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獣人総合スレ 避難所

630名無しさん@避難中:2011/04/16(土) 20:56:31 ID:AkyvWBeo0
 水島先生に連れられて、プールサイドを練り歩く。
放課後に雨宮と廊下ですれ違った、といった話を部員から聞き出し、その度に自信満々で
“役立つ情報が得られただろう?”といった風な顔をしてみせる水島先生。
それだけ見れば頼りがいのある笑顔なのだろうが……どうもピントがずれている。
あと、水島先生が部員に向ける視線の種類が、男子に対するものと女子に対するものでは
違うように見えるのだが、気のせいだろうか。
 犬人やスナドリネコ人やペンギン人やラッコ人の部員たちが水しぶきを上げる横を通って、
飛び込み台の近くまで来た。カルキで皮膚がピリピリする。こんな所へ準備も無しに来るんじゃなかった。
雨宮の居所は分からないままだ。当然だろう、奴もこんな所で長居はすまい。


 ふと上を見ると、谷川が飛び込み台の上に立っていた。その姿は普段よりも細く、
まるで研ぎ澄まされた刀のように見える。次の瞬間、飛び込み板の先端から身を躍らせた。
鮮やかな色彩が複雑に回転しながら降りてくる。そして、一直線になって水の中に吸い込まれた。
あれほど高い所から飛び降りたのに、水音も水しぶきも驚くほど小さい。
跳んでから水に入るまでの時間が、まるでスローモーションのように長く思われた。

 どうも、頭がぼうっとする。きっと、塩素に、あてられたのだろう。こんな所で…長居をしすぎた。
気分が……悪い……
そして、立ちくらみ。
倒れそうになったが、なんとか踏みとどまった。鮮やかな色彩の誰かがこちらの様子に気付いて、
プールから上ってきた。「水島先生!こんなところに皮膚呼吸するヒトを連れてきたら……」
最後まで声が聞き取れない。誰かの肩を借りて、どこかへ連れて行かれた。

631名無しさん@避難中:2011/04/16(土) 20:57:12 ID:AkyvWBeo0
 ……水の流れる音。草の匂い。
気が付くと、川沿いの木の下に座っていた。人の影が少し長い。日が傾きかけているのだろう。
「気分は良くなった?」と、聞き覚えのある涼しげな声。谷川だった。
とっさに(事情を説明しなければ)とか(自分はどの位の時間、前後不覚になっていたのだろう)
とか(誰がここまで連れてきてくれたんだ?)とか幾つかのキーワードが頭の中を駆け巡ったが、
口から出てきたのは「……すまん」という一言だけだった。
 改めて彼女の方を見てみた。乾かしたばかりのように見える頭の羽毛、さっぱりとした制服姿。
横にカバンが二つ、片方は自分のものだ。そういえば、持っていたはずの部室の鍵が無い。
「鍵なら返しておいたわよ」と言われ、また「……すまん」と一言。

 どうやら意識が朦朧としていたのは30分程度らしい。
たまたま保健室の窓から様子を見ていた白先生が駆けつけてくれて、「塩素酔いが抜けるまで
しばらく空気がきれいな所で休ませておけばよろしい」との診断を下したのだそうだ。
「部活はどうした?」と尋ねたら、谷川は「今日は高飛び込みの練習は前半だけだから、
下校時間としては予定通りよ」と、涼しい顔をしていた。そのまま数分間、ぼんやりと川面を見つめていた。
まだ柔らかい草が互いに触れ合い、かすかな音をたてる。まるで時間の流れが止まったような感覚だった。
しばしの沈黙を破って、「……帰ろっか」と谷川が言った。

 帰り道、谷川が唐突に「ショーちゃん、私に惚れた?」と言い出した。悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「まさか、お前に?」と返す。いったい、いきなり何を言い出すのだ。
「でも顔、赤くなってるよ?」と谷川。どこまで本気で言っているのか分からない奴である。

―― これは変な感情なんかではない、塩素の影響に決まっている。その事は分かっているだろうに。
そう反論しようとしたが、しなかった。反論すればするほど信用されないと思ったから。

632名無しさん@避難中:2011/04/16(土) 21:00:40 ID:AkyvWBeo0
投下終了。
以後季節に合わせて投下するかもなので、気長にお付き合いいただければ幸いです……

633名無しさん@避難中:2011/04/22(金) 23:47:21 ID:7fuEiPpE0
うわあ甘酸っぱい。青春っていいねえ!

634名無しさん@避難中:2011/04/29(金) 04:21:10 ID:QvvOqnGEO
新シリーズがいろいろ投下されて胸が熱くなるな……!

635 ◆bEv7xU6A7Q:2011/05/04(水) 03:04:43 ID:ULrZkOes0
http://loda.jp/mitemite/?id=2042.jpg

636名無しさん@避難中:2011/05/04(水) 03:19:34 ID:t7tKomUQ0
初等組!かわいい

637名無しさん@避難中:2011/05/04(水) 03:23:18 ID:eSQCKk/20
描いちゃきたぁ!

638 ヘ ノ: ヘ ノ
ヘ ノ

639名無しさん@避難中:2011/05/26(木) 20:50:35 ID:4tsMsMLM0
http://shindanmaker.com/72664
幼女「ぐすん…えーんえーん!」
あなた「どうして…泣いてるの?」

リオの場合→幼女「えーんえーん!ぐすん…リオがわたしにイタズラするぅ!だれかたすけてぇ!」
白先生の場合→幼女「えーんえーん!ぐすん…白先生さん…ぜったいなんにもしないってゆったじゃない……」

640名無しさん@避難中:2011/05/29(日) 08:15:17 ID:mN5Yj.Ec0
いつもアップローダーに絵を上げてくださる絵師様へ
Wikiの方にも絵を載せたいのですが、アップローダーに上げるだけでは載せて良い物なのかどうか判断ができません。
載せても良いのかどうか、その旨を教えてください。
またお願いなのですが、創作発表板ですので本スレか避難所に投稿して「発表」してくださいませんか?
よろしくお願いします。

641名無しさん@避難中:2011/05/29(日) 21:05:49 ID:SXDlBHHk0
>>640
もしかして私のことだとしましたら、アップローダに有るものは自由にしていただいて構いません。
とりあえずほぼ「furryXXX.jpg」と言うファイルだと思います(一部間違った名前のものも有りますが)。

なお、本スレが無かったので避難所の方に一つあげておきました。

642名無しさん@避難中:2011/05/31(火) 00:32:12 ID:2jt/ipms0
>>641
返答ありがとうございます!
Wikiのほうにも上げさせていただきます。

643わんこ ◆TC02kfS2Q2:2011/07/15(金) 23:20:44 ID:tyz8ZPUI0
こちらに投下します。はい。

644カエルとウサギ ◆TC02kfS2Q2:2011/07/15(金) 23:21:32 ID:tyz8ZPUI0
 リオのスカートが風でふわっと舞い上がる。調子に乗って自転車のたち漕ぎをしたからだ。
土曜の午前中なのが幸いしてか、人の目線は気にならなかったのことがせめてもの救い。鉄壁スカート崩壊の危機は免れた。
 吹き抜けるひんやりとした梅雨の中休みの空気が、ニーソックスからはみ出した太ももの白いウサギの毛をやさしく冷やしていた。
太ももから腰、短い尻尾、背中を人差し指でなぞられたような。川の冷たい水で指を浸す。命の源である水は生き物に寛大だ。
その濡れた指で無防備なリオの体を触るか触らないかの感触でゆっくり爪をたてる。瞳の奥から涙が滲む。太ももを無意識に合わせる。
 「ひんっ」
 だけど、特別な人からされるんだったら、それはとっても嬉しいかも。と、リオは前向きに受け取っていた。

 休みの日に行く学校だから、いつもと違って自転車に乗ってみた。
 休みの日に行く学校だから、いつもと違って河原を通ってみた。
 ウサギの因幡リオは、自転車の前籠に荷物を載せて学園までの道で風になる。衣替えしたばかりの半袖から
澄んだ初夏のにおいがする。いつも乗っている市電の中から見る空と違って、遠くまで透き通る風が心地好い。
気持ちのいい青空のまま、帰りはショッピングとしゃれてみたい。行く先はもちろん同人ショップ。薄い本が待っている。
でも、学校の制服のままだと誰かに見られたら乙女心が傷ついてしまうから、きょうはちゃっかり着替えを持ってきた。
市販されているブランド物のよそいき制服。メガネを外しても大丈夫なようにコンタクトレンズも忘れずに持ってきているし、
着替えて真面目で通している「因幡リオ」という風紀委員長の証を消してしまえば、誰かからの人目を気にせず思う存分
自分だけの妄想ライフに閉じこもり、お咎め無しの同人ショッピングができるんだ、と夏の雲のように浮かれていた。
 
 それに、学校へ行く用事のもう一つ。跳月先生から借りていた本を返すこと。
 化学教師から借りていた理数系の本。根っから文系のリオは目次を見ただけで頭を痛めるような内容だったものだった。
リオが今までと違う世界の本が読みたいと言い出したので「ぼくが小さい頃に夢中になって読んでいた本でもどうだ」と、
貸して頂いたものだった。ハードカバーの角が丸みを帯びてきて、ところどころ日に焼けた跡がある。表紙を開くと、薄い紙が出迎える。
 「いつの本なんだろう」と読み進めているうちに、文系だったはずのリオも数字の世界に巻き込まれていた。

 数字の世界ってきっと石頭なんだろうという、文系少女・リオの既成概念を打ち破る。だが、数字とはいえ、所詮人が作りしもの。
読みすすんでいくにつれて「数学のこと」「この本を書いた人」に俄然興味を抱くようになってきた。つまり『数学萌え』。
気取って理解を遠ざける専門用語なんか一言も使わず、平坦な言葉だけで精密機械のような理数系の世界を紐解く。
この敷居の低さがリオには理数系というヤツに親近感を覚えてくるようになっていった。食わず嫌いをリオは恥じた。
 読後。リオは全ての数字の世界を理解したような気になっていた。たとえ、それがフェイクでも一人でも数字に興味を持った者が
増えたとすれば、その本の著者としては非常に喜ばしいことだ。そして、この本を与えくれた跳月にも感謝……。
 リオは本を返すことと、理数系からの温かい出迎えの喜びを跳月に伝える『用事』が出来たことに、胸を高鳴らせていた。
その本を紙袋に入れて「すごく、面白かったです!」と跳月の顔を思い浮かべてセリフの練習をしながら、佳望川のほとりを走る。

 学園近くを流れる佳望川。広く豊かな水量を誇る一級河川。この土地は佳望川によって育まれたと言っても過言ではない。
川は人に親しまれ、人は川を愛する。大きな川は学園の生徒にも愛され、漕艇部が船を浮かべたり、吹奏楽部が河川敷で
練習をするのに利用されている。川に架かる佳望橋を自転車に乗ってリオは走り抜ける。川の上なので空気が気持ちよい。
 橋の上を走ると空の色が青いことが幸せに感じる。空の色とあわせた鉄骨が橋を支え、街に溶け込む風景を作り出していた。
なんでもない街の顔に気にすることなく、リオはぐいと上流に堤防伝いに自転車を漕ぎ続けると川は向けて二股に分かれる。
佳望川に流れ込むもう一つの川、天秤川。流れは比較的緩やかで、もっと遡ると川遊びも楽しめる優しい憩いの川だ。
学園に行くには天秤川の側を走る方が幾らか早く着く。正面の校門より裏の坂道から登るのは少々骨だが、ウチからならこちらが近い。
春になると桜の花で埋め尽くされる河川敷に自転車と一緒に降りると、意地悪な風が懲りずにリオのスカートをなびかせているが許す。 
 そんなときに限って、学園で見覚えのある一人の男子を発見。

645カエルとウサギ ◆TC02kfS2Q2:2011/07/15(金) 23:22:07 ID:tyz8ZPUI0
 雨宮だ。雨宮跳だ。
 彼はカエル。新緑の青葉のような色の雨宮が川の浅瀬に立っていた。足元を涼しげな流れで洗い、気をよくしていた雨宮は
喉をけろけろと鳴らしている。川の流れに沿って風が吹き抜けると、岸辺に置かれた雨宮が持って来たと思われる紙袋が倒れた。
慌てて雨宮は紙袋を捕まえる。
 「はっ。もしかして……雨宮にスカートの中、見られたかも」
 紙袋が風に倒されたことで、なびいたスカートを思い出す。今更裾を押さえても、仕方がないことだ。
だけれども、それをしないと落ち着かない。
 堤防の上から雨宮をじっと観察しているうちに、リオは男子の気軽さが羨ましくなってきた。髪が風に吹かれて口元に張り付くと、
そっと摘んで整えた。
 「委員長じゃん。いたの?」
 「あ、あ、雨宮っ」
 カエルは今、気付いたようなそぶりを見せたので、とりあえずリオはあまり大きくない胸を撫で下ろした。

 「何してるの」
 「川の水温を計ってたんだよ。そろそろ水が気持ちいい季節になってくるからな」
 「ふーん」
 「お玉じゃくしだった小さい頃を思い出すんだよな。ウチの水槽よりも広いから思う存分泳げるし。委員長もしただろ?」
 「しないし」
 水を雨宮が蹴上げるとほおずきの種のように辺りに水が撒き散らされる。ぱしゃっと音を立てて、水面に同心円が広がり崩れる。
漕艇部である雨宮は川とずいぶんと親しいし、これからもずっとカエルである限り親しんでゆくつもりだ。水の中にいるときは
まるで遠くて近い故郷の胎内へ帰還したような安堵感を雨宮は感じている。
 「ウチの部もそろそろ補正予算案出さなきゃね。委員長」
 「お金の話はいやよ」

 嫌なことを思い出した。リオは個人的にはあまり実績の上げられない部については、さほど予算を気にしていなかった。
だが、いざ話し合いとなると他の委員たちが雁首並べてうんうん言うので、リオもその気になって首を縦に振ってしまったのだ。
それもこれもみんなの委員長だから、穏やかに話を終わらせたい一心での消極的賛同。
 「頼むよ。龍川大のミネラルウォーター、欲しいし」
 「わたしに権力ないし」
 リオを玩ぶように雨宮はケロケロと笑った。ふんっと捨て台詞を残してリオは学園へと自転車を漕いでいった。

646カエルとウサギ ◆TC02kfS2Q2:2011/07/15(金) 23:22:39 ID:tyz8ZPUI0

   #
 
 委員会の仕事は楽しい。だけど、予算の話し合いはあまりリオは好きでない。紙の上の数字と、現実の数字は相容れないことが悔しい。
 金の話だからだ。新学期に終えた部活動の予算配分の委員会、そして夏に向けて各部活動は補正予算を組む準備に入る。
迎え撃つのはリオたち委員会。どの部活も財布のことになると真剣になってくるのでリオはそれが恐かった。だが、仕事は仕事。
やるべきことはきちんとしなければと、真面目のまー子はせっせと過去の補正予算の議事録をダンボールに詰め込む。
知らない名前が並ぶ資料はリオの先輩たちが積み上げてきた学園の歴史。それを処分するのは忍びないが、溜め込むのもよくない。
いままで倉庫に眠っていた過去の書類を片付けることから、きょうの仕事は始まった。そのためにリオはやってきたのだ。
 「ごめんね、ミサミサ。委員会の仕事のお手伝いお願いしちゃって」
 「わたしも部活動で登校していたので、因幡先輩の力になれば幸いです」
 ただの書類整理なのに、ついてきてくれる委員の後輩にリオは感謝した。たっぱのある後輩は軽々と段ボールを抱え上げる。
詰め込まれた破棄予定の書類は束になると厄介なくらい重たいのだ。なぎなた部のエースでもある後輩は、リオの頼りになる存在だ。
凛々しい瞳に麗しい長い黒髪に惹かれて、同姓のリオでさえ惚てしまいそうである。素直なウマの娘・番場道産子(ミサコ)は
文句の一つも零すこともなく、委員会の者が負う任務を忠実に全うした。
 
 「重くない?」
 「いいえ。仕事ですから、喜んで」
 こんな仕事、暇な男子にさせればいいのにと少しでも考えたリオはミサコの仕事熱心さと比べて自分が恥ずかしくなってきた。
ミサコがリオのあとをに続くと、ミサコの部活動仲間であろう女子から黄色い声が飛んだ。その声がリオには痛い。
 「それにしても、結構あるね。捨てる書類」
 「はい」
 「5年前の資料だね」
 保管期間を過ぎた紙の束、ガムテープで厳重に封をする。学園のいちページを刻んだ証は役目を終えて行くべきところへ向かった。

 「おい、因幡」
 二人の足が止まる。教師に呼び止めるられたからだ。
 垂れたウサギの耳とよれたTシャツ。その上から羽織った白衣がいささか枯れて見える。
 「時間、あるか」
 「わたしたち、今から……」
 「因幡先輩。このあとはわたし一人でも大丈夫ですので、跳月先生の要件を……」
 ミサコの計らいに甘えて、リオは跳月に呼び出しに応じた。気を効かせたような、とリオはぐっと口元をかみ締める。
 要件がわからない故、不安を抱きながら化学準備室へ入と、相変わらず生活感のない部屋が迎えてくれた。無機質な電子部品が
机に散乱し、読みかけであろう分厚い本が開いたまま俯せにされている。リオと跳月で二人っきりの部屋。恋人でもないのに、
ましてや相手は教師だぞ。何故かリオは口の中を甘くしていた。この時間を崩したくなかったから。

647カエルとウサギ ◆TC02kfS2Q2:2011/07/15(金) 23:23:08 ID:tyz8ZPUI0
 「委員会の仕事、お疲れ」
 跳月の労いに無言で答える。
 「お前ら、部活の予算の話し合いさ。よく頑張ってると思うぞ」
 「はい。各部活動に不満が出ないように、それぞれの委員会から意見を出してますから!」
 「それでも、不満が出る。何故か」
 崩したくない時間を跳月がいとも簡単に崩してしまう。リオが苦手なお金の話。みんなで決めたことだから恨みっこなしだ。なのに。
 「聞いた話、一部えこひいきしてるんじゃないか、とな」
 「そんなことしてませんっ」
 「ぼくも信じてる。お前はインチキできるほど、度胸もないし器用でもないだろうし」
 正直な意見にリオは胸を突かれた。

 「ただ、数字は正直者なんだ。数年前から各部部費の増減が激しいんだ」
 「わたしだけじゃありません!委員は」
 「わかってる。だがな、ある部はこの年度は倍に増え、ある部は次の年度で大きく削られる」
 「実績があったか、なかったかでしょう」
 「因幡、わかるか。ぼくが言いたいのは、感情に流されるなってことだ」
 リオは跳月の言葉の意味を噛み締めた。まるで委員会が悪者にされているのではないのかと、一度は跳月の冷たい目に逆らおうと
思ったものどうしても跳月の目を真っ直ぐ見ることのできないリオがいたのもまた事実。瞳に熱いものがこみ上げるのがくやしい。
ただ、濁すことなく自分のことを評価することに対してもリオは特別な感情を抱いていることに変わりはなかった。
 「誤解しないで欲しいんだけど、ぼくがお前を呼んだ理由。お前は委員の中でも仕事はよく頑張る方だ。ただ、お前さ」
 跳月か冷たくされればされるほど、リオは跳月に素直になれる。だから、跳月の二の句がよく分かる。
 「流されやすいだろ」
 「ひんっ」
 「日和見主義なところがあるだろ。もう少しわがまま言ってもいいんだぞ、委員長だろ」
 自分の欠点を素直に指摘されることは辛くもあり嬉しくもある。
 「因幡だけじゃないだろうけど、お前は特にそういう傾向にありすぎるんだ」
 「うう……」
 「悪く思うな。ひねた大人の意見なだけだ」
 「ありがとうございます……」

 どうしてだろう。何でもいいからぶち当たりたい気持ちになってきた。自分のせいだとわかっていても、溜め込んだものを
あたりにぶっ放したい。リオは跳月に丁寧にお辞儀をして学園から帰る準備をしていた。
本を返すこと、そして感想を伝える暇もなくなってしまったことさえ頭の中から消え去っていた。
 悔しい。どんな数式を使っても、底からこみ上げる熱い血潮を説明できないなんて。文系だったら説明できるだろ。
と、数学に被れたリオは文系やら理数系と言い訳がましく目に涙を堪えていた。

648カエルとウサギ ◆TC02kfS2Q2:2011/07/15(金) 23:23:42 ID:tyz8ZPUI0
  #

 帰り道は暗かった。まだ昼だというのに。初夏の日光が眩しければ眩しい程、気持ちが暗くなってゆく。
 朝、出掛けのときのテンションはどこぞへと消えてしまった。寄り道なんかしてないで、早くベッドに飛び込みたい。
 ふかふかの布団は優しくリオを包んでくれるし、愛用の枕はいくら抱きしめても文句のひとつもこぼさない。
そうだ。誰でもいいから自分に構って欲しいんだ。今なら、例え相手が感情を忘れたハリネズミだってでも、ぎゅうっと自分を痛めながら
抱きしめることだって出来る。もしかして、氷のように閉ざされたリオの病んだ気持ちに針が突き刺って砕いてくれるかもしれない。
 ペダルを踏む度に髪が揺れて、太ももがスカートから見え隠れする。前籠に入れた紙袋が跳ねる。買ったばかりのよそ行き制服が
いまだに紙袋に入ったまま。着慣れた指定の制服に見を包んだまま。そして、河原には雨宮がたたずんだまま。
 浅瀬の雨宮は涼しげだ。朝出会ったときと変わらない表情を浮かべて、水と戯れるカエルがリオには心底羨ましい。
笑ったり、怒ったり、落ち込んだり、泣いたり。ウサギは忙しい。金属が軋む音を立ててブレーキを握る。堤の上から雨宮を見下ろす。
雨宮に声をかけたいけれど今一歩踏み出せない意気地無しのリオ。

 「あれ?委員長」
 「雨宮、まだいんの?」
 「へへっ。これから暑くなるしね」
 ただでさえすかっと突き抜けるような快晴に憎たらしいのに、カエルにまで笑われるだなんて。
 自転車を止めると雨宮の方へ駆けつけるためにリオはサドルから跳んだ。川辺に置かれた雨宮の紙袋からオレンジ色のものが見える。
風に倒された紙袋、飛び出したのはおもちゃのウォーターガン。小さな子が扱うにはかなり大きい本格的なものだった。
パステルカラーが夏の水遊びにお誂え。丸いフォルムの筒型タンクが装備され、ピンク色の銃口はむしろ厳しさすら匂わせない。

 「なにこれっ。子供?」
 「夏と言ったらこれだろ」
 「言わないし」
 けろけろと笑いながら雨宮はウォーターガンを手にすると、意外と大きなものだと改めて分かる。もしかして、自転車一台は軽く
吹き飛ばしてしまうんじゃないかというほどとは言いすぎだが、漕艇で鍛えた雨宮でも片手で持つにはしんどく見える。

 「ちょっと、待って。雨宮」
 河原のブロックに腰掛けてよく磨かれたローファーを脱いで、ニーソックスを膝から太もも、そしてくるぶしに掛けて丸める。
季節外れの白い雪がじわじわとリオの脚の上で広がってゆき、ぱあっと花咲いてゆく。くしゃくしゃになったニーソックスは
踵から離れて丸く縮まる。その間、リオはスカートの中を雨宮に見られていないか気にしていた。そのうちに、両足が裸足になる。
 腰掛けていたブロックにニーソックスを並べて掛けると、リオは雨宮のいる川の中へと駆け出した。丸い石が足の裏をくすぐる。
脛を清い川の水がくすぐる。そして、妨げのない川の上の風がリオの短い髪をくすぐる。夏はいつでもくすぐったい。
 「雨宮!そのウォーターガン、わたしに貸して」
 「ん?」
 「いいから!早く!カエル!!」
 表情を変えずに雨宮はリオにおもちゃの水鉄砲を手渡すが、思ったより重かったのかリオは水面に吸い込まれそうになった。
水の音を足元で立てながら、リオは体勢を直して両手でしっかりとウォーターガンを構えていた。

 ペンは剣よりも強しと言うが、ペンばかり持ってても力は授からない。それがおもちゃの水鉄砲だとしても、本だけで得た知識よりも
大きな力を手にしたとリオは勘違いのような錯覚に陥る。本だけの理屈ではない、見えない力。
 「使い方分かる?手動のポンプで空気を圧縮するんだ」
 「わかってるって!」
 「へへへ。よくご存知で」
 汗ばむ日差しの中でどうして必死に水鉄砲ごときにかかりきっているのか。
 それでも夢中にリオは空気を圧縮し続けた。

649カエルとウサギ ◆TC02kfS2Q2:2011/07/15(金) 23:24:09 ID:tyz8ZPUI0
 「よーし。発射完了だよな」
 「わかってるって!」
 恥じらいも何もかもかなぐり捨てた風紀委員長はマンガで得た知識でプラスチックの銃器を構える。
かたちだけは一人前、半人前かもしれないが、まるで自分が厨二全開のラノベのヒロインにでもなった気分でかたちだけは整えてみた。
だが、それでもけっこう様になってるんじゃないかとリオは雨宮に向かって目を光らせていた。
 トリガーを引くと水圧の反発が重く腕にのしかかるが、水鉄砲だからそのくらいは踏ん張れる。真水はカエルのわき腹目掛けて
一直線に飛んでゆき、水しぶきを上げて雨宮の前に散っていった。カエルはそれでも嫌がる素振りを見せなかった。というより、むしろ。
 「うははっ。気持ちいいな」
 「……ごめん」
 「なんで謝るんだよ。気持ちいいだろ」
 「うん」
  
 水を得た魚……と言うよりかはカエルの面に水。だろうか。雨宮はリオに自分を標的にすることを待ち続けた。
ぶっ放す。そして、ぶっかける。それだけなのにリオは一日の出来事が全て佳望川に洗い流されてゆく。母なる大地の川に。
ゆらゆらと影となって二人が水面浮かんで、崩れては戻り、崩れては戻る。そして、もう一度リオは雨宮に向かってぶちまけた。
 「委員長、大丈夫か?こけたらずぶ濡れになるけどさ」
 「いいの!着替え持ってきてるから!」 
 「え?どういうこと?」

   #

 「そういうことか……」
 跳月は化学準備室の本棚を眺めて、本が一冊とび抜けていることを思い出した。
かつて自分が体験した書の愉しみを教え子が今それを感じていることに喜びつつ、光射す夏の空と清らかな川の水が
きれいに溶け込んでゆく季節を思い返していた。一日一日が眩しい頃を。
 「夏休みに読破した本だったよなあ。アレ」


  おしまい。

650わんこ ◆TC02kfS2Q2:2011/07/15(金) 23:24:54 ID:tyz8ZPUI0
カエルの雨宮くんをお借りしました。

投下おしまい。

651名無しさん@避難中:2011/07/16(土) 08:23:46 ID:cb79AtAA0
通りすがりでストレス発散に使われる雨宮www
雨宮くんとぼけたキャラで良いねw

652名無しさん@避難中:2011/07/16(土) 22:43:30 ID:rKZcBtG.0
リオの水遊びか…若いって良いな!これがどこかの三十j(漂白済

653名無しさん@避難中:2011/07/24(日) 00:01:33 ID:tfzZ57ik0
>>643
おお!ウチの部長がこんなに生き生きとしている!多謝です!

>627の続きのようなものを以下6レスほど。

654名無しさん@避難中:2011/07/24(日) 00:02:14 ID:tfzZ57ik0
――― Milagre Dos Peixes 〜夏編〜 ―――
1
 「ノボル!起きなさーい!」
朝、布団の中で眠気と戯れるのは至上の喜びと言っても良いと思う。
そんな心地よい朝のひとときを打ち破る声が響いてきた。
声の主は、母の池田 紅紗(いけだ べにさ)である。
布団の中から時計を見上げる。針は……5時過ぎを指したまま止まっていた。
また錆でも出て電池の接触不良でも起こしたのだろうか。
これでは時刻を確認できない。遅刻の危険を冒してまで二度寝する度胸は無かった。

 母は気が急ぐ性格だ。特に朝は、通常の三倍せっかちである。
食卓に向かってみたら、まだ6時半だった。朝練には遅すぎるし、朝礼までには早すぎる。
だいいち今日は朝練が無い。なんと中途半端な時間に起こしてくれたのかと思う。
その事を見透かしたのか、母は「少しくらい早く登校したってバチは当たらないわよ!」と言った。
普段より一時間も早く登校して、いったい何をしていろというのか。……図書館にでも行くか。
しかし本が湿気て困られるかもしれない。走り込みでもしているのが吉だろう。
 せかせかと忙しそうに動きまわる様子を眺めていると、普段の朱色が鮮やかな赤に変わり
頭に板状のツノを生やして宇宙空間を飛び回る母の姿が思い浮かんだ。
「さっさと食べて支度して、とっとと学校に行く!」という声に、そんな幻想はすぐに消し飛んだが。


 その日、最初の授業は体育だった。そして夏で体育の授業といったら、水泳である。
当然、塩素酔いの対策は欠かせない。更衣室で体表保護剤を塗り込み、薄手のウェットスーツを着た。
要するに体の周りの塩素さえ中和されていれば、塩素酔いは避けられる。そのための準備なのだ。
それを思うと、充分な用具も無かった時代に大記録を打ち立てたトビウオ人の古橋選手は偉大である。
 さて、入念な準備には時間が掛かる。既に授業開始の時間を過ぎていた。
同じく準備を整えた鮫島と共にプールサイドへ立ったのは、クラスの中でも一番最後だった。
竹刀を持った牛沢先生が「遅い!」と声を張り上げた。

655名無しさん@避難中:2011/07/24(日) 00:02:59 ID:tfzZ57ik0
 もともと泳ぎが得意な魚人であるから、塩素酔い対策さえしてあれば水泳の授業は楽なものだ。
エラ呼吸こそできないが、ヒレの手と抵抗の小さい体形の威力は絶大である。
鮫島に至っては、背中の上に友人を乗せて泳ぎ回っている。それでも結構なスピードが出るものだ。
当然、すぐに牛沢先生に見つかって仲間ともども竹刀で叩かれていたが。
 水泳部に所属していながら、谷川の泳ぎは上手くない。大きな翼が邪魔になるのだろう。
なぜか一緒に指導をしていた水島先生が様子を見かねて、「センセイが教えてあげよう!」
などと言って歩み寄……れずに、牛沢先生の竹刀が唸りを上げた。思わず目を覆ってしまう。
衝撃音。直後、プールのこちら側に大きな水柱ができていた。


 ところで、もうすぐ夏休みだ。
先週の期末テストも結果が出始めている。というわけで、谷川との成績比べが始まった。
その結果を言ってしまうと、こちらの全敗である。4時間目に現代文の答案が返ってきた結果、
全ての科目の結果が出揃った。谷川の方は前回と変わらない程度の成績だったのに対し、
こちらは中間テストの時よりも点数が下がっていた。順位も少し落としている。悔しい。

 成績が下がった理由は想像が付く。部活に熱心になりすぎたのだ。
というのはダブルスカルでペアを組んでいる後輩の平庭が、とんでもないワンマンなのだ。
オールを持つと性格が変わるというか、とにかくこちらにペースを合わせるという事が
絶望的に難しい。できればシングルスカルに専念してもらいたい所なのだが、残念ながら
大会への数合わせという弱小チームに特有の悲しい事情がある。
そんな訳で多少は無理の利く自分に白羽の矢が立ったのだが、正直言って体力的にキツい。
ギャップを少しでも埋めようとして練習の無い日も筋トレやロードワークに汗を流していた、
その影響が今回のテストの成績に如実に現れているのだろう。

 他に考えつく要因としては、塩素の影響だろうか。
いくら対策をしても水泳の授業があった後は、頭がぼんやりすることが多い。
その結果、授業に身が入らなくなるという事は確かにあるのだ。
だが、それを言い訳にするのは気が引ける。種族を理由にするのは甘えというものだろう。

656名無しさん@避難中:2011/07/24(日) 00:03:32 ID:tfzZ57ik0
 そして昼休み、谷川の目くばせ。眼光が鋭い。それはハンターの目である。
これから起こる事は大体予想できる。それでも席を立った。廊下に出て、彼女の後に付いていく。
たどり着いた先は、屋上だった。この暑い時期、強い日差しが降り注ぐ屋上に人影は少なく、
この個別面談の目撃者が少ないであろう事は、幸いと言えるのかもしれなかった。
 下界に蝉の声が響く中、日陰に並んで腰を下ろして弁当を広げる。
傍目には仲良く昼食を食べているように見えるかもしれない。実際に行なわれているのは
成績低下の理由を問い詰めるという、どう見ても和気藹々とは表現しがたい対話なのだが。

「前よりも10点も落とすってどういう事なのよ。前よりも簡単な位だったのに」
「部活で時間を取られて勉強の時間が短かったんだよ。ここまで下がったのは反省してるけどさ」
「前も言ったと思うけど、部活を理由にしないで」
「今度の大会が最後なんだ、それさえ終われば……」
「そんな言い訳は聞きたくない。勉強時間が短かくて、ここまで成績が下がる?」

原因は分かっているし、その事への反省もある。そこへ追い討ちを掛けるような谷川の叱責。
きっと、カワセミに捕まって枝に叩き付けられている小魚の気分はこんな感じなのだろう。

「これが結果なんだから、そうなんだろう」
「開き直ってどうなるのよ。このままじゃ駄目なのは分かってるんでしょ?」
「次のテストは大会の後だから、こんな悪い成績にはならないだろうさ」
「そういう意味じゃない」
「谷川が心配するのも分かるけどさ、」
「分かってない!」

珍しく谷川が声を荒げた。

「私がどんな思いでショーちゃんの成績の心配をしているか、ショーちゃんは分かってない」
「……」
「私は……私は……」

言葉に詰まっている。これほど感情的になった谷川は初めてかもしれない。
見れば、目に涙を浮かべていた。それほど酷い言葉を投げかけた覚えは無いのだが……
他人の成績の変動がそれほど大事な事なのだろうか。自分には理解できなかった。

「……まあ、落ち着けよ。そして理由を話してくれ」
「……ごめん、ちょっと取り乱しちゃったね」

谷川は深呼吸をして、再び話し始めた。

657名無しさん@避難中:2011/07/24(日) 00:04:08 ID:tfzZ57ik0
「……進化の軍拡競争って言葉があるの」
「互いに進化しあって生存競争をする、という奴か?」
「まあ、そんな感じ。赤の女王競争なんて理論もあるわ」
「それで?」
「私は昔から、ショーちゃんと競争してきたの」
「競争ねえ」
「そう、強く大きく進化する獲物と競い合って進化してきた捕食者みたいに」
「それじゃ、今回の俺は谷川に捕まったと」
「少しでも立ち止まったが最後、取り残されて滅びるしかないのよ」
「厳しいな」
「私は、……私は皆の一歩先を行くショーちゃんを見ていたいの」
「……」
「そして私は、そんなショーちゃんに負けたくない」
「谷川……」
「だから私の知っているショーちゃんで、いつまでも捕まえられない大きな存在でいて欲しいの」

まっすぐな視線をこちらに向け、真剣な顔で話す谷川。
あの他愛も無いと思われた成績比べが、彼女にとっては大きな意味を持っていた。
いつだって谷川はまっすぐだ。まっすぐに気持ちをぶつけられて、改めて分かった。

「……谷川の気持ち、少しは分かったと思う」
「少し、じゃ駄目」
「分かってるよ。何事も本気でやるさ。勉強も部活も、お前には負けないからな」
「そう、わかればよろしい!」

元の明るさを取り戻した谷川。その笑顔を見て、ふと思う。
よく分からない所もあるけれど、こいつと一緒にいると毎日の生活に張りがあって面白い。
確かに彼女が言うとおり、谷川と自分とは常にお互いに高めあってきたのかもしれなかった。
……ところで、感慨に耽っている前に、どうしても片付けておきたい事があった。

「それじゃ、我々の目の前にある昼御飯を片付けてしまおうか」
「……それもそうね。そういえば2人だけで食べるのって初めてじゃない?」
「え?そうだっけかな?」
「なんかデートみたいでワクワクするね」
「……早く食べないと昼休みが終わるぞ?うん、美味い」
「そうね。それじゃ、いただきまーす」

658名無しさん@避難中:2011/07/24(日) 00:04:57 ID:tfzZ57ik0
 そして夏休み。毎日が飛ぶように過ぎていった。
教科書を先の方まで読み、いろいろな問題集を買い込み、補習がある日には学校へ行って
理解できない部分を先生に毎回教えてもらった。その反応は様々で、
     泊瀬谷先生には感心され、
      獅子宮先生には煙たがられ、
     帆崎先生と大稲荷先生には呆れられ、
    英先生には説明に日本語を使ってもらえず、
  サン先生には台車を押す係を命じられ、
   百武先生には天体観察の素晴らしさを熱弁され、
     要石先生には2泊3日のフィールドワークに付き合わされ、
    跳月先生にはモーターが錆びると愚痴を言われ、
  白倉先生には……解剖されるかと思った。
 猪田先生と山野先生に関しては、この手の質問攻めにも慣れているようで
細かい事でも懇切丁寧に教えてくれたので、実にありがたかった。
 おかげで夏休みが終わる頃には、あえて目を通さずにいた最後の問題集も
割と楽に解く事ができるようになっていた。

 むろん、大会へ向けて部活の練習も欠かす事はできない。
もともと体力は群を抜いている訳ではなく、毎日のトレーニングで維持しているのである。
立ち止まれば取り残されて滅びるだけ、という谷川の格言はこんなところにも適用できるのだった。
 しかしながら、勉強時間が長くなれば体力づくりに回る時間が減少するのはどうしようもない。
普段の生活の中で意識して運動するようにしてはみても、その減少分を吸収するのは難しく、
そしてその証拠はタイムとなって突きつけられるのだった。
 ある日、艇を降りると平庭が言い放った。「先輩、体力落ちました?」と。
まったく返す言葉も無い。普段は気弱な態度だというが、そんな平庭を自分は見たことがない。


 さて、夏休みも終わりに近付いた頃、その事故は起こった。
その日も狂戦士・平庭に合わせて必死にオールを動かしていたのだが、コースの中間点あたりで
“ばりっ”という音を立てて、平庭の握っていたオールの柄が折れたのだ。
「折れたーっ!?」という声が聞こえたような気がする間もなく、バランスを崩して艇は転覆。
二人とも川面に投げ出された。
 ぼこぼこと気泡が動きまわる音。視界の端に回転しながら沈みゆく艇が映った。平庭を探す。
パニックを起こしてじたばたしていた。まさか溺れはしないだろうが、しかし協力は得られそうにない。
浮上して大きく息を吸い込む。一瞬、エラ呼吸の割合を小さくしてきた先祖を恨みたくなった。
 艇は川底にぶつかりそうになっていた。万が一にも壊れたら大変だ。押し流される艇を捕まえ、
川の流れと平行にする。そして頭の上に持ち上げるようにして、水面へ向かって泳いだ。
力の限り、水を蹴る。何も考えず、ただ水を蹴って進み続けた。

659名無しさん@避難中:2011/07/24(日) 00:05:26 ID:tfzZ57ik0
 十数分後、自分は部室の中にいた。
慌てて駆けつけた雨宮と桝川の助けを得て、艇と平庭は無事に回収できたのだった。
トランシーバーを持っていなかったので、要石先生を呼びに桝川が自転車に乗って走っていった。
部室で事故の状況を聞き取り、落ち着いて判断を下す雨宮。こういう時には実に頼りがいがある奴だ。

「ほう、オールが折れるとは……まあ二人とも怪我をせずに済んだのが何よりだな」
「……部長、先輩、ありがとうございます……」
「とりあえず平庭は練習中はライフジャケット着用か。動きにくいだろうけど安全第一だ」
「なにはともあれ、艇を救えたのは良かったよ。修理代も馬鹿にならないからなあ」
「あと池田、無茶すんな。艇なんか下流で回収できるんだし、人命の方が大事なんだから……」
「う……すまん、とっさに体が動いてしまった」
「まあとにかくだ、要石先生に報告したら後は休め。どうせオールも無いからな」

 その後は駆けつけた要石先生に事故の一部始終を話し、短いお説教を食らった。
そして人が変わったように落ち込んでいる平庭を励ましていると、その日二番目の事件が発生したのだ。

 ―― 一年生の鰻田は内向的なところがあり、二年生の井森が積極的に接触していたお蔭か、
最近になって部活動にも溶け込めるようになったように見えた。
しかし鰻田としては、軽薄な所がある井森の事をあまり良く思ってはいないようでもあった。
確かに種族をネタにした冗談には好き嫌いがあるし、井森はその手の冗談が大好きである。
この両者は初めから危険な組み合わせだったとも思われるが、それが実証される結果となったのだ。

 突然、「あばばばばば!」という悲鳴がトイレの方から聞こえてきた。
部室にいた全員で駆けつけてみると、井森がぷすぷすと焦げ臭い煙を上げてトイレの床に転がっている。
見事に黒焦げだ。……まあ元から黒褐色なんだが。
横には鰻田が立っている。妙に目が据わっていて怖い。何が起こったかは容易に想像できた。
種族をネタにした井森の冗談を、鰻田が現実のものにしてしまったのだろう。
 「なんだか嫌に静かだな」と、誰かが言った。そして次第に強くなる嫌な刺激臭と嫌な予感。
ゆっくりと窓の方へ目をやると、嫌な予感、見事に的中。
鰻田による電撃の巻き添えを食って、トイレの換気扇が壊れていた。
「おいおい、換気扇の修繕費なんて部費に計上してないぞ……」
などと呟いている雨宮の顔は真っ青だ。……まあ元から青緑色なんだが。
まったく、厄日というのは存在するものである。


 何気なく外に出てみると、強い日差し。
蝉の声に混じって、土手の向こう側から甲高いモーター音が重なって聞こえてくる。
まるで小さなジェット機みたいな音だ。飛行機同好会で新しいマシンでも作っているのだろうか。
互いに河川敷を共有する部活動ということもある。多少の興味はあった。
歩く湿気がモーターに近付くのは向こうも気分が悪かろうと思い、お邪魔する気にはならなかったが。
 風が吹き抜け、木の葉や草の葉がざわめいた。
蝉の大合唱の中で、ツクツクボウシが特徴的な声を響かせている。
この夏も、もうすぐ終わりだ。河川敷には白いススキの穂が揺れている。

660名無しさん@避難中:2011/07/24(日) 00:08:57 ID:tfzZ57ik0
以上投下終了。
なんだかスレの湿度が上がってるような気がします…
魚だらけにしてしまって申し訳ない

661わんこ ◆TC02kfS2Q2:2011/10/07(金) 23:29:50 ID:SqTnCTAA0
スポーツの秋ですって!

投下します。

662ババアとローラーブレード ◆TC02kfS2Q2:2011/10/07(金) 23:30:54 ID:SqTnCTAA0

 体育の時間が苦手なコレッタが、ローラーブレードを履いて颯爽と滑っていった。
 かけっこをすればいつもビリなのに、誰にも負けない速さで風を切る。
 逆上がりも出来ないのに、くるりとUターンを決めてみせる。
 
 「気持ちいいニャ」

 池を囲む遊歩道、人々が集う公園、白い子ネコは足元のローラーを滑走させて秋の妖精となる。
 長い金色の髪をなびかせて、白い毛並みを風に晒して、コレッタは懸命に前へ前へと足を交互に動かした。
 がらがらと路面を転がる小さな車輪の音はぎこちなく聞こえるかもしれないが、いま一番早く走っているんだと、
コレッタを自信付けるには申し分ない応援歌であることは間違いない。両手をぶんぶぶんぶと振りながらコレッタは進む。

 「上手い上手い」
 「ヒカルくん!ちょっとはうまくなったかニャ?」
 「うん。すごく上手いよ」

 脚をハの字に開いてゆっくりと止まる。遊歩道の傍らのベンチには、犬上ヒカルが座っていた。
 コレッタはヒカルに近づくと、早く誰かに話したくてしようがなかったのか右手で拳を上げて目を輝かせた。

 「これでクロたちと競争に勝てるかニャ?」
 「うん」
 「わーい!ニャ」

 コレッタはぎこちなく尻尾でバランスを取りながら、ローラーブレードの足元で立っている。その姿を目の前にしたヒカルの顔には、
ほんの少しばかりの笑みが。コレッタが履いている淡いピンク色のローラーブレードは小さな傷がちらほらと目立っていた。

 二人をそっと木の陰から見つめるのは、そう。二人ともよく知る人物だった。崖っぷち感漂う三十路の女の白ネコは、
コレッタと同じようにローラーブレードで足元を固めていた。見てくれだけは立派なものだった。

 「コレッタに追い越されてしまった」

   #

 秋晴れの気持ちよい日の放課後、コレッタは保健室にいた。
 クラスメイトのミケに「牛乳を飲むと、速く滑れるようになるにゃ」と、そそのかされて、苦手な牛乳を飲んでいたのだった。
 事の顛末を聞いた白先生は目を白黒させながら呆れて薬を飲ませるとコレッタを休ませた。
 何が速くなるのか?とコレッタに尋ねると、恥ずかしそうに答えた。

 「ローラーブレードニャよ」

 どうやらクラスメイトのクロとミケに自慢されたのに本気になって、ローラーブレードでのかけっこ勝負を挑まれたらしい。
 どうやらコレッタが滑れないことをクロとミケが知って、その勝負を挑んできたらしい。

 「どうしたらうまくなるニャねえ」
 「沢山練習するしかないんじゃないのか」

663ババアとローラーブレード ◆TC02kfS2Q2:2011/10/07(金) 23:31:46 ID:SqTnCTAA0
 サイフォンから垂れ落ちるコーヒーの一滴をじっと見ていると、時の流れを早く感じる。保健室にあふれるコーヒーの香りが
何となくそれに歯向かって時間を止める。保健室独特の香りはこの部屋に限っては異なっていた。
 
 「わたしはローラーブレードをやったことないけど、上手く滑れたら気持ちいいんだろうな」
 「うん……ニャ」
 「そうか。ま、がんばれ」
 「白先生もやってみるニャ?」
 「ふっ。わたしなんか……晴れた休日は机でコーヒーの香りに惑わされるだけでいいよ」

 白先生はマグカップ片手にゆっくり首を横に振った。

 その日の仕事を終えた白先生、自宅に帰るとわき目も振らずに電源を入れ、PCのキーボードをまるで腕の立つピアニストのように
激しく鳴らしていた。通販で大人用のローラーブレードを注文しようとしていた。とにかく、早く手に入れたい一心だった。

 「わたしはコレッタの王子さまになるんだっ」
 


 とあるお城にコレッタというお姫さまがいました。
 お姫さまはローラーブレードが滑れなくて困っていました。
 そこに現れたのは白王子、白馬に跨りマントを翻し駆けつけて来たのです。
  
 「よしっ。わたしと一緒に練習するんだ」
 
 お姫さまと王子は一緒にローラーブレードの練習をしました。
 そして、お姫さまはついにすいすいと滑ることが出来るようになったのでした。

 めでたし、めでたし。



 白先生は生徒に見せてしまったら、末代までの恥になるような顔をして『即日配送』のボタンを連打していた。

 コレッタはというと学校が終わるとすぐに公園へ走り、一人で上手に滑る練習をしている。
 いつもの公園の遊歩道、目の前をジョギングする人々が通り過ぎる。池の向こう側には流れる雲。ほとりの親水広場では
小さな子たちがきゃっきゃと裸足になって、汚れない太ももを濡れしていた。茂る草木がまだまだ深い。
 ベンチに腰掛けて普段履いているズックを恐る恐る脱いで、パステルカラーのローラーブレードに履き替える。 
硬いプラスチックの靴の中、指をもぞもぞと動かしてなんとなくむず痒い。バックルを留めるとかかとで地面を叩いてみた。
ガラガラとローラーが廻る音が聞こえる。ただ、それだけでもコレッタは「上手に滑れるニャ」と皮算用をしちゃう自信があふれる。
 両肘、両膝にプロテクターをマジックテープでかっちりと固めると、大層なことではないが儀式のようなものを感じる。
ローラーブレードとおそろいなピンクのプロテクターがあざやかに緑の中に映える。

664ババアとローラーブレード ◆TC02kfS2Q2:2011/10/07(金) 23:32:20 ID:SqTnCTAA0
 「ニャ!」

 脚がハの字に広がって両手が空中をかき乱す。尻尾がピンと立ち、コレッタはしりもち付いた。痛いというより恥ずかしい。
よくよく周りを見れば自分と同い年ぐらいの子がすいすいとローラーブレードを履いて気持ちよさそうに滑走しているではないか。
それどころか明らかに年下の子の姿も見える。コレッタはしりもちの状態そのままから立ち上がろうとして、再びしりもちついた。
 どうしてあんな見栄を張ったんだろうニャ。にひひと笑うクロとミケの顔がぼんやりとコレッタの目に浮かぶ。

 コレッタは自分のことを笑われているわけではないのに、周りの子たちの笑い声が気になって気になってぶんぶんと首を振った。
いっそのことあの子たちにネコじゃらしをぽいーっと投げつけちゃえニャ!と爪を立てる。その子たちに混じってぽつんと大きな影が。

 「……今、わたしが手を出すのは得策ではないな」

 はやる気持ちを抑えて、揺れる尻尾を我慢して。
 三十路のネコが木陰からこぶしを握っていた。普段は保健室のおば……おねえさんの白先生を押し込める。

 しかし、デジカメでも持って来ればよかったかなと、ちょっぴり後悔する。
 いや。そんなよこしまな考えはよくない。いっしょにコレッタと公園の周りで風になるんだ。
 白先生は注文していたローラーブレードが届くのを首を長くして待っていたのだった。

 コレッタが転んでは膝で立ち上がり……を繰り返していた。

 翌日、コレッタは学園の廊下でもローラーブレードを履いたつもりになっていた。
 両手をぶんぶんと振って歩く姿は奇妙だった。それをからかうクロやミケに、コレッタはぷいーっと尻尾を膨らませる。
 
 コレッタが二人をしかとして奇妙な行進を続けていると、目の前にゆらゆらと揺れる白くて大きなネコじゃらしが現れた。
 あまりにも気持ちよさそうに揺れるので、コレッタは我を忘れて飛びついた。だが、それはネコじゃらしではないぞ、尻尾だ。

 「ご、ごめんなさいニャ!」
 「……」
 「ヒカルくんの尻尾が」

 白いイヌの高等部の少年、犬上ヒカル。イヌの大きな尻尾を見紛って、本気で飛びついたことを謝るコレッタは
尻尾の持ち主の少年にことの成り行きを話した。彼はちょっと考えた末、コレッタの頭をぽんと撫でる。
 
 「じゃあ、一緒に練習する?」

665ババアとローラーブレード ◆TC02kfS2Q2:2011/10/07(金) 23:32:52 ID:SqTnCTAA0
   #

 午後の公園では、コレッタがローラーブレードを履いて芝生の上を歩いていた。
 ヒカルが言うには歩くことから慣れるのがよいらしい。なるべく両手を振らず、しっかりと前に進む。

 「ほら、尻尾でバランスをとりながら」
 「うん。わかったニャ」

 転ばずにローラーブレードを履いて前に進んでいる感覚がコレッタには力になる。先導をするようにヒカルはゆっくりと
歩いてゆくと、コレッタがヒカルの尻尾を追いかける。学校での廊下を思い出しながら。

 きょうも公園に来ていた白先生はブランコを揺らしながらコレッタとヒカルに見つからないように見守っていた。白先生の元には
未だ商品が届かない。一人暮らしだから、不在時到着のビラが待ち遠しい。しかし、一人でオトナが公園のブランコに乗っている
なんてまるで昭和時代の映画のワンシーンを思い出すではないか。空は晴れているけれど、悲壮感さえ漂う。

 何日か芝生の上での練習を繰り返すうちに、コレッタはこつを掴んできた。そのうち硬い遊歩道の上でも滑れるようになってきた。

 「ヒカルくん!ちょっと滑れるようになったニャ!」

 しかし、コレッタの声が明るければ明るいほど、ヒカルは一抹の不安をぬぐい捨てることができなかった。

 (クロやミケの方がコレッタよりレベルを上げているんじゃなかろうか)

 嫌な予感ほど良く当たる。よちよちと滑るというより転がすと言った方が近いコレッタのスケーティングを横目に
クロとミケが風のように滑走していったのだ。コレッタと色違いの物を足に固めたクロの姿がコレッタの瞳を潤ませる。

 コレッタとヒカルが帰ったので、白先生も帰宅すると自宅マンションの扉に『不在時到着のお知らせ』のビラが挟まっているのを
発見した。白先生は思わずにやけながら目に留まらぬぐらいの携帯のキータッチで、担当ドライバーへ在宅してますの一報を伝えた。

 やった!遂に手に入れた!
 明日はローラーブレードデビューの日。とりあえず、体を休めるようと白先生は床に就いた。
 枕元には届いたばかりの通販の箱がそっと置かれていた。

    #

 両肘、両膝、手のひらにプロテクターを付けて、足元は新品のローラーブレード。多少値の張る大人用だ。
このくらいの贅沢は……。いかにも『かたちから入る素人』を絵に描いたような白先生の姿は、どう見てもへっぴり腰だった。
せっかくのローラーブレードデビュー。仕事が終わるのを待ちわびて、これから遊歩道の風になるんだと、白先生は息巻いていた。が。

 「どうした?コレッタ?何できょうは滑らないんだ」

 コレッタはローラーブレードを履いていなかった。

 「これじゃ、わたしがおばかさんみたいじゃないか!」
 
 白先生は立ち木にしがみつき爪を立てて、ずるずるとローラーで滑り行く体を必死に立て直そうとしていた。

666ババアとローラーブレード ◆TC02kfS2Q2:2011/10/07(金) 23:33:20 ID:SqTnCTAA0
 ベンチにちょこんと座り、ミケやクロが気持ちよさそうに滑走している姿を眺めていたコレッタは、ペタン!ペタン!と、
尻尾を大きく上下に動かしてベンチを叩いていた。同じベンチには間を空けてヒカルが文庫本を読んでいる。ふと見上げると、
空にはうろこ雲で埋め尽くされて遠くまで続いていた。まるで氷漬けの水面を底から見上げているような色合いだったが、
ヒカルはコレッタに空のことでお話しするようなことはしなかった。コレッタをそっとして置きたかったからだ。
 コレッタの尻尾がヒカルの大きな尻尾を叩くので、ヒカルは気になって仕方がなかったが、コレッタをそっとしてあげたかった。
あまり応援しようとすると逆効果になるかもしれないと、ヒカルは悟ったからである。結局その日はコレッタは帰ってしまった。

    #

 悔しくて、悔しくて。
 コレッタはその晩、きょうは一度も履かなかったローラーブレードを両腕で抱きかかえ、自室のベッドの隅っこで
縮こまり、涙を溜めていた。ピカピカだったピンクのローラーブレードも、いつも間にやら細かい傷が増えていた。

 「もっと早く滑れるようになりたいニャ」

 惨めで、惨めで。
 白先生はその晩、きょう初めて履いたローラーブレードを両足にはめて、公園の遊歩道の隅っこでしりもちつきながら
涙を溜めていた。つや消しブラックの膝当ても、たった半日で細かい傷が増えていた。

 「コレッタに……教えてやるんだ。いてててて」

    #

 ヒカルとコレッタが公園に来始めてから一週間。
 コレッタはしっかりとローラーブレードを履いて公園のベンチに座っていた。

 「滑らないの?」
 「うん……ニャ」

 元気の無い会話をヒカルは続け、コレッタの前に立った。
 後ろ手を組んで、俯き加減のコレッタをじっと見つめているとヒカルの背後からねこじゃらしがゆっくり顔を出してきた。
気づかれないように、気づかれないように……かっちえりと固めた脚をぶらぶらとさせているコレッタはヒカルに胸のうちを開ける。

 「コレッタね。きのうのよる一人で考えてたんだニャ。ミケやクロに追い抜かされてくやしいニャって。でもお母さんが
  『コレッタちゃんのできることだけやればいいのよ』って言うから、きょうは履いてみたニャね」

 ヒカルはコレッタの話を聞きながら、ゆっくり後ろ手でねこじゃらしをコレッタに見えるよう、見つからぬよう傾けた。

 「かけっこも逆上がりもコレッタは苦手だから、ちゃんとすべれるかわからなかったニャ。でも、ヒカルくんといっしょだから
  コレッタもすべれるようになったニャ。なのに……きょうはいまいち……ニャ?」

 コレッタがヒカルの背後から覗いていたねこじゃらしに気づくと不思議と一瞬で消えた。きょとんとするコレッタは目を丸くする。

 「なんだろう。一瞬ねこじゃらしが見えたような……。でね」

 ヒカルはコレッタの話を聞きながら、再びゆっくり後ろ手でねこじゃらしをコレッタに見えるよう、見つからぬよう傾けた。

 「ヒカルくんがおうえんしてくるから……ニャ?!」
 
 コレッタがヒカルの背後から覗いていたねこじゃらしに気づくとまたもや不思議と一瞬で消えた。コレッタは爪を見せ隠し。
 ヒカルが尻尾のようにねこじゃらしをぴくぴく背後で動かしているうちに、コレッタはおもわず飛びついてしまった。
まだ、滑ることが出来なかった頃のコレッタがヒカルの尻尾に飛びついたときの再現のように。

667ババアとローラーブレード ◆TC02kfS2Q2:2011/10/07(金) 23:33:51 ID:SqTnCTAA0
 「滑れるね、うん」
 「うん……。滑れるニャ」
 「よしっ」

 たった一言ヒカルがかけた言葉がコレッタには救いになった。

 コレッタとローラーブレードを滑りたい一身の白先生はというと、その日も公園にやって来ていた。
しかし、無様な格好を晒すぐらいなら一人で練習してみせると、自分にはっぱをかけて何度も転んで起き上がっていた。
 
 「わたしはコレッタの王子さまに……なるんだっ」
 

 とあるお城にコレッタというお姫さまがいました。
 お姫さまはローラーブレードが滑れなくて困っていました。
 そこに現れたのは白王子、白馬に跨りマントを翻し駆けつけて来たのです……が。
  
 「きもちいいニャ!」
 
 お姫さまの背中から真っ白い羽根が生えて、青い空を飛び回っているではありませんか。
 王子さまを見下ろしながら、お姫さまはどこかへと飛んでいってしまいました。

 めでたし、めでたし。
 

 風のように滑ってゆくコレッタと側を歩くヒカルは、行く先に白先生がローラーブレードで滑っているのを目撃した。
 滑るというより、しゃがんだまま両手と尻尾でバランスを取りながら、白先生はローラーブレードを乗せられてころころとやって来た。
それ以前に体中が痛いらしい。三十路の手習いの厳しさを身をもって知った白先生に近づくのは、今は危険。コレッタは
くるりと長い金色の髪をなびかせてUターンを白先生に見せ付けた。遠くで誰も乗っていないブランコが揺れている。

 「白先生……」
 「い、いいや!違うんだ、犬上。ホントは上手く滑れるんだ!ちょっと立てなくなっただけだ!久しぶりだから……」

 傷だらけのローラーブレードとプロテクターの割には、ちょっと新しくも見える。ヒカルは敢えてスルーした。
 後姿で振り返るコレッタは尻尾でバランスを上手く取りながら、白先生へ微笑みの激励を贈る。 

 「興味ないって言ってたのに……やっぱり白先生も滑りたかったニャね!コレッタがすべり方を教えてあげるニャ!」

 白先生はにこりと笑うコレッタを及び腰のまま、見上げるだけだった。


   おしまい。

668わんこ ◆TC02kfS2Q2:2011/10/07(金) 23:35:19 ID:SqTnCTAA0
かわいいババア大好きだ!投下おしまい!

669名無しさん@避難中:2011/10/08(土) 05:25:00 ID:COhxFUPg0
かわいいババァとな

670名無しさん@避難中:2011/10/10(月) 03:27:21 ID:6G8mOgM6O
ババアの年齢でローラーブレードは厳しいなw

671名無しさん@避難中:2011/10/12(水) 22:57:27 ID:K9lk6qEw0
ババァとローラーブレードを滑れる権利。
何万でも積んでも買う!   え?

672名無しさん@避難中:2011/12/29(木) 01:49:22 ID:nt/mxIAwC
age

673名無しさん@避難中:2012/02/23(木) 23:36:49 ID:UJJp59ys0
ちこくですが。ぬこぽ
http://loda.jp/mitemite/?id=2822.png

674名無しさん@避難中:2012/02/24(金) 00:01:38 ID:0.6OOYz.0
にゃっ

可愛い!

675名無しさん@避難中:2012/02/26(日) 14:42:40 ID:.yk3YoV2O
ケモ小トリオかわええええ
撫でくりまわしたい

676名無しさん@避難中:2012/02/26(日) 16:29:16 ID:RIK3zB5w0
かわええ…!

677わんこ ◆TC02kfS2Q2:2012/03/25(日) 19:12:27 ID:NPwG9r.Y0
原案:a氏。

678言い訳さん ◆TC02kfS2Q2:2012/03/25(日) 19:13:16 ID:NPwG9r.Y0

 例えば、勇者が姫を救うとしよう。

 薄暗い牢に幽閉されて、自由の翼をもがれた若い姫。輝くブロンドの髪も時間と孤独でくすみ、白い肌も煤けてしまった。
 姫の命は邪悪なるドラゴンの手の平。ヤツが牙を剥けば姫の命は吹き消され、勇者がヤツに剣を薙げば姫の命は吹き返す。

 しかし、運命は数奇なもの。ドラゴンの正体が勇者が幼い頃から恋焦がれた、初恋の人だったらどうするか。
それは、永遠の憧れ。どんな山奥、海底に挑んでも見つけることの出来ないような、大事な大事な勇者だけへのかけがえのない想い。

 勇者は悩む。
 勇者とて悩む。

 悩みの無い者なんぞ、信用など出来ぬ。

 三十路の独身写真家、淺川・トランジット・シャルヒャーという男は、この勇者の気持ちが十分に理解できるはずだ。

     #

 「女の子にごちそうするのは楽しいでしょう。ね」
 「だから、おれが決めた人は、杉本さんだけだからな」
 「だーれ?」
 「おれがこの街でお世話になってるバイク屋さんの娘。プロフェッショナルなんだぜ」

 成り行きとはいえ、ハルコを部屋に上げた時点で間違いの始まりだったかもしれない。
 そんな男を尻目にハルコは、淺川が買い溜めしていた缶ビールを心底美味しそうに飲み干す。

 誰が呼んだか、小悪魔ハルコ。

 「女子の仕事は男子を困らせること。男子の仕事は女子を楽しませること……なんてね」

 ハルコの酔いが大分深くなってきた。不肖・淺川も一介の男子、小娘のほしいままにされたくはない。おれにはミナさんが
いるではないか。一目惚れも腐れ縁も、結局は同じなのだろうか。たまたま、ミナとの出会いが一目惚れだっただけし。
そして、まだまだ長い一方通行を通り抜けてないだけ。淺川もただの男子じゃないか……と、ビールを一口。
 虚ろな瞳を潤ませたハルコは、淺川の缶を引ったくり、コンと自分の缶と並べて置いた。奥のつまみを取ろうとハルコが手を
伸ばすと、不注意に缶を倒してしまった。淺川はぶつぶつと大量のティッシュでビール塗れのテーブルを拭くが、何枚も使ううちに
とうとう紙切れになってしまった。慌てることの無いハルコは丸くなったティッシュの束を掴む淺川の指先をじっと見ていた。

 「トランジット。爪が伸びてるねえ」
 「切る暇が無いんだよ」
 「今すぐ、切る?」
 「夜爪はやめとく」
 「インターネットの時代に迷信ですかあ?口笛吹こうかなあ?」
 「おいこらやめろ」

 夜は更けて、朝が参る。

 付き合っているという訳ではないが、他人という訳でもない。
 見知らぬ娘だという訳ではないが、そんなに深くは知っていない。
 振り回されてはいないけど、突き放すつもりはない。

 誰かと誰かがいつの間にかに互いに関わって、街を育て、地球を回す。
 それを思えば、ちょっとしたきっかけで出会ったハルコとの関係は、不思議ではないじゃないか。

 そして、一晩。色気ない夜空を共有してしまった。ティッシュの箱は淺川が使って空のまま、部屋で静かに腰を下ろす。

679言い訳さん ◆TC02kfS2Q2:2012/03/25(日) 19:13:54 ID:NPwG9r.Y0

 ハルコという娘は淺川からすれば飼い猫に近い。人懐こい猫だ。にゃーにゃーと猫撫で声で三十路男をたぶらかすハルコは、
淺川のキッチンの冷蔵庫を勝手に開けて、じっと中腰で眺めていた。ひんやりとした冷気が逃げてゆく姿をみすみす許す。
 ただし、温まって困るものはなし。両者ねぼけまなこで、誰しもが過ごす夜を忘れようとしていた。

 「ろくなものがありません」
 「久し振りにここに帰ってきたばかりだからな。ってか、勝手に開けんな」
 「ホントにろくなものがありませんね」
 「お前のせいでもあるけどな」
 「トランジットと飲んだビール、わたしには苦い思い出になるのでしょうか。トランジットと食べたキュウリの鷹の爪炒め、
  わたしには辛い過去として刻まれてしまうのでしょうか。オトナになるって、心がずきずきします」

 ぱたりと軽い冷蔵庫の扉を閉めると、ハルコの顔は暗く陰になった。明るい髪のハルコには似合わない暗さだった。

 「お腹が減りました」
 「口減らず」

 とにかく朝を迎えてしまった。開いたビールの缶の中、何度も何度も水道ですすぎ続ける淺川も腹の中だけはハルコと同じだ。
 ひとつ、またひとつ缶をすすぎ続け、水をきる。缶を台に置く音は独り者の淺川には聞き慣れたもの。ただ、水がシンクを打つ音は、
いつまでたっても寂しさを演出するものだと、淺川は耳を塞ぎたくなった。ハルコのわがままのほかに耳にしたく無いものがあるとは。
 減らず口の娘が大人しくなったと淺川が振り向くと、ハルコはストッキングを履き始めていた。開けたばかりの黒いストッキングは
すらりとなまめかしい脚線美を淺川の部屋に描き、ハルコを少しずつ娘から女に塗りかえてゆく。

 「モーニング、行こうよ」

 最近淺川の自宅近くに出来た喫茶店。名古屋方式のモーニングセットが自慢だとか。分厚いトーストと小倉餡が合うらしい。
値段のわりのサービス振りが人気を呼んでいるらしい。ハルコの琴線に触ったのか、やたらとそこに行きたがる。

 「あ……。ハルコ。悪りい、来客?」
 「うそばっか」

 踵を返した淺川は、ハルコをリビングに置き去りにして、玄関を飛び出した。頬を膨らませながら
ハルコはともに一夜を過ごしたハンドバッグをひょいと拾うと、ぶっきらぼうにぶらぶらと揺らしていた。

 淺川は来客者のいない玄関にて、バイク屋の娘・杉本ミナと通話していた。
ミナからの着信はいきなりだ。だから女の子は……、と深いため息。寸分の隙をハルコに嗅ぎ取られたくはない。
 決してやましいことはないはずだけど、淺川のミナへの想いをハルコに掻き乱されたくはないから。
 ミナからの話は「頼まれていたバイクのタイヤ交換が終わった」という、実に事務的なもの。
淺川には彩りが乏しいと見えたのか、色彩あふれるトークの花畑へとミナを誘った。淺川はそういう男。

 「いやあ。この街に帰ってから初めて電話をよこしてくれた子が杉本さんだとは嬉しい限り!」
 「うそばっかり」
 「いやいや!淺川の口にはそれは似合わぬ!それにこの街に帰ってきたのは、杉本さんに会うためって言っても過言ではありませぬぞ」
 「お変わりなく、安心しました」
 「それはそうと、今度春の陽気に誘われたことを言い訳にツーリングにでも……」
 「はいはい。考えとくね」
 
 台所でハルコが携帯を弄る姿が暖簾越しにシルエットとなる。
 気付かれないように玄関の扉を開けて、こっそり履き潰しかけた靴に足を入れ、マンションの廊下で通話を続ける。

680言い訳さん ◆TC02kfS2Q2:2012/03/25(日) 19:14:26 ID:NPwG9r.Y0

 「夕方、店まで取りに行く」と淺川がぼそぼそ声でミナに断りを入れて電話を切った。リビングに戻るとで淺川を待つハルコは
自分の髪を消えたテレビに映しながら弄っていた。従者に待たされたわがまま姫はひとつあくびをした。

 「お客さんは?」

 淺川にハルコは上目遣いで絡んでくる。淺川はぶっきらぼうに「マンションの自治会。うるさくて返した」と、とぼけ返して、
再び途中やめのビールの缶洗いを始めた。水道の水がシンクを叩く音が二人を邪魔する。 

 「トランジットくん、教えてあげよっか……新しい街のこと」
 「生意気に」

 しばらくこの街を離れていた淺川は、久し振りに街と顔をあわせることにした。ビールの缶を洗い終えると、ハルコも
同時に出掛ける支度を終えていた。短いパンツからすらりと若い足が伸び、店じまい間近いダウンジャケットを羽織るハルコは、
朝の景色には何故か眩しい。一介の男子、女子のお願いはとりあえず叶えることに。

 「淺川くんのバイクで行かない?ニケツしたいな」
 「おれのバイクは今、修理に出してるし」

 外に出られる程度の身支度をして、淺川は適当な返事を返した。適当な返事の罰か、午前の光が目に厳しかった。

 ハルコはハルコでピカピカのハンドバッグ片手でブーツの踵を鳴らし、淺川は淺川で財布を擦り切れたGパンのポケットに
突っ込んだだけのお気楽スタイルでスニーカーで後を追う。ハルコのバッグは自分自身のバイト代で手に入れた、最近流行りの
ブランド物。ハルコの手には正直眩しすぎる。揃ってマンションの玄関を潜る休日の午前の光。

     #

 ばかでかいバイクをトラックの荷台に乗せる手間が省けたと、ミナはにやにやと淺川の愛車に腰掛けて缶コーヒーを飲んでいた。
 淺川のバイクはでかい。排気量だって、並の乗用車程だ。ミナにはさすがに扱えないが、こんな城のような黒馬に跨がるだけでも、
淺川と同じ気持ちを感じることができるじゃないかと気をよくしていた。
 残ったコーヒーを一気に飲み干すとミナはバイクからぴょこんと飛び降りた。たった数センチでも空を飛んだ気分。
空を飛ぶこと、バイクで道を駆け抜けることはなんだか似ている感じがミナをちょっとくすぐった。
 真新しいタイヤを履いた淺川のバイクはガレージの中で休みながら、今か今かと外を走るときを待っていた。
まるで、新しい靴を買ってもらったこどものように。

 「そういえば、学校で新しい靴を履いてきた子って、必ず誰かから靴を踏まれてたよねー」

 にやりと歯を見せたミナは、つま先が擦り切れたエンジニアブーツで、泥さえ付いてもいない前輪のタイヤをぽんと蹴った。

 ミナの家はバイク屋だ。だから店先は油の匂いがする。お年頃の女の子が飛び込むには、ちょっと不釣合いと思われるかもしれないが
それを物ともせずにすすんで油塗れになれるミナ。根っから店先に並んだ鉄の馬たちが好きなんだろう。
 この店を訪ねてきた少年は、そう思っていた。

 「どうする?お昼過ぎには終わると思うけど」 
 「それでは、お昼過ぎ頃伺います」

 修理が必要になった自転車をミナが店先で預かると、自転車の持ち主である少年は軽く会釈した。
 少年はトートバッグを肩に掛けると、重さでよろめきがかった。くすっとミナは白い歯を見せる。

 「重い?」

 ミナの問いかけに少年は頬を赤らめる。

 「本なんです。全部」
 「そりゃ、重いね」

681言い訳さん ◆TC02kfS2Q2:2012/03/25(日) 19:14:55 ID:NPwG9r.Y0

 いくら本好きでも、持ち帰るのに閉口してしまう本の束。
 大分古い本だからか、ハードカバーのものばかり。バイク屋にいるはずなのに、何故か古書店へと迷い込んだような匂い。

 「こうして母から怒られるんです」
 「ヒカルくんが?」
 「父がです」

 あぶく銭が出来たので、馴染みの店に頼んで古本をたくさん取り寄せてもらった。だが、所用で受け取りに行けないので、
息子にそれを頼んだ。こどものような父親にヒカルは一肌脱いで、古本を受けとって自転車で帰宅していた途中のこと。

 「嫌なときにパンクしちゃったね」
 「自転車は直るから……。でも、父の無駄遣いの性格は治らないかも」

 ヒカルはミナに促されて店に並んだバイクに腰掛けると、タンクの上に本いっぱいのバッグを下ろした。
一冊取り出してページをめくる。時代を越えた独特の匂いが紙と紙との間からした。

 「そして、母に言い訳するんですよ。『ほら!ぼくの使ったお金で、誰かが潤うし』とか『お金を本に変えないと、
  他のことに使っちゃうし』とか。オトナのくせにコドモじゃないですか」

 ヒカルは本を大切そうに、また一ページめくる。
 ミナはもしかして、ヒカルのページを捲る癖は父親譲りなのではないのかと、余計な邪推をしていた。

 「何言っても母から『無駄遣いばっかりして、ウチを図書館にするつもり?』って怒られるだけなのに。杉本さん……」
 「ミナでいいよ!」
 「……ミナさん。どうして、すぐオトナは言い訳しちゃうんですか?」

 とある男子高校生の質問に、ミナはしばらく考えるふりをした。
 誰かと付き合ったことが無いわけでないから、何度かそんな状況に出会ったし、ヒカルの質問にも納得がいく。
デートの遅刻、分かりやすいウソ。そして、裏切られたときのこと……。いちいち丸く治めようとするからそうなるのだ。
だから……いっそ、壊してしまえ。分かりやすいじゃないの。ミナは少年の前では言葉にはしなかった。

 その代わり、「どうしてだろうね?」と、一言でヒカルの疑問をなだめた。

 昼過ぎに店に来ることを約束してヒカルが店を出ると、ミナは重そうにトートバッグを肩に掛ける少年を呼び止めた。

 「送ってこか?」
 「近いし、大丈夫ですよ」

 恐縮するヒカルは迷惑をかけたくないと、徒歩で帰宅することを選んだ。

 ヒカルが去った店内は、不思議と油の匂いが戻ってくる。
 バイク屋だから当たり前だけど、ヒカルがいたときは油の匂いを忘れていたような勘違い。
 ミナは思い出したかのように、ブーツのつま先が擦れているのに気付いた。

 だって、自分はバイク乗り。女の子したいけど、バイク乗りの性格がついつい、言い訳。

     #

 「お出かけ辞めましょう。ここにチョコがあるのを見つけました」

 玄関ではなく、何故かリビング。ハルコはお出かけ着のままチョコ粒のお菓子を手にして目を輝かせていた。
 甘いものさえあれば、それでいい。わがまま姫は従者を振り回すのがお仕事。タバコ箱大のお菓子はきれいにビニルに包まれたまま。
パッケージの鳥の絵が淺川が幼いころのときから変わらずに描かれている安定感。ハルコが箱を振ると中でチョコがぶつかる音が聞こえる。

 「ったく……。出ねーの?出んの?」
 「それより、これ頂戴」

 ややこしいことになるのは勘弁。淺川としてはこのまま外出して、うやむやにしながらハルコを家に帰し、ミナの元へとバイクを
引き取りに行きたい寸法だ。だが、自分が買ってきておいたとはいえハルコがトラップに引っかかってしまったのは、想定の範囲外。
 とりあえず、淺川はすんあんりとチョコのお菓子をハルコにあげることにした。

682言い訳さん ◆TC02kfS2Q2:2012/03/25(日) 19:15:31 ID:NPwG9r.Y0

 「呑んだ後の甘いものは、デートの後のキスみたいなものだね」
 「さっさと食えよ」
 「いただきまっす」

 ビニルを破り、箱の小さな明け口を開けるところころとチョコの粒が転がる。手の平にニ、三個、茶色い球体が楕円を描く。
ひょいよ口に含み奥歯で甘みと苦味を噛み締めているハルコは今までと打って変わって大人しい。淺川にもお菓子を勧める。

 「おれはいいよ」
 「おいしいですけど」
 
 ハルコがダウンを羽織ったまま、ソファーに腰掛けてハンドバッグをクッションに投げると淺川は肩を落とした。

 「わたし、お昼からバイトがあるんだよね」
 「じゃあ、帰れよ」
 「腹が減ってはなんとやら」

 ぼりぼりとチョコを食べ続けるハルコはすらりと脚を真っ直ぐに伸ばした。足の指先が気持ちよさそうに反り返る。
 冷蔵庫から麦茶の容器を取り出した淺川は一人でコップに注いでいた。

 「食わざるもの、働くべからず」
 「なんだよ、それ。間違ってねーか?」

 ハルコは箱を持つ手を止めて目を見開いた。箱の明け口が鳥のくちばしのようにデザインされて、飛び出たその部分には
きらりと光るもの。ハルコの視線を奪ったのはソイツだ。

 「あたりです」
 「だからさ……。『働かざるもの、食うべからず』じゃね?普通」
 「だから、あたりです。トランジット。お出かけしましょう」
 「え?なんで?」
 「ですから『あたり』です。なんか……当たっちゃったみたいなの。これをもっていけば、もう一つお菓子がもらえるんだよねー」

 自慢するようにハルコは『あたり』の文字を淺川にかざすと、ソファーからすっと立ち上がりハンドバックを再び手にした。
 だから、わがまま姫は!
 麦茶を吹いてシャツを濡らしてしまう大失態。

 「わたし、先に出てるからねー。マンションの玄関で待ってる」

 姫のお出かけだ。従者は後を守るようについて行け。ほら、玄関のスチール製の扉が閉まる音がしたぞ。
 だが……。折角のシャツ、びしょびしょにしてしまい、淺川、しょんぼり。 

 明るく長い髪がガラス扉に映り、ぼんやりと浮かび上がる姿をハルコは結構気に入っていた。
 まもなくおさらばする早春の装い。手元のハンドバッグもぴかぴかに、足元のブーツもかっちりと。すらりと伸びた
黒ストッキングの脚は街の誰しも釘付けに出来る自信はあるんだよ、とハルコは頬を赤らめて明るい髪を気にしていた。
 ふと、一台のバイクが玄関先に止まる。ちょっと昔っぽいデザイン。跨がっているのは、ハルコより少し年上の女性。
ヘルメットを脱いでタンクの上に置くと、彼女は真っ先に髪の乱れを気にしていた。

683言い訳さん ◆TC02kfS2Q2:2012/03/25(日) 19:16:05 ID:NPwG9r.Y0

 (確か、ここのマンションって淺川くん)

 ちょっと綺麗な玄関先で若い娘が立っているのは絵になるな……。ミナは名の知らぬ娘をじっと見ていた。

 彼女を呼び止めるようにマンションの中から飛び出してきた男の声は誰だ。バイクの女性は、思わずにんまりと頬を緩める。

 「ハルコ、待たせた!!」
 「ごちそうさまーっす。トランジット」

 シャツを着替えてジャケットを羽織った淺川は姫の待つマンションの玄関へと走った。
 無邪気に敬礼をするハルコの背後に杉本ミナを発見した淺川は、ミナの朝焼けにも似た笑顔が怖かった。

 人生に『モテ期』があるのなら、何かと引き換えにしなければならない。ただほど高いものは無いのだから。

     #

 「ちょうど、淺川くんとお話がしたかったんだよね」
 「さいですか……」
 「それに、わたしもこのお店に行ってみたかったんだよね」
 「はあ」
 「木目がきれいだよね」

 最近出来た喫茶店。
 名古屋方式のモーニングが自慢。
 安く、がっつりと朝食を頂ける喫茶店。分厚いトーストは気前良し、あっさり小倉餡は品が良し。
 古風なインテリアが客を落ち着いた空間へと惑わせる。

 ハルコもミナも行ってみたいというから、淺川はただそのお供をしただけだ。

 しかし、淺川にはここが陪審員が囲み、二人の怒れるケモノたちが牙を剥く法廷にしか思えなかった。

 「ハルコ、変なことしゃべるなよ」

 天井から吊り下げられた品のよい電灯をじっと見つめるハルコは、淺川の願い事を上の空にいるかのように聞いて片手を挙げた。
 気まずそうな顔をして、ウェイトレスが注文したモーニングを持ってくるので、淺川は「ありがとう」と彼女に小さく呟いた。
名札には『研修中』の言い訳じみた三文字が並ぶ。淺川はそんな世間を知らぬ若葉ちゃんにはめっぽう弱かったのだ。
 淺川の言動にミナは、出されたばかりのコーヒーを飲むふりをして抑えた。

 さて、お話はこれから。

 この場面をどう説明しようものか、どうやって乗り切ろうものか淺川は崖っぷち。
 
 勇者ならどうする。
 剣を振るのか。
 盾で身を固めるのか。

 血で体を汚す覚悟は出来ているのか。

 それとも……何もかもなぎ捨てて、ドラゴンにひれ伏すのか。

 果たして……淺川は勇者なのか。

 言葉。

 知恵。

 守るべきもの。

684言い訳さん ◆TC02kfS2Q2:2012/03/25(日) 19:16:34 ID:NPwG9r.Y0

 そして、誰も傷つけたくないという思い。

 それが淺川を動かした。

 「見ていてあんまりかわいそうだったから、ぼくが手を差し延べただけでやましい気持ちなど一切ない!ほらほらほら!
  気持ちがぼくを駆り立てたんだ!だって、女の子一人きりで夜中を歩かせらんないし!そこに現れたのがおれだっつーの!
  小さい頃、見たり読んだりしていたヒーローだね!この世に生きとし生ける男子らに埋もれ密かに潜在するという
  『ぼくが救わなきゃ、この子泣いちゃうからなんとかしなきゃ』的な王子様的な指命を与えられて遂行していたんだけだし!
  英雄譚をぼくらは受け継いで行かなきゃならないんだと思うんだ!」
 「何も聞いてないのに」

 ハルコはコーヒーを口に含みながら、淺川の横で淺川の返事をふんふんと聞いていた。
 土壇場に追い詰められた演説を聞きながら、机に両肘付いて両方の人差し指をくるくると絡めながらミナは淺川に話をさせる隙を与える。

 「ミナさんをびっくりさせたのは、悪かったっす。でもでもでもでもでも、なんにもなかったんだからんですからね!
  いや、疑われしは罰せず、と言うし。言わなければ、おれを侮蔑の言葉でがんじがらめにしちゃっても構いませんし!」
 「そこまで言ってないよー」
 「なあ!なあ!ハルコ!何もなかったよな!頼む!何か言ってくれ!」

 コーヒーを飲みながらハルコは淺川の約束を守り続けた末に、コーヒーのカップを空にする自由奔放を絵にしたような子だ。
 淺川にはそれを許す余裕さえないのだというのだ。

 「言いたいことは終わりましたか」

 ミナはこどもに諭すような声で淺川に優しいパンチをお見舞い。重い一言に立ち上がる元気も出ないまま、非情のテンカウント。
 何故、言い訳などまくし立ててしまったんだ。もしかして、ありのまま、素直に話せば、それだけで済んだかもしれない。
 
 例えば、ちょっとえっちな本を買うのならば、人目を気にしてもじもじするよりも、爽やかにすっと一冊レジに差し出す。
 例えば、街で外国人に話し掛けられたならば、義務教育程度だけの英語力で答えるよりも、「ごめんなさい」と日本語で断る。
 肝心なときにミスチョイス。研修中のウェイトレスが「あのー。コーヒーのおかわりは……」などと、恐る恐る話し掛けてきたが、
淺川が今必要としているものは……時間を戻せる時計だよ、と頭を抱えていた。

 研修中のウェイトレスが開いたハルコのコーヒーカップを淺川の席から引くと、不器用にも床へと墜落させてしまった。
儚くも散る陶器の華。潔い散り際を淺川の目に焼き付けた。「申し訳ございません!」と若いウェイトレスは慌てて頭を下げていた。

 (いいから、早く片付けてくれよ……)

 そんな店の緊急事態にも関わらず、マイペースなハルコはバイトがあるからと淺川とミナのもとから去ってしまった。
 「マイペース過ぎ!」という突っ込みなど尻目に、そして、もちろん「ごちそうーっす」の敬礼付きで。

 散った陶器を片付けた研修中のウェイトレスは店長の目の前で震えながら、何かをしゃべり続けていた。身振り手振り、明らかに
動揺している。彼女がしゃべればしゃべる程、事態は大きくなっているかのように見えるのだが。店長は客前だからと、彼女と共に
スタッフオンリーな店内奥へと姿を消した。まわりの客がざわつくことで、彼女にとって恥ずかしめの矢が突き刺さり続けた。

685言い訳さん ◆TC02kfS2Q2:2012/03/25(日) 19:17:25 ID:NPwG9r.Y0

 (どうして、みんな言い訳するんだろう。このおれにも分からない)

 さっきまでの自分を見るようで、淺川はお茶を楽しむ余裕なく、そして刻々と時間が過ぎてゆくことに奥歯を噛み締めていた。
それを察したのかどうかは分からないが、ミナが淺川の前に立ち申し訳なさそうな顔をする。 

 「ごめんね。午後までに済ませなきゃいけない仕事があるから、お先に失礼するね」
 「あいー。杉本さんもプロフェッショナルですからね」
 「何言ってるの?写真家・淺川くんもだよ。コーヒー、ごちそうさまーっす」

 ハルコを真似てミナは全く同じ敬礼をしていた。

 勇者、ここに散る。
 剣も折れ、援軍も来ず。そして、その名を継ぐ語り部もおらず。

 一人席に取り残された淺川は、残された自分のコーヒーに口をつけた。舌を焼くような……でもない温度。

 「コーヒーよ。お前も杉本さんのように冷えきってしまったのかよ……」

 ただ、どうしようもないときこそ光差す。
 淺川のテーブルにはハルコが出掛けに食べていたチョコの空箱がわざとらしく置かれていた。

     #

 淺川を置いていった喫茶店からの帰り道、バイクが風きる音がいくらか澄んで聞こえた。
 いつも通り慣れた道なのに、ミナは不思議に感じずにいられなかった。
 今頃、地球のどこかで言い訳説明会が開かれているんだ、きっと。古本を大量に買い込んだ言い訳説明会とか……。

 どっちに転ぶか分かりきっているのにね、と記憶を掻き消すようにバイクのエンジンを吹かした。

 「そうだ。淺川くんに誘われたツーリング。計画早く立てなきゃね……」

 赤信号でバイクを止める。風を失った車体は当たり前だがミナの足で支えられた。ふと、ミナにはまくし立てていたときの淺川の姿と、
自分が跨がっているバイクが重なって見えた。

     #

 いくら約束とはいえ、自分のバイクを引き取りに行くのがちょっと怖かった。
 淺川が夕方にミナの店にやってきたときには、一人っきりの自由さと寂しさが一気にはちきれそうだった。
 ここまでの足取りがどんなに遠かったことか。下りエスカレーターを逆に登りで歩くような感覚に近い。

686言い訳さん ◆TC02kfS2Q2:2012/03/25(日) 19:17:58 ID:NPwG9r.Y0

 「来たね。淺川くん」
 「来ました。では……」

 ぶらぶらと灰色のヘルメットを片手にぶら下げて、まだまだ明るい夕方に光を受ける淺川。引き取りに来るのを待っている
何台かのバイクや自転車がガレージで休む。バイクだけ引き取って家に帰ろうとすると、ミナは引き止めようとしてポンと肩を叩く。

 驚いたのは淺川の方だった。

 「ねえ。あの子」
 「ハルコのことですか。もう……いいんですよ」
 「あの子、かわいいね」
 「そうですか」
 「ホントに昨日の晩のあの子と淺川くん、何にも無い関係だったんだから……あの子を優しくしてあげてね」

 何にも無い関係?何故にその言葉を。
 ガレージからバイクを押して出して、跨りながら淺川はミナの方へと振り返ると、ミナは淺川のバイクのタイヤを蹴っていた。
 灰色のヘルメットを被り、皮製のグローブをはめようとしたときと合わせるようにミナは言葉を続けた。

 「だって、淺川くん。爪切ってないじゃないの。ね」

 指先を見る。昨晩ハルコに指摘されたように、爪が伸びっぱなしだった。確かに、伸びっぱなしの爪では……。ないな。
 夜爪をしなくて……、救われた。のかと、淺川はグローブをはめて指先を隠し、エンジンをかけた。
 久し振りに聞く相棒の快音は腹から痺れるように効く。スロットルを回すごとに、重低音が響き渡る瞬間が淺川は好きだ。
 
 「ごめんなさい!遅くなりました!」

 二人に割って飛び込んできたの少年が息を切らしてミナの元へとやって来た。
 午前中、パンク修理を依頼していたヒカルだった。申し訳なさそうな顔をして、何度も何度も頭を下げるヒカルをミナはなだめていた。
ミナは「そのくらい、いいよ。保管料はサービスだから」と春一番のように笑顔を見せた。

 「あのー。えっと……父が買ってきた古本を読んでたら、つい……止まらなく……」
 「こらっ」

 ミナは子供のように、にこにことヒカルの足をブーツで意地悪く踏んだ。ヒカルは驚いていたが、淺川には懐かしいものを
見たようでにんまりと頬が緩んでしまい、二人のためにエンジンの音を緩めた。ヒカルの靴は真新しかったのだ。

 「まあまあ。少年よ、これで堪忍な。おれも男子だからさ……何となく分かるって」

 ただ同然で手に入れたチョコのお菓子の小箱を淺川はヒカルに投げ渡した。


    おしまい。

687わんこ ◆TC02kfS2Q2:2012/03/25(日) 19:18:36 ID:NPwG9r.Y0
投下おしまいです。

688名無しさん@避難中:2012/03/26(月) 13:20:38 ID:FZTmX/GQ0
>>687
投下乙です。ほっこりしました

689わんこ ◆TC02kfS2Q2:2012/04/27(金) 23:44:09 ID:yj1R3LVs0
書きたかったから、書きました!

ちょっと前のネタだけど、どうして使いたかったーのだ。

元ネタ
http://www.felissimo.co.jp/kraso/v14/cfm/products_detail001.cfm?GCD=412333&GWK=79690

はじまるよ!

690ネコ足靴下 ◆TC02kfS2Q2:2012/04/27(金) 23:44:50 ID:yj1R3LVs0

 「目上の人に靴下贈っちゃいけないんだよね」

 電車の中で向かいの席に腰掛ける女子高生の会話を小耳に挟んだ芹沢タスク、彼は肝を潰した。
 揃えられた脚を包む春の日差しを浴びた紺のハイソックスが並び、中学生であるタスクのウブな視線を掴んで離さない。
 はちきれそうな脚にぴったりと締め付ける紺ハイ。靴下との境目からはみ出るふくらはぎがタスクの青い妄想を掻き立てて、
一人もやもやとありもしない『優しい年上のお姉さん』を作りたてていた。現実なんか、クソ食らえ……と。短い電停までの
長く感じた時間が、タスクの座るシートにいばらが伸びて尻尾、脚、そして首筋をゆっくり包み込むように思えた。

 この間、姉とすったもんだの喧嘩をした。原因は言いたくない。あまりにもくだらな過ぎるからだ。口にするのも憚るものだ。
それ以降、姉と口をきくことはなくなった。もちろんタスクとして、姉との最後の言葉を「姉ちゃんの大根脚!」になんてしたくない。
 だから仲直りの印しに、姉が欲しがっていた物を買ってきた。

 忘れもしない、あの日。「まじ?ヤバすぎ!」と、姉が息巻きながら、とあるサイトをまじまじと閲覧していたのを思い出した。
 横からすっとのぞき見したときに、嗅ぎ慣れない新しいシャンプーの香りがしたのを思い出した、忘れもしない、あの日。

 「ちょーかわいくね?これ?」

 ふかふかな生地にトラ柄、そして足の裏にはネコの肉球がぷっくりとあしらえられている。
 『ネコ足靴下』はイヌの二人のハートを掴んだ。姉が座っているクッションから尻尾が伸びるように生え、
まるで噴水のようにゆらゆらと揺れるさまを横目で見ながらタスクは立ち去ったことを覚えていたからだ。
 意外とたやすく手に入れられたのはいいとして、渡すタイミングを案じていたときの出来事だった。

 「タスク。あんた、わたしより偉くなった?生涯の下僕がなにほざいてるの?」
 「知ってるよねー。そのくらい」
 「まじ、なの?」
 「蹴るよ」

 そして、姉の名の元に執行される、愛のムチ。
 弟。
 それは、姉のおもちゃでもあって。初めて出会う男子でもある。

 「って、言うか。アンタの贈り物」

 はっきりとタスクの耳には脳内再生され、モエの氷よりも冷たい言の葉が鼓膜をえぐった。
 買ったばかりのファンシーなネコ足靴下、それが入った袋をを中学生男子特有のかすれ具合よろしい通学バックにいれたまま、
タスクを知らず知らずにぐさりと突き刺した女子高生とともに人が多い電停で降りて深呼吸した。空気が美味しい。

 「どうしよっかな。女の子用だし、見つかったら……めんどーくさー!」

 多分「なにっ?彼女?会わせなさい!会わせないとひどいぞ」と自分の首を真綿で絞めることになるのは分かりきっている。
ふと、考え事をしながらリアル世界上の空で歩道を歩いていると赤信号に捕まった。すんの所で気が付いて歩道の端で
立ち止まっていると、向かいの歩道に一人の少女がランドセルの中を焦るようにまさぐっている姿を見た。
 それだけなら気にはしない。少女の面影が、何となく姉を思い出させるのだった。目の前を通り過ぎる車でたびたび遮られて、
よく見えないのがもどかしい。落ち着かないタスクはズボンのポケットに手を入れて家の合い鍵を確認した。
 イヌのキーホルダー。姉が見立ててくれたものだ。

691ネコ足靴下 ◆TC02kfS2Q2:2012/04/27(金) 23:45:23 ID:yj1R3LVs0

 姉のベージュのカーディガン姿は見慣れたもの。短いスカートから伸びる脚は大根ではなく、小学生らしい華奢なもの。
これからこの脚もむちむちとした大根へと成長するのか、そして弟がいれば他にもならない強力な武器となるのか、と思うと
いっそう姉に見えてきた。信号が変わり、横断歩道を渡り、ランドセルをまさぐる少女の側を横切ると後方から聞き覚えのある声が
追い掛けてきた。

 「タスク!わたしの『さくさくぱんだ』たべたね!」

 え?ぼくの名前?

 身におぼえのない濡れ衣に袖を通しながら振り向くと、姉のような少女がランドセルを揺らしながら追い掛けてきた。
 両腕を振って人を縫うように走る。足音と少女の声で周りの物音が掻き消された。

 「え?なに?なに?」
 「わたしの『さくさくぱんだ』を返せ!」

 訳の分からぬまま街を追い掛けられて、息を切らしてなんとか巻いて、自宅に着くと合い鍵が見つからない。
 両親は今、外出している。焦れば焦るほど探し物は姿をくらまし、タスクを嫌でも追い詰める。駄目元でドアノブを回すと……。

 「開いた?」

 なんだ、姉が先に帰っていたのかと納得しようとするも、姉の靴が見当たらない。ただあるのは小さな子供靴だった。
 不思議に思いつつ、鍵をかけ忘れるなんてなんて親だと頭の中で毒づきながら居間に足を入れると。

 「かぎまで落として、バカ兄貴!」の声とともに、横断歩道の少女がソファーの上に魔王のように立ち、真っ赤なランドセルを
鎖鎌のように振りかざしてきた。咄嗟に身を縮めたタスクの脇腹を的確にランドセルはとらえ、悶絶のご褒美が進呈された。
 ソファーに顔を埋めて苦悶するタスクの頭に少女は飛び乗る。後頭部は生暖かな体温でタスクを支配していた。

 「近道ルートはいくらでもしってるんだから。小学生の下校スキル、マジヤバだしー」
 「単語の意味、わかんない。習ってないし、辞書載ってないし。ってか。きみ、誰?」

 足をじたばたとさせながらタスクは頭の上の少女に尋ねると、当たり前のような口調で返された。

 「タスクはかわいい妹からそんなにおしおきされたいんだね」

 ひらがなの台詞回しがタスクを精神的な屈辱感を与えた。それに妹なんて知らん!し。
 ようやく姉(に似た妹と名乗る少女)から解放されると、カーペットに転がっているランドセルを拾い上げ、
ぱんぱんと優しくイヌの毛を掃っている姿が見えた。

 (なんか、見覚えがあるんだけどなあ……)

692ネコ足靴下 ◆TC02kfS2Q2:2012/04/27(金) 23:45:49 ID:yj1R3LVs0

 タスクは不思議な思いを巡らせながら自分の部屋へ入って制服から着替えた。

 目の前のものから現実逃避を試みようと友人から借りたマンガを読み出す。しかし、頭が回らないから入らない。
やがてマンガにも飽きて読むのをやめてうつ伏せに布団に沈む。自然と腰が疼き尻尾が動きに合わせて前後に動く。
 頭で考えても答えなんか出ない。そんなときゃ、体動かせ。誰の言葉か知らないけれど、タスクはベッドに転がって
友人から借りたマンガを読むよりも、外の空気を吸うことを選んだ。

 自分の部屋から出ると隣には確かに『モエの部屋』と小さな看板が添えられている。
 訝しい気持ちで居間を覗くと、制服姿の少女がソファーの上で丸くなって居眠りをしていた。カーペットに伏した
ランドセルの上にはタスクが無くしたと思っていた合い鍵が乗っており、拾い上げてポケットへと無造作に入れた。

 「姉ちゃんの、大根。大根脚……って、また言いたいな」

 イヌのキーホルダーが付いていたから……間違えはないんだよ、と。

 「タスク……ケーキ、買ってきてよお。コンビニすいーつってやつ」

 少女の寝言にびくっとタスクは肝を冷やした。

     #

 「解せない!解せない!解せない!」

 呪文のように唱えながらタスクは街に出たけども、面白くないぐらい変化が無いことに少し苛立ちを感じた。
 自分がこの世界からつまはじきされたのかと、後ろ向きな思考がタスクの尻尾を引っ張る。だが、絶望は希望にも変わることは
世の常だ。姉の友人二人組がオープンカフェでカフェオレを嗜んでいる姿を見つけたのだ。女神はいた。しかも二人。

 「あ、あの!」

 リボンを付けたネコとメガネのウサギの少女に話し掛けると、まるで自分のことを知らないような顔をされたことに不安を過ぎらせた。

 「因幡さんに……、ハルカさん」
 「なんでわたしたちの名前、知ってんの?」

 メガネの少女はタンブラーを机に置くと、ぱちくりと瞬きをしていた。一方、リボンのネコ少女はにこにこと笑っていた。

 「リオさぁ、もしかして。わたしたち、誘われてるとか?」
 「あの!ウチの姉……芹沢モエなんですが」
 「誰?その子?ハルカ、知らないよね。そんな子」

 タスクの胸をえぐったメガネのウサギの言葉。女子高生二人組はそれぞれカバンを持つと、ネコの子は優しく手を振って、
ウサギのメガネはこそこそと避けるようにその場を去っていった。「もしかして、リオ狙いだったり」「それ無い無い」と声がする。
 短めのスカート揺れる二人の後ろ姿はモエのことをいっそう募らせた。

 二人の女神は羽を散らしながら本屋へと入っていった。

693ネコ足靴下 ◆TC02kfS2Q2:2012/04/27(金) 23:46:16 ID:yj1R3LVs0

 タスクはクラスの友人たちに電話をかけまくった。とにかく、姉のことをわずかでいいから知りたい。
知っている者に出会いたい。しかし、タスクがしていることは渓流でマグロを釣り上げようとしていることに等しかった。
笑われればいいじゃん。と……。覚悟。なんか、できるもんかと、必死に姉を探す。友人に連絡を取る。
 悲しいかな。「そういえばさ、この間貸したアレ返せ」と今は忘れていたい催促をさせる仕打ちを受けた。
 なんの手掛かりも掴めぬまま家路につく。夕暮れ近いそらがこんなに切なく見えるのは自分が大人に近付いたせいなのか。
 
 「仕方ない。って、諦められないよ。姉ちゃん」

 姉の電気アンマを思い出しながら、タスクはコンビニに立ち寄りチーズケーキを買った。
 コンビニの洋菓子は何故か美味いらしい。嘘か誠か、あまり縁のないジャンルだけに、タスクは不安を抱いた。

     # 

 帰り道途中の公園で姉に似た少女が制服姿で一人ブランコに乗っている姿を見た。
 近寄ると少女は逃げもせず、襲い掛かりもせず、ただブランコを細い脚で揺らしていた。

 「わたしをおいて、どこいってたの」
 「姉ちゃん、探しに」
 「いるわけないでしょ。タスクとわたし、ふたり兄妹だし」
 「それより、鍵かけたの?」

 少女は小さく頷いた。カーディガンのポケットから合い鍵のキーホルダーを覗かせて、ブランコに乗っかる。
 見ている姿はあどけない少女。
 公園で、情けなくなるまで遊んでおいで。
 と、言いかけたい。……ぐらい。と、間をおいたなんてちょっとね。と、タスクは笑う。

 「あのさ。おしてくんない?ブランコ」

 タスクは少女の背後に周り、小さな肩に手をかけると少女の脆さを実感した。がさっとコンビニの袋の中で音がする。
 優しく扱わなきゃ、大切にしなきゃ、と、ゆっくり背中を押すと少女の髪が揺れて、シャンプーの香りがした。

 (同じ香りだ……)

 「タスクにあやまんなきゃいけないの、わたし」

 少女は歳に見合わぬ大人しめな口調で話しはじめた。
 猪口才なと、タスクは感情を普段どおり押し込めた。

 「『さくさくぱんだ』のこと。ランドセルの中にかくしてたつもりだったけど、本当は入れ忘れていたの」

 しおらしい……というか、本当にどうでも良い話。
 タスクは揺らす力を弱めて、少女の話しに耳を傾けた。手にぶら下げたコンビニの袋も落ち着いて声を潜めている。

 「なんだろうな。タスク、タスクっていつも言ってるけど、こんな妹に一生つきあってくれること。まじ、ヤバいぐらいうれしいし」

 拙いくらい幼い声。危ういくらいの言葉使い。それに惹かれた訳ではないが、タスクはブランコをといきなり止めた。

 「モエ!行くぞ!」

694ネコ足靴下 ◆TC02kfS2Q2:2012/04/27(金) 23:46:38 ID:yj1R3LVs0

 何かのスイッチが入ったようにタスクは少女をブランコから下ろすと、手を引いて家に向かって走った。
 少女は嫌がるどころか、むしろ幸せそうな顔をしてタスクの手を握っていた。

 今だに両親帰らぬ自宅に着くや否や、タスクは少女を居間のソファーに座らせて、しばし待つように命じた。
カーペットの上にはランドセルがそのまま沈黙を守る。しばらくすると、どたどたと足音立てながらタスクは
紙袋を携えて少女のもとに帰ってきた。テーブルの上には未開封の『さくさくぱんだ』の姿があった。

 「これ、受け取って下さい!っつか、受け取ってくれ!」
 「え?ってか、マジで受けるんですけど?」
 「いいから!受け取れ!」

 少女がタスクの紙袋を手にして封を開けると、一足のふわふわした靴下が顔を出した。
 トラ柄で足の底にはぷっくりとネコの肉球があしらえられている『ネコ足靴下』だった。

 「なにいいい?まじ、ヤバすぎない?」
 「……」
 「ねえ!ヤバくねえ?」

 無言は銀。雄弁はしらん、雄弁なんかそれ以下じゃい!
 言葉だけでは伝えられぬ、少女の瞳がびしびしとタスクに伝わった。初めてモエが『ネコ足靴下』を目にしたときと
同じ反応にタスクは安心した。やがて少女はタスクの反応を見て、おっとりと大人しくなった。

 「はいてみて、いい?」

 少女は履いていた靴下からネコ足靴下に履き変えるとソファーの上に立ち、モデルのようなポーズを決めてみた。
少しぶかぶかなのは当たり前。タスクは姉へと買ってきたのだから。ずり落ちた靴下は少女の足元を彩っていた。

 「なんだか、ルーソみたいで女子高生って感じ?」
 「う、うん。喜んでくれて嬉しいな、おれ……いや、兄ちゃんはね」
 「わたし、イヌなのににゃんこになったみたい。にゃー!にゃー!」

 ソファーの上を歩くと少女は靴下に付いた肉球の感触を楽しみながら、ちょっとしたネコ気分を味わっていた。

 幼い響きで「まじ、ネコキックすんよ。まじで」というセリフがタスクに向かって飛び出すのかどうかは
チーズケーキの味をモエが気に入るかどうか次第だった。


   おしまい。

695わんこ ◆TC02kfS2Q2:2012/04/27(金) 23:48:06 ID:yj1R3LVs0
以上、芹沢定食でした。

696名無しさん@避難中:2012/04/28(土) 15:56:39 ID:0BU9huvw0
投下乙です

思わず読み返してから納得してしまったwww

697 ヘ ノ: ヘ ノ
ヘ ノ

698わんこ ◆TC02kfS2Q2:2012/05/19(土) 23:37:08 ID:ktblaAvo0
ケモノのいない、ケモスレ。とか。
投下します。

699引っくるめて好きだし ◆TC02kfS2Q2:2012/05/19(土) 23:38:03 ID:ktblaAvo0

 「わたしほど花が似合わない女の子なんていませんよ」と花屋の中で翔子が卑下するので、
花屋で働くルルは微笑み返しをするしかなかった。明るいショートカットの翔子は自分の男っぽさを自覚していたからだ。

 翔子はギターを背負ったまま学校からの帰り道、小さな花屋に立ち寄った。用があるから立ち寄った。始めは咲き誇る花々の園に
立ち入ることに躊躇いを感じたが、店内にいたルルの笑顔に引き寄せられるように足を踏み入れた。お互い同じ空気を感じたのか、
二人の間には『初対面』の壁は見られなかったし、花が二人を取り持っていたので翔子も気を置けなく話すことができた。

 働くルルは長い髪をシュシュでまとめ、あちこちと歩き回るたび店内に彩を添えていた。
 よく働く娘だ。本当によく働く。掃除に飾りつけ、レジの管理……。働くこと自体を楽しみに変えることは一種の才能だ。
仕事に勤しむ腕まくりをしたルルの二の腕は細く白い。水を扱う花屋でその腕を酷使しているようには見えなかった。
 繁忙のときが過ぎたので一休みついでにルルは来客者を弄ぶ。

 「お探しだよね」
 「はい。お世話になってる先生に贈り物として」
 「軽音楽部とか?」
 「んー。じゃないけど、そういうもんです」

 背中のギターが手掛かりに翔子の目的を見破ったルルは店員として上出来。黒いギターカバーからぶら下がる
ショッキングピンクが眩しいハート型のキーホルダーがワンポイントでルルの目をひいた。ルルの二の腕を翔子が見つめていると、
お返しばかりと翔子はルルのわずかなお時間拝借とばかり、尻尾を立てたネコのように擦り寄ってきた。

 「もしかして、お姉さん。ネコの人と付き合っている、もしくは一緒に住んでいる。とか」

 バラの束を抱えてルルは動きを止めた。そして、小さく頷きながら「そうよ」と、翔子の為に頬を赤らめてくれた。
 新聞紙が広げられた机の上にバラの花束を置くと、すたすたと洗面台へ向かい、白く艶やかな指先を石鹸で洗った。
翔子はルルの次なる言葉を期待していたが、ルルは玉となってルルの手の平を滑る水滴を掃うのに夢中だった。

 確かにわたしたちは『ケモノ』と暮らしている。昔から、その昔からのことだから疑問なんか感じなかった。
 しかし。翔子もルルも同じ、ケモ耳も尻尾も持たぬ人間同士、少しでも共通点さえあれば自然と口数増える。
ましてや、お互い女の子。だから、翔子はルルと些細なことであってもどうにかつながりたかったのだ。

 「痛っ……沁みたっ」
 「大丈夫ですか!お姉さん」
 「うん。大丈夫」

700引っくるめて好きだし ◆TC02kfS2Q2:2012/05/19(土) 23:38:26 ID:ktblaAvo0

 片手を上げて顔を歪めるルルに翔子の方が驚いた。しばらく動きを止めて、平常心に戻ると再びルルは手を洗いはじめた。

 「それ、引っ掻き傷ですよね」
 「うん、分かるんだ」

 冷静な分析に対しても冷静に返すルルは、落ち着いた口調で一生の想い人のことを語った。

 「今日、朝ね。先生とケンカしちゃって。100対0で先生がいけないんだけど、お願い聞いてくれたから許しちゃった」
 「先生?」
 「あ。ウチの相方、先生してるからね。クセになっちゃった」

 タオルで手を拭きながら頬を染めたルルは翔子の目からはどの花よりも高値に見えた。
 ガラスケースに写り込む翔子の姿を見ていると、自分の良く言ってさばさば、悪く言ってがさつな性格が意志を持たない
透明な板にさえも見透かされてしまっているのではないのかと、何となく感じてしまった。

 「で、どんなお願いしたんですか」

 と、翔子の問いかけを無視するように、翔子の携帯が鳴った。
 恐縮して一言頭を下げて翔子は電話に出ると、くるりと踵を返した。背中のギターがルルの目の前に現れていた。

 「え?丈?何ーっ!貸しスタジオの予約忘れただと?てめぇ……、丈、ど……どんまい」

 声のトーンを落とし、会話を手短に終わらせて制服のポケットに押し込めるように携帯を仕舞った。背中のギターがやけに重く感じる。
もしかして、ガラスケースどころかルルにまで自分の隠していた女の子の牙を晒してしまったのではないのか。
 ゆっくりと翔子が振り返ると、ルルはエプロンを摘んで翔子だけへのエールを送っているように見えた。

 「お友達?」
 「みたいなもんです」
 「じゃあ、彼……」
 「違いますっ」

 ルルは翔子の慌てっぷりがおかしくて、おかしくて、くすりと声を出した。
 店内で騒ぎ立てたことを翔子は詫びてギターを担ぐ肩紐をぎゅうっと握り締めた。自分を諌めるため太ももをに抓るように。

 「わたし、見ての通りバンドやってるんです。今の電話、ベースの丈からなんですが。アイツ、図体がでかいオオカミのくせして
  大人しいし。なのに、わたしアイツに期待しちゃうんです。オオカミならもっと、さ、がおーって!しろって」
 「ふふっ。で、あなたがお世話焼いちゃうとか」
 「そんなんじゃないです!」

701引っくるめて好きだし ◆TC02kfS2Q2:2012/05/19(土) 23:38:45 ID:ktblaAvo0
 机に並べられたバラの束。茎には小さな刺がちくちくと散りばめられていた。ルルは一茎つまみ上げて、くんくんと花の香りを
翔子の目の前で独り占めしてみた。こめかみに汗する翔子にルルが持っていたバラを一茎渡し、虎……いや、小ネコのように
両手に軽くこぶしを作り両腕を軽く上げてポーズを決めてみた。

 「女の子だって、牙むいちゃうぞ」
 「……」
 「わたしが先生にしたお願いごと。の仕返し」

 目を丸くして携帯をポケットに仕舞う翔子がルルには愛しすぎて、くるりとちょっと早めの向日葵のような顔をして

 「なんてね」
 「え?」
 「あなた、他人って思えない」

 と、ルルは付け加えた。

      #

 仕事を終えて帰宅するルルの足取りは雲の階段を登って行くような心地良さだった。半袖と長袖が入り混じる街、ルルは人間、
迷わず長袖。大分日が落ちたとはいえ、日差しはまだ強い。日に焼けることはちょっと、嫌かな、と。

 「先生にお願いごと!ここでキスしてよ」

 今朝、ルルが出掛けに掲げたお願いごと。
 先生は少し戸惑っていたが、目の前の若い芯の強い視線を見ていると、断ろうと言葉を選んでいるうちにルルの両腕は先生を囲み、
色つやのよい唇が先生のざらつく舌を挟んでいた。自宅だというのに先生は恥じらって、ルルの両腕を解き放つとルルの両手首を掴んだ。
微かになぞるネコの爪がルルの薄い肌に白い線をひいた。

 痛いかも。痛いかも。

 だけど、息が掛かるほどに近く、甘く、息苦しく。たった、くちびるを交わすだけなのに、相手のことが言葉無くても通じる不思議。
ルルは帆崎の舌に思うがままになじられて、牙を舌に這わして、そして仕返しされて。傷ついて。
 そんな下敷きあって、若い娘のちっぽけな言葉に説得力を増す。先生に爪とか、牙があってよかった……と。

 「そんなこと引っくるめて、好きだし」

      #

 「翔子ちゃん。分かるかな」
 「うーん。オトナって分かりません」

 庇った傷跡がルルの気持ちを確かなものにしていた。
   

   おしまい。

702わんこ ◆TC02kfS2Q2:2012/05/19(土) 23:40:13 ID:ktblaAvo0
翔子もルルも動かしていて楽しいっす。

投下おしまい。

703名無しさん@避難中:2012/05/24(木) 00:37:22 ID:57Nw75H20
丈と翔子ってそういうあれなのか!
あれなのか!

704名無しさん@避難中:2012/05/25(金) 00:20:46 ID:QlzBzbaE0
丈「違うよ」
翔子「そんな訳ねえだろ!」
丈「『なんな訳』って…」
翔子「草食オオカミのどこがいいんだよ?っつーか、マジ無理」

丈(…だから、翔子は無理だって)

705名無しさん@避難中:2012/07/02(月) 19:47:46 ID:xjfUSUIw0
http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org3156068.jpg

706名無しさん@避難中:2012/07/02(月) 19:55:14 ID:CbJmL7LE0
うほっ

707名無しさん@避難中:2012/07/02(月) 23:31:10 ID:jHIyFUPU0
よくわからないけど和んだw

708名無しさん@避難中:2012/07/04(水) 01:43:00 ID:h6BcPc6gO
リオ耳だけwww

709わんこ ◆TC02kfS2Q2:2012/10/07(日) 09:00:43 ID:DHj3On2.0
ちょっと季節は過ぎたけど、投下します。

710キツネとブルマと風紀委員長 ◆TC02kfS2Q2:2012/10/07(日) 09:02:09 ID:DHj3On2.0

 逆光が差し込む踊り場、大人の色香漂うティーンエイジ。銀色の髪は落ち着いて、つんと伸びる尖った耳が迷いの森へと誘う。
 
 彼女はキツネ。ふっくらと焼きたてのパンに負けない柔らかさを匂い漂わせる尻尾が彼女が腰掛ける手摺りを伝わって
清流のように流れる。すらりと、そしてむっちりと伸びた若々しさを隠しきれないお御脚を組み直していると、背後から足音が、
聞こえてきた。下の階から誰かがやって来たようだが、キツネの娘は手摺りから下りようとはしなかった。上履きの音からして
同級生の生徒、そして男子だと判断した。

 「あっ……」

 キツネの耳は聞き逃すことが大嫌い。
 空気が僅かに揺れる程度の声さえ彼女に届き、次の一手を繰り出す楽しみを与えてしまう。

 彼女は制服のブラウスのボタンを一つ一つ外しはじめ、シルエットとして映えるようにわざと大きく孤を描くように脱いだ。
竜の如く天を昇るブラウスはやがて徳をえた仙人が地上に舞い降りるかのようにはらりと階段に落ちた。
 やって来た足音が少年のものだと睨んだ上の行動だ。実際、彼女がふんだどおり。少年がブラウスに気を取られて視線を再び
キツネの娘に戻すと、逆光の中に豊満な二つの胸が露となって横向きの姿としてしななかな曲線を学び舎の窓ガラスを銀幕にして
映し出していた。髪を掻き分けて脚を戻すと短いスカートのホックを外す。焦らすように腰から太もも、太ももから膝、膝から
ふくらはぎ、ふくらはぎから足。そして、つま先を潜る。

 娘が前屈みになると豊かな胸がはち切れるような太ももに挟まれる。こぼれ落ちそうな胸はほお張ったシュークリームから
はみ出るクリームを連想させた。またもキツネの娘はスカートを高く投げ捨てると、またも一度脚を組んで左手でこぼれそうな胸を
なぞっていた。手摺りは彼女に下敷きになりつつ息苦しそうに軋んでいた。

 軽い身のこなしで踊り場に降り立つと、散らしたスカートを拾い上げた。まだまだ高くなる夏の日差しが眩しくて、
キツネの娘・小野悠里のスク水姿は女性の柔らかさと少女のイノセントの双方を一目で言い表していた。

 「もうすぐ水泳の補習の時間ね。急がなくっちゃ」

 ブラウスと制服を小脇に抱えて悠里が階段を降りようと一段一段と歩く度に、熟した果実のような胸と吸い込まれそうな
尻尾を揺らしていた。キツネ色と紺色の配色艶やかな女神が青い空の元へと降り立つ。

 季節はもうすぐプールと別れを惜しむころ。


     #

711キツネとブルマと風紀委員長 ◆TC02kfS2Q2:2012/10/07(日) 09:02:33 ID:DHj3On2.0

 「ルイカ、ごめんね。待たせて」
 「……今、いいとこなんだけど」
 「ごめん」

 生徒会室は涼しい。蒸し暑さ残る季節、この部屋で暇を持て余すことを正当化するにはもってこいの理由。生徒会の手伝いで
リオは男手を必要としていた。しかし、今日に限って誰も捕まらない。唯一助太刀に応じたルイカは本を読みながら語る。

 「どうせアイツら水泳の補習にすすんで出てんだろ。受けなくていいヤツもな」
 「どうして?」
 「知るか」

 リオは書類をめくりながらルイカを横目で睨んだ。
 書類廃棄の手伝いだ。どうしても男手が要る。今日じゃなくてもいいけど、早めに片付けたい。何故なら「お仕事もできる
気が利く子を演じてみたかった」から。先生に褒められたかったから。「やってみせます」と胸張った。暇そうだったからルイカを呼んだ。
だけども、男手とは言え、ルイカ一人だけなのでまだまだ心もとないから助っ人も根回しした。
 風紀委員の後輩が来ることになっているが、ただいま部活の真っ最中。なぎなた部に所属する大柄なミサミサが来てくれれば
十万馬力は確実だ。椅子に体操座りをしていたルイカがやきもきしているリオを無視してまた本をめくる。目は真剣だ。
 机の上には一台のビデオカメラがあった。風紀委員のかわいい後輩が「なぎなた部のかかり稽古で自身の姿を確かめたい」と日頃
呟いていたので、リオがこっそり風紀委員から持ってきた物だった。気の利く先輩だって褒められたかったから、こっそりと。
 カメラマン気取りでリオがレンズをルイカに向けるとしかめっ面で怒られた。

 「あ、あのさ。もうすぐしたらミサミサが来るから、そしたら作業を始めるね」
 
 ビデオカメラを目にしたミサミサが「先輩!ありがとうございます!」と凛々しい声で感謝するシーンをリオはよからぬ妄想していたが、
罰を与えるように次第にビデオカメラを持つ手が重くなってきた。随分と軽量化されたとは言え、メカの塊はまだまだ人には重く感じる。

 「……」
 「怒ってる?」
 「ん」
 「その本、生徒会のブログで紹介されてた本だよね」
 「……あっそ。知ってるけど」

 各委員会が生徒会のブログで個人的でも何でもいいから気になるものを紹介している。文章とか写真とか動画と駆使して
なんだか生徒会、マジ進んでるじゃーん?と、リオはブログの更新を楽しみにしていた。

 「図書委員のチョイス嫌いじゃないな。ちょっと、ヲタっぽい本だけど……それ、面白い?」

 ルイカは本を閉じて立ち上がり、まるで獲物にとどめを刺すが如くリオを見下ろした。

712キツネとブルマと風紀委員長 ◆TC02kfS2Q2:2012/10/07(日) 09:02:55 ID:DHj3On2.0

 「つまんない!つまらな過ぎて続きが気になる!早く続きを読ませろ」
 「ごめん」

 『図書委員が紹介した』というのは偽りだ。リオが図書委員を言いくるめて、自分が気になる本を紹介したのだ。
 一般向けでもあり、ヲタ向けでもある本だから、いろんな人に読んで欲しい。だから図書委員の名前の後光を拝借した。
 本を紹介した主として、ルイカが読んでいる本の評価が非常に気になっていた。全力で、覚悟を決めて勧めた本だからこそ、
ルイカが夢中になって、夢の中に飛び込んで読んでいることにリオはヲタ冥利に尽きているところだった。そんなときに飛び込んだ、
ルイカの怒号だ。リオは体を小さくして痛みに耐えながら心の中で小さくガッツポーズを決めていた。
 
 外は快晴だった。篭って本を読むには最も相応しくない天気だろう。なのに、ルイカは本を読んでいた。耳を澄ませば、青いプールから
補習を受ける生徒たちの弾けるような歓声と水しぶきが聞こえてきそうだ。耳かっぽじいても、リオもルイカもそんな声お構いなし。
 
 「なあ。因幡」

 ルイカの声にリオは書類を整理する手を止めた。

 「おれ。見たんだけど」
 「何?」
 「階段で水着姿の女子を」

 目を赤くしたリオは息を飲んだ。

 「すんげー、なんっつーか。エロい体つきしててさあ、『お前、男を誘うしか能がねーの?』ってぐれえ」
 「誰?それ」
 「確か、小野ってヤツ。聞くけど、同じ女としてどう思う?」

 羨ましい!
 羨ましい!
 羨ましい!
 ちょっと、嫉妬。
 でも、羨ましい!

 真面目のまー子で通すリオは返答に困り、沈黙を続けていた。いっそ、正直になってしまうのうも手の内だけど、風紀委員長が許さない。
 妄想が!妄想が!悠里の水着姿の妄想がリオを悩ませていた。例えば、口に牛乳を含んだとしよう。その状態で悠里の水着姿をそっと
頭の中で想像しようか。ごっくんするもよし、抑えきれない興奮に耐えかねてだらりと口元を汚すもよし、相手目掛けてぶっかけるもよし。

713キツネとブルマと風紀委員長 ◆TC02kfS2Q2:2012/10/07(日) 09:03:18 ID:DHj3On2.0

 「けしからんと思います!」
 
 言葉は選んだから、リオには後悔はない。
 するとリオの携帯がけたたましく鳴る。慌てているときに限って意地悪するなんて、携帯は意志を持っているのではなかろうか。
ビデオカメラを置いておぼつかない手を動かして受信すると、聞きなれた後輩の申し訳なさそうな声がずきずきと飛び込んできた。

 「もしもし、あ!ミサミサ?ええ?来れない?なぎなた部の練習で先輩に付き合わないといけないからって?ちょ、ちょっと!
  これだから真面目のまー子は!!ちょっとぐらいインチキできないの?ミサミサ!!……うえーん。ミサミサぁ」
 「おれ、帰る。拘束される理由なくなったし」
 「ちょ!ま、待ってよお!!ルイカー!二人でやろうよ!」

 目を吊り上げてルイカは本を手にして生徒会室の扉を開けた。リオの手には剣も盾もない。今日の作業は諦めなければならないと、
リオは机を蹴るとビデオカメラはぐらぐらと揺れる。壊しては風紀委員長生命一巻の終わりと脳内に電気が走り片手で奪い取る。

 「もう!ルイカー!かんばーっく!」

 廊下の先ではルイカが振り返えることなく生徒会室から去って行く姿……さえ見えなかった。
 わたし一人でやるの?やだやだ!先生に「やってみせます!」と胸張ったことを後悔しろとでも?やだやだ!

 ルイカを探せ!

 リオは校内手当たり次第に駆けた。夢中だったのでビデオカメラを手にしていることさえ忘れていた。
 あれだけ賑やかだったプールも静けさの水面を取り戻し、きらきらとさざなみを輝かせる鏡と姿を変えていた。
 秋の始まりの感傷に浸ることを惜しみ、リオは必至にルイカを探していたると、さっきまで手にしてた本を携えていたルイカを
ちらと見かけた。ニアミスだ。リオはルイカの名前を呼んだが、尖った耳には届かなかった。

 遠くから男子の歓声が聞こえてくる。くんくんと世の中の女子たちが尻尾を振ってきゅんとなるような性質の声ではないが、
一瞬の青い春を謳歌する声には憧れや回顧にも似た脆さを感じる。時の流れを否定する歓喜の声は切ない。
 男子の声が明るければ明るいほどリオは孤独の寂しさに苛まれていた。そんなにプールが楽しいか。

 「もうやだ……。メアド聞いときゃよかった」

 骨折り損のくたびれもうけというのかルイカはその後、姿を見せなかった。ルイカはこのあたりでも見かけない種族だ。
短刀のごとく尖った耳、けっして優しいと言えない目つき。一目見えれば忘れられないカルカラの少年だ。平凡なウサギは校内を駆ける。
 図書館、校庭、保健室、はたまた生徒会室か。そして、最後に辿り着いた静かなる和室にて、リオは諦めかけて折れそうになった心が
息吹き返すことに気付いた。いや、いろんな意味で。

714キツネとブルマと風紀委員長 ◆TC02kfS2Q2:2012/10/07(日) 09:03:41 ID:DHj3On2.0

 (むはっ!悠里?)

 茶道部が使う和室は開いているときには誰でも入れる。だから、小野悠里は水泳の補習で疲れた体を休めていた。彼女の傍らには
上がったばかりなのだろうか、濡れて紺色が元よりも色濃くなったスク水が入った透明なバッグが淫らに投げ出されていた。
 風呂上り、ならぬプール上がりの悠里からは塩素と女子の香りが入り混じって、茶色な和室を桃色淫靡な空間に塗り替えている。
 畳の上で横になって、紺色のブルマからはみ出るキツネ色の太ももを剥き出しにして、出来たてのマシュマロのように柔らかな尻で
ブルマを丸く描かせて、ふかふかの尻尾は触りたくなる欲を掻きたたせざる得ないような禁断の誘惑を醸し出していた。
 余す所なく悠里の胸の曲線を露にする体操着から、むんむんと桃色の花びらが散って、胸のゼッケンの『小野』の文字が歪む。
 女の子の体は見ているうちに、不埒ながらも突付いてみたくなる。指で、指で、そして××で。揺らぐこともなくはちきれそうな
若い肢体が無防備にも畳の上で横になっている。しかも、禁断な制服のおまけつき。リオは鼻息を荒くして深呼吸をしていた。

 (うらやましいぜ!悠里たん!いや、悠里ねえさん!寝返ってくれ!正面を向いてくれ!)
 「あぅん」
 (え?マジで?ふんは!)

 唱え続ければ願いが叶う言霊が存在するかのように、ごろりと悠里は言葉どおり寝返った。
 背中で見えなかった二つの胸がはちきれそうなぐらい体操着越しに主張して、丸みを帯び熟れ始めた体でリオを誘った。
蕩けそうな二つの果実がうずうずと想像の世界にて見えそうで見えないもどかしさ。むしろ、そっちの方が萌えるんだと言いたげであった。
 知らず知らずのうちに、リオはABCの歌を口ずさんで右手でビデオカメラ持って指折り、左手で自分の胸に手を当てながら悠里の
ハニートラップの餌食になっていた。意味、違うかもしれないけれどこの際関係ない。

 「えっと……Eはないな。F?G?いやいやもしやHとか」

 アルファベットを数える度に、桃色の風船がだんだんと膨らんでゆく。
 リオが邪な妄想繰り広げているなか、悠里は夢の中でゆらゆらと尻尾を躍らせ、ブルマのゴムひもを指で弾いた。

 「あんっん」
 (ひんっ!)
 「火照っちゃう……」
 (……寝言だよね、寝言)
 
 悠里の甘くて、決して触れてはいけないリンゴの実がゆらゆらとリオの目の前で揺れていた。それと同じくしてリオの携帯も震えた。
発信主はミサミサだった。「今、終わりましたので馳せ参じます」との内容だった。美しい日本語にリオは心打たれ、状況を悔いた。
 そうだ。ルイカだ。ルイカはどこだ。わたしはルイカを探していたんだと、我に返ったリオは和室を後にしようと踵を返そうとした矢先。

715キツネとブルマと風紀委員長 ◆TC02kfS2Q2:2012/10/07(日) 09:04:02 ID:DHj3On2.0

 「因幡、何してんだ?」

 背後から忍び寄る声。唾を吐き捨てるような軽蔑にも似た目線。リオが振り返ったときには既にルイカの顔は引き攣っていた。
ルイカの目線がリオの手元に向いていたことで、この場面をどうルイカに説明するかという困難に直面した。

 ビデオカメラ、持って来ちゃった……。

 リオが手にしている文明の利器は行き場は失われ、ただ風紀委員長を辱めに追いやる為だけの小道具に成り果てた。
 こっそり撮ってましただなんて言えません!むしろ、堂々と……。ウソです!この状態でどんな言い訳をしても、
怪しさの上塗りにしかならないし、どんな口の立つ弁護士でも陪審員の心情によって逆転無罪は勝ち取れないであろう。

 「風紀委員は生徒会のブログにけしからん動画でも載せる気なのか?」
 「違う!違うんだよお!ミサミサのところにこれを持って行こうとね!」

 ビデオカメラ片手に涙を目に浮かべるリオを置いて和室から去ろうとしていたルイカの手にはさっきまでの本は既になかった。
 尖った耳は決して優しくはないが、人が嫌いではない。一人ぼっちの女子の声をしかと受け止めて、そして足を止める。

 「因幡さ。それ、ミサミサ……ってやつに届けるんだろ?いつまでもガキみてーに泣いてるんじゃねえよ。先輩の示しが付くのかよ?」
 「……うん」
 「それにさ、小野が起きるだろ」
 
 音を立てないようにふすまを閉めると、悠里の寝姿が日差しに照らされシルエットとなって浮かび上がっていた。
影ながらに緩急のあるスタイルは健在。名残惜しそうにリオは悠里の影絵を見つめていた。

 「ったく、生徒会室戻ったらウマのデカ女が起立して待ってるし、本の続き借りようとしたら貸し出し中だし」
 「え?」

 同じ高校生なのに、どうしてルイカの背中が広く見えるのだろう。ルイカの不器用な声がほんのりとリオを包む。
 もう、泣かない。だって、こんなヤツからバカにされたくないから。

 「図書委員もあんな本紹介すんな!ほら、行くぞ!」
 「何?何なの!?」
 「ったく。気が利かねぇなあ!風紀委員長!」

 リオは小さな胸に誓いを立てるとニの腕を力強く引っ張る暖かさを感じた。塩素の香り残り流れゆく廊下を背景にルイカの背中を
見ながら、二人してミサミサの待つ生徒会室に向かっていることをリオはまだ知る由もなかった。

 ビデオカメラはもう重くない。


   おしまい。

716わんこ ◆TC02kfS2Q2:2012/10/07(日) 09:04:58 ID:DHj3On2.0
悠里さんはいいものだ。
投下おしまい。

717名無しさん@避難中:2012/11/01(木) 01:02:33 ID:fr367Da60
ttp://dl10.getuploader.com/g/sousaku_2/84/furry519.jpg

718名無しさん@避難中:2012/11/01(木) 06:04:16 ID:yh3vIHew0
かぼちゃ

719名無しさん@避難中:2012/11/05(月) 01:40:00 ID:BbpTgDys0
規制されてるので

ししみや先生やっぱいいキャラしてるわー

>>797
wiki編集お疲れ様です。
非常にありがたいです。
自分も時間をみつけて編集したいとおもいます。
学校の部活動やら周辺施設やらでまとめてwikiらしくしていきたいですね。



ババドン
ttp://dl10.getuploader.com/g/sousaku_2/87/kabe.jpg

720名無しさん@避難中:2012/11/05(月) 03:15:59 ID:TTKBsAQg0
ワロタw

721名無しさん@避難中:2012/11/05(月) 14:43:52 ID:GC8rKIg60
こわいわw

722名無しさん@避難中:2012/11/08(木) 11:46:32 ID:7Z6bkVSE0
どういうことなの…

723名無しさん@避難中:2012/11/08(木) 16:02:38 ID:h3YxQFNk0
ババァ脚長いな

724名無しさん@避難中:2012/11/10(土) 21:07:20 ID:adF1ugHYO
ドン!

ヒカル「…」

クロ「はやくクロのものになるニャ!」

ヒカル「なにそれ」

クロ「『かべドン』ニャ。ヒカルくんはクロのものニャ」

(壁ドンしているクロを遠くから眺めているリオ)

リオ(うっ…。羨ましいぞ!クロからあんなこと言われたら、何されてもいいよ!)

悠里「因幡ちゃん、犬上くんを遠巻きに眺めて、実は狙ってるとか?」

リオ「ゆ、悠里!わたしは決してそんなことは」

悠里「……」

リオ「初等部の子でもないっ」

悠里「……(そんなこと言ってないのに)」

リオ「……」

悠里「そうだ。因幡ちゃん、お裁縫出来ないかな?カーディガンのボタンが綻びそうなんだ」

リオ「(そりゃ、あんなはみ出そうなおっぱいしてたらなあ…)わたしが?」

悠里「(出来ないことないけど、針がちくちくするのが怖いの)みんなの委員長は頑張る子だよね」

リオ「やります。やらせて下さい!」

悠里「かわいいなぁ。じゃ、カーディガン脱ぐね」

ぬぎぬぎ。

リオ「うっ。悠里さ、ブラウスのボタンも綻んでるんだけど」

悠里「あら。いやだなあ」

胸を片手で撫で上げる悠里。

ぶちん!ぶちん!ぶちん!

リオ「わー!?ブラウスのボタンが飛んだ!」

ドン!!

ヒカル「二人とも何してんの?」

リオ「犬上?これは決して壁ドンでなくて、飛んだボタンを捕まえようとしてたら、つんのめりながら片手が壁にドン!ってなった訳で…」

クロ「かべドンニャ」

リオ「悠里!動かないでよ!動くと犬上に見えちゃう!今、わたしの腕がいい具合に悠里のブラ…を隠してるんだから!ってなんでもない!」

ヒカル(そこで止めるのかよ)

クロ「なにしてるニャよ。ヒカルくんはクロのものになったんだから、はやくワッフルごちそうするニャよ」

すたすたすた…。クロ、先に出て行く。

ヒカル「う、うん。今、行く。…あっ」

チャリン…。ころころ。

100円玉がリオ、悠里の足元に転がってゆく。

リオ「犬上!来るな!」

犬上「行かないって」

悠里「ふふっ。わたしが取ってあげよっか?」

リオ「」

725名無しさん@避難中:2012/11/11(日) 00:49:30 ID:CxvsrES20
続きの裏展開はどこで見れますか

726名無しさん@避難中:2012/11/15(木) 00:04:07 ID:Iit19PZg0

 モエ「タスク!何してんの?」

 タスク「ゲーム」

 モエ「ゲームじゃ分からん!細かく教えなさい!」

 タスク(面倒くさいな…)

 ちら、画面を見せる。

 モエ「『とびだせ どうぶつの森』?」

 タスク「そうだよ。村長になって村を興すゲームだよ」

 モエ「タスクが村長ならば、わたしは県知事になって支配してやんよ!」

 タスク「そんな殺伐なゲームじゃないし。それに、ほら。秘書のしずえさん」

 モエ「なに、この子」

 タスク「姉ちゃんと同じイヌっ娘なのにねえ。ほら」


 しずえ「そうそう、今日は新築のお祝いにかべがみを持ってきました!」


 タスク「『タスク!新築祝いにかべがみ持ってきたんだけど、自分で貼りなよ!メンドクサイから!」

 モエ(ぎぎぎ…)


 しずえ「それで、ついでに貝がらをひとつ、お土産に拾っていきてただけたらうれしいなぁー…」

 
 タスク「『ついでにさ!貝がらひとつ、お土産に拾ってきてくんない?ってか、死ぬ気で拾ってきなさい!拾うまで帰ってくんな!』」

 モエ(ゴゴゴ…)


 しずえ「あっ!お誕生日、わたしと同じですーぅ!すごい、偶然ですねーっ!!」


 タスク「『マジ?誕生日同じとか?超無理なんだけどー!!』」

 モエ(びきびき…)


 数日後。高等部・教室にて。


 リオ「モエ。何してんの」

 モエ「ゲーム」

 リオ「ゲームじゃ分かりません!」

 モエ「タスク村を合併吸収してやんよ」


 そのころ、中等部・教室にて。


 タスク「村がのっとられたー!!」

 アキラ「……」

727名無しさん@避難中:2012/12/04(火) 02:17:47 ID:vXyMWevgO
アキラ「クリスマスが近いのに彼女も居ないなんてヤバくね?」

タスク「アキラだって彼女なんか居ないじゃん」

ナガレ「…(稽古初め何時だっけ)」

アキラ「クリスマスってアレじゃん、聖なる夜に性なるナニかに発展できそうじゃん!」

タスク「彼女が居れば、だろ。ろくすっぽチューもしたことねーっての」

アキラ「だ、か、ら、彼女が欲しいんじゃないか!なー、ナガレだって、性なることやチュー、彼女としたいだろ?!」

ナガレ「ん?お前らまだなの?」

アキラ「」

タスク「」

ナガレ「わりっ、俺稽古あるから行くわ。じゃーな」

アキラ「……ほ、本当だろうか」

タスク「わからん。わからんが…有り得そうで怖い」

ナガレ「(あるわけねーだろ)」

728わんこ ◆TC02kfS2Q2:2012/12/19(水) 23:48:19 ID:liN.ac4Y0
クリスマスには早いけどこんなお話。

729 ◆TC02kfS2Q2:2012/12/19(水) 23:51:06 ID:liN.ac4Y0

 この世にサキュバスが居るのなら、居るで良い。
 でも、ねぼすけなサキュバスが居るとしたら……どうだろう。
 夢の中から追い出され、日が昇る街に舞い降りた淫魔を受け入れてもばちはあたりはしないだろう。

 クリスマスの朝、早く目覚めた犬上ヒカルはちょっと早目に補習へ行こうと玄関を出た矢先、雪のようなダウンジャケット姿の
小野悠里と出会った。ダウンの裾からはちらりと短めスカートが顔を見せ、健康的な太ももがヒカルの視線を奪った。
 学校は冬休み、そして冬季補習の始まりだ。

 「犬上くん、補習?」
 「……」
 「いっしょに、行こ」

 灰色の朝に舞い降りた銀髪の妖魔に唆されて男子高校生のヒカルは袖を引っ張られる。途中、坂の下のコンビニで買い物し、
まだ閑散とした学園を仰いだ。無防備なな学び舎を見ることなんて、滅多にないことだ。まだまだ薄暗い空にそびえる楼へ足を伸ばす。

 朝っぱらから寝ぼけまなこの学校の目を盗んで、二人はいっしょにコンビニで買った即席カップのうどんを朝食にした。
 うどんの真っ白な麺が無彩色のコンクリを明るくし、油揚げが池を彩る一枚の落葉のように汁の中に浮かぶ。立ち上る湯気は
誰もの心を安らげる温泉のようだ。うどんに心奪われる悠里という子はそんな畳の香りが似合うキツネの子。

 「雪、降らなかったね」
 「……うん」
 「わたしの家じゃ、降ろうが降りまいが関係なしだけどね」

 古いお寺の娘だから。キツネの小野悠里は制服の上から纏ったダウンジャケットで衿元を寒風から防いで白い息を吐いた。
 渡り廊下に腰掛けて頂く即席のカップうどんは妙に美味い。元々口数の少ない犬上ヒカルも更に口数が減っていることが、
ただのカップうどんも星三つのグルメに変貌したことが伺える。

 悠里は口にくわえたお湯少なめ、時間控えめで出来上がった硬めな即席的太い麺に感触に喜びを感じていた。
 この時間、幸いながらも職員室でお湯を頂けたことに感謝しつつ、悠里とヒカルは舌鼓を打った。

 桃色の舌に絡ませながら吸い込むと、じゅるりと音を立てて透明な汁で口元を濡らす。微かに飛んだ雫が悠里の薄い手を汚した。
 前に垂れた銀色の髪の毛を掻き上げて、ゆっくりと顔を近付け「あんっ」と、耳を立てなければ聴こえない程の悠里の声をあげる、
様は彼女なりの相手への愛情表現なのだろう。一口一口を恋人との大切な時間を過ごすように、丁寧に口をすぼめ温もりを感じる。
ここでしか味わえない秘密の味にまた、じゅるりと音が響かせる。

 体が徐々にほてってきたのか、悠里はカーディガンのボタンを緩め、襟元を開く。すると二つのたわわで淫靡なる丘の膨らみが
やゆんと露になり、悠里の右手の動きに合わせてよゆんと揺れ動く。ただでさえ制服の上からでも張りが顕著に見える悠里の胸は、
ちらりと一部を見せ付けるだけでも容易に彼女のグラマラスな雰囲気を漂わせていた。肩までかかるウェーブの銀色の髪の毛は、
彼女の年齢よりも大人びて妖艶なる花の蜜を演出する。

 「うぅん……。はぁ、美味しい。もっと……もっと」

 初めて口にしたときはいつだっただろう。そんなことさえも覚えていない。
 虜になってしまった故に一人占めできる幸福感、ほしいままに魅了されてしまう服従感、そして一気に汁を飲み干す征服感。
後生忘れませんと、誓った出会い。一回限りの出会いでは物足りなくて、また会いたくなってしまう背徳感。
 きっとまた、会うんだろう。悠里はキツネの尻尾を揺らして、エクスタシーにも似た感情を露にした。

 最後の一滴、最後の一滴まで。
 全てを飲み干す。

 不覚にも悠里の口から白いものがたらりと零れ、キツネ色のてのひらへだらりと垂らした。
 いけない。こんがりとトーストのようなキツネのてのひらの毛を濡らしてしまった。

 そう。小野悠里という子は青年誌の巻頭グラビアから飛び出したような子だ。汚れを知らぬ少年が隣り合わせになったなら、
少年の鼓動と瞬きが加速するかもしれない。体全体から滲み出る色香が無垢なるキャンバスを桃色に染める。悠里自身も決して
無垢な少年をたぶらかす自分が嫌いではないどころか、自分のアイデンティティとして武器にしているので嬉々として隙あらば
オフェンスを仕掛けて征服欲を満たすのであった。


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