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誹謗中傷って、何?

480イカフライ:2004/10/17(日) 15:35
番長さんの>>466のリンクの中に「差別糾弾」とは何か?がありますが。

> わが同盟は、差別を自分勝手に判断して、なんでもかんでも「差別だ」と言って糾弾するのではないということは、言うまでもありません。では、どういう場合に糾弾するのでしょうか。それは次のように要約することができます。
>①あきらかに差別意識をもって部落民の人権が侵害されたとき。
>②差別行為(発言や執筆など)の結果として部落差別が拡大助長されたとき。
 このうち①は、どちらかと言うと、面と向かって行なうケースが多く、②の場合は、自分は差別する意図はなかったけれども、結果として、差別意識を助長拡大させたというときです。

 私はこの②について、非常にあやういな、と思いました。
 (①について挙げられた例についても,例えば結婚にける差別、などは、それが「同和地区出身者」だからなのか、それともその個人の問題なのか?は、どう区別するのか?という問題もあるように思えますが)
> また「…は特殊部落みたいですね」という言葉や文章が電波や出版物などを通じて人びとに差別意識を植えつけていく場合は、その影響力が大きいため、「糾弾」の対象にしています。比喩的に使った場合であっても差別意識を拡大して社会的に与える影響が大きいことを考慮して糾弾闘争を展開しているのです。
> これまでの部落解放運動の血みどろの闘いによって「侮辱の意図をもって部落民の自尊心を傷つける」という差別事件は「差別落書き」の例を除いては少なくなってきていますが、客観的に差別を助長し拡大させる事件は後を絶ってはおりません。その多くは、「無意識のうちに差別してしまった」というものです。
> 人間は、無意識のうちに相手を傷つけたり、屈辱感をあたえるということは、よくあるものです。しかし、「無意識」であったとしても差別発言をしたり差別的文書を書くということは、その人間の意識のなかに差別意識が潜在化しており、それが利害関係が働いたときに自然に表面化してくるというものであって、「つい、うっかりしてしたのだから……」とすませるわけにはいきません。無意識だったから問題にしないのではなく、その背景を「糾弾」のなかで明らかにしなければならないのです。
> 差別意識が表に出てきたときに、その原因を明らかにして間違いを正さなければ、再び「無意識による差別的言動」をくりかえし、差別のバラまきを招くことは目に見えています。

 と、書かれていることはモットモなようですが、「客観的に差別を助長し拡大させる事件」この客観的判断の基準は、どこに求めるのでしょうか?
 また、「「無意識」であったとしても差別発言をしたり差別的文書を書くということは、その人間の意識のなかに差別意識が潜在化しており」
 とありますが,うーん、これってどうなんでしょうか?
 ここまで言ってしまったら,全く差別意識が無い人間なんて存在するのでしょうか?

 その為に事前に確認会を開く,という考えもあると思いますが。
>われわれの差別糾弾行為から逃げるという結果を招きやすいものです。
>説得にかかわった人びとの怒りを社会的に公表することによって差別者を孤立させ、反省を求めるきっかけになることもあります。
 と、問題を客観的に分析する,というよりは、敵を追い詰める方法のように思えます。

 また,ヤジ,恫喝、揶揄は不用、と言っていながら
>怒りの噴出は当然のことである
>精神的なプレッシャー(圧迫感)がなければ人間の意識は変わらないものであり、怒りに満ちた緊張感は糾弾会には欠かせないものであることは言うまでもありません。
 などと書かれると,具体的には一体どういうものなのだろう?と。
 なんか、これ自体が「脅し文句」のように取れないことないです、私は。

 実際,糾弾会というのが、どのように行われているのか?
 それこそ、どっかの局で全国放送でもして欲しいですね,国会中継みたいに。
(まあ、どの程度,視聴率がとれるか解りませんが)




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