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法華経について

1管理者:2002/08/29(木) 17:45

スレッドテーマのご提案がありましたので、立ち上げます。提案文は以下の通り。

14 名前: いちりん 投稿日: 2002/08/29(木) 12:41

『法華経』について、なんでも語り合うというスレッドを希望します。

2いちりん:2002/08/29(木) 17:55

ブッダが悟りを開いた地であるブッダガヤから、北に100キロくらいのところに、ラージギールという村がある。
そこは、ブッダが晩年を過ごしたマガダ王国の首都(王舎城・ラージャグリハ)だったところ。このラージャグリハが、いまのラージギールだ。

ちなみに、そこから北に13キロくらいのところに、ナーランダ寺院がある。そこでは、700年間も仏教研究がされていたという。はるばる、玄奘が中国から来て、唯識などを学んだりもした

そのラージギールに、霊鷲山がある。
インド人は、霊鷲山のことをグリッタクータと発音していた。
サンスクリットでGrdra-kuta(グリッドラ・クータ)。そこから「ぎしゃくっせん」という音写がでてた。Grdraというのは、禿鷲の意味だとか。

きっと禿鷲が飛び交うような山だからも、霊鷲山と呼んだのだろうかと思っていたら、ふもとを歩いていて、分かった。

それは山頂の形が、鷲に見えるのだ。鷲のクチバシと羽根を広げたような形をしている。ああ、なるほど、それで霊鷲山かと。

3いちりん:2002/08/29(木) 17:59

『法華経』が説かれたのは、霊鷲山だ。浄土三部経も、霊鷲山で説かれている。さらには、禅宗で語り継がれている、拈華微笑の法門も霊鷲山だ。

その意味では、天台宗、日蓮宗、浄土宗、浄土真宗、曹洞宗、臨済宗などとの日本仏教にとって、きわめて大切な地が、この霊鷲山である。

さて、その『法華経』であるが、その説法の、会座には、おびただしい数の聴衆が参列する。

序品には、「大比丘衆、万二千人」「学無学、二千人」「菩薩摩訶薩八万人」「「釈提桓因、其の眷属二万の天子」「自在天子、大自在天子、其の眷属三万の天子」……とキリがないのでやめるが、なにしろすごい数。まあ二十万人〜何百万人くらいだろうか。

しかも、人間ばかりではない。菩薩から天界の神々から、修羅とか竜王みたいなものから、いろんな衆生が集い来ていた。文字通り読めば、ものすごく広大なスペースが必要になる。

ところが実際に、霊鷲山の山頂に行くと、せいぜい数十人くらいが座れるスペースしかない。高く険しい山でもなく、サンダル履きでわりと簡単に登れてれてしまう。途中まで私はロバに乗っていったが。

隣の山は、霊鷲山よりも高い山で、リフトなんかがついていて、インド人の観光客はそちらに行っていた。その山の山頂には、日本山妙法寺のお寺があって、一日中、太鼓叩いて南無妙法蓮華経と唱えていた。インドの人たちは、霊鷲山にはほとんど思い入れもないから、日本山妙法寺のお寺の方が珍しいみたいだ。

「霊山一会厳然未散」(霊山一会、厳然として未だ散らず)
「常住此説法」(常に此に住して法を説く)

このように釈迦が法華経で説いているので、法華に縁のある人は、霊鷲山はとても思い入れがある山だ。ま、しかし、実際に行くと。やはりイメージは崩れてしまう。

インドの人たちは、シヴァ神とか偉大な神々は、ヒマラヤに住んでいると思っている。

カイラス山とか、カンチェンジュンガとか、やはりすごい。
サンダル履きで登れる霊鷲山とちがって、かたや8000メートル級の山だ。ヒマラヤの頂を遠くから眺めていると、なるほどなあ、たしかに神々しい。神さまがほんとに居そうだわいと感じる。

4現時点:2002/08/29(木) 21:27
霊山一会厳然未散

この言葉は、どのように理解すればよろしいでしょうか。

教えていただければ幸いです。

5五月雨:2002/08/29(木) 22:30
いちりんさんは霊鷲山を直に見てこられたのですか!スゴイですね。
私はヒマラヤみたいにドドーンと大きな山を想像していました。確か六万恒河沙の地涌の菩薩が出現した所ですよね。せいぜい数十人くらいが座れるスペースでは困りますね。山から相当数がこぼれ落ちた事でしょう(笑)後世で法華経を書いた人々は、霊鷲山を見たことが無いのでしょうか。もっと霊鷲山のお話を聞かせて下さい。

6いちりん:2002/08/29(木) 22:45
ここに、霊鷲山の写真があります。
ここが頂上ですから、写真では50人くらいが正座すると、もういっぱいですね。

http://www2g.biglobe.ne.jp/~koetsu/india/budha3.htm
http://www5.ocn.ne.jp/~seigadou/india1.html

7いちりん:2002/08/30(金) 11:13
『法華経』じたいは、お釈迦さまが亡くなって、おそらく五百年後あたりにできたお経なんでしょうね。
お釈迦さまが、あのあたりにおられたのはたしかですね。王舎城もあるし、祇園精舎も近くですし、ブッダガヤも近くです。
実際に、霊鷲山では説法されたかも知れません。

まあ、お弟子さんが、どれくらい居たのかわかりませんが。第一次仏典結集のときには、五百人の覚醒者(阿羅漢)がいたことになっています。

ともあれ、生きたお釈迦さまがおられて、百人くらいの出家の弟子がいたんでしょうね。それで、日々、瞑想と説法をされていた。

そのことを素材にして、数百年後に、大乗仏教が語られると、ものすごいSFXみたいになってしまうわけです。

たとえば、「見宝塔品」あたりを読みますと、────

地中から、高さ五百由旬、縦横二百五十由旬の七宝づくりの塔が湧き出し空中に留まったとか。
娑婆世界は一変し清浄な世界となり、諸佛が集まって来て、高さ五百由旬の宝樹の下の五由旬のところにある獅子座に座った。
各方面にいた釈尊の分身が、八方に座した。十方の四百萬億那由他の国土(星)に諸佛が遍満しているのが見える。

この宝塔なんてのも、おそらく地球的な規模の巨大さかも知れません。そうして、この銀河系宇宙のみならずあらゆる宇宙からの仏さんが来集するわけですね。

こういうお話を、もすこし自分たちのイメージに近づけると、────

日蓮さんが亡くなって、七百五十年くらいたちますよね。で、その日蓮さんが説法したというお話を、いまの平成のときに、経典であらわす人たちがいる。
まあ、日興さんあたりが、「わたしは師匠からこのように聞きました」という語りで、あらわすようなスタイルですね。すべての経典は、弟子の阿難が、お釈迦さまから聞いたことを話すというスタイルです。

そのものがたりは、身延山の庵に、何千万人という人が集まり、全宇宙の仏やら菩薩が集まる。そして、日蓮さんは、眉間からレーザービームのような光を発して、全宇宙を照らして浄化する。東京ドームの一億倍くらい巨大な宝塔がにょきにょきと現れる。
空中にどわーーと浮遊して、そこから説法される。で、聞いている大衆も、あれあれいう間に、空中に浮かんでしまう。

そんなものがたりが、真実だとして、書かれる。そして、それが外国に伝わって、翻訳されて。ものすごい金言として大切にされてゆく。

そうして、あるとき身延山の日蓮さんの庵の後を訪ねてみたら、まあ5DKくらいの、日の当たらない湿気の多い場所であった。

……とまあ、そういう感じでしょうか。

8現時点:2002/08/31(土) 00:22

いやぁ、日蓮さんの眉間からレーザービームが、どわー、これには大笑いしてしまいました。

まったくもって、法華経製作者は、何を考えていたんでしょうかねぇ。空想にもほどがあるって言うものですね。

9いちりん:2002/08/31(土) 00:53

わたしは大乗経典は、リアリティとして読みません。
ひとつのまあ、文学作品、宗教文学、あるいは壮大な詩としてとらえています。なので、
──いかに「幻」=ファンタジーとしての構成が豊かであるか──
というところで、とらえています。
そうすると、『法華経』というのは、数多くの経典の中で、白眉だとは思いますね。

で、大切なのは、やはり感性でとらえることだと思っています。
天台がこうたら、妙楽がああたら、なんとかの釈によるとこうで、かの先生はこういっておられて、……とえんなえんとやっていますと、疲れて感性が摩滅して、大切なハートが死にますね。

で、ハートが死ぬと、『法華経』の蓮の花はしぼんでしまいますでしょう。
しぼんだ華の数を、八つだのいや九つだ、種が先か実が先か、根っこがああでとやっても、意味がないのでしょうね。

賢治は、こう書いています。
「大きな勇気を出して、すべのいきものの、ほんとうの幸福をさがさなければいけない。
それは、ナム・サダルマ・プンダリーカ・スートラというものである」

わたしは、『法華経』というとき、いつも、サダルマ・プンダリーカ・スートラ
──白い蓮の華が、朝の光に照らされて開く──
というイメージを持っています。

10一字三礼:2002/08/31(土) 21:55

>で、大切なのは、やはり感性でとらえることだと思っています。

創○学会や○華講でよく見かける、没個性的で少し歪んだ日蓮主義者に対しては、このような視点から法華経をとらえ直す必要もあるのかもしれません。

しかし、法華経で繰り返し主張されている事は、法華経自身に対する信心・崇拝と殉教精神であろうと思います。
そして、ほんの少しでも実際にこれを行なおうとするとかなり厳しい教えです。

修行という言葉があります。
剣術修行とは、一心に打ち込んで、長年かかって体得出来るか、出来ないかの技と境地を、それこそ命懸けで目指す事を言います。

仏道もまた、蓮祖聖人の御一生を読むかぎり、命懸けの修行と呼ぶに相応しい壮絶な厳しさを持ち合わせるものではないでしょうか。

この間、テレビで中東の事をやっていました。中途半端に見たので、なんの番組か解からなかったのですが。

そこに1人のムスリムが出ていました。その彼は、日本人撮影スタッフ達と少し言葉を交わしていたようですが、突然、メッカの方向を向いて礼拝を始めたのです。
それを見ていた日本人スタッフ達は驚きながらも、その姿をカメラに収めました。

沈む夕日と低い山々、無限に広がる荒涼とした砂漠の中で、無心に礼拝を繰り返す1人の老人が映し出されていました。

その映像を見ながら、私は蓮祖聖人も厳しい修行、純粋無染の信心による絶対的な孤独の中で、法華経を通して、ただひとりで、雖近而不見の仏と向かい合い、深い法悦を得られたのではないか、と想像しました。

そしてそれは宗教の別にかかわらず、本来の信仰者とはこういうものではないのか、と考えさせられました。

11いちりん:2002/08/31(土) 22:31
>法華経自身に対する信心・崇拝と殉教精神

それって、具体的にいいますと、なんなのでしょうね。
一字三礼さんの、自らの体験を通して、なにかいいあらわせるものが、ありますでしょうか。

12一字三礼:2002/09/05(木) 12:00
>それって、具体的にいいますと、なんなのでしょうね。

個人的体験とは、少し違いますが。

私が蓮祖聖人の準じた法華経第一主義に惹かれる理由の一つは、現代人の持つ無意識な傲慢さ、に対する反動かもしれません。

人と話をするなかで、「私は無神論者だから」という言葉をよく聞きます。その人に「では、あなたの無神論を聞かせてください」と尋ねても、“論”など持っている方は皆無でした。

ようするに“無知神論者”が“無神論者”を装っているのです。

これに類する事は、現代人の仏法に対する姿勢にもあてはまるように思えるのです。

宗教について何らの知識や定見が無くても、
“仏法だから平和主義なはずだ”とか“世界宗教であるから差別は説いていないはずだ”などと言う根拠の無い個人的思いこみを判断材料にするいい加減な態度。

また、ややもするとその成立理由や成立国、根本主張がまったく異なる幾つかの宗教に書かれている、似たような内容の言葉を引用して、さも人類普遍的に共通な教説であるかのような錯覚をしている、私の友人などを見ていて感じる事です。

これなどは、まるでカルチャースクールで講座を選ぶように、気に入った宗教や仏様の気に入った部分だけを使い、それ以外は無視する、もしくは捨てるようなものです。

雑多な情報に晒されている現代人の、学ぶ事に対する怠慢・軽視が、このような傲慢ともとれる態度に繋がっているように思えるのです。

それでも、どのように素晴らしい教えであれ、最終的に自分の宗教を選択するのは個人の感性よるとは思います。

しかし、感性とは、倫理観の指針などを吟味して得られるものではないので、客観的な評価とは無縁なものです。つまりそれは、社会に害をもたらす思想であっても、容認してしまう危険性もあると言う事ではないでしょうか。

いちりんさんの様に、さまざまな修行をご自分でなさって、確固とした宗教観を持たれてる方であれば、その研ぎ澄まされた感性は信用出来ること納得します。

でも、たとえば私のような者では感性に随えば、ただ宗教に迷うだけになりそうです。(笑)

13一字三礼:2002/09/11(水) 23:11

霊鷲山について

玄奘三蔵の「大唐西域記」によれば、実際に釈尊が弟子達に説法した場所は、霊鷲山の頂上ではなく、もう少ししたの平らな所であったと書いています。

また、僧達が起居していたのは中腹にある横穴群であったようです。
(私は現地に行っていないので、確かな事はわかりませんが)

6〜7世紀頃、色々な国から僧侶達が、王舎城を目指して巡礼に訪れ、霊鷲山を見上げて涙を流し、感極まって悶絶した、とも記されています。

まあ、やって来た僧侶全員が悶絶していたら大変ですが、ようするに仏教徒にとって4大聖地に匹敵するほどの霊場だったでしょう。

14犀角独歩:2002/09/11(水) 23:51

なんだか、ここのスレッドって、こっぱずかしいんですね。
かつて、私が「法華経は最高だ」とか人に言っていた時、私、実は妙法華の方便品と寿量品しか読んでいなかったなんて、経験があるわけです。

大石寺・学会の家に生まれた私は「法華経が最高。他は邪教」こんな感じで育ちましたから、他の経典なんか、読んだこともない、それどころか、法華経でも、妙法華の方便品と寿量品しか読んだことないくせに、偉そうに「法華経が最高なんだ」とか高飛車に言っていたわけです。もう、思い出すと、穴に入りたいというか、冷や汗が全身が吹き出すような恥ずかしさを覚えるわけです。他の経典を読んだこともないくせに「法華経が最高」と言っていたわけです。

ところが法華経は早くて世紀前100年頃から、遅い説だと西暦50年頃から、アフガニスタン当たりで創られたもの。シャキャムニとぜんぜん関係ないわけです。後世の創作ですね。

自分が言っていたことなんて、、色々な経典を読み比べて「法華経はすごい」じゃないわけです。…… 私自身のことですよ、他の人のことを言っているわけではありません …… 法華経しか知らない、でも「大聖人はそう仰っている」で、「法華経は最高の経典」と言っていた自分がいるわけです。自分のことですよ。「こいつはほんとに井の中の蛙」、ほんとに「世間知らずのアホ」でした。

いまどき、「法華経は釈尊が説いたものだ」なんて言ったら、「あれまああ、お気の毒」と大笑いされるのが落ちですからね。

どこぞの教団は、いまでも教学試験で五時八教を教えるそう。もう、赤面してしまいますよね。でも、そんなことで、自分を取り巻く人が信じてくれる環境って、なんだか羨ましいような、でも、私はこっぱずかしくて、笑ってしまいますね。

15いちりん:2002/09/12(木) 09:01
わたしも『法華経』は最高だと言っていながら、読んだことはなかった。
やれ「四十余年未顕真実」と「無量義経」にあるじゃないか、とか。

「久遠実成」と「二乗作仏」を明かしているから、すごいのだとか。まあ、なんたらかんたら、語っていても、しっかりと自分で読んだことはなかったですね。

『法華経』は最高だというのなら、他の経典も読んで、それと比べてみる必要があるし。『法華経』も他の経典も読んだことないのに、『法華経』が最高だと信じて疑わないのも、おかしな話ですよね。

いろいろと経典を読んでみると、『法華経』が最高でもないらしいと思い始めたし。
「久遠実成」と「二乗作仏」がすごいというけれども、ほんまにそうかいなーとも思うし。

お釈迦さんの滅後、数百年もあとに創作されたお話に、それに「久遠実成」と「二乗作仏」が書かれているからと言って、それがどうしてすごいのだろうかとも思うし。

ま、ともあれ。自分で読んで、自分で考えて、自分で感じていくということが、大切ですよね。ものすごくあたりまえのことですが。

16いちりん:2002/09/13(金) 13:15
『法華経』には、「女人成仏」と「二乗作仏」が説かれているから、諸経のなかでも、とりわけすごいのだという考えがありますよね。

で、それなんですが、そんなことに、いったいどういう意味があるのかなあと思うわけです。
そもそも、『法華経』はお釈迦さま滅後、五百年後くらいに創作されたものですよね。

内容も、とても生身のお釈迦さまが説いたとは思われないようなものです。いわば、神話でありファンタジーでしょう。

いわば、日本の神話の「古事記」みたなものかもしれません。「古事記」には、アマテラスという女神があらわれるから、すごいのだと言っても、仕方がないような話ですよね。神話なんですから。

神話として、文芸として、内容の深さとか面白さはどうかという論議は、ありえますけども。それによって、救われるだとか、「女人成仏」と「二乗作仏」が証明されるわけでもありませんよね。

17いちりん:2002/09/13(金) 13:16
……とは言いつつも、『法華経』というものを真実であるととらえていくのは、信仰だからいいのだとは思います。

で、問題は、です。
ならば、『法華経』に「女人成仏」と「二乗作仏」が説かれているかどうか、をみていきたいと思います。

『法華経』をちゃんと読めばわかりますが、「女人成仏」とされる「龍女」の成仏は、あれは女人が男に変身してからの成仏ですね。「変じて男子となって」とありまして、女人のままの成仏ではありませんですね。

---------------------------------------
皆龍女の忽然の間に変じて男子となって、菩薩の行を具して、即ち南方無垢世界に往いて宝蓮華に坐して等正覚を成じ、三十二相・八十種好あって、普く十方の一切衆生の為に妙法を演説するを見る。(提婆達多品第十二)
---------------------------------------

そして、もひとつ「二乗作仏」ですが、これも、二乗が成仏したとは書かれていませんですね。
「二乗が成仏するよ」という約束はしていますけど。

しかも、ものすごい歴劫修行の末にですね。

たとえば、舎利弗に対する記別のところです。

---------------------------------------
舎利弗、汝未来世に於て、無量無辺不可思議劫を過ぎて、若干千万億の仏を供養し、正法を奉持し菩薩所行の道を具足して、当に作仏することを得べし。(譬喩品第三)
---------------------------------------

無量無辺不可思議劫を過ぎて、若干千万億の仏を供養した上での成仏するというのですから、ものすごい先の話です。

さらに、『法華経』で記別される二乗は、「じつは菩薩」なんですね。

---------------------------------------
内に菩薩の行を秘し 外に是れ声聞なりと現ず(五百弟子受記品第八)---------------------------------------

と、書かれていますね。
……というように、素直に『法華経』を読んでいくと、どうも「二乗作仏」も「女人成仏」も説かれているとはいえないなあと思ったりします。

18顕正居士:2002/09/13(金) 18:39
諸法実相、開顕、二乗作仏、久遠実成、即身成仏等

法華経がどういうひと達によって作られたのかはよくわからないが、この経の
特色は諸法実相、開顕、二乗作仏、久遠実成、即身成仏等であると云えます。
妙法蓮華経と大智度論を中国に伝えたのは、西アジア出身の羅什三蔵であり、
彼の学系が後に天台宗になった。大乗教の開祖である聖龍樹は、釈尊を遠祖と
認めた。諸法実相、開顕、二乗作仏、久遠実成、即身成仏等は、羅什三蔵が
聖龍樹の教義として中国に伝えたのであろうし、龍樹教学と矛盾はしない。

龍女は舎利弗の疑難に応えて、直ちに八相成道の仮の姿を現したのであり、
来世に男に生まれ変わったわけでない、だからこそ、即身成仏の表現であると
いうのです。

19犀角独歩:2002/09/13(金) 20:30

> 18

これは羅什とその訳、妙法蓮華経の特色と言うことでしょうね。

なお、即身成仏に対応すると思われるのは、竜女のことで、

皆見龍女。忽然之間。変成男子。具菩薩行。即往南方。無垢世界。坐宝蓮華。成等正覚。三十二相。八十種好。

と確かに「等正覚を成じ」と即身成仏を意味するであろう記述があります。
ところで、この記述のある提婆達多品は後の挿入ですね。(というか、他品と合わさっていたのでしょうか。わたしは勝手にこの品は、梵本にはないと考えていたのですが、岩波文庫本では該当の訳はあります。けれど、章題を載せません)

元来の(という言い方は成り立つかどうかは別として)27品に、即身成仏に対応する記述はあるのでしょうか。未来成仏の約束、すなわち記別ばかりであって、それに該当する記述がないように思われますが、これは私の誤解でしょうか。

20顕正居士:2002/09/13(金) 21:36
提婆達多品

は羅什三蔵の翻訳ではなく、智者大師の滅後に輸入、翻訳された単行の経典を
合本したのです。しかし、龍女成仏の部分は、梵本や正法華経にはあります。
梵本や正法華経では、「見宝塔品」の中にあるとおもいます。妙法蓮華経には
龍女成仏の部分もなかったから、羅什三蔵伝のテキストは梵本や正法華よりも
古く、妙法蓮華経はキジ語訳からの重訳だろうといわれております。

21犀角独歩:2002/09/13(金) 23:28

> 20 顕正居士さん:

解説、有り難うございました。
提婆達多品は、色々な意味で興味深い記述であると思います。

22いちりん:2002/09/14(土) 09:59
この龍女が、神話の世界の記述であれ、どうしてかんたんに成仏できたというのか、はなはだ疑問なのですが、経典を読むと、フツーじゃありませんですよ。

---------------------------------------
娑竭羅龍王の女年始めて八歳なり。智慧利根にして、善く衆生の諸根の行業を知り、陀羅尼を得、諸仏の所説甚深の秘蔵悉く能く受持し、深く禅定に入って諸法を了達し、刹那の頃に於て菩提心を発して不退転を得たり。辯才無碍にして、衆生を慈念すること猶お赤子の如し。功徳具足して、心に念い口に演ぶること微妙広大なり。慈悲仁譲・志意和雅にして能く菩提に至れり
---------------------------------------
智慧利根……とても頭がいい

善く衆生の諸根の行業を知り……生きとし生けるもののありさま、因縁などをよく理解している
陀羅尼を得……諸仏の真実の言葉を知っている
諸仏の所説甚深の秘蔵悉く能く受持……諸仏の説くところのエッセンスをしっかり理解している
深く禅定に入って諸法を了達し……深い禅定に入って、もろもろの真理を理解している
刹那の頃に於て菩提心を発して不退転を得たり……瞬時に菩提心を起こして、不退転の位を得ている
辯才無碍……説法がすばらしい
衆生を慈念すること猶お赤子の如し……生きとし生けるものを、わが子のように愛している
功徳具足して、心に念い口に演ぶること微妙広大なり……功徳がいっぱいで、説法してもすばらしい
慈悲仁譲・志意和雅にして能く菩提に至れり……慈悲があって志も素直ですばらしい

……というような八歳の女の子なのであります。
これは、もうもともと、仏に等しい菩薩のレベルですね。
そんなのが、瞬時に、成仏の相を示すのは、あたりまえといえばあたりまえですね。

だから、フツーの女性が成仏した話じゃないのですね。そんなのは、『法華経』には説かれていないわけです。いわば、菩薩が成仏した話ばかりです。二乗といえども、じつは菩薩であると明かされているわけですし。

だいたい『法華経』は「教菩薩法」というわけですね。
「菩薩を教える」ともいえますし「菩薩に教える」という経典であると、読めるわけです。

もっとも、大前提に「華厳経」の「初発心時便成正覚」という考えがあったと思いますが。

23犀角独歩:2002/09/14(土) 10:50

この提婆達多品というのは、実に不思議な品ですね。
この不思議さは梵本直訳で読みといっそう際だちます。

私がびっくりしたのは、過去の因縁を語るのにかつて提婆達多が師であり、そこで釈尊が修行をしたとする段で、漢訳の修行は「奴隷となる」と梵本直訳ではなっています。弟子(修行)と奴隷、このまったく違ってとらえられる立場が直訳では読み取れるわけです。

もう一点、竜女が自分を示す語は漢訳では「我」ですが、直訳ではなんと「妾」の字が充てられています。振り仮名は「わらわ」ですが、この「妾」という表現を見たとき、私はぎょっとしました。

ここで登場する提婆達多と竜女は何を意味するのか、ここを考えてみると面白いですね。提婆達多は釈尊の教団でもっと最初に分裂した一派であると言われています。もっと早い異端ですね。方や竜女と聞くと私は直ちに身延の七面山大明神を思い出すのです。「歴史が逆だ」ということは百も承知なのですが、七面山大明神は蛇の女の神様ですね。蛇というのは、つまりは竜です。竜女というのは実は竜の女神を祀る種族の王女のことであったのではないのかと思えるわけです。

さらに想像を逞しくすれば、(顕正居士さんのご指摘のとおり)提婆品は宝塔品の部分であるか、あるいはあとから挿入されたもので、文中には多宝如来に係る記述も見られます。実はこの四つ、釈尊の教団、提婆達多の教団、竜女神の教団、そして、あるいは多宝塔信仰教団の信仰が、法華経創作当時あって、それらを集合し、一つのものとして考える教団があり、それが法華経の、あるいは提婆品のモデルになっていったのではないのかと思えるわけです。

提婆達多は釈尊教団からすれば、悪人でしょうが、その教団にとって尊敬対象であったでしょう。竜は古今東西、ご神体として教団を形成する力はあります。女性の成仏、すなわ利益を説くことは、どの教団にとっても重要な意味を持つ次期に入っていたのでしょう。これらの宗教的な説明原理は先行し、ついで、異教団の集合を意図する底意が、この提婆品にはあったのではないのかと私は想像しています。

24いちりん:2002/09/14(土) 12:04

お釈迦さんの過去世において、阿私仙人(じつはのちの提婆達多)のもとで、修行しますよね。
お釈迦さまのお師匠さんが、提婆達多というわけです。

ちなみに、こういう歌があります。

法華経をわが得しことは 薪こり菜つみ水くみ つかへてぞかし

これは、行基さんの歌と言われていまして、「拾遺集」に収録されています。

たしかこの歌をまねして、日蓮正宗では日目さんが、水をくんだり薪をひろつて修行したというような歌になっていませんでしたか。

25犀角独歩:2002/09/14(土) 12:30

> 244


ええ。天台本覚思想のスレッド38で、過去に取り上げています。

目師の身延修行時代の様を謳ったといわれる
法華経を我が得しことは薪こり 菜つみ水くみ つかへてぞえし(大聖人正伝321頁)

とあり、私はこれを目師に係る石山の古歌と信じてきたのです。
ところが、テレビで比叡山の特集をやったとき、僧侶が古歌を口ずさみながら、行道しているシーンがあり、びっくりしました。その後、これが行基に係るものであることを知ることになりました。なんも呆れ果てた話であったわけです。

26犀角独歩:2002/09/14(土) 12:34

> 244 は >24 でした。

失礼しました。

27五月雨:2002/09/14(土) 22:25
>私はこれを目師に係る石山の古歌と信じてきたのです。ところが、テレビで比叡山の特集をやったとき、僧侶が古歌を口ずさみながら、行道しているシーンがあり、びっくりしました。その後、これが行基に係るものであることを知ることになりました。なんも呆れ果てた話であったわけです。

私の所属寺院の法華講結成式では、この歌こそ日蓮正宗に伝わる法華経を信心する心構えであると指導教師が言って、猊下にこの歌を色紙に揮毫してもらい印刷して記念品として全員に配りました。もちろんこの歌は日目上人のことを詠んだ歌だと言ってました。これも大嘘、これもパクリだったのですね。石山の体質には少し慣れてきたと思っていましたが、慣れるのはまだまだ先の話かも知れません・・・

28アネモネ:2002/09/15(日) 00:18
全くおなじ歌なんですね。えー、そんなことってあり?!
なんだかこうなってくると、石山の謗法厳戒って、パクリがバレないための防波堤みたい。
バレるのを恐れて、脅しにかかる。世間でもよくあることです。

29おこさま:2002/09/22(日) 00:43
はじめまして。

法華経は漢訳されたものが日本に伝わり、それが現在我々が法華経と認識しているものですよね。
漢訳された法華経の読み方(発音)は漢語(?)なので、日本において我々がしている読み方とは違うのですよね?

漢語発音(?)で読経したら、日蓮正宗的にはやっぱり正しくないのでしょうか?
台湾などの信者の方はどのようにしているのでしょうか?
漢訳された法華経を日本語読みするのが正しいってことですか?

ぶしつけな質問ですみません。どなたか教えて下さい。

以前、知人に勧誘された時に聞いたら、日蓮正宗の読み方が唯一正しいと言っていたので
あまりにもうさんくさくて、塩をまいて追っ払ったことがあるんですよ。

30問答迷人:2002/09/22(日) 07:23

おこさま さん 

初めまして。

この点は、以前、この掲示板で犀角独歩さんが指摘されていたと思いますが、現在の日蓮正宗のお経の読み方は、平楽寺版の法華経の読みをそのまま、頂戴しているわけです。ですから、この段階ですでに「日蓮正宗の読み方が唯一正しい」などと言う資格は日蓮正宗にはないわけです。独自の法華経を持たず、平楽寺版の読みをそのまま踏襲しているわけですから。

>漢訳された法華経を日本語読みするのが正しいってことですか?

正しい、という事ではなくて、そのように昔からやってきたし、今もそうしている、という事に過ぎないと思います。根拠は、昔、日本が中国から仏教を輸入したときに、そのように教わったと言うこと以外に大した根拠はないでしょうね。

31いちりん:2002/09/22(日) 11:03
おこさまさん

お経というのは、そもそもお釈迦さまの説いた教えを文字にあらわしたものですね。
そういう建前です。

もっとも、お釈迦さまが説いた教えでなくても、インドで勝手に創作されたものがほとんどなのでありのすが。なにしろお釈迦さまの亡くなって五百年も千年もたってから作られたものが、かなりあります。

そして、中国において、古代のインドの言葉であるサンスクリット語から中国語に翻訳されたものが、日本にやってきているわけです。

この翻訳の段階で、翻訳者のレベルによって、かなり訳し方に違いがあります。

「サッダルマ・プンダリーカ・スートラ」というのは、「白い蓮のような正しい教え」という意味なんですけど、それをクマラジーヴァという人は、「妙法蓮華経」と訳しました。
別に、「正法蓮華経」と訳した方もいます。それで、クマラジーヴァの訳が名訳ということで、ずっと「妙法蓮華経」できているわけですね。

岩波文庫に、サンスクリット語からの直訳が出版されていますが、クマラジーヴァの「妙法蓮華経」とは、いろいろ異なる箇所があります。クマさんは、かなり「意訳」しているからですね。

その他、もともとなかったのに、あとから章をくっつけたり、あるいは削除されたりなんてのもあったようです。

「発音」そのものは、話すと長いですが、たとえば、

菩薩(ぼさつ)と日本では読みますが、中国では、「ほうさー」というような読み方をします。
これは、音訳されたものです。

ところが、もともと原典であるインドのサンスクリット語では、ボーディサットヴァと発音します。
ボーディー(悟り)サットヴァ(衆生)で、悟りを求める人たち、いうような意味ですね。

サンスクリット語のわかるインド人に、「ぼさつ」とか「ほうさー」といっても、「はあ?」とちっともわかりません。ボーディサットヴァといえば、通じます。

「サッダルマ・プンダリーカ・スートラ」といいましても、通じます。
「妙法蓮華経」とか「正法蓮華経」といいましても、あたりまえですけど、意訳されているのだから通じませんですね。

「ゲヨイテとは おれのことかと ゲーテ云い」という川柳がありますが、かつて日本では、ゲーテのことをゲヨイテと表記していました。それで、ゲーテ本人が、はあ?というわけです。そういうようなことが、たくさんありますね。

でまあ、日蓮主義の立場から云うと、なにしろ『法華経』のエッセンスは「南無妙法蓮華経」というお題目に集約されている。いや、お釈迦さまのすべての、いやあらゆる仏さんの教えが、そのお題目に濃縮されているのだ。だから、それだけでいいのだ。正しいのだ、ということになるんでしょうね。

まあ、信仰とは、そういうものですね。それが正しいと決めた、と。確信というか、強烈な思いこみというか。

32いちりん:2002/09/22(日) 11:09

こんな話があります。

あるおばあさんが、「おおむぎ・こむぎ・いっしょう・ごんごう!」(大麦小麦一升五合)と唱えて、病気治しをしていました。

あるとき、旅の僧侶が、おばあさんにこう言った。
「おばあさん、その真言は、ちがいますよ。ほんとは、¨おうむ・しょじゅう・にしょう・ごしん¨と言うんですよ」。

これは、実は、「金剛般若経」の有名な一節「応無所住而生其心」という言葉なんですね。
「まさに無所住にして、しかも其の心を生ず」と読み下します。

これを聞いたおばあさんは、そうか
、それが「本当の呪文」だったのか。私の唱えていたのは、間違いだったのかといって、そこで自信が揺らいでしまった。
そしたら、そのならった言葉をいくら唱えても、もう病気なおしは出来なくなってしまったのです。

33いちりん:2002/09/22(日) 12:49

わたしのいいたいことは、祈りとか、心のはたらきであって、強く深く念ずるほどに力は発揮されるということですね。(祈って力が発揮されたり、功徳のようなものがあることが、幸せかどうかは別問題ですけどもね)

祈りの言葉、真言のことばに力があるわけじゃない。お経に力があるわけじゃない。
その言葉、お題目、真言、お経そのものに力があるとして、強烈に信じ込むその心の働きに、力があるんだろうなということです。わたしは、そう思います。

そして、それは、たくさんの人が信じ込むことによって、さらに力が増していく。ひとつの集団的無意識の力とでもいいましょうか。

で、「般若心経」とか「法華経」とかいうお経は、それがすごいと信じ込む人が多いから、そこにある種の心霊的なエネルギーが付着しているんですね。あるいは、集合的な無意識と通じやすい。でもって、他のお経よりは、力があると感じられる、かもしれません。

あるいは、南無妙法蓮華経というお題目、南無阿弥陀仏という念仏の称名、のうまくさーまんだー・ばーざらだん・せんだー・まーかろしゃーだ・そわたや・うんたらた・かんまんという不動真言とか、そういう呪文のような真言も、力があるとされるのは、圧倒的に長い年月にわたってすごい信じられた来たからですね。

インドでは、オーム・ナマ・シヴァーヤとか、ハリ・オームとか、スリーニン・ジーラン・ジージェーランとか、アラブでは、アッラー・アクバルとか、ユダヤでは、シャロームとか、まあ地域によってそれぞれのマントラがちがいますが、まあ何でもいいんだと思いますね。

34いちりん:2002/09/22(日) 12:52
スリーニン・ジーラン・ジージェーランというのは、いそいで書いて入力ミスです。

スリーラーム・ジェーラーム・ジェージェーラーム(偉大なる神をたたえます)でした。

35おこさま:2002/09/22(日) 15:14
問答迷人さん、いちりんさんレスありがとうございます。

何となく分かったような、、、
近代の日本では呪文的にとらえているので発音のしかた云々と言うことなのですね。
中国語やサンスクリット語周辺の言語を使用または理解する人にも、
「日本語発音じゃないと読経しても意味が無い(正しい教えでは無い)」と言われたものですから、、、

オリジナルの経典がどんなものであれ、日本においては呪文だから、
オリジナルが否定されたとしても、漢語経典は何らかの呪術的効力があるのですね。

36いちりん:2002/09/22(日) 17:07
教えというものは、ほんとうなら、意味が大切ですよね。

ところが、仏教が輸入された当時は、偉大なる超大国の中国の文物は、みんなすばらしいという考えでした。日本固有の文字もなくて、中国の文字を借りていたわけですよね。

ですから、「経典というのは、なにかわからないが、とても有り難いものである。そしてそれは、訓読したらありがたみがなくなる。霊的な力が出てこないのだ」と考えたのだと思います。まあ、呪術的な効果を期待したのでしょうね。

かといって、中国語の発音は、とても難しいわけです。ひとつの発音で、四つの発声がありますよね。それは、表記できない。で、そういうのは無視して、日本流の中国語の発音の仕方で、お経をよんできました。

意味などどうでもよい、むしろ意味が分からないから、ありがたいみたいな意識があったと思いますね。

つい最近まで、学者などが、ハイデッガーのダーザインがどうで、アウフヘーベンして、ツァイトがどうだ、とか。サルトルのアンガージュマンが、どうたら。訳のわからん言葉を使って、ありがたがるというか権威ぶるような風潮があったと思います。

西洋でも、キリスト教の典礼などは、みんなラテン語だったんですよね。それが、ありがたかったようです。でも、自分の国の言葉で、儀式を行うようになっていった。

でも、日本は、あいかわらず日本語読みの漢語でお経を読みますよね。
あれは、へんてこりんだなあと思いますね。

まあ読むほうにすると、訓読にすると、全然流れが悪くなって、読んでいて気持ちよくないのですね。このあたり、お経を読みやすいリズミカルな日本語に翻訳してこなかったためだと思います。

まれに、白隠の「坐禅和讃」などのように、美しくて迫力のある日本語のお経っぽいものがありますね。真宗なども、親鸞の和讃を読みますが、メロディーがあって美しいなあと思います。

37一字三礼:2005/12/06(火) 21:50:21

12月5日、私はまだ2回目なのですが、松山先生の法華経講義に参加しました。

法華経講義の内容を自らのメモを基にしてご報告します(少しずつですが)。

・まず法華経を成立させた製作者達の製作意図はどこにあったかについて。

理由1:方便品から始まる法華経前半部の主張から「部派、上座部等では仏道修行の目的は阿羅漢になることであったが、それでは意味が    ないのではないか。全ての仏道修行者は仏を目指さなければならない。」と主張したかったのではないかと思われる。

理由2:釈尊の復権もしくは回帰。

法華経の成立以前にあった大乗経典に「八千誦般若経(小品般若経)」がある。分量的には法華経とほぼ同程度の「八千誦般若経」の内容は大乗的「空」義を基礎理論として「般若波羅密」を主張する。しかし、「空」というあらゆる実体を否定し、理性的判断・分別をに依ってはとうてい把握できないとされる概念は、やはり誰にとっても理解できなかったのではないか。また、「般若波羅密」という大乗の新語も非常にわかりずらいものであった。
言ってみれば、「法(ダルマ)」の概念のみ先行した、釈尊不在の経典であった。

個別の仏の名称だと考えられている「アミターユス」「アミターバ」「バイローチャナ」等は元来、釈尊の特徴を現す表現であった。

38犀角独歩:2005/12/07(水) 01:35:55

一字三礼さん

このスレがありましたね。
永らく忘れていました。

昨日はご苦労様でした。長い講義でしたね。
けれど、勉強になりました。

細かい点は、追ってブログにでも記そうと思いますが、Saddharma-pundarika を訳するのに、松山師は「〜の如き〜」という点が違うと指摘したわけですね。では、どのように和訳成句すべきかという点に話は進みませんでしたが、この点は次回の楽しみにということになりました。

法華経は、それまでの時代にたくさん、生まれた仏、菩薩のために、釈迦仏から離れた衆生の心をもう一度、釈迦に戻そうとした構成だという説明は、一仏統一といったテーゼは案外合っていたのだろうかと講義を聴きながら考えていました。

ぜんぜん、余談なのですが、過日、横浜そごうで開催されている大アンコールワット展を観てきました。なかなか面白いものでした。

昨日の講義で Prusavyagra という合成語が、この男・虎の‘ごとし’となるという岩本師の説明を批判的に取り上げていましたが、カンボジア仏教では Narasimha が尊像としてあるのです。この訳語は「人獅子」となっています。この合成語も岩本式で和訳すると、「この人・獅子のごとし」となりそうですが、実際は獅子面で体は人間という「ごとし」どころかそのものズバリでした。

あと、昨日も話題に上った般若波羅密ですが、Prajnaparamita という女性擬人化された尊像になっているのです。これはたぶん、菩薩(Lokesvara)のようでした。

また、話題になっていた眉間白毫ですが、ここの仏像にはこれがないのです。面白いものだと思いました。

本日はビデオで『アレキサンダー』を観たのです。(SFXは劣るのですが、『トロイ』のほうがわたしは面白かった…、これは余談)で観ながら、ヒンドゥクシュ山脈を越えてインド遠征。紀元前300年代のこと、ああ、そうだったと思いました。
ビジュアルというのは、字で読んだ学問にリアリティを与えてくれるものだとつくづく思った次第です。

横道に逸れました。失礼しました。

39一字三礼:2005/12/07(水) 23:39:33

犀角独歩さん

> Saddharma-pundarika を訳するのに、松山師は「〜の如き〜」という点が違うと指摘したわけですね。では、どのように和訳成句すべきかという点に話は進みませんでしたが、この点は次回の楽しみにということになりました。

私も、では松山先生はSaddharma-pundarikaとはどのような和訳をあてるべきとお考えなのかを知りたかったです。ただ、私の記憶がはっきりとしないのですが、Saddharmaとpundarikaの関係は「即」に近いようなことを仰っていたような、いないような。

> また、話題になっていた眉間白毫ですが、ここの仏像にはこれがないのです。面白いものだと思いました。

ご指摘の点は、私も以前から疑問だったのです。

インドを含めて東南アジアの仏像には、一般的な仏・菩薩像の約束事が通じないものが多々あります。

別に五仏を並べているわけではないのに、仏像で偏袒右肩だったり、菩薩像で通肩だったり。四阿含・五部ニカーヤにも三十二相・八十種好は描かれています。仏像の表現はそれら経典をその根拠とするので、国によって大きな違いが出ることはないように思えるのですが。国によって、表現の自由度が違うのかとも考えています。

> ヒンドゥクシュ山脈を越えてインド遠征。紀元前300年代のこと、ああ、そうだったと思いました。

大乗仏教発生の大きな要因のひとつかもしれませんね。

ヒンドゥクシュ山脈越えで思い出されるのが、アーリアの南下ですね。紀元前1500年から約5百年かけてインダス川からガンジス川流域まで争いながら移動したと言います。
またアーリアはインドの地へ侵入しただけではなく、ペルシャやヨーロッパへも同時期に流れていっているようです。北欧神話エッダのヴァニル神群とエーシル神群の戦いの様相にその痕跡をみます。
しかし、なぜ紀元前1500年にアーリアは世界中に散っていったんでしょうか。この点に興味がわきます。

私は「イーリアス」が大好きなので、『トロイ』は楽しめました。
ただ、大アイアースがヘクトルにあっさり倒されたのには’オイオイッ’って突っ込みを入れたくなりましたが(マニアですいません)。

本題に戻りまして、れんさん、次回の講義までに世親の「法華論」を読んでおいたほうが良いようですよ。

40れん:2005/12/08(木) 08:26:16
一字三礼さん
こちらでの一字三礼さんと犀角独歩さんとのやりとりで、今月のご講義の内容を大体知ることが出来ました。有難うございます。
さすが、領域の広い講義ですね。自分にとって未知の事を知ることが出来、大いに参考になります。
世親の法華論ですね。貧乏暇無しで、忙しくてなかなか図書館に調べに行かれませんが、今月中に読ませて戴いた上で、来月のご講義に参加させて戴きます。

41犀角独歩:2005/12/08(木) 11:39:24

一字三礼さん

Saddharma と pundarika の関係は「即」に近いようなことを仰っていた

そうですね。内容的には、そのようなニュアンスと、わたしも感じたのですが、この「即」はけっこう厄介ですね。真跡遺文では「生死即涅槃」の使用はありますが、煩悩即菩提がない、このことに気付いたときは、けっこう吃驚したものでした。

松山師のご説明で、たとえば Shakavyaghraというとき、これはシャカ族のトラということだが、シャカ族にもたたくサントラがいる、トラにもたくさんのトラがいる、けれど釈迦像のトラといえば、お釈迦様を特定している。このような用法が Shddharmapunadarika にもある。Saddharma はたくさんあるだろうし、pundarika もたくさんある、けれど、Saddharmapundarika はこの経典を置いてはない。2つの語が合成されるとき、ただ一つのものを指す場合がある、この合成語はまさにそうだというようなことを仰っていたと思います。

> インドを含めて東南アジアの仏像…一般的な仏・菩薩像の約束事が通じないものが多々あります。

やはり、そうなんですね。
わたしが大アンコールワット展で「へえ!」と思ったのは正装した釈迦像というものでした。袈裟ではなくて、正装しているのです。おまけに眉間白毫相がないわけです。
こうなるともはや釈迦仏像には見えないのです。でも、解説を見ると釈迦像だと。

> 大乗仏教発生の大きな要因

どうなのでしょうか。
大乗仏教と言われるもの、殊に般若経からはじまる経典創作と仏像の創作は、カニュシカ王のヒンドゥクシュ山脈を越えたインド遠征の原因に求めるというものでした。

> なぜ紀元前1500年にアーリアは世界中に散っていったんでしょうか。この点に興味がわきます。

たしかに仰るとおり、本当に興味が惹かれます。

思い出したのですが、法華経の題名は白蓮 (pudarika) であるのに、涌出品で地涌菩薩を見た弥勒が、その菩薩を蓮華に例えて讃えるとき紅蓮 (padma) になっている。多分、法華経の作者は外来の菩薩、弥勒をこのようにわざとずっこけたというか、的外れなキャラクターとして描いたのではないのかという松山師の分析は面白いと思いました。


れんさん

先の講義は、わたしへのお心遣いでご参加を遠慮されたとのこと、申し訳なく思っています。埋め合わせには不足ですが、一字三礼さんとのやり取りで少しでも、講義内容を記述し、お伝えしようと思っています。

松山師は、「この前の方々、今日も来るのかな」と気になさっていました。
そんな話をしながら、道行き、会場に到着すると先に一字三礼さんがいらしたという一幕もありました。この次はお会いできることを楽しみにしております。

42犀角独歩:2005/12/08(木) 20:00:13

【41の訂正】

誤)シャカ族にもたたくサントラがいる、トラにもたくさんのトラがいる
正)シャカ族にもたたくさん釈迦族の人がいる、トラにもたくさんのトラがいる

43一字三礼:2005/12/12(月) 21:41:18

遅いレスになって申し訳ありません。

犀角独歩さん

> この「即」はけっこう厄介ですね。

本覚的な表現には抵抗の無いのが富士門流信徒でしたね。ご指摘のとおりです、「即」という言葉を迂闊に使ってしまいました。

独歩さんの「シャカ族のトラ」の説明の方がずっと正確に先生の講義のニュアンスを捉えておいでです。

少し自信のない補足です。私のメモ書きには、「このような2つの語の合成はほとんど全てが動物との関係で表現されるので、Shddharma‐pundarikaのように植物での表現は他に例が無い、これは特別で、神聖なものを意図したものだ」と仰っていた。ような、いないような。

> 法華経の題名は白蓮 (pudarika) であるのに、涌出品で地涌菩薩を見た弥勒が、その菩薩を蓮華に例えて讃えるとき紅蓮 (padma) になっている。多分、法華経の作者は外来の菩薩、弥勒をこのようにわざとずっこけたというか、的外れなキャラクターとして描いたのではないのかという松山師の分析は面白いと思いました。

ここも非常に興味をそそられるところです。

紅蓮華(padma)の弥勒菩薩は、白蓮華(pundarika)に属する地涌菩薩を見誤るのですね。言ってしまえば、紅蓮華の常識では白蓮華を理解できない、ここから動執生疑に繋がっていくのではないか、と想像しております。

それから松山師は、中国・日本の法華経釈に、欠けている要素を3点ほど指摘されました。

1 経典内の白蓮華(pundarika)と紅蓮華(padma)とを区別していない。

2 経典内に重要な実体としてのShddharma‐pundarikaが存在することを無視している。

3 紅蓮華(padma)の多義性の軽視

次回の講義では、私は3の紅蓮華の多義性についての解説を期待しております。

個人的に松山先生にご質問したい事項がたくさんあります。松山勉強会の件はその後いかがなりましたでしょうか。

44犀角独歩:2005/12/12(月) 22:20:52

一字三礼さん

こうやって、聞いた話を2人で出し合うと、補完できて善いですね。
わたしも、もう少し記そうと思っています。

45ラスカル:2005/12/12(月) 23:08:43
失礼します。方々ならば知っている事でしょうが、赤はインドの神々の力が宿る巫子などがつける粉の色ではないでしょうか。赤なら印象的に映えますから。白は無地ということ。此れ以上は私の憶測では書けません。っていうか、考えられません。

46犀角独歩:2005/12/13(火) 00:19:03

一字三礼さん

次回の勉強会の話を書き落としました。
現段階で、予定がわかっておりません。
わかり次第ご連絡いたします。


ラスカルさん

このpundarika(白)とpadma(紅)は、いまから2000年以上前、その起源を探ると、はたして、どこまで遡れるのかという話です。

妙法華では両方とも蓮華と訳されてしまっているのです。

経題は「妙法蓮華」、地涌を讃える言葉は「如蓮華在水」、ところが、この2つが別の種であったという話です。

47ラスカル:2005/12/13(火) 04:05:23
卵が先か、鶏が先か、みたいな事でしょうか。私は突然変異の卵は極稀と思うので鶏の進化が先だだと思いますが、先の書き込みを読むと「〜のような」と「〜は」という事は考えられるでしょうか。紅蓮華のような菩薩、紅蓮華は菩薩、白蓮華のような法、白蓮華は法、紅蓮華のような生き方、白蓮華のような生き方。天空から降ってくるのは紅と白だけでしたか。紅と白だけとは限らないのでしょうか。

48犀角独歩:2005/12/13(火) 08:40:28

ラスカルさんが、卵と鶏の例を引く理由は、わたしにはちょっとわかりません。

白蓮華と紅蓮というのは、一面的には白と紅という色の差と映じますが、実際は、そのようなことではありません。  。

法を蓮華に充てる理由は依然として、法華仏教最大の謎の一つですが、その起源は睡蓮に求められ、また、天台は、蓮華に喩える理由を挙げていますが、これが実際に合っているかどうかは疑問があります。むしろ、松山師がいうよう、白蓮華は太陽と心臓のシンボルであるという事情と関連するかも知れません。

紅蓮では、その色からしても太陽のシンボルとは成り得ず、また、心臓は、漢訳で言う八葉蓮華に代表されるとおり、白蓮華で喩えられてきました。

「慧日大聖尊」という尊称が、方便品にでてきます。
これは Naraditya:人・太陽ということで、太陽と人を讃える合成語です。
pundarikaとdityaは同様の賞賛の意味を持っているのだろう考えられます。
また、睡蓮>白蓮華>太陽はビシュヌ神話とも関連し、一方、紅蓮は大地母神と関連するというのが松山師の説くところです。

いずれにしても、白蓮華が尊重される理由は、法華経創作地方において、睡蓮と蓮華が取り違えられた結果であり、たぶん、睡蓮に白蓮華が、見た目として似通っていたことにその原因があるのではないかと思われます。

49ラスカル:2005/12/13(火) 12:32:31
ありがとうございます。睡蓮は、エジプトの太陽神とも馴染み深い花で太陽が昇ると花を開き沈むと花を閉じる事から、太陽は睡蓮から生じると説明されたサイトがありました。インドではヴィシュヌのへそから睡蓮・蓮華が咲いてブラフマーが生じるともありました。それから、あるサイトで大乗教団が法華経をまとめる時、下層民を題材にしたから、という意見がありましたが、蓮がシンボル化されたならありえる事だと思います。色の違いもシンボル化で理屈立てられると思います。白は朝日の色で生まれ変わる理念、紅は夕日の色で菩薩など熟して成道に近づく者、身分社会のインドでは其の儘神々に仕えていた人々で仏教に縁あって化導されたかもしれません。陀羅尼という呪言を使える者ならですが。陀羅尼が薬王菩薩から法華経に説かれていると読んだからで。其れは日蓮の漫陀羅にも表されているというのは気の回し過ぎでしょうか。

50彰往考来(しょうおうこうらい):2005/12/13(火) 12:39:59

ラスカルさん
>47私は突然変異の卵は極稀と思うので鶏の進化が先だだと思います

どうしてでしょうか?鶏はどこまでいっても同じ鶏です。突然変異は後天的なものではないからです。卵の中に新しい個体、すなわち突然変異が生じ、それが生まれる。そして、この世で生き延びる力のある強い個体のみが淘汰されずに生き残るわけです。よって、突然変異の卵は有り得ても、突然変異の鶏は有り得ません。

51彰往考来(しょうおうこうらい):2005/12/13(火) 12:51:43

ラスカルさん
>49陀羅尼が薬王菩薩から法華経に説かれていると読んだからで。其れは日蓮の漫陀羅にも表されている

どういうことでしょうか?私にはよく解りませんが。蓮祖の漫荼羅のどこに何が表されているのか具体的にご教示ください。

52ラスカル:2005/12/13(火) 13:00:03
彰往考来さん、科学的な事が解らなかったので、長い目でみた自然適応での変化を思っていました。すみません。

53ラスカル:2005/12/13(火) 13:49:52
薬王菩薩などの登場人物が、法華経陀羅尼品第二十六に法華経を受持する者を擁護するとして陀羅尼を説く場面があります。その事から、漫陀羅にも明王の種子が書かれているのではないかと思います。それから、愛染明王は金剛峯楼閣一切喩伽喩祗経の所説に基づいて出てきたものだそうです。大日如来から金剛薩多そして愛染明王の流れがあるので日輪に坐した表現で、金剛薩多は全ての世界で此の明王をこえる者は無く金剛王の中で最高にして全ての仏の母と定めたらしいです。台密で調べられるかはわかりませんがこれを知らなくては書かなかったかもしれないと思いました。不動明王は宝剣と羂索を持つ五大明王の筆頭で折伏の志を表現していると思います。それと、曼陀羅にさんずいをつけて漫陀羅と書いたのは加持祈祷の炎に対して区別するためではないかと思います。憶測ですみません。

54彰往考来(しょうおうこうらい):2005/12/13(火) 17:19:19

>53 ラスカルさん
>薬王菩薩など・・・陀羅尼を説く・・・その事から、漫陀羅にも明王の種子が書かれている
この三段論法は理論の飛躍がありますね。そのため私には理解できません。薬王が陀羅尼を説いたらなぜ漫荼羅に明王の種子が書かれるのでしょうか?

>愛染明王は金剛峯楼閣一切喩伽喩祗経の所説に基づいて出てきたものだそうです
この掲示板の参加者は挙証主義で投稿されています。少なくとも私はそうしています。でないと議論がかみ合わないからです。よって、このような主張をされるのであれば、どの文献のどの箇所に書かれているのか明示していただきたく存じます。

>金剛薩多は・・・金剛王の中で最高にして全ての仏の母と定めたらしい
これも同じです。どなたの説なのでしょうか?憶測、推測の類であれば議論する以前ではありませんか? “らしい”ということはその程度の話ということです。

>不動明王は宝剣と羂索を持つ・・・折伏の志を表現
不動明王の剣は折伏の志ではなく破邪顕正を示します。
http://jyofukuji.net/fudomyoou.html

>曼陀羅にさんずいをつけて漫陀羅と書いたのは加持祈祷の炎に対して区別するため
まあ、何を考えても自由ですけど、“漫”の字は“氵”に“曼”と書きます。“氵”は水を表します。“曼”は“蔓”のことで「同時につながりひろがる」という意です。このことから“漫”の字は、「水がはてしなく広がる」という意味です。漫陀羅は、はてしなく広がった世界を表しているわけで、加持祈祷の炎に対して区別するためのような意味ではないでしょう。
<参考資料>
阿部吉雄編『漢和辞典 新訂版』(昭和50年新訂版3刷、旺文社、627頁)

投稿する以上、あやふやな内容ではなく、出典を明確にされることを希望します。

55ラスカル:2005/12/13(火) 18:51:25
すみません。御説ご最もしか申し訳できません。つい頭に思い浮かんだもので質問がてら書いてもいいかなと思いまして。彰往考来さんみたいに書籍など持ち合わせがありませんので書き込めません。以後はスレッド立てや素朴な質問に書くようにします。

56パンナコッタ:2005/12/13(火) 19:27:57
ラスカルさん、
少し時系列がゴッチャになっていませんか。
愛染も不動も出てこない妙法蓮華経の訳出が、AD406年。
大日経や金剛頂経の成立は7世紀。

金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経というのは、以前自分が愛染の煩悩即菩提の依経についての
問いに答えたリンク先からの引用だと思うのですが、妙法蓮華経の世界からは、
かなり後世の説である事を踏まえておいてください。

57ラスカル:2005/12/13(火) 20:16:01
パンナコッタさん、ありがとうございます。でも、これらの記述は携帯のサイトを調べて書き込んだものです。(それから、胎蔵界と金剛界の曼陀羅をまとめたのは空海の師匠であるらしい事。)でも、パンナコッタさんの指摘の読み通り、年代は調べてません。彰往考来さん、憶測・推測の類でも自分の足しにならないと思ったら質問がてら書きません。今度から気をつけますので、書籍・蔵書などの質問などもある時にはお聞きしたいので宜しくお願いします。

58パンナコッタ:2005/12/13(火) 22:13:54
ラスカルさん、
大まかな時系列を押さえておく為に、
 仏教の流れ http://www.kosaiji.org/Buddhism/index.htm
 法華の流れ http://www.kosaiji.org/hokke/index.htm
プリントアウトしてファイルに綴じておくと何かと便利です。

 台密的解説 http://www.sakai.zaq.ne.jp/piicats/bukkyou.htm
 曼陀羅解説 http://mandala.twinstar.jp/
 天台の教え http://www.shosha.or.jp/syukyou/syukyou.htm
以上は研鑚の参考にしてください。

59犀角独歩:2005/12/14(水) 00:16:58

49 ラスカルさん、けっこう善いところまで来ましたね。

ただし、以下の点では、さらに一考を要するでしょう。

> 白は朝日の色で生まれ変わる理念、紅は夕日の色で菩薩など熟して成道に近づく者

ラスカルさんは、あまり朝早く起きないほうなんでしょうね(笑)
わたしは、夜明けに起きます。地平線から昇る旭日は、たしかに白いといえば、白いのですが、朝焼けの壮観は、仰るところと一致しません。朝は、空一面が緋色に染まる絶景もあるのですよ。

また、法華経では、たとえば、「赤蓮華香 青蓮華香 白蓮華香」(法師品)というように青い蓮華も出てきます。また、原本で Kamala という語を以て示されることもあると松山師はいいます。この意味は「黄疸」なんだそうです。転訛し、白蓮華が、散る直前になって古く黄ばんだ様だそうです。

ラスカルさんのポエティックな想像力は楽しいですが、事実の追及としては、根拠に乏しいと言えるでしょう。

> 陀羅尼…日蓮の漫陀羅

これは彰往考来さん、パンナコッタさんも疑義を呈していらっしゃいますが、わたしも結びつきません。
日蓮漫荼羅で図示されるのは不動・愛染の二大明王で、花押に大日を見るとしても、そこまでです。

一方、陀羅尼品の呪は主に守護のためのものです。
ここのどのような関連性があるというのか、ちょっと、わたしには想像がつきません。

60ラスカル:2005/12/14(水) 05:44:53
パンナコッタさん、ありがとうございます。

61ラスカル:2005/12/14(水) 06:35:41
犀角独歩さん、確かに朝焼けの空は見た事がありません。黄色い白ぐらいで。捏ねて転がしてもしょうが無いのですが切りのよい所まで。■太陽も月もだいたい白・黄・赤で表せると思います。(星は青もあります)太陽は白と橙、月は白と青という見方もあるかもしれませんが御容赦を。黄色は其の儘光の色と言え無くもないですが、黄金色と相対的にして茶色になり土に帰る色と私は見ます。青は湖沼や空をめぐるいわゆる水色から青を連想します。睡蓮から蓮華に変わっていくように。学術を連想と比べるのは気がひけなくもないですが、アイディアの発端、シンボルの簡素化は此のようなきっかけで充分だと思います。神話伝説に尾鰭がつけられたり全く違うものに置きかえられる場合もありますので。■漫陀羅の守護者として愛染・不動が書かれている見方もあってよいと思います。漫陀羅は時間と空間と本尊(首題)を図示している構成で考えられていると思うからで、鎌倉時代は念仏の他に天台密教も勢力を築いてましたから。法華経の弘教に明王が書かれていても不思議だとは思いません。呪術に悪用されるかもしれませんが其れこそ超能力のような力が無いと利用できないでしょう。何故、愛染と不動なのかはわかりませんが、理由があるとすれば信心の理想像を表現するのに適しているとしか言い様がありません。刀剣と弓矢が武士の時代の証だからというのも一つの理屈でしょう。

62犀角独歩:2005/12/14(水) 09:18:48

ラスカルさん

> 太陽も月もだいたい白・黄・赤で表せる

こんなことを書くと、また、彰往考来さんに突っ込まれますよ(笑)
太陽光はスペクトル分析では虹の7色で、その外に赤外線と紫外線があるのでしょう(これも、不完全な説明であれば、彰往考来さんのチェックが入るでしょう)

いずれにしても白蓮・紅蓮・青蓮で、その色と太陽の見かけの色で連想されているのは、白蓮だけでしょう。

> 漫陀羅の守護者として愛染・不動が書かれている見方

うーん。少しニュアンスが違います。不動・愛染は日蓮漫荼羅の必須要件です。不動・愛染が漫荼羅を守護しているのではなく、不動・愛染が勧請されることによって、漫荼羅を持している人を守護するというのが正確なところでしょう。漫荼羅というアイテムの一つの意義、すなわち、御護の一面です。

> 漫陀羅は時間と空間と本尊(首題)を図示している構成

どのような意味でこう記しているのかはわかりませんが、表している時間があるとすれば、法華経が説かれたインドの釈尊の在世、それも見宝塔品から神力品で、空間(場所)ということであれば、虚空会を含む霊鷲山ということでしょう。

> 天台密教も勢力を築いてましたから。法華経の弘教に明王が書かれていても不思議だとは思いません

いや、不思議ですよ。何故ならば、日蓮は天台宗の真言化を批判しているのであって、純天台への復帰を標榜していたからです。となれば、真言の明王が介在する余地はありません。しかし、実際は不動・愛染、さらには大日如来も漫荼羅に勧請した、つまり、日蓮の密教的な側面がここに見られるというパラドクスが日蓮信者を悩ませてきたわけです。
ですから、不動愛染感見記を偽書だと切り捨てようとする短絡も起こったのでしょう。

> 何故、愛染と不動なのかはわかりません

この点は、既に顕正居士さんの秀でた達観がありました。つまり、不動愛染を脇士と見ると日蓮漫荼羅は宝珠曼陀羅と同配列になっているということです。日蓮の場合、宝珠とは一念三千です。三学無縁さんは、この宝珠とは、すなわち、生身の虚空蔵菩薩から袖の袂に入れられた智慧の珠であると推測していました。

> 刀剣と弓矢が武士の時代の証

これはラスカルさんの空想を超えるものはないでしょう。
彰往考来さんも指摘されていましたが、空想では事実にこぎ着けません。
必要なのは確実な証拠です。
空想は楽しいことですが、これと考証をごちゃごちゃにしては、駄目です。

63ラスカル:2005/12/14(水) 12:50:47
いかにも(爆)議論できるようになるかわからないのですから、キツメに思えるのも当然です。其れに日蓮主義者に織田信長を新興宗教家に南光坊天海を推すのですから(謎過ぎ)挙げ句、江戸時代のアサガオの品種改良の本を聞けば訝しむのを通り越して投げナイフをなげられるかもしれません。また、違う事を書いてしまいました。■私の書き込みは老若男女問わず考えるきっかけになればいいと思っていますので過不足は御指摘御指導を宜しくお願いします。私の質問は教義の成句化の真偽の事になるので拗れないですむと思います。文の終わりが主に「思います」or「断じます」ぐらいしか無いのは致し方無いです。最大限気をつけます。■故事付けですが三国四師を包括する考えもあるかと思います。■鎌倉時代の僧・日蓮は現実と理想を考えこういう図式に書き表したのではないでしょうか。■戒壇堂などを考え合わせれば天台修学の道を目指すのは理屈に叶う事ですけれど、成仏の事を考えると霊山浄土もしくは法華経の行者の国を目指していたと思うので肝要を用いる天台・伝教とは違う道筋になるかもしれません。末法・無戒で随方毘尼ですから。日寛教学がでてきて空海の宗教進化論と対峙する事になるかはわかりませんが三つの法門が肝要として化導できれば、化儀問題も無くなるのではないかと断じます。大袈裟というか話の筋がずれてすみません。

64彰往考来(しょうおうこうらい):2005/12/15(木) 08:41:34

>61 太陽も月もだいたい白・黄・赤で表せる
>62 太陽光はスペクトル分析では虹の7色

出張で不在の隙に先に犀角独歩さんに越されましたね。(笑)
まあ、色がどうとかこうとか議論しても、このスレッドの参加者には無益でしょうから、興味のある方は下記HPでもご覧下さい。
http://www.laser.phys.tohoku.ac.jp/~yoshi/hikari22.html

http://www.colordream.net/howto.htm

なお、私は仕事の関係でカラー複写機やプリンターなどのも関与していますので、“色の道”にはウルサイですよ。世でいう“色香”とはあまり縁がありませんが。

65ラスカル:2005/12/15(木) 08:59:10
彰往考来さん、ありがとうございます。別に亀の功より年の功というわけではありません。彰往考来さんのような方に研究成果をリードしてもらえれば心強いです。高森大乗さんという方をご存じなら教えていただきたいのですけれども。

66彰往考来(しょうおうこうらい):2005/12/15(木) 12:02:20

>65ラスカルさん

貴殿がなぜ高森大乗師の情報を必要とされているのか不明ですが、個人情報保護法に抵触する恐れがありますので、公開されている範囲で。
師は日蓮宗 法住山 要傳寺というHPを開設されています。

http://www.asahi-net.or.jp/~ia8d-tkmr/main.html

その他、「蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について」のスレッド427を参照ください。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1084417030/?KEYWORD=%B9%E2%BF%B9%C2%E7%BE%E8

http://www.asahi-net.or.jp/~ia8d-tkmr/subcontents11.html

67彰往考来(しょうおうこうらい):2005/12/15(木) 12:21:17

>63 過不足は御指摘御指導

申し訳けないですが、63のスレは過不足以前の問題で議論にならないというのが私の実感ですので、当方からお答えすることはありません。

68ラスカル:2005/12/15(木) 13:35:30
彰往考来さん、ありがとうございます。

69犀角独歩:2006/03/18(土) 10:40:46

一字三礼さん
れんさん

昨日はご苦労様でした。
(ロムの方々には内輪話で恐縮ですが)最後の質疑応答の島田裕巳の質問とそれに日蓮法華で答える小松邦彰師、それを梵本と教典成立という日蓮教学埒外のところから語る松山俊太郎師の鼎談は面白かったですね。
(福神研究所主催・小松邦彰師『日蓮聖人遺文講義』での話です)

喫茶店での雑談で、お二人からは遠いところで、松山師に「男性原理としての白蓮(天)、女性原理としての紅蓮(地)の関係があるとうことですが、そうなると、授記、教学的に言うと下種というのは受粉的な意味合いを持つと言うことでしょうか」と、わたしは師に質問したのです。「そういうことになるかどうか」と、やや否定的でした(笑)

前々からわたしは考えているのですが、三千塵点、五百塵点というの字数通り、三千のほうを古く考えると、釈尊の菩薩行(三千塵点の大通知勝仏仏王子、不軽等の本生譚)から成道釈尊とストレートに時系列で整理されると思うわけです。

渋澤光紀師は「漫荼羅が本尊とは言い難い」という視点でお話をされ、松山師は漢訳教学として天台は梵本法華経理解ではさて置くとされ、島田師は「覚り」を強調するような例は、他の宗教ではあまり見られないと指摘されていました。

講義終了後の雑談にして、この濃密さ、時間がいくらあっても足りないと思いました。

松山師の法華経講義の完結は、単純計算で50年はかかるわけで(笑)次回は、打ち合わせ通り、積極的に質問を投げかけ、聞きたいところをどんどん頂戴しながら、次品以降に話題を置いて、少しでも前に進めると言うことで行きたいと思います。

70犀角独歩:2006/03/18(土) 13:07:06

【69の訂正】

誤)島田裕巳
正)島田裕巳師

71一字三礼:2006/03/18(土) 21:27:38

犀角独歩さん

昨日はお疲れ様でした。また、いつも引率ありがとうございます。

> 鼎談は面白かったですね。

まったく面白かったですね。
松山師・小松師・島田師は、それぞれに専門分野が違いますし、真面目にご研究をされている方々ですので、お三人での見解の一致をみるのは難しそうですが、同じテーブルについて意見を交わすこと自体にこれからの仏教学の可能性を感じます。

> 喫茶店での雑談で、お二人からは遠いところで、
心理学になるのでしょうか、神話学でしょうか、ディープなお話ですね。
でも私もれんさんともう一人の方から、ディープな話をたくさん伺っておりましたよ。

> 三千塵点、五百塵点

独歩さんは当然ご存知のことと思いますが、私自身が整理する意味で引用します。

「譬えば三千大千世界の所有の地種を、仮使人あって磨り以て墨と為し、東方千の国土を過ぎて乃ち一点を下さん、大さ微塵の如し。又千の国土を過ぎて復一点を下さん。是の如く展転して地種の墨を尽くさんが如き、汝等が意に於て云何。」(妙法蓮華経化城喩品第七)

「譬えば五百千万億那由他阿僧祇の三千大千世界を、仮使人あって抹して微塵と為して、東方五百千万億那由他阿僧祇の国を過ぎて乃ち一塵を下し、是の如く東に行いて是の微塵を尽くさんが如き、諸の善男子、意に於て云何、是の諸の世界は思惟し校計して其の数を知ることを得べしや不や。」(妙法蓮華経如来寿量品第十六)

1 三千塵点劫の「三千」とは、三千大千世界を磨って塵にした。

2 五百塵点劫の「五百」とは、五百千万億那由他阿僧祇の数の三千大千世界を磨って塵にした。

とすると数字上からは、五百塵点劫の方が三千塵点劫よりもはるかに昔であることを表現しようとしているようです。
でも、経典に記載される数字はいいかげんなものですから、本当と意味でどちらが古い昔かはわかりません。

つづく。

72一字三礼:2006/03/18(土) 21:28:14
> 69

> 釈尊の菩薩行(三千塵点の大通知勝仏仏王子、不軽等の本生譚)から成道釈尊とストレートに時系列で整理されると思うわけです。

この点は、今回の講義で私が小松師に質問した所とかぶります。

私は、小松先生に「寿量釈尊と法華経に登場する釈迦菩薩とは会通できるか。」について伺ったのですが、小松先生のご回答より、松山先生が、「元々、序品から法師品までの内容と寿量品の内容とでは、天地雲泥の差があるから、整合性をとろうとすること自体に無理がある」とのご意見に賛同しました。

法華経に出ている釈尊の本生譚には、以下のようなものもあります。

「諸の善男子、我阿難等と空王仏の所に於て、同時に阿耨多羅三藐三菩提の心を発しき。阿難は常に多聞を楽い、我は常に勤め精進す。是の故に我は已に阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得たり。」(授学無学人記品第九)

「爾の時に仏、諸の菩薩及び天・人・四衆に告げたまわく、吾過去無量劫の中に於て法華経を求めしに、懈倦あることなし。〜中略〜。仏諸の比丘に告げたまわく、爾の時の王とは則ち我身是れなり。時の仙人とは今の提婆達多是れなり。」(提婆達多品第十二)


釈迦菩薩が阿難尊者と一緒に菩提心を起こした時というのは、「五百塵点劫」よりも昔と考えるべきなのでしょうか。また、阿私仙に支持した時期も「五百塵点劫」よりも過去と考えることができるのでしょうか。
もしもそうであれば、阿難尊者は「五百塵点劫」の長きに亘って修行しているにもかかわらず成仏できていないことにもなりますし、提婆達多も「五百塵点劫」の昔から法華経を得ているのに、無間地獄に落ちたことになります。

やはり、序品から法師品の段階では、寿量仏の存在を想定していなかったのではないでしょうか。

73犀角独歩:2006/03/18(土) 22:06:47

三千塵点と五百塵点の岩本師梵本直訳箇所は

【三千塵点】ある人がこの大宇宙における大地のすべてを磨りつぶして、粉にしたとしよう。そこで、その人がこの世界から非常に微細な一粒をとり、東方にむかって幾千の世界を越えて行き、その微粒子を捨てるとしよう。さらに、また、この人が第二の微粒子をとって、再び幾千の世界を越えて行き、その微粒子を捨てるとしよう。このようにして、この人が東方に大地の微粒子をのこらず捨てるとしよう。そこで僧たちよ、おまえたちはどのように考えるのか。これらの多くの微粒子の最後のものがいくつめになるか、計算することができるだろうか…それらをのこらず微塵とした数を、過ぎ去った劫の数に喩える(岩波文庫(中)P11)

【五百塵点】たとえてみれば、すなわち、その数は五十・千万億という世界にある大地の微粒子の数に等しいのである。さて、ある人がこの世界に生まれてきて、この微粒子の一つを手にして、東方における五十・千万億劫のあいだ捨てつづけて、かの人がすべての世界を大地のないものにしよう。その場合、両家の息子たちよ、お前たちはどのように考えるか。これらの世界の大地の粒子の数を、誰が類推したり、計算したり、測ったり、、あるいは比較したりすることができようか(同(下)P15)

三千塵点のほうは基準は「大宇宙の大地」の粒子の数を劫とする、五百塵点は五十・千万億世界の微粒子の数です。とすると、三千塵点は、粒子一粒を一劫、五百塵点は大地の微粒子の数です。となれば、大通智勝仏のほうが、はるかに古いことになりませんか。

まあ、梵本を読めない、岩本訳の字面からの話ですが、それを判読すれば以上のようになると思います。どうでしょうか。

74一字三礼:2006/03/20(月) 16:25:45

犀角独歩さん

「三千塵点劫」の英訳です。
(You ask), monks, how long ago is it that the Tathagata was born? Well, suppose some man was to reduce to powder the whole mass of the earth element as much as is to be found in this whole universe; that after taking one atom of dust from this world he is to walk a thousand worlds farther in easterly direction to deposit that single atom; that after taking a second atom of dust and walking a thousand worlds farther he deposits that second atom, and proceeding in this way at last gets the whole of the earth element deposited in eastern direction. Now, monks, what do you think of it, is it possible by calculation to find the end or limit of these worlds? (Chapter7)

岩本師が「大宇宙の大地」と訳された箇所はKernの英訳では「this whole universe」となっております。
確かに「The whole universe」であれば「宇宙全体」などと訳せますが、「this whole universe」ですから形容詞用法で限定された「この」+「宇宙全体」となります。
もとより、すべての世界を一言で表す現代的な「大宇宙」の概念に相当するものが、古代インドにあったとは思われませんし、「この宇宙全体」であれば、やはり限定した世界観であり「一世界」と訳されるべきなのではないでしょうか。

ちなみに「五百塵点劫」です。
But, young men of good family, the truth is that many hundred thousand myriads of kotis of Aons ago I have arrived at supreme, perfect enlightenment. By way of example, young men of good family, let there be the atoms of earth of fifty hundred thousand myriads of kotis of worlds; let there exist some man who takes one of those atoms of dust and then goes in an eastern direction fifty hundred thousand myriads of kotis of worlds further on, there to deposit that atom of dust; let in this manner the man carry away from all those worlds the whole mass of earth, and in the same manner, and by the same act as supposed, deposit all those atoms in an eastern direction. (Chapter15)

これでさえ、英訳ですので正確とは言えませんから、梵文の「三千塵点劫」と「五百塵点劫」については4月3日に松山先生に質問してみましょう。

75顕正居士:2006/03/20(月) 16:48:52
そこの梵文は漢訳の通り trisāhasramahāsāhasre lokadhātau 三千大千世界です。
三千大千世界は千×千×千で十万世界になります。

梵文法華経
http://sdp.chibs.edu.tw/

76顕正居士:2006/03/20(月) 17:00:13
× 十万世界 ○ 十億世界 

三千大千世界は元来は宇宙全体を指したのでしょうが、後の大乗仏教では三千大千世界を
一仏の教化範囲というようになります。

77一字三礼:2006/03/20(月) 19:55:46

顕正居士さん

梵文訳によるご教示ありがとうございます。

78犀角独歩:2006/03/20(月) 20:35:07

一字三礼さん

わたしは、いま、外からで、手許に法華経がありません。
わたしが三千塵点で問題にしたのは「それらをのこらず微塵とした数を、過ぎ去った劫の数に喩える」という箇所です。
ここはKern訳ではどうなっていましたでしょうか。
岩本訳とつきあわせて見ていただければ有り難く思います。

いずれにしても、別々に出来た箇所でしょうね。
先に澁澤師が指摘されておられた、寿量品での大展開で、全部、それまでの全部はご破算というやつでしょうか。

79犀角独歩:2006/03/21(火) 10:48:52

顕正居士さん
一字三礼さん

化城品の三千塵点、寿量品の五百塵点は、別に作られた物語であると思うので、そもそもその比較は意味をなさないかもしれませんが、仰るとおり、記述からすると五百塵点のほうが壮大で過去と感じさせる文章力があります。
ですから、わたしは先に挙げた仮定に固執するつもりは毛頭ないのですが、繰り返しになりますが、以下の点です。

【漢訳】一塵為一劫
【岩本】それらをのこらず微塵とした数を、過ぎ去った劫の数に喩える
【Kern】To that immense mass of the dust of these worlds, entirely reduced to atoms, I liken the number of Æons past.

恥ずかしながら、顕正居士さんが挙げてくださった梵文法華経ではどこに対照するのか、読めず、判りません。ご教示いただければ有り難く存じます。

世界の単位が1世界か・10億世界(三千大千世界)という1:10億の対比では、たしかに五百塵点のほうが古いと思えるのです。
しかし、わたしが記したのは塵の数の取り扱いで、三千塵点のほうでは、1塵を1劫としているところを、五百塵点では単に1塵としている相違です。つまり、1:1劫という点です。これは10億:1劫と見たほうがより正確かもしれませんが、この対比において、いったい、どちらのほうが古いことになるのかという問いかけです。1劫をどれほど、時間の単位とみるのかですが、この場合の劫(カルパ)は4期(成・住・壊・空)の一巡の長さとなるのでしょうから、10億より長くないだろうか、という疑問です。

80顕正居士:2006/03/21(火) 13:26:06
"To that immense mass of the dust of these worlds, entirely reduced to atoms,
I liken the number of Æons past."は偈頌の4番です。

yo lokadhātūṣu bhaveta tāsu pāṃsu rajo yasya pramāṇu nāsti /
 rajaṃ karitvāna aśeṣatas taṃ lakṣyaṃ dade kalpaśate gate ca //4// 

*MS-IEでは一部の拡張ラテン文字が表示されませんが、メモ帳などにコピーすれば見えます。

三千塵点も五百塵点も塵の数を時間(単位は劫)としています。単位を取らないと無意味です。
「是諸世界。若著微塵。及不著者。盡以爲塵。一塵一劫。我成佛巳來。復過於此」(寿量品)

81犀角独歩:2006/03/21(火) 23:17:55

顕正居士さん

ありがとうございました。全く基本的なところで、わたしは見落としておりました。
先の愚行を撤回し、再度、勘案し直すことといたします。

82顕正居士:2006/03/22(水) 05:35:34
法華経の製作意図

方便品を中心とする前霊山会の部分がまず成立したであろう。人類に限らず生類の志向する
ところは個と社会との完徳である。人類以外の生類はしばらくおいて人類についていえば、
各個の文明発達の経緯、社会階層の相違によってそれぞれに徳目とする内容が異なる。
しかしながらそれらを包摂しかつ超越する完徳が目標として存在する。それが仏乗である。
仏とは慈悲と智慧とが完成した個体である。情操と理性とが究極に発達した生類である。
彼らが構成する社会が仏国である。仏国に至るためには幾つもの要害を経由しなければ
ならない。突破には智慧が要る。その智慧が権智である。しかし当面の目標は仮城である。
仮城であると認識するのが実智である。権実の智慧が相まって幾つもの仮城を突破できる。

法華経の製作当時には大乗教団なるものは存在せず、おそらくその後も存在しなかった。
小グループのさまざまな思想が対立していた。法華経の製作達はそれらの争いを統一し、
止揚するために方便品を中心とする前霊山会の物語をまず作った。彼らはインド仏教の中の
争いに悩むうちに、単なる調停とか、単に一大勢力を築くとかいう権智を放棄した。

「実智」は西欧近代合理主義が発見し、二、三世紀のうちに人類の文明は大進歩した。
原始仏教と同様に法華経製作達のあまりに早すぎる思惟はインド社会の受容するところとは
ならなかった。自由商業都市とインド農業帝国の経済が志向するところは反対であった。
けれども当時の経済先進国であった中国や日本には法華経は受容されたのである。

84犀角独歩:2006/03/22(水) 09:45:13

空即是進化さんのご提案につき
松山俊太郎師「法華経講義」メモから拾ってみます。

> 善意なのか悪意なのか。

法華経創作者、あの時代にあって極めて高い学識をもっていた。その制作意図は純粋な信仰によるのだと思う。

> いつ

その制作過程は段階的で3期ほどになののではないのか。
時期が紀元前1世紀から3世紀にかけてだろう。

> どこで

西北インド辺り、アフガニスタンの辺りかもしれない。
「東方」という方向を意図的に記されることが多い。つまり、仏教の中心地からは西側の地域でのことではないだろうか。
物語のなかで説所は霊鷲山とされるが、その記述から、実際にその地を訪れたことのない人が記していると思われる。

> 誰が

法華経創作者の個人、集団は何も判らない。

> 何のために?

釈迦牟尼に始まる仏教は、新たな神仏を摂取していくなかで、釈迦仏信仰から他仏信仰へと移行してしまった。そこで改めて釈迦仏を崇拝するために法華経は創られた。
(以上、講義メモから)

*わたしは、個人的に法華経のなかで記される法滅後の末法とは『大集経』などの2000年説とは関係なく、法華経創作当時のことを指していると思います。そして、そこで登場する弘教の菩薩を自分たちに凝らしているのでないのかと考えます。釈迦牟尼仏は亡くなったという歴史的事実を前に、滅後に弘教を託された付属の衆がいる。それこそ、自分たちなのだという目的意識から法華経は創られていったのではないかという想像です。また、法華経は舎利崇拝から、仏塔(舎利塔)信仰という前時代的背景のなかで、その当時、コーラン、聖書などの聖典信仰と同様の流行のなかで確立されていく、経典信仰から新たな仏塔信仰、経典安置塔信仰を標榜し、その仏塔を各所に増設する条件として、経典の書写、弘教の薦めが物語の主流になっているのではないのかと考えます。

85顕正居士:2006/03/23(木) 04:29:18
顕説の法華経か根本の法華経か?

日蓮の教説は表面上は顕説法華に傾いている。しかし南無妙法蓮華経とは根本法華であろう。
名しかないのである。その名は顕説法華を借りたのである。要するに、実定法に対する自然法
である。人類は生得の権利を有するのであり、それは実定法に拠らない。これを侵す実定法は
自然法によって廃止されなければならない。自然法という観念の発見により西欧文明は二、三
世紀の中に地球文明を大発達させた。
五百塵点の古え、最初成道の時に釈尊は既に法華経を顕説された。しかしそれは因位に於て
根本の法華経を信仰した結果である。根本法華には如何なる顕説も無いのであるから、信仰
でしかあり得ない。
我々は根本法華を信仰し、顕説法華の完成に努力しなければならない。それは永遠の菩薩道
である。ただし根本法華を信ずるとは、単に情緒的に人類の将来を信ずるのでない。未だ顕説
されないゆえに信仰というのみで、これは理性に基づく。すなわち形而上の智慧であって、実智
である。仏国は必ず将来に大宇宙に建設されなければならない。根本法華への信仰は日々に
顕説法華の完成へと向かう。顕説法華とは羅什尊者の翻訳をいうに非ず、梵本法華経をいうに
非ず、人類の実智の全体である。実智なくしてはビジョンは生ぜず、権智の発揮があり得ない。
顕説の法華経と根本の法華経とは不二である。法華経の一乗とは宗教の発展的解消である。
日蓮宗やまして日蓮正宗とは対極の理想である。歴史上、日蓮宗や日蓮正宗を将来したのは
日蓮の限界であろう。しかし日蓮こそ方便により法華文明を存続させた一個最大の偉人である。

86今川元真:2006/03/23(木) 06:17:54
ひゆ蓮華・当体蓮華と例えられるように、原始仏教の目線と同じような化導へと戻りつつあると言うのが私の見方考え方。五時八教で無くて五機八教か?

87一字三礼:2006/04/04(火) 22:11:54

犀角独歩さん

4月3日、松山先生の法華経講義を拝聴いたしました。

昨日の講義は、上杉さん、渋澤さん、鈴木さんのレギュラーメンバーが欠席されました。(上杉さんには二次会でお会いしましたが)

講義の内容としては、またまた「法華経の経題について」。

講義の進行を促す方々がいらっしゃらなかった事もあってか、やはり「譬喩品」の内容には入りませんでした。

ただ、次回の講義は「方便品」である、と松山先生が仰っていたので期待しております。

松山先生は、講義も素晴らしいのですが、二次会の席で先生を囲んで広く仏教について論じていただくのがとても勉強になります。

今回も「釈尊在世のお弟子達の求めていたものはなんであったか」、「寿量品の釈尊は、有限の存在か無限の存在か」など既成概念に捉われない興味深いお話をうかがうことができました。

88れん:2006/04/05(水) 13:57:27
犀角独歩さん
4月3日の松山俊太郎先生「法華経講義」私も参加させて戴きました。
一字三礼さんが仰った通り、本講義・二次会ともに松山先生のお話は、大変すばらしいものでした。次回は方便品とのことで、それからのご講義の展開も今から楽しみにしております。
今月の小松先生のご遺文講義に参考までに本満寺様刊行の乾師の開目抄の影本を持っていこうと思いますが、御入り用の部分がありましたら、コピーしておきますので、仰って下さい。

89犀角独歩:2006/04/08(土) 08:19:53

つぶやきすれっど2の1980に記した事情で松山先生の法華経講義も急遽欠席とさせていただきました。次回は参加いたしたく存じます。

90一字三礼:2006/04/22(土) 23:36:29
常不軽菩薩についての一考察

松山師から「常不軽」の意味が梵文では「常に軽んぜられた」と「常に軽んじない」の正反対の意味になる2通りに解せるとのお話を伺った。
鳩摩羅什は「常不軽」(sadā‐āparibhūta)と訳し、竺法護は正法華経で「常被軽慢」(sadāparibhūta)とした。

常不軽菩薩は、四衆を見て「敢て軽慢せず」と宣言する。
唐突に相手に「あなたを軽んじない」と言うのは如何にも不自然であるという意見もあるが、逆に常不軽菩薩の相手が常にもしくは、特定の人達から「軽んぜられた人々」であったと考えたらどうであろうか。

常不軽菩薩が「敢て軽慢せず」とした相手は、どのような種類の人達であったのか。
 
「正法滅して後像法の中に於て、増上慢の比丘大勢力あり。」(常不軽菩薩品第二十)

「増上慢」という用語は法華経の中で16回使われており、その対象は一定ではないが、最も多く使われている方便品では6回とも声聞衆を指す。法師品でも声聞衆に対して「増上慢」は使われる。

増上慢と弾呵される声聞衆(法華経成立当時の伝統的部派仏教徒を指すのではないか)は、常々大乗を自称する者達から「小乗」あるいは「不成仏者」等の軽蔑・侮蔑を受けていた。
妙法蓮華経においても、法華経以前の大乗では声聞衆を軽蔑・侮蔑していたことを記している。

「而も昔菩薩の前に於て、声聞の小法を楽う者を毀訾したまえども、然も仏実には大乗を以て教化したまえり。」(信解品第四)

また、この増上慢の四衆はこのようにも言われる

「時に諸の四衆 法に計著せり」(常不軽菩薩品第二十)

「法に計著(執着)する者」というところから、後に『阿毘達磨倶舎論』などを生み出し、「五位七十五法」で75の「実有の法」を特定していった経量部・説一切有部をも連想させる。

以上のことから増上慢の四衆とは「声聞衆」だったと仮定してみる。

通常の大乗の徒でれば、侮蔑を与え、差別し、「不成仏者」と見下す「声聞衆」に対して、後に法華を得る立場の菩薩比丘である常不軽は、この増上慢の四衆に対して「敢て軽慢せず」と宣言する。
その理由は「汝等皆菩薩の道を行じて、当に作仏することを得」からである。

現在の姿は声聞であっても「未来に菩薩道を行じて、仏となる」というフレーズは迹門で授記する時の釈尊の常套句であった。

これに対して増上慢の四衆は「我等是の如き虚妄の授記を用いず」と応ずるが、ここで思い出されるのは、法華経において「授記」を得るのはすべて「声聞衆」のみということである。

このように考えてくると常不軽菩薩の「敢て軽慢せず」には法華経の立場は他の大乗とは違い「声聞衆」を差別しないという宣言であり、常不軽の名も「常に軽んじない」というように理解した方が経の内容からは良いのでないかと思う。

少なくとも、上記の考察のほうが、常不軽菩薩は四衆の‘仏性’を礼拝して授記をしたなどとする解釈より法華経の内容に準じていると思う。しかも‘仏性’に該当する如来蔵的概念は法華経には見あたらない。

また、常不軽は、その前の「法師功徳品第十九」で説かれる六根清浄を体現する実例的菩薩であるが、その行ずるところは迹門に説かれる授記を仏滅後におこなうというものであった。
「常不軽菩薩品第二十」とは、法華経前半の授記のまとめとしての「法師品第十」と次の展開が始まる「見宝塔品第十一」との内容的な断絶を埋める大変に重要な章であると考える。

91犀角独歩:2006/04/23(日) 09:48:20

一字三礼さん

今回はわたしは参加聴講できませんでしたので、残念に思っていた次第です。ご報告、たいへんに参考になりました。有り難うございました。

> …増上慢の四衆とは「声聞衆」だったと仮定してみる。

四衆と比丘・比丘尼、優婆塞・優婆夷ですから、比丘・比丘尼という声聞とその信者である優婆塞・優婆夷ということのほうがよいように思えます。


> 常不軽菩薩の「敢て軽慢せず」には法華経の立場は他の大乗とは違い「声聞衆」を差別しないという宣言
> 法華経の内容…‘仏性’に該当する如来蔵的概念は法華経には見あたらない。

これは素晴らしい卓見であろうと存じます。

> 説かれる授記を仏滅後におこなう

これは具体的に、どの箇所を指すのでしょうか。ご教示いただけませんでしょうか。

92一字三礼:2006/04/23(日) 11:46:40

犀角独歩さん

レスありがとうございます。

こちらの掲示板とは直接の関係はないのですが、別件で常不軽菩薩に関して意見を求められておりました(当然、独歩さんはご存知ですが)。その場で、常不軽菩薩についてこのような論旨で意見を言うのは憚られたものですから、こちらの掲示板に投稿させていただきました。


> 四衆と比丘・比丘尼、優婆塞・優婆夷ですから、比丘・比丘尼という声聞とその信者である優婆塞・優婆夷ということのほうがよいように思えます。

ご指摘の点、まさに仰るとおりです。

> これは具体的に、どの箇所を指すのでしょうか。

本来、「授記」とは仏が次に成仏する菩薩を予言する行為をいうのですが、法華経の「授記」は譬喩品第三から法師品第十までに釈尊が三周の声聞に対して行った未来成仏の予言をいうのだと考えます(今は提婆達多品と勧持品は除きます)。

不軽菩薩の時代は、威音王仏滅後の像法時代なので無仏です。そこで不軽菩薩が、およそ目に入る全ての四衆(声聞とその信者である在家)に対して、迹門での釈尊のごとく、未来成仏を予言していったのではないでしょうか。

「是の無知の比丘、何れの所より来って、自ら我汝を軽しめずと言って、我等が与に『当に作仏することを得べし』と授記する。我等是の如き虚妄の授記を用いずと。」(常不軽菩薩品第二十)

増上慢の四衆も不軽菩薩の行為を「授記」と理解しております。

そこで、具体的にはどの箇所を指すのかと言えば、この有名な24字になると思います。

「我深く汝等を敬う、敢て軽慢せず。所以は何ん、汝等皆菩薩の道を行じて、当に作仏することを得べし。」(常不軽菩薩品第二十)

93顕正居士:2006/04/23(日) 17:16:12
sadāparibhūtaをsadā‐āparibhūtaと解しても、それは逆の常に尊重せられた意味になるはずで、常不軽は
品の趣旨をとった意訳だとおもいます。常に馬鹿にされていた男の方の解釈で書かれたのが宮沢賢治の
『雨ニモマケズ』という有名な詩です。
http://www.ihatov.cc/monument/091_.htm
不軽菩薩も「菩薩比丘」ですから具足戒を受け、釈尊教団に所属した比丘であるが、大乗の教、つまり
菩薩道を行じて作仏することを信じていた。ただし菩薩種姓の者のみ作仏し、声聞種姓の者は阿羅漢の
涅槃に入ってしまうという通常の大乗の教とは違うことを信じていた。そういう設定であるとおもいます。
これは戒律の違反とおもえますが、四衆を択ばず礼拝した、対象は万人です。万人を礼拝したということ
は潜在の仏性を礼拝したわけで、仏性の名はないが、仏性の思想が法華経にあるとする根拠です。
この伝統的解釈に問題はとくにないようにおもうのですが。

94一字三礼:2006/04/23(日) 19:05:24

犀角独歩さん

4月21日の小松先生のご遺文講義は、基本的には「平成新修日蓮聖人遺文集」のP214〜P220(開目抄)まででしたが、引用され

たご遺文は「観心本尊抄」の四十五字法体段や「報恩抄」の本門の戒壇など、その他天台の「法華文句」「法華玄義」、妙楽の「五百問論

」なども盛り込まれ、多岐に亘った濃密な講義となりました。

1、三妙論についての天台と日蓮の理解の違いについて。

 「法華玄義」の五玄の説明で、天台の見解は

  本因妙「我本行菩薩道・・・」
  本果妙「我成仏以来・・・・」
  本国土「我常在此・・・・・」

 この三つの「我」を天台は釈迦と解釈し、日蓮は「九界に備わる仏界」(開目抄によれば)と理解した。

2、日蓮は真言の法脈に「善無畏」を数えるが、この善無畏三蔵は、「台密」系の法脈でもなお傍系に連なるものであった。
 また、日蓮の真言批判で言われるのが「理同事勝」のみだが、台密では、この他にも「理同事異」「理同事別」等の見解があった。

私が理解できて、書き取ることができた箇所は少ないのです。

しかし、れんさんは優れた理解力とよく整理されたノートをお持ちですので、フォローしてくれるのではないかと期待しております。

後、一つお願いがあります。小松先生が過去の講義で配布されたご遺文の「科段」を、もしも犀角独歩さんがお持ちでしたられんさんと私

の分のコピーをいただきたいです。なにとぞよろしくお願いします。

95一字三礼:2006/04/23(日) 19:06:04

顕正居士さん

レスありがとうございます。

> 常不軽は品の趣旨をとった意訳だとおもいます。

ご教示ありがとうございます。

> 四衆を択ばず礼拝した、対象は万人です。

ここが難しいところです。

「得大勢、何の因縁を以てか常不軽と名くる。是の比丘凡そ見る所ある若しは比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷を皆悉く礼拝讃歎して」
「乃至遠く四衆を見ても、亦復故らに往いて礼拝讃歎して」
「時に諸の四衆 法に計著せり 不軽菩薩 其の所に往き到って」

漢訳では明らかに「四衆」に限られ、「広く人のため」教えを説くのは六根清浄を得た後です。

「この求法者は僧でありながらも教えを説くことなく、経文をとなえることなく、会う人ごとに、たとえその人が遠くにいても、彼は誰に

でも近づいて、このように声をかけ、相手が誰であれ、このように言うのであった。」
「この偉大な志を持つ求法者は相手が誰であれ、誰にでもこのように声をかけたのである。」

梵文の長行では対象は万人に読めますが、詩偈ではやはり「四衆」に限るように読めます。

「そのとき、サダー=パリブータという僧の求法者がいた。そのとき、彼は邪見を信ずる他の僧や尼僧に近づき」
「そのとき邪教を信じていた僧・尼僧あるいは男の信者を、またその場合、女の信者に至るまで、すべて「さとり」に達しうると、かの賢

 者は宣言した。」

> 万人を礼拝したということは潜在の仏性を礼拝したわけで、仏性の名はないが、仏性の思想が法華経にあるとする根拠です。

礼拝の後、不軽菩薩は「授記」をしたわけですが、「授記」を得られる対象は最低でも菩提心を必要とするのではないでしょうか。
宗学的な言い方をすれば、名字即でなけれまならない、理即では不可。

「薬王、汝是の大衆の中の無量の諸天・龍王・夜叉・乾闥婆・阿修羅・迦楼羅・緊那羅・摩・羅伽・人と非人と及び比丘・比丘尼・優婆塞

 ・優婆夷の声聞を求むる者・辟支仏を求むる者・仏道を求むる者を見るや。是の如き等類、減く仏前に於て妙法華経の一偈一句を聞いて

 、乃至一念も随喜せん者は我皆記を与え授く。当に阿耨多羅三藐三菩提を得べし。」(法師品第十)
「又如来の滅度の後に、若し人あって妙法華経の乃至一偈・一句を聞いて一念も随喜せん者には、我亦阿耨多羅三藐三菩提の記を与え授く

 。」(法師品第十)

’仏性’というものを想定した場合は、法華経での「授記」の原則が崩れてしまうように思います。

96顕正居士:2006/04/23(日) 21:42:52
「比丘凡有所見。若比丘比丘尼優婆塞優婆夷。皆悉禮拜讚歎」
(此の比丘凡そ見る所ある、若しは比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、皆悉く礼拝讃歎す)

見かけたあらゆる人を四衆を問わずとあります。四衆を問わず、つまり誰でもの意味になります。

>’仏性’というものを想定した場合は、法華経での「授記」の原則が崩れてしまうように思います。
仏性とは仏になり得る可能性ですから、無仏性の衆生に授記することはあり得ない。だから
万人に授記するということは、つまり悉有仏性の思想です。
文句記に「法華論云 此菩薩知 衆生有佛性 不敢輕之」とあります。

>「授記」を得られる対象は最低でも菩提心を必要とするのではないでしょうか。
上慢の四衆に授記する理由を、法華論は「方便して菩提心を発さしめん故」とし、
文句記は「上慢すら尚ほ遠因を成ず」(いわゆる而強毒之)と釈しています。

97犀角独歩:2006/04/24(月) 04:46:42

一字三礼さん

有り難うございました。
顕正居士さんのご投稿と併せ、興味深く拝読しております。
引き続きよろしくお願い申し上げます。

小松先生のコピーの件、了解しました。

98一字三礼:2006/04/24(月) 13:51:25

> 万人に授記するということは、つまり悉有仏性の思想です。

申し上げるまでもなく、悉有仏性の典拠は「悉く仏性有り、如来は常住にして変易あることなし」(涅槃経・師子吼菩薩品)です。
天台教学では、五時判でも明らかなように、法華と涅槃を一緒に考える傾向にあります。
たしかに涅槃経は、如来蔵経典として法華経系統に属すとされますが、法華経よりもかなり遅れて成立した大乗経典である上、折伏思想等、涅槃経には特異な傾向もあり、内容としては法華経とはかなり異なります。

この為、法華経の内容に涅槃経を出自とする「仏性」ないしは「悉有仏性」をあてるには抵抗があります。

仰るような「仏性」「悉有仏性」に近い概念を法華経から探すとすれば、「法華経」自身がそれにあたるのではないかと思います。

ただ、大きな違いは、「仏性(仏になり得る可能性)」、「悉有仏性」と言った場合に、成仏の可能性を潜在的に秘めるのは衆生の側になります。これは一切衆生に平等な法性という考え方を、成仏の可能性として方向付けたものでしょう。

それに対して法華経では、衆生の成仏を決定付けるのは「法華経」の側にあります。「法華経」は、仏から与えられる最終極説であり、それは諸仏秘要の蔵とも言われ、菩薩も声聞も「法華経」を聞かなければ、成仏できません。

「薬王、多く人あって在家・出家の菩薩の道を行ぜんに、若し是の法華経を見聞し読誦し書持し供養すること得ること能わずんば、当に知るべし、是の人は未だ善く菩薩の道を行ぜざるなり。」(法師品第十)

「法華経」に出会うか、出会わないかで成仏・不成仏が決定するという内容から、「法華経」独特の強烈な経典信仰を生んだのではないでしょうか。

99犀角独歩:2006/04/24(月) 22:30:55

顕正居士さんのご教示に異論を挙げる気持ちは毛頭ありませんが、「悉有仏性」であれば、仏種を下種をする理由というのは、まったくないことになりますが、この点は、どのように会通されるのでしょうか。

本未有善という場合、‘善’は、やはり、仏性と解されて然るべきですが、この点も併せて、ご教示をいただければ有り難く存じます。

100顕正居士:2006/04/25(火) 01:45:51
>>99
悉有仏性も三種教相も天台大師の思想ですから、矛盾するはずがありません。とりあえず、法華文句の
釈不軽品の文を考えて見ます。

不輕之解者法華論云。此菩薩知衆生有佛性不敢輕之。佛性有五。正因佛性通亘本當。縁了佛性種子
本有非適今也。果性果果性定當得之。決不虚也。是名不輕之解。

不輕の解とは法華論に云く。此の菩薩、衆生に佛性有ることを知つて敢へて之を輕しめずと。佛性に五有り。
正因の佛性は通じて本と當とに亘る。縁と了との佛性の種子は本有にして適今に非ざる也。果性と果果性
とは定んで當に之を得べし。決して虚ならざる也。是を不輕の解と名く。

不軽が何を理解していたのかというと、世親の法華論にいう。この菩薩は衆生に仏性が有ることを知って、
何人をも軽視しなかった。仏性には五つある。正因仏性は本より有るものだが、また実現するものでもある。
縁因仏性と了因仏性とは本より有るもので、今、実現するものではない。果性(菩提)と果果性(涅槃)とは
まさしく今、実現するものであると。まことにその通りである。これが不軽菩薩の理解である。

正因仏性とは真如、法身それ自体で、衆生は本よりこれを体としている、それを自覚するのが仏果である。
ゆえに縁、了の仏性は本有の種子である。衆生には智慧のはたらきが本より有るがゆえに、本来成仏を
悟ることができる。ただしそれは仏説などを聴聞して形成せられる新熏の種子を機縁として実現されます。
「新熏成ずるに對し、修して得るを以ての故に」(文句記)。

101犀角独歩:2006/04/25(火) 09:59:40

顕正居士さん、有り難うございます。
仰る台学からのご賢察、尤もであると存じます。

一字三礼さんがご投稿になったところは、台学の範疇からではなく、それ以前の法華経制作者の意図についてのことであると、こちらも、同じ松山師を受講するものとして、了解いたしております。

故に、やや土台としているところ異なっているところから議論となっていないとお見受けしております。

また、そこでわたしが持ち出した「下種」ということもまた、さらにややこしくしてしまったのかも知れません。

わたしの石山の学びでは、本未有善の荒凡夫は仏種がない、故に、これを植えるのが下種・本因の仏法であるという、きわめて雑駁に言えば、そのようなことであったわけです。では、先のわたしの質問は、この仏の種とは何かといえば、これが仏性、やや間口を広げれば如来蔵なんだというような考えも生じることになる、また、仏種とは本未有善の善のことでもあるのかということも言えることになるのだろうかというのが趣旨でした。そうなれば、仏性というのは、本来、衆生に具わっているものではなく、仏によって植えられない限り、衆生は持っていないものということになります。しかし、こうなると、台学の所謂、一念三千とも齟齬を来すことになります。

この点を、顕正居士さんは、正因・縁因・了因の三仏性からご説明くだされ、また、下種についても新薫種子機縁をもって、明快な説明をくださったわけでした。

このような台学の解釈は、6世紀頃に成立したことになります。
一方、一字三礼さんは、それより遡ること500年、初期大乗経典創作の現場で、天台よりも更に500年も古い当時の人々は、では、この仏性ということを意識していたのか否か、そもそもその時代に仏性論があったのかという疑義を展開されているのではないかと拝察します。

これはまた、内輪の話で申し上げれば、松山師の福神における法華経講義の内容を受けたことであり、さらに小松邦彰師の遺文講義が開目抄に係っていることとも深い関係にあると思います。

わたしの現時点における愚案では、法華経創作当時、礼拝行という素朴な不怒・忍耐の行がまずあり、その徹底が原型であったのではないのか、その時点で、仏性といった教学的な態度は、まだ生じていなかった。その後、数百年を経て、誰しも仏になれることを説かれることが一般化するにつれ、では、何故、成仏できるのか、それは本来、衆生の心には仏が具わっているからだというようなことが教義化され、ついには、台学の展開にも至った、その後、日本に伝わったこれらの教えから、不軽礼拝は、仏性礼拝であるという、2000年前、法華経が創作した当時の人々が思いもしなかった解釈が定着していったのではないのか。まあ、思索過程ですが、そのように思っています。


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