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あと3話で完結ロワスレ

71 ◆6KdnbjZpWY:2012/12/27(木) 23:09:06
 しん、と張り詰めた空気が、空より和らぐ場所であった。
 風待ちが匂草(においぐさ)の、こぼれゆくさまはひどくまぶしい。
 空なき迷宮の一室に舞い込んでいるのは飛雪とも、桜とも見まごうほどの白梅だ。
 それが、いま、ある箱庭において滅びをもたらすものと忌まれた雪とともに、遊んでいる。

「……東風吹かばってやつかね」

 その花弁のひとひらを、苦もなく掴む左手があった。
 節の目立つ五指のあるじは、糸のように細い目をした少年である。
 墨を思わせる黒に塗れたシャツの一枚だけで雪交じりの風を受けていながら、彼は寒さに震えもしない。
 全身に刻まれた、傷とも呼べぬ衝撃――。萬川集海と呼ばれる忍法の秘伝書に同化している少年が、自分自身の
かたちをとれずに巻物へ呑まれる状態が迫っている状態においては震えることすら贅沢であった。
「こいつがアンタの《希望》なら、桜か菊かなあって思ったんだけどさ」
 今さらどうでもいいか、そんなこと。
 花の白にさす萼の赤を、面白くもなさそうな顔で瞥した少年の瞳は、鋼玉を思わせて紅かった。
 月光の、したたるような微笑で応じた男――菊の御紋が襟に輝く軍人の双眸もまた、血の赤をしている。
「英断と言うべきか。熟慮のうえで此方を選んだようだな。伊賀の末裔、藤林修羅ノ介」
「へぇ。俺の名前、覚えててくれたんだ」ぱたぱたと音をたててはためくネクタイを、修羅ノ介と呼ばれた
少年は胸ポケットに挟んでいたピンで留めた。鍍金の安い輝きが、瞬間瞳に映り込む。
「『皆平等に殺す』なんて言ってたらしいのに、ありがたい話だぜ。なあ……ムラクモさんよ」
 空を砕いた石の床も、助勢を断ち切る厚い壁も埋め尽くすほどの白。
 ともすれば茫洋とした心地を呼ぶ場にあって、潜めた呼吸が数度にわたって刻まれた。
 沈黙を支配していたのは怒気か、あるいは別のなにかであったのか。
「ま、それもどうだっていいんだ。
 だって俺には、アンタたちと敵対する使命なんざないんだもん」
 刀の鍔を鳴らしたムラクモへ向けて、修羅ノ介は即座に両手を挙げてみせた。
「ここにいるヤツは全員『異能者』の生き残りで、『影弥勒』の側にもついてるんだ。
 だから『敵』に立ち向かうために単独行動も出来るし、『敵』だけど殺し合う義務もない。そこを褒めてくれたんでしょ」
「本当に、お前がかの血盟に賛同しているかは知れんのだがな」
「便利な言葉だ。……そっくりそのまま返せそうだぜ」
 若く張った響きの声に含まれたものの意味を感じ取った修羅ノ介は、喉奥にと笑いを押し込める。
 真っ白な世界の差し色であった瞳を細めた、少年は爪が剥がれて紙と変じた親指でもって背後をさした。

「そこのは、アンタが殺したの?」

 追って日々の挨拶と同じような口ぶりの言葉が、ムラクモに向けてほうられる。
 修羅ノ介の指が示した先にあるのは、うつ伏せに倒れ込んでいるヒトの、肉体だ。
 銀花の冷気に青みゆく、肉はだらりと緩んで、かおれる雪へ埋もれた、髪は花よりおぼろな彩りを晒している。
 皮の一枚もやぶれてしまえば、そのまま石床にさえ解けていきそうに果敢ない輪郭をした――肉。
 いかに修飾しようと、究極的には肉塊と言うより他にないものへ視線をやったムラクモの、色のない髪に雪がからんだ。
「息をしているのかどうか、己で確かめてみるがいい」
「ヤだ」試すような言の葉を、修羅ノ介は即座に断った。「天魔伏滅の法……あの全殺しの呪いも、ついさっき感じた
ばっかなんだ。迷宮じゃ死んだヤツの記憶以外が蘇るからって、死人を再殺するようなヤツらもいるんだぜぇ」
 風が吹く。無彩色の雪が舞う。風が鳴く。無彩色の花が重なる。
 風が煽った白梅が萼の、赤はかくれて、綾をなした無彩色は白銀の途とつらなる。
「だから決めた。そっちのヤツが『なんとか・オブ・ザ・デッド』とか呼ばれるまでに、俺は速攻でお前と戦う」
 時の流れが体現に一瞥もくれぬまま、帝國陸軍武官の前に立つ少年は、つよい調子で言葉を継いだ。


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