例えば、*"We have a lot of rain in June."* という英文を考えてみましょう。
この文は「こちらでは6月は雨が多いです。」とイメージで理解すれば問題ないのですが、とあるサイト(makki-english.moo.jp/1howtotranslate.html )のように「直訳」にこだわると、「私たちは6月にたくさんの雨を持っています。」という不自然な訳になってしまいます。これは、英語をそのままの形で受け取らず、日本語の型にはめ込もうとするからです。
<引用開始>
≪It is true/ that native speakers are often made available in the classroom,/ but their presence alone/ is unlikely to spark the sort of conversational tennis/ that the student will encounter in the English-speaking world.
*available=利用できる、都合がつく
*spark=〜を引き起こす
*encounter=(他動詞)〜に偶然会う
つぎのことは、本当です。《It-thatの構文、Itがthat以下を指す仮主語》/ネイティブの話し手が教室でしばしば・利用される(→授業に参加する≒are often available・ availableはよく使われる英単語ですが、使用法が難しいので注意が必要です)ということは。/しかし、・彼らの単独での存在(→彼らがただ授業に居ること)は/2会話のテニスのようなものを引き起こしません。《the sort of ≒a kind of》/1生徒が英語を話す世界の中で偶然会うであろう(テニスを)。《thatはtennisを先行詞とする目的格の関係代名詞なので、encounterは自動詞ではなく他動詞》≫
〈引用終了〉
ここで、↑のサイトでは “sort of conversational tennis”を「会話のテニスのようなもの」と訳していますが、これは 別の英語で言い換えると、次のうちのどれに該当するでしょうか?
① repetitive exhanges of talking
② court of active discussion
③ game of tennis with chatting
④ topic about tennis in a dialogue
⑤ verbal defense and offence in a harsh conversation
そこで、質問ですが、このように sort of conversational tennisをただ機械的に「会話のテニスのようなもの」と訳しても意味が分からなければ 意味がないのではないでしょうか?
Q:
英語を学ぶ際、「直訳」は本当に有効な手段なのでしょうか?
あるサイトでは、「日本語として不自然でも、英語らしい表現を引き出すために直訳が必要」と述べています。しかし、直訳が必ずしも英語の自然な発想につながるとは限りません。
一方で、とあるサイト(makki-english.moo.jp/1howtotranslate.html )では、「日本語としては不自然でも、英語らしい表現を引き出すために必要なのが直訳である」と述べています。しかし、本当にそうでしょうか?
私には "We have a lot of rain in June."という英文を 「私達は6月にたくさんの雨を持っています。」と直訳すれば、"We have a lot of rain in June."という文が すぐに頭に浮かぶようになると思えません。
ところで、現代では 英語は全ての日本人にとって 初めての、そして、半数強の人にとっては 唯一の外国語ですが、江戸時代は外国語と言えばオランダ語が主流だったのは みなさんご存知かと思います。
それで、福沢諭吉は江戸時代にオランダ語を学び、明治になって 英語に乗り換えた文化人としても有名ですね。 当時はパソコンやネットはおろか、カセットレコーダーのような音響機器も存在せず、英語を覚えるのにも現代とは比べ物にならないくらい不便な時代でした。しかし、それでも、諭吉は英語の前にオランダ語を学んでいて、オランダ語は英語に最も近い言語ということもあって、英語に対する抵抗も小さく、これは 私たちが逆立ちしても享受することのできない大きなアドバンテージだったはずです。そして、先ほどの英文なら 諭吉だったら、得意のオランダ語に
"We hebben veel regen in juni."
とすんなり訳せ、英文を起こすにも何の問題もありませんでした。でも、私たちは
諭吉の手法は使えません。そこで、↑のサイトの主のように 日本語を無理やり歪めてしまう 強者まで登場したわけですが、果たして この方法は効果的と言えるんでしょうか? みなさんは どう思いますか?
"A City is surrounded with lush greenery and is known for its good Nashi pears. As well as refreshing environment, it is very convenient because of three railways intersecting at B Station. You can get to Tokyo within 50 minutes if you take a rapid train.
**形式主語の "it" を使う場合**
"As well as refreshing environment, it is very convenient because of three railways intersecting at B Station. "
もし、この文で形式主語の "it" を使うのであれば、以下のように書き換えることができます。この英文では そもそも、as well asの使い方が間違っています。
"In addition to the refreshing environment, it is very convenient for the city to have three railways intersecting at the Station B.
この文では、"it" が形式主語、"to have three railways intersecting at B Station" が真主語となります。
**形式主語の "it" を使わない場合**
"Not only does the city have a refreshing environment, the city is easily accessible thanks to three railways intersecting at B Station. "
Q:
中学時代、英語の和訳問題で「She is cooking in the kitchen.」を「彼女はキッチンで調理している。」と訳したところ、減点された経験があります。
どうやら「kitchen」は「台所」と訳さなければならなかったようですが、レストランのkitchenは「厨房」とも言いますし、文脈なしにどちらと判断するのは難しいものです。このように、日本の英語教育では訳語に厳格なルールが求められることがありますが、それが必ずしも実際の言語運用に即しているとは限りません。
① **Many Japanese have a poor English pronunciation similar to that of the woman in the video below.**
→ **similar** を使うと、「下の動画の女性の発音と**似ている**」が、完全には同じではないことを示唆する。
② **Many Japanese have a poor English pronunciation same as that of the woman in the video below.**
→ **same** を使うと、「下の動画の女性の発音と**まったく同じ**」という意味になり、違いがないと強調される。
#### ** ③ 仮定法の壁**
これまで文法をスムーズに理解してきた人でも、仮定法では「モヤモヤ感」が出やすくなります。
特に、「過去形=現在」「過去完了形=過去」など、これまでの文法感覚とズレるため、直感的に理解しづらいです。
✅ **対策**
- **「もし〇〇だったら、△△だろうに」という日本語の言い換えを意識する**
例:If I were a bird, I could fly.
→「もし私が鳥だったら、飛べるのに。」
→(過去形だけど、現在の話をしていると分かる)
- **映画やドラマのセリフから仮定法を学ぶ**
例:If I were you, I wouldn’t do that.
→「もし私が君だったら、そんなことしないよ。」
しかし、効率的な英語学習とは何でしょうかね。最初に文法を叩き込んで、僅かな文例を暗記すれば、単語を入れ替えても 類推で直訳できることを指すのだろうか。
それに、「まず、直訳から英文を起こすようにしてください」とありますが、例えば、“Here we go!”とか“What a shame!”のようにネーティブが毎日使うような卑近な表現は コンテキストから直接 英語が浮かんでくるはずで、まさか、「ここに私達は行く」とか「何という恥」という直訳から英文を起こす人はいないと思います。みなさんは どう思いますか?
≪ショッピング中のお客さんと店員の会話文で、"May I help you?" の訳を、「いらっしゃいませ」と書いてある教科書があります(2017年2月現在)。教科書に訳が載っているため、安心しているのか、読む練習だけやって、説明をしない先生がいます。また、授業時間が足りないのか、「ここは教科書を自分で読んで、そのまま覚えておいて!」とだけ、指示する先生もいます。これで生徒は、英語を正しく理解できるのでしょうか。
もし、「私はあなたをお手伝いしてもよいですか。」と直訳を教えていれば、生徒は、この文が丁寧な表現であるとわかるはずです。ここから、意訳すると、「何かお困りですか。」になると、説明して頂きたいです。助動詞を履修中なら、"Shall I help you?"にすると、「私があなたを手伝ってあげましょうか。」と、上から目線になってしまうというと、生徒に説明でき、より効率的な授業ができると思います。
教科書だけでなく、単語・熟語集にも、"May I help you?"は「いらっしゃいませ」と書いているものも多く、独学もしている真面目な生徒ほど、そのまま覚えています。そんな生徒に、『お寿司屋さんで、「いらっしゃい!」は、"May I help you?"なんて言わないよ。まず"Hello!"とかでしょ。』と説明すると、びっくりする子もいます。どう思われますか?≫
これは、"May I help you?"を「いらしゃいませ」と訳すこと自体が間違っているのではなく、使用シーンやコンテキストがそぐわないだけであり、その点はそのサイトの主も認識しているようです。そして、間違いの原因も 使用シーンやコンテキストの説明不足と考えられます。ところが、そのサイトの主は あくまで訳し方の問題として処理しようとしています。つまり、ここで重要なのは、"May I help you?" をどう訳すかではなく、どんなシチュエーションで使うかだと思うんです。
そこで質問ですが、日本の英語教育において、"May I help you?" のようなフレーズを教える際に、単なる訳語の暗記ではなく、適切なシチュエーションやコンテキストを理解させるためには、どのような指導方法が効果的だと考えますか?
It is true that native speakers are often made available in the classroom, but their presence alone is unlikely to spark the sort of conversational tennis that the student will encounter in the English-speaking world.
諭吉なら、次のように オランダ語に訳した方が 分かりやすかったでしょう。
Het is waar dat moedertaalsprekers vaak beschikbaar worden gesteld in de klas, maar hun aanwezigheid alleen zal waarschijnlijk niet het soort conversatie-tennis opwekken dat de student zal tegenkomen in de Engelstalige wereld.
≪It is true/ that native speakers are often made available in the classroom,/ but their presence alone/ is unlikely to spark the sort of conversational tennis/ that the student will encounter in the English-speaking world.
*available=利用できる、都合がつく
*spark=〜を引き起こす
*encounter=(他動詞)〜に偶然会う
つぎのことは、本当です。《It-thatの構文、Itがthat以下を指す仮主語》/ネイティブの話し手が教室でしばしば・利用される(→授業に参加する≒are often available・ availableはよく使われる英単語ですが、使用法が難しいので注意が必要です)ということは。/しかし、・彼らの単独での存在(→彼らがただ授業に居ること)は/2会話のテニスのようなものを引き起こしません。《the sort of ≒a kind of》/1生徒が英語を話す世界の中で偶然会うであろう(テニスを)。《thatはtennisを先行詞とする目的格の関係代名詞なので、encounterは自動詞ではなく他動詞》≫
### 2. **文章の論点を意識する**
読んでいる文章が「何を主張しているのか」「どんな方向で話が展開しているのか」を常に意識しましょう。以下の点に注目すると、論点を掴みやすくなります。
✅ **筆者の主張や意見**(However, Therefore, In conclusion などのシグナルに注意)
✅ **例示**(For example, such as で始まる部分)
✅ **対比**(On the other hand, whereas など)
✅ **因果関係**(Because, As a result, Due to など)
≪As it’s one of the first words/ most students learn,// it can be surprising/ to discover/ just how tricky all the uses of こと in Japanese/ actually are.
While it’s in most beginner’s textbooks, //this critical particle will also be waiting for them/ when they reach the intermediate- to advanced-level Japanese, too!
"Omdat het een van de eerste woorden is / die de meeste studenten leren,//
kan het verrassend zijn / om te ontdekken / hoe ingewikkeld alle gebruiken van こと in het Japans / eigenlijk zijn.
Hoewel het in de meeste leerboeken voor beginners staat,//
zal dit cruciale partikel op hen wachten / wanneer ze het midden- tot gevorderde niveau Japans bereiken, ook!"
"(CNN)He was on the road Sunday, /but it didn't matter. //The buzz still was palpable in Oakland, California,/ as 14,644 fans turned up at the ballpark /to see the rookie/ known as the Japanese Babe Ruth."
これを 区切りごとに オランダ語に訳していきます。
"(CNN) Hij was zondag onderweg, / maar het maakte niet uit. // De opwinding was nog steeds voelbaar in Oakland, Californië, / toen 14.644 fans naar het stadion kwamen / om de rookie te zien / die bekendstaat als de Japanse Babe Ruth."
ここで、諭吉なら、be=zijnと簡単に覚えられたんですが、日本語の「です」は丁寧を表す助動詞であって be=「です」ではありません。それに、そのように覚えると、今度は 逆に「私は、テニスが好きです。」と言いたい時に、"I am like tennis."(←間違った英語)のように、余計なbe動詞を入れる間違いが多くなります。
その様に説明すると、wouldを使った丁寧表現も説明が簡単になります。
Would you come at 9 o'clock?
(あなたは忙しい方で、9時には来れないかと思いますが)
「9時に来ていただけませんでしょうか?」です。
「事実と異なる」だけで説明すると、ちょっとおかしなことになる
可能性があります(笑)
「事実と異なる」よりも「私はこれが事実と異なると思うほど
謙虚なんです」ということに過ぎませんよね。
直訳派の「もし私が今鳥であったなら」はなかなかの傑作だと思います。
YouTubeでご尊顔を拝見しましたが、
仮定法でロマンが高まり、
I could fly to him nowと言いたいところを、
スラッシュリーディングが狂い、訳文の方にそれを読み込んでしまった
んじゃないでしょうか。
満更 間違いとは言えないんですが、若干 語弊も感じられます。先ず、 "「〜(人)によって」という意味を加える時は、前置詞byを使います。"の部分ですが、能動態と受動態の対応関係の説明が不十分です。これは、能動態の主語では 受動態では byなどに導かれる「動作主」になるということです。そして、これは 他の参考書などでも あっさり Mと片付けられることが多いです。また、受動態の動作主には 多くは新情報が来ます。そうすると、同じページにあった "These books were written by her."という英文は 文法的には正しくても、こういう言い方はあまりしないでしょう。なぜなら、herは代名詞なので、すでに言及された女性ということになり、新情報とは考えにくいことが多いです。こういう場合は おそらく "It's she that wrote these books."と言うことが多いでしょうね。
最後に、最初の "English is spoken by many people."という文を 「英語は、たくさんの人々によって、話されています。」と訳すのは 許容範囲ですが、同じページにあった "This bike is usually used by my father." を「この自転車は、普通私の父によって使われています。」と訳すのは、日本語として不自然ですね。普通は「この自転車は、普通私の父が使っています。」と言うでしょう。
もし、この意訳から英文を起こそうとすると、
"I'll help his homework tonight."
という文ができてしまいます。生徒たちは、どうしてこれが間違えか理解できません。先生方は、どのように説明されますか?
私がとても役立つと感じているスラッシュリーディングをしてみます。
"I'll help him/with his homework/tonight."
「私は彼を手伝うつもりです。/彼の宿題で/今晩」
このようにしておけば、helpの後に「手伝ってあげる相手」を、withの後に「仕事の内容」を入れ、便宜上withを「〜で」と訳すと、生徒に教えやすいです。そして、I'll help his homework…としてしまうと、homeworkという生き物(?)を手伝うような、とんでもない感じの文になってしまうと説明すると、生徒は納得してくれます。しかし、ここまで説明する先生は、私の知るかぎりではいませんでした。真面目な生徒に限って、混乱しています。そもそも、この難しい英文を、中学2年の1学期に教えること自体、問題があるとは思いますが…≫
"As a psychologist/, I truly believe /that I am already seeing children/ who would have been well/ within the range of normal//,
whose responses are already abnormal/ because computers were pushed on them/ after they were about eighteen months old."
Als psycholoog/ geloof ik echt/ dat ik al kinderen zie/ die goed zouden zijn geweest/ binnen het normale bereik//,
wiens reacties al abnormaal zijn/ omdat computers hen werden opgedrongen/ nadat ze ongeveer achttien maanden oud waren.
"Since one side of each egg is pointed, /space between eggs is minimized//
as they lie on their sides /with the pointed ends /facing towards the center."
諭吉なら、日本語よりも 次のように オランダ語に訳した方が 分かりやすかったでしょう。
"Omdat één kant van elk ei puntig is, /wordt de ruimte tussen de eieren geminimaliseerd// terwijl ze op hun zij liggen /met de puntige uiteinden /naar het midden gericht."
私が ここで驚いたのは、そのサイトでは 直訳を基本とします と謳いながらも ここでは 辞書にもないような訳語を持ってきて 秀逸な訳し方をしていることです。「お伺いする」とは「訪問する」の謙譲語ですね。でも、「尋ねる」の意味もあります。また、謙譲語ですので、"You may come to the party."という文の和訳には使えません。それと、親しい間柄なら、「パーティーに行ってもいいかい?」と聞くでしょう。それから、「話し手と聞き手が違う場所に居る時:話し手→聞き手の居る場所」というのも 満更間違いとは言えないど、学校や会社などで対面で話していて、パーティーのホストに質問する場合も多いでしょう。
① Debo salir hoy.
② Debí salir ayer.
③ Deberé salir mañana.
④ No debo salir hoy.
⑤ No debí salir ayer.
⑥ No deberé salir mañana.
それと、こんなのも。
「彼女は私の娘より小さい。」
スペイン語では
Ella es más pequeña que mi hija.
ごく簡単な文です。
じゃあ、英語では、
She is ( )than my daughter.
括弧には何が入ると思います? 簡単な文のはずなのに、 英語は なかなか手ごわいですね。
では 付加疑問文です。
「今日は暑いですね。」
英語では、”It is hot today, isn't it?”
スペイン語では、”Hace calor hoy, ¿verdad?"
「俺はまだ若いだろ。」
英語では、"I'm still young, ・・ I?"
フランス語では、"Aún soy joven, ¿verdad?"
英語では amとnotで 短縮形ができないので、どうしよう?
それから、次の文です。
「私は君を2時間待っている。」
英語では、”I have been waiting for you for two hours."
現在完了進行形を用いた文で、中学では習わない文法です。
その他にも 中学で熟語として出て来るものの、wait forのforは前置詞なのに、後続の名詞や代名詞よりも 先行する動詞と強く結び付き、本来 自動詞であるはずの waitが他動詞的な働きをしています。このような働きをする前置詞は adverbial particleと呼ばれるものですが、高校の英文法にも登場しない用語です。
スペイン語では、"Te espero desde hace dos horas."
動詞も単純に他動詞で、普通に現在形なので、大学でも最初のうちに習うはずです。
というのは、
Если б знали вы, как мне дороги
Подмосковные вечера.
みたいな文には慣れてても、
そこにいきなりбыが出て来たり(бはありますが、笑)、
Я птица.と言えばいいものを、
птицейと格変化してると、
一時的ないし半永久的に頭が混乱状態、錯乱状態に陥るのです(笑)
(ロシア語学習者なら誰でも体験することかもしれません。)
そこで、このбыを訳出しようと焦ります。
If I should be a bird...
そうか、これで行くしかない!と一瞬思いますが、
shouldとбыは何の関係もないことに気づきます。
そこで、突然浮かんだこの未来の仮定を表すこのshouldを打ち消すため、
nowを持って来る(shouldじゃないだろ、nowだ!)、
そういうメカニズムで精神的過剰反応もしくは補償反応が
起きてるのだと思われます。
бы→should→nowと複雑な仮定でなく過程が含まれてるんです!
その後、何とか難局を乗り越えた主は、ひとり静かに、
Трудно высказать и не высказать
Всё, что на сердце у меня.
と公共の場では発表しませんが、反省するのです。
このフレーズを「直訳では伝わらないことが多い」と
意訳することはできないのです(笑)
また"высказать и не высказать"となってることには首をひねり、
「どっちか1つにしとかないと、わからんだろ!」と
グチをこぼしたりもするのです。
(ソ連の唯物論弁証法が背後にあるなんてことは
「直訳」と関係ないため、どうでもいいのです。)
主は公共の場では、
Так, пожалуйста, будь добра.
Не забудь и ты эти летние
と言うのです。
前半はロマンに浸るために必要なだけで、
言いたいことは"Не забудь"だけなんですが…
もちろん、
Песня слышится и не слышится
В эти тихие вечера.
みたいな弁証法的な文に出会うと、
「歌は聞こえる、そして聞こえない」とここでも「直訳」を
持ち込みます。
この頃のロシアは社会主義バリバリのソ連でしたから、
レーニンやマルクスの教えを踏まえ、弁証法的に
「歌は聞こえると同時に聞こえない」とか、
やや煩雑にはなりますが、
「歌は聞こえる様で聞こえず、聞こえない様で聞こえる」
と訳すのが、当時のソ連文化に基づいた意訳だと思われます。
"(CNN)He was on the road Sunday, /but it didn't matter. //The buzz still was palpable in Oakland, California,/ as 14,644 fans turned up at the ballpark /to see the rookie/ known as the Japanese Babe Ruth."
"(CNN)Hij was zondag onderweg, /maar het maakte niet uit. // De opwinding was nog steeds voelbaar in Oakland, Californië, / toen 14.644 fans naar het stadion kwamen /om de rookie te zien/ die bekendstaat als de Japanse Babe Ruth."
〈引用開始〉
≪And with visual audio annotation software/ they can review recordings,/ and highlight and annotate/ where people drop articles, abbreviate, flip sentence structure/ or see how they use slang.
*audio visual=av機器、音響映像機器
*annotation=注釈≒explanation
*highlight=〜を目立たせる
*annotate=アナテイトゥ=注釈をつける
*flip=〜をひっくり返す
*slang=俗語
そして、音響・映像機器の注釈《話し手の言葉を瞬時に文字に起こすようなこと…テレビのワールドニュースなどで見かける》ソフトがあれば、/彼らは記録を復習することができます。/そして、(次のこと)2 を目立たせ、注釈をつけることができます。/1 人々が、どこで、冠詞を・落とし[→省き]、省略し、文の構造を・ひっくり返すか[→倒置するか] 《間接疑問文》/3 または、彼らがどのように俗語を使うかを見ることができます。《review, highlight, annotate, see が同格で、主語they canに対する動詞》≫
〈引用終了〉
"With a gift for self-expression,/ we can demonstrate wit and empathy/ and develop those little language quirks/ that our friends recognise as being unique to us."
諭吉なら、日本語よりも 次のように オランダ語に訳した方が 分かりやすかったでしょう。
"Met een gave voor zelfexpressie,/ kunnen we humor en empathie tonen/ en die kleine taalkundige eigenaardigheden ontwikkelen/ die onze vrienden herkennen als uniek voor ons."
"One solution is for teachers /to encourage students to tap into pop culture,/ in the form of freely accessible online podcasts, music, films, and TV programs/ in the target language."
"Een oplossing is voor leraren /om studenten aan te moedigen om zich onder te dompelen in de popcultuur, /in de vorm van vrij toegankelijke online podcasts, muziek, films en tv-programma's /in de doeltaal."
〈引用開始〉
≪⑥ In my view,/ what the teaching of languages currently seems to lack/ is the necessary context/ for what language is.
*context=文脈、背景
私の見解では《=in my opinion》/言語の指導が現在のところ欠けているように見えるものは、《what=the thing which〜の関係代名詞》/2 必要な背景です。/1 言語が何のためにあるかの。≫
〈引用終了〉
They can understand the context for employing certain colloquialisms and how to utilize them to express their personality in a second language.
そのサイトの主は 得意のスラッシュリーディングと直訳で次のように解釈しています。
≪They can understand the context/ for employing certain colloquialisms/ and how to utilize them/ to express their personality in a second language.
*context=文脈、背景≒meaning
*colloquialism=コろウクィアリズム=口語的表現、方言
彼らは、5 文脈[→意味]を理解できます/1 ある方言を使用する[←雇用する]ことに対する/2そ して、4どのようにそれらを利用するかに対する 《"for employing"is in apposition (同格)with "(for) how to".》/3 第二言語で彼らの人格(個性)を表現するために。≫
それで、この文で用いられている employの同義語は次のうちのどれでしょうか?
① hire
② manipulate
③ apply
④ utilize
⑤ quote
そこで質問ですが、直訳によって「employing certain colloquialisms」の正確な意味が理解できているかを確認することができるのでしょうか?また、この文脈における "employ" の適切な同義語は①〜⑤のうちどれに当たると考えられるでしょうか?
実際に、そのぺージでは、「teachers will bestow a valuable gift on their students」という表現が「先生たちは生徒に価値ある才能を授けるでしょう。」と訳されています。しかし、「才能を授ける」という表現は、まるで先生が神様や魔法使いのように感じられ、不自然ではないでしょうか?
みなさんは どう思いますか?
A:
(11)に
Such tools can ENABLE students to dig deeper into spoken language
and truy study it effectively.
(12)
Ultmiately, teachers of English must find ways to EMPOWER students
to find their voice in order to transform language learnining from
an academic subject into a part of who they are.
In doing so, teachers will BESTOW a valuable gift on their students.
こういうことを書いてるうちに、
「先生って、なんだか神みたいだなぁ」という考えがよぎったのです(笑)
そこで、
「(神みたいな)先生が、こういうことをすることで、生徒たちに
価値ある贈り物(or 才能 or 恵み)を(神みたいに)『授ける』ことに
なるんです。」
と書いてるのだと思います。
≪Yet/ 75% of UK adults/ are unable to hold even a basic conversation/ in a second language.
しかし/イギリスの大人の75%は/2 基本的な会話でさえ持つことができない。/
1 二番目の言葉(→第二外国語)で。≫
ですから、「英語では物の位置関係や話の流れを意識して単語を選ぶ」と説明し、実際の物を使ってやりとりを再現すると、学習者にもわかりやすく伝えられます。たとえば、ペンを持って「This is my pen.」、相手の方を指して「Is that your pen?」、そのあとに「It is red.(それは赤い)」というように段階的に見せていくと、自然と理解が深まります。
"With a gift for self-expression,/ we can demonstrate wit and empathy/ and develop those little language quirks/ that our friends recognise as being unique to us."
そこで質問ですが、このように英語の現在形が必ずしも現在の動作を指すわけではなく、習慣を表すことが多い点や、不定冠詞 "a" が不特定の一曲を指すニュアンスを持つことを踏まえると、日本語に訳す際にはどのような工夫をすべきでしょうか?また、直訳にこだわることでSV構造を把握しやすくなるという主張について、和訳なしでもSVを認識できる可能性を考えた場合、どのような学習アプローチが効果的だと考えられますか?
さほど 難しい文ではありませんが、若干 留意点があります。先ず、ここでは、何かを持っているのは 誰の手かなんて はっきりしているのに、英語では yourという代名詞の所有格を伴うことです。ちなみに、スペイン語では 英語やオランダ語と違って "¿Qué tienes en la mano?" というように 定冠詞を用いるのが普通です。もう1つは、日本語では「(あなたが)手に持っているのは何ですか?」と尋ねるのが自然です。
それから、このセクションは小学生が対象のようですが、それでも、「以下の基本例文を何度も声に出して読んでみてください。スラスラ読めるようになったら、今度は和訳だけ見て、英語を言ってみましょう。英会話ができるようになりますよ」
と書いています。それに、このサイトは「和訳(直訳を基本とします)」をモットーにしていますが、小学生が「○○ちゃんが手に持ってんの なあに?」と英語で聞きたい場合に、反射的に「(あなたが)手に持っているのは何ですか?」という文に言い換えられるかも 甚だ疑問です。直訳の練習を重ねた 少し利発な子ほど 苦し紛れに "What is ○○ has in a hand?" みたいなブロークンな英語になるかもしれません。
もし、この意訳から英文を起こそうとすると、
"I'll help his homework tonight."
という文ができてしまいます。生徒たちは、どうしてこれが間違えか理解できません。先生方は、どのように説明されますか?
私がとても役立つと感じているスラッシュリーディングをしてみます。
"I'll help him/with his homework/tonight."
「私は彼を手伝うつもりです。/彼の宿題で/今晩」
このようにしておけば、helpの後に「手伝ってあげる相手」を、withの後に「仕事の内容」を入れ、便宜上withを「〜で」と訳すと、生徒に教えやすいです。そして、I'll help his homework…としてしまうと、homeworkという生き物(?)を手伝うような、とんでもない感じの文になってしまうと説明すると、生徒は納得してくれます。しかし、ここまで説明する先生は、私の知るかぎりではいませんでした。真面目な生徒に限って、混乱しています。そもそも、この難しい英文を、中学2年の1学期に教えること自体、問題があるとは思いますが…
<引用終了>
この考え方に従って、
a hungry catとThe cat is hungry.はその様に訳し分けるのだと思います。
なので、
a Hungarian cat「ハンガリー産の猫」
The cat is Hungarian.「その猫はハンガリーの国籍を(一時的に)有して
いる」等と使い分けないといけません!
上の例は半永久的であり、下の例では一時的にHungarianなんです(笑)
この様に厳密に区別していて、
a cat hungry without eating anything for two days
なるものに出くわすことがあります。
これはbe動詞の後でもないし、名詞の前でもありません!
しかし、ここで第3の区別を立てるのは厄介なので、主先生なら、
これは、
a cat which is hungryからwhich isを省略したものであると断定し、
「3日食べてなく、おなかがすいているところの猫」と訳します。
つまり、be動詞+形容詞のパターンと同じになります。
気をつけないといけないのは、関係代名詞の訳し方のみとなります。
(すべてを主先生の意に沿って訳すのは難しいかもしれませんが。)
以下の例でこの区別を守ると、面白い結果になります。
Poor John!「お金のないジョン!」
John is poor.「ジョンはお金がなくなってます。」
この訳し分けにより、
ジョンは半永久的にお金がないのか、それとも、
昨日パチンコや麻雀等でお金をすったのか明白になります(笑)
以下の様な例にも注意が必要です:
She is a dead woman.「彼女は死んだ女です。」
She is dead.「彼女は死んでいる(ところ)です。」
この様に訳すと、上の2番目の文では、sheとdeadの関係が
一時的であることが明白になります!(笑)
「おなかがすいている猫」は、上記の例から明らかな様に、
a cat which is hungryとなります!
ネイティブの人たちは、おそらく、この区別を厳密に行い、
It is not a hungry cat but a cat which is hungry.
「それはおなかがすいた猫でなく、おなかがすいている猫である。」
みたいに、もしかして、言うのかもしれません(笑)
もしも誰もそう言わないとしたら、主先生がアメリカにも布教活動を
広げる必要があるのかもしれません!