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あと3話で完結ロワスレ
41
:
傷あとをたどれば - EX Side 魔人降臨 -
◆eVB8arcato
:2012/12/13(木) 21:56:20
【真獅子王@風雲SUPER TAG BATTLE 死亡確認】
【クッパビル最上階/早朝】
【風見幽香@MMDで関節技講座】
[状態]:不死身の完全体(?)
[装備]:空龍@RB、海龍@RB、麒麟の篭手@イヅナ、蒼天の靴@イヅナ、蒼龍の爪@FFUSA
[道具]:秦の秘伝書@RB、真獅子王のサングラス、基本支給品、(その他、幾つかの支給品)
[思考]:????
[備考]:秦の秘伝書を解読しました。呼び出した空龍、海龍は彼女が"力ずく"で従えています。
【クッパビル中層大広間→????/早朝】
【トージャム@トージャム&アール】
[状態]:疲労(中)、ダメージ(小)
[装備]:トマト@トージャム&アール
[道具]:基本支給品、(その他、幾つかの支給品)
[思考]:決戦へ
[備考]:マイケル・ジャクソンのダンスを習得済み
【少年B@少年B】
[状態]:疲労(極)、九割の火傷、色彩感覚喪失、肋骨骨折、ダメージ(大)
[装備]:(シークレット)
[道具]:基本支給品、(その他、幾つかの支給品)
[思考]:決戦へ
【ソード(主人公)@DRAGON QUEST SWORD 仮面の女王と鏡の塔】
[状態]:健断絶(右腕)、右目失明、ダメージ(大)
[装備]:エクスカリバー@FFUSA、わんこベスト@DQS、オリハルコンのさじ@DQS
[道具]:基本支給品、(その他、幾つかの支給品)
[思考]:決戦へ
【フェイ@FINAL FANTASY USA -MYSTIC QUEST-】
[状態]:MP消費(小)、ダメージ(中)
[装備]:にゃんにゃんクロウ@DQS、神弓@イヅナ
[道具]:人力矢@イヅナ、基本支給品、(その他、幾つかの支給品)
[思考]:決戦へ
[備考]:ペプシシステムについての知識を、ペプシマンから聞きました。
一人メドローアを習得済みです。
【リック・ストラウド@リアルバウト餓狼伝説2】
[状態]:疲労(超)、脇腹に感電跡、ダメージ(中)
[装備]:拳
[道具]:基本支給品、(その他、幾つかの支給品)
[思考]:決戦へ
42
:
◆eVB8arcato
:2012/12/13(木) 21:57:35
投下終了です。
主催死亡→首輪解除までにもうワンプロセスを仕組んでみたりなど、ちょっとスレスレなところもありますが……。
ルールに課せられた制限はしっかりとかけてあるつもりです。
しかし、実際にいざ「クライマックス!」をいきなり書くのは難しいですね……w
43
:
◆eVB8arcato
:2012/12/13(木) 22:09:25
そして遅れましたが、感想をば。
>>DQFFロワイアルS XIII
投下乙です。
40行という短文という縛りの中、スマートに表現されていて、
なおかつこれまでが鮮明に想像できるような鮮やかな描写で面白かったです。
「何があったのか」が分からないけど、それがいい、本当に面白かったです。
44
:
◆nucQuP5m3Y
:2012/12/14(金) 02:55:58
時間がないけど備忘と決意のためにテンプレだけ投下!!
【ロワ名】リ・サンデーロワ
【生存者6名】
黒兎春瓶(呪法解禁!!ハイド&クローサー)
鉢かつぎ姫(月光条例)【右腕欠損】
霊幻新隆(モブサイコ100)【フラッシュバックによる無力化の可能性アリ】
ハクア(神のみぞ知るセカイ)【マーダー:桂馬の復活が目的】
蝉(魔王、waltz)【マーダー:岩西復活を含む魔王世界の存続が目的】
恋川春菊(常住戦陣!!ムシブギョー)【マーダー:ムシブギョー世界の存続が目的】【大量出血。現在止血できているが傷が開けば命の保証はない】
【主催者】
ゼクレアトル(ゼクレアトル 神マンガ戦記)
【主催者の目的】
最も優秀なマンガを残し、仙人サンデーへ移籍させる
【補足】
●週刊少年サンデー、クラブサンデー、裏サンデーから参戦のロワです
●特殊ルールとして消失(デスアピア)が採用されています。
・同じマンガから参戦している者が一人もいなくなった時点でそのマンガの存在そのものが世界から消え失せます。
・世界観や登場人物、彼らに関する記憶までが消滅するため、消失(デスアピア)に気づくことも出来ませんが
ルールとして周知されたため消失(デスアピア)の恐怖は参加者に浸透しています。
・眼前で1タイトル最後の参加者が死亡→消失(デスアピア)の場合のみ、視認していた者に数十秒記憶が残り、
その間に他人に情報を伝えたり筆記して情報を残すことは可能です。
●誰が言い出したのか、全ての話のサブタイは「離散」「りっぱなカバさん」「理解と決別」「リストレイト」「ring a bell!」など「り」から始まります
本編投下は来週くらいになりそうです。
45
:
◆nucQuP5m3Y
:2012/12/14(金) 10:22:25
今気づいたけどwaltz入れるならゲッサンも入るのか
46
:
◆6XQgLQ9rNg
:2012/12/15(土) 23:40:56
【ロワ名】それはきっと、いつか『想い出』になるロワ
【生存者6名】
1.ヴァージニア・マックスウェル@WILD ARMS Advanced 3rd【右腕使用不可】
2.カズマ@スクライド
3.クマ@ペルソナ4 ザ・ゴールデン【フラッシュバックによる無力化の可能性】
4.トトゥーリア・ヘルモルト@トトリのアトリエ
5.速水殊子(はやみことこ)@レジンキャストミルク
6.ブルー@サガ・フロンティア【限界寸前まで損耗】
【主催者】ベアトリーチェ@WILD ARMS Advanced 3rd
【主催者の目的】様々な世界の夢から想い出を吸い取り、新世界を作る
【補足】
・会場は電界25次元と呼ばれる夢の世界ですが、ここでの出来事は現実にも反映されます
・ブルーはルージュとの融合後です
・その他参戦作品
ヴァルキリープロファイル
FINAL FANTASY 8
ブレイブリーデフォルト
断章のグリム
マクロスF
47
:
メモリーズ・ロスト
◆6XQgLQ9rNg
:2012/12/15(土) 23:41:32
そこは象牙色をした大理石で造られた、豪奢な城だった。
赤絨毯の敷かれた細長い廊下には等間隔で柱が並び、そのすべてに麗しい装飾が施されている。
白亜の壁には埋め込まれた様々な模様のステンドグラスが、硬質な無機質さを和らげていた。
荘厳と言うよりは、メルヘンチックで美しい内装だ。
けれどこの城には、拭いきれない薄気味悪さで満ち満ちていた。
見上げても天井は見えない。遥かな高みに暗闇だけが溢れかえっていて、根源的な不安を抱かせる。
ステンドグラスからは一筋の光も射し込んではこない。その先にあるのは、ノイズ交じりの真っ黒な世界だ。
城内を照らすのは、金色の燭台で揺れるか細い炎のみ。
頼りない光が照らす廊下はほの暗く、息づくものを拒絶するようだった。
だからこそ、生きている者はよく目立つ。
――相変わらずの雰囲気ね。
足を動かしながらも、ヴァージニア・マックスウェルはそう思う。
内装や造りはかなり違う。部屋の数も階層も増え、以前に来た時よりもかなり広くなっている。
けれどこの不気味さを、ヴァージニアは覚えていた。
ナイトメアキャッスル。
夢魔ベアトリーチェの居城であり、この悪夢の終着駅だ。
やがて廊下は終わる。
立ち止まったヴァージニアの前に、玉座の間へと通じる扉と、その先から漂う夢魔の気配がある。
「ようやく到着か」
隣でカズマが右手で拳を作り、左掌に叩きつける。
「ええ。この先から、ベアトリーチェの気配を感じる」
ヴァージニアは振り返った。
「本当は万全のコンディションで挑みたいけど、時間がないわ。簡単に準備を済ませたら……行くわよ」
「ここまで来たんだ。やれるだけのことをやろう」
ブルーの返答に、ヴァージニアは強く首肯する。
ここに来るまで、彼はかなりの魔力を損耗している。
まだ術は使えると本人は言っているが、無理をすれば生命が危ういだろう。
だがそれだけに、その返答は頼もしかった。
視線を動かす。
「クマも……いいわね?」
問うと、もはや見慣れた着ぐるみがびくりと震えあがった。
「ま、まだ、コトチャンが戻ってきてないクマよ……? それに、トトチャンも……」
声は震えていた。瞳は不安で濁っていた。
先ほどトトリが残した言葉がクマを苛んでいるのは、明らかだった。
けれど、ヴァージニアは彼には頷けない。
「ダメよ。立ち止まってたら、殊子が残った意味がない」
「でも……」
クマの言葉は尻すぼみになり、外には出てこない。俯くその様は、とても小さく見えた。
「あの女が簡単に終わるハズがねェ。終わりやがったら、俺が許さねェ……ッ!」
「殊子を信じよう。1時間後に追い付くって言ってだろう?」
ブルーの言葉と同時に時間を確認すると、殊子と別れてから経過した時間は30分弱だった。
だからヴァージニアは、クマの頭にそっと左手を乗せた。
「ん……分かったクマ……」
「うん、ありがとう」
その言葉だけを投げかけ、ヴァージニアは扉へと向き合った。
左手を、右腰のホルスターに差し入れる。
銃把の硬さを確かめ、握り込み、取り出す。
バントライン93R。
右手に馴染んだその銃を、左手で握り締めて。
ヴァージニアは、目の前の扉を蹴り開けた。
【ヴァージニア・マックスウェル@WILD ARMS Advanced 3rd】
[状態]:右腕使用不可
[装備]:バントライン93R@WILD ARMS Advanced 3rd、プリックリィピアEz@WILD ARMS Advanced 3rd
[道具]:基本支給品、その他支給品
【カズマ@スクライド】
[状態]:疲労(中)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、その他支給品
【クマ@ペルソナ4 ザ・ゴールデン】
[状態]:疲労(大) SP消費(中) トトリ、殊子が心配 トトリの言葉により精神不安定
[装備]:エアガイツ@FINAL FANTASY 8
[道具]:基本支給品、その他支給品
【ブルー@サガ・フロンティア】
[状態]:JP消費業(極大) 強力な術は生命力を消費する
[装備]:聖杖ミスティック・ワイザー@ヴァルキリープロファイル
[道具]:基本支給品、その他支給品
48
:
メモリーズ・ロスト
◆6XQgLQ9rNg
:2012/12/15(土) 23:42:13
◆◆
大広間に爆音が鳴る。
火薬臭さと煙の臭いに目を顰め、強烈な耳鳴りに不快感を覚える。
常人離れした感覚もこんなときには不便だなと思いつつ、速水殊子は硬い床を駆ける。
煙の向こう、絶え間なく飛んでくる物体が見える。
稲妻形の爆弾と雪だるま形の爆弾と束ねられたダイナマイトが、纏めて飛んでくる。
「容赦ないなぁ」
爆発物の群れを前にしても、殊子の呟きには緊張感がなく、顔には軽薄な笑みが浮かんでいた。
「よっ、と」
爪先に力を込め、靴裏で床を叩く。
かつっ、という靴音は一瞬にして三種類の爆音に飲み込まれる。
熱を帯びた爆発と氷を撒き散らす炸裂と電撃の破裂が耳障りな狂騒を奏で、石造りの床を抉り取った。
三種の爆発を横目に、相手の無茶苦茶っぷりに戦慄を覚えていた。
「もう、ちょこちょこと鬱陶しいなぁ」
悔しげな声が耳鳴りの向こうから届く。可愛らしい声の主へと、殊子は視線を送った。
頬を膨らませるトトゥーリア・ヘルモルト。
その容姿はなでなでしたくなるくらいに愛らしい。だが、両手いっぱいに抱えられた大量の爆発物があまりにもミスマッチだった。
違う。
本当にミスマッチなのは、トトリが躊躇も呵責も戸惑いもなく、初めて出会ったときと変わらない様子で、殊子を殺そうとしている事実だった。
「えーいッ!」
クラフト、フラム、レヘルン、ジオストーン、地球儀。
トトリお手製のアイテムは、確実に殊子の命を奪うべく投擲される。
走り、跳び、転がって回避し、ときには不定量子の反発力場を展開してやり過ごす。
アイテムによる弾幕は、殊子を完全に拒絶しているようだった。
「初めて会ったときもちょっと拒絶され気味だったけど、ここまで酷いとちょっと傷つくにゃー」
ベアトリーチェによる殺戮の悪夢が始まり、トトリと最初に出会った時のことを思い出す。
その記憶が引き金となり、彼女と過ごした時が殊子の脳裏に浮かび上がる。
恐怖に苛まれパニックに陥っていたトトリを抱き締めた温もり。
錬金術について語っていた、楽しそうなトトリの声音。
家族のことを幸せそうに話していた、トトリの横顔。
早乙女アルトを弔ったときのトトリの涙。
舞鶴蜜の死を突き付けられた時に抱き締めてくれた、トトリの優しさ。
覚えている。
この短い間で得た、トトリとの『想い出』を、殊子は覚えている。
トトリと過ごした時間は悪いものではなかった。会えてよかったのだろうと思う。
けれど、それは殊子側の感想だった。
――私じゃなきゃ、よかったんだろうな。
思う。
もしも自分以外の誰かと、トトリが最初に出会っていれば。
たとえば、ヴァージニアやカズマと出会っていれば。
きっと、トトリは壊れなかった。
もっときちんと、トトリの大切な人の死を、正しく悲しんであげられる人が彼女の傍にいればよかったのだろう。
大切な人を何度も何度も何度も亡くしたトトリの傷を。
大好きな姉の死を目の前で見せつけられたトトリの痛みを。
誤魔化さずに癒せる人が、彼女の隣にいればよかったのだろう。
――あるいは、私がもっと早く気付けていればよかったのかな。
思う。
もしも殊子が、もっと早く世界への好意を自覚していたなら。
心に空いた欠落を埋めようとせず、向き合おうとせずに捨て置いていたから、殊子は悲しめなかった。
トトリがどれだけ悲嘆に暮れようとも、結局はどうでもいいのだと思ってしまう自分がいたのだ。
そんな出来損ないの自分のせいで、トトリの大切なものが、致命的なまでに壊れてしまったのは間違いない。
もっと早く、世界が好きだと気付いていれば。
世界は、殊子が思うほど、目覚まし<ハラハラ>時計の思い通りになりはしないのだということに、もっと気付いていれば。
――止めよう。そんな仮定をするために、私はここに残ったんじゃない。
アイテムの猛攻は止まない。
ベアトリーチェが壊れたトトリに与えた特製秘密バッグは、夢の世界にありながら、現実のトトリのアトリエにアクセスできるらしい。
今トトリは、自分のアトリエにたっぷり貯め込んだアイテムを自由に取り出せるのだ。
ならば、アイテムが尽きるまで逃げ続けるのは不可能と言っていい。
それでも、殊子には勝算がある。
この悪夢が始まってから握り締め続けてきた、一枚きりのジョーカーを、殊子は未だ隠し持っているのだ。
それを切ってしまえば、この場は簡単に乗り切れる。
49
:
メモリーズ・ロスト
◆6XQgLQ9rNg
:2012/12/15(土) 23:42:55
けれど。
「トトリちんッ! 私の声が聴こえる? 私が誰だか、分かるッ!?」
けれど殊子は、呼びかける。
爆音に掻き消されないよう、大声でトトリに言葉を投げる。
「知ってるよ。殊子さんでしょ」
当たり前でしょ、とでも言いたげな気安さで、トトリは返答する。
「大うそつきの殊子さん。わたしを騙した殊子さん。お姉ちゃんじゃないのに、お姉ちゃんのフリをした殊子さん」
トトリの声は穏やかだった。糾弾するでもなく、激昂するでもなく、ただ事実を述べるかのように穏やかだった。
「クマさんと同じくらいに許せない、殊子さん」
そして、まるでプレゼントをねだるかのように、トトリは小首を傾げて願うのだ。
「殊子さん。早く、死んで。わたし、ベアちゃんと約束したの」
秘密バッグに手を入れ、
「みんなを殺したら、また会わせてくれるって」
トトリによく似合う可愛らしい鞄をごそごそとまさぐり、
「ジーノくんに、メルお姉ちゃんに、マークさんに、ステルクさんにミミちゃんにクーデリアさんにイクセルさんにゲラルドさんにロロナ先生に」
いつしか顔中を涙で染めて、
「お姉ちゃんにもッ! お母さんにもッ!!」
溢れ出す感情で顔を歪ませて、
「会わせてくれるって、約束したのッ!!」
隕石を束にしたかのような巨大な爆弾を、取り出す。
痛々しかった。
誰も傷つけたくないと願い、誰かの死に心から涙するトトリを知っているだけに、痛々しかった。
きっとこんな感情は、欠落を抱え世界に飽き飽きしていた殊子なら、抱きようがなかった感情だ。
「ねえ、トトリちん。ベアっちが見せるのはさ、夢なんだよ」
それでも別にいいじゃんと、そう思わなくなったのは、世界で生きていくことに意味があると、教えてもらえたからだ。
「私は、トトリちんにそんな生き方をしてほしくない」
だって。
「私は、生きているトトリちんを知っているから。ちゅーしたくなるくらいに可愛いトトリちんを、知ってしまったから」
「あなたに、そんなことを言われる筋合いなんて、ないよ」
「そうだね。私には、お説教をする資格なんてないって分かってるんだ。だからさ」
もはやトトリは治せない。彼女の願いを叶えても、致命的に壊れてしまった彼女の精神は戻らない。
治せるであろう人は、もうこの世には、一人としていない。もしもまだ、そんな人がいるのなら。
きっとトトリは、壊れていない。
「私が一人でここに残ったのは、トトリちんを説得をするためじゃないんだ」
もはや言葉は届かないから。
私はね、と前置きをして、殊子は笑うのだ。
軽薄そうに、チェシャ猫のように。
「――君に酷いことをするために、ここにいるんだよ」
本気でいるときに見せる獰猛な笑みを殊子が浮かべた瞬間、トトリは、巨大な爆弾を叫びながら投げつけた。
50
:
メモリーズ・ロスト
◆6XQgLQ9rNg
:2012/12/15(土) 23:43:17
◆◆
地響きにも似た爆音が去り、残響が聴覚を痺れさせる。
アランヤ村の住人が全員集まってもまだまだ埋まらないほどの大広間が、焦げ臭い煙で溢れかえっていた。
けほり、とトトリは咳を漏らし、舞い上がり付着した埃を払い落す。
一級品のヒンメルシュテルンは、トトリの自信作の一つだった。
魔物の群れを一掃するためではなく、強敵一体を倒すために特性も厳選して作った一発だ。
もはや骨さえも残ってはいないだろう。
これでいい。あと四人だ。
近づいた。
大好きなみんなに会えるまで、もうちょっとだ。
――まずはクマさんを殺そう。もちろん他も殺すんだけど、クマさんは許せないから真っ先に、っと。
目に痒みを感じる。涙がこぼれてくる。
もうもうと広がる煙が沁みるせいだろうと、トトリはすぐに結論付ける。何せ、錬金術で失敗した時にも、よくあった。
それにしても痒い。痒い。痒い。
目尻に手を当て涙を拭う。
それでも、痒みは収まらない。
こんなことをしている場合じゃないと分かっている。時間はないのだ。
早くしないとと思う。
けれど、目の痒みと涙は止まってくれなくて、トトリは瞳を両手で覆う。
掌で、溢れる涙を必死に拭う。
何も見えなくなる。
視界が暗くなる。
真っ暗になる。
――いや……。
涙は止まらない。
ぐじぐじと、じくじくと、目の奥から溢れて零れていく。
――こわい……。
ひぐっ、と、喉の奥で湿っぽい吐息が詰まった。
世界が暗い。
真っ暗が怖い。
理屈はない。思考もない。何が怖いのかすら分からない。分からないから余計に怖い。
根源的な恐怖が心の底から浮かび上がってきて、弾け、トトリを掻き乱していく。
――いや、いや、いや、いや、いや。いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやッ!!
涙が止まらない。
止まらない涙を収めるには、瞳から両手を離せない。
両手からは臭いがする。
とてもいやな、臭いがする。
「――つかまえた、っと」
どこかで聞いたような声がした。
誰かの声がした。
柔らかいものが体に触れた。
温かいものが全身を包んできた。
鉄の臭いがした。けれど、いい匂いもした。
目を、開ける。
どこかで見たような顔が、すぐそばにあった。
51
:
メモリーズ・ロスト
◆6XQgLQ9rNg
:2012/12/15(土) 23:43:45
◆◆
小さいな、と殊子は思う。
腕の中にあるこの温もりは、まだとても小さい。
こんな小さい身なんだ。あれだけの悲しみと絶望に襲われたら、潰れてしまうに決まっている。
トトリの髪に、そっと触れる。
震え、怯え、泣きじゃくるトトリの頭を、優しく撫でる。
声にならない声で喚くトトリを、抱き締める。
「ごめんね……」
殊子は謝罪する。
分かってあげられなかった過去を。
「ごめんね……」
直せなくなるまで壊れてしまったというのに、それでも涙一つ流せない現在を。
「ごめんね……」
そして、宣言通りに酷いことを行う、未来を。
殊子は、謝罪する。
トトリの柔らかい髪に触れ、撫で、温もりを感じる。生命がある。『想い出』をくれた、たましいがある。
壊してしまうのは簡単だ。少し力を加えれば、この細い身はあっさりと砕け散るだろう。
けれど、そうしたくはなかった。
だって、この子がいたから。
――私は、みっちゃんがいなくなっても、私でいられたんだ。世界を好きだって、思うことができたんだ。
「ありがとう、トトリちん」
告げる。
そして、殊子は目を閉じる。
心の中に潜り、欠落に手を伸ばす。
そこはかつて、世界があった場所。
城島鏡によって奪われた世界――虚軸<キャスト>、目覚まし<ハラハラ>時計が居座っていた場所。
触れる。
世界の残滓――殊子が握り締めてきたジョーカーに、触れる。
晶も硝子も里緒もネアも、もういない。
舞鶴蜜――大事な義妹も、もういない。
それに、もうこの身は長くない。先ほどの強力な爆弾は、殊子の身を焼き血液を垂れ流させていた。
故に、惜しくはない。
虚軸<キャスト>を奪われ、たった一度しか使えくなった力。
それは抗うことのできない、圧倒的な精神操作だ。
世界の残り滓を、引き摺りだす。
懐中時計の姿をした世界が、トトリの頭の上に浮かび上がった。
52
:
メモリーズ・ロスト
◆6XQgLQ9rNg
:2012/12/15(土) 23:44:33
「トトゥーリア・ヘルモルト」
自我境界線の侵食が始まる。
それは殊子にできる、今のトトリを救う唯一の方法だった。
「君は、生まれてからずっと――」
たとえその行為が、トトリの精神を凌辱するものであったとしても。
「ずっと、ずっと、ずっと。独りぼっちで、生きてきた」
たとえその強制催眠が、トトリのたいせつな『想い出』を奪うことになるのだとしても。
「独りぼっちで、生きてきたんだ」
『想い出』に振り回され、現実を壊してしまうくらいならば。
「たいせつな人なんていなかった。大好きな人なんて、いなかった」
一度捨ててしまった方が、救われると思えた。
「だから――」
この催眠は、危険だと分かっていた。
大切な人がいないということは、大好きな人がいないということは、トトリを、かつての殊子にしてしまいかねない。
目覚まし<ハラハラ>時計に出会う前の殊子のように、世界を憎み呪い忌み嫌ってしまうかもしれない。
けれど。
「だから、君は、何もなくしてはいないんだ。なくしてなんか、いないんだよ――」
殊子は、思うのだ。
トトリなら。
悪夢の中で出会ったのに、こんなに綺麗な心を持つ女の子なら。
きっと大丈夫だと、殊子は思うのだ。
きっとこれから、たいせつな『想い出』を作っていけると、そう思うのだ。
ぽん、と。
懐中時計が弾けて。
トトリが、嘘のように泣き止んで。
速水殊子の身は、どさりと崩れ落ちたのだった。
――ごめんよ、みんな。私、追いつけそうにないや。
眼を閉じたまま、仰向けに倒れ込んだ殊子が最期に感じたのは。
頬に落ちる、涙の感触だった。
【速水殊子@レジンキャストミルク 死亡】
【トトゥーリア・ヘルモルト@トトリのアトリエ】
[状態]:記憶改変。独りぼっちでいきてきた
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ベアトリーチェ特製秘密バッグ(トトリが想い出を失ったため、アトリエに接続ができなくなった)
53
:
◆6XQgLQ9rNg
:2012/12/15(土) 23:47:58
以上、298話投下終了です。
レジンキャストミルクの専門用語が出てきてしまい、恐縮ですが……
どこまでキャラに触れたりフラグを昇華したりとかの塩梅が難しいですねー。
54
:
名無しロワイアル
:2012/12/16(日) 00:05:26
う、うおぉ……かっこいい
レジンキャストミルクの元ネタ知らないのが悔やまれますが、十分に状況が理解できる
あと強制催眠で精神安定させるために「独りで生きてきた」の凄まじさ……
これは残り297話も読みたくなる…
クマ何したんだろうなあ……
55
:
名無しロワイアル
:2012/12/16(日) 04:56:04
これって、一度に三話投下しなくてもいいんか
56
:
FLASHの人
:2012/12/16(日) 15:19:36
>>55
いいです
その場合は何ロワか判断できるようにだけお願いします
トリだけだとどの続きか一瞬わからなくなりますので
投下前に【●●ロワ】の2話目投下します
くらいでいいと思います
そろそろまとめ作るかしら
57
:
名無しロワイアル
:2012/12/16(日) 20:10:47
おわあ…これはオレのハードル上がりっぱなしやでえ…
58
:
◆nucQuP5m3Y
:2012/12/18(火) 03:19:25
上でテンプレだけ投下した「リ・サンデーロワ」の298話を投下します
59
:
reserve hunt
◆nucQuP5m3Y
:2012/12/18(火) 03:21:02
そこにあったのは扉だ。
貴族の館にあるように華美で、銀行の金庫にあるように重厚で、巨人の城にあるように巨大で……そして、舞台の書き割りのように嘘臭い扉だ。
しかし、逆にその嘘臭さが、その扉の役割を際立たせている。
これはまさに舞台装置。開ければ終局へと向かう一つの切欠。
作られた終わりへの始まり――
扉の前に佇む人影のうちの一人、蝉は明らかに苛立っていた。
「扉があるなら開けるしかねえだろ。割らずに卵は食えねぇんだ」
その言葉とは裏腹に、彼は率先して扉に手をかけるようなことはしない。
自分達の誰かが開けてくれるのを待っているようだった。
あわよくば、そいつが自分の苛立ちにも答えを与えてくれるのではないか。
死んでしまった相棒の岩西の代わりに、この漠然とした気持ちに指向性を持たせてくれるのではないかと期待していた。
「だいたい……っんだよこれは!」
先ほどの言葉に誰も答えないことに更なる苛立ちを募らせ、手に持った武器に向かって悪態をつく。
彼の手にあるのは一本の果物ナイフだ。
このゲームが行われている島、その島に立ち並ぶ廃墟のひとつから見つけ出して、ずっとバッグにしまっていたものだ。
ナイフ使いの名手である蝉にとっては十分に凶器足りうるものではあるが、あくまでそれは一般人相手の話。
これではこれから挑もうとしている相手はおろか、ここにいる残り五人相手にすら心許ない、そんな攻撃力の装備品である。
「おかしいだろ!こんな、こんなイカれたゲームの、最後の最後まで残ったってのか?俺が?果物ナイフ一本でか?」
「だからそれは……」
その名の如く徐々に大きく響いてきた蝉の声に、思わず声をかけたのは黒兎春瓶だ。
「わーってるよ!」
しかし春瓶の言葉を遮るように蝉はさらに鳴く。
「消えてるんだろ!記憶も!人も!武器も!わかってんだよ!でもよ!」
「納得は……難しいわよね」
呟いたのはハクアだ。
彼女もまた、これから戦う相手を考えたら全く使い物にならないであろう、小型の爆弾一つを手の中で弄んでいる。
「んじゃ、どうするんだ?」
春菊の問いかけに答えるものはない。
ここまで来て、止めるという選択肢はない。
それなのに、ありはしないその選択肢に彼らがずっとカーソルを合わせ続けてしまっているのはひとえに戦力不足によるものだった。
60
:
reserve hunt
◆nucQuP5m3Y
:2012/12/18(火) 03:22:29
相手は仙人ゼクレアトル。
人より次元の高い存在だ。
この場合の次元とは、強さが途方もないとか、防御が破れないとか、そういう話ではない。
紙の中に描かれた絵は、描いている人間を攻撃できない。
そういう意味での次元の違い。
奴がもし果てしなく遠い場所にいるだけなら、いつかはたどり着くだろう。
では、どこにもいないとすれば?いることを認識できないとすれば?
ありもしないゴールに向かっては走れない。
今の彼らにはそのゴールを手繰り寄せる何かが必要なのだ。
だというのに、彼ら六人の手にあるものといえば、殆どが現地で調達できる程度の日用品の類。
使い方次第で武器になるものかもしれないが、どう使っても武器にしかならないものと比べるようなものではない。
かつては、このゲーム会場にはもっとずっと強力な武器や防具、アイテムが溢れていた。
妖怪を殺すための槍。
斬った相手の妖力を吸収する大刀。
オリハルコンで作られたナイフ。
攻防一体の多機能マント。
精霊「ジン」を宿した金属器。
星すら破壊する暗黒の魔剣。
etc...
どれか一つくらいは、次元を超えて仙人に届きそうな、超常の力を秘めたアイテムの数々が確かにあった。
しかし、それは全て消えうせた。
正確には、生き残った六人の世界にあるものと、もともとこの島にあったもの。
それ以外は消失(デスアピア)したのだ。
しかし、生き残った六人ですら、自分達がかつて何を持っていたか思い出すことは出来ない。
消えたのはアイテムだけではないのだ。
人も、世界も、想いも、記憶も、誓いも、祈りも、嘆きも、恐怖も、悲しみも、何もかもが消失(デスアピア)したのだ。
だから、ゼクレアトルかた伝えられた「参加者が全員死んだ世界は消える」という情報に基づいて漠然と、「自分が何かを失ったこと」だけを抱えて、先ほどの蝉のように言い知れぬ不安と役立たずの武器を抱えたまま扉を開けられないまま佇んでいる。
61
:
reserve hunt
◆nucQuP5m3Y
:2012/12/18(火) 03:22:57
先ほど、かねてからの怪我による失血が危険域に達していた石島土門が死んだ。
それによって、彼の属していた世界が消失(デスアピア)した。
彼の世界からは、多くの魔道具と呼ばれるアイテムがこのゲームのために集められていた。
それも、全て消えた。
今、扉の前で逡巡する六人も、最後に残った超常的な武器である魔道具に頼った戦略を立て、この場までやってきていたのだ。
そこに吹いた消失(デスアピア)という名の一陣の風。
風の後に、土門のことも、魔道具のことも、覚えているものは一人もいなかった。
「いっそ……全員ここで殺したら、ゲームは終わるんだよな」
「それは……!」
先ほどまでの大声から急落して、低く、小さく呟いた蝉の声に鉢かつぎが焦りを見せる。
彼女は、この中でも彼女だけは殆ど徒手空拳にて戦える実力があるが、右腕一本を失った今、蝉を止められるかどうかはわからない。
「冗談だっつーの……俺は依頼を終わらせるまでは……くそっ!!」
呟いて、蝉はまた苛立ちを顕わにする。
彼が受けた依頼。
プロの殺し屋としてのプライドにかけて何よりも優先すべき事項。
それが「主催者の抹殺」だった。
だが、思い出せない。
誰に依頼されたのか、報酬はいくらなのか、おそらく消失(デスアピア)した何者かによって、強く強く請われたその事柄について、蝉は一切の記憶がな
い。ただ漠然と「依頼だらか主催者を殺す」という思いだけが胸に渦巻いていた。
「引き返しても同じなんだろ」
ずっと口を閉ざしていた霊幻が吐き捨てる。
彼も、思い出せない大事な約束があった気がしていた。
蝉と彼だけではない。
ここにいる六人全てが、何かしらの誓いを携えてここを目指していた。
だからこそ、あれだけゲームに積極的だったハクアや恋川も同じ方向を向いているのだ。
この大きな扉を超えたら最後の戦いになる。
それだけはわかる
それ以外は、何もわからない。
「誰かわからないけど、彼を信じるしかない」
「……覚えちゃいない相手を信じろって言われてもね」
春瓶の言葉にため息をつくハクア。
「それでも、他に道はない」
「ねぇな」
霊幻の呟きに同意する恋川。
「蝉様……」
「……クソッ!」
鉢かつぎの呼びかけに対する答えの代わりに、蝉の拳が扉に叩きつけられた。
ギィ、という見た目よりもずっと軽い音が響いて、扉が開いていく。
放送のたびに空に大写しになっていた、あの生意気そうな顔が見える。
不安を入念に踵で踏み潰しながら、六人は扉の先にゆっくりと進む。
「遅ぇよ。あんな長い心理描写いらねぇんだ。クドいだろ。読者が飽きる」
ゼクレアトルが、そこにいた。
62
:
reserve hunt
◆nucQuP5m3Y
:2012/12/18(火) 03:23:30
【黒兎春瓶@呪法解禁!!ハイド&クローサー】
[状態]:疲労(小)
[装備]:式紙・末吉 式紙・為吉@ムシブギョー
[道具]:基本支給品一式
[思考]:ゼクレアトルを倒し、元の世界に戻る
【鉢かつぎ姫@月光条例】
[状態]:疲労(中)、右腕欠損
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式
[思考]:ゼクレアトルを倒し、元の世界に戻る
【霊幻新隆@モブサイコ100】
[状態]:各部に擦り傷、フラッシュバックによる無力化の可能性あり
[装備]:ニューナンブ(残り2発)@現実
[道具]:基本支給品一式、ゼクレアトル 神マンガ戦記 1巻
[思考]:ゼクレアトルを倒し、元の世界に戻る
【ハクア@神のみぞ知るセカイ】
[状態]:疲労(小)
[装備]:火薬玉「紫陽花玉」@ムシブギョー
[道具]:水、PFP(ゲーム機)
[思考]:ゼクレアトルを倒し、元の世界に戻るor全員を殺して桂馬を生き返らせる
【蝉@魔王、waltz】【マーダー:岩西復活を含む魔王世界の存続が目的】
[状態]:左脇腹に銃創(止血、弾摘出済)
[装備]:果物ナイフ@ムシブギョー
[道具]:未確定支給品1
[思考]:だれかの依頼により、主催者を殺す
【恋川春菊@ムシブギョー、常住戦陣!!ムシブギョー】【マーダー:ムシブギョー世界の存続が目的】【大量出血。現在止血できているが傷が開けば命の
保証はない】
[状態]:腹部に大きな裂傷(止血済みだが傷が開けばまもなく死亡する)
[装備]:カッターナイフ@現実
[道具]:握り飯、酒瓢箪
[思考]:ゼクレアトルを倒し、元の世界に戻るor全員を殺して自分の世界を再生する
【補足】
消失(デスアピア)により、参加者全員が死亡した作品は世界ごと消えます。
消失(デスアピア)した人物に関する記憶、その世界のアイテムも全て消滅します。
消失(デスアピア)前に、筆記などによって残された情報は有効ですが、それをきっかけに消失(デスアピア)した人間や世界を思い出すことは不可能で
す。
63
:
◆nucQuP5m3Y
:2012/12/18(火) 03:24:20
投下は以上です。
本当に書きたいのは次のなんで、頑張ります!
64
:
名無しロワイアル
:2012/12/18(火) 23:35:54
おお・・・支給品とか、
死んだ仲間の思いが消失するってのはなかなか絶望的な状況だ・・・
面白そう
65
:
名無しロワイアル
:2012/12/19(水) 17:53:55
なるほど、死んだ仲間たちの想い出が消える方ばかりに俺は注目してたけど、支給品消失もかなり辛いんだな
これは面白い
そして仙人は波旬クラスってことか、やばいな
66
:
◆9DPBcJuJ5Q
:2012/12/21(金) 21:33:59
【ロワ名】剣士ロワ
【生存者6名】
1.タクティモン@デジモンクロスウォーズ(漫画版) マーダー
2.トゥバン・サノオ@海皇紀
3.ゼロ@ロックマンXシリーズ(漫画版設定有)
4.魔龍騎士ゼロガンダム@SDガンダム外伝シリーズ(クラブ・オン・エース)
5.オキクルミ@大神
6.スプラウト@ファントム・ブレイブ
【主催者】
1.幻魔大帝アサルトバスター(死亡)
2.刃斬武(天翔狩人三兄弟・逞鍛)
3.司馬懿サザビー
【主催者の目的】
・蟲毒の儀にて闇を育て、光を闇へと堕転させ、常闇の皇@大神の復活の生贄とする。
そして、その力で以って世を闇へと閉ざし、永く続いた光と闇の戦いに終止符を打つ。
・剣士ばかり集めたのは中心人物のアサルトバスターの意向による。
【補足】
・全員が首輪を解除、トゥバン以外全員が「力の正義でなく、正義の力を」示すべく団結。
・アサルトバスターは司馬懿の姦計により、既に常闇の皇の生贄に捧げられている。
・タクティモンは主催者にスカウトされ、強力すぎて支給品にもされず封印されていた蛇鉄封神丸も返還された。何時でも抜刀可能。
・スプラウトは肉体が闇の力に侵され過ぎ、そして馴染み過ぎており、洗脳フラグが常に立っている。
備忘録&これから書くという意思表明として。
……俺が書くより先に、このネタで誰か書いてもいいんですぜ?
67
:
◆XksB4AwhxU
:2012/12/24(月) 18:11:50
よし、じゃあ俺も参加表明だけはやっちゃうぞ!
【ロワ名】虫ロワ
【生存者6名】
1.王蟲@風の谷のナウシカ【重傷・限界寸前】
2.黒谷ヤマメ@東方project【右腕・両足欠損】
3.ティン@テラフォーマーズ
4.シアン・シンジョーネ@パワポケ12秘密結社編【トラウマによる無力化の可能性あり】
5.虫愛づる姫君@堤中納言物語「虫愛づる姫君」
6.モントゥトゥユピー@HUNTER×HUNTER【メルエムの死に動揺】
あとは、本文中で明かされることになると思う
68
:
SLBR: TRAILER
◆MobiusZmZg
:2012/12/27(木) 23:07:00
昨日と同じ今日。
今日と同じ明日。
世界は繰り返し時を刻み、変わらないように見えた。
だが、人々の知らないところで、すでに世界は変貌していた。
世界を変えしは、たとえば社会の闇に潜む忍者。
すこし遠い歴史の影に消え、それを操ってきた亡霊どもと、黒社会に生きるもの。
繰り返し滅びを刻む『箱庭』の救世主と、かれと同じく、世界を成立させるべく造られたものたち。
超人と人の狭間で生きる『オーヴァード』。ある雪の日、世界すべてに隠さんとしていた存在を叫ばれたもの。
様々な世界より集められた者は、終われぬ戦いを終わらせるものとされた、最後の魔戦に向かっていく。
『素晴らしき小さなバトルロワイアル(Splendid Little B.R.)』
そうして彼らの幾人かは、いつしか現し世のしがらみを忘れた。
持ち得た力への疎ましさや不満を、憤りを、信頼を、振るった腕に溶かし込んだ。
またある者は、おのが生への執着さえも振り払い――小児的な正義感で戦える、いまこのときを愉しんでいる。
69
:
SLBR: REGULATION+
◆MobiusZmZg
:2012/12/27(木) 23:07:41
【ロワ名】素晴らしき小さなバトルロワイアル(Splendid Little B.R.)
【生存者6名】
1.アカツキ@エヌアイン完全世界【フラッシュバックによる無力化の可能性】
2.完全者@エヌアイン完全世界
3.ムラクモ@エヌアイン完全世界
4.藤林修羅ノ介(ふじばやし・しゅらのすけ)@シノビガミ・リプレイ戦【右腕使用不可】【限界寸前】
5.加賀十也(かが・とおや)@ダブルクロス The 3rd Edition リプレイ・クロニクル 彷徨のグングニル
6.花白(はなしろ)@花帰葬
【主催者】血盟「影弥勒」
1.☆アカツキ@エヌアイン完全世界【フラッシュバックによる無力化の可能性】
2.☆完全者@エヌアイン完全世界
3.☆ムラクモ@エヌアイン完全世界
4.☆藤林修羅ノ介@シノビガミ・リプレイ戦【右腕使用不可】【限界寸前】
5.「落下ダメージの」テトリス@シニカルポップ・ダンジョンシアター 迷宮キングダム
6.黒須左京(くろす・さきょう)@ダブルクロス The 3rd Edition リプレイ・クロニクル 彷徨のグングニル
【主催者の目的】
「忍神」の血を引くとされる忍者のみならず、異能者たちをすべて殺して世界に安寧をもたらす。
――という表向きの【使命】・流儀のもとに、それぞれの【秘密】や【真の使命】を胸に戦いを終わらさんとしている。
当初は異能者を葬る儀式忍法の規模を拡大するため、百人の異能者に対して百人の生贄たる者どもが集められていた。
生存者のうち「影弥勒」にも所属していた者については、主催者一覧における名前の頭に「☆」が付いている。
このうち、儀式忍法の持ち主は『迷宮』の最奥にて他の生存者を待ち受けている。
【参戦作品一覧】
『エヌアイン完全世界』『花帰葬』
『現代忍術バトルRPG シノビガミ −忍神−』『シニカルポップ・ダンジョンシアター 迷宮キングダム』
『ダブルクロス・リプレイ(オリジン、アライブ、トワイライト、クロニクル)』
【補足】
※戦いの場所は、プライズ『迷核』@迷宮キングダムの力で作りだされた「交錯迷宮」の最奥部です。
※エニグマ【封鎖結界(偽装:命の器、解除条件:二つの陣営の生き残りが十人以下になる)】は解除されました。
主催者側との決戦<クライマックスフェイズ>に突入できます。
※エニグマ【分断(偽装:迷核、解除条件:発見時に自動で解除)】が配置されていました。
主催者側との決戦<クライマックスフェイズ>において、参加者はふたつの戦場へ分割されます。
エニグマは解除されているため、敵勢力を無力化した側の生存者は別の戦場に移動可能です。
※儀式忍法『新神宮殿』『綾鼓ノ儀』の存在が「公開情報」になっています。
70
:
SLBR: REGULATION+
◆MobiusZmZg
:2012/12/27(木) 23:08:14
【新神宮殿(あらがみきゅうでん)】
――神器の力を手にし、我欲と力に溺れて世界を壊す「偽りの忍神」。
彼らを世界より追放する儀式忍法『棄神宮殿(きしんきゅうでん)』@シノビガミの術式を組み替えたもの。
斜歯忍軍の神器・未来を見透す『神鏡』と、人の心を解体して得られるという『理想の見る夢』――。
神器と「部品」の両方を神の死体に宿した者は、世界の未来を見透しても揺らがず、神となってなお夢を手放さない者となる。
上記の儀式を完遂すれば、願いを叶えることの出来る秘法・天上天下を手にした「真の忍神」をひとり生み出せる。
ただし、あくまで棄神宮殿の術式を下敷きにしているため、最後の生き残り以外はすべて儀式の贄となる。
また、天上天下の秘法では「真の忍神」自身の願いを叶えることだけは出来ない。
【綾鼓ノ儀(あやつづみのぎ)】
ムラクモ@エヌアイン完全世界の手にした儀式忍法。
未来を見通したがゆえの呪詛と絶望を練り上げた『天魔伏滅の法』が変奏。
この儀式忍法が発動している間、『理想の見る夢』は真の力を顕すことが出来ない。
※『天魔伏滅の法』@シノビガミ乱
複雑な手順を繰り返すことで、広い範囲に効果を及ぼす忍法のひとつ。
この儀式忍法の持ち主がいるシーンで【生命力】がゼロになった者は必ず死亡する。
儀式忍法の持ち主を無力化するか術式そのものを攻撃して破壊すると、この効果は失われる。
71
:
◆6KdnbjZpWY
:2012/12/27(木) 23:09:06
しん、と張り詰めた空気が、空より和らぐ場所であった。
風待ちが匂草(においぐさ)の、こぼれゆくさまはひどくまぶしい。
空なき迷宮の一室に舞い込んでいるのは飛雪とも、桜とも見まごうほどの白梅だ。
それが、いま、ある箱庭において滅びをもたらすものと忌まれた雪とともに、遊んでいる。
「……東風吹かばってやつかね」
その花弁のひとひらを、苦もなく掴む左手があった。
節の目立つ五指のあるじは、糸のように細い目をした少年である。
墨を思わせる黒に塗れたシャツの一枚だけで雪交じりの風を受けていながら、彼は寒さに震えもしない。
全身に刻まれた、傷とも呼べぬ衝撃――。萬川集海と呼ばれる忍法の秘伝書に同化している少年が、自分自身の
かたちをとれずに巻物へ呑まれる状態が迫っている状態においては震えることすら贅沢であった。
「こいつがアンタの《希望》なら、桜か菊かなあって思ったんだけどさ」
今さらどうでもいいか、そんなこと。
花の白にさす萼の赤を、面白くもなさそうな顔で瞥した少年の瞳は、鋼玉を思わせて紅かった。
月光の、したたるような微笑で応じた男――菊の御紋が襟に輝く軍人の双眸もまた、血の赤をしている。
「英断と言うべきか。熟慮のうえで此方を選んだようだな。伊賀の末裔、藤林修羅ノ介」
「へぇ。俺の名前、覚えててくれたんだ」ぱたぱたと音をたててはためくネクタイを、修羅ノ介と呼ばれた
少年は胸ポケットに挟んでいたピンで留めた。鍍金の安い輝きが、瞬間瞳に映り込む。
「『皆平等に殺す』なんて言ってたらしいのに、ありがたい話だぜ。なあ……ムラクモさんよ」
空を砕いた石の床も、助勢を断ち切る厚い壁も埋め尽くすほどの白。
ともすれば茫洋とした心地を呼ぶ場にあって、潜めた呼吸が数度にわたって刻まれた。
沈黙を支配していたのは怒気か、あるいは別のなにかであったのか。
「ま、それもどうだっていいんだ。
だって俺には、アンタたちと敵対する使命なんざないんだもん」
刀の鍔を鳴らしたムラクモへ向けて、修羅ノ介は即座に両手を挙げてみせた。
「ここにいるヤツは全員『異能者』の生き残りで、『影弥勒』の側にもついてるんだ。
だから『敵』に立ち向かうために単独行動も出来るし、『敵』だけど殺し合う義務もない。そこを褒めてくれたんでしょ」
「本当に、お前がかの血盟に賛同しているかは知れんのだがな」
「便利な言葉だ。……そっくりそのまま返せそうだぜ」
若く張った響きの声に含まれたものの意味を感じ取った修羅ノ介は、喉奥にと笑いを押し込める。
真っ白な世界の差し色であった瞳を細めた、少年は爪が剥がれて紙と変じた親指でもって背後をさした。
「そこのは、アンタが殺したの?」
追って日々の挨拶と同じような口ぶりの言葉が、ムラクモに向けてほうられる。
修羅ノ介の指が示した先にあるのは、うつ伏せに倒れ込んでいるヒトの、肉体だ。
銀花の冷気に青みゆく、肉はだらりと緩んで、かおれる雪へ埋もれた、髪は花よりおぼろな彩りを晒している。
皮の一枚もやぶれてしまえば、そのまま石床にさえ解けていきそうに果敢ない輪郭をした――肉。
いかに修飾しようと、究極的には肉塊と言うより他にないものへ視線をやったムラクモの、色のない髪に雪がからんだ。
「息をしているのかどうか、己で確かめてみるがいい」
「ヤだ」試すような言の葉を、修羅ノ介は即座に断った。「天魔伏滅の法……あの全殺しの呪いも、ついさっき感じた
ばっかなんだ。迷宮じゃ死んだヤツの記憶以外が蘇るからって、死人を再殺するようなヤツらもいるんだぜぇ」
風が吹く。無彩色の雪が舞う。風が鳴く。無彩色の花が重なる。
風が煽った白梅が萼の、赤はかくれて、綾をなした無彩色は白銀の途とつらなる。
「だから決めた。そっちのヤツが『なんとか・オブ・ザ・デッド』とか呼ばれるまでに、俺は速攻でお前と戦う」
時の流れが体現に一瞥もくれぬまま、帝國陸軍武官の前に立つ少年は、つよい調子で言葉を継いだ。
72
:
288 交錯迷宮<コンプレックス・ダンジョン>
◆MobiusZmZg
:2012/12/27(木) 23:10:11
「なぜって俺は……藤林だから」
静謐で予断を許さぬ響きが示すは、世界に対する強制である。
さながら魔法使いと呼ばれるものが、刻印を刻んだ物語を魔法とするように。言法(げんぽう)と呼ばれるほどに
洗練された言霊術の使い手が、言葉の意味をよすがに他者の意味をも解体するように。
「そう。俺は私立御斎学園が中忍頭のひとり。伊賀の末裔たる藤林の、修羅ノ介だ」
藤林が忍術秘伝、萬川集海の一部となって久しい少年は、
この場の誰に聴かせる要もない言葉と、妄執の焔でもって、
奥義書そのものとなった身体に、真実を刻み込もうとしていた。
「この迷宮の核を起動させたヤツが、あるいは花を舞わせるアンタが、ここを迷宮だと信じるように」
もはや道具のひとつも使うことすらままならないはずの指は、しかして止まらない。
達人の領域にまで昇華した火術の練度と、己のよすがたる過去をもって、彼は彼の真実を自身に示す。
藤林修羅ノ介。かつて忍神に出逢ったことのある男。その事件で家族を喪い、彼らを蘇生する法を求めて
萬川集海の断章を集めた少年。無機物を依り代としたがゆえに、喪失の時から止まってしまった愚か者。
愚か者。亡くしたものしか要らないことの、いったいなにが悪いのか。そんな思いを疑わず抱いた頃もあった。
その考えが正しいと思うこともあれば、二度と手に入らないものをしか求めぬ者に嫌悪をおぼえた瞬間も、あった。
――だから分かるんだよ。お前だって、なくしたものしか要らないんだろうが。
東風吹かば、火勢はかえって勢いと、秘伝書に刻む情報のするどさとを増した。
春を忘るなと梅花に告げたものの思いが分かるからこそ、藤林修羅ノ介はここにいる。
そうと思った瞬間に、ばらりと腕が巻物となって崩れんとするような体であろうと。いいや。そうした状態に
あるからこそ、この自分は、単身ムラクモたちのいるとみた場所に駆けることを選んだのだ。
血盟のものが迷宮を『分断』した時点で戦うほかない現実も、自分が奥義書に呑まれかけている事実も分かっている。
それでも、ひとえに残る者たちの力を信じて、彼らがより大きな戦力で倒すべきものを打倒することに懸けたのだ。
「この迷宮の構造を、迷いや力で歪ませて『交錯』させちまったヤツの、それ以上に」
眼前ではムラクモが、修羅ノ介の姿を見つめていた。
熱に煽られて動じぬ相手の赤い瞳は、かりそめの不死を得た少年のそれとよく似ている。
少年と男の違いを挙げるとするなら――完全者たる敵手は、死してなおも同じ表情で蘇る。死の過程において
敗北しているからこそ、これ以上、心のありようをゆがめもしないということくらいだろうか。
――けど、それにしたって問題ないさ。お前はそんなに本気なんだからなッ!
天魔伏滅の法。
くしくも、ムラクモ自身の織り上げた儀式忍法こそがいま、彼の不死を封殺している。
真水(しみず)がごとくに研ぎ澄まされた、術者の精神。生贄として、胸を貫かれたものどもの呪詛。
生き汚くあがくものの命脈を立つべく送られる配下。自他に向けて明らかにした急所と、倒すと定めた敵手の力。
加えて呪詛が祈りともなるほど密に、氷に触れたかのような熱を含んで編まれた呪文――。
綾鼓ノ儀を成すために行われた儀式は、致命の一撃を受けたものが、なお生き延びるという未来を徹底的に殺していた。
なればこそ、この鉄火場にある誰にとっても次などない。
それは転生の法を手にした完全者も、無機物に依って生きる藤林修羅ノ介とても同じことだ。
この一点にこそ《希望》と、ありったけの《気力》を込めて、彼は想いを結実させた成句をたからかに、
「俺、は――」
放とうとして、息が、音を伴わぬまま歯列をすり抜けた。
続く言葉を紡ごうとして、意思が、かたちを成さぬままに脳漿を滑り落ちた。
いいや、いいや。脳漿など、もはや、この身体にはないはずだ。それよりも自分は、この男になにを
言おうとした。いいや違う。自身を取り巻く世界に向かって、いったい、なにを言おうとしていた。
思いが力になるという迷宮を信じ、この男と萬川集海とに対抗すべく――。
藤林修羅ノ介は、いまの自分がもつべきを、なにと定義しようとしていたのだ?
73
:
288 交錯迷宮<コンプレックス・ダンジョン>
◆MobiusZmZg
:2012/12/27(木) 23:10:55
「……っは、あ、ぁ……ぐぅッ」
無いはずの肋骨を開かれ、心臓に手をかけられるような、それは空白がもたらす喪失の衝撃。
問いがないところに、答えを導かんとする行いに対する裁きのような圧力が、火を操る術に練達した
修羅ノ介の手許を狂わせた。燃え移ることこそなかったが、術を解いてなお反動が激しい。
脳漿などないと知れた身体が呼吸をしても、もはや息さえすることが出来ない。
藤林修羅ノ介。
忍神に家族を奪われた、伊賀の末裔。そんなことはもう「知って」いる。
萬川集海の断章たる『六道の書』。御斎学園の生徒会長だけが持てる奥義書を求めて、六道祭と呼ばれる
魔戦に挑戦してきた『エターナル二年生』。そんなことは先ほどから、嫌になるほど「思い出して」いる。
数えて五回、生徒会長になれず、あのときもまた負けを喫した。そんな思い出は真っ先に「刻んだ」。
では、それではなにをこの身に灼いて――。
二度と忘れることのないように、焼き付けてしまいたかったというのだ。
自分の《気力》を奪おうとする無力感でなく、《希望》の対となる絶望などでもなく、
負けた記憶を手にして、次などない場所でこの武官たちに勝つための、なにを。
「絶対失敗<ファンブル>か。萬川集海との争いも、そろそろ終わりが近いようだな」
含みを帯びて艶めいた声を見上げてみれば、そこに男の憐憫があった。
見上げて、いるからだろうか。激情を抑えて深く刻まれた眉間の皺も、眼頬溝におちている翳も、秀でた
額から束をなして落ちる髪も。ムラクモの顔に影を落としているべきすべてが、双眸に浮かぶ一切を隠さない。
不死のあらわれたる瞳の赤は、いま。鋼のような印象とかけ離れて、沁み入るような光を帯びている。
そこに疲労と紙一重の憂いを見出したからこそ、修羅ノ介には、その色がいやに濡れてみえた。
「ならば、この手でヴァルハラへ送ってやる。そう言うべきなのだろうが」
開いた口から放たれた声が、明らかに耳ではない箇所を伝わって少年に届く。
しかし、いったいなにが起きて、自分は彼を見上げることになったのだろうか。仰向けに倒れ込た覚えもない
少年は、間の抜けた思考に舌打ちすることもかなわぬ状態に陥っていた。
萬川集海。自分が力の源泉としていた秘伝書が、脚と言わず腕と言わず、元の形に戻ってしまったのだ。
「――その死線を乗り越えたならば、あの女の秘蹟も目にすることがかなうだろう」
「は、ッ。やっぱそういうカラクリかよ……!」
しかして自身の望みや形を忘れてさえも、彼はムラクモの言う女の存在だけは忘れていなかった。
完全者ミュカレ。魔戦が繰り広げられた地にあって、いくたびもの転生を繰り返してきたという魔女。
乗り心地がよい身体だと、御斎学園の申し子だった少女の見目で告げられたことは鮮やかに「憶えている」。
――だけど、こいつらをどうにかするには、なにが必要……なんだっけ。
びょう、と激しさを増した風が、修羅ノ介であった秘伝書を揺らした。
流れた命のうえに止めどなく降り注ぐ六花と梅の香が、思考を白く染めあげてゆく。
かすむ意識を、今にも手放してしまいそうな自身に――より正確には自身の敗北に対する諦観は、先ほど
空白に対して覚えた恐れと紙一重の恍惚を意識に運んできた。
「……生き残りたければ祈るがいい。
希望が人に力を与え、思いが人を動かす場が迷宮なのだと言うのならな」
「その、さ。――祈りって、なんだっけ?」
転瞬、武官の漏らした失笑が、石床の上にも伝わる。
「神になにかを願うことだ。もっとも、お前の神はすでにいないが」
「なんでだよ。『忍神』とかなら、これから生まれるかもしれねぇだろ……」
ムラクモの答えを受けた少年は、彼に応じながらも、まったく別のことを考えていた。
簡単だった。まったく簡単なことだった。改めて考えるまでもなく、自分はいつもやっていたではないか。
問いの無い場に答えを見出すよりも、誰かに問いをかければ良い。
お前は誰だ。
朝が来て、目覚めるたびに、自分はその問いを発していた。
そうと問えば、必ず答えが返って来た。瀧夜叉。家族を取り戻したいと願った自分が従えていた屍人の、
無機質なくちびるの動くさまを「追憶」して、修羅ノ介は、あの儀式を思い出す。
萬川集海に自らを定義する過程を、思い出して、ここでは無理なことだとかぶりをふる。
74
:
288 交錯迷宮<コンプレックス・ダンジョン>
◆MobiusZmZg
:2012/12/27(木) 23:11:13
敵意さえ交錯する迷宮において、下手なものに問いをかけたなら、答えを喉元に突きつけられかねない。
どのような答えであっても、問いをかけたからには受け取れということになれば、自分は誰より無力になる。
信じてしまえば、刻みつける真実を間違えてしまえば、傷つき命を落とすことすら正答にされてしまうのだから。
「ああ――」
意味をなさず、どこにも続きはしない音の、振動が花を散らした。
散らしたところで延々と、ふたつの花は焔の余韻を掻き消すように咲き乱れる。
神の見放した世界にあって、孤独にだけは陥らないのが、無機物にとっての救いであった。
【交錯迷宮・咲乱の間】
【完全者@エヌアイン完全世界】
[状態]:【人類の敵】、転生中、???
[備考]:転生の法@エヌアイン完全世界は、『天魔伏滅の法』の発動前に効果を表しています。
【ムラクモ@エヌアイン完全世界】
[状態]:【人類の敵】、???
[装備・所持品]:神鏡@シノビガミ、???
[秘密]:???
[備考]:儀式忍法『天魔伏滅の法』と、その変奏『綾鼓ノ儀』を発動させています。
この儀式忍法が発動している間、【生命力】がゼロになったキャラクターは必ず死亡します。
【藤林修羅ノ介@シノビガミ・リプレイ戦】
[状態]:【右腕使用不可】、【限界寸前】、達人:火術、???
[装備・所持品]:萬川集海@シノビガミ・リプレイ戦、???
[思考]:萬川集海による侵蝕。能動的な行動が出来なくなりつつある
[備考]:修羅ノ介の体を構成しているのは、萬川集海@シノビガミ・リプレイ戦です。
※白梅の鮮華(Heartless Memory)
交錯迷宮・咲乱の間には、こぼれる雪と白梅が舞い遊んでいます。
.
75
:
288 交錯迷宮<コンプレックス・ダンジョン>
◆MobiusZmZg
:2012/12/27(木) 23:11:29
◆◆
せかいの嘆きが、聞こえていた。
せかいは、ただ嘆いているだけで、僕の声なんて聞かなかった。
◆◆
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76
:
288 交錯迷宮<コンプレックス・ダンジョン>
◆MobiusZmZg
:2012/12/27(木) 23:11:54
迷宮。
天井と壁で区切られた空間に、雪が降っていた。
各所に配された灯り星の光を受けて、六花は端正なつくりの結晶を透かせている。
迷宮化現象が世界の全域に広がった『百万迷宮』においても、こうした光景は珍しいものではない。
世界を我が物にせんとした災厄王を、迷宮――罪人がつながれる牢獄に幽閉すべく発動した魔法が世界全土に
広がった結果、迷宮は空や星をも飲み込んでしまったからだ。
迷宮災厄以前には人の手に届かなかったと言われている星など、今では料理や生活、迷宮の探索に欠かせぬ道具や、
うかつに手を出してはならない強敵として、百万迷宮の民に広く認識されている。
それは雪にしても同じだ。百万迷宮を開拓し、平穏を求める民に応えて王国を創成するランドメイカーが迷宮の北に
向かったなら、雪うさぎの吐く氷の息や広範囲を切り裂く葉っぱで歓迎を受けることは想像にかたくない。
すくなくとも、災厄王の子孫にして騎士たる「落下ダメージの」テトリス――。
民なき者<アデモス>として百万迷宮を放浪している少年にとって、これらはすべて親しい事例であった。
「しかしあいつは……よっぽど、雪や氷に思い入れでもあったのか」
そうであるからこそ行き着いた可能性を吟味して、彼は口から細く息をついた。
凍りながらもほどけてゆく呼気でぼやけた眼鏡のレンズを拭えば、猫のような黒耳もひくつく。
同じ血盟『影弥勒』にありながら、つねに単独で行動する黒須左京から、そうした話を聞ける時などなかった。
加えて、北極海から蘇って任務を遂行せんとしたアカツキや、萬川集海が断章を手にすべく臨んだ魔戦を極地と
変えてのけた藤林修羅ノ介など、ここには大なり小なり雪に縁のあるものが存在している。
――むろんというべきか。
それは、埒もない考えを弄ぶテトリスとて例外ではなかった。
彼と雪を最も強くつなぐのは、あの、荒野を目指した日。
猶予期間を過ぎて、騎士のまま居着いていた暗黒不思議学園を「卒業」した春のことである。
王になって戻ると約束を交わした乙女と別れたその日にも、迷宮の一角には時期はずれの雪が降っていたのだ。
ウマトカゲの背で揺られつつ、ロケットに収めた乙女の肖像画を折にふれて眺めていた――あのとき。
学園の方角からやってきたように思えた雪風巻の出処を、少年は、ただ一度だけ振り返って確かめていた。
身に浴びた雪の色合い、勢い。風の鳴る音。鼻孔をついて郷愁を喚起する冷気などは、いまも鮮やかに思い出せる。
「ん〜。……そんなに深く考えなくてもいいと思うんだけどな。僕、こういう雪は嫌いじゃないし」
愚考に耽るという猶予期間を断ち切ったのは、やはり、雪に関するものであった。
少年と青年の狭間にある男声が迷宮の壁に反響して、台詞にそぐわぬ深みとゆらぎを醸す。
声のあるじに視線をやれば、彼は満面の笑みを浮かべて、薄紅の髪を雪の舞う風に鳴らしてみせた。
「ね、テトリスって言ったっけ。きみはここを『交錯迷宮』って言ってたよね。
強い力を持ってるヒトがいたら、ダンジョンマスターじゃなくても世界を塗り替えられるんだって」
「ああ。だから、交錯迷宮には強敵や複雑な通路、広い部屋に……罠なんかも生まれてしまうらしいんだが」
盟友の書いたものとはいえ、さすがに手紙の内容を諳んじることまでは出来ない。
それ以前に、いまのテトリスには優先すべき事柄があった。
「お前が、この部屋の罠だったってことでいいのか? 花白。『箱庭』とやらの救世主様」
「へぇ? ……きみがそれを言うのは、ちょっとおかしいんじゃない?」
硝子のように透き通った刀身の剣を構えた花白の、笑みの質が変化する。
他人の返り血に濡れたまま、どこか遠くを見ていた少年は、テトリスへの険を隠そうともしない。
「この迷宮の核を持ってるのも、殺し合いを始めたのも『影弥勒』の側だったろ。
それで、ここじゃテトリスが『影弥勒』。僕が生き残り。敵同士だ、なんて考えるまでもないから」
低めた声に憤懣を押し込めた少年が纏うは、たとえば、空から降る白い花。
救世主と呼ばれる存在が、世界を救うと同時に花へ変えてゆくとされる雪の、ひとひらだ。
桜と見まごうほどに、救世主とされた少年を包む天花は果敢なく透き通っている。
けれども、そこにあるのは神々しさでなく痛ましさだった。
みずから選んだ孤高でさえない、孤独に追い込まれた者の姿であった。
77
:
288 交錯迷宮<コンプレックス・ダンジョン>
◆MobiusZmZg
:2012/12/27(木) 23:12:24
凄絶なまでに強く、世界を憎むものが生みだした、美しさと紙一重の行き止まり――。
「違うッ!」
その滑稽を目の当たりにしたテトリスは、瞬間視界が赤く染まるほどの怒りを覚えて叫んだ。
「そうじゃない。ボクが言いたいのは、そんなコトじゃない!」
雪。『箱庭』では世界のすべてに忌まれたという、世界に近づく滅びの証。
騎士の抜いた大剣は、これまで積み重ねてた武勇を示すように、風に逃げてゆくはずのそれを断ち割る。
「ここでお話? わざわざ前後不覚になってくれるの? 僕は、別にそれでもいいけど……さッ!」
「あいにくだが、ッ、こっちの質問はひとつだよ」
騎士の乱舞に繋がる突撃を、花白は身を翻して避け、さらに大剣の横腹を蹴りつけていなした。
体幹がぶれたところに襲いかかった感覚的かつ正しい薙ぎ払いを、テトリスもまた飛び退って避ける。
「どうして、『影弥勒』じゃないお前が、加賀十也を殺した?」
「……ああ」
問いに返って来たものは、ころころと表情の変わる花白の、破顔一笑というべき顔だった。
「『真の忍神』とかいうヤツに、願いを叶えて欲しいから?
アイツがかみさまの器だとは思わないけど、うっかり横合いから取られちゃったら厄介でしょ」
けれども彼は、自分の口にした言葉をまったくと信じていない。
それだけではなく、目だけがかたくななまでに、笑っていなかった。
雪に映える髪と同じ薄紅の双眸は、ずっと敵意で満たされていた。『分断』された迷宮の最奥部。双子の部屋の
片方で、敵手を潰す最後の戦い<クライマックスフェイズ>を始めた五人の交錯から――いまこのときにおいてさえ。
「それを信じたら、お前は満足するのか」
「まさか」
気負いなく剣を携えているようでいながら、花白の表情にはひどく余裕が無い。
自分の一言一句に眉を跳ね上げるさまを見るに至って、テトリスもムラクモの考えの正しさを認めざるを得なかった。
――命の器が壊れかけているいま、世界の嘆きも最大限に高まっているはずだ。
……その、嘆きの声とやらが聞こえる『救世主』。
黒須左京の展開した交錯迷宮に干渉し、そこを銀世界に塗り替えるだけの力を扱う花白を真っ先に落とした
ならば、この盤面は一気に整理されるだろう。
「こんなので食い足りるわけなんかない。僕には、かみさまに伝えたい願いだってない」
いまにも泣きそうな顔した少年は、血の凍って貼り付いた剣を振るうこともなく、
「だけどさ。だけど……思ったよ。
どうしてアイツらは、あんなに優しいままで、相手のことを『殺す』だなんて言えたの?」
自分自身にこそ叩きつけるような声音であまく、せつなく、腐り果てるしかない思いを告げた。
その言葉がもつ意味は、息を呑んだテトリスも、『影弥勒』が一員として可能な範囲で理解していた。
《タッピング&オンエア》。迷核を起動させたダンジョンマスターでもあり、純血の雷使いである黒須左京が
『影弥勒』の面々に流していった映像は、血の匂いを思い起こせるほど鮮やかに焼き付けられている。
玄冬が、花白を殺そうとしていた。
花白は、玄冬に殺されようとしていた。
まるで、先刻の十也と左京が見せた光景のように。
ただし、彼らよりは少しく穏やかに、落ち着いて終わりを迎えようとしていたのだ。
彼らふたりの生きた箱庭において、玄冬は、救世主たる花白にしか殺せない。
魔王たる玄冬を殺したならば、命の器に嘆きが満ち、終わらぬ冬に滅ばんとする世界に四季をもたらせる。
人々が争いを繰り返し、命の器が限界に近づいて、次の玄冬や花白が生まれ巡りあうそのときまで。
だが、玄冬を裁くべきとされた今の救世主――花白は玄冬の顔を知ってしまった。
彼の優しさを、彼の拘泥を、彼の抱いた罪悪感を知って、そこにある嘆きを思ってしまった。
――なあ、花白。ふたりで……死のうか。
玄冬の、涙も流せず乾いた声が、耳に蘇るようだった。
あの青年を殺せなくなった花白にとり、あの提案は、ひどく優しいものだったのだろう。
けれどもあれは、あれを愛と呼ぶのなら、そんなものは無くなってしまえと言いたくなるような愁嘆場だった。
それでもあれは、「茸ドラゴンにでも食わせてしまえ」と言い捨てるだけでは忘れられない夢でもあった。
花白が玄冬を殺しても、なにも終わらない場所でもなければ、玄冬は花白を殺そうとしなかったであろうから。
78
:
288 交錯迷宮<コンプレックス・ダンジョン>
◆MobiusZmZg
:2012/12/27(木) 23:12:44
「あのときは、すごく嬉しかった。……嬉しかったんだよ。
だってずっと、玄冬は僕に。玄冬を好きな僕に『自分を殺してくれ』って、そればかり言ってたんだもの」
続き続いて、終わることのない嘆きに、流されないためにだろうか。
無防備な少年へ打ち込もうにも打ち込めないテトリスは、黙して大剣の柄を握りこんだ。
好きなものを、ただ好きだって言うためにだって、他の誰かに血を流させなきゃいけなかったんだ。
騎士の吐息に色がつく。こんなものが分かってしまうなら。吐息についたは、呆れだった。誰を好きになりたい。
それが望みであったなら、目の前に立つこの少年が他者を裁く救世主になどなれるはずはない。
人はすべて虜囚とも言われる百万迷宮においてさえ、他者を裁けば、その者に《敵意》が向くというのに。
「なのに、なんでだろ……」寒いね、とこぼした花白の、声は怒りに震えていた。「どうして、僕は玄冬を信じて、
一太刀受けてやれなかったのかな。それで全部が終わった。僕たちの中だけで終われたのに」
自己嫌悪を胸に、力なく首を振る花白からは、もはや鬼気など感じ取れない。
「結局、僕が全部壊しちゃったんだ。
あの世界にいた皆を殺そうとしなかったのは、綺麗な手で世界を掴めるのは、玄冬だけだった。
アイツなら……ひょっとしたら『真の忍神』を殴ったあとにでも、なにか願ってくれるかもしれなかったのに」
『もったいないだろ』なんて、言いながらね。
そうしてうそぶく花白は、いつまで経っても終わらない。
終わればそこで玄冬を忘れるのだとばかりに、あの瞬間から動かない。
止めどなく流れ続ける救世主の言の葉を、テトリスは途中から聴き流していた。
世界を恨み、憎み呪って紡ぐ言で、誰より先に花白が虚しさにとらわれていると知れたからだった。
それを分かってしまったからこそ、そんなことは、ここで終わりにしてやらなければならないとも思えた。
「ああ。そうだな。お前は、たとえ創世主になっても、平和や幸せを願えない」
「そうだね。人を殺さなくても成り立つ世界だなんて、僕には想像出来ないや」
幸せという単語にこそ、花白は殴られたような衝撃を受けていた。
いっとき血の臭いが消えたことに安堵すれども、少年には、その場所が楽園や――自分が育って巣立つまで
居続けられる学園だとさえ感じることが出来ないだろうと、テトリスにさえ信じられる。
だからこそ、つかの間の息継ぎを終えて、花白は剣を構え直した。
「玄冬の剣を僕は避けた。……だから、もう他のヤツには斬られてやらないよ」
「死ぬわけにいかないってのは、ボクも同じだ。諦めを知らぬものが騎士なんだからな」
騎士ではだめだと乙女に告げたテトリスは、だからこそ花白に名乗りをあげる。
「その様子だと、騎士なんざ嫌いなんだろうが……それで剣を振るえるなら、もう一度聞いておけ。
ボクは『落下ダメージの』パジトノフ侯爵テトリス九世。『災厄の王子』だとも、いつか人に呼ばせてみせるさッ!」
スキルとしての意味をなさぬ名乗りであろうとも、それはテトリスに力を与えてくれる。
救世主が諦め、すでにして救われないと決まっている世界の果てにあってさえ、
ともしびは、消えない。
【交錯迷宮・合咲の間 Side.B】
【「落下ダメージの」テトリス@シニカルポップ・ダンジョンシアター 迷宮キングダム】
[状態]:災厄の王子
[装備・所持品]:大剣@迷宮キングダム、希望の魔除け@ラストレムナント
[思考]:花白と戦い、彼を終わらせる
[備考]:血盟忍法【二人袴】を修得しています。
血盟「影弥勒」の誰かが【感情】を抱いたとき、同じ対象に同種の【感情】を抱くことが出来ます。
【花白@花帰葬】
[状態]:【人類の敵】、右肘に擦り傷、自動回復中
[装備・所持品]:救世主の剣@花帰葬、幽命丹@シノビガミ
[思考]:この箱庭の創世主を殺す。それまでの障害になる者を殺す。諦めた者を殺す。玄冬を殺した者を殺す
[備考]:エンディング『約束』後の参戦。救世主としての力は失っていません。
◆◆
.
79
:
288 交錯迷宮<コンプレックス・ダンジョン>
◆MobiusZmZg
:2012/12/27(木) 23:13:31
現人神たるムラクモと、萬川集海に呑まれた藤林修羅ノ介。いまだ目覚めぬ完全者。
「落下ダメージの」、あるいは「災厄の王子」テトリスと、喪失を前にに立ち止まり続ける花白。
最後の戦いにあたり、優しさがゆえに殺された「探求の獣(クエスティングビースト)」加賀十也。
ふたつに『分断』された戦場のなか、六人の去就が定かになった。
残るふたり。アカツキと黒須左京は、盤面のどこに位置することを選んだのか。選べたのか。選ぶ余力が残っていたのか。
謎を解く鍵は、盤の土台となった迷核を手にする『交錯迷宮』のダンジョンマスター・黒須左京――。
レネゲイドと呼ばれるウィルスがもたらす力に適合し、それゆえにすべてを貫く槍となった少年が握っていた。
◆◆
風をはらんだ布のたてる音が、迷宮の壁を滑っていった。
壁に反響しているのは、なにもかもを断ち切り灼き尽くす紫電の轟きだ。
――いつか、この手でお前を殺す。それが俺の責任なんだ。
……加賀十也。
超常の力を得て、なおも守りたいもののために戦った、人にも超人にもなれぬ半端者。
オーヴァードとしてのコードネームを呼ばれることを嫌い、日常にあり続けようとした少年。
オーヴァードとしての誇りゆえに道を違えた黒須左京に向けて、そこまで言うことのできた唯一の人間。
人とオーヴァードの共存を目指した組織、人類の盾たるUGN(ユニバーサル・ガーディアンズ・ネットワーク)と、
彼らに敵対する者ども双方にとっての裏切り者となった黒須左京。
人類の敵と己を定義した「マスターレイス14'」の、日常にただひとつ残していたよすが。
そこまで思える『絆』を喪った寂しさの底を抜けて、雷は雪を呼ぶ。
空より奏でられる花の、熱にほどけてゆくさまに、視線を遣ることなど、なく。
「ふっ。巧く割り込んだものだな」
鼻にかかった笑い声に、皮肉げな言葉つきが追随した。
眼鏡の下の三白眼と、青ざめた唇の引き結ばれるさまは、いずれも剃刀のようにするどい。
触れれば切れるいでたちは、完全教団の兵士が纏う白い服の、しわひとつない着こなしにも表れている。
それとまったく同じことが、黒須左京に相対しているアカツキのいでたちにも言えた。
雪白に染まった迷宮にあって、彼らの衣服もまた、雪に隠れてしまうほどに白い。
「お前が『影弥勒』を抜けてまで、テトリスの側を引き寄せるとは思わなかったが」
花白が十也を殺し、左京が自失するほどの怒りを表した瞬間――。
アカツキがとっさに使ったのは、血盟に属したものの覚えられる忍法・外連であった。
同じ血盟の者と間合を入れ替える技。とっさの裏切りや不意討ちの防止にも役立つがゆえに、アカツキは
『影弥勒』に入ることを選んだあと、奥義書からこの忍法を修得すると決めた。
だが、それが完全に嵌ったこの瞬間においても、アカツキには分からない。
さほど耐久力があるようにも見えない左京が、どうして騎士との一対一「から」やろうとしたのか。
この戦いに勝てる保証もないというのに、どうして、友人の仇となったはずの花白からやろうとしなかったのか。
「ああなった花白を殺そうとして、一体なんの意味がある」
左京の声は疑問のすべてを切り捨てるほどに強く、叩きつけるような響きをしていた。
「腐っても、あれはひとつの世界の救世主だ」救世主という言葉は、さらに強い調子でつむがれる。「アイツの仇を
とろうとして、いちどきに切れる札をなくせるほどの余裕は、俺に無い」
「……人と超人の間に線を引く。それがお前の『欲望』だったな」
「そうだ。あれは――加賀十也は、その考えを理解しても、俺に刃を向けることがかなうヤツだった」
眼鏡の奥の瞳が泥のように濁りながら、それでもいっとき雷を映して輝いた。
80
:
288 交錯迷宮<コンプレックス・ダンジョン>
◆MobiusZmZg
:2012/12/27(木) 23:13:58
「だから、な」
電光被服の指先から散る紫電の、彩りは文字どおりの紫である。
「俺は、アイツ以外の人間はもう見ない。人として殺してやる約束を交わすのは、後にも先にも、アイツだけだ」
絆をあらわす此の糸を、左京はみずから握りつぶした。
「花白の様子を見ただろう。あれも俺の怒りを煽って……ダンジョンマスターの人体が迷宮化することを狙っていた
のかもしれないが。まだ、ジャームと変わらん魔物になるには早すぎる」
転瞬。風に体温を奪われて、紙のように白くなった頬が、引きつるように持ち上がる。
「アカツキ。アカツキ、試製一號。救世主が放った『光』で、自身の歩む理由をも忘れた愚か者」
削られる体力を、ただ意地と誇りで支えた左京は、唇を横に引き伸ばしてみせた。
「俺は、お前を殺したい。
この戦いを終わらせられる『王』と成りかねんテトリスを守った、お前を殺さねばならない」
獣と変わらぬその顔を目にした、アカツキは無言で一歩を踏み出す。
誰よりも大切な標的として歴史の亡霊を選んでみせた少年の意志に応じて、彼を滅殺するために。
交錯する憎しみと裏切りの生んだ、これが、最後の絆(ロイス)のかたちだった。
【加賀十也@ダブルクロス The 3rd Edition リプレイ・クロニクル 死亡】
【交錯迷宮・合咲の間 Side.A】
【アカツキ@エヌアイン完全世界】
[状態]:【フラッシュバックによる無力化の可能性】、疲労(中)、脇腹打撲、内出血
[装備・所持品]:試作型電光機関@エヌアイン完全世界、理想の見る夢@シノビガミ
[思考]:己に課した義務を果たす
[秘密]:???
[備考]:花白@花帰葬が使った「白の光」で、【フラッシュバック】は一時封じられています。
血盟忍法【外連】を修得しています。血盟に属する仲間と間合を入れ替えられます。
【黒須左京@ダブルクロス The 3rd Edition リプレイ・クロニクル】
[状態]:侵蝕率148%〜、右肩脱臼(処置済み)、疲労(大)、激しい怒り、ダンジョンマスター(人体迷宮化が進行中)
[ロイス・タイタス]:アカツキ(Sロイス・憐憫/◯殺意)、加賀十也(タイタス化)、アリサ・トツカ(同左)
[装備・所持品]:電光被服@エヌアイン完全世界、迷核@迷宮キングダム
[思考]:オーヴァードと、それに類する者(自身を含む)をすべて殺す
[備考]:E・ゾルダート@エヌアイン完全世界のデフォルトカラーと同じ服装をしています。
血盟『影弥勒』を離脱しました。以降は『影弥勒』・生存者とは別の陣営のものとして扱われます。
アカツキへのロイスを『Sロイス(スペリオルロイス)』に指定しました。
Sロイスをタイタスに昇華することで、「完全回復」「攻撃時のダメージ上昇(ダメージバースト)」
「使用回数制限のある能力を1回分回復(再起)」のいずれかが使えます。
いかなる場合でも、Sロイスを複数持つことは出来ません。
※戦闘系トラップ【決闘場】@迷宮キングダムが発動しました。
交錯迷宮・合咲の間の敵軍本陣には、ダンジョンマスターである左京と、彼以外の誰かひとりしか入れません。
※エニグマ【分断】@シノビガミが設置されています。
ふたつの戦場を行き来するためには、相手の勢力を無力化する必要があります。
※モンスタースキル【人類の敵】を所持している者(完全者、ムラクモ、花白)は、けして《民》にはなりません。
81
:
◆MobiusZmZg
:2012/12/27(木) 23:16:06
以上、ロワの概要と288話の投下を終了します。
タイトルは『#288 交錯迷宮<コンプレックス・ダンジョン>』でした……。
長々といってしまってるので、見るのが面倒ならトリでNGかけてくれればなどと
思ったのですが、うっかり「#」を冒頭に使ってしまいました。
ご寛恕いただければ幸いです。
82
:
名無しロワイアル
:2012/12/28(金) 20:42:07
投下乙ですー。
文章から感じる全体の雰囲気というか、やわらかく降り積もる絶望というのか、
まさに雪が似合うという場面。こういうの素敵で憧れる。
そこに立ち向かっていくアカツキの姿もかっこいいなあ……
と、差し出がましいようですが、指摘というか気になった点がひとつ。
参加者の中の支給品に、参戦作品のものではないものが混ざっているんですが、
それは大丈夫なのでしょうか?
具体的に言うとラストレムナントの支給品が混ざっています。
【交錯迷宮・合咲の間 Side.B】
【「落下ダメージの」テトリス@シニカルポップ・ダンジョンシアター 迷宮キングダム】
[状態]:災厄の王子
[装備・所持品]:大剣@迷宮キングダム、希望の魔除け@ラストレムナント
[思考]:花白と戦い、彼を終わらせる
[備考]:血盟忍法【二人袴】を修得しています。
血盟「影弥勒」の誰かが【感情】を抱いたとき、同じ対象に同種の【感情】を抱くことが出来ます。
ここですねー
83
:
◆MobiusZmZg
:2012/12/28(金) 21:19:58
>>82
ありがとうございます、テンプレから抜けてました。
>68の参戦作品一覧には、『ラストレムナント』も入っています。
【参戦作品一覧】
『エヌアイン完全世界』『花帰葬』『ラストレムナント』
『現代忍術バトルRPG シノビガミ −忍神−』『シニカルポップ・ダンジョンシアター 迷宮キングダム』
『ダブルクロス・リプレイ(オリジン、アライブ、トワイライト、クロニクル)』
修正すると、こんな感じになりますか。
プロット組んでるうちに生存者6名の一覧からはラスレムの登場人物は
漏れてしまったのですが、あれも非常に面白いゲームです。
そして、まとめについて。
>1氏がそろそろ作ろうか、とも仰っておられましたが、まとめサイトがWikiでなく
HTML形式でしたら、自分のロワについてはまとめなくて大丈夫です。
自前でまとめを作りたい――正確には投下した後で気づいた誤字脱字を、負担をかけずに
直してしまいたいので。まとめサイトに載るのも憧れだったのですが、今回は見合わせておきます。
84
:
◆c92qFeyVpE
:2012/12/30(日) 13:40:25
テンプレ及び288話投下します。
【ロワ名】絶望汚染ロワ
【生存者6名】
1.マジック・ガンジー@ランス・クエスト・マグナム
2.アリス・マーガトロイド@東方Project【右腕使用不能】
3.キン肉スグル@キン肉マン
4.シュテル・ザ・ディストラクター@リリカルなのはGOD【限界突破】
5.ブロントさん@東方陰陽鉄【フラッシュバックによる無力化の可能性】
6.海東大樹@仮面ライダーディケイド
【主催者】アム・イステル@ランス・クエスト・マグナム
パステル・カラー@ランス・クエスト・マグナム
システムU-D@リリカルなのはGOD
【主催者の目的】バトル・ロワイアルによって生まれる負の感情を全世界に拡散させ、
大量の完全汚染人間を生み出し神を殺す。
【補足】・参加者達がいるのは「バベルの塔@ランス・クエスト・マグナム」
別々のタイミングで突入したために何組かに分かれている。
・会場全体に「魂の枷@ランス・クエスト・マグナム」の力が拡散しており、負の感情を貯めるごとに魂の汚染率が上がっていく。
汚染率が70%を越えるとネガティブな感情ばかり生まれ、80%を越えると「汚染人間」となり破壊衝動に襲われる。
100%になると魂を神が回収できない「完全汚染人間」という不死の存在となってしまう。
名簿
ランス・クエスト・マグナム 1/13
●ランス/●リセット・カラー/●リア・P・リーザス/○マジック・ガンジー/●香姫/
●見当 かなみ/●鈴女/●クルックー・モフス/●上杉 謙信/●マリス・アマリリス/
●魔想志津香/●マチルダ・マテウリ/●柚原 柚美
キン肉マン 1/10
○キン肉スグル/●テリーマン/●ロビンマスク/●バッファローマン/●ステカセキング/
●アシュラマン/●サンシャイン/●ザ・ニンジャ/●バイクマン/●マンモスマン
キン肉マンⅡ世 0/10
●キン肉万太郎/●テリー・ザ・キッド/●ケビンマスク/●ガゼルマン/●ジェイド/
●チェックメイト/●ハンゾウ/●スカーフェイス/●イリューヒン/●ボルトマン
東方Project 1/10
●博麗霊夢/●霧雨魔理沙/●紅美鈴/●レミリア・スカーレット/●フランドール・スカーレット/
○アリス・マーガトロイド/●上白沢慧音/●藤原妹紅/●射命丸文/●姫海棠はたて
東方陰陽鉄 1/7
ブロントさん/●汚い忍者/●内藤/●痛風/●糞樽/●ファイナルタツヤ/●十六夜咲夜
魔法少女リリカルなのはA's PORTABLE -THE GEARS OF DESTINY- 1/10
●高町なのは/●フェイト・テスタロッサ/●八神はやて/●ユーノ・スクライア/●クロノ・ハラオウン/
●リーゼロッテ/●リーゼアリア/○シュテル・ザ・ディストラクター/●レヴィ・ザ・スラッシャー/●ロード・ディアーチェ
仮面ライダーディケイド 1/10
●門矢士/●光夏海/●小野寺ユウスケ/○海東大樹/●鳴滝
●剣崎一真/●紅渡/●ガイ/●月影ノブヒコ/●ドラス
戦場のヴァルキュリア3 0/10
●クルト・アーヴィング/●リエラ・マルセリス/●イムカ/●ジュリオ・ロッソ/●アニカ・オルコット/
●カリサ・コンツェン/●セルベリア・ブレス/●ダハウ/●リディア・アグーテ/●ジグ
D.C. 0/10
●朝倉純一/●朝倉音夢/●芳乃さくら/●白河ことり/●天枷美春/
●鷺澤頼子/●月城アリス/●工藤叶/●霧羽香澄/●杉並
D.C.Ⅱ 0/10
●桜内義之/●芳乃さくら/●朝倉音姫/●朝倉由夢/●白河ななか/
●天枷美夏/●沢井麻耶/●高坂まゆき/●アイシア/●杉並
85
:
288話:絶望の終わり/始まりの時
◆c92qFeyVpE
:2012/12/30(日) 13:42:12
『あ―――崩れる……私が、みんな、が――!』
「いいえ、何も壊れませんよ。ただ、少しだけ眠るだけです……おやすみなさい、ユーリ」
綺麗だな、と。
虚空へと融けていくシステムU-Dの姿を見ながら、シュテル・ザ・ディストラクターは思いを馳せた。
今は亡き門矢士やアイシアの推測が正しいのであれば、このシステムU-Dと自分が知っているユーリは別次元の存在であるはず。
故に感傷を抱くことなどありはしないはずなのだが、シュテルは自らの胸に湧き上がる気持ちを抑えられなかった。
ふと、視線をずらす。
「……申し訳ありません。貴方達を殺害した相手に、私は心を揺らされています」
そこに並んでいるのは二つの死体。
共にシステムU-Dと戦い命を落とした、その二人の表情は何処か微笑んでいるように見えた、
まるで、シュテルのことを慰めるかのように。
「ああ―――なるほど、私、泣いているんですね」
【システムU-D@リリカルなのはGOD 消滅】
◇
「おーいシュテルちゃん! そっちは大丈夫だったかー!」
感傷に浸っていた気持ちをぶち壊すようなダミ声で、背後から呼びかけられる。
小さく溜息を吐き、後ろを振り返ろうと―――
「――あ」
全身から力が抜ける。
何とか持ち直そうとするが、指の一本も動かすことができずその場へと崩れ落ちてしまう。
「のわー! 大丈夫かー!?」
「あ……はい、頭は打っていませんから」
慌てて駆けつけてきたキン肉マンへと返すが、大丈夫には見えないだろうなと自分でも思う。
倒れた時に痛みすら感じなかった。痛覚が、全ての感覚が失われているかのような錯覚すら覚える。
これはシステムU-Dとの戦いだけが原因ではない、死の間際に譲り受けた高町なのは、そしてフェイト・テスタロッサの膨大な魔力がシュテルの許容量を越え、
その躯体が耐えられなくなっていたのだ。
「スグル、申し訳ありません。私はこれ以上は戦えないようです。
システムU-Dは止めましたが、フェイトとリエラも死亡しました。
貴方だけでも先へ」
86
:
288話:絶望の終わり/始まりの時
◆c92qFeyVpE
:2012/12/30(日) 13:42:46
行ってください。
そう続けようとするが、それよりも先にキン肉マンに抱き上げられてしまう。
「それ以上言わんでくれ……フェイトちゃんとリエラちゃんは気の毒じゃが、君だけでも連れて行くぞ」
「何を……私を連れて行ったところで、足手纏いにしかなりません」
「私はこの戦いで数え切れない程の仲間を失った。
もう、これ以上誰かを見捨てたくないのだ」
そこでようやく気づいた、キン肉マンの目に涙が溜まっていることに。
彼とフェイトは長い間行動を共にしていたと聞いた、ならば、彼女の死に思う所はあるだろう。
だが今の状況では亡骸を弔う余裕などありはしない、それはこの三日間で嫌というほど思い知らされた。
「だから、君は私が必ず守る……だって、私達は友達じゃないか」
「……ナノハといい貴方といい、優しすぎます。――ですが、今は少しだけ……甘えさせてください」
◇◆◇
―――その男は、酷い人間だった。
利己的で、ワガママで、暴力的で、スケベで、自分の事ばかり考えていて。
それでも、男に惹かれる者は多く。
その男自身も、周りへと向ける感情に変化が現れ。
きっと、近い未来には英雄と呼ばれるに相応しい男となっていたであろう。
そんな男が―――
「ラン、ス……?」
そんな男が、目の前で死んでいるという事実を、マジック・ガンジーはすぐに受け入れることができなかった。
「嘘、よね……」
どのような戦いが繰り広げられたのだろうか、周囲の通路は壁・天井・床と破壊されていない場所を探す方が難しい程に荒れている。
だが通路が荒れ果てていることになど気づいてすらいない様子で、マジックはふらりと倒れ伏したランスの下へと歩み出す。
「だって、放送じゃ貴方の名前なんて……そ、そっか、死んだふりでもしてるんでしょう?
貴方のことだから、そんな趣味の悪い冗談ぐらいやるわよね……」
「マジック……」
ピクリとも動かない体へと呼びかけ続けるマジックへと、アリスは何も言葉をかけられない。
こうしている間にもタイムリミットは近づいている、今も尚海東大樹の足止めに徹しているブロントのことも気がかりだ。
今生き延びている者達で頂上に一番近いのは自分たち、ならばここで立ち止まっている暇などないことは、二人共理解していた。
それでも、その足は動かない。
「ねえ、何とか言いなさいよ……いつもみたいに、グッドだーとか言ってよ……」
語りかけることに意味が無いことなど判っている。
一秒足りとも無駄にできないことも理解している。
それでも彼ならば、どんな神にも起こせない奇跡すら起こして蘇るかもしれないと。
そんな馬鹿げた希望すら抱く程に、マジックにとってランスという存在は大きかった。
87
:
288話:絶望の終わり/始まりの時
◆c92qFeyVpE
:2012/12/30(日) 13:43:36
(けど、このままだと……)
そっと、クルックーから譲り受けた汚染度カウンターをマジックへ向ける。
その数値は瞬く間にに上昇し、70%を指し示したところでようやく停止した。
(クルックーに聞いた話だと、魂の汚染から戻れるボーダーラインが70%……!)
「マジック、気持ちはわかるけれど、今は時間がないわ。先に進みましょう」
猶予がないことに気づいたアリスは慌ててマジックを先へと促す。
大切な人物の死だ、できれば喪に服す時間を与えてあげたい。
だが、この空間でのそれは魂の汚染を早める行為、この場では誰かの死を悲しむ間さえも与えられないのだ。
「……無理よ」
「マジック……!」
「無理よ! もう、みんな死んじゃったのよ!? 鈴女さんもリセットちゃんも、貴方の仲間だって!
私達だけで、導く者を倒せるわけがない……! ……ランスに、無理だったことを……私なんかじゃ……!」
嗚咽混じりの叫びに、アリスは背筋を凍らせる。
目の前にいる少女は本当にマジックなのか、これがアリスに「本気」を出させる覚悟をさせたあの気丈な彼女だというのか。
アリスが見るのは初めてであったが、魂の汚染が進んだ人間は皆一様に負の感情に囚われてしまう。
ここにいるのがクルックーやリセット、霊夢だったならば汚染度を下げることができただろう。
だがアリスにはその手段がない、七色の魔法にも魂を癒す魔法は存在しない、魂の枷の影響を甘んじて受けるのみだ。
「……だけど私達がやるしかないわ。それこそ、みんなの死に報いるためにも」
「貴女は知らないからそう言えるのよ! ランスは魔人だって倒す程強いの! そんなランスが勝てない相手、私達じゃどうしたって倒せない!」
捲し立てるマジックへと二の句が継げない。
元より話術に長けているというわけでもないのだ、この様な状況の相手にどんな言葉をかけるべきかなど解らなくて当然である。
戸惑うアリスの頭に浮かんだのは、今も一人で戦い続けてるであろういけ好かない一人の騎士。
(貴方なら、彼女にどんな言葉をかけるの? ブロント……)
◇◆◇
『ATTACK RIDE BLAST!』
「下段ガードを固めた俺に隙はなかった!」
ディエンドの銃撃を盾で防ぎながらブロントさんはカオスを振るう。
だがその斬撃がディエンドを捉えることはない、ディエンドは確実にブロントさんの間合いから離れ、決定打にならない散発的な攻撃を繰り返すだけだ。
「ちぃ! 狩人が銃を撃てるのは卑怯!」
「狩人は猟銃を撃つものだろう? いい加減面倒だね」
『KAMEN RIDE ILLUSION!』
疲れの混ざった声と共にイリュージョンのカードを発動、三体の分身と共にブロントさんを包囲する。
「っ、空蝉とかお前絶対忍者だろ……!」
『狩人だったり忍者だったり忙しいのう』
「うるさいよ馬鹿! ――バックステッポォ!!」
一々ツッコミを入れてくるカオスを怒鳴りつけ、左右からの銃撃を回避する。
続けざまに放たれた背後からの攻撃へは盾をかざし弾く、だが最後の正面からの銃撃を回避しきることができず地に膝をついてしまう。
88
:
288話:絶望の終わり/始まりの時
◆c92qFeyVpE
:2012/12/30(日) 13:44:06
「君も馬鹿だね、僕の力のいくらかは聞いているはずだろう。だというのに一人で残って勝てると思っていたのかい?」
「……あまり調子こくとリアルで痛い目を見て病院で栄養食を食べる事になる。
元々俺の目的はお前の足止めなんですわ? ナイトは役割を選ばない」
「まったく、君は本当に愉快だね。あの二人にアム・イステルを倒せるはずがない、君のやっていることは完全に無駄さ」
嘲るような海東を、ブロントさんは怒りを隠そうともせず睨みつける。
「人のフレを馬鹿にする奴は心が醜い。アリスもマジックも俺が認めたLSメンなんですわ?
黄金の鉄の塊の絆で出来た俺たちがあんこくw装備の導く物に負けるはずがにい!」
「絆、友情、君たちはいつもそれだね。いい加減に理解したまえ、そんな物に価値はない、無意味だ」
「たいがいにしろよカスが! お前にだってフレはいたはずだろうが!」
「僕に友なんていない!!」
激昂し銃口をブロントさんの額へ突きつける。
それが目に入っているのか、ブロントさんの視線は一瞬もブレることなく海東を睨み続けていた。
「……いいだろう。なら、その絆とやらの力を見せてもらおうじゃないか」
「何……?」
『KAMEN RIDE BLADE!』
「っ!?」
ディエンドによって呼び出されたライダーを見て、ブロントさんは息を飲む。
現れたライダー、それは一匹の甲虫がモチーフとなった銀と青の姿。
「そいつは……!」
「そう、仮面ライダーブレイド……『君が殺した』剣崎一真の変身する仮面ライダーさ」
「―――っ」
『来るぞブロント!』
カオスの声に反射的に盾をかざしてブレイドからの攻撃を受け止める。
目の前のブレイドからは、ブロントさんが以前戦うこととなったブレイドキングフォーム程の力は感じられない、
だというのに一方的に攻められるばかりで、一向に反撃の糸口が掴めなかった。
「おいやめろ馬鹿! 剣崎の力をこんな事に使うんじゃねえ!」
「なら君が止めてやればいいだろう? 簡単さ、ブレイドを『もう一度殺せばいい』」
「こ、の……!」
『TACKLE』
「うぉわ!?」
『目の前の相手に集中せんか! お前さんがやられたらワシここに置き去りよ?』
海東の言葉に動揺し出来た隙に、ラウズカードによる攻撃を加えられてしまう。
攻撃だけでなく防御すら疎かになってしまっているブロントさんへ、見かねたカオスが助言するが効果がない。
この空間でブロントさんがたった一度だけ犯した罪。
『剣崎一真の殺害』がブロントさんの心に残した傷は深く、強固な意思で無理矢理に覆い隠していた壁も剥がされてしまった。
グラットンソードや魔剣カオスの魔力にも耐えるブロントさんの心。
それは、友と呼んだ男との約束によって崩されようとしていた。
89
:
288話:絶望の終わり/始まりの時
◆c92qFeyVpE
:2012/12/30(日) 13:44:56
◇◆◇
誰よりも強い友情を胸に秘めた正義の超人は、今にも消えそうな闇の欠片と共に頂上を目指す。
気丈に振る舞ってきた二人の魔法使いは、目的地を目前にしたこの瞬間に絶望の淵へ足を踏み入れた。
強い絆を築いてきた騎士はその絆に縛られ。
孤高の怪盗は自ら自身を縛っていることに気づかぬまま力を振るう。
「ふふ、みんな必死ね」
そんな様子を魔法ビジョンで眺めながら、アム・イステルは微笑を浮かべる。
「―――どうせ、みんな神の玩具でしかないのに」
90
:
288話:絶望の終わり/始まりの時
◆c92qFeyVpE
:2012/12/30(日) 13:45:15
【バベルの塔・35階/深夜】
【キン肉スグル@キン肉マン】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、魂汚染度30%
[装備]:なし
[道具]:ベアクロー@キン肉マン、バナナ×5房@現実、基本支給品
[思考]:
1、導く者を倒し元の世界に戻る
2、フェイスフラッシュが最後の希望……!
[備考]:ゲイツによってフェイスフラッシュが封印されました。この戦い(バトル・ロワイアル)が終わるまでフェイスフラッシュは使用できません。
【シュテル・ザ・ディストラクター@魔法少女リリカルなのはGOD】
[状態]:意識混濁、限界突破、なのは・フェイトの魔力を吸収、魂汚染度45%
[装備]:ルシフェリオン@魔法少女リリカルなのはGOD
[道具]:無し
[思考]:
1、導く者を倒し元の世界に戻る
2、ユーリ……
[備考]:なのはとフェイトの魔力を吸収したことで二人の魔法が使えるようになりました。
【バベルの塔・60階/深夜】
【アリス・マーガトロイド@東方Project】
[状態]:疲労(中)、魔力消費(小)、右腕使用不能、魂汚染度60%
[装備]:上海人形@東方Project
[道具]:ミニ八卦炉@東方Project、さくらのお守り@D.C.Ⅱ、基本支給品
[思考]:
1、導く者を倒し元の世界に戻る
2、マジックを慰めたい
3、これからは「本気」を出す
4、ブロントのことは意地でもさん付けしてやらない
【マジック・ガンジー@ランス・クエスト・マグナム】
[状態]:茫然自失、魂汚染度70%(軽度汚染)
[装備]:バルフィニカス@魔法少女リリカルなのはGOD
[道具]:ハニーの欠片@ランス・クエスト・マグナム、さくらのマント@D.C.、基本支給品
[思考]:
1、????
【バベルの塔・55階/深夜】
【ブロントさん@東方陰陽鉄】
[状態]:疲労(中)、インビンシブル1時間使用不能、フラッシュバックによる無力化の可能性、魂汚染度45%
[装備]:魔剣カオス@ランス・クエスト・マグナム、ガラントアーマー一式@東方陰陽鉄、ケーニヒシールド@東方陰陽鉄
[道具]:ブレイバックル@仮面ライダーディケイド、ヴァール@戦場のヴァルキュリア3
[思考]:
1、導く者を倒し元の世界に戻る
2、海東を止める
3、剣崎……!
4、カオスはどこかで捨てたい
【海東大樹@仮面ライダーディケイド】
[状態]:疲労(小)、魂汚染度65%
[装備]:ディエンドライバー@仮面ライダーディケイド
[道具]:ディケイドライバー@仮面ライダーディケイド、世色癌箱@ランス・クエスト・マグナム、基本支給品
[思考]:
1、最後まで生き残り各世界のお宝を手に入れる
2、ブロントを倒す
3、友情に価値なんてない!
91
:
◆c92qFeyVpE
:2012/12/30(日) 13:45:49
以上で投下終了です。
92
:
名無しロワイアル
:2012/12/31(月) 01:38:19
精神汚染とはまた厄い設定だな
ところで、
>>84
十六夜咲夜の出典が間違ってませんか?
93
:
◆c92qFeyVpE
:2012/12/31(月) 08:55:45
いえ、陰陽鉄出典の咲夜さんということですね。
ブロント語でレミリア達を困惑させたりファイナル分身で激闘を繰り広げたりしてたんです、きっと
94
:
名無しロワイアル
:2012/12/31(月) 11:55:42
名簿見てネタ枠と信じてたブロントさんに謎の可能性を感じる……
これはいったい……
95
:
名無しロワイアル
:2012/12/31(月) 13:16:03
>>94
陰陽鉄出典の彼はまさに主人公だからな…w
96
:
◆6XQgLQ9rNg
:2013/01/02(水) 19:14:37
あけましておめでとう御座います。
『それはきっと、いつか『想い出』になるロワ』 の299話を投下いたします。
97
:
Memoria Memoria -想い出を求めて-
◆6XQgLQ9rNg
:2013/01/02(水) 19:16:09
踏み入れる。
僅かな明かりだけに照らされる、薄ぼんやりとした玉座の間へと踏み入れる。
床にも赤絨毯にも壁にも柱にも調度品にも、汚れ一つ見当たらないその様は生活感が一切ない。
衛兵はいない。侍従はいない。家臣はいない。この城には民などいない。集合無意識の海にたゆたう夢の国に、人民などはいない。
いるのは――たった独り、玉座に座る悪夢の支配者のみだ。
「ようこそ。わたしのお城へ」
幼い声色が、夢の城に響き渡る。
巨大な玉座に座す、あどけなさすら感じさせる少女の声だ。
彼女の髪とワンピースは、暗闇を吸い込んだかのような深い黒だった。その黒とは対照的なほどに、その肌は透き通るように白い。
「また貴方と相見えることなるとは思わなかったわ――ベアトリーチェッ!」
ヴァージニアが銃口を向ける。
それでも、幼子の姿をした夢魔は怯えなどおくびにも出さず、人形めいた美貌に笑みを浮かばせる。
くすくすくす、と笑うその様は、ベアトリーチェ以外の全てを嘲笑うようだった。
「貴方達はあのとき、ネガ・ファルガイアを滅ぼした。同時にわたしも、確かにあのとき滅びたわ」
けれどね、とベアトリーチェは目を細め、ヴァージニアを睥睨する。
「神様は夢を見たのよ。夢魔<わたし>の夢をね」
神の夢。
全ての人間の意識の遥か奥、集合無意識の海の深みに存在する、全知全能の概念上の神が見る、夢。
白野蒼衣が語った神のことを、ヴァージニアは思い出す。
「イザナミとおんなじ、神様……」
クマの呟きに、ベアトリーチェは笑みを深くした。
「神様の夢は、わたしを再誕させてくれた。そして、全知全能の夢は、わたしに新たな力をくれた」
ベアトリーチェの身が、玉座から浮かび上がる。見下すような視線を投げかけてくる。
「集合無意識を渡り夢を手繰り、あらゆる世界へ繋がる<アクセスする>力。
この力を以って、今度こそ世界を創世するッ!
貴方たちの『想い出』を最後のエネルギーとして、わたしの世界<ファルガイア>を創り出すッ!!」
ベアトリーチェの姿が、変貌する。
白磁の肌からは血の気が薄れ、青に近い白へ。
小さな掌が人の頭部などゆうに握り潰せそうなほどのサイズへと肥大化し、手の甲には紅玉のような宝石が埋め込まれる。
爪は触れたものを切り裂き貫きそうなほど先鋭化し、刃のような煌めきを放ち始め、漆黒の髪からは色素が抜け落ち、生命力を失したような青白さとなる。
右の眼球は落ち窪み、真っ暗な眼窩で金色の燐光が瞬く。その瞳は、夜空に一人取り残された星のようだった。
変容したのは容貌だけではない。
闇色のワンピースは、ウェディングドレスによく似た衣装となり、その衣服の随所に青紫色の薔薇が咲いていく。
青紫色の薔薇はドレスだけでなく、ベアトリーチェの髪をも彩る。髪に開いた大輪の薔薇に添い、もがれた片翼のような髪飾りがはためいていた。
変容を遂げたベアトリーチェは、おぞましさと美しさを同居させた芸術作品のようだった。
そんな夢魔を前にして、カズマが強く床を踏む。
「回りくどい話はいらねェよ。つまりアンタは、俺らの『想い出』が欲しいんだろ?
俺らから『想い出』を奪うために、こんなご大層な真似をしてくれたワケだ」
カズマは嗤っていた。
野獣めいた獰猛な笑顔を浮かばせていた。
「アンタは俺から色んなモンを奪った。ダチを、仲間を、大事なモンを奪った」
カズマの周囲の床が音を立てて弾け、分解され、塵となる。
「もうこれ以上は奪わせねェ」
分解された床は再構成され、金色の装甲となり、風車状の羽となり、カズマの右半身を覆っていく。
髪が、燃えるように逆立った。
シェルブリット・第二形態。
閉ざされていたカズマの右目が、開眼する。
「俺が刻んできた『想い出』だけは、絶対ェに奪わせねェッ!」
カズマの咆哮に合わせ、ブルーが聖杖ミスティック・ワイザーで床を叩く。
「カズマは回りくどいと言っているがな。『想い出』による世界創世とは、なかなか興味深いとは思う」
ブルーの表情に色はなく、怜悧な瞳は凍てつく刃のようだった。
だが、かつん、と聖杖で床を叩く手には力が籠っている。
「しかし俺の『想い出』は俺の――僕たちのものだ。貴様の糧となるために『想い出』を手にしているわけではない」
枯渇しつつある魔力を巡らせ、意識の力を魔力に置換していく。
「手にしようと願うならばかかって来い。ブルーとルージュ、二人分の『想い出』は決して安くはないぞ」
98
:
Memoria Memoria -想い出を求めて-
◆6XQgLQ9rNg
:2013/01/02(水) 19:18:02
ブルーの視線を追うように、クマは宙を漂うベアトリーチェを見上げる。
「ベアチャン、空っぽだった頃のクマと同じクマ。独りぼっちだから自分が分からなくて、寂しくて、寂しくて……」
大きな瞳に涙を溜め、震える拳でエアガイツを握り締め、
「でも、こんなのはダメ。ダメだって、クマは思うクマ!」
そんな真っ直ぐで汚れのないクマの想いを受け、ヴァージニアが前に出る。
「『想い出』は、貴方がどうこうしていいものじゃない」
銃把と弾丸と引鉄は重い。
「やっぱりわたしは貴方を許せない。命を、『想い出』を、野望のための供物だとしか思っていない貴方を許せないッ!」
けれどそれは足を引っ張る邪魔な重みではなく、頼もしさと懐かしさをくれる重みだとヴァージニアは思う。
「わたしは何度でも貴方の前に立ちはだかってやるッ! 貴方が、その野望を捨てない限りッ!」
信念の鼓動を胸の奥に感じる。ヴァージニアが抱く折れない正義が、血潮を通して体中に沁み渡って行く。
だから戦える。
たとえ右手が動かなくとも、戦える。
返って来るのは笑い声だった。
くすくすと、可笑しそうにベアトリーチェが笑っていた。
「好きに喚きなさい愚か者ども。吼える自由くらいは与えてあげる。だってそれは、最期に言い残す言葉になるのだから」
異形と化した両手を広げ、ベアトリーチェは高笑う。
「わたしは夢魔ベアトリーチェ! 神の悪夢をも従えて、あらゆる『想い出』を飲み干して、貴方達の現実を終わらせてあげるッ!!」
「はンッ!」
カズマが五指を広げた右手を突き付け、人差し指、中指、薬指、小指、親指と、一本一本順に指を握り込んでいく。
完成した握り拳を引き絞り、全力で床へと叩きつけ、跳躍する。
「その人を食った薄ら笑いも、そこまでだァ――ッ!」
ベアトリーチェよりも高く昇り上がり、宙で身を捻り、右腕を引き絞る。
爆発的な加速がカズマの右腕で炸裂し、推力となり、その身をぶっ飛ばす。
速度の乗った一撃が行く。
無数の壁を叩き潰し殴り壊しブチ抜いてきた拳が、ベアトリーチェへ肉薄する。
余裕を浮かべたままのベアトリーチェの矮躯へと、直線軌道で飛んでいく。
硬質な金属めいた拳が直撃する寸前、ベアトリーチェの姿が、霧のように掻き消える。
「――ッ!?」
カズマの拳は空を切り、その推進力のままに床を叩き壊す。
クレーターのような大穴が刻まれ砂埃が舞い上がる。大理石の破片が、ぱらぱらと飛び散った。
「や、やったクマ!?」
「違うッ! 手応えがねェッ!」
瞬間、砂煙の奥で無数の黒がうねった。
黒の群れは触手の姿を取り、しなり、伸び、カズマへ殺到する。
舌打ちを落として飛び退る。
だが、触手の動作は吐き気がするほどに速かった。
触手はカズマを包囲し捉えるべく追い縋る。
背後で銃声が連続した。
右を、左を、頭上を、足元を、銃弾が疾走し、下がるカズマと擦れ違う。
銃撃は正確無比な精度と速度で触手を打ち抜いた。
触手が爆ぜる。胃液が逆流しそうなほどの、嫌な臭いが広がった。
「影じゃ、ない……?」
ヴァージニアの呟きに応じるように、爆ぜた触手は枝分かれする。
違う。
枝分かれではなく、寄り集まっていたものが解けていく。
それは、髪の毛だった。
影のように見えた触手一本一本は、束ねられた漆黒の髪の毛だった。
解け数を増したそれらは、先端を針のように尖らせる。
そして、来る。
ぞぞぞぞぞぞぞぞ、と、髪の毛の集団が波濤のように押し寄せてくる。視界を覆い尽くすほどの髪の毛は、生理的なおぞましさを喚起する。
それはまさしく、夢魔に従う神の悪夢だった。
「く、クマ、毛は間に合ってるクマぁーっ!」
「身勝手な神め……! 悪夢を斬り捨てるから夢魔に付け込まれるッ!」
喚くクマの隣で、ブルーがミスティック・ワイザーを掲げる。
聖杖の宝石が瞬いた瞬間、眩い球体が髪の毛の波を阻むように顕現する。
漆黒の髪とは対照的な球体の輝きは、黒を眩く照らし上げる。
球体から、力が放射される。その力は、太陽の輝きの色をしていた。
陽術――超風。
高温の豪風が、髪を迎撃する。
豪風は髪の軌道をねじ曲げ反らし、高熱はか細い髪を一瞬で溶かしていく。
波濤を溶かし切ると同時に風は止まり、光球は残像を残し消えていく。
玉座の間に充満するタンパク質の焼けて溶ける臭いは、ひたすらに不快だった。
99
:
Memoria Memoria -想い出を求めて-
◆6XQgLQ9rNg
:2013/01/02(水) 19:19:34
「く――ッ」
だが、ブルーが呻いたのは、悪臭が原因ではない。
ナイトメア・キャッスルへ通ずるゲートの開放と、おびただしい数で迫る異形殲滅戦にて、ブルーの魔力はほぼ枯渇している。
ベストコンディションであれば難なく使用できる術であっても、消耗した彼にとっては大きな負担となる。
「だいじょぶか、ブルー……?」
「問題、ない。それよりも……」
喘ぐような呼吸を繰り返すブルーを覗き込むクマに、ブルーは頷く。
彼は額に浮かぶ不快な汗を拭い、意識して足腰に力を入れて、告げる。
「自分の心配を、していろ……ッ」
「くすくすくすくす。心配なんてしている暇、あるのかしら?」
応じたのはクマではなく。
背後からの、愛らしささえ感じる声だった。
振り返る。
余裕の表情を崩さず宙をたゆたうベアトリーチェが、異形の手を翳す。
瞬間、床を、天井を、壁を、柱を喰い破り、髪の毛の群れがその身を晒す。
あらゆる平面から髪が突き出るその様子は、決して嘘のつけない愚直な虚軸<キャスト>を連想させた。
「何だよ……ッ!」
カズマが声を絞り出す。
「何なんだよ、これはッ!! 何だってんだよッ!?」
「舞鶴蜜と共にいた貴方なら知っているでしょう?」
そんな彼に向けて、ベアトリーチェは得意げに、
「これは壊れた万華鏡<ディレイドカレイド>の『想い出』」
あたかも玩具を見せびらかす子供のように、
「神の悪夢を混ぜ込んで、わたしの言うことを聞かせるようにした『悪夢たる想い出』」
罪悪感の欠片もなく、
「集めた『想い出』は、創世の生贄になるだけじゃない。わたしのために戦う武器にもなるのよッ!」
ひたすらに嬉しそうに言ってのけた。
『想い出』を奪い、犯し、従わせ、使い潰す。
ベアトリーチェは、そう言っているのだ。
「ベアトリーチェッ! あなたは、自分のしていることが分かっているのッ!?」
激しい嫌悪感と拒絶感が、ヴァージニアを叫ばせる。その言葉を制するように、カズマが右手を真横に翳した。
「ああ……そうかよ。つまりそいつは、アイツじゃねェんだな」
翳した右手を握り締める。
わなわなと腕が震えるほどに強く。
アルター能力により鋭くなった爪を、掌に突き立てるように、強く。
「そいつは、てめェが好き勝手にぐちゃぐちゃに引っ掻きまわしやがった、舞鶴の『想い出』だって、そう言いてェんだな」
彼の声もまた震えていた。
胸の内で暴れ回る激情を滲ませるように震えていた。
「もういい。分かった。てめェのやってることはよく分かった」
そして。
「ぶっ飛ばしても物足りねェ。覚悟しろよ糞ガキ。泣いても謝っても、俺は、絶対ェに――」
握り締めた拳を、輝かせる。
強く激しく、憤怒を滾らせ燃やすように。
「てめェを、許さねェ――ッ!!」
怒りを胸に。感情を右腕に。
再度、カズマが疾走する。
「傲慢ね。貴方たちなんかに許してもらおうなどと、思っていないわ」
吐き捨て、ベアトリーチェが指を振るう。
応じるように、髪の群れがびくりと蠕動して。
四方八方から、殺到した。
100
:
Memoria Memoria -想い出を求めて-
◆6XQgLQ9rNg
:2013/01/02(水) 19:20:01
◆◆
髪が舞う。
緑の黒髪一本一本が、編まれた髪束が、意志を持った刃物のように乱れ舞う。
あらゆる平面から縦横無尽に伸びる髪の挙動は不規則で読み辛い。
「クマッ、クマクマッ!」
正面の群れを、クマが腕の一振りで叩き落とす。身に巻きつこうとする集団を薙ぎ払う。
貫きに来た髪を吹き飛ばすべく、跳躍して横回転。そのままブルーのすぐ横を落下しつつ、彼の詠唱の邪魔をする。
「何をするッ!?」
「術は禁止クマ! クマにまかせんしゃい!」
「こういうときのための術だろう!」
そんなことは、クマだって分かっている。
だが、それよりも更に分かっていることは、これ以上ブルーに負担を掛けられないということなのだ。
「ダメクマ! ダメったらダメダメよ!」
沸くようにして溢れる髪には際限がない。際限なく溢れる髪で形成される層は分厚く、カズマやヴァージニアとは完全に分断されていた。
カズマの突破力で、層に穴を開けることはできる。
だが、彼の拳は基本的には一点突破に向いた力だ。
進行方向にあるものはまとめて薙ぎ倒せても、空間を埋め尽くすものを完全に一掃するには向いていない。
「ブルーは休んでるクマ! すごいの使ったら、ブルーが、ブルーが……っ」
クマは跳び、跳ね、両手を回し、両足を振って髪を迎撃する。
必死のその様は格好悪く、無様な足掻きにも見えた。
「だったら――どう突破するのかしら?」
神経を引っ掻かれるような、不愉快極まりない声がした。
道を作るように髪の群れが横に別れていく。空いた空間からは、ベアトリーチェの視線が落ちてきた。
右目とは違い、左目は人のそれと同じ様相だ。だが、蠱惑的な妖しさを孕んだ左の瞳は紅く、魔性が宿っている。
その左目に、映り込む。
クマの姿が、映り込む。
クマを包む全身の毛が、文字通り総毛立った。
「残念だわ。貴方は、わたしを分かってくれると思ったのに」
差し出されたその言葉を聴いてはいけないと、本能的に察した。
「ペルソナッ!」
半ば反射的に、叫ぶ。星のアルカナが浮かんで爆ぜ、クマの頭上にペルソナ――カムイが顕現する。
丸いその身がくるりと回り、透き通った氷の壁を生み出した。
氷壁はベアトリーチェへと殺到する。その口を閉ざしてしまおうとするように。その身を封じ込めてしまおうとするように。
「冷たいのは、嫌いだわ」
ぼう、と。
黄昏色の火が灯ったのは、ベアトリーチェが呟いた瞬間だった。
忠誠を誓う姫君の命に従い参じた騎士のような火は踊り、舞い、逆巻いて、轟々と燃え盛り火炎となる。
ベアトリーチェを取り巻いた火炎――『悪夢たる想い出』<バーン・ストーム>は、身を挺してカムイの氷を受け止めた。
氷は音を立て、次々と蒸発していく。髪が乱れる玉座の間に水蒸気が溢れ、視界が湿った白で満たされる。
見えなくなる。
まるで霧の中にいるように、あたりが見えなくなる。
「貴方は言ったわね。かつての貴方とわたしは似ている、って」
優しげで、蕩けそうで、甘くて、心の表面を撫でられるような声が、不意に、クマの耳元で囁かれた。
「わたしもそう思うわ影<シャドウ>。抑圧された人の心が生み出した、空っぽな真っ暗闇さん」
「い、今のクマはッ! 空っぽじゃないクマよッ!!」
声の発生源を目がけ、がむしゃらに拳を振るう。
拳の先にベアトリーチェの姿はない。中空を滑り余った勢いは、クマの身を転倒させた。
くすくすくす。
「ええ、そうね。今の貴方は空っぽじゃない。でも、思わない?」
眼前に、現れる。
目を細め、口角を吊り上げ、嗜虐的で凄絶な微笑みを浮かべたベアトリーチェの顔が、だ。
101
:
Memoria Memoria -想い出を求めて-
◆6XQgLQ9rNg
:2013/01/02(水) 19:20:48
「やっぱり空っぽの方がよかった、って。空っぽのままだったら――辛い思いをしなくて済んだんじゃないかしら?」
「ごちゃごちゃと御託並べてンじゃねェッ!」
カズマの羽が轟音を立てて回り、霧を吹き飛ばす。
視界が晴れる。
まず見えたのは、うぞうぞと蠢く髪を貫く魔術の鎖だった。
「煩いぞ夢魔。少し黙れ」
ミスティック・ワイザーをブルーが引くと、その鎖はベアトリーチェに巻き付いて蛇のように締め上げた。
銃声が響く。
拘束されたベアトリーチェの額に、銃弾が突き刺さった。
「下らない否定はやめてくれるかしらッ! 今のクマは、わたしたちが出会ったクマなのよッ!
わたしたちが仲間だと思い共に在りたいと願う、クマなのよッ!」
仰け反るベアトリーチェ。拘束する鎖が、その身を宙へと投げ飛ばした。
矮躯が放り出される。放物線を描いて、ベアトリーチェが浮かび上がる。
輝く拳の直線軌道と、交差する。
「シェル――ブリットォッ!!」
黒髪が一斉に寄り集まり編み上がり、主を守る盾を形成する。
だが、立ちはだかる壁を砕いて猛進する拳の前では、そんなものは紙にも等しい。
カズマは止まらない。
黒壁が、冒涜された舞鶴蜜の『想い出』であるが故に。
止まるつもりは、微塵もない。
カズマは吼える。
舞鶴蜜に届かせるように、吼える。
障壁が砕け、完全に消失する。
夢の世界であるが故に、ここでは修正力<リペイントマーカー>が働かない。
ならばその消失は、汚された『想い出』が悪夢から解放された証といえた。
もはや遮るものはない。だからカズマは、勢いのままに。
全力で殴り飛ばす。直撃だった。
ベアトリーチェの体は折れ曲がり吹き飛んで、城が揺れるほどの勢いで壁に激突する。白亜の壁に入った亀裂が、拳の重さを雄弁に物語っていた。
遠慮も手加減も躊躇もない一撃は、ベアトリーチェに確かにダメージを負わせていた。
それは確かだ。
ただ、それでも。
「くすくすくす――ッ」
ベアトリーチェは、未だ嗤っていた。
額から赤黒い液体を滴らせ、露出した肩に刻まれた鎖の跡を、折れ曲がった指でなぞりながら。
「愛されてるのね。貴方なんかが、愛されてしまっているのね?」
それでも夢魔は嗤っていた。
愉しそうにでもなく、嬉しそうにでもなく。
ただ、狂おしいほどに憎らしそうに、嗤っていた。
「……どんなに愛されても。大切に想われても」
それでもその目は、未だクマを捉えて離しはしていなかった。
「貴方は、あの子の言葉を忘れられないでしょう?」
「ベアトリーチェッ!」
ベアトリーチェを遮るようにヴァージニアがトリガーを引く。
「しぶてェッ!」
ベアトリーチェを捩じ伏せるべくカズマが疾駆する。
「黙れと言ったッ!」
ベアトリーチェを黙らせるためにブルーがエナジーチェーンを紡ぐ。
それら全ては淀みなく、最速の動作で繰り出された攻撃だった。
だから届く。だから、ベアトリーチェを止められる。
そのはずだった。
だが、ベアトリーチェは遮られず、捩じ伏せられず、黙らされない。
何故なら、銃弾も拳も鎖も、彼女の前に現れた『悪夢たる想い出』<ピンポイント・バリア>によって弾かれる。
ベアトリーチェは続ける。
102
:
Memoria Memoria -想い出を求めて-
◆6XQgLQ9rNg
:2013/01/02(水) 19:21:23
「――ねぇ、クマさん?」
嘲笑で表情を満たし、
「どうして、貴方が――」
嗜虐心で声色を彩って、
「貴方なんかが、生きてるの?」
再現する。
トトリがクマに投げかけた言葉を、再現し、そして。
容赦のない追い打ちを、掛ける。
「特別捜査隊のメンバーは、もう、誰一人残っていないのに。死んでしまったのに」
「――ッ!!」
「ねぇ? どうして、生きてるの? 役立たずの影<シャドウ>さん?」
「いい加減に、しやがれェ――ッ!!」
「……役立たずのためにそんなに怒るなんて、本当に愚か。救えない。鬱陶しいわ」
鼻を鳴らすベアトリーチェ。その表情からは笑みが消え、代わりに不機嫌さが広がった。
「そんな奴――放っておけばいいのに」
不貞腐れるように指を翳す。鋭く尖ったその先端から、暗闇の雲が迸った。
『悪夢たる想い出』<暗黒星雲>。
すべてを呑み込み塗り潰し喰らい尽くす黒雲が、カズマを、ブルーを、ヴァージニアを地に伏せさせる。
三人の悲鳴が、重なった。
「あ、あ……っ。みんな、みんな……」
クマが、息を詰まらせる。
目に見えて分かるほどに震え、深く俯き、戦慄いた。
力が抜ける。力が入れられない。
立って、いられない。
「あ、あ……ッ。クマは、クマ、は……ッ」
「クマッ!」
膝が折れたようにへたり込んだクマは、その呼び声が誰のものなのか、分からなかった。
◆◆
蘇る。
――『ツェツィチャンはクマが守るクマ! どどーんと、大船に乗ったつもりでいるといいクマ!』
思い出す。
――『クマがいればもーう安心よー! ゼーッタイ、ケガなんてさせないクマ!』
想起する。
――『ダイジョーブ! ツェツィチャンはクマが助けてくるクマ! だから、トトチャンはここで待ってるとよいクマよ!』
忘れられない。
全身にこびりついた血液が、失われていく体温が、輝きを失う瞳が、血の気の失せた真っ青な顔色が。
焼き付いてる。
泣きじゃくる表情が、姉の名を呼び続ける声が、動かない姉に縋りつく姿が、絶望に暮れる慟哭が。
守りたかった。護りたかった。
けれど守れなかった。されど護れなかった。
信頼に応えることができなかった。約束を守ることができなかった。助けられなかった。救えなかった。
何も、できはしなかった。
やりたかったことも、やろうとしたことも、すべて叶いはしなかった。
応えられなかった信頼は不義となり、果たせなかった約束は裏切りに転じた。
泣き疲れて眠った彼女が目を覚ましたら、怨まれ、憎まれ、糾弾されるだろうなと思った。
そうされるべきだと思った。
そうされなくても、謝ろうと思った。謝っても許されるとは思わないが、そうする他に考えが浮かばなかった。
けれど、そうはならなかった。
103
:
Memoria Memoria -想い出を求めて-
◆6XQgLQ9rNg
:2013/01/02(水) 19:23:20
目を覚ました彼女――トトゥーリア・ヘルモルトの精神は、ボタンを掛け違えたようにズレてしまっていた。
速水殊子を姉――ツェツィーリア・ヘルモルトだと慕い無邪気に笑み、甘える姿は明らかに歪で、見ているだけで痛々しかった。
壊れてしまった。
――クマの、せい、クマ……。
クマがもっとしっかりしていれば。
クマがもっと強ければ。
――クマ、役に、立てないクマ……。
頭がくらくらする。瞳がびしょびしょで何も見えなくなる。鼻の奥がぐずぐずと濡れているのに、喉の奥はチリチリと乾いていた。
菜々子が死んでしまうのではないかと不安に押しつぶされたときと同じ感覚だった。
あのときも辛かった。シャドウであるクマなんて、いなくなってしまえばいいと思った。
それでも、菜々子は生きていてくれた。
みんなが、迎え入れてくれた。
いてもいいと、いてほしいと、そう言ってくれた。
でも、そんなみんなも、もういない。
頼りになるみんなは、仲間は。
空っぽだったクマの中身を探してくれたみんなは、もういない。居場所をくれたみんなは、もういないのだ。
陽介も、千枝も、雪子も、完二も、りせも、直斗も。
――センセイ……も……。
役にも立たないクマが生き残っているのに。
約束も守れないクマが生き残ってしまっているのに。
みんな、いなくなってしまった。
みんな、みんな。
「クマッ!」
不安げな女の子の声がする。
「おいクマ野郎ッ!」
荒っぽい少年の声がする。
「クマ、目を覚ませ!」
利発そうな青年の声がする。
涙を、少しだけ拭う。
頬に傷を負い額から血を流すヴァージニアの横顔が、滲んだ視界にうっすらと見える。
彼女はクマを見ていない。でも、左手にある痛いくらいの温もりから、クマを案ずる気持が伝わってくる。
ヴァージニアの視線を追い掛ける。
戦い続ける者たちの姿がそこにはある。
カズマが駆けて拳を振る。
生命を縮めない程度の術で、ブルーがその援護を行う。彼らのサポートを、ヴァージニアが果たしていた。
ベアトリーチェの様々な『悪夢たる想い出』を受けて倒れても。拳が届かなくても、達人の術が阻まれても。
ボロボロになっても、傷だらけになっても、肩で息をして全身に力を込めて立ち上がり抗っている。
満身創痍だった。立っていられるのも不思議なくらいの消耗だった。勝機なんて転がってさえいないようにすら感じられた。
なのに。
それなのに。
「クマッ!」
彼らは呼ぶのだ。
「クマ野郎ッ!」
叫ぶのだ。
「クマ!」
そんな余裕などないはずなのに、彼らは、クマを呼んでくれるのだ。
嬉しいと思う。ありがたいと感じる。
役に立ちたい。
けれど、それ以上に。
申し訳なく思ってしまう。自分がいなければ、みんなはもっと戦えるはずなのにと感じてしまう。
こんな精神状態では、ペルソナ召喚もできはしない。
役に立てない。足手まといだ。
いない方が、いい。
そんな想いを、言葉にすることすらできず、ただ、呼び声だけを聞いている――。
104
:
Memoria Memoria -想い出を求めて-
◆6XQgLQ9rNg
:2013/01/02(水) 19:23:58
◆◆
胸を掻き毟られるような不愉快さを感じる。喉が疼くように乾燥する。心がささくれ立ち、余裕を保てない。
諦観に支配されず抵抗を繰り返す奴らを前に、ベアトリーチェが抱くのは苛立ちだった。
無様に立ち上がるのはいい。醜く抗うのも構わない。その感情と意志は死の瞬間に『想い出』となり、創世の糧となる。
それだけなら、不遜に嗤ってやればよいのだ。
劣勢となったわけではない。それでも、ベアトリーチェは舌打ちを堪えずにいられない。
愚図なニンゲンどもを叩き伏せているというのに、何一つ面白くなかった。
原因は、明瞭だ。
ベアトリーチェという敵を前にしているにも関わらず、奴らの意志はこちらへと向いてはいない。
彼らは、ずっと。
役立たずの影<シャドウ>を、ひたすらに気に掛けているのだ。
気に入らない。
本当に気に入らない。
どうして、あいつは。
影<シャドウ>は、こんなに愛されているのだ。
理解できない。考えられない。
だってあいつは影<シャドウ>なのだ。抑圧された人の欲望や本心が集まって生まれた化物なのだ。
どれだけ愛されたいと願っても、受け入れられたいと望んでも、居場所が与えられてはならないのだ。
そうでなくてはならない。そうであるに決まっている。
だって。だって。
――わたしの声は、いつだって届かなかったッ!
何度だって手を伸ばした。数え切れないほど呼びかけた。
居場所を求め、愛されたいと願い、想い出に残りたいと望んでいた。
けれどそのたびに温もりは忘れられ、言葉は弾ける泡と化した。
どれだけ呼びかけても、手を伸ばしても。
現実<ファルガイア>を生きる人々には、届かなかった。夢の中の出来事は忘却され、時の流れに押し流されていった。
人々の『想い出』に、ベアトリーチェは残らなかった。
それでも諦めなかった。諦めたくはなかった。
だから、ずっと繰り返してきた。
人々が夢を見るようになってからずっと、悠久の時の中で繰り返してきた。
その時間は、あまりにも永過ぎた。星の数にも匹敵する反復は、ベアトリーチェの心を摩耗させた。
いつからか、ベアトリーチェの目的は変わっていた。
それはすなわち、現実<ファルガイア>を破壊した後の、創世。
やることは変わらない。ただし、新世界への憧れが、ベアトリーチェの支えとなった。
呼びかける。
手を伸ばす。
呼びかける。
手を伸ばす。
呼びかける。
手を伸ばす。
呼びかける。
手を伸ばす。
そうやって、同じように繰り返して。
ベアトリーチェの存在がラミアムに届いた時はもう、すべてが遅かったのだった。
――なのにどうしてッ! どうして、あいつはッ!!
聞きたくない。
あいつを呼ぶ声なんて、聞きたくない。
ここは夢<ベアトリーチェ>の世界。
なんでも思い通りになるはずの、夢<ベアトリーチェ>の王国。
そんな場所で、こいつらは、シャドウ風情のことばかりを気に掛け、ベアトリーチェを蔑ろにしている。
105
:
Memoria Memoria -想い出を求めて-
◆6XQgLQ9rNg
:2013/01/02(水) 19:24:44
「……もう、いいわ」
悪夢の宴を始めた時に抱いた高揚感はもうない。戦いを始めた時に感じた心地よさもない。
つまらない。
だからもういい。殺す。
首輪を爆発させてやるのが一番簡単だ。だが、それはそれでつまらない。
せっかくこの手で殺すことができるのだ。
どうせなら、絶望に染まり死にゆく様をこの手で与え、その瞬間をこの目で見てみたい。
「遊びは終わり。つまらなくなったから――もうお終い」
拳も術も銃弾も届かない障壁の中でたった一人、ベアトリーチェは両手を掲げる。
左右掌に浮かぶ星を模した球体を捧げ、慈しむように撫で、奪取した『想い出』を読み込み、神の悪夢を溶かし込む。
「『悪夢たる想い出』――」
読み取ったのは魔女の記憶。時を操り刻を渡る魔女の秘術。
それを悪夢で希釈し、夢の世界に刻まれし力に作り替えて。
回り続ける時計の針に、触れる。
「――<時間圧縮>」
不可視の概念が歪み捩じれ曲がり、吐き気を催すような感覚が訪れ――世界が、制止する。
あとは適当に『悪夢たる想い出』を展開し、時を再び動かせば終わり。回避も防御も間に合わず、何が起こったのか分からないまま奴らは死ぬ。
その後のことは簡単だ。
速水殊子の『想い出』は先ほど蒐集された。残るトトリには、彼女の望む夢を見せてやればいい。
あとは、手に入れた『想い出』をすべて神剣グランス・リヴァイバーに注ぎ込み、創世は完了となる。
あっけないものだ。
何かが達成される瞬間というのは、これほどまでにあっさりとしているのだろうか。
まあいいわ、とベアトリーチェは頭を振り、さっさと片付けてしまおうと思う。
これほどの秘術を維持するには、大量の『想い出』を消費する。創世のことを考えると、いたずらに消耗はできない。
殺すべき対象を、定める。
忌々しいヴァージニア・マックスウェル。
粗暴なカズマ。
目障りで憎いクマ。
――こつん。
「――えッ?」
音が、した。
圧縮された時の中、ベアトリーチェ以外の音源があるはずがない。
――こつん。
聞き間違えることなどあり得ない。
聞き間違えるような紛らわしい音そのものが、発生し得ないはずなのだ。
――こつん。
それでも音は鳴る。
ベアトリーチェの外から、無遠慮に飛び込んでくる。
「時を操ることができるのが、自分だけだと思ったか?」
反射的に、声へと意識が傾く。
そこには、魔術師が立っていた。
圧縮された時の中で、自らの時を保ち続ける魔術師――ブルーが、立っていた。
106
:
Memoria Memoria -想い出を求めて-
◆6XQgLQ9rNg
:2013/01/02(水) 19:25:12
◆◆
たった一人の妖魔がいた。
上級妖魔と遜色のない美貌と能力を持ちながら下級妖魔の身分にあった、名もなき妖魔がいた。
実力も美しさも兼ね備えていながら、彼が上級妖魔とされなかったのは出自のせいだけではない。
妖魔という種族には、努力や熱心さを愚かしいものだという価値観が根付いている。
にもかかわらず彼は、とある術を創成し、研究し、極め尽くした異端者だったのだ。
他の何にも興味を抱かず、孤独であることを苦にもせず、自分だけのリージョンに閉じこもり、長き時間を掛けて。
彼は、とある術のためだけにその全てを捧げ切ったのだ。
彼はきっと知らなかっただろう。
人は彼を、時の君と呼んでいることを。
そして。
彼が遥かなる時を掛けて極めた術の資質は、ブルーのものとなっている。
「時術……ッ!? 時間圧縮の瞬間に割り込んで自身の時間を操作したというのッ!?」
驚愕と忌々しさを言葉にして吐き捨てるベアトリーチェ。
舐められたものだと、ブルーは思う。
「ルージュを殺すため、俺は様々な術を会得してきた。
魔力流動、発動術式、触媒、呪文、印、陣、紋章、魔力光。術の発動時には、そういった前兆や動作が、何らかの形式で必ず見られる。
そういったものを即座に見抜ければ、使用される術の特色には見当がつくさ。たとえ見ず知らずの術であってもな。
そして、その判断と術発動も、俺ならば同時に可能だ」
何故ならば。
「俺は、僕は――ブルーであり、ルージュでもあるのだから」
「死に損ないが……ッ!」
「安心しろ。すぐに、死へ至る」
時術はその絶大な効果故、膨大な魔力を消費する。
そのため、時術を使用した時点で、ブルーの生命力は急速に削られてしまった。
凄まじい勢いで零れる命を自覚する。既にブルーは、不可避の死へと踏み入れていた。
もう戻れない。このまま何もしなくとも、時術の終了と同時に命は絶える。
呼吸には痛みが伴い挙動には苦しみが付随する。立っているだけでも、命を吸われているようだった。
そんな極限状況であるというのに。逃れられない死に捕まっているのに。
ブルーは珍しく、愉しそうに笑んでいた。
もうこの身に気を使う必要は、一切ない。
皮膚を、肉を、骨を、血を、臓器を、頭髪の先端から爪の一片までのすべてを、魔力に還元して術と成す。
大偉業だ。
こんな大偉業を達成した術士は、マジックキングダムの歴史を紐解いてもいやしない。
術士冥利に尽きるというものだ。
――なあ、ルージュ?
――そうだろう、ブルー?
ブルーとルージュ、その意志は一つだった。
ならば。
迷う必要など、何処にもない。
「だが――凍りついた時が動くまでは、付き合ってもらうッ!」
107
:
Memoria Memoria -想い出を抱き締めて-
◆6XQgLQ9rNg
:2013/01/02(水) 19:26:45
◆◆
ヴァージニアは、眼を見開いた。
一瞬たりとも目を離さなかったはずなのに、視界からベアトリーチェが消えていたのだ。
霧のように消えた瞬間も、影に溶け込む様子もなく、まるで最初からその場所にはいなかったように、彼女は忽然と姿を消していた。
ベアトリーチェだけではない。
ブルーの姿もまた、あったはずの場所から消失していた。
「ベアトリーチェは……? ブルーはッ!?」
「分からねェッ! アイツら、一体何処へ行きやがったッ!?」
ヴァージニアは耳を澄ませ感覚を研いであたりを見回し、空から舞い降りてくるものを発見する。
ふわり、ふわりと落ちてくるそれからは、邪悪さも敵意も感じられない。
だからそれは、ベアトリーチェの手に掛かっていない何かだと、ヴァージニアは直感した。
スカートの裾で、受け止める。
それは、短い文章の記された一片の紙だった。
読み取った瞬間――胸が、詰まった。
「カズマッ! クマッ!」
カズマが振り返る。
繋いだクマの手が、僅かに反応する。
「ブルーが、ブルーから……メッセージが……ッ」
「メッセージ、だと?」
聞き返すカズマに頷いて、ヴァージニアは、深く息を吸い。
声が震えないように、濡れてしまわないように、意識を強く保って。
紙に記された文章を、読み上げる。
「――我が命は、君たちの『想い出』と共に」
「え……ッ?」
クマの身が、跳ねるように震え上がった。
「おい、何言ってんだよ。お前今、なんて――ッ」
カズマが早足で詰め寄ってくる。ヴァージニアに向けられたその顔は呆然としたものだった。
ヴァージニアは気付く。
先の紙のように頭上から舞い落ちる、紫色の薔薇の花弁に、だ。
不吉さに突き動かされて見上げる。
頭上で、黒色の光が瞬いた。
「カズマ、上ッ!」
「何ッ!?」
振り仰ぎ跳び退るカズマ。直後、影が一つ落ちてくる。
かきん、と甲高いを立てて影が着地する。
夢魔ベアトリーチェが、右腕から生えた黒色の光を放つ剣を床に突き立て、そこに佇んでいた。
ヴァージニアは、息を呑む。
姿を消す前のベアトリーチェと、今落ちてきたベアトリーチェの様子が、余りにも違い過ぎた。
豪奢な髪飾りは無残に千切れ飛び、薔薇の装飾は痛々しく焼け焦げ、美しい夜色のドレスは所々が朽ちていた。
欠損は衣装だけではない。
肌には無数の切り傷と焼け跡が刻まれ、夥しい量の血液を全身から溢れさせており、そして。
左肩から先が、完全に消失していた。
「何が、あったの……」
思わず尋ねたヴァージニアを、ベアトリーチェは睨み付け、
「……祖国に利用された哀れなお人形は壊れた。それだけよ」
唾を吐くように言い捨て、黒光の剣を振り上げる。
「次は、貴方達の番」
理解が追いつかない。
発生した出来事があまりにも突然過ぎて、思考も意識も、事象を認識できない。
だから、振り上げられた剣にも、反応ができない。
ただ、体は動いた。
荒野を生き抜く渡り鳥の本能が危機を察知し、ヴァージニアの身を動かした。
真横を、黒刃が通り過ぎていく。クマの手を引いたまま転がって距離を開ける。
108
:
Memoria Memoria -想い出を抱き締めて-
◆6XQgLQ9rNg
:2013/01/02(水) 19:27:45
「こン、のォ――ッ!!」
カズマもまた、思考を放棄し現状に対応することにしたようだった。
左足を軸に旋回し加速を果たしたシェルブリットが、ベアトリーチェに迫る。
剣の生えた右腕が跳ね上がった。
意識、反射神経、防衛本能、反応速度、そういったものを全て置き去りにし超越した驚異的な速さで、だ。
拳を受け止め、防ぎ、迎撃し、流す。ベアトリーチェの剣技というよりは、剣の力のようだった。
閃いて舞う刃には、見覚えがあった。
色こそ違いディテールは妙にメルヘンチックになっているが、そのフォルムを、ヴァージニアは知っている。
『想い出』が繋がる。
あれは。
あの剣は。
使用者の技量に関わらず、剣技ディフレクトを発動する術剣だった。
「光の、剣……」
零したクマに、ヴァージニアは唇を噛んで頷いた。
ベアトリーチェの手にそれがあるということは、その使い手が『想い出』として取り込まれたということである。
そしてそれはすなわち、先のベアトリーチェの発言を裏付ける、決定的な証明だった。
「ブ、ブルー……ッ! どうして、どうして……ッ」
クマの声は濡れそぼっていた。悲嘆が振り切り飽和しているのは明らかだった。
クマの豊かな感情表現はいつだって豊かで、良くも悪くも彼の想いを伝染させる。
ヴァージニアの胸に悲しみが沁み込んでくる。寂しさが意志を侵食してくる。
心を委ねたい思う。衝動に任せて泣き喚いてしまいたいとさえ思う。
それほどまでにこの感情は痛く、抱えて進むには苦しみを伴う。
けれど。
衝撃音は響いている。
びりびりと城を震わせる激音は、輝く拳と黒光の剣が撃ち合う音だ。
戦っている。カズマは戦っている。
彼だって分かっているはずなのに、それでも、挫けずに戦っている。
ヴァージニアは呼吸する。
今ここで、呼吸を、しているのだ。
クマだって同じだ。
そしてきっと、殊子も、トトリも。
呼吸を続けていると、ヴァージニアは信じている。
だから。
深く強く吸い、細く長く吐き出す。奥歯を強く食い縛る。
「手、ちょっと離すね?」
そう告げて、左手を空け、見つめる。
黒に染まったブルーの『想い出』を、じっと見つめ、
「我が命は、君たちの『想い出』と共に」
呟くのは、ブルーが最期に残してくれたメッセージ。
左手を胸に当てる。
鼓動が、拍動が、脈動が、ヴァージニアに生を実感させてくれる。
ここには命がある。
出会った命のすべてが、『想い出』が、ここに刻まれている。
たとえ死者の『想い出』だったとしても、それは、ベアトリーチェのものになってはならない。
そのことを伝えるべきだと思った。伝えたいと思った。
デイバックから、大切にしまってあったものを取り出す。
それは、紫色の水晶が設えられたイヤリング。
握り締める。
このイヤリングがよく似合う女性は、とても美しかった。
外見だけではない。
どれだけ傷つき汚れ苦しみ辛くても、歌に乗せて伝え続けるその精神性が、とても尊く高貴で美しかった。
――力を貸して! シェリル!
その『想い出』を胸に描き、ヴァージニアはシェリルのイヤリングを強く掲げる。
「ミスティック! フォールドクォーツッ!」
呼び声に応じるように水晶が熱を帯び、強く激しく輝いていく。
その紫水晶――フォールドクォーツは次元断層を越え、遥かな星の海さえ渡り、別のフォールドクォーツへと情報を伝える性質を持っている。
その性質へ、ヴァージニアはアクセスする。
胸の中を彩る『想い出』を水晶に叩き込み、個人の無意識という断層を越えさせ、奥底に広がる集合無意識へと伝えてやる。
集合無意識とは、全ての命が共有する、だだっ広い沃野のような意識の根底。
すなわち、人々の夢が集まる世界であるこの場所――電界25次元は、集合無意識の一部なのだ。
ナイトメアキャッスルが激しく揺らぐ。
強烈なエネルギーがせり上がり、夢魔の居城を揺るがしていく。
109
:
Memoria Memoria -想い出を抱き締めて-
◆6XQgLQ9rNg
:2013/01/02(水) 19:28:18
「わたしの『想い出』を聴けぇ――ッ!!」
ヴァージニアの『想い出』が、城中にぶちまけられる。
ARMの扱いを教えてくれた父とのこと。
ブーツヒルで叔父、叔母と過ごしたこと。
渡り鳥として旅に出た日のこと。
ジェット、ギャロウズ、クライヴと出会ったときのこと。
荒野の厳しさも激しさも荒々しさも知らず、無知だった頃のこと。
ヴァージニアの心から映し出された『想い出』は、集合無意識を通して次々とナイトメアキャッスルを満たし、溢れさせていく。
左手の中の熱を、ヴァージニアは握り締めて、更に『想い出』を見せつけていく。
『想い出』の舞台はファルガイアを越え、殺戮の悪夢へとシフトする。
イデア・リーにかつての自分を重ねてむず痒くなったこと。
白野蒼衣と共に、悪夢について議論を交わしたこと。
エミリアに背中を預け、サイファー・アルマシーとジェイナス・カスケードを打倒したこと。
互いの正義を賭けて劉鳳とぶつかり合ったこと。
再会の約束を交わし、鳴上悠と拳を打ち合わせたこと。
シェリル・ノームと出会い、ギャロウズが愛したという歌声を聴いたこと。
いい『想い出』ばかりではない。
白野蒼衣の<悪夢>が暴走し、異形と化した彼がイデア・リーとエミリアを手に掛けたこと。
蒼衣の悪夢を止めるため、彼を撃つことでしか救えなかったこと。
悠の死を定時放送で知り、共にいればよかったと後悔したこと。
正義を貫き通したまま逝った劉鳳に、ヴァージニアの正義が立ち並べなかったこと。
他にもある。沢山ある。沢山の出会いと別れが、積み重なっている。
数え切れない膨大な『想い出』は次々と、次々と形になっていく。
「何よ……。何なのよこれはッ!!」
「わたしの『想い出』。わたしの中で息づく、すべての『想い出』。貴方が欲しがっているものよ、ベアトリーチェ」
我儘を認めてくれない現実に腹を立てる子どものような顔をして、ベアトリーチェは手近にあった『想い出』へ手を伸ばす。
「あぅ――ッ」
ぱちん、と。
紅色の鋭爪は、拒絶されるように弾かれる。『想い出』に触れた指先は黒く焼け焦げ、しゅうしゅうと煙を立てていた。
「わたしの『想い出』だって言ったでしょう? これは全部、今のわたしを形作る、たいせつなもの。
あなたに――ううん、誰にも絶対に渡せない」
ベアトリーチェが焦げた指先を咥え、憎々しげに睨みつけてくる。
「『想い出』はひとりひとりが歩いてきた証。今までずっと、生きてきた証なの。
奪っても、盗んでも、それは決して他の人のものにはならないわ」
歩く。
「楽しい『想い出』も悲しい『想い出』も綺麗な『想い出』も痛い『想い出』も誇れる『想い出』も恥ずかしい『想い出』も」
『想い出』の中を、歩く。
「みんな、みんなわたしのもの。どれもこれも、わたしだけのもの。
その全部が、わたしを歩かせてくれている。進ませてくれている。支えてくれている」
かけがえのない『想い出』に礼を告げるように、歩く。
立ち止まらず振り返らず、真っ直ぐに歩き、
「辛いことがあっても、悲しいことがあっても、寂しいことがあっても、泣きたいことがあってもッ!
わたしだけの『想い出』が、いつだって背中を押してくれるッ! 現実を生きる力をくれるッ!」
シェリルのイヤリングをつけ、プリックリィピアEzを引き抜いた。
弾倉の銃弾を高速連射する。正確無比な銃撃はすべて、ベアトリーチェへと吸い込まれる。
だが、通らない。
未だベアトリーチェの手に在る『悪夢たる想い出』<ピンポイント・バリア>が、銃弾を阻み切る。
「偉そうなことを言っても……所詮はその程度。わたしに勝てる力など、貴方にはないのよッ!」
「わたしにはなくても――わたしたちには、あると信じてるわ」
「おおぉおぉおぉぉぉぉおぉぉぉぉおォ――ッ!」
ヴァージニアの『想い出』を越えて、咆哮が迸った。
110
:
Memoria Memoria -想い出を抱き締めて-
◆6XQgLQ9rNg
:2013/01/02(水) 19:28:51
◆◆
駆ける。
駆ける。
駆け抜ける。
ヴァージニアの『想い出』の中を、カズマは叫びながら突っ走る。
「眩しいんだよ……ッ!」
シェルブリットで推進力を生み、大気を爆ぜさせ、ひたすらに前へ。
「眩し過ぎるんだよ……ッ!!」
加速に加速を重ね、ぶっ飛ばす。
「この『想い出』は、眩し過ぎるんだよッ!!」
邪魔者をすべて殴り飛ばし前へと進む拳を頼りに、突っ走る。
「だけど――だけどなぁッ!」
拳には、輝きがある。
目を灼きそうなほどに真っ白で強烈な、輝きがある。
「俺の『想い出』だって負けちゃいねェ! 刻んできた命だって負けちゃあいねェんだよッ!!」
歌が聞こえる。
ヴァージニアの『想い出』で、シェリル・ノームが歌っている。
その歌声が、リズムが、メロディが、カズマの心を高ぶらせる。
「そう思うだろッ! お前もッ!!」
言っている。
「負けていられねェだろッ! お前もッ!!」
カズマの『想い出』が叫んでいる。
わたしも歌いたいと――叫んでいる。
「歌わせてやるよッ! 俺は刻んだんだッ! お前を――お前の歌をッ!!」
だから歌える。
歌えるのだ。
「歌えよッ! ランカぁ――ッ!」
カズマの『想い出』に、フォールドクォーツが反応し――カズマの『想い出』が広がっていく。
――行って! カズマッ!
――ぶっ飛ばせカズマッ!
――やっちまえ! カズヤ!
――カズくん、負けないでッ!
「ッたりめェだぁ――ッ!!」
声援に、ランカ・リーの歌声が重なった。
力が、背中で炸裂する。
更なる加速を得て、カズマは最高速度でベアトリーチェへと突っ込んでいく。
拳が衝突する。
ベアトリーチェの前で、障壁がカズマの拳を受け止める。
「度し難いほどに愚かだわ……ッ! 何度阻まれれば気が済むのかしらッ!!」
「決まってンだろッ! てめェを、徹底的にボコるまでだッ!!」
前へ。
前へ。
壁をぶち破るために、前へ。
いけないはずがない。壊せないはずがない。
偽物の壁など、壊せないはずがない。
こいつは、今までずっと共に在り、あらゆるものを砕いてきた拳なのだ。
「こんな壁なんざ――ッ!」
アースガルズの対消滅バリアに比べれば、屁でもない。
あの野郎の――絶影を持つ男、劉鳳が抱く正義の信念の硬さに比べれば、こんなもの壁にすらなりはしない。
なりは、しないのだ。
「ブチ壊して、先へ進むぜ――ッ!!」
具現化したカズマの『想い出』が、弾け飛ぶ。消えたのではない。途絶えたのではない。
他でもないカズマの意志によって、分解されたのだ。
そして、再構成が始まる。
塵のように細かくなった『想い出』はカズマの全身に収束し集中し、一層激しい輝きとなる。
「俺の、この俺だけの――ッ!!」
髪は伸び、金色の装甲は右半身だけでなく全身を覆う。風車状の羽は長さを増し、尻尾のように伸び上がる。
光の中から現れたカズマは、百獣の王を彷彿とさせる外観をしていた。
「自慢の――ッ!!」
シェルブリット・最終形態。
伸びた羽が床を叩く。これまでの力を遥かに超える勢いが、カズマに力を与えてくれる。
「拳でなぁ――ッ!!」
ベアトリーチェに驚愕する暇さえ与えず。
カズマは、借り物のバリアを打ち砕いた。
111
:
Memoria Memoria -想い出を抱き締めて-
◆6XQgLQ9rNg
:2013/01/02(水) 19:29:24
◆◆
すごいな、という感想しか抱けなかった。
ヴァージニアも、カズマも、耐えられないほどに辛いことや押しつぶされそうなくらいに悲しいことが沢山あったのだ。
彼らが負った傷は、クマのそれよりも遥かに多い。
なのに戦っている。抗っている。生きようとしている。
彼らの原動力は『想い出』だ。クマだって、クマだけの『想い出』を持っている。
あったかで、楽しくて、とても嬉しくなる『想い出』がある。
つめたくて、さみしくて、すごく悲しい『想い出』もある。
嫌な『想い出』は強くて、意識を思い切り引っ張っていく。
思ってしまうのだ。
もう会えないと。二度と遊べないと。一緒にお話ができないと。
そう思ってしまうと、いい『想い出』には必ず悪い『想い出』がくっついてしまう。
ぐずっ、と洟をすする。瞳は潤み、視界は涙で霞む。
滲む視界に、ヴァージニアの『想い出』が映っている。
楽しいものがある。辛いものがある。温かいものがある。悲しいものがある。激しいものがある。穏やかなものがある。
その中に、見つける。
――セン、セイ……! センセイ!
鳴上悠。
特別捜査隊のリーダーにして、多くの人とかけがえのない絆を結んだ、冷静で頼りになる、クマの大好きな仲間。
その姿が、ここにある。
もう、死んでしまったはずのその姿が、ここにあるのだ。
クマの意識に、悠と、特別捜査隊のメンバーとの『想い出』が鮮烈に蘇っていく。
次々と、続々と。
いい『想い出』――最高の『想い出』が、クマの脳裏に溢れかえる。
あったかで、楽しくて、とても嬉しくなって、つめたくて、さみしくて、すごく悲しくなる。
それは不思議な、もう二度と返らない『想い出』。
分かっている。
もう返ってこないと分かっているから、悲しいのだ。
でもそれは今、胸の奥にある。
空っぽだったら得ることができなかった宝物として、胸の奥で光っている。
「我が命は、君たちの『想い出』と共に」
ブルーのメッセージを、口に出してみる。
ヴァージニアの『想い出』にある鳴上悠を見る。
喪っても、失くしたわけではない。
つまり、そういうことだ。
『想い出』とは、死者の行き場所であり、彼らの存在を保証するものなのだ。
ツェツィのことだって、同じだ。
一緒に過ごせた温かさと護れなかった痛みと共に、ツェツィだって『想い出』の中にいる。
だって、覚えている。
お話したことも、抱きしめてくれたことも、涙を拭ってくれたことも、覚えている。
確かに、ツェツィは、いるのだ。
故に。
みんながいなくなったからといって、喪った記憶が辛いからといって、自分の『想い出』も生命も、否定してはならない。
みんながいなくなったからこそ、喪った記憶があるからこそ、『想い出』を抱えて生きなくてはならない。
たとえつめたくても、さみしくても、悲しくても。
守れなかった罪悪感も、護れなかった後悔も、噛み締めた無力さも。
すべてをひっくるめて、生きなくてはならないのだ。
――生きるって……大変クマ。
でも、だからこそ。
あったかで、楽しくて、とても嬉しいものだって、一緒に握り締めていられる。
みんなは確かに生きて、クマと共にいたと、胸を張って言える。
立ち上がる。
立ち上がれる。
やることはまだ、いっぱいある。
まず、トトリのために、何かできることをしたい。
死を求められても、嫌われても、怨まれても、憎まれても。
それでも生きていれば。
生きていれば、できることが、きっと何かあるはずだと思う。
そして、帰るのだ。
彼らの生きた街へ。大好きなみんなと共に過ごした稲羽市へ。
『想い出』を抱えて帰るのだ。
待っている人の元へ――菜々子の元へ、帰るのだ。
112
:
Memoria Memoria -想い出を抱き締めて-
◆6XQgLQ9rNg
:2013/01/02(水) 19:30:38
「ただいまを言う為に――行ってきます」
誰にともなくそう告げて、クマは腕に力を込める。
込められる力があることが、堪らなく嬉しかった。
「イエス――」
意識の深層に潜り、自分と向き合い、満ち満ちる力を引き出す。
「カムイモシリッ!!」
キントキドウジを越え、カムイの先へと至ったペルソナを、召喚する。
七色をし、手足の生えた弾丸にも似た流線型が、クマの頭上に顕現する。
流線型に接続されたブースターには、薔薇の紋章が刻まれている。
マントをはためかせ王冠を頂くそのペルソナは、悪夢の国に終わりを告げに来た、王子のようだった。
「カム!」
クマは呼ぶ。
「カムッ!」
クマは呼ぶ。
「ミラクルッ!!」
悪夢を貫くための奇跡を、呼び寄せる。
カムイモシリから、光が放射状に迸った。
クマの『想い出』が詰まった光は強く、それでいて優しい。
その光はヴァージニアを、カズマを、クマを包み込み――晴れる。
瞬間、カズマの動きがより軽くなる。クマの受けた傷が癒えていく。そして。
ヴァージニアの右腕が。
動かなくなってしまっていた、右の手が。
ぴくりと、動いたのだった。
◆◆
負った傷から痛みが消える。貧血による強烈な目眩が収まっていく。全身に巡る血液を感じ取る。澱みこびりついた疲労が嘘のように消え去る。
そして、垂れ下がるだけで如何なる意志にも反応してくれなかった右腕に、活力が戻って来る。
五指を曲げてみる。拳を握り、筋肉に力を流し込んでみる。肘を曲げてみる。肩を回してみる。
動く。
痛みも痺れも違和感もなく、動かせる。
訪れた奇跡の光が、全ての疲労とダメージを拭い去り、持っていってくれていた。
動作を縛るものは、もう存在しない。
だからヴァージニアは駆ける。
胸の奥から噴出する力に任せ、駆け回る。
バントライン93R、プリックリィピアEzの弾倉から空薬莢を排出。リロード。
手慣れた動作は1秒足らずで完了され、両銃をホルスターへ収める。
駆け抜ける。
『想い出』の森を、駆け抜ける。
堂々と響くシェリルの歌声の中を、駆け抜けて――見つける。
カズマの拳から 這う這うの体で逃げ出すベアトリーチェを、捕捉する。
「もういい! もういいッ! お前たちの『想い出』などいらないッ! わたしに逆らう『想い出』なんていらないッ!」
駄々をこねて拗ねる子どものように喚き、ベアトリーチェが手を振るう。
「そんな『想い出』、首輪もろとも弾け飛ぶがいいッ!!」
涎を吐き出し叫ぶ。
しかし、姫君の命に従って炸裂する首輪は、一つたりともありはしなかった。
当然だった。
首輪の爆弾は、対象者が抱える負の『想い出』を吸い上げて刺激し、起爆されるものなのだ。
負の『想い出』さえ宝物とする意志がある以上、爆破されることはない。
錯乱し狂乱するベアトリーチェは、そんなことすら気付かなかった。
「わたしたちの『想い出』は、あなたの思い通りになんてならない。今、あなたが自分で言ったのよ」
113
:
Memoria Memoria -想い出を抱き締めて-
◆6XQgLQ9rNg
:2013/01/02(水) 19:31:10
「う、あ――ッ! ああぁあああぁああぁああぁあああぁああぁあぁぁぁあ――――ッ!!」
夢魔から迸る叫びには、もはや意味など宿っていなかった。
なおも逃げようとするその身を、氷が覆い尽くす。
「クマは、クマクマッ! みんなと出会って、クマは、他の誰でもない、クマになれたクマッ!
この『想い出』は、何があっても、どんなことがあっても、ゼッタイにゼッタイ、手放さないッ!!」
蒼く白い氷は、カムイモシリによるブフダイン。
もはや偽物の『想い出』で融解させられるほど甘くない、強固な氷塊。
「わたしは現実を生きてゆくッ! 貴方が奪った『想い出』をみんなに返して、わたしの現実を生きてゆくッ!!」
鮮やかなクイックドロウが果たされ、銃声が連続する。
数は十。弾痕が描くは十字の軌跡。
ガトリング・十字砲火<ノーザン・クロス>。
硝煙を置き去りにして一気に吐き出された銃弾は正確無比に、ベアトリーチェを十字に射抜く。
「俺が、この俺の拳がッ!! 俺たちの『想い出』がッ!!
この悪趣味な夢を終わらせてやるッ!! てめェの夢も、ここまでだぁ――ッ!!」
カズマの両拳から、猛烈な輝きが迸る。
迸るのは力ある光。刻んだ『想い出』を乗せた全力の一撃。
全力のシェルブリット・バーストは、一切の抗いさえ許さず、ベアトリーチェへと疾走し――。
クマの氷もろとも、割り、砕き、貫いた。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ」
夢魔の絶叫と共に、莫大な量の光が爆ぜる。
爆ぜる。
爆ぜる。
爆ぜる――。
◆◆
光が晴れた時、そこにベアトリーチェの姿は存在しなかった。
首輪が霧のように消失する。
終わった。
終わったのだ。
だが、激しく震動するナイトメアキャッスルは、ブルーを弔う時間すら与えてはくれない。
柱は折れステンドグラスは砕け天井は落ち玉座は罅割れていく。
主を失った悪夢の城は、集合無意識の海へ還り始めていた。
ベアトリーチェの手による爆発が行われずとも、崩壊が発生することは想定できていた。
とはいえ、悠長に構えてはいられない。
夢に呑まれて消えるわけには、いかなかった。
「急ぎましょう。殊子たちのことも気になるわ」
「トトチャン、コトチャン、クマがすぐ行くクマ! 待ってるクマよーッ!」
我先にと駆け出すクマ。その背を、急いでカズマとヴァージニアが追う。
「行くのはいいけどよ! アイツらがやりあってたらどうすんだ?」
「その心配はいらないと思う。首輪もなくなってるし、城が崩れ始めてるから、殊子なら終わったって気付いてくれるわ」
殊子と別れてから、もう1時間は経過している。
心配するべきなのは、最悪のケースの可能性だった。
「……万が一の場合は、わたしがトトリを眠らせる。そしたら、急いであの子を――」
ヴァージニアの言葉を轟音が遮る。震動が強さを増した。
立っていることすら困難なほどに、城が激しく揺れる。
「ク、クマーッ! ゆゆゆゆゆ、揺れております! ぐらんぐらん揺れておりますよーッ! と、とっと、とっ」
クマが、足をもつれさせた。
転ぶ。
「ちょっと、クマッ!?」
丸い体が階段へと落ちていく。
「お、おい! クマ野郎ッ!?」
「せーかーいーがーまーわーるークーマーッ!」
下り階段を、物凄い勢いで転がり落ちていく。絶えない震動が、クマの身を大きくバウンドさせた。
「まったく! 元気になったと思ったらこれだわッ!!」
次第に大きくなっていく揺れの中、階段を駆け下りる。
かつてのナイトメアキャッスルよりも遥かに広く大きく複雑に作られていたせいか、予測よりも崩壊が早い。
壊れて崩れて落ちていく。溶けて混じって乱れていく。
夢の城を構成するあらゆる物質がノイズに喰われていく。
ノイズの中、蠢くものがヴァージニアの目に入った。
「あれは――ッ!?」
114
:
Memoria Memoria -想い出を抱き締めて-
◆6XQgLQ9rNg
:2013/01/02(水) 19:32:04
入ってくる。
ノイズを破り、電界に住まう魔獣が崩れゆく城に侵入してくる。城の崩壊に伴い、夢魔の結界もまた消失したのだった。
集合無意識を彷徨っているのは、魔獣だけではない。
シャドウが、神の悪夢が、次々と溢れて零れて塗れていく。
数は増していく。
埋め尽くされる。
滅びゆく城が、帰り道が、無数の異形で塗り潰される。
異形の群れが、ヴァージニア達を知覚した。城が立てる崩壊の呻きと、異形どもの咆哮が重なり合う。
耳障りな騒音に目を顰めながら、銃を構えようとして――。
「行けッ!! 道は空けてやるッ!!」
ヴァージニアを押し留め、カズマが異形どもの前に出る。
その身に纏うはシェルブリット。出し惜しみなしの最終形態。
立ち向かう覚悟だってある。負けない気持ちだってある。
わたしも戦う、と言うのは簡単だ。
だが、ヴァージニアは迷わずに頷くのだ。
細かい理屈とか理由はいらない。
ただ、カズマのすべてを信頼し、ヴァージニアは頷いた。
「生きて帰りましょう。一緒に、必ず」
「あいよ。それじゃあ――行くぜッ!」
軽く片手を挙げ、カズマの拳が異形どもを退けた。
群れが別れて出来た道を、ヴァージニアは突っ走る。
揺れにも負けず、振り返らず、異形の間を抜けて行く。
シャドウを振り切り、神の悪夢の残滓を踏みつけ、魔獣の死骸を跳び越えて。
到達する。
カズマがすぐに来ないのは、追手を押し留めてくれているからだろう。
振り返らず、床を蹴り付けた。
クマの姿はまだ見えない。
あの長い階段を転がり落ちても目を回していないのだとしたら大したものだとヴァージニアは思う。
駆ける。
駆ける。
現れる異形はすべて無視し、阻む邪魔者を撃ち抜いて、前だけを見て駆ける。
長い回廊の先、クマの後ろ姿が見えた。やはり目を回していたのか、その足取りは多少覚束ない。
追い付ける。
そう思い爪先に力を込めた、その瞬間に。
「ッ!?」
不意に、足場が、抜け落ちた。
行き場を失った力は空を蹴るだけで、反動は少しも戻ってこなかった。
落下が、始まる。
夢の底へ、集合無意識の澱みへ、ノイズの深奥へ、落ちていく。
「クマッ!!」
叫んだ声は、崩れる城の泣き声に潰された。
手を伸ばす。
指先が、断層の端に引っ掛かり――触れた床が、ぼろぼろと崩れ落ちた。
「嘘――ッ!?」
指先は、むなしく中空を掴むだけだった。
崩れゆく城の破片と共に、体が、下へと引っ張られる。
轟音が、一気に激しさを増して聴覚を支配する。
上に見える城が、完全に崩れ落ちて欠片となり、夢に溶けていく。
クマの姿が見えた。
両手をぐるぐる回しながら、落ちてゆくクマの姿が見えた。
ヴァージニアは思いっきり手を伸ばす。何かに捕まろうと手を伸ばしながらも。
ヴァージニアは、無常にも落ちてゆく。
夢魔の野望と共に、何処までも何処までも落ちてゆく――。
115
:
Memoria Memoria -想い出を抱き締めて-
◆6XQgLQ9rNg
:2013/01/02(水) 19:32:17
【ヴァージニア・マックスウェル@WILD ARMS Advanced 3rd】
[状態]:健康。首輪解除
[装備]:バントライン93R@WILD ARMS Advanced 3rd、プリックリィピアEz@WILD ARMS Advanced 3rd
[道具]:基本支給品、その他支給品
【カズマ@スクライド】
[状態]:健康。首輪解除
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、その他支給品
【クマ@ペルソナ4 ザ・ゴールデン】
[状態]:健康。首輪解除
[装備]:エアガイツ@FINAL FANTASY 8
[道具]:基本支給品、その他支給品
【ブルー@サガ・フロンティア 死亡】
【ナイトメアキャッスル 完全崩壊】
116
:
◆6XQgLQ9rNg
:2013/01/02(水) 19:33:23
以上、投下を終了いたします。
かなり削ったつもりですが長くなってしまいました…
117
:
◆MobiusZmZg
:2013/01/02(水) 20:18:33
執筆と投下、お疲れ様です。
長いとかどうでもよくて、満足感で胸がいっぱいになりました。
把握率は生存者に限って半分、といったところだったんですが、その中でも
読みたいと思った絵が、拾って欲しいと感じるテキストや技や演出が
しっかり描かれていることが本当に嬉しくて、読んでいてたまりませんでした。
小気味良くテンポを刻んで展開された戦闘や『想い出』、とくに後者は短めの文章で
畳み掛けてこられたことも相まってか、ヴァージニアたちの心から想起された想い出が
決戦の場に広がるさまが目に見えるようで素敵でした。
良い作品を読ませていただいて、本当にありがとうございます。
あと一話も楽しみにしていますね。
◆◆
それと……同じレスにまとめてしまいますが、自分の3ロワについて。
六代目さんにはすでにTwitterでお伝えしたのですが、投下分の加筆修正など行った
まとめサイト( ttp://www.eonet.ne.jp/~ice9/3rowa/ )を作成しました。
次の投下は最初から仕上げていきますが、Twitterに触れていない方に向けて、一応報告いたします。
118
:
名無しロワイアル
:2013/01/03(木) 02:32:11
把握はヴァージニアとクマとカズマ(とベアト)だけどこの重厚さは
ブルーの未把握差し引いてもグッっとくる…ッ!
首輪の起爆条件とかリレーでは扱いづらそうだけどこのロワならではという感じで
なんていうか、うん、すごいな
119
:
名無しロワイアル
:2013/01/04(金) 01:25:26
スレ主さんに質問です。
話数が288話〜290話と定められているのには何か元ネタがあるのでしょうか?
120
:
FLASHの人
:2013/01/04(金) 02:55:20
>>119
特に元ネタはありません。
なんとなく100人規模だと300話前後で完結すると収まりがいいかな、という漠然としたイメージだけです。
あと、テンプレとその後で288話〜290話ってのと298話〜300話ってので表記がブレてますが
どっちでもかまいません。
綺麗に300話終了ってしたかったけど、むしろ嘘っぽいから290話終了でもいいや。
121
:
◆nucQuP5m3Y
:2013/01/04(金) 02:56:47
「リ・サンデーロワ」の299話投下します
122
:
299話「裏」
◆nucQuP5m3Y
:2013/01/04(金) 02:57:57
「読者が飽きる」
目の前に浮かぶ、少年とも少女ともつかぬ人影。
頭の上に小さな地球のような球を浮かせるその姿は、一般的な神や仙人のイメージにそぐう物ではなかった。
強いて言えばマスコット、どこかの街のゆるキャラだと言われれば大半の人は信じるだろう。
しかし、踏み込んだ六人はその姿に畏怖こそ感じれど、油断をすることはなかった。
それはこの悪夢の始まりの日、全員が集められたあの場所で、彼らに死のゲームのスタートを言い放った姿のままだったからだ。
本当ならば、その直前に「見せしめ」と称して橘を殺した姿をも想起し、さらに恐怖して然るべきだが、消失(デスアピア)した世界のことを思い出せるものは参加者にはいない。
ゼクレアトルの言葉にまず反応したのは霊幻だった。
「読者、とは誰のことだ」
「やはり、読み手(にんげん)のことでございますか?」
続いたのは鉢かつぎ。
ゼクレアトルの瞳を見据えて問い質す。
彼女はもともとが、狂った「御伽噺」を正す役目を負った月光条例の執行者。
今回の参加者の中でも、ギャグ漫画と並んでメタ的な思考をすることに慣れている。
そして、彼女の手の中には一つのヒントがある。
彼女自身が記したメモ。しかし、彼女はそのメモの意味を図りかねていた。自分が書いたとは思えない文章、誰か別の人の考えを写し取っただけに見えるそれに対する答えを、ゼクレアトルとの問答の中に求めていた。
123
:
299話「裏」
◆nucQuP5m3Y
:2013/01/04(金) 02:58:16
「そうだな……ここまで来たわけだし、教えてやってもいいぞ」
ゼクレアトルは宙に浮いたまま緩やかに八の字を描くように揺れる。
退屈な電話をしているときに指でする仕草をその小さな全身でするように、ゆっくりと。
「最初にお前達に消失(デスアピア)の話をした時に言ったよな。『お前の世界の参加者が全員死んだら、その世界は消える』って。んじゃあ、これは何だと思う?」
ゼクレアトルは自分の後方を指差す。そこには巨大なガシャポンの器械のような器がそびえていた。
幅の広い台座に乗った、上部の透明な球体の中にはゼクレアトルが頭の上に浮かべているのと同じ、惑星に似た球体がぎゅうぎゅうと詰め込まれている。
「あれが『世界』だ。お前達、漫画のキャラクターが存在しているそれぞれの世界。このゲームに参加した者全ての世界が、あの中に詰まってる」
「ハァ?漫画の……?」
蝉がそのガシャポンを睨みつける。
よく見れば球体は一つ一つがうねるように模様を変えながらそこに在った。
うねりの一つ一つが水であり、空気であり、人であり、社会であり、営みであり、そこに渦巻いているものを全てまとめて呼ぶのならば、やはりそれは「世界」としか言いようのない球に見えた。
超常的なものには懐疑的な蝉にすらそう見える代物である、むしろ超常の側にいる他の者には当然のように感じ取れているだろう。
紛れもない、あれが「セカイ」だ、と。
誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。
「つまりよ、お前はこう言いたいわけか」
手にした果物ナイフを握りなおし、蝉がゼクレアトルを睨みつける。
「俺らも、あんなちっぽけな球っころの中に収まっちまうような、漫画の登場人物だって言うのかよ!!」
「そうだ。お前たちが生きていた世界とはこのあの球体と同じもので、お前達が生きていた人生とは漫画のシナリオの一部ってことだ」
「でも、でもよ!!」
言い聞かせるようなゼクレアトルの言葉に、蝉は駄々をこねる子供のように苛立ちを振りまいて――そして、
「そんなことは、とっくに知ってるんだよ!!」
笑った。
124
:
299話「裏」
◆nucQuP5m3Y
:2013/01/04(金) 02:58:51
「なっ!?」
「遅ェよ!」
振り向こうとしたゼクレアトルに蝉が果物ナイフを投げつける。
最後に残った武器だというのに、何の未練もなく一直線に。
ひょっとしたら、ただのナイフなど仙人であるゼクレアトルにはなんの効果もないかもしれない。
それでも不意を突かれたことで、ゼクレアトルは一瞬、視線をナイフの軌道へと移した。
その瞬間、視線とは逆の方向。ゼクレアトルから見て左後方から声が聞こえた。
「桂木なら、こう言うんでしょうね」
先ほどまで全員が注視していたはずのガシャポンの器械の上に座り、手に持った紫陽花"玉"に点火したハクアもまた、笑っていた。
「見えたわ、エンディングが」
爆発音。
破壊音。
紫陽花"玉"が弾ける音と
ガラスが割れるような音。
「バカな!?」
ゼクレアトルの叫び。
聞いたことのない音。
"世界が解放される音"がホールに響く。
砕けた器の割れ目から、一つ、また一つ、とガシャポンから転がり出て、虚空に融けるように透けて、見えなくなっていく。
125
:
299話「裏」
◆nucQuP5m3Y
:2013/01/04(金) 02:59:13
「おいおいどういうことだ? どうやった? どうして"俺様が認識できない"んだ?」
不思議な顔でハクアと残りの五人を交互に見ているのはゼクレアトルだ。
「お前の好きな読者って奴のために、ネタバラししてやろう」
組んでいた腕を解いて、右手に何かの本を持った霊幻が一歩進み出る。
その瞳には先ほどまでの悲壮ともいえる決意とは全く違う、確信の光が灯っている。
「まず、お前は俺達のことを全て把握できると思わせていたかったようだが、それは違う。そうだな?」
「……」
沈黙を肯定と受け取って霊幻は続ける。
「確かに俺も、他の連中もずっとお前に監視されていると思っていた。だが、二度目の放送でお前が物理的な監視では説明がつかないことを言った。参加者の『感情』について述べたんだ。もちろん、憶測で言ったものととることも出来たが……俺と、もう一人はそうは考えなかった。お前が本当に参加者の心情にまで監視の目を届かせていると、そう判断した」
ゼクレアトルは反応を見せない。
「俺は答えにたどり着くのは簡単だった。支給品がこれだったからな」
そう言って、手にした本の表紙をゼクレアトルに向ける。
『ゼクレアトル 〜神マンガ戦記〜』
『打ち切りだ』と吹き出しで喋るゼクレアトルの絵が印象的な表紙には、そのタイトルと1巻のナンバリングが見て取れる。
「この中にある、お前とカン太のやりとりに全部書いてある。『この出来事は全てマンガになって、仙人たちが読んでいる』ってな。だからすぐにわかった。"このゲームもまた、マンガとして誰かに読まれている"。その読者ってのがこの話同様に仙人たちなのかはわからんが……少なくともお前、ゼクレアトルもまた、描写されたマンガを読んで、そこから参加者の情報を得ていたんだ。そうだな?」
霊幻の手にあるそのマンガは、ゼクレアトルそのものの名を冠し、彼と、彼に翻弄される主人公の運命を描いた、メタ手法のマンガだった。
ゼクレアトルが、主人公であるカン太に彼がマンガの主人公であることを教え、その上でどうやって生きていくかを試し、それをマンガにした日常系非日常の、トゥルーマンショー的なマンガ。ただ、そこから先に強烈などんでん返しがあるのだが、それについては今は割愛する。
「だから、俺は作戦を立てることが出来たんだ。このマンガにあったぜ『載せて都合が悪いことは、描写されない』ってな。もちろん、ヒントとなりうる描写程度はされていたかもしれないけど……結果はこうだ」
「……こう言うときは極力茶々をいれねぇのが犯人側のマナーだ。それとも推理漫画の犯人のようにこう言えばいいか?『それはお前の憶測に過ぎないじゃないですか!』、あるいは『はっはっは、想像力の逞しい探偵さんだ』って……。いや、俺はあの蛇足感がどうも嫌いだ。いいぜ、認める。俺はお前達を、この仙人サンデーの紙上で監視していた。だが、それは裏をかかれた理由にはなっていないぞ。お前達の作戦が、描写されて都合が悪くなることなんて、俺には一つもない。作戦のからくり自体は大体読めてる。蝉の持ってた最後の不明支給品……あれが『神のみ』の羽衣だったんだな……あれでハクアの身代わり人形を作り、迷彩で俺様の後ろに回る……そして紫陽花"玉"で世界を入れた容器を爆破。……でも、それが描写されていない理由はなんだ……蝉がハクアに羽衣を手渡したシーンもなかった!」
「だからさ、お前は根本的に勘違いしてるんだよ、ゼクレアトル。お前が"管理者"でいられたのはついさっきまでだ」
「なんだと?」
霊幻は手にした漫画を突き出し、振り上げ、床に叩きつける。
「この話を読んでるのは、お前だけじゃない。いや、むしろこの話はお前でない誰かに読まれるために作られた……そろそろ、気づいただろ?」
「……!!」
はっとした顔のゼクレアトル。
左手に持った仙人サンデーを、右手でもって高速で捲っていく。
「そうかよ……そういうことか」
「そうだ、そういうことだ」
ゼクレアトルはページを開いたまま雑誌を投げ捨てる。
開かれたページには、つい一瞬前にゼクレアトルがしてみせた驚愕の表情がそのまま描写されている。
次のページには霊幻の顔がアップで描かれ、にじむように直前の会話が浮き出し始めていた。
126
:
299話「裏」
◆nucQuP5m3Y
:2013/01/04(金) 02:59:34
「俺様が"ラスボス"になったのか!」
「そうだ!お前は神じゃない!作者でもない!読んでいる人が面白いと思うように漫画は描かれる!俺たちが立てた作戦、お前が欺かれる衝撃、ハクアの決め顔、全て、読者が喜ぶように描かれた!!興ざめする作戦の仕込みのシーンは後からバラす!そういう"演出"だ!!」
「く、ククク……クククク……ハッハッハッハ!!すげえじゃねえか!そうか、それなら俺様の"裏"をかく事が出来る……お前達がヒーローで、俺がラスボスである限りは、俺に不利な情報はもはやヒント程度しか描写されない!」
愉快そうに笑うゼクレアトル。
彼にとって、漫画とは自分達仙人が作る世界のことだ。
それが面白くなるかどうかは全て仙人の手腕にかかっている。
設定にシナリオは言うに及ばず、ちょっとした演出の一つ一つや視線誘導に至るまで、その世界に産み落としたキャラクターをうまく誘導することでくみ上げていくパズルのようなものだ。それがカチリとはまった時、その漫画は『傑作』と呼ばれる、そういう仕組みの中で生きていた。
しかし今はどうだ。
自分もまた、誰かが読む漫画の登場人物の一人、それも主人公達に倒されるために設定された悪のボスという配役を与えられ、作者にも近い万能性はほぼ奪われた。
ただ、それがたまらなく心地よかった。
"間違いない。この話は『傑作』になる。"
その確信を今手にすることが出来たのだ。
殺戮ゲームというキャッチーで凄惨な設定、人々の好むバイオレンスと、他作品のクロスオーバー、確かにやりすぎといえばやりすぎともいえる要素のごった煮が、ここにきて超王道的なラストに向かって堂々と突き進んでいる。
漫画を作る仙人として、自分がその一部であることに喜びを見出していた。
そのことと、もう一つの確信に向けて、なるたけ悪魔的に口の端を吊り上げる。
「だったら、やるべきことは一つだよな!」
腕を振るう。
キャラクターとしてのゼクレアトルは人間の何分の一かの等身で、腕などは小動物ほどしかありはしない。
しかし、その振るった腕からはビル一つを吹き飛ばすほどの衝撃波が放たれていた。
向かう先は前方の五人。
いかに彼らが主人公(ヒーロー)であっても、当たれば無事な描写などされようがない。
127
:
299話「裏」
◆nucQuP5m3Y
:2013/01/04(金) 02:59:50
「ここは……」
衝撃波の到達より数瞬早く響いたのは少年の声だ。
呪術王、アルシド=クローサーの孫にして次代を担う若き呪術師、黒兎春瓶。
「僕の"領域"だ!衝撃波(おまえ)の進入を……許可しない!!!」
その声と共に、注連縄のようなビジョンが五人の前に展開される。
衝撃波はその注連縄から上下に伸びる光の壁とぶつかって、弾け、霧散する。
削り取られた床材の欠片がもうもうと舞い上がり、互いの視界を遮る。
その中で、説明を求めるようにゆっくりとゼクレアトルは呟いた。
「……呪術"結界(エントリー)"か。でもそんなもんで防げるレベルの技じゃなかったはずだぜ……黒兎」
「呪術は、想いがこもった呪具を使えば……何倍にも強くなるんだ!!」
呪術の初歩であり奥義、己の領域を設定し、その中への侵入を拒否する技"結界(エントリー)"。簡易的にであれば石ころを並べるだけでも発動が可能な術だが、その領域設定をするモノ自体が呪力を帯びていれば、その威力は格段に跳ね上がる。
そして、春瓶の足元の床には、今の結界(エントリー)を発動させたモノが突き刺さっていた。
一つ、九尾の大妖を滅するべく、人の命を融かして鍛えられた破邪の槍。春瓶と共に、この島を二日にわたって駆け抜けた少年、潮が持っていた、恐怖を抱かぬ妖器物、名を「獣の槍」という。
一つ、大妖怪の牙を鍛えて造られたと言われ、斬った妖怪の力を吸って強大になっていく大刀。一日目に、春瓶の眼前で亡くなった少年、革(あらた)から託された刀、名を「鉄砕牙」という。
一つ、古代王朝の遺跡を内包する謎の迷宮、通称"ダンジョン"を踏破したものが手に入れることが出来る武器。水鏡が失意のうちに落とし、鉄砕牙が消滅した後に春瓶の手に渡った、ジンの宿った金属器。名を「バルバットの宝剣」という。
その三本が、輝きを放ちながら春瓶たちの前に強大な結界壁を出現させているのだ。
春瓶は武器の扱いは苦手だが、それを媒介として術を発動することには誰よりも長けている。
そしてその媒介は一本一本が物語の中心になるほどの力を持った武器。もはやこの結界壁は惑星を砕くほどの攻撃でなければ突破は出来ないであろう。
「潮と誓ったんだ。お前を倒す!世界を救う!みんなを、取り戻す!!いくぞ、三下!!」
128
:
299話「裏」
◆nucQuP5m3Y
:2013/01/04(金) 03:00:18
「ああ……そうかよ……それは、いいわ、すごくイイ」
ゼクレアトルは己の攻撃が無傷で防がれたというのに、むしろ嬉しそうに微笑んで、両手を地面にかざす。
「じゃあ次はこれだ……かっこよくあしらって見せろ!」
ぼんやりとその手が光ると、地面からボコボコと何かが湧き出すように泡立ち、その泡の海から次々と生まれ出てくるものがある。
「妖怪と……ケッ、蟲かよ!面白くもねぇ」
恋川春菊が毒づく。
彼らが普段対峙し、退治している、人を襲う巨大な蟲と、見るからに生命の理から外れている異形のバケモノが次々と形を成して、五人へと向かってくる。バケモノ達は出自もデザインもバラバラで、あらゆる世界から喚び出されているという印象だったが、そのどれもが間違いなく敵意を持って生存者たちへと向かっていた。
「なめられたものよね!」
それを後ろから切りつける影。先ほどまでガシャポンの側にいたハクアだ。
手には大きな鎌を持っている。が、それは彼女が本来持っている新地獄の悪魔のものではない。
この島で出会った死神、彼女たち新地獄の悪魔とは異なった地獄の使者の持ち物。
六道りんねから譲り受けた死神の鎌が蟲の一匹に振るわれ、醜悪なその容貌を細切れの肉片へと変えていく。
「おいおい嬢ちゃん、俺の分も残してくれよ!」
慣れない奉行所の面子であればてこずるであろう中型の蟲を事も無げに刻んだハクアに、手にした酒瓶を呷って嬉しそうに恋川は言い放つ。
「じゃあ、俺は見知った顔じゃないほうを……」
斬
斬
斬斬斬斬斬
両手に持った二振りの妖刀が風と共に片手に余るほどのバケモノを一瞬で切り刻む。
切り口は滑らかで、固い皮膚を持つバケモノも、軟体で斬り難いであろうバケモノも、一様に格子状のラインが刻まれ、そこからサイコロステーキのようにバラバラになって行った。
恋川の手にある一本は風神を宿した、その名も風神剣、もう一本は魔導具「磁双刀」が一方、N刀。
二千を超える人を斬ることで極められた、ボロ刀や笹の葉ですら敵を切り裂く恋川の技量だ。これほどの刀を使うならばもはや豆腐を切るよりも容易い芸当である。
「っと、一匹行ったぞ兄ちゃん」
だから、おそらくその斬り漏らしは偶然ではなく故意だったろう。
129
:
299話「裏」
◆nucQuP5m3Y
:2013/01/04(金) 03:00:35
「っせーな!指図してんじゃねーよ!」
蝉が怒鳴る。
夏を謳歌するその虫に同じ名にふさわしく、相棒がそのやかましさから与えたその名にふさわしく。
「ったくよぉ……俺はこんなの相手にしてる場合じゃねえんだっつーの!」
彼は、生き残った六人の中では二番目に"普通"だ。
それは彼が凄腕の殺し屋であることを差し引いてもなお、残りの四人が超常的な戦闘能力を持っていることを意味している。
それでも、その彼ですら、この場に現れたバケモノ程度に遅れをとることはない。
「クソッ、本当に馴染むな、これは!」
手にしているのは、オリハルコンで造られたナイフ。
精神感応金属オリハルコンは現代の人類科学を超えた存在であり、それゆえに現代科学を超えた存在にも十分に脅威足りうる。
そして蝉はナイフ使いとしては彼の属する世界にいる殺し屋の中でもナンバーワンの存在である。
その二つが綺麗に噛み合った時、その能力は並大抵のエージェントや討魔の者を凌駕するほどの戦闘力となっていた。
このゲームが開始してから42時間ほどは、まさにその戦闘力で出会った者全てに死を撒き散らす脅威となっていた蝉だが、そのナイフが属していた『スプリガン』の世界が最後の参加者である染井芳乃の死亡と共に消滅してからこちらは、ろくな武器も持たずに彷徨っていた。
それが今、彼の手に『還った』のだ。
世界と、そして大事な『約束』と共に。
「俺はよ、プロなんだ。だから依頼はやりきる。じゃなきゃプロじゃねえんだ。あの世で岩西のバカが笑うに決まってる。そうだろ、姫サン!!」
倒れたバケモノの頭を踏みつけて、蝉は鳴く。
彼がこの殺し合いの中で出会ったあの子。
ロヴァリエ・リヒテンシュットン。
さる王国の次期女王にして、自分を「ギャグ漫画のキャラクター」と言って憚らない不思議な少女は、自分を殺した蝉に向けて、最期の依頼をした。
『プロなら……無差別に殺すなんて、ダメなんだよ……そうだ、わたしがクライアントに……なるよ。そうしたら、……目的の殺しだけで、いいんだよ……あのね、依頼は……このゲームの主催者……あの、ヘンテコなチビを、ブッコロしてやるんだよ……報酬は、この……』
自分の頭に輝くティアラに手を伸ばしたまま絶命した彼女を、蝉は忘れていた。
彼女が死に、受けたはずの依頼を心のどこかに置き忘れたまま、武器も持たずにあてもなく会場を彷徨い、答えを探していた。
そして、世界が還った今、その依頼もまた、彼の心に還ったのだ。
「いくぜ……ゼクなんとか……お前を殺して、依頼を達成する」
蝉は明確な目的を手に入れ、自身と誇りに満ちた瞳でゼクレアトルへとオリハルコンのナイフを向けた。
ナイフの輝きの中に、あの無邪気な姫の、はじけるような笑顔を見た気がした。
130
:
299話「裏」
◆nucQuP5m3Y
:2013/01/04(金) 03:00:54
「いいわ、ほんといいわお前ら、最高だ!!じゃあ、あと二人も当然、魅せてくれるんだよな!?」
配下を蹴散らされたことなど微塵もくやしくないかのように、満足げに微笑んでゼクレアトルは霊幻と鉢かつぎを見つめ、指を鳴らす。
その音が響くと、今度は空中に波紋が現れ、何かの形を映し、徐々にそれが実体となっていく。
その波紋が収まった時、そこに現れたのは先ほどまでの「バケモノ」や「蟲」とは全くデザインの違う、どこかおもちゃのような直線と曲線で出来た生物。その名を世界鬼といった。
本来であれば幻想の世界にのみ現れるそれには、呼び出したゼクレアトル自身が少し驚いていた。
「なんでもござれ、か。ラスボスらしい能力だ」
己に与えられた力に自嘲気味に笑うと、世界鬼はすでに鉢かつぎに向けて走り出していた。
「私は……約束しました」
鉢で隠された眼光は、確かに世界鬼を捕らえている。
飛び上がり、先ほどまで"消失していた右腕"を真っ直ぐに振り下ろした。
「世界を取り戻すこと!そして、この話を正すことを!江戸川コナン様に!!」
彼女がこのゲームの中で出会った、聡明な少年からメモを託されたのは第二回の定時放送の後のことだった。
メタ漫画というヒントを得ていた霊幻とは全く違う、提示されていた材料から組み上げられた推理によって、この世界のからくりに気づいたコナンによって、そのメモは残された。
自身が死ねば自分が書いたメモは消えうせる。その仕組みに対応すべく、話の要点を鉢かつぎに筆記させ、残した。
彼はおそらく、戦闘能力では他の参加者に劣る自分の死すら、推理してしまっていた。しかし、だからこそ、今のこの状況がある。
鉢かつぎにより消失(デスアピア)のシステムを理解したコナンは、このゲームの消失(デスアピア)がそれとは異なる事に気づいた。
そこから導き出した「世界は隔離されただけである」との回答と、「世界を取り戻せ」の方針。そして、鉢かつぎが持つ月光条例執行者の証「極印」による、次元超越の可能性。
誰かに書かされた文面だけで確証の持てない鉢かつぎが、世界奪還の瞬間まで信じ続けていた『思い出せない彼』の姿が、今ははっきりと脳裏に浮かんでいた。
「そして!!良守様にも!!」
叫びと共に横に薙いだ右腕は、彼女のものではない。
人のものでもない。
それは人形、オートマータを壊しつくすため生み出された人形、オリンピアの腕が融合するように鉢かつぎの右腕を補っていた。
墨村良守より託されたその腕で、縦に裂かれた世界鬼の半身をホールの奥へと吹き飛ばした。
「ゼクレアトル、貴方は、月打(ムーンストラック)されているのですか?」
全てを思い出した今、それは当然の疑問だった。
これが物語であるならば、青き月光によって捻じ曲げられているのなら、主催者を名乗るゼクレアトルが月打(ムーンストラック)によって狂っている。
その可能性を考えないわけにはいかない。
「それは『月光条例』の世界観だな。残念だが、俺はその世界の住人じゃねえ。されたくてもできねえ」
しかし、ゼクレアトルの答えは、きちんとフラグを潰しておくことの大事さを説くような、はっきりとして簡潔な否定だった。
「それでも……捻じ曲げられた物語は……猛き月光にて、正さねばなりません!!」
頭に乗った鉢は、それでも下を向くことはない。
今は彼女の右手であるオリンピアの腕の、その手の甲には三日月のような極印が輝いていた。
131
:
299話「裏」
◆nucQuP5m3Y
:2013/01/04(金) 03:01:12
「ザケル!!」
最後にホールに響いたのは霊幻の声だった。
オリンピアの右腕によって両断された世界鬼、その半身がいまだ力を失っていないと見るや、手にした魔本へ心を込めて呪文を唱えると、放たれた雷撃により世界鬼の半分が消し炭へと変わる。
霊幻の眼前にはエネルギー体として浮かぶ魔物の子、本来の召喚が行われていたならば「ガッシュベル」と呼ばれる正義と友情を尊ぶ男の子の輪郭がぼうっとした光を放っていた。
今回のゲームにおいて、本来の肉体ではなく魔法を行使するためのエネルギー体として召喚された魔物の子らの中でも最も潜在能力の高い彼を、霊幻はゲーム開始からずっと使役していた。
三日目の朝、皆本と永遠の別離をすることとなったあの戦いまでは。
「皆本……悪ぃ。薫を守れなくて」
別世界の組織BABELの基準を借りるならばレベル6の複合能力者という規格外、影山茂夫をアルバイトとして雇う霊幻は、全くの無能力者だ。
超能力、霊能力、そういった類のものを一切持たず、ペテンとフォトショップとマッサージで詐欺まがいの霊感相談所を営む彼は、この狂った物語の中で皆本という男に会った。彼もまた、能力を持たずして、BABELの超能力少女達を見守る普通の大人だった。
互いの境遇を(霊幻に関しては半分程度が嘘と自惚れだったが)嘆きながら、互いの保護すべき子供達との邂逅を願ってやまなかった二人。
その二人が、その守るべき子を眼前で失い、絶望の中で分かれたあの戦いが、今はっきりと霊幻の心に還っていた。
そして、皆本から託された、BABELのチルドレンの最後の一人、薫が死んだ時のこと、皆本の世界が失われることとなったあの瞬間のことを、身を裂かれるような後悔と共に、いまやっと手に入れた。
「お前、一番弱いはずなのにずいぶんとカッコつけてるな」
ゼクレアトルの視線に、得意の嘘もペテンもなく、真正面から霊幻は応えた。
「俺は無能力者だ。モブも、薫も、他にも沢山いた子供らを守ってやれない、無力な大人だ。でも、それでも、俺は大人なんだ。世渡りってやつを、子供に見せてやる責任があるんだよ!ザケルガ!!」
雷撃がゼクレアトルへと飛ぶ。
しかしそれは彼にぶつかる直前に一瞬陽炎のようにゆらめいて、そのまま憎き仙人の体をすり抜けた。
「やはり、次元の断層……!」
仙人と参加者を隔てる世界そのものの谷間に、霊幻は一瞬歯噛みする風を見せる。
が、次の瞬間には転がるように後ろへ飛んでいた。
「鉢かつぎ!極印を!」
「霊幻様!」
阿吽の呼吸で鉢かつぎはかぶった鉢を傾け、霊幻の持つ本に触れさせる。
鉢から流れ出た光が、魔本へと移り、本の表紙に三日月の模様を浮かばせた。
「ザケル!!」
再度、霊幻によって雷撃の呪文が唱えられる。
「クソッ!!やはり"そういう設定"になったか!」
その雷は文字通り光の速さでゼクレアトルへと殺到し、そして、彼の肩を掠めて後方へと飛び去った。
「どうだ、これでお前は丸裸だ。ゼクレアトル」
読み手(にんげん)世界に現れる、月打された御伽噺の人物とその御伽噺そのものを正す、猛き月光は元より隔てられた虚構と現実の世界を繋ぐ力を持っている。それゆえに、届くのだ。次元を超えて、届いたのだ。
132
:
299話「裏」
◆nucQuP5m3Y
:2013/01/04(金) 03:01:35
月光条例の極印の力をもってして、今仙人ゼクレアトルと、ただの人間と、新地獄の悪魔と、人斬りと、呪術師の卵と、殺し屋と、そして条例執行者が同じ地平に並んだのだった。
「全員、見得は切ったな……」
ゼクレアトルは確認する。
「ああ。終わりだ」
恋川の言葉にゼクレアトルは笑う。
「そうだな!終わりだ!でもな、ただただ俺がやられたら、それは傑作じゃない……わかってるだろ?バッドエンドだって、エンディングなんだぜ?」
そう言うと、先ほどバケモノを生み出したのと同じように手を足元へとかざす。
「もう一山魅せてみろ。それが出来なきゃ――全滅エンドだ」
湧き出しているのは先ほどまでのザコとは比べ物にならない、強大な瘴気だ。
白面か、ルサンチマンか、巨大蟲か、アラビアの魔人か、オリハルコンのゴーレムか、ファウードか。
あるいはもっと強大な敵か。下手をすればそれら全てか。
間違いなく現れるのは、どの世界においても最終決戦にふさわしい、絶望的な敵だろう。
しかし、生存する六人は後退はおろか、身じろぎすらしなかった。
武器を手に、足を地に、心を戦場に。
全てを整えて、前だけを見つめている。
「さあ、行くぜ、ラストバトルだ」
「来やがれ、クソ仙人!ジャック=クリスピン曰く、『バッドエンドを喜ぶ客は多い、しかしハッピーエンドを望む客はもっと多い』だ!!」
蝉は亡き相棒が敬愛するミュージシャンの言葉を引用し、大きく吠えた。
駆け出す六人の背中には、大きな三日月が輝き、世界を照らしていた。
133
:
299話「裏」
◆nucQuP5m3Y
:2013/01/04(金) 03:02:18
【黒兎春瓶@呪法解禁!!ハイド&クローサー】
[状態]:疲労(小)
[装備]:式紙・末吉 式紙・為吉@ムシブギョー、獣の槍@うしおととら、鉄砕牙@犬夜叉、バルバットの宝剣@マギ
[道具]:基本支給品一式
[思考]:潮との誓いを守る
【鉢かつぎ姫@月光条例】
[状態]:疲労(中)
[装備]:オリンピアの右腕@からくりサーカス
[道具]:基本支給品一式
[思考]:猛き月光により物語を正す
【霊幻新隆@モブサイコ100】
[状態]:各部に擦り傷、フラッシュバックによる無力化の可能性あり
[装備]:ニューナンブ(残り2発)@現実、ガッシュの魔本@金色のガッシュ!
[道具]:基本支給品一式、ゼクレアトル 神マンガ戦記 1巻
[思考]:皆本の望んだ世界を取り戻す
【ハクア@神のみぞ知るセカイ】
[状態]:疲労(小)
[装備]:火薬玉「紫陽花玉」@ムシブギョー、りんねの鎌@境界のRINNE
[道具]:水、PFP(ゲーム機)、悪魔の羽衣@神のみぞ知るセカイ
[思考]:最高のエンディングを手に入れる
【蝉@魔王、waltz】
[状態]:左脇腹に銃創(止血、弾摘出済)
[装備]:オリハルコン製ナイフ@スプリガン
[道具]:なし
[思考]:ロヴァリエ=リヒテンシュットンの依頼により、主催者ゼクレアトルを殺す
【恋川春菊@ムシブギョー、常住戦陣!!ムシブギョー
[状態]:腹部に大きな裂傷(止血済みだが傷が開けばまもなく死亡する)
[装備]:風神剣@YAIBA、魔導具「磁双刀」N刀@烈火の炎
[道具]:握り飯、酒瓢箪
[思考]:気に入らない仙人を斬り伏せる
【補足】
消失(デスアピア)したと思われていた世界は全て開放され、失われていた記憶とアイテムが全て最終所持者の手に還りました
月光条例の極印の力により、ゼクレアトルに全ての攻撃が届くようになりました
134
:
◆nucQuP5m3Y
:2013/01/04(金) 03:05:22
以上で投下終了です。
前回いろいろと表記でミスってますがまとめる時に直します。
135
:
名無しロワイアル
:2013/01/04(金) 09:35:49
執筆と投下、お疲れ様でした。
やりたいこと、とのことでしたが……これを読めてよかったと思います。
漫画には明るくないので、キャラクターについて言及することは
出来ないのですが、二次にかぎらず創作する者に向けての言葉として
作品を読んでいって、胸を衝かれることしきりでした。
こういう書き方は鬼札のようなものだろうとも感じるのですが、距離感が絶妙ですごい。
相手を教化することもなく、持論を押し付けるでもなく、けれど
「お前らなら面白いものを書けるだろう?」
という相手への期待や信頼をゼクレアトルの言から読み取ってしまいたくなる。
その期待や信頼なくしては、長期にわたるリレーもまず成り立たないはずなので、
299話目に相応しい内容でもあったんじゃないかなと想像が膨らみました。
原作好き、みたいな視点とはずれた感想なのですが、読ませてくださってありがとうございます。
残りの一話も楽しみにしております!
136
:
剣士ロワ第298話「決戦、開幕」
◆9DPBcJuJ5Q
:2013/01/06(日) 01:12:13
剣士ロワ、第298話の投下を始めます。
137
:
剣士ロワ第298話「決戦、開幕」
◆9DPBcJuJ5Q
:2013/01/06(日) 01:14:18
洛陽宮殿の入り口が、轟音と共に崩落した。同時に聞こえたのは、闇の力にて黄泉還りし亡者どもと、地の底から這い出た大妖怪の姿を借りた何者か達の、怨嗟と憎悪に塗れた断末魔だ。
1人宮殿の入り口に残った、数千年の時を戦い続けた武人――ゼンガー・ゾンボルトが殿の務めを見事に果たしてくれたのだと、振り返って確かめるまでも無く理解出来た。
彼らは誰一人として振り返ることなく前へと進み続けた。自分達が此処まで来るために死んでいった、死なせてしまった、あるいは殺してしまった――全ての命に対して、自分自身が正しいと信じた義を果たす為に。
幻魔皇帝を称する謎の存在に招聘され、否応なしに枷たる首輪を嵌められ、服従では無く殺し合いを強制され続けたこの3日。たった3日とは思えないほどに濃密な時間が過ぎ、あまりにも多くの命が散ってしまった。それも、もう終わりだ。
生き残り、1人の例外を除いて一つの志の下に団結した5人の類稀なる剣士達――ゼロガンダム、ゼロ、スプラウト、オキクルミ、そしてトゥバン・サノオは、殺戮の舞台の主宰者達が待つ宮殿の中心部へと迫った。
外には夥しい数の妖魔の群れが犇めいていたというのに、宮殿の内部は彼らが駆ける音以外に何も聞こえないほどに静かで、不気味だった。しかしその静寂は、すぐに破られた。
「……来たか。類稀なる剣士たちよ」
主催者の待ち受ける最深部。そこへ続く扉の前に、身の丈ほどもある巨大な剣を携えた1人の鎧武者――いや、1体の武人デジモンが佇んでいた。
「タクティモン!!」
ゼロガンダムが、そのデジモンの名を叫んだ。忘れられる筈がない。この魔人こそが、この殺戮の舞台でゼロガンダムが出会った盟友、アルフォースブイドラモンを手に掛けたのだ。
今やゼロガンダムにとって、タクティモンはかつて父ファルコガンダムを傀儡にし自分と殺し合わせた幻魔皇帝に次ぐほどの仇敵となっていた。
そのことは、他の4人も承知の上だった。その上で、ゼロガンダムの怒りを歯牙にもかけずに1人の男がタクティモンの眼前へと歩み出た。
「タクティモンか。お主が何故、そこにおる」
トゥバン・サノオはまるで、気心の知れた知己に話しかけるような調子でタクティモンに問い掛けた。これに気勢を削がれたゼロガンダムは、一度大きく息を吐いて、殺気を収めた。
他の3人も、未だ死んでいないはずのタクティモンが知らぬ内に会場から抜け出していたことに疑念を感じていただけに、臨戦態勢のままタクティモンの言葉を待った。
138
:
剣士ロワ第298話「決戦、開幕」
◆9DPBcJuJ5Q
:2013/01/06(日) 01:19:38
「この儀式を企てた者達に誘われたのだ。奴らに協力し、貴様らを倒す為の尖兵にならぬか、とな」
「それで、奴らに従ったのか。……代償は?」
ただ誘われただけで、主君への強い忠誠心を持つタクティモンが一時的にでも何者かに従うはずがない。それが分かっているからこそ、トゥバンは重ねて問うた。
すると、タクティモンは携えた大剣を構え、ほんのわずか、鞘から刀身を抜いた。それだけで、膨大な闇の瘴気が迸った。
「我が愛刀……蛇鉄封神丸の返還だ」
トゥバンへの問いに答えるのと同時に、タクティモンは蛇鉄封神丸を抜き放ち――
「悟の太刀・五稜郭」
――同時に5つの黒い斬撃を放った。その威力たるや尋常のものでは無く、たったの一撃で宮殿の一角が崩壊してしまっていた。
5人はそれぞれに身をかわし、五稜郭の斬撃と落下してくる瓦礫を避けていた。その視線は一様に、眼前に立つタクティモンと、抜き放たれた異様な剣に注がれていた。
「何だ、あの剣は!?」
「三種の神器が反応しているのか、あの禍々しい闇の力に……!」
2人のゼロは、タクティモンの剣から放たれる強大な闇の瘴気に戦慄し、声を漏らす。
気を抜けば頭から丸呑みにされてしまいそうな錯覚を抱く程の威圧感を、しかし2人は確固たる意志で撥ね退ける。
「魔剣シヴァ……いや、サルファーにも劣らぬほどの闇の力か」
スプラウトはタクティモンと蛇鉄封神丸に、半世紀にも渡り憎悪を煮え滾らせて来た怨敵――白き破壊神の影を重ねて見た。同時に、眼前の魔人がかの破壊神に匹敵する程の強敵であると直観していた。
「ヤマタノ……オロチ……」
そしてオキクルミは、抜き放たれその形状と質量を大きく変容させた蛇鉄封神丸を見て、ナカツクニとは海を隔てた故郷カムイにも伝説として伝わる大妖怪の名を口にした。
実際、蛇の頭部を8つ重ねたかのような異様な形状は、ヤマタノオロチを想起せざるを得ないほどに禍々しいものだ。
殺し合いを戦い生き抜いてきた百戦錬磨の戦士達すら戦慄する、タクティモンの真の力。
しかし、1人だけ、それを見て笑みを浮かべているものがいた。
「お主らは先に行け」
「トゥバン・サノオ以外に用は無い。先に進むといい」
トゥバンとタクティモンが同時に先を促す。これには、残る4人は驚愕せざるを得なかった。
何の力も持たないただの人間のトゥバンが、これほどの闇の力を持つタクティモンに挑むなど自殺行為でしかないと、全員が思ったのだ。
「正気か、トゥバン・サノオ」
恐らくはタクティモンとトゥバンの力量を最も正確に知るスプラウトが、トゥバンに問い掛けた。
これに、トゥバンは牙を剥く野獣の如き笑みを浮かべて答えた。
「この男との予てからの約定だ。互いに相応しき剣を得て相見えた時に決着を、とな。そしてそれこそを、我が内に潜むものが求めているのだ」
タクティモンとトゥバンの因縁は、この殺し合いの舞台で早々に出会った時に端を発している。その時の獲物は木刀と竹刀と、真剣勝負をするには相応しくないものだった。
だが、互いに相手の剣技の深遠さを読み取るには不足なく、同時に、それゆえの欲望が湧きあがったのだ。
――戦いたい。この男と、全力で、死力を尽くして、命尽き果てるその瞬間まで心行くまで戦いたい、と。
「往け。絶望と希望の相克、光と闇の決戦の舞台に上がるのは貴殿らこそが相応しい」
「修羅は、影で相喰らい合うのが似合いだ」
最早2人の視界には、互いの姿しか映っていない。表情が見えぬはずのタクティモンさえも嬉々として笑っているようにさえ見えるのは、眼の錯覚でも気のせいでもあるまい。
なにより、この2人、これから殺し合うはずなのに。片や凄まじき闇の瘴気を纏い、片や鬼か修羅かと見紛うような表情をしているというのに。
まるで、友人と戯れようとする幼児のような無邪気さを感じてしまうのだ。
「……行くぞ。この馬鹿どもは、もう梃子でも動くまい」
溜息混じりに、オキクルミがそう言った。トゥバンが理知的で聡明でありながら、どうしようもない程の大バカであることをよく知るオキクルミは、他の3人よりもそれを理解していた。
数秒の逡巡の後、4人はトゥバンとタクティモンを残して玉座の間へと続く扉を潜った。
「……トゥバン。必ず勝てよ」
友の仇を討つことよりも、今は友の願いを叶えるために前に進むことこそが、亡き友の為となる。
ゼロガンダムは断腸の思いでそう告げて、返事を待たずにタクティモンの隣を通り過ぎた。万が一この男が生き延びたなら、その時こそは自らの手で、と誓って。
一度開いた扉が、再び閉ざされた――瞬間。それを合図に、2人の修羅の戦いが始まった。
▽
139
:
剣士ロワ第298話「決戦、開幕」
◆9DPBcJuJ5Q
:2013/01/06(日) 01:25:45
「ふん、タクティモンめ。トゥバン・サノオ以外を素通りさせるとはな」
「だが、それもまた良し。既に黙示録は成就したのである」
4人が洛陽宮殿の玉座の間へ入ると、そこには空白の玉座の前に立つ2人の闇のもの――司会進行を務めていた司馬懿サザビーと、参加者に嵌められた首輪を始めとした会場のカラクリ仕掛けの責任者刃斬武が待ち構えていた。
殺し合いの開幕を告げた、3人の主催者の筆頭と目される幻魔皇帝の姿は見えない。
この2人と直接の因縁を持つ者達――真の正義と真の理想を掲げた2人の侠、愚直なまでに友を信じ続けた烈火の如き武者、仲間を守る為に疾風の異名のままに駆け抜けた剣豪。彼らは、戦いの中で散って逝った。
彼らとの縁を持つ者もこの場にはいない。だが、天を翔ける武者の後継者と真の勇気を示した侠との絆を持つ者が、この場にはいた。
「お前が刃斬武……いや、逞鍛か」
閉ざされた扉の向こうで戦いが始まったのを感じ取りながら、今は青い鎧を身に纏ったゼロが一歩前に出て、刃斬武をその真の名前で呼んだ。
自分を闇から救い出してくれた友の、最期の願いを叶える為に。
逞鍛と呼ばれた刃斬武は、しかし動じた様子も見せず、ゼロを嘲笑するような様子で睨みつけた。
「ん〜? 誰かと思えば、衛有吾を殺した赤きメシアではないか。破壊者の貴様が神の遺産たる三種の神器など纏って、すっかり英雄気取りか?」
炎の剣に宿っていた異界の魔王の魔力と闇の瘴気。それに狂わされたゼロは、この殺し合いの舞台で出会い行動を共にしていた衛有吾とダリオを襲い、自分を救おうとした2人を手に掛けてしまった。
このことは過去に救えなかった友人と愛した女性の事と並んで、ゼロにとって決して癒えない傷となっていた。
その傷口から心に入り込もうとする闇を、ゼロは確固たる意志によって撥ね退ける。あの2人から受け継いだ、正義を胸に。
「……衛有吾から聞いた。お前は、兄の死で……変わってしまったと」
ゼロの言葉に、仲間達だけでなく刃斬武にも動揺が見えた。だが、それも一瞬だけ。
「忘れたな、そんな昔のことは。今はただ、闇の使徒としての使命を全うするのみ」
全ての感情が消え失せたような暗い瞳と声。最早、衛有吾の願いは届かないのかと、ゼロは力の盾と炎の剣を握る手に、力を込める。
「聞かせてもらおうか、その闇の使命とやらを」
刃斬武が口にした“闇の使命”という、今回の殺し合いの核心に迫るであろう単語の意味をオキクルミが問う。
相手が思いの外饒舌である為、戦いの前にある程度の情報を引き出せると考えたからだ。
その思惑通り――或いはそんなものは承知の上であるのか、司馬懿は勿体ぶることも無くすぐに答えた。
「全てを滅ぼし灰燼へと帰し、新たなる世界の創造の糧とする。それこそがG記に記されし黙示録の預言である。この予言を実現させることこそ、我らの使命」
「くだらん。だが、それが奴の家族や……俺の村にも累を及ぼすようなものとあっては、捨て置くことは出来ん」
司馬懿の口から語られた闇の使命なるものの中身を、オキクルミは即座に切って捨てた。
かつては己の非力さへの悔恨と憤りから、自らの心の闇に捕らわれ道を見失ってしまい、そこを血塗られた赤き魔剣に浸けこまれてしまった。だが今は、自分を闇から解き放ってくれた友が示してくれた勇気が、心に宿る光となってオキクルミを導いていた。
しかし、オキクルミがこの殺し合いの場でどのような経緯を辿ったか知る刃斬武と司馬懿は、一笑に付した。
140
:
剣士ロワ第298話「決戦、開幕」
◆9DPBcJuJ5Q
:2013/01/06(日) 01:29:19
「ほう、虎暁の魂を継ぐ轟大帝を犬死させた犬畜生の変化が、よくもそんなことを口にする」
オキクルミは赤き魔剣に魅入られ、力への執着と固執、そして望むだけの力を得られぬ焦燥と不安を増幅されてしまった。
結果、自分よりも強い力を示していた仲間達を嫉妬心から不意討ちで殺めるという暴挙に至ってしまった。
それでも、オキクルミを見捨てず、残された命の全てを振り絞って立ち上がり、オキクルミを救ってくれたのが――轟大帝・孫権だった。
孫権は強かった。戦う力だけでなく、心が誰よりも強かった。どんな恐怖や絶望に挫けることがあっても、それでも決して屈さずに何度でも立ち上がって立ち向かい、最後には打ち克つ、真の勇気の持ち主だった。
この場にいるのがオキクルミでは無く、あの時にオキクルミが殺してしまった孫権を始めとした彼らだったなら、より大きな力となって闇の使徒どもと対峙していただろう。
だが、彼らはここにはいない。
それでも、自分はここにいる。
ならば、答えは決まっている。迷う必要などないのだ。
「だからこそだ。あいつが俺に伝えてくれた真の勇気……そして、気付かせてくれた、俺が求めていた力の、真の在り様。それで、貴様らを倒す」
クトネシリカと共に背負っていた虎碇刀を手に取り、切っ先を司馬懿へと向ける。しかし未だに司馬懿と刃斬武は悠然と構え、まるで値踏みするように4人を見据えている。
「幻魔皇帝は、アサルトバスターは何処だ」
ゼロガンダムはいよいよ待ち切れず、自ら仇敵の名を出した。
幾ら待てども現れず、しかもどれ程精神を研ぎ澄ませても何処にも気配を感じない。宮殿中に闇の瘴気が充満していても、あの男の気配をゼロガンダムが気付かないはずが無いのだ。
殺し合いの開幕を告げる時に自ら姿を現し高らかに宣言を出しておきながら、今更現れないのは妙だ。
「奴ならば、既に闇の生贄として捧げたよ。タクティモンは見込み以上の強さだった」
「な、なに……!?」
司馬懿の口から告げられた、予期していなかった言葉に、ゼロは周章狼狽し、絶句してしまった。
「残念だったな。父の仇を討てなくて」
刃斬武から投げかけられた言葉にも、ゼロガンダムはすぐに心中で否を唱えた。ゼロガンダムは幻魔大帝の死に対して、驚愕しか浮かばなかったのだ。
ゼロガンダムの一族に伝わる雷龍剣と対を成す嵐虎剣の正統継承者にして、力への渇望から闇の勢力と契約を結び更なる力を得た幻魔大帝の力は、既に一介の剣士の領域を遥かに超えている。
スダ・ドアカの人々を、ゼロガンダムを残して全て消し去ってしまう程の力の持ち主なのだ。
その幻魔皇帝が、死んだ。しかも、司馬懿の口振りからすれば、恐らくはタクティモンとの一騎討ちに負けて。
そんな化物の前に、自分は仲間を、しかも何の特別な力を持たない人間族を置き去りにして来てしまったのかと、自責の念に捕らわれる。
だが、背後からは未だに剣戟の気配を感じる。タクティモンが手を抜いているのか、それとも、トゥバンもゼロガンダムの想像を超えるほどの剣士だったのか。
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