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法華経について

43一字三礼:2005/12/12(月) 21:41:18

遅いレスになって申し訳ありません。

犀角独歩さん

> この「即」はけっこう厄介ですね。

本覚的な表現には抵抗の無いのが富士門流信徒でしたね。ご指摘のとおりです、「即」という言葉を迂闊に使ってしまいました。

独歩さんの「シャカ族のトラ」の説明の方がずっと正確に先生の講義のニュアンスを捉えておいでです。

少し自信のない補足です。私のメモ書きには、「このような2つの語の合成はほとんど全てが動物との関係で表現されるので、Shddharma‐pundarikaのように植物での表現は他に例が無い、これは特別で、神聖なものを意図したものだ」と仰っていた。ような、いないような。

> 法華経の題名は白蓮 (pudarika) であるのに、涌出品で地涌菩薩を見た弥勒が、その菩薩を蓮華に例えて讃えるとき紅蓮 (padma) になっている。多分、法華経の作者は外来の菩薩、弥勒をこのようにわざとずっこけたというか、的外れなキャラクターとして描いたのではないのかという松山師の分析は面白いと思いました。

ここも非常に興味をそそられるところです。

紅蓮華(padma)の弥勒菩薩は、白蓮華(pundarika)に属する地涌菩薩を見誤るのですね。言ってしまえば、紅蓮華の常識では白蓮華を理解できない、ここから動執生疑に繋がっていくのではないか、と想像しております。

それから松山師は、中国・日本の法華経釈に、欠けている要素を3点ほど指摘されました。

1 経典内の白蓮華(pundarika)と紅蓮華(padma)とを区別していない。

2 経典内に重要な実体としてのShddharma‐pundarikaが存在することを無視している。

3 紅蓮華(padma)の多義性の軽視

次回の講義では、私は3の紅蓮華の多義性についての解説を期待しております。

個人的に松山先生にご質問したい事項がたくさんあります。松山勉強会の件はその後いかがなりましたでしょうか。


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