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誹謗中傷って、何?
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最近、よくインターネットでの誹謗中傷ちうことがクローズアップ
されておるが・・・
誹謗中傷って、何?(笑)
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「日本人」と同じで→「日本人」と同じ格の言葉で、
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その言葉を聞いて、苦しむ人がいようが、嫌がる人がいようが、使うことに何らかの意義があると言われるのなら、使い続けられたらいいのではないですか? それに対する反撃覚悟で。
妻は、「たまにはババンと〜」的なCMを見て、怒っています。
自分で払う気もなく、高いものばかりねだる馬鹿女を描くことで、女性差別をしていると。
私は、そんな馬鹿女を金でつなぎとめようと借金をする馬鹿男を描いているから、あれは男性差別だとヾ(。`Д´。)ノ彡
抗議したことはありませんが、ローンの必要があっても、東京三菱系や三井住友系では絶対に借りないぞと言う程度には、怒っています(笑)
しかし、次々同じようなCMが出てくるところを見れば、非難が来ないのか、来ても無視できる程度なのか、その手のCMが圧倒的に効果的か、なのでしょう。
嫌だと思えば、抗議をするもよし、不買で抵抗するもよし、
そういうことにもめげず、表現し続けるならそれもよし。
番長さん曰くの「覚悟してやれ」の一言じゃあないですか?
表現の自由を守りたければ、どんなに非難を受けようが、戦中のように政権から懲罰を受けようが、あえて発言していくしかないとも思いますしね。
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>>443
>表現の自由を守りたければ、どんなに非難を受けようが、戦中のように政権から懲罰を受けようが、あえて発言していくしかないとも思いますしね。
うーん、ちょっと違うんだよね、「表現の自由」とかではなくて、魔女狩りが怖いっていうのかな?
覚悟,っていう言葉が出たけれど,まあ、抗議されたら面倒を避けて,またはこわくてさっさと取り下げてしまうのは,覚悟がない、って証拠かもしれないね。
実際,こわい団体もあるらしいし。
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つまりさ、習慣でなにげに「めくら」「かたわ」と言う年配者(吉岡さんの周囲にはいませんか?こういう人。60代以上の方には多いですけれど)とか。
あるマンガや小説やCMが、そう取ろうと思えばとれるとか。
そういったなんら差別感も侮蔑感も無い人達が,ある時「被差別者」のレッテルを貼られてしまう。
それって、なんか違う気がするんだよね。
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イカフライさん
「こわい団体」--戦前では国家がこわい団体の最たるものでした。
作家小林多喜二は共産主義思想ゆえに、詩人尹東柱は独立思想ゆえに獄死しました。
17年余り前には、小尻知博記者がこわい団体によって、散弾銃で射殺されました。
今年は、「イラク反戦」思想ゆえに、3ヶ月近く拘束された人も居ます。
こわい団体がこわくて発言できないなら、発言しない選択もあります。
こういう表現をされたくないと言う側の発言にも、自由があるのですから。
>そういったなんら差別感も侮蔑感も無い人達が,ある時「被差別者」のレッテルを貼られてしまう。
違うでしょ!
私の周囲にも、「差別感も侮蔑感も無い人」ではなく、明らかに差別意識を持って、ひそひそ声で親指を折って「あいつはこれだよ」と言う親父すらいます。
しかし彼にはなんのレッテルも貼られていません。 彼は表現者でないからです。
今あなたが問題にしているのは、マスコミなどの表現者でしょう? 表現者には表現者としての責任が生じます。
あなたの言われる「差別感も侮蔑感も無い人」の何気ない発言が非難されていけないなら、「その表現は痛いです」という側の発言に対しても、なんの非難もレッテルもいけないはずです。
マスコミではないけど、掲示板と言う半公共の場での、きょうこさん問題のダブルスタンダードということを初めっから言ってきたのは、このことです。
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>>446
>>そういったなんら差別感も侮蔑感も無い人達が,ある時「被差別者」のレッテルを貼られてしまう。
>違うでしょ!
>私の周囲にも、「差別感も侮蔑感も無い人」ではなく、明らかに差別意識を持って、ひそひそ声で親指を折って「あいつはこれだよ」と言う親父すらいます。
まず、確認ですが,前者と後者の違いはお解りでしょうか?
今は,発信者がなんら意図の無い場合,受信側の一部が、そう感じてしまった場合のお話をしているのです。
話しが少しは進んだかな、と思ったのですか、まだ、そこ止まりでしょうか?
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>>446
>表現者には表現者としての責任が生じます。
その、表現者としての責任はどこまでか?という事を話しているのです。
ある表現が,一部の人達の不興をかってしまった、基本的にはこれですよね。
で、その人達がその属性が理由で長く差別を受けてきた、ということと、なんら差別意図が無い表現にも関らずその差別感を感じてしまった。
これは、別のことではないのか?とずっと言っているのですが,同じなのですか,あなたにとって。
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>>400のヤスツさんのマトメをお借りすれば。
1)発信者Aの発言が、受信者Bを傷つけた
2)発信者Aは、受信者Bを傷つける意図はなかった
3)受信者Bは、発信者Aの意図が「恣意的」なのか「無意識」なのかわからない
まずここで、1)2)3)をクリアした、としましょう。
その場合,
4)受信者Bが発信者Aに「差別語」だと抗議した場合、発信者Aは受信者Bの抗議を全面的に受け入れるべきか?
ここですよね、吉岡さんは、受信者側が傷つくのなら使うな、というご意見だと思うのですが,違いますか?
(違っていたら,訂正してご意見をお願いします)
5)差別語かどうかを決定するのは受信者B(被害者)であり、発信者A(加害者)は「無意識の場合」であっても「罪を償わなければならない」か?
現状では,発信者が償わされています。出版や放送の中止,表現の修正など。
責められた時の心の傷,まあ、精神的苦痛というのもありますね。
それはどう考えるのか?
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ところで、少し本題からずれますが、吉岡さんは西日本の方ですか?
>親指を折って、
実はこの意味は,私には良く解りません。ただ、同和のことなのかな?と推測しているのですが,違っていたらゴメンナサイ。
解放同盟の話しもちらっと出ましたが,この問題と言うのは,東京の人間にはとても解りつらい。
西日本の地域では,生活の中にかなり見られる問題の様ですので、その地域の知人などは別に社会問題に対する関心が薄くてもなんらかの経験があるようですが、東京の人間は,入学や転勤などで関西方面に言って,結構ショックを受けるようです。
でも、これらのことは、全国レベルでは、全くと言ってイイほど報道されませんね。
少し前,「同和利権の真相」という本を読みました。
あの内容が全て真実なのかどうか,私には解りません。
ただ、あの中に出て来たような話は,耳にした事があります。
あくまでこれは枝葉ということで。
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イカフライさん
> 今は,発信者がなんら意図の無い場合,受信側の一部が、そう感じてしまった場合のお話をしているのです。
全く困りましたね。差別的な意図で発言してすら、それが私的なひそひそ話の場合には、差別者として糾弾されていないと言うことですよ。まして、差別の意図のない場合は言うまでもないことです。公の場での「表現者でない」例に過ぎないのですよ。
それに対して「表現者」には、責任が生じると言うことです。
> で、その人達がその属性が理由で長く差別を受けてきた、ということと、なんら差別意図が無い表現にも関らずその差別感を感じてしまった。
差別を感じたという事実を表現することをも守りましょう。魔女狩りをせずにということなんです。お分かりになりませんか?
その上で、なおかつその表現を続けるなら、その覚悟でやりなさいと言うことです。
>4)受信者Bが発信者Aに「差別語」だと抗議した場合、発信者Aは受信者Bの抗議を全面的に受け入れるべきか?
ここですよね、吉岡さんは、受信者側が傷つくのなら使うな、というご意見だと思うのですが,違いますか?
そんなことは言っていません。無批判に盲目的に全面的に受け入れることにはむしろ反対だと、何度も言っているのが、お分かりにはなりませんか?
>5)差別語かどうかを決定するのは受信者B(被害者)であり、発信者A(加害者)は「無意識の場合」であっても「罪を償わなければならない」か?
> 現状では,発信者が償わされています。出版や放送の中止,表現の修正など。
不当な批判であり、その表現が必要であると思うのなら、むしろ出版し続け、表現し続けるべきでしょう。
そうすることにより問題のあり方が、大衆的に検討されるのですから。
それをしないでいて、「差別表現だから止めてほしい」という発信者に、その発信をやめろと言うことは、不当な発言封じではないのですか? それが初めから述べているダブルスタンダードだと言うことです。
> 責められた時の心の傷,まあ、精神的苦痛というのもありますね。
その表現で受ける「心の傷,まあ、精神的苦痛というの」を、ちっとも考えない人が、こちらだけ言われるのですか?
> 解放同盟の話しもちらっと出ましたが,この問題と言うのは,東京の人間にはとても解りつらい。
この前引いたリンクでの差別落書きは、東京の話です。
東京にも解放同盟はあります。
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だからさあ、
>、「差別表現だから止めてほしい」という発信者に、その発信をやめろと言うことは、不当な発言封じではないのですか?
なんて、一言もいってないじゃないの。
少しは,読解する努力を見せてくださいよ。
で。「同和利権の真相」という本に付いてはご存知無いのですね?
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>>451
>差別を感じたという事実を表現することをも守りましょう。魔女狩りをせずにということなんです。お分かりになりませんか?
現実に魔女狩りが行われているという事実についてどのように考えますか?
>その上で、なおかつその表現を続けるなら、その覚悟でやりなさいと言うことです。
その覚悟とはどんな覚悟でしょうか?
お願いですから,今一度,>>70前後のレスを読み返して頂けませんか?
「差別を感じたという事実を表現すること」というのは全くもって意味不明な日本語ですが,差別を感じたのは,一部の受信者ですよね?
で、その背後にはどうやらその受信側の事情がある。
例えば,障害や出身地故に差別されていた,という事情ですね。
けれど、その発信者には何らそういった意図が無い場合,これは、受信者側の事情と言うか,問題ではないのですか?
で、もう一度,読み直して欲しい,というのは、抗議する前に、その抗議がどの程度,正確なのか,まず抗議側も学んで欲しい,ということです。
ちなみに解放同盟が東京にあるのは知っています。
けれど、吉岡さんは東京の事情をご存知無いでしょう?
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>> 責められた時の心の傷,まあ、精神的苦痛というのもありますね。
>その表現で受ける「心の傷,まあ、精神的苦痛というの」を、ちっとも考えない人が、こちらだけ言われるのですか?
ちっとも考えていないのではありません。対等に考えています。
発信者の傷,一部受信者の傷,どちらも対等です。
受信者が「障害者だから」「ハンセン氏病患者だから」「同和地区出身者だから」そっちのほうが傷つく,というのは逆に差別的ではないのですか?
ちなみに、やたらと表現者の責任、責任と言いますが,ものの受けとり方がどの位違うか?
ここで少し話しても解るでしょう?
例えば,吉岡さんはたまにばババンと、という銀行のCMを見て、あのようにお感じになったわけですよね?
私は,あれを見て、東京三菱、かなり苦しいのかいな?と思いました。
かつて「ドブ」と呼んでいた,個人顧客の小額の借入れ(個人のレジャー費用なんて銀行融資額からすれば、微微たるもんでしょ)まであてにして、あんなお金かけてテレビCMうつなんて。
かように、受信者側の受け取り方が違うのです。
それをもってして、受信者が精神的苦痛を感じたから,発信者は責任取れ、というのは、あまりにも不公平ではないのかな?
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ところで、エド・マクベインの「87分署」シリーズの中で「死んだ耳の男」というのがありますが、これは初版の時は「つんぼ男」という題名だったんですよね。
補聴器をつけた犯人と87分署そキャレラ刑事との対決。
この死んだ耳の男は87分署の他の作品にも出てきましたが。
最初私は「死んだ男の耳」だと思って,殺して死体の一部を送りつける犯人の話かな,なんて思いました。
以上,突然思い出した余談でした。
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イカフライさん
>で。「同和利権の真相」という本に付いてはご存知無いのですね?
あなたたちが例に出しているのは、きょうこさん問題であり、盲人の悪人主役のマンガの話です。そのレベルで話をしています。
そして、利権のためにクレームをつける輩のことは、その不正を明らかにするためにも、どういうクレームをつけられたのか、それに対してどういう対応したのか、そういうことを全て公にしろと、私は主張しています。
金を出せと言うならそれは明らかにユスリですから、警察に訴えるべきでしょう。
そういう犯罪と、善意の「差別が苦しい」と訴える人との区別くらいつけるべきです。
>>差別を感じたという事実を表現することをも守りましょう。魔女狩りをせずにということなんです。お分かりになりませんか?
>現実に魔女狩りが行われているという事実についてどのように考えますか?
魔女狩りが行われている事に、怒りを感じたから、きょうこさん援護に乗り出したのですが・・・・
>>その上で、なおかつその表現を続けるなら、その覚悟でやりなさいと言うことです。
>その覚悟とはどんな覚悟でしょうか?
その表現が犯罪とされないものなら、投獄されることはないでしょう。
批判を受けたり、不買運動を受けたり、抗議行動を受けたりする程度の覚悟です。
逆に、犯罪被害者になる覚悟とは申しません(阪神支局銃撃事件の小尻知博記者ような)
そういうやくざ的な攻撃は、警察問題です。
>「差別を感じたという事実を表現すること」というのは全くもって意味不明な日本語ですが,差別を感じたのは,一部の受信者ですよね?
確かに上手い表現ではないと思いますが「全くもって意味不明な日本語です」か?困りましたねえ。
言い直しましょう。「ある特定の人が、差別を感じたのは事実であって、その感じた事実を表現する」と言えば通じますかな?
> で、もう一度,読み直して欲しい,というのは、抗議する前に、その抗議がどの程度,正確なのか,まず抗議側も学んで欲しい,ということです。
それに越したことはないですが、
発信者になんら意図がない表現を守りたいのなら、感じたことを、そのまま表現することも、守られるべきです。
お互いに表現して、議論して、解決していけばいいと思います。
>ちなみに解放同盟が東京にあるのは知っています。
> けれど、吉岡さんは東京の事情をご存知無いでしょう?
具体的に、どういう事情を知らないと言われるのですか?
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454 イカフライ さん
> 発信者の傷,一部受信者の傷,どちらも対等です。
> 受信者が「障害者だから」「ハンセン氏病患者だから」「同和地区出身者だから」そっちのほうが傷つく,というのは逆に差別的ではないのですか?
どちらも対等なら、まず自分側が先に発信したのだから、それを苦痛だと言う人に、発信することを許すべきだと思いますがね。
> 私は,あれを見て、東京三菱、かなり苦しいのかいな?と思いました。
まあ、経営者側の感じ方と、消費者側の感じ方に、違いはあるでしょうが、ともかく、それぞれ感じることはあるわけです。その感じ方が、発信者にとって痛い事もあるでしょうというのが、私の書いた真意です。
夫婦の会話は、そこで憂さ晴らしをして済ませる程度でしたが、その苦痛が大きければ抗議行動に及ぶかもしれない。私の場合でも「不買」くらいはしますからね。
あなたの感じ方でも「かなり苦しい会社は危ない」と「売り」かもしれない。表現者の責任とはそういう意味です。
まいた種を刈るのは、自己責任です。
> それをもってして、受信者が精神的苦痛を感じたから,発信者は責任取れ、というのは、あまりにも不公平ではないのかな?
不公平だと思うなら、発信し続けたらいいでしょう、自己責任で。
批判も抗議も、果敢に投げ返せばいいのです。
少なくとも石原都知事はそうしていますね。私は批判者ですが(笑)
こちらは発信するが、批判は一切許さないはないはずです♪☆彡
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イカフライさん
発信したものは、発信者の意図とは関係なく、受信されます。
マンガや小説をお書きなら、それは良くご存知ですね。
あなたが「ヤオイ小説」のつもりで書いたものが、あるところで道徳書として読まれているなんて笑い話もありえますw
受信者から抗議を受けることはむしろ幸いだと、私は思います。
釈明する機会も、理解を得る機会も、あるいは、謝罪して回収する機会もありますからね。
恐いのはむしろ「抗議もせず、隠密裏の不買運動」などされることではないですか?
国民の何パーセントを占める宗教団体や、消費者団体にそれをやられると致命的ですよ。自社製品全てに対して、クチコミの風評被害を受けたりね。不買運動をやられても、なぜ売れ行きが落ちたのか分かるまでに、倒産するかもしれない。
表の抗議はもちろん、こういう暗黙の抗議を受けることも、発信者の自己責任です。
それなら表で堂々と批判してくれる方が、いいでしょう☆彡
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イカフライさん
発信者は覚悟が必要について、追伸
差別への抗議に限りません。
あなたの作品が、注目作であればあるほど、各紙に書評が載ります。
中には、思いも寄らない方向から、こっぴどく非難批判をしてくる場合もあります。
表現者には表現の、発信者には発信の、責任があります。
言論には言論で。 反論する自由もあるのですから。
「同和利権の真相」を読まれたようですが、
「同和利権の真相」の深層
宮崎学(ほか呉智英・斎藤貴男・森達也・角岡伸彦・秋山良・和田献一)《解放出版社》
も、あわせて読まれることをお勧めします。
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「同和利権の真相」の深層―何がリアルや! (著)宮崎学
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4759210229/qid=1071936068/sr=1-2/ref=sr_1_2_2/249-6572881-5853122
同和利権の真相 (1) (著)寺園 敦史、一ノ宮 美成、グループK21
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4796635467/249-6572881-5853122
同和利権の真相 (2) (著)一ノ宮 美成、グループ・K21
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4796640282/ref=pd_sim_dp_2/249-6572881-5853122
同和利権の真相 (3) (著)一ノ宮 美成、グループ・K21
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4796636897/ref=pd_bxgy_text_2/249-6572881-5853122
一応リンクを貼って置こう。
差別問題萌えにはヨダレの出そうなラインナップだな。
少しネタバレだが、部落解放同盟(解同)と全国部落解放運動連合会(全解連)の
代理戦争なんだ罠。どちらも真実を衝き、そうでない所もあると。
解同と全解連は犬猿の仲なので、話半分に聴いた方が好いと思うがね。
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んんん〜〜
番長さんもそうなんですか?
私のほうは多分、番長さんより薄いとは思いますが、ハザマに・・・・
(共産党入党と言うのは、嘘っぽいかも?ですが)
学生時代、ハンセン病元患者の方々と、1週間ほど生活を共にしたこともありますが、
知的理解は多分浅いだろうと思っています。
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ハザマとはいえ、どちらに多くのシンパシーを感じているかにおいて、番長さんと私は、反対に位置すると思っています。(違いますか?)
わずかなレスを読んだだけの印象ですが、番長さんは「論敵」として、体験的にも知的にも、私には、太刀打ちできないものをお持ちのように思います。 お手柔らかに m(__)m
あなたが入党なさったかどうかは別として、
かの前衛党は、同じ方向性を持つものが、自分の翼の内にいる間は〈可愛がる〉が、翼の外に出て〈勝手な動き〉を始めると、外敵が襲う前に、コツキまわすような習性を持っていると思います。
被差別部落の解放に、最初に力を入れたのは、あの党だったと思いますが、いまや、最大の敵になってしまったと。
私は解放同盟が到達した思想性については高く評価しています。
しかし、行政に対して力をつけていくに従って、行き過ぎた行動をとるようになったと思う点もあります。
その背景についての知識や理解を持った上でも、解同からの抗議を不当と思うなら、当然、受け入れる必要もなく、対抗の論陣を張ればいいと思っています。
ただ、知識や理解を得て欲しいとは、切望しますが(^^ゞ
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>>458
吉岡さん、ケンカする気も,挑発する気もありませんが.
>国民の何パーセントを占める宗教団体や、消費者団体にそれをやられると致命的ですよ。自社製品全てに対して、クチコミの風評被害を受けたりね。不買運動をやられても、なぜ売れ行きが落ちたのか分かるまでに、倒産するかもしれない。
これは、もしあなたが抗議する側の立場で、例えば出版者などに言ったら,脅迫になりませんか?
警察に訴えて,とりあってくれるかどうか、解りませんが。
あと、書きたいこと一杯あるけれど、今,時間が無いので,ここまで。
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>>460
番長さん、リンクありがとう。
内容に付いてはまだ読んでいませんので,あとでじっくり読みます。
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>>463 イカフライさん
帰宅して開いて、大笑いしました。
イカフライさんって、楽しい人ですね〜♪
>これは、もしあなたが抗議する側の立場で、例えば出版者などに言ったら,脅迫になりませんか?
警察に訴えて,とりあってくれるかどうか、解りませんが。
どうぞどうぞ、警察に訴えてください。
犯罪ともなれば、匿名掲示板でも、タイーホ してくれますよ(笑)
こんなこと「言ったら」、トーゼン犯罪ですよw
そんな愚かなことを誰がするんですか、馬鹿馬鹿しい。
隠密裏に、と書いたはずですがね。
○○会長を取り巻く幹部は、宗敵として、その会社をつぶす目的をしっかり持っていても、会員が友達に流す風評は、あの会社の商品にはプリオンがどうたらとか、
そういう≪隠密行為≫をやられるに比べれば、
正々堂々、表から抗議される方がずっと対処しやすいでしょうと言うことです。
> あと、書きたいこと一杯あるけれど、今,時間が無いので,ここまで。
はいはい。お暇が出来てからでいいですよ。
一杯書いてくださること、期待してお待ちしていますよ。
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部落解放同盟中央本部
http://www.bll.gr.jp/
差別糾弾闘争とは
http://www.bll.gr.jp/kaisetu-kydan.html
物書きを始め、公共の場へ情報を発信する者が恐れをなすのは、
ここにある糾弾会の事じゃなかろうか?俺は写真でしか見たこと無いし、
参加者の感想を聴いた訳でも無いので、実際どうなのかは能く解らない。
全解連の人間は好く云わないが、そりゃ当り前の話。敵に塩送るほどの
度量なんて無いからねw
>部落解放同盟は差別糾弾闘争の基本姿勢について、
>「糾弾には暴力、恫喝、揶揄は不要である、糾弾は差別者の態度にもよるが、
>一定の節度をもって行なうこと、人権侵害を許さない闘いは、同時に相手の人権も
>おかさないという立場を踏まえること」であると明確に述べています。
なるほど。
いきなり相手側を差別者扱いする文面おかしいが、もし糾弾会がここで
謳われてる様なものならば、別に恐れる必要などない。あくまで文面通りならば。
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ま、ここに書かれてある文言がどうあれ、相手を差別者だと
決めて掛って来る連中相手に、たった一人のこのこ敵地へ
乗込むのは無謀と云うもの。もちろん一人で行く度胸と、
自分の正しさを主張できる力があればその限りじゃないが。
一番大事なことは、密室でやりたい放題させぬ事だろうな。
外部の目の届かぬ所でやられたら、違法行為があったとて、
後で訴え出る事も出来ない。とにかく一人で行かないに限る。
出来るなら弁護士や政治家あたりと一緒に行くと好い。
理想的にはマスコミを間に入れて、全て公開でやってしまう。
傍から見られてる事自体が、違法行為の抑止になり得るし、
おかしな事にいちゃもん付けてるのが皆に知れ渡れば、
安目を売るのは解同の方だ。それに全解連の連中は
これを奇貨とし、解同を叩きに掛るだろう。
やっぱり解同は怖い奴等だとw
こんなもんは全部公開してしまえばエエんだよ。
引っ込めるとか謝るとかは二の次で好い。
いまこんな事で誰それから然々の抗議を受けてます。
でも俺はその抗議を不当なものと思うので、話合の場を
設ける事としました。どうぞ皆さん来てやってくれと。
相手が断ればその事も公開する。皆の前では
出来ない事をこの俺にしようと云ってます。
意見があるなら、そしてそれが正当だと思うなら、
皆に知らせて何の不都合があるんですかと。
こんな風に云い返した人間っているんかね?
寡聞にして聴いた事が無い。
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>>466 >>467
>いきなり相手側を差別者扱いする文面おかしいが、もし糾弾会がここで
謳われてる様なものならば、別に恐れる必要などない。あくまで文面通りならば。
「糾弾会は、事前に、その差別事件について事実の確認と分析をおこない、どのように糾弾するのかという「糾弾要綱」を作成して、組織的におこなわれます。」 が本当なら、いきなりと言うのとも少し違うような・・・・
「文字通りなら」 は、ま、私も実際の場面を見たことがないのですが、人間のすることだから、興奮や行き過ぎが起こりえるのではないかと思ってしまいますが・・・・
それでもなお、プラス面とマイナス面を考えれば、糾弾を認めますが・・・
昔は共産党も、糾弾を認めていたと言うようなことを聞いたことあるのですが、実際はどうなんでしょう?
>一番大事なことは、密室でやりたい放題させぬ事だろうな。
外部の目の届かぬ所でやられたら、違法行為があったとて、
後で訴え出る事も出来ない。とにかく一人で行かないに限る。
出来るなら弁護士や政治家あたりと一緒に行くと好い。
理想的にはマスコミを間に入れて、全て公開でやってしまう。
>こんなもんは全部公開してしまえばエエんだよ。
引っ込めるとか謝るとかは二の次で好い。
いまこんな事で誰それから然々の抗議を受けてます。
でも俺はその抗議を不当なものと思うので、話合の場を
設ける事としました。どうぞ皆さん来てやってくれと。
相手が断ればその事も公開する。皆の前では
出来ない事をこの俺にしようと云ってます。
意見があるなら、そしてそれが正当だと思うなら、
皆に知らせて何の不都合があるんですかと。
これ大賛成です。
解同側も否定しないはずですよ。糾弾の目的から言って、むしろ喜ぶはずです。
そうでないなら、言っていることが嘘になります。そこを突けばよい。
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おはようございます。
まず、吉岡さん、私の職業をなんか社会派ジャーナリストとでもお考えなのでしょうか?
>>459を読むと,なにが誤解があるような気も少々……(ーー;)
私は単なるパート主婦ですよ。
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ただし、不特定多数の人間に向けて発信する仕事の場に身を置いたことはあります。
その経験から言わせて頂くと。
>あなたの作品が、注目作であればあるほど、各紙に書評が載ります。
>中には、思いも寄らない方向から、こっぴどく非難批判をしてくる場合もあります。
>表現者には表現の、発信者には発信の、責任があります。
書評ということに関しては,基本的にまずそのジャンルにおいて取り上げられるのが最初ですね。
吉岡さんは、いわゆるエンターテイメントのジャンルにはあまり興味,関心は薄いのでは?と推測しますが,もしかしたら、今の話の流れに会わないから,といことで、お詳しいジャンルもあるかも知れません。
それはサイド6でおいおい。
基本的には,書評、まあ、書評に限らず評論を行う人は,そのジャンルに精通してます、そうでなければ、仕事になりませんから。
年22-3本しか映画観ない映画評論家なんて聞いたこと無い。
とは言え,確かにハタ違いの場で記事として取り上げられる場合,その世界をあまり知らない人が書くとトンチンカンになったりする場合はありますね。
おじさん週刊誌なんかそれ、ありました。
で、ですね、発信者の責任、という点で言えば。今になっていえることですが。
まず、お金を払って買ってくれる読者の方々をいかに金額分楽しませるか?ひいては、それを出してくれる出版社にどれだけ儲けさせるか?
なんか、ミモフタも無いいい方ですが、出版社(とその仲立としての編集者)と描き手と読者の関係は、女衒と娼婦と客に似ているな,と思います。
で、読者、つまりお客さまと言うのは,身勝手で浮気なものです、これは、広く接客業をしている方、接客ではないけれど、さまざまな取引をしている方、みなさん、共通した意識だと思います。
中にはデンパ入っている人もいるようですね、「ミザリー」って映画にもなったスティーブンーキングの小説,ご存知でしょうか?
あれは勿論創作ですが,デンパ読者の話ですね。
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>>469 イカフライさん
私生活については、書かれた文面以外のことは存じませんし、知る必要もありません。
小説を書かれると聞いたので、書かれた後に起こりえることではありますが、話題としては、あなた個人に限定して読み取る筋でもありません。
一般的に「表現者は表現したとたんに責任が生じる」という事を理解していただけたらいいのです。
>>470
> 基本的には,書評、まあ、書評に限らず評論を行う人は,そのジャンルに精通してます、そうでなければ、仕事になりませんから。
著者の思いもよらない角度から、酷評を受けることもありえるということです。理由は著者の不明に寄る場合も、評者の不明による場合もあるでしょうが。
書評に限らず、柳美里の「石に泳ぐ魚」が、プライバシー侵害で訴えられたことも、彼女にとっては「思いもよらぬこと」であったでしょう。しかし、悪意が無かったということは、いいわけにはなりません。
> まず、お金を払って買ってくれる読者の方々をいかに金額分楽しませるか?ひいては、それを出してくれる出版社にどれだけ儲けさせるか?
発信者の責任は、それだけではすまないという話をしています。
柳美里の小説を買ってくれる人が、金額分楽しんでも、出版社が儲けても、その陰で泣く人が出たとしたら、最高裁でも敗訴します。
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>>460のリンク、読ませて頂きました。
「「同和利権の真相」の深層」の方が,どちらかというと否定的なレビューが多いようですね。
私自身,前レスにも書きましたが,一冊の本を読んだだけで,同和問題の全てが解ったなんてつもりはありません。
ただ、同和と言う特に東京の人間には遠く,解りつらい問題を,こうして本にまとめて,しかも文庫と言う手にとりやすい形になるということについては、ありがたい、と思っていました。
これは、あくまで個人的体験で,それに普遍性をもたせるつもりも無いし,思い込みだとも言われるかも知れませんが。
私の周囲では,同和問題というのが話題になる事も身近に起こることもありませんし、また、新聞等の報道でもほとんどと言って良いほど,記憶にはありません。
多分,同和という言葉すら知らない人も多いのではないかな?(統計取ったわけではないが、名古屋名物味噌煮こみうどんよりは認知度は低いと思います)。
古い世代の人は、部落問題というとWかあると思いますが,「昔は、ね」という感覚だと思います。
そういう人達が西日本地方で生活して結構ショックを受けるのが、同和問題で、ちらちらと小耳には挟みました。
挟みましたが,そのレベルです。
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>>472の続きです。
普段の生活の中で差別問題なんぞじっくり話し合う機会は、まあ、人にもよるし環境にもよるけれど,殆どないと思います。
普通は,自分の身近なことや共通の知人,趣味の合う同士ならその趣味の話,せいぜいが今話題になっている事件、ニュース程度ですよね。
ですから、同和に対するショックというのも、西日本での生活の話の一部としてでた話に過ぎません。
ただ、それらに共通して言えることが(私の聞いた限りでは)「こわい」ということ、それからmなんというのかな、あまりあからさまにいってはいけないタブーのような
「あっち(西日本)のほうは、イロイロあるから」ということです。
最初は,差別とそれに基づく偏見かな?と思いました。ただ、あくまで私の周辺の経験でそれを普遍化するつもりはありませんが、ここまで共通すると単に差別イクナイ、だけのことだろうか?
という疑問が湧きました。
西日本の某県に住んでいるメルトモに、それに関する話も聞いたことがあります。
個人の私信の内容はここであきらかにはしませんが。
解放教育なんていうものがあることを東京の人間には初耳でした。
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私自身は,すごく単純な人間です。
戦争,よくない。
差別,よくない。
困っている人は助けるのが当たり前。
化学も宗教も理念も学問も人が幸せに成るためのモン。
基本路線はこの程度です。
とは言え,そうそう簡単にはいかないってことも、経験上で痛感もしています。
そもそも「差別って何?」「幸せって何?」って追及していくと,それこそここで1000レス重ねても答えは出ないでしょうし,また、その程度で答えが出るなら,苦労しないとは思いますが。
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お礼が遅れましたが,番長さん>>466のリンク,ありがとうございます。
これについても、もう一度読み返して、回答をまとめたいと思います。
>>474の続きですが。
かように単細胞の私ですが、自分でも出来ることがあれば少しでもしたいですし、その為にもイロイロなことを知りたいと思っています。
額面通りの正義(正義という言葉自体、ある種のあやうさがありますが)を真に受けて,全く違う事に加担するようなことはしたくないので。
何が真実か?を見極めるのは,難しい問題ですし、本当に真実なんてあるのかどうかとも思えたりもするのですが。
それでも、できるだけ方向を間違わない様にはしたい、と思っているし,その為にも,いろいろなことを知りたいとは思っています。
ひとつのことについて、イロイロな人から,イロイロな方向での意見を聞きたいというのは、ひとつにはそれもあります。
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>>471
「石に泳ぐ魚」に関しては,プライバシー侵害であって,ここで言われていることとは,少し違う気がしますが。
作品に関しては,読んでいないので,コメントはさしひかえますが。
ちなみに、吉岡さんは読まれました?
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>>461
およそ人間が書くものである限り、言葉の正しい意味で公正中立なぞ
ある訳無いっちゅう事だよ。「深層」も「真相」も、自分の云いたい事を
云ってるだけ。基本的には自分で判断するしかない。
ただ両者ともそれなりに真実を衝いてると俺は思う。同じ事柄の
表と裏を描いてるのかも知れない。
>>462
>かの前衛党は、同じ方向性を持つものが、自分の翼の内にいる間は〈可愛がる〉が、
>翼の外に出て〈勝手な動き〉を始めると、外敵が襲う前に、コツキまわすような習性を
>持っていると思います。
>被差別部落の解放に、最初に力を入れたのは、あの党だったと思いますが、
>いまや、最大の敵になってしまったと。
造反者を許さんのは何処の集団でも同じ事。まして革命起そうとする集団なら、
その追及は苛烈を極めるだろう。いくらソフトな事云ってても、根っこは怖い集団
だと思うね。それぐらいで無いと、革命なんて出来ないし、あれだけあちこちに
喧嘩しかけられんでしょう。解同と創価学会に正面切って喧嘩する連中といったら、
他には日蓮正宗くらいのもんだ罠。
最大の敵と云うけども、共産党と全解連を支持してる被差別部落の人間は多いよ。
敵と云うのはあくまで解同側から見ての話で、被差別部落の敵って言葉は当らない。
いがみ合う理由は幾つかあるけど、部外者から見たらワケワカメなものかも知れない。
解同の思想性を評価するとあなたは云うが、俺は全く逆で、物質的・実体的な
貧困差別がほぼ解消され、差別が思想の問題に転落した時から、解同は
死んだんだよ。些細な差別行為、果ては差別意識まで追及し始めたのが、
堕落と狂気の始まりだな。
-
>>472
「真相」も真実を書いてると思うよ。ただそれは一面の真実と云うだけでね。
あと関西と関東の温度差はあるかも知れない。在日コリアンや沖縄人も
絡んで、差別は複雑な様相を呈していたようだし。
関西、特に大阪は、在日や沖縄人が多いので、ガキの頃からそいつらと
交流がある。俺の住んでた所は被差別部落の近くで、在日や沖縄人も
大勢居た記憶がある。独特の日本名「金田」「金本」や、沖縄姓「我謝」
「与那嶺」「照屋」なんて名前は、一クラスに何人も居た。
薄汚れた工場と長屋、それと対照をなす近代住宅群がその地域の
特色で、怪しげな駄菓子屋や激安お好み焼屋へはしょっちゅう
通って、そいつらと遊び回っていた脳。身の回りでは差別を感じた
ことが無いし、あいつは朝鮮だの部落だのなんて触れ回るヴァカは
居なかった。
在阪の人間にはめづらしい事じゃないと思う。
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>物書きを始め、公共の場へ情報を発信する者が恐れをなすのは、
>ここにある糾弾会の事じゃなかろうか?俺は写真でしか見たこと無いし、
>参加者の感想を聴いた訳でも無いので、実際どうなのかは能く解らない。
確か「ゴーマニズム宣言」の最初の方で糾弾会の話が出ていたように記憶しますが。
雑誌で読んだだけなので、あまり良く覚えていません。(なんの参考にもならん意見だな(ーー;))
>全解連の人間は好く云わないが、そりゃ当り前の話。敵に塩送るほどの
>度量なんて無いからねw
解放同盟と全解連の闘争,についても、全く良く解りません。
これは同和に関することだけではないのですが,なんというのか、左翼系(といっていいのかな?)の組織って,
掲げる目的が一緒なのに,なんか対立したりケンカしたりしますね,あれって一体ナゼなんでしょう?
一番解せないのは,原水禁と原水協ですか、あれにしてもどっちも反核なのに……とか思います。
当事者にはそうならざるを得ない事情も言分もあるのだと思いますが,単純な私は本当にわかりません。
大同団結ってなんで出来ないの?
-
番長さんの>>466のリンクの中に「差別糾弾」とは何か?がありますが。
> わが同盟は、差別を自分勝手に判断して、なんでもかんでも「差別だ」と言って糾弾するのではないということは、言うまでもありません。では、どういう場合に糾弾するのでしょうか。それは次のように要約することができます。
>①あきらかに差別意識をもって部落民の人権が侵害されたとき。
>②差別行為(発言や執筆など)の結果として部落差別が拡大助長されたとき。
このうち①は、どちらかと言うと、面と向かって行なうケースが多く、②の場合は、自分は差別する意図はなかったけれども、結果として、差別意識を助長拡大させたというときです。
私はこの②について、非常にあやういな、と思いました。
(①について挙げられた例についても,例えば結婚にける差別、などは、それが「同和地区出身者」だからなのか、それともその個人の問題なのか?は、どう区別するのか?という問題もあるように思えますが)
> また「…は特殊部落みたいですね」という言葉や文章が電波や出版物などを通じて人びとに差別意識を植えつけていく場合は、その影響力が大きいため、「糾弾」の対象にしています。比喩的に使った場合であっても差別意識を拡大して社会的に与える影響が大きいことを考慮して糾弾闘争を展開しているのです。
> これまでの部落解放運動の血みどろの闘いによって「侮辱の意図をもって部落民の自尊心を傷つける」という差別事件は「差別落書き」の例を除いては少なくなってきていますが、客観的に差別を助長し拡大させる事件は後を絶ってはおりません。その多くは、「無意識のうちに差別してしまった」というものです。
> 人間は、無意識のうちに相手を傷つけたり、屈辱感をあたえるということは、よくあるものです。しかし、「無意識」であったとしても差別発言をしたり差別的文書を書くということは、その人間の意識のなかに差別意識が潜在化しており、それが利害関係が働いたときに自然に表面化してくるというものであって、「つい、うっかりしてしたのだから……」とすませるわけにはいきません。無意識だったから問題にしないのではなく、その背景を「糾弾」のなかで明らかにしなければならないのです。
> 差別意識が表に出てきたときに、その原因を明らかにして間違いを正さなければ、再び「無意識による差別的言動」をくりかえし、差別のバラまきを招くことは目に見えています。
と、書かれていることはモットモなようですが、「客観的に差別を助長し拡大させる事件」この客観的判断の基準は、どこに求めるのでしょうか?
また、「「無意識」であったとしても差別発言をしたり差別的文書を書くということは、その人間の意識のなかに差別意識が潜在化しており」
とありますが,うーん、これってどうなんでしょうか?
ここまで言ってしまったら,全く差別意識が無い人間なんて存在するのでしょうか?
その為に事前に確認会を開く,という考えもあると思いますが。
>われわれの差別糾弾行為から逃げるという結果を招きやすいものです。
>説得にかかわった人びとの怒りを社会的に公表することによって差別者を孤立させ、反省を求めるきっかけになることもあります。
と、問題を客観的に分析する,というよりは、敵を追い詰める方法のように思えます。
また,ヤジ,恫喝、揶揄は不用、と言っていながら
>怒りの噴出は当然のことである
>精神的なプレッシャー(圧迫感)がなければ人間の意識は変わらないものであり、怒りに満ちた緊張感は糾弾会には欠かせないものであることは言うまでもありません。
などと書かれると,具体的には一体どういうものなのだろう?と。
なんか、これ自体が「脅し文句」のように取れないことないです、私は。
実際,糾弾会というのが、どのように行われているのか?
それこそ、どっかの局で全国放送でもして欲しいですね,国会中継みたいに。
(まあ、どの程度,視聴率がとれるか解りませんが)
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>>473 イカフライ さん
>解放教育なんていうものがあることを東京の人間には初耳でした。
解放教育にまで話を広げていいのかどうかためらいますが・・・
彼らが被差別部落民であることに、彼らの責任は何もないのですから、隠すべきものは何もありません。
隠すことで解決するものは何もありません。
堂々と名乗り差別行政を撤廃させ、今までの償いをさせていったことは、
部落問題に限らない、あらゆる差別を解決していく方向性を導き出したと思っています。
>>476
> ちなみに、吉岡さんは読まれました?
「新潮」では読みませんでしたが、改訂版を読みました。
作品としては、テーマがしっかりしていて、心理描写も行き届いていて、「凄い作品」だと思いました。
訴えの内容が、プライバシー侵害であるから別問題だといわれているようですが、
「書かれたことで苦痛を感じた」と訴えたという事実に違いはありません。
一般の読み手にとっては、モデルにされた人物を知りませんから、あの作品を構成する一登場人物です。
そして、その人物像がなければあの作品の深みは出てきません。
しかし、「書かれたことで苦痛を感じた」という訴えを聞くと、その苦痛を理解できます。
私は柳美里本人でないから、簡単に言えるのかも知れませんが、
「そういう人物象」を、別のシチュエーションで描けないものかとも思います。
-
>>477 味噌煮込み番長 さん
>差別が思想の問題に転落した時から、解同は死んだんだよ。些細な差別行為、果ては差別意識まで追及し始めたのが、堕落と狂気の始まりだな。
やっぱり番長さんとは、(どちらが正しいということではなく)表裏の感じ方をしいるということが理解できました。しかし、
私は、理論武装などしていないし、する気も全くありません。また、「解同」と同一の考えを持って、行動を共にしているわけでもありません。
文面からは、番長さんも「全解連」に対して、いくばくかの距離を置いておられるように見受けられます。
だから、違いは分かりましたが、「解同」と「全解連」の代理戦争を、ここでしても始まらないと思います。
何らかの具体的なテーマが出されたら、それについては考えようと思っています。
一つ、考えていただきたいテーマがありますので次に示します。
-
きょうこさん事件のサイトにこういう投稿がありました。
自分のメモノートに写して置いたのですが、スレ違いと思い提出しませんでした。
リンクしても見にくいでしょうから、コピーします。
・・・・・・・・
お暇な方 お付き合い下さい
(2001 年 05 月 13 日 11:44:36)
今回のこのトピックスで、まったくここの方々とは関係ないとても個人的な話題になりますが、ちょっとした波紋が私個人にありました。愚痴も半分なので、お暇な方はお付き合い下さい。
お読みのみな様には申し訳ないので、まずは、私の結論とか、心情とかから先にお話したいと思います。
差別について、私個人が思う事は、もしも自分が思わぬところで差別をされたなら、それを気にする自分が嫌だし、それを「君は ○○だけど、差別しないよ」と言われる事も嫌です。つまり、差別される人間は自分のコンプレックスと戦いつつそれを「差別」だとか「差別じゃない」とか「差別しない」とか、自分に対する事をあれこれ周囲に言われたく無いのではないかと思うのです。
もしも差別を受けた人間なら、それは余計なお世話だと思うのではないかと、今回、自分の事も踏まえて思いました。
投稿者の方には申し訳ないけど、私は、あなたの発言は余計なお世話に感じます。
差別される側から見て…。
今回、私は産まれてからつい昨日まで、このような事を考える事もありませんでした。
また、このトピックスが無ければ、昨日まで知ることも無かっただろう事実を知りました。
昨日、ふとした話題から、夫とこのトピの話が少し出ました。夫婦のごく普通な日常の会話です。その時に夫は、ひとこと私に言いました。
「差別なんて、いろいろ言う方がおかしいものだ、自分の家族も君と結婚するときに、君の部落が、あんなだけど、君の家族はもうあの部落に住んでいないし気にしなくても大丈夫だろうって言っていた。」
この発言自体、私は問題だと、生まれて初めて差別を感じたのです。
私は、ごく普通のサラリーマンの家庭に育ち、部落差別とも無関係の所にいたので、生まれて初めて、この時、しかも、今まで信頼していた夫の家族が、私をどう見たのかを知りました。それに、部落といっても、私の父方の実家は、平家の落ち武者が先祖の集落に住んでいただけなのです。それを世間が「差別」ととらえていたなど、本当に産まれて初めて言われたことでもあります。内心とても傷付きました。
確かに、父方の実家はそういう先祖を持つ人たちが住んでいます。今だに、その地区では、京都をしのぶ様な祇園祭の擬似的な祭事が行われています。その盛大さ、活気は私もそのルーツに生まれてよかったと思うくらい、ほこりに思っていました。
-
続き
けれど、それを「部落」と言われ、私の知らないところで、夫の家族がそのように思っていたと知ってとても驚いたのと同時に、夫が「君の先祖はああだけど、自分の家族はそれを受け止めている」という発言自体が、とても腹立たしく感じました。
いえ、今後、何かあったときに、「あの部落の嫁だから」と言われたらすぐに離婚すると思います。それが本当の差別の核心でしょう。
私の父方の先祖は、江戸時代は土地と船を持つちょっとした家柄でした。それに比べそんな大昔がどうだったという夫の先祖は、農村の小作人で、明治時代に土地を与えられ それを先祖代来の土地だと、爪の垢をとぼすような倹約をしながら、無駄な税金や手間をかけて守っている事にほこりを持っているだけの家族です。
今までつつましく生きている夫の家族をすばらしいと思っていましたが、今はそういう気持ちになれません。
本当に上記のように、余計なお世話なのです。
多分、差別される側から見て、このトピの方は「味噌煮込み」という言葉が差別だとか、私は、夫の家族に「部落」だけど「気にしない」「私どもは寛大だ」とかってニュアンスで言われたって、ちっとも嬉しくもないのです。夫の家族は、そのような事を考える事自体、口にする事自体、差別に寛大だとも思えないのです。
大切なのは、対個人であって、まだされてもいないような「差別」を問題視する事自体が本当に余計なお世話に感じました。多分、差別される側にしてみれば。
もしも、私にハンディキャップがあり、もしも「味噌煮込み」という言葉で傷付いたならそれは、自分とそれを言う人だけの問題です。また、そう差別される側も思って生きて行かなければ、永遠に「差別」とは無くならないと思いました。
何故なら、私は、そのような事に、傷付いた自分が嫌でもあるからです。
自ら差別を認めたようでね。勿論、今後も堂々と生きて行くつもりですが。
・・・・・・
この人自身にも、差別がないとはいえません。例えば、「ちょっとした家柄」というような言葉です。
しかし、そんなのは誰にでもあり、笑い飛ばせる範疇です。
しかし、この夫君の方は看過できません。「君は ○○だけど、差別しないよ」という形の差別をしていて、現に彼女は傷ついています。
人間ワザでは、それにどう対応するべきか、正解を持っている人は居ません。
全て、手探り、試行錯誤です。
頼まれもしないのに、糾弾闘争などして、いまだ壊れていない夫婦仲を決定的に壊すことは誤りだと、私も思います。
しかし、彼の差別性を彼自身に気づかせてあげたい思いにじりじりする思いはあります。
《今後、何かあったときに、「あの部落の嫁だから」と言われたらすぐに離婚すると思います。それが本当の差別の核心でしょう。》
彼は、悪気どころか、彼女をかばうつもりで言ったとしても、ある日突然離婚される事には違いありませんし、そうでなくとも、今現在、自分の思考回路が、激しく彼女を傷つけています。
まさに足を踏んでいるのに気がついていない状態です。
こういう問題をどう考えたらいいと思われますか?
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>>481
>解放教育にまで話を広げていいのかどうかためらいますが・・・
いえ、解放教育の内容についてなんて事ではなく,そういう授業がある,ってこと自体が初耳だったというだけです。
かように東京と関西には温度差がある,というエピソードとして。
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>>477
>>差別が思想の問題に転落した時から、解同は死んだんだよ。些細な差別行為、果ては差別意識まで追及し始めたのが、堕落と狂気の始まりだな。
解同については、ご覧の通りの教えて君ですので、あくまで一般論として聞いてください。
差別や抑圧を受けた者達がそれと戦おうとし、力の無い個人一人一人からなんらかの団体を作り,それを改善させていくという流れがあります。
そしてその行動と努力の結果,その差別,抑圧か解決されていくとしたら,その組織はそんれによって本来縮小し,その目的が達成されたあかつきには解散する,というのがスジだと思います。
ところが、
-
>>486
途中で送っちゃいました(^^ゞ
ところが、組織というのもは一度出来ると,それを維持しなくてはいけない組織の事情と言うものが出て来ます。
特に,その差別抑圧が強ければ強いほど,それと対抗する組織の特に中心になる人物達は、片手間で出来るような事ではないと思うのです。
単純に時間的な問題を考えても,サラリーマンが週末に,程度では無理でしょう。
そうなれば、その組織にほぼすべてと言って良い時間やエネルギーを費やすことになるでしょうし、具体的な問題を考えればその間の生活費の問題とかも出てくると思います。
そうなると、その組織によって生活する,という人が長い間には出てこないでしょうか?
-
時間的にも経済的にも、勿論精神的なよりどころとしても,その組織に生活を捧げた人間は,その問題が無くなったから
「はい、それまでよ」というわけにはいかない事情が出る様に推測します,特に長期的な運動の場合は。
それが、当初の問題が解決されても,尚,組織を維持する為に,問題を探し始める,やがて、解決の為の運動ではなく,運動の為の運動に成っていく。
そんな気もするのですが。
「革命は成功した瞬間に腐敗する」と笠井潔の小説のフレーズを思い出してしまってます。
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「真相」の著者・寺園敦史のサイトハケーソ。
http://www15.ocn.ne.jp/~almarid/index.html
ウィキペディアにも関連記事が載ってる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/��������ð┤��勛�����
-
>>488 イカフライさん
>時間的にも経済的にも、勿論精神的なよりどころとしても,その組織に生活を捧げた人間は,その問題が無くなったから
「はい、それまでよ」というわけにはいかない事情が出る様に推測します,特に長期的な運動の場合は。
組織の専従者の生活保障くらい、たいした金額にはならないと思いますが・・・どうでしょう?
私が例に出した問題についても、考えていただけましたら幸いです。
差別問題は、私には、まだまだ解決などしてはいないという実感があります。
>「革命は成功した瞬間に腐敗する」と笠井潔の小説のフレーズを思い出してしまってます。
革命が云々だけではなく、「あらゆる権力は腐敗する」というフレーズで、その通りだと思います。
-
ウィキペディアにも関連記事、クリックで出なかったので、転写します。
http://ja.wikipedia.org/wiki/��������ð┤��勛�����
『同和利権の真相』をめぐる論争
『真相』シリーズの刊行は、同和行政および部落解放運動のありかたをめぐる議論に一石を投げ込んだ。 このシリーズ内容をめぐって、部落解放運動関係の新聞雑誌や、ネット上で侃侃諤諤の議論が巻き起こっていることからも、その衝撃は大きいといえる。
以下では、『真相』シリーズをめぐる批判、反論の流れを追って、論争の過程をまとめることにする。 なお、関連する記事内容がウェブ上で公開されているものについては、当該記事にリンクを付した。
[編集]
部落解放同盟関連
2002年3月、『真相』の第一弾が刊行されて以来、名指しで批判された部落解放同盟は一年以上のあいだ沈黙を保っていたが、2003年4月に入って、「解放新聞」紙上で部落解放同盟中央本部による「別冊宝島Real『同和利権の真相』への見解」 (http://www.bll.gr.jp/siryositu/siryo-syutyo2003/guide-seimei-20030414.html)(解放新聞 2003.4.14)が発表された。(以下、「見解」と略記する)
その論調は、「『真相』は部落民個人の汚職を不当に一般化して、部落解放同盟や部落出身者全体の問題とすりかえている」、「批判内容は共産党系メディアの論調をなぞっており、共産党による差別キャンペーンである」などというもので、『真相』を全面的に批判し、両者の間での論争に発展していった。
この「見解」に対して、寺薗は再反論「答えるべきことはないのか──解放同盟中央本部〈『別冊宝島Real 同和利権の真相』への見解〉を読んで」 (http://www15.ocn.ne.jp/~almarid/works/coper-hanron.html)(雑誌「こぺる」2003年6月号)を発表した。
反論内容は、「『真相』シリーズで紹介した、部落解放同盟による数多くの犯罪・不正・不祥事について一言も触れられていない」、「レッテル張りというが、部落解放同盟の方こそ「日共=全解連」というレッテル張りを多用している」などというものである。
これ以降も、部落解放同盟は「解放新聞」や機関誌『部落解放』などで、たびたび『真相』シリーズに批判的に言及している。
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『「同和利権の真相」の深層』関連
部落解放同盟による「見解」発表の後、2004年1月になって、宮崎学、呉智英らが名を連ねる反論本『「同和利権の真相」の深層』 (http://kaihou-s.com/4-7592-1022-9.htm)が解放出版社から刊行され、「『真相』シリーズはこれまで部落が差別されてきた現実を無視している」などの批判を展開した。(以下、『深層』と略記する)
こうした『深層』著者グループの反論に対して、寺薗は、「運動・行政を批判する資格と専門性 ──角岡伸彦「『同和利権の真相』の深層」に答えて」 (http://www15.ocn.ne.jp/~almarid/works/koper0403.html)(「こぺる」2004年3月号)において「『真相』シリーズの中で取り上げた汚職や不正は、部落差別の現実を知ったからといって正当化できるものではない」と再反論している。ただし、解放同盟などが不正や汚職を正当化したという事実はない。
なお、『深層』の著者たちの中で最も精力的に『真相』批判を展開しているのは、呉智英のインタビューを担当した角岡伸彦である。角岡は、『深層』発刊前に、「『同和利権の真相』の深層」(こぺる2003年12月号)という同名の批判論文を発表しており、これが前掲書のタイトルに採用された。角岡は、「こぺる」誌上で寺薗と頻繁に批判・反駁の応酬を繰り広げている。
その論争の渦中で、寺薗は『深層』本において「論争から逃げている」と宮崎学らより事実無根のことを書かれ、名誉を傷つけられたとして、大阪地裁に提訴した。(参考記事:「同和利権の真相」反論本に「うそ」 宮崎学氏らを提訴 (http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200405110032.html)・朝日新聞社)
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小林よしのり関連
部落解放同盟、『深層』以外にも、寺薗は『真相3』において、小林よしのりの『ゴーマニズム宣言 差別論スペシャル』を「解同べったり」と批判したため、小林は私雑誌「わしズム」やSAPIO連載の『新・ゴーマニズム宣言』において、批判の一部を認めつつも、再批判を繰り広げている。
[編集]
『同和利権の真相』に対する評価・毀誉褒貶
本書に対する評価としては、「これまでタブーとされてきた同和行政の問題点を明らかにした」と支持される一方で、「きわめて悪質な差別煽動である」、「一部に汚職・不正があったのは事実だが、それのみを強調して部落への偏見を煽っている」「批判は全て党派的対立にすり変えているが解放同盟は政党ではない」という批判もあり、賛否両論である。
寺薗が日本共産党京都府委員会の機関紙『京都民報』の元記者でもあり、『真相』シリーズの論調と日本共産党によるこれまでの解放同盟批判の論調とが共通していること、『真相』シリーズの中でたびたび共産党や全解連を評価していることから、部落解放同盟などから共産党寄りだという批判があるが、それに対して寺薗らは、「反目しあっている共産党と解同との党派的な対立と誤解されやすいが、寺薗らの批判は共産党系の部落解放運動組織である全国部落解放運動連合会(その後、全国地域人権運動総連合に改組)にも向けられていて、むしろ部落解放運動全体への批判である」としている。
-
人権Q&A/トップ(曹同宗のページ?)
http://www.infoaomori.ne.jp/~birdcall/main_q&a.html#
部落解放同盟とその他の運動団体について教えてください
http://www.infoaomori.ne.jp/~birdcall/q&a/q&a_chapter6.html#Anchor-58500
曹同宗のページかと思うが、解同と全解連について、簡単に説明してるのが
あったので貼って置く。この両者の確執について、冷静に書かれた文書が
なかなか見当らない。解同は全解連を、全解連は解同を悪く云う。
当り前と云えば当り前だが、新たに知りたいと思う者にとって、これでは
取り付く島も無いな。
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>>493訂正
×曹同宗
○曹洞宗
-
>>493のリンクを読むと,解同と全解連って、急進派と穏健派みたいな主張をしているように思えるけど。
そうじゃないのかなあ?
解同は知っていたけれど,全解連は全く存在を知りませんでしたが,関西では有名なんですか?
それとも、よほどこの問題に興味を持っている人しか知らないの?
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>>493
とっても分かりやすいサイトのご紹介ありがとうございます。
糾弾闘争が成功した例で、曹洞宗の方々が、センシティブで柔軟な思考をすることが出来る方々であったかのを思います。
番長さんは、生育環境の中に部落も朝鮮も沖縄も貧困も、存在したと書かれていました。しかも、そこに差別や陰険・陰湿さが見られなかったようです。
しかし、「東京地域」に限定したことではなく、全国的に言って、そういう生育体験をした人は少ないでしょう。私とて、小説や文献で知る以外の、体験なく育ちました。
成育後に、これではいけないと、自発的に飛び込んでいきました。被差別部落にも入りました。
ただ、それはあくまで準体験であって、逃れられない彼らの生を、自分が生きていないことも確かなことです。
番長さんご紹介の「多摩全生園」の小関医師が、どんな医療を行い、その結果、どのような後遺症に苦しむことになったのか、それは被害者の生の声を聞くことで、かなりの理解は出来ます。しかし、実際の体験ではなく、彼女の前を「離れた」ら、それを忘れて生きていけます。被害者自身は、その状況から生涯「離れて」生きることが出来ません。
そういう自分の立場を踏まえた上で、自分には何ができるのかを考えていこうと思っています。
糾弾の公開。これも大事な課題だと思います。
恐らく解放同盟側は、公開を拒否しないでしょう。教育の場なのですから、できるだけ多くの人に知ってもらいたいはずです。
私が提示した、きょうこさん問題の中で出てきた「お暇な方 お付き合い下さい」の、彼女の夫君も、そういう糾弾場面を、第三者の客観的な立場で見ることができたら、気づくことが出来るのではないかなどとも思います。
-
>>495
>それとも、よほどこの問題に興味を持っている人しか知らないの?
よほど関心のない人が、知らないのかも?(笑)
だって、イカフライさんの読まれた「真相」が、全解連の立場なんですから。
読まれたなら、人に、「あなたは真相を読んでいないのですね」という前に、その批判書の方にも、手を伸ばすと思うんだけど・・・
自分が最終的に、どういう考えを持つかは別として。
本屋にはたいてい並べてありますからね。
-
>>497
>本屋にはたいてい並べてありますからね。
これは、どちらのことですか?
私は,「真相」は文庫の新刊コーナーでたまたま他の本を買うついでに並んでいたので買ったのですが。
解放出版の「深層」の方は現物を見たことがありません。紀伊国屋やジュンク堂などの大型書店や、神保町のそういった書籍を扱っている専門店に行けばあるかもしれませんが。
(「真相」は近所の駅前書店にありました、前レスで、手に取りやすい文庫の形にしてくれるのがありがたい、といったのはそういうことです)。
勿論,見るコーナーが違う,という事もあるかもしれませんが,私は解放出版の本が一般的な書店に並んでいるのを見た記憶がありません。
これでも本屋と図書館は昔から大好きですよ,それこそ子供の頃から。
ちなみに、かもがわ出版というのも知りません(あの「真相」の著者が本出しているところですね)。
これって、やはり地域差ではないですか?
-
東京方面にお住まいの方、是非。
http://www.rivo.mediatti.net/~nanya/top.html
-
>>490についてですが。
金額の問題ではないのでは?
-
498
いや、だから関心の差、だと。(笑)
創価学会と新潮、解同と全解連、週刊誌ネタでもあります。
-
500
金額の問題ではなく、いまだ解決の行かない問題が多いからではないかというのが
私の主張なんですが・・・・
-
>>500について。
吉岡さんは、
>組織の専従者の生活保障くらい、たいした金額にはならないと思いますが・・・どうでしょう?
と書かれていますね。それについてのコメントです。
人一人食べるくらい大した額ではない,とおっしゃりたいのかも知れませんが,みんな、食うことに苦労しているのではないですか?
その組織の専従として長くその組織で食べていた人間が,その組織をその為に維持し様と,当初の目的から運動の為の運動に変容する,ということはないでしょうか?
その為に,ネタを見つける,という。
-
私の考え方はいささかひねくれているのかも知れません。
けれど、当初は清らかな目的に為に集まった人間が,組織にからめとれれて変容していくことは本当によくある事です。
フランス革命にせよ、ロシア革命にせよ、そうでしょう?クメール・ルージュや文化大革命とはいいませんが(あれ、もとからめちゃくちゃだから)
吉岡さん、「善とは何か?」というスレ、お読みですか?
あちらで私は,「思想の寸借サギ」がいやだ、と書きました。
解決されない問題がある,とあなたは言います。
けれど、人一人の心にあるかもしれない無意識の差別を解決する,なんて言っていたらそれはいつまでも無理ですよ。
だって、無意識の差別なんてどうとでもこじつけられるのだから。
-
504
>けれど、人一人の心にあるかもしれない無意識の差別を解決する,なんて言っていたらそれはいつまでも無理ですよ。
人間のすることですから、完全解決が無理なのは当たり前です。
しかし、現在「お暇な方 お付き合い下さい」のような、無意識の差別で、離婚すら考える人がいるということも考え合わせてください。
しかも、これは部落問題に限らずあらゆる問題の中に潜在しています。
「君は朝鮮人だけど、僕は気にしないよ」なんてことを言っている「善意の人」のことをどう考えるのか。
そういう「善意」によって「朝鮮人」というものに、何らかの「引け目を感じてしまう」ことは、幸せに生きることを阻害しているのではないかということなど、
考えるべきことがたくさんあります。
-
>>504
>吉岡さん、「善とは何か?」というスレ、お読みですか?
> あちらで私は,「思想の寸借サギ」がいやだ、と書きました。
読ませていただきました。スレ全体では、あなたの発言に共感を覚える点もあります。
しかし、ここで突然、こういう言葉を出してこられることについて、具体的にご説明ください。
私への批判として、ですか?
解同に対してですか?
全解連に対してですか?
43.≪そういう人達が「社会主義革命」に反戦平和や人権や弱者救済を利用するのはいやだな。≫
という発言からみれば、「全解連」が一番当たっているようです。
しかし、あなたは「真相」の方に共鳴なさっているように見受けられるのですが(^^ゞ
-
>>506
解同に関しても全解連に関しても,私は読んでの通り「教えて君」状態ですから,共鳴も何もありません。
まだ、評価を下せる段階ではない。
番長さんの紹介されたソウドウ宗(ゴメンね、上手く変換できない)のサイトは,かなり客観的だと思っていますが,まだ、両者の対立や確執については、入口です。
だからこそ、>>498でも質問したのですけれど、自分の事情も説明して。
吉岡さんに関しても,まだお話し始めて間もないですから、どんな方かは、一面しか解りません。
-
いや、ね。
「しかし、ここで突然、こういう言葉を出してこられることについて、具体的にご説明ください。」
と申し上げたのですが・・・・・
-
つまり、
「善とは何か?」スレを
読ませた理由ですよ。
-
一言レスばかりでスマヌ。
ソウトウシュウ で変換してみて下さい。
-
吉岡さんは、このスレ全体のテーマ,そしてここまでの話の流れを理解されていますか?
そもそも今の話が出ているのは,出版などに文句をつける(悪いいい方ですが)人達が,本当に善意からなのか、それとも、なんからの目的があるのか、という話ですよね?
そこまでは理解されているでしょうか?
-
常に、人は「読んでいない」「理解していない」と考えなさる、あなたの習性は、やむないことですが
なぜ、現在の話の流れの中で ≪「思想の寸借サギ」がいやだ≫という言葉を出されたのか
その理由を「理解していない」私に、親切に教えていただきたいといっているのです。
-
吉岡さん、まず冷静な議論を進める為に見ような挑発や皮肉は止めましょう。
あなたが、何を理解し、何を理解されないかは、解りません。
私も一体どう説明して良いのか,本当に頭を悩ませているのです。
まず、私なりに今までの流れを整理します。
そもそも誹謗中傷とは何か?から、始まった話です。
これは、ネットの発言についてですが、私なりの意見をまとめれば物事には100人100様の受け取り方がある。
ある人が批判のつもりで言ったことでも,誹謗中傷に取られてしまうこともあり、その逆もある。
悪意でそういう目的での発信もある,その区別をどうつけるか?
まずは、こんな前提です。
そして、その具体的な例として,主に出版などの抗議の例について触れました。
そこで問題になるのは,発信者に意図が無く,受信者が傷ついた場合です。
その場合,現状としては,受信者側が一方的にペナルティを負うことが多い。
それは、「言葉狩り」として社会問題になっている現象でもあります。
それらの抗議側には,それを商売としている団体などもある、これはヤスツさんの意見ですが,こういう話は良く耳にします(この辺は,人権問題には非常に吉岡さんはお食わしそうだと推測するので,私より知っているのではないでしょうか?)
その区別をつけるべきだ,というのは、吉岡さんの主張ですよね。
ですから、それを知りたいのです。
抗議される側がどうしてそこまで及び腰になるのか?
本当に「コワイ」事が存在するのか?
解放同盟の話は、あくまで一例としてあげているに過ぎません。
本を読んだ事もありますが,それよりもずっと耳にしたことのほうが大きいです。
とは言え,人の風評ですから,その真偽の程は確かめ様がありません。
しかし、少なくとも,知りたいとは思っています。
「弱者の為」「差別や抑圧を無くす」これは非常に耳心地の良い言葉です。
けれど、本当にそうなのか?
お金のサギは,犯罪として警察に訴えられます。
けれど、その組織を維持するための運動の為の運動のネタを探す行為。
階級闘争での共産主義革命でもなんでも良いのですが,自分達のイデオロギーの為に「弱者」を探す行為。
これは司法でも立件できない思想の寸借サギだと思っています。
私は,そういう事に利用されたくない。
だからこそ、額面通りの主張ではなく、本当の事が知りたいのです。
勿論,何が真実でなにがウソか、なんてことは実は解らない。
正反対の意見でも,どちらも真実であり、どちらもウソである、なんていくらでもあるし、最終的には自分で選ぶしかないでしょう。
どこまで読みとって頂けるのか解りませんが,私の精一杯の説明です。
-
挑発されているのは私なんですが(笑)
>自分達のイデオロギーの為に「弱者」を探す行為。
これは司法でも立件できない思想の寸借サギだと思っています。
それをお嫌いなのは、分かります。 私も嫌いです。
しかし504を、読み直してください。
吉岡さんと呼びかけて、≪「思想の寸借サギ」がいやだ≫そして≪解決されない問題がある,とあなたは言います。≫と続けておられます。そして、≪無意識の差別なんてどうとでもこじつけられるのだから。≫と。
私が、無意識の差別、善意の差別を話している真っ最中にです。
(その件については考えていただけたのでしょうか?)
だから、ここで嫌だと非難されているのは、私か? それとも、私が支持する(らしい)組織か?
と、思っても当然ではありませんか?
そうであるなら、議論ができるように、ここがこうだと、具体的な批判をしていただきたいと思い、お尋ねしたんですよ。
-
>>514
>私が、無意識の差別、善意の差別を話している真っ最中にです。
>(その件については考えていただけたのでしょうか?)
解放同盟の話の最中に「あなた」がその話をいきなり始めた,だけですよね。
私としては,どうして話題を拡散させるのだろうか?と思っていました。
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これはリアルでもそうでしょうが,掲示板というのものは、文字だけのコミニケの分,特に最初の内はお互いに「思いこみ」や「誤解」というのは発生しやすいものです。
それを解くには,根気強い長い対話が必要です。
例えばヤスツさんと私,今は一緒にオフ会で飲んだりしましたが,当初は対戦モ−ドでした。
これは、お互いの考え方の違いもあったでしょうが,それ以上にお互いに相手がどういう人間だ,どういうスタンスだという思い込みが大きかったと思います。
ナゼならば,ヤスツさんと私は,今でも考え方はかなり違います、はっきり言えば政治的スタンスは対極的にあると思う。
長い対話には根気と、ある種の強さが必要です。
それに耐えろ,とは言いません。誰しも時間だって有限ですし。
吉岡さんと私はまだ入口だと思っています。
吉岡さんについて私の今までの印象はありますが,あくまで現時点のものです。
挑発された,と思われたんならゴメンナサイ。
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ちなみに>>504に関しては,>>503と続きの一文です。
読み返しても,吉岡さんが>>514で言われている解釈にどうしてなるのかは、全く私には不明です。
ただ、これこそ感じ方の違いでしょうね。
特に吉岡さんは、知識も視点も非常にユニークです、ものの一部分を見ると、それしか頭に入らなくなるのかな?とは少し思っています。
それは、名古屋名物味噌煮こみうどんという非常にポピュラーなものを知らなかった反面,解放出版なんてマイナーな出版社の本を本屋にあたり前に並んでいる,という個所からの推測ですが。
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>>515
> 解放同盟の話の最中に「あなた」がその話をいきなり始めた,だけですよね。
> 私としては,どうして話題を拡散させるのだろうか?と思っていました。
人のことを「理解できていない」と判断なさるあなたにしては、無理解な!(笑)
拡散ではなく実例ですよ。
差別問題は解決したから、もう組織は解散すべきなのに、組織を守るために差別を見つけ出そうとしている、という評価に対して、私は違うと思うという一例です。
是非考えてください。
私自身、前にも述べましたが、「糾弾」というのを、是非、実際にこの目で体験したいと思っているのですが、めぐり合ったことがありません。
悪意による、生命を脅かすような差別事象がなくなったために「糾弾」そのものが行われていないのか、単に私が知らないだけなのか、組織とのつながりにない私には、今すぐ確かめることができませんが、アンテナを張っておこうとは思います。
しかし、気づかないで、または善意から、発する差別というものがあって、これがなかなか厄介なものだと思っています。
今は、これについて知っていくべき時かと思います。
解同も多分、「糾弾」より「学習」に、方向転換したのではないかと、最近は思っています。
これが、あなたの言われる悪意のない「発信者」に「受信者」は、文句を言ってもいいのか、という問題につながっていく肝心カナメではないでしょうか?
-
ちなみに、解放同盟に関しては,私は「理解したい」と思っていますよ。
思っているからこそ,感じた事を言うし,それについて吉岡さんが詳しいのなら,教えて欲しいです。
支持していらっしゃる、というからには、その組織や活動についても当然お詳しいでしょう。
「真相」も「深層」も読まれているでしょう。
私は,まだ「真相」しか読んでいません。
アマゾンのレビュ-は後者に関して否定的なものは多かったけれど,だからといって未読の本を評価する気もありません。
「真相」にかかれていた事も,真実かどうかも解りません。
例えば「真相」に書かれている事が,事実無根ではないにせよ、悪くとれるようなレトリックで書かれているというのなら、それを示して欲しい。
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>>518を読む前に>>519を送ってしまいました。
吉岡さん、やっぱりあなたは読解力が欠落してます。
>差別問題は解決したから、もう組織は解散すべきなのに、組織を守るために差別を見つけ出そうとしている、という評価
あのね、これはあくまで一般論として書いた事ですよ、もう一度,じっくり読み返してくださいよ(もう、疲れた)。
ちなみにあなたにはまずミステリ-を読む事をオススメします。
あれは、前の方で伏線をはられますから。
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>吉岡さん、やっぱりあなたは読解力が欠落してます。
自分の発言が、失礼かどうかの配慮はないようですね。
裏側にいる私から見れば、同じことを感じるのですよ。(耐えているんですが)
疲れるのも同じです。
> ちなみにあなたにはまずミステリ-を読む事をオススメします。
ご指導ありがとうございます。凄いお立場ですね、先生。
>>517
> 読み返しても,吉岡さんが>>514で言われている解釈にどうしてなるのかは、全く私には不明です。
ただ、これこそ感じ方の違いでしょうね。
何のことはないですよ。あなたがこの二つのレスで「思想の寸借サギ」と想定しているのは、誰(またはどの組織)であり、それは具体的には、何からそう想定するのかを、明らかにすればすむ話です。
> それは、名古屋名物味噌煮こみうどんという非常にポピュラーなものを知らなかった反面,解放出版なんてマイナーな出版社の本を本屋にあたり前に並んでいる,という個所からの推測ですが。
環境の差をあなたは言いつつ、自分の環境のみからしか見ていません。
旅行も名物にも関心のない、本屋には雑誌以外は文庫本すら置いていない「地方(田舎)の」住人が、たまたま、町へ出て書店に立ち寄ると、数点の論争本が並んでいた。そんなに不思議なことではないですが・・・・
-
これが糾弾ですか-?とちっとギャグかまして(藁)
>>521
>何のことはないですよ。あなたがこの二つのレスで「思想の寸借サギ」と想定しているのは、誰(またはどの組織)であり、それは具体的には、何からそう想定するのかを、明らかにすればすむ話です。
だからさ、どこの組織も想定していないって。
ありていに言えば,どこの組織もそうですよ、その意味での>>503-504なんですけれどね。
ところが、あなたは勝手にどっかを想像している、というより決めつけている。
出し様の無い答えを勝手に要求しているんですよ。
そして、都合の悪い質問には答え様としませんね、それで、理解が得られると思っているのでしょうか?
それとも、リアルでは非常に人間関係が狭いのですか?
多分,吉岡さんの読解力では理解できないことは解りましたので,他の方々に向けて書きます。
-
>そこで問題になるのは,発信者に意図が無く,受信者が傷ついた場合です。
これを考えるために、きょうこさん問題の「夫君」を例に出しました。
「君は朝鮮人だけど、僕はそんなこと気にしていないよ」という差別もです。
522 イカフライ さん
> ところが、あなたは勝手にどっかを想像している、というより決めつけている。
> 出し様の無い答えを勝手に要求しているんですよ。
では、ここで「寸借詐欺云々」を、しかも、別スレを読まないと議論ができない重要度で出してきて、
≪解決されない問題がある,とあなたは言います。けれど、人一人の心にあるかもしれない無意識の差別を解決する,なんて言っていたらそれはいつまでも無理ですよ。だって、無意識の差別なんてどうとでもこじつけられるのだから。≫ と続ける表記の仕方は、誤りです。
> そして、都合の悪い質問には答え様としませんね、それで、理解が得られると思っているのでしょうか?
どの質問に答えていませんか? プライバシーにかかわる以外のことで、具体的内容を質問されたことに答えていないとしたら、見落としです。
申し訳ないですが、再提出してください。答えられないなら答えられないと申しますから。
> それとも、リアルでは非常に人間関係が狭いのですか?
あなたねえ。よくここまで言えますね。いくらネットは言いたい放題でも、ちょっと程度が過ぎています。それとも「「善意」」
で、あなた自身お気づきにならないのでしょうか?
あなたと私の、人間関係の多さを比べるすべもないですが、そういう言い方は、まさに喧嘩を売っているとしか思えないですよ。
> 多分,吉岡さんの読解力では理解できないことは解りましたので,他の方々に向けて書きます。
はい分かりました。そこまで馬鹿にされてまで、あなたと話す気はありません。
-
>>479
>これは同和に関することだけではないのですが,なんというのか、
>左翼系(といっていいのかな?)の組織って,掲げる目的が一緒なのに,
>なんか対立したりケンカしたりしますね,あれって一体ナゼなんでしょう?
アフォだからでしょう。
それに尽きますな。
>大同団結ってなんで出来ないの?
それも無理だと思う。
理由はあf(ry
他に挙げるとすれば、もはや切実な問題が無くなってしまったのも理由かな。
明白な貧困やあからさまな差別があった頃は、何としても解決すべき問題が
誰の目にも明らかだった。飯が食えないとか伝染病で身内が死んでいくとか。
何を為すべきか。それについて争う余地は無いでしょ?腹満たして布団で眠り、
病気になれば医者に掛りと。
差別や貧困が、生理の問題から思想の問題に替った時、左翼は救いようの無い
アフォに転落したんだと思っている。
-
>>473
>同和に対するショックというのも、西日本での生活の話の一部としてでた話に過ぎません。
>ただ、それらに共通して言えることが(私の聞いた限りでは)「こわい」ということ、
>それからmなんというのかな、あまりあからさまにいってはいけないタブーのような
>「あっち(西日本)のほうは、イロイロあるから」ということです。
その人がどんな怖い経験したのか知らんけど、被差別部落もコリアンも全然怖く
無いッスよ。全解連バリ活とかコリアン相手にその地域のメシ屋で議論してても、
誰も何も云わない。逆に面白そうだと云って乱入してくる人間も居るくらいだし。
怖いと云うか、ヤヴァイと思ったのは朝鮮総連の活動家と話してた時かな。
チャウシェスクに会ったとか、平壌はこんな街ですとか説明してくるしw
>解放教育なんていうものがあることを東京の人間には初耳でした。
それも別に大した事無いよ。「にんげん」とか云う詰らない本を読まされた記憶がある。
日本むかし話風の挿絵(シリアス調のほうね)が入った、ガキ向け差別イクナイ本が
「にんげん」なんです。薄手の本なので、一日あればガキでも全部読める。
あまりの詰らなさに、ティンポやオメコの落書して遊んでた脳w
興味があるなら解放出版に頼むと分けてくれると思うが、ゴー宣や宮崎学の方が
面白いので、そちらを読んだ方が好いと思われ。
-
>>496
>しかし、「東京地域」に限定したことではなく、全国的に言って、
>そういう生育体験をした人は少ないでしょう。私とて、
>小説や文献で知る以外の、体験なく育ちました。
あなた関西人と違うね( ̄ー ̄)ニヤリッ
関西に居て部落やコリアンを知らずに育つとはチト考えられん。
んなもん関西に居ればゴロゴロ見付るし、知人に一人や二人、
居ないはずもないだろうしな。
-
>>480
イカさんの云ってる事はもっともだと思う。
そもそも差別意識なんてどうやって客観的に判断するのか。
無意識って言葉がよく出てくるが、それは甚だ危険な言葉で、
糾弾側の思うがまま、恣意的に判断される可能性がある。
人間が裁いて好いのは、具体的な差別「行為」だけであって、
差別「意識」、とりわけ無意識のそれを裁く権利は誰にも無い。
差別意識を裁くのは、立証も反証も出来ない事柄を罪定するに等しく、
正しく魔女狩りと同じ構造だと俺は思うね。
出来の悪いフロイト精神力動論を見てるようだ。
あーそれと解放出版社の本は、大きな書店かその筋の本屋、
解放同盟くらいにしかないと思う。カタギの中小書店が
売れない本を置くわけ無い。それは関西でも関東でも
同じでないの?
タダで読みたいなら、近隣の解放会館や解同に行けば
図書館で借りられるし、通販でも入手できるみたいよ。
JINKEN BOOK
http://kaihou-s.com/
面白そうなのは宮崎学の「深層」と「ホルモン奉行」くらいだなー。
-
休止中にえらい勢いでレスが進んだようですが、話そのものはあまり進んでないみたいですね(^^;) 少々古いレスも交えつつ。
>>408,409
私の味噌煮込みは、かなり薄口です。
やっぱり博多あたりの屋台のドテ焼きのごとく、こってり濃い口でないとダメですかねー、味噌煮込みは(笑)
しかし、今度は共産党ですか(w
さすが、番長さんの体験学習はいつ見ても手広いなぁ(棒読み
すでに労働強化……のうちの、労働のほうは自主的にやってますのでご容赦の程を(^^;)
>>416
ですから、糾弾なりなんなり、「好きなようにすれば」と。
ただし、糾弾される側がそれに屈しなければならない必然も、本来はないのではないか、と。でも、現状では弱者が過剰に優遇されている社会に変質しつつあり、その「弱者権益」の上に乗った人が多すぎることを、権益に乗っていない(と主張する)人とどうやって見分けるのかという方法が吉岡さんから提示されないことが、吉岡さんの主張を薄めているのではないかと。
>産経新聞など
産経は産経で偏ってますよ。朝日毎日とは違う方向に偏っている、というだけで。
ただし、「拾ってくる記事の分野が偏っている」のと、「共通の記事に対する主観が偏っている」というのは区別して考えないと恥をかきますよ、ということです。
私が言うところの「報道の偏り」というのは、「記者の主観や願望が入りすぎ」という点。それと、新聞記者が小説家のようなことを書くのは報道の道を外れており記者の驕りであろう、という点。
「くってかかった」「反省の色を見せなかった」「動揺の色を隠せなかった」「言い捨てた」「吐き捨てた」これ、最近の毎日、朝日の「記事」に使われている、記者の主観や願望を当てはめた「小説のような表現」の一例ですけれども、なぜ「と、言った」と掛けないのか、と、そういうことを言いたいわけです。報道の偏りについては。
拾ってくる記事の分野が新聞によって偏ってるのは、別に批判の俎板に乗せるようなことではありません。
>まとめに従えない>3)検証する
どのように? 実生活をどの程度切りつめて、どのくらいの期限で?
という話が、この後の「解放同盟の人件費」の話に繋がっていくんですよね。
ひとつひとつ、すべてを検証することも未然に防ぐことも不可能だと思いますが。吉岡さんはそれをする、と。私はしませんけどね。
>>419
吉岡さんの誤解の一面が解ってきた気がしました。
吉岡さんは「回答者」の立場に立っているから、「自分の主張の一貫性」を重視する(そのわりに実際には一貫性がないのは、近視眼的だから(笑))。
イカフライ女史、ヤスツについて言えば、この場合はそれぞれ「質問者」と「書記」の立場に立っているから一貫性がないようにも見えるのでは? 質問者は、回答者の回答について聞く立場ですから。また、書記は書きとめ、まとめるのが役目ですが、回答者の発言が支離滅裂ならそれに応じて議事録も支離滅裂になりますからね。加えて、私は吉岡さんの立場について「質問」する立場も取っていますし。
「あなたの主張を受け入れるとすると、これこれこのようになりますよ」
という説明と、
「あなたの主張に関係なく、私個人の考えはこうですよ」
というのを、吉岡さんは混同しているから一貫性がないように見えてしまうんだと思いますよ。
-
>>450 前後の「メクラ、カタワ」や差別語の話あたりのレス
さて、少し調べた話をば。
「霧にふね引人はちんばか」
という句があるんですが、ご存じでしょうか?
「ちんば」というのは「びっこ」を引く人、「びっこ」とは「片足を引き摺る障害がある人」のことを指しますが、「ちんば」を完全に消滅させてしまうと、この芭蕉の句は「禁句」になってしまいますね。言葉狩りが伝統的な著作品を制限する好例でしょう。
また、「メクラ」「つんぼ」「かたわ」などについてですが、これらの用語の大部分は「善意の配慮から生まれた」という由来があったっぽいですね。
めくらは「目暗」、かたわは「片輪」。最近はIME供給会社の配慮から変換されなくなってきているので元の言葉がわかりにくく、それがまた「めくら」「かたわ」を無分別な侮蔑語に貶めているようですが……
「目暗」は、盲人は目が暗い(盲人の目には昼間でも真っ暗で何も見えない)を指した隠語。「片輪」は、大八車や車箪笥(火事の時に押して逃げられるように、キャスター(笑)が付いた江戸時代の箪笥。奢侈であるという理由で後に禁止されたが、現在も工芸品として高い価値を持つ)の車輪が片方だけではまっすぐ進むことができないことから、「両輪のうちの一方を失って正常に進むことができない人」を指す隠語。
「目無し!」「足無し!」と直接言うのは気の毒だから、その状態を別の言葉に置き換えて配慮しよう、という善意と、状況を短い言葉で理解させようという配慮から生まれたもののようです。
現在は、逆に「目が見えない人」「盲人(考えてみりゃ酷い言葉ですね。盲とは【目が亡い】と書くわけですから)」「足が悪い人」などと、ストレートに表現するほうが差別に当たらない、という考えが推し進められて本来配慮語だった「目暗」や「片輪」が消えてしまいつつある、と。
これらの配慮語が差別語にされてしまったのは使用者の用法の問題もさることながら、やはり受信者の地位向上、受信者の嗜好に基づいた言葉選びがされた結果であると言えるでしょう。
現在ではお巡りさん、女中さんなども職業差別語である、ということになっていますが、知っての通りお巡りさんは「巡査」の職務内容をかみ砕いた配慮語、女中は宮廷や大奥などで最上格の貴人の身の回りの世話をする職務の人を指す伝統語で、旅館や料亭などでは客を最上の貴人を見てもてなすことから付いた配慮語でした。
でも、それらの配慮語を、意味や由来も問わず知らずに「差別だ!」と決め込んでしまうと、実はもっと酷い言葉やストレートな表現を選ばざるを得ないか、別の「一見して意味が分からない言葉(障害者を障碍者と言い換えたりするアレですね)」に置き換えざるをえず、またそうした意味の分からない言葉への置き換えは、本来の意味を知るために結局古い禁止用語を使わざるを得ず、結果的に古い禁止用語と同じニュアンスに置き換えられてしまう、という。
そういう言葉のイタチごっこを、受信者の都合に乗じてどんどんやってしまっていいのかな? というのがこの100レスくらい続いているテーマのひとつだと思うわけですが……。
進んでませんか。やっぱり。
-
脱線になりますが、「B」「街道」という隠語が生まれつつあるのを吉岡さんはご存じでしょうか? 「B」は「部落(=BURAKU)」の隠語。「街道」は「解放同盟=解同=街道」の隠語。どちらも「直接的に通じるように言うと受信者を刺激するから、別の言葉に置き換えて、知らない人には解らないようにしよう」という配慮語として成立しつつある、と考えてよいでしょう。
もちろんこれを「公の場で陰口をたたくための言葉だ!ヽ(`Д´)ノ」といきり立つ方もいらっしゃるでしょうけれども、ある特定の者に「配慮」をするためには、特定された相手がいきり立たない(気付かない)ように別の言葉を使って隠喩する、というのは今後もなくならないし、差別語認定を当事者達がすればするほど増えていくのだろうなあ、と実感した次第です。
かといって「B」や「街道」のように、文字の一つでしかないものや、本来は別の語義を持っている言葉を禁止するわけにはいかないですしねえ。
「街道は解放同盟を揶揄する言葉だから禁止しろ!」と言われたら、川越街道とか甲州街道とか使えなくなりますから(^^;)
このところ行きつ戻りつしているのは、
1)配慮による暗喩語を、無配慮でストレートな語義に変えろというのが受信者の主張
2)言葉狩りは本来語義を危うくしかねない
3)言葉というものは、「似た印象の別のもの」を喩えるなどそれぞれがリンクしたり重複したりすることで豊かになっていくものであって、ひとつの言葉に他の意味を与えない、という制限そのものがナンセンスだ
ということなのではないかと思うのですが、いかがなものでしょう?
それと、発信者というのは、別に「表現を商売にしている人」に限った話ではないんですが、吉岡さんは相変わらず「発信者=作家や漫画家やTV出演者」と考えてるようですね(^^;)
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>>455
童話利権……おっと、同和利権による出版社などへの「強請りたかり」は反論ができないんですよ。そして、どんなに犯罪的であっても犯罪として立件できない。
なぜか?
今は弱者優位の時代ですから、「自分は弱者だ。弱者に酷いことをした」と言い切ってしまえば、警察でも検察でも反論できない。弱者(例えば障害者)に罪を問うたり罰を与えたりすると、それだけで弱者や支援をしている健常者から「優しさがない」と叩かれたりする。
仮に出版社側が正当であっても、「差別を受けた。虐待者だ!」というレッテルを貼られると、風評被害のほうが大きい。裁判に勝ったところで、風評被害の被害額を計算することもそれを相手に請求することも不可能ですからね。
そうなると、「火事が大きくなっても火災保険があるから大丈夫」と考えるよりは、「小火の内に消すほうが安上がりで手間も少ない」と考えてしまう。
それが同和利権側も出版社側も解っているから、同和利権の強請りたかりには小銭を投げていなしてしまう。
総会屋と同じですね。金額が小さければ見逃されるし、例えば総会屋が建前上は「経営コンサルタント」の皮を被り、「金をよこさないと総会を荒らすぞ」とは言わずに「季刊の経営情報誌を購入せよ」といって、1号で30万も50万もする10Pくらいのコピー誌を買わせたりするのと同様に、「人権被害に対するテキストの購入」という形を採られたら、そのテキストが何十万であろうと正当な「契約」ということになるんで、警察は介入できない。民事ですから、当事者からの訴えがない限りダメなわけで。
実際の所、善意の「差別が苦しい」という人には、「うちの本は読まないでくれ」としか言い様がないのです。本来は。教科書などと違って、書籍やTV放送は聴取購読が強制されているわけじゃありませんから。
でも、受信者は選択的に不快なものを見聞した挙げ句に、発信者を制限しようというのはおかしくないか? という話が続いて居るんですよね?
そして、この話は終わりそうにないですねえ(^^;)
-
差別を感じたらどうすべきか、という対処方法について。
吉岡さんが仰っている対処方法は、
「自分ならこうする」
という、自分個人の処し方について。
イカフライ女史、ヤスツ他が言っているのは、
「他人に対してはどうする?」
という、吉岡視点のさらに次の段階の話ですよね。
例えば、
「自分は不快に感じたから不買をした(>>457)」
それはそれでいいんです。同様に、「不快語は使わないように心がけている」というのも、個人が自分を律する方法として自分に課す分にはまったくもって問題ない。それを否定する気もありませんし。
ですが、「自分はこうしているから相手も、周囲も、社会全体もそうするべきだ」となってくると、そこには「なぜアンタを基準にしなきゃならんのか」という問題が生まれてきます。同様に「誰を基準にすべきなのか」「そもそも基準に合わせなければならないのか」という問題も出てきます。
「他人のことは他人の勝手。自分は自分」
という視点に留まる限りは、他人の行動を配慮する必要はないわけですから、どんな侮蔑語があろうと「気にしなければいい」で終わってしまいます。
が、先のきょうこさん問題などの場合では、「きょうこさんの基準に合わせるように、味噌煮込みコアラさんに申し入れた」というのがそもそもの発端でしょう? また、一連の差別語問題でも「差別を受けたと感じた受信者の基準に合わせるように、発信者に申し入れている」という図式になりますよね。
【他人の感性、感じ方を、別の他人が制限していいものなのかな?】
という問いについて、吉岡さんは「だったら自分の感じ方に干渉するな!」と反論されているわけですが、吉岡さんの感じ方が、他人に干渉しないものだったら別にどう感じようとまったくかまわないんです。吉岡さんの感じ方を他人にも【押し付けようとしている】ところが、【押し付けられる側からの不満】としてあなたに問われているんだと思いますよ。そして、それは相互に相手に押し付けあっているんだから公平だろう、というのが吉岡さんの再反論の要旨。
じゃあ、最終的には「押し付けあい続ければいいのか?」「押し付けるのを止めるべきか?」という議論になるでしょう?
-
>>458
「抗議」と「秘密裏の不買運動」だったらどちらのほうが効果的か?
そりゃもう作家へのダメージを考えたら「秘密裏の不買運動」でしょう。実際に売れないんだったら版元は「売れないモノ」をやろうとはしません。作家もそういうのを書くのは諦めるでしょう。一方で、「不買運動をしても買う人はいる」んだったら版元は出すのを辞めないでしょう。
「それじゃ効果がない!」とお考えでしょうが、不買運動をしたのに買う人がいるということは、不買運動は「多勢を占める有力な意見ではない」と言うことの証明になりますね。少数者のわがままだ、と。
不買運動をする人たちの主張が正論であるなら、不買運動は大いに盛り上がり、売り上げを直撃するでしょうし、それはまさに正義の鉄槌となるでしょう。でも、不買運動が盛り上がらなかったら、それは不買運動を主張した側が正義ではなかったということでしょ。
主張の是非を、購買者に委ねるというのは正当な判定を得ることにも繋がると思いますが。
そうやって「不買運動をして会社を潰されたくなかったら○○○」というのも強請りなわけですけど、立件できないんですよねえ(笑)
>>465
表から抗議されるほうが対処しやすいっていうのは、相手が強請りたかりなら、ということですね。表から抗議するのは卑怯で汚いやり方でもあります。だって、版元は反論できないの知っててするわけですからね。そういうことするから、人権問題をする人が正義の味方ではなく「胡散臭い奴ら」という印象になっていってしまうのでしょうね。
表から堂々と抗議というのは、決して「堂々と」でも「正義の」でもないですよ。「正々堂々」と「主張が支持される」は天秤にかけたりイコールで結んだりする要素ではないです。
表からの抗議の場合、刑事ではなく民事事件として訴える他なく、民事は基本的に「損害賠償の請求」ですから、司法にあたって「損害が出た!」というのが認められれば金は出ますからねえ。合法的な強請りですよね。
「弱者は強権がないのだから、合法的な方法はなんでも許されるし、やっていい。やる権利がある! 場合によっては非合法であっても、弱者なのだから仕方がない」というのが、昨今の弱者優遇思想の根底にあります。これはテロ擁護論にも通じるところ。
>>466
「もし今癌宣告をされたら、こいつらを殺しに行く!」と、酒の席で真顔で言った出版業界の方がいました(笑)。そのくらい疎まれています。「良書をも駆逐する奴らだ」と。
>>471
世の中にいる(かどうかわからない)反対者を、出版前に予めすべて考慮してから作品を書き始めるというのは、事実上不可能だと思います。それは出版、映像に拘わらず、それこそ創作の枠を狭めるようなものでしかない。中国共産党や朝鮮労働党のような絶対権力が創作を制御している国であればそうした事前検閲も可能でしょうけれども(対象者は絶対権力者だけですから)、そうした「絶対権力に配慮して作られたもの」におもしろいものがあった試しはありません。
それこそ、「出してみないと誰から反論を受けるかはわからない」ということですね。
しかし、出してから「出す前に配慮しろ!」というのは後出しジャンケンでしかないし。
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>>479
学生運動が内ゲバ(内部ゲバルトだっけ?)に終始し、スターリンや金日成や毛沢東やポル=ポトが粛正の歴史を刻んだのを見てもわかるように、「組織を統轄する」ということは主導権を奪い合うことであり、対立者を芽が小さい内に潰しあうことが組織の統轄権(=正義)を奪取することであると同時に、それは組織そのものも弱体化させる……ということの見本のようなものですね。原水禁と原水協の対立とか、解同と全解連の対立とか……全ては革マルと中核の対立などのような、「組織を統轄する絶対的指導者が確立されておらず、主導権(という旨味)争いをするだけのゆとりが組織にある場合にのみ、そうした対立が激化する、と。だいたい2分化くらいで止まり、それ以降はそれ以上小さくはならないが大きくなることもない。
ボクシング協会はなぜ複数あるのか、日本のテコンドー団体はどうして分裂したか、自民党がなぜ派閥争いをするのか、などなど……。
派閥争いをなくすには、組織を小さくして挙党態勢を作るしかない(今の小泉政権のように。または、新進党、日本新党に流出していった元自民党系議員のように。岡田党首とか)。でもそうなってしまうとその組織に留まる旨味がなくなるから、どんどん構成員が流出してしまう。結果的に組織は小さくなり、弱体化してしまう。
A)指導者が絶対的であり、組織から抜けられない場合は、指導者は組織内で対立勢力をつぶさないと自分が生き残れない。ので、指導者への服従を迫るために「総括」させたのが浅間山荘事件。
B)指導者が絶対的だが、組織から抜けられる場合は、どんどん分裂して組織同士の対立になる。これが一般的な「組織分裂(と弱体化)」
C)指導者が絶対的ではない場合、組織分裂はどんどん進み、小組織がたくさんできる。(新自由クラブとか二院クラブとか)が、小組織は実質的な旨味が皆無なので、大組織に再吸収される。この場合、対等合併のケースもあるが(名前だけは)実質的には吸収の形になる。
大同合併が行われるためには、組織が二つならどちらか一方が、組織が三つ以上なら、ひとつを除いて他の全てが弱体化した場合の吸収合併のみ。(保守党が自民党に、共産党・社民党系支持者が民主党に吸収されたようなもん)
とまあ、こんなところではと思われます。
>>488
禿げ同です。
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>>484
「痛みを伴ってでも解決したいなら話し合え」
「プライドと夫、夫と家族が大切なら忘れろ」
「プライドと夫、プライドが大切なら離婚しろ」
選択肢はこの三つでしょう。
差別云々は余裕の表れでもあるんだろうと思います。
余裕がない=プライドに構う暇がない人は、それを気に掛けるゆとりもありません。
余裕がある=プライドを構う暇ができた人は、今の生活「+α」の部分の優先順位が上がる。それぞれの要素の優先順位をどのように付けるのかはその人個人の判断によるもので、第三者が決めてかかることではありません。
余裕がなくてもプライドを優先させ、食より名誉の死を選ぶという判断を下す人もいるわけで、それをとやかく言うこともできませんからね。日本の文化としては(切腹とか)。
>>485
私は東海地方出身ですが、幕末に大量の都落ち士族を受け入れた土地柄なので、そもそもの最下層(というか新規入植者)を構成しているのが「没落士族の末裔」でした。そういう意味では私の家系もそれに当たります。遡れば(その家史が本当に正しいのだと仮定するなら(笑))、結構な家柄ということになりますが、そんなこと今時誰も考慮してくれませんし、また尊敬の要素にも侮蔑の要素にもなりません(^^;)。
解放教育のようなものは特に経験していませんが、没落士族の末裔であることを揶揄された記憶はありません。没落士族の入植の苦労と殖産興業の歴史という、幕末明治の殖産史と地域史が重なっている土地柄でもあるかもしれません。元々が痩せた宿場町であるため、マレビト(旅人)には気安いけれども入植者には厳しい土地でありましたが、人の移動が激しくて昭和に入ってからは今時そんなことを覚えている人もあまりいません(^^;)
部落(=集落という意味での)はありましたが、この場合、「没落士族の住んでるところ」という言われ方はされても、それが差別にはなっていませんでした。
また、差別を受けていると感じたこともありません。つまりは、「受け取る側がどう思う」かで、差別にもなるし、ならない場合もある、と。
私の場合、差別だと口にすることで自分の立場を強化しようと考えるのは、「弱い人間のうち、ズルイ人間がすることだ」という意識があるんですよ。そういう経験から言えば。
……ということをふと思い出しました。
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>>490,503
組織の専従者の生活保障は、けっこう大した額になるんじゃないでしょうか。
社民党が大敗したとき、党の規模縮小のため、職員を解雇した件を覚えておいででしょうか。「負けたのだから現状維持ができないのは当然、身の丈にあった組織規模に」という理由で経費(主に人件費削減)のために職員を解雇したわけですが。
この場合の職員というのは、「組織の専従者」であり給与はその「専従者のための生活保障」ですよね。年額700万円×20人として、1億4000万円。これが毎年。しかも活動費ではなく、ある意味「組織の維持のために必要だが、それだけでは何も生まない人件費」として。
喰うためにネタを見つける例としては、従軍慰安婦騒動なんかがそれに当たりますね。日本の弁護士が、「日本政府を訴えれば賠償金をもらえるので、従軍慰安婦経験者は名乗り出て下さい」と告知を打ったら、「絶対にあり得ない年齢の人」が訴え出てきたりしたという(笑)。
これは、「人権派弁護士」が賠償問題をブチ上げて飯の種にしていることの一例ですが、同様のことは「長期的運動」をしているその他の組織にも大なり小なりあるでしょうね。拉致被害者を救う会新潟のケースもその亜種と言えるでしょう。
>>496
>成育後に、これではいけないと、自発的に飛び込んでいきました。被差別部落にも入りました。
なぜ「それではいけない」と思われたのかが不思議でなりません。
自分が健常者であり障害者ではないことに恥じ入って、自分で自分の足を折るような行為でしょうか?
自分が弱みを持つ人に味方するためには、自分も弱みを持たなければいけないという気負いでしょうか?
それとも、「弱者のほうが権力が大きい。弱者の持つ権力に付くためには自分も弱者と同等の弱みを持つべきだ」というお考えでしょうか?
飛行機墜落や立てこもり事件などの大事故・事件の被害者で奇跡的に助かった人が、助からなかった人とその家族に対して「助かってしまって申し訳ない」と感じる感情があると言いますが(何症候群というのかは忘れましたが)、
助かったことを奇貨とせずに無事だったことを罪悪と考えてしまう=弱者/被害者を神聖視するのに近い心理でしょうか?
弱者の側に立った発言をするためには、弱者の立場を体験しなければならず、それを体験すれば弱者を代弁するという「権力」を得られるという思考なのでしょうか?
>>505
でも、その発言をした夫自身は善意だというところがネックなんではないですかね。
妻に「あなたは私を差別している」と告白されたら、多分夫はすごくショックを受けると思いますね。「そんなつもりはまったくなく、むしろ善意での配慮だったのに!」と。で、悪意ある受け取り方をした妻を逆になじるかもしれない。
「善意を無碍にした!」と。まあ、それで壊れる夫婦なら縁がなかったんだから諦めて離婚しなさい、とみのもんた風に断言しますが。問題は「何があんたらの優先順位なのか」ですからね。
善意の表し方、受け取り方、または悪意の表し方、受け取り方というのは、結局は配慮を読み取れるか取れないかの問題なのではと思うことしばしばです。
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>>512,513
思想の寸借詐欺は、「理想として正しい思想を引用しながら、それによって金儲けを企む。しかもそれが悪意に基づくのではなく、正義に基づいているから当人には悪意がないのが困る」という話だったかと思います。
吉岡さんは、そういう思想の寸借詐欺を「犯罪」とし、「善意で弱者が受けている被差別感とは分けて考えるべきだ」と主張されていますが、その区別は非常に難しい。
例えば、被差別感を訴え出ると、先にも述べましたように「損害賠償請求を伴う民事訴訟」でないと裁判として受け付けてさえもらえないわけです。尊厳の回復は金額に換算する、というのが日本の法令なわけで、「新聞で謝罪広告を打つ」とか、そういうのはないわけで。(まあ、その程度で回復されるとも思えませんが)
そうすると、その制度を笠に着て「寸借詐欺」を働く輩も出てくる。実際多い。
でも、当事者達は悪ではなく善意で正義を行っているつもりだから、始末に負えない。
では、客観的に「弱者の救済」と「当人に自覚がない寸借詐欺」を区別できるのか?
具体的な方法はあるか?
というのが、このあたりで吉岡さんに問われた問いかと思われます。
>>516
イカフライ女史と私について言えば、実際、ご指摘の通り政治的なスタンスについては、実際今も対極にあるのではと思います。
が、「相手がどうであるかを知りたい」というのと、「相手を自分の考え方に感化させようとする」というのを切り分けて考えることができるならば、主義主張が真っ向から対立していたとしても、「相手の考えを相互に知るための協力」というのは不可能ではないと思っています。もちろん、吉岡さんに対しても、です。
たぶん吉岡さんには、「他人の意見を受け容れたら、自分の主張は消されて、相手に感化されてしまう、自分のアイデンティティが損なわれる」という恐れがあるのではと思いますが、少なくとも私にその意図はありません。私の考え方が吉岡さんと異なるのは概ね理解しているつもりですが、「違うけれどもそういう考え方もある」というのを、単なる拒絶ではなく理解してもいただきたいし、同時に吉岡さんの考え方が不思議に思えてならない今の状況で、吉岡さんという人の考え方を理解し、納得したいとも考えています。
納得しても私が同じ考えになることはないでしょうけれども、少なくとも「相手を理解する」ということには繋がります。
理解する=同一の考えにシンパシーを感じる、どちらか一方の考えに膝を折る、ではありません。
違いを認めることが、理解です。
チャーチルの時代以前の(もしかしたら今でもそうかもしれませんが)イギリス議会では、保守派が右、改革派が左に座って、それが今の右翼/左翼の語源になったという話を聞いたことがあります。(フランス議会だったかなあ(^^;) うろ覚え)
イギリス議会にはパブが併設されていまして、議論を戦わせた後、論敵同士が同じパブでグラスを傾けたと言います。もちろんそこでも英国流のウィットに富んだジョークと皮肉が飛び交ったりもしたそうですが、「それはそれ、これはこれ。君と僕の政治的立場が違うのは理解できる。それを認めることはできないが、クリケットとポーカーの話なら乗ろうじゃないか」という立場として飲んだと言います。
そのパブに近い意義を持つのが、談話室では「サイド6」に当たると思います。
イカフライ女史がそこに誘うのは、そうした「英国流ガス抜き」の効果を期待して、と思います。これも吉岡さんのための「配慮」だと思いますよ。吉岡さんはその配慮を受け入れていないようですけれども。
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>>518
>拡散ではなく実例ですよ。
それは笑うところでしょうか(^^;)
これまでに挙げてきたいくつかの「喩え」を、ことごとく曲解し、誤読し、拡散させてきた人の言うことですかぁぁぁ!(by 岡田克也風に)
>糾弾を実際に見たい
集会とか行かれるといいんじゃないですか。雰囲気は似ています。
あと、春闘。労働者側代表になると、似た雰囲気を味わえます。
組織に繋がりを持てば、直ぐにでも機会を得られるでしょう。
その代わり、足ヌケはできなくなりますけれども。
>>521
いや、私もイカフライ女史と同感です。
吉岡さんは「全体を俯瞰する」「最初の方に出てきた小さな断片と、後のほうに出てくる断片を繋ぎ合わせて鎖の輪を完成させる」という思考練習をなさったほうがよいと思います。残りの人生のためにも、です。恐らく相当な量の「思考的な損」をなさっていることがまじまじと伺えます。
ミステリーを読むが苦手であれば、落語を聞くのでもいいですよ。
掛詞(かけことば)と、伏線の繋ぎがあまりお得意ではない様子でしたので。
一昔前のドラマなどでは、伏線がまったくなく、その場その場で事件が解決して進んでいく、というものもありましたけれども、最近ではなにがしかの「伏線」がちゃんと解決するようになっていますし……。
私は話芸なら落語、映画はコメディを好むほうですが、様々な伏線やダブルミーニング、トリプルミーニング、意図的な誤解(ボケ)があっておもしろいですよ。そうしたものはお嫌いなんでしょうか? もしくは理解できないとかでしょうか?(^^;) だとしたら、人生を損していると思います。訓練というほど構えなくてもいいので、そうしたものをご覧になるとよいと思います。
新作では「最狂絶叫計画(洋画。コメディ)」、「スウィングガールズ(邦画。コメディ)」など、伏線とボケが山ほどあって、読み解くのがおもしろかったですよ。
……という話をサイド6でやりましょう、という誘いを、なぜ吉岡さんは拒絶されるのでしょうね?(^^;)
>旅行も名物にも関心のない、本屋には雑誌以外は文庫本すら置いていない「地方
>(田舎)の」住人が、たまたま、町へ出て書店に立ち寄ると、数点の論争本が並
>んでいた。そんなに不思議なことではないですが・・・・
……事例が特殊すぎて普遍的なケースにはしにくいと思いますよ(^^;)
あなたにとって不思議ではなかっただけで。
ちなみに、ここに至るまでの間に吉岡さん以外から「味噌煮込みうどんを知らなかった」という声はついぞ聞かれませんでしたが。それでもあなたはご自身を「不思議ではない一般的な事例」と仰いますか?(^^;) それもギャグですか?(^^;)
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>>524
>差別や貧困が、生理の問題から思想の問題に替った時、左翼は救いようの無い
>アフォに転落したんだと思っている。
それは禿げ同ですね。
結局は、前述したところの「余裕ができて、優先順位が変わった」という奴で。
昔は、差別が生死を左右するほど重要だったが、生死が左右されない生理的な問題が解決されてくると、本当は差別云々は「優先順位が低くなった」。ところが、それでは組織の存在意義がないから、優先順位を無理矢理高位に留めるために、生理から思想という「結論の出ないもの」に意向させた。
以後、答えが出ないことに答えを求めるアフォな追従者を、今も【生み続けている】。
というわけで、ざーっとこの100くらいのレスを一気読みして一気レスさせていただきました。
一部、すでに終わってる(というか、解決しないまま別の話題にシフトしている?)ものもあるかと思いますが、亀レス故の不手際ということでご勘弁ください。
100レスも進んでいる割には、話題がほとんど何も進んでいないので安心しました(笑)
吉岡さんに対する感想としましては、
1)理解する=相手に膝を屈することではないことを知って下さい。あなたはプライドが高すぎるんですよ。
2)自分の環境だけが普遍的……というのは傲慢です。実例、近似例がどの程度あるかを確かめるのが、議論という行為の効果の一つだと思います。同じ考え、近似例を探すことも議論の意義だと思います。それで近似例が出てこなければ、自分は普遍性がないということも受け入れるべきでしょう(その上で、普遍性がないから考えを捨てろ、ということでもありません。他人と自分は違うということを認識しよう、ということです)
3)近視眼的思考(枝葉末節に囚われて全体が見渡せない)のは、真面目で意固地な人ほど陥りやすいと言います。また、管理職経験がない兵卒級の新人サラリーマンや、一分野専業の職人肌の人も陥りやすいものです。人を使う立場の場合でも、個人事業主や中小企業の部課長社長クラスがこれでは会社が危ういです。(腹が減っている、目の前に籾があるという理由で、来年撒くための種籾を喰ってしまうようなもんですね)
4)近視眼的思考は、「伏線の記憶とリンケージと解読」が必要な書物、映画を見ることで緩和、訓練することができます。その意味で、イカフライ女史が示した「ミステリー」は格好の教材になると思います。(そのミステリーの出来が良ければ(笑))また、私が示したコメディや落語は、伏線の処理の他に「言葉の裏にある別の意図」を読み解くための教材にもなりうると思います。もちろん、そのコメディの出来が良ければ。つまらんコメディは毒にしかなりません。良いコメディは劇毒のように見えてスゴイ薬効が隠れているものです。
5)吉岡さんは自分を守ることに必死になりすぎていると思います。他人の意見を認めることで自分の思想が穢されると考えるならば、ROMに徹するべきでしょう。また、自分の意見を受け容れない相手に対して、不寛容過ぎるようにも感じられます。「自分と相手は違う。相手は自分と違う」は対等ですよ。
さて、私は「お偉い先生様」ですので、好き勝手に言った挙げ句、また暫し本業に戻りたいと思います(笑)。サイド6のほうはちょくちょく覗いてますが、ヒートアップしているスレはなかなか追いつけず大変です(^^;)
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>>525
>その人がどんな怖い経験したのか知らんけど、被差別部落もコリアンも全然怖く
無いッスよ。
いえ、被差別部落やコリアンの人間がコワイ,というのではなくてね、部落差別という存在がコワイ,というか。
まず、当初は感覚的に理解できないんですよね,例えばコリアンは国籍が違う,障害者は身体的特徴が違う,だから差別して良い,というわけではなくて、差別の理由が理解できる。
けれど、出身地による差別、というのが理解できないんですよ。
例えば,一時「ださいたま」なんてギャクが流行ったよね,あの時,私も埼玉県民だったんですが、
「ださいたま、いっちゃたねえ」なんて笑いあっていました。
そういうレベルの話し程度にしか意識の無い人間が,ちょっとしたさりげない言葉で(それこそださいたまレベルの)ある日,突然「被差別者」のレッテルを貼られる。
そういうショックでしょうか?
自分の知らない差別事象があり,それに触れない様に言葉ひとつひとつに神経をとがらせなくてはいけないような。
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>>751
>自分の知らない差別事象があり,それに触れない様に言葉ひとつひとつに神経をとがらせなくてはいけないような.
吉岡さんあたりの主張によれば、それで苦しんでいる人がいるんだから,お前も考えろ,なんでしょうが。
はっきり言って,なんの意識もなく、また、善意だと言う事が解りながら,「苦しんだんだ,責任考えろ」(もっと言えば,責任取れ)
なんて言われたら、それこそ人はなにも言えなくなってしまう、それこそ「ださいたま」もね。
いや、「ださいたま」だって、突き詰めれば無意識の差別だ、とか、いえちゃうのかもしれないけれどさ。
人は常にこれは差別かもしれない,なんて、四六時中考えていられるほどひまはないんだよ。
また、いちいち被差別感を感じて傷ついてもいない。
何故なら、生きなくてはいけないから。
そういう面でも
>差別や貧困が、生理の問題から思想の問題に替った時、左翼は救いようの無い
>アフォに転落したんだと思っている。
この言葉は重いと感じるよ,私は。
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