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法華経について

90一字三礼:2006/04/22(土) 23:36:29
常不軽菩薩についての一考察

松山師から「常不軽」の意味が梵文では「常に軽んぜられた」と「常に軽んじない」の正反対の意味になる2通りに解せるとのお話を伺った。
鳩摩羅什は「常不軽」(sadā‐āparibhūta)と訳し、竺法護は正法華経で「常被軽慢」(sadāparibhūta)とした。

常不軽菩薩は、四衆を見て「敢て軽慢せず」と宣言する。
唐突に相手に「あなたを軽んじない」と言うのは如何にも不自然であるという意見もあるが、逆に常不軽菩薩の相手が常にもしくは、特定の人達から「軽んぜられた人々」であったと考えたらどうであろうか。

常不軽菩薩が「敢て軽慢せず」とした相手は、どのような種類の人達であったのか。
 
「正法滅して後像法の中に於て、増上慢の比丘大勢力あり。」(常不軽菩薩品第二十)

「増上慢」という用語は法華経の中で16回使われており、その対象は一定ではないが、最も多く使われている方便品では6回とも声聞衆を指す。法師品でも声聞衆に対して「増上慢」は使われる。

増上慢と弾呵される声聞衆(法華経成立当時の伝統的部派仏教徒を指すのではないか)は、常々大乗を自称する者達から「小乗」あるいは「不成仏者」等の軽蔑・侮蔑を受けていた。
妙法蓮華経においても、法華経以前の大乗では声聞衆を軽蔑・侮蔑していたことを記している。

「而も昔菩薩の前に於て、声聞の小法を楽う者を毀訾したまえども、然も仏実には大乗を以て教化したまえり。」(信解品第四)

また、この増上慢の四衆はこのようにも言われる

「時に諸の四衆 法に計著せり」(常不軽菩薩品第二十)

「法に計著(執着)する者」というところから、後に『阿毘達磨倶舎論』などを生み出し、「五位七十五法」で75の「実有の法」を特定していった経量部・説一切有部をも連想させる。

以上のことから増上慢の四衆とは「声聞衆」だったと仮定してみる。

通常の大乗の徒でれば、侮蔑を与え、差別し、「不成仏者」と見下す「声聞衆」に対して、後に法華を得る立場の菩薩比丘である常不軽は、この増上慢の四衆に対して「敢て軽慢せず」と宣言する。
その理由は「汝等皆菩薩の道を行じて、当に作仏することを得」からである。

現在の姿は声聞であっても「未来に菩薩道を行じて、仏となる」というフレーズは迹門で授記する時の釈尊の常套句であった。

これに対して増上慢の四衆は「我等是の如き虚妄の授記を用いず」と応ずるが、ここで思い出されるのは、法華経において「授記」を得るのはすべて「声聞衆」のみということである。

このように考えてくると常不軽菩薩の「敢て軽慢せず」には法華経の立場は他の大乗とは違い「声聞衆」を差別しないという宣言であり、常不軽の名も「常に軽んじない」というように理解した方が経の内容からは良いのでないかと思う。

少なくとも、上記の考察のほうが、常不軽菩薩は四衆の‘仏性’を礼拝して授記をしたなどとする解釈より法華経の内容に準じていると思う。しかも‘仏性’に該当する如来蔵的概念は法華経には見あたらない。

また、常不軽は、その前の「法師功徳品第十九」で説かれる六根清浄を体現する実例的菩薩であるが、その行ずるところは迹門に説かれる授記を仏滅後におこなうというものであった。
「常不軽菩薩品第二十」とは、法華経前半の授記のまとめとしての「法師品第十」と次の展開が始まる「見宝塔品第十一」との内容的な断絶を埋める大変に重要な章であると考える。


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