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変身ロワイアルその6

1名無しさん:2014/08/07(木) 11:23:31 ID:V1L9C12Q0
この企画は、変身能力を持ったキャラ達を集めてバトルロワイアルを行おうというものです
企画の性質上、キャラの死亡や残酷な描写といった過激な要素も多く含まれます
また、原作のエピソードに関するネタバレが発生することもあります
あらかじめご了承ください

書き手はいつでも大歓迎です
基本的なルールはまとめwikiのほうに載せてありますが、わからないことがあった場合は遠慮せずしたらばの雑談スレまでおこしください
いつでもお待ちしております


したらば
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/15067/

まとめwiki
ttp://www10.atwiki.jp/henroy/

705変身─ファイナルミッション─(5) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:56:03 ID:GU7jrFVA0



 頭上の空で、照らしていた闇が晴れ、丁度今、白夜の時が始まったのを、深い爆煙の中に残る彼らが知る由もない。
 これほどのエネルギーを浴びせなければ、ユートピアを打ち破る事はできなかったのである。
 しかし──まだ、加頭順という男の生体反応はこの世から消えてはいなかった。

「はぁ……はぁ……」

 ダブル、エターナル、シャンゼリオンの同時攻撃を受けながらも、尚、──加頭順という男は生きている。
 ただし──それが、これまでのように悲観的で、戦士たちの劣勢を煽るような物ではなくなっていたのは確かである。
 何せ、NEVERやベリアルウィルスの力も及ばぬほどの極大のダメージを受けた彼の全身は、既に消滅を始めており、身体は粒子に塗れている。辛うじて、ベリアルウィルスの残滓が彼の肉体崩壊を遅くさせ、生命維持だけが辛うじて可能になっている程度だ。
 もはや、子猫の敵にすらならない。

「くっ……!」

 既に、敵に食らいつく牙はなかった。
 戦意も戦闘力も失ったよろよろの身体。焼けこげたタキシードと、乱れた頭髪。生身の人間ならば火傷を負った皮膚。
 残りの寿命は、あと数分といったところだろう……。
 彼自身は、まだそんな自覚を持っていないかもしれないが──。

「ば……馬鹿な……はぁ……はぁ……」

 ベリアルによって力を受けたはずの自分が、成す術もなく敗北している事に加頭は納得がいかないままだった。
 プライドが、それを現実として受け止めるのをしばし拒否した。

 ……今の勝負は何だったのだ?
 闇の力を大量に取り込んだはずの自分が──ベリアルに次ぐ力を持つはずの自分が、数日前までは拘束されて殺し合いを演じていた、数えるほどの駒に敗れている。

「この私が……」

 無意識に加頭が向かっていたのは、マレブランデスの牙城である。巨大な黒い腕の中に眠る、己の恋人のもとへと、辿り着くかもわからない歩を進めているのだ。それはもはや本能的な魂の動きだった。
 常人ならば、既に歩むのを辞めていたに違いない。彼なりに譲れない執念があったという事に違いなかった。
 一歩を踏みしめるごとに、彼の身体からは彼を構成する物質が消失していく。

「この私が……負けるはずが……!」

 うわごとのように、現実を否定する。今の彼には、それしかできなかった。
 と、そんな彼の目の前に、「なにものか」が立ちすくんでいる姿が見えた。
 濃霧のように視界を消し去る煙の中で、シルエットだけがこちらに見えている。
 真っ黒なシルエットに警戒を示したが、加頭が立ち止まったままそれを少し眺めていると、自ずとシルエットはこちらに歩いてきた。

「あなたは……!」

 そこにいるのは、一糸纏わぬ姿でこちらを見つめる一人の白い肌の女性だった。
 全裸を恥じらう事もなく、アンドロイドであるかのような真顔で、加頭に視線を合わせている。──彼女の顔を、加頭が忘れる筈が無かった。
 その姿を見るなり、加頭の頬が緩んだ。



「──」



 園咲冴子。
 あの培養液の中から、自力で脱して来たのだ。ようやく、冴子の蘇生が完了したという事である。

706変身─ファイナルミッション─(5) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 20:57:15 ID:GU7jrFVA0
 加頭は、その瞬間、思わず、笑顔を浮かべた。目的の一つが完了したのである。状況はどうにもならないが、この事が少し加頭に力をくれる。
 彼女が放つ異様な雰囲気には、まるで気づかずに。

「冴子さん……良かった……蘇ったんですね!」

 加頭は、消えそうな身体でまた一歩を踏みしめた。
 冴子に、よろよろの身体で近づいて行く。急いでいるつもりだが、その歩測は普通の人間にも及ばないほどだ。
 ……彼女がいる場所に、少しでも近づきたい。

「あなたさえ生きていれば……私は……」

 そうだ。
 全ては彼女の為に──彼女と共にある為に、やった事なのだ。
 この場所を理想郷に出来る。何度でも立て直してやる。

「……私は……──」

 加頭がようやく、冴子に近づき、両手を広げた時であった。
 目の前の冴子は、目をぎょろりと見開いて、──ニヤリと笑った。
 そして、そのまま──、自分の正体を明かした。

「ガァァァァァァァァァァァァ────!!!!!!」

 冴子の殻を破り、「黒い化け物」が現れたのである。
 ──それは、園咲冴子ではなかった。
 ただのグロテスクな、腐敗した死骸のような怪物……人を喰らい、人の陰我と共に現れる人間たちの天敵だ。
 そして、驚き目を見開いた加頭もまた、“それ”に見覚えがあった。
 この戦いの中には、彼らを狩るべく使命を持った騎士が参加していたのだ。

「──!?」

 そう──古の怪物・ホラーである。
 魔戒騎士たちが追い続けてきた、人間の陰我に芽生える獣。それがホラーだった。

 そこにいるのは、園咲冴子ではなく、魔弾を受けた時にホラーと化した人間の成れの果てであった。
 彼女の身体の欠片をいくら集めようが、それは──既にホラーに喰われた人間の肉の欠片に過ぎなかった。全ては食い散らかされた死体で──そこに人の意思などなくなったのだ。
 それを見た瞬間、遂に加頭の中においても、冴子への執着よりも恐怖が勝り、加頭は冴子だった物を信じられない風に見つめながら、尻を地面に突く事になった。

「な、何故……! なんだ……この化け物は……!!」

 目の前から向かって来ようとする怪物。
 そこから逃れようと必死にもがく加頭。

「くっ……!! どういう事だ……どういう事だァァァァァッ!!!!!」

 それが、最後の希望が絶たれた哀れな人間の姿だった。
 冴子がホラーに取り憑かれたまま、どんな技術を以ても、“治る事がない”存在なのは、もはや、不変の事実であった。
 ホラーに喰われた人間は助からない。──加頭が最も甘く見ていた前提が、それなのかもしれない。

「くっ……!」

 加頭が四つん這いで逃げるのを、ホラーが捉えようとする。
 悠然と歩き、エモノを食らおうとする園咲冴子の皮を被っていた怪物──加頭の死は、既に目前である。
 加頭はホラーの餌になる。
 最も、あってはならない苦しい死に方だ。
 と、恐るべき死を忌避しながらも、心のどこかで覚悟した──そうせざるを得ないと確信した時だ。

「──」

 カシャ……カシャ……。
 奇妙な、音がした。

707変身─ファイナルミッション─(5) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:00:02 ID:GU7jrFVA0

「──……」

 やはり、カシャ……カシャ……と、音が聞こえた。
 加頭は、自分とホラーだけしか視界に映らないその場に、他の何者かが現れたという事を理解した。
 そして、次に、誰か、男が呆れたような声を発した。

「おいおい……」

 カシャ……。カシャ……。
 その音は、加頭のもとに近づいてきていた。
 冴子に憑依したホラーも、加頭を襲うのをやめて、その声が近づいて来る方に目をやった。

「まったく……とんでもない奴を甦らせてくれたもんだな」

 そして──そんな彼の前に、煙を背負って現れる一人の男がいた……。
 金色に光る彼の身体はとてもよく目立った。
 金色でありながら──銀色の魂を持ち続けた男である。
 ……そう、いつの時代も、ホラーの相手をするのは、彼らであった。

「お前ほどの男が……知らなかったのか? 加頭──」

 涼邑零。──いや、銀牙騎士絶狼(ゼロ)。
 その鎧が、カシャカシャと音を立てて、加頭の前に現れたのだ。
 煙はだんだんと晴れていき、そこにいる男の姿だけを加頭の目に映した。

「……」

 ホラーもまた、宿敵たる魔戒騎士の姿を敏感に察して、加頭を食らうよりも、まずは己の身を守る事を優先したがったのだろう。
 黄金騎士──と、ホラーも誤解したに違いない。



「──ホラーに喰われた人間は、助からないんだ」



 ゼロが口にするのは、残酷だが、加頭も知っているはずの事だった。
 しかし……しかし。



 ──冴子は……彼女だけは、例外ではないのか?



 ──加頭はそう思い続けていた。
 だから蘇生させたのだ。
 肉体ならば、ホラーも霧散しているはずであると。

 しかし、それは、ある意味で、最も人間らしい現実逃避だったのかもしれない。
 どうしようもない「論理」の穴を、ただ彼は「感情」だけで補完しようとしていたに過ぎないのである。
 尤も、それは歪んだ感情であったかもしれないが。

「残念だけど、あんたのフィアンセは、もうホラーに喰われていたみたいだな」
「そんなはずはない……!! そんなはずが……!!」

 必死に現実を否定する加頭の身体も、半分は消失している。
 そんな姿を少しだけ哀れむように眺めたが、零は非情に徹する事にした。
 彼が行った事の報いが始まったに過ぎないのだ。未だ償う気持ちを微塵も見せない加頭には、怒りも勿論湧いている。

「──だから」

 だが。
 今は──まるで、ホラーから守るべき人間がそこにいるような気持ちに切り替えた。
 たとえ、加頭が敵でも……僅かな命であるとしても……彼のように、ホラーに襲われる人間の事を守らなければならない。ホラーの犠牲者は最小限に食い止める。
 それこそが、彼の使命だった。
 そして。

708変身─ファイナルミッション─(5) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:01:42 ID:GU7jrFVA0



「──……ホラーを斬るのが、俺の仕事だ!!!」



 ──そして、何度となく心の中で叫んできたその言葉を、確かに発した。

「おりゃああああああああああああああッッ!!」

 金の二刀流が光る。
 次の瞬間、冴子に憑依したホラーは、絶狼の刃によって胴を真っ二つに斬り裂かれる。
 それは、飛沫だけを残して、いとも簡単に崩れ落ちた。

「ウグァァァァァァァァァァァ────!!!!」

 ────霧散。

 断末魔と共に、ホラーの姿は消えていく。ホラーは蠢くような声をあげ、「冴子の姿をしたもの」さえもそこからいなくなった。
 ホラーの返り血が加頭の顔を穢すが、それも結局、今となってはもう意味のない事だった。──加頭ももう、助からない。

 銀牙騎士絶狼が斬り裂いた彼の夢は、次の瞬間には完全に自然の中に溶けた。
 まるで、園咲冴子など、白昼夢のようだったかのように……。

「あっ……! ああ……」

 ホラーの死地に手を伸ばす加頭の前には、もう園咲冴子の片鱗さえも見当たらなかった。肉片の一つに至るまでが、ホラーの餌となった。それが冴子の躯だった。
 それは、否定のしようがない事実である。

「……」

 そして、これが絶狼にとっては、一つの仕事の終わりだ。
 ここに来る前から与えられた物ではないが、魔戒騎士である彼には、それが本職であった。

『──零。お前の今日の仕事は、多分、これで終わりだな。……まあ、急に入った仕事だが』
「ああ。ただ……まだ、やる事は山積みだけどな……」

 いつになく乾いた口調でそう言う、ザルバと絶狼。
 ホラーの幻影に取り憑かれた一人の男の姿──それは、魔戒騎士が何度も見て来た人間の姿である。
 なまじ、人間の姿を模しているばかりに、こんな人間が幾人もいる。
 その記憶は、普段は消さなければならない。──だが。
 その必要も、なかった。

「ああ……ああ……」

 園咲冴子は死んだ。
 もう戻らない。
 加頭順は幸せにはなれない。
 ──彼の理想郷は潰えたのだ。
 加頭も、ようやくそれを理解したようだった……。

「……うう……くそっ……私は!」

 生きる希望を全て失った加頭の身体は、心なしか、加速度的に消滅を始めたように見えた。
 身体は薄くなり、周囲の何もかもが見えない状態に陥る。
 絶望と後悔だけが身体の芯に残り続ける。

「私は……一体、何の為に……何の為に戦ってきたのだ……!!」

 無力。
 ──そう、これまでの加頭の己の身体さえも裂いた戦いは全て、無駄な徒労に過ぎなかったのだ。

「クソォォォォォォォォッッ!!! 何の為に……!! 何の為に……!!!」

709変身─ファイナルミッション─(5) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:03:12 ID:GU7jrFVA0

 誰への敵意もない絶叫だけが、虚しく響き渡る。
 ユートピアなどない。理想郷は、崩れていくのみだった。
 たとえ、上面だけ、理想郷を復元していたとしても。
 結局、彼が求めた場所は──一人きりの理想郷にしかならない。


 ──そして、それを悟った瞬間だった。







「──!?」

 ──ふと、世界は切り替わった。
 まるで消失が止まったかのような錯覚に陥り、加頭の耳元で、何かが“囁いた”。
 周囲を見回すと、何もかもが……時間が止まっていた。
 暁美ほむらによる時間停止が原因ではないのは判然としている。
 そして、直後に、何かが「何の為に戦ってきたのか」という加頭の問いに答えた。

『──地獄に堕ちる為さ』

 ──白い腕が、加頭の脚を固く掴んだ。
 驚いて見下ろすと、その腕はまるで地の底から生えているかのように、深い沼に加頭を引きずりこもうとしている。

 見覚えのある腕だった。──いや、今も間近にいる戦士が同じ規格の物を持っているはずの腕である。
 そう、それは。

「死……神……!!」

 仮面ライダーエターナル。
 その声は、大道克己そのものだ。──彼が地獄へと加頭を道連れにしようとしている。

「貴様ら……」

 無数の腕が──ルナドーパントの腕が、メタルドーパントの腕が、ナスカドーパントの腕が、ウェザードーパントの腕が、そして……タブードーパントの腕が、加頭の身体をどこかへ引きずりこもうとしているのだ。
 これまで、その死を見て来たはずの連中の腕──。

「この私を地獄の道連れにする気か……!?」

 エターナルは笑った。ああ、ずっと待ってたんだ、と。お前を地獄に引きずりこむのを楽しみにしていたんだ、と。
 これから加頭が向かう場所──それは、地獄に他ならなかった。
 深く、永久の苦しみを味わう為の場所……。

 加頭もそれを悟った時──ある感情が、脳裏に浮かんだ。
 NEVERになって以来、忘れていた感情。

「嫌だ……」

 そう、嫌だ。
 こんな事の為に──あんな奴らの為に、地獄になど堕ちたくない。
 これから、永久の苦しみが待っているのだと思うと……。

 死にたくない。

 また地獄に行くのか?
 こんな奴らと一緒に……。

『来いよ……地獄に連れて行ってやる……』
「嫌だ……!」
『ずっと待ってたんだぜ……お前が地獄に来るのを……』

 ──そして、時間は、再び正しい流れに帰っていく。





710変身─ファイナルミッション─(5) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:05:05 ID:GU7jrFVA0



 キュアブロッサムがそこに駆け寄った。
 加頭順とはいえ、彼がこのまま死んでしまう事には彼女も抵抗がある。──勿論、彼女とて加頭への同情は薄いが、それでも、もしこれからやり直そうとする意思があるならば、彼もまた……と思ったのだろう。
 ……が、遅かった。

「ああっ……ああああっ……!!」

 煙が晴れ、白夜の光が覗き始めた時、そこで、透明に消えかかり、地に伏して涙声をあげる加頭の姿があったのだ。
 大道克己の時と同じだが──それにも増して、惨めだった。

「……痛い……死にたくない……誰か……」
「加頭さん!」

 ブロッサムの脚を這うようにして掴みながら、しかし、何もできずに、その腕が粒子となって崩れ落ちる。
 彼は、自分の腕が目の前で消滅した事に強い怯えを示した。

 死ぬ。
 このまま、死んでしまう……。

「誰か……助けてくれ……」
「加頭……」
『……僕らの憎んだ敵も、結局は、“変わり果てた人間”だったんだ……』

 仮面ライダーダブル──彼らもまた、加頭順の終わりを、哀れむように見つめていた。
 かつて、井坂深紅郎の死を、悪魔に相応しい最期と呼んだ事がある。
 あの時とまるで同じ気分だ。同情の余地はないはずである。
 しかし、彼や井坂もまた、同じ街の空気を吸った人間だ。──その最期を見届けてやる義務が、翔太郎とフィリップにはあるはずだった。

「……苦しい……お前たち……私を……たすけ……」
「加頭さん……」

 ヴィヴィオがそれを眺めながら、救う術を考えた。
 しかし、それはどこにもないのだとわかった。
 自分で蒔いた種だと一蹴するのは簡単だが、それでも──和解の道を、ヴィヴィオは求めていたのだから。

 ダークプリキュアが新しく仲間になった時のように……。
 ゴハットが最後にヴィヴィオを助けてくれたように……。
 その夢は、もう見る事が出来ないようだった。

「ああ……」
『……こいつも、これで少しはわかっただろう。死の恐怖も──』
「──愛する人を失う苦しみも、な……」

 銀牙騎士絶狼とザルバは、消えゆく加頭の姿をそっと眺めていた。
 彼らは同情こそしていなかったが、しかし、その惨めさを目の当りにした時、彼が少しでも他者の痛みを知る事が出来ていてほしいと願ったのだろう。
 だから、こんな言葉を物憂げに呟いたのだ。

「加頭……!」

 そして、そんな所に、あの仮面ライダーエターナルが──それは響良牙だったが──歩み寄った。

 それを見た時、加頭は慌てて視線を逸らし、そこから逃げ去って誰かに縋ろうとしていた。
 情けなくも、頬を涙が伝っていく。
 もう地獄が目前にあるようだった。

 腕を、足を、首を──死神たちが掴んで、持って行こうとする。
 どこを見ても……。
 どこを見ても……。
 そこにいるのは、死神だった。

711変身─ファイナルミッション─(5) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:06:18 ID:GU7jrFVA0





「い……やだ……死にたくない……誰か……たすけ……て………………」





【加頭順@仮面ライダーW 死亡】
【主催陣営、システム────完全崩壊】







「……」

 残った者たちは、どこか気まずそうに加頭が消え去った地を見つめていた。
 そこには、もう何もない。これまでの戦いと全く同じだった。
 敵を倒したは良いが、やはり、望みが打ち砕かれたまま斃れた加頭順という男の姿に、何処か同情を禁じ得ない者もいたのかもしれない。

「……」

 勿論、たくさんの人間を殺した加頭にはそんな物をかけてやる余地はないのかもしれないが、しかし、人間は決して、人を殺す為に生まれてきたわけではない。
 彼もまた、何かが狂気の切欠になっただろうし、彼なりの愛を持っていたには違いなかった。

「この人を──加頭さんを、救う事は出来なかったんでしょうか?」

 キュアブロッサムが、後ろにいた仲間たちに、不安げに訊いた。
 それから、誰もが少しだけ押し黙った。
 加頭への割り切れない恨みと、それでもつぼみの一言に込められた想いを理解したい気持ちとが葛藤したのだろう。
 加頭をよく知る者がそれに答えた。
 ──それは、左翔太郎である。

「あいつも、誰かだけじゃなくて、多くの人が住んでいる街を愛する事が出来れば、別の結末もあったかもしれないけどな……」
『誰かを愛する心があるなら、それが出来たかもしれない……だが、彼はその道を自ら拒んでしまったんだ』

 二人は、嫌にあっさりとそう言ったが、結局のところ、それが全てだった。
 どうあれ、彼が選んだ道は、多くの人と相容れない道であり、真実の愛を掴む手段とは程遠かったのだ。
 結局は、彼がその道を選んでしまった以上、他者が彼に救いを与えてやるのは、ほとんど不可能と言って良かったのだろう。
 それが、彼が選んだ自由だったのだから、それを阻害する権利は誰にもない。つぼみやヴィヴィオの理想を押し付けるわけにはいかない相手だったのかもしれない。

 ──それを思い、つぼみとヴィヴィオは、自分の持つ理想がいかに遠くにあるのかを確かに実感した。
 しかし、それは彼女たちが子供だから持つ理想ではない。おそらく、彼女たちはどれだけ年を重ねてもその理想を叶える為に戦い、生きていくだろう。
 仮面ライダーエターナルが、ふと呟いた。

「──あいつ……酷く怯えてやがったな……エターナルの姿を見て」

 最後、加頭がエターナルから逃げ去ろうとしたのを、彼は確かに実感していた。
 まるで、天敵に怯えた草食動物のように。
 だからか、まるで、良牙自身が最も嫌っていた「弱い者いじめ」をしたような気持ちが拭いきれなかった。そんな後味の悪さも彼にあったのだろう。
 フィリップが答えた。

『きっと、かつて、エターナルに一度殺されたからだろう』
「……そうか。それで、奴はNEVERに……。
 エターナルにダブル──同じ相手に二度も倒されるとは、あいつも因果な男だぜ……」

712変身─ファイナルミッション─(5) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:08:57 ID:GU7jrFVA0

 エターナルがそう俯いて言った時、ただ一人、能天気に、エターナルの肩に手を賭けた男がいた。
 超光戦士シャンゼリオンである。

「──おいおい、俺を忘れんなっての……三人で倒したんだぜ?」

 エターナルも、つい忘れて、黙っていた。
 全く、戦いは終わっていないのに呑気な男だ……。──と、思ったが、いや、彼がこうも呑気なのは、戦いが終わっていないからかもしれない。
 彼は、戦いが終わったら消えてしまう。フィリップも同じ運命だ。
 彼がここにいられるのは、この時が最後である。
 こうして、三人で倒した事を強調するのも、もしかしたら、彼が自分の存在を誰しもに記憶させたいからかもしれない。

「ああ。そうだな……シャンゼリオン」

 良牙は──いや、ここにいる全員は、ベリアルに永久に来てほしくないと、少し願っただろう。
 ベリアルは倒さなければならない。しかし、それと同時に、ベリアルの力の影響下にある、暁その人が消えてしまう……。
 その事実がある限り。
 しかし──運命は、残酷であった。



『──クズクズしてる暇はないみたいだぜ。本当の敵のお出ましらしい!』



 直後、そんな一言をあげたのは、魔導輪ザルバだった。
 白夜の空を見上げる──零、翔太郎、フィリップ、良牙、ヴィヴィオ、レイジングハート、暁、つぼみ……。

 ごくり、と誰もが唾を飲んだ。

「────あれは」

 そう、それは空を見上げなければ、その姿がわからないほどの巨体だった。
 その身体そのものが、身長百数十センチに過ぎない彼らにとっては、威圧であった。
 かつて、ダークザギを前にした時も、同じだった。





713変身─ファイナルミッション─(5) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:10:12 ID:GU7jrFVA0



 どしん。

 ──足音が、この島を揺らす。



「……!!」



 どしん。

 ────ゆっくりと、巨大なそれが歩み寄ってくる。


「来たか……!!」



 どしん。

 ──────彼らが、再びこの島に来る事になった理由が、やっと、目の前に現れた。



「ああ、奴だ……!!」



 どしん。



 ────────まるで、褒美のように、島に上陸した、巨体。



「やっと、本当の最後の敵と戦うんですね……!!」

 ヴィヴィオが、僅かに怯えながら言った。
 彼女のように、これほど巨大な敵と戦うのが初めての人間もいる。
 しかし、その拳は、決して恐れだけではなく、固く握られていた。

 これが本当の最後の敵──。
 先ほどの加頭順は、彼の配下であり、前座に過ぎないのである。





「────カイザーベリアル!!!!!!!!」





 誰が口火を切ったかはわからない。
 カイザーベリアルの名を、誰かが告げた。





714変身─ファイナルミッション─(5) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:11:06 ID:GU7jrFVA0



 そして、全世界の人間は──この瞬間、ガイアセイバーズとカイザーベリアルの対面に、釘づけになった事であろう。
 外の世界を街頭モニターの人だかりは、既に誰を応援するという段階ではなくなっていた。──誰もが、どちらに軍配が上がろうとも全て見届けて終える事を望んだのだ。
 希望と絶望の入り混じる、不思議な感覚。
 誰も、恐怖は覚えていなかった。胸の高鳴りの正体を、誰も知る事が出来なかった。

 千樹憐。和倉英輔。平木詩織。真木舜一。真木継夢。斎田リコ。
 相羽アキ。ノアル・ベルース。ユミ・フワンソカワ。ジュエル。テッカマンオメガ。
 鳴海ソウキチ。鳴海亜樹子。刃野幹夫。園咲硫兵衛。園咲若菜。
 花咲薫子。来海ももか。鶴崎。オリヴィエ。デューン。
 桃園みゆき。一条和希。タルト。西隼人。南瞬。
 南城二。アンドロー梅田。アリシア・テスタロッサ。八神はやて。クロノ・ハラオウン。
 ムース。久遠寺右京。天道早雲。早乙女玄馬。雲竜あかり。
 倉橋ゴンザ。御月カオル。山刀翼。道寺。静香。
 歴戦のウルトラ戦士たち──。
 血祭ドウコクと外道シンケンレッド。

 あらゆる宇宙の人々が、それを見ていた。

 あるいは、インキュベーターも……。



「さあ、君も──応援の準備は良いかい!?
 ミラクルライトを持っている君は、今すぐにミラクルライトを用意するんだ!!
 ミラクルライトを持っていない君は、心の中で応援するんだ!!」



 そして──そこにいる、君も。





715変身─ファイナルミッション─(5) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:12:21 ID:GU7jrFVA0
五分割目おわり




























六分割目へ

716変身─ファイナルミッション─(6) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:14:59 ID:GU7jrFVA0



 ──不可解な静寂。

 ガイアセイバーズを見下ろすカイザーベリアルは、自ら口を開く事はなかった。
 そして、ガイアセイバーズと呼ばれた男たちも、その姿をただ、見上げて、一概に「敵を睨んでいる」とも言い切れない瞳で見つめるだけだった。

 これは、「緊張」と呼んでいいのか、わからない。
 もはや、それは奇妙な時間のマジックだった。何時間となく、無言の睨み合いが続いていたような気さえした。

 それは、余裕を心に内在しているベリアルの側も同じ事だった。
 自分がこうして出向く事になる事など、殆ど無いと思いつつ、心のどこかではそれを期待していた……そんな感情もあったのだろう。
 ベリアルにとっては、まるで現実味のない夢が叶ったようでもあり、厄介な邪魔者に夢を邪魔されているようでもあった。この強敵でさえ、そんな微妙な感慨に没していた。
 だが──誰かが、その、何人も口を開く事ができなかった静寂を、ふと打ち破った。

「────みんな……奴を倒し、全てを終わらせるぞ……!!」

 それは──シャンゼリオン、涼村暁だった。
 誰もが一斉に、彼の方を見た。──彼がその言葉を告げた事を、誰もが心から意外に思ったようだった。
 目の前の敵が倒されれば死ぬ──そんな宿命を背負っているのは、実のところ、この元一般人の青年に他ならない。

 そして、何より彼には──涼村暁には、そんな宿命と戦うヒーローの自覚は全くない。
 今日の今日に至るまで、ただ、なりゆきでそれらしい事をしているが、普通の人間だ。いや、むしろ……およそ、ヒーローの資質とは無縁な性格の男だと言える。

 そんな彼が……真っ先に……。
 真っ先に──この静寂を打ち破り、こうして誰かの心を熱くさせたのだ。
 ぐっと、全員が顔を顰めた。



「──ガイアセイバーズ。
 遂に加頭まで倒しやがったか……俺様の前に現れるとは、予想外だった」



 まるで暁に釣られるように、ベリアルの方が言った。
 静寂が打ち破られ、雲が次第に晴れるようにしてベリアルの目が光る。
 誰もが、初めて、ベリアルの声を聞いた。それぞれが全く別の声に聞きとったのだが──いずれにせよ、それは巨悪らしい低い声だった。
 こんなに近くで──全ての世界を崩壊させようとする元凶が自分たちに語りかけているのだ。この最大の怪物が……。
 彼一人が、宇宙を支配し、そして崩壊させようとしている。
 そして、彼がいれば、これから数日と宇宙を保たせる事はできない。

「まさかお前らとこうして会う事になるとは思わなかった……褒めてやるぜ!」

 そして。
 そんなベリアルの声色は、心なしか、どこか嬉しそうだった。
 それが何故なのかは、すぐには誰にもわからなかった。
 世界にただ一人いるのが、いかに退屈なのだろうか……。
 きっと、内心ではそうなのだろう。
 それを、表には出さずともどこかでわかっていたのかもしれない。

 ……世界の支配者には、「敵」が必要だった。
 世界の一番上に立った支配者にあったのは、満足感や充足感だけではなく、渇きだったのだ。元から持ち合わせていた隙間が、圧制によって埋められる事はない。
 だが、今、こうして彼らが乗り越えて来た事で、ガイアセイバーズという絶対の敵が生まれたのだ──。
 おそらく、ウルトラマンノアの再誕を妨害しながらもその姿が現れると歓喜にも似た感情を抱いたダークザギも、同じ心情だったに違いない。

 ガイアセイバーズの中にも、ベリアルを前に、何か胸騒ぎがする者がいた。
 それは、恐れではない。

717変身─ファイナルミッション─(6) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:16:03 ID:GU7jrFVA0
 むしろ、奇妙な共感とさえ言える。──生か、死かの戦いという気がしない。
 何故か、むしろ、最大の敵を前に、安らかで、精神的には抜群のコンディションでさえあった。それは、ずっと追い求め、憎み続けた相手が目の前にいるのだと、その想いがあるからかもしれない。
 これまでと相反する感情が内心に溢れたせいか、こうして目の前に強敵がいる事にも、不思議と現実感が消えていった。
 しかし、そんな頭を切り替える。

「来い……! 俺は、小細工はしない……! お前らに勝つ自信があるからな……!!」

 そんなベリアルの言葉に、ごくり、と唾を飲み込む。
 だが、どう取りかかればいいのか、各々が少し悩みあぐねた。
 相手の身体は50m近くもあり、簡単には倒す事ができない相手なのを実感させる。
 あのフィリップですら、ベリアルの対策は検索しても浮かばないほどだ。

 しかし。

 そんな状況下でも、秘策を持つ男が、この場にただ一人だけ、いた──。

「……」

 ──そして、その男は、ゆっくりと前に出て歩きだした。

「……──」

 通用するかはわからない、と思いながら。
 ただ、目の前の敵にぶつける為に、少しは修行したのだ。
 その男の背中を、誰もが目で追った。
 どこか誇らし気に、ベリアルの前に出て行く男──。

「──仕方ねえ……! あのサイズの敵を倒すにはあれっきゃねえな……!!」

 それは、仮面ライダーエターナル──響良牙であった。
 ばっ、とマントを靡かせる彼の姿は、何らかの秘策を持っている状態のようだ。期待を持っている者もいれば、期待の薄い者もいた。そう簡単に倒せる相手ではないのは誰もが理解している。
 だが、どうやら、良牙には、巨大な敵と戦える術があるらしい。
 エターナルに向けて、ブロッサムが声をかける。

「良牙さん……? 何か秘策が……!?」
「──ああ。実は、俺は、闘気を使えばあれくらい巨大になれるんだ」

 そんな一言に、誰もが少しの間固まった。
 体を巨大にして戦うという事が出来るならば、数日前のダークザギ戦において、何故彼はそれを使わなかったのか……と誰もが思ったのである。
 それは、自然と口から出てしまう疑問だった。──ブロッサムが、誰しもが抱いた疑問を自らが代表して彼に突っ込んでしまう。

「──なんで今までやらなかったんですか!?」
「今ほど力が溢れてる時がなかったんだよ!!」

 だが、エターナルにかなりの剣幕でそう返されて、ブロッサムは今度は少し小さくなった。
 確かに──いくら良牙でも、それほどまでに強大な力があって、ダークザギ戦の時に使わぬわけがない。
 そして、あの時は、今のように黄金の力が自分たちを助けてくれる事もなかった。力でいえば今よりずっと低く、資質もないのだ。加えて、良牙はこの数日で、闘気の使い方をかつて以上によく学んだ。
 そう。彼は「今」だからこそ……彼の力が及ばぬ、歴戦の達人の技を使おうとしていたに違いない──。

「いくぜ!!」

 エターナルが叫ぶ。
 そして、同時に──八宝斎や早乙女玄馬がかつて行った、“闘気による巨大化”を始めたのである。
 全員、半ば半信半疑であったが、そんな怪訝の色は、エターナルの頭が階段を上るように高くなっていくにつれて失われていく。

「──!!」

 歴戦の勇士であった者でさえも、この妖術めいた格闘の曲技には目を凝らし、そして、自分の経験すらも疑っただろう。
 だが、現実に起きている事であるのは言うまでもないので、自らの経験の浅さを一笑して区切りをつけた。
 それと同時に、感嘆もしてしまった。──下手をすると、ベリアルでさえもそうした存在の一人であったかもしれない。

718変身─ファイナルミッション─(6) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:17:59 ID:GU7jrFVA0

「おおっ……!」

 かつて八宝斎及び早乙女玄馬の二名によって行われたその激闘の様子は、さながら妖怪大戦争のようだったが──今、この場においては、唯一の希望であり、無敵のヒーローとなる存在の誕生の瞬間だ。
 直後──仮面ライダーエターナルは、確かにオーラを纏って、少しずつ大きくなった。
 味方の誰もが、その姿に大口を開ける。まさか、この男──こんな異様な力までも持ち合わせていたとは。

「すげえ……!!」

 そして、気づけばウルトラマンのように、ベリアルのサイズへと変身しているのだった。
 これが仮面ライダーエターナルの「秘策」だったらしい。
 確かに、これならば、カイザーベリアルも恐れるに足らない。エターナルの実力は誰もが知っているし、カイザーベリアルとの体格差が埋まった以上、分があるのは自らの方であった。

 良牙の闘気が解放され──そして、高らかに宣言し、いつも以上に遥かに大きな声で名乗りをあげた。



「見ろ、ベリアル……これが、お前を倒す────超エターナルだッッッッ!!!」



 両者は同じ高さの目で、少し睨み合う。ベリアルが、そんなエターナルを前にも、気圧される事はなかった。
 エターナルの目と、カイザーベリアルの目が合う。──両者の間に、緊張が走る。
 だが、ベリアルは、嫌に淡々としていた。

「──巨大化、か。人間のくせに……」
「ああ……! これでお前と同じ土俵で戦える!!」

 そう言いつつ、これから、この敵と戦わなければならないのか……と、エターナルは内心で独り言ちていた。
 こうして同じ目線で前を見ている者こそが、これがこれまでずっと追い求めていた強敵。
 そう、誰よりも強い敵だ。
 こうして、自分一人で戦って勝てる相手とは限らない。

 だが──エターナルは、一息飲んでから、戦う覚悟を決めるように、左掌を右拳で叩いた。
 風が吹く。








「……」
「……」










 ──────そして、その直後、巨大な仮面ライダーエターナルの姿は消え、エターナルは再び等身大に戻った。

719変身─ファイナルミッション─(6) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:19:44 ID:GU7jrFVA0










「……」

 あまりの事に、誰もが言葉を忘れ、冷やかな瞳でエターナルを見た。その瞳は、興味のないものを見つめる猫の瞳にも近かった。
 何故か元のサイズに戻ってしまったエターナルは膝をつき、がくっと肩を落としている。
 そして、言った。

「……くそ。今の俺じゃ三秒が限界か」

 ……良牙の力、及ばず。
 良牙はまだ若く、ちょっとやそっとの修行を積んだ所で、巨大化したまま戦う事など出来ようはずもない。
 これは、年長の達人である八宝斎や玄馬ですら、数秒しか保たなかった技なのだから。
 それ故、良牙がこれだけしか巨大化できないのも仕方のない話であったが、実戦の上で全く意味のない時間が過ぎ去り、多くの期待が泡と消えた事は言うまでもない。

「──何の為に大きくなったんですか!!」

 今度のキュアブロッサムのツッコミは、全く、その通りであった。
 少し良牙に期待した者は、過去の自分を呪った事だろう。
 頭を抱える者も出た。幸先が不安である。──よりにもよって、カイザーベリアルとの初戦がこれとは。
 ベリアルも、一瞬唖然としたが、余裕を込めて笑った。

「クックックッ……おもしれえ。随分と余裕があるじゃねえか……!」
「余裕なんじゃないやい! 本当にこれしか出来なかったんだい!」

 負け犬の遠吠えのように、ベリアルを見上げて叫ぶエターナル。
 しかし、誰もがそんな彼を白けた目で見つめている。
 当の良牙が、全く本気であるのが輪をかけて救いようがない話で、彼は背後の者たちの視線にさえ気づかなかった。

「──ボケてる場合じゃありません。……どうしましょう」

 レイジングハートもまた、呆れかえっていたが、それを中断して仲間の方を見た。
 彼女自身、ほとんど無意識の事だが、まさに言葉の通り、両手で頭を抱えている状態であった。決戦を前に、こうして頭を抱えたのは初めてである。
 ダミーメモリの力をもってしても、巨大化は不可能に違いない。
 どうして、ベリアルと同じ土俵に立つ事が出来ようか。

「フィリップ。巨大化する術は……?」
『残念ながら、ない』
「……って事は、やっぱりこのまま戦うしかねえって事か。仕方ねえな……」

 と、ダブルがダークザギ戦のように等身大のままダークベリアルと戦う覚悟を決めようとした時である。
 ──誰かの声が、また、響いた。

「──いや、違うぞ!!」

 誰だろうか。
 そんな、聞くだけでも希望が湧くような言葉を発したのは。
 またくだらないボケか、と心が諦めるよりも前に、誰もが反射的にそんな希望の一声を頼ってしまう。

「──」

 ダブルが振り向くと、それは佐倉杏子であった。
 ──全員が、ほぼ同時に杏子の方に目をやっていた。

 一体、フィリップにさえ何も浮かばないのに、どんな秘策があるのかと思った。
 そして、ダブルは、彼女が今、手に持っている物体に視線を落としたのだった。

「杏子……それは……」

720変身─ファイナルミッション─(6) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:20:50 ID:GU7jrFVA0

 ──見れば、杏子の手では、「何か」が強い輝きを放っているのである。
 今度の希望は、決して良牙のようなくだらないボケではなさそうだ。
 彼女は、良牙と違う。場を白けさせるボケはしない。
 真っ赤な光を輝かせるその物体から、誰しもの耳へと「音」が運ばれて来た。


「そうだ……まだ手がある……!!」


 どっくん……。どっくん……。
 普段から、どこに行っても鳴り響いているはずの音──。

 そう──“鼓動”。
 杏子の手にあったのは、まるで心臓のような血の鼓動だった。だが、心臓を持っているのではなく、鼓動を手に持っている。
 それを見て、各々の頭に浮かぶのは、あの忘却の海レーテで見たウルトラマンのエナジーコアに酷似した物体である。

 そして、杏子自身は、あの時──彼女自身がデュナミストであった時に感じたエボルトラスターの鼓動を重ねていた。
 あの時に、自分がデュナミストをやっていたから──だから、それが自分の切り札だとわかったのだ。



 杏子の手に握られているのは──



「あたしのソウルジェムだ……!! こいつが……光ってる!!」



 ──そう、魔法少女のソウルジェムであった。
 今は使えないはずのこれが、久しく、彼女に反応したのである。……そして、その理由が、彼女にはすぐわかった。

 杏子は、かつて、ドブライという一人の男が教えてくれた事を思い出す。
 彼もまた、ある世界で出会った、杏子の友達の一人である。──そして、彼が最期の時、杏子に、何を告げようと……何を託そうとしたのか。
 その言葉が、再び杏子の胸に聞こえた。



──……杏子よ。君のソウルジェムが……光が……きっとまた、輝く時が来る……その光で、ベリアルを、きっと倒してくれ……──



 それから、今度は、自分のソウルジェムが石堀によってレーテに放り投げられ、無限の絶望の海を彷徨った時の事を思い出した。
 巴マミの尽力によって、絶望の海から再びこの世界へと還ったソウルジェムだが、その時には、強い光が彼女を包んでいたのだ──。
 その光とは、一体何か──。


「そうか……杏子のソウルジェムは、レーテに入った時に、ウルトラマンの光を少しだけ受け継いでいたんだ……!」

 翔太郎も気づいたようだ。
 杏子のソウルジェムは、確かに闇の力に染まって、魔法少女へと変身させる機能を捨てた。だが、決して闇の力だけを吸収して動かなくなったわけではない。

 もう一つの力──ウルトラマンの、光の力がそこに宿り、二つの力が葛藤したから機能を停止したのだ。
 ウルトラマンノアの力は今、二つに分かたれている。
 その内の片方が、あの時からずっと杏子のソウルジェムに宿っていたのだという事。

 そして──

「ああ、それが今、呼び合ってるんだ……!!」

721変身─ファイナルミッション─(6) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:22:10 ID:GU7jrFVA0

 それは、キュアムーンライトのプリキュアの種と、ダークプリキュアが持つプリキュアの種が強く反応し合うように──元々一つだった者の欠片と欠片が呼び合う仕組みになっていた。
 未来を予知できたノアが、スパークドールズとなった時の為に残した予防線に違いない。
 ノアは、杏子と美希の絆を信じたのだ。

「……みんな」

 何故──ノアが今になって呼び合おうとしているのか。
 その理由も、彼女にはわかる。

「美希が……あいつが、ウルトラマンを見つけてくれたんだよ……!!」

 杏子は、ソウルジェムを高く掲げ、叫んだ。
 ガイアセイバーズの視線は、そのソウルジェムに視線を注いだ。










「──来てくれ、ウルトラマン!! あたしたちはここにいる!!」












722変身─ファイナルミッション─(6) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:24:07 ID:GU7jrFVA0



 ────祈りとともに、空が光った。

 銀色の翼の戦士、ウルトラマンノア──。
 彼は、自らの力を注ぎ込んだ杏子のソウルジェムに反応し、彼らの居場所を即座に探知したのである。自らが復活した時、彼女たちの居場所を探る為に残した力だ。

「シャァッ──!」

 感応している。
 そして、自分を呼んでいる──。
 ノアは、すぐにそれに気が付いた。

「ついて来いってのかよ……! 速すぎるぜ……!!」

 ゼロも、ノアから授かったノアイージスを使って、銀色の流星の軌跡を追った。
 しかし、測定不能レベルの速度で飛行するウルトラマンノアは、ゼロが容易に追いつける相手ではなかった。
 彼の後に残った光の後だけを、彼らは辿っている。
 ノアとは、実体がない存在なのではないか、とさえ思う。ウルトラマンノアは、本当に生物なのだろうか。
 それでも──彼が味方で、自分たちが、敵の場所に近づいているのがよくわかった。



 ────その時、ノアと同化する孤門一輝の意思が、彼らの耳に届いた。



『美希ちゃん、ゼロ……君たちは、向こうへ……!』

 それは、声だけだったが、どうやらリアルタイムで届いているテレパシーのような意思だと気づいた。

723変身─ファイナルミッション─(6) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:25:15 ID:GU7jrFVA0
 確かに、温和な孤門の声だ。
 だが、何故、この時になって別の場所に向かわせようとするのか、美希にはすぐに理解する事ができなかった。
 確かに、リーダーである彼の指示に従うのが道理だが。

『え……!? 何故ですか……!?』
『君には、もう一人、救うべき相手が残っているはずだ……!』

 と──孤門にそう言われた時、美希は、思わず自分が忘れかけていた大事な事に気づく。
 自分が助けなければならない仲間は、ベリアルと共にはいないのだ。

『シフォン……!』

 ベリアルが貯蓄したFUKOの力と共にあるはずだ──。
 ラブと、祈里と、せつなと……みんなで育てた、あの子。

 円らな瞳の赤ん坊、シフォン。

 インフィニティのメモリと呼ばれている、美希のもう一人の仲間。
 彼女を、支配の力ではなく、再び、ただの一人の子供として、自由を与えたい。
 それが、プリキュアとしての彼女の使命だ──。

 美希は、ゆっくりと頷く。

『わかりました!』
「──よし、さっさと助けて、加勢してやるぜ!」

 ……目の前には、地球を模した青い星があった。
 その星こそが、ノアが辿り着いた場所。
 銀色の流星が、消えていった場所。
 そして、ついこの間まで、自分たちが戦っていた場所。
 やっとたどり着いた……。


 この星に──。







 ────震!!!!!!


「シャアッ……!!」


 杏子たちのもとに、ウルトラマンノアが土埃をあげて舞い降りたのは、その直後の事であった。
 ──大地が打ち震え、一瞬だけ、強風が吹いた。
 しかし、誰もがそれを浴びて、ただノアの姿を見上げていた。
 その姿を見上げながら、どこか安心してそれぞれが頷き、杏子が言った。


「来た……──ウルトラマン!!」


 銀色の羽を持つ、光の戦士。
 カイザーベリアルでさえも恐れた、伝説のウルトラマンが、今、杏子たちの前に再び現れている。
 そして、そのウルトラマンの正体は、彼らの仲間であり、リーダーである孤門一輝に違いなかった。


『────みんな……遅くなって、ごめん!』


 孤門の声が、それを見上げる者たちの脳裏に響いた。
 それは、ウルトラマンノアというよりも、孤門一輝という一人の男にも見えた。
 カイザーベリアルも、目の前に再び現れたウルトラマンノアの姿に、僅かながら息を飲んだようだ。

724変身─ファイナルミッション─(6) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:27:14 ID:GU7jrFVA0
 彼の力でさえも及ぶかわからない強敵──それが、ノア。
 しかし、やはり……こんな敵を、ベリアルは待っていたような気がする。

「まったく……遅いぜ、本当に! ヒヤヒヤさせんな!」

 絶狼が茶化すように言う。
 しかし、カイザーベリアルを眼前にした彼が、とにかくこの男の到着を待っていたのもまた事実だ。
 それに──今のところ、死傷者は出ていない。
 孤門が遅れたせいで死んだ仲間は一人としておらず、むしろ、彼が来たのは丁度良いタイミングであったと言えよう。

「……ここにいる私たちは、みんな無事です!! 孤門さん!!」

 そこにヴィヴィオの姿があった事に、孤門は少し目を丸くした。
 レイジングハートが既にいるので、ダミーメモリによって体だけ形作っているのでない事はすぐにわかった。
 悪戯としては少々悪質であるから──おそらく、そこにいるのはヴィヴィオ本人だ。

『生きていたんだ……ヴィヴィオちゃん……!』

 ノアは、そんなヴィヴィオに向けて頷いた。
 それから、すぐに、カイザーベリアルの方を向いた。

「……──」

 彼は、確かに待っていた。
 自分と同じ土俵で戦う、別の敵を──。
 しかし──ノアは、些かカイザーベリアルよりも実力が上回る存在でもある。
 どちらが勝つのか──それは、カイザーベリアルにもわからない。
 スパークドールズ化ではなく、もう一つの秘策も持ち合わせていたが、それよりも……まずは、自分だけの力で小手調べをしようとした。



『────ああ……!! みんな、一緒に戦おう!!』



 ウルトラマンノアが──孤門が、地上の仲間たちに呼びかける。
 見上げる彼らは、きょとんとした顔だった。

「俺たちが……」
「一緒に……?」

 一緒に戦う……と。
 しかし、今の自分たちには、カイザーベリアルと戦えるだけの力があるだろうか。この大きさでいる限り──。
 そんな彼らの内心の疑問に答えるように、意識を飛ばす。

『共に肩を並べて困難に打ち勝てる絆……それを持つ者みんなが、「光」なんだ。
 僕達の間に絆がある限り……みんな、最後まで一緒に戦える──!!』

 地上にいた者たちは、皆、呆然とした。
 全員でウルトラマンと同化するという事なのだろうか。
 それが可能だというのか──。


「──そうだ……! あたしたちなら出来る!!
 みんな……あたしのソウルジェムに手を──!!」


 しかし、杏子が、いち早く孤門の言葉を理解し、そこにいる全員に呼びかけた。
 それと同時に、戸惑っていた誰しもが彼女の言っている事を、納得したようだ。
 このソウルジェムには、ウルトラマンの光が注ぎ込まれている──このソウルジェムに向けて力を発すれば、全員がウルトラマンになれる。

 人間はみな、自分自身の力で光になれる──。
 かつて、世界中の人々の力を借りて、邪神ガタノゾーアと決戦したウルトラマンがいた。
 それと同じに……決して、ウルトラマンは一人だけが変身する物ではないのだ。

「……ああ! わかった!」

725変身─ファイナルミッション─(6) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:28:29 ID:GU7jrFVA0

 仮面ライダーダブルが。
 高町ヴィヴィオが。
 レイジングハート・エクセリオンが。
 超光戦士シャンゼリオンが。
 キュアブロッサムが。
 仮面ライダーエターナルが。
 銀牙騎士絶狼が。



「────いくぞ、みんな!!」



 杏子のソウルジェムに、手を重ねた。
 八人が、それを強く握りしめると、八人の体は、次の瞬間、一つの光となり、ソウルジェムの光の中に吸い込まれていく──。
 本当に……本当に、彼らの間に芽生えた絆は、今、光となったのだ。

「絆……」

 ここにいる者たち……それぞれの出自は違う。
 しかし、こうして出会い、互いが絆を結び、育んできた。
 ウルトラマンネクサスや、ウルトラマンノアと共に戦う時も、誰か一人だけの力で戦うわけではない……。

「──ネクサス!!」

 そして、ソウルジェムは、空へと飛来し、ウルトラマンノアの胸のエナジーコアへと帰っていった。
 ノアの全身に、ソウルジェムに注いだ力が再び灯る。
 それは、更なるエネルギーの上昇を意味していた。



「────勝負だ!! カイザーベリアル!!」
「────勝負だ!! ウルトラマンノア!!」



 ノアとベリアルは向き合った。
 お互いに、同じ意識を飛ばし合う──。

 戦いがあった島の上で、二つの巨体は、最後の戦いを始めようとしていた。





726変身─ファイナルミッション─(6) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:29:45 ID:GU7jrFVA0




















































嘘(六分割目から七分割目へ)

727変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:32:34 ID:GU7jrFVA0



 ゼロの目の前には、巨大な支配力の塔がそびえたっていた。塔は円筒状であり、見る限り横幅はウルトラマンの何倍もある。だが、その左右の端が視えるだけマシであった。
 その塔の上には、「果て」という物がない。勿論、厳密にはどこか途切れる場所があるはずなのだが、やはり宇宙に続く軌道エレベーターのように伸びており、ウルトラマンの視力が見つめてもその高さを計る事は出来ないのである。
 かつて支配者メビウスが貯蓄したエネルギーの比ではないほどの力が溜められたタンクは、カイザーベリアルがこの殺し合いで積み重ねた物の結晶だ。

「すげえな……こいつは」

 ゼロもそれを見て息を飲んだ。
 彼らの前にあるのは、その塔の「根」であった。ウルトラマンが数十人集って輪を作ってようやく収まるほどの外周だが、それでもこの果てなき塔を支えるには小さい塔……。
 だが、それが脆さでもある。根元から崩すのは難しくはなさそうだ。

 そして、この巨大なシステムを司る「核」が、妖精シフォンだった。ウルトラマンゼロの視力は、根のあたりに埋め込まれているシフォンの全容を捉える事には成功している。
 何せ、その周囲が完全なる荒野で、見えている物といえば、永久に水かさを増し続けるそのFUKOのタワーだけなのである。

 ゼロは、飛行をやめ、滞空した。
 その塔の数千メートル手前で、塔の根元にいる小さなパンダの赤ん坊のような生物を見て、自分の中の「美希」にその情報を伝達した。
 意識を送られた美希は、それを見て、再三の確認のように頷いた。

「シフォン……!」

 今、自分たちが見つけるべき対象こと、シフォンは目の前に居るのだ。
 シフォンは今、悲しんでいる。──世界を支配する為に、自らの存在が道具として利用されている事に……。
 その想いが、今、遠くで、シフォンの隈のような両目から流れ出ているような気がした。かつても、こうしてメビウスによって利用された彼女を……再び、誰かが利用している。
 彼女にシフォンの姿をしっかりと見せ、安心させた所で、ゼロは、シフォンを助けるべく、素早く空を駆けた。今からは四の五の言うよりも、やはり体を動かし、一刻も早くシフォンを救うべきだと判ずるのは当然だ。
 だが。

「ん……?」

 彼らが飛翔していると、遥か前方で砂の中が不気味に蠢いた。やはり、一面の砂漠の中、FUKOのエネルギーが野ざらしという訳でもなかったのだろう。
 砂漠がむくむくと山を作り出していく。どうやら、砂の中二何かが潜り込んでいるらしい。
 まるで蟻地獄の正反対で、空が砂に削られていくようだった。
 そこから何が現れるのは、ゼロは微かに動揺した。

「──!?」

 次の瞬間──その中から全身を晒したのは、あの仮面ライダー1号や2号と同じように、飛蝗の顔をした「仮面ライダー」の姿である。
 だが、よく見れば、やはり1号や2号などの旧式仮面ライダーとは決定的に違う外形であった。

「──仮面ライダー……じゃない……!?」
「強い憎しみに溢れた姿……これは一体……!」

 そう、その全身は真っ赤な業火に包まれており、仮面ライダーたちと……いや、このウルトラマンゼロと比しても巨大な姿をしているのだ。──それが何者なのかは、ゼロにも美希にもわからない。
 直後に、それは、数百メートルまで肉薄したゼロに向けて、自ら、野太い声で名乗りを上げたのだった。

『フン。現れたか、ウルトラマンゼロ。──……我が名は仮面ライダーコア』

 仮面ライダーコア。
 それが、彼の名前であった。ある時空においては、仮面ライダーダブルと仮面ライダーオーズの二人のライダーによって倒された、「仮面ライダーの悲しみ」の結晶こそ、この怪物の正体である。
 だが、今回の彼は、ただそれだけの存在ではなかったらしい。

728変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:33:20 ID:GU7jrFVA0

『仮面ライダーやウルトラマン、プリキュア……あらゆる変身者たちの悲しみから生まれた究極の戦士にして、このタワーの番人──』

 つまり──この殺し合いや、外世界における、あらゆる戦士の悲しみを吸収し、500m以上の巨大な仮面ライダーとなった彼の姿なのである。コアは、戦士の悲しみが深いほどに強くなっていく仮面ライダーだ。
 それゆえ、ほとんど大きさはゼロの十倍であり、この巨大なタワーを任される番人としてはうってつけの存在であった。もしかすれば、その出自から考えるに、彼もまたFUKOのエネルギーを借りて作られた存在なのかもしれない。
 だが、コアを前にもゼロは臆する事がなく進み続けた。

「そうか──……わかったから、そこを退け! お前に構ってる暇はない!!」

 ゼロは、全くスピードを変える事も止める事もなく、ウルトラマンノアより受けた鎧「ウルティメイトイージス」を、右腕に装着する弓として展開する。
 この世界でも、やはりウルトラマンノアはゼロに力を貸し、そして、今、ゼロに再び力を与えているのである。ノアとゼロとの出会いもまた、運命的であるとも言えた。

『フン……無駄だ。全ての戦士の絶望を最大限に吸収した我が身に勝てる力など──』

 ゼロが滑空しながら、ウルティメイトイージスにエネルギーを充填する。
 これから射出するのは、イージスそのものだ。イージスを高速回転させて相手にぶつける技──ファイナルウルティメイトゼロである。
 そして、仮面ライダーコアの服部に向けて勢いよく発射するのだった。



「そういうのが……──しゃらくせえんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーッッ!!!!!!」



 そんな叫び声の大きさは、イージスの発射音にも勝った。
 イージスは、高速で回転しながらコアに向けて飛んでいく。それは、コアの目に追いきれないスピードで肥大化し、コアのベルトの部分に勢いよく叩きつけられた。
 ──彼の体に、巨大な風穴が開く。
 コアがダメージを感じるよりも早く、まるで手慣れた猛獣の火の輪潜りのように、ゼロが飛び去って行った。

『がっ……』

 それは、一瞬の出来事だった。
 自らの体の内を通過された後で、コアは痛みを覚え──そして、自らが一瞬で敗北した事実を知った。

『何だとォォォ……!!』

 ゼロの体に、ウルティメイトイージスが鎧として装着されている。彼は、自らが発した武具と、いつの間にか再同化したのであった。
 しかし、その矛先が向けられたのは、仮面ライダーコアの方ではなかった。
 何故なら──次の瞬間には、仮面ライダーコアは、大きく音を立てて前のめりに倒れ込んでいったからだ。大地は大きく揺れた事であろうが、その大陸は、見渡す限り無人の荒野でしかなかった。

『バカなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………』

 ただ虚しく、倒れた音が響くのみだ。
 最強の敵もまた、それを超える存在には無力である。

「──よし、美希! すぐにシフォンを助けるぞ!」
「オッケー!」

 ゼロと美希の頭からは、既に敵の事など消え去っている。彼らが行うべきは、目の前の物体の破壊と、そして、シフォンの救出だ。
 ゼロの手からは、次の瞬間、白銀の長剣ウルティメイトゼロソードが出現し、伸縮自在の光が真っ直ぐ、目の前の塔に向けられた。
 それは、黒く濁った目の前のタンクの真横で数百メートルまで伸びていく。
 これが次の瞬間には左方向に向けて振るわれ、塔を破壊するのは明白だった。

「うおおおりゃあああああああッッ!!!!」

729変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:34:01 ID:GU7jrFVA0

 まさしく、その通りに──ゼロは、ウルティメイトゼロソードを凪いだ。光が物体をすり抜けるように、ウルティメイトゼロソードは塔を抉り取る。
 塔の切断面は、まるで自らが切断した事実に気づかなかったように止まった。崩れるより先に液体が零れ、それからまたそれに引きつけられるようにしてゆっくりと塔が傾いた。
 上と下に、真っ二つに分かれた塔は、更に、二度、三度と×印を描くようにウルティメイトソードの刃を受ける事になる。

「もういっちょっ!!」

 そして、切断面で、怪獣の爆発のように何かが爆ぜたかと思うと、次の瞬間には、真横に雪崩れ込むようにして欠片が落ちた。
 何もなかった荒野を洪水が包んでいく。
 宇宙の果てまで届いていたはずの巨大な塔は、そのまま、この星の半分に影──即ち、夜を作り上げる。

『何故だ……この私が──』

 膨大なFUKOの海の中に没しながら、コアはまだ自らの一瞬での敗北を信じられないように言った。
 しかし、ゼロのあまりの破天荒で派手なやり方に、コアはむしろ諦観したように、一瞬の夜を見上げるばかりだった。
 半身が波に飲まれ、顔だけが水の上に浮わついていたコアの目の前で、ゼロが滞空する。

「──聞いとけ、なんとかコア。悲しみや、絶望如きが俺たちの希望に勝とうなんざ、二万年早えぜ!!」
「って言っても、二万年後に挑んでも無駄だけどね!」

 ゼロは、次の瞬間、青い光となって、その波の向こうにいるはずのシフォンを探して、飛び込んだ。コアの視界からは、一瞬で消えてしまった。
 コアは、そんな彼らの言葉を耳にしながら、最早何の感慨も抱く事なく、FUKOの渦に沈んでいく。彼らの返答が、コアにとって敗北の理由として納得のいくものであったのかはわからない。
 ただ、ゆっくりとコアはもはや希望に敗退し、消えゆく定めでしかなかった。
 希望の弱点が絶望であり、絶望の弱点もまた希望であるという矛盾した事実に苛まれながら……。

「そうだ! そんな事より……」

 その真横で、ゼロたちはより早く、深くへと荒波の向こうへと進んでいた。

「──シフォン!!」

 塔の底部のシステムと融合しているシフォンが波に流される事はなかった。
 システムの崩壊によって、インフィニティメモリとしての機能が失われたシフォンは、正気を取り戻し、円らな瞳で、ウルトラマンゼロの巨体を真っ直ぐ見つめる。
 彼女は自らの持つ特異な能力で身体の周囲にだけ結界を張り、まるで空に浮くシャボン玉に包まれるようにして身を守っていた。
 ゼロが邪心のある存在でない事や、ゼロの中にある美希の姿もまた、シフォンはその能力で感じ取ったようである。

「ぷいきゃー!!」

 まだ拙い赤子の言葉で、シフォンはそう感嘆する。
 彼女がどの程度事情を理解しているかはわからないが、ひとまずゼロは黙って彼女に向かって頷いた。それは、どこか神秘的なノアにも少し近く、ゼロ生来の若さと裏腹な落ち着きさえ感じさせた事だろう。
 一方、ゼロの中の美希が、シフォンに向けて、クールな普段とはこれまた裏腹な喜びと安心を叫び出した。本来なら我が子のように抱きしめたいところであったが、事実、ゼロと同化状態にある美希にはそれが出来ない。

「シフォン!!」
「みきー♪」
「良かった……!!」

 しかし、まるでその時、美希はゼロの身体の中から心だけ抜け出して、シフォンの身体を包む事に成功したような気分であった。
 シフォンもまた、誰かのぬくもりを全身に感じたような気がした。──ずっと待っていた助けが来た安心感が、シフォンの心を灯したのだろう。
 その一瞬は、長かった。

「──」

730変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:36:31 ID:GU7jrFVA0

 ……気づけば、ゼロの銀色の掌の上に、小さなシフォンが乗っている。ゼロと同化しているはずの美希が、その事にまったく気づかなかったのだ。シフォンと再会できた喜びに我を忘れていた証であるとも言えた。
 ゼロは、優しくその掌を包み、再び空に向けて飛び上がった。水の抵抗を強く受けながらも、空に向けて抜け出そうと這い上がっていく。その手の中では、シフォンは、突然地上に出る水圧を一切受けなかった。

「ふぅ!」

 空へと戻る。
 まるでプールで遊びきった子供のように、ゼロは空の上でそう言うが、真下は凄惨たる有様だ。──当然である。
 空の上まで高く聳えていた塔が殆ど根元から崩れたのだ。それは、先端や大気圏外の物はほとんど根元の崩壊を知って、それそのものが壊死するように自壊して消えていったようだが、空気に晒されている物は残骸として落ち、FUKOは液体として荒波を立てている。

「……で、美希。どうすんだ、これ」
「私に訊かないでよ!!」

 このままでは、この星そのものが崩壊だというレベルだ。
 後先考えない破壊行為が、やはり後先になって響くのは当然であった。
 殺し合いが行われた星とはいえ、しかし、ここにはまだ戦っている仲間がいるのである。このまま崩壊させてしまうわけにはいかない。

「みき!」
「ん? シフォン、何?」
「きゅあー」

 さて、そんな時、困り果てて空の上に立ちすくむゼロたちに向けて、救いの声が上がった。
 ゼロと美希の様子を察したシフォンが、自らの能力を使ったのだ。

「きゅあきゅあぷりっぷー!!」

 すると、ゼロの前で、ウルトラマンでさえ持ちえない神秘の力が発動した。──美希にとってみれば、これもそう珍しい物ではない。
 だが、ゼロにとっては、それはかなり新鮮な光景である。
 ──シフォンの超能力により、なんと、そのFUKOの洪水は、一斉に空へと飛び上がっていったのだ。それは重力を一切無視して宇宙に向けて放たれ、まるで自ら意思を持つようにして、水のない荒野の星に向けて旅立って行く。
 そうして、この地球に残った支配の残骸たちが、こうして一瞬にして片づいてしまったのである。
 周囲をシフォンのバリアに包まれたゼロは、自らの手の届く場所全体で、FUKOが空へと逆流していく光景を見ることになった。

「マジかよ……こいつ、何でもありじゃねえか!」

 流石のゼロでさえも唖然とする。
 ……だが、考えてみればそれは、人知を超える超能力を持つ「怪獣」たちにも似ているのだ。地球にもかつて、こうした怪獣の赤ん坊や子供が何体か確認されており、宇宙にはウルトラマンでさえ持ちえない超能力を使う怪獣が数えきれないほど生息している。
 そして、これまでゼロたちの宇宙で知られていなかったとはいえ、シフォンもまた「怪獣」に分類する事が出来る生物の一体なのではないかと、ゼロは少し思った。
 勿論、それは、心優しい怪獣たちの一人としてだが──。

「──……まあいっか。一件落着だ、そしたら、さっさと行くぞ、美希!」
「ええ!!」
「ぷいぷー!!」

 自分たちの仕事が一区切りついたとはいえ、これで終わりではない。
 そう、まだ諸悪の根源カイザーベリアルと、美希の仲間との戦いは続いているのだ。
 ゼロは再び、空へと旅立つのだった。



【シフォン@フレッシュプリキュア! 救出】







 ドン──!!

 これは、塔が崩れ堕ちる音ではなかった。──星一つを挟んだ反対側で行われている、巨人と巨人の戦いが齎した音である。

731変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:37:23 ID:GU7jrFVA0
 これは、まだ巨塔が崩れるより少し前の時間の戦いなのだから。

「シュッ!!」

 ウルトラマンノアの鋭いパンチが、カイザーベリアルの腹の上に叩きこまれる。
 超重力波動を炸裂させながら、ノア・パンチがカイザーベリアルの腹部を抉る。
 それを受けたカイザーベリアルの体は、ダメージを受けたというよりも、まるでバランスを崩したように後方に大きくよろめいた。
 少し腹を抑える。──が、次の瞬間には攻撃体勢へと移っていた。

「おぉら──ッ!!!」

 ベリアルも負けてはいない。
 後ろにバランスを崩しながらも、右脚を大きく上げて、ノアの腹部に、同じように豪快なキックを叩きこんだ。彼自身の身体も大きく揺れる。
 どこかスローモーションにも見えるが、だからこそ、その脚には重さが籠っていた。彼の体重や体格が、鈍く重い一撃を敵に与える力に代わっているのである。
 ノアたれども、打撃を受けて無事には済まない。

「クッ……!!」

 痛みは、その中にある戦士たちにも伝った。
 それに加えて、更に──味を占めたように、ベリアルはその腕を振るいあげる。

「フッハッハッ……!!!」

 巨大な爪がノアの頭上に叩きつけられる。実に鋭利なその爪が叩きつけられるという事は、出刃包丁で殴りつける攻撃とほとんど同義である。
 彼らの耐久性を人間の硬度でたとえれば、それは致命傷にもなりうると言えるだろう。
 ノアも当然ながら、脳が揺れるような痛みを覚え、身体を休めるように数歩後退する。しかし、代打はいない。休んでいてもベリアルは続けて攻撃するに違いない。

『──くそっ! やっぱり強え!!』

 左翔太郎の意識が、ノアの中で苦渋を舐めた。
 ノアも──その中にいる彼らも、攻撃の手ごたえを殆ど感じていない。
 これまでに蓄積された人々の絶望を全て貪るようにして強くなったベリアルは、既にダークザギさえも上回る実力を獲得しているのだ。

「フン、こいつがゼロと戦う為に強くなった俺様の力さ……ッッ!!
 そして、俺はこの力で全てのウルトラ戦士を倒し、神さえも超えるのだ──ッッ!!!!」

 そう、かつて、カイザーベリアルは、ウルトラマンゼロに敗北し、肉体を失った亡霊と化した。そして、怨念の鎧カイザーダークネスを纏う事でゼロを圧倒し、彼の仲間を次々と葬り去ったのである。
 だが、結局はまたゼロに敗れた。
 幸いにも、ゼロが巻き戻した時間の中でこうして肉体を取り戻し、全宇宙の支配を実行していたのだが──よもや、ウルトラマンノアなどという強敵と戦う事になるとは、彼も思わなかっただろう。
 しかしながら、その伝説の戦士さえも圧倒する程に己が力が高まっているという事実を実感し、ベリアルは内心歓喜もしていた。
 ゼロと再び戦えるというだけでなく、神とさえ崇められるノアと戦わせてもらえるとは──。

『何故だ、ベリアル……! お前はウルトラマンなんじゃないのか……!!』

 零の意識が、ノアを通してベリアルへと語る。
 かつて見た、暗黒の魔戒騎士とも、自らとも、そして鋼牙とさえも重なる「暗黒に落ちた戦士」を前に、そう問わずにはいられなかったのかもしれない。
 ベリアルは、零の言葉に全く耳を貸す事もなく、両手を十字に組み、そこから赤黒いエネルギーを発射した。

「──フンッ、俺にそんな言葉は無駄だァッ!!」

 デスシウム光線──!

 ウルトラ戦士たちが発射するスペシウム光線や、それに似た攻撃を、邪に染まったデスシムの力で発射する一撃である。
 デスシウム光線は、真っ直ぐな光としてウルトラマンノアに向けて放たれた。
 ベリアルもまた、元々はウルトラマンである──こんな芸当が出来るのは当然として、もう一つ、ウルトラ戦士らしい「的」を選択するまでも早かった。
 ウルトラマンノアの胸に輝くエナジーコアを狙い撃つ。

732変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:37:59 ID:GU7jrFVA0
 これは、まだ巨塔が崩れるより少し前の時間の戦いなのだから。

「シュッ!!」

 ウルトラマンノアの鋭いパンチが、カイザーベリアルの腹の上に叩きこまれる。
 超重力波動を炸裂させながら、ノア・パンチがカイザーベリアルの腹部を抉る。
 それを受けたカイザーベリアルの体は、ダメージを受けたというよりも、まるでバランスを崩したように後方に大きくよろめいた。
 少し腹を抑える。──が、次の瞬間には攻撃体勢へと移っていた。

「おぉら──ッ!!!」

 ベリアルも負けてはいない。
 後ろにバランスを崩しながらも、右脚を大きく上げて、ノアの腹部に、同じように豪快なキックを叩きこんだ。彼自身の身体も大きく揺れる。
 どこかスローモーションにも見えるが、だからこそ、その脚には重さが籠っていた。彼の体重や体格が、鈍く重い一撃を敵に与える力に代わっているのである。
 ノアたれども、打撃を受けて無事には済まない。

「クッ……!!」

 痛みは、その中にある戦士たちにも伝った。
 それに加えて、更に──味を占めたように、ベリアルはその腕を振るいあげる。

「フッハッハッ……!!!」

 巨大な爪がノアの頭上に叩きつけられる。実に鋭利なその爪が叩きつけられるという事は、出刃包丁で殴りつける攻撃とほとんど同義である。
 彼らの耐久性を人間の硬度でたとえれば、それは致命傷にもなりうると言えるだろう。
 ノアも当然ながら、脳が揺れるような痛みを覚え、身体を休めるように数歩後退する。しかし、代打はいない。休んでいてもベリアルは続けて攻撃するに違いない。

『──くそっ! やっぱり強え!!』

 左翔太郎の意識が、ノアの中で苦渋を舐めた。
 ノアも──その中にいる彼らも、攻撃の手ごたえを殆ど感じていない。
 これまでに蓄積された人々の絶望を全て貪るようにして強くなったベリアルは、既にダークザギさえも上回る実力を獲得しているのだ。

「フン、こいつがゼロと戦う為に強くなった俺様の力さ……ッッ!!
 そして、俺はこの力で全てのウルトラ戦士を倒し、神さえも超えるのだ──ッッ!!!!」

 そう、かつて、カイザーベリアルは、ウルトラマンゼロに敗北し、肉体を失った亡霊と化した。そして、怨念の鎧カイザーダークネスを纏う事でゼロを圧倒し、彼の仲間を次々と葬り去ったのである。
 だが、結局はまたゼロに敗れた。
 幸いにも、ゼロが巻き戻した時間の中でこうして肉体を取り戻し、全宇宙の支配を実行していたのだが──よもや、ウルトラマンノアなどという強敵と戦う事になるとは、彼も思わなかっただろう。
 しかしながら、その伝説の戦士さえも圧倒する程に己が力が高まっているという事実を実感し、ベリアルは内心歓喜もしていた。
 ゼロと再び戦えるというだけでなく、神とさえ崇められるノアと戦わせてもらえるとは──。

『何故だ、ベリアル……! お前はウルトラマンなんじゃないのか……!!』

 零の意識が、ノアを通してベリアルへと語る。
 かつて見た、暗黒の魔戒騎士とも、自らとも、そして鋼牙とさえも重なる「暗黒に落ちた戦士」を前に、そう問わずにはいられなかったのかもしれない。
 ベリアルは、零の言葉に全く耳を貸す事もなく、両手を十字に組み、そこから赤黒いエネルギーを発射した。

「──フンッ、俺にそんな言葉は無駄だァッ!!」

 デスシウム光線──!

 ウルトラ戦士たちが発射するスペシウム光線や、それに似た攻撃を、邪に染まったデスシムの力で発射する一撃である。
 デスシウム光線は、真っ直ぐな光としてウルトラマンノアに向けて放たれた。
 ベリアルもまた、元々はウルトラマンである──こんな芸当が出来るのは当然として、もう一つ、ウルトラ戦士らしい「的」を選択するまでも早かった。
 ウルトラマンノアの胸に輝くエナジーコアを狙い撃つ。

733変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:38:30 ID:GU7jrFVA0



↑間違えて同じの二個投下しました、すみません。

734変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:40:02 ID:GU7jrFVA0

『ぐああああああーーーーっっ!!』

 見事に、エナジーコアに向けてデスシウム光線が命中し、彼が放った光線の最後尾まで余す事なくウルトラマンノアの胸にダメージを与える。
 全ての力の源にして、ウルトラマンの最大の急所である。
 ノアの身体は大きく揺れ、周囲を巨大な土埃が包み込んだ。
 カイザーベリアルは、砂埃に包まれたノアにまで悪戯に追い打ちをかけるつもりはないらしい。

『──くっ、強すぎます!』
『ノアの力でも敵わないなんて……! 予想外だ……!!』

 ノアのエナジーコアはデスシウムの膨大な熱量を受けて煙をあげる。
 オーバーヒートだ。この場所への直撃は手痛い。
 だが、それでもノアの中にいる彼らは、立ち上がろうとする。

「その程度か……? 失望したぜ、ウルトラマンノア!!」

 カイザーベリアルは、ニタリと笑い、爪を光らせながら言った。
 確かに、互角以上の力がある筈だというのに、今、ノアはカイザーベリアルに押され気味の状態だった。
 何故、ここまでの劣勢がいきなりノアを襲ったのか──その答えを、孤門一輝が悟り、同化する他の全員に向けて伝えた。

『いや……僕達には、まだ、力が足りないんだ。
 あと一人──美希ちゃんの力が……!』

 あらゆる参加者の想いを結集させた黄金の光を纏っているとはいえ、生きている蒼乃美希だけがこのノアには足りなかった。
 ピースが埋まっていないパズルのように、中途半端なまま戦っているのだ。
 全員が揃ってこそ、絆は真の絆となる。誰かが欠けてはならない。──それならば、美希を抜かしたまま、「絆」を語らう事は、偽りに過ぎないのだ。
 彼は今、ウルトラマンゼロと融合して、こちらに向かっている。
 そう、ゼロと美希──二人がいてこそ、ノアは本当の力を発揮出来るようになる、筈なのだ。







『──ゼロ! 急いで!』

 ゼロが空を飛んでいる最中、美希はまるで鞭を打つように言った。
 当のウルトラマンゼロは、これでも十二分に急いでいるつもりであったが、美希が急にそんな事を言い出したのは些か不思議に思った。
 空を飛びながら、ゼロは問うた。

「どうした、美希?」
『なんだかわからないけど、みんなに呼ばれている気がするの……』

 虫の報せという程でもないが、今、仲間たちの声を聞いた気がする。
 おそらく──仲間たちが助けを求める声が。
 それは只の不安から来る物ではなく、もっと超常的な思念が、美希の意識のもとへと確かに届いてきたような物であるように感じた。
 今、仲間たちが何をしているのかが薄々わかる。
 彼らは、今、ウルトラマンノアと一つになって、カイザーベリアルと戦っているに違いないのだ。

「そうは言っても、これでも全力で飛ばしてるんだぜ!」
『それでも急いで!』

 美希がそうしてゼロの中で焦燥感を募らせてのを、どうやら、シフォンが悟ったようだった。美希が何やら困っているらしい事には少し眉を顰めたが、それを置いて、すぐに呪文の言葉を唱えた。
 先ほどと、同じ呪文を。

「んー……きゅあきゅあぷりっぷー!!」

 それは、シフォンの持つ魔法を発動する一言だった。

735変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:41:27 ID:GU7jrFVA0

「ん……?」

 と、その呪文の声と共に、ゼロは自らの中で何かが抜け落ち、変わったような感覚に陥った。──そう、一瞬だけは「違和感」だった。

「なんか、こう……身体が軽くなったような……って、あーっ!!」

 しかし、それが次の瞬間に、何が消えてなくなったのかを知らせる「確信」へと変わったのだった。
 ゼロは一度、空中で立ち止まり、自らの掌の中にいる小さな赤ん坊を見下ろした。

「──こら、おまえっ!! 美希だけ先に送りやがったな!!」
「きゅあー!」

 そう言って、嬉しそうに両手を挙げて喜ぶシフォン。
 シフォンは、つまるところ、ゼロの中の美希を、遥か彼方で戦うノアの下に「テレポート」させたのである。

 やはり、こうして止まっても、心の中から美希の文句は聞こえないので、ゼロのご明察という所だろう。
 どうせなら、ゼロも纏めてベリアルのもとに飛ばしてくれれば良かったものだが、シフォンに力が足りなかったのか、それとも、美希にだけ懐いていたからなのか、とにかくゼロとシフォンだけがこの場に置いていかれてしまったらしい。
 しかし、このシフォンという赤ん坊も大した物である。
 まさか、ウルトラマンと同化している人間を、別の場所にテレポートさせてしまうなどとは──。

「ったく……しゃあねえなあ! でも、抜け駆けはさせねえぜ!
 俺もすぐにそっちに行ってやる──待ってな、ベリアル!!」

 とはいえ、ゼロも飲み込みは早い方であった。
 すぐさま、再飛行を始め、青い風へと変わっていく。掌の中で感嘆するシフォンを時に見下ろしながら──彼は、ベリアルとの戦いへと赴いた。







 ウルトラマンノアとして戦う彼らの中に、一筋の光が転送された。
 仮にもし、ウルトラマンの中が侍巨人シンケンオーのように複数の座席を持つコクピットだったならば、空いている一席に、誰かが現れたような物だろう。

「──おまたせっ!」

 そして、それは、まぎれもない美希だった。
 ウルトラマンノアと同化する孤門たちは、その瞬間、確かにノアの中に美希が入ったのを感じた。まるで隣にいて戦っているかのような安心感が湧きあがってくる。
 声がノアの中に聞こえた時、真っ先に、佐倉杏子がそれを確認する。

「美希!?」

 全員、唖然としていた。
 こうしてウルトラマンノアとしての意識の中に、何の前触れもなく突然に美希が現れたのだ。──強いて言えば、孤門が呼んだからであろうか。
 しかし、そんな事で至極あっさりとウルトラマンに同化できるものではない。
 何故に彼女が現れたのか、それぞれ少し頭の中で疑問を沸かせたが、やはりすぐに、細かい事を気にかけるのはやめた。

「遅くなったわね……えーっと、これまでは」

 美希は、ここまでの事情を順序よく説明しようとする。殺し合いが終わってからの数日間、他の仲間は一緒にいたと考えられるが、美希だけは別行動を取る形になっていた。
 ましてや、こうしてそれぞれが集合しているからには、別行動を取っていて遅くなったのは自分と孤門だけだと思っても仕方が無い。やや言い訳っぽくもなってしまうが、遅れた理由を説明しようとしていた。

 しかし、それを話せば当然長くなる。
 今置かれている状況を忘れつつあるのは、敵よりも味方の事をまず真っ先に考えてしまったからであると言えるだろう。

736変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:42:37 ID:GU7jrFVA0
 そんな美希の話を、杏子が横から中断させる。

「──まったく。そんなもん説明しなくたっていいよ。ウルトラマンといたんだろ?」
「え、ええ」
「話は帰ったら聞く。──そんな事より、今は、目の前の敵と戦うんだよ!」

 美希が目の前を見ると、そこには、黒い身体と赤いマントの、およそウルトラマンとは言い難い怪物が立っていた。
 M78星雲・光の国で、ウルトラ兄弟や他のウルトラ族を見た美希の眼にも、それはウルトラマンと呼ばれる星人達には見えなかった。
 真っ先に思い出したのは、殺し合いの最終日に見た巨大な怪物──美希自身が生み出してしまったといえる、あのダークザギ。
 美希は眉を顰める。

「あれが……ベリアル!」
「ああ、やるぞ、美希。あいつを倒して、世界を救う」
「わかってるわ。そう──」
「──完璧に、な!」

 ウルトラマンノアのパワーは、その時、無限大のエネルギーを伴って、最大レベルまで上昇した。同化している人間たちの絆と希望が最大限にまで達した時、ウルトラマンノアのエネルギーもまた最大限に引き上げられるのだ。
 ここに美希が現れ、共に手と手を繋いだ生還者たちが一つとなり──そして、「ガイアセイバーズ」となった変わり者たちの絆は、ウルトラマンノアを最強の戦士へと変える。
 孤門一輝が、二人の様子を見ながら、ノアに新たなる戦士の称号を与えた。



「これが本当の絆──ウルトラマン……いや、仮面ライダー、プリキュア、魔法少女、テッカマン、魔戒騎士、超光戦士、スーパー戦隊……みんなの、ガイアセイバーズ・ノア!!」







『がんばれ……ウルトラマン!!』
『行けぇっ!! 仮面ライダー!!』
『がんばれぇっ、プリキュア!!』

 絆だけではない。世界中から集ってくる声援の力が、ノアのパワーを強くしている。
 支配の力は、塔を崩す前にも既に衰えを見せており──そして、遂にその最後の一歩すらも消え去ったのである。
 それは、時空を超えた声援や希望をそのまま力に変えるノアにとっては、ベリアルを前に圧倒的優位に戦える状況を作り出していた。
 世界中の誰もが声援を送る。

「そうだ、地上のみんな、ミラクルライトをもっと振るんだ!」

 インキュベーターが配布したミラクルライトもまた、地上を照らしていく。
 ピンチだった「ウルトラマンノア」の中にいるキュアブロッサムや佐倉杏子を応援する為であったが──いやはや、この応援の心そのものが、彼らにエネルギーを与えているのである。
 そこには、もはやプリキュアであるか否かなど関係ない。

 かつて、ウルトラマンや仮面ライダーに救われた者たち。
 かつて、どこかで彼らの与えた夢を貰った子供たち。
 かつて、その夢を拾い上げて、新たなるヒーローとなっていった者たち。

 その四十年、五十年……そして、これから百年以上にも渡るであろう歴史が、世界中の人間の絶望を溶かし、希望へと変えて行く。

「さあ、血祭ドウコク! 君も、もっと元気よく振って!」

 ……と、インキュベーターの現在地を伝え忘れていたが、ここは六門船の中である。
 生還者であるものの、戦いには行かなかったドウコクに向けて、ミラクルライトを渡したインキュベーターは、彼にも応援をさせようとしていたのだ。
 しかし、流石に業を煮やしたドウコクは、インキュベーターから預かったミラクルライトを三途の川へと、叩きつけるように放り投げた。

「──振れるかっ!」





737名無しさん:2015/12/31(木) 21:43:40 ID:/WtNr2/U0
支援

738変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:43:45 ID:GU7jrFVA0



「ハァァァァァァァァァ……」

 ウルトラマンの姿を模していたノアは、美希が融合した次の瞬間、エナジーコアへと最大までエネルギーを充填する。
 全宇宙から、時間、空間、善悪の垣根さえも超えてノアに向けられていくエネルギーは、もはやノアという超人の持つ常識さえも覆すカタチを作り上げていた。
 ガイアセイバーズ・ノアは、その身体を金色に光らせる。
 その全身さえも包み込むほどの猛烈な光が、ノアの銀色の光を塗り替えていった──そして。

「────シュアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」

 溢れんばかりのエネルギーを、叫びとともに吸収した時、その身体は、金色の暖かい光に包まれたグリッダーノアへと変身していた。
 かつて、ある地球を救ったウルトラマンティガや、別の地球で超ウルトラ8兄弟の身体を輝かせた、人々の想いの金。
 あるいは、死者たちの想いとロストロギアを身に着けた彼らもまた、先ほどまで金色の戦士へと変貌していたのである。
 それを一身に受けた戦士は、これまでよりも巨大な絆の戦士となっていた。

「金色……だとッ!?」

 そう──その色を見た時、ベリアルも微かにだけ、狼狽えた。
 かつて、ウルトラマンゼロがシャイニングウルトラマンゼロへと変身した時と同じ光の色は、敵の強化を確かに感じさせたからだ。だとすると、この「金色の光」は、ベリアルへの警告であり、挑戦なのかもしれない。
 カイザーベリアルは、その背に装着した赤いマントを自ら脱ぎ捨てる。

「──面白い……それでこそ、楽しみ甲斐がある!!」

 ベリアルの周囲で、彼のエネルギーを感じ取った地面が何か所も爆発する。
 土が吹きあがり、再びさらさらと地面に叩きつけられていく。
 そして、彼は、喉の底から吼えた。



「──ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!」



 その雄叫びは、遠い空の向こうまで響くほどである。
 カイザーベリアルのエネルギーは、一瞬ながら、グリッダーノアを怯ませようとした。
 しかし、ノアと同化している者たちの強い意志が、そんな恐れを乗り越える勇気となる。

『──諦めるな!』

 孤門一輝の掲げた強い意志が、それぞれの表情を硬くする。
 ここにいる者たちは頷きあい、カイザーベリアルとの本当の最後の決戦の中で──自らが勝つという確信を抱いた。
 グリッダーノアは、強く右の拳を握りしめた。

「おおおおおおらァァァァァァァァッッッ!!!!!!!!」

 カイザーベリアルは、その爪を光らせて駆けだす。
 グリッダーノアは、その場で悠然と──まるでベリアルの攻撃を待つように──立ち構えていた。

「ハァッ!!」

 ベリアルはグリッダーノアへと肉薄し、寸前で走行の勢いを落とすと、その巨大な爪をノアの横顔に叩きつけようとした。
 しかし、ノアはゆっくりと頭を下げて、それを避ける。

「オラッ!!」

 前から、ベリアルの足がノアの腹を蹴り飛ばそうとした。
 しかし、ノアは後方に向けて宙返りして、それをまたも避けてしまう。

739変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:45:41 ID:GU7jrFVA0

「──喰らえッッ!!!」

 距離が遠のいたならば、と、デスシウム光線が発射される。
 ノアは両手をエナジーコアの前で組んで、両腕でデスシウム光線を受ける。
 前方から押し出してくるエネルギーに、ノアも少しは踏ん張るが、すぐに、両腕を思い切り開いて、デスシウムを霧散させる。
 そして、右腕を前に突き出し、左腕を顔の後ろで曲げ、構えた。

「ハァッ!!!!」

 カイザーベリアルのあらゆる攻撃は、全てグリッダーノアには効かない、と。
 そんな自信に満ちたポーズ。
 人々が信じるに値する、無敵の超人の姿であった。



 ──ドシンッ!!



 と。

 そんな時、更にそこに金色のウルトラマンが空から振りかかって来る。
 それは、まさしく青きウルトラマン──ウルトラマンゼロだった。
 グリッダーノアとウルトラマンゼロが隣に並び合い、お互いの目を見合って、頷く。
 カイザーベリアルも、そこにゼロが現れた事に驚きを隠せなかったようだ。

「貴様は……ゼロッ!!」
「悪いな、ノア、それにベリアル……遅くなった!!」

 ゼロは、丁寧にも、敵であるベリアルにもまた詫びるように言った。
 しかし、それは挑発的でもあり、あるいは扇動的な言葉でもあるかもしれない。
 自らの最大の敵が、おそらく自分を待っていたという事を見越したのだろう。

「──さあ、行こうぜ、ノア!!」
「……シュッ!!」

 ゼロの呼びかけに、ノアが頷いた。
 そして。

「きゅあきゅあぷりっぷー!!」

 次の瞬間──シフォンの祈りと共に、ゼロのもとにも人々の祈りの力が注がれていく。
 ベリアルの長年の宿敵であったウルトラマン、ゼロ。
 彼にもまた、何度でもベリアルとの決着をつけさせるべく、大量のエネルギーが力を貸す。
 そこに現れたのは──金と銀の二つの輝きを持つ戦士、シャイニングウルトラマンゼロだった。
 そう、かつて一度、ベリアルを葬った事もある姿だった。
 しかし、ベリアルは肉体を取り戻してあの時よりも強くなっている──故に、もはや、彼らより強くなった事を証明する為に、構えるのみだった。
 ──ベリアルは両掌を、それぞれの戦士に向けた。

「ふん……二人に増えようが無駄な事だ、デスシウム光線──!!」

 なんと、デスシウム光線を両手から放つという荒業を使おうとしているのである。
 ゼロを倒し、全宇宙を手に入れる為に使用できるようになった技だ。
 結果的に、ゼロを前に使う事は出来ないだろうと踏んでいたが、まさか使う機会に恵まれるとは──と、ベリアルは少し思っていた。

「──シャイニングエメリウムスラッシュ!!!!」
『──ライトニング・ノア!!!!』

 対して、負けじと二人のウルトラマンが、それぞれの最強の光線を、向かい来るデスシウム光線へと放った。
 光線のエネルギーは殆ど拮抗し、二つの光線がそれぞれ、ギリギリのところでぶつかり合う激戦を演出していた。





740変身─ファイナルミッション─(7) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:46:43 ID:GU7jrFVA0
正義はなんだダイナな分割終了

































































第八分割目へ

741変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:48:49 ID:GU7jrFVA0



 ──……ここは?



 ──ここは、どこだ……?



 ──俺は……俺は、一体、どこにいるんだ……?



 ──そうか……ここは……



 ──ここは、……宇宙か……



 ──この俺が、かつて守ろうとした宇宙……



 ──いや……違うか……



 ──俺が、滅ぼそうとした宇宙だ……



 ──だが、俺は……何故、ここに、こうして……







「──くっ……こんな所まで飛ばしやがって……」

 ウルトラマンノアとシャイニングウルトラマンゼロの二人の戦士の光線を同時に受けたベリアルは、最後まで自らの光線のエネルギーを緩めなかった。
 結果、カイザーベリアルは、あの島を──そして、星を離れ、空から星を見下ろす宇宙まで飛ばされていたのだ。
 一面が真っ暗な闇で、そこはあまりにも孤独に満ち溢れていた。
 あの星以外には、どこにも生命などない……。
 そして、ただ一つ生命があるあの星の命もまた、カイザーベリアルは滅ぼそうとしているのだ。

 ──だが、それで良い。
 ベリアルより才に満ち溢れ、幸せに恵まれたケンやゼロ──邪魔な物は全て消え去り、ベリアルはこの全宇宙で最強の存在となる。

「フフフフフフ……フッハッハッハッハッハッハ!!!!!!!」

 宇宙から見下ろせば、あの星に浮かぶ小さな島など豆粒同然である。これまでの長い殺し合いも、最早、全宇宙の中のちっぽけな死に過ぎない。
 その上にいるシャイニングウルトラマンゼロとウルトラマンノアの輝きだけが、どこか美しく地上にあった。
 宇宙から地上を見下ろして「星」が輝いているというのは、なかなか面白い逆転現象であった。
 ……それは、ベリアルの視力だからこそ、辛うじて見える物でったが。
 ベリアルは、満月を背にしながら、それを、笑いながら見下ろしていた。

 ──俺様の勝ちだ。

742変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:50:40 ID:GU7jrFVA0

 ベリアルは、この時、そう思っていた。
 確かに、二人のウルトラマンの光線はあまりに強く、地上から吹き飛ばされ、こんな所まで来てしまった。その意味では、地上でのせめぎ合いは敗北と言って良く、今のままベリアルが戦っても勝ち目はなかっただろう。
 しかし、エネルギー合戦での敗北──それは、却って幸いだったのだ。

「だが……ノア、ゼロ……俺様をここまで飛ばしてくれてありがとよ……!!」

 この宇宙には、確かに生命はない。
 だが、──死んだ者の魂がある「怪獣墓場」が存在する事もあり、斃された邪悪の魂が行きつく先は常に宇宙であった。
 怪獣として宇宙を漂う、敗者。
 この場において、その邪悪なる魂がひときわ強く、そして、何より、そんな怪獣たちと同じ世界で生きてきた戦士の邪悪な霊が居るとすれば──そう。

 そこには、彼の邪心が残っていた──!



「────ダークザギッ!! ここで敗れたお前の力、借りるぜ!!」



 ここは、ダークザギの魂が浮遊している場所だったのである──!
 宇宙の果て、こんな場所にダークザギの怨念が残っているとは、ベリアルにとっても嬉しい誤算、そして最高の奇跡である。
 かつて、ペリュドラとして怪獣たちの怨念と同化したベリアルにとっては、怪獣との同化が齎すパワーアップも充分に心得られている。

 ゼロとノア──たとえ、あの二人のウルトラマンであっても、ダークザギとカイザーベリアルが融合した戦士には敵うまい。
 カイザーベリアルは、その身にダークザギの怨念を取り込もうとする。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!!」

 叫びあげ、全身にダークザギの怨念を取り込んでいったベリアル。
 その身体は少しずつ変質し、ベリアルらしい形を失っていった──しかし。

 実際の所、試みは、ほぼ成功と言えた。
 ダークザギの怨念は、ダークファウストやダークメフィスト、それから、この殺し合い以前に信じ行くに出現したビースト・ザ・ワンの力さえも加えて、カイザーベリアルの鎧へと変じ、変わった。
 エネルギーをかなり消耗したはずだったカイザーベリアルの身体は、再びエネルギーをその身に宿し、自らの名を高らかに叫んだ。

「──そう、これが……」

 最後の変身を遂げたカイザーベリアルが叫ぶ、その名は──





「──ダークルシフェルだ!!!!」





 ダークルシフェル。
 それは、未だドキュメントにない幻の怪物の名であった。
 禍々しい黒の怪物に、浮きでた血管のような赤いラインが迸った、伝説のスペースビースト──それがルシフェル。だが、その能力は元々、ダークザギよりも遥かに高いと言われていた。
 その両肩から巨大な羽根を生やすと、再び、あの星へとダークルシフェル──カイザーベリアルは降り立とうとする。
 その速度は、ベリアルのこれまでの物から格段に挙がっている。

「ゼロ……それに、ガイアセイバーズ……!! 今度こそ貴様らの最後の時だ!!」





743変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:52:20 ID:GU7jrFVA0



「ダークルシフェル……だと!?」

 ウルトラマンゼロが、空を見上げながら驚愕した。
 これまで、あらゆる宇宙でまだその名前こそ確認されていたものの、絶対に姿を現さなかった怪物──それが、ダークルシフェル。
 既にこの世界にはルシフェルは存在しえないとさえ思われていた。
 だが、最強のウルティメイト・ダークザギと最強のダークウルトラマン・カイザーベリアルが融合する事によって、ルシフェルが再臨しようとしているのである。
 それはまさしく、悪夢の出来事であった。

「──大丈夫だ」

 だが、ふと、ノアの中で、誰かが声にして言った。

「敵がどんなに強くても、決して僕達は諦めない!!」

 それは、孤門一輝である。
 彼は、島に降り立とうとする怪物を強固な瞳でにらみつけ、迎え打とうとしている。
 それは決して、敵の強さを甘く見ているからではない。

「ああ、やってやる──アイツがどこまで強くなろうと、最後に俺達が笑ってやる!!」

 響良牙も。

「むしろ、相手が強いなら、こっちも強くなるだけだから!!」

 高町ヴィヴィオも。

「アイツを倒して、俺も絶対決め台詞を言ってやるぜ!!」

 涼村暁も。

「最後まで人間を守り抜くのが、俺たちの使命だ!!」

 涼邑零も。

「世界に新しい記憶を刻んでいく僕達を、誰も止める事なんてできない!!」

 フィリップも。

「そう、希望が私たちにある限り、私たちは負けない!!」

 蒼乃美希も。

「私たちはこの戦いを変えるんです!!」

 花咲つぼみも。

「私たちが正しいと思う未来の為に……!!」

 レイジングハート・エクセリオンも。

「人間の、全ての生き物たちの、自由と平和の為に……俺たちはお前を倒す!!」

 左翔太郎も。

「──見てな、最高に変わってるだろ……あたしたち!!」

 佐倉杏子も。

 ここにいる誰もが、これから戦うべき相手に、恐れもせず、怯みもしない。
 ウルトラマンゼロは、そんな人々の姿をじっと眺めていた。
 彼自身の決意もまた、ダークルシフェルを前に怯む事はなかったが、それでも──そんな人々の姿を、ゼロはいつまでも見たいと思った。
 そして、彼は決意する。

「──ああ、そう来なくっちゃな!! 俺も最後まで、お前たちと一緒に戦うぜ!!」

744名無しさん:2015/12/31(木) 21:52:53 ID:eUbTBGsM0
グリッ「タ」ー

745変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:54:32 ID:GU7jrFVA0
>>744
トモダチハ、タベモノー♪

746変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:55:01 ID:GU7jrFVA0

 そう、彼らと共に戦う事をだ。
 ウルトラマンゼロが、小さな光の球となり、ガイアセイバーズ・ノアのエナジーコアへと場所を移した。
 ウルトラマン同士が融合する──その経験は、かつて一度、ハイパーゼットンとの戦いでも試みた事であった。

「──よっしゃ、いくぜ!!」

 しかし、ノアの姿は全く、変わらない。
 それだけのノアの力が絶大であるという事でもあり、それは既にガイアセイバーズという戦士の総体としての姿であるという事でもあった。
 ゼロもそれを受け入れた。
 シャイニングウルトラマンゼロを取りこんだノアは、更にその力を増す──これまでに見た事のない未知の力の戦士へと、“変わる”。







 ダークルシフェルは、その羽根を広げながら、地上に降り立った。
 それは、さながら堕天使が空から降りてくるようだった。
 それと同時に、空は深い闇に包まれ、先ほどまでの白夜の空は、まるで消え去ってしまったかのようだった。

「キシャァァァァァァァァァァァァァァウーーーーーーッ」

 ホラーのような怪物にも似ていた。
 しかし、その中からカイザーベリアルの意識が消えているというわけではない。
 確実にカイザーベリアルの意思を持ちながら、絶大な力が自らの中にある確信を持って、ガイアセイバーズ・ノアと戦おうとする怪物だった。
 羽根を地上で大きく広げる──その姿を見て、ノアも構える。

「──みんな……僕たちも、変身するんだ!!」

 フィリップが叫んだ。
 全員が、フィリップの声に納得して、無言で頷き、ダークルシフェルとの戦いを始めようとしていた。

「──ハアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」

 再び、グリッダー化した時のように、ノアの身体は金色の光を放っていく。
 これ以上光り輝く事などないはずのノアは、それでも尚、自らの姿を進化させようと──いや。
 その全身を丸ごと包んだ金色の光の中で、ノアは──想いを通じて別の戦士へと“変身”しようとしていた。
 そして、その光が次の瞬間、脱皮するようにして一瞬で解き放たれていく。


「ハァッ!! ──」


 ──そこにあった姿は。


「仮面ライダー──!!」

 仮面ライダーダブル サイクロンジョーカーゴールドエクストリーム!
 かつて、風都タワーにて、世界中の人間を全て死者兵士ネクロオーバーへと変えようとした仮面ライダーエターナルとの決戦の際、初めて仮面ライダーダブルが変身した金色の姿であった。
 ノアはここで戦う全てのデュナミストたちの想いを全て受け入れ、その姿に変身を果たしたのである。
 ノアイージスは、風車のような六つの羽根へと姿を変え、ノアの中にいる左翔太郎とフィリップがその指先をカイザールシフェルへと向ける。

「仮面ライダー……だと!?」

 巨大な一筋の風が吹き、ノアを攻撃しようと歩み出たルシフェルの身体を止めた。

747変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:56:11 ID:GU7jrFVA0



「悪の化身、カイザーベリアル、いや……ダークルシフェル!!」
「僕達は、最後までお前と戦う……!!」



 ────さあ、お前の罪を数えろ!!!!!!!!!!!



 ダークルシフェルとさえも並ぶ巨体でそう叫んだノア・ダブル。
 巨体でウルトラマンのように構え、ルシフェルとの戦闘を続けようとするノア・ダブルの姿に、ルシフェルもまた驚きを隠せずにいた。

 高い声で鳴くような雄叫びを上げた。
 ウルトラマンノアの能力や奇跡は幾つも聞いているが、しかし、まさかその姿を仮面ライダーに変える事まで出来るとは──。
 しかし、そんな事でルシフェルの戦意は微塵も削がれない。

「──フンッ、戦いの勝者には、罪なんてねえんだよッッッ!!!」

 ルシフェルは、その両翼で風を払い、敢然とノア・ダブルに向かっていった。
 地面が揺れ、怪獣と化したベリアルが襲い掛かって来る。
 その拳が固く握られている──。

「なら来いよっ! 罪を罪と思わない奴らは、俺たちが罰を与える!」

 ノア・ダブルもまた、真っ向から攻撃を仕掛けてくるルシフェルに向かって身体を揺らして駆け出し、その右拳を固く握った。
 共に、敵を打擲しようと、立ち向かうノア・ダブルとルシフェル。

 その距離がゼロに縮まった時──ノア・ダブルの右拳が、ルシフェルの拳よりも先に、敵の胸元へと叩きつけられた。

「グアッ……!!」

 クロスカウンターとなりかけたルシフェルの右拳がノア・ダブルへと届く前に、ノア・ダブルの右拳の膨大なエネルギーがルシフェルを数百メートル吹き飛ばす。
 空を泳いだルシフェルの身体は、そのまま地面に叩きつけられる。

「何ッッ……!!」

 一瞬の攻防であった。
 ダークルシフェルは地面を泳ぐようにして再び身体を立て直すが、そんなダークルシフェルの前には、既にノアが距離を縮めている。
 ──ノアは、既にダブルから別の姿へと変身していた。

「ハァァァァッ!!」
『五代、一条──……力を借りる! みんなの笑顔を守る為に──!!』

 それは、仮面ライダークウガ ライジングアルティメットフォームである。
 記録上では五代雄介が一度も変身していないが──しかし、アマダムが再現できる仮面ライダークウガの限界の姿。
 かつて、ン・ダグバ・ゼバとの決戦で涙を流した五代のように──この暴力に涙を流したのは誰だっただろうか。
 優勢であれ、誰かは心の中で涙を流しながら、ダークルシフェルに一撃を叩きつけた。

「おおりゃあああああああッッッ!!!!」

 ルシフェルは耐える。
 今度は先ほどのように、こちらが強い勢いを出していない為、ガードをすれば吹き飛ばされる事はなかった。
 しかし、ルシフェルの中には重たい電撃の一撃と、先ほどの攻撃の残留ダメージが合わさり、かなりの負荷がかかっていた。

「……ッ!! ハァァァァァァァーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 ダークルシフェルの咥内から、膨大な空気の嵐がノア・クウガに向けて吐き出された。
 彼の吐き出す空気は邪気に塗れ、小さな爆弾を散りばめたように空中で爆ぜた。

「くっ……──」

748変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:58:46 ID:GU7jrFVA0

 ノア・クウガも少し怯み、右腕で身体を隠すように仰け反りながら、後方へと倒れかける。
 しかし、バランスを取り戻し、ルシフェルの放った邪悪な風を、そのまま胸部のアマダムで吸収していった。
 アマダムが徐々に回転し、だんだんとその姿を、最初の仮面ライダーが使っていたタイフーンへと変えて行った。

『ライダーの真骨頂は、クウガとダブルだけじゃない!!』
「──トォォォォォッ!!!」

 仮面ライダー新1号。
 飛蝗の改造人間にして、人間の自由と平和を守り続けた伝説の仮面ライダーの姿が、ここに顕現する。

 マフラーをなびかせ、仮面ライダーはダークルシフェルの肩にチョップを叩きこみ、更に胸部に向けてパンチを叩きこむ。
 元祖にして、最強の仮面ライダーの一撃は、ダークルシフェルの身体を、更に後方にまで吹き飛ばしていく。

「ぐっ……!!」

 ダークルシフェルが転がった所に向けて、巨大なノア・仮面ライダーは身体を揺らしながら、駆けだしていった。
 ダークルシフェルの瞳に見えたのは、一人の仮面ライダーが向かい来る姿ではなかった。彼と並び、合流しようとするように、その両脇から現れる二人の仮面ライダーの影。
 それは、先ほど自らに一撃ずつ与えた、仮面ライダークウガと仮面ライダーダブルの姿に他ならなかった。

 仮面ライダーダブル サイクロンジョーカーエクストリーム。
 仮面ライダークウガ ライジングアルティメットフォーム。
 仮面ライダー新1号。
 三つの仮面ライダーの姿が重なり、飛び上がる。



 ──そして。



「──ライダァァァァァァァァキィィィィィィィィィィィック!!!!!」



 ライダーキック。
 数々の敵を葬って来た、仮面ライダー最強の必殺技が、ダークルシフェルに向けて降り立って来ようとしていたのである。
 それは、さながら流星を描くようにして、ダークルシフェルの頭部に激突する。
 電流を頭に受けたような強い衝撃が、ダークルシフェルを襲った。

「ぐっ……ぐあああああああああああああああああああっっっ!!!!!!!!!」

 全身に電流の光を浮かばせたまま、ダークルシフェルは雄叫びをあげる。
 ダークルシフェルへと進化したというのに、能力はむしろ──低まっているという実感が、カイザーベリアルとしての彼の中には在った。
 彼の周囲は、ライダーキックのエネルギーを受けて燃え上がり、ダークルシフェルが生きているのはむしろ奇跡とも言えるシチュエーションを作り上げている。

「──なっ……一体、何故が……どうなってやがるッ!!?」

 ルシフェルは蠢きながら、考えた。──確かにノアは強いが、それだけではない。
 今の自分の出せる実力は、先ほどまでよりもむしろ劣化しているという実感が、ベリアルの中には湧いている。
 しかし、その疑問の答えが返って来るより前に、ノアは更なる変身を遂げる。

『──Dボゥイ!! 相羽タカヤ、力を貸してくれ……!!』
「──ブラスターテッカマン!!」

 ブラスターテッカマンブレード。
 自分の記憶さえも引き換えにして、ラダムたちと──己の家族たちと戦い続ける道を選び続けた宇宙の騎士の姿を、借りる。
 彼ら……相羽一家やモロトフの力を借りて、ブラスター化を許された巨大なノアは、そのエネルギーを充填する。

749変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 21:59:45 ID:GU7jrFVA0

「──ブラスター・ボルテッカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」

 ブラスターボルテッカの灼熱が一斉にダークルシフェルへと押し寄せた。
 それは、雪崩のようにルシフェルの身体を一斉に包み隠してしまう。
 それでも、ルシフェルはまだ、その尋常ならざる耐久性と能力によって、まだ立ち上がっていた。



『あたしたちの絆……!! 力を貸してくれ、黄金の風を起こす為に……!!』
「魔法少女──!!」
 ──来たる絶望のワルプルギスの夜に、宇宙の因果さえも捻じ曲げる願いを叶えた少女の姿を、象った。


『鋼牙……!! 俺は、お前が伝えた使命を忘れない……陰我を断ち切る!!』
「黄金騎士──!!」
 ──ホラーの始祖メシアを倒す為に、守りし者と英霊の想いを受けて姿を変えた翼の牙狼の姿を、象った。


『ラブ、ブッキー、せつな……!! あなたたちの遺した想い、私が受け取る……!!』
「スーパープリキュア──!!」
 ──たくさんの人々の希望をミラクルライトで受けたプリキュアがブラックホールを浄化する姿を、象った。


「全侍合体──!!」
 ──人々の想いが込められた折神たちが全て集った、最強の侍巨人の姿を、象った。



 全てのノアは、次々にダークルシフェルを押していく。
 ノアはルシフェルから一撃も受けず、また、ルシフェルがそれらの攻撃で倒れる事も遂に無かった。
 そのあまりの優勢に、人々は大きな希望を取り戻していく。
 そして、それによってルシフェルは更に弱くなり、ノアは更に強くなっていく。そんな悪循環の中でルシフェルは、萎れながらも戦い続けていた。
 彼の内の野望は、簡単に消える物ではない。
 しかし、最早、その戦闘力の格差と、これから起きる結果は、歴然であった──。

「──シュッ!!」

 ノアは、まだ無傷で構え続けていた。
 まだいくらでも変身が出来る──変わり続ける事が出来る。
 そして、戦える。
 ダークルシフェルと化したカイザーベリアルの反撃にも、どこまでも持ちこたえる事が出来る──と。

「何故だ……何故、ルシフェルになった俺様をこんなにも簡単に超えやがるッ……!!」

 しかし、ベリアルにはそれが決して納得できなかった。
 何故、ノアやゼロに自らが勝てないのか──と。

「……まさか」

 だが、戦士たちの最強の必殺技を身に受け、体から煙をあげて、尚立ち上がろうとするベリアルは、この長時間の戦闘によってか、内心の疑問が少しずつ氷解していくのを感じてもいた。
 慣れ始めた戦闘でこそ、ようやく、「ダークルシフェル」という力そのものの弱点を強く理解し始めたようであった。
 なるほど──ベリアルは、悟る。

「──……そうか、貴様かァァァァァァ!!!」

 一体、何が今のベリアルを邪魔しているのか──その事に、ベリアルは、ようやく、気が付いたのだった。
 先ほどまでの自分と大きく違う性質を持つ力、それは一つだ。
 ダークルシフェルになる前には無かった物が邪魔しているという回答が殆ど正しいと言えるだろう。
 だとすれば、それは──

750変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:01:04 ID:GU7jrFVA0



「──ダークザギィィィッ……!! 貴様が俺様の邪魔をォォォォォォ!!」



 そう──宇宙で新たに得たダークザギの邪念と魂に違いなかった。
 それが、カイザーベリアルを拒絶し、今、カイザーベリアルの肉体を弱体化させようと、パワーをセーブしていたのだ。
 ノア・ダブルとの戦闘時、クロスカウンターにさえならなかったのもまた、他ならぬザギの邪魔立てのせいであり、ダークルシフェルとして知らず知らずの内にカイザーベリアルの身体を乗っ取っていたザギの意志である。
 その名前を大声で叫んだベリアルに、ノアも微かに動揺した。

「シュ……!?」
『ダークザギ……だって!?』

 孤門一輝は、その名を口にした。
 彼にとって、ダークザギとは、つまり、石堀光彦の名前にも直結する。
 共に戦ったナイトレイダーの隊員であり、その正体は、ずっと仲間を欺きながらスペースビーストによる暗躍を企てて来た男。
 だが、やはり──長い間の仲間意識があったのも、事実であった。
 心の内は、彼に対しても少し複雑な感情を寄せざるを得ない。ダークザギを葬ったのは、他ならぬ孤門隊員であったが。

『奴がいるのか、ザギが……!?』
『石堀さん──』

 涼村暁と、花咲つぼみがそれぞれ、憮然としながら口を開いた。
 他の全員は、唖然とした表情で、ここでダークザギの名前が出て来た事が、わけがわからないという様子であった。
 かつての強敵ダークザギが復活しようとしている、という事なのかと。
 些か戦慄しながら、僅かな時間は過ぎ去った。

 ──そして、やがて、口を閉ざしていたはずの死者・ザギが答えた。

『ようやくわかったか……ベリアル!』

 ……ダークルシフェルの中から聞こえた声は、石堀光彦の声に他ならない。
 やはり、その口調はダークザギとしての歪んだ、人の物とは思えない声質を伴っていた。
 不死の存在であり、情報因子から再生──憑依する事が出来るダークザギにとっては、あの一度の死など大きな物ではない。
 むしろ、怨念という立派な情報因子を取りこんだというのが大きなミスであった。
 ──ダークルシフェルとして融合した時に、ダークザギの情報が修復されてもおかしな話ではないのである。

「貴様……何故、俺様の邪魔をするッ!! 絶望の勝利って奴が見たくねえのかッ!」

 ダークルシフェルの、まるで一人芝居のような怒り。
 その場にいる全員は勿論、外の世界にまで響き渡っている、ベリアルとザギとの対話である。しかし、傍目には、ダークルシフェルは自分自身、ただ一人で喋り続けているようにしか見えなかっただろう。
 ダークルシフェルの中にも、ノアと同じように複数の戦士が融合しており、お互いに分裂を興そうとしているのだった。

『──俺は何者にも利用されない……!!
 貴様に利用されるくらいならば、ダークルシフェルなど、消し去ってくれる……!!』

 彼の中の「ダークザギ」が、再びベリアルに答えた。
 それが本心からの言葉であるのかは、結局のところ、誰にもわからない事だった。
 ダークザギの情報因子は、ダークルシフェルとして、ベリアルの身体を逆に乗っ取り、その自由を奪っていく。

「そうか……やはり貴様が──貴様が俺様の力をおおおッッ!!」
『──俺は全てを無に返す存在……! 貴様の力も無に返していくだけだ!!』

 そして、怒りに燃え、ダークルシフェルの姿は、アメーバが分裂するように動いた。
 それは、不自然に形を変えていった。
 ベリアルは、今、必死に形を変えて、ダークザギの妨害から逃れ、独立しようとしているのである。

751変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:02:41 ID:GU7jrFVA0

『俺を取り込もうとしたのが、運の尽きだ、ベリアル……!!』

 ダークルシフェルとしてザギと融合した時点で、カイザーベリアルにはむしろ大きなハンデを敵に与えてしまったのと同義だ。
 もし、ダークザギの意識がこのまま、完全にカイザーベリアルを乗っ取ってノアと戦う道を選んだならば、またノアとの間に生じるパワーバランスは変動したかもしれないが、ベリアルの意識が強く反映されたルシフェルには、これが限界であった。
 ザギもベリアルを完全には乗っ取れず、ベリアルもまたザギを従える事が出来ず、中途半端な力しか発揮できない──それが、ダークルシフェル。

「奴は、相棒に……仲間に、恵まれてなかった、ってわけか……」

 左翔太郎が呟いた。ダークルシフェルのそれは、仮面ライダーダブルと比べ、あまりに杜撰なコンビネーションだったと言えよう。

「……仲間っていうのは、利用するものじゃない……」
「支え合い、助け合うもの……」

 最後に頼れるのは、信じられる仲間──それは、ここにいる全員がよく知っている。
 自壊を始めようとするルシフェルをただ見送ろうとしたノアであったが、そんな時──ルシフェルから、声が発された。

『──そうだ……やれ、暁……!! そして、孤門……!!』

 ふと見れば、それは石堀の声であり──変質するルシフェルの形状は、石堀光彦の顔を象っている。

「……!?」

 彼は、わざわざ二人の男を名指しした。
 その事実に驚きながらも、涼村暁と孤門一輝は、どこか納得したように彼の瞳を見つめた。
 その表情は苦渋に満ちながらも、驚く暁と孤門に向けて頷いているように見えた。

「──石堀!?」
「石堀さん……!!」

 二人は、それをダークザギ、とは呼ばなかった。
 彼らにとって、ザギとして対峙した時間より遥か長く相手にしていた、石堀光彦という男の表情をわざわざ象った理由──それはわからない。
 しかし、その理由を何となく想像した二人は、ザギと呼ぶ事が出来なかった。

『俺が動きを封じている隙に、コイツを消せ──!!』

 彼の指示は、それだけだった。
 ただ、動かずに、ダークルシフェルの行く末を見守ろうとしていたノアに向けて、せかすようにしてそう言う。
 自分が抑え込める時間が僅かであると、そう悟ったのだろう。

「──……わかったぜ、石堀!」

 暁が、言った。
 なんだかんだで、石堀光彦といた時間は暁にとっても楽しかった……と言えなくもない。
 とんでもない奴で、大事な仲間を殺した仇でもあった。ちょっと感じてた友情みたいなものを裏切った奴でもあった。
 だが、最後の指示くらいは──聞いてやる。

『早くしろ!! こいつを、早く、無に返せッ!
 時間がない……躊躇うな……俺を誰だと思っている!!
 ────そして、貴様らは、一体、何者だ!!』

 押さえつけられる時間が僅かであるのか、彼はそう言った。
 ダークザギの持つ力を、カイザーベリアルが上回ろうとしているのである。
 急がなければ、

「──石堀隊員……こちら孤門。────了解!!」

 目の前にいるのは、ナイトレイダー兼ガイアセイバーズの石堀隊員。
 ここにいるのは、ナイトレイダー兼ガイアセイバーズの孤門隊員。
 孤門一輝は、この時──そう思っていた。

『──』

752変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:04:54 ID:GU7jrFVA0

 故に、それはナイトレイダー式の敬礼で。
 それが、ダークザギを──石堀光彦を、少し驚かせ、彼の目を見開かせた。
 しかし、孤門一輝がしようとしている事を──石堀は理解した。



『──……行け、負けるな……孤門隊長──ガイアセイバーズ!!』



 カイザーベリアルの身体を押さえつけながら、石堀は微かに微笑む。
 そして、その時であった。
 宿敵ウルトラマンノアだったものが、覚悟を決めて、再び黄金の光に身を包み、その姿を歴戦の勇士の一人の姿に、──“変身”したのであった。



「────宇宙に咲く、大輪の花!!」



 巨大な悪の浄化さえも可能とする、ハートキャッチプリキュアの最強の姿──かつて、デューンとの最終決戦で変身した、最大の浄化力を持つ最強のプリキュア・無限シルエットであった。
 まだ、ここにいる花咲つぼみにとっては、記憶の中に変身した覚えがあっても、その実感がない姿──。
 そして、彼らが望み続けている「助け合い」への変身を実現するものが、この無限シルエットという戦士──。



「無限の力と無限の愛を持つ星の瞳のプリキュア……!!
 ハートキャッチプリキュア────無限シルエット!!!!!!」



 ダークザギとカイザーベリアルをも──悪の化身をも包み込む、絶世の女神は、その拳を振り上げ、ダークルシフェルの顔面に叩きつけた。
 白いベールが揺れ、不思議と痛みのないパンチが、ダークルシフェルの闇を消し去って行く……。
 本来なら、この惑星よりも遥かに大きいはずのこの無限シルエットであるが、その心の内だけは、やはり、宇宙よりも広い愛を納めていた。



「憎しみは自分を傷つけるだけ……くらえこの愛、プリキュア──拳パンチ!!!!!!」



 それをその身に受けながら────ベリアルとザギは、浄化されていく。
 それはノアのエネルギーの全てを使い果たし、次の瞬間には全員の変身を解除させた。
 彼らの中にあった変身エネルギーの殆どが枯れ果て、中には、変身の為の道具を手に取っても変身できなくなる体質に変わってしまった者もいた。
 ──変身が解除されれば消える事になっていたフィリップもまた、この時、どこかに消えてしまった。
 戦士たちが、それぞれ、地面に転げ落ちて行く。



『石堀……お前の最後、ちょっとだけ俺たちの仲間っぽかったりしたぜ……──』



 ──ひとまず、ノアとルシフェルの戦いは、ここで終わりを告げた。





753変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:05:37 ID:GU7jrFVA0






 ──かつて、生み出された生命があった。
 星を救った英雄ウルトラマンノアの模造品。
 何故、生まれたのかもわからないまま──悪の道に堕ちたウルティノイド。










『────……ああ、……そうか……これが、俺の、本当の使命、だった、か……』










 かつて、無として消えた彼は、この時、無限シルエットの浄化力を受け、少しだけ心に満ち足りた物を感じながら、再び消滅した。







754変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:06:31 ID:GU7jrFVA0



「ウガァァァァァ……!!!」

 地上で、弱ったカイザーベリアルが吼える。
 いや、それはカイザーベリアルではなかった。
 かつてウルトラ戦士として戦った、赤と銀のアーリースタイルにまで、姿が巻き戻ったウルトラマンベリアルの姿である。

「ウウウウウウウッッ……」

 巨体を揺らし、自らにあったウルトラ戦士としての善意と、カイザーベリアルとしての悪意のせめぎ合いの中で、微かにだが、悪意が押し返そうとしているのが、今のベリアルの姿であった。
 ノア・無限シルエットの拳パンチの直撃は、ダークザギを盾にするようにして回避したが、それでもその慈愛の塊は、ベリアルに確かな葛藤を与えている。

「くっ……まだ……まだ戦うつもりなのか……あいつも……」

 変身が解除された戦士たちは、朝日が昇り始めた空をバックにしながら蠢くウルトラマンベリアルを、ぼろぼろの身体で倒れながら、見上げていた。
 これがかつてのベリアル──と、少し思いながら。

「おのれ……ダークザギィィィッ!!!!! ガイアセイバーズゥゥゥゥゥッッッ!!!!!!!!! ゼロォォォォォォ……!!!!! グアアアアアアアッ……!!!!!」

 あらゆる戦士への怨念を抱きながら、まだ力を余らせているベリアル。
 たとえ、姿が戻っても、ベリアルの中に降り積もった怨念はそのままだった。ベリアルはやはり、急激に善意が湧きあがってくる反動で、微かな悪意が肥大化しようと反抗しているに過ぎないのだが──それでも、ガイアセイバーズを殺すという意志が残っている。
 ベリアルがどれだけ弱っているとしても、変身できない彼らには、もはや成す術は無かった。

「……まだ憎しみに囚われ続けるのか──ベリアル!」

 カラータイマーが鳴り響き、自らも膝をつく中で、ゼロがそう叫んだ。
 やはり彼ももう戦闘能力は残っておらず、ベリアルの怨念を振り払う事や倒す事は叶わないだろう。
 そして、何より、ここで倒してしまう事は、ベリアルに与えられた一撃──慈愛を否定してしまう事に他ならなかった。
 かつて出会ったウルトラマン、慈愛の戦士コスモスと同じ理想を、ベリアルにまで掲げようとして、そして、ここまでベリアルを葛藤させているプリキュアという戦士たちの想いを……。

「……ガイアセイバーズ、そしてゼロ……! こうなったら、貴様らも道連れだ……最後の力で貴様らもろともこの世界を潰してやるッッ!!!!」
「──!?」

 ──だが、ベリアルは無情であった。
 残っている僅かな力を右腕に充填する。そこから放った闇弾で、この地上にいる小さな人間たちを一斉に消し去ろうとしたのだ。
 勿論、これを受ければ、人間たちは一たまりもないに違いない。
 その場が戦慄した──そして、ベリアルに仇なす者の叫びがあがった。

「……くそ、なんでだよ……ベリアル!! お前だって、ウルトラマンだろォがァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーッ!!」

 ゼロが、残り僅かな体力を振り絞り、小さな人間たちの前に立ったのである。
 それは、ウルトラ戦士として刻み込まれた、地球人を守る本能と使命の齎した結果と言っていい。──気づけばそうしてしまうのが彼らの性だった。
 それに抗う戦士は、ただ一人。──ここにいる、「ベリアル」という名のウルトラマンだけであった。

「くっ……!!」

 地球人を庇ったゼロの身体に、ベリアルの一撃が直撃する。
 ゼロの身体は大きく吹き飛ばされ、地面に落下した。

「ぐあああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!」
「ゼロ!!!!!」

 ゼロの巨体が大きく倒れ、大地が揺れる。シフォンを抱く美希が、ゼロに向けて絶叫する。
 しかし、今の一撃で、ベリアルも大きく体力を消耗したらしく、最充填には時間がかかりそうだ。

755変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:07:45 ID:GU7jrFVA0

「グゥッ……まだだ……次こそ貴様らを葬ってやる……!!」

 とはいえ、やはり──対抗策が無い今、次にベリアルがまた自分たちを攻撃して来れば、全員、それと同時に死ぬ事になる。
 ほとんどのメンバーの体力が尽きかけていた。

「……くっ……あと一歩だったのに……!!」

 ヴィヴィオが言って、ベリアルを見上げた。
 全員、変身が解除され、闘う術は残っていない。ヴィヴィオもクリスの力を借りられるほどの魔力が残っていない。
 変身。それが、それぞれの力を最大限に高め続けていたが、それが出来ない今となっては──と、誰もが、少し挫けかけた。

「いや」

 ────しかし。
 最後の最後で──ある一人の男が、口を開いた。

「……みんな、待ってくれ」

 そこにいたのは、響良牙である。
 全員がぼろぼろの身体と着衣で倒れこんでいる中、良牙だけは、よろよろになりながらも一人、立っていた。

「俺は……まだ何とかなる……」

 そう、彼だけは、変身をしなくても戦える。
 元々、彼にとっての変身は、むしろ戦闘能力を格段に低くする、“小豚”などへの変身である。今やそれも克服し、一人の人間として戦えるのだ。

「……だから、やってやるよ……俺が、最後に……一撃……」

 それだけではない。
 彼は、むしろ──“変身”などという物を、煩わしいとさえ思っていたのかもしれない。
 彼がこれから行う変身は、ただ一つでいい。
 たとえ、これからここにいる誰もが、一生、仮面ライダーやウルトラマンやプリキュアに変身できないとしても、

「────俺たちの、とっておきでな!」

 良牙の背を見ながら、それぞれが少し押し黙った。
 そんな時に、翔太郎が、彼の背に向けて言った。

「……今度は、信じていいんだな? 良牙……」

 先ほどの巨大化の事も忘れてはいないが、今度の良牙は先ほどよりもずっと本気に見えた。──その後ろ姿が、男の後ろ姿に見えたからだ。
 それは信頼できる男だけに許された男の背中だった。

「ああ……。元の世界のダチに教わった技が……まだ残ってるんだ──!!」

 良牙は、敵ではなく──味方の方に向き直って言った。
 それもまた、男の顔であった。友との約束を果たす為に、今、巨大な敵に立ち向かおうと言う、まさにそんな男の強い意志が作り上げている精悍な顔である。
 翔太郎は、自分が女だったら惚れちまうだろうな、などと思いながらも、笑いはせずに、彼の言葉を聞きいれた。
 誰もが──彼の言葉を耳に入れていた。
 ウルトラマンベリアルの手に、闇の波動が溜まっていった。

「俺も、こいつを必ず奴にぶつけるって約束した……まさかここでこんなチャンスが巡って来るなんて思わなかったぜ……」

 それから、良牙は、ゆっくりと、一人の少女のもとまで歩いて行った。
 そして、そこで、立ち止まり──少女の手を強く握った。

756変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:10:23 ID:GU7jrFVA0

「──……なあ、つぼみ。最後に、俺の手に、つぼみの力を分けてくれ」

 花咲つぼみ。
 これまで、長い間、響良牙とともに行動してきたプリキュアの少女。
 あらゆる戦いを共に乗り越え、共に泣いた──ここに来てから良牙が出会った中で、最も親しかった相手だ。
 今、良牙には彼女の力が必要だった。
 ムースに技を受けた時から、花咲つぼみという少女が持ち続けている感情が必要になると思っていたのだ。
 そして、それは、今や確信だったのである。

「私、ですか……?」
「きみの力が必要なんだ……。
 奴を最後に倒すのは──いや、救うのは、つぼみ……きみの力なんだ!!」

 普段の良牙は、こう言い直したりはしなかった。
 いつも、敵を倒す事ばかりを考えていた──それは、格闘家として戦い続けた男であるが故、仕方のない事かもしれない。
 だが、今、彼は、あの強敵を「救う」と言ったのだ。──つぼみと同じに。

「……」

 つぼみは、悩むというより、少し戸惑うように、良牙の目を見つめた。
 その瞳を見ていると、どこかつぼみも切ない気持ちになるが、それでも逸らす事は無かった。

 そして──つぼみは決意する。
 何が、良牙の力になるのかは、つぼみにはわからなかったが、それでも良い。
 良牙の力になれるのなら。

「どういう事かはわからないけど……わかりました」
「ありがとう、つぼみ」

 礼を言うと、良牙はつぼみの手を握ったまま、少しの間目を瞑った。
 その間、つぼみは何も考えなかった。
 ただ、二人の時間が止まり──良牙とつぼみの、これまでの戦いと日常の軌跡が、次々と頭の中に浮かんでくるだけだった。

(──)

 五代雄介の死地で墓を見舞った事。
 一条薫とつぼみと良牙の三人で行動していた間の事。
 仮面ライダーエターナルと戦い、二人のライダーの最後を見届けた時の事。
 冴島鋼牙という男の事。
 ダークプリキュアが仲間になった時の事。
 美樹さやかを救いに行こうとした時の事。
 天道あかねと戦う事になり、そしてその死を見送った時の事。

 共に戦い、共に笑い、共に泣き、成長した。

 大事な友達をなくしていく悲しみに耐えられたのは──お互いに支え合う事が出来たからに違いない。
 長い時間が過ぎ去ったような実感があった……しかし。

「ガイアセイバーズぅ……!!」

 空から、声が聞こえ、その時間は終わりを告げた。
 ウルトラマンベリアルが、次の一撃を放とうとしているのだ。──あの手が振り下ろされれば、巨大な闇が彼らを包み込むと同時に、ベリアルも、ガイアセイバーズも、誰も彼もが最後を迎える事になるだろう。

「あっ……」

 良牙の手は、戦いの為に、つぼみの手を離れた。
 その手が離れた時、不思議と、良牙とはもう会えないような……そんな気持ちがした。
 手に残ったぬくもりが冷めていく前に、良牙が叫んだ。

「──よし……見てろ、ベリアル!!」

 良牙の高らかな叫びと共に、つぼみは今の時間に引き戻される。
 この時に、こんな悪い予感がしているのは──おそらくつぼみだけだっただろう。
 誰もが良牙を信じている。
 つぼみも、良牙を信じている。──だが。



「もう上ッ面だけの変身なんざ必要ねえ……!! 俺は、このまま戦う……!!」

757変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:11:26 ID:GU7jrFVA0



 ベリアルが、闇の弾丸を地上に向けて放った。
 しかし、良牙はその前に立ったまま、まるでその闇弾に向かっていくように、地面を蹴とばして、思い切り飛び上がる──。
 その拳が、ベリアルの放った攻撃にぶつかった。
 生身の人間の身体ならば、ベリアルの攻撃を前に一瞬で蒸発しても何らおかしい事ではない。
 しかし、良牙のエネルギーは、その闇に打ち勝とうと前に押し進んでいる。

「これが、全宇宙を支配した男さえも超える、変わらない人間の力────!!!」

 そう──この拳には、つぼみから受け継いだ力があるのだから。
 彼女が──いや、乱馬も、ムースも、あかねも、良牙も。
 誰もが持っていた、想いが込められているのだから。

「俺が、乱馬や、ムースや、あかねさんや、つぼみから……仲間たちから受け継いだ、最強の必殺────!!!!!!!!!!!」







 ──元の世界に帰った良牙に、静岡の山中でムースが教えた技があった。
 その時のことを、もう一度振り返ろう。


----

 ……このままでは、たとえあの世でも、シャンプーを乱馬に取られてしまうのではないか。
 それどころか、乱馬がいなくなっても、今度は良牙がムースの前に立ちはだかってしまうのではないか。

「くっ……!」

 かつて見た、強く、何度挑んでも負けない男の姿。──目の前の良牙が、かつて、乱馬に対してムースが抱いた執着と重なってくる。
 そうなると、ムースは、どうしても、その男を殴らざるを得ない衝動にかられた。
 シャンプーは渡さん──と、何故か、良牙にさえ思う。

「それにあかねさんの事で辛いのは俺だけじゃない……。あの人たちも、俺なんかよりずっと辛いのに……それでもまだ戦おうとしてるんだ! 俺は、あの人たちにも負けるわけにはいかない……今すぐにでも行ってやるっ!」

 そして──遂に、その拳が、怒りに触れ、良牙の頬を殴った。

「この、たわけがっ! ────っ!!」

 ただのパンチではない。
 それは、この一週間、コロンとともに、ムースが鍛えて編み出した新たな気が込められたパンチである。
 暗器ではなく、修行によって得た“拳”の一撃は、的確に良牙の左の頬に叩きこまれ、彼を土産物の山の中に吹き飛ばした。

「……!?」

 頑丈な良牙が今、気づけば土産物の台や床を突き破り、地面に半分埋もれている──。
 良牙には、一体、何が起こったのか、さっぱりわからなかった。
 コロンは頷き、シャンプーの父は呆然とそれを見た。──『土産物の台を突き破ったり、床を叩き潰したりしないでください』と書いてある注意書きの紙が、あまりの衝撃に剥がれた。
 良牙は、ムースを見つめ、呆然としていた。
 目を見開き、何かに興味を示した幼児のように、今のムースの攻撃を振り返る彼は、痛みなど忘れていた。


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758変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:13:28 ID:GU7jrFVA0



 ──気は、「気が重く」なれば、重い気の獅子咆哮弾を発する。
 ──気は、「強気」になれば、強い気の猛虎高飛車になる。

 つまり、気とは、使い手の感情の持ちようで形を変えていく概念である。

 さて、それでは、ムースが身に着けた気の技とは、何だったのだろうか。

 ヒントは二つ。
 あの時、ムースは、自らが愛するシャンプーの事を考えていた。
 そして、良牙は最後、強い愛情をその身に宿しているつぼみの力を借りた。



 そう──最も簡単な物だった。





 ────やっぱり、最後は、『愛』が勝つ、という事。







「喰らえええええええッッッ!!!! この『愛』……ッッッッッ!!!!!!!」



 その拳に『愛』を込め、ベリアルに向かっていく良牙。
 空に飛び上がった良牙の拳は、ベリアルの放った闇を押し返しながら空へと進み、彼の胸部に向けて肉薄した。
 勢いはとどまる事を知らない。
 ベリアルの放った光線すらも押し返そうとしている人の意志──。

「良牙さん──!!!」


 そして。


「────ガッ……!!!」


 次の瞬間、その一撃は、ベリアルの胸部のカラータイマーを砕いた。

759変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:15:41 ID:GU7jrFVA0



(おい、ムース……シャンプー……右京……乱馬……あかねさん……見てくれたか?)



「何だ……この力は……涙が……溢れる……ッ!!」



(見ろよ……おれは、乱馬を越えた……あいつよりも、ずっと強いんだぜ……!?)



「そうか……ケン……ゼロ……」



(……でも、これで俺の命は終わりだな……。
 五代、一条、大道、良……俺も最後は、ライダーらしく、笑顔で逝ってやるよ……!!)



「──……これが、貴様らの……守りし者の力……!!」



(……ごめん……あかりちゃん……こんな形で、約束破ってしまって────)



「──ぐああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!」





(ありがとう……つぼみ……ここに来てからの俺の、一番の、友達……!!)






 ────直後、カイザーベリアルの身体は、周囲一帯、全てを巻き込んで、大爆発を起こした。



「良牙さああああああああああああああああああああああああああああああああああああんッッッッ!!!!!!!!!」


「良牙ああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!!!!!!」



 そして、そんな叫びとともに、支配と、殺し合いは全て、────終わった。



【カイザーベリアル@ウルトラシリーズ 死亡】
【GAME OVER】

【響良牙@らんま1/2 ────ETERNAL】
【残り9人】





760変身─ファイナルミッション─(8) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:19:35 ID:GU7jrFVA0
八分割目終了です。















































九分割目へ。

761変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:21:04 ID:GU7jrFVA0



「──……おばあちゃん、それって、やっぱり失恋だったんですか?」



「──ええ……二度ある事は、三度あるものよ。
 これが、私の三度目の失恋だったわ……。
 そして、これは、それまでで一番の失恋だったかもしれないわね」



「……」



「──そう。やっぱり。あなたも、今日失恋したのね?」



「……はい」



「……大丈夫よ。私も、おじいさんと出会って、今ではこんなに素敵な孫が出来たわ。
 失恋は、人を強くするものよ。……それにね、私と良牙さんとは、今もこれからも、ずっと友達なの」



「──でも、良牙さんって……」



「ううん、あの人は、きっとね、今も迷子になっているだけよ」



「……そうなんですか?」



「ええ。あなたもまた新しい恋をなさい。でも、あなたのその想いは、ずっと忘れてはだめよ。
 人を愛する事は、罪ではない……とても素敵な事だからね」







「──ここは」

 彼らの前には、絶えず続く真っ白な光の空間があった。
 まるで生まれる前にいた場所のイメージとして──あるいは死んだ後に行きつく場所として度々出るような、そんな場所だった。
 しかし、彼らはウルトラマンとの同化の際も、頭の中に漠然とこんな場所が浮かんでいた。
 だからか、彼らは全く違和感なく、そこがどんな場所なのかすぐに悟る事が出来たのだ。

「ウルトラマン……!」

 そして、目の前には、あのウルトラマンノアがいた。
 それどころか、あの殺し合いに生き残った全員がその場に林立していた。──響良牙だけは、その場にいなかった。
 誰しもがきょろきょろとお互いを見合っている。
 その後、誰かが言った。

「ノアがあの爆発の直前に僕たちを移動させたんだ」

762変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:22:55 ID:GU7jrFVA0

 ──ここは、ウルトラマンノアが彼らの肉体を運んでいる精神空間だ。
 しかし、それでもそれぞれを元の世界に向けて運んでいる。これを「ノアの箱舟」などと名付けるのは、少々センスの枯れた発想であるかもしれない。

「そうか……ありがとう、ノア」

 それを口にしたのは、ウルトラマンと同じ世界からやって来た孤門一輝であった。
 長い間、デュナミストとウルトラマンを見守り、そして、僅かな間だけウルトラマンと同化して来た孤門──。
 この時、どうやら自分が既にウルトラマンノアとは分離しているらしい事に、孤門は気づいていた。──そう、もう、それぞれがただの人間として独立しているのだ。

 だが、人間だけの力でどこまでやれるのかは、良牙が教えてくれた。
 ここにいる人間たちの多くは、既に変身エネルギーを使い果たしてしまった故に、変身する事が出来なくなっている──が。
 それでも、まだ、自分たちは、ウルトラマンとして、仮面ライダーとして、プリキュアとして……それぞれの意志だけは捨てずに、戦っていける。
 そんな感慨を抱いていた孤門だが、大事な事を言い忘れていたのを思い出して、視線を少し上げてから、言った。

「……長い戦いは終わりを告げたんだ。──僕達の勝利だよ」

 それは、孤門が隊長として真っ先に言わねばならない言葉であると同時に、歓声を上げるには少しばかり空気が盛り上がらない一言だった。
 他ならぬ良牙が、ベリアルと相打ちし、ただ一人の犠牲者となった事実を、夢だと思っている人間はこの場にはいまい。

「──」

 そう。──良牙は、もうこの場にはいない。
 勝利はしたが、それと同時に、大事な仲間が一人失われたのである……。

「──……勝利、か」

 それは、隊長としての冷徹にも聞こえる「報告」であったが、実のところ、孤門らしい感情も籠っていた。
 だから、誰もがそれを察して、素直に喜ぶムードになれなかったとも言える。
 特に──ここにいる、花咲つぼみはそうだった。

「……良牙さん」

 まだ少し暗い表情で、つぼみはそう呟いた。
 名前を呼んでも、ここには響良牙は現れない。──そう、彼だけは、まだ生還者が集うこの場所に辿り着かないのである。
 彼は、あのアースラの中でもそうだった。
 ミーティングに集まろうとすると、彼一人だけはどうしても迷子になってしまうので、つぼみが付き添わなければ、良牙が欠けた状態でミーティングをする事になるのだ。

「良牙……あいつは……クソッ……なんであんな事……!」

 翔太郎や、ここにいる者たち全員が、良牙がもういないという事実に、打ちひしがれていた。
 折角、こうして出撃前とほぼ同じメンバーが揃っているというのに、この場にはただ一人、彼だけが揃わない。──全員で帰る、とそう思っていたのに。
 だが、彼がいなければ、ここにいる誰も帰る事が出来なかったのもまた事実だろう。
 それでも、自分の命を犠牲に散った彼の事をどこかで責めずにはいられない。そんな感情の矛盾から、どうすれば逃れる事が出来るのか──その術を彼らは探した。

「……」

 そんな静寂の時、つぼみは、それを断ち切るように、おもむろに口を開いた。

「……大丈夫、ですよ」

 顔を上げないまま、彼女が一番、「大丈夫ではない」様子で、それでも、言葉を振り絞るようにして、ただ一言言った。

「……良牙さんは、きっと生きてると思います」

 それは、何かの根拠があっての物ではない。
 ただ、言ってみるならば、「信じたい」とそれだけの想いで口にした……そんな言葉であった。

763変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:23:56 ID:GU7jrFVA0
 だからか、震えた唇はそこから先、彼女が告げたい事を告げさせてはくれなかった。
 きっと、どこかで生きていると──信じたいのだが。

「きっと……きっと……」
「つぼみ……無理しないで」

 そんなつぼみの背を、美希が撫ぜた。
 同じプリキュアであり、変身ロワイアル以前にも、共に戦った事もある。そして、同じ年頃だった美希だから真っ先にこうして彼女を支える事が出来たのだろう。

「泣きたい時は、泣けばいいのよ。
 私だって、これまでの事……簡単に割り切れないんだから……」

 そんな美希の言葉を聞いた時、つぼみの脳裏には、いつか良牙と二人で涙を流した時の事が浮かんでいた。
 だから、──自分が良牙に言った事と、全く同じ事を美希の口から告げられ、そして、その言葉を良牙がどう感じたのか悟り……泣いた。
 ただ、今、涙を流すのは、あの時と違ってつぼみだけだった。

「……」

 つぼみ以外は、この場にいる者は泣いてはならない気がした。──つぼみ以上に良牙の死を悲しんでいる者はいないのだから。
 それでも……良牙という、クールなようでただのバカだった男はもういないと思うと、誰もが涙が溢れそうになった。
 きっと、先に、友や、かつて愛しく思った人たちの所へ行ってしまったのだろう。
 不幸にも、生きている仲間たちや想い人を、この世に残しながら……。

「……」

 翔太郎が、自らの顔を隠すように帽子を直して、それから少しして、つぼみに向けて言った。

「──……なあ、つぼみ。俺にも、さっき、加頭に言われた事の答えが出たんだ。
 誰かを愛する事ってのは、絶対に罪じゃない……きっと、あいつの歪んだ愛も。
 そして、ずっと……自分を守ってくれた人を想う、純粋な気持ちも」

 愛。──最後にベリアルに完全な王手をかけたのは、その見えない概念だった。
 確かに、その直前、加頭順との戦いで、彼の愛情を打ち破って勝利した彼らであったが、しかし、最後にはそれと同じ感情に助けられたわけだ。

「……なんかさ、愛っていいじゃねえか」

 加頭の罪は、誰かを愛した事ではない。
 それだけならば、何と素晴らしい事か──翔太郎は、この戦いの最後に、それを深く実感し……もし、加頭でさえも救えたなら、と僅かな後悔を芽吹かせた。
 彼女たちなら、確かに、それが出来たかもしれない。

「良牙くんがベリアルを救えたのも、きっと、きみの純粋な愛情があったお陰だよ。
 誰かを愛するって事は、……やっぱり、何より、素晴らしい事だと思う」
「今は、その強い力でこれからあいつの為に何が出来るのか、考える事にしようぜ。
 ……何せ、きみならそれも出来そうだしさ」

 かつて、愛した者を喪った孤門と零は、そう付け加えた。
 この戦いの幕を閉ざした良牙の一撃には、確かに、つぼみの力が必要だった。
 あれは、彼女の想いが勝ち取った終幕なのだ。

「みなさん……」

 つぼみは、涙を拭き、そして、この時に、ある決意を胸に抱く事になる。
 それは、後に、花咲つぼみが大人になった時にまで、在りつづける想いと夢だ。──そこに向かって、彼女はいつまでも惜しまぬ努力を続けるだろう。

「……私、やっぱり、あれだけの事で良牙さんが死んでしまったなんて思っていません。
 あの人は、誰より強いし、約束を破る人じゃないから……だから……」

 そう、彼女もまた、この殺し合いを通じて変わっていった。

「いつか、また、あの世界に行く方法を探して──良牙さんを、きっと見つけます。
 それで……あかりさんのもとに、必ず届けます」

 だから、泣いてもいいのだ。また笑顔に変える事ができるのなら……。

764変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:26:06 ID:GU7jrFVA0
 彼女は、自らの涙さえも、笑顔へと変えながら、言葉を噤んだ。

「それに……ああして、悲惨な殺し合いが起こった場所にも、たくさんの花が咲いてほしいから、私は──きっと、戦いがあったあの場所に、いつかまた……」

 ──彼女には、夢が出来た。
 良牙があの世界に、本当にまだ生き続けているのかはわからない。
 それでも、まだあの世界にやり残した事は、たくさんあるのだ……。

「そう。だから……私、決めました。────私、幾つもの世界を渡る植物学者になります!!
 暗い世界が幾つあるとしても、そこに悲しみのない未来を築いて……そして、世界中に笑顔の花が咲くように!!」

「出来るわよ。……だって、私たち──こんなに完璧に、世界を救ったんだから!!」







【その後】

 ……そして、花咲つぼみは、これより後、本当に有名な植物学者になったと言われる。
 元の世界に帰った後、「変身ロワイアルの世界」と外世界を繋ぐゲートは完全に閉ざし、その座標を見つける研究は困難を極めた。まるで全ては幻だったかのように、あの島に辿り着く術は消えてしまったのである。
 だが、つぼみもその後は粘り強く研究を続け、後には元の世界で男性と結婚している。それにより、花咲という名前は改姓し、その後は別の名前になっているが、やはり花咲の名前の方が多くの人の心に残っているようだ。
 そして、彼女の祖母、薫子と並び、長らく植物学の第一人者として有名になった彼女は、幾つかの惑星や、植物の無かった世界にも、新しい命を授けた功績で、ノーベル賞を受賞している。







「……──そうだね。僕も、みんなには、そうして笑っていてほしい」

 ふと、光の中から現れたのは、フィリップであった。
 先ほど、ノアがここに運んでくれた事を彼らに説明したのもまた、変身解除と共に消えたはずの──フィリップである。
 だが、誰も今、その姿を見て驚きはしなかった。
 変身解除とともに消えてしまった彼の事は、ふとどこかへ姿を眩ましたような……ただそれだけのような気がしていたからだ。
 しかし、今、ようやく実感としてここに現れるのだ。

「やっぱり、ここにいるみんなには、笑顔の方が似合っているね」
「フィリップ……」
「僕達……ガイアセイバーズは、カイザーベリアルに勝利した。だから──」

 そう──。

「──だから、僕とは、ここで、お別れだ」

 彼が、こうして現れたのは、また、言えなかったお別れを言いに来ただけに過ぎない事なのだという、実感として。
 フィリップと共に戦えるのは、最終決戦の間のみだった。それが終わり、かつてのように変身が解除されれば、フィリップとは本当の別れの時が来る。
 こうしてフィリップがここにいるのは、ここが、フィリップが同化して戦ったノアの中だからだ。──闇の欠片に再現された彼の思念が、辛うじてこの場に少し残っていたという事なのだろう。

「ウルトラマンの中に残っていた僕の思念も、もう消えてしまう。
 この戦いで散った者は、遂に本当の死者になるんだ……」

 フィリップ、そして、涼村暁……この戦いの終わりと共に、消えねばならない者たちが、良牙だけではなく、まだこの場にいる──そんな悲しい事実があった。

765変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:27:47 ID:GU7jrFVA0

 彼らは、最後まで世界を救った。
 その代償は、その身の消滅だ。自ら消滅に向けてアクセルを踏み、命を燃やし尽くした彼らの最後を、誰も止める事は出来ない。
 フィリップもまた、その宿命を受け入れていた。

「フィリップ……」

 翔太郎が、暗い面持ちを帽子の中に隠し、フィリップの方を見ないようにそう告げた。
 翔太郎とフィリップとの間には、何人かの仲間が遮ってしまっている。──彼らは、ゆっくりと二人の間を開けようとした。

「……君とは、何度か別れた事があるけど……やっぱり、君はいつも泣いているね」

 だが、フィリップは、今決して、目の前にいるわけでもない左翔太郎の表情をぴたりと言い当てる。──それは、彼が探偵だからというわけではない。誰でもわかる事だった。
 かつて、ユートピア・ドーパントとの決戦に際して、もう会えなくなったはずのフィリップ──今は、肉体もなくなり、精神だけが残っていたが、それも遂に消えてしまう。
 データとの同化ではなく、本当の死。
 翔太郎は、クールに振る舞うのをやめ、帽子の中に隠していた崩れた表情をフィリップに向けた。

「ああ、そうだよ!! 泣かねえわけねえだろ……! 
 何度だって……お前との別れになんて、慣れるはずがないだろ……クソッ……!!」

 ──だが、フィリップはそんな翔太郎の姿を見ない。
 このままいつまでも二人では、いられない。
 それが、翔太郎の目指す物──「ハードボイルド」とは、全く裏腹な物なのだから。

 もう二度と、戦う翔太郎の前にフィリップが現れる事はないだろう。──フィリップ自身が、それをもう望まないのかもしれない。
 しかし、彼が一人で戦い続ける姿を──たいせつな「相棒」の活躍を、フィリップはこれからも見守っていくに違いない。

「……そんなんじゃ……いつまでも、ハーフボイルドのままだよ……翔太郎」

 ──そう言うフィリップは、「ハードボイルド」だった。
 その名前も、高名なハードボイルド作家レイモンド・チャンドラーの傑作が生みだした名探偵フィリップ・マーロウに由来する。
 だから、涙を流す翔太郎を少し笑いながら、彼より少し、大人に、ハードボイルドに去ろうとするのだ……。

「……じゃあ、杏子ちゃん、みんな。」

 彼が成長し続ける為に……。
 少しは、冷たく見えてしまうかもしれないが……。
 フィリップが、翔太郎の泣き顔を振り返る事はなかった。

「……こんな奴だけど、これからも翔太郎をよろしく」

 そして、フィリップの後ろ姿から告げられるそんな願い。
 彼は、ただゆっくりと光の向こうへと、歩み進んでいく。
 彼はもう、有るべき場所に帰ってしまうのだろうか。

「──なあ。よろしくされるのは良いけどさ」

 ──だが、ふと、その前に。

「フィリップの兄ちゃん……一つだけ、いいか?」

 杏子が、フィリップの背中に向けて、一言だけ告げようとした。
 このまま返す訳にはいかない、と思ったからではない。彼女には、フィリップに対する大事な用事があったからである。
 一言、どうしてもフィリップに……そして、翔太郎にも言わなければならない事がある。
 去ってしまうのは仕方ないかもしれないが、その前に一つだけ、フィリップに言ってやりたい言葉があったのだ。
 杏子は、右手の人差し指と親指だけ伸ばし、ピストルのようなポーズを取り、ウインクしながら──フィリップに言った。



「────泣いている奴をからかっていいのは、泣いていない奴だけだぜ?」

766変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:29:40 ID:GU7jrFVA0



 杏子は、今決して、こちらを見ているわけでもないフィリップの表情をぴたりと言い当てた。
 そんな杏子の言葉は、どこか、ハードボイルド探偵に似ている。
 それを聞いたフィリップも、思わず、少し振り返って、赤い顔を見せ、そんな杏子の言葉に笑ってしまう。

「ふっ……。そうだね、結局──」

 フィリップは、身体データの残留から洩れた涙を、手で拭った。
 ハードボイルド探偵の名前を受け継いでいるとはいえ、フィリップも同じか。
 翔太郎も、フィリップも、ハーフボイルドだった。──お互い、どれだけ恰好をつけようとも。

「僕達よりも、君が一番ハードボイルドかもね……──はは」

 少しだけ、去り際の空気が湧いた。
 誰かが、フィリップを優しく笑った。そして、半泣きの翔太郎とフィリップも含め、全員が、この杏子の尤もな指摘に笑顔を見せた。

「はははははははははははっ!!!」
「はははははははははははっ!!!」

 悲しい筈だというのに、笑いがこみあげた。
 余裕があるように見えて、実のところ、そうでもないフィリップの姿が、少しおかしかったのだ。
 人が消えるというよりも、まるで卒業式で涙を見せる同級生をからかうような、笑みと涙の混ざり合った雰囲気が流れた。
 翔太郎も、つられて笑い、先ほどまでの涙が嘘のように笑って、フィリップに言った。

「──……ああ。……またな、相棒!」

 フィリップも微笑み返した。
 それが、フィリップの最後に聞いた、相棒の声だった。
 また会えるかはわからない。翔太郎がいつ、死んでしまうのかも、今のフィリップにはまだわからない。
 しかし、きっと彼はあの街の風の中で──。



「……うん。もう行くよ。翔太郎ならきっと、しばらくは大丈夫さ」

 フィリップの行く先には、ウルトラマンノアの巨体と、彼らの多くが初めて見る事になった“円環の理”の姿があった。
 ここは、もう変身ロワイアルの世界から遠く離れた、異世界の扉なのだろう。

「次に会う時も、翔太郎は、まだまだ全然……ハードボイルドにはなってないかもしれないけど──」

 二つの神。
 消えゆく二人を、ノアと円環の理が導き、連れて行こうとしているらしい。



「──きっと、誰よりも仮面ライダーだと思う」



 ……そこに、ゆっくりとフィリップはただゆっくりと、向かっていった。



【フィリップ@仮面ライダーW 再消滅】





767変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:32:20 ID:GU7jrFVA0



【その後】

 ……左翔太郎は、この数年後、誰よりも早く、若くして亡くなった。
 理由は、風都市で少年を庇い、トラックに轢かれた為の事故死であったという。
 凄惨な殺し合いを生き残った生還者が、その後まもなくして、殺し合いと無関係に死亡したという事件は、多くの人に衝撃を与え、風都を愛した男の痛ましい死として、涙を誘った。
 しかし、風都で流れる涙を一つ拭い、そして、愛した街・風都で死ぬという結末を迎えた彼の死に顔は、満足げな笑顔が浮かんでいたという。
 また、誰も知る由もないが、この出来事は、このトラックに轢かれ死んでしまう筈だった少年──“葵終”とその家族の運命を変える事になった。

 そして、鳴海探偵事務所は、その後の時代も、所長の鳴海亜樹子や、ライセンスを取得して風見野市から移住した佐倉杏子らの尽力によって存続し、その後も風都に流れる涙を、新たな探偵たちが拭っている。
 そう、風都の風を愛する者たちが……。







『──あなたも時間よ。行きましょう、暁』

 フィリップの消滅後、そう告げられたのは涼村暁に他ならなかったが、それを告げたのが何者なのか、すぐには誰もわからなかった。
 空を飛ぶ天使のように、長い黒髪の少女が暁に寄って来たのである。

「……?」

 暁は、瞼を擦った後、頬をつねってその少女を何度か見直した。
 周囲の仲間たちを見ても、何やらその少女の方を見てキョトンとしている様子ばかり浮かんでいる。

「……ほむら? ん、夢じゃないよな?」

 それは、死亡したはずの暁美ほむらに違いなかった。
 これまで、夢で出てくる事はあったが、こんな、誰にでも見える形ではっきりとほむらが現れたのは初めてである。

『私たちは、円環の理の鞄持ち。
 どこの時空にも救われないあなたの魂をどこかに持って行かなきゃならないのよ。
 それまでは、私たちのもとで預かる事になるわね』
「ちょっと待て。どこかってどこだよ」
『“どこか”よ』
「あ、ああ……それはあんまり考えちゃいけないんだな……。
 でも……送るにしても、あとちょっと、ほんのちょっとだけ、待ってくれよ」

 何やら、このほむらも、円環の理と共に暁を迎えに来た形になるらしい。別に激励をしに来てくれたわけでもない。
 言ってしまえば、『フランダースの犬』でネロとパトラッシュを運んでいく天使が、ちょっと凶悪になった感じの物だと思っていいらしい。
 とりあえず、理屈で言うと、滅びゆく世界の中で分離した夢世界の暁の因果と、滅びゆく世界の中で概念と化したまどかの因果とが、なんか色々あって結びついたとかそんな感じである。
 そんなこんなで、暁も消滅の時が来たらしい。

「あーあ……やっぱり、俺、消えちまうらしいな」

 ……結局のところ、こうなる運命が抗えない事はどこかでわかっていた。
 あの世界は、やはりダークザイドによって滅ぼされてしまうのかもしれない。
 いや、そうでなくてもあの涼村暁という男は、あのままダークザイドと戦うとしても、きっと自らが見続けた甘い夢を捨て去ってしまうような予感がした。
 しかし、イレギュラーな存在である暁は、しばらくこうして誰かのもとに残り続ける事が出来た。
 最後に、自分もフィリップのように別れを告げようと、そうしているに違いない。

「……なあ、みんな」

 暁がそうして切りだす。

「あのさ、俺の事……忘れないでくれよ? なあ、頼むぞ?」

768変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:34:12 ID:GU7jrFVA0

 と、暁の口から出て来たのは、やや切実な悩み。
 このまま忘れ去られてしまうんだろうか、というちょっとした心細さが、下がった語尾から感じ取れた。
 死ぬだけならまだ良い。太く短く生きるという事で。
 だが、忘れ去られるのは、今になってみると少しいやな物だと思った。

暁にそう言われた仲間たちは、少し呆れた顔でお互いの顔を見合った。

「──そう簡単に忘れられるようなタイプかよ……まったく。
 忘れたくても忘れられるような奴じゃないぜ、お前」

 代表してそう口にしたのは、同じ「スズムラ」の零である。
 そんなニヒルな口調の中にも、どこか友情めいた意識が残っているようで、もうおそらく会えないであろう事に一抹の切なさを感じているような気分でもあった。
 郷愁感を噛みしめるような不思議な表情のまま暁を見つめる零は、それでも消えるまでの間、彼を思いっきり安心させてやろうと思った。

 それくらいはしてやってもいい。
 いや、それでも足りないくらいだ。
 ここにいた仲間は──ここに連れてこられた参加者たちは、誰が欠けてもベリアルを倒して、世界を救う事なんて出来なかったのだから……。

「お前は……涼村暁は、確かにここにいた。────ほら、聞こえるだろ? 暁」

 零は、そう言った。
 誰もが、そんな零の言葉を聞いて、耳を澄ませた。

「──!」

 ……何故、誰も気づかなかったのか不思議になるくらいの大歓声が、ずっと鳴り響いていた。ただ、それに零だけは、ずっと気づいていたのだ。

「これは……」

 今、外の世界はどうなっているのか──。
 それは、自分たちが支配はら解放された喜びと、それを助けてくれた人間たちへの感謝の言葉と喜びだけが響いている。
 こうして今、外の世界に向かおうとしている彼らは、大群衆に囲まれたパレードの道に運ばれているような物なのである。

『凄かったぞ、シャンゼリオン……!!』
『ありがとう、シャンゼリオン……!!』
『──忘れないぞ、お前の事は……!!』

 人々がシャンゼリオンに──涼村暁という、一人のどうしようもない男に向けた歓声が、その時、誰にも聞こえた。
 それは、暁の幻と生まれ、幻として消えゆく一生に光を灯してくれるような……今までで一番、嬉しい他人たちからの感謝の言葉だった。
 空を見上げ、シャンゼリオンへの人々の感謝の声に浸り、その人たちの笑顔を頭の中で想像する。──不思議と、実像に近いものが浮かんできた。

「これが、俺たちの戦いを見ていた、みんなの声さ……。
 誰も、絶対にお前を忘れる事なんかない。
 お前がいた時間は、誰にとっても、夢なんかじゃないんだ──!!!」

 ああ、それは今、誰もが実感していた。
 涼村暁は幻ではない。
 涼村暁は夢ではない。
 ここにいた、一人の人間であり、世界のヒーローであり、ここにいる全員の大切な仲間なのだ。

「──零。……全く気づかなかったけど、お前、意外と良い奴だな……!」
「お互い様だろ? 俺も、全く気づかなかったけど、良いザルバを持ってた」
「……ザルバ? ザルバってその──」
「旧魔界語で、『友』って意味さ」

 かつて無二の友に言った言葉──友(ザルバ)。
 ここにいる魔導輪の名前の由来であり、零にとって、旧魔戒語で好きな言葉の一つでもある。
 そして、それを聞いたレイジングハートが付け加えた。

769変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:36:17 ID:GU7jrFVA0

「……つまり、暁は、私たち全員の『ザルバ』というわけですね」
『おいおい、こんな奴と一緒にするなよ』

 本物のザルバが付け加えると、その場がまた少し笑いに溢れた。
 最後くらい暁に華を持たせてそういう口は控えろよ、と。
 しかし、それもまた、暁らしい最後のようにも思えた。
 それが少しまた自然と静かになってから、ヴィヴィオが口を開いた。

「……暁さん。私、暁さんといる時間……結構楽しかったんです。
 みんな、あんな状況だったけど、暁さんには、たくさん笑顔を貰えた。
 そういう意味では、暁さんも誰より輝いていたヒーローなのかもしれません。
 ……ゴハットさんが言っていたように」

 輝くヒーロー──超光戦士シャンゼリオン。
 勇気を心と瞳に散りばめ、駆け抜けていく光。
 風が円を描いて現れる光のヒーロー。
 選ばれた戦士。──MY FRIED。
 それが、この、涼村暁という男だった。

「ふっ……やっぱり、俺、意外と『みんなに慕われる無敵のヒーロー』じゃんか……」

 暁は自嘲気味に笑った。
 まさか、自分が本当にヒーローになるなんて、暁も全く思っていなかったのだろう。
 しかし、気づけば、暁は誰よりも「ヒーロー」だった。

「当り前さ。お前も、俺たちと一緒に世界を救ったんだからな」

 翔太郎が付け加えた。
 探偵という同職のよしみといったところだろう。あまり仲がよろしくはなかったかもしれないが、お互い案外楽しい時間ではあった。

『ねえ、暁。そろそろ……』

 と、そんな時、遂にほむらがせかした。もう時間がないという事だろう。
 しかし、お別れは充分に済ませた後だった。
 悔いはない。
 この世界には、もう、思いっきり自分がいた証を残したのだから。

「──おう、待たせただな……!」

 だが、たった一つだけ忘れた事を成し遂げる必要があった。

「じゃ、最後に一つだけ……」

 そう、まだアレをやっていない。
 ベリアルを倒したら、思い切り言ってやるつもりだったのだ。



 そして、彼は、大歓声の中心で、それに負けじと大きな声で叫んだ。







「────俺たちって、やっぱり……決まりすぎだぜ!!!!!!!!!!!」








【涼村暁@超光戦士シャンゼリオン ────OVER THE TIME】





770変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:38:13 ID:GU7jrFVA0



【その後?】

 ……涼村暁の夢を見る、本当の涼村暁は、ダークザイドとの決戦の瞬間、自分と同じ「もうひとりのシャンゼリオン」と出会い、パワーストーンと呼ばれるシャンゼリオンのパワーアップアイテムを受け取る事になった。
 だからといって、彼がダークザイド軍の圧倒的な戦力に勝ちえたのかはわからない。
 あの世界は滅び、やはりシャンゼリオンは消えてしまったかもしれない。
 だが、後の時代にも、あらゆる世界では、超光戦士シャンゼリオンと暗黒騎士ガウザーの決戦は世界に刻まれた名勝負として記され、「涼村暁」の名前は、多くの人間たちの胸に残ったと言われている。







「みんな……いなくなっちゃいましたね……」
「ええ。……でも、二人は、きっと向こうでも楽しくやっている事でしょう」
「そりゃあ……あのまま円環の理に導かれたら、ハーレムだもんな……」
「むしろ、あいつも今より楽しんでそうだな……」

 二人が去り、円環の理も消えた。
 この場所に残ったのは、孤門一輝、花咲つぼみ、左翔太郎、佐倉杏子、涼邑零、高町ヴィヴィオ、蒼乃美希の七名とレイジングハート──そして、二人のウルトラマンだけであった。
 その人数と存在感にも関わらず、既にこの場所はがらんとしたような雰囲気がした。

 どこか物悲しく、どこか寂しいが、それでも、ここにいる者たちは、残る時間をちょっとした雑談で埋めようとしていた。
 もう悲しむ時間など必要ない。

「あいつらは、きっと、どこかに存在し続けてるさ」

 そんな、前向きな一言が出てくる。
 彼らを縛っていた何週間もの苦痛は終わりを告げ、そして、またその後の彼らの新たなる人生が始まろうとしている。
 それぞれが別の道を行く事になるだろう。

「──そうだ……私も一つだけ、言っておく事がありました」

 ふと、レイジングハートが口を開いた。

 これからの生活を考えた時、ダークザギとの決戦前の零の言葉を思い出したのだ。
 あの時は、零もレイジングハートも、ヴィヴィオが死んだと勘違いしていた為、零は、「レイジングハートと共に旅する事」を提案していた筈である。
 零も元々孤独だったのに加え、シルヴァが破損し、相棒を喪い……二人は、お互いに孤独な身になるはずだったのだ。

 しかし、結果的に、二人とも、そうではなくなった。
 一応、約束だったのだ。返事をしておかなければならない。

「零……あなたに一つだけ伝えなければならない事があります。
 私は、あなたと一緒に行く事が出来ません」
「……」
「ヴィヴィオと一緒にいてあげたいのです。
 それに、アリシアも──親がいない二人についていてあげたい……それが、私の願いです」

 そう──レイジングハートはこれから、ヴィヴィオとアリシアのもとで二人の面倒を見ておきたいと思っていた。
 ヴィヴィオもアリシアもまだ幼い。
 二人とも、一人では生活できないが、レイジングハートがその身元を引き受ける形でどうにかする事はできないだろうか?
 彼女は、そう考えていたのだ。

「……何言ってんだよ、レイジングハート。俺だって、もう孤独じゃないんだ。
 それぞれの道を行けば良い。……また会えるさ」

 零も、とうに自分の道を進む決意を決めていたようだった。
 彼はこれから、修復されたシルヴァや、死んだはずだった父や婚約者とともに、魔戒騎士として戦い続けて行く事になるだろう。

771変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:40:33 ID:GU7jrFVA0
 しかし、零がそんな事を言うと、横からザルバが、

『とか言って、少し別れが惜しいんじゃないか? 零』

 などと茶化した。

「うるさいな……。
 でも、お前だって、帰ったら、次の黄金騎士が現れるまで眠るつもりなんだろ?
 お前こそ、本当にしばらく会えないじゃないか」
『ああ……鋼牙が死んでしまった以上は、そうなるな』

 ザルバも、これからしばらくは、零とは別の道にある事になる。
 同じ世界にいる零でさえ、その後ザルバと会う事は出来なくなってしまうだろう。
 それは、他の仲間たちにとっては、初めて聞く事になった事実である。

「そうだったんですか。……寂しくなりますね」

 ヴィヴィオが、それを聞いて、驚きつつも、視線を下げた。

『大丈夫さ、零が次の後継者を探してくれるらしい。俺もすぐにまた、どこかで会うさ』
「ああ。その時が来たら、いつか会わせてやるよ、お前たちにも」

 零は、そういう意味でも既に覚悟を持っている。
 ザルバと黄金騎士の鎧を継承する、新たなる魔戒騎士の誕生を支援し、見守る為に……。
 元々弟子を持つつもりのない零も、きっとその少年の師となる事になるだろう。

「──……そうですね。皆さん、また、会いましょう」

 ふと、つぼみが言った。

「毎年……ううん、もっと時間はかかるかもしれないけど……また、みんなで会いましょう! 一緒に約束したんですから……!」

 そんなつぼみの提案は、誰もが笑顔で返した。
 実際のところ、つぼみと美希は度々会う事になるだろうが、他の世界で生きる者たちはその機会は少ないかもしれない。
 しかし、出来るのなら、会える限り、みんなでまた会いたい。
 それこそ、「同窓会」というのもいいかもしれない。

「そうだな……」

 翔太郎も、それに乗った。
 出来るのなら、十年後、二十年後もみんなで揃って楽しくやりたいと、この時の翔太郎は思っていた。
 ヴィヴィオが再び口を開いた。

「じゃあ、今度は、誰が一番長く生きられるか──……そういう競争を始めましょう」
「なんだよそれ、ヴィヴィオが一番有利じゃねえか」
「あはは……考えてみたら、そうですね」

 そんな仲間たちの姿を、孤門はじっと見つめていた。



「そうだね。笑ってお別れが出来るように、死んだ仲間の分まで生きていこう──」







【その後】

 ……高町ヴィヴィオは、この後、ストライクアーツでの成績においては、概ね優秀ではあったものの、結局その選手生命の中においては、大きな大会で優勝を手にする事はなかった。
 その要因に、アインハルト・ストラトスに匹敵する良き友、良きライバルが現れなかったという事実がある。
 私生活では、ヴィヴィオはレイジングハート・エクセリオン、アリシア・テスタロッサの二名と共に、奇妙な共同生活を続け、それぞれ自立していった。
 ストライクアーツを引退した後は、そのトレーナーとして活躍。
 ヴィヴィオやアインハルト以上の選手を多数輩出している。





772変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:41:53 ID:GU7jrFVA0



【その後】

 ……涼邑零は、その後、黄金騎士を追悼するサバックで見事優勝を果たし、その優勝賞品として一日だけ冴島鋼牙を現世に呼んだ。
 そして、そこで呼ばれた死者・冴島鋼牙と御月カオルの間には、冴島雷牙という子供が生まれた。
 ザルバも、雷牙の成長と共に再び始まった黄金騎士の系譜の中で、多くの魔戒騎士の生き様を見届けている。
 零は、別の管轄へと移り、「銀牙」という名を取り戻し、家族とともに暮らした。彼の仕事は、相変わらずホラー狩りだ。

 ……とはいえ、ベリアルを倒した英雄譚の中に、彼に関する記録は、もう殆ど残っていない。
 魔戒騎士やホラーの記録は、一部の人間以外の世間一般には、やはり抹消され、銀牙やそれを継ぐ魔戒騎士たちは、再び誰にも知られる事なく仕事を続けているのである。
 だが、ガイアセイバーズとして共に戦った仲間の内では、彼らに関する記憶は、消されなかった。







 ふと、ウルトラマンゼロとウルトラマンノアが作り出していた空間が、進行のスピードを緩めた。
 彼らにとっては、移動している実感が薄かったためか、ウルトラ戦士である二人以外は誰も気づていなかったようだが、ゼロが口を開いた事でその事実がわかる事になった。

「──おっと、俺たちが付き添えるのはここまでみたいだ」
「え?」

 美希が、ゼロの言葉に疑問符を浮かべる。
 このまましばらくは、こうして仲間たちと一緒にいられると思っていたが、ゼロももう何処かに行ってしまうのだという。

「俺たちも力を結構使っちまったからな。
 お前たちを纏めてミッドチルダまで送る事しかできないんだ。
 後は、各自、向こうで元の世界に帰ってくれ……本当なら、最後まで面倒見てやりたいんだが──」

 彼らウルトラマンが生還者を運べるのは、ミッドチルダまでらしい。
 しかし、そこにはアースラで共に戦った仲間たちが待っている。──そこにさえ辿りつけば、時空移動も出来るはずだ。
 ゼロはそれぞれの故郷の世界にまで生還者を帰してやれない事をどこか申し訳なさそうにしていたが、結局のところ、その準備がある場所に連れて行ってくれるというのなら、ゼロが気に病む必要はない。
 それよか、彼らにとって悲しいのは──。

「ウルトラマン……きみたちとも、また会えるかい?」

 そう……ウルトラマンという、最後に共に戦った仲間との別れであった。
 ウルトラマンゼロ、そして、ウルトラマンノア。
 最後の戦いを共に乗り越えた、絆を結んだ相手。
 二人のウルトラマンは、黙って、その巨大な頭を頷かせた。

 美希が、ゼロへと訊く。

「ゼロ……あなたは、これからどうするの?」
「ヘッ……俺はまた、助けを呼ぶ声に耳をすませながら宇宙を旅するつもりさ。
 宇宙にはまだ、ベリアルの遺した影響や、それ以外の脅威も残ってるからな」

 どうやら、彼はこれまでと同じように旅を続けるらしい。
 それは、広い宇宙と次元の旅で──寿命が地球人より遥かに長い彼らの旅だと思えば、本当にゼロがまた現れた時に、そこに美希たちが健在であるかはわからなかった。

773変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:43:25 ID:GU7jrFVA0

「それに、あのベリアルの事だ。また、いつ蘇って悪さするかわからない。
 まっ、その時は、今度こそ俺の手で引導を渡してやるぜ──!!」

 黒幕の再誕……という、悪夢をゼロは再度考えて言ったが、それは笑えなかった。
 またベリアルが現れ、これだけ大変な事を仕出かしてくれるなどあまり考えたくはない話である。
 とはいえ、不思議な安心感があるのは、何故だろう。
 ゼロの言うように、ベリアルがもしまた現れたとしても、今度はウルトラマンたちがきっと何とかしてくれるような……そんな力強さを感じた。

「……とにかく、その辺の後始末は、俺たちウルトラマンに任せとけよ!
 もし困った事があった時は、いつだって呼んでくれ。マッハで駆けつけてやるぜ!」

 ゼロは本当に、もうどこかの世界へ行ってしまうらしかった。
 それならば、美希も、この戦いで最後に自分を支えてくれたゼロにお礼を言っておかなければならない。

「……ゼロ、最後にあなたと戦えてよかった。……ありがとう。
 最後に孤門さんやシフォンを助けられたのは、あなたが信じてくれたからよ」
「きゅあー♪」

 ゼロは恥ずかしそうにそっぽを向いた。そんな姿を、美希とシフォンは顔を見合わせて笑う。
 孤門は、そんな様子を見た後で、今度はノアに訊いた。

「……ノア、君も次のデュナミストを探してどこかへ旅するのか……?」

 ノアは、一言も喋る事なく、その巨大な顔を頷かせた。
 孤門は、これまで多くのデュナミストとともに戦ってきた巨大な戦士を見上げ、不思議な嬉しさに目を潤ませた。
 彼はまた、どこかで新たなデュナミストに繋がっていくだろう。
 今回の戦いで再び力を使ってしまったノアは、もしかすると、今後再び、ザ・ネクストやネクサスの姿に戻ってしまうかもしれない。
 しかし、たとえその姿でも、そこに現れた新しいデュナミストと支え合い、共に戦うだろう。

「そうか……」

 寂しそうに俯いたように見えて、それでも、また新しい決意に満ちた表情で、再び顔を上げて、孤門は告げた。
 彼らの言葉を、信じよう。

「どこかの次元で、また必ず会おう……ノア、ゼロ!」
「おう! じゃあ、みんな、元気でな!」

 そして、それから、間もなくだった。
 ゼロが、最後の言葉を告げ、飛び去ったのは──。



「────さあ、もう着いたぜ。
 またいつか会おう、ガイアセイバーズのみんな……!
 さあ、行こうぜ……ノア!」



【ウルトラマンゼロ@ウルトラシリーズ 生還】
【ウルトラマンノア@ウルトラシリーズ 生還】







【その後】

 ……蒼乃美希は、当人の希望通り、モデル業を続けた。
 桃園家、山吹家の遺族には、孤門たち仲間の手を借りず、自らの口で再度事情を話し、遺品を手渡したという。
 モデルを引退した後は、自らのブランドを持つまでに成長した。
 彼女はこっそり自らが手掛けるファッションのモチーフに、友人へのメッセージを込めているらしい。
 そして、そうした遊び心も、概ね好評であったという。





774変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:44:26 ID:GU7jrFVA0



【その後】

 ……孤門一輝は、西条凪と石堀光彦の死、和倉英輔と平木詩織の引退に伴い、この数年後にナイトレイダーの隊長となり、彼らの世界に残るスペースビーストと戦い続け、人々を守る事になった。
 魔戒騎士の世界がこの戦いの後に記憶や記録の改竄を行ったのに対し、ウルトラマンたちの世界は、メモリーポリスによる介入は行わず、人々はスペースビーストの脅威と戦いながら生きている。
 ちなみに、斎田リコもこの世界では健在であり、後に二人は結ばれ、「タケル」という息子を授かる事になった。
 そして、彼らの世界にはこの後に、ウルトラマンゼロや、多くのウルトラマンたちが訪れ、人々とウルトラマンは、「絆」を繋ぎ続けた。

「──諦めるな」

 ……そう、この言葉も伝えながら。







「──……おっと。さて。あと一つだけ、仕事が残ってるな」

「仕事? ……ああ、そうか!」

「こんな話、している場合じゃないですね」

「ああ、行こう」

「変身はできなくても……」

「そんな事は関係ありませんからね!」

「ザギやベリアルも救う事が出来たんだ……きっと、出来る」

「もし戦うなら、そん時は思いっきりやるけどな」





「────シンケンジャーの世界へ!!」





 これから、血祭ドウコクのもとへ向かう事になる彼ら。
 まだ、戦いは終わらないかもしれない。
 変身する事が出来ないヒーローたちに、これから何が出来るのかはわからない。
 しかし、バトルロワイアルは全て終わり──そして、助け合いの時が来ようとしている。



 ────ガイアセイバーズとカイザーベリアルの戦いの物語は、まずはこれまで。






【高町ヴィヴィオ@魔法少女リリカルなのはVivid 生還】
【左翔太郎@仮面ライダーW 生還】
【花咲つぼみ@ハートキャッチプリキュア! 生還】
【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ 生還】
【蒼乃美希@フレッシュプリキュア! 生還】
【孤門一輝@ウルトラマンネクサス 生還】
【涼邑零@牙狼─GARO─ 生還】


【以上に加え、血祭ドウコクが先に生還】
【生還者 8/66名】



【変身ロワイアル MISSION COMPLETE】





775変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:45:54 ID:GU7jrFVA0




〜〜〜エンディングテーマ〜〜〜


(参戦作品から何か選んで十分割目まで聞いててください)






.

776変身─ファイナルミッション─(10) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:51:18 ID:GU7jrFVA0



 ……ここは、所も変わって、シンケンジャーの世界。
 はてさて、最終決戦に参加しなかった血祭ドウコクと、その友人の骨のシタリは、どうしているのだろうか。



 ゆらゆらと浮かんでいる六門の船の上──この「余談」は、始まる。



「しかし……アンタの言う事も、今回ばっかりは外れると思ってたよ、アタシは」

 六門船の上で、血祭ドウコクと骨のシタリはまたのんびりと語らっていた。
 それはさながら、外道衆にとっても、一つの祭が終わったような寂しさと虚無感を思わせる静かな落ち着きだった。
 先ほどまでの興奮は消え去り、静寂の中で二人はただ揺れる船に身を任せている。

「……結局、奪われた三途の川もさっきの戦闘で希望をまき散らされたせいで水かさが減って、結局プラスマイナスゼロだがね。商売あがったりなしだねこりゃ」

 とはいえ、結局、外道衆にあるのは完全な厭世のムードであった。
 何とも世知辛いもので、折角取り戻せそうだった三途の川の水は、ヒーローたちの尽力で根こそぎ消えてしまった。

 先ほど、インキュベーターにも言われたが、希望が絶望に打ち勝ってしまった事と、ドウコクがミラクルライトを三途の川に落としたのは、この三途の川にとって最悪の事らしい。
 希望の具現であるミラクルライトは、この外道衆のいる三途の川を滅ぼしかねないという。ドウコクもとんでもない事を仕出かしてくれた物で、人間がまた、希望を取り戻せば外道衆の命運にも相当な危機が起こりうるだろう。

「どうするよ、ドウコク。八方塞がりだよ」

 こうなったらもう、あれだ。
 生きる術はただ一つ──人間と、共存の手段を探すという事しかない。

「──シタリ」

 そして、その先の外道衆の命運を決めるのは、ここにいるドウコクの一言だった。
 これからの外道衆の方針をどうすべきかは、いつも総大将である彼の言葉にかかっているのだ。
 仮に逆らったとしても、誰も彼に力では敵うまい。
 まあ、シタリならば、友人のよしみで何とかしてくれるかもしれないが、どっちにしろ、右にも左にも希望のない今の外道衆でどうにかなるとも思えず、最後はドウコクの判断にゆだねるしかなかった。

「……」

 ──それから、ドウコクが口にしたのは、勿論、共存などではなかったが、これまでと同じ方針でもなかった。

「俺はしばらく、人間を襲うのは辞めにする。……後の連中は好きにしろ」
「えッ、そりゃまたどうしてサ」
「おめえも命は惜しいだろう」

 ──要するに、「戦わない」というのが彼の決めた方針だった。
 しかし、「共存」もする気はない。

 しばらくはまだ、この三途の川を消し去るほどの希望を人間が取り戻す事もないだろう。
 それまでの余裕を、ドウコクは全て、眠って考えるという事にしたのだ。
 外道衆にとって、暴れられないというのは少々、身体が窮屈になる状況かもしれない。
 それは、これまで、人間界に出る事が出来ずに六門船の中で荒れていたドウコクの事を思い出せば痛い程にわかるだろう。
 だが──こうなってしまった以上、案と言うものも浮かばない。

「……まあ、そうか。あんなもん見せられちゃね」
「ああ。……俺が再び目を覚ますのは、奴らがいなくなってから……あるいは、気が変わったらってとこだな」

777変身─ファイナルミッション─(10) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:52:29 ID:GU7jrFVA0

 ドウコクもこれから長い間眠る事にしたらしかった。
 その時下す判断がいかなる物であるかはわからない。

 ……と、そんな事を話していたが、シタリは一つだけ気になる事があった。

「……で、それはそうと奴らとの約束はどうすんだい?」

 そう、あのガイアセイバーズなる連中とドウコクは、「ここで戦う」などと約束したではないか。
 左翔太郎なり佐倉杏子なりには、因縁があったのではないか。
 お互いに、何かしらすり減らして殺し合いでもする義務があるのではないか。
 だが──そんな事をする気力が根こそぎ奪われた気分だった。
 最後に殴り合うのも一向だろうが、ここまで、萎えてしまってはわざわざやる意味もないかもしれない。

「フン。……俺たちは、『外道』だ。今更そんなもん守る必要はないだろ」

 ドウコクが彼らと再戦する事で知りたかったもの。
 彼らがああまでして戦う理由。──それは、既に何となくわかっている。

 確かに、約束、はしたかもしれない。
 しかし、それを逐一守る良識がないのが、『外道』という連中だった。

「……そうかい、それがアンタの奴らへの、最後の『外道』ってワケかい」

 外道衆も、『外道』として、選んだのである──『戦わない』という選択肢を。
 戦うという約束をしたが故に、それを反故にする。
 それはまさに、一時仲間として戦ったガイアセイバーズという連中への、最後の『外道』であった。

「……」

 この先、ドウコクがあの生還者たちの前に姿を現す事は二度と無いだろう。
 それこそ──人々があの戦いを忘れ去るまで、ドウコクは現れないかもしれない。
 そして、もし彼が現れるならば、それは次代のシンケンジャーが現れる時……彼らの戦いが全て忘れ去られた時だろう。

「──おい、シンケンレッド」

 ふと、ドウコクは、六門船の脇に居た自らの『家臣』を呼びかけた。
 置物のようにそこに佇んでいた外道シンケンレッド、である。
 シタリなどはすっかり、そいつの存在を忘れていたくらいに無口だが──しかし、一度気づくとやはりそこには存在感を見出してしまう。
 鎧武者の甲冑が置いてあるような物である。

「……行って来い。てめえのいる場所はここじゃねえ」

 はぁ、と、シタリはため息をつく。
 やはり、ドウコクも気づいていない訳がなかったか。
 ……あの外道シンケンレッドなる置物、ああ見えて実は──もう。

「さっきの戦いを見て、てめえからも外道の匂いが消えている」

 ──外道、でなくなっている。
 志葉丈瑠ではないが、それは既に、志葉丈瑠のような物に変わっていた。
 外道としての魂を忘れ、はぐれ外道としての人間らしさを取り戻してしまっているのである。
 ──そう、あの薄皮太夫のように。

「お前が奴らに教えて来い……てめえらの勝ちだ、ってな」

 それだけを外道シンケンレッドに吐き捨てるように告げると、ドウコクはシタリを呼びかけた。

「行くぞ、シタリ」

 シタリもそれに従うようにドウコクの背中を追って、どこかへと沈んでいく。
 最後の一度だけ、外道シンケンレッドと成り果てた男の方を見返りながら。

「ドウコク……」

 外道シンケンレッドは、その変身を解除し、一人の男──志葉丈瑠の姿を取り戻した。
 そして、彼もまた、この六門船から消えた。



 ──六門船は、無人のまま、ただがらんと、三途の川の上に浮かべられて揺れていた。





778変身─ファイナルミッション─(10) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:52:50 ID:GU7jrFVA0



【その後】

 ……血祭ドウコク及び外道衆のその後の消息は殆ど知られていない。
 だが、ベリアルの支配が終了すると共に、ドウコクに代わって地上に現れたのは、脂目マンプクだった。
 そして、その結果は、散々なものであったと言われる。

 今のところ、わかっているのは、マンプクはヒーローたちだけではなく、人間たちにさえ敗れたという事である。
 互いを助け合う、人間の「絆」に……。












































 ────そして、殺し合いは、助け合いへと、変わっていく。




Fin.

779 ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 23:02:34 ID:GU7jrFVA0
以上、最終回投下終了です。

wikiによれば2011年7月18日に「変身ロワイアル」の企画が挙がり、2011年10月10日に正式に始まったという事で、今作も4年以上の歴史を重ねて、ようやく幕を下ろすという事になりました。
当初は、「シャンゼリオンとかネクサスとか好きだし宣伝の為に投下したろー」くらいの軽〜い認識で参加していただけに、こうして100話以上も書き連ね、気づけば最終回を投下しているという事実には驚いております。
しかし、2015年の最後にこうして、自分でも満足の行く最終回を投下出来たのは、多くの書き手、読み手の皆さんの支えがあったお陰もあったのだなーと実感しております。
ロワとはまさに、今作品で登場人物が掲げた『助け合い』に似ていたのでしょう。

今作品の参戦作品などで度々引用した素晴らしい作品群にも興味を持っていただけたら、そして、多くの人が築き上げた「変身ロワイアル」というロワを好きになっていただけたら幸いです。

後は、エピローグですが、これを2016年にいつか投下する予定です。
私の方から予定があるのは、一作のみ。良くて二作。
実は、これが最終回の中の幾つかの伏線を回収する真最終回だったり……ゲフンゲフン……。

ともあれ、書き手、読み手、その他関係者の皆さま、ありがとうございました!!
2016年、良いお年を!!

780名無しさん:2016/01/01(金) 00:51:17 ID:ALkpozFc0
読み終わったああ、投下乙!
その後までやっといて真最終回だと!?やはりあの辺りか!?
前座から本番までどこも変身もののロワらしくて、何よりこれまでの集大成だったけど。
やっぱりヒーローでも何でもないでも変身勢ならんまの良牙がギャグもシリアスも決めてくれたのが印象的だった
つぼみと良牙のコンビ、好きだったなあ
消えてしまったのだと暁も歌詞をもじった最後のパートがやばくて泣いた
ザギやベリアルさえどこか救われたり、ドウコクがミラクルライトでギャグしつつも渋くしめてったり
善も悪も吹き抜ける風なエピだった、まさに
今までお疲れ様でした。エピも楽しみにしています

781名無しさん:2016/01/01(金) 13:39:49 ID:U7O92BhsO
投下乙です

変身ロワイアル2の参戦作品はどうしようか?

782名無しさん:2016/01/01(金) 13:55:26 ID:OiwyQpwE0
投下乙です!
壮大な変身ロワに相応しいほどに、壮大な最終回でしたね!
終始ハラハラしましたし、時折混じるギャグには笑わされ、ラストには感動いたしました!
最後にそれぞれのエピローグが描かれたのを見て、ほんの少しだけ切なさを感じながら、真最終回の方にもワクワクしてしまいます。

783名無しさん:2016/01/01(金) 15:49:52 ID:UVmi1LoQ0
投下乙です!
ついに最終回キター!
本当に最後の最後まで夢のスーパーヒーロー大戦だったなあ
復活したウルトラマンノア改めガイアセイバーズ・ノアに全員の力が合わさって次々といろんなヒーローに姿を変えていっ時はもう負ける気がしない安心感があったけど
まさか、最後の最後であんなことになるとは…良牙
仮面ライダーになっても、やっぱり彼の本質は人間で、己自信の拳だったって事なのね
暁のその後エピローグは、黒岩の最期を彷彿とさせてウルっときますね
例え夢の住人っていう虚構の存在だろうと、涼村暁っていうスーパーヒーローは人々の記憶の中に残り続けたんですね…
後、プリキュアの妖精のごとくミラクルライト布教するキュウベエに和んだw
ドウコクのとこまで行くとか命知らず…
でも煽った結果外道衆が苦境に立たされた辺り、やっぱり真の外道は彼だったんですね

他にも色々言い足りないことはありますが、真最終回楽しみにしてます

784名無しさん:2016/01/01(金) 17:18:14 ID:vxkw4JnM0
正義の系譜に終わりはないんだ
乙、ただひたすら乙

785名無しさん:2016/01/15(金) 20:41:16 ID:M7T5LfygO

誰がなんと言おうとシャンゼリオンはヒーローだぜ

786名無しさん:2016/02/17(水) 11:45:45 ID:BxvMn3N20
遅れながらお疲れさまでした
やりきった暁ヒーローだぜ

787 ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:18:04 ID:jwxL9LHA0
お久しぶりです。
2016年に投下予定だったエピローグ、何のアナウンスもないまま放置してすみませんでした。
なんやかんやのトラブルがあったり、なんやかんやの忙しさがあったりであまり進んでなかったのが実情です。
結果的に完成はしていないのですが、またなんやかんやのトラブルが来て延期してしまうよりは、少しずつでも投下しようと思い立ったので、
これだけ時間をかけながら未完状態でこれまた大変申し訳ないですが、何回かに分けて投下する形を取りたいと思います。

ただいまより、エピローグの最初の章を投下いたします。

78880 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:19:27 ID:jwxL9LHA0



 ――どれだけ時間が過ぎれば、事のすべてを冷静に話せるだろう。



 変身ロワイアル。
 かつて、六十余名を中心にいくつもの人々と世界を巻き込んだバトル・ロワイアルは、既に遠い過去の時代の物語となっていた。
 今や、その殺し合いの事を感情を交えて語るのも少々恥ずかしいほどである。時が経てば、それは教科書の一文になり、それはただ「そういう事があった」という事実に変わっていく。詳しい感情を掘り下げるのは、なんだか嘘くさくなってしまっていた。
 八十年もの時間が経ったのだ。この歴史の中では他にもセンセーショナルな出来事はいくつもあった。そしてすべてその次代を席巻し、一つ前の大事件を遠くに追いやっていた。
 そんな事の繰り返しである。

 だから、八十年過ぎたからといって、その後の世界の変容について語る必要はないと思っている。せいぜい、あの事件が影響を残した事といえば、世界と世界がつながりを持ち、一部の人は自由に行き来できるようになった事。それによる技術革新や対立はあっても、それもまた問題の一つとして定着してしまった。
 あとは、八十年という歳月を隔て、人は次の世代へ、また次の世代へとバトンタッチを繰り返していくだけだ。
 結果的に、生き残った戦士も、あるいは殺し合いに巻き込まれる事すらなかったその友人・父母も、多くはもうこの世にいない。血祭ドウコクら外道は八十年の間に、ある戦乱の末に居場所を亡くして滅び、彼らに相対した戦士たちもまた時の流れの中で順番に終わりを迎えていったのである。
 子を残したものもいれば、残さなかったものもいる。

 すべてが入れ替わろうとしていた。
 脱皮した皮がはがれるように彼らの物語は忘れ去られ、今度は彼らの戦いを本の上でしか知らない人々が新しい歴史を作り出していく。
 変身ロワイアルは歴史の中で遠ざかっていき、そこで戦った人々の姿もまた古ぼけた写真の中にだけ残されていく。

 あの大きな殺し合いイベントも、世界の危機も、過ぎて見れば何ら特別な事ではなかった。
 異世界同士がつながった事、多くの人々が支配の下に屈しかけた事、凄惨な殺し合いが平和な暮らしをしていた人々の前に突き付けられた事……それらの影響力は、確かにその当時は大きかったのだろう。
 しかし、その後も世界にはまた多くの血が流れ、多くの悪意が渦巻き、そして、多くの侵略者が地球を狙い続けた。そんな中で多くの人々はまた逃げまどい、ヒーローを待った。
 ヒーローが現れる事もあれば、現れぬ事もあった。
 あるいは、待ち続けた者こそがヒーローになる事もあった。
 あるいは、ヒーローが現れたとして、敗北する事もあった。


 実感として、世界は、変わらなかった。


 彼らの長い長い戦いをすべて見つめてきた者には特別な物語に見えたかもしれないが、彼らの青春もまた、世界の歴史の一部に過ぎないのだろう。
 彼らの築き上げた、彼らの中で特別な物語も……歴史の端っこで、誰かにそっと伝えられるだけに留まっていく。

 八十年、という月日の中で、現代にその言葉を残せているのは二人だけだった。
 そして、二人ともまた近いうちに死ぬ事が確定している。
 一人は病でベッドに伏し、あとは今日死ぬか明日死ぬか……もってあと数日というところまできていた。
 あとの一人は……どこで何をしているのかわからない。



 この八十年後の物語は、変身ロワイアルの参加者が、残り二人となり、一人の死とともに残り一人となり、そして最後に誰もいなくなるまでの、本当の終わりの時間を記したものである。



【残り 2名】





78980 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:20:00 ID:jwxL9LHA0



 ――鳴海探偵事務所。

 風都に知らぬ者はおるまい。鳴海壮吉より築かれた、今や老舗の探偵事務所だ。
 かつて変身ロワイアルで生還した名探偵・左翔太郎、又の名を仮面ライダーダブル。あの男が、殺し合いから帰ってきた場所だった。
 あれから先、何名かの探偵がここに憧れ弟子入りをもくろみ、あるいは何名かの経営者が鳴海探偵事務所のネームバリューをビジネスに誘った。しかし、それらすべてが断られた結果、ここはいまだ小規模なまま、かつてのようなアンダーグラウンドな風都を支えている。
 翔太郎然り、その次代、その次代然り、弟子を取るなどという方向には特別な事情がない限りほとんど行き着かず、またこの事務所には人件費を払う余地もなかった。
 何せ、百歳目前までこの事務所の財布の紐を握り続けた鳴海亜樹子は、あまりにケチな性質だったのであるから、それはまた仕方のない話だ。やれ拘りやら、やれリスクがあるやらと、良くも悪くも旧態依然とした事務所経営を続けた結果、潰れもせず大きくもならず、今に至るのである。
 そうこうしているうち流れた八十年という歳月で、遂にここを頼る者も減っていき、依頼は元のような犬探し、猫探し、亀探しに偏りはじめ、時に(当時で云う)ガイアメモリ犯罪のような特殊な高額依頼が舞い込むといった具合だ。
 尤も、このくらい元の鞘に収まってくれていた方が、故・翔太郎らもあちらで安息できる事だろう。

 ……八十年後、という時間。

 ここで、この鳴海探偵事務所に弟子入りした『ハードボイルド体質』な探偵。
 それが、これからこの物語の語り部となる。
 彼のパーソナリティを予め話しておこう。

 特徴、百八十メートルを超える長身にして、華奢な体格。
 趣向、コーヒーはブラック、タバコはマルボロ。
 性格、『ハードボイルド体質』。
 憧れ、『ハーフボイルド』。
 嫌いな物、子供、女の涙。
 左翔太郎が築き上げた『ハーフボイルド』に憧れながら、しかし、意固地であまりに恰好が付いてしまう、様になってしまう『ハードボイルド』な運命にあった。
 それが、この『探偵』であった。

 これから彼が語るのは、八十年前のバトル・ロワイアルと、この時代とを結ぶ一つの奇妙な事件。
 その出来事は、この『探偵』自身の言葉を借り、その通称は、彼がタイプライターに綴ったこの名前を借りるとしよう。



 ――『死神の花』事件――



 さあ、変身ロワイアルの最終章を始めよう。







【『探偵』/風都】



 ……その日、軽い暇をしていたおれのもとに小さな天使から舞い込んだ依頼は、おれの五年間の探偵人生で最大に奇怪なものだった。
 まさかおれも、この小さな天使――かわいらしい十数歳の少女――の依頼が、あの『死神の花』などと名付ける事になるおどろおどろしい事件に結び付く事など、夢にも思っていなかったのである。
 それも、あまりにもその結びつきが突飛なもので、おれは八十年前にこの街にばらまかれた『ガイアメモリ』なんていう化石が、おれの精神に干渉しちまっているのかと疑った。しかし、どうやらそれはおれの思い違いだったらしい。
 昔よりか、ずっと平和になったはずのこの街だ。

79080 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:20:33 ID:jwxL9LHA0
 ガイアメモリなんてどんな悪人だって手に取れるわけがない。何億という金を積んだってあんなものはもう手に入らないし、そうまでして使うメリットはあるまい。余程の物好きか、拘り屋か、骨董屋か、あるいはミイラ人間か――いずれにせよ、この街の売れない探偵に白昼夢を見させる理由はない。

 と、後に繋がるような話を今のうちからしていても仕方がない。この時点でおれは、まだこの依頼が死神を呼ぶ事になるなど想像もしていなかったのだから。
 話は、おれがその依頼を受けるハメになったところまで戻そう。

「……つまるところ、きみはおれに骨董品探しを手伝ってもらいたいわけだ」
「はい」

 おれと向かい合っている依頼主は、角度によって薄っすらと赤色に光る綺麗な髪の少女だった――これがおれの先述した「小さな天使」だ。顔の作りも良く見ると端正で、十年後が楽しみだが、今の彼女とは仕事以上の関わりは避けたいものである。
 おれにとって、年頃の少女は天敵だ。扱いがわからないのである。下手に穢れがないだけに、何が機嫌を損ねるかのバランスがとても難しく、すっかり理解できない。
 更に、この娘は気弱で口下手なタイプな事だけは明確にわかってしまうので、こちらとしても話しづらい。保護者同伴で来てくれた方が、おれにとって都合が良かったように思う。
 ただ、今のところは、どこにでもいる普通の少女、というのがおれの受けた印象だ。この年頃の少女がこんな廃れた探偵事務所に一人で来て快活でいられるわけもない。おれの代から社会に言われてきた事だが、面と向かってのコミュニケーションが得意な人間なんてすっかり減ってしまったような気がする。正直、おれもそのクチだ。

 それから特殊なのは、彼女のパスケースだった。
 その住所を見るに、この風都どころか、仮面ライダーなる伝説が各地に残る「この世界」の住民ではないのだ。――この事務所を頼ってはるばる異世界旅行にやって来たようである。
 道理で、というか、少し風体が風都民らしくなかった。こう言っては何だが、品があるが少し幼く、クライム・シティには慣れていない顔つきは直感的にわかる。人種が違うわけでもないのだが、どうしてなのか、出身世界も区別できる人には区別できるものだ。
 ……そんな彼女の依頼である。

「私のおばあちゃん……厳密には、ひいおばあちゃんなんですが、そのおばあちゃんが今おかれている状況をお話します――」

 と、まず語られたのは、彼女の曾祖母が、今現在、闘病中で病床に伏しているという話だった。順調に九十歳を超えて俄然元気だった曾祖母は、この数年で何度も病気に罹り、治療と再発を繰り返し、遂には本当に余命僅かと宣言されたのだと云う。
 人間誰しもに訪れる永久のお別れが近い、というわけだ。

 そんな曾祖母の病院を訪ねると、毎回ベッドの上で、遺言の如く、生きているうちのいくつかの後悔を口にしている。この少女は、それをひとつひとつ丁寧にメモを取って聞いたらしい。それをおれに見せた。
 だが、残念ながらその殆どは、この依頼主にとって叶えられるものではなく、彼女は既にその多くにバツ印をつけている。確かに、誰に頼んでもどうしようもない物や過去に誰かを傷つけた出来事などを話していて、彼女の後悔を叶える事はできそうもない。
 亡くなる曾祖母にせめてもの恩返しがしたいのに、それが出来ない無力で彼女も相当落ち込んだ……らしい。



 ――――だが、そのメモの中に大きなマル印で囲まれた願いがあった。

 彼女の曾祖母が失くした、「ある骨董品の回収」だった。
 彼女はどうやら、この願いに関しては叶えられる希望があると感じているらしい。
 なんでも、彼女の曾祖母のそのまた祖母から預かった品を、彼女の曾祖母が失くしたぎり、生涯返せなくなってしまったのだと云う。
 無論、百歳近くの老婆のそのまた祖母など、とっくに冥土にいるに決まっている。あくまで、彼女の曾祖母がそれを祖母に返す事はできないのは彼女らも承知だろう。だが、確かにそれを見つけ出せれば、せめて一つの後悔に決着を付ける事が出来ると踏んだのだ。
 この少女は、そんな曾祖母の最期の願いの一つを必ず叶えてやろうと意気込んで、「骨董品探し」をおれに依頼したのである。

「お願いします、この願いだけ……依頼できませんか?」

 ……まったく、家族想いで健気な美少女である。
 佇まいから何から古風で丁寧。今時珍しいくらい健気で純粋である。
 彼女に対し、おれの出せる答えは一つだ。


「――悪いが、その依頼は断る」

79180 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:21:19 ID:jwxL9LHA0


 そう、拒否である。
 おれの返答に、少女は目を丸くした。

「えっ」
「きみの祖母がきみと同じ年頃に失くしたと云うのなら、残念だが、紛失というよりは既に処分されている可能性が高い」

 単純な話だが、当然だ。
 彼女の曾祖母の年齢から逆算すると、それは今から遡って八十年ほど前に失くしたという事になる。彼女が家探ししても見つからなかったというのだから、ほとんど間違いなく、それはもうこの世にない代物だろう。
 まして、古物的価値があるものではなく、それはあくまで彼女の曾祖母にとって大事なモノだったに過ぎず、誰かの手に渡って保管されている可能性も薄い(勿論、ないとは言い切れないがそう上手く探り出せるはずもない)。
 可能性が高いのは、家族の誰かが間違えて処分してしまったとか、引っ越しの際に置き去りにしてしまったとか、そんなところだ。
 彼女ら一家の家や敷地がどんな場所なのかはわからないが、それ以外の場所がまったく手つかずのままで八十年眠っているとは思えない。
 そのうえ、誰かの手に渡って存在するとしても世界は広すぎる。何の手がかりもなしにそれを見つけるのはあまりに困難だった。

 そうでなくても、彼女の依頼の場合、ただの物探しというには、あまりに特殊なケースなのである。
 おれの見込みでは、その探し物が偶然見つかる確率も極めて低い――というわけだった。

「おれは、叶えられない依頼は受けられない」

 下手に希望を与えて何も見つからず、そのうえで依頼料だけ受け取るなどという所業はおれのポリシーに反するものだ。感情に流されて安請け合いした方が恰好はよろしいかもしれないが、むしろそちらの方が失敗した時に冷酷だ。
 何も見つからず、何も成果を出せず、ただ美しい言葉だけ並べて、良い人の面をして、許されながら、誰も傷つけず、金だけ受け取って自分だけ得をする世界で一番せこいやり方である。――このまま依頼を受けるのは、おれ自身がそうなる可能性が極めて高い事だと思った。

 では、金を受け取らなければ良いか?

 残念ながら、それも出来ない。すべての依頼主は平等である。これが商売である以上、いくら温和な十代の少女でも、安くする事は出来ないのである。他の依頼主もいる手前、おれは相手が子供でも、余命僅かな老人でも、必ず報酬を受け取る。うちにはそういう割引システムやサービスは設けられていない。
 おれは、あくまで話を聞いて自分が達成できると踏んだ依頼のみを見定めて、それだけを受領し、それをすべて叶える形で探偵をやってきたのだ。言い訳をするつもりはないが、これでも大方の依頼は受けてきたつもりだ。そこらの探偵がしっぽを巻いて逃げるような危険な依頼だってこなしてきた。
 それに比べれば、探し物は比較的安全な依頼だろう。
 だが、何度も言うが、リスクの有無を問わず、おれは達成できる依頼のみを受ける。だからこそ報酬を得られるし、だからこそ信頼されると思っている。
 世の中は未だ資本主義だ。おれは、気に入っている。

 こういう娘にも、はっきりと現実を見せてやった方が良いのだ。



 バシッ――!!



 ――と、そんなおれの額に、突如として何かが叩きつけられた。
 額を駆け巡る鋭い痛み。おれは、それがまた、うちの所長が投げつけたスリッパの一撃だとすぐに悟った。こんな事をする人間は一人しかいない。

「痛ェな! 何すんだよクソババア!」
「そのくらいの依頼叶えてやりなさいよ、男でしょうが」

 鳴海亜樹子――それは、この事務所の所長である百歳の老婆であった。てっきり、奥でつまらないネット動画でも見ながら猫と戯れているのかと思いきや、依頼内容を全部聞いていたらしい。
 淑女亜樹子の動きと喋りは随分とスローモーだが、叩きつけられるスリッパの痛みは本物だ。すっかりスリッパの効果的な投げ方を覚えている。

79280 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:22:23 ID:jwxL9LHA0
 いつものように、「さっさとくたばれババア」と悪態をつきたいところだが、この少女の手前、口が滑ってもそんな事は言えない。
 とにかく、額を抑えながらおれは仕切り直す。

「……嬢ちゃん。残念だが、おれには所長にああ言われても、依頼を受けるのは難しいんだ。何しろ、見つけられると断言できない。『見つかるかもしれない』なんて嘘もつけない。タイム・マシンがない以上、おれはきみの依頼を達成できないと思っている。力不足で申し訳ないが、それがこのへぼ探偵の実力だ」

 ババアに言われずとも、おれはおれなりに男という性に向き合っているのだ。
 無為な理想を求めるファンタジックな男性像ではなく、大局を見る理性的なリアリストとしての男性像に。
 と、依頼主の少女は項垂れて、口を開いた。

「――わかりました。無理を言ってごめんなさい」

 物分かりが早くてありがたい。理解を示してくれたらしい。
 ……と、思ったが。

「……えっく……諦めるしか、ないですよね……えっく……。そうです……わかってました……」

 ……最悪だ。泣きやがった。
 女の涙は苦手だ。放っておくのも苦手だし、拭うのも苦手なのだ。
 この場合は、「放っておけないうえに、依頼を受けて甘やかせない」という厄介な状況だ。クレーマーやヤクザの方がまだ対処しやすい。
 おれは、クレーマーを上手くいなす交渉術についてはすぐに覚えられた。ヤクザは法律を上手く盾にすれば良いし、殴りかかってきたならばそれこそ拳を叩き込めば良い。
 だが、女は交渉術も法律も聞かない。自分の感情を直球でぶつけて、奇妙な理屈を当たり前に通そうとしてくる。そのうえ、殴れない。
 横から、その場にいたもう一人の「女」――所長が口をはさんだ。

「おい、ハードボイルド探偵」
「は?」
「ハーフボイルド、目指してるんじゃないのか」

 ……これも女の特徴だ。奇妙な理屈ばかりのくせに、痛いところを突いてくる。
 実を云うと、おれがこの事務所をわざわざ選んで、何代か前の左翔太郎の「ハーフボイルド」と呼ばれた探偵作法に興味とあこがれを示したからである。
 何せ、生まれながらのハードボイルド思考と、甘さと肩ゆで卵を嫌うハードボイルド嗜好が、板についてしまい、すっかり自分が嫌になったのである。人は自分に無い物を求めるというが、程よい甘さが欲しいという程度にはおれも人に嫌われてきた。
 一時の感情を切り捨てて、最良の決断をしようとするほど顰蹙を買ってしまうのも、この世の理だ。その割り切った性格が原因で、何人の女にビンタを受けたかは聞かないで頂きたい。
 おかげで行く先々で逢う人に冷血漢と呼ばれてしまい、前の探偵事務所(事務所というよりは大きな会社のようだった)は、それが原因でスタッフと話が拗れてクビである。

 つまるところ、ハードボイルドは、時代遅れだ。
 と、なると正真正銘合理的に生きるには、何もかもにラインを引いて平等のルールを押し付けるよりか、強いものには強くあたり、弱いものには施すような程よい甘さ――「ハーフボイルド」こそが仕事に必要だと考えているが、性格上踏み切れないのである。

 ……今回は、まさしくハードボイルドが拗れた時に近い状況だ。「依頼主の女が感情的になる」というシチュエーション――これはこちらの事務所では珍しいケースだが。
 まあ、ほんの少しだけ、踏み切ってみるのも悪くあるまい。
 おれは、すぐに口を開いてある提案をした。

「――わかったよ。そこまで言うなら、所長。悪いが一度、有給休暇を取らせてくれないか」
「は?」
「制度的にはあったが、今日まで一度も取ってないだろう。……おれとアンタだけじゃ臨時休業しなきゃ仕方がないから我慢はしていたが、ここらで一度労働者の権利を証明しておきたい」

 長らく自営業のような気分でいたが、一応おれは鳴海探偵事務所に契約社員として就職している。ここでは、就業規則のうえで契約社員に対しても権利が認められている有給休暇を取得する事が出来るわけだ。
 元々、いつが出勤でいつが休みかもよくわからない職業柄ゆえ(世間的にはブラックだがおれはむしろ気に入っている)、すっかり気にしてはいなかったシステムではある。しかし、雇用者である鳴海所長はこの権利を無視できないだろう。

79380 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:22:55 ID:jwxL9LHA0

「なんでこの話の流れで有給休暇を取るんだい」
「おれは、その有給を使い、探偵業ではなく、プライベートでこの娘の話を手伝わせてもらう。ただし、これはあくまで依頼じゃない。私的活動、いわば趣味だ。達成する義務はなく、達成しても報酬は頂かない」

 少しの間、鳴海探偵事務所は臨時休業となるが、ほとんどの人間にとってこんな探偵事務所は開店中だかもよくわからない状態だ。
 実は猫探しの依頼が一件だけ入っている。だが、これも、初めての依頼主ゆえに保留扱いだし、これも大概の猫は帰路を覚えて飼い主のもとに帰ってくるだろうから、放っておいても大丈夫だと見ている。

 残念ながら、他の予定は真っ白。一応この状況では好都合だ。
 これを所長に説明すると、納得はしがたいようだが、ちょっとだけ頭を悩ます様子を見せた後で、回答と質問が戻ってきた。

「……構わないが、あんたがそんな事言うなんて珍しいわね……主義を変えたのか?」
「――いや。そのつもりはない。ただ、彼女は少し特殊なケースだからな。タダで依頼を受けるのでなく、彼女にはおれとの繋がりを利用して貰う」

 言いながら、おれは、少女の方を向いた。
 いまだ泣き止まない彼女に真剣なまなざしを向けながら、

「一つ訊きたいんだが、何故きみはこの探偵事務所を選んだ? きみはこの街どころか、この世界の住人ですらないだろう?」

 と、おれは訊いた。
 彼女が風都の住人ではないのは勿論の事、別の世界の住民であるのは間違いない。鞄にぶら下げた定期券から判別できる「元の住所」が、それを告げている――そこに記されているのは、当然この世界のものではない。それは来た時点でも気づいていたし、どことなくこの古風な街並みに馴染めていない素振りも感じていた。もっと未来的な街並みばかりが並ぶ世界から来たという事である。

「は、はい……そうですけど」

 彼女は不思議そうに、答える。
 ビンゴだ。この小さな天使は、おれの推理した通り、別世界の日本から来たエトランゼなのだ。だとすると、いくつか疑問がある。
 そんなエトランゼの少女が、この事務所をわざわざ訪問した時点で、疑問は始まっていたし――その答えをおれは思考を巡らせて導こうとしていた。いくつかの仮説を立てて、その結果として出た推理、その裏付けがおれは欲しかった。

「この事務所を選んだ理由ですか?」
「ああ」
「曾祖母が信頼していた探偵事務所だと聞いていたからですけど――」
「そう。きみは曾祖母からこちらの探偵事務所を推薦されたわけだ。だが、ただ理由もなく選んだとすればきみの曾祖母はよほどの変わり者になってしまう」
「え?」
「こんな辺鄙な地方都市の探偵事務所、まして異世界の事務所を選ぶ理由がないだろう。探偵だって世界を跨ぐようになれば時間がかかる。なのに、何故ここを選んだのか? ――今度は、それが、おれにとって大きな謎になる」
「それは……えっと」

 言葉に詰まったようだ。彼女の性格上、隠し事をしているわけではないが、上手く説明ができないのだろうと思えた。
 おれは、フォローの意味で、まくし立てるように続けた。

「君に代えて答えよう。きみの曾祖母は、八十年前の人間だ。――と、なるとこの探偵事務所の最盛期にあたる。その頃は、ここもおれが想像できないほどたくさんの人だかりが出来たらしい。……尤も、来たのは依頼人ではなかったという話だがね」

 当時、押し寄せてきたのは、依頼人ではなく野次馬や、あくどい営業マンたちである。その時の事なら、隣の老婆から耳にタコができるほど聞いている。
 彼らは、探偵としての技量ではなく、その探偵の知名度と偉業に群がったのである。幸いにも、その探偵はお調子者だったので、しばらくはその状況に酔ってもいたとの事だが、何しろ、探偵には探偵の拘りがあったのだろうと推測できる。
 滅多な事では、「異世界の人間」の依頼など受けないのだ。――そう、俺の知るデータ上のその人物ならば。

「――そのうえ、この探偵事務所の探偵であった左翔太郎探偵は変な拘りを持って、この街以外の人間からの依頼は、よほど放っておけない事情でなければ、ほとんど受けていなかった。そうだよな? 所長」
「え? ああ。翔太郎くんは、なにより、この街が好きだったからねぇ……」

79480 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:23:17 ID:jwxL9LHA0

 所長が、感慨深そうに答える。――当時のこの事務所の探偵・左翔太郎がこの街以外の依頼をほとんど受けなかったと説明したのは、あくまで推理推測に過ぎなかったが、こうして当時の立ち合い者に裏付けられたので間違いない。
 左翔太郎なる人物のパーソナリティや、残っている事件のデータからも察する事が出来る話だ。

「――だとすると、ここでの一番の謎は、君の曾祖母は『依頼人』として、ここの探偵を信頼していた事だよ。可能性と考えられるのは、きみの曾祖母がこの街から向こうに越したとか、きみの曾祖母が特例的に依頼を受けてもらえたレアケースだったとか。――尤も、そこから消去法を使わなくても、答えはすぐそばにあったよ」
「……」
「おれはね、きみの曾祖母と、左翔太郎と――それから先々代の佐倉杏子とは、ある繋がりがあった筈と睨んでいる」

 おれは、ソファから立ち上がり、デスクの引き出しから一冊の本を取り出した。
 つい最近、ひまつぶしに読んだ一冊の本だった。手垢だらけで、日焼けまみれ。古びていて読みづらい状態だったが、おれが示したのはその本の内容ではない。

「この写真の中に、きみの曾祖母がいるんじゃないか?」

 おれは、左翔太郎探偵――および、佐倉杏子探偵の遺した古びた本に挟まれた数葉の写真を、彼女に見せた。
 異世界交遊時代を呼び寄せた決定的な出来事を記した、貴重な資料。それが、この『変身ロワイアル』と題された書物であり、この写真はその殺し合いの途上で撮られた写真であった。
 一応言っておくが、別に記念撮影というわけではない。参加者――高町ヴィヴィオが連れていたハイブリッド・インテリジェント・デバイスことセイクリッド・ハートが日常録画機能を用いて残した貴重な資料である。
 それでも、そこには楽しそうな笑顔もきっちり映っている。悲惨な殺し合いの渦中にあるとは思えず、おれはやらせなんじゃないかと疑ってしまったが、当時世界放送されたデータの一部には、参加者が団結する過程でほどほどにリラックスしていた事も確認できている。
 職業柄、あまり感じなかったが、人間というのは存外素敵なものなのかもしれない。
 それに、やらせというにはあまりにも――良い笑顔だ。

 おれが見せたかったのは、この写真群の方である。数枚だけ残されているのは、左翔太郎と佐倉杏子にとって思い入れの深かった場面。
 ある時点までの生存者のうち、チームを組んでいた人間が――左翔太郎、フィリップ、佐倉杏子、蒼乃美希、沖一也、孤門一輝、冴島鋼牙、高町ヴィヴィオ、花咲つぼみ、響良牙がそこに映っており、その中に一人だけ、この少女と瓜二つの人間がいた。

 八十年前の時点で、彼女と同じ年頃の少女――。



「花咲つぼみ、だね」



 写真の中で眼鏡をかけている少女は、彼女によく似ていた。
 キュアブロッサムとして戦い、生還後は植物学の研究者として従事し、何度とない病に侵されている――今では九十四歳の老婆。

「……はい。これが、私のひいおばあちゃんです」

 所長が、思わず驚いて口を大きく開け間抜け面を晒していた。
 依頼主は、花咲つぼみの娘の娘の娘――『桜井花華』(さくらいはな)であった。
 現在、十四歳。まさしく、当時の花咲つぼみと同年齢であった。







「……別に隠していたわけじゃないんです。ただ、私は来た事がなかったし、曾祖母の名前を出しても気づいてくれるかわからなくて」
「いや。本当に。すっかり……。うん。言われてみればつぼみちゃんとそっくりだわ」

 鳴海亜樹子にとって、花咲つぼみは遠い昔に出会った一人の少女に過ぎない。
 しかし、何か少しの会話を交わしたり、特別な思い入れこそなくてもお互いを覚えたりする程度の関係ではあるのではないかと思えた。
 と、何かふと思い出したかのように所長はまた慌てておれを見た。

79580 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:27:10 ID:jwxL9LHA0

「――もしかして、今回の依頼って……」

 何かに気づいたらしい。年老いてはいるが、勘は鋭い女である。彼女も、この八十年それなりに頭を使って、感覚を磨き生きたのだろう。
 あるいは、彼女にとっても「それ」は「気がかり」だったのか。
 おれは頷いた。

「ああ。この事務所の未解決ファイルの事件だ」

 ――未解決ファイル。
 鳴海探偵事務所は、法律による保管期限を超過した資料は破棄してしまうが、それとは別に未解決・未達成の事件の書類がファイリングされていた。ある意味、この事務所においても戒めとして残しているのだ。
 おれは、そのファイルを参考程度に何度か目にしているが、八十年分の未解決事件がすべて閲覧できる代物で、おれから見るとかなりくだらない依頼まで残されていた。
 今回おれが開いたページも、わざわざ八十年残す内容ではないと思うが、今回はこれが役に立ったと言わざるを得ない。残してみるものだ。

「実は、ちょうど八十年前、きみの曾祖母は左翔太郎探偵に、まったく同じ依頼を残しているんだ。だが、左探偵は依頼を途中で何らかの事情で終了。その数年後、たいへん惜しい事に事故死している」
「え?」
「更に彼の死後に未解決事件をすべて引き継いだ佐倉杏子探偵が再調査している。まあ、花咲つぼみ氏の知り合いだったからかな。しかし、佐倉探偵は、そこで再び、『依頼主に事情を説明』して調査終了しているんだ。それからしばらく後になるが、佐倉探偵も亡くなった」
「……」
「次の探偵は、佐倉探偵と同時期に所属していて事情でも説明されたのか、この事件については引き継いでいないようだな」

 次の探偵、というのはおれの師匠――おやっさんに他ならない。
 名は伏せる。
 だが、厳かで、ハードボイルドで、しかし優しくもあり、妙にバランスの取れた人間であった。飄々としていると言い換えても良い。
 そのおやっさんも既にこの世にいない。この世にこそいないが、おれにとってはいまだ尊敬する人間の一人である。
 そんなおやっさんは、佐倉杏子や左翔太郎を深く尊敬していたようだが、おれはいずれとも面識がないので、彼らについてはなんとも言えない。
 花華が、ふとおびえながら口を開いた。

「えっと……それじゃあ、これってまさか関係者が亡くなる、触れちゃいけない呪いの依頼とか……?」
「そう焦るな。依頼を受けてから終了するまで、そして終了してから担当者が死亡するまでに数年のブランクがある。左探偵はともかく、彼らと一緒にこの依頼を受けていたはずの雇い主・鳴海亜樹子がそこにいるだろう」
「ああ……そうですね」

 呪いの類は、ほとんどこじつけに違いない。都合の良い部分だけ抜き出せば、いかようにでも呪いを作り出せる。逆に、その呪いを成立させるには都合の悪い部分だって、少なくないのである。

 ただ、オカルト以外にも背筋を凍らせるものがある。
 それは、人間の意思の謎だ。――きわめて不可解な、しかし、何かしらの理論で動いている人間が遺したメッセージ。それは、おれの目にも不気味に映った。論理を持つ人間が得体の知れない行動を取った時、どうしてもおれはそこに闇を感じてしまう。
 謎、という闇だ。
 そんなものが無作為に世の中に散らばっているのが気持ち悪い――というのが、おれが探偵という職を選ぶ理由の一つである。
 おれは、花華に言う。

「ただ、オカルトじゃないが、奇妙な点はいくつかある」
「というと?」
「……まず、この未解決依頼に関してだが、そのほとんどは『終了』ではなく『中断』しているんだ。このファイルでは、今後再び事務所が解決できるかもしれないという希望を残して、ほとんどの事件を『中断』と表記しているんだろう。しかし――これは親族にも守秘義務の都合、詳しくは見せられないが、この依頼についてだけは、左探偵も佐倉探偵も『終了』と表記して保留している」
「『中断』と、『終了』で、何か違うんですか?」
「ああ。左探偵は、『中断』としたところをわざわざ書き直して『終了』として纏めているんだ。これを見るに、単に表現が違う同じ意味の言葉というわけではないらしい。それぞれ何か意味がある。そして、この『終了』もすべて解決に至らずに未解決ファイルに仕舞われている」
「――どういう事ですか?」
「わからない。――わからないから、おれには依頼としては受けられない。非常に高い確率で、おれはこの左探偵と佐倉探偵が解決できなかった依頼を達成できないと踏んだんだ。申し訳ないがね」

79680 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:27:51 ID:jwxL9LHA0

 深い知り合いであった彼らにさえ解決できなかったのがこの依頼だ。
 八十年後、曾孫や他人が手を付けたところで、このファイルから該当依頼を捨て去る事は難しいと云える。
 ましてや、左翔太郎も佐倉杏子もその探し物について、深いところまで掴んだうえで、おそらく不可能とみて『終了』を選択した。ただの骨董品探しだというのに、あまりにも不可解な結末だ。
 そんな依頼を安易に引き受けるのは無責任でさえある。

「きみの曾祖母は、佐倉探偵から事情を説明されたにも関わらず、今になって再びそれを見つけられなかった後悔を挙げている。――その意味からして、おれは、他の願い同様に今更叶えられないモノの一つとして挙げたのではないかと思った。たとえば、処分されていた事が確定したとか」
「……」
「――だが、それにしては、おれにはどうも引っかかるんだ。なぜ、依頼は『終了』されなければならなかったのか。……何しろ、左探偵の調査段階で、既に佐倉探偵は助手として行動を共にしている。その時点で、結果が『処分されて依頼達成不可能』であったのなら、左探偵はふつう、佐倉探偵にも花咲つぼみにもそれを報告するのではないかと思う」
「でも、友達だったから言えなかったとか……」
「……いや。確かにその可能性もないわけではないが、おれは違うと思う。依頼人にとってはね、保留されるのが一番怖いのさ。それは左探偵だってわかっているはずだ」

 保留――その恐ろしさは探偵や警察という職業の者が最もよく知っているはずだ。
 それは、永久に依頼人がそれを探し続ける結果を齎す。この事務所の未解決ファイルだって、保留したくて保留しているわけではないだろう。あのいくつもの事件は、探偵の敗北を意味する悔しさに満ちていた。
 おれたちの仕事は、相手が誰でも、見つけた真実を伝える事に他ならない。

「第一、そうならなかったから後に佐倉探偵が再調査をしている。依頼人本人に伝えなくとも、佐倉探偵や鳴海所長には伝えるのがふつうだろう。そうすると、そこから二度手間の調査までする必要はないと思える。……だから、おれには、どうも即座に言えない事情があったとしか思えないんだ」
「確かにそうですね」
「――それに、ここでは、『人探しを依頼されて捜索対象が死亡していた』という結末は、未解決に該当しないものと扱っている。同様に、『探し物が処分されていた』という結末を下した事件は、未解決には該当しないものと扱うのが自然だろう。少なくとも、この世のどこかにあると判断したうえで、それは決して見つけられないと判断したから――このファイルに綴じられているものだと思う」
「なるほど」

 そんなおれを、横から茶化す声が聞こえた。

「……さすが。腐っても探偵」

 所長である。
 他人事のようだが、彼女こそ当時の生き証人ではないか。――尤も、期待はしないが。
 念のため、おれは彼女に訊いた。

「所長はこの当時の事件について何か記憶があるか?」
「うんにゃ。依頼を受けた記憶はあるけど、何しろ特別な事件でもなかったからなぁ……未解決ファイルを読み返してそんな事があったと思ったくらいで……」

 やはりだ。
 八十年も探偵事務所を経営し、その依頼内容をすべて把握できるような人間はそういない。――ガイアメモリ犯罪などという殊勝な事件に巻き込まれるところに始まった彼女の所長人生は、そういった些末な事件を覚えられる具合ではないのである。
 それは無理もない話であるが、そう都合よく話が進むものでもないと思っていた。

「解決は、厳しそうですね……」
「おれもそう思ってはいる。出来るとすれば、きみの曾祖母が一体、佐倉探偵から何を訊いたのか知るくらいだ。曾祖母はいま、話せる状態にあるかい?」
「可能ですけど、親族以外はほとんど会えない状態です」
「きみの曾祖母は、有名人だからな……無理もない」

 いっぱしの探偵では、病院の意向を説得するのも難しい。
 彼女の方からまずは聞いてもらわなければならないわけだが、そうであるにせよ、彼女は曾祖母の後悔として話を聞いた時点で、それについて詳しく掘り下げようとはした筈である。
 ――そうでないとしても、曾祖母がそうして探し物を見つけられなかった事を後悔に挙げている時点で、左探偵や佐倉探偵による『終了』報告に納得はしていないと考えられる。

79780 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:28:18 ID:jwxL9LHA0

「……おそらくきみの様子では、曾祖母がその件を覚えていたり、探し物のありかに心当たりがあったりという感じではなかったみたいだな。佐倉探偵から受けた報告について、きみの曾祖母に聞いたところで、何かの手がかりにならないと感じているんじゃないか?」
「……」

 図星らしい。
 花咲つぼみが現在どういう状態かは知らないが、こうした反応を見れば察しが付く。少なくとも健康的な状態ではないし、探し物についてはもはや心当たりもないといった状況なのだろう。
 ぼけている、とまでは云わないが、少なくとも佐倉探偵から当時訊いた事情を忘れたのか承服しないのか、いまだにそれを本気で探したがっていると考えた方が自然だろう。
 続けて、おれは云った。

「そして、解決すると断言できない依頼は、おれは受けられないというのは先に云った通りだ」
「……じゃあ、やっぱり依頼は受けてもらえないんですか?」
「そう言いたいところだが――――と、ちょっとタバコを吸わせてくれ」

 おれは胸ポケットから取り出したマルボロを咥え、火力を最大にしたジッポライターで火をつけた。女性二名には露骨に不快がられたが、これは衝動だ。
 ヘビースモーカーにしかわからないだろうが、どうしても吸いたくなるタイミングというものが存在する。小さなストレスや頭の中のもやを晴らすのに、その穢れた煙を吸う衝動が必要になるのだ。
 おれは、タバコの香りを吸い込み、大きく吐き出す。

「――しかしだが、個人的にすごく気になる内容なのは確かだ。ここまでのデータを踏まえると、動けば何かの手がかりが入る話に違いない」
「それじゃあ、依頼を受けてくれるんですか?」
「いや、それはできない。――とはいえ、だ。これまで話した通り、かつては変身ロワイアルという営みがあったわけだ。すると、この事務所が存続しているのは、きみのご先祖が左翔太郎や佐倉杏子を生きて帰すのを手伝った事に由来がある。そうなれば彼らの孫弟子であるおれは、きみの家に恩を感じずにはいられない立場だ」
「はぁ」
「ここは、探偵ではなく、私人として無償で手伝うのも悪くはないだろう、と思っている。――きみとしては、どうだろうか」

 そういうと、花華は「そういう事なら」と、戸惑いつつも首肯した。すっかり泣き止み、おれとしては一つ事件解決というところである。
 おれは、笑みを浮かべて灰皿にタバコを押し付けた。華奢なマルボロがL字に曲がって吸い殻の山に重なる。
 ともあれ、おれはこの時点で最大のストレスが消えてくれた気分であった。思春期の少女の涙なるものはなるべく早々に視界から外したい。

「――さて、それじゃあ早速探しに向かおうか」



 おれは、その後、すぐに「今日から有給取得日」として所長に申請している。
 時系列が逆だが、今日の出勤を事後的に有給扱いとしたのである。以後三日に渡っておれは「休暇」を取り、この事務所は臨時休業となる。
 尤も、その間に依頼が来る可能性など僅かだ。この事務所にそう何人も続けて依頼人が来る事など、ポーカーでフルハウスを連続させる程度の可能性しかありえない。

 おれは、さっそく帽子を深くかぶり、出かける準備を整えた。
 と、出かけようとするおれに、所長が口をはさんだ。

「これは主義を崩すのとは違うのかい」
「……おれのルールは崩せない。だが、どんなルールにもこうした抜け穴があるものだ。そこを突いてもらえば、おれは主義を崩さず動ける事になる」
「動きたいように動く、じゃダメなのかね……」
「おれの作法だ。気にするな」

 滑稽で面倒に見えるかもしれないが、それがおれの性格だ。





79880 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:28:47 ID:jwxL9LHA0



 ――これまでが、おれのもとに舞い込んだ事件の発端である。



 これまでに出たキーワードは次の通りだ。

・八十年前に消えた骨董品
・左探偵、佐倉探偵が見つけた事実
・花咲つぼみ
・桜井花華
・風都
・鳴海探偵事務所
・未解決ファイル

 ……考えてみれば、この時点で八十年前と今とは繋がっていた。いくつものキーワードがそれを証明している。
 しかし、まさか、事件を追うにつれて、更に八十年前と今とをつなぐ言葉が増えていくなど……八十年前の怨念と、その時代の人間たちが遂にたどり着く事がなかった真実にまで足を突っ込むなど、誰が想像しただろうか。
 そう、少なくとも、おれのような弱小事務所の独り身探偵がぶちあたる問題ではない。
 神様がいるとして、花咲つぼみの子孫である彼女になら特別な課題を与えるかもしれないが、おれに人並以上の課題を与えた事など一度もないからだ。

 おれには、犬探しや猫探しでちょうど良い。
 ……と思ったが、この事件を経た今になると、そのポピュラーな依頼も一瞬躊躇させてしまうだろうか。







【『死神』/いつかの時代、廃墟と化した風都】



 ――おれは、無人の街を歩いていた。


 どれだけ探しても、誰もいなかった。
 そこかしこの店には客も店員もおらず、時に荒らされたように物が散乱していた。何かのオフィスもまた無人だったし、公園にも子供はいなかった。住宅街を探ってもやはり誰もおらず、どこを歩いても、その歩みは孤独だけを踏みしめさせた。
 しかし、この感覚にはどこか、なじみ深いものがあるのだった。

 ……そうだ。
 この街――歩いた事があった。

 そうだ。そうなのだ。遠い昔、ここを訪れた覚えがある。
 その時の事は――思い出せないが、他に誰かが居た。多くの人がいた。

 つまり、おれじゃない誰かがこの街に、住んでいた……?

 それならば、この街は何故、誰もいなくなったのだろう。
 災害か、争いか、それとも時代が街を死なせたのか?
 ふと頭痛がして、何か巨大な影が空に浮かんだ。――あれは、怪物?
 いや、思い出せない。

 頭痛を抑えながら、おれはひたすら足を進めた。
 どれだけ歩いても、どこも同じように寂れていて景色は変わり映えしなかった。

 そして、しばらくそのまま町をさまようと、おれは遂に他の人間を見かける事になった。



 そう――――誰か、死体となった男を。





79980 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:33:03 ID:jwxL9LHA0
今回はここで投下終了です。
一応、タイトルは「80 YEARS AFTER」としましたが、副題で「世界はそれでも変わりはしない」が付きます。

ここから先の続きはほぼ文章としてはできてないですが、だいたいここまでで50KBくらいになったので収録時はここで分割する形になるかと。
毎回そのくらいの文章で投下していく形になると思います。
よろしくお願いします。

800名無しさん:2018/02/06(火) 12:48:59 ID:tfH5K9.c0
投下乙です!
80年後とは、また凄まじいですね……生き残り二人のうちもう一人は誰なのか、ハーフボイルドに憧れるハードボイルド探偵の活躍にも期待ですね!

801名無しさん:2018/02/06(火) 17:50:30 ID:ZDmRYhys0
投下乙です!
あの殺し合いから既に80年もの月日が経って、かつての参加者達の意志を受け継ぐ者達が物語を紡ぐとは!
そして変身ロワイアルの世界に残った二人とは、果たして何者なのか……?

802名無しさん:2018/02/06(火) 21:15:52 ID:vINOufIo0
投下乙です!

80年の月日を経て舞い込んできた依頼…いったい何が待ってるというのか
杏子は翔太郎の死後に探偵事務所にやってきたものと勝手に思ってたけど、助手として一緒に活動してた時期もあったのね
二人の探偵生活がどんなものだったのか気になるなあ

803 ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:01:31 ID:r7bKsKRs0
感想ありがとうございます。
不定期ですが、今後もちょっとずつ書いて投下して完結させていきたいと思いますので、
見守っていただけると幸いです。

投下します。

80480 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:02:44 ID:r7bKsKRs0
【『探偵』/希望ヶ花市】



 希望ヶ花市――というと、それはプリキュアなる伝説の戦士が活躍した世界の有名な街である。おれは初めて訪れるが、近未来的な――というよりは西洋的な街並みがおれの前に広がる。あまりの清潔さに、おれは少々頭が痛くなった。
 多量の風車を設置して風力発電事業を強化し自然共生を謳ったつもりの風都だが、所詮は人工物の詰め合わせである。対して、希望ヶ花はどうも建物や人工物の占める割合は少なく、街の半分は木々や花や植物にまみれていた。それでいて、何故か田舎臭さとは程遠い。田畑だらけで見渡す限り山、というわけでもないからだろう。
 かれこれ百年、人類が必死に云い続けている「自然との共生」やら「エコロジー都市」やらに、見た限り最も近づいている都市に見えた。大概、どちらかに偏るものである。
 皮肉抜きに素敵な事だ。色んなしがらみを突破しなければ実現できない理想が、ほとんど目の前に来ている。結局のところ、それが一番良い。
 だが、その強いしがらみがあるから、おれのようなやさぐれ者が世に生まれるのだ。

 尤も、だ。
 最初から犯罪都市に生まれたおれである。自ずとそこに馴染むような顔つきになっていったおれは、もっと汚い路地裏のようなところでなければ、サマにならない――ような気がする。おれの無精ひげが世間にどう映るかは、とうに承知しているつもりだ。
 世間が想像する「立派な社会人像」、「清潔感のあるさわやかな男性像」には、ここ十年ほど全く歓迎されていなかった。元の風都でもそれは同じ事かもしれないが――あちらにはまだ、おれとウマの合うタイプの奇人は多かった気がする。

 おれは、ふだん通り薄汚い黒のテーラードジャケットを着て、褪せた中折れ帽子を被っていた。どうもシャツも皺だらけに見えた――ふだんからアイロンをかけるのが下手だから当たり前か。指で圧をかけて少し伸ばしてみせるが、指で少し挟んだ程度で皺などなくなるわけがない。すぐにあきらめた。
 ……これでもおしゃれに決めたつもりだったんだが、どうやらおれのセンスはこの街では通用しないらしい。
 道行く人は大昔――1980年代――の2D映画を見せられているようだ。心なしか、そいつらがおれを笑っているような気がした。

「……」

 おれは、辺りを見まわして喫煙所を探したが、それもどうやらハードルが高いようだった。この都市にあまり馴染めないおれの心を、穢れが癒してくれる事はなかった。先ほどまでの花華と、立場がすっかり逆になっている。
 カプセルホテルも見当たらず、おれは一体どこで寝泊まりすれば良いのかさえも不安に駆られていた。
 が、そんな後の事を考えても憂うつになるのは目に見えていた。――おれは、色々な感情を押し込め、ひとまずは花華お嬢の探し物の話に集中する事にしよう。

「――心当たりのある場所を手あたり次第、というやり方では三日の期限に間に合わない。だからといって、それ以上の日数を休んでしまえば、流石にあの事務所も依頼人も現れてしまう。今までの探し方や、既にないと言い切れる場所を教えてもらえると助かるんだが、どうか」

 花華に言った。
 現場に来たなら、まずは彼女の指示・報告通りに動かなければ意味がない。おれと彼女、どちらが情報を多く持っているかと言われれば当然、彼女だ。
 おれのやり方よりも、まずは彼女の直感や心当たりに頼らせてもらう。

「あ、ちょっと待っててください」

 すると、花華は、そういって、ポケットの中の自前の携帯端末を取り出した。鮮やかな手つきでそれを少し弄ると、彼女は空中に立体映像を浮かべてみせた。
 映されたのは、この街の地図と経路を四次元化した図面だった。
 彼女が端末で設定を弄ると、立体映像はこの付近の街並みと同様のARを表示し始めた。おれが中学生の時にはもう少し出来の悪いARを流す地図アプリが流行った覚えがあるが、どうやらそれよりも技術は進化しているらしい。
 映像が、極めて鮮明で本物そっくりだった。

「こいつは……」

 そう、こいつは、アップルが開発した電子立体地図アプリ――『Ryoga(リョーガ)』とかいう代物だった。
 目的地までの経路や状況がリアルタイムで立体表示され、こちらの位置情報をもとに道案内をしてくれるアプリである。
 仕組みは簡単だ。過去のマップデータや街頭監視カメラの映像等から、その瞬間の街や目的地の現状をサーチし、リアルタイムでARとして立体映像に映すだけ。


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