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法華経について

9いちりん:2002/08/31(土) 00:53

わたしは大乗経典は、リアリティとして読みません。
ひとつのまあ、文学作品、宗教文学、あるいは壮大な詩としてとらえています。なので、
──いかに「幻」=ファンタジーとしての構成が豊かであるか──
というところで、とらえています。
そうすると、『法華経』というのは、数多くの経典の中で、白眉だとは思いますね。

で、大切なのは、やはり感性でとらえることだと思っています。
天台がこうたら、妙楽がああたら、なんとかの釈によるとこうで、かの先生はこういっておられて、……とえんなえんとやっていますと、疲れて感性が摩滅して、大切なハートが死にますね。

で、ハートが死ぬと、『法華経』の蓮の花はしぼんでしまいますでしょう。
しぼんだ華の数を、八つだのいや九つだ、種が先か実が先か、根っこがああでとやっても、意味がないのでしょうね。

賢治は、こう書いています。
「大きな勇気を出して、すべのいきものの、ほんとうの幸福をさがさなければいけない。
それは、ナム・サダルマ・プンダリーカ・スートラというものである」

わたしは、『法華経』というとき、いつも、サダルマ・プンダリーカ・スートラ
──白い蓮の華が、朝の光に照らされて開く──
というイメージを持っています。


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