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法華経について

93顕正居士:2006/04/23(日) 17:16:12
sadāparibhūtaをsadā‐āparibhūtaと解しても、それは逆の常に尊重せられた意味になるはずで、常不軽は
品の趣旨をとった意訳だとおもいます。常に馬鹿にされていた男の方の解釈で書かれたのが宮沢賢治の
『雨ニモマケズ』という有名な詩です。
http://www.ihatov.cc/monument/091_.htm
不軽菩薩も「菩薩比丘」ですから具足戒を受け、釈尊教団に所属した比丘であるが、大乗の教、つまり
菩薩道を行じて作仏することを信じていた。ただし菩薩種姓の者のみ作仏し、声聞種姓の者は阿羅漢の
涅槃に入ってしまうという通常の大乗の教とは違うことを信じていた。そういう設定であるとおもいます。
これは戒律の違反とおもえますが、四衆を択ばず礼拝した、対象は万人です。万人を礼拝したということ
は潜在の仏性を礼拝したわけで、仏性の名はないが、仏性の思想が法華経にあるとする根拠です。
この伝統的解釈に問題はとくにないようにおもうのですが。


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