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法華経について

72一字三礼:2006/03/18(土) 21:28:14
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> 釈尊の菩薩行(三千塵点の大通知勝仏仏王子、不軽等の本生譚)から成道釈尊とストレートに時系列で整理されると思うわけです。

この点は、今回の講義で私が小松師に質問した所とかぶります。

私は、小松先生に「寿量釈尊と法華経に登場する釈迦菩薩とは会通できるか。」について伺ったのですが、小松先生のご回答より、松山先生が、「元々、序品から法師品までの内容と寿量品の内容とでは、天地雲泥の差があるから、整合性をとろうとすること自体に無理がある」とのご意見に賛同しました。

法華経に出ている釈尊の本生譚には、以下のようなものもあります。

「諸の善男子、我阿難等と空王仏の所に於て、同時に阿耨多羅三藐三菩提の心を発しき。阿難は常に多聞を楽い、我は常に勤め精進す。是の故に我は已に阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得たり。」(授学無学人記品第九)

「爾の時に仏、諸の菩薩及び天・人・四衆に告げたまわく、吾過去無量劫の中に於て法華経を求めしに、懈倦あることなし。〜中略〜。仏諸の比丘に告げたまわく、爾の時の王とは則ち我身是れなり。時の仙人とは今の提婆達多是れなり。」(提婆達多品第十二)


釈迦菩薩が阿難尊者と一緒に菩提心を起こした時というのは、「五百塵点劫」よりも昔と考えるべきなのでしょうか。また、阿私仙に支持した時期も「五百塵点劫」よりも過去と考えることができるのでしょうか。
もしもそうであれば、阿難尊者は「五百塵点劫」の長きに亘って修行しているにもかかわらず成仏できていないことにもなりますし、提婆達多も「五百塵点劫」の昔から法華経を得ているのに、無間地獄に落ちたことになります。

やはり、序品から法師品の段階では、寿量仏の存在を想定していなかったのではないでしょうか。


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