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法華経について

82顕正居士:2006/03/22(水) 05:35:34
法華経の製作意図

方便品を中心とする前霊山会の部分がまず成立したであろう。人類に限らず生類の志向する
ところは個と社会との完徳である。人類以外の生類はしばらくおいて人類についていえば、
各個の文明発達の経緯、社会階層の相違によってそれぞれに徳目とする内容が異なる。
しかしながらそれらを包摂しかつ超越する完徳が目標として存在する。それが仏乗である。
仏とは慈悲と智慧とが完成した個体である。情操と理性とが究極に発達した生類である。
彼らが構成する社会が仏国である。仏国に至るためには幾つもの要害を経由しなければ
ならない。突破には智慧が要る。その智慧が権智である。しかし当面の目標は仮城である。
仮城であると認識するのが実智である。権実の智慧が相まって幾つもの仮城を突破できる。

法華経の製作当時には大乗教団なるものは存在せず、おそらくその後も存在しなかった。
小グループのさまざまな思想が対立していた。法華経の製作達はそれらの争いを統一し、
止揚するために方便品を中心とする前霊山会の物語をまず作った。彼らはインド仏教の中の
争いに悩むうちに、単なる調停とか、単に一大勢力を築くとかいう権智を放棄した。

「実智」は西欧近代合理主義が発見し、二、三世紀のうちに人類の文明は大進歩した。
原始仏教と同様に法華経製作達のあまりに早すぎる思惟はインド社会の受容するところとは
ならなかった。自由商業都市とインド農業帝国の経済が志向するところは反対であった。
けれども当時の経済先進国であった中国や日本には法華経は受容されたのである。


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