発しない人……坂本先輩がそう言った。
そもそも、何で偵察とかいう話をしているのか。それは、今日の放課後、ほんの二〜三時間程前に起こった、とある出来事のせいである。
簡潔に話すと『監督の嘘を暴きに行ったら、練習試合を組まされた』って感じだ。どうしてこうなったんだっけ……。
ま、いいか。
それから、部活が終わり試合の事を皆に話した。
すると、坂本先輩が「偵察しよう」と言い、現在に至る。

「偵察メンバーは厳選する。誰が偵察に行くかという事だが……」

坂本先輩の言葉に心の中で頷く。
確かにメンバーは選んだ方がいい。全員で行くと確実にバレそうだ。
それに、花坂は夏に対戦したばかりだ。俺達一年生の顔は覚えてないだろうが、四安打五打点を叩きだした坂本先輩の顔はキッチリと覚えているだろうから、坂本先輩は行けないだろう。

「まずは、ピッチャーの山吹。偵察でも情報は入るが、レギュラー陣の打撃は直に見ておいた方がいいだろう」
「了解っす!」

陽助が頷くのを見て、坂本先輩はこっちに視線を向ける。

「青山、お前もだ。お前はキャッチャーの視線から、レギュラー陣のバッティングを探ってくれ」
「は、はい!」

まさか自分が指名されるとは思ってなかったので、慌てながら返事をする。

「さて、次は逆に行かない人間を発表する」
「「え?」」

俺と陽助の声がシンクロした。
まさか二人だけで行けと?
しかし、先輩は俺達の声など聞こえていないかのように無視し、口を開く。

「まずは私だ。夏の大会で暴れすぎたから、向こうに私の顔を覚えている奴がいるかもしれん」

その言葉には皆が頷いた。
先輩は続ける。

「それと、麻生、明石、安川、成田の四人も行くな。現状では偵察に時間を裂くよりも、練習に時間を裂いた方がいい」
「「「「…………」」」」
「返事は?」
「「「「……はい」」」」

四人は不服そうに返事をした。
「あと、市村もだ。こいつらの練習を手伝うには、私だけでは間に合わない」
「わかりました」

市村さんは、四人とは違い素直に返事をした。

86ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/20(火) 11:47:20 ID:r4k7nYMw
「さて、残りは川村とみちるだが、この二人に関しては各自に任せる」
「……どういう事すか?」

龍一が聞くと、坂本先輩は間髪入れずに答えだした。

「つまり、二人と一緒に偵察に行ってもいいし、偵察の方が行っている間、こっちで練習していてもいい、って事だ」

この二人は、坂本先輩に比べると有名ではないだろうし、新しく入った四人に比べると野球の技術も不安に感じない程度にあるから、偵察でも練習でもどっちでもいいって事か。

「なら……偵察で」
「じゃあ、私も偵察で」

龍一とみちる先輩の偵察班入りが決定した。

「よし、二人とも偵察だな。では明日にでも偵察の詳しい話をするとしよう」

坂本先輩のその一言で、その場は解散となった。



そして、翌日の放課後。練習が少し早めに切り上がり、部室にて偵察に関しての詳しい話が行われた。
割と長く話し合ったので、最終的に決まった事だけ話すと
『偵察は試合の一週間前の日曜日、朝九時』
『集合場所は自由、ただし花坂高校には必ず四人揃ってから向かうこと』
『泉原高校の生徒だとバレないようにすること』

と、だいたいこんな感じで決まった。
しかし、泉原の生徒にバレないようにって、アバウトだなぁ……。万が一にも、俺達の顔が割れている可能性があるかもしれないから、それに注意しろって意味なんだろうけど……どうすればいいんだ。

「どうすればいいと思います?」

俺は帰り道で偶然鉢合わせ、ついでに一緒に帰る事にしたみちる先輩に聞いてみた。

「万が一、顔を知られている場合ですか……そうですねえ。単純に顔を隠すだけなら、何か被り物をするという手段がありますけど、それは流石に……」
「ですよね。紙袋やマスク着用で行ったりなんかしたら、確実に注目集めますもんね」

当然ながら却下である。

「うーん……後は変装とかでしょうか?」
「変装、ですか?」
「ええ、髪型変えたりとか眼鏡かけたりするだけでも、割と変わって見えたりするものですよ」

87ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/20(火) 11:48:01 ID:r4k7nYMw
なるほど、その方法は思いつかなかった。
顔を知られてなかったとしても、試合では確実に顔を合わせる訳だし、偵察してた事がバレたら多分対策を打ってくるだろうし、変装くらいはした方がいいか。

「しかし、変装ってどんな風に変わるかを考えるのがちょっと面倒そうです」

正直な感想を述べたところ、みちる先輩が「大丈夫です」と微笑みを返してきた。

「もし良かったら、どんな変装をするか私に任せてくれませんか? 変装に必要な物はこっちで用意しますし」

それは、俺にとって思わぬ、そして願ってもない申し出だった。
先輩に物品を用意してもらうというのは、少し心苦しいが、変装の事で頭を悩める必要が無くなるのは大いに感激すべき事だ。

「じゃあ、せっかくなんでお願いします」

俺が小さく頭を下げて頼むと、みちる先輩は笑顔で「任せてください」と言った。

「おっと、じゃ俺の家はこっちの方なんで、ここでサヨナラです」
「そうですか。ではまた明日、部活で」
「はい、また明日」

先輩と別れの挨拶を交わし、家へと向かい再び歩きだした。
なんでだろう。変装は先輩に任せたから、安心のはずなのに……何故か嫌な予感が脳裏に纏わりついて離れない。





【目指せ、甲子園−13 おわり】

88ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/20(火) 11:48:33 ID:r4k7nYMw
とりあえず、ここまで
次回、偵察編
最初は偵察編も入れて、一話の予定でしたが長くなりそうなので分割しました

次回投下はたぶん八月



では、また次回

89名無しさん:2010/07/20(火) 22:21:47 ID:???
乙!
続きwktk

90歩兵:2010/08/02(月) 01:29:13 ID:???
お久しぶりです。

…うん、チラs…原本の復元はできた。

でも、間が開きすぎたなぁ…

どうしよう?

91名無しさん:2010/08/02(月) 20:41:28 ID:???
いつでも投下待ってます

92ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/08/30(月) 15:03:40 ID:ADk4VZI2
【目指せ、甲子園−14】





今日は、練習試合一週間前の日曜日。つまり、花坂高校に偵察をしかける日。
それで後々の事を考えて、変装しようって事になって、俺の変装はみちる先輩が考えてくれた。
そして、俺はみちる先輩の用意してくれた変装をするために先輩の家に行った。
んで、家に入るなり手渡された変装用の衣装というのが、セーラー服だった。

「なんでだよっ!」

思わず床に叩きつけそうになったが、他人の物なのでギリギリのところで堪える。

「青山君、どうかしましたか?」
「どうしましたか? じゃないですよ!」

なんで、そんな平然とした様子で聞けるの?
むしろ、そっちにどうかしましたか? って聞きたいよ!

「なんで、女装なんですか!?」
「あら、青山君は女の子なんですから女の子の服を着てもおかしくと思いますよ?」
「いや、それはそうなんですけど……」

確かに正論なんだけど、今日は陽助達も一緒だからマズイ。
バレる事はないと思うけど、代わりに女装趣味の変態だと、謂れのない冤罪を被らされる可能性が高い。
すると、今後の人間関係にも影響が出てくるかもしれない。
みちる先輩には悪いけど、やっぱりこの衣装は着るべきじゃないな。

「先輩。すいませんけど、別のにしてもらえませんか?」
「すいません。それしか考えてないので、ありません」

なん……だと……?
まさか、一パターンしか考えてなかったとは。完全に予想外である。

「しょうがない。今着てる服で行くか……」

今着ている服は当然ながら男物である。
このままでは変装っぽくないが、眼鏡をかけて髪型を変えればどうにかなるだろう。

「き、着てくれないんですか?」

先輩は何やらショックを受けているようだ。だからといって、着ようという気はないが。

「いや、さすがに女装はまだ抵抗があるというか……」
「この間、メイド服着てたじゃないですか」

ぬう、あの時の事は一刻も早く忘れたいというのに。

「あ、あの時は他に着る物が無かったからしょうがなく……」
「なるほど、よくわかりました」
「え……?」

なんで、先輩はこっちににじり寄ってくるのか。
そして、なんでその先輩の手つきにとても不吉なモノを感じるのか。

93ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/08/30(月) 15:04:30 ID:ADk4VZI2
「あの、先輩? いったい何をする気なんですか?」
「いえ、せっかく用意した物を無駄にしちゃうのもなんなので、少々無理矢理にでも着てもらおうと。他に着る物が無ければ、私が用意してくれた服を着てくれますよね?」

ま、間違いない。先輩は俺の服を奪い取る気だ。
その証拠に、表情としては笑っているけど目が笑っていない、本気の目だ。
ここに居たら間違いなく危ない、逃げないと。
先輩に背を向けて走り出そうとした瞬間、両足が重りでも付いているかのように動かなくなった。

「わっ!?」

咄嗟に両手を床について顔面強打は免れたものの、四つん這いしているような今の体勢では、先輩からは逃げられない。

「はい、捕まえました」

ほら、もう捕まった。とはいえ、肩に手を乗せられているだけなんだけどね。
でも、まだ足が満足に動かせそうにないから、不審な動きを見せたら、どうなるかわかったもんじゃない。
しかし、何故急に足が動かなくなったんだろう。
不思議に思い、自分の足の方を向くと、体格からして小学生くらいと思われる子供が三人、俺の足にしがみついていた。
俺はその子達に見覚えがあった。
みちる先輩の弟達……正確には弟二人と妹一人だ。
以前、先輩の家に泊まらせていただいた時に知り合い、それ以来、妙に懐かれている。

「お前ら、いったい何を……」

俺は、文句の一つでも言ってやろうかと口を開くと、三人から一斉に睨まれた。
……なんで、俺が睨まれてるんだ?

「お、お姉ちゃんをいじめちゃダメっ!」

先輩の妹の、あかねちゃんが俺に向かって言い放った。

「ちょ、待った! いじめてないって!」

どうやら、さっきのやり取りは傍から見ていて、いじめに見えていたようだ。
さすがに、いじめてると思われるのは心外なので、反論する。

「いじめてたじゃんかー!」
「姉ちゃんが一生懸命考えたのに文句言ってたしー!」

即座に先輩の弟達……優一と優二に反論された。
しかし、対弟達用にこれ以上反論できない台詞は考えてある。

「いや、でもさ、お前らだって先輩に『女装しろ』的な事言われたら断るだろ?」

どうだ。これなら、女装趣味の奴以外はだれだって『断る』としか言えないだろう。
もし、仮に先輩の顔をたてて『断らない』と言ったら、女装趣味と誤解されるリスクがある。

94ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/08/30(月) 15:05:27 ID:ADk4VZI2
さあ、どう答える?

「う……俺達の事はどうだっていいだろ!」
「そうだよ! 今は、それより大事な話してるんだよ!」

くっ、強引に話を逸らしやがった。だが、一度話を逸らした程度で俺が追求を止めると思ったら、大間違いだ。

「あのな……ん?」

俺が反論しようとした時、服の袖を軽く引っ張られる感覚がした。その方を見ると、引っ張っていたのは、あかねちゃんだった。

「お願い……お姉ちゃんの選んだ服、来てください。お姉ちゃん、一生懸命考えたのに……それなのに、それ、な、のに……」

やばい、あかねちゃんが涙目になりかけている。このまま泣いたら、俺が泣かせた事になるのか?
とにかく、泣かれるのはまずい、精神的に。直接的とまではいかないだろうけど、間接的ぐらいには泣かせた事にはなりそうだし、そうなると後味が悪い。
それに、偵察メンバーの今日の集合場所はここだ。俺は着替えがあるから少し早く来たけど、そろそろ残りの二人も来る頃かもしれない。
その時、俺と俺の服の袖を掴みながら泣いている少女を見たら、どう思われるか。
多分、俺が泣かせたと思われるだろう。
そんな誤解されたら、すごく気まずい。ましてや、これから偵察に行くというのに。

「うっ……うう……」

色々考えている間に、あかねちゃんの限界は近づいている。
背に腹は変えられない、か……仕方ない。

「わかったって! 着るよ、着るから泣かないで!」

なかば、やけくそ気味に言うと、あかねちゃんは蚊の鳴くような声で「本当?」と聞いてきた。

「うん、本当だから。だから泣かないで、ね?」

俺がそう言うと、今にも目から零れそうな程の涙を堪えながら、小さく頷いた。



俺は先輩からセーラー服を受け取り、空き部屋で着替えてる間中、一つの事を考えていた。
こんな事になるんなら無理にでも、坂本先輩達と一緒に学校で野球の練習をしていた方がよかった、と。
なんとか着替えを進めていき、上下共に着替え、先輩のいる部屋に戻る。

「先輩、着替えましたけど……」
「あら、似合ってますね。サイズもピッタリで……っと、忘れるところでした」

先輩は呟き、近くのソファに置いてあった黒いロン毛のカツラを俺に被せた。
これって、この前先輩の家に泊まった時に処分しといてくださいって置いていった、あのカツラだ。

95ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/08/30(月) 15:06:24 ID:ADk4VZI2
「捨てるのもなんだかもったいなくて、取っておいたんですけど正解でしたね」

なんて笑顔で言う先輩を見ると、問い詰める気が無くなってしまう。

「ところで、割と着替えるの早かったですね」

無理矢理結んでヨレヨレになった、俺の着ているセーラー服の胸元のリボンを綺麗に結び直しながら、先輩は尋ねた。

「まあ……このシャツとスカートの上下だけだったんで」
「だけど、なんか足りない気がしますね」

先輩は腕を組み、視線を上下にさまよわせる。

「俺も足りない気がします……」

特に下半身の辺りが。
もっと厳密に言うと、スカートの丈が。

「短いですよ、コレ……」

客観的に見れば、丈は決して短すぎではなく、ごく一般的な長さだろう。
しかし、自分の一挙一動に浮かび、翻るスカートを見るとこの長さでは心許なくなってくる。
特に俺の場合は、女物の下着を着ける決心がつかず男物のままなので、ものすごく不安だ。

「せめて膝下十数センチあれば……」
「それは長すぎです」

先輩から冷静なツッコミが入った。
しかし、先輩のこの反応から察するに俺と先輩の考えている『足りない何か』に対する視点は違っているようだ。
聞いてみるか。

「じゃあ、先輩は今の俺に何が足りないと思います?」

俺の言葉に、先輩は一瞬だけ首を俯かせ、視線を『とある場所』……俺の胸部へと向け、ハッとしたように視線を俺の顔に戻し、ニッコリと笑う。
俺には、その笑顔が、失態を取り繕うような、そんな感じの笑顔に見えた。
ってか、そんなに胸が残念に見えるのか。確かに、どんなに贔屓目で見ても大きいとは言えないサイズではあるけど。

「ス、スカートの長さどうしましょうか?」

あっ、あからさまに話を変えにきた。
でも、スカートの長さは俺にとって大事な話なので、指摘はしない。

「スカートの長さって、今から変えられるんですか?」

先輩はチラッと時計を見て、首を横に振った。

「さすがに時間が足りませんね……二人に指定した時間まで後五分くらいまでしかありませんし」

先輩は顎に手を当て、少しの間眉を歪め、何か思いついたらしく明るい声で「そうだ!」と言った。

96ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/08/30(月) 15:07:08 ID:ADk4VZI2
「つまり、スカートがひらひらとひるがえるから、不安で丈を長くしたいんですよね?」
「はい」
「じゃあ、ちょっと待っててください」

先輩は、そう言って家の奥の方に引っ込んでいった。

「どうする気なんだろう」

それから、すぐに先輩は戻ってきた。

「青山君、コレを穿いてみてはいかがでしょうか?」

そんな台詞と共に、先輩が差し出したのは、短パンだった。
確かにこれを穿いてれば、スカートの動きや短さは気にならない。
万が一、スカートの中身が見えてしまう時でも、ガードは万全だ。

「そうっすね、短パン借ります」

先輩の申し出をありがたく受け取り、短パンを装着する。

「どうですか、穿き心地は?」
「あ、問題ありません」

あえて言うならば、全体的にちょっと大きめな気がするが……まあ、問題にならないレベルだ。

「それ、私が中学の時に使ってた物だから、小さくてサイズが合わないと思っていたんですけど、問題ないみたいでよかったです」
「…………」

俺の体型が中学生並み、と言われたようで少し複雑な気分だ。
まあ、いいか。不安の一部はなくなったし。
さて、そろそろ陽助と龍一が来る頃かな。
なんて思っていたら『ピンポーン』とチャイムの音が流れ、玄関の方から先輩を呼ぶ陽助の声が聞こえる。

「来たみたいですね、行きましょうか」
「……うっす」

さて、あいつらはこの格好を見たら、どんな反応をするだろうか。
……不安だ。





【目指せ、甲子園−14 おわり】

97ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/08/30(月) 15:07:48 ID:ADk4VZI2
とりあえず、ここまで
まさか、着替えるだけで一話使うとか予想外だった
『次回、偵察編』とか書いておきながら、話の展開遅くて行けませんでした、すいません
次回こそ、偵察編
9月中に投下できれば、します

では、また次回



そういえば、なにげに第一話を投下してから一年経ってますね

98名無しさん:2010/08/30(月) 21:10:01 ID:qLaCishc
乙!
続きwktk

99名無しさん:2010/08/31(火) 09:43:00 ID:wGt62dBI
投下キテタ!
ファンタさん毎度乙です
自分もそろそろ投下しようかな・・・

100 ◆jz1amSfyfg:2010/09/01(水) 21:42:51 ID:FHKkKXvQ
>>99
待ってますよー

101ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:06:34 ID:YZYDeeig
【目指せ、甲子園−15】





【翔太視点】

結論から言うと、二人に『女装が趣味の変態』だと誤解を与える事はなかった。もちろん、女だとバレる事もなかった。
それはよかったのだが……なんか、さっきからすごく視線を感じる(だいたい陽助のいる方から)んだけど、どういう意味なんだ……?
あー、でも聞くのめんどいし、いいや。

「皆さん、車の準備が出来たので乗ってください」

先輩が車の前で俺達に向かって手招きをしている。
今回、花坂高校に行くにあたり、移動手段としてみちる先輩のお父さんが車で近くまで送ってくれる事となった。しかも、帰りも乗せてくれるとの事だった。
後で、ちゃんとお礼を言っておかないと。

「よし、じゃあ行って、お父さん」

俺達が車に乗り込んだのを確認してから、先輩も助手席に座り車は進み出した。



それから車で二十分。
花坂高校の近くにあるコンビニに止めてもらい、車から降り徒歩で花坂高校に向かう。
道中、龍一について、どうしても気になる事があるので、聞いてみる事にした。

「なあ、龍一」
「……なんだ?」
「お前のその格好は、いったい何を意識してるんだよ」

『その格好』とは、もちろん服装の事である。
今日は、偵察なので顔を覚えられても都合が悪くならないように、変装してくるように二人にも言っておいた。
みちる先輩の『変装』は、髪を三つ編みにして眼鏡をかける、という、とにかく地味な外見になっている。
そして、陽助は髪型をオールバックにして、眼鏡を着用している。
偵察だから地味にする事は普通だと思う。
先輩と陽助で眼鏡が被ってしまったけど、大した問題でもないだろう。
だけど、龍一は違っていた。
サングラスをかけ、上下共にスーツを着ていた。
これくらいなら、普通はあんまり注目されないだろうけど、龍一が着る場合は別だった。
龍一は野球部の中で一番身長が高く、体格もいい。さらに高校生らしからぬ強面な上、妙な威圧感もある。そんな男がサングラスとスーツを着たら、どう見えるだろうか。
少なくとも俺には、頭に『ヤ』のつく危ない職業に就いている人に見える。
と、そんな事を考えている俺とは対照的に龍一は

「……高校生っぽく見せないためにスーツ着て…………今日は陽の光が強めだったから、サングラスをかけてきた」

102ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:07:24 ID:YZYDeeig
などと言った。
いや、確かに高校生には見えないよ。見えないけどさ……堅気の人にも見えないよ。
これじゃ目立つんじゃないのか?
不安を感じた俺は、先輩の方に視線を送る。
先輩は俺の不安を感じ取り、解決策を提示してきた……なんてことはなく、ただ笑顔を見せているだけだった。

「せ、先輩っ」

俺はたまらず先輩に近づき、小声で話す。

「いいんすか? 龍一の服装をどうにかしなくても」
「私はそのままでいいと思いますよ。少なくとも高校生には見えませんから変装の意味はありますし」

いや、いくらバレない格好でも注目されたらあまり意味ないんじゃ……あー、でも龍一なら見た目が見た目だけに、どんな格好でも目立ちそうだな。なら、下手に普通の格好させるよりは今の格好の方がいいのか?
と、一人悩んでいる間に花坂高校の校門がもう目前にある。
ここまで来たら仕方がない。なるようにしかならんか。

「あ、大事な事を忘れてました」

校門をくぐる寸前、先輩がそう口にした。

「チーム決めをしておきませんと」

チーム? いったい何の事だ?
俺は余程『何の事?』って感じの顔をしていたのか、先輩が俺の方を見て小さく笑った。

「考えてみてください。四人で固まって入って、全員で練習をジロジロ見てたら、どう思われると思います?」

もし、自分達が見られる立場になったら、と想像してみる。
練習をジロジロ見ている奴らがいると知ったら、気になるし気が散るかもしれない。
つまり、注目されるという事だ。しかも人数が多いほど、気づかれる確率は高まる。
偵察を行う側からしては、注目されるのは避けたい。
ならば、四人で固まったまま入るのは、あまりいい方法とは言えない。
陽助と龍一も同じ結論に達したようだ。
俺達の表情を見て、先輩は「わかったようですね」と呟いた。
それから、俺達は校門の前で手早く相談し、チームを決めた。
チームは人数の都合上、二人一組のチームを二組作る事となり、一組は俺と陽助、もう一組は龍一とみちる先輩となった。

「じゃあ決まりましたし……行きましょう」

先輩の言葉と共に、俺達は校門をくぐり花坂高校内へと侵入した。

103ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:08:25 ID:YZYDeeig
高校の敷地内に入り、すぐに先輩達と別れた。
先輩達はそのままグラウンドへ向かい、俺達は別の方向へ。
念には念を入れて、野球部のいるグラウンドには二十〜三十分程の時間差で入るつもりだ。

「んで、どうする?」

陽助が質問してきた。質問の意味は、グラウンドに行くまでの二十〜三十分の間、どこでどうやって時間を潰すかという事だろう。

「敷地内を適当にぶらついてりゃ、すぐに時間になるんじゃない?」

ここは他校だから、校内に入らずとも敷地内をぶらついていれば何か物珍しい事の一つや二つあるかもしれない。それを見てれば二十分や三十分なんて、すぐにたってしまうだろう。

「ま、他にプランもないし、それでいくか」

そんな訳で、俺達はアテもなく敷地内をうろついた。

104ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:09:29 ID:YZYDeeig
【みちる視点】

私は、川村君と一緒にグラウンドの方に向かった。
途中ですれ違う生徒と思わしき人達が、みんな目線を合わせようとせず、何気なく距離を空けていた。そんなに川村君の格好怖いかな?

「…………」

川村君は何にも言わない。
もともと寡黙だから、心中が図り知れない。

「着きましたね」

目的の、野球部の練習場に辿り着いた。とはいえ、いきなりフェンス近くまで行き、食い入るように見つめるなどというような真似はしない。
目立たないように、花坂高の戦力を探らないと。ちなみに、打撃陣の私達は花坂の投手陣を探る。
通行人のふりをして、花坂の投手陣が練習している場所を探す。

「……先輩、あそこじゃないすか……?」

川村君が、視線のみで場所を示す。
私も視線を動かし、示した場所を見る。
そこには、雨風や日光をしのぐ屋根だけで構成された簡素なブルペンがあった。とはいえ、ブルペンがビニールハウスな我が高に比べれば、大分マシだろうけど。
とりあえず、さりげなく偵察する。
幸運な事に、野球部の部員達は私達の存在に気づかない程、練習に熱中していた。
さて、ここの投手陣の実力はどんなものか。
練習中の投手達に視線を走らせる。

「ふむ……」

強豪校だけあって、いい投手が揃っている。が、これで甲子園常連と言われると疑問符が浮かんでしまう。
私は、今年の夏の地区大会の決勝戦、つまり我が校と花坂高校の戦いをテレビで見ていたが、当時の花坂のピッチャーは三年のエースが登板していた。彼は投手として素晴らしい実力を持っていて、敵側の立場で見ていた私ですら凄いピッチャーだったと思った。
が、今の花坂には私にそんな思いを抱かせるピッチャーが一人もいなかった。
いくら三年が抜けたからって……これじゃあ、春に甲子園に行けるか怪しいところだ。
とはいえ、こっちは甲子園どころか一勝できるかどうかすら危うい。きっちりと戦力を調べないと。
そんな時、一人の少女がブルペンに入ってきた。
歳は、見た目で言えば15歳くらい。周りの部員と同じユニフォームを着ているから、あの子も部員のようだ。
セミロングの暗い茶髪を揺らしながら、キャッチャーミットではなくグローブを左手にはめる。どうやら投手のようだ。

105ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:10:29 ID:YZYDeeig
彼女がプレートの前に立つと、続けてブルペンに入ってきた少女と同い年くらいの少年が、慌ててキャッチャー用の装備を着けている。どうやら、彼が彼女の球の受け手のようだ。
途中で彼女に急かされながらも装着が終わり、横一列に並んでいるキャッチャーの横にしゃがみ、構えた。
彼女もまた、横一列に並んでいるピッチャーの横に立ち、右手にボールを握る。
大きく振りかぶって、ボールを投げた。
ごく普通のオーバースローだ。
そう、普通の投げ方だった。
しかし、彼女が投げたボールは私の予想を超えた速さで、少年のミットに突き刺さった。

「な…………」

絶句していた私の耳に、川村君の驚いたような声が入りこんできた。
川村君にも私と同じ物が見えたらしい。という事は、今のは私の見間違いではないようだ。
そして、周りの部員達が何事もなかったかのように平然と練習を続けているところを見ると、まぐれでもないらしい。もっともまぐれで投げられるような球ではなかったけれど。

「今のどのくらい?」

そう言い、彼女は後ろを振り向いた。
彼女の視線の先には、ジャージを着たマネージャーらしき女の子がいる。手にはスピードガンを握っていた。

「えーとですねえ……」

マネージャーらしき子はスピードガンに表示されている数字を見て、小さく「わっ」と声をあげる。

「142キロ出てますよー!」
「当然よ。私を誰だと思ってるの」

報告を聞いた少女は腕組みをし、自信に満ち溢れた表情で答えた。

「流石です、遥お嬢様」

キャッチャーの少年が話しかけると、少女はさらに気を良くしたのか抑えきれなさそうな笑顔を浮かべた。
しかし、少年が言った「お嬢様」とは、変わったあだ名だ。
……あだ名だよね?
と、そんな時に他の部員達がヒソヒソと小さな声で話を始めた。

「しかし、春風は凄えよな。どっかいいトコのお嬢様ってだけでも十分なのに」
「それに加えて一年なのにあの実力だろ? 人生って不公平だよなぁ……」

なるほど。あの『春風 遥』と言う少女は本当にお嬢様だったのか。
しかし、知りたい情報が都合良く知りたいタイミングで出てくると、ちょっと不安になるね。

106ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:11:30 ID:YZYDeeig
それにしても、一年生で142キロか……この目で見なきゃ、とてもじゃないけど信じられなかった。
そもそも、女性投手で140キロ台を出せる選手自体が少ない。プロでも一チームに一人いるか、いないか、といった程度。
それを、つい半年前まで中学生だった者が投げれるなんて……驚いたどころじゃ済まない。
これは強敵になるかもしれない。
とりあえず、もっと観察しておかないと。
と思ったのだけど、春風はジャージ姿のマネージャーに何やら耳打ちすると、グローブを預けてグラウンドから出ていこうとする。

「お嬢様、どちらへ? よろしければ僕もゲフウッ!?」

それを見たキャッチャーの少年が慌てて春風についていこうとして、春風に蹴り倒された。
そして春風はそのままグラウンドの外へと消えていった。

「……遼君、お嬢様はトイレに行くって言ったんだよ」

マネージャーがしゃがんで、倒れた少年に話しかけるが、少年は起き上がる事なく、しばらく痙攣していた。

107ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:12:38 ID:YZYDeeig
【翔太視点】

「しかし、ここは活気があるな」

俺の言葉に、陽助は頷く。

「そうだな、どの部活も熱心に練習している」

この二十分間、屋外で活動している部活を見て回ったが、全ての部が休日だというのにまるで平日の放課後のような人数で活動している。しかも、ほとんどの部員がやる気に満ち溢れていて、面倒くさそうにしている者はごく少数だった。
休日返上してるんだから、強い訳だ。
今、高校に残って練習しているうちの新入部員達に見習わせてやりたい。

「さて、そろそろ良い時間だし行こうぜ、翔太」
「あ、もうそんな時間か」

腕時計を見ると、敷地内に入ってからすでに二十分が経っていた。
丁度、時間潰しも終わったところだったし、良いタイミングだ。

「んじゃ、行くか、陽助」
「おう」

野球部のいるグラウンドへと行こうとしたが、途中で尿意に襲われた。

「陽助、先に行っててくれ」
「どうした、翔太?」
「ちょっとトイレ行きたくなったから、学校でトイレ借りてくる」
「そうか、寄り道すんなよ」
「わかってるって」

こうして、俺はグラウンドに向かう陽助と別れて、校舎へ向かった。
来客用玄関から入り、事務の人にトイレを借りる旨を伝え、校内に入る。

「花坂高校の校舎の中って、こんな感じなんだ……」

校内は我が校と比べると小綺麗で、部活に続いてうちの高校との差が開いた。
しかし、ゆっくり眺めている暇はない。早くトイレに行かないと。
適当に先に進んでいると、トイレを見つけた。だけど、職員用トイレだった。
職員用トイレに入るってのは、気分の良いものじゃない。ましてや他校のなんて、余計にだ。
まあ、もう漏れそうって訳でもないし、他のトイレに行こう。
その後、一階を歩き回ったがトイレは見つからなかった。
まあ、普通ワンフロアにトイレは二つもないよな。

「しょうがない、二階行くか」

階段を上って二階に行き、トイレを探し回る。

「あっ、トイレあった……って故障中か」

トイレには男女両方に『故障中』と書かれた紙が貼ってあった。
仕方ない。どうせこのフロアにもトイレはないだろうし三階に行くか。

108ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:13:18 ID:YZYDeeig
三階に上がって、トイレを探す。

「よし、トイレ見つけた……って、今度は掃除中かよ!」

三階のトイレには男女両方に『清掃中』と書かれた立て札が立てられていて、トイレの中からはブラシで床を磨く音が聞こえてくる。
結局、三階も駄目だった。しょうがない、四階に行くか……トイレに行くだけなのに、なんでこんなにあっちこっち歩き回らなきゃならないんだ。
それにトイレのある場所は、階段から遠い場所にあるから余計に歩き回ってる感がある。

「はあ…………」

ため息を漏らしながら、階段を上がる。
しかし、この学校って四階もあるのか。うちの学校は三階しかないのに。
……なんか、うちの学校ってことごとく花坂高校に劣っているような。
まあ、いいや。とりあえずトイレ。
しかし、この階は三階とちょっと構造が違うような。そのせいか一通り歩き回ったのに、トイレが見つからない。

「参ったな……あ」

困り果てて視線をさ迷わせていると、近くの廊下で男子生徒二人が何やら話をしていた。
丁度良い、あの二人にトイレの場所を聞くか。

「あの……あっ」

おっと、危ない。普段通りの低い声で話すところだった。
今の俺は女の格好してるんだった。
声を少し高めにするように意識しながら喋らないと。

「ん?」
「なんだ?」

男子生徒達がこっちを振り向く。
声を高めに意識して、と。

「すいません、聞きたい事があるんですけど」

よし、とりあえずこの声なら男に聞こえないだろう。

「「…………」」

な、なんだ、こいつら。口をポッカリと開けたまま黙ってやがる。何か言えよ。
とりあえず、沈黙は気まずいんでもう一度話しかけてみよう。

「あの……」

と話しかけようとした瞬間、男子生徒の片割れが言葉を発した。

「可愛いな……」
「……え?」

可愛いとか言われたような……聞き間違いか?
もう一人の男子生徒も口を開いた。

「ああ……ねえ、キミどこから来たの?」
「え、えーと……」

な、なんなんだ、この状況? 何がどうなってるんだ?
しかも、俺が質問するはずだったのに先に質問されたし。

109ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:14:06 ID:YZYDeeig
「どこから来たの?」って言われたんだけど、質問には答えなきゃダメなんだろうか?
バカ正直に答えるのはNGだろうし、なんて言ってごまかすか決まってないし、あんまり答えたくない。

「キミこの後、暇?」

考えている間に、次の質問が飛んできた。
この後、暇かと聞かれると答えはNOだ。今からトイレに行かなきゃならないし、その後は野球部の偵察だ。暇なんかない。

「あの、ちょっと用事があって暇じゃないです」
「じゃあさ、その用事っていつ終わるの?」
「えーと、ちょっといつまでかかるかは判りません」
「だいたいでいいからさ、教えてよ」

なんで、こいつら執拗に聞いてくるんだよ。俺はトイレの場所聞きたいだけなのに。
このままじゃ時間の無駄だ。他の人に聞くか自力で探そう。

「ごめんなさい、用事があるので俺……じゃなかった、私はこれで……あっ」

強引に話を切り上げて立ち去ろうとしたが、男子生徒の一人に腕を掴まれた。

「ちょっと待ってよ、用事終わったらでいいから俺達と遊びに行かない?」

今、この男の台詞で気づいた事がある。
もしかして、俺……ナンパされてる?
考えたくはないが、そうとでも考えないと解釈できない台詞もあるし……うへえ、冗談じゃない。
つーか、こいつらいつまで俺の腕掴んでるんだよ。

「あの……離してください」
「あっ、ゴメン」

男子生徒が掴んでた腕を離したのを感じ、俺は逃げだした。

「ちょ、待てって!」

しかし、数歩も進まないうちに再び腕を掴まれた。
逃走失敗。

「なんで逃げようとすんだよ。遊びに行かないか聞いただけなのに!」
「ははは、おめえが怖え顔してっから何か変な事されるかもってビビってんだよ」

いいえ、ナンパされるのが嫌だからです。
って言えればどんなに楽だろうか。

「とりあえずさぁ……変な事する訳じゃねえんだし、遊びに行かねえかって誘ってるだけだしさ」
「い、いえ、私忙しいし……」
「そうつれない事言わないでさ」
「痛っ……」

くっ……こいつ、俺の腕を力入れて握ってきやがった。
こっちをただの女だと見て、少し痛みを感じさせれば言う事を聞くと思ってるんじゃなかろうか。

110ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:15:26 ID:YZYDeeig
生憎だが、俺の精神はまだ男だ。この程度の痛みには屈しない。
だが、掴まれている場所がまずい。
右腕、もっと細かく言うと右手首である。
右利きで左打ちの俺にとって、右手首の怪我は攻守ともに痛手を負う事になる。
特にキャッチャーにとっては、送球に支障が出るのが痛い。
俺は、ただでさえ弱肩なのにさらに送球に難が増える事になってしまったら……ヒットが全て二塁打、場合によって三塁打なんて事になる。
それはまずい。

「あのっ、離してください!」

痛みを感じた事を隠さず表情に出しながら、男子生徒の手を振り払おうと右腕を振り回す。が、ガッチリと掴まれて振りほどけない。
男子生徒の顔を見ると、俺を見下したような下卑た笑顔を浮かべていた。所詮、女子と侮っているのだろうか。
その顔を見た瞬間、怒りが沸いて空いていた左手を固く握りしめた。
我慢の限界だ、ぶん殴る。
他校で騒ぎを、それも暴力沙汰を起こしたくはなかったが、ここまでくれば正当防衛だろう。
そのニヤけた面をぶっとばしてやる!
怒りに任せて拳を突き出そうとした瞬間、横から別の手が伸び、俺の手首を掴んでいた男子の腕を掴んだ。

「えっ?」

男子の腕を掴んだのは、もう一人の男子ではなくユニホーム姿の女子だった。
その女子は、暗い茶髪の隙間から冷たい視線を、腕を掴んでいる男子に向けた。

「二人とも、練習に来ないと思ったらこんなところでサボって、おまけに他校の女子とは……結構なご身分ですわね」

視線同様に冷ややかな言葉をぶつけられた男子達は、逃げるように去っていった。

「大丈夫でした?」

呆然と、茶髪の女子と男子達の様子を見ていた俺は、女子からかけられた言葉で我に返った。

「あ、は、はいっ」
「手首掴まれてたようですけど、痛みませんの?」
「はい、なんとか……」

助けてくれたし、とりあえず悪い人ではなさそうだ。
ちゃんとお礼を言わないと。

「あの、危ないところを助けていただいてありがとうございました、えっと……名前は」
「春風 遥ですわ」
「ありがとうございました、春風さん」

111ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:16:11 ID:YZYDeeig
俺がお礼を言うと、春風さんは優雅に微笑みながら「当然の事をしたまでですの」と返してきた。
その仕草からは気品のようなものを感じだ。

「でもいっぺんに二人も追い払うなんて凄いですよ」

そういえば、春風さんは二人の事を少なからず知っているような口ぶりだったな。

「あの二人と知り合いなんですか?」

その質問に、春風さんは少し寂しげに眉をひそめ、答えた。

「あの二人は、私と同じ野球部に所属していますの」
「野球部に……」

意外な感じだった。この高校の部員はみんな熱心だと思っていたから、サボリがいるとは思ってもいなかった。

「ええ、あの二人はいつもサボリ癖がついているから苦労して……と、すいません、愚痴になってしまいましたわ」

「いえ、大丈夫です」

という事は、春風さんも野球部員か。
もしかしたら、来週戦う相手になるかもしれない。

「ところで何故、他校の生徒が校舎内に?」

あの二人の行動のインパクトが強くて忘れていたが、大事な用件を済ませていなかった。

「あの……」
「なんですの?」
「トイレの場所……教えてください」





【目指せ、甲子園−15 おわり】

112ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:16:57 ID:YZYDeeig
とりあえず、ここまで
今回は視点が変わります。変わる際には一応、その視点キャラの名前を【】で挟めて書いてあります

偵察はとりあえず長くなりそうなので、前後編にしました
次回の投下時期は十月を予定していますが、十一月になるかも……



では、また次回

113名無しさん:2010/09/28(火) 22:42:22 ID:???
乙!

114名無しさん:2010/10/27(水) 00:55:33 ID:a7HTuyho
初めまして、なんか思いついたので投下してみようと思います。
書き溜めもないし遅筆なので忘れた頃にでも続きを書けるようがんばろうと思います。
稚拙でしかも短くてスマソ(´∀`;)


−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅰ


「………………」
 ある土曜日、中学時代から仲が良かった女友達と、いつもの如くウチで遊んでいた。
 別段卑猥なことはしていない、普通にゲームをしていた。
 自分に姉が二人いたこともあって、女の子といることに慣れてたから、女の子と遊ぶのも男と遊ぶのも特に差異がなかった。
「………まじかぁ………」
 だから別に、いつものように家で一緒にゲームをして、疲れたから少し姉の部屋で昼寝をしていたんだ。
 姉はもうとっくに自立して家を出てたからここはもう一つのオレの部屋だし。友達はゲームしてるし。
 で、なんだか妙な夢を見て、でもそれがなんだか心地よくて、目が覚めたときまだ夢の続きを見ていたいと思いながら寝ようとしたんだが、やっぱり眠れなかった。
 そして寝返りをうってうつぶせになったとき、気がついたんだ。


「……オレまだ、15歳なって一週間だぞ……」


 あまりにも長いこと部屋に戻ってこないオレを怪訝に思った友達……ケイコが、呆然としているオレに声をかけてきた。
「おーい、いつまで寝て……起きてるじゃん。起きてるならこっちきなよ」
「あ、あぁ、あの、ちょっと……」
「どしたん? もう夕方だし電気点けるよ?」
「ちょっと! 待って! 電気ダメ!」
「はぁ?」
「いや、その、ちょっと悪いんだが、電気点けないでこっち来てくれないか」
 オレの体が異常事態を起こしてなければ、まるで卑猥な行為を誘っているかのような台詞だな、等とこの非常時に考えているオレは冷静なのかバカなのか。
「あぁ、まぁいいけど……」
 ケイコがベッドの横で膝立ちになり、ベッドに座っているオレに目線を合わせる。
「ちょっと、手貸して」
「ほれ」
 差し出されたケイコの手を取るオレの手は汗ばんでいた。こんな形でケイコの手に触れることになるとは思わなかったが、そのケイコの手がなんだか、小さい様な大きいような、不思議な感じがした。
 そして、おそるおそる、まるでこれが夢ではないか確かめるかのように、オレはケイコの手をオレの胸にあてた。


「………あちゃー………」


 その、どこかのんきな言葉で、オレはこれが現実であることを悟った。


 −続く−

115名無しさん:2010/10/27(水) 22:00:58 ID:???
乙!

116名無しさん:2010/10/28(木) 00:30:46 ID:c6VZ/9Jw
−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅱ


 とりあえず現実を無理矢理把握したことにして、オレは苦笑いするケイコに連れられて階下のリビングに降りていった。
 そしてキッチンで仲良く夕飯の支度をしている両親に声をかけ、二人が振り返ってオレを見ると……
「え……?」
「あら……まぁ……」
 やはり驚いた。そうだよな、そりゃ驚くよな……と思ったのも束の間、親が何に驚いたのかを聞いてオレはすっころんだ。
「おまえ、ケイコちゃんとしてなかったのか!?」
「あなた、ケイコちゃんの前で言うことじゃないでしょ」
 いや、そこは、言うことが違うでしょってツッコむところだよ母さん。
「いやぁ、なんというか、面目ないというか、すみません」
 ケイコが苦笑いしながら謝る。いや、謝るなって。なんかオレ惨めじゃん。
「いやいやいや、ケイコちゃんが悪いわけじゃないから! そういうのはむしろ、この意気地無しなミノルがいけないんだし」
「悪かったな意気地無しで」
 そう言ってそっぽを向くオレはあれか、さしずめツンデレのツンってやつか。
「それにしても……先週15歳になったばかりなのにねぇ……」
 まったくだ。
「女の子になるならなるで、いろいろ準備しなきゃいけないのに……」
 我が母ながらこの順応性と天然性にはついていけん。
「あ、それなら明日あたしがいろいろ見繕ってあげますよ。あたしの着ない服とか譲りたいですし」
「じゃぁ、お願いしちゃおうかしら」
「まかせてください」
 なんか声がおかしいので黙ってたらいつの間にか明日のスケジュールが決まってしまった。オレの意見は聞く気なさそうだし。
「よ〜し! じゃぁ張り切って服とか持ってきますね! そしたらいろいろ発掘しなきゃいけないんで今日は帰ります!」
 発掘って。おまえの部屋は遺跡か。
「また明日! ミノルは着せ替え人形になる覚悟を完了しといてね!」
 ケイコはハイテンションにそう言い残して颯爽と帰って行った。


 が、試練は翌日を待たずして訪れた。
 そう、風呂だ。
 夕飯を食べて部屋に戻り、現実の重さにげんなりしていると、階下から「お風呂入りなさ〜い」という母の声が聞こえてきたので、ため息をつきながら下着と着替えを持って浴室へ向かう。
 そして再びため息をつきながらシャツを脱いだとき、眼下にある控えめなふくらみが目に入ってどぎまぎしてしまった。
 いやいやいや、いくら女の体でもこれ自分だぞ? いや、でも女が好きだったんだから女の体は好きなわけで………何考えてんだオレ。
 っていうか、これ、下はもっとすごいことになってるんだよな………?
 おそるおそるズボンを脱ぐと、ボクサーパンツの前にあるはずの見慣れた膨らみが無い。さらにおそるおそるボクサーパンツを脱ぐ。
「ま、まじか……まじでないのか……」
 正直上から見ただけじゃ何もわからん。長年慣れ親しんだ体の一部が消滅し、残りは陰毛に隠れて何もわからん。だが触って確かめるのは怖いのでやめておく。
 オレは浴室の鏡を見るのが恐ろしい気持ちと楽しみな気持ちが8:2ぐらいの割合で混在しながら、ガラリと浴室の戸を開けた。


 一つわかったことがある。女の乳首って気持ちよかろうとどうだろうと、刺激があれば立つんだな。これは勉強になった。
「なんのだよ……」
 思わずセルフツッコミを入れてしまうほどオレは参ってるようだ。もう寝よう。
「あぁ……トイレ行かなきゃ……」
 えーと、小さい方でも座ってするんだよな。なんか、男の時より我慢が難しい……うわ、なんか、まっすぐ出ないんだな、女が立ちションできない理由がわかった。

 等と難儀しつつ、翌朝もぼーっとしたまま慣れないトイレを済ませ、朝食を食べ終えたころケイコがやってきた。
 すげー大荷物で。


 −続く−

117名無しさん:2010/10/28(木) 22:13:56 ID:???
乙です!
続きwktk

118名無しさん:2010/10/28(木) 23:57:13 ID:/WnRAz9w
反響あると励みになりますね(*´Д`)

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅲ


「こんにちは〜」
 そう言って大荷物を抱えたケイコがウチへ来ると、早速オレの部屋は布で埋め尽くされた。
「下着は……合わないね。これは買いに行こう。服はサイズ合いそうなの全部あげる。早速着てみて」
 抵抗するのは無駄だろうと思い、言われるがまま様々な服を着た。
 ワンピース、ブラウス、キャミソール、ホットパンツ、ドルマン、スキニージーンズ、フレアスカート、ミニスカート、ロングスカート、ってスカート多くないか。
「せっかくだし買い物行くときはミニで生足を強調して……」
「ちょ! それは勘弁!」
「えー、じゃぁせめてスカートははいてよー」
「あぁ……可哀想なオレ……」
 というわけでロングスカートの下になんだこれ、レギンスとかいうのを履いて、ブラの代わりに体にぴったりするタンクトップを着て、その上に七分袖のシャツを着る。
 さらにその上に薄手のカーディガンを着て………化粧をしてもらうと、鏡の前に立ってるのは24時間前ここにいたヤツとはまったく別人の女だった。
「なんか……あたしより女らしくてむかつくんだけど」
「褒められてる気がしねぇ。にしても、髪が短くても女は女に見えるもんなんだな……」
 複雑な心境ではあるが、しっかりコーディネートされたオレはもう立派な女の子だった。元々釣り目だったので、ちょっとキツそうな顔のショートヘアなボーイッシュ女の子、といった感じか。
 醜く変化しなかったのがせめてもの救いか……といってもまぁ、周りのすでに変化してしまった人達は、不思議とみんな綺麗になってるから不思議だ。
 変化の代償として美しくなるよう遺伝子に組み込まれてでもいるんだろうか。
「よし、買い物行こう! まずは最優先の下着と、化粧品と生理用品と……ヘアピンとか小物も欲しいね!」
「おまえ、ずいぶん元気だな」
「まぁ、なっちゃったもんはしょうがないじゃん? くよくよしてるより、現状を受け入れてそれに順応し、せっかくなら女を楽しまなきゃ人生もったいないじゃん」
 真顔のケイコにそう言われて、なんだか目からウロコが落ちたような気がした。
「………そっか、どっちにしろ元に戻る訳じゃないもんな」
「そうそう、明日学校でみんなの度肝を抜いてやんな」
「げ! そういやそんな大イベントが残ってた!」
「同じクラスでよかったわぁ〜みんなの驚く姿とあんたのどぎまぎする姿を拝めるんだもんね〜」
「………悪趣味」
「うるさいわね。ほら、行くよ」


 というわけで、最初に下着屋へ来たわけなんだが……
「すいませ〜ん、この子のサイズ測ってもらえますか〜?」
「は〜い」
 うん、くよくよしてても仕方ないけど、人間そんなすぐ開き直れないよね☆キラッ
 そんなわけでめっちゃどぎまぎして挙動不審なオレに、下着屋のお姉さんは苦笑していた。
「えと、この子あれなんですよ、つい昨日女の子になっちゃって」
「ちょ! そんなあっさりバラすなよ!」
「あ〜なるほど。まぁ、そういう方はけっこう来られますし、みんな同じような反応をするのでそうかな〜とは思いました」
 はははと笑う二人の前で、オレだけ赤面してるのはなんか不公平な気がする。
 で、なんとかサイズを測り終えたオレは、女性用下着の値段の高さに驚愕した。
「パンツ一枚で済んじまう頃が懐かしいぜ……24時間前だけど」
「ふむ。意外と胸板あるのね、今後変わってくるのかしら。どちらにしろまぁBカップってのは妥当ね。(あたしより大きかったらぶっとばしてるところだわ)」
「え? 何?」
「何でもない。さ、次は化粧品ね」

 こうして、オレの貴重な休みは慣れない買い物に費やされ、一日前まで縁のなかった大量の物資と、果てしない疲労だけを残して過ぎていった。

 −続く−

119名無しさん:2010/10/29(金) 00:05:47 ID:???
GJ!

120名無しさん:2010/10/29(金) 23:30:25 ID:rfyuTAqA
ついに学校です。
そろそろなんか、えろいシーンを書きたいところですw

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅳ


 翌朝、さすがにトイレには慣れてきたが、Bカップのブラジャーを着けるのに悪戦苦闘し、恥ずかしながら母親に手伝ってもらった。
「これをこれから毎日着けなきゃいけないのか……」
 正直言って、胸の下が締め付けられて苦しい。あとかゆくなる。まぁ着けなきゃいけないのはわかるけどな。
「ふむ……制服は男子のでいいよな、とりあえず」
 女性用下着を着け、男性用のシャツを着て、男子の制服を着る。体が女じゃなかったらちょっとキワドイ趣味の人だなこりゃ。
「じゃぁ、行ってきます。めっちゃ勇気いるわ」
「まぁまぁ、学校行けばケイコちゃんいるんだから」
「それも逆に怖ぇって」
 しかし母さんはずいぶん慣れたようだ。オレの500倍は順応してやがる。


 で、とりあえずは運良くクラスメイトや他クラスの友達に会うことなく教室にたどり着いた。
「うーす」
「うぃーす」
 いつも通りの挨拶をする。可能な限り声を低めて。
 とりあえずパッと見では誰も気づいてないようだ。よかったような困ったような。
 が、早くもオレの運命はオレを翻弄することとなった。
「出席とるよ−、座りなさーい」
 そう言いながら担任の、背が高くて穏和で柔和な初老の男、竹本先生が入ってきて教壇に立ち、クラス全体を見回す。彼はそうやって生徒の顔をざっと見てチェックするのが日課だそうだ。具合悪そうなヤツがいるとすぐ気づくからすごい。
 で、その視線がオレの前で一瞬止まったわけよ。
「橋本ワタル……深谷カナエ……藤井ミノル……」
「はい」
 呼ばれたので返事をした。もう半ば覚悟完了だ。
「うん? 藤井、その声どうした?」
 やっぱ気づいたよ。この先生なら絶対気づくと思ったよ。
「いや、別に」
「ふぅむ………ちょっと立ってみろ」
 覚悟完了。
「はい」
「ふむ、なるほどな。まぁ心配するな、先生は今まで何十何百という人数を見てきたんだ。別に驚きはせん」
「先生はそうでも、みんなが驚きますよ」
 もう声を低めるのも諦めて普通に喋ってみた。途端に教室が、某マンガによく書かれてるざわざわ状態になった。
「ミノル……おまえもしかして……」
 前に座る角谷(すみや)がオレを見上げて驚愕している。オレは返事の代わりにため息をついた。
「とまぁそういうわけで、今日から女子が一人増えるからみんなよろしくな。特に女子、はじき者にしたら先生ぶち切れるからそういうことないように」
 この穏和な先生が笑顔でそういうコトいうと逆に凄味がハンパない。
 で、案の定教室中が大騒ぎになった。先生はこういう事態に慣れてるらしく、苦笑するだけであえて止めなかった。
「ちょっと、なんでそんなにかわいくなるのよ! あたしも男から女になりたい!」
「うわ〜、ウチのクラスじゃ初だよね〜、仲良くしようね〜」
「ねぇねぇ、下着は女物着けてるの? 制服は女子の着ないの?」
 愕然とする男子をよそに、女子はどことなく嬉しそうだった。何故だ?
「っていうか、藤井君がなるとは思わなかったわ。ケイコといいカンジだったからてっきり……」
「そうそう、私もそれ思った」
 まるでオレが据え膳を見過ごしたかのような言い方だ。
 いやまぁケイコのことは好きは好きだよ。恋愛対象にならないってわけでもないけど……逆に近すぎてそういうカンジにならなかったっていうのが妥当なところかもしれん。

 とまぁそんなわけで、オレは高校一年の秋までを男で過ごし、残りの人生を女で過ごすことを痛感したのだった。


 −続く−

121名無しさん:2010/10/30(土) 00:10:07 ID:???
乙!

122名無しさん:2010/10/30(土) 23:51:56 ID:cTqUBfAU
今回のミノルはかわいいですよ、えぇ。

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅴ


「とりあえず女子の制服ができるまではその制服で登校してくれ。トイレはすまんが教員用のトイレを使ってもらう。学ラン着た女子が女子トイレはまずいし、男子トイレはちょっと別の意味でまずいんでな」
 そう、オレは貞操を守る側にまわったのだ。今までオレが女子を見ていたような目で男子がオレを見る。

 いや、見るのか? 元男だぞ。あぁでも男って(一昨日までのオレを含めて)バカだからなぁ……体が女ならその辺は案外気にしないのかも。

「しかし、教師の私が言うのもなんだが、このクラス初の女性化がおまえとは意外だ」
「先生まで言いますか、それ」
 オレは今、小会議室で、担任と女性化担当教諭と話をしている。一応こういう例に関するガイドラインが学校にはあるようだ。
 まぁ当たり前か。年に何十人と変わるわけだもんな。
「いやまぁ、なぁ。最近は世間的にもそこまで学生同士のSEXを咎める風潮が無くなってきたし、なぁ」
 いつから女性化が始まったのかは知らないが、最近女子は好きな男子がいると、女性化されると困るので早いうちに童貞を捨てさせようとけっこう大胆になるし、ガードが緩く……というかガードしなくなるらしい。
 まぁこれは童貞捨てたダチの話だけど。
「とにかくなっちゃったもんは仕方ない。クラス初ではあるが学年初ではないし、そのうちウチのクラスでも他にこうなるヤツが出てくるだろう」
「そういう意味じゃ、オレは貧乏くじ引いた感じですね」
「まぁそう言うな。藤井は元々女子とも仲が良かったから、そこはすごく助かってるんだ」
 確かに女子に嫌われてるヤツがなるよりはクラス内での問題は起きにくいだろう。


 とまぁそんな感じでオレは様々な困難とわずかな幸福と共に女としての人生を歩き始めたわけだ。


 わずかな幸福ってのはアレだ、その、なんだ、女子の生着替えはぁはぁってやつだ。
 女になって初めての体育はやばかった。っていうかオレは参加できなかった。
 だって目の前で十数人の女子が下着姿だぞ!?
 童貞には刺激が強すぎるって!
 思い出すだけで赤面しちまうわ!

「えーと……オレどうしたらいいんだろう?」
 体育の授業の前、教室から男子を追い出し、女子だけになったところでオレはどうしたらいいかわからなくなってしまった。
 だってオレ、追い出される側だったんだぜ?
「普通に着替えればいいんじゃない?」
「まぁ、それはそうなんだけど……みんなよくオレがいて大丈夫だね」
「だって女同士じゃん」
「ついこないだまでさっき追い出したヤツらと同じで、みんなのことえろい目で見てたんだよ? で、体が女性化したって中身まですぐ女になるわけじゃないし……」
「おぉ、つまり照れてるんだな、かわいいやつめ〜」
 楠サナエという、ケイコほどではないが仲のいい女子がそう言いながらオレに近づいてきた。上だけ下着姿で。
「ちょ! こっち来んな!」
「た、たしかにかわいいかも……」
 赤面しながら後ずさるオレのどこがかわいいっていうんだ。何故か知らんが他の女子まで寄ってきた。というか、追い詰められた。
「胸は小ぶりなのねぇ。あ、でも肌がすっごい綺麗」
「見て鎖骨が超綺麗! 羨ましいんだけど!」
「あ、でもおしりはけっこうあるのね」
 慣れてないせいで着替えの遅いオレは、ちょうど上だけ脱ぎ終わったところで女子に群がられた。うぅ……辺り一面女の匂い……ちょっと幸せかも……
「ねぇねぇ、おっぱい触らせてよ」
「だ、だめ!」
 思わずブラウスをつかんで胸元を隠す。マンガでよくあるよな、こういう光景。
「えーいいじゃない、あたしのも触らせてあげるからさー」
 とかなんとかやってるウチに、サナエが戯れにオレの首筋を舐めやがった。
「ひゃぁっ!」
 なんだこれ! なにこの感覚! 腰が……
「え、あ、ごめんごめん、まさかそんなに感度がいいとは」
 驚きと、初めて感じるこのなんだ、腰にくる感覚で、オレはしゃがみこんだまま立ち上がれなくなってしまった。ますます赤くなってうつむくオレ。こういうのマンガで以下略
「サナエー、そういうのは学校終わってからにしなさいよねぇ」
 ようやくケイコが来てくれたが、ツッコむところ間違ってませんか。
「立てる?」
 言われてオレは首を振った。
「ごめんごめん、先生には私から言っとくから〜」


 女ってすごい。女って怖い。


 −続く−

123名無しさん:2010/10/31(日) 00:30:19 ID:???
GJ!

124名無しさん:2010/11/01(月) 00:22:42 ID:HjBxycdc
青い春ですねぇ。

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅵ

 それから一週間、日常のよくあることは大概経験したので、オレはだいぶ女でいることに慣れてきた。もう風呂に入るたび自分の体を見てどぎまぎなんてしない。
「でも他人の女の体はダメなのよね〜」
 そう、ケイコが言うとおり、自分の体を他の人に見られたり、女子の体を見たりってのはどうしてもだめなのだ。
「女を好きだったんだからそう簡単に変わらんでしょ」
 そういえば言葉遣いは変わってないな。
「あたしの従兄弟は三年前に女になって今彼氏とよろしくやってるみたいだけど、ミノルもいずれそうなるのかねぇ」
「それよりおまえの心配しろよ」
「ごもっともで」
 結局女になったところでオレのすることは変わらず、またいつも通り土曜にウチでケイコとゲームなんぞしている。
 で、今度はケイコが先にオレのベッドで昼寝を始めたので、オレは姉の部屋で昼寝することにした。女性化した時と同じようにしたら起きたとき元に戻ってないかなーと淡い期待をしながら。


 が、オレが目を覚ましたとき直面したのは、男の体に戻っているという奇跡ではなく、オレの頬を撫でるケイコの申し訳なさそうな顔だった。
「あ、ごめん、起こしちゃったね」
「いや、ケイコのせいで起きたわけじゃないよ」
 暗い部屋で身を起こす。前は、この状況でケイコがオレの女性化を知ったんだったな……
「ごめんね、ミノル」
「ケイコが起こした訳じゃないんだから謝るようなことはないぞ?」
 オレの手に自分の手を重ねながらうつむいてそう言うケイコはどこかいつもと違った。
「………あたしがさ、もっと積極的になってればミノルは女にならなくて済んだかもしれないんだよね……」
 なるほど、だから謝ってたのか。そういえば学校では前と比べて関わりが減ったし、これを気にしてたんだな。
「いくら仲良くても好きでもない男とやる気にはならないだろ? ケイコが責任感じることないさ」
「あたしは………好きでもない男とこんなにしょっちゅう家で遊んだりしないよ」
「え?」
 正直、かなり驚いた。
 よく考えてみれば、男の家に遊びに来るって女からしたらそれなりに覚悟がいることなのか。
「あたしは、初めての相手がミノルだったらいいなって思ってたし、ミノルの初めてはあたしがいいなって思ってた」
 ケイコがオレの手を握った。
「あたしとミノルの関係って、ちょっと変な距離だったじゃん? ミノルは私を求めるような素振りなかったし、恋愛対象として見られてないのかなって」
「………」
「ホントは、女性化しないために抱かせてくれって、そんな理由でもよかったのよあたしは。15歳になったし、危機感募れば求めてくれるかなって思ってたのが甘かったかな」
 そう言ってオレに微笑むケイコの頬が濡れていた。オレはケイコの手を引いてベッドに来るよう促した。二人で壁を背にして座る。
「やっぱ、他の子みたいにあたしからいかなきゃいけなかったね。でもなんか、怖くてさ。はしたない女だって思われて軽蔑されたら嫌だし、今の関係が壊れるのも嫌だったし」
「………正直まだ女として生きることを全面的に受け入れられたわけじゃないけど、オレはそれを誰かのせいになってしないぞ」
 オレはケイコの手を握った。ケイコがおそるおそる握りかえしてくる。
「なっちまったもんはしょうがないって教えてくれたのはケイコだろ? こうなったのは無意識にオレが選んだ道だったんだよきっと。だからケイコが気に病む必要は無いよ」
「うん……」
「それにな、体が変わったって、気持ちは変わらないんだ」
 オレは壁から離れ、ケイコの正面に回ってケイコを抱きしめた。今となってはオレの方が若干身長が低いので、どうにもしっくりこないが。
「オレは、女性化したくないために抱きたいだけなんでしょって思われて軽蔑されるのが怖かったのかもしれない。でも好きならやっぱ、言って、行動しなきゃだめだよな。だめだったよな」
 そうして、オレたちは静かに涙を流しながら初めてキスをした。

 オレがこうなってからじゃ遅いって思われるかもしれないけど、オレはそうは思わない。
 少なくとも今は、ケイコの温もりと匂いがオレを安らかな気持ちにしてくれるんだ。


 −続く−

125名無しさん:2010/11/01(月) 21:46:05 ID:???
毎日乙です!

126名無しさん:2010/11/01(月) 22:37:02 ID:s2Y2aias
そういえばⅡあたりに書いてある15になってすぐが高一の秋っておかしいですよね( ゚д゚)
そこは中三の春です。申し訳ない。

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅶ

 そんなわけでオレは女として学生生活を送ってるわけだが、やはり位置的にはどうしても普通の女子のようにはいかない。
 やっぱり15年間を女として生きてきたか男として生きてきたかはでかいな。
 男子の友達はもちろんいるわけで、そっちと仲が悪くなるわけでもないし、女子は女子でまた仲良くなれるし、中立国スイスみたいなもんか。
 ただ、オレと同じコトを普通の女がやってたらすげー反感買うんだろうな。
「で、どうよ、もうやったんか?」
「何の話だよ」
 なるべく昼飯は一日おきで男友達グループと女友達グループを行き来している。今日は野郎共と一緒だ。
「そりゃおまえ、女になってまずやることといったらアレしかないだろ?」
「あぁ、あれな、うん。おまえも女になればわかるよ。意外とな、勇気いるんだぞ」
「オレはもう童貞捨てちまったからなぁ。で、どうだったんだよ?」
「やってないって。やれねーって。まだ女の体になって一ヶ月も経ってないんだぞ」
 今一緒にいるのは、ワタルとコースケだ。ワタルはもう童貞捨てたと公言してるが、コースケからそういう話を聞かないので、もしかしたらいつか仲間入りするんじゃないかと危惧している。
「しっかしなぁ、女っけのないコースケならまだしも、ケイコと仲良いおまえがなぁ……」
 そう言って二人がケイコを見る。ケイコは今机の上に座って女子と話しているところだ。
「なんか不満だったんか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「もしや、女になる前から男が好きだったのか!?」
「死ぬか、おまえ一回死ぬか」
 ワタルはホントによく喋る。コースケはあまり喋らずにこにこしてることが多い。こいつ女子に人気無いわけじゃないと思うんだがなぁ。

「ってかそうだ、おまえやっぱ男好きになったのか?」
「そう、そこなんだよ。そこ悩んでんだよ」
 オレはパックのコーヒー牛乳を飲み干すと真面目な顔になって続けた。
「元々女が好きなのは、まぁオレんちで勝手にエロ本発掘した失礼極まりないおまえなら知ってると思うが」
「おぉ、おまえがM気質なのもよく知ってるぜ」
「殴っていいか、殴っていいよな?」
「まぁまぁ落ち着け。で、どうなんだよ?」
 こいついつか殴る。
「全然男好きになんないんだわこれが。普通に女の子大好き」
「おまえ……体育の時いっつも顔が赤いのはそのせいか」
「はっはっは、役得役得」
 喜んで良いのか、これ。
「女になってすぐ男好きになるわけじゃないんかねぇ?」
「知らん。周りにいないから聞きようがない」
「でもおまえ、そのまま女好きでも困るよな」
「え?」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
 先日ケイコとお互いに思いを告げ合ったばかりなのだが、それはよろしくないのだろうか?

「だっておまえ、女として生きてくなら男好きなのが当たり前じゃんか」
「………」
 オレは、ケイコを好きでいちゃいけないのだろうか……


 翌日オレは女子がよくやってるのを真似て、昼食のときさりげなくサナエに紙切れを渡した。


「ミノルもだいぶ女子がわかってきたね〜こんな手紙のよこし方するなんて」
 放課後、屋上の扉前に来て欲しいと書いといたのだ。
「ちょっと相談したいことがあって」
「ほうほう」
 サナエはしゃべり方こそ軽いが、けっこう空気を読んでくれる。あまり大きな声で話さないオレの側に来てくれた。
「あれかな、ケイコのことかな?」
「え……なんでわかった?」
「ん〜、なんかケイコちょっと変だったし、ケイコと一緒にいるときのミノルも変だったから」
 こいつ、なかなかやりおる。
「君ら両思いなんでしょ? ずっと前から」
「う……たぶん。オレは好きだった、と思う」
「はっきりしないなぁ」
「なんか、恋愛に発展する前に友情が先だったからさぁ」
「ふぅむ。で、今はどうなの?」
「それなんだけど……」

 続きを言うのが少し怖かった。


 −続く−

127名無しさん:2010/11/02(火) 22:15:59 ID:???
続きwktk

128名無しさん:2010/11/02(火) 23:11:25 ID:bma9zcRk
いわゆるフラグってのを立ててみましたw
お決まりだろうとなんだろうとこの展開は外せない。

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅷ

「オレはさ、ケイコを好きでいちゃいけないのかなぁ?」
 うつむきながらそう言ったオレの言葉に、サナエはすぐ返事をしなかった。
「女になって、女として生きてかなきゃいけない以上、ケイコを好きでいるのもおかしいっていうか……ケイコにも悪い気がして……」
 そう、オレだけの問題じゃなく、ケイコまで巻き込んでしまうのだ。
「ミノルはさ、今もケイコのこと好きなの?」
 サナエの直球な質問にオレは少し戸惑ってから小さな声で呟いた。
「……好き」
「じゃぁ、別にいいじゃん」
「え?」
 オレの不安をよそに、サナエは何をそんなことで悩んでるんだかとでも言いたいかのようにそう言った。
「まぁ、当人じゃないから言えるのかもしれないけど、好きな人を好きでいちゃいけないなんて、その方がおかしいと思うんだ」
 それは……そうかもしれん。
「女同士で幸せになってる人なんて山ほどいるだろうし、実際女性化しても女の子好きで女の子と付き合ってる人もいるらしいじゃん?」
「え、そうなの?」
「二歳年上の先輩でそういう人はいたよ。今どうかはわからないけど」
「そうなのか……」
「ケイコも今のミノルを好きだってなら、別に問題ないと思うけど〜?」
 サナエが笑顔でそう言う。オレはそれに救われたような気がした。
「でも、きっとミノルはモテちゃうからねぇ、そこが心配といえば心配かな〜」
 そう言いながらサナエがオレの腰に手を回し、自分に向き直らせてあろうことかオレの顎に指をかけた。
「ちょ!」
「ミノルかわいいんだもん。ケイコには悪いけどあたしもミノルに手ぇだしたいな〜」
 今のオレはサナエと大して身長差がない。こんな風に抱き寄せられるとちょっとドキドキしてしまうのだが……何故だ。
「だ、だめ……」
「そ、その恥じらい方がまたかわいい……!」
「ていうかケイコはまだオレに手なんて出してない!」
「あら、オクテなのね二人とも」
 そう言うとサナエはオレを解放した。胸の動機がなかなかおさまらない……
「ま、そういうわけだからさ、無理に好きじゃなくなろうとか、そんなこと考えなくて良いと思うよ」
「わかった……」
 ついでだから聞いてみようか。
「あの、もいっこ聞きたいんだけど」
「ん〜?」
「今サナエに抱き寄せられてすごいドキドキしちゃったんだけど、なんで?」
 オレの言葉を聞くなり、サナエが殴られたかのようなリアクションをとった。
「あんたはぁぁぁぁ、あたしを誘ってるのかぁぁぁぁ!?」
「な、なんでそうなるんだよ!」
「そんなかわいいこと言われたらムラムラしちゃうでしょーが!」
「オレは女だぞ!」
「あんただって今女が好きって言ってたじゃんかぁ〜!」
 とまぁそんな感じで二つ目の質問は答えがもらえなかった。


 その日の夜、ケイコから電話があった。


「ねぇミノル、新しい名前って決まった?」
「あぁ、一応。親がもう手続きしてる」
「何て名前になるの?」
「あんまり変わらないようにって、『ミノリ』っていう名前になるらしい」
「らしいって、他人事みたいに言うねぇ」
「実感はない」
 その後少し他愛ない話を続けると、ケイコがどことなく言いづらそうにしながらこう言った。
「あの、さ、今週の土日ってなんか用事ある?」
「昼間にサナエが買い物に付き合えって言ってきてるくらいかなぁ」
「そっか。じゃぁ夜は空いてる?」
「うん」
「ウチにさ、泊まりに来ない?」
「え? 何故に?」
「いや、ちょっと土日親が実家に行くっていうからさ、日帰りは難しいからあたし一人だし、よかったらこないかなって……」
 ちょっと待て、何故オレの胸がどきどきしてくるんだ。
「え、えと、うん、いいよ。買い物の後行くのでいいのかな?」
「うん、待ってるね」


 電話を切ってから、オレはこの謎のときめきについて考えながら布団に入り、なかなか眠れずとても困ることになった。


 −続く−

129名無しさん:2010/11/03(水) 00:11:21 ID:???
百合フラグktkr

130名無しさん:2010/11/04(木) 00:13:11 ID:84gb9eUA
今回ちょっと短いです(・ω・)

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅸ

「やほ〜」
 土曜の昼ちょっと前、オレが駅でサナエを待っていると、陽気……というか脳天気にそう言いながらサナエがやってきた。
「おお、私服でもスカートはいてる」
「母さんがスカートで行けって言うんだよ……そもそも女物のズボンとか全然ないんだよ」
「ケイコに服もらったんでしょ? あいつあんまりスカートはかないくせに持ってることは持ってるのねぇ」
 今朝オレが着る服に迷っていると、母親が勝手にコーディネートしはじめ、今のこのロングフレアースカートと、七分袖のシャツに長袖のカーディガンというまるきり女の服を着てオレはここにいる。
 まぁ、まるきり女なわけなんだがな。
「よしよし、じゃぁ今日はミノルの服とかも探そうね!」
「あ、そうそう、名前変わるから。ミノリになるんだって」
「お、そかそか。あんまり変化ないけどちゃんと女っぽい名前でいいね〜」

 というわけでその後サナエの買い物に引っ張り回されつつ、オレは女物だけどあんまり女っぽくない服を探したりしていた。

「そいえば今日は何時まで遊べるの?」
「夜はケイコの家に行くから夕方までかなぁ」
 オレは歩き方に注意しながらそう答えた。男みたいに歩くとみっともなくてしょうがないんだよ。
「ありゃ、あたし今日お邪魔だった?」
「いや、サナエの方が先約だったし。それに……なんでもない」
「ほう、そこで言いやめるということはあれかね、お泊まりかねお嬢さん」
 サナエがニヤニヤしながらそう言う。オレはすぐにそれを否定しようとしたんだが……なぜかどぎまぎしてしまって声も出なかった。
「え、マジでお泊まり?」
「え、冗談のつもりで言ったのか?」
 墓穴掘ったなーと直後に思った。
「うわ、マジお泊まりだ」
 何故か赤面するオレ。何故だ……
「ちょっと、今日の下着どんなの?」
「えぇ!? べ、別に普通のだけど……」
「見せなさい!」
「バカ! 見せれるわけないだろ!」
「ちっ……こうなったら現地調達しかないか……」
 あの……キャラ変わってませんか?
「ほら、ついてきて!」
 そんな感じでオレは下着屋に連行され、サナエがいろいろ吟味した結果、バイオレットのヒモの下着なんぞを買うハメになり、しかもすぐにトイレで履き替えさせられた。
「うふふ〜お姉さんが履き替えさせてあげようか〜?」
「全力で断る」
 トイレの個室までついてきそうな勢いだった。

 で、遅めの昼食にとファストフード店に入ると、ワタルとコースケの姿が目に入った。


 −続く−

131名無しさん:2010/11/04(木) 22:28:55 ID:???
GJ!

132名無しさん:2010/11/05(金) 00:11:08 ID:m3ym4dkk
お泊まりまでもう少しです(゚∀゚)

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅹ

「お、ミノルじゃん」
「おぉ、一日ぶり」
「昼飯か? こっちこいよ」
「あぁ、サナエもいるから、買ったら行くよ」
 オレとサナエがトレーを持って行くと、オレ達が隣り合って座れるように席を空けておいてくれていた。たぶんコースケの計らいだろう。
「今日は買い物か何か?」
 珍しくコースケから話しかけてきた。
「あぁ、まぁ、オレは付き合わされてるって感じだけどな」
「えー、ミノリだって買い物したじゃーん、かわいい下着とか」
「おだまり」
 ワタルとコースケが顔を見合わせて順番に口を開いた。
「かわいい、下着……?」
「ミノリ……?」
 明らかにワタルの視線がオレの胸元に向いてる。
「あー、下着はいいとして、名前な、ミノリになるんだと」
「下着はね〜、今日この子お泊まりするから勝負下着を選んであげたのよ〜♪」
 あぁ……頼むサナエ、黙っててくれ。
「お泊まり!? 男の家にか!?」
 ワタル、頼む、黙っててくれ。
「ノンノン、ケイコの家よ」
「え……なんでケイコんちで勝負下着なんだよ」


「だって、二人は両思いだもん」
 オレはもう黙々とポテトを食べることに集中してみた。
「でも女同士じゃん……?」
「それがどうしたの?」
 ワタルの反応が普通なんだろうな。
「けっこう、女性化した人が女の子とくっつくなんて珍しくないんだよ」
 コースケがワタルにそう言う。こいつけっこう詳しいな。
「そうかもしれんけど、でもやっぱ男相手の方がしっくりこないか?」
「体のパーツ的にはそうかもしれないけど、生理的な感覚は別じゃないか? ミノ……リはまだあんまり女の自覚なさそうだし」
 今日のコースケはよく喋るなぁ。
「そうねぇ、言葉遣いもあんまり変わらないし。いい加減オレっていうのはどうにかした方がいいと思うんだけどね〜」
「じゃぁ、なんて言えばいいんだよ」
「私でいいんじゃない?」
「………………善処する」
「まぁそれはそうと、ミノル、じゃない、ミノリはまだケイコのこと好きなんか?」
 ワタルの直球の質問にオレはもう諦めて素直に答えた。
「好きだよ」
「じゃぁ、抱きたいのか? 抱かれたいのか?」
「え?」
 思わず動きが止まってしまった。
「だって、好き同士ならそういうこともするだろうし」
「っていうか、おまえらずいぶん同性の恋愛に寛容だな」
 サナエとコースケは特にそうだ。
「あたしは男も女も好きだもん」
 うわ、何このカミングアウト。
「オレは……まぁ、驚いてはいるし釈然としないものはあるけどな。ただ好きならしょうがねーだろ、うん」
「誰が誰を好きだっていいのさ。器が変わったって魂は変わらないもんな」
 オレは友達に恵まれた幸せ者かもしれない。

「で、ミノ……リは抱きたい側なのか抱かれたい側なのかどっちなんだよ」
 ワタル、いい加減名前で詰まるな。
「う……それ答えなきゃいけないのか?」
「うん、それあたしも気になる。かわい〜く答えてね♪」
「いや、わからんて。体の性別で抱く側抱かれる側が決まるってならそりゃ以前のオレは抱く側でしかありえなかったけど……」
「こうなってみると、どっちもありうるってことか」
 コースケがふむふむといった感じでオレの言葉の先を引き継いだ。
「抱かれる側のミノリ……」
 ワタルとサナエがどうもそういう情景を想像したようで、なんかニヤけてる。恥ずかしいからやめてくれ。

 とまぁそんなわけで時間は過ぎていった。オレをそわそわさせながら。


 −続く−

133名無しさん:2010/11/05(金) 22:18:41 ID:???
お泊り楽しみです

134名無しさん:2010/11/05(金) 23:22:12 ID:IRLlXNxk
お泊まりと言えば一緒にお風呂ですよね、これは外せません( ゚д゚)

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅠ

「じゃぁ、行ってくる」
「やるかやられるか、ね……」
「この勝敗が未来を決める、か……」
 サナエとワタルがなんかわけのわからんこと言ってるけど気にしないことにする。
「ま、あんまり気張らずにな」
 コースケだけは苦笑しながらまともな言葉をかけてくれた。まぁ、こいつにまでボケられたらオレ一人じゃつっこみきれん。

 そんなわけでケイコの家までやってきた。二階建ての一軒家だ。

「こんばんは〜」
 親はいないと言われたが、挨拶はちゃんとしないとな。
「はいは〜い」
 ケイコの声が聞こえて、ドアが開く。なんでオレはドキドキしてるんだ。ケイコんちに来るのが初めてってわけでもあるまいし。
「わお、スカートでくるとは意外」
「母さんにコーディネートされた。っていうか、こういうのしかないんだよ」
「そういえばあたしあんまりパンツあげなかったもんね」
 ここでいうパンツが、いわゆるズボンのことであると知るのはもうちょっと後だったが、まぁそれはいい。
「夕飯食べてきた?」
「いや、まだ」
「じゃぁちょっと待っててね、今作ってるから」
 ケイコが思ったより普通の態度なので、さっきまでドキドキしていた自分が少し恥ずかしかった。
 その後夕食を一緒に食べ、一緒に洗い物をして二人で紅茶を飲みながらテレビを見ていると、ピーピーと電子音が聞こえた。
「あ、お風呂溜まった」
 なるほど、お湯張り完了の音か。
「えと、そいえばパジャマって持ってきた?」
「あ、持ってきてない。歯ブラシとかはもってきたけど」
「じゃぁあたしの貸せばいいね。サイズはまぁ、平気でしょ」
「ケイコの方がちょっと身長高いもんな」
 それがちょっと悔しい。
「女としては身長高くない方がいいんだぞ。着れる服限られちゃうんだから」
「そういうもんか」
「ミノル……じゃなくてミノリか、ミノリがまだ成長するならいずれわかるよ」
 こうなってしまうと成長とかだいぶどうでもよく思えちゃうんだけどな。
「で、お風呂なんだけど……一緒に入る?」
「へあ?」
 思わず変な声が出てしまった。
「その方が時間短縮になるし、ほら、お湯の操作とかその場で教えられるじゃん?」
「ってか、ケイコはそれでいいのか?」
「一応女同士……だし?」
「まぁ……ケイコがいいならいいけど……」

 そんなわけでIN THE 風呂

「うわぁ……もう完全に女の子の体なんだねぇ」
 ケイコがちょっと頬を染めながらオレの体を見てそう言う。両手だけだと隠せるところに限りがあって恥ずかしい……
「ケイコの方が女っぽいじゃん」
 オレはそっぽを向きながらそう言った。っていうかなぁ、好きな女の裸が目の前にあるのになぁ、勃つモノがないってのは不思議な気持ちだ。
 その代わり、なんかこう、おしりというか股間というか、その辺がむずむずするというかなんというか……
「ところでさっきからなんでもじもじしてるの?」

 聞くか!? そこでそれ聞くか!?

「………わかんない」
 思わず赤くなって顔を背けるオレ。そしたら後ろ向きにされて背中から抱きしめられた。
「やっぱ、あたしはミノルがミノリになっても好きだわ」
 ケイコの体が暖かい。そして、やわらかい。
「オレ……私も、自分が女になってもケイコが好き」
「一人称が!」
「だって! サナエがいい加減言葉遣い直した方が良いって……」
「まぁ、かわいいから全然いいけど」
「褒められてる気がしなひゃっ!」

 ちょ! ケイコ自重。

「あらー、さっきもじもじしてたのはこれね〜」
 いつの間にかケイコの手がオレの股間に伸び、ちょっとまさぐるとその手をオレの前にもってきて見せた。見せやがったこいつ……
「これがいわゆる、男が勃つってのと一緒なんだと思うよ〜」
 ケイコの指が、トロッとした透明な液体で濡れていた。それはどうやらオレが分泌したものらしい。ってか、見せんな!
「見せるな恥ずかしい!」
「あたしの裸を見て濡れてくれたなら嬉しいな〜」
 とか言いながらケイコは、あろうことかその指を舐めた。
「ぎゃ〜!!!」
「何よ、大げさね。おいしいわよ〜ミノリの蜜は」
 もう真っ赤ですよわたしゃ。


 −続く−

135名無しさん:2010/11/06(土) 22:02:46 ID:???
wktkwktk

136名無しさん:2010/11/07(日) 01:04:50 ID:k4D2V7GI
短いですがいよいよです( ゚д゚)

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅡ

「そんなとこいないでこっちきなよ〜」
 波乱の風呂を終えてようやく寝ることになったのだが、ケイコはなんか、一緒のベッドで寝る気満々みたい。
「………警戒してんだよ」
 結局あの後洗いっこすることになり、オレは恥ずかしくて触れないのにケイコにはさんざんあちこち触られるし、一緒に浴槽に入ったら首筋舐められるし耳舐められるし。
 なんでケイコはこんなにいろいろできるんだろうか、女の子とそういうことしたことあるんじゃないか?
「なによー、好きな子の体触りたくなるのは普通でしょ、ミノリはあたしの体触りたくないの?」
「そういうわけじゃないけど……ケイコはなんでそんなに普通に触れるの?」
「う〜ん、女の体に慣れてるからってのはあるかなぁ。それに……」
 ケイコがベッドから降りてきて部屋の入り口にいたオレの手を取り、ベッドまで連れて行く。
「ミノリは女の子の体そのものに慣れてないしね、その点では慣れてる私の方がリードするのは当然でしょ?」
 オレをベッドに座らせ、横から抱きしめてくる。シャンプーの匂いがする。
「初めてなのはお互い様だし、女同士なんだからどっちがリードしてもいいわけじゃん。ミノリが元々は男の子だったからーなんて気負うのはナシね」
 ケイコはケイコなりに、オレのことを考えてこういう風にしてくれてたのか。
 でも、オレが女性化した原因が自分にあるっていう気負いがあるんじゃなかろうか。
「……ケイコこそ、自分のせいでオレ……私が女になったって気負ってない?」
「全然ないとは言い切れないねぇ。でもミノリとこういうことしたいのも事実だし、それにね、平然としてるわけじゃないんだよ」
 ケイコがオレの頭を自分の胸のところで抱きしめる。鼓動が早い……
「ケイコも緊張してるの?」
「そりゃしてるさ! 自慢じゃないがあたしは処女だ!」
 胸張って言うな恥ずかしい。そういえば、オレも処女っていうのか、今は。
「えーと、で、オ……私はベッドのどっち側に寝ればいいの?」
「どっち側でもいいけど、その前に……」
 あぁ、やっぱり、と思いつつオレの小ぶりな胸を触り始めるケイコ。やめろ気持ちいい。
「ちょっと! おやめ!」
「なんでよー」
 ふくれるケイコ。
「電気消せ! 恥ずかしい!」
 と、オレが言うとケイコは嬉しそうににんまりして電気を消した。こいつ、オレが恥ずかしがると喜ぶらしい。S気質だったのか。

 で、オレが恥ずかしくてなかなか服を脱がないでいると、ケイコの方が先に服を脱いでくれた。
 触れるとまだほのかにお風呂上がりの暖かさがあり、柔らかくてすごく良い匂いがして、胸が熱くなる気がした。
「あのさ、ミノリ……こんな状況で聞くのもあれなんだけどさ……」
「ん?」
 ちなみにこんな状況ってのは、毛布の中で裸で抱き合ってる状態な。
「その……あのね、ミノリの初めての相手、あたしでいいの?」
「はぁ?」
 オレは思わず笑ってしまった。
「何を今更。泊まりにまできてて嫌だって言う方がどうかしてるでしょ」
「そ、そっか、そうよね」
「オレ……じゃない、私ももう女なんだし、ケイコと同じように考えればいいんじゃない?」
「が、がんばってみる」
「どちらかといえば気張らないようにがんばってよ」
 オレは苦笑いしてそう言った。

 以前は、オレが今のケイコみたいに悩む側だったんだよなぁ。そう思うとなんだか不思議だ。

「ねぇミノリ……」
「ん?」
 毛布の中で二人で横になり、足を絡め合って、オレの首の下にケイコは腕を通し、オレを抱きしめながらケイコが言った。
「あたしのこと好き?」
 少し不安がるような、呟くような声だった。愛しい人が、オレからの好意を言葉にして欲しいと求める。
「好きだよ、大好き」
 オレは想いをそのまま口にし、その口で柔らかい、唇を重ねるだけのキスをした。


 −続く−

137名無しさん:2010/11/07(日) 22:39:30 ID:???
エロktkr

138名無しさん:2010/11/07(日) 23:00:50 ID:6ojBzYPI
以降18禁です(・ω・)

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅢ

「ん……」
 抱き合いながら、ケイコの手がオレ……私の背中を撫でる。それだけでも気持ちいい。
「ミノリ……」
 オ……私を仰向けに寝かせ、毛布と一緒に覆い被さるようにして、わ……たしを見つめる。その艶っぽい瞳にオじゃない私はどんな姿で映ってるんだろうか。
 ケイコの顔が近づいてくる。オレは目を閉じて少し口を開いた。
 重ねられた唇からなめらかに舌が入り込んでくる。私は必死に応じるが、ケイコも同じ気持ちなのかなぁ……
 静かな部屋に、舌を絡め合う音が響く。
「………かわいい胸ね」
 唇を離したケイコは、体を舌にずらしてそう言うと、私の乳首を舐めてきた。
「ひやっ!」
 思わず声が出てしまう。これ止めれないのかなぁ……恥ずかしい。

 しばらくケイコはそうやって私の乳首を舌でもてあそんだ。私は声抑えるのに必死。
 なのにケイコってば、下の方に手を伸ばしてきよった。
「ちょ! あっ、ん!」
 下手に抵抗するとやめちゃいそうなのでおとなしくされるがまま足を開く。
 べ、別に触って欲しいとかじゃないんだからね!
 触られたくないわけじゃないんだけど、反応してしまうのが恥ずかしくてどうしても拒むような言葉や態度が出てしまう。不思議だ。
「痛い?」
「痛くは……ない」
「気持ちいい?」
「………」
 言わすな。
「気持ちいいんだ〜」
 わかってるなら聞くな。
「痛かったら言ってね」
 ケイコがそう言うと、ゆっくりと指の先が体内に入ってくる感覚がした。初めての感覚に声もでない。
 なんかこう、痛みはないんだけど圧迫感があって……異物感が強い。
「大丈夫?」
 ケイコが限りなく優しい声でそう言う。私は笑顔でそれに応えた。

 私のナカはケイコの指を一本飲み込んだ。柔らかいね、とケイコが囁く。
 そしてその指を中で動かし始めた。
「は、あ……ん」
 き、気持ちいい……太ももから腰のあたりにかけてゾクゾクする……
 のだけど、上の方……お腹側の辺りを押されたとき、思わずケイコの手を抑えて止めてしまった。
「え、痛かった?」
「いや、ちがくて、その……」
「う〜ん……あ、おしっこ出そうになった?」
「ど、どうしてわかるの!?」
「そりゃぁ、女の子ですから」
 女レベルはケイコの方が遙かに高いもんな、そういえば。
「大丈夫よ、そう簡単に出たりしないし、出ちゃってもあたしは全然気にしないから」
「私が気にする……」
「じゃぁ、タオル敷いとこうか」
 というわけでお尻の下にバスタオルを敷き、再びケイコは私の陰部をいじり始めた。

「あ、だめ、ちょっと……ん!」
 さっきとは異質な強い刺激がきて、私は思わずのけぞってしまい、足を閉じそうになってしまった。
 驚いて下を見ると、ケイコの顔がちょうど私の股間のところにあった。
 え、もしかして、舐めてる? と思った途端、またあの強い刺激がきた。
「あ! ちょっと!」
 でも今度はやめてくれない。うんまぁ、やめなくてもいいんだけど……にしても刺激が……つよ……
「ん! あ! い、あ! だめ!」
「大丈夫よ〜」
 ケイコは私のこの感覚をわかってるかの様にそう言う。こっちは大丈夫じゃないっての!
「だめ……なんか、これ……あ、く、ん、ん〜!」
 こ、腰が砕ける…………私は体中に電気が走るような強烈な感覚に支配され、その後すごい脱力感に見舞われた。
「はぁ……はぁ……」
 どうにか呼吸をしてるって感じ。男の時とは全然ケタが違う……
「大丈夫?」
「はぁはぁ……たぶん……」
「これがね、女の子のイクってやつなんだよ」
 ケイコがそう言いながら優しく頭を撫でてくれた。つまり私は、クリトリスを舐められてイってしまったらしい。
 確かにすごく気持ちよかったけど、もうなんかいろいろ初めて過ぎて頭も感覚もパンクしそうだ。
「でも、それじゃぁケイコはイク感覚をもう知ってるのね?」
 完全に女としての感覚に支配されたからか、無意識に口調も女らしくなってしまった。
「え、えーと、まぁ、うん」
「さっき処女って言ってたってことは、一人でしてひゃっ!」
 陰部を撫でられて私の言葉は封じられた。こんだけしといて自分ばっか恥ずかしがるとかずるい!


−続く−

139名無しさん:2010/11/08(月) 20:54:04 ID:???
乙!

140名無しさん:2010/11/09(火) 00:47:41 ID:Rvc/xkoo
おつおつ!
こうやって新しい投下があるとおいちゃん嬉しいよ

ちなみにコテとか無いん?

141名無しさん:2010/11/09(火) 04:20:46 ID:kaoo03RU
えと、コテとかは考えてないのですよ(・ω・)
こういう風に書き込みするのもこのお話が初めてなもので(´∀`;)
あとリアル事情で祖父が亡くなってしまいまして……とりあえずキリもいいのでここで一端完結とさせていただきます。
ただ、後日談的なものや、他のキャラ視点、他のキャラのお話ってのも思いついてないわけではないので、お声があれば書きますね( ´∀`)


142名無しさん:2010/11/09(火) 04:21:05 ID:kaoo03RU
−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅣ

「ねぇ、私にもケイコの体触らせてよ」
 私はそう言いながら互いの位置を入れ替えて、ケイコを仰向けにし、両の掌を押さえて組み敷くようにしてみた。う〜ん、男の時にこうするべきだったか。
「う……なんか、恥ずかしい」
「さっきまでさんざんそういうこと私にしてたヤツがよく言うわ」
 私はまずキスをして、舌を絡めて、ケイコの股に足をおいて足を閉じれないようにし、手を押さえたまま乳首に舌を這わせた。少しだけ、気持ちよさそうな声が聞こえた。
 すぐに大きくなった乳首をしばらくそうして舌で弄び、私は押さえていた手を離してお腹の上に舌を這わせながら陰部に顔をもっていった。
「ミノリの舐めといてなんだけど、汚いから舐めなくていいよ」
「私のが舐めれるほどキレイならケイコのもきっとキレイだよ」
 何を言われたってやめるつもりはない。
 電気を消している上に毛布があるから真っ暗でよくわからないが、本で見た情報を必死に引っ張り出して照らし合わせつつ、ケイコの秘所に手を添えて開いてみる。
 暖かく湿った不思議な、独特な匂いがして、私の動悸を早くさせた。これが女の子の秘密の場所……まぁ、自分にもあるんだけどね。
「ん……」
 どうにか舌でクリトリスを探し当てると、舌先が触れた瞬間ケイコの体がビクッとなって声を漏らした。もっと自分の体をよく見て学んでおけばよかった……
 最初はいろいろ考えながらやっていたのだが、段々頭がボーッとしてきて、夢中でケイコのクリトリスを舌でなぶっていた。
 少しそうしていると、急にケイコの足がぎゅっと私の頭を挟むように閉じて、ケイコの体が撥ね、少し痙攣した。
「ちょ、待って」
 足の力を抜くと、ケイコがそう言って私の頭を押さえてきた。
「え?」
「あの……イっちゃったから……もういいよ」
 暗がりで恥ずかしそうにそう言うケイコがかわいかった。

 とりあえず私は顔を上げ、ケイコの顔を見ながら秘所、蜜で濡れている秘裂に指を這わせた。
「顔見るな!」
 腕で顔を隠されてしまった。まぁ、その態度もかわいいけど。
 私はぬるぬるする秘裂の、蜜の出所を見つけると、中指をゆっくり中へいれてみた。すんなり入るというわけでもないが、きつすぎるということもない。
 お返しとばかりにさっき私がやられたようにやわらかい上の壁を撫でる。
「……仕返しでしょ」
「もちろん」
 そうやってケイコの反応を楽しみながら秘所をいじっていると、ケイコがもどかしそうに私を引き寄せた。
「ねぇ、キスして」
 言われるまま、そっと唇を重ねる。

「あたしにもさせて、ミノリも気持ちよくしたい」
 私は濡れそぼったケイコの秘所を解放し、二人とも横向きに寝て互いの陰部に顔を近づける。
「ミノリ濡れてる、あたしのいじって濡れちゃったの?」
「ケイコだって、滴りそうなくらい潤ってるよ」
 そうやって互いを辱め合いながらそっと、牝の匂いでお互いを求めている秘裂に舌を這わせる。
「あ……ん……」
 少ししょっぱいような、不思議な味がする。
 が、すぐにそんなことも気にできなくなる。私がしてるようにケイコも私の秘所を舐めているのだから。
 ケイコの部屋には、ぴちゃぴちゃと淫靡な水音だけが響く。
 断続的に訪れる、予想できない感覚に翻弄されながらも必死にケイコへとお返しをする。もしかしたらケイコも同じ気持ちなのかも……
「ん……は、あ、だめ、ケイコ、なんか……」
「あ……ん、イキ……そう?」
「わかんない……気持ちいいの……」
 イクというのがどういうものかはまだよくわからないのだけど、なんだか腰の後ろがゾクゾクして意識をもっていかれそうな感じがする。
「いいよ……おいで……」
 ケイコがいっそう強く激しく私の陰部を吸い上げながら舌を這わせてくる。なんか、もう、どうにかなってしまいそうだ。
 声も出ないまま私も必死にケイコの秘所を激しく攻め立てる。ケイコの体も急にビクビクし始めたのはわかった。

 が、わかったのはそこまでで、私は体を電気が走り抜けたような感覚と腰から落下していくような快感に襲われてもう何が何だかわからなくなってしまった。

「ん……あ……はぁ……」
 ぐったりしている私の頭をケイコが撫でてくれた。
「気持ちよかった?」
「……うん……でも私ばっかりだった気がする」
「そんなことないよ、あたしも気持ちよかったし、なにより嬉しかったから」
 ケイコが唇を重ねてきた。さっきまで互いに快感を運んでいた口で今度は愛情を伝え合う。
 そして、裸のまま抱き合って私はすぐにまどろみの中へ沈んでいった。

 こうして、私達の初めての夜は過ぎていったのだった。


 −おしまい?−

143名無しさん:2010/11/09(火) 22:03:09 ID:???
お疲れさまでした

144こっぺぱん:2010/11/20(土) 01:17:29 ID:clJH0DcU
ども(・ω・)
「迷う指先の辿る軌跡」書いてた者です。
続きをちょろっと書いたのでのっけます〜
あとせっかくなのでコテつけさせていただきますね。
こっぺぱん好きなのでそのままこっぺぱんで(笑)
長くてエラーでちゃったので本文は↓です。

145こっぺぱん:2010/11/20(土) 01:20:11 ID:clJH0DcU
「上」と「下」に分かれてます。

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅤ 「上」

 翌朝、カーテンの隙間から差し込む陽光で眠りから引っ張り出された私は、真っ先に目に入ったケイコの寝顔を見て反射的に昨夜のコトを思い出してしまった。
 すやすや眠るケイコの隣で赤面して縮こまる私。これでも元男なんだぜ。
「………」
 途中からは無我夢中であんまり覚えてないけど、恥ずかしさと幸福感が混ざったような不思議な時間だったと思う。
 やっぱり、男の頃に抱いてあげるべきだったかなぁとも思ったけど、そうならなかったってことはまぁ、そうなるべきじゃなかったってことなんだろう。
「………」
 とりあえず、もっかい寝よう。


「ミノリ〜そろそろ起きて〜」
 二回目に目を覚ましたときは、もうカーテン全開のリアル太陽拳状態だったのですぐ起きた。パジャマ姿のケイコがベッドの横にしゃがんで私をのぞき込んでいる。
「朝ご飯食べよう。ミノリはまず顔洗っておいで」
 そんな感じで昨晩のことには触れないようにつつがなく朝食を済ませ、特に目的もないので例の如く一緒にゲームをし、昼食を食べてしばらくしたら眠くなってきた。よく寝たのになぁ。
「なんか眠くなってきちゃった」
「お腹いっぱいだしねぇ。ちょっとお昼寝する?」
「う〜ん、なんか寝てばっかになっちゃうねぇ」
「じゃぁ、いちゃいちゃしようか」
 そう言うとケイコが後ろから抱きついてきた。背中が柔らかくて暖かい。
「昨日十分したじゃん」
「そうだけど、こういうのはし続けたって足りるなんてことないもん」
 それはそうかもしれない。
「かわいかったなぁミノリ。ねぇ、おっぱい触ってもいい?」
「だめって言っても触るんでしょーに」
「よくわかってらっしゃる」
 私はてっきり私を抱きしめる手がそのまま上がってくるのかと思ってたのだけど、ケイコは服の下に手を入れて直で触ろうとしてきた。
 まぁ、ブラジャーはしてるけど。
「ちょ、服の上からじゃないの!?」
「じゃぁこっちは服の上から」
 と言ってケイコは片方の手を私の股間に伸ばしてきた。
「そっちはだめ……あ……ちょっと、やめ……」
 反応してしまう体を止めるってのは今の私には無理で、段々艶を帯びてくるケイコの息が私の首をくすぐる。さすがにケイコは女の体には詳しくて、気持ちいいところを的確に攻めてくる。
 徐々に抵抗する力を奪われて、ケイコに抱かれながらあのよくわからない腰の後ろがゾクゾクする感覚が近づいてくる。
 と、そのとき。

「ただいま〜」

 玄関の方でガチャっと音がして、ケイコの親らしき声が聞こえてきた。思わず二人して硬直する。


 −続く−

146こっぺぱん:2010/11/20(土) 01:20:59 ID:clJH0DcU
−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅤ 「下」

「………いいところだったのに」
 とケイコは言うが、それはこっちのセリフだ。
「しょうがない、とりあえず下に……あ」
「………私のことこんなにしやがって」
 若干はぁはぁしながらおそらく頬を紅潮させて私は言っているのだろう。これが自分じゃなければすごい萌えるんだろうなぁ。
「ご、ごめんごめん」
 だがまぁ、親が帰ってきた以上こんなことを続けるわけにもいかず、とにかくケイコは一階へ降りていった。
 私はとにかく呼吸を整えて身繕いをし、その場で待つ。少しするとケイコが私を呼びに来たので、下へ降りた。ケイコの親には私のことをどう言ったらいいんだろうか……
「友達泊まりに呼んだんだ」
 ケイコがリビングにいる母親にそう言った。私はまだ廊下に隠れている。何故隠れる。
「サナエちゃんでも呼んだの?」
 一回……いや、二回くらいか、ケイコの親に会ったことはある。お母さんはなんかこう、天然っぽいというか、おおらかな感じだった。お父さんは……すごいケイコLOVEだった気がする。
「いや、ミノリ……あー、ミノルだよ、前にウチ遊びにきたことあるじゃん」
「なにぃー!?」
 奥からケイコのお父さんがすっ飛んできた。マンガみたいな展開だなおい。
「お、お、男と一晩過ごしたのかケイコ!?」
「あー、いや、男というか女というか……」
「ちょっとそいつ連れてきなさい!」
 ケイコがリビングから顔だけ出して苦笑し、手招きしたので私はガクブルしながら部屋に入った。
「おまえがウチのケイコ……を……?」
「えと……お邪魔してます」
 けっこうビクビクしながらそう言うと、ケイコのお父さんは毒気を抜かれたようにポカーンとしていた。お母さんは、あらまぁと言って私をまじまじ見ている。そりゃそうだわな。
「え、えぇと、あの、キミは……?」
「以前こちらにお邪魔したこともあるのですが、藤井といいます、藤井……今はミノリです」
 と、いうわけでケイコがいろいろ事情を説明し始めた。
 お母さんの方は最初驚いたものの、なんだかすぐ違和感なく受け入れてしまったようで、普通に娘の友人が来たという感じでお茶など淹れてくれた。
「うぅむ……しかし、この場合女の子だからと言って安心していいものかどうか……」
「平気平気、私が攻めだか……あ」
 またもやお父さんはぽかーんとしている。お母さんは、あらまぁと言っている。私はというと……うつむいてため息つくしかないじゃんか!

 という感じで、いろいろ大変だった。
 で、明日は月曜である。学校である。サナエとワタルとコースケのいる学校である。


 −続く−

147名無しさん:2010/11/20(土) 22:24:51 ID:???
GJ!

148こっぺぱん:2010/11/23(火) 00:53:44 ID:logTZuGI
−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅥ


「おはよー」
 さすがに着慣れてきたが、下半身の心許なさだけはぬぐえない女子制服を着て普通にいつも通り登校した。いつも通りだよね? 何もおかしくないよね?
「ミノリおはー、ちょっとこっちおいでこっち」
 さっそくサナエに呼ばれる。うむ、想定の範囲内である。
「お、ミノリ来たか。コースケ、行くぞ」
 サナエと示し合わせてでもいたのだろう、ワタルも私に気づくとコースケと一緒にサナエの元にやってきた。想定の範囲内。
「で、どうだった?」
 いきなりかい。でも想定の以下略。
「えぇまぁ、ご期待には添えずといいますか……」
 もちろん正直に答えるわけはない。ヤっちゃいましたなんて言えるか!
「ほうほう」
 あり? この反応は想定の範囲外だ。
「うんうん、想定の範囲内だね、その返事は」
 なんかサナエが余裕の笑みでそんなことを言っている。えー!?なにもしてないのー!?とか言われると思ったんだけど……
「コースケの言ったとおりね」
「え?」
「ミノリのことだから、仮になんかあっても絶対正直に言うはず無いって」
 私はじとーっとした目でコースケを見た。コースケは苦笑している。
「いやすまん、悪気はないんだが」
 それだけ私のことをよくわかってるってことは友達として喜ぶべきかもしれないけど、こういうときに発揮するなと小一時間以下略だ。
「とまぁそういうわけで、真打ち登場のようです。ケイコー!」
 ちょうど登校してきたケイコをサナエがめざとく見つけてこちらへ呼ぶ。私は疲れたように額に手を当てていろいろ諦めた。っていうかすでに疲れた。
「ん? どしたの?」
 机に鞄を置いたケイコがこちらへやってくる。私は机に突っ伏す作戦に出た。
「一昨日ミノリ泊まりに行ったんでしょ?」
「うん、来たけど」
「ミノリが泊まりに行く前に一緒に買い物しててさ、ミノリに新しい下着をオススメしたんだけど、どうだった?」
「あ〜、水色のレースのヤツでしょ、かわいかったよ〜」
 ………ばか。
「じゃぁさじゃぁさ、下着の中身も見たの〜?」
「え……ちょっと、どういう意味よ」
 さすがにケイコも踏みとどまってくれた。まぁ、焼け石に水って感じだけど。
「んもぅ焦れったいわねぇ、えっちはしたのってこと!」
 もっと小声で言えよサナエ。
「あー………ノーコメントで」
 よし、なかなか微妙な返事だ、グッジョブケイコ。
「ふ〜ん、何にもしてないなら別に恋愛感情とかのない友達同士のお泊まりだったのね〜。だったらあたしもミノリとえっちするチャンスはありそうね〜」
「だめ! それはだめ!」
「なんでよ〜二人はただの友達でしょ〜?」
「うぅ……」
 サナエめ……仕方ない、腹をくくろう。私は突っ伏していた顔をあげてケイコの手を取り、引き寄せて腰に抱きついた。
「ケイコはすっごいかわいかったよ。寝顔も、ベッドの中でもね」
 にんまりしながらそう言ってやると、案外サナエたちの方が後ずさった。ケイコは赤面してそうだな。
「ど、堂々とそう言われると対処できねぇぜ……」
 ワタルがそう言う。ちょうどそのときチャイムが鳴ったので、うまいことそれ以上の追求を避けることができた。


 まぁ、結局昼休みにまたさんざん取り調べされたんだけどね。


 −続く−

149名無しさん:2010/11/23(火) 22:08:14 ID:???
待ってました!

150こっぺぱん:2010/11/25(木) 01:05:22 ID:JHGz4tIQ
ネタがないときは新キャラと相場が決まっています\(^o^)/

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅦ

 それからしばらく、特に変わったことはなかった。
 私もかなり女として生きることに慣れ、言葉遣いや仕草などもだいぶ[それっぽく]なったと思う。
 頭で考える言葉はまだちょっと男っぽいけど。

 で、ケイコとの関係だけど、うん、まぁ、つつがなくといった感じかなぁ。
 今までと変わらず、ウチでゲームすることもあるけど、サナエも一緒に三人で買い物に行ったりもする様になった。
 ワタルとコースケと遊ぶこともあるし、学校でも相変わらず男女両方と仲良くしてる。女子と関わる機会の方が増えたけど。

 そして、七月に入って早々、げんなりする出来事があった。

「ス、スクール水着………?」
 そう、水泳の授業である。
 私に手渡されたのは、ビニール袋にぴっちりと収まっている紺色の布だった。
 去年までは多少なり女子がそれを着るのを楽しみにしていたものだが、それを知っているだけに、自分が今度はそういう目で見られると思うとなんか、複雑だ。
 それにねぇ、なんかねぇ、どことなく自分が変な趣味の人間なんじゃないかっていう気がしてしまうわけよ。体的には相応しいんだろうけど、さすがにまだ女としての自覚がそこまで根付いてないし。
「これ、着るの?」
「うん」
 サナエとケイコは私が戸惑ってる方がおかしいとでも言うかのようだった。
「誰が?」
「あんたが」
「なんで?」
「あんた、海パンでおっぱい丸出しのまま水泳の授業やるつもりだったの?」
 まぁ、そういうことなのだろう。確かにそれはまずい。
「………男達の視線の意味を知ってるだけに、すごい嫌だ」
「大丈夫だよ、ミノリのおっぱい小さいから」
「……………さすがにそう言われるのはむかつくようになってきた」
 女らしくある方が相応しく、女らしくない方がだめっていう認識になるのはなかなか一筋縄ではいかないのである。
 元男のわかってもらいづらいジレンマなのだ。
 まぁでも女の子の胸は今でも好きなだけに、その魅力が弱いと言われるのはなんか嫌だ。ついに私も女の子の悩みを抱えるようになったかぁ。
「とにかく、これを着ない訳にはいかないから、ちゃんと家で一回着とくんだよ〜」
 それこそなんかすごい変態じみててアレなんだが。

 で、三日後に水泳の授業をひかえたある暑い火曜日、昼休みが終わってみんなが席につき、五限の開始を待っていたのだが、一人、昼休み中からずっと机に突っ伏して寝てるヤツがいて、近くの席のヤツがどんだけゆすってもまったく起きる気配がなかった。
 そうこうしてるうちに先生が来たんだけど、先生がゆすってもまったく起きず、保健の先生を呼ぶことになった。クラスがざわざわとうるさくなる。
 結局保健の先生もよくわからないらしく、あれこれしているうちに五限目が終わろうとしていた。
 そしてチャイムが鳴り、五限の授業の先生と保健の先生が頭を悩ませている中、そいつ「山瀬 レン」がもぞもぞと動き出し、顔を上げた。
「………あれ?」
「山瀬、どこか具合悪いのか? 五限の間ずっと眠ってて全然起きなかったんだぞ」
「え? もう昼休み終わってるんですか?」
「昼休みも何も、五限が終わってるぞ」
 山瀬が時計を見てびっくりしている。その山瀬を見るともないしに見ていた私は気がついた。
 気がついたので、先生に小声でそれを伝えてからちょっと山瀬を教室の外へ連れ出した。
「おい藤井、どうしたんだよ?」
 その質問には答えず、私は急いで山瀬の手を引きながら屋上扉前まできた。ここなら誰もこないだろう。
「山瀬、おまえ、夢見てなかった?」
「え? なんで知ってるの? オレ寝言とか言ってた?」
「………ちょっと失礼」
 私はそう言い、思い切って山瀬の股間に手を当てた。
「ちょ! 藤井何するんだよ!」
「あぁ………うん、ようこそ、こっちの世界へ」
「え………?」
 私がため息と共に苦笑しながらそう言うと、山瀬は慌ててズボンの中に手を入れ、硬直した。

 こいつがウチのクラスで二人目の女性化男子になったのである。


 −続く−

151名無しさん:2010/11/25(木) 22:28:41 ID:???
GJ!

152こっぺぱん:2010/11/26(金) 00:13:05 ID:3iosuKQc
−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅧ

 そんなわけで水泳の日がきた。ちなみに山瀬はちょっとあれからパニクっちゃっていろいろ大変だったらしく、水泳は見学ということになった。さすがに女体化してすぐ水着はきついだろうと。
 まぁ、私ですらまだきついからね。
「そういえば、どこで着替えるの?」
「プール脇に更衣室があるんだよ」
「へぇ……男子は教室で履き替えて上にシャツだけ着て行くから知らなかった」
 一応先生も気を遣ってくれて、見学でもいいと言ってくれたのだけど、さすがに水泳の授業全部見学するわけにもいかないし、最初やらないと嫌になっちゃいそうだからがんばるのだ。
 というわけで更衣室へ行く。いわゆる銭湯の脱衣所みたいな感じだった。ただ、窓が小さくて照明が少ないから暗い。あと狭い。
「えと……ここでみんな着替えるの?」
「そうだよ?」
「……恥ずかしいんだけど」
「またまた〜女同士じゃな〜い」
 ためらっていたらすでに下着姿まで脱衣が進んでいるサナエにどんどん服を脱がされてしまった。
「ほらほら、早く着替えなさ〜い」
「うぅ〜……」
 渋々脱がされた服を棚に入れ、棚の方を向いてブラジャーを外す。そのとき皆の目がキラーンと光った、らしい。私は見えてないから。
「ちょっと見せて!」
「男の子が女の子になるとどんな胸になるの!?」
 急にクラスの女の子達が群がってきて私の胸を凝視する。もちろん手で隠したけど。
「えぇ!? みんなと変わらないよぅ! ちっちゃいから見る価値ないよぅ!」
 ついつい口調まで女の子っぽくなってしまう。う〜ん、成長したなぁ私。などと悠長なことを考えている場合ではない。
「いいじゃない、あたしのも見せるから!」
 とみんなが口々に言う。それはちょっと見てみたいけどこっちが見られるのは……
 すると、後ろからケイコが私を抱きしめてきた。
「はいは〜い、みんなそれくらいにしてあげて。ミノリはシャイなのよ。それに、ミノリの体はあたしのものなの」
 ニヤッとしながらケイコがそう言った。それも十分恥ずかしいんだが。
「えぇ〜! ケイコの独り占めずるい〜!」
「だってあたしらはカップルだもん。彼女が困ってたら助けるのが彼女の役目でしょ」
「いや、それは彼氏の役目かと……」
 という私の言葉は誰も聞いていないようだ。
「けち〜!」
「修学旅行の温泉で見れるじゃない。それまではあたしに独占させてよ」
「しょうがないなぁ。でもケイコはもう見たのよね?」
「そりゃまぁ、全身くまなく……」
 それを聞いて赤面する私を見た女子達が急に息を荒くし始めた。おいおいこのクラスやばいんじゃないか。みんなレズっ気ありすぎだろ。

 というわけでようやく水着に着替え、プールサイドに出る。今日は日差しが強いので早く水に入りたいなぁ……
 などと思っていたらぞろぞろと男子が入ってきた。思わず硬直する。
「堂々としてなって。下手に恥ずかしがると男子は喜ぶだけよ」
 サナエがそう呟いてくれたので、かなりのがんばりを必要とはしたけどとりあえず堂々とすることにした。まぁ、ぶっちゃけ注目浴びるほど胸が大きいわけでもないし……と考えると少し悔しい。
 と思ったのだが、男子はどうやら女としての魅力云々よりも、クラスで初の女性化した元男子の体が気になるようで、すごい視線を感じる。
「う〜ん、見事に話題の的になってるね」
「すごく帰りたい」
 こういうときの女子の団結力は見事で、なるべく男子の目につかないようにとみんなが壁になってくれた。
「おい男子、あんまり藤井をじろじろ見るな。他の女子に失礼だぞ」
 体育の先生がそう言って男子をたしなめる。いや、まぁ、私を見るなって言うのはいいんだけど、その理由がちょっとおかしくないですか。

 そんな感じで授業はつつがなく進み、水に入ってしまえば視線も気にならなくなって、私はスク水の洗礼をどうにかこなしたのだった。
 クラスで初とか学年で初とか、過酷。


 −続く−

153名無しさん:2010/11/26(金) 22:14:25 ID:???
乙乙!

154こっぺぱん:2010/11/27(土) 00:33:31 ID:G8KOKJWQ
ちょと別の世界のお話として、短編をうpしていきます。
そんなに長くするつもりはないので、終わりまではこれを続けて書かせてもらいます〜
けっこう重くて暗いお話です。でもこの世界でないと書けない話なので(・ω・)

−−−失意の先、希望の終わり 「1」


 少年は、ずっと女の子になりたかった。
 自分は何故女の子に生まれてこなかったのだろうか、とずっと思っていた。

 女の子の着ている服が羨ましかった。
 女の子の持っているものが羨ましかった。
 女の子の仕草が羨ましかった。
 女の子の髪の長さが羨ましかった。
 女の子の小さくて柔らかい体が羨ましかった。

 だがこの世界には、彼にとってまだ救いがあった。
 15歳〜16歳まで、つまり17歳の誕生日まで女性と交わることがなければ、体が女性になるという奇跡が。
 メカニズムは未だ諸説入り乱れており判然としないのだが、ほぼ例外なく規定の歳まで女性との交わりのなかった男は女性となっている。
 小学生の頃そのことを知った少年は、ずっとずっとその日を待っていた。

 仕草が女っぽくて気持ち悪いと言われても、のばした髪をからかわれても、密かにもらったり買ったりした女性ものの服を着て、化粧をして、いつかこの体が女になるんだと夢を見て過ごした。

 中学時代、女性化した先輩達に憧れ、いろいろと話を聞いたりもした。
 相変わらずバカにされたり、気持ち悪いといわれたり、ただ自分が自分らしくするだけで疎まれもしたが、彼はずっと、毎日毎日いつか自分が女性化するときのことを考えて耐えていた。



 だが、彼の夢は、心ない者の手で潰されてしまった。


 −続く−

155こっぺぱん:2010/11/27(土) 23:58:23 ID:/E1wY3FM
−−−失意の先、希望の終わり 「2」

 15歳になり、あと二年の間に女になれる、いつ女になるのだろうと毎日わくわくしながら過ごしていたのだが、ある日彼は机の中に入っていた手紙、いかにもラブレター然としたその手紙に書かれていたとおり、放課後プール脇に訪れた。
 彼は男性が好きだったので、無骨な字と色気のない手紙と封筒に喜びを隠せなかった。
 手紙の主に会ったら、「もうじき女になれるから、それまで待ってて」と言うつもりだった。

 だが向かった先にいたのは、一組の男女。評判の悪い、彼を目の敵にしていた者達だった。
 彼は予想外の事態に歩みを止める。と、その瞬間を狙ったかのように後ろから羽交い締めにされ、先にいる二人にも拘束されてプールの中へ連れ込まれ、更衣室の床に仰向けに寝かされ、両足と両腕を押さえられてしまった。
 場所が場所なだけに声を出しても誰も来てくれそうになかった。
 もちろん抵抗はしたが、顔と腹を殴られてかなり力を奪われてしまい、評判の悪い男に足を押さえられ、もう一人の先ほど羽交い締めににされた男が彼の両腕を押さえていた。

 その男は、同学年の別クラスの男子で、密かに彼が好意を寄せていた人だった。
 意地の悪い下品な笑みを浮かべながら自分を押さえつけるその姿を見たとき、彼は最初の絶望を感じた。

「おまえきもちわりーんだよ」
「オレのコト好きだとかすげー迷惑なんだよ。女になってから改めて告白ーとか超気色わりぃ」
「男のくせに女になりたがるとかイカれてんじゃねぇの? きもちわりーしゃべり方しやがって、動きとかもきもちわりーんだよオカマ野郎」

 容赦なく彼に浴びせられる悪口雑言。
 そしてずっと見ているだけだった女が動き出し、彼に猿ぐつわをかけ、声を出せないようにしてから彼のズボンのチャックを下ろした。
 彼の血の気が引く。最悪の結果が頭の中をかけめぐる。


 −続く−

156こっぺぱん:2010/11/29(月) 00:41:34 ID:S9XE2YbU
−−−失意の先、希望の終わり 「3」

 二人の男がニヤニヤしながら彼を見下ろす中、同じくニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら彼の性器を下着から出した女は、おもむろにそれを口に含んで勃起させようとする。
 彼は女性に興味はなかったが、体の反応は性指向とは関係なく、彼の性器を勃起させる。
 彼は猿ぐつわをされながらも懸命に叫び、全力で手足を動かそうともがいた。涙を流しながら必死に暴れようとする。が、動こうとすると彼が思いを寄せていた男に頭突きをされてその力を奪われてしまう。

「あたしとヤれるんだから光栄に思いなさいよね」

 女はそう言って、彼の性器を己の性器に挿入した。



 行為が終わった後、男二人と女が去った薄暗い更衣室の中で、彼は座り込んでいた。
 口の端が切れて血を流しており、顔は涙で汚れ、手首は鬱血し、顔は殴られたのと頭突きで赤く腫れていた。
 しかしそんなことは彼にとっては些細なことだった。
 これならまだ、無理矢理レイプされる方がマシだ、と彼は思っていたかもしれない。
 ただ、虚ろで光の消えた彼の瞳からは、失意と絶望以外のものを感じることはできなかった。


 その日から、彼は笑顔を失った。


 彼が唯一すがっていた夢と希望、叶うまであと数日、もしかしたら数時間だったかもしれない、彼が幸せになるための唯一の道を、彼は理不尽に奪われた。
 それも、単に彼が性的マイノリティであるというだけで、それを不快に思ったというだけで、彼を失意の底へたたき落としたのだ。


 だが彼は一縷の望みを持ち続け、枷のような失意と絶望を両手に嵌められながらも、生き続けた。
 中学を卒業し、高校に入学し、16歳の誕生日を迎える。
 彼を蔑む者のいない環境で、女性化した者に羨望と嫉妬の視線を向けつつも、つつがなく高校生活を続けた。
 毎日うつむきながら暮らし、1%もないかもしれない可能性だけを頼りに生き続けた。
 食は細り、どんどんと痩せていく。
 絶望は時間がたっても色濃く、明るい態度など微塵も出せない彼はなかなか友達ができることもなかった。
 それすらも、彼にとってはどうでもいいことだったかもしれないが。


 そしてある冬の日。
 彼は、17歳の誕生日を迎えた。




 その次の日、彼は姿を消した。


 −続く−

157名無しさん:2010/11/29(月) 22:32:16 ID:???
いいですね〜。暗くて思い話は大好きです!

読んでいたら、自分も書いてみようかな…とか思うけど書けない…

158こっぺぱん:2010/11/29(月) 22:49:19 ID:EEHsRV8k
ちょっとこれは暗すぎたかなぁと思ったんですけどね(´∀`;)
こういう風に世界とテーマが確定してるとけっこう書きやすいですよ〜(・ω・)

ちなみに今回はかなりのグロ注意です。まじで。

−−−失意の先、希望の終わり 「4」

 彼が失踪して、もうすぐ一年が経つ。
 家族は捜索願を出し、自らもあちこちと彼を捜して回った。
 学校も生徒へ呼びかけたが、ほとんどの者は他人事としてしか受け取っておらず、彼を気にかける者などいなかったと言ってもいいだろう。

 そして、彼の同級生が高校三年生になり、卒業まで残すところ半年となったある初冬の朝。
 彼を絶望へ堕とした三人が共に進学した学校の門の前におびただしい血の後があった。
 すでに冷え切って地面に染み込み、赤黒くなっている血は最初、登校してくる者達にとってなんだかよくわからなかった。


 だが、一人が校庭を横切ろうとしたとき、悲鳴を上げた。


 その声に驚いた他の生徒や教師が続々と校庭に集まってくる。
 そして、校舎の方を見上げて皆が絶句していた。
 あまりのことに悲鳴も上げられない、そんな感じだった。


 そこには、屋上の鉄柵からそれぞれ三本のロープで両手首と首を釣られた三人の、惨殺死体があった。
 真ん中に、無理矢理彼の童貞を奪った女が、その両隣に彼を押さえつけていた男が、吊されている。
 その死体は言語に絶するほど無残だった。

 男達は性器を切断され、眼球に割り箸を突き刺され、情けなく垂れ下がっている舌には無数の針が刺さっており、両手足の爪は剥がされ、肛門から引きずり出された腸で足を拘束されていた。

 そして女の方は……更に惨い死体だった。
 乳房を根本から切り落とされ、どうやったのか足は腿から縦に裂かれてそれぞれ三枚の肉の板になっていて、眼球はえぐり取られてその中に切り落とされた指が詰めてあり、口の中には大量の排泄物が詰め込まれていた。
 そして……性器には切り落とされた隣の男の性器が挿れられ、肛門にももう片方の男の性器が挿れられていた。
 腹は切り裂かれて引きずり出された腸が首を絞め、剥き出しの子宮には大量のカッターが突き刺されていた。


 教師達は何事かと校庭に集まってくる生徒を止めることもできず、その場に硬直してこの想像を絶する光景に縛られていた。
 そして集まってきた生徒達はこの光景を目にして、その場で阿鼻叫喚の騒ぎを起こす。気絶できた者は幸せだったかもしれない。


 この惨劇は、後に歴史に残るほどの衝撃を持っていた。


 −続く−

159こっぺぱん:2010/11/30(火) 22:49:43 ID:vPkX.Bdc
−−−失意の先、希望の終わり 「5」

 あまりにも凄惨すぎる事態に対応は後手後手になり、ほとんどの生徒がこの惨死体を見て絶句し、あるいは叫び、あるいは暴れ出し、病院送りになるほどのショックを受けた者も少なくなかった。
 この日欠席していた生徒以外はほぼこの凄惨な光景をまぶたに焼き付けられ、その後は授業にならなかった。皆、目を閉じるとその光景が浮かび上がってじっとしていられず、過呼吸を起こして倒れる者や、発狂したかのように大声を上げて失神する者などが後を絶たなかった。
 目撃者に壮絶なトラウマを植え付けることになったこの事件は、警察を呼んでからもあまりの事態になかなかコトが進まなかった。
 そもそも警察の人間すらあまりの凄惨さに動くことができず、言葉を失うほどだったのだから。


 そして同時刻、ある人里離れた山奥で、爆発音があったと通報があった。


 伝えられた山道の脇には、うち捨てられたタイヤのない車が一台有り、ドアが吹き飛んで窓ガラスが全てはじけ飛んでいた。
 その中には、まったく原形をとどめていない肉片と骨片だけが、血まみれになって散らばっていた。
 そして汚れた車のボンネットには、ペンキでこう書いてあった。


『私は許さない 世界を呪い殺してやる』


 と。


 −続く−

160こっぺぱん:2010/12/02(木) 21:14:42 ID:NBXS60J2
一応これで完結です(・ω・)

−−−失意の先、希望の終わり 絶望の底、終わりの始まり

 歴史に残る惨劇は、各メディアで放送されることはなかった。
 だが、警察が保管していた写真がどこからか流出し、世界中に広がり、見た者を震撼させた。
 誰がどういう理由でこれを行ったかというコトに関しては、証拠がなく、憶測が飛び交うだけであった。
 ただ一つわかっていたこと、それは動機であろう。
 それは、恨み以外のなにものでもなかった。


 それから一年、この惨劇を直接目撃した者のほとんどが精神に問題を抱え、人によっては未だに入院している者までいた。
 さらには、このトラウマによって自殺する者までいた。
 それほどの衝撃だったこの事件も、直接目にしていない人達は一年経ってほとんど忘れていった。

 その頃、あちこちで怪死事件が相次いだ。
 犠牲者はほとんどが学生。しかも、どちらかと言えばガラが悪く評判も悪い、件の惨劇で殺された者達と同じ様なジャンルの者達ばかりだった。
 死に方もどこかそれを彷彿とさせるようなもので、眼球を棒状の物で突き抜かれていたり、腹を引き裂かれて内臓をぶちまけていたり、性器を切り落とされてそれを己の口に突っ込まれていたり、生理的嫌悪感を最大限に引き出すのが目的とでもいうかのような惨い死に様ばかりだった。

 しかも原因は不明。犯人と呼べるような存在すらなく、ほとんどが日常の中で突然苦しみだし、さんざん苦悶の悲鳴を上げた後このような無残な死体になるらしい。
 そして再び以前の惨劇が人々の話題に並ぶようになった。

 それと共に、惨殺事件と時を同じくして起こった怪死事件も、同時に話題に上った。
 おそらく車の中で爆発物を抱いたまま爆死したと思われる自殺者の、呪いだと。
 その車のボンネットに書いてあった呪いの言葉が、現実になったのだ、と。

161名無しかもしれない:2010/12/22(水) 20:02:14 ID:U4QwyX6s
凍結してるので投稿

朝だ。

…うん、寒い…
何なんだこの寒さは…
俺の息子さんの意識がなくなりそうなくらい寒い…

半開きの目で布団から顔を出してカレンダーを見た

12月22日、か
…《冬至》 最も夜が長い日。

「んなこたぁどーでもいーんだよ…」
ん? 声が高いな… んなこたぁどーでry
・・・・・・・え?

もう一度カレンダーを見直す。

12月22日
《冬至》


……《俺の誕生日》

162名無しさん:2010/12/22(水) 22:05:48 ID:???
続きwktk

163名無しかもしれない:2010/12/22(水) 22:06:44 ID:U4QwyX6s
続き

「なんで俺が…」
女体化するなんて思ってなかった。
あと一年耐えられるだろうと思っていた。

「……ハァ」
とりあえず状況確認

時計の針は10を指していた
朝の冷え込みからして午後はありえないだろう。

両親は旅行中、妹は学校にいってるとして
おそらく家には俺一人…

「兄ちゃん?」

!!!!!!
まさか伏兵がいたとは…
いや、部屋の外にいるからまだセーフだ。

「マンガ読みたいから部屋入るね。」

あっけなくドアを開けられてしまった。

164名無しかもしれない:2010/12/22(水) 23:05:59 ID:U4QwyX6s
続きかも

「えっ…」
妹の発言から何秒たっただろうか…
ウサイン・ボルトが1秒で10メートル走るとして
100メートルは走っただろう。
それくらい速いようで遅い時間がたった…

「…兄ちゃんなの?」

俺はゆっくり頷いた。
すまない妹よ…もう兄としてお前を守ることができない…

「もしかして…童貞なの?」

お前…はっきりと言いやがって…
そーだよ、童貞だよ。

ったく、愚か者が俺の顔を凝視してやがる。
これが童貞の末路だ、
何とでも言うがいい

「…かわいい」

「……は?」
何故だ、お前が出すべき言葉ではないはずだ…

「…とりあえず鏡みてきたら?」

165名無しかもしれない:2010/12/23(木) 12:44:55 ID:wOc1quHQ
表現下手でスミマソ
ツヅキ

妹にひっぱられ、俺はとうとう鏡の前に立った。
実は夢オチも考えられるのではないか?

《鏡》…通常、主な可視光線を反射する部分をもつ物体である (wiki参照

つまり俺が動くと鏡のなかの【何か】が動く…

鏡の中の妹を見た。
早くしろと言わんばかりの表情をしている。

焦ってはいけない。
夢なら鏡から【何か】がでて襲ってくるはずだ…

「もー…じれったいなぁー…」
突然妹が俺の首筋を触った。

「ふあぁっ!!」
こ、これは俺が出した声なのか?
鏡の中の【何か】も同じ行動をとった…

信じたくなかった…
しかし頭の固いwikiにもかかれていたように、
鏡は変わり果てた俺の姿を映していた…

166ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/12/31(金) 15:59:56 ID:ttwadXpA
【目指せ、甲子園−16】





「ふう……」

俺は今、花坂高校の食堂にいる。
すでにトイレで用は済ませたが、色々な事がいっぺんに起きて疲れたため、座れる場所で休憩をとっている。
しばらく休んで、だいぶ楽になってきた。

「もう大丈夫そうですわね」

春風さんが、俺の顔を覗き込み笑顔で言った。

「あ、はい。すいません、ご心配をおかけして……」
「気にしなくてもよろしいですわ。治ったなら行きますわよ、野球部を見学するのでしょう?」
「はい!」

春風さんには『俺が野球部を見学する』と説明しておいた。
春風さんは野球部に所属している上に、多分だが顔を覚えられた。なら、むしろ『見学』と称して堂々と見に行けばいい。
皮肉な事に、コンプレックスに思っていた高校生に見えない低身長が、今回に限っては俺を『高校見学に来た中学生』に見せるという状況にしてくれた。俺としては不本意な方法ではあったけど。
と、そんな訳で今、俺は野球部へと『案内』してもらってる。
しばらく無言で歩いてたが、春風さんが口を開いた。

「ところで、あなた」
「なんですか?」
「ポジションはどこですの?」

この場合の『ポジション』と言うのは、野球の守備位置の事だろう。

「キャッチャーです」

嘘だらけだと、ボロが出やすくなるだろうから、嘘はできるだけ少なめに。それ以外は本当の事を答える。

「女性でキャッチャーとは……珍しいですわね」

春風さんは、ジロジロと物珍しそうに俺を眺めている。
まあ、しかし実際珍しいかもしれない。
うちの先輩女子は二人とも内野だし、クラスメイトの女子は色んな面で捕手向きじゃない。春風さんも口ぶりからして捕手ではないだろう。
それにプロ・アマ問わず大体のチームでは男が正捕手やってるから、女性キャッチャーは確かに珍しい。

「昔からずっと捕手やってて、他の守備位置を経験した事ないんです」

だから、今となっては捕手をやっているというより、捕手しか出来ない状態に近い。

「そうでしたの」

春風さんの言葉を最後に、またしばらく無言の状態が続く。

「貴女、ここに見学に来たと言う事は受験するつもりですの?」

春風さんが、唐突に聞いてきた。

167ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/12/31(金) 16:00:38 ID:ttwadXpA
他に適当な言い訳が思いつかないし、ここは受験するつもりだと答えておいた方がいいだろう。

「はい、そのつもりです。入学できたら、もちろん野球部にも入るつもりです」
「そう……でも、ここの野球部はレベルが高いですわよ」
「それくらい承知の上です。むしろ望むところです」

言ってから少し後悔した。
たかだか中学生なのに、ちょっと発言が強気すぎただろうか。
生意気だとか思われたらどうしよう……悪いイメージはできるだけ与えたくないのに。

「自信満々ですわね。ま、それくらい自分に自信を持っていたほうがよろしいのですけど」

あれ? 意外と悪く思われてないっぽい。
とりあえず悪いイメージはないようで助かった。
そんな話をしているうちに玄関まで戻ってきていた。

「それじゃ、私は向こうの玄関から入ってきたので……」
「わかってますの。待ってますから早く靴を履き変えてきなさいな」
「はいっ!」

急いで来客用玄関まで戻って、靴を履き変えた。
そして、外から生徒用玄関に戻る途中で携帯電話に着信が入った。

「おっと、電話か……あ」

画面に表示されているのは【山吹陽助】の四文字だ。
トイレに行くって言ったきり、三十分以上も戻ってないからな……怒ってるだろうな。
恐る恐る通話ボタンを押し、電話口に出る。

「も、もしm」
「遅い!」
「うわっ!?」

いきなり怒鳴られた。
陽助は普段あまり怒ったりしないから、こういう時は怖い。普段怒らない人が怒ったりすると特段怖く思うアレな感じだ。

「今どこだよ」
「い、今は玄関にいるけど……」
「オレ、野球部が使っているグラウンドの近くのベンチにいるから、急いで来い。話はそれからだ」

それだけ告げられて、通話を切られた。
通話時間は三十秒にも満たなかったけど、かなり怒っている事は感じとれた。
トイレから出た後に、連絡の一つでも入れておいた方がよかったかもしれない。

「ヤバいかなぁ……」
「何がヤバいんですの?」
「うひぃ!?」

ビックリした! 凄くビックリした!

「きゃっ!? ど、どうしましたの? 『うひぃ』なんて変な声出して」

いきなり、後ろから声かけられたからだよ!

168ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/12/31(金) 16:01:25 ID:ttwadXpA
なんで、春風さんが俺の後ろにいるんだよ!

「ちょっと、聞いてますの?」
春風さんが俺の前で手をヒラヒラと振る。

「……あ、はい」

まだ少しビックリした時のショックが残っているが、なんとか気持ちを落ち着かせ、返事する。

「驚かせてしまったようですわね、ごめんなさい」
「いえっ、大丈夫ですから」

頭を下げ謝る春風さんに、恐縮してしまう。

「大丈夫ならよろしいんですが……ところで何がヤバいのか話して下さいません?」

もしかして、陽助との話を聞かれていた?
一瞬、背筋に寒いものを感じたが、さっきの会話をよくよく思い出してみたら、別に全部聞かれても正体がばれるような内容でもなかったと思い、野球部近くのベンチに向かいながら春風さんに話す事にした。
話す、とはいっても事実をそのまま話す事はなく、大筋はそのままに俺の仮の立場を考慮した話にアレンジした。

「なるほど。つまり、貴女は見学する前に用を足す事にした。だけど時間をかけすぎて貴女のお兄様はご立腹だと」
「まあ、そんな感じです」

アレンジを加えた結果、陽助は何故か『俺の兄』という事になった。どうしてこうなったんだろう。
ま、いいか。

「わかりました、私の方から貴女のお兄様に説明いたしますわ。野球部の二人が貴女に迷惑かけた事が原因の一つでもありますし」

……いい人だ。

「あ、ありがとうございます!」

キレ気味な陽助と対峙するのに、一人じゃ何かと心細い。なので、この願ってもない申し出をありがたく受けさせてもらう。
そうこう話しているうちに野球部が使用しているグラウンドが見えてきた。

「近くのベンチって言ってたから、ここら辺にあるはずなんですけど……」

辺りを見渡してみるが、ベンチらしき物は見当たらない。

「こっちですわ」

春風さんが、俺の手首を掴み歩き始めた。

「あ、はいっ!」

俺は慌てて春風さんに着いていきながら、気づかれないように携帯電話を取り出し、陽助にこっそりと一通のメールを送った。

169ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/12/31(金) 16:02:17 ID:ttwadXpA
送ったメールにはこう書いておいた。

『もう少しでそっちに着く。それと、お前は俺の兄になったから。説明は後でするから、それまでそういう事にしておいてくれ』

陽介は、俺が陽介の事を兄に仕立てあげた事を知らないので、伝えておく。
これを陽助が読んで兄のフリをしてくれれば、春風さんに怪しまれる事はないだろう。

「居ましたわ」

春風さんが囁くように呟き、俺の手首から手を離した。
春風さんの視線の先には、携帯電話の画面を覗きこんでいる陽助がいた。
送ったメールを読んでくれただろうか。
ふと、陽助がこっちを向いた。
俺の存在に気づいた途端、不機嫌そうな顔つきになった。

「遅いぞ」

顔つきと同じ不機嫌そうな声だった。
うわ、やっぱり怒ってるよ。
俺が怯んでいると、春風さんが一歩前に出た。

「失礼ですが、貴方は…………」

そこまで言い、言葉を切る。そして俺の方を向いた。

「そういえば、まだ貴女の名前を聞いてませんでしたわね」

このタイミングで聞くの!?
まあ、黙っている訳にもいかないので答えるけど。

「青や……っ」

つい本当の名前を言いそうになったが、ギリギリで気づいて言葉を止めた。危ない危ない。

「青や?」

春風さんは、中途半端な俺の言葉に首を傾げていた。

「あ、青……青谷翔子です」

とりあえず偽名を名乗っておいた。
考える時間が無かったのと、本当の名前を一部晒してしまったせいで、本名の名残が少し残ってしまっているが問題はないだろう。

「青谷翔子さんね」

小さく頷くと、春風さんは陽助の方に向き直った。

「お待たせして申し訳ありません。貴方は、ここにいる青谷翔子さんのお兄様で間違いありませんか?」

ここは、この偵察をバレずに済ませるか、否か、の重要な質問である。
ここで『いいえ』なんて答えようものなら、生徒でもないのに休日にここにいる陽助は、多分かなり不審がられるだろう。
それは陽助も承知しているはず。
加えて、さっきメールも送っておいたから大丈夫だ。
多分大丈夫なはずだ。

170ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/12/31(金) 16:02:59 ID:ttwadXpA
「ああ、そこにいるのはオレの妹だよ」

陽助の答えを聞き、内心で安堵のため息をついた。
よし……もしかしたら、メールを読んでいないんではないかと思ったが、無用な心配だったようだ。

「それではお兄様、貴方の妹さんが予想以上に時間を浪費してしまった事についてですが」

春風さんの言葉に、陽助が表情を変えた。

「その件については、私達の側に非がありますの」

そう前置きし、春風さんはさっき校舎の四階で起こった事について全て話した。

「……と言う訳です。うちの部員が貴方の妹さんに迷惑をかけてましたの。本当に申し訳ありませんでした」
「あ、いや、別にいいよ。あんたは妹を助けてくれたんだから、謝らなくてもいいと思うんだけど。それに結果的に妹は無事だったんだし」

頭を下げた春風さんに対して、陽助はやや焦りながらも謝らなくていいと答えた。

「しかし、部員のせいで迷惑をかけたのは事実ですし、誰かが頭を下げないと……」
「だから、あんたが下げなくても、ナンパした奴らに謝らせれば……」

謝る、謝らなくていい、と両者互いに一歩も譲らない。
このままだと時間が無駄になるので、別の事で気を逸らすしかないな。
春風さんの服を袖を軽く引っ張り、春風さんの注意を自分に向けてから、考えついた台詞を言う。

「春風さん、野球部の練習に戻らなくていいんですか……?」
「あ……そうでしたわ。結構長い時間抜けていたから早く戻らないと……できるならば、ゆっくりと見学していってほしいですわ」

春風さんはそう言い、急いでグラウンドに戻っていった。
春風さんの姿が見えなくなってから、陽助がポツリと呟いた。

「あの人、マネージャーじゃなかったのか……」





【目指せ、甲子園−16 おわり】

171ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/12/31(金) 16:03:43 ID:ttwadXpA
とりあえず、ここまで
引き続き、第17話をお楽しみください

172ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/12/31(金) 16:05:49 ID:ttwadXpA
【目指せ、甲子園−17】





偵察を終えた俺達は、行きと同じくみちる先輩のお父さんの車に乗せてもらっている。ただし、行き先は先輩の家ではなく泉原高校だ。
というのも、偵察を終えた俺達は、先輩のお父さんが来る前に、学校にいる市村さんに偵察が無事終わった事の連絡を携帯電話で入れた。
すると、坂本先輩が話したい事があるようなので学校に来るように伝えられた。
っていう事があり、現在泉原高校に向かっている訳だ。
それにしても……

「………………」
「………………」
「………………」
「………………」

俺を含め、全員が口を開こうともしない。はっきり言って、すごく気まずい雰囲気だ。

「き、君達、何かあったのかい?」

居心地悪そうに運転している先輩のお父さんが、やや遠慮がちに尋ねてきた。
誰も答えそうにない雰囲気だったので、俺が「まあ、少し……」と答えておいた。
実際には少しどころではなく結構、色々とあった。





俺達は春風さんと別れた後、どこから行こうか迷っていたが、坂本先輩が打撃練習を探れと言っていた事を思い出した。
そんな訳で、グラウンドの一端でマシンを並べて打撃練習をしている連中を見にいった。
連中の実力は、さすがの一言に尽きる。
マシンの球とはいえ、ほぼ全員が良い当たりを連発している。
これ……もしかしたら、今年の夏よりも打線の破壊力上がってるんじゃないか?
まずいな、こっちのピッチャーは陽助ひとりだから、この打線に捕まっても交代できない。好きなだけ打ち込まれる。
そうならないように、一人ひとりをじっくりと観察し、打撃時のクセ、得意なコースと球種・苦手なコースと球種をできるだけ頭に叩きこむ。

「なあ、翔太……じゃなかった、翔子」
「……なんだ?」
「いや、熱心に『見学』するのはいいんだけど、もう少しどうにかならないか?」

陽助に言われて俺は、今の自分がどんな状態なのか気づく。
グラウンドと歩道を隔てているフェンスにしがみつき、食い入るように練習を見つめていた。
この光景は、見学というには少々異常に思われるかもしれない。
いかん、目立ちそうだ。

「もっと早く言ってよ」

陽助に文句を言いつつ、フェンスから手を離す。

173ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/12/31(金) 16:06:49 ID:ttwadXpA
「すまん」
「もういい。それより、お前もちゃんと見ろ。そして覚えろ」

謝る陽助に、ちゃんと打者を見るように促す。
俺だけじゃ、とても全ての打者の事を覚えきれない。

「あいよー」

隣から気の抜けた返事が聞こえた。
その後、しばらく打撃練習を見て、覚えられる限界まで打者のデータを頭に詰め込んだ。

「よし、次行くぞ」
「おう」

暗記した打者データを忘れないように気をつけながら、走塁練習が行われている場所まで移動。

「ここだな」

走塁練習の場(から一番近い歩道)に到着。
走塁練習もしっかりと『見学』させてもらった。
だが、結局注目するほどの選手は見つからなかった。

「打線に比べると明らかに見劣りするな……」

打撃練習とは迫力が段違いだ。

「長打重視の重量打線に切り替えたのかね?」

これで全員ではないから、断言はできないが、おそらくそうだろう。
夏は、走攻守の全てが高いレベルでバランス良く整ったチームだった。
だが、目の前の練習風景からはその片鱗すら感じ取る事ができない。
思えば、夏に対決した俊足バッターは全員三年生だった。
となれば、人材不足でチームのスタイルを変えざるをえなくなったのか。
名門校でもこういう事があるとはな。
しかし、投手が一人しかいないこちら側にとっては最悪の辞退だ。
ただてさえ、陽助は球威や球速ではなくコントロールで勝負するタイプなのに、交代できずに投球回重ねて、スタミナ切れて、コントロールが乱れて、一気に打たれて……なんて状況が容易に想像できる。
今日、帰りに学校に寄って坂本先輩と話し合わないといけないな。

「よし、次だ」

一通り見てから、移動する事を陽助に伝える。

「え、もういいのか?」
「ああ、もういいや。ほら、行くよ」

不思議そうにしている陽助に手招きをし、次の目的地へと進む。

174ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/12/31(金) 16:07:50 ID:ttwadXpA
この後、守備練習の方にもいったのだが、飛び抜けてすごい選手はいなかった。上手いことは上手いんだけど。
ここら辺の予想外な感じは、走塁練習時と通じるものを感じる。
とにかく、次で最後だ。
最後に投球練習を見に行った。
投球練習の見学場所には、龍一とみちる先輩がいた。
よしよし、二人ともちゃんと練習の見学しているようだ。
意外な事に、龍一はあまり注目を浴びていなかった。遠めだからか、それとも練習に集中しているからか。
なんにせよ、いい事だ。
さて、俺達も練習を見学しよう。
とはいえ、ここにも大きな期待は寄せてはいない。
夏、向こうのエースは三年生だった。
超高校級の選手で、その人が一人でほぼ全ての試合を投げ抜いていた。
その反面、他の投手はほとんど登板していなかった。
さらにいうと、花坂高校はここ数年の間、人材は不作らしい。特に投手が酷いらしい。
って事なので、投手もある程度のレベルだろう。
坂本先輩を軸にすれば、投手攻略は決して難しい事ではない。
とはいえ、投手のレベル自体は花坂高校の方が、数も質も数段上なので気を抜かずに『見学』する。

しばらく『見学』し、めぼしい選手を見終えた頃、フェンスの向こう側から声をかけられた。

「あら、翔子さんじゃありませんの」

この特徴的な口調は、俺の知る限り一人しかいない。
声のした方を向くと、俺と同年代ぐらいの、セミロングの茶髪が妙に印象的な少女がそこにいた。

「やっぱり、春風さんだ」

予想通りだった。

「今はこっちの見学に来てますのね」
「はい、捕手ですから。ここが一番のメインのつもりです」

俺がそう言うと、春風さんは満足げな笑顔を見せた。

「ゆっくり見学していってほしいですの。私もこれから練習再開しますし……」
「はい、じっくりと勉強していきますっ!」

春風さんは頷くと、ブルペンに入り、横一列に並んでいるピッチャーの列に加わった。
春風さんはピッチャーか。
キャッチャーの方も列に加わり、しゃがんで捕球体勢に入る。それを確認した春風さんは、ゆっくりと振りかぶって−−


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