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( ^ω^)文戟のブーンのようです[3ページ目]
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≪とりあえずこれだけ分かっていれば万事OKなQ&A≫
Q.ここってどんなスレ?
A.お題に沿った作品を指定期間内に投下
投票と批評、感想を経て切磋琢磨するスレ
Q.投票って?
A.1位、2位とピックアップを選ぶ
1位→2pt 2位→1pt で集計され、合計数が多い生徒が優勝
Q.参加したい!
A.投票は誰でもウェルカム
生徒になりたいなら>>4にいないAAとトリップを名前欄に書いて入学を宣言してレッツ投下
Q.投票って絶対しないとダメ?
A.一応は任意
しかし作品を投下した生徒は投票をしないと獲得ptが、-1になるので注意
Q.お題はどう決まるの?
A.前回優勝が決める。
その日のうちに優勝が宣言しなかった場合、2位→3位とお題と期間決めの権利が譲渡されていく
Q.使いたいAAが既に使われてる
A.後述の「文戟」を参照
詳しいルールは>>2-9を参照してください!
また雰囲気を知りたい方は
スレ1
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/21864/1531744456/
スレ2
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/21864/1533540427/
へGO!!
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棍棒で殴られた衝撃で、
腕時計の硝子は割れてしまっていた。
しかし、短針長針は歪みながらも正確に時を刻んでいるらしく、
少しばかり安堵する。
時刻は21時39分。
この時計は日本の標準時に合わせたままなので、
恐らくこの国では18時前後といったところか。
木製の檻は存外丈夫に出来ていて、
その内部に放り込まれた時から血液特有の鉄分要素を含んだ臭気に満ちていた。
(´<_` )(どうしたものか……)
俺は眉間に皺を寄せながら首だけを後ろに巡らせる。
同じ檻に入れられている現地のガイド兼通訳が膝を抱えて震えていた。
(;‘_L’)「だから言ったんだ……チンドウィン河の上流には行きたくないって……」
あいにくビルマ語は聞き取れるので、
彼が俺の采配に文句をつけている事は分かった。
俺はため息をわざとらしく吐くと、檻の隙間から見える村の風景に目を凝らす。
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広場――と形容して良いのだろうか。
アラカン山脈の奥地の森を切り開いた円形に沿うように
竪穴式住居じみた粗末な家が並んでいる。
円の中心には祭壇と言って差し支えないような大きな櫓と篝火が、
そこからチンドウィン河のほとりに近い南側に、俺達の入った檻が置かれている。
先程まで殺気籠もった視線で俺たちを見ていた部族の民たちは、
全員自分の家に入り、それから一向に出てこない。
一際大きい住居に、複数の男達が入っていったのを見るに、
恐らくあれが族長の家であり、そこで我々の今後でも話し合っているのだろう。
俺たちを捕えた部族の民は全員仮面を被っていたので、
その素顔がどの人種に寄ったものなのかわからない。
ビルマとインドの間であることを考えると、アジア系の平たい顔か
東南系の彫り深い造詣も考えられる。
時折仮面の隙間から漏れ聞こえる言葉から鑑みるに、
印欧言語の系譜であることは間違いなさそうだ。
そこに特有の舌遊び音と、短い息音を混じらせるのは
意外にも南アメリカ大陸に住む先住民と同じ特徴だ。
そこまで考えて、再び自分が捕えられて命の危機に瀕していることを思い出す。
つくづく自分の性格が嫌になった。
この状況でさえ、こういうことを考えずにはいられない性質なのだ。
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俺がベトナム戦争の取材を終えて、その足でビルマに寄った理由。
それはは"チン鳥"と"反魂香"に起因する。
"チン鳥"とは、中国の古文献である山海経に登場する毒を持つ鳥である。
山海経以外にも複数の文献に登場し、
時の権力者をその毒で殺した描写が何度か出てくる。
いわゆる伝説上の存在であり、実在するとは考えられていなかったが、
近年ニューギニアの方で尾羽根に毒を蓄積する"ピトフゥーイ"なる鳥が発見され、
チン鳥も実在の可能性が示唆され始めている。
そしてそれに目を付けたのが我がカストリ雑誌の編集長だった。
中国怪奇ブームの到来を予測し、次なるターゲットを"反魂香"に決めたのだ。
反魂香も中国、それからインドの一部に伝わる霊薬、
あるいは"魔術道具《マジックアイテム》"のようなもので、
その香を嗅いだ死者が蘇るという伝説がある代物だ。
その製造方法には諸説あり、曰く蓬莱山で採取された香木が原料だとか、
竜涎香と呼ばれる石(実際にはクジラが排出した胆石なのだが)を粉末にしたものを練り固めただとか、
手を変え品を変え現代まで伝わっている。
その中の一つに、"天竺茸"というキノコを使った製造法があり、
それに非常に似た伝説が、ここビルマはアラカン山脈の奥地に伝わってると言うのだ。
程近いマンダレー市にて情報収集を行ったところ、
いくつか類似の話を聞くことが出来た。
用法としては蘇生薬と言うよりも気付け薬に近いもので、
心臓の脈拍が弱まった時に無理やり拍動を強くするカンフル剤のようなものらしいのだが。
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ともかく完全な眉唾というわけでも無いという裏取りを終えた俺は、
一度編集長へ国際電話で連絡を取り、
現地通訳を雇いアラカンの奥地へ言ってみることへ決めたのだ。
現地通訳と言っても、中国語、ヒンドゥー語、ビルマ語は日常会話程度なら話せるので、
更にその言語圏から離れた独自の言語グループに属する部族との通訳を探した。
見つかった男は気さくな奴で、相場の2倍近い金額を提示したら
装備含めてすべて準備を整えてくれた。
(‘_L’)「ただしチンドウィン河の上流だけは行かないぞ。あそこには首狩りの風習がまだ残ってる」
その言葉だけは妙に真面目な顔つきだったので、俺は分かったと返した。
しかしいくつかの部族を巡っても、目的のキノコが見つからないとあれば話は別だ。
いくらベトナム戦争に付随して特需景気で日本の経済が潤ったからと言って、
相場の2倍の報酬を支払って(しかも前金で)、何も結果が得られないとあっては
いかに公俗に反するカストリ雑誌の編集長と言えど、お怒りに違いない。
俺は自分のポケットマネーから幾らかを通訳に握らせ、無理やり河の上流へと押しやった。
旅の途中で、奥さんの妊娠の話を聞いていたので金が入り用なことにつけ込んだ形だ。
後は渋る彼の背中を金と言葉で巧みに追い立てて、ついにここまでやってきたという訳だ。
そして彼の忠告通り、あっという間に首狩り族らしき部族に捕えられ、
この木製の檻に閉じ込められるという結果になってしまった。
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(´<_` )(なんで拳銃をショルダーバッグに入れてたかなぁ……)
護身用にと準備していた拳銃も、背中にあっては即座に使用できなかった。
更に後ろから棍棒で打ち据えられたとあっては、懐にあっても怪しいものだ。
バッグ含むその他装備品は、通訳共々一通り剥ぎ取られ、
身につけるは服と時計と靴のみといった状況だ。
(´<_` )(これは死んだかもな……)
生命の危機が一歩手前まで来ているという状況はあまりにも現実感が無くて
逆に冷静になってしまう。
これが例えば、首刈り用の斧を携えた屈強な男が、鼻息荒く目の前に立っているという、
一歩手前どころか肩組んで、隣に死がやってきた、なんて状況なら震えもするのだろうが。
俺たちが檻に入れられてからゆうに6時間は経過している現状とあらば
恐怖も薄れ、打開の模索に入るというものなのではないか。
――そこまで考えていると、長の住居の入り口にぶら下がっていた藁の簾が上がった。
恐らく俺たちの処遇が決定されたのだろう。
複数人の男が、族長と思われる老人の後ろに従ってこちらへと向かってくる。
広場の篝火の灯が彼らの浅黒い肌にぬらぬらと反射する。
上半身には何も身に着けておらず、
代わりに紅い染料で描かれた文様が筋肉の上を走っていた。
下半身は獣の革と木の繊維をほぐしたと思われる束で作られた腰蓑で覆われていた。
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そして距離が近づくにつれ、彼らの顔が顕になる。
今度は仮面を付けていなかった。
(;゚_L゚)「ひっ……」
俺より先に、通訳が喉の奥を引きつらせた。
俺の頬も引きつった。
異様が"2つ"
1つ目は、族長含む男衆の相貌。
彼らは皆一様に、鼻が無かった。
それは先天的な部族に共通する遺伝的特徴ではなく、
明らかに後天的にその部分を欠損させた、
もっと端的に言えば"削ぎ落とした"ような状態だった。
しかも削ぎ落とした後に、焼きごてでも当てたように、
爛れた皮膚が完全に鼻腔を塞いでいた。
瞬間いくつかの言葉が頭をよぎる。
例えば首長族なんかは、生まれた時から首に真鍮の輪を取り付け、
それの数を徐々に増やすことで頚椎を繋ぐ軟骨を伸ばすという。
他にもアフリカのフンバ族は唇と耳に大きな穴を開け、
そこに輪状のピアスを嵌め込み、年々口径の大きなものに取り替えていく。
他にも割礼の儀式として、男は男性器の包皮を、女は小陰唇を切り取る部族もいる。
しかしそれにしても、この風貌は異常で異様だった。
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そしてもう一つの異様。
それは族長の手に握られていた。
獣、のようだった。
犬ほどの大きさの、ずんぐりとした生き物。
造形は、ちょうど昔住んでた借家の前を走る側溝に潜むドブネズミに似ていた。
しかし鼠にしてはあまりにも巨大で、しかも体毛が殆ど生えていなかった。
全体的に薄桃色の皮膚に覆われており、その下には血管や臓器が透けて見えている。
皮膚自体は弛んでいて、何本もの深い皺が刻まれているようだ。
一番奇妙なのが、頭頂部から背中の半分程度まで
人間の髪に似た体毛が生えていて、それが美しい黒髪を思わせる直毛であることだった。
黒髪の帳を割くように鼠特有の吻口が伸びていて、
その先にはげっ歯類であることを象徴するように、上下に対になった大きな歯牙が伸びていた。
尻尾は巨大なミミズか蛇のようでもあり、その終わりの所を族長は握っている。
川 - 川「……」
鳴き声一つ上げずにぶら下がっているそれは、死んでいるものだと思ったが、
時折鼻先をぴくぴくと扇動させるので、生きていることが分かった。
(;゚_L゚)「ス……、ス=クゥ……」
ふいに、背後の通訳が声を上げた。
振り返ると、後ずさるようにして、檻の奥に背をピッタリとつけた彼が
目をコレでもかと見開いて、獣を凝視する姿がそこにあった。
(´<_` )「ス=クゥ?」
俺は通訳の言葉をそのまま返す。
"ス=クゥ"が何を指すのか知りたかった。ビルマ語には無い言葉だ。
.
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(;゚_L゚)「あの……生き物……ス=クゥだ……」
(´<_` )「そ――」
通訳の言葉に俺が返すよりも早く、彼は俺の肩を掴んで小声ながらも極まった声でこう言った。
(;゚_L゚)「アンタッ! 絶対嘘を吐くなッ!」
(;゚_L゚)「ス=クゥは嘘を見破るッ!」
(;゚_L゚)「いいかッ!? 嘘を吐いたら、終わりだッ! 終わりなんだッ!」
――訳が分からない。
しかしその真に迫った表情と口ぶりに、俺は首を縦に振る他無かった。
カンッ!
硬質な音が背後に響き、俺は再度広場の方へ向き直る。
族長が獣の尻尾を握る腕とは反対に持った杖で、檻を叩いたのだと分かった。
( ФωФ)「……」
鼻がなく、のっぺりとした顔だが、唇だけが前に突き出ている。
目の上下には上半身に走る文様と同じ色をした染料で隈取がされており、
他の男衆にそれが無いのを見るに、恐らくは長の証なのだろう。
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( ^ω^)「支援だお!」
(;^ω^)「投下ラッシュ来そう……僕今から風呂と飯食うから一時頃に投下しに来るお!」
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それと先程から気になっていたのだが、
彼らがこちらに近づいてきてから、妙な芳香が漂っているのだ。
その香りは、決して不快なものではなく、むしろ芳しいといって良いものだった。
紅梅の香りに、南国特有の果実の甘く粘度の濃い芳香を混ぜ合わせたような
鼻腔の奥にへばり付く甘ったるい香りだ。
気になってから、その出処が知りたくて、何度も鼻をヒクつかせてしまう。
数度ほどそうしていると、族長がもう一度杖で檻を叩いた。
( ФωФ)「――*************** チイッ ******************** チイッ **************** シィー」
何を言っているのかは分からない。
言語グループが完全にビルマ語とは異なっているようで類推すら難しかった。
文の合間に挟まる舌打ちは、日本語で言うところの句読点にあたるものなのだろう。
最後の歯の隙間から息を漏らす音で、自身の発信の終了を示す。
この特徴はアマゾン奥地の先住民も持ち合わせる"タンギング"に近い。
ともかく言葉が分からなければ反応のしようも無い。
俺は族長の言葉に答えること無く、後ろを振り返る。
当然通訳の役目を果たしてもらおうと考えた訳だ。
案の定通訳は震えていたが、俺の視線で求めているものは伝わったらしく、
戦慄く唇を開き、長の言葉を翻訳し始めた。
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(;゚_L゚)「檻の外に、腕を出せ――と」
(´<_` )「……腕を切り落とすのか?」
(;゚_L゚)「いや、違う」
(;゚_L゚)「今から行われるのは、"審査"だ。"審判"と言い換えてもいい……」
(´<_` )「理解は出来ないが、憶測は出来るよ」
(´<_` )「ともかく、"嘘"を吐かなければいいのだろう?」
(;゚_L゚)「そうだ……絶対に、嘘を吐くな……。ス=クゥに……気づかれるな……」
そこまで言うと、通訳は再び抱えた膝の間に顔を埋めた。
俺は檻の格子の隙間から右腕を外に出した。
それを見た族長は、獣――ス=クゥをそっと地面に下ろしてやった。
ダブついた皮膚が地面をなぞる。頭頂部から伸びた黒髪を引きずるようにして
二度三度その場を嗅ぎ回るみたいにグルグル回ってみせた。
やがて、俺の存在に気がついたのか、鼻先が俺の顔へと向けられる。
上を向いた事で、ス=クゥの顔前面を覆っていた髪が横に流れた。
川 ゚ -゚)「……キュゥ」
小さく鳴いた。
げっ歯類特有の前に伸びた鼻と吻なのは変わらないが、
その瞳だけは妙に"人間"を思わせた。
それはきっと、動物には似つかわしくないパッチリとした二重瞼と、睫毛がそうさせるのだろう。
例えばキリンなんかも睫毛を多く湛えているが、
ス=クゥの睫毛は、本当に人のようにある一定の感覚で整然と並んでいるのだ。
それが酷く気持ち悪くて、俺は吐き気を覚えた。
これは人特有の傲慢なのだろうが、
人類の造形というものは神から与えられた唯一無二のものであると意識せずとも考えているものだ。
人に近いサルやチンパンジーでさえも、全く同じ造形の器官は存在していないと言っていいだろう。
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しかし、目の前の獣はそうではない。
その目と、黒髪は、紛れもない人間のものであると俺の脳は認識してしまっている。
それが得も言われぬ不快感と吐き気を、澱の様に意識の底から舞い上がらせるのだ。
川 ゚ -゚)「……」
腕を引っ込めたくなる気持ちに抗うように、俺は下唇を噛みしめる。
そうしたのはこれから始まるであろう"審判"とやらが俺たちの命運を握っていることを確信してるからであり、
そして男衆が俺たちを射抜く視線があまりにも鋭すぎたという点に尽きる。
( ФωФ)「……」
(´・ω・`)「……」
( ^ω^)「……」
どいつもこいつも鼻がない。
その理由が、目の間の獣とリンクしている気がしてならない。
俺は身震いした。
ス=クゥは俺を見上げたまま、ゆっくりと差し出された右腕に近寄ってくる。
そのまま濡れた鼻先を俺の腕の内側に沿わせるように匂いを嗅ぎ始めた。
ゴム質の皮膚は森の湿気でうっすら濡れていて、
生々しい感触と、青魚の表面のようなぬめりを感じた。
鼻息が腕にかかる度に、そこに鳥肌が立つ。
(´<_` ;)「――――ッ!」
思わず顔を背けそうになるが、その隙にこの生き物が、俺の腕に
どんなことを仕掛けてくるのかと思うと、目を逸らす訳にはいかなかった。
( ФωФ)「――*************** チイッ **************** シィー」
無表情のまま、族長は俺に向かって何事かを語りかける。
当然理解の出来ない俺には、後ろを振り向き通訳を見ることしか出来ない。
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(;‘_L’)「――お前たち……つまり俺たちは、この部族に害をなすものか、と言っている」
(´<_` )「それは――もちろん"NO"のつもりだが、どう答えればいい?」
(;‘_L’)「"YES"はヤック、"NO"ならクパ、だ」
ヤック、クパ、共にこの辺りの部族の言語グループとは異なる。
アラカン山脈だとナガ族が有名だが、言語はインド系譜を引いているはずだ。
しかし部族の言葉は、どちらかと言うと古代マヤ文明を気づいたアステカ族に近いのではないだろうか。
ともかく長々落ち着いて彼らの出自を探っている時間は無いだろう。
俺は族長の眉間に皺が寄る前に、答える。
(´<_` )「――クパ」
ぴちゃり。
予想していなかった感触が手の甲あたりに生じて、即座にそちらを見る。
川 ゚ -゚)「……」ペロペロ
(´<_` ;)「――ぐ」
ス=クゥが俺の手の甲に舌を這わせていた。
ぶよついたその質感は、陸上の生き物というよりも海の軟体生物に近い。
小さく短い舌ではあるが肉厚で、唾液をふんだんに纏っているせいで
舐められた箇所には蛞蝓が這いずったような跡が残った。
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『嘘を吐くな』
先程の通訳の言葉が蘇る。
この奇妙な生物はこうやって人間の言葉の真偽を確かめることが出来ると言うのだろうか。
確かに嘘を吐いたことによって、その緊張から発汗量が変わる人間もいるだろう。
厳密に検査すれば、その時の分泌物の成分も真実を口にしたときとは異なるのかもしれない。
しかしこの獣がそんな上等な機能を持ち合わせているものだろうか。
そもそも生物として生きていく上で、
ネズミ程度の存在がその機能を有効に活用する場面などあるのだろうか。
次々に疑問符が湧いてくるが、
それもすぐに不愉快な舌の感触に塗りつぶされていく。
( ФωФ)「――********** ッチ ********************** ッチ *********** シィー」
(´<_` )「……今度は何て?」
(;‘_L’)「――お前に家族はいるのか、だと」
俺は檻を見下ろすように立つ族長の顔を見る。
櫓の炎を背景にしているせいで細やかな表情は読み取れないが、
我々を捕えたときのような怒りは少なくとも和らいでいるように思える。
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みんなお疲れ!
キューちゃんも投下宣言だけさせてもらいます!
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それでこの質問だ。
最初に思ったのは身代金に関すること。
家族の有無を問いただし、家族がいるようであれば、そいつに身代金を請求する。
この部族にとっては思わぬ臨時収入となる訳だから、怒りも収まったという説。
しかしこの広場から垣間見える文明レベルから察するに、
自給自足の狩猟生活、日本でいうと縄文時代程度の知見しか持ち合わせていないらしい彼らに
果たして、旅行者を捕えて身代金を要求するような上等な真似が出来るのかという疑問も湧く。
次に考えられるのが、"家族"という言葉に、"仲間"のようなニュアンスが含まれているという説。
つまりは彼らは我々のようなある意味侵略者、簒奪者のような存在に対し、
伏兵がいるのではないかと訝しんでいるのではないかということだ。
実際通訳と言えど、相手の言葉に沿って完全な意味合いで言葉を訳せる訳じゃない。
そこには意訳や、民族間で共通しない言語に無理やり意味を持たせると言った事も生じるはずだ。
しかしこちらの説も、族長の妙に穏やかな表情に否定されてしまうだろう。
(;‘_L’)「はやく答えてくれ……」
哀願とも取れる悲痛な顰めきが背後から投げられる。
この沈黙に俺ではなく通訳のほうが先に音を上げてしまった。
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俺は家族について少し考える。
父は俺が母の腹の中にいる時に、太平洋戦争に出征し、サイパン島で死んだ。
母はつい最近病死した。
姉も数年前に息子を産む際に死んだし、当時赤子だった妹は終戦直後に餓死した。
そうなると、必然思い出されるのは、厄介者の顔だった。
俺には双子の兄がいる。
本来なら忌み子として縊り殺されるはずだったと聞いている。
産婆が奴の首に手をかけるより早く、奴は産婆の指を噛み千切り、
産婆が悲鳴を上げて後ろ手に倒れると同時、乳房めがけて母の肢体を駆け上がったという話だ。
それ故、なのか。
奴は幼い頃から訳の分からぬ性質を持っていて、
二・三日居なくなっては『天狗と将棋を差していた』だの『ジムグリ達の巣を埋めていた』だの
終戦間際の閉塞感など露知らず気狂いじみた言動を繰り返した。
家を出たのは俺の方が早かったが、
その後奴も独り立ちをしたようで、祓い屋稼業を始めたと聞いた。
それも霊や妖夷の類ではなく、『《狂神"クルガミ"》専門』という
これまた異端の道をひた走るような隙間産業だ。
何でも終戦後の農地改革に伴って、土地神が信仰を失った結果、
狂って祟り神になる事案が近年増えているのだという。
それを物理と科学と脳髄力学で始末をつけるという仕事らしい。
これは数年前に本人から聞いた話だ。
その時に、俺は奴との縁を切った。
意外なことにそれは俺からではなく、奴から言い出したことだ。
( ´_ゝ`)「これから祓う狂神は実に厄介でな、下手打ったら親族まで殺されかねん。だから一応な」
そういって、俺含めた家族全員の家々を回り、奇妙な儀式を持って奴は俺達と縁切りをしたのだ。
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そういった背景を鑑みるに、今現在俺に家族はいないということになる。
悲しいことに独り身だしな。
俺は指先を舐めるス=クゥの鼻先を避けるように回しながら、
(´<_` )「ヤック」
と答えた。
瞬間、指の先に強烈な痛みを感じて、俺は檻の外に出していた腕を引っ込めた。
中指の先端が紅く染まり、鮮血が湧き出すようにして手の甲の方まで垂れている。
最初はス=クゥに食いちぎられたのかと思ったが、そうではなかった。
――爪だけ剥がされていたのだ。
俺は痛みに顔を歪めながら檻の外の獣に目を向ける。
上下の前歯の間に、確かに半透明の板が咥えられていた。
(;゚_L゚)「――嘘を吐くなと言ったのにッ!」
怒声とも、悲痛な叫びとも取れる声と共に、通訳が俺に飛びかかってくる。
肩を地面に押さえつける形で馬乗りになり、今にも殴りかからんという形相で俺を睨む。
(´<_` ;)「待て、嘘は吐いていないッ!」
(;゚_L゚)「それならなんでス=クゥに噛まれた!?」
(´<_` ;)「分からんッ! そもそもあんな獣に何が分かるんだッ!」
そこから始まる俺達の口論を、硬質な音が中断した。
再度族長が杖で檻を叩いたのだ。
半狂乱だった俺たちは、音の方向――族長に顔を向ける。
今まで見せることのなかった満足げな笑みがそこにはあった。
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( ФωФ)「――******** シィー」
(;゚_L゚)「――う、嘘だろ……」
(´<_` ;)「奴さん、何だって?」
(;゚_L゚)「俺たちを、"客人"として迎えるって……」
(´<_` ;)「――助かったのか……?」
(;゚_L゚)「分からない……」
まだ馬乗りの体勢のままだった通訳と、俺は顔を見合わせる。
爪の剥げた中指の痛みが再度主張を始める頃には、檻の扉が開かれ、俺達は開放されるに至った。
呆然と円形広場の中心に立ち尽くす俺たちに、
部族の男たちが寄ってきて、すぐに装備品各種を返却してくれた。
とりあえず俺は背負鞄からサスペンダー式ホルスターと拳銃を取り出し、
ベストの内側に装着する。
無骨な質感が俺の浮いた肋を圧迫するが、それで逆に安心感を得る。
ついでにハンカチを取り出すと縦に裂いて簡易包帯として、
未だ鮮血の滴る中指にきつく巻いた。
俺たちは族長の導きのままに、一際大きい住居の裏手にやって来る。
そこには木で組まれた小型の高床式住居があった。
東南アジアで見られる高温多湿で降水量が多い環境に対応できるように作らる様式だ。
日本で言うと、東大寺の裏手にある正倉院の校倉造なんかに近いのではないだろうか。
あるいはインドネシアの奥地にあるブンブンと呼ばれる簡易住居にも似ている。
.
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( ФωФ)「*********** ッチ ************** シィー」
尚も好々爺の如き笑みを湛えたまま、族長は杖の先であの建物を指す。
(;‘_L’)「あそこに泊まれ……と」
通訳は族長の笑顔に返すようにひきつった笑みを浮かべながら俺にその内容を説明する。
俺がス=クゥに噛みつかれたにもかかわらず、厚く持て成すような空気に、
なにか裏を感じずにはいられない、そんな表情だ。
俺もこの展開にすべて納得がいっている訳じゃない。
それでも、すぐに処刑されないことと、懐に護身用の武器があることで、
かなり冷静さと広い視野を取り戻してきている。
ともかく目的は"天竺茸"に関する伝承の蒐集だ。
それに加えて、俺はあの『ス=クゥ』も気になり始めている。
オカルトカストリ雑誌の記者として長年やってきた経験と勘が、あの獣と目的の茸の繋がりを示唆していた。
( ФωФ)「*********************** ッチ ************************** ッチ ******** ッチ *********** シィー」
(;‘_L’)「……今日は早く寝ろ、と。何か聞きたいことがあるなら、明日私の家に来い、と言っている」
通訳は雇い主である俺に判断を委ねるような顔をしながらこう伝えた。
気持ちとしては一刻も早くこの場を去り、チンドウィン河を下って元の街へ帰りたいのだろうけど、
あいにく日も完全に落ちた今の時間に、アラカン山脈の大森林を下るのは逆に命を落とす危険が高い。
その二律背反がよく表情に現れていた。
(´<_` )「――ともかく、好意に甘えるとしよう。今後の進退は、一眠りした後に考えよう」
俺はそれだけ言うと、住居へと伸びる木製の階段を上がった。
-
( ФωФ)「*********** シィー」
階段の中ほどで、族長の言葉が後頭部に投げられた。
(´<_` )「……何だって?」
(;‘_L’)「村の掟で、夜は出歩くな、と」
それを伝える通訳の顔は青ざめていて、
恐らくは、出歩いた場合の処遇に関しても含まれていたものだと察する。
少なくとも郷に入っては郷に従えが取材の基本だ。
俺は夜に出歩かなという旨を心に刻む。
入り口には他の竪穴式住居と同じ様に藁の簾が掛かっていて、
腕でそれを押し上げるようにして中に入る。
中は8畳程度の広さがあり、ベッドの代わりなのか、藁束が乱雑に敷き詰められていた。
右手と左手それぞれに窓があるものの、障子紙のような薄い膜で閉じられている。
しかし外の櫓からの淡い光と月光が、それぞれ透過し、室内をうっすらと照らしている。
俺はその障子紙のような膜を指でなぞる。
そのぶよぶよとした質感に覚えがあった。
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――ス=クゥか。
恐らくは、あの獣の革を打ち付けてあるのだろう。
半透明の皮の内側に内臓が透けて見えていたことを思い出した。
そうなると、ここがまるであの生き物の胎内のように感じられる。
途端に風通しが良い作りのはずのこの建物に妙な閉塞感を感じ始めた。
俺はこの事実を通訳に告げること無く、背負鞄を部屋の隅に投げると、
藁の上に寝転んだ。
それを見て通訳も同じ様に荷物を下ろし、部屋の隅に膝を抱えた。
どうやら深い眠りに落ちるつもりはないらしい。
今夜は嫁と、生まれる子供の事でも考えて明かすのだろう。
俺は瞼を閉じる。
いもしない嫁と子供の代わりに浮かぶのは、
何故かあれほど忌み嫌っていた双子の兄のニヤついた顔だった。
.
-
『エンテレケイアの獣どものようです』
.
-
********************************************************
チンドウィン川は濁った流れのまま上流から下流へと流れる。
アラカン山脈に対して侵食と運搬の働きを存分に発揮している証拠だ。
族長の息子だという男は、この辺りの部族には珍しく肥満体で、
歩く度に腹の贅肉が波打った。
部族の集落から南に数キロ、広葉樹の森を抜けて川の畔までやってくる。
対角の岸の先には沼地が広がっていて、更に奥には別の山脈が見えている。
男は沼地にぐるりと視線を巡らせると、二本の指を口に当て、強く息を吐いた。
鋭く響く音がそこから生じる。
俺は耳を塞ぎそうになったが、中指の痛みに気取られて、うまく耳栓が間に合わない。
顰めっ面のまま眼前の河と沼地を眺める他無かった。
やがて虫のさざめきにも似た、草を掻き分ける音が川向うから聞こえだす。
濁流から生じる音よりも大きいそれは、嫌でも『数』を連想させる。
しかし意外なことに、草木かき分けて這い出てきたのは、
たった2匹の獣だった。
川 ゚ -゚)「……キュウ」
o川*゚ー゚)o「……キュウ」
女の嬌声にも似た甘い鳴き声は、川向うからでも鼓膜に届く。
( ^ω^)「……*********** オッ」
肥満体の男の舌打ち音は、腔内が脂肪で満たされているためか、
他の奴らとは違い低くマヌケな響きをしていた。
.
-
俺は数歩後ろから様子を伺うように立っていた通訳に、翻訳を促す意味で顎をしゃくった。
目の下に濃い隈を塗った通訳は、肥満の男の言葉を緩慢な喋り方で翻訳する。
(;‘_L’)「……あれが、『私のス=クゥ』だ、と」
――檻に捕えられた晩が過ぎ、俺は朝一番で族長に茸とあの奇っ怪な生物について聞いた。
すると族長は、茸に関しては知らぬと答えたが、生き物に関しては饒舌に説明してくれた。
曰く、あの生き物は"救世の獣《くぜのけもの》"である――と。
他部族との交易を文化として持たないこの部族にとって、
山からの恵みが全てであった。
しかし遠い遠い昔、空から"死"が舞い降りて、
森の生き物が死に絶えた時代があった。
あわや部族全員餓死待ったなしといった状況の中
現れたのがあの生き物であるということだ。
(´<_` )「……という事は、あの生き物は食えるのか?」
俺のその質問に、族長は笑った。
鼻があったであろう箇所の皮膚がヒクヒクと蠢く。
食べられるだけじゃない。
そう答えたらしい。
.
-
言いながら、族長は杖の先で住居の骨組みを指す。
俺も入った時から気になっていたが、意外なことに家の骨組みの材質は木ではなかった。
白っぽい棒が複雑に組み合わさってテントのような形状を保っているのだ。
外観はただの藁葺きのテントだが、内部はモンゴル遊牧民の"ゲル"に似ていた。
この骨組みは、ス=クゥの骨を打ち砕いたものと粘土を混ぜ、焼いたもので出来ている。
軽く、丈夫で、熱を加えると簡単に曲がるが、その後は決して形を変えないとのことだ。
また、床、壁を覆うようにして貼り付けられているス=クゥの皮は
暑さと寒さ両方に強く、清潔を保ち、傷にも強い。
そう説明しながら、族長は腰に刺した黒曜石の短剣を床に突き刺した。
先端が数ミリ程飲み込まれたが、それ以降刃が進む様子がなかった。
目を丸くする俺たちに満足したのか、そこから短剣を引き抜く。
薄っすらと付いた裂傷跡が、見て取れる。
すると族長は脇においてあった土器に汲んである水に指の先を少し浸し、
その雫を床の裂傷に撫で付ける。
そうやって擦っているうちに、裂傷は跡形も無く消えた。
――死してなお、ス=クゥは生きる。
族長は最後をそう締めくくった。
その言葉に俺は不死性を感じずにはいられなかった。
俺の興味は既に茸から、この部族の全てであるらしいあの生き物に移っていた。
.
-
(;゚_L゚)「お前は馬鹿かッ!?」
俺の提案に通訳が怒鳴る。
俺は族長に、ス=クゥを一匹くれないか頼んでくれと通訳に申し出た。
それに対して彼は目くじらを立てたのである。
(;゚_L゚)「あの不気味な生き物をくれだとッ!? 冗談じゃないッ! そんなこと頼めないッ!」
(´<_` )「なにも日本に持って帰ろうってわけじゃない。この集落にいる間だけ観察させてほしいんだ」
(;゚_L゚)「お前は何も知らないッ! あの生き物は危険なんだッ!」
(´<_` )「じゃあお前が俺にあの生き物の危険性を説いてくれ。納得したら引き下がる」
(;゚_L゚)「後悔する……」
(´<_` )「お前に払った前金の件で後悔したくないだけさ。旅の終わりで、良い通訳だったと思いたい」
(;゚_L゚)「身の危険を感じたら俺は逃げるからな」
(´<_` )「そうしてくれ」
俺たちの険悪なやり取りを何も言わず眺めていた族長に向き直り、
通訳はしどろもどろになりながら俺の要求を伝えているらしかった。
通訳が話し終わると、すぐに族長は破顔し、
部屋の隅に座ってこちらを見ていた肥満体の男を呼びつけた。
ス=クゥが欲しいなら、此奴に付いていけ。
俺の要求はすんなりと通り、そしていまこうして河を挟んでス=クゥと対面しているのである。
.
-
( ^ω^) ピィー
男が再び指笛を吹くと、二匹のス=クゥは濁流に飛び込んだ。
そのまま黒髪だけを水面に漂わせて、ゆっくりとこちらへ泳いでくる。
あんなに鈍そうな身体つきなのに、意外にも泳ぎが得意らしい。
やがてこちらの岸まで泳ぎ着くと、二匹は体を震わせてまとわりつく水を飛ばした。
あの薄桃色の皮は撥水性を持ち合わせているらしく、珠のようになった水が表面を流れていった。
濡れた黒髪は艶かしく太陽の光を反射し、
部分的にシャボンの膜みたく虹色に輝いた。
( ^ω^)つ川 - 川 ナデナデ
男は大きい方のス=クゥの頭を愛おしそうに撫でる。
乱れた黒髪に節くれだった指を何度も通し、キレイに整えていく。
男のぶよついた体と、ス=クゥの弛んだ皮膚のせいで、
なんだか親と娘の様にも見える。
俺はそれがおかしくて、口元を覆った。
川 ゚ -゚)「……キュウ」
ス=クゥの方も気持ちよさそうに目を細める。
こうして見ると、挙動自体は日本で見られる犬猫とほぼ変わらないように思える。
o川*ー川o「……キュッ、……キュッ」
そんな俺の足元に、小さい方のス=クゥがコツンコツンと額をぶつけてくる。
海を漂う海藻のように広がった黒髪が不気味に揺らいでいた。
そこそこの嫌悪感から蹴り飛ばしてやりたくなったが、
肥満体の男がこちらを見ながら、『撫でてやれ』の身振りをするので
仕方なく俺はチビス=クゥの頭に手を伸ばした。
.
-
(´<_` ;)「……っ」
生々しい濡れ髪の感触と、その下の皮膚の肌触りは、
丁度人間の幼児の頭を撫でる感触に似ていた。
俺は何度か触れたことのある妹の頭を想起する。
終戦直後に餓死した妹の頭。
まだ頭蓋骨が発達しきっていないせいか、妙にやわっこく、
それでいて乳幼児特有の体温の高さが手のひらにじんわりと染みる。
それと同じ感覚が、この獣の頭部からするのだ。
俺の指が通る度に、獣の黒髪は整っていく。
余分な水分を絞るように何度か手櫛をしてやると、
隣の大きなス=クゥの髪のように、濡烏色の中に、虹のような輝きが生まれる。
o川*゚ー゚)o「……キューウ」 ツヤツヤ
ス=クゥが満足げな鳴き声を上げる。
全身の皮膚が薄桃色から濃い桃色に近づき、血色が良くなったのが分かる。
(´<_` )「……これが俺のス=クゥってことでいいのか?」
通訳ではなく、肥満の男の方に向かって話しかけてしまったが、
男は俺の言葉を理解したのか、通訳が翻訳する前に大きく頷いた。
.
-
男はそのまま集落の方面へと歩きだす。
大きいス=クゥもその後に続く。
俺と通訳は一度顔を見合わせた後、同じように集落に向かって歩き出す。
後ろを振り向くと、小さいス=クゥも短い手足を懸命に動かして、
落ちた枝葉や、岩を乗り越え付いてくる。
o川;゚ー゚)o「キューゥッ! キューゥッ!」
しかし体が小さいせいかどうしても俺たちの速度に追いつくことが出来ずに
あたふたしながら障害を乗り越える他ないようだ。
それを見ていると、なんとも言えない感覚が下腹の辺りに沸き起こる。
自身の中に眠る嗜虐心と、幼生な生き物に対する庇護心。
この2つが入り混じった、こそばゆいものだ。
ともすれば近寄って即座に踏み潰して殺してやりたくやるような感覚の裏側に
こいつを全力で愛玩し、護ってやりたいという気持ちが生じている。
自分の口角の端が上がるのが分かった。
しかしその笑みもその二律背反の末に表面化したものらしく
自分の顔の筋肉が意図しない方向に動いたのが瞼と頬が痙攣したようにヒク付いた。
俺は小さいス=クゥに近寄ると、
尻尾に近い黒髪の生え際を摘んだ。
o川;゚ー゚)o「キュ、キュゥッ!」
何かを訴えるような鳴き声を上げるが、無視してそのまま引っ張り上げる。
全身の余った皮がそこに集約されたせいで、10cm以上も皮が伸びたのには驚いた。
まるで暖められたチーズのようだ。
短い手足をわたわた振り回しながら抗議の声を上げるス=クゥを
自身の右肩に下ろしてやる。
現地で買った麻のシャツの襟元を、しっかりとス=クゥが掴んだのを確認してから、
俺は再度肥満の男を追った。
一連の流れを見ていた通訳が、なにか言いたげな顔でこちらを見てきたが、
終ぞ一言もこちらに話しかけては来なかった。
.
-
集落に戻ると、通訳は木組みの家に戻され、俺だけ族長の住居に呼ばれた。
言葉が通じないことは向こうも分かっているらしく、肥満体の男は身振り手振りで
俺を住居の奥まで導く。
そこは男の部屋と言って差し支えないらしく、
藁葺の寝床と、腰ほどの高さがある机、それから幾つかの壷が並んでいた。
まだ昼だと言うのに、ここまで光が差し込まず、妙に薄暗い。
男は壷の一つから茶色い珠のようなものを取り出すと、
机の上にある白い容器にそれを乗せる。
その茶色い珠の表面を爪でこすると、小さな火種が灯った。
やがてその炎は大きくなり、部屋の内部を明るく照らす。
どうやら火薬やマッチの頭のようなものらしい。
男は机の前で俺に手招きをする。
俺は黙ってそれに従った。
未だに俺の肩に乗る小ス=クゥを引き剥がすようにつまみ上げると、
腹が上になるように机の上に転がして、首元をキツく押さえた。
o川; Д )o「ギュゥ!」
ス=クゥは今までとは違う悲痛な鳴き声を上げる。
それも構わず男はニコニコしながら、空いていた方の手で木べらのようなものを取り出した。
( ^ω^)「――********* オッ ************** オッ」
言葉が通じないことは分かっているのだろうが、
それでも口にせずにはいられないという興奮が伝わってくる。
俺はそれに苦笑いで返す他ない。
.
-
裏返ったス=クゥは尚も苦しそうに暴れ、尻尾を机に打ち付ける。
男は木べらで、ス=クゥの腹の辺りを撫でる。
透けた内臓の一つ一つを数えるような仕草だった。
そのまま木べらの位置を尻尾の方へとずらしていくと、
ある箇所で木べらの先端がピタリと止まった。
そこには皮膚に縦の裂け目が入っており、
より肉感の強いひだで囲われていた。
ス=クゥが鳴き声を上げる度に、その裂け目が閉じたり開いたりする。
内側で白濁した粘液が糸を引くのが見えた。
どう見ても、雌の性器だった。
当然生物である以上、こういった器官を持ち合わせていることに何ら不思議はない。
しかしあまりにも唐突に指し示された生々しい雌の部分に、頭の処理が追いつかなかった。
そんな俺の表情を楽しむように、男は下衆びた笑いを浮かべる。
そしてそのまま、木べらの先端を、その割れ目に沈み込ませた。
o川; Д )o「ギューゥッ!!」
一際高い鳴き声を上げて、ス=クゥは体を痙攣させる。
木べらが中ほどまで挿入されると、今度はゆっくりと引き抜かれる。
しかし先端が近くなると再度奥まで挿入してを繰り返す。
それは生殖行為の模倣と言うよりも、
ス=クゥの奥にある何かを掻き出すような行為に思えた。
.
-
o川; Д )o「ギュッ!! ギュッ!!」
繰り返される木べらのストロークに合わせて、苦悶の声が漏れる。
割れ目の奥から聞こえる音に、水の跳ねるような音が混ざり始める。
びちゃっ、びちゃっ、と割れ目から白濁液が吐き出される。
何のために、男がそうしているのか理解できない。
無論コレを俺に見せる必要性も分かりはしない。
しかし俺はその行為から目が離せないでいた。
数分、もしくは数十分以上そうしていたのかもしれない。
やがて最後の一突きを終えた木べらは、ゆっくりと引き抜かれる。
粘着質な音を立ててすっかりと抜けると、ス=クゥは一際大きく痙攣してみせた。
( ^ω^)「*** オッ」
短い言葉と共に、木べらの先端が俺の方に向けられる。
そこには、赤黒いナニカが付着していた。
ゼリー質の半透明であり、よっぽど粘度が高いのか、
木べらから滴ること無く、べっとりと纏わりついている。
性器の奥から出てきた赤黒い塊という物質に、
俺はどうしても明るいイメージを想定できずに顰め面をとる。
しかし俺の内情を知ってか知らずか、男は手のひらを自分の顔の方に仰ぐような身振りをしてみせた。
――どうやらコレの匂いを嗅げ、と言っているらしい。
ビルマの奥地まで来て、未知の生物の分泌物を嗅ぎ回る男。
それが今の俺だった。
自虐的な思考が頭をめぐりきる前に、俺は鼻を木べらに近づけ、一気に鼻から空気を吸い込んだ。
.
-
(゚ <_゚ ;)「がっはっ!!」
――ぐりん、と自分の眼球が上に裏返ったのが分かった。
鼻腔に叩きつけられるような特濃の生臭さと、その奥にある得も言われぬ芳香が
鼻の神経を通って、脳髄の隅々まで行き渡るのが自覚できた。
脳髄の皺の一つ一つの奥まで丹念に香油で洗われるような幸福感と、
激しい火花を散らしながら駆け巡る刺激が、交互に俺の頭を振り回す。
膝から崩れ落ち、殆ど空に近かったはずの胃から、絞りカスのような内容物をぶち撒ける。
苦痛と幸福が頭の中を暴れまわり、手近なもの全てを破壊し尽くしたい暴虐の衝動に駆られるのに、
体はその想いに反応せずに、先程のス=クゥ同様痙攣を繰り返すほかなかった。
脊髄を電流が強さを変えながら何度も走る。
裏返った目玉の奥で、走馬灯のように何度も何度も幼少から今までの映像が高速で再生される。
しかもそれを隅々まで細かく認知しながら、どこか俯瞰で観察しているような、
壮大な叙事詩の一部に自分という存在の片鱗が浸るような、奇妙な感覚。
何億ページもの"百科事典《ブリタニカ》"を頭の中で捲り続ける。
そして行き当たった答えは"麝香"だった。
東南アジア、特にインドを中心として生息する麝香猫。
その猫の性器周辺に存在する臭腺(会陰腺)から霊猫香と呼ばれる香料を取り出し、
香水の補強材や持続剤として使用する。
恐らくはス=クゥにも同じような性質があり、
肥満体の男は、その強い香りを持つ分泌物を直接嗅がせたのだ。
ぐわんぐわんと唸りを上げる頭の中に、男の笑い声が二重三重に響く。
吐き気は治まってきたが、それでもなお重い二日酔いのような気怠さが抜けきらない。
いつの間にか床に倒れ伏した俺の側にス=クゥがやってきて、
心配そうに俺の顔を覗き込む。
反射的にひっつかんで壁に叩きつけて破裂させてやりたいという嗜虐心が湧くが、
俺の額に、自分の額を優しくぶつけるその仕草に、いじらしさも感じていた。
.
-
俺は再度ス=クゥを自分の肩に乗せると、のろのろと立ち上がる。
言葉の通じない男に抗議の意を伝えるのも面倒で、
半目で睨むことしか出来なかった。
男は笑い顔のまま、別の器を取り出すと、そこに木べらを擦り付け、分泌物を入れた。
更に別の容器から白く濁った液体を注ぐと、木べらでゆっくりと混ぜ合わせる。
俺は液体が入った壷に顔を近づける。
アルコールのツンとした匂いがした。
どうやら酒の一種らしい。
これを溶媒として、あの分泌物を溶かすのだろう。
ある程度まで溶け切ると、器の中の液体は美しい紅に染まった。
そして何処かで嗅いだことのある、薔薇の香りにも似た芳香が漂い始めた。
これは檻の中で嗅いだものと同じものだと気づくと同時、
男は指の先端に付けたそれを、俺の頬に塗りつけた。
集落の部族の男が付けていた文様と、纏っていた芳香の正体はこれだったのだ。
俺の体に渦巻いていた暴虐と、思考の奔流はいつの間にか形を潜め、
穏やかな風が体の内側を吹き抜けていた。
これもこの芳香の効能なのかもしれない。
( ^ω^)「***** オッ」
男は、コレでお前も仲間だ、とでも言いたげに笑った。
俺も歯を剥き出して笑ってみせた。
.
-
********************************************
(;‘_L’)「もうここに来て3日だぞ……何の収穫もないなら帰らせてくれ……」
通訳の男の憔悴は日増しに酷くなっていく。
伸び放題のヒゲと、痩けた頬は、まるで幽鬼を思わせる。
それもそのはずで、彼はこの集落に来てからほぼ水しか口にしていないのだ。
俺は毎晩族長の家に呼ばれては、なにかの肉らしきものを食べているのですこぶる健康だ。
正直言えば、何の肉か検討がついている訳だが、
それ故通訳は、その食事を口にしたくないのだろう。
白身魚のような解ける食感と、牡丹肉のような獣の匂いを残しつつも濃い旨味を持つあの肉は
一度味わっても損はないだろうと説得してみたのだが、彼が首を縦に振ることは無かった。
俺が集落を見物している間、彼は森に入って木の実なんかを採集して食べているらしい。
それでも成人男性の体力を賄える量は採取出来ないのだろう。
(´<_` )「それなら俺を置いて逃げ帰ればいいだろう」
(;‘_L’)「馬鹿言え……奴ら、常に俺たちを監視してる……」
(;‘_L’)「森の何処に居ても奴らの視線を感じるんだ……」
(;‘_L’)「逃げたら殺される……」
そこまで言うと、それっきり押し黙り、膝の間に顔を埋めた。
俺はすっかり肩の上が定位置になったス=クゥと顔を見合わせると、
朝食を貰いに、族長の家に行くことにした。
ちなみに俺は何もタダ飯を貪り続けているわけではなく、
持ってきた装備品の中から幾つかここでの生活に役立ちそうなものを渡している。
中でも昔取材で訪れた米軍基地からちょろまかしてきたサバイバルナイフは族長がいたく気に入ったらしく、
今ではあの黒曜石のナイフの代わりに、腰にぶら下がっている。
.
-
いつもより少し早く族長の家に到着すると、
中から族長の息子である肥満体の男が丁度出てくるところだった。
男は俺に気づくと、付いてこいの身振りをして
集落の南、チンドウィン川の方向へ歩き始める。
恐らくは自分のス=クゥに会いに行くのだろう。
どうやらス=クゥは本来集落に連れてくるものでは無いらしく、
基本は河を隔てた沼地向こうに住まわせているようだ。
ただ、時たまこうやって会いに行くことで、この獣と絆を確かめるのだ。
o川*゚ー゚)o「キュウ?」
俺の肩に乗ったス=クゥが鳴き声を上げながら鼻先を俺の頬に擦り付ける。
この生暖かい鼻息にも慣れてきた。
男の後ろを歩き森を抜ける。
そして河の畔までたどり着くと、男はいつものように指笛を吹き、
それに合わせてス=クゥが川向うの草むらをかき分けて鼻先を突き出す。
濁流の中を泳ぎ、濡れたス=クゥを男はまた愛おしそうに撫で付ける。
しかし、その時、俺はあることに気がついた。
男の腰に、族長に贈ったはずのサバイバルナイフが光っていた。
男は先程までの慈しむような態度とはうって変わって、
荒々しくス=クゥの首元を、掴むと、丸石の河岸に叩きつけるように押さえ込んだ。
.
-
川 ゚ -゚)「ギュゥ!」
悲鳴を上げて大きなス=クゥは藻掻く。
短い手足は丸石を掻き出すように動かされ、尻尾は何度も河岸を叩いた。
暴れまわるス=クゥにも動じず、男は腰のサバイバルナイフを引き抜く。
そして、自分の額をス=クゥの額に合わせると、短く何かをつぶやいた。
( ^ω^)「――***** オッ」
その言葉を聞き取ったのか、ス=クゥは暴れるのを止めた。
まるで彼の言葉を反芻するように顔を上げて彼を見つめる。
そして、首を捧げるように、少しだけ伸ばすと、
ぴたりと動かなくなった。
その仕草が、生贄に捧げられる聖女を思わせるようで
静謐で荘厳な儀式が遂行される瞬間のような、
胸が詰まるような思いが湧き上がる。
川 ゚ -゚)「――キューゥ……」
そう短く鳴くと同時、彼の持つ刃が、ス=クゥの喉元にめり込んだ。
ばしゃり。
鮮血が河岸に広がる。
首周りに刃を一周させると、彼はス=クゥの黒髪を掴んで、掲げた。
太陽の光が、血に汚れたその生首を照らす。
淡桃の皮膚と、昏い紅を透かした光は、安物の赤セロハン紙みたいにチープに輝いている。
.
-
男は再度、その生首に向かって同じ音を囁くと、
川向うにその生首を放り投げた。
俺はス=クゥの生首が描く放物線を眺める。
そして対岸にそれが着地するのを確認したと同時、俺の背中に戦慄が走った。
いつの間にか、向こうの河岸は、無数のス=クゥに埋め尽くされていた。
白く焼けた丸石が敷かれているだけだった河岸が、
今では黒髪の絨毯で覆われている。
先程の屠殺のシーンの一部始終をそこから見ていたと言わんばかりに、
身じろぎ一つせず、黒髪の隙間からこちらを覗いている。
やがてその中の一匹が、転がった生首の黒髪を咥え、ズルズルと沼地の方へと引きずっていった。
それに合わせて波が引くように、ス=クゥの群れが、草むらへと消えていく。
男はそれを意に介さない様子で、
首なしのス=クゥの後ろ足を掴み逆さ吊りにして血抜きを行っていた。
奇妙な生き物である事は理解していたが、
同族が殺される場面を群れで眺める習性に、生物学的な答えを見出だせず、俺は困惑していた。
.
-
*********************************
「……おわぁ」
虫たちの楽団が奏でる交響曲に耳を傾けながら
藁葺の寝床に転がっていると、ふいにそんな声がした。
俺の顔のすぐ横でまどろんでいたス=クゥもその声で起きてしまった。
声の方向に顔を向けると、同じ様に寝転んでいた通訳の男が、首だけをこちらに向けていた。
(‘_L’)「……おわぁ」
男はもう一度、意味を為さない言葉を繰り返す。
(´<_` )「……何だ?」
俺は、今日で5日目になる滞在に対する限界の意を
意味不明の言語を発する事で表明しようとしているのだと思った。
しかし実際は極度の飢えと乾きにより呂律が回っていないだけだと気付き、
できるだけ近くで彼の言葉を聞き取ることにした。
(‘_L’)「……ぉまぇ」
(´<_` )「あぁ、聞こえてる」
(‘_L’)「気づいているか……?」
その言葉に不穏な響きを感じる。
(´<_` )「何にだ」
(‘_L’)「この村は……おかしい……」
大体未開の部族の生活は、俺達のような拓けた文明をもつ人間から見たら異常に映るものだろうが、
彼の言葉の中にはそれ以上の異質が含まれている様子で、俺は真剣に耳を傾けた。
.
-
(‘_L’)「……いないんだ」
(´<_` )「……誰が?」
(‘_L’)「……」
その続きを口にすることを恐れるように、
彼は出もしない唾液を飲み込む仕草をした。
そしてややあってから言葉を発した。
(‘_L’)「……女だ」
(´<_` )「……は?」
(‘_L’)「この村に来てから、女を一度も見ていないんだ……」
一瞬、思考が止まる。
その間に、俺の脳裏にこの5日間のあらゆる場面が過る。
そしてそのどれもに女が写り込んでいないことを確認すると、
今更すぎる恐怖感が足元から這い上がってきた。
どうして気が付かなかったんだ。
俺は振り返り、藁葺の寝床に丸まるス=クゥを見た。
.
-
――これほどまでにコイツに夢中だったのか。
いや、それだけでは説明がつかない。
何処かから俺の思考には暗幕が掛けられていた。
本来なら気づくべき違和や、本来の目的を思い出すこともなく、
俺はス=クゥの生態と、それを取り巻くこの集落の環境の観察に心を奪われていた。
未だハンカチが巻かれたままの中指が痛み始める。
こんな未開の地で、出血を伴う怪我をしておきながら、
その怪我を放置して、フィールドワークを続ける?
気が狂ってる。
何の病原菌が潜むかわかったもんじゃない環境で、
その傷口をハンカチ一枚で覆ったまま何日も生活するなんて、
自殺行為そのものだった。
となると、俺の思考は既に初日から、あの檻を出てからずっと狂っていたことになる。
俺は腕に巻き付けたままの半壊した時計を見る。
――長針も短針も、もはや動いては居なかった。
(‘_L’)「女が居ないのに、どうやってこいつらは民族として成立してるっていうんだ」
(‘_L’)「――なぁ、分かったろ?」
(‘_L’)「もう無理だ。限界だ」
(‘_L’)「逃げよう、今すぐにでも」
.
-
――逃げる。
村の戒律では、夜に村を彷徨くことは禁止されていたはずだ。
そして恐らくはそれを破れば処刑は免れないだろう。
それを通訳も知っているはずで、それを天秤にかけてもなお、
此処からの逃走のほうが重いのだろう。
俺自身も、自分の精神に起こっていた視野狭窄に対して
恐怖を感じ始めていた。
噛まれた中指、嗅がされた分泌物、頬に塗られた香料、口にした肉。
どれもが俺の内部をいびつに歪まさせる要因足り得る。
それらに囲まれた環境に居たことにすらここまで気づけもしなかった。
死ぬことよりも、自分が自分でなくなっていくような
存在の上書きとも言うべきその感覚に、俺は慄いていた。
決めてからの行動は早かった。
荷物をまとめ、ホルスターにしまいっぱなしだった拳銃を軽く点検し、装弾する。
目立つような白のシャツから、暗闇に紛れるための黒い麻シャツに着替える。
俺は入り口の簾の隙間から広場の方を見る。
幸いと言って良いのか、それとも村人全員が律儀に戒律を守っているのかは分からなかったが、
周囲に人の気配は無かった。
肩越しに通訳を見ると、先程までの死に体とはうって変わって、
目を爛々と血走らせ、獣のような浅い呼吸をしてこちらを見ていた。
向こうが頷くのを確認して、俺は外へ飛び出そうとする。
.
-
o川*゚ー゚)o「――キュゥ」
瞬間、愛らしい声が、後ろから響いた。
俺は振り返ってしまう。
部屋の隅、ス=クゥがこちらを覗いていた。
自分が置いてけぼりにされることを理解してる捨て子のように、
いじらしくも親にすがるような真似はせず、しかし本心では庇護を求める子供の顔をしている。
黒髪の隙間から見える濡れた瞳は、悲しそうな光を湛え、
月明かりを淡く反射させていた。
あんなに不気味に思っていたはずの生物に、
コレほどまでの気持ちを抱くこと自体、自身の精神異常の兆候に他ならないと理解していたが、
俺の中にはコイツを置いていくという選択肢が無かった。
(;゚_L゚)「何をしてるんだッ!」
ささやき声ながらも焦燥と怒気を孕んだ声が通訳から飛ばされる。
俺はそれを無視して部屋の隅まで駆けると、
ス=クゥの弛んだ首元をひっつかみ、いつもの定位置へと乗せた。
(;゚_L゚)「ふざけるなッ! その化物を早く捨てろッ!」
(´<_` ;)「コイツには学術的な価値があるッ! 日本に持ち帰り然るべき機関に売りさばけば金になるッ!」
(;゚_L゚)「金が今更何の役に立つッ! 命あってのものだろうがッ!」
(´<_` ;)「街まで戻れたら契約金を3倍払う。それだけの価値がコレにはある」
口からでまかせだ。
そもそも俺はコイツを日本に連れ帰っても、誰にも見せる気はない。
俺だけのものだ。
.
.
-
通訳の返答を待たずに、俺は音を立てないように小屋の外に出た。
階段は軋むため、小屋を支える柱の一本にしがみつき、ゆっくりと降りていく。
このまま集落の南を抜け、チンドウィン河の下っていけば、アラカン山脈の麓まで出る。
そうすれば過去日本軍がインパール作戦のために舗装した道路に出るはずだ。
忍び足で族長の家の裏を回る。
広場には出ずに、周囲をぐるりと廻る形で南へ抜けるつもりだった。
「――〜〜〜〜〜〜〜〜」
聞き覚えのある言葉の羅列に、俺は思わずそちらを見た。
族長の家の藁葺の一部に空いた穴から光が漏れ、そこから声がしていた。
丁度そこは、俺がス=クゥの分泌物の匂いを嗅がされた族長の息子の部屋だった。
俺が足を止めた事に気がついて、通訳は背負鞄を押す。
しかし俺は振り返って、自分の口に人差し指を当て、"静かにしていろ"の意を示すと、
その穴に自分の右目を宛てがった。
.
-
――机の上では、あの日に灯された炎と同じ光が放たれている。
部屋の中心で、あの族長の息子が腰蓑を外し、全裸で四つん這いになっていた。
( ゚ω゚)「****** オッ ****** オッ ****** オッ ****** オッ ****** オッ」
狂ったように同じ言葉を繰り返しながら、一心不乱に腰を振っている。
それに合わせて背中にまで付いた贅肉が波打つのが見えた。
奴の体の下にいる生き物は、その腰の動きに合わせて嬌声を上げていた。
その白くだぶついた皮膚が、奴の肉と同じ様に波打つ。
浅黒い男の皮膚と、白くほんのり桃に染まった皮膚が入り乱れる様に
思わず吐き気を覚えた。
川 ゚ -゚)「……オ゛ッ! ……オ゛ッ! ……オ゛ッ !……オ゛ッ!」
突き上げられる度に、その生き物の透けた腹が押し上げられるように盛り上がる。
自分の体積の四倍近い人間の陰茎を咥えこんだ性器は、裂けんばかりに押し広げられている。
見ていて痛々しくなるほどの状態から、俺は目を離せないでいた。
奴の腹の下に居たス=クゥは、間違いなく、あの日彼自身が殺したはずの個体だった。
どうなってやがるんだ一体。
頭がどうにかなりそうだった。
『――死してなお、ス=クゥは生きる』
族長の言葉が何度も湧いては消える。
.
-
やがて一際大きい腰のグラインドと共に、族長の息子は己が屹立した陰茎を
ス=クゥの性器から引き抜いた。
しかし奴の陰茎は未だ萎えておらず、まだ精を放出していないようだった。
あの強い芳香を放つ赤黒い分泌物がべっとり付着したそれは、
もはや人間の男性器を超越した、もっと暴力的な仕組み見えた。
逆にス=クゥの性器は、あの日木べらを突っ込まれた状態から何倍も押し広げられ、
その粘液にまみれた狭い膣道の奥までを明かりによって照らされている。
天井を向いた短い手足を歓喜に震わせ痙攣する様は、
あさましくも生々しい雌の性を示していた。
男は自分の手で陰茎をしごき続けながら、自身の藁葺の寝床に向かった。
そしてその藁葺を足で乱雑に退けると、その下から麻袋が出現する。
その麻袋の丈夫からは人間の下半身が突き出ており、
外気に晒されたことに気づいたのか、激しく暴れだした。
*(;;)*「やめでぇ――――ッ!!!!! も゛う゛やめでぇ゛――――――ッ!!!」
まだ幼い、現地の少女の言葉だった。
男はその麻袋を何度も殴打しながら、まだ毛も生え揃っていない人間の女性器に
ス=クゥの分泌液が付着したままの肉棒を深く突き立てた。
*(;;)*「いぎぃ゛ぃ゛い゛ぃ゛い゛ぃ゛ぃ゛――――――ッ!!!」
耳を劈くような少女の悲鳴と同時、男はその一突きを持って精を内部にぶちまけたようだった。
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-
('A`) おれもこの辺りで投下の列に並んでおくわ
-
(゚ <_゚ ;)「うぉえ゛ぇ゛え゛ぇッ!! お゛ぇ゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ッ!!!」
反射的に俺は嘔吐してしまった。
もはや目の前で起こっていることに対して、俺の脳髄は理解を拒絶した。
その拒絶の意思が俺の横隔膜を押上げ、胃の中の内容物を絞り出した。
(;゚_L゚)「何をやってるんだッ!」
通訳に尻を蹴り上げられ、自分の置かれた状況を思い出す。
慌てて顔をあげると、ちょうど目の前に来た、
族長の家の穴の向こうに、大きな瞳が見えた。
( ゚ω゚)「……」
弾かれるように俺たちは駆け出した。
集落を飛び出した辺りで、後方から男たちの唸り声が聞こえる。
俺たちが戒律を破り、夜に出歩いたばかりが、
恐らくは禁忌であろう村の秘密を知って逃走したのだ。
血眼で俺たちを追いかけるに違いない。
俺はベストの内側から拳銃を引き抜いて撃鉄を起こす。
夜露にぬかるんだ森を抜けながらが、俺は後方を走る通訳に叫んだ。
.
-
(´<_` ;)「聞きたいことがあるッ!!」
(;゚_L゚)「なんだッ! 今じゃなきゃ駄目かッ!」
(´<_` ;)「どうしても今知りたいッ!」
(;゚_L゚)「言えッ!」
(´<_` ;)「あの時、族長の息子が言っていた言葉の意味だッ!」
(;゚_L゚)「――******かッ!?」
(´<_` ;)「そうだッ!」
(;゚_L゚)「奴らの言葉で――」
(;゚_L゚)「――"愛しています" だ」
(´<_` ;)「……」
あのス=クゥは、屠殺される直前に、その言葉を聞いて首を差し出したのだ。
それはまるで、それではやはり――。
.
-
森を掻き分け、チンドウィン川の辺りにたどり着く。
後方からの唸りは大きさを増している。
(´<_` )「――二手に別れよう」
俺の提案に、通訳は無言で頷く。
後の報酬の受け渡しうんぬんよりも己の命を優先させる判断だ。
(´<_` )「お前はこのまま真っ直ぐ河を下れ」
(;‘_L’)「アンタは?」
(´<_` )「俺は一か八か、この河を泳いで、向こう岸から逃げてみる」
(;‘_L’)「アンタ自身の判断だ。文句は言わないでくれよ」
通訳はそれだけ言うと、一目散に河を下流の方へと掛けていった。
俺の方は革製の軍用ブーツを脱ぎ口にくわえると、濁流の中へと進む。
あの日のス=クゥの様子から、深さはそれほどでないことは分かっていた。
俺の予想通り、川底の一番深いところでも胸あたりまでしか水面が来ない。
拳銃を濡らさないように左手を高く上げたまま、俺はゆっくりと向こう岸へ渡る。
.
-
――ヒュン
風切り音が後方から響き、振り返る間もなく、左肩に焼けるような痛みが走る。
放たれた矢が肩に命中したのだ。
(゚ <_゚ ;)「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
靴を噛んでいたため悲鳴自体は上がらなかったが、
その痛みで拳銃を河中に落としてしまう。
俺は必死の思いで河から上がると、一目散に藪の中に身を投げた。
カツン、カツンと、河岸の石に矢が跳ね返る音がする。
位置を気取られないように匍匐前進をしながら、背の低い単子葉類の草むらを往く。
男たちが河に飛び込む音を聞いてから、俺はすばやく立ち上がると、
沼地の方向へと駆け出した。
左の肩口に刺さった矢は、返しが付いていて、
周りの肉ごと抉り取りでもしないと抜けそうに無かったため、触れずに置いておく。
右肩に乗ったス=クゥが心配そうに鼻先を頬に寄せる。
その感触に愛おしさを感じながら、俺は沼地と森の境目を駆けた。
.
-
o川*゚ー゚)o「キュゥ!!」
すると、ス=クゥが高く鳴いた。
何事かと思い右肩を見ると、ス=クゥが何度も鼻先を森の中に向けていた。
まさか、俺を助けようとしているのか?
俺は自分の命運をこの奇っ怪で愛おしい生物に賭けてみることにした。
先程まで、自分の精神が狂ってきていることに感じた恐怖など忘れて。
河を一つ挟むだけで、森の様子が大きく変わる。
こちらの森は、熱帯雨林のそれだった。
肉厚で幅広の植物と、幾本もの蔦が視界を遮る。
俺はス=クゥが導くままに、草枝を手折りながら前進する。
いつの間にか背後からの声は聞こえなくなっていた。
やがて、高い岸壁が出現し、俺はそれに沿って南の方へと歩く。
少なくてもこうして壁に手をついて歩いていけば、同じ場所をグルグル回る心配は無いはずだ。
断層が隆起したのか、岩壁の断面は地層がむき出しになっていて、
凝灰岩の層が見て取れることから、少なくとも一度この地域は噴火の被害に合ったことが分かる。
なるほど、噴火に伴う食糧難と"救世の獣"の出現か。
俺は族長の話を思い出しながらも歩き続ける。
そうやって一時間程度歩いていると、唐突に、岸壁に空いた洞穴に出くわした。
o川*゚ー゚)o「キュキュゥ!!」
俺の肩で揺られていたス=クゥは、何かに呼ばれるように俺の肩を飛び降りて、
その洞穴の中へと走っていく。
(´<_` ;)「待ってくれッ!」
今まで俺を導いてきた存在を急に失った恐怖から、
俺も洞穴の中へと歩みを進めた。
.
-
洞穴の壁には、燐光を放つ原生生物のようなものが多数へばり付いていて、
冷たい青の光を放っていた。
まるで宇宙の海を往くような、幻想的な浮遊感を感じながら
その奥へ奥へと、身を潜り込ませていく。
俺は気づくべきだった。
この状況でこんなにも精神が凪いでいることに、
自身の精神の異常が末期まで来ていることを。
やがて狭い洞穴を抜けると、広い空間にたどり着いた。
オオオオオ――という風の響く音が内部を満たしている。
俺は自分のス=クゥが何処に言ったのかと視線を回せる。
そこにふいに声が響いた。
(よくいらっしゃいました"救世主様")
(゚ <_゚ ;)「誰だッ!?」
俺はその声の方向を向こうとして、困惑する。
声に、方向なんて無かった事に気づいたのだ。
声は、俺の頭の中から響いている。
代わりに、風の音が一層強く響いた。
.
-
――オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!
(チンドウィンの流れで身を清められた、その御身体、どうぞ我らに)
(゚ <_゚ ;)「何処だッ! 何処にいるッ!」
半狂乱になって騒ぐ俺の声に共鳴するように、風の音が大きくなったり小さくなったりする。
そして、ついに俺は気がついた。
これは、風の音ではない。
「――すけてくれ」
「たす――くれ」
「助けてくれッ! 助けてくれッ!」
人の声、それも、日本語だった。
その声にはしっかり出処があり、俺はそちらの方へと摺り足で近寄る。
かぎ覚えのある薔薇の方向を鼻腔に感じながら、
俺の心には諦めにも似た静かな夜の海のような風景が映る。
祭壇の様に設えられた巨石の上に、幾つかの肉の塊が乗っていた。
それが手足を失い、芋虫のようになった人間だと気づくまでにそう時間はかからなかった。
人芋虫たちは、仰向けに寝かされており、腹部が異様なまでに膨れ上がっているのが見て取れる。
その周りには、無数のス=クゥ達が群がり、彼らの四肢の残りを少しづつ喰んでいた。
奴らの齧歯の頑丈さは、自身の爪の痛みで理解しているつもりだ。
噛みつかれる度に彼らかつて人だったものが漏らす苦痛の声が、
風の音に聞こえていたのだ。
-
N| "゚'` {"゚`lリ「助けてくれッ!」
真ん中の1人が再度叫ぶ。
N| "゚'` {"゚`lリ「我々は大日本帝国陸軍第三師団輜重班であるッ!!」
N| "゚'` {"゚`lリ「インパール会戦にて作戦行動中、奇妙な生物に捕えられ、このような状態に陥ったッ!」
N| "゚'` {"゚`lリ「貴殿は同じく日本兵であろうッ!? 部隊名と階級を名乗られよッ!!」
その言葉に、俺は正気を保っていられなかった。
(゚ <_゚ ;)「拝成社、文芸誌『文文』編集部所属、さすが……おと……じゃ……」
N| "゚'` {"゚`lリ「貴様ッ! 何を言っておるッ! 部隊名を――」
(゚ <_゚ ;)「戦争は……大東亜戦争なんて、とっくの昔に――」
N| "゚'` {"゚`lリ「訳の分からんことを抜かすなッ! 貴様軍法会議にかけられたいのかっ!」
(゚ <_゚ ;)「日本軍は、GHQによって解体されて、今はもうないんすよ、ははっ」
それからはもはや声ではない唸り声を、肉団子たちは上げ続けた。
そこに数匹のス=クゥが口に咥えた何かを、刳り貪られた断面に埋め込むように押し付ける。
それは茸のように見えた。
すると、その断面からは、おおよそ人間の四肢としては不適合な肉の塊が隆起する。
そうして再び、その肉を、ス=クゥ達が貪るのだ。
なるほど、こうやって彼らはあんな無残な姿になりながらも、死ぬこと無く生き続ける訳だ。
きっとアレが、天竺茸とかいう伝承の出処なのだろう。
.
-
以`゚益゚以「お゛ぉ゛お゛!?」
右端の日本兵が奇っ怪な声を上げる。
そちらを向けば、なんてことはない、ただ押し上げられた腹部の頂点、丁度臍のあたりから
無数のス=クゥが放出されているだけだった。
タツノオトシゴなんかと同じだ。
雌がオスの腹部に産卵して、オスの胎内で卵が孵り、そのまま出産する。
なにも不思議な事なんて無いのだ。
彼らは、体の内も、外も、その生物に"巣食われて"いる。ただそれだけのことだ。
(救世主様、お願いです。我らをお助けください。前の救世主様は"味"が落ちてきて、それが堪らなく不快なのです)
一体何時からだ。
――いや、分かっている。
恐らくは最初から、全て。
(救世主様)
o川*゚ー゚)o(――愛しています ――愛しています ――愛しています ――愛しています)
俺はこの獣たちに、
足元を"すくわれて"いたのだろう。
【了】
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