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法華経について
92
:
一字三礼
:2006/04/23(日) 11:46:40
犀角独歩さん
レスありがとうございます。
こちらの掲示板とは直接の関係はないのですが、別件で常不軽菩薩に関して意見を求められておりました(当然、独歩さんはご存知ですが)。その場で、常不軽菩薩についてこのような論旨で意見を言うのは憚られたものですから、こちらの掲示板に投稿させていただきました。
> 四衆と比丘・比丘尼、優婆塞・優婆夷ですから、比丘・比丘尼という声聞とその信者である優婆塞・優婆夷ということのほうがよいように思えます。
ご指摘の点、まさに仰るとおりです。
> これは具体的に、どの箇所を指すのでしょうか。
本来、「授記」とは仏が次に成仏する菩薩を予言する行為をいうのですが、法華経の「授記」は譬喩品第三から法師品第十までに釈尊が三周の声聞に対して行った未来成仏の予言をいうのだと考えます(今は提婆達多品と勧持品は除きます)。
不軽菩薩の時代は、威音王仏滅後の像法時代なので無仏です。そこで不軽菩薩が、およそ目に入る全ての四衆(声聞とその信者である在家)に対して、迹門での釈尊のごとく、未来成仏を予言していったのではないでしょうか。
「是の無知の比丘、何れの所より来って、自ら我汝を軽しめずと言って、我等が与に『当に作仏することを得べし』と授記する。我等是の如き虚妄の授記を用いずと。」(常不軽菩薩品第二十)
増上慢の四衆も不軽菩薩の行為を「授記」と理解しております。
そこで、具体的にはどの箇所を指すのかと言えば、この有名な24字になると思います。
「我深く汝等を敬う、敢て軽慢せず。所以は何ん、汝等皆菩薩の道を行じて、当に作仏することを得べし。」(常不軽菩薩品第二十)
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