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法華経について

39一字三礼:2005/12/07(水) 23:39:33

犀角独歩さん

> Saddharma-pundarika を訳するのに、松山師は「〜の如き〜」という点が違うと指摘したわけですね。では、どのように和訳成句すべきかという点に話は進みませんでしたが、この点は次回の楽しみにということになりました。

私も、では松山先生はSaddharma-pundarikaとはどのような和訳をあてるべきとお考えなのかを知りたかったです。ただ、私の記憶がはっきりとしないのですが、Saddharmaとpundarikaの関係は「即」に近いようなことを仰っていたような、いないような。

> また、話題になっていた眉間白毫ですが、ここの仏像にはこれがないのです。面白いものだと思いました。

ご指摘の点は、私も以前から疑問だったのです。

インドを含めて東南アジアの仏像には、一般的な仏・菩薩像の約束事が通じないものが多々あります。

別に五仏を並べているわけではないのに、仏像で偏袒右肩だったり、菩薩像で通肩だったり。四阿含・五部ニカーヤにも三十二相・八十種好は描かれています。仏像の表現はそれら経典をその根拠とするので、国によって大きな違いが出ることはないように思えるのですが。国によって、表現の自由度が違うのかとも考えています。

> ヒンドゥクシュ山脈を越えてインド遠征。紀元前300年代のこと、ああ、そうだったと思いました。

大乗仏教発生の大きな要因のひとつかもしれませんね。

ヒンドゥクシュ山脈越えで思い出されるのが、アーリアの南下ですね。紀元前1500年から約5百年かけてインダス川からガンジス川流域まで争いながら移動したと言います。
またアーリアはインドの地へ侵入しただけではなく、ペルシャやヨーロッパへも同時期に流れていっているようです。北欧神話エッダのヴァニル神群とエーシル神群の戦いの様相にその痕跡をみます。
しかし、なぜ紀元前1500年にアーリアは世界中に散っていったんでしょうか。この点に興味がわきます。

私は「イーリアス」が大好きなので、『トロイ』は楽しめました。
ただ、大アイアースがヘクトルにあっさり倒されたのには’オイオイッ’って突っ込みを入れたくなりましたが(マニアですいません)。

本題に戻りまして、れんさん、次回の講義までに世親の「法華論」を読んでおいたほうが良いようですよ。


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