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1
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2011/09/16(金) 19:50:23 HOST:p3161-ipbfp3105osakakita.osaka.ocn.ne.jp
三作目……でいいのでしょうか、竜野翔太でございます。
いや、ホント色々な面でダメで、削除依頼に出したのが二作…今更新してるものは完結まで持っていこうと思います。
このタイトルは『ヴァンパイア』と読みます。
恋愛系も入りますが、アクション主体になります。
あと、グロ表現もなるべく入れないようにはしますが、もしかしたら入ってしまうかもしれません。
あと、荒らしやチェンメはやめてくださいね。
それでは、次スレから始めます。
アドバイスやコメントなどもあれば書き込んでくださいね。
163
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/07/08(日) 20:36:27 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
霧澤と真冬は勢いよく階段を駆け下りて行った。
走りながら霧澤は、ポケットの中から携帯電話を取り出してある番号に電話をかける。
とりあえず、玄関の方から出たら登校してくる生徒と鉢合わせになったら面倒なので、校舎裏に回って電話の相手が出るのを待つ。
その様子を見た真冬が、小首を傾げながら問いかける。
「……夏樹くん? 誰にかけてるの?」
「協力してくれそうな奴だ。今からもう一回階段上って教室に行くのは面倒だしな。
霧澤の言葉で、真冬は電話の相手が誰か分かったらしい。
『教室に行く』ということは、ここの学校の生徒だ。
ここの学校の生徒で、『ヴァンパイア』の事を話せる人物など、二人しかいない。
『もーしもーし』
気だるげな少年の声が帰ってきた。
霧澤は確認のため、少年の名前を訊ねる。
「……朧月か?」
『じゃなかったらお前は誰にかけたつもりなんだよ。大体この時間ならお前もう学校いるだろ。わざわざ電話なんざしなくても―――』
途中で朧月の言葉は止まった。
霧澤が学校にいるのに、わざわざ電話という手段を使った理由が思い当たったのだ。
そう、『ヴァンパイア』に関係する事だから直接的な会話ではなく、電話にしたのだ。
『―――話せ』
朧月の声に真剣さが篭る。
霧澤は短く『ああ』と返し、話の本題に移る。
「朧月。今お前の傍に白波はいるか?」
『涙? 何だお前。涙に用なら電話かければいいだろ』
「生憎、白波の番号しらないからな」
そうか、と朧月は納得したように言う。
朧月は白波がいる方向に視線を移し、『同じ教室の中にいる』と返す。
「だったら、変わってほしいんだが……出来るか?」
朧月は再度視線を白波へと転じた。
朧月は数秒彼女を見やった後、電話の質問に答える。
『悪いが無理だ。今のところ、涙は取り込み中でな。何でも騎士団と連絡中だ』
騎士団? と霧澤が聞き返したが、朧月は『詳しくは赤宮に聞け』と返す。
とりあえず変わるのは無理だ、と答え、何を伝えたかったのか朧月は訊ねる。
「薫が偶然茜空に出会って、マモンと戦いに行くようなことを示唆する置手紙が残されてたんだ。もしかしたら、もう戦ってるかもしれないんだ!」
『……成る程な』
朧月は納得した。
『分かった。その事は俺から涙に伝えておく。お前らは先に探しに行け』
男二人は、かつての呼び名でそれぞれの仕事任せる言葉を贈る。
「頼んだぜ、ばるっち」
『任せとけ、なっちー』
霧澤は携帯電話をポケットにしまい、真冬へと視線を転じる。
「赤宮。お前、悪魔の出現場所ってどうやって特定してんだ?」
「え? あ、えっとね、それは悪魔が持つ魔力を探査して……どんな弱い悪魔でも魔力は持ってるから」
魔力は『ヴァンパイア』も持ってるけど、と真冬は付け足した。
なら、と霧澤は続けて、
「魔力を探査してくれ。二つの大きな魔力を」
「うん。出来るけど……私は覚醒型だから覚醒状態に入らないと出来ないよ?」
そう言う真冬に、霧澤はフッと笑みを浮かべる。
「久々だな!」
霧澤は腕を出した。
『血を吸え』という意味だろう、真冬はこくりと頷いて、僅かに頬を赤らめながらかぷっと霧澤の腕に噛み付く。
鋭い赤い目、刺すような長く赤い髪、そして悠然とした立ち姿。
赤宮真冬が覚醒した。
「魔力を探ればいいんだな?」
「ああ。頼んだぜ」
ニィ、と笑みを浮かべて真冬は霧澤の腰に手を回す。
「飛ぶぞ、夏樹。振り落とされないように、しっかりと掴んでいろ!!」
「ああ!」
真冬は地面を強く蹴り、空へと飛び立つ。
真冬に抱えられながら、霧澤は心であること願っていた。
(間に合ってくれ! やられるんじゃねぇぞ、茜空!)
たった一人の、幼馴染(かなでざき かおる)の笑顔を守るために。
164
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/07/13(金) 22:02:04 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
奏崎薫は非常に落ち着かない状態で、一時間目の授業を受けていた。
その理由はいたって簡単である。
今朝、自分が霧澤と真冬に解読出来るか訊ねた茜空九羅々の残した英文。それを見た瞬間に、より正確には英文の最後に書かれた筆者の名前を見た途端に、霧澤と真冬の表情が変わった。一大事ではないような、一刻を争うような、どこか切羽詰ったような。
そして英文にも記されていた『マモン』という、自分には理解が出来ない名前。物なのか者なのか分からない。だが、霧澤と真冬はそれが何か知っているようだった。
(……何だか、ここまで来ると怪しいなぁ……。私は好きな人と親友を疑いたくないんだけど……)
ここまで来ると、疑わざるを得ない。
いつも一緒にいる二人。同じ行動をする二人。妙に通じ合っている二人。
奏崎が疑うには、いや誰からも『疑われるべき材料』は充分以上に揃っている。
(……聞いてみるか、いや。聞かないべきか……)
そこへ、ふと窓を見た奏崎の目に、赤く長い髪を靡かせながら飛んで行く少女が映った。
(……は?)
誰だって同じような反応をする事だろう。
窓を見てたらいきなり赤い髪の女の子が飛んでいるのだ。これを『あー、また飛んでるわ』と見過ごせる人はいないような気がする。二次元に生きる奏崎薫も例外ではない。
しかし、そこで奏崎は見た。
少女が抱えている人物が、霧澤夏樹に似ている事を。もしくは、霧澤夏樹であることを。
(……夏樹、かな……? でも、似てる人かも……いや! 私が好きな人を見間違うはずが無い!)
この時、奏崎薫は人生において重要な決心をした。
霧澤夏樹に、赤宮真冬との関係を問いただす。
「で、夏樹。朧月は何と言っていた?」
飛んで茜空の場所へ向かう中、真冬は抱えている霧澤にそう問いかける。
「あー、白波は今『騎士団』って連中と電話してるから、後でこっちに来るそうだ」
「……『騎士団』か……。面倒な相手だな」
真冬は溜息混じりにそう呟いた。
そう呟く真冬に、霧澤は授業で分からないところを質問するように、真冬に問いかけた。
「……お前は『騎士団』ってのを知ってるのか?」
「まあな。というか、魔界に住んでいて知らない者はいない。彼らの存在は、悪魔でさえも危惧する程だ。まあ、説明が欲しいならしてやらんでもないが、説明に入ると長くなりそうで―――」
真冬の言葉は最後まで続かなかった。
高いところならよく見える、街のはずれに位置する山からドォン!! という轟音と、それが爆発だったと示すように上がる爆煙。
「赤宮!」
「あそこか!」
真冬は炎の翼を羽ばたかせ、山へと一直線に駆けていく。
山では今でも緑色の炎と、茜色の炎が火花のように瞬いている。
マモンの炎と茜空九羅々の炎の色だ。
「……くっ、無事でいろよ茜空!」
「……夏樹、飛ばすぞ! しっかり掴まれ! 必ず助けるから待っていろ、茜空九羅々……!」
「そろそろぶっ殺されてくださいよ、マモン!!」
「ほざけ。テメェが堕ちろ、茜空九羅々!!」
二人は強力な炎を纏いながら、ぶつかり合っていた。
165
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/07/14(土) 22:13:22 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
第20話「CALL 声届かぬ場所で」
街外れにある大きな木ばかりがせり立っている山奥で、二人の人物が怒号を喚き散らしながら、炎を纏いぶつかり合っていた。
一人は茜空九羅々。
『ヴァンパイア』の一人であり、銀髪ツインテールに眼帯をした、低身長の少女である。
彼女は自分の背丈よりも大きいであろう金棒を、腕二本、状況に応じて一本だけで軽々と振り回しており、対峙している相手と互角の戦いを繰り広げていた。
もう一方はマモン。
魔界にいる悪魔の一人で、『七つの大罪』である『強欲』を司る強力な悪魔。
彼は武器を使わずに、手に深緑色の炎を纏わせ、茜空の金棒とぶつけ合っている。彼の表情には、余裕だと言っているような笑みが刻まれている。
二人はお互いの名前を知っているが、お互いの目的そのものは知らない。
茜空九羅々は幼い頃から彼に狙われ、今まで何とか生き延びてきた。その理由は、理由が分からないまま殺されるのに納得がいかないからだ。
彼女には嫌いな言葉がある。
それは『理不尽』と『不条理』と『不公平』だ。理由も分からず殺される『理不尽』に腹を立て、自分の事を何も知らない奴に狙われる『不条理』に憤り、こんな運命を背負わせた神の『不公平』に怒り狂う。
まるで、幼稚な意見そのものだが、彼女が怒る理由としてはそれが相応だろう。
マモンはある物を狙っている。
それは『金瞳(こがねのまなこ)』という代物だ。
なんでもそれは、これから先に起こる事全てを見通す、『出来事の千里眼』ともいわれる代物である。
悪魔に基本的に寿命は無い。
そのため、仲間の悪魔にその目を移植し、これからの出来事を予見させる。そうすれば、自分達が『ヴァンパイア』や『騎士団』の行動に恐れる事もないし、上手く活用すれば相手の行動を先読みし、攻め落とすのも容易なことにする事も可能だろう。
彼はその『金瞳』の所有者として睨んだのが、茜空九羅々である。
眼帯をしているのだ。狙われるのは納得できるし、それなりに怪しまれる事も考えられるだろう。
しかし、彼は最近になって茜空九羅々が突然逃走を中止し、闘争するようになった理由は分からない。
理由も分からず狙われることに嫌気が差し、『逃走』から『闘争』に変えた少女。
それのせいで、稀少な代物を手に入れるために、『闘争』から『逃走』に変わってしまった悪魔。
いつの間にか、悪魔(おに)が少女を追いかける『悪魔(おに)ごっこ』ではなく、少女(おに)が悪魔を追いかける『少女(おに)ごっこ』へと変わっている。
しかし、二人の瞳にはそんな楽しい遊びに興じる気配など無かった。
彼らが興じるのはもっともっと、狂気に満ちた遊戯だ。
そう、彼らは『愉しい殺し合い(あそび)』に興じているだけなのだ。
166
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/07/15(日) 20:29:35 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
茜色の炎と緑色の炎がぶつかり合う山中。
木から落ちた葉や、生い茂る草で緑色に染まった大地に、一人の人間が墜落する。
銀髪ツインテールの眼帯少女、茜空九羅々だ。
彼女は傷を負い、口の端から一筋の血を垂らしながら、木の枝に腰を掛けている男を忌々しげに睨みつける。
相手はもちろん、マモンだ。
相手も相手で、睨みつけられているにも関わらず、余裕の笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。
彼は笑ったまま口を開いた。
「オイオイ、まさかこの程度ッてワケじャねェよなァ? 俺はお前を殺すためだけに、わざわざこんなとこまで来てやッたんだぜ? それなりに遊んでもらわねェと、ワリにあわねェんだよ」
マモンの言葉に、茜空は何も言い返せない。
ただ言い返す言葉が出なかったのか、それとも言い返す体力が残っていないのか。彼女は必死に身体を起こそうと足掻くが、上手く身体が動かないようで、上から見ている分には、相手がもぞもぞと動いているだけに見える。
マモンは特に戦う構えを取るわけでもなく、相手が足掻く姿を退屈そうに見ている。
「あのさァ……お前ッて一体何のために戦ッてるわけ?」
マモンから、意外な質問が投げかけられた。
その言葉の意外性に、茜空もきょとんとした顔で相手を見上げ、起こそうとする身体の動きを止めている。
彼は空に呟くように、上を見上げていった。
「お前は自分が狙われてる理由が分からないんだろォ? だったら、戦う意味なんてねェじャねェか。そもそも、俺は最初はお前を殺す気なんざ無かッたんだしよォ。お前が逃げたら俺は追いかける。お前が抵抗すれば俺も攻撃する。……これの繰り返しがどうなるか分かるか?」
茜空の解答を待たずして、マモンが答えを告げる。
「それが今の状況だ。殺すしか、俺が欲しいモンを手に入れる術は、殺すしか、お前が俺から逃れる術は残されなくなッちまッた。俺がここで攻撃をせずにお前を追うとしよう。そしたら、殺気を常にむき出してるお前は俺を殺すだろ? 俺が逃げるお前を追うのをやめるとしよう。そしたら、俺の欲しいモンは手に入らねェ」
茜空は思い知らされた。
最初から素直に奴の欲しいものを差し出していれば、こんな事にはならなかった事を。
確かに、最初は奴は攻撃していなかったかもしれない。殺意も無かったかもしれない。
そうでなければ、
今もこうして無事に成長できているはずがない。
この『鬼ごっこ』の開始が物心ついた頃からだとしよう。物心がつくのが三歳くらいだとしよう。三歳の子供など、その時から今の姿と何の変化も無い悪魔にとっては、容易に殺せるだろう。
つまり。
茜空が腹を立てた『理不尽』は。
茜空が憤っていた『不条理』は。
茜空が怒り狂った『不公平』は。
―――自分の嫌う全ては、他の誰でもない自分が構築してしまったのだ。
絶望する茜空に、マモンは言葉を続ける。
「ま、今は戦意もねェみてェだし。そろそろいただくか。安心しろ、殺しはしねェ」
マモンは地に降り、彼女を肩を足で軽く押さえる。そして右手をゆっくりと、彼女の眼帯がついている右目へと伸ばしていく。
「知ってんだぜ、お前がこの眼帯の下に『金瞳』を隠してる事ぐれェ。ッつか、結構分かりやすいよなお前。眼帯なんかしてたら、自己主張してるよォなモンだぜ」
「……」
マモンは何も言わない茜空に興味すら感じなくなっていた。
だからこそ、殺すのをやめた。
(ケッ、結局自分がしてきた事が分かるとこォなるのかよ……くだらねェぜ。俺は今までこんな奴と競ッてのかよ……!)
マモンは茜空の眼帯を外す。
抵抗しない相手から眼帯を取る事がこうも容易い事だと、初めて知った。
そして、
眼帯を外したマモンは茜空の眼帯の裏の瞳を見て驚愕した。
「……ッ!」
マモンは上手く言葉が出せない。
ようやく出た言葉が、
「……どういうことだよ……これはァ……ツ!!」
それだけだった。
167
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/07/15(日) 23:31:02 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
茜空の右目の眼帯を外したマモンは、思わずそのまま動きを止めてしまい、茜空の右目をじっと見つめている。
信じられないものでも見るかのようなそんな瞳で。
「……オイオイ」
マモンの声が僅かに震える。
それは恐怖でも。悲しみでも。怒りでもない。
ただたった一つの、簡単に言って済ませることの出来る『驚愕』だ。
マモンが見つめている、茜空の右目は、
―――澄んだ紅い瞳だった。
茜空の左目はオレンジに近い赤い瞳をしており、眼帯で隠された右目は紅に近い赤色だった。
つまり、茜空が眼帯で隠していたのは『金瞳』ではなく、自分がオッドアイだという事実を隠していただけだ。
「……どういうことだ……ッ!? 何で、何でお前の右目は『金瞳』じャないんだよ……ッ!」
「……知りませんよ」
すると、今まで戦意を失い抜け殻のように無反応だった茜空が口を開いた。
赤と紅の瞳に生気が宿り、キッとマモンを睨みつけている。
「貴方が、勝手に僕が『金瞳』の所有者だと勘違いしただけでしょう? バーカ」
グキッ、と茜空の肩が嫌な音を立てる。
「―――ッ!?」
突然の痛みに茜空は声にならない悲鳴を上げた。
マモンが、茜空が動かないようにとほとんど力を入れず踏んでいた肩に、今度は潰す勢いでマモンは体重を掛けていく。
「……ッたくよォ、これじャ時間を無駄にしただけじャねェか……ふざけんじャねーよ」
更にゴキッ、と茜空の骨が悲鳴を上げる。
既に外れているか、折れているかしているはずだ。そうでなくとも確実にヒビは入っている。
茜空は量目に涙を溜めて、弱弱しい赤い瞳でマモンを睨みつける。
「あー、ダメダメ。そんな顔しても全然怖くねーよ。さて、と。さッきは殺さないッて言ッたけど……狸寝入りなんて臭ェ芝居しやがッて……俺様が燃やしてやるよ」
マモンの右の手の平に碧の炎が球体として現れる。
恐らくはこれで燃やそうという、そういう魂胆だろう。
「最後に、お前が生きるか死ぬかのチャンスを与えてやる」
マモンが炎の球体を維持したまま、茜空に疑問を投げかける。
「『金瞳』はどこだ? 場所を教えれば、今回は見逃してやるぜ?」
―――見逃す。
茜空はその言葉に、思わず釣られてしまいそうになった。
だが、それじゃいけない。
ここで自分が『金瞳』の在り処を教えてしまえば、『あの人』が危険に晒されてしまう。『あの人』だけは自分が守らなければいけない。
自分の命と『あの人』の命。秤に掛ければ、どちらが勝つかなど考える事さえも無駄だ。
茜空は、血が垂れている口を必死に動かし、言葉を紡ぐ。
「……知るかよ……! 自分で探しやがれ、薄汚ぇ欲望の塊が……ッ!」
「あー、成る程ネ」
マモンは納得したように頷いた。
そして、
「遺言ゴクローでしたッてなァッ!!」
マモンの緑色の炎が茜空に向かって放たれる。
―――いいんだ。
静かに、薄れゆく意識の中で彼女は小さく思った。
―――『あの人』が無事なら、僕はそれで―――。
しかし、茜空の身体が緑の炎に焼かれる事はなかった。
見上げれば、マモンは横合いから伸びている脚(もとい蹴り)を腕で防いでいた。
「……似合わないものだな、茜空九羅々。お前は―――」
茜空に一度だけ聞き覚えのある凛とした声。
赤く長い髪を靡かせた彼女は、続けざまにこう言った。
「電柱の上に張り付いているのが一番似合っているよ」
凛としていて、しっかりと芯が通った声で。
168
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/07/20(金) 20:41:09 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
赤宮真冬の繰り出された脚を右腕で押さえながら、マモンは真冬の容姿をじっと睨みつけるように観察する。
顔から下へ下がり、肩、胸、腹、最後にすらりと伸びている脚を見て、もう一度視線を上へと上げていく。
そして十分に真冬を観察した彼は、納得したような表情を浮かべる。
「……刺すように長く綺麗な赤髪。貫くような強く冷たい赤き眼光。迸る情熱を表すような赤き炎。お前が、赤宮真冬で間違いないみてェだな」
そう言われた真冬はフッと笑みを浮かべ、マモンの言葉に返事をする。
楽しそうな声色で。面白がっているような調子で。
「短時間見ただけで、よく私の身体の特徴を隅から隅まで見つけれたものだな。逆に感心したくなるよ」
そう言いながらも、真冬はマモンの右腕に押さえられている脚に力を加える。
力が増したと感じたマモンは、相手の気を逸らすために、
「……パンツ見えてんぞ」
ガッ!! と激しい衝突音が響く。
しかし、その音は真冬がマモンに攻撃を与えた音でも、マモンが真冬に攻撃を与えた音でもない。
お互いに隙を探りあい、隙が出来たと思った瞬間が偶然同じで、お互いの拳がぶつかり合った音だ。
この拳のぶつかり合いにより、真冬とマモンはお互いに十数メートル程の距離を取った。当然、マモンの位置も茜空から遠ざかったわけだが。
「……意外と純粋じャないんだな。今のは見られて赤面するシーンだぜ?」
「お前に下着を見られた程度で動転するほど気を緩めてはいない。赤と白の横縞が好きか?」
真冬はさらりと下着の柄を告白する。
躊躇いも全く無いのか、彼女の頬も、耳も赤くなっておらず、恥など一切感じていないようだった。
何故こうも堂々と出来るのか、マモンは戦いの最中でどうでもいい事を思ってしまった。
そのどうでもいい事と同列に並ぶ、真冬の質問に答える。
「俺はどッちかッていうと、横縞より黒一色、赤一色とかッていう刺激的な方が好みでな」
「―――そうか」
真冬はマモンの言葉に短く言葉を返す。
「それは残念だったな。だが、たまになら黒一色の下着を履かんこともない!」
思い切り溜め込んだ力で地面を蹴り、マモンに突っ込んでいく。
「ハハッ! そうには見えねェなァ! 案外積極的じャねェか!」
「拝みたければ、それまで生き延びる事を目標にするんだな!!」
赤宮真冬対マモンの戦いが始まった。
近くの木に背中を預けながら、茜空はその戦いを虚ろな瞳で眺めていた。
(―――何故、僕は傍観者になっているんでしょう?)
上手く回らない頭で考えても、答えは出ない。
茜空は近くに捨てるように置かれている自身の武器である金棒に手を伸ばす。が、距離感が掴めないのか、いつまで経ってもこの手は金棒に届いてくれない。
(……おかしい、ですね……すぐそこに、ある……はずなのに……)
すっと、金棒が自分とは違う誰かの手に取られる。
かと思うと、その手は金棒を持ったまま自分へと近づいてきた。
「ほら、手に取りたいんならもっと動けよ」
その手の持ち主は、茜空の目の前に現れた。
霧澤夏樹だ。
「……彼女と、一緒に助けに来たつもりですか……」
「悪いかよ」
「そうじゃありません……貴方は……いや」
茜空は言葉を区切った。
彼女は『貴方は世話を焼くのが好きですね』。彼女はそう言うとしたのだが、ふと奏崎薫の事を頭がよぎった。二人の世話焼きの人間が出てきたため、『貴方も』と繋げたくなったのだろう。
「……貴方も、世話を焼くのが好きですね……」
「……まあな。俺の世話焼きはアイツが元だからな」
そこでだ、と霧澤は茜空に提案をする。
「その、『もう一人の世話焼き』のために、お前の力を貸してくれ」
しっかりとした瞳で見つめながら、霧澤はそう提案した。
それぞれ違う色の瞳で、茜空も霧澤を見つめていた。
169
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/07/21(土) 20:04:50 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
茜空は自分を真っ直ぐに見つめる霧澤と視線を交えていた。
それから、彼女は視線を外し軽く溜息をついた。
「……貴方、彼女と知り合いなんですね」
茜空の言う『彼女』は恐らくは奏崎のことであろう。
霧澤はこくりと頷いて、
「ああ。つっても、知り合いなんて簡単な言葉で済む関係じゃねーけどな」
その言葉を聞くと、茜空は僅かに考え込む。
『知り合い』よりも進展した関係―――ということは、
「―――恋人ですか?」
「違う違う! いきなり関係進み過ぎだろ! 俺とアイツはただの幼馴染だよ」
大体アイツをそういう感じで見たことねーし、と恋人という意見を全力で否定している。
この場に奏崎がいたらどうなっていただろう。
『そんなに私と恋人と思われるのが嫌かい? 夏樹?』とか『はんっ。私だってアンタには興味ないすぃー』とか言いそうだ。
「……貴方は、そんなに彼女を助けたいですか……?」
茜空の言葉に霧澤は言葉を返さない。
こんな事を訊いた茜空の真意が掴めないのだろう。霧澤は返そうにも、返すべき最適な言葉が見つからないのだ。
「……正直、僕はずっと一人だったから幼馴染っていうのがどういうものかよく分かりません……。ただ、それは……その幼馴染と呼べる存在は、意見が食い違った相手に協力を求めてでも、守りたい存在なんですか?」
彼女の言葉を、霧澤は大まかな解釈をした。
要は『幼馴染のためなら、嫌いな相手にでも協力を頼むのか。幼馴染という存在は、それほどまでに大事なものなのか』という事を訊いているようだ。
彼女の言葉に、霧澤はさも当然のように答える。
「堅いこと考えてんじゃねーよ。困ってる人がいるなら助ける。そんな簡単なことに、理由とか考えはいらねーよ。それは多分、幼馴染に限定されねーよ」
同じだ。
奏崎の言葉と、同じだった。
茜空は霧澤の言葉に、前に聞いた奏崎の言葉を重ねていた。
「俺はアイツの泣き顔だけは見たくない。お前が死んじまったら、きっとアイツは大泣きするだろうからな。なんせアイツ、今日学校でお前が残した英文を日本語訳してから来たんだぜ?」
「……だったら、彼女だけ助ければいいじゃないですか……。わざわざマモンと戦う道を選ばなくたって……」
「仕方ないだろ」
霧澤は茜空の言葉を遮るように言った。
「アイツを助けようとしたら、お前を生かさなきゃいけない。お前を生かすためには、マモンをぶっ飛ばさないといけない。同じなんだよ。アイツとお前を助ける事は」
その言葉に茜空は薄く笑みを浮かべた。
霧澤はすっと手を伸ばし、再び茜空に問いかける。
「薫のために、お前の力を貸してくれ」
茜空は呆れたように息を吐いて、金棒を杖代わりに立ち上がる。
「―――この状況、手を貸すのは貴方達ですよ? 最初に奴と戦ってたのは、僕ですから」
そう言い残し、茜空は真冬とマモンが戦っている場所へと突っ込んでいく。
世話焼きを一人、守るために。
170
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/08/03(金) 17:36:11 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
真冬とマモンは拳をぶつけ合っていた。
真冬は自身の真っ赤な炎を纏った拳を、マモンは自身の毒々しい緑色の炎を纏った拳を。お互いが渾身の一撃だ、と言わんばかりに何度も何度も全力でぶつけていた。
競り合う状態になり、余裕もなさそうな搾り出すようなマモンの声が、真冬の耳を刺激する。
「……やるじャねェか……! もうちョい楽だと踏んでたんだが……これはアテが外れたかァ? まァ、何にしろお前だけじャ俺には勝てねェ。動けない茜空九羅々が動ければ話は別だがな」
真冬はフッと笑みを浮かべ、
「―――そーか」
そう言い残すと、前からの攻撃をかわすように後ろへと飛び退いた。
その真冬の不可解な行動に、マモンは詮索せざるを得ない。
(―――? 何故今距離を取った? 競り合いは互角だったはず―――)
マモンの思考はここで中断され、納得いく解答がすぐに現れた。
頭上。
マモンの頭上から急降下してくる茜空が茜色の炎を纏った金棒を振りかぶっていたからだ。
「……そーかい。二対一か……丁度良いハンデじャねーかッ!!」
ガッ!! と鈍い音。
振り下ろされた金棒は、マモンの両腕で受け止められてしまう。しかし、攻撃を防がれた茜空の表情に一切の悔いや焦りは見られない。
本命はこっちではないから。
茜空の狙いは。真冬の狙いは。あくまで一致していた。
しかし、それは前もって打合せされた綿密な狙いではなく、自分の攻撃がマモンにどのような影響を与えたかで、急遽変更になってしまう。目配せもしない。合図も送らないし、そもそも目すらもまともに合わせていない。長く身を置いてきた戦場でのみ発揮する第六感と本能のみで、真冬と茜空はあまりにも杜撰なコンビネーションを完成させていた。
「良かったよ。―――お前の両手が塞がって」
炎を拳に纏った真冬がマモンの懐に潜り込む。
上の腕をどければ金棒に頭を打たれるし、離さなかったら腹に重い一撃を喰らう。
ならば、少しでも生存率の高い、腹の一撃を喰らっとくか。
真冬の細い腕から繰り出された強力な一撃は、マモンの口から赤い液体を吐き出させ、そのままノーバウンドで三メートルほど後ろの木をへし折って、動きを止めるほどの威力だった。
吹っ飛ばされたマモンは仰向けの状態になっているだろうが、今は砂煙で姿を確認できない。
ほぼ無傷の真冬は、傷だらけの茜空へと視線を落とすと嫌味のように言葉をこぼす。
「ふん、大分手荒い歓迎を受けたものだな。ボロボロじゃないか」
「余計なお世話です。貴女も調子乗ってるとこーなりますから、精々気を抜かずに張り切っちゃってください」
可愛くない返答だ、と真冬は溜息をつく。
しかし、これで倒せてはいないだろうが、マモンに決定的な一撃を与える事には成功した。
後は二人で押し切れば何とか……と思っていたのだが。
「いやァー、マジで効いたぜ、今のは」
砂煙の中から聞こえる、薄気味悪い声。
その声の主は身体を起こしたのか、力むような声を発した後、ゆっくりとこちらへと近づいてくる。煙の中で人影が揺らめいているのが確認できる。
煙の中から再び姿を現した声の主―――マモンは口の端から血を流しながらも案外平気そうな顔をしていた。
「……参ったな。今ので倒せたとは思っていなかったが、ここまでタフとは」
「あー、そんなんじャねェんだよ。今のはマトモに喰らッてたら俺もダウンしてたかもしれねェ」
真冬は眉をひそめ、問いかける。
「……マトモに、だと?」
「あァ。生憎にもうちの女神サマがくれた連絡用の水晶が若干盾になッてたみたいだぜ。まァこの通り、お前のパンチで粉々に砕けちまッて二度と使えやしねェけどな」
マモンが言いながら服と肌に隙間を作ると、その間から透明な欠片がばらばらと地面に落ちる。とても綺麗な水晶だったろうが、粉々になってしまえばただのゴミ同然だろう。
未練なんか微塵も感じさせず、マモンは何もないかのようにその水晶の欠片を踏みしめ、口の端の血を手の甲で拭う。
「さァて、と。このままお前らと戦ッても体力と時間を浪費するだけだな。つーわけで、俺様また逃げるわ」
「また、情けなく尻尾巻いて、ですか?」
「ハッ、言うじャねェか。言ッとくけどなァ、こちとら最初から目星は二つついてたんだよ! お前が選択肢から外れりャ、答えは一つになッた。アリガトなァ、俺を曲がりなりにも財宝に導いてくれてよッ!!」
マモンはそう言いながら飛び立つ。
彼の発言に顔色を一気に変えた茜空が追撃しようとするが、身体の痛みがそれを許してくれない。
とりあえず、真冬は茜空の傷を治療しながら話を聞くことにした。
171
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/08/03(金) 23:20:09 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
癒炎(ゆえん)。
真冬が茜空の治療に使っているこの炎は、彼女の傷を焼くためではなく、彼女の傷を治療するためのものだ。
普段の真冬ならこんな炎は使えない。彼女曰く『覚醒してない時間が長すぎたせいで、治癒する炎が身についてしまった』らしい。魔界では覚醒状態でいることが多かったため、戦えない真冬の状態が長くなる人間界で、真冬は回復させる術を手に入れた。とは言っても、まだ不完全らしく傷は八割程度しか治らず、炎の消費が結構激しいらしい。
とりあえず傷の痛みはほとんど消え、真冬は茜空に疑問を投げかける。
彼女が聞きたいことは二つ。
一つはマモンの言っていた『目星』とは一体何の目星なのか。
もう一つは、その『目星』とは一体何処を指しているのか。
「……お前の知っている事、全てを話してもらおう。とは言っても、全て知っているようだがな」
茜空はじっと横目で真冬を見つめてから、
ぷい、と彼女から目線を逸らした。
「ッ!!」
茜空のその行動に冷静な真冬にしては珍しく、こめかみに青筋を立てた。
仮にも傷の治療してやった人物なのに、この扱いはどういうことか。
今にも茜空に襲い掛かりそうな真冬を、霧澤は必死に押さえる。
「……離せ、夏樹! 殴る! 一発だけぶん殴って服従させる! 世間の冷たさと礼の返し方をその身に叩き込んでやる!」
「お、落ち着け赤宮! 殴ってもいいが、そうすれば絶対あの子何も話さないぞ? ここは、ちょっと俺に任せてくれ!」
霧澤は茜空の傍に腰を下ろし、彼女を諭すように声を掛けた。
「なぁ……俺らも割り込むって勝手な形でマモンと関わっちまった。お前の知ったことじゃないと思うけど……俺らにも何か協力できることがあるんじゃないか? だったら手伝わせてくれ。俺は……俺らはお前の力になりたいんだ」
霧澤の言葉に茜空は、
「……僕は小さい頃から奴に狙われてました」
「おい! 話してくれるのはありがたいが、何故私の時は無視した!?」
再び襲い掛かりそうな真冬を霧澤が押さえる。
二人がぎゃあぎゃあと叫んでいると、茜空は呆れたような溜息をついて、
「……黙ってくれないと、話しませんよ?」
その言葉で二人は(真冬は渋々)黙り込む。
すると、茜空の説明が再び始まる。彼女は先に『かいつまんで説明します』と前置きをして、言葉を紡ぎ始めた。
彼女の話を纏めるとこうだ。
彼女は小さい頃から、右目にある『金瞳(こがねのまなこ)』を守るために、マモンから逃げ続けていた。やがて、彼から逃げていては何も変わらないと感じ、こっちから追うようにしてやった。そうしたら、今度は自分が奴を追いかける側になり、立場が逆転してしまった。それが今まで尾を引いて、霧澤達が来る前に右目の眼帯を外され、自分の右目が『金瞳』じゃないと判明してしまった。マモンは『金瞳』のもう一つの在り処へと向かった。ということだ。
「……成る程な。しかし『金瞳』が本当に存在するとは」
「……茜空の話を聞く限り、結構ヤバイ物みてーだし、悪魔側の手に落ちたらまずいんじゃねーの?」
茜空はこくりと頷く。
彼女は右目に再び眼帯を装着しながら、
「奴のもう一つの目星は恐らく確定的でしょう。急がないと……ッ!」
再び立ち上がろうとする茜空だが、傷は癒えても疲労は取れておらず、足がふらつき、倒れそうになる身体を真冬が支えた。
「……無理するな。後は私達に任せて、お前はゆっくり休んでおけ」
「……そういうわけにも、いきませんよ……! 僕が、彼女を巻き込んでしまったんですから……」
茜空の言葉に、真冬は眉をひそめる。
彼女は搾り出すような声で、
必死に必死に、細い糸を手繰り寄せるようなか細さを感じさせるような口調で話す。
「……僕が、もっと早く奴を倒せていれば……!」
「お前のその言葉から察するに『金瞳』は誰かが持っているのか? 何処だ、一体何処にある?」
真冬の言葉に茜空が訂正するように言う。
「……何処、って……誰の中、の間違いでしょう……?」
茜空の言葉に真冬の動きが凍りつく。
誰かの体内に入っているのか、真冬は茜空の次の言葉を待つ。
「……貴方達は存在を知っているから教えますね」
茜空の声色に、冷たさが灯る。
「『金瞳』の在り処は、貴方達の大切な人物の体内に存在しています」
茜空の言う大切な人物とは誰か。
霧澤と真冬は、その人物に驚愕する事になる。
172
:
ルーナ
◆jSJPzJeR/w
:2012/08/03(金) 23:45:57 HOST:p141213.doubleroute.jp
ルーナのファンタジー小説と楽しい仲間たち
ってブログ見てね
173
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/08/04(土) 12:56:21 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
霧澤と真冬にとって、大切な人物が『金瞳(こがねのまなこ)』の体内に宿している。
茜空の言葉に、二人は絶句した。
自分達の思う大切な人物がマモンの標的になってしまっていることを考えてもそうだが、そもそもそれは誰なのか。
誰一人思い当たらないわけじゃない。むしろ、思い当たる人物が多いからこそ絞る事が出来ないのだ。
それは、霧澤の妹である霧澤梨王かもしれないし。
それは、同じ学校で真冬と同じ『ヴァンパイア』である白波涙かもしれないし。
それは、二人を『お兄ちゃん』『お姉ちゃん』と慕う茨瑠璃かもしれないし。
選択肢が複数ある中、二人だけで誰をどう守れというのだろうか。
「……涙」
真冬が唐突に口を開いた。
その言葉に霧澤は真冬の方を振り返る。
白波のことなのだろうか、と思っていると真冬が言葉を続けた。
「……涙、瑠璃、昴、汐王寺、朱鷺綾芽、梨王、夏樹のお母様、滝本……この中の誰か一人か。私達の、という事は梨王かお母様が一番可能性が高い」
真冬は自分達とより近しい人物の名前を挙げていった。
霧澤にとっては誰も等しく大切なのだが、今挙げた人物の中では、確かに家族が一番大切かもしれない。それに、例えば白波か茨か朱鷺だった場合なら自分で自分を守る術は持っているだろうし、朧月か汐王寺なら傍に『ヴァンパイア』がいるため、誰か来るまで持ちこたえる事はできる。
一番危ないのは家族だ、と霧澤が結論付けようとしたところで、
「―――何にも、分かっちゃいないんですね」
横合いから茜空が口を挟む。
彼女は何処か呆れたような表情でいる。誰か知っている彼女からしてみれば、霧澤と真冬の解答はすぐに間違いだと判断できているはずだ。
彼女がこう言う、ということは梨王でも、夏樹の母でもないということか。
「どういうことだよ、茜空。梨王でも母さんでもないとしたら……」
「貴方達、近すぎて忘れてるんじゃないんですか? 最も大事な存在を」
茜空の言葉に二人は首を傾げる。
近すぎて忘れるくらい大切な人物、二人は顔を見合わせた。が、すぐにその思考は消え去った。霧澤も真冬も自分の命を顧みないような行動をすることが多い。そのため、二人が大切に思っているとは多少違うだろう。
茜空はそんな二人を眺めながら、
「魔界の物っていうのは、体内に宿すとその人物はまるで何かに守られてるみたいに神の加護みたいなものを受けるんです」
それは、と彼女は続けて、
「成績が良かったりだとか、病気になりにくいだとか、勘が鋭かったりだとか」
その言葉で、二人はほぼ同時に同じ人物を思い浮かべた。
真冬は知っている。
自分が霧澤に好意を寄せている、といち早く気付き、ライバルとして正々堂々戦う事を誓った人物がいる事を。
霧澤は知っている。
大して勉強もしないくせに、真面目に授業を受けている自分より成績がよく、つい最近まで風邪なんて引かなかった奴が、珍しく風邪を引いた事を。
「マモンがその人物を見つけたのは、強力な『ヴァンパイア』が傍にいるため、『金瞳』が探知されないように自発的に張っていた結界が、『ヴァンパイア』の魔力によって削られ、それによって探知がされるようになったんでしょう。だから、ここで潰さないといけなかった。僕は、一体何のために彼女から離れたんでしょうね」
茜空がつい最近離れた人物。
それは―――、
「―――薫?」
その頃、教室で授業を受ける奏崎薫を、遠くのビルから眺める一人の人影があった。
「ハッ、見つけたぜェ。『金瞳』ォ!!」
そう、マモンだ。
174
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/08/04(土) 14:02:22 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
「薫が、マモンの狙っている『金瞳(こがねのまなこ)』の身体に宿してるっていうのか?」
霧澤が僅かに声を荒げる。
今まで常に冷静で、声を荒げるとしても皆が楽しく話している時のツッコミでしか叫ばなかった霧澤が、珍しく声を荒げた。
食いかかるように叫ぶ霧澤の問いに、茜空は小さく頷いた。
「間違いないと思います。昨晩彼女の家に泊まっていた僕を狙った理由は一つ。僕の右目か彼女の体内か。どちらにあるのかを確認したかったんでしょうね。結界が剥がれ探知がしやすくなった、といっても確実さには欠けるでしょうし、そもそも今まで見つからなかった物が突然見つかったとか……信じるのも躊躇するでしょ?」
とりあえず、この際そんな事はどうでもいい。
マモンより早く奏崎を見つけないと、彼女が危険な目に遭ってしまうかもしれない。
真冬は癒炎(ゆえん)のために少し疲労の色を見せながらも、
「……とりあえず、情報感謝する。茜空、お前はここで少し休んでいろ」
「……何言ってるんですか。貴女も僕の治療で疲れてるでしょ。休息が必要なのは貴女も一緒ですよ」
真冬の表情に気付いたのか、茜空は彼女にそう告げる。
ここで言い争っている間にもマモンの魔の手はゆっくりと奏崎に近づいている。霧澤は携帯電話で時間を確認すると、ある電話番号に電話をかけた。
電話から聞こえた声は、学校を出る前に聞こえた声。
『はいはーい。こちら朧月医院ですけど、お客さんご予約ですかー?』
電話の相手はやはり朧月昴だ。先ほど時間を確認したのは授業が終わっているかの確認だ。
霧澤は彼のささやかなボケにあえて何も言わずに、
「朧月! 今そっちにこっちが取り逃がしたマモンが近づいている! その事を白波に伝えて、薫を守るように言っといてくれ!」
『俺のボケをスルーすんな。つーか、お前らマモン取り逃がしたのか。どうりで……』
朧月の言葉はこれ以上は言わないでおこう、という感じで不自然に言葉を切った。
その様子に霧澤が眉をひそめていると、
『にしても、今奏崎だっけ? の護衛に涙を行かすのは無理だ』
「何でだよ?」
朧月の言葉に、霧澤は間髪入れずに聞き返す。
朧月は淡々とした口調で、
『今涙がマモン(向こう)に行ったから』
「……何だと!?」
恐らく、白波はマモンの接近に気付いていた。
彼の狙いが何かは分かっていないが、霧澤と真冬が飛び出したことは朧月から聞いているので、マモンが自分達を殺すためにやって来たんだとしたら、動けるのは自分しかいないと考えたのだろう。朧月によると、彼女の顔は久々の強敵で笑っていたらしいが。
とりあえず、当面の危機は去ったのだろうか、と霧澤が考えていると、
『ああ、ちなみに涙が行ってなくても奏崎の護衛は不可能だ』
「……?」
朧月の言葉の意味が分からない。
さっきの話だと、護衛役の白波がいないから、護衛できないという風に聞こえたが、白波がいても出来ないとはどういうことか。
問う前に、朧月の言葉が帰ってきた。
『さっきトイレに行く途中にお前の教室をチラッと見たが、奏崎は何処にもいなかった。奏崎と仲が良い滝本って奴の話だと、「体調が悪いから帰った」ってよ』
その言葉に霧澤は絶句する。
勿論、それは確実に嘘だ。霧澤や真冬が授業中に悪魔が出たときに使うような、教室から飛び出す理由と同じように。
彼女は恐らく、霧澤と真冬を探すために学校を出たのだろう。
そう考えていると、
ドッ!! と遠くの方で轟音が響いた。
柱のように一瞬だけ緑色の炎が上がったかと思えば、次に白色の炎が上がる。
白波とマモンの対決が始まった。
(……始まったか!)
霧澤は朧月との電話を切り、炎が上がった場所へ走ろうとするが、
「待て、夏樹」
真冬の声が、霧澤の足をとめる。
彼女は霧澤と茜空を抱えるように掴めば、
「……後で、血を吸わせろ」
そう告げて、背中から翼を生やし空へと飛び立った。
175
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/08/04(土) 17:01:45 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
何とか人気のない工場跡地で戦いを繰り広げている白波とマモンはお互いに二十メートルほど距離を開けていた。
マモンはいつでもどの方向へ向けて動けるように僅かに身を屈め、白波はマモンへ向けて銃を向けている。いつでも撃てるように、引き金に指を掛けているのはマモンも見えている。
二人は睨み合っており、どちらにも動く様子は見られない。
そんな中、余裕あり気な表情をしているマモンが口を開く。
「……いやァ、人間共に赤宮真冬のことを聞いても情報手に入れられなかッたし、直後に茜空九羅々に襲われるしでイイことねェなァッて思ッてたが……まさか一人で迎えに来てくれるなんてよ。殺されるッてのに、随分なお人好しだ。いいぜ、そういう奴は嫌いじャねェしな」
「はん、アンタの都合なんか知ったこっちゃないわよ。ただ、授業中にずっと魔力を向けられてたら集中出来やしない。まーた授業遅れちゃうじゃない!」
そッちの都合なんざ知るか、とマモンは吐き捨てた。
言ってしまうと、マモンの今回の狙いは『金瞳(こがねのまなこ)』ではなく赤宮真冬達の殲滅だ。『金瞳』は二の次である。
しかし、目の前にお宝が転がっているのを、マモンが。あの『強欲』のマモンが見逃すであろうか。お宝も入手し、目的も果たす。これ程自分に良い影響を及ぼす一石二鳥も早々あるまい。
だが、
「つーか、テメェが来てくれたことはありがたいんだが……ターゲットを見逃しちまッたじャねェか。どうしてくれんだ」
「だから、アンタの都合なんか知らないって言ってるでしょ。そもそも、何でアンタが薫ちゃんを狙うわけ? 夏樹くんや真冬への人質のつもり?」
白波の言葉にマモンは短く笑う。
「んなわけねーだろ。そもそも、俺はあの女と赤宮真冬が知り合いッてのも今聞いたッつの。こちとら『ヴァンパイア』の交友関係なんざ調べてねェしな」
じゃあ何で、と白波は問いかける。
マモンは引き裂かれた笑みを浮かべながら、白波の質問に対する答えを出す。
「奴の身体に『金瞳』がある。それだけだよ」
「何……ですって……?」
白波の引き金に掛けている指に、僅かに力が込められる。
それに気付いているのか気付いていないのか、よく分からないような表情でマモンは続けた。
「お前も『ヴァンパイア』なら聞いたことぐれェあるだろ?」
「……あるわよ。でも、何で薫ちゃんの身体に……?」
「俺が知るかよ。まァ、あの女は殺しはしねェからよ。お前らの大事なモノッてんなら『金瞳』だけ奪ッて本体は返してやる。だから邪魔すんな。そこを退け」
恐怖を与えるような目で、マモンは白波を睨みつける。
白波は歯を食いしばり、引き金に掛ける指に徐々に力を加えていく。彼女のかいた汗が、頬をすぅ、と伝っていく。
「応じねェ、か。まァそうだよな」
「……アンタはここで、私が討滅する!」
「あァ、それね」
マモンが白波の指を刺激するように、あるいは挑発するように。口を開く。
「テメェじゃ無理だよ。帰れ」
ドォン!! と白波が引き金を引く。
白い弾道を描き、白い炎の弾はマモンへと一直線に向かっていく。
その弾をマモンは片手で受け止め、彼方の空へと弾き返した。
「な……っ!?」
「だから言ったろ……?」
瞬間、マモンが白波の頭を掴み静かに告げる。
「お前じゃ無理だって」
そしてそのまま、白波の顔を地面へと叩きつけた。
「ったく、あの馬鹿は何処に行ったのよ!」
鞄を持ちながら、走り辛そうにしている奏崎は息を切らしながらあちこちを見回していた。
今の彼女は怒っている。
やはり、授業も集中できずに学校を抜け出してしまった。
「……全部、吐かせてやるんだから!」
再び走り出そうとする彼女の耳に、
「何か探し物か? いやァ、探し人が正しいよなァ」
緑色の悪魔のような男が声を掛ける。
一瞬で、奏崎はその人物が怪しいと分かり、一歩、二歩後ずさりをする。
「……だ、誰……なの……?」
「まァまァ、話は後でゆッくりと、な」
奏崎薫の意識がここで途切れた。
176
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/08/05(日) 14:02:19 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
上空から工場跡地に降り立った真冬と霧澤と茜空は、額に包帯を巻いた白波を心配そうに見つめていた。
白波の傍らには朱鷺がおり、彼女の治療をしたのも朱鷺らしい。
白波とマモンの魔力の衝突を感知した朱鷺は、大急ぎでこちらへ飛んで来たらしいのだが、来た時には既にマモンはおらず額から血を流したままうつ伏せになっている白波を発見したらしい。
「……すまんな、朱鷺」
遅れてやってきた真冬は、心底申し訳なさそうに朱鷺に謝罪をした。
そんな真冬に朱鷺は溜息をつき、
「何で貴女が謝るんですの? これは誰のせいでもありませんわ」
「ところで朱鷺。お前はマモンが何処に行ったのか分からないんだよな?」
霧澤の質問に朱鷺は頷く。
「ええ、来た時には白波さんしかおりませんでしたので。魔力を探査すれば、すぐに見つかると思いますが……」
そうか、と霧澤は小さく返事を返す。
それから悔しそうな目で、額に痛々しそうに包帯が巻かれ、目を固く閉じている白波を見つめる。
白波に対する謝罪の言葉は、霧澤の口から出なかった。
霧澤は振り返って、真冬にマモンの位置を特定してもらおうとしたが、言われるまでもなく真冬は目を閉じ、マモンの魔力探査に集中している。二人でやった方が早いと感じたのか、茜空も目を閉じ地面に手を当て、真冬と違う探査方法を試みている。
二人はほぼ同時に目を開けて、
「……感じ取ったか、茜空」
「ええ。僕の探査と貴女の探査に狂いがなければマモンは―――」
二人は声を合わせた。
「「地下にいる」」
地下? と霧澤は首を傾げる。
奴がそんなところで何をしようとしているかは分からない。そもそも、相手は既に奏崎を捕まえたのか。学校から出ているならば見つけられる可能性はぐんと上がってしまう。
真冬が翼を出そうと集中すると、
「……ま、ふゆ……」
弱弱しい、搾り出すような白波の声が真冬の耳に届いた。
「涙、大丈夫か?」
真冬はしゃがみこみ、白波を心配そうな目で見つめる。
虚ろな瞳を僅かに開く白波は、真冬の表情を見るなり薄い笑みを浮かべた。
「……なによ、その顔……。私は平気よ……」
真冬は白波の手をきゅっと握り、白波の消えてしまいそうな声に耳を貸していた。
「……アンタ達に、伝える事が……。……マモンは、アイツは薫ちゃんを既に確保した……! 『金瞳(こがねのまなこ)』が抜かれるのは時間の問題よ……」
その言葉に霧澤達は絶句した。
地下にいる、ということから大体の予想はつけていたが、この予想が当たってほしくなかった。
白波はうっすらと涙を浮かべて、
「……ごめん。私じゃ……薫ちゃんを守れなかった……!」
だから、と歯を食いしばり白波は真冬に懇願する。
「……アンタ達に託す……! 薫ちゃんを助けてあげて……!」
その言葉に、真冬は返事をしなかった。
その代わり、ゆっくりと立ち上がり白波と朱鷺に背を向け、一言だけ朱鷺に伝える。
「涙を頼んだぞ」
朱鷺はその言葉にこくりと頷く。
真冬は朱鷺が頷いたのを確認もせずに、霧澤と茜空を抱えるように掴む。
「……お前、大丈夫か?」
「あと一回くらいはな。だから、マモン戦の前にたっぷり血をもらうぞ」
真冬は背中から真っ赤な翼を生やし、空へと飛び立つ。
友人を助けるため、マモンの潜む地下へと向かって行く。
177
:
月峰 夜凪
◆XkPVI3useA
:2012/08/11(土) 17:18:45 HOST:p22207-ipngn100102matsue.shimane.ocn.ne.jp
久々にコメント失礼しますノ
ところで、私の方も親しみと敬意を込めて翔さんと呼ばせていただいてもよろしいでしょうか(´・ω・`)?
にしても、どんどん熱い展開になってきますね。読んでいる私も胸熱です!
真冬ちゃんも涙様も、というか皆かっこ良すぎです!茜空ちゃん可愛いよ茜空ちゃん((
読みながらずっと彼女が『金瞳』の持ち主だと思っていた上、まさかの薫ちゃんが持ち主だったので、ダブルで意表を突かれました!さすがです!
さて、薫ちゃんとうとう巻き込まれてしまいました……とりあえず無傷で帰ってきて欲しいです。むしろ怪我があったら皆が黙っていませんy((
そして茜空ちゃんと『僕と契約して、契血者になってよ!』的な展開になることを期待しつつ((黙
それでは、続きも頑張ってください!いつも楽しみに待ってます^^
178
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/08/11(土) 17:32:42 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
「う……」
奏崎は目を覚ました。
気がつけば自分は全く見覚えの無い場所にいた。手は縛られているし、真っ暗で窓から差し込む光だけが頼りのような場所にいるし。
彼女は曖昧な自分の記憶を手繰り寄せ、気を失う前のことを思い出す。
確か夏樹と真冬ちゃんを追うために学校を早退して、途中で何だか意味の分からない人と会った瞬間に……。
「目ェ覚めた?」
ぞわっと、悪寒が走る声。
奏崎はそちらに振り返り、声の主を確認する。緑色の髪をオールバックにした、耳が尖っている悪魔のような男。奏崎は彼の名前を知らない。名前も知らない人物に見知らぬ場所に連れられた、というだけで彼女の恐怖は頂点に達する。誘拐されたも同然なのだから。
彼女は恐怖で上手く言葉が出ない。口をぱくpかうと動かすたびに、歯ががちがちと音を立てる。
男が近づくたびに、奏崎は唯一自由な足を必死に動かして、後ろへと下がっていく。
そんな奏崎に、男は相手をなだめるように、
「そんな怖がるなッて。俺様はお前を殺そうとして連れ去ッたワケじャねェし、身代金だのにも興味はねェ」
「……じゃあ……何の、ために……?」
ようやく、口が動いた。
殺す気でもないと分かれば、少しだけ恐怖が和らいだのか、さっきより口の自由が利き始めた。
奏崎の質問に、男は指を二本立て前に突き出す。
「一つは餌として利用するため。お前を使えば、面白いくらい釣られるデカイ魚がいんだよ。俺の元の目的はそッちだし、奴らを殺せばあの女からのお咎めもナシだろォしな」
言われても、奏崎には何の事か分からない。
誰を釣るためか。私なんかで釣られる人は誰なのか。彼の言葉には分からない言葉ばかりが含まれている。
男はお構いなしに続ける。
「二つ目は『金瞳(こがねのまなこ)』だ。ッて言ッても、お前にはさッぱり何のことだか分かんねェだろうがなァ」
「……こがねの、まなこ……?」
奏崎はやはり分かっていなかった。
自分の目は金色じゃないし、そんなこと自分を見ている相手もわかるはずだ。
すると、いつの間にか自分の目の前まで近づいてきていた男は、ニヤリと笑みを浮かべる。
「ひっ……!」
「安心しろ。痛みはねェよ」
ズン、と奏崎の胸を男の手が貫く。
「ッ!?」
しかし、その腕は背中から突き抜けずに奏崎の身体の中をまさぐっている。
感じたことの無い気持ち悪さに苛まれる奏崎は、目に涙を浮かべながら声を漏らす。
「……う、うあ……あぅ……!」
「ハッ。中々イイ声を出すじャねェか」
「……た、……誰か、助けて……!」
「ハハハハッ! 無駄だぜ! 誰もこんな廃ビルに来ねェよッ!」
奏崎の悲痛な祈りは、男の笑いによってかき消される。
しかし、こんな状況の中で奏崎は一つだけ確信できる事があった。
「……いいや、来る……!」
「誰が?」
「……なつき、が」
奏崎は声を振り絞り、
「絶対に、助けてくれる……!」
「あァ。タイムリミットだわ」
、
男が奏崎の身体から腕を引き抜くと彼の手には金色の小さな玉があった。
それを見て、男は狂った笑い声を上げる。
「ヒャハハハハハハハ!! やッた、ようやく手に入れた! 俺の長年の夢がァ……『金瞳』がついにこの手に!」
奏崎は気を失い、目から涙を流しながらその場に倒れこんでいる。
男は『金瞳』は握り締めながら、
「さァて、と。まずは戻るか。これ持ッたまま奴らと戦うのはさすがに分が悪ィし―――」
瞬間、天井が大きな音を立てて盛大に崩れだした。
179
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/08/11(土) 17:44:22 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
ナギーさん>
コメントありがとうございます。
あ、どうぞ呼んでくださいな! 僕としても嬉しい限りですので、むしろさん付けしなくても((
それは嬉しいですね。
僕としても今まで書いた中でこれが一番楽しいかも。薫、九羅々、マモンのキーパーソン三人がとても動かしやすいので。朱鷺さんいつまで経っても慣れねぇ((
今回こそは涙もいっぱい出そうと思ってたのですが、何故か出番少ないうえに速攻でやられた……。涙は嫌いじゃないですよ? むしろ好きです!
これから彼女は瑠璃と同じく、ロリキャラとして扱われるかとw
これは持ち主が判明するギリギリまで悩んだ結果です。
そのため、九羅々の眼帯の理由が『オッドアイを隠すため』みたいな以外と簡単な理由になってしまいました。僕としても意表をつきたかったので、そう言ってくださると嬉しいです^^
薫は多分大丈夫なはず!
真冬や涙といった『戦うヒロイン』じゃなく、『守られるヒロイン』なので、真冬たちに助けに行かせます! あと夏樹にも!
寄寓にも一人称が『僕』じゃないかw
マモンとの戦いが終わったら、今まで平行線だった夏樹、真冬、薫の三角関係が動き出します。そして、九羅々はどうなる事やら((
はい、続きも頑張らせていただきます。その言葉が僕の唯一の動力源ですw
180
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/08/12(日) 20:17:53 HOST:p4147-ipbfp1503osakakita.osaka.ocn.ne.jp
「……あん?」
マモンは突如として、何の前触れもなく壊れた天井のすぐ下に近寄っていく。彼はそのまま何も言わずに、崩れた天井を見上げている。
彼はじっと見つめてから、不自然さに眉をひそめる。
(……老朽化、じャねェな、この壊れ方は。建物自体が古くなッて自然に壊れたッつーモンじャねェ……誰かが意図的に、誰かッて誰だ?)
そこでマモンはハッとする。
彼は勢いよく上を見上げた。この状況で、自分を狙う人物は現時点では三人しか思い当たらない。赤宮真冬、霧澤夏樹、そして茜空九羅々。この三人以外いるはずもない。
しかし、マモンが望んでいる相手の誰一人として、壊れた天井の穴から姿を現さないし、顔すらも覗かしてこない。
どう考えたって天井は老朽化で壊れたものじゃないっていうことは、マモンも既に分かっている。だが、誰も出てこないのは不自然すぎる。
(挑発のつもりか……クソが、舐めやがッて……!)
マモンが上へ飛び立とうとしたその瞬間、
別のところの天井が壊れ、急接近してきた赤宮真冬に、強く上へと打ち上げられる。
「……ッ!?」
マモンの身体は天井を何枚も突き破り、上へと急上昇していく。
真冬がやってきた穴から、茜空も下りてくる。彼女は気を失っている奏崎を心配そうな目で一瞬だけ見る。それからすぐに上へと視線を向けた。打ち上げられたマモンがいるであろう上階を。
そんな茜空に気付いた真冬は、
「……ここにいてもいいぞ? だがそうすると、夏樹は何のために来たのかってことになるがな」
遅れて霧澤も穴から降りてくる。
彼は『ヴァンパイア』みたいな身体能力はないので、足で着地せずに、尻餅をつくような形になってしまっていた。ニュアンス的にも『降りてきた』より『落ちてきた』の方が近いものを感じる。
彼は強く打った尻をさすりながら、『いてて』と言いながらよろよろと立ち上がる。
そんな彼の目の前に茜空が立ち、珍しくもじもじした様子で俯きながら彼に頼み込む。
「……あの、霧澤、さん……。その人のこと、任せてもいいですか……? 僕にとって、大切な人なんです……!」
そう頼み込む茜空の頭に、霧澤は優しく手を置いた。
「ああ、任せとけ。こいつは俺にとっても真冬にとっても大事だからな。それより、お前らこそやれるのか?」
霧澤の言葉に、真冬はふん、と鼻で笑った。
そんな彼女の背中は、フルーレティと戦う時より、レヴィアタンと相対する時より、今マモンを討滅する時の方がたくましく見えた。
錯覚かもしれない。勘違いかもしれない。だが、霧澤は今の真冬になら、心の底から任せても大丈夫だと、信じれるようになっていた。
「言葉を選べ、夏樹。こういう時に掛けるべき言葉は『やれるか』じゃない―――」
彼女は、燃えるように紅く赤い髪を靡かせながらこう言った。
「―――『やって来い』、だろ?」
真冬の言葉に霧澤は思わず笑みをこぼす。
それから、彼は絶対の信頼と共に、この戦いの終止符を打つべく、二人の『ヴァンパイア』に命令を出す。
「赤宮。茜空。―――やって来い!」
「「任せろ!!」」
二人はマモンを倒すべく上へと向かっていく。
一人は、自分の大切な人を守り抜くため。
一人は、今まで自分と一緒に築いてくれた楽しい日々をもう一度送るため。
それぞれの想いが交錯し、マモンとの戦いは終焉へと近づいていった。
181
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/08/15(水) 16:52:29 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
僅かに。本当に本当に、微かでしかないが、奏崎薫の意識は取り戻していた。
自分の身体に、得体の知れない人物の腕が入り込んだ気持ち悪さに意識を失っていたが、彼女はうっすらと瞳を開けることが出来た。感覚的に、今自分は誰かに抱きかかえられている。背中辺りに、自分を抱えているであろう相手の手の感触を感じたからだ。
朦朧とする意識の中、彼女はその人物を確かめようと目線を動かす。
そこにいたのは。自分を助けてくれたのは。傍にいてくれているのは。
自分が想いを寄せる、この世界中で一番大切な人だった。
思わず名前を呟いてしまいそうになったが、言葉が口から出なかった。
そして、そんな彼の前には二人の少女がいた。
一人は長く綺麗な赤い髪を靡かせた、揺るがないような口調の少女。もう一人は、銀髪ツインテールの自分がよく知る少女だ。
無事でよかった。銀髪少女を見た奏崎は、自分の身など一切案じず、心の中で安堵した。
もう一人は恐らく……自分が知っている人物で相手も自分の事を知っているだろう。だったら、赤い髪の人物などすぐに答えが分かってしまう。そもそも、彼がいて、彼の傍にいつもいる彼女がいないわけがない。
二人は少年と言葉をかわすと、そのまま穴が開いた天井へと突っ込んでいった。
これから、最終決戦へと向かうように。
―――やっぱり、自分は信じていて間違いではなかった。
やっぱり、本当に困った時。不安な時。寂しい時。いつも傍に寄り添い、勇気付けてくれたのは、いつだって霧澤夏樹だった。
―――やっぱり、自分は彼女に勝てそうにない。
やっぱり、そんな霧澤夏樹の傍にいて、いつも彼と行動をともにする赤宮真冬にはどうしても勝てない気がする。そう、思うだけだけど。
―――やっぱり、自分は彼女が本当に大事なんだなあ。
やっぱり、偶然出会った、普通には会うことの出来ないような人物、茜空九羅々。彼女が無事で、自分はもう一度意識を失いそうになったのだった。
奏崎薫は信じている。
赤宮真冬と茜空九羅々。二人がどういう関係で知り合ったのかは不明だが、彼女達なら、今の自分の不安の種となっている緑髪の男を倒してくれると。
そして、
また皆で笑えるだろう、と。
彼女はそんな事を思いながらゆっくりと目を閉じた。いつもどおりの、楽しい日常が待っているであろう明日を望んで。
182
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/08/25(土) 00:04:34 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
第21話「CALL その声はすぐ近くに」
天井を突き破って上へと打ち上げられたマモンを追い、真冬は背中に翼を生やし、茜空を抱えたまま上へと飛んでいた。
そんな中、彼女の腕の中にいる茜空が口を開く。
「……いませんね。一体どんだけ飛ばしたんですか?」
「それほど強く力を込めてはいないと思うのだが……今のは強かったのか?」
真冬は考えながらそう言う。
しかし、茜空は実際に先程の攻撃を受けたわけではないので、威力は分からない。何階か越えているので、まあそれぐらいの威力はあるのだろう、としか言葉は返せない。
茜空は真冬の背中から生える赤い炎の翼を眺めながら、
「それにしても、こんなに飛ばして大丈夫ですか? ここに来る前かなり疲弊してボロ雑巾みたいでしたけど」
「マモンと戦ってボロ雑巾みたいになってたお前には言われたくない一言だな」
真冬は嫌味のように言い返すが、茜空には効いていない。
ぶっちゃけると、真冬はマモンと奏崎がいた階の天井を突き破る前に、霧澤の血を吸っていた(勿論キスをした)ので、炎の量は最大値の状態でマモンと戦えるのだが。
彼女自身、マモンをこんなにも高く打ち上げるとは思っていなかったので、全体の一割程度を飛行に割いてしまっているだろう。
本末転倒だな、と茜空は思う。
真冬が、想像よりもマモンを高く飛ばしたのは、炎が最大値だったのも関係していると思う。
「……貴女って、意外とお馬鹿さんですよね」
「ッ!?」
いきなりの言葉に真冬は声にならない反応をした。
まさか彼女に言われるとは思っていなかった。『マモンに突っ込んでいったお前も馬鹿だろ』と言いかけたが、彼女の言葉は声には出ない。
茜空の目が『自分も馬鹿ですけど』と告げているように見えたからだ。
真冬は軽く息を吐くと、
「じゃあ馬鹿コンビ、さっさとマモンを倒すか!」
そう意気込んだ瞬間、
ゾッ!! という鈍い空気を裂く音とともに、大量の鋭利な針のような物が上から降り注いだ。
それに真冬は反応すると、僅かに舌打ちし、
「マモンか……? 茜空、もう少し私にくっつけるか!? 範囲を狭めたいのだが……」
茜空は首を傾げながらも、真冬の頼みどおり身体を真冬によりくっつける。
真冬は全身から炎を噴出し、近くにいる茜空もともに包み込んだ。攻撃ではなく防御のために。
彼女が『四星殺戮者(アサシン)』との戦いで使った『一身炎(いっしんえん)』という高度な技だ。
(……生で初めて見ました。さすがですね……)
茜空はそんな感想を抱き、真冬の腕の中に収まっていた。
針の雨が止み、一つ天井を越えるとそこにはマモンがいた。
しかし、今までの真冬たちが知るマモンの姿ではなかった。
オールバックにした緑色の髪は腰の辺りまで伸び、彼の腕や脚は人のものより細くなり、爪が獣のように鋭く尖っている。さらには口には牙までも生えていた。
中でも異彩を放つのは、彼の背中だ。
彼の背中には、針山のように無数の鋭く細い針が生えており、背中だけはハリネズミを連想させていた。
マモンは『ククッ』と笑うと、
「人間の感性じャァ、俺様マモンッつー悪魔は動物のハリネズミが象徴となッちャァいるが……俺らは『大罪の悪魔』は象徴の動物のようになることが出来る。レヴィアタンだッて、分かりにくかッたみてェだが、アイツは蛇が象徴なんだと」
つまりは、今のマモンが真の姿。今までの人の形は仮の姿というわけだ。
「随分なワイルドな見た目になったじゃないか。そっちの方がカッコいいんじゃないか?」
「ま、どっちにしろ倒しますけど」
二人の言葉を聞いたマモンが愉しそうに笑う。
愉しそうに。愉しそうに。愉しそうに。
引き裂いた笑みを浮かべながら。
「イイね。だッたらこの狂宴(きょうえん)を愉しもうぜェ!!」
183
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/08/31(金) 22:30:37 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
赤宮真冬、茜空九羅々、マモンの三人はそれぞれ動けずにいた。
真冬と茜空は姿が変わったマモンにどう対処して良いか分からず身構えながら立っていた。一方のマモンは余裕すら感じさせる笑みで、二人を交互に見つめている。
どうも動けない二人を嘲笑うかのようにマモンが口を開く。
「何でェ何でェ? お前ら何もしねェのかよォ? くッだらねェなァ」
茜空の金棒の柄を握る腕が僅かに動く。
相手の挑発だと分かっていても、彼と長年戦い続けた彼女ならではの反応だろう。そんな気持ちだけが先走る茜空を制するように、真冬は彼女の肩に手を置き首を左右に振る。
その行動の意図を理解したのか、彼女は小さく『分かってますよ』と返し怒りを無理矢理に鎮める。
一方で挑発が失敗したマモンはつまらなさそうに溜息をついた。
マモンの言葉に、真冬が返答した。
「何もしないのはお前も同じだろう。数の上では私達が有利だ。そのままじっとしていても、お前の勝機は無いぞ」
ククッとマモンが笑みをこぼす。
そのまま彼は笑いが堪えきれなくなったように、空気を入れすぎて破裂した風船のように笑いが爆発する。
「クハハハハハハハハハッ!! コイツァいいねェ! お前、まさか自分達と俺様が同等ッていう勘違いをしちャッてるイタイ奴かァ? んなワケねーだろが、アホが」
バッ!! とマモンが上へと飛び立った。
室内なので、天井を数枚ぶち抜いてだ。真冬が開けた穴よりも大きく、天井のほとんどを破壊していた。
「そォいう勘違いはテメェの脳内だけでやッてろ!! 悪いが俺はフルーレティよりも! レヴィアタンよりも! そして赤宮真冬、お前よりも上だ!!」
叫びながらマモンは背中から生えた鋭利な針を緑の炎を纏いながら発射する。
反応できなかった真冬はそのまま動けず、彼女元へ無数の針が向かい、彼女の身体を串刺しにするはずだった。
だが、
(―――これで終わり、なワケがねェ)
そう。
フルーレティやレヴィアタンを退けた赤宮真冬が、あの程度の攻撃を回避できないはずが無い。
土煙が舞う地上から、弾丸のような速さで茜空九羅々が突っ込んでくる。
「やッぱりなァ!!」
マモンは腕で茜空の金棒を受け止める。
茜空の目にはマモンを潰す事しか頭に無いような、そんな闘志が燃え盛っている目だった。
「ケッ! お前のその戦う理由は、怒りの理由は何だ? 奏崎薫か? 危険な目に晒した俺が、そんなに憎いかよッ!!」
「分かってんなら話は早いじゃないですか……ぶちのめされる覚悟はあるって事で―――」
「まさか、アレで終わりッて思ッてるんじャねェだろォなァ?」
「ッ!!」
瞬間、茜空が戦慄する。
相手の言葉の意味は、相手が作る不気味な笑みと、下の階に僅かに感じる魔力から察しがついた。
「……今更気付くとか、遅ェよ」
霧澤夏樹と奏崎薫のいる場所に、下級悪魔達が迫っているということだ。
184
:
月兎ヤオ
◆PaaSYgVvtw
:2012/09/01(土) 22:54:38 HOST:pc-202-169-158-234.cable.kumin.ne.jp
面白い♪
185
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/09/01(土) 23:26:05 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
下の階にいる霧澤と奏崎は動けずにいた。むしろ、奏崎を抱えている霧澤が、動ける状態ではなかった。
彼が動けない理由は周りにいる数体の魔人だ。人の形、に見えないわけではないが、断言するにはどこか歪な人の形をした魔人を目の前に霧澤はどうすることも出来なかった。
この魔人が、他校の不良生徒だったなら? ―――その時は殴り倒してでも逃げ道を作るだろうが、少しだけ喧嘩の経験がある元不良の霧澤の拳など、本物の魔人に敵うはずも無い。届いたところで、相手には痛くも痒くもないはずだ。
霧澤一人だけなら、この状況で何とか逃げ回って逃げ道の一つでも作るだろうが、奏崎を抱えている分、逃げ道を作るのだけでも難しくなる。折角救出できた奏崎をおいていくわけにもいかないし……。
まさに絶体絶命だった。
魔人が僅かに漏らす声が嘲りにも聞こえてきた頃、
タァン!! という乾いた銃声と共に一体の魔人が頭部から赤い鮮血を吹き出しながら、身体を横へと傾け倒れこんだ。
魔人の視線が一点に集中する。霧澤の視線も自然にそちらへと向き。魔人を倒した、自分達を助けてくれた人物を確かめる。
―――いや、確かめる必要はなかったのだ。
救世主が誰かなど、霧澤にとってはすぐに分かるヒントがあったじゃないか。銃声。たったそれだけで、救世主が分かってしまう。
「……勝手に、退場者扱いしてんじゃないわよ……!」
声の持ち主が構える銃。放たれる声は振り絞った感じの口調で、持っている銃からは白煙が立ち上っていた。
白い髪に青い瞳を持ったその少女の名は……、
「白波涙を退場させたきゃ、息の根止めるくらいしなさいよ!!」
白い救世主が、朧月昴に肩を借り、朱鷺綾芽とともに戦場へと戻ってきた。
一方で、上にいるマモンも下の階に現れた白波の魔力を感知していたため、表情を帰る。
余裕の笑みから、計算を狂わされた苦渋の表情に。
「クソが……! やッぱ殺しとくべきだッたか……!」
「やはり、アイツを信じておいて正解だったよ」
何処からともなく聞こえる、赤髪女性の声。
前ではない。左右でも上でも下でもなければ、背後からしかない。
赤い『ヴァンパイア』は拳に赤き炎を纏わせながらマモンへ叩き込もうと構えているところだった。
「……ッ!?」
いつの間にかさっきまで競り合っていた茜空の姿も無く、マモンに完全なる大きな『隙』が生まれた。
今真冬と正面を向いているため、障害となる針の邪魔も無い。
決定的な一撃を、決める事が出来る。
「確かにお前は、フルーレティやレヴィアタンより強いかもしれん」
だが、と真冬は言葉を区切って、
拳と共に言葉を告げた。
「その二体より強いお前の上に位置するのが、私達の『絆』だ!!」
真冬の拳がマモンの防御の無い腹部を捉えた。
186
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/09/02(日) 16:57:59 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
真冬の拳はマモンの腹部に致命的なダメージを与えた。
茜空がマモンと一人で戦っていた時にも、真冬が駆けつけ攻撃を加えたが彼が偶然持っていた通信用の水晶で、ダメージを与える事は出来なかった。
だが、今回マモンにとってそんな偶然的なラッキーは起こるはずも無かった。
茜空との競り合いの途中に、下の階での異変に気付き、いつの間にか目の前の茜空がいないことに気付き、背後に回っていた真冬の攻撃への防御が間に合わず、彼の身体は完全にノーガード状態なのだから。彼にラッキーは起こらない。
―――ただ、そんな奇跡が起こらないだけである。
真冬の拳はマモンとの間五〇センチ程度のところで止まっていた。
真冬自身が動きを止めたわけではない。拳が止まった理由は、彼女の腹部に、肩に、足に突き刺さっている鋭利な針が教えてくれた。針が何処から出ているか目で追うと、マモンの背中に生えている針の山から伸びたものだ。
「……な」
真冬は目を疑い、小さい吐息のような声を漏らした。
彼女の口の端からは声と共に一筋の血が流れ、針が突き刺さっているところからも当然のように血が流れている。
そんな状況を理解できていない真冬に、マモンは嘲りと共に告げる。
「残念だッたな。大方、俺様の正面から攻撃を食らわせば致命的なダメージを与えられると思ッたんだろうけどさァ……この姿に死角はねェんだよ」
真冬の身体から針が引き抜かれ、マモンが彼女を頭を掴み、そのまま地面へと叩き落した。
彼は上空で高笑いをしながら、
「誰が針は飛ばすだけだと言ッた? 誰が針は俺様の意のままに操れないと言ッた? 誰が針は伸縮自在じャないと言ッた? あァ!? この俺様が! 仮にもこの強欲を司りし俺様でも、死角なんて欲するわけねェだろォが単細胞どもが!!」
マモンの罵声が、真冬と茜空の耳に不快に入り込んでくる。
彼はそんな二人のことなど考えずに、構わず続けた。
「お前らには万に一つの勝機もねェ!! 今のが、たッた今さッきのが、俺様の最大にして最後の隙だ!! お前ら如きじャ勝てねェよ!!」
マモンの言葉に真冬と茜空は歯を食いしばる。
茜空は地面に倒れている真冬へと駆け寄り、心配そうな表情をしながら声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
茜空の言葉に真冬は頷く。
彼女は口の端から垂れる血を手の甲で拭いながら、針が突き刺さり上手く動かない足を震えさせながら立ち上がる。
「……大丈夫に見えるか? だがまあ安心しろ。お前が思っているよりは平気だ」
二人は上空で笑っているマモンを睨みつけるように見据える。
二対一、という不利な状況に置かれても、フルーレティやレヴィアタンがそうであったように、マモンも余裕を見せている。
だが、あの四人は『余裕』が確実に『隙』に変わる瞬間があったのだが、マモンにはそれがない。彼が言った『最大で最後の隙』も恐らく間違ってはいない。
そのため、真冬と茜空が思うことは同じである。
(……打つ手は限られてきている。ならば!)
(……その僅かな隙を見逃すことなく、どれだけ大きい攻撃を与えられるか、ですね)
二人が見据える先には倒すべき敵、マモンがいる。
187
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/09/09(日) 21:56:39 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
「ぷはっ!」
白波涙は床に倒れこむ。
彼女の額には痛々しく包帯が巻かれており、額の中心から赤いものが滲んでいるので、彼女の怪我が完全には治っていないことを言外に語っていた。
彼女は額の痛みが残るのか、時折苦しそうな表情をして、額に軽く手を添える。そんな彼女を、同行して来た朧月昴と朱鷺綾芽は心配そうに見つめていた。
そんな彼らの視線が気になったのか、白波は眉間にしわを寄せながら二人を睨むように見つめる。
「なんて顔してんのよ、辛気臭い! 別にこの程度で死にはしないわよ!」
二人も死ぬとは思っていないだろうが、重傷なのにここまで無理してきたことに心配しているのだ。
朱鷺は呆れたようにため息をつきながら、
「別に生死を心配してるわけではありませんわ。それはそうと、私は貴女がそこまで無理する理由が分かりませんわ」
白波の目が、僅かに大きく見開かれる。
質問の内容がまずかったのか、と思い朱鷺は申し訳なさそうに視線を彼女から逸らした。
はあ、と息を吐くと、白波は腕を組んで、偉そうな態度を取りながら迷い無く答えた。
「真冬ががんばってる! 戦友の私が、一度叩き伏せられたくらいでダウンするもんですか!」
朱鷺は質問の答えにきょとんとする。
彼女はてっきり、奏崎薫に個人的な恩があるだとか、マモンに個人的な因縁があるだとか、そういう理由で戦っていると思っていたようだ。朱鷺としては『たったそれだけの理由』で動くことが、何よりびっくりしたのだろう。
きょとんとする彼女に気付かずに、白波は言葉を続ける。
「いつも、あの子はがんばってるのよ。『四星殺戮者(アサシン)』の時だって、フルーレティの時だって、レヴィアタンの時だって。彼女は私の何倍も傷を受けて、私なんかよりも、身体と心にダメージを負いながら、私よりも強い力と心を見せてくれる! それは私の支えになってるんだ!」
だから、と白波は言葉を一度区切り、
「アイツががんばってれば、私は力を貸す! 『七つの大罪』の悪魔だろうが、知ったこっちゃないってのよ!!」
ふ、と朱鷺は納得したように笑みをこぼす。その表情も扇子でうまく隠しているわけだが。
そんな感情に、彼女は駆られたことなど無い。
だが、それに近いことを感じてはいる。自分からしても、赤宮真冬が頑張っていれば、手を貸したいとも思うし、彼女の頑張ってる姿が支えになっていることも分かる。
だからこそ、彼女の後を追うためにここまでついてきてしまったのかもしれない。
「……まったく、驚きですわ。どんな熱いお言葉が返ってくるかと思えば……ただ暑苦しいだけでしたわね」
「なにおう!? 男同士の友情よりはまだ聞けた方でしょ? 女同士の友情の方がまだ美しくって見応えあるわよ!」
ええ、と朱鷺は相槌打つ。
そして上階で戦っているであろう真冬を見つめ、穴が開き、上の様子までは全然把握できない真っ暗な穴を仰ぎ見ながら言う。
「否定してしまっては、自分の友情も否定してしまうのですから」
188
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/09/14(金) 18:49:32 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
マモンが作る、ほんの一瞬にしか満たない隙でさえも見逃すまいと彼から目線を逸らさなかった真冬と茜空だが、二人が同時にまばたきをしたその一瞬で、マモンは二人の視界から消えてしまった。
突如消えた標的に二人は驚きを隠せず、慌てて辺りを見回す。
だが、それこそが隙だった。
マモンは身を屈めて、茜空の懐に潜り込んでいた。身を屈めても視界に入るだろう長い針を、わざわざ最小サイズにまで縮めて、だ。
ようやく相手の接近に気づいた茜空。だが、今更気付いてもマモンの勢いづいたパンチをかわすことも、金棒で防ぐことも間に合わない。
「く……っ!?」
彼女は僅かに声を漏らす。接近に気付いたため、僅かに身体を後方に逸らすが、そんな程度では彼の攻撃をかわすことは不可能だ。彼女の華奢な身体の腹に強烈な一撃が叩き込まれる。
「ぐふっ……?」
茜空は口から血を吐き、そのまま後方へ勢いよく飛ばされ壁へと強くぶつかった。かなり小柄な茜空がぶつかったのに、壁には亀裂が入る。
なんていう攻撃だ、と茜空は思う。彼女は手の甲で血を拭い、真冬に叫ぶように指示を飛ばす。
「今です!」
「分かっている!」
真冬が振り返り、マモンの顔目掛けて蹴りを繰り出そうとするが、
ズッ、と先程感じたものと同じ鈍い感触が足に伝わる。
感触の正体は、マモンが縮めた針を再び伸ばし真冬の足に突き刺した音だ。
「……ッ!!」
真冬は痛みを声に出さず、歯を食いしばって耐える。
声を出さないように頑張る真冬にマモンはつまらなそうな表情で彼女に呼びかける。
「オラオラァ!! 必死に痛みに抗ッてんじャねェぞ!! 痛いなら痛いッて、苦しいなら苦しいッて、逃げたいなら逃げたッていいんだぜェ!?」
言いながらマモンは拳を真冬に放つ。反応が遅れなかった真冬は両手を重ねて拳を受け止める。痛みが残る足を震わせながら、彼女は必死に立っている。表情は苦痛に歪み、額や頬を冷や汗が伝っている。
拳を受け止められたマモンがニヤリと笑いながら言う。
「まだまだ元気じャねェか。そうこなくッちャなァ」
「……心配させたな。だが、安心しろ。お前は私達が必ず討滅する」
ぐっと、
真冬が押さえていたマモンの拳をぎゅっと、彼女の方から握ってきた。
行動の意味が分からないマモンは僅かに首を傾げる。彼が目の前の敵にだけ集中しない奴であれば、すぐに感づかれただろう。
逃がさないために握っているのだと。
「……何のマネだ?」
「気付かんか。……それは好都合」
真冬はにっと笑い、そして自信とともに告げる。
「へし折れろ!!」
背後には金棒を振りかぶった茜空九羅々。
マモンが気付くが、それはもう手遅れだった。背後から迫る攻撃に右腕は握られ動かせない。向きを変えようにも中々上手くいかない。
隙だらけのマモンの腹に、茜空の金棒が思い切り叩き込まれる。
189
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/09/14(金) 23:29:38 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
ついに、マモンの身体に決定的な一撃を与えることが出来た。
横っ腹に金棒の一撃をくらい、マモンの身体はくの字に折れ曲がり、そのまま横方向へと勢いよく飛ばされてしまう。マモンは横の壁へと激突し土煙を巻き上げた。真冬と茜空の位置ではマモンの安否を確認できない。だが、無事ではないだろうということは確認していた。
真冬は足の痛みに僅かに表情を歪めるも、茜空の隣に立ち彼女に問いかける。
「……やったか?」
「どうでしょうね。手応えはありましたが、奴も『七つの大罪』の悪魔ですからね。奴らのしぶとさは、貴女が一番分かってるでしょう?」
言われればそうだ。
真冬は一度レヴィアタンという『七つの大罪』の悪魔と戦っていた。彼との戦いは真冬の体力的な関係もあってかしぶとい、というよりは手強いという表現の方がしっくりくるような気がする。マモンも彼ほど手強かったら、戦いは長引きそうだと真冬は思っていた。
しかし、彼女の不安を断ち切るかのように土煙からは一向に音もしなければ人影が揺らめく気配も無い。
二人の表情が緩む。
「……やった、のか……?」
「そろそろ、安心してもいいと思いますよ」
歓喜の声を上げそうになった。
だが、二人は上げなくてよかったと思い知らされる。何故なら、
「勝手に終わらせてんじャねーよ、ボケが」
ゴバッ!! とマモンが飛んでいった方から瓦礫が弾けるような音が鳴り、土煙がかき消される。その中心には一人の人物が立っていた。
口から血を流した緑髪の悪魔、マモンだ。
彼の目は血走っており、今までの彼の余裕は欠片にも感じさせてくれなかった。それほど、今の一撃は彼にとっても決定打だったのだ。
マモンは口から血の塊を吐き出すと、手の甲で口を拭いながら言う。
「ッたくよー、ふざけたマネしやがッて!! お前らごときが、俺様に勝とうなんざ一〇〇年早いッつんだ!!」
マモンは巨大な緑色の炎の塊を二人目掛けて放つ。
二人とも左右に飛んでかわすが、一発だけでなく二発、三発と立て続けに放ってくる。
交わし続ける真冬と茜空はそれぞれ打開するための作戦を話し合う。
「くそっ! このままじゃ埒が明かない!」
「どうします? 僕がこれ打ち返してもいいですけど―――」
茜空の提案の瞬間、炎の玉の雨がやんだ。
すると今度はマモンが巨大な炎の玉を作り出していた。大きさは計り知れない。建物の内壁や天井をも巻き込み、粉々に砕いてゆく。それほど巨大な緑の炎の玉。
その大きさに二人は圧倒されていた。
「……馬鹿な……!」
「まさか、次はアレを放つつもりですか!?」
圧倒されている二人にマモンは高笑いをしていた。
「ヒャハハハハハハハハハッ!! これでお前らも、下の契血者(バディー)どもも終わりだ!! お前ら全員焼き尽くしてやる!!」
真冬は何も言わなかった。
彼女は今、下にいる霧沢達の事を思い浮かべていた。
―――夏樹がいる。だから、ここで私が倒れるわけにはいかない。
―――涙が昴が朱鷺が来てくれている。私が諦めるわけにはいかない。
―――薫がいる。守り通さなければ意味が無い。
彼女とほぼ同様のことを、茜空も考えていた。彼女は深呼吸をし、自分の頬を叩いて気合を入れ直すと、前に金棒をすっと慣れた手つきで構えた。
「ねぇ、やっぱり僕達が負けるってのは反則ですよね」
真冬は首を鳴らし、両手に赤い炎を纏わせると、
「当たり前だ!!」
当然のように言い放った。
「かッ消えろ!! クソ『ヴァンパイア』ども!!」
「消えるのはお前だ、マモン!!」
巨大な緑の炎の塊と、赤と茜が混ざった炎が激突する。
決着は、焦らずともすぐに明らかになる。
190
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/09/15(土) 01:55:00 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
建物全体が激しく揺れた。
それは下の階にいる霧澤達も気付かざるを得ないほど大きな揺れで、むしろ気付かなかった方がおかしいくらいだ。霧澤達はこの揺れの正体が分かっているのか、ほぼ同時に上へと視線を向けた。
上では今真冬と茜空がマモンと戦っている。
今の揺れは終戦を告げる合図だったのか。それとも未だ戦い続けているのか。どちらにしいろ確かめなければいけない。霧澤達は駆け足で階段を上り、真冬と茜空がいる階へと急いだ。
一方で、上の階で激戦を繰り広げていた赤宮真冬と茜空九羅々は肩で息をしていた。
先程の巨大な炎の塊を何とか防ぎきり、真冬はマモンに拳を一発お見舞いしてやったところだ。その証拠に、今二人の目の前には大の字になったマモンが転がっている。ハリネズミのような容姿はしておらず、普通のマモンに戻ってしまっていた。
「……、」
マモンは何も話せないようだった。
何かを言いたがっているのは分かるが何を言っているのかは分からない。茜空は彼の側に寄り、懐を漁って『金瞳(こがねのまなこ)』を回収する。それだけで去ろうと思ったのだが、偶然マモンと視線が合ってしまい何か言わなければいけない空気になってしまった。
茜空は何を言おうか迷っていた。
彼女が考えに考え出した結果、彼女が紡いだ言葉は―――、
「ありがとう」
それを聞いたマモンは満足げな笑みを浮かべた。今まで見たことが無い、マモンの最高で最後の美しい笑みだった。
彼はその笑みを浮かべたまま、茜空に声をかける。
「―――、―――」
茜空も優しい笑みを浮かべた。
彼女は今まで競い合ってきた相手を称賛するように、そっと彼の頭を撫でた。
その瞬間、
満足したマモンの心を理解したかのように、マモンは風化して消えてしまった。
茜空はしばらく座ったままだった。
そんな彼女の背後に立った真冬は腕を組みながら、
「……悲しいのか?」
聞いた。
しかし茜空の返答は決まっている。
「……悲しくはないですよ……」
返答はひとつと決めたはずだった。
だが失ってから初めて気付く大切さを、茜空はここで知ってしまった。たとえそれが敵だったとしても。
「……悲しくは、ないですよ……」
涙混じりに答える。
真冬はふっと笑いながら、茜空の頭を軽く撫でた。
「悲しく『は』ないか。……そろそろ戻るぞ」
真冬は一点を見つめながらそう言った。
彼女の見つめる先には霧澤、彼におぶられた奏崎、朧月、白波、朱鷺の五人がやって来ていた。
茜空は国利と頷き立ち上がる。
それから、汚れたままの袖で涙を拭うと目いっぱいの笑顔を向けながら、真冬とともに霧澤達のもとへと駆け寄っていった。
―――一人の『ヴァンパイア』と一人の悪魔の『鬼ごっこ』は、これで終結した。
191
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/09/15(土) 10:30:58 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
奏崎はうっすらと目を開けた。映る景色はどこかの建物の天井と思われる白いタイル。ここで彼女は今まで自分が眠っていたものだと気付かされた。
まだはっきりとしない意識の中、彼女は身体の上体だけを起こし辺りを見回してみる。個室だった。清潔感に溢れ白のイメージが強いその部屋は一目で病室だと分かるほどだった。
「……病院……?」
奏崎は漠然とした答えを言った。
自分自身あまり覚えていないのだ。記憶にあるのは緑髪の男に襲われているところを霧澤が助けに来てくれたところまで。あの男の正体も知らなければ、彼女は今回の事件とは無縁なのである。
だが、自分を助けてくれた人物が霧澤だけではないことも知っている。彼の他にもう二人、赤宮真冬と茜空九羅々がいたことは覚えている。
すると自分の病室の扉が開き、四〇代くらいの白衣を着た男性が入ってきた。
彼は病室で目を覚ましている奏崎を見ると、優しい笑みを浮かべた。
「目が覚めたかい。良かった。まあ君は気絶していただけだから、そろそろ目を覚ますんじゃないかと思っていたよ」
「……あの、ここは……?」
奏崎が男性に質問すると男性は優しく答える。
「病院だよ、見ての通りね。まったく、馬鹿息子が携帯電話で『個室を一個用意しろ』なんて上から出るものだから、どんな患者を連れてくるかと思えば……友人さんだったか。しかし、昴にこんな可愛いお嬢さんと知り合っていたとは。涙ちゃんというものがいながらあいつは」
男性は一人で話を進めていた。
そのペースに流されてしまった奏崎だが、彼が朧月昴の父親だと分かった。だとすると涙というのは、彼と一緒にいる白波涙のことだろう。白波はどうかわからないが、自分は朧月とはそんな関係じゃない、と言い返すことも出来なかった。
ははは、と苦笑いする奏崎に朧月の父親は続けた。
「まあいいか。そういえば、君が病院に来た時たくさんの友達が一緒だったよ。女の子二人は傷だらけで治療しようとしたが断られてね。なんでも『寝たらある程度回復する』だそうだ。今では息子の部屋にいさせてるよ。名前はたしか、霧澤くんというのがいたかな」
「夏樹が!?」
奏崎は思わず大きな声を出してしまった。
その声に朧月の父親は『院内では静かに』と警告する。奏崎はしまった、という感じで口をふさぐ。
朧月の父親は奏崎に、
「そういえば霧澤くんからメッセージを僅かっているよ」
「メッセージ?」
奏崎が聞き返すと、朧月の父親は話し始めた。
「『今まで隠していてすまなかった。もしお前がこの事を知っていたらこんなことにはならなかったのかもしれない。あとで全部話す』だそうだ。もし君が彼らより早く目が覚めたら伝えておいてくれ、と頼まれた」
全部話す、というのは今回のことだろうか。
真冬に良く似た長い赤髪の女性のこと、茜空九羅々の正体、そして自分を狙ってきた緑髪の男のこと。
霧澤は全部知っていたのだ。知っている上で、多分自分を巻き込まないために今まで内緒にしていたんだと思う。霧澤は、奏崎の大好きな人はそういう男だ。
朧月の父親は扉の方へと歩きながら、
「とりあえず君は早くお家に帰りなさい。制服は洗って妻に渡してあるから受け取るんだ。私は馬鹿息子とその友人達を起こしてくるよ。今日は大事をとって君は学校を休みなさい。馬鹿どもは遅刻してでも行かせるがね」
時刻は七時三七分。
今から起こして学校へ向かわせれば余裕で間に合うだろう。
彼女は朧月の母親から制服を受け取り、それを着て病院から出て行く。
学校には間に合う。
霧澤達も、そして自分も。
192
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/09/16(日) 03:22:44 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
病院で朧月の父親から叩き起こされた霧澤、真冬、朧月、白波の四人は駆け足で学校へと向かっていた。走ったため朝のホームルームには間に合ったらしく、校舎に入っていく生徒達を見て四人は安堵の溜息をつく。
霧澤と朧月はそうでもないが、真冬と白波は二人以上に息を切らしていた、二人とも前日のマモンとの戦いで体力が完全に回復しきっていないため、急な運動で疲労が重なったのだろう。肩で大きく呼吸をするほど疲れていた。
そんな二人を眺めていた男性陣二人は、相手の背中を擦ってやる。
「……大丈夫か、赤宮。やっぱお前は休んだ方が良かったんじゃねーの?」
「……ううん。私なら平気だから、ね?」
息を切らしながらも頑張って作った笑顔を霧澤に向ける真冬。
そんな仕草や行動すべてが健気に思えてきた霧澤は、真冬の頭を軽く撫でる。突然のことに真冬は頬を赤くして俯いていたが、心地よさに目を細めていた。
「……あんま無理すんなよ。必要なら力貸すし、遠慮せずに頼んでいいんだぜ? 頼まれなくても貸すけどさ」
「……うん。ありがと、夏樹くん」
抱き寄せていてもおかしくない二人の雰囲気を楽しそうに眺める二人の人物がいる。
こちらも傍から見ればカップルに見える朧月と白波はニヤニヤしながら、
「ひゅーひゅー、朝っぱらから見せ付けてくれやがってー」
「熱いねー、熱いねー。あらま、今年の夏は酷暑になりそうだわー」
二人のからかうような口調に霧澤と真冬は顔を真っ赤にして反論する。
『今のはそういうんじゃない!』『私達はそういう関係じゃないもん!』と。しかし反論したところでこの二人は止まらない。まだ奏崎と滝本がいないだけマシだった。あの二人が加わればもっと悲惨な結果になっていただろう。心身ともにズタボロにされていた。
そういえば奏崎はどうしたんだろう?
朧月の父親の話では、今日は大事をとって休むように、と言ったらしいが、そんな人の話を素直に聞く奴だろうか。奏崎なら無理してでも学校に来ると思う。苦しくても、決して表情に出さないいつもどおりの明るい様子でいるはずだ。
そう思うと、彼は急ぎ足で教室へと向かっていく。霧澤を追おうと真冬も僅かに駆け足になっていった。
その様子を朧月と白波はぼんやりと眺めていた。
「どうしたのかね、夏樹くん。いきなり急ぎだして」
「奏崎が気になったんだろ。あんな事があった後に学校に行こうなんて普通は思わないけどな。少なくとも俺は行かない」
うん私も、と白波は頷いた。
まあ昴の父親の言うことは聞かないだろうな、と考え白波は大きな欠伸をする。
それを見た朧月は呆れたような溜息をつき、
「急ぐぞ。遅刻しちまう」
「そだね。私達も教室に行こっか」
二人も校舎へと入っていった。
霧澤と真冬が教室に入ると、いつもの席に奏崎薫が。昨日のことなんて無かったかのように平然と座っていた。むしろ、様子がおかしいのが変なのだ。昨日のあの出来事は皆に起こったことではなく、一部の人間に起こったことなのだから。
二人が来たことに気付いた奏崎はいつもの笑顔を浮かべて、二人のもとへと歩み寄っていった。
「夏樹、真冬ちゃん、おはよ。ってか、二人ともなんつー顔してんのよ!」
二人の表情は心配しているような顔だった。
わざとらしく言ってみた奏崎も二人の言いたい事が分かっているのか、いつもの笑顔を消し暗い表情へと変わってしまった。
「……なーんて、聞くまでもないよね」
「薫……」
「私は大丈夫だよ、全然! ほら、このとおり元気だし! だから大丈夫よ。全部話さなくても」
え、と霧澤は思わず声を漏らしていた。
奏崎は霧澤を真っ直ぐに見つめて、
「アンタのことだもん、ちょっと考えれば分かるよ。どーせ私を巻き込まないためとかでしょ? だったらいいの。アンタが私を思ってくれてたってことだから、話さなくても大丈夫だよ」
「いや、話すよ」
奏崎の言葉に霧澤はこう返す。
『話しておく』じゃない『話さなきゃいけない』のだから。
「ずっと隠してた。お前を巻き込みたくなかった。でも巻き込んじまった。今更だってのは、分かってる。だけど! 俺は、お前にはやっぱり知らせておくべきだと思うんだ」
「……私も。私のことを知ってほしい。ううん、薫ちゃんには知る権利があるの!」
二人の言葉に奏崎は思わず笑ってしまった。
私のためにここまで真剣になってくれる馬鹿で大好きな二人に。
「……分かった、二人が決めたことなら何も言わない。でも私馬鹿だよ? 私がちゃーんと理解するまで説明してくれなきゃ許さないから!」
193
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/09/16(日) 10:04:26 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
転校生が来るらしい。
霧澤と真冬の話が『話せば長くなる』もので、説明は時間が長い昼休みまで持ち越しとなった。普段なら『そんな待てないよー』と奏崎は文句を言うところだが、今回は納得してくれたようだ。
朝のホームルーム直前に来た滝本はどこで情報を手に入れたのか、霧澤達に転校生の報を伝えていた。本当にどこで知ったんだ。
「真冬ちゃんが来てからちょっとしか経ってないのに、もう転校生だってよ。うちの担任簡単に引き受けすぎじゃない?」
「まー、いいじゃんいいじゃん。その子がとんでもない萌え要素の持ち主だったらどうすんのさ」
お前の頭の中はそれだけか、と思わずツッコミそうになる霧澤だが、いつもどおりの奏崎に安心しているようにも見えた。
始業のチャイムが鳴り、担任の先生が入ってくる。第一声はやはり転校生のことだ。転校生が美少女だと先生が言うと、男子+ゲクイの歓声が教室に響いた。
先生の合図に応え転校生が入ってくると、霧澤、真冬、奏崎は言葉を失った。
入ってきたのは、銀髪ツインテールで右目には眼帯をしている、身長一五〇前後の彼らがよく知る少女だった。
少女は背後の黒板に名前を書こうとするが身長のせいで、背伸びをしても上に届かない。
頑張って書こうとする彼女に、教室の生徒は、
(……可愛い)
(頑張って! もうちょっとで届くから!)
(あーん、今すぐ抱きしめたい!)
などという感想を抱いている。
結局縦書きを諦め横書きに変更した彼女は、すらすらと自分の名前を書いていく。
そして、改め皆の方向を向き直し言った。
「茜空九羅々です。偽名でも外国人でもなく本名ですので、気軽に『クララ』とお呼びください」
まさかだった。
彼女が転校してくるとは思わなかった。
昼休みに霧澤達は茜空を屋上に呼び出していた。
聞き出すのは勿論、転校してきた理由だが、聞くまでも無く茜空は答えてくれた。
「決まってますよ。僕には潜伏地点がほしかったのでここを選んだだけです。朧月さんの父親が手配してくれました。それと、これをどうするか聞きたかったんです」
彼女の手に握られているのは、マモンから回収した『金瞳(こがねのまなこ)』。だが、今の奏崎に見せても何のことか分からないはずだ。
奏崎はそれを手にとって空に透かして見る。
「……きれい……」
「それは貴女の身体にあったものです。それのご加護で風に引きにくい体質や、いい成績を取れるような記憶力もついきましたが、今ではほとんど効果はありません。記念に持っておきたいと言うのならいいですが」
なんの記念だ、と霧澤は思う。
しかし奏崎は透かすのをやめて、『金瞳』を茜空に返却する。
「いいよ。私には必要ないし、好きにして」
「分かりました。これは後で処分しときます」
茜空はそれをポケットに戻す。
そして奏崎はくるっと霧澤と真冬の方へ向き直る。本題に入るために。
「じゃあ、話してもらおうか。アンタと真冬ちゃんの関係。真冬ちゃんとクララちゃんの正体。アンタが真冬ちゃんと会って起きた出来事、全部を」
194
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/09/16(日) 20:47:31 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
霧澤は奏崎に全てを話した。
赤宮真冬が『ヴァンパイア』という存在であること。『ヴァンパイア』は悪魔を討滅する存在であること。悪魔を倒すために自分が真冬に力を与える契血者(バディー)であること。白波涙、茜空九羅々も『ヴァンパイア』であること。朧月昴、汐王寺百合も契血者(バディー)であること。
一通り説明を終えた霧澤は軽く息を吐いた。じっと話を聞いていた奏崎は腕を組みながら首をただ上下に振るだけだった。頷いてはいるが、自分の話のどれだけ信憑性があるのだろう。
奏崎は『ふーん』と返事をすると、
「そうだったんだ。そりゃ、私が分からなくても納得できるわ。だって『ヴァンパイア』とか悪魔とかって二次元の中だけだと思ってたもん」
意外とすんあり納得していた。
奏崎の早すぎる順応に霧澤は面食らう。
「お、おい!? 信じてくれるのか、お前?」
「だってアンタさ、『全部話す』って言ったじゃん。今のが紛れもない真実なんでしょ? だったら納得するしかないし、そんな疑り深い性格じゃないわよ」
霧澤の言葉に奏崎はそう返した。
言っていることは正しい。だが、いきなり『ヴァンパイア』や悪魔と言われてそう簡単に納得も出来ないはずだ。霧澤だって最初は真冬の言っていることも半信半疑だった。だが奏崎は実際に現場に居合わせていたのだ。簡単に信じてもおかしくはない。
彼女は茜空へと視線を移して、
「それでさ、クララちゃんはまだ契血者(バディー)いないんだよね?」
「そうですが?」
「契血者(バディー)ってのは一人しかダメなんでしょ? だったら、私がクララちゃんの契血者(バディー)になる!」
その言葉に霧澤達三人は驚愕した。
霧澤が恐れていたのはこれだ。全てを話したとして、契血者(バディー)がいない茜空に奏崎が何もしないというわけが無かった。そもそも、奏崎は茜空に興味津々である。そんな彼女の契血者(バディー)になら、なりたいと申し出るだろう。
だからこそ、彼女を危険な目に遭わせたくないからこそ、霧澤は今まで話さなかったのだ。
「……ダメですよ」
茜空は奏崎の提案を拒否する。
本当は嬉しいのに。本当は彼女と契血者(バディー)になりたいのに。
「僕と一緒にいたら危ないですよ。手紙にも記したとおり、僕は貴女を危険な目に遭わせたくない」
夢で聞いていた女の人の声。
その声の持ち主は目の前にいる。大切な人だからこそ、彼女はあえて距離を置くことを選んだのだ。
茜空の言葉に奏崎はすぐさま言い返す。
「危険な目に遭ったっていい! 私はクララちゃんと一緒にいたい! 夏樹と同じ場所にいたい! 真冬ちゃんに負けたくない!」
奏崎は茜空の肩をがっと掴んで叫ぶ。
「貴女が私を守ってくれる!! だったら、私が貴女を守ってあげることも出来る!! お願い、一緒にいさせて!!」
奏崎の言葉を真正面から受け止めた茜空は、霧澤に言う。
「僕は折れますよ。彼女には勝てません。―――許可、してやってください」
霧澤は呆れたように溜息をついた。
彼は知っている。
こうなった奏崎は誰にも止められない。
「わーったよ、許可する。ただし茜空。ちゃんと守ってやれよ」
こくりと茜空は頷く。
「俺もお前を守るから、安心しろよ」
「にしし。頼りにしてますぜ!」
195
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/09/17(月) 06:00:43 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
「でさ、『けーやく』ってどうすればいいわけ? アンタと真冬ちゃんはもうやったんでしょ?」
奏崎は軽い調子で聞いてきた。
霧澤と真冬は答えるかどうか迷った。
現在霧澤と真冬両者の右手の中指には指輪が付いている。それはお互いが契約した証で、これが付いている限りは契約が持続している証拠なのだ(『ヴァンパイア』の存在を知らない者には見えていないが、先程知った奏崎には既に見えている)。故に二人は契約の方法を知ってはいるのだが……、
言えない。
霧澤と真冬はそう思っていた。
奏崎が自分のことを好きだ、ということを知らない霧澤だが、契約の仕方を伝えても大丈夫という保障がどこにもない。
奏崎の霧澤に対する気持ちを知っている真冬は、契約のためにあんなことをしなきゃならないなんて言えるわけがない。
契約には、
二人がキスしなければいけないなんて言えるわけがない。
奏崎は急に黙り込んだ二人をきょとんとした表情で見つめている。
自分の質問に答えてくれないことに不満を募らせた奏崎は霧澤の服の先っちょをつまんで、駄々っ子のように揺らしながら言う。
「ねーねー、聞いてんの? どうしたら『けーやく』ってのは成立すんのさ! ねーってば!」
いよいよ手に負えなくなる頃合だ。
霧澤は奏崎薫という人物を知りすぎている(の割には彼女の恋心には全く気付いていない)ため、どうしようか本気で悩んでいると茜空が奏崎をつついて彼女に耳を貸すようジェスチャーした。
聞こえないほどの小さな声で、彼女は奏崎に契約の方法を伝えると、
ぼっと顔をゆでだこのように赤くした奏崎は大きな声で叫びだす。
「は、は、は、はいぃぃぃぃぃっ!?」
その声は校舎中に響き、中にいた生徒もびくりと肩を震わせた。
「なななななな、ききき、キス!? そ、そそそんなことを女の子同士でしろっての!?」
さすがの彼女でも許容範囲を大きく超えたようだ。
意外だな。茜空大好きな彼女なら『キス? そんなことしちゃっていいの!? いっえーい、何回でもやるぜ!』とか言いそうだったのだが。
恐らくは初めてのキスを捧げることに恥ずかしさを覚えているのだろう。彼女は僅かに考え込むと、
「わ、分かったわ……。夏樹、真冬ちゃん。目瞑って。見られたくないから」
奏崎の指示に二人は大人しく従う。自分達の時は周りに誰もいなくて良かった。まあ、状況も場所も選んでいる暇はなかったし。
(……キス、か)
奏崎は一人で考えていた。
自分は霧澤のことが好きで、今からするのは人生最初のキス。
(……夏樹……。真冬ちゃんと契約してるってことは、アンタは真冬ちゃんとキスしたってことよね。……真冬ちゃんとは正々堂々って言ったけど、これは反則にならないよね)
奏崎はしゃがんで茜空に囁くように言う。
「(……ちょっとだけ待ってね)」
「(……構いませんよ。そうすると思ってました)」
奏崎は立ち上がり、霧澤の目の前に立つ。
そして目を閉じている彼の胸に手を添え、身長差があるため少しだけ背伸びをし―――、
霧澤と。
自分の大好きな人の唇に、自分の唇を重ねた。
196
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/09/17(月) 10:19:47 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
「……!?」
突然キスをされた霧澤は、驚きのあまりに目を開いてしまっていた。
目の前にはかなり近い位置にある目を閉じた奏崎の顔。彼女も彼女で恥ずかしいのか、頬を赤くしている。
時間はそれほど長くはなかったが、いろいろなことを考える時間があったかのように思えた。ほんの一瞬のような数秒が分や時間単位に思えた。
奏崎は唇を離すと、真っ直ぐに霧澤を見つめる。
何か言おうとした霧澤の口に、彼女は人差し指を当てて彼を牽制した。
「(……馬鹿。真冬ちゃんが気付いちゃうでしょ?)」
言葉を封じられた霧澤は指が口から離れても何を言おうともしなかった。ただその代わりに、何故自分にキスをしたんだろう、と奏崎を見つめるだけだ。
奏崎は僅かにもじょもじしたような様子で俯き始める。
霧澤がその様子に気付き問いかける前に、ばっと彼女が急に顔を上げ霧澤の顔を見つめる。
それから、
―――ずっと、好きだよ。
その言葉は声には出ず、口ぱく状態になってしまった。そのため霧澤は聞き取れなかったと勘違いしきょとんとしている。
告白だ。
奏崎は真冬との約束を思い出したため、途中で声を出すのを諦めたのだ。再び顔を赤くして彼女は俯く。
「(……もっかい! もっかい目瞑って!)」
「(え……ああ、おう)」
慌てたように言う奏崎。そんな珍しい彼女を見ながら霧澤は再び目を閉じた。
それを確認すると、奏崎は再び茜空の方を向き直した。
「……長かったですね。彼は鈍感さんですから、きちんと言わないと伝わらないと思いますけど? 遠まわしの愛情表現は意味無いんじゃ……」
「うん。分かってる。……それでも」
彼女は空を仰いで、呟くように言う。
「決着をつけるには早すぎる。今はまだ、片思いで十分かな」
苦笑いを浮かべる奏崎。
そんな彼女に茜空は思わず溜息を付いてしまっていた。まるで、最初から彼らの輪の中にいた友達のように。
彼女は楽しそうに笑みをこぼした。
「さて、んじゃ契約前に改めて頼みましょうか」
「?」
こほん、と茜空が咳払いをして奏崎を見つめる。
「―――力、貸してもらえますか?」
「喜んで!」
もう一つ、新たな契約が交わされた。
彼女達の指には茜色の水晶が埋め込まれた指輪が輝いている。
「夏樹くんっ! 早く行かないと遅刻するよ!」
「わ、分かってるって! ちょっと待てよ!」
赤き契約の二人は急いで家を飛び出していく。
そんな二人の後ろから、茜色の契約の二人はすっと追い越していく。
「あっ!? おい、待ちやがれ薫! 茜空!」
呼ばれた少女達は振り返り、舌を出して一言。
「べーっだ!」
197
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/09/17(月) 10:41:50 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
〜あとがき〜
第四章完結いたしました。竜野翔太です。
四回目のあとがき、何を書いていいのやら。困っています。
何も書かずに終わるのはダメなので、今回のキーキャラクター、薫、九羅々、マモンの三人について。
奏崎薫というキャラは一章とかはほぼメインだったのに対し、二章三章辺りではぐっと登場回数が減ってしまったキャラです。
当初は主人公とヒロインの良き理解者ポジションだったのに、こうも容易くサブキャラ扱い。なんだか可哀想に思えてきました。
かといって今回の話が、出番少ない薫の救済編ではないのでご安心を。
今回の話は今までサブだった薫ちゃんが本格的に本編で活躍しだします。契血者(バディー)も出来ましたし。
茜空九羅々は薫の萌えの欲望を体現したキャラです。
普通の少女などには彼女は近づかない。よって、萌え要素てんこ盛りのツン少女に成り果てたのです。
正直言って名前もヘンテコですよね。よくギャルゲーとかに出てきそうな名前。
彼女はか弱い薫を守るキャラなので、マモンという強力な敵と戦っている設定にさせていただきました。
強いけど人付き合いが苦手な歩く萌え要素。これが茜空のキャッチコピーですかね。
マモンは『七つの大罪』最初の犠牲者です。
三章でレヴィアタンがやられていますが、彼は逃げ延びているので厳密には犠牲者ではありません。
多分彼が本当の姿になれば茜空も一瞬だったと思うのですが、それがずっと戦っていた相手に対する彼の愛なのかもしれません。
消滅寸前に茜空の『ありがとう』に対し彼が言った言葉も愛情を表す言葉。だからこそ、今まで愛を感じていなかった茜空も涙を流したのでしょう。
このキャラのお陰で茜空は色々な面で強くなったと思います。今では作者のお気に入りの一人ですね。
五章ではついに『あの子』の活躍です! 実際作者も早く『あの子』メインに突入したかったのです!
そして、茨瑠璃も活躍(の予定)!
第四章『金瞳編』、完結。
第五章『白弾(はくだん)編』、開始です。
真冬と薫が夏樹に告白する日は一体いつになるのか
198
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/09/21(金) 20:07:48 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
第22話「狂気の再来」
ズガン!! という乾いた銃声が夜の空に木霊する。銃声を鳴らしたのは、前方に銃口を向けて立っている白波涙。彼女の握っている銃からは白い煙が立ち昇っている。
恐らく悪魔を退治したところなのだろう、彼女は銃を太ももへとしまった。
それから物足りなそうに前髪をいじくりながら、
「んー、なんか物足りないんだよなぁ。刺激がないっつーかさ」
白波は特に気にも留めていなかったのか、思い出したように自分の髪に視線を落とす。
かなり伸びていた。
通常は肩より短いくらいにしていたのだが、今では胸の辺りにまで横の髪が垂れており、肩から三センチ程度下にまで後ろ髪も伸びている。
髪の長さに気付いた白波は溜息をつく。
「そろそろ切り時かねー。何でか私って人より髪伸びるの早いんだよね。私は長髪は似合わないんだぜ?」
そんなことを言いながら、彼女はくるりと振り返り家に戻ろうとしたが、
不意に、背後にある殺気を感じ取る。
「ッ!?」
気付き振り返るが既に遅く、彼女の頭に鈍い衝撃が響き、彼女の身体はそのまま倒れこんでしまう。
鈍器のようなものを持った人影は、倒れている白波を見下ろし、彼女を―――、
「だから、そこの答えは三なんですよ」
「……いや、だから途中式……」
「答え書いてから説明します」
「お願い。お願いだから今解説して。ホントに頼む」
翌朝、早めに学校に来た霧澤、真冬、奏崎、茜空の四人は霧澤に宿題を教えていた。教えているといっても彼の向かいに座っているのは茜空で、真冬と奏崎は隣の席に座り、微笑ましくその光景を眺めている。
ぎゃあぎゃあと子供のように言い合う二人を見て(厳密には霧澤しか見ていない)奏崎は、僅かに目を細めてしまう。
真冬は言い合いを苦笑いを浮かべながら眺め、
「……あはは、いつ終わるんだろうね。数学一時間目なのに……」
「まー、いつもの事だって。気にすること無いよ」
真冬の言葉に奏崎がそう言い切る。
その言葉も安心できないのだが、リアクションしないのも悪いだろうと考えた真冬は、やはり苦笑いを浮かべた。
それよりも、霧澤と茜空の勉強会が本当にダメなような気がしてきた。
「何でお前は結論ばっか急ぐんだよ! ノベルゲームとか大っ嫌いだろ、お前!」
「克服済みですよ。むしろヒロインが可愛ければ会話中の画面でも楽しめます。声も萌えますし」
「あ、薫! お前茜空にもギャルゲーやらせたのか!?」
「ふふふ、私と同居するイコールギャルゲー三昧なのだよ!」
「待ってください、薫さんを責めるのは筋違いです。責めるなら僕を責めてください」
どんどん話の論点がズレてきている。
自分ひとりではどうも収集できない事態になったな、と真冬が諦め本を開き始めている。
三人のくだらない会話に終止符を打ったのは、宿題に追われてる霧澤でも、ギャルゲー大好きな奏崎でも、ギャルゲーにはまってしまった茜空でも、諦めて読書に勤しむ真冬でもなく、
バァン!! という強く何かを叩きつけたような、教室の扉が開く音だった。
四人が驚いてそちらを振り返ると、そこにいたのは朧月昴。彼にしては珍しく息を切らし、焦っているような表情だった。
「……朧月……?」
意外な来客に霧澤が目を丸くしていると、朧月はずかずかと四人に近づいていき、出来るだけ小さい声で囁いた。
「……お前らに話がある。昼休み校舎裏に来てくれ」
真剣かつ冷静な、
朧月昴にしては珍しい声色だった。
199
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/09/22(土) 01:26:40 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
「白波が行方不明!?」
言われたとおり屋上へとやって来た霧澤達は、朧月の発言に思わず大声で叫んでしまった。幸い屋上には他に誰もいなかったので、このことを聞かれていはいないと思う。
彼の話によると、昨晩に出てきた悪魔を退治しに行ったっきりらしい。白波がそこら辺の弱い悪魔に負けるような『ヴァンパイア』ではないことは誰もが知っている。
だからこそ、行方不明の原因が分かっていないのだ。
「……白波の奴、どうしたんだ?」
「相手が本気で心配するような冗談や嘘は言わないし……」
霧澤達も白波が姿を消した理由を考え出す。が、しかしやっぱり思いつかない。
そこで、皆で昨日白波を見たのはいつが最後か、という話を聴くことにした。
いの一番に口を開いたのは霧澤だ。
「俺は昨日、白波が赤宮と一緒に買い物に行くって行って、赤宮を連れて行った後から見てないぜ」
その光景に居合わせていた真冬もこくこくと頷いている。
次に口を開いた茜空は、
「僕は彼女のことよく知らないんで。廊下ですれ違ったかもですが、帰りは会ってないかと。僕は薫さんとすぐさま帰ってゲームしてたんで」
早速かよ、と霧澤がツッコみそうになったが、そこはぐっと堪えた。
朧月は白波と買い物に行った真冬に意見を求めた。
「私は涙ちゃんと買い物に行って、荷物を持っててあげたりしてたから家までついて行ったよ。涙ちゃんが家に入っていくのも見たし」
「ああ。確かに涙は家には戻ってきていた」
朧月は真冬に賛同するように言った。
そして悪魔が現れたのは夜の一時ごろ。その辺りまで話を遡らせていた。
「俺は赤宮と妹の梨王とでゲームしてた。『いつまでやってんの!』と母さんに怒られたからそれでやめて、俺の部屋で二時くらいまでトランプやって寝たぜ」
真冬も頷いている。
ちなみに、朧月が真冬に何で悪魔退治に行かなかったか、と問うと『これから出た悪魔はしばらく私に任せな。暴れたくってウズウズしてんのよ!』と買い物中に言われたかららしい。なんというか、白波らしいといえばらしい。
その時間は、と考え出す奏崎だったが、隣にいた茜空が答えを言ってしまう。
「その時間は『今日は見たいのがありませんなぁ』と言って薫さんが寝たのはいいんですが、僕を抱き枕のように扱い悪魔退治にも行けませんでした。つまり、僕も薫さんも家にいました」
やられていることは悲惨だが、とりあえず状況は分かった。
当然といえば当然だが、最後まで白波と一緒にいたのは朧月だ。家から出て行方不明。普段そういうことをしそうにないだけあって、余計に心配である。
「とりあえず、放課後全員で探してみようぜ。何かあったらいけないから、『ヴァンパイア』と契血者(バディー)が組んで」
霧澤の提案に全員が納得する。
納得してはいたのだが、奏崎が思い出したように異を唱える。
「でもさ、私達五人じゃん? 誰か一人余っちゃうんじゃ?」
あ、と霧澤が声をもらす。
再び彼が考え出すと、今日の自分は冴えている! といった表情で携帯電話を取り出した。
「いるじゃねぇか。頼りになりそうかつ暇そうな奴が!」
かなり失礼な言い方だが、許してくれそうな人物だった。
そう、霧澤夏樹の言葉であれば、彼女は何でも許しそうだ。
彼が電話をかけた相手は他の誰でもない、
―――朱鷺綾芽だ。
200
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/09/22(土) 21:31:02 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
学校が終わり、霧澤達は駅前で待ち合わせていた朱鷺綾芽と合流する。
彼女はいつもどおり扇子で口元を隠しており、霧澤を見つけるやいなや彼に思い切り抱きついた。
「キャー、夏樹さーん! お会いしたかったですわ! 電話をなされた時はわたくしと契りを交わすお覚悟を決めたのかと思いましたけど……」
頬を染めながらそんなことを言う朱鷺の頭部を、すぱーんという効果音が似合いそうな叩き方で、真冬がはたく。
突然はたかれた朱鷺は大して痛くない頭部を押さえ、口を尖らせながら真冬に文句を言う。
「んもー、何ですの? 話すくらいいいじゃありませんの。貴女はいつも一緒にいるんですし」
「そーいう問題じゃなくて。とにかく離れたら? 暑苦しいでしょ?」
女二人の醜い言い争いが始まる。
男の霧澤と朧月は若干引いており、同じ性別である奏崎と茜空でさえも軽く引いている。周りの注目もかなり集めている二人だがヒートアップしてきた二人はそんなことを気にする余裕などない。むしろ注目されているからこそヒートアップしているようにも見える。
朝の霧澤と茜空の言い合いのような『論点がずれる』論争ではなく、二人の言い合いは『論点は変わっていないが、この世で一番醜い』論争である。
二人の論争を原因となった霧澤が間に入り、場は一時収束した。落ち着いたところで、今回朱鷺を呼び出した理由を、朧月が話す。
「ほほう。白波さんが行方不明ですか。マモンの件が終わり連絡を取っていなかったので、そんなことになっていたとは思いもしませんでしたわ。単なる家出というわけでもないようですわね」
朧月は朱鷺の解釈に頷
霧澤の提案により二人一組で手分けして探そう、という話になると朱鷺の眼がキラリと輝く。そう、眩しいほどに。
「ではわたくし、夏樹さんと組みますわ! 早い者勝ちですわよね!?」
がっしりと霧澤の腕にしがみつく朱鷺。だが、それを許さないのが彼の契血者(バディー)の赤宮真冬と、最強幼馴染の奏崎薫である。
二人は勝手なルールを決める朱鷺に反論を開始する。
「ちょ、ちょっと待ってよ! そんなルール無効だよ! ここは契血者(バディー)の私が!!」
「いやいや、ここは公平を期してくじで決めましょう! 私、こんなこともあろうかとくじを持ってきてるのよ!?」
霧澤と組もうと必死になる奏崎に反応したのが、奏崎至上主義の茜空九羅々である。
「ちょっと待ったですよ! くじなんて不要! 薫さんのペアは僕です!!」
止めてくれないんかい、と心の中でツッコむ霧澤。そんなやり取りを少し離れた場所から朧月が呆れながら見つめている。
そんな中絶体絶命少年の霧澤夏樹が朧月に助けを求めようと彼と視線を合わせるが、
ふい、と視線を逸らされてしまった。
絶望の淵に陥れられた霧澤。
彼が知らないところで結局ペアはくじで決めることになり、やっぱり『ヴァンパイア』と一緒の方が色々な危険から身を守れるので、契血者(バディー)と『ヴァンパイア』で同じ番号を引いた者同士がペアになることが決定した。
この時点で霧澤とのペアが実現可能な真冬と朱鷺はめらめらと闘志が燃え盛っていたが、実現不可能になってしまった奏崎は表には出さないかなりのショックを受けていた。
201
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/09/28(金) 23:12:00 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
どうしたもんか。
霧澤夏樹は夕方に差し掛かる前の人通りが割りと多い街で茫然と考える。
彼が『どうするか』迷っているのは白波を捜索するための手立てではなく、彼がくじで一緒に行動することになった朱鷺綾芽のことだ。彼女は霧澤と遺書になったことで、幸せそうな表情を浮かべ完全に舞い上がっている。霧澤からしてみれば舞い上がっている理由は不明で、相談どころではない。
(これだったら話し辛いけど、茜空の方がマシだったな……)
絡みやすさよりもまだ会話になりそうな相手を選ぶ始末だ。それだったら一番都合が良いのは真冬か奏崎であるのだがあくまで、朱鷺綾芽と茜空九羅々という『そこまで親しくない人物』を比べた時の話である。
彼の苦悩を知る由もない朱鷺も、ただ舞い上がっているだけではない。
彼女は幸せそうな笑みの裏には、想像しがたいほど深いところまで考えていた。
(……さて、どうしましょうかね)
彼女は街行く人々の会話に聞き耳を立てていた。
まずは『耳』からの情報収集だ。
(当然ながら『白髪の娘が攫われた』、という噂はないようですわね。消えたのは深夜。会社勤めの方々もとっくに帰宅しているでしょう)
次は己の『眼』を頼りにする。
知っていそうな、そんな人物を見つけようとするのだが……。
(当然ですわね。見当たりませんわ。まず噂がないのですし……知らない方がほとんどでしょう)
知られても厄介ですけど、と彼女は軽く思いながら自分の思考を展開する。
(白波さんと朧月さんの仲からして家出ではない。となると、誘拐? まさかですわね……。彼女がそんな安い手に引っかかるでしょうか? 不意打ち? 考えられる可能性はいくつもありますけど、現実的なのは……)
「朱鷺!」
突然、自分を呼ぶ霧澤の声で朱鷺はふと我に帰る。
「あ、はい?」
彼女にしては珍しく慌てたような声。それに違和感を感じないほど鈍い霧澤ではなかった。時として彼は勘が鋭い。人の感情や気持ちに対する時には異常なほど敏感になる。
霧澤は距離が空いてしまった朱鷺の元へと駆け寄りながら、
「一人で勝手に行くんじゃねーよ。見失ったらどうすんだ」
「……あ、すいません。少し考え事を……」
霧澤の言葉に朱鷺は苦笑いを浮かべながらそう返す。
霧澤は溜息をついて、
「お前な、一人で悩むんじゃねーよ。今回はお前だけの問題じゃなく、俺や真冬も協力してるんだ。皆を頼っていいんだぜ? ってか、一番近くに俺がいるんだから、俺をまず頼れよ」
霧澤の言葉に朱鷺は頬を赤く染める。
自分の好きな人が『俺を頼れ』と言ってくれた。
彼女は嬉しさで爆発しそうな自分の感情を制御して、扇子の裏側でうっすらと笑うと、
(……だから、ダメなんですよ……)
彼女は思う。
再確認した自分の気持ちをしっかりと抱いて。
(……だから、そんな貴方だからこそ、わたくしは貴方を真冬さんから奪って独り占めしたくなりますのよ……)
朱鷺は霧澤の手を軽く握り、小走りをしながら、
「さあ、行きましょう!」
「お、おい!? 行くってどこに!?」
彼女は微笑みながら、
「ゆっくり話せる場所ですわ。二人で相談しましょう!」
付け加えるように、心の中でそっと思う。
(……二人の将来のことを……。……なんちゃって)
202
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/10/05(金) 22:40:36 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
実のところ、朧月昴はこの上なく困っていた。
理由は傍らにいる茜空九羅々であるのだが、別に彼は子どもが嫌いというわけではない(背が低いだけで同い年かもしれない)。ただ、彼女がさっきからこちらには見向きもせずに辺りをきょろきょろしている。こちらとコミュニケーションをとる、という考えは彼女の頭に無いようだ。
朧月自身もそんなに喋る方ではないが、話を振られれば普通に答えるし、会話を続ける努力はしているつもりだ。しかし、ここまで何も話してくれないと気分的に重い。
『どうやって涙を探そうか』とか『何で姿を消したと思う?』と聞いても『ハン、話かけないでもらえません? 今考え事してるんで』とか鼻で笑いながら一蹴されそうだ。
しかし、沈黙が続いても嫌なので、朧月は思い切って茜空に問いかける。
「……、どうやって涙を探す?」
「ハン、話しかけないでもらえません? 今考え事してるんで」
予想通りの言葉で鼻で笑いがら一蹴された。
彼女は相変わらず朧月を見ずに、辺りをきょろきょろしている。
どうやら本当に彼と仲良くする気はないようだ。
「……お前な、少しは話そうとはせんのか」
「無駄ですもん。それに僕、貴方のことよく知らないんで。得体も知れない人間と話したくありません」
霧澤は違ったのか、と問いたくなったが、そう問うと無言で睨まれそうな気がしたからやめた。
恐らく奏崎が信頼している人物だから大丈夫と確信したんだろう。奏崎、俺も信頼してくれと今すぐに言いたい。
「……まあ、あれです。闇雲に探したって見つかるわけねーだろうが、馬鹿アホ間抜けってとこですかね」
「……お前、俺に対して極端に口悪くね?」
そういうもんです、と茜空が返すが朧月は納得していない。納得できない。
朧月は思い出したように、再び茜空に話しかける。
「そういや、お前奏崎と契血者(バディー)になる前から、アイツの声を聞いてたんだってな」
ぴたり、とすごく自然な仕草で茜空の一切の動作が止まった。
彼女は眼帯をつけていない左目で朧月を見ると、
「誰から聞きました?」
今までとは明らかに違う、真剣さを感じさせる口調で聞き返す。
「霧澤から」
「なるほど」
朧月の答えに茜空は驚きもしなかった。
彼には話したのだし、身近な人間には話しているだろうな、と思ったのだろう。茜空はくるり回り身体の向きを朧月に向ける。
付け加えるように、彼女は口を開く。
「―――聞いていた、といえるほど手軽なものじゃありませんでしたけどね。決まって聞こえたのは僕が眠りに落ちた時。夢の中で、何度も何度も僕を読んでいたんです。……で、いきなり何ですか。そんな事を聞いて」
茜空がふと思った疑問を口にした。
会話の糸口だろうか、と彼女は考えたが、どうやら朧月はそんな事を考えて話してなかったようだ。
「涙が言ってたんだけどさ、『多分それ、二人が契血者(バディー)になる予兆だったんじゃないの?』ってさ」
それを聞いた茜空は信じられないというような表情で、
「……奇想天外過ぎます。それに、僕が薫さんの声を聞いてたのって気付いたらだし、物心ついた時から声を聞いてました。出会う前から聞いていたなんて―――」
「だからさ、」
朧月が彼女の言葉を遮るように言う。
「そういうのが、運命って言うんじゃないの?」
ズドン!! と金属で殴られたような痛みが朧月の横腹を直撃し、彼の身体がくの字に折れ曲がる。
彼は膝をついて激痛が走った横腹を押さえる。隣にいる茜空が手で拳を作っていたので、彼女の仕業であることには間違いないのだが、金棒を使っていなかったということにびっくりする。
「……てめぇ、何しやがる……!」
「いや、まさか貴方の口から『運命』とか言われると思ってなかったので。鳥肌肌が立って気持ち悪かっただけです」
確信した。
茜空九羅々は朧月昴のことが大嫌いだ、と。
「ほら、とっとと立ってください」
彼女は膝をつく朧月に言う。
ただ言ったのではなく、彼に手を差し伸べながら、だ。
「―――白波さん。早く見つけましょう」
―――こういう些細な気遣いが、彼女の良いところなのかもしれない。
203
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/10/06(土) 10:17:50 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
予想はしてはいたが、やはり見つからなかった。
待ち合わせ時刻になってしまい、真冬と奏崎は時間が近くなってきたのに気付き、いち早く引き返していたのだが、
「ありゃ、ちょっと早かったね」
着いたのは七分前。
霧澤・朱鷺ペア、朧月・茜空ペアが近づいてくる気配も無く、二人は時間までここでゆっくり待つことにした。
しかし、二人の間には会話が無い。白波を探している時も、必要な言葉だけを交わしていた。
だがそれは決して仲が悪いから、とかではなく、
((……話しかけづらいなぁ……))
もしも、奏崎が『ヴァンパイア』のことや真冬の正体を知っていなければ、話しづらくなることはないだろう。それまでは普通に話していたのだから。だが、今二人が話しづらくなっている理由は似通っている。
真冬は『契約のため霧澤とキスしていることを、奏崎は知っている』で奏崎は『真冬に内緒で霧澤とキスしちゃった』ので、お互いに気まずくなっているのだ。それに付け加え、奏崎は一足先に霧澤に告白も済ませてしまっている。余計に気まずい。
しかしここは気遣いの出来る赤宮真冬。
彼女は意を決して奏崎に話しかける。
「……ね、ねぇ薫ちゃん」
「ふぁいっ!?」
いきなり声をかけられ変な返事をしてしまう奏崎。
何一つ悪いことしてないのに僅かな罪悪感に、真冬は苛まれてしまう。
奏崎は驚きで乱れた呼吸を胸に手を当て整える。落ち着いた様子で、彼女は真冬を見つめ『どうしたの?』と問い返す。
「……あ、うん。あのさ、夏樹くんって昔はどんな人だったの? 今と同じで、人のために頑張れる人だった?」
「ああ、夏樹ね……。人のために頑張れる、というよりは……何事にも一生懸命ってイメージかな」
「何事にも?」
真冬が聞き返し奏崎はこくりと頷く。
奏崎は夕方の赤く染まり始めた空を見上げながら言葉を続ける。
「私はアイツを小さい時から知ってるから。でも実際物心ついたのはそれよりずっと後だから、記憶にあるのは小学校の頃ぐらいから。親が離れてる私を楽しませてくれて、知らないことを教えてくれて、困ってる時には助けてくれて、泣いてる時には励ましてくれた。その頃からじゃないかな」
奏崎は一度言葉を区切って、
「私が夏樹を好きになったのは」
真冬は自分が霧澤を好きになった理由を思い出す。
彼と知り合ったのはつい最近のことだ。『四星殺戮者(アサシン)』の件では、眠ってしまった霧澤に泣き叫んだ。彼が無事だと分かって安心して、それで好きになったのは間違いないが、
自分は日は浅いけど、奏崎には及ばないかもしれないけど、
思い出だけはたくさんある。
強力な悪魔のフルーレティと戦ったり、朱鷺綾芽と霧澤を取り合ったり、茜空と一緒に奏崎を守るためにマモンと戦ったり。そして、これからもそんな思い出を―――
「薫ちゃん」
真冬は奏崎は呼ぶ。
彼女はきょとんとした表情で振り返り、真冬と目を合わせる。
きりっとした、一つの大きなことを決意したような赤い瞳を持った真冬と見つめ合う。
「私、負けないよ!」
奏崎には何のことか分かったようだ。
彼女は楽しそうな表情をして、息を吐いた。
「望むところだよ」
ちょうど皆が帰ってきた。
二人は決意を固めて、それぞれの家へと戻っていくのだった。
204
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/10/08(月) 17:28:08 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
翌日。
再び白波を探すことにした霧澤達は、今の六人では見つからないだろうと思った霧澤の提案により、もう二人追加することにした。
だが、いくら人手がいるといっても『ヴァンパイア』とは無関係な滝本美々を巻き込むわけにはいかないので、霧澤はこういう時に手を貸してくれそうな二人に声をかけていたのだ。
捜索組六人は駅で、その二人と待ち合わせをしていた。
場所に着くといたのは腰くらいの金髪を持った美女、汐王寺百合と彼女の契血者(バディー)である茨瑠璃の二人だ。
「って、汐王寺さん!? ってことは、あの人も『ヴァンパイア』と関係あるの? もしかして側にいるちっちゃい子? いつからなの!?」
一番びっくりしたのは奏崎だ。
無理もない。彼女は汐王寺とは顔見知りなわけなのだから、余計に驚いたのだろう。
「驚いたぜ。まさか奏崎も関わっていたとはな。しかも、契約の相手は夏樹と真冬ちゃんが注意しろって言ってた『ヴァンパイア』か。ま、これで以前ほどの脅威もねーだろ。で、昨日夏樹から電話で聞いてはいたが、もう一回詳しく聞かせてくれ。今回の事件を」
説明をしたのは白波の契血者(バディー)である朧月だ。
彼は子供の茨にも分かるように丁寧に説明した。茨も黙ってこくこくと頷いていた。
説明が終わると汐王字は腕を組み、
「まあ任せとけ! お前らにはブルーレディの時に世話になったし、協力してやるよ!」
フルーレティな、と霧澤はやんわりとツッコミを入れる。
そこで昨日と同じように再びペアを決めることになった。奏崎が例のくじを用意すると、すっと茜空が手を挙げた。
何か言うのか、と思い全員が茜空に視線を向ける。
「……薫さん、今回。僕が夏樹さんとペアで良いですか?」
「へ?」
奏崎は間の抜けた声を出していた。
彼女が返事をする間もなく茜空はすたすたと霧澤に近づいていき、彼の腕を掴む。
「ちょっと、話したいことがあるんで」
朱鷺ほどの脅威も秘めていないのが分かっているのか、真冬もそこは文句を言わずに了承した。
奏崎はぽかんとした様子で黙っていたが、彼女の次の一言で戦争が始まる。
「じゃ、じゃあ……今回はなりたい人とにする?」
瞬間、汐王寺百合と茨瑠璃の目が光った。
汐王寺は真冬の肩に手を置き、茨は奏崎に抱きつきだす。
「じゃあ俺は真冬ちゃんと組む! 色々話したいこともあるしな!」
「じゃあ私はこのお姉ちゃんがいい! お兄ちゃんのこといっぱい聞きたい!」
「「えぇっ!? 私!?」」
真冬と奏崎は同様の反応をして、自分を選んだパートナーにぐいぐい引っ張られていく。
茜空も霧澤に行くように促し、結局その場に残った朧月と朱鷺が必然的にペアを組むことになった。
「勝手な奴らだ」
「勝手な方々と関わる貴方も勝手、わたくしも勝手ですわよ。皆様に遅れを取りたくはありませんので、行きますわよ」
結局のところ、朧月も朱鷺に促される形で捜索を開始する。
今回、選ばれた人達は、選んだ人達にぐいぐいと引っ張られていく羽目になった。
205
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/10/13(土) 13:37:13 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
霧澤は正直、茜空九羅々が苦手だ。
あまり話したことがなく、何を話せばいいか分からないのも理由の一つだが、彼女とは性格ややり方などが、基本的に自分と一致していないと思う。正直なところ、誰かから一〇個質問されれば、茜空は霧澤と違う答えを言うだろう。それほど仲が良くない、と思える滝元であっても二、三個一致するだろうと霧澤は思っている。
つまり、自分と何一つ一致しない茜空が、霧澤にとっては意外な天敵である。
しかも自分から指名しておいて、白波捜索から十分程経過しているにも関わらず、未だに言葉を交わそうとしてくれていない。自分のこと嫌いなんじゃないだろうか、と勘違いしてしまうが、無口なのが彼女にとってデフォルトなのだろう。
いよいよ気まずくなってきた霧澤は、こちらから話をかけるという手段を取った。
「……なあ、茜空。そろそろ話してくれてもいいんじゃねーの? 何で俺と一緒になったんだよ」
茜空は視線をこちらに向ける。
常に無表情だからか、やけに不自然そうに見える。というか視線が怖い。
彼女は視線を逸らし、溜息をついた後口を開いた。
「では、単刀直入に聞きますけど、貴方は実際どう思ってるんです?」
唐突だった。
聞きたいことしか聞いていないような質問。だが、白波を捜索している今を考えると、質問の内容も推測できる。恐らく、白波が突然消えた理由をどう思う? と聞いているのだろう。
霧澤は考えるような仕草をした後、
「どうなんだろうな。家出でないとすると、誘拐とか? でも、アイツは簡単に攫われるような……」
「それは、人が相手だった場合です」
茜空は遮るように、霧澤の言葉に自分の言葉を重ねる。
彼女は続けて、
「確かにそこらの下級悪魔じゃ、攫うなんて知恵も回らないだろうし、たとえ五〇体集まろうが彼女を倒すことも、ましてや殺すことも出来ないでしょう。ですが、相手が二人以上の上級悪魔―――、もしくは僕と同じ『ヴァンパイア』だったなら、話は別でしょう?」
霧澤はハッとした。
いるはずだ、否、いたはずだ。白波を敵視している『ヴァンパイア』が二人以上。霧澤は記憶に鮮明に残っている。その人物の顔を思い浮かべると、直ったはずの身体の傷が疼きだしたような気がした。
茜空は腕を組みながら、
「僕も詳しくは聞いてません。ですが、昨日捜索途中に誘拐という線を考え出した僕は、朧月さんに聞いておいたんですよ。白波さんに因縁を持っている『ヴァンパイア』はいるか、と。ドンピシャでした。彼らとの戦いには、貴方も、貴方の契血者(バディー)も参加していたようですが?」
そうだ。
自分が思い当たっている人物が、茜空の言う『白波に敵意を持っている相手』なら、恐らくこいつしかいないだろう。それに、自分の直ったはずの傷が疼きだす理由もなんとなく分かる気がする。
「僕が今回、貴方と一緒に行動したいと言った理由は、貴方の意見を第一に聞きたいからですよ」
霧澤は、自分が今思い浮かべている人物を口にした。
「―――、紫々、死暗―――」
そう、と茜空は霧澤に同意する。
彼女は彼ら『四星殺戮者(アサシン)』が、白波を攫ったのではないかと考えていた。
「あくまで、僕の推測でしかありませんが……彼らが犯人という確率は高いです」
206
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/11/02(金) 23:46:53 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
茜空から真犯人という可能性が最も高い人物、紫々死暗の名を聞かされた霧澤は、急遽真冬や奏崎に集合場所に戻るように連絡をした。案の定全員が僅かに慌てたような表情をしている。
それもそうだ。
いきなり『今すぐ戻ってきてくれ』なんて言われたら緊急事態なのかと焦ってしまう。そんな事を言われて喜んで飛んでくるのはこの中では朱鷺綾芽ただ一人だ。
霧澤は戻ってきた皆に茜空から聞いたことの全てを話した。前に紫々死暗に身体を斬られた、と話したら奏崎と汐王寺、茨、更には朱鷺までも表情を凍らせ、言葉を失っていたが説明を続けた。
一通り説明が終わると、珍しく真冬が口を切った。
「夏樹くんやクララちゃんの言うとおり、彼らが関わっている可能性は高いと思う。仮にも『四星殺戮者(アサシン)』と思い切り関わった私から言わせてもらえば、だけど」
真冬にしては妙にはっきりとした口調で告げた。
『四星殺戮者(アサシン)』の名前を出すと、朱鷺が思い出したように挙手して発言しだす。
「そういえば、近頃魔界で紫々兄弟の行方が分かってないとか。魔界のレーダーは人間界ではうまく作動しないので、恐らく……」
「つーかそれ、恐らくじゃねーだろ」
朱鷺の言葉を遮るように朧月が口を挟んだ。
彼の言葉に霧澤と真冬が頷き、次いで奏崎、茜空、汐王寺、茨もこくりと頷いていく。
満場一致の結果に朱鷺は溜息をつき、咳払いの後に言葉を変えて、
「確実に、彼らは関わっているでしょうね」
「―――遅すぎだろォがよ」
ぞっとする聞き覚えのある声に、霧澤、真冬、朧月の三人は一斉に声の方向に振り返る。
街頭の上。しゃがみこむような体勢でこちらを見下ろしている一人の人物。霧澤を毒で犯し、真冬との戦いで敗れた『四星殺戮者(アサシン)』のリーダーがそこにいた。
紫々死暗だ。
彼は右腕に装着した鉤爪のような武器をがちがちと鳴らしながら、
「遅ッせェよな、遅ッせェよ!! 俺らをだすだけでどんだけ時間食ってやがんだ、このポンコツどもが! まあ、時間はテメェらがどれだけ浪費しようが知ったこっちゃねぇけどさ、結論とかはもったいぶらずさっさと言った方が懸命だぜ?」
紫々の言葉に、全員が眉をひそめる。
全員の疑問を、朧月が代弁して言う。
「どういうことだ?」
「そのままの意味だよ。さっきお前らは、俺らが何の犯人だって気付いたんだっつの」
そこで真冬ははっとする。
「涙ちゃんに何かしたの!?」
真冬にしては珍しく力強くも相手を威嚇するような大声。しかし、そんな真冬の声でも紫々は表情を変えない。むしろ、今まで以上に楽しそうな笑みを刻んでいる。
鉤爪をがちがちと鳴らしながら、
「さァな。俺はぶっちゃけあの女はどーでもいいんだよ。だが、『あの人』はモノを大事に扱わねぇ。早くしないと、壊しちまうぜ?」
「……ッ!!」
紫々は小さな紙切れを、真冬の元へと落とす。
真冬はそれをやや不機嫌そうに受け取る。
「そこに書いてあるのは潜伏場所だ。白波涙を返してほしけりゃそこへ来るんだな」
紫々はそう言うとその場から飛び去っていった。
彼が消えた後、真冬は折りたたまれてある紙切れをゆっくりと開いていく。彼女の周りに霧澤達が寄り、紙切れに記されている場所を確認する。
途端に全員が戦慄した。
「―――こ、ここって」
207
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/11/03(土) 22:18:40 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
白波涙は目が覚めた。
といってもはっきりと意識があるわけではない。意識は朦朧としているし、瞳は虚ろなまま薄っすらとただ開いているだけと同じだ。そんな彼女は本能的に辺りを見回してみる。目を開けて数秒後、両腕を後ろで戒められていることに気付き、さらに数秒後にどこか分からない廃屋のようなところにいると判断できた。
彼女は薄暗い部屋の全体を見ようと頭を動かそうとしたところで、後頭部に激痛が走る。
「……ッ!?」
その痛みでようやく彼女は全て思い出した。
深夜に悪魔を退治しに行った事。髪の長さを気にしていたら突然背後から襲われたこと。犯人を見ようとしたがその前に意識が途切れてしまったこと。
ここまで来てようやく自分は拉致されたのだと理解した。
「……ここは、一体……?」
彼女がそう呟いたと同時、右手に鉤爪を装着した男が近づいてくる。
彼は不気味な笑みを浮かべたまま白波に近寄った。
「よォ、お目覚めかよ」
「……紫々、死暗……? 私をここへ拉致ったのはアンタってこと? それとも『四星殺戮者(アサシン)』が関係しているの?」
「キヒヒ、やっぱお前はそう考えるんだな。あらゆる可能性を考えて、その上で打開策を練る。弟みたいでイラつくぜ」
紫々はそんなことを、鉤爪をがちがちと鳴らしながら言った。
「兄さん、僕を小賢しいみたいに言わないでよ。頭が足りてないのは兄さんの方なんだから」
部屋の隅から聞こえる声。
夜目にも慣れてきたせいかそこに誰がいたのか分かった。いや、言葉を聴いただけで誰かは明白だろう。紫々死暗を『兄』と呼ぶ時点で、答えは決まっている。
そこにいるのは紫々伊暗だ。
彼がいるのは部屋の隅だが、壁際の白波とかなりの距離がある。それだけでここはかなり広いんだと予測が出来た。
「それと白波涙だっけ? 君の予測は大ハズレだよ」
伊暗は立ち上がりながらそう言った。
彼はポケットに手を突っ込んで、壁に背を預けながら続きを口にする。
「今回の件に『四星殺戮者(アサシン)』は無関係さ。そもそも、誰が壊滅させたと思ってんの? 君らにやられてから日が浅いわけじゃないんだけど」
「……じゃあ、一体誰が……」
「キハハハハ!! やっぱり、魔界でのことを大体把握しているテメェでも知らなかったかァ!! 俺らが、実は『三兄弟』だったなんてなァ!!」
白波は言葉を失う。
紫々死暗の弟に伊暗がいることは知っていた。死暗が『四星殺戮者(アサシン)』を実質的に動かし、その作戦を綿密に立てるのが伊暗というのがスタイルだった。
彼らの上にさらにいたということは初めて知った。
「紹介しよう! アイツこそが、俺ら紫々兄弟の長男ぐふぅっ!?」
左手で白波から見て右側を指し、もったいぶる紫々の顔に警棒が直撃する。そのため、紫々の言葉が不自然に途切れ、彼は地面に倒れこんでしまった。
右側から不機嫌そうな溜息が聞こえ、紫々兄弟のトップは口を開く。
「だーれが長男よ。人を勝手に男にすんなっての。えーと、シロナミ? シラナミ? まあどっちでもいっか」
かつこつとブーツの音を鳴らしながら、紫々兄弟、改め紫々姉弟の長女が白波の目の前まで歩み寄ってくる。
腰近くまで伸びた紫の髪に、髪と同色の鋭い瞳。ニーハイブーツを着用したスタイルの良いその女性は、転がっている警棒を拾い上げ。腰のベルトに挿し込むと、
「初めまして、だけは言っておこうか?」
腕を組んで自分の名を告げた。
「どーもー。紫々三姉弟の長女、紫々浪暗(しし ろあん)でぃーす♪」
208
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/11/09(金) 23:22:23 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
「―――紫々、浪暗―――?」
どんな敵が攻めてきてもいいように、魔界からかなりの情報を集めていた白波でも紫々兄弟に姉がいるなど初耳だった。
兄の紫々死暗は暗殺部隊『四星殺戮者(アサシン)』のリーダーであるから、有名なのは分かる。それを裏で仕切っているのが弟の紫々伊暗だ。この話も結構有名になってしまっている。
それに比べ、姉は表舞台に顔を見せていない。そのためか、認知度が低いのかもしれない。
彼女はニコッと笑みを浮かべ、きょとんとする白波に、
ゴッ!! と拾った警棒のようなステッキで白波の顔面を殴りつける。
「……ッ!?」
何が起こったのか分からない白波。
彼女は大きく目を見開いていた。殴られたと気付くのに数秒の時間を有した。
浪暗は片手で器用に警棒のようなステッキを回しながら、
「あー、愉しいわ。やっぱ何度やっても飽きないわよねー。こうやって、」
さらにもう一度。
浪暗は抵抗が出来ない白波の頭部を強く叩きつける。抵抗も出来ず、かわすこともままならない白波は、ただただ殴られるしかなかった。
一方で、理不尽な攻撃を加える浪暗は楽しそうな表情を浮かべている。
「無抵抗な人間をなぶるのってさァ」
浪暗は僅かな呻きをあげる白波の顎を、警棒のようなステッキの先でくいっと上げる。視線をこちらに向けるように。
彼女と目を合わせれば浪暗はつまらなそうな顔をして、
「そういえばさぁー、何で私がアンタを攫うように命令したか分かる?」
白波は質問に答えようと思考を働かせるが答えが出ない。
殴られたダメージで考えるどころではないのだ。元々疲弊していたのもあって、今の彼女にとっては殴られるのでさえ大きなダメージだ。
白波は朦朧とする意識の中、必死に言葉を紡いだ。
「……仇、討ち……?」
「はい残念ー♪」
ガッ!! とさらに彼女の顔を浪暗の理不尽な攻撃が襲う。
浪暗はくるくると手で警棒のようなステッキを回しながら、
「そんなこと私が考えるわけないでしょー? 勝手に行って勝手にやられてきた弟達を哀れむかっての。私はただ個人的に赤宮真冬達が気に入らないだけよ」
「……?」
言われても白波は納得できていない。
今の状態で思考を働かせるのに無理がある。本人でもそれは感じていた。
浪暗は笑みを浮かべたまま、
「ただっ、アイツらがっ、気に入らないだけよっ! だからっ、アンタを餌にしてっ、助けに来たアイツらを、ここで根絶やしにするっ!! そういうわけ」
ガッ、ゴッ、ドンッ!! と白波を殴る音が連続する。
散々殴られた白波はそのままぐったりと気を失ってしまった。無理も無い。疲弊しきっている上に何度も殴られたのでは、彼女じゃなくとも気を失うのはおかしいことではない。
浪暗は壊れてしまった道具を見るような目で白波を見つめ、やがて重たい溜息をついた。
「なんだぁー、もう終わっちゃったのかー。つまんないなぁー」
「姉さん。あんなにボコったら当然だよ」
「んもー、伊暗ってば。そんな素っ気無い返事返さなくてもいいじゃーん」
ぶー、と頬を膨らませて最大限の可愛さアピールをする浪暗だが、伊暗にばっさり『可愛くないから』と言われてしまう。
浪暗は警棒のようなステッキをベルトの間に挿し込み呟く。
「ま、いいか。いい加減自分達が弱いって気付かせてあげるよ。強いと勘違いしてる赤い吸血鬼さん♪」
209
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/11/24(土) 22:46:59 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
第23話「狂気粉砕へ」
白波を攫った犯人が紫々死暗だと判明した日の深夜。真冬はこっそり霧澤の部屋から出て、家からも出る。別に家出というわけではない。彼女は携帯電話で呼び出されていたのだ。場所は朧月病院の屋上。呼び出したのはこの病院の院長の息子である朧月昴だ。
真冬が屋上へと行くとそこには朧月の他に朱鷺綾芽、茜空九羅々、茨瑠璃の姿があった。茜空と茨は真冬と同じように契血者(バディー)の奏崎を連れて来ていない。
着いた真冬はとりあえず、契血者(バディー)を連れて来ないように、と念を押した理由を聞いた。
「白波が何処にいるか、それはもう全員分かってる。だが、場所を知った霧澤は動くかも知れねぇ。まずは作戦を立てる。赤宮、お前には奴を制止してほしいんだ」
え、と朧月の言葉に微かに驚いたような反応を見せる真冬。
しかしながら、扇子で口元を上品に覆っている朱鷺は、真冬に視線を向けながら反論じみた言葉を放つ。
「別に貴方が危惧しなくても夏樹さんは大丈夫だと思うのですが。夏樹さんもそこまで馬鹿じゃありませんわ。むしろ、こういう時こそ彼はよく考えて行動するんじゃ―――」
「だと良いですけどね」
朱鷺の言葉を茜空が遮る。
彼女は屋上のフェンスに体重を預け、腕を組みながら立っている。妙にその体勢が格好よく映っている。この体勢が似合うのはこの中では、茜空と朧月だけだろう。だが、朧月は壁に寄りかかったりはしていない。
茜空のオレンジ色の左目が、僅かに光って見える。
「敵や囚われている人間にもよるでしょう。少なくとも、僕の時は状況が状況で考えてる余裕もありませんでしたがね。敵はかつての大敵。囚われているのは白波さん。まー、後先考えず行動しそうですよね。しかも、紫々が言った『早くしないと壊す』という宣告。この発言をどこまで信じるかは自由ですが、少なくとも僕は危機感を感じています。本当にやりかねないなっていう、危機感をね」
発言に、朱鷺は反論する材料が無いのか黙り込んでしまう。
「過去のこともあって、煽られちゃ、お兄ちゃんも焦っちゃうと思う。今回は、ちょっと冷静さを欠いちゃうかも」
茨の発言に、更に朱鷺は気まずくなり扇子で顔を隠してしまう。
その光景を珍しく思いながら真冬は、朧月に問いかける。
「だとしたら、乗り込むのはいつになるの? 私もクララちゃんと同じで紫々は本気だと思う。私達が遅れれば遅れるほど涙ちゃんの命の危険性は上がるよ」
「まあ待て。最近お前霧澤に似てきたな。まずは情報収集だ。つーわけで朱鷺、お前一回魔界に戻って調べて来い」
指名された朱鷺は、顔を隠していた扇子を払い、『はあ!?』という抗議の声を漏らす。
彼女の甲高い声が夜空に大きく反響した。
「ええー? まーたわたくし裏方ですの? 久しぶりに暴れられると思ったのに」
「契血者(バディー)がいなくて自由に動けるのがお前しかいないんだよ。いいから従え」
「命令口調が腹立ちますわ!」
口を尖らせて抗議体勢の朱鷺に、朧月は額に手を当てて溜息をついた。『この手を使うか』と朧月は用意していた切り札を使うような台詞を吐き、朱鷺にこう宣言した。
「任務を全うした暁には霧澤と一晩過ごせる券」
「乗りましたわ!!」
「ちょっと待ってよ昴くん!?」
朧月の発言に朱鷺が快く(目は血走っていたが)了承し、朧月のとんでもない提案に真冬が半ギレする。
その光景に茜空が溜息をついている。ぶっちゃけ霧澤と誰がベッドインしようが彼女には興味が無いし、その過程で霧澤との間に誰との子供が出来ようとも彼女には関係ない。そんな深いところまで考えているが、ぶっちゃけるとどーでもいい。いつの間にか三人の話し合いに『私も頑張るから今度お兄ちゃんと遊びたいー』などと茨も混ざった。こりゃ長く続きそうだと考えた茜空は馬鹿馬鹿しくなって一人だけ先に帰ることにした。
結果的には朱鷺が任務を全うしてくるので、真冬は霧澤を全力で守ることになった。茨の提案にいたっては、好きにすれば良いという結論にいたった。
210
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/11/25(日) 21:21:42 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
馬鹿どもの激しい論争が白熱する中、茜空九羅々は一人でさっさと帰っていた。
理由は馬鹿どもに付き合いきれないと思ったからである。あのままあそこにいては、自分も何らかの流れからあのどうでもいい話に巻き込まれそうな気がした。多分朱鷺あたりが『自分には関係ないと思っていたら大間違いですわよ!』などと言ってきそうな気がした。
ぶっちゃけると、彼女は霧澤夏樹に対して特別な感情は抱いていない。友達といえばそれまでである。本来ならば嫌ってしまいそうな人格だが、奏崎の友人(片思い中の相手)なら無下に嫌うことも出来ない。だから無理矢理といえば無理矢理、彼に対して好意的に接している。しかし、それも表面的な話であって、彼と二人になれば彼へ敵意を少々向けてしまうし、嫌悪感を少なからず放出する。
彼女があの場から去った理由はもう一つある。それは奏崎が気になったわけではない。ただ単に一人で考え事をしたかったからだ。
彼女は暗い夜道をとぼとぼ、という効果音が似合いそうな足取りで進んでいく。時折道の端に立っている街頭の光の眩さに僅かに目を細めたりしながら彼女は家路へと向かう。
「……なんつーか、かなり悠長ですよね、あの人達」
溜息でもつきそうな口調で茜空がぽつりと呟く。
オレンジ色の瞳で空を見上げる。眼帯によって隻眼となっている彼女のオレンジ色の瞳には、暗い夜空に浮かぶ星々を映し出していた。きれいだ、と思う。ただ素直に、率直な感想を彼女は抱いた。
「どっちにしろ、遅かれ早かれ紫々は行動に出る。それもこっちが看過できないような。それから動くか、その前に動くか。どっちにしろ今の状態では前者の方になりそうですね」
彼女は退屈そうに自分の髪をいじりながら言う。
街頭の下に彼女がいれば、その銀色の髪は自ら輝きを放っているかのように光りだす。
その美しい輝きを誰の瞳に映すこともなく、彼女は一人で呟き続ける。
「こっちの戦闘要員は僕を含めて三人。朱鷺さんを入れて四人。ちょいとキツイような気もしますね。やっぱ白波さんが抜けた穴はデカイですね」
でも、と茜空は続けながら右手を夜空に向けて伸ばす。当然だが何も掴めはしない。
「その大事な彼女を助け出すために僕らが尽力しないと、ですよね」
分かってます、分かってますよと言いながら彼女は家路へと向かう足を急がせた。
211
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/11/27(火) 16:42:05 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
今は何時だろう?
目が覚めてから白波が思ったことはそれだった。
薄暗い廃屋の中。カーテンで閉め切られている窓の光も何も無いこんなところでは時計があっても時刻を確かめることもままならない。しかし、白波は気になっていた。監禁されているとはいえ。人質になっているとはいえ。せめて今が何時なのか、それだけは把握しておきたかった。
すると薄暗いこの部屋に一人の人物が入ってきた。
紫々姉弟の長女、紫々浪暗だ。
長男の紫々死暗曰く、彼女はサディスティックな性格で、身動きが取れない相手を嬲(なぶ)ることが大好きらしい。しかし、意外と乙女的な一面もあるらしく、たまにだが恥ずかしがったり照れたりすることもあるようだ。しかし、会って早々散々殴られた白波にとってはそんな一面はどうでも良かった。あってもなくても、自分への接し方は変わらないのだから。
真っ直ぐ白波に近づいてきた浪暗は、警棒のようなステッキで自身の肩を軽く叩きながら、
「ただいま午前八時でございまーす。良い子の皆は元気に登校してる頃かな?」
白波の心を見透かすように時刻を言った。
あらかじめ時計か何かを見ていたのだろう、若干のズレはあるだろうが大体の時間が把握できれば問題ない。そんなに細かく分や秒を知ったってどうにもならない。
浪暗は溜息をつきながら、
「しかしここって不便よねー。時計もないし。っていうかアンタトイレとか大丈夫なの?」
僅かに視線を上げた白波は、睨みつけるような眼差しで浪暗に言う。
「……どうせ、行きたいって言っても行かせてくれないでしょ……?」
「馬鹿ね、行かせるわよ。女の子の失禁なんて誰が見て得すんのさ。どうせアンタの契血者(バディー)くらいしか興奮しないでしょ」
手は鎖で繋いだまま行かせるけどさ、と付け加えるように笑顔で言った。
すると白波のお腹が、きゅぅ、と可愛らしい音を鳴らした。
その音を聞いた浪暗はすかさずポケットの中を探り、
「食べないよりはマシでしょ。はい、口を開けなさい」
一つの飴玉を取り出した。
何か変な物でも入っているんじゃないかと疑う白波だったが、やがて素直に口を開くと飴玉を口の中に放り込まれた。何てことはない、普通のみかん味の飴玉だ。
その飴玉を口の中で転がしながら、白波は頭にクエスチョンマークを浮かべていた。
何故、この女は自分にここまでしてくれるんだろう?
時刻を伝えたり、トイレに行かせると言ったり、飴玉を差し出したり。
どう考えても監禁してる相手にする行為ではない。たとえ自分をここに連れて来た理由が、真冬達をここに誘うためでもここまでするだろうか?
白波は彼女の真意を測りかねていた。
浪暗は思い出したように、『あ』と呟くと、
「ちょっくら出かけてくるわね。あの馬鹿な弟どもももう少しで帰ってくるだろうけど、ちゃーんと大人しく待ってるのよ、涙ちゃん♪」
白波の頭を優しく撫でながら微かな笑みを浮かべて部屋から退室していった。
「……やっぱり、わかんない……」
勘繰れば余計に。
彼女といれば余計に。
紫々浪暗という人物像が掴めなくなってしまう。
212
:
竜野翔太
◆sz6.BeWto2
:2012/11/30(金) 21:13:19 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
中々連絡が来ない。
朱鷺が魔界へと情報を収集に出かけて二日経つが、未だに霧澤にも朧月にも何の情報ももたらされなかった。霧澤達は昼休みに屋上に集まることが習慣だとでもいうように、自然に足が運ばれていった。
四角形になるように座った後、不安が募ってきた真冬が口を開く。
「……涙ちゃんがいなくなって五日くらい経つけど……、何の進展もないね」
真冬の言葉に返事は無い。
全員がどう言えばいいか分からないからだ。何て返せば正解なんだろうか。どう対応すればいいのか。励ました方がいいのか。正解の言葉も、対応の仕方も、励ます方法も思いつかない。いや、正解なんてないし、対応なんてできっこないし、方法なんてあらかじめ用意されてないのかもしれない。
霧澤は何気なく携帯電話を開くと珍しく汐王寺からメールが届いていた。
彼女とはフルーレティの一件以降連絡を取り合えるようにしており、メールは常に霧澤からだった。彼女とのメールの回数こそそこまで多くない。だが、今回ばかりは頻繁にするようになっており、大抵自分からメールしない汐王字からメールするなど、彼女も相当不安になっているようだ。
内容は『進展はあったか?』という女子のメールとしては、可愛らしさが足りない味気の無い内容だ。
『いいや』とこちらも短く返信すると『そうか。何かあったら連絡頼む』と男子とメールしているような内容のメールが届く。
「……白波さん、大丈夫だよね……?」
奏崎が口を開く。
大丈夫、というのは『死んでないよね』というニュアンスの言葉だろう。
死んだ、という内容を紫々が伝えに来る可能性は極めて低い。自分達が突入したら既に死んでいた、というパターンも考えられなくない。
そんな奏崎の肩にぽん、と茜空が優しく手を置く。
「大丈夫ですよ。感知されにくい場所にいるか、もしくはそういう結界を張っているせいか分かりませんが、僅かに白波さんの魔力を感じます。まだ生きてますよ」
茜空の言葉に奏崎はこくりと頷く。
だがそれもいつまで続くか問題だ。いつまでもこのままというわけにもいかないだろう。
そんな時、霧澤の携帯電話が着信音を鳴らす。
これはメールの受信ではなく電話だ。表示された名前は朱鷺綾芽。
霧澤は急いで携帯電話を開くと、微妙に荒くなった声で『もしもし!?』と返す。
その様子に驚いた様子で、朱鷺が話し始める。
『……どうかなさったんですか……? びっくりしましたわ。まあいいでしょう、それでは今からわたくしが手に入れた情報をお伝えしますわ』
霧澤は息を殺して朱鷺の言葉を待つ。
彼女は資料を見ながら電話しているのか、紙をめくったりした時に聞こえる音が微かに霧澤の耳に届く。
朱鷺は落ち着いた口調で、
『恐らく首謀者は三人ですわ。皆さんご存知の紫々死暗と紫々伊暗。そして、彼女達の姉―――紫々浪暗が今回の犯人ですわ』
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