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法華経について
79
:
犀角独歩
:2006/03/21(火) 10:48:52
顕正居士さん
一字三礼さん
化城品の三千塵点、寿量品の五百塵点は、別に作られた物語であると思うので、そもそもその比較は意味をなさないかもしれませんが、仰るとおり、記述からすると五百塵点のほうが壮大で過去と感じさせる文章力があります。
ですから、わたしは先に挙げた仮定に固執するつもりは毛頭ないのですが、繰り返しになりますが、以下の点です。
【漢訳】一塵為一劫
【岩本】それらをのこらず微塵とした数を、過ぎ去った劫の数に喩える
【Kern】To that immense mass of the dust of these worlds, entirely reduced to atoms, I liken the number of Æons past.
恥ずかしながら、顕正居士さんが挙げてくださった梵文法華経ではどこに対照するのか、読めず、判りません。ご教示いただければ有り難く存じます。
世界の単位が1世界か・10億世界(三千大千世界)という1:10億の対比では、たしかに五百塵点のほうが古いと思えるのです。
しかし、わたしが記したのは塵の数の取り扱いで、三千塵点のほうでは、1塵を1劫としているところを、五百塵点では単に1塵としている相違です。つまり、1:1劫という点です。これは10億:1劫と見たほうがより正確かもしれませんが、この対比において、いったい、どちらのほうが古いことになるのかという問いかけです。1劫をどれほど、時間の単位とみるのかですが、この場合の劫(カルパ)は4期(成・住・壊・空)の一巡の長さとなるのでしょうから、10億より長くないだろうか、という疑問です。
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