したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです

482名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:33:18 ID:kLA0APMA0

ミセ*-3-)リ「(コイツ好みの美人で……それがまた嫌なんだろうなあ)」


 なんだかんだと言って、男の子は母親に懐くものだという。
 たとえ死別していたとしてもそれは変わらない。
 また幼い頃は父親が仕事が忙しく滅多に家に帰って来ないのもあったのか、なつるは大変なお母さんっ子だったのだ。

 その人は、なつるが反抗期を迎える前に亡くなってしまったけれど……きっと。
 一人息子である彼の中では、もしかすると夫婦であった父親よりも強く、色濃く残っているのかもしれない。

 だから多分、一緒に過ごして数年、そして彼女が病身で床に臥せっている今でも――義理の母親と仲良くすることなんてできないのだろう。



( -∇-)「…………」

ミセ*゚ー゚)リ「なつる。私、帰るよ?」


 放課後の教室。
 可愛い幼馴染のそんな申し出にも「ああ」なんて素っ気ない返事しかしない。
 視線を合わせようとしないのは放っておいて欲しいというポーズ。

483名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:34:03 ID:kLA0APMA0

ミセ*-ー-)リ「……はぁっ」


 何がスイッチなのか知らないがブルーに入ってしまった幼馴染を置いて、私は教室を出る。
 生みの母はもういない、父親は仕事、今の母親は病気なんだから仕方ないじゃないかと心の中で彼のウジウジさにツッコミを入れて乱暴に歩みを進めた。

 こういう女らしいところがなかったら、ねぇ?
 バーっと、こう。
 ギスギスした家庭もどうにかなって私にも告白してさっさと色々なしがらみをチャラにできるだろうに。

 反実仮想。まあ無理だろうけど。
 不可能願望かな?


ミセ*-3-)リ「……アイツ、初対面の相手には歯の浮くような台詞を笑いながら言えるクセに、毎日会う相手にはどうも奥手なんだよな」


 父親は家に帰って来れないんだから、義理だとしても母親を見舞いに行けるのは自分だけなのに。
 血は繋がってないとしてもたった一人の家族なんだから。

 ……そんなにお母さんが好きだったのかなぁ。

484名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:35:04 ID:kLA0APMA0

ミセ*゚ー゚)リ「確かに前のお母さんは優しかったけど、今の母親だって同じくらいに優しい人だと思うけど」


 実の母親は豪胆でガサツな感じで今の母親は硝子細工のように美しい。
 タイプは全く違うが、私が見る分にはどちらも十分優しい良い人だ。

 いや、違うの……かな。
 むしろ義理の母親が優しいことが嫌なのかもしれない。
 非の打ち所がないところが。

 いっそ無愛想に扱ってくれれば、こっちだって他人のように扱えるのにって。


ミセ*゚ー゚)リ「…………」


 それは、私が親類に対して感じている感情でもある。

 「アンタ他人だろ」と。
 「私に直接関係ない人じゃん」と。

 優しい言葉をかけられる度、気を使われる度、微笑みを向けられる度に心の奥の傷跡がジクリと痛む。
 笑ってしまうほどに繊細で子供っぽい感傷。
 本物の家族と違ってどうしても元は他人であるそういう関係は、素直になるのが難しい。

485名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:36:03 ID:kLA0APMA0

 素直な方が良いってことはカミジョーさんに説教されるまでもなく分かっているんだけど、ねぇ?

 寂しがり屋のくせに、他人に率直な好意を向けられるのは怖い。
 気づかないフリをする。
 聞こえないフリをする。
 逃げる。茶化す。誤魔化す。拒絶する。
 自分は好かれてなどいないのだと、自分の心にさえ嘘を吐く。



ミセ* ー)リ「……あ〜あ」



 社交的でポジティブな方だと思ってたんだけど。
 私もなつるも、友達を作る部活である隣人部にでも入って人との付き合い方の練習をした方が良いのかも。

 一人で進む廊下は、何故か二人の時とは違って妙に冷たく見えた。

486名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:37:03 ID:kLA0APMA0
【―― 5 ――】


 ぼんやりとした曇天のような心持ちで下駄箱まで辿り着き、靴を履き替えて外に出たところで誰かにぶつかった。
 明らかに私の不注意だったので「あ、すみません」と一歩下がりつつ頭を下げる。

 と、見ると。


(#^;;-^)「いえ、大丈夫なのです。こちらこそ申し訳なかったのです」


 そう言って私の前で笑っていたのはでぃちゃんだった。
 ……笑う、というより微笑む、か。
 彼女が声を出して笑う時は、なんとなくの単なるイメージだけど、「おほほほ」という感じで手どころか扇子で口元を隠しそうだ。

 お淑やかというか……お嬢様っぽい?
 あはははと笑ってバシバシ机とか人の背中とかを叩いちゃう私とは大違いだ。

 閑話休題。


ミセ*゚ー゚)リ「でぃちゃんまだ帰ってなかったの?」

(;#゚;;-゚)「今し方、少し気になるものを見たので、どうしようかとごしゅ……お兄ちゃんと相談していたのです」

487名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:38:04 ID:kLA0APMA0

 ……無理に直さなくてもいいんじゃないかなあ。
 そう思って、でもすぐに流石に公共の場、しかも学校で「ご主人様」はマズいかなと思い直す。
 今の「お兄ちゃん」もそこはかとなく犯罪的だけど。

 世話焼きな妹みたいな感じがするもんね、でぃちゃん。
 正直に言うとロリっぽい。


 そんな妹キャラの後ろから、彼女のお兄ちゃんことギコさんが目を細めながらやって来た。
 難しそうな顔をしていてもその童顔の所為であまり深刻そうには見えない。
 この人は甘えん坊の末っ子が似合いそうだ。

 彼は一息ついて、話し出した。


(,,-Д-)「ん……なんて言うかさ、僕個人としては気にする程ではないと思うんだけど、周囲との関係的にはポーズだけでも必要かなって」

ミセ*゚ー゚)リ「?」


 キョトンとする私を見て「縄張りの関係だよ」と付け加える。
 多くを語らないことから察するに(そして心なし嫌そうなのを推し量るに)お仕事のことなんだろう。

488名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:39:15 ID:kLA0APMA0

 朝比奈擬古という名の彼はただの神道系の大学に通う大学生ではなく、同時に非正規の家業である妖怪変化の専門家でもあるのだ。
 それが好きでやっていることなのか嫌々やっていることなのかは置いておくとしてもとりあえず事実ではある。
 ……優秀かどうかはちょっと分からないけれど。

 至極一般的な女子高生である私はこないだまで怪異が現実に存在すること自体知らなかったのだ、専門家として有能かどうかなんて分かるわけがない。


 より正確には、怪異が引き起こした現象を、一度は確かに目にしていたのに私は信じようとしなかった。
 訳の分からないことを――問題を、そのままにしておいた。

 そう言えば、とこうして世界の裏側を垣間見、自分の問題を解決しようと思い始めた今は改めて疑問に感じる。
 あの時私を助けてくれた、あの剣士さんは退魔師か何かだったのだろうかと。
 もうロクに顔も思い出すことはできず、姿かたちも朧気にしか覚えていないけれど、刃のように鋭い目付きと携えていた長い日本刀はちゃんと記憶に残っている。

 「名乗るほどの者ではない」なんてカッコ付けたことを格好も付けず言っていた彼女は今も生きているのだろうか。


ミセ*゚ー゚)リ「ちなみに今日はどんな問題なんですか?」


 いつか機会があれば彼女のことも訊いてみよう。
 そんなことを思いつつ、私は目の前の専門家さんに問いかけてみる。

489名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:40:12 ID:kLA0APMA0

 ギコお兄さんは口ごもりながら答える。


(,,-Д゚)「『問題』とも言えない問題、かな。存在の基準……うーんと、セイヨウタンポポはあって良いかみたいな」


 なんだそれ。


(,,-Д-)「俺は好きだから別にあっても良いと思うんだけど、でも世の中には外来種なら迷わず処理する人もいて……」

ミセ*゚ー゚)リ「ふむふむ」

(,,゚Д゚)「別にそれはそれで正しいけど、俺はちょっと嫌だから、なんて言うか『ここは俺の持ち場です』と周囲に主張して……」


 全く分からない。
 話は途中から聞き流していた。

 最近になって気づいたことだけど擬古さんはあまり頭の良く回る方ではないみたいだ。
 今も一人称が「僕」から「俺」になってしまっているし、どうやらこの末っ子キャラは根本的に小難しいことが苦手らしい。
 当然、説明するのも上手いとは言えない。

490名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:41:14 ID:kLA0APMA0

 九尾の時、私に「でぃちゃんと友達になって下さい」なんて説明せず巻き込むような形にしたのは、単に説明するのが苦手だったからなのかも、なんて。


ミセ*゚ー゚)リ「……んー」


 クラスメイトの方を見遣る。
 こちらに気づいた彼女は私を一瞥すると、すぐに視線を前に――校門の方へ――戻す。
 そうして、


(#゚;;-゚)「分からないのなら、『分からない』で良いですよ」


 一言、静かな口調で告げた。


(;-Д-)「ごめんね……。俺、説明下手だからさ……」

ミセ*^ー^)リ「いえいえ。私も理解するの遅い方なんで、おあいこです」

(;#゚;;-゚)「それにミセリさんには馴染みのない話で…………!」

491名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:42:03 ID:kLA0APMA0

 そこまで言って。
 でぃちゃんが、唐突に言葉と動きを止めた。

 両目と瞳孔が限界まで広がっていた。
 まるで信じられないものを見たような――たとえば普通の人が、怪異を見てしまったような、そんな感じ。
 彼女自身が人外である以上それはありえないが、そう思わせるくらいに、彼女は。

 一瞬の後、驚きで身を小刻みに震えさせた。



(;#゚;;-゚)「ご、主人さ、ま……。あ、そこ……!!」



 呼び方を繕うのも忘れ、震える手で指を指す。
 ギコさんはその言葉で全てを悟ったのか勢い良く振り向いた。

 そして、

492名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:43:06 ID:kLA0APMA0

(,, Д)「……!」



 震えこそしなかったがでぃちゃんと同じように動きを止めた。
 目を見開き、それを見ていた。

 私も咄嗟にその視線を辿ったがただ普通の風景が広がっているだけだった。
 生徒達が各々友達と、あるいは今日に限っては両親と仲良さげに帰っていくその光景。
 普段ではありえない風景だが、それでも特筆すべきところはない…………いや、ちょっと待て。


 ―――また不釣合いな人が一人いる。
 和やかな風景にそぐわぬ、妙な風体の奴が。



「……」



 校門の外に立つその男は妙にガタイが良かった。
 筋肉質な身体にジーパンにジャケット。
 ライオンのように逆立っている濃い茶色の髪の毛も相俟って、見るものに野生的な印象を抱かせる。

493名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:44:04 ID:kLA0APMA0

 笑みを浮かべる男の立ち姿で最も特徴的なのが、肩にストールのようにかけられている毛皮だ。
 髪と同じ色合いのその毛皮を見ると、なんか紀元前のバーサーカーにしか見えない。
 いやその服装も冬ならまだ分かるけど今梅雨だぞ。


ミセ*゚ー゚)リ「……? あの人が、何か?」

(,,-Д-)「…………うん」


 軽く手を振ってくる男。
 ギコさんは何故か悲しそうに「俺の知り合いだよ」と言った。

 そうして、あるいは、と前置き。



(,,゚Д゚)「―――あるいは俺の家族だよ」



 と、沈痛な面持ちで、言った。
 本当の家族なのか、それとも義兄弟という意味での家族なのかは分からなかったが、深い関係であることは分かった。

494名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:45:15 ID:kLA0APMA0

 だから、私は。


ミセ*゚ー゚)リ「その問題は問題じゃないんですよね? 気になるだけで」

(,,゚Д゚)「え?」

ミセ*^ー^)リ「それで、あの人は『家族』――なんですよね。だったら、行かないと」

(# ;;-)「…………」


 行ってあげないと。
 次にいつ会えるかも分からないんだから。
 もう会えないかもしれないんだから。

 ……縁起でもないけどね。

495名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:46:12 ID:kLA0APMA0

 暫く悩んでいたギコさんだったけど、でぃちゃんに袖を引かれて、彼女の縋るような目を見ると「分かった」と小さく頷いた。
 心配性なでぃちゃんが無視しても良いレベルと判断した、家族の方を優先したいと思う程度の問題なのだ。
 きっと大したことはない、誰に危険が及ぶでもない、本当にちょっとしたことだったのだろう。

 そして。


ミセ*^ー^)リ「それじゃ」


 私は背中を押すようにそれだけを言って。


(#^;;-^)「はい」

(,,-Д-)「ありがとう、ミセリちゃん」


 走っていく二人を見送った。
 その関係性が家族だというのなら、きっと積もる話があるはずだ。

496名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:47:24 ID:kLA0APMA0
【―― 6 ――】


 さて、と二人を見送ってこれからどうしようかと伸びをしたその時に、私は視界の端に気になるものを捉えた。

 来客用の玄関から校舎に入っていく背の高い女性。
 ハイヒールを履いてシックな色合いの服に身を包んでいる、白い肌と黒い髪のコントラストが美しい彼女を私は知っていた。
 硝子細工のように美しい、その人を。


ミセ*゚ -゚)リ「定子さん……?」


 その女性は、件のなつるの母親。
 彼の義理のお母さんである定子さんだったのだ。

 尤も、なつる本人は「お母さん」なんて絶対に呼ばないけれど。


ミセ*゚ -゚)リ「授業参観……? あれ、でももう終わったしなあ……」


 授業を見に来たのであれば三十分ほど遅かった。
 そうでないのなら何故ここにいるのかが分からない。

497名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:48:08 ID:kLA0APMA0

 ……うん。
 多分、時間を勘違いしていたのだろう。
 彼女はそういううっかりしたところもある人だ。

 しかし折角病身を押してここまで来てくれたのだ。
 授業はもう終わっているけど、子供と一緒に帰るくらいはしても良い。


ミセ*-ー-)リ「……なつるは、嫌がるかな」


 どうだろう。
 それが本心からのものでない、照れ隠しであると良いんだけど。


 ……少し考えて、私は定子さんの後を付けることにした。
 好奇心の為ではなく私の為。
 幼馴染がどういう風に義理の母親と付き合うかを見ることで自分も考えようと……そういうこと。

 半分は、その理由。
 もう半分は単純に心配だからだった。

498名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:49:08 ID:kLA0APMA0

 なつるは他人だけど、なつるのことは他人事ではない。


ミセ*-ー-)リ「結婚したら私の母親にもなるんだしね」


 結婚の約束だけならもう交わしてあった。
 「家族になろう」という指切り。
 授業参観の思い出と同じくらい古い出来事をアイツは覚えているだろうか。

 まあ、覚えてなくたって良い。
 改めて結べばいいだけの話。

 そんな馬鹿なことを、バカップルみたいで子供地味たことを呟きつつ、私は踵を巡らす。

499名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:50:14 ID:kLA0APMA0
【―― 7 ――】


 授業参観が終わった後の校舎はいつもよりも明らかに人が少ない。
 ほとんどの部活は今日は休みなので(教師陣が会議なのだ)生徒は家族と一緒に帰るか、それか早く帰れることを喜んで友達と遊びに行くかのどちらか。

 それでも、一部の熱心なクラブは活動しているらしく、廊下や教室にはチラホラと人が見えた。


 構内に響く様々な楽器のチューニング音が私の耳に届く。
 あと十分もすれば今校舎中で行われているこのパートごとの基礎練習が終わるので、演奏会用の楽曲練習が始まるのだろう。
 聞いた話では、次の公演はまだ一ヶ月以上先らしいのに真摯な人達だ。

 その間を縫うようにし聞こえてくるのは教室に残ってお喋りをする女の子の笑い声。
 何処に遊びに行こうか、なんてことを雑談しながら相談している内に時間がなくなってしまうのだ。
 それで結局は何も変わったことをせず、いつもと同じように笑いながら帰る。

 友達と一緒にいるだけで楽しい私達にはよくある日常だ。


ミセ*-ー-)リ「……♪」


 ふと、窓の外を伺ってみれば、部活が休みのはずの野球部とサッカー部の自主練組が争っている。
 ……キックベースで。

500名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:51:20 ID:kLA0APMA0

 こういう多くの運動部が休みの日には自主練組はよくキックベースをしている。 
 理由はと言えば、単に楽しいからではない。
 練習場所が同じ野球部とサッカー部は、ああして勝負してどちらがグラウンドを使うのかを決めているのだそうだ。
 交互に使ったり半分にしたりしない辺りが体育会系的な馬鹿さ(部活に対する熱心さと考えのなさ)が垣間見える。

 見た感じでは、今日は野球部側が勝っているらしい。
 負けた方は自動的にランニングや筋トレといったつまらない練習になるので両方共必死だ。


 まさに蒼い春といった感じの情景。
 五感が学校中に満ちる若々しさを拾ってくる。



ミセ;゚ー゚)リ「……あれ、」



 と。
 そんなことを考えていたら定子さんの姿を見失った。


ミセ;゚ー゚)リ「あれ、あっれー……?」

501名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:52:12 ID:kLA0APMA0

 階段を上った辺りまでは前にいたのに、ちょっと目を話した隙に影も形もなくなっていた。
 我ながら自分の注意力散漫具合に呆れてしまう。

 やれやれだ、"Not again"。


 諦めるかどうかを本気で検討し始める一歩手前で、廊下の掲示板にポスターを貼り付けている新聞部を見つけた。
 学園モノでよくあるそれとは違い、この学校の新聞部は情報通はいないし噂好きというわけでもないしというか活動をほとんどしていない。
 基本的な活動は今やっているような校内の掲示物の貼り替えと行事の宣伝だ。

 吹奏楽部の演奏会のことだって私は新聞部が作ったポスターで知った。

 ……しかしそれは本来、教師がやるべき仕事なんじゃないかな?
 そんなことを思いながらも、黙々と作業を続けている部員に話しかける。


ミセ*゚ー゚)リ「あのー……」

/ ゚、。 /「はい?」


 長身ながら人に威圧感を与えない、穏やかそうな顔をしたこの先輩はなんて名前だったっけ。
 三年生で……。
 前まではよく同じ新聞部の小さな人と一緒にいた……。

502名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:53:04 ID:kLA0APMA0

 「名前なんて別にどうでもいいか」と思い直して私は訊ねた。
 なんなら後で生徒会長に訊けばいいんだし。


ミセ*゚ー゚)リ「さっき、この辺りでハイヒールを履いた黒っぽい服の女の人を見なかったですか?」

/ -、_ /「うーん……ごめんなさい、分からない」


 名も知らない先輩は本当に申し訳なさそうにそう言って、直後に近くの教室から出てきた女子生徒に事情を話した。
 画鋲を取りに行っていたらしいそっちの人の方は私も知っている。


li イ*^ー^ノl|「水無月さん、お久しぶり」

ミセ*>ー<)リ「お久しぶりですっ!」


 やや垂れ目で、半ばから緩やかにカーブした長い黒髪を持つ彼女は「幽屋氷柱」という三年生の先輩だ。
 去年の運動会で組分けが同じでお世話になった。

 弓道部であるはずの彼女が何故新聞部を手伝っているのかは氷柱先輩の双子の姉が関係している。
 お姉さんの方は「幽屋哀朱」という名前で、双子だからと言って必ずしも似ているとは限らないということを教えてくれる、落ち着いた氷柱先輩とは違うとても明るい人だ。
 よくは知らないけれど、何かの事情があって彼女もたまに新聞部を手伝っている。

503名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:54:08 ID:kLA0APMA0

 長身の先輩から事情を聞いて、氷柱先輩は私に訊ねた。


li イ*゚ー゚ノl|「その女の人っていうのは、ご父兄の方ですよね?」

ミセ;゚ー゚)リ「はい。多分、授業参観に来たんだと……。終わっちゃったけど……」


 じゃあ、と氷柱先輩は言った。



li イ*^ー^ノl|「息子さんか、娘さんの教室に向かったんじゃないかな」

ミセ;゚ー゚)リ「…………あ」



 …………。
 それもそうだ。

 どうやら私には注意力だけではなく他にも色々な物が足りないらしい。

504名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:55:04 ID:kLA0APMA0
【―― 8 ――】


 そっと教室の中を覗い、人影が一つしかないのを確認して中に入った。
 その影、なつるは私と別れた時と変わらずぼんやりと窓の外を眺めている。

 まだ定子さんはやって来ていないらしい。


( ・∇・)「……どうした?」

ミセ*^ー^)リ「いやちょっと、気になっちゃって」


 私の言葉になつるは「ふぅん?」なんて言って訝しむような表情をし、やがてまた視線を窓の外に移す。
 心なしか彼が嬉しそうに見えるのは目の錯覚だろうか。
 そうであるとしたなら一体どうして、何について喜んでいるんだろう。

 まさか、私が戻ってきたことにかな?
 そろそろそういうデレがあっても良い頃なんだけど。

 "It is time +主語+仮定法過去"。

505名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:56:14 ID:kLA0APMA0

( -∇-)「なあ、ミセリ」

ミセ*^ー^)リ「なに?」


 弾む声音を抑えながらの返答にも彼はこちらを見ない。
 代わりに指先をちょいちょい、と動かして「こっちに来いよ」という意思を表す。

 私は黙って彼の隣に座った。
 ひょっとしたらキスでもされるかな?と思ったけど、そうはならず、どうやらただ単に傍にいて欲しいだけだったみたいだ。
 それは単純に身体を重ねることよりも嬉しい、親愛の証左。

 そうして、私の幼馴染はぽつりぽつりと話し出す。


( -∇-)「お前さ……伯父さんとは、どう?」

ミセ*-ー-)リ「どうって?」


 少し考えて、彼は再び問いかける。

506名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:57:23 ID:kLA0APMA0

( ・∇・)「どんな話、するんだ?」


 気が付いた。
 なつるが変だった理由。
 授業が終わった後もこうしてずっと待ち続けている理由が。


ミセ*゚ー゚)リ「色々だよ」

( ・∇・)「色々って、その色々を訊いてんだよ」

ミセ*-ー-)リ「友達と話すような内容」

( ・∇・)「お前は俺に義母に向かって『今日暇ならお前ん家でヤろうぜ?』とか言えってか」


 克服しようとしてるんだ。
 埋めようとしているんだ。 

 お母さんとの、どうしようもない距離を、どうにかしようと思ってるんだ。

507名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:58:43 ID:kLA0APMA0

ミセ*^ー^)リ「私に言う台詞じゃなくて、普通の友達に言う台詞だよ」

(;-∇-)「『今度映画行こう』って? 映画はなあ……」

ミセ;゚ー゚)リ「別にそっくりそのまま使わなくてもいいんだよ? 細部は変えてもいいんだよ?」


 何が彼の考えを変えたのかは分からない。
 でも今確かに彼は、折り合いの悪かった母親と話そうと努力している。

 親子だから。
 家族だから。
 かけがえのないものだから。

 最初はそうでなかったんだとしても――今、そうなろうとしている。


ミセ*^ー^)リ「今日学校でこんなことあったよー、とかさ!」

( ・∇・)「小学生か。ってか、お前は伯父さんとそんな話するのか」

ミセ*゚ー゚)リ「しないけど」

(;-∇-)「いい加減なこと言うなよお前……」

508名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 03:59:24 ID:kLA0APMA0

ミセ*゚ー゚)リ「それより唐突にどうしたの? 心変わり?」

(  ∇)「いや……今日、来るらしいからさ……。遅れるかもしれないけど、って……。だから……」


 他人はいつ、家族に変わるんだろう。
 抱き続けてきた疑問の答えが出たような気がした。


ミセ*^ー^)リ「テキトーでいいんだよ、そんなの。話したいことを話せばさ」


 コツコツコツコツ……。

 コツコツと、足音が聞こえる。
 チューニングが途絶えた静かな校舎の中にハイヒールの音が響く。
 音が段々と近付いてくる。

 定子さんはハイヒールを履いていた。
 きっと、この足音はあの人の生み出したもの。


ミセ*-ー-)リ「いいんだよ、適当で。家族なんだから……変に気を使わなくても、いいんだ」

509名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:00:32 ID:kLA0APMA0

 カツカツや、カッカッというような強く踏み締める感じではない。
 人柄を表しているかのような優しく、控えめな靴音。

 そして。



ミセ*゚ー゚)リ「ほら――来たよ」



 その足音が止んだ時。
 私達は扉の方へ振り返った。

510名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:01:14 ID:kLA0APMA0
【―― 9 ――】


 控えめな微笑みが――見えた。



川ー川



 少し長過ぎる感じもあるロングヘアーの間から彼女の笑みが覗いてる。
 目にはとても優しい光が宿っていた。
 脆く儚い美しさの中には母性が見え隠れする。

 彼女は手を、振る。


(; ∇)「あ、えっと……」


 ガタリと腰掛けていた椅子を倒しながら立ち上がった少年は、とても小さな、消え入りそうな声で。
 でも確かに声に出してその言葉を言った。

 「かあさん」――と。

511名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:02:06 ID:kLA0APMA0

川*ー川



 血の繋がらない息子から初めて母親と認められたその人はまた微笑んだ。
 今度は控えめなそれではない、本当に嬉しそうな笑顔だった。

 唇が僅かに、動く。


 紡ぎ出されたのはたったの一言。
 五文字の言葉。
 声にならないその想いを息子はちゃんと受け取った。

 ……彼女はこう言っていた。

512名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:03:09 ID:kLA0APMA0



  あ
 
  り

  が

  と

  う
   


 ―――「ありがとう」と。



.

513名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:04:04 ID:kLA0APMA0

 本当に嬉しそうに。
 今までのすれ違いが全部帳消しになってしまったかのような幸せそうな表情で。

 頬の一筋の涙が流れるのが見えた。
 彼女は堪えられないという風に口元を抑え、眉間に皺を刻み、上を向いた。
 けれど感情の欠片は留まることを知らないで幾筋もの涙として現れる。

 私も泣いてしまいそうだった。
 隣にいる彼はきっと泣いていた。



川*ー川



 最後にもう一度、彼女は泣き笑いをしながら頷いて、また何かを言った。

 今度も声にはならなかった。
 今度は唇さえも見えなかった。

 けれど、私達には彼女が何を伝えたかったのかが分かった。

514名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:05:03 ID:kLA0APMA0

 ―――本当に、ありがとう。

 彼女はそう言っていた。
 鼓膜を揺らす言葉ではなく、心を揺らす想いで以て。



 そして急に彼女は踵を返した。
 涙の粒が舞って、キラキラと宝石のように輝き落ちた。

 恥ずかしくなったのかもしれない。
 みっともなく思ったのかもしれない。
 何か思うところがあったのだろう。 

 彼女の姿が、視界から消えた。



 息子は手で涙を拭うと母親を追いかけるように走り出した。

 私もその後を追った。

515名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:06:19 ID:kLA0APMA0

 教室の外に出て、辺りを見回した。

 彼女は何処にもいなかった。

 まるで最初から存在していなかったかのように、影も形も見当たらなかった。



 そして、携帯が鳴った。




(  ∇)「…………え?」




 彼女の足音はもう聞こえない。

 先程まで彼女が立っていた場所には、落ちた涙の雫があるだけだった。

516名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:07:07 ID:kLA0APMA0
【―― 10 ――】


 病室のベッドに横たわる彼女――定子さんは、なつるが来た時にはもう冷たくなり始めていた。
 白く美しい肌は生前と同じで、その硝子細工のような美しさは命が絶えた今となっても全く変わることがなかった。 

 昨日までは、元気だったという。
 病院側が外出の許可まで出せるほどに。
 ……授業参観に行くという約束ができるほどに。

 それが消え去る前に一際強く輝く炎と同じだとは誰も気付くことはできなかった。


(  ∇)「…………」


 けれど、だとするならば私達が見た定子さんは幻覚だったのだろうか。 
 少なくとも、幽霊……ではないだろう。

 足があるとか涙の雫が残っていたとかいうことではなく――“彼女が息を引き取ったのは、携帯が震えたすぐ後だったのだから”。

 ハンガーラックに綺麗に掛けられたシックなレディーススーツはクリーニング屋から受け取った時のままのようだ。
 その下に置いてある箱の中身はあのハイヒールだろう。
 戸棚に化粧品が見えることからも、本当に直前まで授業参観に行くつもりだったということが分かった。

517名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:08:08 ID:kLA0APMA0

ミセ* -)リ「…………なつる」

(  ∇)「悪い……」


 涙声で彼は言った。
 「一人にしてくれ」と。

 なつるは跪いて、母親の手を取った。
 まだ暖かさの残るその右手を。
 本当ならば今日一緒に学校から帰る時に繋ぐはずだった――彼女の手を。

 生きているうちは結局一度も握ることはなかった、その右手を。



 病室から出て、扉を閉めた。
 ……それでも静かに啜り泣く声は私の耳に届いた。

518名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:09:05 ID:kLA0APMA0
【―― 11 ――】


(,,-Д-)「―――『面影』」


 病室の外、病院の廊下には家族との再会を終えて戻って来たギコさんが立っている。
 彼の言葉に私は「面影に立つ」という慣用句を思い出す。
 今、目に見えないはずの誰かの姿を見る、という意味のその言葉を。


(,,-Д-)「日本の東北地方の一部に伝わっている伝承でさ。その幽霊は足がある、って言われてる」


 幽霊と言うか実は生霊なんだけどね、と補足を加えた。


(,,゚Д゚)「誰かが死ぬ直前に……重病患者とかが多いらしいんだけど、そういう人達が死ぬ直前に親しい間柄の誰かの前に現れる」

ミセ* ー)リ「…………」


 そうして。
 “ふと現れた彼等は手を振ったり、下駄の音を立てたりする”――らしい。
 微笑んで見せることも、あるらしい。

519名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:10:23 ID:kLA0APMA0

 死期を悟った人間が怪異として今生の別れを告げる。


(,,-Д-)「死後の未練を果たす為に幽霊になる話は多いけど、死ぬ直前で怪異となるのは珍しいよね」


 だから。
 きっと。
 それほどまでに彼女は息子のことを想っていたのだ。

 血が繋がらない、短い付き合いの相手だとしても。
 最後の瞬間に「約束を果たしたい」と願った。

 ギコさんは言った。



(,, Д)「本当に……大切に想っていたんだと思う。一人の『家族』として、彼女も彼のことを」



 言葉は、ただの気休めかもしれなかった。
 やはり現れた彼女は、ただの幻覚なのかもしれなかった。

520名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:11:14 ID:kLA0APMA0

 だけど、定子さんは言ったのだ。
 「ありがとう」――と。
 泣きながら、涙を流しながら笑顔を浮かべて。

 自分のことを母親と認めてくれたなつるに向かって――「本当にありがとう」と。


ミセ* ー)リ「母親っていうのは……強いなあ」


 呟きながら、なつるに話してあげようと思った。
 気休めでもいいからきっと言おうと。
 間に合ったんだと、言葉には遂にすることはできなかったけど、お互いに想い合っていたんだと。

 なんて言えば上手く伝わるだとうかと、考えて。
 その時にやっと私は、目の前にいたギコさんだけじゃなく自分も泣いていることに気がついた。



 血は繋がっておらずとも母親は母親。
 家族は、家族だった。

 それは最後の瞬間だけだったかもしれないけれど、それでも確かにあの二人は『家族』だったんだ―――。

521名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:12:11 ID:kLA0APMA0
【―― 0 ――】


「―――『人一日に千里を往くこと能わず、魂能く一日に千里をも往く』っと」


 会長さんはいつものように窓の外を見ながら、いつものように知った風に呟いた。

 彼女の嫌いな儒教の説話の一節だ、「范巨卿鷄黍死生交」という話に出てくる言葉。
 ……もしかすると会長さんとしては漢語文学ではなく、古文の作品の方から引用したつもりなのかもしれない。
 その漢文を元にした物語――『雨月物語』より「菊花の約」。

 それはある男が親友と会うという約束を果たす為に幽霊となるお話だった。
 情と約束の重さを教える為の草紙。


li イ*^ー^ノl|「儒教は嫌いなんじゃなかったんですか?」

「嫌いとは言ってないよ。僕には合わないと思ってるだけ」


 言葉の意味は、自分以外の人には合う人間もいるだろう、ということ。
 会長さんが思い浮かべている彼等のように。

522名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:13:06 ID:kLA0APMA0

「ここの言葉での『千里』は漠然と遠い距離を表すらしいケド、当時は友情に男色も混じってたんだってね」


 次いで、今も混じってるのかな、と言い笑う。


「でもさ、そもそも感情って『○○だ』とか『××だ』とかはっきり言えないものなんじゃないかな?」

li イ*-ー-ノl|「……かもしれません」


 私が実の兄に抱く感情は本当に恋慕なのだろうか。
 たまに、分からなくなる。

 ……ああ。
 そう言えば、その兄の知り合いがいつだったかこんなことを言っていた。
 「愛情は人によって違って、相手によって違うんだ」と。

 本来は絶対に伝わらないはずのたった一つの愛を、どうにか伝えようとして――人は人を愛するのだと。


li イ*゚ー゚ノl|「実際は、曖昧なものなのかもしれませんね」

523名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:14:04 ID:kLA0APMA0

 愛のような、恋のような。
 情のような、あるいは他の“何か”のような。

 何かはよく分からないけど、大切な何か。


 ……そんな風に漠然と思った私の心を読み取ったのかもしれない。
 会長さんは私の方に振り返り、悪戯好きそうな笑みを浮かべてこう言った。

 『家族』と同じように?――と。


li イ*゚ー゚ノl|「……会長さんは『家族』ってなんだと思うんですか?」


 私は、積み上げた時間と想いが家族である証明だと思っている。
 私に訊ねてきた彼女はどう思っているのかと気になった。


「決まってるよ」


 と。

524名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:15:02 ID:kLA0APMA0

 彼女は、そう言って。
 私が予想していた「分からない」とか「知らない」とか「どうでもいい」ではない答えを、また知ったように口遊ぶ。



「『家族』っていうのは――結局、“家族である”ってことだよ。それだけでしょ?」



 ……なるほど。
 それは同語反復でしかなく、循環定義でしかないけれど、真理だった。


 元より不完全な存在である人間は、何を定義するにしてもその根幹の部分で「○○だから○○」という言葉を使わざるを得ない。 
 「××だから○○」と定義できるのは二次以降の概念だけなのだ。
 定義自体を定義することは不可能だし、最小単位を分割することも同じく不可能。

 ならば、儒学において人間関係の基礎と考えられた『家族』を改めて定義したり説明したりする必要は何処にもない。
 どう思うかは様々だとしても、どうであるかは唯一だ。

525名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:16:07 ID:kLA0APMA0

 つまり――『家族』は“家族”だ、と。


li イ*-ー-ノl|「…………」

「より簡単に、現実に即した形で直すとすれば、『家族とはお互いが「家族」と思っている関係のこと』になるんじゃないのかな」


 血が繋がっていなかったとしても。
 どんなに短い時間の間柄でも。
 本人達が、お互いのことを『家族』と認めるのなら――それは家族。

 家族のような人間関係――は『家族』だし。
 家族みたいな人間関係――も『家族』なのだ。

 改めて確認するまでもなく、それは確かに『家族』なのだ。


「だから、多分ね」

526名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:17:03 ID:kLA0APMA0

 彼女が次に何を言うのかは自然に分かった。
 きっと「他人はいつ『家族』になるのか?」という問いの答え。

 そして――それは。



li イ*^ー^ノl|「他人同士がお互いに『家族になろう』と思った時……既に彼等は『家族』になっている、でしょ?」

「あー、もう僕の台詞取らないでよっ!!」



 あの幽霊さんが言葉を声に出さなかったのは当たり前だ。
 だって家族というものは、想いが言わなくても伝わるからこそ、『家族』なんだから。






【――――そこまで。第六問、終わり】

527名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 04:18:03 ID:kLA0APMA0


 「音に聞きて 一人で探る 君の影」


【歌意】
あなたのことを噂で耳にして、私は一人であなたの影を探し求めています。

【語法文法】
『音に聞き』は「音に聞く」という言い回しを連用形に変化させたものである。
意味としては「噂で耳にする」「噂に高い」のどちらかだが、今回は前者。
次の『て』は連用形に繋がる接続助詞。単純接続・原因・理由・逆接などの用法があるのだが、多くの場合は現代語の「〜て」のように訳せる。
『一人』は現代語と同じく「ひとり」や「独身」。稀に副詞として「自然に」という風にも使われる。
続く『で』は格助詞。厳密には四種類程度に分類できるが、先ほどの『て』と同じく大抵は現代語と同じように訳せる。
『探る』はラ行四段活用「探る」の連体形。終止形も同じく「探る」なものの接続されているのが体言なので連体形と分かる。
これは「指先で触って調べる」「尋ね求める」ような意味。
体言の『君』は代名詞で現代語と同じく「あなた」。名詞の場合は「主君」「天皇」と訳す。ただ和歌の場合は前者のことが圧倒的に多い。
『の』は格助詞で、これも現代語の「の」と同じ。
古語では最後の『影』の意味がかなり多く、バリエーションとしては「空間に浮かぶ姿」「姿形」「面影」「陰影」「光」「霊魂」など。
現代語でも同じく様々なニュアンスを有する単語なのであえて上記でも訳していない。

【特記】
参考にした歌は特にない。元々は「おとに聞き 一人で探す 君の影」という現代語の川柳だった。
現代語と同じ意味の言葉が多く出てきているのはその為である。

528作者。:2013/08/05(月) 04:19:10 ID:kLA0APMA0


この作品の原案を書いたのは一年以上前なのですが、改めて見ると、よく人が死ぬ話だなあと。
冷静に考えるとなつる君はここ二ヶ月くらいの間に先輩達と義母を失くしているわけで凄く災難な子ですね。
ちなみに次の話でも人が死にます。

そんなわけで第六話でした。
探せば色々とリンクネタが見つかると思いますが、本編にはほぼ関係ないので気にしないでください。



次は前後編ですが、もしかしたら一話、書き下ろしで一話完結の話を書くかもしれません。
……しかし話が重いからエロを入れる場所がないなあ。

529名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 10:54:17 ID:LZ5EUbFM0
おつ!

530名も無きAAのようです:2013/08/05(月) 14:18:22 ID:7GDiotRYO
乙。なつるん…。

531名も無きAAのようです:2013/08/06(火) 23:16:29 ID:R8DfhT1QO
ひっさびさのフサだぜい


生きてたんだな(笑)


ってかこのニーイチワールド、各キャラの年齢、整合性ある?
微妙にズレとらんかや?

532名も無きAAのようです:2013/08/09(金) 06:17:04 ID:eBS2hVw20



 第六問。
 模範解答。



.

533名も無きAAのようです:2013/08/09(金) 06:18:12 ID:eBS2hVw20

・《面影》
 秋田県に伝わる生霊。
 人が死ぬ直前にその魂が本人そのものの姿になって親しい間柄の相手の元に現れたり下駄の音を立てたりするという。
 またこれは幽霊でありながら足のある姿で現れるとされる。
 似た伝承は岩手県や青森県にも伝わっており、特に戦争中などでは盛んに噂されていた。

 現実的に解釈をすれば、戦地や病院にいる大切な人のことを考えているうちに街を往く他人にその人の姿を重ねてしまって……というものなのだろう。
 だがなんにせよ人の情や絆を思わせるロマンチックな伝承ではある。 
 もしかすると、ここにいないはずの誰かの姿を見るという意味の慣用句「面影に立つ」はこの霊が由来なのかもしれない。
 

・《菊花の約》
 上田秋成によって著された妖怪小説「雨月物語」に納められた話の一つ。
 漢語作品の「范巨卿鷄黍死生交」という説話を原案に持つ。
 時代設定や人物は変更されているがどちらも友人と会う約束を果たす為に命を絶つ男の物語である。
 作中で引用されている「人一日に千里を往くこと能わず、魂能く一日に千里をも往く」はそれに関係している。

 この作品の主題は「交りは軽薄の人と結ぶことなかれ」という原作中の一文の通りである。
 軽薄な者と親交を持つべきではない(≒親交を持つのは約束を必ず守るような誠実な相手が良い)ということでその為に重い友情の比喩としても使われる。

534名も無きAAのようです:2013/08/09(金) 06:19:04 ID:eBS2hVw20

・《家族》
 住居を共にし纏まりを形成した親族集団。
 血縁関係を基礎にして成立する小集団。
 辞書的な定義では、上記のようになっている。

 社会を構成する基本単位ではあるが、この『家族』という概念は今も研究が続いている。
 そもそも類型すらないのではないかという意見もある――家族は家族なのだ。


・《怪異》
 この作品『怪異の由々しき問題集』のテーマの一つ。
 化物、妖、物の怪などとほぼ同じニュアンスで使われる。
 妖怪というものが存在しないと仮定して考えると、このような諸々の伝承は自然に対する畏敬や感謝の念、若しくは人の想いあるいは勘違いが形となったものであると言える。

 伝承は科学的視点や合理的根拠が欠かれたものが殆どであるのだが、教訓や背景を持つ話も多い。
 例えば「夜に口笛を吹くと悪いものが来る」という伝承は、一説ではかつて人身売買の売人を呼ぶ合図が夜中に口笛を吹くことだったため、とされる。
 また口裂け女などの都市伝説が広がった背景には、遅くまで塾に通うようになった子ども達に寄り道せず早く家に帰ってきて欲しいという家族の願いがあるとも言われている。
 怪異は科学的でも合理的でもないが、それを広める人間や社会は説明できることも多い。

 この作品においては、当然、怪異は存在する。
 が、現実でのその背景を考えつつ楽しんで頂ければ幸いである。

535作者。:2013/08/09(金) 06:34:22 ID:eBS2hVw20

自分の好きな言葉に「パスカルの賭け」というものがあるのですが、この第六話のタイトルを変えるとすれば、それだと思います。

この作品は怪異と人間の交流や妖怪との戦い、あるいは人間の悪い面やそれに対する皮肉のような、そういうものを描く妖怪モノではありません。
怪異はテーマの一つですが、やはり人間や社会や科学のようなSFでテーマにされることの多いものをメインに書いているつもりです。
そういうのが伝わっていたら嬉しいなーと思います。



>>531
数ヶ月単位のズレ(誕生日の設定ミス)などはあると思いますが、年齡自体はそんなにズレてないはずです。
でもミスってるかもしれないので気付いたことがあればご指摘頂ければ。

……ただ、明らかに年齡がおかしい場合は伏線の可能性もあります。
・未来の話だと思っていたら過去だった
・AAや喋り方が同じで同一人物だったと思ったらクローンだった
とか、そういう感じの。

536名も無きAAのようです:2013/08/16(金) 17:27:30 ID:vyIz1Uz6O
読み終わった、乙ンコ

537作者。:2013/08/31(土) 22:53:52 ID:6/P2h5hQ0

お久しぶりです。
突然ですが最近忙しいので続きの投下は遅れそうです。

この『怪異の由々しき問題集』の次の投下は九月の中旬になると思います。

次はブログで公開していたあの話なので、多分、早めに投下できるかと。
ではまた。

538名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:32:09 ID:tz0ayHZc0




 落書き。 
 益体もない些細な出来事。

 「奥様は女子高生」





.

539名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:33:15 ID:tz0ayHZc0
【―― 0 ――】


「―――あまり知られていないことだけど、常時性交渉が可能で、かつ自慰行為をする生物ってヒトだけらしいね」


 何処かのクラスの男子生徒から没収してきたというエロ本をパラパラと捲りながら会長は呟いた。
 神様が誤植したかのような蠱惑的な美貌は今日も今日とて顕在だ。
 どちらかと言えば「軽い女」に属する私からすれば、この人が持つ魅力は、そういうものが存在することが信じられなくて、興味があった。

 それは手を伸ばすことさえ躊躇われるような、凄惨な美しさ。
 花を手折ろうとする奴ははいても、太陽を手中に収めようとする人間は何処にもいない。


ミセ*-3-)リ「人間ってえっちな生き物なんですね〜」

「事はそう単純でもないんだよね」


 私の言葉に返答して、本を引き出しに仕舞うと(!?)会長はその引き締まった腕を組んだ。
 その双丘を支えるように。
 あるいは大きな胸を強調するように。

 ……うーん。
 それにしても、この人もかなり豊かだなあ……。

540名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:34:14 ID:tz0ayHZc0

ミセ*-ー-)リ「(サイズ的には変わらないかもしれないけど――他が引き締まってる分、余計に大きく見える)」


 おまけに手足もスラリとしていて、背も高い。
 きっと会長のお母さんはスレンダーな人だったのだろう。
 多分父親も相当な美少年だ。

 ところで、と彼女は思い出したかのように言った。


「こないだね、ある生徒が女の子に『おっぱい揉ませてー』と声かけまくってたから、『じゃあどうぞ』って割り込んだら……逃げて行っちゃった」

ミセ;゚ー゚)リ「えぇ?」


 なんでだろうね、とおかしそうに笑う。
 実に不思議そうに。

 いや。
 いやいやいやいや……本当に不思議なのはその男子の行動ではなく、会長の行動なんだけど。
 この人、何やってるんだ。

541名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:35:09 ID:tz0ayHZc0

「……ひょっとして小さい方が好きだったのかな?」

ミセ;-ー-)リ「そうじゃなくてですね……」


 天然かこの人。


ミセ*゚ -゚)リ「会長、そういうことしてるといつか心ない人達に襲われますよ?」

「どぉして?」

ミセ;゚ー゚)リ「どうしてって言われても……」


 口篭る私を見て再度会長は笑った。
 そうして、言う――「襲われたら襲われただよ」なんて。
 ……それは自分に頓着がないということではなく、ただ誰であろうと負ける気はないという自信の表れだ。

 さて、と話を戻す。

542名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:36:05 ID:tz0ayHZc0

「実は哺乳類の中で胸が――乳房が常に大きい生物って、少ないんだよ」

ミセ*゚ -゚)リ「そうなんですか?」

「うん、らしいよ」


 次いで、それを気持ち良くなる為にしか使っていない君は分かりにくいだろうけど、とシニカルに言った。
 否定できないのが悔しいけど、否定するつもりもない。


「君のも、僕のも……本来的には授乳の為の部位なんだから、常時膨らんでる必要はない」


 お乳が必要な時だけ。
 つまり子供を産んで育てる時だけ、機能していれば良い。
 生物としては、それが普通。

 けど。


ミセ*゚ー゚)リ「だけど人間はいつも大きくて柔らかいですよね?」

「小さくて堅い人もいるけど、そうだね」

543名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:37:08 ID:tz0ayHZc0

 駄乳キャラが聞いたらキレそうな相槌を打つ会長。


「知っているかな? 小さな子供がいるメスはほとんど排卵が起こらない」

ミセ*゚ー゚)リ「え?」

「正しくは妊娠前後は、だけど。授乳の時に分泌されるプロラクチンが影響して、排卵が起きず発情もしないんだって」
 

 ……考えてみよう。
 常識や倫理を捨てて生物学的な視点で考察してみよう。

 オスが狩りに出掛けていて、巣にはメスとその子が残っている。
 その時、他のオスが巣にやって来た。
 理由は「自分の遺伝子を残す為」だけど、肝心のメスは排卵も発情もしない。

 “さてこの場合、そのオスは大人しく帰ってくれるだろうか?”


「当たり前だけどそのオスは子を殺すことで強制的に発情させようとする。繁殖戦略だね」


 残酷とか言わないでよ?と会長は続けた。
 ……私は何も言えなかった。

544名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:38:08 ID:tz0ayHZc0

「でも、もし常時乳房が膨らんでいたら。他の動物のように、相手が発情しているかどうかが分からなかったら」


 そうか。
 分かった、そういうことか。



「“他のオスに子を殺される可能性が限りなく低くなり、かつ、交尾をしたところで受精はしない”――ということになるわけだね」



 まるで推理小説のような。
 ここぞとばかりに相手を騙し出し抜くトリック。
 手品じみたシステム。

 私達が持つこの脂肪の塊は無駄ではなかった。
 快楽を得る為とか、見栄えが良いとかは関係なくて、純粋に理に適った進化の結果だった。


「ま、その所為で現代のメスは常に貞操の危機に晒されるというディスアドバンテージも得ちゃったケド……それにしても、凄いよね」

ミセ*-ー-)リ「……そうですね」

545名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:39:05 ID:tz0ayHZc0

 女は強い、とよく言われる。
 私は女だけど、強いかどうかはよく分からない。
 でも。

 けれど、女は強くなかったとしても――きっと母は強いのだ。
 紛れもなく。


「……まあここまで言っちゃったケド」


 と、会長は知ったような笑みを浮かべ、言う。


「結局、これは『ヒト』の話で『人間』の話じゃないから、あんまり間に受けないほうがいいかもね」

ミセ*-3-)リ「えー……」


 いい話だったのに。
 うーん……まあ、そこそこに?

546名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:40:14 ID:tz0ayHZc0

「『子供は自分で思っているより賢くはないが、大人が思うよりずっと賢いもの』っと」


 淳高五階、時計塔旧生徒会室。
 何かの台詞を引用したのか、私に背を向け窓から校門の辺りを見下ろしながら彼女はそう言った。
 似たような台詞をラノベで見たことがあるけど……多分、似てるだけで違うものだろう。

 そんなことを思っている私を知ってか知らずか。
 会長は、その引用したらしき台詞を改変してこんなことを言った。



「だとするなら、きっと人間もそうだよね――『人間は自分で考えているほど立派ではないが、自分で感じているほど愚劣でもない』」



 白黒つけようとしても、できない。
 この世には白も黒もなく、この世に存在しているものは、全部灰色なんだ。


「より文学的な言葉にするなら『人間は神と悪魔の間に浮遊する』かな。これはパスカルの言葉だね」

547名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:41:12 ID:tz0ayHZc0

 さて、と。
 前置いて彼女は大きく伸びをした。
 その豊かな胸を揺らしつつ。

 そうして最後に、今日の雑談を纏めるように言った。



「誰かと付き合い始めた女の子の胸が急に大きくなるのは……愉悦による堕落の証左か、それとも母としての自覚、芽生えた愛の証拠か」



 どっちなんだろうね?と会長は言った。
 きっとそれは、「どちらもなんだろうね」と同義の言葉だった。
 知ったような結論だった。

 今日会長が見ていた子はどちらの比率が大きいんだろう。
 そして私はどうなんだろう。

 ……けど私は、堕落だって立派な愛の証明だと思うけどなあ―――。

548名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:42:09 ID:tz0ayHZc0
【―― 1 ――】※閲覧注意


 ―――りぃん、りぃんと鈴の音が聞こえた。


 頭が溶けてしまいそうで。
 身体が壊れてしまいそうで。

 私は必死で歯を噛み締め口を両手で覆ってそれに堪えようとする。
 けど、ご主人様が。
 今は私の「恋人」になった彼が大きく腰を前後させるだけで、私は、あっさりと。


(;#// -/)「やっ、らっ――ひぅぅぅっっ!!!」


 内蔵がグチャグチャにされて引き摺り出されたような感覚。
 直後に陰茎が押し込まれ子宮が揺れる感覚。
 その強烈な刺激が悲鳴を隠せないほどの鋭い感覚を身体全体に送り、精神を蹂躙し、腰を跳ね上がらせる。

 一際大きく――鈴が鳴った。

549名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:43:10 ID:tz0ayHZc0

 「逃げよう」と思っても、全然、力が入らない。
 そもそも「逃げよう」なんて考えられない。

 身体が、心も、正直に――悦んでしまっているのだから。


( *-Д-)「……ねえ、でぃちゃん」

(#// -/)「はっ……あ、う……」


 彼が私の胸を、勃起した乳首を弄ぶ。
 触れるか触れないかの優しい手つきで円を描くように。
 撫で上げられる度にぞわり、ぞわりと背中に快感が溜まっていく。


( * Д)「―――聞こえてる?」


 返事がないことに不服だったのか。
 唐突にご主人様は興奮して敏感になっている私の乳首をきゅう、と摘んで上に引き上げた。

 キモチイイが――弾けた。

550名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:44:05 ID:tz0ayHZc0

:(#// -/):「ひっ……はぁぁぁっん!!」


 乳房が持ち上がってしまうほどの強さで引かれ、身体を弓なりに仰け反らせながら、痛みと快感で私は幾度目かの絶頂を迎えた。
 連鎖するように、膣内が収縮し彼のモノをより強く締め付ける。

 形が分かってしまうほどに、ギュッと。
 まるで「もっと犯してください」と懇願しているかのように。
 子宮にまで届いた振動で陰茎が震えたのが分かった。


( * Д)「っ――ふ、あ……」


 ご主人様は射精してしまいそうになるのをどうにか堪えたらしく。
 それは、このお仕置きがまだまだ続くことを意味していた。


 ……私は今、「お仕置き」の真っ最中だった。
 着ていた制服をほとんど剥ぎ取るように脱がされ、ベッドに転がされ、両手首を掴まれ啄むようなキスを唇や首筋にされた後――いきなり挿入された。

 痛みはほとんどなかった。
 日々の躾によって、私の恥知らずな部分は……キスをされるだけで濡れるように開発されていたから。
 彼ではなく私自身が望んで、そんな身体になっていたから。

551名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:45:16 ID:tz0ayHZc0

 最初にベットに押し倒されたのも、耳を舐めるだけで身体全体の力が抜けてしまう反射を利用されてだった。
 体内を蹂躙する彼のモノの刺激に耐えながら、私はこういうのを「パブロフの犬」と言うんだっけ、とぼんやりと思っていた。

 犬じゃなくて、猫なのに。
 私はご主人様の猫だ。
 ……今もまた猫の耳と尾を出しながら久しぶりにあの首輪を付けられている。

 私が悶える度に、嘲笑するように鈴の音が響く。


( *-Д-)「ねえ、でぃちゃん」

(;#// -/)「っ……。は、ぃ……」


 ご主人様の問いかけ。
 小さいながら、今度はちゃんと返事をすることができた。
 ご褒美として顕現している猫の耳を撫でられる。


(#// -/)「ぁ……はぁ、ん……っ」

552名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:46:58 ID:tz0ayHZc0

 ……この状態で何分が経っただろう。
 体位としては股を大きく開いた正常位だ。私がベッドの上で、彼は腰が大きく動かせるようベッドのすぐ脇に立っていた。
 私は逃げることもできずに、反り返るほどに勃起した彼の硬い陰茎で……ずっと身体を貫かれている。

 抵抗しようとする度に先程のように大きくピストンをされるか、乳首や陰核と言った敏感な部分を刺激される。
 もう、何分経ったのかも、何度イッたのかも分からない。

 珍しくご主人様が積極的な理由は分かっている(恥ずべきことだがいつもは私から誘っている)。


( * Д)「……でぃちゃん。なんで今日、俺のこと『お兄ちゃん』って、言ったの?」

(;#// -/)「そ、れは……っ!」


 言葉に、詰まる。

 私達は以前のような主従関係ではなく――いや最初から上下なんてなかったけれど――とにかく恋人同士。
 そしてもう、少し前に婚姻届も出している紛れもない夫婦だ。

 けれど私は今日、学校の人達の前でご主人様のことを『お兄ちゃん』と紹介した。
 それは無駄な混乱を招かないようにする為であり、余計な詮索をされないようにする為だった。
 別に嫌いになったとか、そういうのじゃない。

553名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:48:06 ID:tz0ayHZc0

 けど。


( * Д)「俺を『恋人だ』って紹介するの……嫌だったの?」

(;#// -/)「ひっ……! ち、が……っ」


 う、までは聞いてくれなかった。
 ご主人様はもう一度、一際大きく腰を動かし私にお仕置きをする。

 して――くださる。

 私のやらしい身体を貫いていたモノが、膣壁を削るようにし変形させながら一気に十五センチほど引き出され。
 また直後に脳天まで貫通してしまいそうな勢いで――子宮口まで、押し込まれる。



:(#// -/):「だッ……ああッ、い――ぃひぐぅぅぅぅうううっ!!!」



 腰を掴まれていたから何処にも逃げられず、私は獣のような声を上げて――またイッた。
 ……あろうことか、失禁までしてしまいながら。

554名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:49:15 ID:tz0ayHZc0

 だらしなく舌を出していた。口の端から涎が垂れているのが分かった。
 潤んだ両目には、焦点が上手く合わないけど、薄暗い部屋の中で私を見下ろすご主人様の姿が映っている。
 りぃんりぃんと脳に直接鈴の音が響き、ドクンドクンという彼のモノが脈打つ音が身体に直接響く。


(#// -/)「はぁ……。やぁ、ん……っ」


 好きな人に、こんな姿を見られたくない―――。
 そう思って顔を覆い隠そうとしても両腕は動いてくれない。
 力が上手く入らず痙攣するばかり。

 分かってるんだ。
 こういうのが、好きってことが。

 私は、こんな惨めでみっともなくいやらしい姿をご主人様に見られて、発情している―――。


(#// -/)「は、っ……。私、は……」


 だから言わないと。
 彼に――私の、大切な人に。

555名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:50:07 ID:tz0ayHZc0

(#// -/)「私は……んっ……。恥ずかしかった、んです……」

( * Д)「…………それで?」

(#// -/)「でも……」


 でも。
 でもそれは、嫌いになったわけじゃ、ないんです


(#// -/)「それは……他の人に、知られるのが、嫌だっただけで……。ふぅ、はぁ……! だから……」


 だって、私は―――。



(#// -/)「私の全ては――ちゃんと、ご主人様のモノ、です……」



 だから安心してください。
 私はいなくなったりしません。
 私が終わる時は――あなたの傍ですから。

556名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:51:19 ID:tz0ayHZc0

 私の現在も過去も未来も言葉も感情も身体も精神も良いところも悪いところもちゃんとした部分もやらしい部分も――全部。
 私の首はあなたの首輪を付ける為のもの。
 私の右手はあなたと繋ぐ為のもの。
 私の左手はあなたを守る為のもの。
 私の両足はあなたと歩む為のもの。
 私の両目はあなたの向かう方向を見る為のもの。
 私の口はあなたに口付けてもらう為のもの。
 私の両耳はあなたの声を聞く為のもの。
 私の身体はあなたに抱かれる為のもの。

 他の、恥ずかしくて言えないような部分は……ご主人様に愛してもらう為のもの、です。

 だから安心してください。
 私はあなたが、大好きです―――。


( *-Д-)「…………そっか」


 彼は久しぶりに子供のような声で呟いた。
 「ありがとう、安心した」――と。
 そして抱きかかえるようにして私をぎゅっと抱き締めた。

 更に深くまで私を感じるように。
 自分のモノとするように。

557名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:52:09 ID:tz0ayHZc0

(#// -/)「はぁっ……や、ん……」

( *-Д-)「ごめんね……でぃちゃん。……で、俺そろそろ、限界なんだけど……」


 申し訳なさそうに彼が言った。
 私は精一杯笑って、こう返す。


(#// -/)「どうぞ、私で気持ち良くなって、私の中に好きなだけ出してください――あなた専用ですから」


 あなたのモノで。
 あなたの恋人で。
 あなたの妻――ですから。


( * Д)「ありがとう。それじゃ……本気でいくよ?」

(;#// -/)「えっ、あ、ちょっとは手加減して――ひっ、らめぇぇっっ!!」


 私の要求は聞き入れられずご主人様は思い切り腰を使い始めた。
 あどけない顔つきに似合わない凶悪なモノが、私の身体を刺し抜くように乱暴に、内蔵を掻き回すように何度も何度も出入りする。

558名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:53:17 ID:tz0ayHZc0

:(#// -/):「ああッ、あッ、ぐぅっ……やあぁっ!」


 鈴の音が鳴る。
 水音も。
 指先までキモチイイが伝わって、身体が溶ける。


( * Д)「はっ、ふ……。でぃちゃん……気持ちいい?」

:(#// -/):「ああッ、ううあああッ! あっ、らめっ……うぅっ!!」

( * Д)「何処が気持ちいい? ねえ――」

:(#// -/):「うううっ!あっ、からだっ、壊れちゃうぅぅぅ!!」


 意地悪な問い。
 私の反応を見て気持ちいい所を探りながら、ご主人様が問いかける。


( * Д)「また俺の声……聞こえなくなっちゃった!?」

(;#// -/)「えっ、違っ――はぁッ、うぅぅぅ!!?」

559名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:54:19 ID:tz0ayHZc0

 勃起した乳首を今度は両方共いっぺんに抓り上げられた。
 そのままクリクリと、人差し指と親指で潰される。
 突かれるのとは違う鋭い痛みと快感が走って神経がより敏感になっていく。


:(#// -/):「いぃ!気持ちいいです! あああっ!ううああぁっ!! もっと――もっと滅茶苦茶にしてくださぃっ、ご主人様ぁッ!!」


 嫌だ。
 恥ずかしい。
 許して。
 ごめんなさい。

 そして……気持ちいい。
 もっと痛く、激しく、私に――お仕置きして、ください。


( * Д)「―――よくできました」


 鈴の音と、彼の声が聞こえた。
 一際強いキモチイイのが身体中を襲った。

560名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:55:07 ID:tz0ayHZc0


(#// -/)「や、やだッ!やッああああああっ!! あッ、ああ、ぃくううぅぅぅぅ――ッ!!!」



 ご主人様のモノが脈打って、大量の精液が私の中に広がって。
 真っ白な感覚――それを最後にして。

 私の意識は途切れた。

561名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:55:41 ID:7uystHCM0
エロいな、支援

562名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:56:22 ID:tz0ayHZc0
【―― 2 ――】


 俺の横では彼女が死んだように眠っていた。
 眠っている、というよりは、正しくは気絶してしまっていた。


(#// -/)「はぁ……。やっ……ん……」

( *-Д-)「…………ふぅ」


 ……やり過ぎたかな?
 そんな風に思うものの、虚ろな目で下腹部に手を当てたまま眠る彼女はとても幸せそうで、そうでもなかったかなとも感じる。

 ドロリとヒクつく穴の奥部分から白い液体が流れ出た。
 「ありがとう」という意味のキスを彼女の唇にして、身体を拭こうとタオルを取りに行く。
 制服くらいはちゃんと脱がせてあげれば良かったと今更に思う。

 でもこういう肌蹴た服装が男としては堪らないのだ。
 まあ俺の彼女もそういう変な嗜好はありそう――って、俺よりあるみたいだけど。


(;-Д-)「結構変態なんだよなあ……。可愛い顔に似合わず」

563名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:57:31 ID:tz0ayHZc0

 ぬるま湯で絞ったタオルで彼女の身体を拭きながら呟いた。
 幼い感じも残していた彼女は、いつの間にかぐっと大人っぽくなっていた。
 顔は清楚であどけないけど……その、胸とかが。

 ちょっと前では平たい感じだったのに、知らない内に良い感じに俺の手に収まるような大きさに……。
 サイズはCか……Dかな?

 そんなことを思いながら、彼女の控えめだけど整った、柔らかい胸を拭くと悩ましげな吐息が漏れた。
 思わず二回戦目に突入したくなったけど、流石に悪いかなと自重する。
 今日は乱暴なことばっかりしちゃったから明日は彼女の言うことをなんでも聞いてあげることにしよう。

 ホントにごめんね、でぃちゃん。
 でも……ありがとう。


(#// -/)「はぁ……ふぅ……」

( *-Д-)「(……あ、でもおっぱいちょっと触ったりするくらいならいいかな……)」


 吸ったり、甘噛みしたり、頬擦りしたり。
 またお願いして色々させてもらおう。
 彼女は「あなた専用」と言っていたけど――俺だって、「でぃちゃん専用」なんだから。

564名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:58:49 ID:tz0ayHZc0

 でも、触りたいなあ……。


(# ;;-)「…………いいですよ」

(;゚Д゚)「えっ?」


 唐突に聞こえた声に背筋が凍った。
 でも声の主は優しい……女の子という感じでもなく、女という感じでもない優しい声で。
 母親のような――声音で。



(#// -/)「あなたの為に頑張って大きくしたんですから……。触りたいなら、幾らでも……」



 その代わり敏感になってるので優しくしてくださいね?と俺の奥さんは言った。
 俺は「分かった、ありがとう」なんて言いながら、どうせノッてきたら「もっと激しくして」とか言うんだろうなあ、と内心笑っていた。

565名も無きAAのようです:2013/09/15(日) 23:59:57 ID:tz0ayHZc0

 ……ああ、もう。

 本当に。
 俺の彼女は、



( *-Д-)「可愛いなあ……」



 俺の猫耳と尻尾が付いてて、少し礼儀正し過ぎて、結構変態で、優しくて可愛い彼女。
 まさしく彼女が――「俺の嫁」だよね?

566名も無きAAのようです:2013/09/16(月) 00:01:09 ID:PCvdVUJg0
【―― 0 ――】


「―――ところでさ。ヒトの胸が常に膨らんでいるのには、さっき言った話以外の説もあるんだよね」


 そろそろ帰ろうかと生徒会室の扉を開けた、その時だった。
 巨乳僕っ娘の生徒会長が、いつものように知ったような口調で補足を加えてきた。

 振り返ってみる。
 彼女の目線はいつもとは違って、遠くを見ていた。
 商店街の方だろうか?


ミセ*゚ー゚)リ「それはいい話なんですか?」


 訝しむような私の問いに会長は「いい話だよ?」と微笑みながら答える。
 そうして直後に、ただし都合の良い話だけどね、なんて言葉遊び。


ミセ*-3-)リ「じゃあ聞きませんよ〜っだ」

567名も無きAAのようです:2013/09/16(月) 00:02:05 ID:PCvdVUJg0

「んー。でも君はこっちの方が気に入ると思うよ?」

ミセ*゚ー゚)リ「え?」


 会長は瞳を伏せて、何故かさもおかしそうに笑って言った。


「“人間の女の乳房が常に大きいのは『他の女の所に行かず、ちゃんと私の所に帰って来てね?』というメッセージである”……みたいな話」


 どういうことかは分かるよね?と続ける。
 もちろん分かる。
 それはそう、「いつだって発情してるから他のメスの所になんて行くな」ってことだ。

 言い方に品がないのならこう変えよう。


「『いつだってあなたと愛し合う準備はできているから、ずっと一緒にいてね?』――なんてねっ。オス側に都合が良過ぎて、綺麗過ぎるかな?」


 それは確かに都合が良過ぎで綺麗過ぎな解釈だった。
 けれど、会長は言っていた――“人間の女”と。
 さっきは“ヒトのメス”と言っていたのに、今は『ヒト』じゃなくて『人間』だと。

568名も無きAAのようです:2013/09/16(月) 00:03:07 ID:PCvdVUJg0

 だから私も『人間』の話であるなら……ありなんじゃないかなあ、と思う。
 反実仮想でも不可能願望でもなく、ただそうであって欲しいと願う。


ミセ*^ー^)リ「……良い話ですね」

「でしょ?」

ミセ*-ー-)リ「はい。とても、良い話だと思います」


 素直にそう思ったから正直にそう答えて、私は部屋を後にした。
 後ろでに会長の笑い声が聞こえた。

 彼女には誰か、好きな人がいるのだろうか?
 そんなことが気になった。 
 もしあの会長にもそんな相手がいるのなら、いつか、恋バナをするのも良いかもしれない。

569名も無きAAのようです:2013/09/16(月) 00:04:07 ID:PCvdVUJg0

 真実は一つじゃない。
 人間はいつだって好きな真実を選び取って生きている。
 だから私も、後者の説を信じようと思う。

 論理的でなくても、合理的でなくても、退廃的であったとしても。
 信じるのは私の勝手で、そっちの方がロマンチックだから。

 だって私も人間の女ですもの♪


 ずっと恋して。
 ずっと愛して。
 一生傍にいて。

 私もいつか、そういう風な物語の終わりみたいな結婚が――できるといいなあ。






【――――落書き、終わり】

570名も無きAAのようです:2013/09/16(月) 00:05:15 ID:PCvdVUJg0

エロ分補給のおまけでした。
別に投下しなくても良いかなーと思っていたのですが割と大事な伏線がいくつもある回だったので投下しました。
十八禁的なの嫌いな方は飛ばしてくださって結構です。

主題はエロなのに無駄に小難しい話があったりしてごめんなさい。

次は一転して、シリアスな話です。
九月中か、もしかしたら十月に二話連続で投下するかもしれません。

571名も無きAAのようです:2013/09/16(月) 00:10:02 ID:QxMMn.Lk0

次も待ってる。
エロかった。

572名も無きAAのようです:2013/09/17(火) 14:29:00 ID:/gX5BODgO
駄乳なんて言葉聞いたら、あいつが怒りそう

573名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 03:54:20 ID:QwDmC5Uo0




ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです



※この作品には性的な描写が(たまに)出てきます。
※この作品は『天使と悪魔と人間と、』他幾つかの作品と世界観を共有しています。
※この作品は推理小説っぽいですが、単なる娯楽作品です。
※この作品はフィクションです。実在の逸話を下敷きにした記述が存在しますが現実とは一切関係ありません。





.

574名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 03:55:07 ID:QwDmC5Uo0




 第七問。
 選択問題編。

 「幽屋氷柱の殺人」





.

575名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 03:56:08 ID:QwDmC5Uo0




 霧れる雨 ふる我が思ひ もぞ知るる





576名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 03:57:07 ID:QwDmC5Uo0
【―― 0 ――】


「―――恐ろしいことに他殺ではなく事故死でもなく、もちろん寿命その他が原因ではない不審死は自動的に『自殺』になるらしいよ?」


 一つ例を挙げると、
 「火の気のない玄関で人体自然発火現象を起こして燃え尽きるまで気管に煤が入らないようじっと息を止めて焼身自殺(東京)」など。

 本当の事例かどうかは浅学な私には分からないが、もし本当だとするなら世界でも随一という日本の警察も信用ならない。
 そんな死に方は常識的に考えてありえないのだから。
 どう考えても、私には理解もできないようなトリックか、あるいは常人ではまず不可能な大掛かりな仕掛けの元で達成されたに決まっている。


「そしてこの世界には魔法がある。けれど、大部分の人はそれを知らない」

リパ -ノゝ「…………まだしも陰謀論の方が救われる話ですね、」


 知った風に話すそれにすげなく言い放つ。
 そして携えていた長刀をちらと見た。
 『人斬り』と呼ばれる私達の、ほんの些細な決まり事を思い出した。

 それは“自分(絣)に殺されたと分かるように殺す”――ということ。
 だから私達は、「殺したのか?」と訊かれた際に嘘を吐かない。

577名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 03:58:08 ID:QwDmC5Uo0

 けれど、魔法は。


リパ -ノゝ「…………あなたは魔術師達が、大衆が奇跡の存在を知らないのを良いことに、私利私欲の為に魔法を使ってきたと?」

「だからこその君達なんじゃないかな? 違った?」


 違わない。


リパ -ノゝ「…………『魔法』というものが公的に存在しないことになっている以上、犯罪として立証もできません、」

「今更世界レベルで社会システムを変えるわけにもいかないしねっ」


 数こそ少なくなってしまったが、現在も魔法は世界に存在している。
 言うまでもなくそれを使って成される犯罪も。

 いや――犯罪ではない、のか。
 立証できなかった犯罪は法学上では罪ではない。
 ただの結果だ。

 それは例えば「人が一人殺された」という、それだけの事実。

578名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 03:59:09 ID:QwDmC5Uo0

リパ -ノゝ「…………しかしだからこその私達です。尋常ならざる犯罪相当行為を雪ぐ、公儀隠密です、」

「うん、凄いね」


 両手の親指と人差し指で長方形を作り、ちょうどカメラマンの方が構図を決める時のように辺りを見る。
 制服を身に纏ったそれは、ここ――淳機関付属VIP州西部淳中高一貫教育校の屋上に申し訳程度に設置された鉄柵に座っていた。
 常識知らずにもほどがある、両足を中空に投げ出すような形でだ。

 今背中を押せば、これを殺せる?
 いや、そんな簡単な相手ではないだろう。

 この化物女は。


「けどさぁ……ユキちゃん」

リパ -ノゝ「あなたにそんな親しげに呼ばれる筋合いはありません」


 「おーこっちゃって」なんて嘲笑するように言った彼女が狂気的な笑みを浮かべたことが分かった。
 早朝の日差しに照らされる姿はまるで全身に血を浴びたようで。
 そして、いつかの日々と同じように、幻想的で破滅的な美しさを有していた。

579名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:00:07 ID:QwDmC5Uo0

「話戻しちゃうけど、それって結局魔術師達がやってることと変わらないんじゃないかな?」

リパ -ノゝ「………………」

「私利私欲の為ではないにせよ、大多数の人間の与り知らぬところで、しかも存在しないはずの手段で以て世界に干渉する」


 君達は本質的には君達が憎むべき敵と同一なんだよ、と。
 歌うように、そして謳うようにそれは言う。

 私に、揺さぶりをかけるように。


「今日も近くで誰かが人を殺したらしいケド……君はどうするのかな?」

リパ -ノゝ「無論、その罪を雪ぎます」

「あははっ。上から目線だねー」

リパ -ノゝ「存在する位相が違うだけです」

580名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:01:13 ID:QwDmC5Uo0

「違うのはレベルじゃないかな? 『人間は自分のレベルに応じた形でしか世界を見ることができない』って」

リパ -ノゝ「レベルではなくステージでしょう。あるいは定位か」

「自分で分かってもない言葉を使っちゃダメだよ? 馬鹿に見えるから」

リパ -ノゝ「人を殺すことしかできない人間を馬鹿者でないとするのならこの世に馬鹿者は存在しませんね」


 まだ君は『人間』を名乗るんだね、と彼女は笑った。
 まだあなたは『化物』でありたいんですね、と私は笑わなかった。


「人間だの化物――人外だのって、結局そんなことは本人の認識次第だと思うケド」

リパ -ノゝ「それに関しては私も同じ意見ですが」


 人間。
 人外。
 誰かにとって、私達は何に見えるのだろう。

581名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:02:07 ID:QwDmC5Uo0

リパ -ノゝ「…………なんにせよ、私の動揺を誘っても無駄ですよ、」


 踵を返し、背を向けつつ私は言った。
 夕陽と彼女の視線が背中に当たっているのを感じた。
 後者は気のせいかもしれなかった。


「君は、どうして人を殺すのかな?」


 彼女は問いを投げかけた。


リパ -ノゝ「仕事だからです。……少なくとも公的には」


 私はその飽きる程問いかけられた質問に当たり前のように返した。
 そして、次いで私は言った。



リハ -ノゝ「――――あなたとまた遭えることを、私は心の底から祈っています」

582名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:03:07 ID:QwDmC5Uo0

 それは。
 我ながら珍しい言葉だった。
 普段なら、ありえない言葉だった。

 けれどそれは――彼女は大して気にする風でもなく「そう」と上機嫌な様子で言い。
 直後に呟くようなとても小さな声で、でも明らかに私に向けたと分かるような声音で、口遊ぶ。



「…………あの人はどぉして人を殺したんだろうね?」



 そんなことは知ったことではなかった。
 知らなかった。
 知るべきことでもなかっただろう。

 今のこの世界で私がやるべきことは秩序を乱した尋常ならざる人殺し共を一人残らず駆逐すること。
 つまりは、遥か昔からやってきたことと大方変わらない仕事だった。

583名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:04:07 ID:QwDmC5Uo0
【―― 1 ――】


 梅雨らしい梅雨になった。
 六月が梅雨らしくない、あまり雨の降らない雨季だったことに関係しているのか、今、七月の始めは雨が降りまくる梅雨らしい梅雨だ。
 この夏らしくない初夏が終われば夏らしい夏がやってくるのだろう。

 雨の通学路、並んで歩む二つの傘。
 隣を歩いていた幼馴染、魚群なつるに考えていたことを言うとこんな言葉が返ってきた。


( -∇-)「お前、『いしあたまな石頭』みたいな言葉を使う感覚的に生きてる人間だな。つーか頭が悪い」


 ……とりあえず、中途半端にワックスがつけてある頭をグシャグシャと掻き回しておいた。
 いつの間にか二人の間には結構な身長差ができてしまっていたので、背伸びをして、覆い被さるような形になっての強襲だ。


 先月義理の母親を亡くしたなつるは一週間ほどは落ち込んでいたものの、案外早く立ち直り普通に戻った。
 「死んだ母さんが望んでない、なんて言うつもりはないけど、もうすぐ俺の季節だから」だそう。
 果たして誕生日が近いことが元気を取り戻す理由になりえるのかと言えば、それはかなり疑問なとこだけど。

 いやならないだろう。
 反語表現。

584名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:05:07 ID:QwDmC5Uo0

 そう言えばコイツの名前って「夏が流れる」と書いて「夏流(ナツル)」なんだよなあ、なんて。


ミセ*゚ー゚)リ「……アレ、夏が流れるんなら夏じゃないんじゃない?」

( ・∇・)「初夏に生まれたから夏が巡って来て広がって行くって意味で『夏流』なんだよ」


 面倒そうに夏男は言った。

 なるほど、そう考えると「夏流」も中々に雅やかな名前だ。
 「水無月ミセリ」も「水無月美芹」と書けば結構……いやでも芹って草だしなあ。
 前にあの病葉先生が言っていたような意味があるとしても私だって恋が叶わない名前なんて嫌だ。
 
 と、そこまで考えてふと思う。
 隣の席の女の子のことを。


ミセ*-3-)リ「……『朝比奈でぃ』」

( ・∇・)「ん?」

ミセ*゚ー゚)リ「いや、でぃちゃんはなんででぃちゃんって言うのかなって」

585名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:06:06 ID:QwDmC5Uo0

 ロミオとジュリエットかよ、と幼馴染は肩を震わせ笑う。
 傘に乗っかっていた水滴が幾つか落ちた。

 早朝から降り続いていた雨はほとんど止んでいて、今はもう纏わり付くような霧雨があるのみだ。
 周囲に人は誰も見当たらない。
 それは人通りの少ない通学路を選んでいるということもあるが、一番の理由は「もう一限目が始まっているから」だった。

 要するに遅刻だ、二人して。
 ……二人共が寝坊した理由は説明しなくてもいいかな?


( -∇-)「なんでって……さあ、親か誰かが付けたんだろ?」

ミセ*-ー-)リ「親とは仲が良くないらしいけどね」


 そうだ、と自分から振った話題をぶった切るように私は言う。


ミセ*゚ー゚)リ「……手、繋がない?」

( ・∇・)「は? 名前の話は?」

586名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:07:07 ID:QwDmC5Uo0

ミセ*-3-)リ「それはもういいから。……手だよ手。繋ごうよ〜」

( -∇-)「お前脈絡なさ過ぎんだろ。馬鹿かよ」


 溜息を吐きながらも、なつるは右手を差し出した。
 私はそれを取ることはせず、代わりに彼の後ろをぐるりと回るようにし場所を変える(ちょうど左右が入れ替わった形だ)。
 そうして利き手で持っていた傘を持ち替え、空いた自分の右手を幼馴染の前に出す。


( ・∇・)「傘握ってんのが見えないのかお前は」

ミセ*-ー-)リ「右手で持てばいーじゃん」


 渋々、といった風に彼は傘を右手に移動させる。
 そうして左手で乱暴に、まるでひったくるように私の手を握った。


ミセ* ー)リ「やんっ」

( -∇-)「気色悪い声を出すな」

ミセ;゚ -゚)リ「冗談だよ……。ってか気色悪いって……」

587名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:08:06 ID:QwDmC5Uo0

 地味に傷ついたぞ。


( -∇-)「あー、もうお前の馬鹿話に付き合ってたら二限にさえ間に合いそうにないんだけど」


 言葉に、私は右手にはめた腕時計を見る。
 ……確かに少し厳しいかも。


( ・∇・)「そういやお前右利きなのになんで右手に時計してんの?」

ミセ*゚ー゚)リ「テスト中に見やすいから」

(;-∇-)「左手に付ければ紙を押さえる時自然に見えるだろうが……」

ミセ*^ー^)リ「左手は肘ついてるから、む・り」

( ・∇・)「何処までも真面目に授業を受ける気がない奴だな」

ミセ*-3-)リ「それはそっちだってそうじゃん?」

( -∇-)「違いない」

588名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:09:16 ID:QwDmC5Uo0

 雑談を続けながら、こんな話してるからどんどん遅れるんだろうなあ、と私は思った。
 なつるの方もそれには気づいていたと思う。
 だけどお互いに「なんならもっとゆっくりでもいいかな」とも思っていた。

 隣を歩む彼の気持ちは分からないけど、きっと思ってくれていた。
 私が左手を取った理由を察してくれているのなら、多分。

 そうでありますように、"May +主語+原形...!"。



「もう面倒になってきたし、学校行かずに帰るか……」

「どんなに遅れても放課後までには行かないと。先輩にCD返さなきゃ」

「……それ学校じゃなくても良くね?」



 お母さんの代わりにはならないけど寂しいのならいつでも傍にいてあげるからね。
 そんなことを心の中で呟きながら、私は指を絡ませた。

589名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:10:22 ID:QwDmC5Uo0
【―― 2 ――】


 放課後。
 帰路につく生徒と部活動に向かう生徒の流れに逆らうように私は歩いていた。
 目的地は高等部三年特別進学科十三組の教室だ。

 当初の予定では借りていたCDは昼休みに返しに行く予定だったんだけど、最終的に学校に到着したのが昼過ぎだったので已むなく放課後に変えたのだ。
 ……しかし、我ながらのんびりし過ぎた。


ミセ*゚ー゚)リ「えーっと……十三組は一番奥、っと」


 持ち主である幽屋氷柱先輩は弓道部やら剣道部の助っ人やら新聞部や生徒会の手伝いなどと忙しい人なので、軽く早足で進む。
 別に今日返さないといけないわけではないんだけど、できることなら早く返したい。
 忘れない内に。
 私は大雑把というか、忘れっぽいタチなのだ。

 と。


ミセ*゚ -゚)リ「……あれ、会長?」

590名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:11:24 ID:QwDmC5Uo0

 珍しく他のクラスと同じ時間に授業が終わった特別進学科十三組。
 その教室のすぐ外で、『一人生徒会』の彼女が廊下の窓枠に腰掛けていた。
 私に気づくと、「んー」と右手を挙げて挨拶の代わりとした。

 ……ていうか普通に危ないよその姿勢は。
 身体の三割くらいが外に出てるよ。
 私が出来心で会長の豊満な胸(私と同じかそれ以上)を押したら真後ろに真っ逆さまに落ちてしまいそうだ。

 考えて、やっぱり私は言うことにする。


ミセ;゚ー゚)リ「会長危ないですよ、うっかり落ちたら即死ですよ」

「ちゃんと両手でサッシ掴んでるから落ちないよ」

ミセ;゚д゚)リ「どう考えてもその姿勢で両手のみで全体重支えるのは無理ですよ!!」


 よしんばそれが可能であったとしてもさっき会長右手離してたじゃん!! 


「片手でも平気なんだよ。僕、片手で懸垂できるから」

ミセ;-ー-)リ「それは凄いですけど女子としてはどうかと思いますよ……?」

591名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:12:41 ID:QwDmC5Uo0

 また右手を離し、力瘤を作ってみせる会長に私は呆れつつ言った。
 けど、白く肌理細やかな肌が眩しい彼女の腕は、太くは見えないけれど、今のように力を入れた状態では確かに鍛えられた様が見て取れる。
 ……ていうか普通に力瘤がムキッと盛り上がっていた。 

 会長の身体はいつだったかテレビで見たキックボクシングの女子プロ選手のよう。
 前に彼女の裸を見たことがあるが、腹筋が薄く割れていて、背中や脚には綺麗に筋肉が浮き出ていた。
 完全なアスリート体型だ。
 無駄のない肉体は純粋に彫刻のように綺麗だし、それでいて柔らかいところは柔らかいし、そういうのが好きっていう男の人もいるのだろう。

 あれ、でもこの人運動部だったか……?


「それで本題だけど、」


 と、弓道部にも一応籍を置いている会長は切り出してきた。
 無論状態はそのままである。


ミセ;゚ー゚)リ「えっと……何かお叱り事ですか?」

「叱られるようなことしたのかな?」

ミセ;-ー-)リ「一番最近では、今日は昼過ぎ登校でした……」

592名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:13:25 ID:QwDmC5Uo0

 それは僕が怒るようなことじゃないよ、と会長は笑った。
 それもそうだ。
 ……というか、よく考えると会長に怒られたことなんて一度もなかった。

 前の地域環境研究会の視察の件で苦言を呈されたくらいかなあ。
 ちなみにアレはめでたく廃部になった。


「そうじゃなくてさ、」


 ぴょん、と飛んでやっと窓枠から下り廊下に立った会長は言う。
 今の腕の力のみで全身を持ち上げた気がするけど、面倒なのでもうツッコまない。


「氷柱ちゃんが今日休みだから、それを伝える為に待ってたの」

ミセ*゚ー゚)リ「え?」

「『今日は会えないと思う、ごめんね』だって」


 どうやらメールで受け取ったらしいメッセージをそのまま再生した会長。

 珍しいこともあるものだ。
 氷柱先輩は健康というか体調管理はしっかりしている感じの人なのに。

593名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:15:12 ID:QwDmC5Uo0

ミセ*゚ -゚)リ「えっと、風邪か何かですか? 私、先輩のアドレス知らないから……」

「いや風邪じゃあないよ」


 それより酷い、と続ける。


ミセ;゚ -゚)リ「酷い病気……ということ?」

「酷いのは状況だよ」


 そうして。
 会長は大きく伸びをして、話の深刻さに全く不釣り合いなのんびりとした口調で、簡潔に状況を説明した。



「氷柱ちゃんは今朝方に死体の第一発見者になったから容疑者として警察に拘束されてる」

ミセ;゚ -゚)リ「…………え?」



 ……はい?

594名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:16:14 ID:QwDmC5Uo0
【―― 3 ――】


 私が犯行現場に到着したのは昼前でその頃には既に粗方の捜査は済んでいた。
 別件で出張っていて遅れた私にも捜査員達は頭を下げてくれる。

 こんな若い女が上司だと不服だろうにありがたいことだ。


(‘、‘ノi|「しかし大きな家だ」


 背筋が伸びてしまうのは私がスーツを着ているせいではないだろう。
 純日本風の邸宅。
 それも家の敷地内に道場が――警察の剣道場よりも大きなサイズのものが――ある屋敷である。

 広い割に豪邸という感じがしないのは建築物の特性も勿論あるだろうが、おそらくは住んでいる人間の人柄の故だ。
 耳に挟んだ限りでは被害者は武道家なのだとか。

 捜査員達に会釈を返しつつ犯行現場に向かう。
 現場はその道場だという。
 じめじめとした空気を押し退けるようにして池を尻目に庭の奥へと向かう。

595名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:17:07 ID:QwDmC5Uo0

 さて。
 と、いよいよ武道場の前に辿り着いた時に、入り口の前に弓が落ちているのを見つけた。
 証拠品であるらしく保存用の袋に入れられ番号が振られている。

 私は近くにいた若い男に声をかけた。


(‘、‘ノi|「……なあ、おい」

( ノAヽ)「これは警視。お疲れ様です」


 一際丁寧な礼をしてきた捜査員に礼を返し「これはなんだ?」と問いかける。
 彼はポツリと言った。


( ノAヽ)「弓ですね」

(‘、‘ノi|「それは見れば分かる」


 そこまで無知ではない。

596名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:18:24 ID:QwDmC5Uo0

( ノAヽ)「失礼しました。梓で出来た梓弓です」


 また軽く頭を下げつつ彼は説明した。
 なんというか適当な説明だ。


(‘、‘ノi|「梓弓だから梓でできているのは当たり前ではないのか」

( ノAヽ)「『梓弓』は和弓そのものを指す場合がありますので……。近年の弓は一般的に真竹、黄櫨で造られるそうなので、『梓で造られていない梓弓』も有り得なくはないのです」

(‘、‘ノi|「難しいな」

(;ノAヽ)「……難しかったですか?」
 

 「いや大丈夫だ」と答えておいた。
 よくよく考えてみれば問題はそこではなかった。
 私が訊きたかったのは弓の名前や材質ではなくこれが凶器であるかどうかだ。

 咳払いをし、閑話休題をする。

597名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:19:19 ID:QwDmC5Uo0

(‘、‘ノi|「わざわざ残してあるということはこれが凶器ということか」

( ノAヽ)「かも……知れません。その可能性があるので警視がいらっしゃるまで触らないでおいたのです」


 ただでさえ無意味に現場を掻き回し気味なのにそれは申し訳ないことをした。
 人の力は数の力なのだから私のようなスタンドプレーとワンマンプレー主体の人間は警察組織ではどちらかと言えば迷惑だ。
 以後は遅れないよう気をつけよう、と心に刻む。

 しかし言い方が引っかかる。
 「かもしれない」というのはどういうことだ。


(‘、‘ノi|「凶器の特定はできていないのか」

( ノAヽ)「正面から何かで一突きにされた後、日本刀で心臓の原形がなくなるほど幾度となく刺されたようなので。傷口からの特定は難しいですね」


 それはまたゾッとする死に方だ。


(‘、‘ノi|「つまり、その一撃目がこの弓であるかもしれないから残してあったということか」

( ノAヽ)「傷口が滅茶苦茶になっていたので『正面から一突き』というのも曖昧なのですが」

598名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:20:17 ID:QwDmC5Uo0

(‘、‘ノi|「死体は仰向けだったのか」


 言いながら歩みを進め道場の中へと入る。 
 普段は厳粛であるはずのその場所は今は「騒然」が正しいような有様だった。

 死体こそなかったが一目見てここが犯行現場だと分かった。
 血塗れだった。
 道場の奥、刀が貫通したのか床に幾つも残る跡とそれを中心に広がる赤色。

 スプラッター映画のような有様だ。
 見たことはないが、おそらくこのような感じなのだろう。


( ノAヽ)「日本刀は被害者の持ち物だったそうです。殺害された時も手に持っていたらしいので」

(‘、‘ノi|「蒐集家か、居合道家か……」


 あの弓が凶器だった場合。
 まず被害者は弓で胸を射抜かれ、倒れたところで刀を奪われ、メッタ刺しにされた、と。

 ……いやおかしいな。

599名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:21:16 ID:QwDmC5Uo0

(‘、‘ノi|「矢の方は見つかっていないのか」

( ノAヽ)「あの弓は第一発見者である女子高校生のものなのですが、手入れの為に持って帰っただけなので矢は持っていなかった……と」


 つまり死体に驚いて落としてしまったものを証拠品として抑えられているわけか。


(‘、‘ノi|「だが……その子供が犯人だとするならば、凶器である矢を隠滅した可能性があるのか」


 あるいはもっと他のもの……たとえば、槍か。
 傷痕を分からなくする算段があったのなら包丁でも構わないだろう。

 が、その時。
 私の隣にいた男が眉をひそめて言った。
 如何にも困った、という風に。


(;ノAヽ)「いや……その少女では、少し犯行は難しいと思いますよ」

(‘、‘ノi|「何故だ」

600名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:22:26 ID:QwDmC5Uo0

 そりゃそうですよ、と彼は続ける。



( ノAヽ)「被害者は剣道八段の範士。しかも同時に居合道の達人です。……そんな人間を真正面から串刺しにできる高校生は流石にいないでしょう」



 被害者が真剣を持っていた謎は分かった。
 ただ、より難解な謎が出てきてしまった。

 掛け値なしの武道の達人を――――正面から何を使って、どうやって一突きにしたんだ?

601名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:23:08 ID:QwDmC5Uo0
【―― 4 ――】


 冗談みたいな広さを有する淳高の一角。
 高等部と中等部の境、それでいて高校生も中学生も近寄らないような人目のつかない所にそれはある。

 部室棟から進んだ場所。
 落葉樹に隠されるようにポツリとある物置き小屋。
 使われていないその倉庫の傍らに、時代の流れから取り残されたような古めかしい焼却炉があった。

 私と会長はその焼却炉の前にやって来ていた。
 本題、氷柱先輩の話に入る前に雑務を終わらせたいと会長が言ってきたので、私は了承し彼女の仕事を見学しているのだ。


「最近は法律も厳しくなっちゃって、学校で燃やせるゴミが少なくなっちゃったから」


 言いながら会長は大きなゴミ箱傾け、何処となくパン工場を思い出させる穴に回収したゴミを入れていく。
 中身は木片や紙の切れ端が多い。
 つまり、それが彼女の言う「学校で燃やせるゴミ」なんだろう。

 会長が生徒会を実に地味に執行する中、私はぼんやりと話を聞いていた。
 ふと一つ質問してみる。

602名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:24:12 ID:QwDmC5Uo0

ミセ*-3-)リ「じゃあ、もう焼却炉は撤去しちゃっていいんじゃないですかぁ?」

「ゴミの処理費用は学校の予算から出てるから、できるだけ少ない方がいいんだよね」


 そうなんだ……知らなかった。


「それに、ここは聖域だから。勝手に変えちゃ駄目なんだよ」


 ゴミ箱を下ろして足元に置いてから、会長は何かを想うようにそう言った。
 神様が誤植したような凄惨な美しさを持つ、『一人生徒会』たる彼女の言う聖域。

 言われて私は周囲を見回してみる。
 小さな森は天露に濡れ、水滴は木漏れ日に輝き、学校という圧倒的な現実から離れた雰囲気を纏っている。
 その神秘さは、確かに『聖域』と言っても過言ではない。

 なんて幻想的なんだろう、"How +形容詞...!"。


ミセ*-ー-)リ「……綺麗な場所ですねぇ。なんだか、神社みたい」

603名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:25:31 ID:QwDmC5Uo0

 澄んだ雰囲気を率直に表しただけの言葉を会長は気に入ったようで、「そうだね」なんて相槌を打ち笑う。
 いつもの嘲笑じみた笑いではない、本当に思わず零れてしまったようなその笑みは、凄惨な太陽の美しさはないけれど、心動かされるものがあった。
 可愛らしい、女の子らしい笑顔だった。

 同性の私ですらドキリとしてしまうほどなのだ、まして並の男子であれば尚更だろう。
 "Aすら且つB、況んやCを乎"、抑揚系。


「神社の参道って言うのはさ、空間的な距離よりも心理的な距離が大事なんだってね」

ミセ*^ー^)リ「あ、それは知ってますよ。『奥』の話ですよね」

「……アレ? 僕、話したことあったかな?」


 こちらを向いて不思議そうな顔をする会長に私は言う。


ミセ*>ー<)リ「前にやった現国の過去問がそんな話でした!」


 理数科目が壊滅している代わりに文系科目は常に偏差値70前後。
 不真面目なのに成績優秀なのは、私の人生においての数少ない自慢と言える。

604名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:26:35 ID:QwDmC5Uo0

 会長は「これは一本取られちゃった」とまた笑う。
 ……なんだか今日の会長はご機嫌だ。
 いつも笑っているけれど、今日は特によく笑っている気がする。


「じゃあもう説明するまでもないかもしれないケド……聖域というのは、空間的ではなく心理的な隔たりによって神聖化される場所なんだよ」


 結果ではなく、曲がりくねった参道を進む過程にこそ、意味がある。
 私が読んだ文章ではそう指摘していた。
 目的地に至るまでの過程により神秘性が演出され私達は深奥を感じるのだ、と。


「ちょっと違うけど道場なんかもそうだよね。普通の人は近寄り難い――だからこそ神聖に思える」

ミセ*゚ー゚)リ「会長が弓道をやる弓道場もそうなんですか?」

「どうだろうね。学校程度の道場じゃあんまりかも。それでも、神聖な場所ではあるけど」


 厳格で、静謐な。
 外界から遮断された空間。

605名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:27:28 ID:QwDmC5Uo0

「この森には普段誰も来ないから。だから神社みたいに思えて……あの芸術家が好むんだよ」

ミセ*゚ -゚)リ「ゲイジュツカ?」


 いきなり出現した単語に私は戸惑う。
 芸術家……何かの比喩だろうか。

 心の中で生まれた私の疑問に彼女は指を指すことで答える。
 物置き小屋。
 この森の主はいつもあそこにいるんだよ、なんて。


「尤も今日は二週間に一度の焼却炉を使う日だし、いないんだけどね」


 どうやらデリケートな方みたいだ。
 そんなことを思ったその時、こちらに歩いてきた会長が唐突に怪訝そうな顔をした。
 私から見て向かって右、森の奥、樹木の一つに近づいていって、そうして振り向かないままで私に訊いた。


「君……この木の枝折ってないよね?」

606名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:28:15 ID:QwDmC5Uo0

ミセ;゚ -゚)リ「えぇ? 折ってないですけど……そう言えば、折れてますね」

「折れてるね。怒るかなぁ」


 桜によく似た、灰色の樹皮を持つ落葉樹。
 その枝の一つが根元がら折られて薄茶色の内面を晒している。

 会長は目を細め、黙って傷口を撫ぜた。
 手当てでもするように。
 植物を愛でるタイプの女の子ではないと思っていたんだけど……。


ミセ*゚ー゚)リ「桜……じゃあ、ないですよね?」

「『水目桜』とは言われたりするけど桜ではないよ。科も属も違うし。特徴的な匂いに由来する『ヨグソミネバリ』って呼び方の方が有名かな?」

ミセ*-ー-)リ「それはぶっちゃけどうでもいいですけど……」


 呟いた私に会長は確認を取るように訊ねた。


「……本当に折ってないよね?」

607名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:29:07 ID:QwDmC5Uo0

ミセ*-3-)リ「折ってないですって。私、毛虫とか苦手で、そういう木とか触らないようにしてるんです」


 昆虫系全般が苦手なタイプの女の子である私は、幼い頃友達が子供故の無邪気さで虫を殺しているのを見て、顔を顰めていたものだ。
 二割は「よくあんなもの触れるな」という気持ち、残り、大部分は「可哀想」という思い。

 感情移入する為には相手がある程度自分と似ている必要があるそうだけど……私って、昨日読んでた本の主人公みたいに虫系なのかなあ?
 いや、きっと感受性が豊かなだけだ。
 そういう感性があるからこそ、文系科目を得意としているんだろう。

 そんなことを会長に言うと、


「人間には珍しいくらいに優しいね。普通、愛着がないなら人間は人間以外をどうとも思わないのに」


 なんて、彼女はまた笑う。
 本当に今日は機嫌が良いようだ。


ミセ*-3-)リ「じゃあ会長は戯れに虫とか潰す方?」

「大した思いもなく殺しちゃうことは――道を歩いてて踏んじゃうみたいなことは――あると思うケド……。まあ、『いただきます』はちゃんと言う方、かな」

608名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:30:07 ID:QwDmC5Uo0

 ……今時、そっちの方が珍しいんじゃ?


ミセ*゚ー゚)リ「ていうか、会長。人間には、って……人間以外を知ってるんですか?」 

「君も知ってるでしょ? 『化物』ってやつ。『人外』と言ってもいいのかな」


 今の今まで、聞きそびれていたけど。
 この人は――この人も、『怪異』を知っているのだろうか。

 世界の真実を。
 社会の裏側を。
 歴史の暗闇を。

 そういうものを――知っているのだろうか。


「いや、よく知らない」


 と。
 私の予想を裏切り、彼女ははっきりと言った。
 そんなものはよく知らない、と。

609名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:31:07 ID:QwDmC5Uo0

 その代わりに。
 呟いて、その少女は知った風に続けた。



「人間みたいな化物と化物みたいな人間のことなら――――とてもよく、知っている」



 その時の彼女の表情は、まるで。
 笑顔なのに、まるで。
 あえて、そして、しいて笑っているような。

 いつだったか誰かが浮かべていた、表面上は笑顔なのに、今にも泣き出してしまいそうな。
 悲しい気持ちを全部押し殺してしまったかのような。

 あまりにも彼女に不釣り合いな――笑顔だった。


ミセ* ー)リ「…………そうなんですか」


 彼女の抱えている問題も。
 私の問題を解決してくれると約束したあの人達は、どうにかしてくれるだろうか。

610名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:32:07 ID:QwDmC5Uo0

 そんなことを、思った。 


「今日は朝から久しぶりにそういうのに会って話をしたんだよね。人間は容赦なく殺すクセに虫は殺したがらない、変な奴とさ」


 しんみりとした気分になった私など知らないようで本物の笑顔に戻った彼女は続けてそう言った。

 なるほど。
 今日異常に機嫌が良さ気だったのはそういうことか。
 昔馴染に会って、嬉しかったんだ。

 人間離れした能力と天使近い容姿を持つ、我が校の黒●めだかこと『一人生徒会』が。
 知り合いに会って話しただけで一日上機嫌になっている。


ミセ*-ー-)リ「(会長、可愛いトコあるじゃん)」


 この人も人間なんだ、なんて。
 当たり前のことを当たり前に思う。

 きっとほとんどの人が知らない彼女の一面を見て、私も嬉しくなった。 
 ほんの少しだけ会長が近くに感じられて。
 私と彼女の似ている部分を、共通項を見つけられて、感情移入して、嬉しくなった。

611名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:33:08 ID:QwDmC5Uo0

 ……いや、うん。
 本当にほんの少しだけど。
 私には容赦なく人を殺すような知り合いはいないしね。

 そんな人間がいてもらっては困る。
 もう嫌だ。
 私はもうあんな思いはしたくないのだ。
 あの仲良さげだった軽音部の人達のことは私の心の片隅に確かに残っている。

 しかし、「人間は容赦なく殺す」って、その知り合いは軍人かそれか殺し屋なのかなあ?
 まさか私が知っているはずもないけれど。


ミセ*゚ー゚)リ「用事が終わったなら早く行きましょうよ」

「うん。分かった」


 そうして私達はその小さな聖域を後にした。
 少し名残惜しくもあったけれど、今はここで寛いでいる場合ではない。

612名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:34:07 ID:QwDmC5Uo0
【―― 5 ――】


 一目見て分かる異常者というのは存外に少ないものだ。
 三十代にはまだ遠い年齢で警視になった私でも一目見て分かる異常者はほとんど見たことがない。
 警察官として日々犯罪者として接している我々でもそうそうお目にかかることはない。
 恐らくはこれからもそうだろう。

 無垢で無辜な一般人諸子は勘違いしがちであるが大抵の事件は昨日まで一般人だった人間が起こす。
 多くの場合は突発的に、ごくたまには計画的に。

 彼等(犯罪者)の動機を私は逐一記憶しているわけではないし、そもそれは警察の仕事ではないので記憶しようともしていないが、とにかく。
 何人も、何十人も、呼吸をするように人を殺した凶悪な犯罪者はやはり数人しかいなかった。
 それでも数人はいたのだが、それでも全体から見ればごく少数だ。

 「きっと人間は人を殺すようにできていないんだ」と今まで関わってきた事件の見直しをする度にそう思う。
 それは幸運なことだし同時に不幸だ。
 何故ならば本来人を殺すはずのない人間が殺人を犯すということはそうせざるをえないような異常な背景があったということだからだ。

 犯罪者にだって犯罪の理由はある。
 当たり前のことだ。

613名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:35:08 ID:QwDmC5Uo0

 いつだっただろうか。
 私は酒の席でそういう話を古い友人としていた。

 こんな話は縦令酒が入っていたとしても他人にするものではないが彼だけは別だ。
 学生時代からの性別を越えた親友である彼は、まあ所謂「職業軍人」というやつで、言ってしまえば私より人殺しに詳しい。
 そういうこともあって私は話題に出し彼も「そうだね」と相槌を打った。


『君の疑問に答えるとすれば、さあ。呼吸をするように人を殺す人間は数種類しかいないんだよ。だから大部分の人間は人を殺さない』


 ワインと日本酒を交互に口に運びながら彼は言う。
 まずありえない選択だがそういう妙なところも愛嬌だと思っていた。

 確か私は「数種類もいるのか」と返した。
 すると彼は、


『じゃあ三つかな』


 目を伏せて前言を補足した。
 三つならまだ分かるかもしれないと思いつつ先を促した。

614名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:36:08 ID:QwDmC5Uo0

『一つ目は……欠陥人間、かな。罪悪感がなかったり、そういうの』

『二つ目は?』

『殺人が日常である人間――僕みたいな人間。多分、さあ。昔の人は皆そうだったんだと思う』


 僕の先祖もそうだったと思う、と続けた。
 私が警察官の家系であるように彼は軍人の家系だった。
 そして強要されたわけではなく、どちらも好き好んでその仕事を選んでいるわけだから血は争えない。

 カエルの子はカエルではなくオタマジャクシだが。
 人間の子は人間だ。


『三つ目はなんだ? なあ、おい』

『三つ目は人を殺したという自覚がない人間。大した殺意もなく人を殺す、人間の範囲が著しく狭い人間』


 疑問が顔に出ていたのか、彼は説明を加えた。


『昔の宗教家とか、さあ。自分は人じゃなくて蛮族を殺したんだと思っていただろうね』

615名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:37:09 ID:QwDmC5Uo0

 人でなしを殺しただけ。
 少なくとも彼等の認識ではそうだった。

 「人を人とも思わない」という文句は異常者には適切ではなく、そういった人間にこそ相応しい。
 殺した相手をそもそも人と思っていなかった。
 タチの悪い悪役のようだな、と私は呟き、しかし考えてみればそういう人間は現代にも沢山いると気付く。

 そんなものなのだろうか。



『そんなものだよ。誰でも殺す人間は……人をなんとも思っていない』



 それはまた、箴言だ。
 その時私はただ、そんな風に感じていた。

 その当時はまだ、そんな人間を私は知らなかった。

616名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:38:08 ID:QwDmC5Uo0

 ―――彼との会話を思い出したのは、道場から出て、身体がぶるりと震えた時だった。


(、 ;ノi|「ぐっ……」

( ノAヽ)「警視?」

(‘、‘;ノi|「気にするな。なんでもない……わけではないが、大丈夫だ」


 いる。
 そう思った。

 何がいるのかは言うまでもない。
 見るまでもない。
 私の知る数少ない「一目見て分かる異常者」があそこにいる。

 そしてあろうことか、そいつはその友人の妹だった。

617名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:39:07 ID:QwDmC5Uo0
【―― 6 ――】


 門のすぐ外にそいつは立っていた。
 こちらを認識し会釈をする様を見ると「本当に見た目だけは可愛らしいな」と思う。


リパ -ノゝ「…………お手数をおかけ致します、」

(‘、‘ノi|「いや、」


 構わない、と返した。
 本心とは真逆の言葉だった。

 黒檀の如く黒い髪は短く、庇護欲を唆る可愛らしい顔立ちと小柄な体躯が相俟って中学生にしか見えない。
 身に纏った闇に溶け込む軍服がなければ、だが。
 どちらにせよ前髪とガーゼに隠されている左目とどろどろに濁った右目の所為で「普通の少女」には見えようもない。

 そして、これだ。


(、 ノi|「……っ」

618名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:40:12 ID:QwDmC5Uo0

 この視認するまでもなく感じられる、向かい合えば余計に分かる、異常な雰囲気。

 武道家は殺気や敵意を気取ることができると聞くが、少し感覚の鋭い人間なら彼女の危険性は自然と理解できる。
 漂わせている鬼気と殺気が底なし沼に足を踏み入れてしまったかのような錯覚さえ起こさせる。
 底なし沼なんて入ったこともないが。

 しいて他のものに喩えるとするなら「迷宮」だろうか。
 無限回廊の暗闇に、この少女は似ている。


( ノAヽ)「……この女の子は?」


 警視のお知り合いですか?
 そういうニュアンスを含んだ問いかけに私は、


(‘、‘ノi|「軍部……諜報機関の方だ。所属が違う我々が諂う必要はないが協力はしてさしあげろ」


 とだけ答えておいた。
 怪訝そうな顔をした若い男は「はあ」と返事をし、その少女、絣はクレジットカード大の身分証明証を懐から取り出し見せた。
 事務局だか対策室だかそんなよく分からない部署が記されているそれを見、初めて彼は納得したらしく敬礼をした。

619名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:41:07 ID:QwDmC5Uo0

 若きエリートは一部の男性には堪らないであろう甘く小さな声で訂正を加える。


リパ -ノゝ「…………正しくは私の所属は『中央情報局特異点対策室特定条件下における特殊作戦執行部隊通称「第十三小隊(ジュウサン)」』です、」

(;ノAヽ)「………………え?」

(‘、‘ノi|「聞き直すなよ、おい。どうせ二回聞いたぐらいじゃ分からない」


 大事なのはこの少女が特殊部隊の人間であるということだけだ。
 特定の重大事件しか担当しない、特務機関の人間がここに来たということだけだ。
 つまり。


(‘、‘ノi|「被害者、あるいは加害者がテロリストであるということか」


 独り言のような私の言葉に絣は「違います」と答える。


リパ -ノゝ「…………今回の被害者がある重要な文書を持っていたらしく、その確認です、」

(‘、‘ノi|「文書だと?」

620名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:42:07 ID:QwDmC5Uo0

リパ -ノゝ「…………はい、」


 聞けば、被害者はその文書とやらを常に持ち歩いていたという。
 何かを書き写したものであるそうで媒体は不明だが、少なくとも遺留品の中にはそんなものはなかった。

 そう伝えると、


リパ -ノゝ「…………そうですか、」


 彼女はなんの感慨もなさげに呟き頭を下げた。
 用件はそれだけだったらしい。

 立ち去ろうと踵を返した絣は三歩進んだところでもう一度身体を反転させる。
 まだ何か用か?
 私が疑問を言葉にしようとしたその瞬間、いや僅かに数瞬先んじて少女が口を開いた。


リパ -ノゝ「…………つかぬことをお伺いしますが、」

(‘、‘ノi|「なんだ」

621名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:43:12 ID:QwDmC5Uo0

 屋敷の中を見透すように門を見て、彼女は言った。


リパ -ノゝ「…………被害者の苗字を教えて頂けないでしょうか、」


 なんだ。
 そんなことも知らずに現場へやって来たのか。
 私は言った。


(‘、‘ノi|「大神だ。大きな神と書いてオオガミ。それがどうかしたか?」


 いえ、と絣は続けた。


リハ ーノゝ「…………謎が全て解けただけですから。お気になさらず、」

622名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:44:07 ID:QwDmC5Uo0
【―― 7 ――】


 氷柱先輩がその惨殺死体を発見したのは今日の早朝だったという。
 朝練に行く前、ちょっとした用事があって――剣道家でもある先輩が、高名なその先生に稽古のお願いをする為に――被害者さんの家に寄った。
 先輩は事前にその先生から「来るなら朝に来てくれ。その時間帯なら道場にいるから」と言われていた。
 当日は門の鍵もかかっていなかったので起きているんだと思い、門をくぐって道場まで行き、死体を見つけた。

 そうして警察を呼んだ先輩は学校の鞄一つの制服そのままで事情聴取に行ったらしい。
 あくまで任意同行なので帰ろうと思えばいつでも帰れたのだが、学校で騒がれるのは嫌だったようで応じられるだけ取り調べには応じ、家に帰ったそうだ。


「弓を持ってたのが不味かったよね。矢はなかったにせよ」


 知ったように笑いながら会長は言った。
 心配している様子はまるでない。


ミセ*゚ -゚)リ「……あれ。でも会長、氷柱先輩のこと容疑者って言ってなかったですっけ?」

「言ってたケド……それがどうかした?」

ミセ;゚ー゚)リ「容疑者って犯人のことじゃないんですか?」


 違ったっけ?

623名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:45:08 ID:QwDmC5Uo0

「全然違うよ。『容疑者(≒被疑者)』は捜査の対象となった人間を指す用語だから」

ミセ*゚ー゚)リ「じゃあ犯人は?」

「犯人かどうかは関係ないけど、逮捕されて起訴された人は『被告人』になるね。ちなみに『被告』だと民事事件にしか使えない」


 更に言えば『参考人』は被疑者ではないが調査の為に事件に関係する情報を訊かれた者のこと、であるそうだ。
 だから氷柱先輩は参考人として事情聴取され、逮捕はされていないけど……まあ、被疑者でもある。

 しかしなんでも知ってるなあ、この会長。
 「なんでもは知らない、知っていることだけ」みたいな。
 よく考えるとその台詞当たり前なんだけど、知ってることが多いのは素直に凄いと思う。

 そんなことを考えていた私に彼女は「それに」と前置いて、言った。



「今回の事件で氷柱ちゃんが犯人ということは、ありえないんだよ。絶対に」



 ……やっぱり心配してたみたいだ。 
 その時の私は会長の言葉を聞いて素直にそう思っていた。

624名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:46:10 ID:QwDmC5Uo0
【―― 8 ――】


 彼女がここ、現在では俺達の家になっている旧高岡診療所にやって来た時、俺の中には二つの思いが到来した。 
 一つ目の「良かった」は彼女、人づてに事件に巻き込まれたと聞き及んでいた幽屋氷柱ちゃんが無事であること――逮捕されていないことに対しての安堵。
 もう一つの「どうしたんだろう?」は文字通り、ここを訪れるという彼女の意外な行動に対しての驚きだ。

 俺達を嫌っているわけではないとは、思う。
 だから依頼をすることはないわけではないけれど、今回は依頼内容が予測できなかったのだ。

 単純に遊びに来ただけ、そんな可能性はこの真剣な表情ではありえないだろう。


li イ*゚−゚ノl|「……ギコさん。あなたは何でも屋さんでしたよね?」


 垂れ目の人はなんか悪巧みをしているように見える。
 そんな話を小耳に挟んだことがあったけれど、目の前に座る氷柱ちゃんがいくら垂れ目でも、この真摯な眼差しでは「悪巧みしてそう」なんてつゆも思えない。


(,,-Д-)「いや、違うよ。俺はただの事件屋だから」


 俺はそう返してお茶を薦めた。

625名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:47:09 ID:QwDmC5Uo0

 半ばから緩やかにカーブしたヘアースタイルは双子のお姉ちゃんと見分けがつくようにする為らしい。
 これに限らず、彼女は常に姉とは違う髪型をするようにしている。
 だけど真正面から改めて見ると、「やっぱり双子だけあってそっくりだなあ」なんて当たり前なことを感じてしまう。

 瞳の奥に隠された熱さと冷たさの混濁も、そう。
 ドライアイスに触れた時に近しい、火のような超低温。


(,,゚Д゚)「俺は怪異専門の事件屋で……何でも屋でも請負人でもないよ」

li イ*゚ー゚ノl|「問題を――解決するだけ?」


 そうだよ、と短く返答する。
 熱いのか冷たいのか分からなくなる、感覚を濁らせる彼女の雰囲気に負けてしまわないように。


(,,-Д-)「俺は怪異に関しての問題が起きた時にそれを解決するだけ。無害な妖怪を祓ったりはしないし、人間の問題を請けたりもしない」


 それが俺の立ち位置だから。
 言い聞かせるようにして断言した。

626名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:48:09 ID:QwDmC5Uo0

 この中立が俺の場所。
 事件屋として、怪異に関する問題を解決することが――俺の仕事。
 でぃちゃんと決めた俺の現在だ。

 けれど氷柱ちゃんは困ったように微笑んで言った。



li イ*^ー^ノl|「でも結局、優しいあなたは助けてしまうんでしょう? 仕事ではなく、私事として」



 その通りだった。

 俺は何も言い返せなかった。 
 ただ、負け惜しみにも聞こえるような弱々しい声音で、


(,, Д)「…………勝手に、身体が動いちゃうんだよ……」


 溜息混じりに言い訳をしただけだった。
 ……我ながら情けないなあ。

627名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:49:08 ID:QwDmC5Uo0

 そんな俺を見て、氷柱ちゃんは今度は手を口に添えクスクスと笑う。
 そうしてからコップに入った緑茶を一口飲んだ。
 意図してのことではなかったけれど、むしろやり込められてしまった感じだけど、彼女の緊張が解けたのは良かった。


li イ*^ー^ノl|「本当に……どうして善良な人ほど、自分の善良さを嫌うんでしょうねー」


 柔らかな笑顔を浮かべて、誰かを思い出すようにそう言う氷柱ちゃん。
 あの身を裂くような冷たさは、もう何処にもない。


(,,-Д-)「はあ……。分かったよ、聞くだけは聞いてあげる」


 妥協して言った言葉に追撃が来た。


li イ*゚ー゚ノl|「聞くだけですか?」

(; Д)「いや……。話を聞いたら請けちゃうと……思う……」

li イ*^ー^ノl|「でしょうね」

628名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:50:07 ID:QwDmC5Uo0

 ……もうそろそろ「このまま問答を繰り返しても結局はこの問題解決することになるんだろうなあ」と思い始めてきた。
 どうせ乗り出すのなら、早いに越したことはない。
 諦めて、大人しく俺は氷柱ちゃんから依頼内容を聞くことにした。


 殺人事件、遺体の第一発見者になった彼女。
 でも氷柱ちゃんが犯人ということはありえない。

 どれほど怪しくても。
 凶器を持っていたとしても。
 彼女だけは犯人ではない。

 警察は今も疑っているだろうけど、少なくとも俺と生徒会長のあの子は確信している。
 犯人じゃないのなら、その内、容疑だって晴れるだろうと思う。

 なら、一体どんな問題が解決されることを望んでいる?


li イ*-ー-ノl|「大神先生の件は残念だったと思いますが……私の依頼はあの人の死去に、直接の関係はありません」


 殺した犯人を捕まえて欲しいわけではないと彼女は言った。
 そして続ける――“けど、誰よりも早く犯人は見つけて欲しいんです”。

629名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:51:07 ID:QwDmC5Uo0

 何故ならば。



li イ*゚ー゚ノl|「先生を殺した犯人が、先生が持っていたある文書を持っているはずなんです。私はそれを取り返さないといけない」

(,,-Д゚)「……取り返す?」

li イ*^ー^ノl|「はい」



 あれは本来、私達が預っているべきものですから。
 最後にそう言って彼女はまた笑った。

 ぞっとするような、笑みだった。

630名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:52:08 ID:QwDmC5Uo0
【―― 9 ――】


 …………は?
 謎は解けた、だと?


(‘、‘;ノi|「なあ――おい! 絣っ!」


 気がつけば怒鳴るような声音で呼び止めていた。
 恥ずべきことだが、私は年下の女に事件の真相を先に看破され憤っていた。
 警察官としてのプライドを傷つけられた気がしてしまったのだ。

 しかし私の声に振り向いた彼女はその達観、あるいは超然という言葉が相応な態度を貫いたままだった。
 そしてもうやるべきことは終わったというような顔で言う。


リパ -ノゝ「…………なんでしょうか、」

(‘、‘ノi|「謎が分かったとはどういうことだ」

リパ -ノゝ「…………そのままのことです、」

631名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:53:09 ID:QwDmC5Uo0

 ただし私の抱えていた謎とあなたの抱えている謎は同じではないと思います。
 絣は濁った瞳で私を見据えそう断りを入れた。

 続けて訊く。


リパ -ノゝ「…………被害者である大神さんの祖先はどの国の出身だったか分かりますか?」

(;ノAヽ)「は? いえ、そこまでは調べていませんが……」

(‘、‘ノi|「何処出身も何も、そんなものは事件になんの関係もないだろう」


 いいえ、と絣は言う。


リパ -ノゝ「…………私と、犯人にとってはとても重要なことでした、」


 国籍が重要?
 なら、やはり文書は国家機密に関係するものか?

632名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:54:08 ID:QwDmC5Uo0

 眉に皺を刻む私の顔を見、彼女はどう思ったのだろうか。
 「あなた達には関係がありませんが」と前置いて、更にこんなことを言った。 


リパ -ノゝ「…………私は被害者はモンゴルかトルコか、そうでないのならアラスカ辺りの血が混ざっているものと思いましたが、犯人は違ったのでしょう、」


 絣はそこで言葉を切った。
 どういうことなのかは質問しても答えてくれないだろう。
 彼女が言わないということはそのまま私が知る必要がないということだ。

 少なくともコイツの兄はそういう奴だった。
 不必要なことは言おうとしないが、面倒でも説明すべきことは説明してくれる奴だった。


(、 ノi「……分かった」

( ノAヽ)「警視?」

(‘、‘ノi|「今回の捜査に関係がないのであれば、とりあえずその話は聞き流しておくことにしよう」

リパ -ノゝ「…………そうですか、」

633名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:55:09 ID:QwDmC5Uo0

 私がそう言うと絣は頭を下げた。
 無言の礼は「プライドを傷つけてしまって申し訳ありません」と言っているようで癪に障ったが、きっとそれは私の被害妄想だ。
 気にしないことにしよう。

 そうして彼女は「もう一つだけ」と呟いて私に言った。


リパ -ノゝ「…………幽屋氷柱は犯人ではありません、」

(‘、‘ノi|「なんだ、知り合いなのか?」

リパ -ノゝ「…………個人的な知り合いですが、それは関係なく。彼女は犯人ではありません、」


 そして。
 絣は曇り空を見上げながら核心に触れる。


リパ -ノゝ「…………多分、犯人は自転車に乗っています、」

634名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:56:07 ID:QwDmC5Uo0
【―― 10 ――】


 お見舞いというのも変だけど、会長と氷柱先輩の家に行こうということになった。
 一介の後輩でしかない私が行っていいのかなとは思ったけれど、「氷柱ちゃんなら歓迎してくれるよ」という会長の言葉に後押しされ、私も同行することにしたのだ。

 靴を履き替え、自転車を取ってから校門へと向かう。
 会長は徒歩なので私も愛車を押して歩く。
 授業が終わって三十分は経っているので人影はもう疎らだった。


ミセ*゚ー゚)リ「そう言えば会長は何処に住んでるですか?」

「僕? 秘密」

ミセ*-3-)リ「えぇ〜……なんでですかぁ?」


 雑談をしつつ、二人でのんびりと歩く。
 灰色の曇天は朝よりもマシになっていて、切れ間からは心地良い太陽の光が差し込んでいる。
 朝方は纏わり付くようだった湿った空気も多少は緩和されていた。

 朝は、私の家より学校に近い、なつるの家からの歩きでの登校だから傘だったけど、自転車通学生は雨が降るとカッパを着ることになる。
 雨自体は嫌いじゃない私もあの暑苦しくてゴワゴワしたやつは大嫌いだった。
 傘差し運転をしたいところだけど、この学校の風紀委員長は厳しいし、何より危ない。

635名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:57:08 ID:QwDmC5Uo0

 特に女子。
 男子なら転んで顔に傷がついてもガ●ツみたいでカッコいいけど、女子で顔に傷があるのは致命的だ。

 ……こう考えると、でぃちゃんがどれほど整った顔をしているのかがよく分かる。
 鼻を横切るような傷があっても可愛いのは二次元だけだと思ってた。


ミセ;゚ー゚)リ「ねえ会長? そう思いま、せ……!」


 と。
 右隣を歩いていた会長を見たその時だった―――。



ミセ;゚ -゚)リ「え…………?」



 視界の端に――何かが、あった。

 私の右手にいた会長、その更に右側を、自転車に乗った男子生徒が通り過ぎた。
 濃い茶色の髪で彫りの深い顔立ちの人だった。
 彼は、口笛を吹きながらご機嫌そうにペダルを漕いでいて。

636名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:58:09 ID:QwDmC5Uo0

 そして――――“カゴに無造作に入れてある学生鞄から、重油のように醜悪で黒く淀み切った魔力が漏れ出していた”。



(‘_L’)「〜〜♪」



 聞こえてくる口笛が酷く不釣合いだ。

 なんだアレは。
 なんだアレは。
 冒涜的で悍ましく単なる怯えより複雑な吐き気をもよおすこの世のものならぬ理解を絶する底知れぬ暗澹たる――恐怖。

 ペニちゃんを見た時だって、ここまでじゃなかった。
 あの時の恐怖だって、これには匹敵しない。

 これは。 
 これは……怪異とかそういうレベルのものじゃ、ない。
 私が今まで、いや私以外のほとんどの人も見たことがないような――絶対。


:ミセ; -)リ:「あ……う、あ……」

637名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 04:59:07 ID:QwDmC5Uo0

 持っていた自転車も構わずに両腕で震える全身を抱いて蹲る。
 それは本能的な行動だった。

 視界が歪んでいる。
 今まで信じていた大事な何かが、根こそぎ崩されてしまったような、そんな。
 息が、上手くできない。

 あんな僅かな小匙程度の魔力で――こんなにも暴力的に絶望を理解させるなんて。
 あんなものがあっていいはずがない。
 あんなおかしなものが、この現実に存在して良いはずがない―――!

 アレは、一体―――?


「……自転車に揺られる衝撃でちょっとだけ封印が解けちゃったみたいだね。本人は気にしてないみたい、ううん、気付いてないのかな?」


 私の代わりに愛車を支えながら会長は知った風に呟く。
 悪魔のような笑みを浮かべたまま、まるでなんてことはないように。

 同じものを見ているはずなのに。
 面白いものを見つけた、と。
 彼女は、そんな認識でしかないような表情をしている。

638名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 05:00:07 ID:QwDmC5Uo0

 あんなものは取るに足らないと言外に主張しているかのように――笑ったままで。


「そうだよ」


 化物のような嘲り笑いを浮かべたままで。
 とても私との共通項なんて見つかりそうもない嘲笑のままで。

 彼女は、言う。



「アイツがナントカさんを殺し、魔導書を奪った――――犯人だ」



 その言葉を最後に。
 私の意識は、途切れた。






【――――そこまで。第七問、終わり】

639名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 05:01:08 ID:QwDmC5Uo0


 「霧れる雨 ふる我が思ひ もぞ知るる」


【歌意】
雨が降り、霧がかかっている。
長い間抱え続けたこの思いが知られてしまっては困るなあと私が思う最中、涙は溢れ、目も霞んでいる。

【語法文法】
『霧れる雨』の『霧れ』はラ行四段活用「霧(き)る」の已然形か命令形。
意味としては「霧や霞がかかる」「霞む」と「涙で目が霞む」。付いているのは存続や完了を表す助動詞「り」の連体形『る』。
『雨』はそのまま雨だが、雨は比喩として「涙」という意味でも使われることがある。
次の『ふる』は動詞であり、掛詞として様々な形として使われる。
今回は小野小町の歌と同じくラ行四段活用終止形「降る」、そしてハ行下二段活用の動詞「経(ふ)」の連体形が掛かっている。
代名詞と格助詞で成り立つ『我が』は「が」が主格か連体格かで意味が異なるが、今回は連体格。「私の」と訳す。
『思ひ』は「考え」「希望・願望」「愛情・思慕」「心配」など複数の意味を持つ名詞。その為に訳していない。
係助詞の「も」に「ぞ」が付いた『もぞ』は良からぬ事態を心配する意を表し、「〜したら大変だ」「〜するといけない」という風になる。
最後の『知るる』は知るではなく知られる。ラ行下二段活用の「知られる」という意味を持つ動詞。
本来は終止形になるべき部分だが前述の『もぞ』の係り結びで連体形になっている。

【特記】
参考にした歌は特にないので文法が合っているか不安である。
雨を涙の比喩にする和歌は多いが、個人的に「涙雨」や「涙の雨」のように分かりやすく読み込んでしまうのはあまり好きではない

思わず涙が溢れてしまうような感情。
それはどのようなものだろう。
誰が、何に対して、あるいは誰に対して抱く『思ひ』なのだろうか。

640名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 05:03:54 ID:QwDmC5Uo0

というわけで、第七話でした。
続きは十月です。

641名も無きAAのようです:2013/09/19(木) 15:06:32 ID:wvM74i9M0

続きが気になる。

642名も無きAAのようです:2013/09/20(金) 04:02:41 ID:I2bqle.M0
おつ
相変わらず面白い。しかし波乱の予感だな

643名も無きAAのようです:2013/10/02(水) 22:55:53 ID:VlisfmQkO
書類=魔導書、解答編までひっぱって欲しかったな

644名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:48:51 ID:kH3I6/no0




ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです



※この作品には性的な描写が(たまに)出てきます。
※この作品は『天使と悪魔と人間と、』他幾つかの作品と世界観を共有しています。
※この作品は推理小説っぽいですが、単なる娯楽作品です。
※この作品はフィクションです。実在の逸話を下敷きにした記述が存在しますが現実とは一切関係ありません。





.

645名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:50:04 ID:kH3I6/no0




 第八問。
 選択問題 解答編。

 「雨斎院雪吹の憂鬱」





.

646名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:51:05 ID:kH3I6/no0




 敷栲の 袖返せども つゆぞ乾かぬ



.

647名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:52:06 ID:kH3I6/no0
【―― 1 ――】



 ―――気が付いた時には私の世界はアカイロに染まっていた。


 何が起こったのだろう。
 そう思って辺りを見回そうとしてみても、どうしてか、周囲と同じく赤い身体は少しも動いてくれなかった。



 ここは何処かな。
 見慣れた場所なのか、そうでないのか。
 それでさえもよく分からない。

 たとえよく知っている場所だったとしても、こんな風に真っ赤だったら分かるはずないか、なんて。
 なんだか場違いにも程があるけどおかしくなってしまって力なく笑みを浮かべる。

 もしかすると私は何処か怪我してるのかな。
 これは私の血なのかな。
 色々な考えが浮かんでは消え、けれど少しも纏まらず、私はただアカイロに抱かれていた。

648名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:53:07 ID:kH3I6/no0

 朦朧とした意識で手を伸ばした。
 最初に動かそうとした右手は動かなかったので、代わりに左手を空に伸ばした。
 倒れたままで、精一杯に手を伸ばす。

 助けを求めていたわけではない。
 助かるなんて思っていなかった。

 ただ、ふと涙で滲むアカイロの中に何かが見えたような気がして―――。



『……』



 ―――その手を。

 何かが。
 いや。
 誰かが、やがては意識と共に力なく落ちるはずだった私の手を、掴んだ。

 力強くはなかった。
 優しい手。
 柔らかだけど所々ゴツゴツした変な手が、酷く優しく私の手を取った。

649名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:54:10 ID:kH3I6/no0

『…………え?』



 その人は何故かお祭りの屋台で売っていそうな狐を模したお面を被っていて、私は思わず眉を顰めた。
 するとその人は黙って、空いていた片方の手でお面を外した。

 一目見た印象は「刃物みたいな人」だった。
 次に感じたのは「綺麗な人だなあ」で、最後に気が付いたのはその真っ直ぐな瞳。
 視線で人を殺せてしまいそうな、そんな鋒を思わせる双眸が特徴的な、短髪の女の人だった。

 彼女は言った。



『最初は鬼の面を被っていた。けど「桃から生まれた桃太郎……」と名乗ってしまって女とバレた。だから、今は狐面』



 そんなことは訊いてない。
 この状況でそんなどうでもいい設定を説明されても困る。

 腹が立つような、呆れたような。
 妙な感情が私を襲った。
 ……結局その複雑な思いは笑顔として表面に出た。

650名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:55:11 ID:kH3I6/no0

 全てを諦めたような力ないそれではなく――――ちゃんとした、笑みとして。



『……良かった』



 その時の彼女の顔は覚えていない。
 でも、その時の暖かな背中と彼女の声は今も記憶に残っている。

 私を背負いながら言った、小さな言の葉。




『――――笑顔になって、良かった』




 きっと彼女も笑顔だったと思う。
 それは助けられて良かったと、見えるはずのない神様に感謝するかのような、これ以上ない笑顔―――。

651名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:56:05 ID:kH3I6/no0
【―― 2 ――】


 寝起きに感じたのは額に乗る濡れタオルの感触。
 心地良い冷たさで意識が覚醒していき、クリアになった視界に甲斐甲斐しく私を看病してくれていた(らしい)同級生を見つけた。


ミセ* ー)リ「……あれ。でぃ……ちゃん?」

(#゚;;-゚)「お目覚めですか? 心配したのです」


 同級生、朝比奈でぃ。
 武装●金とかス●魔女の小説版とかの某キャラクターを思い出させる顔の一文字の傷が特徴的な、けれど損なわれることのない魅力と清楚さを持つ顔立ち。
 少し短いポニーテールがよく似合う猫又と人間とのハーフ――半妖の少女。

 今日も制服姿だけど……もしかして休日も制服なのかな?
 似合ってて可愛いし、そこはかとなく犯罪的な匂いがする以外は眼福で良いんだけど。


ミセ;-ー-)リ「うーん……」


 ベッドから身体を起こしつつ、辺りを見回す。

652名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:57:08 ID:kH3I6/no0

 白い壁、並んだ寝台、病院にあるような仕切りのカーテン。
 そのどれにも見覚えはなかったけどでぃちゃんがいるということから考えるに、ここは旧高岡診療所らしい。 
 以前泊まらせてもらった時は居間を借りたから分からなかったけど、こういう部屋もあるのか。

 窓の外を伺うと、もう薄暗くなっている。
 どれくらい眠っていたんだろうか。


ミセ;゚ー゚)リ「…………あれ?」


 ……眠る?
 おかしいな、記憶が曖昧になってるぞ。
 眠った覚えはないし、そもそもここに来た覚えもない。


(#゚;;-゚)「覚えていらっしゃいませんか?」


 でぃちゃんの言葉に、恥ずかしながら、と呟いて首肯する。
 彼女は瞳を伏せ続けた。


(# ;;-)「無理もないのです。……あんなものを見られたのですから」

653名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:58:07 ID:kH3I6/no0

ミセ;゚ー゚)リ「あんなもの? ……あっ!」

(#゚;;-゚)「思い出されましたか?」


 思い出したよ、全部。
 私がそう言おうとしたその時にガチャリという音が耳に届いた。
 扉の開く音。

 出入り口の方を見ると二十才くらいの白衣を着た男の人がいる。
 男の人には珍しく、笑顔が似合う可愛らしい童顔の彼を私は知っている。


(,,^Д^)「おはよう……と、言ってももう夕方だけど」

ミセ*゚ -゚)リ「……ギコさん」


 朝比奈擬古さん。
 神道系の大学に通う大学生で、怪異の専門家で、そして他でもなくでぃちゃんの最愛の人。
 ……ていうか夫。

 この診療所の現在の主は私の傍までやってくるとジッと私の顔を見つめる。
 視線を逸らすのも失礼かなと思ったので、私も「こんな草食系っぽい人がでぃちゃんをアヘらせてるのか……」なんてことを考えつつ見つめ返す。

654名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 18:59:10 ID:kH3I6/no0

 時間にして十秒ほどだっただろうか。
 ギコお兄さんは「うん」と満足そうに頷いて今度は私の手を取ろうとする。 
 ふむ。


ミセ* -)リ「やんっ……」

(;゚Д゚)「!!?」


 手が触れた時を狙って、喘いでみた。

 ちょっとした悪戯だ。
 朝、なつるにやったのと同じやつ。

 どんな反応をするかなーと伺ってみると、ギコさんは私の手を離し飛び退り目を白黒させていた。
 心なし頬も赤い。
 ……いい反応するなあ。

 そして。


(# ;;-)「…………ご主人様」

655名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:00:07 ID:kH3I6/no0

(;-Д゚)「えっ? いやっ、なんて言うか……これは違うよ!」

(# ;;-)「何が、違うのですか……?」

(;゚Д゚)「多分今でぃちゃんが考えてる何もかも!!」


 次の瞬間には、私のちょっとした悪戯心の所為で夫婦仲にヒビが入りかけていた。
 ギコさんは追及を逃れるように後退り、逆にでぃちゃんはじりじりと間合いを詰めている。


(;-Д-)「脈を取ろうとしただけだから! 他意はないし!」

(# ;;-)「自覚はなかったとしても……いやらしい思いが心の中にあるから、手つきがいやらしくなるのです……」

(;゚Д゚)「ないよ!なかったよ!」

ミセ;゚ー゚)リ「あの、」

(# ;;-)「嘘です、嘘なのです……。ご主人様は、ミセリさんみたいな胸の大きな方が好きなのです……」

(;*-Д-)「それは――確かに好き、だけどさ……」

656名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:01:07 ID:kH3I6/no0

 好きなのかよ。


(;゚Д゚)「いや好きなんだだけどこれは違う!!」

ミセ;゚ー゚)リ「いや、あの」

(# ;;-)「嘘です。昔から周りには妙に胸の大きな方が多かったのです」

ミセ;゚ -゚)リ「もしもーし?」

(;-Д-)「それは本当だけど嘘じゃない!!」


 恋人を壁際まで追い詰めたでぃちゃんには、もうあの狐火のような橙色の魔力と共に猫の耳と尻尾が顕現していた。
 普段は意識して引っ込めているらしいので彼女の耳と尻尾が出るのは気が抜けている時か、臨戦状態の時。
 どう考えても今は後者だ、私の言葉も届いていないみたいだし。

 堂々巡りの禅問答を続ける二人。
 決着がついたのは、でぃちゃんが言いかけた一言だった。

657名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:02:05 ID:kH3I6/no0


(# ;;-)「ご主人様は――本当は、私のことなんか……」



 あなたは優しいから、私の想いに応えてしまっただけで。
 本当は他に好きな人がいたんでしょう?

 ……それは、そんなような意味を含んだ言葉だった。
 今までの低く唸るような声ではなく、か細く、弱々しい女の子の声で発せられた。
 彼女の、紛れもない、本心。

 ―――けれど。


(,, Д)「っ!」


 けれど――そこからの展開は今までよりも更に劇的だった。

 でぃちゃんが言葉を口にした瞬間、その刹那ギコさんが彼女の腕を引っ手繰るように掴み、そのまま傍にあったベッドに押し倒した。
 驚きの声を漏らし目を見開き、次いで抵抗しようとするでぃちゃんに。
 何か、彼女らしからぬ言葉を紡ぎかけた唇を、開きかけたそれを彼が自分の唇を重ねることで塞いだ。

658名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:03:07 ID:kH3I6/no0

 平たく言うと。
 押し倒してキスをした。


(#// -/)「ふぅっ、あっ――ぅ、ぁ……」


 口の内側を舌でぐちゃぐちゃにされる。
 キスに加えて弱いという耳を片手でいじられ、強張っていた身体の力が全部抜けていくのがここからでも分かった。
 初めは抵抗していた彼女も、やがてはされるがままになった。

 途中で一度離れたのにもう一度、今度は味わうようなキス。
 唾液を啜って、その次は自分の唾液を流し込む。

 うわー……。
 相変わらずエロいチュウするなぁ、この二人……。


(#// -/)「あっ――はっ、ん……。やっ……ご主人、様ぁ……っ!」


 切ない声で彼の名前を、呼んで。
 ピンと一瞬だけ僅かに身体を仰け反らせた。

659名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:04:08 ID:kH3I6/no0

 そして、やっと口を離したギコさんが服装を整えながら言う。


(,,-Д-)「…………でぃちゃん、俺はさ。知っているとは思うけれど、人の気持ちを勝手に決め付ける人間が嫌いだ」


 自分のことをどう思うのかは本人の自由だと思うけれど。
 他人の気持ちを決め付けるのは大嫌いだ、なんて。
 彼らしからぬ、静かだけど強い意思を秘めた語調でギコさんは続ける。

 戻らない過去を思い返すかのような口調で。
 彼は続ける。


(,,-Д-)「でぃちゃんは自分のこと嫌い? ……そっか、でも俺はでぃちゃんのことが大好きだ」


 目を潤ませ朦朧とした意識の彼女に何度目かの軽いキス。
 そうしてまた言う。


(,, Д)「でぃちゃんは俺のこと嫌いになっちゃった? ……そうだとしても、俺はでぃちゃんのことが大好きだ」

660名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:05:06 ID:kH3I6/no0

 前からずっと。
 前よりずっと。
 君のことが大好きなんだよ――と。

 彼の言葉に、彼女は涙を流して答えた。
 わざわざ言わせないでくださいよ、なんて、もどかしそうに。


(#// -/)「私だって……ご主人様のことが、大好きなのです……」


 そっか、とギコさんは笑顔で頷いた。
 続けて「でも」と言う。



( *-Д-)「でも……我が儘だけど、俺はでぃちゃんの口から聞きたかったんだ」



 好きだという言葉を。
 愛しているという感情を。
 分かってはいるけれど、君の口から聞きたかったんだと。

661名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:06:07 ID:kH3I6/no0

 ……その気持ちは酷くよく分かった。
 心臓が壊れるような強さで締め付けられるほどに。

 「愛は説明を必要としないものだから、何度も気持ちを説明しあう恋人同士はすでに離れているか、離れかかっているんだよ」。
 なんて、いつだったか生徒会長が言っていたけれど私はそうは思わない。
 愛して欲しいって言葉は寂しいって意味じゃなくて、楽しみたいから、誰かといて楽しいから口にする言葉だ。
 それは「あなたのことが好きです」っていう、ごく当たり前の挨拶なのだから。


(,, Д)「俺のこと好き?」


 彼の問いに彼女は当然のように答える。 


(#// -/)「はい。愛しています」

(,,-Д-)「ありがとう……少しは落ち着いた?」

(#// -/)「全然です――あなたといると、ドキドキしっぱなしなのです」


 良かった、とギコさんは笑った。
 俺もそうだから、なんて恥ずかしそうに言って。

662名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:07:08 ID:kH3I6/no0

 さて。




ミセ;*^ー^)リ「あのー……。落ち着いたなら――いや落ち着いてないけど――もういいですか?」




 私のその言葉に、でぃちゃんが真っ赤になって部屋を飛び出していくのは、この直後のこと。

663名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:08:11 ID:kH3I6/no0
【―― 3 ――】


 部屋の人数は一人減って二人。
 ギコさんは咳払いをすると「さて」と仕切り直しを謀る。


(;*-Д-)「じゃあ、色々あったけどそろそろ本題に入ろう」

ミセ*^ー^)リ「まさか咳払い程度でさっきのやつ忘れてくれとは言いませんよね?」

(;* Д)「いや……なんて言うか…………ごめん」


 頭を下げる彼に、私は笑いながら気になっていたことを訊ねる。


ミセ*゚ー゚)リ「そう言えばギコさん、さっきキスしてましたけど」

(;* Д)「うん、したけど……それが何?」

ミセ*-ー-)リ「いや、ああいう唇で口を塞ぐのってギコさんらしくない気がするんですけど、誰かから教わったんですか?」

664名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:09:09 ID:kH3I6/no0

 あんな少女マンガみたいな行動、ギコさんがするとは思えない。
 なつるだってしないだろう。
 ……あの請負人を名乗った赤いお兄さんならするかもしれないけど……。

 ギコさんは「ああ」と納得したように頷き、答える。


(,,-Д-)「俺のおじさん……厳密には俺の養父の、兄の、息子の人が言ってたんだよ」


 ええと。
 義理の父親の、兄の、息子だから……義理の従兄弟になるのかな?


ミセ*゚ー゚)リ「なんて言ってたんですか?」

(,,゚Д゚)「『女の子が泣き出したり、ヒステリーになったりした時は、とりあえずキスしてから次の行動を考える』」

ミセ;゚ -゚)リ「…………は?」

(;-Д-)「『キスすると大人しくなるから』って……。俺は、流石に好きな人にしかやりたくないし、やれないけど……」

665名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:10:06 ID:kH3I6/no0

 凄いことを言う従兄弟がいたものだ。
 そんなことをして許されるのは少女マンガの中だけだ。
 現実でやったら平手打ちを喰らう。

 ……いや。
 私も好きな人にやられたら大人しくなっちゃうかも……。
 単純だなあ、女の子って。


ミセ;^ー^)リ「従兄弟の人、モテたんですねぇ」

(,,-Д-)「あー……うん。たまにしか会ったことないから分からないけど、そうみたい」


 暗に「ギコさんもモテますよね?」という意味を含んだ言葉だったけれど、彼は気づかなかったみたいだ。
 天然ジゴロってやつだろうか。

 さて、じゃあそろそろ本当に閑話休題しよう。

666名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:11:10 ID:kH3I6/no0
【―― 4 ――】


 ―――今までの話を一度纏めてみよう。


 まず最初にある道場で殺人事件が起こった。
 被害者は武道家(大神さんという凄い人らしい)。
 その人は真正面から何かで一突きにされた後、持っていた居合用の真剣で心臓の原形がなくなるほど何度も刺されたとされる。
 それを今日の朝、学校に行く前に用事があって道場に寄った氷柱先輩が見つけた。

 先輩はすぐに警察に連絡したけれど、学校用の鞄に加え手入れの為に持ち帰っていた梓弓を持っていたことで容疑者になってしまった。
 でもギコさんも生徒会長も彼女だけは絶対に犯人じゃないと言う。


 次に、警察から開放された氷柱先輩がギコさんに依頼をした。
 依頼内容は「犯人を誰よりも早く見つけること」。

 先輩が言うには、殺された大神さんという人はある文書(どんな媒体かは分からない)を常に持ち歩いていたらしい。
 だけど氷柱先輩が刑事さんから聞いた話ではそんなものは遺留品の中にはなかった。
 そもそもその文書は彼女の所有物で、先輩は何処からかのルートで大神さんが手に入れたそれを返してもらおうとしていた。

 つまり氷柱先輩の目的は、警察より早く犯人を見つけて、その文書を取り返すことだ。

667名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:12:11 ID:kH3I6/no0

 そして今日の放課後、私と生徒会長は正門前で自転車に乗ったある生徒を見た。
 自転車籠には学生鞄が押し込まれていたんだけど、そこから何か良くない魔力が漏れ出していた。
 封印が僅かに緩んでしまった所為らしい。

 会長の言葉が正しければ「アイツが犯人」。
 あの男の人が大神さんを殺し、会長曰く魔導書(=文書)を奪った人。


 ……うーん。
 なんとなく話の概要は見えてきたけど……。


ミセ;-ー-)リ「正直なところ、私には全然分からないです」

(,,-Д-)「俺も、今のところ推理できてるのは半分程度、かな……」


 腕を組み考えるギコさん。
 その仕草はぶっちゃけあまり似合っていなかったけれど、でも既に半分は予測が立っているわけで、やっぱりこの人は優秀な専門家なのかもしれない。
 私はさっぱりだもん、ってかこれ怪異絡みの事件なのかなあ?

 会長が言っていることが正しかったとしても、犯人は被害者を真っ正面から串刺しにしている。
 つまり、あの生徒の人が何かで武道家の先生を刺したことになるわけで、でも私が見た感じではそんなことができる武闘派には思えなかったんだ。

668名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:13:11 ID:kH3I6/no0

(,,゚Д゚)「いや、正面から刺すだけなら呪いなり毒なりで動きを止めればいいんだけど、」

ミセ*-3-)リ「けど?」

(,,-Д-)「それだと痕跡が残るはずだからなあ……」


 ギコさんもでぃちゃんも魔力を調べることはできないが感知することはできるので、現場を見に行った時に何か気づいたはず。
 それ以前に、事件の噂しか聞いておらず現場にも行っていない会長が気づいているから、何か、決定的な証拠のようなものがあったのだ。

 あ、ていうか。


ミセ*゚ー゚)リ「もしかして、私をここまで運んできたのって会長ですか?」

(,,^Д^)「うん。背負ってね。自転車は学校に置いてきたらしいけど……お礼言っておきなよ」

ミセ*^ー^)リ「はい! ……って、」


 「背負って」って、タクシー使ったとか迎えを呼んだとかじゃなく、徒歩で?
 自転車使っても十分遠い距離なのに、学校から私を背負って、この商店街の外れまで?
 いくら私が軽いと言ってもおかしいでしょ。

669名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:14:08 ID:kH3I6/no0

 どんだけ鍛えてるんだ、あの人。
 本当に化物じゃないだろうな。
 というか、どうして私の家じゃなくてこの診療所に?

 まあ、私の家には基本的に誰もいないので家に連れて行っても困るだけだろうけど。


(,,゚Д゚)「……そうか」


 私の独り言にギコさんが反応した。
 手を打って、やっと合点が行ったという風に。

 そして、言う。


(,,-Д-)「俺はてっきり、あの子はミセリちゃんの家を知らなくて、だからここに連れて来たんだと思ってたけど……そうじゃなかったんだ」

ミセ*゚ー゚)リ「え?」

(,,゚Д゚)「だってそうでしょ? 隣で後輩が意識を失ったとして、その子背負って知り合いの家まで行く?」


 それは……行かないけど。
 普通は保健室で休ませるか救急車を呼ぶと思う。

670名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:15:09 ID:kH3I6/no0

 でも。


ミセ*゚ー゚)リ「でもギコさんは専門家ですよね? なら病院に連れて行くのと同じ感じじゃないですか?」

(,,-Д-)「なら俺の方を呼べば良い。俺は車持ってるんだし、そっちの方が効率的でしょ?」


 なるほど、一理ある。
 そうしなかったのが不思議なくらいだ。

 だから、とギコさんは続ける。


(,,゚Д゚)「多分、ミセリちゃんの口から何かを言わせたかったんだ。ヒントになるような何かを」

ミセ;゚ -゚)リ「私から?」 

(,,-Д-)「よーく思い出して。……今日、あの子と何を話したのかを」


 そんなことを言われても……。

671名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:16:09 ID:kH3I6/no0

 今日は朝から雨が降っていて私は遅刻して、
 昼過ぎに着いて、
 会長は身体を鍛えてるから片手で懸垂が出来て、
 氷柱先輩が遺体の第一発見者になっちゃったから今日は学校に来てなくて、
 ゴミは学校の予算で処理してもらってて、
 今は法律が厳しくなったから学校の焼却炉はあまり使ってなくて、
 部室棟の奥に綺麗な森があって、
 その森の主はほぼ毎日近くの倉庫にいて、
 でも今日はいなくて、
 神聖さは心理的な隔たりが関係しているもので、
 木の枝が折れてて、
 芸術家さんがそれに怒るらしくて、
 私は虫が嫌いで、
 会長は虫を潰したりはしない人でいただきますをちゃんと言う人で、
 怪異のことはよく知らなくて、
 人間みたいな化物と化物みたいな人間はよく知ってて、
 朝から変な知り合いと会ったからご機嫌で、
 氷柱先輩は矢はなかったにせよ弓を持ってたから疑われて、
 容疑者と被告人は全然違って、
 会長は先輩が犯人なのはありえないと思ってて、
 会長の家は秘密で、
 顔に傷があるのに可愛い女の子は珍しくて、

 そして、自転車に乗っていたあの人が魔導書を盗んだ犯人だって―――。

672名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:17:12 ID:kH3I6/no0

 ……聞き終わってギコさんは言った。
 わかった、と。


(,,-Д-)「よく分かった。それでミセリちゃん、三つ質問」

ミセ;゚ー゚)リ「今ので本当に分かったんですか? 何が?」

(,,゚Д゚)「それは後で説明する。……今日、ミセリちゃんなんで遅刻したの?」


 私の言葉を聞く時間も惜しいという風に一つ目の疑問を口にする。
 別に答えるのは吝かじゃないけど、どう考えてもそれ事件に関係ないと思う。


ミセ*゚ -゚)リ「えっと……昨日は幼馴染の家に泊まってて、起きるのが遅れたからです」

(,,-Д゚)「昼過ぎまで寝てたの?」

ミセ*^ー^)リ「いやー、九時半には家出たんですけど……寄り道したりしてる内に。雨降ってて行く気が起きなかったのもありますけど」

(,,-Д-)「やっぱりね」

673名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:18:05 ID:kH3I6/no0

 やっぱり?


(,,゚Д゚)「じゃあ二つ目。その森の主は比喩だと思うけど、その人ってなんで今日いなかったの?」

ミセ*-ー-)リ「えっと、今日が焼却炉を使う日だから、らしいですよ? 煙とか出ますし」


 私の言葉にギコさんはまた満足そうに頷いた。
 何がなんだか分からないけれど、彼の中では何かが納得できたらしい。

 じゃあ最後、と前置いて彼は訊ねた。



(,,゚Д゚)「君が見たその枝が折られていた木って――――夜糞峰榛(ヨグソミネバリ)だったよね?」

674名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:19:06 ID:kH3I6/no0
【―― 5 ――】


 職場に帰る途中も車を運転しつつずっと考えていた。
 絣の言葉の意味をだ。

 被害者の苗字云々のことは置いておくにしても自転車については考えないといけないだろう。
 どうして絣は「自転車に乗っている人間が犯人だ」と言ったのか。
 多分とは言っていたが、まさか当てずっぽうで適当なことを言っているはずもない。


(‘、‘ノi|「……まるで信用しているようじゃないか」


 警察署の駐車場に車を停車させ呟いた。
 向こうでは朝からずっと雨が降り続いていたらしいが、こちらは朝から気持ちの良い快晴だった。
 きっと今夜は星が見えるだろう。

 車から降りると駐車場の端に濃い紅色の見覚えのあるオートバイが見えた。
 確かホンダのCBR1000RRとか言うやつだ。

 お世辞にもバイクに詳しいとは言えない私が何故名前を知っていたかと言えば、それが既知の相手のものだったからだ。

675名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:20:05 ID:kH3I6/no0

(‘、‘ノi|「あの何でも屋……また警察に来ているのか」


 たまに現場に現れ犯人を推理していく素人探偵。
 本人は「請負人」とか名乗っているが、つまりは何でも屋の青年だ。
 あのバイクは奴の愛車なのだ。

 あれがここにあるということはまた参考人として呼ばれているか何かの事件を解決したのだろう。
 探偵の領分には殺人事件の推理も入っているとは思うので構わないし、またなんにせよ犯人が捕まるのは良いことなので煩く言うつもりはないがそれにしても最近はよく会う。

 そこで私はやっと理解した。


(‘、‘ノi|「なるほど……だから『自転車に乗っている人間が犯人』か」


 事件の被害者はメッタ刺しにされていた。
 当然加害者には少なくない量の返り血が付着したはずだ。
 早朝とは言えそんな状態で服を着替えに戻ることはできやしないだろうし、その場で着替えるのは誰かがやって来るのではないかという心理的に抵抗がある。

 ならどうするか。
 考えてみれば簡単だ、雨合羽を着ていれば良い。

676名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:21:05 ID:kH3I6/no0

 それも着るのはただの合羽ではなく上下に分かれたタイプ、つまり自転車用の雨合羽だ。
 学校などで指定されている紺のものなら更に良いだろう。
 犯人は上下雨合羽で犯行に臨み被害者を殺害後すぐに脱いで収納用の袋に戻した。

 現場は早朝から雨が降り続いていたのだから合羽を着ていてもなんら不自然ではない。
 勿論着ていなかったところで「面倒くさがり屋だな」とは思われるだろうが不審ではない。
 事実はさておき、おそらく絣はそう推測していた。ほんの数年前まで学生だった絣はすぐに思いついたはずだ。


(‘、‘ノi|「しかし、正面から一突きの謎は残るな……」


 自動車に鍵をかけ頭を捻りつつ歩き出す。
 署の方を見れば、ちょうどあの何でも屋の青年が出てきたところだった。

677名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:22:06 ID:kH3I6/no0
【―― 6 ――】


 その男はやはり自転車に乗っていた。
 籠の中の鞄もそのまま。
 ただし服装は学生服ではなく普通の格好――人混みに入ればまず見つけられない、それを意図した服装になっていた。

 濃い茶色の髪を隠すような野球帽が唯一の特徴と言っていい。
 微弱に流れ出していた醜悪な魔力も、封印をかけ直したのか治まっていた。

 川沿いを走っていた男はギコさんの姿を見つけ不思議そうな顔をし、ギコさんのすぐ後ろにいた私を気にすることはなく、その隣にいたでぃちゃんを見て納得したようだった。


(‘_L’)「あれはお前の差金か? 『魔法を失った魔法使い』さん」

(,,-Д-)「まあね」


 顔が利くんだな、と男は低く笑った。
 その雰囲気は、学生服を着ていたことが信じられないくらいに落ち着いた、大人のそれだった。

 不愉快で。
 不自然な。
 魔術師らしい態度だった。

678名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:23:09 ID:kH3I6/no0

(‘_L’)「私が荷物を取りに帰っている間にそこら中の道路に結界や罠が仕掛けられていた。なんの目的でやっているのだかと思っていたが……私が目的だったか」


 私から話を聞いた直後、ギコさんは何本か電話をかけた。
 知り合いと同業者だよと笑っていたけれど、まさかそんなことをしていたなんて。
 彫りの深い顔の男はそれを回避している内にここに誘い込まれたのだ。

 仕掛けは対人用ではなく対物用。
 一定以上の魔力を有する呪物を弾くものなど多数。

 折角手に入れた文書――魔導書を傷つけたくなかった男は、罠のある道を避けて通るしかなかった。


(,,゚Д゚)「てっきり気が付いてあえて正面突破をしに来たのかと思ったけど、気が付いてなかったんだね」


 ああ、と男は低い声で肯定する。


(‘_L’)「まさか、これの価値を正しく知る人間が私達以外にいるとは思ってなかったものでな……抜かった」

(,,-Д-)「……そう」

679名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:24:20 ID:kH3I6/no0

(‘_L’)「それに万が一これが損傷し、周囲の人間に被害が出ては取り返しが付かない。次からはもう少し後先考えて罠を仕掛けて欲しいものだ」


 これ。
 奪い取った文書。
 魔導書。


(#゚;;-゚)「あなたの正体は? 何者なのですか」

(‘_L’)「お前に訊かれたのでは答える気も失せるが……ただの高校生だよ。ただ、学生である前に魔術師であるだけだ」


 お前と同じだ妖怪、と彼はまた低く笑う。
 学生である前に半妖である、朝比奈でぃという少女に向け。


(,,-Д-)「君はなんだ」


 ギコさんは私を下がらせつつ問う。

680名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:25:15 ID:kH3I6/no0

(‘_L’)「ある祓い屋の一人だ。……今日までは高校生でもあったが」


 自転車から降りつつ答え、男も問う。


(‘_L’)「ではお前はなんだ?」

(,,゚Д゚)「今は、ただの怪異専門の事件屋だよ。そして大学生でもある」

(‘_L’)「依頼か」

(,,-Д-)「まあね。君も依頼?」

(‘_L’)「そうだな」

(,,゚Д゚)「……殺人も?」


 お互いに静かな口調だった。
 ただその間、十メートルもない距離に満ちるのは明確な――敵意。

681名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:26:06 ID:kH3I6/no0

 男は鞄から黒い切手入れのようなものと、同じく黒いクリアファイルを取り出す。
 対しギコさんはグローブを填めた両手を白衣のポケットに入れたまま。
 どちらも武闘派には見えないけれど、魔術を使う尋常ならざる彼等にそんな常識は通用しない。

 ところで、と男が言った。


(‘_L’)「否定するつもりはないが……私が殺したのだと言うのなら、根拠を示して欲しいものだが」


 ギコさんは黙って目を閉じる。
 前とは違い、悪びれる様子もない人殺しを前にして。

682名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:27:06 ID:kH3I6/no0
【―― 7 ――】


(,,-Д-)「―――『梓弓』」


 梓。

 ブナ目。
 カバノキ科。
 カバノキ属に属する落葉高木。

 日本において「梓」とは一般的にこの植物を指すが、キササゲやアカメガシワも同じ漢字で表す。
 なのでそれ等と区別する為に『水目』や『ヨグソミネバリ』などとも呼ぶ。


(,,゚Д゚)「君が使ったのは梓弓。製法が多岐に渡る中でも最も簡易なやつだ」


 その最も簡易な製法とは――奉射祭で使われる「梓の枝にそのまま弦を張っただけ」のものだという。
 焼却炉近くの森にあった木(梓)を折ったのは彼で、それを用いて弓を作った。

 つまり、何故今日事件が起きたのかと言えば。

683名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:28:05 ID:kH3I6/no0

(,,-Д-)「“今日が二週間に一度の焼却炉が使われる日で森に人がおらず、しかも証拠隠滅ができるから”――だよね?」


 あの森の近くの倉庫には、ほぼ毎日ゲイジュツカさんがいるという。
 他の生徒はまず来ないとしても、その人には枝を調達する際に目撃される可能性があった。

 だから、今日。
 二週間に一度定期的に焼却炉が使われ、その人がいない日に。
 そして使い終わった凶器を処理する為に。

 会長が言っていた「学校で燃やせるゴミ」には、木の枝も含まれている―――。


(#゚;;-゚)「今頃はもう灰になっていることでしょう。ですから証拠はないのです」

(,,-Д-)「同じように凶器も存在しない。……だって、君がわざわざ梓弓を用いたのは『鳴弦』の為だから」


 最初の一撃。
 正面からの一突き。

684名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:29:08 ID:kH3I6/no0

 ……凶器が見つからないのは当たり前だ、そもそもそんなものは存在しないのだから。
 被害者を射抜いたのは『浄めの音』という不可視の刃。
 矢を番えずに梓弓を弾くことで音を鳴らし、魔力を込めた音で邪を祓うという神道の技術――『鳴弦』。


(,,゚Д゚)「それは小さな傷しか作らなかっただろう。ひょっとしたら、怯んだだけだったかもしれない。だけど、」

(‘_L’)「安心しろ。否定をするつもりなどない」


 お前達の推理は合っている、と。
 ギコさんの言葉を遮るように男は首肯し言った。

 ただ。
 一つだけ付け加えることがあるとすれば、と続ける。
 今までとは違う威嚇するような強い語調で。


(‘_L’)「私は殺人など犯していないし、人を殺したなんて思っていない」


 何故ならば―――。

685名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:30:10 ID:kH3I6/no0
【―― 8 ――】


 井戸端会議というわけでもないが私とその何でも屋の青年、モララーは駐車場で話し込んでいた。
 捜査会議までにはまだ時間があり、そもそも私は一種の特権身分であるので課や係には縛られることがない。
 周囲の和を乱すことになるのであまり気が進まないが元々会議に出る義務もなかった。

 私はキャリアではないのでこの年齢で警視になることは異例だ。
 省庁における「準キャリア」や「推薦組」に近く、かつてある事件を解決した功績によって現在の地位を与えられている。

 階級は警視、役職は西部警察本部調査官などと言えば聞こえは良いが一種の左遷だ。
 帝都警察のお偉方に嫌われて地方に飛ばされただけだ。
 決して自棄になっているわけではないが警視なのに主な職務が書類整理なのはどういうことだろう。


( ・∀・)「いいんじゃんか。相●の特命係みたいでカッケーよ」

(‘、‘ノi|「なんだそれは」

(;・∀・)「アレっ、警察の人なのに通じない……? サブカル系は分からないことを学習して刑事ドラマのネタを使ったのに!」

(‘、‘ノi|「警察官だといって刑事ドラマを見ると思うとは随分安直だな。なあ、おい」

686名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:31:07 ID:kH3I6/no0

 むしろ見ないことが多いと思うだろう。

 このモララーという男。
 顔立ちは随分と美形でかつ髪と瞳の色も珍しい赤系統、少し長い八重歯がチャームポイントという恵まれた容姿に加え身体つきも中々良い完璧な美男子。
 だが如何せん格好付け過ぎることと訳の分からない発言が多いことで三枚目感が出てしまっている。
 いや三枚目感をわざわざ出している妙な若者だった。
 道化を演じるという彼なりの処世術なのだろう。

 彼は呆れたように説明を始める。
 こっちが内心呆れているのには気が付いていないらしい。


( -∀-)「『●棒』って言うのは水●豊が出てる刑事ドラマでさー、特命係っていうのは……警察の雑用係みたいな感じの部署で、にも関わらず事件をドンドン解決するわけですよ」

(‘、‘ノi|「貴様もしかして遠回しに私のことを雑用係と言っていないか?」


 一応は管理官と同じ地位だぞ、おい。


(‘、‘ノi|「しかし●谷豊か……私も彼は好きだ」

( ・∀・)「ああテレビ全然見ないわけじゃないんだ」

687名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:32:05 ID:kH3I6/no0

(‘、‘ノi|「『探●事務所シリーズ』も『ハロー!グッ●イ』も大好きだ」

(;・∀・)「古い!今の子知らないんじゃね!?」


 そんなに古くはないと思うが……。
 最近の流行りは分からない。


(‘、‘ノi|「特に前者は大好きで昔は探偵になりたいと思っていた。現実の探偵を知って諦めたが」

( ・∀・)「ふーん……。じゃあなんで警察に?」

(‘、‘ノi|「学生時代に読んでいた推理小説の主人公が刑事で『こんな奴に解決できるのなら私だってできるはずだ』と思ったのだ。若気の至りだな」

( -∀-)「ちなみに何?」

(‘、‘ノi|「筒井●隆の『富●刑事』だ」

(;・∀・)「さっきより古くなった! ドラマ版じゃなくて!?」

(‘、‘ノi|「ドラマをやっていたのか……そうか、見たかったな」

(;・∀・)「てか『富豪●事』に原作があることを知ってる人の方が少数派だと思うけど……」

688名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:33:05 ID:kH3I6/no0

 何故かまた驚かれてしまった。
 確かに少し古い作品ではあるが名作なのに。
 時代は変わるようだ。
 
 私はふと、この素人探偵に絣の言葉を聞かせてみようと思い立った。
 捜査に関することは言えないがあれくらいなら構わないだろう。


(‘、‘ノi|「なあ、おい。素人探偵」

( ・∀・)「いや俺は別に探偵じゃねーけど……何?」

(‘、‘ノi|「モンゴル人、トルコ人、アラスカ人。大神という苗字。関係があるとすれば、なんだ?」


 彼は「簡単だ」と言い、続けてこう言った。


( -∀・)+「そりゃ――どれも犬や狼を先祖に持つってことだろ? 『大神』だとしたら」


 まるで分からない。
 説明しろ。
 そういう視線をしてやると彼は更に付け加えて言う。

689名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:34:08 ID:kH3I6/no0

( -∀-)「大神という言葉は日本で狼を表す。気高い獣だから神聖視され祀られたりするんだな……だから、大きな神で、オオガミ」


 オオサンショウウオの化身が「半崎」と名乗るのと同じだ、と例を出した。

 その例は分からないが名が体を表すことは確かだ。
 人間の場合は出自が多い。
 ならば神話が元になっている名前に持つ者もいるだろう。


( ・∀・)「実際、アラスカ辺りのインディアンには部族名がまんま『狼』の意味だったりするんだってさ」

(‘、‘ノi|「なるほどな……。言われてみれば納得だ」


 犯人を捕まえることにはなんの役にも立ちそうにないが。
 そうぼやきかけた私に対しモララーは小首を傾げながら呟いた。


( -∀-)「けど、俺ならヨーロッパの人間をイメージするけどなー……」

(‘、‘ノi|「奴もそう言っていたが……何故だ?」

690名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:35:04 ID:kH3I6/no0

( ・∀・)「ルイ警視はイギリス系だから……えっと、ハーフだっけ?」

(‘、‘ノi|「そうだ。父方の名前だと『流依』となるな。それで、どうした?」

( ・∀・)「ああ。俺はクォーターで、俺の家、父親までは西ヨーロッパだから」


 西洋、特にヨーロッパの人間が「狼」を名乗る人間を知って。
 そしてその人物の出自に関係するものだと聞いたのなら。

 きっと。



( -∀-)「『大神』と聞いて、ふと――“狼に変身するという言い伝えのある吸血鬼をイメージするんじゃないかって”」

691名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:36:06 ID:kH3I6/no0
【―― 9 ――】


 あれは。
 あれはな、と男は言う。


(‘_L’)「あれは――人間に化けた狼だぞ? ただの人狼だ。化物を祓って人殺し扱いされるのはおかしいだろう」

ミセ;゚ー゚)リ「!!」


 それがあの人を殺して心臓を、吸血鬼の弱点であるそれの原形がなくなるまでメッタ刺しにした理由。

 化物が人の皮を被って生活している。
 自分を偽って、人間を騙して、のうのうと生きている。
 それは紛れもない悪だ。

 ……その男は淡々とそう続ける。
 コイツ等は何を言っているんだろうと言わんばかりの口調で。


(‘_L’)「祓い屋として依頼を請けたわけでもないのにボランティアで駆除してやったのだ。感謝はされても非難される謂れはない」

692名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:37:06 ID:kH3I6/no0

(,,-Д-)「あの人が人狼だったとして……人を襲っていたかどうかは、分からないでしょ?」

(‘_L’)「見解の相違だな。私達からしてみれば、人ならざる人外が人を騙していることは――そこに存在していることは、許せない」


 それが、祓うことを仕事とする人間。
 祓い屋としての価値観。

 あるいは人間としてのごく当たり前な考え方―――。


(‘_L’)「私からすれば、人外怪異妖怪変化に肩入れすることの方が不思議なのだが」


 ……ああ、そうか。
 会長、知った風なあなたは全部見抜いていたんですね。
 真相を分かって話していたんだ。


 ―――人間には珍しいくらいに優しいね

 ―――普通、愛着がないなら人間は人間以外をどうとも思わないのに

693名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:38:17 ID:kH3I6/no0

 その言葉は――これか。
 こういうことですか、会長。

 ……一流の武道家は人の殺意や敵意を感じ取れるという。
 だけど彼には殺意なんてなかった。
 だから反応ができなかった。振り返っても避けることができなかった。

 “ついそこにいた蚊を手で潰してしまうみたいに、虫けらを殺すように”――殺されたから。


 彼は尚も続けた。
 白衣の中で、ギコさんの握り拳が震えているのも気づかずに。


(‘_L’)「そこの猫又のように、管理されているのなら分かるが……」

(,, Д)「―――取り消せよ」

(‘_L’)「は?」

694名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:39:06 ID:kH3I6/no0

 ―――その時、私は初めて聞いた。
 あの温厚なギコさんが激昂した時に出す声を。

 ―――そしてその時、私は初めて見た。
 『魔法を失った魔法使い』である彼の魔力を。

 その声も、その魔力も、そのどちらもが――――闇よりも暗い黒色だった。



(# Д)「さっきの言葉を取り消せと言った……!」



 世界を呪うような。
 憎悪のような、慟哭のような。
 それは、そんな声だった。

 校門の前で感じた恐怖が理解不能なものに対するそれだとすれば、今私が感じる恐怖は理解でき過ぎるそれ。
 否が応でも心が揺さぶられる感情―――。

695名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:40:06 ID:kH3I6/no0

ミセ; -)リ「ひっ……」


 思わず息を呑んだ私に声をかけたのは、豈図らんや、祓い屋の彼だった。


(‘_L’)「―――そこの女の子。君だけはちゃんとした人間だろう? ここは危ないから、早く遠くへ逃げなさい」

ミセ;゚ー゚)リ「え……?」

( -_L- )「ただの興味本位の怖いもの見たさだったのかもしれないけれど、安易に怪異関わったりしちゃあいけないよ」


 さあ――と。
 間合いを図りながら私に呼びかける。

 さっきまでのものとは違う優しい声音。
 ……私はふと。
 私を本気で案じるその声で、この世界から争いがなくならない理由が分かった気がした。

696名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:41:09 ID:kH3I6/no0

 駄目だ。
 この人とギコさんじゃあ、信じるものが違い過ぎる―――!


(;#゚;;-゚)「ご主人様、落ち着いてください……! しっかりしてください!」

(# Д)「落ち着けないよ――これだけは」


 その一線だけは譲れない。
 同じく徐々に河原の方に移動する彼の背中がそう言っていた。
 対し、一足早く川に近づいていた妖祓いの男が後方へ走り出しながらも笑う。


( _L )「これの価値を知りながらここで待ち伏せをしたのは愚策だったな、『魔法を失った魔法使い』――いや、」


 “人間の成り損ない!”。
 男はギコさんを差し示しそう言って、そして。

 手に入れた魔導書を――開放した。

697名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 19:42:03 ID:kH3I6/no0


話の途中ですが今日はこれまで。
続きは近いうちに

698名も無きAAのようです:2013/10/03(木) 21:12:09 ID:mkPtU6bo0

良いところ終わったから続きが気になる。

699名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:10:29 ID:llSprxGo0
【―― 10 ――】


 あの警視さんに言った「文書」というのは正しくはないが嘘でもない。
 大神という男が持っていたとされる文書――USBメモリは、ただの文書ファイルではなく魔導書のコピーであるからだ。

 魔術師の常識ではフラッシュメモリに魔導書を記憶させるなど正気の沙汰とは思えないだろうが、そういう効果を元々の所持者は狙ったのだろう。
 「まさか現代機械に記録されているわけがない」と。
 加えて言えば、あれは電子の多寡で“0”と“1”を表しているのでプリントアウトしない限りはただのデータだ。
 だからこそ、今の今まで気付かれずに保管することができていた。


 保存されていた魔道書の名前は『螺湮城本伝』という。
 より通りの良い名前でならば『ルルイエ異本』になる。

 クトゥルフ神話は周知の通りフィクションだが、あの作品群の中には一部事実が含まれている。
 その一つがルルイエ異本の存在だ。 
 言わば、あのUSBメモリに保存されているのは“本物のルルイエ異本(を写したもの)”だ。

 内容は小説内で示されたものとほぼ同じだという。
 ムーとルルイエについて、大いなる神クトゥルフとその眷属、彼等の海との関わり……。


リパ -ノゝ「ひょっとするとあの苗字は『大いなる神(クトゥルフ)』と『大神(狼)』のダブルミーニングだったのかもしれません」

700名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:11:09 ID:llSprxGo0

 まさか、そんなはずもないだろうが。
 冗談にしても笑えない。

 本当に特に笑えないのはルルイエ異本の中には異界のモノの召喚方法も記述されているということだが―――。


リパ -ノゝ「個人的に所有し使う分ならば特に制止はしません」


 祓い屋はどう思うか分からないが少なくとも公儀隠密としてはそれを止めることはない。
 正義の価値観の問題である。
 私達は包丁を買った人間を処罰したりはしない。

 私達の仕事は「公共の福祉を著しく損ねる人間及び人外の処罰」であり。
 その中でも私の仕事は「法律でもまず極刑に相当する人間及び人外への死刑執行」であるのだから。

 殺人罪相当行為としての犯人は私以外の人員が調査しているし、殺人事件としての犯人は警察が調査していることだろう。


リハ ーノゝ「まあ―――」


 それ以外の人間が犯人を追い詰めることも、ありえるけれど。

701名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:12:06 ID:llSprxGo0
【―― 11 ――】


 黒いクリアファイルが開かれた瞬間、それは巻き起こった。

 あの時と同じ。
 冒涜的で悍ましく単なる怯えより複雑な吐き気をもよおすこの世のものならぬ理解を絶する底知れぬ暗澹たる――魔力と恐怖の奔流。

 あの時と違ったのは、まず魔力の総量。
 次に、その力が明確な指向性を持ったものであること。
 最後に異界より呼び込まれた怪異の存在だ。



ミセ;゚ -゚)リ「う、あ……」



 ―――いや。
 それは「海魔」と呼ぶのが相応しかっただろうか。

702名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:13:19 ID:llSprxGo0

 流れ出した醜悪な魔力の中から、青黒くうねくる何かが姿を表した。
 蛸のような烏賊のような、全身に吸盤のような顎門を持つ見たこともない不定形の化物達。
 悍ましい……その感想しか出てこない。

 一匹目が川の魚を食い荒らし、その血で二匹目、それ以後は連鎖だった。
 増え続けた海魔は数秒足らずで三十匹に達していた。


ミセ; -)リ「うげぇぇ……」


 夢に出そうな光景だ。

 確かニャ●子さんで「クトゥルフの眷属って茹でたら蛸みたいに食べられますよねー」みたいな台詞があったけど、どんな神経していたらこれを食べる気になるんだ!?
 そいつのSAN値(正気度)絶対にゼロだろ!


(‘_L’)「本来は人間を生贄に捧げなければならないらしいですが、そんな非道なことはできないので仕方ありません」


 ……でも、分かった気がする。
 なんとなくだけど。
 あの祓い屋の人は怪異がこういう風に見えているんだ。

703名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:14:34 ID:llSprxGo0

 殺したという武道家の人も。
 でぃちゃんも。

 こういう悍ましい化物が人間に化けていると――思っているんだ。


(# Д)「でぃちゃん!」


 ギコさんが名を呼ぶ。



(#゚;;-゚)「はい――では、流派なし、朝比奈でぃ。……参ります」



 言いながら、竹刀袋から日本刀を取り出しそのまま鯉口を切る。
 蠢く化物に呼応するように始まるのは、先程あの魔導書が起こしたのと同じ力の奔流。

 醜悪な魔力の霧が満ち始めた空間に狐火のような綺麗なオレンジが煌く。
 染められたキャンパスが、彼女を中心に染め直される。
 猫の瞳のような色の魔力が少女の身体から迸り、と同時に彼女は走り出す。

704名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:15:17 ID:llSprxGo0

 男が笑う。


(#‘_L’)「愚かな……。猫の妖怪が、水の中でクトゥルフの眷属に勝てると思うのか!」

ミセ;゚ー゚)リ「あっ!!」


 その言葉で私も気がついた。
 ここが、他でもなく水辺だということに。

 あの蛸のような海魔達にとっては川、水の中はほとんどホームグラウンド。
 逆に先祖が乾燥地帯にいた猫は本能的に水を恐れる。
 そもそも猫云々ではなく、人間の姿をしたものは水中ではいつものように動くことができない。

 瞬間的に最高速度に到達する凄まじい瞬発力も――この状況では死にスキルだ!


(#‘_L’)「何より――猫は軟体動物を食べることができない!!」

ミセ;゚д゚)リ「いやそうでなくても食べないですよ!?」


 何キメ顔で指差しつつ言ってるんだよ!
 食べられたとしても食べないよ!

705名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:16:10 ID:llSprxGo0

 ただ、彼の言は事実だ。
 食べる云々は置いておくにしてもこのフィールド、川で猫又が勝てるわけがないのだ。
 常識的に考えて。

 ……その光景を目にするまでそんな風に思っていたのは私がまだまだ普通の人間だったからだろう。
 条理の外で生きる魔法使い達に――私の常識が通用するわけがないのに。

 それは、唐突に起こった。



(,,-Д-)「水を――――禁じる」



 世界が捻れた。
 空間が揺らめいた。

 でぃちゃんの遙か後方、川にお札を貼り付けた刹那だった。
 バキリといういつかと同じ音と共に――“水が、その性質を禁じられた”。
 ギコさんの使う唯二の魔法によって。

 それは、つまり―――。

706名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:17:10 ID:llSprxGo0

(;‘_L’)「……なにっ!?」


 でぃちゃんが岸から河中へと身を躍らせた。
 疾走する半妖の彼女が水面を蹴り、水飛沫をいくつも飛ばした。
 けれど、その爪先が沈むことはない。

 蹴られる水は大地と変わらぬ強固さで以て彼女の疾駆を受け止めていた。
 そのままの勢いで距離は詰められ振り抜かれた日本刀が海魔の一匹を真っ二つにした。


(,,-Д-)「水を禁じた。これでもう……水は水としての性質を失った」


 火を禁じれば燃えることはなく。
 水を禁じれば沈むことさえもない。
 『禁呪』。

 前にもそう言っていたじゃないか―――!


(;‘_L’)「ぐ、く……だが! まだイーブンになっただけだ!!」

707名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:18:09 ID:llSprxGo0

 祓い屋の男が焦り叫ぶ。
 今度はギコさんが男の方へと走り出す。

 「管理されている」という言葉は不適切だった。
 統率ではなく、協力。
 言葉もないのに完璧な分担ができる間柄を――「仲間」と呼ばずに、なんと呼ぶというのだろう。


ミセ;゚ー゚)リ「でぃちゃん……ギコさん……!」


 両手を合わせて祈った。
 彼等の無事を。



 ……そう。
 手を合わせ祈る私はまだ分かっていなかったのだ。

 ギコさんの言葉の意味を。
 会長の言葉の意味を。
 「彼女が犯人であることはありえない」という、その理由を―――。

708名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:19:09 ID:llSprxGo0
【―― 12 ――】



『ギコさん――――でぃちゃんを二秒以内に退かせてください』



 その声は柔らかで優しげだった。

 祓い屋の男の人がいた場所の更に後方から、ポツリと。
 決して大きな声でもなかったのに場にいた誰もがその声を聞いた。

 言葉と――同時。


(;゚Д゚)「でぃちゃんっ!下がって!!」

(;# ;;-)「っ!」


 完全に取り乱した口調で、見たこともないほどに焦ってギコさんが彼女の名前を叫ぶ。
 呼ばれるまでもなくでぃちゃんは踵を返し海魔の群れを放置し彼の元へ走る。

709名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:20:10 ID:llSprxGo0

 一秒後―――。


(;‘_L’)「なんだ、何が―――」


 男の人が訳も分からず音源の方を振り返る。
 私もそれを見た。 

 私やでぃちゃんと同じ淳高の制服。
 魔性の風に揺れる半ばから緩やかにカーブした黒髪。
 ギコさんに依頼をした後、姿を消していた彼女は、今は和弓を構えていた。

 二メートル以上の弓の弦は引かれている。
 一目見て神聖と分かるその弓は、梓弓。

 二秒後―――。



li イ* ーノl|

710名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:21:08 ID:llSprxGo0

 左斜め前にやや弓を押し開く斜面の構えをしていた彼女――幽屋氷柱は、指を離した。
 弦を、打ち鳴らした。



 『鳴弦』―――。



 ―――刹那。

 五十を超えていた海魔達が同時に吹き飛び掻き消えた。
 跡形も残らず全てだ。
 極寒の地の早朝の空気のような澄んだ白色の魔力を乗せ放たれた浄めの音が迸り、一瞬間で空間を禊ぎ切ったのだ。


(;‘_L’)「なっ――ッ!!?」


 彼の驚きは無理もなかった。
 異形の軍勢が一瞬で祓われたのに加え、音に弾かれ地に落ちたその黒いクリアファイルの中身――転写した魔道書さえもが、清められてしまったのだから。

711名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:22:06 ID:llSprxGo0

ミセ;゚ー゚)リ「めい……げん……?」

li イ*-ー-ノl|「中らずとも遠からず、ですね。これは『寄絃』と言うものです。鳴弦の元になったものです」


 私の呟きに、構えを解いた氷柱先輩が答える。
 こちらへ歩いて来ながら。
 先程まで異形のモノが蠢く異界と化していたとはつゆも思えない、ごく普通の河原に歩いて来た。

 祓い屋の人の魔術やでぃちゃんの魔力が白いキャンパスを染めるものであるのなら。
 先輩の寄絃は――染められたキャンパスを、元に戻すものだった。


ミセ;゚ -゚)リ「氷柱先輩……あなたって……」

li イ*゚ー゚ノl|「―――幽屋氷柱は、」


 私の元までやってきた先輩は言う。


li イ*゚ー゚ノl|「幽屋氷柱は――ただの弓道部所属の高校生ですが、今の私は幽屋氷柱ではありません」

712名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:23:11 ID:llSprxGo0

 誰も動けない。
 身動ぎもできない。

 一瞬にして一撃にして空間を掌握した彼女は、笑顔で言った。



li イ*^ー^ノl|「私の本名は『雨斎院雪吹』――――雨斎院白魔神社の巫女にして宮司です」



 そう、柔らかに微笑んだままで。

713名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:24:05 ID:llSprxGo0
【―― 13 ――】


 ああ、そっか。
 「犯人ではない」の意味は、こういうことか。
 ありえないんだ。

 幽屋氷柱という人が、雨斎院雪吹という人が本気を出したなら――“一撃で終わっていなければおかしい”んだ。
 会長も、ギコさんもそれを分かっていた。


li イ*-ー-ノl|「さて……」


 相手が狼男でもクトゥルフの眷属でも。
 それが不浄のものであるのなら、彼女が負ける道理は何処にもないんだ。

 ある意味で一番の化物である彼女は言う。


li イ*^ー^ノl|「ギコさん、でぃちゃん。ありがとうございました。公的な身分がある私では土地の持ち主は頼りにくくて……」

(,, Д)「…………」

li イ*゚ー゚ノl|「本当に、ありがとうございます」

714名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:25:08 ID:llSprxGo0

 ギコさんは河原に倒れていた。
 いや倒れているんじゃない、その下にいるでぃちゃんを庇っていた。
 先輩の寄絃で、半妖である彼女が禊がれてしまわないように。

 逆に言うのなら。
 彼女は――最悪でぃちゃんに被害が出ても良いと、思っていたんだろう。


li イ*-ー-ノl|「さて、祓い屋さん」

(;‘_L’)「な……んだ……?」

li イ*^ー^ノl|「そのUSBメモリは私達が預っているべきものです」


 慄く男に先輩は笑顔のままで丁寧にお願いする。
 返して頂けませんか、と。

 それが笑みのままでの恫喝だということは、私でも分かった。
 交渉する余地は僅かもない。
 先ほどは魔を禊いだだけだが、あの凄まじい威力の寄絃が人間には向けられないという保証は、何処にもないのだから。

715名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:26:06 ID:llSprxGo0

(; _L)「あ、ああ……分かった。元の持ち主がいるのなら、仕方がないな……」

li イ*^ー^ノl|「ありがとうございます。そして妖祓い、お疲れ様でした」


 労いの言葉をかけ、けれど巫女は続けて言った。



li イ* ーノl|「……ですが、自分の土地でもない場所で許可も取らずに人を祓った上、地脈を穢すモノを呼び出すなんて――随分と命知らずなんですね」



 冷たい口調で紡がれたそれが依頼の理由。
 捕まえられなかったわけではなく、この一帯の主に許可を取るのが嫌だった。
 公的な立場がある彼女は、貸しを作るのを避けたかった。

 ……そういう裏の世界のことはよく分からないけれど、きっとそうだ。
 メモリを受け取り、続けて言った言葉が私に確信を与えた。


li イ*^ー^ノl|「早くこの地域から退散した方が良いですよ、祓い屋さん。主の朝比奈さんは大変気分を害されたそうです」

(; _L)「っ……!」

716名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:27:07 ID:llSprxGo0

 男は必死で何処かへと走り去って行った。
 自転車も鞄も、あれほど執着していた魔導書も置き去りにして。


ミセ;゚ー゚)リ「…………」 


 朝比奈さん。
 この地域から帝国議会に出ている議員の人の苗字。
 ……でぃちゃんと同じ、苗字。

 雨斎院雪吹が朝比奈擬古に頼んだ理由。
 依頼ですらない、お願いの理由。

 それは、自分では許可の取りづらい同じく地位のある人間に――身内から話を付けて貰う為。


ミセ* -)リ「……先輩」


 私は声を搾り出す。
 これだけは訊いていかなきゃ駄目だから。

717名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:28:06 ID:llSprxGo0

li イ*^ー^ノl|「なんですか? 水無月さん」

ミセ* -)リ「先輩は――でぃちゃんが怪我をしても良いと、思っていたんですか……?」

li イ*゚ー゚ノl|「はい」


 悩む様子もなく彼女は応答した。
 躊躇も、逡巡もなく。
 まるででぃちゃんを「化物」と呼んだ、あの祓い屋の人のように。

 けれどあの人と違ったのは。
 祓い屋と神職の違ったところは。


li イ*-ー-ノl|「神職の仕事は区切ることです――聖域とそれ以外を。神仏の領域と、人間の領域と……怪異の領域を」


 神仏の領域。
 人間の領域。
 怪異の領域。

 それらを区切ることが神職としての仕事。
 そうであるのならば―――。

718名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:29:05 ID:llSprxGo0


li イ*^ー^ノl|「私は無害の怪異を禊いだりはしませんが――代わりに有害な人間は、ちゃんと禊ぎます」



 尤も。
 今日は個人的用件でしたけど、なんて。
 あくまで笑みを浮かべたままで彼女は言って。

 そうしてから。
 では仕上げをしましょうか、と丁寧に弓を地面に下ろし―――。


li イ*-ー-ノl|「拍手―――」


 ぱんっ、という一度の拍手で以てこの土地の神に拝すると、そのまま河原を去って行った。
 最後まで――笑顔のままで。


 ―――私は、今日の朝までは感情移入ができていた先輩がずっと遠くに行ってしまったような気がして。
 共通項がなくなってしまったように感じてしまって。
 彼女の姿が見えなくなるまで、その背中を眺め続けていた。

719名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:30:09 ID:llSprxGo0
【―― 14 ――】


 しかしさあ、と素人探偵が言う。
 そろそろ本気で時間が危ないのだが私は律儀に先を促した。


( ・∀・)「ルイ警視にヒントをあげた人、自分で犯人捕まえればいいのにな」

(‘、‘ノi|「ん? それはそいつは警察ではなく諜報機関の人間であるから……」

( -∀-)「それにしたって、警察には関係のない苗字の件はいいとしても、警察に関係ある自転車の件はちゃんと説明していけって思わねー?」


 それもそうだ。
 別に急いでるようでもなかったし説明してくれれば良かったし私も訊ねれば良かった。
 もしかして嫌われているのだろうか。

 ふとそう思ったが思考を遮るように、そして思いついたようでモララーが言った。
 さっきの話じゃないけどさ、と前置き。

720名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:31:05 ID:llSprxGo0

( ・∀・)「西尾●新が言ってるよな、」

(‘、‘ノi|「誰だそれは。随分と洒落た名前だが」

(;・∀・)「西●維新さえも知らない!?若者なのに!? しかも知らないのに名前が回文になってることは気づいてる!?」


 また驚かれてしまった。
 誰なんだそいつは。


(‘、‘ノi|「回文であることくらいは誰でも気がつくし……私はもう若者と呼べる年齢ではない」

( -∀・)「大して年変わんねーじゃん。二十七だろ?」

(‘、‘ノi|「…………どうして貴様は私の年齢を把握している?」


 思わずそのアメリカンカジュアル風の服の胸倉を掴もうとした私の手をいなし彼は笑う。
 「まーいーじゃん」と。
 ……全然良くはなかったがこれ以上追及しても無駄だと判断し先を促した。

 八重歯が見える微笑みを浮かべ彼は言う。

721名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:32:07 ID:llSprxGo0

( -∀-)「西尾●新っつー推理作家が、自分の作品の中でキャラに言わせてるんだよな――『まるで名探偵の不在証明だよ』ってさ」


 名探偵の不在証明?
 犯人ではなく、名探偵の?


( ・∀・)「名探偵っていうのはさ、事件に巻き込まれるもんじゃん。警察でもないのに」

(‘、‘ノi|「そうだな。貴様のようにな」

( -∀-)「だとするとおかしいんだよな――“本当に優秀な探偵であるのならば、事件は未然に防げるだろう?”って」


 未然に防ぐことは無理としても。
 せめて一人目の被害者が出た時点で気がつくだろうと。

 嵐の孤島での連続殺人で五人も六人も殺されてから犯人を捕まえる探偵は本当に優秀と言えるのか。
 そこまでいってしまっては容疑者は半分以下になってるんじゃないのか。
 私も学生時代、金田一シリーズ――少年ではなく本家の小説――を読みながらよく思っていた。

722名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:33:06 ID:llSprxGo0

( ・∀・)「それがシャーロック・ホームズみたいにさ、」

(‘、‘ノi|「誰だそれは」

(;・∀・)「まさかのホームズ先生すら知らないパターン!?」

(‘、‘ノi|「冗談だ、続けろ」


 私だって冗談くらいは言う。


(;-∀-)「まあ……だからホームズみたいに依頼されてから動くんじゃなくて事件に巻き込まれる探偵は、犠牲者が出ることを防げてもおかしくないじゃん?」

(‘、‘ノi|「だがそれでは全ての作品が短編になってしまう」


 私の指摘に彼は大きく頷いた。
 そう、それこそが。

723名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:34:06 ID:llSprxGo0

( ・∀・)「だから名探偵の不在証明なんだよ――探偵は優秀であればあるほど、事件に乗り出すのが遅れるんだ」


 その推理作家の処女作は名探偵がエピローグにしか登場しない、という。
 名探偵が最初から登場していたら犯人をすぐに捕まえてしまって連続殺人事件にはならないだろうから。
 だから名探偵の不在証明だ。

 優秀であればあるほどに。
 彼等はいつだって犯人の後手に回る。


(‘、‘ノi|「その点、連続の刑事ドラマは分かりやすいな。最初の一人が殺されて調査に乗り出し、犯人を捕まえて終わりだ」

( ・∀・)「ところでさっき言ってた『相●』でさ、探偵と刑事の違いを述べるシーンがあったんだよ」


 ついこないだな、と彼は続ける。


( -∀-)「それによると探偵は依頼者の為に真実を伏せておくことが許されるが、刑事は真実を全て明らかにしないといけないそうだ」

(‘、‘ノi|「それは……そうだろう。当たり前だ」

724名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:35:12 ID:llSprxGo0

 探偵の依頼者は個人だが、警察の依頼者とは国家なのだから。


( ・∀・)「そういうことを聞いた後だと……そのヒントを出した奴の意図、分かる気がしないか?」

(‘、‘;ノi|「は?」


 犯人を見抜いた第三者が犯人を指摘しない場合。
 それはおそらく犯人が親族や親しい人間であることが多いのだろうが、では刑事に手がかりを示した場合はどうなる?
 今回のような場合は。

 本当に捕まえて欲しくないのなら知らぬ存ぜぬを貫き通せば良い。
 わざわざ捕まえようとしている人間にヒントを出す、その複雑な心理は―――。


(‘、‘ノi|「ああ……そうか、そういうことか」


 思わず呟いた。

 あの一目見て分かる異常者の意図を理解して。
 人殺しの少女の心理を読み取って。

725名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:36:09 ID:llSprxGo0


(‘、‘ノi|「アイツ――誰かの心を守ろうとしてたんだな……」



 犯人は分かった。
 捕まった方が良いとも思う。
 ……けれど、その過程で誰かが傷つくとしたら。

 犯人は誰かが明らかにされる過程で、誰かの心が傷つくんだとしたら。
 言わなければいけないのに言いたくなくなってしまって。

 最終的に――“ヒントだけを出して後は成り行きに任せる”という選択をすることもあるだろう。


( -∀-)「その人は誰かのことを想ってそんな行動をしたと……俺は、そう思うよ」


 そうであって欲しいと思うよ。
 素人探偵は目を閉じて、静かにそう言った。

726名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:37:19 ID:llSprxGo0
【―― 15 ――】


 後日談と言うか、本日のオチ。
 ……いやもう昨日のことになっちゃったけど。


ミセ*゚ -゚)リ「…………あ、」

li イ*^ー^ノl|「こんにちは、水無月さん」


 ぎこちなく頭を下げる。
 珍しく登校日だった土曜日、半日授業を終えて帰ろうと校門へ向かっている途中。
 私は一番会いたくなかった人に見事に会ってしまっていた。

 一瞬、そのまま帰ろうかと思った。
 けれど幽屋氷柱に戻った先輩が「会長さんって、」と話し出した為、私はつい立ち止まって、耳を傾けてしまった。


ミセ*゚ -゚)リ「会長が……どうかしたんですか?」

li イ*-ー-ノl|「会長さんに『どうして自分で犯人を捕まえなかったんですか?』と訊いたの」

727名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:38:08 ID:llSprxGo0

 そう言えばそうだ。
 怒涛の展開の中ですっかり意識から外れていたが、犯人が分かっていたのなら会長が自分で捕まえれば良かったのだ。
 そうでないのならせめて、ギコさんに言えば良かった。

 犯人の名前なり、ヒントなり。
 私を経由させるなんて面倒な真似をしないで。


li イ*゚ー゚ノl|「会長さんは言いたくなかったみたいで……だからちょっと無理矢理聞き出したんだけど、」

ミセ;゚ -゚)リ「無理矢理聞き出したんですか……」

 
 ……あの会長から?
 信じられないことだけど、同じ弓道部同士、私の知らない共通項が何かあるのだろう。

 それでね、と先輩は続ける。


li イ*^ー^ノl|「会長さんは――私の正体を、水無月さんに知らせたくなかったんだって」

ミセ*゚ー゚)リ「…………え?」

li イ*゚ー゚ノl|「私が神社の宮司であること。怪異を禊ぐこともある人間であることを……あなたに知って欲しくなかった、って」

728名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:39:05 ID:llSprxGo0

 どうしてですか?
 そう言いかけて私は口を噤む。

 決まっているじゃないか――「こういう気持ちになるから」だ。
 どちらかと言えばギコさん側の私が、あらゆる意味で容赦のない雨斎院雪吹という人間を知れば……少なからず影響を受ける。
 今のような複雑な気持ちになってしまう。

 それが嫌だったから、会長は―――。


li イ*^ー^ノl|「ギコさんが気が付かないなら別に良かったんだって。きっとそのうち警察の人が捕まえるから」


 だから賭けたのだ、あの人は。
 ギコさんが真相を看破するかどうかを運に賭けた。

 結果はこういうものだったけれど。
 彼女は。
 あの生徒会長は当たり前の正義よりも――生徒の心を守ることを、優先させたかった。

 それは少しだけだけど……救われる話だった。

729名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:40:06 ID:llSprxGo0

li イ*^ー^ノl|「一応言っておくけれど謝らないよ。私には私の守りたいものがあるから」

ミセ*-ー-)リ「分かってますよ、もう」


 もう分かりましたよ。
 それは、今この瞬間で。


ミセ*゚ー゚)リ「けど……代わりに教えてくれませんか?」

li イ*゚ー゚ノl|「何かな?」

ミセ*゚ -゚)リ「先輩と魔導書の関係、そしてそれをどうしたのかを」


 私の問いにもあくまで微笑み彼女は答える。


li イ*-ー-ノl|「先にどうしたのかについてだけど――処分しました。絶対に復元できないように粉々に砕いて」

ミセ;゚ -゚)リ「え?」

li イ*゚ー゚ノl|「次に私との関係だけど、」

730名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:41:06 ID:llSprxGo0

ミセ;゚ー゚)リ「いやっ――いやいやいやいや! なんでですか?」


 あの祓い屋の人程ではないにせよ先輩だって拘っていたのに。
 ……疑問の答えはすぐに出た。
 先輩は、最初から壊す為に魔導書を探していたんだ。

 彼女は私の問いには答えずに続けた。


li イ*-ー-ノl|「……私には三人お兄ちゃんがいるの。一番上から月次お兄ちゃん、威織お兄ちゃん、卯杖お兄ちゃん」


 そしてあのデータは。 
 二番目のお兄さんが随分前に、ある目的の為に中国で写し取ってきたものだという。


ミセ*゚ -゚)リ「目的、って……」

li イ*゚ー゚ノl|「お兄ちゃんは、人間じゃなくなった人間を元に戻す為の魔術を探していた。ずっと……長い間」


 けれど、あの魔導書ではその目的は果たせず、仕方がないので自宅で厳重に保管していた。
 考古学者でもあったお兄さんは歴史学的見地から処分するのを躊躇ったらしい。

731名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:42:07 ID:llSprxGo0

 ……でも数年前に、自宅から盗み出されてしまい、それが流れ流れて大神という人の元に辿り着いた。


li イ*^ー^ノl|「本当はね。大神先生とは勝負をするつもりだったの」

ミセ*゚ー゚)リ「勝負?」

li イ*゚ー゚ノl|「そう。剣で勝負をして……もしも私が勝ったならUSBメモリを返して下さいって」


 剣道八段という全国でも数人しかいない人間と高校三年生の少女。
 とても勝負になるとは思えないけど、そうするしかないほどに先輩は追い詰められていた。

 大神という人が何故返したくなかったのかも今なら分かる。
 祓い屋の人には「化物」と罵られたあの人は――人間になりたかったんだ。
 人間として、生きていきたかったんだ。

 でぃちゃんの実家、朝比奈家の人達もそれを分かっていた―――。


li イ*-ー-ノl|「壊したのは、お兄ちゃんがそれを望んでいたと思ったから。いくら価値のあるものでも……人を傷つけてしまいそうなものは、ない方が良い」

ミセ* ー)リ「…………」

732名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:43:07 ID:llSprxGo0

 私は黙っていた。
 そのお兄さんがどうなったのかは訊いてはいけないような気がして。

 大切な誰かとの絆。
 正義。
 そして――人間と怪異。

 今回の問題は色々なものが絡み合う複雑なものだったようだ。


li イ*゚ー゚ノl|「私の守りたいものは家族だよ」


 幽屋氷柱は言う。
 雨斎院雪吹は言う。
 少女は言う。


li イ*-ー-ノl|「私は家族を守りたかった――ずっと昔から、今も」


 前からずっと。
 前よりずっと。

733名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:44:07 ID:llSprxGo0

li イ*゚ー゚ノl|「水無月さん、あなたの守りたいものは何? 譲れないものは何?」


 自動車のエンジン音が聞こえた。
 風が頬を撫ぜる。
 帰路に着く生徒達の話し声や笑い声が妙に遠い。

 私は答えられなかった。
 黙って、彼女を見つめ返した。


li イ*^ー^ノl|「……ふふ。少し難しかった?」

ミセ* -)リ「いえ……」

li イ* ーノl|「私は家族が好き。皆好き。特に、卯杖お兄ちゃんが―――」


 とても小さな声で。
 誰にも聞こえないような声で少女は言った。
 私にしか聞こえないような声で言った。

 私はあの人が一人の男の人として好き――と。

734名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:45:06 ID:llSprxGo0

li イ*^ー^ノl|「うん。じゃあ、そろそろ行くね。そのお兄ちゃんも来たことだし」

ミセ;゚ー゚)リ「はい……って、え?」


 校門の前に止まっている軽自動車。
 運転席から下りた二十代くらいのお兄さんが氷柱先輩の名前を呼んだ。

 雪吹ー、と。



( ^Д^)「いぶきー。帰らないのかー?」



li イ*^ー^ノl|ノシ「ちょっと待ってよー、おにーちゃーん! 雪吹、すぐに行くからー!」

ミセ;゚ー゚)リ「…………え?」


 いや。
 いやいやいやいや……え、マジで?

735名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:45:30 ID:Vr9EvYokO
10/3の分読んでたら続きにリアルタイム遭遇した 


736名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:46:07 ID:llSprxGo0

 あの教育実習生の人が氷柱先輩の――あっ、ていうか苗字同じだ!
 なんで気づかなかったんだ私の馬鹿!
 つーか先輩、家族の前だとキャラ違い過ぎ!!

 何その甘えたような声音!?
 しかも何、一人称自分の名前とかアンタは小学生か!


li イ*^ー^ノl|「じゃあね、水無月さん」

ミセ;゚ -゚)リ「いや色々言いたいことがあり過ぎなんですけど!?」


 なんだこのオチ!


( ^Д^)「いぶきー」

li イ*>ー<ノl|「わー、おにーちゃーんっ!」


 ―――ってもういないし!?
 私は足を大きく前後に開き、片手を伸ばしたポーズで驚愕し静止する。

737名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:47:09 ID:llSprxGo0

 既に先輩は愛しのお兄ちゃんの胸に飛び込んで頬擦りしている。
 うわあ……。
 ブラコンだあ……。


( ^Д^)「まったく……わざわざ迎えに来させんなよな」

li イ*^ー^ノl|「雪吹はねー、昨日もおにーちゃん達の為に頑張ったから! だからいいのー」

( *^Д^)「そうかー。全然なんのことか分からないけど、お疲れ様」


 お兄ちゃん訊けよ!?
 詳細を!
 てか鼻の下伸ばし過ぎ――私が抱きついた時より全然嬉しそうじゃん!!

 ちくしょう!
 本当になんだこのオチは!?


li イ*^ー^ノl|「大好きだよー、おにーちゃん」

( ^Д^)「ああ。俺もお前等のこと、大好きだよ」

li イ*-ー-ノl|「えへへー」

738名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:48:06 ID:llSprxGo0

 ―――そんな風に。
 雨斎院家の兄と妹は、実に仲睦まじく車に乗り込んで、一緒に帰っていったのだった。



ミセ; -)リ「…………はぁ」



 なんだ、このオチ……。

739名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:49:11 ID:llSprxGo0
【―― 16 ――】

 
 警察署の玄関の方に歩き出しその途中で私は振り向いた。
 危うく忘れる所だった。


(‘、‘ノi|「ああそうだ、貴様。確かに敬語を使わなくても良いとは言ったが……そういう風には呼んでくれるな」

( ・∀・)「え? 何がだ?」

(‘、‘ノi|「名前だ、名前。貴様、いつも私のことをルイ警視と呼ぶだろう。だがルイは男性名だ」

( ・∀・)「でも父方の名前だと『流依(るい)』なんだろ?」

(‘、‘ノi|「だから男の名前のように聞こえて嫌なのだ、その名前は」


 ルイは男性名で女性名ならばルイサやルイスになる。
 ちょうど名前の話をしたのだから断っておかなくては。

 しかし素人探偵は小首を傾げ言った。

740名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:50:08 ID:llSprxGo0

( -∀-)「いやー、でもさ。警視だって俺のこと『貴様』とか『素人探偵』としか呼ばないじゃん」

(‘、‘ノi|「心の中ではちゃんと呼んでいる」

( ・∀・)「俺も心の中ではちゃんとした名前で呼んでるよ」


 しれっとした顔で嘘を吐くな。


(‘、‘ノi|「では改めて自己紹介をし直すというのはどうだ?」

( ・∀・)「まあ、じゃあそれで」


 私は両足を揃えて敬礼をし名を名乗った。
 どんな意味かは知らないが私の名前であることは確かなそれを。


(‘、‘ノi|「西部警察本部調査官、ルイーザだ。父方の名前では鞍馬流依と言う」


 モララーはあえて敬礼を返すことはなく名を名乗る。
 そして深々とお辞儀をする。

741名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:51:08 ID:llSprxGo0

( -∀-)「モララー=フォルチュナ。フルネームは『モララー・フォルチュナ・フォン・シギショアラ』。改めて、よろしくお願いします」


 ヨーロッパ人なのにお辞儀なんだなと私は笑った。
 俺はヨーロッパ人じゃねーよと彼も笑った。

 そうして。


( -∀・)+「じゃあな、ルイーザ警視」

(‘、‘ノi|「ああ、モララー。また何処かの現場で会おう」

(;・∀・)「それは警察官が素人探偵に言って良い台詞じゃねーだろ……」

(‘、‘ノi|「冗談だ」


 私と彼は別れる。
 いつかの再会を予感しつつ。

 名前というものはやっぱり大事だな――そんな酷く当たり前な言うまでもないことを思いながら。

742名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:52:08 ID:llSprxGo0
【―― 0 ――】


「―――雪吹ちゃん、君は雪吹ちゃんだね」


 人間みたいな化物。
 化物みたいな人間。
 もし一緒に暮らすとしたら、普通の人はどちらを選ぶのだろう。

 特別進学科三年十三組の教室。
 廊下に出ようとしたところで会長さんに話しかけられた私はそんなことを思っていた。


li イ*゚ー゚ノl|「何かのなぞかけですか? あるいはロミオとジュリエット?」

「違うよ。君は複雑さが欠片もない――明確なものしかない、って話だよ。僕と同じようにね」


 表の世界、裏の世界。
 誰がどう言おうと、周囲がどうであろうと関係がない。
 正義も悪も同じでしかない。

743名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:53:07 ID:llSprxGo0

 僕と同じだ、と会長さんは言った。
 知ったような口調で。


「君は――君も、あのナントカさんという先生を殺そうとしていたんだよね?」

li イ*゚ー゚ノl|「…………」

「殺そうとはしていなかったかもしれないけれど……最終的にはそういう手段も考えていた」


 どうしてそう思うんですか?
 なんの証拠があるんですか?

 意味がないので、そんな言葉は言わなかった。
 会長さんはいつも通り全部お見通し。
 ……何より、そんなことを言うと私が犯人みたいだから。


「梓弓って確かに和弓の代名詞だけど……現在は滅多に使わないんだよね」


 そう。
 現在の弓道ではカーボンやグラスファイバー、あるいは竹の弓が主体だ。

744名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:54:08 ID:llSprxGo0

「持って帰って手入れすることはあるけれど弦は外す」

li イ*-ー-ノl|「…………」

「何より“君は警察に連絡した時、梓弓と鞄しか持っていなかった”――何処の大馬鹿者が雨の降る日に弓を剥き出しにして持ち歩くのかな?」


 傘もなく合羽もなく。
 早朝から降り続く雨の中、剥き出しの弓と鞄だけを携えて。
 考えてみればおかし過ぎる。

 そう言えば、でぃちゃんはいつも真剣を竹刀袋に入れて持ち歩いていたなあ。
 殺しかけてしまった彼女のことを思い出した。


「警察にずっといたのは鞄の中身がスカスカだったから。学校に来ても仕方なかったから来なかった。置き勉をしてるとでも説明したんだろうケド……」


 そんな些細なことまで気がつくんですか。
 凄いな、本当に。


「本当はナントカさんを殺した後、弓をへし折って鞄に入れ、学校に来て焼却炉に放り込んだ後に早退でもする気だったんでしょ?」

745名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:55:10 ID:llSprxGo0

 弓は傷んでしまっても良かった。
 一度だけ使えれば。
 交渉が上手くいかなかった場合に一度だけ寄絃を使えれば良かった。

 使えなくても良かった、とも言える。
 手間は掛かるが徒手空拳でも目的は果たせただろうから。


「わざわざ弓をそのままに通報したのは駆け寄ってUSBメモリを探してしまったからと、疑われることで長く警察にいて、事件の情報を少しでも手に入れる為」

li イ*゚ー゚ノl|「……そろそろいいですよ、会長さん」


 私は言った。
 彼女が言いたいことが分かったから。


li イ*-ー-ノl|「水無月さんには上手く誤魔化して説明します。だから、安心してください」

「……そう。なら、別にいいけど」

li イ*^ー^ノl|「では、お兄ちゃんが迎えに来るので失礼します」

746名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:56:05 ID:llSprxGo0

 腕時計を見て時間を確認。
 まだ少し余裕があるけれど、水無月さんに会って説明したらちょうど良くなるだろう。
 歩き出そうとした私をもう一度だけ呼び止めて会長が言う。


「君は――家族が、一番大事なんだね」


 人間みたいな化物。
 化物みたいな人間。
 どちらと暮らすかなんて考えるまでもない。



li イ*^ー^ノl|「そんなの当たり前じゃないですか――会長さんと違って、私は家族が大好きなんですから」



 裏も表も。
 善も悪も。
 それ以外の要素も知ったことじゃない。

 私は家族と暮らす。
 ずっと仲良く、暮らしていく。

747名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:57:26 ID:llSprxGo0

li イ*^ー^ノl|「それじゃ、失礼します」


 もう会長は私を引き止めることはしなかった。
 私も言うべきことは何もなかった。



 ―――私の名前は雨斎院雪吹。
 雨の降る中に立つ朝顔斎院で「雨斎院」、雪が白魔の息吹のように吹き荒れるで「雪吹」という。

 シベリア州にある白魔神社の巫女であり宮司。
 淳機関付属VIP州西部淳中高一貫教育校高等部三年十三組に所属する高校生。
 雨斎院家の次女。

 そして――『世界で一番兄を愛している妹達』の片割れだ。






【――――そこまで。第八問、終わり】

748名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:58:27 ID:llSprxGo0


 「敷栲の 袖返せども つゆぞ乾かぬ」


【歌意】
夢で良いからあなたに逢いたいと、眠りにつく際にあなたを想って袖を裏返しにしてみるけれども、私の涙は全く乾くことがありません。

【語法文法】
『敷栲』とは寝床に敷く布のこと。そして『敷栲の』は枕詞で、眠りに関係する「枕」「床」「袖」「黒髪」などに掛かる。
次の『袖返せ』はサ行四段活用「袖返す」の已然形か命令形。意味としては「袖を翻す」「袖を裏返す」。
袖や着物を裏返すという行為はおまじないのようなもので寝る時に行えば恋する相手が夢に出てくると言われた。
続く『ども』は逆接確定条件の接続助詞。活用語の已然形に接続し「…けれども」「…のに」という風に訳す。
必然的に前述の『袖返せ』は已然形ということになる。
『つゆ』は名詞で「露」だが、この場合は露を涙の雫に喩えており、更に「つゆ(全然)…ない」というような全否定の副詞としても解釈する掛詞。
お馴染みの『ぞ』は係り結びを作り出す係助詞。強調の意味を持ち最後を連体形で結ぶ。
最後の『乾かぬ』は「乾く」を「ず(ぬ)」で否定したもの。「乾かない」となる。

【特記】
参考にした歌は源氏物語第五帖若紫より「初草の 若葉の上を 見つるより 旅寝の袖も 露ぞ乾かぬ」。
光源氏が若紫の不遇な境遇を知って読んだ和歌である。

この歌では、「夢の中で逢えるようなおまじないをして寝た」のに「涙が全然止まらない」という風に詠まれている。
夢で逢えるなんてことは所詮は迷信だったのか、それとも、夢で逢ってしまったが故に余計に辛くなったのか。
思わず涙が溢れてしまう感情、それはきっと重く長く深過ぎる恋心。

749名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 14:59:35 ID:llSprxGo0

というわけで第八話でした。
武道やってる人は分かると思いますが、基本刀でもなんでもそのままで持ち運ぶことはないです。

『天使と悪魔と人間と、』の読者の方は、幽屋氷柱と鞍馬口虎徹がどんな会話をしたのか考えてみると面白いかもしれません。
この話の被害者である大神は鞍馬口虎徹が師事する居合道の先生の一人という設定なので。
そのやり取りを入れようか迷ったのですが蛇足なのでやめておきました。


続きは十一月です。




>>643
前編の最後で明かしたのは引きにする為ですね。
あと生徒会長の超越性を演出する為と。

七話と八話では生徒会長、幽屋氷柱、絣雪という三人が裏で動いていますが、何処か似たところがある三人でした。
この三人だけが全ての事情を把握した上で他人を動かし自分の望む結末にしようとしていたと。
まあそういうわけで生徒会長の口から「文書=魔導書」が明かされる必要があり、それが自然にできたのがあの場面だけだった、ということです。

750名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 15:13:16 ID:Vr9EvYokO
投下乙

751名も無きAAのようです:2013/10/04(金) 16:59:16 ID:m3sqItfM0
おつ
でぃちゃんかわいいよでぃちゃん

752名も無きAAのようです:2013/10/08(火) 20:41:40 ID:tBsCIy1Q0



 第七問&第八問。
 模範解答。



.

753名も無きAAのようです:2013/10/08(火) 20:42:21 ID:tBsCIy1Q0

・《鳴弦》
 矢を番えずに弓を引き音を鳴らすことで邪を祓う退魔儀式。
 行事としての名称は「鳴弦の儀」「弦打の儀」であり、平安時代辺りから始まったものとされている。
 元は誕生儀礼だったが、やがて夜間の警鐘、邪気祓いとしても使われることになった。

 現代では「読書鳴弦の儀」として皇子・皇女誕生後の御湯殿の儀式に残る。
 これは漢籍等を読む読書の儀と共に鳴弦を行う行事である。
 歴史を遡ると古神道の「寄絃」に至るとされており共通点も多い。
 後には、こういった儀式では音の鳴る矢である鏑矢を射るのが主流(「蟇目の儀」と呼ばれる儀式)になり、鳴弦はあまり行われなくなっていった。 


・《寄絃(よつら)》
 古神道において魔除けの為に梓弓を打ち鳴らす儀式のこと。
 祈祷の前に行なわれていたとされ、また「源氏物語」においては光源氏が命じて行わせるシーンがある。
 苦しむ葵上の為に光源氏が巫女を呼び寄絃を行うと六条御息所の生霊が登場する……という風に分かりやすく魔除けとして扱われている。

 巫女の原型は日本神話の『天鈿女命(アマノウズメ)』とされている。
 現在では彼女が弓を並べて叩いたのが和琴の由来であると考えられており、その関係もあって古代日本では弓は神事における楽器の一つだった。

754名も無きAAのようです:2013/10/08(火) 20:43:10 ID:tBsCIy1Q0

・《梓弓》
 文字通り「梓で造られた弓」のこと。
 梓を材料とした弓は現在にはほとんど存在しないものの、かつてはメジャーなものだったとされる。
 それは「梓弓」という言葉が弓全般をも指し示し、また掛詞として残っていることからも伺える。

 梓弓は合戦で使われる弓というよりかは神事に使われることが多いもので、巫女が持ち歩いていたとされるのもその関係である。
 また退魔儀式の道具としての梓弓には様々な作り方があった。
 その最も簡易なものが作中に登場した「梓の木の枝を折りそれに弓を張る」というもの。
 現在でも当時使用されていた梓弓が納められている神社仏閣が各地にあり最も有名なのは正倉院宝物庫にあるそれである。


・《梓》
 カバノキ科カバノキ属の落葉高木。和名は「水目」や「梓樺」。
 山地に自生し灰色の樹皮を持ち、サリチル酸メチルを多く含む為に枝を折ると独特の匂いがする。
 その匂いから「夜糞峰榛(ヨグソミネバリ)」と呼ばれ、桜に似ていることから「水目桜」とも呼ばれる。

 徳仁親王の御印章であり、古くは梓弓を作る際に使用されていた。
 なお「梓」は本来この種を指す漢字ではなく、中国ではノウゼンカズラ科のキササゲのことである。


・《拍手(はくしゅ、かしわで)》
 両手の手の平を打ち合わせることで音を出す行為のこと。感動や賞賛を表す拍手と神に拝する為の拍手がある。
 二拝二拍手一拝などを始めとして様々な作法があるが、意味合いとしてはどれも感謝を表すためや神を呼び出すため、邪気を祓うためである。

755名も無きAAのようです:2013/10/08(火) 20:44:11 ID:tBsCIy1Q0

・《人狼》
 狼男の別称。
 その能力、性質、起源は多岐に渡るが、一般に「人間の姿に変身する狼」と「狼(半狼半人)に変身する能力を有する人間」を『人狼』と呼ぶ。
 呪い、あるいは病によって獣人化現象を起こしている人間は『狼憑き』と呼ばれることが多い。
 記録として最も古いものでは旧約聖書「ダニエル書」でネブカドネザル王が自らを狼であると想像して七年間苦しむ話がある。
 現代精神医学では動物に変身するという妄想、または自分が動物であるという妄想は「狼化妄想症」という症候群の症状の一つである。

 ヨーロッパにおいては狼は悪魔の獣とされ恐れられ、中世の魔女裁判において追放刑を受けた者は「狼」と呼称され人のいない森へと追いやられていた。
 当時のフランスでは人間社会から追放された彼等を見て「狼人間が走る」と表現していたらしい。
 近世では狼男は知能障害、精神疾患、あるいは狂犬病などの感染症と結び付けられ考察されていたと伝わる。

 実際の伝承では、人語を話す狼、もしくは人間と同じ大きさの狼という形で伝えられていることが多い。
 半狼半人の姿が有名になったのは近世以降のフィクションの影響。
 「満月を見ると狼に変身する」「銀の弾丸で撃たれると死ぬ」なども映画で造られた設定である。
 
 ……このように西洋において狼は悪魔の使いや呪いの結果、また魔術師や吸血鬼が変化した姿として畏怖されていた。
 一方で東アジアや南アメリカでは知性と神性の象徴として捉えられている。
 モンゴル人、トルコ人、中国のミャオ族などの一部では狼祖・犬祖伝説が伝わり民族的な誇りとなっている。
 またインディアン民族には狼の氏族(クラン)を持つ部族も多く、部族名が「狼」を意味しているものもある。
 日本では狼の名称そのものが「大神」を意味し、三峯神社など少なくない神社で祀られている。

756名も無きAAのようです:2013/10/08(火) 20:45:12 ID:tBsCIy1Q0

・《螺湮城本伝(ルルイエ異本)》
 クトゥルフ神話群に登場する魔導書。人皮で装丁されていると伝わる。
 内容はクトゥルフを主にその眷属と海の関わり、異界のモノ達を召喚する呪文、ムーとルルイエの沈没について記述されているらしい。
 現代に伝わるのは中国夏王朝時代の「螺湮城本伝」を翻訳したもので更に時代を遡ると人類ではない言語で書かれた粘土板文書に行き着く。
 中国語で書かれた巻物、英語訳版、ドイツ語訳版が存在し、十五世紀に魔術師フランソワ・プレラーティが部分的にイタリア語に翻訳したという説がある。
 現在の所有者及びそもこれらが現存しているのかどうかは不明だが、イタリア語版はナポレオン・ボナパルトが所持していた。

 この作品『怪異の由々しき問題集』では内容を更に転写した文書が登場する。
 雨斎院雪吹の兄である雨斎院威織がかつて中国語版を手に入れ、そして焼き払い、後に瞬間記憶能力を使って思い出し再現したデータである。


・《宮司(ぐうじ・みやづかさ)》
 神職の一つ。神主の中でも特に宗教法人としての神社の代表役員のこと。 
 古くは春宮や中宮など皇族(宮)に仕えた人間のことを指していた。
 神職(神主)になるには一般に神道系の大学を卒業する、神職養成講習会に参加するなどの方法があるが、宮司になる為には更に所定の研修を受け昇進する必要がある。
 作中においては雨斎院雪吹が「雨斎院白魔神社宮司」を名乗っているが勿論現実ではありえない。

757名も無きAAのようです:2013/10/08(火) 20:46:23 ID:tBsCIy1Q0

以上で第七話と第八話は終了です。
続きは十一月を目標としています。

758名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:13:22 ID:FY4OK5Uo0



 落書き。 
 益体もない些細な出来事。

 「本日のオチというか、後日談」





.

759名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:14:07 ID:FY4OK5Uo0
【―― 0 ――】


「―――お葬式ってさ、嬉しくなるよね」


 久しぶりに学校の外で出会った会長は黒い服を来ていた。

 上下黒の喪服のような服装だ。
 話を聞くと、あの殺された大神さんという人の家に線香を上げにいった帰りなのだそうだ。
 剣道も嗜む会長は一、二度教えを受けたことがあったらしい。 
 だとしたら彼女は顔見知りを亡くしたわけだが、それなのにいつものように微笑んでいるのは何故なのだろう?
 
 私が疑問に思っている中、話が一段落したところで会長はそんなことを言った。
 表情に対して以上に疑問を抱かせる言葉を。


ミセ*゚−゚)リ「どういうことですか?」

「だってそうでしょ。お葬式に沢山の人が来たってことは、それだけの人との繋がりがあったってことだから」

ミセ*゚ -゚)リ「あ……」

「そこで流された涙はその人への想いの結晶なんだから」

760名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:15:05 ID:FY4OK5Uo0

 あなたが生まれた時に周りの人は笑っていたでしょう。
 あなたが死ぬ時には周りの人が泣いてくれるような人生を送りなさい。

 ……確か、そんな名言があったはずだ。
 だから会長は「お葬式は嬉しくなる」と言った。
 きっと大神という人の葬儀では沢山の人が泣いていたのだろうと考えて。


ミセ*-ー-)リ「お葬式は残された人間の為にやるものだって言葉も、そういう意味なんですかね……」

「そうかもしれないね」


 一拍置いて、彼女は続ける。


「アニメとかではさ、主人公の少年が世界の命運を左右したりするでしょ?」

ミセ*゚ー゚)リ「え? まあ、そういう話が多いですね……」


 いきなり話が飛んだ?
 まあ会長との会話ではいつものことなので先を促す。

761名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:16:05 ID:FY4OK5Uo0

「アレって思春期特有の自己拡散っていうか、『重要な存在になりたい』って気持ちに関係してると思うんだよ」


 一時期自分探しというものが流行ったけれどアニメを見る人達は擬似的な自分探しをしているのかもしれない。
 自分の価値を見つけたくて、自分の存在を認めてもらいたい。
 アニメを見る人間が皆自己投影してるとは言わないけど、だから一人の少年が世界の行方に関わるような作品が売れるのだとは思う。


「でもね。多分だケド……年を取るとね、自分が重要な存在じゃないことが嬉しく感じるんだ」


 ちょっと違うかな、と会長は笑う。
 そう、自分が重要な存在ではないことを嬉しく感じるのではなく―――。



「『自分は世界にとって不可欠な存在にはなれなかったけど、誰かにとって大切な存在になれたこと』――それを嬉しく思うんだ」



 子どもの頃は、自分が死ねば世界が終わってしまうほどに重要な存在になりたかったけれど。
 そしてそんな人間にはなれなかったけれど。 
 年齡を重ねていけば、自分が死んでも世界が続いていくこと――自分の死を悲しんでくれるような人達が生きていることを嬉しく思うようになる。

762名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:17:05 ID:FY4OK5Uo0

 誰かの死んでも世界は回る。
 だけど、その誰かの存在は他の誰かの心に残り続ける。

 あの大神さんという人は誰の心に残ったのだろうと、そんなことを思った。


ミセ*-3-)リ「そう考えると、私はなーんかそういう重要人物じゃなくて良かったなあと思います」

「そうだね。君が死んでも世界は終わらないし」

ミセ;-ー-)リ「ハッキリ言われると傷付きますけどね……」


 「たとえばあたしを殺してみろ。安心しろ、それでも世界は何も動かないよ」。
 好きなライトノベルにあった台詞だ。
 最初に聞いた時はあまりにも切ない言葉だと感じたが、会長とのやり取りでそうじゃないと思えるようになった。

 ひょっとして慰めに来てくれたのかな?
 そうだったら嬉しいけど。


「誰かが死んで……でも僕達は生きている。それだけなんだ。それだけで、いいんだ」

763名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:18:05 ID:FY4OK5Uo0
【―― 2 ――】


 彼女が弓を引く姿は、これ以上なく綺麗だと思う。

 足踏み、胴造り、弓構え、打起し、引分け、会、離れ、そして残心に至るまでが繋がった一息。
 「一息の間で行なわれる」ということなのではなく、剣道で言うそれと同じく、挙動が断絶していないということだ。
 そして滑らかでありながらも節毎に動作が完結している。
 いや、「メリハリがあるのに流れるよう」という表現の方がしっくり来るかもしれない。

 その射形に見蕩れている内に道場に弦の音が響く。
 冬の早朝の空気のような澄んだ音が。


li イ*^ー^ノl|「どうしたんですか?」


 射を終えた彼女が振り返る。
 柔らかな笑み。
 僕はどう返すかを悩み、頬の古傷を掻いて言う。


(=-д-)「……外れないもんですね」

li イ*-ー-ノl|「良いところを見せられて良かったです」

764名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:19:05 ID:FY4OK5Uo0

 丸が幾つも重なったような模様の的――霞的の正鵠に、先ほど射られた矢が刺さっている。
 僕の知る限り彼女が射を外したことは一度もない。

 彼女、弓道部部長の幽屋氷柱は訊く。


li イ*゚ー゚ノl|「こんな朝早くにどうしたんですか?」


 僕はまた少し悩んで答えた。


(=-д-)「はあ、大したことじゃないんですが……。最近、大神先生が亡くなったじゃないですか?」

li イ*-ー-ノl|「そうですね」

(= д)「それで……。はあまあ、上手くは言えないんですが……。悲しいな、みたいな」

li イ*゚ー゚ノl|「分かりますよ。私もあなたと同じように、ほんの数回ですが指導を受けた身ですから」


 直接の弟子ではないし、そこまで深い仲ですらない相手だ。
 自分も剣道や居合道をやるのでその関係で何度か練習を見てもらったことがあっただけ。
 それだけだ。

765名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:20:06 ID:FY4OK5Uo0

 でも。
 それでも――悲しいものは、悲しい。

 上手くは表現できないんだけど。


(=-д-)「偲ぶとかそういうわけじゃないけど……ちょっと剣でも振りたいなー、と思って。そう思ってここに来ました」


 しいて言えば。
 自分の中に、仮にも自分の先生であった人の影響がどのくらい残っているのかが、気になった。
 あの人の剣に自分はどれくらい近付けたのだろうかと。

 氷柱さんは言う。


li イ*-ー-ノl|「どうか、偲んであげてください。きっとあの世で喜んでおられると思います」

(=゚д゚)「はあ、そうですかね?」

li イ*^ー^ノl|「ええ。だって、優しい先生だったでしょう?」

(= д)「まあ……そうでした」

766名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:21:06 ID:FY4OK5Uo0

 続けて彼女は呟く。
 「どうか私の分まで偲んであげてください」と。
 まるで自分はその資格がないみたいに。


(=゚д゚)「……今なんて?」

li イ*^ー^ノl|「なんでもありませんよ。鍛錬ならば歓迎しますし、お付き合いします。道場ですから」


 ありがとうございますと言うと「構いませんよ」と彼女は柔らかに微笑んだ。
 胸の鼓動が早くなる。
 僕は紅くなった頬を誤魔化すように目を伏せた。

 どうしてこの人はこんなにも魅力的なんだろうか。
 彼女が更衣室に向かい、一人きりになった淳高の道場で僕は思う。


(=-д-)「(きっと、真っ直ぐだからだ)」


 斬ることだけを追求した刀が美しいのと同じように、真っ直ぐに何かを貫く姿は美しいのだ。
 たとえ誰かを傷付けることになったとしてもその美しさだけは真実なのだろう。

767名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:22:05 ID:FY4OK5Uo0
【―― 3 ――】


 私がその報せを聞いたのは一週間ほど経った時だった。
 自宅の道場で男性が殺害された事件の捜査が打ち切られた。

 厳密に言えば打ち切られたわけではない。
 別の地方で過去に起きた事件と同一犯だと判明し、今後はその事件の捜査本部が捜査を担当するとのことだった。
 一方的な命令だが組織とはそういうものだ。
 そういったわけで、私達は初動捜査を済ませた段階でお役御免となった。


(‘、‘ノi|「素人探偵や絣には悪いことをしたな」


 捜査に協力してもらったというのに満足な成果も上げられないままに担当を外れてしまうとは。
 仕方のないことではあるものの申し訳なく感じる。

 医師が全ての患者を救えるわけではないのと同じように刑事も全ての犯人を捕まえられるわけではない。
 場合によっては、病気にしろ事件にしろ最後まで担当し続けることが難しいこともある。
 当たり前のことだ。

 しかしそれでも少しだけ嫌な気分だった。
 警察を辞めて探偵にもなろうかと考えてしまうくらいには。

768名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:23:06 ID:FY4OK5Uo0

 たとえ私が何かの事件を担当しその犯人を捕まえたとしても全てそれで終わりというわけではない。
 そこからは裁判が行われ、裁判が終われば何らかの刑が下される。
 あるいは被害者やその関係者からすれば事件が終わることなど一生ないのかもしれない。

 そう考えると警察は本質的に無責任だ。
 無責任という言い方が相応しくなければ「自らの責任を果たすことしかできない」と言おう。

 きっと究極的には、人間そのものがそうなのだろう。
 私は私の責任を果たすことしかできない。
 私は私の人生を生きることしかできない。
 そういうものだ。

 だから。


(‘、‘ノi|「(私はせめて、私の意思で犯人が捕まるように祈っていよう)」


 そして私は私の責任を果たし続けよう。
 私の人生を生き続けよう。

 慰めのようにそう思いつつ、私は今日も私として現場へと向かう。

769名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:24:06 ID:FY4OK5Uo0
【―― 4 ――】


 結局今回の一件で俺は何もできなかった。

 何もしなかったわけではないが、結果を見ればいてもいなくても同じような有り様だった。
 俺がいなかったらどうなっていただろう?
 きっと俺がいなくても事件は起こって、多分氷柱ちゃんは俺がいなくても上手く対処して文書を取り返していた。

 だとしたら俺がいた意味はなんだろう?
 でぃちゃんやミセリちゃんに迷惑を掛けただけじゃないのか。


(# ;;-)「……また落ち込んでいらっしゃいますね、憂鬱そうなのです」

(,,-Д-)「うん……。少しね」


 真後ろからでぃちゃんの声が届く。
 背を向けて座っているので顔は見えない。
 だが明るい表情はしていないだろう。

 暫く経ったある日の夜。
 俺は上半身裸で寝室の椅子に座って手当てを受けていた。

770名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:25:06 ID:FY4OK5Uo0

 氷柱ちゃんの寄絃は想像以上に強烈で、服こそ全く被害はなかったが、背中には火傷の痕のような傷が残った。
 それ以外にも身体の節々が鈍く痛む。
 あんなに冷たく澄んだ音なのに火傷みたいになるなんて可笑しいねと俺が言うと「笑い事じゃないのです」と怒られた。

 数日経って痛みは治まったが傷は癒えていない。
 当日は仰向けで寝るのが辛いくらいだったのでかなり楽にはなったけど。


(,,-Д-)「(でもミセリちゃんは無傷らしいし、やっぱり人以外のモノを対象にした清めの音だったんだろう)」


 だとしたら咄嗟にでぃちゃんを庇って正解だった。
 半分は人間と言えど半分は妖怪だし、それにあの時は戦う為にかなり妖怪側に寄っていた。
 直撃していればただでは済まなかっただろう。

 それにしても、もうほとんど力が残っていない俺なら大丈夫だと思ったんだけど……。


(,, Д)「『人間の成り損ない』ね……」


 あの魔術師は誰から俺の正体を聞いたんだろう。
 何にせよ言い得て妙だと笑みが零れた。

771名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:26:05 ID:FY4OK5Uo0

 巻かれていた包帯が解け、ガーゼが外されて傷跡が空気に晒される。
 でぃちゃんは濡らしたタオルで背中を軽く拭いていく。

 と。


(# ;;-)「ご主人様……」


 その手が止まった。
 次いで、後ろから抱き締められた。
 鼻腔をくすぐる彼女の匂いや肌に伝わる柔らかさが心地良さを与えてくる。

 ……俺の背中に彼女の胸が、つまり傷跡に胸部が当たってるわけで、痛いのか気持ち良いのか分からない。


(,,^Д^)「どうしたの? そんなに強くギュッとされると、痛いよ」

(# ;;-)「痛くしています、お仕置きなのです」


 そう言うと、彼女は更に俺を抱く両腕に力を込めた。
 決して離すまいという意思が伝わる強さ。

772名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:27:05 ID:FY4OK5Uo0

 耳元で彼女の声が聞こえた。


(# ;;-)「あまり、無茶をしないでください……。あなたが死んでしまったら、私はどう生きていけば良いのですか……」


 縋るような声だった。
 泣きそうな声だった。
 俺は、静かに言葉を返す。


(,,-Д-)「ありがとう……でもね、でぃちゃん。俺は、でぃちゃんが傷付くのが嫌なんだ。でぃちゃんの代わりになら、俺はいくらでも傷付くよ」

(# ;;-)「それは私だってそうです。同じなのです。私は、あなたの為なら死んでも、いい」

(,, Д)「でぃちゃんがいなくなっちゃったら俺は生きていけない」

(# ;;-)「それも……同じなのです」


 ごめん、と俺は言った。

 でぃちゃんがいない日々なんて俺は考えられない。
 それは彼女だって同じで。

773名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:28:04 ID:FY4OK5Uo0

 だとしたら――俺はどれほど酷いことをしてしまったんだろう。


(,, Д)「ごめん……」


 もう一度俺は謝った。
 もういいですよ、と彼女は笑った。

 そうして俺以上に俺を大切にしてくれている人は、俺の背中に口付け、つーとそのまま傷跡を舐め上げた。
 淡い痛みとくすぐったいような快楽に思わず声が漏れてしまう。
 次いで彼女は色っぽい笑みを小さく漏らす。

 こういう部分は淫魔っぽいよなあと感想を抱く俺の耳元で、彼女が囁いた。


(# ;;-)「…………愛しています。あなたが、どんな存在であろうとも」

(,,-Д-)「……うん。俺もだよ」


 俺は振り返って彼女を抱き締める。
 お返しと言わんばかりに強く。

 傷はまだ完治していないけれど、一晩くらい、少しくらい無茶をしても大丈夫だろう―――。

774名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:29:05 ID:FY4OK5Uo0
【―― 5 ――】


 本日のオチというか、後日談。

 時間という概念はあらゆるものを彼方へと押し流していく。
 あの一連の事件から数週間の時が流れ、ニュースでの報道もほとんどなくなった。
 私にしたって、あれほどに衝撃的だった出来事はすっかり心の何処かに埋没してしまっていた。

 そんな頃のことだった。
 学校帰りにショツピングに出掛け、一時間程度買い物を楽しみ、日も暮れてきたのでそろそろ帰ろうかなと思った――その時。



リパ -ノゝ「…………おや、」



 私は、あの死神のような少女に再会した。

 街を歩いていて向こう側からやって来たものだから思わず「あっ」などと声を漏らしてしまったのが悪かったのか。
 驚いて立ち止まってしまったところに声を掛けられた。

775名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:30:09 ID:FY4OK5Uo0

リパ -ノゝ「…………お久しぶりです、」

ミセ;゚−゚)リ「……どうも」


 街で出遭った彼女は、清楚というか、大人しい感じの格好をしていた。

 服装で目立つのは黒壇のように黒い髪と合わせたような黒のジャケットくらいだ。
 無論、刀なんて持ってない。
 左目に付けていた眼帯も包帯に変わっていて、全体的に暗いファッションだからメンヘラっぽく見えるかもしれない。

 あの時と変わらないのは庇護欲を唆る可愛らしい顔立ちと、蚊の鳴くように小さく砂糖菓子のように甘い声音。
 漂わせていた妖刀のような鬼気も薄まっていて、彼女の本性を知らない人ならば気付かないだろう。


ミセ;゚ー゚)リ「なんで、こんな所に?」

リパ -ノゝ「…………あなたも勘違いしていらっしゃるようですが、私達も常時ああいったことを行っているわけではありません、」

ミセ;゚−゚)リ「買い物をしたり、ご飯を食べたり、友達と遊んだりするってことですか?」

リパ -ノゝ「…………そうです。あなたが一緒にいた、あのお二人と同じように、」

776名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:31:07 ID:FY4OK5Uo0

 あのお二人――ギコさんやでぃちゃんと同じように。
 常に非日常的な仕事をしているのではなく、オフの日には普通に学校に行ったり友達と談笑したりして過ごしている。

 彼女、ギコさんからは『ユキちゃん』と呼ばれていた少女は語る。


リパ -ノゝ「…………私はこれでも、数年前まではあなたと同じように学校に通っていました、」

ミセ;゚ー゚)リ「へぇ――って、じゃあ年上!?」


 そうです、と事もなげに言いつつ彼女は街路樹の木陰に入る。
 私も他の歩行者の邪魔にならないように位置を変える。

 ……あんな風に人を殺した少女が、立ち話をする為に歩道の端に寄ったということ。
 その行動が彼女の発言の正しさを証明しているようだった。
 彼女もこうして、普通に生きている人間なのだ。


リパ -ノゝ「…………あなたは私に二度と遭いたくなかったと思いますし、私もできることならば再会したくはなかった、」


 私に遭うということは誰かが死ぬということですから、と彼女は付け足す。
 誰かが死んで、誰かが殺されなければならない状況に現れる死神のような少女。

777名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:32:04 ID:FY4OK5Uo0

 ですが、と彼女は続ける。


リパ -ノゝ「…………こうして縁があり出遭ってしまったわけですから、二つほど、伝えておきたいと思います、」

ミセ;-ー-)リ「はあ……」


 私からは何も伝えたいことはないし、言ってしまえば二度と会いたくないどころか顔も見たくないような相手なんだけど……。
 そういう機微は分からないのだろうか?
 心中を知らずか、それとも察した上で無視してか、彼女は言う、 


リパ -ノゝ「…………一つ目に。あの文書を奪おうとした男は雇われですが、その裏には組織があります、」

ミセ*゚ー゚)リ「組織?」

リパ -ノゝ「…………そしてその組織はあなたの過去にも関わっている、かもしれません、」

ミセ;゚ー゚)リ「!!」


 私の――過去に?
 あの出来事に……?

778名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:33:07 ID:FY4OK5Uo0

ミセ;゚ー゚)リ「あなた、私の過去を……。それ以前にその『組織』って……?」

リパ -ノゝ「…………申し訳ありません、少し調べさせた頂きました。そして重ねて申し訳ありません、私の担当ではないことなので、詳しいことは、」


 そして「あくまでも可能性の話です」と彼女は付け加えた。
 それでも、私は動揺を隠せない。

 しかし彼女は淡々と話を続けていく。


リパ -ノゝ「…………二つ目ですが、あなたの目の話です、」


 私の目。
 怪異が見えるという瞳。


リパ -ノゝ「…………まず名称をご存知ですか?」

ミセ*゚ー゚)リ「名称? ええっと、名前ってことですか?」

リパ -ノゝ「…………その瞳は『浄眼』と呼びます、」

779名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:34:04 ID:FY4OK5Uo0

 ……ゲームやマンガで聞いたことがある名前だった。
 微妙にテンションが上がってしまう。


リパ -ノゝ「…………中国の伝承に登場する異能らしいです。曰く、その瞳を持つ者は、『人ならざるモノ』を見る力を持つ、」


 人ならざるモノ――怪異。


リパ -ノゝ「…………そもそも魑魅魍魎を視認できる人間は道士等の魔術を専門にする者か、先天的にそういう才能を持つ者に限られます、」


 あるいは「自分自身が半分怪異である者か」。
 つまり言うまでもないが、普通の人間には妖怪は見えないのだという。
 ちなみに心霊スポットで幽霊が見えるのは大体が勘違いで、本当に見えた場合は幽霊側が見せているか、たまたま幽霊と波長が合ってしまった場合らしい。

 とにかく。


リパ -ノゝ「…………その瞳は、かなり珍しい代物ということは覚えておいてください、」

ミセ;゚ー゚)リ「分かりました」

780名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:35:05 ID:FY4OK5Uo0

 いつだったかでぃちゃんも「ハッキリと怪異が見える人は珍しい」とか言っていた気がする。
 素人ではまずありえないレベルの精度のようだ。
 まあよく分からないけど……。

 街が夕闇に染まり始めた頃。
 最後に、彼女は言った。


リパ -ノゝ「…………私の友人にも、仇敵にも、同僚にも。目の能力を持つ人がいました、」

ミセ*゚ー゚)リ「私のように怪異が見える目の人も?」

リパ -ノゝ「…………はい。未来や死あるいは心、因果……視えるものは様々でしたが、完全に普通の人生を送れた人間は一人もいません、」


 その目の所為で死に掛けた人間も生命を散らした人間もいます。
 彼女は淡々とそう続け、「けれど」と。


リパ -ノゝ「…………ですが、その目があったからこそ見つけられるモノもあると思います、」


 あると良いと思いますなんて呟き、彼女は少しだけ微笑んだ。

781名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:36:08 ID:FY4OK5Uo0

 そうして彼女は宣言する。


リハ -ノゝ「…………もしも、あなたが自分の目を嫌いになった時。私はあなたの目を殺しに来ます、」


 そう言い切って。
 でも次いで死神の少女は言うのだ。
 「そんな日が来ないことを私は祈っています」と。

 それだけを最後に告げて彼女は夜の帳が下り始めた街に消えて行く。
 私の帰り道は逆方向、共に歩むことはない。
 
 私はこれから何を見るのだろう?
 あの過去に向き合ったところでこの目がなくなるわけじゃないし、況してや人生が終わるわけでもない。
 これからも私が生きている限り私の物語は続いていく。
 私はこれから何を見るのだろう?

 それはまだ分からないけれど、でも生きていこうと――そんなことを私は思った。






【――――落書き、終わり】

782名も無きAAのようです:2013/11/12(火) 03:37:03 ID:FY4OK5Uo0

というわけで今回の落書きは終わりです。
この落書きは後日談やおまけというか、ぶっちゃけエロ成分補給が主目的のはずなんですが、完全に忘れてました。

でぃが背中の傷を舐めながら手で奉仕するエロシーンは心の目でどうぞ。



次話は十一月中に投下したいのですが……。
期待せずお待ちください。

783名も無きAAのようです:2013/11/14(木) 15:43:16 ID:9PpjdX4Y0
乙、待ってる。
今回の事件ではそれぞれが何かを感じていた。
それは繋がりだったり、気持ちを改めたり、後味の悪さだったり千差万別。
怪異が見えるミセリの眼について触れられていたので、眼と彼女の過去がどう関係していくのか気になる。

784名も無きAAのようです:2013/11/26(火) 14:45:42 ID:91sN0hh.C
ミセ*゚ー゚)リは、語り部以外にも重要な役回りがあるのか

785名も無きAAのようです:2014/12/05(金) 17:36:18 ID:MhKUymVo0
一年たったんですが・・・

786名も無きAAのようです:2016/06/10(金) 23:37:54 ID:nwk1LE2Y0
今読み終えた、続き待ってます


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板