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法華経について
84
:
犀角独歩
:2006/03/22(水) 09:45:13
空即是進化さんのご提案につき
松山俊太郎師「法華経講義」メモから拾ってみます。
> 善意なのか悪意なのか。
法華経創作者、あの時代にあって極めて高い学識をもっていた。その制作意図は純粋な信仰によるのだと思う。
> いつ
その制作過程は段階的で3期ほどになののではないのか。
時期が紀元前1世紀から3世紀にかけてだろう。
> どこで
西北インド辺り、アフガニスタンの辺りかもしれない。
「東方」という方向を意図的に記されることが多い。つまり、仏教の中心地からは西側の地域でのことではないだろうか。
物語のなかで説所は霊鷲山とされるが、その記述から、実際にその地を訪れたことのない人が記していると思われる。
> 誰が
法華経創作者の個人、集団は何も判らない。
> 何のために?
釈迦牟尼に始まる仏教は、新たな神仏を摂取していくなかで、釈迦仏信仰から他仏信仰へと移行してしまった。そこで改めて釈迦仏を崇拝するために法華経は創られた。
(以上、講義メモから)
*わたしは、個人的に法華経のなかで記される法滅後の末法とは『大集経』などの2000年説とは関係なく、法華経創作当時のことを指していると思います。そして、そこで登場する弘教の菩薩を自分たちに凝らしているのでないのかと考えます。釈迦牟尼仏は亡くなったという歴史的事実を前に、滅後に弘教を託された付属の衆がいる。それこそ、自分たちなのだという目的意識から法華経は創られていったのではないかという想像です。また、法華経は舎利崇拝から、仏塔(舎利塔)信仰という前時代的背景のなかで、その当時、コーラン、聖書などの聖典信仰と同様の流行のなかで確立されていく、経典信仰から新たな仏塔信仰、経典安置塔信仰を標榜し、その仏塔を各所に増設する条件として、経典の書写、弘教の薦めが物語の主流になっているのではないのかと考えます。
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