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獣人総合スレ 避難所

678言い訳さん ◆TC02kfS2Q2:2012/03/25(日) 19:13:16 ID:NPwG9r.Y0

 例えば、勇者が姫を救うとしよう。

 薄暗い牢に幽閉されて、自由の翼をもがれた若い姫。輝くブロンドの髪も時間と孤独でくすみ、白い肌も煤けてしまった。
 姫の命は邪悪なるドラゴンの手の平。ヤツが牙を剥けば姫の命は吹き消され、勇者がヤツに剣を薙げば姫の命は吹き返す。

 しかし、運命は数奇なもの。ドラゴンの正体が勇者が幼い頃から恋焦がれた、初恋の人だったらどうするか。
それは、永遠の憧れ。どんな山奥、海底に挑んでも見つけることの出来ないような、大事な大事な勇者だけへのかけがえのない想い。

 勇者は悩む。
 勇者とて悩む。

 悩みの無い者なんぞ、信用など出来ぬ。

 三十路の独身写真家、淺川・トランジット・シャルヒャーという男は、この勇者の気持ちが十分に理解できるはずだ。

     #

 「女の子にごちそうするのは楽しいでしょう。ね」
 「だから、おれが決めた人は、杉本さんだけだからな」
 「だーれ?」
 「おれがこの街でお世話になってるバイク屋さんの娘。プロフェッショナルなんだぜ」

 成り行きとはいえ、ハルコを部屋に上げた時点で間違いの始まりだったかもしれない。
 そんな男を尻目にハルコは、淺川が買い溜めしていた缶ビールを心底美味しそうに飲み干す。

 誰が呼んだか、小悪魔ハルコ。

 「女子の仕事は男子を困らせること。男子の仕事は女子を楽しませること……なんてね」

 ハルコの酔いが大分深くなってきた。不肖・淺川も一介の男子、小娘のほしいままにされたくはない。おれにはミナさんが
いるではないか。一目惚れも腐れ縁も、結局は同じなのだろうか。たまたま、ミナとの出会いが一目惚れだっただけし。
そして、まだまだ長い一方通行を通り抜けてないだけ。淺川もただの男子じゃないか……と、ビールを一口。
 虚ろな瞳を潤ませたハルコは、淺川の缶を引ったくり、コンと自分の缶と並べて置いた。奥のつまみを取ろうとハルコが手を
伸ばすと、不注意に缶を倒してしまった。淺川はぶつぶつと大量のティッシュでビール塗れのテーブルを拭くが、何枚も使ううちに
とうとう紙切れになってしまった。慌てることの無いハルコは丸くなったティッシュの束を掴む淺川の指先をじっと見ていた。

 「トランジット。爪が伸びてるねえ」
 「切る暇が無いんだよ」
 「今すぐ、切る?」
 「夜爪はやめとく」
 「インターネットの時代に迷信ですかあ?口笛吹こうかなあ?」
 「おいこらやめろ」

 夜は更けて、朝が参る。

 付き合っているという訳ではないが、他人という訳でもない。
 見知らぬ娘だという訳ではないが、そんなに深くは知っていない。
 振り回されてはいないけど、突き放すつもりはない。

 誰かと誰かがいつの間にかに互いに関わって、街を育て、地球を回す。
 それを思えば、ちょっとしたきっかけで出会ったハルコとの関係は、不思議ではないじゃないか。

 そして、一晩。色気ない夜空を共有してしまった。ティッシュの箱は淺川が使って空のまま、部屋で静かに腰を下ろす。


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