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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第六章

1 ◆POYO/UwNZg:2020/03/27(金) 20:10:47
――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?


遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。

ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!

世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!


そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。


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ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし

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217崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/08/09(日) 22:45:52
「く……さすがはアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 このマルグリットの攻撃をここまで凌ぎ、アニマガーディアンまで退けるとは、まさに驚嘆の一言。
 貴公こそ、世界を救う力を持つ勇者に相違ありますまい」

エンバースがアニマガーディアンを撃破すると、レイドモンスターは一瞬彫像のように固まった直後、灰となって崩れ落ちた。
それを見届けたマルグリットが杖を引き、身軽に数歩後退してエンバースの健闘を称える賛辞を贈る。

「されど、それだけに……それだけに惜しい。
 なにゆえ、貴公が師兄の側に付かれたのか……。師兄の選択は、一時凌ぎでしかありませぬ。
 恒久の平和、永劫の安寧には程遠い……なぜ、師兄も貴公らもその事実から目を背けられるのか。
 侵食は、最早誰にも止められぬというのに」

侵食。
突如として空間に得体の知れない虚無が発生し、すべてを呑み込んでゆくという、正体不明の事象。
侵食を食い止める方法を探し、可能ならそれを実行する。それがなゆたたちが地球からアルフヘイムに召喚された理由だった。
侵食の正体を解明し、それを解決すれば、アルフヘイムとニヴルヘイムが生存を賭けて争う理由もなくなる。
その勝者のどちらかが、地球に侵攻してくるという事態も避けられるのだ。
だというのに――
 
マルグリットは『侵食は誰にも止められない』と言った。
まるで、侵食の正体を知っているかのように。

「……おしゃべりが過ぎました。お忘れを。
 今現在、貴公と私は敵同士――ならば余計な会話は攻撃の手を鈍らせることともなりましょう。
 後は、ただ干戈を交え闘争の決着を見るのみ!
 お見せ致しましょう。『聖灰魔術(キニス・インヴォカティオ)』、『高速格闘術(ハイ・ベロシティ・アーツ)』に続く、
 我が奥義!!」

ざ。
ざざっ、ざざ。
ざざざざざざざざ―――――――――

エンバースの攻撃によって崩れ去ったアニマガーディアンの灰が、地面で大きく渦を描く。
風もないというのに灰が舞い上がり、螺旋を描いてマルグリットの周囲を取り巻き始める。
武器として用いていたトネリコの杖を背に回し、徒手になると、マルグリットは大きく身構えた。
手のひらを開き前方に突き出した両腕、その右腕を天へ。左腕は地へ。
極端にスタンスを広く取ったその構えは、マルグリットの武の極点。
元々、聖灰魔術によって顕現したモンスターは一度マルグリットによって撃破された形なき存在である。
よって、再度倒されたとしても消滅はしない。ただ元の灰に戻るだけだ。
だが――マルグリットの『聖灰魔術』とは、単に倒したモンスターを従属させ戦わせるだけの、底の浅いものではなかった。

「『第三闘技(カルタイ・ウィクトリケス)』!―――参る!!!」

ゴッ!!!

灰を身体に纏わりつかせたマルグリットが、強く強く地面を蹴りしだいてエンバースへ吶喊する。

迅い。

そのスピードは先刻アニマガーディアンとのコンビネーションで見せたものの比ではない。
手甲を装備したマルグリットの右掌が、旋風を撒いて繰り出される。
ゲームではマルグリットは限定ガチャとしてごく稀にピックアップされる。
そのため、ステータスの数値もすべて解析され研究され尽くしている。習得するスキルも当然網羅されている。
というのに、マルグリットが用いた『第三闘技(カルタイ・ウィクトリケス)』というスキルに関しては、
なんの情報もない。

「はあああああああああああああ―――――――――ッ!!!!」

マルグリットがさらに一段ギアを上げてくる。怒涛の連続攻撃は、あたかも掌打の弾幕。
その一撃一撃が必殺必倒の威力。むろん、ゲームのマルグリットを極限まで鍛えたとしてもここまでの強さは得られまい。
『第三闘技(カルタイ・ウィクトリケス)』とは、言うなれば『聖灰魔術』と『高速格闘術』の融合。
聖灰魔術で従属させたモンスターのATK、DEF、HPなどのステータス、そのエッセンスをそのまま自分に加算する、
マルグリット独自のバフスキルだった。

レイド級モンスター、アニマガーディアンの各ステータスによって超強化されたマルグリットは、
レイド級はおろか超レイド級にも匹敵する力を秘めている。
マルグリットの纏っている螺旋状の聖灰が強く輝く。全身に力が漲る。
あたかも舞うようにピタリと構えを取り直すと、マルグリットは豁然と双眼を見開いた。

「受けられよ、エンバース殿!
 世界に平和と安寧を、民草に幸福と清適を!
 次なるが――我が終極の武技!」

マルグリットの全身から間欠泉のように闘気が迸る。
十二階梯の継承者、第四階梯。
『聖灰』の称号を持つ、この世界でも第四位の実力者が――エンバースを撃殺せんとその秘めたる力を解放する。


【各人戦闘続行】

218ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/08/15(土) 00:14:46
「さあ…みせてくれよ…ロイ地獄って奴を…戦いってやつを…」

熊の腕に変化した右腕を振り上げ…再び襲い掛かる体制に入った。その時

>「やめろって言ってるじゃん!! 竜巻大旋風《ウィンドストーム》!!」

「あぁ・・・!?」

>「ジョン君……殺すのも駄目だけど殺されるのも駄目だよ。
余計なお世話なんて言わせない。”助けて”ってクエスト発注したでしょ? 受注リストに載っちゃってるよ?」
>「“化け物になった”――か。そうだね、確かにシステム上そうなってる」
>「モンスターならブレモンのゲーム的システムの支配下に置かれる。今なら呪いを解けるかもしれない……!」

「カザハ…優しさもそこまで行くと美徳を通り過ぎてタダの馬鹿だぞ。いいか?僕とロイが戦ってるんだ。他の誰にも邪魔はさせない」

>「邪魔をするな、これは……俺とジョン、ふたりだけの戦いだ……!
 貴様ごとき部外者に何が分かる、貴様こそ――俺たちの因縁にしゃしゃり出てくるな!」

この最高の気分を邪魔されるのは最高に不愉快だ。
例えそれが昔の仲間であっても。絶対に邪魔させない。

>「今だけはジョン君の命令を聞かなくていい……。力を貸して! 一緒にジョン君を助けよう!」

「…部長。戻れ。」

人間の腕である左手で携帯を取り出し、部長の召喚解除ボタンを押す。
いつもなら即座に反応し、召喚解除されるはずだが…反応がない。

「チッ…人間じゃなければ操作できないって?下らないな…」

スマホをポケット中に突っ込む。

「まあいい…部長…わかってるな?邪魔をするな。邪魔をしなけりゃなにをしててもいいが…
 邪魔をするならお前も殺さなければならない…主人にそんな事させるな」

「ニャー…」

部長に主人としての命令をした後。カザハを指さす

「カザハ…少しは大人になれよ。君の言う通り呪いを強引にもしかしたら剥がせるかもしれない…
 でも僕のこの想いは全部が全部…呪いってわけじゃあないんだ…人の心ってのは分っていても無視できない物もあるんだよ…」

ロイの方に振り返る。

「さあ再開しようか?ロイ…誰にも邪魔させない。化け物を殺してみろよ…君が望んだ化け物を・・・」

>「化け物? 調子に乗るな、ジョン。それで強くなったつもりか? 力を手に入れたと?
 違うな……貴様は逃げたんだ。シェリーを殺したという自責の念から。贖罪の義務から。
 『貴様が本当にやらなければならないこと』から目を背けて――それで! 化け物になっただと!
 貴様は昔と同じだ、何も変わっちゃいない。図体ばかりでかくて弱い、泣き虫ジョンのままだ――!!」

「…なにも変わってない?…あぁそうだとも。あの時から僕はなにも変わってない。あれからずっと…僕は化け物のままだ」

219ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/08/15(土) 00:15:05
「一体どうやって変われるっていうんだ?やり方なんかわかるはずないだろう!!」

ボシュッ!!

「誰も僕を裁いてくれない。そして僕は今まで毎日あの日の事を夢に見て、思い出す。そんな状況でどう生まれ変われっていうんだよ?」

ガガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!

「どれだけ前向きに歩いてきても、会ったのは差別だけだ。君ならわかるだろ、ロイ?日本じゃ外人ってだけで差別の対象になるんだぜ
 みんな面白半分に僕を差別する。そして反撃しようとしたら外人というだけでこっちが悪にされる」

子供の頃…大人達に相談しても君がやったんだろう。と言われた悲しみは今でも忘れられない。

「とあるテレビ番組をきっかけにして、汚い大人達の手によって僕はどのスポーツ分野にもいけなくなった。
 どの種目に出ても世界で金をとれるような人材になったとしても、誰一人僕を認めようとしなかった」

「それがどうした?自衛隊になってほんのちょっと活躍しただけで今度は英雄扱い?………馬鹿にするな!!!」

ロイを右手で思いっきり強打し、壁にたたきつける。

>「がはッ!」

ロイは血反吐を吐き、倒れ伏す。あまりにも圧倒的な力の差。
最初の頃の力関係は完全に逆転し、もはや戦闘についての事を思考する必要すらない…差。

>「く……そ……」

「君は僕があの事を忘れて生きて来たと思ってるのか?僕がシェリーを殺した事を後悔しなかった日があると本気で思ってるのか!?」

忘れようと思っても色んな方法を試してきた。一つを除いて。

「有名人になってからあらゆる物を手に入れた。だから片っ端からロイとシェリーを忘れられるように試した事はそりゃあるよ。
 言い寄ってきた女全員を抱いた。体には自信があったからね。そのあと長続きすることはなかったけれど。
 使い道なんてない金で風呂を満たして豪遊した。言うまでもなく本当にくだらなかった
 挙句の果てには危険な薬まで手を出した。全然僕の体には効果なんてなかったけどね…何一つ、空しいだけで僕になにかを与えるわけじゃなかった…!!」

地面を思いっきり叩き割る

「僕に必要だったのは…闘争だったんだよ…ロイ。僕はずっと君や、家族…そしてシェリーから教わった無闇やたらに力を振り回さない。
 それだけは守ってきた…いや守ってしまった…だから本当に自分がしたかった事を見失ってしまっていたんだ」

生まれたての鹿のようにフラフラしているロイに近寄っていく。

「もううんざりだ、我慢するのは。人間の皮を被るのは演じるのは…他人の為にヘラヘラ笑って踊るのも、毎晩悪夢にうなされる夜を過ごすのも…もう終わりだ」

《―――――――――――》

その時ロイと僕の間に幻影が…シェリーが割り込んでくる。
姿は以前見た時よりも、儚げで、今にも消えそうな姿をしていて…声も聞こえなくなっていた。

「…………………わかっているさ…シェリー……ロイ、このポーションを使え。回復するまでの間まってやる」

ロイと向かい合い…シェリーの幻影を挟んで座り込む。

「勘違いするな…君は鍵だ。僕に…未だ足りない覚悟への鍵だ…君を完全な勝利という形で殺す事で僕は覚悟できる」

その時こそ…僕は・・・完全な化け物になる。

220ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/08/15(土) 00:15:27
「君はゲームをやった事ないから知らないだろうが…僕のこの鱗の皮膚は生半可な攻撃じゃ破れない。
 ブレモンの中でもトップクラスの攻撃力を誇る攻撃なら強引に敗れるだろうが…現代兵器なんかじゃ太刀打ちできないだろうね。
 だが明確な弱点もある…首だ。首の根本部分にだけ鱗で覆われていない部分がある…ここを狙えば驚くほどあっさり…僕は死ぬ」

「笑えるよな?いいところだけ奪っておけばいいのに同時に弱点も引き継ぐなんてさ…」

周りの戦いの騒音は激しさを増していく。
それなのに僕とロイは…静かに傷の治癒を待っていた。
これは間違いなく嵐の前の静けさだ…傷が治れば僕達はまた殺しあう。

「おっと・・・すぐに動かない方がいいぞ…いくらバロール印のポーションでも、君は血を失いすぎてるからな。」

それにしても不思議な気分だ。周りの様子はまさに戦争の真っただ中にある。
だが僕とロイは一時の休息を楽しんでいる。少なくとも僕は。

「なあ…ロイ。君にはシェリーの幻覚が見えないのか?」

ロイは僕とは顔を合わせない。

「僕は…見える。こいつなに言ってるんだって思われるかもしれないけど…僕は見えてる。今もね。
 最初の内は会話もできていた…姿もハッキリ見えていた…けど」

ロイと僕の中間にいる幻影はなにもしゃべらない。それどころか姿さえもぼやけて見える。

「完全な化け物になりつつある今…会話するどころか姿さえハッキリ見えない。でもシェリーだという確信はある。不思議な気分だよ…」

ふと、頬に涙が流れる。

「いつぶりだっけ…君とこんな風に喋ったのは…喋りたい事…謝りたい事…一杯あったはずなのに…」

それなのに…これから起こる事は友達同士のじゃれあいなんかじゃない。
本当の…殺し合いが始まろうとしている。

「一度落ち着いて…話しているとなんでこんな事になったんだろうって思うよ。うまくやれる道もあっただろうって…
 でももうお互い引けない所まで来てしまった。君は殺人を犯し、僕も寄り添ってくれた人達を自分の快楽の為に裏切ってしまった」

熊の腕になってしまった右腕を眺める。

「僕は…後悔してない。これからなにが起ろうとも…なゆ達や部長を自分の意志で裏切ったのだから…全てを無視して化け物になったのだから」

熊の右腕で鱗に覆われていない首の根本に傷をつける。ドクドクと流れる血を右手で思いっきり振りまく

「ロイ、君の手駒達を利用させてもらうぞ……甦れ小鬼共」

血を振りかけられた死んだはずのゴブリン達から水分が蒸発するような音が発生し、それが終わると共に立ち上がる。
生気の無い目、一目みればまともな状態じゃないとわからせる傷。しかしジョンの掛け声と共にゴブリン達はジョンに跪く。
その光景に生き残りのゴブリン達はただおびえる事しかできない。

「お前達…僕達の周りに例外なく、人を近寄らせるな。近寄ってこなければ構わなくていい、この命令は絶対だ」

ゴブリン達は返事の代わりに呻き声なのか、ただ隙間から音が漏れ出ただけなのか、わからない音を発し散開を始める。

「僕達…ブラッドラストの力の源は…血だ。血を媒介にして力を強化する。外に血が流れ出たとしても、それも僕の血だ。
 そしてその血が他と…人間でもモンスターでも・・・血に交じってしまえば…僕の血なんだ。だからこうゆう事もできる
 君がしていたような細かい指示はできないが…純粋な力だけなら元の状態より遥かに高い…」

死後間もない死体や血の通った生命体なら自分の血を混ぜる事で体全体に残っている血液から体を操る事ができる。
意識まで乗っ取る事はできないが、体を操作する事ができる。

僕は化け物になった瞬間に、この力の使い方を完全に理解していた。なにができる事で、それはどんな使い方ができるのかを。
まるで使い方を元々知っていたかのように・・・。

「当然だが、生身の人間相手でも同じ事はできる。だがそんな近道を通るような事はしない。
 少なくとも、ロイ、君には絶対使わない。僕はあまりにも近道をしすぎた。化け物としての最初の一歩くらいは…ちゃんと歩かないとな」

傷が完全に治って、戦いが始まれば…今度こそどっちかが死ぬまで戦う事になるだろう…今度は手を止めない…そして…誰にも邪魔させない

221ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/08/15(土) 00:15:41

「さて…落ち着いて喋るのもこれで…最後だ。最後に人間らしく会話できて嬉しかったよ」

《―――――――――――》

「黙れ。なに言ってるかわからないが…これから起きる事に一切口は挟ませない。シェリー…本当にお前だったとしてもだ」

ロイと僕はある程度の距離を取り、そこで構える。

「ロイ。君が狙う弱点はココだ。明確に力が劣っている君でもここにナイフを突き立てられたら君でも勝てるかもしれない」

左手で、首の根本部分をポンポンと叩く。

「もしさっきの兵器頼みの一撃が…君の最大火力なら…君の勝ち筋はここしかない」

ブレモンの中でもこのブラッドラストで強化された鱗を貫通する攻撃は少ない。
物理的にも、魔法的にもほぼ無敵に近い鱗の装甲…唯一の弱点は覆われていない部分だけ。
熊の右腕も鱗に比べれば防御力は低いが…

「あらゆる準備を許そう。君には全身全霊で向かってきてもらわなければならない。僕の化け物としての最初の一歩として」

言葉では冷静を装っているが…この時の僕はもう既に目は血走り、口からは涎がこぼれだしているような状態だった。。
そう…ロイを殺せる…。その現実が近づくに連れて僕は恐怖を感じるどころか…快楽に似た、感覚を覚えていた。

「フッー…フッー…」

例えるならそう…飢えた獣が餌を見つけて…今か今かと待つように…。
最後の理性で堪えていたが…今すぐこの感覚に全部を任せてしまいたい。

「いいかい?…もういいんだね?…一度始まったらもう止められないよ…本当に苦しいんだ…僕もう…」

準備は整った。周りを近寄らせないようにゴブリン達で見張らせた。
ロイの勝てる可能性を残す為に弱点を教えた。回復もさせた。
最高のご馳走の下拵えは終わった。もう周りの騒音さえ、なにも聞こえない。

「ハァー…フー………」

もう我慢する必要はない。この感覚に、快楽に従うだけだ。

「いただきます」

そう言い放ち僕は目にもとまらぬ速さでロイに飛び掛かかり、ロイの体に傷を付ける。

「ホラ!避けてばっかりじゃなくてさっさと反撃しないと全部の肉を削り取ってしまうよ!」

ロイの目からはまだ希望の光が消えていなかった。

「あぁ…まだ僕を殺せると本気で思っている目だ…どんなに力の差があっても…僕を殺そうとする覚悟の目だ…まったく君は…」

「さいっこうだ!!!!!!ハハハハハ!!」

222ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/08/15(土) 00:15:59
「アテャハ!ヒヒ…アハハハハハハ!」

素早く動いてロイをかく乱し、死角に入った瞬間右腕で強襲。

「コロス…ロイ…キミヲ…!」

間一髪でよけるロイ。追う化け物。

「アア!最初からこんな楽しい事あるなら…あるって知っていたなら我慢なんてしなかったのに!」

一進一退の攻防が続く…が消耗しているのはロイだけで、僕は息を一つ上げていない。
一撃まともに食らえば死ぬロイに比べて…僕は反撃されても傷一つつかない鱗の体。

「ちょこまか動かないでくれよロイ!」

壁に右腕を突き刺し、思いっきり引っこ抜く。

「シネ!!」

壁の一部…もとい瓦礫になった物を投げる。

「どうしたんだ!ロイ!頼むよ!弱点まで教えてあげたんだから!」

殺したくない

「タノムタノムタノムタノム…ウグッルルルル」

殺したい!戦いたい!コロセ!コロセ!

「…ロイ?ロイ!ロイイイイイイイイ!」

力が増す度に人間としての自分が消えていく。思考も曖昧になる。

「ロイ!ロイ!ロイ!」

思考が一つに支配されていく。でも僕は抵抗しない、できない。この状況を望んだのは僕だ。僕のはずだ

「ああ…頭が痛い。イタイイイイイイイイイイイイ!」

化け物は雄たけびあげてロイに飛び掛かる。

「ウウ…グウッ…うっ…うう…ごめんロイ…なゆ…みんな…」

追いかけっこはついに終わりを迎え、左腕でロイの首を掴み、持ち上げる。
少し力を籠めれば人間の首を曲げるなど造作もない。

「アハハハハハハハハ!」

はやくやめなきゃ、ロイが苦しそうだ。ヤメル?ナンデ?待ち望んだ事が目の前まで来たのに!僕があの日から望んだ事だったはずだ。

こんな事を望んだっけ?本当に?でもそうだった気もする…

「ごめんごめんゴメン………ロイ……」

ああ…すごく苦しそうだ。やめなきゃ。やめ…

苦しそうなロイを見ていると心が満たされる。

そうか…苦しめずに殺してあげなきゃ…かわいそうだ。だから・・・コロさなきゃ

「……シネ………シネエエエエエエ!!!!」

僕は左手の力をさらに強めた。

【ロイと昔話】
【部長の操作不能】
【ロイを追い詰めトドメの一撃を放とうとする】

223カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/08/19(水) 23:23:35
>「カザハ…優しさもそこまで行くと美徳を通り過ぎてタダの馬鹿だぞ。いいか?僕とロイが戦ってるんだ。他の誰にも邪魔はさせない」
>「邪魔をするな、これは……俺とジョン、ふたりだけの戦いだ……!
 貴様ごとき部外者に何が分かる、貴様こそ――俺たちの因縁にしゃしゃり出てくるな!」

「お邪魔虫で悪かったですね、後は若いお二人で……って言うか――――ッ!!
もう二人の世界で済む問題じゃなくなってるっつーの!」

何か別の話に聞こえてくるのは断じて気のせいだ。

>「…部長。戻れ。」
>「チッ…人間じゃなければ操作できないって?下らないな…」

「……”人間”じゃない。それは異邦の魔物使い《ブレイブ》の特権だよ」

部長に介入されることを懸念したジョン君が部長を回収しようとするが、効果は無かった。
今のジョン君には部長が制御できないようだ。

>「まあいい…部長…わかってるな?邪魔をするな。邪魔をしなけりゃなにをしててもいいが…
 邪魔をするならお前も殺さなければならない…主人にそんな事させるな」

「今ので分かったでしょ? 今のジョン君は主人(マスター)としての資格を失ってる……」

>「カザハ…少しは大人になれよ。君の言う通り呪いを強引にもしかしたら剥がせるかもしれない…
 でも僕のこの想いは全部が全部…呪いってわけじゃあないんだ…人の心ってのは分っていても無視できない物もあるんだよ…」

「たとえ君の本性に凶暴性があったとしても……それを抑えておける理性まで含めて人の心じゃないの?
呪いのせいで抑えが効かなくなってるのならやっぱり強引にでも剥がさなきゃならない」

たとえ説得の効果はなくとも会話が続けば少なくとも時間稼ぎにはなったが、それも続かなくなった。
無駄話は終わりとばかりに、ジョン君はロイに向き直る。

>「さあ再開しようか?ロイ…誰にも邪魔させない。化け物を殺してみろよ…君が望んだ化け物を・・・」

「どいつもこいつも……石頭の分からず屋ばっかり!!」

本来であればこの場にいる全員で即刻ジョン君を抑えにかからなければならない位の非常事態だが、周囲では相変わらず戦闘が続行している。
カザハはその事に苛立ちが隠し切れない様子。
根っからの善人のマル様なら事の重大さを認識してくれる可能性がワンチャンあると思いましたが
そういえばマル様、善良過ぎて任務に忠実過ぎる石頭でしたね……。
マル様が止まってくれないとなると親衛隊が止まるはずは当然ないわけで。

「ねぇカケル、やっぱりボク達には背景がお似合いだね。どこの世界も一緒だ。
いつだって力無き者の声は届かない……」

なんだかんだ言って結局地球生活で培ったモブ気質を炸裂させつつ背景に溶け込もうとしている……!

224カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/08/19(水) 23:26:01
>「おいっ! バカ! ジョンぴーに構ってる場合かよ!
 ジョンぴーを助けたかったら、この高飛車チェス女をぶっ倒すのが先だろうが!」

「見てよこれ! こんなモブが世界ランキング14位とまともに戦えると思う!?」

私のステータス画面を突き付けながら開き直らないで!?
まぁカザハは一応異邦の魔物使い《ブレイブ》枠でステータス画面が出てこないと思うから仕方ないんですけど!
でも、悲しいけどその通りなんですよね……。
モンスターとしてはその辺にいる低レアで異邦の魔物使い《ブレイブ》としては論外ド素人の
THE☆モブが世界ランキング14位に刃が立つわけがない。

「……ん?」

スマホの画面を見たカザハは目をぱちくりした。

《どうしたんですか……?》

(能力値に補正がかかってる……?)

《えぇっ!?》

未実装の自動発動スキルか何かですかね!?
気付かないうちに習得していたかあるいは最初から持っていたけど気付いていなかったか……。

「――烈風の加護《エアリアルエンチャント》」

気を取り直したらしいカザハが、部長を強化する。

「部長さん! すぐ助けに行くから……それまで少しの間ジョン君のこと、頼むよ!」

カザハはジョン君のことを部長に託すと、迷いを振り切るようにガザーヴァに並び立った。

>「どうしたのかしら? まだ、私は本気の一割も出していないけれど。
 もう息切れ? いいえ、いいえ……認めないわ。幻魔将軍も、そのシルヴェストルも、刃向かうのならばすべて敵。
 この世のすべての痛みに優る痛みを味わわせ、ズタズタにしてこの地上から抹殺してあげる……!」

「名前を覚えられてすらいない……!」

《気にするのそこ!?》

やっぱりさっぴょんから見れば低レアザコモンスターズなんてモブ以外の何物でもないですよね……。

>「オッカネーんだよ、このヒスババア!」

「言っとくけどアコライトが更地になった事実はもう存在しないから!
信じられないなら聖地巡礼でも行って確かめてくれば!? あ、ゲーム中のストーリーの話なら運営に文句言ってね!」

225カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/08/19(水) 23:27:29
一斉攻撃を仕掛ける二人だが、ビショップとナイトの堅牢な装甲にことごとく阻まれる。
カザハはともかく(?)ガザーヴァの攻撃すら通らないってもうまともにモンスター同士の勝負して倒すのは不可能なんじゃ……。
カザハの言うように本体狙いに賭けるしかないのか!?
そんな中、ガザーヴァがなんとかビショップとナイトを引き離すのに成功する。
ルークとポーンが妙な動きをしているのが気になるところだが……。

>「今だ! やれ!」

カザハが瞬間移動《ブリンク》でさっぴょんの背後を取る。が、それとほぼ同時に――

>「――『入城(キャスリング)』……プレイ」

さっぴょんとルークが入れ替わった。――そんなの聞いてないですよ!?

「折角背後を取ったのにこれじゃあ前も後ろも無いじゃん!」

《じゃあナイトなら良かったんですか!? ……ってそんなこと言ってる場合じゃなーい!!》

>『ブロロオオオオオオオアアアアアア!!!』

「アギャあああああああああああああああああ!!」

ルークの体当たりを受けたカザハが汚い高音選手権で優勝できそうな悲鳴をあげながら漫画みたいに吹っ飛んでいった。

《カザハ!!》

空中を飛翔し、カザハを慌てて背中で受け止める。

>「フフ。チェスの特殊ルールは『入城(キャスリング)』だけじゃないのよ?」
>「――『昇格(プロモーション)』……プレイ」
>「さて。我がミスリル騎士団は不破の軍団。その力は無双、その統制は無比。
 どう抗っても私に勝てはしない……マル様親衛隊の恐ろしさ、理解して頂けたかしら?」

ポーンがクイーンに昇格してさっぴょんがドヤ顔を見せつけてます……。

《大丈夫ですか!?》

(肋骨2,3本骨折、全身打撲で全治2か月の重傷ってところかな……。
カケルッシュ、ボクはもう疲れたよ……。
長男だったら我慢できたかもしれないけど長男じゃないから我慢できないんだ。残念残念)

《そこは姉(長男)ということにしましょう! 私、次男に降格でいいですから!》

一体何の話をしているんでしょう私達……。
無駄話をしながらもカザハはスマホを操作して私に回復スキル《キュア・ウーンズ》を指示しました。
癒しの風《ヒールウィンド》を使わずに敢えて威力で劣る私のスキルを選んだのは、温存したのでしょう。
――後に控えているジョン君との戦いのために。
癒しの風《ヒールウィンド》の方がスペルカードなので当然強力な上に全体回復なので、
使いどころによっては一気に態勢を立て直すことも出来るのです。

226カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/08/19(水) 23:28:34
>「おい、バカ。
 あっちは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』入れて5人。こっちは4人。
 ひとり一殺で行くぞ。オマエんとこの馬とガーゴイルにも、一匹ずつ相手してもらう。

いやいやいや、ちょっと待って!
“ひとり一殺”って……これ、完全に超強い人達が繰り広げる会話じゃないですか!

>「……ビショップとナイトはボクがやる。お前はあのチェスババーを狙え」

こっちが一人少ないから自分が2人相手してくれるんですね! やったね!(棒)
カザハにさっぴょん本体を任せたのは単に戦闘力のバランスを考慮した結果かもしれないが、最も重要な役目を任せた、とも取れる。

「世界14位とまともに渡り合える自信はないなぁ。
だから……君を信じるよ。ボクに助けを求めた君の判断を信じる。
君が奸計謀略で散々苦しめてくれたことはなんとなく覚えてるからね」

>「言っとくけど、オマエなんかの力を認めてるワケじゃねーかんな。
 ネコの手も借りたいくらい人手が足んねーから、しょーがなく手伝わせてやるってだけだし。
 でも――」

「うん、分かってるよ。みんな忙しそうだもの」

>「オマエは、ネコよりかはマシだろ。……たぶん」

多分ガザーヴァにしてみればその辺のちょっと強い奴もネコ。
つまり……イマイチ分かりにくいけどネコよりはマシ=かなり見込んでるってことじゃありません!?

(前の周回でバロールさんが狙ってた何かってもうとっくに無くなってると思ってた……)

そういえばそんな話、ありましたね。すっかり忘れてました。
この周回ではバロールさん、それについて特に何も言ってきてないですからね……。

(もし謎の能力補正がその何かの一端か残滓なのだとしたら……本当はずっと気付かないままでいてほしかったはず)

ガザーヴァにとって、それに気付かせることは、自分で自分の存在意義を脅かすことに他ならない。

「……君って本当に聡明だよね。驕り高ぶって何も見えてないアイツらとは大違い。
一緒に鼻っ面へし折ってやろう!」

この聡明は、奸計謀略もさることながら、感情に流されずに合理的な判断が出来ることを言っているのだろう。
アイツらとはもちろん親衛隊のことですね。

>「馬どもが駒を押さえていられるのは、たぶん一瞬だ。しくじるんじゃねーぞ!」

「分かってる。自由の翼《フライト》!」

カザハは自分にスペルカードをかけると槍を背負い、私の背から飛び降りた。
結局一人一殺作戦決行する雰囲気になってしまった……!
私の相手は……ルークというところですか。
チェス的に考えてより強いであろうクイーンの方の相手をガーゴイルにして貰……

《じゃなくておのれカザハの仇!》

227カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/08/19(水) 23:32:00
「じゃなくての前に何省略したの!?」

ルークの主な攻撃手段は体当たりと大砲での砲撃。
まともに倒すことはほぼ不可能なことは分かり切っているため、専らさっぴょん本体への援護の妨害が目的となる。
……さっぴょんのデッキの中の『入城(キャスリング)』が一枚だけとは限らないのだから。
案の定、ルークがさっぴょんを守るように立ちはだかる。

「カケル! 《吹き降ろし馬蹄渦》!」

砲弾の射程外となるほぼ真上から急降下しつつの風の魔力強化付きの蹴りを見舞います。
ダメージが通ってるのか通ってないのかよく分かりませんが一瞬気を引くのは成功したようです。

「しばらくオートでそれ!」

いいんですか!? 一瞬で“こいつ放置で良くね?”って飽きられますよ!?
が、状況が急展開した。ガザーヴァがナイトとビショップの足止めに成功する。
救援に来たクイーンをガーゴイルが相手取り、ルークの砲弾がガザーヴァとガーゴイルを狙う。

「《吹き上げ荷重》!」

今度は先ほどとは逆で、下から上へのベクトルを持つ体当たりを敢行します。
効き具合に応じて吹き飛ばしもしくは転倒の追加効果が発動するスキルだ。
転倒と言っていいのかは微妙だが、とりあえず砲門の向きが上に逸れた。
このままだとすぐに持ち直してしまうので、すかさず上から圧し掛かる。
当然相手は激しく抵抗し、人間で言うところの揉み合いのような状態となった。
きっと押し退けられてしまうのはすぐだろう。
でも、少しの間だけでも『入城(キャスリング)』が出来ない状況を作り出せば……

>「……フフ」

さっぴょんが不敵に笑っている。まだまだ何か隠し持っているとでもいうような余裕の笑み……。

《カザハ……!》

チャンスだ行け、と言いたかったのか。罠だから行くな、と言いたかったのか、自分でも分からない。
でも罠なら逆に超焦ってるような演技をしそうなもんですよね!? ということはハッタリ……?
でも超自信満々で余裕だから演技する必要すらないのかも……。
今のところスマホを操作する様子は無いが、一瞬前までモンスターにバンバン指示を出していたのでスマホはまだ手に持っているのだろう。
腕を組んでいるのは単に偉そうにしているのではなく生命線のスマホを守っているとも取れますね……。
駄目だこれ、考えても無駄なやつだ……!

「先手必勝ッ! バカの考え休むに似たりとも言う! 鳥はともだち《バードアタック》!」

《自分で言っちゃった――ッ!?》

これ、まさにチェス等の次の手を考える時間が長く用意された競技において、下手な者が長考しても仕方がないというのが語源らしい。
そしてチェスは完全ターン制だが、ブレモンのアクティブタイムバトルにおいてはそれ以上の意味を持つ。
圧倒的に知略において勝る相手と戦う時、どうせ知恵比べで勝てないのなら行動回数を無駄にしないことこそが最良の戦略となる。

228カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/08/19(水) 23:33:43
と理論上は分かっていてもなかなか実際に出来るものではないが、
カザハは長年考えない人をやっていた影響でそれを実行するある種のスキルを身に着けているらしい。
というわけで、鳥の大群がさっぴょんに殺到する。
外ならともかくダンジョン内だとこの鳥たち、どこから来てどこへ行くんだろう、と哲学的なことを思ってしまいます。
ちなみにこれ、鳥のサイズは色々なんですが……カザハは飛んできたひときわ大きい鳥に飛び乗った。

「とうっ!」

《えぇっ!?》

明らかにスペルカードの用法間違ってますよ!? 鳥さん若干引いてないですか!?
そんなことはお構い無しにカザハは魔道銃を手放し、槍を構えてそのまま突撃する。

「いいことを教えてあげよう。
ボクは美空風羽、またの名をカザハ・シエル・エアリアルフィールド。
いつかうんちぶりぶり大明神と現場お任せ幻魔将軍の伝説を語る者だぁあああああ!」

いきなり特大のツッコミどころをぶっこんできた。このパーティのリーダー、なゆたちゃんなんですがっ!!
というかその組み合わせ、カザハの中では公式決定事項なんですか!?
ネット弁慶の社畜が異世界に召喚されて現地の強くて可愛い(※外見)姫将軍に懐かれて伝説になるってもう完全にラノベかなろう系小説……。
ともあれ、鳥にまみれて鳥さんの上に立ってる絵面も相まって勢いだけのバカっぽさは完璧ですね!
さっぴょんのデッキの大部分はまだ不明――多分こんな勢いだけの攻撃は難なく防がれるのだろう。
それどころか、あっさり返り討ちに合って無力化されるかもしれない。
なんにせよ、こちらが派手な動きをすれば、さっぴょんは必ず何か仕掛けてくる。
スペルカードか、モンスターにスキルを命じるか――あるいは大穴でまさかの肉弾戦で対抗してくるか。
いずれにせよ、腕組みを解きスマホを表に出してくる瞬間があるだろう。それこそが好機だ。
……さっぴょんの死角の宙空に、突撃時にカザハがしれっと手放した魔導銃が浮かんでいる。
私から降りる時、カザハは自由の翼《フライト》を自分にかけたわけではなく、実は魔導銃にかけていたのだ。
やがてその瞬間は訪れ、魔力弾が炸裂した。とはいっても破壊ではなく弾き飛ばすのが目的の衝撃弾だ。
壊すまでせずともこの混戦状態で手の届かない場所までスマホが飛んでしまえばそれで勝負はつく。
さっぴょんの仲間達も、飛んできたスマホを拾ってあげる余裕はないだろう。
尤も、ブレイブのスマホはえりにゃんの魔法の矢級の攻撃でないと壊れないので、そんな気を回す必要はないのかもしれませんが。

「君が切り捨てた仲間の気持ち、身をもって思い知ればいい……!」

なるほど、拾って確認するまでは壊れてるのか壊れてないのかは分からないわけで。
スマホ狙いのこの作戦、うまくいけば相手を殺傷せずに無力化出来るのみならず、
一時とはいえブレイブとしての生命線を絶たれる絶望を味わわせることが出来て一石二鳥なんですね……!
優しいのかエグいのかよく分かりませんね!

229明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/30(日) 07:23:59
>「ひひッ、いいのかァー? 幻魔将軍に助けを求めなくても。
 たちゅけてー! ポクちん、シェケナベイベ様にコロコロされちゃうぅー! ってさァ? えぇ?」

「眠てえこと言いりゃあすなよ、三流ロッカー!今日のギグはずいぶんMCがなげえじゃねえか!
 さっぴょん(笑)の金魚のフンごときが、親分と離れてそんなに寂しいかよ」

俺は自分のことを存分に棚に上げてシェケナベイベを煽った。
いかにも俺は幻魔将軍のケツに引っ付いてるキレの悪いうんちだ。ぶりぶり大明神だ。
こと戦闘に関しちゃ、俺はガザーヴァの一割も役に立っちゃあいないだろう。

それで良いと思ってた。
片や現役バリバリの魔王軍幹部、一方俺はゲームにちょろっとハマってるだけの一般市民だ。
適材適所、バトルはバトルが得意な奴に任せりゃ良い。
痛いのも怖いのも、嫌だしな。
大立ち回りを繰り広げるガザ公の後ろで、のらりくらりとあいつの露払った道を歩いていたかった。

だけど、事情が変わった。ヌルいこと言ってる場合じゃなくなった。
ジョンがブラッドラストに手を染めたのは、俺たちを護る為だ。
あいつよりも、俺が、弱いからだ。

「カッコ良いこと言っちまったんだ、ちゃんと最後まで、カッコつけねえとな……!」

この戦いで、俺は奴に並び立つ。護られるだけのパンピーなんて言わせねえ。
そうして初めて、俺はジョンに「ブラッドラストを使うな」って言える。
奴を苛む呪いを、真っ向から否定できる。

それに――。
ガザーヴァとの関係がこれで良いとも思わない。
俺はあいつを、都合の良い手駒にするために仲間に引き入れたわけじゃねえんだ。

ガザーヴァとは、対等の立場で居たい。幻魔将軍とブレイブの、あるべき関係でありたい。
あいつは俺を助けてくれるだろうが、それに甘えっぱなしの俺で居たくない。
セキニンを取るのさ。大人だからな。

幾度となく範囲攻撃と回避を交わしながら、俺とシェケナベイベのライヴは進行していく。
長ったらしいMCパートで、俺は奴の弱みになるであろう部分を突いた。

>「……はッ。
 は、ははは、はははははハははハハハは! あっはっはハッはハはははハハはハはははははハ!!!」

霧の向こうで、シェケナベイベの哄笑が響く。
笑いの意図するところは何だ。ちゃんとメンタルにダメージ入ってんのか。
こうしてシェケナベイベとタイマンでレスバトルすんのは初めてだ。
何言われりゃ傷ついてくれんのか、どうにも手応えがわからん。

>「あー! あーあーあー! なァーる! 『そういう解釈』かァ!
 隊長の言った言葉、まーだ考えてたってこと? もうずっと昔の話だってのに!
 ひはッ! イヒヒ……ひぁッははハはハはははハはは!!!
 ウッケる! こいつってばマジウケルっしょ! オーケイ! うんち野郎、あんたクソコテやめてお笑い芸人になれば!?」

「なに過去形で語ってんだ……!」

230明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/30(日) 07:24:37
お前らにとっちゃ遠い昔の話だろうが、死んだ人間はそれが最後だ。
忘れて良い話じゃない。笑い話でも……ない。
奥歯が軋む。こいつらが何考えてんのか、一ミリも理解できない。したくない。

>「そォだよ。あーしたちは終わらせてやった、アブラっちの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』としての命を。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』である限り、闘いからは逃れられない。
 あーしたちはこの世界の連中から、兵器として召喚されたんだから。
 闘いたくありましぇーんなんて寝ぼけたこと言うヤツは、早晩おっ死ぬだろーさ。そォッしょ?
 どうしても闘いから逃れたかったら――そいつは! 何もかも投げ捨てなくちゃダメなのさ!!」

「……そういう意味かよ」

だけど俺の腹の底で煮えたぎっていた感情は、すとんとどこかへ霧散してしまった。
こいつらは確かに、スタミナABURA丸のスマホを破壊し、放逐した。
ブレイブとしての、『戦闘能力を奪った』。

戦えなくなるということ。翻せばそれは、戦わなくても良くなる、ということでもある。
ロイ・フリントを除けば、俺たちブレイブに求められるのはスマホを利用した独自の戦闘能力だ。
それが失われれば、戦力としてブレイブに数える道理はない。

戦いを拒んだ仲間を、こいつら親衛隊は――スマホを奪うことで解放したのだ。
なるほどこいつは笑える勘違い。俺やっぱ芸人になった方が良いかもな。

――マル様親衛隊が直面した困難は、奇しくも俺たちのパーティと似ていて。
その対応策は両極にあたるものだった。

俺たちは『戦えない』ジョンを、それでも戦いの場に引っ張り出すために、エーデルグーテへ行こうとしている。
それこそあいつがもう誰も護らなくて済むように、決別してしまえばそれで良かったにも関わらず。
ジョンと仲間で居続けたいから、こうして余計な苦労までお互いに強いている。

ある意味じゃ、親衛隊の対処の方がよほど人道的かも知れない。
スマホ奪われたABURA丸がどうなったか知らんが、腕ぶった斬られるよりかはマシに生きていられるだろう。
この惨状を目の当たりにすりゃ、俺たちの選択が正しかったなんて、自信持って言えるわけがない。

シェケナベイベが言うような、『何もかも投げ捨てる』……その覚悟が、俺たちにはなかった。
中途半端にジョンを救おうとして、かえってあいつを苦しめてしまっている。
戦う力を一切合切捨てたなら……救うことを諦めたなら。もっと平穏にジョンは暮らせたかも知れないのに。

「でもなぁ!ここまで来んのに、俺達はいろんなものを犠牲にし過ぎた!
 今更やっぱジョンのことは諦めますなんて、言えっかよ!」

霧を引き裂いて、重戦士モードのヤマシタが疾走する。
風切り音を幾重にも響かせながら薙ぎ払った大剣は、しかしアニヒレーターの首を刈り取れない。
盾代わりに構えたギターの弦を何本が切断して、斬撃はそこで止まった。

>「おおーッとォーッ! 惜しい!
 インギーの音波の範囲を見切って、霧の中から奇襲とはヤルじゃん!
 でもなァ! あんたはそれで終わりだよ! 唯一のチャンスをものにできなかったあんたの負けさ!
 ――尤も――」

「ああ?聞こえねえぞ!MCがボソボソ喋ってんじゃ――」

いつの間にかあんだけ耳を劈いていたロックサウンドが鳴りを潜めてる。
へいへいどーした、セットリストがもう尽きたか?アンコールでもしてやろうか!
だけど何かがおかしい。張り上げたはずの俺の声すら、籠もったように耳に届かない。

231明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/30(日) 07:25:12
「あ……あ?」

違う。音が籠もってるんじゃない。『聞こえてない』んだ。
それが証拠に今も爆音による空気の震えは肌に感じる。胃袋の空洞に響いてる。
周囲を漂う霧も、さっきと変わらず音響攻撃の範囲で弾けてる。

音が聞こえなくなったのは、俺の耳がおかしくなったからだ。
こいつは――突発型の難聴。恐らくは騒音性の……耳の神経が傷つけられて音が聞こえなくなる症状だ。

中学生くらいの頃、風邪から来る内耳炎で片耳が軽度の難聴になったことがあった。
そん時の状況とよく似てる。体がふわりと浮かんだような、平衡感覚の消失――

「なっ……おっ……」

気づけば俺は膝から地面に崩れ落ちていた。
うまく立ち上がれない。足が地面を捉えられない。
耳には体のバランスを維持する機能もある。単なる鼓膜の損傷と違って、そっちの神経もイカれた。
頭の中がずっとぐるぐるして、視界が回転してるみたいな錯覚が拭えない。

「なる……ほど……音響デバフってのは、こんな感じか……」

シェケナベイベ。範囲攻撃のオーソリティ。
その真骨頂が、攻撃範囲に任せたデバフのばら撒きだ。
『スタン』や『沈黙』として描写されるデバフの本来の姿を、俺は身を以て体験していた。

「く……そ」

甘かった。範囲攻撃さえ躱せば、デバフを付与されることもないと考えてた。
だがアニヒレーターの奏でる音は何も、音圧によるふっ飛ばしだけじゃない。
戦場でずっと響き続けていたロックサウンドがそうであるように――
収束を緩め、威力を捨てれば全方位に音を届けることなんか造作もない。

……回復魔法くらい、覚えとくんだった。
俺の使える闇属性魔法は攻撃とデバフくらいしかない。
回復できるスペルも持ってない。行動を封じられれば、待ってるのは『詰み』だ。

目の前でシェケナベイベが何かを叫ぶ。内容は分からんが、パートナーへの指示だろう。
アニヒレーターがギターの残りの弦に指を這わせ、超絶技巧もかくやの速度で何事かを爪弾く。

トドメの一撃。覚束ない足取りじゃまともに逃げることもできない。
ヤマシタに防御させるにも、音響攻撃に物理的な障壁は意味を為さない。

こいつを喰らえば、俺は間違いなくお陀仏だろう。

つまりは。
――伏せてた切り札を、出し惜しんでる場合じゃねえってことだ。
跪きながらも手放すことなくずっと握ってた手の中のものを、ヤマシタへ向けて弾いた。

232明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/30(日) 07:26:05
「怨身換装(ネクロコンバート)――モード・『歌姫』」

風をはらんで飛翔したのは、純白の羽根。
アコライトの希望の象徴にして、かの地でその命を散らした一人の戦乙女。
――初代ユメミマホロの忘れ形見だ。

大剣を放り出したヤマシタの背中に、マホたんの羽根が突き刺さる。
瞬間、目を焼かんばかりの白い光が革鎧を包んだ。

バルゴスを再現し、膨れ上がっていた体格が目に見えてすぼむ。
角張った肩が丸くなり、腰部がほっそりと絞られ、女性的なフォルムへ変わっていく。
兜の両サイドから、鎧同士を繋ぎ止める革紐が髪のように吐き出され、ツインテールのように垂れ下がった。

その右手には、大剣の代わりに革で象られたマイクを握っている。
アニヒレーターの一撃の前に、ヤマシタはふわりと飛び出した。

「――――!」

言葉を作らない音だけの歌、スキャットが革マイクから放たれる。
それはアニヒレーターの音弾と空中でぶつかり合って、お互いに弾け飛んだ。

窓を閉めようが外の音が聞こえて来るように、音は壁を回り込む。
故に音響攻撃を防御することは出来ないが、騒音を無効化する方法はある。
地球のオーディオ機器にも使われる『ノイズキャンセル』……音同士をぶつかり合わせて、大気の振動を相殺したのだ。

――ユメミマホロの『想い』を使った、怨身換装による革鎧の機能拡張。失われた歌姫の再現。
こいつが俺の切り札だった。……使いたくない、奥の手だった。

マホたんは、彼女の犠牲は、その辺のネクロマンサーが好き勝手利用して良いようなものじゃない。
アコライトのオタク殿たちにとって、文字通りの生きる希望だった。絶望に抗う光だった。
同じようにユメミマホロにとっても、命を投げ出してまで護る価値のあるものはたったひとつ、アコライトの皆だった。

俺がこうして死霊術で彼女の力を扱うことは――
アコライトに殉じた初代ユメミマホロの覚悟と想いを穢すことに他ならない。
『マホたんが死んでくれたから俺の手札が増えた』なんて、言いたくはなかった。

「……ヤマシタ、『感謝の歌(サンクトゥス)』」

膝を着きながら、俺はパートナーに命令を下した。
ユメミマホロのスキルがひとつ、『感謝の歌(サンクトゥス)』――癒やしの歌。
損傷した内耳神経が修復され、世界に音が帰ってくる。

ヤマシタの奏でる歌は、本家マホたんには遠く及ばない。
劣化再現にしか過ぎなくても、わずかな回復力に過ぎなくても、俺のデバフを解くには十分だった。
難聴の原因は騒音によって神経についた微細な傷だ。ほんのちょっとの傷を、ちょっとの回復で癒やした。

「シェケナベイベ。お前らのやってることは……たぶん、間違っちゃいねえよ。
 俺も未だにわからん。ジョンを旅に引っ張り回し続けることが、本当にあいつにとって幸せなのか。
 もしかしたらお前らがABURA丸にしたみたいに、スマホぶんどって無理くり退場させんのが正解なのかも知れない」

仲間を見殺しにしたなんて、とんだ見当違いだった。
こいつらはこいつらなりに、戦えない奴のことを考えて行動している。
捨てることで救う道を見出して、それを体現している。

お人好しのマルグリットが親衛隊を傍に置いているのも、こいつらがただ邪悪な集団じゃないからだろう。

233明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/30(日) 07:27:28
「それでも俺は何も捨てない。持てるモノは全部抱えてく。戦えない仲間だろうが、全部だ。
 ……世界救ったその瞬間に、隣に誰もいないんじゃあ、寂しいからな」

俺たちの選択が、間違ってたとは思いたくない。
無様だろうが女々しかろうが、捨てるべきものを捨てなかったことを、後悔したくない。

意固地になってると言いたきゃ言え。俺はクエストの難易度を絶対に下げない。
ジョンの『助けて』に応じた俺自身の、安っぽいプライドの為に。

「答え合わせをしようぜ。俺は自分で決めたことを、『これで良いんだ』って、証明する。
 身の丈に合わねえもの全部背負った、拳の重さでお前に勝つ」

思えばこれまでの旅で、随分背中が重くなっちまった。
捨てられなくて、未練がましく持ってたものが、今俺をがんじがらめにしている。

リバティウムで受け継いだバルゴスの剣だって、未だに生身じゃまともに持てやしねえけど。
肩に感じるこの重さのすべてが、俺が今ここに立つ理由になる。
逆境で踏ん張る力になる。

「良い機会だから知っとけよ。傍に居ない奴とでも、誰かを一緒に殴る方法はあるってことを。
 捨てなきゃ前に進めないんだとしても……捨てないためにあがくことは、無駄じゃないってことを。
 ガラじゃねえこともう一つ言うぜ。こいつが俺たちの――絆の力だ!!」

マホたんを再現した革鎧が、もうここに居ない奴の力をその身に宿す。
マイクを持たない方の手で、拳を握る。眩い光がそこに灯る。ユメミマホロのスキル――『聖撃(ホーリー・スマイト)』。
俺が捨てられなかったもののひとつだ。

聖属性の魔力が迸り、アンデッドのヤマシタは少しずつ装甲を焼け付かせていく。
同じアンデッドのアニヒレーターも、こいつが直撃すりゃただじゃ済まねえだろう。

さらにヤマシタ本来の闇属性魔力が重なり、ふたつの色が渦を巻く。
光と闇が合わされば、見かけ通りの最強だ。

「ヤマシタの攻撃!絆で殴ってブチ壊せ、『聖重撃(ディバイン・スマイト)』!!!」

間断なくスキャットを奏でながら、ヤマシタは踏み込んだ。
アニヒレーターの音響攻撃はこっちも歌で相殺する。あとは単純、近づいてぶん殴る。
言うなればこいつは俺とシェケナベイベの対バンだ。どっちの歌がライブを支配するか、その勝負だ。

234明神 ◆9EasXbvg42:2020/08/30(日) 07:28:35
シェケナベイベは強い。
ブレモン界最強ギルドの幹部の名は伊達じゃない。バロールを10ターンで下せるってのも、大言壮語じゃない。
それだけの戦力と実績を、こいつは積み上げてきている。
範囲火力役だけあって、親衛隊包囲網におけるキルスコアはさっぴょんを抑えて堂々の一位だ。

加えてこいつもまた俺と同じように、譲れない物の為に戦ってる。
マルグリットを単なる御神体のゲームキャラじゃなく、一人の人間として尊敬し、その正義を標榜している。
精神攻撃で隙を作るなんざ、甘えた考えでカタに嵌められる相手じゃなかった。

……なおさら負けらんねえよな。
こいつが薄っぺらいと評した俺の正義は、別の正義に簡単に道を譲れるような安いもんじゃない。

勝機があるとすればそれは――シェケナベイベがソロバンドであること。
比類なきタンクだったスタミナABURA丸はもう居ない。後衛を護る壁はない。
『捨てられなかった』俺にとって、唯一奴を上回れる場所だ。

アニヒレーターの攻撃範囲を上回る、物量飽和攻撃。
両肩にかかった重みは物理的にも重てえんだってこと、教えてやろう。

「楽しいギグもそろそろ幕引きの時間だ。最高のトリを飾ろうぜ、シェケナベイベ!!」

シャウトとスキャット、弦音と歌声、光と闇。
幾重にも織り合う双方向の力が、激突する。

【怨身換装でヤマシタをユメミマホロ仕様に改造。音に音をぶつけて相殺しつつホーリースマイト】

235embers ◆5WH73DXszU:2020/09/01(火) 22:41:51
【ロスト・オブ・ブレイブ(Ⅰ)】

ブレイブ&モンスターズにおいて、進化という言葉は二つの意味を持つ。
一つは、スペル/スキルによる一時的な変化――バフの一形態。
或いは――モンスターの成長に伴う不可逆な変異。

かつて焼死体だった男に訪れたのは――後者だ。
男は最早"燃え残り(エンバース)"ではなかった。

灰と化した肉体――物理攻撃に対する高度な耐性/アジリティの上昇。
現象と化した存在――呪われた聖火との同化/その制御性の獲得。
"遺灰の男(チェインド)"は、燃え残りの正統進化形と言えた。

『エンバース殿、本来貴公と私が矛を交えることなど、在ってはならぬことなれど――』

「馬鹿言え。折角の、本編未実装のバトルなんだぞ。
 在ってはならない事だからこそ、燃えるんじゃないか。
 ……ああ、いや。今のは別に、俺が焼死体である事とは関係ないけど」

遺灰の男――傲慢/余裕の態度。己の実力に対する圧倒的な自負の発露。

『これも大義のため。我らが賢師の思し召しなれば……お覚悟を。
 許せとは申しませぬ。貴公の屍を踏み越え――私は。悪となりて務めを果たしましょう!』

「へえ、次のシーズンはそういうスタイルで行くのか。
 マル様オルタ……いいんじゃないか?流行ると思うぜ」

『ガギョォォォォォォォォォォォォッ!!!』

轟く咆哮/骨の守護者が前進/足音は一度だけ――巨大な曲刀が、敵を間合いに捉えた。
斬撃/太刀影/疾風/紫電/閃光/剣舞――特殊スキル『ジェノサイドスライサー』。
防御無視の六連撃――遺灰の男が二/四/六/八/十/十二に切り裂かれる。

そして――飛散した遺灰が渦を巻く/瞬時に五体を再構築。
遺灰の男を斬り裂いたのは、六の刃ではない。
その太刀風が、かえって灰を散らし、致死の斬撃を無効としたのだ。

スキルは空振りに終わった/慣性は威力へと変換されなかった――つまり隙が生じた。
対する遺灰の男――燃え盛る手斧を右手に、全身を捻転/そして投擲。
流星の如く閃く闇色の炎――響く破砕音/守護者の六腕の右中段、その肘関節を痛打。

『ギシャアアアアアアアアアッ!!!』

瞬間、直撃弾を受けたアニマガーディアンの腕が胴体から分離。
部位破壊――ではない/欺瞞である。
守護者を構築する無数の骨が分離/浮遊/飛散――そして回転。

荒れ狂う純白の大嵐――特殊スキル『グレイブヤード・ストーム』。
一度巻き込まれれば、脱出は困難/だが、遺灰の男に動揺はない。

236embers ◆5WH73DXszU:2020/09/01(火) 22:45:17
【ロスト・オブ・ブレイブ(Ⅱ)】

「……生憎だが、俺にその手の騙し討ちは通じない」

遺灰の男の、闇色に燃える双眸。
その奥には何も無い――眼球/視神経/脳髄がない。
アンデッドの認知/思考能力は生理機能に依存しない。
即ち、遺灰の男は目の前の事象を見た瞬間に視る事が出来る。

「掴め、フラウ」

迫る嵐風の最外周を描く骨片が、遺灰の男にははっきりと見えていた。
一瞬遅れて、スマホの液晶から奔る白閃が、それを捕捉/捕縛。
触腕から伝わる遠心力が、遺灰の男を大きく振り回す。

結果――遺灰の男は容易く、グレイブヤード・ストームの範囲外へ。
すかさず、再び燃え盛る手斧を振りかぶる。
吹き荒れる無数の骨、その間隙を――闇色の眼光が、見抜いた。

瞬間、投擲――嵐を貫く漆黒の一閃/嵐の中心に浮かぶ魂核を直撃。
響く悲鳴――急減速する嵐/再び形成される骨の外殻。
だが、大ダメージによるスタンは通っている。

「どうだ。これでも、今の俺が弱いと言えるか?」

〈……参りましたね。確かに、私の見込み違いでした〉

コートの裡へ潜る、遺灰の右手/引き抜く新たな獲物=血塗れの長槍。
逆手に持ち替える/振りかぶる――目標=言うまでもなく守護者の魂核。
再形成の完了していない外殻ならば強引に突き破り、もう一撃加えられる。

アニマガーディアンはスタン状態=二度目の急所への痛打には耐えられない。

〈ええ、本当に見込み違いだ――〉

そして遺灰の男が槍を放つ――その直前。
疾風が、その身に纏う炎を揺らした。

『はあああああああッ!!』

疾風の正体=下僕をブラインドに肉薄したマルグリット/放たれた杖による刺突。
対する遺灰の男は――それに反応出来なかった。
神経と電気信号に頼らない、生者よりも遥かに視覚を有しているにも関わらず。
視界に映らず/意識も割いていなければ、それも当然。

「くっ……!」

トネリコの杖の先端が、遺灰の胸を穿つ。
遺灰の男――胸部が大きく爆ぜる/全身を飛散/流動/退避――再形成。

〈――あなた。予想以上に、想定以下です〉

フラウの感想=冷ややかな声。

237embers ◆5WH73DXszU:2020/09/01(火) 22:47:42
【ロスト・オブ・ブレイブ(Ⅲ)】

「……今のは、少し油断しただけだ」

〈残念ですが、私はそんな次元の話をしていません。
 先ほどの攻防……あなたは間違いだらけだった〉

「間違い?奴のスキルを二つ、完全に躱して、反撃までくれてやって――」

遺灰の男の反論――再び襲来する六刃に掻き消される。

「――ああ、クソ。今、大事な話をしてるんだ。少し黙ってろ」

悪態を吐く遺灰――灰化により斬撃を回避/再形成/長槍を振りかぶる。
しかし投擲には至らない――マルグリットの追撃に阻まれる。
遺灰の男は舌打ち/再び後方へと飛び退かされた。

〈不正解です。何故、ジェノサイド・スライサーにカウンターを合わせようとしないのですか?〉

「カウンター?それなら、さっきも――」

〈違う。あなたは躱して、反撃しただけです。
 灰となって斬撃を全て躱してしまえば、差し返せる反撃は一度だけ。
 全ての斬撃にカウンターを合わせれば、一つのスキルに六つの反撃が出来るのに

反論に窮する遺灰の男/お構いなしに追撃を仕掛ける聖灰の武僧。
打突/肘撃/幹竹割り/飛び膝蹴り/靠撃――間合いが近すぎる。予備動作が見抜けない。
遺灰の男は大きく吹き飛び、対してマルグリットは深く重心を落とし、杖を握る両手を引き絞る。

来る――渾身の跳躍と、そこから放たれる打突が。
反撃――先の靠撃で崩れた体勢では不可能。
遺灰の判断――まずは躱す/その後に生じた隙を突く。

ただ躱すだけなら、容易い。遺灰の男には人越の視覚/灰化のスキルがある。
マルグリットが地を蹴る/コンマ1秒の遅れなく霧散する遺灰。
打突が空を切る――絶大な威力がそのまま隙に成り果てる。

遺灰の男が振り返る/槍を振りかぶる――瞬間、聖灰の周囲に吹き荒れる嵐風。
グレイブヤード・ストーム――主の隙を掻き消す、骨の防壁。

「ち……!」

遺灰の男――嵐の間隙を見抜き、投擲。
だが、遅い。既にマルグリットは体勢を立て直している。
闇色の閃光は最小限の体捌きによって躱され、虚空を貫く。

〈――不正解です。ハイバラなら、グレイブヤード・ストームを利用した火災旋風で敵を攻撃したでしょう。
 アジ・ダハーカとの戦いは、あなたの中では単なる記憶で、経験値として昇華出来ていない〉

「……くっ!まだだ!」

嵐が止む――地を蹴る聖灰/次なる長槍を振りかぶる遺灰。
投擲――最小限の体捌きで躱される/打突が遺灰の男の頬を抉る。
大きく引き裂け、爆ぜる遺灰の左頬。

〈不正解です。そもそも、【投擲(スローイング)】は人間の体で最大限の火力を発揮する為の手段。
 何故、今もそれを多用するのですか?……いえ、理由なんてないのでしょう。
 かつてそうだったから、そうする。やはり、あなたはただの、彼の亡霊だ〉

遺灰の男――灰化を用いて後退/そして自覚する――押し込まれ続けている。

238embers ◆5WH73DXszU:2020/09/01(火) 22:47:58
【ロスト・オブ・ブレイブ(Ⅳ)】

『エンバース殿! この『聖灰の』マルグリットに慢心、油断の類はないと思われよ!
 すべてはこの世界のため――万民が幸福な結末を享受するため!
 それを邪魔立てするとなれば、例え相手が誰であろうと容赦は致しませぬ!!』

〈……おや。ですが、あちらの信念はあなたの味方をしているようですよ〉

アニマガーディアン――顎門を開く/砲門のように。
口腔内で収束する魔力の輝き=『白死光(アルブム・ラディウス)』の前兆。
発射を許せば敗北は必至――だが、これで実質、マルグリットとの一対一。

〈持ち得る全身全霊の力で敵を葬る……敵ながら爽やかな戦いぶり。
 ですが、このままあなたが葬られてしまっては、私も困ります〉

「……フラウ、手を貸せ……いや、貸してくれ」

〈いいでしょう。ただし、貸すのは本当に手だけですよ〉

ひび割れた液晶に広がる波紋/二本の触腕が姿を現す。

〈さあ……ええと、では、遺灰の方。槍を手に〉

遺灰の男――血塗れの朱槍を再び手に取る。

「……俺は、どうすればいい」

〈真っ向勝負です。私が補助します〉

「真っ向……って、俺を担ごうとしてる訳じゃあ、ないんだよな?」

〈愚問です〉

「……クソ、やってやる。やればいいんだろ!」

遺灰の男――僅かな逡巡/だが、やるしかない――地を蹴り、疾駆。
灰の身軽さ/炎の推力――聖灰へと迫る、昏く燃え盛る流星。
速力は十二分――しかし、あまりにも安直な軌道。
対するマルグリット――深く腰を落とし、迎撃の構え。

「っ……うおおおおおおおッ!!」

そして血塗れの朱槍と、トネリコの杖が交錯する――その直前。

〈急減速します。備えて下さい〉

「お――おおおおおおッ!?」

液晶から伸びた二本の触腕が、遺灰の男の足元やや後方に、アンカーのように突き刺さった。
必然、本来届く筈だった朱槍/杖先は空振り――その上で、遺灰にはまだ行動の余地がある。

「お、おい!そういうのはもう少し早く――」

急減速の為に用いられた触手の内、左のみを回収/右を収縮。
結果――遺灰の男は触手の弾性から生じる反動によって大きく後方へ。
そのまま床に突き刺さった触手先端を中心に円を描く。

「ぬあああああ――――ッ!?」

つまりマルグリットに空振りをさせた上で、十分な速度を保ったまま大きく迂回。
そして空を奔る触腕/アニマガーディアンの胸殻を掴む――遺灰の男を引き寄せる。

239embers ◆5WH73DXszU:2020/09/01(火) 22:48:14
【ロスト・オブ・ブレイブ(Ⅴ)】

〈さあ、お膳立てはここまでです。後はあなたが仕遂げなさい〉

「――――いや、まだだ。お前にはもう一仕事、してもらわないと」

遺灰の全身が昏く、爆ぜるように炎上/急上昇。

「フラウ――」

〈――なるほど。確かに、この位置は悪くない〉

触腕が閃く/アニマガーディアンの上顎を把持――そして収縮。
急加速された遺灰の男=さながら、黒い稲妻――響く激音。
アニマガーディアンの顎門が力任せに閉ざされた。

噛み砕かれる白死光――再び激音/眩い炸裂。

アニマガーディアン――自らの白死光に体内を灼き尽くされた。
彫像の如く硬直――直後、灰と化して崩壊。

一方で遺灰の男の姿も見えない/だが漆黒の狩装束が宙を舞っている。
不意に、飛散した灰が狩装束へと集う――人型を描き出す。
五体を再形成した遺灰の男が、コートの襟を正した。

『く……さすがはアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 このマルグリットの攻撃をここまで凌ぎ、アニマガーディアンまで退けるとは、まさに驚嘆の一言。
 貴公こそ、世界を救う力を持つ勇者に相違ありますまい』

「それは、どうかな。俺は勇者になれなかった。昔も……そして今も」

『されど、それだけに……それだけに惜しい。
 なにゆえ、貴公が師兄の側に付かれたのか……。師兄の選択は、一時凌ぎでしかありませぬ。
 恒久の平和、永劫の安寧には程遠い……なぜ、師兄も貴公らもその事実から目を背けられるのか。
 侵食は、最早誰にも止められぬというのに』

「……恒久の平和、永劫の安寧?勘弁してくれ。そんな胡散臭いもの、アンタ本気で信じてるのか?」

『……おしゃべりが過ぎました。お忘れを。
 今現在、貴公と私は敵同士――ならば余計な会話は攻撃の手を鈍らせることともなりましょう。
 後は、ただ干戈を交え闘争の決着を見るのみ!
 お見せ致しましょう。『聖灰魔術(キニス・インヴォカティオ)』、『高速格闘術(ハイ・ベロシティ・アーツ)』に続く、
 我が奥義!!』

「――なんだ?」

何かが擦れる音/地面に渦を巻くアニマガーディアンの灰――渦の中心には、マルグリット。

「……俺達が召喚されてから、新たなスキルでも実装されたのか?」

〈かもしれません。が……そんな事は考えるだけ無駄です!〉

「『第三闘技(カルタイ・ウィクトリケス)』!―――参る!!!」

〈――来ますよ!〉

フラウの警告――言われるまでもない。
遺灰の男の思考/知覚は神経系に頼らない。
故に目の前の現象を、見た瞬間に視る事が出来る。

その認識力を以ってしても、マルグリットの踏み込みは不鮮明だった。

240embers ◆5WH73DXszU:2020/09/01(火) 22:48:35
【ロスト・オブ・ブレイブ(Ⅵ)】

動いた――遺灰の男が気付いた時には、マルグリットは既にその懐に飛び込んでいた。
刹那、顔面に迫る掌打――辛うじて身を反らし、回避。

遺灰の判断――もしこれが追加実装されたスキルなら、やはりブレモン開発はクソ/さておき後手に回るのは悪手。
朱槍の石突で薙ぎ払い、一度距離を取る――

『はあああああああああああああ―――――――――ッ!!!!』

叶わない――更に加速する聖灰の打拳。
掌打/掌打/掌打/掌打/掌打/掌打――ただひたすら繰り返される左右の掌底。
ただそれだけの単純な連携に割り込めない/避け続ける事で精一杯。

否――避け続ける事すら不可能/眼前にまで迫る掌打――灰化によって辛うじて退避。

遺灰/聖灰――彼我の距離が開く/状況の不利は遺灰の男にある。
距離が開いた=十分な力を溜められる――防御不能/不可避の一撃が準備可能。

「くっ……!」

遺灰の男――朱槍を打ち捨てる/右手でスマホを操作。
だが、無反応――スペル使用/完全召喚、共に不可。
遺灰の男は、あくまでもブレイブを模した魔物――その事実は変えられない。

「……参ったな」

苦し紛れに抜いた刃――【ダインスレイヴ】。
魔剣が周囲の魔力を吸引/刃を形成――しかし、足りない。
アジ・ダハーカを切り裂いた時には程遠い。

『受けられよ、エンバース殿!
 世界に平和と安寧を、民草に幸福と清適を!
 次なるが――我が終極の武技!』

マルグリット――全身から絶えず迸る闘気/超レイド級の風格。
遺灰の男――魔剣を上段へ/対手を照らす闇色の双眸。
そして、聖灰の重心が僅かに流動――

〈――もう、少しはマシになったと思ったら、またこれですか〉

それと同時、空気を読まず不満げなフラウの声。

〈不正解です――正解は、こう〉

液晶から踊る二本の触腕――遺灰の男を引き寄せ/操る。
位置取りは壁を背負うよう/構えを上段から下段横構えへ。

つまり――ダインスレイヴによる斬撃波が、聖灰の信徒を巻き込める位置へ。
それが、今のマルグリットを後手に回らせる/一撃確実に見舞う、唯一の手段。

「だから、こういうのはもっと早めに――!」

そして――目が眩むほどの、剣閃。

241崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:40:10
アルフヘイムとニヴルヘイムは異世界である。
それもSFベースの世界ではない。中世ヨーロッパペースのファンタジー世界だ。

西洋ファンタジーの世界にテレビはない。ラジオもないし、自動車はそれほど走ってないというか一台もない。
地面は舗装されていると言ってもせいぜいが石畳、大抵の場所は土が剥き出しで歩きづらいことこの上ない。
エアコンなどないので暑さ寒さを調整することもできないし、蛇口を捻れば水が出る訳でもない。むしろ蛇口がない。
汗をかいてもデオドラントで何とかできないし、虫除けスプレーもないし、UVカットできる衣服もない。
風呂は湯を沸かすところから始めなければならないし、スプリングの入った寝心地のいいベッドなどない。
トイレにはウォシュレットもない。キングヒルなど一部の都市部以外のトイレは一律汲み取りで、下水設備は存在しない。
言うまでもなく電気も通っていないので、夜になれば燭台などのか細い灯り以外に頼るものはない。
当たり前だがゴキブリホイホイも蚊取り線香もない。
スペルカードや魔法を駆使して何とか代替できるものもあるが、スペルカードには限りがある。
その魔法だって、壁のスイッチを付けるだけで電気が供給される地球以上に使い勝手のいいものではないだろう。

ファンタジー世界は見目麗しいフェアリーやらエルフやらの舞い踊る、願望がすべて叶う理想郷――ではない。
現代文明社会の恩恵をすべて奪い取られた、言ってしまえば原始時代なのだ。
そんな世界に突然何の準備もなく放り込まれて、すぐに順応できる人間が果たして存在するだろうか?
持たされたのは、たったひとつのスマホだけ。しかもブレモン以外のアプリは根こそぎ死んでいる。
転生したら異世界で無双できた! と謳う物語は数多いが、現代人が異世界に転生したところで待っているのは無理ゲーである。
科学文明の恩恵にどっぷりと浸りきった現代人は、中世世界で一週間生存することさえ難しいだろう。
バロールはランダム召喚で、イブリースはピックアップ召喚でそれぞれの世界に『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を召喚した。
その多くはものにならず召喚先で野垂れ死んだ。彼らが犯した罪の最たるものである。

それが『当たり前』なのだ。

便所から召喚されたにも拘らず、即座に順応し赭色の荒野でコカトリスを焼き鳥にしていた明神などは例外中の例外であろう。
現にしめじなどは状況に理解がまるで及ばず、自身のパートナーであるはずのスケルトンを見て気絶していた。

それが『普通』なのである。

なゆたや真一、明神、みのりにジョン。ユメミマホロ、ミハエル・シュヴァルツァー、煌帝龍といった『生存者』たち。
彼ら彼女らのメンタルが常軌を逸しているだけであり、狼狽し、困惑し、悲嘆に暮れるのが当然なのである。
そして――
それはブレモン最強軍団の名を欲しい侭にする、マル様親衛隊にとっても例外ではなかった。

「嫌……、もう嫌ぁ……!
 どうして、私がこんなことしなくちゃいけないの!?
 テレビ観たい、お風呂にゆっくり入りたい、ふかふかのベッドで寝たい、エアコンの効いた部屋でのんびりしたい!
 私が一体何をしたっていうの!? もうやだ……帰りたいよぉ……!!」

「……アブラっち……」

地面に座り込み、頭を抱えて慟哭する仲間。
その姿を見遣りながら、シェケナベイベは途方に暮れたように眉を下げた。
ニヴルヘイム側として召喚され、イブリースから事情を聞かされたマル様親衛隊は、即座に脱走を企てた。
マル様親衛隊は唯一『聖灰の』マルグリットにのみ従う者。
イブリースにオレがお前たちを召喚したのだ、これからはオレの手駒となって働け、などと言われたところで頷けるはずがない。
ニヴルヘイムを出奔したマル様親衛隊は、アルフヘイムで逃亡生活を始めた。

だが、寄る辺ない異世界において、女四人にいったい何ができるだろう?
過酷な旅だった。ニヴルヘイム側に召喚され、その手を跳ねのけた親衛隊には、頼れるものは何もない。
召喚直後からメロやボノの導きがあり、キングヒルへ来いと指示されたアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の方が、
まだしも難易度が低いというものである。

幸い隊長のさっぴょんはどちらかというと明神たちと同類の『メンタルが常軌を逸している』人間であったし、
きなこもち大佐は『現実がクソすぎて異世界の方がまだマシ』勢であった。
シェケナベイベに至っては『なんかわっかんないけど面白そうじゃね? ヒーハー!』と思考を最初から丸投げしているため、
瞬く間に異世界に適応した――が。

けれども、マル様親衛隊の幹部のひとり・スタミナABURA丸はそうではなかった。

242崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:40:39
スタミナABURA丸、本名田中洋子は都内在住のOLである。
目立ったスキルは何もない。容姿も地味である。そもそも名前からして地味だ。
会社でも目立った存在ではない。口数も多くなく押しも強くない、完全な空気。社内モブ。
そんな地味子・オブ・地味子の彼女が一目置かれ、活躍できる場所――それがブレイブ&モンスターズだった。
ブレモン最強ギルド、鬼の四人が一角。親衛隊の無敵たるを体現する、文字通り無双の鉄壁。
スタミナABURA丸として。

ブレモンの中でスタミナABURA丸としてのペルソナをかぶった彼女は、まさに無敵だった。
意思を持つ盾『イージスディフェンダー』をパートナーモンスターとし、ありとあらゆる攻撃を遮断する絶対の防壁。
彼女の防御を突破した者は未だかつて存在せず、その強さは異世界においても遺憾なく発揮され――

は、しなかった。

田中洋子がスタミナABURA丸という仮面をかぶり、比類ない力をふるっていられたのは、それがゲームの世界だったからである。
ゲームの世界。スマホの世界。……インターネットの世界。
実体のない仮想の世界であったからこそ、彼女は現実の自分を忘れて思う存分暴れることが出来た。
どれだけダメージを負っても、電源さえ切ってしまえばノーカウントになる世界。現実と仮想を隔てる分厚い壁。
皆を守る壁役の彼女が、その実誰よりも壁というものに依存していたのだ。
だが――こうして異世界に召喚された今、彼女を守っていた防壁は消滅した。
凭れかかるべき壁がなくなった今、そこに残されたのはスタミナABURA丸ではない。
地味なOL、社内モブの田中洋子がいるだけだった。

文明社会の恩恵を根こそぎ奪われ、地球では想像さえできない不自由な生活を強いられ。
なおかつアルフヘイム由来のモンスターに直接命を狙われる生活に、彼女の心は瞬く間に摩耗していった。
そして、折れた。

「みんな、どうしてこれが当然みたいな顔して受け入れてるの!?
 道を歩いてたら突然バケモノが飛び出してきて、自分を殺そうとしてくるような世界を!
 おかしいよ……おかしいでしょ! こんなの……どう考えたっておかしいよ!!」

スタミナABURA丸はヒステリックに叫んだ。
それはそうだ。今では現代日本人が道端で野良犬に遭遇することさえ珍しい。
犬でも珍しいのに、自分を喰う気満々のライオンレベルの猛獣が突然目の前に現れる。しかもそれが一日に何度もある。
普段遭遇するようなエンカウントモンスターはマル様親衛隊の精鋭にとっては一撃で屠れる雑魚ばかりだったが、
弱ければいいという問題ではない。まったく意図しない状況で自分に殺意を向ける存在と出会う、ということが問題なのである。
ありとあらゆる危険から遠ざけられ、保護されたぬるま湯のような世界に住み。
その恩恵を頭のてっぺんから爪先まで享受していた彼女だからこそ、
エンカウントバトルというものに多大なストレスを感じていた。
彼女にとっては、世界丸ごとお化け屋敷のまっただ中に突然放り出されたようなものであろう。

「いきなり空から襲ってくる鳥のバケモノに立ち向かうより、
 ぎゅうぎゅう詰めの満員電車に乗って通勤して、つまらない事務仕事してる方がよっぽどまし!
 腐りかけのゾンビに抱きつかれるくらいなら、課長にセクハラされてた方が全然いい!
 もう勘弁してよ……、元の世界に帰してよぉ……!」

両手で顔を覆い、スタミナABURA丸は泣いた。
そんな仲間を、さっぴょんときなこもち大佐、シェケナベイベはなすすべもなく見守った。
帰せと言われても、さっぴょんたちにそんな芸当はできない。手段があるならとっくに講じている。
といって、諦めろ覚悟を決めろとも言えなかった。帰りたいという彼女の気持ちは痛いほどよく分かる。
誰も手を差し伸べてくれない異世界で、マル様親衛隊はどこまでも孤立無援だった。

「……分かったわ。
 じゃあ、もう少しだけ頑張ってリバティウムまで行きましょう。
 リバティウムには私の箱庭がある。あそこなら、魔物たちだって出ないはずよ。
 私の趣味で悪いんだけれど、かなり内装には手を加えてあるから。地球そのままとは言わないけれど、
 それに準じた生活はできるはず。……この世界が落ち着くまで、そこにいればいいわ」

「元の世界に戻る方法が分からない以上、現状それがベターッスね……。
 スタミナさんにその気がない以上、戦わせることはできないッス」

緩く腕組みしたさっぴょんが、小さく息を吐いてそう提案する。
眉間に皺を寄せて思案していたきなこもち大佐も、それに同意を示す。
リバティウムがアルフヘイム有数のリゾート地で、過ごしやすい気候の人気スポットというのは有名な話だ。
さっぴょんが金に飽かせて増改築した箱庭なら、アルフヘイムでも最上級の快適な生活ができるだろう。
むろん、戦う必要もなくなる。

だが。

「ま……、待ってよ! そんなのナシっしょ!
 あーしら、四人でマル様親衛隊じゃん!? 今更アブラっちを置き去りなんて――
 そんなんないし!」

シェケナベイベだけは、そんなふたりの意見に真っ向から反対した。

243崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:41:07
「あーしたちは、今までどんな逆境だって四人で乗り越えてきたんじゃん!
 マル様のことで、ずっと結束してきたンじゃん!
 ね、アブラっち! 隊長ときなこんが前衛で、あーしとアブラっちが後衛でさ……!
 あーしらは無敵なンだ! あーしたちを排除しようとした包囲網のバカどもだって、あーしたちには手も足も出なかった!
 どんなに強いって言われてるレイドだって、あーしたちはブチのめしてきたじゃん!
 一緒にいようよ、今は怖いかもだけど、絶対そのうち慣れるよ!
 あーしが守ってやっから! アブラっちのこと、誰にも傷つけさせたりなんてしないから……!」

「シェケちゃん……」

「……シェケナさん」

シェケナベイベが必死でスタミナABURA丸を説得する。
シェケナベイベとスタミナABURA丸は実際に住んでいる家も近所の、リア友である。
当然、強い絆というものがある。ゲームを差し引いても、培った友情というものがある。
それを壊したくはない。ずっと一緒に苦楽を共にしていきたい。これからがそうだったように――これからも。

けれど。

「……ごめん……りゅくす……」

スタミナABURA丸は、俯いたまま言った。
シェケナベイベの唇がわななく。その双眸に、みるみる涙が溜まっていく。

「ッ……、なんっで……、
 なんで、なんで……なんでなんだよオ……洋子ぉ……!!」

スタミナABURA丸が静かに嗚咽を漏らす。
シェケナベイベが慟哭する。

パーティーの進むべき道は決まった。

その後マル様親衛隊は何とかリバティウムへと辿り着き、さっぴょんの箱庭に到達した。
だが、それですべてが解決したわけではない。懸念すべきはニヴルヘイムの追手だ。
スタミナABURA丸は兵器として召喚された。それは彼女が武器を持っているからだ。
武器をその手に持っている限り、いつニヴルヘイムがこの場を嗅ぎつけてくるか分からない。
それに対処するには、もし追手がこの場を訪れたとしても、
もう彼女は兵器として使い物にならない――ということを知らしめなければならない。
だから。

「引継ぎパスワードはメモしたわね?
 じゃ……やるわよ」

「はい」

さっぴょんの箱庭、その玄関先に四人が立つ。
スタミナABURA丸がスマホを高く頭上に放り投げる。
その瞬間、さっぴょんが自分のスマホをタップしてパートナーモンスターを召喚する。ミスリル騎士団の『騎兵(ナイト)』だ。
ナイトがチェスのピース状の躯体から馬上槍を展開し、放り投げられたスマホの中心を穿つ。
スタミナABURA丸のスマホは液晶画面に大穴が空き、機能停止してただのジャンクとなった。
ニヴルヘイムはスマホが『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の力の源だということは理解しているが、
引継ぎパスワードなどの細かい仕様までは理解していない。
この大破したスマホを見せれば、万一この場所を見つけられたとしても兵器として利用されることはないだろう。

「……行ってくるわね、スタちゃん。
 必ず、元の世界に戻る方法を見つけてくるから。イブリースやバロールを斃してでもね。
 そうしたら、すぐに迎えに来るから……それまで、不便でしょうけどここで待っていて頂戴」

「少しッスけど、ルピ置いてくッス。リバティウムの物価なら一年は余裕で生活できるはずッス。
 ま、すぐ戻って来るッスけどねー。ちょっとしたリゾート地でのバカンスだと思って、楽しんでてほしいッス!」

「うん……。ごめんね、隊長……大佐……」

さっぴょんが微笑み、きなこもち大佐がひらひらと右手を振る。
スタミナABURA丸は泣きそうな顔に無理矢理笑みを作り、一度頭を下げた。
最後に、シェケナベイベが彼女と向き合う。

「洋子、あーし……あたし」

「……うん」

「全員、ブチのめして来るから。あたしたち四人が、マル様親衛隊がこの世界でも最強だって、証明してくるから。
 洋子のいるこの世界を、守って……来るから――」

「うん……」

「…………あたし…………!
 絶対絶対、負けない……から…………!!!」

「…………うん…………!」

それから、スタミナABURA丸を欠いたマル様親衛隊は流浪の末、仕えるべき真の主に出会った。
『聖灰の』マルグリットに。

244ロイ・フリント ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:42:01
山中で消息を絶ったジョンとシェリー発見の報を聞き、収容先の病院に向かったオレが最初に見たものは、
寝台に横たわる変わり果てたシェリーの姿だった。
妹には白いシーツがかぶせられていた。大人たちから、見るなと言われた。
だが、我慢なんてできるはずがなかった。シーツを強引に剥ぎ取って、オレはその亡骸を見た。

瞼を閉じれば、そこには今でもシェリーがいる。
手足の骨が折れ、血に染まり、そして――鋭利な何かによって首に致命傷を負った、哀れな妹の骸。
それが、毎晩のように囁くのだ。

『ジョンを助けてあげて』―――と。

嗚呼。
嗚呼、そうしよう妹よ。お前がそれを望むなら。
心優しいジョン。弱虫ジョン。
お前はその心優しさで、シェリーを苦しみから救ってやったのだろう。
お前は弱虫だから、シェリーを手にかけた罪悪感をずっと背負っているのだろう。
例え法が未成年だからとお前を庇ったとしても。大人たちがお前を無罪だと認定したとしても。
それでも、お前はシェリーを殺したという事実を悔やみ続けて生きていくのだろう。
魂の牢獄に、自分自身を繋ぎとめて。

それを救えるのはオレだけだ。お前を知るオレだけなんだ。
友だから。親友だから。
オレは、オレだけは、お前を罪人と呼ぼう。

『咎人だと認められることで、救われる心もある』――

だから。
オレがお前の罪悪感に決着をつけてやる。

「……オレは……まだ、死ねん……!」

オレは全身に残っているなけなしの力を総動員させ、なんとか立ち上がった。
目の前には、異形の怪物と化したジョンが立っている。
シェリーを殺した、殺してしまった。その罪の意識に耐えられず、魂までも破壊の衝動に売り渡したバカな男だ。
だが――見捨てることなんてできない。
バカだからこそ。どうしようもなく弱い男だからこそ。
こいつには、救ってやるべき存在が必要なんだ。

軍隊に入り、望んで戦地に赴いた。大勢の人間を殺した。
ジョンの気持ちの幾許かでも感じられるようになれればと。アイツと同じものを、オレも手に入れられればと。
アイツと同じ視座に立たねば、アイツを手にかけることはできないのだと……。
戦闘、殺戮。戦闘、殺戮。戦闘、殺戮。戦闘、殺戮。戦闘、殺戮。戦闘、殺戮。戦闘、殺戮。戦闘、殺戮。
ナイフで。銃で。ロープで。ワイヤーで。徒手で。爆弾で。薬物で。
殺して。殺して。殺して。殺して。殺して。殺して。殺して。殺して。殺して。殺して。殺して。
殺しまくった。
その果てに、オレはひとつの呪いを得た。
“ブラッドラスト”――
だが、そんな力を手に入れてなお、オレはジョンに大きく水を開けられていたらしい。

>君はゲームをやった事ないから知らないだろうが…僕のこの鱗の皮膚は生半可な攻撃じゃ破れない。
 ブレモンの中でもトップクラスの攻撃力を誇る攻撃なら強引に敗れるだろうが…現代兵器なんかじゃ太刀打ちできないだろうね。
 だが明確な弱点もある…首だ。首の根本部分にだけ鱗で覆われていない部分がある…ここを狙えば驚くほどあっさり…僕は死ぬ

「……余裕、だな……。
 なまじ強くなったからと……驕るのは、敗北の一里塚……だ……。
 シェリーから……そう、教わらなかったのか……」

お情けのポーションを口にし、体力を回復させる。
とんだジョークだ。殺そうとしている相手に情けをかけられるとは……。
しかも、その情けはオレを憐れんでのことじゃない。
もっともっと闘いたいから。ブラッドラストの激情に身を委ねていたいから……ただ、それだけの話なのだ。
シェリーを手にかけたことをずっと気に病んでいたジョンは、もう揮発したのか?
今オレの目の前にいるのは、かつてジョンであった只の抜け殻に過ぎないのか?

オレには、もうわからない。

245ロイ・フリント ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:42:26
>ロイ。君が狙う弱点はココだ。明確に力が劣っている君でもここにナイフを突き立てられたら君でも勝てるかもしれない
>もしさっきの兵器頼みの一撃が…君の最大火力なら…君の勝ち筋はここしかない

「そいつは……ご丁寧に、だ……。
 では……遠慮なく、狙わせてもらおう……」

ジョンはそこらに転がっているゴブリンどもの死骸を自らの血で操る芸当までやってのけた。
同じブラッドラストを習得しているが、オレにはとてもこんな芸当はできそうにない。
怪物としての才能まで、あっちの方が上とはな……まったく嫌になる。
だが。
だからといって……諦める訳には。いかない……!!

>いいかい?…もういいんだね?…一度始まったらもう止められないよ…本当に苦しいんだ…僕もう…

「来い。お前を止められるのはただひとり……オレだ!!」

オレは抜き放ったコンバットナイフにタクティカルスーツのポケットから出したアンプルの中の液体を塗布し、
身構えてジョンを迎え撃った。

>いただきます

ジョンが猛烈な速度で飛び掛かってくる。以前戦地で遭遇したジャガーだって、こんなに素早くなかった。
ふざけやがって、完全に捕食者気取りか。
だが、彼我の戦力差はいかんともしがたい。やつとオレとの力の差は開くばかりだ。
ジョンの目にも止まらぬ攻撃を、ブラッドラストを駆使して避けるのが精いっぱいだ。

>ちょこまか動かないでくれよロイ!
>…ロイ?ロイ!ロイイイイイイイイ!

「ッぐ……!!」

オレは一瞬の隙を衝かれ、ジョンに捕まった。首を物凄い力で締め上げられ、意識が明滅する。
もう、オレにこの腕を振り払う力は残っていない。オレはもう死ぬだろう。
だが――それでいい。

「が……は……!」

>ごめんごめんゴメン………ロイ……
>……シネ………シネエエエエエエ!!!!

……嗚呼。
ジョンが哭いている。その双眸から血が……ブラッドラストの――
いや、あいつの涙が……購われない罪となって零れている……。
シェリー、大丈夫さ……オレはちゃんとやり遂げる。
この、しょうがない弱虫を殺して……オレもまた死を受け入れよう。
そうして、また……三人で……仲良く……。

「……ジョン……。覚えているか……? 昔、三人で……家で、ホラー映画を観た……夜を……。
 映画の殺人鬼を……シェリーは、怖がって……途中から、観るのを……やめてしまったが……。
 お前は……最後まで、食い入るように……その、顛末を……見守って、いたっけ……」

オレは首を絞めつけられたまま、苦しい息の下で喘ぎ喘ぎ言った。

「殺人鬼は……銃弾でも……炎でも、決して……死ななかった……。
 そんな、不死身の殺人鬼に……主人公たちは、どうやって……勝ったの、だった……かな……?
 懐かしい……な……!!!」

ジョンは血の涙を流している。オレを殺すことにだけ意識を集中させている。
唯一守るもののない、無防備な首筋は――がら空きだった。
最後の力を振り絞り、ジョン自身の言った弱点にナイフを突き立てる。
たっぷりと薬物を塗り付けておいたナイフを。

映画の中で殺人鬼を最後に殺したのは、毒物だった。
不死身の怪物は、ライフルでも爆弾でもなく。土の中に埋まっていた、ただ一本の錆びた鉄棒を胴体に突き刺されて死んだ。
その鉄棒に付着していた錆や、土中の堆積物。それらの成分によって死亡したのだった。
オレがナイフに塗布したのは、αテタノスパスミンD-1152という破傷風由来の劇毒だ。
単なる破傷風と違い、米軍によって改良を施されたその効果は即効性。おまけに毒性は20倍。
青酸カリの400万倍の致死性を持つ、米軍の隠し弾だ。その症状は強直性痙攣、弓反り反射、呼吸困難による死。
いくら外皮を岩に変えられても、内臓までは石にはできないだろう。
コイツが生物である限り、毒物は必ず効く。殺せないまでも、隙を作ることはできる。
なのに――

オレには、その次の……一手、が………………


…………ジョン…………。

246崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:43:02
「ゴォォォォォォォォォォォム……」

巨大なG.O.D.スライムが、なゆたとポヨリンを見下ろしている。
自分の切り札であったはずのレイドモンスターが、敵として自分たちの目の前に存在している。
そのプレッシャーたるや尋常なものではない。かつて自分が闘い、下してきたプレイヤーたちは、
こんな重圧を体験してきたのか――と、改めて驚きを禁じ得ない。

「あっはっはっ! さあ……とどめと行くッスよォー!
 G.O.D.スライム! 『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』!!!」

きなこもち大佐が勝利を確信し、高らかに命じる。
『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』――G.O.D.スライムが口から放つ、光属性の魔法攻撃。
その直撃を喰らえば、極限まで鍛え上げたポヨリンとてなすすべなく蒸発してしまうだろう。
G.O.D.スライムが背の翼を一打ちし、天井近くへと飛び立とうとする。
現在なゆたたちのいる場所はレプリケイトアニマ最深部で、もちろん空はない。
が、それでもスキルを放つのに支障はないらしい。G.O.D.スライムの身体に、みるみる光のエネルギーが充填されてゆく。

「ポヨリンッ!」

『ぽよよよっ!!』

なゆたは鋭く名を呼んだ。すぐに、ポヨリンが応えて大きく後退する。
一旦後方に下がったポヨリンは、それから一気に助走をつけてG.O.D.スライムへと駆けた。
『限界突破(オーバードライブ)』によってブーストのかかった、爆速の突進。
そして、ポヨリンは最後に全身で強く床を蹴ると跳躍し一個の弾丸のように上空のレイドモンスターへと突っ込んでいった。
G.O.D.スライムは光線発射のために大口を開けている。ポヨリンは口の中へと吸い込まれるように消えていった。

「……はァ?
 なんのつもりッス?」

きなこもち大佐は怪訝な表情を浮かべた。
G.O.D.スライムが顕現した以上、なゆたの勝機はゼロである。もはや勝負は決まったも同然、
ポヨリンが薙ぎ払われてデュエルは終了――結末はそれ以外にはないのだ。
今更ポヨリンが口の中に入ったところで、何ができるだろう。
せいぜい、スライムヴァシレウスに従いG.O.D.スライムのボディを構成するスライムが一匹増えるだけである。

「悪あがきとは見苦しいッスよ、師匠!
 師匠には尊敬できる師匠でいてほしいッス、例え自分が師匠越えを果たしたとしても!
 見苦しい真似しないで、弟子の成長を素直に認める度量を見せ――」

「……きなこもちさん。
 わたしは、あなたの師匠なんかじゃないけれど……。
 ひとつだけ教えてあげますよ。最後の最後まで、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は勝負を捨てない。
 絶体絶命の窮地にだって、必ず逆転のチャンスはある……!
 わたしは今までの旅で、それを学んできた。実践してきた!
 断言できるよ――わたしの勝機は!『今、この瞬間にある』――!!!」

勝ち誇るきなこもちに対し、なゆたは真っ向から反論した。
それは負け確定の場で思わず吐いた強がりでも、虚勢でもない。
なゆたは待っていたのだ、この機会を。誰がどう見ても劣勢であるこのタイミングで、一気に盤上をひっくり返す刻を。
そんななゆたの言葉を、きなこもち大佐が一笑に付す。

「ハ! 何を世迷言を!
 G.O.D.スライム! 早く『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』を……」

「……『分裂(ディヴィジョン・セル)』!プレイ!」

きなこもち大佐の声を遮り、なゆたがスペルカードを手繰る。
ATBゲージは溜まっている。連続でカードを発動させることは可能だ。

「さらに『分裂(ディヴィジョン・セル)』をもう一枚! ダメ押しにもう一丁『分裂(ディヴィジョン・セル)』!
 合計三枚の『分裂(ディヴィジョン・セル)』を発動!」

「な、何を……」

G.O.D.スライムが、天井近くで大口を開けたまま固まっている。
『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』を放つ気配はない。
それどころか、びくびくと痙攣している。きなこもち大佐の命令も受け付けず、明らかに異常な状態だった。

「ま……、まさか!」

そこで、やっときなこもち大佐はパートナーモンスターに何が起こっているのかを悟った。

247崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:43:25
「まずい……! G.O.D.スライム、合体解除!」

「遅い!」

きなこもち大佐は慌ててスマホをタップしたが、なゆたの行動の方が早い。
G.O.D.スライムは徐に口を閉じ、もごもごと口許を動かすと、ぶっと何かを吐き出した。
リバティウムでの対ミハエル戦の再現だ。しかし、吐き出したのは『堕天使(ゲファレナー・エンゲル)』ではない。
それは、きなこもち大佐のパートナーモンスターであるスライムヴァシレウスだった。
G.O.D.スライムの中枢であったはずのスライムヴァシレウスはボコボコにされ、ボロ雑巾のように白目を剥いて転がっている。

「……ど……、どうして……」

「そりゃ、ね」

愕然とするきなこもち大佐。それに対してなゆたが腕組みして告げる。

「G.O.D.スライムは本体が核となって他のスライムたちを一体のモンスターに纏め上げたもの。
 核さえ何とかすれば、真正面からレイドボスに挑む必要はない……。そうでしょ?」

「で、でも! 自分のアウグストゥスは、師匠のポヨリンよりも僅差でステ差有利のはず!
 ポヨリンが主導権を奪おうとしてきたって、アウグストゥスの方が――」

「一対一の勝負なら、ね。
 でも、一対三十二の勝負ならどうですか?」

先にG.O.D.スライムを召喚した方が勝つという状況下で、なゆたはきなこもち大佐の前に出遅れた。
しかし、それはなゆたの作戦であったのだ。先にきなこもち大佐にG.O.D.スライムを出させ、それを後から乗っ取る。
それこそがなゆたの作戦だった。
先程の激突が示す通り、ポヨリンvsアウグストゥスはアウグストゥス有利である。
ポヨリンが単身でG.O.D.スライムの中枢に乗り込んだとしても、返り討ちに遭うのがオチであろう。
だから、なゆたは『分裂(ディヴィジョン・セル)』を温存していた。
一対一では負ける。だから――G.O.D.スライムの中枢でポヨリンを三十二体に分裂させ、スライムヴァシレウスに集中砲火した。
いくらスライム属上位の準レイドモンスターであっても、三十二匹のポヨリンにタコ殴りされてはひとたまりもない。
哀れアウグストゥスはG.O.D.スライムの支配権を強奪され、異物として吐き出されたというわけだ。
きなこもち大佐は愕然とした。全身ががくがくと震える。

「そっ、そそ、そんな……!
 じ、自分は……師匠より先にG.O.D.スライムを召喚できる、方法を……苦労して、編み出……」

「そうですね。わたしよりも早くG.O.D.スライム召喚を成立させる『もちもち♪アドバンスコンボ』。
 それに関しては、わたしよりあなたの方が優れてる。脱帽です、でも――
 何もG.O.D.スライムだけがスライムデッキの極北じゃない!
 スライムの特性、可能性! それを熟知しありとあらゆる状況に即時対応してこその『スライムマスター』!
 G.O.D.スライムを召喚した、ただそれだけで――勝ちと思ったあなたの、負けよ!!」

「う……ぐ……!」

きなこもち大佐はぐうの音も出ない。
G.O.D.スライムは強力無比なレイドモンスターだ。ひとたび召喚に成功すれば、九分九厘勝利が確定する。
しかし、100%ではない。相手が完全に戦闘不能になったところを確認するまでは、何が起こるか分からない。
それを、なゆたはキングヒルでの明神との戦いで思い知った。
あの辛い戦いの教訓が生きている。だからこそ――なゆたには寸毫ほどの油断もない。
ゴゴゴ……と音を立て、G.O.D.スライムがきなこもち大佐とスライムヴァシレウスを見下ろす。
大きく口を開き、光のエネルギーを魔力へと変換してゆく。

「……ひ……!
 ア、アウグストゥス! 目を覚ますッス! 早く! 早く早く……早くゥゥゥゥゥ!」

必死の形相できなこもち大佐はパートナーを叱咤したが、スライムヴァシレウスは目を回したまま一向に目覚める気配がない。

「きなこもちさん。
 悪いけど……まだまだスライムマスターの称号はあげられないわね!
 ゴッドポヨリンの攻撃! 一切万象を灰燼と帰せ――天の雷霆!
 『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』!!!」

『ぽぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜よぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜!!!』

カッ!!!!

G.O.D.スライム――ゴッドポヨリンの大きく開いた口から、膨大な魔力の奔流が迸る。

「……ぁ……」

じゅっ! という小さな音を立て、きなこもち大佐とそのパートナーは光に呑み込まれた。

248崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:43:58
「ふんががががぎぎぎ!!!」

黒騎士姿のガザーヴァがナイトとビショップを足止めし、面頬の下で歯を食い縛る。
レイドボス補正はあるものの、幻魔将軍ガザーヴァはどちらかといえば前衛タイプではない。
直接殴り合う前衛は他人に任せ、後ろからデバフをかけまくるサポートタイプである。
従って筋力もそこまであるわけではない。バリバリの前衛タイプであるナイトとビショップ二騎の相手は、手に余る。
しかし、そんな贅沢はこの際言っていられない。何としても、ここでさっぴょんを撃破しなければならないのだ。
でなければ、明神に迷惑がかかる。単身闘っている明神が危険に晒される。
ガザーヴァの頭の中には、それしかなかった。

明神はガザーヴァと対等であることを願っていたが、当のガザーヴァはといえば、そんなことは夢にも考えてはいなかった。
元々、ガザーヴァは自己肯定感が低い。
カザハの前世のコピーである、というその出自が自己肯定感の低さに繋がっているのだが、
反面その分だけ承認欲求というものが強い。誰かに必要とされたい。おまえはコピーじゃないと言われたい。
カザハのコピーとしての幻魔将軍ガザーヴァではなく、ひとりのシルヴェストル、ガザーヴァとして愛されたい――
そんな気持ちが、病巣のように心の中に巣食っている。
だからこそガザーヴァはバロールに尽くした。そこに愛はないと知っていても、なお身を粉にして働いた。
献身の果てに、いつか。ほんの少しだけでも愛を与えてもらえたなら……。
そんな、あり得ない未来の幻想に縋っていた。

だが、今のガザーヴァはそうではない。
アコライト外郭で責任を取ると言った、明神の言葉。それが今のガザーヴァのすべてだった。
果たして、明神はなんの責任を取るのか。自分は彼になんの責任を取らせたいのか。
それは、ガザーヴァ自身にも分からない。
けれども、その約束があるだけで充分なのだ。約束が絆を形作り、絆が強固な信頼を生む。
『約束してるんだ。明神と』――たったそれだけ、その想いだけで、ガザーヴァはどんな痛みも我慢できる。
どんな不遇な目にだって耐えられる。だって――
世界にひとつだけ、自分だけが、自分のことを認めてくれた人と交わした約束。
それが長らく追い求めた、心の底から渇望した、ただひとつの欲しいものだったのだから。
気まぐれで、天気屋で、猫のような性格……と思われがちではあるが。
その実、完全な忠犬気質。それが幻魔将軍ガザーヴァというキャラクターだった。

だからこそ。

死ぬほど嫌いな相手と手を組むことだって辞さない。
それが、彼の活路を開くことに違いないのだから。

>先手必勝ッ! バカの考え休むに似たりとも言う! 鳥はともだち《バードアタック》!

カザハがカードを手繰り、屋内だというのにどこからともなく集まってきた大量の鳥たちがさっぴょんを襲う。
さっぴょんは瞬く間に鳥の群れに呑み込まれた。

>いいことを教えてあげよう。
 ボクは美空風羽、またの名をカザハ・シエル・エアリアルフィールド。
 いつかうんちぶりぶり大明神と現場お任せ幻魔将軍の伝説を語る者だぁあああああ!

「何言ってんだ!?」

カザハの突拍子もない物言いに、ガザーヴァもさすがに突っ込みを入れる。

「ボクと明神の結婚式に、オマエなんて呼ぶわけねーだろバカ!
 どーしてもって言うんなら、会場の外で受付でもやってろ!」

……特に突っ込みではなかった。
兎も角、さっぴょんは逃げるどころか微動だにしない。

>君が切り捨てた仲間の気持ち、身をもって思い知ればいい……!

宙に浮いた魔導銃が、さっぴょんがスマホを持っていたであろう場所へ向けて狙撃を行う。
もし、さっぴょんがそのままの姿でいるのなら、魔力の弾丸は狙い過たずにスマホへ命中するだろう。

……そのままの姿でいるのなら。

「あなたたち、さっきからしきりに私を狙っているけれど。
 まさか、私がなんの力もないただの司令塔だとでも思っているのかしら? 私さえ押さえ込めれば勝てると。
 私は『ミスリルメイデン』。マル様親衛隊の隊長。全日本チェス選手権四連覇の王者。
 そんな私が、弱いわけがないでしょう……!」

群がる鳥の群れの中から、涼やかな声がする。カッ! と真紅の輝きが溢れ出る。
突如として閃光がカザハとカケル、ガザーヴァとガーゴイルの視界を灼き、鳥たちが吹き飛ばされる。
そして――

そこには、新たなチェスの駒が忽然と出現していた。

249崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:46:07
「あなたたち、チェスはご存じないかしら? 知らないわよね、シルヴェストルだもの。
 それなら教えてあげるわ……チェスの駒は六種類、今まで盤上にいたのは五種類。
 だったら……最後の駒はどこにいたのかしらね?
 当然の話、最後の駒は私自身。私こそが、このミスリル騎士団の『王者(キング)』――!」

王冠を戴いた巨大な駒の内部で、さっぴょんが告げる。
その円柱のような装甲が展開し、内部からさっぴょんが姿を現す。当然、その身体はまったくの無傷だ。
ふぁさ、とさっぴょんは髪をかき上げた。

「私たちが仲間を切り捨てたと言ったわね。
 あなたたちに何が分かるのかしら? 私たちの何を……?
 ええ、ええ、確かに私たちはスタちゃんを置き去りにしてきました。それは紛れもない事実よ。
 けれど、あなたたちは今まで、それを一度もしてこなかったと言えるのかしら?」
 
鋭い視線で、さっぴょんはカザハを射貫く。

「私たちがこの世界に召喚されて、それなりの時間が経ったわ。
 現在生き残っているということは、あなたたちも短からぬ旅をしてきたのでしょう。
 その道程の中で――ただの一度も別れはなかったと?」

むろん、カザハを含むアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』も、多くの別れを経験してきた。
ウィズリィと。真一と。しめじと。そしてみのりと――。
理由は様々だったが、ウィズリィを除いた皆はそれぞれの意思でそれぞれの道を歩むことを決めたのだ。
それはマル様親衛隊も変わらない。さっぴょんたちはスタミナABURA丸の選択を尊重したに過ぎない。
共に仲間の気持ちに配慮し、離別を受け入れた。違うのはスマホの有無――それだけだ。

「あなたたちに、私の大切な仲間の何が分かるというの?
 あなたたち風情が、どうやって私に思い知らせるというの?
 いいでしょう。やってご覧なさい――思い知らせて、みせればいい!!!」

ガションッ!

さっぴょんにとって、マル様親衛隊の仲間のことをとやかく言われるのは地雷以外の何物でもない。
静かな怒りを燃やすさっぴょんの背後で、王のチェスピースがバラバラに分解する。
そして、細かく分かたれたパーツがさっぴょんの身体に纏わりついて新たな様相を構築してゆく。
白銀の鎧を纏い、頭上に王冠を戴き。真紅のマントを纏った輝く戦姫の姿へと。

「あなたがた風情に奥の手を見せることになってしまったけれど、まあいいわ。
 奥の手なんて、また考えればいいだけだもの。
 さあ……この『魔銀の王騎(ミスリルメイデン)』の力を存分に味わうといいわ。
 そして――私に大きな口を叩き、親衛隊の結束を侮辱した報いを受けなさいな!!」

ギュオッ!!!

パートナーモンスターと合体し、今やレイド級モンスターにも等しい力を手に入れたさっぴょん――
否、ミスリルメイデンが一気に突っかける。狙いはもちろんカザハだ。

「……来なさい。『聖剣王(エクスカリバー)』」

ミスリルメイデンはスマホを軽くタップした。途端、右手に白く輝く刀身を持つ長剣が出現する。
『聖剣王(エクスカリバー)』。ブレイブ&モンスターズの中でも最高位、レジェンダリー・クラスの武具である。
その攻撃力は強力無比。使用者の全ステータスを底上げし、特に闇属性の敵に対しては致命的な破滅を齎す。
キングの駒を装着したことで、ミスリルメイデンは人知を超越した運動性能を見せる。
絶死の聖刃が、カザハを両断しようと迫る――

しかし。

ガギィィンッ!!

そんな聖剣の一撃を、突如として割り込んできたガザーヴァが騎兵槍を激突させて防いだ。

「させるかよ!」

「フ。いいのかしら? こんなことをして。
 ナイトとビショップを倒したわけではないのでしょう?」

「うっせー! そんなの知ったことかよ!
 こんなヤツ、守る義理なんてないけど! なんなら死んだって構わないって、むしろ死ねって思ってるけど!
 でもな……それでも! ここでテメーに殺らせるワケにはいかないんだ!」

鍔迫り合いを繰り広げながら、ガザーヴァが叫ぶ。

「コイツは! 仲間だから! ……ウチのパーティーの一員だから!
 見捨てちゃダメなんだ、一緒にいなくちゃいけないんだ!
 ボクは……正義の味方になる! だから……絶対に! ここで、コイツを見捨てたりなんてしない!」

「世迷言を! ならばここで死になさい、幻魔将軍!」

ゴッ! と音を立て、ガザーヴァがカザハを救うため放り出してきたナイトとビショップが迫る。
その馬上槍が、鉄球が容赦なく振るわれ、ガザーヴァに直撃する。
メキメキと肉が、骨がひしゃげて軋む。幻魔将軍は面頬の下から苦鳴をあげた。

「……ぅ、ぎ……ぃ……!」

だが、ガザーヴァは鍔迫り合いをやめない。カザハを助けるのをやめない。
正義の味方になる。明神の傍に、胸を張って立っていられる自分になる。
それが、ガザーヴァのたったひとつの望み、だから。

250崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:49:04
アニヒレーターの放った高圧縮された音の塊、『速弾き王者の即興奏(エクストリーム・インプロビゼーション)』が、
平衡感覚を破壊され立つことさえ侭ならない明神へと迫る。
それは不可避の一撃。決着の一撃――
の、はずだった。

>怨身換装(ネクロコンバート)――モード・『歌姫』

明神が一枚の純白の羽根を使用する。
それは、かつてアコライト外郭で明神たちを、守備隊の面々を助けるために自らを犠牲とした、
『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』――初代ユメミマホロの遺したもの。
羽根を触媒とし、ヤマシタがその男性的なフォルムをみるみる変質させてゆく。
それはまさに、革鎧で再現したユメミマホロ。

「ハッタリだ! 潰せ、インギー!!」

『キョォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!』

シェケナベイベが叫ぶ。アニヒレーターの速弾きはその威力を減じない。
だが――
ヤマシタが革で構築したマイクを手に高域の『歌声』を発すると、それは確かな質量を伴ってアニヒレーターのスキルと激突した。
パキィンッ! と澄んだ音を立て、互いの発していた音波が途切れる。

「なんッ……だとォ……!?」

必殺のスキルを防御され、シェケナベイベは瞠目した。
アコライト外郭の戦いの最後、明神の手に舞い降りてきた、ひとひらの羽根。それは単なるフレーバーアイテムではなかった。
いや、きっと最初はそうだったのだろう。明神がそれを死者を悼むだけの品として見るのなら。
けれども、そうはならなかった。
明神は悲痛なほどの覚悟を以て、その遺品を用いて現状を打破することを考えた。
その瞬間に、過去を偲ぶだけのアイテムは明神に福音を齎す切り札となったのだ。
さらに明神はヤマシタに『感謝の歌(サンクトゥス)』を使わせ、耳に受けたダメージを回復させた。
本家の用いるそれとは違い、ひとりの相手にしか通用しないが、今はそれで充分であろう。

>シェケナベイベ。お前らのやってることは……たぶん、間違っちゃいねえよ。
 俺も未だにわからん。ジョンを旅に引っ張り回し続けることが、本当にあいつにとって幸せなのか。
 もしかしたらお前らがABURA丸にしたみたいに、スマホぶんどって無理くり退場させんのが正解なのかも知れない

「ハ……。
 ハハハッ、アッハハハハハッ!
 これって超レアじゃん!? まさか、あんたが! どんな正論ブチ当てられても、
 屁理屈とデタラメで頑なに負けを認めなかったクソコテが! うんちぶりぶり大明神が!
 あーしたちのことを間違ってないって? アハハハハッ! いいこと聞いちゃった!
 ンじゃあー、このレスバはあーしの勝ちってことでいーな!」

突然の肯定に、シェケナベイベは目を丸くしてから笑った。
明神が地球での傍若無人なシェケナベイベしか知らないように、
シェケナベイベもまた地球でのクソコテとしてのうんちぶりぶり大明神しか知らない。

>それでも俺は何も捨てない。持てるモノは全部抱えてく。戦えない仲間だろうが、全部だ。
 ……世界救ったその瞬間に、隣に誰もいないんじゃあ、寂しいからな
>答え合わせをしようぜ。俺は自分で決めたことを、『これで良いんだ』って、証明する。
 身の丈に合わねえもの全部背負った、拳の重さでお前に勝つ

「……ふぅーん。
 誰とも慣れ合わず、近寄ってくる奴全員にケンカ売ってたうんち野郎が、仲間……ね。
 どーゆー風の吹き回しよ? アルフヘイムへ来て宗旨替えってヤツ?
 そいや、ネットじゃボロクソに罵ってたモンキンともなかよくパーティーなんて組んでっし。
 でもなァ……最近やっとパーティープレイに目覚めたような野郎が!
 ブレモンリリース当初からパーティーやってるあーしたちの結束に勝てるとか、のぼせ上がってんじゃねーっての!」

>良い機会だから知っとけよ。傍に居ない奴とでも、誰かを一緒に殴る方法はあるってことを。
 捨てなきゃ前に進めないんだとしても……捨てないためにあがくことは、無駄じゃないってことを。
 ガラじゃねえこともう一つ言うぜ。こいつが俺たちの――絆の力だ!!

「笑わせんなし!
 『そんなこと』! ――『とっくに』!! 『分かってんだよ』オオオオオオオオオオオ!!!
 
シェケナベイベが吼える。
明神がヤマシタへ指示するのと同じように、アニヒレーター・インギーへと指示を飛ばす。

>ヤマシタの攻撃!絆で殴ってブチ壊せ、『聖重撃(ディバイン・スマイト)』!!!

「インギーの攻撃! 親衛隊の絆でコイツをブチのめせ! 『地獄をシェイクする男(ヤノ・ザ・ヘルシェイカー)』!!!」

光と闇を螺旋のように纏ったヤマシタが、勢いよくインギーへと突進する。
殆ど手許が見えなくなるほどまでに高速化したインギーのギターソロが、破壊の音波を巻き起こす。

251崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:51:41
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

嵐のように巻き起こる、音と音との激突。
その衝撃は計り知れず、モンスターだけではなく『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にまでその余波がやってくる。
鳩尾を殴られたかのように響く重低音。頭を直接揺さぶられるような高音。
ヤマシタとインギー、双方の発する不協和音が、天秤の皿が揺れるように危うい均衡を築く。
ほんの一瞬でも気を抜いた方が負ける。音の弱い方が吹き飛ぶ。
今まで培った絆の力が劣る方が――敗れる。

>楽しいギグもそろそろ幕引きの時間だ。最高のトリを飾ろうぜ、シェケナベイベ!!

「ははッ、面白ぇーっつーの! うんち野郎、あんたとMCして! 対バンして!
 地球じゃ思いもよらなかったよ、あんた……デキるヤツだったんじゃん!
 ――でもな! 勝つのはあーしだ! あたしたちなんだ!!
 あたしだっていっぱい背負ってきた! 抱え込んできた! そいつは何があったって下ろせない、下ろしちゃいけない!
 あたしは――あたしの絆で! あんたに………………勝つ!!!」

日頃のいかにもパリピといった口調をかなぐり捨てて、シェケナベイベは叫んだ。
絶対負けないと、盟友スタミナABURA丸に約束した。マルグリットの宿命と苦悩をその目で見てきた。
さっぴょんときなこもち大佐にだって、抱く思いはたくさんある。

マル様親衛隊は、ブレモン界にて最強。

それを、示す。

『イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!』

インギーがシャウトする。その腕の動きが一層早くなる。
ワントーン上がった演奏が、ヤマシタのスキャットを圧倒し始める。その身体をズズ、とほんの少し後ろに押し遣る。

――勝った。

シェケナベイベは口許を綻ばせた――が。
その瞬間、ブツン! という音を立て、ギターの残りの弦が弾けた。
先程、濃霧に紛れてのヤマシタの一撃をインギーはギターを盾にして防いだ。
その際、幾本かの弦が切断された。そのときは、フィールドにいる全員がそれだけで終わりだと思い込んでいたが――
本当は違った。ヤマシタの一撃によって、すでにギターはほぼ全壊状態になっていたのだ。
それに気付かず限界以上の性能を出しての演奏を敢行したがゆえ、ギターは今度こそ完全に崩壊した。
ギターがなくなってしまえば、インギーはもう音波攻撃を出すことが出来ない。

バギィンッ!!!!

『ギャボォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!???』

ヤマシタの『聖重撃(ディバイン・スマイト)』が、インギーの左頬に炸裂する。
インギーは光と闇の螺旋をまともに浴び、錐揉みしながら遥か後方にあるレプリケイトアニマの内壁に激突した。
強固な螺旋回天の内壁に、クレーター状の巨大な亀裂が入るほどの衝撃。

「イ……、イン、ギー……」

シェケナベイベは呆然とした表情で、がっくりと床に両膝をついた。
壁に磔になっていたインギーが、ずる……と床に倒れ伏す。
音と音の勝負、絆と絆の決戦は、明神に軍配が上がった。
……いや、果たしてそうだろうか?

「……まだ……、まだだ……!」

ギリ、とシェケナベイベが歯を食い縛る。
致命傷を負ったはずのインギーが、ゆらりとゾンビのように立ち上がる。……元々ゾンビだった。

「まだだ……、こんなところじゃ、終われやしないんだ……!
 あたしたちの絆は……強さは! こんなもんじゃない……こんな程度なんかじゃ、ないんだ……!
 あたしは……証明を……約束、を……守って……、アブラっち……」
 
シェケナベイベはうわごとのように呟く。
だが、誰がどう見ても決着はついている。シェケナベイベを支えているのは、まさしく絆の力だけだった。

「ギターがなくなっても……まだ、闘える……。
 スペルカード……『マグマのようにミキサーを操る男(ムラタ・ザ・マグマミキサー)』……プレイ……!」

満身創痍の震える手で、それでもシェケナベイベはスマホを手繰る。
明神と同じく、背負ってきたもの。捨てられなかったもの。
大切なものの想いに応えるために。

252崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 03:56:00
「受けられよ、エンバース殿!
 世界に平和と安寧を、民草に幸福と清適を!
 次なるが――我が終極の武技!」

『遺灰の男』と『聖灰の男』の戦いが、最終局面を迎える。
大きくスタンスを取ったマルグリットの全身から、恐るべき純度の闘気が間欠泉のように迸る。
だが――本当に警戒すべきなのはマルグリットの全身から噴き出る闘気、ではなく。
その足許に展開されている、白く輝く聖灰の煌きだった。

ざ、ざ、ざ。
ざざ、ざざざ、ざざざざ。
ざざざざざざざざざざざざざざざざざざざ――

聖灰がふたたび何かを形作ってゆく。それも一体ではない。
そして、出現するのはアニマガーディアンのようにマルグリットが打ち倒したモンスター、ではなく――
あたかも鏡像のような『聖灰の』マルグリットが、六体。
マルグリットは聖灰に自らの溢れ出る闘気を分け与え、自分自身を複製したのだ。
聖灰とは千変万化。戦況に応じて武具にも防具にもなる。
その中でマルグリットは最終の極技を放つ前段階として、おのれを増殖させたのだった。

「エンバース殿、貴公は強い……。
 ゆえにこそ、私もそんな強者たる貴公を打ち破るため、奥義を放ちましょう。
 貴公に最大の敬意を払い……『聖灰の』マルグリット、参る!!!」

ゴウッ!!!!

灰で造られた六人のマルグリットが、一気にエンバースへと突っかける。
その勢いは、まさに暴風。破壊の大嵐。
六人のマルグリットは、単にマルグリットの外見を似せただけのレプリカではない。
マルグリットの闘気、そしてその血を与えられた、まさしく第四階梯の忠実なコピー……なのだ。
六人に増えたマルグリットが、その超絶の武技をエンバースへと解き放つ。
ダインスレイヴの衝撃波が幾人かの複製を捉える。その胴体を薙ぎ払う。
しかし、それだけだ。複製は一瞬腹部を裂断されるも、その部位が灰化。
すぐさま肉体を再構成し、何事もなかったかのように迫ってくる。
奇しくもそれはエンバース自身が攻撃の回避のために用いた戦術であった。
そして――

「此れなるは秩序の大渦!
 聖なる灰よ、其の身で大義を知らしめよ――――! 『渦斬群朧拳(プレデター・オーバーキル)』!!!!」

ぎゅばっ!!!!

本体を含めた七体のマルグリットが、全天全地すべての空間から同時にエンバースへと襲い掛かる。
その拳は必殺。その脚は必倒。
アニマガーディアンを手もなく屠り去り、しもべとして使役したマルグリットの奥義。
ゲームには遂に実装されなかった、文字通りの奥の手。
それが、『渦斬群朧拳(プレデター・オーバーキル)』。
アルフヘイム最高戦力、十二階梯の継承者。その第四席に籍を置く者の全力だった。

「はあああああああああああああああああッ!!!」

一度や二度の灰化では、マルグリットの奥義を回避しきることはできないだろう。
フラウの援護があったとしても、同じこと。エンバースと同じく灰で構築された六体のマルグリットが、
執拗に攻撃を繰り出してくる。
灰のマルグリット達がエンバースの視界を遮る。意識を自分たちへと向けさせる。
本体のマルグリットが灰の自分自身を突き破ってエンバースの懐へ、至近距離へと迫る。
凝縮され臨界に達した闘気によって、聖灰の男の拳が眩く輝く。

ドゴゥッ!!!!

マルグリット渾身の双掌がエンバースの胸に炸裂する。闘気が爆発し、轟炎が灰と化したその身体をさらに灼き尽くす。
生身の存在であれば、胴体を吹き飛ばされて即死しているだろう。
エンバースを大きく弾き飛ばすと、マルグリットは構えを解いた。
同時に六人の分身たちもその容を喪い、元の灰へと還る。

253崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 04:00:37
「……ひとつお訊きしたい。
 エンバース殿……私は。この『聖灰の』マルグリットは、貴公から見て然程に弱いのでしょうか?」

エンバースを見遣りながら、マルグリットはそう質問を投げかけてきた。
今の奥義は確かに全力だったのだろうが、最後の最後。双掌での爆殺は、人体の急所を僅かに逸れていた。
マルグリットは敢えてとどめの一撃を微かに外すことで、エンバースに致命的なダメージを与えなかった。
対話をするために。エンバースに疑問に対する答えを告げさせるために。

「私は本気で闘いました。貴公に対して手加減はしませんでした、少なくとも最後のそれ以外は。
 さりながら――貴公はそうではなかった。
 貴公は。何故、私に対して手加減をしていたのです?
 私は、貴公が本気を出すにも値せぬほどの弱者と……そういうことなのですか」

美しく怜悧な面貌の眼差しを鋭くし、マルグリットはそう問うた。

「隠さずとも分かります。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とは、マスターとモンスターが力を合わせて戦うもの。
 マスターがモンスターに指示を出し、モンスターがそれに応えるもの。
 だというのに、貴公は私との戦いで一度としてモンスターを出そうとはしなかった。
 やっと出したとしても、腕二本。それは本気とは申せますまい」

右手の人差し指でスマホを指差す。
マルグリットはエンバースが『かつて『異邦の魔物使い(ブレイブ)』であった魔物』だということを知らない。
エンバースがモンスターを召喚しないのではなく、できないのだということを知らない。
だが、それを差し引いても、マルグリットがそう訝しむ理由はあった。

「貴公は戦闘中、幾度も上の空になっていた。注意が散漫になっていた。
 モンスターと対話していたのですか? それとももっと別の何かと――?
 何れにせよ、貴公はパートナーとの足並みが揃っていない。
 単騎でアニマガーディアンを狩れるほどの実力を持っていながら、貴公は何ゆえ然様な闘いをされるのか?
 私には、それがどうしても解せぬのです」

闘いとは実力の伯仲した者同士が互いの尊厳と信念、矜持――持てる総てを懸けて戦うもの。マルグリットはそう信じている。
だからこそゴブリンアーミーによる一方的な蹂躙を是としたロイ・フリントに口出しし、やるなら正々堂々とやれと言いもした。
それなのに『異邦の魔物使い(ブレイブ)』であるエンバースが実力を秘し、
手抜きにも見える闘いをしたのでは、興覚めというものだろう。
元より、マルグリットはマル様親衛隊が心酔するこの世界の英雄のひとり。
エンバースとフラウの間にある溝が埋まらない限り、打倒することはおぼつくまい。
その溝が、一朝一夕に埋まるものでないとしても――それでも。

軽く、マルグリットはエンバースから視線を外して戦場を見回した。

「きなこもち大佐殿やシェケナベイベ殿が羨ましい。
 彼女たちはよい闘いをしたようです……互いの力と技、今まで背負ってきたもの……それらを遺憾なくぶつける闘いを。
 私も、貴公とそのような闘いをしてみたかったが――
 それが叶わぬというのなら。此れにて終幕とさせて頂きましょう」

大きく両手を上下に広げ、マルグリットは再度構え直した。
今度こそ、とどめの一撃が来る。
そう思った――が。

「!」

突如、マルグリットの足許に数本の矢が突き立つ。マルグリットは素早く後退し、矢の飛来した方向を見た。

「何者……!?」

「オイオイ、何者たァご挨拶だな。折角、キングヒルくんだりから息せき切って駆けてきたってのに」

「……な……」

マルグリットは瞠目した。
レプリケイトアニマの核、紅く明滅するアニマコアの上に、いつの間にかひとりの男が佇んでいる。
修道士めいた黒いキャソックに、くたびれたインバネスコート。頭にはテンガロンハットをかぶった、三十代後半くらいの男だ。
男は持っていたクロスボウを腰の後ろに仕舞い、無精髭のまばらな顎を軽くひと撫ですると、小さく笑った。

「呼ばれて飛び出て何とやらってな。もう終わっちまってるかもと思ったが、どうやら滑り込みセーフってところかね?
 なんせ金貰っちまってるからな……ギャラの分は働かなくちゃいけねえ。
 信用第一の商売だ――わざと遅れて金だけ貰ったなんて悪評が立っちゃ、おまんまの食い上げってもんだ」

「……貴公は……いや、貴方様は……」

マルグリットはその姿を見たまま固まってしまっている。
にやり、と男は不敵な笑みを浮かべると、右手でテンガロンハットを押さえながらひらりとコアから飛び降りた。
そして不敵にもマルグリットの目の前を横切り、エンバースへと近付いてゆく。

「立てるかい兄さん。
 闘いに水を差しちまって悪いが、おたくの闘うべき相手は『聖灰』じゃねえ。
 おたくはダチ公を助けに行ってやんな」

そう言って右手を差し伸べる。その手には琥珀色の液体の入った小瓶が握られていた。
体力とダメージ全回復のポーションだ。飲めばマルグリット戦のダメージも回復するだろう。
エンバースに小瓶を渡すと、男はコートを翻して踵を返す。
漆黒のインバネスコートの背中に、大きな銀十字の刺繍がやけに目立った。

254崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/05(土) 04:05:00
「俺ぁおたくらの助っ人さ、『創世』の旦那に頼まれてな。聞いてないか?
 貰った金に見合った分だけ働くのが俺のポリシーだ、てことでな……ほら、行った行った!」

男はばしん! とエンバースの背を叩き、ジョンの方へと送り出した。
そんな男とエンバースの遣り取りに、きなこもち大佐との闘いを終えたなゆたが気付く。

「……あの人は……!」

「そら、スライム使いのお嬢ちゃん! それにネクロマンサーの兄さんにもだ!」
 
男はなゆたと明神へもアンダースローでポーションを放ってよこした。
それから、いまだに戦いを繰り広げているカザハとガザーヴァへ顔を向ける。

「さて」

ゆる、と男は軽やかな足取りでカザハたちの方向へと歩いてゆく。
ガーゴイルを弾き飛ばしたクィーンがいち早く男の足止めをすべく動く。その駒の底部からロケットのように炎が噴き出る。
クィーンの武器は無数の光の鞭だ。魔力で編まれた鞭が展開したボディから発生し、唸りをあげて男へと迫る。
その姿はモンスターの一種、ローパーのようだ。
が――男は慌てない。コートの内側から黒い革の鞭を取り出すと、クィーンに対抗するようにそれを振り上げた。

「女は生身が一番だ。ミスリル製の女なんざ、抱き枕にもなりゃしねえ」

びゅん! と鞭が空気を切り裂いてしなる。
驚くべきことに、男のたった一本の鞭は数で勝るクィーンの鞭を瞬く間にすべて縛り上げ、無力化してしまった。
クィーンは力任せに鞭を振りほどこうとしたが、男は力比べには応じなかった。あっさりと得物の鞭を手放してしまう。
代わりにコートから柄の伸縮する片手槍を取り出すと、男はそれまでの緩やかな歩調から一転、素早く身を屈めてクィーンに迫った。

「おねんねの時間ですぜ、女王陛下」

クィーンはすぐさま対処しようとしたが、得物の鞭はいまだに男の鞭に絡みついている。
男が恐るべき速度で放った槍の穂先が、クィーンの装甲の隙間に深々と突き刺さる。女王の駒は僅かに痙攣すると、
バチバチと躯体から火花を噴きながら停止した。
最強のミスリル騎士団、その一角がいともあっさりと轟沈した。その事実にミスリルメイデンが目を瞠る。

「なっ……、これはいったい……!?」

「図体ばかりでかくて、ウスノロだらけの騎士団だぜ。
 さ、話は聞いてたかい? おふたりさん。おたくらも早く仲間のところへ行ってやんな。
 『創世』の旦那が言ってたぜ、おたくらが力を合わせりゃ勝てねぇ敵はいねえってよ。
 このハリボテ騎士団は俺が受け持つ。……しっかりやんな」

「パパの援軍か……、助かった……!
 んなら遠慮なく頼らせてもらう! おいバカ、ジョンを助けに行くぞ!」

ガザーヴァは力任せに右足を捻じ込んで鍔迫り合いを解くと、ふらつきながらジョンの元へ足を向けた。
ミスリルメイデンにマルグリットが合流し、カケルと対峙していたルークらミスリル騎士団が標的を変更して男を包囲する。
しかし、男はまったく慌てない。それどころか右の口角に笑みを浮かべてさえいる。
そんな男に対し、マルグリットが口を開く。

「……賢兄」

「悪いな、『聖灰』。『黎明』に伝えといてくれや、今回俺は『創世』に付くってよ。
 『創世』の方が金払いがいいから仕方ねぇ。俺を雇いたきゃ、あと500万ルピは用立ててくれ、ってな」
 
「マル様、この男は……。やはり、そうなのですね。
 私にお任せを、我がミスリル騎士団を愚弄した罪、その命で購わせましょう」

ミスリルメイデンが一歩前に出る。
クィーンを一撃で葬られ、自軍をハリボテと愚弄されたことでかなり頭に血がのぼっているらしい。

「ミスリル騎士団ねぇ。ミズガルズじゃ通用したかもだが、このアルフヘイムじゃ通用せんぜ、お嬢さん?
 アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちが邪魔されることなく、
 心置きなく仲間同士の決着を付けられるようにする……そいつが今回の俺のお仕事だ。
 さ……かかってきな」

「その大口……すぐに後悔させてあげるわ!」

ミスリルメイデンが騎士団に指示を飛ばす。ナイトが馬上槍を構え、ルークが大砲の照準を合わせる。
対する男がコートから出したのは、ショーテルのように湾曲した小鎌。そして――テニスボール大の爆弾。
男は目深にかぶったテンガロンハットの奥で微かに目を細めると、

「きっちり仕事させてもらうぜ。
 ――この背に担う十字にかけて」

そう、小さく呟いた。


【ジョンvsフリント、なゆたvsきなこもち大佐、明神vsシェケナベイベ、エンバースvsマルグリット決着。
 バロールの雇った助っ人乱入。カザハvsさっぴょんに介入。
 ジョンvsなゆた&カザハ&明神&エンバース戦開始】

255ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/09/08(火) 22:17:30
>「……余裕、だな……。
 なまじ強くなったからと……驕るのは、敗北の一里塚……だ……。
 シェリーから……そう、教わらなかったのか……」

「………」

首を折って終わり。
誰の目にだってその結末は明らかだった。

漫画やアニメなら、ここから逆転する事はよくある事だ。
でも現実では、首を強烈な力で掴まれたら…意識を保つなんて事はできない。

>「……ジョン……。覚えているか……? 昔、三人で……家で、ホラー映画を観た……夜を……。
 映画の殺人鬼を……シェリーは、怖がって……途中から、観るのを……やめてしまったが……。
 お前は……最後まで、食い入るように……その、顛末を……見守って、いたっけ……」

「…オボエテナイ」

覚えてないなんて嘘だ。僕は記憶能力はそんなに悪くない…特に楽しかったあの時の記憶を忘れるなんて事は。

>「殺人鬼は……銃弾でも……炎でも、決して……死ななかった……。
 そんな、不死身の殺人鬼に……主人公たちは、どうやって……勝ったの、だった……かな……?
 懐かしい……な……!!!」

聞く耳を持った。一瞬でも思い出した。無意識に手の力が緩んだ。

その瞬間をロイは見逃さなかった。

「ナッ…」

ロイは、僕の首元にナイフを突き刺す事に成功した。

僕は即座にロイを投げ飛ばし、首元に刺さったナイフを抜く。

「ハア…ハア…」

ロイはナイフを突き刺す事に成功こそしたが…最後の力を振り絞ったのだろう…深く突き刺さる事はなかった。
蒸発するような音を立てて…首の傷は即座に修復された。その程度の力しかなかった。

だが落ち着くには十分な…もう少しで致命傷になりえる傷だった。

「これで終わりか?」

地面に叩きつけられたロイは…虚ろな目で僕を見る。
いくらポーションで回復したといっても…普通の人間ならもう既に死んでいてもおかしくないほどの出血をしていた。

「…これで終わりか?」

ロイはもう答える力もないのか…口をパクパク動かすだけ。

「わかった……なら、これで終わりだ」

僕は右手を振り上げて…その手を振り下ろすよりも先に…顔面から地面に激突した。

256ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/09/08(火) 22:17:48
-------------------------------------------

そこは真っ白な空間だった。どこまでも続く上下左右真っ白な空間。なにもない。真っ白というのも錯覚で実は何もないようにも見える。ただ一つと一人を除いて

「兄貴が…頑張ってくれたみたいね」

そんななにもない場所で一つだけ存在する彼女と大きな扉の前で…ただ一人立ち尽くしていた。

「シェリー…?」

僕の記憶にあるままの…5歳の時のシェリーがそこには居た。

「今までは嫌味を言うのが精いっぱいだったけど…やっとジョン…あんたと直接対決ができるよ。いや直接ってのは正確な表現じゃないかも?」

そう茶化す彼女は年相応に見える。これは夢か?幻影どころか幻覚を見るようになってしまったのか?
しかし彼女の手に握られたナイフと僕の熊の腕と鱗に覆われたこの体が、夢ではなく…かといって現実ではなく、とにかくやばい場所にいる事を自覚させてくれる。

「亡霊が…なんの用だ?どうして僕はここにいる?ここはどこだ?…僕はロイと戦っていたはずだ…まさか」

ここに来る前ロイが言った言葉を思い出す。映画。絶対無敵の殺人鬼に効いた物……覚えている。それは…鉄棒…じゃなく

「そ、あんたは兄貴に毒を盛られたのよ。血を操り、体を巡る血その物が劇薬のチート野郎のあんたでもショックで気絶するくらいの猛毒をね」

「気絶だと?馬鹿な…今の僕の体はそんな毒が中に入ってきたら全部の血を入れ替えてでも排出しようとするはずだ…できないわけがない!」

「兄貴もあなたと同じ力を持ってるの…忘れてない?兄貴はクソ呪いにも効く毒を選別してきたのよ。…自分の体を使って」

その話を聞いた僕は戦慄した。正気の沙汰じゃない。偶然同じ力を得たからと言って自分で実験するなんて。
恐らくこの毒以外の事も試したであろうことも…用意に想像がつく。

「偶然じゃないわ。兄貴が力を…同じ力を身に着けたのは偶然じゃない…全部あんたの為よ」

「僕の為…?」

「兄貴はね、あんたにちゃんとした罪と罰を与える為に…人を殺して…あんたと同じ呪いを受けたのよ」

ロイが人殺しに走ったのは僕のせい?僕の為に?

「あなたに子供の頃の話とは言え冷たい態度を取ってそのまま別れた事を…兄貴はずっと後悔していた」

街で起きた惨劇を思い出す。無実人がたくさん死んだあの事件。
ロイやシェリーが言う事が本当なら…この世界に来るまでに人を沢山殺しているだろう事…。

「まあ?ただの子供にどんな事情があろうとも自分の妹を殺した相手を許しなさいってのは当然無理な話よね。でも兄貴は大人になってからもそうは思わなかった
ずっとあの時優しく接してあげれなかったんだろうと、向き合えなかったのかと自分を責め続けた………そこまでは別によかったんだけどね…」

やっぱり…ロイが人殺しになったのは…僕のせいなんじゃないか…
なんでだ?僕の人生。どうして僕の思い描く最悪の方に進んでいくんだ?

そんな事…してほしいわけじゃなかったのに…

257ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/09/08(火) 22:18:07
「もういい、わかった。ありがとう…だからそこをどいてくれ、僕は戻らなきゃいけないんだ」

立ち上がり。扉に向かおうとする。

「ん〜…困るのよね、それじゃ…このまま兄貴を殺させるわけにはいかないの。
たしかに、兄貴は方向性を途中から見失って…許されない罪を重ねたけど…私個人としては当然死んでほしくないの、だから」

シェリーは僕と扉の間に割って入り。手に持っているナイフを僕に向ける。

「それで?僕を止めると?……君が例え本物だろうと幻覚だろうとなんだろうと…
 化け物になった僕は容赦なく殺すぞ…僕にもう恐れる物なんてなにもないからね」

僕の言葉を聞いたシェリーで大声で笑い転げる

「あはははははは!なにそれ!私しってるわ!それちゅうにびょう?って奴でしょ!まじでおなか痛い!」

「本気で邪魔できると思うのか?20年前ならいざしらず、君は5歳のままで、僕はもう26になる。体格差だって何倍も」

「ん〜…まあ?私は天才ですからね?この体だってそりゃ余裕ですとも?アンタ私の才能勝手に使っててそんな事も理解できないの?
本当は兄弟だけで決着をつけたかったけど…事の大きさはもう…私や兄貴が考えてた物より大きくなってしまった」

「それにね…彼女達…えーとなゆちゃんと〜明神さんと〜カザハさんと〜エンバースさん!
本当にいい人達よね…あの子達ならきっと貴方を助けてくれる。実際会った事はないけど、そんな気がするの
人を救うのは昔からそれはもう馬鹿がつくくらいのお人よしって決まってるでしょ?兄貴はともかく私に優しさなんてこれぽっちもないし?」

体が震えている。おびえているのか?ナイフを持っているだけの…目の前のたった5歳の少女に?

「だからって全部他人に任せるってわけにはいかない…あんたをそうさせた最低限の責任は取らなきゃ」

気づくと彼女の顔面が、僕の目の前にある。
なぜ?彼女と僕では身長差は3倍。いや4倍はあるはずなのになぜ僕は彼女と同じ目線に…

「彼女達の声を聞くなら……まずはあなたも全部をさらけ出さなきゃ。仮初の化け物じゃないあなたをさらけ出さなきゃね
本当の貴方で本当に伝えたい事を見せなきゃ、言わなきゃ…もし解決できたとしても…またこうゆう事が起きる」

足…足が…折れてる?いつの間にか両足があらぬ方向に曲がって…座り込むような体制になっていた。

「だからそうならないように…本当のあなたを…分からせてあげる。…徹底的に追い詰めてね」

そう言いながら彼女は僕の首にナイフを突き立てた。

「がっ・・・」

「目覚めなさいジョン。ブラッドラストにいいように使われるあなたはもう終わり。逆に利用して好き放題してやりなさい
どうしても貴方が勝てないというのなら…体にある呪いを…あなたを殺して、殺して、殺して…できる限り引きはがす」

僕は反撃しようと右手をシェリーに向かって振り回す。しかし掴まれ足で右腕を地面に叩きつけられてしまう。
シェリーは僕の首からナイフを引き抜き、右腕をナイフで切り落とし始めた。

「ガッ・・・ごほっごほ」

「化け物っていうのは…空想上の生き物でもなく、鱗に覆われた肉体を持つ者でもなく、熊の右腕を持っている者でもない」

シェリーは切断した右腕を適当に放り投げる。

「化け物の正体は…この世で最も恐ろしい化け物の正体は…人間その物なんだよ、ジョン。…あなたがそれを私にわからせてくれたの」

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258ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/09/08(火) 22:18:21

「グッ・・・グアアアアアアアアアアアアア!!!」

体が崩壊を始める。足はあらぬ方向に曲がり、首に穴が開き、右腕がちぎれ飛ぶ。
全身が裂かれ、鱗が一枚一枚剥がれ落ちていく。

再生よりも早く、崩壊が始まり、そしてまた再生され、再生した瞬間崩れ落ちていく。

「シェリー…シェリィイイイイイイイイイイ!!!」

おびただしいほどの血が流れていく。力が、力の根源が。僕の体から流れる。

時間にすればたった数分の出来事。
ジョンアデルの絶叫が響き渡り、血が流れ、ジョンアデルの血で水たまりができるまでたった数分。

耳が壊れる程の絶叫を数分続けた後…その絶叫を終えたジョンアデルの姿は…

「ぁ…あぁ…僕の右腕が…鱗が…無くなってる…」

五体満足の普通の人間の腕と脚。普通の肌。体の底からさっきよりもはっきりと感じられないブラッドラストの力。
血の池にも見える血だまりの上にいなければ…ただガタイがいいだけの一人の人間に見える。

「嘘だ…こんな事あっていいわけがない…だって僕は怪物で…化け物で…それで…」

僕は化け物でいなくちゃいけないんだ。みんなが望んだ僕にならなきゃいけないのに。
どれだけ力を込めようとも、熊の腕はおろか、鱗すら出現する気配もない

「これじゃあ…普通の人間じゃないか・・・!」

足音が聞こえる。誰かがくる。誰か?そんなの分ってる。

「…みんな」

普通なら血だまりに座り込んでる男相手に逃げるか、遠距離から攻撃するか…どっちかするだろうに…
近づいてくる。ゆっくりとだが…確実に…

「みんな…なんで僕に構うんだ?…さっさと事を済ませて僕なんか無視すればいいだろう」

なんていう無意味な質問。こんな事を聞いても帰ってくる言葉なんてわかりきっている。
なゆ達がお人よしなのは誰でもない僕自身が…王城でのなゆ達の戦いを見て…僕は知っている。

でもあの時の仲間割れとは話が違う。僕は本物の殺人鬼で、忌み嫌われて当然の人種なのだ。…それでも

助けてくれ。

そう口に出せばきっと…みんな本当の笑顔で手を差し伸べてくれるに違いない…

「いい迷惑なんだよ…さっさと消えてくれ。僕はもう…疲れたんだ」

259ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/09/08(火) 22:18:35
「そこをどいてくれ…僕はロイにトドメを刺さなければいけないんだ
ロイを殺して僕も死ぬ。邪魔さえしなければ君達にこれ以上迷惑はかけない…約束する。だからそこをどいてくれ」

一歩、一歩よろめきながらも血だまりの中をゆっくりと歩いていく。

「本当に疲れたんだ…僕のせいで誰かが不幸になるのは…僕が生きている限り…まただれかの人生がおかしくなる。
ブラッドラスト?呪い?違う…僕自身が…ジョン・アデルという人間が、化け物が生きている限り絶対に不幸になる…これ以上関われば君達にだって……」

「だから…僕に…理性がある内に死なせてくれ……お願いだ」

本当は戦いたい。殺し合いたい。僕の心の半分は僕の殺人衝動・破滅衝動からくる衝動が支配していた。
あの日みたみんなの全力を受けられる。殺せる。殺してもらえる。

「それとも君達が僕を殺してくれるのか?」

自分で死ぬよりもよっぽどいい死に方ができるのではないか。その考えが頭を過る。期待している。
返答をわかった上で、僕はこの質問を全員に投げかけ…思った通りの返答を得、そして心の中でほくそ笑む

「わかった。もう聞かない…君達を殺して、ロイも殺して、僕も死ぬ」

シェリーとのあの出来事が本物だとして…僕のブラッドラストの力が削られようとも…目の前の殺人を実行できないほどではない。
超人的なパワーもスピードも…元から僕には備わっているのだだから

「そうだ…そうだったんだよ…シェリーの言う通りだ…化け物でいる事に熊の腕も、鱗も…いらなかったんだ…」

スプラッターホラー映画に出てくる怪物は…大抵が頭のネジが外れた人間が多い。
もちろん若干ファンタジー要素が含まれる作品もある。でも根本は人間の欲だったり…恨みだったりをわかりやすくする要素に過ぎない。

「ニャ…ニャー!」
「…部長…君は本当にいい子だね…うん…本当にいい子だ」

僕は怯え、ダメージを受けながらも近寄ってきた部長を…

「僕の最後の一押しを手伝ってくれるなんて」

思いっきり蹴り飛ばした。

それと同時に足元の血が舞い上がり、まるで自分の意志があるかのようにジョンの周りを回り始める。

「ありがとう…いままでこんなクソみたいな主人に仕えてくれて…そして…さようなら」

僕は周りで浮遊している血を掴み、形を整えていく。

「やっぱり一番メジャーで…分かりやすい形がいいな…」

260ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/09/08(火) 22:18:58
捏ねる。整える。装着する。
同じ要領で武器も、自分の血で作る。

「うん…これで怪物に…化け物っぽくなった」

顔には血で作られたアイスホッケーマスク。
手には同じく血で作られた真っ赤な斧。

「ブラッドラストがあるからジョン・アデルは化け物なんじゃない…ジョン・アデルが化け物だからこそ…ブラッドラストという力を持っているんだ」

世の中には…映画を模擬した殺人犯は数多くいる。
スプラッターホラーの有名所ともなれば、さらに多くの模擬犯がでた。
その中ではまるで映画からでてきた怪物のようだったと評される殺人鬼も少なくない。

「僕は…ジョンアデルは!命の奪い合いが大好きだ!奪うのも!奪われるのも!心の底から愛している!」

だが映画のような超能力に限りなく近い力を使う模擬犯は過去に一人としていなかっただろう。
超人的なパワーも血操る魔法のような力も、現実ではありえない。

だが、もし…本当に現実にその両方を行使できる人間がいるとするならば…それは



ーーブラッドラストにいいように使われるあなたはもう終わり。逆に利用して好き放題してやりなさいーー
シェリーの言葉が脳裏を過る



「フッー…フッー…」

元がなんであろうと…化け物に違いない。

「一つ忠告しよう…僕の血には一切触らないほうがいい…さっきロイに毒を流されしまってね。
元々僕の血は耐性がない生物には毒だったろうけど…いまや触るだけで大変な事になるよ。口や傷口に入ろう物なら…たとえモンスターでもただじゃすまないだろう」

怪物は毒で倒されるが…追われる獲物は必ず殺人鬼に殺されなくてはいけない。
毒で怪物が知らぬ所で死ぬなんて映画やコミックでは絶対に許されない。

「それを踏まえて…逃げろ…逃げまどえ獲物共」

舞い上がった血は集まり複数の形を成す。
ドゥーム・リザードの形に。ヒュドラの形に。巨大な熊の形に。ゴブリンの形に。
軍隊にも匹敵するほどの数が生まれ、ジョン・アデルの真っ赤な血で作られたそれらは…目的を吟味するような動きを見せると…獲物に向かって突撃した。

理性などなく、敵に向かって突進を繰り返すだけ。一見単純で、簡単に回避できそうな攻撃方法。
ドゥーム・リザードや熊は素早く敵を追跡し、ゴブリンは的にしては小さく、ヒュドラは巨体に似合った耐久力で相手に確実に接近する
何より…倒しても血はすぐに集まり再形成。そして物量で懐へ飛び込んでいく。

そして目標を射程に捉えた人形達は

ドン!

爆発するような音が鳴り、死の血の人形は勢いよく破裂する。
飛び散った血の勢いそのものが銃の威力にも引けを取らない威力を誇り、なによりもに触るだけで命を削る死の血の散弾がまき散らされる。

しかし、本命は人形達ではなかった。

261ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/09/08(火) 22:19:24
殺人鬼は、血の対応に追われた獲物の隙を突き。目にも止まらぬ速さで獲物の背後に回る。

「キ・キ・キ」

化け物である殺人鬼は決して走ったりはしない…それは決して力を過信しているからだけではない。
獲物に最大限の恐怖を与える為、殺されるという恐怖を植え付ける為にすぎない。

だがそれはだれかが見ている時限定の話だ。
当然獲物を捕まえる為に歩きだけじゃ捉えられない。そんな時に映画でよく使われる方法。

「まずはカザハ…君からだ。無条件で空に飛べるなんて…獲物としてふさわしくない」

姿一旦消し、背後から強襲する事。それは獲物にさっきまでゆったりと歩いていたのにいつの間にか背後にいた。
そんな恐怖と衝撃を与え…決して怪物が走れない弱者ではなく…ただ遊んでただけなのだと自覚させる最適な方法。

「飛んで逃げるか?それとも普通に避けるのか?それとも受け止めてみるか?死に方くらいは選ばせてやる」

実際は飛んでいようと、地上にいようと関係ない。
飛ばないなら手に持ってる斧を振り下ろせばいいし、飛んでも斧を投げればいいだけなのだから。

ホラー映画にでてくる怪物の恐ろしさは…必要な時に瞬間移動のように移動する素早さ。
不死身のようにあらゆる攻撃を真正面から受け止め平然と耐える耐久力
そして獲物と自分の間になにがあろうと必ず刃を届かせる勢い。力。

「死ね!」

斧は獲物に…カザハに向かって確実に向かっていった。

【部長を思いっきり蹴り飛ばし、壁に叩きつける】
【毒+妹の影響でブラッドラスト弱体化、自動回復機能停止】
【代わりに自分の欲を受け入れ殺人鬼モード突入。基礎身体能力大幅向上】
【猛毒入りの血で作った近寄ると爆発する人形をばら撒き攻撃、カザハに強襲】

262カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:14:30
>「あなたたち、チェスはご存じないかしら? 知らないわよね、シルヴェストルだもの。
 それなら教えてあげるわ……チェスの駒は六種類、今まで盤上にいたのは五種類。
 だったら……最後の駒はどこにいたのかしらね?
 当然の話、最後の駒は私自身。私こそが、このミスリル騎士団の『王者(キング)』――!」

「あはははは……なんだよ……最初から勝ち目なんて無かったんじゃん……」

笑っている場合ではないけど笑うしかないというやつだ。
モンスター同士で戦っても話にならないなら、本体さえどうにかすれば――という唯一の希望に縋って戦ったのに。
さっぴょんの言ったとおり、問答無用の負けイベント。対戦カードが決まった瞬間から勝負はついていたのだ。

>「私たちが仲間を切り捨てたと言ったわね。
 あなたたちに何が分かるのかしら? 私たちの何を……?
 ええ、ええ、確かに私たちはスタちゃんを置き去りにしてきました。それは紛れもない事実よ。
 けれど、あなたたちは今まで、それを一度もしてこなかったと言えるのかしら?」

「え、急に何……?」

>「私たちがこの世界に召喚されて、それなりの時間が経ったわ。
 現在生き残っているということは、あなたたちも短からぬ旅をしてきたのでしょう。
 その道程の中で――ただの一度も別れはなかったと?」

「一緒にするな! スマホぶっこわして荒野に放り出したりしてないわ!」

>「あなたたちに、私の大切な仲間の何が分かるというの?
 あなたたち風情が、どうやって私に思い知らせるというの?
 いいでしょう。やってご覧なさい――思い知らせて、みせればいい!!!」

実際には荒野に放り出してはいなかったのだが、悪の組織的なノリで離反者を始末したと思い込んでいるこの時の私達には、そんな事は知る由もなかった。

「”大切な仲間”……? どういう意味!? もしかして安全な場所に置いてきたとか?
よく分かんないけど許してぇええええええええええええ!?」

そうだとしたら、わざわざスマホを破壊したのはいろんな勢力に狙われないため……?
今はそんなことを考えている場合ではなく、カザハは一人で汚い高音選手権をしながらも生き残る算段を考えていた。(※勝つ算段ではないのがポイント)

(三十六計逃げるにしかず! 瞬間移動《ブリンク》がまだ一枚残ってる……
とどめが来る瞬間にそっちの背中に移動するから一目散に逃げるんだ!)

駄目人間っぽさ半端ない! かといって他に良い代替案があるわけでもなく、合理的な決断といえる。
逃げられるかどうかも分からないけど、戦って勝つよりは断然可能性がある。
ここにいても役に立たないどころか足手まといになるだけで、死ねばそれこそ迷惑だ。

(そして“戦闘の混乱の最中にどさくさに紛れていなくなった枠”でそのまま実家に帰らせていただきます!)

《黒歴史が拡散されますよ!?》

(そうだ! 親衛隊みたいにスマホを破壊すればいいんだ! どうして今まで気付かなかったんだろう!)

これはアカン! めっちゃいい方法に気付いたみたいな気分になっとる!

263カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:16:27
《ジョン君どうするんですか!? ……あ》

ジョン君はいつの間にか、あれ程暴れていたのが嘘みたいに地面に倒れ伏していた。

(もうボク達に出来ることは何もないよ……あとはなゆ達に任せよう)

満更間違ってもいない。本当は私だって分かっている。
こんなランカーやレイド級揃いのパーティに紛れ込んでしまっている事自体が圧倒的な場違いだということを。
見る限りではジョン君の生死は分からないが、良い方に解釈すれば、ロイとの戦いでひとまず落ち着いて気を失っているのだろう。
悪い方に解釈すると……それこそもう出来ることは何もない。

>「あなたがた風情に奥の手を見せることになってしまったけれど、まあいいわ。
 奥の手なんて、また考えればいいだけだもの。
 さあ……この『魔銀の王騎(ミスリルメイデン)』の力を存分に味わうといいわ。
 そして――私に大きな口を叩き、親衛隊の結束を侮辱した報いを受けなさいな!!」
>「……来なさい。『聖剣王(エクスカリバー)』」

「い―や―――――!! 来―な―い―で―――――!!」

カザハは腰を抜かして叫んでいる。
これは普通に素なのか密かに逃げる算段を巡らせていると思わせないための演技なのか……多分両方ですね。
この世界に来た直後に、ミドガルズオルムの攻撃も瞬間移動《ブリンク》で回避に成功している。
タイミングを見誤らなければ一撃はほぼ確実に回避できるだろうが……できるのかな……。

>「させるかよ!」

「どうして……?」

自分を守るために割って入ったガザーヴァを見て、意外そうな顔をするカザハ。
カザハはガザーヴァにとっては邪魔な存在で、放っておけば合法的に亡き者になる格好の機会だった。
否――それ以前にもしそんな事情がなくても、助けに来られなくても当然な状況だ。
仮にあのままカザハが死んでいても、誰もガザーヴァを責めたりしないし実際何の責任もない。

>「フ。いいのかしら? こんなことをして。
 ナイトとビショップを倒したわけではないのでしょう?」

>「うっせー! そんなの知ったことかよ!
 こんなヤツ、守る義理なんてないけど! なんなら死んだって構わないって、むしろ死ねって思ってるけど!
 でもな……それでも! ここでテメーに殺らせるワケにはいかないんだ!」

「そんな事したって何も出ないよ!? ボクが期待外れだってもう分かったでしょ!」

(そっちに行くからそいつから距離をとって!
早くここからいなくならなきゃ……それがボク達に出来る唯一のことだよ……)

264カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:17:56
今なら逃げられそうな隙があるのは、本体自ら戦い始めた影響でルークへの指令が若干手薄になっているからだろうか。
その一方、ナイトとビショップがガザーヴァの方に迫り、カザハが懇願するように叫ぶが、ガザーヴァは一歩も引かない。

「危ないからもうやめて! 大人しく殺られるつもりはないから……心配しなくても迷惑かけないから!」

>「コイツは! 仲間だから! ……ウチのパーティーの一員だから!
 見捨てちゃダメなんだ、一緒にいなくちゃいけないんだ!
 ボクは……正義の味方になる! だから……絶対に! ここで、コイツを見捨てたりなんてしない!」

いたら役に立つかもしれないからでも、死なれたら迷惑だからでもなく。
仲間だからという殆ど理由になっていないような、だからこそ揺らぎようのない理由。
それを聞いたカザハは、心底困惑したように、胸を押さえて苦しそうに叫ぶ。

「やめろよ! こんな役立たずを守って何の意味があるんだよ!」

>「世迷言を! ならばここで死になさい、幻魔将軍!」

ナイトとビショップの攻撃を一身に受けるガザーヴァを見て、カザハは……

「何だよそれ……何で君まで明神さんみたいなこと言うのさ……
あ、ヤバイ。ガチで心筋梗塞で死ぬかも……」

《ふざけてる場合ですか! ……ってえぇ!?》

そのまま気を失った。……マジで!? どうすんのこれ!? 
私、指令を出してもらわないとスキルも何も使えないんですけど!?

265??? ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:19:59
何の変哲もない一般人、あるいはどこにでもいる普通のモンスター、俗に言うところのモブこそが、カザハの元々の願いだった。
四大の精霊王の一角――風精王。
人間から見ると無いに等しい位の極めて稀に代替わりがあるらしいが、
《レクス・テンペスト》と呼ばれる王者の資質を持つ特殊なシルヴェストルだけが後継者になれるらしい。
カザハは、その資質を持って生まれながら、王になることを特に望まなかったため、
力を隠してただの平凡なシルヴェストルとして平穏な生活を送っていた。
でも風渡る始原の草原が人間に攻め込まれた時代があって、その時に人間の軍勢を退けるために力を使ったからバレてしまったんだって。
以後周囲には常にその力を利用しようとする者達が群がってきて、平穏な生活は送れなくなり、それは浸食が始まって世情が不安定になると、更に顕著になった。
“嵐の帝王”という名の通り、素質を持つ者の中には好戦的な気性を持つ者も多く、
次期風精王の地位を狙う候補者に襲撃されたことも、一度や二度ではないそうだ。

「キミのパートナーモンスターになったのはね……本当は自分の境遇から逃れるためだったんだ」

「私も白状するとお前を捕まえたのはレア度が高いし使えるからだったのさ――お相子だね」

「世界を救ったらキミの世界に一緒に連れて帰ってほしいな……。
何の変哲も力もない一般人として……平和に暮らしたい……。
…… 一般人どころか能力値は平均値より低いぐらいで丁度いいな。
あ、でも何の取り柄もなくなったボクなんていらないか!
愛してくれなくて、全然いいからさ……。ううん、むしろ愛してくれたらいけない」

何の取り柄もなければ、力を利用しようとする者が群がってくることもなく、自分を守ろうとした者が傷つくこともなく、平穏な生活を送れる。
特別な存在として愛されなければ執着されなくて気楽だし、死んでも誰も悲しませなくて済む。
カザハはそう考えたんだね。
そして気付いたら、カザハとカケルは私の子どもとして戸籍に入っていた。見事に何の取り柄もない一般人として。
いつの時点からそうなったのかは分からないけど、気付けばそうなっていた。
お前ら私より年上じゃん!とツッコんだら負けなやつだ。
だけど、私は過ちを犯した。何の利用価値も無いはずのカザハを、何故だか愛してしまったんだ――
きっと、その結果がこれだ。私が執着したせいで、カザハはこの世界に戻ってきてしまった。
全てを忘れたまま地球にいれば、過酷な戦いに巻き込まれるよりは多少つまらなかろうがずっとマシな人生を送れたのに。
ううん、これは本当に愛なのだろうか。
自分に出来なかったことを代わりにやり遂げてくれることを望むのは、やっぱりまた利用しようとしているだけなのかもしれない。

266カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:23:05
「ここは……」

そこは、風渡る草原だった。目の前で巨大な風車が回っている。
“始原の風車”――風渡る始原の草原の中枢、幾重にも張られた結界の中に存在するという。
普通の風車は風の力で回るけど、これは逆。
誰が作ったのか分からないけど太古の昔からそこにあり、
どういう原理で回ってるのか分からないけど世界中の風を生み出してるんだって。
その上に、虹色に輝く妖精の翅を持つ少女が腰かけている。
ボクと同じ、新緑のような色の髪とエメラルドグリーンの瞳。誰だかすぐに分かった。

「”一巡目”……」

少女は翼をはためかせ、ボクの目の前に降り立つ。

「あなたがここに来たということは、暗示が解けてしまったようね。強い力を望んでしまったのかしら?
……やっぱり私が出るしかないようね――
あなたには自由に生きて欲しかったけど……どう足掻いてもこの力からは逃れられないのね」

“一巡目”は、左手の甲に埋まったエメラルドのような宝石を示した。
王者の素質”レクス・テンペスト”をその身に宿す者は、体のどこかにこの宝石のような器官を持つ。

「なんだそりゃ、ボクにしてはえらくスカした口調だな」

「こっちが元々よ。マスターの前では違う自分になりたくてあなたの振りをしていたの。
あなたは云わば私が生きてみたかった仮初の人格……」

そうだった――
役立たずで、無能で、何の力も持たない一般人の人生は、他でもないボク自身が望んだものだった。
でも、それももう終わりだ。終わってしまう。
しかも、今度は1巡目と違って、望まぬ力に翻弄される被害者であることも許されない。

「入るパーティを間違えたのが運の尽きだったわね。明らかに付いてこれない者は置いていくのが優しさだと思わない?」

「……そう思うよ。これじゃあ何のために力を捨てたのか分からない。
ボクのままじゃみんなに付いていけないみたいだから……お願いします」

「分かったわ。全てが終わるまで――あなたはそこで待ってなさい」

267カザハ ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:24:24
「……と言いたいところだけど! その美少女の姿じゃあもろガザーヴァの2Pバージョンだし!」

「そこ!?」

「それに……アイツらが引き留めたのは君であって君じゃない気がする。だから……」

“一緒に来て”そう言おうとしたときだった。“一巡目”は左手の甲をボクの左手の甲に重ねた。
眩い光と共に力が乗り移り、宝石はボクの手の甲に移っていた。

「分かってる。これが欲しかったんでしょ? いいの。最初からそのつもりだったわ。
……行って! 今度こそ世界を救って!」

ボクは“一巡目”の腕を掴んだ。

「行って!じゃない! 一緒に行くんだ!」

「どうして? 私は救えなかった一巡目、失敗した周回の象徴――。その力さえあれば用済みのはずよ」

――き、君の相手はモンデンキント先生でしょ!? なんでウチなんかにこだわってんのよ!

――アイツがあのパーティでやっていくなら……ボクはいない方がいい。

ああ、一見雰囲気は違っていても、こいつはボクだ。
だったら意外と捻くれてるから、「君はボクだから」なんていうよく分からない曖昧な理由じゃ納得してくれない。

「だって……失敗は成功の元って言うし連れて行っとけばどこで役に立つか分からないじゃん。
ごめんね、アイツらと違ってエモい理由じゃなくて。地球で魂が穢れてずるくなったんだ。がっかりした?」

「ううん……合理的な理由で安心した」

ボクは”一巡目”の手を引いて、光に向かって走った。

268カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:25:52
「しっかりしなカケル! ブラストアタック!」

突然目を覚ましたカザハの指示を受け、私が何も出来ないと思って油断していたルークに突風を纏う体当たりをぶつける。
運よくクリティカルヒットしたのか、ルークはすっ飛んで行ってナイトに激突した。
気絶したように見せかけて隙を誘ったんですか!?
いや、あれはカザハじゃない――! 佇まいというか貫禄というかが全然違う。
多分、カザハの体に何者かが憑依したような状態。そういえばカザハのスマホに何か憑依してましたね……。

「ソニックウェーブ!」

いい感じに敵の布陣がばらけたところで、衝撃波の範囲攻撃。
誰だこの人は。いや、私はこの人を知っている。

《あなたは……。カザハはどうしたんですか!?》

「心配しなくてもじきに戻ってくる。カケル、カザハをしっかり守るんだよ。
その代わりカザハがそれが出来るだけの力をくれるさ」

憑依しているということはモンスター名で言うと”スペクター”か――
いわゆる幽霊みたなやつ。この世に未練を残して死んだ人間がモンスター化したもの。
薄々そんな気はしていましたがやっぱり野垂れ死んだ有象無象の中の一人に入ってしまっていたんですね……

「野垂れ死ぬよりはちょっと有象無象っぽくない死に方したんだけどまあいいや」

《ということは私の先代マスターも……》

「ニヴルヘイムの手に落ちちゃって後は知らない! ごめん!」

《ファッ!?》

そんなテヘペロ☆みたいな感じで言われても! それって十中八九死んでるじゃないですか!

「さぁさぁ、頑張るよ! 持ちこたえとけばみんなが先に勝負をつけて助けにきてくれるからね!」

《あっ、そういう作戦……!?》

実際にはそれを待つ必要もなく、ダサカッコイイコートのおじ……お兄さんの乱入によって事態は大きく動いた。

269カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:27:29
>「なっ……、これはいったい……!?」

「援軍ってマジだったんだ……!」

カザハはいつの間にか元に戻っていた。
さっきまでと違うところが一つだけあるとすれば……左手の甲にエメラルド色の宝石のようなものが出現している。
左手の甲って……邪気眼ですか!?

>「図体ばかりでかくて、ウスノロだらけの騎士団だぜ。
 さ、話は聞いてたかい? おふたりさん。おたくらも早く仲間のところへ行ってやんな。
 『創世』の旦那が言ってたぜ、おたくらが力を合わせりゃ勝てねぇ敵はいねえってよ。
 このハリボテ騎士団は俺が受け持つ。……しっかりやんな」

「ありがとう! 負けイベントのお助けキャラって実在したんだね……!」

負けイベント言うなし!

>「パパの援軍か……、助かった……!
 んなら遠慮なく頼らせてもらう! おいバカ、ジョンを助けに行くぞ!」

>「悪いな、『聖灰』。『黎明』に伝えといてくれや、今回俺は『創世』に付くってよ。
 『創世』の方が金払いがいいから仕方ねぇ。俺を雇いたきゃ、あと500万ルピは用立ててくれ、ってな」
>「マル様、この男は……。やはり、そうなのですね。
 私にお任せを、我がミスリル騎士団を愚弄した罪、その命で購わせましょう」

マルグリット&ミスリル騎士団VS十字架コートお兄さんの戦いが始まるのを後目に、私達はジョン君の方へ向かう。

私達が行った時にはジョン君は、見る限りでは普通の人間に戻っていた。
一時は物凄い絶叫をあげていてどうなる事かと思ったが――
どういう経緯かは分からないが、もう私達の出る幕がないのなら、それが一番いい。

>「嘘だ…こんな事あっていいわけがない…だって僕は怪物で…化け物で…それで…」
>「これじゃあ…普通の人間じゃないか・・・!」

「ジョン君! 元に戻ったの……!?」

>「…みんな」

皆が安堵と少しの警戒の入り混じったような様子で近づいていく。
当然だ。先ほどまで見るからに化け物になって暴れていたジョン君が、少なくとも見た目は元通りになって落ち着いているのだから。

「早くヴィゾフニールに乗ってエーデルグーデに行こう!」

>「みんな…なんで僕に構うんだ?…さっさと事を済ませて僕なんか無視すればいいだろう」
>「いい迷惑なんだよ…さっさと消えてくれ。僕はもう…疲れたんだ」

カザハは、尚もロイに追撃せんとするジョン君の前に立つ。

「大丈夫だよ。もうヘロヘロじゃん、今更何も出来ないって!」

270カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:29:41
>「そこをどいてくれ…僕はロイにトドメを刺さなければいけないんだ
ロイを殺して僕も死ぬ。邪魔さえしなければ君達にこれ以上迷惑はかけない…約束する。だからそこをどいてくれ」

「ジョン君……少し休もう。色々あって混乱してるんだよ」

>「本当に疲れたんだ…僕のせいで誰かが不幸になるのは…僕が生きている限り…まただれかの人生がおかしくなる。
ブラッドラスト?呪い?違う…僕自身が…ジョン・アデルという人間が、化け物が生きている限り絶対に不幸になる…これ以上関われば君達にだって……」
>「だから…僕に…理性がある内に死なせてくれ……お願いだ」

明らかにまだ様子がおかしい。
……確かに見た目は普通の人間に戻ったが、果たして本当に事態が改善されたのか、怪しくなってきた。
本当にヤバい化け物は普通の人間の姿をしている説もありますもんね……。

>「それとも君達が僕を殺してくれるのか?」

「いい加減にして! それって嘱託殺人じゃん。君はずっとそれで苦しんできたんでしょ?」

>「わかった。もう聞かない…君達を殺して、ロイも殺して、僕も死ぬ」
>「そうだ…そうだったんだよ…シェリーの言う通りだ…化け物でいる事に熊の腕も、鱗も…いらなかったんだ…」

……これはアカン、やっぱり何一つ事態は好転していない!
ジョン君は駆け寄ってきた部長を蹴り飛ばすと、血を操って防具や武器を作り始めた。

>「うん…これで怪物に…化け物っぽくなった」
>「ブラッドラストがあるからジョン・アデルは化け物なんじゃない…ジョン・アデルが化け物だからこそ…ブラッドラストという力を持っているんだ」
>「僕は…ジョンアデルは!命の奪い合いが大好きだ!奪うのも!奪われるのも!心の底から愛している!」

「君は……化け物だから望んでブラッドラストを手に入れたんだね。
じゃあ……一度は捨てたこの力を望んで取り戻してしまったボクも化け物なのかな……。
……でもボクは、命に限らず奪い合いは嫌いだ」

カザハの左手の甲の宝石が輝く。背に虹色の翅が現れ、その体がふわりと少し宙に浮かぶ。
そういえば1巡目のカザハ、こんな感じだったかも。
もしかしてさっきの、負けイベント→覚醒 の黄金パターンだったんですか!?

>「一つ忠告しよう…僕の血には一切触らないほうがいい…さっきロイに毒を流されしまってね。
元々僕の血は耐性がない生物には毒だったろうけど…いまや触るだけで大変な事になるよ。口や傷口に入ろう物なら…たとえモンスターでもただじゃすまないだろう」
>「それを踏まえて…逃げろ…逃げまどえ獲物共」

血が様々なモンスターの形となって、襲い掛かってくる。

271カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:33:13
「響き合う星辰の調べ《アストラル・ユニゾン》!」

カザハが左手を掲げると、風が吹き抜け、パーティ全員を風属性のエフェクトである緑の光が包み込む。
王者の資質を持つ者は、それぞれ特殊な固有スキルを持っているとか。これがカザハのそれですね。
魔的な風でアストラル体を共鳴させて力を増幅するとかなんとかいう原理らしいけどよく分かりません。
平たく言えば全体バフなんですが、これの最大の特徴は、メンバーの数が多いほど、
メンバーの中に強い者がいるほど、強力になること。
まさに数の暴力を体現する、考えようによっては、見るからに分かりやすい暴力的なスキルよりもずっと危険な力。
これが1巡目で私達が強敵と渡り合えて来た理由。
……カザハのマスター、コレクタータイプでやたらたくさんモンスター持ってたんですよね。
これは弱い側ほど補正値が大きくなるらしく、
その上カザハのパートナーモンスターである私にはMAXで効き、一時的にレベルが爆上がりした。

「カケル! トランスフォーム!」

トランスフォームって何だ!?と思う間もなく、眩い光が私の体を包み込む。
一瞬後……私は久々に人型になっていました。
頭にはふわふわの馬耳、額に小さめの角、腰にはふさふさの尻尾。背には天使のような翼。
手にはユニサスの角をモチーフにしたような剣。足には、馬の蹄を彷彿とさせる、蹴ったら痛そうなブーツ。
馬の時のたてがみと同じ色の太陽のようなセミロングの金髪に、聖騎士みたいな服装の……

「すごい、美少女になった……!」

――美少女らしいです。これは高レベルのユニサスに存在する、擬人化形態。
まあ、姉(少年)と弟(美少女)でバランスが取れたんじゃないでしょうか。
ブレモンはシステム上モンスターに性別が設定されていないため、こんな適当な事になっているのでしょう。
カザハは「自動戦闘モード」を設定し、私は自由に動けるようになった。
俗に言うAI戦闘。人語を操る程知能が高いモンスターに対して限定で実装されている機能。
裏を返せば普段はシステム上人間並みの知能があるとはみなされていないということですね……。
馬だからね、仕方ないね。
カザハは、明神さんに強化魔法をかけました。

「――エコーズオブワーズ」

効果としては普通に対象が使う魔法を強化するスキルなんですが、
一応風属性らしく、フレーバーテキストによると”言霊にエコーをかける”そうです。
つまり……レスバトルにも効果が期待できるということ。

「あの分からず屋にガツンと言ってやって! ボクとカケルで君まで繋ぐ!」

カザハを守るように前に立った私は、襲い掛かってきたヒュドラの首を斬り飛ばす。

「真空斬――!」

その瞬間、血のヒュドラはけたたましい爆発音を立てて破裂した。
避けきれなかった血しぶきを翼でガードするが、血が付着した部分が煙を立てて溶ける。
ユニサスはユニコーンペガサスの略。
このレベルになると元々の風属性に聖属性が追加され、ユニコーン由来の浄化の力を持つのでこの程度で済んでいるが……。
生身の人間にかかろうものなら一大事だ。

272カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:40:42
「それなら……サフォケーション!」

効果範囲内の人形が蒸発するように消え失せる。――正確には蒸発ではなく沸騰だ。
これは本来、真空状態を作り出して主に敵を窒息させる用途で使われる攻撃スキル。
血の大部分は水分であり、水は真空状態では常温でも沸騰する性質を応用しているのです。
この調子でひとまず血の人形を片付けていけば……。

>「まずはカザハ…君からだ。無条件で空に飛べるなんて…獲物としてふさわしくない」

「しまった……!」

前に立って守っていたつもりが、カザハがいつの間にか背後を取られている。
私としたことがしっかり守るように言われたばかりなのにこれじゃあ怒られてしまう!
血の人形に気を取られていたのが、相手の思う壺だった。
そりゃそうだ。こんな凶悪な全体バフ持ってる奴がいたら真っ先に潰しにかかるわ!

>「飛んで逃げるか?それとも普通に避けるのか?それとも受け止めてみるか?
死に方くらいは選ばせてやる」

究極の選択を突き付けられたカザハは――

「カケルぅうううううううう!! 助けてぇえええええええええええ!!」

普通に一目散にこっちに逃げてきた!? 当然のごとく、その背に向かって血の斧がぶん投げられる。

「瞬間移動《ブリンク》!」

カザハはその場から掻き消え、ジョン君の背面上空に現れた。
……そうか! さっき使わなかったからまだ残ってたんですね! ガザーヴァが身を挺して守ってくれたお陰ですね……!
ところで、こっちに向かって逃げてきていたカザハが消えたということは、必然的に血の斧が私の方に向かって飛んでくる。

「カケル!」

「分かってます! サフォケーション!」

飛んできた血の斧を真空のスキルで消す。一方のカザハは、精霊樹の木槍を柄に、風の大鎌を作り出す。

「――風精王の被造物《エアリアルウェポン》」

私は翼をはためかせてカザハの隣に並び立った。立つというか実際には二人とも浮かんでるんですが。
戦闘開始時、血の武器は一瞬で出来たわけではなく、少しだけ時間がかかっていた。
つまり、斧を手放した今がたたみかけるチャンス。
最初からそれを見越して斧を投げさせたのかって? ――多分たまたまでしょう。

273カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/09/14(月) 00:41:54
「妖幻の舞《フェアリー・ダンス》!」

妖精系種族の高レベル戦士が使う、飛行タイプのアドバンテージと素早さを最大限に生かした、ヒット&アウェイの連撃。
大鎌といったら死神のイメージも強いですが、これは風の鎌。
日本の伝承にあるカマイタチのように、致命傷を与えずに体の表面だけを切り裂いていく。

(ブラッドラストは血を媒介にする呪い……。血を枯渇させれば呪いの影響を減らせるかも!)

確かに、ジョン君は最初大量の血だまりの上にいた。血が流れた分だけ呪いの影響が減ったとも考えられる。
飛び散る血をそのままにしておくと反撃に使われるところですが、私のスキルで即時に蒸発させます。

「さっき、なんで構うのかって言ったね……」

大鎌を振るいながら、カザハが語り始めた。

「ボクは! 実家に帰っても政治的な争いに巻き込まれそうで平穏な生活が送れない!
もう世界を救ってたくさんお金を貰ってアズレシアにでもマイホームを建てて隠居生活をするしかないんだ!」

こんな時にいきなり何言い出しちゃってるのこの人! しかもめっちゃ説明的!

「そのためには! 失敗した前回とは別のルートに入らないといけない!
でもどこがルート分岐の特異点になってるか分からない! だから! 前回失敗したところは全部成功させなきゃ!」

「というわけで全然君のためじゃないんだ! 夢のマイホーム隠居生活諦めてたまるかぁあああああああ!!」

いい人がよく言う”君のためじゃない”じゃなくて普通にガチな意味で君のためじゃないですね!
アイスホッケーマスクで表情は見えませんが、さぞかしジョン君も呆れていることでしょう。
ところで、顔だけ防具を付けて心臓とかの急所がある体は特に防具無しというのも妙ですね……。

「もう! 反応見えないとやりにくいなあ! ……それ被ってるのはもしかして表情隠すため?」

カザハが容赦なくそこに切り込みます。
一方の私は、上空に陣取り狙いを定め、カザハの連撃スキルが終わると同時に決め手の一撃を叩き込みました。

「――吹き降ろし馬蹄渦!!」

人型バージョンでのこのスキルは、上空からの自由落下を利用しての、渦巻く風を纏う両足ドロップキック。
それを顔面に直撃させました。ちなみにこのスキル、上手くいけばスタンの追加効果がかかります。
アイスホッケーマスクが吹っ飛ぶかはじけ飛んでくれれば儲けものなのですが――
だって、レスバトルするなら向こうからだけこっちの表情が見えてこっちからは見えないのはフェアじゃないですよね!

274明神 ◆9EasXbvg42:2020/09/21(月) 12:31:08
波濤の如く押し合いへし合う『音』の激突。
ブレイブとブレイブ、クソコテと上位プレイヤー、アイドルとロックンローラー。
色の異なるふたつの力が拮抗を重ねるなかで、シェケナベイベは――笑った。

>「ははッ、面白ぇーっつーの! うんち野郎、あんたとMCして! 対バンして!
 地球じゃ思いもよらなかったよ、あんた……デキるヤツだったんじゃん!」

「自分でもビックリしてんぜ!陰キャ極まるこの俺が!お前みてーなパリピと楽しく対バンできるなんてなぁ!
 パンクロックなんざ鼓膜の寿命縮めるだけの騒音だと思ってたが……撤回するぜ。
 お前の音は、音楽だった。旋律はたしかに、俺のハラに響いた!」

俺も笑った。大気を震わす轟音のなかでも、二人の声だけは、ちゃんと互いの耳に届いた。

>「――でもな! 勝つのはあーしだ! あたしたちなんだ!!
 あたしだっていっぱい背負ってきた! 抱え込んできた! そいつは何があったって下ろせない、下ろしちゃいけない!
 あたしは――あたしの絆で! あんたに………………勝つ!!!」

「負けねえよ。今さらどっちの背負った荷物が重いかなんて、比べるつもりもねえ。
 お前に比べりゃ急造品の絆でも、俺にとっちゃ代えの効かねえ一品モノの結束だ。簡単に切れてたまるかよ。
 ピッチ上げてくぞシェケナベイベッ!今夜はとことん付き合うぜ、喉が枯れるまでなぁっ!」

――この世界に来てから、俺は『らしくない』ことばかりしている。
誰彼構わず噛み付いて、この世のすべてを敵に回してたうんちぶりぶり大明神が、
あろうことか『仲間の絆』と来たもんだ。昔の俺ならこっ恥ずかしくて即刻ハラを切ってるだろう。

熱血なんて、ガラじゃねえにも程がある。
他人の足を引っ張ることが俺の存在理由なんじゃなかったのかよ。
なんだってこんな、少年誌の主人公みてーな臭いセリフがスラスラ出てきやがるんだ。

だけど、そういう自分の心変わりを、悪くないと思ってる俺が居る。
仲間だとか絆だとか、鼻で笑って距離を置いていたものが、今の俺を支えている。
失われた青春を、取り戻すかのように。

……ああ、俺がジョンに執着する理由が、なんとなく分かった。
俺は手放したくないんだ。この世界に放り出されて、命からがら逃げ回ってるうちに手に入れてきたものを。
望んで投げ捨てたはずの、仲間や友達っていう人との前向きな関係が、いつの間にか掛け替えのないものになってた。

気づかせてくれたのはお前だ、シェケナベイベ。
お前がこの世界で、どんな思いでスタミナABURA丸と別れたのか、俺には知るよしもない。
『一緒に居ることをやめた』、その選択は、きっと正しかったんだと思う。
ジョンをこうして戦いの場に引っ張り回すのは、俺があいつを手放したくなかったからでしかない。

シェケナベイベの、マル様親衛隊の在りようは、俺たちと違う選択をたどった未来の姿だ。
真に仲間を想うからこそ袂を分けた親衛隊。傍に居続けることを選んだ俺たち。
どちらが正しいのか、答えは出ない――出す必要なんかない。

正解はまだ決まっちゃいない。
そいつを決めるのは、俺たち自身だ!

275明神 ◆9EasXbvg42:2020/09/21(月) 12:32:00
>『イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!』

アニヒレーターの爪弾くスピードが上がる。音撃の壁が少しずつ、ヤマシタを押し返し始める。
まだ余力を残してやがった――違う。限界なんざとっくに超えてる。
それでもアニヒレーターを、シェケナベイベを突き動かすのは、やっぱり『絆の力』なんだろう。
奴の言葉通りに、培ってきた時間の違いが、そのまま地力の差として戦局を傾けていた。

「くっそっ……負けるなヤマシタ!喉を使い切っても構わねえ、絆の強さで……負けたくない」

思わずスマホに手を遣る。ここから更に火力を高める方法は俺にもある。
『黎明の剣(トワイライトエッジ)』――単純な攻撃バフだが、拮抗している今ならほんの少し上回れるだけで良い。
こいつを使えば、アニヒレーターの限界突破を更に押し込んで勝ちを拾えるはずだ。

だけど、スペル選択画面を表示したまま指が動かなかった。
デバフでも拘束でもなんでもない。俺自身の意志が、安易な戦術を否定していた。

今、目の前で起こっているのは単なる火力のぶつかり合いじゃない。
俺とシェケナベイベの絆の激突。想いを音に乗せて比べ合う対バンだ。
バフ一個乗せたら勝てましたなんて結末を、受け入れたくない。
シェケナベイベはそれでも納得するだろうが……俺自身のプライドが、そいつを許容できなかった。

本当に、らしくない。
合理的な戦術を放棄して、根性で頑張る。そんなもんがうんちぶりぶり大明神の戦い方か?
でもまぁ、今だけはそれで良い。今日の俺は――正義の味方の、笑顔きらきら大明神だ。

「根性見せろ、ヤマシタァ!」

俺の選択は、何の足しにもなりやしない、ただの応援。
アルフヘイムに来て以来ずっと付き合ってきてくれたもの言わぬパートナーは、それでも応えてくれた。
スキャットのトーンが一段上がり、塗り替えられつつある弦音と歌声の版図が、ほんの僅かに停滞した。

そして、それが決め手となった。
アニヒレーターのギターの弦が破断する。フレームが崩壊していく。
ヤマシタの大剣で刻まれた傷が、度重なるギターの酷使によって、致命的な破壊を引き起こす。

耳をつんざく超絶技巧の演奏が途絶えた。
ヤマシタの拳を阻むものは、もうなにもない。

>『ギャボォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!???』

光と闇の螺旋と化した『聖重撃(ディバイン・スマイト)』がアニヒレーターの顔面にクリティカルヒット。
そのままふっ飛ばされ、ギターの破片をぶち撒けながら壁へと激突する。
放射状に広がる亀裂の中心で、アニヒレーターは沈黙していた。

>「イ……、イン、ギー……」

同時、シェケナベイベが悄然と膝をつく。
パートナーの行使はブレイブにとっても負担だ。
準レイド級のアニヒレーターが倒れれば、当然それを操るシェケナベイベも倒れておかしくはない。

「……げっほ、げっほ、おえっ……!」

――そして俺もまた、激烈な消耗でぶっ倒れる寸前だった。
デスクワークで体力がないってのもあるが、『怨身換装』の連続使用はマジで効いた。

276明神 ◆9EasXbvg42:2020/09/21(月) 12:32:59
怨身換装は死霊術と銘打っちゃいるが、実際は違法パッチによるパートナーの改造みたいなもんだ。
もっと平たく言うなら、MOD(外部ファイル)でキャラデータを不正に書き換えているに近い。
そしてMOD入れたゲームが重くなるように、術者には相応の負荷がかかる。

頭はガンガン痛えし、ぜえはあ息は切れるし、指先にはうまく力が入らない。
全力疾走した直後みたいな疲労感が、鉛のように俺の四肢を縛っていた。
フラフラになりながら、それでもぶっ倒れずにいたのは、アニヒレーターが立ち上がりつつあったからだ。

>「まだだ……、こんなところじゃ、終われやしないんだ……!
 あたしたちの絆は……強さは! こんなもんじゃない……こんな程度なんかじゃ、ないんだ……!
 あたしは……証明を……約束、を……守って……、アブラっち……」

「……だよな。どれだけ追い詰められようが、お前はまだ立ち上がる。立ちはだかる。
 お互い様だ。俺も自分の信じる絆のために、ここでぶっ倒れるわけにはいかねえ」

カラカラの喉から出た言葉通りに、俺にはシェケナベイベを突き動かすものが理解できた。
これが最後だ。死ぬ気で指を動かせ。体力が残ってねえなら――気合で頑張れ。

>「ギターがなくなっても……まだ、闘える……。
 スペルカード……『マグマのようにミキサーを操る男(ムラタ・ザ・マグマミキサー)』……プレイ……!」

「……スペルカード『工業油脂(クラフターズワックス)』――プレイ!」

そして、勝負は決した。
シェケナベイベがスペルを選択するその刹那、虚空を迸るワックスがスマホに着弾し、覆い尽くした。

市販される殆どのスマホはタッチパネルに静電容量式を採用している。
指先なんかの導電体で触れることでタッチを認識するために、例え防水機能があっても水没時には反応しなくなる。
導電する液体で画面全体が覆われれば、指先のタッチと区別出来なくなるからだ。

普通にワックスぶっかけるだけじゃ簡単に避けられただろうが、
俺もシェケナベイベも立ってるのがやっとの満身創痍だ。避けることも弾くことも、出来なかった。

ここでスペルが使えたのは、ヤマシタとアニヒレーターの拮抗で、追加のバフを炊かなかったからだ。
俺たちの絆をギリギリまで信じて……賭けに勝った。

奥の手のスペルは不発に終わり、今度こそシェケナベイベは腰を落とす。
召喚を維持出来なくなったお互いのパートナーが輪郭を溶かし、光の粒となってスマホに戻る。
今この場に立っているのは――膝を震わせながらだが――俺だけだった。

「世界救ったら、も一度対バン組もうぜ。今度はスタミナABURA丸も混ぜてさ。
 こっちも選りすぐりのイカれたメンバーを用意する。最高のギグにしよう」

音響の余波でぐちゃぐちゃになった髪を手櫛で整えて、俺は踵を返す。
ボロボロで魔力もカラッケツだけど、それでも仲間の待ってる場所へ。

「思い出に残るセッションになったぜ、シェケナベイベ。……GGWP」

 ◆ ◆ ◆

277明神 ◆9EasXbvg42:2020/09/21(月) 12:33:50
振り返った俺の目に飛び込んできた光景。
きなこもち大佐を下したなゆたちゃん。さっぴょんと鎬を削り合うガザーヴァとカザハ君。
ロイ・フリントと超速の肉弾戦を繰り広げるジョン。
そして――マルグリットの足元で倒れ伏すエンバースの姿だった。

「焼死体……!」

傲慢とさえ言える超然とした態度、削げ落ちた表情筋でも分かる余裕ぶった立ち振舞い。
『ブレイブ殺し』の先駆者――その全ての背景を否定するように、五体を地に投げ出している。
あのエンバースが、負けた……?自分の目を疑うまでもなく、眼前に広がる惨状は現実だった。

言うまでもなく『聖灰の』マルグリットはアルフヘイム最強集団の一人だ。
まだ末席だったガンダラの時ですら、レイド級と互角に渡り合う実力者だった。
いわんや、旅を続けて鍛え込んだ今なら、俺たちと親衛隊が束になったって易く勝てる相手じゃないだろう。

それでも、エンバースなら……アジ・ダカーハ相手にすら一歩も引かなかったこいつなら、
こんな手も足も出ないままに敗北することはないだろうと、無根拠に考えてた。
果たせるかな、現実は火を見るよりも明らかだった。

そしてそれは、当のマルグリットからしても不可解だったらしい。

>「『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とは、マスターとモンスターが力を合わせて戦うもの。
 マスターがモンスターに指示を出し、モンスターがそれに応えるもの。
 だというのに、貴公は私との戦いで一度としてモンスターを出そうとはしなかった。
 やっと出したとしても、腕二本。それは本気とは申せますまい」

……そういえば、俺はあいつのパートナーを見たことがない。
なんかスマホから触手みたいなのがウネウネ出てるのは何度か見たが、あれが本体ってわけじゃあるまい。
アコライトでの戦いの時から、こいつは頑なにフルサモンをしなかった。

舐めプしてボロ負けしたならまだ、ただの大馬鹿野郎で済む。
クリスタルの消耗を抑えるためってんなら、それで負けてちゃ世話もない。
だけど、ゲームに対してはどこまでも真摯なこいつが、命のかかった状況でまでそれを貫くとは思えなかった。

つまりは――『できない』ってことなんだろう。
"燃え残り"であるがゆえに、正規のブレイブとしてシステム上扱われていない。
画面もバッキバキになってるあのスマホは、『ブレイブが持っていない』がために、十全の機能を発揮できる状態にない。
そんな状態でよくここまで戦えたなコイツ……。

>「私も、貴公とそのような闘いをしてみたかったが――
 それが叶わぬというのなら。此れにて終幕とさせて頂きましょう」

呑気に分析してる場合じゃなかった。
マルグリットは至極残念と言わんばかりに嘆息すると、あぎとの如く開いた五指を上下に構える。
エンバースに抗う術は残されてない。

「待て……!」

俺は叫び、駆け出そうとして、つんのめる。
足がうまく動かない。膝はさっきから笑いっぱなしだ。一歩でも踏み出せばその場で崩れ落ちかねない。
アニマ突入後からの連戦とシェケナベイベとの死闘で、もう完全にガス欠になっていた。
制止の声にマルグリットが応じるはずもなく、致死の一撃が振り下ろされんとして――

――どこからか飛んできた矢が、マルグリットの歩みを阻んだ。

278明神 ◆9EasXbvg42:2020/09/21(月) 12:34:22
>「何者……!?」
>「オイオイ、何者たァご挨拶だな。折角、キングヒルくんだりから息せき切って駆けてきたってのに」

矢の主は、上。アニマコアの直上にひとつの人影がある。
泰然とクロスボウを構えるその姿は、マルグリットと同じく、俺のよく知るものだった。

テンガロンハットにインバネスコート、その下にはごちゃごちゃした無数の武器。
くたびれつつも男前の影を残す相貌と、飄々としたニヒルな口元。
ここからじゃ見えないが、きっとコートの背中にはでっかい十字架がプリントされてることだろう。

「バロールの言ってた"援軍"って……こいつかよ……!」

――十二階梯の継承者がひとり、第二階梯『真理の』アラミガ。
大陸最強の暗殺者にして、金次第でありとあらゆる荒事を請け負うバウンティハンター。
その陰の射したビジュアルに相反する衣装のセンスからクソダサコートおじさんの愛称で親しまれている、NPCだ。

主にマルグリットのせいで忘れがちだが、十二階梯は別に戦闘を目的にした武装集団ってわけじゃない。
来たるべき滅びとかいうふわっとした脅威に備えてローウェルが参集した賢者の集まりだ。
もちろんその辺の軍隊からすりゃ比べるべくもない戦闘力があるにはある。
だけどそれは、『強い奴を集めた』からじゃなく、『集まった奴らが強かった』っていう副次的な話だ。

そしてアラミガは、そんな研究者畑の十二階梯にあって、唯一『戦闘専門』の継承者。
十二階梯にまつわる一切合切の荒事を請け負って、その全てを解決してきた……本物の武人だ。

階梯って序列付けを無視して純粋に継承者の腕っぷしの強さでランキングを作るなら、
ぶっちぎりでこいつが一位を取るだろう。シナリオでは魔王バロールも大金積んで雇ったほどだ。

>「呼ばれて飛び出て何とやらってな。もう終わっちまってるかもと思ったが、どうやら滑り込みセーフってところかね?
 なんせ金貰っちまってるからな……ギャラの分は働かなくちゃいけねえ。
 信用第一の商売だ――わざと遅れて金だけ貰ったなんて悪評が立っちゃ、おまんまの食い上げってもんだ」

そう、大金――アラミガは傭兵だ。
金さえ払えば敵にも味方にもなる。世界の都合とか、正義とか、一切の関係なしに。
大賢者ローウェルに歯向かわんとするバロールが味方につけるなら、こいつ以上の選択肢はないだろう。

>「俺ぁおたくらの助っ人さ、『創世』の旦那に頼まれてな。聞いてないか?
 貰った金に見合った分だけ働くのが俺のポリシーだ、てことでな……ほら、行った行った!」

「へっ……拝金主義、大変結構じゃねえの。ローウェルの遠慮深謀にもうんざりしてたところだ。
 ジジイの正道に抗って、邪道で世界救おうっつう俺たちにゃ、お誂え向きの味方だぜ」

>「そら、スライム使いのお嬢ちゃん! それにネクロマンサーの兄さんにもだ!」

アラミガが何かをこっちに放る。
お手玉しながら受け止めたそれは、回復のポーションだった。
体力も魔力も全回復させる、エリクサーめいた最高級品……これも経費で落ちてんのかな。
アンプル栓を親指でへし折って、中身を一気に呷った。

……煮詰めたドクターペッパーみてえな味がした。
空きっ腹に注がれた薬液はすぐに効果を発揮し、疲労困憊だった身体に活力が戻ってくる。
足の震えが止まった。ちゃんと動く……踏み出せる。

「助かった。おらっいつまで床舐めてんだ焼死体!ジョンのとこ行くぞ!
 っと、その前にカザハ君とガザーヴァ助けにいかねーと――」

突然の闖入者に一瞬空気が停滞したが、さっぴょんの方ではまだ戦闘が続いてる。
チェスの駒にタコ殴りにされてるガザーヴァと、逃げ惑ってるカザハ君はほっとけない。

279明神 ◆9EasXbvg42:2020/09/21(月) 12:35:12
>「おねんねの時間ですぜ、女王陛下」

俺がそっちへ足を向けるよりも早く、アラミガの懐から鞭が閃いた。
さっぴょんのパートナーが振るう鞭を鞭同士で絡め取り、懐へ跳躍。
返す刀の槍の一撃で、瞬く間に一体を仕留めてしまった。

「つっ……つよ……」

これだ。『真理の』アラミガが十二階梯の最上位クラスで居続けられる理由。
それは、単純に、純粋に、こいつが強いからだ。

ハイエルフだのワーウルフだのの人外やユニークスキル持った魔術師だのが並み居る十二階梯において、
アラミガは特筆すべき出自を持ってるわけじゃない。
アルフヘイムの普遍的なヒューマンで、魔術師でも錬金術師でもない。

身に付けた技術と大量の武器を使いこなし、使い潰し、万難を排して敵を倒す。
一見地味にすら思えるその戦い方で、百戦を生き残り、百以上の敵を屠ってきた。
街ひとつ消し飛ばす魔法がなくても、死なずに殺せばそれで勝ち――そんな机上の最強論を、実現してきた男だ。

対人ランク最上位層のブレイブと、大陸最強のNPC。
奇しくもアルフヘイムの頂上決戦と相成った戦いに、俺たちが介在する余地はない。

包囲を脱出してきたガザーヴァと合流して、俺はアラミガに背を向けた。
頼もしき助っ人は、でっけえ十字架の刻まれた背中越しに小さくつぶやく。

>「きっちり仕事させてもらうぜ。――この背に担う十字にかけて」

……ほんとダッセぇなその決め台詞!!

 ◆ ◆ ◆

280明神 ◆9EasXbvg42:2020/09/21(月) 12:36:21
かくして、一度は分断された俺たちはジョンの元に再び集う。
誰も彼も、無傷とは言えない。俺も回復してるとは言え、一張羅が埃だらけだ。
矢面に立ってたエンバースやガザーヴァはもっとズタボロで、連戦に耐えられるかは分からない。

それでも、もう一度俺たちはジョンの前に立つ。
今度こそ、こいつを苛む呪いの全てと、真正面から向き合うために。

「ガザーヴァ」

スーツの埃を払い、ネクタイを締め直しながら、俺は隣のガザーヴァに言う。

「勝ったぜ」

これでひとつ、証明した。
俺は幻魔将軍に現場をお任せするだけが能の弱者じゃない。
戦いの外からヤジ飛ばしてるだけのギャラリーでいるのは、もうやめた。

荒野でベルゼブブと戦ったあの時から、何度も死線潜って、特訓もこなして、戦い方を学んできた。
誰かの陰に隠れることなく、真っ向から、バトルで、ブレイブを打ち倒した。
在りし日のブレイブ&モンスターズの――ガザーヴァと対等なライバルに、近づけたはずだ。
俺が拳を掲げると、ガザーヴァはジョンから目を離さずに、拳を合わせた。

そしてこれからもうひとつ、証明する。
待ってろよジョン。お前には言いたいことがフェルゼンの山脈ぐれえあるんだ。

>「…みんな」

眼前、ジョンは血溜まりの中に膝をついていた。
シェケナベイベと戦ってる間に何があったのかは分からない。
だけど、息も絶え絶えに転がってるフリントと、近くに落ちてるナイフ、何より夥しい出血。
いつの間にか戻ってるジョンの腕――戦いになんらかのキリがついたことは、想像できた。

>「みんな…なんで僕に構うんだ?…さっさと事を済ませて僕なんか無視すればいいだろう」

「そうかもな。お前をとっととどっかにほっぽり出してりゃ、いくらかスムーズに旅が出来た。
 でも、そうはならなかった。俺たちが選んだんだ、お前に構い続けることをな」

今さら理由なんか聞くんじゃねえよ。
そんなもん、『友達だから』以外にあってたまるか。
たったそれだけの理由で、俺たちはどんな困難にも立ち向かってこれたんだ。

>「いい迷惑なんだよ…さっさと消えてくれ。僕はもう…疲れたんだ」
>「そこをどいてくれ…僕はロイにトドメを刺さなければいけないんだ
 ロイを殺して僕も死ぬ。邪魔さえしなければ君達にこれ以上迷惑はかけない…約束する。だからそこをどいてくれ」

「どかねえよ。お前が誰かを殺そうとするなら、何度だって止めてやる。
 人知れず死ぬつもりならそれも止める。クソみてえな呪いに振り回されんのも、これで終わりにしよう」

ジョンは答えない。
幽鬼のように立ち上がり、血溜まりから一歩を踏み出す。
その尋常ならざる様相と、畏怖を伴う圧力に――俺はもう、退がらなかった。

デリンドブルグでジョンが呪いに苛まれたあのとき、気圧されて一歩退がらなければ、
こいつを真正面から受け止めてやることが出来ただろうか。
同じ後悔は二度としない。俺はもう、こいつから逃げない。

281明神 ◆9EasXbvg42:2020/09/21(月) 12:37:26
>「本当に疲れたんだ…僕のせいで誰かが不幸になるのは…僕が生きている限り…まただれかの人生がおかしくなる。
 ブラッドラスト?呪い?違う…僕自身が…ジョン・アデルという人間が、化け物が生きている限り絶対に不幸になる…
 これ以上関われば君達にだって……」
>「だから…僕に…理性がある内に死なせてくれ……お願いだ」

ジョンはうわ言のように虚空へ向かって言葉を落とす。
今、目の前に居るこの男が『ジョン・アデル』なのか、『ブラッドラストの末路』なのか、判別はつかない。
あるいは、末路なんてものはそもそも存在しないのかも知れなかった。
呪いによって人格が変容したんじゃなくて、もともとこれがジョン・アデルの本質だったとさえ言えてしまう。

>「それとも君達が僕を殺してくれるのか?」

だけど、犠牲に心を痛め、良心の呵責に苛まれ続けたこいつの言葉は、紛れもなく真実だと俺は信じる。
たとえ懊悩の果てに出した結論であっても、死ぬべき人間じゃないって、そう言える。

「バカ野郎が。アコライトでも言ったろ――全員助けんだってよ」

その"全員"に、お前が含まれてないわけがねえだろうが。
最高難易度、結構じゃねえか。お前を助けて、呪いも解いて、大団円でクエストクリアだ。

「付き合ってもらうぜ。俺のささやかな、ゲーマーの矜持の為にな」

言葉が届いているのかいないのか、ジョンは何かを納得したように面を上げた。

>「わかった。もう聞かない…君達を殺して、ロイも殺して、僕も死ぬ」

「上等……!死なねえし、殺させねえし、死なさねえよ!」

ことここに至って、最早ジョンとの対決は避けられないと、覚悟はとっくに出来ていた。
ブラッドラストごとこいつをぶん殴って正気に戻させる。
どうやって解呪するかは、ぶん殴ってから考える!

臨戦態勢。スマホを構える。
同時、脇からもう一台スマホが飛んできた。
慌ててキャッチすれば、画面バッキバキのそいつはエンバースのもの。

「はっ!?スマホ投げるとかお前どーいう教育――」

反駁しようとして気付く。投擲武器でフレンドリーファイアしたんじゃなけりゃ、何か意味があるはずだ。
スマホはロックがかかったままだが、解錠パターンはご丁寧に灰の筆跡が残っていた。
解除して開けば、予想通りにアプリの召喚待機画面だ。

……良いんだな、焼死体。
視線だけで頷きを返して、召喚ボタンに触れた。

「サモン――『フラウ』!!」

魔物の指先に代わり、"正規のブレイブ"が手にしたことで、スマホが十全の機能を取り戻す。
召喚光が閃くその瞬間、エンバースにスマホを投げ返して俺は駆け出した。

長丁場にはできない。レプリケイトアニマは今も元気に稼働中だ。
大陸ごと海の底に沈めねえためにも、短期決戦で全てに決着をつける。
歌姫モードのままヤマシタを追従させ、ジョンを包囲するように横へ回り込む。

今のジョンがどれだけの戦闘能力を持ってるかわからねえが、
これまでの戦い方では近接格闘一辺倒だった。あとはおなじみの部長砲弾――
いずれにも言えることは固まってたら一網打尽にされかねないってことだ。

あいつの大剣が届かない距離を保ちつつ、バラけた立ち位置で砲弾の狙いを惑わせる。
十字砲火で火力を集中させて、一気に片を付ける!

282明神 ◆9EasXbvg42:2020/09/21(月) 12:38:07
「出し惜しみなしで行くぞ、ヤマシタ!『聖重撃』――」

ジョンの元へ、部長が駆け寄るのが見えた。
ブラッドラストの影響下でもパートナーはマスターとして認識するらしい。
来るか、部長にバフ全部乗せで投げつける奇想天外の妙技、部長砲弾が……!

>「ありがとう…いままでこんなクソみたいな主人に仕えてくれて…そして…さようなら」

ジョンは、駆けつけた自分のパートナーを抱き上げることなく――蹴り飛ばした。
悲しげな悲鳴を上げ、血の尾を引きながら放物線を描くウェルシュ・コカトリス。
ジョンは感情を伺わせない目でそれを見送る。

「何してんだ、お前……!!」

思わず声が出るが、聞くまでもないことなんだろう。
それは、王都で見せた『ブレイブ・ジョン』としての戦い方との、決別だった。
足元に広がる血溜まりが、まるで生き物みたいにジョンの元へと集っていく。

>「うん…これで怪物に…化け物っぽくなった」

鮮血は、仮面と武器へ形を変えた。
古典ホラー映画に出てきそうなマスクに斧。いっそ冗談じみたジェイソン・スタイル。
年月を経るうちに抽象化され、いつしか人々の恐怖の象徴となった、偶像としての『殺人鬼』。

>「ブラッドラストがあるからジョン・アデルは化け物なんじゃない…
  ジョン・アデルが化け物だからこそ…ブラッドラストという力を持っているんだ」
>「僕は…ジョンアデルは!命の奪い合いが大好きだ!奪うのも!奪われるのも!心の底から愛している!」

「……そうかよ。そのコテッコテな人殺しのコスプレが、お前の思う自分自身ってわけか」

ジョンは、自分を人殺しと呼んだ。
そう呼ぶに至った経緯も、俺はもう知っている。
ジョンにとっては、最も醜く、そして本質に近い姿がこの殺人鬼なんだろう。

>「一つ忠告しよう…僕の血には一切触らないほうがいい…さっきロイに毒を流されしまってね。
  元々僕の血は耐性がない生物には毒だったろうけど…いまや触るだけで大変な事になるよ。
  口や傷口に入ろう物なら…たとえモンスターでもただじゃすまないだろう」
>「それを踏まえて…逃げろ…逃げまどえ獲物共」

トカゲ、クマ、毒竜、ゴブリン……意志を得た血液が形を成し、隊伍を組んで前進する。
それら一匹一匹が、ジョン曰く猛毒の塊だ。
わざわざそれを説明するのは――そうして恐怖を煽ることまで含めて『殺人鬼』のロールだってことか。

「くそっ……ヤマシタ、薙ぎ払え!」

歌姫モードの革鎧がスキャットを放つ。血人形は容易く弾け飛んだ。
飛沫は飛び散り、ヤマシタの足甲に付着する。ブジュブジュ音を立てて焦げ付き始めた。

「うおおおお!パージ!パージ!!」

血に侵食された部位の鎧を切り離す。
地面を転がる革鎧は、煙を上げながら溶けていき、やがて地面のシミになった。
革は当然、生き物の皮膚だ。猛毒の血はてきめんに効果を発揮する。

「どうすんだこれ、近づけねえぞ……!」

無尽蔵に湧き出る血人形は、単体でも凶悪だが何より数が夥しい。
まともに反撃できないまま逃げ続けるうちに、疲弊して動けなくなる。
いかにもジワジワ嬲り殺す殺人鬼らしい手口だ。

283明神 ◆9EasXbvg42:2020/09/21(月) 12:39:43
>「響き合う星辰の調べ《アストラル・ユニゾン》!」

進退窮したその時、カザハ君の声が頭上で聞こえた。
風属性のパーティクルエフェクトが身体を包み、目に見えて身が軽くなる。
身体だけじゃない。目で追うのがやっとだった血人形の動きがはっきりと分かる。

「……カザハ君のバフか!」

試しにジャンプしてみれば、たったひと蹴りふわりと1メートル近く飛び上がった。
なんだこの冗談みてーな身体能力……。
ヤマシタにも同様のエフェクトが宿り、スキャットの一息で無数の血人形が押し返されていく。

「お前、いつの間にこんなすげえバフ――」

>『君は……化け物だから望んでブラッドラストを手に入れたんだね。
 じゃあ……一度は捨てたこの力を望んで取り戻してしまったボクも化け物なのかな……』

カザハ君がジョンに問いかけた言葉を思い出す。
望んで取り戻した、化け物の力。こいつもまた、何かが変わってきている。

>「すごい、美少女になった……!」

「変わりすぎだろ!?」

カザハ君の隣に謎の羽根付き美少女が出現していた。いつも一緒にいる馬の代わりに。
いや誰だよ。もしかしてカケル君か?マジで?あのお馬さん美少女になっちゃったの?
もちっと段階踏めや段階を!ジョンだって一ヶ月くらいウジった末にあのスタイルになってんだぞ!!

>「――エコーズオブワーズ」

俺の突っ込みをよそにカザハ君は追加でバフを唱える。
エコーズオブワーズ、魔法強化のスキルだ。
そんなもんかけられたって俺死霊飛ばすことしか出来ないよ?

>「あの分からず屋にガツンと言ってやって! ボクとカケルで君まで繋ぐ!」

「なるほど……ガツンとね」

元は呪文――力のある言葉を反響させて強化する魔法だ。
精神攻撃主体の俺が使えば、耳に痛い言葉を耳元で連打する地獄の嫌がらせに進化する。
良いね。やってやろうじゃねえか、泣くまでガツンと言ってやる。

問題は……声が届くほど近くまでジョンのところまで寄れないってことだ。
血の人形はジョンから発生するから、当然奴の周囲は地雷の密度が高くなる。
おしゃべりしてるうちに背後から襲われたんじゃ笑い話にもならない。

>「それなら……サフォケーション!」

カザハ君がさらに魔法を唱え、俺に近づかんとしていた血人形が『消滅する』。
いや、正確には動きを止めてボコボコ沸騰し始め、やがて蒸発して血の塊に変わった。

常温沸騰――!
気圧の低い山頂では水は100℃いかずに沸騰する。
そして、気圧が0の真空では、常温の水でも沸騰し始めるのだ。
放っておけば水分が揮発しきって乾燥するし、なんなら気化熱で凍り付く。
加熱せずに乾燥食品を作る方法として地球でも使われてる技術だ。

血人形の厄介なところは、液体であるがゆえの、流動と飛散。
それなら、カラッカラに乾かして液体じゃなくすれば良い――

284明神 ◆9EasXbvg42:2020/09/21(月) 12:41:07
「やるじゃねえか!理系っぽいぜ!」

これで俺の周りから血人形は居なくなった。
あとはジョン――どこいった?

>「まずはカザハ…君からだ。無条件で空に飛べるなんて…獲物としてふさわしくない」
>「しまった……!」

ジョンはいつの間にか俺たちの視界から姿を消し、突如としてカザハ君の背後に現れた。
こんな一瞬で回り込めるような距離じゃない。殺人鬼の『そういう性質』ってやつか。
姿を隠し、油断したところに奇襲する。命がけの『いないないばあ』――こいつもホラーの典型だ。

>「飛んで逃げるか?それとも普通に避けるのか?それとも受け止めてみるか?
 死に方くらいは選ばせてやる」

「クソ……使いこなしてやがんな!」

恐るべきことに、ジョンは殺人鬼のステロタイプを現実に変えるその能力を、完全に制御下に置いていた。
古今東西の殺人鬼をちゃんぽんした、まるでB級ホラーだ。
楽しそうじゃねえか。これが、お前が望んでた姿だってのか?

>「妖幻の舞《フェアリー・ダンス》!」

背後からの一撃をスペルで躱したカザハ君は、木槍に大鎌を形成して対抗する。
剣戟の合間を縫って、悲鳴じみた声が聞こえた。

>「ボクは! 実家に帰っても政治的な争いに巻き込まれそうで平穏な生活が送れない!
 もう世界を救ってたくさんお金を貰ってアズレシアにでもマイホームを建てて隠居生活をするしかないんだ!」

「何の話してんだお前!?」

マジで何の話だこれ……。政治的て。お前そんな重要なポストの人だったの?
多分一巡目の話なんだろう。ガザーヴァが死ぬほど羨んだ、こいつが護るべきだったもの。

>「そのためには! 失敗した前回とは別のルートに入らないといけない!
 でもどこがルート分岐の特異点になってるか分からない! だから! 前回失敗したところは全部成功させなきゃ!」

「失敗……してたのか」

――>『思い出したよ。今は消え去った時間軸でブラッドラストに侵された者の成れの果てと戦ったことがある……』

カザハ君がジョンにビンタ張ったとき、言ってた言葉が今更ながらに脳裏をよぎる。
一巡目、救えなかったブラッドラスト被呪者の記憶。
こいつがガラにもなく取り乱してた理由が、ようやく頭の中で結びついた。

「だったら……意地でも成功させねえとな。一巡目と同じ末路なら、世界が滅ぶ遠因になったかもしれねえ。
 つまりだジョン。お前が望んでなかろうが、絶対に救われてもらう。なんせ世界が滅んじまうからな」

大義名分なんざハナっからどうだって良い。
だけどこれでもう、迷惑だなんて、邪魔だなんて、言わせない。
ここからは、身勝手な善意を一方的に押し付けて押し通す――正義の味方の時間だ。

285明神 ◆9EasXbvg42:2020/09/21(月) 12:44:21
「人殺しだから殺人鬼のコスプレか。くだらねえな」

カケル君がジョンの顔に蹴りぶち込むと同時、ヤマシタがサイドから脇腹狙って拳を入れる。
すぐに押し寄せてくる血人形をスキャットでノックバックさせ、付かず離れずの距離を維持する。

「俺はうんちぶりぶり大明神だが、汚物のコスプレしようとは思わねえ。
 俺は俺だ。クソみてえな人間性を、まんまクソに押し付けて逃げるつもりはない」

打ち漏らした血人形は、闇魔法のボーラを投げつけて拘束。
すぐに離脱されるが、時間は稼げる。
時間さえ稼げば、カザハ君が真空魔法で蒸発させてくれる。

「化け物だぁ?お前はジョン・アデルだろうが。殺人鬼なんて上っ面で誤魔化すんじゃねえよ。
 シェリー・フリントを殺したのも、その罪に苦しみ続けてるのも、『化け物』じゃなくてジョン・アデルだろうが!」

憶測だが、ジョンの纏う殺人鬼のガワは、たぶん人殺しの罪を転嫁したペルソナに過ぎない。
ジョン・アデルと人殺しを分離して、『自分とは別の化け物』を心の中に作り上げた。
当時10歳そこらの子供が生み出した防衛機制。こいつの中には、『ジョン』と『化け物』のふたつが混在している。

つまり――ジョンはまだ、本当の意味で幼馴染を殺した罪と向き合えちゃいない。
自分のことをしきりに化け物呼ばわりするのも、どこかでジョン自身と人殺しを切り離してるからだ。
『化け物』。そいつはジョンにとって忌むべき存在であると同時に、幼い心が壊れないよう護る壁でもあったんだろう。

もちろん、全部憶測だ。
どっちにしろ俺は、ジョンのツラして居座るあの化け物が気に入らねえ。
だからまずは、化け物を否定する。
よおく聞いとけよ。耳塞いでもエコーでぶち抜いてやる。

「お前は化け物なんかじゃない。ちょっと人より運動神経と顔が良くて女の子と仲良く出来るだけの人間だ。
 それだってお前よか上手くできる奴はごまんと居る。思い上がってんじゃねえぞジョン!
 化け物飼えるような特別な存在じゃない。普通に人間なんだよ」

ジョンより上手くできること。そんなものは、俺にだってある。

「例えば俺は、お前よりゲームが上手い。相手をネチネチ追い詰めるのなんて大得意だ。
 人望だってお前よりある。お前の大親友は俺だけだが、俺にはガザ公ならびに沢山の大親友がいる。
 ほらな、お前なんかひとっつも特別じゃねえんだ。ごく普通の一般市民と言っても良い」

抑えきれない血人形が破裂し、俺のスーツに飛沫が飛ぶ。
迷わず脱ぎ捨てた。地球からずっと着続けてきたトレードマークのジャケットは、あっけなくボロ屑に成り果てた。
惜しくなんかない。一秒でもジョンの傍に留まれるなら、安い買い物だ。

「切られた腕が生えりゃ化け物か?皮膚が鱗状だったり、血に毒が混じってりゃ化け物か?
 殺人鬼のガワを被ろうが、ドラゴンの首ぶった切れるパワーがあろうが、人間だろ。
 お前が向き合わなきゃいけないのは――人間のジョン・アデルが犯した罪じゃねえか!」

同時、ヤマシタの右足が飛沫の侵食によっていよいよ崩壊した。
もう動かせない。アンデッド由来の再生能力じゃこの物量には追い付けない。
ゆっくりと、確実に、致死の血人形は包囲網を狭めつつあった。


【殴り合いつつジョンが化け物であることの否定。猛毒血人形の包囲網でヤマシタの右足が崩壊。囲まれる】

286embers ◆5WH73DXszU:2020/09/28(月) 20:20:56
【エンバース・オルターエゴ(Ⅰ)】

『此れなるは秩序の大渦!
 聖なる灰よ、其の身で大義を知らしめよ――――! 『渦斬群朧拳(プレデター・オーバーキル)』!!!!』

襲い来る聖灰の似姿――魔剣の一撃は、灰化を以っていなされた。
魔剣の再充填を行う時間はない/新たな得物を抜く時間もない。
スマホの液晶に触れる――やはり、反応はない。

>「はあああああああああああああああああッ!!!」

迫る右正拳/身を沈める体捌きで回避――正確には、避けさせられた。
初撃を躱した事で、かえって残る五体の追撃に対する選択肢が減った。
追い打ちの手刀/狐拳――被弾直前で灰化が間に合った/大きく後方へ流動。
貫手/鉄槌――スマホの液晶から閃く触腕がそれらを弾き、逸らす。

それでも、まだ一体のマルグリットが残っている/遺灰の男を追い詰める。
灰化――手遅れだ。距離が近すぎる。灰に宿った亡霊ごと闘気で薙ぎ払われる。
フラウの触腕――第四階梯が放つ、死を恐れぬ打突を弾いた直後。まともに動ける筈がない。

残された選択肢は――迎撃のみ/溶け落ちた直剣を強く握り締める。
迫る、人外の眼差しを以ってしても不鮮明な、神速の虎爪。
それを刃で切り払うように――

〈駄目だ。それでは詰んでしまう。しかし、これはもう――〉

瞬間、遺灰の男の眼前、聖灰で模られたマルグリットが爆ぜた。
塗り潰された視界/空振りになった迎撃――遺灰の懐に飛び込んだ、マルグリットの本体。
フラウの言う通り――状況は、詰みだった。

「クソ――」

響く打撃音。第四階梯、聖灰のマルグリット――その渾身の双掌が、遺灰の男の胸を捉えた。
闘気が爆ぜ/烈火の如く燃え盛る――遺灰と化した男の、その魂さえもが炎に呑まれる。
遺灰の男は――何も出来ないまま、大きく後方へと弾き飛ばされた。

『……ひとつお訊きしたい。
 エンバース殿……私は。この『聖灰の』マルグリットは、貴公から見て然程に弱いのでしょうか?』

つまり――手心を加えられた。
灰に宿る亡霊を打ち砕く事も、闘気で最後まで灼き尽くす事もせず、あえて突き飛ばされた。

「……なんだ、何を言ってる?俺を、煽ってるのか?親衛隊は対戦マナーを教えてくれなかった――」

『私は本気で闘いました。貴公に対して手加減はしませんでした、少なくとも最後のそれ以外は。
 さりながら――貴公はそうではなかった。
 貴公は。何故、私に対して手加減をしていたのです?
 私は、貴公が本気を出すにも値せぬほどの弱者と……そういうことなのですか』

「……ああ、なるほど。そういう事か」

「隠さずとも分かります。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とは、マスターとモンスターが力を合わせて戦うもの。
 マスターがモンスターに指示を出し、モンスターがそれに応えるもの。
 だというのに、貴公は私との戦いで一度としてモンスターを出そうとはしなかった。
 やっと出したとしても、腕二本。それは本気とは申せますまい」

これは、好機だった。
マルグリットの気性を利用して時間を稼ぎ、体力を回復する為の。

287embers ◆5WH73DXszU:2020/09/28(月) 20:22:56
【エンバース・オルターエゴ(Ⅱ)】

『貴公は戦闘中、幾度も上の空になっていた。注意が散漫になっていた。
 モンスターと対話していたのですか? それとももっと別の何かと――?
 何れにせよ、貴公はパートナーとの足並みが揃っていない。
 単騎でアニマガーディアンを狩れるほどの実力を持っていながら、貴公は何ゆえ然様な闘いをされるのか?
 私には、それがどうしても解せぬのです』

だが――遺灰の男は何も答えない。
時間を稼ぎ、体力を回復して――その上で、どうするのか。
どんなに考えても、それを思いつけない。

――"俺"なら、どうする。スペルも、フルサモンも使えない、この状況で。

遺灰の男は、かつてエンバースと呼ばれた男の不完全な記憶/未練=行動原理を受け継いだ、亡霊。
要するに――AIのようなものだ。現象であり、同時に擬似的な人格でもある。
故に、思考する。それは、つまり――

――駄目だ。分からない。俺は、"俺"にはなれない。なら……それだったら――

〈――遺灰の方。何をしているのです?例え打つ手がないとしても、会話に応じるんです!
 時間を稼いで下さい!誰か……誰かがあなたを援護してくれるまで、時間を稼がなければ!〉

『きなこもち大佐殿やシェケナベイベ殿が羨ましい。
 彼女たちはよい闘いをしたようです……互いの力と技、今まで背負ってきたもの……それらを遺憾なくぶつける闘いを。
 私も、貴公とそのような闘いをしてみたかったが――
 それが叶わぬというのなら。此れにて終幕とさせて頂きましょう』

〈ああ、もう!来ますよ、遺灰の方――聞いているのですか?私の声が、聞こえていないのですか?〉

聖灰が再び構えを取る/重心を落とす――遺灰の男に詰め寄る、その直前。
不意に、その足元に突き立つ数本の矢/素早く飛び退くマルグリット。

『何者……!?』

「……誰だ。このボルトは、明神さんか?クソ、ダサいとこを見られ――」

『オイオイ、何者たァご挨拶だな。折角、キングヒルくんだりから息せき切って駆けてきたってのに』

「……いや、本当に何者だ?待て。この声は、確か――」

倒れたまま首を回す遺灰の男――アニマコアの上、一人の男が見えた。
インバネスコート/テンガロンハット――見覚えのあるファッションセンス。

『呼ばれて飛び出て何とやらってな。もう終わっちまってるかもと思ったが、どうやら滑り込みセーフってところかね?
 なんせ金貰っちまってるからな……ギャラの分は働かなくちゃいけねえ。
 信用第一の商売だ――わざと遅れて金だけ貰ったなんて悪評が立っちゃ、おまんまの食い上げってもんだ』

『……貴公は……いや、貴方様は……』

「『真理の』アラミガ……そうか。元々、あんたはバロールの護衛だったな……」

『立てるかい兄さん。
 闘いに水を差しちまって悪いが、おたくの闘うべき相手は『聖灰』じゃねえ。
 おたくはダチ公を助けに行ってやんな』

差し伸べられた右手/その手中に光る琥珀色の小瓶。
遺灰の男――手を取る/立ち上がる/小瓶を受け取る――そして握り砕く。
灰の右手に染み込む水薬――それを燃え盛る胸に押し付ける。
蒸発音――蒸気化した薬液が灰の五体の内側を駆け巡る。

288embers ◆5WH73DXszU:2020/09/28(月) 20:23:57
【エンバース・オルターエゴ(Ⅲ)】

『俺ぁおたくらの助っ人さ、『創世』の旦那に頼まれてな。聞いてないか?
 貰った金に見合った分だけ働くのが俺のポリシーだ、てことでな……ほら、行った行った!』

アラミガの右手が遺灰の背を叩く/血肉なき五体が大きくよろめく。

「待て、真理の。どうせなら、追加の小遣いを稼ぐつもりはないか?」

暫しの交渉――駄目で元々/だが利用出来るものなら利用すべき。

〈……なんとか命拾いしましたね。ですが……はぁ、困りました。
 あなたのパフォーマンスは本当に、予想以上に酷かった。
 この先の戦いに、付いていけるかどうか――〉

「――その件なら、心配はいらない」

〈……確かに、ハイバラならきっとそう言うでしょう。
 ですが、今はあなたの猿真似を褒めてあげられるほど――〉

「いや、違う。今のは"俺"じゃない。俺の言葉だ」

〈……なんですって?待ちなさい。それは、一体〉

「考え事なら後にしろ、フラウ。今は……ジョンを助けてやらないとな」

『ミスリル騎士団ねぇ。ミズガルズじゃ通用したかもだが、このアルフヘイムじゃ通用せんぜ、お嬢さん?
 アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちが邪魔されることなく、
 心置きなく仲間同士の決着を付けられるようにする……そいつが今回の俺のお仕事だ。
 さ……かかってきな』

「悪いな、マルグリット。そういう事らしい。ご期待に添えなくて悪かったな。
 お詫びと言っちゃなんだが――次は、俺があんたを見逃してやるよ」

不遜な態度/言動――生前の記憶から出力されただけの、かつての模倣――ではない。



『きっちり仕事させてもらうぜ。
 ――この背に担う十字にかけて』

「……ところでその十字架なんだが。幾ら払えば由来を教えてもらえるんだ?」

289embers ◆5WH73DXszU:2020/09/28(月) 20:26:50
【エンバース・オルターエゴ(Ⅳ)】


『…みんな』

血溜まりの中、膝を突くジョン・アデル/やや離れた位置で倒れたロイ・フリント。
ロイ・フリントは負けた/だが死んでいない――状況が読めない。
ただ――状況が好転していない事だけは分かる。

『みんな…なんで僕に構うんだ?…さっさと事を済ませて僕なんか無視すればいいだろう』

『そうかもな。お前をとっととどっかにほっぽり出してりゃ、いくらかスムーズに旅が出来た。
 でも、そうはならなかった。俺たちが選んだんだ、お前に構い続けることをな』

「なあ、これは我ながら――」

『いい迷惑なんだよ…さっさと消えてくれ。僕はもう…疲れたんだ』
『そこをどいてくれ…僕はロイにトドメを刺さなければいけないんだ
 ロイを殺して僕も死ぬ。邪魔さえしなければ君達にこれ以上迷惑はかけない…約束する。だからそこをどいてくれ』

「つまらない事を聞くんだけどさ――」

『どかねえよ。お前が誰かを殺そうとするなら、何度だって止めてやる。
 人知れず死ぬつもりならそれも止める。クソみてえな呪いに振り回されんのも、これで終わりにしよう』

「――オーケイ、俺の話は後にするよ。好きなだけ、弱音を吐いてくれ」

『本当に疲れたんだ…僕のせいで誰かが不幸になるのは…僕が生きている限り…まただれかの人生がおかしくなる。
 ブラッドラスト?呪い?違う…僕自身が…ジョン・アデルという人間が、化け物が生きている限り絶対に不幸になる…
 これ以上関われば君達にだって……』

〈なんて愚かな……彼らの献身は、あなたには何も伝わらなかったのですか?〉

『だから…僕に…理性がある内に死なせてくれ……お願いだ』

「やめろ、フラウ。お前だって覚えてるだろ――」

『それとも君達が僕を殺してくれるのか?』

「――こんな世界で、まともなままでいられる奴の方が少ないんだ」

『バカ野郎が。アコライトでも言ったろ――全員助けんだってよ』
『付き合ってもらうぜ。俺のささやかな、ゲーマーの矜持の為にな』

明神の返答――つまり、交渉決裂。

『わかった。もう聞かない…君達を殺して、ロイも殺して、僕も死ぬ』
『上等……!死なねえし、殺させねえし、死なさねえよ!』

戦いが始まる――『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にとって、分の悪い戦いが。
相手は超一流の職業軍人をも打ち負かすパワー/スピードを兼ね備えた人型生物。
故にATBゲージに縛られる事なく殺傷能力を発揮出来る――つまり、生粋のブレイブ殺し。

死なず、殺さず、殺されず勝利するには――手段を選んではいられない。

「明神さん」

遺灰の男が、左前腕のホルダーに固定したスマホを外し、そして投げた。

『はっ!?スマホ投げるとかお前どーいう教育――』

〈――遺灰の方?何のつもりですか?〉

遺灰の男は、かつてエンバースと呼ばれた男の不完全な記憶/未練=行動原理を受け継いだ、亡霊。
要するに――AIのようなものだ。現象であり、同時に擬似的な人格でもある。

故に、思考する。それは、つまり――成長するという事。

290embers ◆5WH73DXszU:2020/09/28(月) 20:27:21
【エンバース・オルターエゴ(Ⅴ)】

「"俺"なら、きっとこんな事はしないだろう。でも、俺は"俺"じゃない」

自分は、かつてエンバースと呼ばれた男の残滓/不完全なコピー。
決してオリジナルには至れない――遺灰の男が思い知った事実。
それが、遺灰の男に自我を与えた――偽物である自分を自覚した。

「だから、これが俺の正解だ」

及ばないから、及ぶ為の術を考えた/一つの人格として、思慮深さを得た。
偽物として、本物になった。

「明神さん、サモン頼む。俺じゃ、もうサモンもスペルも使えなくてさ」

明神を指名した理由――彼ならば、すべき事だけをしてくれる。

〈――なるほど。確かに、あなたはハイバラではない。
 だから、ハイバラが隠し通したかった秘密も、隠す必要はない。
 確かに、合理的です。こんな事を言うのは非常に不本意ですが――〉

「そいつの言う事なら、気にしなくていい。誰に似たんだか、うだうだ皮肉を言うのが趣味なんだ」

遺灰の男がスマホを扱えない事に詮索/動揺せず――問題解決に必要な事だけを。

『サモン――『フラウ』!!』

ひび割れた液晶画面から溢れる魔力の輝き/明神がスマホを投げ返す。
それを受け取る遺灰の男/スマホから零れ落ちる、白き肉塊。

〈こんな事を言うのは非常に不本意ですが――今のあなたは、ハイバラに少し似ていますね〉

「それは、褒め言葉として受け取っていいんだよな?」

〈いいえ?この短期間で随分と性格が悪くなりましたねと言っているんです〉

「そうかよ。まぁ、いいさ。とにかくやるぞ、フラウ」

〈フラウ?モンスターとしては、私はあなたよりもずっと先輩ですよ?〉

「……とにかくやるぞ、フラウさん」

291embers ◆5WH73DXszU:2020/09/28(月) 20:28:53
【エンバース・オルターエゴ(Ⅵ)】

『出し惜しみなしで行くぞ、ヤマシタ!『聖重撃』――』

先手を取ったのは明神――ではなかった。
中断されたオーダー/何故か――予想される大火力への対処を優先。
大火力――主の元へと駆け寄るウェルシュ・コカトリス=部長砲弾。

『ありがとう…いままでこんなクソみたいな主人に仕えてくれて…そして…さようなら』

そして――そのパートナーを蹴り飛ばす、ジョン・アデル。
悲鳴/血飛沫――主の情動を誘う事はない。
ジョン・アデル――蹴飛ばしたパートナーには目もくれない。
それから周囲に浮かべた呪血を掴む/捏ね回す/造形する。

『やっぱり一番メジャーで…分かりやすい形がいいな…』

〈……彼は、何をしているんですか。まるで、子供だ〉

フラウ――困惑/忌まわしげな声音。

「……それ。いい線行ってるかもな」

非常に悪い意味で、ジョン・アデルは思い出に生きている。
恐らくはずっとそうだった/この世界に来て、その傾向は急激に強まった。

『うん…これで怪物に…化け物っぽくなった』

血色のホッケーマスク/血色の斧――古典的殺人鬼の様相=ジョン・アデルの自己評価。

『ブラッドラストがあるからジョン・アデルは化け物なんじゃない…
  ジョン・アデルが化け物だからこそ…ブラッドラストという力を持っているんだ』
『僕は…ジョンアデルは!命の奪い合いが大好きだ!奪うのも!奪われるのも!心の底から愛している!!』

悲鳴じみた告白――遺灰の魂に焼き付いた記憶が疼く。
望まずして人を殺めた者に出会ったのは、これが初めてではない。
異世界に拉致され、望まぬ戦いに駆り出され――その末路の幾つかを、かつてエンバースと呼ばれた男は見てきた。

かつての記憶/未練が、遺灰の男に一つの感情を出力させる――過ちは、繰り返させない。

『一つ忠告しよう…僕の血には一切触らないほうがいい…さっきロイに毒を流されしまってね。
  元々僕の血は耐性がない生物には毒だったろうけど…いまや触るだけで大変な事になるよ。
  口や傷口に入ろう物なら…たとえモンスターでもただじゃすまないだろう』

「なるほど。つまり、そろそろ弱音のレパートリーも品切れって事だな?」

『それを踏まえて…逃げろ…逃げまどえ獲物共』

「オーケイ、やろうか」

蠢く呪血=流動/変形――死者の軍勢へと変貌。
虚ろな眼差しがブレイブ一行を捕捉――全てが一斉に前進を始める。
しかも――思いの外、素早い。

292embers ◆5WH73DXszU:2020/09/28(月) 20:31:26
【エンバース・オルターエゴ(Ⅶ)】

〈ジョン・アデルは、古き良きゾンビというものに価値を感じていないようですね〉

「ゾンビ?どちらかと言えばこれは、未来から来た殺人ロボットだ」

〈どちらでもいいでしょう。ゾンビでも殺人ロボットでも、弱点属性は変わりません〉

「確かに――!」

コートを漁る灰の右手/取り出すのは酒瓶/親指で首をへし折る――右腕で大きく弧を描く。
酒気が広がる/遺灰の纏う炎がそこを伝う――血の人形どもが燃え上がる。
血液を構成するタンパク質が熱凝固を起こし――崩壊する。

だが――処理速度が足りない。
"ブレイブ殺し"のスキルツリーにおいて最も重要なのは、ATBゲージに依存しない事。
火力や攻撃範囲は二の次/下準備次第――だが、今はそんな時間はない。

『どうすんだこれ、近づけねえぞ……!』

「いいや、方法はある……近づくだけでいいならな。だが、そうじゃないんだろう?」

分類学的に言えば、現在のジョン・アデルはサモナー系のエネミーと言える。
要するに"仲間を呼んだ"を延々と繰り返す存在――対処法は明白だ。
経験値稼ぎが目的でないのなら、サモナー本体を叩けばいい。

ここで言う"叩く"とは、つまり「二度と仲間が呼べない状態にする」事を意味する。
血の人形を一時的に引きつけ/回避し/本体を撃破すれば――状況は解決する。
だが――問題は、解決しない/ジョン・アデルは救われない。

「……いや、本当にどうするんだこれ、近づけないぞ。なあ、明神さん。
 駄目元で聞いておくけど、一度ジョンを昏倒させて、
 縛り上げてから会話に臨むってのは――」

状況――思わしくない。血人形を押し返す事は、今のところは出来ている。
だが、それだけ――ジョン・アデルに接近する為の見通しが立たない。
それどころか物理的に、見通しが悪い――ここ十数秒ほど、ジョン・アデルの姿を捕捉出来ていない。

遺灰の男が述べた妥協案すら、実現困難。

「どうしたもんかな、フラウさん――!」

〈あなた、さっきまでの威勢はどうしたんですか!〉

「俺は、出来ない事を出来ないと学んだんだ。出来る事が増えた訳じゃない」

〈偉そうに言えた事では――〉

『――エコーズオブワーズ』
『あの分からず屋にガツンと言ってやって! ボクとカケルで君まで繋ぐ!』
『なるほど……ガツンとね』

〈――今の!ちゃんと聞いていましたか!?〉

「ああ。なるほど、そういう方針か。なら、俺達がすべき事は――」

コートの内側へ潜る遺灰の両手/追加の酒瓶――そして、それを掠め取る白き触腕。
簒奪者=白き肉塊――そのまま酒瓶を握り砕く/降り注ぐ火酒を全身に浴びる。

「おい――!?」

〈――私がすべき事は、この忌まわしい人形どもの抑止という事ですね〉

293embers ◆5WH73DXszU:2020/09/28(月) 20:32:46
【エンバース・オルターエゴ(Ⅷ)】

直径30センチ強の白く/丸い/辛うじて騎士鎧の面影が残る肉塊。
その体が大きく縮む=ゴムボールの様相――つまり、直後に大きく弾む。
高速で跳ねる肉塊/その左右側面から踊る触腕――すれ違いざま、血人形を切り刻む。

「あ、あの、フラウさん?そいつら、直に斬りつけて大丈夫なのか!?」

〈いいえ、あんまり。ですが幸いな事に、今の私はアンデッドです。
 毒と呪いによるダメージの、前者についてはある程度は軽減されるでしょう。
 それに――私の速力とリーチは、こいつらの抑止に最適です。では、あなたは?〉

「……そういう事か」

〈ふん、やっと分かりましたか?なら、さっさとするように〉

激励/或いはただの罵倒/蒼白の閃光と化して消える肉塊――そして遺灰の男は、その場で立ち尽くす。

『まずはカザハ…君からだ。無条件で空に飛べるなんて…獲物としてふさわしくない』

仲間が仲間を殺そうとしている――だが遺灰の男は動かない。

『ボクは! 実家に帰っても政治的な争いに巻き込まれそうで平穏な生活が送れない!
 もう世界を救ってたくさんお金を貰ってアズレシアにでもマイホームを建てて隠居生活をするしかないんだ!』
『何の話してんだお前!?』

もう聞き慣れたボケ/ツッコミ――そこに混ざる事もしない。
代わりにコートの内側から、酒瓶をもう一本取り出す。
首をへし折る/喉に流し込む――空洞の体内に火酒が落ちる。

『人殺しだから殺人鬼のコスプレか。くだらねえな』
『俺はうんちぶりぶり大明神だが、汚物のコスプレしようとは思わねえ。
 俺は俺だ。クソみてえな人間性を、まんまクソに押し付けて逃げるつもりはない』

もう一本火酒を取り出す/首を折る/一息に煽る。

『化け物だぁ?お前はジョン・アデルだろうが。殺人鬼なんて上っ面で誤魔化すんじゃねえよ。
 シェリー・フリントを殺したのも、その罪に苦しみ続けてるのも、『化け物』じゃなくてジョン・アデルだろうが!』

更にもう一本/全て飲み干す。

『お前は化け物なんかじゃない。ちょっと人より運動神経と顔が良くて女の子と仲良く出来るだけの人間だ。
 それだってお前よか上手くできる奴はごまんと居る。思い上がってんじゃねえぞジョン!
 化け物飼えるような特別な存在じゃない。普通に人間なんだよ』

飲み干す。

『例えば俺は、お前よりゲームが上手い。相手をネチネチ追い詰めるのなんて大得意だ。
 人望だってお前よりある。お前の大親友は俺だけだが、俺にはガザ公ならびに沢山の大親友がいる。
 ほらな、お前なんかひとっつも特別じゃねえんだ。ごく普通の一般市民と言っても良い』

飲み干す。

『切られた腕が生えりゃ化け物か?皮膚が鱗状だったり、血に毒が混じってりゃ化け物か?
 殺人鬼のガワを被ろうが、ドラゴンの首ぶった切れるパワーがあろうが、人間だろ。
 お前が向き合わなきゃいけないのは――人間のジョン・アデルが犯した罪じゃねえか!』

「……明神さん。熱くなる気持ちはわかるが、少し下がれ。そこはもう、危険だ」

押し寄せ/押し返され/だが徐々に迫りくる血人形――遺灰の男が警告する。

294embers ◆5WH73DXszU:2020/09/28(月) 20:35:05
【エンバース・オルターエゴ(Ⅸ)】

「ああ、この瓶は気にしないでくれ。別に酔ってる訳じゃない」

遺灰の男の足元――推定、十本以上の酒瓶の破片。

「いや、やっぱり気にしろ。明神さんじゃない。ジョン、お前に言ってるんだぜ。
 実は、今まで黙っていたんだが……俺の体はもう、燃え尽きてるんだ。
 灰になってるんだ。ええと、つまり――」

押し寄せる血人形――その右手/爪/牙/或いは抱擁が、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に迫る。

「――そう、毛細管現象って知ってるか?」

そして――それらの脅威全てが一斉に、燃え上がった。
遺灰の男の足元から、フロア全体に伸びた灰の導火線。
そこから毛細管現象で広がった火酒に増幅された、闇色の炎によって。

血人形の含むタンパク質が熱凝固して、砕け散る/ついでに明神の前髪が焦げる。

「……だから言ったろ?そこは危険だって」

不敵な笑み――実際のところ、毛細管現象の制御は遺灰の男の管轄外。
間一髪で間に合ったなどとは決して悟らせない/精神的優位は譲らない。

ゲーマーの直感――今がジョン・アデルを揺さぶる好機。

「ところで……ジョン。あんたは自分の事を化け物だと思ってるらしいが。
 そんな事はないさ。俺なら簡単に――指先一つ、口先一つでそれを証明出来る」

遺灰の右手人差し指が高く天井を指す/ゆっくりと落ちる。

「――ロイ・フリント。結局俺が殺しちまったけど、良かったのか?」

そして、その指先が示した先に――ロイ・フリントは、いない。
どこを見ても、闇色の炎に包まれた焼死体など見当たらない――つまり、ただの嘘。
魂に焼き付いたゲーマーの嗅覚が嗅ぎ取った、ジョン・アデルの嘘/仮面が最も綻ぶ――かもしれない言葉。

〈私が拾い上げていなければ、本当に焼け死んでいましたけどね〉

喋る白い肉塊=なゆたの真隣/その更に隣に回収されたロイ・フリント。

「どうだ、どう思った?びっくりしたか?安心してくれたか?
 俺の予想が正しければ、お前はきっとそういうリアクションをする。
 何故なら、お前はただの人間で――いいヤツだからだ」

確信に満ちた遺灰の言葉――その実、確証などない。

「きっとあんたは、獲物を取られると思ったから――なんて嘯くんだろう。
 だけど、自分に嘘は吐けないぜ。あんたは、ただあの人間なんだ。
 昔馴染みの友達が無事で安心する、ただの人間だ」

これは、ただの賭け――ただし、負けても失うもののない賭け。

295崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/29(火) 20:53:16
スライム使いNo.1決定戦、その決着はついた。
ゴッドポヨリンの『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』の直撃を受けたきなこもち大佐とスライムヴァシレウスは、
ライフを0にして仰向けに倒れ、気絶している。
スライムヴァシレウスが光になって消えてゆく。肉体を維持できなくなり、スマホに戻ったのだ。
なゆたは小さく息をついた。だが、これで終わりという訳ではない。戦いはまだ続いている。
むしろ、これからが本番だ。
なゆたが仲間たちの方を振り返ると、ちょうど黒ずくめの傭兵が現れてエンバースの助太刀に入ったところだった。

「まさか……『真理の』アラミガ……!」

なゆたは瞠目した。
『真理の』アラミガ。十二階梯の継承者の第二階梯にして、この世界でも最強の傭兵。
その力は人外揃いの十二階梯の継承者たちの中にあっても突出しており、単騎の戦闘力においては他の追随を許さない。
むろん、マルグリットよりもその実力は上。マルグリットは歯噛みした。

「賢兄……! 乱心召されたか!
 この世界存亡の危機に、よもやバロール師兄の味方をされるとは!
 賢師のお言葉をお忘れになったのですか……!?」

「おいおい、勘違いするなよ『聖灰』。
 俺がこの世で唯一崇拝してんのはローウェルの爺さんじゃねえ。金だよ、現ナマ。
 人間は立場や状況で容易に裏切るが、金だけは何があっても裏切らねえ。
 それが『真理の』アラミガの『真理』――オーケイ?」

「く……!」

そう、アラミガはただ、より多くの金をくれるクライアントの味方をするだけ。
そこには一切の妥協も、温情も、手心もない。
きっとバロールは今回、相当な大金をアラミガに積んだのだろう。
十二階梯の継承者でありながら、アルフヘイムにもニヴルヘイムにも属さない完全中立の傭兵。
戦力的に不利な立ち位置のバロールにとって、金さえ出せば味方するという明確なスタンスのアラミガは格好の取引相手だった。
一巡目でも、そうやってバロールは何度となくアラミガを自らの手駒としてきたのである。

>待て、真理の。どうせなら、追加の小遣いを稼ぐつもりはないか?

ポーションで回復したエンバースがアラミガに交渉を持ちかける。
なんでも、バロールのツケでポーションをもう一本追加したい。ということらしい。

「あいよ、兄さん」

アラミガは快諾すると、コートの内側からもう一本ポーションの小瓶を取り出し、エンバースへと放った。
それと同時、シェケナベイベを下した明神がガザーヴァと合流する。

>ガザーヴァ

「ん」

隣に立つ明神に対し、ガザーヴァは短くいらえた。しかし視線は前方のジョンへ向けたままだ。

>勝ったぜ

「……ん」

素っ気ない返事。だが、そこには言葉では言い表せない信頼が籠っている。
余計な言葉なんて使わずとも、心で理解している。通じ合っている。
確かな絆のもと、ふたりは拳を合わせた。

きなこもち大佐とシェケナベイベが沈み、残るマル様親衛隊は隊長のさっぴょん一人となった。
しかし、そのさっぴょんは現在マルグリットと一緒にアラミガに足止めされている。
さっぴょん単騎でも世界有数の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』であり、マルグリットも第四階梯の猛者だというのに、
その二名を同時に相手取ってもアラミガはまったく引けを取らない。むしろまだ余力を残しているようにも見える。
ゲームの仕様では、アラミガは雇う際に払う金額によってステータスが変動する。
設定された最低賃金でもある程度の働きはしてくれるが、報酬を積めば積むほど『やる気』を出してくれるのである。
その金額は実質青天井。とあるゲーム実況では配信者が攻撃一発に対して35億ルピを支払ったところ、
レイドボスのデーモンロードに対して2京というダメージを叩き込み、一撃で沈めたという伝説まで残っている。
さすがにそのレベルまで行くのは非現実的だが、ともかく今のアラミガは相当な金額でバロールに雇われているらしい。
フリントはジョンに敗れ、意識をなくしている。
何はともあれ、これでジョンと自分たちとを邪魔する者は誰もいなくなった。

「ジョン……」

なゆたがジョンと対峙する。他の仲間たちも同様だ。
それにしても、いったい何が起こったというのか。
気付けばバケモノ然としていたジョンの身体は、元通りの人間のそれに戻っていた。
千切れたはずの腕も元に戻っている。これもブラッドラストの力なのだろうか。

>ぁ…あぁ…僕の右腕が…鱗が…無くなってる…

自らの身体から流れ落ちた血だまりの中で、ジョンが愕然と悲嘆の声を上げる。
こちらが何かしたということはない。だが、間違いなく状況は変転している。
これは外的要因ではなく、内的要因――ジョンの内部で、何かが起こったのだ。今までのすべてを覆す何かが。

296崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/29(火) 20:55:53
>…みんな
>みんな…なんで僕に構うんだ?…さっさと事を済ませて僕なんか無視すればいいだろう

「………………」

なゆたは口許を引き結んだまま、何も言わない。

>早くヴィゾフニールに乗ってエーデルグーデに行こう!
>そうかもな。お前をとっととどっかにほっぽり出してりゃ、いくらかスムーズに旅が出来た。
 でも、そうはならなかった。俺たちが選んだんだ、お前に構い続けることをな

カザハと明神が口々にそう言うが、ジョンはまったく取り合わない。

>いい迷惑なんだよ…さっさと消えてくれ。僕はもう…疲れたんだ
>そこをどいてくれ…僕はロイにトドメを刺さなければいけないんだ
 ロイを殺して僕も死ぬ。邪魔さえしなければ君達にこれ以上迷惑はかけない…約束する。だからそこをどいてくれ

「………………」

ジョンが焦燥した表情で言葉を零し続けるのを、黙して聞く。

>本当に疲れたんだ…僕のせいで誰かが不幸になるのは…僕が生きている限り…まただれかの人生がおかしくなる。
 ブラッドラスト?呪い?違う…僕自身が…ジョン・アデルという人間が、
 化け物が生きている限り絶対に不幸になる…これ以上関われば君達にだって……
>だから…僕に…理性がある内に死なせてくれ……お願いだ

ジョンが懇願する。死なせてくれと。
これ以上自分が罪を重ね、犠牲者を出す前に、自分の生にケリをつけさせてくれ――と。
確かにそれはひとつの決着の付け方ではあるのだろう。
ジョンはもう、自分をコントロールできていない。バケモノになろうとしている自分に、殺戮の衝動に抗うことができない。
だからこそ自分のせいで変わってしまったロイを殺し、自分も死ぬことで、呪いの連鎖に終止符を打とうとしている。
しかし――
この場にいる皆が思っている。『そんなものはなんの解決にもならない』と。

心の中にずっと根付いている信念のために。
かつての失敗を繰り返さないために。
ゲーマーの矜持のために。
新たな自分に、進むべき道しるべを付けるために。

かけがえのない、この仲間を倒し――血の終焉、呪われたその宿命から解放する。
それこそが、この場におけるたったひとつの冴えたやり方なのだ。

>わかった。もう聞かない…君達を殺して、ロイも殺して、僕も死ぬ

ジョンが立ち上がる。
その瞳は濁っていて、生気がない。完全にブラッドラストの力に呑み込まれてしまったのか、それとも――
“それこそが、本当のジョンの姿なのか”。

>ニャ…ニャー!

部長が血だまりを踏みしめ、ジョンのもとへと歩いてゆく。
この期に及んでも、部長はジョンのことをマスターと認め、信頼し、その力になろうとしている。
誤った道を歩もうとしている主人の目を、覚まさせようとしているのだ。

>…部長…君は本当にいい子だね…うん…本当にいい子だ

部長はつぶらな瞳でジョンを見上げ、懸命にすり寄ろうとする。
ジョンがそんな部長を見下ろす。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とモンスターは、決して切れない絆で繋がっている。
部長の純粋で無垢な愛が、健気な献身が、ジョンの濁った魂をほんの少しでも浄化してくれれば……。
だが、そうはならなかった。

>僕の最後の一押しを手伝ってくれるなんて

ドガァッ!!

ジョンは何を思ったか、その足許にすり寄ってきた部長を渾身の力を込めて蹴り飛ばした。
ぎゃんっ!! と一声悲鳴を上げ、部長が遥か後方へと吹き飛ぶ。

「部長!!」

身体が勝手に動く。なゆたは素早く身を翻すと、全速力で部長へ向けて走った。

297崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/29(火) 20:58:46
「くうう……、間に合え―――――――――ッ!!!」

サッカーボールよろしく蹴り飛ばされ、宙を舞う部長を視界に捉えながら懸命に追いかける。
このままでは部長は床に墜落して死んでしまうだろう。
なゆたはありったけの力で床を蹴ると、部長が墜落する寸前に横っ飛びでその小さな身体をキャッチした。
すぐに部長をぎゅっと胸の中に抱き締め、同時に四肢を縮こめ身体を丸める。
なゆたの身体は慣性でゴロゴロと床を十数メートルも転がり、やっと止まった。

「いたた……。部長、大丈夫……?」

『……ニャァ……』

胸の中の部長を覗き込む。部長は息も絶え絶えだった。
ブラッドラストで筋力の増幅されたジョンの、全力の蹴りを喰らったのだ。普通の犬なら即死だっただろう。
モンスターの部長であっても、内臓破裂などしていたとしても不思議ではない。
なゆたはアラミガからもらったポーションのアンプルヘッドを折り、薬液を部長に飲ませた。

『ニャー』

「……よかった」

ポーションがすぐに効果を発揮し、部長は回復した。愛くるしい瞳でなゆたを見、舌でぺろぺろとなゆたの頬を舐める。
なゆたは安心してほっと吐息した。

>うん…これで怪物に…化け物っぽくなった

前方では、ジョンが熊の腕とトカゲの鱗に代わる新たな姿に変容していた。
まるで、ハリウッド映画の著名な殺人鬼のような姿。
それはきっと、ジョンの中にある『人を殺すバケモノ』というイメージを端的に表したものなのだろう。

>僕は…ジョンアデルは!命の奪い合いが大好きだ!奪うのも!奪われるのも!心の底から愛している!

ジョンが叫ぶ。
それは友愛や信愛、正義や勇気といった善性からの訣別。
自分は闘争と殺戮に耽溺する怪物だ、ということの宣言。
だが――

なゆたにはそれが、救いを求めるジョンの悲痛な叫び声のように聞こえてならなかった。

「ね……部長」

床に転がった際にぶつけた四肢が痛む。なゆたはゆっくり立ち上がると、腕の中の部長に語り掛けた。

『ニャー』

「ご主人さまが、あんなこと言ってるよ。殺すのが大好きだって。
 みんな殺して、自分も死ぬって。……ホントかな」

『ニャー……』

「わたしにはね、どうしてもそうは思えない。だって、彼はあんなにも殺すのが好きだって。殺されるのが好きだって。
 そう言ってるのに……アルフヘイムへ来て今まで、ひとりだって誰かの命を奪ったことはないんだもの」

『……ニャ』

「あなたのご主人さまは、優しい人だね。あんな分かりやすい悪役の姿になって、
 わたしたちに――自分自身に、悪なんだって言い聞かせて。
 人殺しの悪者なんだから、わたしたちがやっつけたって全然悔やむ必要はないんだよって、叫んでる。
 彼を斃しても、わたしたちが罪悪感に苛まれることのないように……」

『ニャァ……』

「わかってる。わかってるよ、部長。
 彼の願いを叶えよう。ジョンの呪いを解こう。
 解呪目当てにエーデルグーテまで行くのはやめた。ブラッドラストは――今。この場で、わたしたちが解く!!」

『……ニャン!!』

部長が強い調子で一声鳴く。
なゆたもまた、決然とした表情で顔を上げた。

298崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/29(火) 21:02:25
>一つ忠告しよう…僕の血には一切触らないほうがいい…さっきロイに毒を流されしまってね。
 元々僕の血は耐性がない生物には毒だったろうけど…いまや触るだけで大変な事になるよ。
 口や傷口に入ろう物なら…たとえモンスターでもただじゃすまないだろう」
>それを踏まえて…逃げろ…逃げまどえ獲物共

今まで斃した者たちの姿を象った血の塊が、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』へと襲い掛かってくる。
はるか後方に蹴り飛ばされた部長をキャッチするため退いたなゆたは血の人形から距離を置くことになったが、
前線にいる明神やカザハ、エンバースは無限に湧き出す呪血の軍勢に手を焼いている。

>響き合う星辰の調べ《アストラル・ユニゾン》

カザハがスキルを発動させる。
パーティーの人数によって増加する数値が変動するという、高レベルの全体バフスキルだ。
さらにカザハは先ほどさっぴょん相手に逃げ惑っていたとは思えないほど矢継ぎ早にスキルを発動させてゆく。

>カケル! トランスフォーム!

ユニサスのカケルが人型となり、

>――エコーズオブワーズ

明神に魔法バフを盛り、

>――風精王の被造物《エアリアルウェポン》
>妖幻の舞《フェアリー・ダンス》!

風の大鎌を造り出し、ジョンの身体を切り裂いてゆく。
その間、カケルもまた『サフォケーション』で血の軍勢を無力化させてゆく。
まさに三面六臂の大活躍だ。

《―――来た……!!》

スマホの中で、キングヒルの王宮にいるバロールが声を上げ、椅子から勢いよく立ち上がった。
隣のみのりがバロールを見て、怪訝な表情を浮かべる。

《……師匠? なんですのん?》

《ハハッ……ハハハハハハ! そうか、ここで出て来てくれたか……! いい、いいぞカザハ!
 それだ……それが見たかった! それを待っていたんだよ、私は――!!》

食い入るようにレプリケイトアニマ内の状況を映し出す画面を見ながら、バロールが喜悦の表情を浮かべる。
今までどんなことがあっても余裕の態度を崩さなかったバロールが、初めて見せる表情。
そして。

>ボクは! 実家に帰っても政治的な争いに巻き込まれそうで平穏な生活が送れない!
 もう世界を救ってたくさんお金を貰ってアズレシアにでもマイホームを建てて隠居生活をするしかないんだ!

「な……、なんだよ、それ……!」

覚醒したカザハの戦いを目の当たりにして、ガザーヴァは兜の下で愕然と唇をわななかせた。
今までのカザハが、素のカザハだと思っていた。ヘタレで、根性なしで、なけなしの勇気を振り絞ってようやく戦える程度の雑魚。
レイド級の自分よりも遥かに格下の、どうってことないシルヴェストル――
そう、思っていた。
そしてそんな力の差が、今まで一種の精神安定剤となってガザーヴァにカザハの存在を許す理由を作っていたのだ。
けれどもそれは誤りだった。カザハは間違いなく風精王の系譜に連なる特別な妖精で。
《レクス・テンペスト》なる資質を有している、稀なシルヴェストルであったのだ。
覚醒したカザハは、恐るべき力を持つジョンに一歩も引けを取らない。
だが――

「……そんなの……。
 そんなの、ズルいじゃんか……!」

自分にその力はない。
その力を再現しようとしたバロールによって生み出され、しかしそれを持たずに失敗作の烙印を捺された。
どうってことないシルヴェストルだったのは、むしろ自分の方――

「……ぅ……、
 ぅうぅうぅぅうぅぅううぅうううぅうぅうぅぅぅう……!!!!」

ガザーヴァは苦しげに呻くと騎兵槍を取り落とし、両腕で自らの身体を抱き締めた。
そして苦悶する。忘れかけていたトラウマが蘇った瞬間だった。

299崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/29(火) 21:04:45
>人殺しだから殺人鬼のコスプレか。くだらねえな

あからさまな殺人鬼の姿になったジョンへ、明神が言葉を投げる。

>化け物だぁ?お前はジョン・アデルだろうが。殺人鬼なんて上っ面で誤魔化すんじゃねえよ。
 シェリー・フリントを殺したのも、その罪に苦しみ続けてるのも、『化け物』じゃなくてジョン・アデルだろうが!

そうだ。
ジョンは殺人鬼でもなければ、バケモノでもない。
幼いころ、已むに已まれぬ理由で。まったき優しさから親友の妹を手にかけてしまい、それを悔やみ続けて。
ずっとずっと苦しみ続けている、ひとりの人間に過ぎないのだ。
だが、今のジョンは罪の重さに耐えかね、自分は最初から殺人鬼だったのだ、バケモノだったのだと思い込むことで、
その罪を正当化させようとしている。
バケモノなのだから殺してもよかったのだ。死んでもいいのだ。
そう思い込もうとしている。

それは、正さねばならない。

>切られた腕が生えりゃ化け物か?皮膚が鱗状だったり、血に毒が混じってりゃ化け物か?
 殺人鬼のガワを被ろうが、ドラゴンの首ぶった切れるパワーがあろうが、人間だろ。
 お前が向き合わなきゃいけないのは――人間のジョン・アデルが犯した罪じゃねえか!

カザハのスキルによって増幅された明神の声が、ジョンの耳朶を打つ。
しかしジョンは怯まない。呪血の軍勢はたじろがない。
ヤマシタの右足が呪血の侵蝕を受けて崩壊する。
ゆっくりと、しかし着実に、ジョンの軍団(レギオン)が『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を追い詰める――。

だが。

>……明神さん。熱くなる気持ちはわかるが、少し下がれ。そこはもう、危険だ

エンバースが、それに埒を開けた。
佇立するエンバースの周囲には、火酒の瓶の欠片が大量に散らばっていた。
そして――

>――そう、毛細管現象って知ってるか?

周囲にいる血色の人形たち、そのすべてが同時に燃え上がった。
毒々しい色合いの血人形たちが篝火のように燃え盛り、ゆっくりと形を崩して沈んでゆく。
いつの間に仕込んでいたのか――フロア全体にエンバースの灰の導火線が伸びており、炎の舌がくまなくブラッドラストを舐める。

「……すごい……!」

部長を抱いたまま、なゆたは目を瞠った。
明神が召喚し、初めて姿を現した彼のパートナーモンスター・フラウといい、やはり別格の強さだ。
元祖『異邦の魔物使い(ブレイブ)』殺しの二つ名は伊達ではない。
ただ――戦線はだいぶこちらの有利に傾いてきたが、まだ決着はついていない。
ジョンは、まだそこにいる。

>ところで……ジョン。あんたは自分の事を化け物だと思ってるらしいが。
 そんな事はないさ。俺なら簡単に――指先一つ、口先一つでそれを証明出来る

さらに、エンバースはその余勢を駆って言葉を紡ぐ。

>――ロイ・フリント。結局俺が殺しちまったけど、良かったのか?

「!」

それは、ハッタリ。虚言、出鱈目。単なるブラフにすぎない。
いつの間にか、ロイはフラウが安全なところに退避させていた。
ジョンの魂の救済のため、命も感情も未来もすべてを捧げた男は、なゆたのすぐ傍に寝かされている。

>どうだ、どう思った?びっくりしたか?安心してくれたか?
 俺の予想が正しければ、お前はきっとそういうリアクションをする。
 何故なら、お前はただの人間で――いいヤツだからだ
>きっとあんたは、獲物を取られると思ったから――なんて嘯くんだろう。
 だけど、自分に嘘は吐けないぜ。あんたは、ただあの人間なんだ。
 昔馴染みの友達が無事で安心する、ただの人間だ

けれどもそれで充分だっただろう。ジョンの本当の心を確かめるには。
そう、彼は――キングヒルでであった頃と何も変わらない、ただの人間なのだ。

300崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/29(火) 21:07:23
ず、ず、ずる……と、血だまりの中から新たな軍勢が出現する。
このままではじり貧だ。カザハのスキルも、エンバースの火酒も、無限という訳ではない。
だが、ジョンのブラッドラストはジョンが生きている限り永遠にその威力を弱めない。呪血の軍勢は際限なく湧き出してくる。
根本的に、血そのものを何とかしなくてはならない。
だから。

「そろそろ、わたしが行かせてもらうわよ……みんな!」

部長を胸に抱き締めたまま、なゆたが言う。

「触れただけで大変なことになる、破裂する血人形。
 この場にブラッドラストの血がある限り、永遠に出現し続けるクリーチャー。
 それを止めるには――簡単なこと! 『それより強い毒をこちらが用意すればいい』!
 目には目を、毒には毒を! 毒を以て毒を制す、窮極の門の鍵を開け、今! 彼方より此方へ来たれ!!
 リバース・ウルティメイト召喚!!」

なゆたは片手にスマホを持つと、今まで溜まりに溜まったATBを爆速で消費してゆく。
『毒散布(ヴェノムダスター)』。
『麻痺毒(バイオトキシック)』。
そして『形態変化・液状化(メタモルフォシス・リクイファクション)』――
なゆたの背後に控えたG.O.D.スライム、ゴッドポヨリンがその色を毒々しいものに変え、楕円形の身体がその容を喪う。
召喚されるのは、なゆた秘蔵の奥の手。もう一柱の神。

『外なる神』アブホース。

「ゴッドポヨリン・オルタナティヴの攻撃! この場にある、すべての禍々しいものを洗い流す!
 ――『混沌大海嘯(ケイオス・タイド)』!!!!」

どぱぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!

身長18メートル、重量43.4トンの質量がすべて液体に変化し、波濤を打ってフィールド全体に行き渡る。
戦闘フィールドにあるすべてを押し流す、神の裁き。
むろん、フレンドリーファイア無効設定によって『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちには一切のダメージはない。
だが、ジョンの生み出した血の人形たちは別である。
アブホースの肉体そのものである灰褐色の粘液が床一面を覆い、ブラッドラストさえ埋め尽くす。
これによってジョンの軍勢は『発生した瞬間アブホースに喰われる』結果となり、ほぼ無効化された。

「……みんな」

灰褐色の海が漣立つフィールドで、なゆたは仲間たちに向き直った。

「このまま全員で総攻撃すれば、きっとジョンは倒せるはず。でも――
 わたしは。それじゃだめだと思う」

明神の、カザハの、ガザーヴァの、そしてエンバースの顔を順に見る。
激しく取り乱していたガザーヴァだが、今は一旦落ち着きを見せている。
が、反応はない。バイザーに覆われたその顔がどんな表情でいるのか、誰にも分からない。
なゆたは続ける。

「そうだよ。このままわたしたちがジョンを倒すだけじゃ……きっと何も変わらない。
 本当にすべきなのは、ジョンを倒すことじゃなくて……ジョンに分かってもらうこと。
 シェリーのことを乗り越えて、前に進まなきゃって。そうジョンに思ってもらうことなんだ。そうでしょ?」

力に物を言わせてジョンを撃破しても、そこには『力はより強い力に凌駕される』という結果が残るだけだ。
ジョンはブラッドラストをさらに強化させればいい、と考えるかもしれない。もっと強い力を得たいと。
それでは意味がない。ジョンを押さえつけるのではなく、ジョン自身に分かってもらうこと。
シェリーの命を奪ったのではなく、シェリーから力を譲り受けたのだと理解してもらうこと――
それこそが、何よりもやらなければならないことなのだ。

「そう考えると――今、この場でそれが出来るのはわたしたちじゃない。
 わたしたちにその権利はない。
 わたしたちはみんな、それぞれジョンのことを想っているけれど。
 本当にジョンの目を覚まさせることができるのは……ジョンの家族だけなんだよ」

そして。
ここにいる、ジョンの家族といったら――

「わたしに考えがあるの。
 みんな、力を貸して。
 ――みんなの命を、わたしに預けて」

なゆたは真剣な面持ちで仲間たちにそう告げた。

301崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2020/09/29(火) 21:11:28
「……ジョン」

話が終わると、なゆたはジョンへと向き直った。

「あなたは言ったよね。自分は元々化け物だったんだって。
 ……そうかもね。あなたは化け物なのかもしれない。でも……それは『あなただけの話じゃない』よ。
 誰だって、心の中に恐ろしい化け物を飼っている。
 他人より幸せになりたい。責任なんて放り出して楽したい。節制なんて気にせずオナカいっぱいご飯が食べたい。
 ――気に入らない人を殺してしまいたい。
 わたしだって、明神さんだって、カザハだって……エンバースだって。
 でも、そんな心の中の化け物と何とか折り合いを付けながら、みんな毎日生きてるんだよ」

部長を抱き締めたまま、なゆたは語る。

「ジョン、あなたのすべきことは、化け物を受け入れることじゃない。
 あなたの中にいる化け物を理解し、対峙することなんだ」

『ニャー』

ね? と軽く首を傾けて、部長の顔を見る。
部長はすぐに返事をした。

「勝負をしよう、ジョン。
 わたしがこれからする攻撃、それをあなたが受けきることができたら、あなたの勝ち。
 わたしたちは潔く負けを認めて、あなたに逆らうこともしない。
 パーティーを離脱するも、わたしたちを殺すも、あなたの好きにすればいい。
 どうせこの攻撃を凌がれたら、わたしたちにあなたの足を止めることのできる手段はないんだもの」
 
なゆたはスマホを翳すと、それを前方に突き出した。
そして、高らかに叫ぶ。

「みんな、これが最後よ! 全力でバフをかけて!
 『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』――プレイ!」

スマホの液晶画面が眩く輝き、スペルカードが瞬時にその効果を発揮する。
しかし、なゆたがバフをかけた相手はポヨリンではない。
その対象は――部長。

なゆたは仲間たちに、部長に対してありったけのバフをかけてほしいと提案した。
ジョンを目覚めさせることができるのは、なゆたでも明神でもカザハでも、エンバースでもない。
ずっとジョンと一緒にいて、ジョンの傍でジョンのことを見守り続けていた、彼の唯一のパートナー。
部長しかいない――なゆたはそう信じたのだ。
家族にも等しいフリントの攻撃によってジョンの内部で何らかの変化が起き、ジョンは熊の腕と鱗の姿から人に戻った。
だとしたら、この場にいるもうひとりの家族――部長の攻撃を受ければ、きっとジョンの内面には更なる変化が現れるはず。
ブラッドラストが殺めた相手の命を取り込むのなら、その中にはきっとシェリーの魂も入っているに違いない。
その励起を促すというのが、なゆたの作戦だった。

『ニャアアアアアアアアア!!!!』

仲間たちからのバフを受けた部長が黄金に輝く。

「ポヨリン!
 『形態変化・軟化(メタモルフォシス・ソフト)』――プレイ!」

『オオオオオオオオオオ―――――――……ム……』

それまで凪のように床を覆うだけだったゴッドポヨリン・オルタナティブが、なゆたの号令で俄かに身を起こす。
フィールドすべてに広がったその体躯がざざ、と波立ち、一部が壁のように隆起する。
なゆたの手から跳ねるように飛び出した部長が、何を思ったか全速力でジョンではなく、
ジョンとは正反対の位置にあるポヨリンの水の壁へと突進してゆく。

『ニャアアッ!!!』

どずんっ!!!

現状かけられるだけのバフを盛られた部長が、水の壁に突き刺さる。
その威力は凄まじい。部長の突進を受けて、水の壁がまるでゴムのように伸長し『<』の形状に変わる。
もちろん、部長は血迷ってポヨリンに攻撃を加えたのではない。
なゆたは液状だったポヨリンを軟体状にすることで、その躯体にゴムのような高反発弾性を持たせた。
そこへ部長を突撃させるとどうなるか?
限界近くまで伸長したポヨリンの躯体は元に戻ろうと、部長の突進の威力に自らの反発性を上乗せして跳ね返す。
結果――部長はただ自らが突進するだけよりも遥かに速いスピードと威力でもって反対側へと――
すなわちジョンの許へと飛んでいくのである。

「喰らいなさい――ジョン!」

ドギュォッ!!!!!

それは砲弾などという生易しいものではない、黄金に輝く流星。
第一宇宙速度(28,400km/h、プロ野球選手の投球が130km/h〜165km/h程度)にも匹敵する速度で、部長がジョンへと突進する。

「真・部長砲弾!!
 いっっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――――――――――ッ!!!!!」

『ニャアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――――――ッ!!!!』

いくらジョンがブラッドラストで身体能力を強化しているとはいえ、この速度の部長を躱すことはできないだろう。
いや、ジョンにまだいくらかでも人間性が残されているとしたら、この部長を避けることはしないはずだ。
恐らく、真っ向から受けて立つはず――。
シェリーと、ロイ。そして部長。
ジョンの大切な家族たちが、必ず彼の目を覚まさせてくれるはず。

なゆたはそう信じた。


【アラミガ、エンバースにポーションを譲渡。
 パーティー全員で部長にバフを盛り、真・部長砲弾を発動】

302ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/02(金) 13:41:58
>「瞬間移動《ブリンク》!」

渾身の不意打ちが瞬間移動で回避される。

「その回避方法は長くは続かないぞカザハ!」

斧を移動先に向かって勢いよく投げる。

>「カケル!」
>「分かってます! サフォケーション!」
>「――風精王の被造物《エアリアルウェポン》」

「姿が変わったからなんだ?それで強くなったつもりか?」

僕は気づかない。その言葉が自分にも跳ね返ってきているという事を。

>「ボクは! 実家に帰っても政治的な争いに巻き込まれそうで平穏な生活が送れない!
もう世界を救ってたくさんお金を貰ってアズレシアにでもマイホームを建てて隠居生活をするしかないんだ!」

「喋ってる余裕があるのか!この僕に対して!」

パワーは素手と鎌で同程度。いやスピードも、パワーも僕が上回ってる…はずだった。

>「そのためには! 失敗した前回とは別のルートに入らないといけない!
でもどこがルート分岐の特異点になってるか分からない! だから! 前回失敗したところは全部成功させなきゃ!」

実際の攻防は、カザハの優勢だった。僕は手も足も出ず、後ろに下がり続けるしかなかった。

>「というわけで全然君のためじゃないんだ! 夢のマイホーム隠居生活諦めてたまるかぁあああああああ!!」

「ぐうっ…!?」

僕の体に確実にダメージが蓄積されていく。なぜだ?僕のほうが圧倒的に力も、力が強いという事はスピードだって速いはずなのに。
僕の頭の中ではカザハの顔面を…僕の拳が捉えているのに!一撃でカザハの顔面を打ち砕く事がなぜ現実にならない!

>「もう! 反応見えないとやりにくいなあ! ……それ被ってるのはもしかして表情隠すため?」

「うるさい!黙れ!!」

カザハが予想以上に強いから?それももちろんある…でもそれ以上に…

>「――吹き降ろし馬蹄渦!!」

「させるかっっ――」

>「人殺しだから殺人鬼のコスプレか。くだらねえな」

目の前に集中させてからの横からの強打。そして上空からのドロップキックが顔面直撃。

ふっとばされ意識が朦朧とするほどの強烈な飛び蹴りと拳を食らってやっと気づく。
ブラッドラストを手放す・手放したという事は…熊の腕も鱗も使えない…という事は

頭ではわかっているのに反撃できないのも。
普段より力がみなぎっているのに普段より体が動かないのも。
ただ高速で走るだけならいざしらず…戦いという物は体よりセンスが重要なのだという事を

「…シェリー」

僕は弱体化していた。いや、弱体化したというのはただしい表現ではない。
正しくは強化されたがそれを操作する技能を失ったのだ…自ら。

「くそ!くそ!それがなんだってんだ!?」

303ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/02(金) 13:42:16

「僕は化け物だ!その為にいろんなものを犠牲にして!想いを犠牲にして!力を手に入れて…強くなったはずなのに!」

>「化け物だぁ?お前はジョン・アデルだろうが。殺人鬼なんて上っ面で誤魔化すんじゃねえよ。
 シェリー・フリントを殺したのも、その罪に苦しみ続けてるのも、『化け物』じゃなくてジョン・アデルだろうが!」

>「お前は化け物なんかじゃない。ちょっと人より運動神経と顔が良くて女の子と仲良く出来るだけの人間だ。
 それだってお前よか上手くできる奴はごまんと居る。思い上がってんじゃねえぞジョン!
 化け物飼えるような特別な存在じゃない。普通に人間なんだよ」

「黙れ…黙れ!!」

聞きたくない。聞きたくなんてない。聞きたくない。

>「切られた腕が生えりゃ化け物か?皮膚が鱗状だったり、血に毒が混じってりゃ化け物か?
 殺人鬼のガワを被ろうが、ドラゴンの首ぶった切れるパワーがあろうが、人間だろ。
 お前が向き合わなきゃいけないのは――人間のジョン・アデルが犯した罪じゃねえか!」

「やめろ…僕は怪物でいなきゃいけないんだ!化け物でいなきゃいけないんだ!それが僕の生まれもった・・・性なんだがら…!」

僕は戦いが好きだ。命の奪い合いが好きだ。気づいたのはこっちに来てからだけれど。
ルール無用でいい、卑怯でもなんでもすりゃいい。殺されたってかまわない。それも楽しい事だ。

でもこの考えは人間のしていい思考じゃない。でも我慢はできない。これが僕の性だから。
生まれ持った性は…だれにも…自分にも…否定することも、拒否する事もできない。

だから僕は…人間じゃなくていいんだ。怪物に…化け物にならなければ…。

「僕は…人殺しが好きな僕は…人間でいちゃいけないんだよ!!!」

>「……明神さん。熱くなる気持ちはわかるが、少し下がれ。そこはもう、危険だ」

「…今度は君か…エンバース…」

>「ああ、この瓶は気にしないでくれ。別に酔ってる訳じゃない」
「いや、やっぱり気にしろ。明神さんじゃない。ジョン、お前に言ってるんだぜ。
 実は、今まで黙っていたんだが……俺の体はもう、燃え尽きてるんだ。
 灰になってるんだ。ええと、つまり――」

「君のそのわかりにくい言い回し…別に嫌いじゃなかったが…今はすっごい不愉快だよ」

>「――そう、毛細管現象って知ってるか?」

「…不愉快だっていってるだろ!!」

殴りかかろうとしたその時…血人形達が炎上、爆発する。
爆発…というのは正しい表現ではないかもしれないが…僕にはそう見えた

304ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/02(金) 13:42:32

「血人形を全部始末したからお前の負けだといいたいのか?それはちょっと甘いんじゃないか?
あんなのいくらでも量産できる。僕の血があればそれだけでいいんだからな…その内火に耐性ができる個体ができ始める」

砕け散った破片が少しずつ集まり、ゆっくりと形を形成していく。
僕の血は今は純粋な血に限りなく近い成分でできているが、元はブラッドラストの力の一部だ。
火の耐性が必要ならそういう風に中をいじくればいいだけ。
時間が経てば経つほど僕が有利なのは当然。まだ勝負だって始まったばかりに過ぎないのだ。
それをエンバースとあろうものが理解していないはずがない…それなのに目の前のこの死体は…表情があればかなりのニヤけた面をしているだろうという事が理解できる。

なぜだ…なぜこんなにも余裕がある?

>「ところで……ジョン。あんたは自分の事を化け物だと思ってるらしいが。
 そんな事はないさ。俺なら簡単に――指先一つ、口先一つでそれを証明出来る」

「なんだと…?」

エンバースはゆっくりと…天上を指さす。

>「――ロイ・フリント。結局俺が殺しちまったけど、良かったのか?」

「なっ!」

急いで上を見る。しかしそこにはなんの代わり映えのしない…いや炎で焦げたのか…元々こんな天井だったのか・・・とにかく天井しかない。
周りを見る。死体はない。そこにあったのは火の海とカザハ達…それに見慣れない…「なにか」がなゆとロイを守っていた。

ほっと胸をなでおろす。ロイが無事であるという事に…

>「どうだ、どう思った?びっくりしたか?安心してくれたか?
 俺の予想が正しければ、お前はきっとそういうリアクションをする。
 何故なら、お前はただの人間で――いいヤツだからだ」

「・・・・・・・・・・・・・・」

なにも答えられなかった。エンバースの言う通りだった。

「僕はただ」
>「きっとあんたは、獲物を取られると思ったから――なんて嘯くんだろう。
 だけど、自分に嘘は吐けないぜ。あんたは、ただあの人間なんだ。
 昔馴染みの友達が無事で安心する、ただの人間だ」

「……たしかに僕は安心してしまったよ。たしかに…君の言う通り僕は化け物なんて器じゃないのかもしれない」

斧を作りだしながら…僕はエンバース…いやこの場にいる全員を睨む。

「でも…そうなったら僕はなんだ?殺し合いが好きな人間は人間なのか?少なくとも僕達がいた元の世界はそういう扱いをしなかったと思うが?」

「僕はこのまま生きていたら何人もの人を殺すだろう。そうなった時僕は人間なのか?本当に?
大量殺人犯が吸血鬼や絵本の怪物と揶揄されるように…僕も怪物や化け物と呼ばれる存在になるんじゃないか?」

仮面を再び作り出し、装着する。

「人間は人間を殺しちゃいけない。そりゃそうだ。事情があるならともかく好き好んで人を殺した奴は…人間じゃない。別のナニカさ」

僕はそう思う。

305ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/02(金) 13:42:50

>「ゴッドポヨリン・オルタナティヴの攻撃! この場にある、すべての禍々しいものを洗い流す!
 ――『混沌大海嘯(ケイオス・タイド)』!!!!」

どぱぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!

あまりにも一瞬だった。これからと調子づいていた僕を嘲笑うかのように…一瞬で決着がついた。

洗い流された。なにもかも、頼りの綱の血人形を全て。再生すらできない圧倒的な力に
今ブラッドラストは僕の制御下から外れているが、源は僕だ。
さっきまで強く力を感じていたのに、今はロウソクの火のような…仄かな力しか感じられない。

「…こんなにも…あっけなく…勝負あり…か」

>「……ジョン」

一体どこで間違えたのか。
エンバースと問答をしていたから?明神の不意打ちを回避できなかったから?カザハの蹴りをまともにくらったから?
勝てる戦いだったはずだ、少なくとも最初は…そう確信できるほど有利な差だったはずなのに。

「僕の負けだ…殺せよ。それとも自殺がお好みかい?」

もうどうでもいい。殺されるなら、それだって本望だ。待ちに待った時間がくるのだから、僕に悔いはあっても後悔はない。

>「あなたは言ったよね。自分は元々化け物だったんだって。
 ……そうかもね。あなたは化け物なのかもしれない。でも……それは『あなただけの話じゃない』よ。
 誰だって、心の中に恐ろしい化け物を飼っている。
 他人より幸せになりたい。責任なんて放り出して楽したい。節制なんて気にせずオナカいっぱいご飯が食べたい。
 ――気に入らない人を殺してしまいたい。
 わたしだって、明神さんだって、カザハだって……エンバースだって。
 でも、そんな心の中の化け物と何とか折り合いを付けながら、みんな毎日生きてるんだよ」

「無理だよ…僕には…まだわからないのか?そんな強い心があったら…ブラッドラストなんてクソみたいな力に魅入られると思うか?
僕も、ロイも、どうにもできないクズ野郎なんだよ。一人殺したら…もう引き返す事なんてできないんだ」

『ニャー』

なゆに抱えられた部長は元気そうに鳴く。
殺すつもりで蹴ったはずだが…回復したのか傷はない…しかしなゆが負傷しているように見える。

「まさか庇ったのか?部長を?………」

また僕は安心した。なゆを心配した。【また】

――私しってるわ!それちゅうにびょう?って奴でしょ!

――化け物だぁ?お前はジョン・アデルだろうが。殺人鬼なんて上っ面で誤魔化すんじゃねえよ。
――何故なら、お前はただの人間で――いいヤツだからだ
――なんの意味があるかって!? 君がブラッドラストを使わなくてもいいようにするため!

>「ジョン、あなたのすべきことは、化け物を受け入れることじゃない。
 あなたの中にいる化け物を理解し、対峙することなんだ」

306ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/02(金) 13:43:05

>「勝負をしよう、ジョン。
 わたしがこれからする攻撃、それをあなたが受けきることができたら、あなたの勝ち。
 わたしたちは潔く負けを認めて、あなたに逆らうこともしない。
 パーティーを離脱するも、わたしたちを殺すも、あなたの好きにすればいい。
 どうせこの攻撃を凌がれたら、わたしたちにあなたの足を止めることのできる手段はないんだもの」

ふざけるな………ふざけるな

そんな強力な攻撃などなくても、普通に全員で攻撃を重ねられれば僕に勝ち目など微塵もない。
それこそ一人だって道連れにすることなく圧殺されることはだれの目からみても疑いようがない事実だ。

だが逆に単発なら話は変わる。

たしかに血人形は消え失せた。ブラッドラストの力もないに等しい。けど一回だけなら。
全て防御に回せばどんなに強力な攻撃でも一回ならば…耐えられるかもしれない。耐えるだけなら…
どいつもこいつも僕を馬鹿にして……くそっ

スマホをなゆ達に向かってなげる

「わかった。どこまでも上から目線のその態度が心底いらつくが…今の僕に拒否券なんて存在しない
それとスマホはもういらないから君達に渡す…今の僕では使えないしね」

乗るしかなかった。どんな意図があるかなんてわからないが、残された道は一つしかなかった。

「後悔する事になるぞ。君達は必ず…僕がこの手で殺す…」

急に殺意が湧いてくる。
必ず殺すという決意がみなぎってくる。

そうだ…この感覚だ…この感覚が僕を…化け物に押し上げてくれる!!

カザハにつけられた体中の傷後から流れ出していた血が沸騰していく。
沸騰というのが正しい表現かどうかはわからないが…煮えたぎっている。

>「ポヨリン!
 『形態変化・軟化(メタモルフォシス・ソフト)』――プレイ!」
>『オオオオオオオオオオ―――――――……ム……』
>『ニャアアッ!!!』

準備が、死が近づいてくる。ありとあらゆるバフを受けた部長が…近づいてくる。

普通の人間なら恐れるのだろうか?どうしてこうなったと嘆くのだろうか?普通っていうのがなんなのかわからないけれど。

「あの日…城で見た君達の本気を見せてくれ!それを全部見届けて!受け止めた時こそ!殺した時の快楽がある!!」

僕はあの日…なゆの本気を受けてみたいと思った。
あの時は純粋に戦ってみたい気持ちだけだったけど…いまならわかる。殺す殺されるのこの本気のスリルを…

>「喰らいなさい――ジョン!」
「いいぞ!来い!必ず僕は!化け物として!君達を殺して…みせるっ!」

本気のぶつかり合いを…こんな僕を友人と認めてくれる人達に……してほしかったのだ。

>「真・部長砲弾!!
 いっっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――――――――――ッ!!!!!」

他のだれでもない。なゆ達に

>『ニャアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――――――ッ!!!!』

「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおオ――――――――――――――!!!!」

307ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/02(金) 13:43:23
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「あんたはいつも完璧を目指しすぎなのよ」

「は・・・?」

昔シェリーにとある事を言われた事があった。

「も〜わかんないかな〜…凡人は凡人らしく平凡に生きようねって事よ」

「…でもいつも才能がない人間なんていない。そして才能がある人間はそれ相応の働きをしなきゃいけないとか言ってるじゃないか」

「あんたほんっとに馬鹿ね。いい?才能の一つ二つじゃ完璧には世の中生きていけないのよ
手に入らない物を無理やり掴もうとして疲れるだけ…わかる?人間生きてれば絶対に妥協しなきゃいけない事があるってことよ」

「それにね…妥協しないと人間は耐えられないようにできてんのよ
普通の人間には必ず心の限界値がある。まじめな人ほど妥協をせず完璧を目指すけど、大抵の人は壊れてしまうわ」

「なんかおばさんっぽいね」
「は?」
「ごめんなさい」

「でも…全部ほしい時だってあるよ。だって現に今だってほしいものがいっぱいあるもん」

「どうせあんたの事だから漫画とかでしょ……まあ…
でももし…あんたが心の底から叶えたい事があったら私が助けてあげる」

「えっー!じゃこんど新しくでるゲーム機と」

思いっきりげんこつをもらう。

「それは叶えたい事じゃなくてほしい物でしょ!そんな違いもわからないようじゃ残念だけど助けてあげれないわね
後調子に乗るな!私が助けてあげるのは人生で一回だけよ」

「えっー!そんなの僕わかんないしちょっとケチすぎない!?」

「大丈夫よ…理解する日が来たら絶対私の名前を叫ぶだろうからね」

「やっぱりおば・・・痛いよやめてええええ〜!」

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308ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/02(金) 13:43:39
走馬灯のようなものが見えた一瞬の後…僕と部長は…衝突した。
直後僕の体は遥か後方に吹き飛び…壁と衝突し、その勢いで大きな音と砂埃を立てる。

ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアン!

強烈な音が周囲に鳴り響く。

この場にいるだれもが思うだろう。こんな衝撃で生きているわけがないと。
例え力をもった人間でも…これは耐えきれないだろうと。

部長砲弾とぶつかり…ふんばったためにできた床の抉れた痕跡と…砂埃が少し晴れ…壁の衝撃の跡が少しずつ見える度に…生存が絶望的になっていく。
残っているのは…ひき肉か、それとも原型を留めた死体なのか。漂ってくる濃厚な血の匂いで…その二択になっていく。

そう…誰もが思っただろう。しかし…現実は…違う

「ハー…ハー…」

僕は生きている。

全身から出血し、右手は捻じれ、胴のいたるところから内側から骨が飛び出し、左足は壁の残骸と思われる破片が突き刺さり感覚がない。
もはや痛みなんて微塵も感じない。それよりも晴れやかな気分ですらあった。

「約束は…果たさせてもらう」

感覚がない右手や左足を引きずりながらなゆ達に近寄っていく。
なゆ達との距離はそんなにないはずだが…今は…まるで遥か彼方のように長く感じる。

「やっと…やっとここまできた…やっと…」

意識は朦朧としていた、目だって血が入り、ほとんど見えていない。
それでもまっすぐ歩いて向かえるのはゴールが目の前に…感覚としてあるからだ。

「君達が…なにを願ってこんな事を言い出したのか……分かったよ……いや…本当は最初から…分かってた…でも
僕は…理由をつけて…君達を避けた…化け物も…怪物も…殺人鬼も…シェリーでさえも…ただの言い訳だってのは最初からわかってた」

なゆ達は今僕をどんな顔で見ているのだろうか。

「君達のその思いを受け…それに答えたいと思った…でも…僕はそれ以上に…」

なゆ達がもう少しというところでこけてしまう。

「この殺人という快楽に…つかりたい気持ちが……上回ってしまった」

その瞬間。僕から大量の血がなゆ達を囲むように飛び散った。
飛び散った血達は残っていた灰褐色の粘液を取り込み…急成長を果たす。
大量に出血したことによってブラッドラストの力は極限ともいえる程高まっていた。一度飲み込まれたはずの神の一部を飲み干してしまほどに

血人形が…今度は肉を得、さらに強力に、もはや見慣れた形に変形し……なゆ達を取り囲んだ。

「動くな!」

人形達は動かない。

「もう…僕には…自分の意志でこいつらを消したり…出したりする力は…ない」

僕は一度ブラッドラストを手放した。その事によって僕の体に既に力はなく…
だが奴らの力の源はこの僕だ。奴らは…この力は僕に死なれたら困るのだ。

「恐らく…僕が…気をこのまま失えば…この人形共は…君達の血で僕の傷をいやす為に…襲い掛かるだろう…僕がどう思っていようと関係なく…」

だが…無意識に勝手に僕の力がなゆ達を殺す…そんな事は僕は望んでいない。

309ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/02(金) 13:43:54

「ありがとうカザハ…僕みたいな化け物になっちゃだめだよ。君は優しいんだから…」

「ありがとう明神…こんなめんどくさい奴と親友になってくれて」

「ありがとうエンバース。君は一番化け物に近いはずなのに…君はだれよりも人間くさくて眩しかったよ」

「ありがとうなゆ…僕を助けようとしてくれて…とても嬉しかった」

隠しポケットに入っているあの日シェリーを殺したサバイバルナイフを取り出す。

「こいつらは…制御できないといっても僕を媒介として発現している…つまり僕が死ねば…こいつらは消える」

ナイフを首筋に当てる

「勝負は君の勝ちだ!なゆ!僕は自分の意志で…体で…もう君達を殺す事はできない
だからといって無意識に殺すのは…僕は許せない。絶対に!」

僕は十分に戦った。迷惑をかけた。思い残す事などないはずだ。
悔いがあるとしたらこれから純粋ななゆ達に自分の死を見せつける形になってしまうという事だけだ。

心から乾いた笑いがでる…人をこの方法で殺したはずなのに…自分でやるってなったらこんなにも恐怖しかない。

手が震える。体が震える。

さっきまでとは違う…僕は死ぬことに恐怖を抱いている

「にゃ・・・ニャー…」

ふらふらとした足取りで後ろから部長が歩いてくるのを感じる。
いくらフレンドリーファイアが無効になっていてもフルバフ全部乗せの衝撃は相当だったようだ。

「あぁ…ごめん部長…不甲斐ない飼い主で…本当に…」

今にも気を失ってしまいそうだ。出血量的にも…もう限界だ。

覚悟は決めて、終わりにしよう

「……さようならみんな」







「シェリー…助けてくれ」

僕はだれにも聞こえないほどの声で名前を呼び

首にナイフを突き刺。

310ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/02(金) 13:44:07

「とうとう助けを呼んだわね」

目の前には光輝く…天使が…いや少し眩しいが…天使などではない!…あれは間違いなく…

僕の記憶の中にある死ぬ前の…怪我をする前のシェリーが…目の前にいた。
そのシェリーが…今まで僕だけに見えていたはずの幻影であるはず彼女が僕の腕を掴んでる…!

「なっ・・・なん・・・で?」

「んーなんでって聞かれても困っちゃうけど…
いったでしょ!一回だけ助けてあげるって。私約束を破るのは本当に嫌いなの」

シェリーは僕のもっていたナイフを強引に奪い取ると、それをまるで玩具のように振り回す。

「だめだ…それを返してくれ!僕が今死なないと…なゆ達に危険が…」

だめだ…もう…意識が…

「いったでしょ…助けてあげるって」

心の底から安心した。シェリーに会えた事。会話できているという事。そして彼女が助けると言ってくれた事。
シェリーは約束を破らない。助けるといえば絶対に助けるのだ。それができる女性なのだ

26にもなって…5歳児に頼るなんて自分でもどうかしていると思う。
それでも…彼女がどんな人間か…分かっている僕は…

「あんたは安心して寝てなさい」

僕はそんな粋がりとしか思えない5歳児が繰り出す言葉を聞いて…安堵の涙と…出血により…眠るように気絶した。

311ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/02(金) 13:44:23

ジョンが気絶したと同じタイミングで血人形が一斉に動き出す

私は素早く飛び込み、ジョンとなゆさん達との間の血人形達を手に持ったナイフで瞬殺する
ちゃんと返り血が全員に当たらないように、もちろん私にも

「ん〜なんとも手ごたえのない連中だこと…さて…」

近い順番から一匹、また一匹と血人形を切り刻んでいく。

「皆様初めまして…私の名前はシェリーフリント。短い付き合いになるでしょうけどよろしくおがいしますね」

私はそう絶賛人形に囲まれて絶体絶命のお人よしのお馬鹿さん集団に挨拶をする。

なんてできる女なのでしょう私は!

「今…え〜と…う…う………うんち下痢下痢大明神さん。今なんだこの小さいガキはとか思いませんでした?いいえ絶対思ってます顔がそう語ってます邪悪です」

血人形は様子を見ているのか襲い掛かってこない。
う〜ん私との力の差を悟っているのでしょう。かしこい!100点あげちゃう!

「心配する必要はありません。私は敵ではありません…たしかに私は特殊能力等はありませんが…あんな人形風情に遅れはとりません。私は天才ですから」

ホントは私の事をガキだとか思ってる人は例外にしたい所ですが…あの馬鹿が……ジョンが大変お世話になっているので不問にしてあげます
だがしかし…それはそれとして私が見るにどうやらまだ不安がある様子。

「む〜…なるほど!たしかに血人形が近くをうろついてたんじゃ話なんてできませんよね…ちょっと行ってきます」

そこを動かないでくださいね。と念を押すと私は血人形の大軍へと突撃する。
小さいザコ、中くらいのザコ、大きいザコを次々と手に持ったナイフで切り刻んでいく。

あぁ!みんなが尊敬の眼差しで見ています!えぇわかりますよ。私ぐらいの才能があればそんな目で見てしまうのは仕方ありません

せっかく短時間とはいえ暴れられるのですから、才能の違いを見せつけてやろうじゃありませんか。

「これで…最後の一匹!」

そんな事を考えていたらもう最後の一匹。
う〜ん強化されてこの程度なんて…主であるジョンの程度が知れますね。いや知ってるんですけど

「血がそちらに飛ばないように調整したんですが…大丈夫でしたか?…うん大丈夫そうですね」

その時、光っていた私の体がさらに輝きを増す。

「えっ!もう時間切れ!?こんな事なら一匹残しておけばよかった!」

これじゃ私の武勇伝を披露する時間がないじゃない!

でもまあ…いっか

312ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2020/10/02(金) 13:44:39

「みなさん…こんな面倒なジョンとかいうクソ馬鹿の為に本当にありがとうございます。感謝してもしきれません」

「本当は…私がジョンの事を叩き直してあげたかったんですが…残念ながらもうこの世の者ではないので…
貴方達がいなかったら…もっとひどい事になっていたでしょう。本当に…感謝してもしきれません」

「そして…恥を忍んでお願いします。ジョンを…みなさんの旅に連れてあげていってください」

深く…深く頭を下げる。

「これからもきっとジョンは迷惑をいっぱい掛けるでしょう…それでも…どうか…お願いします
ブラッドラストとかいう力はもう使えないように私があの世へ引っ張っていきます。だから…どうか…お願いします」

本当はこんなお願いなんてする必要ないのだろう。
こんな取引じみたお願いは成立しない。なぜなら…最初から断るような人たちならこの状況になってないから。

それでも私は頭を下げる。それが筋ってものでしょう?もうすでにたくさんお世話になっているですから。

「ありがとう……ございます」

ジョン。あんたは友達のできない理由が自分でわからない大馬鹿野郎だったけど…最後にいい人達と出会えたんだね。
本当によかった…本当に。

「兄貴…ロイ・フリントに関しては…私から言う事も、することもありません。兄貴にはそう遠くない内にしかるべき罰が…下るでしょうから」

さらに体の輝きが増す。

「どうやら私の出番はここまでのようです…皆様どうか…ジョンをよろしくお願いします」

すう〜と息を吐いてジョンの近くにいく。

「「オイ!こらぁ!いつまで寝てんだ!ジョン!さっさと起きろ!!!ぶっ飛ばすぞ!!」」

「んぁ・・・?ん…?」

本当にしょうもない男。どうしてこんなどんくさい男の面倒を死んでからも見なきゃいけないのか!
本当に…どんくさくて馬鹿で自分に友達ができない理由があることもわからない筋肉だけが取り柄のクソ男………本当に

「それではなゆさん。エンバースさん。カザハさん。明神さん。さようなら…どうかお元気で」

体を覆っていた光がゆっくりと粒になって消滅していく。そして消滅した手から落ちたナイフは…地面に衝突すると同時に粉々に砕け散った。

それと同時にジョンの体から…邪悪な気配が消えた。



「まるで…夢を見ていたかのような……っ痛ッ!…そうだ…シェリーが僕の腕を掴んで……しまった!なゆ!みんな!大丈夫か!?」

体を無理やり起こし、周りを見渡すとみんな傷一つついていなかった。

重症な僕が目立ってしまうくらいに。

「あ・・・れ?」

僕は一人だけ状況についていけず…置いてけぼりを食らうのだった。

【ブラッドラスト消失?】
【自殺未遂の末に生還】

313カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/10/05(月) 23:28:56
>「くそ!くそ!それがなんだってんだ!?」
>「僕は化け物だ!その為にいろんなものを犠牲にして!想いを犠牲にして!力を手に入れて…強くなったはずなのに!」

「ククク……あっははははははは! 笑わせてくれる!
懇願されてたった一人介錯したのをずっと思い悩んできた君が化け物だって?
人間風情が! モノホンの化け物に敵うと思うな!」

カザハは敢えて”一巡目”の人で非ざる残酷さを前面に出して笑う。ジョン君に自分はただの人間だと思い知らせるために。
化け物の元々の意味は、読んで字のごとく化ける物。妖怪変化、妖(あやかし)の類。
その意味でいけば、熊の手や蜥蜴の鱗を失った今のジョン君は紛れもなくただの人間で、異形の姿と化した私達の方こそ化け物。
それに――これは私も聞いた話だが、カザハはずっと昔、風渡る始原の草原が人間に侵攻を受けた際に、
その力をもって人間の軍勢を退け始原の風車を守り抜いた。
それはつまり直接間接に数え切れぬほどの人間を薙ぎ払ったということ。
多分両方の意味で言っているのでしょう。

>「人殺しだから殺人鬼のコスプレか。くだらねえな」
>「俺はうんちぶりぶり大明神だが、汚物のコスプレしようとは思わねえ。
 俺は俺だ。クソみてえな人間性を、まんまクソに押し付けて逃げるつもりはない」
>「化け物だぁ?お前はジョン・アデルだろうが。殺人鬼なんて上っ面で誤魔化すんじゃねえよ。
 シェリー・フリントを殺したのも、その罪に苦しみ続けてるのも、『化け物』じゃなくてジョン・アデルだろうが!」

明神さんがバトンを引き継ぎ、容赦の無い精神攻撃を開始する。
私達は援護に回り、血人形からの防御に専念する。

「カケル頑張れ! 俊足《ヘイスト》!」

が、効果が覿面過ぎたのか、物凄い物量の血人形が押し寄せる。
《アストラルユニゾン》の上に《ヘイスト》の上乗せをもってしても、ゲージが溜まるのが追い付かなくなった。

「明神さん……いったん退却を!」

>「切られた腕が生えりゃ化け物か?皮膚が鱗状だったり、血に毒が混じってりゃ化け物か?
 殺人鬼のガワを被ろうが、ドラゴンの首ぶった切れるパワーがあろうが、人間だろ。
 お前が向き合わなきゃいけないのは――人間のジョン・アデルが犯した罪じゃねえか!」

>「やめろ…僕は怪物でいなきゃいけないんだ!化け物でいなきゃいけないんだ!それが僕の生まれもった・・・性なんだがら…!」
>「僕は…人殺しが好きな僕は…人間でいちゃいけないんだよ!!!」

「ああっ、ヤバイヤバイヤバイヤバイ!」

私は右足が崩壊したヤマシタさんを抱き上げ、カザハは明神さんを羽交い絞めにして強制的に退却させようとする。

>「……明神さん。熱くなる気持ちはわかるが、少し下がれ。そこはもう、危険だ」

十本以上の酒瓶の破片を足元に散らばらせたエンバースさんがスタイリッシュに警告する

ん? 酒瓶……?

314カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/10/05(月) 23:30:14
>「ああ、この瓶は気にしないでくれ。別に酔ってる訳じゃない」
>「いや、やっぱり気にしろ。明神さんじゃない。ジョン、お前に言ってるんだぜ。
 実は、今まで黙っていたんだが……俺の体はもう、燃え尽きてるんだ。
 灰になってるんだ。ええと、つまり――」
>「――そう、毛細管現象って知ってるか?」

血人形が一斉に燃え上がり、砕け散った。

>「ところで……ジョン。あんたは自分の事を化け物だと思ってるらしいが。
 そんな事はないさ。俺なら簡単に――指先一つ、口先一つでそれを証明出来る」

>「なんだと…?」

>「――ロイ・フリント。結局俺が殺しちまったけど、良かったのか?」

>「なっ!」

>「どうだ、どう思った?びっくりしたか?安心してくれたか?
 俺の予想が正しければ、お前はきっとそういうリアクションをする。
 何故なら、お前はただの人間で――いいヤツだからだ」

>「……たしかに僕は安心してしまったよ。たしかに…君の言う通り僕は化け物なんて器じゃないのかもしれない」

ジョン君は見事にエンバースさんの術中にはまった。が、ブラッドラストを解くにはまだ何かが足りない――
そこでなゆたちゃんがゴッドポヨリン・オルタナティヴを召喚する。
今まで戦いに参加せずに静観していたのは、召喚に必要なゲージを溜めていたのだろう。

>「触れただけで大変なことになる、破裂する血人形。
 この場にブラッドラストの血がある限り、永遠に出現し続けるクリーチャー。
 それを止めるには――簡単なこと! 『それより強い毒をこちらが用意すればいい』!
 目には目を、毒には毒を! 毒を以て毒を制す、窮極の門の鍵を開け、今! 彼方より此方へ来たれ!!
 リバース・ウルティメイト召喚!!」
>「ゴッドポヨリン・オルタナティヴの攻撃! この場にある、すべての禍々しいものを洗い流す!
 ――『混沌大海嘯(ケイオス・タイド)』!!!!」

アブホースがフィールドを埋め尽くし、血人形が一斉に押し流された。
ジョン君は戦意を喪失している。

>「…こんなにも…あっけなく…勝負あり…か」

>「……みんな」
>「このまま全員で総攻撃すれば、きっとジョンは倒せるはず。でも――
 わたしは。それじゃだめだと思う」
>「そうだよ。このままわたしたちがジョンを倒すだけじゃ……きっと何も変わらない。
 本当にすべきなのは、ジョンを倒すことじゃなくて……ジョンに分かってもらうこと。
 シェリーのことを乗り越えて、前に進まなきゃって。そうジョンに思ってもらうことなんだ。そうでしょ?」

>「そう考えると――今、この場でそれが出来るのはわたしたちじゃない。
 わたしたちにその権利はない。
 わたしたちはみんな、それぞれジョンのことを想っているけれど。
 本当にジョンの目を覚まさせることができるのは……ジョンの家族だけなんだよ」

この場にいるジョン君の家族……? 私にはいますがジョン君にいるのでしょうか。
カザハと私の姉弟関係は、この世界に戻ってきた時にマスターとパートナーモンスターという関係に置換されたが……。

315カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/10/05(月) 23:32:20
「あ……そういうことですか」

地球で言うところのペットも家族に成り得る昨今。
増してやパートナーモンスターというのは、親友だったり、家族だったりするものなのかもしれません。
今は消え去った時間軸――そこで私達が手にかけた、ブラッドラストの餌食となった《ブレイブ》。
それが果たしてジョン君だったかどうかは分からないけど、彼も犬型のパートナーモンスターを連れていた。
が、そのパートナーは決戦の時にはすでに亡き者になっていた。
その時点で、すでにトゥルーエンドへの道は閉ざされていたのかもしれない。でも、今回は違う。
なゆたちゃんが身を呈して守った部長がいる――

>「わたしに考えがあるの。
 みんな、力を貸して。
 ――みんなの命を、わたしに預けて」

「分かった。その選択肢は、きっと当たってる」

>「……ジョン」
>「あなたは言ったよね。自分は元々化け物だったんだって。
 ……そうかもね。あなたは化け物なのかもしれない。でも……それは『あなただけの話じゃない』よ。
 誰だって、心の中に恐ろしい化け物を飼っている。
 他人より幸せになりたい。責任なんて放り出して楽したい。節制なんて気にせずオナカいっぱいご飯が食べたい。
 ――気に入らない人を殺してしまいたい。
 わたしだって、明神さんだって、カザハだって……エンバースだって。
 でも、そんな心の中の化け物と何とか折り合いを付けながら、みんな毎日生きてるんだよ」

>「無理だよ…僕には…まだわからないのか?そんな強い心があったら…ブラッドラストなんてクソみたいな力に魅入られると思うか?
僕も、ロイも、どうにもできないクズ野郎なんだよ。一人殺したら…もう引き返す事なんてできないんだ」

確かに、殺したいと思うのと実際に殺すの間には越えられない壁がある。
これといった罪を犯したこともないであろう全き善人のなゆたちゃんの言う言葉は、
実際に人を手にかけた経験がある者から見れば戯言に過ぎないのかもしれません。
だけど、カザハは違う。

「出来るよ――君はまだ引き返せる」

その言葉には、妙な力強さがあった。
時間が撒き戻った回帰点以降の一巡目の出来事は一応無かったことになっているが
風渡る始原の草原が人間の侵攻を受けたのは浸食が始まるずっと前の時代のこと。
つまりカザハが数多の人間を薙ぎ払った過去は消えていないのだ。
尤も私達の場合は混線という特殊事情があり、おそらく因果律改変を伴って時空を2度超えているので、
普通に過去と見るか前世(あるいは前々世)と見るかは解釈の分かれるところではあるのですが。
少なくとも本人の中では時空超え前後の繋がりが曖昧ながらも過去として繋がっているのだろう。

316カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2020/10/05(月) 23:34:23
>「勝負をしよう、ジョン。
 わたしがこれからする攻撃、それをあなたが受けきることができたら、あなたの勝ち。
 わたしたちは潔く負けを認めて、あなたに逆らうこともしない。
 パーティーを離脱するも、わたしたちを殺すも、あなたの好きにすればいい。
 どうせこの攻撃を凌がれたら、わたしたちにあなたの足を止めることのできる手段はないんだもの」

>「わかった。どこまでも上から目線のその態度が心底いらつくが…今の僕に拒否券なんて存在しない
それとスマホはもういらないから君達に渡す…今の僕では使えないしね」

>「みんな、これが最後よ! 全力でバフをかけて!
 『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』――プレイ!」

カザハが先刻かけた烈風の加護(エアリアルエンチャント)は地味にまだ持続しているようだ。
そこで別のスキルを重ね掛けする。

「風精王の被造物(エアリアルウェポン)」

「部長さん、ジョン君に届けてください――解呪(リムーヴ・カース)」

カザハの風の魔力の全身鎧が部長を覆い、それを私の聖属性の白い光が包み込む。

>「喰らいなさい――ジョン!」

「いくよカケル!」「はいっ!」

私達は手を重ね、駄目押しの連携スキルを発動した。

「「――ブラストシュート!!」」

ポヨリンさんの壁に跳ね返って飛んでいく部長を、更に突風で後押しする。
これはカザハの“シュートアロー”と私の”ブラスト”の連携技。
効果は簡単に言えば、飛び道具(通常は矢)を風で飛ばすシュートアローの超強化版。
そういえばこの手の連携技ってRPGではよくあるけど、ブレモンでは未実装のような気がします。

>「真・部長砲弾!!
 いっっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――――――――――ッ!!!!!」
>『ニャアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――――――ッ!!!!』
>「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおオ――――――――――――――!!!!」

瞬きをするより短い間に、部長は流星のように飛んでいき、ジョン君に激突した。
まるで爆発のような爆音と共に、砂埃が舞い上がる。
“ヤバイ、効きすぎたか!?”と恐る恐る様子を伺う私達。

>「ハー…ハー…」
>「約束は…果たさせてもらう」

ジョン君は悲惨な姿になってはいたが、なんとか生きてはいた。カザハが気まずそうに詫びる。

「ごめんジョン君……ブラストシュートが余計だった……」


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