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法華経について

48犀角独歩:2005/12/13(火) 08:40:28

ラスカルさんが、卵と鶏の例を引く理由は、わたしにはちょっとわかりません。

白蓮華と紅蓮というのは、一面的には白と紅という色の差と映じますが、実際は、そのようなことではありません。  。

法を蓮華に充てる理由は依然として、法華仏教最大の謎の一つですが、その起源は睡蓮に求められ、また、天台は、蓮華に喩える理由を挙げていますが、これが実際に合っているかどうかは疑問があります。むしろ、松山師がいうよう、白蓮華は太陽と心臓のシンボルであるという事情と関連するかも知れません。

紅蓮では、その色からしても太陽のシンボルとは成り得ず、また、心臓は、漢訳で言う八葉蓮華に代表されるとおり、白蓮華で喩えられてきました。

「慧日大聖尊」という尊称が、方便品にでてきます。
これは Naraditya:人・太陽ということで、太陽と人を讃える合成語です。
pundarikaとdityaは同様の賞賛の意味を持っているのだろう考えられます。
また、睡蓮>白蓮華>太陽はビシュヌ神話とも関連し、一方、紅蓮は大地母神と関連するというのが松山師の説くところです。

いずれにしても、白蓮華が尊重される理由は、法華経創作地方において、睡蓮と蓮華が取り違えられた結果であり、たぶん、睡蓮に白蓮華が、見た目として似通っていたことにその原因があるのではないかと思われます。


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