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誹謗中傷って、何?
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>>490,503
組織の専従者の生活保障は、けっこう大した額になるんじゃないでしょうか。
社民党が大敗したとき、党の規模縮小のため、職員を解雇した件を覚えておいででしょうか。「負けたのだから現状維持ができないのは当然、身の丈にあった組織規模に」という理由で経費(主に人件費削減)のために職員を解雇したわけですが。
この場合の職員というのは、「組織の専従者」であり給与はその「専従者のための生活保障」ですよね。年額700万円×20人として、1億4000万円。これが毎年。しかも活動費ではなく、ある意味「組織の維持のために必要だが、それだけでは何も生まない人件費」として。
喰うためにネタを見つける例としては、従軍慰安婦騒動なんかがそれに当たりますね。日本の弁護士が、「日本政府を訴えれば賠償金をもらえるので、従軍慰安婦経験者は名乗り出て下さい」と告知を打ったら、「絶対にあり得ない年齢の人」が訴え出てきたりしたという(笑)。
これは、「人権派弁護士」が賠償問題をブチ上げて飯の種にしていることの一例ですが、同様のことは「長期的運動」をしているその他の組織にも大なり小なりあるでしょうね。拉致被害者を救う会新潟のケースもその亜種と言えるでしょう。
>>496
>成育後に、これではいけないと、自発的に飛び込んでいきました。被差別部落にも入りました。
なぜ「それではいけない」と思われたのかが不思議でなりません。
自分が健常者であり障害者ではないことに恥じ入って、自分で自分の足を折るような行為でしょうか?
自分が弱みを持つ人に味方するためには、自分も弱みを持たなければいけないという気負いでしょうか?
それとも、「弱者のほうが権力が大きい。弱者の持つ権力に付くためには自分も弱者と同等の弱みを持つべきだ」というお考えでしょうか?
飛行機墜落や立てこもり事件などの大事故・事件の被害者で奇跡的に助かった人が、助からなかった人とその家族に対して「助かってしまって申し訳ない」と感じる感情があると言いますが(何症候群というのかは忘れましたが)、
助かったことを奇貨とせずに無事だったことを罪悪と考えてしまう=弱者/被害者を神聖視するのに近い心理でしょうか?
弱者の側に立った発言をするためには、弱者の立場を体験しなければならず、それを体験すれば弱者を代弁するという「権力」を得られるという思考なのでしょうか?
>>505
でも、その発言をした夫自身は善意だというところがネックなんではないですかね。
妻に「あなたは私を差別している」と告白されたら、多分夫はすごくショックを受けると思いますね。「そんなつもりはまったくなく、むしろ善意での配慮だったのに!」と。で、悪意ある受け取り方をした妻を逆になじるかもしれない。
「善意を無碍にした!」と。まあ、それで壊れる夫婦なら縁がなかったんだから諦めて離婚しなさい、とみのもんた風に断言しますが。問題は「何があんたらの優先順位なのか」ですからね。
善意の表し方、受け取り方、または悪意の表し方、受け取り方というのは、結局は配慮を読み取れるか取れないかの問題なのではと思うことしばしばです。
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