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獣人総合スレ 避難所

679言い訳さん ◆TC02kfS2Q2:2012/03/25(日) 19:13:54 ID:NPwG9r.Y0

 ハルコという娘は淺川からすれば飼い猫に近い。人懐こい猫だ。にゃーにゃーと猫撫で声で三十路男をたぶらかすハルコは、
淺川のキッチンの冷蔵庫を勝手に開けて、じっと中腰で眺めていた。ひんやりとした冷気が逃げてゆく姿をみすみす許す。
 ただし、温まって困るものはなし。両者ねぼけまなこで、誰しもが過ごす夜を忘れようとしていた。

 「ろくなものがありません」
 「久し振りにここに帰ってきたばかりだからな。ってか、勝手に開けんな」
 「ホントにろくなものがありませんね」
 「お前のせいでもあるけどな」
 「トランジットと飲んだビール、わたしには苦い思い出になるのでしょうか。トランジットと食べたキュウリの鷹の爪炒め、
  わたしには辛い過去として刻まれてしまうのでしょうか。オトナになるって、心がずきずきします」

 ぱたりと軽い冷蔵庫の扉を閉めると、ハルコの顔は暗く陰になった。明るい髪のハルコには似合わない暗さだった。

 「お腹が減りました」
 「口減らず」

 とにかく朝を迎えてしまった。開いたビールの缶の中、何度も何度も水道ですすぎ続ける淺川も腹の中だけはハルコと同じだ。
 ひとつ、またひとつ缶をすすぎ続け、水をきる。缶を台に置く音は独り者の淺川には聞き慣れたもの。ただ、水がシンクを打つ音は、
いつまでたっても寂しさを演出するものだと、淺川は耳を塞ぎたくなった。ハルコのわがままのほかに耳にしたく無いものがあるとは。
 減らず口の娘が大人しくなったと淺川が振り向くと、ハルコはストッキングを履き始めていた。開けたばかりの黒いストッキングは
すらりとなまめかしい脚線美を淺川の部屋に描き、ハルコを少しずつ娘から女に塗りかえてゆく。

 「モーニング、行こうよ」

 最近淺川の自宅近くに出来た喫茶店。名古屋方式のモーニングセットが自慢だとか。分厚いトーストと小倉餡が合うらしい。
値段のわりのサービス振りが人気を呼んでいるらしい。ハルコの琴線に触ったのか、やたらとそこに行きたがる。

 「あ……。ハルコ。悪りい、来客?」
 「うそばっか」

 踵を返した淺川は、ハルコをリビングに置き去りにして、玄関を飛び出した。頬を膨らませながら
ハルコはともに一夜を過ごしたハンドバッグをひょいと拾うと、ぶっきらぼうにぶらぶらと揺らしていた。

 淺川は来客者のいない玄関にて、バイク屋の娘・杉本ミナと通話していた。
ミナからの着信はいきなりだ。だから女の子は……、と深いため息。寸分の隙をハルコに嗅ぎ取られたくはない。
 決してやましいことはないはずだけど、淺川のミナへの想いをハルコに掻き乱されたくはないから。
 ミナからの話は「頼まれていたバイクのタイヤ交換が終わった」という、実に事務的なもの。
淺川には彩りが乏しいと見えたのか、色彩あふれるトークの花畑へとミナを誘った。淺川はそういう男。

 「いやあ。この街に帰ってから初めて電話をよこしてくれた子が杉本さんだとは嬉しい限り!」
 「うそばっかり」
 「いやいや!淺川の口にはそれは似合わぬ!それにこの街に帰ってきたのは、杉本さんに会うためって言っても過言ではありませぬぞ」
 「お変わりなく、安心しました」
 「それはそうと、今度春の陽気に誘われたことを言い訳にツーリングにでも……」
 「はいはい。考えとくね」
 
 台所でハルコが携帯を弄る姿が暖簾越しにシルエットとなる。
 気付かれないように玄関の扉を開けて、こっそり履き潰しかけた靴に足を入れ、マンションの廊下で通話を続ける。


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